キョン「ハルヒ。好きだ付き合ってくれ」ハルヒ「嫌よ」(208)

キョン「なんでだ、いいじゃないか減るもんでもないだろ」

ハルヒ「減らなくても嫌なものは嫌なの。ていうか……」

ハルヒ「毎日毎日告白してくるな!」

キョン「いや、でも好きだからさ」

ハルヒ「あたしはきらい」

キョン「やれやれ」

ハルヒ「何呆れてんのよ!言っとくけど、あたしは本当にあんたのことなんかきらいなんだからね!」

キョン「はいはい、わかったわかった」

ハルヒ「何だその全然わかってない反応は!」

キョン「おい、ハルヒ、次、移動教室だぞ。はやく準備しろ」

ハルヒ「……いつも言ってるけど、あたしはあんたと一緒に移動するつもりないから」

キョン「ああ、そうだな。ほら、準備もういいか?いくぞ」

ハルヒ「……行こ、涼子」

朝倉「……うん」

キョン「あ、おいまてよ。ったく、本当に唯我独尊な女だ」

ハルヒ「じゃあ付いてくんな!」

キョン「団長様に従うのが俺みたいなヒラ団員の役目なんだから仕方ないだろ?」

ハルヒ「だから、なんなのその団員とか? あたし何も知らないんだけど」

朝倉「涼宮さん、相手にしないほうがいいわ」

キョン「やれやれ」

昼休み
キョン「ハルヒは朝倉と学食か……。仕方ない、部室で食べるか」



キョン「おっと、長門か。俺も一緒にいいか?」

長門「無理」

キョン「よっこらせっと」

長門「来ないで」

キョン「ん?ああ、おまえ今日は何読んでるんだ……って、また小難しいもん読んでるな。タイトルの時点で俺にはサッパリだ」

長門「シンデレラ」

キョン「なんだ? そりゃ何かの隠語か? 悪いけど俺はおまえみたいに全能じゃないんでな。見当もつかん」

長門「邪魔」

放課後

キョン「おっ、古泉じゃないか。これから部室か?」

古泉「……ああ、あなたは……。いえ、僕は特に部活動には参加していませんので、これから帰宅しますよ」

キョン「まあたしかにSOS団は部活動としては認められていないからなあ」

古泉「SOS団……」

キョン「でもちゃんとハルヒに休むって言ってあるか? あいつが不機嫌になると、全部俺にトバッチリがくるんだからな」

古泉「……急いでいますので、それでは」

キョン「あ、おい……ったく、あの様子じゃ言ってないな。仕方あるまい、俺から言っておいてやるか。感謝しろよ、古泉」

階段

キョン「おお、これはこれは朝比奈さん。こんにちは」

みくる「ひ、ひぃぃぃい! で、出たぁ~」

鶴屋さん「まーた君かあ。懲りない子だねっ」

キョン「ああ、鶴屋さんもご一緒でしたか。こんにちは」

鶴屋さん「ハハッ、こりゃどうもご丁寧に。でもね、見ての通り、みくるは君にすごく怯えているのさっ。本当に、金輪際、声をかけないでくれっさ!」

キョン「まったく、あなたにはかなわないですよ」

鶴屋さん「そう思うんなら、毎日帰り際に待ち伏せるのをやめるっさ!」

キョン家

キョン「ふぅ、まったくどいつもこいつもSOS団員としての自覚が無さすぎだぜ」

キョン「……」

キョン「! よし、明日もあいつらにSOS団のなんとやらを教えてやるか!」


翌朝

キョン「よう」

ハルヒ「はいはい」

キョン「今日はちょっとおまえに話があるんだが」

