鑢七花「三つに分裂する刀?」 (148)

夏の香り残る葉月某日。とある片田舎の寂びれた宿に奇妙な一組の男女の姿があった。

「何だそりゃ。そんな刀がこの近くにあるのか?」

 男の名は鑢七花。刀を使わない剣術、虚刀流の七代目当主であり、先日、名実ともに日本最強になった上半身裸の大男である。

「うむ、地元の人間から得た情報だが……」

 女の名はとがめ。尾張幕府屋鳴将軍家直轄預奉所軍所総監督であり、奇策士を名乗る絢爛豪華な着物を纏った小柄な女である。
 二人は伝説の刀鍛冶「四季崎記紀」の作り出した刀、その中でも最高の完成度を誇る十二本「完成形変体刀」を蒐集するべく旅を続けている。
 つい先日、紆余曲折ありながらも七本目の蒐集を完了させた二人は、当初の予定より大幅に遅れつつも、経過を幕府に報告するため尾張に向けて旅を続けていた。
 その道中、立ち寄った宿にてこの近くに特異な刀があるという噂をとがめは聞きつけていたのだった。


SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1364578426

「あくまで噂だがな。もし本当にそのような刀があるのだとしたら、何かしら四季崎の刀と関係があるのかもしれん。というより、四季崎以外にそのような刀を打てるやつがいるとは思えん」

 ちょうど次の変体刀についての情報が途絶えていた頃である。
 駄目もとで聞き込みをしてみたところに、まさに降って湧いたような話であった。

「でも三つに分裂ってどんな感じだろうな」

 とがめの話に食いついた七花が刀について想像を巡らせる。
 話を持ってきた当のとがめは、七花の様子にやや呆れつつ告げた。
 
「七花、四季崎の刀にそのような想像を巡らせても無駄だというのはこれまでの旅でも分かり切っておろうに……」

 四季崎の刀は刀としての機能を持っていないものも多い。例を挙げるなら、絶対の防御力を主眼に置かれた“賊刀「鎧」”は正に西洋鎧の形をしており、知らぬものはまさか刀とは思わない。情報だけで四季崎の刀を推測するのはまったくもっての徒労と言えた。

「でも考えるのは自由だろ。そうだな、一本の刀と思ったら実は三本の小太刀が寄り集まったもので、場合によって使い分けるとか」

「そなたの手は三本あるのか? 分ける意味がわからんし、いっぺんに振るえぬのならただの予備と変わらんではないか。」

「いや、一本の刀も三本束ねればとか」

「そんなもの大したものではないではないか。むしろ分割する分脆くなってしまうだろう」

「そうかもしれないけどさ……」

「きっと刃が三つに分かれるのだろう。こう、鎖などでつながれていて、鞭のように扱うのかもしれん」

 これまでは概ね刀について情報の入っていた二人にとってこのたぐいの話は新鮮だったのか、当たらないだろうと二人は承知の上で、未知の刀に対する予想は思いのほか盛り上がっていた。

 気づけば日は山間に消え、空にはすっかり星が瞬いている。

「まあよい。明日噂を確かめに行けばよいだけのことだ」

 今日はここまでとばかりに軽くあくびをしたとがめが床に就こうと腰を上げたところで、七花は思い出したようにつぶやいた。

「そういや、とがめ」

「七花、明日も早い。これ以上の予想談義は道中でしてくれ」

「いや、そうじゃなくてさ」

「ではなんだ?」

「その刀、どこにあるんだ?」

 ああ、と思い出したように声を上げるとがめ。奇策士にとって情報は何より重要。当然の如く調べはついていた。

「円蔵山の山頂、柳洞寺だ」

 





 これは本来語られることのない物語。歴史の片隅に埋もれた、とある出来事の一つ。刀を使わない剣士と、剣技一つで奇跡を会得した剣士の、ある果たし合いの記録である。











刀語番外「燕語」




新しい

※いまさら注意
 当SSは、刀語本編のネタバレをやや含みます。未読、未視聴の方でそのたぐいが気になる方は直ぐに読むのをやめ、本屋さんに行くか再放送に備えてください。
 ご意見ご感想も待ってます。

fateクロスか

燕と戯れてる農民さんか
剣技においては英雄以上だからなぁ…

ありそうでなかったクロスだな
期待

そういや刀語でも宮本武蔵と佐々木小次郎はいたはずだな。
錆との戦いの場所が巌流島だったはず。
名無しアサシンは単純に創作とかでの燕返しとかできる佐々木小次郎を役として演じる技量があるから召喚されたんだよな。
Fate世界だと佐々木小次郎は色んな人物の逸話が統合された創作上の人物だっけ。
宮本武蔵と立ち会った佐々木小次郎がいても世間一般のイメージの佐々木小次郎ではないわけと。



はよ
  バン    はよ
バン(∩`・д・) バン  はよ
  / ミつ/ ̄ ̄ ̄/   
 ̄ ̄\/___/

これはこれで面白そうだwwwww

無刀 対 魔法

こうじゃないか

無刀 対 無銘

無銘っていうアイテムが戯言シリーズにあったねどうでもいいけど

ちょうど刀語本編を見ている俺にとってはタイムリーな話題
アニメ刀語は結構恵まれてたな

力量的にもどっちが勝つかわからなくて面白いなwwww

刀語OPとED変えて再放送するんだってね OPはどうでもいいけどEDは…どうなんだろう

新しい!!

こんばんわ。投下前にレス返しをば

>>8
Fateクロスです。わかる人が多くて嬉しいです

>>9
多分この時代の燕は錆でも切るのは難しいかもしれません

>>11
刀語においては佐々木小次郎は実在したと思います。Fateでは武蔵の武勇のために作られた架空の人物ということらしいですが
ひょっとしたらFate世界では巌流島の戦いは実際には行われていないかもしれません

>>14>>15
農民 対 無刀、門番 対 無刀もありますが、自分的には長刀 対 無刀がいいかと思います

>>17>>19
4月から再放送です。新OPは結構好きですが、EDは月一で変わった本放送の方がいいかもしれません

それでは投下します

「迷った……」

 すでに数えるのも飽きたほどの台詞が漏れる。そばには今日6回は見た、目印をつけた木があった。
 要するに、二人は円蔵山の雑木林を彷徨っていたのである。
 
「おかしい……今まで道に迷ったことがないのがわたしの数ある自慢の一つだったのに……」

 登りはじめて15分で根を上げたとがめが七花の腕の中でぼやく。
 円蔵山は標高こそ高くないが、人の手が入っていないけもの道、数多い起伏、乱立する雑木林により、まるで変わりようのない景色で方向感覚を狂わせていた。幸いなのは、日光が届きづらいため地面の雑草が育たず、歩きやすいということだろう。
 まるで得体の知れない存在が道を阻んでいるかのように一向に進んだ気のしない。
 しびれを切らした七花がたまらず口を開いた。

「今どっちに向かってるんだ? というか、ちゃんと頂上にむかっているのか?」

「わたしたちは東から登ってきた。西に向かえば頂上に行けるはずなのだが……」

「なるほど」

「もう日が暮れる。このまま移動するのは危険だ。七花、今日はもう野宿にしよう」

 太陽はすでに西の空に消え、日に隠されていた星たちが自己主張を始める時間となっていた。もはや進むには危険の伴う暗さである。
 かつては島暮らしをしていた七花も、夜間での森の移動は危険と考えとがめの提案に同意する。

「そうだな。なんか幽霊でも出そうだし」

 ふと何気なく発した一言だったが、とがめが急に腕の中で震えだした。

「な何を言う七花。ゆ幽霊など、いいる訳なかろう」

「あれ、とがめさん。ひょっとして幽霊怖い?」

「そ、そんなことあるわけなかろう。ゆ幽霊なぞ存在せんわ」

 強がってはいるが、その声は明らかに震えていた。表情こそ虚勢を貼っているが、足は生まれたての仔鹿である。

「はいはい分かったよ。とりあえず野営の準備をしようぜ」

 思いがけないとがめの弱みを握った七花だったが、背に抱えた荷物を取り出すためにひとまずとがめを地面に下ろそうとする。
 しかし、突如耳に入ってきた違和感がその腕を止めた。

「……とがめ、何か聞こえないか?」

「な、なんだ?脅す気か。あ、あいにくそんな冗談に引っかかる気は」

「違う。確かになにか聞こえる」

 かすかに風を切る音が響く。ほんのわずかな音だったが、七花の耳は鋭敏にそれをとらえていた。
 七花はそれを聞き落すまいと己の聴覚に全神経を集中する。

(これは……刀を振る音?)

 ここ半年ほどの旅で聞きなれた音。生物の気配がほとんどない山で聞こえないはずのものが、確かな存在感を持って辺りに響く。

「こっちだ!」

「な、何だ七花!」

 腕の中で抗議の声を上げたとがめを抱えつつ、七花は音に向かって駆け出す。
 木々の間から漏れる月明かりを頼りに道をたどると、鋭敏な太刀筋を思わせる音が次第に、確実に近付きつつあった。
 少しして開けた場所が見えたところで、七花は手近な木の近くに身を隠した。

「な、なんだというのだ、急に駆け出して」

「しっ、誰かいる」

 とがめの声を制止し、木から顔をのぞかせる。
 そこにいたのは一人の男だった。木々から覗く月明かりに照らされた端正な顔立ちと紺色の陣羽織、何より目を引くのが、男が手にしている刃渡り五尺を超す長刀だ。
 七花の耳に届いた音はこの長刀から発せられていた。流麗にして繊細、なにより七花にすら読み切れないような軌跡と速度で、銀光が踊り続けている。
 その太刀筋だけで二人は理解する。
 この剣士は手練れだと。それも相当の。
 一通り演舞したところで、ふいに男が動きを止めた。
 気づかれたか、と身構える七花だったが、どうやら男の視線はこちらに向いていない。
 ひと呼吸をいれ、長刀を顔の横に掲げ、上半身を限界まで捻る。何らかの構えのようだが、七花もとがめも記憶にはないものだった。
 微動だにしない男。ともすれば触ると壊れてしまいそうな芸術品のような美しさに、七花もとがめもしばし見蕩れていた。
 と、そこにツバメが舞い降りてきた。大気をとらえ、風を読み、空を駆けるツバメが、構えを崩さない男の前を通り過ぎようとしたとき——

 




 刃が奔った。





「っ!」

 長刀とは思えない速度で繰り出される斬撃がツバメに襲い掛かる。それは振り始めと終わりがほぼ同時かと錯覚させられそうな神速の斬撃だが、七花ととがめを驚愕させたのは、その速度ではなかった。
 
