機動戦士ガンダム外伝―彼女達の戦争― (795)

前々スレ
【ジャブローで撃ち落とされた女ジオン兵が…】
ジャブローで撃ち落とされた女ジオン兵が… - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1367071502/)
前スレ
【ムラサメ研究所を脱走してきたニュータイプ幼女たちが…】
ムラサメ研究所を脱走してきたニュータイプ幼女たちが… - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1371217961/)
1st裏スレ
【ジオン女性士官「また、生きて会いましょう」学徒兵「ええ、必ず」】
ジオン女性士官「また、生きて会いましょう」学徒兵「ええ、必ず」 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1379074159/)


【諸注意】
*前々スレのファースト編、前スレのZ、ZZ編、1st裏スレからの続き物です。
*オリキャラ、原作キャラいろいろでます。
*if展開は最小限です。基本的に、公式設定(?)に基づいた世界観のお話です。
*公式でうやむやになっているところ、語られていないところを都合良く利用していきます。
*レスは作者へのご褒美です。
*更新情報は逐一、ツイッターで報告いたします→@Catapira_SS

以上、よろしくお願いします。

 

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1381238712


今回も、どうぞよろしく。
 


おっと、酉、こっちの方が落ち着きます。
 

時間が取れず落ち着いたら読もうと思ってたら新スレだと?
1st裏って別の人と思ってたけど同じ人が書いてたのか
ログは保存したし、こっちも期待してますよ

>>4
投下前に書き込むとは、やるな!
貴様ニュータイプか!?ww

お読みいただき感謝です。

投下はもうしばらくお待ちくださいね。
 

今回は逆シャア編かな?
それとも裏Z編かな?
ともかく期待


機動戦士ガンダム外伝―彼女達の戦争―
機動戦士ガンダム外伝―彼女達の戦争― - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1381238712/)

書くことないけど、ヌルっと新スレ建てました。
書くことないけど、“書いたこと”ならあります。
びっくりしてもらえることを祈っております。
 

 ↑
ブラウザで3スレいっぺんに開いてたら、投稿先間違えました。
自分自身に誤爆した場合は自爆になるのでしょうか?

なにはともあれ、すみません。
 

>>6
逆シャア編です!
裏Z編も考えましたが…長くなりそうなので、やめましたww
 

騙されて悔しいのに読んじゃう

>>9
逆シャア編のあとに裏Z編書いてくれたら嬉しいなって期待しちゃうな

>>10
嫌われたらどうしようって思ってた!
来てくれてありがとうございます!

>>11
裏ゼータ編はもしかしたら、
このスレに書くかも知れんです。


 こんばんは!

キャタピラの十八番、見切り発射で、投下行きます!

このシリーズは、ややゆっくり目の投稿になるやも知れませんが、お許しください。

では、CCA編、開幕です!
 



 私は、ホンコンシティの中心地の裏道を彼女の手を引いて走っていた。

まさか、これほど早く露見の危機に陥るとは想像もしていなかった。

この手の事態は、かならず想定よりも早くやってくる…

そんなこと、分かっていたはずなのに、いまさら慌てふためいて、こんなことになってしまうなんて。

 彼女は、息を切らせながらもなんとか私に着いて来てはいる。だけど、それも時間も問題かもしれない。

私のように、訓練に明け暮れていた軍人上がりの傭兵崩れと彼女は違う。

13歳で、訓練やトレーニングを積んだ経験のない彼女に、もうどれだけ、逃走の体力が残っているかは分からなかった。

 狭く薄汚れた裏路地を抜け、大通りを渡って、別の裏道へと入っていく。

この先を抜ければ、大陸を横断してヨーロッパに抜けられる長距離特急列車のプラットホームがあるはずだ。

その列車に飛び乗れさえすれば…!

 私は、その裏路地を彼女の手を引いたまま抜けた。

 だが、そこには、やつらがいた。

 通常とは違った色の連邦軍の制服とヘルメットにワッペンを付けている男達。

地球上の不法居住者を摘発することを目的に結成された、軍部とも警察組織とも言われる、特殊な部署で、

いわば、かつてのティターンズのような横暴を許可されているような存在だ。

 私は、とっさに踵を返してもと来た路地を逆方向へ走る。ダメ、まだ、捕まるわけには行かない…

せめて、彼女をどこかに隠さないと…せめて、それだけのことはしないと…

しかし、私達の正面には、別のマハの一団が居た。

道の両側をふさがれた…でも、ダメ、まだ…まだあきらめるのはダメ!とにかく、逃げないと!

 私は、とっさにそばにあった民家のドアを蹴破った。その中に駆け込む。中に住人の姿はない。

私は、彼女の手を引いて、裏口だったらしい今のドアから、雑然としているリビングを抜けて、

正面の大通りに沿っているらしい玄関口へと向かった。ロックを外してドアを開ける。

そこには、マハの姿はない…やった、このまま巻ける!

 私は、焼ける様な胸の痛みをこらえ、ガクガクとすでに力の抜け出している脚に、それでも気力を注いで私は走った。

 でも。

 数十メートルも走らないうちに、彼女が転んでしまった。

私は慌てて、彼女を助け起こすが、そんな彼女は、私の顔見て、苦しそうに首を横に振った。

「ミリアム…私、もう…」

そんな…そんなことを言わないでください!もうすぐ、もう少しなんです!

私は、彼女の言葉に返事をするよりも先に、彼女を立たせてまた手を引っ張った。

こんなところで止まっていてはダメだ!
 


 私は、胸の内にこみ上げる、いいえ、胸を切り裂くような、あの感覚を押さえつけながら、走った。

大通りを渡って、また細い路地に入る。そこを抜けた先には、公園があった。

公園の木々の間を抜けて、また別の路地へと駆け込む。どこをどう走ったのは、覚えてなんていなかった。

ただただ、息の続く限り、私は彼女を連れて、とにかく走った。

 再び、さっき見えていた列車の線路が見えてきた。この街にある、特急列車に乗れる最後の駅。

あそこだ、あそこまでいければ…!

 私は階段を駆け下りて、駅の正面に出る細い路地を駆け抜けた。路地の終わりが見えてくる。

駅のエントランスには、マハの姿は、ない!やった、これで…これで!

 しかし、路地を抜けて、私は絶望した。

まるで、私達が飛び出してくるのを待っていたかのように、マハの連中が、15人ほど、そこかしこから姿を現したからだった。

後ろを振り返るが、そこにも、もう5人ほどが追いついていた。

ここにはもう、蹴破って逃げられそうなドアもない、登って逃げられそうなハシゴも、非常階段もない。

 完全に囲まれてる…逃げ場は、ない…

「どこへ行かれるんですかな、ご婦人?」

その中の一人が、私にそう声を掛けてくる。私はとっさに、彼女を自分の背中と壁の間に挟み込む。

なにがあっても、彼女だけは傷つけさせるわけには行かない…連れ去られるわけには、いかない…

そう心を決めていた私にも男に返す言葉が思い浮かばない。

「そちらは、あなたのお嬢さんですかな?あなたとは血のつながりは薄いようですが…いかがなさいましたかな?」

こいつらは、確信を持っているの?それとも、カマをかけようとしているの?

ここで何かを口走ってしまえば、それこそ揚げ足を取られて逮捕の口実を与えてしまうことになる。

かと言って、このまま黙り通すのも無理な話だ。公務執行妨害で、逮捕はなくとも、強制的に任意で同行させられる。

 万事休す、か…それなら、やっぱり、そうするしか方法はない、よね…

 私は覚悟を決めて、背後に隠れた彼女の手を握った。ごめんなさい…でも、覚悟を決めてください…

ここは、力押しするしか、方法がありません…!

私は、心の中でそう彼女に語りかけてから、来ていたジャケットの内に手を入れた。

 そのときだった。

「あぁぁぁぁ!こっっんなところにいた!!!」

まるで空気を切り裂くようなキーキー声が聞こえてきた。見るとそこには、ひとりの女性が立っていた。

きれいな身なりをした、どこかの資産家にでも見える女だ。

 「まったく!こっちがどれだけ心配したと思ってんのよ!まともに子守りもできないなんて!」

女は相変わらずのキーキー声でそうわめきたてながら、いきなり私に詰め寄ってきた。

彼女は、なんのことか分かっていない私の髪をグイッとつかむと、頬をはたきつけてきた。

 この女…!!あまりのことにカッとなりそうになった私を、後ろから彼女が、袖をつかんで制止した。

そんな私のことを知ってか知らずか、女は周りを囲んでいたマハの連中に頭を下げ始める。

「申し訳ございません。私は、ルオ商会で会計主任補をやらせていただいております、カーラ・ドルチェと申します。
 この度は、娘と、メイドがご迷惑をかけたようで…大変に、申し訳ございませんでした」

娘と…メイド!?何を言ってるの、この女は?!

本当に精神でもおかしいの?

この地球上に彼女の家族がいるはずはない。

いいえ、彼女の家族が、あんたのような人間であるはずがない…だって、この人は、この方は…
 


 「もし、苦情などございましたら、ルオ商会の方へ直接お願いいたします。責任を持って、謝罪を行いますので…

 どうか、この通りです」

女はなおもそう言いながら頭を下げている。

 驚いたことに、私達を囲んでいたマハの連中は、戸惑った表情をしながら、お互いに顔を見合わせている。

確かに、この街でルオ商会の人間だ、と言われたら、無理をして逮捕することも、連行することもできない。

ルオ商会は、クリプス戦役以降、反連邦組織カラバを支援していたことを公表し、

そのカラバや同盟関係にあったエゥーゴの大半がグリプス戦役勝利の立役者として半ば吸収される形で

連邦側から直接支援を受けるようになってからというもの、連邦政府にも相当の影響力を持つようになった。

かつてのティターンズのようなマハと言えど、まだ発足したての組織には違いない。

政府に対し、ルオ商会が異議を申し立てれば、現場の人間、数人のクビを飛ばすことくらいはためらわないだろう。

 「しょ、証明はできますかな、その子どもが、あなたの娘である証明が?」

マハの一人が、女にそうたずねる。女は毅然とした態度で

「この肌の色と、髪の色を見てお分かりになりませんか?

 あぁ、目の色は主人のきれいな青い瞳に似ていますものね…

 もし必要であれば、商会の人間に言って、住民情報を取り寄せさせますが、必要でしょうか?」

と言い始める。それを聞いたマハ達は、また一様に戸惑いを見せる。

 「お、おい、このご婦人のおっしゃっていることは、本当なのだろうな!?」

マハの一人が、今度は私にそう問いかけてきた。

 女が、私をチラリと見やった。マハの連中も、思わぬ出来事にヤキが回ったみたいだ。

そんなこと、私に聞いたって、口裏を合わせるだけなのは、普通に考えてわかりそうなものなのに…

「は、はい。私は、幼い頃戦争で家族を亡くし、行き場をなくしていたところを大奥様に拾われて、

 以来、メイドとして仕えております」

「まったく…母さんにはあれだけ従順だったっていうのに、私に代替わりしたとたんにこれなんですから。

 困ってしまいますわ。今日も、娘を学校から大学の研究室へ送るよう頼んだのですが、

 こんなところに居るのをみると、娘のわがままを断りきれなかったんでしょう」

女はさらにそう言って、私の後ろから顔を出していた彼女を見やった。

「ご…ごめんなさい、お母様…わ、私、どうしても、その、映画が見たくって…」

「映画なんて、研究室でのお勉強が終わってから、お家のシアターで見られるでしょう!?

 遊ぶ暇があるならお勉強をしないと、お父様のメンツにかかわるんですからね。

 そのことをあなたは分かっているのかしら?!」

「ご…ごめんなさい…」

彼女は、まるで本当に叱られているかのように目に涙を浮かべてつぶやくように言った。

いや、女の剣幕に、本当に怯えているようにも思える。

それにしても、この女、何者なの?本当にルオ商会の人間…?

なぜ私たちを助けようとしているの…?
 


「二人には帰ってから良く言って聞かせますので…どうかご勘弁くださいませんか?

 出来ましたら、皆様のお名前を伺わせてください。主人の方から、お詫びをお届けに上がらせますわ」

女は、シレッとそんなことまで言ってのけた。

名前を聞かせろ、なんて、あんなに丁寧に言っているが、この女は分かっている。

街角で私達を見つけ、追跡してきたこいつらが、半ば違法が大手を振って歩いているようなものだってことを。

有力者にその名を明かし、“娘達”を容疑も確定せぬままに追い回していたことがバレれば、

自分たちがどういう目にあうか、ってことをマハの連中が想像するだろうことまで。

「い、いや、そ、それは…は、はは。いえ、最近は、この辺りも物騒になってきておりますからな。

 わ、我々としても、すこし警戒しすぎていたところもありましたし…まぁ、お二人を無事にご家庭にお返しできる、

 ということであれば、我々としても、安心するところでありまして…」

マハの連中、さすがにヤバいことに気が付いたらしい。

青い顔をしながら指揮官らしい男がそう言うのと同時に周りもこれ見よがしに笑顔を作ってうなずいている。

「そうですか?ですけど、やはりお詫びとお礼を…」

「い、いいえ!めめめ、めっそうもありません!」

女がさらに口にすると、終いには指揮官は声を裏返らせながらそう答えて、

「わ、我々は任務に戻りますので、どうかお気を付けておかえりください!」

と言い残して、逃げるようにその場を去って行った。
 


 マハの連中の後姿を見送った女は、ふう、と大きくため息を吐いた。

それから、私達の方を見やると、今まで見せていた、毅然とした表情から一転、屈託のない、人懐っこい笑顔で

「いやぁ、間一髪!こんな恰好、しておくもんだねぇ!あっはっはっは!」

と言って笑い出した。呆然とする私達を見て、さらに彼女は

「彼に頼まれてね。あなた達を探してた。この街はさすがに危ないよ。

 仲間に頼んで、マドラス基地の近くにシャトルを待機させているから、それで宇宙に連れて帰ってあげる」

と、今度は、穏やかな表情で言ってきた。

「か、彼?」

私が聞くと、女は、ハッとした表情を見せてから、何かに気が付いたように「あぁ」と口にし、

改まって、私達に言った。

「あたしは、クワトロ大尉…今は、シャア総帥、か。彼に頼まれて、あなた達を助けに来たんだよ」

「シャ、シャアを知っているのですか?!」

後ろに隠れていた、彼女が叫んだ。

「うん、知ってるよ、姫様。グリプス戦役のときに、いろいろとあってね。

 まぁ、あのとき彼はエゥーゴで、あたしはカラバにいたんだけどさ」

「わ、私のことも知っているの?!」

「もちろん。ミネバ様でしょ?」

 な、なんてことなの、この女!シャア総帥どころか、ミネバ様のことまで嗅ぎ付けているなんて…

協力を仰ぎたいのはやまやまだけど…これは、マハの罠、という可能性も…

でも、今は、この女の協力を信用して協力を得られれば、それに越したことはない…

だとすれば、至急、スイートウォーターに連絡を入れて、真偽を確認する必要がある、か…。

「あなた、名は?」

確認のためにそう聞いた私に、彼女はなぜだか胸を張って答えた。

「あたしは、マライア・アトウッド!元ティターンズ大尉で、実はカラバの超一流諜報員!

 あなた達はあたしが責任を持って、彼のところに送り届けてあげるから、安心して!」

 ひと時の油断もならない。この女、一体、何を考えているの…?

本当に信頼に足る人物なのか、とにかくまずは問い合わせる必要がある…私は、女を路地に引き込んだ。

女は抵抗を見せずに、両手を私の方へ向けて掲げている。ジャケット下の拳銃を引き抜いて、女に突きつけた。

それでも彼女は、かすかな動揺も見せない。

本当に、なんだっていうの、この女…?!

私はそう思いながら、警戒を緩めることなく、ポケットからPDAを取り出して、

スイートウォーターの作戦室へと通信を繋いでいた。

「こちら、ミリアム・アウフバウム。至急、総帥をお願いします!緊急事態です!」
 



つづく。

 

乙です
マライアさんって時々「名前こうだっけ?」と不安になるのは俺だけでしょうか?



さあ今回も逃げてますなw


>>20
最近あんまりとちってくれなくて寂しいよなあ
「アライヤだ」なんて言われてたのが懐かしい
マライアと一緒に成長しやがってw

>>20
感謝!
マライアさんがゲシュタルト崩壊したww
マライアさんの名前ってアライアでもマライマでもマライヤでもなんとなく違和感がないですねww


>>21
感謝!!
今回も逃げてますww

アライアにならなくて申し訳ないww
しかし、他の誤字脱字がなくならないのは不思議ww



おまいら、大変だ。

俺たちの愛するマライアたんがまとめサイトに上がってしまったww

恥ずかしい誤字が、大勢の人の目に触れてまうwwwwww

乙です
そいえば最初って他の人が指摘するまで
アライヤさんの名前が違ってても気付かなかったんだよね
俺みたいな人もいるだろうし大丈夫だよきっと誰かが突っ込んでくれるから


1st編でアマンダとか出てきたときは頭でもぶつけたのかと思ったよ
今はすっかり定着して何よりだ
俺もアライヤたんを決して忘れないぜ

数日前に最初期のジャブローを見つけて、ようやく追いついた
キマシタワーもアクションも策謀っぽいのもMS戦もいいが…
全てが解決した後のペンションでのドンチャン騒ぎ あれがサイコーだ
ZZ編エピローグはマジ泣き下ぞこのやろう
CCA編でラストだそうだが… 今回もよろしくたのむぜ

成長したと思ってたら、いつの間にかすっかり主役の座に座っちまってるし

>>23
感謝!
誤字って萎えるよね、ってツイートあって泣きそうになったぉ…

>>24
感謝!!
アマンダ、いまさら原因を書いておくと、
マライアの仮名がアマンダで、ファイルにその名が残っていたせいでした。

>>25
感謝!!!
まとめから来てくれた人でしょうか?ありがとうございます。
やはりアヤレナ編が一番しっかりしていて好きなんですが…
Z編、ZZ編もけっこう頑張りましたので、うれしいです^^
CCA編もよろしく!

>>26
感謝!!!!
アヤレナマ、です。個人的に、この一連作を本にするとしたら、表紙は陽だまりの中で寝転ぶ3人の姿がになるかなぁ…



てなわけで、続きです!


 マライア・アトウッド大尉。

カラバの特殊工作員で、ティターンズ、地球連邦に逮捕されたカラバやエゥーゴの構成員を100名以上救出し、

カラバスタッフとしてティターンズに潜入し情報収集をしていただけではなく、

カラバはおろか、あのエゥーゴの指導者であったブレックス・フォーラの懐刀でもあったと噂があったほどの人物、

との情報を、私はスイートウォーターの司令部から受け取っていた。

それも総帥直々に送って来たデータらしい。これはもう、信用せざるを得ない。

「でさ、そのあとで、ジュリー・アンドリュースって人の演じるマリアがね、

 トラップ家の子ども達と一緒に脱出作戦を練るの!」

「そ、それで、それからはどうなるのですか?」

「ふっふーん、それは見てのお楽しみだよ、姫様!」

「ひ、ひどいです、そこまで煽っておいてお預けだなんて!」

「映画は、話で聞くものじゃなくて、見るものですよ、姫!」

「ひ、姫はやめてください!」

「あ、そうだったね。ジュリア・アンドリュースさま!」

「あ。もしかして、私のその偽名と言うのは」

「そそ、マリアの役者さんの名前から取ったんだよ!あたしはそのお母さんのマリア・アンドリュース。

 ミリアムの、エレノア・パーカーは、男爵夫人役の名前を文字って見たんだ」

「そうなのですね!ふふ、なんだか嬉しい気持ちになりました。やはり、その映画は今晩見せてください!」

「いいよー!絶対気に入ってもらえると思うんだよね!」

こんなやつが、そんなに優秀なの?ただ頭の軽い、能天気なお嬢さん、って雰囲気しかしないのに…

こんな女を頼らなければいけないなんて、正直、悔しいとしか言いようがないけど、でも、

確かに私たちは彼女に助けられたんだ。そのことだけは、事実として受け止めなければならない。

 「ありがとう、アトウッド大尉」

私は、揺れる車の後部座席から身を乗り出して彼女にそう伝えた。アトウッドはニコッと笑って

「ううん。なにごともなくてよかったよ。

 あたし、万が一に備えてマハのホンコン本部に潜入する準備も覚悟も決めてたからさ。

 あんな道端で見つけられたのは、本当に運が良かったんだ」

と言ってくる。

 やつらの本部に潜入だって?本気で言っているのだろうか?

そんなことをしたら、命がいくつあっても足りるものじゃない。

見つかったらその場で銃殺されるか、捕まってひどい拷問に遭うことは必至だろうっていうのに。

この女、この軽い頭があるからこそ、グリプス戦役の最中に、それだけの仕事を成し遂げられたとでも言うのだろうか?

いや、そんなに甘い話にはならない。勢いだけで物事を解決できるようなら、私だってこんな苦労はしていない。

そう考えるとやはり情報が事実なら、彼女の実力は折り紙つきだろうけど…

「げぇっ!ペッ!ペッ!な、なにこのお菓子!?姫様、こんなの良く食べれるね!?」

「アトウッドさん、それはお菓子じゃなくて、お菓子の中に入ってた乾燥剤です」

「えぇ!?ぬあっ!『食べられません』って書いてあるよ!謀られた!」

正直、疑ってかかる方が普通だろう、こんな女。
 


 「それで、アトウッド大尉。この車はどこを目指して走っているの?」

私は、姫様との子どもじみたやりとりにイヤ気がさして、そう会話に割り込んだ。

「あぁ、うん。さっきも言ったけど、目的地はマドラス。

 でも、マドラスに抜けるための主要道路は、以前のネオジオン抗争で壊滅したダブリンから連邦政府機能が移転したラサに近いから、

 新生ネオジオンが宣戦してからこっち、検問も厳しいし、警戒も厳重なんだ。だから、南回りのコースを行く予定。

 今日の目的地は、ファンチェンガン。そこからまた走って、ハノイまで行って、

 そこからは半島横断列車でヤンゴンに出て、ヤンゴンからはフェリーでマドラスに向かう計画!

 マドラスには、カラバ時代の仲間がHVLを準備してくれているはずだから、それを使って宇宙へ上がるつもりだよ」

アトウッドは、スラスラとこれからの計画を説明する。

ラサの警戒が厳しいとは知っていた。

だから私は、宇宙へのシャトル便が多く出ているホンコンシティにミネバ様と一緒に逃れて来ていたわけだけど、

運悪くそれマハの連中に見つかってしまって、あの有様だった。

それにしても、HLVでの打ち上げなんて…まるで10年以上前のあの戦争のときのようだけど…HVLは航宙能力がない。

そのあとはどうするつもりなんだろう?

「HLVで打ち上がったとして、そのあとは?」

「衛星軌道上にネオジオンの輸送船がくるって話になってるよ、アウフバウム特務大尉…

 あぁ、ミリアムって呼んでいいかな?歳も同じくらいに見えるし、良いよね?」

アトウッドは、そんなことを聞いてくる。慣れ合うつもりもないけど…別に呼び名なんて、どうだっていい。

「好きに呼んで。それで、輸送船?」

「ありがとう。そう、輸送船。詳細は聞いてないけど、打ち上げの日時だけは決まっているから、

 軍用の輸送船じゃないのかもね。衛星軌道上を航行する民間船に見せかけたシャトルかなにかなんじゃないかな」

アトウッドの言葉に、私は考える。そう言えば、ガランシェールとかっていう船に乗った、輸送部隊があったはずだ。

彼らは、確かに民間輸送船に偽装して、スイートウォーターへの物資運搬や、ジオン捕虜の奪還を行っている特務隊。

彼らなら、HVLを回収するような衛星軌道上を飛行していても、怪しまれる可能性は低いだろう。

 なるほど、確かにこの女は、ネオジオンの内情にも詳しいらしいし、読みもするどい。

ただ、頭が軽そうに思えるのは、それこそ偽装の一種なのかもしれない。

そうだ、一流のスパイほど、スパイには見えない、なんて聞いたことがある。

なるほど、つまり、この抜けた印象もこの女の計算か、あるいは緻密に設定された演技に違いない。

 「計画は分かったわ。それで、打ち上げの日時は?」

「一週間後の、正午。それを過ぎちゃうと、次の予定は不明。

 あんまりあなた達を地球に長居させるわけには行かないから、それまでには間に合わせないといけないんだ」

芳しい状況であるようには思えなかったが、そう言ったアトウッドは、なぜか笑った。

自信があるのか、それとも、危険を伴う計画に呆れているのかは分からないけど。
 


「おっと、これはまずい、かな」

不意に、アトウッドがそう口にした。

彼女の見つめる、フロントガスの向こうに目をやると、そこには連邦軍の検問があった。

くっ…ここは荒野の中を走る一本道。脇へ逸れて逃げられるような道はない…!

「ミリアム、そこにあるあたしのカバン開けて」

アトウッドがそう言ってきた。カバン…確かに、私と姫様が座っているシートのさらに後ろにある座席には、

大きなバッグが一つ置かれている。

武器でも入っているのだろうか。私はシートを乗り越えて、そのカバンを開ける。

中に入っていたのは、衣類だけだった。

「カバンが、なんだっていうの?」

「えっと、連邦の軍服を入れてきてるんだけど、入ってないかな?」

アトウッドは、ひょうひょうとした口調で私にそう言ってくる。

 私は改めてカバンの中を確認すると、確かに、連邦の軍服があった。

「あった。どうするの?」

「うん、ミリアム、それを着て助手席に座ってて。

 姫さまは、シートの下でうずくまっててくれれば、あとはうまくやるから」

アトウッドは、微塵も動揺せずにそう言ってのける。この女の、この自信はどこからくるんだ?

私は、そう思いながらも、急いで連邦の軍服を着こんで、助手席へと移る。

気が付けば、アトウッドも来ていた服を脱いでいて、下に着ていたのだろう、連邦軍の軍服姿になっていた。

 車は、検問へ差し掛かった。検問を行っているのはマハではなく、通常の連邦軍のようだけど…

でも、だからと言って、私達を追跡していないとは言い切れない。

私は、胸にこみ上げてくる緊張を抑え込みながら、助手席に黙って座っているしかない。

 アトウッドは、誘導する兵士に従って、車をとめた。パワーウィンドウを開けるなり、兵士がこっちを覗き込んでくる。

「あぁ、これは、大尉殿。お時間を取らせてすみません」

兵士は、私を見やって行った。襟についている階級章は、どうやら大尉の物であるらしい。

私は黙って首を傾げ相槌だけを打っておく。

アトウッドの言葉を信じるなら、ここは私が出しゃばらない方がいいはずだ…
 


「何事ですか?」

アトウッドが、怪訝な様子で兵士に尋ねる。

「あぁ、いえね、どうもここの所、宇宙がきな臭いってんで、お偉方がピリピリムードでこんな有様なんですよ」

兵士は、アトウッドにはそんなラフな口調で説明を始めた。

「ラサへ向かう道路だもんね」

「はい。まぁ、はた迷惑な話ですわ、俺ら下っ端にしてみりゃぁ」

「まったくね。あたしらも、似たようなもん」

「あれれ、おたくさんも?」

「あたしらは、ファンチェンガンからサラに向かう間の警戒で極東からの転属中。困っちゃうよね、ホント」

アトウッドも肩をすくめて言うと、兵士はさらに渋い顔つきになった。

「そいつは、俺らよりも災難だなぁ。あぁ、大尉殿、お時間取ってすみませんでした。

 一応、お二人のIDだけ拝見してもよろしいですかな?」

あ、ID!?そ、そんなもの、持っていないわよ…!?

「あぁ、はいはい。こっちがあたしので、こっちが大尉のね」

ギクっとする暇すら与えずに、アトウッドは車のバイザーからIDカードを二枚取り出して兵士に見せた。

兵士は、チラッと私達の顔それぞれを見やると、ニコッと笑顔を見せて

「お手間かけました、サラ・ブレア大尉」

と言ってきた。私は、とっさに、迷惑そうな顔だけして、サッと手を振りかざす。

「じゃぁ、そっちも頑張ってね」

「えぇ、そちらも、どうか気を付けて、ジャンヌ曹長」

アトウッドは兵士とそう言葉を交わして、車を発進させた。

 ルームミラーの中で兵士が小さくなっていく。

「姫様、もうちょっとだけ隠れててね。もう少し離れたら、合図するから」

「はい」

ミネバさまは、大人しくそう返事を返した。

 それから5分ほど走って、アトウッドはふぅ、と大きくため息を吐いた。

「姫様、もう大丈夫。ミリアムもそれ、脱いで良いよ」

彼女はそう言いながら、自分も軍服のジャケットをハンドルを握りながら器用に脱いで、ランニング姿になった。

面積の少ないその布地から出た彼女の体は、明らかに軍人のそれとわかるくらいに、鍛え抜かれた逞しさをしていた。
 


 私も、言われたとおりに連邦軍の軍服を脱ぐ。着替える前に羽織っていたパーカーに袖を通して、

そのまま助手席に座って、改めてベルトをしようとしていたら

「あ、ミリアム。あたしの上着たいんだけど、ちょっと取ってくれないかな、カバンに入ってるんだ」

と言ってきた。私を使おうって言うんだね…まぁ、いい、か。助けられているのは事実だ。

それくらい、してあげようじゃないの。私は感じた微かな抵抗感を捨てて、後部座席のカバンの中から、

トレーニングウェアの上を探し出して彼女に手渡した。

彼女はまた、器用に運転しながらそれを羽織って席に腰を落ち着けるとベルトを付けた。

私も、シートベルトを付けて、助手席に座った。

 そうしたら、思わず私も、ふうとため息をついてしまった。

それを聞いたアトウッドは、私の方を見て、ニコッと笑顔になった。

「ずいぶんと落ち着いてるんだね。頼もしいよ」

頼もしい?良く言う。私はここに座って、黙っているしかできなかったんだ。すべてはあんた頼み。

私にできることなんて、ひとつもなかったじゃないか。

「黙っている他に、することなんてなかったからね」

「黙ってる、ってのは意外に難しいんだよ?緊張したり怖くなったりすると、

 人間ってどうしても喋りたくなっちゃうものだもん」

アトウッドはそんなことを言って、また笑った。
 


 それは、たぶんあんただけだろう、と思ったけど、

そこまで突っかかったところで、なんのプラスにもなりはしない。私はそう思って、その言葉を飲み込んだ。

代わりに

「あんたほど肝が据わってるってわけではないけどね」

と言ってやった。

「あたしだってビックビクだよー!見てほら、手汗すごい!」

アトウッドは、本気でそう言っているのかどうか、私に手のひらを見せてきて、触れ、とこっちに押し付けてくる。

戸惑いながら少しその手のひらに触れた。確かに、かすかに湿っていたけど…私の手のひらほどじゃない。

「私よりましよ」

そう言って手を押し戻したら、アトウッドは

「どれどれ?」

と私の手を強引に取って、ギュッと握ってきた。な、何を…!

そう思ったが、なぜか、とっさにその手を振りほどくことができなかった。

彼女の、やわらかで、でも、それでいて力強い手の感触が伝わってくる。

「あ、ほんどだ。ミリアム、相当緊張したんだねぇ、ごめんごめん。

 今度はもう少し、安心してもらえるような方法考えておくね」

アトウッドはそう言いながら私の手を解放してハンドルを握りなおした。

 なんなのだろう、今の感覚は?

まるで、一瞬、なにか得体の知れない暖かさに、こっちの警戒を強制的にほどかれたような感覚だった。

これも、一流スパイの技術?それとも、この抜けた性格がそうさせたの…?

わからない…わからないけど、でも…私はこの奇妙な女性に、かすかな、でも確かな安心感を覚え始めていた。

それはどこか心地良くて、でも、どこか危険をはらんでいるような、相反する二つの気持ちを私に湧き上がらせた。

「あなたは…いったい、何者なの?」

私は思わず、彼女に聞いていた。彼女は私の言葉を聞くやいなや、ニカっと笑顔を浮かべて見せた。

「あたしは、ただの甘ったれだよ!」

そう言った彼女の表情は、どこか、得意げに見えて、私は彼女に会って初めての笑みをこぼしていた。
  



つづく。


第三者から見るマライアって新鮮です。
 


そうか、ローマの休日の前にはサウンド・オブ・ミュージック見てたかw
CCAでは何故か徹底的にスルーされていたミネバ様がんばれ。
突然マライアのキャッチフレーズが思い浮かんだ。
「ハードボイルド・メリー・ポピンズ」



ところで失礼を承知で聞くけど、UC0093当時マライアでさえ三十路超えてんだよね?可愛いすぎんだろw



マライアだからマリーともメリー(メアリー)とも呼べるわな
シーマ様より年上のマライア姐さんがなんだって?

一年戦争時戦闘機パイロットだったことを考えると
若く見積もってもブライトさんやシャアと同い年ぐらいかなー
なのに、中身まったく変わらないマライアまじマライア

0079 18~19歳だから、0083当時のシーマさんよりギリギリで若い

おまいら、そんな年齢の話ばっかしてると、アナハイム製の幻の4番機に襲われるぞ?

>>31
ラサ、サラ
困っちゃうよね、ホント
アライヤさん…

HLVだぅぅ

乙!
小学生のときに兄貴がもってたZZ見てハマった俺が来ましたよ!
最初から読んでるがもう一回読み直してくる!

兄貴がZZもってたって…>>42はリィナか

ワロタw
しかし「兄貴」なんて乱暴な言葉使いしたら草葉の陰にいるグレミーさんに怒られるなw

まとめで最初のスレ見て一週間かけて追い付いたよ
マライアたんそっち側にも顔がきくのか

おひさしぶりです。
皆様、レス感謝!!!!!

とりあえず、返信してから、続き投下していきます!

>>35
そうですね、オードリーバーンは、もしかしたらこのときのマライアさんの命名方式を採用したのかも?w
ちなみに、たぶん、ミネバさまはあまりがんばりませんw

>>36-39
マライアたんは1年戦争時、18歳。CCAでは31、2歳ですね。シーマさんは1年戦争当時に30代中頃だったかと。
マライアたんはきっと20代半ばくらいにしかみえないタイプのアラサーだと思うんです、はい。
とりあえず、ガーベラテトラに皆さんが溶かされても、キャタピラ的には責任を負いかねますw

>>40-41
誤字脱字はスルー推奨。

>>42-44
ワロタw
リィナ、ZZ編に出さなかったから、グレちゃったんかな…www

>>45
まとめから!長かったのに…感謝です!
グリプス戦役当時、カラバやエゥーゴにも多数のジオン軍人が参加していたのかと思います。
その中に、北米で「鳥の部隊」に助けられた兵士たちがいても不思議ではなく、それ経由でいろいろ仲良くなったのかもです。

 


 その晩おそく、私達はファンチェンガンと言う、巨大な港湾都市に到着した。

そのまま車で、アトウッドが予約しているというホテルに向かい、そこでは、車の中で言われたのとはまた別の偽名でチェックインを済ませた。

部屋に向かうエレベータの中で、いったいいくつ偽名を用意しているのかと聞いたら彼女は、

「あぁ、どれくらいだろうね?一人につき、5個か6個くらい?」

ととぼけたことを言いながら、それでも、小脇に抱えていた小さなポーチから、色とりどりのIDカードを取り出して見せた。

そのすべてに、私や、ミネバ様、アトウッド自身の顔写真が入っている。

昼間の軍の検問のあとに、私とミネバ様の写真は、総帥から依頼があった際に送られてきたものだと話していた。

偽造IDなのかと思ったら、アトウッドはヘラヘラと笑って、

「ひとりにつき、2種類、住民届けを実際に受理してあるIDがあるんだ。やばそうなときほど、そっちのIDを使うの」

と言ってのける。住民届け、って、マハのように、不正居住者を取り締まる組織がある中でそんなことをやるリスクは相当なものだ。

彼女は、それを覚悟しているのだろうか?それとも、絶対にバレないと言う自信があるのだろうか?

 そんなことを疑問に思いながら、私達は部屋に入って、ルームサービスを頼んだ。

晩い夕食を摂りながら3人で、アトウッドの持っていたデータディスクにあった、古い映画を見た。

昼間、ミネバ様との話の中で話題になっていたものらしい。

 ミュージカル劇のような内容で、旧世紀にあった大戦の世相を背景に、そこで逞しく暮らす家族と一人の家庭教師の物語だ。

ミネバ様はその内容にいたくご執心のようだったが、私はあまり好きにはなれないタイプの映画だった。現実は、映画のように生易しくはない。

最初から最後まで、どこか希望の持てる展開が、妙に鼻に付く映画だった。

 映画が終わってから、交代でシャワーを浴びる。何日ぶりかのシャワーは、私から、これまでの旅の疲れも一緒に洗い流してくれるようだった。

 シャワーを終えて、明日の予定を確認してから、ミネバ様は早々に寝入ってしまった。

今日は緊張したり、走らせたり、酷使させてしまったことあって、疲れてしまっていたのだろう。

 私は、と言えば、疲れてもいたが、それよりも、アトウッドのことが気にかかってどうも眠る気にはならなかった。

まだ、彼女を完全に信用しているわけではない。

ひょうひょうとした彼女の態度は、味方にも思えるし、敵が自分の目的を誤魔化すためにそうしているのではないか、とも取れた。

 「うぅー!疲れたなぁ」

そんな私の疑心を知ってか知らずか、アトウッドは大きく伸びをしながら、そんなことを言っている。

拳銃を突きつけても、検問に遭遇しても、ほとんど動揺を見せない彼女の真意は、こんなときでも、計り知れない。

 アトウッドはルームサービスに頼んでおいたらしいウィスキーのボトルを開け、氷の入ったグラスに注いでクッとあおった。

「むぅ、これ、あんまりおいしくないなぁ」

不満なのかどうか、彼女はにこやかに笑いながらそう言い、それから、気が付いたように、私の分のグラスも準備して、こっちに突きつけてきた。

「飲むでしょ?」

飲まない、というわけには行かないだろうな。こちらが警戒しているっていうのを、あまり悟られたくはない。

 私は、グラスを受け取って口に運ぼうとする。しかし、アトウッドは、自分のグラスを私に向けて掲げてきた。

「おつかれ」

彼女はそう言ってほほ笑む。

「あぁ、うん…」

そうとしか言葉を返せず、私は彼女のグラスに自分のグラスをぶつけて、ウィスキーを口にした。確かに、すこしすえた味がする。

毒や、薬品の類の味ではなさそうだけど…この地方の麦のせいだろうか、それとも、醸造のレベルの問題だろうか。

「やっぱり、銘柄指定するんだったなぁ」

彼女はやはり、笑顔で不満を言いながら、スナック菓子を肴に飲み進める。彼女には、警戒心というものがないのだろうか?

もし、彼女がとてつもなく酒が強いのだとしても、敵かも知れない相手の目の前で、これほど豪快に酒を進めるなんて…


 戸惑いの目で見つめていた私の視線に気が付いたのか、アトウッドは私を見つめ返してきた。

彼女は、一瞬、首をかしげて私を見たかと思ったら、ゆっくりと立ち上がって、私のそばまでやってきた。瞬間的に、体を緊張させる。

 でも、彼女は、そんな私の背中に静かに手を置いて来た。

「安心して、何もしないから」

彼女はそう言うと、両手を私の肩に置いて、ゆっくりとマッサージを始めた。

「大尉から聞いてるよ。グリプス戦役以降、地球に降りて、すっと姫様を守ってたんだってね」

私は、彼女の手のひらの感覚に警戒しながら

「あぁ、うん」

とだけ返事を返す。それでもアトウッドは穏やかな口調で

「あたしでも、誰かを連れて逃げ回るのは、一か月が限界かな。それを、5年も続けているなんて、素直に、すごいって思っちゃったよ」

と続ける。彼女のやわらかで力強い手の平が、私の肩をほぐし、まるで全身の緊張を解いて行くようにそれが広がっていく。

彼女の温もりが、心地良いとさえ感じ始めてしまっている。

 瞬間的に頭に浮かんだのは、ハニートラップの一種ではないか、という疑念だったが、それも違っているように感じた。

彼女は、ただ単純に私の緊張をほぐそうとしているの…?

「なぜ、あなたは総帥からの依頼を引き受けたの?」

私は彼女に聞いた。彼女は、クスっと笑って言った。

「大尉ね。まぁ、古い仲だっていうのもあったけど…救助対象が、ミネバ様だって、聞いたから、かな」

依頼の段階で、すでにミネバ様だということ総帥が明かした、というの?総帥は万に一つも、彼女がその情報を連邦に売るとは考えなかったのだろうか?

あまりにも、うかつすぎる。どうしてそんなに、総帥は彼女を信用したのだろう?

それに、彼女はなぜ、ミネバ様だと分かって、依頼を受けようと思ったのだろう?


「どうして…ミネバ様と分かってまで、協力を?危険な仕事だという風に思わなかったの?」

私は聞いた。

「まぁ、細かい理由はいろいろあるんだけどね…まぁ、単純に言えば、死なせたくない、って思ったから、かな。

 連邦に見つかれば、少なくとも護衛のあなたは遅かれ早かれ始末されていた。ミネバ様はどうかわからなかったけど、

 でも新生ネオジオンに対する交渉のカードにされていた可能性もあるし、まぁ、少なくとも人としての扱いは受けられなかっただろうね。

 最悪、利用し倒されてから、殺されていたかもしれない。そんなのって、さ、ひどいじゃん」

アトウッドの言葉に嘘はない。私は、なぜか無意識にそう感じ取っていた。

それが、この肩をもみほぐそうとしてくれている手から伝わる安心感のせいなのか、それとも本当に、彼女は、ミネバ様をそんなふうに思っているのか…

いや、ミネバ様だけじゃない…私のことも、同じだ。

「なぜ、あなたはそんなに…」

そう言いかけて、私は口をつぐんだ。私が口から出そうとしていたのは、なんとも腑抜けた、情けない質問だったからだ。

なぜそんなに、優しいのか、なんて…。

アトウッドは、私の肩をもみながら、

「ん?」

とだけ聞き返してきたけど、私は

「ううん、なんでも、ない」

と答えて会話を切った。そんな私を追及するでもなく、彼女は

「ん、そっか」

と言って、まだ私の肩を揉み続ける。悔しいけれど、私は、彼女に身も心も預けたくなる感覚を覚えていた。

全身から力が抜け、心もまるで緊張が溶けて行くように緩んでくる。

「大丈夫だよ」

不意に、アトウッドは言った。

「大丈夫。心配はいらないからね。私が全部、うまくやるから。だから、あなたはミネバ様のことを考えてあげていて。

 私は、映画を見せてバカ話をして、彼女を楽しませることはできるけど、彼女の心の支えには、きっとなってあげられない。

 それに一番近いのは、きっと、地球に降りてから、警護としてずっと一緒にいたあなたくらいだと思うから…。

 状況を背負いこむのは、あたしが引き受ける。だから、あなたは、その分で出来た心の余裕を、ミネバ様のためにつかってあげて…ね」

アトウッドは、ひときわ優しく、穏やかに私の肩を手で撫でながら、そう言ってきた。

 心の、余裕、か。確かに、あなたの言う通りかもしれない…私は、追われ続ける中で、それを失っていたんだと思う。

私達の身は、アトウッドが守ってくれるだろう。だとするなら、ミネバ様のお心をお守りするのが、私の役目、か。

「ありがとう、アトウッド」

「マライア、で良いよ、ミリアム」

「あぁ、うん…この先のことは、任せるわ」

私がイスに座ったまま見え下るように彼女を見てそう言うと、アトウッドは、ニンマリと笑って

「任せて!手の届くところにいるあなた達は、絶対に死なせたりしないからね!」

と言い切った。

 アトウッドの言葉は力強く、それだけで私に安心感をくれた。だけど、同時に、その言葉はかすかに何かが引っ掛かった。

手の届くところにいる、私達…。手の届かないところにいる、誰かがいたの…?

 私はそれを聞けぬまま、心地良くなってしまっていた自分の気持ちに身を任せるままに、アトウッドのマッサージを従順に受け入れていた。




 翌朝、私が目を覚ました。アトウッドもミネバさまも、まだ眠っている。外はまだうっすら白んでいる程度。

早朝というには早すぎるほどの時間だけど、もう数年、私にとってはこれが普通だった。

 ミネバさまの警護をおおせつかったのは、4年前のこと。

グリプス戦役直後のどさくさにまぎれてアクシズからミネバさまを連れ出したシャア総帥と部下数人はその後、しばらく地球に潜伏した。

グリプス戦役時には私もアクシズに所属しており、シャア総帥のミネバさま奪取作戦に巻き込まれ、半ば人質に近い形で同じく地球へと連行されていた。

 殺されなかったのは、私のことをかばってくれたミネバさまのおかげだった。

シャア総帥がその手のやり方を好まなかったのも、ひとつの幸運だったんだと思う。

やがて私はミネバさまの身辺係を任され、第一次ネオジオン紛争後に総帥達がスイートウォーター奪取のために活動を開始した際には、

私は戦闘から距離があるだろうこの地球にミネバさまと残った。

それから数年、任務のために、ミネバさまのそばを片時も離れず、毎晩の眠りも浅かった。

肉体的な疲労感はないといえば嘘になるが、それでも、自分に負かされた要人警護の任務が私の気力を支えていた。

1ヶ月前、総帥からの連絡で、ミネバさまをスイートウォーターへ移送せよとの指示が来た。

命令の真意は汲み取れなかったが、マハが組織されたこともその一端だろうし、

それ以外にも総帥の言葉では、この地球が安全でなくなるようなニュアンスを含んでいた。

 彼の意思は、私の図れるところではない。私は、私のすべきことをするだけ。いつもどおり、私は拳銃を取り出して、機関部のメンテナンスをする。

埃を取り除き、油を差し、動作不良を起こさないよう、念入りにチェックをしていく。いざというとにこそ、不都合なことは起こるものだ。

それを避けるためには、こうした警戒や準備が欠かせない。この十数年間に学んだことだ。

 「んっ…んんっ…」

うめき声がした。目を向けると、アトウッドがベッドの上で起き上がり、大きく伸びをしていた。

「あ、おはよう、ミリアム」

「おはよう、アトウッド大尉。ずいぶんと早く起きるのね」

「先に起きてるあなたに言われると、皮肉に聞こえるよ?」

「あぁ、ごめんなさい。それは本意じゃないわ。こんな時間に目が覚めてしまう私の方が、普通じゃないのよ」

私は思わずそう言っていた。アトウッドには世話になっている。もう少し寝ていてもらっても良かったのだけど、と素直に、そう思っていたから。

「そっか、変なこと言ってごめん」

私のことばにアトウッドはそう言って笑顔を見せてきた。なぜだろう、昨晩、彼女と言葉を交わしてから、彼女への信頼感が増したように感じられていた。

 スパイらしい懐柔術なのではないか、と思う部分も確かにあるのだけど、どうしてか、彼女の笑顔にはそういう、回りくどいものは含まれていないような気がした。

彼女がその気になれば、おそらく私なんてすぐに出し抜いて、ミネバさまだけを連れ去ることも簡単だろう。

でも、彼女はそれをしないばかりか、私にまで気を使うような言動を見せてくる。

信用しているわけではないけど、そんな彼女を疑わなければならない要素もないようにも感じられていた。


 アトウッドは大きなあくびをしながら起き上がると、備え付けの冷蔵庫に入れておいたミネラルウォーターのボトルを取り出して勢い良くあおった。

プハっと声を上げてから、口元を袖口でぬぐう。こういうところは、本当に大雑把で、スパイになんて見えないんだけどな。

「それで、早起きのワケは?」

私が聞くと、アトウッドは思い出したように私を見て

「うん、今日も、昨日ほどじゃないけど少し距離を走る予定なんだ。目的地はハノイ。

 ハノイからはインドシナ半島を横断する高速列車が出てて、昼間の内にはハノイに入って、明日の朝一番の列車に乗れるようにしておきたいんだ」

と説明してくれる。ここからハノイまではおよそ300キロくらいだろうか。昨日までの速度で走るのなら、ノンストップで3、4時間。

それほど遠い距離でもないけど、想定外の事態が起こることも考えられる。なるべく早くに出発するに越したことはない、か。

「了解。なにか準備しておくことはありそう?」

私が聞いてみると、アトウッドはニコッと笑って、

「じゃぁ、良かったら朝ごはんを調達できるところを探しておいて貰えると助かる。レストランでのんびりお食事会ってワケにもいかないだろうしね」

と言ってきた。なんでもない頼み事ではあったけど、私はそれにかすかなうれしさを感じていた。

認められていると感じたわけではなく、単純に、頼んだり頼まれたり、という関係があまりにも久しぶりだったからなのだと思う。

私の気持ちを察してくれたのか、アトウッドも満足そうな笑顔を見せてくれた。

 それから、ミネバさまを起こさないように気をつけながら、二人で荷物を整えた。

私は、緊急時用の無線機に、携行できる小火器とあれこれ荷物があったので少し時間がかかってしまったけど、

アトウッドはといえば、拳銃一丁に、小型の携帯コンピュータと着替え一式だけ。

拳銃以外はまるで旅行にでも行くような手軽さで驚いてしまったけど、アトウッドはそんな私に

「コンピュータと衣装さえあれば、割となんでも出来ちゃうんだよ」

なんて言って笑った。


 それから、ミネバさまを揺すって起こす。身支度を促しながら、私は部屋を出る準備をしていた。

 準備をしながら、私は考えていた。アトウッドについて。彼女は、おそらく敵ではないのだろう。

へらへらとしていて考えが読みにくいが、少なくとも私たちを守ろうとしていることも本当のことだ。どうして、こんな危険なことに首を突っ込むのか…

そう思ったときに思い出したのは、昨日のアトウッドの言葉だった。

―――手の届くところにいるあなた達は、絶対に死なせたりしないからね!

その言葉は、彼女の本心だったのだろう。でも、やはり引っ掛かる。

もしかしたら、彼女は、手の届かない遠いどこかにあった大切なものを、守れなかったんじゃないのか。

そして、同じ思いを二度としないために、こうして危険に足を踏み入れているんじゃないだろうか。

 それは、愚かなことであるとは思う。そんなことをしたって、過去が変わるわけじゃない。死なせてしまった罪が許されるわけじゃない。

それに、また何も守れずに、近くに居れば居ただけ、より深く傷付く可能性だってある。だけど、彼女には迷いはない。怖気づいてもいない。

彼女は、まっすぐに、私達を生かして宇宙に上げることだけを考えている。

 そうだ…。もしかしたら、彼女は、あの暗い絶望を知っているのかもしれない。

まるで自分の手足が生きたままそぎ落とされていくようなあの感覚を知っているのかもしれない。だから、彼女は、笑うのだろうか?

 絶望には屈さない、と。たとえ手足をもがれても、どんなに傷ついても、それでも、彼女は、絶望のその淵にたたずみながら、片脚を踏み入れながら、

それに黒く塗りつぶされないように、飲み込まれないように笑っているんじゃないか?もし、そうだとしたら、それは…

私が探し求めていた、強さ、なのかもしれない…。

 「マライアさん、ミリアム、準備出来ました」

ミネバさまが、アトウッドが変装用の衣装ばかりを詰めていたバッグから取り出したブルネットのウィッグを付けて満面の笑顔を浮かべながらそう言ってきた。

そう言えば、ミネバさまの笑顔なんて、ずいぶんとしばらくぶりに見るような気がする。確か、最後に見たのは…総帥と一緒にいるころだっただろうか…

アトウッドももしかすると、総帥のように人を惹きつける力があるのかもしれない。いや、その部分だけに限れば、総帥以上なのかもしれなとも思う。

私も、昨日さんざん体験したから、なんとなくわかる。彼女の笑顔は心を吹き抜けて行くようにして軽くしてくれる。緊張を解きほぐしてくれる。

どうしようもなく、心地良く…

 気が付けば、私は、もっと彼女のことが知りたいと思い始めていた。


 私たちはホテルをチェックアウトして、車に乗った。外には朝日が昇り始めている。

私たちはホテルからすこし車を走らせて、部屋のパンフレットで私が調べておいた近くのファーストフード店のドライブスルーで朝食を調達した。

昼食分もあったほうが良いかアトウッドに聞いたら、彼女は首を横に振って

「そのころにはハノイに入っていると思うから、たぶん大丈夫」

と言って、またあの笑顔を見せた。やはりそれは、私にはとてもまぶしく感じられた。

 アトウッドが車を走らせるなか、三人でジャンクフードを口に運んだ。

地球暮らしでこの手の食事には慣れていたけど、こうして逃げながら食べる食事をおいしいと思ったことは初めてのような気がした。

そもそも、味なんて気にする余裕がなかったのが、正直なところだから。

 朝食を摂り終えてしばらくすると、ミネバ様は後部座席で寝息を立て始めていた。朝も早かったし、当然かもしれない。

こんな状況でも眠れるのは、さすがに大物の風格、とでも言うのかな。

 「ミリアムも寝てて良いからね」

アトウッドがそう言ってきた。私は、チラリと彼女を見やる。すると、目のあった彼女は肩をすくめて

「大丈夫だよ、別に寝てる間に姫様だけ連れて逃げたりしないからさ」

と言ってきた。そう思われても当然かもしれない、と内心思った。実際に、そう思わないでもないところもある。

だけど、そんなことをするはずはない、というのも分かっていた。

私が彼女を見たのは、もっと別の理由。そう、私は、単純に彼女と少し、話がしたかった。

「そんなことは思ってない…っていうのは嘘になるけど、でも、信頼はしてる。そうじゃなくて…すこし、話をしたいな、と思って」

私がそう言うと、アトウッドは少し意外そうな表情をした。

「良いけど…どんな話?」

「どんな、って聞かれると迷うけど…なんでもいいわ。あなたのことを、知っておきたい。本当は疑心暗鬼はしたくないの。

 私は、あなたのことを知って、もっとあなたを信じたい。いざというときに、あなたに背を任せて、私が目の前の事態に集中できるように」

我ながら、回りくどい言い方だな、とは思った。だけど、アトウッドは私の想いを理解してくれたようだった。

「そっか、そう言ってもらえるのは、嬉しいな、ちょっと照れるけど…」

アトウッドはそう言って、はにかんだ。まっすぐに感情表現をするんだな、この子は。それもまた、一つの発見だった。

 「あなたは、地球出身なの?」

「うん、そうだよ。もともとは、北欧に住んでた。79年の戦争中には連邦軍に居たんだ。戦闘機隊のパイロットをしてたんだよね」

アトウッドは、嬉々として話を始めた。なんだか、その笑顔を見ているとこっちまで胸が暖まってくるようで、不思議だ。

「そうなの。私もパイロットだったわ。あの戦争のことは、もう、思い出したくないけど…」

「ジオンだったんだもんね…。あの戦争は、本当にひどかったから…仕方ない」

「…ありがとう」

アトウッドの言葉が胸の中を吹き抜けて、こみ上がりかけた悪い感情がスッと消えて行ったのを感じて、私は思わず、礼を言っていた。

でも、アトウッドはそんなことは気にせずに、話を続ける。


「あたしもね、当時のことは、思い出すとイライラしちゃって、ダメなんだよ。あの頃のあたし、本当にダメダメだったからね。

 あぁ、まぁ、そこを話すことになると暗くなりそうだから、置いておこう」

「うん…ねぇ、聞いても良いかな。どうして、あなたは、私達を助けようとしてくれるの?

 ミネバさまをかくまっているってことが分かったら、あなたはもしかしたら、連邦では重罪に問われるかもしれない…

 それでなくても、マハの連中には怪しまれて目を付けられている。あなたにとっては関係のないことなのに、こんな危険なことにどうして協力してくれるの?」

私は、アトウッドにそう投げかけた。昨晩も、彼女には同じことを聞いたけど、今回はもっと深いことを知りたかった。

彼女が、何を思って、こんなことをしてくれているのか…ミネバさまの警護として知っておく必要があったし、私個人も、そのことについては知りたかった。

 アトウッドは、見るからに難しい表情をした。うーん、と唸ってから彼女は、チラっと私を見てきた。それから確認するように

「ちょっと、長いけど…いいかな?」

と聞いてくる。私が黙ってうなずくと、彼女はポツリポツリと口を開き始めた。

「まずは…何を話すべきなのかな…うん、やっぱり、戦争のときの話は避けて通れないかな…あんまり楽しい話じゃないけど、ね。

 あたしは、あの戦争のときに出会った捕虜を助け出したんだ。

 ううん、正直、助けたってほどのことじゃなかったけど、でも、とにかく、捕まっているところをみんなで救出して、

 当時地球からの撤退を始めていたジオンの拠点のキャリフォルニアへ届けるつもりだった。でも、彼女は、地球に残って、死ぬ気だったんだ。

 味方の脱出を命を懸けて援護するつもりだった。あたしは、そんなあの子を、助けたかった。でもね、結局、ダメだったんだ。

 命は助けられたけど、彼女は爆発に巻き込まれて、腕と脚を失った。それがね、たぶん、きっかけ。

  あれがあったから、あたしは、自分はこのままじゃ、ダメだって思った。泣いてばかりで、怖がってばかりじゃ、なにも救えない。

 何も守れないって思って、宇宙に出たんだ。それが、81年くらいだった。でもね、そこでもあたし、たいして変わらなかった。

 ジオン軍の残党との戦闘で、仲間が何人も死んでいった。最初に入った隊は、あたしを残して撃墜された。

 転属して入って、頼ってた隊の先輩も、死んじゃった。後釜に入ってきた、ルーカスって後輩が出来てね。

 彼だけは守らなきゃって、ずっと思ってた。だから、ずっと彼のそばにいて、彼を見てた。

 だけど、そうしたら、83年のデラーズ・フリートのテロ事件で、隊長が重傷を負っちゃって、

 あたしは、ライラっていう子とルーカスと三人で小隊を組むことになったの。初めて、戦友が出来たんだ。

  短い間しか一緒にいられなかったけど、あたしはあの子が好きだった。頼れたし、信じられた。

 テロ事件の事後処理が済んでから、あたし達の小隊は、ティターンズへの編入の打診を受けたんだ。

 あたしは、別に特権とか、そう言うことじゃなくて、なんとなく、危険なニオイのする集団だってのが感じられてたから、

 誰に頼まれたわけでもないけど、内偵をしてみようって思って、入隊をした。

  そのときに、ライラも誘ったんだけど、結局彼女は、もともと異動希望を出してた地球のテスト部隊へ行っちゃったんだ。

 でも、前線に行くわけじゃないし、そこはちょっと安心してた。

  でもね、グリプス戦役が始まってすぐにテスト部隊からティターンズに出向したライラは、そこでエゥーゴ機に撃墜されて、死んだ。

 そのときあたしは地球に派遣されてて、宇宙からは遠く離れてたから、どうしようもなかったんだけど、ね…」

「それが、つまり、手の届くところ、届かないところ、っていうことね」

私が確認すると、アトウッドは黙ってうなずいた。

「まぁ、そう言うことがあったんだけどね。とにかく、あたしは、昔の、泣くことしかできなかった自分を変えたかった。

 怖がっていたら、大事なものなんて守れない。だから、出来ることをできるだけやろうって、そう思った。

 あのとき、助け出したジオンの、ソフィアって子だったんだけど、彼女を守れなかったときみたいなことには、二度としないんだって、

 そう思ってずっとやってきたんだ」


やはり、そうだったんだ。私は、アトウッドの話を聞いて、そう思っていた。彼女は、戦闘の最前線にいて、そしてずっと、仲間の死を見てきたんだ。

大切にしていた人たちを亡くし、絶望の淵に立たされても彼女がそこに足を取られなかった理由は、自分を呪ったからなんだ。

力のない自分を呪い、恨み、変わりたいと願った。

それが、彼女の強さ、なんだ。この戦争と死の連鎖する世界に絶望して、心を閉ざすことしかできなかった私には手にできなかったもの。

彼女の笑顔をまぶしいと感じるのは、力のなかった自分との決別を果たした、絶望と闘っている笑顔だからなのかもしれない。

 「あなたは、私と似ているのかもしれない」

私はそんなことを口にしていた。それを聞いたアトウッドは、少し悲しげな表情をみせる。

「うん…あなたからも、感じる。これまで、心がバラバラになっちゃうくらいの、悲しい経験をしてきたんだね…」

感じる、か。この感触を私は知っていた。

スペースノイドの私には、その素質がかすかにはある、と誰かが言っていたけど、彼女はそんなかすかな素質の私とはおそらく次元が違うんだろう。

ニュータイプ。きっと、彼女はそう呼ばれる存在の一人なんだ。

「ニュータイプ、なのね?」

「あぁ、うん、そうなんだ。まぁ、総帥達みたいに、ビンビンに能力が強いわけじゃないんだけどさ。まぁ、それなりには扱えてるつもり。

 だから、ミリアムが私のことを好きじゃないってのも、正直、分かるよ」

そうか、だから彼女は、あえてあんな感じだったんだ。私を気遣うような仕草で、自分は敵ではないってことを、私に知らせてくれようとしていたんだ。

「それは、ごめん。いろいろあってね…あんまり、他人と馴れ合いたくはないんだ。あなたのことも、頭では味方だとは分かっているつもり。

 でも、気持ちがまだ警戒しているの。敵かもしれない、って思う部分もあるんだと思うし、なにより、

 あまりに距離を詰めすぎちゃえば、もしものとき、動けなくなりそうで…」

嘲われるだろうか、と心配になった。大切な人を失って、それでも戦いつづける彼女にとって、私はひどく情けない存在に違いないはずだ。

そう、思っていたのに、アトウッドは優しい笑顔を、私に見せてくれた。

「ミリアムは、優しいんだね」

優しい?私が?そんなこと、考えたこともなかった。私は必死に、ただ必死に、辛い現実から心を閉ざしていただけ。ただそれだけなのに?

