P「楽天とキャッチボールと雨」 (23)

 岩隈久志に愛を込めて。

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『――からも祝福の声が届いてい――』

律子「おはようございます」

小鳥「おはようございます律子さん」

響「よー」

律子「あら響早いのね……ってなに美希みたくなってるのよ」

響「にゅーすみてるんだぞー」

律子「寝ぼけてるじゃない」

小鳥「響ちゃん、プロデューサーさんに相談事があるって早く来てたんですけど……」

律子「肝心のプロデューサーが来ないと」

小鳥「はい。いつもは一番乗りなのに」プルルル

小鳥「噂をすれば。……はい765プロです。はいおはようございます。今日は……はい。え? 風邪?」

響「?!」

小鳥「はい……はい分かりました。くれぐれもご自愛してくださいね。
   プロデューサーさん、少し遅れるとのことです。風邪気味なんですって」

律子「了解です。昨日も随分早く帰ってましたけど、少し心配ですね」

響「じ、自分看病に行くぞ!」

律子「だーめ。移されたらどうするのよ」

響「うー」

小鳥「対した事無いっておっしゃってたから大丈夫よ」

響「そーかな?」

『――苦節9年、種を蒔き――』

 …………。

P「おはよーございます」

律子「おはようございます」
小鳥「おはようございます」

響「大丈夫か!」

P「近い近い。大丈夫だから、昨日少し冷えただけだよ」

響「本当……ん? プロデューサーなんか臭うぞ」

P「……気のせいじゃないかな」

響「っていうかお酒臭い!」

P「そんなことはない! ビールを頭から被ったけど臭くはない!」

律子「……なにやってるんですか」

小鳥「あぁ。もしかしてプロデューサさん、昨日西武ドーム行かれました?」

P「もちろん!」

響「ドーム?」

P「なんだ響ニュース見てないのか?」

響「見てたけど、プロデューサーがお酒を浴びるなんてニュースやってなかったぞ」

P「やっててたまるか。なんで俺にカメラついてるんだよ。楽天が優勝しただろ!」

律子「なんでプロデューサーまでビールかけしてるかは謎ですけどね」

P「俺は背番号10だからな。選手だよ選手」

律子「あーはいはい。本業の方もしっかりこなしてくださいねー」

P「えー。語ろうよー」

響「ねぇプロデューサー、楽天ってなに?」

P「…………………………これは教育やろなあ」

P「響! 公園行くぞ! キャッチボールだ!」

響「えっ?! ぼ、ボールないよ」

P「グローブにボールに小粋なトーク! 俺は持ってる」

小鳥「サッカー?!」

P「鬼軍曹に捕まる前に行くぞ!」

響「わわっ早い早い!」

律子「誰が鬼軍曹よ!」

P(自覚はあるんだ)

律子「私が出るときには呼びますからねー!」

 バタンッ!