「……分裂した」

 ツバメを襲った太刀筋は三つ。縦に両断する軌道、円のように囲う軌道、そして横に両断する軌道。この三つの斬撃が“一度に”放たれた。
 今しがた起きた現実離れした光景に、七花が恐る恐るとがめに尋ねる。

「見たか、今の……」

「うむ、噂は本当だったようだな。まるで刀が三本あるような斬撃だ……」

「? 何言ってんだとがめ。あれは本当に三本だったぞ」

「なに!? そんなそんな訳なかろう! 刀が増えたわけでもあるまいし……」

「でも実際に増えてたんだよ! あれは確かに三本あった」

 何やら自身の見たものと七花の見たものに相違を感じた奇策士は己の頭脳を最大限に働かせる。

(こういうことの目利きに関しては七花のほうが正確だろう。ということは、刀はやはり分裂、いいや、この場合増えたのだろうか。しかしどうやって増やしたのだ? )

 しばし思考するが、今は情報が少なすぎるため刀が増える理由については保留する。そもそもこの分裂が刀の特性かすら判断がつけられない。
 とりあえず男とどう接触を図ろうかと思考を巡らせると、そこに七花が割って入った。

「なあとがめ、あれほんとに四季崎の刀なのか?」

「どういうことだ?」

「いや、三つに増えるのは確かにすごいことなのかもしれないけどさ、なんて言うか、あの刀そのものからは何も感じないんだ」

 虚刀流の持つ共感覚、四季崎の変体刀に働くそれが、あの刀に対しては何の反応も示さないことにとがめは疑問を持つ。

「ふむ、ここからでは遠いのかもしれん。もっと近くで検分できればいいのだが……」

「どうする、とがめ。気づかれる前に奇襲でもかけるか?」

「いや、四季崎の刀との確証が得られるまでは、なるべくなら穏便に済ませたい。何か良い手は……」

 会話に気を取られていた二人は離していた視線を男の方へと戻すが、いつの間にか男がその場から消えていることに気がついた。
 まさか見失ったかと焦るよりも早く、二人の後ろから声が聞こえてくる。

「そこの二人、覗き見とは趣味が悪いな」

「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 幸か不幸か、いつの間にか件の剣士がそばにいた。
 とても女性があげてはいけないような叫びを響かせとがめは腰を抜かした。
 男は不躾な輩に一言申そうと思っての行動だったが、二人にとっては完全に不意を突かれた形である。しかもここは夏の夜の山。幽霊でも出たかのように取り乱すのは仕方のないことだった。
 
「そう驚くな。お主たち、おそらく道に迷っていると見えるが、違うか?」

 未だ動悸が収まらぬも、男に足がついていることをしっかりと確認したとがめが応えた。

「あ、ああ。柳洞寺に向かう途中道に迷ってしまってな。それで困っていたところにそなたを見かけたというわけだ」

 声はいささか震えていたが、男はそれを気にする様子はなかった。
 そうか、と言った男はとがめに手を差伸べやさしく起こしあげた。

「ならば私が案内してやろう。といってもほんのすぐそばなのだがな。ついでに宿も用意してやる」

 男の話はまさに渡りに船だった。ちょうどいいとばかりに快く了承した二人は、男に連れられて歩き出す。
 月に照らされた夜闇の中、空に消えていくツバメを見たものは、誰ひとりいなかった。

今日の投下は以上です
続きは近いうちに
誤字脱字には気をつけていますが、気がついたら教えてください

乙。
テンポが良くてなかなかでございました。
刀語SSはここでは2つしか無いから、楽しませてもらっています。


NOUMINは最速のクラスであるはずのランサーより敏捷が高いという謎

アサ次郎は山門を触媒にして召喚されたから山門近くに住んでてもおかしくないな


七花ととがめが普通に脳内再生できるわwwwww
てか、Fateってアニメしか見たことがないけどあの刀ってただの刀だよね?
どっかで技術だけで英雄と渡り合える〜とか見たことがあった気が……

アサ次郎の燕返しは魔法なんだっけか
刀じゃなく本人の技量だろうな

刀語ssは 鑢七花「学園都市」くらいしかないからうれしい
もっと増えたらいいのに

頑張ってください

模刀・衛宮と千刀流・鶴鵝迷彩って
迷彩を敵にまわしたら相性最悪だが組んだら相性最高だな

佐々木小次郎なら薄刀針を扱える筈
ヘラクレスも双刀鎚振るえるよね

そして王刀鋸で精神汚染が消え去りセイバーとして活躍する綺麗なジル様を妄想した

衛宮士郎と敦賀迷彩が手を組むのも見てみたいな。まぁ、時間軸関係でアサ次郎しか出てこないだろうけどね。

鉄刀 鍛(テットウ ダン)って銘だったらほうがしっくり来るな。

鉄を鍛える刀だからな、士郎は。

英雄王的に完成形変体刀はどうなんだろう
一本で国一つ買えるらしいけど

炎刀銃をぶっぱなす切嗣とコンテンダーで起源弾を駆使する右門左右門
性格的にも職業的にも中の人的にもぴったりやな

そして千刀を全部使える四時アサシン限定奥義・千人千色

>>40
オルタの場合はまず間違いなく悪刀か毒刀だろうな。

>>41
「千人刀色」………かな、やるんだったら。

エイプリルフールのジャンヌがあざと可愛くて危うく旦那になりかけました。こんばんは。投下前のにレス返しを

>>32>>37
再放送で知名度が上がれば増えるかもしれません

>>33
TUBAME「小次郎はわしが育てた」

>>34
今回でわかります

>>35
そう言ってもらえて嬉しいです
あの刀は長いだけのただの刀です。竜殺しの逸話とか絶対に折れないといった特性もありません

>>36
刀語なら忍法に近いものだと思います。完全に本人の技量です

>>38
まさにギルvsランス状態でしょうね。投影した先から奪われると思います
絶刀鉋が実は小次郎の刀と長さが近いらしいです。こっちならセイバーにも負けなかったはず

>>39
残念ながら小次郎しか出ません。というかこの話自体七花対小次郎やって終わりなので、順調に行くと再放送始まる前に終わってしまいそうです

>>40
まあコレクションしとくかな程度だと思います。変体刀は宝具換算でB〜C程度というイメージです

>>41
四次アサシンに千刀は相性良さそうですね。ヘタイロイにやられる時間が3分伸びそうです

それでは投下します

 柳洞寺の門番を名乗る男に連れられた先は、柳洞寺本堂のすぐそばにある、とても小さな小屋だった。
 普段からあまり使われていないのか小屋に調度品の類は皆無であり、食事をするための囲炉裏と、古ぼけた万年床があるだけである。
 
(なんかおれの家そっくりだ)

 おんぼろ小屋の様子に七花は不承島の我が家を思い出していた。
 囲炉裏を囲いやや遅い夕食をとり終えたのを見計らって男が切り出す。

「いやはや、まさかあそこで人に会うとは思わなんだ」

「こちらとしても幸運であった。しかも食事までもらってしまって……」

「気にするな。この円蔵山は富士と並んでその手のものには有名な霊峰でな、人を惑わせ冥府魔道に誘い込む者がいるとかいないとか……西の石段を通らずにあそこまで来たものはお主たちが初めてだ。事情を知らずに行方不明になったものも数多いというのに」

 男がいた場所は山頂のほど近くであった。幸運にもとがめたちは、自力で山頂付近まで来ていたことになる。

「だ、そうだ七花。わたしでなければ遭難者二人追加であったぞ」

 誇らしげに胸を張るとがめ。
 確かに山頂付近まで来れたのはとがめの功績だが、男を見つけたのは自分であり、そもそも地元の人間から石段のことを聞いていれば迷わなかったのでは、と七花は口にするような愚行はしなかった。

「あくまで噂だ。ところで、お主たちの名を聞いていなかったな」

「あぁ……うむ、わたしは奇策士とがめ。こっちは虚刀流七代目当主、鑢七花だ。わたし達はある刀を探して旅を続けている」

 背筋を伸ばし、奇策士として“交渉”に移るとがめ。
 目の前の少女のような容姿の女の場馴れした雰囲気に只者ではない気配を感じとった男もまた、その涼しげな表情こそ崩さないが油断なく眼前の女に挑む。

「ほう。して、その刀とは?」

「四季崎記紀という名を知っているか」

「かの有名な刀鍛冶であろう。所持する刀の差が、そのまま国力の差につながったと言われるほどの伝説的な腕を持つとか」

「うむ、旧幕府がかの悪法、刀狩令を発令し、1000本のうち988本までは蒐集できた。わたし達は残りの十二本を集めているというわけだ」

 四季崎の刀のためだけに、旧幕府は数々の悪法を施行してきた。
 刀狩令もその一つであり、表向きには、先月目にしてきた「刀大仏」の建立が目的であるが、その裏には剣客撲滅、そして真の目的として四季崎記紀の刀を全て蒐集するためのものであった。

「ふむ、なるほどな。それでこの平穏な世に今更残りの刀を集める理由は? 幕府の命、というわけではなさそうだが」

「そこまで話すつもりはない」

 とがめの口調にやや棘が混ざる。
 しかし男はとがめの威圧を変わらず飄々とした様子で受け流していた。

「いや、話せないのなら構わん。不躾なことを聞いてすまんな」

「話が早くて助かる。それで、わたし達がここに来た目的だが」

 男が遮る。

「それも言わずとも良い。大方、目的はこの刀であろう」

 男が刀を鞘から抜き、差し出す。あまりにあっさりと刀を渡されたことに拍子抜けするとがめだが、男の気が変わってしまう前に刀の検分を始めた。
 よく手入れされた刀身は、間近で見ると想像以上の長さだった。小柄なとがめはもとより、大柄な七花の身長にすら届きそうな長刀に隅々まで目を走らせる。

