理由のよくわからない無茶な人事がナイル・ドークを襲う!(269)

調査兵団と憲兵団の暗闘ものを舞台劇風に。以下ご留意ください。

・重いです。あまり笑えない。

・台詞の長い箇所が多く読みにくいかも。

・展開の都合上、後半で捏造キャラ登場。

ではどうぞ。

ダリス・ザックレーの執務室。ノックの音。

ザックレー「入りたまえ」

憲兵団師団長ナイル・ドーク入室。ザックレーの前に歩み寄り敬礼。

ナイル  「お呼びでしょうか」

ザックレー「うん。掛けたまえ。…まあ、単刀直入に言おう。(咳払い)実はエルヴィン・スミスの後任
      を君にと思ってね。急な話で申し訳ないが」

ナイル  「は?」

ザックレー「いや、驚くのはもっともだ。非常識なくらい前例がないってことは俺も十分感じている。
      確かに、誰が考えたってリヴァイを昇格させるのが当然だが、いろいろ事情があってすぐに
      というわけにいかんのだ。かといって、今の調査兵団を見ればわかる通り、適切な人材を
      内部で確保できる状況じゃない。というわけで、いろいろ考えた末、君にお願いするしか
      ないという話になったのだよ」

ナイル  「私が調査兵団団長… (笑顔をつくり)総統は、私をからかっておいでなのですか?」

ザックレー「私が君をからかっているように見えるかね?」

ナイル  「いえ。…しかし、まさに前代未聞と申し上げて差し支えないお話ではないかと…」

ザックレー「だから言ったろう。前例がないのは承知していると。今はこういう非常事態なんだ。
      どうか理解してくれたまえ」

ナイル  「そうは申されましても、私は憲兵団一筋20年、調査兵団のことなど何一つわかりません。
      それに何よりも、我々と調査兵団との間には、これまで実にさまざまな軋轢がありました
      のは、総統もご存じのはずでは」

ザックレー「そりゃ確かに、君らと調査兵団との間には、極めて多岐にわたる経緯が存在する。それは
      私も十分承知している。しかしそれは置いておいてだ。三つの兵団全体の組織の問題
      として考えるとだね…」

ナイル  「あの、もし私の聞き違えでなければ、いま総統は『置いておいて』とおっしゃったので
      しょうか?」

ザックレー「それがどうかしたかね?」

ナイル  「『置いて』おける問題と、本気でお考えなのですか?」

ザックレー「そんなのはわがままだよ、君の。俺から見たら」

ナイル  「わがまま…」

ザックレー、右手を上げてナイルをさえぎる。

ザックレー「落ち着きたまえ。どうも悪い方にばかり受け止めているようだが。…いいかね、私は今、
      組織の問題だと言った。そしてこれは君の将来に関わる問題でもあるんだ。君だって既に
      一つの組織を束ねる立場になっておるわけだし、この難局にあって、積極的に困難に
      立ち向かっていく姿勢を下の者にも示してもらわんとな。部下が扱いやすいかどうかなんて 
      のは、上に立つ者として言い訳にはならんぞ。

      …それに、君も聞いているだろう。先般の壁外遠征に関して、いろいろ取り沙汰する声が
      政府中枢で上がっているのを」

ナイル  「は… どのようなことでしょうか」

ザックレー「聞いとらんのか。作戦行動で終始エルヴィンが混成部隊の指揮を執っていたのは、あれは
      一体どういうことだと、そういう声が憲兵団出身の複数の方々から出ているのだよ。それも
      相当に上の方でだ。あの遠征では、出発する時点で反逆者2名は特定されていたわけだろ?」

ナイル  「はい、確かに…」

ザックレー「それなら、エルヴィンがどれだけ訳のわからん新兵(エレンのこと)の奪還に躍起になって
      いようが、反逆者の討伐に比べてどちらが優先か、君も子供じゃないんだからわかるはずだが?」

ナイル  「あれはエルヴィンが、どこまでも自分が部隊の指揮を執ると言い張ったのです!」

ザックレー「そうか? 俺はそうは聞いとらんが」

ナイル  「…いえ、いや、少なくとも奴は、我々に一切相談もせず全軍の指揮を執り続けました。おかげで
      我々は」

ザックレー「それは君の迂闊というものだろ! それに、確認したわけではないが、エルヴィンは出発に際して、
      反逆者はその場で殺せと全ての兵に命令したというが。これは事実なのか?」


ナイル  「(思わず嘘をつく)いえ… 私はその場に居合わせませんでしたので…」

ザックレー「だろうな。もしそんな越権行為を見過ごしたとすれば、私も君を庇いようがないぞ。いいかね、
      彼らの任務は情報収集だから、その一環として例の新兵の確保にこだわるのはある意味仕方ない。
      だが反逆者の処分にまで口を出させてはならん。逮捕するか処刑するか、それは憲兵団の
      権限であり職責なのだからな!

      どういう行きがかりだろうと、王に刃を向ける者の討伐、これが遠征の主目的となった以上、
      君はエルヴィンを縛り上げてでも指揮権を自分に取り戻すべきだったのだ。そうして当然だ。
      なぜそうしなかったのかね」


ナイル  「…壁外での活動は、調査兵団の任務であるという慣例が一般化していたということでは…」

ザックレー「慣例? 話にならんな! 君らの任務に壁の内も外もあるとは私には思えんが! …まあいい。
      この話は今回の件とは無関係だ。元気を出したまえ。ここは君に頼むしかないのだ。何、ずっと
      行きっぱなしというわけじゃない。半年もすれば戻ってこれるように、俺も尽力する。そりゃ、
      居心地がよければ、ずっといても構わんが」

しばし沈黙。


ナイル  「…一つ、お願いしたいことが」

ザックレー「何だね?」

ナイル  「着任に際して、何人かの者を側近として同行させてください。身分は憲兵のままでも結構です」

ザックレー「ふん。一応はやってみよう。ただし時間がかかるぞ。ひと月は見てもらわんと」

ナイル  「構いません」


ザックレー「それで? 何人ほどお望みかね」

ナイル  「10名ほど」

ザックレー「そりゃ無理だ! 俺の知らん新しい兵団を編成するんじゃあるまいし。まあ頑張っても5人だな。
      それに身分をそのままでと言われても困る。願いがかなったとしてもだ、君と同じように正式に
      調査兵として登録される。君の発令は1週間後だ。少し慌ただしくなるがね」


ナイル  「1週間後? 王のご親裁があるのでは…」

ザックレー「実はきのう、奏上に行ってきた。もちろん君の名前なんか出さないよ。で、卿のよきようにとの
      仰せだった。だからこの件については既に済んでいる。じゃ、よろしく頼むよ」

ナイル、執務室を退出。


ナイル  「『卿のよきように』だって? 俺が師団長になる時だって、俺の名をはっきり口に出してくれた
      御方だったのに! …そうか。リヴァイの野郎妙に低姿勢だと思ったらこういうわけだったのか。
      畜生! エルヴィンめ、はめやがったな!」


憲兵団師団長の官舎。ナイルの妻がソファで居眠りをしている。ナイル帰宅。

ナイルの妻「あら、あなた、きょうは随分お早いのね」

ナイル  「首になった」

妻    「え?」


ナイル  「師団長を首になった。というより、憲兵を首になったよ。7日後から調査兵団長にと言われた」

妻    「嘘でしょ!? 調査兵団なんて、あんなならず者たちのところへ? あなた殺されるわよ!」

ナイル  「多分な」

妻    「どうしたらいいの? 調査兵団の本部は、巨人が壁のすぐ外をうろついているような、
      とんでもない場所にあるんでしょう? 巨人が壁を叩く音が年中聞こえるっていうわよ?
      私たちはそんなところへ行かなければいけないの?
      ここへ戻って来るのだって馬車で1カ月かかるっていうじゃないの!」

ナイル  「1カ月だなんて。せいぜい5日だ。どうか落ち着いてくれ」


妻    「これが落ち着いていられる? まあ、1週間後だなんて、お友達に挨拶する時間もないじゃない!」

ナイル  「…無理に君について来てくれとは言わない。俺だけで行ってもいいんだ」

妻    「そんなこと言われたって…」

ナイル  「とにかく、すぐに荷造りを始めないと間に合わん。使いをやって、人を来させよう」


妻    「どれくらい行ってなきゃいけないの?」

ナイル  「ザックレー総統は半年だと言ってたが、当てにはならん」

妻    「そうだあなた、王様にお願いするのよ。王様ならきっとわかってくれて、すぐに都へ呼び戻して
      くださるわ。私、宮廷に友達がいるし」

ナイル  「やめた方がいい。下手に我を通して逆鱗に触れでもしたら本当に最後だ。君も無茶なことは
      しないでくれ」


妻    「…本当に、調査兵団に行くしかないの?」

ナイル  「ああ。今は耐えるしかない、ただ耐えるしか…」

ナイル、すすり泣く妻を抱きしめる。


調査兵団付属の傷病兵病院個室。ベッドの背を起して横たわるエルヴィン。丸テーブルを挟んで
椅子に掛けているリヴァイは書類に目を通している。リヴァイ、テーブルに書類を放り出す。

リヴァイ 「これで一件片付いたな」

エルヴィン「いろいろ苦労をかけてすまない。補充兵の様子はどうだ?」


リヴァイ 「新兵に比べりゃおとなしいのは大いに結構だ。どいつもこいつも死人みてえな面をしている
      せいか、顔と名前を覚えるのが容易じゃないがな」

エルヴィン「皆、自分以上に不運な人間はいないと思っているんだよ。調査兵団への転籍なんて
      災難以外の何物でもなかったろう」

リヴァイ 「そのうち諦めがつく。覚悟ってやつかな。世の中ってのはもともと不公平にできてるんだ。
      こんなだだっ広い個室でふんぞり返る奴もいれば、隣で死にかけている奴の顔を見ながら
      汚ねえベッドでうめき声を上げるしかない奴もいるのと同じように」

今さらだけどもしや本誌バレ含んでる?


エルヴィン「耳が痛いな」

リヴァイ 「恥じることはない。その右腕だって生えてくるわけじゃねえんだろうが。ところがトカゲの尾
      みてえに手足が生えてくる奴がいるとわかったのはごく最近だ。こういう不公平を食い潰し
      ながら世界は進んでいく。言ってみれば世界の本質だ」


エルヴィン「やけに達観したような口振りだな。君らしくもない」

リヴァイ 「何を言ってる。俺は昔から哲学者だ。都に行ってる間、禁書の山に埋もれてたせいでもない。
      クソみてえな考えが絶えず頭に浮かんでくるのはずっと前から同じだ」

エルヴィン「禁書か… あの時の報告書はよく覚えてるよ」

リヴァイ 「つまらんことを思い出したな!」

>>24
大ざっぱにこれまでの流れを見たら、こういうのも
ありかなと。本誌の方は座標とか細かい話が出てきてますが
ここでは反映しません。


エルヴィン「いやあ、歴代の担当者でも禁書の倉庫にまで入り込んだのは君が最初だったが、文面から
      君の悲鳴が聞こえてくるようだった」

リヴァイ 「…ああ、あれは失敗だった。禁書倉庫といったって所詮、憲兵団管理だからな。
      一工夫すりゃ陰気くせえ図書館みてえなものだったが、取りかかってからが大変だった。
      よくもまあ考えつくなと呆れるくらい、下らねえことが後から後から…

      この世界は丸い球の形をしていて、同じように球の形をした太陽と月が世界の周りを
      回ってるだとか、実は逆に世界が太陽と月の周りを回っているんだとか。こういうのもある。
      世界はとんでもなくでかい巨人が両手で支えていて、こいつのケツがかゆくなると
      地震が起きるってな」


エルヴィン「で、その巨人の足の下は?」

リヴァイ 「馬鹿でけえ亀が支えてるんだとよ」

エルヴィン、声を上げて笑うが、痛みに顔をしかめる。

エルヴィン「いやはや、実に楽しそうだな。君がうらやましい。できることなら私が代わりたかった」


リヴァイ 「馬鹿言え。…ところが肝心の巨人の謎に関する手掛かりとなると、何一つ見つからない。
      まるでこっちを霧の中に誘い込んでいるみてえに。意図的に証拠を消そうとしているならその
      痕跡が目立ってくるものだが、それさえ見つけることができない。それに気がついてから、
      暇潰し以外では倉庫には行かなくなった」

エルヴィン「ある意味、我々の任務の宿命だな。調査に試行錯誤は付き物とはいえ…」


リヴァイ 「どうも分析手法がなってないんだ。事実ばかりをどれだけ積み上げても所詮はクソの山だ。
      禁書の山の中で頭から湯気出してた時、俺はそれまで理解していた調査ってものの意味が
      根底からひっくり返る気がしたが、こっちに戻ってからも、時々似たような感覚に襲われる。

      例えば森で、ペトラたちの死体を見た時に感じたのもそうだ。こりゃおかしい。
      明らかに変だ。…今考えるとこういうことだろうか。俺たちは何か根本的なところを
      はき違えていて、そのために一杯食わされているんじゃねえのかと」

エルヴィン「それは、我々と敵との情報量の差という意味か?」


リヴァイ 「違う。そんなクソみてえなことじゃない。後で気がつけばあほらしいほど簡単なことなのに、
      今の俺たちは間抜け面であたふたしているっていう、そんな何かだ」

エルヴィン「…ひょっとすると、人間の本質に関わっている何かで、我々が人間である限り手に負えない…
      森で女型を取り逃がした時、私の頭にもそんな考えがよぎったがね。とはいえ、当面の敵は
      具体的な姿で現れているから、こちらも具体的な対応をせざるを得ない。そこが限界と言えば
      限界だな」


リヴァイ 「まあ、今はそうやって寝転がってられるんだから、考えてみろ。俺たちは立体機動装置
      なんてオモチャを付けて、飽きもせず巨人のうなじを削いでいる。この必然性は何だ? 
      このオモチャに何の必然性がある? 手段が目的化しているんじゃないのか?
 
      …それでも、要領の悪い蜘蛛みてえに巨人の身体を這い回っていられるうちはいい。
      この調子だと、刃が通らねえばかりじゃない、でけえ図体で空を飛んだり、
      細切れにした一つ一つが全部再生するような奴まで現れるかもしれない。

      いちいちそいつらに対処法を考えるのか? ただでさえ、現状は駐屯兵団払い下げの補充兵
      しか期待できねえ。…要するに俺が思うのは、もう小手先の技術的な問題の域を超えて
      しまってるんじゃないかってことだ」

しばし沈黙。


エルヴィン「坂道で球を転がすと、どんどん勢いがついていく。下へ行けば行くほど。この5年間はまさに
      その連続だった。壁の内外すべてで。私にはそう見える。というよりも、それ以外の状況が、
      残念なことに見えてこない」

リヴァイ 「それは俺も同じだ」

エルヴィン「時にリヴァイ、ハンジをどう思う?」

リヴァイ 「俺はあまり評価していない。方法論はいい線を行っていると思うが、要は本人の資質の問題だ。
      より適切な担当者を選んで研究の方向性を絞り込む必要がある」


エルヴィン「同感だ」

リヴァイ立ち上がる。

リヴァイ 「全く、下らねえ長話をしてしまったな。ゆっくり休め。無駄に頭を悩ますと、そのうち角が
      生えるぞ。その右腕は生えてこねえだろうが」

エルヴィン「まあ、生えてくるよう願う分にはいいだろう」


リヴァイ、ドアの前で立ち止まり、振り返る。

リヴァイ 「今思い出したが、禁書の中の記述に傑作なのがあった。この世界は実は発射された大砲の弾で、
      物凄い速度ですっ飛んでいる最中だっていうのが」

エルヴィン「それでどうなる?」

リヴァイ 「的に当たった時が世界の終りなんだとよ」

エルヴィン声を上げて笑い、再び顔をしかめる。横目に見ながらリヴァイ退出。


調査兵団団長官舎前。ナイルとその妻、馬車で到着。

妻    「ひどい風! 壁に近づくほど、ひどくなるみたい。体中埃だらけよ、病気になっちゃったら
      どうしよう」

妻、激しくせき込む。ナイルは妻の手を取って馬車から下ろす。

ナイル  「よく我慢してくれた。何、ここの暮らしも慣れればなんてことない。…おや、あれは憲兵だな。
      こちらへ馬を飛ばしてくるぞ。我々に用なのか」

伝令   「前憲兵団師団長ナイル・ドーク殿! 制服を受領に参りました」


ナイル  「制服を受領だと? 俺の制服をか?」

伝令   「は! 自主的にご返納されるのをお待ち申し上げておりましたが既に出発されたと聞き及び、
      本部の命令により追随して参ったのであります」

ナイル  「今返す必要はない。調査兵団長の発令後に定期便で後送するとお前の上司に伝えろ」

伝令   「失礼ながら、その言葉には従いかねます」

ナイル  「なぜだ」


伝令   「既にナイル殿は師団長の職を離れておられると、私は聞いております」

ナイル  「馬鹿な! 俺は明日の日の出とともに調査兵団長となるが、それまでは師団長のはずだ。
      つまりお前の上司だ。そうだろう?」

伝令   「いいえ! 本日の日の出を以て、ナイル殿は師団長職を離れたと私は聞いております」

ナイル  「そんな前例があるか! 貴様にそんなデタラメを言ったのはどこのどいつだ!」

伝令   「次期憲兵団師団長※※※※殿であります!」


ナイル  「そんな馬鹿な… しかし少なくとも、俺は憲兵だ。まだ調査兵じゃないのだからな。
      制服を返納する理屈は通らんぞ」

伝令   「まことに失礼ながら、私はそのようには聞いておりません!」

ナイル  「何だと? じゃあ今の俺は一体、何だというのだ!」

伝令   「王に心臓を捧げる1兵士! 次期憲兵団師団長※※※※殿は、はっきりとそう申されました!」


ナイル  「ふざけるな! この俺が、憲兵でも調査兵でもなく、ただの馬の骨だというのか!」

伝令   「即答は控えさせていただきます! なお、確認のため申し上げますが、欠格者の制服所持は
      兵法典第814条第29項の6により…」

ナイル  「もうその口を閉じろ! …いいか伝令。次期師団長だか何だか知らんが、俺は貴様の顔を
      一生忘れんぞ。覚えておけよ。いつか、必ず…」

ナイル、覚束ない足取りで馬車に歩み寄り、幌を開けて行李から制服を出して伝令に手渡す。伝令頭を下げ、
空の雑嚢に制服を詰めるや、騎乗して駆け去っていく。

(41訂正 王→公)


ナイル  「何てことだ。憲兵団師団長だったこの俺が、制服を着る資格もないただの野良犬…
      これでナイル・ドークという名前は主を失った。(妻の顔を眺め)この意味が
      お前にわかるか? 俺は知っている。今まで絶対に起こりようがなかったことでも、
      結果は目に見えるようにわかる! …いや、俺は負けんぞ。見てるがいい」
      
妻    「あなた」

ナイル  「…何だ」

妻    「制服を渡しちゃって、いいの?」

ナイル  「仕方ないだろう。奴らは法令違反を理由に俺を逮捕するとか言い出しかねない。逮捕された
      時点で異動は凍結されるから、下手をすれば永久に俺は馬の骨だ」


妻    「でも、明日の初出仕は何を着て行くつもり? 普段着で行くつもりなの?」

ナイル  「…兵団本部に使いを出してみる」

妻    「それで明日の日の出前に、制服を渡してくれるかしら…」

ナイル  「おい… 俺は仮にも団長だぞ。いいさ、ふざけた野郎がいたらこの手で叩き殺してやるまでだ」


夜。団長官舎のドアを激しく叩く音。

ナイル  「誰だ」

声    「調査兵団本部より、次期団長殿に使いで参った者です!」

ナイル  「本部? ご苦労、姓名と用件を!」

声    「調査兵アルミン・アルレルト! ご指示により、次期団長殿の制服を持参いたしました」


ナイル、妻と顔を見合す。

ナイル  「見ろ、この俺が命じれば何も動かないなんてことがあるもんか。よしわかった! 入れ」

アルミン、ドアを開けて3歩進み敬礼。

ナイル  「早かったな。俺も急な話だったので少し気を揉んでいたのだが」

アルミン 「(両手で制服を差し出し)お試しを。至らざる点がありましたら直ちに交換いたしますので、
      夜中を問わずこのアルレルトにお申し付けください! 私は本日の当直であります!」


ナイル  「承知した、ご苦労だったアルレルト。退出してよい」

アルミン 「は!」

アルミン退出。
ナイル、鏡の前で調査兵団の制服を着用。

ナイル  「見ろ。誂えたみたいにぴったりだ。何という手回しのよさ。俺を迎え入れる準備は万端
      整っていたってわけだ! …ふん、これが自由の翼とかいうやつか。今の俺には一角獣を
      縛る鎖の束にしか見えないがな。…だが、見てろ。一角獣はこの心臓の中で生きている。
      俺は、翼を持った一角獣になってやる。必ずな」

妻    「あなた、本当に、本当に、しっかりしてね、お願いよ…」


団長官舎の門外にたたずむアルミン、正面を向く。

アルミン 「やあ良い子のみんな! 宿題はちゃんとやったかな? あんまり遅くまでテレビを見ていちゃ
      駄目だよ! 夏休みも終わって随分経ったね。アニメの放送も一番いいところだったし、
      夏休み中は進撃一色だった子も多いんじゃないかな! 森でカブトムシの捕獲に失敗しました
      なんて日記帳に書いて、先生に笑われた子はいない? いないか。アニメが終わっちゃって
      残念だね! でも、漫画の連載はまだまだ続くから、これからも僕らをよろしくね!