ハルヒ「何? 私のことが好きなんですーとかいうんだったらやめてよね」

キョン「エスパーかおまえ」

ハルヒ「リアクションが古い」

キョン「まあ、その、なんだ、俺、おまえのことが好きなんだ。俺たち、付き合おう」

ハルヒ「だから嫌だってば」

キョン「そうなのか」

ハルヒ「そうなのよ!」

教室

朝倉「あ、ちょっといい? キョンくん」

キョン「ん、ああ朝倉、か。何か用か」

朝倉「もう、涼宮さんにはベタ惚れのくせに、私には興味ゼロって感じね」

キョン「そりゃそうだ、ハルヒが好きで、その上朝倉にも興味津々なんて、ハルヒに失礼だろうが」

朝倉「純粋というか一途というか」

キョン「ストーカー気質とも言えるな」

朝倉「わざわざ遠回しに言ってあげたのに自分で言わないでよ……」

朝倉「まあいいわ。自覚があるならもう、そういうのやめてあげてよね。去年からずっとじゃない。そろそろ涼宮さんを解放してあげて」

キョン「解放もなにもまだ捕獲すらできていないんだが」

朝倉「あなたが付きまとっているだけで、他の男の子も涼宮さんに近付き難いのよ。察し悪いなあ」

キョン「そんな根性無しは知らん。ハルヒが好きなら、俺なんか気にせず当たって砕ければいいだろう」

朝倉「砕け続けてきた気分はどう?」

キョン「すべて俺の糧となっている」

朝倉「あ、そう……」

昼休み

キョン「よう」

長門「出て行って」

キョン「ん? そうか? まあどうしても出て行って欲しくなったら言ってくれ。気分が乗らない日っていうのはあるもんだ。俺もさすがに本気で言われたら出て行く」

長門「出て行って」

キョン「おいおい、長門、おまえ本より重いものは持てないと思ってたぞ。意外に力持ちなんだな。凄いぞ。凄いからその椅子を降ろすんだゆっくり! ゆっくりだぞ!」

長門「あなたの頭へ?」

キョン「違う!」

長門「高速であなたの頭へ?」

キョン「もっと違う!」

長門「光速で」

キョン「放課後に会おう!」

放課後

キョン「あ、古泉……、ったくあいつ俺の顔見て走って逃げ出しやがった。またSOS団無断欠席か。仕方のない副団長だ。皆勤の俺がヒラってのはどういう了見だよ」

みくる「あ……」

キョン「ん? おお、これは朝比奈さん。今日は本当に奇遇ですね。これから部室ですか?」

みくる「いつもは偶然じゃないんですね……。そうです、私これから書道部に行くので、あの、では!」

キョン「あっ、ちょっと朝比奈さん、だからあなたは書道部員じゃなくてSOS団専属マスコット……って、もう聞こえないか」

鶴屋さん「やあやあ」

キョン「あ、鶴屋さん。どーも」

鶴屋さん「ははっ、どーもどーも毎度ありぃ! 今日もみくるにちょっかい出してたねえ」

キョン「はい、なにせ最近全然朝比奈さんのメイド姿を拝んでいないもんですから」

鶴屋さん「アハハ、みくるのメイド服姿かい? そんなもん、あたしも見てみたいっさ! でも、あの子はそんな格好しないし、しても君には見せないと思うよっ」

キョン「何言ってるんですか鶴屋さん。SOS団ではいつもメイド服でお茶汲みを」

鶴屋さん「そうそれっさ! SOS団、だっけ? 君、そんな架空の団体妄想して、楽しいかいっ? 一人でやるならどうぞお好きに、でもねっ、みくるまで巻き込まないでくれないかな!」