 私の戸惑った顔を見たアトウッドはまた優しい笑顔で

「ん、だって、さ。本当に、近しい誰かが死んじゃっても、気にもとめない連中はたくさんいる。

 一晩寝れば忘れちゃうやつなんか、もっといっぱいいるよ。

 あなたは確かに、失うことで自分が傷つくのを恐がっているんだと思うけど、それと同じくらい、誰かに死んで欲しくないって思ってる。

 その思いは、あたしも同じ。あたしらみたいなのはさ、本当は戦争なんかに片脚突っ込んじゃいけなかったんだよ。

 だから、今はこうして人助けをすることにしてるんだ。

 誰かを殺すより、誰かを助けることに命を掛けたい、って、まぁ、この言葉は、無断借用なんだけど…とにかくさ。

 どんな形であっても、繋がってるのが切れてしまうのを辛いと思うのは優しい人の証拠なんだよ」

と言って来た。

 ハラリ、と頬を何かが伝った。驚いて顔に当てた手に触れたのは、水滴だった。これは、涙…?私、泣いているの…?

 アトウッドの言葉が、胸に響いた、という感触はなかった。だけど、涙はまるで堰を切ったようにとめどなく流れてくる。

感情が高ぶっているわけでもない。ただ、ただ、穏やかなのに、涙が止まらない。

「大丈夫だよ。あたしは死なない。そう言うのと、ずっと戦ってきたんだ。平穏を探して、誰かにそれを分けてあげたいって、ずっと思ってきた。

 だから、そんなに恐がらなくたっていい。別に、信じて、っていうんじゃないけど、あたしは、あなた達の味方でいる。

 それに、死ぬような無茶をするつもりもない。あたしにも帰るところがあって、そこであたしを待ってくれている人たちがいるんだ。

 そこへ帰らなきゃいけないし、ね。あなたにも約束するよ、ミリアム。必ず生きて、あなた達を無事にクワトロ大尉のところに届けるから。

 だから、安心して良いんだよ」

アトウッドの言葉は、やっぱり私の心を吹き抜けて行って、私の中の、カチコチに凍った心を、優しく溶かしてくれるような、そんな感じがした。


つづく。


まったりペースかつ、まったり内容ですみません。

キマシタワー?

この先なにするか知ってるせいかロリコンオールバックがムカつくな
マライアにこいつのやろうとしてることを教えてやりたい



シャアというかクワトロと絡んで生きてる女性ってファくらいしか思いつかないから
マライアさん気をつけて!

後さすがにシーマ様一年戦争の頃はもうちょっとだけ若かった気もするから
キャタピラさん気をつけて!

そういやCCA には確かユウ・カジマや何かの漫画ではイリア・パゾムも参戦してたりするけど少しくらい出番があったりするかな?


物語の緩急の付け方の上手さはわかってるからこのあとの展開が楽しみ

>>57
マライアはシャアやアムロと違って自分の身の丈以上の事はやろうとはしないだろう
守りたいのは人類じゃなくて仲間だけ。

>>58
なにげにベルトーチカも悪運強いんだぜw

>>57
マライアたんはとにかく頑張ってミネバさまを脱出させますよ!

>>58
感謝!
確かに…三十路越えのマライアたんも例外じゃない、か。

あ、そうでしたね30代半ばなのは、0083か…
まずい、今すぐ逃げないとガーベラ・テトラが…!?うわぁぁぁ!!!

>>59
感謝!!
マライアたんと言えば、なにかにつけて蒼いMSとの絡みがありますからね。
緑のジェガンに乗ってる彼ともどこかですれ違うやも知れませぬ。

>>60
感謝!!!
そろそろ、ドキドキハラハラしてくる展開が欲しいところです…

マライアたんは、ZZ編でチラっと出ていますが、出来るだけたくさんの人を救いたいと思うタイプなんだと思います。
サイド3の現状をなんとかしたい、と思ったりしてますので。

ベルトーチカさんと言えば、アムロさんは小説版では彼女と結婚して子供がいるんですよね…
個人的には、チェーンたんも生存してるらしいし、小説版の方がいいかなぁ~とか思いつつ…



そんなこんなで、続き行きます!

急展開?!

 



 しばらくして、車は大きな街へと入った。ごみごみとしている、雑多な感じのする街だ。

アトウッドは、この街がハノイなのだと言った。時間はまだ昼前。順調すぎる行程だ。

ここまで、追跡されている気配はないし、加えて、こういう場所なら、身も隠しやすい。

アトウッドの計画は、進路に至るまで、考えられているんだな、と感心してしまった。

「ホテルは、あてがあるの?」

私が聞くと、アトウッドは笑って

「うん、ほら、あそこの大きいやつ」

とフロントガラスの外を指差した。そこには、ひときわ高く、綺麗な建物がそびえているのが見えた。

ずいぶんと立派なホテルだが…大丈夫なのだろうか?

「警備とか、厳しそうに見えるんだけど…」

「ああ、まぁ、そうかも。でも、あれはビスト財団資本の入った会社のホテルなんだ。

 だから、下手にそこらへんの安宿に泊まるより、よっぽど安心なんだよ」

ビスト財団は、地球圏全域に幅を利かせている超巨大な財団組織。

慈善活動からビジネスまで、ありとあらゆるところに触手を伸ばし、現在でもその規模を拡大させている。

それは地球連邦政府や軍部も例外ではなくて、連邦政府に至っては、

毎年莫大な額の助成金を財団に支給しているという噂もある。

ホンコンシティのルオ商会も大きな組織だけど、ビスト財団に比べたらまるで大人と子どもほどの差があるだろう。

その財団の資本が入っている、というのなら、連邦政府も軍も無茶は出来ないはず。

なるほど、そう考えると、格好の隠れ場所、か。

「にぎやかな街ですね」

後部座席のミネバさまが、誰となしにそう言う。

「うん、ここは東南アジアに、チャイナに、それからラサや中東方面からの主要道路の交差点にあたるからね。

 宇宙世紀に入ってからは、グングン成長して大きくなった街なんだよ」

アトウッドは、ミネバさまにそう説明している。確かに、窓の外に見える通行人は、人種もさまざま。

アジア系も多いけど、中東系や、アングロサクソン系も少なくはない。人種のるつぼ、と言ったところかな。
 


 アトウッドの運転で、車はホテルへと入った。駐車場に車をとめ、荷物を持って、ロビーへと入る。

アトウッドの用意したIDを見せてチェックインを済ませ、エレベータで部屋のある階へと上がる。

部屋についてみて、驚いた。そこは、これまで泊まったどんなホテルや宿よりも、立派で、綺麗な部屋だった。

「うわー、噂には聞いていたけど、やっぱりすごいなぁ」

アトウッドも、思いがけなかったようで感嘆している。部屋に入って、鍵を閉め、チェーンロックを掛けてから、

部屋の中を見て回る。

 ミネバさまもらしくなく興奮した様子で

「ミ、ミリアム!バスタブが、すごい大きいです!」

なんてまるで大発見をしたみたいに言う物だから、失礼だな、と思いながらも笑いをこらえきれなかった。

こんな、子どもらしいミネバさまを見たのは、いつ振りだろう。

それもこれも、アトウッドのお陰なのかもしれない。と、そう思ってから、私は思い出した。

昨日、アトウッドは私に言った。私たちの身は、彼女が守ってくれる。

だから、私には、ミネバさまの心を守ってあげてほしい、って。

「ミネバさま、たまにはお背中をお流ししましょうか?」

「ミリアムと一緒にお風呂ですか…そう言えば、一緒したことはありませんでしたね!お願いします!」

ミネバさまは、そんな言葉づかいとは裏腹に、小さく飛び跳ねてそう答えた。

総帥が宇宙へ上がってしまってからというもの、ミネバさまはずっと気を張っておられた。

総帥の前では、年相応の子どもなのに、私と二人になってからは、まるでいろんなことを我慢しているように、

固い口調と、態度を崩さなかった。

子どもながら立派なものだ、と思ったこともあったが、こうして子どもらしいミネバさまの姿を見ると、

やっぱり、子どもは子どもらしいのが一番だ、とも思ってしまう。

少なくとも、私達大人が、まだ13歳になろうかと言うミネバさまに勝手に大人像を押し付けるのは、

あまり好ましいことではないかもしれない。

ミネバさまの心を守る、というのは、もしかしたらこういうことなのかな…。

 そう思って、チラっと見やったアトウッドと目が合った。

彼女は私たちの会話を聞いていたのか、私にニコっと笑いかけてくれた。

思わず、私も彼女に笑顔を返してから、私はミネバさまと一緒に、部屋中を探索しては嬌声を上げていた。

 そんなとき、アトウッドの雰囲気が急に変化した。昨日と今日、私たちに見せていたあの軽い感じの彼女ではない。

彼女は、なにかに感づいて、全神経を鋭く尖らせ。部屋の周囲のその“何か”、に集中を始めた。
 


「アトウッド、どうしたの?」

「しっ!…たぶん、囲まてれる…マハの感じじゃないみたい…地元警察かなにかかな…?どうしてバレたんだろう…」

「敵なの!?」

私は思わぬ事態にハッとした。ここまでの道のりで追跡されている感じはしていなかった。

それに、ここはビスト財団所有のホテル…

ここでの騒ぎは、避けたいと思うのが普通だが、まさか、ここに手を伸ばしてくるなんて…

「…すぐにどうこうしようって感じではない、かも。監視しているような感じかな…この感触は…」

アトウッドは、声を低くしてそうつぶやいている。私は、拳銃を抜いてアトウッドの様子を見守る。

ニュータイプの能力は、こんな時には一番頼れる。今は、彼女の感覚を信じるしかない。

 やがて、アトウッドは何かを決心した様子で、私達を見た。

「ごめん、これ、ヤバイかもしれない。警察なんかじゃない、もっと危険な連中かも」

「危険な?」

「うん、この感じ、たぶん、あたしと同じエージェントの雰囲気がする。

 数は、4、5人だと思うんだけど…二人を守りながら戦うには、ちょっと分が悪そう」

アトウッドはそう言いながら拳銃を抜いて、銃口にサプレッサーを取り付けた。

それから衣装の入ったカバンを開けて、中から戦闘用のベストを取り出してランニングの上に着込み、

ポケットにマガジンや良くわからない機材を詰め込み始める。

「ちぇっ!せっかくクワトロ大尉のお金でリッチなホテルで一泊できると思ったのに!」

冗談か本気か、アトウッドはそんなことを口走った。

 エージェント…要するに、諜報員、ってことよね?言いかえれば、暗殺者も同じ…

数は多くないようだけど、少なくともマハの連中のように権力を傘にして数と暴力で押し込んでくるのとは違う。

鋭利なナイフと同じで、音もなく忍び寄って仕事を済ませるような手練れの可能性が高い…!

「こういう時は、逃げの一手あるのみだよ。服の類は置いて行こう。

 大荷物じゃ、走らなきゃいけないときには足枷になっちゃう。ミリアムの銃器のケースは携行してきて。

 “ジュリア”は、身軽にしておいて。万が一のときに全力で走って逃げられるように」

アトウッドは自分の装備を整えると、その上から厚手のパーカーを着こんだ。

「買い物に行くふりをして、この街から逃げよう。追手が来るようなら、そこで対応する方が良い。

 ここでやるとなると、包囲がさらに厚くされるかもしれないからね!」
 


アトウッドの言葉に、胸が詰まるような感覚になってきた。

私は、それを拭い去るようにして頭を振り、顔を両手ではたいて気合を入れ直す。

怖気づくな!私は、とにかくミネバさまをお守りすればいい…一人でミネバさまを連れて逃げていたときとは、違う。

今は、アトウッドが居る…彼女を、頼ればいい…

 そう思った瞬間、また、胸の内に疑念が湧いて来た。本当に、信用していいのだろうか、彼女を…?

「アトウッド」

私は、彼女の名を呼んだ。こんなことを、本人に聞くなんて、ばかげているし、情けない。だけど、彼女ならきっと笑って答えてくれる。そんな確信だけは、確かにあった。

「なに、ミリアム?」

「あなたを信じて、頼っても大丈夫よね?」

アトウッドは、思った通り、いや、思っていた以上の優しい表情で、ニコッと笑顔を見せてくれた。

「大丈夫、任せて。逃げるのは戦うよりも得意なんだ!」

 私達は準備を済ませて、部屋を出た。廊下に人の気配はない。

しかし、その静けさがかえって私の緊張を煽るような感じがしていた。不意に、服の裾を何かに引っ張られる。

見ると、ミネバさまが私の服をぎゅっと握っていた。

私は、握りしめていた自分の手を開いて、ミネバさまに差し出す。彼女は私の手を掴まえて握り返してくる。

「大丈夫」

私は小声で、彼女にそう伝えた。ミネバさまは、そんな私に小さくうなずきを返してくれる。

 エレベーターホールに辿り着いて、アトウッドが下へ降りるボタンを押し、辺りの警戒をし始める。

チン、という音が鳴ってエレベータがすぐに到着した。中には誰も乗っていない。

アトウッドは私たちを先に乗せ、自分の警戒をしながら、乗り込んでくる。

 私が“閉じる”のボタンを押した瞬間、

「あー!待って!乗ります!」

と声が聞こえてきた。アトウッドが反射的に、背中に差してある拳銃に手を掛けた。

彼女の緊張感が伝わって来るまでもなく、私達も身がこわばるほどの緊張に襲われる。

 エレベータのドアに手を掛けて、乗り込んできたのは髪の長い女だった。

タンクトップに膝丈までのスポーツウェアにランニングシューズを履いている。

「ごめんなさい。ありがとう」

女は、先頭に居たアトウッドにそう笑いかけてアトウッドに背を向けると自ら“閉じる”ボタンを押してドアを閉じた。

アトウッドの手が、拳銃からゆっくりと離れて行く。それを背後から確認していた私達も、ふぅ、と息を吐く思いだった。

どうやら、この女はさっき言っていたエージェント、とは違うらしい。

確かに、どこかにナイフや拳銃をかくしておける出で立ちではない。

あって盗聴器や発信機程度だろうが、この狭い空間の中で、それを仕掛けるようなしぐさを見せればたちどころにわかる。

それをしようとしないところから見ても、ただの観光客かなにかだろう。

 1階へ降りて行くエレベータの中で、女は私たちに背を向けたまま、

鼻歌交じりに長い髪をゴムで留め、ポニーテールにしている。身なりから見て、このままランニングにでも行くような雰囲気だ。

アトウッドも、警戒はしているものの、先ほどまでの緊張感はない。

 チン、と音がして、エレベータが1階に着いた。ドアが開くと女は改めてこちらを振り返り、

「すみませんでした」

と笑顔を見せて、足早にロビーの方へと出て行った。
 


 それでも、ロビーにはたくさんの人間が居て、それぞれ思い思いに過ごしている。

この中に私達を追っている人間がいるのかと思うと、気を休めている暇はない。

ロビーをまっすぐに抜けて、狭い通路に差し掛かった。アトウッドが先頭で素早く拳銃を引き抜く。

襲撃があるとしたら、この先だ。私は、拳銃を手にする代わりに、ミネバさまの手を握りなおす。

戦闘はアトウッドに任せる方がいい。私は、とにかく盾になってでもミネバさまをお守りしないと…!

 短い通路を抜けて、駐車場に出た。地下の広い空間に、ドアを開いた音が響く。アトウッドは拳銃を構えた。

私は、そんな彼女の脇を、ミネバさまの手を引いて車に向かって走る。

 次の瞬間、バン、と言う乾いた音がした。銃声!私はとっさにミネバさまを庇って地面に倒れ込む。

傍らにいたアトウッドがサプレッサーのついた拳銃を発射した。

バスバスっと言う破裂音とともに、キン、キンと薬きょうが床に弾ける。

「車に急いで!」

アトウッドが怒鳴った。私は、必死になって起き上がると、ミネバさまの手を引いて車へと走る。

出口からすぐのところにとめてアトウッドの車に乗り込んだ。

 アトウッドは拳銃を撃ちながらこちらへ走ってくる。

車のドアを開け、いったん荷物を投げ込んでから、何かの機械を胸もとから取り出して車の陰にしゃがみこんだ。

「なにしてるの!?」

「爆発物と、発信機がないか調べないと、車を動かせないでしょ!」

確かに、そうだ。車を始動させた瞬間に、ドカン、なんてこともあり得る。

こんな中でも、アトウッドは冷静だった。

 私は、拳銃を片手に車から飛び出た。今のアトウッドは、無防備だ。援護しないと…!

私は、必死の思いで、銃声が聞こえてくる方へ向かって引き金を引いた。

手首に、激しい銃声とともに、拳銃の強烈な反動が伝わってくる。

「ミリアム!気を付けて!牽制してくれるだけでいい!もうちょっとだけ、時間稼いで!」

「分かってるわ!」

アトウッドへそう返事をして、私は拳銃を撃ち続ける。当てなくていいのなら、特に危険はない。

身を晒さずに物陰から撃ちこめば良いだけだ。

 「よし…!大丈夫、爆発物の類はないみたい!乗って!すぐに逃げなきゃ!」

アトウッドが機械を仕舞いながら私の肩を叩いて言ってくれた。

私はうなずいて、アトウッドとともに後部座席から車の中に乗り込む。

運転席に転がり込んだアトウッドは、すぐさま車を起動させた。
 


 エレカ特有のモーター音が聞こえ始める。グンっと勢いよく車が駐車スペースを飛び出した。

そのとたん、ガンガンと鈍い金属音が響き渡る。これは…撃たれてるの!?

 私はとっさにミネバさまの体を庇う。

「ミリアム、大丈夫!この車、完全防弾使用だから!対物ライフルでもない限りは撃ち抜かれない!」

アトウッドの言葉に、私は顔を上げた。サイドの窓ガラスには、銃弾がめり込むどころか、弾け飛んでいるようにも見える。

これは…相当な性能の防弾ガラスだ…!

「アトウッド!応射は出来ないの?!」

私は運転席に居る彼女にそう怒鳴って聞く。

「そこまでの装備は積んでないよ!スパイ映画じゃないんだから!

 ルナチタニウムの装甲だけで、クラトロ大尉からもらったお金半分以上飛んじゃってるんだからね!

 とにかく、飛ばすから掴まっててよ!」

アトウッドはそう怒鳴り返してきて、さらにアクセルを踏み込んだ。

その動きで、私は後部座席に転がってしまう。

内壁にしたたかに叩きつけられて、私は何とか自分の体をとめることが出来た。

すぐに、逆方向へ体が振り回される。私は、シートにしがみついて自分の体を支えた。

と、窓から眩い光が入り込んでくる。地下駐車場を出たんだ…!
  


 今度は、ビービーと言う激しいクラクションの音。

「もー邪魔!邪魔だってば!!急いでるんだから!!!」

アトウッドが鳴らしているらしい。彼女は、クラクションに負けないくらいの大声で怒鳴っている。

私はリアガラスの方を見やった。追手らしい車は来ていない。このまま走れば、逃げ切れる…!

だけど、どこへ?!予定ではここから列車に乗る計画だったはず。

このまま車で、どこに向かうつもりなの?!

「アトウッド!このままどこへ!?」

「プランBに変更する!とにかく、今はこの街を出ないとヤバいんだ!」

ハンドルを握りながらアトウッドは私に言ってきた。

プランB…昨日はそんな話はしていなかったけど…でも、さすがに予備の計画の一つや二つは用意しているんだろう。

アトウッド、顔は必死になっているけど、

彼女の判断は、脱出から、車の安全確認と今のプラン変更まで、ひとつも迷いなく、判断も間違ってはいない。

この子、本当にすごい!

「それで、プランBって?」

私は、後部座席から助手席に移動しつつアトウッドに尋ねる、するとアトウッドは、真剣な表情のまま、

何でもないように言いきった。

「寝ずに車で、ヤンゴンまで走る!」

少なく見積もっても、1000キロはある…ね、ねぇ、アトウッド、それって、思いつきじゃない…?

「ね、ねぇ、アトウッド?」

「なに、ミリアム?」

「それって、計画の内?それとも、お、思いつき?」

「計画の内だよ!プランBの計画は、“臨機応変に対応する”!」

「それを思いつきって言うんでしょ!?」

私は思わず、そう声を上げてしまった。でも、それを聞いたアトウッドは、ニヤっといたずらっぽい笑顔で私を見た。

あぁ、なによ、この会話も、あなたの“計画”の内…ってワケ?

「えぇぇ?!そんな言い方しなくても良くない!?」

緊張で胸がいっぱいのはずなのに、アトウッドがあんまりにおどけた調子でそう声を張る物だから、

私も、後ろに乗って隠れていたミネバさまも、吹き出すどころか、声を上げて笑わざるを得なかった。

絶望の淵に立ちながら、笑顔を忘れないアトウッドらしい。

笑顔がこんなにも、絶望から自分を一線を引いたところに置いてくれるなんて…

ずっと、長い間忘れていたような気がした。

本当に、本当に長い間…。
 


つづく。

なぞのエージェント集団登場。

マライアたんとの死闘が始まる?!
 

誰やろクラトロさんってww


「逃げ」にブーストかかって、だいぶらしくなってきた!
アヤレナさんたちと5thルナ落下の影響とか、先の事件がわかってるだけに気になりまくりんぐ
頼む、早くなんとかしてくれ!w


ドミニク「プランB? ねぇよ、んなモン!」

>>70
ホント、誰なんでしょうね?
マライアたんの知り合いでしょうか?
あ、きっとティターンズ時代の友達かなんかじゃないですかね!



くそう、やってしまった…悔しいっwwwwww
久々に、吊って来ますwwwwww



>>71
感謝!

ご要望にお応えして…再投下しますww
 



 車は街を抜けた。幸い、追跡されている気配はない。

私はルームミラーで何度も後ろを走る車を確認したし、アトウッドはそれに加えて、

ニュータイプ能力で何かを感じ取っていたようで、

「なんとか、逃げ切れた、かな」

と安堵した様子で言った。時間はすでに昼を回った。

 それを聞いた私もミネバさまも、ふうとため息を吐いた。

マハに目を付けられて以来、逃げ回ることには慣れていたつもりだけど、発砲されたのは初めてで、

正直、生きた心地がしていなかった。アトウッドの機転がなかったらと思うと、ぞっとしてしまう。

 不意に、後部座席からニュっと手が伸びてきた。

見ると、ミネバさまがミネラルウォーターのボトルをこちらに差し出していた。

「二人とも、ありがとうございます」

ミネバさまは、静かに、落ち着いた様子でそう言った。

「わっ!ありがとう、ジュリアさま!」

アトウッドは言うが早いか、ボトルを奪い取るようにして口を付けた。

半分ほど飲み干して、ふうと息を吐いた彼女は、それを私に押し付けてきた。

私も、ミネバさまにお礼を言ってから水を飲み干す。気が付けば、喉はカラカラだし、汗だくになっていた。

「あと、こんなものしかありませんけど…」

そう言ってミネバさまは、小さな茶色い塊2つ握ってこっちへ差し出してきた。

「これは…キャラメル?」

「あー、ジュリアさま、これはまだしまっておいて大丈夫だよ」

アトウッドがそう言う。でも…私は…そう思って、チラリとミネバさまを見やると、

ミネバさまは笑顔で私を見ていた。

「あの…いただきます」

控え目にそう言って、ミネバさまの手からキャラメルをつまんで口に運んだ。

甘味が口いっぱいに広がってくる。そんな私を、ミネバさまは嬉しそうに見つめてくれていた。

 「助かった、のね」

ふと、そんな言葉が漏れてしまった。すると今度は、アトウッドの手が伸びてきて、私の手を掴まえた。

「ごめん、あそこがバレてたのは、完全に予想外だった。怖い思いさせちゃって、ごめん」

アトウッドは、まっすぐにフロントガラスの向こうを見据えながら、そう言ってくる。

「大丈夫…それより、その、ありがとう…助けてくれて」

私はその手を握り返しながらそう言った。アトウッドと一緒に行動していたからああなった、というわけではない。

もしかしたら、私とミネバさまだけだったとしても、さっきの連中に待ち伏せされていたかもしれないんだ。

二人だけだったら、今頃は捕まっていただろう。

ミネバさまは違うかもしれないが、少なくとも私は、その場で殺されていた可能性だってある。
 


「ジュリアさまも、ごめんね。大丈夫だった?」

「はい。ケガもないですし、大丈夫です」

ミネバさまはサラっとした様子でそう言った。

「あはは、さすがに、肝は据わってるよね」

アトウッドはそう言って笑って、私の手を放すと、今度は後ろのミネバさまにその手を伸ばして、

肩をポンポンと叩いた。

「ごめんね、二人とも。あの連中がどこの誰かは分からないけど、たぶん、かなり厄介なやつらだと思う。

 最悪のときは、あたしが足止めするから、そのときは」

「待って」

私は、アトウッドの言葉を思わず遮ってしまった。ダメ、そんなこと、言わないで…

「アトウッド。私達は、あなたなしでは、おそらく目的地にはたどり着けない。だから、そんな行動は絶対にしないで」

気が付けば、私は後ろに伸ばしていたアトウッドの腕を掴まえてそう言っていた。

彼女は、一瞬あっけにとられていたけど、しばらくしてニコッと笑顔を見せると

「うん…ごめん、あたし、ちょっと弱気になったね。反省します!」

と言ってペチペチと平手で顔をはたいた。

 うん、そう。あなたは、私と同じ…絶望の淵にたたずむ人。私なんかより能力も高くて、機転も効く。

いえ、だからこそ、先の見通しがありすぎて、返って不安になることも多いのかもしれない。でも…でも、

「アトウッド、弱気にはならないで。あなたは、私達二人の指針なのだから。私も、出来る限り力になる」

そう。私は、あなたと同じ絶望を知っている。だからこそ、あなたを励ますことができるはず。

私は、あなたにミネバさまと私の命を守ってもらう代わりに、あなたの心を守る。

ミネバさまにするのと同じように。それがきっと、私の役目…もう、しくじったりはしない…!

「…うん、ありがとう、ミリアム…!」

アトウッドは、目に涙を浮かべていた。と思ったら、私の腕を思いっきり引っ張って抱きしめてきた。

「ちょ、アトウッド!運転!運転!!」

私は思わず驚いて、そう言いながら、無理矢理に体を引き離した。

それでもアトウッドは名残惜しそうに私の手を握りながら、

「ありがと、ミリアム。ホント、ありがとう…」

と何度も何度も礼を言って来た。分かってないよ、アトウッド。

お礼をいくら言っても足りないのは、私達の方だって言うのに…。
 


 そんなことをしているうちに、車は市街地を抜け、開けた道路に出た。ここは、どのあたりなのだろう?

「それで、どこへ向かっているの?」

私は、なんとか気持ちを落ち着かせたらしいアトウッドにそう聞いてみる。

「うんとね、とりあえず、ハノイからの西へ向かう幹線道路は全部監視されてる可能性があるから、とりあえず南へ下ってる。

 ビンって街まで300キロくらいだから、そこへたどり着いたら、そこからぐっと内陸へ入って、

 バンコクを目指そうかと思ってる。

 予定よりも南回りだし、車だし、相当時間はかかるから、本当は避けたいルートだったんだけどね…」

「確か、シャトルの発射は一週間後、って話だったよね?」

「そうなんだよ。予定なら、明日の夕方にはヤンゴンに到着して、

 そこから高速フェリーで1日掛けてマドラスに入るつもりだったんだ。

 かなり余裕を見たスケジュールのつもりだったんだけど、一気にカツカツになってきちゃったね」

アトウッドはそう言いながら顔をしかめた。夜通し走る、というのも、あながち冗談ではないのかもしれない。

まぁ、運転なら、私にだってできる。二人で交互に、休まず行けば、まだ間に合う公算はある。

「でも、安心して。絶対に間に合わせるから」

アトウッドは、そう言って、笑った。分かってる。こういう状況だからこそ、あなたは笑うんだよね。

「頼りにしてるわ。運転なら、私もできる。疲れたら変わって。

 もしものときにあなたが寝不足で判断ミスだなんて、一番避けたいもの」

私もそう言って彼女に笑顔を返してあげた。

「あはは、やっぱりミリアムは本当は優しい子なんだねぇ」

アトウッドは、なんだか嬉しそうにそう言った。

私もなにか、返してあげようと考えを巡らせようとした瞬間、なにかの音が聞こえた。

これは…ヘリコプターのローター音…?

「うそでしょ…?」

アトウッドがそう言ってうめいた。

「まさか…!?」

彼女の言葉に、私にも分かった。とっさに、サイドミラーで後方を確認する。

そこには、一機のヘリコプターが猛スピードで迫ってくるのが写っていた。

「攻撃ヘリまで出してくるなん…!?」

何かを言いかけたアトウッドが、急にハンドルを切った。

体にGが掛かり、車体がタイヤの悲鳴を上げながらスピンする。

次の瞬間、何かが車の最後部の窓を突き抜けて行った。なに…今のは?!
 


「対物ライフル…!」

アトウッドが口にした。アンチマテリアルライフルだって言うの?!

「アトウッド!」

「だぁっ!もう!頭おかしいんじゃないの!?なんでたかが防弾車に対物ライフルなんて撃ってくるのよ!?

 後ろの攻撃ヘリだけじゃ不満だっての!?」

アトウッドはそう吠えながら再び車を走らせる。走りながら彼女は不規則にハンドルを切って蛇行運転を繰り返す。

私はニュータイプと言えるほどの能力はない。だけど、そんな私にも分かった。

彼女は、どこからか対物ライフルでこの車を狙っている人間の攻撃性を感じ取って、小刻みにそれをかわしているんだ…!

「ミリアム!後部座席の下にウェポンボックスがあるから、それ開けて!」

アトウッドはそう私に言ってきた。

「わかった!」

私は返事をして助手席を飛び出し、激しく揺れる車の中、ミネバさまの座るイスの下から大きな箱を引きずり出した。

蓋を開けるとそこには、60㎝ほどの長さの軽ロケット砲2本と、重機関銃が一丁収まっていた。

「応射でいないっていったじゃない!」

「車に攻撃できる機能は付いてないって意味だよ!あぁぁぁ!もう!だから車って嫌いなの!

 飛ばして!私を空に飛ばしてよ、もう!

 ミリアム!後ろのヘリが撃って来る前に追っ払って!

 たぶん、対物ライフルでこの車の機能部分を撃ちぬいて、後ろのヘリで制圧するつもりなんだよ、こいつら!」

「了解!」

私は、武装を確認する。このロケット砲は使い捨て用だ。

一発撃ったら、再装填は出来ないタイプ…これは、最後まで取っておいた方が良い…

だとするなら、この重機関銃を使うか…!

 私は機関銃と銃弾の入った箱を抱えて後部座席のさらに後ろ、ラゲージスペースに運び込んで、

台座に機銃をセットし、金属製の箱から引っ張り出した弾帯を機関部にセットする。

「準備出来た!」

「リアウィンドの右のボタンで窓が開くよ!さっさと追っ払って!」

「こっちは任せて!」

私は、ボタンを押して窓を開けた。そこから機関銃の銃口を突き出して、トリガーを引く。

とたんに轟音と共に銃弾が吐き出され、薬莢が車内に飛び散る。

「姫様!あたしのシートの後ろに伏せてて!対物ライフルのやつの流れ弾に当たらないようにしたいから!」

「はい!」

アトウッドはこんな状況でも、ミネバさまに的確な指示を与えている。大丈夫、大丈夫だ…

ここも、必ず切り抜ける…!
 


 私はそう決心しながら、空をゆらゆらと逃げ回るヘリに向かって機銃弾を浴びせかける。

あのヘリは戦闘用のヘリの様だけど、いくらなんでも、この機銃弾を食らって無事なはずはない。

この機銃弾は、こっちの車を撃って来てるアンチマテリアルライフルとほぼ同じサイズのはず。

ヘリの装甲なんて、簡単に撃ちぬける…!

 私は一心不乱に引き金を引いた。左右に動く車の中で、必死になってヘリに照準を合わせる。

曳光弾が、ヘリと交差した。途端に、ヘリのローター部分から煙が吹き上がる。

―――やった!

 そう歓声をあげようとした次の瞬間、私は、ヘリの先端に付いていた機銃が動くのを見た。

「アトウッド!ヘリがミニガンを撃ってくる!」

「あぁぁ!もう!またなの!?」

アトウッドは、なんだかよくわからない悲鳴を上げたと思ったら

「ミリアム!掴まって!」

と怒鳴ってきた。私が、シートを窓枠に手を付いて踏ん張った瞬間、車が勢いよく反転して、方向を変えた。

そのまま、車は、これまで走っていた幹線道路から逸れて、細い畑道へと進路を取る。

「ミリアム!引っ込んで!ヘリが撃って来たら、そこが一番危ない!」

「りょ、了解!」

私は必死にそう返事をして、機銃を引っ込めて窓を閉めた。

そのまま転がるようにして後部座席に移って、今度はロケット砲を手に取る。

これを撃つには、上半身を車から乗りださないといけない。

バックブラストを車内に撒き散らすわけにはいかないから…だとすると、助手席から撃つのが一番…!

 ロケット砲を持って、今度は助手席に移動する。

「待って、ミリアム!」

助手席の窓を開けようとした私に、アトウッドが怒鳴ってきた。

振り返ったら彼女は、シートの脇からフックの付いたワイヤーを引き延ばしていた。

「アンカーワイヤ!つけといて!」

「ありがとう!」

私はすぐさまそれを受け取って、ベルトにひっかけて窓を開ける。ロケット砲を担いで、上半身を乗り出した。

「良く狙って!それ、誘導弾じゃないからね!」

「分かってるわ!射撃は、慣れたものよ!」

私はアトウッドに怒鳴り返して、後部の延長砲身を引き出し、筒に取り付けられたスコープを覗く。

しかしその瞬間、十字の照準の中で、ヘリのミニガンが火を噴いた。
 


 慌てて車内に体を引っ込める。ほとんど同時に、車体に弾丸が降り注いできた。

ドガガガガガと、嫌な音が車内に鳴り響く。

「うぅ、ミニガンで良かった…10ミリ以上の徹甲弾だったら、今頃蜂の巣だよ…!」

アトウッドは肩をこわばらせてそう言っている。でも、こんなに撃たれてたんじゃ、反撃する暇がない…

いや、それが敵の狙い…!?

「アトウッド、このままじゃ…!」

「大丈夫…な、はず。見て」

アトウッドはそう言って、前方を指差した。その先は、うっそうと木の生い茂る森だった。

道路はその森林の中へと真っ直ぐに伸びている。

「手負いのヘリで、あの中を追ってくることは、たぶん、ないと思う…」

私の撃った機銃は確かにヘリを捉えて、今でも黒煙を吹いている。そう長いこと飛んでいられるとは思えない。

逆の立場なら…引き時、か…。

 車が森に差し掛かる少し手前で、ヘリは射撃をやめて、どこかへ消えて行った。とりあえずは一安心、かな…。

ふう、と息をついた私をアトウッドは見やって笑った。それから

「かなりやばかったね…とにかく、今は走るしかない。

 対物ライフルを撃って来たやつは、道路の南側正面に位置取ってた。

 この道はずっと西に向かっているはずだから、そいつから離れるにはひたすら走って距離を取らないと」

そう言って彼女もふう、とため息を吐いた。
 


つづく。


ロケット砲は、LAWのイメージ。

ミニガンはNATO弾、対物ライフルとミリアムのぶっ放した重機関銃は50口径くらいのイメージ。

ちなみに、ファーストマライア編でホバーを撃って来たヘリは対MS戦用に改修された機体で

50口径のガトリング砲が付いてたイメージ。

ミニガンで撃たれても大丈夫なルナチタニウム防弾ってすごいね。

乙だぜ!

やはり逃亡劇になると輝く登場人物達。
>>1も筆が乗ってるもんなぁ、イキイキしちゃってwww

プランB… まさに「ねぇヨ、ンなモン!」だなwwwwww
クラトロってのはきっと、くら寿司(まわるおすし)のトロなんだよww

マライアに車はほんと鬼門だな ソフィアの時もブー垂れてたし
ところで、対物の50口径機関砲弾撃つ重機関銃は三脚固定や車載設置もなしに、「車の窓から出して撃つ」とか
かなり無茶じゃね?
まぁそこは物語補正ということでいいかww

>>80
感謝!
戦闘になるとイキイキしだすのもそうですが、
ミリアムさんが徐々にマライアたんによって心開きつつあるっていうのもあるんだと思うです、はい。

>>81
感謝!!

マライアたん、30過ぎても、ヤバイ時に騒ぐのは変わっておりません。
天国でライラさんが呆れてるかと思いますww

重機関銃のくだり、>>76でちゃんと台座にセットさせております…
イメージなんですが、この車はクワトロ大尉から出た資金で作った特注車で、リアガラスもパワーウィンドウ方式で
後部のハッチバックドアの中に収納されて窓が開く仕組みになっていて、
ラゲージスペースに三脚おいて、そこに重機関銃セットして開いた窓からぶっ放してた、
っていう場面だったのですが…表現が拙くて申し訳ない><。
 

>>82
>後部のハッチバックドアの中に収納されて窓が開く仕組みになっていて、
>ラゲージスペースに三脚おいて、そこに重機関銃セットして開いた窓からぶっ放してた

うはwそれってもはや車に撃つ機能が備わってると言えるんじゃねーかww

ボンドカーも真っ青wwwwww

それが意外にビックリな代物でもなく
イメージのモデルにしたトヨタのハイラックスサーフと言う車は
同機能がフツーについてたりします。


 その晩、私達はどこかも分からない山奥に居た。

山奥とは言っても、山岳地帯、というわけではなく、あちこちに大小の川が入り乱れて走っている場所で、

車ではどうにも走りにくい地域だった。

 あれからどれくらいの距離を走ったのか、ヤンゴンへの距離がどの程度縮まったのかもわからない。

何しろ、そもそもここがどこか、全く見当が付いていないからだ。

アトウッドは今、必死になって携帯用のコンピュータで座標を割り出している。

なんでも、位置情報観測用の衛星に侵入してデータを引っ張り出している、という話だけど、

そのあたりの詳しいことは私にはわからない。そこはとりあえず、彼女に任せるしかなかった。

なによりも、私達はまだ、なんとか、自由の身だ。今はまだ、それを幸運と思うべきなんだと思う。

 「マライアさん、もう大丈夫でしょうか?」

ミネバさまがたき火を見ながら、アトウッドにそう声を掛ける。

アトウッドは、見つめていたコンピュータから顔を上げて、

「ちょっと待ってね、今行く」

と言って、コンピュータを閉じ、たき火の方へと歩いて来た。

細い木の枝で、火に掛かっていた魚をつんつんとつつく。

ポロッと身がほぐれて、中からしみ出した水分が火に落ちてジュウと音を立てた。

香ばしい匂いが鼻とお腹をくすぐる。

朝食のドライブスルーでのファーストフードを食べて以来、

ミネバさまにもらったキャラメル以外は12時間以上、何も食べていない。

見てくれは奇妙な姿をしているが、この匂いはどうしたって、おいしそうに感じられてしまう。

「もう大丈夫かな。ほら、姫様はこれが良いと思う」

アトウッドは火に掛かっていた魚の内、一番まともそうな形をしたものを取って、ミネバさまに手渡した。

「ミリアムとあたしは、こっちね。ちょっと臭うかも知れないけど、我慢して食べよう」

アトウッドはそう言って、もう一匹の不細工な魚を私に渡してきた。この際、贅沢は言わないことにしよう。
 


 それにしても、アトウッドには驚いた。

川で魚を取る、というのは分かるがまさか手榴弾を川に投げ込むとは思わなかった。

ズボン、という鈍い水音がして、月に照らされた水面に無数の魚が浮いて来た時には、もっと驚いてしまったけど。

「ほんとうはこれ、やっちゃいけないんだよね。一回に食べる以上の魚を死なせちゃうからさ。

 バレたら、私の姉さんに叱られちゃう」

アトウッドはそんなことを言いながら浮いて来た魚の内のいくつかを拾い上げて捌いてから火にかけた。

 ミネバさまが魚に口を付けて

「あちち」

と声を上げた。それから、ハッとして私達を見つめて、恥ずかしそうに顔を赤くした。

「ふふふ、姫様、別に砕けていいんだよ!こんなときだもん、堅っ苦しい方が返って不自然!」

アトウッドのその言葉に、ミネバさまは今度は私をじっと見つめてきた。警護として、そんなことは言えないけど…

でも、ね。

 私は、何かを伝える代わりに、ミネバさまに笑顔を見せてあげた。

ミネバさまは、私の気持ちを受け取ってくれたのか、笑顔で応えてくれた。

「キャンプみたいで、楽しいですね」

「いや、全然くだけてないじゃん!」

ミネバさまの言葉に、アトウッドがすかさずそう声を上げたので、思わず笑ってしまった。

ひとしきりそんな話をしてから、私も魚に口を付ける。

アトウッドの言っていた通り、少しイヤな臭いはするが、味は良い。

いつの間にか私達は一心不乱にそれぞれの魚を食べすすめ、10分もすると、骨だけになった魚を火の中へ投げ入れた。

 満腹になって、すこし気持ちが落ち着いてくる。暗がりに灯る、この焚火も、なぜだか心を落ち着けてくれる。

でも、そうなってくると、自然に他のことに気が回るようになってくる。

 それを意識してしまって、私はすこし、居心地が悪くなり始めた。

「どうしたの、ミリアム?」

そんな私の様子に気付いたのか、アトウッドがそう声を掛けてきた。私は

「ううん、ちょっと、ね」

とだけ答える。すると彼女は

「あぁ、そっか」

と言って、車の中かから、箱に入ったティッシュペーパーを出してきた。

まったく、ニュータイプっていう人種には、デリカシーもなにもあったもんじゃないわね。

「はい」

と、何でもないような顔をしてくるアトウッドに、それでも私は

「ありがとう」

と礼を言って箱のティッシュを受け取ると、その場を立ち上がった。それを見るや、今度はミネバさままで

「あの、ミリアム、わ、私も…」

と声を上げた。拒む理由なんてない。いや、ひとりで行かせるわけにもいかないし、どちらかと言えば、都合はいい。

「はい、ご一緒に、参りましょう」

私が言うと、ミネバさまは安心した表情をして立ち上がった。
 


 「あ、待った、ミリアム」

そんな私を、アトウッドが呼び止めた。何かと思ったら、拳銃を投げて渡してきた。

「この辺りに人を襲う類の獣はいなかったと思うけど、念のため、ね。あと、ヘビには気を付けて。

 あんまり遠くに行かないようにね」

アトウッドの言葉に、少しだけ、恐怖感が湧いて来た。やめてよ、もうっ!

 文句を言ってやろうと思ったら、アトウッドはイヒヒと声を上げて笑って、

「あたしはここで見張ってるから、なんかあったら大声あげてね。すぐに飛んでいくからさ」

と言ってきた。まぁ、この感じも慣れたものだ。下品には違いないけど、でも、気持ちがなごむ。

私は彼女に頬を膨らませてやってから、ミネバさまを連れて川の下流の方へと、ライトを照らしながら歩いた。

 適当な場所を見つけて、とりあえず先にミネバさまへ進めて、次いで私も済ませた。

時間のかからない方の用件で、お互いに良かったと思う。元来た道を戻ろうとした。

でもそのとき、ミネバさまが私のシャツの袖口を引っ張った。

「ミリアム…あれを」

ミネバさまがそう言って何かを指さした。私は、その方向へライトを照らす。

そこには、何か、人工物らしい物があった。でも、あれは川の中…なにかが、沈んでいるの…?

私はその物体に目を凝らす。

あれは…どこかでみたことのあるシルエットだ…あれは…まさか!

「コムサイ…?」

私は思わずそう口にしていた。

そうだ、あれは、前の戦争でジオンが使っていた戦艦ムサイの脱出艇、コムサイのはずだ。

よくよく見れば、痛んでボロボロにはなっているけど、でも、間違いはない。

なぜこんなところに?戦争当時に、宇宙から脱出して、こんなところに不時着したっていうの…?

 ガサガサと足音がした。驚いてそちらにライトを向けたら、そこにはアトウッドが立っていた。

「ごめん、あたしもなんだか、もよおしちゃってさ」

バツの悪そうにそう言うアトウッドには、私達の様子を見て、コムサイの存在に気が付いたようだった。
 


「あれって…ジオンの、脱出艇、だよね…」

「うん、そう」

私が答えると、アトウッドは何かを思い出したように、辺りをライトで照らし始めた。

しばらくして、ライトの先が何かを捉えた。並んで立っている、木の棒だった。

これは、自然にこうなったものじゃない…人の手で作られたなにか、だ。

「これは…お墓、ですか…?」

ミネバさまが小さな声で言った。

「うん、たぶん、そう…」

アトウッドは、少しさみしそうな表情でそう言うと、その前に跪いた。

「ここへ、呼んだの?それとも、偶然…?」

アトウッドは、まるで誰かと喋るかのように、そう独り言を言い始めた。

私とミネバさまはその様子をただ見ているしかできなかった。

 ブツブツと、何かを語りかけるようにしていたアトウッドは少しして、ゆっくりと立ち上がって、

木の棒をひとつずつ、まるで子どもの頭にしてあげるみたいに、優しく撫でた。

「ここに埋葬されてるのは、ジオンの、ニュータイプ研究所に居た子ども達、だったんだと思う」

「ニュータイプ研究所!?」

私は思わず声を上げてしまった。そんな、まさか…あの研究所から、ここに逃げてきた人たちが居たの…!?

「うん…ちょっと前に、話を聞いたことがあるんだ。

 戦況が悪くなってから、ジオンのニュータイプ研究所が本国とアクシズへ撤退するときに、

 試験で“要らない”って烙印を押された子ども達が殺されることになったんだ、って。

 でも、それを良しとしないジオン兵も居て、彼らを戦艦に乗せて、いろんなところへ逃がしたんだ、って。

 この子達は、その中でも地球へたどり着いて、ここで亡くなっちゃったんだと思う」

アトウッドは、しんみりした様子でそう言った。

「亡くなった方と話ができるのですか、ニュータイプ、というのは?」

「ああ、ううん、そんなんじゃないよ、姫様。あたし達は、ただ感じるだけ。

 ここに居た人が、何を思っていたか、どんなことを考えてきたか、ってのを、ね。

 あたしはただ、その研究所から逃げ出した、って子たちの話を知っていたから、

 たぶんそうなんだろうな、って思っただけ」

ミネバさまの言葉に、アトウッドはそう返事をした。
 


でも、それを聞いたミネバさまは、アトウッド以上に、気落ちした表情になった。

「彼らは…私を恨んでいると、思いますか?」

ミネバさまは、アトウッドに聞いた。そうだ…彼女は、ザビ家唯一の生き残り。

ニュータイプ研究所なんてものを作って、戦争のために利用した…

 そのことに気付いて、私もアトウッドの顔を見た。彼女は、笑顔で首を横に振った。

「そんなことはないよ。この子たちは、絶対にそんなことは思ってなかった。

 もし、亡くなったあとも意思が残る、っていうのなら、きっと彼らは、姫様を無事に逃がすために、

 ここへ呼んだんだと思うよ。姫様も彼らと同じ、追われている身。

 彼らには、血縁とか、そう言うのは関係ないんだ。

 辛いと思う気持ち、悲しいと思う気持ち、楽しいと思う気持ち、嬉しいと思う気持ち、

 そう言うのを共有できるのがニュータイプなんだよ。

 もし、彼らがどこかあたし達の理解できないところでその意思を持っていられるんだとしたら、

 姫様の辛さも、悲しさも全部感じているはずだと思う。それを無視できるニュータイプなんていないんだから」

アトウッドはそう言うと、ミネバさまの肩に手を置いて、優しく抱きしめた。

 私は、その様子を見ながら、まったく別のことを考えていた。

ニュータイプ研究所…フラナガン機関、って言ったっけ…

「私も、お祈りをしたいです」

「うん、そうしてあげると良いよ。どこかで見ているんなら、きっと喜んでくれるはずだよ」

ミネバさまの肩を抱いたまま、アトウッドはお墓のそばまで行くと、二人で並んで、胸の前で手を合わせていた。

 でも、不意に、アトウッドが小さな悲鳴を上げて

「あぁ、うぅっ!そう言えばあたし、それどころじゃなかったんだ!」

と言って駆け出して、私からティッシュの箱を奪うと、その場所からずいぶん離れた繁みの中へ駆け込んでいった。

 まったく、マジメなんで頼りになるんだか、マヌケで軽いお調子者なんだか、本当にせわしない子だな。

私はそんなことを思いながら、豹変ぶりを目にしたミネバさまと顔を見合わせて笑っていた。



 





 空が白んできた。私たちはあれから、アトウッドの“用事”が終わってすぐに、あの場所を発った。

ミネバさまは名残惜しそうにしていたけど、私達には時間がない。

幸い、あの場所からずいぶん走った場所で行ったアトウッドの測量で、地図上での大まかな位置は把握できた。

東南アジア、インドシナ半島北部の奥地だった。ここから先は、無数の川と山が私たちの前に立ちふさがっている。

これまで以上に困難な道のりになるだろう。

アトウッドはこのままひたすらにこの険しい地帯を走破する選択をした。

彼女の言葉のとおり、本当に寝ずの走行になるだろう。

それでなくても、マハに、アトウッドが言うには、おそらく連邦軍内部の諜報部隊も出てきている。

やつらは、マハなんかとは比べ物にならないくらいに危険な連中だ。

でも、だからなおのこと、どんな手を使ってでも私達は5日後までにマドラスに到着する必要がある。

こんな執拗な追跡をいつまでもかいくぐり続けるのは、さすがのアトウッドにもきつそうだ。

 私は、そんなことを思いながら、助手席で眠りこけているアトウッドを見やった。

彼女は、幸せそうな表情を浮かべながら、私の運転する車に揺られている。

本当に、どういう経験をしてきたら、こんなに肝の据わった人間になれるのだろう?

私なんて、地球にミネバさまと残ってからというもの、安眠なんてしたこともなかったのに…。

 ガタン、と車が大きく揺れた。

「ふぁっ!?」

と奇妙な声を上げて、アトウッドは目を覚ました。

「あぁ、ごめん。水溜りを避け切れなくて」

私が言うと、アトウッドはくぅと大きく延びをして、

「道悪いもんね」

とまるで寝ぼけているみたいに言ってくる。それから、ダッシュボードにおいてあった位置計測器を手に取った。

「もう、かなり来たね」

「今、どのあたりだろう?」

「もうすぐミャンマーに入る頃じゃないかな。結局昨日キャンプしたのがどこだったのか全然わかんなかったけど…

 まぁ、とりあえず現在地は分かったし、このルートとしては、順調な方、かな」

「それなら良かった。でも、さすがにお腹が空いたわ」

「川があればまた魚が取れるんだけどね。個人的には、小さな町にでも入って、穀物と甘いものを仕入れておきたい気分」

「同感。炭水化物がないと満腹になっても食べた気にならないなんて、想像してなかったよ」

「それなら…っと、地図、地図どこだっけな…」

アトウッドはそう言いながら、グローブボックスをかき回して手のひらよりも少し大きいくらいの液晶パネルを取り出した。
 


側面についているボタンを操作すると、パネル部分に地図が映し出された。

アトウッドはその液晶を操作しながら地図を確認していく。不意に、「お」っと彼女が声を上げた。

「なにかあった?」

「うん、あと30キロも行くと…ルーアン?あ、ルアン、ナムタ?だか、ナンサーだかって町に出るみたい。

 多少大きい町っぽいから、食料品店くらいはあるかもしれないね。出来たら、カー用品店もあるといいんだけど…」

「カー用品?どうしてまた?」

「いやぁ、だって、ほら、一番後ろのサイドガラスは対物ライフルで穴開いてるし、

 天井もミニガン撃たれてボコボコに塗装はげちゃってるしさ。

 塗装は速乾性の塗料でいっそ車体前部の色を替えて、

 穴開きの窓も、穴を塞いで目立たないように上からスモークなんかも貼っちゃいたい」

アトウッドは、あくび混じりにそんなことを言っている。

まぁでも、これからまだまだ走らなきゃいけないことを考えたら、車の色を替えたりメンテナンスをしておくのは大切だろう。

「それなら、最優先は食料で、その次は、車のパーツ探しだね」

「うん。さすがにこんな地方の町まで先回りして張り込んではいないだろうけど…

 念のために、拳銃だけは忘れないようにしないとね」

眠そうにしながらも、アトウッドはこれからの展開を、良い意味でも悪い意味でも想定しているようだった。

 一応、舗装だけは済ませています、と言わんばかりの、穴だらけの山道をしばらく走っていると、

急に大きな道路に差し掛かった。二本の幹線道路が交差していて、その向こう側には町が見えた。

大きな建物も見えるし、それなりの大きさの町のようだ。まずは、食糧品だ。

 私はそのまま町へと入りアトウッドとキョロキョロしながらしばらく街中を走らせる。不意に、アトウッドが

「あった!」

と叫んだので見ると、そこには小さなドライブショッピングモールがあって、

食糧品店も、車用品の店も入っているようだった。

 駐車場に車を止めてモーターを切ると、それに気がついたのか後ろで眠っていたミネバさまも目を覚ました。

「ん、ここは?」

「えっと、ルアン…なんだっけ?」

「ナムタだか、ナンサーだか」

アトウッドが私を見て聞いてきたので、さっき彼女が言ったそのままを言い返したら、

「だってさ」

と、だけ言って笑った。

「食糧と、装備品を揃えようと思ってね。ちょっと、ショッピング。

 着替えとかもあるかもしれないから、見てみないとね」

「はい!」

アトウッドの言葉にミネバさまは満面の笑みでそう答えた。着替え、といえば、シャワーにも二日入ってないな。

緊張続きで汗だくだし、着替えくらいでもしたいのは確かだ。

出来たら、シャワーとは言わないけど、熱いお湯で蒸らしたタオルで清拭くらいは出来ないものか…

私はそんなことも考えていた。
 


 「あ、姫様は、ウィッグ忘れないでね!」

アトウッドはそう言いながら、後部座席に投げてあった上着を着込んだ。

もちろん、その下には拳銃がしまわれている。私も彼女にならって、懐に拳銃を隠してから上着を羽織った。

ミネバさまの準備が済むのを待って、私達は三人そろって車から降りた。

外は東南アジア特有のあの蒸し暑さはなく、むしろどこかカラッとしていて寒いくらいにも感じた。

 「意外に、暑くないのね」

私が言うとアトウッドが

「標高が高いからね」

といいながら、ミネバさまの左前に立って歩き出す。それから彼女はチラッと私に目配せをしてきた。

うん、分かるよ、私はミネバさまの右後ろにくっ付いていればいいね。

アトウッドの考えを理解して私はうなずき、ミネバさまのすぐ後ろから彼女のあとをついて歩く。

ミネバさまは、なんだかうれしそうで柄にもなくスキップのように足取り軽く歩いている。

なんだか、そんな彼女の様子がいつにも増してほほえましく感じられていた。

 私達は、車で話していたとおりに、最優先で食糧品店へと向かった。

ごくありふれた食品の量販店だったが、あまり世話になったことのない私とミネバさまにとっては、

どこかキラキラしていて、まるでなにかのテーマパークのようにすら思えた。

 「えっと、とりあえず、この地域だと、お米か小麦粉が主流なのかなぁ」

アトウッドがそうつぶやきながらガラガラとなにかを引っ張ってくる。

「マ、マライアさん、その…その台車のようなものは…?」

ミネバさま、さすがです!私もそれについてはたずねたいと思いました…!

「え?あぁ、これ?カートだよ。もしかして、二人とも知らない?

 買いたいものをこれに入れて、最後にレジで会計をするんだよ」

アトウッドはそう説明をしてくれる。

な、なるほど…サイド3に居たころにはこういうお店にも入ったことあるけど、

コロニーではこんな台車ではなくて、プラスチックのカゴを使っていた記憶がある。

重力が安定している地球ならではの道具なのかな…一般の家庭に育った私ですら知らないんだ。

幼少期をアクシズで育ち、シャア総帥とともに地球に降りてからは、

私を含めた警護や身辺係の人間がすべてのことを済ませていたから、こんなところに来るのすら初めてなんだ。

 「ほーら、キョロキョロしてないで行くよ!迷子になったら大変だから、ちゃんと着いて来てよ!」

アトウッドがそういうので、ミネバさまがアトウッドの腕にしがみついた。はぐれてしまわれては一大事だ。

私も、アトウッドの上着の裾を摘んで彼女の歩くあとを引っ付いていった。
 

マライアたんのおし○こ(;´Д`)ハァハァ


 それから一時間ほど、私達はショッピングモールの中を回った。

アトウッドは食料品店で米と小麦とそれから1ガロンの水が3つ入ったケースを3つに、簡単な食器も調達した。

それから、これは食料、というより、楽しみの要素が強そうだったけど、果物やお菓子の類に飲み物なんかも、

嬉々として引いていたカートに突っ込んでいた。

そこでの買い物を終えると、そのままカートを引きながらカー用品店へ向かい、

さっき言っていた通りに、外装用の塗料にスモークのシートと、それから、薄いアクリル板を買い込んだ。

さらにそれから、運よくモールの中にあった衣料品店に行き、三人であれこれ言いながら着る物を選んだ。

最後に、万が一があると困るから、と薬局へ行って、包帯やら応急手当に必要そうなものも一式揃える。

結局、最終的には私とアトウッド二人で山盛りになったカートを押して、駐車場の車へと荷物を運んだ。

私はミネバさまと荷物を車に積み込み、

その間にアトウッドは手早く車のウィンドウとランプ類にマスキングを施すと、

物の20分ほどでシルバーだった車体の色をきれいな蒼に塗り替えた。

「ホントは、クリアでコーティングしておきたいんだけど、まぁ、この際諦めようと思う」

作業を終えて、頬に塗料を付けながらなぜかとても残念そうに言うので、可笑しくて笑ってしまった。

 それから、ショッピングモールの中に戻って、チャイニーズ系のケータリングフードを買い込んで

車を発進させた。今度の運転はアトウッド。私はすこし休憩をしろと言われてしまった。

だけど、どうにも眠れる気分ではなくて、私はリクライニングを少し倒して、履いていたブーツを脱ぎ、体を休める。

今朝まで走っていた舗装がガタガタになった山道とは違い、幹線道路らしいこの道は車も大きく揺れることはない。

「いいわね、こういう道は」

私がそう言うと、アトウッドはあはは、と声を上げてから

「そうなんだけどね。でも、あんまり大きい道を走ってると、また見つかっちゃうかもしれない。

 できたら、さっきみたいな山道の方が安心なんだけどね」

と言って首をコキコキと左右に傾け、肩をゴリゴリ動かしている。

彼女は、私達を助けてくれてからこっち、ほとんどの道のりを一人で運転している。

諜報員で、見るからに軍人、という体つきをしてはいるけど、

さすがに同じ姿勢でじっとしていれば体も固まって来るし疲れるだろう。

それでも、泣き言ひとつ言わず、辛い顔すら見せない彼女は、やっぱり、頼りに思えた。

 私は、アトウッドと取り留めのない話をしながら、助手席でナビゲータを務めた。

幹線道路を避けた方が良いと言う彼女の意見で、私がナビをして、先ほどのような山道を行くことになって、早2時間。

道も悪いし、カーブ続きだし、時間ほどに距離は伸びない。

だけど、この山を越えれば、あとはミャンマーの東側に出られる。

そこからなら、大きな幹線道路を避けつつ、直接ヤンゴンに辿り着くコースが取れそうだった。

距離と時間的に見て、あと二日あればヤンゴンにはたどり着く。

残り三日で、ヤンゴンからの高速フェリーを使う計算なら、十分お釣りがくるはずだ。

もちろん、これから先、例の諜報部隊やマハの妨害がなければ、の話だけど…
 


 「あれ…?なんだろう、あれ?」

不意に、アトウッドがそう声を上げてフロントガラスの向こうを指差した。

見るとそこには白いモヤがもうもうと立ち昇っている。あれは、煙…?

戦闘か、山火事でも?だけど、それにしては、白い。炎から立ち上る類の物ではないようにも思える。

「煙、っていうより、水蒸気、みたいな感じがするけど…」

私がそう言うと、アトウッドはアッと声を上げた。

「温泉!温泉かも!」

「温泉?なに、それ?」

「あぁ、知らない?地熱で温められた地下水が湧き出してる、天然のお風呂!」

「お風呂…シャワーもあるかしら?」

「あるある!シャワーどころか、でっかいバスタブもあるんだから!

 ハノイのホテルのバスタブなんて目じゃないくらいのやつが!」

シャワーがある、というのなら嬉しいけど、

それにしてもアトウッドのこの喜び方は、ちょっと度が過ぎているんじゃないのかな?

話だけ聞くと、要するにスパとか公衆浴場みたいなところでしょう?

そんなに嬉しいことでもないと思うんだけど…アトウッドは、そんなにお風呂好きとか、そういうことなのかな?