      さあ、憲兵団の師団長だったナイル・ドークさん、何と調査兵団の団長に任命されちゃったよ。
      みんなは知ってると思うけど、調査兵団と憲兵団はとっても仲が悪い。ナイルさんうまく
      やっていけるんだろうか? 今までうすら髭とかスカスカの脳味噌とか散々なことを言ってきた、
      リヴァイ兵長みたいな人を部下にするんだよ? 僕だったら逃げ出しちゃうね! 何があった
      のか知らないけど、本当に気の毒だよ! 王様もザックレー総統もひどいことをするよね!
      え? アルミンは優しかったって? だって命令だもん。命令には絶対に従うのが、兵士なんだ。
      
      でも、僕の周りでは新しい団長をどう思ってるのか? 気になるよね? だから一人一人に聞いて
      みたよ! 104期のみんなは、僕に聞かれて初めて知ったみたいで驚いていたね。じゃあ、
      さっそくいってみよう。まず、主人公のエレン・イェーガー君から。


エレン  「はぁ? 憲兵師団長が団長に? 本当かよ。…ナイルっていやぁ、俺を解剖するとか騒いでた
      おっさんだろ。別に今は根に持ってはいねえけどよ。兵長が団長にならねえなら誰がなったって
      おんなじだよ。とにかく、俺たちの仕事を邪魔しねえように、それだけはお願いしたいな」

ミカサ  「ナイル? 審議所で、エレンを解剖すると言っていた憲兵団の? そんなにエレンを解剖したいの
      なら、覚悟するといい。自分が身をもって体験することになる。この刃で。私にとってあの男など、
      それ以上でもそれ以下でもない」

コニー  「そりゃ驚きだねえ。憲兵を大勢引き連れてくんのかよ? 一人で? 正気とは思えねえな。誰が
      仕事教えるんだよ? 俺は遠慮してえな。そのくせ金とか規則とか無駄にうるせえんじゃねえか。
      なんつっても憲兵だし」


ジャン  「…どうせすぐに憲兵団に戻るんだろ。壁外調査で死んだりしなけりゃ。兵団の中でごたごたが
      起きねえといいけどな。そうなったら、ナイル派だなんて見られるのは、絶対、得にはなりゃ
      しねえんだろうなあ」

サシャ  「その人、どんな食べ物が好きなんですか? お酒は飲むんですか?」

ハンジ  「あーあ知ってる知ってるあの男。くだらないよ。くだらない人間の見本」

リヴァイ 「それを俺に聞くのか? お前」


アルミン 「いやー、リヴァイ兵長怖かった。この一言聞いただけですっ飛んで逃げたよ! いつまで経っても
      この人だけは苦手だなあ。こんな人を部下に持って言うことを聞かせていたなんて、どれだけ
      エルヴィン団長は偉大だったんだろう。僕なんかには想像もつかない世界だね。
        
      まずエレン。出たね最強の必殺技「はぁ?」。彼の軸足のぶれないことといったら、
      ずるいくらいだと思うよ! これだもの、ライナーあたりが「もっと大局を見ろ!」とか
      ほざいたところで、この「はぁ?」で一蹴されて終わりだよ。何なんだろうね。確かに
      主人公なんだけどさ、いくらお母さんを目の前で殺されてるからって、僕なんか両親を
      殺されているんだよ! それにしてもこの言い草。新兵のくせにまるで古参兵じゃん。
      ナイル団長の行く末がますます思いやられるよ! 根に持ってないって本当かなあ?

      ミカサの答えで、もう確実になったね! 何かとんでもない奇跡が起きて、ナイル団長の
      立場が断然有利になったとしても、エレンを解剖することは100%できないよ! 
      99%じゃないよ、100%! これは僕にしかわからない。それから、この喋り方
      どこかで聞いたことがあるなんて、どうでもいいツッコミはなしだよ!


      コニーの言っていることは、ナイル団長を迎える調査兵団の空気そのものだと思うよ!
      新団長の面倒を見ても得する人間なんて誰もいないからね。駐屯兵団から来た補充兵
      の人だって、もう古巣に帰れるわけじゃないし、調査兵団の組織は完全に他の兵団から
      切り離されてるから、そんな酔狂な真似しても何の意味もないんだよ! 本当に、
      どうするんだろうこの人!

      ジャンはやっぱり現実主義者だね! 彼は明らかに生まれる時代を間違えたと思うよ!
      平和な時代に勤め人になったら、絶対に出世するタイプだね。僕はね、ジャンは
      調査兵団に入ったことを後悔し始めてるとにらんでる。だから新団長の就任はチャンス
      かもしれないと思う反面、最初に憲兵団志望だったことが、これからの自分の立場を
      微妙なものにするんじゃないかと、そのへんを心配してるんだよ。僕はナイルさん、
      どう考えたって当てになんないと思うけどね!

      喋りすぎて疲れちゃった。だからサシャとハンジ分隊長の説明は省略。
      そろそろ、新団長が出仕するころだ。


調査兵団本部。ナイル騎乗のまま正門をくぐり、番兵の敬礼を横目で確認しつつ庁舎前へ。
庁舎に入るとすぐに総務課。数名の調査兵が机に向かって勤務中。補充兵らしい者が古参兵から油を
絞られている。ナイルに目を止める者なし。

アルミン 「お早うございます、団長!」

ナイル  「おお、お前か。昨夜は世話になったな。当直ご苦労」

アルミン 「恐れ入ります! あちらが(右手で奥を示す)、団長室になります」

ナイル  「そうか、すまんな。…ところで、リヴァイはどこにいる」

アルミン 「兵長ですか? 普段この時間は執務室におられるはずなんですが… 申し訳ありません、
      私は任務がありますので!」

アルミン走り去る。それを見送ったナイル、目の前の机で書類にペンを走らせている兵に声を掛ける。

ナイル  「おい君。…おい! お前だ!」


調査兵A 「はい?」

ナイル  「…リヴァイはどこにいる」

調査兵A 「兵長なら出掛けてます」

ナイル  「どこへ?」

調査兵A 「知りませんよ」

ナイル  「…知らんですむのか」

調査兵A 「ええ。あの人は行き先や用件を我々にほとんど教えません。知ってる方が珍しいです」

ナイル  「ほう」


ナイル総務課を離れ、団長室へ向かう。ドアを開けて入室。

ナイル  「これは恐れ入った! まるで嵐が去った後みたいに何もかも持ち出しやがって! 書架は
      がらんどう、机の上はそのままベッドになりそうなくらい何も乗っかっていないときた!
      からっぽなだけに、実にまあ広々として、都での俺の執務室の2倍くらいはありそうだな!
      いっそ俺の悪友どもを都から呼んできて、バカ騒ぎの一つでもやってやるか! …いや、
      今はそんなことを考えている時じゃない」

ナイル総務課へ戻る。勤務中の兵士たち、一人も顔を上げず。

ナイル  「諸君。1時間後に私の就任あいさつを行うから集会所へ集まってくれ。…聞こえたのか!
      聞こえたなら返事をしろ!」

調査兵B 「聞こえてますよ師団長、じゃなかった団長殿。ここは都と違って静かなんですから、あまり
      でかい声を張り上げられたら耳がおかしくなっちまいますよ」

一同、爆笑し一瞬で静まる。ナイル呆然と立ち尽くす。


調査兵団付属の傷病兵病院個室。エルヴィン、安楽椅子に身を預け瞑目。ドアの外で押し問答の声。

当番兵  「困ります。面会時間は決まっていますので、どうか出直してください」

ドアを荒々しく押し開きナイル入室。足早にテーブル横へ歩み寄り、椅子に座って両足を組む。

ナイル  「よう。どうだ気分は」

エルヴィン「上々だ」

ナイル  「随分と気の利いた当番兵がいるな。ええ? 『出直してください』とは恐れ入る。俺の
      部下どもとは一味も二味も違うようだ。尊敬に値すると言っておこう」

エルヴィン「それは痛み入る」

ナイル  「歩けるのか?」

エルヴィン「この中ぐらいなら問題ない。しかし外を歩けないのは辛いよ。君は経験したことがあるか?」


ナイル  「訓練兵の時に足を折って10日間ベッドに縛られた。何、どうってことはない怪我だ。
      考えてみれば、ついこの間まで命を的に戦った経験など皆無だったからな、お前さん方と
      違って。この前の遠征ではそれがどういうものか思い知ったよ。だから、あれを通常任務と
      してきたお前の組織運営には敬意を表したい。どうだ」

エルヴィン「それを言いに来たのか?」

ナイル  「何とでも言うがいい。付け加えるなら、俺がこれから命を張ることになろうがどうしようが、
      やけくその大暴れをするなんて思ってるとしたら、それは筋違いだってことだ。俺は素直に
      お前の路線を継承する。例の怪物のガキも勝手に遊ばせてやる。リヴァイにもハンジにも
      好きなようにさせる…」

エルヴィン「君がやけくその大暴れをするだって? 趣味の悪い冗談だなそれは。今言ったエレン・
      イェーガー、彼にだって君は指1本触れることもできゃしないよ」


ナイル  「わかってるって! 指1本だろうが2本だろうが、俺は自分から進んで火傷をするような阿呆
      じゃない。調査兵団にはやり方があるんだろ? だから俺は、そいつには敬意を表したいと…
      何がおかしい?」

エルヴィン「…いや、申し訳ない。しかし君は…本当に、根っからの憲兵なんだな。今の話を聞いてよく
      わかったよ。まあ、君の言う敬意はうれしいが、あまりやり方というのにこだわるのもどうかと
      思う。基本は現場で出たとこ勝負、それも状況に応じて刻々変化する。これが我々のやり方と
      いえばやり方だ。覚えておいた方が君のためだ。…それから、私に空頼みしてもあまり意味がない」
      
ナイル  「そうなのか?」

エルヴィン「意味があるなんて、まさか本気で思ってやしないだろう? いくら何でも。それに、私自身
      この土地にいつまでもとどまっているという保証もない」

ナイル  「まさか、内地に…」

エルヴィン「その可能性もある。何、君が心配するような話じゃない。私の兵歴はもう終わりだ。その意味でも
      君の力になってやれることは少ないと思う」

ナイル立ち上がる。

ナイル  「邪魔したな。具合がよくなったら一杯やろう」

エルヴィン「できることなら。しかしせっかくで申し訳ないが、私は酒を一滴も飲めない。理解してくれ」


集会所の外の兵団厩舎。調査兵2人が馬の世話をしている。集会所の窓からナイルの声。時折かすれる。

調査兵C 「まだ大声張り上げてるぜあのおっさん」

調査兵D 「長え就任あいさつだな。誰か聞いている奴いるのか?」

調査兵C 「最初は10人ぐらいいたよ。仕事があるっつってぞろぞろ抜けてったけどな」

調査兵D 「何だか気の毒だよ。補充兵の俺たちから見りゃ、ここの連中ときたら全く、情け容赦がねえな」

調査兵C 「さっきは俺、『エレン・イェーガーという新兵はいるか』って聞かれたんで、エレンなら
      旧本部のリヴァイ班ですって答えたら、『リヴァイ班? リヴァイの奴ここにはいないのか』
      って、顔を真っ赤にして怒ってたぜ。あの調子でもつんだろうか」

調査兵D 「(窓をのぞき込み)おい、誰もいねえぜ! おっさん1人で演説してるよ」


ナイルの声、途絶える。顔を見合わせている2人の横に、ナイル姿を現す。2人を無視して自分の馬に跨り
駆け去る。

調査兵C 「もしかして、今から旧本部に行くつもりかよ?」

調査兵D 「大したご活躍だ。忙しいこった…」

調査兵去る。夜になり、ナイル憔悴して戻り馬をつなぐ。

ナイル  「ここには… 嘘をつかない奴というのはおらんのか? 旧本部とやらには、人の影すら
      見えやしない。庁舎の手入れだけは入念にやっているようだが。結局、今日の俺は何をした?
      無駄に大声張り上げて駆けずり回っただけか?」


翌朝。ナイル登庁。無人の兵団本部内に入り立ち尽くす。

ナイル  「これは何だ? 俺の面が見たくないばかりにどいつもこいつも逃げ出したのか。許さんぞ、
      絶対に許さん。(玄関に出て、正門の番兵に叫ぶ)おいそこのお前」

番兵   「何か?」

ナイル  「何かじゃない! 兵どもはどこへ行った?」

番兵   「ご存じじゃなかったんですか? きょうは壁外調査で全員出払ってますが」

ナイル  「何だと? 壁外調査? …どこから出発した!」

番兵   「私は聞いてませんが、多分カラネス区じゃないですかね。トロスト区は扉が壊れていて
      出入りできませんし」

ナイル  「…わかった。俺は出掛けるからしっかり留守番をしてろよ」


カラネス区開閉扉前。調査兵団、扉内側から半径30メートル程度離れて扇型に3重の陣形。陣の
奥にはリヴァイとハンジ。ハンジはまだ負傷が癒えず車椅子に乗っている。その他、壁の上や屋根
の随所に兵が配置されている。

見張りの兵「10メートル級1体が接近!」

リヴァイ 「無駄にでけえな… でも仕方ない。目標は10メートル級! 開門準備」

ペール  「開門準備!」

見張りの兵「距離200! 100! 50!」

ペール  「開門!」

開閉扉が開く。突っ込んでくる10メートル級、リヴァイらの方向へ突進するが、落とし穴に落下。
穴に仕掛けられたワイヤー製の網が収縮して10メートル級を拘束する。


リヴァイ 「最後まで気を抜くなよ。それから、うなじに傷を付けねえようにな」

ハンジ  「やあ、あっけなく成功したね。到着してからたったの3時間で2体確保。何たる効率の
      よさだろう!」

リヴァイ 「それは本部に戻ってから言え。このごろは最後の詰めが一番当てにならん」

ハンジ  「ところでさあリヴァイ、実験のことなんだけど…」

リヴァイ 「うるせえぞ、何遍同じことを言わせるんだ。これは訓練用だ。用済みになるまで使ったら
      実験用に回してやるから、おとなしく待ってろ」

調査兵E 「目標の拘束、完了しました」

リヴァイ 「よくやった。荷車に積む時は、怪我させねえようにしろよ。(馬に乗る)…いいか聞け!
      これから名前を読み上げる奴、こっちへ来い」


調査兵3人に続いてコニー、サシャの名前を読み上げる。

リヴァイ 「本日付で特別作戦班を再編成する。名前を呼ばれた者は荷物をまとめ、夕刻までに
      旧兵団本部へ集まるように。そこがお前らの仕事場だ。以後、本部との往来は俺が
      許可しない限り認めない。わかったか。それからエレン、お前は首だ。巨人化兵器の
      計画は中止。本部に戻ってミカサの班に合流しろ。新しい作戦班との接触は今後一切
      許可しない。いいな」

エレン  「…は、了解。…あ、兵長」

リヴァイ 「何だ」

エレン  「申し訳ありません。私はまだ自分自身の管理に、自信が持てない部分が若干…」

リヴァイ 「それは心配ない。お前が暴走したらミカサがお前を殺す、というより戦闘不能にする。
      奴にはそれができる。その前にお前自身が自分を管理できるよう、最大限努力しろ」
      
エレン  「は、了解」


ハンジ  「元気出しな。あいつにいじくり回されて心身ずたずたにされるよりは、考えように
      よってはましだったんだからさあ」

リヴァイ 「おいハンジ。お前には作戦班の助言役として参加してもらう。エレンに話しかけるな」

ハンジ  「(ため息)災難だねえ。まあエレン、お互い頑張ろうよ」

ミカサ  「元気を出して。何が起きても、あなたに痛い思いをさせたりはしない」

エレン  「ありがとうよ。でも、やっぱり寂しいよな。エルヴィン団長も辞任、作戦班も改組で、
      オルオさんたちと一緒に過ごしたころが随分昔のことになっちまったよ。兵長には兵長の
      考えがあるんだろうけど。…あ、誰か来たぞ」


ナイル、駆け通しで瀕死の馬の手綱を絞り、リヴァイに詰め寄る。

ナイル  「リヴァイ貴様、俺に黙って壁外調査とは、どういうことだ!」

リヴァイ 「何だ、お前いつから来てた?」

ナイル  「…一昨日だよ。もう帰るのか? 調査は終わったのか?」

リヴァイ 「別に調査ってほどじゃねえよ。調査の準備みたいなもんだ」

ナイル  「巨人を捕獲したのか。…何を調べるつもりだ?」

リヴァイ 「知りたきゃその辺の奴にでも聞け。俺は忙しいんだ」

ナイル  「何だと! 俺は、仮にも団長、お前の上司だぞ!」

リヴァイ 「だったらそれらしくしたらどうだ。え? …おいミカサ!」


ミカサ  「はい!」

リヴァイ 「お前さっき、殺してやるぞって目つきで俺を睨んでいたな。どうだ、俺を殺したいか」

ミカサ  「はい。少なくとも、エレンよりあなたが先に死ぬことになる」

リヴァイ 「いいぞ。だが今のお前には無理だ。エレンを守りたいのであれば、俺を超えろ。これは
      命令だ。俺の戦闘術を全部、お前に伝授する。手心は加えんぞ。わかったな」

ミカサ  「はい!」

全員撤収。

寝ます。


ウォールローゼ南区の草原。風はなく蒸し暑い。
緩い丘の斜面に1本だけ立っている木の根元に座って、男が日差しを避けている。
薄汚れたマントをまとい、金髪は短め。こけた頬を無精髭が覆っている。
視界の先に10数頭の牛が草を食んでいて、男は手前にいる数頭をじっと
見つめている。やがて1頭が群れを抜け出し、男の視界を左右に行き来しながら、
おずおずと男の方へ近寄ってくる。

男の正面に立った雌牛が一声啼き、男の顔を舐める。男は手を上げて避けようとするが、
雌牛はその手と言わず顔と言わず舐め続ける。

牛飼いの男、背後から近づく。


牛飼い  「すまないね、不調法な奴で」

男    「気にしないでくれ。可愛いもんだ」

牛飼い  「あんたに惚れ込んじまったようだな。…こいつ、離れようとしねえ。さあ、お前の
      亭主が妬いてるぞ、ほら… どこから来なすった?」

男    「北からだよ。壁の向こうだ」

牛飼い  「ほう、じゃあシーナの旦那方だね? ついふらりと旅の途中ってわけか。どこへ行き
      なさるんだね」

男    「まあ、どこってあてはないよ。空気がきれいで、おもしろいことがありそうなところ
      ならどこへだって行くさ。この辺りはいいところじゃないか。牛も元気そうで」


牛飼い  「今年は草の育ちがいいからね。牛は人間の苦労なんてわからねえからいい気なもんだ」

男    「牛の気持ちは牛にしかわかるまい」

牛飼い  「言ってくれるねえ。最近はついこの先の村で巨人が出たって騒ぎになってるから、
      俺たちも気が気じゃない。このまま牧場を続けられるどうか。…あんたも食われねえ
      ように気を付けた方がいいよ」

男    「巨人ならシーナでも出たさ。…どうやら、巨人はもうどこに現れてもおかしくない
      ご時世のようだ。そのうち俺の目の前にも現れるだろうよ。…牛はどうなのかね。
      巨人が押し寄せてきて人がいなくなった方が有り難いんだろうか」


牛飼い  「どうだか。ウォールマリアが破られた時には、たくさんの牛や羊が飢え死にしたって
      じゃないか。それよりあんた、空模様が気にならねえか。こうも蒸し暑いと後で土砂
      降りが来てもおかしくないが。よかったらうちへ来て、今晩泊っていったらどうかね」
      
