ユミル「ミドルなライナー」(38)


※10巻ネタ含む

※現代転生パロ

※登場人物二人しかいない

※短編で続かない、続く時は新スレ


唐突だが、私には前世の記憶がある

日常生活には当たり障りのない、ただ――懐かしく感じる程度の記憶


「うーん、ホールスタッフは時給が900円……一番いい時給が、パチンコ店だけれど」

煙草の臭いで、帰宅するのは気が引ける
そう思いながら、ユミルはバイト情報誌の紙を捲った


今年から進学し
施設暮らしをしながらの高校生活は、もうすぐ一ヶ月が経つ

施設暮らしなのに、何故高校に行けるのかと言うと
全国に何箇所かある施設に入所出来ているお陰だ

公立の学校であれば、なんとか通わせて貰える
だがそれも、高校卒業後に返していかなければならない


少しでもお金が欲しい
のに、まだバイトが決まらない


――この悪人面がいけないのだろうか


お金は大切で、必要だ
その事は身に染みているのに


――あぁ、もう!

雇って貰えたら、全力で働くと言うのに




そんな心の声を、春の空に吐きだした高校一年生の時に
私は、そいつに再会した

いや、再会と言えるの物なのか
それとも第二の出会い、と言うべき物なのか



「待てっ!」


――ん?

遠くから聞こえて来た声に、少しだけ意識が傾いた
待て、とは何だろうか


「お、おい……待てぇ!」


――なんだ、この声

徐々に近づいてくる、普段の生活で聞きなれない台詞
それを聞いた私の体は不意に止まり、そしてその声の方を見てみる……と


「う、うわぁああ!?」
「ふぁ!?」

ドンと、勢いよく
コントよろしくと言った感じで、私の体は走ってきた人物にぶつかり……跳ね飛ばされた

なんとか、足を踏ん張って体制を整えるのに成功する



「なっ」

なにしやがる!と
生来の口の悪さが、出かかったその時だった


視界の端を、黄色みの強い
明るい金髪が駆け抜けて行く

朝一番の日の光を凝縮したような
その色に、思わず目が惹かれた


「待て、おい……このストーカーめ!!」

そう叫びながら、こちらの脇を若干重い足取りで駆け抜けて行く男

記憶の中の様な、ガタイの良さは無い
記憶の中での凛々しかった表情も、なんとなく緩やかな印象になっている


ん、アレはアイツか?
と言うか、あいつは今なんて言った?


そして


「よしっ」

一息吐きだした後に、駆けだした
幸いにも、障害物は少ない

中学時代の部活動でならした足は、どんどん加速していき
息を切らしている立ち止まったそいつの背を、あっと言う間に追い越す


「えっ」
「あいつ、追えばいいんだな」

擦れ違いざまにそう確認の一言を漏らした後は、もう脇目も振らない
後ろから追ってくる声もないと言う事は、大丈夫なのだろう

集中して、追いかけると
目標の背中が、人ごみに紛れ込む前に余裕で追いついた

走っていた若い男は、こちらに気付くとギョッとしたように目を見開く



「おいっ待て!」

一応声を掛けるが
やはりと言うか、相手は止まらない

なのでその首元に、手が届きそうな距離まで近づいて
その襟元をギュッと掴む

すぐさま立ち止まると相手が首が閉まってしまうので、スピードは落とさずに並走した


「なぁ、ちょっとだけ止まれよ!」
「……っ!」

そいつの顔に、僅かに緊張が走っている
ついでにこちらの言葉にも耳を貸さない、本当にストーカーなのだろうか

そう思いつつ、少しだけ減速する
相手がそれに慣れたら、更にもう少しだけ減速

それを繰り返そうとした……その時だった
首元を掴まれているそいつの体が、急にこちらに近づく



「え」

避けきれなかった

タックルを喰らわされて、体が傾き
足がグギリと鳴る



「いっ」

いてぇえええ!!