「どうだ、七花」

「うーん、やっぱり何も感じない。やっぱり四季崎の刀じゃないんじゃないか」

「わたしも同意見だ。業物ではあるが、ただの長い刀だな。この刀はどこから?」

 ここで男はさっぱりとでも言いたげに肩を竦めた。

「物心ついた時にはすでに柳洞寺にあった。いつ手に入れたかは聞いたことはない。銘は忘れたが……少なくとも四季崎とやらの刀ではないだろうな」

 男の表情や声音に嘘をついている様子は無かった。
 苦労して山を登ったのに全くの無駄足だったことを理解したとがめは疲れた顔で男に刀を返す。

「いろいろ世話をかけた。四季崎のものでないとしたら、我々もこの刀に用はない。明日にもここを立つとしよう」

 刀を受け取った男は、しかし刀を鞘に収めることをしない。男の態度に眉を顰めるとがめだが、男は相変わらず涼しげな表情を崩さず、いきなり切りかかる様子は“まだ”ない。

「まぁ待て、奇策士殿。まさか道に迷ったところを助けてもらい、剣士の命たる刀を検分したうえ、何もなしに帰るというのはどうかと思うぞ」

 男の突然の申し出。
 嫌なものを感じた七花がとがめをかばうように立ち上がるのを、当のとがめが手で制す。

「何が言いたい? 謝礼が欲しいなら少しだが払おう」

 男がにやりと唇の端を上げる。敵兵を罠にかけた策士か、あるいはいたずらに成功した子供か。その表情は、男のたくらみが半ば成功したということを示していた。

「そんなものは必要ない。しかし、私の刀が仮に四季崎のものだとしたら、そなたたちは奪う気だったのだろう? ならば門番として見過ごすわけにはいかんな」

「……で、何が目的だ」

 とがめの問いに男はもったいぶって口を開く。

「・・・・・・なに、そこの虚刀流と手合わせをしてもらいたいだけだ。たしか、日本最強の錆白兵が刀を持たぬ剣士に敗れたという噂を聞いてな」

 男の要求。それは剣士として皆が持つ当然の性だった。
 己が実力の証明のため、七花を強者と見込んでの要求。
 それに難色を示したのはとがめだった。

(……なるほど。道理で素直に刀を見せてきたわけだ。回りくどい手を……)

 とがめとしてはこれ以上厄介事が起こる前に尾張に向かいたいと思っていた。
 しかしここで断れば、男がどう動くかわからない。夜の山に放り出されるか、あるいはあの長刀が振りかざされるか。いかに七花といえど、とがめを守りながらこの小屋の中であの三太刀の斬撃を避けきるのは不可能に近い。
 おそらく目の前の男はあの場での二人の会話を聞いていたのだろう。   
 二人が何者かを察していた男は、確実に勝負の約束を取り付けるために、とがめが断れない状況を生み出したのだ。

「おれはいいぜ。むしろ大歓迎だ」

「七花!?」

 意外にも快諾を出したのはこれまで話に入ってこなかった七花であった。
 元来七花は好戦的な性格、というより積極的な性格ではない。
 とがめと出会うまでは面倒くさがりな性分であり、少なくとも自分から戦いたいなどと言い出すような気性は持ち合わせていないはずである。

「七花、突然何を言い出す! こやつの刀が四季崎のものではないとわかった以上、戦う意味などない。断れば切られると思うならばどうせ脅しだ。このまま小屋を出て言っても何もしやしない」

 とがめが声を荒げる。七花が自身の手を離れて勝手なことをしようとしたのは初めてだった。
 しかし七花は毅然とした面持ちで応えた。

「分かってるよ。だけどとがめ、おれはこいつと戦ってみたい。大丈夫だって。怪我しないようにするし、おれが絶対に勝つから」

「ふむ、聞き捨てならぬ言葉が聞こえたが、まあ良い。どうする奇策士殿。当の本人はああ言っているが」

 七花が珍しく反乱したことでいささか以上に動揺したとがめだが、その奇策士の頭脳は冷静に稼働する。
 この場で断ればあの神速の刃が飛んでくるかもしれない。
 もしそうなれば、ここは閉所であり、しかもあの長刀の射程圏内。間違いなく首が宙を舞う。
 それよりは広いところで果し合いという形で戦ったほうがまだ勝算がある。
 脅しだとは思いつつも、結局とがめに断る術はなかった。
 
「本来なら断りたい。が、そちらの言い分ももっともだ。しかたないが、その挑戦を受けよう」

 ただし、と、とがめが有無を言わさぬ口調で言い放った。

「立会人はわたしだ。これだけは譲れぬ」

「かまわぬ。どうせ他に人などおらんのだ。“公正に”やってくれるのならば、むしろこちらから頼もうと思っていたところだ」

(ち、釘を刺された)

 自分が立会人となって、難癖をつけて早々に勝負を切り上げようという魂胆は男に見抜かれていた。
 とがめの了承を得た男は器用に刀を納めた。狭い部屋で周りを傷つけずに長刀を鞘に納めたことからも、男の技量の高さを感じさせる。
 小屋に漂っていた緊張感が、わざとらしく立てた鍔鳴りの音でわずかに緩んだ。


「では明日、場所はそなたらがのぞき見をしていたあそこで良いな」

 二人が男を見つけた場所は、円蔵山には珍しい完全に水平な場所だった。広さもそれなりにあり、果たし合いにはちょうどいい場所といえよう。

「了解した」

 話は終わりだと言わんばかりに寝支度を始めようとしたとがめを、まだだと言う男の言葉が唐突に遮った。

「そういえば、まだ決めていないことがあったな」

 突然の言葉にきょとんとする七花ととがめ。男がよからぬことを言い出そうとしているのだけは想像がついていた。

「私が勝ったら、そうだな……私と七花の立場を交換しようか」

「ちょ、ちょっと待て! 何を勝手に……というかなんだ、立場を交換とは!?」

「なに、七花は柳洞寺の門番、私はとがめ殿と共に刀集めの旅とやらをするということだ」

「なぜそうなる! そんな条件……」

「おや? 山で遭難しそうになっていたのは誰だったか?おまけにただ飯を食らったうえ、あまつさえ人の刀を奪おうと画策していたのは?」

 ぐっ、と言葉に詰まるとがめ。ただ飯はともかくとして遭難を助けてもらったのは事実である。
 対照的に男は面白い玩具を見つけたといわんばかりの表情をしていた。

「いやぁ、門番という仕事柄、女子には縁がなくてな。とがめ殿のような美人と諸国漫遊というのもなかなか乙なものではないか」
 
 くっくっく、と男が笑う。この後もさんざん男の妄想、もとい勝った時の展望を聞かされ続けたとがめは、すっかりさっきまでの凛とした表情は鳴りを潜め、子供のごとくわめき続けていた。
そんなとがめの様子を、七花は複雑な面持ちでただ見つめているのだった。 

今日の投下は以上です
続きは近いうちに
誤字脱字には気をつけていますが、気がついたら教えてください

今年の型月のエイプリルフール企画を見逃した人は動画を上げてくれた人がいるので興味がある人はぜひ

そうえばアサシンさん女好きだったなぁ

>>55
そうなのかwwww
アニメしか見ていないからしらんかったわwww

個人的には小次郎vs左右田右衛門左衛門が見たいなwwww
アニメ版は最終話で七花vs左衛門の戦う前にとがめのシーンが色々出てくる演出は好き

女好きというか花鳥風月は愛でるものというか

七花が負けてたらキャス子に召喚されたのは七花だったかもしれないとか考えるとちょっと面白い

セイバー「そこを通らせてもらうぞ! アサシン!!」

アサシン「いいぜ、ここを通っても。————ただしその頃には、あんたは八つ裂きになっているだろうけどな」

セイバーの剣は見えないからある意味無刀対無刀?
実際神剣対無刀だけど

>>60
聖剣対無刀な

七花が宝具発動でかめはめはぶっぱなす所想像して吹いた

無刀を投影する士郎…

ジャンヌがいくらあざとくても
アストルフォが本気になったら絶対に勝てないと思うの(ヒロイン的な意味で)

ぐずぐずしてたら再放送始まってしまいました。まあ地方民の自分のところはまだなのでセーフってことで。
では投下前のレス返しを

>>55>>56>>57
女好きはたいコロあたりからと思いますが、まあ本編でも女を見る目とか言ってましたし

>>59>>60>>61
見えない剣は虚刀流にとって相当厄介でしょう。七実あたりは一瞬で見抜きそうですが

>>63
士郎「七花八裂!!」
体格的にきついものがありそう

>>64
ジャンヌはヒロインというより主人公その1ですから
なんでアストルフォは型月お得意の女体化が発動しなかったんでしょうね

では投下します

「だーもー!! 何なのだやつは! 人のことを散々少女だ童顔だと! 勝ったらやつを少女趣味の変態だと尾張中に広めまくってくれる!」

 男が門番の仕事に向かった頃、用意された寝床でとがめは叫んでいた。
 散々に男にからかわれ続けたとがめは、すっかり男に対して怒り心頭であった。

「七花も七花だ! なぜ勝手に勝負を受けた! そなたは私の刀であろう! 刀が所有者に反乱でも起こそうというのか!」

 その怒りの矛先が七花に向いた。
 無理からぬことである。とがめは七花と出会うまで何度も裏切られてきたのだ。
 かつて金で雇った忍者、名誉で動いた剣士は悉く四季崎の刀に魅了され、その毒に犯され、とがめを裏切り敵に回った。
 金や名誉のために動く人間は信用できない。そこで白羽の矢が立ったのが鑢七花だった。
 刀を使わないため四季崎の刀の毒に犯されず、金や名誉に頓着せず、ただとがめのため、愛してくれる人間のために動いてくれた七花は、現にこうして七本もの刀を蒐集することに成功してきた。
 その七花が、初めて自分の意志に背いた。
 愛していると思われた七花に逆らわれた。
 職業柄、そして経験から裏切りに敏感なとがめは、愛で動く七花すら自分の元を離れると思ったのだろうか、目には涙がたまり、その声音は震えていた。

「いや、勝手に勝負を受けたのは悪いと思ってるけどさ、とがめならあの場で『いいだろうボコボコのギタギタにして吠え面かかせてやるぜげっへっへ』とでも言ってくれると思ったのに」

「だれだその世紀末を生きる悪漢は!」

「とがめさん」

「ちぇりお!!」

 渾身の力を込めて七花の腹筋を殴りに行ったとがめだったが、うさぎより弱いと自負するその拳は全く通じなかった。
 一発いつものをいれてすっきりしたのか、やや平静を取り戻したとがめに対し七花は切り出した。

「まあ冗談は置いといて。とがめ」

「なんだ、七花」

「なんであいつと戦って欲しくないんだ」

 七花の語気には僅かな苛立ちが含まれていた。
 男と会話してから、否、男と遭遇してからとがめは男との戦闘を避けようとしていると七花には感じていた。
 これまでにも日本最強を襲名した七花に勝負を挑み名をあげようとした剣士は大勢いたが、その度に返り討ちにしてきた。
 あの男にも自信満々に勝負を受けてくれると思った七花は、とがめの消極的な態度に少々反発心を抱いてしまった。
 七花の見慣れぬ心境に困惑したとがめは、言葉を選ぶようにして口を開いた。

