少年「それが、僕の名前……」 (523)



ー1908年・アレギアー


「おい糞餓鬼、何見てやがる。死にたくなけりゃあさっさと失せな」


「ん? もしかして『この子』の知り合い?」


兵士か傭兵らしき二人組


無精髭を生やした大柄な男、腹はだらしなく前に出ている。


もう一人は、一見好青年に見えるが口元は歪み、常に厭らしい笑みを浮かべている。


彼等の前には、白髪頭の少年が立っていた。


何をするわけでもなく、男達の足下に転がる全裸の少女を無言で見つめながら。


少女には痣や切り傷が多数、暴行を受けた跡が生々しく残っている。


不運なことに、この少女は彼等に何度も犯され、殺された……


少女は孤児だった。


今は戦時、浮浪者や孤児など、辺りを見回せば腐るほど居る。



現在、辺境に位置する【カルセダの街】にも戦争の余波が広がっていた。



SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1381403515



今や駐屯地となっているカルセダは、


兵士や傭兵が『守る』という名目の下、孤児・浮浪者を、己の欲望の捌け口にしている。


殺し殺されの中、自身の精神の均衡を保つ為に行われる残虐行為。


街の誰もが目を逸らし、自分に害がないのなら、孤児や浮浪者など幾ら死んでも構わないと……


だが、この街には『死神』が居た。


「………あの餓鬼、どうせ孤児だろ? 撃っちまおうぜ」


「おっ、いいねえ。足が竦んで動けないみたいだし、交互に撃ってどっちが最初に当てるか勝負だ。

 『的』が小さいな……じゃあ、まずはオレからな」


大した距離ではなかった為、放たれた弾丸はいとも簡単に当たり、少年の腹部を貫通。


着弾の衝撃でよろめき、どさりと倒れる。無地の衣服には、じわりと血が滲んでいた。



「一発で当てんなよ。死んじまったじゃねえか」


「ははっ、孤児なんてそこら中に居るんだからさ、別に良いだろ?」


「んだよ、つまんねえなぁ」


「酒場に行こうか? 僕が奢るから」


「なにが『奢る』だ。全部タダじゃねえか」


「そうだっけ?」


「はぁ、まあいいや。じゃあ行く……


少年に背を向け歩き出した彼等の前には、『少年が立っていた』


二人はすぐさま振り向き、少年が倒れていた場所を見るが姿は無い。


彼等に立ち塞がる少年は先程撃ち殺した筈……なのに、目の前に居る。生きている。



「な、なんだよ。この餓鬼……」

「まさか、コイツが」


白髪頭で、見たところ十歳程度の少年は、困惑する彼等に告げる。


「あの子には、ご飯を分けてもらった。だからお前達を殺す」


「ひゃぎッ!?」

「あがッ!!」


少年は両手を突き出し腹部を貫くと、


膝を突き呻き声を上げる彼等の頭部を、躊躇い無く蹴り飛ばした。



実際は呻き声を上げる前に、二人の頭部がくるりと宙を舞ったのだが……



ーーーーーーー

ーー



少年「……もう、起きない。傷は治らない」


少女の亡骸、その側で膝を突き、優しく手を握る。体温は失われ、酷く冷たい。


何で死んでしまったのだろう……死を知らぬ少年には、それが分からない。


少年「あの時、ご飯分けてくれてありがとう。嬉しかった」


死者に語り掛けるその行動、その様は異常且つ異様。


明らかな感情の発露なども見られないが、喜怒哀楽の感情は在るらしかった。


少女の亡骸を先程殺した男達の衣服で覆い、恐怖に見開いた瞳をそっと閉じる。


少年「………他の兵隊も、殺した方が良いのかな……」


少年「お菓子くれたお婆ちゃんも殺されるかも知れない。

   服くれたお兄ちゃんも、毛布くれたお姉ちゃんも、殺されるかも知れない」


少年「……兵隊がいなくなれば、誰も殺されない……」



この日を境に



噂程度の存在でしかなかった『死神』が、兵士・傭兵の命を刈り取る為に動き出した。




ーー2年後・1910年ーー


この頃、カルセダは物資供給の中継地点として重要地区とされていた。


【敵国・フラガナウ】も此処を狙い、何度も襲撃を仕掛けてきたが、奪取することは叶わなず、撤退。


少なくとも中隊規模の部隊が居ると思われたが、実際は違う


生き延びた兵士は口を揃えてこう言った。



『あの街には、悪魔か死神が居るんだ……』



彼等は精神異常と診断され、その言葉が信用される事は無かった。


その為、先にようにカルセダには何度も部隊が投入される。


しかし、投入された部隊は悉く壊滅。


生き延びた兵士達は同様に悪魔・死神の仕業だと証言。


度重なる部隊壊滅により、


遂には信じざるを得なくなった上級将校達は、カルセダの奪取を断念。


しかし、2年後の現在


【カルセダの死神】と呼ばれ


数多くの兵士に死と戦慄、恐怖……


その名を聞く者全てを震え上がらせた【一人の少年】が、遂に捕らわれた。


捕縛後に発覚した事実に、将校達はただ驚愕した。


その街に兵は居らず、居るのは多くの孤児・浮浪者


後は、僅かな住民が残っていただけ、まして中隊など最初から存在しなかった。


住民に聞けば、


当初は兵が派遣されていたが、今や月に何度か物資を載せた車が通るだけだと言う。


逗留していた兵士・傭兵は、全てその少年が殺害したのだ。



そして………


将校「テェッ!!!」


瞬間、十数人の兵士が一斉に発砲。銃弾は、杭に縛られ目隠しをされた少年に全て命中。


将校「……どうだ」


兵士「死亡、確認しました」


将校「これで漸く終わりか。しかし、カルセダの死神が孤児だったとはな……」


将校「(貴様は何を想い殺戮を繰り返したのだ?

   兵士のみならず、カルセダの住民にも怖れられ……貴様は何かを守ろうとしていたのか?)」


死亡した今、その答えを聞くことは出来ない。


彼等が捕らえた時には随分疲弊しており、肋が浮き出る程に痩せこけ、口が聞ける状態では無かった。


捕縛後、少年は一切の抵抗を見せず、死刑執行されるまで何も語らぬまま逝った……


斯くして【カルセダの死神】は処刑され


少年の遺体は、決して越えられぬ山脈、その麓を覆う樹海【通称・誘いの森】へと棄てられた。


入れば最期、二度と生きて出ることは出来ぬと呼ばれ、誰も近付かぬ森。



その奥へ……




??『何でこんな所……!! 酷く衰弱してる。息はあるけど危険な状態ね』


??『掟破りだけど、見捨てちゃ置けないわ』


ーーーーーー

ーー




??『……きて……お願い、目を覚ましてよ』








『 死なないで!! 」









「……うん、死なない。それより此処……あれ、その耳…エルフ?」


今日はここまでです。なるべく早めに更新します。

後、これはオリジナルです。見てくれると嬉しいです。

>>1です、一応つけておきます。


『死なないで!!』


少女のその声が、叫びが、少年を目覚めさせた。


「(死なないで……初めて言われた。眠いけど、起きなきゃ)」


ゆっくりと瞼を開けると既に日は落ち、少年が眠る部屋はオイルランプが照らしていた。

その部屋には様々な医療器具があり、少年には点滴が施されている。

少年の眠るベッドの側、椅子に座り俯く少女の瞳からは涙が零れ、何かに怯えているようにも見えた。


「……うん、死なない。それより此処……あれ、その耳…エルフ?」


衰弱しながらも身を起こす少年。その表情、僅かに喜んでいるように見えなくもない。

少女は袖で涙をぐしぐしと拭い去り顔を上げると、少年はその青い瞳を真っ直ぐに見つめた。

好奇とか凝視とかでなく、彫刻な何かを眺めているような、そんな視線。不思議と厭らしさは無い。

助かったことへの安堵と、今まで受けたことのない不思議な視線に戸惑いながら、少女は口を開く。



少女「うっ…えぇと……アンタは人間なの?」

少年「分かんない」


即答。少年は自分に興味が無い、自分を知ろうとすらしない。

銃殺された事など、人を殺した事など、今やどうでも良かった。

いや、どうでもいいとかではなく、少年の中では既に完結しているのだろう。


少女「は?」

少年「分かんない。僕は人間なの?」

少女「私が知るわけないでしょ……ふざけてるの?」

少年「違う。本当に分かんない」


それよりも『今』興味があること。それは、目の前に居るエルフと思しき少女。



少年「エルフ、本当にいたんだ。耳、触っていい?」

少女「なっ!? バカじゃないの!? それより平気? 一応点滴はしたけど」

少年「うん、平気……あ、耳」


痩せ細った腕を懸命に伸ばす。

少女の耳に触れようとするが、見た目通り相当衰弱しているようで、腕が上がらない。

少女は尚も諦めない少年の腕を優しく掴み、毛布の中に仕舞わせた後、質問を続ける。


少女「名前は? 私はネア」

少年「名前……呼ばれたこと無いから分かんない」

ネア「………それは『向こう』では当たり前なの? それより、ご両親が捜してるんじゃないの?」


この子にも親が居る筈だ。

にも拘わらず、名前を呼ばれたことが無いと言う。しかも餓死寸前の状態で倒れていた。

少年自ら森に入ったか、迷い込んだ可能性もあるし、親が捜しているかも知れない。

当然、少女はそう考える。しかし、返答は想像だにしないものだった。


少年「親なんて居ない。それが普通か分かんないけど、僕みたいな子は沢山居る」

ネア「……迷子じゃあ、無さそうね」

少年「うん、迷子じゃない」

ネア「じゃあ、自分で森に入ったの?」

少年「違う。気付いたら居た」


嘘を吐いてる様子は見られない。基本、聞かれたことには答えているが、大半の答えは『分かんない』だった。

少年は本当に分からない。

自分が何者か、自分は人間なのか、それすら分からず、知らないのだ。



ネア「………取り敢えず、今日はもう休みなさい。それと、まだ直接物を食べるのは危険だから我慢して」

ネア「私はこの部屋で作業してるから、何かあったら言って」


そう言うと椅子から立ち上がり、大きめの机に向かい何か作業をし始めた。

作業と言っても音は殆ど無い。

時々、からからと何かを転がすような音と、さらさらと砂が零れるような音がするだけ。

少年にはその音が心地良く、今にも眠りに落ちそうである。しかし、少年にはやり残した事があった。


少年「…ぅん……ネア」

ネア「なに?」

少年「……耳、触っていい」

ネア「はぁ……耳はいいから、今は休みなさい」


背中を向けたまま溜め息混じりに答えると、ネアは作業に戻った。

すると、再び優しい音が部屋に響く。からから……さらさら、からから……さらさら


少年「う…ん、分か……」


何とか起きていようとしているが、瞬きの度に瞼は重みを増す。

少年は遂に堪えきれなくなり、眠りに落ちた。

変わりましたが>>1です。読みやすくなったでしょうか?

後、今まで自分が地の文だと思っていたのは、ト書きでした。まだ慣れてませんが、これから頑張ってみます。

言われなければ気付きませんでした、助言ありがとうございました。

読んでいる方、感想や助言等を言って下さるとありがたいです。

言い忘れましたが、このお話しは以前書いた物を最初から書き直しています。内容も変わってくると思いますが、宜しくお願いします。


ーーーーーー

ーー



ネア「これじゃあダメか……ふぅ…流石に疲れるわね」


時計は深夜三時を回ったが、ネアは作業を続けていた。夏も終わり秋間近の今、夜は冷える。

一旦作業を止め、椅子に掛けてある小さめの毛布を羽織り立ち上がると、少年が眠るベッドへと向かう。


ネア「沢山居る、か……きっと向こうも大変な状況なんでしょうね」


静かに寝息を立てる少年の頬は痩せ痩けていて、栄養失調であることは確実だった。

数週間か、1ヶ月か……それは分からないが、まともに食事を取っていなかったのだろう。

それとも、食事することが出来なかったのだろうか?

などと考えながら、ネアは体温計を取り出した。


ネア「……うん、大丈夫そう。はぁ…良かった」


少年の言う『平気』が本当かは分からない。

その為、ネアは作業の合間に何度か立ち上がり、こうして熱や寝汗の確認をしていた。

見ず知らずで赤の他人。

まして人間の少年に何故此処まで尽くすのか? 


ネア「……さてと、もう一度見直さなきゃならないわね」


その理由は、ネアが医師である事が一つ。もう一つは、人の死を異常に怖れているからである。

人間の住む南側から、山脈を隔てて北側に在る此処【プロテア】では、流行病により多数の死者が出ていた。

推定人口・5300万、その内700万強が死亡。

今や1000万に届いているのでは、とも言われている。


現在、医薬学に明るいエルフが治療・治療薬研究を行っているが、今尚死者は増え続けている。




ネア自身も、その流行病で両親を亡くしている。

その後、ネアは両親の残した資料・研究成果を生かし、
一刻も早く治療薬を造り出すべく日夜研究に没頭、満足な睡眠などとっていない。


ネア「…!! よし、これなら」


二月ほど前、未曽有の病により民は恐慌状態に陥り、それで死亡した者も居る。ネアは『それ』を見てしまった。

気が狂う者、泣き叫ぶ者……

ネアは怖れた。死が生み出す恐怖や、それにより浮き彫りになる人々の心を……

それを食い止めるべく、禁を破り山脈を越え、新たな薬草を求めたのだ。

しかし其処で見付けたのは薬草だけでなく、餓死寸前の少年。

……酷似していた。

泣き叫ぶ母の手に抱かれ死んで往く赤ん坊、治療が間に合わず死んで往く子供や老人に…

だからネアは迷わなかった。少年を背負い、家に連れ帰り、治療を施し、命を繋いだ。


『死なないで』とは、そういうことだった。


短いですが、今日はここで終了します。

レスありがとうございます、とても嬉しいです。

まだ慣れないので時間が掛かるとは思いますが、週に何度かは更新していきます。

書き忘れました。

読み辛いとかないでしょうか? 何かあれば言って下さると助かります。ありがとうございました。


ーーーーーー

ーーー



……早朝・5時


ネア「うーん……疲れたぁ」


治療薬の調合が終わった後も、結局ネアは眠らなかった。

成分を事細かに手帳へ記載し、何度も確かめ、気付けば夜が明けていのだった。

そして現在、荷物を纏め家を出る準備に取り掛かっている。出来上がった治療薬も鞄を仕舞い、少年の様子を見る。


ネア「昨日よりは随分良くなったわね」


未だ起きる様子も見せず眠る少年に微笑み、安堵の表情を浮かべ、替えの点滴を用意。

手慣れた手つきでそれを終えると鞄を持ち、ネアは部屋を出ようと扉の取っ手に手を掛けた。


少年「ぅん……ネア?」

ネア「起こしちゃった? ごめんね?」

少年「何処か行くの?」




心なしか少し寂しそうな声で訊ねる。少年はネアに随分と懐いているようだ。

【カルセダの死神】と呼ばれていた事など嘘のように、純朴で子供らしい顔。

そんな事など知る由もないネアは、少年を見つめ困ったような笑顔を浮かべた。


ネア「まあね。あと、私が家を出たらパルマっていうお婆ちゃんが来るから」

少年「お婆ちゃん? なんで?」

ネア「………ちょっと遅くなるし、一人で出歩かれると困るからね」


表情を曇らせ、少年から目を逸らす。ネアには行かねばならない場所があった。

其処へ行けば帰って来れぬかも知れない。いや、まず無理だろう。

それに、この少年をいつまでも此処に置いておく事も出来ない。回復次第、もと居た場所へ帰って貰わなくてはならないのだ。

ネアはその間、この【ナザレの街】に住むエルフ医師・パルマに少年を預かって貰う事にした。

ナザレで育った者は皆一度はパルマの世話になっていると言われており、高齢だがとても理解ある人物である。



少年「そっか。ネアが困るなら分かった」

ネア「静かにしてなさいよ?」

少年「うん、静かにしてる」

ネア「………じゃあね」


眼を伏せ、俯きがちに扉を開き、振り向かぬままそう言い残すと、ネアは行ってしまった。

話している時のネアの表情は、少年の見覚えある表情だった。


少年「………ネア、死んじゃうのかな」


今まで幾度と見てきた表情の一つ、恐怖や怯え等ではなく『諦め』。

少年に感情を理解する事は出来ない。

しかし、あの表情をした者は銃を捨てたり、身に降りかかる死が通り過ぎるのを待っていた。

だから、ネアは死ぬのではないか? と、少年は感じたのだろう。


少年「なんか、変な感じだ……何だろう……」


また夜に更新します。
レスありがとうございます、嬉しいです。ありがとうございました。

投下します。


ーー午前・8時ーー


パルマ「……いいでしょう。回復するまで、私が治療します」


ものを頼むにも状況を説明しなければ始まらない。

パルマは突然の訪問に驚いたが、ネアの表情からただ事では無いと判断。

客間へ通し詳しい話しを聞くことにした。

椅子に座っても中々口を開かず俯くネアを急かす事はせず、パルマはその時を待つ。

暫くすると、山を越えた事、『外から』少年を連れてきた事、その全てをネアは告白。


あまりの出来事にパルマは何も言えなかったが、悩んだ末にネアの頼みを承諾したのだった。




ネア「ありがとうパルマさん。あの……私、もう行かなきゃ」

パルマ「ネア、待ちなさい」

ネア「どうしたの?」

パルマ「貴方は正しい事をしたわ。例えそれが掟に反する行為だとしても」

ネア「……うん」


自らの行いを吐露したからか、ネアの表情は先程より随分晴れやかだ。

それともう一つ、『間違っていない』。パルマのこの言葉に救われた部分も大きいだろう。


ネア「パルマさん、話しを聞いてくれて本当にありがとう。後は宜しくお願いします」


そう言って最後に深く頭を下げると、ネアはパルマの家を後にした。




礼儀正しく、曲げない子。これがパルマのネアに対する印象。

両親も医師だった為、先輩医師であるパルマはネアを幼い頃から知っており、接する機会も多かった。

流行病で両親を亡くした事を気に掛け何度かネアの家を訪問したが、ネアの方から訪ねて来るのは、今日が初めてだった……


パルマ「掟……守るべきではあっても、何かを縛る為のものでは無いでしょうに…」

パルマ「マルセラ、アメリア……貴方達は早く逝き過ぎたわ。今のままでは、あの子はきっと壊れてしまう」

パルマ「何か……今を変える新しい『何か』が必要なのかも知れないわね。それが例え、何であっても……」


ネアの背中を見送り、ぽつりぽつりと独り言。


その後パルマは粥を作り、身支度を済ませ。粥の入った鍋とネアに預かった鍵を手に、彼女の家へ歩き出した。



ーーーーーー

ーー



午前・9時

パルマ「初めまして、坊や」

少年「お婆ちゃんが来た……ネアが言ってたパルマ?」

パルマ「ええ、そうよ。ネアは用事があって暫く帰って来れないようだから、それで私が来たの」

少年「本当と違うこと言ってる」

パルマ「……!! 坊やは人の心が読めるのかしら?」

少年「違う。ネアは死ぬ時の顔してたし、パルマは……どこか痛そうな顔してる」

パルマ「……っ」

少年「ねえパルマ、ネアは死んじゃうの?」


この子に嘘は通用しない。

僅かなやり取りでそれを理解したパルマはベッドに腰掛け。少年に全て…とは行かないまでも、己の知り得る事を話した。

【外界】に関わるものと接触してはならないこと、【境界】を越えてはならないこと等々……


そして、それを破ればどうなるかを……



少年「掟……よく分かんない」

パルマ「坊やにはそうでしょう。でもプロテアに住む者は今までずっとそうしてきたの」

少年「……なんか、嫌だ」

パルマ「そうね。確かに気分の良い話しではないわ。でも、坊やに出来る事はないの……」

パルマ「だから、今は休みなさい」

少年「もう平気。僕は、ネアの所に行く」


そう告げると点滴を無理矢理に剥がし立ち上がる。衰弱し、何も口にしていないのにも拘わらず足取りはしっかりしている。

そしてネアが洗濯したであろう自身の服を手に取ると、すぐに着替え始めた。

呆気に取られ何も出来ずに居たパルマも、此処でようやく言葉を発する。


パルマ「……なっ!! 待ちなさい!! そんな身体で出歩くのは」


少年を止めるべく押さえ込もうとするが、少年は容易く背後を取り一瞬にしてパルマの意識を奪った。



パルマ「ぅ……」

少年「パルマ、痛いことしてごめんなさい」


パルマを抱きかかえベッドへ寝かせると、少年は謝罪した。

刈り取った命は数え切れないが、老人を手に掛けた事は一度も無い。

その後パルマが持ってきた鍋の中身を全て平らげると、少年は『外』に出た。

今まで見たことのない様々な種族が往来しているが、今の少年の目には入らない。


少年「(ネアは僕に『死なないで』って言った。だから僕は死んでない)」

少年「(あと、なんか分かんないけど……ネアが居なくなるのは嫌だ)」


この時、少年の目の前を護送車が通った。格子越しに見えた女性は、見紛うことなく、ネアその人。

護送車は既に遠ざかり小さくなっているが、少年は構わず走り出した。


凡その人間が出せる速度、それを大幅に超える速度で……




ネア「もう少し急げない?」

衛兵「流石にこれ以上は……あの、一つお伺いしても?」

ネア「どうしたの?」

衛兵「私が聞くのも可笑しな話しですが、怖くは無いのですか?」

衛兵「長い事衛兵をやってますが、そんなに堂々としながら護送車に乗る人物は見たことがないもので……」


穏やかな顔付きの年老いたドワーフ、名をマイルズと言う。

長い間ナザレで駐在員をしている彼も、ナザレでは知らぬ者無しと言われる人物。


仕事一筋、欠勤は無し、朝の挨拶から皆が眠るまで働く真面目な男。皆から愛される駐在員。




ネア「私は間違ってない!!」

マイルズ「ひぃっ!!」


少々気が弱いのもご愛嬌と言った所。しかし、彼を馬鹿にする者などナザレには誰一人居ない。

困った時に必ず現れる英雄のような、強く優しい駐在員なのだ。


ネア「とは言えないけど、すべき事をしただけよ。マイルズさんだってそうでしょ?」

ネア「私は私、マイルズさんはマイルズさんのすべき事をしている。それだけよ」

マイルズ「初めてです」

ネア「なにが?」

マイルズ「こうして話すのは、実はこれが初めてなんです。本来、罪人との私語は禁止されていますから」


ネア「そうでしょうね」




マイルズ「ですが、貴方は間違っているように見えない。毅然として居られる」

マイルズ「だから聞きたくなったのです。そして分かりました」

マイルズ「きっと、貴方は間違っていない」


先程とは打って変わって力強い声色で言い切る。彼は護送車に乗せる前に、ネアから全ての事情を聞いている。

確かに彼女の行為は掟に背く事だが、人として間違ってはいない。彼は多くの疑問を内に秘め、自問自答する。

しかし、どうあってもネアを送り届ける事に変わりはない。

何故なら、これは彼女自らが望んだ事であり、彼の職務でもあるからだ。


ネア「マイルズさん、ありがとう。でも逃がしてはくれないのよね?」

マイルズ「………流石にそれは」

ネア「あははっ、冗談よ冗談。大丈夫……分かってる。分かってるから」

マイルズ「……………」


それ以降どちらも口を開く事は無く、護送車は目的地へと向かって行く。




ーー午前10時


少年「(車の跡が残ってるから楽だ。ネアは何処に行くんだろう?)」

初老の男「げほっ…畜生………」

少年「お爺ちゃん、どうしたの?」


全力疾走から急停止、少年は道端で膝を突く初老の男に問い掛ける。相当具合が悪いようで、しきりに咳をしている。

ナザレから出ると田畑が目立ち始め、周囲に家は無い。

其処に一人うずくまる初老の男、助けないわけがない。『普通』ならば、だが。

しかし、過去に様々な施しを受けた事もあり、少年は『老人には』優しい。


初老の男「俺ぁまだ爺じゃねえ……ハァ…ハァ…」

少年「お爺ちゃん何処かに行くの?」

初老の男「爺って言うな、俺ぁイザーク。昨日から熱が酷くてな……げほっ…今から診察所っげほっ……」




ーー午前10時


少年「(車の跡が残ってるから楽だ。ネアは何処に行くんだろう?)」

初老の男「げほっ…畜生………」

少年「お爺ちゃん、どうしたの?」


全力疾走から急停止、少年は道端で膝を突く初老の男に問い掛ける。相当具合が悪いようで、しきりに咳をしている。

ナザレから出ると田畑が目立ち始め、周囲に家は無い。

其処に一人うずくまる初老の男、助けないわけがない。『普通』ならば、だが。

しかし、過去に様々な施しを受けた事もあり、少年は『老人には』優しい。


初老の男「俺ぁまだ爺じゃねえ……ハァ…ハァ…」

少年「お爺ちゃん何処かに行くの?」


初老の男「爺って言うな、俺ぁイザーク。昨日から熱が酷くてな……げほっ…今から診療所っげほっ……」




少年「イザーク、其処は何処にあるの?」

イザーク「この道を真っ直ぐ行きゃあ着く……って、何だぁ? おぶってでもくれんのか?」


お前に何が出来ると言わんばかりの挑発的な笑みだったが、少年は躊躇う事無く言い切る。


少年「うん、僕が連れて行く」

イザーク「お、おいおい。お前ぇみたいな細っこいガキに」


老人が三輪車に乗るような滑稽な姿ではあるものの、少年はしっかりとおぶった。

白髪頭で華奢、と言うより貧弱な少年のどこにこんな力があるのか不思議でならないと言った顔のイザーク。


少年「大丈夫。背負える」

イザーク「何だか情けねえな……げほっ…あぁ頭いてえ…」

少年「しっかり捕まって。思い切り走るから」

イザーク「ん? うおぉぉ!?」


端から見れば、背が曲がり膝を丸めた老人が宙を浮いているように見えるであろう。


イザークは暫し頭痛と咳を忘れ、しがみつくことに専念した。



ーー午後・12時

医師「イザークさん、助かりましたね。さっきの子が居なかったらと思うと、本当にぞっとしますよ」

イザーク「ああ、そうだな。でもよ、あんな思いは二度と御免だぜ……」


短い短い間だったが、イザークには生涯忘れることが出来ぬであろう傷が付いた。

肉体では無く精神にだが、少年にしがみついている間、彼は絶対車には乗らないと心に決めた。


医師「しかし運が良い。遂に治療薬……いや、特効薬が出来たのですから!!」

イザーク「特効薬だぁ? 先生、俺ぁ風邪じゃあなかったのかい?」

医師「えっ、いやぁ……家族の方に口止めされていまして」

イザーク「ガルトの馬鹿野郎が、変な気ぃ使いやがって。俺が死ぬわけねえだろうが……」

イザーク「あっ、畜生」

医師「どうしました?」


イザーク「俺としたことが、あのガキに礼言うの忘れちまった。いつか借り返さねえとな……」


ーーーーーー

ーー



時は少し遡り、午前・11時


最西端に位置する【都・バリエ】


此処には若きプロテアの女王が居り、城壁で囲まれた都の中には質の高い建造物が建ち並んでる。

そしてその奥には、更に城壁で囲まれた女王の住まう城が存在する。

バリエに入り暫く車を走らせると城門に到着、ネアの引き渡しが行われた。


親衛隊「マイルズ殿、ご苦労様です!!」

マイルズ「いえ、職務ですから。では、私はこれで失礼致します」

ネア「マイルズさん、ありがとう」


その言葉に僅かに頷きマイルズは去って行った。瞳は力強く、大丈夫だと言っているように見えた。

しかしそうは行かないと、ネアには分かっている。彼女は親衛隊の女性エルフに向けて声を掛ける。


ネア「カレン、早く行きましょう」


カレンと呼ばれた親衛隊の女性は、きりっとした瞳と女性にしてはかなり短い金髪が印象的。

対するネアはエルフでは珍しい赤茶髪である為、独特な雰囲気がある。

外見は兎も角、カレンの方が幾つか年は上だが二人は友人。


カレン「ネア、今やお前は罪人だ。口を慎め」

ネア「………そうね、悪かったわ」



いや、友人『だった』。


今日はここまでです、ありがとうございました

訂正 >>56の一行目は、診療所は何処にあるの、でした。

指摘・感想等があれば宜しくお願いします。


ーーーーーー

ーー



時は戻り現在・午後14時


高い天井、幾つもの太い石柱、ステンドグラスで装飾された大広間。

その奥に鎮座するは若きプロテアの女王・セシリア。

母である先代女王・アメリアを流行病で亡くし、17歳という若さで女王に就いた史上最年少の女王である。


セシリア「『境界越え』及び『外界接触』により、死刑」


二時間以上に及ぶ尋問を終え、女王が告げた刑罰は、死刑。

人に死を告げるのなら、何らかの変化は見られる筈。まして17歳となれば動揺しない方がおかしい。

しかし、セシリアの透き通る青い瞳は何処までも冷たく、感情が籠もって居ないように見える。

どう見ても、友に死を突き付ける者の顔ではない。


ネア「はい」

セシリア「では、連れて行きなさい」

カレン「はっ!! 了解致しました!!」


カレンを含めた数人の親衛隊がネアを囲み手枷を施す。そして彼女を牢獄に入れる為、女王の間を後にしようと扉に手を掛ける。


その時、事件が起こった。



慌ただしく扉を開けて入って来た近衛兵により、それは告げられた。


近衛兵「セシリア女王陛下!! 城内に侵入者が!!」

カレン「落ち着け、侵入者は何人だ? 負傷者は居るか?」

近衛兵「あっ…申し訳有りません。侵入者は、『少年一人です』」

カレン「悪戯ではないか、たかがそれだけの事で」

近衛兵「悪戯などではありません!! 負傷者は二十名以上居るんですよ!?」

カレン「……!! 何だと!? それは、城に居る兵士がやられたのか!?」


親衛隊程では無いにしろ、城内に居る兵は精練されている。少年一人に遅れを取る筈が無い。

それに、侵入者となれば少年だろうが何だろうが本気で捕らえに掛かる。

にも拘わらず兵士二十数名が負傷しているとなれば、明らかな異常事態である。


近衛兵「はい、近衛兵二十名以上が一人の少年に、です。自分もその場に居たので確かです」

カレン「……待て、お前は何故此処に来れた?」


疑問。


俄かには信じられないが、二十数名の兵士が束になっても敵わない少年を前に、どうやって此処まで来れたのか?