その、痛みが駆け抜けた瞬間
無意識に、本当に無意識に

握っていた逃走者の襟元を、手前にぐっと引っぱった



「う」
「わっ」

その声の、どちらがこちらで
どちらが相手かは、分からない

だが、結果は同じだ
同時に、こけた



「あ、いたたたた」

声が漏れ、目を開けた瞬間
目の前にいる逃走者の瞳が、僅かに危険な色を灯している事に気付く


――あ、やばっ

その思考と同時に、逃走者の手がこちらに向ってくる

こちらの体制は不利で、しかも足が痛い
やばい

その言葉が、頭に一杯広がった瞬間だった



「どりゃああああああ!!」
「べふっ」

大きな怒号に、間抜けな声
脳裏に浮かぶイメージとしては、大きな牛に体当たりされた人間の様な

そんな光景が、目の前に広がった

状況としては簡単だ、目の前の逃走者に
さっき私が追い越した男が、その大きな体一杯を使ってタックルをした


「あ、わわっ離せよ!」
「ほら、観念しろ!盗聴器も見つけたし、お前が部屋を覗く瞬間だってこちらが抑えたんだ」

男はジタバタと、その体の下でもがいているが
こいつの大きな体じゃ、とても抜け出せないだろうな

命一杯の力を使って暴れている様だったが
それにも動じていない様子で、男は身柄を拘束している


「い、いやだ、離せぇ!」
「暴れるなって」

宥めながら
男はこちらに、視線を向けた


あの瞳だ
青く正義感の宿った、存在感のある瞳


でも、昔とは違う

その瞳の下には、僅かな皺がいくつか刻まれ
走っていた所為か大きく息が乱れ、その額にも汗が滲んでいる

何より
あの時、あの時代ではついぞ見た事のなかった


――大人へと成長した、彼の姿

そいつはこちらを見て、ニカッと笑った



「おぅ、お前のお陰で助かった」

ありがとうな、と元気よく言われ
少しだけ、残念に思う


――彼には、前の記憶が無いらしい

彼にとっては、そちらの方がいいだろうけれど


にしても、最初に出会った
前世の邂逅者がこいつか

意外に思いつつ
倒れた際に付いた埃を、軽く払い落しながら立ち上がる


「大したことじゃないさ、まぁジュースの一本でも奢って貰えればいいんだが」

そう言うと、相手は大きな声で笑った
朗らか、と言うよりは懐の大きさが現れた様な温かい声

笑っていると目元の皺が、少しだけ増える
へぇ、笑い皺があるのか

それはいい事だ


「はは、言う奴だな……って、あ」
「あ」

笑った瞬間、力が緩んだのか
あいつの下に居た人間が、命一杯の力を込めて拘束を振り解いた


そしてその瞬間
こちらに向かって、拳を振り上げられた

どうやら、激昂しているらしい



「うらわああああ」
「……めんどく、せっ」

声を荒らげながら、殴りかかってくるそいつに

私は軽く吐きだした感情と共に、動きをかわして
そのまま、背負い投げた


走ってきた勢いを最大限に活用して放り投げたので、男は景気よく飛んでいく
信じられない、と言う表情を引っ提げて

そして、そのまま
地面に激突し、気を失った


「……よし」

そこまでの一部始終を確認してから、軽く後ろを振り向く
するとそこにもまた、信じられないと言う様な表情をしている人物がいた

その表情が面白くて、思わず噴き出す



「なに、拍子抜けているんだよ、めんどくせ―」

軽く、そいつに近寄ってみる
奴はハッとしたように、改めてこちらを見た


「お前、……やるなぁ」
「どうも。これでもこの間の中学卒業までは、柔道と陸上の掛け持ちやって居たんでね」

そこらへんの男よりも体力はあるんだ
そう言って、ポンと奴の肩を叩く


「怪我はないか?」
「それはこっちのセリフだ、その制服……それに中学の卒業って」

まさか16歳か?
と言う言葉を、思いっきり疑問系に吐きだされる

正しかったので、笑いながら是と答えた
すると相手は、なおも呆れた様な表情を作る



「なに、最近の女子高生ってそんなにカッコイイ事ができんの?」
「そっちが大人なのに、間抜けすぎるだけだって」

思わず、前の調子で軽口を叩くと
最近の女子高生って礼儀知らずだな、と言う付け足された