「……七花、これまでの旅で“真っ当な”剣士と何人戦ってきた」

「?」

「宇練銀閣は除外だ。居合いはあの門番は使わないだろうからな。それと、道中で挑んできた有象無象もだ。変体刀所有者以外で苦戦した覚えなどないだろう」

 とがめの問いに疑問符を浮かべつつ、七花はこれまでの旅を回想していく。
 まず初めに浮かんだのは錆白兵だった。薄刀「針」の所有者にして前日本最強。
 あの一戦はまさに苛烈の一言だった。度重なる幸運ととがめの奇策がなければ勝つことは不可能だっただろう。
 ほかには……

「あれ……思いつかない」

 思い返して気づく。忍者や神主、海賊はいても、真っ当に剣士をしている対戦相手は錆白兵を除いて七花の記憶にはなかった。

「そう、剣術は使えても剣士ではない。これまでのそなたの相手はそのような者ばかりであった。だからこそ、そなたはあの男のような真っ当な剣士との戦闘経験がないのだ」

「だからどうしたんだよ。錆にだって勝ったんだし、経験云々がそんなに大事か」

「まあ経験云々はただの言い訳と思ってくれて良いが、今回は錆の時とは事情が違う。あの時は薄刀「針」をかけた不可避の勝負だったが、今回は変体刀も絡まないし、なにより勝ったとしても我々は無事に山を降りられるというだけだ。なんの見返りもない」

「つまり、どういうことだよ」

「わたしはやつの実力を、錆白兵までとは言わずとも苦戦は免れないだろうと思っている。そなたが万が一、いや、億が一にも負傷しようものなら、今後の刀集めの旅に支障が出る。なんの見返りもない勝負にそのような危険は犯したくない。だからわたしは、そなたの問いに肯定しよう。わたしはやつとそなたに戦って欲しくはなかった」

「それじゃあとがめは、おれが負けると思っているのか」

 七花の語気がさらに荒くなる。
 とがめが自分の心配をしてくれているのは理解できたが、だからこそ納得ができなかった。

「だからそんな事はないといっとろうが! ただやつ相手に勝つにしろ無傷という保証もどこにもないのだ。そのような危険をこのようなところで負いたくないというだけだ!」

「だから、怪我しないように気をつけるって!」

「それが信用ならんのだ! こなゆきの時にも負傷したくせによく言う! わたしはここでそなたが重傷を負って足止めをくうのは御免だし、軽かろうと怪我をしたまま尾張に行かせるのはもっと御免だ!」

「? なんで傷がついたまま尾張に行っちゃダメなんだよ」

 七花はとがめの言葉になにか引っ掛かりを感じ追求しようとしたが、とがめのほうは話はこれまでと言わんばかりに乱暴に布団に潜り込んだ。

「もう知らん! 二人で勝手に好きなほど戦っておればいいのだ!」

 しばらく嗚咽に混じってぐちぐち恨み言が漏れていたが、やがて泣き疲れたのか寝息が聞こえてきた。

「………なんだよ、とがめのやつ………」

 とがめの言いたいこともわかる。
 自分たちの目的はあくまで四季崎記紀の完成系変体刀十二本の蒐集だ。こんなところで余計な手間をかけるわけにはいかない。
 自分はとがめの刀だ。刀は切る相手を選べない。裏を返せば切らない相手を選べないということである。
 あの門番と戦う、戦わないを選ぶのも、所有者のとがめが決めることである。
 自身にそう言い聞かせつつも、あの長刀の剣士と戦いたいという気持ちを抑えることはできなかった。

(なんだろうな。この感じ……)

 刀として育てられてきた七花が自分の意志で誰かに執着するなどこれまで考えられなかった。
 不承島に住んでいた頃は姉しか見分けられず、男女の区別すらつかなかった男である。
 旅を始めた当初なら愛してると言ったとがめにすら、執着心などひょっとしたら持ち合わせていなかったかもしれない。
 そんな“刀”が初めてとがめ以外の他人に興味を持った。
 これまでの旅と先月の出来事が、七花にこのような感情を呼び起こさせたのかもしれないが、この“人間”にはまだ実感の湧かないことなのだった。
 
(そういや、なんであいつと戦いたいなんて思ったんだろう・・・・・・)

 鑢七花の闘争心を呼び起こすような何かをあの剣士は秘めているのだろうか。
 暫し自分の思考と向き合う七花だったが、考えがまとまらずに軽く頭を掻きむしるだけだった。

(……考えるのはやめよう。寝ればスッキリするだろう)

 元来、頭を使うことは苦手と自負する七花である。

 どうせ戦うことになるのだと、浮かんだ疑問をとりあえず棚上げし眠りにつくことにしたが、旅に出て初めてとがめと添い寝をすることはなかった。

今日の投下は以上です
間隔空いた割に短いですがご容赦を
続きは近いうちに

そういえば刀語で剣士とのまともな戦闘描写ないよな
錆との戦闘はアレだったし

最終巻(話)は七花無双だったしな……

実はアニメ版じゃ雑魚剣士と戦っていたりする

新OPED曲はいいんですがせめて新作画とかしてくれなかったものか。というわけで投下前のレス返し

>>74
まあ剣士じゃなくて刀との勝負のようなものなので

>>75
ほんとに回想程度でしたけどね。十二ヶ月連続とかじゃなかったら偽の変体刀と勝負とかあったかもしれません

では投下します

「眠れない……」

 あたりはまだ夜の帳が降りている頃、七花は眠れぬ体を起こしていた。

(しかたない、ちょっと散歩しよう)

 とがめを起こさないようにそっと布団から抜ける。小屋は七花の巨体が歩くたびに軋む音を立てていたが、幸いにもとがめは起きてこなかった。
 外は月明かりに照らされ、辺りを見舞わせる程度には明るい。

(そういえば、あいつはどこにいるんだ)

 ふと、あの剣士のことを思い出す。とがめが錆白兵に劣らぬと評した男、自分が戦いたがるような不思議な剣士を。
 探すまでもなく、男はすぐに見つかった。
 本殿の真正面、山門の例の石段に腰掛け、月を見ながら酒を煽っている。

「よう、七花。こんな夜更けにどうした」

 七花に気づいて男が呼びかけた。
 その頬は酒気をを帯びてやや赤みが差している。

×酒気をを→○酒気を

「いや、なんか眠れなかったから。あんたは何してるんだ?」

「見て分からぬか。月見酒だ。まあ座れ」

 男の隣に素直に腰掛ける七花。
 来た時は気づかなかったが、この位置からだと月がよく見えた。
 男は杯に酒を注ぎ七花に勧める。

「酒はいける口か?」

「いや、酒はダメだ」

 そうか、と残念そうに酒を煽った。
 少しの沈黙。器に酒を注いではゆっくりと男が飲み干すのを数度繰り返した後、七花が男に語りかけた。

「いい月だな」

「うむ、ここから見る月は誠に良いものだ」

 天頂からやや西に傾き始めた月が、淡い光をあたりに降り注がせている。
 その幻想的な光に七花は暫し見蕩れていた。

「……あんたはなんで、こんなところで門番なんてしてるんだ?」

 気づいたら口から飛び出していた疑問。あれほどの技量を持っていながら、名をあげようとすることもなく寺の守護をしている剣士に、誰もが抱くであろうそれを、七花は口にしていた。
 そんな疑問を持つほどに、鑢七花はこの剣士に興味を持っていた。

「……昔の話になる」

 男は語る。
 彼は生まれてまもなく柳洞寺の山門に捨てられていた。
 名も無く、身寄りもない男を拾った先代の住職は、男に生きるために最低限の知識と、柳洞寺に保管されていた一本の刀を授けた。

「それが、あの刀か」

「なんでも、歩くことを覚えた次は木の枝で剣術の真似事をしていたそうでな。それで先代は、三つの時に私にあの刀を興味本位でもたせたそうだ」

 今思えばそら恐ろしいことだと男は言う。
 その後、大した稼ぎのない寺の住職が身寄りのない子に学を覚えさせる余裕もなく、普段は農業に勤しみながら暇を見つけて剣を振るう日々が続いた。
 しかしある日、先代の住職が流行病に倒れ亡くなる。
 寺は彼の息子が継いだが、当時財政が逼迫していた柳洞寺では未だ成人せず、対して稼ぐあてもない男をこれ以上養って行けず、彼は柳洞寺を追い出されてしまった。

 その時の男は気がつかなかったが、現住職は先代の寵愛を己の息子以上に注がれた男を疎ましく思っていたらしく、体のいい厄介払いだったのだろう。

「じゃあなんで今ここにいるんだよ」

「まあ聞け」

 男は現住職に頼み込んだ。ここを離れたくないと。柳洞寺に迷惑をかけないからここにいさせてくれと。
 男の懇願に折れた住職は、生活の一切を補助しないことを条件にあの小屋を与え、柳洞寺にいることを許した。
 そして男は畑を間借りし、自分で食べる分を農作業で自給自足し、剣を振るう日々に戻ったのだった。

「ここは私の家も同然だ。離れるには愛着があったし、離れて生きるすべも知らなんだ。しかし鍛え上げた剣を腐らせていくというのもつまらぬと思ってな、それで始めたのが門番だ」

 門番をやるのに住職は断らなかった。男とはあまり関わり合いたくないと思ったのであろう。
 しかし、と男は残念そうに続けた。

「実はまだ一度も盗人のたぐいが現れんのだ」

「おいっ!」

 七花のツッコミが山門に虚しく消えた。
 なんだか質問の真意をうまく誤魔化されたような気がする七花だったが、新たに湧き上がった疑問を口にする。

「じゃああの分裂する剣は、なんかの流派の奥義とか、一子相伝の秘伝とか、そういう由来もないのか?」

「先も言ったとおり、私は生まれてこのかた誰かに師事したことなどない。“あれ”も、気まぐれにツバメを切ろうと思い立ったのはいいが、奴らは思いのほか素早くてな、風を読んでこちらの太刀筋を躱してしまう。なので逃れられないよう、三つの太刀筋を同時に繰り出せればと思っていたのだが……いやいや、一念鬼神に通じるというやつだな、やってみなければ分からぬものだ」

 男の言を信じるならば、あの魔剣は“気まぐれに”ツバメを切ろうとして“たまたま”できたということになる。
 七花は改めて男の剣の腕に戦慄した。
 男の剣の才は刀を使えない虚刀流と全く逆。我流の剣で道理も条理も無視したようなあの奇跡を起こせるなど、刀の神に愛されているとしか思えないような才覚だった。
 