キョン「いや、だからSOS団は本当に」

鶴屋さん「これがっ」

鶴屋さん「最後の忠告っさ」

部室

キョン「…………」

キョン「おっと、さて、今日も堂々と暇つぶしの団活に精を出すとするか」

キョン「ええっと、今日は……ちょっと遅いな。鶴屋さんと話してたら……。よし、これはハルヒに遅刻を叱られるパターンだな」

キョン「ふぅ、やれやれ」ガチャッ

キョン「おっす」

キョン「おっそーい!」

キョン「ああ、はいはい、わかってるからそんな大声出すな」

キョン「全然わかってない!あんたみたいなヒラ団員が、団長であるこの あ た し より遅くやって来るなんてありえないの!」

キョン「あんた、会社で上司より後に出社してヘラヘラしてる会社員がいるとでも思ってんの? そーゆーことよ」

キョン「別に始業時間前ならとくに問題ないだろう」

キョン「はぁー! もう! これだから最近のゆとりは! なんて言われんのよ!」

キョン「あ、あのぉ~お茶が入りましたぁ~」

キョン「ああ、すみません朝比奈さん。今日も美味しくいただきます」

キョン「うふ、今日は新しいお茶にチャレンジしてみたんですよ? 感想聞かせてくださいね、キョンくん」

キョン「朝比奈さんの淹れたお茶ならなんでも美味しいですよ。なあ、長門」

長門「帰って」



キョン「ああ、そう言えば今日は古泉は用事があるとかで来ないらしいぞ、ハルヒ」

キョン「なんですって!古泉くんったら、あたしに一言もなしに……みくるちゃん!おかわり!」

キョン「あ、はい、ただいま」

キョン「そう言えばどんな理由かは聞き忘れてたな。長門、おまえ何か知らないか?」

長門「……」

キョン「ま、そうだよな。おまえはいつも答えない時には答えないし、答えられる時は答えてくれるんだ」

長門「それは普通のこと」

キョン「いいんだ。わかってるから」

キョン「おまえの事は、俺が1番、よくわかってるんだ」

長門「やめて」

キョン「そうだな、わざわざ改まって言うことでもないよな」

長門「違う」

キョンの家

キョン妹「おかえりキョンくん!」

キョン「おお、ただいま」

キョン妹「今日も学校楽しかったー?」

キョン「…………ああ」


キョン部屋

キョン「楽しかったか、か」

キョン「ハルヒがいて。長門がいて。朝比奈さんがいて。古泉がいて。鶴屋さんも朝倉だっている」

キョン「これだけ叶っていたら、楽しいと思わなきゃ、嘘だよな」


キョン「俺が望んだ事なんだから。俺が願った事なんだから」


キョン「仕方ないんだ」




キョン「これが、俺の世界」





あれも、かれこれ一年くらい前になるのかーーー

キョン「九曜……てめえ……!」

突然の襲撃だった。俺はもちろん、ハルヒでも、あの長門でさえ全くの不意を衝かれる格好になったのだろう。
この時点で、機関はどうか知らないが、少なくとも情報統合思念体とは一切連絡がつかなかったらしいからな。

場所はいつものSOS団の溜まり場、つまり北高文芸部部室である。ちょうど、放課後を告げるチャイムが鳴った直後だった。

あまりにも日常的なその場所で、胸を九曜の腕に一突きにされて血を流して倒れている古泉。

それはどうにも場違いな、もしこれが映画なら演出家のセンスを疑いたくなるような散々な装飾品だったろう。


しかし、これは現実だった。


文句を言うべき演出家なんてどこにもおらず、代わりに文句をつける相手がいるとするならば、それはそう、この、得体のしれない地球外生命体しかいない。



天蓋領域、周防九曜。

腰よりも長く、不自然に量の多い髪の毛をたたえたこいつは、しかしそんな髪の量なんかよりもさらに不可解なことを言っていた。

九曜「ーーー私は。涼宮ハルヒと。を。還す」

ハルヒをどうするって?

その前に古泉は生きてるのか?

生きてるんだよな?

普段、微苦笑浮かべて、ハルヒを側で見守ってるおまえを、俺はひそかに尊敬してたんだぜ?


なあ、今度俺に愚痴とか言ってくれよ。いろいろ疲れるんだろ?


俺のこと、友達だと思ってくれていいんだぜ?