男    「ありがとう。せっかくだが、そろそろ失礼するよ。あんたの牧場は、あの丘の先かね?」

牛飼い  「ああ、この先に小さな池があって、それを越えたところに俺の柵がある。3日に一遍は
      ここへ草を食わせに来るのさ。牛はここの草が大好きだが、毎日来たらただの荒れ地に
      なっちまう。いろいろ難しいよ」

男    「3日に一遍か…(少し考え込む) あんたの牛が明日も元気でいるように祈ってるよ。
      ローゼにもこんなにいいところがあるとは知らなかった」

牛飼い  「ありがとうよ。それじゃ、気をつけてな」

牛飼い、雌牛を追って立ち去る。男も立ち上がり、帽子を深く被って反対の方向へと去る。


1カ月後。
調査兵団本部から北へ5キロほど離れた荒野。風が砂塵を巻き上げる中、ゆっくりと
馬を北へ歩ませるナイル。やがて砂塵の奥から、馬に乗った3人の男が姿を現す。
憲兵ヨハネス・エステルライン、フリート・ベーデマン、ミゲロ・エッツェラー。ナイル、
3人と共に南へ。

ナイル  「遠路ご苦労。人目がうるさくてな。こんなところでしか話ができん」

ヨハネス 「承知してます。…(ナイルの顔色を見る)お身体の具合は?」

ナイル  「元気この上ないさ! このごろは口に入れる物といったら酒だけだ。それでも
      不思議なことに人間ってのは生きている。いいのか悪いのかわからんが。…よく制服を
      没収されなかったな」


ヨハネス 「師団長から就任日の顛末を知らせていただいたおかげです。それにしても災難でしたな!
      私らは、内務院まで行って異動日の確認書を取ってきましたから、多分大丈夫でしょう。
      もっともそこの担当者がふざけた奴で、へらへら笑いながらあの手この手で誤魔化そうと
      するもんですから、頭にきました。その場で締め殺してやろうかと思いましたがね」

ナイル  「それにしても、まさか君が来ることになるとはな。俺にも懸念はなかったわけじゃないが。
      特務班は結局どうなった?」

ヨハネス 「ほぼ壊滅です。師団長を陥れたのも全体の作戦の一環だったと言ってもいいでしょう」


ナイル  「シーグラーは?」

ヨハネス 「訓練兵団の教官です」

ナイル  「パルシファルは?」

ヨハネス 「駐屯兵団のトロスト区守備隊、つまり門番です。※※※※の野郎、『無駄な捜査をする
      より宝探しでもして来い』とか抜かしたそうですよ。パルシファルは『あいつを殺す
      まで俺は絶対に死なねえ』と叫んでました」

ナイル  「あのクソ野郎め! 調子に乗りやがって」


ヨハネス 「※※※※をあと1年以内に追い出せなけりゃ、憲兵団は終わりです。状況はもう、深刻だ
      なんてもんじゃない」

ナイル  「…俺を恨んでいるだろうな」

ヨハネス 「いえ、恨まれるのはむしろ私の方かもしれません。捜査が本丸に迫った段階で、奴らは
      随分と性急に手を打ってきた。今に至るまで財務班の割り出しすらできなかった私らの
      力不足です」

ナイル  「そうはいっても、君らをこの敵地に引き込むことになってしまったのは、全く俺の迂闊が
      招いた結果だ。詫びる言葉もない」

ヨハネス 「もうおっしゃらんでください。…今回の処置は明らかに不当です。皆、そう言ってますよ。
      なぜ先の遠征は奴らの暴走が不問に付され、憲兵団が責任を問われるような格好になったのか。
      このままで済むはずはない」


ナイル  「だがな、確かに油断はあったのだ。エルヴィンが突っ走っているというのに気を取られていて、
      背後に振り上げられた刃に気が付かなかった。…総統からも、お前の迂闊だと言われたよ」

ヨハネス 「連中の秘密主義と独断専行はお家芸ですから。どういうわけか、妙に上の方も大目に見ている。
      ストヘス区の一件でもそうでした。エルヴィンが区会から吊るし上げられている間、リヴァイは
      自分たちの身勝手を棚に上げて、身内から反逆者を出した責任の追及を総統にねじ込んでます
      からね。『憲兵団始まって以来の汚点』とか、総統の前で一席ぶったらしいですよ。それで
      まんまとレオンハートの身柄を手に入れた。…我々には難しい芸当ですな」

ナイル  「そこだよ。行儀がいいのは我々の誇りであり同時に足枷なのだ。そこへいくと奴らは、
      目的のためには手段を選ばない。根本的な価値観の違いとも言えるがな。しかし現実問題
      としては奴らと渡り合わなくてはいけない。変人どもだなんて甘く見たら命取りだ。決して
      大雑把な連中じゃないし、とんでもない鼠野郎までいる。十分な注意が必要だ」


ヨハネス 「了解しました。ところで…」

ナイル  「どうした?」

ヨハネス 「先ほど師団長は敵地とおっしゃいました。敵地とは敵の懐の中です。外側からは固い鎧に
      跳ね返されたとしても、懐の中に飛び込めば、敵の弱点が我々の前に露呈されるとは
      思われませんか? ある意味、私はこれ以上の好機はないとも考えているのですが」

ナイル  「命を捨てる覚悟はあるのか?」

ヨハネス 「あるとしたら、どうです?」

ナイル  「…おい、あまり脅かさんでくれ。喉が渇いただろう、やるか?」

ナイル、雑嚢からウイスキーのボトルを取り出し、ヨハネスに渡す。

ヨハネス 「頂戴します」

ヨハネスら3人、ボトルから直接回し飲み。


調査兵団本部裏門。騎乗でエレン出てくる。ジャン、外壁沿いにエレンに近づく。

ジャン  「よう、久し振りだな」

エレン  「よお」

ジャン  「どこ行くんだお前」

エレン  「市場だよ。糧秣の発注」

ジャン  「奇遇だな。俺も同じ用事で市場へ行くところだ」

エレン  「そうか。何でもよ、今年は麦の作柄がいいからできるだけ買い叩いてこいってよ。
      できるかお前? そんなの」


ジャン  「できるもできねえも、最善を尽くすしかねえだろ。そうつまんなそうな顔するなよ」

エレン  「俺がつまんなそうな顔してるか?」

ジャン  「一目瞭然だよ。あのな、そうやってつまんなそうな顔を見せびらかしてたって、得になる
      ことなんてありゃしねえぜ」

エレン  「うるせえな。出掛けて早々に説教聞かされるとは思わなかったよ」

ジャン  「まあな。下働きじゃあ、俺たちの方が先輩なのは間違いないだろ」


エレン  「ああ、その通りだよ。下働きなら、俺だってさんざん兵長にこき使われはしたけどな。…しかし
      このごろはどうしたってんだろう。巨人の数はめっきり減って、駐屯兵団の話じゃ、壁の外に1体
      も見付けられないって日もあるっていう。先週の壁外調査じゃとうとう出くわさなかったしな。
      兵長はこの時を逃すなって感じで壁外拠点づくりを目の色変えてやってるがよ、どうなんだ。
      シガンシナ区まで突破する計画はどうなっちまったんだ」

ジャン  「団長が代われば方針も変わるだろ。それにしても団長が交代してから急に静かになったといえば
      いえなくもねえな。…あの人いつも何やってんだ?」

エレン  「団長室で酒ばっか飲んでるよ。前も同じではあったけど、決裁のほとんどは兵長がやっちまうから、
      団長のところまで上がってくる書類なんて滅多にない。兵長は兵長で、夕方に本部に上がってきて
      書類を片っ端から片付けてから、またすぐ出掛けちまうしな。このごろはそれも3日に一遍だ。リヴァイ
      班に詰めたっきりでもないだろうし、あの人も何やってんだかわからねえよ」


ジャン  「でもよ、あの人何だか、このごろ妙に生き生きしてねえか? 足取りが軽いっていうか、以前より
      ずっと楽しそうに俺には見えるんだが」
      
エレン  「お前まさか? 兵長が笑ったところでも見たのかよ?」

ジャン  「馬鹿言え! あの人が笑ったら、それこそこの世の終わりか、さもなきゃあ…」

前方からナイルら4人。エレン、ジャン下馬し敬礼。


ナイル  「おう、お前たちどこへ出掛ける?」

エレン  「班長の指示により、糧秣の調達に行ってまいります!」

ナイル  「そうかご苦労。お前たちに紹介しよう。明日から私の副官になるヨハネス、フリート、ミゲロだ」

エレン  「本年入団のエレン・イェーガー、よろしくお願いします!」

ジャン  「同じくジャン・キルシュタイン、よろしくお願いします!」


エレンとジャン、再び騎乗し市場へ。ジャン、振り返って1人の背に熱い視線を送る。

ヨハネス 「あれがイェーガーですか。何の変哲もないただのガキにしか見えませんが」

ナイル  「才能は人を選ばんのさ。有り難かろうが迷惑だろうが関係なく。我々にとって迷惑でさえなけりゃ
      感謝すべきだろうよ」

ヨハネス 「おっしゃる通りですな」

ナイルと憲兵、本部庁舎へ。


3日後。兵団厩舎。ブラシで馬の身体を洗っているヨハネスの背後に、ジャン近付く。

ジャン  「あの… 失礼します。よろしいでしょうか」

ヨハネス 「何か?」

ジャン  「あの、もしやヨハネスさんは、憲兵団特捜部隊第3班の、ヨハネス・エステルライン班長ですか?」

ヨハネス 「詳しいな。どうして知ってる」

ジャン  「お目にかかれて光栄です! 憲兵団一の敏腕捜査官と言われていたあなたを、私はずっと目標として
      いました。いつの日か、あなたの下で働く刑事になれたらと」

ヨハネス 「それは嬉しいな。まあ、刑事なんてここでは馬の世話ぐらいしか役に立たん。調査兵団のことは全部、
      君の方が先輩だ。なあ、ジャン・キルシュタイン君」


ジャン  「名前を覚えていただけたなんて…」

ヨハネス 「仕事柄、人の顔と名前は忘れんのさ。君だってもう、修羅場を幾つもくぐってきているんだろう?」

ジャン  「ええ。確かに… そうは言いましても、元々私は憲兵団志望で、訓練兵としての成績も10位以内に
      入れたのですが、どういうめぐり合わせなのか調査兵団に入ってしまったんです」

ヨハネス 「ふむ… なぜそうなったか、当ててみせようか。かわいい女の子が調査兵団に入ったからじゃないか?」

ジャン  「いえ! そんなわけではありません!」

ヨハネス 「そうか。じゃ、失礼したな。でも若いうちってのは、そういうので自分の進路を決めてしまうもんさ。
      …そして犯罪の動機というやつでも、まず第一にそこを疑う。これは捜査の基本だ。少しは勉強に
      なったかな?」

ジャン  「はい! ありがとうございます!」

ジャン、顔を真っ赤にして走り去る。


調査兵団団長官舎応接間。ナイルの妻とエルヴィン、テーブルを前に茶を飲みながら談笑。

エルヴィン「こんな時期に現れたりして失礼しました。身体の自由が利けばもう少し早く伺えたのですが」

ナイルの妻「いいえ。あちらですと空気も水も変わりますから、今以上にご健康には気を付けてくださいね」

エルヴィン「ありがとうございます。いかがです、当地の生活は」


妻    「そりゃあ… この近くだけ見ればのんびりしたいいところですけれど。初めは、巨人が
      うろついてるって噂で生きた心地もしませんでしたから、このごろはすっかり気が緩んで
      しまって。本当に巨人を見かけなくなったって噂ですのね」

エルヴィン「多分私が退任したんで、もう用がなくなったんでしょう」

妻    「まあ恐ろしいご冗談を! 内地に巨人を連れて行かれるおつもりですか?」

ナイル入室。

ナイル  「ただいま。…何だお前、来てたのか」


妻    「エルヴィンさん、明日こちらを発たれるんですって。私、奥様とお友達だったから、
      昔はよくこうしてお話したんですよ。あなたご存じなくって?」

ナイル  「そりゃ知ってたさ。それにしてもエルヴィン、来るんなら知らせてくれたっていいだろう!」

エルヴィン「忙しいだろうと思ってな。そう煩わせるわけにはいかんよ。死んだ家内は本当に、
      奥さんに世話になったんだ。感謝してる」

妻    「もう5年も経ちますのね… お独りでいるのに慣れすぎてしまったんじゃありません?」

エルヴィン「そうですな。この通り、自由の利かないことがまた一つ増えてしまいましたから、慣れる
      のに一苦労しますよ」


妻    「私、都の友達のみんなに、エルヴィンさんのことをよろしくって手紙を書いておきます。
      しばらくはお仕事を忘れて、気楽にお過ごしになるんでしょ? 辛いことはできるだけ
      早くお忘れになった方がいいわ!」

エルヴィン「できることなら。…本当にありがとうございます。…お邪魔をしてしまいました。私はこれで
      失礼します。(ナイルに向かい)それじゃ、失礼」

エルヴィン、立ち上がって退室。妻、血相を変えてナイルに詰め寄る。

妻    「あなた酔ってるのね? 何よその仏頂面! 拗ねた子供じゃないんだから少しは笑いなさいよ!
      本当に呆れた!」

ナイル  「お前に何がわかるってんだ!」


妻    「わかるもわからないもないでしょ! あの人は都へ行くのよ! 慰労会一つにしたって、
      間違いなく王族がお出ましになるわ! そんなにあなた、自分のつまらなそうな顔を、
      あの人に覚えさせておきたいってわけ? 全くもう…」

ナイル  「あいつが来てるとは思わなかったんだ。このごろは頭の中がよく混乱する…」

妻    「わかってるわ。1カ月そこそこで、頭の中もこの野蛮な土地柄にすっかり染まって
      しまったんでしょ? そこへきて、毎日酒浸りですもの。無理もないわ」

ナイル  「正直に言おう。俺にはいろんなことが、いまさらどうにかなるとは思えんのだ(サイドボード
      を覗き込んでウイスキーの瓶とグラスを探す)」


妻    「いいわよ。あなたは勝手に諦めたらいいわ。でも私は駄目。巨人がいなくなっても、
      ここの空気には…」

ナイル  「要するにだ、お前の言いたいのはこういうことなんだな? 俺が奴の前で渾身の愛想笑いを
      浮かべて、お世辞の一つ二つも言ってやりゃよかったと? 奴が都でお偉方の誰彼構わず
      『あいつ意外と楽しそうだ』と触れ回ってくれりゃあ、お前の望み通りだったんだろ!? 
      『そりゃよかった!』とか言ってザックレーのお喜びになる顔が目に見えるようだよ!
      わかったよ。お前の望みはわかった。結構。もう十分だ」

妻    「ちょっと待ってよ、あなた…」

妻、瓶とグラスを持って寝室に行こうとするナイルを追う。団長官舎外では、馬車の中でエルヴィンを
待っていたリヴァイ。エルヴィン客室へ入り、馬車走りだす。


エルヴィン「見たまえ、ナイルの奥さんからもらった義手だ。別に使うつもりもないが、飾りぐらいには
      なるだろう」

リヴァイ 「しまえよ。気持ち悪い」

エルヴィン「そう言うな。これは心のこもった贈り物だ。実用性を考えれば考えるほど、君の言うように、
      気持ち悪い物に落ち着いてしまうっていうのも悲しい現実だが」

リヴァイ 「応接間の壁にでも飾っておけば、来た客はお前の忠誠心の証だと言ってお世辞に花が咲く
      だろうよ。まあ、ナイルのかみさんが見たら気を悪くするかもだが」


エルヴィン「そんなことを気にする人でもないさ」

リヴァイ 「本当にもう身体の方はいいのか?」

エルヴィン「…まあ、いつまでも先延ばしにしたらきりがないからな。実を言えば、総統が骨折って
      くれたという新居を見るのが楽しみでしょうがないんだ。もう、身体半分内地に行って
      いるようなものなんだ」

リヴァイ 「そいつはよかった。向こうに着いたら、ついでに… いや、やめとこう」

エルヴィン「何を言おうとしたんだ? 遠慮することはないぞ」


リヴァイ 「ザックレーによろしく伝えてくれって言おうとしたのさ」

エルヴィン「嘘をつくのが上手だな君は…」

リヴァイ 「退官した人間に仕事を頼めるかよ」

エルヴィン「大仕事はごめんさ。退屈しのぎぐらいなら気にしないでいい」

リヴァイ 「(エルヴィンの耳元で囁く)奴に用心しろと伝えてくれるか? あいつ少しやり過ぎだ。
      危険度の高いブツはもう手を引く方向で考えてもらいたい。特務班はまだ生きてる。
      今も2人は王都に残っているし、すっ飛ばされた奴らもヨハネスは現地で動かす気だ。
      恐らくここで指揮を執るんだと思う」


エルヴィン「わかった。あの男も長い… もう4年になるな」

リヴァイ 「そろそろ交代させてやらんとな。しかし適任者がいない… 実はなエルヴィン、俺は
      そろそろ、財務班を解散してもいいんじゃないかと考えてる」

エルヴィン「それで兵団の財源はどうする?」

リヴァイ 「要するに、湯水のように壁外へ金を突っ込む悪習をやめればいいってだけの話だろう」

エルヴィン「悪習なのか! いやはや、ひどい話だな」

リヴァイ 「そうだ。悪習を絶てるかどうか、俺は特別作戦班の成果次第だと考えている」

エルヴィン「作戦班の中核は、あの2体の巨人か。確か4メートル級はエイブル、10メートル級は
      ベイカーといったな」

リヴァイ 「ああ。ハンジはセンスの欠片もねえ名前だって言ってたが、あいつらには本当に驚かされる
      ことばかりだ。今まで、巨人と接してこれほど刺激を受けたことはない。特にエイブル、
      こいつは天才だ。人類って種がいかにつまらない生き物か、奴らは俺に教えてくれてる。
      …班員たちも実によくやってる。まだ言えないが、遠からず結果が出せるだろう」

エルヴィン「君の目指すところがだんだん見えてきたよ。私には、しっかり頼むとしか言えん」

馬車、市街地へ。

めっさおもしろい
待ってるぜ

>>99
ありがとうございます。
では。


カラネス区の歓楽街のはずれ、深夜になっても灯りの消えない陋巷。ミゲロ、周囲をさりげなく
警戒しつつ一軒の酒場に入る。店の奥に進み、突き当たりの個室のドアを二つ叩いてから入室。

ミゲロ  「遅くなりました」

ヨハネス 「ご苦労。では、始めるか」

フリート 「では私から。過去の戦死者の名簿をいろいろ当たってみて、かなり臭い奴が浮かんできて
      います。ほぼ本筋でしょう。モーゼス・△△△△。シガンシナ陥落の直前に行われた壁外
      調査で戦死、母親に本人の右腕と称するものが届けられました。しかし後になって、これは
      息子の腕ではないと申し立てています。母親の知る外見的特徴がないというのが主張の理由
      で、では一体誰の腕だったのかという調査が全く行われないまま、キースが自分の懐から
      母親に弔慰金を上積みしてうやむやにしました。母親は戦死を既定の事実として受け入れた
      ようです。他にこれといって臭い奴は浮かんできません」


ヨハネス 「よくやった。とにかくその右腕の奴はテレンスに連絡しておいてくれ。ただしくれぐれも
      慎重にと念を押してな」

フリート 「了解」

ミゲロ  「残念ながら私の方は大した成果が上がっていません。つまり、裏帳簿は全部内地で別個に
      処理していて、こちらでは絶対に尻尾をつかまれないようにしてるってことだろうと
      思います。目立つのは、商会からの不自然な寄付金が年に5~6回。これは以前から
      臭いと踏んでいた迂回資金なんだろうと思いますが、ここのところ金額が5割程度増えて
      ますね。壁外への出入りが多かったせいか、全部臨時支出として使いきってます」

ヨハネス 「それは例年に比べても突出しているのか?」

ミゲロ  「突出してますね」


フリート 「あれさ、個人からの寄付でも名前出さないと大監査院で受け付けてくれないんじゃ
      なかったっけ」

ミゲロ  「小額なら出さなくてもいいんだよ」

フリート 「ええ? いつからそうなったの?」

ミゲロ  「去年から。知らなかった? 事務量が膨大になるからって」

フリート 「ひでえな! それじゃザルもいいところじゃないか」


ヨハネス 「…で、俺の方だが、1人だけかなり引きのいい奴がいる。ジャン・キルシュタインって
      いう新兵で、憲兵団に行きたいそうだ。こいつと同じ訓練所の同期からは例の反逆者3人と、
      イェーガーが出ている。そんな奴がたとえ憲兵団へ行けたとしたって人間扱いされるわけが
      ないのに、どうもその辺を理解できないくらいに、頭の中が煮詰まってるらしいんだな。
      刑事になりたいそうだ」