「いかんな、少し口を滑らせすぎたようだ」
 
「…………」

 とがめが戦いたがらなかったのもわかる。
 この男は、これまでの対戦者に劣らぬ強敵だと改めて確信した。
 七花は思った。
 やはりこの男とは白黒はっきり決着をつけたい。
 とがめの刀として。何より鑢七花として。

「……さて、次は私の番だな」

 男は唐突に口を開き七花は身構えた。

「そなたは何のために戦っている?」

 戦う理由。いつぞや誰かがそんなことを聞いたことを思い出す。

「なんのって……そりゃあ、四季崎の」

「それはとがめ殿の理由であろう。そなたは何故、とがめ殿に付き従う?」

 七花にとってのとがめ。自身の所有者。親父が殺した男のムスメ。そして……

「おれが……」

「?」

「おれがとがめに惚れたからだ」

 月の光がそうさせているのだろうか、七花は語る。自分のこと、とがめのこと、これまでの旅のこと。
 無論、自分の親殺しやとがめの出自については伏せてだが、それでも語ることは尽きなかった。
 気づけば月は二人の真正面に来ていた。

「とがめはさ、わがままで自分勝手で、たまに子供っぽくて見栄っ張りだけど、いつも一生懸命で……」

「……羨ましいな」

「えっ?」
 
「お主ら二人がだ。それだけ信頼し合っているからこそ、四季崎の刀を集め続けられたのだろう?」

「…………」

 思えばいつもそうだった。とがめはいつも的確な奇策を用意し、自分はそれを成し遂げてきた。
 錆白兵と戦った時も、姉と戦った時も、強敵との勝利にはいつもとがめの奇策が有り、自分はそれを実行してきた。
 それはとがめが自分を信じているからで、自分もとがめを信じてきたからだ。
 しかしそのとがめともついさっき初めて喧嘩のようなものをしてしまった。
 とがめの意志に背き、初めて自分を優先してしまった。
 そんな自分を、とがめはこれからも信じ続けてくれるのかと思うと、とたんに刀としての自分が否定されるような気さえしてきて、今まで味わったことのない種の恐怖が七花に襲いかかってきた。

「とがめはあんたとは戦いたくないって言ってた。それって俺が負けると思ったからかな」

「それを私に聞くのは筋違いというものであろう。だがまあ、こうして戦うしかないとなった以上、とがめ殿はそなたの勝利を信じるだろうよ」

 全く羨ましいことだ、と男は言う。

「でも、さっきとがめと喧嘩しちまったんだ。それでもとがめはおれを信じていてくれるのかな」

 恥も外聞もなく、七花は男に己の不安を打ち明けた。
 そんな七花に対して、男は酒を一口舐めながら告げた。

「ふむ、喧嘩の原因は分からぬが、なに、男は惚れた女の前では何よりも強くなれるし、女はそういう男に惚れるのだよ。惚れた相手には親兄弟よりも強い信頼で結ばれる。お主がとがめ殿の期待に応えてやれば、許さぬ理由もなかろう」

「そう、なのか」

「そう案ずるな。とがめ殿は紛れもなくお主を好いておるだろうよ」

 七花が語った話は、男が二人の関係を推し量るには十分なものだった。
 門番になった時から人とのつながりが希薄になっていた剣士にとって、それはとても羨ましく、おいそれと割って入るようなものではないと感じ取っていた。
 しかしそれでも、男は勝負の手を抜くとは微塵も思っていない。
 あくまで美しい花は愛でるのが男の性分だった。

「そうだな、ちゃんととがめに聞いてみるよ」

 男の言葉に背を押された七花は勢いよく山門から腰を上げた。
 その表情に不安の色はない。極めていつもどうりの鑢七花だった。
 七花は山門を後にしようとしてふと立ち止まる。

「ありがとな。なんか気が晴れたよ」

 男は振り返らずに応えた。

「気にするな」

今日の投下は以上です
見てくれている人はいると自分に言い聞かせて完結まで頑張りたいです

乙です。

俺は見てるよ!


なんか戦闘になったら銀閣戦みたいに一瞬になりそう

全レスせずシコシコ書いて欲しいと思う今日この頃

>>88
大丈夫大丈夫 錆白兵戦みたいにしっかり描写するでしょ

そういえば六枝が生きていたら父を殺した張本人にわたしに惚れていいとか言うつもりだったのでしょうかとがめさん。
こんばんは。今日はとっとと投下したいと思います

「ちぇりお!!」

 小屋に戻った七花を待っていたのは、般若のごとき形相をしたとがめのこぶしだった。
 とっさのことで腹にもろに受けたが、あいにく七花の鍛えあげた腹筋の前には対して効果はなかった。

「全くどこに行っておったのだ! 隙間風が寒いと思って起きてみれば! わたしがあの変態に襲われたらどうするつもりだったのだ! そなたが仮に光の速さで動けようと、濡れた和紙よりもろいわたしはその前にめちゃくちゃにされる自信があるぞ!」

 やたらまくし立ててくるとがめをなだめる格好になった七花は、そういえば扉を閉め忘れていたことを思い出した。

「いや落ち着けってとがめ。あいつはずっとおれと話していたから大丈夫だって」

「ふーんだ。どうせわたしのことをよろしくとか言ったんであろう。前に『おれの女に手を出すな』なんてカッコいいこと言っときながら、もう私に愛想を尽かしていたのであろう。いかに自然に負けるかの算段を二人で立てていたのだろう。もうよい、わたしはやつと・・・・・・」

 自分で言ってて悲しくなってきたのか、またも涙目になったとがめは部屋の隅でうつむいてしまった。
 そんなとがめに七花は語りかけた。

「とがめ」

「…………」

 七花の真剣な声音にとがめは隅を向いたまま耳だけを傾けた。

「勝手なことをして悪かった。でもおれはこれまでとがめのことをずっと信じ続けてきた。とがめを信じて刀集めを続けてきたつもりだ。とがめはおれのことを信じていてくれたか?」

 先程までの険悪な表情はない。
 七花にとってとがめは所有者だ。その意に反することは、刀である自分が考え、感じ、自分というものを持つということである。
 それは刀として育てられた自分を否定するということに等しい。 
 しかし同時に、とがめは七花にとって愛する人である。
 初めて会ったとき、愛で動く人間は信用できるといったのは当のとがめである。
 七花も同感だった。
 自分はとがめへの愛で動く“人間”なのだから。
 とがめが七花のことをどう思っているのかは当の本人は知らない。
 しかし信用できる人間を切り捨てるほどとがめは非常でも容赦のない人物でもないことを七花は知っている。
 固唾を飲んでとがめを見つめる七花。
 とがめはゆっくりと振り返った。
 その表情に先程までの弱気はない。いつもどうり自信に溢れかえった笑みを浮かべていた。

「……何を馬鹿なことを。当たり前であろう。旅を始めてこの方、そなたを疑ったことなどない。わたしは七花の勝利を信じている」

「本当に? あいつとはなるべく戦いたくないって」

「あれはあくまで怪我をして欲しくないというだけだ。戦えば七花は確実に勝ってくれると思っておるぞ」

 その言葉だけで十分だった。とがめが自分の勝利をまぎれもなく信じている。それだけでとがめの刀であるこの身は十全に動いてくれる。

「ああとがめ。おれ、絶対あいつに勝つよ」

「ふん、当然であろう。信じているぞ、七花」

 対決までまだ数刻。外には日が登り始めていた。

「さて、ではやつに完勝するためのとっておきの奇策を授けてやろう」

「おお、さすがとがめ。もう奇策を考えていたのか」

「ふふん、当たり前であろう。わたしを誰だと思っている」

 ただ、ともったいぶったようにとがめは続けた。

「この策の成否はそなたにかかっている。やれるな、七花」

 問いかけ、というよりは確認のようにとがめは言った。
 とがめを信じると七花は言った。ならば自分は七花を信じて奇策を練る。

「おう、とがめの策だ。絶対に成功させてやるよ」

 七花は了承する。とがめを信じて。
 七花の応えにとがめは満足そうに頷いて告げた。

「では結論から言おう」






 ——やつの分裂する剣は完全ではない。




今日の投下は以上です
やっと次回最初で最後の戦闘です

錆戦なみの戦闘を期待している方もいるようですがあんな名勝負は自分にはできないのでご容赦を

あ、あと見てくれている人ありがとうございます
物語も佳境ですが最後までお付き合いください

完成するのは死ぬ寸前だったな

再放送の新しいOPとED随分とかっこいいのになったね
個人的には前のよりも今回の方が好みだな

……初見の人にはネタバレが強いムービーだけど

こんばんは。ようやく戦闘です
とっとと投下しちゃいます

 時刻は正午。二人の剣士は向かい合って対峙していた。
 あたりは円蔵山の植生に漏れず日の光が少なく、夏の暑い日差しを防いでいる。

「良い顔になったな。そうでなくては」

「ああ、ある意味あんたのおかげだぜ」

「さて、何のことかな。ただ勝負の前に辛気臭い顔をしているやつと斬り合ってもつまらぬと思っただけさ」

「そうかい。そりゃ悪かったな」

 そう言って七花は構える。両手を地面につけた前傾姿勢。
 虚刀流七の構え「杜若」。一気に間合いを詰めて長刀の利点を打ち消す策である。
 対する男は構えない。否、構えているが構えていない。
 手足の力を抜き直立不動。しかしそれでいて隙をまるで見せない。
 七花はその構えのようなものに見覚えがあった。

「その構え、虚刀流にもあるぜ」

 正確に言えば虚刀流のものではない。虚刀流縁のものが生み出した独自の構えである。
 虚刀流零の構え「無花果」。その使い手とつい先日戦ったのを思い出す。
 鑢七実。七花の姉にして“前々”日本最強。
 とがめの奇策により奇跡的に勝利することができたが、間違いなくこれまでの旅で一番の強敵だった。

「ほう、まあ、構えていては自身の手の内を晒すも同じだからな。簡単に間合いを詰められるとは思わんことだ」

 話に区切りがついたところでとがめが割って入った。

「話はそれまでだ。さっさとやってさっさと終わらせてしまおう。それでは両者、よろしいな」

「いいぜとがめ」

「では、果たし合おうぞ」

 無銘の剣士にとって生涯初めての真剣勝負。おそらく持てるすべてを出してくるだろう男の気概に、現日本最強はそれに応えるべく名乗りを上げる。

「虚刀流七代目当主——鑢七花。いくぜ」

 ふと、名乗る名がないことを思い出した無銘の剣士は、かすかに残念そうに、しかし高らかに眼前の強敵に応えた。

「円蔵山柳洞寺門番——名無しの剣士だ。参る」

 立会人のとがめの腕が振り下ろされ、開幕の声を上げた。

「いざ尋常に——始め!」






 ここに、長刀対無刀の戦いが始まった。





 先に動いたのは七花だった。
 「杜若」により息もつかせぬ疾さでもって無銘の剣士に迫る。
 男はその速度に合わせて一閃。常人では知覚すらできない速度で首狙いの横薙ぎが七花を襲う。
 七花は予測道理とばかりに身をかがめる。
 空を斬る長刀。頭上を通り過ぎる刃に構わずさらに一歩足を踏み出し——
 
「っ!?」

 襲いかかる袈裟斬りにたまらず後退する。
 
(疾いっ!)