近衛兵「それは、ルシアン様が皆を援護して下さったからです。今も、戦闘中かと思われます」

カレン「なっ!! ならば、その少年はルシアン殿とやり合っていると言うのか!? その少年は一体何者だ!?」


ルシアンとは、プロテアの兵士で最高位の【剣士】である。

まだ20代でありながら剣士の位を得、彼女達親衛隊の教育を行っている。

しかし自由奔放な性格で、剣士でありながら滅多に顔を出す事は無く、剣を抜いた所を見た者も居ない。

だがカレンには分かる。初めて会った時、彼女は感じ取った。ルシアンは紛れもない強者なのだと……

そのルシアンが、一人の少年と『戦っている』と言うのが、彼女には信じられない。


近衛兵「それが、どうやら『人間』のようなのです」

カレン「なんだと!?」

ネア「えっ? まさか、そんな……」


そう、【人間】など一人しかいない。ネアが外界から連れてきたと言う少年以外、考えられなかった。

そしてその少年は城内に侵入した挙げ句、兵士二十数名を負傷させ、剣士相手に戦闘を繰り広げている。



カレン「ネア、どうやらお前は、プロテアに災厄を連れて来たようだな……」


書きたい所まで書けたのでここら辺で終了します。ありがとうございました。

指摘・感想等、宜しくお願いします。


ーーーーーー

ーー




時は戻り現在・午後14時


高い天井、幾つもの太い石柱、ステンドグラスで装飾された大広間。

その奥に鎮座するは若きプロテアの女王・セシリア。

先代女王・アメリアと父・ミルズを流行病で亡くし、17歳という若さで女王に就いた史上最年少の女王である。


セシリア「『境界越え』及び『外界接触』により、死刑」


二時間以上に及ぶ尋問を終え、女王が告げた刑罰は、死刑。

人に死を告げるのなら、何らかの変化は見られる筈。まして17歳となれば動揺しない方がおかしい。

しかし、セシリアの透き通る青い瞳は何処までも冷たく、感情が籠もって居ないように見える。

どう見ても、友に死を突き付ける者の顔ではない。


ネア「はい」

セシリア「さあ、連れて行きなさい」

カレン「はっ!! 了解致しました!!」


カレンを含めた数人の親衛隊がネアを囲み手枷を施す。そして彼女を牢獄に入れる為、女王の間を後にしようと扉に手を掛ける。



その時、事件が起こった。




慌ただしく扉を開けて入って来た近衛兵により、それは告げられた。


近衛兵「セシリア女王陛下!! 城内に侵入者が!!」

カレン「落ち着け、侵入者は何人だ? 負傷者は居るか?」

近衛兵「あっ…申し訳有りません。侵入者は、『少年一人です』」

カレン「悪戯ではないか、たかがそれだけの事で」

近衛兵「悪戯などではありません!! 負傷者は二十名以上居るんですよ!?」

カレン「……!! 何だと!? それは、城に居る兵士がやられたのか!?」


親衛隊程では無いにしろ、城内に居る兵は精練されている。少年一人に遅れを取る筈が無い。

それに、侵入者となれば少年だろうが何だろうが本気で捕らえに掛かる。

にも拘わらず兵士二十数名が負傷しているとなれば、明らかな異常事態である。


近衛兵「はい、近衛兵二十名以上が一人の少年に、です。自分もその場に居たので確かです」

カレン「……待て、お前は何故此処に来れた?」


疑問。


俄かには信じられないが、二十数名の兵士が束になっても敵わない少年を前に、どうやって此処まで来れたのか?