しかし、そんな俺の心の叫びも虚しく、周防九曜は、この人外の宇宙生命体は、言いやがった。

九曜「まず。死んだ。1人」

九曜「秀ですぎた、現代人」

死んだ、と。
殊更なんの感慨もなく。

まるで自分はただ観察していただけで、何もしていないかの如く。

たしかに、この女の腕が、古泉を、古泉の体を貫いたというのに。

九曜「2人」

人生において不覚を取ったことなど、何度となく、数え切れないほどにある俺だったが、それでも今回だけは。

この時だけは。


自分を殺しても、許せる気のしない、まったくもって完全無欠の、不覚だった。

破砕音とも破裂音とも取れる音が部室に響いた。

最初の扉の破壊で腰が抜けていた、朝比奈さん。

すぐに椅子から立ち上がり九曜に向かって行った古泉の次に、この宇宙人に近い位置にいた彼女は。

古泉が貫かれるのを間近で見て気を失っていた彼女は。



俺の目の前で、頭を砕かれた。

九曜は、そこに何もないかのように。

その空間には始めから何も置かれていなかったかのように、一切の淀みなく朝比奈さんの頭を踏み砕いた。


九曜「傾城の。未来人」

大変恥ずかしい話ではあるが、ここに来て俺は完全に腰が引けてしまったのだった。


あまりに猟奇的。あまりに非日常的。


とても、現実の事とは思えなかった。

頭が、そう理解する事を拒否した。

その張本人が言うのも恥知らずここに極まれり、といった具合なのだが、それでも言わせてもらえば。

この世界、すべてを余すところなく探しても、俺みたいにならない奴なんてほとんどいないと思う。



そして、ここにはそんな奇跡みたいな奴が、1人、いたのだった。


ハルヒ「おまえ……! 古泉くんを! みくるちゃんをォ!」


一体どこに隠し持っていたのか、刃渡り10cmはあるナイフをあいつは逆手に持って、これまた信じられない速度で九曜に向かっていった。


それもただ向かうだけではない。


相手から捉えられ難くなるよう左右に細かく切り返し、その切り返しで初速を殺さぬよう重心をコントロールして、むしろ加速しながら九曜に飛びかかったのだった。



絶技と言っても差し支えないその体捌き。

もはや俺には捉え切れないほどの高速だったが、結果を見れば、周防九曜にとっては、コマ送りで、静止画のように見えていたということなのだろう。


俺が次にハルヒをしっかりと目で捉えた時。

すでにあいつの右手からナイフは消え去り(どこかへ飛んでいったのではなく、文字通り消えてなくなっていた)、代わりに九曜の右手が。


正確にハルヒの心臓を射抜いていた。


キョン「ぁ…………ハル……ヒ」

グッタリと動かなくなったハルヒは、まるで人形か何かのようだった。



九曜「3人」

九曜「宇宙の。核」


この時点で九曜と相対していたのは、俺だけだった。

長門はどうしたかって?