 なんて思っていた私は、すぐにその理由が分かった。車が林道を抜けた先には小さな清流が流れていて、

そのわきに、竹か何かで作られた小屋があり、そのすぐそばの大きな石垣で作られたプールから、もくもくと水蒸気が上がっていた。

地元民らしい人物が数人、水着を着たり、タオルを巻いたりしながら、その中に浸かっている。

シャワーはなさそうだったけど、プールの脇に作られた竹の水路から水を汲んで、髪や体を洗っている人の姿もある。
 


 「わぁ!ほんとに温泉だった!」

アトウッドの興奮は最高潮だ。彼女はすぐにその川辺に車をとめると、喜び勇んで車を飛び出していく。

「どうしたんですか、ミリアム?」

わけがわからないのだろう、ミネバさまが後ろからそうたずねてくる。

「ミネバさま、温泉、というのをご存知ですか?」

「あぁ、本で読んだことがあります。なんでも、地中で温められた地下水が湧き出してきていて、

 地中のミネラルなんかを多く含んでいて、疲労回復に効果あり、なんだとか」

「そうだったのですか…どうりで、彼女が喜ぶはずだ」

私は、ミネバさまの話に少し納得して、車を降りてみる。奇妙な臭いがあたりを漂っているが…

これは、温泉、というものの臭いなのだろうか?なんとなく、火薬が燃えたあとのような臭いにも似ているけど…

 そう思いながら、プールに入っている人にしきりに話しかけているアトウッドのところへ向かう。

途中からミネバさまも後ろからついて来た。

「えっと、その、入りたい、私、入りたい、オッケー?」

片言のアトウッドに、プールに入っていた高翌齢の女性が、ニコニコしながらうなずいている。

「えっと、ノーマネー、オッケー?ペイ、必要?」

女性は今度は笑顔のまま首を横に振り

「ぱぶりっく、ぱぶりっく」

と繰り返した。

「わぁ!やった!」

アトウッドはやはり、子どものようにはしゃいで喜んでいる。

と思ったら、飛び跳ねるようにして車に戻り、ショッピングモールで買ったばかりの服とタオルを私達の分まで引っ張り出して来た。

それから、その様子を呆然と見ていた私に飛びついてきて、あろうことか、服を引きはがし始めた。

「ちょ!なにするの、アトウッド!」

「ほれほれ~いいじゃんいいじゃん、この際なんだから出し惜しみはなしだよぉ~!」

私は抵抗するけれど、どういうわけか、絡みついているアトウッドの手を振りほどけない。

これは…関節技の一種!?さすが諜報員…!人ひとりを無力化することくらいこうも簡単に…

って!そうじゃなくて!!

「マライアさん」

不意に、ミネバさまがそう声を上げた。
 


「ん、ジュリアも脱ぎなよ~!裸の付き合いしよ!」

相変わらずのテンションのアトウッドに、ミネバさまは少し強い口調で言った。

「マライアさん。ミリアムは、ミリアム自身の判断に任せてあげていただけませんか?

 彼女は、人前に素肌を晒すことに抵抗がおありなんです」

「え…?あっ…」

それを聞いたアトウッドは、そう声を漏らして、私を解放した。それから、ずいぶんとシュンとなって、

「ごめん、あれかな、宗教上の理由、とか?その、あたし、調子乗っちゃったみたいで…ごめん、ごめんなさい…」

と言って小さくなってしまった。ミネバさま、お気遣い、痛み入ります…

でも、アトウッドもそんなに恐縮されると、私がどうして良いかわからなくなるから、普通に戻ってほしいんだけど…

 私は、そう思って、フン、と一息、大きく息を吐いた。ふっと、今日までのアトウッドとのことが思い出された。

彼女は、たった二日だというのに、今までに会ったどんな人よりも私の心を溶かしてくれる。

まるで、私が忘れてしまった、心にかけた幾重もの鍵の開け方を知っているかのように、ゆっくりと、でも確実に、

私の心の奥底から、いろんな感情を引っ張り出してくれる。

それは、私にとって、なによりも嬉しく、そして安心できることだった。

諜報員がどうとか、ミネバさまの警護とか、宇宙へ帰るとか、そういうことが関係なかったとしても、彼女は私を頼っていただろう。

能力や、経験じゃない。私は、彼女に嫉妬を感じながら、それ以上に、あこがれて、そして、心を許したんだ。

 彼女なら、もしかしたら、良いのかもしれない。

 私は、アトウッドに言った。

「入るよ、私も。でも、最初に見ておいてほしい。私の体を」

「ミリアム、ごめん、無理しなくていいからね?」

「ううん、あなたになら、抵抗はないわ。

 私は平気だけど、あなたにとって、気分のいいものじゃないかもしれない、ってことは覚悟しておいて」

私の言葉に、アトウッドは黙ってうなずいた。

それを確認して、私は着ていたシャツを脱いで、アトウッドに向き直った。
 


「それ…その傷…」

「13年前の戦争で負ったの。乗っていたモビルスーツが撃墜されて、ノーマルスーツが焼けて、皮膚が宇宙に露出した…

 私は、あそこで死ぬはずだった…

 でも、偶然近くを撤退中だった見知らぬ味方小隊に拾われて、生きながらえたわ」

私は、端的にそう伝えた。私の左わき腹から背中に掛けてと、腹部を左わき腹から右腰に伸びるような筋状に、

見るも無残なケロイドになっている。

撃墜され、機密を失ったモビルスーツの中で破れたノーマルスーツから覗いていた皮膚が真空状態の宇宙に長くさらされ過ぎた。

血液が沸騰して、破裂した皮膚から凍った赤い塊が吹き出す様は、

今思い出しても患部に痛みをありありと再生できる。

わずか数十秒か、数分の間の出来事だったと思うけど、とにかく、これもまた、私の体験した絶望のひとつ、だ。

 アトウッドは、何も言わなかった。ただ黙って、私に近づいてきて、患部に手を伸ばしてきた。

アトウッドの手が、ためらいがちに、私の肌に触れる。

暖かく、やわらかく、力強い、いつもの彼女の手だった。

「あたしの手の感じ、分かる?」

アトウッドは聞いて来た。私は黙ってうなずく。

「感じるよ…あなたの痛みと、恐怖を…」

「そんなもの、感じ取らなくていいよ」

私はそう言葉を返して、アトウッドの手を取った。

「アトウッド…私はこの体が嫌いよ。醜くて、若い命を散らせてしまった、

 私の罪を証明するための烙印だと思ってる…」

アトウッドは、目に涙をいっぱいに溜めながら、それでも私を見つめてくれている。

大丈夫だ、彼女なら。彼女になら、私のすべてを預けられる。

私の命も、私の心も、私の罪も、彼女なら、すべてを受け止めてくれる。

「あなたは、この体をどう思う?」

私はアトウッドに聞いた。

 アトウッドはついには、目から涙をボロボロとこぼしながら、笑った。

これまで何度も見せてくれていた笑顔だったけど、そのどれよりも、優しい、穏やかな笑顔だった。

「好きだよ。これはあなたが生きてきた証。あなたが戦ってきた証。そんなもの、嫌いになれるはず、ないでしょ…」

思った通りだよ、アトウッド。あんたなら、そう言ってくれると思ってた。

「ありがとう、マライア…」

私は、胸に付きあがって来る、焼けるような感情に任せて、裸だって言うのに、彼女を思い切り抱きしめて、

他のお客の目もはばからないで、まるで、遠い昔のいつの日かにそうしたように、声の限りに泣きまくった。

彼女の腕に抱かれて、まるで、子どものように、ただただ、彼女の温もりに震えながら。

 


つづく。


投下に間が出来て申し訳なかった。

読み返してみて、なんか書き直したくなっちゃったので、急いで訂正とかしておりました。

とりあえず>>94さんは、マハに通報しときましたww
 


マライアの人たらしっぷりが最高潮に達している感じ?怖い御人やで!

>>94に関してはアヤレナさんにチクっておいたほうが痛い目見ると思うよ。
旧ジオン、ネオジオン、連邦各勢力、ロンド・ベル、ルオ商会、AE等々……
およそ地球圏にあるあらゆる組織を総動員できそうw

そんなことより
ミネバ様(13) + 温泉 = ハァハァ
シャア総帥バンザイ!

乙ー シャア大佐バンザイ!

なにやら金がないらしい外国人の女たちが脱がしっこ始めたと思ったら
急に抱き合って泣き出したでござるの巻

>>102
現地人ぽかーんだなww


 宇宙のように真っ暗な山道を車は走っている。ハンドルを握っているのはアトウッド。

私は助手席でリラックスしながら、気だるく心地良い沈黙を楽しんでいた。

 大泣きしたあと、私達は、地元の人たちの好奇の目にさらされていたけど、

とりあえず笑ってごまかして、温泉につかった。

あんなものがあるなんて、想像もしていなかったけど、

ミネバさまが言っていたように、体の疲れは好けたような気がする。

その代わりに、なんだかぐったりと力が抜けているような感じにもなってしまったのだけれど。

 ふわぁ、とあくびがもれた。

「寝ればいいのに」

クスクスとアトウッドが笑って言ってくる。

「眠いわけじゃないんだ」

そう言いながらも、気だるさでまたあくびが出た。アトウッドがまた笑う。

「あんだけ泣いたし、眠くないことなんてないと思うんだけどな」

「温泉から出てちょっと寝たじゃない」

私が言うと、アトウッドはすこし考えるようなしぐさを見せてから

「それじゃぁ、ちょっと運転変わってもらってもいいかな?」

と言ってきた。

「うん、いいよ」

私は彼女に笑顔を返した。

 車を止めて、それほど広くない車内でお互いに体をくねらせながら席を入れ替わった。

「ふぃー」

運転席に腰を下ろしてベルトをしていたら、アトウッドは助手席で大きくため息をつく。

私はアクセルを踏んで車を走らせた。

 ヘッドライトに照らされるアスファルトは相変わらず穴だらけ。

車体はガタガタと揺れるけど、後部座席でミネバさまは寝込んでいるし、

最初のうちは乗っているだけで体がガクガクしていたし疲労感モ強かったけど、

走りっぱなしで体が慣れてしまったのか、ちょっと平坦な道が続くと物足りなくなるようにも感じられるくらいだった。

 「ねえ、ミリアム」

不意にアトウッドが私の名を呼んだ。

「なに、アトウッド」

「えー。昼間はマライアって呼んでくれてたじゃん」

「あれは、気まぐれよ」

素に戻ってしまうと、やはり馴れ合ってしまうことへの不安感は沸いて出てくる。

それに、あんなことのあとで、正直気恥ずかしさも強いし…。
 


 「それで、どうかしたの?」

プクッとふくれっ面を見せるアトウッドに、私は聞いた。

「あぁ、うん…あのね、もし、約束の時間に間に合わなかったら、そのあとは、どうする?」

アトウッドは、遠くに視線を投げながら、そんなことを言ってきた。

 もし、間に合わなかったら…?それは、つまり、この地球に取り残されることを意味する。

宇宙での会合のタイミングがずれれば、修正は簡単じゃない。

次のタイミングを図るには、もう一度綿密な打ち合わせが必要になってくるだろう。

それは、私に役目か、あるいは、シャア総帥と連絡を取ったアトウッドの仕事か…

どちらにしても、その体制が整うまではこの地球を逃げ回ることになるだろう。

ミネバさまを連邦に差し出すわけには行かない。

もしものときは、ミネバさまを捕らえられないように、“対応”することも、暗に命じられている身ではあるが…

 私はアトウッドを見やった。彼女もいつの間にか、私を見ていた。

「あなたは、どうするつもりでいるの?」

「ん、ひとつは、あなた達を宇宙に上げる別の計画を練る。

 今度は、クワトロ大尉の援護は期待できないから、自腹を切るしかないのが怖いところなんだけど…

 どこかにシャトルを用意して、宇宙へ飛び出る。北米か、オーストラリアが狙い目かもしれないな。

 もうひとつは、あなた達を地球で保護する。名前も身分も変えて、市民として生活できるようにする手筈を整える。

 こっちの方が比較的簡単。でも、しばらくはマハの連中や連邦の諜報員に警戒しなきゃいけなくはなるだろうけど…」

アトウッドはそう言って私の飲みかけのミネラルウォーターのボトルをあおった。

 ミネバさまのことを考えれば、地球にとどまるという選択肢は取り得ないだろうけど、

それじゃぁ、アトウッドがもう一度、宇宙へ発つための準備を整えるためにどれくらいの時間が必要なのだろう…

二週間か、いや、シャトルが必要なのだとしたら、一ヶ月は見ておく必要がある。

その間は、やはりアトウッドを頼って隠れるなり逃げ回るなりしなければいけない・・・

 「すくなくとも、ミネバさまは宇宙に上げなければいけないわ。スィートウォーターへ送れなくても、ミ

 ネバさまをお守りできるだけの戦力が揃ったところに送り届けないといけない」

「戦力、かぁ・・・あの子は、また、戦争に利用されちゃうのかなぁ」

「え…?」

「あたしね…いい隠れ家を知ってるんだ。ミリアムも姫様もさ、そこで一緒に暮らす、っていうのはどうかな、って思うんだ。

 戦争の道具になんかならない生き方を、あたし、姫様にも、あなたにもして欲しいって、そう思ってる」

「アトウッド…それ、それって、どういう――」

私がアトウッドの言葉に戸惑った瞬間、車がドンっと激しく揺れた。

「おわっ!?」

アトウッドが悲鳴を上げて、シートにしがみつく。

「いたたた…」

「ミネバさま、大丈夫ですか?」

「シートから落ちました…」

ミネバさまの無事を確認してから、状況を見る。車はまだ、道路を走れているが…今の衝撃、なんだろう?

私は、そう思ってアトウッドをみやる。すると彼女は、あの鋭い目つきをして、上着の内側から拳銃を抜いていた。
 


「アトウッド…?」

私の呼び声に反応せず、アトウッドはただ、フロントガラスの向こうを睨み付けている。

いや、フロントガラスの向こうを見ているわけではない…なにかを必死に感じ取ろうとしているんだ。

「…ミリアム、急いで。イヤな感じがする…もしかして、今の衝撃、何かのトラップか、センサーかもしれない」

「敵なの?」

アトウッドの言葉に私は思わずそう聞いていた。アトウッドは表情を一切変えないまま、

さらに感覚を研ぎ澄ましているように思える。

 と、突然、フロントガラスの向こう、ライトに照らされた何かが見えた。車だ。

しかも道路をふさぐように止まっている。

「ミリアム!アクセル踏んで!敵だよ!」

アトウッドの怒鳴り声を聞いて、私は反射的にハンドルを切りながらアクセルを踏み込んだ。

狭い道に横になって、進路を妨害していた車のフロント部分に車をぶつける。鈍い衝撃が車体に走った。

邪魔をしていた車を弾き飛ばして、私達の車はさらに道を進む。

「もう!もう!!なんなのよ、あいつら!!どうしてほっといてくれないのよ!二人が連邦になにしたっていうのよ!」

「今のは!?」

「昨日の、諜報員!」

「やばい方だね、どうするの?!」

私が聞くと、アトウッドは後部座席に移って、シートの下からウェポンボックスとは別の箱を取り出した。

そこには暗視装置と、自動小銃が収まっている。

「あたしが撃って足を止めるから、ミリアムはとにかく走って!」

「分かった!」

私は返事をして運転に集中する。だけど、地図で見た限りではこの道は一本道。

両脇には車が逃れることは出来そうもない、ふかい林が広がっている。スピードは落とせない…

どうしてこの位置がバレたの!?こんな山道に先回りなんて!

アトウッドが助手席から身を乗り出して自動小銃を撃ち始めた。ババババという激しい銃声が鳴り響く。

 どうして?どうして急にこんなことになったの!?

発信機か、それとも、なにかもっと別な方法で追跡されているとでも言うの?!

私は半分パニックになりながらも車を走らせる。ガンガンと車体に何かがぶつかる音も聞こえ始める。

ルームミラーで後方を確認すると、そこにはうっすらとヘッドライトの明かりが見えていた。追跡してきてる…!
 


 私はなおもスピードを上げた。路面状況の悪い道で、車は激しく揺さぶられる。

私はハンドルにしがみついて、飛び跳ねそうになったり、カーブを猛スピードで曲がるGに耐えるために体を固定しながら運転を続ける。

 アトウッドの小銃の銃声は、なおも激しくなる。火薬のにおいが立ち込めて来た。

「ミリアム!もっとスピード上げて!」

「これ以上は無理よ!」

真っ暗闇の中で、路面状況も分からないままにこれ以上スピードを上げるのは危険だ。

それこそカーブを曲がろうとして横転するか、対応できなくて、ガードレールや木に衝突でもしかねない。

手に汗をじっとりかいて、精一杯だよ!

「あぁ、もう!これだから車っていやなんだよ!」

アトウッドがそう悲鳴を上げた。ルームミラーの中の車はどんどん近づいてきている。

「姫様!手榴弾取って!」

「は、はい!」

アトウッドに言われて、ミネバさまが後部座席の箱の中から手榴弾をつかんで、

激しく揺れる車の中を前部座席に張ってきて、アトウッドに手渡した。

ピンを抜くのと同時に、車が風を切っている音に混じってキーンと、撃鉄の飛ぶ音が聞こえる。

 アトウッドが腕を振り上げて手榴弾を放り投げた。後方で、何かが弾ける閃光が走る。

それでも車はまだついてくる。

「だぁー!もう!あいつも軽装甲並みの防弾車だ!これくらいじゃ、びくともしない!」

アトウッドはそう言いながら車内に戻ってきた。

「機関銃か、ロケット砲は?!」

私が聞くと、アトウッドは一瞬考えるしぐさを見せてから。

「あれは、ヘリ用に取っておきたいんだ。

 あれがなかったら、本当にメッタ撃ちにあっても反撃できなくなっちゃうでしょ!」

「そうだけど、でも!」

 しかしその時、風の音とも、車体に撃ちつけてくる銃弾とも違う爆音が私達の耳に聞こえてきた。

まさか…これって…!?

「うそでしょ…!?」

アトウッドが声を上げる。

 バリバリと大気を打ち叩くような、断続的な轟音。ヘリの、ローター音…!

「あいつだ…!」

アトウッドの表情に、初めて焦りの色がにじみ出たのを、私は見逃さなかった。

逃げようのない一本道で、林道ではあるけど、あのヘリを巻いたときのように道を覆い隠すほどの量じゃない。

こっちはライトを照らしながらじゃないと走れないから、上に位置を取られていたら、

どうしたってこっちの姿は見つかってしまう…!どうしよう、このままじゃ…!
 


 私は、アトウッドの顔を見た。アトウッドは、私を見ていた。そして、後部座席のミネバさまにも目をやった。

「ちぇっ…他に方法、なさそうだね」

アトウッドはそうつぶやいた。まさか、あなた…

「ミリアム、この道をずっとまっすぐ行くと、ランパン、って街に出る。

 そこにホテルを取って、6時間だけあたしを待って。

 6時間して姿を見せなかったら、そのままヤンゴンに向かってね。あいつらは、あたしが足止めする」

「無茶よ!相手は攻撃ヘリよ!?どうやって戦うつもりなの?!」

私はアトウッドにそう怒鳴る。でも、彼女は、笑った。

「大丈夫。それなりに、手はあるもんだよ。ロケット一本と、この小銃のマガジンだけは、持っていかせてね」

「そんな…!」

私は、言葉が継げなかった。この子は、死ぬつもりなの…?

私達のために、たった二日、ただ、頼まれた、っていうだけなのに、攻撃ヘリ1機と、

彼女と同じだって言う諜報員数人と戦うつもりなの…?!どうして、どうしてそこまで…!

「どうして…どうしてなの、アトウッド!」

そう聞いた私の肩に、彼女は手を置いた。

「あたしは、あたしの守りたいと思ったものを守るだけだよ。連邦の都合なんて、あたしは知らない。

 こんなやり方は、気に入らないんだ。だからちょっとお仕置きして来るよ。

 大丈夫、あたし、こんな程度じゃ死なないから、絶対に。あなた達を無事に宇宙へ上げるまでは、ね」

アトウッドは、迷いのない笑顔を浮かべてそう言うと、後部座席からロケット砲を一本抱えて助手席に戻ってきた。

ハーネスを使って背中に背負い、自動小銃を撃ちながらまた身を乗り出す。

 車が、カーブに差し掛かって、勢いが落ちた。

「ミリアム!走るんだよ!絶対に止らないで!」

「マライア!」

「なに!?」

「絶対に、絶対に戻ってきてよ!?」

「うん、約束するよ!ホテルに着いたら、あたし用のウィスキー買って待って!そっちも、気を付けてね!」

アトウッドは笑顔でそう言い残して、助手席の窓から外へ飛び出して行った。

「マライアさん!」

ミネバさまの声が車内に響いた。窓から飛び出たアトウッドの体は、すぐに闇に溶け込んで見えなくなってしまった。

 マライア…お願い、必ず帰ってきて…また私に、あの絶望を味あわせないで。

あなたは、奪われて、失ってばかりだった私の人生に初めて灯った、道しるべなんだから。

この暗い夜道を、一緒に歩いていけると思えた私の支えなんだから…だから、お願い…マライア、死なないで…。

 私はそう祈ることしかできなかった。

ミネバさまを守るために、銃を撃つことも、引き返して一緒に戦うこともできない私は、

ハンドルを握り、アクセルを目一杯に吹かしながら、ひたすら、彼女の無事を祈り、心の中で、彼女に話しかけ続けていた。

 そうしていないと、彼女が、この暗い闇に引きずり込まれて、二度と帰ってこないような、そんな気がしてしまっていたから…。

 


つづく。


以下、レスです。

>>101
感謝!
ガランシェールに通報しました!

>>102
感謝!!
東南アジアの山奥にキマシタワーがたちそうですww

 

今日久しぶりにドゥムオンラインやったら、F連に「アトウッド」というキャラ名を見かけたわ
階級は見そこねたけれど、将官戦場だったから結構やりこんでるんだなー

ん?今度の27日でちょうど半年になるのか
なんかあっという間だなぁと思うとともに、筆の速さに驚かされる
一体何文字になるんだろう

完結したら同人誌にしてほしいくらいだ 挿絵無しの字だけでも
むろん、3冊買う

えっ! 完結したら同人誌3冊分に!?

いや、3セット買うってことだww
あぁ、無論上中下の3冊だったとしても、3セット買うがww

買いすぎだろwww

え? お前保存用と観賞用と使用(読書)用の3セット買わないの?

俺は保存用・鑑賞用・布教用だな

アヤさん愛でる用
レナさん愛でる用
マライアたん愛でる用

>>117
参った
おまえが優勝

>>110

最近ガンオンやってないけど、そんなパイロットがいるんだw
マライアたんが将官なんてwww

文字数は…かなり行ってます…
アヤレナ編で12万、マライアたんで11万、Z、ZZは10万ずつくらいかな…おまけ編はふくまず。
日頃のご愛顧に感謝いたしております、はい。


>>書籍化について

真剣に同人誌印刷の見積とかとってみましたが…
ページ数が膨大のため、初期投資にかかる自己資金が膨大な額に…
オフセット?ってやつでも、単価が一冊3000円を超えちゃいます。

本で見たい、と言っていただけるのは大変うれしいのですし、個人的にも本になったらいいな、
と思いつつ、大量印刷でコストを下げられる企業さんでもなければ難しそうです。
誰か角川の担当の人を呼ん(ry

 

>>117
ということは9冊か


 明け方、私の運転で、車はランパンに入った。

どことなく荒廃した様子で、空き家やシャッターのしまった商店なんかが目立つ。

行き交う人々は地元の人が多いようだけど、どこか粗暴な感じを受ける風体の者たちが目に付いた。

 マハの連中や、諜報員と思しき姿は確認できない。アトウッドは、うまくやれたのかな…

無事に、ここへたどり着いてくれると良いのだけど…私はそう思いながら、車を町で一番大きなホテルに走らせた。

部屋を取って、6時間待つ。今の私にできるのはそれくらいなものだ。

それに、こうも地元の人間が多いと、アングロサクソン系の色素の薄い私やミネバさまはどうしたって目立ってしまう。

それだけはどうあっても避けたかった。とにかく、部屋を取って、そこに閉じこもっていよう。

アトウッドが来るまでか、もし来なければ…それからまたしばらく待つか、車に乗って、ヤンゴンを目指すか…

それは、これから考えなければいけないことだ。

 ミネバさまのことを考えれば、すぐにでも発つべきだろうけど…

アトウッドなしでうまく逃げきれるとは思えないし、なにより、あの子を待ちたいという気持ちも強い。

ミネバさまはきっと、私が待ちたい、と言えば同意してくれるだろう。

だけど、本当にそれが私のすべきことかは、やはり迷わざるを得ない。判断ミスは、身を滅ぼす。

今の状態でミスを犯せば、それはミネバさまの身の危険に直結する。

そう考えると、やはり、待つ時間はリスクが増えるばかりだけど、でも、それでも…

 部屋についてからゆっくり判断しようとは思っていたけど、ハンドルを握りながら私はそんな思考のループにはまっていた。

脳裏に、アトウッドの笑顔が浮かぶ。

こんなときに、あなたはならどうするの?きっと微塵も動揺しないで、笑顔だけは忘れないんだろうね。

私も、今は、そうあるべきなのかもしれない。ミネバさまのために、そして、自分自身のためにも。

 車はホテルに付いた。町の雰囲気に比べると、外観は立派だし、きちんとしていそうだ。

車を駐車場に停めて、監視カメラを意識しながらロビーに入る。

アトウッドが残して行ってくれたIDを使って、部屋を取る。荷物を持って、エレベータで5階の部屋まで上がった。

 渡されたキーにふられていた番号の部屋に入って、荷物を置き、ドアを厳重にロックする。

今から6時間…アトウッドは現れるだろうか…ううん、現れて…どうか、お願いだから…

 私はそう思いながら、ベッドに腰掛けてうなだれた。リラックスなんて、できそうにない。

緊張続きがこれほど、体にも心にも堪えるっことだとは思わなかった。

誰かを思いやることは、これだけ辛いことだって言うのは、忘れていたはずだったのに…

ばかだな、私。本当に、懲りないやつだ…。

 


 トスっと音がして、ベッドがきしんだ。ミネバさまが私の隣に腰を下ろして、私をじっと見つめていた。

「ミネバさま…」

「心配しなくて大丈夫ですよ、ミリアム」

ミネバさまは、穏やかな口調でそう言った。

「はい…お気遣い、ありがとうございます」

「いいえ、気遣いではありません。わかるのです、不思議な感じなのですが…」

ミネバさまは、遠くに視線を投げながらそんなことを言い始める。それ、もしかして…

「ニュータイプの、能力、ですか?」

「そうなのかもしれません。私はメルヴィのように強い感覚を持っているわけではないと思っていたのですが…

今はなぜか、感じ取れます。マライアさんのことを」

「彼女は、生きているのですか?」

「わかりません。ですが、彼女は大丈夫だ、とそう言っている気がします。本当に漠然とした感覚ではあるのですが…」

ミネバさまは、説明しづらそうにそう話してくれる。

 確かにミネバさまがこれまで、ニュータイプ的な能力を見せたことはなかった。

勘が良かったり、こちらの考えを、うっすら言い当てることはあったけど、普通に人間のそれと隔絶したなにかを感じるようなレベルではなかった。

でも、今のミネバさまの話は、彼女自身にこれまでとは違う何かが感じられているということだろう。

ニュータイプの力が覚醒し始めているの…?この状況のせい?それとも、アトウッドの影響…?

でも、もし本当にミネバさまの言うとおり、アトウッドが無事であるのなら…

彼女が到着するまで、この場所で待ち続けるということも、考えておいたほうが良いのかもしれない。

「だから、元気を出してください」

ミネバさまはそう言ってきた。まったく、警護の私が、ミネバさまに励まされているなんて…

情けないったら、ない。こんなの、アトウッドに見られたら、きっと笑われてしまう。

こんなことじゃ、ダメだ。私は、アトウッドのようにはなれないかもしれない。

でも、少なくとも彼女の意思くらいは継げるはずだ。なんとしても、ミネバさまを宇宙へ帰す。

これだけは、絶対にしくじるわけにはいかない。

「すみませんでした、ミネバさま…」

私はミネバさまに謝った。とにかく、こんな雰囲気では、ミネバさまに負担をかけてしまう。

アトウッドと約束したんだ。ミネバさまの心は、私が守らなくてはいけないんだ…。

私はそう思って、部屋のテーブルの上に置いてあったルームサービスのメニューを見た。

「ミネバさま、何か召し上がりましょう!こう気分が落ち込むのは、きっとお腹が空いているせいです!」

私は、なるべく明るく、ミネバさまにそう提案する。

ミネバさまは、提案を喜んでくれたのか、それとも私が持ち直したのが安心したのか、とにかく

「はい!」

と笑顔で答えてくれた。

 それから、メニューから私はサンドウィッチのセットを、ミネバさまはハンバーガーのセットを選んで、

フロントに注文の電話をかけた。

 電話を切ってから、しばらく沈黙が部屋に訪れた。ミネバさまは、ベッドサイドテーブルの中にあった聖書を手にとって、物珍しげに読みふけっている。

私は、といえば、拳銃のメンテナンスも忘れて、ベッドに倒れ込んでいた。
 


 なるべく気持ちを空にして、冷静に考える。6時間後に、ここを発つかどうかを、だ。

アトウッドが生きているなら、きっとこの街を目指してくるはず。だけど、それがどれだけかかるかは検討がつかない。

仮に、もし運良くあのあと30分程度で戦闘を終えて、アトウッドが無傷で勝ったとしても、

私が車で4時間以上かかった道のりを、車のない彼女が10時間で歩けるかと言われたら、おそらく難しいだろう。

やつらの乗っていた車を奪えればどうにかなるかもしれないけど、果たしてそう上手くいくものなのか。

でも、アトウッドは確かに、この町で6時間待て、と言った。

言ったからには、なにか、対策を思いついていたのかもしれない。

もし、ここへ来られる可能性が薄いと判断していたとしたら彼女は、待てとは言わず、とにかくマドラスへ急げ、

と、そう言ったはずだ。そうだ、そうに違いない…!

 結局、思考がそこに戻ってしまう私は、それからしばらく同じことをグルグル考えていた。

どれくらい時間が経ったか、部屋のベルが鳴った。私は拳銃を手に、ドアの覗き穴から外を確認する。

女性の従業員が、金色の台車に食事を載せて立っている。私は慎重にドアを開けた。

従業員は、ニコリと笑顔を見せて、

「お待たせいたしました」

と台車をこちらへ転がしてくる。

「あぁ、ありがとう」

私はそう言って、部屋に入られないよう、台車を受け取って、笑顔を返しながらチップを従業員に握らせた。

彼女は慣れた手つきでそっとそれをポケットにしまい込むと、

「ごゆっくり」

と頭を下げてドアを閉めた。

 「あ、来たんですね」

チャイムの音で少し緊張していたミネバさまが、私が台車を押して室内に戻ってくるなり、そう言って笑顔を見せた。


「まだ、お待ちください」

私はそうとだけ言って、アトウッドが残して行った荷物の中から、車の爆発物や発信機をチェックしていた際の道具を取り出して、

台車全体をくまなくチェックする。なんでも、電波やなんかを感知するものらしく、

盗聴器や発信機、遠隔操作型の爆弾なんかがあると、センサーが反応する、という話だった。

台車からはなんの反応もない。

サンドイッチの一つを開いて中身を確認するが、こちらにも、薬物が混入されている匂いも味もしない。

気にし過ぎ、か。ううん、でも、今はこれくらいの警戒をしておくべきだ。相手は、諜報員。

どんな手を使ってくるか、わからない。

「ミネバさま、いただきましょう」

私はそう言って、ミネバさまに食事を勧めた。

一晩走り通した体に食事が入ると、とたんに体が重くなるような気だるさが襲ってくる。
 


 私たちは、どちらともなく、ふぅ、とため息が出た。

ミネバさまはベッドに横になり、私もソファーに座って、入れた紅茶を飲みながら、銃の機関部をチェックする。

 「ミリアム」

不意に、ミネバさまが私を呼んだ。

「はい、ミネバさま」

「マライアさんが、もし6時間して来なかったら、どうするつもりですか?」

 食事の最中にも、私はまだ考えていた。アトウッドが生きているか、死んでいるかは、わからない。

ミネバさまの感覚が本当なら、希望は持てるのだろうけど、それを確認する手立てはない。

でも、ひとつだけ、確かなことは、ここでアトウッドのことを信じてとどまったとしても、

きっと彼女は喜ばないだろうということだ。

命懸けで私たちを逃がしてくれた彼女の思いを考えれば、私達は時間通りにここを出るべきだろう。

ミネバさまを無事に宇宙へあげること、そしてあわよくば、私も生き残ること、彼女はそれを望んでいてくれたはず。

私の気持ちとしては、ここに残りたいと思う。

だけど、私がそんなことをするためにアトウッドはあそこで車から飛び降りたんじゃない。

「時間になったら、発ちます。生きていても、そうでなくても、それが彼女に対する、私の誠意だと思います」

私がいうと、ミネバさまは黙った。しばらくの沈黙があってから、彼女は

「そうですね…わかります」

と、小さな声で言った。ミネバさまはそれっきり、体を丸めて黙り込んでしまった。

ミネバさまが、アトウッドをどれだけ信頼していたか、私にもわかっている。

私からして、あの子のことを、これほど信じているんだ。苦しい決断だけど、それでも…私達は行かなきゃいけない。
それが、アトウッドの示してくれた道だから。

 それから私達は、黙って時間が過ぎるのを待った。1時間経ち、2時間経ち、4時間経ってもアトウッドは現れなかった。

そして、2時を少し過ぎた。6時間経った。アトウッドは、現れなかった。

 せめて、と思い、私はそれから30分だけ、荷物の整理をしながら、彼女を待つ。

でも、整理が終わっても、30分が過ぎても、やはり彼女は姿を見せなかった。

「ミネバさま、時間です。参りましょう」

「はい…」

ミネバさまの表情は、沈痛に染まっていた。いや、私もそうだっただろう。

だけど、ここから先は、感傷に浸っている場合ではない。

アトウッドが来ない、ということは、少なくともあの諜報員達が無事に、私達の追跡を続けているだろう可能性が高い。

急がないといけないんだ。

 私はミネバさまを連れ、車から持ち出した銃器のケースを持って部屋を出た。

エレベータに乗って、ロビーまでおり、駐車場への通路を歩いていく。ふと、遠くの方に人影が目に入った。

現地人のようだけど…いえ、まって…あの顔…
 


 私はとっさにミネバさまを制止して、通路の影からその人物を見る。

男で、一見すると現地の人間のようだったけど、よく見れば、あれはヨーロッパ系…

骨ばった体躯に、彫りの深い顔立ちだ…私は、さらに男をよく観察する。

男は何をするでもなく駐車場をブラついていおり、ときおり不自然にあたりを見回していた。

男が、向きを変えて、別の方を眺める。私は、遠目だったけど、男の耳に、インカムが付けられているのを確認した。

―――しまった…!もうたどり着いていたの!?

 それに気づいて、私は胸が急激に締め付けられる感覚に襲われた。

心臓の鼓動が早くなり、全身から汗が吹き出してくるのがわかる。

 私の様子で、ミネバさまも事態を察知したようだった。

私が踵を返すのと同時に、ミネバさまも振り返って早足でその場を遠ざかる。

 ロビーを抜けて、裏口から通りへ出た。しかし、この町ではどうしたって、私達のような、人種は目立つ。

なるべくひと目にいつかないようにしながら、町から抜けないと…ヤンゴンは、南西だ。

とにかく、そっちの方へ向かうべきか…いえ、待って。

相手は、私達がハノイからここへ来たことを知っている。

だとするなら、進行方向は抑えられていると思って良い。

だとするなら、一番抜けやすいのは、元来た北方面…

どのみち、徒歩の移動になる。

距離がそれほど稼げるわけでもないけど、どこかに隠れながら、ゆっくり遠ざかるしかない。

幸い、町を出ればすぐに鬱蒼と茂る森林に囲まれている。その周辺まで行けば、隠れることはできるだろう。

とにかく、今はそこまで向かわなきゃ…

 私はうつむき加減に、ミネバさまの手を引いて町を歩く。

手近かな路地に入り込んで、町の北を目指して歩いた。路地が途切れて、別の大通りにぶつかる。

そこで、私は、息が止まった。
 


 通りの向こうに、マハの制服を着た一団がいたからだ。諜報員の連中は、マハと情報共有でもしたの?

それとも、偶然…?どちらにしても、このままではマズイ…

私は方向を変えて、マハ達とは別の方角へ歩きだそうとした。

でも―――

 道路の反対側にも、別のマハの一団がいる。それぞれ、5,6人のグループになって、フラフラと巡回している。

町に入ったときは、やつらの姿はなかった。やはり、ここまで追跡してきた連中なんだ。

 落ち着け…に、逃げないと…でも、どこへ?今来た道を戻れば、諜報員達。

でも、目の前の通りを行こうものなら、マハの連中に発見される…

ミネバさまを連れて走って逃げるのには限界がある。逃げるなら、車か…私はあたりを見回す。

この際だ、多少騒ぎになってもアシを確保しておくほうがいい。でも、近くに車なんて一台もない。

まずい、この場所は、不味すぎる…!

私は、ミネバさまの体を隠しながら、人通りの多い、商店のある方へと移動した。だけど、囲まれていることに変わりはない。

マハの連中が動くのを、この場所でやり過ごせるか…危険な賭けに出るしかない。

あぁ、せめて、車の中のアトウッドの変装用具さえあれば、もう少し上手くやり過ごせたかもしれないのに…

 そう思っていたのも束の間、先に見つけた方のマハの一団が、商店の方に歩いて来始めた。

くっ…どうしよう、お店の中に逃げる…?い、いや、ダメだ、もし入ってこられたら逃げ場がなくなる…

残らされた選択肢は、やはり、諜報員達のいたホテルへ戻る道…

そこを戻って、ホテルの前の大通りを北へ抜けるほかはない。

私は、ミネバさまの手を引いて、さっき来た細い路地へと戻った。
 


 その路地をホテルへ抜ける方へと歩きだしたとたん、目の前に何かが現れて、私の口をおおった。とっさのことで、呼吸が完全に塞がれて、文字通り息が詰まる。

持っていたケースを手放して、口を塞いだ何かを掴む。

しかし、今度は胸ぐらに伸びてきていた腕が、私の体を強烈に引っ張った。

―――しまった…!?敵…!?

 そう思って拳銃を振り上げようとした瞬間には、私は、そばにあった建物の中に引きずり込まれ、その床に組み伏せられていた。

「ミリアム!」

ミネバさまの叫び声が聞こえる。

「シーッ!」

それを諌めるかのように、そう言って息を漏らす音がした。

同時に、私の口から手が離れ、体にのしかかっていた重みが取れた。

私は飛び起きて拳銃の照準で相手を探した、と、その腕が絡め取られて、再び、今度は羽交い絞めにされてしまう。

この関節技…確か、あの温泉で…

 そう思って、私は後ろをみやった。

「シーッ!ミリアムも、静かにね。姫様、ケース持って、早く入って、ドア閉めちゃって」

そこにいたのは、アトウッドだった、泥だらけで、薄汚れて、あちこちに傷を作っているけど、確かに彼女だった。


「アトウッド!」

私はそう叫んで、彼女が私を開放するのと同時に彼女に飛びついていた。なぜだか、膝が震えていた。

胸の奥から、キリキリとした感情が込上がってきて、膝の震えが、全身にまで波及してきたかと思えば、目頭が熱くなって、ポロポロと涙がこぼれだしてくる。

 良かった…生きてた…生きてたのね…!

私は、声を[ピーーー]代わりに、彼女に回した腕にこれでもかというくらいの力を込める。

「ミリアム、待たせてごめんね。予想以上に時間食っちゃってさ」

アトウッドも私の体に腕を回して、ポンポンと背中を叩きながら、いつもの、明るい声色でそう言ってくれる。

 ガクガクと震える膝がついには力を失って、私は、そのまま、床に崩れ落ちてしまった。

アトウッドはそんな私を気遣ってか、自分もゆっくりしゃがみこんでくれる。

 ミネバさまもドアを閉め、鍵をかけて私たちのところに来て、アトウッドに抱きついた。

「マライアさん…無事だと、信じていました」

「姫様、ありがとう。遅くなってごめんね」

アトウッドはそう言ってミネバさまにも謝った。

 「ほら、ミリアム、しっかりして、ね?」

アトウッドは、まるで子どもでもあやすみたいに私にそう言ってきて、頬の涙をぬぐい、いつもの、優しい笑顔で微笑んだ。

「逃走用の車も準備してきた。防弾車じゃないから、慎重にいかないといけないけど、今ならマハの連中からも逃げきれる。

 もうちょっとでヤンゴンだし、もうひと頑張りして、三人で宇宙へ逃げよう!」

この子は、自分の言葉がどれだけ他人に力と安心を与えるのか、わかっているんだろうか?

分かっていないのなら、今度じっくり教えてあげないといけないな。

私はそんなことを思いながら、震えていた脚に力を込めて立ち上がって、出来るだけの笑顔で、彼女に言ってやった。


「遅いのよ。どれだけ心配したと思ってんの」

「えへへ、ごめんね。でも、ありがとう」

そう返事をしたアトウッドの目にも、うっすら涙が浮かんでいて、なんだか思わず、笑ってしまった。
 


つづく。

マライア、早々カムバック。

 

saga忘れてますぜ旦那


やっぱり主役がいなくちゃね

この時点で5thルナ落下直前なんだよな
そんでもってハサウェイを宇宙に上げた後のミライさんとチェーミンは
ラサ崩壊~アクシズショックの間どの辺りを逃げていたのかな?
かな?

>>129
投下し終わってから気づきました…
うかつなやつ…orz

>>130
感謝!
えー、ミライさんは、たぶん、出てきませんww


一週間空いてしまいましたが、投下しまーす!
 


 アトウッドの運転する車が山道を突き進んでいく。

彼女の表情は、これまでにみたどんなときよりも、険しく、引き締まっていた。

 それは、私達の置かれている状況が厳しいことを意味しているのだろうけど、

不思議と私は、アトウッドがそばにいることで、無条件に安心感を覚えていた。

私ひとりでは、ミネバさまを守りきれないかもしれない。

けれど、アトウッドとふたりでなら、それもできる気がする。そんなことを、うっすらと感じていた。

「あのヘリと、敵の諜報員には勝ったの?」

「ううん。暴れまわって、逃げてきただけ。足止めくらいにはなったと思うんだけど…」

アトウッドはそう言う。だけど、あの町にも、諜報員と思しき一団がいた。あれは、どういうことなのだろう?

「町にも来ていたわ、あの連中」

私が言うと、アトウッドは驚いた表情を私に向けてきた。

「そんな…あいつら、増員でもしたのかな?めんどくさくなっちゃったなぁ」

それでも、本気でそう思っているのかどうかわからない口調で、アトウッドはつぶやいた。

まったく、そういうのが、いちいち私を笑顔にさせてくれて、過剰な緊張で硬くなった体も心もほぐしてくれる。

本当に、あなたって人は…

「とにかく、もう猶予がないんだよ。このまま止まらずに、ヤンゴンまで走ろう。

 最悪、ヤンゴンには向かわないで、陸路でマドラスに向かう手も考えてる。

 そっちは、ラサにも近いし、距離的にもかなりギリギリになっちゃう計算だから、あんまり使いたくはないんだけど…」

アトウッドはそう言ってふう、とため息をつく。それから、思い出したように

「ね、あたしのウィスキー、買っておいてくれた?」

とおどけた様子で聞いてきた。

「あぁ、ごめん、忘れてた。あの状況だったから」

「えぇー!?そのために頑張って道なき道をすっとんで来たってのに!」

私がシレっと言ってやったら、彼女は頬を膨らましてそう叫び、ケタケタと笑った。それから

「ウィスキーは、輸送船の仲間でお預けかぁ。どこか、道すがらで売ってればいいんだけど…

 って、そもそも、買い込んだ食料はあっちの車に積みっぱなしだったね…

 うーん、これは、また手榴弾漁をしなきゃいけなくなるかなぁ」

「魚もいいけれどね。できたら、炭水化物は口にしておきたいわよね」

「うん、そうだよね。ヤンゴンに入る前に、小さい町をいくつか通るから、

 パンかなにかくらいは売ってるといいなぁ」

アトウッドは、そう言って脚をばたつかせる。


この先は、エレカのバッテリーを充電する以外は本当に走り通しになるだろう。

私も、これまでのようにのんびりアトウッドと無駄話をしている暇はないかもしれない。

とりあえず、交代で休んでおく必要がある。

「アトウッド、運転を変わるわ。疲れてるでしょう?」

私がそう申し出ると、彼女はニコッと笑って、

「大丈夫。とりあえず、ミリアムが休んでよ。しばらく行ったら起こすから、そうしたら変わってほしいな」

と言ってきた。その表情にはまだ、疲れの色はない。まったく、なんてタフな子なんだろう。

もしかしたら、こう、ヘラヘラしているせいだとか?

ううん、ただ、そう言うのを感じない頭の構造なのかもしれない。

まぁ、有り体に言えば、おバカさん、なのだけど…

でも、こんな時には変に張り詰めて疲れてしまうよりはずっといい。

それに、アトウッドが本当にそんなだなんて、到底思えるはずもない。

「分かったわ。それじゃぁ、少し休ませてもらうね」

私はアトウッドの言葉に甘えて、シートを少しだけ倒してそれに体を委ねた。

 舗装状態の悪い道のせいで、車が心地よく揺さぶられる。

こんな感覚は、本当に久しぶりだ。自分への戒めと、失うことを恐れて、誰とも馴れ合ってこなかった私は、

グリプス戦役も、第一次ネオジオン抗争化の地球でも、ずっと一人で戦ってきた。

もちろん、部隊には仲間もいたけど、彼らとも、訓練や実戦で一緒になるだけ。それ以上の関係にはならなかった。

 戦場で仲間を作れば、失うことが怖くなる。守ろうとする自分が、傷つく。

それに、あまりに親しくなると、昔のことを思い出す。私の守れなかった、仲間たちのこと、あの戦争のことを。

それは胸が張り裂けそうにつらいことで、絶対に思い出したくはない、ずっとそう思っていた。

そんな私が、今は、強力な仲間に守られている。

身も心も、すべてを委ねたくなってしまうこの女性に、私は絶対の信頼と好意を寄せていた。

 彼女と一緒にいても、昔のことは思い出す。失う怖さもある。

でも、彼女はそんな私の気持ちすべてを受け止めて、そして救ってくれるようなそんな雰囲気を持っていた。

辛いはずの過去も、彼女と一緒にいる時間に思い出せば、辛くはない。

ただ、心の中にたゆって、昨日の記憶のようにありありと覚えているのに、

私はそこから起こる感情とは一線を引いて、私自身がその感情を受け取めることさえできていた。

途方もないさみしさと、悲しさと、安心感を持って。

 ウィスキー、忘れずに買っておいて上げればよかったな。

銘柄を聞いていなかったけど、多少値の張るものだったら、彼女も満足してくれただろう。

私が彼女に返してあげられることはすくない。

だけどせめて、彼女の力になれそうなことはなんだってしてあげるべきだ。彼女はもう、大切な仲間なんだから。


 それから私達は延々と車を走らせた。

あたりの景色も変わり、これまでの山道も川が多くなって、橋をいくつも渡った。

森林に変わって、田畑やなんかが多くなり始める。

夕方になり、やがては日も落ちて、しばらくすると、夜明けが来た。

途中で小さなエネルギースタンドに立ち寄り、エレカのバッテリーを充電しながら、

アトウッドとふたりで、ミネバさまを宇宙に送り届けるために、ひたすら走った。

ヤンゴンへたどり着けば、間に合う。宇宙へ上がれば、ネオジオンへと戻ることができる。

そこはもう、追われる心配のない、安息の地になるはずだ。

そうしたら、私は、そのときに改めてアトウッドに礼を言わなきゃいけない。そのために、あともう少し。

もう少しだけ、頑張らないと…

 朝日が昇って、疲れた、と言って私を起こしたアトウッドと運転を変わった。

出発してから、おおよそ3時間ずつ運転しては交代をしている。

仮眠を取るには十分すぎる時間で、体の疲れは相当だけど、それでも、心はまだまだへこたれてはいない。

 アトウッドのおかげもあるし、目標が見えてくれば、なおのこと元気にもなるというものだ。

 車が小さな町を抜けた。

あと、4時間も走れば、ヤンゴンにたどり着ける。車は、大回りをしてヤンゴンへと向かう幹線道路を走っていた。

あたりは、畑と、今は休作中なのだろう、草が生え揃った草原のような大地が広がっている。

窓から入ってくる風が心地良い。野営をした森の中でも感じたけど、

草木の生い茂る場所の空気がこんなにも美味しいなんて、追われる身だけど、そんなことを感じずにはいられなかった。

 疲れた体のすみずみまで行き渡って、細胞が浄化されているような感覚さえした。

私は運転席からチラっと、あたりの景色に目を走らせた。

地球は、美しい場所だな…アースノイドは、本当にこの星を食いつぶそうとしているのだろうか?

ホンコンシティからここまで、確かに荒れ果てた場所がなかった、といえば嘘になるけど、でも、

それ以上に今目の前に広がっているのと同じような美しい景色もたくさんあった。

そのどれもが力強くて、なんだか、人間程度があれを破壊するなんて、本当にできるのだろうかとすら思えた。

 もちろん、核兵器なんて使えば、景色なんて一瞬で吹き飛んでしまうけど、それでも。

この星は、そんな程度でダメになってしまうようなものでもないのかもしれない。

たとえ人が絶滅したとしたって、この美しい風景は残る。私には、そんな気がしていた。

 ふと、サイドミラーに後方から走ってくる車が見えた。民間車両のようだけど、妙にスピードが出ている。

遠目では、運転席にひとり座っているだけだ。でも、何か様子が妙な感じがする。

まるで、私たちを追いかけてくるようなスピードの出し方だ…

「アトウッド、起きて」

私が声をかけると、彼女はパッと目を開けた。

「ミリアム、なに、交代?」

「ううん。後ろから、妙な車が来てる」

私が言うとアトウッドもサイドミラーで後方を確認した。それから、彼女は、なぜか戸惑った表情を見せた。

「なんで…!?」

まさか、あいつら、なの?!


 私がアトウッドに確認するよりも早く、ミラーの中の車は私達のすぐ後ろについて、

ビービーとクラクションを鳴らし始めた。やっぱり、あの諜報員の車だ!

 私はアクセルを踏んでスピードを上げた。しかし、すぐにまた追いつかれ、その車が私達の車のすぐ横に並んだ。

「マライア!車を停めて!」

運転席から、こちらへ、女がそう叫んでいるのが聞こえた。

「クリス!」

それを聞いたアトウッドが声を上げた。なに、知り合いなの…?まさか、アトウッドの仲間、って人…?

でも、待って。私、この女を知ってる…どこかで、会った…どこで…?

 あの、茶色の長い髪、凛々しい眉に、青い瞳…そう、そうだ、この女!

ハノイのホテルから逃げ出すとき、エレベータに乗ってきた、ジョギングウェア姿だった、あの女だ!

あれはアトウッドの仲間だったの…!?

「アトウッド!」

「ミリアム、停らないで!」

彼女の名を呼んだ私に、そう怒鳴ったアトウッドは助手席側から、クリス、と呼んだ女に叫んだ。

「クリス!私に任せてって言ったはずだよ!」

「違うの!この先には、敵の諜報部隊が展開してるのよ!」

「敵!?」

敵の諜報部隊?!やつらのこと、だよね?だとしたら、やっぱり彼女は、アトウッドの協力者…?

だけど、アトウッドは車を停めるな、と言っている。なんなの、どういうことなのよ!?

 私はハンドルを握りながら懸命に考える。だけど、答えなんてちっとも浮かんでこない。

混乱だけが頭の中を駆け巡る。一体、何がどうなってるの?

「敵って、どういうこと!?」

「とにかく、このルートはダメなの!すぐに引き返して!」

クリスと呼ばれた女が叫ぶ。でも、そんなとき、目の前に何かが横切った。私はハッとして前を見る。

そこにいたのは、まだずいぶん距離があるけど、見覚えのあるモビルスーツの姿だった。

あれは…ゲルググ!?

次の瞬間、ゲルググはバーニアを吹かして飛び上がると、空を舞って、私達の目の前に降り立った。

私は反射的にブレーキを思い切り踏み込む。車は路面を滑って、ゲルググの脚にゴン、とぶつかって停止した。

 グアン!と激しい音がした。

見ると、クリスという女の乗っていた車が、ゲルググの足に乗り上げて跳ね上がり、横転してしまっていた。

「あぁ、クリス!」

アトウッドがそう叫ぶ。

 これは、間違いなく、ゲルググだ。どうして、こんなロートル機がここに…?宇宙から降下させたの?

いいえ、違う…これは、陸戦仕様の機体だ…13年前に地球に放置されたモノを誰かが見つけて使っているの?

でも、13年もそのままで満足に動くなんてありえない…ゲルググの形をした別のMS?

それとも、レストアして使っているの?誰が、なんのために!?


 「ミネバさま!アウフバウム大尉!無事ですか!?」

ゲルググからそう声が聞こえた。私達のことを、知っている?!

 私はゲルググを見上げた。すると、コクピットが開いて、中から一人の男が顔を出した。

一見アジア系にも見えるけど、彫りの深いヨーロッパ系の顔立ち…あの男…確か、ランパンのホテルに居た…?

 男は、エレベータを使って、地上に降りてきた。よく見れば、ネオジオンのワッペンと階級章をつけている。

少尉らしい彼は、拳銃を抜いて、銃口を突きつける私を気にも止めずに車の中を覗き込んで来た。

「アウフバウム大尉、自分は、エーリッヒ・ラムシュタイン少尉です。

 シャア総帥のご命令で、我が特殊班がお迎えにあがりました」

彼はそう言ってきた。まさか…宇宙からの援軍?!そんなことは予想していなかった。

暗号無線機にも、そんな情報は送られてきたことはない。

罠…?だけど、彼は確かにジオンの人間だ。

見て、話し方を聞けばわかる。これは演技や任務のために身につけたものではない。

連邦に雇われた、元ジオンの諜報員、と疑えなくもないけど…そう思う、根拠は、一切ない。

「クリス、ダメ!」

急にアトウッドが叫んだと思ったら、車から飛び降りて、横転した車に駆け寄った。

クリスがベコベコになった車から這い出ていて、懐から、拳銃を抜いていた。私もとっさに銃を向ける。

 どういうことなの…?あのクリスって女は、やっぱりアトウッドの協力者ではなく、諜報員、ってこと?

それとも、ただ混乱しているだけ…?

 そんなことを考えていたら、私達の車の周りを、別の車数台が一気に取り囲んだ。

銃を向けたその車からは、男たちが次々と降りてくる。銃を向ける私に目もくれず、小銃を構えて、周囲に警戒を走らせる。

 「大尉、ご安心ください。我が隊の隊員たちです。ミネバさま救助のために志願した精鋭ですよ」

エーリッヒと名乗った彼は、まるで嬉しそうにそんなことを言ってくる。

スイートウォーターの援軍…本当に、そうなのね?

 確かに、見れば彼らが構えている小銃は、全てネオジオンが使用しているもの。

地球連邦の武器ではないし、あれを手に入れるのは、地球では難しいはずだ。本当に、援軍なんだ…

 「離れて!彼女は関係ない!」

不意にまた、アトウッドの叫び声が聞こえた。

見ると、ネオジオンだという男たちが、車からクリスと呼ばれた女を引きずり出して、

したたかに蹴りつけているところだった。

男を止めようとしたアトウッドも銃床で殴られ、地面に組み敷かれている。

「何をしてるの!その人は、味方よ!」

私はそう怒鳴って、車から飛び降り、アトウッドを踏みつけていた男に銃口を突きつけた。

彼は、戸惑うようにしてアトウッドから足をどけ、2,3歩引き下がる。

私はそれを見届けてから、アトウッドを助け起こした。

「大丈夫?アトウッド…」

「うん…ありがとう、ミリアム…」

そう返事をしたアトウッドは、かすかにだけど、いつものように笑った。でも、私はそれに違和感を覚えた。

なぜ、それだけなの?私達は、助かったんだよ?これだけの数がいれば、マドラスにもたどり着けるはず。

あなたが命を掛けなくなって、宇宙へ帰れる。それなのに、どうして、そんな顔をするの?


「アウフバウム大尉」

後ろから、エーリッヒと名乗った男がそう声をかけてきた。

「その女の目的は、ミネバさまとあなたの誘拐にありました。

 我々を制止するための切り札にしようと考えていたようです」

「違う…!あたしは…!」

アトウッドが苦悶の表情でエーリッヒに吠える。

「なにを言っているの?彼女は、命をかけて私達をここまで運んでくれたわ。

 誘拐するつもりなら、最初からもっとうまくやっているはず。わざわざこんなところまで来ることもなかったわ」

本当にそれが目的だったのなら、私達をマハから助けて、こんなところまで連れてくるはずはない。

そんなこと、少し考えればわかるはずだ。彼も、ネオジオンの人間に間違いはない。

なにか勘違いをしているに違いないんだ。

そうだ、私達を追っていた諜報員と彼女が同一の組織とでも思っているのかもしれない。

 「彼女は、あなたたちが思っているような人ではないわ。それはまた、別の組織の人間よ」

私はそう言ってやる。安心して、アトウッド。あなたに危害は加えさせないわ。あなたのことは、私が守る。

 そう思いながら振り返ったところに跪いていたアトウッドの表情には、明らかに戸惑いが見て取れた。

大丈夫、アトウッド、大丈夫だから…

「いいえ、アウフバウム大尉。その女は、あなたとミネバさまを宇宙へあげるつもりはありませんでしたよ」

エーリッヒはそう言うと、ポケットから何かを取り出した。それは、小型のボイスレコーダーのようだった。

私が彼の目を見つめると、彼は、首をかしげてからその再生ボタンを押した。


<クリスに、ポール…ジャックまで…そっちの車に乗ってるのは、ジェフ?あなた達、なんのつもりなの?>

それは、アトウッドの声だった。

<良かった、話を聞いてくれそうで>

別の、女の声…これは、あの、クリスって女…?

<悪いけど、あの二人は渡せない。邪魔をするなら、あなただからって、容赦しないからね>

<…マライア、あなた、本当に二人を宇宙へあげるつもりなの…?>

<……>

<今の政治状況がわかっているの?>

<わかってるよ…でも、だからこそ、連邦に二人を…あの子を渡すわけにはいかない>

<私達は、なにも政府の指示を受けてこんなことをしているわけじゃないわ。ブライトキャプテンからの依頼で、二人を追っているの>

<ブライトの依頼で?>

<えぇ…これが、彼からの情報よ>

<…まさか…ネオジオンが、クワトロ大尉が、こんなことを計画しているっていうの!?>

<えぇ、既に、ネオジオン艦隊は動き出しているわ。

 この情報をなんとか手に入れたロンドベルも迎撃に向かっているけど、状況的には紙一重…時間が必要なの>

<それで…あの二人を、人質に取るつもりなんだね…>

<そうよ。それ以外に、作戦を遅延させる方法がない。せめてロンドベルの戦力を整える時間が欲しい>

<…でも、だけど…あたし…>

<お願いよ、マライア。これは、地球の存亡に関わることかもしれないのよ!?>

<…うん、それは、分かってる…分かってるけど、でも、ごめん、二人は、宇宙へ帰してあげたい。こんなところで、戦争の道具にも、犠牲にもしたくない。だから、二人のことはあたしに任せて>

<マライア…>

<要するに、ネオジオンの作戦を遅延させて、ロンドベルの戦力が整う時間を稼げばいいんだよね…?

 それなら、あたしが、予定より数日ながく、二人を連れ回せば良い…>

<できるの?>

<これまで通り、あたし達を妨害してくれれば、たぶん大丈夫…>

<ごめんなさい、汚れ役を押し付けるような形になって>

<いいんだよ。地球の、二人も守るためには、あたしが悪者になるしかなさそうだし…

 あたし、あの護衛の子が気に入っちゃんだ。すごく優しくて、怖がりだけど、いい子なんだよね…

 たぶん、このことがバレたら嫌われちゃうな…ま、仕方ないか…。

 あたしにはアヤさんたちがいてくれれば、それでいいしね…あ、クリスももちろん、その中に入ってるからね>

<…ありがとう>

<ううん、こっちこそ、わがまま聞いてもらって、ごめんね。

 でも、とにかくあたしは、あの二人を、いくら時間がかかっても必ず宇宙にあげる>

<うん、分かったわ…アヤ達も、それを望むでしょうね>

<うん、絶対に>

<それなら、あなたに任せるわ、マライア。来て、近くまでヘリで送って行くから>

<わっ!それは助かる!連邦軍所属の諜報班だったら、車をぶんどるつもりでいたんだけど、

 あなたたちじゃそうもいかないしね!>

ピッ、と音を立てて、レコーダーの音声が止まった。


 なに、今の。今の会話は、なんなの…?クリスっていうのは、ロンドベルと繋がりがあるの?

アトウッドは、本当に私達を人質にするつもりだったの?シャア総帥の行動を妨害するために…?

 私は、まるで頭を打ち抜かれたみたいな衝撃に襲われていた。

同時に、胸の内に、言葉にできない、煮えたぎるような感情が湧き上がってくる。

アトウッドは、この女は、私達を利用しようとしていたの…?

あんな笑顔で、あんな優しさで、私やミネバさまを、自分自身で言っていた、戦争の道具に使うつもりだったの?!

 私はアトウッドを睨みつけた。アトウッドは、無表情で、力なくうつむいていた。

「ご理解いただけましたか、アウフバウム大尉」

エーリッヒが、沈痛な面持ちで私にそう言ってきた。

 理解、なんて、できるはずもない…一体、なにが、どうなってるの?

ねぇ、アトウッド…言ってよ、なにが本当のことなの…!?