小鳥「……止めはしないんですね」

律子「……まあ2年越しのことですから少しは多めに見ます」

響「……ねぇプロデューサー、自分相談があっ」
P「ほれ、田中モデルのグローブ。ファンクラブで貰ったやつだけど軟式なら十分使えるだろ」

P「いくぞー!」ビュ

響「っわわ! 強すぎだぞプロデューサー!」パシン ヒョロロ 

P「……響、もしかしてキャッチボールした事無い?」ポテン

響「な、無くても大丈夫だぞ! 自分完璧だし! ってか遠すぎるぞ! 何メートルあるんだよ!」

P「そりゃ塁間……ごめんもっと近づくか」

響「今度は近過ぎ!」

P「いや、少し投げ方の指導を指導とおもって」

響「……噛んだ?」

P「しようと思って!」

P「ほれ、ここ狙って投げてみ」

響「うん!」ヒョロ パシン

P「……そっか、響インドアだもんな実は」

響「なんかかわいそうなものを見る目で見られてる気がするぞ」

P「手投げになってる」

響「手投げ?」

P「ボール投げる時は上半身じゃなくて下半身を意識するんだよ。特に体重移動。
  響はボールを肘から先だけで投げてる。ダーツじゃないんだから」

響「もっと目一杯体を動かせってこと?」

P「まあそういうこと。まず足を軽くあげて軸足に体重を乗せて。で腰を意識しながら」

響「っ?!」

P「で軸足から体重を移動させながら体の中心に軸を作る感じで回転して、最後に肩からボールを投げるイメージで。
  ……ってなんで赤くなってるんだ?」

響「ななななんでもないぞ!」

P「さーこーい」

響「行くぞー!」ヒュ パシン

P「おー、いい球きてるぞ」ビュ パシン

響「そーだろ!」ヒュ パシン

P「……響はプロ野球って興味あるか?」ビュ パシン

響「んー、あんまりないぞー。甲子園は少し見るくらい」ヒュ パシン

P「じゃあ楽天知らなくてもしょうがないか。
  ……2004年にな、オリックスと近鉄の合併が発表されて」ビュ パシン

響「なんかすごく長い話になりそうな気がするぞ」ヒュ パシン

P「かいつまむから勘弁。で他にも合併してプロ野球を1リーグ制にしようって流れがあったんだ。
  ……ちなみに響、球団名ってどれくらい分かる?」ビュ パシン

響「えっと……巨人と阪神とあとあと……マリナーズ?」ヒュ パシン

P「イチロー人気か。マリナーズはメジャーリーグなメジャーリーグ」ビュ パシン

響「それくらい知ってるぞ!」ヒュ パシン

P「巨人阪神広島中日横浜ヤクルトがセリーグ、楽天ロッテ西武ソフトバンクオリックス日ハムがパリーグ、な」ビュ パシン

響「あ、なんか聞いた事あるぞ! それが一つにまとまりそうだったってこと?」ヒュ パシン

P「せーゆこと。そりゃ困るだろ?」ビュ パシン

響「誰が?」ヒュ パシン

P「……俺以外のプロデューサーが仕事辞めて、俺に担当アイドルが増えるから響を担当できないってなったらどうする?」ビュ パシン

響「えっ……そんなの嫌だ。嫌」

P「例えばの話だよ例えば。辞めないから安心しろ」

響「そ、そうか!」ヒュ パシン

P「だから球団が少なくなれば選手が働ける場所が少なくなるわけだよ。選手は困るだろ?
  ……あれ? さっきの例えが間違ってる気がしてきた」ビュ パシン

響「そっか。働いてる人は困るなー」ヒュ パシン

P「それで合併を止めてくれって選手たちが頼んだんだけどな、『たかが選手が』って言われてけんもほろろに断られたんだ」ビュ パシン

響「それは酷いな」ヒュ パシン

P「後でフォローしたとかしないとかだけど、そんな発言が世間に広まればそりゃ世論は選手を応援するだろ。
  実際ストライキする時も反対意見を聞いた事あんま無いし」ビュ パシン

響「す、ストライキ?」ヒュ パシン

P「たまに響も仕事来ないだろ。あれだよあれ」ビュ パシン

響「そんなことしないぞ!」ヒュン パシン

P「あれ? 偽の記憶か? まあ俺は仕事しないぞー! ってみんなで仕事しない事をストライキって言うんだよ」ビュ パシン

響「へー」ヒュ パシン

P「まあそんなんでこりゃ2リーグ制にしなきゃまずい。って思ってももうオリックスと近鉄は合併するのが決まってるから新しく球団を作らないと行けないだろ?
  それでできたのが東北楽天ゴールデンイーグルスってわけだよ」

響「へー。最近できたんだな。……プロデューサー?」

P「ちょっと休憩。疲れた」

響「えー! やっと体があったまってきたところだろ!」

P「おっさんだから疲れるの! ちょっと自動販行ってくる」

 …………。

 少しずつ小さくなっていく背中をベンチに腰掛けながらぼんやりと眺めている。
一番近くにある自動販売機は公園を出て少し行った場所に置いてある。距離は100メートルくらい。一人にされる時間は2分くらい。