 剣速が疾いのは十分承知していた。
 だがこれまでにも刀身が見えないほどの居合の使い手とも戦ったし、それに比べればまだ見える方である。
 しかしこの無銘の剣士はそれだけではない。
 よく見ると剣士の足元には僅かに後退した跡が見えた。
 つまり「杜若」に迫る速度の足運びをしながらあの二撃を加えたことになる。
 この男は剣速だけではない。体捌きから動作から、常人より疾く行動ができるのだ。

「そら!」

 無形の構えから繰り出される切り、薙ぎ、払いの三連擊。どれもが圧倒的な疾さであり、そして読みきれない。
 七花は持ち前の感と虚刀流として培ってきた動体視力で紙一重で見切り、手刀ではじき間合いを詰める。

「でやっ!」

 長刀の剣士は接近を許さず、切っ先でもって無刀の剣士を狙う。
 
「虚刀流——『雛罌粟』!」

 手刀を切っ先に合わせ打ち付ける。
 今回はとがめに刀の破壊が許されている。あの長刀を破壊し間合いを詰める戦法を取った。
 しかし長刀は手刀の力を受け流すように絡め取る。

「虚刀流——『桜桃』!」

 今度は足刀。手加減抜きで放たれた一撃が男の刀を捉える。
 だがそれもいなされた。力の向きを強制的に狂わされ、足刀があさっての方向に向かう。
 普段はとがめに言いつけられて発揮されることはなかったが、虚刀流は本来、刀の破壊においてもかなりの技量を誇っている。
 その虚刀流が刀の破壊に回ってなお折られない。
 男の卓越した技量は、刀の破壊に回った虚刀流ですらそれを困難にするものだった。

「ぐっ!」

 空中で連続して放たれた足刀を捌き、間断なく首狙いの一閃。
 七花は足刀の勢いをそのままに空中で一回転。またも距離を開ける。
 そんなことを数十回。七花は刀を折りに掛かり、男はそれをいなしつつ隙あらば切りつける。
 無形の構えから打ち出される剣戟は、七花が見切ることを一切許さず、途切れることなくその首を狙う。
 男の剣が我流というのは七花の想像以上に厄介だった。
 このような一定の型ない剣術は男の次の手を読ませづらい。
 まさに素人だったゆえに敗北を喫した凍空こなゆきの時と同じ、それでいて攻撃がさらに疾く来るような状況である。

「虚刀流——『百合』!」

 長刀を狙う回し蹴り。しかしこれもたやすく流される。
 打撃で刀を折る戦法も大した効果を見せていない。
 刀の破壊に特化した技『菊』もこの男には通用しないだろう。
 そもそも刀を捕まえられない。
 さらに数合の打ち合い。はじかれた勢いを利用して距離をとった七花に対し、長刀の剣士が口を開いた。

「どうした虚刀流。近づけなければ自慢の技も形無しよな」

「そっちこそ、まるで殺しに来てるんじゃないか。そんなに余裕がないのか」

 七花の言うように、男の剣筋にはまるで容赦がなかった。
 仮にも昨晩、少しとはいえ会話をした七花を斬るのに少しの躊躇も見せない男に、かつてただ刀として戦っていた己を重ねていた。

「いやすまぬ。私の剣筋は邪道でな、並の相手ならばまず一撃で首を落とす。それをここまで凌いでくれるとは、嬉しいぞ虚刀流」
 
 剣士はだらりと両腕を垂らす。しかしやはり隙はまるで見えない。

「そうかい。だったらこっちも!」

 言うが早いか、再び「杜若」の構えを取り駆け出す。
 しかしそれは先ほどよりも段違いに疾い。残像すら置いていきそうな速度で、虚刀は長刀の間合いを犯す。
 殺す気で来られたのなら七花もあくまでそのつもりいくことにした。

「ほうっ!」

 男は歓喜の笑みでそれに応える。
 振るわれた長刀は敵の侵入を許そうとはしない。
 前後にかけられた牽制を丁寧に捌き、脳天を狙った、直撃すれば頭蓋が砕けるであろう一撃を、見惚れるような剣筋で受け流した。

(予想通り、いや予想以下の運びだ)

 それを離れた位置で見守っていたとがめは回想する。

 時系列は早朝に戻る。

「完全じゃないってどういうことだよ?」

「言った通りだ。あの剣、そなたの『七花八裂』と似ているであろう」

「おいおいとがめ。おれの手足は増えたりしないぜ」

「違う、必殺の攻撃を同時に放つというところだ。それにわざわざ(改)を付けなかったのだ。わかるな?」

「?・・・・・・ああ、そういうことか! それならなんとかなるかもしれねぇ」

「うむ、問題はどうやってそれを出させるかだが・・・・・・」

 ここで現在。
 とがめの出した奇策はあの分裂する剣をいかに相手に出させるかであった。
 問題となるのは、それが来る前に七花がやられてしまわないようにすること。
 そして男の剣戟が予測不可能ということである。
 男の長刀の前では間合いの不利がいつも以上に響くうえに、予測不能の剣戟に自由に攻撃されては、虚刀流の後の先を取る戦術とは相性が悪かった。
 ならばと、男に攻撃をさせないために一気呵責に攻め立て男を受け手側に回せば、しびれを切らすなり体力切れをした男があの剣を繰り出すと読んだ。
 そこまではいい。七花はとがめの奇策通りにうまくやっている。
 ここで計算違いが起きたとすれば、無銘の剣士の技量がとがめの予想よりも高かったということであろう。
 本来なら男がもっと受けに徹するはずであった。
 だがそれでも、この虚刀の所有者は、己の刀が負けるわけがないと確信していた。
 己の奇策は問題ない、あとはそれを実行する七花を信じるだけである。
 むしろとがめは、もっと別のことに気を取られていた。

(七花のやつ、あんなに楽しそうな顔をしおって・・・・・・)
 
 おそらく生涯で初めての強敵との戦いに心と刃を躍らせている男はもとより、七花ですらこの手合わせを楽しんでいるように見えた。
 今まで自分にも見せたことのない表情に、とがめは珍しいものを見たという感想と、その表情を向けられている男に少々の嫉妬、そしてなにより、白刃煌めき豪腕豪脚が打ち合うこの死闘を“美しい”と思ってしまうのだった。

「むっ!?」

 とがめが二人の舞合いの蕩り合いに心奪われている頃、勝負は動き出していた。
 さらに加速した七花の攻めに、然しもの男も受け流しきれずに間合いが狭まったのだ。
 身長五尺八寸、体重二十貫にも及ぶ七花の巨体を受け流し続けるには、いささか異常に体力を消耗していた。

「虚刀流——『薔薇』!」

 体重を乗せた飛び蹴りが男を襲う。男は絶妙な体捌きでそれを躱し、お返しとばかりに首を狙った一閃を与える。
 
「虚刀流——『牡丹』!」

 流された勢いすら利用しての回し蹴りで神速の剣を防ぐ。

(首狙いってわかっているから防げているけど……)

 あと一瞬でも遅れていたらという場面は既に数え切れないほどあった。
 ここまで七花が無傷なのは、とがめによる自身を守れという命令と、男の剣筋が全て首を狙うからに過ぎない。
 男が狙いを変えてきたらそれこそ対処のしようがない。
 男の剣筋は、それほどまでに見切れないものであった。

(まだこないのか・・・・・・?)

 いつぞやの居合の達人のような断続的な疾さではない。流れるように連続的に、休みなく神速の剣が繰り出されてくる。
 持久力には自信のある七花だが、運動量に大きな開きがあった。
 既に体力は限界に近く、肩で息をしている。
 だがそれは相手も同じだったようだ。
 涼しい顔こそ崩してはいないが、額には汗が浮かんでいる。
 七花の歩幅にして五歩、長刀の間合いの外というところで両者は動きを止めた。

「互いに、これ以上長引かせるわけには行かなさそうだな。実に名残惜しいことだが……」

 本当に名残惜しそうに男は言う。
 この無銘の剣士にとっては生涯初めての勝負。
 できることなら、もっと続けていたいという気持ちがあったのだろう。

「そうだな、そろそろこいよ」

 とがめの策は実った。あとはあの分裂する魔剣が、二人の勝負に決着をつける。
 七花にはそれを制する算段が有り、男にはそれを制する自信があった。
 一息で呼吸を整え、長刀の剣士はゆらりを刀を掲げる。

「最後はこれだ、虚刀流。我が秘剣にて果てるが良い」

 構えを持たぬ男の唯一の構え。刀を顔の横に掲げ上半身を限界までひねる。
 この無銘の剣士と同じように、名前のない秘剣を放つ構えである。
 
「——いいぜ、ただしその頃には、あんたは八つ裂きになっているだろうけどな」

 これを迎え撃つ虚刀流構えは「杜若」。とがめの策を信じ、この秘剣を真っ向から打ち破る構えである。

「っ!!」

 虚刀流が駆ける。地面が裏返るほどの足踏みで放たれた躰は、これまでで最高の速度でもって男に肉薄する。
 一歩、二歩というところで、長刀の剣士は間合いに立ち入る不届きものを切り捨てるため刃を放った。

「じゃっっっ————!!」

 名をつけることも忘れて極め続けた秘剣。幻想が像を結び、確かな実態を持って繰り出される三つの軌跡。
 七花は知らない。この剣がどれほどの奇跡であるかを。
 とがめは知らない。ただの人間がこの奇跡を起こせる意味を。
 男ですら知らない。この奇跡が『多重次元屈折現象(キシュア・ゼルレッチ)』と呼ばれ、『その手のもの』たちが生涯をかけて追い求めているものと。
 対するは現日本最強にして無刀の剣士。
 虚刀流の間合いに入るまであと三歩。しかしこの長刀の剣士の前では、この三歩が絶望的に遠い。

「虚刀流——『紅葉』から『花鳥風月』まで、混成接続!!」

 虚刀流『紅葉』。両手を広げるようにして敵の刀を同時に打ち払う、以前七花が話した対二刀流の技である。
 これにより縦の一太刀と囲うの一太刀を打ち払う。
 そして“とがめの予測道理”“わずかに遅れてきた”横の一太刀を、混成接続により流れるように打ち出された『百花繚乱』がはじき上げた。

「なっ!?」

 無銘の剣士はついに驚愕の表情を露わにする。
 この秘剣が未だ完全でないことは承知していた。しかし、この僅かな隙に付け込める存在がいるとも思っていなかった。
 だが現実は違った。
 刀を持たない剣士が、否、刀を持たないからこそこの秘剣を突破せしめたのである。


(なるほど、一本の刀で防げぬのなら、三本の手足で防ぐというわけか!)