近衛兵「それは、ルシアン様が皆を援護して下さったからです。今も、戦闘中かと思われます」

カレン「なっ!! ならば、その少年はルシアン殿とやり合っていると言うのか!? その少年は一体何者だ!?」


ルシアンとは、プロテアの兵士で最高位の【剣士】である。

まだ20代でありながら剣士の位を得、彼女達親衛隊の教育を行っている。

しかし自由奔放な性格で、剣士でありながら滅多に顔を出す事は無く、剣を抜いた所を見た者も居ない。

だがカレンには分かる。初めて会った時、彼女は感じ取った。ルシアンは紛れもない強者なのだと……

そのルシアンが、一人の少年と『戦っている』と言うのが、彼女には信じられないようだった。


近衛兵「それが、どうやら『人間』のようなのです」

カレン「なんだと!?」

ネア「えっ? まさか、そんな……」


そう、【人間】など一人しかいない。ネアが外界から連れてきたと言う少年以外、考えられなかった。

そしてその少年は城内に侵入した挙げ句、兵士二十数名を負傷させ、剣士相手に戦闘を繰り広げている。



カレン「ネア、どうやらお前は、プロテアに災厄を連れて来たようだな……」



張り直し申し訳ないです。また近々更新します、ありがとうございます。

少年「殺す」

大丈夫でした。
応援とか色々ですが、レスありがとうございます。とてもありがたいです。

なせ張り直したし


ーーーーーー

ーーー




時遡り・午前11時 バリエ


男「何の気なしに来てみたが妙だな。どの店も閉まっている」

男「……以前より兵が多い。この数ヶ月、何かあったのか?」


ぼさぼさと伸びた髪を結わえ無精髭を生やした男。

身長は高く、身体は引き締まっており顔立ちも良いが、だらしなさが目立つ。

男は何軒か酒屋を巡ったが何処も閉まっており、ぽりぽりと頬を掻きながらそう呟く。

しかも此の男、流行病が起きた事を知らないらしい。一体何処でどんな生活をしているのだろうか。


男「………帰るか」


溜め息混じりに店を後にして歩き出す。男は入り組んだ裏道をすいすいと縫っていく。どうやら都の地理に詳しいようである。

歩くこと数十分。そろそろ裏道から大通りに出るかという時、それは聞こえた。



「誰か!! 誰か助けて!!」




男「相変わらず甘いな。悪党共が日の当たる場所で悪さするわけがないだろうが……」


城に近い場所から大通り、そんな場所にばかり兵が配置されていた事にぼやきながら、男は現場へ向かう。

かなり距離が近かったらしく現場はすぐに見つかった。

女が抵抗していない、何かで意識を奪われたようである。覆い被さる小太りの男が女の下着に手を掛けたその時。


男「おい、禿げ小太り…いや小太り禿げか? どちらでもいいが、取り敢えずその美しいドワーフの娘を離せ」

男「お前には勿体無い上に、誰がどう見ても犯そうとしているようにしか見えん」

小太り「何だオッサン、邪魔する気か?」


特に驚いた様子を見せない小太り、この手の事には慣れているらしい。

上着から見せびらかすように短剣を取り出し、男を睨み付ける。人を殺した事がある者の放つ狂った眼光。


しかし男は動じない。丸腰にも拘わらず、焦った様子も一切見られない。



男「馬鹿を言うな、俺はまだ二十四だ。それより止めておけ」

小太り「三十過ぎにしか見えねえな。つーかなんだ? 格好付けて出て来た癖にびびってんのか?」

男「違う。確かに俺は格好良いが……ん、小太りに褒められても嬉しくはないな」

小太り「うぜえ……さっさと消えろ…と言うか、死ね」


吐き捨てると同時、小太りは短剣を手に男に突進。

その躊躇いの無さから、今までもこれと同様に人を殺してきたのだろう事が伺える。


だが、それは今日までの話し。


男「阿呆が……」

小太り「のわっ!?」


男が小太りの手を掴んだかと思うと、次の瞬間には小太りはぐるりと宙を舞い地に伏していた。



小太り「がはっ!!」

男「な、だから言っただろう? 止めておけって」

小太り「わ、悪かった。金輪際こんな真似はしない!! だから見逃してくれ!! 頼む!!」


先程までの態度が嘘かのように謝罪する小太り。何度も何度も上目がちに懇願する。

男は奪った短剣を手に終始空を見ながらそれを聞き終えると、視線を小太りに戻し、冷たい声色で言い放つ。


男「断る。お前のような口だけの奴が約束を守るとは思えん」

男「何より女を犯そうとしたのが許せん」

小太り「本当にしない!! 信じてくれ!!」

男「黙れ。消えろ……と言うか死ね。お前のような輩が居るから世が乱れる」


まさかと言った表情で見開かれる瞳、小太りが最期に見たのは短剣を振り下ろす男の姿……


事が終えた男は、顔色を変えず女に近づき抱き抱えると裏道を後にした。


ーーーーーー

ーーー




午後13時  都・バリエ


男「さて帰るか。うん?」


女を起こし家に送り届け、諸々を終えた男が何気なしに城壁へ眼を走らせると、何かが走っていた。

遠目だが、よくよく見ると年端のいかぬ少年。それが『城壁を』走っている。

男は、獣人の子供等が遊んでいるのか……とも思ったがどうやら違う。

まず速度が違う。それに例え獣人の子であろうと、あれ程の距離を走るのは不可能。


男「おいおい、何だあの餓鬼は……」


少年は更に速度を上げ、城壁の上へと踊り出た。男は確信する、あれはプロテアの者では無いと。

何故なら、教育の行き届いていないどんな大馬鹿でも『あんな真似』はしないからだ。

城へ不法に侵入する。それがどれだけの事か、それが何を意味するかを分からない者は居ない。

『以前』ならまだしも、今や例え子供だろうと容赦は無いだろう。


男「あの餓鬼、何をしでかすか分からんな。面倒だが仕方無い……行くか」


先程助けた娘との事を思い出し笑ったかと思うと……


次の瞬間表情はがらりと変わり、少年に劣らぬ凄まじい速度で城へと駆け出した。


ーーーーーー

ーーー




午後・13時23分 バリエの城・城門前


男「おい、俺だ。門を開けろ」

門番「何だ突然。貴様のような輩を城に入れっ!? あ、ええぇ!? ルシアン殿!?」


初老の男性ドワーフ、名はコーエン。

彼が門番に就いてから数十年が経つ、先先代の女王マルセラの頃から仕えている熟練の兵士。

優秀な兵は他にも数多く存在するが、彼は二人を知る数少ない兵士でもある。


ルシアン「まあ、此処に来るのも久しいし……忘れられても仕方が無いかも知れんなぁ」


酷く落ち込んだように装うルシアン。俯いた顔は満面の笑みである。

それに気付かぬコーエンは慌てふためき、落ち込むルシアンを身振り手振りを交えて励ます。


落ち込ませた本人がそうするのも、何だか可笑しな話しではあるが……



コーエン「いやっ!! いやいやいや!! 私はルシアン殿を忘れたことなどありませんぞ!!」

ルシアン「はははっ!! 冗談だ冗談。しかし久しいな……お前と話していたいのは山々だが、そうもいかん」

コーエン「むっ、何か……あったのですか?」

ルシアン「すまんコーエン、時間が惜しい。今は理由を聞かず門を開けてくれないか」


ふざけた態度は何処へやら、今や立派な剣士の顔付きである。剣は持っていないが……

其処を気にする風も無く、コーエンは何か考えがあるのだろうと深く頷き、今日一番の声で叫んだ。


門番「何か深い訳があるとお見受けします。何よりルシアン殿の頼みですからな……分かりました」

門番「 開門ッ!!! 」

ルシアン「助かる。それとな、身体には気を付けろ? 最近は冷えるからな」

門番「…!! はっ、了解しました!!」

ルシアン「さて、行くかな」


門番「(しかし、本当に不思議な御方だ……居なくなったかと思えば現れ、私のような兵にまで心配りして下さる)」


門番「ただ女癖が……いやっ、いかんいかん!!」



ーーーーーー

ーー




午後・13時32分 バリエの城・庭園


本来なら広々とした空間の中、噴水や池、鉢植えなどを眺め憩う場なのだが今は違う。


ルシアン「おいおい……」


少年が飛び降りたであろう庭園に到着すると、戦闘が始まっていた。並々ならぬ鍛練を積んだ兵士達が、次々に倒れて往く。

訓練中で防具を装備していたのかは分からないが、何にせよ質の高い防具のお陰で今の所死亡者は居ないようだ。


ルシアン「止めろ!! 退けッ!!」


其処に来たのは増員の兵士達、彼女達は防具を着けていなかった。

ルシアンが叫ぶも、倒れた仲間を見て興奮している為か彼女達は止まらない。


兵士達「子供だと侮るな!! 狙いが分からぬ以上、殺しても構わない!!」

兵士達「奴を止めろ!! 女王陛下をお守りするのだ!!」

少年「………ネア、何処にいるの?」


少年も止まらない。


道を阻む者に容赦は無い。事実、倒れた兵士達は『死んでいない』だけなのだから。



少年「いてっ…」

兵士「傷が塞がった!?」

少年「……兵隊。そうか、ネアを殺す気なんだ……」

兵士「貴様、何をブツブツ言っている?」

少年「……じゃあ皆、殺さないと」


認識した瞬間気配が変わる。少年の身体から発せられる獰猛な殺意は、周囲を圧した。


兵士「ぅ…ぁ…あぁ…」


その身で思い知る、思い知らされる。

敵う相手ではないと……戦っては、触れてはいけないモノなのだと……

手を抜いていたわけでも、迷っていたわけでもない。だが、少年の中で何かが切り替わった。

同時、邪魔者から敵対者に、戦闘ではなく殺し合いに変わる。

ネアを殺そうとする兵隊を皆殺しにする。

これは勿論少年の勘違いに過ぎない。だが、今や少年の内側はそれに満たされている。


少年「 ネアを殺される前に、殺す 」


純然たる殺意、少年は眼前の兵士に向かって拳を突き出した。



少年「……あ、居なくなった」


突き出した拳は空を切り、眼前の兵士も消えた。異変に気付き辺りを見回すと、何時の間にか倒れていた兵士達も消えている。

少年は背後に気配を感じ、振り向かぬまま蹴りを放つ。しかし背後の敵は容易く蹴り脚を掴み取る。

少年は即座に掴まれた脚を軸に回転、空いた脚で蹴りを放つ……が、当たらない。着地し見上げると一人の男が居た。

服装は先程までの兵士の物ではなく、雰囲気も違う。少年は此処で初めて動きを止めた。


ルシアン「おい坊主、親父に女には手を上げるなと教えられなかったか?」

少年「親いない」

ルシアン「そうか……なあ、何処かで会ったか?」

少年「会ったことない」

ルシアン「ふーん。そうかそうか」

少年「ネアは何処に居るの?」


ルシアン「ネア? 知らん。が、俺が何とかしてやる」




嘘では無い。少年には、目の前の男が今まで出会ったどの人物とも違って見えた。

それに、初めて出逢った男に『何とかする』などと言われても信用出来る筈は無いだろうが、少年は想うままを口にする。


少年「………本当?」

ルシアン「ああ、俺はあまり嘘はつかん。だからもう止せ」

少年「うん、分かった」


何が分かったのかは分からないが、少年はルシアンを信じたようだ。感覚的、直感的に信じるに足る人物だと判断したのだろうか。

すると、毒気が抜けたように少年から殺気が消え失せた。

力で捻伏せたわけでも説得したとも言えないが、とにかく、戦闘は終わった。


ルシアン「よし。ん? それにしても随分窶れているな。俺がおぶってやるから掴まれ、ほら」


少年「…………」



顔には出てないが、少年は相当驚いている。自ら背を向けるなど殺してくれと言わんばかりだ。

少年には殺す気など毛頭無いが、それでもルシアンの行動は不用意な行動だと感じたが、嫌な気はしなかった。

信用を得る為だとか欺くだとか、そんな小賢しいものでは無く。ルシアンの行動は、ただそれだけ。そう思ったから、そうする。


ルシアン「どうした? 早くしろ」

少年「分かった」


暫く立ち尽くしていた少年だったが、素直にルシアンの背におぶさった。

子を背負う父、に見えなくもない。


ルシアンは少年が掴まったのを確認し、城内に向かって歩き出す。



ルシアン「さて、捜しているのはネアだったか?」

少年「うん」

ルシアン「女だろう?」

少年「うん」

ルシアン「はははっ、そうかそうか。しっかし何処に居るのか分からんなぁ。まあ、聞けば分かるか」


女を助ける為にこんな大それた真似をしたのかと内心喜ぶルシアン。

兵士達を傷付けたのは頂けないが、彼は少年に何かを感じていた。

普通なら此処までしないだろう、普通なら此処まで来れないだろう、普通なら諦めるだろう。


そういった普通はこの少年には無い。


自分が少年と出逢わなければ、少年はネアという女が見つかるまで止まらなかったであろうと、ルシアンは思う。

少年を突き動かすものが何なのか? それもまた、この行動の理由の一つであった。



カレン「ルシアン殿!! 御無事ですか!?」


今日はこの辺りで終わります。レスありがとうございます、嬉しいです。

自分で言うのもあれですが、書き方がさだまってない気がします。

>>73 間に入ったので読みにくいかと思って張り直しました。

指摘・感想等があれば宜しくお願いします。ありがとうございました。

登場人物ルシアンについてですが、漫画版の魔界に転生する話しの眼帯の人を見て貰うと想像し易いと思います。

上手く表現出来ないと感じたので書かせて貰いました。他の登場人物については想像して頂けると幸いです。

こんな風に人物像を押し付けるのもどうかとは思いますが、どうか宜しくお願いします。

ありがとうございました。

>>88 の訂正



顔には出てないが、少年は相当驚いている。自ら背を向けるなど、さあ殺してくれと言わんばかりだ。

少年には殺す気など毛頭無いが、それでもルシアンの行動は不用意な行動だと言えた。

だが少年はルシアンの行為に嫌悪を抱くことはなく、じっと背中を見つめ立ち尽くす。

信用を得る為だとか欺くだとか、そんな小賢しいものでは無く。ルシアンの行動は、ただそれだけ。そう思ったから、そうする。


ルシアン「どうした? 早くしろ」

少年「分かった」


暫く立ち尽くしていた少年だったが、素直にルシアンの背におぶさった。

子を背負う父、に見えなくもない。


ルシアンは少年が掴まったのを確認し、城内に向かって歩き出す。

以後気を付けます。
更新はまた近いうちにします。ありがとうございました。



そろそろ城内へ入るかというその時、扉が開きカレンを含めた数人の親衛隊がやって来た。

先程ルシアンが指示を出した近衛兵より事の次第を聞いたのだろう。

装備を整えてから随分と急いできたらしく、息は荒く激しい。

当のルシアンはそんな事などまるで気にして居らず、のほほんとしている。


ルシアン「カレンか、お前とも随分久しいなぁ。俺は見ての通り無事だが、どうした?」

カレン「あ、はい。お久しぶりです。それより白髪頭の少年を見ませんでしたか?」

カレン「と言うか、ルシアン殿が背負っている『それ』は一体……」


などと間の抜けた返事をした後、ルシアンの肩口からひょっこりと出ている白い何かを指差すカレン。


状況を掴みかねているのか、ルシアンの雰囲気に呑まれたのか、周囲の親衛隊も呆けた表情である。



ルシアン「これか? 先程まで暴れておった坊主だ。俺が捕らえたから安心しろ」

カレン「えっ!? あ、はぁ……ではその少年を此方に」

ルシアン「待て待て、久しぶりに来たのだ。女王陛下の顔を拝見してからでも良いだろう?」

カレン「その少年を連れてですか!?」


その言葉に親衛隊全員が驚愕に目を見開く、当然の反応である。

不法侵入に加え、兵士二十数名を負傷させた者を連れて女王の下を訪れるなど、許されるわけがない。

ルシアンの提案・思考が、そもそも逸脱しているのだ。


ルシアン「無論そのつもりだが何か問題があるか? 因みに、この坊主はもう暴れないと言っておる」

カレン「信用出来る筈が無いでしょう!! 女王陛下の命を狙う不届き者ですよ!?」



ルシアン「それは誰が言った」




カレン「えっ? それは……」

ルシアン「ほれ見ろ。侵入者だと聞き、手練れだと知ると証拠もなく暗殺者か?」

ルシアン「それでは手前勝手に事実を曲げておるだけではないか」

ルシアン「この坊主はネアとかいう女の為に城へ来たのだ。それこそ、命を落とす覚悟でな」

ルシアン「まあ、坊主自身は其処まで考えてとらんだろうが。なあ?」


左肩をくいと上げると少年は顔を出し、カレンの目を真っ直ぐに見つめ、答える。

嘘偽りなど知らぬような純粋な瞳、カレンはそれを見た時、束の間だが素直に美しいと感じていた。


少年「僕はネアに死んで欲しくないから来た。女王様『なんて』どうでもいい」

カレン「……っ!!」


言い切る。

この時、カレンは理解した。この少年は何も知らないのだと、だから無垢で美しく見えるのだと。


善も悪も知らぬ、命の尊さや重さも、まして己の命すら……




ルシアン「そういう訳だ。で、ネアとかいう女は何処に居る? 坊主が死ぬだの何だと言っておるのを聞くと、罪人か?」

カレン「……はい。彼女は掟を破りました」

ルシアン「ふむ、そうか……」


何やら考え込むルシアン。頷いてみたり、頭を振ったみたりと、何かとわざとらしい。

そもそも彼の事だ。

答えや口実は既に頭に浮かんでいて、悩んでいるふりをしているだけなのかも知れない。

暫し間を置き、ルシアンは告げた。


ルシアン「俺はこの坊主を裁いて貰う為、女王陛下の下へ行く」

ルシアン「俺で足りぬと言うのなら、他の者が着いて来ても良いぞ?」


ルシアン「後、その女を連れて来い。なあに、心配せんでもすぐに済む」




『はい』とは言えぬ提案だが、断る事も出来ない微妙な所。特に後半部分が引っ掛かる。

しかし【外界】の少年を速やかに裁くという判断には賛同出来た。

ネアと再会した後、少年が再び暴れる線もあるが、ルシアンが居れば万一は無い。

カレンは決断を迫られた。

実際、彼女自身に女王謁見を許可する権利など無いが、こういった状況下であれば錯覚する。因って正常な判断は……


カレン「……分かりました」

ルシアン「よしよし、それで良い。俺は先に行っておる。あまり待たせてくれるなよ?」


一連の流れに呆気に取られる親衛隊をその場に残し、少年背負い歩き出す。


全ては思惑通りと言った所だろうか、ルシアンは笑みを浮かべ城内へ入ると女王の下を目指した。



ーーーーー

ーー



午後・15時23 バリエ城内

隅々まで手入れの行き届いた廊下、等間隔に絵画やら何やらが飾られている。

堂々と廊下の真ん中を歩くルシアン。それを眺めるメイド・兵士等々……

その堂々たる様に、皆は思わず立ち止まり頭を下げてしまう。


ルシアン「なあ坊主、聞き忘れていたが名はなんと言う?」

少年「僕に名前は無い」

ルシアン「……ふむ。それでは何かと不便だな、主に俺が」

少年「なんで?」

ルシアン「いいか? おい坊主、と言えばそこら中の子供が振り向き、坊主頭の奴も振り向くだろう」

ルシアン「呼ばれた者も、一体どの坊主だ? と、なるわけだ」


少年「なるほど」



噛み合っているのかいないのか、恐らくこの二人にしか出来ない会話であろう。実に奇妙な雰囲気を醸し出している。

その所為か、二人が通った後に頭を抱える者多数。

しかしルシアンにふざけている様子はなく、至って真面目な表情で話している。

やはりあの方は分からん、等と言った声が後方から何度か聞こえた。


ルシアン「そうだろう? だから俺が名を付けてやろうと思っとるんだが、どうだ?」

少年「うん、別にいいよ」

ルシアン「よしよし。剣士の俺に名を付けて貰うのを光栄に思えよ? 何しろお前だけだからな」

少年「ルシアンって凄いの?」


剣士の称号など知らない少年の素直な反応。


『それ』が嬉しいのか、ルシアンは穏やかに微笑みながら話しを続ける。




ルシアン「凄い。あまりに凄過ぎて皆が呆れる程にな」

少年「凄いと呆れられるの?」

ルシアン「奴等には分からんのだ。全く困ったものだな、それにファー」

少年「ルシアン、名前はまだ?」

ルシアン「案外せっかちな奴だな。名前か、そうだなぁ……」


廊下のど真ん中で足を止め、真剣に悩み始めるルシアン。少年は、やや眠そうである。

暫くその状態が続き少年がこっくりし始めた時、ルシアンは突然身体を揺さぶり少年を起こすと、名を告げた。


ルシアン「セムってのはどうだ? 良く分からん感じが出ていて似合うと思うんだが」

少年「うん、長くなくていいと思う」


気に入った理由が『短いから』と言うのが、らしいと言えばらしい。ルシアンも人の名付け親になったのが嬉しいようだ。

廊下にはいつの間にやら人が集まっており、剣士がどんな名を付けるのかを今か今かと待っていたが、名前を聞いた瞬間散開した。


ルシアン「良し。今この時から、お前の名は坊主改めセムだ」



セム「分かった」




そろそろ城内へ入るかというその時、扉が開きカレンを含めた数人の親衛隊がやって来た。

先程ルシアンが指示を出した近衛兵より事の次第を聞いたのだろう。

装備を整えてから随分と急いできたらしく、息は荒く激しい。

当のルシアンはそんな事などまるで気にして居らず、のほほんとしている。


ルシアン「カレンか、お前とも随分久しいなぁ。俺は見ての通り無事だが、どうした?」

カレン「あ、はい。お久しぶりです。それより戦闘中だと聞いて駆け付けたのですが、侵入者は何処に?」

カレン「それと、ルシアン殿が背負っておられる『それ』は一体……」


などと間の抜けた返事をした後、ルシアンの肩口からひょっこりと出ている白い何かを指差すカレン。

状況を掴みかねているのか、ルシアンの雰囲気に呑まれたのか、周囲の親衛隊は呆けた表情である。

>>101 明らかに台詞がおかしいので訂正します。見返してはいるんですが、すいません。

また近い内に更新します。指摘・感想等、宜しくお願いします。



ーーーーーーー

ーーー




午後15時48


ルシアン「……とまあ、襲われた美女を華麗に救い出したわけだ」

セム「その男の人をどうしたの?」

ルシアン「殺した。生かしておけば同じ事をするだろうからな」

ルシアン「奴の親には悪いが、塵屑のような奴だ。思い出すだけで吐き気がする」


苦々しい顔で告げるルシアン。

思い出すだけで吐き気がする……セムはその言葉を聞き、殺された男は一体どんなに醜い化け物だったのだろうかと想像する。


セム「手が沢山生えててミミズみたいにうねうねしてたの?」

ルシアン「その男がか? ふむ、なかなか面白い表現だな……『中身』はそうなのかも知れん」



セム「中身?」




ルシアン「中身と言うのは目に見える姿の事ではなく、その人物の本当の部分」

ルシアン「顔が醜くとも清らかな心を持つ者も居る。逆に見てくれは良くとも性根が腐ってる者も居る」

セム「顔は怖いけどお菓子くれるお婆ちゃんみたいなこと?」

ルシアン「そんなものだ。だがなぁ、人は顔に出るとも言うから難しい所ではある」

セム「よく分かんない」

ルシアン「そうか……ん、着いたな。セム、もう一度聞くが本当に良いのだな?」


此処に来るまで様々な話しを聞かせ、また、セムがどのように生きて来たのかを聞いたルシアンは理解した。

セムは『稀薄』なのだと。

死への怖れ、関心、感情等々……本来、生きていれば誰もが持つべき物。それが全く無いわけではないが、薄いのだ。


セム「うん、僕は死んでもいい。だから」

ルシアン「分かっておる。ネアとかいう女は必ず生かして見せるから安心しろ」

セム「分かった」


だからこそ、今から死ぬと言うのにも拘わらず、先程までの会話と同じように物静かで眠そうな顔が出来るのだろう。



ルシアン「開けてくれ」


女王の間。その扉の前でセムを降ろし、端に立つ兵に声を掛け扉を開けさせる。

ルシアンとセムが女王の間に足を踏み入ると、既にネアが居た。

勿論その側にはカレンを含めた親衛隊、その他複数名の兵士達も見受けられる。


ルシアン「セシリア女王陛下、そこの娘を無罪にして欲しい」


女王に挨拶などせず要件を告げる。女王を前に、実に礼儀のなっていない態度ではあるが咎める者は居ない。


セシリア「ルシアン、自分が今何を言っているのか分かっていますか?」

セシリア「もう刑は決まったのです。それを取り下げるなど女王として」


ルシアン「黙れ小娘。いいから、俺の話しを聞け」



セシリア「……っ」




空気が軋み、息苦しくなる程の圧力、セムを除いた全ての者はびくりと身体を震わせた。

中には短い悲鳴を上げた者も居る。

だった一人の、それも武器をも持たぬ男が、この場と此処に居る者の心を支配する。


ルシアン「うむ、それで良し。まあ簡単な話し、女王陛下は誤解しておられるのだ」

ルシアン「この坊主、先程名付けたばかりだがセムと言う。此度の責任は、全てセムにある」

ルシアン「森で出会ったネアを脅しプロテアに入り、女王陛下の命を狙った外界の暗殺者。負傷者二十数名で済んだのが奇跡」

ルシアン「真に死罪になるべきは其処の娘などではなく、この者なのだ」


告げられた事実に皆が驚くが、声を出す事は出来ない。それは、未だルシアンから発せられる圧力が消えていないからだ。


本来なら今の発言に一番驚くべき人物・セムは一切動きを見せず、やや安心した表情でネアを見つめている。



ルシアン「それに聞いたところによると、娘は流行病から人々を救う為に掟を破り山を越えたという話し……情状酌量の余地はある」

ルシアン「それでも死罪と言うのなら……」

カレン「なっ!?」

ネア「……えっ?」


正に一瞬の出来事。

二人の兵士から剣を奪ったかと思うと、セムを突き刺した。純白の石畳を赤が染める。

それと同時に響くは悲鳴。


ネア「いやっ…いやぁあああ!!」


悲鳴を無視し、残ったもう一つの剣を持ち女王へ迫る。一拍遅れてカレンが駆け出すも追い付くことは出来ない。

ルシアンは女王鎮座するその場へ立つと、剣を鞘から抜き放ち柄を女王へ向けて、こう告げた。



ルシアン「あの娘は、お前が殺せ」



ルシアン「窃盗、強姦、殺人、恐喝、暴行等。それらの刑罰は、地元か或いは何処かの街か都で刑部が決める」

ルシアン「しかし掟を破ったとなれば女王自身が裁かねばならぬ。それもまた掟」

ルシアン「死罪にしたからには当然命を奪う覚悟あってのこと」

ルシアン「家族、友人、想い人、それらの者達の悲しみ憎しみを背負う覚悟あってのこと」

ルシアン「ならば処刑人になど任せずとも、女王陛下御自ら手を下せば済む話し」


誰も動けはしない。今やルシアンの背後に居るカレンさえ、何かに縛られたように剣に手を掛けたままである。

貫かれたセム、泣き崩れるネア、茫然とする兵士達。場の全てが一瞬にして激変した。

女王は目の前の男。その瞳に、ただ震えていた。


ルシアン「女王陛下の命を脅かす不届き者は俺が始末した。残るは掟破りにより死罪となった娘」


ルシアン「どうした小娘? 自ら女王などと言っておきながら出来ぬのか?」



女王には答えられない。自分に降りかかる今を受け止められないでいた。

するとルシアンは振り向き、カレンを押し退けると泣き崩れるネアの下へ。

そして、一言。


ルシアン「ならば、俺が変わりにしてやろう」

セシリア「……っ!? 待って!! ネアを殺さないで!!!」


気付けば走り出していた。


幼い頃からの友であるネアが殺されそうになっている、助けなければと。

彼女は激しく呪った。女王になろう、女王らしくあろうと、女王を演じようとした自分自身を……

泣き叫び走る姿は女王などではなく、年相応、十七の娘。だが遅い、剣は今にも振り下ろされようとしている。


セシリア「お願い!! 待って、止めてよ!!!」


その時、耳鳴りを起こす程の甲高い音が大広間に鳴り響いた。金属と金属がぶつかり合うような、そんな音。

セシリアが涙に霞む瞳を拭い、ふらふらとする身体を何とか保ち、恐る恐るネアの姿を確認する。


すると其処には………



セム「ルシアン、こんなの聞いてない」


今日はこの辺で終了します。

応援等のレスありがとうございます。本当に助かります。

指摘・感想等、宜しくお願いします。



流行病で父と母を亡くし心閉ざした少女。

少女は現実と重圧から目を逸らし、仮初めの女王を作り上げ、今の自分から逃げ続けてきた。

『セシリア』という人物の中に身を潜め、内側から眺めていた自分。セシリアと言う名の女王を操作する自分。

それが、今この瞬間『外』に出た。自らが死を宣告した友の為に……


セシリア「お願い!! 待って、止めてよ!!」


しかし間に合わない、全てが遅過ぎた。躊躇無く振り下ろされる剣……

セシリアの瞳からは涙が溢れ、視界が霞む。すると、脳裏に焼き付いた先程の少年の姿がネアに変わる。

それが次の瞬間には現実になるのだと、ネアは死ぬのだと……そう確信した。

だがその時、甲高く鳴り響く金属音が彼女に一縷の希望を与える。

もしかしたら、カレンが止めてくれたのかも知れない。もしかしたら、ネアが避けたのかも知れない。

それを願い涙を拭い去る。しかし彼女の瞳に映るのは想像と全く違う光景。


セム「ルシアン、こんなの聞いてない」


其処にあったのは、振り下ろされた剣を防ぐ少年の姿。



セム「ルシアンはよく分かんない。本当にネアを殺す気なら、僕はルシアンを殺す」

ルシアン「………いやぁ、済まんな。つい熱が入り過ぎたようだ」

ルシアン「安心しろ、最初から本気で斬るつもりだったが最初から本気で止める気だった」


ルシアン「だから、気にするな」


先程まで空間を支配していた圧力は、いつの間にやら消え失せている。

ルシアンは持っていた剣を側にいる兵に差し出し、セムに優しく微笑む。

セムはそれを確認した後、こくりと頷き剣を手を放し振り向くと、ネアに語り掛けた。



セム「……ネア、泣いてるの?」

ネア「な、え? なんで…さっき確かに刺された筈なのに……」

セム「ネアは死なないでって言った。だから、僕は死なない」


ルシアン「……ふむ」



ぽかんとするネアを尻目に、その言葉に興味深そうに頷き顎を擦るルシアン。

己の生に執着など無いかのように見えたセムが、死なないと口にした。

それは『生きたい』ということなのか、『死にたくない』ということなのか………

又はそのどちらでも無いのかも知れぬと、ルシアンは感じていた。


セシリア「…私は……私…は……」


セムとネア、ルシアン。そのすぐ側には、己の愚かさを思い知り涙を流すセシリアが居た。


カレン「女王陛下……」


茫然と立ち尽くし涙を流すセシリアに駆け寄り、肩を抱き支えるカレン。

ぷつりと糸が切れたようにカレンにもたれ掛かると、セシリアは更に号泣した。


セシリア「あっ…うぅ……」


彼女はそのまま泣き崩れると気を失ってしまった。

ネアが生きている。


遠のく意識の中、彼女の芯を満たしていたのはそれだけだった……

区切りがいいので、短いですがこの辺で終了します。

出来たらまた夜に更新します。ありがとうございました。


ーーーーー

ーーー



午後・17時19分


その後暫く女王の間は沈黙に包まれ、セシリアの目覚めと共に時が動き出した。

目覚めた直後はとても話せる状態ではなかったが、彼女はぽつぽつと言葉を紡ぎ始め、皆はその言葉に耳を傾ける。

ルシアンもまた、先程しでかした一連の出来事が芝居である事を告げ、各々が状況を整理し、理解するに至った。


ルシアン「親を亡くしただの何だのは、友に死罪を言い渡したことの言い訳にはならんぞ?」

セシリア「………っ」

ルシアン「勿論、女王の重圧とやらもな。出来ぬ事を出来ぬと言わんからそうなる」

ルシアン「まあ、何もしていない俺が言えた事ではな

セム「ルシアン、なんか眠くなってきた」


ルシアン「……………………」




無言のまましゃがみ、セムを背負う。此処に居る誰もが敢えてそれには触れず、ルシアンの言葉を待つ。

ルシアンはセムを背負い立ち上がると、一呼吸置いて話し始めた。随分滑稽な姿だが、やはり誰も触れない。


ルシアン「……とにかく、無理に生きるな。女王だろうが赤ん坊だろうが、人の世話にならず生きるのは困難だ」

ルシアン「十七なら十七らしく生きろ。幸い、支えてくれる者も居るようだし」

セシリア「………何も、知らない癖に」

ルシアン「知らぬから言える事もある」


再び沈黙。ネアやカレンはセシリアを見つめ、他の兵士達も彼女を案ずるような眼で見つめている。

心の内を曝け出した今、最早取り繕うことは無い。至らぬのは当たり前、今から学んで行けば良い。

謝ることも山程ある、感謝せねばならないことも……

まして、自身の他にも親兄弟を亡くした者は居るのだ。その者達の為にも、一国を統べる者として真に自覚を持たねばならない。

セシリアはそう心に決め、立ち上がる。


決して口には出さないが、芝居を打って目を覚まさせてくれたルシアンに心の内で感謝しながら……




ルシアン「ふむ、何やら吹っ切れたようだな。先程までの捨て犬のような面から大分ましになった」

セシリア「黙りなさい。私はこれよりこの者達と話しをせねばなりません。ですから、貴方は帰って下さい」

ルシアン「待て待て待て、まだ終わってはおらんだろう」

セシリア「……一応聞きますが、何がです?」

ルシアン「いやいや、俺への処罰が決まっておらん。此度の女王陛下への無礼の数々、これは決して許されるものでは無い」


その口で何を言うかとセシリアが睨み付けるが、そんな物でこの男が動じる筈が無い。

酷く申し訳無さそうな顔をしながら、ルシアンは自分への処罰を此処に提案する。


ルシアン「俺から剣士の称号を剥奪し、爺様に戻してくれ」

セシリア「なっ!? 急に何を言い出すのですか!? 何よりそれは私一人で決められる物では」

ルシアン「当代の剣士と女王が共に決めるのだろう? ならば問題無い。このルシアン、その処罰甘んじて受けましょう」


まるでセシリアが言い出した事のようになっている。最早誰もルシアンに着いて行けはしない。

事が済み、軽やかな足取りで扉へと向かうルシアン。


皆が呆気に取られ背を見送る中、一人だけ声を上げた。




ネア「ちょっと待って!!」

ルシアン「ん、どうした?」

ネア「どうしたも何も、その子をどうするつもり!?」


寝息を立てるセムを指差し叫ぶネア。有耶無耶に済まそうと思っていたルシアンは、振り向き様に答える。


ルシアン「暫く家に置こうと思う。外界に帰るか此処に留まるかもセムに聞かねばならん」

ネア「ち、ちょっと待って、人間はプロテアに」

ルシアン「皆勘違いしておるようだから言っておくが、セムは人間では無いぞ?」


その言葉に皆がざわつくが、よくよく考えてみれば当たり前の事だろう。

剣で胸を貫かれ生きていられる者など、存在しないのだから。

プロテアの民は身体的に見ても人間より遥かに優れているが、胸を貫かれて平気な種族など居ない。


しかしそれは、この男・ルシアンを除いての話し……彼は『魔族』と呼ばれている。


ルシアン「分かったか? セムは寧ろプロテアに居るべき者と言える。俺と同じだと言えば分かるだろう」


そう告げると、ルシアンは今度こそ女王の間を後にした。

今日はこの辺で終了します。
感想等のレスありがとうございます。また近い内に更新します。

指摘、質問、感想等ありましたら是非お願いします。ありがとうございました。



女王の間を後にしたルシアンはそのまま城を出ると、都で開いている店を探し歩き回る。

暫く探し、何とか開いている店を見つけ、入店。

セムを背負い子供服を買う姿はとても微笑ましく、

流行病に怯える服屋の店主に僅かながら活力を与え、期せずして安く買い物が済んだ。

その後は特に何をするでもなく都を見て回ると城へ引き返し、兵に自宅まで送らせ、現在は夕飯の準備に取り掛かかっている。


ルシアン「まだ起きぬのか……暫く眠らせておこう」


料理と言っても鍋に野菜やら何やらをぶち込むだけの酷く簡単な物。後は待つだけである。


ルシアン「はぁ……」


鍋に蓋をし、畳にごろんと横になると未だ起きる気配の無いセムを眺める。


ルシアン「果たして人間として生きるのか、魔族として生きるのか……いやはや、まさか同族に逢えるとはなぁ」


一人呟き天井を見上ると、すっと眼を閉じ大きく息を吸い込みゆっくりと吐き出す。


それを何度か繰り返し、身体を起こし頭を掻きながら家を見渡した。



ルシアン「………やはり、此処が一番落ち着くなぁ」


彼の家は何処にも属さず、都を出て東にある人里離れた森。その中にぽつんと佇む一軒家。

誰も寄りつかず、誰も居ない。それだけ聞けば虚しく感じるが、彼にはそれが心地良い。

春夏秋冬がはっきりと分かり、どの季節もしっかり感じる事が出来る。近くには川が、裏には山があり、自給自足の生活。

縛られることを嫌う彼には、正に理想の場所。


セム「……ぅん…どこ?」

ルシアン「やっと起きたか。此処は俺の家だ」

セム「そっか。あ、なんか良い匂いがする。ルシアン、お腹減った」

ルシアン「はははっ、そうかそうか。良し、たらふく食わせてやるから待っていろ」


セム「分かった」




ルシアンが台所に向かい鍋ごと持ってくると、座卓にどんと置く。セムは鍋の中身を見つめている。

もう一度台所へ行くとセムも着いて行き、茶碗と箸を準備。二人で鍋をつつき始めた。


ルシアン「美味いか?」

セム「うん、色んな味がする」

ルシアン「まあ、手当たり次第ぶち込んだだけだからな。美味いなら良いが」

セム「この肉はなに?」

ルシアン「猪だ。食うのは初めてだろう」

セム「うん。これは買ったの?」

ルシアン「いや、狩りに行って仕留めた奴だ。ちゃんと猪に感謝しろ、でないと祟られる」

セム「たたられるって?」

ルシアン「詳しい説明は省くが、もう二度と猪が食えなくなる」

セム「それは嫌だ……」


そう言って箸で猪の肉を掴み、ありがとうと礼を言い、再び食べ始めた。

その後、あっと言う間に鍋は空になり暫し休憩。


鍋と茶碗を洗い片付け終わると、ルシアンはセムを家の外へと連れ出した。



ルシアン「どうだ? 良いところだろう」

セム「うん、こんなの初めて見た」


既に日は落ち、九時近かった。

しかし空を見上げると満月。灯りなどなくとも歩ける程に照らしている。

セムはただじっと満月を見つめ、ルシアンも無言のまま空を眺めていた。


ルシアン「………セム、俺がお前を預かることになった」

セム「うん」

ルシアン「お前は帰りたいか?」

セム「分かんない。でも、ネアとまた会いたい」

ルシアン「そうか、だが暫くは無理だろうから我慢しろ。娘は流行病や何やらで忙しいようだからな」

セム「分かった」


空を見上げたまま、満月を見つめたままの会話。その後沈黙が続いたが決して気まずいような物では無い。


何かに思いを馳せているような……そんな優しい時が流れていた。

短いですが今日はこの辺で終了です。レスありがとうございます、本当に助かってます。

指摘、質問、感想等ありましたら宜しくお願いします。

ありがとうございました。



時遡り18時ーバリエ城・女王の間ー


セシリア「ネアが助けた少年・セムの素性については口外しないように」

セシリア「後一つ、先程も言った通りネアが完成させた特効薬については、エルフを含めた薬師に複製させるようお願いします」

カレン「はっ!! 承知致しました!!」

セシリア「では下がりなさい。ネアには引き続き話しがあるので残って下さい」

ネア「はい」

カレン「……では、私共はこれで失礼します」


親衛隊が女王の間を去り、彼女達二人だけが残った。夕陽に照らされた空間には沈黙が続く。

女王は立ち上がり、ネアの下へ歩き出すと彼女の前で膝を突き手を握る。


ネア「セシリア……もう、大丈夫なの?」


セシリア「………!!」



彼女は、セシリアを責めなかった。

特効薬について様々な質問をされたが、
手帳を見れば分かるとだけ言い、後は何も語らずに跪いたまま。

親衛隊が去り二人になった今、初めて発した言葉はセシリアを糾弾するようなものでは無く、彼女を案ずる言葉。

ネアは優しく手を握り返し、俯き涙する彼女の頬に手を当てた。


セシリア「……ネア、ごめんなさい。私は……」

ネア「何も言わなくていい。セシリアが壊れなくて良かった……パルマさんも、随分心配してたから」


その言葉の後セシリアは再び号泣し、何度もネアに謝罪し、感謝した。

自分が如何に愚かであったか。


そして、本来許されざる行為をしたにも拘わらず、友として接してくれることに何度も、何度も……



ネア「……もう平気? もう少し泣いとく?」

セシリア「もう大丈夫。もう泣かない」

ネア「でも手は離さないのね」