 背もたれの縁に頭を預けると青空が広がった。薄くて細い雲が散り散りに広がっている。
少し暖まった体を秋風が冷ます。絵に描いたような秋の一日だった。

 こんな日がずっと続けばいいなと思うような。秋の一日。
でも、胸の奥には不安がこびりついて離れない。そんな秋の一日。

響「…………」

 誰が見ても、誰が聞いても、誰が居ても自分は幸せに包まれているはずなのに。
優しい仲間に囲まれて、家族とも楽しく過ごせて、夢に向かって好きな仕事をして、……一緒に居たい人が居て。

 自分でも、なんでこんな気持ちになるのか分からなかった。
もう昔とは違うのに、影が足下とか物陰とか柱の後ろとかに居て自分を見てる。

響「……!」

 ほら、今だって木の陰に居た。
何か分からない、その不安の種は少しずつ、少しずつ自分に近づいている気がする。

 相談したい。話を聞いてもらいたい。少しでも分かってほしい。
でも自分がその言葉を口に出せないでいる。出し方が分からないでいる。形容しようの無い言葉をずっと探して。

 ……そんな事をしている間に種は根を張っ

P「えい」

響「ちべた?! 何するんだプロデューサー!」

P「ポカリとポカリどっちがいい?」

響「選びようがないぞ」

P「どっちかは薄いとぎ汁かもよ?」

響「大塚製薬と喧嘩したいのかプロデューサー」

P「勘弁してください。真のCMが決まったばっかりなんです」

響「ふーん。じゃあ右」

P「はい。別々の物買うと春香とか真に半ば強制的に交換させられるようになったから同じもの買ってくる癖がついたんだよ」

響「……ずるいぞ」ゴクゴクゴク

P「? 何が? っていい飲みっぷりだなおい」

響「ふぅ。……プロデューサーも早く飲みなよ」

P「んっ。……甘っ」プハッ

響「交換!」

P「なんで?!」

響「えっと……トレード?」

P「田中と田中のトレードかよ。はい、そんなに喉乾いてるんだったら言えよ」

響「違うけど、そうする」

P「で、どこまで話したっけ」

響「…………」

P「どうしたんだ? 飲まないのか」

響「そのうち飲む。えっと確か楽天ができたぞーって所までは聞いたぞ」

P「そうだったな。まあ色んないざこざがあって東北楽天ゴールデンイーグルスという球団が誕生したんだ」

響「まだできたばっかりなんだな」

P「まだ9歳だしな。
  ……そしてその1年目はまあ散々なもんだった」

響「どうして?」

P「まあそこを突き詰めると選手分配ドラフトの話とかを突き詰めることになるから簡潔に。寄せ集め軍団だったんだよ。
  周りはAランクアイドルなのにこっちはデビューしたて。……勝てると思うか?」

響「……ちょっと厳しいかな」

P「初年度は38勝97敗1分け。ある意味こんなもんだろうなって気持ちもあったけどな」

響「でも……負けたら悔しいだろ? それに負けたら……」

P「うーん、最初は東北にプロ野球球団が出来た! ってことだけで満足してたからなー」

響「でも……でも自分たちだったらオーディションに負ければファンが減っちゃうぞ……」

P「減らないよ。今の響なら。よし、休憩したしキャッチボール再開!」

P「自分でいうのもなんだけどさ、やっぱ楽天のファンは温かいよ。
  ヤジも飛ばない、負け試合でも席を立たない。どんなに失点してもどんなに三振しても頑張った選手には拍手が贈られる」ビュ

響「……」パシン

響「……ら、楽天のファンはいい人ばっかりなんだな!」ヒュ パシン

P「照れるぜ。俺たちもそんなファンに応援してもらえるように頑張らないとな」ビュ

響「……」パシン

響(……ねぇプロデューサ、それって自分に弱いままでいてってこと?」

P「違う」

響「へ? あ、自分口に出て」

P「ファンを大事にして、ファンに応援して貰えるような活動をしようってことだ。
  ……そのままの響でも応援してくれるようなファンを、な」

響「……うん!」ヒュ パシン

響「でもトップアイドルまで9年は困るぞ!」

P「手厳しいなぁ!」ビュ パシン

P「……響、聞いていいか?」

響「いいぞー」ヒュ パシン

P「…………移ってきたこと、後悔してないか?」ビュ

響「……」パシン

P「プロデューサーは少ないし、活動資金はもっと少ない。肝心の担当プロデューサーはこんなん。
  ……春香と真はここしか知らない、でも響は他の環境を見てた、他の環境に居た」