「アトウッド…今のは…本当なの?」

私は、拳銃を握り直して、アトウッドに聞いた。アトウッドは、顔を上げた。もう、笑ってはいなかった。

彼女は、静かに、涙に頬を濡らしている。

「ごめん、ミリアム…」

その言葉を聞いた瞬間、頭のなかで何かが弾けた。

私は思わず、アトウッドを蹴りつけ、地面に踏みつけて、こめかみに銃口を突きつける。

 「最初から、そうするつもりだったのね…シャア総帥に信頼を受けているのをいいことに、

 私達を、ネオジオンを壊滅させるために…!」

「ち、違う!ミリアム、あたしは…!」

「言い訳は聞かない!」

私は中の撃鉄を上げた。胸の奥から吹き上がる怒りが、体を頭を支配する。

この女を、ズタズタに切り裂いてやる…私の信頼も、好意も、心も、すべてを裏切って、利用しようとしたこの女を!

「やめなさい、ミリアム!」

鋭い声が、私の背筋を打ち抜いた。見ると、そこには、ミネバさまが居た。

「銃を引きなさい。あなたたちもです」

ミネバさまは、鋭い目つきであたりの男達にも睨みを効かせる。

「しかし、この女はミネバさまを…!」

「殺してしまっては、真相がわかりません。逮捕して、スィートウォーターに連行します。

 このような輩を寄越したシャアに譴責しなければなりませんし…

 あるいは、彼は私を亡きものにしようと画策していたのかもしれません」

「ミネバさま、何を…!?」

「黙りなさい、ミリアム。他の者も、聞きなさい。ジオンの名に於いて命令します。

 この者を逮捕し、シャアの前に連行しなさい。

 シャアの潔白を晴らすためにも、彼自身にこの者の処分を決定させます。いいですね?」

ミネバさまは、そう言ってまた、ひとりひとりを睨みつけた。

ミネバさまのご命令であれば、私達は、逆らうことなどできはしない…。


 私は、アトウッドの顔に唾を吐きかけて、立ち上がった。

銃の撃鉄を下ろして、地面にころがるアトウッドを見下ろす。

ミネバさまのご命令とあっても、この怒りが収まるわけはない。

私は、地面に転がったアトウッドの腹を思い切り蹴りつけてやった。

「あっぐぅぅっ…」

アトウッドは、体を丸めて痛がった。

 それから私は、ミネバさまの前に跪く。

「ミネバさま…心中、お察しいたします」

私と同様に、ミネバさまもあの女に懐いてしまっていた。私と同じように、深く傷つかれたはずだ。

「ありがとう、ミリアム。今少し、私のそばにいてくださいね」

ミネバさまはそう言って、悲しげに笑った。それから周囲の男たちを見渡すと

「これからどこへ向かうのですか?」

と尋ねた。

「はっ。20キロ先の平原に、シャトルを準備しております」

エーリッヒも跪いてミネバさまにそう説明する。

「そうですか。それでは、急ぎましょう」

ミネバさまは、頷いて、そう言った。

 「待って、姫様!」

アトウッドが叫んだ。この女、まだなにか言い逃れをするつもりか?!

傍らに居た男が、アトウッドの体を地面に押さえつける。

「うぐっ…姫様、聞いて!クワトロ大尉は、シャア総帥は…!

 地球に…ラサに、5thルナを落とすつもりなんだよ!

 この星に、また、13年前の戦争とおんなじことをしようとしてるの!お願い、ここに残って!

 それがダメなら、せめてあの人の説得を…!」

「黙れ、売女め!」

男が、銃床でアトウッドを殴りつけた。

小さくうめき声が漏れて、アトウッドは再び地面にへばりつくように倒れこむ。

「姫様、スパイの言う戯言に、耳をお貸しになることはありません」

私はそう言って、ミネバさまの肩を抱いて、その場を離れようとした。

 その瞬間、ヒュンと、風の切れる音とともに鋭い痛みが、私の左腕に走った。

見ると、いつの間にか、来ていたシャツの袖が裂け、うっすらと血がにじみ出ている。


―――こ、攻撃!?

 「う、うわぁぁぁ!」

叫び声がした。振り返るとそこには、頭を吹き飛ばされ、首から上がなくなった誰かの死体が転がっていた。

 狙撃…まさか、あのときの…!

「アンチマテリアルライフル!狙撃!敵襲よ!」

「伏せて!」

私が叫ぶのと、そう声が聞こえて体に強い衝撃が走ったのと、ほぼ同時だった。

ヒュン、とまたあの音がして、すぐそばにいた男の首から上が吹き飛んだ。

 顔を上げた私の上には、私達をかばうように、アトウッドが覆いかぶさっていた。

私は、とっさに彼女の顔面に肘打ちをいれて払いのける。

「ラムシュタイン少尉!ゲルググでミネバさまをシャトルまで!時間が長引けば、敵もMSを出してくる可能性があるわ!」

「了解しました!」

エーリッヒはそう返事をすると、狙撃の死角からゲルググのコクピットへと、MSの装甲を這い上がっていく。

 他の連中も、車の影身に身を潜めて、脱出の機会を伺っている。

 不意に、バリバリと音が聞こえ出した。これは、あのときの攻撃ヘリに違いない!

「敵の戦闘ヘリがくるわ!各員、撤退急いで!」

「ミネバさまを先に逃がすまでは、離れませんよ!」

そばに転がってきていた男が、そう言ってブサイクに笑ってきた。私はそれを無視して、

「手錠を貸しなさい」

と言いつけた。彼は腰につけていたポーチから手錠を取り出すと、私に手渡してくる。

私はそれで、アトウッドの両手を拘束した。万が一のときには、盾くらいにはなるだろう。

そういえば、あのクリスという女も…私は横転していた車の方をみやった。

しかし、すでにそこには、女の姿はなかった。逃げられた、か。まぁ、あんなやつはどうでもいい。

 モノアイの点灯する音とともに、ゲルググが起動した。

機械音をさせて、機体を起こすと、そのまま狙撃が来ている方向へと機体を動かし、私達の盾となってくれる。

マニピュレーターが差し出されて、コクピットが開いた。

「大尉!ミネバさまとご一緒に、早く!」

エーリッヒの声が聞こえた。

私はアトウッドの髪を掴んでマニピュレーターに乗せ、自分も、ミネバさまを支えながら乗り込むと、コクピットに向けて合図をした。

丁寧な操縦で、エーリッヒは私達をゲルググのコクピットへとかざしてくれる。

アトウッドを中に蹴り込んで、私とミネバさまも乗り込み、コクピットが閉じた。

「ラムシュタイン少尉、他の隊員に撤退の指示を。この機体は、最優先でHLVへと向かうわ」

「了解しました、アウフバウム大尉。お二人をお守りできること、光栄に思います」

エーリッヒは、そう言って私に笑いかけてきた。笑顔、か。もはや、なんの感慨も持たないな。

 宇宙へ無事に宇宙へも帰れるというのに、ことさら、嬉しいとも思わない。

私は、胸の内に湧き上がっている怒りを押さえ込んで、まるで底が抜けたような、呆然とした心持ちになってしまっていた。

それは、絶望とも、悲しみとも違う、なにか、大切な部分が抜け落ちてしまったかのような、虚しく、荒涼とした、喪失感だった。

―――やっぱり、信じるんじゃなかった。

そんな思いだけが、グルグルと、とめどなく頭の中を駆け巡っていた。

 



つづく。


マライア、逮捕されるの巻。
 



ちょっとミリアムの反応が過激過ぎる気がするかな?
あの録音では幾ばくかの時間稼ぎはするけど2人を宇宙にあげる事に関してはブレていないと思うんだけど。
まあ「2人を人質に時間稼ぎ」というのは言い逃れできない事実か。
ロリ姫様だけはマライアの本質に気付いていると信じる。



クリスマ健二

乙ー 待ってた!

まあ、ガンダムに出てくる女なら過激なことやるよね

とりあえずロリコンが悪い

>145 それとマザコンも悪いよね

ロリコンvsマザコンは大惨事を引き起こすと、歴史も証明しているからな



まさかマライアたんが捕らわれるとは
この先の展開も期待

>>147
ロリコンとマザコンを併発していらっしゃるかたがとても巨きな権力握ってらっしゃるからそりゃ大惨事ですよねww

>>149
そりゃそうだなww

>>143
感謝!
ミリアムは確かにちょっと過剰反応かもしれませんが、きっと、何か気に障ることがあったんでしょう。

クリスマ健二ってなにかとw
確かに、そのクリスですw

>>144
感謝!!
ミリアムの今後にご注目くださいまし!

>>148
感謝!!!
マライア、どうなるんでしょうか…ドキドキ…

>>ロリコンマザコン
ロリコンでマザコンな彼は、ホモなんだぜ。
詳細は「beyond the time?メビウスの宇宙を越えて?」でw



つづき投下します!

 


 「状況はどんな感じ?」

バタン、と扉を開ける音がして、ホールでテレビに釘付けになっていたアタシ達のところにカレンがやってきた。

「カレン!」

アタシがそう声をあげるのも待たずに、その後ろからシローとアイナさんに、チビのキキと大きい方のキキもホールに姿を現した。

「アイナさん!」

レナがパッとイスから立ち上がって、アイナさんに飛びつく。アイナさんも、そんなレナを抱きとめる。

アタシは、まさかシローに抱きつくなんてごめんこうむるから、アイナさんを連れてきてくれたカレンにハグをした。

「カレン、ありがとう」

「なに、マライアの情報があって助かったよ。あと1日遅かったら、混乱で救出なんてできなかったかもしれなかったからね」

カレンはそう肩をすくめて言う。ホントに。

 あれは、三日前。いきなりマライアから連絡があって、5thルナが、ラサに落ちる、という話を聞いた。あいつ、ここを出て行く時には、

「ちょっと、野生動物を見に、東南アジアへ行ってくるね」

なんて言っていたんだけど、まぁ、本当にそんなことをするために出かけていくんだとは思わなかったけど、

まさか、とんだことに首を突っ込んでたみたいだった。まったく、あいつときたら、ルーカスじゃないけど、いい加減落ち着いたらどうなんだよ。

心配するこっちの身にもなって欲しいもんだ。毎回毎回、気が気じゃないんだよな。

 レナがアイナさんから離れたので、アタシもアイナさんにハグをして、それからホールのソファーに座らせる。

レオナが、お茶とお菓子を持ってきてくれた。極東からこっち、緊張の連続だっただろう。これで少し、気分をほぐしてもらえるといいんだけど。

 マライアから情報があって、アタシはアイナさん達に連絡を取った。

ラサに5thルナが落ちる、ということになれば、それほど近いわけでもなかったけど、アイナさんたちのいるところも多かれ少なかれ被害を受ける危険があった。

それを聞いた相変わらず独身のカレンが、すぐにアイナさんたちのところに飛んでくれた。

デリクを連れてったけど、カレンはときどき、ヤバい時に逃げるよりも一歩踏み出すクセがあって心配していた。

本当はアタシも行きたかったけど、カレンに突っぱねられた。

あんたは、こことみんなを守ってなきゃいけないだろう、って言われちまった。全部、あたしに任せとけ、って、さ。
 


 まったく、頼もしいやらありがたいやらなかったよ。カレンには、酒だな。

アタシはそう思って、キッチンからいつものバーボンをとってきて、カレンに注いでやった。

「それで、状況は?」

「ひどいもんだよ。アジアの方はパニックだ。吹き上がった粉塵は気流に乗って北半球に

は広がっちゃうだろう。しばらくの天候不順は覚悟しないとな…」

「そうか…こっちも多少の影響は出るかもね」

「うん。食糧の確保だけは、意識しておいたほうがいいかもしれない。

 北米の穀倉地帯の日差しが長期間遮られるようなことになったら、南米からの流通路だけになっちまう」

「そうだね。まぁ、その点は、あたしの方でも手を回せることはやっておくよ。

 物資輸送便はデリクの班に任せてるから、優先的に融通してもらえるよう頼んでおくよ」

カレンはそう言って、グラスを傾ける。

カレンの会社は、順調に大きくなっていて、今は小型旅客機を4機と、中型の貨物機1機を抱えて、北米と南米を結ぶ航路をメインに飛んでいる。

グリプス戦役での被害から回復したジャブロー周辺地域と、北米のキャリフォルニアにひとつずつ支社も出来た。

この島にある本社は、相変わらずカレンの家みたいなもんだけど身入りはけっこうなもののようで、毎年施設の方に寄付している額は相当だってロッタさんが言っていた。

戦場じゃぁアタシとのケンカの種だったカレン独自の戦術、というか発想は、

ビジネスの世界じゃ、他の人間が考えもつかないポイントに目をつけてチャンスを広げるのに最適みたいだった。

まったく、世の中ってわかんないもんだよな。

「ありがたい。できたら、施設の方に一番に回してやってくれよ」

「あぁ、わかったよ」

アタシが頼んだら、カレンは決まってるでしょ、と言わんばかりに、クスっと微笑んで、グラスのバーボンを開けて、一息ついた。
 


 ホールには、ロビンにレベッカに、レオナとマリオンがいる。さっき、ユーリさん達もやってきていた。

シイナさんのところはさっきチラっと様子だけ見に来た。シイナさんとハッロルドさんは、今回は被災地には飛ばなかった。

去年、やっと子どもが出来たからだ。

 今回のことを聞いて、やっぱり現地には飛びたかったみたいだけど、まだ生まれたばかりの赤ちゃんを残していくわけにもいかず、ずいぶんと肩を落としていた。

その姿があまりにもいたたまれなかったから、アタシはシイナさんをロッタさんに紹介した。福祉局経由で、被災した人達への支援もできる。

寄付とか、医療物資の提供とか、あとは、施設やうちのペンションがしてるように、被災した子ども達や家族の一時保護、なんてのもある。

なにかの助けになれれば、シイナさんの気持ちも楽になるし、被災した人達も少ないかもしれないけど、助けられる。なにもしないより、マシだ。

 「母さん、そらから石が落ちてきたの?」

ロビンが、不安げにそう聞いてきた。

「あぁ、うん…そうなんだ」

アタシは10歳になったばかりのロビンを膝に抱き上げながらそう返事をした。

「ここへも、落ちてくるの?」

膝の上でロビンはアタシの顔を、不安げに見上げながら聞いてくる。アタシはカカカと笑ってロビンの頭を撫でてやった。

「なに、心配するな。ここへは落ちてこないよ。もし落ちてきたって、船か、カレンの飛行機で逃げ出せば大丈夫。

 それに、多分、今、マライアがどこかで、アタシ達を守るために戦ってくれてるはずだ。

 アタシ達は、マライアを信じて、マライアの帰ってくるこの場所を守らなきゃいけないんだよ」

アタシが言うと、ロビンは分かってくれたのか、コクっと頷いてくれた。

それから、パッと膝から飛び降りると、ホールのテーブルに置いてあった本を開いて目を落とし始めた。

「なにやってんだ、ロビン?」

アタシが聞くと、ロビンは本に目を落としたまま

「学校の先生が言ってた。人がいっぱいになって、食べ物とかがなくなっちゃったから、宇宙に追い出しちゃったんでしょう?

 そしたらきっと、食べ物がたくさんになれば、戦争は起こらないと思うんだ。そのために、食べ物の勉強をするの」

と言った。ロビンの読んでいる本は、“たべものになるしょくぶつ”というタイトルの、チビっ子向けの理科の参考書だった。

 食べ物が豊かになれば、か。確かにそうかもしれないな…もちろん、土地のこととか、利権のこととか、今となっちゃ、複雑な感情論もあるんだろうけど…

腹が膨れれば、ケンカなんて起こらない。贅沢をいえば、食べ物と暖かい家があればそれでいいはずなんだ。

 13年前の戦争以来、何度も戦いが起こっているのは、あるいは、何度それが起こっても、未だに宇宙のどこかに、命の危険を感じているやつらがいて、

片方では、そういうやつらの上にあぐらをかいて座っている連中もいるってことだ。ロビンも、そう言う不平等さを感じているんだろう。

アタシに似ないで、頭の良い子だ。ロビンなりに、世界のことを一生懸命に考えてるんだ。
 


 「マライア、無事だといいんだけど…」

不意に、レオナがそう口にする。そう言われれば、やっぱりマライアの身を心配する気持ちが蘇ってしまう。あいつ、バカだからな…バカ、優しすぎるんだ。

いざってときに、目の前に命を捨てるのに躊躇するやつなんだ。

どうしようもない、と半分以上確信しているクセに、そこへ躍り出て行って、なんでもかんでも救い出そうとする、バカなんだ。

ヤバいときは逃げろって、あんだけ言ってやったのに。帰ってきたら、またヘッドロックしながら説教してやらなきゃな。

だからマライア、無事で帰ってきなよ…待ってるからな…

 ふと、そばにいたマリが手を顔の前に組んで、祈るような格好で目をつぶった。マリから、ジワっと能力の感覚が染み出始める。

マリ、マライアと話そうとしてるのかな…うん、きっとそうだろう、マリは、マライアが大好きだもんな。アタシもそうだよ、マリ。

だから、マライアのやつに良く言っといてくれな。バカもほどほどにして、ちゃんと帰って来い、って、さ。

 そんなアタシの思いを察したみたいで、レナがそばにやってきて、そっと手を握ってくれた。アタシもその手を握り返して、レナに微笑みを返してやる。

わかってるよ、ありがとう、レナ。大丈夫、他のみんなと、それにあんたがいてくれれば、ビビったりなんかしない、不安に打ちひしがれたりもしないさ。

レナもアタシの顔を見て笑ってくれる。あぁ、その笑顔、やっぱりアタシ、大好きだよ。

 そんな気持ちまで伝わってしまったようで、レナはほんのり、顔を赤くした。

その顔を見てアタシまで顔を赤くしちゃったのを見逃さなかなったカレンが冷やかしてきたので、とりあえず、照れ隠しにケンカをふっかけてやった。

 ホント、やめてくれよな。そんなことばっか言ってると、あんたがアタシを親友だって言ってくれた、ってこともみんなの前で言っちまうぞ?

なんて思ったけど、どっちにしたって、アタシが恥ずかしいじゃないか、ってことに気がついて、

恥ずかしいんだか、悔しいんだか、幸せなんだか、ワケのわかんない気持ちになって、とりあえずロビンとレベッカをギュウギュウに抱きしめた。

 あんた達に、みんなのことは、アタシが絶対に守ってやるからな。だから、いつまでも元気で、アタシ達のそばにいてくれよな。
 


つづく。

ちょっと、休憩で、そのころの地球の様子。
 

乙。
もうアヤレナさんたちもいい年なんだよな……

乙!
いつも楽しく読ませてもらってるけど登場人物が多すぎて混乱してきた
誰かまとめてくれないかしら?

とりあえずハッロルドさんはイケメン

>>157
感謝!
アヤレナさん達こそ、0083のシーマさんと同じくらいですかね。

>>158
感謝!!
ペンション居残り組は、気にしなくていいと思いますw

>>159
やらかしたーーー!


続き投下です。

 「おい、起きろ!」

ガシャン、という大きな音がして、あたしは目を覚ました。

ぼやけた目を擦ろうとして腕を動かしたら、両方の手首に痛みが走る。あぁ、そうだった、手錠掛けられてたんだった。

ふぅ、とため息が出てしまう。ずいぶん寝ちゃったな…ここはどこだろう…?

スィートウォーターに着いたのかな…

 鉄格子が開いて、衛兵が二人ズカズカと入ってきて、あたしの両脇をつかむとグイっと立ち上がらせた。

一人があたしの背後に立って、小銃で背中を小突いて来た。

「歩け!」

衛兵がそう怒鳴りつける。

「あー、もう。大きい声苦手なんだよね。聞こえてるし、抵抗する気もないから静かに言ってよ」

あたしはそうとだけ言いかえして、大人しく衛兵に連れられて独房を抜け、戦艦の廊下を歩いた。

 重力のかかり方が妙だ。この感じは、コロニーかな。

戦艦の遠心力を使った重力発生装置の感じではないから、多分そうだろう。

 地球のあの場所で、ミリアムとネオジオンの特殊班、と名乗る連中にボコボコにされてゲルググに乗せられたあたしは、

そのまま、近くの森の中に待機していた中型のシャトルに連れて行かれた。

特殊班の連中が到着してすぐ、シャトルは大気圏を飛び出した。

宇宙に出たアタシは、独房代わりに押し込められた個室の窓から、無数のネオジオン艦艇とモビルスーツ群を見た。

そして、その艦隊が囲むようにしている、5thルナも、だ。

 ロンドベルの艦隊らしい一団との戦闘も、個室の窓から見えた。アムロの、爆発するような感情が伝わってきた。

ロンドベルは、結局、5thルナの突入を止めることはできなかった。

大気圏に突っ込んで、まっかに燃え上がる様子は、あたしから戦う気力も希望すらも削ぐのに十分だった。

あれが落下したところで、どれだけの人が死んだんだろう。

 アヤさん達は、無事かな…アイナさん達、ちゃんと逃げられたかな…ミリアム、怒ってたな…

裏切っちゃったもんね…謝らないといけないな…分かってくれるかわからないけど、でも、分かって欲しいんだ…

戦うことよりも、そんなことばかりが頭を駆け巡っていた。

それから、シャトルは戦闘を終えた戦艦に収容されて、今まで過ごしていた独房に押し込まれていた。

それからはもう、泣けるだけ泣きわめいて、あとは疲れて寝入ってしまっていた。

 あたしは、廊下を歩いた先にあった戦艦の小さなハッチから外に連れ出された。

そこは、やはりコロニーの中の港のようだった。

あちこちに軍服と銃を抱えた兵士がいて、ノーマルスーツを着こんだパイロットか、整備員らしい姿もたくさんいた。

港を抜けて、衛兵が増えた。コロニー内に入ると、今度はエレカに押し込まれて、30分ほど走った。

コロニー内の街は、かなり荒んでいるようだった。

お店やなんかは見当たらないし、道端には薄汚れた格好の人たちがぼうっと突っ立っていたり、座り込んだり、

まるで、ティターンズ時代に少しだけみたことのある、連邦の占領下にあったサイド3を彷彿とさせた。

そもそも、コロニーの中だというのに、陽の光がほとんど入ってきていない。

夜に、街灯に照らされているような薄暗さだ。

ここに居るのは、これまでの戦争で行き場を失ったジオン側の避難民だったはず。

まさか、難民用のコロニーがこんな状況になっているなんて、知らなかった…

連邦軍や政府のやることはロクなことじゃないって認識はあったけど、まさか、ここもだなんて…。
 


 車がとまった。あたしはまた、小銃で小突かれて、車から押し出される。

目の前には高層ビルのような巨大な建物がそびえていた。

あたしは、5人の衛兵に引きずられるようにして、その中へと連れて行かれた。ロビーのようなところを通り、警備兵が守るエレベータに乗せられる。

 エレベータの中のモニターには、30階までの表示がある。エレベータは、28階で止った。

扉が開くと、そこからまっすぐに、ずいぶんと豪華に飾られた廊下が伸びている。

その突き当りには大きな扉があって、そこにもまた警備らしい兵士が4人、ビシっと立って、あたし達のほうを見ていた。

 その扉の中に、あたしは連れて行かれた。

その部屋も、これまで車で走ってきた街とは正反対の、廊下と同じように豪華に飾りつけの施された部屋だった。

ふわふわとしたジュウタンに、キラキラの大きなシャンデリア。

壁には、燭台に見せかけられた装飾の派手な照明もあるし、大きな執務机も置いてある。

街を見下ろせる大きなガラスがあって、かすかな明かりが無数に灯っているのが見えた。

「跪け!」

急にそう言われて、腰のあたりに痛みが走った。銃床で殴られたらしい。

あたしは、痛みから逃げるように、ジュウタンの上に膝をついた。

 「さて、久しぶりだな、マライア・アトウッド大尉」

そう声がした。執務机に腰を下ろしていた人物が立ち上がり、暗がりからあたしの方に歩いてきて、顔を見せた。

 あぁ、まぁ、地球で姫様も言ってたし、この派手な部屋からして、そうだろうと思ったけど、ね。

「お久しぶりだね、クワトロ・バジーナ大尉。シャア・アズナブル大佐って呼んだ方がいい?

 それとも、キャスバル・ダイクン閣下の方がお気に召す?」

「貴様、閣下になんて口を!」

衛兵が小銃を振り上げた。

「やめたまえ。彼女とは古い知り合いなのだ、気にするほどのことではない」

彼は、そう言って衛兵を止める。衛兵は少し焦った様子で

「は、はっ!」

と返事をして姿勢を正した。

「そうだな、大尉。シャア、と呼んでもらう方が都合が良い」

シャア大佐は、そう言って不敵に笑った。

まったく、あのころからちっとも変ってないよ、この傲慢で人を見下したみたいな感じがさ。

「それで、なんの用なの、こんなところに?

 せっかく、姫様を連邦から守ってあげたってのに、手錠掛けて引っ張り回すなんて、ひどいんじゃない?」

彼の顔を見て、あたしはすこし、頭に血が上っていた。

彼が、5thルナを落としたんだ…そう考えたら、冷静でいられる方が、どうかしている。

「ははは。こちらこそ、大尉には言いたいことがいくつもあるのだ。

 大尉のせいで、私はミネバ様にあらぬ疑いを掛けられてしまっているのだよ。

 身の潔白を証明したくば、大尉の処分を、私自ら決めろとな」

「殺したければ、殺せば?」

我ながら、なんて安直に挑発に乗っちゃうんだろう、とは思ったけど、思ったときにはすでに口に出てしまっていた。この男は、5thルナの件を、なんとも思っていないの!?

昔から、偉そうなヤツだとは思っていたけど、多少は紳士だったし、

笑って平気で人を殺すような人間ではなかったと思ってたのに…。


 彼が5thルナを落とした理由は、納得はできないけど、理解は出来た。

隕石を地球に次々と降らせて、力づくで環境を劣悪にして、アースノイドから地球を取り上げるつもりなんだ。

スペースノイドのためとか、口ではそんなことを言っているけど、あたしにはわかる。

彼はただ、奪いたいだけなんだ。壊したいだけなんだ。

スペースノイドを、自分を受け入れてくれない地球を、ただ、壊してしまいたいだけなんだ。

どんなに偉そうなことを言ったって、どんなに地球連邦が悪だと言ったって、

そりゃぁ、悪かも知んないけど、彼にとって、そんなことはこじつけた理由でしかない。

 あたしは、知ってるんだ。彼がどれだけあの地球を愛してるかを。

どんなにか、求めているかってことを。まるで、全スペースノイドの意思を代弁しているみたいに言うけど、違う。

それが、それこそが、彼自身の願いなんだ。身分を偽ったりして住むんじゃ意味がない。

彼と言う存在をそのまま受け入れてくれる地球が、ただただ、欲しいだけなんだ…

そんな、子どものわがままみたいなことで、彼は、あれを、5thルナを地球に降らせたんだ…!

あたしは、湧き上がる感情を抑えきれなかった。

もうすでに、頭の中は、そのことでいっぱいになりつつある。手錠さえなければ、1、2発、ぶん殴ってやるのに…!


「保身を貫くためなら、それも良いだろう。だが、大尉にはその前にいくつか聞かねばならないことがある」

「拷問ってこと?いいよ、やれば?」

あー、もう、バカ!あたしのバカ!もっとうまく言いなさいよ!

レナさんを見習って、もっとこう、シレッとしながら、でも、相手を刺激しない言い方しなよ!?

そんなことしたって、説得できるチャンスが減るだけでしょ!

そうは思っても、あたしはもう、ほとんど頭に血が上っちゃってて、まともになんか考えられていなかった。

「女性を苦しめるのは本意ではないが、仕方ない」

大佐は、サッと手を挙げて、あたしを取り囲んでいた衛兵に命じた。

「彼女を地下牢へ監禁しろ。ナナイ、すぐに諜報班を招集して、大尉から事情聴取をさせてくれ」

「承知しました」

女の人の声がした。見たらそこには、秘書らしいかっこうをした女性が、

まるで汚いものでも見るみたいにあたしを見つめていた。

 いけ好かない…威張り腐って、人を殺して…シャア大佐…いいえ、キャスバル・レム・ダイクン!

あんたは、あんたはただ…!

「待ってよ、クワトロ大尉。あぁ、この名で良いよね?呼び慣れてるんだ」

「なにかね、アトウッド大尉」

クワトロ大尉は、呼び止めたあたしを見下ろしてくる。

キリキリとこめかみが締め付けられるような感覚がする。

気が付けば、あたしは自分でも痛いくらいに、歯を食いしばっていた。

胸の内から湧き出てきているのは、怒りとそして、苛立ちだった。

 彼からにじみ出ているこの感じが、あたしは気にくわないんだ。うまく言葉にできない。

でも、それは明らかに、迷走ともとれる、彼の迷いだった。

「手にかけるのなら、自分でやったら、大尉。衛兵の銃を借りてさ、この場であたしの頭を撃ちぬきなよ」

大尉の顔色が微かに変わるのを、あたしは見逃さなかった。
 


「ふふふ、グリプス戦役の頃から、その度胸だけはいささかも変わっていないようだな」

「それをする度胸がないんでしょ、大尉には」

「き、貴様!」

警備兵の銃床が、あたしの肩に振ってきた。メキっと言う音と衝撃があって、肩に鈍い痛みが走る。

それでも、あたしはやめなかった。衛兵に当て身をくらわせて抵抗しながら、胸の内に溜まっていた気持ちを吐き出す。

「なにがそんなに気に入らないの!?なにがそんなに怖いの!?

 あなたはただ、欲しい物を欲しいと言えなくて、駄々をこねているだけじゃない!

 欲しい物が手に入らないなら、壊してしまえばいいって思ってる、ただの臆病者よ!

 向き合うことも、自分と戦うこともしないで、何が総帥よ、何が、スペースノイドの解放よ!

 あんたなんかに、人は救えない…!

  どんなに人を惹きつける魅力があったって、どんなにすごいことを言ったって、

 それはあなたの独りよがりでしかない、そうでしょう!?あなただって分かってるはずよ!

 だから、あなたは迷ってる!

  あの戦闘で、アムロを殺そうと思えば殺せたはずなのに、どうしてそれをしなかったの!

 わからないっていうんなら、言ってあげるよ!あなたは殺したいと思っていたはずだわ…

 自分の意にそわない彼を、自分を理解してくれない彼を、あなたは殺してしまいたいって、そう思ってたはず…

 でも、あなたは彼を殺せなかった。一方で、彼を、唯一の理解者を失いたくない…そう思っていたから!

 だったら、なぜそれを諦めるの?!理解してほしいのなら、どうしてもっと別の方法を考えないの?!

  連邦から地球を解放したいためだけに、

 どうしてあなたが愛してやまないあの地球を壊そうなんてことしか考え付かないの?!

 5thルナを落とすことよりも、もっと別の方法があったんじゃないの!?

 あなたは、結局迷い続けて、自分に負け続けているだけじゃない!

 どうにかしたかったら、もっと別の方法を探してみなさいよ!壊すんでも、奪うんでもない方法を!

 子どもみたいに駄々をこねるんじゃなく、もっとちゃんと向き合いなさいよ!自分自身に!」

あたしは一気にそうまくしたてた。クワトロ大尉の表情は、醜く歪んでいる。

でも、かれはつとめて冷静だ、と言わんばかりの口調で

「言いたいことは、それだけかね、大尉」

と言ってくる。ふんだ。やっぱりあなたはそうなんだね…取り繕うことばっかりがうまくて、

結局大事なものに触れようとしない、ただの弱虫だよ!

「腰抜けのクワトロ大尉には、話が届きませんでしたか?」

あたしが言ってやったら、大尉の蹴りが、鳩尾に沈んだ。でも、たいして痛みもなかった。

それですら、彼は迷っていた。

本気であたしを蹴るなんて、できやしないんだ、彼には。

 あたしは彼を睨み付けてやった。彼は、肩を怒らせて、憤怒の表情であたしを見下ろしている。

「目障りだ。連れ出せ!」

「はっ!」

彼の指示に、衛兵がそう返事をするなり、後頭部に、衛兵の銃床が降ってきた。

ガッと鈍い衝撃とともに、あたしの意識は途絶えた。


 





 「いたたた…」

あたしは、独房にいた。幸い、まだ生きていた。クワトロ大尉のところを出るときに殴られた後頭部が痛む。

まったく、あの衛兵、ここを出て見かけることがあったら、思いっきりぶん殴ってやる!なんて意気込んでおく。

でないと、この寒さに負けちゃいそうだ。

 さっきも、あたしは気絶から、寒くて意識を取り戻した。コロニー内の空調がうまく機能していないんだろう。

吐く息が白い。小さな硬いベッドの上に、ペラペラの毛布だけは用意してあった。

あたしは、下こそ厚手の軍用のズボンにブーツを履いていたけど、上はランニングに薄手のパーカーだけ。

この寒さときたら、コートを羽織っても足りないくらいだろう。

あたしはとりあえず毛布を羽織って、ベッドにじっと座っていた。

 廊下にはさっきから同じ衛兵が行ったり来たりしている。

あたし以外に捕まっている人はいないようで、ときおり暇そうにあくびを漏らしている。

「へいっくしっ!」

あくびだけじゃなくて、くしゃみも、だ。彼も寒いんだろうな、こんなところの警備に回されて…

 それにしても、クワトロ大尉。結局、あたしを殺さなかったな。殺すどころか、まともに蹴りもできなかった。

あの頃のまんまだ。人を傷つけることに迷いがある。

モビルスーツに乗っているときはそうでもないんだけど、彼、生身の人相手にはうまく戦えないんだよね。

そう言う神経の持ち主だったからこそ、5thルナを落とすなんて想像もつかなかった。

だけど、さっき話をして分かった。彼は、その行為にすら、疑問を持っているようだった。

だからこそ、あたしの話を制して激昂して、こんなところに放り込んじゃった。

冷静じゃないなんて、あたしからしたら、手に取るように分かる。

あそこへは、あたしは裁かれに行ったはずだった。でも、彼はそんなこともせずに、ただあたしをここに入れた。

あたしを守る意味合いがあったのか、とも取れなくもないけど、たぶん、あたしの挑発がまともに効いちゃったんだろう。

 あたしとしても、5thルナの件では相当怒ってるから、まぁ、いい気味だ、と言わざるを得ない。

あとは、姫様の行く先が心配だ。ここにいたら、次こそは誰かに担ぎ上げられるかもしれない。

大尉がそれをすることはないと思うから、彼に何かがあった際に、その代わりの誰かに、という可能性が大きいだろうと思う。

なんとか、そう言う人の手の届かない場所、知られることのない場所へ逃げてくれるといいんだけど…

 そんなことを考えていたら、不意に外で金属のドアがガシャン、と音を立てた。誰か来たようだ。

拷問でも始まるのかな?いいじゃない、受けて立ってあげるよ。あたしは、そう思って、決意を固める。

こう見えたって、根性だけには自信があるんだ。なにをされようが、ヘラヘラ笑ってやり過ごしてやる。

どんなに殴られたって、あたしには喋ることなんてないんだ。とことんやられることは、覚悟しておかないと、ね。
 


「なっ…こっ、ここは!」

衛兵の戸惑ったような声が聞こえてくる。次に聞こえたのは、返事ではなくて、しーっと言う、息を吐くような音…

どうやら、拷問、ってわけじゃなさそうだな…なんだろう?

あたしはほんの少しだけ集中して、今入ってきたらしい誰かの気配を探る…

触れたのは、良く知っている、温かい感覚だった。でも、これって…

あたしがびっくりしている間にその人は鉄格子の向こうに姿を表した。

それは、姫様…ミネバ・ラオ・ザビ、その人だった。

「姫様!」

あたしが思わず大声を上げてしまったものだから、姫様は慌てた様子で人差し指を自分の唇に当てて

「しーっ!マライアさん、静かに!」

と言ってきた。あたしは続いて出そうになった言葉をなんとか飲み込んだ。

「姫様、どうしてこんなところに?しかも一人で、なんて…」

あたしが声を殺して聞くと、姫様はシュンとした表情をして

「マライアさん、ごめんなさい…私は、トラップ大佐にはなれそうもありません…」

と言ってきた。

逃げている最中に見た映画で、主人公のマリアと一緒に子どもたちを連れて逃げた、子ども達の父親で軍人のことだ。


姫様、もしかして…

「あたしを逃がそうなんて、思ってたの…?」

「はい…ミリアムに協力してもらえるよう頼んでも見たのですが、彼女は、その…」

姫様はそう言い淀む。うん、まぁ、そうだよね…わかってる…

「うん、それは…残念だけど、当然だと思う。姫様のことだってあたしは騙してた…」

「いいえ、マライアさんが私とミリアムを守ろうとしてくれていたのは本当でした。私には、分かります…」

「でも…でも、あたし…!」

「…ミリアムも、本当はわかっているのですよ…でも、彼女には許せなかったんです…

 本当のことを話していただけなかったのが。彼女のことは、私もあまり知っているわけではありませんが…

 シャアのようには、行きませんでした」

「シャア大佐に処分を任せるって言うのは、こうなることを見越して、だったんだね?」

「はい…シャアは優しい人です。優しくて、悲しい選択しか出来ない人なのです…」

姫様は、そう言って、またシュンと肩を落とした。

「…彼は、奪われたことしかないから…家族も名誉も、住むところも仲間も…愛した人でさえ…」

「はい…」

姫様の頬に涙が伝った。でも、すぐにそれを拭った姫様は、キッと厳しい表情を見せて

「ですが、だからと言って、あのような行為が赦されるなどとは言いません。

 私はこれから、シャアのところへ抗議しに参ります」

「そんな…いくら姫様でも、危険だよ!」

「マライアさんを私の想像通りにした、シャアの優しさに賭けてみようと思っていますよ」

姫様は、そう言って笑った。それは、あたしのよく知っている笑顔だった。

そう、まるで、アヤさんの笑顔みたいに、明るくて力強くて、それでいて優しい笑顔だった。
 


それからすぐに渋い顔をして

「マライアさんをここから出して欲しいとも言って見るつもりですが…」

と小さな声で言ってくる。あたしは、思わず手を伸ばして姫様の肩をつかんだ。

そばにいた衛兵が慌てて銃を構えるが、姫様が笑顔で下ろすように言うと、

彼は、少し戸惑った様子をみせていたけど、銃を下ろしてくれた。

「姫様…あたしのことは気にしないで。大丈夫だから…」

あたしは、姫様の目をじっと見つめてそう伝える。姫様は、少しして、ハッとした様子で

「はい」

と頷いてくれた。良かった…あたしのために、姫様に余計なリスクは負って欲しくない。

分かってくれたみたいで、良かった。

あたしは、姫様から手を放して、もうひとつだけ、

アヤさんと同じ、あの笑顔で笑った姫様に伝えなきゃいけないことを思い付いた。

「姫様。ヤバくなったら、逃げてね。逃げて逃げて、うまくいくタイミングを探すんだよ。

 それから、ね、これは、隊長の言い付けにはなかったんだけど…

 当たり前過ぎて、きっと言わなかっただけだと思うんだけどね。姫様、逃げて逃げて、逃げまくったその先で、

 タイミングが見つかったらそのときは、ためらっちゃダメ。

 誰かを傷付けることになっても、それでも、一度逃したそのタイミングは2度と巡ってなんて来ないから、ね…」

姫様は、あたしの話を真剣に聞いてくれた。そして、真剣に頷いてくれた。

良かった…姫様は、きっと大丈夫だ。あたしなんかが想像するよりももっとずっと強くて頭が回る。

何かあっても、必ずうまくやれる…。

「それでは、失礼します」

「うん、姫様。元気でね」

あたしの言葉に、姫様は、また笑顔を見せてくれた。

あたしはいつの間にかへばりついていた鉄格子の隙間から、

姫様の後ろ姿を、扉から出ていくまで、ずっと見つめていた。

姫様…無茶しちゃ、ダメだからね。絶対に、約束だから…ね。

あたしは、本当に祈るような気持ちで、心の中で、何度も何度も、姫様にそう語りかけた。彼女は、戦いに行くんだ。

地球の人のために、ネオジオンのために、クワトロ大尉のために、そして、自分自身のために…

そんなの、止められるはずはないじゃない。

あたしにできることと言ったら、姫様を安心させてあげて、もしものときは支援してあげること以外には、ない。
 


「おい、お前」

急に衛兵があたしに声をかけてきた。

言葉遣いは悪かったけど穏やかな口調だったので見上げてみたら、彼はクスッと笑って

「いいやつだな、お前」

なんて言ってきた。あたしは急にそんなことを言われたものだから返答に困っていたら、

彼はモゾモゾとポケットに手を突っ込んで何かを取り出した。

それは、板のチョコレートだった。

彼は包装紙をベリベリっと剥がすと半分ほどをペキっと折って、あたしに手渡してきた。

「あ、あの…ありがとう…」

あたしがお礼を言うと、彼は人懐っこい笑顔を浮かべて

「このコロニーじゃ、こういうのは貴重品だ。味わって食べろよ」

と言ってきた。

なんなんだろう、この人?あたしと姫様との話に当てられちゃったのかな?

そんなことを思いながら、チョコレートを口に含む。

甘くって、懐かしい風味が口一杯に広がって、気持ちを落ち着けてくれる。

彼も、チョコレートをひと欠片折ってそれを口に投げ込んでから

「俺は…ミネバ様とは長くてな。アクシズでは、警護班にいたんだ。だが…あんな笑顔は、見たことはなかった…

 あれを見りゃ、お前がミネバ様にとってどんな人間か、ってのは想像くらいつくさ」

としんみりとした様子で言った。変な人。あなただって、たぶん、かなりのお人好しだよね。

あたしは、なんだかすっかり和んでしまった。

 


「あたしは、マライア・アトウッド。あなたも良い人だね。

 姫様は、きっと、あなたがここで警備してるってのを知ってて、ここに来たんだね」

「ははは、そうだと、光栄ではあるんだろうな」

彼は、すこし照れた様子で、声を上げて笑う。

「あなた、名前は?」

「あぁ、俺か?俺は、ジョニー・ササキってんだ。うちの家系は、男にはジョニーと名付けるって決まっててな。

 実は親父もじいさんもジョニー、俺の息子もジョニーなんだ」

彼は、そんなことを言ってわははと笑い出す。聞いてもいないのに家族の話だなんて、本当に変わった衛兵だ。

でも、本当に良い人なんだろうな。こういう人に出会えると、自分のしてることが間違ってないんだって思える。

敵とか味方じゃない。あたし達は、こんなところでだって分かり合える可能性だってあるんだ。

敵が相手だって、仲良くなれる。戦争の中でも人を助けることって、この可能性を紡ぐことなんだって、そう思える。

13年前、ジオン兵達を逃がしていた隊長がしていたみたいに、ね。でも、だけど、さ…

「良い名前だね」

「はは、そうかい?」

「うん。それに、あなたもとても良い人だと思うよ!あたし、ちょっと感動しちゃった。

 …だから、ちょっと申し訳ないんだけど…その、ごめんね」

「え?待て、どういう意み…ぐっ」

疑問を投げ掛けようとした彼の上に黒い塊が落ちてきて、そう鈍い悲鳴を上げて床に沈み混んだ彼は気を失った。

彼の上に落ちてきた黒い塊が、むくりと起き上がって、あたしの閉じ込められていた鉄格子の前に立った。

「まったく、無茶はするなと、あれほど言っておいたじゃないですか」

「遅いよルーカス!」

あたしがそう言ってやったら、彼は、ちょっぴり不満そうな表情を見せてから、それでも、笑った。

「さて、とっとと行きましょう。相当ヤバイことになってます」

ルーカスは気を失った衛兵から独房の鍵で鉄格子を開けながら、表情を引き締めて、そう言った。
  



つづく。


どうでもいいゲストさんを連れてきてしまいましたw
 

いつも下痢に悩んでる見張り役のジョニーじゃないかwwwwwwww

吹いたwwww


ゲストワロスww
腹の調子は大丈夫か?

遂に宇宙進出したのか•••



ジョニーさんに敬礼!w

マライアに段ボール被るフラグがたちました

ルーカスが段ボール被ってたんだろ(適当

ルーカスはサイボーグ忍者ポジだろ

「 ! 」 ティン!

これ読んでたら急に腹が…

俺もマライアちゃんに罵られたかった…
シャアめ、羨ましいやつ…!

レス感謝!!
ジョニーが思わぬ反響を読んでいる…www
でも、言っておくけど、彼はガンダム関係ないよ?←

>>181
シーマさんに頼んでおくね!w


短いけど、続きです。


「ア、アクシズを、地球に!?」

独房の天井裏から建物の外に抜け出たあたしは、ルーカスが隠れ家にしていたビルの地下室にいた。

そこでルーカスからの話を聞いて、思わずそう声を上げていた。

「ええ。すでに、相当数の部隊がここを離れて、アクシズ警護にあたっています。

 今は暗礁宙域に隠蔽してありますが、おそらく、そろそろ動き出す時期かと…」

ルーカスは、あたしがクワトロ大尉からの依頼を受けたその日に、ここスィートウォーターへ経った。

あたしが頼んで、こんなところに先行して潜入してもらっていた。

事実上の宣戦を布告したネオジオンが、地球に滞在していた姫様を秘密裏に回収する…考えれば、何かをしでかす可能性は簡単に導き出せる。

まさか、あんなに早くに5thルナを落とすなんてことをするとは想像の域を超えていて、こんなことになっちゃったけど…

「クワトロ大尉は、アクシズだけじゃなく、地球圏に浮かぶ資源衛星を地球に落として、地球に氷河期を繰り返させようとしています。

 あの星から、人を追い払うために…」

あたしは、思わず握り締めた拳でテーブルをぶん殴ってしまった。

あんの、バカ!しばらく見ないあいだに、どうしてそうもひねくれられるのよ!

「対策は?」

「既に、ロンドベル隊には連絡を入れました。俺の方は、あとは、戦艦のいくつかに工作をして、発進を遅らせています。

 こんなコロニーです。整備が行き届いているとは言い難い。工作していない艦もいくつか、トラブルを起こして出港できなかったり、

 引き返して来たりしている状況ですから、まだ、それほど怪しまれているとは思いませんが…」

「地球側の防衛ラインはどうなってるかな…ロンドベルからの情報で、連邦正規軍が動いてるかどうか…

 ただでさえ、トップダウンじゃないと動けない組織じゃん。

 絶対に初動は遅れる…最悪の場合、ロンドベル隊だけで、ネオジオン全軍を相手にしなきゃいけなくなる…」

状況は、芳しくない。

ここにあるモビルスーツや戦艦をいくら壊したって、もう既に出発してる部隊もいるわけだから、増援を絶てるのは利点だけど、

それだけじゃ、十分じゃない。ここにいるあたしたちが、もっと致命的な打撃を与えられるとすれば…

「もっと確実に、ネオジオン全体の足を止める必要が、ある…」

ルーカスがそう言って、あたしを見つめてくる。あたしの中に、答えがあるのを彼はわかっているんだろう。

「彼を、暗殺するしか、ない、か」

「それが、取りうる中で、最善の方法でしょうね。すでに、連邦の諜報班もここに入っているようです。

 目的は、定かではありませんが…単なる情報収集ってわけでもないでしょう」

あたしが口に出したら、ルーカスもゴクっと唾を飲んで、頷いた。


「あたしがやるにしても、その諜報班がやるにしても、簡単じゃないよ。彼だって、ニュータイプ。

 忍び寄って、喉元にナイフを突きつけるわけにはいかない」

「狙撃も、まぁ、同じでしょうね」

「やるとなったら、あたしが刺し違えるつもりでやれば、もしかしたら…」

「大尉!」

あたしがそんなことを口走ったら、ルーカスが大きな声を出した。思わずビクっと体が反応してしまった。

もう、大きな声はやめてって、付き合い長いんだからわかるでしょ!?って言ってやろうかとも思ったけど、やめた。

あたしが妙なことを言っちゃったからだ。

「ごめん、ちょっと言ってみただけだよ。大丈夫、そんなことしたら、あたし生きてたとしたってアヤさんに殺されちゃうだろうし…

 まだ、死にたくなんてないしね」

あたしがそう言って謝ったら、ルーカスはフン、と鼻をならしてため息を付いた。ごめんって、ルーカス。

しないしない、そんなこと、絶対にしないって。

「…わかりました。で、それなら、説得は効きませんかね?あなたの言葉なら、あるいは…」

ルーカスが気を取り直してそう話し始めた。でも、うーん、また怒られそう…

「いやぁ、5thルナも落としちゃってるし、もう無理だと思う。散々罵倒してきちゃったしね」

「またですか?長生きしませんよ、大尉」

ルーカスはそう言ってため息を付いた。あたしは、えへへと笑ってあげてから

「ごめん。5thルナの件で、血が上っちゃってて、さ」

と言って頭をボリボリかいた。ルーカスはもう呆れ顔だ。

まぁ、でも、本当に一歩間違えちゃったら、間違えなくたってあれ、あの場で殺されててもおかしくなかったよね、正直。

冷静に考えたら、5thルナを落とすような人だ。

いつまでも、グリプス戦役の頃の彼だと思っていたあたしに、読みの甘さがあった、と言われたら、反省の言葉もない。

 「とにかく、どうするんです、対応策。無茶のない範囲で」

ルーカスは、あたしが悪びれるのを見てか、話題を変えてくれる。もう、優しいんだから。そんなことを思いながらあたしは思考を走らせる。

 クワトロ大尉の暗殺は、難しいだろうな。彼だって、歴戦のニュータイプだし、こっそり忍び寄るのは無理だと思う。

それでなくても、あの警備体制をかいくぐるのは簡単じゃない。そっちは、無理だとは思うけど、連邦側の諜報班に任せよう。

 それなら、あとは防衛側の戦力が整う時間稼ぎ、か。

5thルナのときと同じだなんて芸がないけど、それくらいしかできそうにないし、

それくらいでもしておけば、止められる可能性は多少でも上がるかもしれない。

それに、姫様のことも気がかりだ。クワトロ大尉に手を出されてなければいいけど…変な意味じゃなくて、ね。

 「足止めするしかなさそうだね。あたしが残って、妨害工作を引き継ぐよ。ルーカスはすぐにここを離れて」

「…また、無茶をする気ですか?」

ルーカスがジト目であたしを睨んできた。だから!ごめんって!

「しない!しません!アヤさんとレナさんに誓って、絶対にしません!」

あたしは立ち上がって、ビシっと敬礼をしてそう言った。それから

「でも、危険なことをしなくたって、撹乱工作はあたしの十八番だからね。任せてよ。ルーカスには、最後の手段の準備をお願いしたいんだ」

と改めて言う。隊長譲りのアイデアはいくらでもあるし、あたしが編み出した方法だって、ごまんとある。

それは、ルーカスが一番よく知っているはずだ。


「最後の手段?」

ルーカスがあたしの言葉を促す。

「そう。最悪のときは、あたしとルーカスとで、懐からネオジオン艦隊を攻撃できる体制を整えて置きたいんだ。

 あんまり気の進むやり方じゃないけど、ロンドベルと連邦の防衛ラインが出来上がる前にアクシズがたどり着きそうだったら、

 それが一番効果が上がると思う」

「まさに、決死隊、ってわけですか」

「そうでもないよ?撃っては逃げる。まともにやりあう必要なんかはない。

 艦の機関部に一発ずつでも当てながら逃げ回れば、それだけで相当の時間は稼げる」

「確かに。ただ、そんなことをするとなれば、廉価機なんかじゃ、役不足ですね」

「リ・ガズィ、だっけ?あれがあったらいいんだけどなぁ」

Ζガンダムは、グリプス戦役以来、あたしのお気に入りだ。

確か、アムロはあれのマスプロダクションモデルの試作機に乗っていたって話だから、そのシリーズを譲ってもらえるといいんだけどな。

技術的にはもうずいぶんと型落ちだけど、それでもまだまだ機動性なら負けてはないはず。

少なくとも、アムロはリ・ガズィで戦果を挙げられている。

アムロにできて、あたしにできないって理屈はないよね、もちろん、アムロほどやれるってわけじゃないけどさ。

 「なるほど、先にここを出て、ロンドベル隊と連携しろ、と」

「そういうこと。内からと外からの同時攻撃は、なによりも効果的でしょ?」

あたしの言葉に、ルーカスは腕組みをして唸る。納得はしてくれているみたいだけど、やっぱり、引っかかる、よね。

 しばらく、そうして悩んでいたルーカスだったけど、不意に顔を上げて、半ば諦めたみたいな表情であたしを見つめてきた。

「分かりました。その案で行きましょう。連絡のために、近くにロンドベルの偽装艦とMS部隊が来てくれてます。

 俺はそっちと合流して、一度、キャプテン・ブライトに会ってきますよ」

「うん、よろしく」

「ですけどね、大尉」

胸をなでおろしかけたあたしに、ルーカスはキッときつい視線を浴びせかけた。それから、鋭い口調で

「今度無茶したら、アヤさんに言いつけますからね」

と宣告してきた。

 な、な、なんて、なんて残酷な宣言を…!

そんなことされたら、あたし、アヤさんに半殺しに遭うか、レナさんに鎖でぐるぐる巻きにされて納屋に監禁状態になっちゃうかもしんないじゃん!

ホント、やめて!それだけは絶対にやめて!

「わ、わかったよ、ルーカス!だから、絶対に内緒ね!?絶対だよ!?」

おろおろしちゃって、すがりつくみたいにしてそう言ったあたしを見て、ルーカスはやっと、ニヤっと笑ってくれた。
 


つづく。

CCA編後半戦、マライアサイド、スタートです。
 



これからアムロ達と真正面からやりあわなきゃならないって時にマライアに掻き回されるとは
シャアさんも苦労が絶えないねw

Ζ余裕で乗りこなせるマライアじゃあリ・ガズィには満足できないだろうなぁ

>>187
感謝!
彼は、どうしたかったんでしょうね…

>>188
リ・ガズィってZよりもダメなんですかね?
廉価版ってイメージがありましたけど、性能が落ちてるってイメージはなかったです…


そんなこんなで、小出しに続きです。
 


 あたしは、ルーカスと話を終えてからすぐに、彼のポータブルコンピュータを貸してもらって、急いであのビルの中の警備システムに潜り混んだ。

たぶん、ビルの中ではあたしの脱走は知れ渡っていると思う。

そんなところへ潜入するなんて、さすがに危険が大きすぎる。

クワトロ大尉に近づくなんて、一層危ない。

それでなくても、あのビルの中には、複数人のニュータイプ能力者がいる気配があった。

もちろん、微かな間隔だったから、能力の強弱はわからないけど、

でも、そんなところへ潜り込むには、あたしの感情という感情を消していかないといけない。

それこそ、何年か前、姫様の影武者のメルヴィを逃がす時に戦った、あの人工知能みたいに、ね。

そんなこと、できるはずない。だって、あたし、ビビリだし。

緊張しない方が無理な話だ。緊張なんかしてたら、一発で感じ取られてしまうだろう。

 でも、姫様のことは気になる。だから、こうして、ビルの警備システムにアクセスした。

これなら、監視カメラの映像も、音声付きのやつなら会話までバッチリ聞かせてもらえる。

雲行きが怪しくなったら、遠隔操作で警報でも鳴らして、撹乱させて姫様を援護してあげることくらいはできそうだし、ね。

本当は、行ってあげたいんだけど、さ…

 そんなことを考えながら、キーボードを叩く。ほどなくして、いくつかの監視カメラの映像が拾えた。

音声も入ってる。ラッキーだね。

 あたしは、映像をひとつひとつ確認しながら切り替えていく。すぐに、クワトロ大尉の部屋の映像は見つかった。

クワトロ大尉と、姫様が映っていたから、ね。

 姫様の周りには、衛兵がたくさん。どれも、姫様のお付きの兵士みたいだ。

クワトロ大尉の方は、警備すらつけていない。少なくとも、あそこで姫様に何かしようって気はないみたいだ。

 二人は映像の中で何かを話している。

あたしは、イヤホンをつないでコンピュータの音量を上げた。
 



<アクシズは、もう、止める気はないのですね>

<はい。これはすでに、私一人の意思ではありません。ネオジオン、いや、全スペースノイドの意思と言っても良い>

<あなたの独りよがりではありませんか!>

<彼女と、同じことを仰るのですな>

<…マライアさんのことですか?>

<…独りよがりではなく、道化です>

<あなたの意思ではないと言いたいのですか?>

<いいえ、そうではありません。私自身が、スペースノイドの体現なのですよ>

<思い上がりです!>

<思い上がりなどではありません。私は、私の運命を呪っている>

<…?!>

<私とて、このような非道は好むところではありません。ですが、私はやらなければならないのです>

<ジオン・ダイクンの子であるから、ですか?>

<いいえ。私が、シャア・アズナブルであるからです>

<…あのパイロットですか…?連邦の、確か、アムロ・レイと言いましたね?>

<…彼については、もっとも個人的な部分ではあります。ない、と言えば、嘘になるでしょう。

 独りよがりと言われても、仕方がない。>

<…?まさか、マライアさんを私のところへ送ったのも…!>

<お察しの通り、なのかもしれません>

<…!あなたは、マライアさんがロンドベルと内通することを分かっていたのですか?

 彼らに、自分自身の行動を止めてほしいと願っているのですか!?

 そう思うのなら、なぜ自分自身でやめないのです!?>

<…もはや、割り切れるものではないのです。スペースノイドの意思と私自身の劣情が同一化してしまっている。

 キャスバル・レム・ダイクンとしての私に、いかほどの力もありません>

<…それは違います、シャア>

<…?>

<あなたは、私のバイオリンをほめてくれました。

 あれは、確かに、私の知っているシャア・アズナブル…あなたでした。

 キャスバル・レム・ダイクンではなく、やさしい、シャア、あなたでしたよ>

<…!>
 


<あなたは、私のバイオリンをほめてくれました。

 あれは、確かに、私の知っているシャア・アズナブル…あなたでした。

 キャスバル・レム・ダイクンではなく、やさしい、シャア、あなたでしたよ>

<…!>

ピーッ、ピーッ

<私だ>

<大佐。レウルーラの出航準備、整いました>

<よし、すぐに行く。ギュネイにクェスの面倒をみるよう伝えてくれ。それから、ジンネマンをここへ>

<はい>

<シャア!>

<ミネバ様を応接室にお連れしろ。有事に備え、スィートウォーターから一時退避していただく。

 今後は、諸君らもジンネマンの指示にしたがえ>

<待ちなさい、シャア!>

<ミネバ様>

<…!?>

<…生きて戻ることがあれば、そのときには、またあのバイオリンを聞かせていただけますか?>

<…シャア>

<ミネバ様。私のように、人を恨むことしか出来ぬ人間には、なるべきではありません。

 どうか、気を付けていただきたい>

<私は…!私はなりません…シャアや、ハマーンが…!優しくしてくれたから…だから、あなたも…!>

<すぐにお連れしろ>

<はっ!>

<やめなさい…!離して…離しなさい!シャア!シャア!!>

バタン

プーッ プーッ

<私だ>

<大佐、ジンネマンが到着しました>

<わかった。すまないな、ナナイ>

カツカツカツ、ギィッ、パタン

 


 あたしは、絶句していた。クワトロ大尉…なんでなの?どうして、どうしてあなたは、そうなのよ…!

そこまでわかっていて、そこまで考えていて、どうして、どうして何もできないのよ!

過去がどうかこうとか、いつまでとらわれてるのよ!どうして、何もしようとしないのよ…

バカだよ、あなた、バカでビビリで、情けないよ…まるで、まるで昔のあたしみたいじゃない…!

辛いことから逃げて、一番戦わなきゃいけないことと戦わないで…

結局、自分でその尻拭いをしなきゃいけなくなってるだけじゃない…自分で自分の首を絞めてるだけじゃない!