悪戯っぽく笑い、それでも優しく手を握るネア。セシリアも先程までの冷たい表情とは違い、自然な笑顔でいた。

その後二人は寄り添いながら語り合った。

女王であろうとしたセシリア、掟を破ろうと何をしようと流行病を防ごうとしたネア。

母の頃から尽くし、その後も支えてくれた主要な人物も流行病で亡くした為に頼れる者も居ない。


だからこそ友を頼るべきだった。


しかし後に友も両親を亡くし、両親の研究を引き継ぎ日夜特効薬の開発に勤しむ日々……

だがそれも今となっては過ぎた事……

二人は笑い、涙を流し、互いの想いを知ったのだった。


ーーーーーー

ーーー




3ヶ月後・1910年12月29日・早朝6時


その後特効薬の開発は進み、この三ヶ月で流行病も沈静化を見せてきた。

プロテア内の山々から類似した薬草を集め、同様の効果を齎す薬を開発することにも成功。

流行病による犠牲者は殆ど見られなくなり、民も落ち着きを取り戻しつつある。


しかし、そんな誰もが知っていて当たり前な事も知らずに暮らす者も居る。


セム「ルシアン起きて。雪掻きしないと家が潰れる」

ルシアン「……セム、俺は眠い。だからお前がやってくれ」

セム「またお爺ちゃんに怒られるよ?」

ルシアン「…………そうだよなぁ」


今や冬……『当たり前』では無い二人は、際限なく降り続ける雪と戦っていた。


今日はこの辺で終了します。レスありがとうございます、嬉しいです。

また近い内に更新します。指摘や感想等ありましたら宜しくお願いします。

ありがとうございました。



梯子から屋根に登り積もった雪を落とし、落ちた雪を小川に流す。

この作業を延々繰り返した後、次は家の周りの雪を小川に流す。

こうしている間にも樹上から雪が落ち、再び同じ作業を強いられる。

その後も繰り返し繰り返し雪を小川に運び流し、一時間半程掛かり終了。

しかし今日で終わりではない。明日になればまた同じ事をしなければならない。


ルシアン「ふーっ、やっと終わったか。しっかし、何年経っても雪掻きだけは好きになれんなぁ」

セム「僕は好き。何かもさもさしてて」


溜め息を吐くルシアンと雪掻き直後に雪だるまを作るセム。

ルシアンはそれを眺めながら、セムの幼さが羨ましく感じた。最早自分には雪を楽しむ事は出来ないだろうと。


歳かぁ……などと呟きながら、不格好な雪だるまを作り終え満足げなセムを呼び、家の中へ戻った。



9時46分


セム「森、林、空、家………猪」

ルシアン「意外と真面目だな。勉学になど興味を持たぬだろうと思っていた」


半紙に漢字書き取りをするセムを、寝転がりながら手伝うルシアン。

書き順は注意せず、点が多いとか跳ねが無いなどを主に注意する。

書き順なんて誰も見やしない、という言葉から見た目が良ければいいと思っているらしい。


セム「終わった」

ルシアン「一日五枚だったか?」

セム「うん。足し算は別に五枚、問題はルシアンが作れってお爺ちゃんが言ってた」

ルシアン「足し算なぁ……面倒だが仕方無い。今から作るから待っていろ」


セム「分かった」



同時刻・バリエ城女王の間


セシリア「ファーガス様、この度は本当にありがとうございます。兵士達も貴方の剣術・戦術指南を喜んでおります」

ファーガス「いや、ルシアンが大変御迷惑をお掛けしたようで……誠に申し訳無い」

セシリア「もう三カ月も前の事ですし、そう何度も謝らなくとも」

ファーガス「こればかりは何度詫びても足りませぬ。女王陛下の前で剣を抜くなど本来なら死罪。あの馬鹿者には必ず償いを……」


この老人が以前の剣士・ファーガス。

先々代の女王マルセラの頃に選ばれ、その後は先代女王アメリアの夫・ミルズに託した。

だがミルズが流行病にて病死した為、再度剣士に就くが後にルシアンに託し隠居。


しかし、三カ月前のルシアンとセムの一件により、三度剣士に就く事となった。



セシリア「確かにルシアンの行為は野蛮で嫌いですが、私はあの一件で友を失わずに済みました」

セシリア「其処には、其処だけは感謝しています」

ファーガス「………女王陛下、大変失礼な物言いになりますが宜しいでしょうか?」


セシリア「仰って下さい」


ファーガス「まだ十七、年頃の娘には女王が何たるか分からずとも当然」

ファーガス「教育もこれからという時に、アメリアとミルズ……両親を亡くしたのは相当なものでありましょう」

ファーガス「しかし女王陛下と同世代の者達も思いは同じ、主要な者達が亡くなった今、未来を創るのは若者達なのです」


セシリア「……………」


ファーガス「儂はもとより、女王陛下を支えようと思う者も居ります。それをお忘れなきよう、お願い致します」


セシリア「ありがとう……ファーガスさん」


ファーガス「今の姿、ヴェンデルにも見せてやりたい。何故儂ばかり……」

セシリア「お爺ちゃん、喜んでくれるかな?」

ファーガス「勿論!! 過程がどうあれ孫娘が女王として自覚を持っている。奴が喜ばない筈がない」

セシリア「そうなら良いな。あっ、セムの様子はどうでした?」

ファーガス「ルシアンに任せるのは非常に不安ですが、課題を少々……」

セシリア「課題? 初耳です。どんな課題を?」

ファーガス「文字の読み書きやら、簡単な足し引きなど様々。セムは、何も知らぬのです」


セシリア「(一体、外界では何が起こっているの? あの子は今までどうやって……)」

セシリア「………?? どこか嬉しそうな顔ですね」


ファーガス「……!! 見抜かれましたか……孫が居ればこのような気持ちになるものかと、つい」

セシリア「あの、パルマさん

ファーガス「別居しとります。共におると五月蝿くて仕方無い、以前……」



セシリア「(あ、長くなりそう。失敗した、聞くんじゃなかった……)」

今日はこの辺で終了します。

>>165の訂正。 このドワーフの老人が以前の剣士・ファーガス。



同時刻・ナザレの街


パルマ宅の暖炉に当たりながら、二人は話していた。流行病のこと、セシリアのこと、亡くなった者達のこと……

三カ月前、あの少年が騒ぎを起こさなければ、自分は死んでいたかも知れない。

ネアは少年との出逢いを想いながら、そう考えていた。


パルマ「あの時は本当に驚いたわ。痩せ細った身体のどこにあんな力があるのかしら」

ネア「ごめんなさい、パルマさん。今度セムに会ったら叱っておくから」


パルマ「ふふっ、そうね。貴方を助ける為だったとは言え、こんな年寄り相手に暴力は良く無いわ」

パルマ「……でも子供っぽいと言えば、そうなのかも知れないわね」


ネア「えっ?」


パルマ「目先の事に一生懸命になって周りの迷惑なんて考えない」

パルマ「それに、あの子は何も知らないようだから……純粋、なんでしょう」



暖炉の火を見つめるパルマの瞳は優しく、そして案じているようにも見えた。

純粋に助けようとした少年、純粋に兵士を殺そうとした少年。

何も知らぬが故の行動、少年は『どちらも純粋』だったのだ。

そして、ネアもまた案じている。

ルシアンに預けて正解だったのかと、もう少し良識ある人物に任せるべきでは無かったのかと……


ネア「………うん」


パルマ「あの子に今度会ったら、きちんとお礼を言いなさい」

パルマ「あんな小さな男の子が、命懸けで助けようとしたんだから」


ネア「今度会えたら、か。セム、どうするんだろう……」



揺らぐ暖炉の火を眺めながら少年が『どちら』を選ぶのか、それを想うネアだった。



12時38分


ルシアン「課題も終わって、飯も食べた。後は寝るだけだ」

セム「ルシアンって寝てばっかりだね。何かしないの?」

ルシアン「ふむ……いいかセム、良く聞け」

セム「うん」

ルシアン「無理に何かしようと思うな、やるべき事さえしっかりやれば何の問題も無いのだ」


正座し、姿勢を正すセム。ルシアンは左手を枕にしたまま語り出した。

やるべき事云々はさて置き、彼はとにかく眠りたいらしい。

それらしい言葉ではぐらかすと、ごろんと横になり目を閉じてしまった。


セム「ルシアンのやるべき事って?」

ルシアン「寝る」

セム「そっか、じゃあ僕は雪だるま作ってくる」

ルシアン「あまり遠くに行くなよ? 俺が面倒だ」

セム「行かない。家の近くに居る」

ルシアン「よし、ならば行って良し」


セム「うん、『行ってきます』」




ルシアン「行ってきます、か」


この三ヶ月の間、何も無かったわけではない。堕落しているかに見えるルシアンだが、教えるべきは教えてきた。

挨拶等の礼儀、『行ってきます』もその中の一つである。

帰る家など無かったセムにとって、口にする必要の無い言葉、だった。

魔族として生きるか人間として生きるかはセム自身が決める事であり、その事にルシアンは一切口出しするつもりはない。

しかし預かった以上、最低限の常識を教えようとしている。

同じ種族として何か感じ入るものがあるのかも知れない。が、それ以上に今のままでは危ういとも感じていた。

命を軽んじているとかでは無く、やはり薄いのだ。感じるべき何かを感じない。


ルシアン「親父殿も爺様も同じ気持ちだったのか? 面倒だったろうに……」


などとぼやきながら、うつらうつらし始めたその時、玄関が開き


セム「誰か来た」


『ただいま』という声と共に、彼の安眠を妨害する何者かが来たことを告げられた。



ルシアン「…………はぁ」


レスありがとうございます。
嫌いな方も居るようで、厨二は自覚してますが今更ながら需要というか、それ以前に文章が…とか色々考えてしまってたので嬉しいです。

長くてすいません。ありがとうございます。



外に出ると荷馬車が、其処から降りてきたのは初老のドワーフであった。

健康的な褐色の肌。

身長はさほど高くないが、岩のようにがっしりとした身体が一回り大きく見せる。

その男は荷台の木箱から白い布で包んだ何かを持ち出し、ルシアンとセムに近付いて行く。


「久しぶりだな!!」


ルシアン「イザーク爺!?」

イザーク「俺ぁまだ爺じゃねえ!! まあ、今はいい……俺ぁ、前にそのガキに助けられてな、礼をしに来たんだ」

ルシアン「そうなのか?」

セム「ちょっと分かんない」

ルシアン「……なあ爺、人違いじゃあないのか?」

イザーク「白髪頭のガキをどうやったら間違えるんだよ!!」


ルシアン「……取り敢えず中に入ってくれ。寒くて堪らん」


ーーーーーー

ーーー




診療所へ行く途中で倒れ、動くこともままならない。

そんな中、通りすがりの白髪頭の少年が自分を背負い、診療所まで運んでくれた……とのこと。

その説明を聞いたルシアンは俄に信じられず、セムに確認。

すると、セムは何やら思い出したらしく、どうやらそれは事実のようだった。


イザーク「お陰で助かった。で、色々考えたんだが結局コレしか思い付かなくてな」

ルシアン「あのなぁ……これは子供に渡す物じゃないだろう」


布をくるくると巻き取り、中から現れた物を目にしたルシアンは呆れながら告げた。

それは確かに子供に渡す物では無い。


イザーク「嫁にもそう言われた。俺もそう思ったさ……」

イザーク「でもな!! どうせなら、精魂込めて造ったモンの方が良いと思ってよ」



ルシアン「確かに精魂込めて造られた物だろう。しかしなぁ、流石にやり過ぎだ」

セム「ルシアン、これは何?」

ルシアン「この国一番の鍛冶職人が造った刀だ。これ欲しさに土下座して頼む輩も居る」

セム「雪だるまより凄い?」

ルシアン「お前の中の雪だるまがどれだけの物か分からんが、雪だるまより凄い」

セム「ふーん……」


正座したまま身を乗り出し、鞘に収まった刀を興味深そうに眺めている。

雪だるま云々で、目の前の品が取り敢えず凄い物なのだと理解したのだろう。


ルシアン「見たいのか?」

セム「うん」



ルシアンが目配せするとイザークは頷き、刀を持つとゆっくりと刃を滑らせる。

徐々に明らかになる刀身。セムはじっとそれを見つめていた。

見紛う事無く武器である。が、同時に美術陶芸品のような美しさを兼ね備えている。

その妖しさ、美しさに、セムはただ目を奪われていた。


セム「凄く綺麗だと思う」


率直な子供の感想。

思った事を口にしただけなのだが、イザークにはそれが嬉しくて堪らない。

分かった風な口を聞く者からそれらしく評価されるより、何も分からぬ者からの一言が勝る事もある。

ルシアンも暫く眺めていたが、敢えて何も口にしなかった。

これ程の一品に何も言えないというのが一つ。


何より、職人として至上の喜びを感じているイザークに水を差したく無かったのだろう。



セム「こんな綺麗なのをくれるの?」

ルシアン「何だ? 気に入ったのか?」

セム「うん。欲しい」


最早イザークは言葉を発することが出来ない。目には大粒の涙を浮かべ、顔は笑っている。

相手は子供、まして刀の何たるかなど分からない素人。その素直な言葉が彼の心を満たした。


ルシアン「おいおい。酷い顔だぞ、爺」

イザーク「うるぜえ、俺くらいになるどな……色々あるんだよ」


国一番の鍛冶職人、そう呼ばれて大分経つ。

何時しか、イザークの剣だから、イザークの剣を持てば、イザークなら……

そんな風に言われ、正当な評価などされず、納得行かない物ですら高い評価をされる始末。


一つの頂点に立つ男の苦悩。


それを打ち砕き救ったのは、またしても白髪の少年だった。


今日はこの辺で終了します。助言等、本当にありがとうございます。

あまり深くは考えず、今書けるだけのことを書いて行こうと思います。

ありがとうございました。



咽び泣く初老のドワーフ。

顔は笑っているのでどうにも気味の悪い表情だが、場は不思議と和やかだった。

ルシアンは微笑み呆れながら、

それが収まるのを待ち、未だ抜き身の刃を鞘に仕舞うと左手枕に寝転ぶ。

セムは見たことのない表情に興味を持ち、笑っているのか泣いているのかをイザークに訊ねる。

声にならない声で何やら答えたが、聞き取れるものでは無く、セムは暫く待った。

漸く落ち着きを取り戻したイザークは、袖で涙やその他諸々をぐいと拭うと顔を上げ


イザーク「悲しいんじゃねえ、俺ぁ嬉しくて泣いてんのさ」


と、にこやかに答えた。


その顔はとても晴れやかで、正に憑き物が落ちた様である。


しかし、当のセムはイザークの答えを聞くと更に訳が分からなくなったようで、


寝転ぶルシアンに解答を求めるが、それらしい言葉ではぐらかされるだけであった。


ーーーーー

ーー




14時17分



イザーク「ファーガスさんに刀研ぎを頼まれててな。届けた時にセムの事を聞いたんだよ」

ルシアン「なる程なぁ。それで此処が分かったわけか」

イザーク「誰に聞いてもそんなガキは知らねえって言うからよ、半ば諦めてたんだが……」


視線をルシアンの横脇に移すと、刀を抱いたまま昼寝するセムが居る。

手に取っても鞘から抜いたりせず、鞘の紋様や柄の紐を眺めている内に眠ってしまったようだ。


イザーク「まさか、お前ぇと一緒に住んでるなんてな……これも縁ってやつか」

ルシアン「セムのこと、爺様からは聞いたのか?」

イザーク「聞かなくても見りゃ分かる。コイツは、お前ぇと同じなんだろ?」

ルシアン「どうやらそうらしい。が、問題はこれからどうするか」


イザーク「それはファーガスさんに聞いた。出来れば『こっち』に居て欲しいと言ってたな」




ルシアン「爺様はセムを気に入っているようだからなぁ……」


嬉々として剣術を語るファーガスと、それを聞くセムの姿を思い出す。

嫁であるパルマは剣術の話題などに興味などない為、聞いてくれるだけでも十分嬉しいようだった。

気を良くして心が舞い上がったのか、ファーガスはセムを外に連れ出した。

ルシアンは家の中で横になっていたのだが、突如家の裏から尋常ならざる音が聞こえた。

何が起きたのかと確認しに行くと其処には……

得意の居合いで樹木を斬り倒し、その様をセムに見せるファーガスが立っていたのだった。


イザーク「来年、騎士に推薦するらしいぞ?」

ルシアン「……ん? 待て待て待て!!」


イザーク「何だよ!? うるせえな!!」



ルシアン「それは誰が言った?」

イザーク「そりゃファーガスさんに決まってんだろ。見習いからでも、とか何とか」

ルシアン「……呆れて物も言えん。爺様は何を考えとるんだ。セムは何も分からんと言うのに」

イザーク「おいおい、なに勘違いしてやがる」

ルシアン「勘違い? セムを無理矢理此方に住まわせる気なのだろう?」

イザーク「馬鹿野郎!! ファーガスさんがそんな真似するわけねえだろうが!!」


余程ファーガスを尊敬、または心酔しているのか、烈火の如く怒り声を荒げるイザーク。

先程まで泣き笑っていた者とは思えぬ凄まじい形相である。


ルシアン「分かった!! 分かった分かった!! 分かったから、落ち着いてくれ」


イザーク「………いいか? イザークさんはなぁ……」



『あの子には多くを学んで欲しいのだ。答えはその後でも遅くはない』

『まして今のまま外界へ帰っては何も変わらぬ……』

『新しい何かを与えられれば良いと、儂はそう思っとる』


ルシアン「……ふむ、なる程。猫可愛がりかと思っていたが、違ったようだ」

イザーク「当たり前だろうが、この大馬鹿野郎。お前ぇの時だってなあ……」

ルシアン「イザーク爺、もう分かった……」


その後暫く説教。

説教と言っても、ファーガスが如何に素晴らしい人物であるか、というもの。

気付かれぬようにセムを起こし話題を変えようとしたが、起きる気配は全く無し。


結局、イザークが満足するまで長話に付き合わされる羽目になった。


今日はこの辺で終了します。ありがとうございました。



見慣れた土地、見慣れた敵、見慣れた表情。

多くの命を刈り取った化け物。

その身を赤に染めるも気にも止めず次の敵へ直走る。

乱れ飛ぶ肉、悲鳴、走る走る走る走る。命を、生を、一つ残らず刈り取る為に……

何故? それは少年にも分からない。

ただ、そうしなければならない何かがあったのは確かだ。

泥水を啜り土を喰い、地べたを這いずり、長い長い間、それは続いた。

悔いは無い、憐れみや同情も、感じない。

ひたすらに人の可能性を、本来あるべき人生のその先を、絶つ。


それが日常、それが少年の望んだ日々。



「カルセダ……」


何故此処に居るのかも分からず立ち尽くし、目の前の惨劇を見つめる。


「何で……あれ? 何がしたかったんだろう?」


少年はその光景に恐怖や嫌悪など感じない。

疑問。何の為に『殺した』のか……そんなもの、少年に分かるわけがない。

命の尊さ、それを知らぬが故の所業。人のすることでは無いのだから。

しかし、何かが芽生え始めた。

何故殺すのか? そんな疑問は以前の少年なら持たぬ筈。


「…っ…頭……いたい」


悲鳴が頭蓋を揺らし、耳鳴りが止まない。顔を歪ませふらつく身体。

その原因が何であるか少年に知る術は無いが、それはきっと『痛み』だろう。

自分自身が受けたものではなく、与えた痛み。


彼等の悲鳴が、其処にある死が、少年の頭蓋を打つ。



「ど…う……しよう」


膝を突き、頭を抱え、『悩む』。

これを、目の前の惨劇を止めるには? 頭痛と耳鳴りを止めるには?


「僕を、殺す」


答えは出た。

少年は立ち上がり、カルセダの死神に向かって走り出す。

背後から押さえ込もうとしたその時、死神は振り返り殺人的な拳を少年の顔面目掛けて振るった。

その拳を掴み、握り潰す。が、死神の表情は変わらない。

死神は血で滑る拳を引き抜きぐるりと回転し、側頭部へ蹴りを放つ。

少年は蹴りを両腕で防ぐと裾を引っ張り押し倒し、組み伏せる。

馬乗りになった少年は即座に拳を打ち出すが、寸前で止まった。

何度やっても死神には当たらない。見えない何かに阻まれているようだが、実は違う。


少年が止めている。それは気付かぬ内に生まれた、死への躊躇い。



『殺す』

「何で?」

『分かんない』

「僕は兵隊じゃない」

『でも、僕を殺そうとした』

「そうしなきゃ止まらない」

『なんで止めるの?』

「見たくない」

『なにを?』

「死ぬのとか、見たくない」

『でもほら、あの子も死ぬ』


少年の背後を指差し、新たな死を予見する死神。


少年は死神の両腕を押さえ込む、均衡が崩れぬように。



「誰が死ぬの?」

『ネア』

「………嘘だ」


カルセダに居る筈が無い。しかし、死神は何故かネアを知っている。

少年には、ただ否定することしか出来ない。これが現実か否か……そんな事を考える頭は、少年には無い。


『後ろ向けば、嘘かどうか分かる』


抵抗する素振りも無く淡々と告げる死神。少年はそれを確認し、ゆっくりと振り向く

すると其処には、夥しい血を流すネアが倒れていた。


「誰が殺した!!!」


それは怒り。理解出来ない全てに脳は焼き切れ、それは身体の芯をも焼き尽くした。


 オマエ
『僕だよ』


「うあぁあああああッ!!!」


野獣の如き咆哮。


血は沸き立ち、身体は震え、拳が歪む程の力が籠もる。

それは怒りと憎しみ、嘆きの鉄槌と化し、死神へ振り下ろされた。

今日はこの辺で終了します。ありがとうございました。



「……ぅぁ…ハァ…ハァ…ッ!!」


目を覚ますと、其処は見慣れぬ場所。

白い天井に白い壁、一面が白に塗り潰された空間。

幾つかベッドが置かれているが、その部屋に居るのは少年一人。


「……ルシアン?」


発した声は部屋に虚しく響くだけで、返答は無い。

上体を起こし辺りを見渡すが、やはり誰も居ない。窓はがたがたと震えている。

どうやら、外は吹雪いているらしい。


「………此処、どこだろう」


ベッドから降りると、自分の衣服が違っていることに気が付いた。

上から羽織る型の白い衣服。それは入院患者の着るものだが、少年には分からない。


自分の置かれている状況も分からぬまま部屋を出ると、当てもなく歩き始めた。



内部は薄暗い。外は吹雪の為、日が暮れているかどうかも分からない。

廊下に人影は無く、気配も感じられなかった。

少年は何度か階段を下り、一階へ辿り着く。廊下を進むと扉がある。


「………ネア」


一人の少女を想う。己の命を省みず救ってくれた少女を。


『でもほら、あの子も死ぬ』


死神の予見した通り、彼女は死んだ。

何をしても傷は塞がらず、抑えても抑えても血は止まらなかった。

もう、微笑むことはない。

そもそも死んだのだから、微笑むどころか二度と動くことはない。


「行かなきゃ」


少年にはそれが信じられない。信じたくも認めたくもなかった。


俯き立ち止まっていたが、ゆっくりと歩き出し扉に手を掛けると、薄着のまま真白い世界へ踏み出した。



「今日も吹雪……全く、嫌になるわね」


深夜、客間の暖炉の前で紅茶を飲みながら、がたがたと震える窓を眺める。

外は猛吹雪。ここ三日程続いている為、外出も出来ない。


「ふぅ、あったかい……あぁ、部屋に行きたくない」


紅茶を飲み終え、暖炉に当たりながら椅子に揺られる。

二階にある彼女の部屋はかなり冷える。

その為、布団に入っても暫く縮こまり震える羽目になるのだ。


「………行こ」


何時間暖炉の前で暖まろうと、布団に入って震えることに変わりはない。


準備していた湯湯婆とランプを持ち部屋に向かおうとした時、玄関を叩く音。


ーーーーー

ーー




「今日も吹雪……全く、嫌になるわね」


深夜、客間の暖炉の前で紅茶を飲みながら、がたがたと震える窓を眺める。

外は猛吹雪。ここ三日程続いている為、外出は出来ない。


「ふぅ、あったかい……あぁ、部屋に行きたくない」


紅茶を飲み終え、暖炉に当たりながら椅子に揺られる。

二階にある彼女の部屋はかなり冷える。

その為、布団に入っても暫く縮こまり震える羽目になるのだ。


「………行こ」


何時間暖炉の前で暖まろうと、布団に入って震えることに変わりはない。


準備していた湯湯婆とランプを持ち部屋に向かおうとした時、玄関を叩く音。



「誰よ、こんな遅くに……」


階段を登る足を止め、ランプを手に玄関に向かう。

既に音は止んでいるが、誰かが居るのが分かる。


「……一応、用心した方が良さそうね」


彼女は棚にランプを置き、棚の中にあった木槌を手に取ると、かちりと扉の鍵を開ける。

すると突然扉は外側に開き、彼女の胸目掛けて白い何かが飛び込んできた。


「…っ!! このっ!!」


向かって来る何かに木槌を振り下ろすが、遅かった。

木槌を掻い潜ったそれは彼女にぎゅっと抱き付き、胸に顔を埋める。

さほどの衝撃は無かったが、驚きで木槌を落としてしまう。


「……っ!!」


侵入者の身体はかたかたと震えおり、服の上からでも冷えが伝わってきた。

瞬間、頭に積もった雪が落ちる。そこから現れたのは白髪頭。


よくよく見ると、背丈も体つきも、以前見たものに近かった。



セム「……ぅ…ネア、生きてるの? 大丈夫?」

ネア「は? えっ……セム? なん…!!」


少年は泣いていた。

無表情で、感情らしい感情を一切見せなかった少年が、自分の名を呼び、泣いている。

何があったのかは分からないが、此処まで歩いて来たことは確かだろう。

そして先程の発言から自分の身を案じている事も分かった。

裸足で患者服、指先足先は真っ赤に染まっている。


ネア「……取り敢えず中に入って? すぐに体を温めないと」

セム「嫌だ」


寒さに震え、身体に力も入らぬであろう程に冷えきっている。

にも拘わらず、少年は抱き締めた腕を決して離そうとはしない。

吹雪に押し戻された扉が音を立てて閉まり、少年はその音にびくりと身体を震わせる。


ネア「……大丈夫、大丈夫だから」


それでも胸に顔を埋めたままで、未だ泣き止む様子はない。

それを見た彼女は一体考えるのを止め、


肩に羽織っていた毛布を掛けると若干躊躇いつつ、少年をぎゅっと抱き締めた。



セム「……ぅ…ネア、生きてるの? 大丈夫?」

ネア「は? えっ……セム? なん…!!」


少年は泣いていた。

無表情で、感情らしい感情を一切見せなかった少年が、自分の名を呼び、泣いている。

何があったのかは分からないが、此処まで歩いて来たことは確かだろう。

そして先程の発言から自分の身を心案じて来た事も分かった。

裸足で患者服、指先足先は真っ赤に染まっている。


ネア「……取り敢えず中に入って? すぐに体を温めないと」

セム「嫌だ」


寒さに震え、身体に力も入らぬであろう程に冷えきっている。

にも拘わらず、少年は抱き締めた腕を決して離そうとはしない。


吹雪に押し戻された扉が音を立てて閉まり、少年はその音にびくりと身体を震わせる。


ネア「……大丈夫、大丈夫だから」


それでも胸に顔を埋めたままで、未だ泣き止む様子はない。

それを見た彼女は一旦考えるのを止め、


肩に羽織っていた毛布を掛けると若干躊躇いつつ、少年をぎゅっと抱き締めた………


>>217>>219は間違えました。張り直しすいません。

今日はこの辺で終了します。ありがとうございました。

>>216>>219でした……気を付けます。


ーーーーー

ーー




泣き止むまで待ち、やっと離れた少年を暖炉に当たらせ、湯を沸かし風呂に入れた。

彼女は湯から上がった少年に幼い頃の洋服を渡し着替えさせると、何があったのかを訊ねる。

話しを聞き、それらを推察すると、どうやら自分が死ぬ夢を見たらしかった。

少年はそれを現実の出来事だと思い込み、吹雪の中此処まで歩いて来たのだ。


ネア「……あのね、セム。それは夢よ? 私は生きてる」

セム「夢ってなに?」

ネア「えっ?」


知らない理由は極々単純。少年は、夢を見たことが無い。

少年には整理も後悔も戒めも必要ない。

そんな普通の、当たり前の機能が働く機会など無かった。

しかし、それは今までの話し。少年は変化しつつある。

きっかけは、たかだか夢。現実に何かを及ぼす事は無い。


だが少年は明確な怒りと、失う悲しみを知った。




ネア「うーん……寝ると見る…何て言えば良いのか。嘘、みたいなものかしら」

セム「じゃあネアが死んだのは嘘? 今は嘘?」


またも新しい表情、不安と怖れが見て取れる。


ネア「ううん、今は嘘じゃない。今は本当の本当。だから私も本当に生きてる」


決して側から離れようとしない少年。その頭を撫で、優しく微笑む。

しかし、内心は別。彼女は益々分からなくなっていた。

教育や知識ではなく、もっと根本的な何かを知らない。

一体どんな風に生きれば……いや、どうやったらこんな風に生きられる?

異質で純粋、無知で無垢。

見た目こそ可愛らしい少年だが、その内側。内包されているものが分からない。


城での出来事もそうだ、理解出来ない。彼女には、それが怖ろしかった。



セム「………死なない?」

ネア「まだ死にたくないわね」

セム「そ……よ…った……」

ネア「眠い? なら部屋に」


と、立ち上がろうした時

安心したのか今にも眠りに落ちそうだった少年は、彼女の手を掴み再び抱き付いた。


セム「寝ない。寝たら死ぬ」


その表情は本気、と言うより必死。

どうやら、まだ夢が何なのかを理解していないらしい。


そんな少年に、彼女は優しい嘘を吐く。



ネア「大丈夫、私と一緒に寝ればそんな夢は二度と見ない」

ネア「そんな悪い夢、私が壊してあげる」


セム「本当?」

ネア「うん、だからもう寝ましょ?」

セム「……わ、分かった」


戦地に赴く兵士のような表情であるが、彼女にはそれがとても子供らしく見えた。

迷信や怪談話を信じ怯える、年相応の子供らしい姿。


ネア「さっ、行きましょ?」

セム「……うん」


手を握り立ち上がると二階へ上がり、彼女の部屋に着く。

その間も少年は何かを警戒しているようだった。

そしていざベッドに入ると、少年はすぐさま彼女を壁際に押しやり、覆い被さるようにして眠った。


まるで、見えざる何かから彼女を守るように。



ーーーーー

ーー




ネア「………そっか、うん。そうだよね」


彼女は答えを見つけた。

心の内が分からないとか、少年の過去だとか、そんなことはどうでもいいのだ。

それはいずれ少年が向き合い、気付き、苦悩しながら成長していくのだから。

それはきっと皆も同じ。

今感じること、今見えているもの、それだけでいい。

可愛らしい寝顔と、その温もり。他者を案じ、守ろうとする心。


ネア「……もう怖くない。セム、ごめんね?」


理解せずとも触れれば伝わる。

彼女は瞳を閉じ、覆い被さる少年をそっと動かし横にすると手を握る。


ネア「…って言うか、年明け早々ルシアンは何を……まっ、今はいいか」

セム「……ぅ…ん…っ」


手を握る力が強くなる。表情も僅かに強張り、怯えているように見えた。



ネア「……大丈夫。悪い夢は、私が壊してあげるから」


今日はこの辺で終了します。ありがとうございました。


翌朝

相変わらずの寒さだが吹雪きは止んでいて、雪はちらつく程度にしか降っていない。

屋根に積もった雪がどさどさと落ち、その音でセムは目を覚ました。

ぱっと目を開けるとすぐさま上体を起こし、横で眠るネアに恐る恐る覆い被さる。

どうやら呼吸を確認しているらしい。


セム「………生きてる。きっと夢と戦って壊してくれたんだ」


心底ほっとした表情でネアから離れるとベッドから降り、窓から外を眺める。

隣家の住民が玄関先の雪を水路へ流すのが見えた。


セム「……よし」


何か思い立ったらしく、部屋を出て階段を降りると寝間着のまま外へ出た。



雪運び用に改良された箱雪車、その中にはスコップ。

軒下までそれを運ぶと、落ちた雪を雪車へ投げ入れる。

雪で満杯になると、箱雪車を水路まで押し、雪を落とす。

すると、背後から声が


「お前、見ない奴だな。ネアの親戚か? いや、だったらニコラが……」


獣人の少女。歳はネアと同じか、下くらいだろうか?

窓から見えたのは、恐らくこの少女だろう。

やや訝しむようにセムを見つめ、何やら呟いている。


セム「違う。ネアは一緒に寝てくれた……なんか、そんな感じ」

「………は、はぁ!? な、何言ってんだお前!?」


意味を履き違えているのか、顔を真っ赤にして声を上げ、尻尾もびくりと跳ねた。


説明が不十分で曖昧、誤解されても仕方がない。



「やっぱニコラに毒されて……」


その後も獣人の少女は「まさかネアもそういうのが好きなのか?」などと言っている。

その様子を眺めていたセムは何かを思い出しように、


セム「あ、そうだった。おはようごさいます」


ぺこりと頭を下げて挨拶、獣人の少女はぽかんとしている。


「お前、変な奴だな。ネアは?」

セム「まだ寝てる。きっと沢山戦ったから疲れてるんだと思う」

「……ぬあっ!? そ、そっか。じ、じゃあ、ネアによろしくな!!」



顔を真っ赤にしながら走り去る獣人の少女。

その背中をぽけーっと見送ると、


セム「尻尾、触りたかったな……」


名残惜しそうに呟きながらその場を後にすると、セムは除雪作業に戻った。

相当量積もっていたらしく、作業を続ける内に額に汗が伝い、首筋からは湯気が出ている。


セム「……もう少し」


何度も何度も繰り返し雪を運び、家周りの雪を排除。

ルシアンの自宅より水路が近い為、除雪作業は普段より早めに終了した。


セム「終わった。後は」


道具を片付け終えると、予め玄関先に残して置いた雪に手を付ける。


セム「ネア、喜んでくれるかな……」


それを作り終えると、たたたっと走り、家の中へと戻って行った。

セムが作っていたのは雪だるま。

何度も作った経験が生かされているのか、少々凝っている。


腹部の辺りで手を組んだ大きな雪だるま。手のひらには、小さな雪だるまが乗っていた。




同日ー1981年1月3日・15時46分ー


セシリア「保護者を買って出たのに本当に情けない。剣士を退いたのは正解でしたね」


冷たい瞳。嘲笑うと言うか、単に馬鹿にしているだけ。

しかしルシアンは気にもせず、女王の御前でありながら胡座をかき欠伸をしている。

嫌みが通じない為、逆にセシリアの方が苛つく始末。


ルシアン「ほんの少し目を離しただけなんだがなぁ」

ファーガス「ほんの少しも目を離すな馬鹿者!! 少しは責任を持たんか!!」

ルシアン「いやぁ四日も眠り続けたまま起きぬから、一旦家に戻っ」

ファーガス「いつ起きても対処出来るよう側に付いてやらねばならんだろうが!!」


隣に立つファーガスは居ても立ってもいられないようで、ルシアンの頭を叩き怒鳴る。


孫を心配する祖父そのもの。発見の報せを今か今かと待っている。



ルシアン「爺様、あまり怒るな。なぁに、すぐに見つかる」


焦っても報せが早まることは無いのだからと、何度も宥めているのだが一切通じない。

返ってくるのは凄まじい怒声。

そして遂に痺れを切らしたファーガスは決心する。


ファーガス「……報せなど待ってられん!! 儂は捜しに行くぞ」


どうやら国中を捜して廻るつもりらしい。


ルシアン「爺様、心配なのは分かるが、どうか頭を冷やしてくれ……頼む……」


膝を突き頭を下げる。

いつもの調子とは全く違うその様に、ファーガスは平常心を取り戻す。


ファーガス「………済まん。少々取り乱した」

セシリア「ルシアン、貴方は少し焦った方が良いのでは?」


涼やかに笑いながら紡がれる言葉は何処までも冷たい。

しかしそれは以前の無機質な冷たさでは無く、年頃の女性らしいものである。



ルシアン「なんだ、まだ根に持っているのか? そんな心持ちでは結婚出来んぞ?」

セシリア「なっ!?」


図星。いつか必ず仕返しをしてやろうと、子供らしくも復讐の時を待っていたのだった。

セムが居なくなったのはルシアンの不手際。

不謹慎ではあるが、この機を逃せば復讐の機会はないだろう。

しかし通用しない。

何を言ってもひらりひらりと躱され、相手にもされず、軽くあしらわれる。

口をぱくぱくさせながら何とか言い返そうとするが、言葉が出てこない。

その時、


『女王陛下、宜しいでしょうか』


セシリア「くっ……ええ、入りなさい」

カレン「失礼します。たった今、セムが見つかったとの報せが入りました」

ファーガス「何処だ!? セムは無事なのか!?」


カレン「は、はい。どうやらナザレの街に居るようです」

今日はこの辺で終了します。ありがとうございました。


ーーーーー

ーー



17時42分・ナザレの街 ネアの自宅


ネア「マイルズさんに伝えてから結構経ったし、そろそろ迎えが来る頃ね」

セム「……うん」

ネア「どうしたの?」

セム「なんか、帰りたくない」

ネア「…………」


随分表情が豊かになったと喜ぶ反面、どうしたものかと考える。

当初、マイルズに頼みそのまま都まで連れて行って貰おうとしたのだが、セムは『拒否』した。

その様子を見たマイルズは、


「私は都へ行き、事の次第を伝えてきます。貴方はその子の側に居て下さい」


セムも共に往けば済むのだが、無理強いはしなかった。きっと、セムを気に掛けてのことだろう。


ネアは申し訳ないと謝ったが、マイルズは嫌な顔一つせず都へと向かった。



ネア「きっとルシアンも心配してる。だから帰らなきゃ、ね?」

セム「……分かった」


俯き、黙ってしまった。

数時間前、セムが作った雪だるまを一緒に見たり、昼食を食べたり様々。

その時は笑顔だったが、帰る時間が近付いているのが分かると、この調子である。


セム「ネアがもう一人居ればいいのに」


子供らしい単純な発想。

今も引っ付いているが、余程離れたくないらしい。


ネア「私が二人居たら、今の私はどうなるの?」


と、意地悪な質問。少しでもこの空気を変えたいのだろう。

広い家に二人、それだけでも十分寂しい。

その内の一人が落ち込んでしまっては尚のことだ。



セム「……やっぱり今のネアがいい」

ネア「ふふっ、そっか。なら良かった」

セム「また会える?」

ネア「勿論いいけど、夜中に来るのは止めてね? びっくりするから」

セム「分かった」


深く頷き真剣な表情。

その面持ちからして、この約束を破ることはないだろう。


ネア「それと、あんまり無茶しないこと。城で刺された時は本当にびっくりしたんだから」

ネア「後、色んな人や物に優しくしてあげて? あぁその前に、セムは自分にも優しくなった方がいいわね」


セム「分かった。もう誰にも刺されないし、よく分かんないけど色々優しくする」


ネア「(うーん……まあ、今はこれでいいのかな? そういうの、見たくないし)」



セム「ネア、あのね?」

ネア「ん? どうしたの?」


セム「……ありがとう」


ネア「……!! うんっ、どういたしまして」


それは誰もが口にしたことのある、馴染み深い言葉の筈。

しかし使う人間が違えば言われた側の受け取り方も変わる。

まして心や感情は無に等しく、痛みなど感じぬだろう……

そんな風に思っていた者から発せられたとなれば、その驚きは凄まじいものだろう。


セム「後はネアのことが……?? 僕はネアの……?? ん? やっぱり分かんない」


伝えたい何かを言葉に出来ず、変わりにぎゅっと抱き付き、顔を埋める。

暫くすると抱き付く力が次第に弱まり寝息を立て始めた。

ネアはそっと体を動かし頭を膝に置くと、さらさらとした白い髪を撫で


ネア「ふふっ、分かんない、か……」

ネア「『それが』何なのか分かったら、ちゃんと教えなさいよ?」


膝の上で寝息を立てるセムの頬をつつきながら、そっと呟いた。


ーーーーー

ーー





同日・??時


セム「…ぅ……ん、あれ?」

ルシアン「おっ、漸く起きたか。また目を覚まさぬかと思ったぞ?」


目を覚ますと自宅、すぐ側には胡座をかいたルシアンが。

そのことに少々驚きながらも、帰って来たのだと理解する。

もう夢を怖れてはいない。これが現実であることも理解しているようだ。


セム「ルシアン、ただいま」

ルシアン「うむ、まあ無事で何より……如何、もう駄目だ。俺は寝る」


ランプを消し、隣の布団に入り横になると、すぐに眠ってしまった。

当然だ、セムが起きる今の今まで、彼は一睡もしていないのだから。

皆は知らぬだろうし、自らそれを言うような男でもない。


態度にも出さぬ為、冷静に見えただろうが、誰よりもセムの身を案じていたのは彼だろう。



セム「…………」


セムはその寝顔を見ると、あることに気が付いた。

カルセダでの戦いの日々。その最中に兵士が幾度も見せた表情の一つ、疲弊。

疲れただの面倒だの言う男ではあるが、実際に疲れた様子など見たことがない。


まさか、ルシアンも夢にやられたのか?