あいつはな、ここには最初からいなかったんだよ。

話が前後するが、この時すでにあいつは、ひどい熱にうなされていたらしい。

そう、天蓋領域によって。

つまり、天蓋領域の侵攻を受け、俺たちより前に、より丹念に、攻略されかけていた。


そんなあいつに、この俺たちを助けろなんて、言うことは出来ない。




それに結果的には、あいつがこの場にいなくて、よかったんだから。


九曜「ーーー」

そこで、九曜の視線が、たしかに俺を捉えた。


その時、俺はこの先どんな幸福が訪れようと、幸せを感じてはいけないという、それほどの自分への嫌悪感を抱く行動を取った。


キョン「た、助け……」

それは、恐怖が。

俺の日常を奪った事への憤りよりも。

友のために真っ先に立ち向かった男の、
誰よりも友人想いだった女性の、
そして、世界で最も大切な女性の死に対する、

怒りよりも。


「自 分 の 命」 なんてゴミ屑みたいなものが消える、という恐怖が、上回った瞬間だった。



俺は、命乞いをした。


九曜「ーーーーーー」


九曜「特別な。一般人」




当初の目的がハルヒだけだったのか。

それとも未来人や超能力者といった、普通でない者すべてを消すことも含まれていたのか。


予測の域を出ないが、おそらくどんな目的があったにせよ。

その時点でもうミッションは遂行されていたのだろう。


九曜は一言だけ俺に対して残し、あとは何も言わずにいつの間にかいなくなっていた。

後に残されたのは俺1人。

しかし、しばらくしてうめき声を聞き取ってハッとした。

キョン「は、ハルヒか!?」

声がした体を抱き起こす。


九曜……これはわざとか、それともたまたまか。
とにかく、ハルヒは息をしていて、驚くことに意識もあった。

ハルヒ「キョン……?」

キョン「ああ! 俺だ! 待ってろ、いま救急車……」

そんな俺の襟元を、ハルヒは弱々しく握った。

ハルヒ「もう、わ……わたしは、助か、らない」

キョン「馬鹿言うな!まだなんとか……」

ハルヒ「あんた、無事で……よかっ……」

ハルヒ「……はぁはぁ、……ごめ……ね」

キョン「なんでおまえが謝って!」

ハルヒ「みく……るちゃん、こ……いずみくん……」

キョン「……!」


こんな時まで。

自分がもう死ぬって時に。

こいつは、他人のことを。友達のことを、思えるのか。


その姿は、正しく、世界で、いや宇宙で最も気高い、俺たちSOS団の団長だった。

キョン「ハルヒ。……好きだ。おまえのことが」

ハルヒは、涙と血で汚れた顔を崩すように笑って、深く、息を吐いた。


ハルヒ「もっと……はやく言……なさい、よ、バカ……キョン」


そこからは記憶を引っ張り出すのも恥ずかしい話だ。

部室にハルヒ達を置いて来た俺は、涙で顔をグシャグシャにしながら、血のついた制服のまま長門の家まで全力疾走した。

長門宅に着いた時には上履き(当然履き替える余裕なんてなかった)が片方なくなっていたほどだ。

とにかくその状態で長門の家に入り込んだ(鍵はあいていた)俺は、長門がリビングの床に倒れているのを見つけた。

キョン「長門! しっかりしろ! 長門!」

長門「……」

かなりキツそうだが、意識はあるようだった。

そして、うっすら目を開けて俺を捉えるなり、長門は信じられないことをいった。


長門「すべてが、手遅れになった」

曰く、もう終わりだと。

もう、打つ手もなく終わっていると。


長門は苦しそうにしながらも俺に語ってくれた。

長門「天蓋領域とのコミュニケーションは不可能。よって今回の行動も一切が不明」


長門「分かっているのは今回の襲撃が涼宮ハルヒとその近しいものの抹殺であること。朝比奈みくるの親しい友人も、あなたのクラスメイトも、家族も、おそらく生き残りはいない」


絶望的な報告だった。途方に暮れるには充分なほどの。



しかし、長門はそこで終わらなかった。


長門「でも、あなたが残った」

長門「これは奇跡。あなたは最も重要度の高いターゲットの1人なのに。あなたは、特別なのに」

特別な、一般人。九曜が、あの殺戮兵器が言っていた。

長門「私も、もうもたない」

キョン「おい! そんなこと言うな!」

長門「情報統合思念体とも連絡が取れない。おそらく彼らも無事ではない」

あの長門の親玉ですら無事じゃないだと?

本当に、一体どうなってやがるんだ!

長門「でも、あなたが残った」

もう一度、長門は繰り返した。

俺なんかが、1番役に立たない俺なんかが残って、どうするっていうんだ。


長門「あなたに、すべてを託す」

キョン「え?」

長門「これから行うのは極めて確率の低い無謀な行為。しかし、私達に残された最後の手段。これをし損じれば、世界が閉じる。リスクは大きい。それでも、あなたに、すべてを託す」