もっと他に方法なんてたくさんあるのに…バカだよ…ほんとに、バカだよ…

 気が付けば、あたしは自分の目から大粒の涙をこぼしていた。

彼にこそ、アヤさんみたいな人が必要だったのかもしれない。

厳しくて優しくて、でも、全部を受け止めてくれるような、アヤさんみたいな人がいたら、彼は…

もしかしたら、もっとちゃんと、違う道を歩けていたかもしれない…

どうしてあたし、グリプス戦役のときに気が付いてあげられなかったんだろう。

あのときに、彼を助けてあげることができていたら、そうしたら…

「大尉、夜食とコーヒー、持ってきましたよ」

ギィっとドアを開けて、ルーカスがサンドイッチとコーヒーの入ったポットを乗せたトレイを持って、部屋に入ってきた。

ルーカスはあたしを見て、目をパチパチさせて聞いてきた。

「た、大尉…?ど、どうしたんです…?」

「ううん…ちょっと、バカが居たんだ。本当に、救いようのない、バカがいたんだよ…」

あたしはそう返事をして、ルーカスからトレイを奪い取ってテーブルに置き、手が空になったルーカスの胸に顔をうずめた。

「大尉にバカだと言われるだなんて、そいつも、憤慨するかもしれませんね」

ルーカスは、そんな軽口をたたきながら、それでもあたしの体に腕を回してくれた。

ルーカスの体温が伝わってきて、心の中で、何かが一気に崩壊する。

胸の奥から混みあがってくる爆発しそうな切なさにおぼれて、あたしはしばらく、ルーカスの腕の中で泣いていた。

 それから、ずいぶんして、やっと泣き止んだあたしを、ルーカスは解放してくれた。

あぁ、まーたルーカスのシャツを涙と鼻水でべっちょりにしちゃった。

そのことに気が付いて、ルーカスの顔を覗き込んだら、やっぱり、苦笑いされちゃった。

いつもごめん、ルーカス。

ルーカスの腕の中は安心するんだよね、アヤさんの次に、だけど。

 


 「さて、それじゃぁ、行きますか。大尉の分の装備は、その箱に収めてあります」

ルーカスはそういって、部屋の隅にあった箱を指さす。

「オッケ、ありがとう。ルーカスは、どうやってここから出るつもり?」

あたしは、箱の中身を確認しながら聞いてみる。

「俺は、5ブロック先にある、外壁点検口を使って外に出ます。

 ランドムーバーですこし行けば、デブリに偽装したロンドベル隊の小型シャトルが浮いてますんで」

「そっか、それなら、危険もあんまりなさそうだね」

ルーカスの言葉にあたしは安心した。

敵中突破になるようなら、先にそっちの援護が必要かなと思ったけど、大丈夫そうだ。

「大尉は、どうするんです?」

今度はルーカスが聞いてきた。

「あたしは、レウルーラって艦へ行ってみるよ。

 旗艦にトラブル起こさせて足並み乱せば、それが一番、痛いだろうからね」

着ていたシャツを脱いで、箱の中に入っていた黒いアンダースーツに着替える。

ノーマルスーツの下に着ておくと、保温性能と運動性能を上げてくれる最近開発されたビックリスールだ。

フィット感が高くて、着ている感じがしないくらい、軽いのも、良いポイントだよね。

 


 「あ、あの、大尉…」

ズボンを脱いで、全身タイツのようなアンダースーツに足を通していたら、

ルーカスがなんだか、戸惑ったみたいに、そうあたしを呼んだ。

「なに、ルーカス?」

「せめて、俺が出てってから着替えてくれませんかね…」

ルーカスは、イスに座ったまま、首を横に向けて明々後日の方向に視線を逸らせている…

あ、やばい、今の、全然無意識だった…

ルーカスが居るのに着替えをはじめちゃうなんて…

それに気が付いて、あたしは顔が熱くなってくるのを感じた。

「み、見た…?」

「そ、そりゃぁ、急に、だったもんで…その、黒、でしたね」

「よし、処刑する」

「なっ…!り、理不尽だ!」

「だったら、出て行って!」

あたしは、思わず脱いだズボンをルーカスに投げつけていた。

「言われなくても、そうしますよ!」

「最初からそうしてよ!」

あたしは珍しくルーカスとそんな間抜けな言い合いをしてしまった。

うぅ、失敗した…ハグしてくれてたから、油断しちゃったんだ…どうしよう、恥ずかしい…

 そんなことを思いながら、あたしは、アンダースーツを着終え、さらにその上からノーマルスーツを着込む。

ノーマルスーツを着込んだら、装備品一式を身に着けて、最後に、すこし大きめの作業着を着て、完了だ。

 準備が終わったので、ルーカスを改めて部屋に呼び込む。

ルーカスも表で着替えを終えていたようで、あたしと同じ作業着姿に、

ノーマルスーツのヘルメットやその他の装備の入ったバッグを抱えていた。

 ルーカスも、なんだか、顔が赤い。あたしは、と言えば、ルーカスの顔が見れなかった。

「じゃ、じゃぁ、行きましょう」

ルーカスが、変に上ずった声で言ってくる。

「う、うん」

あたしも、なんとかそう返事をして部屋を出た。

 まったく、失敗しちゃったな…ほんとは、明るくしてたかったのに…

こんなんじゃ、お互いに気合い入らないじゃない、もう。脱出口につくまでに気分変えて、気持ち入れ替えておかないと、な。

 あたしは、ルーカスの後ろにくっついて歩きながら、そんなことを考えていた。
 



つづく。


大佐と姫様の最後の会話、の勝手なイメージ。
 


あのマライアたんがルーカスとラブコメやるとはねw

>>189
シャアが何を考えているか……
劇中のセリフ「アムロ、私はアコギな事をしている。近くにいるのなら感じてみせろ」
これに尽きるのでないかと。
地球のため人類のためスペースノイドのため等々の主張も最終的には
「アムロに共感してもらいたい」というワガママに収束してる気がする。
ララァ亡き後、シャアの事を心底理解できる(アルテイシア以上に)のはアムロだけ。
主張は正反対なのにお互いのことはよく理解しているよね。
1stでもCCAでも(演出とはいえ)最終決戦での短い会話で驚くほどお互いの理解が進んでいる。
だからアムロとの邂逅を邪魔するのならば、これからマライアがやるだろう事はシャアの逆鱗に触れるかもしれないね。
そう考えるとミネバに関してはなにか特別な感情を持ってるのかな?
立場的な共感?ジオン家最後の娘アルテイシアの投影?

ゼータについて
Ζは操縦系が非常にピーキーだとのことなので、じゃじゃ馬乗りのマライアさんは大人しいリ・ガズィより好みなんじゃないかな?

我ながら長すぎキモイ

まだ着替えで赤くなる関係なのか
ルーカスヘタレだな

ルーカスゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥウ!!





そのシャツください


2ヶ月ぶりに追いついた
相変わらず面白い??

それにしてもマライアちゃん、すっかり主役が板に付いたねぇw

連投すみません
ID違いますが>>200をレスしたものです
ひどい文字化けしてたので訂正

×相変わらず面白い??
○相変わらず面白い!!

申し訳ないですorz

>>197
感謝!
不思議とくっつかないこの二人ですw

シャアについては、同感です。
彼はアムロたんに分かってほしいんだと思ってます。
でも、ヤンデレで構ってちゃんなので
「もぉ!あたしのこと受け入れてくんないんだったら、知らないよ!アクシズ落としちゃうぞ!」
ってことになってたんだろうなぁ、とw
でも、そこはもういい大人なので、前回書かせていただいた通り、
>>「スペースノイドの意思と私自身の劣情が同一化してしまっている」
とかなんとか言って、正当化しようとしているのかな、と。

リガズィって、操縦性改善が図られてるんですね…
ビンカンなゼータが好きなマライアたんにとっては物足りないでしょうなぁ
まぁ、たぶん、リガズィ乗りませんけどw


>>198
なんでくっつかないんでしょうね、この二人

>>199
つ[ギュネイのパンツ]

>>200
感謝!!
二か月ぶりにおかえりなさい!

好評いただき嬉しい限りです。
環境依存文字、ドンマイですw



つづき行きます!

マライア、潜入!
 

 「ルーカス、ルーカス、聞こえる?」

<感度良好です、大尉。どうしました?>

「レウルーラ級を見つけた。そっちは?」

<今、外に出るところです>

「了解、じゃぁ、無線はしばらくお預けだね」

<そうなりますね。無事にもぐりこめたら、連絡をください。

そのころにはこっちも、シャトルと合流できているころだと思いますんで>

「うん、了解。気を付けてね」

<大尉こそ。今度は、ヘマしないで下さいよ>

「うん、わかってる。あたし一人なら、どうとでもなるから、大丈夫」

<ははは、そうでしょうね。それじゃぁ、気を付けて>

「うん、またね」

あたしは、そうルーカスと言葉を交わして、無線を切った。

眼下には、ネオジオン軍の旗艦、真っ赤に塗装されたレウルーラ級戦艦が最後の点検を行っていた。

港の中の格納庫の天井裏から、あたしはそれを眺めている。

タイミングを見て、あの艦に取り付いて、点検ハッチか、砲台の隙間から、艦内にもぐりこむつもりだ。

ユーリさんを助けに入ったときと同じ手法だけど、今回は戦艦が移動をはじめちゃうかもしれない。

ランドムーバーは背負っているけど万が一投げ出されたら大事だし、

取り付くタイミングが遅れようものなら、船体に弾き飛ばされてミンチになっちゃうかもしれない。

そうならないためにも、なるべく早くに艦内じゃなくても、隔壁外の部分にでも良いから隠れておきたいんだけど…。

 そんなことを考えて、隙を窺っていたら、格納庫にいた面々が、一様にあわただしく動き始めた。

と、思ったら、ノーマルスーツを着込んだ一団が入ってきて、それを取り囲んだ。

 あれは、クワトロ大尉…?それに、数人のパイロットも一緒だ。

距離があるし、人もたくさんいるから、大丈夫だと思うけど…気配、漏れ出ないように気を付けておかなきゃ…。
 


 大尉たちが戦艦に乗り込むと方々のハッチが確認とともに次々と閉まり始める。

そろそろ、頃合いかな・・・あたしは、天井裏から抜け出た。

さも、確認作業中です、と言わんばかりの身振り手振りで、戦艦に近づいていく。

それから、そっと艦橋の影に隠れて、そのまま船の腹側に回って、下をへばりつく様にして下側後方の砲台を目指した。

真っ赤な装甲を滑って行った先に、対空機銃が見えてきた。口径の大きいタイプだ…あれは、狙えそうだな・・・

あたしは装甲に2、3度手を着いて、体の速度を落とし、対空砲へと取り付いた。

工具を取り出して手早く点検口を開けると、グッと体をその中に滑り込ませた。

中は狭かったけど、体を捩って向きを変えて、点検口を閉じ、入ってくるときに開けたビスを閉めなおした。

 ふぅ・・・良し。ここまでは、大丈夫。

あとはこの機関部を抜けて、なんとか居住区かどこかの天井裏にでも潜り込めると良いんだけど。

さすがに、妨害工作をしながらギリギリまでここで隠れてるのは、いろんな意味できついし、ね。

 あたしは、物音と気配に気をつけながら、機関部を進んでいく。

エンドラ級には、装甲の内側に狭い点検用通路があったけど、この艦はどうだろう。

確か、エンドラ級とレウルーラは、そもそもの開発系統が違うから、

前回の潜入があんまり参考にならないのが、痛いところだ。

時間もなくて、事前に図面も仕入れられなかったしな・・・どこか、繋げそうなコンピュータがあればいいんだけど・・・。

 機関部の、たぶん、給弾装置だろうけど、そこに寄りかかっていたら、グンと軽いGが掛かったのを感じた。

レウルーラが出航したんだ。のんびりしてると、まずいね。ここから地球圏までは、1日かからないはず…

せめて、あと2日は時間を稼いでおきたいけど…狙うなら、エンジンかな?

でも、爆発させちゃったら、あたしも無事じゃすまないしな…オーバーヒートくらいでとどめておけるかな。

あたし、ミノフスキー物理学とか分からないんだよなぁ。

モビルスーツを鹵獲されないように自爆させる方法しかわからないけど…どうしよう?

あぁ、アリスさんにそこんところの講義をちゃんと受けておくんだったなぁ。

まぁ、聞いても分かんなかっただろうけど、さ。
 


 あたしは、そんなことを、機関部を進みながら考える。

やっぱり、物理的な破損を起こさせるのは、あたしには無理だ。

知識ないし、下手したら、宇宙で木端微塵になっちゃう。

あたしがしたいのは、戦いを止めること。クワトロ大尉を殺したいなんてこれっぽっちも思わない。

殺すどころか、ぶん殴ってペンションに引きずって行って、1年くらい監禁してあげたいくらいなんだ。

 物理的なトラブルじゃなければ、あたしにできることは、ひとつだ。

どこかで艦の制御系のコンピュータを見つけて、システムに侵入してエンジンを止める。

それからシステムを壊しちゃえば、復旧にはかなりの時間を必要とするはずだ。

もちろん、バックアップへのアクセスパスも少し手を加える必要がある。

できたら、バックアップシステム自体も壊せればかなり有効打になると思うんだけど…

基幹システムのバックアップって、だいたい、オフラインになってたりするんだよね。

有事の際にだけ、物理的に接続するようになってるのが多いから、そっちはあんまり期待できないかな。

とにかくコンピュータを探さなきゃ。いや、やっぱりその前に隔壁の中に入りたいかな…

さすがに、ずっとここにいるのは不安だし、正直言うと、食事とトイレの心配が一番大きいから、ね。

 そうこうしているうちに、あたしはグオングオンと重い振動をしている大きな箱を見つけた。

こっちは空気がないから音は聞こえないけど、進んで行くのに手を置いてみたので気が付いた。

 これは…空調の一部、かな?近くにダクトがあるだろうけど…

直接手を出したら、内圧で吹き飛ばされるよね、間違いなく。

やっぱり、二重隔壁になっているところからじゃないと侵入できない。

他を当たろうか…そう思って、そこからまた機械の間を縫って進む。

 するとその先で、あたしはダクトが数本、規則的に並んでいるのを見つけた。

ちょっと、がっかりした。

どうやら、これを使うしかないみたい…あぁ、イヤだなぁ…

最悪の場合はと思って覚悟はしてたけど、まさか、ここで出会っちゃうなんて…。

 あたしは、そう思いつつも、ここが一番安全で手近だから、と心を決めて、ランドムーバーを取り外してダクトに付いていたパネルのボルトをゆっくりと緩める。

フシュッとエアーが噴き出して、すぐに収まった。さらにボルトを緩めて、パネルを外す。

ダクトの中は、50センチ四方程度の管状になっている。

あたしは、そそくさとそこに体をねじ込んで、狭い空間で向きを変えて、内側からボルトを固定し直した。

その管の中を少し上がっていくと、すぐに向こうに明かりが見えた。

そこには、強化ガラスで出来た、二重の窓が付いている。

あたしはナイフを取り出して、管と窓の間にそれを突き立てる。

この二重の窓は、管との境目がパッキンになっていて、ナイフをねじ込んで空間を作り気密を失うと、本当にただの蓋になる。

思った通り、プシュン、という音とともに窓が微かに浮いた。

それを押し上げて、もう一枚の窓の方のところにもナイフを突き入れ、同じ要領で気密をなくさせる。

ナイフをしまいこんで、管の中で足を突っ張り、全身の力を込めて二枚の窓を押し上げた。

メキっと言う鈍い音がして、窓が開いた。あたしは管を這って行って、50センチ四方くらいのその窓から抜け出た。
 


 抜け出た先は、トイレだった。もちろん、あたしが出てきたのは便器の中。

汚物は宇宙に放り出すのが半ば常識だ。

トイレは、まず、個室がひとつの隔壁になっていて、

さらに便器の中、用を足すときは自動的に開く今こじ開けた2枚の窓も隔壁替わり。

さらに、この管を降りて行った先に、もう2枚隔壁がある。

用を足し終わって、ボタンを押すと、その隔壁が開いてエアーと一緒に“出したもの”が吹き飛んでいく仕組みだ。

頻繁に、直接宇宙空間へとつながる部分だけに、これだけの隔壁が設けられている。

だけどその分、一枚一枚が頻繁に開閉できるようになっているのも事実…だから、侵入するときには、開けるのも楽だ。

 まぁ、こんなトコ、通りたくなかったんだけど…贅沢は言っていられない。

あたしは、個室から出た。出たところで、あたしはバッタリ、ネオジオンの軍服を着た女性と出くわしてしまった。

 個室からノーマルスーツで出てきたあたしに、彼女はびっくりしている。

あたしは、と言えば、ここが女子トイレで良かった、とどうでもいいことに安心感を抱いてしまっていた。

「ちょ、ちょっと、あなた、大丈夫…?その、なんかいろいろと付いてるけど…」

彼女は、あたしの全身を眺めまわしてから、おどおどした様子でそう言ってきた。

そりゃぁ、ね。いくら出した物を外に吹き飛ばす、って言っても、いろいろとこびりついてたり残ったりはしてるよ、ね。

 彼女に指摘されたら、なんだか泣きたくなってきた。

「誰かが、最終隔壁を開け忘れてた…便座の中の隔壁開けたら、噴き出してきて…」

実際は、管の中の気圧は外よりも低く設定されるはずだから、そんなことはないんだけど、まぁ、そう言うことにしておこう。

 あたしが言ったら、彼女はなんだかとっても悲しい顔をした。それから

「そっか…ノーマルスーツ着ておいて良かったね…」

なんてことを言ってくれる。ノーマルスーツ着てたから、通ろうと思ったのは事実だけど、ね。

「あの…あなたが済んだら、でいいんだけど、良かったら、クリーニングルームまで連れて行ってくれないかな…?

 こんな姿で、艦内うろついてるところを誰かに見られたくないんだ」

あたしが言ったら、彼女はまた深刻な顔をしてうなずいて

「分かった。任せて」

と言って、そそくさと別の個室の中に入って行った。

 彼女の先導してもらって、誰にも見られずにクリーニングルームに辿り着ければ、

あとはノーマルスーツを洗浄するフリをしてどこかに潜んでしまえばいい。こうなったら、この状況をトコトン利用しよう。
 
 それにしてもあの子、良い子だな。騙しちゃって、申し訳ない気持ちになってきた。

なんてことでチクチクと小さく胸を痛めていたら、ふと、ミリアムのことを思い出した。

彼女、今頃はまだスィートウォーターに居るのかな?

もしできたら、許してくれなくっても、もう一度、誠心誠意、謝っておきたいな…裏切って、傷つけちゃったし…ね。

 そんなことを考えている間にすぐに個室が開いて、さっきの子が出てきた。

「お待たせ。私が先に行くから、着いて来てね」

そう言った彼女は、洗った手を拭いていたハンカチを口元に当てた。

 臭うんだな、やっぱり…なんだか、悲しい気持ちになって、本気で泣きそうだった。
 



つづく。


マリオの地下ステのBGM

便器から抜け出る際には、土管のSEを脳内再生してくださいw
 

うんこー

乙、ところでこのスレもう使わねえの?要らないならHTML化した方がいいかと

ジオン女性士官「また、生きて会いましょう」学徒兵「ええ、必ず」
ジオン女性士官「また、生きて会いましょう」学徒兵「ええ、必ず」 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1379074159/)



こんな汚れ役(物理)をこなせるのもマライアさんならではだねw

おつおつ

クリス<ごめんなさい、汚れ役を押し付けるような形になって>

地球で既にフラグ立ってたんだな

バレてないからいいが侵入早々顔を見られてるのはまずくないだろうか
まさかうんちのインパクトでごまかすのも作戦の内!?

バレてないからいいが侵入早々顔見られてるのはまずくないだろうか
まさかうんちのインパクトでごまかすのも作戦の内!?

あれ大事なことじゃないのに2回書き込んでしまった

>>211
クリス「わ、私が言ったのは汚れ役(心理)であって汚れ役(物理)じゃないの……」

マライア「ウソだといってよ!!」

>>211
クリス「わ、私が言ったのは汚れ役(心理)であって汚れ役(物理)じゃないの……」

マライア「ウソだといってよ!!」

なんだこれ
すまん……

落ち着けよお前らwwww

さらっと書いてるけどシイナさん4○歳で初産か…

まぁ、女同士で子供作れるくらいだし、その辺は医学の発達でどうとでもなってるんじゃね?

うんこの話題ではしゃぐのは小学生まで

身体はオッサン、心は小学生

>>209
忘れてた!
依頼してきました、感謝!

>>210
感謝!!
アヤさんレナさんにはけしてやらせられないですねw

>>211
感謝!!!
そう言う意味だったんだ、クリスたん…w

>>212-217
レス感謝!レス感謝!!
大事なことなので(ry

>>219-220
彼女たちのそばには、宇宙一の名医が住んでるんです、はい。

>>221
サーセンw

>>222
バーロwww



つづきますよ!
 


 潜入から3時間。

あたしはいつもの通り、艦の居住区の天井裏に網の目のように広がっている酸素を運ぶためのダクトの中にいた。

いろいろ考えてはみたけど、結局ここが一番便利で安全なんだ。

あらゆる場所へアクセス出来るし、宇宙では酸素は貴重品。それを運ぶダクトも相応に頑丈だ。

それこそ、9mm口径の弾丸くらいなら弾き飛ばせるくらいの厚い合金板で出来ているし、

そもそも、酸素供給のこのダクトを射つなんてことしたら、戦艦全体の生命維持が危機にさらされる。

例え見つかったとしても、容易く手を出される心配はない、ってことだ。

 トイレからクリーニングルームへ連れて行ってもらったあたしは、

彼女に見張ってて貰いながら着替える、といって更衣スペースのカーテンを閉めた。

クリーニングルームって言うのは、要するにランドリーみたいなもので、細い縦長のロッカーみたいなものが並んでいる。

そこにノーマルスーツや作業着なんかを引っ掛けてドアを閉めたらボタンを押して、

15分も待てばすっかり綺麗になって、パリッと乾いて出てくるんだ。

あたしは、着ていたノーマルスーツを空いていたロッカーに押し込んで、クリーニングを開始してから、

そばにあった、すでにクリーニングの終わっているロッカーの中にあった誰のか分からないネオジオンの軍服を着こんだ。

それからルーカスにもらったネオジオンの階級章の中からひとつ選んで、軍服に付いていたものと取り換えた。

あたしを案内してくれた彼女は軍曹の階級章を付けてた。それを思い出したあたしが選んだのは少尉の階級章。

こっちの階級が上の方が誤魔化しやすくて良いだろうと思ったから。

あたしがつけた階級章を見たら彼女は

「も、もうしわけありません!」

って敬礼をしてきたけど、あたしは笑ってやめてよ、と伝えて、精一杯感謝をしてからクリーニングルームを出た。

いい子だったな。戦場に突入すれば、あの子だって死んじゃうかもしれない。やっぱり、そんなのはイヤだ。

なんとしても、艦を止めないと…。

あたしはそんなことを考えながらキーボードを叩いていた。

戦艦の管制システムを無力化するワームシステムを作成中だ。

処理速度を極限まで遅く出来る様に、無駄な計算を乗算的にループするってだけのシステムだけど、

システムを完全にクラッシュさせちゃうより、たぶんこっちの方が効果的だと思ったから。

クラッシュさせたら初期化とバックアップの反映が出来ちゃうけど、このワームで機能全体をマヒさせれば、

駆除にも時間がかかるし、初期化もバックアップの反映も作業自体をとことん遅らせることが出来る。

足止めには最適だ。

<大尉、大尉…>

不意に。耳につけていた無線が音を立てた。ルーカスだ!

「ルーカス?聞こえるよ。そっちはどう?」

あたしは小声でマイクに問いかける。

<こちらは、連携してもらってる部隊と合流しました。ロンドベルの、ユウ・カジマ大佐の隊です>

「ユウ・カジマ大佐…?聞いたことあるような、ないような…」

<今回のように、別働の特殊部隊の指揮が現在の任務だそうです。

 一年戦争当時から連邦に所属されていたらしく、なんでも、北米奪回作戦に新鋭機の実験部隊として参戦していたって話で。

 なかなか無口な人で、そこまで聞き出すのにずいぶんと骨が折れましたけどね>
 


ルーカスはそんなことを言いながら笑っている。北米の、新鋭機の実験部隊…?

あの戦線に投入された実験機って、もしかして、あのEXAMシステムを積んでたっていう、あの蒼いジムくらいじゃなかったっけ…?

え、まさか、そのカジマ大佐って人が乗っていたって言うの?アリスさん達が開発したあの人工知能を搭載した機体に…?

い、いや、そんなこと、ないよね。ぐ、偶然だよ、うん。て言うか、今はそんなことは、どうでもいい、か。

「こっちはなんとか、レウルーラに潜入できてるよ。今は、通気ダクトの中にいる。

 たぶん、まだバレてはいないと思う。

 これから、今作ってるコンピュータウィルスを感染させて、システム制御を麻痺させるつもり」

<了解です。気をつけてくださいね。

 麻痺させすぎて、もしものときに脱出に使う敵モビルスーツまで動きません、とか、笑い話にもなりませんからね>

ルーカスはそんな軽い調子で言ってきた。失礼しちゃうな、なんて、これっぽっちも言えなかった。

確かに、システムを麻痺させて、モビルスーツデッキのハッチ開かない、カタパルトも動かない、じゃ、洒落にもならない。

最悪壊すしかない、か。

敵の動きを止める意味では、ハッチもカタパルトも動かないほうが良いんだけど、確かにもしものときにあたしが困るよね。

ワームの動きを制御して優先的にあたしだけがシステムに割り込める仕組み、なんて、こんな短い時間に埋め込めるかな?

無理しないで、頭の隅においておこう。出来なければ、別の方法を考えておいたほうが良いかもしれないし、ね。

<分かってるよ。十分、気をつける。そっちも、交渉と準備、お願いね>

「了解です。またなにかあったら、連絡ください」

<うん、そっちもね>

あたしはそう言って連絡を終えた。
 


 今この間、どのあたりを移動しているんだろう。たぶん、もうほとんど時間的な猶予はないはず。

アクシズも移動を始めている頃だろう。

万が一、旗艦のレウルーラが到着しなくても、アクシズを落とす準備が引き返せないところまで行ってしまったら、作戦は決行されちゃう。

そうなる前に、なんとしてもこの艦を止めて、作戦を遅延させないと。

 あたしは、そう思って、さらにキーボードを叩く。基本構造は、ほとんど完成している。

これ以上の小細工をしなければ、すぐにでもシステムに侵入させることができるんだろうけど、

駆除されちゃうことを考えたら、もう少し複雑にしておきたいところだ。

このままじゃ、見る人が見たら、一発で構造を看破されて対処されちゃう。

 ふと、あたしの意思に反して、キーボードを叩く指が止った。

次の瞬間、あたしは、なにか、強烈な感情に突き上げられるのを感じた。



 





 
モニターがパッと明るく光って、辺りの視界が一瞬奪われた。爆発だ…!

<ド、ドロス級、ドロワ!ご、轟沈!轟沈します!!>

無線から、誰かが叫ぶ声が聞こえてきた。ドロワが?あの大型空母が!?

<ダメだ、もう終わりだ!>

<て、撤退だ…誰か、撤退の支持をくれ!>

 そう…そうだ、このまま、ここにいたら、みんな死んじゃう…みんなが、殺される…!

「みんな!逃げて!早く!」

私は、声の限りにそう叫んだ。胸が締め上げられ、恐怖と、焦りと、悲しみとが膨れ上がる。

 私は、周囲に居る“みんな”のモビルスーツの最後尾をついて行く。速く…もっと速く!

そう思いながら、レバーを力いっぱいに握り、ペダルを踏み込む。

<逃がさんぞ!>

そう、おどろおどろしい声が聞こえてくる。私たちのモビルスーツの前に、無数のゲルググが立ちふさがった。

<どけぇ!>

そう叫ぶ、仲間の声がする、でも、ダメ…ダメよ!戦っちゃ、ダメ!

あたしは、何かを叫ぼうとしたけど、なぜか、声が出なかった。

目の前で、仲間のモビルスーツが、全身から血を噴きださせて次々と粉々にされていく。

あぁ…ダメ、やめて…お願い…!

   


 だけど、私の願いに反して、ゲルググが私達に襲い掛かってくる。

逃げようにも、体が重くて、うまく身動きが取れない。

周囲からは無数のビームが撃ちこまれてきて、私の腕や、お腹や、足に命中して行く。

「逃げて…みんな、逃げて!!!!」

 私は、目の前で仲間を次々と殺されていくのを感じながら、それでも、二人のところへと急ぐ。

体からは血が流れて、胸には、ぽっかりと大きな穴が開いている。私はもう、助からない。

でも、彼らだけは、二人だけは、守らなきゃ…

 だけど。もう少しで、手が届く、そう思った瞬間、彼女の方に、ゲルググが斬りかかった。

彼女のザクが、大量の血液を噴出しながら、二つにちぎれる。

<うわぁぁぁ!!>

彼の叫び声が聞こえた。ダメ…ダメ!逃げて!!

 彼を止めようと、その体にすがりつく。だけど、手には力が入らない。

まるで、すり抜けるようにして彼は、ゲルググへと突進して行く。そんな彼の胸を、ビームが貫いた。

「そんな…そんな…いや…いやぁぁぁあ!!!」

悲しみが、胸の中で爆発する。体が、震える。逃げなきゃ、私も、ここから、逃げなきゃ…お願い、もう少しでいい。

動いて、動いてよ、どうして、どうしてこの体、動かないの?!

 恐怖と、悲しみに支配された私は、その場でもがく。

けど、まるでスカスカと意思だけが空回りして、体が反応してくれない。

 そんなとき、彼を撃ちぬいたやつが、前に現れた。彼女は、ニコニコと笑顔を見せていた。

その顔を見て、私は、絶望してしまった。どうして…?どうして、あなたが?

信じていたのに、あなたのことを、信頼していたのに、好きだったのに…!

「マライア!」

私は、彼女の名を呼ぶ。彼女は、それに応えるように、いつもの笑顔で、握っていた拳銃の引き金を引いた。




    





 「マライア!」

私はそう叫んで、目を覚ました。あぁ、夢、か。そのことが分かって、ホッと胸をなでおろす。

だけど、不快感が消えるわけでもない。もう、あのときの夢なんて、ずいぶん見ていなかったのに…

地球から宇宙へ上がって、スィートウォーターに戻ってから、今回でもう2度目だ。

 あのとき、私達の行く手を阻んだゲルググと、アトウッドを重ねていることは自分自身でも自覚していた。

頼るべき味方にすら、銃口を向けられるあの絶望感は、言葉にはできない。

それでなくたって、みんな死んでしまった。そのことですら、ひたすらに私を黒い悲しみの中へ引き込んでいくと言うのに…。

 ふぅ、とため息が出た。これから戦場へ向かうから、改めてこんな夢を見てしまったんだろう。

あと10時間もすれば、作戦が始まる。

もう3、4時間は眠っておく必要がありそうだけど、こんな状態じゃ、とてもじゃないけど、寝る気にはならない。

 そう言えば、軍医にもらった睡眠薬があったっけ。あれ、半錠だけでも飲んでおこうかな。

気分も楽になるし、その方が、良い…

 私はベッドから起き上がって、明かりを消してある部屋に視線を走らせた。

壁には、戦争前に、士官学校で撮った写真を飾っている。

私物なんてこれくらいで、あとは、スィートウォーターに入ってから支給された官給品がほとんど。殺風景な部屋だ。
持ち込んだスーツケースに、誰だかわからない人影に、洗面台と、冷蔵庫。薬、どこに置いたっけな。

冷蔵庫の上の、ボックスだったっけ…




誰だかわからない人影…?

そんなもの、一人部屋のここに、あるわけ、ない…

私は、ぼんやりとそんなことに気が付いて、その人影を見つめた。

暗がりに浮かぶその顔を見て、私は、背筋が凍りつくのを感じた。

「ア…アトウッド!な、なにをしてるの!?」

私は、思わずそう叫ぶ。

そこに居たのは、ネオジオンの軍服に身を包んだ、私を裏切った、マライア・アトウッドだった。

動きせずに真剣な様子で言った。

「い、いやさ、こう、じっとしてたら、バレないかな、とか思ったんだけど…」

私とアトウッドのいるこの狭い一人部屋に、覚めるほど奇妙な沈黙だけが流れた。


  



 つづく。

さてさて、どうなるどうなる。
 

蒼い死神の中の人ktkr


>>231
出てきました!
 


 あたしは、突然に突き上げてきた感情の波にのまれて、瞬間的に自分自身を見失った。

あの日、ソフィアが目の前で粉々に吹き飛んでしまったような幻覚を見た気がして、体が震えだしたのを無理矢理に止めた。

違う、これは、あたしの感覚じゃない…ソフィアは生きてる…

あの子は、今は、デリクと、子どものグレンくんと、三人で笑って暮らしてる…違う、これは、違うんだ!

 なんとか、我に返ったあたしは、とっさにこの感情を探っていた。

これは、まさか…ミリアム?ミリアムなの…?

あの子、この船に乗ってるっていうの?その感触は、ミリアムの物に違いなかった。

それにしても、この強烈な絶望感…いったい、なに?ミリアム…あなたに、何かあったの?

あたしは、さらにその出所を探る。

 近い…すぐ、そばだ。

 あたしは、コンピュータを閉じてダクトのなかを歩いた。

途中でさらに正気に戻って、自分の能力は最低限にして、気持ちも落ち着ける。

高ぶれば、クワトロ大尉に感づかれてしまう。

うまくコントロールしておかないと…

 10メートルも進まないうちに、あたしは、ミリアムの気配の真上に来た。

この下だ…このダクトの枝の先に、ミリアムがいる…他の人間の気配はない。

今なら、大丈夫…

 あたしは、思い切って、そのダクトへと飛び込み、先にあった金網を蹴破って、部屋におりたった。

そこは、個人部屋で、ベッドに、冷蔵庫に、コンピュータくらいしかない。壁には、写真が掛かっている。

荷物と言えば、スーツケースくらいの、簡素な部屋だ。

 その部屋のベッドに、ミリアムは寝ていた。寝苦しそうに、うーうーと唸っている。

悪い夢でも見てるんだな…前に見せてもらった、あの傷を負ったときの夢かもしれない。

起こしてあげたいけど…どうだろう。今は、ちょっとまずいかな…

 ふと、思い立って、もう一度部屋の中を見回した。コンピュータがある。

ここへ来たのも何かのタイミングだろう。

あたしは、据え置きのコンピュータからケーブルを抜いて自分のコンピュータに差し替え、

まだほとんど細工していないワームシステムを戦艦の制御系の複数の箇所に潜入させた。

30分後には、一斉に動き出して10分もすれば、制御系コンピュータのメモリを完全に使い切るくらいまでの計算に膨れ上がってくれるはず。

そうなれば、この艦はしばらく動けないはずだ。

 あたしは、作業を終えて、ケーブルを据え置きのコンピュータに戻した。

ふと、コンピュータの脇に掛かっていた写真に目が留まった。ミリアムと、もう一人女性が写っている。

あれ、誰だろう、これ?どこかで見たことある人に思える…どこだっけな…

 そんなことを思っていたら、うぅっとミリアムが呻いた。

おっと、まずいね…ごめん、ミリアム。

事が落ち着いて、お互いに無事だったら、またちゃんと謝りに来るからね。

本当に、ごめんね。
 


 あたしは、心の中でミリアムに謝りながら、落ちて来たダクトまで飛び上がろうと膝を曲げた。

その瞬間

「マライア!」

ミリアムが、絶叫した。あたしは、だから大きな声はやめてって言ってるでしょ!

とビクビクっとなってしまって、危うくそう口に出そうだった。

 ミリアムは、呼吸を荒くしている。でも、やがて、ふう、とため息をついて、呼吸を整えた。

 まずいよね、これ、まずいよ。どうしよう…今飛び上がったら、確実にバレるよね?

で、でも、このままってわけにも、行かない…よね?

い、いや、ミリアムは寝起きで、ぼんやりしてるし、寝ぼけているかもしれないし…

ほ、ほら、暗がりだから、じ、じっとしてれば、あたし見えないかもしれない!

 自分でも、どうしてそんなことを考えたのかわからなかったけど、とにかくあたしは、その場でジッと動きを止めた。

ミリアムが起き上がって、部屋の中を見渡す。

ミリアムの視線が、あたしを通り過ぎて、冷蔵庫の上を向いた。

お…おぉ、バ、バレなかった!?

なんて思っていたのもつかの間、ミリアムの視線があたしに戻ってきた。

ミリアムはあたしをジッと見つめて、何かに気が付いたみたいに、顔を恐怖にこわばらせて、叫んだ。

「ア…アトウッド!な、なにをしてるの!?」

「い、いやさ、こう、じっとしてたら、バレないかな、とか思ったんだけど…」

あたしは、相変わらずダクトへ飛び上がろうとした姿勢のまんま、じっとしながら、ミリアムにそう言ってみる。

これも夢だって、思ってくれないかな…そんな、子どもじみた期待はさすがに通用しなかった。

 ミリアムはベッドから跳ねるように飛び起きると、枕元にあった拳銃に手を掛けた。

もう、こんなこと、したくないのに!

 あたしは、とっさに床を蹴って、ミリアムへ飛び掛かった。ミリアムの拳銃があたしに向けられる。

あたしは、それを左手でつかんで、右手で手首を固定する。

そのまんま、左手でスライドを押し込んで機関部から装填されていた弾丸を排出させて、右手でマガジンを抜き取る。

左手の薬指で、スライドの留め金を外して、そのまま引っ張ってやった。

拳銃は、グリップの部分と、スライドの部分に分かれる。

ふぅ、これ、ユージェニーさんに教えてもらってから、実戦では初めて使ったかも。うまく行って良かった。

 なんて、あたしが安心していたら、今度はミリアムが血相を変えて飛び掛かってきた。

ちょ、ちょちょちょ!待って、待ってって、ミリアム!

 そんなあたしの想いとは裏腹に掴み掛ってくるミリアムをあたしは反射的に受け流して、

腕を取ってひねり上げ、ベッドの上に押し戻した。

「くっ…!」

ミリアムがそう声を漏らしながら、すごい形相で、あたしを睨み付けてくる。

うぅ、そうだよね、やっぱり…許して、なんて、都合よすぎるよね…。
 


 あたしは、なんだか悲しくなってしまった。

だって、さっきに、夢で見ていた絶望的な感覚は、もしかしたら、あたしのせいかも知れないんだ。

あたしが裏切っちゃったせいで、あたしが抱えようとしてあげてたミリアムの重くてつらくて、

壊れそうな過去が、行き場のないままに彼女の心に溢れているのかも知れないんだ。

あたしは、ミリアムを傷つけた。あたしが、もっと良い案を考え付かなかったばっかりに…

あのとき、クリス達の援助要請じゃなくて、あなた達を期日通りに宇宙へ上げることを選ばなかったばっかりに…。

いや、実際には、選べなかったんだけど、でも、それでも、あたしは…

ミリアム、あなたを苦しめたくなんてなかったんだよ…。

 「ミリアム…聞いて…」

「黙れ!裏切り者の言葉なんか聞きたくない!」

「お願い…お願いだから…!」

「黙れって言ってるだろ!」

ミリアムは、あたしの腕を振りほどこうとしてもがき始める。でも、この関節技は、そう簡単には外れない。

あたしは、少しだけ力を込めて、ミリアムの動きを制する。

「ミリアム…ごめんね。言い訳はしないよ。あたしは、あなたをだまして、裏切った。

 あなたを傷つけた。だから、ごめんなさい」

「いまさら何を言っても遅い!」

「お願い、最後まで聞いてよ…」

あたしは、まるで、胸に穴が開くような感覚を覚えた。

その穴は、黒くて、深くて、どんどんと大きく広がってくる。自然に、目から涙がこぼれ始める。

「あたしは、あなたも、姫様も助けたかった。ラサも、あそこに住んでいる人たちも助けたかった。

 あたしは、信じてる。人間は、分かり合える生き物だって。

 そのためには、憎しみをこれ以上、増幅させちゃいけないんだって思ってる。

 だから、止めたかった。5thルナの落下も、あなた達を捉えようとしてた、マハも」

「出まかせを言わないで!あなたも私達を人質にしようとしていたんでしょう!?」

ミリアムのその言葉に、あたしは、何も言えなかった。だって、本当のことだ。

そのうちに二人を宇宙へ逃がすつもりがあったにせよ、ラサを守るために、

地球にとどめようと思ったのは、人質だって言われたら、その通りだから。

あたしは…あたしは、分かってた。自分が、一番しちゃいけないことをしたんだって。

姫様を、地球を守るための道具に…戦争の、防衛の道具に仕立て上げようとしたんだってことを…

 こんなの、ミリアムや、姫様に見限られるだけじゃない。

きっと、レオナだって、アヤさんだって、レナさんだって、あたしを軽蔑するはずだ。

だって、あたし達は、そう言うことから逃げてきたんだ。

人が、戦争の道具じゃなく、戦争の駒でもない、ひとつひとつの命として生きたいって願って、

大切な誰かが、そうであってほしいって願って、あそこに集まったんだ。

それなのに、それなにのあたしは、あたしは…
 


 「あたしは、弱いんだよ、ミリアム」

ついには、ポタポタと涙がこぼれた。

そのしずくが、ミリアムの頬に落ちて、彼女は抵抗をやめ、あたしを振り返るようにして見上げた。

「あたしは、弱くて、バカなんだ。臆病で、弱虫で、泣き虫で…本当は、誰かを守りたいって思ってるんじゃない。

 誰かが傷つくのを見るのが怖いだけなんだよ。誰かを傷つけてしまうのが怖いだけなんだ。

 でも、それでも戦わなきゃいけないときがある。だからあたしは笑うんだ。笑いながら、逃げてるんだよ。

 戦えば、誰かが傷つく。誰かの命が失われる。

 でもね、本当は、あたし、誰かの命を奪おうとしている人だって、本当は死なせたくなんてないんだ。

 傷ついても欲しくないんだ」

「そんなの、ただの理想論よ!これは戦争…誰かが死に、誰かが生き残る…そう言うものよ!」

「そんなの、分かってるよ!」

「なら、何だって言うの?」

「…だから、あたし、アクシズを止めたい。

 この作戦を止めて、出来たら、ネオジオンとロンドベルの衝突も止めたい。

 ロンドベルには、あたしの仲間が話す。だから、ミリアム。一緒に、シャア総帥のところに来て。

 あたしに協力して…お願い。あたしを許してくれなんて言わない。憎んでいていい。

 全部が終わったら、気の済むまで殴っていい、なんなら、殺してくれたっていい。

 だけど、その前に、あたしは、この戦いを止めたいんだ…お願い、力を貸して…!」

あたしは、ミリアムに言った。彼女は、黙って話を聞いてくれた。

あたしが話し終わっても、彼女はしばらく黙っていた。どれくらい経ったか、ミリアムは、笑い出した。

なんだか、とても可笑しそうに…

「はは…あははは!バカなこと言わないで…私に、あたなと同じになれっていうの?

 私を裏切ったあなたと同じように、私も、ネオジオンを裏切れって?そんなこと、何があったってごめんだわ…!」

ミリアムは、あたしをあざ笑うような笑顔を見せながら言った。

「私は、13年前の戦争で、守りたいと思っていた、守らなきゃいけないと思っていた人達の半分以上を、

 味方に殺されたの…とても支えきれるような戦線じゃなかった。

 戦線を支えられるほどの経験も技術もあるパイロット達じゃなかった。

 でも、あいつらは私達の撤退を許さなかった。あろうことか、あいつらは撤退を始めた私達を撃って来たのよ。

 それで、何人も死んだわ。腕も機体性能も雲泥の差があった。彼らが生き残れるはず、なかったのよ。

 私の機体を撃ちぬいたのも、敵か味方かわからない。

 宇宙に放り出されて、死ぬはずだった私は、援護に来てくれた海兵隊のモビルスーツに拾われた…

 私は、ただ運が良かっただけ。いいえ、運が悪かったのかもしれない。

 こんな憎しみと絶望だけを残して生かされたんだからね…私達は、圧倒的な力を持った味方に、殺されたんだ!

 だから、私は、裏切りを許さない。仲間に手をあげるようなことは絶対にしない!

 私はあいつらとは違う…アトウッド、あなたとも違う!

 私は、ネオジオンを裏切ることも、あなたに協力することもしない!」
 


ミリアムは、そう怒鳴って、グッと力を込めてきた。

あたしは、今以上に、ミリアムを押し付けることができなかった。あたしも、彼と一緒だ。

あたしを思い切り蹴ることすらできなかった、クワトロ大尉と…

ミリアムは、かすかに起こした体の下から腕を引きずり出すと、壁に付いていたボタンを叩いた。

とたん、部屋に警報が鳴り響く。部屋だけじゃない。おそらく、艦全体に行きわたる、緊急警報だ。

空気漏れやなんかのときに鳴らすものだけど、なんにしたって、これじゃぁ、ここに人がいっぱい駆けつけてくる。

 あたしは、そう思って、思わずミリアムに込めていた力を緩めてしまった。

ミリアムは素早くあたしの腕を振りほどくと、床を蹴って、反対の脚を水平にあたしに向かって突き出してくる。

間一髪、あたしはその動きを感じ取って身をよじり、直撃をかわす。あたしはミリアムから離れて床を蹴った。

 このままじゃ、次は牢屋じゃなくて、確実に殺される。逃げないと、ね。

あたしは涙をぬぐって、そのままダクトに飛び込んだ。部屋の方で、バタバタと足音が聞こえてくる。

「なにごとですか、アウフバウム大尉!」

「侵入者です!すぐに追跡部隊を組織してください!」

男の声に、そう命令するミリアムの声が聞こえる。

 さすがに、いくらこのダクトの中って言っても、入ってこられたら、アウトだよね…

あたしは、胸の真ん中に沸いて広がり続ける、奇妙な空虚感を必死にこらえながら、ダクトの中をクリーニングルームへ急いだ。

 クリーニングルームに降り立ったあたしは、すぐにここに来るときに着ていたノーマルスーツを着こんで、

さらにそのまま、侵入してきたトイレへと向かう。

幸い、艦内はバタバタとしていて、ノーマルスーツのバイザーを下ろしたままなら、誰もあたしには気づかない。

あたしは無事にトイレに到達できた。

もう、迷ってなんていられない。あたしは、元来た便器の内側の隔壁をボタンで開けて、その中へ飛び込んだ。

管の中を下って行って、侵入してきたのと同じパネルを開け、機関部に出る。

そこには、入るときに取り外したランドムーバーが、まだちゃんとあった。

あたしは急いでそれを取り付けて、機関部を抜け、手ごろな部分から戦艦の外へと飛び出した。

 宇宙空間に、ランドムーバーひとつでどこかに辿り着けるわけはない。

あたしの目標は、すぐ近くを、レウルーラと並行して航行していたムサカ級だ。

レウルーラと同速度で並行して動いているなら、相対速度では止っているのと同じ。

あたしは、迷うことなく、ムサカ級を目指した。
 


 つづく。


今日は、また夜に投下できそうかもです。
 



もっかいアレを着る勇気…!


なんと哀しい再会か……
さらにこの後の展開がわかってるだけに
でもあれか、レウルーラは……


>>239
よく読め。クリーニング済みだw


なんと哀しい再会か……
さらにこの後の展開がわかってるだけに
でもあれか、レウルーラは……


>>239
よく読め。クリーニング済みだw
まあまた汚れる訳ですがw

>>239
感謝!
クリーニング済みです!w

>>240,241
感謝!!
悲しい再会です。。。

マライアたん、がんばれ!
 


つづきます!
 


 レナが、庭で空の遠くを見つめている。

青空のその彼方には、こんぺいとうみたいな形をした何かが浮いているのが見える。

ついに、見えてくる距離になっちゃったか…。

「来たか、アクシズ…」

シイナさんが、まだ2歳にもならないダイアナを抱きながら憎々しげにそう言う。

ハロルドさんは、黙ってその隣に立ち尽くしていた。

「母さん、あれが、そうなの…?」

13歳になった、チビだったキキが、アイナさんに寄り添うようにして言っている。

「ええ、そうよ」

アイナさんが、静かな声で言う。シローも、おっきいキキも空を見上げている。

 「ママ…あれ、ここに降って来るの?」

レベッカが、レナにそう聞いている。レナは、レベッカに笑って言った。

「大丈夫だよ。マライア達が、あそこで戦ってくれてる…きっと、何とかしてくれるはずよ…」

「“隊長”死んじゃったり、しないよね?」

今度はロビンがアタシを見上げてくる。アタシは、ロビンの頭を撫でてやる。

「大丈夫だよ。マライアは、アタシなんかよりもすごいんだ。

 あんなところで、バカやって死ぬようなことはしないさ」

 「マライア…」

車イスに座ったソフィアは、まるで、マライアに語りかけるみたいに口にした。

傍らで、グレンを抱いたデリクがその肩に手を置く。

「マリ、今日はずっとそうしてるよね…マライアちゃんに話しかけてるの?」

カタリナが、相変わらずに顔の前で手を組んで、固く目をつぶりうつむいているマリに声を掛けた。

マリはカタリナの声掛けに反応すら見せない。

アタシは、祈るようなマリから、洗練されたイメージがあふれ出ているのを感じていた。

きっと、宇宙のマライアに届くように、全神経を集中させているんだろう。

 返事がないマリに代わって、ユーリさんがカタリナの肩を抱いた。

「大丈夫だ。あたしらをあの戦艦から逃がしてくれたマライアちゃんだぞ。あんなところで、死ぬはずない」

ユーリさんの言葉に、カタリナがうなずく。
 


 「あの…ママ、何してんの?」

レオナは、変な機械を片手に、細いドライバで突いているアリスさんに聞いている。

「あぁ、うん、こういう時って、機械いじってると落ち着くんだ」

アリスさんは、そう言ってドライバで機械の蓋を閉じ、アタシに突き出してきた。

「なにこれ、アリスさん?」

「小型サイコミュを搭載した、おもちゃだよ」

アリスさんはそう言うと、その棒状の機械をそーっとプルに近づける。

するとそれは、音もなく小刻みに、高速に振動を始めた。

「能力を感知して無段階に強度を調整できるんだ」

そう説明したアリスさんは、アタシにそれを押し付けてきた。

 アリスさん、これってるつまり…その、大人のおもちゃっていうか、その…えぇ?!

こんなときになに作ってんの!?

 アタシはそう大声をあげそうになったのをこらえて、それを受け取った。

と、とりあえず、ポケットに入れておこうか、うん…。

「アヤ」

カレンが、庭の先から声を掛けてこっちへやってきた。シェリーも一緒だ。

「カレン」

アタシはカレンの手を取って、すぐそばに引き寄せる。

「施設の方には、声を掛けてきた。

 落下地点が特定されて、ヤバそうなら、すぐに私とシェリーで迎えに行くことになってる」

「それなら、アタシも…」

「いや、あんたは、ここにいる奴らを頼む。

 デリクには、ヤバくなったら、あんた達を連れて、すぐに空港へ行って飛行機で離脱するように言ってある。

 施設の方は、私とシェリーに任せな」

カレンはそう言って、ポンポンとアタシの肩を叩いてくる。

まったく…ホントにあんたは、いつからそんなに“アタシの家”に手を焼いてくれるようになったんだっけな。

もうさ、あんたには、感謝の言葉しか出てこないよ。ありがとうな、カレン。

 アタシはカレンの言葉にただうなずいて、青空の彼方のアクシズを見つめた。

「お願い、急いで…お願い…お願い…!」

マリがそうつぶやく声が、アタシ達の耳に届いた。



 





 なんとかあたしはムサカ級の中に入ることには成功した。

さすがに、レウルーラの乗組員もこんな短い間にまさか宇宙空間を飛んで隣の艦に乗り移っているとは思ってもないみたいだった。

というのも、こっちの艦にはそれほどの騒ぎや混乱は起こっていない様子だったから。

でも、どこか警戒している様子も感じられる。

レウルーラに潜入していた人物がいた、という情報くらいはこちらにも届いているんだろう。

 隠れられるような場所をくまなくチェックしている様子を、

あたしは今度は、モビルスーツデッキのすぐそばの、機材点検室の床下から見かけた。

 ミリアムのことを思い出しそうになって、あたしは、やめた。今は、感傷に浸ってる場合じゃない。

なんとしても、レウルーラを止めないといけないんだ。

あたしが仕掛けたワームは、そろそろ起動して活動を開始する。

プログラムの中に減速の命令が組み込んであるから、ワームが乗算を繰り返せばそれが定期的に発信されて、徐々にアシが止まってくるはず。

あとは、コンピュータが操作可能な軽い段階で駆除されないことを祈るばかりだ。

 「ルーカス、ルーカス。応答できる?」

あたしは、声を押し殺しつつ、ルーカスにそう呼びかけた。

<大尉、聞こえます。状況はどうです?>

「ごめん、ヘマしちゃった」

<大丈夫なんですか?>

「うん。地球で一緒に逃げてた子に会って、思わず、話しかけちゃってさ…。

 今は、とりあえずレウルーラからは離れて、ムサカ級に乗り換えたから、まぁ、一息ついてるところ」

あたしが言うと、ルーカスのため息が聞こえた。

もう、あたしだって、ため息つきたいくらいの気持ちなんだから、やめてよね。

<とにかく、無事ならそれでいいと思うことにしておきます>

ルーカスが諦めたような声色でそんなことを言ってきた。今回は、本当にルーカスを心配させてばかりだな。

ううん、もしかしたら、ルーカスも不安なのかもしれないね。

一緒にいれば、あたしを助けることくらいルーカスにも出来るけど、今はそうじゃない。

ライラのときと同じだ。そこで戦ってる、って分かっていながら、直接手助けが出来ない…

確かに、逆の立場だったら、すぐにだって駆けつけて上げたい気持ちになるだろうな。

そう考えたら、ルーカスのお小言も素直に聞いておいてあげるべきだ、とも思えてきた。

<こちらは、さきほどロンドベル隊旗艦のラー・カイラムに合流しました。

 これから、ブライト・キャプテンと話をさせてもらいます>

「了解。あ、ルーカス、ブライトは、キャプテンじゃなくて、今はコマンダーだから、失礼のないようにね」

<あぁ、はい。それじゃぁ、コマンダー・ブライトと呼んでみます。嫌がられそうですけど>

「たぶん、嫌がるだろうね」

あたしはそんなことを言って、クスクスっと笑った。ルーカスのかすかな笑い声も聞こえてくる。
 


 <それで、そっちは、レウルーラを止める手立てはどうなってるんです?>

「あぁ、うん。ワームを作って、基幹の制御系に複数感染させてきた。

 そろそろ起動して、メモリを食うように無駄な計算をし続けるだけにしたから、

 セキュリティシステムには引っかからないと思うし、

 でも、制御系のシステムを不自由に出来ると思うから、時間は稼げると思うんだけど…

  すごく簡素な作りにしちゃったから、見つかったら、すぐにでも駆除されちゃう可能性があるかな。

 もし、あと3時間間ってレウルーラのアシが鈍くならなかったら…」

<最後の作戦に移る準備が必要、ってことですか>

「そうなるかな。アクシズの位置は?」

<すでにこちらから光学測量で視認できる距離にまで接近してきています。

 おそらくは、あと4、5時間で、こちらは防衛部隊を出撃させるでしょうね>

ルーカスの渋い声が聞こえる。それって、ちょっとマズいよね…

あたしは、できればルーカスが運んできてくれるモビルスーツを待ちたい。

リ・ガズィでも、この際、ジェガンってやつでもいい。

ここのモビルスーツを盗んで一人でやるには、機体性能も、条件も悪すぎる。

ここのモビルスーツデッキにあるのは、ギラ・ドーガって言う、ネオジオンの量産機体だけ。

これだって、そんなに性能が悪いわけじゃないんだけど、でも、リ・ガズィに比べたらあんまり動けないし、

何より、レウルーラにはクワトロ大尉がいる。

性能差がある機体で、彼に勝てる気はまったくしないし、逃げ切れる可能性もほとんどないだろうな。

同じ機体に乗って、なんとか無事に逃げおおせることができるくらいなものだろう。

 彼もアムロと同じ、歴戦のニュータイプエース。あたしなんかがまともにやって、勝てる相手じゃない。

 だけど、戦闘開始が今から長く見積もって5時間だとしても、

ルーカスが首尾よくロンドベルからモビルスーツを借りられてこっちに向かってくれるとしたって、2、3時間はかかる。

いや、合流点の位置を考えたら、2時間あればなんとかなるかも知れないけど…

いずれにしても、ギリギリのラインだ。

そこまでアクシズが近づいたら、レウルーラを止めようが、ムサカ級をいくら撃沈しようが、アクシズ落しは決行される。

引き返せないラインを超えちゃう。

 そのタイミングなら、ロンドベルがアクシズを止められる公算の方が高くなるだろうけど、

そうしたら、ネオジオン側にかなりの被害が出てしまう。それじゃぁ、あんまり意味ないよね。

だって、これまでの憎しみの連鎖をまた繰り返すだけになっちゃうから。

決起したスペースノイドを、連邦が叩き潰した、って言う、繰り返し…。

だから、もっと違う方法を探ってもらうためにも、時間がほしい。

ワームが効かなかったときに備えて、なるべく早くに、アクシズが引き返すことの出来るうちに、

なんとか作戦を中止させるための別の案を考えておかないと。


 


「了解、ルーカス。なるべく急いでくれると、うれしい。

 あたしは、ワーム意外に出来ることがないかどうか、考えてみるよ」

<了解です。大尉>

「無理はしないから、安心して」

あたしは、ルーカスに言われる前に、自分からそう伝えた。ありがとう、ルーカス。

大丈夫だよ、あたし。バカなことは、もうしない。絶対に、しない。

<信じてますよ、大尉>

ルーカスが、クスっと笑ってそう答える声が聞こえてきた。

「ありがとう、それじゃぁね」

あたしは無線を切った。

 さって、どうしようかな…このムサカを足止めするくらいじゃ、レウルーラは止まらないと思う。

レウルーラ自体にこれ以上の妨害をするのは、きっと無理だ。

だとしたら、あと、残されているのは…アクシズ。

アクシズに直接攻撃を仕掛けて、あのバカでっかいエンジンを破壊する。ううん、破壊しちゃダメだ。

慣性ついてるから、動きは止まらない。乗り込んでいって、上手く方向を調節するくらいが良い、か…

 でも、アクシズに乗り込むとなると、ここからならモビルスーツがいるよね…

強奪するようなことをしたら、多分、クワトロ大尉に追われて、撃墜されちゃうし…。

 あー参ったな、最初からアクシズに向かっておくべきだったんじゃない、これって?

クワトロ大尉のことばっかり考えてたから思わずこっちに乗っちゃったけど、そうだよね。

アクシズを止めることが一番の目的なんだから、足止めとかそんなけち臭いこと言ってないで、

とっととリ・ガズィ借りてアクシズで暴れておけばよかった…

あぁ、でも、そっちにクワトロ大尉が援護に来ないとも限らない、か。

うーん、どうしよう…やっぱり、レウルーラをどうにか止めるしか方法がないのかなぁ…

<管制室より、モビルスーツデッキクルーへ。レウルーラより、ランチが来る。

 そちらで回収し、搭乗しているアウフバウム特務大尉をお迎えしろ。繰り返す、管制室より、モビルスーツデッキクルーへ…>

不意に、そんなアナウンスがデッキ内に響き渡った。ミリアムが、来るの?

この艦に?!

何しに…て、そんなの、決まってる、か。

あの子、クワトロ大尉から、あたしを探して始末をつけるように言われてきてるんだろう。

ううん、もしかしたら、あの子が自分で志願したのかもしれないな…。

 ミリアムは言ってた。大事な人たちを味方に殺されたから、あたしは裏切りが一番許せないんだ、って。

あたしがしたのは、ただ彼女を裏切ったわけじゃなかったんだね。

ただ、人質として、戦争の道具として利用したってだけじゃなかった。

彼女の過去を繰り返させてしまったんだ…やっぱり、もう、取り返しがつかないのかなぁ…

 また、ふっと胸に、あの空虚感が戻ってきた。同時に、焦りも沸いてくる。

時間がないってのに、ミリアムから逃げながら、レウルーラを止める方法を考えなきゃいけないなんて…

できるかな…ううん、できるかな、じゃない、やらなきゃいけないんだ…!
 


 あたしは、凹みそうになった気持ちを立て直して、その場を離れた。

この艦のコンピュータから、艦隊管制のシステムを経由してレウルーラに遠隔で潜入して、

もういちどシステムをいじろう。安全に出来ることといったら、それくらいしか出来ない。

もうあたしの潜入はバレているわけだし、不自然にならないように気を使う必要もない。

無理やりにでもセキュリティこじ開けて、ダリルさん特性の性格の悪いワームを使ってやる。

あれは、システムの主要部分を食い荒らして機能不全にさせるシステムだ。

あたしのワームで動きが鈍っているところへ、ダリルさんのを感染させれば、

バックアップの反映も、初期化もおぼつかなくなるはずだ。

確実に、レウルーラは止まる。レウルーラが止まれば、作戦も、きっととまる…それに賭けよう。

 あたしは、一度だけ大きく深呼吸をして、その場を移動した。

目指すは、艦隊管制をつかさどっているメインコンピュータ。艦隊の間で、常に情報を共有しているはずだ。

そこにワームを落とせば、あとは勝手に広がってくれる。

たぶん、その手のコンピュータは艦橋の近くにあるはず…ミリアムも来ることだし、急がないと、ね。

 あたしは足早にその場所を離れて、さっき抜き取った見取り図を頼りに、艦橋の方へと急いだ。

もう、時間がないんだ…。

 床下をはいずり、エレベータシャフトの近くまで行く。

そこから、一度廊下に出て、今度は天井の上に上がって、張り巡らされているパイプや配線の間を上に登った。

5、6メートル行ったところで、改めてコンピュータ上の見取り図を確認する。

このあたりに、艦隊管制システム用の受信サーバーがあるはずなんだけど…あたしは、ライトをともして周囲を確認する。

 すぐ近くに、大型のコンピュータらしい機材が色とりどりの明かりを点けているのを見つけた。

たぶん、あれだ。

 あたしはそのコンピュータに取り付いて、ケーブルを差し込んで中身を見る。

データベースに、回線チャンネルに、エリアマップ…当たり、だ。

キーボードを叩いてさらに中身をよく確認する。

すると、あたしのコンピュータのモニターに、艦隊の現在位置がマップで表示された。

アクシズの位置も出ている。ルーカスの読みどおり、あと4時間もあれば、突入コースに入れる。

まずいな…急がないと…あたしは、さらにキーボードを叩く。

厳重に圧縮して機能を殺しているダリルさんのワームを艦隊管制システムのサーバーにコピーしようとしたら、エラーメッセージが表示された。

あたしのコンピュータには書き込みの権限がありません、という内容だ。

まぁ、セキュリティとしては当然、か。
 


 あたしは、表示をロジックに切り替えて、セキュリティの構造を解析する。特に複雑な仕組みではない。

こういうときは、擬似的な信号をランダムで送って、認証コードを特定するのが一番だ。

あたしは、そのための命令文を打ち込んでエンターキーを叩いた。

すると、とたんにあたりからけたたましい音が鳴り響いた。

 まさか…警報!?罠だった、ってこと!?まさか、クワトロ大尉に先手を打たれてたの!?