と、セムは悪夢を思い出し一瞬怖れたが、ネアが退治してくれたことを思い出す。


セム「……大丈夫。ルシアンは死なない」

セム「悪い夢は、僕が殺……壊す」


何も夢にまで優しくする必要はないだろうが

セムはセムなりに、ネアと交わした約束を守ろうとしていた。

何だか大分長くなったので、次からはもう少しぽんぽん話しが進むようにします。
ありがとうございました。

何とかなったので大丈夫そうです。

>>245 1981ではなく、1911です。



ー1911年5月16日ー


結局セムが眠り続けた原因は解明出来なかったが、その後の体調は良好。

ファーガスやルシアン、場に居合わせていたイザーク……

後に経緯を知ったネアはかなり心配していたが、

幸い再び眠り続けるような事態にはならなかった。


それより周囲を驚かせたのは、以前と比べ表情が豊かになった事だ。

笑うと言っても微笑む程度……

未だ表情が乏しい事に変わりないが、来た当初を考えれば、十分劇的な変化である。

きっかけは夢……

だが、きっかけは何であれ喜びや幸せ、怖れや寂しさを知った。



それから四ヶ月、セムは勉学や剣術、格闘術をファーガスより伝授。

以前より教わっていたが、その内容はより本格化した物へと変わっていった。

これは、ファーガスより提案された騎士学校入学を受け入れた為である。

その理由は、


『強くなりたい』


と、単純なものだったが、この言葉はファーガスを大いに喜ばせた。

その所為で少々熱が入り過ぎた為、ルシアンが宥める場面もあった。

しかしセムが弱音を吐くわけもなく、ファーガスの厳しい教え耐え、徐々に身に付けていく。



その吸収力は凄まじく、格闘術・剣術は誰の目から見ても才があった。

元々の力もあるが、一日足りとも鍛練を欠かさぬ勤勉さがあってこそだろう。

勉学にも励んだが、こちらはかなり時間が掛かる。

何せ、当初は文字すら書けなかったのだから。


そして現在、五月十六日


剣士ファーガスの推薦。

これにより、バリエの都にある騎士学校へと途中入学を許可されたセムはだったが……


現在、ある理由が元で一人の騎士と戦っていた。



「『これ』が何を意味するのか分かっているのか? もう後戻りは出来んぞ」

「セムとか言ったな。貴様、ファーガス様に推薦されたと言うのに泥を塗るつも


「『騎士たるもの強くあれ、高潔であれ』これは、お爺ちゃんの言った言葉だ」

「後半の意味は分かんないけど、お前は違う……と、思う。だから僕は間違ってない」


「何だと?」

「もう剣を抜いたんだ。後戻り出来ないのは、お前の方だ」


………きっかけは些細な事だった。

対峙する眼前の騎士・タリウス。彼はセム達騎士見習いの指導に来ていた。

授業後の昼食時、庭で彼の発言を耳にしたセムが食ってかかったのだ。



内容は以下


今や病は収まり、皆は病に怯える事も無くなった。しかし亡くなった者は帰って来ない。

無論、オレの両親もな……

特効薬を完成させるのが早ければ死なずに済んだ。


完成させたあの娘・ネアの両親は『研究熱心』だったと聞く。


研究成果を試すために病を発生させ、

自ら作り出した薬で民を救うつもりだったのかもしれん。

だとすれば随分間抜けなものだ。結果は失敗、奴等は死んだのだから。

娘に至っては掟を破り、外界に出たのだからな。


ーーーこれを聞いたセムが『怒り』、タリウスに突っかかったのが原因。


今や彼は剣を抜き、周囲には人集りが出来ている。



彼のやり場の無い想いは相当な物だろうが、それはあまりに邪推し過ぎていた。

そして、それを聞いたのが偶然セムだった。

大抵の者はタリウスの性格を知っているし、自ら厄介事にする真似はしないだろう。

だが、セムは例によって『知らない』。


騎士を志す騎士見習い。

それが騎士に喧嘩を売るなど、現在に至るまで……片手で数える程しか居ない。

それは若かりし頃の王だったりするのだが、今は関係無い。


タリウス「それは斬っても構わんと、そう言っているのか?」

セム「違う。ネアに謝るなら許す」



タリウス「 嘗めるな 」




高く掲げた大剣が振り下ろされると幾つもの悲鳴が。

ある者は魅入り、ある者は手で顔を覆っているが、全員が観客と化している為仲裁は無い。


『避けた……のか?』

『ねえ!! どうなったの!?』

『早過ぎてわっかんねえよ!!』


威圧感ある上段。


それを長身で厳ついタリウスが構えれば大抵の者は足が竦むだろう。

だがセムは身を捩り躱す。


自然。


気取った風も無く、鼻先を掠めるかという際の際で躱して見せた。

一拍置いて湧き上がった歓声は、タリウスが眉を顰め睨み付けると一瞬にして沈黙へと変わる。




タリウス「ふんっ!!」


地にめり込んだ大剣は跳ね上がりセムの胴に迫るが、又しても空を切る。

頭が地に着く程の上体反らし、制服の釦が宙を舞う。

だが終わらない、又も振り下ろされ薙払いから袈裟斬り……剣は止まらない。


此処へ来てセムは柄に手を掛ける。


今更ながら、学舎で剣を抜くなど勿論言語道断である。

ちなみに、生徒の帯刀が許されているのはあくまで有事の際の為である。

つまり余程の事が無い限りは抜剣不可。


しかしながら、事件などそうそう起こり得ない。



そのことから帯刀する者は少数、大半の者は教師に預けている。

しかしセムは肌身離さず持ち歩いていた。

単に気に入っているという理由から、預けるのを頑として拒否しているのだ。


セム「……こんな事で使いたくないけど」


傷付くわけにはいかぬと、渋々抜刀。



ーーー静寂



悲鳴も無く、歓声も無し。皆は何が起きたか分からない。

いや、分かっているからこそ声が出ないのかも知れない。


斬ったのだ、真っ二つに……


刃と刃がぶつかり合うと思われたが、そうはならず


大剣を刀がすり抜けたかと思うと、音も無く大剣が裂け、裂かれた刃が宙を舞った。



セム「大事にしないから、そうなる。後、ネアは沢山頑張って薬を作った」

セム「騎士『なんか』よりずっとずっと強い。だから、謝って」


タリウス「っ……ふざけるな!!」


セム「謝らないなら、お前の大事な物をちょっとだけ……やっぱり沢山傷付ける」

タリウス「脅しか? 残念だが傷付けられて困る物は、オレには無い」



セム「嘘だ」



タリウス「何!?」

セム「両親が『ある』。それを傷付けられたら嫌な癖に」

タリウス「…ッ!! 黙れ!!」


セム「ん……あ、そうだ」



セム「お前の両親は間抜けだ。死んだんだからな」


タリウス「 貴 ッ 様ァアアア!! 」


綺麗に半分になった剣。

怒りに任せて突き出すがいとも簡単弾かれ、首筋に切っ先を突き付けられてしまう。


が、タリウスの表情は怒り狂ったまま。

首筋の刃など構わず、今にも殴り掛からんばかりの形相。


セム「やっぱり怒った。でも、嫌な気持ちになったなら良かった」

セム「僕にお前の気持ちは分かんない」

セム「だけど僕はもっと嫌だったかもしれないし、ネアは凄く嫌だと思う……多分」


タリウス「!!」



セム「じゃあ、『さようなら』」


この辺で終了します。ありがとうございます。



変わっていなかった。

変化したとすれば口数が多くなったくらいで、表情や言葉の抑揚は変化していない。

オレの両親を罵倒した時も、抜刀する時も……

対峙するオレにさえ一切の興味など無い、相手にしていないとか見下している風もない。


無関心。


……あの娘を侮辱する『言葉』に反応したに過ぎない。

同じ台詞を誰が言おうと、こいつの取る行動は『同じ』だっただろう。


こいつには、通じない。

例えば地位や年齢、そんな優位は成り立たない。

そして今、オレを斬り殺したとしても、こいつは『同じ顔』で此処を去って往くだろう。



ーーータリウスは、そう感じていた。



セム「じゃあ、さようなら」

タリウス「…………」

セム「(優しく、出来たのかな? 嫌な気持ちにさせるのは違うけど、痛いことはしてない)」


だが、タリウスの見解は間違っている。僅か、極僅かだが表情は変化している。

自分の取った行動を振り返り、省みている。

依然、タリウスに刃を突き付けたままだが……


セム「(ネアに嫌なこと言ったから仕方ない。だけど、僕は剣を壊した)」

セム「(こんな時は、お爺ちゃんの言葉……)」


『セム、よいか? 己が悪いと、そう感じたらなら。その時は素直に謝りなさい』



セム「剣を壊してごめんなさい」

タリウス「なっ……」


突き付けていた刃を鞘に収め、頭を下げて謝罪する。

その後、弾かれた鈕を拾い集めると群集の隙間を縫い、その場を去って行った。

残されたのは膝を突くタリウスと、観客と化した群集。


皆は、無言だった。


興味、好奇。

鮮やかな体術と剣技、加えてセムの奇妙な性格、どこか『ずれた』言動。

人は、無意識の内に他人を理解しようとする。

だが無理、そもそもが違い過ぎる。力や技術云々ではなく『構造』が違う。


それに気が付くと、一人また一人とその場を後にする……


場に残されたのは、タリウスのみとなった。



タリウス「何をやっているんだろうな、オレは……」


両親を病で亡くしてから生活は荒み、自分は不幸だと、哀れだと、そう思っていた。

それからだ……

立場が下の、騎士見習いに暴言や理不尽な言い掛かりを付けるようになったのは。


『騎士たるもの、高潔であれ』


死者を冒涜する発言など、騎士以前に人としてやってはならぬ事。

考えるまでもなく、騎士としてあるまじき行為である。


タリウス「……情けない」



両親が死んでいなければ、こうはならなかっただろう。

流行病が無ければ、こうはならなかっただろう。


挙げ句、両親の死すら言い訳に……


それこそ死んだ両親への最大の侮辱ではないか。

向き合わなければならない、認めなければならない。


タリウス「信頼を取り戻す。幾ら時間が掛かろうと……必ず」


それは容易な事では無い。

失うのは一瞬、たった一つの行動で十分。


しかし、築き上げるとなれば相当の時間が掛かる。

ましてやり直すとなれば二・三年……十年掛かるかもしれない。

人はそう簡単には変われない、人はそう簡単には認めてくれない。


タリウス「それでも、だ。奴の言う通り、オレは『大切』にしていなかった」


それは両親への想い、騎士になる為に直向きに努力した自分自身。

今この時を生きる者として、亡くなった両親へ申し訳が立たない。


『剣を壊してごめんなさい』


タリウス「………いや、助かった。『折れて』良かった」


欠けた剣を手に立ち上がる。

不思議と、立ち会いに負けた事に特別な怒りは無かった。

彼自身も自覚しているが、プライドは高い方である。


しかし、その心は晴れやかであった。

今日はこの辺で終了します。感想等のレスありがとうございます、嬉しいです。

   【このスレは無事に終了しました】

  よっこらしょ。
     ∧_∧  ミ _ ドスッ

     (    )┌─┴┴─┐
     /    つ. 終  了 |
    :/o   /´ .└─┬┬─┘
   (_(_) ;;、`;。;`| |

   
   【放置スレの撲滅にご協力ください】  
   
      これ以上書き込まれると

      過去ログ化の依頼が

      できなくなりますので

      書き込まないでください。

>>297 以前の書き込みから2日しか経っていないのに久しぶりとは、おかしな人?ですね。

両親と相談し、一度病院に行って、お医者様に見てもらって、お薬を飲みなさい。

それと、もう少し文章を詰めてくれると助かります。例えば『死ね』だとか『クソスレ』だとか、これだけで十分でしょう?