一同失笑。

ヨハネス 「ついでにだが… 同期で首席だったミカサ・アッカーマン、これを各兵団とも喉から手が
      出るほど欲しがってる、本人が希望するなら間違いなく憲兵団に行けるだろうとか言って
      みた。すると奴さん、アッカーマンはイェーガーの女房も同然なんで、イェーガーが調査兵団
      にいる限りそれはあり得ない、そんな事情まで話してくれたよ」

フリート 「それは重要な情報ですな!(一同忍び笑い)」


ヨハネス 「もうひと押しで、有力な協力者に育つと見て間違いない」

フリート 「しかし、あの南部104期という奴らには何があったんでしょうな。面白いどころの話
      じゃなくて、空恐ろしいと言ってもいい」

ヨハネス 「マリア陥落から2年後の南部だからな。ここの連中の調査結果もその見解で統一されて
      いる。気になるか?」

フリート 「成績上位10人中9人が調査兵団… 前代未聞の事態でしたからな。あれだけですっかり、
      『呪われた104期』って評価が定着したから、他の区域から来た新兵が迷惑がること
      といったら… まあ、連中は見事にその評価を証明して見せたわけですがね!」


ミゲロ  「見事すぎる! 104期って言えば、あのちょこまかと世話を焼きたがる、アルレルト
      って奴はどうなんです? この前も、何か手伝うことはないかって聞いてきましたが」

ヨハネス 「要するに茶坊主の卵だ。適当にあしらって、相手にしないことだ。…イェーガーは、
      最近どうも元気がないらしい。リヴァイの班を外されてからやることもなくなってる
      って聞いたが。一度解剖されかかってるから、俺たちにいい感情を持ってるわけは
      あるまい。当分は遠巻きにして、手を出さん方がいいだろう」

フリート 「リヴァイ班の連中ですが、何をやっているのかさっぱりわかりませんなあ。私は
      どうもあの線が臭うんですが」


ヨハネス 「先々月に捕獲した巨人2体を旧本部に引っ張り込んで何やら実験めいたことをやってる
      らしい。人員は…駐屯兵団出身の陣地設営の専門家が2人と、調査兵団生え抜きの… 
      こいつは対人格闘術の名手だな。どういう意味だろう? あと2人の新兵は、…どちら
      も南部104期だが、何を基準に選んだかよくわからん。強いて言えば…ジャンって奴も
      同じだが、化け物になる恐れが極めて少ないってくらいか。しかし、機密保持だけは徹底
      してる。事実上の隔離状態で、これはイェーガー中心だった時の比じゃないそうだ」

ミゲロ  「何なんでしょうな。最近のリヴァイは目の色を変えてるって噂です」

ヨハネス 「まあ、これにかかずらわってると道草を食う。今はそのモーゼスって奴に的を絞ろう。
      リヴァイの時もそうだったが、王都のゴロツキ連中だろうが商会の用心棒だろうが、
      何重もの壁を張り巡らしてるから、あくまで頂上だけに的を絞り、余計な手間だけは
      掛けんようにと注意しておいてくれ」


フリート 「了解です。それからついでですが、リヴァイの身元がいとも簡単に割れました。
      8年前の壁外調査で戦死を装ってまして、本名は、と、これはどうでもいいですな?」

ヨハネス 「せっかくだが、全くどうでもいい。現時点で財務を担当してる奴1人が目標だ。他には
      目もくれる必要もない。それと、エルヴィンの行確は誰が担当する?」

ミゲロ  「ヘイズがやります。面は誰にも割れてません」

ヨハネス 「了解。今日はこのくらいにしとこう」


5日後。調査兵団本部大講堂。次回壁外調査についてリヴァイの説明と質疑応答が終わり、兵が一斉に
出てくる。その中にジャンの姿を見て、アルミン近づく。

アルミン 「ジャン、説明会に出てたの?」

ジャン  「おう。お前いなかったか」

アルミン 「班長が出てたからね。何か変わった話あった?」

ジャン  「要するに、長距離索敵陣形じゃなくて密集隊形で第2拠点の予定地まで突っ走れって話さ。
      巨人の密度が激減している今は可能な限り接敵を避けた方がいいんだと。第1拠点は完成
      したから、マリアまで3分の2の距離に当たる位置に第2拠点を築く、つまりは設営作業だな」


アルミン 「いきなりシガンシナまで突破はしないんだね…」

ジャン  「リヴァイ兵長はこういうのは手堅いよ。俺はそういうやり方の方が賛成できる。お前や
      エレンの気持ちもわかるけどよ、ものには順序ってのがあるわな」

アルミン 「リヴァイ班は、今度も参加しないのかな…」

ジャン  「ああ、しないってよ。ハンジ分隊長も居残りだ。何がそんなに忙しいんだか」

アルミン 「よっぽどソニーとビーンの二の舞を避けたいのかなあ」

ジャン  「…おい。あんなことがそう何度もあってたまるかよ。…お、エレンがいるぜ。アルミンよ、
      最近あいつ太ったと思わねえか?」


エレンとミカサ、ジャンたちに近づく。

エレン  「ようお前ら。明後日はどこの位置だよ」

ジャン  「どこの位置でもねえよ。3列縦隊で出発して、壁外では菱形密集隊形。何聞いてたんだお前…
      って、やけに目が赤いな」

エレン  「このごろ妙に寝つきが悪いんだよ。目が冴えちまってさ」

ミカサ  「そう。明け方まで眠ろうとしない」

アルミン 「ミカサは眠ったっていいと思うよ… エレン、一度、身体の具合診てもらったら?」


エレン  「馬鹿言え。俺が医者に診てもらうわけにいくかよ」

エレン、軽く舌打ちして去る。ミカサ後に続く。

アルミン 「なかなか生活の変化に慣れないみたいだね」

ジャン  「へっ、あのまま死んじまいやがれって!」

アルミン、驚いてジャンの顔を見る。ジャン立ち去り、アルミン1人残り、正面を向く。


アルミン 「やあ久し振り。茶坊主の卵アルミンです。もう僕らは中途半端に子供じゃないし、だからって
      大人でもない。でもあれはひどいよ! 今まで生きてきてこんなに傷ついたのは初めてだ。
      僕という人間は、ヨハネスさんの言う通りなのかもしれない。いや、きっとそうなんだ。
      だからって、喜んで茶坊主になる気になんて、とてもなれない。みんなにこの気持ち、わかって
      くれなんて言わない。知ってもらうだけでいいよ。今だって、よっぽどジャンに話そうかと
      思った。でも、ジャンの方がもっと辛いんだ。それを考えたら、何も言えない…

      でも元気を出そう! 僕もくじけないから、みんなも頑張ろうね!

      さて、いろいろ込み入った話が出てきたから、少し説明しておくね。まず、憲兵団の仕事には警察
      も含まれるから、事件捜査の部門もある。つまり、刑事さんだね。その中でも、政界関係事件や
      すごく難しい経済犯罪を担当する組織が、「特捜部隊」って呼ばれていて、一番の花形なんだ。104
      期の中にも、特捜刑事になって悪と戦うんだって言ってた子がいたよ! 卒団できなかったけど。


      それはともかく、特捜部隊の刑事さんたちは1班から4班まで分かれていて、よく出てくる
      「特務班」っていうのは、組織図にない秘密の捜査部隊なんだ。正式名称は「特務経済班」らしい
      んだけど、はっきりしたことはわからない。ここに所属する刑事は、特捜部隊の別の班だけじゃなく、
      憲兵団の他の組織で表の仕事をこなしながら、極秘の捜査活動をするんだって! カッコいいね!
      で、ヨハネスさんは第3班の班長の他に、この特務班の班長も兼ねていたってわけ。

      え? じゃあ「財務班」って何かだって? そうそう忘れてた、調査兵団の財務班はね、王都に本拠地
      を置いて壁内の情報収集とそれから先物取引、あっ、ごめん、今のは聞かなかったことにして!
      こんなこと喋ったなんて知れたら僕、殺されるから!

      誰か来たのかな?













     気のせいみたいだ…

     みんなよい子だもんね! あんな忌まわしい4文字のことは忘れたよね! あー、よかった。
     壁内の調査っていうのもね、昔から地味に続けられているんだ。取り締まりの対象になって
     いる古い本の中に、思いがけない巨人の情報なんかが載ってたりする可能性があるってね。
     だから、憲兵団の目をかいくぐって、そういった禁じられた書物を調べるのも、財務班の
     大事な仕事だってわけ。

     さあ、次の壁外調査。僕たちを何が待ってるんだろう?


翌々日。ウォールマリアを一路南下する調査兵団。第1拠点を通過し、第2拠点予定地に近づいている。

先頭の兵 「南西より15メートル級と7メートル級、南東より10メートル級が接近!」

リヴァイ 「全兵、左右に展開し停止、迎撃態勢!」

ジャン  「兵長、私にやらせてください!」

リヴァイ 「駄目だ。ミカサ! お前が全部やれ。手早くな」

ミカサ  「はい!」


ミカサ馬を前進させて先頭に躍り出、南西側の2体を一瞬で倒す。崩れ落ちる15メートル級の頭上から
アンカーを10メートル級に射出し、反撃する10メートル級の腕をかいくぐってうなじを斬撃、仕留める。
あまりの早業に全員唖然。

リヴァイ 「全然なってないぞお前! 3体目にかかる時一呼吸多い! お前の余計な一呼吸で仲間が
      1人死ぬと思え、このグズ!」

ミカサ  「はい… 申し訳ありません!」

ジャン  「兵長」

リヴァイ 「何だ」

ジャン  「ひどいんじゃないですか?」


リヴァイ 「何だと貴様?」

ジャン  「こんな見事な働きをしたミカサに、グズはないでしょう!」

ミカサ  「ジャンよして。悪いのは私。兵長から教えられたことを、私はきちんと実行できなかった。
      それだけの話。見事と言ってもらう理由など何もない」

ジャン  「え…」

リヴァイ 「運がいいなお前。普通ならもう死体になってるところだ。せいぜい拾った命を大切にしろ」


全員、再び目的地へ。エレン、視線が宙を泳いでいるジャンの神経をことさら逆撫ですべく馬を寄せかける
が、これも自傷行為の一種だと気付き離れる。

エレン  「(独白)はっ! 俺も大人になったもんだ」

ジャン  「大人がどうしたって?」

エレン  「? 聞こえてたのかよ! しかもこの距離で」

ジャン  「聞こえねえだろうなんてたかを括ってんじゃねえよ。俺の耳に届いただけで十分殴るに値するが、
      …今はやめとく」

エレン  「だろ? 作戦行動中だしな、はは…」

アルミン (〈ジャンの横顔を見つつ〉駄目だ。ぜんぜん効いてない)


調査兵団、遺棄された小集落に接近。

リヴァイ 「全員3列縦隊! …あれは何だ? 煙のように見えるが」

モブリット「確かに、煙のように見えないことも… まさか生存者が!」

リヴァイ 「馬鹿な。過去の調査では生存者の報告など1件もなかった。確かに到達地点としてはここは
      最深部に当たるが、5年も経ってる。…まだ5年しか経っていないとも言えるか。遺留資産
      目当ての山師だったにしても、ここまでたどり着けるってのは… とにかく急ぐぞ」


煙の発生元に到着。煙はさほど荒れていない一軒家の煙突から。玄関からリヴァイ、ナイル、従卒2人
家に入る。竈の前にしゃがみ込んでいた男が怯えた目つきで振り返っている。汚れきった身なりで、髪と
髭は伸び放題、全身から異臭を放っている。男、ナイルを見て一瞬目を見張り、すぐに視線を逸らす。

リヴァイ 「ここで何をしている」

男    「ご覧の通り、炊事をしているところです」

リヴァイ 「今しがた近くを巨人が通ったはずだが、何もなかったのか?」

男    「そういえば足音がしましたね」

リヴァイ 「…ここはお前の家か?」

男    「いいえ。来たのは3日前ですが」


リヴァイ、鍋の蓋を開けて中を覗き込み、蓋を戻す。

リヴァイ 「この穀物はどうした?」

男    「地下の倉庫にあったので。貯蔵状態がよくて、まだ悪くなってませんでした」

リヴァイ 「水は」

男    「表に井戸があります」

リヴァイ 「ふん。わかった。我々は調査兵団だ。壁外における憲兵の職務権限を行使しお前を逮捕する。
      窃盗と住居侵入の現行犯だ。おい、こいつを拘束して荷馬車に乗せろ。監視の兵は3人」

従卒2人、男を立たせて手錠を掛ける。


リヴァイ 「所持品を忘れるなよ。(男を連行する従卒の背に)あと2人呼んで来い。中を徹底的に捜索させる」

ナイル  「驚いたな。どうして巨人に襲われなかったんだ。…おい、戻ったらあいつを憲兵団に引き渡すんだ
      ろうな?」

リヴァイ 「何だと? お前の目の前にいるのは頭に藁が詰まってる案山子か?」

ナイル  「それが適切な処置だろうと言ってるんだよ!」

リヴァイ 「うるせえわめくな。その口を閉じろ。…あの薄汚ねえ野郎、まず風呂に入れねえと。あれじゃ
      取り調べもできねえ」

ナイル  「取り調べはな、そもそも…」

リヴァイ、ナイルを無視して玄関を出る。


調査兵団、第2拠点予定地に到着。物資を下ろし、基礎的な設営作業を実施。巨人の襲来はないまま予定行動を
終えて帰途につく。

夕刻。カラネス区の門をくぐる兵団を出迎える住民たち。

住民A  「出発した時から全然減ってないな」

住民B  「負傷者が見当たらないぞ? 全員無事だったってことか!」

住民A  「巨人に出会わなかったってことか? 運が良かっただけだろ!」

住民B  「もしかしたら、新しい団長が凄腕なのかもしれんな」

住民A  「まさか! 人類最強の兵士、リヴァイ兵士長のお陰だろ。見ろ、あの颯爽とした様子!」

リヴァイ 「うるせえなあ…」


列の後方でジャン、意を決した表情でヨハネスに近づく。

ジャン  「ヨハネス班長、よろしいですか」

ヨハネス 「どうした?」

ジャン  「後で、折り入ってお話ししたいことが…」

ヨハネス 「構わんよ。では、就寝の鐘の後、第2倉庫の裏でいいか?」

ジャン  「はい」


調査兵団本部臨時取調室。逮捕された男は入浴して髭を剃り、兵団支給の平服を着てリヴァイと向かい合う。
調書を眺めるリヴァイ。

リヴァイ 「ふん、無駄に男振りが上がったじゃないか。さてと、…姓名マテオ・アルブロルト、ウォール
      シーナ・ストヘス区住人、憲兵を2カ月前に退官。退官時の職位はストヘス区支部倉庫担当主任。
      …大物だなお前。2年も勤めていれば本部で結構な地位に就けたはずだろう。どうしてまた辞めよう
      なんて気を起こしたんだ」

マテオ  「旅をするためです」

リヴァイ 「何だと?」

マテオ  「壁を越えて、広い世界を歩きたい。その願いがどうしようもなく強くなってしまったのです。
      日に日に壁が自分の頭の上にのしかかってくるようで、気が狂いそうなくらいでした。
      ご理解いただけるかわかりませんが、そうとしか言いようがありません」


リヴァイ 「城郭都市ではよくそうやっておかしくなる人間が出るが、憲兵からっていうのは初耳だな。
      しかもそういう奴を見つけ次第隔離するのも、お前らの仕事だったはずだろう。家を出た
      のは」

マテオ  「退官届を出し、官舎に戻ってすぐです。例の騒ぎがあった日ですが、迷いはありません
      でした。妻には泣かれましたし、散々罵られましたが…」

リヴァイ 「恩給資格はどうなっている?」

マテオ  「取得済みです。家を出る際に妻名義にしました」

リヴァイ 「じゃあ、今は本当に一文無しか」

マテオ  「はい」


リヴァイ 「ウォールローゼを出たのはいつだ」

マテオ  「2週間ほど前です」

リヴァイ 「最初に巨人に遭遇したのは?」

マテオ  「ローゼを出てから、3時間ほどでしょうか」

リヴァイ 「そいつはどんな巨人だ? お前を食おうとはしなかったのか?」

マテオ  「ごく普通の7メートル級です。最短で30メートルほどの距離を、私にはほとんど関心を
      払わずに通り過ぎて行きました」


リヴァイ 「お前は逃げようとしなかったのか?」

マテオ  「ローゼの外は巨人の世界だと最初から認識しています。走って逃げても無意味ですから、
      ああ、7メートル級が通り過ぎていくという程度の印象でしかありません」

リヴァイ 「…次に遭遇したのは?」

マテオ  「その5日後でした。食料が尽きて苦しんでいた夜、10メートル級が1体、目の前に現れ
      ました」

リヴァイ 「それで?」


マテオ  「私の目の前に、鹿の肉…と言いますか、締め殺した鹿を置いて去って行きました」

リヴァイ 「ほう、そりゃ泣かせる話だな。10メートル級が薄汚いお前を憐れんで、食料を恵んでいった
      ってことか? いかにも子供受けしそうな作り話だが俺には評価できんな。お前いつも調書でっち
      上げる時、その程度の与太話で法廷ごまかしてたのか? 憲兵さんよ。だとしたら法廷も法廷だが。
      …まあとにかく、それは飢えて朦朧とした意識で見た幻の可能性が高いんじゃないのか」

マテオ  「いえ、あれは夢でも幻でもありませんでした。10メートル級は鹿を私の目の前に落とすなり、
      背を向けて歩き出した。それだけです。私に恵んだのかどうかまではわかりません」


リヴァイ 「そうか。それでその鹿の肉はどうした」

マテオ  「焼いて食べました」

リヴァイ 「うまかったか、それともまずかったか」

マテオ  「あんなうまいものを、これまで食べたことがないと思いました」

リヴァイ 「ちっ… この続きはまたにしよう。お前の旅の目的地はどこだ」


マテオ  「どこへ、というあては特にありません。強いて言うなら、ウォールマリアの外の、広い
      世界です」

リヴァイ 「広い世界? そろそろふざけるのはやめたらどうだ。お前が目指していたのはマリアの
      中のどこかなんだろ、え、主任さんよ」

マテオ  「いいえ。そういう考えは最初からありません」

リヴァイ 「この野郎… おい、お前も元憲兵なら知ってるだろう。遺留資産で所有者と相続人の全てが
      死亡している場合は、自動的に王の財産になる。そして王の財産を奪った者には、死罪も適用
      され得る。だがな、王は慈悲深い… だから正直に話せ。お前はどこへ行くつもりだった?」

マテオ  「今も申し上げました通り、ウォールマリアのその先です。私が生きているならば」

リヴァイ 「いい加減にしろ、このクズ野郎。マリアの先に何があるというんだ?」

マテオ  「何があるかとのお尋ねですか? 少なくともそこには、太陽と土と、空気があるのでは?」


リヴァイ 「…ほう。悪くないぞ。お前の根性は敬意に値するな。お前はこの俺に、憲兵を辞めて詩人に
      なるつもりだったと、こう言っているわけだ。詩人には10メートル級でさえ供え物をして
      当然だと。…だがな、王は慈悲深いかもしれんが忍耐強いとは限らない。冗談もそろそろ
      切り上げにしようじゃないか。俺を怒らせるな。

      もしどうしても言えん事情があるというなら、心配無用だ。身の安全は俺が保証する。
      お前が行こうとしていた場所は、マリアとローゼの間のどこかだ。そうだよな?」
      
マテオ  「何度お尋ねになっても同じです。そして私が王の財産を奪ったのであれば、甘んじて罰を
      受けるつもりです」

リヴァイ 「そう早まらなくてもいい。…今何時だ」


マテオ  「さあ…何時でしょう」

リヴァイ 「お前には聞いてない。腹が減ったろうお前? 俺たちのお陰でメシを食い損ねてるからな」

マテオ  「馬車の中で監視の方から口糧を分けてもらいましたから、それほどでは」

リヴァイ 「そうか。とにかく今はここまでだ。晩メシまではまだ間がある。その時に話を聞こう」


夜。兵団第2備品倉庫の裏。倉庫の壁にもたれて考え込むジャン。ヨハネス現れる。

ジャン  「申し訳ありません! こんな夜分に」

ヨハネス 「いいよ。何の話かね」

ジャン  「いつかお話しした、憲兵団に移籍できる可能性についてですが、もし差し支えなければ、具体的
      な方法を… よろしいでしょうか?」

ヨハネス 「ふむ… ないわけじゃない。ただし、正規の選抜入団じゃなくて、個人的な推薦ってことに
      なる。つまりコネだな。俺が直接話してもいいし、団長から先方に話をしてもらう手もある。
      …問題は君の気持ちだ。もう決心は固いわけか?」