 あたしはケーブルを引っこ抜いて移動を開始した。おそらくネオジオンの兵士がここに来る。

とにかく、場所だけは変えないと…

 移動しかけたあたしは、ふと、頭に浮かんだ考えに取り付かれて、身動きが出来なくなった。

クワトロ大尉が、こんな形まで読んでいた、ってことは…もしかして、あたしが作ったほうのワームもすでに駆除されている可能性が…

だとしたら、まずい…レウルーラを止められずに、このまま戦闘に突入しちゃう。

 ま、また、向こうに戻らないと…できるかな?

相当に警戒されているはず…しかも、こっちの船に移ったことはバレちゃってる。

だとしたら、次に宇宙に飛び出したときに対空機銃で狙い撃たれる可能性だってある。

うぅ、後手後手だよ!

「こっちだ!」

「サーバーに傷はつけるなよ!」

上の方から声が聞こえる。来た…!と、とにかく、今は逃げよう…

 あたしは、そう決めて、さらにその場を離れた。

目指すは、さっきいた、モビルスーツケージ近くの点検室の床下。

あそこからなら、モビルスーツに乗ることも出来る。

ここにあるのはギラ・ドーガだけだけど…でも、一目散に逃げるだけなら、なんとかなるかもしれない。

ううん、一発でも、レウルーラを撃っておくべきかもしれない。状況が状況だ。

ワームが駆除されていることを想定して動かないといけない。

でも、たぶん、そんなことをしていたら、あたし、確実に撃墜されるな…

死んだら、アヤさんにもレナさんにもレオナにも、きっとルーカスにも怒られるだろうな…

怒るだろうし、きっと悲しむだろうな…

特にルーカスなんか、ライラが死んじゃったときのあたしよりひどいことになっちゃうかもしれない。

そもそも、彼はジオンにいたころだって、たくさんの仲間を殺されて、一人だけ生き残って、

連邦艦に拾われた経験があったって話してた。

そんなことを、繰り返させたくはない、な。そうだ、ヤバくなったら、逃げるんだ。

それを、ちゃんとやらないと…。

だとしたら、何するの…?ええと、ええっと…あぁぁぁ!もう!頭が、回らない!あたしは、いったい何がしたいの!?
 


 あたしは、グルグルと空回りして、半ばオーバーヒートしそうになっていた頭の回転を、止めた。

違う…これは、あのときと同じだ。

この、何も浮かんでこないで、ただ回転数だけが上がる感じ。

これは、ソフィアのとき、あの場所から逃げられなかった、何もできなかったあたしと、同じ…。

そう、これは違う、これは、考えてるんじゃない。

焦ってるだけだ。感情に突き動かされているだけで、衝動的で、刹那的な“反応”でしかない。

 落ち着いて、マライア。あなた、ミリアムと姫様のことがあってから、おかしいよ。

あなたなら、5thルナを落とされずに、でも、二人を期日どおりに宇宙へ上げる方法を考えたはず。

レウルーラが発進する前に、アクシズへ向かって、あれを奪還する手はずを整えたはず。

あなたは今、戦っちゃってる。前線に出て、真正面から問題っていう名の敵とやりあってる。

でも、違うでしょ、マライア。あなたが隊長やアヤさんから教えてもらったのは、そんなことなんかじゃない。

大事なのは、逃げること。逃げて隠れて、タイミングを逃さないこと。

今回のあなたは、逃げずに戦って、全部のタイミングを逸してるじゃない!

違うよ、そんなの!

あたしは、隊長やアヤさんのように、“反則”を思いつくべきなんだ!

いくらモビルスーツをうまく動かせたからって、すべての相手をやっつけられるわけじゃない。

考えなさいよ!

戦うんじゃなくて、“うまくやる”方法を…!

 あたしは、こころの中で、そう自分をしかりつけた。今回のあたしは、ホントにおかしい。

なんでこうも、直線的な発想しか出てこないんだろう?

あたしなら、いつものあたしなら、こんなとき、どうする?隊長なら、アヤさんなら、どう考える・・・!?

 そう思って、思考を走らせたあたしは、また、後悔を始めてしまった。

戦いを避けさせたいんだったら、まず最初に戦力を奪うべきだったんだ。

狙うのなら、艦の制御系じゃなくて、モビルスーツデッキか、射出用のカタパルト…

初めから、そこを狙っておけば、多少の被害を出していたかもしれないけど、少なくとも戦力は削れていたはず。

それだけじゃない。あたしはいつからあんな奇麗事を言うようになったの?

誰も傷つけたくない、誰も殺したくない、なんて。

あたし、今までもたくさん、モビルスーツを撃墜してきたじゃない。

何も考えないで、大事なものを守るために…どうして、それをいまさらためらったりしたの?

極論を言えばアクシズを落とすくらいなら、レウルーラそのものを爆破したってよかったはず。

そのほうが被害が小さくて済むはずだから…被害?待って、どうして、あたし…いったい、なにを迷っているの…?

そこまで考えて、あたしは、さっきミリアムの部屋にいた自分を思い出した。

あたしは、そこで、ミリアムを押さえつけながら思ったんだった。

―――クワトロ大尉と、一緒だ、って…
 


 この感じ、この感覚、まさか、あたし、クワトロ大尉に飲まれていたって言うの?

ううん、大尉だけじゃない、もしかしたら、ミリアムがさっき話していた、彼女の経験した絶望にもあたしは飲まれていたんだ…

 あたしは、気がついた。いつからだったんだろう。

あたし、完全に何か、自分とは違う、別の感情に動かされていたんだ。

でも、違うよね。こんなの、あのころの、情けないあたしのままじゃない。

誰も傷つけたくない、怖い、だなんて、いったいどの口が言うのよ!

あたしは、大事なものを守るためなら、どんな相手だって殴り飛ばすのが仕事だったんでしょ!

オメガ隊の、マライア・アトウッド曹長は、仲間のためになら、どんな相手にだって立ち向かっていくんだ。

それを恐れてたら、また、ソフィアのように本当に大事なものを傷つけちゃうかもしれない。

守れないかもしれない。そんなのは、そんなのは、絶対にダメなんだ!

 あたしは、ノーマルスーツのシールドを開けて、顔をひっぱたいた。

しっかりしろ、マライア・アトウッド曹長!

あんたが今なんとかすれば、アクシズを止められるかもしれないんだから!

 そう思いながら、あたしは、PDAを取り出した。

今、ペンションは何時くらいかな…迷惑じゃなければ良いけど…

そんなことを考えながら、あたしはペンションのナンバーをコールする。

程なくして、電話口に誰かが出た。

<はーい、ペンション、ソルリマールですー>

「あぁ、アヤさん。あたし」

アヤさんだ。アヤさんの声がする。

<マライア!あんた、大丈夫なのか?今こっち、すごいことになってるぞ?>

宇宙だから、音声通話はすこしだけ、遅れて聞こえてくる。

アヤさんは電話の向こうで、あわてた様子でそういっている。

「ごめんね、黙ってて。こうなるなんてことは想像してなかったんだけど、

 でも、首を突っ込んでるのは、確かなんだ」

あたしは、アヤさんに謝った。また、少し遅れて声が聞こえてくる。

<別に、そんなことは今始まったことじゃないだろ?気にすんな。

 そんなことより、大丈夫なのか?どうしたんだよ、急に電話かけてきたりなんかして?>

「うん、大丈夫。イヤね、5thルナのことがあってから、連絡入れられてなかったから、

 電話しておこうかな、って思って。そっち、騒ぎになってるよね?」

<あぁ、まぁな。肉眼でもアクシズの形が確認できる。あれを落とされたら、さすがに遠くでもやばいだろうな…>

「ロンドベル隊が迎撃態勢を整えているから、きっと大丈夫だと思う。あたしも、ちょこっとだけ手伝ってるし、ね」

あたしが言ったら、アヤさんが笑った。

 


<ちょっとだけ、か。まぁ、そう言うんなら、そう言うことにしといてやるよ>

笑いをおさめてそういったアヤさんは、今度は声のトーンを少し落として

<バカなマネだけは絶対にするなよ。

 あたしらは、直撃か余波の被害を食うようだったらすぐにカレンの飛行機で逃げ出せるように準備を済ませてる。

 だから、あんたもちゃんと帰ってこいよ…電話なんか掛けて来て、不安にさせるなよな…>

アヤさんは、そんなことを言ってくれた。心配かけちゃって、ごめんなさい。でも、そう言うのじゃないんだよ。

「ごめんね、アヤさん、心配かけて。でも、そう言うのじゃないから平気だよ。

 あたし、今ちょっと負けそうになっちゃってた。

 昔みたいに、情けないこと言って、へこたれそうになっちゃってたんだ。だから、アヤさんの声、聞きたかった。

 ちょっと、叱ってくんないかな?」

<あははは!なるほど、そっか…でも、今はもう、アタシはあんたを叱るなんて出来ないよ。

 あんたはアタシなんかよりも全然すごいことをやってんだ。だから、さ、マライア。頑張れよ。

 あたしたちを、地球を守ってくれ。帰ってきたら、美味いバーボンと、上等なステーキ肉に、

 アタシのコブラツイストで出迎えてやるからさ>

「アヤさん、コブラツイストはキャンセルで」

<そうか?じゃぁ、変わりにパロスペシャルでどうだ?>

「イヤだよ!たまには、やさしくしてよ!」

あたしは小声だったけど、本気でそう悲鳴を上げた。そしたら、また、アヤさんの笑い声が聞こえた。

<あはは。分かったよ、マライア。サービスしてやるから、ちゃんと帰って来いよな>

アヤさんは、優しくって穏やかな声色で言ってくれた。

「はい!がんばって、地球守って、胸張って帰るから待っててね!」

胸に力が溜まってくるみたい。

そわそわしていた、胸にぽっかり空いた空虚感が“埋まる”んじゃなく、

まるで影が太陽に照らされてなくなるみたいにすっと消えていくのを感じた。

そう、そうなんだよ、この感じ!変な感情に飲まれて忘れるところだった!

あたしの帰る場所のこと、あたしが大好きな人たちの温もりを、さ!

<ははは。じゃぁ、無理しない程度にがんばれよ。ヤバくなったら…>

「逃げる!」

<そうそう、とにかく、それが一番大事だ。上手く行こうが行くまいが、お互い生きてりゃまた会える!>

「うん!ありがとう、アヤさん!」

それからあたしは、散々アヤさんにお礼を言って、電話を切った。
 


まるで、ここ1週間ちょっとの悩みがウソだったみたいに思える。なにやってたんだろ、あたし。

慎重すぎた。縮こまってた。

 作戦なんて、どーんとでっかいことをやったもの勝ちでしょ!

よし、こういうときは気合一発、だ!

「マライア、行くよ!」

あたしは、そう声を上げて叫んだ。

 でも、次の瞬間、バタンとドアを開ける音がした。

「…声がした…?」

やややや、ヤバ!テンションあがりすぎて、なんにも考えてなかったわ!

 あたしは、そそくさと床下から機関部を抜けてもっと隠れやすい場所をさがしに移動を始めた。

  


つづく。


本日は打ち止めです。

マライアたん、再起動す!
 



ここで初心に戻るのか。アツいなあ……



細けえことだけど、この時点で作戦行動中なんだから戦闘濃度ではないにしろ
それなりのミノ粉が撒かれているはずじゃない? 無線封鎖もされてない?
個人で携行できる無線機でラー・カイラムのルーカスと会話できたらまずくね?
あと艦の装置使って地球と交信とかさすがにバレませんかね?


御都合主義は嫌いじゃないので気にしなきゃいいんだろうけどなんとなく。

今って映画だとどの辺だ?クェスが生身で宇宙遊泳するあたりかな
久しぶりに逆シャア見直すか

時系列なんか変?

愛されてて嬉しいけど、書きづらい(笑)

頑張れー

>>無線、時系列について
おかしいですよね、はい。
気が付いてくれて嬉しいです、はい。

>>259
がんばってます!



そんなこんなで、なにかがおかしいCCA編、いよいよクライマックス!
 


 さっきから、ルーカスへの無線が通じない。

ここの位置座標は無事に送れたけど、それからというもの、まったく反応がない。

 距離的には、相当近いはず。

この無線機を中継させて、PDAでアヤさんにも電話出来たし電波的に、かなりの強度は保っていると思う。

暗号化にステルス機能も付けてもらってるから、この艦に見つかって、妨害されてるってわけでもないと思う。

それでも、これが通じないってことは、たぶん、ルーカスの方でミノフスキー粒子の散布が始まったんだ。

艦のコンピュータにはつなげないから、外の様子がまるでわからない。

位置情報だと、まだ戦闘空域からはちょっと離れているはずなんだけど…

でも、アヤさんはもう肉眼でアクシズが見え始めているって言ってた。

もしかしたら、アクシズを奪った部隊はすでに戦闘に入っているのかもしれない。

 ってことは、この艦も、それを追って戦闘に突入する可能性が高い。急がないと…。

あたしは、時計を見やった。

ワームが起動するまで、あと5分…もうルーカスの対応を待ってなんて居られない。

ここのギラ・ドーガを分捕って、艦から逃げ出そう。

そのタイミングで、レウルーラのアシが止ったら逃げればいいし、もし止まらなければ、エンジンを片方撃ちぬく。

多少の被害は、覚悟の上だ。

あたしは、さっきいた床下から、モビルスーツデッキの天井裏に潜り込んでいた。

ここからなら、一気にギラ・ドーガを奪える。

縦に一列に並んでいるから、先頭のやつに乗り込んで、後ろに並んでるのをあのビームマシンガンで掃射して追撃を絶てば、問題ない。

 あたしは、緊張してきた胸を落ち着けて、体中を伸ばす。たぶん、クワトロ大尉との追いかけっこになる。

さすがに、彼から何事もなく逃げおおせるとは思えない。

戦闘機動を繰り返しながら、ロンドベル艦隊の方に逃げることになるだろう。

体も機体もボロボロになるだろうな…いや、ボロボロになるくらいなら、まだいいか。

死んじゃう可能性もあるもんね、彼とやりあったら…。

 ピピっと時計が音を立てた。ワームが起動する時間だ。あたしも、行こう。

ペシっと顔をひっぱたいて、あたしは、ヘルメットのシールドを閉めた。天井裏の金網を外して、外にでる。

天井を蹴って、先頭のギラ・ドーガ目がけて、ケージの中を飛んだ。

「おい、貴様!何をしている!」

誰かの叫ぶ声が聞こえた。次の瞬間、銃声が聞こえて、あたしのまわりを銃弾がかすめ飛んでいく。

見つかった…!でも、反撃は、あと!

 あたしはランドムーバーを吹かして、ギラ・ドーガのコクピットに突進した。

開いたままになっていたコクピットの隔壁に思い切り叩きつけられた体が止る。

痛みなんか感じている暇はない!あたしはさらにその隔壁を蹴って、コクピットに飛び込んだ。
 


 ジオンのモビルスーツは初めてだけど…大丈夫、基本設計は、アナハイム社のモビルスーツと変わらない…!

あたしはコクピットのコンピュータを操作して、隔壁を閉めた。

全周囲モニターが点灯して、ケージの中が映し出される。

ノーマルスーツを着た衛兵とケージクルーが、あたふたと動き回っているのが見える。

 お願い、みんな、逃げてね!

 あたしは、ランドムーバーを外し、シートに付くと、レバーを引いてモビルスーツを動かした。

振り返って、後ろに並んでいたギラ・ドーガにビームマシンガンを一連射する。

ギラ・ドーガ達は、貫通したビームでズタズタになって行った。起動してなければ、爆発はしない。

推進剤に引火しなければ、ね。

 ケージ内に、ビービーと警報が鳴り響きだす。

あたしはそんなことは気にせずに、今度は、ケージのハッチに照準を合わせた。

一気に引き金を引いてハッチを吹き飛ばす。エアが漏れ、機材やなんかが外へ吹き飛んでいく。

あたしの機体も、吸い込まれるように外へと放り出された。スラスターで姿勢を制御して、安定させる。

 レウルーラは、向こう…!

 あたしは機体を翻して、レウルーラの居るだろう方向を見た。

そこに居た艦は、エンジンを止めていた。

今は慣性で動いているだけに見える。艦の制御系は、完全に機能を失っているように見えた。

 でも、あたしは、これっぽっちも、良かった、なんて思えなかった。

 だって…だって、そこに浮いていたのは、レウルーラなんかじゃなかったからだ。

あたしが、あの艦をレウルーラだと判断したのは、スィートウォーター内のデータベースで、

港のあのケージにレウルーラが泊まっているという情報があったのと、あの特徴的な、3つの推進剤のタンクだった。

あたしは、実際にレウルーラ級なんて戦艦は見たことがなかったから…

でも、情報的にあれに違いないって、そう思っていた。

それに…それに、クワトロ大尉も乗り込んでいくのを見たのに…

こうしてみるあの艦は、あれは…あれは、あたしが向こうの船を飛び出して、

こっちの艦に移ってきたときに見たのと同じ、ムサカだ!

推進剤のタンクは3つに増設されているけど、あの形状は、あたしの後ろにある艦と同型…!

 あたし…あたし、またハメられた!?

クワトロ大尉、あたしに邪魔をされないように…あたしを遠ざけるために、ダミーの情報を流して、

あたしをあの艦に誘い込んだの…?!

 同時に、あたしは全神経を目の前の戦艦に集中させる。いない…感じない、クワロト大尉の気配…!

バレちゃいけないと思って、ずっと能力使ってなかったから、そのことにも気が付かなかった…

まさか、それも計算の内?乗ったように見せかけて、あたしが潜り込んでいる間に、本物のレウルーラに乗り換えたの…?

それとも、あのときみたクワトロ大尉自体が、偽物だった…?

確かに、遠目の姿しか確認していないし、気配も感じ取ってなかったから、本物かって言われたら、正直、自信がなくなっちゃう…
 


 あたしは、ハッとして、機体の向きを変えた。煌々と輝く、青い地球に向けて。

あたしが機体を向けたその先には、地球を背景に、アクシズと、それを取り巻くように走る無数の光線が見えた。

 戦闘が、始まってる…!ルーカスとの連絡も取れなくなるはずだ…。

あたしの潜り込んでいた艦隊は、戦闘を横目に見ながら、地球へと進んでいる。

この先の引力圏近くまで行って、その加速を利用して、一気に離脱するつもりなんだろう。

この艦隊は、戦闘をする意思がないの…?

―――マライアさん!

 なにかに呼ばれたような気がした。あたしは機体をもういちど翻してあたりを確認する。

レウルーラだと思っていた艦の他に、ムサカが2隻。さらにその後ろに、大型の貨物船らしい船が追従している。

この感じ…まさか…!

「姫様!?」

 間違いはなかった。この感覚は、ミネバさまの感覚だ。あの貨物船に乗ってる。

そっか…あのときクワトロ大尉は、スィートウォーターから姫様を脱出させると言っていた…

この艦隊、姫様を警護するための艦隊なんだ!

だから、ミリアムもこのあの船に乗っていた…

それにしても、彼、どうしてそんな艦隊に、あたしを誘い込んだの?

まさか、この期に及んで、まだ、あたしに姫様を守って欲しかったっていうの…?!

<姫様!なりません!>

<手を放しなさい、ジンネマン!命令です、すぐにこの艦隊をアクシズへ向かわせなさい!

 マライアさん、マライアさん、聞こえますか!?>

無線が鳴った。姫様の声だ…!

「姫様!」

<お願いです、私達と一緒に、アクシズを止めてください!>

<姫様!>

男の声が、そう怒鳴っている。でも、姫様は負けてない。

<命令です、すぐに艦隊を向かわせなさい。私が出向けば、シャアは戦闘を中止せざるを得ません!>

<姫様…私は、シャア大佐より、姫様のことを任されております。

 たとえそれが、姫様の意思に反することになろうとも、です>

<やめなさい…くっ!マライアさん、お願いします…どうか…どうか、シャアを止めて…!>

無線が、切れた…姫様…分かった、分かったよ…あたし、行ってくる。

だから、姫様、あなたは逃げなきゃダメだよ…逃げて、逃げて、逃げ通してよね…

もし、この先、何かを変えられることのあるチャンスが残っているなら、姫様、あなたはそのタイミングを逃しちゃだめ。

それはたぶん、あたしや、アムロやクワトロ大尉にもできないこと。

あなたにしかできないことになるんだから。

だから、そのときまで、ちゃんと逃げなきゃダメだよ!
 


 あたしは、心の中でそう伝えて、機体を翻した。ペダルを踏んで、バーニアを全開に吹かす。

距離は…遠い。でも、間に合わないほどじゃない…!

1時間か…50分くらい?ううん、引力を使って加速すれば、もっと速度が稼げるはず…!

待ってて、アムロ!すぐに行くから!そっち着いたら、リ・ガズィ貸してね!

 そのときあたしは、背後から言葉に出来ない悪寒を感じて、反射的にレバーを引き上げた。

次の瞬間、あたしがいたところを、ビームマシンガンの破線が飛びぬけていく。

撃たれた…艦隊からの攻撃?!

 全周囲モニターで背後を確認する前に、あたしは聞こえてきた無線で、撃ってきた相手が誰だか、わかった。

<止まりなさい、アトウッド!>

ミリアムの声だった。

<ミリアム、やめなさい!>

姫様が、ミリアムを制止する声も聞こえてくる。でも、ミリアムは押し殺した声で言った。

<姫様…アトウッドは、ネオジオンの敵です。アクシズへは行かせてはいけません…>

その声色からは、冷静さではなく、冷たく、重い、憎悪が伝わってきた。

 モニターで背後を確認する。そこには、アンテナの付いたギラ・ドーガとその傍らにはべるようにもう一機、

あたしの乗っているのと同じタイプのギラ・ドーガが位置取っている。

「ミリアム…」

あたしは、思わず彼女の名を呼んだ。

また、彼女の絶望があたしに迫ってくるようで、胸が苦しくなって、思考が狭まる。

<その声は…まさか…!あなたがスパイだったんですか?!>

もうひとつ、別の声があたしを非難した。聞き覚えのある声…

彼女は、レウルーラだと思っていたほうの船で、トイレからクリーニングルームへあたしを誘導してくれた子だ…

まさか、パイロットだったなんて…

 <投降しなさい。さもなければ、撃墜する>

ミリアムの鋭い声が聞こえてくる。アンテナ付きのギラ・ドーガが、ビームマシンガンを構えた。

 やらなきゃ、ダメなの?あなたを落とさないと、地球を…アムロを助けにいけないの…?

あたし、やりたくなんかないのに…あなたも、あたしを助けてくれたそっちの子も、傷つけたくなんて、ないのに!

 「ミリアム、邪魔するなら、落とす!」

<相手になってやるわ!生身の格闘ほど、甘くないよ!>

あたしがブースターを吹かすのと同時に、ミリアム機もあたしに突っ込んできた。お互いに装備は同じ。

ミリアムの期待は、アンテナがついてるから、隊長機かもしれない。多少のチューンアップが施されている可能性がある。

機体性能は、あっちが上と思っておいたほうが良い。

<ジェルミ曹長、あなたは手出しをしないで!こいつは、私がやるわ!>

ミリアムの無線が聞こえる。1対1でやろうっていうのね。

バカにして…余裕のつもりでいるんなら、痛い目見るからね!
 


 あたしは、牽制の意味でビームマシンガンを発射した。

ミリアム機はそれを軽快に回避すると、さらに距離を詰めてくる。

あたしは、突進から上昇に転じて、ミリアムの機動を見極める。

ミリアム機は、するどい弧を描いてあたしの機体を追従してきた。

あたしは、そんなミリアムにもう一度ビームマシンガンを発射する。

3連射のマシンガンの、3発目をミリアムはシールドで受け流した。

―――来る!

 ミリアムの機動が頭に流れ込んでくる。ミリアム機は、ビームをはじきながらビームアックスを装備していた。

ブースターの炎を大きく灯しながら一気にあたしに突っ込んでくる。

「・・・くっ!」

あたしはスラスターで機体を前転させるように回転させて下から来るミリアム機のビームアックスをかわし、

彼女の後ろからバックパックを蹴りつけようとレバーを引く。

でも、ミリアムはそれが分かっていたかのように、あたしにかわされた直後には機体を反転させていて、

こっちにビームマシンガンを向けていた。

 それを感じ取っていたあたしは、蹴りの動作を中止して、バーニアを吹かして距離をとる。

離れていくあたしに、ミリアムがビームマシンガンを乱射してきた。

「うぅっ!ミリアム、本気だね…!」

あたしはビームをかわしながら、思わずそう口にしていた。

この射撃も、さっきのビームアックスの突撃も、確実にあたしを落としに来てる。伊達や酔狂じゃない。

 距離が開いた。あたしは、今度は期待を下方へ駆る。

ミリアムはさらにあたしにビームマシンガンを撃って来ている。

あぁ、もう!すごい精度だよ!お手本みたいな予測射撃…!

ニュータイプの動きじゃないけど、それにかなり近いくらいの予測の仕方だ。

避けた先に撃って来て、またそれをかわした先に撃ち込んでくる。

逃げてばっかりじゃ、ダメだ…ごめん、ミリアム…脚の一本くらいにしておきたいから、あんまり変に回避しないでね…!

 あたしは、届くわけはないと思いつつ、そう伝えながら、集中してミリアム機に向かって引き金を引いた。

でも、ビームが伸びていった先のミリアム機が、それをするりとかわすイメージが脳裏に走る。

あたしは、さらに引き金を引き、かわした先へとビームを撃ち込んで行く。

だけど、ミリアムはそれすらかわし、辛うじて掠めた一発も、シールドで器用にはじかれてしまった。

 なんて操縦をするの、あの子!

ニュータイプって感じじゃない。でも、あたしの動きは読まれてる。

それに、操縦のキレも良い。操縦技術だけなら、たぶん、あたしよりも、上!

 ミリアム機が今度はビームマシンガンを連射しながら突っ込んできた。ミリアムの気迫が伝わってくる。

やる気だね…

あぁ、もう!ホントにあんた、とんでもない頑固の石頭のバカだよ!

あたしはビームを避けながら、ミリアムが突進して来る方へと機体を加速させた。

 考えてること、分かるよ、ミリアム。射撃では落とせそうもないって、そう思ってるんでしょ?

だとしたら、一撃離脱の接近戦に持ち込もう、って腹だよね…いいよ、あたしの方も、その方が都合が良い。

撃ち合いじゃなければ確実に、その腕、切り落としちゃうんだから!
 


 あたしは、ビームアックスをサーベルモードに切り替えた。柄からまっすぐにビームが伸びていく。

ミリアムも射撃を止めて、ビームアックスを装備した。ミリアム機は、アックスモードのままだ。

リーチはこっちが有利だけど、アックスモードの方が出力が集中している分、触れたら機体が損傷するのは早いけど、

大丈夫、あんなの、当たらなければ、どうってことない!

 ミリアム機が眼前に迫った。あたしはレバーを引いてサーベルを構える。

ミリアム機は、ビームアックスを持っていない方の腕を動かした。

―――しまった…!

 その距離になって、あたしは感じ取った。ミリアムの機体は、あたし目掛けて、クラッカーを放り投げてきた。

慣性のついた機体じゃ、避けるのは間に合わない…!あたしはとっさに肩のシールドを構えた。

次の瞬間、期待を鈍い衝撃が襲う。

「くぅっ…!」

あたしは歯を食いしばってそれに耐えつつ、煙で視界のなくなったモニターを見やる。

目潰しの目的もあったんだね…でも、その手は食わない…!

 あたしは意識を集中させてミリアムの気配を感じ取る。来る…左!レバーを引いて左の腕を突っ張らせる。

そこに、ビームアックスを握ったミリアム機の腕が飛んできた。

あたしはそれを受け止めながら、右手に握ったサーベルをミリアム機の左肩周辺だろう個所に振り下ろす。

だけど、あたしの攻撃も、ミリアムに腕ごと受け止められる。

 すごい…ミリアム、あなた、いったい、どこでそんな操縦を覚えたの?!

ニュータイプでもないのに、ここまであたしに対応できるなんて…腹が立つな…悔しいし、腹が立つ!邪魔ばっかりして!

「ミリアム…お願い、邪魔しないで!あたしは、地球を守りたいだけなの!」

<あなたの言うことを信じろと言うの?!裏切り者のクセに…!>

ミリアム機がスラスターとバーニアを吹かして圧力をかけてくる。

あたしもそれに対抗してペダルを踏み込み押し返す。

 もう!確かに裏切ったのは本当だよ、あなたを傷つけたのも本当!だけど、いつまでもいつまでもグズグズと同じこと繰り返して、自分の気持ちばっかりにとらわれて!

あたしは、あたしは…

「こんのバカ!石頭!」

<黙れ、この軽薄女!>

「なによ!わからずや!」

<うるさい…!あんたに私の気持ちがわかるか!>

「分かってたまるか!あたしは…あたしは!

 あんたみたいに、いつまでもウジウジしてるヤツが大っっっ嫌いなんだよ!」

あたしは、込みあがってきた感情に任せて、ミリアムの機体を蹴りつけた。

同時に、ミリアムのギラ・ドーガの脚が飛んできて、あたしの期待のお腹の辺りにぶつかった。

慣性で吹っ飛びそうになった機体をバーニアで支え、スラスターで姿勢を整えて、またミリアム機に突っ込む。

もう、怒った!いつまでもいつまでも!だいたいあんた、あたしに怒ってるんじゃないよね!?

過去にあったいろんなことをあたしにぶつけてるだけじゃんか!

自分自身でそれと戦いもせずに、全部あたしのせいだって押し付けて、なんとかすっきりさせようとしてるだけじゃない!

あたしは、そんな甘ったれた根性したあんたに、負けるわけには行かないんだよ!

あたしは、オメガ対の10番機、アヤさんレナさんのペンションの最強の防衛線、泣く子も黙る、マライア・アトウッド曹長なんだから…!
 


 肩についたスパイクアーマー同士が衝突して、機体にミシミシとすさまじい衝撃が走る。

コンピュータのモニタ上で関節の各所に警告表示が出て、ビービ―と警報が鳴り響く。

損傷箇所は…どこ?!あたしが、そんなことを確認していたら、目の前のミリアム機が腕を振り上げた。

その腕があたしの期待の胴体に物凄い勢いで衝突してくる。

ズドンと言う鈍い衝撃と共に、全周囲モニタやコンピュータから火花が散る。

コンピュータには、胸部外部装甲破損の表示が出た。殴ったな…!この、ヘタレ女め!

 あたしはレバーを勢い良く引いて、ペダルを踏みつけながら右の腕をミリアムの機体に叩きつけた。

ミリアム機の胸部の装甲が凹んだのが確認できる。いい気味だ!

<大尉!なにやってるんです!>

<アウフバウム隊長!ロンドベル機です!>

ルーカスの声が聞こえた。ほとんど同時にミリアムがジェルミと呼んだあの曹長の声が聞こえる。

モニターには、2機のジェガンが映り込んでいた。

<まったく、レウルーラに乗ってたんじゃなかったんですか?!位置情報確認できてなかったら、どうするつもりだったんです!>

あぁ、ルーカス、そのことは言わないで…あたしの人生の中でも、渾身のミスなんだもん…

「そ、そっちのジェガンがあたしの!?」

<向こうは手一杯で、予備機は俺の機体しか出してもらえませんでした。正直、あの戦闘を抜けてくるもの大変で…すみません…>

<…ユウ・カジマだ>

別の声が聞こえてくる。ルーカスを支援してくれてた、あの大佐がこんなところまで…?

<アウフバウム大尉、援護します、一旦、引きましょう!>

<ダメよ、ここで落とすわ!>

<来ますよ、大尉!大佐、援護願います!>

<…了解した>

あたし達が、戦闘に入りそうになった、その瞬間だった。

あたしは、遠くに、声を聞いた。

何…今の?悲鳴…?歓声…?

 あたしは、機体の向きを買えた。地球の方へ。

その瞬間。

微かな光がパッとアクシズに灯って、まるで氷が溶けていくみたいに、ゆっくりとアクシズが分解を始めた。


 
 


つづく。



戦闘のどまんなかにマライアたんつっこませたら、ギュネイくらいには目立っちゃいますのでね。

別場所で、ミリアムと一騎打ちさせたかったんです。
 



ああもう、いちいち小憎らしい演出しやがるwww
まんまと引っかかってるのに気持ちイイじゃないかw

キャタピラさん頑張ってた!
乙!

>>269
いつもお読みいただき感謝です!!
みなさまに支えられて、キャタピラはここまでやってきました。

>>270
感謝!!
頑張っております!


すみません、本日投下はないのですが、お詫びと訂正があります。

時系列の件で、最後の通信の中で、ルーカスが戦闘開始まで4,5時間、

マライアは3時間待って止める、と言っていますが、ワームの作用時間と縮尺が合っていません。

これは、設定と言うか、書いているキャタピラの時間感覚で語ってしまい、物語の現実とそぐっておりませんでした。

なので、

1.ルーカスは最後の通信時、戦闘は1,2時間後の想定している
2.マライアたんは戦闘に突入されたくないので、その前の1時間待ってくらいのタイミング。
3.ワームを仕掛けてから、起動までは30分ほどと書いた気がしてましたが、1時間に延長します。

これで、やりとりの辻褄は合うかと。

この当たりの時間設定、ノリで書いていた&ワームがどうとか、正直アクシズと直接関係なかったんで適当で
こんなことになってしまいました。


お詫びして、訂正し、吊ってきます。
申し訳ございませんでした。

確かに向こうの戦闘には絡む余地ないものね
リ・ガズィも壊れてるし

おつー

こまけぇことはいいんだよ続き楽しみにしてるぜ

>>272
感謝!
マライアを向こうに参戦させたら、チェーンとかに生存フラグが立ちそうで…w

>>273
感謝!!
気にしてはいけないのは、細かいことではなく誤字です!w


そんなかんじで、CCA編、クライマックス!!!

 


その瞬間。

微かな光がパッとアクシズに灯って、まるで氷が溶けていくみたいに、ゆっくりとアクシズが分解を始めた。

「ア、アクシズが…」

あたしの言葉に、その場にいた全員が、アクシズの方を見た。

<ブライト艦長…!やったのか?>

<まさか…!作戦が失敗したの?>

<待て…この軌道…マズイな…>

大佐の声が聞こえた。あたしは、崩れていくアクシズを見て、その言葉を理解した。

大きく割れたアクシズの後ろ側が、軌道を変え、それでもなお、地球への落下コースを辿っている…!

 <アクシズが…>

ミリアムの声が聞こえる。

<ラー・カイラムにはまだ、核ミサイルが残っているかもしれない。援護が必要だ…!>

大佐が言う。そう、そうだ。あたし、こんなとこでミリアムとケンカしてる場合じゃない。あれを、止めないと…!

「大佐、アクシズへ急ごう!」

<逃げる気!?>

あたしが機体を滑らせてアクシズへのコースを取ったのを見て、ミリアム機が発砲してきた。

関節はやられてるけど、バーニアとスラスターでの機動には問題はない。

あたしはそのビームをかいくぐって、ペダルを踏み込む。

 <大尉、行って下さい!ここは俺が引き受けます!>

ルーカスの声が聞こえた。ミリアムを相手にする気!?

ルーカス、あの女、あなたでもちょっと荷が重いかもよ?!

「ルーカス、そのパイロット、結構な腕だよ、気をつけて!」

<了解です、落とせなくとも、足止めくらいは出来ますよ。先に行って下さい、すぐに追いかけます!>

ルーカスの頼もしい返事が返ってきた。ルーカス機がミリアムの行く手を阻むように阻止してくれている。

ルーカスに勝てる相手じゃないだろうけど、でも、足止めして時間を稼いでもらえるくらいのことはできる。

ルーカスはそう簡単にはやられない。頃合いを見計らって、ちゃんと引いてくれるはずだ。

ここは、ルーカスに任せよう…!

「ルーカス、お願い!大佐、急ぎます!」

<了解。マッキンリー中尉、気をつけろ>

あたしと大佐はルーカスにそう声をかけて、その場を離れた。ジェガンと、ギラ・ドーガでアクシズへと急ぐ。

<ジェルミ!やつらを追って!こいつを落として私もすぐに行くわ!>

<りょ、了解です、アウフバウム大尉!>

あたし達のあとを、ギラ・ドーガが追いかけてくる。けど、撃ってくるつもりはないみたい。

彼女の感覚が伝わってくる…あの子、戸惑ってる…あたしを撃ってしまって、いいのか、って…

 


 ふと、今度はアクシズの方から強力な気配がまるで押し寄せるように伝わってきた。

アムロの叫び声だ…怒ってる、アムロが…。でも、怒ってるってことは生きてるんだね、アムロ。

良かった…クワトロ大尉はちゃんとぶん殴ってくれたかな…?待ってて、あたしがすぐに行くから。

あたしが敵をひきつけておいてあげるから、総攻撃でも核ミサイルでもいいから、アクシズの後ろ側の軌道を逸らさないと!

 もうこんな絶望はたくさんだ…こんなことをしたって、なんにも残らないじゃない。

コロニー落としたり、衛星を落としたりすると、みんな悲しいんだよ。

それをすると、レナさんとシイナさんが、悲しい顔をするんだよ。もっとたくさんの人が、絶望しちゃうんだよ。

もうやめようよ、こういうの…

そうじゃなくたって、こんな戦いはどっちが勝っても、どっちが負けても、良いことなんてこれっぽっちも残さないんだ。

コロニーが落ちなくたって、5thルナが落ちなくたって、戦争があれば、大事な人が死んじゃうんだよ。

ミリアムやルーカスだって、前の戦争で、あんなに傷ついて、悲しい思いをしたんだ。

 ルーカスも、当時はジオン側で、ア・バオア・クーでの戦闘で被弾して宇宙に放りだされたところを連邦軍の士官に拾われて、

引き抜かれる形で、連邦に鞍替えして新しい名前を用意してもらって、あたしの隊に配属されてきたって言ってたっけ。

 ミリアムも、それから、最初のころのルーカスも、おんなじような絶望感だったよなぁ。

ア・バオア・クーの戦闘は壮絶だったんだね…撤退しようとする味方を撃墜するような戦場、あたしは体験したことないし…な。

ミリアムもルーカスも、ゲルググにたくさん仲間を殺されたって言ってた。

きっと、ひどいありさまだったんだろうな…

 機体を駆りながら、あたしはそんなことを考えていた。

この戦闘でも、同じように感じる人がたくさん出てくるかもしれない。そんなことを、許したくはない。

あたしは、やっぱりできることをしないといけないんだ。

ミリアムとルーカスみたいに…

 ミリアムと、ルーカス、みたい、に…?

 なんだろう、この胸騒ぎ…あたしは、ペダルを踏み込んで加速するのを、一瞬ためらった。

なに、この感じ…?そう思って、あたしは瞬間的に自分の感覚に神経を集中させる。

これは、一体、なに?!

 それは、ニュータイプの感覚なんかじゃなかった。

ただ、本当に、虫の予感としか言えなかったけど、あたしの中で全然別のことだって思ってた、

ミリアムとルーカスのことがつながった。

同じ戦場、同じ状況、同じ、絶望感…


―――まさか…


あたしはノーマルスーツの中の全身が寒気立つのを感じた。ゾクゾクと体中がこわばる。

<邪魔をするなら、叩き落とす!>

<できるものならやってみろ!>

二人の無線が交錯しているのが聞こえる。ダメ、ルーカス…待って、ミリアムと戦っちゃダメだ!

あたしはレバーを引いてギラ・ドーガの軌道を変えた。
 


<どうした、大尉?>

「ごめん、大佐!あたし、ちょっと行かなきゃ!ロンドベルの援護の方、お願い!」

そう叫んで翻した機体が、追ってきたギラ・ドーガの脇をすり抜ける。

彼女は、一瞬迷ったような動きを見せたけど、思い直したのかすぐに体制を整えてまた大佐の方を追っていった。

 ルーカスとミリアムはビーム兵器で激しい攻防を繰り広げている。

ルーカスも、負けてないけど、でも有利ってわけでもない。止めないと…二人を!あたしはさらにペダルを踏み込む。

ミリアム機が鋭い旋回をしながら、ビームマシンガンを放った。

ビーム弾が、ルーカスのジェガンのビームライフルに当たってライフルがはじけ飛ぶ。

でも、ルーカスはひるまずに、次の瞬間にはビームサーベルを抜いて、そのままミリアム機に突っ込んでいく。

ミリアム機も、それを迎撃するつもりのようで、マシンガンを収納してビームアックスを光らせた。

二人の思考が、頭の中で重なる。お互いに、決める気だ…

 それを理解してしまって、あたしは全身から血の気が引いた。ダメ、ダメだよ、二人とも…!

あたしはさらに機体を加速させる。

バーニアの温度を示すメーターが危険域を指し示し、コンピュータから警報が上がっている。

オーバーヒートしたら、破損しちゃうかもしれないけど、そんなことに、かまってる余裕なんてない!

あたしは、お互いをめがけて突進していく、二機の間に機体を割り込ませた。

ミリアムの機体のスパイクアーマーが胸の装甲に衝突し、衝撃に襲われながらあたしは、

振り下ろされてくるミリアムのビームアックスが握られた腕を受け止める。

それと同時にルーカス機があたしの背後から突っ込んできて、あたしの機体ぶつかって衝撃が来るのとともに、

あたしをかわすように突き出したサーベルが、ミリアム機の腕の付け根に突き刺さっていた。

あたしが受け止めたミリアム機の腕に握られたビームアックスは、それでもルーカス機の腕をもぎ取っていた。

 ミリアムと戦ったとき以上の警報が、コクピットに鳴り響いている。

フレームはガタガタだし、装甲はベコベコだし、ひどい状態。

モニター上の異常箇所を示す表示は真っ赤っかだ。
 
<何してるんです、大尉!>

<アトウッド!死にに来たの?!>

二人の声が聞こえる。

「良かった、二人とも、無事だね…」

あたしは、二人の声に安堵して、全身の力が抜けて行くのを感じた。

それでも、なんとかレバーを握って、二人の機体を掴んで接触通信をつなげる。

<アトウッド、なんのつもりなの?!まだ、きれいごとを言うつもり?!>

ミリアムの困惑した、でも、突き刺さるような声色の言葉が聞こえる。

でも、もうそれはあたしの気持ちを掻き立てるようなことはなかった。
 


「ミリアム、紹介するよ。このジェガンのパイロットは、あたしの相棒のルーカス・マッキンリー元中尉。

 13年前の戦争では、ジオンだったんだけど、戦場で連邦に保護されて、そこからは連邦所属になって、

 今は、あたしと一緒にカラバの予備役やってるんだ」

<あなたもジオンを裏切ったの!?>

ミリアムが声をあげる。でも、ルーカスは逆に、すこし落ち込んだ様子で

<いや…ジオンが、俺たちをすてたんだよ>

と静かに答えた。ルーカス、また頭に血が上ってるんじゃない?

切羽詰ると、感じることを忘れちゃのは、もったいないよ、せっかく能力あるのにさ。

「ルーカス、こっちは、ミリアム・アウフバウム特務大尉。

 13年前の戦争から、ずっとジオンで戦ってるみたい。ア・バオア・クー防衛戦にも参加してたって」

<ア・バオア・クー、に…?>

ルーカスがあたしの言葉を繰り返す。

<アトウッド、また何か企んでいるの?!>

ミリアムの叫び声にも思える言葉が飛んでくる。もう!ちょっと静かに、ミリアム!

「ルーカス」

<なんです…?>

あたしが声をかけたら、ルーカスは少し戸惑いながら返事を返してきた。

ルーカス、すこし冷静になってきたかな?落ち着いてよね。

「あなたの、ジオン時代の名前、聞いたことなかったよね。教えてくれる?>

あたしは、ルーカスに聞いた。彼は、それを聞いて、少しの間黙った。戸惑っている感じが伝わってくる。

でも、彼はすぐに、それを自分の力で、整理して、口を開いた。

<アレックス・オーランドは、死にました。俺は、今は、ルーカス・マッキンリーです>

<アレックス…オーランド…?>

そんな名前だったんだね、ルーカス。思ったとおり、ミリアムが、その名前に反応した。

彼女の機体からのプレッシャーが消える。ビームアックスから光が消えた。

<ウソ…ウソよ、彼は…彼は、死んだはず…>

ミリアムの、詰まりながらの声が聞こえる。

<…あんた、誰だ?アレックスって名前を、知ってるのか?>

ルーカスのサーベルも消えた。もう、大丈夫かな…とりあえず、このコンピュータの警報、うるさいから切っていいよね。

二人の話、聞き逃せないじゃない。あたしは、機体の制御コンピュータをオフにした。

<あなたは、本当に、アレックス・オーランドなの…?

 ニュータイプ研究所出身で、終戦間際に、ジオンの学徒部隊に編入された…アレク、なの?>

ニュ、ニュータイプ研究所!?ル、ルーカス、あそこにいたの!?

で、でも、ユーリさんも、アリスさんも、レオナもミリアムも、なんにも言ってなかったよね!?

同じ施設にいて、顔を知らないなんてことあるのかな?そりゃぁ、年代は少し離れてるけど、

でも、ユーリさんやアリスさんは、知らなかったの!?

 


<まさか…イレーナ中尉…?!だって、中尉、あのとき、撃墜されたはずだ…どうして…?

 無事だったのか…!?>

ルーカスの声も聞こえてきた。ミリアムまで名前を変えてたんだ…イレーナ、ってそういうんだね、ミリアム。

<アレク!>

ミリアムの叫ぶ声がした。次の瞬間、あたしの目の前にあった、ミリアムのギラ・ドーガのコクピットが開いて、

ミリアムがランドムーバーもつけずに飛び出してきた。

<イレーナ!>

後ろにいたルーカスまでジェガンのコクピットを上げた。

ミリアムはあたしのギラ・ドーガに手をついて、装甲の表面を伝ってジェガンの方まで回ると、

そのコクピットの中、ルーカスの腕の中に飛び込んだ。

 「っていうか、ルーカス、研究所にいたなんて初耳だよ!?

 なんで、ユーリさん達助けに行ったときに言ってくれなかったの!?ユーリさん、それ知ってるの?!」

<すみません、大尉。昔の、アレックス・オーランドの人生には忘れたいことが多くて。

 ユリウス博士たちのことは、知らなかったんですよ。

 俺は、年齢が高かったたから、別の棟で生活をしていたんです。

 ユリウス博士や、アリス博士は、レオナたちあそこで生まれたはじめの世代を担当してたんだと思います。

 俺たちは、もっとも初期にサイコウェーブの検出に利用されてた世代なんです>

ルーカスの、申し訳なさそうな声が聞こえてきた。

そっか、だからあのときのルーカスは、あんまりあたしに絡んでこないで、

おとなしくシャトルの運転なんてしてたんだね。知らなかったとはいえ、悪いことしちゃったなぁ。

「二人は、どんな関係だったの?」

正直、そこまでわかっているわけじゃない。

まぁ、話と、今の二人の様子を見れば、お互いの守りたかった相手、だったんだろうなってのはわかる。

落ち着いたら、ちゃんと話w聞いてあげよう。きっと姉弟みたいな間柄だったんだろうな…。

<俺の、大切な人、でした>

ルーカスの涙でくぐもった声が聞こえて来る。大切な人、か。あたしにとってのアヤさんみたいなものかな?

まぁ、詳しい話は、あとで聞けばいいや。今は、それよりも、アクシズへ行かなきゃ…

でも、この機体じゃあ、正直、もう無理、かな…。

 あたしは割れたモニター越しに、ミリアムの機体とルーカスのジェガンを見る。

ルーカスのジェガンは、まだ十分動きそうだ。ミリアム機は、もうダメだね。

ルーカスのビームサーベルが、機体の胸部装甲まで溶かしてる。基幹機能まで影響出ちゃってるかもしれない。
 


「姫様、聞こえる?」

<マライアさん!>

あたしは無線に呼びかけてみたら、姫様はちゃんと、答えてくれた。

「ごめん、機体がぼろぼろになっちゃった。

 もしよかったら、代わり出してもらえないかな?姫様自身を守るための戦力だってのはわかってるんだけどさ…

 でも、この機体じゃ、もうアクシズへは向かえないかもしれない」

<…わかりました。ジンネマン、すぐにギラ・ドーガを一機、アウフバウム大尉の代替機として射出してください>

<し、しかし、姫様…!……!?あ、あれは、なんだ…!?>

<…!?…アクシズが、光っている…>

ジンネマン、と呼ばれた姫様の警護を命令されている人物と、姫様が戸惑った様子になっているのが聞こえて来る。

アクシズが、光ってる…?

 あたしは、機体の向きをそっと変えて、地球の方を見た。そして、その光景を見て、息を飲んだ。

 アクシズから、緑色の光がまるで絹のように広がっているのが見える。なんだろう、あの光?

優しい心地がする…あれは…サイコウェーブ?あんなに強力な、こんなに暖かい能力を引き出せる人が居るの…?

 あたしは、まるで満ち溢れてくるようなその感覚を受け入れて、そして、その中心を探った。

アクシズが、地球へと落下して行く、その落下面から発生しているようにも感じる。

あの中心にいるのは…アムロ!?

 <なんて、きれいな…>

<大尉、なんなんです、これは…?>

「わかんないよ…でも、あそこに、アムロがいる…」

<アムロ大尉が…?>

ルーカスがそう言って黙った。

 次の瞬間、あたしは、もっと驚くような光景を見た。

アクシズの周囲にあった、モビルスーツらしい無数の光点が、きらめきながら機動して、アムロの居る、アクシズの落下面に突入を始めた。

嘘…嘘でしょ…!?

<あいつら、まさか、アクシズを押し返そうとしているのか?>

<そんな…無理よ…あんな数じゃ…!>

ルーカスと、ミリアムの声が聞こえる。

光学測量では機種までは判別できないけど、あの戦闘空域に居た光点のほとんどがアムロのところに集結している。

敵も、味方もない…みんなが、地球を守ろうって思ってる。

正しいとか、間違ってるとかじゃなくて、あの下にいる人たちと、青い地球を、守ろうって思ってる。

あたしには、それが伝わってきていた。何を考えたわけでもないのに、自然と涙があふれ出してくる。
 


もう、あたしが行っても間に合わないだろう…

モビルスーツがいくら集まったって、搭載しているバーニアなんかで、アクシズを押し戻すなんて、出来る芸当じゃない。

あれは、落ちる…でも、次々とモビルスーツが集結してアムロの周りに集まってる。

大気摩擦が始まって、引力と摩擦とで、いくつもの光点がアクシズから吹き飛ばされているのが見える。

それでも、それでも、誰も諦めてない…連邦も、ネオジオンも、あれを止めようとしている…!

 不意に、アムロの居たあたりがひときわ明るく光ったと思ったら、そこからまっすぐに、碧の光が広がって行った。

 暖かい…なんて、暖かい光なの…あたしは、もう、アクシズを止める、とか、そんなことを思う以上に、この感覚におぼれていた。

まるで、ペンションで、アヤさんとレナさんと一緒にあの白い砂浜にいるみたいな、心を温めてくれるような、温もりが…

<バカな…アクシズが…>

<押し戻されてる…?>

二人の声が聞こえた。アクシズの表面から、摩擦熱で光っていた赤みが消えた。

アクシズ自体が、軌道をゆっくりと変えている。押されているって感じじゃない。

まるで、大気圏の上を滑るようにして、ゆっくりと、でも確実に落下コースからは遠ざかっている。

アムロ、やったの…?あなた、やったのね!

 地球から、アクシズが遠ざかる。碧の光が、地球を覆うように広がっていく。

あれは…iフィールド?地球全体に、iフィールドが展開されたの?

いったい、どこの誰がそんなことをやれるっていうの?アムロの力?ううん、違う。

あれは、アムロの感覚なんかじゃない。あれは…あの感じは、そうだ…

あれは、やっぱり、あの暖かい、島や、港や、砂浜の感じだ。あれは…あたし達が地球で感じてる暖かさだ。

地球が、アムロ達の意思に答えて、iフィールドを…?そんな、非現実的な事って、あるの…?

わからない…実際に目の前で起こったことなのに、どうしてなんだろう…?

帰ったら、アリスさんたちに聞いてみようかな…。

 <マライア…>

そんなことを思っていたら、不意に、無線からそう声が聞こえてきた。ミリアムの声だ。そう言えば、今、名前を…

「また、マライアって呼んでくれたね、イレーナ、だっけ」

<ううん、イレーナの方が、偽名なの。私、身分も年齢も誤魔化して士官学校に入ったから…ミリアムが私の本当の名前だよ>

「そっか、じゃぁ、ミリアム、どうしたの…?」

<その…あの、ごめん、ね…>

ミリアムの声が聞こえてきた。あの光を見たせいかな…?ミリアムってば、やっと分かってくれた。

謝らなきゃいけないのはあたしの方なんだけど、さ。

「ううん、こっちこそ、ごめん。今回は、本当に後手後手でさ。

 ミリアムを傷つけちゃったし、もう、いいトコなしだよ」

<ううん、もういいの…>

ミリアムの穏やかな声が聞こえる。ミリアムとも話したいことはいっぱいだな。

ま、それは落ち着いてからでいい、か。とりあえず、これでもう戦闘は終わるよね…

姫様に回収してもらうよう頼まないと。

あ、でも、姫様に回収頼んじゃったら、地球に戻りにくくなりそうな気がする…ミリアムとルーカスはどうするつもりかわからないな…

でも、もしミリアムが姫様のところに戻るつもりなら、今回収してもらっておいた方が良いよね。

じゃないと、これから逃げて行くあの艦隊がどこに隠れるか分かったもんじゃないし…
 


 「ね、ミリアム」

あたしがそのことを聞こうとして、ミリアムにそう話しかけた時だった。

ボロボロで警報だらけにコンピュータから、音がした。

これは…モビルスーツの反応?近づいてくる…

<なに、マライア?>

「ごめん、ミリアム、待って。ルーカス、レーダー確認して。これ、あたしの方の故障じゃないよね?」

あたしは、コンピュータに写ったレーダー情報を確認して、ルーカスにそう聞いてみる。

<…?!これは、連邦機…?10機…いや15は居る…!>

あたしのコンピュータに写っているのと、おんなじだ。

15機の連邦のシグナルを発しているモビルスーツが急速にこっちへ接近してきている。

あたし達を救助に来た、って感じの規模じゃなさそうだ…!

 「まずい…!姫様!ジンネマンって人!連邦機が急速接近中!速度を上げて、離脱して!」

あたしは無線にそう怒鳴った。連邦のシグナルと、ロンドベルのシグナルの二種類いる。

こいつら、まさか、姫様を狙って…!?あのあったかい光を見てもまだ、そんなことをしようとするなんて…

こんな言い方したくないけど…オールドタイプの、頭の固い方の連中だ!

<アレク、迎撃して!ミネバ様を守らないと!>

ミリアムの叫び声が聞こえる。迎撃、って言ったって、簡単じゃないよ…

ルーカスの機体は、片腕がない。あたしのはもう動くので精一杯。

ミリアムの機体に至っては、多分、下手に動かそうとしたら、爆発しかねない。

だけど、何かしないと…艦隊が、危ない!最大戦速で離脱するんじゃ、モビルスーツの射出も簡単じゃない。

すぐに援護は出てこないかもしれない。これって、ヤバい!

 「姫様!早く!」

<マライアさん達はどうされるのです!?>

姫様の声が聞こえる。あたしは、レバーを握っていた手に、ギュッと力を込めた。やるしか、ない。

「あたしは、あいつらを食い止める…!」

<そんな機体では、無理です!>

「無理でもなんでも、やらなきゃならないんだよ!姫様、逃げて!あたしとの約束、忘れないで!」

<…!わかりました…マライアさん、どうか、死なないで…!ジンネマン、最大戦速で離脱を!>

姫様、分かってくれた。良かった…ホント、ミリアムとは反対で、強くて物わかりのいい子だ。

そんなことを思ったら、笑えてきた。

 あぁ、せめてこの機体がゼータだったらなぁ。ボロボロだろうが、15機くらいなんとか出来たかもしれないのに…

ギラ・ドーガじゃ、あたしの実力の半分も出せないよ。

ルーカスのジェガンと2機でやったって、とてもじゃないけど、うまく行く気はしないな。

それでも、なんでも、あたし達はやるしかないんだ。

姫様と、お互いを守るために、ね。こんな絶望的な状況でも、さ。
 


 <ルーカス、お願い!>

<ったく!あんたとの戦場は毎回これだ!ウリエラやキリの二の舞を見るのは、ごめんだよ!>

二人のやりとりが聞こえる。ミリアムと、ルーカスの戦場、か。ア・バオア・クーのことかな。

それとも、別のところかな。ミリアムは、この絶望で、大事なものを失ってきたんだね。

あたしは、もうなんだか、すでに疲れてるけど、きっと今って、ソフィアのときと同じだ。

味方には、損傷して消耗した機体があるだけ。敵は、ピンピンしたモビルスーツがいっぱい。

いくらあたしやルーカスの腕が良くったって、あのときの、フェンリル隊みたいに苦戦するのは絶対だ。

どんなに考えたって、勝てる策なんか出てこない。でも、大事なものを守るためには、逃げることもできない。

あはは、困ったな、13年経って、またおんなじ問題を突きつけられちゃったな。

成長したあたしは、ここで一体、何ができるんだろう?

この絶望的な状況で…


 絶望―――そっか、ミリアムは、あたしと似てるんだ。

分かった…あたし、分かったよ、あなたのこと。あなたは、あたしだったんだね…

もう一人のあたし。あのとき、ソフィアを救えなかったあたし。

ライラもルーカスを死なせちゃって、デラーズフリートがしたコロニーの落下を止めることができなかったあたし。

地球でレナさんも、アヤさんも守るこのとのできなかったあたし…

だから、あんなに、イライラしたんだ…だから、大っ嫌いだって思ったんだ…

だから、こんなに助けてあげたいって、思ってるんだ…。

 「ミリアム、ルーカス、聞いて」

そう思ったらあたしは、そう無線に話しかけていた。

<大尉、何か策でも?>

ルーカスの声が聞こえる。でも、違うんだ、ルーカス。ごめんね、ルーカス。

「あなた達は、ここを離れて。ジェガンなら、撃墜される心配はない」

<な、なにを言ってるんです、大尉!>

<マライア!一人でここを打開する案でもあるっていうの!?>

「策なんて、ないよ。ミリアム…ルーカス。あたし、二度目だ、こんな絶望的な状況。

 あなた達もそうなんでしょ?ア・バオア・クーのときに、きっとこれとおんなじような目にあってるんだよね…?

 あたしは、あのとき、たくさんの仲間に支えられて、なんとか最悪は避けられた。

 自分の命も、ソフィアの命も、消える寸前のところで、救われた。

 あなた達は違ったんだね。守りたいって思った人たちをみんな、失っちゃったんでしょ…?」

こんなの、怒られるよね。でも、ね、アヤさん。あたし、そうしてあげたいんだ。

だって、絶望ばっかりの人生なんて、かわいそうじゃない。

あたしがしてもらったのとは違う、みんなに助けてもらえてなかった人生なんて、寂しいじゃない。

「だから、行って。あなた達二人の“運命”はあたしが代わるから。

 その代わりに、ミリアムとルーカスには、あたしの“運命”をあげる。アヤさんも、レナさんも、隊長も、

 レオナや、ユーリさん達も、それからフレートさんにハロルドさんに、シイナさんも、カレンさんも、

 隊のみんなも、みんなあげる…だから、これからは、あのあったかい陽だまりの中で、

 みんなに囲まれて生きてって。あたしは、もう、みんなに十分、幸せにしてもらったから…!」

 


<大尉、何バカ言ってんです!>

ルーカス、怒ってる…そうだよね、でも、最後くらい、優しい声聞かせてよ…ごめんね、ルーカス。

 あたしは、握っていたレバーを引いた。

ギラ・ドーガが装備していたビームマシンガンから、ビームが発射されて、ルーカスの機体の脚を一本もぎ取った。

どう、連邦機…!あたし、ジェガンを撃ったよ!あたしは、あなた達の敵!かかってきなさいよ!

ただで落とせると思ったら、大間違いなんだから!姫様にも、ミリアムにも、ルーカスにも指一本触れさせない!

体がバラバラになったって、機体が粉々のデブリになったって、あんた達に、あたしの大事なものなんか奪わせない!

あたしの、命に代えても!

 あたしは、思い切りペダルを踏み込んだ。連邦機があたし目がけて群がってくる。

<大尉!>

<マライア!>

二人の叫び声が聞こえた。はやく離脱しなさいって、言ってるでしょ!

「ルーカス、これは命令!さっさとどっかに消えなさい!」

 あたしは、軋む機体を駆った。連邦機が、ビームライフルを掃射してくる。

ペダルを片方だけ踏みつけて、わざとバランスを崩しながら、AMBACの姿勢制御とスラスターで不規則に攻撃をかわしていく。

動きが鈍い!反応が遅い!これだから廉価機ってイヤなんだよ!あたしの腕が、十分に反映されないでしょ!

あたしはやっきになりながらレバーについたトリガーを引いた。

ビーム弾が、連邦のジムタイプに当たって、装甲をめくり上げる。まずは、1機!

ビー、と警報が鳴りだした。あぁ、Gのせいで、左腕の関節が負けた…!

ミリアムのバカ、あんたが殴ったせいだからね!関節の異常でAMBACの制御が突然に乱れる。

あたしは、なんとか機体の体制を整えようと、ペダルを踏み込む。艦隊の逃げた方へは行かせない…

ほら、着いてきなさいよ!あたしはさらに加速して艦隊とルーカス機から離れるコースを取る。

案の定、連邦機はあたしを取り囲むようにしてついてくる。バカなやつら…!誘われてるってことも知らないで…!

あたしは、もう、あたしの意思とは全然違う動きしかできなくなりつつある中で、でも、狙ってマシンガンを撃った。
外れる…ダメだ、機体がブレちゃって、定まらないよ…!参ったな…接近戦なら、やれるかな…!?