再三の言葉を口にして、長門は、俺の額にそっと手をあてた。



長門「願って。あなたの世界を。12時の鐘が鳴る、その時まで」


長門の唇が細かく高速で動いたかと思うと、俺の意識はどこか遠くに吹き飛んでいった。

キョン部屋

キョン「ん……もう朝か」

あれから、一年がたった。

といっても、俺はあの事件の最後、どうやら時間遡行とはまったく別のタイプの時間移動をしてのけたらしい。


俺は、なんと入学したての、あのハルヒの馬鹿な自己紹介を聞いた日の放課後までタイムスリップしていた。

だから、そこから一年、つまりやっとあの事件の時期まで追いついたわけである。



キョン「中身はまったく違った一年間だったけどな……」


ハルヒは馬鹿な自己紹介はしたが、なぜかSOS団を結成しなかった。

俺がどんなに提案しても、興味はゼロ、関心が沸かない様子だった。

そうなれば寂しいもので、古泉や朝比奈さん、長門と仲良くなる機会も得られず、元・SOS団員達はお互いがお互いの青春をそれぞれ展開しながら、この一年を過ごした。


その間俺がした事と言えば、あいつらのどこかに眠っているかもしれない記憶を、引きずり出そうと躍起になっていた。


いや、ただ単に何を話してもこちらを向いてくれない友人達に構って欲しくて、ずっと道化を演じてきた。


この先も、ずっと、そうして行くのだろうか。

そうするしかないのだろうか。

キョン「そうしないと、俺がどうにかなっちまうんだよ……」

一度壊れたこの世界を、俺は、どんな世界にしたのだろう。

俺は長門のいった低確率な賭けに勝ったのか?

何もわからない。


何もわからないけど、だからこそ、一つだけ。

俺に残された最後の団長命令だけは、この世界で目覚めた即日のうちにやってのけた。


あるいは、あれがいけなかったのかもしれないが、仕方のない事だった。


当初の俺には、この世界では俺とハルヒがまだ喋ってもいない、ただ席が前後にあるというだけの真っ赤な他人同士であるなんて事、わかるわけもなかったんだから。


キョン「なんにしても、今日もがんばるか」

教室

ハルヒ「げっ」

キョン「よう」

ハルヒ「…………」

キョン「さて、今日は土曜日だから半ドンか。気が楽でいいな」

ハルヒ「……」

キョン「この午後全部フリーって感覚はたまらないよな」

ハルヒ「……」

キョン「あ、一限、宿題やったっけ?」

ハルヒ「………………ちょっと」

キョン「ん? なんだ」

ハルヒ「あんた、その、いつもみたいにやらないの」

キョン「いつもみたいに?」

ハルヒ「……! もういい! こっち見んな!」

キョン「うわっ! シャーペン振り回すな!」


キョン(なんだと言うんだこいつは)

キョン(相変わらず情緒不安定なやつだ。大体俺が何をしたって言うんだ)


しかし、この時の俺はわかっていなかった。


何をしたか、だと?

俺は何もしていない。何もしていないんだ。

なぜだろう。

毎日、朝にはハルヒに愛の告白をしていたのに。この世界になってから、一日も欠かさなかったのに。


どうして……?

放課後

キョン「おーす」

長門「……」

キョン「ふぅ、部室はやっぱり落ち着くなあ」

なんだ。

キョン「長門、今日はなんの本読んでるんだ?」

長門「……」


なんだ、この焦燥感は。

キョン「ああ、またシンデレラか」

長門「出て行って」


何か大切なことを……

キョン「……シンデレラ?」


シンデレラだと?