ジャン  「はい。勝手なことを言えば、すぐにでもと思っています。刑事になりたいんです」

ヨハネス 「そんなに、この調査兵団が嫌か?」

ジャン  「はい。私には明らかに水が合いません。多大な損害を出した第57回壁外調査といい、現在の
      リヴァイ班の運営方法といい、上層部の徹底した秘密主義に振り回されるのはもうごめんです。
      上はそれでいいかもしれませんが、私たちは何一つ知らされないまま使い捨てられて死んでいく…
      それに従っているだけの耐性が、私にはないのだと思います。勝手なことばかり言いますが」

ヨハネス 「なるほど。だがどの兵団を問わず、兵士たるものは命令に絶対服従するのが鉄則だと思うが?」

ジャン  「私は、調査兵団は特異なのだと考えます!」


ヨハネス 「そうかな? 君は知らんだろうが、憲兵団には憲兵団の世界があるんだぞ。君がなりたいっていう
      刑事にしたって、すぐになれるわけじゃない。入団から3年は警邏と使いっ走り、それで見込みが
      あるとなりゃ、汚れ仕事が回ってくる。ここみたいに派手な大立ち回りなんてありゃしない。そいつ
      をこなして、筋がいいと認められた者だけが捜査班に配属になるんだ。君に汚れ仕事ができるか? 
      これは辛いぞ。例のキースが訓練兵団の教官に降格された事情を君だって聞いたことがあるだろう。
      まあ、奴は特別に大雑把だったわけだが… 一ついい話を教えようか」
      
ジャン  「何でしょう?」

ヨハネス 「憲兵団に入団した新兵のうち、かなりの数の連中が君みたいに『調査兵団に移籍したい』って
      言い出すってことさ。立体機動装置とブレードを使って巨人どもをなぎ倒すのは、想像するだけ
      でわくわくするし、胸がすくからな。ましてや、訓練兵団で優秀な成績を収めた連中だから、
      みんな、俺ならあいつらよりうまくやれると思い込むんだ。誰もが皆、自分がアッカーマンに
      でもなったつもりでな。

      それだけじゃない。蓋を開けてみりゃ、女にもてるのは圧倒的に調査兵団だ、話が違うじゃねえか
      ってしょげ返る奴もいる。…でも最終的には諦めていく。諦めさせるやり方ってのが、伝統的に
      伝わってるんだよ。ここだけの話だがね。俺は常々あれはまずいと思ってきたんだが… 
      これだけ聞いても、まだ決意は揺るがないか?」


ジャン  「…正直申しまして、女にもてたいとか言ってる野郎と同列に語られるのは心外です! 私はとにかく、
      ここを離れなければいけないんです。ここでのことを全部、頭の中から消し去って、新しい
      仕事と生活を始めなくてはならないんです。それさえできれば、どうなっても構いません!」
      
ヨハネス 「そうか! ならば君がわがままを通す、その決意のほどを見せてもらおう。まず、今の団長は
      俺の古くからの上司だ。団長に尽くす気概はあるんだろうな? 変人どもの屁理屈を振り回すん
      だったら、最初から話にならんぞ。どうだ」

ジャン  「尽くす所存です! 汚れ仕事でも何でも申しつけてください!」

今日はここまで。
明日は休みます。


本部食堂奥の貴賓室。壁際のテーブルに一人掛けるリヴァイ、メニューを眺めている。
マテオ入室し、おずおずと歩み寄る。

マテオ  「お待たせいたしました」

リヴァイ 「どうだ。ちゃんとクソは出たか」

マテオ  「はい。ただ、従卒の方から、頭と手を入念に洗えときつく言われまして、それで時間が
      かかってしまいました。頭はまだ少し湿っています」

リヴァイ 「清潔すぎるのは嫌いか?」

マテオ  「いえ、そんなことはありません」


リヴァイ 「ならよかった。これは持論だが、うまいものを食うこと一つをとっても、まず自分の
      ため込んだ汚ねえものを一掃する必要がある。そうしないと本当の味はわからない。
      ところがここの連中はそのへんの機微を理解しようとしない。…というより最近は、
      それが人の本質なのかとも思うようになったが… どうした、座れ」

マテオ  「は、はい(リヴァイの正面に着席)」

リヴァイ 「でだ。詩人さんよ。お前が内側にため込んだ結構な詩の数々も、時間が経てば腐って
      クソみたいなものに変わるんだ。吐き出しちまえよ。ケチケチするな。まさか、俺に
      食いつかれてまでお宝を一人占めにしようなんて、考えてはいねえよな」

マテオ  「いや、本当に何とお尋ねになっても…」


リヴァイ 「まあそう言わずに、この部屋を見ろ。こうも無駄にだだっ広いのには理由がある。
      どこかのバカがどう聞き耳を立てようと俺たちの会話は聞こえない。これだけは
      保証しよう。…まあ、ゆっくり考えろ(メニューをマテオに渡す)」

マテオ  「私は何でも結構です」

リヴァイ 「肉か魚かぐらいは言えよ。…じゃあ、肉でいいか?」

リヴァイ、振り向いて手を鳴らす。厨房から出てきた料理人に料理を指示して下がらせる。

リヴァイ 「マテオ・アルブロルト。ウォールシーナ北部▼▼▼▼市の生まれか?」

マテオ  「わかりますか?」


リヴァイ 「あの辺りによくある名だ。お前らの祖先は目端が利いてすばしこいから、壁の内側でも
      一番安全な場所を真っ先に自分のものにした。あの地区出身者で調査兵になろうなんて
      バカはまずいない。憲兵団への入団率も非常に高い。人類の中でも特に優秀だってことだ。
      そういう奴は人類のために役立たなきゃいかん。そうだろ?」

料理人、二人の前にグラスを置き、それぞれにワインを注ぐ。ボトルを置き一礼して立ち去る。

マテオ  「…一つ、お気に障るようなことを申し上げるかもしれませんが…」

リヴァイ 「構わん。言ってみろ」

マテオ  「憲兵を辞める間際の私には、その、誰かの役に立つ、そういう考え方自体が、ひどく…
      不潔なものに思われていました」

リヴァイ 「ものは考えようだ。きっとお前は疲れていたんだろう。…やらんのか?」

マテオ  「(リヴァイが飲むのを見て、自分もグラスを手にする)いただきます。…これは! 何と
      いう… 素晴らしいというより、(鼻声になる)何か遠い昔の思い出が帰ってきたような…」


リヴァイ 「(ボトルを差し出し)見るか?」

マテオ  「拝見します。…おお! ウォールマリア×××村の、しかも7年物! 本物なのですか?」

リヴァイ 「間違いない。本物だ」

マテオ  「信じられません。今、出回っているのは大半が偽物だというのに」

リヴァイ 「そしてその偽物にも、目の玉が飛び出るような闇値がつく。そうだよな。え? お前」

マテオ  「…はい」


リヴァイ 「何もそう恐れ入ることはない。大昔の諺に『蛇の道は蛇』ってのがあるらしいが… 
      俺も昔、『賄い方』の仕事をしたからよく解る。押収した物を闇に流すなんて日常業務の
      部類だ。お前も覚えているだろう? エルヴィンが初めて長距離索敵陣形を採用した時の
      話を」

マテオ  「ああ、あれですね」

リヴァイ 「そうだ。奴が王都に行って政府に説明するついでに、辻辻に看板まで立てて、これでもかと宣伝に
      努めてたのは知ってるよな? 『マリア奪還の大きな1歩』とか大ボラを吹いたのには笑わせて
      もらったが… そのせいだろう、例えばこの酒だが、壁外調査の日が近付くにつれ、どんどん
      闇値が下がっていった。で、調査の当日、人数を半分に減らしてしおれて帰ってきた連中を見て、
      闇値は5倍に跳ね上がった。ところが翌日、死んだはずの残り半数がケロリとして帰ってくると
      大騒ぎだ。値は10分の1まで下がった」


マテオ  「私は担当していませんでしたが、本部は特捜の精鋭を全員投入して捜査に当たったようです。
      でも、金の流れは完全に霧の中だったとかで、とうとう立件できなかった。半数を壁外に1日
      駐留させていたのも作戦の一環だと、皆さんはそう主張されてましたね」

リヴァイ 「そういうことだ。お前らの捜査能力がいかに低下しているか、この一件を見てもよくわかる。
      あれ以降だ。お陰さまでこの庁舎も立派に改装されたし、懸案だった兵器備品の更新も完了したって
      わけだ。…どうだ。こういう話はお前も嫌いじゃないだろう。本当に後悔していないのか」

マテオ  「血肉の話では、何とも申せません。ただ魂の問題としては、もう私の心は動きようがありません」


リヴァイ 「…そうなのか。これだけ俺がしつこく尋ねるのも、基本的に人間は欲の塊だという見地が動かん
      からだ。…おっと、血肉じゃねえが肉が来たぞ。俺の好みじゃないが食いながら話そう。

      つい半年前もこの酒を手に入れるために、命知らずの山師連中6人が×××村へ向かったが1人も
      帰っていない。こいつらだけじゃない。5年も経つのに、マリアに残された資産を手に入れようと
      して食われに行く奴が後を絶たないのは、遺留資産の闇値が暴騰しているからだ。王の財産なんて
      たわごとが通用する世界じゃねえしな。お前が煮炊きしてて食い損ねた腐りかけの穀物、あれ
      だって市場に出回れば、ローゼで穫れた新穀の何倍もの値がつくだろう。
      
      そして俺たちにとっても、実に恐ろしい誘惑であるのは素直に認めよう… お前らの本部じゃ血眼
      になって尻尾をつかもうとしてるはずだがな。…だからだよ。ここで幽霊でもねえお前がうまそうに
      肉を食いながら、魂の問題だ何だとほざくのが、俺には信じられないんだ」

マテオ  「…あくまでこれは私個人の考えなのですが、よろしいですか」

リヴァイ 「遠慮せずに言え。言わんと殺す」


マテオ  「なぜ闇値が上がるのか。それはマリアにしかなくて希少価値が高いからというだけなのでしょうか。
      私にはそうは思えないのです」

リヴァイ 「ほう」

マテオ  「もう、誰もマリアに足を踏み入れることができない。マリアへ自由に行けた時代はどんどん遠くへ
      去っていきます。マリアを自由に歩けた5年前以前の香りがするものは、人々にとって気が狂うほど
      恋しい対象なのですよ。…今、いただいているこのワインにしても、あの懐かしい時代を私に甦らせ
      てくれました。もう一度あの風の匂いを感じることができたら、命さえも惜しくない。そんな思いは
      どうでもいいものにさえ向けられます。まだ5年しか経っていませんが、10年後20年後には、
      何か気違いじみた情熱になって吹き荒れるような気がします」


リヴァイ 「ふん… お前は大した奴だ。実に目の付けどころがいい。昔読んだ禁書の中に「郷愁」という言葉
      があったが、まさにそれだな。こいつは人間を狂わせる。マリアが手の届かない世界になればなる
      ほど、人は狂い、それを梃子にして商人どもは儲ける。…だがな、お前みたいに巨人の中で2週間
      も平気でいたって奴が出てきたら、商人どもはお前を殺しかねんぞ」

マテオ  「好きなようにすればいいんですよ、あんな連中は!」

リヴァイ 「どうした、もう酔ったのか? 悪くないな。さあ、もっといけ(マテオのグラスにワインを注ぐ)」

マテオ  「失礼しました。…正直に申し上げます。ストへス区を出てからというもの、毎晩夢に見るのは
      勤務中のことです。上司や部下だった連中、それから今言われた商人たちが代わる代わる、あり
      得ないような組み合わせで私の前に現れては、私を難詰したり、見え透いた愛想笑いを浮かべたり、
      わざとらしく無視したり… 目が覚めると全身に汗をかいていて、ああ、ここは官舎でも当直室
      でもないんだと… きっと当分は続くでしょう。これが、先ほど言った私の血肉というわけです」


リヴァイ 「まあ、夢にまで出てきて心配してくれる上司や部下ってのは、有り難いもんだろうよ。感謝すべき
      だと俺は思うが? お前みたいな豚野郎でもな。…いずれにしてもお前は、どんな必然性があるのか
      さっぱりわからんが選ばれた人間らしい。だから巨人の中を生き延びて、こうして俺の前でメシを
      食っている。だがな、釈迦に説法※かもしれんがこれは忘れるな。王が慈悲深いのかどうか知らんが、
      嫉妬深いのだけは確かだ。このことをしばらくは覚えていて、お前がどうでもいいこととして
      忘れてしまった時、そこで勝負は決まりだ」

リヴァイ、ナプキンをはずして口を拭い、皿の上に放り投げる。

リヴァイ 「きょうの取り調べはこれで終わりだ。酒は飲んじまえ。お前、散歩は嫌いじゃないだろう。明日は
      天気もよさそうだし、俺につきあえ。…有意義な晩餐でよかったな。え?」

リヴァイ、残りのワインを全部マテオのグラスに注ぎ退出。マテオ、ワインを飲み干す。

※適当な表現が他に考えつかないので用いました。実際に「釈迦」と言っているわけではありません


マテオ  「…しかし、ナイル師団長が調査兵団長とは驚きました。昨日お見掛けした時は、どうしてここに
      おられるのか、不思議でなりませんでしたが」

リヴァイ 「挨拶でもしていくか?」

マテオ  「いえ、そこまでは」

リヴァイ 「そうしてもらえると有り難い。お前を憲兵団に引き渡したがっていたからな。同僚に締め上げられる
      よりは、こうして気楽に散歩できる方がいいだろ?」

マテオ  「ええ、そりゃあ…」

(160修正後再掲)
翌日午前。兵団本部に近い田園地帯を馬で散策するリヴァイとマテオ。

マテオ  「…しかし、ナイル師団長が調査兵団長とは驚きました。昨日お見掛けした時は、どうしてここに
      おられるのか、不思議でなりませんでしたが」

リヴァイ 「挨拶でもしていくか?」

マテオ  「いえ、そこまでは」

リヴァイ 「そうしてもらえると有り難い。お前を憲兵団に引き渡したがっていたからな。同僚に締め上げられる
      よりは、こうして気楽に散歩できる方がいいだろ?」

マテオ  「ええ、そりゃあ…」


リヴァイ 「時に、…お前はウォール教の信者か」

マテオ  「私はそっちの方面は全くです。家内も同じで、拝む相手は金ぐらいでしょう」

リヴァイ 「お前の、ウォールマリアを出たいなんて衝動がどこから出たのかいろいろ考えてみた。今は滅びて存在
      していないウォール教の異端が、こんな説を唱えていたらしい。マリアの先にもう一つ壁があると。
      聞いたことは?」

マテオ  「いいえ、全く」

リヴァイ 「そうか。こうしていつまでもマリアを見ることができないでいると、いつかはマリアは忘れられて、
      人類に与えられた壁は最初から二つだと言われる時代が来るかもしれない。昨夜話をした『郷愁』って
      やつを通り過ぎてしまえば、人間は過去を意外と簡単に忘れる生き物だと思う。そういう世界の流れに
      抗う衝動がお前を駆り立てたんじゃないかとか、俺は考えたよ」


マテオ  「一つの嵐が通り過ぎれば、ですね。確かに悲しいことです。私が歩き出した理由の一つに、そうした悲しみ
      がなかったとは言えません」

リヴァイ 「…ウォール教の話のついでだが、大昔の人類には実にさまざまな信仰があって、そのどれもが今のウォール教
      なんかよりもはるかに複雑な教義体系を持っていたらしい。ところがどれだけ数が多くても、大雑把には
      だいたい一つの共通点でくくられる。世界の本質そのものを認識し、受け入れろという1点だ。で、その本質
      は何なのかというと…」

マテオの馬の傍らに一匹の子ヤギが寄り添う。馬はうるさそうに前足で追い払おうとするが、子ヤギはいったん離れて
からすぐに近寄ってくる。


マテオ  「巨人が我々に対して絶対的優位に立っているということでしょうか」

リヴァイ 「…何の話だ?」

マテオ  「ストヘス区にいた司祭の受け売りです」

リヴァイ 「ふざけやがって。答えを言っちまうとだな、優劣など初めからないってことだ。…お前にはそれが
      わかってるんじゃないのか」

マテオ  「それはどうでしょう。私の中にあるのは、ただ単に壁の内側に対する嫌悪だけかもしれません」

リヴァイ 「お前のその嫌悪は、初めて目の前にした7メートル級の恐怖にも勝ったというのか?」

マテオ  「恐怖は感じなかったんです。信じてもらえないと思いますが」


リヴァイ 「さらさら信じる気はない。ウォール教の司祭でもなかなか口にしない台詞だ。だがそうだと
      言い張るなら、なぜお前は、自分が恐怖を感じないでいられたんだと思う?」

マテオ  「そう言われれば、何なんでしょう。あの7メートル級は随分と面白い顔をしている
      とは思いましたね」

リヴァイ 「面白い、か。俺はもう見飽きたがな。お前の話を聞いてると、魂が血肉をも支配できるという
      司祭どもの屁理屈に行き着いてしまう。それとも、そんなことはあり得ないと思っている
      俺が間違っているんだろうか」

マテオ馬を止め、空を仰いで瞑目。唇を噛みしめる。


リヴァイ 「どうした」

マテオ  「…あ、失礼しました。時々急に、あの日のことを思い出すんです。退官届を出した日のことを」

リヴァイ 「あれか。お前の言うことが本当なら、まだ2カ月と少ししか経っていないな。俺もあの場所にいた。
      最後のご奉公をしたのかお前」

マテオ  「いえ、逆です。何もしなかったんです。私は当直明けで、退官手続きを終えて支部を出た直後にあれが
      起きたんです。15メートル級2体が暴れて大勢の犠牲者が出ている中、私は何もできないでただ
      眺めていることしかできなかった。周りではほんの少し前まで同僚だった連中が血相を変えて右往左往
      していて… 制服を脱いだ私はもう何の役に立つこともできない。せめて住民の避難誘導をと一瞬考えた
      時、自分にその資格があるのか、そんな思いにとらわれて身動きもできなくなったんです。
      …失礼しました。つまらない繰り言をお聞かせして」


リヴァイ 「確かにつまらん。退官届を出すのが1日遅れたらお前はあの日の戦闘で死んだかもしれんしな。やはり
      お前は目端の利く奴なんだよ。…これは恥じることじゃない。むしろ賞賛に値する」

マテオ  「私にはそうは思えない…」

遠方より全速で近づく調査兵1騎。サシャが青ざめた顔色で2人の前へ現れる。

サシャ  「作戦班、準備が整いました!」

リヴァイ 「ご苦労。所定の場所で全員待機。…すまんな、散歩は終わりだ。また時間のある時に話をしよう」


調査兵団旧本部。馬を駆って出てくるコニー。どこからともなくジャン現れ、コニーと並走。

ジャン  「よお、久し振りだな」

コニー  「ジャン! お前ここで何やってんだよ?」

ジャン  「本部からの配達物を届けた帰りさ。お前は」

コニー  「その逆だよ。本部への届け物だ。…お前駄目だろ。班外の人間とは許可なしに口もきくなって言われて
      んだぞ、俺たちは」


ジャン  「あんまりだな。俺までライナーやベルトルトと一緒にされちゃあよ」

コニー  「お前、笑い事じゃ済まねえだろう。俺にはもう世界ってのがどうなってんのかよくわからねえ」

ジャン  「確かにお前には荷が重いかもな。…そういや少し痩せたんじゃねえか」

コニー  「ああ… ろくに寝る暇もねえんだよ。まあ面白いっていやあ… おっと、これ以上喋ったら兵長に
      殺されるわ」

ジャン  「何もそうびくびくしなくても… 確かに兵長の側にいりゃ痩せるだろうな。エレンは最近ぶくぶく
      太ってるぜ。…おい、それよりサシャとはどうなんだ。うまくやってるのか」

コニー  「…ここ2~3日、口もきいてねえよ」


ジャン  「そりゃお前の要領が悪いんだよ。全く、どうしてお前みたいに恵まれてる奴がいるんだ。世の中
      不公平っつったらありゃしねえぜ」

コニー  「別に俺のせいじゃねえだろ。神様ってのは気まぐれなんだよ」

ジャン  「何だ神様って?」

コニー  「聞いたことねえか? 俺の村じゃ、世の中のことはみんな『神様』ってのが決めていて、人間がどう
      あがいたってどうにもなるもんじゃねえって言われてんだよ。…それよりお前、兵長に喧嘩吹っ掛けた
      んだってな」

ジャン  「誰から聞いたんだよ?」

コニー  「風の噂だよ。お前さ、なんか死に急いでねえか? そりゃミカサはよ、…強えってのは別にしても
      魔性の女ってところがあるけどよ」


ジャン  「もうどうでもいいよ。ミカサもエレンも俺自身も。だからよコニー。お互いせめて時間ぐらいは有効
      に使おうじゃねえか。その荷物持ってってやるよ」