そんなことを思った瞬間、あたし目がけて、ビームが一直線に伸びてきた。

あぁ、これは、当たる!

避けることもできないまま、あたしは、そのビームを何とか構えたシールドで受け止める。

だけど、その反動で、機体がまるで、主翼を失くした戦闘機みたいな回転を始めながら、すっ飛んで行く。

レバーを引いて、スラスターを吹かして、ペダルを踏み込んでバーニアの出力を上げても、姿勢が立て直らない。

もう!もう!!まだ、1機しかやってない!あと、14機…こいつら全部、落とさないといけないんだ!

 だけど、ついには、全周囲モニターの半分くらいが見えなくなった。遠心力で、機体が壊れてるんだ…

これじゃぁ、敵、狙えないじゃない…!そんなことを思いながら、それでも必死にレバーを引いていた目に、何かが飛び込んできた。

 なんだろう、そう思った次の瞬間には、目の前がパッと明るく光った。



まぶしいくらいに、何も、見えなくなるくらいに…


 あぁ、終わっちゃったのか、な…はは、さすがに、無理だった、な…


アヤさん、ありがとう…レナさん、ごめんね…カレンさん、アヤさんと仲良くね…レオナ…一緒に居れて、楽しかったよ…!

 あたしは、そんなことを思いながら、まっしろに輝く視界に包まれながら、そっと、目を閉じた。
 



 ドシン、という鈍い衝撃があった。あぁ、着弾した、と思ったら

<マライアちゃん!>

と、あたしを呼ぶ声がした。

 なに…?あたし、やられたんじゃないの…?

 あたしは、そう思って、目を開けた。目の前には、まるで、網目のように交差するビームの残像が残っていた。

ビームの網目…?まるで、多方向から一斉にビームを撃ちこんだみたいだ。

そんなこと、出来る兵器って…ファンネル?まさか、いったい、誰が!?

アムロ…?それとも、クワトロ大尉なの…?!

<マライアちゃん、大丈夫!?>

また、あたしを呼ぶ声。ちょ、ちょっと待って…この声って、もしかして…

「マリ!?」

<マリじゃないよ、プルの方!>

プル…?プルって、え、だって…あなたは…なんで…?どうして…?

「プル!?だって、だってあなた、ジュピトリスで木星へ…」

<ジュピトリスは3年で帰って来るの知らないの?わたし、帰ってきたんだよ!>

あたしは、割れて、映らなくなっているモニターを確認した。

後ろに、見たことのないモビルスーツが取り付いている。接触通信…?このモビルスーツにプルが乗っているの…?

「それにしたって、なんでここが?ジュピトリスなんて、どこにも見えないのに…」

<マリが、呼んでたんだよ。マライアちゃんが危ないって、急いで、お願いって。

 だから、ジュピトリスから高速のシャトルにこの子を乗せて、急いで先にこっちへ来たんだ>

マリが?だって、マリ、地球に居るはずだよね…?

まだ見えてもいないジュピトリスまで、思念を届けたっていうの…?そんなの、そんなのって…!

<大尉!>

ル、ルーカスの声だ。

<大尉、無事ですか!?その機体は!?>

「ル、ルーカス…これ、プルだって、言ってる…」

<プル!?>

<あ、そっちのは、ルーカスちゃん?>

<…!プル!一機撃ち漏らしてる!>

ルーカスの声が響いた。

 ジェガンが1機、プルのサイコミュの攻撃をかわして、こちらへ突っ込んできている。

<生意気に!>

プルはそう言って、たぶん、10機以上のビットをいっぺんに動かして、そのジェガンに集中砲火を始めた。

でも、ジェガンは機体をひねらせ、急性動と急軌道を繰り返して、それをなんとか、といった具合で回避した。

<こいつ、やる…!>

「ちょ、ちょっとプル!そのパイロット、もう戦意ないよ!ほっといてあげよう!」

あたしは、あのジェガンから滲んできていた恐怖を感じ取った。

あたしの言葉にプルもそれに気づいて、攻撃をやめる。

ジェガンは、無傷だったけど、ほうほうのてい、って感じで、地球の方へと飛び抜けて行った。
 


 一瞬で、助かっちゃった…はは、あはは…プル、プルだって…なんだか、ひとりでに笑えてきた。

まだちょっと信じられなかった。だって、プルは木星に行ってて、それで、あたしは、もう死んだと思って、それで、
えっと…あぁ、ダメ、すごい混乱してきた…

 <マライアちゃん、その機体、もうダメだよ!こっちに来て!>

プルのそう言う声が聞こえて来る。あたしは、呆然としながらも、ギラ・ドーガのコクピットを開けた。

すぐ前にプルのモビルスーツのマニピュレータが伸びてきて、コクピットから飛び出したあたしを掴まえて、

プルの居るコクピットへ引き寄せてくれる。

 あたしは、マニピュレータを蹴ってコクピットに飛び込んだ。

そこには、赤と黒のデザインのノーマルスーツに身を包んだ、マリと同じくらい大きくなったプルが居て、

あたしに笑いかけてくれていた。でも、すぐにふっと何かに気が付いたみたいに、顔を上げる。

それから、肩をすくめてあたしをみやって、

「ごめん、マライアちゃん。この機体、やっぱりダメだった。ルーカスちゃんに乗せてもらおう」

と言ってきた。ダメ、ってどうして?被弾しているようには、見えなかったけど…

あたしは、そうは思ったけど、プルに連れられたコクピットを出た。

ルーカスに信号弾を飛ばして迎えに来てもらう。

プルは、コクピットの中で何かを操作をすませて、外に出てきた。それから、ヘルメット越しに頭を押し当てると、

「ありがとう、クインマンサマークツー。あなたの設計は、きっと役に立つはず。あの子を助けてやって…」

とつぶやいた。先に乗り込んでいたジェガンに、プルを引き入れた。

プルは、クインマンサ、と呼んだ機体に何かの思念を送り込む。すると、機体は、姫様達の艦隊の方へと飛んで行った。

「プル、何をしたの…?」

「うん、あの艦隊の役に立つかな、と思って。わたしにはもう、必要ないからね」

そう言ったプルは、明るい笑顔で、ヘルメットの中で笑った。なんだか、もう、頭の中がおかしくなってる。

まともに物を考えられない。いろいろ聞いてみたいことがあるような気もするけど、それがなんだかも良くわからないや。

 とにかく、全身疲労感でいっぱいだし、頭の中はこんなだし、もう、ちょっとダメだ、これ。

あたしは、そのままプルにしがみついた。あとはよろしく、プル。そんなことだけど思って、あたしは、瞳を閉じた。

 プルが、あたしの体をキュッと抱きしめてくれるのが伝わってくる。あ、そうだ。

あたし、これだけは言っておかなきゃ、プルに。遠のき始めた意識を引き戻して、あたしは、ヘルメットのシールドを上げた。

それをみたプルも、不思議そうにあたしを見つめながら、自分のヘルメットのシールドを開ける。

「おかえり、プル。大変だったでしょ?あとでいっぱい、話聞かせてね」

あたしが言ったら、プルは、マリやレオナとおんなじ、いつものまぶしい笑顔で笑った。

「うん、ただいま、マライアちゃん!」
 




つづく。


次回、エピローグ第1章?
 



うまくクシャトリヤに繋げおった……

ここぞ!という時にミリアムとルーカスの所に戻るのがマライアのマライアたる所以なんだろうね。
アムロやユウの様にはなれないしなるつもりもないだろうし。

しかし戦闘シーンとかUCレベルの作画で脳内再生されてるから興奮が止まらんww

ミリアムは予想ついてたがルーカスはまさかだったわ
でルーカスはどっちとくっつくんですかね


 滑走路に降り立った。どこまでも、青い空が広がっている。

肌を刺すみたいな日差しと、微かに香ってくる、潮の匂い。帰ってきた…

あたし、生きて帰ってきたよ、アルバに!

 なんだか、飛び上がりたくなるような心持ちだった。

もう、嬉しくて嬉しくて、あたしは、プルの手を引いてズンズンと空港の建物の方に歩いていく。

自動ドアから中に入って、ゲートを抜けてロビーに出た。

見回したら、いた、見つけた。あたし達の方を見て、手を振ってくれてる…!

アヤさん、レナさん、ロビンにレベッカに、ユーリさんとアリスさんとカタリナとマリ。レオナも来てくれてる!

あたしは、ルーカスとマリオンをそこに置いて、

プルの手をグイグイ引っ張りながら半ば引きずるようにしながらみんなのところまで走った。

「ただいま、アヤさん!」

もう、タックルに近いくらいの勢いでアヤさんに突っ込む。

アヤさんは、そんなあたしをいつものように軽々と受け止めてくれた。

「お帰り、マライア」

ポンポンと、アヤさんがあたしの頭を叩いてくれる。

「あなたが、プルね。はじめまして」

レナさんが、あたしに引きずってこられたプルを見て、笑顔で挨拶をする。

プルはちょっと照れながら、レナさんに挨拶を返した。

プルの周りに、ユーリさんたちが群がって代わる代わるモミクチャにしている。でも、プルもうれしそうだ。

 そこに、ルーカスろミリアムがやってくる。

「みなさん、ご心配をおかけしてすみませんでした」

ルーカスがそういう。まぁ、心配かけたのは、あたし1人だけど、ね。

なんて正直に言ったら、アヤさんにこのまま関節技をかけられそうだったから、黙っておいた。

そんなことよりも、だ。
 


 あたしは、ミリアムの顔をチラっと見やる。

彼女は、最初はなんだか首をかしげていたけど、次いで、びっくりしたような顔になって、

最後には、確信を持った表情で、目に根涙を浮かべた。

「レ、レナ…?」

ミリアムが、かすれた声でそうレナさんの名を呼ぶ。それに気がついたレナさんは、

「うん、そうだよ、イレーナ。久しぶり」

と笑顔を返した。

 レナさんには、サイド5に居るときにこっそり連絡してやったからね。

ミリアム、びっくりしたでしょ?いい気味だよ!

 偽のレウルーラの中で、ミリアムの部屋に入ったときに、壁に掛かっていた写真をあたしは覚えていた。

最初は、見たことある顔だな、カラバかなんかの知り合いだっけ、なんてのんきなことを言ってたけど、全然そんなんじゃなかった。

シャトルの中で思い返していたら、それは、あたしが初めて会ったときよりも、さらに数ヶ月前に取られたレナさんとミリアムの写真だった。

 話を聞いたら、1年戦争当初、ミリアムは地球へ降下するジオン軍の防衛任務についていたらしい。

あの写真に写っていた人とは、兵学校時代からの友人なんだと、ミリアムは言ってた。

ミリアムは地球に降下するその友人を援護する任務についていたんだ、とも話してくれた。

やっぱり、ニュータイプの“引き”ってすごいよね。

「レナ!」

ミリアムはレナさんに飛びついた。ふふ、ミリアムも喜んでるし、まぁ、これも良かったかな。

 あたしはやっぱりうれしい気持ちになって、自然と笑顔がもれていた。

「さて、とりあえず、ウチかな。大変だったんだろ、あんなことに首を突っ込んでたんだからな。

 とにかく、うまいもの食って少し休め」

アヤさんがそういってくれた。あぁ、アヤさん、やっぱあたし、そうやって、優しくあったかくしてくれるアヤさんが大好きだよ。

 そんなことを思いながら、あたしは、出来る限りの、全力の笑顔でアヤさんに返事を返した。

「うん!」

 ペンションに戻ったあたし達は、いつものとおり、お帰り会をしてもらった。

久しぶりに飲む、アヤさんお気に入りのバーボンは美味しいし、本当に用意してくれてた、ニホン産のお肉も美味しいし、

それに、アヤさんもレナさんも笑ってるし、優しいし、もうホント生きてて良かったって、心のそこからそう思った。

 プルはユーリさんとマリとレオナのおかげですぐに慣れたみたいだったけど、

ミリアムの戸惑いっぷりったらなかったな。そりゃぁ、きっとこんなのは初めてだろうしね。

結局ミリアムは、終始、ルーカスのそばに縮こまってくっ付いていて、まるで子どもみたいでおかしかった。

ミリアムもここにいればきっと明るくなってくれるかな。うん、絶対、そうなるよね。

だって、ここにはみんないるんだもん。

楽しくって明るくって、困ることも大変なこともいっぱいあるけど、それでも、みんなで力をあわせて乗り越えていくんだ。

 ここが、あたし達の帰る場所なんだ。誰にも壊させない、誰にも邪魔させない。

ここが、あたし達の居場所。ここが、あたしの住処なんだから、ね。



 





 その晩、私は、なんとなく寝付けずに、昼間大騒ぎをしていたホールへ降りた。

シーンとしたホールに、アヤって人と、レオナって人の寝息が聞こえている。

私は、ホールの大きな窓から、外を眺めた。遠くに暗い海が見えて、そこに月が写り込んで、

キラキラ、ユラユラと輝いている。

そんな景色を見ながら、なのか、デッキに座っている人の姿が見えた。

―――あれ、マライア?

 私は、それに気がついて、静かにサッシを開けて、デッキに出た。

マライアが気がついて私の方を見るなりうれしそうに

「あぁ、ミリアム」

なんて声を上げた。私は、彼女に笑顔を返す。

「寝れないの?」

マライアはあたしにそう聞きながら、私に隣に座るように促してくる。

「うん、なんだか、ね」

促されるがまま、私はマライアの隣に腰を下ろした。

 サッと、柔らかな風が吹き抜けていく。マライアが何も言わずに、ビールの瓶の栓を切って私に押し付けてきた。

私も黙ってそれを受け取る。

「ん」

私が受け取ったら、今度は自分の瓶を持ってこっちに向けて掲げてきた。

なんだか、そのしぐさがおかしくって、すこし笑ってしまったけど、

私は自分の瓶をマライアの瓶にぶつけて口をつけた。

 苦くて冷たい感覚とアルコールの風味が、口の中いっぱいに広がる。ふぅ、と思わずため息が出てしまった。

今度はマライアが、そんな私を見てふふっと笑った。

 それから、私達はどちらからともなく口をつぐんだ。

私は、と言えば、口を開いたらまた「ごめんなさい」って言ってしまいそうな気がしていたし、

マライアはどう感じているのか分からなかったけど、でも、あれから私とマライアとの会話はいつだって、

「ごめんね」と「あたしこそごめん」の繰り返しだったから、マライアもおんなじことを思っているかもしれないな。

 また、穏やかな風がサワサワと吹いてきた。

スルスルと肌を撫でて抜けていくその風は、まるで、いつかのマライアに感じたように、

私の心からくすんだ何かを取り去ってくれるような感じがした。
 


 「ね、ミリアム」

不意にマライアが口を開いた。

「ん、なに?」

私はそう尋ねる。

「…ミリアムはさ、これから、どうするつもり?宇宙に出て、姫様を探すの?」

マライアは、表情こそ、ボーっとした感じだったけど、そう、探るように私に聞いてきた。

「まだ、決めてないんだ。でも、ミネバ様を探すのは難しいと思う。

 だったら、少し、ここで過ごしてみるのも良いかもしれないなって、思ってる。

 こんなに軽い気持ちになれるのは、子どもの頃以来かもしれない。

 明るいかもしれない明日に期待して、寝るに寝られない気分なんだ」

私は、感じていたことをそのまま話した。ミネバ様のことは、気にならないといえば嘘だ。

でも、あれだけの護衛もいたし、もしかしたら、ミネバ様は私なんかに心配されるほど弱くなんてないのかもしれない。

ミネバ様は、なにがあってもマライアを信じていた。

もちろん、ミネバ様に発現しつつあったニュータイプ的な能力のせいかもしれないけど、だけど、

私のように取り乱して、感情に飲まれることはなかった。

冷静に、マライアが一番安全な方法を瞬時に選択して、総帥に会わせるとまで言ったんだ。

それに、私ひとりで宇宙に上がったって、

散り散りになって身を隠しているだろうネオジオンの残党からミネバ様を探し出すのは無理だと思う。

もちろん、マライアに頼めば一緒に探してくれるだろうけど、ミネバ様にそれが必要かどうか、なんてわからない。

「そっか」

マライアは、私の話にそうとだけ返事をして、なにがおかしいのか、ヘラヘラといつもの調子で笑った。

私は、どうしてか、それがうれしかった。
 


 マライアとこうして笑い合えることを、私は望んでいたのかもしれない。

こんな、穏やかな時間をずっと求めていたのかもしれない。

あのとき、シャトルの中で妹を助けられなかった私が、戦争で、すべてを失ってしまったことに絶望した私が、

地球に降りて逃げ隠れするだけの暮らしを送り続けた私が、ずっとずっと、欲しかったものだったのかもしれない。

 何気ない平穏とか、些細な楽しみとか、明るいかもしれない、明日、とか。

そういうものの全部を、私はマライアに貰った。

あの時、マライアは「あたしの運命をあげる」と言ってくれたけど、でも、

こうしていると、そんなことをされなくったって、マライア、あなたに会えた私は、もう救われていたのかもしれないね。

アレクと再会させてくれた。私を守ってくれた。そばに居て、支えてくれた。

姫様と5thルナの件でマライアはすごく悩んだんだろうし、それで私は、傷つけられたって感じてしまったけど、

でも、それでもマライアは常に私たちのことを考えてくれていた。

それだけは、変わらない真実。

カラバのお喋り悪魔、なんて自分では言って笑っていたけどね、マライア、あなたは私にとっては、

傷だらけで、それでも、あの暗い絶望にとらわれないで、不屈の精神を持った、傷だらけの優しい天使様、だよ。

 「ぶっ!」

そんなことを思っていたら、突然マライアが噴きだした。

「な、なに?」

「いや、今、ものすごいイメージが伝わってきたら、思わず…」

あ…あぁ!しまった!今、私のイメージを共感したの!?

そ、そりゃぁ、頭の中に、ボロボロでも笑ってる、羽の生えた天使みたいなマライアを想像しちゃったけどさ!

そ、そこは黙っておこうよ!?なかったことに、かか、感じなかったことにしとこうよ!?

 私は、顔が熱くなるのを感じて、思わず、マライアの肩口を平手で叩いてしまった。

でも、マライアはそれでも、クスクスと笑っている。

「あー、あたし、ミリアムの中でそんな風に写ってたんだねぇ。あははは、そっかそっか、これはうれしいな」

笑いながらそんなことを言っては、さらにお腹を抱えて笑い続ける。もう!もう!!やめてよ!!本当にやめて!!

 でも、私の気持ちを知ってか知らずか、マライアはそれからしばらく笑い続けた。

最初は恥ずかしいやら悔しいやらでプリプリしていたけど、笑っているマライアを見ていたら、なんだか、

そんなことを気にしていることが自分でも可笑しくなって、気がついたら私も、声をあげて笑っていた。

 二人してなんとか笑いを押さえ込んで、ふうとため息をついた。サラッと風が吹いてくる。

本当に、気持ち良いな、これ…

「マライア」

気がついたら、私は、彼女の名を呼んでいた。

「ん、なに?」

「私、あなたに出会えて、本当に良かった」

スルッと、何の抵抗もなく、そう言葉が出た。マライアは、満面の笑みで、私を見つめてきて

「うん。あたしもだよ、ミリアム!」

って、私の良く知っている、大好きな、いつもの笑顔でそう言ってくれた。


 




 鐘が鳴り響いている。あたしは、人ごみから少し離れて、教会の庭の隅っこの芝生に腰を下ろしていた。

あたしの視線の先には、白いドレスに身を包んだミリアムと、どこで借りてきたんだが、

あんまり似合わない白いタキシードを着込んだルーカスがいる。

その周りをみんなで取り囲んで、シャンパングラスを片手に、騒々しく談笑している。

 ここは、島で唯一の教会。地球へ戻ってから半年、今日は、ミリアムとルーカスの結婚式だ。

ミリアムもルーカスも、見たことのない明るい笑顔で笑ってる。

あたしはそれを見ていたら、なんだか自分も幸せな気分になって、知らず知らずのうちにニヤついていた。

 「なにやってんだ、あんた」

不意に声がしたので、振り返ったら、まるであたしに忍び寄るみたいに、パンツスーツ姿のアヤさんがいた。

うわっ、なにこれ、すごいかっこいい…あたしは、一瞬見とれてしまってから我に返って

「…う、うん、二人を見てたんだ」

と答えた。するとアヤさんは、顔をしかめて

「良かったのかよ、あんた」

なんて言ってくる。言葉の意味は、まぁ、分からないでもない。

あたしともう10年以上も一緒にいてくれているルーカスだ。

お互いのことは、夫婦みたいに知ってるし、まぁ、それこそ、同じテントで野営したりとか、

ルーカスの腕の中で泣きつかれて寝ちゃった、なんてことも、そりゃぁ、あったけど、さ。

「別に?あ、これは、負け惜しみじゃないよ?ルーカスは、なんか、弟みたいな感じなんだよね。

 好きだけど、なんていうか男に見れないっていうかさ。

 それに、ルーカスとミリアムはずっと昔から想い合ってたんだもん。

 新参のあたしがクビを突っ込むなんて、野暮じゃない」

「そうかよ。まぁ、そこまで言うならもうなにも言わないよ」

あたしの言葉にアヤさんは納得したんだか諦めたんだか、そう言ってあたしのそばに腰を下ろした。

まさか、アヤさん、あたしを慰めに来てくれたとか?だとしたら、それはお門違いだよ。

あたしは、本当にルーカスのことは弟くらいにしか思ってなかったんだから。

そりゃぁ、頼りになる相棒だし、ミリアムと結婚したからって、なにかあるときは問答無用で引っ張っていくつもりだしさ。

断るようなら、ぶん殴って気絶させて、引きずってでも連れて行く。

だからまぁ、結婚しようが何しようが、今までのあたしとルーカスとの関係がどうこうなる、ってわけじゃないんだ。
 


 そんなことを思っていたら、今度はレナさんまであたしのところにやってきた。

レナさんは、アヤさん以上に複雑な顔して、あたしの表情を覗き込もうとしている。

だから、大丈夫だってば!もう!みんな心配性なんだから。

 心配してくれるのは嬉しいけど、でも、今二人がしてるのは、まったく不必要な心配だし、あんまり役に立つ方のことじゃない。

ちゃんと説明して、疑いを晴らさないとな、疑いって違うか、壮大な憶測に基づく勘違いっていうか?

まぁ、いいや。とにかく、だ。

「あのね、10年一緒にいて、あたしとルーカスの間にはなぁんにもないんだよ!?

 キスはおろか、そう言う雰囲気で手を握ったこともないんだから!

 そりゃ、あたしがダメなときに胸借りて泣かせてもらったことは何度もあったけどさ…

 それは、仲間として!恋愛感情でそんなことしてたわけじゃないんだからね!」

あたしは、二人に安心してほしくって、そう力説した。

そうしたら、アヤさんもレナさんも、それを聞いて盛大にため息を吐いた。

「なるほどなぁ、そっか。お前、惜しいことしたよ、ルーカス、良い男だったのにな」

「ホントに…。まぁ、ルーカスくんが手をださなかった、っていうのも問題だとは思うけどね…

 今でこそミリアムとああして一緒になったけど、辛かっただろうな、10年間も」

「なんてったっけ、こういうの?据え膳?」

そう言い合って、二人はなんだか呆れた様子でまたため息をつく。

 え、ん?待って、どゆこと、それ?なんで、そんなルーカスがあたしのこと好きだった、みたいな感じになってんの?

え…?あ、あれ…?えっ…えぇぇぇぇ!?ル、ルル、ルーカス、もももしかして、そそそそそそうだったの!?

 あたしはびっくりして、二人の顔を交互に見据えた。アヤさんとレナさんは、渋い表情で黙ってうなずいた。

 ああ、まずったなあ、そうだったんだ…近くに居すぎて、そんなこと全然感じ取れなかったもんなぁ…

あたしは、そんなことを思って頭を抱えてしまった。

「まぁ、もう手遅れだ、あきらめろ」

アヤさんがそう言って、あたしの肩をポンっとたたいてくれる。

ん…?あきらめる、って、なに?だから、それは違うって…

「ね、だから、それは違うんだって。あたしは、ホントにルーカスは弟みたいに思ってただけなんだから」

「じゃあ、なんでそんなにショックそうなの?」

レナさんがそう聞いてくる。そんなの、決まってるじゃん!

「だって、ルーカスそんな風にあたしを思ってくれてたのに、あたしってば、なんにも考えずにルーカスに抱き着いたり着替え見せちゃったり…!

 いやこれ、逆の立場だったらただの拷問でしょ?!

 っていうか、ルーカスどうしてあの状況で一切なんにもしてこなかったのよ!?鉄の意思すぎるじゃん!」

あたしが半狂乱でそんなこと言ったら、アヤさんとレナさんは、顔を見合わせてプッて噴出して、声を上げて笑いだした。

「ははは!なんだよ、ほんとにあんた、なんでもないのかよ!」

「あははは!ルーカス可哀そうだったんだねぇ!」

もう!笑い事じゃないんだってば!
 
あぁぁぁ、謝りたいけど、いまさらそんなこと言ったっておかしな方向に話がいっちゃうじゃん!

あたしは、10年間の罪を、ずっと胸にしまいながら生きて行くしかないんだね、この先ずっと…

うぅ、なんかルーカスの顔を見れなくなっちゃうかもしれない。

あたしは、なんだかシュンと気落ちしてしまうのを感じた。

鈍くてごめんね、ルーカス…気が付いて、聞き出してあげられてれば、ちゃんと振って、失恋させてあげられてたのにね…。


「ったく、そんなんじゃあんた、一生結婚なんてできないぞ?」

アヤさんが、笑いを収めてそんなことを言ってきた。

「あたし、結婚するつもりなんてないよ?」

「は?」

「え?」

あたしが思わずそう言ったら、アヤさんもレナさんも、びっくりした表情であたしのことを見つめてきた。

な、なによう…そんなに見つめられたら、恥ずかしいじゃん。

「結婚しないって、じゃああんた、どうするつもりなんだよ?」

アヤさんが、そんなわかりきったことを聞いてくる。えぇ?今更それを説明しなきゃなんないの?

もう、しょうがないなあ…

「ずっとここにいるよ。ずっとアヤさんとレナさんのそばに居させてよ。

 あたしは、そのためにずっとがんばってきたんだ。

 アヤさんとレナさんの笑ってる顔を見ること、その笑顔を守るのが、あたしの生きがいなんだ。

 だから、結婚なんてするつもりは、あんまりないんだよ。

 だって、今以上の幸せって、たぶん、あんまり見つからないような気がするんだよね」

あたしは、思っていたことを、伝えた。迷いも、後悔も、ためらいもない。

だって、あたしは、マライア・アトウッド曹長なんだ。

アヤさんが家族だって言ってくれた、オメガ隊の末っ子の、泣き虫だけど、ここぞってときには、なんでもやれる、

自分で言うのはなんだか変な感じだけど、二人と、二人の大切なものを守る天使さまなんだよね。

それがあたしの使命で、あたしの幸せで、ここがあたしの帰る場所で、みんながあたしの家族。

他に行くところも依るべきものもない。

どんなことよりも大事な、どんなことにも代われない、あたしの宝物だ。

 「あんた…なに、バカなこと言ってんだよ…」

アヤさんが、そう言ってきた。バカでもなんでも、いいんだ。

「マライア…本気なの?」

あたしはレナさんに頷いて返した。本気も本気!

でなきゃあたしは、今頃はラー・カイラムにでも乗って宇宙を駆け巡っては世のため人のため、とか思って戦ってると思うしね。

 二人は、呆然とあたしを見つめている。あたしは、ふふん、と鼻を鳴らして胸を張ってやった。

ここに居て、あたしの宝物を守る、それがあたしの決めたことで、あたしの誇りだ。
 


 そんなことを思っていたら、唐突にレナさんがあたし目がけて突進してきた。

「うえぇ!?」

と声を上げる間もなく、あたしは座っていた芝生の上に、タックルされたラガーマンみたいに倒れ込んでしまっていた。

あたしの体に両腕を回して締め付けてくるレナさんがあたしの耳元で、掠れた声で囁いた。

「バカよ…マライア、あなた、大バカよ…」

だから、バカでも何でも良いって…あ、ちょ!ア、アヤさん!それはまずい!まずいって!!

レナさんに何かを言い返そうとしていたあたしの目には、レナさんの上からあたしに飛びかかってくるアヤさんの姿が映っていた。

ズムっとあたしの体にアヤさんの体重が降りかかってくる。こ、呼吸がで、出来ないっ…!

そんなあたしのことを知ってか知らずか、アヤさんはそのままあたしの後ろに回ると、抱きしめてるつもりなんだろうけど…

腕をあたしの首元にまわして強烈に締め上げ始めた。

 「うっ…ぐぅぅ!」

あたしは、猛烈な勢いで熱くなる胸と脳の苦しみから逃れようと、必死にアヤさんの腕をタップする。

でも、当のアヤさんは

「ごめんな、マライア。アタシ、あんたにキツいことばっかりやさせて…命かけさせるようなマネばっかさせて…

 もう、二度とそんなことしないからな。安心しろ。

 あんたがアタシらを守ってくれるっていうんなら、あんたのことは必ずアタシとレナで守ってやる…

 だから、もう、どこへも行くなよ…!」

目の前が、うっすら暗くなってくる。行くな、って言われても、ね、アヤさ、ん…あ、あた、し、い、逝…き…そ…

「ア、 アヤ!マライア、白目むいてるよ!?」

「えぇ?!うわっ!おい、大丈夫かよ?!」

レナさんの声が遠くで聞こえたと思ったら、アヤさんのびっくりしたような声も聞こえて、首に回っていた腕がほどけた。

止まっていた血と、酸素が脳へと送られ、呼吸がもとに戻る。くぅぅ、危なかった…今のは、本当に危なかった…。

「なにするのさ!この、鬼!悪魔!」

あたしは、そう叫んで、あたしの背後に居たアヤさんに腕をつかんでひねり上げようとした。でもアヤさんは

「あはは、悪い悪い」

なんて笑いながら、グニャリとそれをいなすと、反対にあたしの腕を絡め取ってそのまんま引っ張ってくる。

「ちょ、危ないよ!アヤ!マライア!」

それを止めようとしてくれたのか、レナさんがいきなり体当たりしてきた。

いやっ!レナさん、そんなことされたら…!

 あたしは、レナさんの体当たりでバランスを崩してしまって、アヤさんとレナさんと一緒になって、芝生に倒れ込んでしまった。
 


「もー!いったいなあ!」

あたしが文句を言ったら、アヤさんが笑って

「だから悪かったって!」

なんて、言い訳にもならないことを言ってくる。

「ふたりとも、何年経ってもホントに変わらず元気だよね」

レナさんも、そう言って笑っている。なんだか、それをみたら、あたしもほっぺたが緩んできた。

だって、そうでしょ?

 そばに立っていた木が、サワサワと風に揺れる。木漏れ日がキラキラと輝きながら降り注いでくる。

おんなじようにキラキラと太陽を反射させている海の潮の香りと波の音を、風が届けてくれている。

 地球はこんなにきれいで、それに、アヤさんとレナさんが笑ってる。

こんなの、笑顔にならない方がおかしいんだよ。

「この先だって、ずっとずっとあたしは元気だよ!二人が居てくれれば!」

あたしは、そう言いきってやった。そしたら、ストン、と、アヤさんの手があたしの頭に降ってきた。

その手は、いつもみたいにあたしの髪をくしゃくしゃに撫でまわしてくれる。

レナさんも、あたしの肩に手を置いてくれる。

「あんたのためにも、アタシらは笑顔を絶やさないようにしないとな」

「大丈夫だよ。だってここに居て笑顔にならない方がおかしいんだから」

アヤさんとレナさんがそう言った。あたし達はそれから顔を見合わせて笑った。



ここがあたし達の帰る場所。みんながあたし達の家族。

どんなことよりも大事な、どんなことにも代われない、あたし達の宝物だ。


 「ね、アヤさん、レナさん」

「ん、なんだよ?」

「実はさ、ちょっとお願いがあるんだけど」

「なに、マライア?」

「あのさ、良かったら、どっちかの卵子をあた、ぐぁっ!肘は痛い!もう!バカ!冗談だってば!」

「冗談でも言っていいことと悪いことがあるだろ!?」

「そう?じゃぁ、あたしの使う?マライア?」

「なっ!?レナ?レナさん!?」

「ホントにぃ!?」

「あんたは調子に乗るんじゃないっ!」

「ぎゃぁっ!やめてっ!三角締めはやめてっ!」

なんて、本当に他愛のない、いつものやり取りを飽きることなく続けていられる。

あぁ、もう、ほんと。あたしって、あたし達って、幸せだ。




――――――――――to be continued to their future...
 




以上、CCA編完結です。

なんかもっといろいろ書こうかとも思ったのですが、この感じでさらっと行った方が

分かりやすくていいかな、と。


あとがきはまた後日。


以下、レスです。

>>288
感謝!
もしかしたら、クシャトリアのベースになった機体があってもいいですよね、小型化されたクインマンサ。
それから、UCつながりで言うと、偽レウルーラに潜入したときにマライアが見たシャアっぽい人って誰だったのでしょうね、とか。

>>289
感謝!
ルーカスくんは、裏ファースト編とCCAプロローグに、文章構造をまったく同じにしたパートを使ってます。
そこいらあたりくらいしか、アレク=ルーカス、となるヒントはなかったかもしれんです。

超乙!!!!

乙です&日常編よろしくです

乙でございました
マライアちゃんは傷だらけ可愛い

ていうか完全に別エピソードだと思ってこのシリーズ終わった後の楽しみにとっておいたら
最後の最後でネタバレ喰らってしまったでござるの巻wwww

おつー
面白かったよー



ああ、帰るべきところに帰ってくれた感じだ。
個人的にルーカスとくっつくエンディングは嫌だなあと思ってただけに。
アムロはララァに対して謝っていたけど、マライアは誰に気兼ねすることなく「帰れる場所」に帰れるね。
こんなに嬉しいことはないwww

>>301
超感謝!!

>>302
感謝!&了解しておりますw

>>303
感謝!!!
裏Z編ですね、すみません、ネタ的にはグリプス戦争末期にミネバとともにクワトロに連れ去られるミリアム、というのを
考えては居たのですが、それを書いちゃうと早い段階でミリアム=イレーナと言うネタバレになっちゃうかと思いましてw

>>304
感謝!!!

>>305
感謝!!!!
ルーカスとの結婚は最初からほとんどかんがえてませんでした。
マライアは、あれで正解なんだと思います。


以下、あとがきのようなもの。


お読みいただき感謝感謝です。

今回のCCA編は、ご都合主義的な部分を極力排除された世界で生きてきたミリアムと
ご都合主義の恩恵に受けまくったマライアの対比、を描くことが目的でした。
キャタピラ的に、相容れない二つをぶつけて、どっちが勝つかハラハラドキドキしてみたかったのです、はい。

ちなみに、ミリアム・アウフバウムという名前ですが、マライア・アトウッドと裏表になるようにと名付けました。
「アトウッド=Attwood→at+wood」、「アウフバウム=auf+baum」で、「auf」は英語でのinとかonとかちょっと苦しいけどatにあたり、baumは木、つまりwoodです。
「ミリアム」はヘブライ語で、「マリア」の語源ともなった旧約聖書に出てくる女預言者の名でもあり、良い印象と悪い印象の両方をもつ名前のようでした。
処女懐胎した「マリア(=マライア)」に対して、「ミリアム」の名は、淫的なニュアンスを持つ神話もあるようで、対比的に面白いなと思って拝借した次第です。

ようは、マライア・アトウッド≒ミリアム・アウフバウムってことでした。
マライアが作中で言っていたように、ミリアムは絶望に黒く塗りつぶされたもうひとりの「あたし」であり、
このふたりの接近と好意と対立が、ご都合主義VSリアル調戦史の対比として話の骨組みになっていたわけです、はい。

そんな感じでもう一回読み直してくれても良くってよ?


自分で書いておいてあれだけど、長すぎてキモイ。
 

乙。
向こうでまんまと騙されたと思ったが、ここに来てこんな形で繋がるとは。

騙され続けた気分。そして清々しい気分。


次回作期待してる。

まさか1st編の冒頭に繋がるとは思ってもいなかったよ
思わず全編読み直してしまった!


 階下からにぎやかな声がする。

私は、慣れない雰囲気を感じて目を覚ました。

ここに来て、3日目。レナと、彼女の“妻”なんだという、アヤが経営するこのペンションに滞在している。

 ここには、レナにアヤに、娘のロビンとレベッカに、マライアと、えぇと、それから、

レオナって言う、レベッカの産みの親と、それから物静かでいつも他の人たちを遠巻きに、優しい表情で見つめているマリオンって子がいる。

 あと、ほぼ毎日顔を出すカレンという女性と、レオナの両親と妹達は、半ばここに住み着いているようなものだ。

それから、まだ一度しかあったことのない、シイナという人と、その夫のハロルドに、デリクと車イスのソフィアって夫婦がいるらしい。

ソフィアって子については、マライアからよくよく聞かされた。

なんでも、1年戦争答辞にジャブローに掴まってきた子で、マライアと彼女が所属していた部隊員たちとで脱走させた子なんだそうだ。

 他の人たちについても、マライアはおおよその話を、私に聞かせてくれた。

ほとんどの人たちが、戦争を戦っていた人達だったけど、でも、最終的には何か大切なもののために、

“戦争と”戦って、ここにたどり着いたみたいだった。

そんなものと戦おうだなんて、考えたこともなかった。

特にアヤって人は、まるで難しい気持ちや考えを全部叩き壊して、信じたことをやり抜くような強さを感じられた。

マライアからも同じ感覚を受けたことがあったけど、アヤは、自分だけじゃなく、

周りにいる人に対してもそうするための勇気と強さを与えてくれるような感じもあった。

マライアがあんなだったのも、彼女の影響が大きかったのかもしれない。とにかく、豪快で力強い、そんな人だった。


 私は着替えを済ませて一階のホールに降りた。

そこでは、ロビンとレベッカが手伝いをしながら、レナとレオナが配膳をしている。

昨日から宿泊している10歳くらいの男の子を連れた夫婦が、テーブルについて、準備をしているレナ達と楽しそうに談笑していた。

「あぁ、おはよう、“ミリアム”」

レナが、鳴れない呼び方で私にそう声を掛けてきた。

 戦争前、妹と家族を失って、連邦憎しで兵学校に入る際、年齢の足りなかった私は、

事務をやっていた軍人に紹介されるがまま、年齢をごまかした戸籍をつくり、兵学校へ潜り込んだのだった。

それが、イレーナ・バッハと言う名前。あの戦争で、死んだ、ジオン軍の中尉だ。

 「ミリアムお姉ちゃん、アタシの作ったオムレツ食べてよ!上手に出来たんだ!」

もうすぐ10歳になるんだ、と言っていたロビンがそばによってきて、私にそんなことを言ってくる。

その笑顔は、平和で、優しくて、温かくて、私も思わず、クスっと笑顔になってしまう。
 


 戦争から離れた私は、なにを思って生きるんだろう?

あの晩、マライアと話した私はずっとそんなことを考えていた。

いつまでもここで世話になっているわけには行かない。私は、戦うことじゃないなにかを、ここで見つけなきゃいけないんだ。

 「うん、ありがとう、ロビンちゃん」

私はそう言って、彼女に促されるがままに、席についた。

 ロビンが、自分で焼いたと言うオムレツと、それからスープのお皿を持ってきてくれる。

私の食事は、もう3日スープばかりだ。ユーリさん、とか言う、レオナの親だっていうお医者さんが、

宇宙旅行症候群対策で、私のために食事メニューを用意してきた。今日のはずいぶんと、ゴロゴロ野菜が入っている。

昨日の晩御飯は平気だったけど、こんなにたくさん、食べられるかな…

 そんなことを不安に思っていたら、ロビンがニコニコしながら私を見つめてきているのに気がついた。

これは、残すわけにはいかないかな。私は、ロビンに笑顔を返して、先ずはオムレツを口に運んだ。

卵の中には、細切れのお肉と野菜が閉じられていた。

ほのかなバジルの香りと、卵に閉じられたお肉の味と野菜の風味が口の中に広がる。

うん、おいしい…これをロビンが?

 私はそう思って、ロビンを見やる。彼女は、私が何かを言う前に、

「良かった!」

とうれしそうな笑顔で言って笑った。私、そんなに美味しいって顔してたかな?

「ロビン、ちょっとこっちきて手伝ってくんないか」

そうしてたら、アヤがそんなことを言いながらホールに入ってきた。ロビンは、ピョンと飛び跳ねて

「いいよ、どうしたの?」

と聞いている。

「ん、マライアにボンベの充填頼んでたの忘れててさ。あいつが向こうに行っちゃったから、

 ダイビングの器材チェックとバッテリーの積み込みの両方やらなきゃいけなくて」

「分かった!ママに言ってくるね!」

アヤに言われて、ロビンは小走りにキッチンへと入っていった。昨日は学校だったけど、今日は休みらしい。

彼女は、ここの手伝いをするのが好きなのか、朝から楽しそうだ。

 「騒がしちゃって申し訳ない。食事が終わるくらいには、準備が整うようにしておくんで」

アヤは私をチラっと見やってから、私の奥に座っていた家族を見て言った。家族は、明るくそれを了承している。

それからまた、私に視線を戻してきて

「な、今日はあんたもどうだ、ミリアム」

なんていってきた。どうだ、ってなにがだろう?と思っていたら、彼女は

「ダイビング。試してみないか?」

と言い添えてくれた。ダイビング、と言うのは、スキューバダイビングのことだろう。

ノーマルスールのようなものを着て、海の中に潜るあれか…

泳ぎは、ずいぶん昔、それこそ、サイド3にいたころにやったことはあるけれど…大丈夫かな?
 


 「やったことないけど、大丈夫ですか?」

「あぁ、うん、宇宙をノーマルスーツで移動するより簡単らしいから、大丈夫」

アヤはそう言って笑ってくれる。そっか、なら、やってみてもいいかもしれないな。

ずっとここでのんびりしているよりは、すこしでも活動して、ここの生活になれておいたほうが良いと思うし。

「そっか、それなら、お願いします」

私がそういうと、彼女はうれしそうに笑って

「おし、そうこなくっちゃな!食事終わったら、レナに言ってくれれば、準備手伝えると思うから!」

と何でか分からないけど、胸を張った。

 「母さん、お待たせ!」

パタパタと、ロビンがキッチンからホールに出てきた。

「うん、急がせてごめんな。頼むよ!」

「了解、任せて、船長!」

ロビンはうれしそうにそう言いながらアヤに飛びついた。

アヤはロビンを片腕でひょいと抱えると、ロビンと仲良く話をしながら、ホールを出て行った。家族、か。

私、もう15年以上もずっと1人だから、そんな感覚、忘れてしまっていたけど、そう、あれが家族なんだよね。

ちょっと形式の変わった家族だな、なんて思ってみるけど、でも、ここにいる人たちはみんな幸せそうにしている。

形はどうあれ、そのことがきっと一番なんだろう。

 私は食べ終えたあとの食器を、キッチンに運んだ。

中を覗くと、レオナとレナが、キッチンの隅に小さなイスを出して、小ぢんまりと食事をしていた。

「あ、“ミリアム”、置いといてくれればやったのに」

レナがちょっと慌てた様子でそういってくる。

「ううん、アヤさんがダイビングに誘ってくれて、準備するなら、レナに聞けっていうから、そのついでに、ね」

私が言ったら、レナは納得した様子で

「あぁ、そういうこと!なら、ちょっとお茶でも飲んで待っててよ。すぐにこっち終わらせていくからさ」

レナの笑顔も、アヤみたいで、まるで太陽を反射して輝く、あの青い海みたいだった。
 






 港から、潮風を切って船は走っていた。ホールにいたお客に、私に、船を操縦するアヤとマライアに、ロビンもついてきている。

「ひゃっほーーー!海だーー!」

マライアが二階のデッキでそう絶叫している。

さっきからマライアはテンションが上がりっぱなしで、まるで子どもみたいだ。

それに引き替え、ロビンはお客の家族とニコニコしながら話を弾ませている。

営業ってわけでもないんだろうけど、でも、そう言う意識がもしかしたらあるのかもしれないな。

 それにしても、蒼い海と、青い空と、輝く太陽に、吹き抜けて行く潮風。なんて、心地良いんだろう。

私は船の舳先に腰を下ろして、そんなことを考えていた。

 港を離れて少し。前方に小さな島影が見えてきた。

近づくと、岩でごつごつとした島で、上陸には不向きそうだ。アヤはそんな島の岩場の近くに船を止めた。

エンジンが止まるのと同時に、彼女は軽い足取りで梯子を降りてくると、ゴーグルのようなマスクを装着し、

腰に重りを結びつけた。そんな彼女にマライアが何やら鉤状になった大きな釣り針のようなものを手渡した。

その釣り針には頑丈そうなロープが括ってある。

「んじゃ、頼むな」

「うん、了解」

そう言葉を交わしたと思ったら、アヤが突然に船から飛び込んだ。

舳先から海中を覗いたら、アヤはそのまんま、海底まで潜って行って、岩場にロープを括り付け、プクっと海面に浮かびあがってきた。

「よーし、オッケー。マライア、準備手伝ってやってくれ」

「はーい」

船から上がりながらアヤがマライアにそう言う。

マライアは素直に、家族連れにノーマルスーツみたいな、ウェットスーツを着込ませ、機材一式を装備させていく。

「ほら、ミリアムお姉ちゃんも早く」

ロビンが私に声を掛けてきた。私は舳先から後部のデッキへと向かい、ロビンとアヤにまるで着せ替え人形のようにされながら、

スーツとBCDと言う、ベストのようなものを付けらえた。それから背中に小型のタンクを背負う。

そこに、レギュレータを繋いで、さらにベストにもホースを繋ぐ。

 私の準備が整う頃には、家族連れの方も準備が整っていた。

「じゃあ、ノースさん達はアタシがレクチャー役で。マライア、あんた、ミリアムとロビン頼むな」

「うん、わかった!」

マライアはそう返事をする。ていうか、マライア、アヤさんと一緒に居ると、ほとんどそんなことしかしゃべらないよね。

マライアが、彼女のことを心の底から信頼して、尊敬しているのが分かる。

でも、あの自信たっぷりで、どんなことにもくじけないマライアが、

こうも素直に他人の言うことを聞くのがなんだか可笑しくて、私はクスっと笑ってしまった。
  


 それから、私は、マライアとロビンの先導で、海中に潜った。透き通った海中には、色とりどりの蛍光色の魚がたくさんいた。

それだけじゃない。海の中に差し込んでくる太陽の光が、波に揺られてキラキラと輝く様子とか、水に包まれている心地良さとか、

マライアやロビンが捕まえてくる、なんだかうねうねしてたり、つんつんしてたりする見たことのない生き物たち…。

そっか、これが、地球なんだね…。

 私は、改めて、そんな当たり前のことを感じていた。

 それから、何度か、船と海中とを行ったり来たりしているうちに夕方近くになったので、船は港にもどった。

港から車でペンションに戻って、私はマライアに言われてシャワーを浴び、ホールに出された夕食を摂った。

 水の中にいるってのが、こんなにも疲れることだなんて、知らなかった。これもまた、地球での新しい発見だ。

 食事のあと、私はそんな疲れた体のせいで、ホールのソファーで居眠りをしてしまった。

居眠りなんて、もうずっと昔、子どものころにしたくらいだったな、なんてことを思いながら、睡魔に身を任せていた。

どれくらいたったか、目が覚めたときには、ホールは真っ暗だった。でも、そこには微かに人の気配がした。

体を起こそうとしたら、毛布がかけらていたのに気付いた。これは…?
 


 私は、目を擦りながら暗がりのホールを眺める。すると、

「あ、起きた?」

と声がした。レナの声だ。

 私は目を凝らすと、レナはホールのテーブルに座り、小さなランプのような明かりを灯した手元で、

小型のコンピュータのキーボードを優しく叩いている。

「ちょっと待ってね、もうすぐ今日の伝票打ち終わるから」

レナはそんなことを言いながら、コンピュータのモニタに視線を落としている。

私が体を動かしてミシミシ言う骨格を元に戻していたら

「ふぅ、お終い」

とレナが口にした。

 「バーボン飲もうと思うんだけど、ミリアムも飲む?」

レナはコンピュータの画面を閉じながらそんなことを言ってきた。私は、それを聞いて黙ってうなずいた。

 レナが用意してくれたバーボンをグラスに注いで、乾杯する。私がそれを口に運ぶと、レナは嬉しそうに笑った。

「まさか、こんな形でまた会えるなんてね。マライアから連絡をもらったときは、本当に驚いたよ」

レナがそう言ってまた笑う。

「レナは空港に来たときは知ってたんでしょう?

 私はなんにも知らされてなかったから、一瞬、何が起こってるのか理解できなかったよ」

私はちょっと不満げに行ってみたら、レナはクスっと、またまた笑った。それから、遠くを見つめたと思ったら、

「ずいぶん経ったもんね、あれから…もう、14年くらい前、かな?」

と、静かな口調でつぶやくように言った。

「うん、そうだね。14年も前だ。まだ私が、17のとき。兵学校2年目の、モビルスーツ適正テストから数えて、ね」

「あぁ、あれね。あのときの教官は怖かったなぁ。

 そのあと、正式に配属が決まってからの、ほら、なんて言ったっけ、えっと…」

「ん、ヤッケ・バルト大尉?」

「そうそう!あの人は愉快な人で、好きだったんだよね」

私が記憶の彼方から呼び起こした名を口にしたらレナはニコニコしながらそう言ってくる。

 そう、14年前。私は、サイド3の一角にある小さな軍事用コロニーに居た。

2年目になって、各専科に配属するためのテストの一環で、兵学校からそこへと学生全員が移動していた。

3人一組の小隊が編成された私は、そこで彼女と出会った。

レナ・リケ・ヘスラー。

忘れもしない、絶望と怨恨に染まったイレーナ・バッハが、唯一心を許すことのできた、かけがえのない、友達の名だ。


  



つづく。


さて、一連のシリーズ最後となるペンション日記は、番外編。

日常のコマを交えながら送る、過去の話。

彼女たちがどのような思いを胸に秘めて、戦場に立つことになったのか。

実は、ZZ編のレオナの話とか、裏1st編を書いているあたりでチラっと思いついてて、

アヤレナ達の世界感を補完するために、いずれ語らねばならなと思ってました。

ペンション日記番外編、エピソード0s、始まりです。



以下、レスです。

>>307
おぉ!騙されてくれた人!感謝です!!!
もうちょっとだけ続くんで、よろしくお願いします!

>>308
感謝!!
読み返していただけてうれしいっす!
でも、まだちょっと早かったかもしんないw
 



この時代でもやっぱりスキューバはあの格好でやるのかね?
パイロット用ノーマルスーツが万能すぎて違和k……いや、ジャブロー潜入時の赤鼻さん達のイメージか!!
すっきりした

>>316
感謝!
おそらく、時代が流れても便利になっても、
あの手のスポーツって、あんまり変わらないと思うんですよねー


皆さま、投下が滞っていてすみません。

仕事が年末でバタバタしてきてまして、あまり書く時間が取れませぬ。

週末までには整えます故、しばしお待ち下さいますよう
お願い申し上げますm(_ _)m



おまっとさんでした!

いろいろ忙しかったり考えたりしてて、ずいぶんと間が空いてしまいましたが

とりあえずペンション日記のプロットが完成したので投下再開いたします!


よろしくです!




 0078.3.19

<貴様ら!それで教科課程を修了してきたというのか!?なっとらん!>

教官の怒号が無線から聞こえて来る。

<チャーリー、そっち、大丈夫?>

<あぁ、なんとか。お前はどうだ、イレーナ?>

「こっちもなんとか。こんなにも揺れがひどいなんてね…ちょっと、想像してなかったです」

私は、コクピットの中のレバーにしがみつきながらそう返す。

<それでも、イレーナ良い感じ。チャーリーの方が危なっかしいな>

<レナだって、同じようなもんだろう?>

<ふふ、まぁ、三人とも似たり寄ったりなのは確かかもね>

レナさんの声が聞こえたと思ったら、別の、耳をつんざくような怒鳴り声も響いて来た。

<おい!3班!私語をするな!譴責されたいか!>

<は、もうしわけありません>

レナさんが、そう言う声が聞こえてきたけど、教導隊との無線を切った彼女の機体のコクピットの映像がこっちにつながれた。

彼女は、ノーマルスーツのバイザーを開けて、ベーっと舌を出して笑っていた。本当に、すごい度胸をしているよな、彼女は。

 私達は、サイド3の一角にある、軍事コロニーに居た。

士官学校の本校舎がある1バンチ、ズムシティから、訓練や試験のためのこの軍用の試験施設へと出向いてきていた。

 現在私達はモビルスーツと言う新型兵器の適性テストの第3次試験前の練習の真っ最中。

だけど、変な方向に気合いの入りすぎている教導官が居て、どうにもやる気があがらない。

怒鳴ってばかりで人心を掌握できると思っているなんて、前世期の人じゃあるまいし、

二十歳にもならない私にだってもっと別の方法を考え付くだろうに、まったく、情けない人だ。

レナさんがあそこまでシレっと相手にしないのも分かるけど、

でも、彼女のやり方は少しだけ危うくて、あまりそばで聞いていて安心はできなかった。

だけど、あの怒鳴ってばかりの教導官の相手をするの気が滅入ってしまいそうだ。

そう言う意味では、レナさんと一緒にいることができて、幸いと思える部分もある。

 レナさんは、同期の中でも異色の経歴の持ち主で、軍人の家系で、お父さんもお母さんも、お兄さんも軍人。

レナさん自身も、去年までは戦術課程に居たらしい。

そこから実戦訓練課程を受けに、わざわざ編入してきたのだという。

なんでも、そっちの方が絶対に役に立つから、と両親に言われたからだそうだ。

 だから彼女は、私達よりも年齢が上だ。

まぁ、私自身のことを言えば、1つ年齢を誤魔化しているから、周りにいる人たちはみんな年上ではあるんだけど。
 


 そんなことを考えていたら、先頭を歩いていたレナさんの機体が、事前にレクチャーされていたコースから外れた。

「レナさん、そっち違いますよ」

私が声を掛けたら、レナさんのムスっとした声が聞こえてきた。

<“レナ”だって、言ったでしょ、イレーナ>

「あ、う、うん、ごめん、レナ。そっちは、行き過ぎ。手前の廃ビルの間を9時方向」

<あちゃ、間違えた。どうも、方向感覚だけは鈍いんだよね。

 宇宙で迷子になるようなことになったら、さすがに、笑えないな>

レナさん…レナはそう言いながらも、クスクスと笑った。

 彼女とは、今朝一緒になったばかりだけど、なぜだろう、不思議と、そこはかとない安心感を覚えていた。

お姉さんみたい、と言ったら、きっと彼女はまたムスっとするだろうけど、

でも…きっと、それに近い感覚なんだろう、と私は心のどこかで感じていた。

 訓練が終わってすぐ、私達は、寮の部屋割りが発表された。ここへきている中で、女子訓練生は数えるほどしかいない。

私はレナさん…レナと同じ部屋だった。そのことに、なんの感慨も覚えなかった。だって、当然だって思ったから。

嬉しいのも、嫌だなって思うこともなかった。

 荷物を部屋に運び込んで、やっと休憩を貰えた。ここで2週間、みっちりと基礎訓練が行われる予定になっている。

基礎訓練が終わったら、学校へ戻って、今度は宇宙空間での飛行訓練。

それまでに、3分の1くらいはふるい落とされる、って話を聞いた。

ここに残るだけでも、相当の倍率だったけど、さらにここから絞られるんだと思うと、正直、落ち着かない気分ではある。

部屋に入って、荷物を開けている最中にそんな話をレナとしたら、彼女は

「まぁ、難しいこと考えても仕方ないよ。やれることを、出来る限りやるっきゃない」

なんて、あっけらかんと言ってのけた。

年齢のせいなのか、それとも性格なのか、なんにしても、そう言ってくれると、肩の力が抜ける思いがした。

 そんなレナと一緒に居るせいだろうか、夕食を摂って、消灯時間になってベッドに入っていた私は、久しぶりに、あの夢を見た。

燃え盛るシャトルの中で、繋いでいた手を、放してしまった瞬間の夢。

振り返ったらそこには、大好きだった妹の姿がなかった、あの夢だ。
 


 ハッとして、目を覚ました。汗をいっぱいにかいている。あぁ、そう、夢、夢だ…思い出すことなんて、ない。

忘れたままでいいんだ…私はそう思いながら、タオルで汗をぬぐおうと思って、体を起こした。

そんなとき、声が聞こえた。

「大丈夫?」

レナだった。彼女は、私のベッドの足元に腰掛けていて、心配そうな表情で、私の顔を覗き込んでいた。

レナが、私の手をそっと握ってくれる。

「怖い夢でも、見た?」

レナの瞳が、私をまっすぐに捉えた。

茶色い、大きなその瞳は、本当に私を心配して、見つめられているだけなのに、

なんだか、肩を抱かれているような暖かさがあるように感じた。とたん、涙が、頬を伝った。

 あぁ、違う、違うの…これは…悲しくなんて、ないはずなのに…なんで…なんで…?

そのことに気が付いてしまった私は、強烈に切ない感情が胸の奥からこみ上がってくるのを意識してしまった。

止めどなく、涙があふれて止まらなくなる。

 「ん、そっかそっか…なんだかわかんないけど、大丈夫だよ」

レナはやわらかな笑顔でそう言うと、空いている方の手で、私の頬の涙をぬぐってくれる。

それから、私をそっとベッドに押し戻した。

「ついててあげるから、寝な」

レナは、優しく私にそう言ってくれた。いや、その…でも…

「あ、あの…あ、汗を」

私が言ったら、レナはハッとした表情になって、それからバツが悪そうにへへへと笑った。

「ごめん、そう言うことだとは思ってなかった。じゃぁ、準備済んだら、声かけてね」

そう言ったレナは今度は優しく私をベッドから起き上がらせて、

自分は穏やかな鼻歌交じりに立ち上がって自分の荷物を広げたデスクに腰掛けて、

小さな明かりに照らされたノートに何かを書きこみ始めた。

 私は、ふう、とため息をついて、立ち上がって洗面所へ向かった。
 

 私は、ふう、とため息をついて、立ち上がって洗面所へ向かった。

お湯に浸したタオルで首回りと胸もとを拭いて、冷水で顔を洗う。なんとか、気持ちを落ち着けようと思ったからだ。

幸い、冷たい水は、私を夢の世界から現実に引き戻すのに十分な温度で、あふれ出て来ていた感情も一緒に洗い流せた気分になった。

それから、小さな冷蔵庫から支給品のミネラルウォーターを出して、軽く口に含む。こっちも冷たくて、心地良い。

 私は、すっかり落ち着けた気持ちのまま、部屋に戻った。

「あぁ、おかえり。もう寝る?」

レナが、そう声を掛けてきた。相変わらず、穏やかだ。

「うん、ありがとう。レナは、何してるの?」

「あぁ、手紙を書いてるんだ、家族に」

手紙、か。宇宙世紀のこのご時世に、電子メッセージじゃなくて、手紙だなんて、不思議なことをするんだな。

そんなことを思ったら、まるでレナはそれを感じ取ったみたいに

「なんだかね、こうして、手紙でやりとりする方が、家族を身近に感じられるんだ」

と、なんだか恥ずかしそうに笑った。

 家族、か。ふと、胸の奥に、また、ぷつりと黒い影が浮かび上がる。レナは、そんな私の様子を見逃さなかった。

「夢…家族のこと、だったんだね?」

レナはそう聞いて来た。私は、うなずくしかなかった。

「そっか…ごめんね。そう言うつもりじゃなかったんだけど…。良かったら、家族のこと聞いてもいいかな?