その言葉への、面白味のない中年は嫌われるぞ
と言う返答は――口にしないでおくとするか


なんだかカルチャーショックを与えてしまったらしいが、それは放っておいて
目の前の「元同期」を少しだけ観察してみた

スーツは皺くちゃで、胸ポケットにタバコが一箱突っ込まれている
ストーカーを追いかけてはいたが、警察の様には見えない

だがそれ以上に
体力的なピークを過ぎている様に見えるとは言え、一般人にまかれそうになった事には

僅かながらショックを受けた


「……ちなみにあんた、誰?」
「ああ、俺は」

そう言って、少しだけカッコつける様に、ごほんと咳払いをした
正直、先程の失態の所為で全然カッコ良くは無い



「俺はライナー・ブラウン、職業は探偵かな」
「へぇ、私はユミル。初対面で個人情報は晒したくないんで、名前だけな」

ニヤリ、と少しだけふざける様に言うと
相手は不機嫌そうな視線を向けてきた


「……おい、俺は名前と職業を明かしているんだぞ」
「こっちも一応制服と職業の女子高生ってのは明かしているぞ、いいじゃないか」

声を出して笑ってみせると、どうやら口では勝てない事は理解したらしい
ガリガリと頭を掻きながら、私の後ろで伸びている男の方へと視線をやりつつも話を続ける


「まぁいい……俺はとりあえず、こいつを依頼者の所に連れて行かなくちゃいけないんだ」

そう言うと申し訳なさそうに、顔を歪めた


「だから、ジュースは今は奢ってやれないんだよな」
「なんだよ、ケチだな」

批判、だけどこれも笑いながら言う



「だから」

そう言うと、ライナーは胸のポケットから煙草ではない物を引っ張り出す
どうやらそれは薄い名刺入れだったらしい――それから一枚の紙を取り出し、こちらに差し出した


「明日でよければ時間が空いている、名刺にうちの住所も番号も載っているから」

よければ連絡をくれ
と言われたので、その紙に手を伸ばして受け取ってみた

早速、その紙をマジマジと見つめてみると
住所は西区とあった、どうやらここから近いらしい


私が確認している間に、ライナーは伸びている男を背中に背負う
担ぎあげた瞬間に――情けなさそうな声を、ちょっとだけ漏らして

重いのか、腰が痛いのか
もしかしたらその両方かもしれない

なんだかその動きは年月を経過を感じさせる物で
ユミルはつい、声を掛けた

期待

この設定でユミルとライナーのみって思いきりが好きだ



「手伝おうか?――ジュース二本で」
「いや……何とか大丈夫そうだ、依頼者宅もすぐ近くだしな」

ここで少しだけ、ユミルは思案する
せっかく巡り合えた前世の邂逅者だ、少しばかり話したい

だが住所が分かっているので、手伝わなくてもいい様にも思えた


「なぁライナー、あんたいくつだ?」
「……16歳の子供に、名前を呼び捨てされる覚えのない年齢だ」

こっちをガキと言う年齢か
どうやら老け顔が進行した、と言う訳ではないらしい

つまり、腰を少し屈む様に相手を背負っているのは
単純に、年の所為か

そこまで考えて、ユミルは息を吐いた


「……少しだけ、手伝ってやるよ」
「は?」

訝しげな声を洩らされる
正当な反応だったが、こちらは気にせずにライナーに顔を向けながら言葉を紡いだ



「あんたが担いで行く途中で、こいつが目が覚めたら危ない」
「い、いや……だが、無関係な奴をこれ以上」

その言葉の途中に
何を今更、と声を被せる


「もう十分に関わっているだろ――それに何かあったら、こっちの夢見が悪い」

そう呟くと、相手は何も言えなかったらしい
黙って頷き、ゆっくりと歩き出した

半歩後ろをついて行く
相手はそれを承知しているだろうに、咎める言葉は言われない


「……おかしな奴だな、お前」
「オカシイとか言うなよ。こっちは一応、仕事の恩人だろ」

そう言うと、向こうの声の勢いが衰える
声が口の中で籠っているらしく、言葉が聞き取り辛い


「まぁ……そうではあるが」

だが相手の言い分も分かる
なんせこちらは、進学したての高校一年生――まだガキなのだ


だから少しだけ、着いていく理由をプラスする


「それにちょっと暇だったし、実は興味があったんだよ」