長門「ちなみにシンデレラは何かの隠語では」
キョン「ちょっとそれ貸してくれ!」バシィッ

長門「」



話を知らないわけではない。
むしろ知っているからこそ読もうと思ったのだ。

確認のために。

あの日、最後に聞いた長門の言葉。


『願って。あなたの世界を。12時の鐘が鳴る、その時まで』

キョン「そうか……!!」

いや、でも、まだ足りない。まだ、シンデレラと言えば、アレが……。

キョン「長門! おまえ、知らないか!?」


キョン「ガラスの靴を!」

俺の予測が正しければ……こいつが。


長門「……知らない」

知らない、か。

こうなると、かなりマズイ展開だがーーー

長門「しかし」

長門「今朝、私の家に持ち主不明の上履きが、片方だけあった。今日、下駄箱に置いていこうと思って……」


持ってきている、と。

長門は鞄から袋を取り出した。
俺はひったくるようにそれを受け取ると、中身をあらためる。


間違いなく、俺のものだった。

無論、いま俺はしっかり両足に上履きを履いている。

となれば残る可能性は一つ。


前の世界で、長門の家に向かって走った時に失くしたものだ。


俺は持っていたシンデレラの本を長門に押し付け、激しい音を立てながら部室を出て行く。

キョン「ありがとな!長門」

長門「……いい」



しかし、なぜだろう。


これが最後の試練なのか。


ハルヒに今日だけは。今日だけはしていない事があった。

あの日から毎日、休みの日は電話で、繋がらなくなってからは家まで行って、学校では毎朝、言い続けてきたのに。



12時の鐘が鳴る、その時まで。

俺はちゃんとあいつに言い続けなければいけないのに。

俺が生きた、あの世界で、最後に受けた団長命令。

それを、守らないと。


それが、守られないと、あの世界は、本当に無かったことになってしまう。


たしかに俺は、みんなの死を前に、命乞いをしたような馬鹿野郎だ。

救いようもなく、それなのにあの世界を救おうだなんて。


それでも。
それでも俺は。

きっと、あの長門が告げた12時の鐘とは、真に12時のことは言っていない。


そう、あの時。


あの忌まわしき宇宙人が俺達の部室に踏み入ってきた時間。

北高の誰もが待ち受ける完全終業の放課後を告げるチャイム。

16:30の鐘。


現在時刻は16:25であるーーー

俺は、まだ今日の分の団長命令を遂行していない。


もちろん、すべてが仮説の域を出ないけど。

それでも、価値はあると、俺は思った。こんな情けない俺だけど。

みんなと笑った、あの世界を。

今度こそ。


守れなかった友を。愛せなかった人を。


俺はーーーーーーー





キョン「ハルヒ!!!」

学校の校門を抜けて、少しハイキングコースを下ったところに、あいつは、いた。


ハルヒ「何よ」

ひどく面倒臭そうだが、それでもこちらを振り向いてくれたハルヒ。


少し距離はあるが。

周りに多くの下校中の見物人がいるが。


俺は、ありったけの、この一年間分の想いを、ぶつけた。



キョン「ハルヒ! おまえのことが、大好きだあああああああああああああああ!!!」

一瞬の静寂から、誰が一番早く我を取り戻しただろう。


そんなのは決まっている。

団員の不始末には、世界中の誰よりもうるさい団長様が、ウチにはいるんだぜ。

ハルヒ「は……はぁぁあ!? 」


ハルヒ「あああんた、バ、バ、バッカじゃないの!?」


顔を真っ赤にしたハルヒはなかなか珍しいな、なんてことを思った。

こんなハルヒは、前の世界でだって見たことないぜ。


辺りはやっと俺達二人に追い付いてきたようで、何やらざわつきだし、ニヤニヤする者、小声で話し合う者、とにかく雑然とした空気を醸し出す。




そこへ、一つのチャイムが鳴り響いた。




そのチャイムが鳴り終わるまで、俺とハルヒはずっと、見つめ合っていた。


右手には、長門から託された、大嫌いな自分の履いていた、上履きを握りしめながら。

「……ょっと……ン!」

何か、遠くから聞こえるような……

「……ぇ……っば!」

懐かしい……

ハルヒ「こぉら! 起きろ、バカキョン!」

後頭部に走った痛みで、俺はようやく、おずおずと頭を上げた。

ハルヒ「やっと起きたわね、このバカは」