ーーーーー

ーーー




16時21分 校内道場


「学校来てからちょっとしか経たないのに、もう有名人だなー」

セム「先生に沢山怒られた」

「あははっ、そりゃそうだろ。でもなぁ、そんなん聞いたら私だって腹立つよ?」

セム「ルファも?」

ルファ「うん。だって友達とその両親をそんな風に言われたら……っと、あっぶなー」


袋竹刀を用いての立ち会い、自主稽古の範疇……の筈なのだが、互いに手を抜いている風は一切無い。


セムと立ち会っているのは、獣人の少女・ルファ。


彼女もまた、騎士学校に在籍する生徒であり騎士見習いである。

実はこの少女、以前セムが行方を眩ましたあの時に出会っていた。

ネアの玄関先やら軒下の雪掻きをしている時に出会ったネアの隣人であり友人。

_88`6988$388583827382*32)6027_06*2730


校内で再開して以来、二人は度々こうして手合わせしている。

ネアとセムの一夜を誤解していたが、その後ネア本人に訊ねたところ………


『は、はぁ!? アンタ馬鹿じゃないの!? そんなわけないでしょ!!』


と、やや顔を赤らめながら必死に否定された為、誤解は解けた。


ルファ「私もネアも両親亡くしたからなぁ、タリウスにはホントに腹立つ!!」

セム「でも、刀を取り上げられなかったのはタリウスが色々言ってくれたからだよ?」

ルファ「言っていい事と!! 悪い事ってのが、ある、だろ!!」


怒声と共に繰り出された二刀による凄まじい連撃。

懸命に防ぐが、何かに気付いたセムは突然腕を下げた。


となれば当然、食らってしまう。



セム「いてっ……ルファ、どうしたの?」

セム「『寂しいの?』」


ルファ「……!!」


疑問に思ったのは怒りではなく、ほんの一瞬垣間見えた悲しみ、その表情。

同情では無いと、ルファには分かる。今まで幾度と無く向けられた『あの目』とは違う。


セム自身、同情と優しさの違いなど知らない。

これは本心、思ったままを口にしたに過ぎない。


だが、それこそが人を案ずる心。しかしこれもまた、セム自身には分からない。



ルファ「……そりゃ寂しいよ。だって、ついこの間まで隣にいた人が急に消えたんだ」

ルファ「セムだって、ネアが居なくなったら寂しいだろ?」


セム「嫌だ」

ルファ「『それと』同じ。はぁ、なーんか白けちゃったな?」

セム「寮に戻る?」

ルファ「うーん……じゃあさ、明日は朝からやんない? 訓練とか始まる前にさ」

セム「いいよ?」

ルファ「じゃっ、帰ろう!!」


彼女は正直で溌剌とした女性である。いつも笑顔で、周囲に元気を与える明るい人物。


そう、思われている。




しかし、両親を亡くした悲しみが消えるわけが無い。

彼女の笑顔は、同情や哀れみを避ける為の手段でもあった。


だがセムには分かる、表情から内側が見えてしまう。

内が見えるからこそ、セムはルファと共に居る。

彼女の心の強さ、彼女の『本当の』笑顔が好きなのだ。

ネアの友人だから、という理由では決して無い。


セム「ルファ」

ルファ「んー? どうした?」


セム「僕はルファが居なくなっても嫌だ。ルファは……なんか、あったかいから」


ルファ「……!! へへっ、そっかそっか……うん、ありがとなにゃッ!?」

セム「やはり、ふわふわしている……」

ルファ「尻尾触んなっていっつも言ってんだろ!! 台無しだよ!!」



彼女のこの笑顔こそが、セムが欲した『本当の』笑顔。


長さは>>302くらいがちょうど良いです。

読んでいる方の邪魔にならない程度にお願いします。私もあまり気分が良くないので。

気分を害された方、本当に申し訳ありません。

今日はこの辺で終了します。ありがとうございました。


ーーーーー

ーー




翌日5月17日・07時08分 校内道場


超満員。

二人の対決を見る為に詰め掛けた者達で道場は溢れていた。

観客は、邪魔にならぬように壁際にぴたりと張り付きながら固唾を飲む……

入れきれず、窓から見る者もちらほら居るようだった。


使用するのは袋竹刀ではなく、木剣。その為、当然防具を装着しての勝負となる。

勝者は最初に木剣を当てた者、攻撃技術より防御技術が問われる勝負。


ルファ「……カイル、お前セムと同室だろ? なんだこれ? どうなってんだ?」


カイル「あ、ルファ先輩……昨日の夜なんすけど、クルトの奴がちょっと」



この少年はカイル、種族はエルフ。

セムの最初の被害者であり、友人である。

珍しさから勝手に刀を触り、その日の内に大喧嘩、結果は惨敗。

数日間は互いに口も利かなかった……


しかし、セムの訓練中・授業中の危なっかしい言動の数々。

それを見ている内に放って置けなくなり、

何だかんだ言いながら世話を焼くようになったのが始まりだった。

容姿に似合わず性格は荒っぽいが面倒見が良く、真っ直ぐな男である。


ルファ「だ・か・ら、何でクルトとセムが戦うんだよ? お前等は、年少組だろ」

カイル「アイツ、タリウスさんの事すっげー尊敬してるじゃないっすか。同じドワーフだし、色々あるみたいっす」


ルファ「あー、もう分かった」




クルト「セム君、君は僕を馬鹿にしているのか?」

セム「違う。防具着ると動き辛くて嫌なだけ」

クルト「ふん、好きにしろ。万が一があっても後悔するなよ?」


セム「どうでもいいから早くしよう? 僕はルファと稽古する約束してるから」

クルト「随分と挑発が巧いな。そうやってタリウスさんを倒したのか?」

セム「挑発とか分かんない」


その言葉に眉間に皺を寄せ苛つくクルト。セムには何故苛ついているのかが全く分からない。

遠目には、その様子を見てはらはらするカイルが居た。


カイル「ば、馬鹿野郎、どっからどう見ても挑発にしか見えねえよ」



ルファ「仕方無いだろ? 本当に知らないんだしさ」


カイル「これ以上あらぬ誤解を生まないで欲しいんすよ!!」

カイル「未だに色々言われんてるんすよ!? あーもう!! ホントにアイツは……」


ルファ「大変そうだなー、お前」


カイル「ルファ先輩も少しは考えて下さいよ!!」

カイル「アイツ、確かに剣術とかは凄いっすけど、中身はまるで赤ん坊っすよ!?」


ルファ「だがそれがいい!! って奴もいるぞ?」

カイル「………もう、いいっす」


理解者の一人だと思っていた先輩からの発言でうなだれるカイル。

すると、会話にならない会話を終えたクルトより声が上がった。


クルト「……では、始めようか。誰か!! 合図を頼む!!」



観客から一人現れたのはエルフの少女。

クルトを案ずるように見つめていることから知らぬ仲ではないのが窺える。


クルト「カルアか……では、合図を頼む」

カルア「う、うん。クルト君、あんまり無理しないでね?」

クルト「…っ、黙れ。いいから早くしろ」


その態度に観客から非難の声が幾つか聞こえたが、当人は気にしていない。

セムとクルトは一旦離れ、向き合う。


二人は互いに礼をした後、所定の位置へ歩き出し再び距離が詰まる。

勝負開始の合図があるまで木剣を腰に差すのが規定。


木剣を抜けば、一歩二歩で相手に攻撃が届く距離。



カルア「 始めっ!! 」


その声と共に飛び出すセム、その様にクルトは驚愕している。

セムは木剣を抜いていない。

いや、最初から抜く気など無かったのだ。

そして、クルトが柄に手を掛けた瞬間、届く。


クルト「そうか、君は最初からそのつもりで……」


先に届いたのはセムの右脚。抜剣するクルトの手を抑えつけ、封じた。

観客から数多の歓声と拍手が降り注ぐ。

だが勝負は終わっていない。木剣が当たらなければ負けではないのだ。


クルト「だが、こんなものは一時の稼ぎに過ぎない」



柄に掛けた手を後方へ引く、セムは柄を抑える為、前方に体重を掛けている。

柄によって保たれていた体制は崩れ、その身体はクルトの方へ……

放たれた剣がセムの顔面に迫る。


クルト「……!?」


消える。

顔面に木剣が当たると確信したその瞬間、視界から突如として消え失せた。


クルト「(何が起きた!? 一体何処へ……っ!!)」


そして次の瞬間。


防具に凄まじい衝撃が走り、ひび割れる音が響く。

衝撃の出所は下方、腹部から……


其処にあったのは、両手を突き出し掌打を放つセムの姿。



クルト「そん…なっ……」


視認した時、既にセムの姿は遠くにあった。

此処で理解する。自分の身体が宙に浮き、吹き飛ばされていることに……


クルト「がはッ!!」


観客がその場を離れた為、壁に強く打ち付けられ息が漏れる。

幾ら防具を着けていようと、勝負続行が不可能なのは誰が見ても明らか。


セム「あ、これ当てないと駄目なんだった」


しかし、そんな事は関係無し。


立ち上がる事の出来ないクルトに向かい、木剣を手にしたセムが近付いて行く。



観客は呑まれ、声を発する事も取り押さえる事も出来ない。

セムの膂力で木剣が振るわれれば、ひび割れるだけでは済まない。


ーーー命に届く。


セム「これで、終わり」


クルト「(こんなにも、こんなにも差があるのか……悔しい)」

クルト「(僕にはまだやらなければならない事があるのに…!!)」

クルト「(父様、母様……)」


振り上げられた木剣。


未だ呼吸が整わず声も出ない。防具の中で涙を流し、死を覚悟する。



目の前に居る少年・セムは感情を持たず、冷徹で暴力的。

同級の者はセムを怖れ、近付かない。中には全ての指を折られた者も居るらしい。

クルトは友人から聞いた話しを思い出し震えた。間違い無く殺される、と。


クルト「(怖い……死にたくないっ……えっ?)」

セム「僕の勝ち」


しかし、木剣が打ち下ろされる事は無く防具の面にコツンと触れただけ。


勝負は決した。

倒れるクルトに背を向けると、ルファとカイルが立つ場所へと歩き出す。

それを見た観客は、止まった時が動き出したように盛大な歓声をセムに送る。


クルト「はぁ…はぁ……ま、待て!!」



セム「なに? もう終わったよ?」

クルト「君ッ……げほっげほっ…君は、僕に手加減したのか!?」

セム「分かんないけど、そうなの? それより休んだら?」


呼吸が整わぬ内に大声を出し咳き込むクルトの身を労る。

だがそれは逆効果。結果、更なる怒りを飼う事となる。


クルト「くっ!! ふざけるな!!」

セム「ふざけてない」

クルト「ならさっきのは何だ!! 答えろ!!」


生きている事に心では安堵しているのに、プライドが許さない。

声を荒げながらセムに詰め寄り、面越しに睨み付ける。




セム「だって、クルトは女の子でしょ?」



>>333 怒りを『買う』でした。すいません。

今日はこの辺で終了します、ありがとうございました。



ならばルファはどうなる、彼女も紛れもない女性だろう? という事になるが、理由はある。

単純に、ルファは強い。

だから彼女に対して手を抜く必要も手加減も必要無い。


クルト「……僕が女だって? 君は何を言っている」


場内一転。


セムの発言により、道場は再び静寂に包まれる。

一人を除き、誰もが口をぽかんとさせながらクルトを見つめた。



セム「違うなら別にいいけど、そんな感じする。あ、匂いとかかな……」

クルト「っ!! このっ……」


木剣を振り上げるが背中に痛みが走り、その場に膝を突く。

すると、先程のエルフ少女・カルアが駆け寄って来た。


カルア「クルトちゃん!! もういいよ!!」

クルト「五月蝿いっ!!」

カルア「痛っ……」


二人の間に何があったのかはさて置き、クルトはカルアの頬を叩いた。

口元からは微量ながら血が出ている……どうやら、口の中を切ったようだ。


それを見たセムは激変する。



カイル「クルト!! 今すぐ離れろ!!」


先程までカイルが何も言わず安心して見ていられたのは、セムを知っているからだ。

セムは必要以上に痛めつけたりしない、相手に戦意が無ければ手を止める。

以前ならば考えられないが、『今』はそういった普通を身に付けつつあった。


しかし、例外はある。

それは女性が傷付くこと、傷付け『られる』こと。


何より『血』を流すその姿……


それは、以前見た夢が拭い切れていないからだろう。

カルアの姿と、ネアが血に塗れて倒れ伏す姿が重なって往く……


今のセムには『そう』見える。



セム「お前は、あの夢の『僕』か? なら……『壊さないと』」


悪夢への怖れは無いが、それが克服と同義にはならない。

混じる。

セムが居るのは狭間、あの日の悪夢と現実の境界が薄れているのだ。


クルトは状況を理解出来ていない。が、身体は理解している。

支える腕が震え、背にじわりと汗が伝う。

同じ生物と対峙しているとは到底思えぬ圧迫感、重圧感、濁り無き殺意。


それは側に寄り添うカルアにとっても同じ事。

痛みなど消え去り、発せられる何かに怯え、震えている。


セム「 消えろ 」


木剣を掲げる……二人には、それが真剣に見えた。



最早、訪れを待つ事しか出来ない。


ーーー死の、訪れを……


瞬間、凄まじい衝突音が道場内に響く。


「……間に合ったな。今日の訓練担当が私で良かった」

「くっ、流石に……重い。二人共、早く行け……」


両者の間に立ち剣を止め、背後の二人に声を掛けるが反応が無い。

女性騎士は剣の重圧に耐え、叫ぶ。


「カルア、しっかりしろ!! その子を連れて行くんだッ!! 早くッ!!」


カルア「……!! お姉ちゃ…!? クルトちゃん、しっかりして!!」


その声で目が覚めたカルアは、だらりとするクルトの手を引き、出口へ駆け出した。



見渡すと、道場内は彼女とセム、ルファとカイルのみ。

只ならぬ気配を感じた観客は逃げ出したが、二人は残った。

何度かセムに声掛けしたものの、一切反応が無い……


ルファ「カレンさん、何が起きたのか分かんねーけど、私も手伝います」

カイル「俺も手伝うっす!!」


上級であるルファはともかく、カイルは下級生・年少組。

しかし彼に怖れは無い、見せ掛けの正義感でも無い。

その瞳は燃え盛る炎の如く、熱く強い意志を宿している。


カレン「………今からセムの意識を絶つ。己の身は己で守れ、いいな!!」


同時、木剣を弾き距離を取る。


二人は「理解」とだけ言うと、木剣を構えた……



見渡すと、道場内は彼女とセム、ルファとカイルのみ。

只ならぬ気配を感じた観客は逃げ出したが、二人は残った。

何度か声掛けしたものの、一切反応が無い……


ルファ「カレンさん、何が起きたのか分かんねーけど、私も手伝います」

カイル「俺も手伝うっす!!」


上級であるルファはともかく、カイルは下級生・年少組。

しかし彼に怖れは無い、見せ掛けの正義感でも無い。

その瞳は燃え盛る炎の如く、熱く強い意志を宿している。


カレン「………今からセムの意識を絶つ。己の身は己で守れ、いいな!!」


同時、木剣を弾き距離を取る。


二人は「了解」とだけ言うと木剣を構えた……

誤字すいません、本当に気を付けます。

今日はこの辺で終了します。先日はお騒がせして申し訳ありません。

ありがとうございました。



セム「『僕』が増えた……」


三人の死神が此方を見つめ、それぞれが武器を手にしている。

無音。

しかし、セムは違った。


あの夢の中で死神が発した言葉が、脳内で反響している。

死神の呟いた言葉が駆け巡り、血が沸き立ち怒りに震える身体。


「誰が、殺した?」


  オマエ
『 僕だよ 』

  オマエ
『 僕が、殺したんだ 』


己と同じ姿を象った死神、あの時と同じ言葉。

剣を握る手に力が籠もる、瞳には殺意と決意が混じっている。


今度こそ、今度こそ完全に消し去るべく、セムは走り出す。



最初の標的は二刀を所持した死神。厄介だと、そう感じたのだろう。


凄まじい速度で距離を縮め、居合いを放つ。

師であるファーガスには遠く及ばないものの、

遠方の壁に掛けられた木剣すら両断してしまいそうな圧力、気迫。


だが二刀に挟まれ、防がれる。

死神は後方に二刀を滑らせ回転、首と胴を狙った一撃。

何とか首は防いだが、胴への攻撃は防げず食らってしまう。


死神は口元歪めてにやりと笑うと、再び死を予見する。



『また、死ぬ』

セム「死なない。今度は、誰も死なせない」


力強い声色で死神に言い放つが、構わず紡がれる……


『次は、ルファだ』

セム「その前に、お前を……殺す!!」


棄てる。

それは守る為、失わぬ為、救う為……

手にした優しさ、慈悲の心、己の中に在った諸々を、破棄。

目の前の死神を消し去り、その命を絶つ為に一切を投げ出す。



セム「お前だけは、絶対に殺す」




手に入れた人の心、或いは枷。


それを棄て、死神へ突撃する。その速度は先程とは比べ物にならない。

二刀の連撃をその身に浴びながら進む。最早、身を守る必要は無い。


全身全霊を以て、殺す。

それだけが、今のセムを支配している。

当然、振るわれる力も段違いに強い。

身に付けた剣術は、より研ぎ澄まされた殺人術へと変貌した。


連撃の壁を突破し、狙いを悟られぬように居合いを放つ。

死神は二刀で防御するが、木剣を叩き折り、渾身の居合いが脇腹にめり込んだ……



セム「あと、二人」


と、振り返った時には既に二人の死神が迫っていた。

セムの喉元に鋭い突きが入る。だが浅い、即座に斬り返す。

しかし躱され、死神は告げる。次の死を、告げる。


『次は、カレンだ』

セム「黙れ」


そして、もう一人の死神が告げる、セムの背後を指差して……


『ほら、ルファが死んだ』



セム「……嘘だ」


距離を取り素早く振り返ると、倒れ伏すルファの姿。

セムには分からない。死神は確かに倒した筈だと、そう思っている。


混乱、激昂、砲哮……



セム「ぁ…うぅ……ウオァアアアアッ!!!」



床が軋み、道場内がびりびりと震える。

剣術と体術を組み合わせた独自の戦術が、死神に炸裂。


しかし、それは先程突きを放った死神、

その前に躍り出たもう一人の死神が身を挺して『守った』。




セム「 死ね 」

『ガハッ……死んで、たまるか馬鹿野郎!!!』

セム「……!!」


あれだけの攻撃を浴びたにも拘わらず、死神は倒れない。

その瞳には闘志が、決意があった。



『いい加減……目ぇ覚ませ!!』



身を挺して守るという予想だにしない行動。

そして予想だにしない反撃。振るわれた木剣がセムの首筋を捉えた。


セム「こんなの、痛くない」


『……だろうな…ガハッ』




しかし効かない、最早止める術は無い。

ーーと、思われたその瞬間。


『そうか。だが、これならどうだ』


背後に感じる気配。

しかし遅い、容赦なく振り抜いた木剣が延髄を捉えた。


セム「ぅ……あっ…」


意識が途切れる最後。

その時に見たのは、膝を突くカイルに駆け寄るカレンの姿。

そして、


ルファ「いててっ……全く、後で皆に謝れよー?」



脇腹を抑え、痛みを堪え笑うルファの姿……


今日はこの辺で終了します。以下、人物紹介です。



【セム】 種族・魔族

ネアによって救われ、外界からプロテアにやって来た白髪の少年。

名はルシアンに授けられた。

ルシアンと共に暮らし、ファーガスにより剣術・体術、道徳を学ぶ。


イザーク渾身の作品を受け取り、以来肌身離さず持ち歩いている。

現在は騎士学校に在学し、学生寮暮らし。

未だ意思が薄く、精神的成長はネアによる部分が大きい。


【カイル】 種族・エルフ

セムと同部屋の少年、世話係であり友人。

不可解な言動で誤解されがちなセムを気に掛け、内面の幼さを危惧している。

顔は良いが、与える印象とは裏腹に熱い性格で負けず嫌い。


【クルト】 種族・ドワーフ

同種族であり、先輩騎士であるタリウス、そして剣士ファーガスを尊敬している。

セム、カイルと同級。セムに女性と言われたが……

カルアとは何かあるようだ。


【ミルズ】 種族・エルフ

故人。先代女王・アメリアの夫で、先々代の剣士。




【ルシアン】 種族・魔族

以前は剣士だったが現在無職、何もかもが不明。

強いと言われているが直に見た者、教えを受けた者も居ない為、名ばかりではないかとも言われている。

自由奔放な性格で怠け者、女誑し。

セムを引き取り、名を与え、共に暮らした。


【タリウス】 種族・ドワーフ

流行病により両親を亡くし荒んだ生活を送り、騎士見習いにきつく当たっていた。

セムに敗れた後、今までの行いを悔い改める。


【ファーガス】 種族・ドワーフ

老齢ながら今尚最強の呼び声が高い。現在の剣士、三度目の就任。

ナザレの街に住むパルマと結婚しているが現在別居中。

セムを孫のように可愛がり、剣術やら体術やら様々な事を教え授けた。

騎士学校へセムを推薦したのも彼である。


【ヴェンデル】 種族・エルフ

故人。先々代女王・マルセラの夫。

快活で豪放磊落。強く熱く真っ直ぐな性格で、誰もが一度は憧れた男。

ファーガスとは良き友だった。


【イザーク】 種族・ドワーフ

プロテア最高の鍛冶職人。

セムに救われた礼に刀を渡した。息子・ガルトも職人。


【マイルズ】 種族・ドワーフ

ナザレの街の心優しい駐在員。

街のごろつき集団を一夜で壊滅させ、井戸に落ちた子供を助け、お婆さんの落とし物を一日掛けて探し出す。

等々、様々な逸話を持つ伝説の駐在員。


【コーエン】 種族・ドワーフ

門番になって数十年、熟練の兵士。

先々代女王と、先代女王を知る数少ない現役兵士。




【ネア】 種族・エルフ

流行病を止めるべく山を越え、其処でセムを発見。プロテアへ連れ帰る。

大人っぽく子供っぽい性格で、色々と難しい。

流行病により亡くした両親の研究を引き継ぎ、特効薬を開発。流行病を収束させた。

掟を破ったが不問とされる。

セシリア、カレン、ルファとは友人。セムには様々な感情を抱いている。


【ルファ】 種族・獣人

騎士学校に在学している。ネアの隣人で友人。

快活、溌剌、いつも笑顔を絶やさぬ明るく朗らかな性格。

ある人物に憧れており二刀を用いた剣術を得意とする。

流行病により両者を亡くしている。

深い傷を負っているが同情されるのを嫌い、笑顔で隠している。


【カレン】 種族・エルフ

親衛隊に所属する騎士で、カルアの姉。

きっちりした性格で融通が利かない所がある。

騎士学校を卒業後間もなくして親衛隊に入隊した為、憧れる者も多い。


【カルア】 種族・エルフ

カレンの妹。クルトとは何かあるようだ。




【パルマ】 種族・エルフ

ナザレの街に住む老齢の医師。

街の誰もが一度は世話になったと言われる、ナザレの母。

ファーガスと結婚しているが、現役別居中。いつもの事らしいので皆は気にしていない。

皆がパルマの味方をするのでファーガスが出て行くのが常。

ファーガスが再び剣士になった事を内心気に掛けている。


【セシリア】 種族・エルフ

最年少女王。マルセラの孫でアメリアの娘。

ネアの友人でネアが大好き。若干依存している節がある。

両親を流行病で亡くし心を閉ざすが、ルシアンの芝居により自分に引き籠もるのを止めた。

中々に子供っぽく、ルシアンにやられた事を今でも根に持っている。


【アメリア】 種族・エルフ

故人。流行病に倒れ帰らぬ人に……

先代女王でミルズの妻。

セシリアの目指す女王そのもの。温かく、気高く、美しい女性。


【マルセラ】 種族・エルフ

故人。先々代女王でヴェンデルの妻。

セシリアの目指す女性そのもの。

従来の女性像をぶち壊し、当時の女性達に多大な衝撃と影響を与えた。



【ニコラ】 種族・エルフ

ネアの叔母さんでシルヴィアの妹。特殊な趣味があるらしい。


【シルヴィア】 種族・エルフ

故人。ネアの母でニコラの姉。医師・薬師。気が強い。


【ネヴィル】

故人。ネアの父で医師・研究者。とても温厚な性格。

三人忘れてましたがこれで全員な筈です。

ネヴィルもエルフです。

容姿は読んでる方のイメージで、どうかお願いします。髪型とかは書くかもしれません。

一つ質問したいのですが、戦闘の描写はどうでしょうか?

読み返すと何だか改行が目立って薄っぺらい感じがしました。足りない部分や助言などあれば是非お願いします。

書き忘れました。
人物紹介が役に立ったのなら良かったです、レスありがとうございます。

淡々とした描写で作風に合ってると思うよ
これ以上濃くしたら違う系統になってまう

>>1書き直し始めたんだねよかった、前より読みやすくなってるよ、
個人的には人口が多くてびっくりした想像の万倍だったよ
あとコテつけてなかったっけ?

>>368  >>369 返答ありがとうございます。助かります。

後、コテって  ファブリーズ鎌倉◆tsRpeCzooQ みたいな事ですか? そういうのは付けた事ないです。

もう少ししたら投下します。


ーーーーー

ーー




同日14時08分 校内・医務室


学校内の医務室だが器具や設備はしっかりしている。

流石に病院には及ばぬものの、訓練中の怪我やその他治療は此処で済むだろう。

現在、医務室のベッドにはセム一人。側にはカレンが付き添って居る。


彼女は校内担当医に事情を話し、何とか席を外して貰った。

彼女には、聞きたい事があった。

突如の変貌、不可解な言動。その理由と原因。


『お前は、あの夢の僕か?』

『今度は、誰も死なせない』

『お前だけは、絶対に殺す!!』




幻覚でも見ていたのか? と、推測するが原因が分からない。

そして、行動の矛盾。

自らルファを倒しておきながら、倒れ伏すルファを見て、吼えた。


怒り、憎しみ、悲痛の表情。

まるで、他の何者かがルファを傷付けような……

一体、セムには何が見えていたのか。それはセムが起きなければ分からない。


カレン「お前は一体、何に『怯えていた?』」

カレン「怖れなど知らぬものだと思っていたが、間違っていたようだ」


カレン「まるで赤ん坊だ。穢れ無く、脆い……」



静かに寝息を立てるセムの髪を撫でる。

窓から差し込む陽が髪を照らし、それは銀色に輝いて見えた。

幼い顔立ちに白い肌、髪が伸び耳が隠れている為、エルフと言われても不思議ではない。


カレン「同じ魔族なのに、ルシアン殿とは全く印象が違うな」


セム「……ぅ…ぅん? カレン? これは本当? 生きてるの?」


やはり、悪夢が抜けきってはいない。

不安で堪らないといった表情、今にも泣きそうである。

カレンは質問の意味が分からず狼狽えるが、それよりもセムの表情に驚いている。


セム「カイルは? ルファは?」


カレン「!!」



ーーー涙。

今度こそカレンは言葉を失った。

単身で城に侵入し、数十名の近衛兵を素手で倒した少年。

女王の間、剣で突き刺されても顔色一つ変えなかった少年。


カレン「(私は、間違っていた)」


無関心、無慈悲、無垢、無知。

それが彼女の思うセム。だが、それは今崩れ去る。


カレン「(こんなにも、脆かったのか……)」


泣いている。

二人の友人と、カレンの身を案じて泣いている。



セム「カレン? ねえ、生きているの? 大丈夫?」


縋るような瞳で、カレンの制服の袖を握り、何度も同じ質問を繰り返す。

何とかしなければと、そう思うものの言葉が出ない。


セム「カレン? なんか、なんか言って……? ごめんなさい……」


カレン「(くっ、情けない!! 何か言え、言うんだ!! 此処には私しか居ないんだぞ!!)」


カレン「セム、大丈夫だ!! 私は生きている!!」

カレン「ルファとカイルも生きている!! だ、だから泣くな!!」

カレン「強くなりたいんだろう!? しっかりしろ!!」


接し方が分からず、慌てふためき怒鳴り気味に答えてしまう。

彼女らしいと言えばらしいのだが、言った直後に落ち込んでしまった。


もっと言い方があっただろう……と。



セム「……う、うんっ。分かった」


怒鳴り声で目が覚めたのか、袖で涙を拭いカレンを見つめた。

ぱっと体を起こし姿勢を正すと、礼儀正しく正座する。ベッドの上だが……


カレン「(な、何とかなったな。正直助かった)」

カレン「……よし。セム、お前に聞きたい事がある」


セム「……グスッ…なに?」


内心安堵しながら、正気を取り戻したセムに質問を開始する。

まだ正常とは言えないが、先程から見れば十分だろう。

本来の目的にやっと辿り着いた為か、カレンも落ち着きを取り戻したようだ。


カレン「お前は何を見た。何を怖れていたんだ?」



セムは語り出した。

夢の中でネアが死んだこと、夢の中の自分が死を予言し、その通りになったこと。

それを怖れネアの家に向かい、夢を退治して貰ったこと……

子供らしく幼い発想だが、カレンは真面目に聞いている。


そして本題、道場での出来事を問う。セムが見たままを話してくれ、と。


内容は、先程聞いた悪夢と酷似していた。

カルアが血を流す、するとカルアがネアに変わる。

その後、三人の自分が現れ武器を手に死を予言し、殺すのは自分自身だと告げる。


そうはさせまいと一人の自分を打ち倒すと、それがルファになっていた。



そして残り二人を倒そうとした時、

一人の自分が残った一人を守った事に驚き、その後に気を失った……とのことだ。


その『三人の自分』とは、カレン、ルファ、カイルの三人で間違い無い。

身を挺し守ったのは、カレンを庇ったカイルだ。


推測通りセムは幻覚を見ていた。

原因は悪夢。カルアの血がきっかけで悪夢と混同したのだ。


カレン「(さて、どうしたものか……)」

カレン「(こればかりは克服する他無い。心が弱ければ、壊れる)」


カレン「(隠すべきか、真実を告げるべきか……いや、このままでは駄目だ)」



セム「どうしたの?」

カレン「いや、何でもない。それよりセム、強くなりたいか?」

セム「うん。もうあんなのは嫌だ」

カレン「ならば、今から話す事を聞け」

セム「……分かった」


真実を語り出す。

三人の自分など存在しない、それは私とルファ、カイルだと。

そしてお前が倒した自分、それはルファであり、自分を庇った自分とはカイルなのだと。


間を置かず、全てを告げる。

気が動転し、再び先程と同じ状態になることも有り得たが、カレンは躊躇わなかった。



セム「それは、『本当』?」


認めたくない。

当たり前だ、自分は守る為に戦ったと思い込んでいたのだから。

救いを求めるようにカレンに問うが、彼女は突き放す。


カレン「紛れもない事実、これは本当だ。セム、大抵の物からは逃げられる」

カレン「だがな、自分からは決して逃げられない。強くなりたいなら、逃げるな」


言葉には力がある、意思がある。

逃げを許さぬカレンの言葉はセムに突き刺さり、心を揺さぶった。

乗り越えるしかない、自分に背を向けてはならない。逃げるな!! 戦え!!


カレンの瞳は、そう語っている。



セム「……ぅ…うぅっ……」


逃げたい。

『今』から逃げたしたい、認めたくない、叫びたい。

だが、カレンの瞳は逃がさない。否定もさせない、言い訳などさせない。

自らに引き籠もるのを許さない。


カレン「私から目を逸らすな。ゆっくり息を吸え……私は、敵じゃない」

カレン「今逃げれば、誰も救えない。自分すら守れはしない」


セム「はぁっ、はぁっ……ハァッハァッ…」


過呼吸に近い、呼吸が徐々に荒くなっている。

しかしカレンは動かない、ただセムを見つめるのみ。

ネアのように抱き締めもしない、手を握りもしない。


『カレン』という逃げ道を与えない。



カレン「(セム、知ったような口を利いて済まない。私には、こんなやり方しか出来ない)」

カレン「(本当に、済まない……)」


そんな自分を悔いてはいるが、同時に覚悟もしている。

この後どうなろうとも、彼女は受け入れるだろう。自分の発言には責任を持たねばならないのだ。

言いっ放しは無し、最後まで見届けなくてはならない。

だから彼女は動かない。セムの『答え』を待っている。


セム「ハァッ…ハァッ……カ…レン。僕は強く……」

セム「ハァッ…ッ…強くなるんだ。僕は、僕から……逃げない」


拳を強く握り締め、カレンの瞳を見つめながら、セムは答えを出した。

まだ息は荒く顔色も悪いが、瞳には先程とは違う何かが宿っている。

自分と向き合うのは容易では無い。


自分の過去。カルセダの死神は、そう簡単に消し去れない。

いや、消し去る事など絶対に出来ない。無かったことには出来ない。

向き合い、苦しみ、認め、それでも、また苦しむだろう……


その先に、セムの求める強さがある。


ーーーーー

ーーー



同日17時38分 バリエ城・庭園


ファーガス「………甘かった。儂が至らぬ所為で、済まない」


庭園を歩きながら事の次第を聞いたファーガスは表情を曇らせ、謝罪した。

保護者を自認し、騎士学校へ推薦したのは彼だ。

剣士の名に傷が付く、などとは考えていない。只々、知ったつもりでいた自分を恥じている。


カレン「ファーガス殿、頭を上げて下さい。それより、お頼みしたい事があるのです」


剣士に意見するなど本来の彼女なら有り得ないが、その表情を見るに既に心を決めているようだ。

ファーガスはそれを察し、その頼みを話すよう促す。


カレン「ほんの短い間で良いのです、私にセムを預けて下さい」

カレン「『きっかけ』を与えた以上、私は責任を取らねばなりません」


行動でしか示せない、そういう事なのだろう。

正にきっかけを与えたのだ。今後の人生を左右する程の、きっかけを……



ファーガス「何か考えがあると?」

カレン「はい。荒療治になるとは思いますが」

ファーガス「………分かった。騎士学校には儂から話しを通しておこう」

カレン「ありがとうございます」


ファーガス「その件は任せる。して、クルト、カイル、ルファの容態は?」

カレン「ルファは肋にひびが、カイルは全身打撲、クルトは精神的に……」
 
ファーガス「……そうか、その三名にも謝罪せねばならん。済まない事をした」


夕暮れの空を見上げ、痛みを飲み込むように絞り出した声。

その表情、カレンからは見えない。

ただファーガスの発する雰囲気から、今は何も口にすべきでないと、そう感じた。




カレン「……セムの件、宜しくお願い致します。では、失礼します」

ファーガス「うむ。此方こそ、セムを頼む」


深く礼をし、去って往くカレンの背中を見送ると、省みる。


ファーガス「(今一度、己を見つめ直さねばならん。セムの事もしかり)」

ファーガス「(立ち直れるか、否か。儂には……くっ、何が剣士か!! なんと不甲斐ないッ!!)」


友を傷付けたセムを想う。友に傷付けられた彼等を想う。


互いに、受けた傷は深いだろう……だが何も出来ない。

これはセムと彼等の問題、口を出すべきでは無い。

今の自分に出来るのは、見守る事。そして見届ける事。


ファーガス「……友か。ヴェンデルが生きておれば、儂は今頃殴られているだろうな」


ファーガス「いっそ、その方が気が晴れるというのに……」

今日はこの辺で終了します。ありがとうございました。



ーーーーー

ーーー




同日・18時09分 学生寮・食堂


セム「なんか、美味しくない」


テーブルを挟んで突き刺さる視線、耳元で囁かれるように聞こえる声。

早朝、道場での騒動が噂になっているのだろう。

あれだけの歓声が、今や畏怖に変わっている。


そして何より違うのは、側にカイルが居ない事。

いつもなら二人で夕食を食べるのだが、今日は違う。


誰が可愛いとか、剣術がどうだとか、そんな会話を楽しんでいた自分が居たことを知る。

そして、自らが傷付けた友人が、如何に掛け替えの無い存在だったのかを……



セム「(カイル、ルファ、クルト、ごめんなさい)」




此処には居ない三人に心の内で謝罪するが、心は晴れない。

食事に殆ど手を付けず立ち上がろうとした時、セムの隣りにメイド服の少女が座った。


セム「あ、クルトの……」

「私はカルア。カレンお姉ちゃんの妹」

セム「……なに?」


自分以外に誰も居ないテーブルに平気で着いたカルアを不思議に想う。

それに、あまり良い気分では無かった。否が応でも思い出す、今朝の出来事。


カルア「私は騎士じゃないの。この学校にはメイドの見習いも居るんだよ?」

セム「……見たことない。今まで知らなかった」


カルア「そっか、私はクルト君に付いてるんだ。だから気になって道場に行ったの……」



セム「なにが言いたいの?」


珍しく苛立っている。

先程より更に強くなった視線も、囁き声も今は気にならず、隣りに座る少女を見つめる。

しかし、意図が読めない。


カルア「セム君はさ、怖い物とか苦手な物ある? 私は虫が苦手」

セム「……僕は、僕が苦手。後は夢が怖い。凄く、怖い」


突然何を言い出しかと思ったが、気付けば答えていた。理由は、セム自身にも分からない。

カルアが纏う不思議な空気がそうさせるのだろうか?

ただ、姉であるカレンと似ていないのは確かだ。



カルア「なら、一緒に頑張ろう?」




セム「なにを頑張るの?」


カルア「草むしりも出来ないのか!!」

カルア「……って怒られるから、虫を克服しないと駄目なんだよね……」

カルア「セム君は、自分が苦手なら克服しないと、ね?」


セムに微笑み、ぐっと拳を握って見せる。

隣に座っているメイド服の少女が、突然頼もしく見えた。

力強く頷き「頑張ろう」と言う。


だが、セムは不安だった。また同じ事を繰り返すのではないか?


そう思えてならなかった……



セム「……そんなこと、本当に出来るのかな?」

カルア「出来るよ!! いい? 私は虫が怖いです!!」


突然立ち上がり声を張り上げた為、周囲の者達は驚いたが、本人は全く気にしていない。

ただ言えるのは、凡そメイドがする行動では無い。

拳を握り震えながら語るその姿に、セムはこくりと頷いた。


カルア「でも、虫は私を怖くありません。そんなの悔しいでしょ?」

セム「……!! そっか、そうなんだ……カルアは、なんか凄いね」


その言葉に、セムは大きな衝撃を受ける。

放置したまま考える事すらせず、向き合おうとしなかった。


いや、向き『合えなかった』

それも当たり前、『向こう』は此方の事など見ていないのだから。



カルア「セム君も凄いよ?」

セム「なにが? 僕は泣き虫だし弱いよ? カレンに言われた」

カルア「ふーん。でも、こう……しゅばばばっ!! って動けるし」

セム「あははっ、そんな変なことしてないよ?」


メイド服をばさばさと揺らし拳を突き出しす姿に、セムは笑った。

しかし、笑ったことに気付いていない。自分が安心している事に、気付いていない。

それ程自然な空間に、いつしか変わっていたのだ。


カルア「私にはそう見えたよ? 早くて分かんないけど」

セム「……カルア」

カルア「ん? どうしたの?」



セム「今朝はごめんなさい。後、クルトは大丈夫?」

カルア「……いいよ、クルト君もちょっと、ね?」


驚かない。

大抵の者はセムが謝罪する姿を見れば驚くのだが、彼女は驚かない。

寧ろ、やり取りを見ていた周囲の者達が驚愕している。


『普通』に、会話が続く。


カルア「クルト君は……まだ寝てるんだ。でも私が何とかする、絶対!!」

セム「そっか。治ったら、ちゃんと謝る」


カルア「うん、仲直りしてね? クルトち、君はいい子だから」

セム「分かった」

カルア「じゃあ、私は戻るね?」


メイド服を翻し走り去る姿は、どこまでもメイドらしくなかった。

彼女が去った後、

セムは手付かずの料理をすぐさま平らげると後片付けを済ませ、食堂を後にした。



セム「(僕は夢が怖い。でも、夢は僕を怖がらない)」


セム「(僕は僕が苦手だけど……僕が、僕なんだ)」


書きたい所まで書けたので今日はこの辺で終了します。

ありがとうございました。



ーーーーー

ーーー




5月20日10時14分 バリエ総合病院


病院内に患者は少なく、がらんとしていた。

本来なら、それが通常であり喜ばしい事なのだが、流行病により人で溢れ返っていた数ヶ月。

その記憶が強烈に残っている為、院内に人が居ない事が不気味にすら感じる。


ファーガス「簡単には拭いきれんだろうな。儂も、皆も」


そんな事を思いながら階段を上り、目的の病室へ足を進める。

そろそろ着くかという時、その病室から漏れ出した声が廊下に響く。


『もう大丈夫だって言ってんだろ!! どこも痛くねえって!!』


何事かと思い早足で病室へ入ると、エルフの少年が騒いでいた。さぞ同室の患者は迷惑だろうと気の毒に思う。

だが幸い、この少年以外に入院患者は居ないらしい。



「だから、見てみろって!! ほら、痣消えてんだろ!?」


上着を脱ぎ捨て身体を見せると、確かに痣は無い。医師も戸惑っている様子。

それも当前。

この少年は、つい数日前全身打撲で運ばれてきたばかりで、頭部にも強い衝撃を受けていた。


全治まで最低でも二週間から一ヶ月掛かるというのに、痣は消え意識もはっきりしている。

医師は「もう少しだけ待って欲しい」と言い、病室を後にした。


「何なんだよ。治ったって言ってんのによ……」


一刻も早く退院したいのか酷く落ち込んだ表情、

投げ捨てた衣服を拾い上げると、溜め息を吐いた。


どうやら訪問者の存在に気付いてないらしい。



ファーガス「失礼する。儂はファーガス、お主がカイルじゃな?」

カイル「んっ? ファーガス……あっ、あぁ!! セムの爺ちゃんか!!」


剣士だということは知っている。

だが、セムに聞いた『お爺ちゃん』が強い為、自然と親しみがあった。

本来なら萎縮するだろうが、カイルは違う。

敬語を使う使わないの線引きがどこにあるのかは不明だが、今はセムと話す時と同じ。


これに関して、ファーガスも特に気にしている様子は無い。

それより、カイル対して他に気になる部分があるように見える。


ファーガス「……そんなものだ。それより、此度は済まなかった」



カイル「気にすんなって。アイツだって辛いだろ……多分」

ファーガス「お主、セムに怖れは無いのか?」


親心か、それに近いものだろう。

安易に全てを知ったつもりで騎士学校へ入学させ、数少ない友を傷付けた。

ルシアンの言う通り、慎重にすべきだったのだ。浮かれていた自分を恥じている。


カイル「全然? おかしな奴だけど、本当は優しい奴なんだ」

カイル「今回は、負けちまったけどな……」


意外な答えだった。

口ではそう言っても、怖れやその他の感情は表情により露わとなる。

清々しく澄み切った表情。何故そんな事を? といった風である。



しかも『負けた』と口にした。

セムを止める為に戦ったと、そう聞いていたファーガスは驚いた。

カイルはそんな最中、純粋に勝負していたのだ。

そして、自分ならセムに『勝てる』といった口振り……


ファーガス「セムに勝てると?」

カイル「当たり前だろ? 自分が一番強いって信じてりゃ、必ず勝てんだよ」


拳をぱしっと叩き、不敵に笑う。

溢れ出る闘志、瞳に揺らぐ決意の炎。その姿に、ファーガスは一人の男を移し出す。

もう二度と会えぬ男、もう二度と会えぬ無二の友を……


ファーガス「(先程から思っておったが、やはり似ておる。まるで生き写しのようじゃ)」

ファーガス「(幼い頃、あの頃のヴェンデルそのもの……)」


当時に思いを馳せると容易に蘇る彼の姿。

負ける事など考えず、真っ正面からぶつかってくる熱い漢。


強い意志と、努力を怠らない実直さを持っていた。



カイル「おーい、爺ちゃん聞いてるか? ルファ先輩とクルトはどうだった?」


ファーガス「……うむ、無事じゃ。ルファもお主と同じように突然『治った』らしい」

ファーガス「クルトに関しては、まだ何とも言えん」


実のところ、此処へ来る前にクルトと会っている。


そして、全てを聞いた……



ーーーーー

ーー




時遡り 08時24分 学生寮


ファーガス「此度の事は儂の認識の甘さが招いた事。済まなかった」

クルト「そんなっ、頭を上げて下さい!! 僕も少し感情的になっていましたから」

ファーガス「……クルト。お主は何故セムと戦った? タリウスの件だけが理由ではないじゃろう」


校内での私闘など許されない。

教師または騎士が認めた正式な立ち会いなら話しは別。

その許しもなく独断での場合、当然罰則が下る。


幾ら尊敬する騎士を倒されたとしても、そんな軽はずみな行動に出るのは行き過ぎている。

ファーガスにはそれが気掛かりだった。


クルト「……僕はファーガス様を尊敬していますし、信じています」

クルト「ですから、今から話す事は誰にも口外しないで下さい」


ファーガス「安心せい、誰にも話さぬ」



数分の沈黙。

そこから始まった告白は、衝撃的なものだった。


クルトは反対派貴族の娘であり、たった一人の生き残りだという。

身を潜めていた彼女は、黒頭巾の男に父が殺害されるその瞬間を見ていたのだ……

その男が立ち去った後、血を流し倒れ伏す父に駆け寄ると僅かに息があった。

父が最期に口にした言葉


『あの男……は…ルシアン……だ』


剣士・ルシアン。

誰もが知っている名だ。彼女は訴えた、父を殺したのはルシアンだと……

しかし、彼女の訴えが受け入れられる事は無かった。

当然だ、動機も証拠も無いのだから。


失意の中、彼女は父の執事に引き取られ養子となる。

その後に名を変え、性別を偽り、騎士学校へと入学したのだった。


ーー復讐、そして真実を知る為に。



クルト「でも、分かってはいるんです」


彼女は苦笑しながら続ける。

父は女王を失墜させ国の実権を握る為、許されざる罪を犯した。

確かに裁かれるべき人間だ。しかし、命まで奪う事はなかっただろう。


生きて罪を償う道もあった筈だ。


なのに何故? 復讐以前に真実を知りたい。

誉れ高き剣士が何故そんな凶行に及んだのか、父の言葉は真実なのか。

今の彼女には、何も分からなかった。


ファーガス「お父上の名は?」


クルト「父の名は、マーカス……エルフです」



ファーガス「お主、まさか」

クルト「はい。父はエルフ、母はドワーフ……僕は『どちらでもありません』」


本来、種族の違う者が交わった場合、子供は母の種族として生まれる。

従って、クルトの場合はドワーフ。

しかし極稀に、どちらの特徴も受け継ぎ生まれる場合がある。


彼女は、それだった。

髪で隠した耳を露わにすると、エルフの特徴である尖った耳。

しかし肌は浅黒く、手足は多種族と比べて長い。これはドワーフの特徴。


数は勿論少なく、クルトのように完全に両種族の特徴を受け継ぐ者は、その中で特に稀少。

その為、彼等は今尚差別される。

身体的に劣っているわけでも、知能が低いわけでもない。


至って正常な筈なのに見た目が違うという理由で、それは起こる。



クルト「おかしいですよね? 父の復讐とか言いながら、僕は母の種族を名乗って生きている」

クルト「本当は怖いんです、迫害を受けるのも真実を知る事も……」

クルト「ファーガス様、僕はどうしたらいいのでしょう?」


請う。

涙を流し震えるその姿は、何かに怯える少女そのもの。

今は幼い。

顔立ちは中性的な為、今だからこそ性別を偽っても通用する。

しかし数年もすれば身体は変わり、性別も明らかとなるだろう。


何よりその特異な身体、知られればどうなるか分からない。

皆が皆ではないだろうが、差別する者が居るのは確かなのだ。



ファーガス「儂が守る。必ず守ってみせる」


泣きじゃくるクルトの頭にぽんと手を置き、力強く言い放つ。

すると彼女は更に泣き喚き、積もり積もった気持ちを吐露し始めた。


頼れるのは執事だけ、全てを知っているのも彼だけ。

騎士学校へ入学したいという願いを受け入れて、学費も払って貰っている。


彼には子も孫もある。自分は彼の家庭の負担でしかない。

何も返すことの出来ない自分が情けない、心苦しいのだと……


そんな彼女の叫びを聞いたファーガスは、決断した。



ファーガス「クルト、儂の子になれ」

クルト「……えっ?」


軽率。

親を亡くした子など幾らでも居るというのに、その子だけを救うのか?