コニー  「いいよそんな!」

ジャン  「馬鹿言え。ここから本部まで1時間はかかるぜ。往復で2時間だ。それっぽっちの荷物を俺と二人がかりで
      運ぶのか? 想像しただけで気が狂いそうだぜ! お前はその2時間を使って、サシャになんか言葉
      かけてやれよ。それがお前とサシャのためでもあり、…世界のためでも」

コニー  「わかった、すまねえな! じゃあ頼んだぜ!」

コニー、荷物をジャンに委ね、踵を返して走り出す。ジャン、コニーの姿が見えなくなるのを確かめてから、荷を鞍に
結び付ける。


10日後、本部団長室。自分の席で腕組みし斜め上を見つめるナイル。ナイルに背を向けて窓の外を眺めるヨハネス。

ヨハネス 「問題は3班の支援も受けないと駄目だってことです。テレンスとベルンハルトだけでは網を
      つくれませんから」

ナイル  「確かにそうだな… だが気になる。大丈夫か、あいつら引き込んで?」

ヨハネス 「人手が絶対的に足りません。テレンスだって、当夜はまずペデルセンに命令書に署名させ
      なきゃなりません。それが済んだら2人でザックレーの所に急行します。ですから、現場は
      ベルンハルト1人が取り仕切る格好になります。令状が発効するころには奴のガラを
      押さえてるって段取りです」

ナイル  「荒技だな」


ヨハネス 「何、総統には前にも一度同じことをしてますから、心得たものでしょう。寝込みを襲われて
      ぶつぶつ言うかもしれませんが」

ナイル  「わかった… ※※※※に感付かれてはいないな?」

ヨハネス 「それだけは間違いありません」

ナイル  「何で行く?」

ヨハネス 「92条1本で」

ナイル  「弱くないか?」


ヨハネス 「確かに… 賄賂性の立証に関してはガサの成果次第でしょうが、あまり期待はできません。
      連中だってキースの時のことで懲りてるでしょうし、そう頓馬なことはしないでしょう」

ナイル  「キースか… ありゃ事実上の指揮権発動だったからな。壁外情報提供の見返りに大枚懐に
      入れてたなんて、あれでやれなきゃ何でやれるってくらいだったが。やはり駄目なのか」

ヨハネス 「モーゼスって奴を叩いてそこまで吐かせられれば、立件は無理でもリヴァイの首ぐらいは
      取れますよ。本部にガサもかけられますしね。でもそれが現実的に可能かというと…
      贈の方でせめて○○を挙げられないかって考えもありましたが、こちらも横槍が入る可能性
      があるんで、結局、高望みはしないで行った方がいいって結論に」

ナイル  「そうしてくれ。とにかく目標を挙げられさえすれば勝ちだ。後のことはどうなろうと関係ない」


ヨハネス 「その、後のことで相談があります。成功の暁には、リヴァイがきっと動き出すだろうと
      思いますが、団長の方で押さえていただけるでしょうか?」

ナイル  「次の担当者選びか?」

ヨハネス 「ええ」

ナイル  「また常套手段を用いるのかな…。壁外調査で誰か戦死者をでっちあげるにしても、ここのところ
      戦死者なんて出ていない。何か別の方法を考えているんだろうか」

ヨハネス 「我々としては、そこを見逃さずに奴の手をひねり上げたいわけなんです。これで借りの一つぐらいは
      つくれるでしょう」

ナイル  「わかった。俺も注意して見ておく。よろしく頼むぞ」


旧本部。自室で書簡を手にするリヴァイ。慌ただしくハンジが駆け込んでくる。

ハンジ  「モーゼスがやられたって? 何、パクられたの?」

リヴァイ 「声がでかい! 奴は毒を飲んだ。特捜が踏み込んだのは病院で死亡が確認された後だ。奴の女房が
      締め上げられてるが、何も知ってるわけはない」

ハンジ  「それにしたってさ… 特捜、ガサ入れやってるんだろう?」

リヴァイ 「心配するな。もう随分前から、重要書類は早急に処分するよう指示を出してある。特務は何も
      発見できまい。…前回調査の5日後に手持ちの品を全部処分する指示を発していたのを、
      92条に引っ掛けようとしたんだろうな。その時のやり取りが漏れてたってことだ」


ハンジ  「指示は…届いてたんだよねえ」

リヴァイ 「ああ。万一に備えて伝達経路を二つにしてあったんだが、そのうち一つが漏れちまったんだ。
      裏目に出たってことだな。…少し奴らを甘く見てた」

ハンジ  「だけど、92条ったって、調査前日に売り抜けてたわけじゃないよね? 何でそれで引っ掛かるの」

リヴァイ 「もう俺たちが無傷で帰ってくるのに慣れちまってたんだ。嬉しいことに今回は調査当日が底で、
      5日後に天井になってた。喜ばねえ奴はいねえよな? これを連中は価格操作だと解釈して
      『行ける』と思ったんだろう」

ハンジ  「要はモーゼスの身柄とガサ入れの口実だね! それはそうと後任を送らないといけないね。誰が
      いい?」


リヴァイ 「もう後任は要らない。財務班はこれで解散だ」

ハンジ  「じゃあ撤退かい?」

リヴァイ 「まあ、そうだな」

ハンジ  「○○や☆☆☆☆☆には何て言うの?」

リヴァイ 「クソでも食らいやがれと言ってやるさ。俺たちのお陰であいつらも散々いい思いができたわけ
      だから、何も貸し借りはねえ」


ハンジ  「そんな無茶な… 調査兵団の解散ってことになりかねないよ。他に資金源のあてなんて
      ないんだろう? じゃ私が行こうか?」

リヴァイ 「笑えねえ冗談はよせ。さて… ここまで特捜が踏み込んでくる可能性は少ないとはいえ、
      ザックレーに話を通しておいた方がいいかもな。俺は手が離せない。楽隠居のエルヴィン
      に頼むのも気が引ける」

ハンジ  「ナイルに頼むのは?」

リヴァイ 「ハンジよ… それは世界でお前にしか思いつかねえ冗談だな。とにかく、後で詳しく相談しよう。
      ちょいと本部まで顔を出してくる。…全く、誰も無駄死にさせねえと言ってたのがもうこのざまだ」


兵団本部。リヴァイの姿を見て執務中の兵、全員起立。リヴァイ、直立不動の兵たちの中、自分の執務室へ。
デスクで決済事務を処理している間、ドアの外に誰かがじっと立っているのに気付くが、立ち去ったため
仕事を続ける。

外に夜の帳が下りる。リヴァイ、書類を全部処理し終えたところでデスク上の呼び鈴を鳴らして従卒を呼び、
一枚を除いて書類を渡す。

リヴァイ 「ナイルはいるか?」

従卒   「ご在室です」

リヴァイ、団長室へ。ノックもせず入室。背を向けて座っていたナイル、振り返る。

ナイル  「よう色男。これはまたどういう風の吹き回しだ?」


リヴァイ、ナイルのデスクに歩み寄り、椅子を引き寄せて座ってから一枚の紙を差し出す。

リヴァイ 「署名を貰いに来た。これは団長決裁案件だ」

ナイル  「俺の署名? 何でまた、そんなものが必要に? 随分とまあしおらしいじゃないか。見せろよ。
      …特別作戦班の活動経費を、…来月中に年間分全部支出しちまうのか。ほう…しかも予備費も
      全部使い切ってしまうと。豪勢だな! まあそれにしたって、俺の決済が必要ってもんでも
      ないだろう。何でまた、俺に決済を求めようなんて気になったんだよ。それを言え」

リヴァイ 「(書類のある箇所を指差す)ここだ」

ナイル  「何だよ」

リヴァイ 「お前が名前を書くのはここだ。自分の名前も書けねえのか?」

ナイル  「貴様!」

外で銃声2発。続いて何人かの激しい足音と怒号が響き渡る。


リヴァイ 「ここじゃ聞き慣れねえ音だな。失礼する」

リヴァイ、ナイルの手から書面をひったくって団長室の外へ。騒然とする兵団事務室。
屋外からは数騎が駆け去る馬蹄の音。

リヴァイ 「どうした? 何が起きた」

ディター 「ジャンがヨハネス副官に。1発が腕に当たったようです」

リヴァイ、衝立の陰に落ちている拳銃に気付き、拾い上げてポケットにしまう。兵士たちの人垣を
掻き分け、医務室へ。衛生兵から治療を施されているヨハネス。


リヴァイ 「大したことはなさそうだな」

ヨハネス 「ああ、かすり傷だ」

リヴァイ 「すまんな。俺の教育が至らなかったばかりに」

ヨハネス 「別にどうってことはない。重営倉ぐらいで済ましてやってくれ。…憲兵団に移籍して
      刑事になりたいとか言ってた。筋が悪いわけじゃないが、残念だな」

リヴァイ 「そうか…」


ヨハネス 「それよりもリヴァイ。教育もいいが、若い奴らには銃の撃ち方ぐらい教えとけよ」

リヴァイ 「なかなか時間が取れなくてな。これはお前のだろ?(拳銃を投げて渡す)」

ヨハネス、片手で受け止め、安全装置を確認してから懐にしまう。リヴァイ退出。
従卒とディターが追ってくる。

リヴァイ 「奴はどうした?」

ディター 「外に繋いであった馬で… 近くにいた者が追いましたが、一歩間に合いませんでした」

リヴァイ 「残っている者は全員捜索に出ろ。奴を絶対に死なせるな」


捜索開始直後から細かい雨が降り出している。本部から1キロほど離れた山中で、エレンとアルミンが捜索を
続けている。周囲は一面、夜の闇。
峠付近、木に繋がれた一頭の馬。

エレン  「おいアルミン、あの馬、…ジャンのじゃねえか?」

アルミン 「多分そうだと思う。この近くにいるのかな?」

エレン  「馬をここに繋いであるってことは、戻ってくるってことだよな?」

アルミン 「さあ、どうだろう。そんな普通の考え方ができるんだろうか。今のジャンに」


エレン  「まさか、この森の中で…」

アルミン 「しっ!」

2人耳を澄ます。森の奥から梟の声のようでいて不規則な音が微かに響いてくる。2人、足音を忍ばせ
つつ音の方向へ近づく。森の奥へ踏み込んでいくにつれ、時折引きつったように高くはね上がる音が
次第に明瞭になっていく。音のする先に、微かな人影のようなもの。

アルミン 「ジャン?」

人影のようなもの、呼び掛けに反応するように近づいてくる。


ジャン  「よーおアルミン、見ろよこれ! 市場へ行って極上の蹄鉄を手に入れてきたんだぜ、はは、
      ブーフヴァルトが喜ぶの間違いなしだよ、ほらほら、ぴっかぴかだろう? これをつけたらよ、
      あいつ大喜びで天まで昇る勢いで走るに決まってんだよ! …おい、ブーフヴァルトはどこだよ?」
      
ジャン、馬の方へ走り出す。手に持っているのは木の皮。

アルミン 「ジャン!」

ジャン  「おお、ブーフヴァルト、待たせてすまなかったなあ、寂しかっただろう? ごめんな、もう絶対、
      お前を寂しがらせたりはしねえからよ、約束するよ、帰ったら、この蹄鉄つけような、そんでよ、
      一緒に走ろう! お前、走るの大好きだもんな! これつけたら天まで昇る気分になるぜ、
      約束するよ、この俺が言うんだ、俺が嘘言ったことなんかねえだろう?」


エレン  「おい」

アルミン 「駄目だよエレン」

エレン  「おめえ酔ってんのかよ」

アルミン 「駄目だってば!」

エレン  「しっかりしやがれこの馬面!」

エレン、ジャンの頬を平手打ちする。ジャン尻餅をつくが、その目に光は戻らず、再びブーフヴァルトに
取りすがる。

ジャン  「許してくれよ。お前に蹴られるのも当然だよ。本当にお前を待たせて悪かった、だけどよ、
      これからはずっと一緒だ、今は雨が降ってるけどよ、じきに晴れるんだよ、そうしたら、この
      蹄鉄つけて一緒に走ろうな、どこまでもどこまでも、行けるとこまで行こうな!」

エレン  「バカ野郎が」

1週間後。
ジャン・キルシュタインに対し、駐屯兵団衛戍病院で治療を受けるためのトロスト区行きと、治療後の
兵籍抹消が決まる。
エレン、アルミンら、兵籍抹消について寛大な処置を上層部に嘆願するが聞き入れられず。
また、事件を契機としてナイルら憲兵団出身者に対する不穏な動きが報告されたため、幹部の申し合わせで
24時間体制での警護を付けるほか、万全の措置として第1備品倉庫に臨時団長室を設けることを決定。

疲れた
寝ます


ウォールローゼ、トロスト区門外。巨人の支配する土地。
馬を南へと進ませるリヴァイ、マテオ、調査兵数名。

リヴァイ 「この辺りでいいだろう。おいクズ。馬を下りろ」

マテオ  「え」

リヴァイ 「え、じゃねえよ。さっさと下りろ」

マテオ  「どうしたというのですか、いったい」

リヴァイ 「走れ」


兵の1人、マテオの足元に銃を発射。後ろを振り返りつつ、やむなくマテオ走り出す。前方から近づく
3メートル級の群れ。

リヴァイ 「さっさと俺の見えねえところへ行け、クソ野郎」

マテオ、3メートル級の群れに気付き引き返そうとするが、兵は再びマテオの足元に発砲、戻ってくることを
許さない。やがて3メートル級追い付き、マテオを押さえ付けて捕食を始める。マテオ、絶叫を残して死ぬ。


調査兵団本部地下拘置室。
目を覚ましたマテオ。全身に汗をかき、心臓は激しく鼓動している。外に監視兵の姿なし。鉄格子の扉に手を
掛けてみると、鍵が開いている。ゆっくりと扉を開け、恐る恐る外へ出る。
1階へ上がる階段に足を掛ける。朝の光と兵士たちの喧騒。階段を上がった先は兵団食堂、当直明けの兵らが
忙しく往来し、誰もマテオに目を止めない。脳裏に甦る、最後の勤務日の光景。
庁舎を出て正門へ。番兵は無表情にそっぽを向いたまま。門の外へ一歩足を踏み出し、立ち止まる。
立ち止まって深呼吸を数回。庁舎の方へ引き返す。

調査兵F 「お早うございます、マテオさん!」

マテオ  「…ああ、お早う」

調査兵F 「随分早いですね?」

マテオ  「いや、目が覚めたら独房の鍵が開いていて。脱走する気まではなかったんですが、誰もが皆私に
      無関心だと拍子抜けがしてしまって…」


調査兵F 「ああ、あれは兵長が、もう鍵は掛けなくていいと指示してたんですよ。朝メシでもどうです?」

調査兵Fとマテオ、食堂へ。

マテオ  「ひどく悪い夢を見ました。今でもこうして自分が生きて朝食を取っているっているのが、まだ半信半疑
      なくらいに。私は食う方じゃなくて食われる方だったんですがね、3メートル級に」

調査兵F 「…そう言えばお顔の色がよくない。お誘いしてご迷惑じゃなかったですか?」

マテオ  「とんでもない、私の方こそ、食事時に変な話を聞かせてしまって。でもまだ心臓がどきどきしてる。
      私はリヴァイ兵長にローゼの外に追い出されて、そこに巨人が襲ってきた。…小さいころ、母親に
      叱られた時のことを思い出しましたよ。そんなわがままばかり言ってると3メートル級が来るよ。
      お前を3メートル級の餌にするからね。…3メートル級っていうのは、大きさが人間に近いだけに、
      一番忌み嫌われ恐れられた存在だった。少なくとも私の故郷では」


調査兵F 「それは私の故郷でも同じです。私のところには3メートル級を歌った数え唄が伝わってましてね。
      もう本当に小さい時分のことで内容はすっかり忘れてしまいましたが。幼い女の子が森で3メートル級と
      友達になって、最後に食われてしまうって筋だったのだけは覚えてます。曽祖母が歯の抜けた口で
      よくもぐもぐ歌ってましたっけ… 15メートル級ぐらいになるとあまり実感が湧かないから、
      子供心にはむしろ好奇心が湧いたりするんですけれど、3メートル級となると…」

マテオ  「ウォールマリアが陥落してからは政府の方針で、巨人に関して語ること自体が規制されてますからね。
      子供の躾にも使われなくなったって話ですよ」

調査兵F 「日常になったってことですね」

マテオ  「その通りです」


ディター通りかかり、マテオに目を止める。

ディター 「あ、いたいた。マテオさんお食事中すみません、あの、今日からお部屋移ってもらえますか」

マテオ  「ええ、構いませんけれど」

ディター 「2階の来客用宿泊室でお願いします。地下を燻蒸消毒しないといけないんで。それからリヴァイ兵長が、
      今日は忙しいから遠乗りのお付き合いは勘弁してくれって言ってましたんで、どうかよろしく」

マテオ  「私は一向に…というか、お仕事の邪魔をする気は全然なかったのですが。いや、参ったな…」


来客用宿泊室。大きな窓と清潔なベッド。

マテオ  「こりゃまるで高級旅館の一室だ! 薄汚い窃盗の容疑者だったはずなのに、いつのまにかお客さん
      扱いか。あの人の気まぐれも痛し痒しだな。(ベッド脇のテーブル上に積み上げてある
      書物に気付く)これは、太古の信仰を記述した本じゃないか! 禁書中の禁書、所持しているだけで
      死罪に問われるという… おっと、俺はもう憲兵じゃなかった。それにしてもこんなものを無造作に
      放り出してあるのも、調査兵団たる所以なのか」

マテオ、椅子に座って読み始める。いつしか時の経つのを忘れ、昼食を取るのも忘れ、夜になる。深夜まで読み
ふけって空腹を覚え、階下に下りていくが、食堂には人影もない。諦めて自室に戻る。
窓を開けて満天の星空を見る。

マテオ  「俺には最初からわかってたはずだ。生まれた時から自由だって! なのに今、どうして俺は踏み出せない?
      そんなに巨人が恐ろしいのか。みんな同じだ。俺たち人間も、あの星も、月も、3メートル級も。等しく
      美しいこの世界の一部じゃないか。俺は、この美しい世界を捨てることはできない。この世界
      なくして、生きることに何の意味があるだろう? だから最初の一歩を踏み出したはずなのに。
      でも今の俺は恐れている。3メートル級に八つ裂きにされることを。奴らに消化されて無になることを」


翌朝、1階食堂。向かい合って朝食を取るマテオとディター。

ディター 「随分食欲旺盛ですな」

マテオ  「ええ、昨日の夕食を逃してしまったもので、腹が減って…」

ディター 「ここの食事は気に入りましたか?」

マテオ  「外を歩いている思いをすれば王侯のような贅沢です。いや、そんな言い草はありませんな… 
      ところで法廷から私への召喚はいつになるんでしょうかね。もう来てもいいころですが」

ディター 「ご存じなかったんですか? てっきり兵長からお聞きになっていると思ってたんですが…
      一昨日に不起訴処分の決定が出てますけれど」

マテオ  「えっ?…」


ディター 「いや、ここがお気に召したんなら、ご逗留いただいてもよろしいですが。兵長は『居たいだけ
      居させてやれ』と言ってましたんで」

マテオ  「それは… 知らなかったこととはいえ、すっかりお邪魔になってしまいました。…誠に申し訳
      ありませんが、本日いっぱいはご厄介になってよろしいですか」

ディター 「明日発たれるということですか?」

マテオ  「ええ。ついては、お忙しいところを恐縮ですが、兵長に挨拶したいので… 明日、旧兵団本部に
      お伺いしようかと思います」


ディター 「…わかりました。兵長に都合を聞いておきましょう。何やらお名残り惜しいです。…今まで
      言わなかったことですが、マテオさんから話を聞きたいと言っていた兵が何人もいたんですよ。
      どうして兵長は毎日マテオさんの散歩にお付き合いしているのかって」

マテオ  「いや、本当に、あれは兵長から散歩に付き合えと言われただけですから」

ディター 「…まあ、いずれにしても、兵長はマテオさんと話をするのが楽しかったようですね。それだけ
      でもここでは、一目置かれる理由になりますよ。それでは、今日一日ごゆっくり」