P「怖くて聞けなかったんだけど、いつも思ってた。俺は響のプロデューサにふさわ」ビュ バシンッ

響「後悔なんて、してるわけ無いだろっ……!」

P「……ごめん」

響「やっと、やっと一緒に頑張れる仲間に会えてっ、一緒に走れるプロデューサーに会えて!
  幸せすぎて怖いと思うくらいに幸せで、閉じこもってた自分が変わってくのが不安なくらい楽しいのにっ!」

響「後悔なんてっ、してるっ、わけ無い、だろ!」

P「ごめん。だから……」

  …………。

 屋根付きのベンチに腰掛けながら雨を眺めている。
隣に座る響も少し赤くした目で同じように雨を眺めている。

 ……トヨさんの引退試合も雨が降ってたな。
そんなことを思わせるような、暖かな雨が降っていた。

 吉田豊彦も選手分配ドラフトで楽天に籍を置いてくれた選手だった。
球団が変わる、環境が変わることは選手たちにとってどれだけの不安になり負担になるのだろうか。

P「…………」

 そしてその不安をまだ年端もいかない少女一人に押し付けて、そのサインを何度も見逃していた自分はどれだけの大馬鹿野郎なんだ。

P「ごめんな響。気づいてやれなくて」

 こつんっ、と小さな頭にもたれかけられる。
髪が触れるその微妙な刺激がこそばゆい。

響「……なんでこんなに幸せなのに、こんなに不安になるのか、自分でもわからないんだ。変だよね、自分」

 ただ何となく響の手を握った。その小さな手がどこかに行ってしまわないように、ここに繋ぎ止めるように。
言葉の代わりに、ここに居ていいんだと知らせるように。ここに居てほしいと知らせるように。

 雨は、もうすぐ上がりそうだった。

響「ねぇ、プロデューサーは好き?」

P「楽天か」

響「えっと、う、うん」

P「好きじゃなかったらファンやってないしな。そりゃ好きだよ。大好きだ」

響「なんで?」

P「うーん、地元の球団だとか好きな選手が居るとか好きなエピソードがあるとか、理由はあるにはあると思うけど」


P「何かを好きなことに理由なんていらないだろ」

響「そっか……そうだね」

P「さってと、そろそろ戻るか。いつ鬼軍曹から伝令が届くか分からないからな」

響「ね、また二人でキャッチボールしよっ!」

P「おう! 今度は野村さんの監督就任から2006年ドラフトの大成功。ブラウン監督政権での選手育成、そして星野監督の導いた優勝の今年まで懇切丁寧に主観たっぷりで語り合おうぜ! やっぱりマーさん獲得、嶋、聖沢ののびのび教育、そして俺が泣いた長谷部の復活劇。ああ語る事が多すぎて語れないな!」

響「えっと、普通にキャッチボールがしたいぞ」

P「えー。これは本格的に響をちな鷲にせんといかんな」

響「なんだぞそれ」

P「いつかKスタに野球観戦でもしに行こうな」

響「……うん!」

P「…………あと、俺は響のファンだからな」ボソッ

響「ん? なんか言ったかプロデューサー?」

P「いや、何でもないよ」

響「へへ、自分はそこまでプロデューサーのファンじゃないかなー」

P「き、聞いてやがったな?! 待てこのヤロッ!」

響「運動不足のプロデューサーになんて捕まらないぞー!」

律子「――らー、もう戻ってきなさーい!」

響「はーい! じゃ、先に戻ってるぞプロデューサー!」

響「ほら、早く来ないと置いてくぞ!」


 あの歴史的大敗を現地で観戦してから9年。ゲームセンターの隅っこから9年。
大きくなりましたね、本当に。

 次はCSに日本シリーズ、そして銀幕にSSA。
たくさんのファンと彼ら彼女らの成長を見守って、生きたいと思います。

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