そんなものは、一時の正義感・偽善に過ぎない。

セムの事すら半端な癖に何を言っている? 痛い目を見たばかりだろう?


ファーガスの内側に、そんな言葉が木霊する。


ファーガス「(そう、これは儂の我が儘。何を言われようと、儂は構わん)」


その後、「……少し、考えさせて下さい」とだけ言い、クルトは眠りに就いた。

後は彼女の決断を待つのみ。

余計に混乱させたのではないかとも思ったが、ファーガスは後悔していない。


そしていずれは、彼女に真実を話さねばならない……


ーーーーー

ーー




時は戻り、現在


ファーガス「……ともかく、皆は無事じゃ」

カイル「そっか。まっ、考えたって仕方ねえな。俺は俺、クルトはクルトだ」

カイル「それよりセムは? セムはどうだった?」


ファーガス「今はカレンに預けている。修行、のようなものじゃ」

カイル「ふーん。で、俺には何の用だ? それだけじゃないんだろ?」

ファーガス「(この鋭さ……此処まで似ておると憎らしささえを感じる)」


『居合いだぁ? 何かだっせえな』

『離れた場所からペチペチペチペチ……そんなもん、こうしてやる!!』


共に切磋琢磨したあの頃を思い出し懐かしむ。が、同時に再生された声の所為で苛つくファーガス。

目の前の少年はヴェンデルではないのだから一切関係無いが、不思議な親近感があった。


しかし今はそんな時ではないと過去を振り払い、ファーガスは用件を告げる。

ただ、一言。


ファーガス「カイル、儂はお前を鍛えねばならん」

今日はこの辺で終了します。ありがとうございました。


ーーーーー

ーーー




同日16時21分 バリエ城内・道場


カレン「認識の差異、それが感覚的に分かっただけでも十分だ」


修行二日目。

セムはカルアとの会話で何かを見出し、拙いながらもそれをカレンに話した。

日常のほんの些細な出来事、それが心の迷いから脱出するきっかけになる。

それに気が付けるかどうかは本人次第だが、セムは気付き、脱出の糸口を掴んだようだ。


しかし掴んだだけでは意味がない。それを生かし、次に繋げなければならないのだ。

幾度無く経験した心の停滞。

カレンは自身の経験を基にセムに助言を与える。


カレン「セム、恐怖を自ら増大させてしまう事は往々にしてある」

カレン「それを防ぐには経験を積み、自信を付けるしかない」



セム「経験と自信」




カレン「そうだ。何が起ころうと動揺する事無く、自然体で居られる」

カレン「戦おう、勝とう、強くなろう。その気構えは素晴らしい」

カレン「だが時として、その思いは枷となり『邪魔』をする」

セム「なんで?」

カレン「単純に……」


と、言いかけた瞬間。

カレンは突如手にした木剣を正座するセムに打ち込んだ。

セムは即座に防御、立ち上がり構えを取る。


カレン「『それが』、出来なくなる」



セム「お爺ちゃんも言ってた。気負うな? とか」

カレン「簡単に言えば、考え過ぎると身体が動かなくなる。動きが堅くなるという事だ」

セム「なる程、分かった」


修行と言っても剣術稽古をするわけではなく、こういった会話が主である。

セムの剣術や体術は非常に洗練されている。カレンは、先日の事件でそれを目の当たりにした。


だが、生かし切れていない。


もし平静であったなら、心乱れていなければ、意識を絶つ事は極めて困難だった筈。

今教えようとしているのは、保つ事……

それは容易な事では無い。

しかし心を強く持ち、揺れなければ先日のような事態にはならない。


これはその為の修行。平常心や冷静さ、肉体ではなく心を鍛える。




カレン「ん? もう時間だな。寮に戻っていいぞ」

セム「うん。今日もありがとう、カレン」


時計を見た後、

カレンが修行の終わりを告げると、持っていた木剣を壁に掛け礼を言う。

カレンはこうした瞬間、ルシアンやファーガスの教えが伝わっているのを実感する。

初めて出会った頃とは随分に違う、不安定だが心が形成されつつある、と。


同時に、不安にもなった。

今自分が触れているのはセムの内側、非常に脆い部分……



カレン「気を付けて帰るんだぞ? 後、昨日も言ったが眠る前に私が教えた事を思い出せ」

カレン「そして自分がどうしたいのか、どうありたいのかを考えろ」

カレン「誰かに言われたからこうする、では駄目だ。いいな?」


だからこそ、こうして『自分』で考えるように言っている。

手助けは出来るが、結果どうなるかは本人次第。セムは、影響を受け過ぎる。


ネアが良い例だ。


彼女に恩義があるのは分かるが、いつまでも縋っていては進めない。

確固たる自分が無いからこそ、セムは自分に怯えている。

それを解決し先へ進むのは、やはりセム自身なのだ。


セム「分かった。じゃあ、また明日」


カレン「ああ、また明日」

短いですが今日はこの辺で終了します。ありがとうございました。



ーーーーー

ーーー




同日17時08分 学生寮


カルア「そっか……でも、簡単には決められないよね」


彼女は知っていた。

クルトが女性だという事、そしてドワーフではない事を……

何故知ってしまったのか。それは、『そういう現場』を目撃したからである。

クルトはその時、冗談抜きに殺そうかとも考えた。


見られたこと自体が予想外だったが、それ以上に予想外だったのが、彼女の態度。

一切驚いた様子も無く、まるで初めから知っていたような……


『もう少し、気を付けた方がいいよ?』


そして、この発言である。

後に訊ねたところ、女の子なんだからもう少し周りを気にしろ、という意味の言葉だった。


その後の詳細は省くが、彼女の纏う不思議な雰囲気は徐々にクルトの態度を軟化させ、今に至る。

過去を話したのは今日が初めて、にも拘わらず彼女は驚かない、同情もしない。


告げられた事実を聞き終えた後も、滞りなく会話が続く。



クルト「もう答えは出てるんだ。でも、どちらにせよ迷惑を掛けてしまう」

カルア「迷惑掛けないで生きてる人なんて居ないよ?」

クルト「違うんだ。それが親であったら、まだ分かる」

クルト「でも、他人に」

カルア「じゃあ私は? 私も他人だよ?」


言葉を遮り、嫌味な風もなく事実を突き付ける。

他人だからどうだとか、そんな事はどうでもいい。

クルトが何を望むのか? それを聞きたいのだろう。


クルト「それは……」


カルア「あんまり考えない方がいいよ?」

カルア「クルトちゃんは、もっともっと我が儘になった方がいい」

カルア「その方が、きっと楽しいよ」



復讐と真実。

それがクルトの望みだとしたら、あまりに寂し過ぎる。


クルト「……カルアは本当に不思議だね。妙な説得力がある」

カルア「そうかな? あっ!! もう時間だ……」


メイドとはいえ、まだ見習い。彼女も寮に戻らなくてはならない。

建物は同じだが、東館と西館に分かれている。ちなみにメイド見習いは西館。


変な所できっちりしているなと、クルトは思う。

普通なら時間など気にせず付き添うだろうが彼女は違う。

薄情とかではなく、流されない。


クルト「カルア、今日はありがとう。お疲れ様」

カルア「うんっ!! また明日ね!!」


いつも通りばたばたと慌ただしく部屋を出るカルア。

するといつも通り、廊下で注意を受ける声が聞こえた。


クルト「囚われない、縛られない。僕もそんな風に生きたい。カルアの言う通りだ」



クルト「我が儘に、か……」



ーーーーー

ーーー




同日21時17分 学生寮


セム「(強くなろう、何の為に? まだ分かんない)」


一人ぼっちの部屋で今日の御浚い。

カイルが居ないのは寂しいが、自分に没頭する良い機会でもあった。

傷付けた理由を探るなら、傷付けずに済む方法を考えろ。

これはカレンが言った言葉。


セム「(きちんと謝って怒られればいいんだ。嫌われたら……違う)」

セム「(これは今考えることじゃない)」


セムは少しずつ学んでいる。

言葉をそのまま記憶するのではく、自分の中で噛み砕き、芯に飲み込む。


そして、悩む。


悩ませる、というのもカレンが与えた一つである。

答えが出ずとも良い、今のセムにはそれが必要だと感じてのことだろう。


セム「(傷付けない為に強くなる……あれ、なんか変な感じ)