ライナーにな
それは口に出さなかった

けれども相手は、そう受け取ったらしい
一気に声のトーンが上がった


「え、なんだ俺にか?罪つくりだな、16歳の子に一目惚れされちまったか?」
「アホか、探偵だよ……探偵って職業に興味を持ったんだ」

声色一つ変えずに否定してやると、またライナーの声が止まった

冗談と言う口調で言っていたが、はやり少しは期待していたらしい
なんて図々しい奴なんだ



その後

ぽつり、ぽつりと話しているうちに依頼者の家の前に着いたらしく
ここまでで大丈夫だ、と奴が呟く



「本当に助かった、ありがとうな」
「いやいや、明日ジュース飲みに行くからな――お礼はその時でいい」

そう言うと、奴は口を大きくして笑った
この顔は、訓練兵の時に見た笑顔そのままだ


「あぁ、分かった」
「ただし注文がある、濃縮還元のジュースじゃないと認めない」

我ながら注文が多いな、と思ったものの
普段施設ではジュースなんて飲めないので、少しだけ贅沢をさせてもらう


昔からある、頼れる
いや、頼られ過ぎるくらいに面倒事を引き受けてくれた彼だし

ライナーだしいいよな、と
心の中で少しだけ、また甘えさせて貰う

そんな心情は露知らず、奴は笑って許してくれた


「分かったよ、待っているからな」
「あぁ」

そこで頷くと
不意に、これが会話の終着点であると感じ取った



奴に、背を向けて歩き出す
曲がり角まで歩いて、少し振り向くと……奴と目が合い、手を振られた


それに苦笑して、ユミルは角を曲がる
すると完全に、ライナーの姿は見えなくなった



「…………っ」


会えた
会えた

見えなくなった瞬間に、嬉しさが込み上げて来てユミルの頬を濡らした
拭っても、何度拭いとっても涙はあふれてくる



「……ライナー」

お前に会えて良かった

お前の目元にあった笑い皺が見れて、本当に嬉しいよ
あの世界のお前の顔は、あんなに歪んでいたから


そして、お前に会えた事で

ヒストリアに、サシャに、コニーに、ベルトルトに、アニに
エレンに、ミカサに、アルミンに、ジャンに、マルコに

また会う事が出来るかもしれない
そんな希望を貰えた



「ありがとうな、ライナー」




翌日


事務所を訪れたユミルが
ライナーに、事務所でのバイトを持ちかけられ

その結果、ライナーの事をボスと呼ぶ様になり
雑用に明け暮れる毎日になるのは

また別のお話である





ユミル「ミドルなライナー」【終】


とあるマンガで妄想が爆発した
ライナーの魅力は35歳辺りを過ぎてから、更に爆発すると思う

本当は主人公はアニでも良かったかもしれないが
ライナーとの距離感が近すぎる為、最初の妄想に忠実にユミルにした

読んで下さった皆様本当にありがとう
コメへの返信はもう少ししてから纏めて行います


ぜひ続きを!

これは是非とも続きが読みたい(*゚∀゚)

シリーズ化希望!!

ユミルのその後見たいし、他のキャラとも出会っていくのも見たいな

おつ!
こういう転生ものもいいね

いいね
しえん

続きが読ませろください!

あまり無茶は云いたくないけど、凄く良かったので
続き浮かんだら是非書いて欲しいな。
乙でした。


>>18 クリスタ攻防戦さえなければこの二人は仲がいいと信じてます

>>27 浮かんでいるネタもあるのでいつかは書きたいです

>>28 是非ですか、いつか頑張ります

>>29 浮かんでいるのはまだ三人ほどですが、いつか出したいです

>>30 探偵と言いつつ、ほのぼのしてます

>>31 支援ありがとうございます

>>32 読ませろ下さいありがとうございます

>>33 続きは書きたいですね、いつかは書く……かも?

探偵と言いながら、殺人事件は起きそうにありませんが

ライナーのちょっとくたびれたおっさんぶりと
ユミルの「駄目だ、こいつほっとけない」と言う葛藤を書きたいので
多分忘れられた辺りにでもぽつりとスレ立てるかもしれません

ではまたいつの日にか

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