ディター席を立つ。マテオ食堂に残り、食べ終わった食器にじっと眺め入る。


本部最後の夜。マテオ、部屋に置いてあった禁書を終日読みふける。最後の1巻を読了したところで
巻末に1枚の紙片。リヴァイの筆跡。



   リノよ、わが涙は死者のため、わが声は墓の住人のためなり。※1



マテオ  「されど汝はモラルがごとく仆れん。…丘は汝を忘れ、汝が弓は広間に弦なくて棄てられん…※2
      ふははは… 何という… この愚か者め!」

マテオ笑う。しかし次第に嗚咽が混じる。口に手を当てて嗚咽をこらえようとするが、涙が溢れ出てくる。
書物を閉じ、脇に置く。

※1、※2 ゲーテ「若きウェルテルの悩み」(高橋義孝訳)より


翌朝。快晴。マテオ、所持品をまとめて本部庁舎を出る。かつての監視兵や親しくなった調査兵との挨拶は
既に済んでいる。暖かな日差しの中、番兵に一礼して正門を出、わずかに逡巡してから、旧本部へ足を向ける。
その方向から1騎、馬を飛ばしてくる調査兵。長身だがまだ少年。

少年兵  「マテオさん、遅くなって申し訳ありません、なかなか兵長がつかまらなくて…」

マテオ  「どうしました?」

少年兵、馬を下りる。

少年兵  「申し訳ないです。兵長はお会いになれないとのことです。この通りに伝えろと命令され
      ましたので、復唱します。『行きたきゃ行け。俺は忙しい』。以上です」


マテオ  「そうですか。それは残念です。では兵長には、お世話になりましたとお伝えください。
      …はて、以前にどこかで会いましたかな?」

少年兵  「はい、マテオさんには以前お目にかかっています。…実は私は、憲兵団に今年入団したの
      ですが、先の補充兵募集に応じて移籍した者なのです。憲兵団からの移籍は私だけでしたが。
      短い憲兵団生活の間で一度だけマテオさんにお会いした時、預かっていた物がありました。
      それをお返しします」

少年兵、預かっていた物を胸ポケットから取り出し、マテオの手に握らせる。


マテオ  「君は! …そうだったのか。…いや、これはもう私のものじゃない。君の勇気に対する贈り物だと
      思って、取っておいてください。私にはもう縁のない物だ。そしてもう一度言わせてもらうよ。
      君の将来が楽しみだ!」

少年兵  「ありがとうございます、よい旅をお続け下さい!」

少年兵一礼し、コインを胸ポケットに戻して乗馬、本部の方角へ駆け去る。マテオ、少年兵の姿が本部
正門へと消えるまで見送り、南へ。

ここで今さらの訂正

70の3行目「金髪」→「茶色い髪」


本部大講堂前。次回壁外調査の説明会へと集まる兵士たち。入口付近に立つアルミン、正面を向く。

アルミン 「調査兵団本部大講堂前からアルミン・アルレルトがお送りします、なんてね。…マテオさんには
      驚いたね! 205のネタが不発だったらどうしようって、作者さん夜も眠れなかったらしいよ!
      よほどこれに懸けてたんだろうね! まあそれはさておき、ナイル団長の話に出てきたキース
      さんの事件について、ちょっと触れておくね。

      壁外調査で得た情報を商会の重要人物に提供した見返りに、調査兵団長が多額の賄賂を受け取って
      いた疑惑が浮かんで憲兵団が捜査に乗り出したんだけど、現役の団長が逮捕されたらあまりにも
      社会的影響が大きいというんで、中央政府から捜査中止命令が出たんだ。結局、キースさんは
      逮捕は免れたけど、団長を辞めて訓練兵団の教官ってことで決着したわけ。


      この事件にはいろんな噂がつきまとってる。賄賂は全部政界への工作資金に使われてただとか、賄賂
      の一部を受け取っていたとても偉い人が、足元に火がつくのを恐れて捜査をストップさせたとか、
      事件が発覚したのは(ヒソヒソ声になる)キースさんを失脚させるためにリヴァイ兵長とエルヴィン
      団長が仕組んだ罠だったとか。そして商会の重要人物に伝わった壁外情報って何だったのか、結局
      わからずじまいだったんだよね。

      さあ、ここで第1話を思い出してみよう。当時のキース団長がモーゼスさんのお母さんに詰め寄られた時、
      キースさんの受け答えの仕方、変だと思わなかった? しどろもどろになった挙句、すっかり有名に
      になった「何の成果も得られませんでした!」ってなるんだけど、僕もあの時近くで聞いてて、どうも
      変だと思ったんだよ。相手から何も期待できないなら「何の成果も得られませんでした!」って「答える
      しかない」のかな? 本当の成果はどこへ行っちゃったんだろうね? でも僕は、キースさんだけを責める
      わけにはいかないと思う。やっぱり、世界は残酷なんだ。

      さあ、このお話もいよいよ終盤だ。 僕も活躍するから期待しててね!
      ジャンの分まで頑張るよ!」


大講堂内。調査兵団の兵士を前に、演壇に立つリヴァイ。

リヴァイ 「まず、次回壁外調査の要点説明が出発前日にずれ込んだ理由から話そう。明日の調査は
      従来とは全く違った手法で行うため、可能な限り機密を守りたかったという点が一つ。それから、
      いつものように1日空けることで、作戦の成否に不確定要因が侵入する懸念があったという点が
      一つだ。では始める。

リヴァイ、黒板に縦長の長方形を、その上に小さい二等辺三角形を書く。さらに三角形の等辺の両脇にそれぞれ
縦長の楕円を配置。

リヴァイ 「明日未明にカラネス区から3列縦隊で出発した後、壁外でこのように長方形の密集隊形を形成する。
      この三角形は特別作戦班だ。そして明日は3カ月前に捕獲した巨人2体を随行させる。この楕円は、
      それぞれ4メートル級と10メートル級を収容した荷馬車だと思ってもらいたい。


      進行速度はこの2台の荷馬車を基準とし、基本的にはこの隊形を維持したまま、第1拠点から第2
      拠点を経由して、最終的にはシガンシナ区への到達を目指す。以前から言っているエレンの実家、
      その地下室が目標地点だ。今度こそ間違いないから安心しろ(一同苦笑)。

      そして、ここが明日の壁外調査の最も重要な点だ。明日は立体機動装置を含めて一切の武器を携行しない。
      一切というのは、例外はないということだ。つまり、調査終了までの間、巨人との交戦は一切想定
      しない。戦うという考えは最初から捨ててもらいたい」

一同騒然。一人が挙手する。

調査兵G 「それは、駐屯兵団の報告でここ2週間、壁上の全地点で巨人を全く視認していないという現状を
      受けてのことでしょうか」


リヴァイ 「違う。特別作戦班が行ってきた実験と訓練の結果から、俺は一つの仮説を立てた。あくまで仮説で
      あって裏付けはない。それは、巨人は人間の攻撃意思に反応して襲ってくる、ということだ(再び一同騒然)。
      ならば武器を持たない民間人が襲われる点を説明できないという話に当然なるだろう。実は民間人も
      攻撃意思を持っている。それを制御できていないから、巨人は襲ってくる。俺の考えた仮説はそういう
      ことだ。…先ほど裏付けはないと言ったが、実験結果は出ている。

      特別作戦班は過去9回にわたり、小規模な壁外調査を実施した。そのうち6回の調査で巨人との接触があり、
      1回の調査で複数回遭遇する場合もあるから、接触回数は計11回に上る。これ以外に遠方からの視認が5回あった。
      いずれも俺たちは武器を一切所持しておらず、戦闘の意思を放棄していた。いずれの場合も巨人は黙って通り過ぎて
      いった。一度は俺たちが昼メシを広げているほんの5~6メートルのところまで来て、サシャが茹でた芋を
      こう、差し出したんだが、実にまずそうに眺めただけで行ってしまった。サシャの茹で方が悪かったのかどうか
      は知らん(一同失笑)。


      巨人の攻撃を誘発する真の原因の解明は、多分俺たちが生きている間には無理だろう。 …漸増的に人員を
      増やしながら最終的に兵団総力でマリア到達を目指す選択肢もなくはなかったが、俺の勘では、どうも急いだ
      方がよさそうな気がしてな。次回調査で兵団総力を挙げることに決めた。つまり、作戦班単位で行っていた調査を、
      全兵団で行うのだと考えてもらえればいい。

      それでも巨人の襲撃があった場合はどうするか。対策は皆無というわけではないが、それは出発後に説明する。
      いずれにしても過去の常識を覆す手法であるのは間違いないので、参加を強制はしない。賛同できないと思う
      者は残留してもらって一向に構わない」


調査兵H 「つまり、巨人の攻撃を受けるか否かは個人の資質による、という解釈でよろしいのでしょうか?」

リヴァイ 「それは俺も随分頭を悩ました点だ。今のところ、攻撃意思を精神的に完全に放棄できるような特別な訓練を
      作戦班でやってきたわけではない。さっき例に挙げた作戦班単独による1回目の調査では、武器を持たない
      状況に全員顔面蒼白だったが、その回だけで2度巨人との遭遇があり、何事もなかった。だからお前たちも
      気にするな、というしかない。

      付け加えると、シガンシナの例では大勢の民間人が犠牲になったが、難を逃れた住民もいる。作戦班では
      シガンシナ出身の民間人を対象にした聞き取り調査も行った。超大型による開閉扉の破壊から脱出までの間、
      巨人の接近を許しながら捕食を免れたという回答も複数寄せられている」

再び一同騒然。


エレン  「おおよそは理解しました。それでもなお、漸増的に人員を増やす方法で兵を馴致する選択肢があった
      ように考えるのですが」

リヴァイ 「確かにそうだろう。しかし先ほど誰かが触れたように、壁上からの巨人発見がこの2週間皆無である
      現状を、好機として生かしたい考えもある。今はいなくても明日には巨人が押し寄せてこないという
      保証は全くない。この地上から巨人が消え去った証拠など何もないからだ」

エレン  「了解しました。…それから個人的な確認事項ですが、私は不参加ということになりますか」

リヴァイ 「申し訳ないが、作戦班が加わる以上そうせざるを得ん。ミカサもだ。お前たちは後衛に徹してくれ。
      他に質問は? …ではこれまでとする。以上を踏まえて、明日の調査に参加するかどうかを各自決めて
      もらいたい」


リヴァイ演壇を下りるが、多くの兵は着席したまま疑わしそうな顔つきで互いに話し合っている。リヴァイ、エレンを
手招きする。

エレン  「はい」

リヴァイ 「夕食後に俺の部屋へ来てくれ。一つ尋ねたいことがある」

エレン  「…了解しました」

夜。執務室で考え事にふけるリヴァイ。ノックの音

エレン  「失礼します」

リヴァイ 「掛けろ」

エレン  「地下室の鍵を持参しました」

リヴァイ 「ああ、預かっておこう。…ところで尋ねたいことというのはな、かなり前の話になるが、超大型が
      開けたトロスト区の穴を大岩で塞いだ時のことだ。お前は開閉扉の先に何か見なかったか?」


エレン  「いいえ、特に…」

リヴァイ 「そうか… ならよかった」

エレン  「いや、待ってください! 穴に岩を投げ込む直前、確か、7メートル級が1体、穴の先に… そして、
      …そいつの目が」

リヴァイ 「お前を見たのか? 目が合ったのか?」

エレン  「いえ、ほんの一瞬でしたし、私自身活動の限界に達していて記憶も混濁状態で、それに巨人化したのは
      あれが初めてでしたから、本当に目が合ったのかどうかも、現在に至るまで判然としません」


リヴァイ 「…ではもう一つ聞こう。どれほど不確かであれ、お前はその一瞬のことを、ピクシスでも誰でもいい、
      当時の上司に報告したか」

エレン  「…いいえ。壁外に巨人が存在するのは当然ですし、恐らく、あまりに瑣末なことであるとの見地から、
      …報告には至りませんでした」

リヴァイ 「そうか! (椅子に背を預け天を仰いで瞑目、長い溜息)…残念だな。とても残念だ。いや、わかった、
      エレン。お前は若かったんだ。お前のせいじゃない。大きな流れが一つの方向へ向かっている時、これは
      お前の言うように瑣末なことでしかない」

エレン  「私は、何か、…重大な判断の誤りを?」


リヴァイ 「いや、訓練兵のお前にそんなことを要求するのは無理だ。全ては運命だ。これは推測だが、その
      7メートル級と目が合った時、お前のそのよくできた頭には何かが閃いたんじゃないかと思う。
      そして別の何かが、お前の頭からそれをきれいに拭い去ってしまった。違うんだろうか? もし
      違わなければ、俺たちの手には新しい何かがつかめるんだが」

エレン  「別の何か… (みるみる顔面蒼白になる)うわぁっ!」

リヴァイ 「落ち着け! お前はよくやった。前にも言っただろう。結果は誰にもわからんと。お前は
      トロスト区を守り抜いたんだ。普通なら歴史に名を残す英雄だ。これ以上の何をお前に要求
      できる? これから先のことなど誰にもわからん。クソみてえな日常が相変わらず続くかも
      しれん。巨人のことなんか誰もが皆忘れちまうことがあり得ないと、お前に断言できるか?
      そんな時代が、もしかしたら当たり前みてえに、近づいてるのかもしれねえしな」

エレン  「へ、兵長、な、何を…おっしゃってるんですか」

リヴァイ 「落ち着けと言ってるだろ! 鍵を預かるぞ」

エレン、震える手で地下室の鍵をリヴァイに渡す

今日はここまで。
寝ます。


エレン  「兵長、一つご相談が」

リヴァイ 「言ってみろ」

エレン  「私は直ちに行動を起こすべきであると考えます。兵長のお考えを」

リヴァイ 「今は駄目だ。夜明けまでに世界をひっくり返す自信は俺にはないし、お前にもあるまい。そんな
      ことをすれば無用の混乱を起こすだけで、最悪の事態を招きかねない。それはわかるだろう」

エレン  「はい… 理解します」

リヴァイ 「…ではこうしよう。俺たちが出発してローゼから十分な距離を取った段階で、黒の煙弾を上げる。
      お前は壁上でそれを確認し、黒の煙弾で応答してくれ。以後はお前の単独行動を許可する」


エレン  「了解です」

エレン退出。アルミンのいる班へ駆け出す。ドアを開けてアルミンを見つける。

エレン  「おいアルミン。お前、明日は参加するのか」

アルミン 「僕は参加しないことにした。エレンが行かないから」

エレン  「よかった、ちょっと手伝え。今晩は徹夜だ。明日も忙しくなるぞ」

アルミン 「何をするの?」


エレン  「まず、印刷室でビラを作る。千枚もありゃいいだろう」

2人、兵団印刷室へ。エレン、活字を拾って4行分の木版をつくる。


   調査兵団より緊急連絡

    巨人が来ます!

    すぐに身一つで逃げましょう!

    巨人はあなたの財産まで奪わない!


エレン  「こんなもんでいいだろ… ちょっとミカサ呼んでくるわ。3人で突貫作業すりゃ、明け方までに
      終わると思う」

アルミン 「だけどエレン… 巨人が来るって、どういうこと」

エレン  「俺の勘だよ。来なけりゃ来ないでそれに越したことはねえだろ? そういうこった」

木版を見つめ眉をひそめるアルミン。


5時間後。ビラの印刷終わる。疲労困憊してそれぞれの席に座りこむ3人。アルミン寝息を立てている。

ミカサ  「エレンの考えでは、巨人は明日襲ってくる、そういうこと?」

エレン  「わからねえ。明日なのか明後日なのか、1週間後なのか。でも来るのは間違いねえよ」

ミカサ  「でも壁がある」

エレン  「あれはもう壁じゃねえ。俺たちの目には壁のように見えてるだけさ」

ミカサ  「わからない。どういう意味」

エレン  「…巨人が来たときにわかる。明日はトロスト区と、カラネス区と、二手に分かれて、ビラを
      貼りまくる。1人でも多くの、命を、救えりゃいいんだ。俺は駐屯兵団と、憲兵団に掛けあう。
      この、調査兵エレン・イェーガー様が…」

エレンも寝息を立て始める。ミカサ、刷り上がったビラの束を二つに分け、それぞれ布で包む。


               3時間前

翌日。東の空に朝焼けが広がっている。カラネス区を出発した調査兵団、南へと前進中。

リヴァイ 「コニー! エイブルの様子はどうだ」

コニー  「大分落ち着いてきました。やっぱり緊張してたんでしょう。初陣ですから」

リヴァイ 「お前たちの時と同じだな」

コニー  「はい」

リヴァイ 「ところで…お前とサシャ、もう夫婦なんだよな」


コニー  「はい、夫婦です! あいつ、所帯持ったら毎日肉を食わせろなんて言いやがって… 兵長、
      何とか言ってやってください」

リヴァイ 「そうだな… 肉は毎日食うもんじゃねえ。たまに味わって食うのがいいんだ。そう言ってやれ」

コニー  「はい、ありがとうございます!」

リヴァイ 「コニー、黒の煙弾を上げろ。…全隊停止!」


調査兵団、ゆっくりと速度を落としながら停止。リヴァイ、前に進み出て兵士たちの方を向く。
荷馬車の中から、コニーに付き添われた4メートル級、サシャに付き添われた10メートル級が
姿を現す。兵士たちに動揺走り、身構えるが、皆改めて武装していないことに気付く。

リヴァイ 「皆落ち着け! 今日から俺たちの仲間になる2人の兵士を紹介する。エイブル、ベイカー、
      皆に挨拶しろ」

2体の巨人、直立不動となり右手を左胸に当てて敬礼。馬上の兵士たち、呆気にとられたまま五月雨式に
おずおずと敬礼を返す。ハンジ、馬の背に顔を当てて笑いをこらえるのに必死。

リヴァイ 「ここから先はこの2人が先頭に立つ。進行速度もこいつらに合わせる。万が一、巨人が
      襲ってきた場合もこいつらが戦うから、我々は自分の任務に集中すればいい。とにかく、
      エイブルとベイカーを信じろ。以上だ」


カラネス区城門付近の壁上に立つエレン。白みゆく空に黒の煙弾が上がるのを確認し、自分も黒の煙弾を
撃ち上げ、そのまま市街地へと向かう。
エレン、建物の壁にビラを貼り付けて回る。ミカサは道行く人にビラを渡し避難を促す。駆け寄ってくる
憲兵たち。

憲兵A  「そこの調査兵! お前何をやっている? ありもしない噂を流すと住民煽動罪で逮捕するぞ」

エレン  「うるせえ、あんたらも手伝え、っつうか上司に言え。すぐに住民を避難させろってな!」

憲兵B  「何を根拠に? 一介の調査兵ふぜいが!」

エレン  「何だと? お前らこのエレン・イェーガーを知らねえのか? 知らなきゃ上司のところへ
      行って聞いて来い。そしてすぐに避難誘導を始めろ!」

憲兵A、B「イェーガーだって? (しばし相談)わかった、ちょっと待ってろ、な」

エレン、憲兵たちを無視してビラ貼りを再開。


               2時間前

トロスト区。アルミン、ビラ撒きはそこそこに切り上げ、駐屯兵団南部司令部へ。
隊長キッツ・ヴェールマン現れる。

アルミン 「調査兵アルミン・アルレルトです。ご相談したいことが」

キッツ  「何だお前か? また、何の用だ…」

アルミン 「すぐに住民の避難を始めてください。巨人が来ます」

キッツ  「(ビラを見つつ)その根拠は何だ? いつ来るっていうんだ」


アルミン 「わかりません。しかし私の友人のエレン・イェーガーが、間違いなく巨人が押し寄せて
      くると言っています」

キッツ  「それだけじゃ、避難を始める理由にならないだろう」

アルミン 「なります」

キッツ  「なぜ?」

アルミン 「だって彼、15メートル級ですもん。前にあなたもご覧になったでしょう? 巨人が攻めてくるって
      巨人が言ってるんですよ。嘘だと思いますか?」

キッツ  「…ちょっと待ってろ。司令を呼んでくる」


キッツに付き添われ、司令室からピクシス。顔が赤い。

ピクシス 「久し振りだなアルレルト。元気でやっとるか。巨人が来るとか、また物騒なことを言い出しおって…
      まあ俺の部屋へ来い」

アルミンとピクシス、司令室へ。ピクシス、ウイスキーをグラスに注いで勧めるがアルミン固辞。

ピクシス 「巨人が来るとな? 避難を開始しろとは、それはリヴァイの指示か」

アルミン 「いえ、巨人であるイェーガーの直感です」


ピクシス 「そうかな?… お主にしてもエレンにしても本当はリヴァイの意を受けてるんじゃないのか。この
      ところ壁外に巨人の姿が全く見られなくなったせいで、穀物の値段が下がりに下がっとるからな。
      奴さん青くなって、恐慌を起こして価格を引き上げようと企んでるのだと思うが、…違うか?」