ため息をつくハルヒ。

みくる「よく眠ってましたね、キョンくん」

にこやかに笑いかけてくれる朝比奈さん。

古泉「おや、額にあとがついてしまっていますよ」

爽やかスマイルを忘れない、古泉。

長門「……」

定位置から、本を閉じて、じっとこちらに視線を送ってくる長門。

キョン「俺は、帰ってきた……のか?」

その瞬間、周囲から大層笑われたことで、俺は確信を持った。


帰ってこられたのだ、この世界に。

当たり前に友人に囲まれていた、この世界に。

後に聞けば、長門が最後に俺に授けた力。

つまりあの上履きに仕込まれていたものは、言うなれば

「蓄電池付きの時空操作マシン」

だったらしい。


しかも、桁外れの規模のものだ。


まず、この装置を起動するために必要なものは二つ。

一つは、元の世界を忘れないこと。

一つは、蓄電池を充電した状態で、この日あの時間を迎えることだった。

長門『あなたは時間遡行と共に並行世界への跳躍を行った』


長門『その時点でこの世界の時間もあなたと共に一年前の時点に戻った。それから一年間、あなたは並行世界で過ごし、その間、その並行世界以外の宇宙世界はすべて凍結されていた』


キョン『随分と大掛かりだな』


長門『そう』


長門『そしてあなたが蓄電池をため、装置を起動させた瞬間にこちらの世界はその動きを取り戻し、一年間をやり直して今に至る』


長門『あなたは並行世界から直接、こちらの世界の一年間を飛び越えて、ここにやってきた』

キョン『俺のいた並行世界はどうなっちまったんだ?』


長門『逆にその動きを一年間凍結した。今はこちらと共に時間が進んでいるはず。あなたのいない時間が』

キョン『俺が、いない』


長門『その一年間の間に、情報統合思念体が天蓋領域とのコミュニケーション手段を確立、交渉の末、天蓋領域の暴走行為を防ぐに至った』

キョン『長門の親玉もがんばったんだな』


長門『この宇宙を完全に時間遡行・凍結・解除するために、あなたには莫大な量の「蓄電池の充電」を頼まなければならなかった。それが、あなたを並行世界へ送った理由』

キョン『並行世界で毎日ハルヒに告白することが、そんな力を持っていたのか」

長門『重要なのは、他世界において元の世界の記憶を留めておくこと』


長門『通常これは不可能。あなたも、元の世界を忘れて、一から並行世界の私達と付き合おうと思えば、苦労しなかったはず」

キョン『……たしかに。なんだか、直接見てきたようなことを言ってくれるな、おまえは』

長門『それに』

キョン『それに?』

長門『愛は、偉大』


だそうだ。

とにかく、俺はそんな大掛かりな時間移動だか世界移動をやってのけた。

そして、ガラスの靴、否、自分の上履きによってもとの世界にもどってきたのであった。

俺の上履きは、長門がこの日の朝に長門に見つかるように送ってくれていたらしい。


とにかく、ここに戻ってくることが出来た以上、一つ、やっておかねばならない事があるのは、間違いないだろう。


キョン「おい、ハルヒ。いつまで笑い転げてるんだ」

ハルヒ「だ、だって、あんた清々しいくらいに寝ぼけてるから!」

俺は寝ぼけてなんかいないんだがな。

しかし、これから言う事も寝言だなんだと言われちゃ、かなわないな。

キョン「ハルヒ」

ハルヒ「な、何よ」

ハルヒは笑いをこらえ切れないようだったが、なんとか俺に体を向けて聞く態勢に入った。

キョン「いま、俺は寝ぼけてなんかいない。さっきは仮に寝ぼけていたとしても、いまは大丈夫だ」


キョン「よって俺はいまから大真面目に本意気なことしか言わないから、よく聞け」



ハルヒ「まあ、寝ぼけてる人間はそんなこと言わないわね」

まだ表情はニヤニヤしているが、なんとかこらえているようだ。

これから言う事を聞いて、その顔がどうなるか見ものだな。

あっちの世界のおまえは、顔を赤くして、結構可愛かったんだぜ。


それじゃ、本日二度目の、俺の本気だ。



「ハルヒ、俺はおまえのことがーーー」




fin.

ここまで、読んでいただき、ありがとうございました。

また、どこかで書いた時は、よろしくです。

ではノシ

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