セム「(じゃあ……守る為に強くなる? これなら変じゃないかもしれない。明日、カレンに話してみよう)」

短いですがこの辺で終了します。
長くなりましたが5月20日のお話しはこれで終わりです。ありがとうございました。


ーーーーー

ーーー




6月4日09時17分 【アナトフの都】


ナザレより北東に位置する都で、バリエからは車で数時間が掛かる。

豪華な住宅が多く建ち並び、店や街並みもバリエと比べても遜色ない。


この都には多くの貴族が居り、その全てが女王派。

彼等の多くは流行病で亡くなった為、空き家もちらほらと目立つ。

しかしながら生き残った彼等の息子達が意志を継ぎ、女王を支えるべく努力している。


時には会合を開き、意見交換や現状確認

現在は主に食物や民意、病院の増設、治安回復策等について語り、それらを女王に提案。


女王も彼等もまだ若い。

関係はぎこちないものの、互いにより良い国を目指し日々奮闘している。

いつの日か新たな絆が生まれ、新たな国に生まれ変わるだろう。



ファーガス「ヘインズ殿、突然の申し出、誠に申し訳無い」

ファーガス「儂の我が儘を受け入れて下さった事、心から有り難く思う」


朝早くに訪れた家は、クルトを引き取った執事の家。

あれから二週間で彼女の意志は決まり、ファーガスとパルマの養子になる運びとなった。

ファーガスは彼女を養子に迎えるにあたって彼の家を訪ねたのである。


二人はテーブルを挟み対面、先程までこれまでの色々を語り合っていた。

その言葉の端々からはクルトに尽くす覚悟が伝わり、ファーガスは改めて想いの強さを知った。


ヘインズ「いえ、お手紙にてお嬢様の想いは受け取りました」

ヘインズ「お嬢様がお決めになったことであれば、私は……」

ヘインズ「ファーガス様、お嬢様をどうか……どうか宜しくお願い致します」


ファーガスの手を握り、何度も繰り返し懇願する。それは想いの強さの表れ、彼女の幸せを祈っての事。


ファーガス「ヘインズ殿……」



その後も暫く語り合い、ファーガスは家を後にした。

本来ならパルマも同席する筈だったが、諸事情により欠席。

ヘインズはそれ程気にしていなかったが、ファーガスは非礼を詫び、今度は三人で来ると約束。


ファーガスはもう少しヘインズと話していたかったが、今日はどうしても外せぬ用事があった。


ファーガス「車でも頼めば楽だったが……」


挨拶に行くのであれば自分で行く、まして人の子を引き取るとなれば尚更だ。

城の誰かに頼んで車を運転させ後ろでふんぞり返るなど、彼にしてみれば考えられない。

自分で運転出来ないのだからそれは仕方の無い事なのだが、彼の中の何かが許さないのだろう。


ファーガス「指定の時刻に間に合うか……」


彼は馬を駆り、バリエを目指す。



12時23分


ファーガス「拙い……このままでは間に合わん」


馬に跨がりながら懐中時計を眺めると正午を回っていた。

焦っても早く着く事は無いと分かっていながら、馬を走らせる。

意地を張らずに車で行けば良かったと後悔しつつ……

約束の時間は二時、間に合うかどうかかなり微妙な所である。


ファーガス「むっ、あれは……」


前方に車があり、獣人の男女二人が手を振っている。故障でもしたのかと気の毒に思ったが、違う。

二人は銃を持っていた。そして、空に向けて発砲。


「止まれ!! 次は当てるぞ!!」

「ねえライル、あの人」

「イネス、心配すんな。本当に撃ったりしねえよ」



この二人、ライルとイネスは強盗らしい。

ファーガスが馬から下りると、銃を手に近付いて行く。

対するファーガスは至って冷静、むしろ近付いて来るのを待っている。


ファーガス「お主等、強盗か?」

ライル「強盗じゃねえ、盗賊だ。金目のモン置いてけ」


物を強奪する時点で同じようなものであるが、赤毛の獣人ライルは銃をちらつかせ更に近付く。


ファーガス「……愚かな」


間合いに入った瞬間、鞘を外さぬまま長刀を横一線に振り抜く。


ライル「あっぶねえな!! なにしやがる!!」



即座に銃を捨て後方宙返り、

その身の熟しは鮮やかでファーガスも若干驚いている。

銃に頼ったチンピラかと思っていたが、認識を改める。

この青年は銃に頼らずとも十分に強い、と。

本気で無いとしても躱して見せたのだ、剣士の一撃を……


イネス「ライル」

ライル「なんだ!? 危ねえから後ろにいろ!!」

イネス「違うの」

ライル「なにが?」


先程まで車の側に居た筈の獣人女性・イネスは、いつの間にかライルの背後に立っていた。

ライルに驚いた様子はない、慣れたやり取りらしい。


二人共に相当の手練れだろうと、ファーガスは読んだ。



イネス「あの人は剣士」

ライル「あのひょろいジジイが?」


思い切り指を指し確認すると、彼女はこくりと頷いた。

確かにファーガスは長身痩躯である。

ライルはどうにも信じられないようで、無謀にも再び近付いて行く。


勿論、素手で……


無知とは、とても幸せな事なのかも知れない。


ライル「本当に剣士なのか? ファーガスなのか?」


ファーガス「だとしたら、どうする?」



刃の届かぬぎりぎりの距離で、ファーガスを中心に円を描く。

何やら思うところがあるようだが、ファーガスには一切覚えがない。

すると、ライルは一つ訊ねた。


ライル「クライヴって、知ってるか?」

ファーガス「知っておる。義賊・クライヴ……素行はともかく、良い男だった」

ファーガス「しかし、それが何じゃ?」


知った口では無く、本当に知っている者が出せる雰囲気。ライルは立ち止まり、何やら考えているようだ。


だが、結局信じられないようで……


ライル「まあ、知らない奴の方が少ねえし……なっ!!」


ファーガス「(よく分からん奴じゃな……)」



ライル「避けんのかよ……」


突如放たれた跳び蹴り、当たれば間違い無く首から上が消えるだろう。

獣人……いや、その中でも彼の脚力は飛び抜けて高い。

助走無しの跳び蹴り。飛び上がった場所、その地面は抉れ土煙が立っている。

しかも只でさえ腕が長いドワーフ、その刃圏の外からの跳び蹴り。


ファーガス「何がしたいんじゃ?」

ライル「確認だよ。本当にファーガスなら、オレぐらい余裕で倒せんだろ?」


呆れ顔のファーガスと、いつの間にか車の側に戻っているイネス。

彼女は口出しせず、事が終わるまで待つつもりのようだ。


いつの間にか懐いたファーガスの馬と共に……



ファーガス「ならば、今すぐ終わらせよう。儂も急いどる」


鞘から抜くと刀を地面に突き刺し、鞘を構える。厄介な事に、ライルに殺意は無いのだ。

しかし、繰り出される蹴りには十分な殺傷力がある。油断は出来ない。


ライル「馬鹿にしてるわけじゃなさそうだ、なっ!!」

ファーガス「(これも縁か……人生とは、全く予想がつかんな)」


空中で三度の回転蹴り。

その鋭さ、最早蹴ると言うより斬ると言った方がしっくりくる。

強靱な脚力、そして爪、正に足刀と言うに相応しい。


ライル「あ、やべっ……」


だが全てを紙一重で躱され失速、訪れる着地の時。

その瞬間、突き出された鞘がライルの鳩尾を捉えた。



ーーーーー

ーーー




13時11分


ファーガス「……ライルはクライヴの息子か。合点がいった」


ライルを気絶させた後、ファーガスはイネスに一つ頼み事をした。


車に乗せてくれ、と……


そして現在、荷台に馬とライルを載せバリエに向かっている。運転は、勿論イネス。

何故ファーガスの頼みを受け入れたかと言うと、ライルの父・クライヴに


『もし出逢ったら……何かしろ』


と、言われたからだそうだ。


イネス「流行病でクライヴさんが死んじゃって、それから盗賊の真似」

ファーガス「お主は何故?」

イネス「ライルが好きだから」


臆面無く告白したと思いきや、頬は朱に染まっている。

陽で照らされた明るい茶髪は、金色に輝いて見えた。



ファーガス「(純真と言うのか……セムと似ておる)」

ファーガス「ライルは何故父の真似を?」

イネス「お父さんみたいに強くなりたいから」

ファーガス「十分に強い、あれなら騎士にもなれる」


馬に舐められるライルを後ろの小窓越しに眺めながらそう言うと、

イネスは首を横に振り、顔を強張らせる……


イネス「オレはな、何にも縛られねえんだ」


突然声を低く変え、名言めいた事を言い出した。


本人は格好いいと思っているようだが、声を変えた事により台無しにしている。



ファーガス「それはライルが?」

イネス「そう、ライルは凄く格好良い」


次はうっとりとした表情。

ファーガスは先程から観察しているが、イネスは無表情からいきなり変わる。

表情に中間が無いと言うべきか、それと共に醸し出される雰囲気がセムに似ていた。


ファーガス「(不思議な子じゃ、セムもこの子も……)」

ファーガス「(年の頃はカレンと同じくらいか、少し上か)」


ファーガスは改めて実感する。

自分達の時代は終わり、新しい世代が今を動かすのだと……



流行病はそれを急速に早めた。本来なら今を動かすべき者達、その命を奪って……

親を失った者は多数居るが、子を失った者は少ない、それが救いと言えば救いだ。

しかし負担は大きい。少しずつ少しずつ、親の背を見て成長する筈だった子供達。

それがいきなり舞台に立たされるのだ。

何の準備も知識も無しに、さあお前達の時代だ、と。


ファーガス「これからはどうするつもりじゃ?」

イネス「観光」


どうやらバリエを見て回るつもりらしい。

先程強盗しようとした者の台詞とは思えぬ程に爽やかな解答。


ファーガスは目頭を押さえながら一応確認したが、本当にそのつもりらしかった。



ファーガス「剣士である儂が言うのも何だが、捕まりはせんのか?」

ファーガス「クライヴの息子と言うことで今回は見逃すが……兵士達は見逃さんぞ?」


過去に何があったかはともかく、

イネスとライルを見て放っておけない気持ちになるのは良く分かる。

何をしでかすか分からないし、知人の息子が捕まる所など見たくないだろう。


イネス「その時は、風のように去る」


またもライルの真似。

空を見上げて言った台詞なのだろうが、車の屋根が邪魔する為、当然空など見えない。


ファーガス「頼むから前を見て運転してくれ、田んぼに落ちる」

イネス「分かった」


やや不満気に視線を戻す。

ファーガスは、セムとは別の意味で今までどうやって生きてきたのかが気になった。


ーーーーー

ーーー




13時54分 バリエ・城門前


ファーガス「……間に合ったか。くれぐれも騒ぎを起こさぬように、ライルにもそう伝えておきなさい」


荷台から馬を下ろすと、同じく荷台で伸びているライルをコーエンに追求されるが何とか誤魔化す。

運転席に近付き礼を言うと、突如イネスの雰囲気が変わる。


イネス「分かった。剣士ファーガス、オレはいつでもアンタの味方だ」


ライルの真似でも何でも無く、真剣な面持ちでファーガスを見つめる。

先程とは打って変わったイネスの雰囲気に驚きながら、ファーガスは問う。


ファーガス「それは?」

イネス「これは、クライヴさんからの伝言。クライヴさんは死んだから、ライルと私が味方になる」


イネス「じゃあ、『またな』」


そう言うと、荷台にライルを積んだまま走り去って言った。

盗賊と言いながら平然と城門前に車を止める度胸も中々だが、


最後の言葉だけは、様になっていた。



ーーーーー

ーーー




14時09分 バリエ城内・道場


破裂音が響き渡る。

容赦無い攻撃の応酬、互いが互いの剣を弾き再び打ち合う。

使用しているのは袋竹刀だが、二人の気迫により真剣と錯覚してしまう程である。

共に有効打は無いものの、勢いは衰えるどころか加速して行く。


カイル「(なんだこれ!! 滅茶苦茶楽しいな!!)」

セム「(傷付けるのが怖いとかじゃない……何だろう?)」


右肩に担いだ剣を一気に踏み込み打ち下ろすカイル。

セムは防ぐのではなく、剣先に触れる事で軌道を逸らした。


逸らしたと同時に突きを放つが首筋を掠めただけ……

カイルはそのまま距離を詰めると回転、周囲を薙払う。


セム「(……楽しいんだ。後、勝ちたいんだ)」


胴に迫る剣を上体反らしで避け、戻る勢いを利用し一気に打ち下ろす。



カレン「(まさか此処までとは……)」


正に、目にも留まらぬ攻防。

凡その騎士見習い、その技術を易々と超えている。

セムはともかく、カイルが此処まで成長しているのは予想外。

たった二週間。しかしその内実は苛烈極める修行の日々だったに違いない。


カレン「(もっと違う部分で苦戦すると思ったが、違うようだな)」


一旦距離を取り、呼吸を整える二人、どちらも『今』に集中している。

カレンが予想していたのは、悪夢と傷付けた罪悪感に付け入られるセムの姿。


それこそが、カレンの考えた治療法であった。

傷付けた相手と戦うことで友を傷付けた自分と向き合わせ、克服させる。



かなり無理矢理な方法だが、カレンには確信があった。

例えこの勝負に負けようとセムは成長し、前に進だろうという確信。


そして、もう一つ。


『僕は、守る為に戦う』


セムがそう言った時、

カレンは戦いに最も重要な『何か』……セムの中に、その芽生えを感じた。

それが徐々にセムの内で固まり、全身を突き動かす力となるだろう。


カレン「(そう長く持たない、そろそろ終わるか)」



カイル「セム、やっぱお前は強いな」

セム「カイルも強い」


距離が縮まる。

セムは居合いの構え、カイルは右肩に担ぐように構えた。


セム「でも、僕は負けない」


瞳に宿る不思議な光。戦う事、その意味が以前とは明らかに違うのだ。

その光、カイルが宿す炎のような荒々しさは無い。寧ろ穏やかである。


例えるなら水面、その煌めき。


カイル「お前、なんか変わったな」


何かが付け入る隙など、セムには無い。


克服したわけではないにしろ確実に成長している。相手がカイルだというのも大きいだろう。



セム「(やっぱり、これが一番いい)」


距離を測り、止まる。

どうやらカイルが入って来た瞬間を狙い、勝負を終わらせるつもりらしい。


カイル「いいぜ、乗ってやる。今すぐ飛び込んでやる」


宣言し不敵に笑うと、飛び込む。

セムの刃圏へ真っ直ぐ、何の小細工も無しにその身を投げ出す。

打ち下ろされた剣と抜き放たれた剣が交差する。

どちらも面を狙った一撃。しかし避ける、二人共に躱す。


セム「(やっぱり『次』があるんだ)」

カイル「(やっぱ『次』があんのか)」


セムは回転し二度目の居合いを、カイルは手首を返し下方から喉元に突きを……


カレン「 そこまでっ!!! 」


回転した為距離が詰まり、セムの居合いはカイルの右腕から入り胸を斬り裂く。

同様に距離が詰まり、カイルの突きはセムの胸を貫く。


真剣なら両者死亡である。よって結果は……



カレン「引き分けだな」


今日はこの辺で終了します。
感想等ありがとうございます、とても嬉しいです。


ーーーー

ーー




14時16分 バリエの都


クルト「本当に良かったんですか? もう少しファーガス様を待った方が良かったのでは……」

パルマ「城の兵士さんに伝えたから大丈夫でしょう。それに、遅れるあの人が悪いのよ」


急遽決まった養子縁組み。

ファーガスがパルマに相談する事なく独断で決めた為、彼女は当然怒った。

そう易々と決めて良いものではないし、妻である自分に何の相談も無い。


しかし、決めたからには通さなければなさらない。

彼女はファーガスの『そういう所』を好ましく想う反面、

その所為で振り回される事が昔から多々あった。


今回も喧嘩したのだが……結果、彼女は受け入れた。

何しろ急だった為、クルトとの面識も無い。


このままでは拙いと想った彼女は、今日一日で僅かでも距離を縮めようとしているのだ。



パルマ「この店に入りましょう」

クルト「でも、此処って……」


宝石店。

とは言っても、扱っているのは宝石に限らず様々な装飾品が揃っている。

余程の事がない限り、男性には縁の無い店だろう。

硝子窓から見えるのは若い男女二組、他は着飾った御婦人方である。


パルマ「いいから入りましょう」

クルト「は、はい」


入店すると、すかさず店員が笑顔で出迎える。

孫を連れる祖母。

戸籍上では母になるのだが、店員や客にはそう見えるだろう。



「御孫様への贈り物ですか?」

パルマ「ええ、髪飾りはあるかしら?」

「はい、此方に御座います」


店員に付いて行くと、其処には煌びやかな装飾を施された髪飾りが幾つも置かれている。

クルトが店内の輝きに目をぱちぱちさせていると、パルマはクルトに向き直り気まずそうに口を開いた。


パルマ「露骨よね……ごめんなさい」

クルト「えっ?」


距離の縮め方、その方法が贈り物……日が浅いどころか今日が初めての対面。

人生において数多くの経験をしている彼女でも、こんな経験はしたことがない。


故に戸惑い、接し方もぎこちない。しかし、それはクルトも同様。



パルマ「情けないけれど、こんな事しか思い付かなくて」

クルト「パルマさん……」


あくまで正直。分からないのなら、至らないのなら、それを認める。

それを見たクルトは、パルマに好感を抱いた。

彼女は元貴族、沢山の『大人』を見てきた。

その中には自尊心だけが高く、外側を飾るばかりで中身が伴わない者も……


しかし、パルマは違っていた。

真剣に自分と向き合おうとしてくれているし、何より発言と行動に嘘が無い。


単純に、仲良くなりたいのだ。



クルト「……パルマさん、髪飾りだと稽古中に壊れるかもしれないので、ペンダントでもいいですか?」

クルト「出来れば……その、肌身離さず身に付けられる物がいいです」


ならば自分も正直になろう、いつまでも縮こまっていては何も始まらない。

ファーガスの養子になると決め、パルマもそれを受け入れてくれた。

信頼や絆など、そう簡単に築ける物では無い。

だったら最初から正直でいよう、最初から『我が儘』でいよう。


クルトは、そう決めた。


パルマ「……!! ふふっ、そうね。その方がいいかもしれないわね」



見た目お堅いクルト。


萎縮はしていないものの、態度は礼儀正しく他人行儀。

初めてなのだから当然と言えば当然だが、パルマにはそれが『慣れて』いるように見えた。

出自が貴族な事もあり、色々を見てきたクルトだからこそ出せる雰囲気。


寄せ付けないとかではないが、距離を取るのが巧い。

しかし『それ』が無くなった。クルトは、自分を伝えようとしているのだ。

パルマは驚いたが、同時に何とも言えぬ喜びを覚えた。


パルマ「これなんてどうかしら?」


硝子越しに指差したのは太陽を象った物。

パルマ自身捻りが無いとは思ったが、これが一番しっくりくる。



子供らしく兎や猫などの動物を象った物もあるが、それは何か違う。

これから先を共にする新たな家族に与えるべき品ではない。


子や孫は親にとって希望であり宝。

家族を照らし、光輝く存在。

故に太陽、それ以外に無いと、パルマは感じた。


パルマ「ありきたりかしら?」

クルト「いえ、嬉しいです」


敬語は変わらずだが、表情は明るい。

だがクルトは何かを考えているようだ、何故か顔を赤らめている。


パルマ「どうしたの?」

クルト「お二人にも、何か付けて欲しくて……」


ーー繋がりが欲しかった。



未だ両親を亡くした痛みや悲しみが消えたわけでは無い。

だがこれはクルトにとって新たな出発。


勿論、復讐心や真実を求める心は変わらずにある。

それはそれとして『今』、そしてこれからが重要。

だからこそ気持ちを切り替え、前を向いて歩んで行かなければならない。


時が経ち、いつしか『本当に』なった時、家族を感じたい。

見えずとも、共に居なくとも、繋がりがあれば感じられる。

ファーガスやパルマの想い、その形を大事にしたいのだろう。


パルマ「そうね、何か買わないとあの人も不貞腐れるでしょうし」

クルト「ファーガス様って意外と子供っぽいんですね」

パルマ「男なんてそんなものよ?」


微笑みながら選んだのは、三日月と星を象った物。

月はファーガスに、星は自分に買うつもりのようだ。



クルト「綺麗ですね」

パルマ「ええ、年寄りが身に付けてもおかしくない造形だから良かったわ」


三つのペンダントをケースから出して貰い会計を済ませようとした……

その時だった。


「テメエ等、動くんじゃねえぞ!!」

「店にある宝石をこの袋に入れろ」


若いエルフとドワーフ、二人の強盗。

一人は銃を手に周囲を威圧し動きを封じ、一人は店員に袋を手渡し宝石を入れるよう指示する。

クルト、パルマを含め、他の客も何も出来ず只々驚くばかり。


彼等の行動は素早く、慣れているようだった。



「ちょっと待て!! それはオレ達のモンだ!!」

「怪我しない内に立ち去るんだな」


その声の主は若い獣人の男女。

パルマとクルトが入店する前から居た男女二組の内の一組。

強盗達も予期せぬ出来事に驚いている。

それも当たり前、強盗しようとした店で強盗に出会ったのだから。


「う、動くんじゃねえ!!」

パルマ「馬鹿な真似はやめなさい」

クルト「……!!」


すると、銃を持ったエルフの男がパルマを盾に銃を向ける。

側に居るクルトには目もくれない、今なら銃を奪える。


しかし、その必要は無かった。



「痛っ!!」

「人質を取るのはいただけねえな」


獣人の青年が打ち出した小さな鉄球が、パルマに突き付けられた銃を弾き飛ばす。

男か手を押さえうずくまると、すかさず女性の獣人が蹴り飛ばす。


パルマ「ありがとう、助かったわ」

「例はいい。ところで嬢ちゃん、さっきファーガスと言ったな」


獣人女性はしゃがみ、クルトと目線を同じくすると一つ訊ねる。

クルトはその質問に何の意味があるのか分からなかったが、答えぬ内は離れる気は無いらしい。


クルト「……僕の父だ。今貴方が助けた人は、僕の母。心から礼を言う」


毅然と、しっかりと目を見てそう答えると、彼女は何も言わずに立ち上がる。



「私はイネス。あっちにいる凄く格好良いのは……」

クルト「え?」


彼女の目線の先。

すると、ドワーフを蹴り飛ばし終えた獣人の青年が、宝石の入った袋を店員から受け取っていた。


イネス「正義の大盗賊・ライル」


盗賊の時点で紛れもない悪決定なのだが、そんな事は全く考えていないようだ。

クルトとパルマは、ただ呆然と彼女を眺めることしか出来ない。


ライル「イネス、行くぞ」

イネス「待って、それはダメ」


店内から出ようとするライルを引き留め、握られた三つのペンダントを指差す。



ライル「気に入ったのか? 後で」

イネス「違う。それはあの二人の物」

ライル「今はオレ達のだろ? どうしたんだよ?」


いつもと違う彼女の反応を疑問に思い、その二人を見る。

先程銃を突き付けられた老婆と、その孫と思しき少女。


ライル「助けたんだからいいだろ、早くずらか

イネス「ファーガスの家族」


ぴたりと歩みを止め振り向くライル、顔はやや青冷めている。



ライル「嘘」

イネス「本当」

ライル「…………」


無言のまま二人に近付きペンダントを差し出す。

どうやら彼女の言葉を信じたようだ。

つい数時間前、彼女の言葉に耳を貸さなかった為に痛い目を見たのが効いている。


パルマ「ありがとう。出来れば他の物もお店に返してくれると有り難いわ」

ライル「そりゃ無理だ。またな」

イネス「剣士ファーガスによろしく」


そう言い残し、二人は店を後にする。

屋根にでも跳んだのか、二人の姿は一瞬で見えなくなった。

今日はこの辺で終了します。ありがとうございました。


ーーーーー

ーーー




15時11分 バリエ城


城の敷地内。

離れには、歴代の剣士だけが使うことを許された庵が存在する。

【剣士の庵】と呼ばれているが、庵と呼ばれる割に構えは立派である


我が家から城に通う者も居た為、全員が全員この庵を使用したわけではないが、

過去、遠方に住む者の中には家族を連れて城に移り、この庵に住む者も居た。


広さは申し分なく、一家族が入っても窮屈さや不自由は感じないだろう。

内装は他の城内の客室に比べると質素、城敷地内に居ながら気を張る事なく過ごせるようになっている。


その庵で、長年連れ添った妻に怒声を上げる夫の姿があった。

側には養子にしたばかりの娘が居るのだが、そんな事はお構い無しである。



パルマ「ファーガス。貴方の言い分も分かるけれど、そんなに怒る事もないでしょう」


ファーガス「無事だったから良かったものの、一歩間違えれば死んでおったのかもしれんのだぞ!!」

ファーガス「急いで戻って見れば二人は居らず、セムとカイルの立ち合いも終わっとった!!」

ファーガス「儂がどれだけ心配したか分かるか!?」


若干関係無い部分も混じっているが、彼が心の底から心配していのは事実。

強盗と出会したと聞いた時の心情といったら、それはそれは凄まじいものだっただろう。


クルトも何とかパルマを擁護したいが、彼のあまりの剣幕に口出しする事など出来ない。

まあ、これが彼等夫婦の常なのだが……

見慣れている者ならまだしも、初めて見た者はそうなるだろう。

ファーガスが怒鳴り、それをやんわりと流すパルマ。


待っているのだ、怒りの燃料が切れるのを……



ファーガス「まだ治安も悪い、少し考えて行動せねばならんと言っただろう!!」


パルマも若い頃は言い返したり、怒ったりもした。

しかし、結果新たな火種を生むことになる為、それが如何に無駄なのかを知った。


しかし、今は違う。

パルマは前もって策を用意していた。


クルト「あ、あのっ」

ファーガス「なんじゃ!?」

クルト「これ……フ、お爺ちゃんに……」


突如差し出されたのは、パルマが選んだ三日月のペンダント。

ファーガスは怒声から一転し沈黙、パルマの狙い通りである。

さり気ない『お爺ちゃん』呼びも効いているようだ。


彼を尊敬するクルトにはさぞかし勇気のいる行為だっただろう。



ファーガス「……これは?」

クルト「僕だけが付けるのは嫌だったので、三人分を……僕はこれを」


鎖を引き上げ首元から出て来たのは太陽を象ったペンダント。

自分の発案ながら、やはりどこか気恥ずかしいようで頬が赤い。

パルマは静観している。怒りは鎮火した、後は終わりを待つのみ。


ファーガス「そうか……いや、嬉しい。それ以外に言葉が見つからん」

ファーガス「有り難う、大事にする」


差し出されたペンダントを受け取り、早速身に付けるファーガス。

場は和み、これで終わりかと思われたその時、パルマは静かに打って出る。



パルマ「……ところで、あの坊やセムはどうするの?」


ファーガス「セム? どうするとは何じゃ?」

パルマ「外界から来て親もなし、今は騎士学校に入学して学生寮に入っているようだけど……」


パルマ「 貴方は、どうしたの? 」


そう、正式な手続き無しで騎士学校に入れる筈が無いのだ。

如何に剣士と言えど、それらを無視して事を運ぶのは不可能。

ルシアンがそんな面倒な手続きを自ら済ませているとは思えない。

となれば当然ファーガスが何かしらをしたのが濃厚。


ファーガス「いや……何しろ急だったものでな……色々とあったのだ」

パルマ「私が聞きたいのは、そういう事じゃないわ」


パルマ「『どうしたのか』と、聞いているの」



穏やかに、静かに……

場を凍てつかせる程冷静に問い詰め、追い詰める。

怒りが無いからこそ効く、怒り返して有耶無耶にするのは無理。

言い逃れは、出来ない。


ファーガス「ルシアンの息子にしようとしたのだが……本人が居なければ認められぬようで」

パルマ「そうでしょうね、それで?」

ファーガス「他に仕様も無く、儂の息子ということに……」


クルト「……は?」


そして告げられる驚愕の事実。



クルトは口をあんぐりと開けファーガスを見つめる。

すると先程までの威厳は何処へやら、歯切れ悪く妻に事実を伝えるその姿……

目の前の偉大な剣士が、今やそこらに居る普通のお爺さんに見えた。


それより意外なのは、パルマが驚いていない事だった。

当たり前だ。

彼女は知っていた……と言うより、大方そんなものだろうと予想していたのだから。


クルトの件ではかなり驚かされた彼女も、今は冷静。

それに、怒っているのは勝手に養子にした事では無い、隠していた事に怒っているのだ。


彼等夫婦には、一つの約束がある。



『隠し事はしない』


浮気しようが博打に手を出そうが、そんな事は別にどうでもいい。

だが、やるなら堂々とやれ。

影でこそこそやるような小さい真似はするな、それはパルマも同様。

それが結婚当初に決めた、約束。


ファーガス「済まん!!」

パルマ「最初から正直に話していれば良かったのに、全く……」

パルマ「私はともかく、クルトも居るのよ? 少しは……いえ、きちんと考えなさい」


しかし、最早過ぎた事。


其処にぐちぐち言うような女性ではないが、

クルトを養子に取る時点……いや、決める前にきちんと伝えるべき事だったのは確かだ。



クルト「(駄目だ、訳が分からない……)」


クルトも複雑な顔でいる。それも当然の事だろう、姉弟になるのだから。


クルト「あの、まだ整理が付いていないのですが……」


パルマ「そうよね、あんな怖い思いをしたばかりなのに……」

パルマ「その子と姉弟になるなんて思いもしないわよね。私も後から知ったの、ごめんなさい」


クルト「いえ、もう過ぎた事ですし……僕は二人の娘になれて……その、嬉しいです」

クルト「ですが、セム君は知っているんですか? 僕と姉弟になること」


ファーガス「…………」


どうやら、言っていないようだ。

確かに急だったし、ファーガスの中にも様々な想いがあった。

だがそれはそれ、忘れてた、では済まない事である。

なあなあで済ませて良い問題では無いのだから……


パルマ「少し、話し合いましょうか。勿論、セムとクルトも交えて」


ーーーー

ーー




15時48分


セム「そんな事してたんだ」

カイル「厳しいなんてもんじゃないぜ? お前の爺ちゃんは鬼だな、鬼」

セム「鬼?」

カイル「おっかないって事だよ。まあ修行事態は楽しかったけどな」


立ち合いを終えた二人はカレンが去った後も暫く稽古。

その後は、床に寝そべりながら互いにどんな修行をしていたのかを語り合っていた。

セムはカレンに心の在り方を、カイルは居合いへの対策と剣術の矯正。


カイルは、性格はおろか剣術までもヴェンデルに似ておりファーガスは非常に驚かされた。

だが長年見てきた友の剣術は馴染み深く、それは剣術指南において大きな助けとなる。



細部に渡る指摘の下、カイルは徐々に自身の目指す剣術を確立して往く。

未だ完成には程遠いが、方向が定まった事により『揺らぎ』が無くなった。

カイルの剣術は全てが攻め、相手を倒すまで止まらない。

決して退かず、防御を打ち破り、身を晒し、絶つ。

単純に、前へ前へと進む。


しかし立ち回りの巧い剣術とは相性が悪い、正に居合いがそれだ。

丁寧な防御、距離を保ち打ち出される攻撃。性格上の問題もあるが、それをされると苛つく。

結果、其処を突かれ敗れる。

嘗てのヴェンデルがそうだったように、カイルも同様だった。


だからこそファーガスは対策を教えた。



教えたと言ってもあらゆる角度の居合いを浴びせ、その身に叩き込んだに過ぎない。

口で伝わるなら苦労は無い、身を以て知り、自ら生み出すより方法は無いのだ。


カイル「ったく、まだあちこち痛ってえよ」

セム「……カイル、質問」

カイル「あ? なんだ急に?」

セム「カイルはどうして強くなりたいの?」


身体を起こし正座すると、友に訊ねる。


自分の見出した『守る為』の強さ。

それはセムの中にある人々を守る為でもあり、同時に自分自身を守る為でもある。

だが皆がそうではない。

其処に導いたカレンも、強さの定義は人それぞれだと言っていた。



だから気になった。

友が何の為に強くなりたいのか、何の為の強さなのか。

胡座をかき腕を組み暫く悩むと、カイルはぱっと顔を上げる。


カイル「負けたくねえから、だな」

セム「僕に?」

カイル「そりゃあセムにだって負けたくねえよ? 他にも色々だ」


セム「他って?」

カイル「相手が百人でも、でっかい化け物でも……まあ全部だな」


セム「……相手が、『自分』だったら?」



次々に質問をぶつけるセム。特に最後の質問の答えに興味があった。

未だ抜け出せぬ自分と言う名の暗闇、其処から脱する手掛かりが欲しい。


セムはカレンと接する内に気付いた。

答えを導き出すのは自分、それは間違い無いだろう。

しかし、必ずしも自分の内側から生まれるものでも無い。


だから聞くのだ。

それが今の自分に必要な事なら、どんなことでも良い……


カイル「自分か……弱い自分なら何度もぶっ倒してるな」

カイル「今日はこれでいいだろ、とか言う自分。もう十分頑張った、とか言う自分。怖い、戦いたくないとか言う自分」


カイル「お前の爺ちゃんも言ってたぜ? 一番の敵は己の内にあり、ってな」



自分に恐怖する自分、悪夢を怖れる自分、カルセダの死神。

それは全て自分が作り出し、生み出した存在。

自分が生み出した自分に、怖れている……立ち向かう為には、知らねばならない。


セム「……カイル、ありがとう。少し分かった気がする」

カイル「あんま考えんなよ? 確かにあれはお前がやった事だ」

カイル「でも、引き摺るのはよくねえ。終わったことばっか考えても変わらないし、変えようがないしな」


セム「……うん」


どうやら、カイルはばっさり斬り捨てる考えのようだ。

失敗や終わった出来事には心を置かず、前を向ける人物なのだろう。


セムには、それがとても格好良く見えた。



カイル「うっし。じゃあ、そろそろ帰るか?」

セム「僕は少し残る。カイルは先に帰ってて」

カイル「おう、分かった。早めに来いよ?」

セム「うん」


道場を後にするカイルを見送り、道場に一人佇む。

暫く立ち尽くしていたが、壁に掛けられた木剣を手に道場の中心に立ち、目を閉じた。


そして、ゆっくりと、何かを確かめるように木剣を振る。その場から動かず、何度も何度も……

徐々に速度を上げていく、まるで見えぬ敵と戦っているようだった。

周囲を囲まれ、前方後方あらゆる場所から現れる『それ』を斬り伏せる。


暫く続けた後、ぴたりと動きを止め、再び構える。



セム「(……上手く行きそう)」


暗闇に浮かび上がるのは、悪夢の自分。

同じく木剣を持ち、何も言わず、動かず、じっとセムを見つめている。

これはカレンとの修行中に考えた悪夢克服の方法の一つ。


明確に自分と言える存在かは別として、それはセムの想像する自分。

そして、セムが怖れる自分の姿。


恐怖の象徴・カルセダの死神


セム「(目を開けたら僕の負け。よし、始めよう)」


怖れず、焦らず、近付いて往く。すると、死神も同じように近付いて来た。

その瞳は『底』のようだった。

暗く冷たい、覗き込んだら最後、二度と這い出す事は不可能。


そう、思っていた。



セム「(剣、いらないかな?)」


手放す、そして対峙。

目を離さぬまま、見つめ合う。

目を閉じているのに見つめ合うと言うのも可笑しな話しだが……


セム「(少しだけ分かった。怖がってるのは僕じゃなかった)」

セム「(怖がってるのは、『そっち』の方だったんだ)」


セムは何を仕掛けるでもなく、語り掛けた。目の前の、幻想の自分に向けて、伝える。

恐怖の根源たる死神、彼は訴えていたのだ。

失う恐怖とその悲しみ、過去の自分、そして犯した罪の重さを……


死神は語り出す。



セム『カルセダ、覚えてる?』

セム「(覚えてる)」

セム『僕は、優しく出来なかった』

セム「(…………)」


セム『あの子も死んじゃった。兵隊に殺されて……だから、殺した』

セム「(知ってる)」

セム『優しい子だった。ご飯くれたの覚えてる?』

セム「(うん、嬉しかった)」


セム『もう、ああいうのは嫌なんだ。誰かが痛いのは凄く嫌なんだ』


『底』から、涙が溢れた……

克服するとか、向き合うとか、そういったものとは違う。

未だ怖れている。しかし、内側が変わった。受け入れようとしているのだ。


セムは告げる。

見つけ出した答えを、今の自分の持つ答えを……力強く、言い聞かせるように……


セム「(もう、そんな事させない。優しい人は、僕が守る)」



セム「……よし、帰ろう」


自己対話を終え、目を開ける。

戦っていないとは言え余程気を張っていたのか、服には汗が滲んでいた。


木剣を拾い上げ壁に掛けると上着を脱ぎ、自分の荷物から手拭いを取り出し汗を拭き取る。

プロテアに来た頃から比べると随分と逞しくなった身体。

痩せ型に変わりは無いが、ぎちっと絞られている。


セム「誰?」


汗を拭き着替え終わると、強い視線に気が付いた。

先程から違和感はあったようだが、敵意を感じなかった為無視していたらしい。


クルト「……済まない。素晴らしい演武に魅入って、話し掛ける機会を逃してしまった」


まじまじと裸を見つめたからか、多少恥じている様子。

羨ましい程に白いセムの肌。

彼女も女性、美しさへの憧れがないと言えば嘘になる。



セム「……クルト? もう大丈夫なの?」

クルト「……!! あ、ああ、もう平気だ。あの時は」


何かが変わって見えた。

全体的に『はっきり』していて、セムという人物が認識出来る。

それは本来なら当たり前だが、以前のとは違う確かな存在感があった。


セム「ごめんなさい。でも大丈夫、もう『あんな風』にはならない」

クルト「……何だか変わったね。顔付きも良くなった」


口調も空気が抜けたような薄いものではなく、意志が籠もっている。

以前より話しやすく、安心して側に居られた。不思議と恐怖は感じない。

別人、とまでは行かないが『セム』とはこんな人物だったのかと、クルトはそう思った。


セム「そうかな……あ、なんか用? クルトも稽古するの?」

クルト「いや違う、ファーガス様が君を呼んでるんだ。僕が案内する、一緒に行こう」

セム「お爺ちゃんが? うん、分かった」


クルト「じゃあ、行こうか」


ぎこちない二人の距離。

しかしその距離、端から見ている者にはとても微笑ましい光景だった。

今日はこの辺で終了します。ありがとうございました。

書き忘れました。
間に入ったら読み辛いと思うので、そうなったら先程のように時間をずらして投下します。

後、登場人物やあらすじはその時々で更新しますので宜しくお願いします。

ありがとうございました。

すいません。

腹が立つと言うより、本当に気持ちが悪いので依頼出してきます。


ーーーーー

ーー




1911年6月4日 16時34分


セムはクルトに連れられて庭園を進む。

ファーガスとパルマの待つ剣士の庵を目指して。


終始無言で歩いていたのだが、クルトは少しそわそわしているようだ。

対するセムは城を襲撃して以来庭園に来た事がなかった為、辺りを観察している。


城の敷地がこんなにも広いことに驚き、橋やら木々やらを見て『外』かと思ってしまう程である。


クルト「……セム君」

セム「ん、なに?」

クルト「えっと……僕の方こそ済まなかった。冷静さを欠いていた」


彼女なりのけじめだろう。

セムは魔族であってもルシアンではない、一時の感情に駆られて周りが見えなくなっていた。


普段の彼女ならそんな行動は取らない。



もしそうするとしても正式な手続きの下で立ち合いを申し出た筈。


原因は単純なものだ。


騎士学校の学生寮に身を置く皆もそうだろうが、

親元(実の親ではないが)から離れたのが大きい。

あんな形で親を亡くし、その後間もなくして騎士学校へ入学。


勢いも手伝って、来た当初はさほど気にならなかったが、

時間の経過と共に日増しに強くなっていく孤独感。

性別を偽り、種族を偽り、いつ正体が明らかになるかと怯える日々。


そのどうしようもない気持ちを、誰かにぶつけたかっただけなのかも知れない。


セム「なんで? 嫌なことでもあったの?」

クルト「え? あ、ああ、そんなところだよ」



容赦なく踏み込んでくるセムに驚いたが、

別段勘ぐるような風でもなく、庭園を見ながらふっと紡がれた言葉だった。

本当に気になるのか何を思って聞いたのかと考えたが、クルトは止めた。


クルト「(そんなに深い意味で聞いたわけじゃない。けど、気に掛けているのは分かる)」

クルト「(今更だけど本当に不思議だ。以前と違うのは誰から見ても確か……)」

クルト「(だけど相変わらず、何だろう……ふわふわしてる)」


と、セムを観察する。


何も考えていないようでもあり、何かを秘めているようでもある。

存在、その輪郭がはっきりしたと思えば、どこか捕らえ所のない感を醸し出している。


そんな事を考えながら歩いていたが橋に差し掛かった時、セムは突然足を止めた。


クルト「どうしたんだい?」

セム「この池にいる魚はなに?」



橋を潜り悠々と泳いでいる鯉を指差して訊ねる。

誰が餌をやっているのか分からないが、鯉が隠れたりしないのを見ると、随分と人に慣れているようだ。


クルト「鯉だね。随分大きい、もう三・四十年くらい生きてるんじゃないかな」

セム「そんなに? 長生きだ」

クルト「ははっ、そうだね」

セム「クルト」

クルト「どうしたんだい?」

セム「あそこに金色のがいる、他のよりもっとでかい」


この池にいる鯉は全て立派なものだが、セムが指差した先には更に一回り大きな鯉がいた。


夕陽を浴びて金色に光る姿は美しく、二人は揃って息を呑んだ。



クルト「………凄い」

セム「……強そう」


その鯉が通ると他の鯉が道を譲っている、彼は此処の主。

すいすいと橋に近付いて来る様は威厳がある、二人はじっと見つめる。

遂に足下、橋の近くに来た金色の鯉は間近で見ると更に大きく見えた。


クルト「僕達を見てるのか?」

セム「うん、見てる」


金色の鯉は二人を暫し見つめた後、橋を潜り抜け向こう側へ。

すかさず振り向き行き先を見る。

すると……


クルト「うわっ……」

セム「きらきらしてる」



ーー跳ねる。

水中から姿を現す金色の鯉、直に陽を浴びて光り輝くそれは、気高く美しかった。

それは一瞬で、水中に戻った金色は背を向けて去って往く。

二人は無言、その偉大な金色の背を見送る事しか出来なかった。


クルト「……綺麗だったね」

セム「うん、また見せてくれるかな? 今度はありがとうって言おう」

クルト「そうだね。本当に、思わず礼を言いたくなる程に素晴らしい姿だった」


暫く池を眺めていたが金色はもう居ない、二人は剣士の庵を目指し再び歩き出した。


二人には知る由もないが、あの金色は此処数十年姿を見せていない。

だが城に仕える者、その殆どが知っている。金色の死は有り得ぬことを……


一つの言い伝えがある。


ーー金色は、新たな時代を告げる……



「ほ、本当に良いのですか!? これ程の寄付しては」

ライル「いいんだよ、ここらで信用出来る神父はアンタくらいだ」

イネス「そのお金で、美味い物食べさて」

ライル「ガキ共を頼むぜ? じゃあ……」


「「 またな 」」


ーーー人の心


ファーガス「……ごほん。これより家族会議を始める」

パルマ「坊や……いえ、セムにはきちんと説明しないと」

セム「なにを?」


クルト「……簡潔に言う。僕等は姉弟になった、僕が『姉』だ」

セム「お姉ちゃん? クルトが? なんで?」

パルマ「……ほら、あなた黙ってないで」

ファーガス「うむ、実は……」


ーーー人の想い



セシリア「……ふぅ、最近は慣れたけどやっぱり会議は疲れるわね」

『宜しいでしょうか?』

セシリア「カレン? ええ、入りなさい」


カレン「その……女王陛下、あまり無理はしないで下さい」

セシリア「カレン、いつも『ありがとう』えっと、少しいい?」

カレン「……!! は、はいっ、なんでしょう?」


セシリア「二人の時はセシリアって呼んで? 私は貴方を友達だと……そう、思ってる」


ーーーそれは少しずつ


ルシアン「やはり暇だな……やる事もなし、旅にでも出るか」


ーーー紡がれ


ネア「これを入れて……よし」

ネア「見た目は悪いけど、食べられる……はずよね?」


ーーー繋がり


ルファ「で、どっちが勝ったんだ?」

カイル「引き分けっす」

ルファ「へー、よっし、私も負けてらんないな!!」


ーーーそして何れ


『私は貴方を待ってる』

『貴方が来るのを、待ってるから』



一つになるだろう……


少年「それが、僕の名前……」は、これで終わります。

時間も多少飛ぶので、この続きは別に立てて書きます。

ありがとうございました。


ーーーー

ーー




「ほ、本当に良いのですか!? これ程の金額……」

ライル「いいんだよ、ここらで信用出来る神父はアンタくらいだ」

イネス「そのお金で、皆に美味しい物食べさせて欲しい」

ライル「ガキ共を頼むぜ? じゃあ……」


「「  またな  」」



ーーー人の心


ファーガス「……ごほん。これより家族会議を始める」

パルマ「坊や……いえ、セムにはきちんと説明しないと」

セム「なにを?」


クルト「……簡潔に言う。僕等は姉弟になった、僕が『姉』だ」

セム「お姉ちゃん? クルトが? なんで?」

パルマ「……ほら、あなたも黙ってないで」


ファーガス「うむ、実はだな……」



ーーー人の想い



セシリア「……ふぅ、最近は慣れたけどやっぱり会議は疲れるわね」

『宜しいでしょうか?』

セシリア「カレン? ええ、入りなさい」


カレン「その……女王陛下、あまり無理はしないで下さい」

セシリア「カレン、いつも『ありがとう』えっと、少しいい?」

カレン「……!! は、はいっ、なんでしょう?」


セシリア「二人の時はセシリアって呼んで? 私は貴方を友達だと……そう、思ってる」


ーーーそれは少しずつ


ルシアン「やはり暇だな……やる事もなし、旅にでも出るか」


ーーー紡がれ


ネア「これを入れて……よし」

ネア「見た目は悪いけど、食べられる……はずよね?」


ーーー繋がり


ルファ「で、どっちが勝ったんだ?」

カイル「引き分けっす」

ルファ「へー、よっし、私も負けてらんないな!!」


ーーーそして何れ


『私は貴方を待ってる』

『貴方が来るのを、待ってるから』



一つになるだろう……

張り直しすいません、ありがとうございました。

このSSまとめへのコメント

このSSまとめにはまだコメントがありません

名前:
コメント:


未完結のSSにコメントをする時は、まだSSの更新がある可能性を考慮してコメントしてください

ScrollBottom