 都合数百合。ついに虚刀流の間合いに捉える。
 男の胴ははじかれた衝撃で僅かに無防備になった。そこを見逃す虚刀流ではない。
 なぜ最後にこの技を持ってきたかは七花本人にもわからない。しかしこの剣士にはこの技で迎えるのがふさわしいと感じていた。
 『花鳥風月』が男の心臓を寸分違わず狙う。
 対する男は、はじかれつつも生涯を共にした刀を執念で手放すことはしなかった。
 己が秘剣を掻い潜った剣士に感嘆と敬意を示し、それを打倒すべく生涯最速で肉体を始動させる。
 眼前に迫った強敵に引導を渡すべく、ちょうど振り上げた形になった刀を雷鳴のごとく振り下ろす。
 
「うおぉっ!!」

「はぁっっ!!」

 勝った。二人は同時に確信する。
 負けた。二人は同時に確信する。
 手刀が、長刀が、互いの得物が交差し迫り——

「そこまで!」

 その瞬間。とがめの終了の声が響き渡った。
 長刀は七花の首を、手刀は男の心臓をまさに貫こうという時であった。
 こうして二人の勝負は終わりを告げた。

今日の投下は以上です
あとはエピローグでこの話は終わりです

戦闘は書いてて楽しかったんですが結構難しかったです


熱いなー

色々文句が出る戦闘だったのではとビクビクしておりましたが、概ね満足いただけたようで良かったです
こんばんは。投下前にレス返しをば

>>88>>90
戦闘シーンは満足いただけたでしょうか。七花の自分を守れ縛りは書いてて結構難しかったです

>>98
そういうわけで自己解釈で突破口にさせてもらいました。原作だとセイバーに放ったのが実践での初使用になったのでしょうか

>>99
自分も曲は大好きです。だからこそ映像を頑張って欲しかった

乙してくれた人もありがとうございます
それでは投下します

「それでは、世話になったな」

 山門の前にて三人は別れの挨拶を交わしていた。
 勝負は男の申し出により七花の判定勝ち。戦利品として男の畑で採れた野菜が荷物に加わっていた。

「楽しかったぞ。そなたたちの目的を果たしたらまた来るがいい。今度こそ完全な我が秘剣を見せようではないか」

「おう、それまでにちゃんと完成させとけよ」

 男に背を向け石段を降りようとする二人。それを思い出したように男が呼び止めた。

「ああ、そういえば」

「なんだ、これ以上何か用か」

 不機嫌そうに答えるとがめ。言外にこれ以上関わり合いたくないと表情で訴えていた。

「いや、勝負は実質引き分けだったのでな、代わりにひとつ、頼みを聞いてはくれんか?」

「今度こそ断る。これ以上何を……」

「まあそう言うな。直ぐに済む」

 とがめの言葉を聞き流し、男は少し気恥かしそうに言った。

「我が秘剣に名をつけてくれんか。あいにくなにかに名を付ける経験などなかったゆえ、どういうものが良いのかわからんのだ」

「……まあその程度ならよかろう」

 ギョッとした表情をしたのは七花である。
 とがめの美的感覚がやや常人の外にあるというのを七花は知っていた。
 やんわりそれとなく断ろうと無い知恵を必死になって回すが、それよりも早くとがめがなにか思いついてしまった。

「うむ、そなたの剣技に敬意を評し、かの剣豪佐々木小次郎の奥義『燕返し』の名を贈ろう」

「・・・・・・『燕返し』か。うむ、気に入った」

(まともだった……)

 存外まともだったことに安堵した七花をよそに、男はその名が気に入ったのか何度も反芻していた。

「では、今度こそ世話になったな」

「おう、また来るが良い」

「気が向いたらな」

 二人は歩き出す。男はその背中が見えなくなるまでそこに佇んでいた。
 日差しはまだ夏だが風にはそろそろ秋の気配を感じさせる。
 心地よい風にしばし身を預け、さて戻ろうかと踵を返そうとしたとき、一羽のツバメが舞い降りてきた。
 見間違えようもない。昨夜に切りそこねたツバメである。
 空を駆けるツバメはまるで未熟者めと言わんばかりに男の周りを飛び、再び空に消えていった。

「……私もまだまだ修行が足りぬな」

 そして今日も名も無き剣士は刀を振るう。

 夏の香り残る葉月某日。緑が映える草木に囲まれた石段を下る奇妙な一組の男女の姿があった。

「なんか懐かしい感じがするな。この石段」

 七花は以前にもこうして石段を降りたことを思い出す。
 あの時は千段の石段だったが、こちらは短いのか二百段ほどで既に中頃に来ている。

「…………」

「とがめさん?」

 疲れたのかと、後ろを歩くとがめの顔を覗き込む七花。

「・・・・・・すまぬ七花。途中で止めるようなことをしてしまって……」

 なんだそのことかとやや呆れた表情で七花は言った。

「気にするなって。とがめが止めなくても多分あそこで同士打ちで終わってたと思うぞ」

「そ、そうか?」

「そうさ」

「そうか」

 安心したのかやや足取りが軽くなった。いつまでも悩まないのがとがめの取り柄である。

「しかし七花よ。そなたなら『燕返し』の隙に差し込めると信じておったが、よくぞやってくれた」

 初めて『燕返し』を見たとき、七花は“実際に三つに分裂している”といい、とがめは“分裂したように見える三連擊”といった。
 この相違は『燕返し』が不完全だったからこそ起きたものであった。
 おそらく仮に『燕返し』が完全だった場合、二人は“実際に三つに分裂している”という意見で一致しただろう。
 そこからとがめは『燕返し』には隙があると看破したのである。
 二擊と一撃の連撃ならば凌げない虚刀流ではない。

「とがめを信じたかいがあったよ。でも隙があるって分かってたからできたけど、多分初見だったら姉ちゃんでもなきゃあんなの破れなかったよ」

「いや、完全なら七実でも危ういかもしれんぞ」

 既に鑢七実がこの世にいない以上、確かめようのない話である。
 しかし、七花が『燕返し』を打倒できたのも七実に遠因があった。
 少し前まで七花にも同じ弱点があった。
 鑢七花の最終奥義『七花八裂』。虚刀流の七つの奥義を同時に発動するこの技には、先月姉の七実に指摘されるまで弱点があった。
 四の奥義『柳緑花紅』を放つさい隙ができてしまい、そこに差し込まれてしまう。ついさっき七花がやったようなことが『七花八裂』でも起きたのである。
 
「姉ちゃんにも感謝だな」

 七花も、『七花八裂』の弱点を教えてもらい、混成接続を身につけなければあの隙は付けなかったであろう。

「次はこうはいかぬだろうな」

「ああ、でも次は完璧な『燕返し』を破ってやるよ」

 石段もそろそろ半分を過ぎた。
 あたりは風に吹かれて葉同士が擦れる音と二人分の足音だけが響く。

「そういえばとがめ」

「なんだ七花」

「なんで『燕返し』なんてつけたんだ。てっきりとがめが自作の名前を考えると思ったのに」

 変な、とはあえて口にしない七花だった。

「ふん、真面目に考えてなどおらんよ。とっさのことだったし、本当ならもっと良いものを考えてやろうと思ったのだが、やつにそこまでしてやる気にはなれなかった」

(・・・・・・あいつ、運よかったな)

 しかし、ととがめが言った。

「たとえ時間をもらって真面目に考えたとしても、わたしは『燕返し』とつけたであろう」

 なんとなくではあるが、七花も同意見だった。あの秘剣に『燕返し』以上にふさわしい名はなかっただろう。
 本来はツバメを切るために編み出したものなのだから。

「それにしても七花。なぜあの男は柳洞寺にこだわったのだろうな」

「いや、勝負の前に話した通りだと思うけど・・・・・・」

「あんな話を真に受けるのか。わたしは嘘臭さで鼻が曲がりそうだったぞ。そもそも齢三つであの長刀を持つなど、筋力的にも常識的にもありえんだろう」

「そうなのか?」

 幼少の頃は刃物など見たこともなかった七花は、意外そうな表情を向けた。

「普通はそういうものなのだ。無人島暮らしのお主は知らんだろうが。ほかにも、生活に困るほどの貧相な寺の暮らしでやつの身なりがやけに整っていることや、なぜ前住職はやつに名をつけなかったのかなど、疑問に思うことはいくつもある」

 そう言われると、七花は男の話を鵜呑みにはできなくなっていた。
 しかしそれでも、七花には男が柳洞寺に居続ける理由に想像がついた。

 自分がとがめに惚れたように。
 門番はあの月に惚れていたのだろう。
 何故か七花はそう感じていた。

(あの月がそれだけあいつの中で大切なものだったのかもな・・・・・・)

 一日であの男の気質を全て把握するなど七花でなくとも無理な話だが、男が柳洞寺にこだわる理由は、それだけで十分な気がした。

「それと七花よ」

「ん?」

「なぜあの男との勝負にこだわっていたのだ。そなたらしくもない」

 七花の本来の気質は面倒くさがりであり、また刀として育てられてきたため相手に執着するということはないはずであった。
 その七花が初めて執着心のようなものを持ち合わせた相手である。
 なにか壮大な理由でもあるのかととがめは問い詰めた。
 
「んー、うまく言えないんだけどさ、あいつ、とがめに会う前の俺に似ていると思ったんだ」

「?」

「あのままあそこで、誰とも戦うこともなく死ぬのかなって」

 類まれな実力を持ちながらそれを発揮することもなくただ腐らせていくだけ。自分も男もそういう存在だった。
 自分はとがめという存在が連れ出してくれたが、あの男にはそれがなかった。
 ひょっとしたらそれが我慢できなかったのかもしれない。
 積み上げてきた修練が、研鑽された技術が、このまま在野に埋もれていくことになると本能的に感じ取った七花は、せめて一戦だけでもとあのような行動に出たのかもしれない。