アルミン 「? 失礼ながら理解いたしかねます」

ピクシス 「ふん。…正直言うとだな、俺も困り果ててたところだ。このままでは破産しかねない。よし、
      俺が直接憲兵団に掛けあってやる。『巨人が襲来するという有力な情報がもたらされた』と
      言ってな。有力な情報には違いあるまい? ここで少し待ってなさい。酒は好きに飲んでいい」

アルミン 「ありがとうございます!」


               90分前

ウォールマリアを南下する調査兵団。リヴァイ班を挟んでエイブル、ベイカーが先頭に立って並走。

リヴァイ 「ベイカー! 少し速度を落としてやれ。エイブルがきつそうだ。…何とか第1拠点まで無事に
      着けそうだな」

ハンジ  「いやー、どうだろ。嫌なことは先に済ましといた方がいいんじゃない?」

リヴァイ 「そうそうこちらの都合に合わせて物事は動かねえよ」

コニー  「兵長、あれを!」

リヴァイ 「あ… とうとう来やがった」

ハンジ  「え… 何やってんのあいつら!」


リヴァイ 「こう来ると思った。想定の範囲内だ。エイブル、ベイカー、速度を落とせ。減速走行! 慎重にやれよ」

前方から押し寄せる巨人の大群。調査兵団、走行速度を少しずつ落とす。

ハンジ  「突っ込むわけ?」

リヴァイ 「どこかに道を譲る隙間があるか? 連中も忙しそうだ、邪魔しない程度に行こうじゃねえか」

調査兵団、巨人の群れと接触。群れは左右に分かれ、部隊の前に道を譲る。

ハンジ  「すごい。まさに一糸乱れずってやつだね。…こりゃ駄目だわ」

リヴァイ 「ああ… 本当にこりゃ駄目だ」


               5分前

駐屯兵団南部司令部。ピクシス、キッツとともに戻ってくる。

ピクシス 「おや、アルレルトはどこへ行ったかな」

グスタフ 「何か急な用事があるとかで出て行きました。用事が片付いたら戻るとは言っておりましたが」

ピクシス 「ふん。変な奴だ。せっかく抜き打ちの避難訓練という形で話をまとめてやったというのに」

グスタフ 「抜き打ちですか? 訓練だってこと住民には知らせてあるんですか?」

ピクシス 「知らせとらんよ」

グスタフ 「また… 後で住民から文句が出ますよ」


ピクシス 「いいんだよ! 今日いっぱいは内門の外にでも居てもらうかな。気持ちは日々、常在戦場!
      人類の最前線に立つ者の心構えというのは…」

突然地響き。壁の外で立て続けに轟音。

ピクシス 「何だ?」

地響き止まらず。

グスタフ 「行って見てきましょうか?」

ピクシス 「いや… いいよ、俺が行って来る」

ピクシス壁を登る。壁上では兵数名が突端から外を見下ろし立ち尽くしている。

ピクシス 「おい、お前たちどうした、何をやってる?」


駐屯兵A 「世界の終わりだ!」

駐屯兵B 「もうお終いだ!」

兵全員、恐慌を起こしたように突端に背を向け駆け出し、あたふたと立体機動で市街地へ降下。

ピクシス 「おい、お前たち」

壁外を見下ろす位置まで歩み寄り、下をのぞき込むピクシス。

ピクシス 「おい… (笑い始める)やめろ。やめないか。やめろと言うのに… どうかやめてください、
      お願いしますーっ!」

生涯最大の爆笑を炸裂させつつピクシス発狂。

獣の巨人 「あそこで馬鹿笑いしてる奴、何が可笑しいんだろ? 別に面白いことなんかないのに」


調査兵団本部第1備品倉庫の臨時団長室。ドア付近で押し問答するナイルと護衛兵。
南の方角から微かな砲声。

ナイル  「自分の目で見てもいないのに、貴様にわかるのか?」

護衛兵  「疑問がおありでしたら、私が行って確かめてまいります! 団長はここにお留まり
      ください!」

背後からヨハネス、フリート、ミゲロ近付く。ヨハネス、護衛兵の背に拳銃を突き付ける。

ヨハネス 「おい、それ以上は上官への反逆罪だ。それともここで処分されたいか? …団長、
      馬が用意してあります。急ぎましょう」


ナイル  「君らの看守は?」

ヨハネス 「一人だけ居残りになってましたが、縛り上げて転がしてあります。リヴァイも冷たい
      野郎ですよ」

ナイル  「全くだな!」

フリートとミゲロ、護衛兵を縛り上げて臨時団長室に監禁。4人の男、馬を駆って街道筋に出る。
馬を走らせるうち、南から押し寄せる避難民の群れに遭遇。

ナイル  「一体どうしたというんだ、この騒ぎは?」


避難民の男「はぁ? 寝ぼけてんのか? 巨人の大群が押し寄せてきてるんだよ!」

ナイル  「巨人だって? 壁が破られたのか?」

避難民の男「何を言ってんだ? 壁なんてもうどこにもありゃしねえよ!」

避難民の男、走り去る。ナイルら4人、付近の一番高い建物の屋根に上がり、望遠鏡で南方を見る。

ナイル  「おかしい。確かに壁はあるじゃないか。何が起きたというんだ」

ヨハネス 「どうしましょう?」

ナイル  「住民の避難誘導と保護は駐屯兵団に任せて、本部に戻ろう。巨人が来たなら本部の防衛
      に徹すべきだ」


トロスト区駐屯兵団司令部。痴呆状態のピクシス担ぎ込まれる。地響きは弱まりながらも続いている。

リコ   「司令? 司令? 駄目だ全然反応ないや。それで何が起こったって?」

駐屯兵C 「ですから、巨人がこうやって岩を頭の上に担ぎ上げたり、両手で抱えたりして持ってきて、
      壁際に積み上げていってるんです!」

リコ   「どういうことそれ?」

駐屯兵C 「つまり、坂を造ろうとしてるってことですよ!」


リコ   「巨人が、一つの目的に向かって、共同作業してるってこと?」

駐屯兵C 「そう! まさにそういうこと!」

リコ   「じゃあ終わりじゃん」

駐屯兵C 「そ… そういうことなんじゃないですかぁ!?」

リコ   「でもさ、いくら土木工事の真似事始めたからって、50メートルの壁の上まで届く斜面造るなんて、
      どう考えたって現実的じゃないよねえ」

駐屯兵C 「だって、あれだけの数の巨人が全部、同じことやってるんですよ!」

リコ   「そうか、じゃあ見てこよう」


リコと駐屯兵C、西側の壁上に上がる。

リコ   「あーやってるやってる。しかも下から15メートル級並べて手渡しまでしてるよ。これどうしよう?
      大砲で撃って岩石砕いたって焼け石に水だね。あー。壁の上までもう10メートルもないね。それに
      しても何、この数? 仕方ないよ、とりあえず大砲ぶっ放して邪魔するしか。やって! あそこで
      腕組みして突っ立ってる毛むくじゃらの奴何だろ? 現場監督?」

駐屯兵D 「班長! 東側の壁が!」

リコ   「どうしたの? (Dの持っていた望遠鏡で2キロ東の壁を遠望)あー、こりゃ駄目だ。生きた土石流
      だわ。巨人の。ぼろっぼろぼろっぼろ溢れ出してるわ。あー。とにかく住民の避難を急がないと…」

駐屯兵E 「巨人が! 内門に!」


リコ   「今度は何? あんたら、向こうに指揮官いないの?」

駐屯兵E 「なだれ込んだ奴らが内門に石持って殺到してます! 応援を!」

リコ   「え? それって、内門塞ぐって意味?」

望遠鏡でトロスト区後方の内門を見る。駐屯兵の抵抗をかいくぐった15メートル級1体が開閉扉に
大岩を投げつけて破壊、住民の避難路は完全に遮断される。

リコ   「要するに1人も逃がさないってこと?…」

今日はここまで
寝ます


トロスト区北部壁上。参謀のグスタフが防戦の指揮を取っている。周囲の壁上は7メートル級以下によって
制圧されつつあり、グスタフほか5人の兵を残すのみ。アルミン、立体機動で近くに降り立つ。

アルミン 「調査兵のアルレルトです! 提案があります。内門の外側から発破を用いてあの大岩を
      吹き飛ばせば、避難路が確保できると思います。発破は用意しました。私が仕掛けます
      ので援護を!」

グスタフ 「発破はどこにある?」

アルミン 「ローゼ側の内門前に山積みしてあります」

グスタフ 「わかった! おい、俺だけ残して全員内門の外に回れ、こいつを援護しろ!」

アルミンと駐屯兵、内門の外へ降り立つ。既に周囲には数十体の巨人。駐屯兵が巨人の注意を
引き付ける間、アルミン、発破を満載した荷車を門内へ引き込む。


駐屯兵F 「ここもあまり持たない、急げ!」

アルミン 「はい!」

アルミン、抱えられる限りの発破を大岩と構造物の隙間に押し込み、着火。荷車に残る発破の導火線は
全て一本に結び合わせてある。しばし逡巡してから、残りの導火線にも着火。
外の駐屯兵は瞬く間に全滅。5メートル級など数体がアルミンを見つけて駆け寄ってくる。

アルミン 「エレン、ミカサ、後は頼んだよ」

トロスト区内門に火柱上がる。大岩もろとも門は爆破され四散。


カラネス区。壁を越えて侵入した巨人と駐屯兵団との激しい戦闘が続いている。内門は守備隊長の独断で
早々に爆破されて跡形もない。駐屯兵団を支援して戦闘に参加していたエレンとミカサ、北東寄りの壁上で
合流。いずれも全身、巨人の返り血を浴びた状態。

エレン  「ミカサよ、もう撤収しよう。本部に行きゃあ腐るほどガスと刃がある」

ミカサ  「賛成。でもあなたには、ガスが切れても戦う手段があるが」

エレン  「それは許可された単独行動の範囲を逸脱するな。ここを支援するのも限界だ。兵長が言った通り
      後衛に徹しようぜ。…それに本部には団長もいる。軟禁状態だからって団長は団長だ」


ミカサ  「…わかった」

エレン  「馬は…多分いねえだろうな。クソッ」

2人、早朝に馬を繋いでおいた路地へ。遠方より、馬が街路樹に繋いだままになっているのを見てエレン狂喜。
途中12メートル級と15メートル級立ち塞がるが、たちまちミカサに討たれる。エレンとミカサ、手綱を解く。

エレン  「こりゃ不幸中の幸いってやつだな。…誰か手綱切ろうとした奴がいるぞ。そうしてるうちに間に合わず
      巨人に食われたってわけか」

ミカサ  「エレン、急ごう」


両人、馬を駆って内門の外へ。追いすがる巨人をかわしながら一路、本部へひた走る。

エレン  「もし兵長の作戦が成功したんなら、本隊はうまくこの巨人の大群をやり過ごせたってことなんだよな…」

ミカサ  「私たちが今、気にすることじゃない。それよりもエレン」

エレン  「何だよ?」

ミカサ  「リヴァイ兵長は今日のこの事態を、かなり前から知っていたのではないの?」

エレン  「昨日言った通りだろ。巨人はいつ押し寄せてくるかわからねえって。それがたまたま今日だっただけだ」

ミカサ  「そうだろうか。私には、兵長に確信があったように思えてならない。たとえ何の裏付けもないのだと
      しても、予感に確かな手ごたえを感じたのならば、どれほど嘲笑され罵られようと、人々に危機の到来を
      訴えて回り、回避の手段を講じるべき。今日、あなたがそうしたように。違わない?」

エレン  「おい何言ってんだよ。俺たちは調査兵団の兵士だぞ。そしてこれは、俺たちには想像もできねえような
      経験を重ねてきた兵長の判断なんだよ!」


ミカサ  「そういう問題じゃない。いずれにしても彼は、1人でも多くの命を救うことより、調査を優先した。自分
      の立てた仮説に有頂天になるあまり…」

エレン  「おい、やめねえか! いくらお前でも、言っていいことと悪いことがあるぞ!」

ミカサ  「わかった。もう言わない。…でもエレン」

エレン  「何だよ」

ミカサ  「あなたは… いや、何でもない」

エレン前を向く。
限界まで馬に鞭を入れ、本部近辺まで到達。


ミカサ  「エレンあれを見て!」

エレン  「あれは団長じゃねえか。望遠鏡覗いてヨハネス班長たちと何か話してるな。行くぞ」

エレンとミカサ、アンカーを放ってナイルらのいる建物の屋根に上がる。

ナイル  「お前たちどうした? 壁外調査に行かなかったのか?」

エレン  「私たちは残留を命じられました。報告します! 巨人の大群が壁を乗り越えて侵入、駐屯兵団が応戦中
      ですが程なく突破される模様です」

ナイル  「乗り越えただと? どういうことだ?」

エレン  「敵は岩石土砂にて壁上まで達する斜面を複数築き、これを以て侵入口としております」

ナイル  「つまり、奴ら組織的な行動を開始したというわけか!」


エレン  「はい。その通りです」

ナイル  「そうか!… わかった。イェーガー、一つ確認するが、お前は兵士か?」

エレン  「? 兵士です!」

ナイル  「ならば命令する! お前は巨人体を駆使し、本部に寄せる巨人どもを迎撃せよ」

エレン  「了解!」

ナイル  「これより全員本部に籠城する。いいか、本部は王の城、絶対に明け渡さんぞ! 各人よく戦い
      その忠誠心を示せ! 以上」


巨大樹の森、調査兵団第1拠点。
ウォールローゼの方角には幾筋もの煙が立ち上り、微かに轟く砲声は次第に遠ざかっていく。
地上を埋め尽くす巨人の群れは北へと進んでいる。一部はまだ大岩を抱えたり頭に乗せたりしている。
その様子を枝から見下ろすリヴァイとハンジ。日は既に西に傾いている。

万一の巨人の攻撃に備え、リヴァイたちの足元の地上ではエイブルとベイカーが目を光らせている。
樹上には仮設テントが幾つも設営されている。それぞれ梯子や渡り板、滑車付きのロープなどで連結され、
兵士たちが第2拠点への出発準備に忙しい。

ハンジ  「壮観だねえ。人生の最後かもしれないけど、こんなのが見られるのも役得かな」

リヴァイ 「奴らの作業も大方終わったようだな。侵入口はそう何カ所もつくる必要はねえだろうし」


ハンジ  「そういえば数もまばらになってきたね。餌の数にも限りがあるだろうから、早いもの勝ち
      ってことなんだろうね」

リヴァイ 「あと2~3時間だろう… それにしても静かだな。こんなに静かってのも張り合いがねえ
      くらいだ」

ハンジ  「巨人たちが?」

リヴァイ 「違う、俺たちがだ。ローゼへ引き返して戦いたいって騒ぎ出す奴が出ると踏んでたのに、
      皆おとなしいもんだ。作戦の趣旨を理解してるのか、この有り様を見て縮み上がってるのか…
      しばらく様子を見た上で、エイブルとベイカーを先頭に立てて出発するとしよう」


ハンジ  「ねえ、やっぱりエレンは置いていくしかなかったの?」

リヴァイ 「残ってるのはエレンだけじゃない。ミカサもいるしナイルもいる」

ハンジ  「それはそうだけど…」

リヴァイ 「どっちにしてもエレンだけは連れてくるわけにはいかん。下手をすれば全滅する。俺たちが
      こうして生き残っている以上、当初の作戦方針は厳守することが肝心だ」

ハンジ  「確かに… この様子を見て彼がおとなしくしてるとは考えられないけどねえ…」


リヴァイ 「奴は人間の矛盾そのものだ。鳥籠を飛びだして自由に生きたいと望んでいながら、足は
      滅びの方向へ向かっている。だから化け物なんだ。俺は最初に会った時、最終的に人類を
      滅亡させるのはこいつだと直感したよ。調査兵団に入って巨人を殺しまくりたいとか抜かす、
      ただのバカってわけじゃない。もし神という存在があるなら、奴は人類滅亡を完遂するために
      寄越された最後の使者なんじゃねえかと」

ハンジ  「それに対して君が出した答えがこれだったってわけか」

リヴァイ 「そう言われればそうだな」

ハンジ  「ならむしろ、彼は君に解決の糸口を与えたことになりはしないか?」

リヴァイ 「だといいがな」


調査兵団本部団長室。窓の外は、濃くなる夕闇をヨハネスらが放った炎が赤く照らし出している。絶え間
ない巨人の足音で室内の各所が揺れ埃が舞い散る。外からはエレンの咆哮、建物の崩れる音、まばらな砲声。
自分の席でウイスキーのグラスを傾けるナイル。廊下を駆ける複数の足音に続き、ドアに何かを激しく
叩きつけるような音。

ナイル  「よりによって最も忌み嫌われる3メートル級か! 悪くない。この俺が一匹残らず切り刻んで
      やろう!」

ナイル立ち上がり抜刀。ドアを破って3メートル級2体が突入。ナイル1体を頭から両断し、もう一方の手で
1体の首を飛ばす。続いて入ってきた1体は奇行種、四つん這いで跳ね回り、ナイルの斬撃をかわし続ける。
攻めあぐねるナイルの背後から首を飛ばされた1体がしがみつき、振りほどこうともがくナイルに、新手の
3メートル級3体が一斉に飛び掛かる。ナイル絶命。


夜。本部敷地は一面巨人の残骸で埋め尽くされ、エレンの周囲だけ穴が開いている。庁舎は全て倒壊し、
瓦礫に燃え移った炎から上がる煙と蒸気で視界ゼロの状態の中、エレンとミカサが戦闘を続けている。
エレンの両腕の付け根にはベルトに固定された無数の刀身函とガスボンベが巻き付けられている。
ミカサ、エレンの肩に上がって刃を交換しつつ、耳元に話しかける。

ミカサ  「エレン、撤退しよう。もう生き残っているのは私たちだけ、これ以上ここを守る意味はない。
      駐屯兵団と合流して住民の保護を…」

エレン、首を横に振り拒絶。やむなくミカサも戦闘に戻る。


夜が明ける。
本部敷地はうず高く積み上がった残骸の山。蒸気が激しく立ち上っている。活動を停止し残骸に寄り掛かる
エレンの肩で気を失っていたミカサ、目を覚ます。敵影のないことを確かめた上で巨人体のうなじを切り裂き、
エレンを搬出。

エレン  「おう… 俺たち、生きてんのか… 巨人はどうした?」

ミカサ  「餌を求めてシーナの方向に行ったんだと思う」

残骸を踏み崩す足音が近づく。蒸気の中からヨハネス姿を現す。

エレン  「ヨハネス班長! ご無事でしたか」

ヨハネス 「2人とも無事か。…これを全部君らがやったのか? すげえな。若いってのはうらやましいよ」


エレン  「全部というわけでは。…団長は?」

ヨハネス、団長室から回収したナイルの手首を2人に示し、首を振る。

ヨハネス 「俺は瓦礫で頭を打って気絶してた。何で食われなかったのかよくわからないが… まあここで
      死んでもいいってわけじゃなかったようだな。…君らこれからどうする?」

エレン  「今は本隊がどうなってるのか状況がわかりません。私としては本隊が帰還するまでここに
      とどまるべきだと考えますが… 班長のお考えは」

ヨハネス 「君はリヴァイがここに戻ると本気で思ってるのか? リヴァイは戻らんよ。装備を全部残して
      いったのが何よりの証拠だ。薄汚いものは真っ先に捨てる、実にあいつらしい。潔癖症って
      やつもここまで徹底すると、賞賛を通り越してただ呆れるしかないな」


エレン  「違う! 兵長が部下を見捨てるなんて、あの人に限ってそんなことは絶対にしない!」

ヨハネス 「見捨てたわけじゃないだろう。現に君はこうして生きていて、大声を張り上げてるじゃないか」

エレン  「しかし、それとこれとは…」

ヨハネス 「多分、奴のことは君よりも俺の方がよく知ってる。あいつはな、危険を察知する嗅覚ってのが、
      もはや人間の域じゃないんだ。それで俺は何度も煮え湯を飲まされた。そういう意味で、奴は
      選ばれた人間なんだろう。もっとも、お付き合いするのはごめんだ」

エレン  「…班長は、どうなさるんですか」


ヨハネス 「俺は内地に戻る。シーナが持つのは恐らく今日いっぱいだろう。明日には地獄だろうな。
      そこが俺の死に場所だ。…まあ、君らは好きなようにするといい。永遠に本隊の帰りをここで
      待つもよし、…追随するもよし。リヴァイが歓迎する保証はないがね。それじゃあ、
      君らの健闘を祈るよ!」

ヨハネス立ち去る。

ミカサ  「エレン?… どうしたの、笑ってるの?」

エレン  「…リヴァイは反逆者だ! 巨人と手を結んで人類を裏切った!」


─終─

ありがとうございました。
励ましのお言葉を下さった方々に対し、この場でお礼申し上げます。

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