「それは哀れみか、それとも共感か?」

「どうなんだろうな、でもあいつは俺と戦えて満足してると思いたい」

「ふむ・・・・・・それだけか?」

「え?」

「そ・れ・だ・け・か?」

 七花としては至極真っ当な理由を述べたと思ったのだが、とがめは気に入らなかったようである。

「ああ、あとあいつの剣の才能が羨ましかったってのもある、の、かも・・・・・・」

「あからさまな嘘をつくな。刀は刀を使えないことはお主もよく知っておるだろうし、第一七実が身をもって証明したではないか」

 期待はずれだったと言わんばかりに、とがめははあとため息をついた。

「全くそのような理由で勝手をしでかしたのか? やつがあそこを離れないのはやつの都合だし、だいだい、そなたとやつなどまるっきり正反対であろう」

「そうか?」

「そうだ。剣術の才能も、軟派な性格も、ついでに酒を飲むこともそなたにはないであろう」

「そりゃそうだけどさ・・・・・・」

 少し残念そうな表情の七花。
 そこにとがめが横に並んで、やや顔を赤くさせながら言った。

「それに・・・・・・そなたには、わたしがいるであろう」

「・・・・・・おう、愛してるぜとがめ」

「うむ、好きなだけ愛せ」

 空は快晴。夏の日差しの強さが残るも、秋の訪れを予感させる風に音色を立てる草木に囲まれたこの石段にも、もう終わりが見えてきた。
 
「あ、もう麓だな」

「やれやれ、やっと尾張に行ける」

「長かったな、ここまで」

「そうだな、予定よりも随分遠回りしてしまった」

 ここでふと、七花が名残惜しむように石段を振り返った。

「とがめ、あいつどうするんだろうな」

「さあな、これまで通り、来もしない盗人を待ち続けて門番をしているのだろう」

 七花も、とがめですら、あの才がここで潰えるのは惜しいと感じた。
 しかし自分たちが何を言っても、何かをしても、あの男はここを離れないだろう。
 名無しの剣士は名無しのまま門番として生きていくことを選んだのだから。

「感傷に浸っても仕方あるまい。わたしたちはわたしたちの道を行けば良いのだ」

「・・・・・・そうだな。それじゃ、行こうぜとがめ!」

「あ、おい七花!」

 七花は最後の石段を降りたと同時に駆け出し、それをとがめが追いかける。
 空は高く風は歌うある日、尾張に向かって走り続けるある二人の姿があった。
 この先に二人を待ち受けるものははたして如何なるものか。
 それを知っている人も知らない人も。

 




 刀語番外「燕語」これにて終幕でございます。





今日の投下は以上です
終わりと書きましたが最後に後日談があります

最後までお付き合いください


やっぱりこの感じ好きだ


燕返し完成しても虚刀鑢になった七花には分が悪そう。


両者共に未完成の時点での相討ちなんだから分からないかもよ?
完全に隙がない同時に来る三つの斬撃なんだし、虚刀鑢でも対処むずくね

完了形モードVS完成形燕返し見たいな

 後日談。事後報告。あるいは興ざめな蛇足の話。
 この後、虚刀流鑢七花と奇策士とがめは、柳洞寺の門番を名乗る男と再戦を果たすことはなかった。
 奇策士は言わずもがな。紆余曲折を経て再び日本全国を旅する、体中傷だらけになった無刀の剣士も、門番と会うことはできなかった。
 決して『傷だらけ』が門番を忘れていたわけではない。
 『傷だらけ』が再び柳洞寺を訪れた時には門番は既にそこにはいなかったのである。
 柳洞寺の人間は門番について皆一様に口を閉ざし語ろうとしない。
 離れの小屋にも、まるで初めから人など住んでいなかったかのように打ち捨てられていた。
 あれは夢だったのか、あるいは知らずのうちに思い描いた幻想だったのかとすら思えるほど、門番の痕跡はどこにもなかった。
 しかし、鑢七花と果たしあった無銘の剣士は確かにそこにいたのだ。
 かつて長刀と無刀が果たしあった場所。そこにあった両断されたツバメの死骸が、確かに語っていた。
 その死骸を見たとき、鑢七花とかつて呼ばれていた男は、完全な『燕返し』を攻略することはもう叶わないのだと悟ったのだった。

 そして時は流れる。ここが四季崎の刀が存在し、虚刀流が存在し、長刀と無刀の戦いが行われた世界かは、ある宝石翁のみが知るところではあるが、地方都市として発展し、冬木市と呼ばれるようになったかつての村で、ある戦争が行われていた。
 『聖杯戦争』。七人の魔術師と、彼らが召喚したかつて戦場を駆けた七騎の英霊“サーヴァント”による殺し合いの儀式。
 その場にかの剣士はいた。
 本来彼はこの場に呼ばれる人物ではなかった。一介の亡霊として二度と誰かと剣を交えることは叶わないはずだった。
 しかし数奇な運命か、あるいはルール違反の不届き者によるものか、はたまたこれすらも、四季崎記紀の仕業なのだろうか、確かに男はここ存在し、暗殺者の英霊として喚ばれながら、かつてのように柳洞寺にて門番をしていた。
 既に名だたる英霊を四人退け、己と己の召喚者を除けばここを訪れていないサーヴァントはあと一人である。




 そして、あの日のように月が輝く夜。
 最後の一人、剣の英霊が柳洞寺の山門を訪れた。
 その来訪者を目にしたとき、男は自然と口角が釣り上がるのを抑えられなかった。




 遅かったなたわけ。と門番は言った。

 悪かったな、いろいろあったんだ。と来訪者は応えた。

 あの時と同じとは思わんことだ、『燕返し』は既に完全だ。と暗殺者の英霊は言った。

 そりゃよかった、ずっと心残りだったんだ。と剣の英霊は応えた。

 ありふれた言葉だが、ここを通りたくば私を倒していくがいい。と長刀の剣士は言った。

 止めたければ止めろよ、ただしその頃には、あんたは八つ裂きになっているだろうけどな。と無刀の剣士は応えた。






 運命は巡り廻った。ありえなかったはずの大一番。長い永い時を超え。長刀と無刀は再び相対す。





 ——いざ

「セイバーのサーヴァント改め、虚刀流七代目当主——鑢七花」

 ——尋常に

「アサシンのサーヴァント、否、円蔵山柳洞寺門番——佐々木小次郎」

 ——始め







刀語番外「燕語」——完了

おまけ
格ゲー風コマンド表ならぬサーヴァント風ステータス表

※このステータス表は本SS独自のものです。真に受けないでください


【クラス】セイバー
【真名】鑢七花
【マスター】???
【性別】男性
【身長・体重】五尺八寸・二十貫
【属性】中立・中庸

【筋力】A 【魔力】E
【耐久】C 【幸運】B
【敏捷】B+【宝具】B

【スキル】
 対魔力:B
 三節以下の魔術を無効化。大魔術・儀礼呪法などを以ってしても傷つけるのは難しい。
 
 騎乗:C
 一般的な乗り物であれば問題なく乗りこなす。魔獣・聖獣ランクは乗りこなせない。
 七花が特に何かに騎乗したという逸話がないためセイバークラスにしてはやや低め。
 
 仕切り直し:B+
 戦闘から離脱するスキル。マスターの危機の際には離脱の成功率が上がる。
 また離脱の際に幸運判定で相手への対策を立てる情報を入手できる。

 心眼(偽):B+
 直感・第六感による危機回避。虫の知らせとも言われる。天性の才能による危機予知。
 後述のスキルにより特に敵の攻撃を回避・防御する際には精度が高まる。

 虚刀流:A+
 刀を使わない剣術。己の身体を刀として扱うことで無手でありながら剣法を使うことができる。
 その性質上敵の攻撃に正確に対処する必要があるため、回避・防御の際には天性の直感が働く。
 七つの奥義はAランクに匹敵し、すべての奥義を同時に発動する最終奥義「七花八裂」は十二の試練を七度突破することも可能。

【宝具】
 虚刀「鑢」(キョトウ・ヤスリ)
   ランク:B
   種別:対人宝具
   レンジ:1
   最大補足:1人

 伝説の刀鍛冶四季崎記紀の最後の作品。完了形変体刀。虚刀流たる所以。
 かつて剣術の才が全くなかった鑢一根が、四季崎記紀により無刀として剣術を振るうために起こし、七花の代にて完了させたもの。
 マスターの死によって発動し、一回分の全力戦闘が可能な量の魔力回復、筋力、耐久、敏捷の1ランク上昇、スキル:戦闘続行Aの効果を得る。
 また十二本の完成形変体刀全てを破壊したという逸話から攻撃に武器破壊の特性がつき、刃こぼれしない、折れないといった性質を持つ武器すら壊すことが可能になる。

本作はこれにて完結です。乙してくれた方、読んでくれた方、本当にありがとうございました。

本当は>>135に不叶、その願いはかなわないと言い捨ててやろうと思ってました。
最初はアーサー王が来て原作へ続くで終わらせようと思っていましたが、>>135をうけて七花に来てもらいました。
こういう周りの声から発想をもらうというのも面白いと思いました。

刀語は現在ノイタミナにて再放送中、型月側は夏にプリズマイリヤが始まります。どちらも楽しみです。

初めての自分で立てたスレでしたが、無事完結できてよかったです。約一ヶ月ちょっとでしたがとても楽しかったです。

スレは少し置いてからHTML依頼してきます。

最後までこんな拙作を読んでくれた方、本当にありがとうございました。ちぇりお!!

乙でした!

乙!
七花って体の硬さも半端ないから耐久Bぐらいでもよかったと思うな

プリズマイリヤまじ楽しみww

ちぇりおつ!
後日談も良かった


面白かった
                   セイバー
これが本当の意味で俺自身が 剣 になることだ
クラス的にも何も間違っちゃいないな

一本一本が全力を超えた一撃×3が完成した燕返しの妙だと思うんだよね
一本でも通常を上回るから双剣や三刀流や多腕ではなく、全身×3の速度・奇襲・威力
それを対2刀で受け止めるあたり、この時点での完成度の差が出たね
まあアサシン小次郎の強さは、実戦経験を引いてもなおズルい人生全てと絶頂期を合わせたあり得ない状態でもあるんだけど

より心の入った虚刀流との対決もみたかったが野暮というものか

このSSまとめへのコメント

1 :  SS好きの774さん   2014年12月28日 (日) 11:18:10   ID: dDHaZay9

ハラショー

2 :  SS好きの774さん   2015年01月14日 (水) 23:22:08   ID: ezfL-EKW

よかった

3 :  SS好きの774さん   2017年12月17日 (日) 00:22:45   ID: 3BV5Ggo_

不悪。このような物語を見る事ができるとは姫様もお喜びになるだろう。

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