 役に立てるかわからないけど…でも、ほら、子守唄歌ったりはしてあげられるよ?」

子守唄、だなんて、まるで子どもみたい。でも、そう言ってくれるレナの気持ちは嬉しかった。

もしかしたら、彼女なりに、私の気持ちを理解してくれようとしているのかもしれない。

ううん、理解するだけじゃなくて、私を支えてくれようとしているのかもしれないな…。

 「子守唄は、たぶん、必要ないけど…でも、聞いてくれる?ちっとも面白い話じゃないけど…私の、昔の話…」

私は気が付いたらレナにそう頼んでいた。レナは、相変わらず穏やかな表情で、ニコっと笑って、

「うん」

と、優しい返事をしてくれた。


 




 それから1年もしないうちに戦争は始まった。1月の出来事だった。

3月卒業の私達は、機運高まる士官学校の兵舎の食堂で、戦況報道が伝えられるテレビを眺めていた。

 ジオンは宣戦と同時のモビルスーツを主体とした電撃戦で、周囲のコロニーに駐留する連邦軍を次々と撃破。

あげくには、サイド2のコロニーのひとつ、アイランドイフィッシュを地球に向けて落下させた。

当初はジャブローの連邦軍本部を狙って落とされたはずが、連邦軍の思わぬ抵抗に合い、落下のコースが逸れた。

重力で分解したコロニーは、地球上のあちこちに破片となって降り注ぎ、多大な数の民間人に被害が出たという。

ジオンの報道は、自らの身を守るために、一般市民を犠牲にした連邦首脳部、と言う批判が湧き上がる中、

コロニーを落とす、という行為自体に疑問を投げかける人たちもいた。

 私も、いくら戦争だからって、そこまでするのは、と戸惑った。

連邦は憎いけど、でも、政府や軍部とは関係のない民間人まで巻き込むような戦いは、

きっと、私のような人間を無数に生み出すだけだと感じたから。それが、つい、先週の話。

<ただいま、情報が入ってまいりました。先ごろより、特殊任務に就いていた我が公国軍第一連合艦隊が、

 ルウム宙域周辺で連邦軍の大艦隊との交戦の末、連邦艦隊のおよそ半数を撃破したとのことです。

 開戦からこのような大規模な戦闘は初めてであり、詳細な情報はまだ分かっては降りませんが、

 我が軍の新兵器、モビルスーツは劇的な戦果をあげることができると証明されたといっても過言ではないでしょう>

アナウンサーが無意味に力強くそういうと、食堂中に喝采が沸いた。

「ははは!見たか連邦のモグラどもめ!」

「ジオン公国に栄光あれ!」

「ジークジオン!ジーク、ジオーン!」

私はそれほど興奮はしなかったけど、でも、盛り上がるのはきっと悪いことじゃない。

レナも同じなのか、みんなの様子を微笑みながら見つめている。

自由とか、権利とか、そんな難しいことは、正直どうだっていい。

私は、家族を殺した連邦に、苦味を味わってほしい、そうとだけ考えていた。

軍人の家系で、戦術的な視点でしか戦争をレナは、あまり喜ばなかったけど、

でも、それでも、彼女はあの日、家族が連邦に殺された話を穏やかに話を聞いてくれた。

 「へスラー曹長」

不意にそう声がして、いつもは口うるさい教官が、食堂に入ってきた。みんなは、瞬間的に緊張した面持ちになる。

でも、今日の教官の様子は、なんだか普段とは違う。どこか、引き締まった、硬い表情だ。

「はい」

レナが、返事をした。レナの顔をみやった私は、彼女の表情もまた、こわばっていることに気がついた。

次の瞬間には、私はその表情の理由を理解した。大きな戦闘があったんだ。

今の放送では、こちら側の被害については話がでていなかったけど、でも、現実的に考えて、そんなことはありえない。

戦闘機の一機くらい、もしかしたら、軽巡洋艦の一隻くらいやられていたっておかしくはない。

レナの家族は、軍人だ。

まさか、彼女の家族になにかが…?
 


「少将殿…いや、校長がお呼びだ。至急、校長室まで出頭せよ」

教官は、抑揚のない口調でそういった。

「は」

レナは席から立ち上がった。表情だけじゃない。体中がこわばっていた。私は、思わずレナの手を握っていた。

「レナ…」

「なに、イレーナ…?」

レナが、表情を変えないまま、私を見つめてくる。そのこわばった表情からは、うっすらと恐怖すら見て取れた。

「私、部屋に居るから…。終わったら、戻ってきてね…」

すると彼女は、かろうじてそれが笑顔と分かるくらいの、かすかな、下手くそな笑みを返してきた。

 握っていたレナの手がするりと抜けていった。

彼女は、小さな歩幅で、教官の待つ食堂の出口へと歩いていく。

 私はその背中を見ながら、手の平に残ったレナの手の感触に気付いて握り締めていた。

なぜだろう、シャトルから逃げ出そうとして手を引いていた、妹を、“イレーナ”のことを思い出していた。

 それから、1時間ほどして、レナは部屋に戻ってきた。

食堂を出て行ったときとは対照的に、まるで全身が脱力しているみたいに、おぼつかない足取りで、肩を落として、

まるで、そのまま消えてしまうんじゃないかと感じるほどだった。

「おかえり」

私が声をかけたら、レナは、私に笑って見せようとした。

でも、それは笑顔なんて呼べるようなものじゃなかった。

胸が、締め付けられるような気持ちになった。

レナの話、聞いて上げなきゃ…そうは思っても、どうしたって口が重い。でも…私、ちゃんと聞いて上げなきゃ。

レナも、私にすごく優しくしてくれた。今度は、私の番なんだ。

「…レナ、なにか、あったの?」

そう聞いた私に、レナは飛びついてきた。顔を肩口に埋めながら、かすれた声でレナは答えた。

「父さんが、死んだ…って…」
 


 やっぱり、か。そんなことなんかじゃない、って信じていたかったけど、でも、私の直感は、悲しいことに、当たってしまっていた。

 レナは、膝から崩れそうに私に体を持たせかけてくる。

ずり落ちないように、私はあわててレナの体を抱きとめて、一緒になって、じゅうたんの敷かれた床に座り込んだ。

 レナの体は、震えていた。ブルブルと、まるでハイGで旋回しているときのコクピットのレバーみたいに…。

ズズッと鼻をすする音も聞こえる。

でも、レナは声を上げては泣かなかった。嗚咽すらこらえて、彼女は、胸のうちに沸いた悲しみに耐えようとしている…

胸が、何かが突き刺さったみたいに痛んだ。

彼女は、あの爆発しそうな悲しみを、なんとか処理しようとしているんだ。

大声で泣いてわめいても、晴れる事のない、あの悲しみを…

「レナ…」

気がついたら私は、レナに声を掛けていた。

「泣いて、良いんだよ…泣いてどうにかなるようなことでもないのかもしれないけど、それでもね、泣いていいんだよ。

 そうじゃないと、辛いでしょ?心が壊れちゃいそうになるくらい…だから、泣きな。私、ついててあげるからさ」

私がそういったら、レナは突然、私の体に腕を回してきた。その腕にギュッと力がこもった。

「うぅっ…ふぐぅ…」

レナの声が聞こえた。大声でなくんでもなく、彼女は、私の肩に口を押し付けて、声を上げていた。

私は、その姿に、やっぱり胸を痛めながら、それでも、彼女の体はしっかり抱きしめて、しばらくの間、背中をさすっていた。



 





 「本当に、いいの?」

「うん…もう引き返せないしね。それに、地球に降りれば、母さんと兄さんがいる。

 場所は少し離れてるかもしれないけど、きっと会おうと思えば会える気がするんだ」

レナは、悲しそうに笑ってそういった。

 あの日、私は泣き止んだレナに言われた。イレーナの気持ちが、すこし分かった、って。

お父さんを戦闘で亡くしたレナは、それでも連邦が憎い、とは言わなかった。

でも、彼女の中で何かが吹っ切れたのを、私は感じ取っていた。

言葉にすれば、“仕方がない”という感じだろうか。

戦争だから、家族が殺されてしまうのも、誰かを殺してしまうのも、仕方ない。

彼女はそうやって、お父さんのことを納得しようとしているみたいだった。

ただ、そんな考えにいたってしまったからこそ、彼女は、こんな任務に志願したんだ、ともいえる。

 私達は、戦線の拡大と人員不足のために、訓練課程を省略されて、

少尉に任官されるのとともに実戦部隊に配備されていた。ここは地球へ向かう軽巡洋艦の二人部屋。

私達は当初、この作戦の護衛にと配属されたのだけど、

これから巡洋艦に乗る際に志願したレナは、他の部隊に混じってHLVに乗り、大気圏へと降下する。

先日、オデッサへ行ったのと同じ、地球降下作戦の一環だ。今回の目標は、北米、キャリフォルニア。

陸軍基地や空軍基地だけではなく、潜水艦隊基地や兵器生産工場を襲撃する。

これが成功すれば、オデッサに続き、ジオンは地球侵攻の足場を固めることができる。

オデッサからの資源を北米へ移送するルートを確保できれば、

キャリフォルニアの施設を使って、現地でモビルスーツをさらに大量に生産することが可能になる。

そうなればこの戦争の先も見えてくる。

 だけど…だけど、わざわざレナが、そんなところに行くことなんてないのに…

 部屋で二人、話をしていた私は、なんだか落ち込んでいた。いっときは、一緒に地球へ行くことも考えた。

だけど、もしレナが地球へ降りるのだというなら、その護衛についていて上げたい。この先はどうしたって戦闘になる。

連邦軍も、戦力を相当数減らされているとはいえ、地球へ踏み込むともなればそれなりの抵抗を見せるだろう。

特に、前回のオデッサに引き続きだ。

前回は奇襲だったけど、どんなに間抜けだって、同じ手を繰り返せば、対策を練るのが普通だろう。

今回も前回のように奇襲がうまく良くかの見通しは、オデッサよりも低いんだ。

そうなるのなら、私は友達としてせめて地球に降りるレナを安全に送ってあげたい。

HLVに微かでも損傷があれば、待機摩擦で分解、ってこともあるからだ。

敵をHLVに近づけさせるわけにはいかなかった。

初心者の私が、どれだけ動けるかは保証の限りではないんだろうけど、ね。
 


 特に、レナを説得しようとか、そういうつもりはない。ただ、とにかく彼女が心配だった。

「ずっと、決めてたんだ。黙ってたのは、謝るよ。

 まぁ、イレーナほどじゃないけど、操縦には定評があるしね、大丈夫」

レナはそう、明るく笑ってくれる。本当に、いつもとおなじ、あの明るくて穏やかな笑顔だ。

 それに、離れ離れになるのは、寂しい。軍の学校に入って、ずっとひとりだった。友達なんて作ろうとも思ってなった。

でも、レナは気がついたら自然に私の隣に居てくれた。それが私にとって、どれだけ支えになってくれていたか…

それがなくなってしまう、と思うと、情けないけど、不安だった。

 レナは、そんなことを知ってか知らずか、私の肩に手を置いてきた。

なにか、と思ったら、いつもの優しい笑顔で、レナは言ってくれた。

「大丈夫、離れ離れになっても、ほら、手紙書くし、手紙がダメなら、電子メッセージでも良いし、

 これっきり会えなくなるわけでもないでしょ?

 戦争を無事に終えたら、そのときは、ゆっくりおいしいものでも食べに行こう?」

レナの言葉に、私はうなずくしかなかった。

 出会って1年。彼女は、凍りかけていた私の心を開いてくれた恩人だ。

シャトルでの事件が私の中から消えてしまうわけじゃなかったけど、

それでも私は、少なくとも今までとは違う気持ちで居られる気がする。

鬱々と塞ぎ込んでいても仕方がない。私も、私の仕事を果たさなきゃいけない。

ジオンがどうのとか、連邦がどうの、じゃない。最終的には、今、レナにしようと思っていることと同じ。

私は、二度と大切なものを失わないように、戦わなきゃいけないんだ。

あるいは、そうすれば、あのとき、時間が止まってしまったような私の心が、少しくらいは動いてくれるんじゃないかって、そう、思えるから。

 「うん…分かった。約束ね」

私は、そう返事をした。もう、泣くつもりはなかった。レナが、また会おう、といってくれてるんだ。

なら、私は、別れを惜しむことよりも、また必ず会うんだ、っていう決意を固めるべきだ。

それが、彼女との約束を果たすために必要な最低限の、でも、たった唯一のハードルのはずだ。

<艦隊司令より、各艦艇に告ぐ。レーダーが敵艦隊を察知した。こちらにはまだ気付いていない。

 各艦の攻撃部隊は至急、降下準備を始めよ。防衛部隊は、大気中の隊から順次発進し、警戒に当たれ!繰り返す…>

艦内に、そう放送が流れ出した。

 レナが私を見て、笑った。私もレナの目を見て笑ってやった。そうだ、また、会うんだ、生きて。

そのためにも、今はレナを守る。レナを無事に地球へ送ったら、今度は、レナの退路を私が守ろう。

だから、レナ。

約束は守ってよね。

 生きて、また会いましょう…必ずだから、ね。

 でも、その数か月後。連邦に追われて北米から打ち上げられてきたHLVに乗った兵士に聞かされた。

レナ・リケ・ヘスラーは、ジャブロー降下作戦以降、行方不明。


おそらく、未確認だけど、たぶん、生きてはいないだろう、って。




 







  話をしてたら、ミリアムはいつの間にかテーブルに突っ伏して眠り込んでしまった。

昼間のダイビングがよっぽど疲れたんだろうな。慣れないことだったろうしね。私も最初のころはそうだったなぁ。

ここへ来てもう10年以上。

アヤの徹底指導のおかげで泳ぎも覚えたし、釣りだって、私1人ででも、楽しむ程度ならできるようになった。

ミリアムにも、ここでの生活に早く慣れてもらえるといいな。

あ、そういえば、「お日様熱」の予防接種をユーリさんにお願いしておいたほうがいいよね。

あれやっておけば、症状はかなり軽くなるし。

 そんなことを考えながら、私は、さっきまでソファーで眠りこけていたミリアムに欠けてあげていた毛布をとって、

もう一度、彼女の肩からかけてあげる。

 飲み残していたバーボンのグラスを片付けようと思ってトレイにまとめていたら、ふと、気配がしたので、

私は自分のグラスだけは残して、ミリアムのだけを持って立ち上がる。

 キィッと微かな音を立てて、ホールのドアが開いた。そこから、アヤがぬっと顔を覗かせる。

「お疲れさま」

私はアヤにそう声を掛けて中へと迎える。アヤの後ろからは、マライアもひょっこり姿を現した。

二人は今夜、お客さんを船に乗せて、夜釣りに案内していた。

ちょっと前に帰ってきて、お客さんはもう部屋に戻っている。二人は、あれこれと片づけをしていて、こんな時間だ。

「ミリアム、寝ちゃったの?」

マライアが、テーブルで寝こけているミリアムを見つけて、すこし残念そうに言う。

「うん、疲れてたみたい」

私が言うとアヤも肩をすくめて

「スペースノイドは、それでなくたって地球の重力はなれてないから疲れやすいからな」

なんてミリアムをフォローする。でもマライアはブーブーと頬を膨らまして

「そんなことないって。ミリアム、ずっと地球にいたんだよ、姫様を警護しながら。

 ダイビング程度で音を上げるなんて、やっぱりヘタレなんだよ」

なんて言っている。もう、一緒に話をしたかったのは分かるけど、そこまで言うことないじゃない。

そんなことを思ったら、なんだかすこしおかしくてクスッと笑いがこぼれてしまった。

 「シャワーも済ませてきたんだね。飲む?」

私は、アヤとマライアの様子を見て聞いてみる。

「あぁ、うん」

「飲む飲む!」

二人はそういってテーブルに着いた。グラスにバーボンを注いで、乾杯をする。

アヤもマライアも、グラスに口をつけて、ほとんど同時に、ふぅ、とため息をつくものだから、また思わず笑ってしまう。

そんな私につられてか、アヤもマライアも笑顔になった。
 


 「ミリアムとは、なにを話してたの?」

「ん、昔の話だよ。出会ったころの、士官学校でのこととか、そんなこと」

マライアが聞いてきたので、私は答えた。そしたら、ふぅん、と鼻を鳴らして

「その話、私も聞きたかったなぁ」

と残念がっている。

「きっとすぐにまた一緒に話す機会あるって」

そう言ってあげたけど、マライアはプリプリしている。もう、どれだけミリアムと話したかったの、マライアってば。

 「昔話、かぁ」

不意にアヤがそんなことを言って宙を見つめた。なに?って感じでアヤを見つめたら、アヤは苦笑いを浮かべて

「いや、あたしとマライアの昔のことって、あんまり話したことなかったな、って思ってさ」

って言ってきた。そういえば、それって聞いたことないな…それ、ちょっと興味ある。

「あー、ね。あたしは、あんまり気が進まないけど…」

「私、聞いてみたいかも、それ」

私が言うと、マライアはちょっと渋い顔をして

「あんまり面白い話じゃないよ?」

なんて言ってアヤの法を見る。でも、アヤはニヤニヤ笑って

「そうか?面白いだろ、あんたの話?」

ってマライアをからかっている。なんでそんな風な言い方するのさ!

ってマライアが怒ったけど、まぁ、いつものことだ。

 ひとしきりじゃれ合った二人は、二杯目のバーボンをグラスに注ぎながら

「さって、じゃぁ、どこから話すかな…」

「まずは、ほら、スカウトのところとかでいいんじゃないかな?」

「あぁ、そうだな。あれは、さすがのアタシもちょっと引いたもんなぁ」

「えぇ?!そうだったの!?だって、あのときは、誰でも一回は経験ある、なんて言ってくれたじゃん?!」

「あれ?アタシ、そんなこと言ったっけか?いやぁ、昔のことすぎて良く覚えてないなぁ」

アヤはそんなことを言いながら、ケタケタと笑って、ふう、とそれを収めてから、ゆっくりと話を始めた。

「アタシはそんとき、隊長に言われて、北米の戦闘機パイロットの訓練施設に出張してたんだ。

 良く晴れた、気持ちいい日だったんだよ」



 



つづく。

エピソード0s、もうちょい続きます。

 

乙!

乙乙、ちょい気になるけど、この後UC→閃光までいくのかな?まぁ…閃光まで行っちまうとハッピーエンドは見えなくなるけど(一応、ガンダムの歴史的に小説、映画のどのCCAを通ってもマフティーの動乱は起きるみたいだし)



CCAでトリアーエズ締める的なことを以前書いておったよ(チラッ
もちろんまったく別のキャラで書かないとは言ってないから書いてくれるかも(ガン見

バットエンドとかそういう事の前にこれ以上進めると年れ……うわ、なにをするやめろ

ん?シーマ様がなんだって?

>>332>>333
先のことは分かりませんが・・・
アヤレナマ、のガンダム話は今スレでいちおう、一区切りのつもりです。

>>334>>335
ガーベラテトラが来るぞ、おまいらw


つづきです。


「ったく、なんでアタシなんだよ隊長?

 副隊長になったハロルドさんは留守番する必要があるにしたって、

 ハロルドさんの次に長いベルントあたりの仕事だろ?」

「バカ、あいつが新人なんぞの面倒を見れるタイプに見えんのか?」

「そりゃぁ、まぁ…そうかも知んないけどさ…」

アタシは今日、隊長に連れられて北米中部にある群の訓練施設に来ていた。

ここはアタシも少しの間世話になった場所だから勝手は分かっていたけど、ジャブローから輸送機で4時間もかかる。

正直、移動だけで気疲れしちゃうよ。

 ここに来た理由は、新人のスカウト。宇宙艦隊補強のために転属しちゃったキール副隊長とリプトンの代わり探しだ。

副隊長はハロルドさんが引き継いでて問題はないから、

即戦力じゃなくって、これから育てる人材探しだって言うんで、こんなところだ。

「で、お目当てでもいるの?」

「いや、特になし、だな。基地長とは古い仲で、資料は回してもらってる。

 気になるのは何人かいたが、まぁ、見てみないことにはなんとも言えん」

まぁ、その通り、か。

「俺たちは今日は1日、教官ってことになってる。士官に昇進したことだし、それらしく振舞えよ」

「はぁ、そういうの苦手だ。隊長がやってないことを部下のアタシがやらなきゃならないってのは、おかしいだろ?」

「ははは、違いない!」

 アタシたちはそんなことを話しながら、輸送機の降り立った滑走路から基地の中央の施設までを歩く。

気持ち良いくらいに晴れてて、すがすがしい。

こんなとこに来る予定でもなけりゃぁ、休暇でもとって、フロリダあたりでのんびりするのも悪くないだろうな…

まったく、

「めんどくさい仕事だよ」

思っていたことが、思わず口に出てしまっていた。

「まぁ、そういうな。お前を拾ってやったのと同じだと思え」

隊長がそういってくる。まぁ、そのことについては感謝してるけどさ…

「分かってる。でも、探して選ぶ、ってのがイヤなんだ。こういうのってのは、縁だろ?

 こっちが指名して連れて行く、なんて、何様だって話だよ」

「だから、それだってたいして変わらんだろうが。お前の言い方をすりゃぁ、ここへは人を探しに来たんじゃねえ。

 その、縁ってやつを探しに来たんだよ」

ちぇっ、口がうまいよな、相変わらず。そういわれちゃ、やるっきゃないじゃないかよ。

アタシはふうとため息をついた。

アタシだって、あのとき、アルベルトのバカをかばって隊長とユージェニーさんにケンカを売らなきゃ、

今の生活はできてない。

ロッタさんは、軍人なんて、ってずいぶん反対したけど、隊長とユージェニーさんがなんとか口説き落としてくれたし、な。

まぁ、そういう出会いがここにもあるんだったら、それを否定する気はさらさらない。

だとしたら、ここでアタシにケンカを売ってくるようなやつを探せば良いってことか?

いや、違うか、それは違うよな、うん。
 


 アタシと隊長は、基地の司令室で隊長の古い知り合いだって言う、司令官に会った。

隊長に負けず劣らず、横柄だったけど、人の良さがにじみ出ているような人で、なんだか好感が持てた。

アタシと隊長は更衣室に案内されて、パイロットスーツに着替えて訓練生が集まる講堂へ向かった。

 この講堂には、アタシもずいぶん世話になった。

うん、まぁ、その、勉強が嫌いなアタシには、学科なんて悪夢そのもので、特に航法計算の学科なんかは、

文字通り血反吐を吐く勢いだった。

ダリルが居てくれなきゃ、隊長がどんなにしてくれたって、アタシはパイロットにすらなれなかっただろうな。

そういや、ダリルと会ったのもここだったな。

いやぁ、会って2日目のあいつとのケンカは、ホント、人生の中で一番の激戦だったなぁ。

隊長やユージェニーさんは別格としても、あそこまでアタシとやりあえるやつなんて初めてだった。

まぁ、ダリルの方は女のアタシにあそこまでやられて相当悔しかったらしいけど、まぁ、いまとなっちゃ、それもいい思い出だ。

 アタシ達は講堂の前に立たされた。

アタシよりもちょっと年下くらいのやつらが、なんだか真剣な顔して席に座っている。みんなマジメだな。

はは、こりゃぁ、アタシとダリルが問題児だった、って言われても、納得だ。

 「気をつけ!敬礼!」

講堂に居た教官の号令で、全員が立ち上がって敬礼をしてくる。アタシと隊長も訓練生たちに敬礼を返した。

「直れ!休め!」

ババっと、機敏に敬礼を下げた訓練生たちは、休め、の姿勢をとる。

まぁ、あれってたいして休めになんないんだよな、なんてことを考えているうちに、基地長が話を始めた。

「先日話していた通り、今日はジャブロー防空隊所属の部隊から諸君らの指導のために、教官をお招きしている。

 お二人は、ジャブロー防衛の要を担う精鋭であり、今現在、最も錬度の高いパイロット一角である。

 今日はお二人に学び、連邦屈指の技術を、ぜひ諸君の技術の研鑽の糧にしてほしい!では、ご挨拶をお願いします」

基地長はそんな風にアタシたちを持ち上げた。

まぁ、お客だしそう言っておくものなんだろうけど、うんと階級が下のアタシにまでそんな言い方するのはやめてくれよな。

アタシはオマケだし、隊長の腕がいいのは本当だけど、でも“最も錬度が高い”って言ったら、そうでもないんじゃないかな。

隊長がすごいのは操縦じゃなくて戦術の方なんだけど…それを伝えられる時間なんてないしなぁ。

「レオニード・ユディスキン大尉だ。

 基地長に、腕のいいやつはうちの隊に引っ張って行って良いという許可を貰ってる。腕に自信のあるものは、どんどん見せてくれ」

隊長がそう言い終えて、アタシをチラっと見やった。もう、こういうのは苦手なんだよなぁ、ホント。

「あー、アタシ…私は、アヤ・ミナト少尉だ。

 私もこの基地出身で、今の隊ではまだ若輩ではあるので、基地長の紹介は身にあまることで、正直恐縮してしまっているけど…

 とにかく、まだまだ勉強中の身で、なにを教えて上げられるかはわからない。

 だから、言葉ではなく、機動を見せようと思う。必要だと感じたところは盗んでもらっていい。

 私の動きに着いてこられるようなら、たぶん、ジャブローでもそこそこはやっていけると思うから、

 とにかく、真似をしてみてくれ」

アタシは、そう言って隊長を見やった。

「やればできんじゃねえか、少尉殿」

隊長が小声でそんなことを言ってきた。まったく、見くびるなよ。

これでも、礼儀正しいやりとりはロッタさんに叩き込まれてるんだ。普段は絶対に使わないけど、な。

アタシはそう思って、隊長を鼻で笑ってあしらってやったら、隊長はニヤニヤと笑いながら肩をすくめた。


 それからすぐにアタシたちは、滑走路に並べられた練習機の前に居た。

訓練生は、アタシが半分、隊長が半分それぞれ交代で見ることになった。

アタシたちが主体だけど、もちろん他の教官たちもいて、逐一、訓練生たちを見ていてくれている。

アタシの動きについてこれないやつは、その教官達に任せることにした。

アタシについて来れないようじゃ、悪いけど、隊長の指揮には対応できない。

うちよりももっと、あれこれ臨機応変に動かない、固定戦術を得意にした隊のほうが向いてる。

 アタシは訓練生たちを見渡した。どいつもこいつも、緊張した顔してアタシを見つめている。

あたしは、その中で1人、まるで、動物園の動物を見るみたいなキラキラした顔してこっちを見つめてきているのを見つけた。

茶色の髪にグレーの人をしたまだちょっとあどけない「男の子」、って感じのやつだ。

「あんた、ずいぶんと楽しそうだな」

アタシはそいつにそう声を掛けてみた。するとそいつはハッとした顔になって

「す、すみません!ワクワクしてしまって、つい…」

とあわてた。この空気の中でワクワクできるなんて、いい根性してるじゃないか。嫌いじゃないな、そういうやつは。

「あんた、名前は?」

「はっ!デリク・ブラックウッド軍曹であります!」

ブラックウッドは、ビシっとアタシに敬礼をしてくる。アタシも軽く敬礼を返して

「あぁ、さっきのワクワクって方がアタシもやりやすい。力を抜いていいぞ。あんたはアタシの分隊でついて来い。

 あとの二人は、教官の指示に従ってくれ」

と、そう言ってそばにいた教官にかぶりをふった。彼はコクリ、とうなずく、おし、問題ないな。

 アタシが教官に提案した演習は、仮想戦闘をイメージした戦闘機動訓練。

訓練生9名を3つの分隊に分けて、戦闘を行くアタシの分隊は想定される敵の機動に対応するための機動飛行をする。

後に続く2つの分隊にはアタシ達の分隊を敵と想定して同じ機動で追跡してもらう。

アタシの分隊は、アタシが直接機動を説明してから動く分、予測はつきやすいけど、

まぁ、実践で使える程度のスキルが必要だ。

逆に、距離を開けてついてくる後ろの分隊は、アタシらの動きは予測できないけど、

最短の距離で追ってこれるから、スキル的には、それほど難しくはない、と思う。

少なくとも、アタシにとっては、だけど。

「よし、では、少尉の分隊には、キサラギ軍曹、ノラッド軍曹が入れ。

 私の分隊にはブラックウッド軍曹とノラッド軍曹を除くB班の3人、

 ジェームズ教官の分隊には、A班の残りのメンバーが加われ」

「はっ!」

訓練生たちは、教官の指示に揃ってそう返事をした。それを確認し、全員を見渡した教官は

「では、準備にかかれ!」

と指示を出した。訓練兵たちがそれぞれに分散する。
 


 自分に割り振られた訓練機に乗り込む準備をしていたら、アタシのところに、ブラックウッドがやってきた。

彼は、相変わらずキラキラした表情でアタシを見つめて

「あの!指名、ありがとうございます!俺、がんばります!」

なんて言って来た。んー、なんだ、かわいいやつだな。

アタシは思わず笑ってしまって、ブラックウッドの肩をバシバシ叩きながら

「とにかく、アタシの機動を良く見てついて来い」

と言ってやってから、ヘルメットを被って、訓練機に乗り込んだ。

 ヘルメットに無線と酸素マスクを取り付けて、シートベルトを締め、キャノピーを閉じる。

電気系統のスイッチを入れて、計器をチェックしていく。

「こちら、アヤ・ミナト少尉。コールサインは、オメガ7。管制塔、これより滑走路に進入する。

 ブラックウッド軍曹をアタシの二番機に。あとは、オズ教官の割り振りにしたがって誘導を頼む」

<こちら、シャイアン訓練基地管制塔。オメガ7、了解。ブラボー2はオメガ7に続け>

<デリク・ブラックウッド、ブラボー2です。オメガ7、よろしくお願いします>

ブラックウッド、デリク、の声が聞こえてきた。キャノピーから後ろを振り返ると、デリクの機体が右後方についている。

「あぁ、期待してるよ」

アタシはそう発破をかけてやった。それからすぐに、別の2機がアタシの後ろと、左後方についた。

「よし、第一分隊、離陸する。空に上がったら、フィンガーチップで後続の分隊を待つぞ」

 アタシは後ろの連中にそういって、管制塔からの指示を待った。

すぐに連絡が入りアタシは機体を滑走路へと進め、一気にエンジンを吹かして機体を空に舞い上がらせた。

「おい、ついてきているか?」

<オメガ7、こっちは、3機とも大丈夫です>

デリクの声がする。まぁ、離陸程度で遅れられても困っちゃうもんな、褒めてやるには、まだ早い。

 アタシらに続いて、後続の分隊が次々と空に舞い上がってくる。

すぐさま空には、4機で編成された3つの分隊、合計12機が揃った。アタシは、訓練空域になる基地から少し離れた荒野へと機体を向かわせた。

 緑が見えていた基地周辺の景色が変わって、眼下には赤茶けた大地が見えてくる。地図上で位置も確認した。

そろそろ大丈夫かな。

「各隊、応答せよ」

<こちら、第2分隊。準備よろし>

<こちら第3分隊。こちらもオーケーだ>

アタシが無線に話しかけるとすぐに教官たちからそう返事が返ってきた。

「よし、それじゃぁ、戦闘機動に入る。教官さんたち、ヒヨッコたちを良く見ててやってくれよ」

<了解した>

「よし、第1分隊。まずはシャンデルから旋回機動に入るから、ハイヨーでいいからついて来い。

 その直後にスライスバックで転舵する。了解か?」

<了解!>

 よーし、いい子ちゃんたちだ。アタシは返事を聞いて、そのまま操縦桿を右に倒しながら手前に引っ張った。
 


 機体がロールしながら機首を空に向け、さらに傾いて180度逆を向く。

そこからさらに、エンジンの出力を上げつつ、エアブレーキと制動板を駆使してハイGターンに入る。

体を強烈なGが襲い、息が詰まりそうになる。

<くっ!すごい…!>

<膨らむ…ダメか!?>

後ろの機体から苦しそうな声が聞こえる。

なんだよ、これっぽっちについてこれないようじゃ、どうしようもないぞ?

それでもアタシは予定通りに、今度は左に操縦桿を倒しながら前に押し込む。

今度は機体が地面のほうを向いて、さらに大気を滑ってもともと飛んでいた方角へと機首が向く。

ちょうど、空中にななめに8の字を描く機動だ。敵とやりあうときに、まずやれって言われてる動き。

2種類のハイGターンを連続でやって、どれだけ着いてこれるかを判断して敵の力量と機体性能を測るために、隊長が考え付いた動きだ。

「ちゃんとついてるかぁ?」

<オメガ7、こちらブラボー2!すごい機動ですね!>

期待してなかったんで、声が聞こえてきて驚いた。

キャノピーから後ろを振り返ったら、そこにはデリク・ブラックウッドの機体だけが、アタシの後ろにぴったりとくっ付いていた。

「やるじゃないか、デリク!」

<あんな鋭い機動、教官達でもできませんよ!初めてみました!>

デリクはうれしそうにそんなことを言っている。

こいつ、浮かれてるけど、自分もそれにちゃっかりついてきてるんだ、っての、わかってんのかな?

「あんたも、今のに着いてこれるなら見込みあるぞ!まだ行くからな!」

<了解、がんばります!>

いい返事だ。アタシは、なんだか内心、ちょっとワクワクしているのを感じてしまった。

明るいし、素直だし、腕も悪くない。隊長、こいつは、アタシとしては合格点だ。

 それからさらにアタシは戦闘機動を続ける。

他の訓練生は60点、ってとこだけど、デリクだけはどんな機動をしてもなんとか喰らいついてきて、まぁ、80点ってとこかな。

 点数を付けるのは趣味じゃないけど、でも、アタシは訓練機を駆りながら、

こいつがアタシ達の部隊に入ってきたら、どんな風かってのがぼんやりとイメージできていた。
 


 それから20分ほどの行程を終えて、アタシ達は地上に戻った。

そこにはすでに隊長に受け持ってもらった訓練生も戻ってきていて、滑走路の脇に訓練機を並べて、

疲れた様子で思い思いに休憩を取っている。

 アタシも訓練機を並べて止めて、コクピットから伸ばしたハシゴで降りると、

渋い顔をしながらミネラルウォーターのボトルに口をつけている体調のところへと向かった。

「どうだった、そっちは?」

「あぁ、どうもこうもねえ。資料で目をつけてたやつらも、それ以外も、あらかた残念な結果だったな」

隊長は渋い顔をしてそう言い、肩を落とす。それから

「そっちは?」

と聞いてきた。

「あぁ、うん、良さそうなのが1人居たよ。待ってくれな…」

アタシはそういって訓練生たちを見渡し、その中にデリクを見つけた。

「おい、ブラックウッド軍曹!ちょっとこっちへ来い!」

そう声を掛けたら、デリクはパッと駆け出してきて、アタシ達のところまでやってきた。

 「こいつがそうだ。デリク・ブラックウッド軍曹。隊長の考えた、グルグルスペシャル1番についてこれた」

アタシが言ってやったら、隊長の表情がパッと明るくなった。

「あれに、か!」

「グルグル…?」

「あぁ、最初にやった連続軌道だ。まぁ、ネーミングは気にすんな」

デリクが不思議そうにしているのでそこはとりあえず忘れてもらって、とにかく隊長に目をやる。

隊長は、ニヤリと笑って

「よし、なら、休憩後はお前をメインにためさせてもらうとしよう。だはは、こいつは楽しくなってきたな!」

と声を上げてデリクの肩をバンバンと叩いた。良かった、隊長にも気に入ってもらえそうだ。

こいつ、いいやつっぽいしな、後輩にいるんなら、アタシも教育が楽でいいよ。

 「なら、俺も1人、お前に頼みたいことがある」

「ん?そっちは期待はずれじゃなかったのかよ?」

「あぁ、大方はそうだったんだが、な」

そう言って隊長も訓練生の方をみやって

「おい、アトウッド軍曹!」

と声を張った。訓練生の中に居た、小柄なブロンドがピョンとびっくりしたように飛び跳ねて、こっちへ走ってきた。
 
 女だ。それもなんだか、ビクビクっとしてて、アタシみたいのが声をかけたら、

すぐにでも泣き出しちゃいそうな顔をしている。
 


「この子?」

「ん、まだ、グレーなんだがな。こいつ、俺の機動を2度目で読んだ」

読んだ?隊長の機動を?

あのとんでも発想の動きを、か…?

 いや、ありえないだろ。隊長の動きは、常識はずれもいいとこで、

こんなとこで習う基本戦術なんかとはまったくの別物で、読むどころか普通なら予想すらつかないってのに…

まさか、こいつも、アレが分かるタイプなのか…?

 アタシはそう思って、目の前でフルフル震えているアトウッド軍曹を探ってみるけど、特になにも感じられない。

アースノイドの感じだし、特別何かがすごそうな感じもない。

いや、すごいどころか、なんか、弱々しくしか見えないけど…

「ま、まぁ、ホントならすごいけどな…あんた、本当に読んだのか?」

アタシはアトウッドにそう聞いてみる。すると彼女はビクビクしながら

「えと…あのっ…は、はい…なな、なんとなく、ですけど…」

と答える。ふぅん、なんとなく、ね。

それ素人だから常識に捉われない発想がある、とか、そういう割と良くあるやつなのかな?

 「お前、次の班で飛ぶときは、こいつを後ろに乗せて飛んでくれないか?」

隊長がそんなことを言ってきた。後ろって、アタシの訓練機の、後ろ、ってこと?

「どうしてだ?」

「いや、まぁ、勘だが…もしかすると、一度体で体験すれば、あとは自分で飛べるようになるんじゃねえかって思って
んだ」

アタシが聞いたら、隊長は相変わらずの渋い表情でそんなことを言ってくる。隊長も、半信半疑なんだろう。

まぁ、普段の隊長ならこういうやつの見極めだってなんなくやっちゃうんだけど、こいつに関しては迷うのは分かる気がした。

 「まぁ、そういうなら、やってみるよ」

アタシはそう言って、アトウッドを見やった。

「アヤ・ミナトだ。よろしく頼むよ」

「あ…あぁマライア・アトウッド、軍曹です!」

「アライア?」

「あ…あの、あ、いえ、すみません、マライア、です…」

「あぁ、マライア、か。よろしくな。あと10分、良く休んどけよ」

そう言ったアタシの顔を、マライアは見もせず、ただ、体をビシっと緊張させて、なんだか伏目がちにうなずいた。


 




 「たく、とんだ目にあった…」

アタシは、訓練を終えて、訓練基地のシャワー室に居た。支給してもらったタオルで体を拭いて、においを嗅ぐ。

うん、よし、とりあえず、においは取れたな。

「す、すみませんでした!」

アタシがシャワーの個室から出てくるのをまってたらしいアトウッドが、アタシを見るなり、そう言って頭を下げてきた。

ブルブル震えてやがる。

まったく、本当に、気の小さいやつだな。そんなアトウッドに、思わずため息が出てしまう。

「まぁ、仕方ない。ああいう経験、戦闘気乗りならヒヨッコの頃には一度や二度はあるもんだ」

アタシはそう言って、アトウッドの頭をペシペシ叩いてやる。

まぁ、アタシが知っている限りでは、訓練飛行中に教官機の後ろでゲロ吐いて、

あろうことかそれを教官と一緒になって全身に浴びる、なんてやつは聞いたことないけど。

 頭から手をどけて顔を上げたアトウッドの目にはいっぱいに涙がたまっている。

あぁ、もう、なんだよこいつ。なんでこんなのが軍なんかにいるんだよ?

戦争とか、そもそも戦うとかそういうのまったく向いてないだろう、あんたさ。

あんたみたいなのからは戦場じゃたぶん目を話せないんだろうし、まぁ、入ったって荷物になっちゃう可能性高いとおもうんだけど。

そう、“だけど”、なんだ。

 ゲロを撒き散らした機内で、こいつは、緊急帰還前に一度やっておけと言った、

アタシが手本でやった隊長特製戦術のランクSクラスの機動を、そっくりそのままコピーしやがった。

 ゲロまみれで地上に降りたアタシの報告を聞いた隊長は、ニヤっと笑って、

「俺の目に狂いはなかったな。あ、アヤお前、臭いからそれ以上近づくな」

とか言ってきやがったので、ぶん殴ってやろうと思ったのに、

そそくさと訓練機に乗ってアタシと交代した訓練生たちを連れて空に上がっていきやがった。
 


 とりあえず、新しく用意してもらった、服を着る。

ふと、置いてあったPDAがランプを点しているのが目に入った。

手にとって中を確認すると、隊長からのメッセージ。はぁ、隊長、本気かよ?まぁ、確かに、認めるけど、さ…。

 アタシはポケットにPDAをしまって、シャワー室の出口へと向かう。

と、アトウッドがアタシの背中を見つめている気配が感じられて振り返った。

アトウッドは相変わらず全身をひどく硬直させて、目に涙を浮かべながらアタシを見つめている。

まったく、こいつは世話が焼けそうだな…

「なにしてんだよ」

「あ、え、え?えっと…」

「アタシ、今日はもう帰ってバーボン飲んで寝たい気分なんだ。さっさと部屋行って荷物詰めてきな」

アタシが言ってやったら、アトウッドは目に溜めていた涙をボロボロとこぼし始めたんで、驚いてしまった。

「な、なんだよ、急に!?」

「あ、あたし…ダメですか?あの、その、もう、ここ、訓練生クビですか?し、失礼なこと、しちゃったから…?」

あぁ、はぁ、なるほど。そっちに発想が行っちゃったか。

だぁ、もう。隊長、本当にこいつ、大丈夫なんだろうな?

 アタシはそんなことを思いながらも、アトウッドの涙をぬぐって、もう一度頭をペシペシ叩いてやる。

「バカ。ここを出て、一緒にジャブロー行くんだよ。だからとっとと準備して来い」

そう言ってやったら、アトウッドは一瞬、呆然とした表情になって、

それから、やっと意味が分かったように、ビックリした顔になって

「え、あ…は、はい!」

と言って駆け出して、アタシを追い越し、シャワー室のドアに突撃した。

ノブを手にタックルするようにドアに2,3度ぶつかってから

「あ、引くドアだった…」

と言って、慌ててドアを引き開け、バタバタと足音をさせて廊下を走っていった。


 …大丈夫か、あいつ、ほんと…。

 隊長の決定だし、アタシもまぁ、センスは良いんだろうって認めるよ。

でも、あれ、どう考えたって…

 アタシは、胸がいっぱいになりそうだったので、とりあえず大きくため息だけついといた。

 
 


つづく。

懐かしい、あの頃のマライア、再臨。
 

やっぱマライアかわいいわー

強いマライアもいいけどね



小動物マライアが帰って来た!
というか名前間違いをアヤさんに代弁させんなww

エースコンバット好きが書く空中機動はなんとなく説得力があって良いよね。
最初だけであとはクルマかMS移動だったから。

無線の< >も堪らんね


<FOX2!FOX2!>

ごめんいきなり北米中部にある群とかで吹いた
たしかに軍隊は共同生活してるけどwwww

盛大に誤字した後にアライア?でわろたw

>>347
実は子犬マライアもけっこう好きなんですよねw

>>348
感謝!
すみません、アライアは、なんかやってみたくなりました、出来心ですw

<オメガ8 脱出する!>

>>349>>350
誤字はスルー推奨!w




つづきです。

こんなに長くなるはずじゃなかった、ペンション日記エピソード0s。

筆が乗ってきちゃって、まだ序盤です。

 


 基地へたどり着いたアタシは、とりあえず、アトウッドに隊長とデリクと、事務棟へ行って、転属の事務処理を頼んだ。

それから、デリクは隊長が、アタシは、アトウッドを兵舎の自分の部屋へと案内した。

兵舎は大体が2人で一部屋を使うことになっているんだけど、アタシの部屋は、今はアタシ1人。

事務の連中にとっちゃ、隊も同じになる予定だし、そのまま一緒に生活してくるんなら準備や調整の手間が省けていい、

てな程度の理由なんだろうけど、とにかく、アトウッドはアタシと同室になった。

 勘弁してくれ、とは思わないけど、でも、まぁ、慣れるまでは多少気疲れしそうだな。

施設での暮らしで共同生活の長いアタシで良かったろ?

 なんて声を掛けてやろうと思ったけど、アトウッドのやつは、

アタシと同室ってのが決まった瞬間に、また表情を硬くしてしまっていた。

うーん、参ったな、これ…どうしたもんか…あぁ、和ますのとか、意識してやれないんだよなぁ、アタシ。

くそ、こういうときは、ヴァレリオの手を借りたくなるな。

アトウッドをナンパでもしてくれりゃぁ、それを守る名目であんたのタマもつぶせるし、守ってやったってことで、

安心してもらえるチャンスもできるかもしれないし、一石二鳥なんだけどなぁ、ダメか、ダメだよな、うん。

 「あぁ、まぁ、部屋は適当に使ってな。あんたのクローゼットはそっち。デスクはそこな。

 ベッドは、すまないけど、アタシが上つかっちゃってるから、下で頼む。

 それから、トイレや南下は共同だから、ここにはない。シャワーもな。

 まぁ、それは訓練基地の寮も一緒だったから平気か。

 それから…あぁ、そうそう、冷蔵庫はクローゼットの下に個人用のが入ってるのと、

 エアコンのスイッチは部屋の電気のスイッチのとこにある。

 まぁ、アタシはエアコンって好きじゃないから、こっちのファン使ってるけど。

 ここは年中蒸してて暑いから、脱水には気をつけてな」

とりあえず、さし当たって思い浮かんだことを一気に説明する。

アトウッドは、それを部屋のドア口に大きなトランクを抱えながら突っ立って聞いていた。

「あぁ、もう。入りなって。別に、取って食べたりはしないからさ」

アタシが言ってやったら、アトウッドは、

「お、おじゃま、します…」

なんて言いながら部屋に入ってきた。

お邪魔します、じゃないだろ、なんて言ってやりたかったけど、まぁ、今はまだ、かわいそうかもな。

 とにかく、ここはもう、新しい子が施設に居たときとおんなじに振舞っといたほうが安心してもらえるだろう。

そのほうが、気疲れはするけど、こんな状態のアトウッドとおっかなびっくり付き合っているよりはマシだ。

 とりあえずアタシはそう決めて、その日はシャワーやら部屋の使い方だけしてベッドに潜り込んだ。

 寝入りばな、かすかに、マライアのすすり泣く声が聞こえていたような気がしていた。
 


 翌日、今日は午前中、アトウッドとデリクについて回って、一緒によその隊やら上の連中に紹介しろ、と、

アタシは隊長から言いつけられて、この地下にある貴地の中を、車であちこち動き回っていた。

 毎日やってる訓練を抜けられるのは息抜きにはなる。

顔を見たい連中もいるし、そこのところはうれしいんだけど、上の連中に会うのはちょっとめんどくさい。

ちゃんとしなきゃいけないからな。あれ、けっこう、疲れるんだよなぁ。

だから、今さっきそっちを先に済ませてきた。イヤなことは先に処理しちゃうに限るもんな。

 上の連中は、隊長からの推薦状と異動の提案書を見ているはずだから、二人のことは紙の上では知ってたはず。

いや、そもそも、末端のアタシらなんかにはたいして興味もない連中だからな。

紙の上で知ってもらえてるだけ、まだマシか。

アタシのときもそうだったらしいけど、割とこんな形でヘッドハンティングすることはよくある話しらしい。

所属先の責任者と、受け入れ先の責任者との合意の下で、書類が交わされて異動が決定する。

中には、成績良いやつらばっかり集めて、軍内での地位を勝ち取ろうとするやつなんかもいるけど、

幸い、うちの師団長は保守派で、そういう攻めた方法はとらずに今の地位を維持したいって人だから、

トラブルを起こすようなやつ以外は積極的に追い出したり、成績のいいやつを取り込んだりするようなこともしない。

アタシも入りたてのころには良くその流れで譴責を受けた。オフィスに帰ると決まって隊長が、

「バカ、バレないようにやれよ」

と豪快に笑ってたのを思い出す。

その言いつけだけはしっかり守って、最近じゃ、うやむやにしたり、セキュリティをこっそり無効化したりすることだけには慣れてきた。

ダリルに教えてもらえりゃ、ワケはないよな。

 施設を出て、2年、訓練校で過ごした。で、隊に来て、また2年。もうかれこれ、4年か。

軍にいるうちは、食うことも生活することも全部支給品で困らないから、金を使う必要もない。

訓練生のころは微々たるもんだったけど、清拭に配属されて2年、施設に寄付してる以外にほとんど手をつけてないから、

もうけっこう溜まってるよな。船と家を買うには、そうだな、あと2、3年やれば十分だろう。

心配なのは、ここのところどうも宇宙がキナ臭いことだ。

サイド3の自治政府と連邦とが完全ににらみ合ってる状況になっている。

妙なことにならないようにいのるばっかりだな、これに関しては。

 助手席にはアトウッド、後部座席にはデリクを乗せて、車を師団のオフィスからうちのオフィスの方へと走らせる。

デリクもアトウッドも、この地下基地が珍しいようで、始終、キョロキョロとあたりを見回していた。

確かに、こんなでっかい洞穴の中に住もうだなんて、すごい発想だと思う。

店やなんかもあるし生活に困るようなことはないけど、アタシみたいなやつは、1日一回、日の光を浴びに行かないと、

どうも調子が悪い感じがしちゃう。

いつもは毎日の訓練で、半日以上は空の上にいから、あんまり気にしたことはなかったけど、

うーん、今日は訓練抜き、ってことになると、やっぱり、あの青い空が恋しいな、なんて思っちゃう。
 


 「ミナト少尉!あの建物はなんですか?」

後ろで立ち上がって、この屋根のない軍用のジープからあたりを眺めていたデリクがそんなことを言ってきた。

いや、待て、そんなことより、ミナト少尉は、やめてくれ、くすぐったいじゃんか。

「アヤ、で良いよ、デリク。あれは、ショッピングモールだ」

デリクが指さしている、遠くの建物を確認してアタシは教えてやる。

「ショッピングモールですか、アヤ少尉!」

いや、待て、分かった。アタシの言い方が悪かった。

「少尉ってのをやめよう、デリク。午後も一応、あんたたちの案内するように言われてるから…

 そうだな、昼飯は向こうに出張って食べようか」

「えー、と、ミナトさ…あ、いや、アヤさん、良いんですか?」

デリク、あんた、素直で物分り良くっていい子だなぁ。

「あぁ、うん。歓迎会は今夜だからな。まぁ、その前にアタシがおごってやるよ」

アタシが言ったら、デリクは顔をぱっと明るくした。

「ありがとうございます!」

そんな様子を見てたら、なんだか笑いが漏れてしまった。ははは、本当にこいつは、まっすぐだなぁ。

 こいつは、な…

 アタシはそう思って、助手席に座っているアトウッドを見やった。

アタシと目が合うとアトウッドはビクビクっと体を反応させてから

「あ、あの…でも、申し訳ないです、上官ですし…」

なんていってくる。

「あぁ、いいんだよ、気にすんな。先輩を立てるつもりで、付き合ってくれよ」

アタシがそう言ってやったらアトウッドは、体を縮こまらせて…

「はい、えっと…その、あ、ありがとうございます…ミナト少尉…」

いや、お前、アタシとデリクの話、聞いてなかったのかよ!

「マライア」

アタシが名を呼んだら、アトウッド…マライアは、また、体をビクっとさせた。

「は、はい…」

「ア、ヤ、だ」

「あ、あああ、ごご、ごめんなさい、えと、アアア、アヤ、さん!」

うん、そうそう、それで良い。あんたも悪いやつじゃないってのは分かる。

もうちょっと慣れてくれば、少しは砕けてくれるって思っておいてやる。

だから、まぁ、その、なんだ、その泣きそうな顔、止めてくれ。

どんなことされたって、アンタをいじめて泣かすようなことはしないからさ。安心しろよ、マライア。

 アタシは、そんな思いを込めて、マライアに笑いかけてやった。


 




 アタシ達はそれから、あっちこっちの隊にあいさつ回りをした。っ言っても、同じ師団の中隊連中のところに、だけど。

あちこち回って、最後に隣の、レイピアのところへも行った。

レイピア隊は、隊長のアレの、ユージェニー大尉が隊長を務める部隊だ。

ジャブローへ来て、あれこれといたずらをしては譴責されていたアタシに

あの関節技が主体の奇妙な格闘術を教えてやる、ってことで、かなりしごかれた。

厳しいって感じの人ではないんだけど、あの格闘術をおんなじで、じわじわと真綿で首をしめるみたいに追い込んでくるんだ。

おかげでアタシはすっかりおとなしく矯正されちゃって、まぁ、そのおかげでまだこの隊に居ることができている。

そう、何事も、大事なのは正しくあることじゃなくて他人に迷惑をかけないで“うまくやる”ってことだ。

 レイピアには他にも、キーラとリンって女性隊員が居る。

キーラは気さくで明るくて、リンは物静かだけど、凛とした雰囲気がある。

軍の中じゃぁ、アタシらみたいな前線に放り込まれる場所に女がいるのはけっこう珍しい。

キーラともリンとも休みの日なんかは一緒に買い物に行ったり、地上に出て、遠出して施設のある街に行ったりしてる。

隊の連中には、柄でもない、って良く冷やかされるんだけど、さ。

まぁ、確かに、どっちかって言ったら、ダリルと倉庫の酒をどうやってかっぱらってくるか、ってことを考えるのも楽しいけどさ。

でも、その作戦会議にはたまにキーラも混ざってくるし、

リンはリンで、かっぱらってきた酒を飲みに来るし、みんな同じようなもんだろ。

でも、今はそういうことじゃなくて、

もしかしたらこんなアタシよりもキーラかリンと、マライアが仲良くなってくれたら

こいつも少しは楽になってくれるんじゃないかな、なんて思った。

それから、ユージェニーさんに優しくじわじわと絞ってもらったほうが、今のこんな状態よりは多少はマシになるかもしれない。

こんなんじゃ、有事のときにまともに戦うことさえできないだろ。

とっさのときに体がこわばっちゃって動けないんじゃぁ、自分の身だって守れない。

連携とか、敵と戦うとか、そこまで期待しなくても、せめてアタシの後ろをついてきて、

万が一のときに、自分の身を守って、敵から逃げ切れるだけのことができるようにはなっておいてほしいからな。

これはあとで、隊長に相談してみるか。

 世話が焼けるって思うのは正直なところだけど、施設にいて、そういうことをたくさんしてもらってきて、

自分もしてあげてきたからなんだろうか、悪い気はしないし、めんどうだと感じることもない。

まぁ、性分なんだろうな。

デリクみたいなやつもかわいいと思うけど、マライアみたいにビクビクでも、これはこれで、かわいいってもんだ。
 


 それからアタシ達は、モールに入ったレストランで昼飯を食べた。

マライアのやつはやたらに遠慮して、一番安いサンドイッチのセットなんかを頼もうとするんで、

アタシはそれをキャンセルさせて、店で一番ボリュームあって高いやつを頼む、って注文してやった。

出てきたのは、カリカリのオニオンブレッドと

600グラムあるっていう特大のハンバーグがビーフシチューの中を泳いでるすごいセットだった。

さすがに、こんなちっこいマライアにこれは気の毒だったかな、と思ってたけど、

マライアは相変わらずカチコチに緊張してたのに、それをぺロッと平らげた。

無理してんじゃないかって心配したけど、どうもそんな感じもしない。

うん、よし、今度からはもうちょっと財布に入れてくるようにしよう。

 それからアタシはいったん隊のオフィスに戻った。

午後は、基地内の施設を案内することになってたんで、その前に全体の見取り図を見せてやんないとならない。

見取り図は機密情報の一部だから、まぁ、ちょいちょいアクセスしちゃってるけど、基本的にデータ上でのアクセスは厳禁。

隊のオフィスに紙に出したでかいやつがあるから、それを使うつもりだった。

 隊のオフィスに入ったら、うちの連中とは別に、見慣れない人の姿があった。1人は、中年の女性。

もう1人は、マライアと同じくらいの、小さい子…

 ドアを開ける音で気がついたのか、二人がこっちを向いた。



あ、あ、あんたたち!



 「アヤ姉さん!」

そう声を上げて、小さい方がアタシに向かって突進してきた。

アタシは彼女を受け止めて、すがりつくみたいにして寄せてくる体を抱きしめてやる。

「シェリー、なんだよ、どうしてこんなところに?」

「うん!こないだくれたお洋服と、お菓子のお礼の手紙をみんなで書いたから、代表で私がとどけに来たの!」

シェリーはキラキラした笑顔でアタシを見上げてそんなことを言ってきた。

 あれは先月だったか、アタシがいつもみたいにお菓子と寄付金を施設に送ってやろうとして、

このオフィスで準備してたら、それを見つけた寡黙なベルントが

「良かったらこれも」

と言って、ダンボールいっぱいの子ども服を持ってきたのがきっかけだった。

それから、隊長とかキーラ達レイピアの連中まで、服だの文房具だのオモチャだの、いろんなものを集めてくれて、

結局、最終的にはダンボール8箱分にもなって、それを施設に送ってやっていた。

どうやら、その礼を言いたくて、わざわざ出向いてきたみたいだ。いや、それだけじゃない、かな。

 「なんだよ、街までからじゃずいぶんとかかっただろうに、わざわざ来なくたって良かったんだぞ?」

アタシが言ってやったら、シェリーは笑って

「いじわる。遊びに来てくれないから、来ちゃったんだよ」

なんて言ってきた。あはは、それは、ごめんな。そろそろ行ってやろうかと思ってたところだったんだよ。

でもこっちもけっこう忙しくてさ。新人の面倒見たりとかな。
 


 「悪いな。また今度、ちゃんと時間とって遊びに行くよ。それより、シェリーは大きくなったな。いくつだ?」

「今年で、13」

「13か、大人っぽくなって…あれか、もう好きな人とかできたんじゃないのか?」

アタシがそう言ってやったら、シェリーは真っ赤な顔して

「もう!そういうの、やめてよ!」

と笑いながらアタシをひっぱたいてきた。あはは、ホントにかわいいやつだな。

 アタシがそんなことを思いながらシェリーの頭をなでていたら、一緒に居た、中年の人がアタシの方へやってきた。

この人はちょっとだけ知ってる、施設の寮母さんだ。

メイさん、ってアタシは呼んでたけど、そのメイさんが

「アヤちゃん、皆さんには先に言ったけれど、あんなにたくさんの寄付、本当にありがとうね」

と言ってくれる。

「いや、アタシはいつもどおりのことをしようとしてただけなんだよ。でも、こいつらが、あまり物を集めてくれたりしてさ」

あまり物、だなんて、ウソだけど。施設の子だからって、中古品送るわけにいかない。

確かに使ってない新品もあったかもしれないけど、ほとんどはみんな、

わざわざモールで買ってきてくれたものだってのを、アタシは知ってた。

「まぁ、あれくらい、なんてことはないよな」

ヨーロッパの士官学校出で、アタシやダリルなんかと同期で入隊したフレーとがダリルにそう言っている。

ダリルもガハハと笑って

「違いないな。その気になりゃ、車でもトラックでもなんだって都合してやれるからな」

なんてことを言ってる。

いや、ダリル、盗品を寄付するのはさすがにどうかと思うぞ?なんて言ってやろうかと思ったけど、

シェリーの手前、やめといた。

 「未来の美人さんへの貢物だしな」

アタシより先の入隊だけど、二等兵からのたたき上げの曹長で軟派なヴァレリオが言い始める。

未来の、ってのは、どういうことだよ?シェリーはもう十分美人じゃないか。いや、だからってお前になんて

指一本触れさせないからな、てのも、言わないでおいてやった。

 「年に一度くらい、こんなことをしてやるのもいいですよね」

「あぁ。サンタクロース、って風体じゃねえがな」

「いっそ、赤と白のパイロットスーツでも注文しておきますか?」

副体調になったばかりのハロルドさんと3番気のカーターと隊長がそういって笑ってる。

いつもは寡黙で無表情なベルントまでが、今日ばかりは優しくニコニコとしてた。
 


 施設や、こいつらのことを考えて、そんな顔してくれるのは、アタシにとっては、

ホントに、本当に、うれしいことだった。だから、ときどき思うんだ。

これは、施設っていう、血のつながってないやつらばっかりが身を寄せ合ってるとこで暮らしてたからかもしれないけど、

そうやって、アタシの大事なもんをおんなじように大事にしてくれるあんた達が、さ、

アタシは、家族みたいだな、って、そう思うんだ。

 「おう、ヒヨッコ共もご帰還のようだな」

不意に、隊長がそんなことを言ってきた。あ、いけね、忘れてたよ。

 アタシはシェリーの頭をポンポン撫でながら体を離して

「デリク、マライア、紹介するよ。

 あたしのいた施設にいる子で、アタシの、血のつながってない妹の、シェリーだ。ほら、挨拶」

アタシが言ったらシェリーは

「うん」

とかわいく返事をして

「シェリー・アスターです。よろしくおねがいします」

って笑顔で挨拶できた。うん、さすがロッタさんも認める“しっかり者”。えらいぞ、シェリー。

「シェリー、この二人は、昨日からうちの対で働くことになった、デリクとマライアだ」

今度は、二人のことをシェリーに紹介する。ほら、お前らも挨拶、な。

 「デリク・ブラックウッドです。よろしくね、シェリーちゃん」

デリクは、にこやかにそう挨拶をする。うん、爽やかだ。

アタシ、あんただったらシェリーを嫁にやったっていいと思うぞ、デリク。

それに引き換え…おい、あんた、相手は13歳だぞ、しっかりやれよ…?

でも、そんなアタシの思いをよそに、マライアは相変わらずにガチガチになって言った。

「えっと、あ、あライア・アトウッドです」

「アライアさん?」

「あ、う、ううん、あの、えっとね、マ、マライア」

「あぁ、マライアさん!よろしくお願いします!」

はぁ、と出そうになったため息をこらえて、アタシはとりあえずちゃんと挨拶できたシェリーの頭を

ペシペシっと叩いて褒めてやった。

 


  


つづく。

終わる気配は、まだないです。

次回、マライア、語る。
 


どうしてもこのマライアたんは身長150cmぐらいでイメージされてしまう

乙。

それにしても、デフォとはいえ今回の誤字ひでぇぞwww

某まとめサイトで見つけて数ヶ月。ちまちま読みながらようやく追いついた!完結してなくてよかったぜ………。

ところでアライアさんがまた自分で名前間違ってるのでシェリーさんに非はないと思います。

ツッコミ入れるのは三流
スルーできて二流
一流の読者は当たり前のように気付かない
ってキャタピラが言ってた

>>363
吹いたwwww

で、
そちは一体いつになったら一流になるでおじゃる?(麻呂AAry
か?ww

>>360
レス感謝!
身長は、153㎝です。
連邦のパイロットの適正基準は分かりませんが、155㎝と勝手に決めてます。


>>誤字について
言い訳ですが、仕事場の無印ワードで、仕事の合間にチマチマ書いてるせいで誤字多発なのだと思います。
精度を取るか、投稿のテンポを取るか、正直、悩ましいトコです。
最低限のチェックは余裕がある限りはしていきますが、貼り付け前にサッと読み返す程度ですので…

もし、頻度が落ちても誤字脱字を修正してくれた方がいい、ということであれば、可能な限り対応します。

名前間違え以外の誤字脱字は、スルーしてくれると嬉しいんですよ、ほんと。


>>363
あかん、俺がスルー出来んかったw





ではでは、続きです

アライア、語る!
 




 シェリーたちとさんざん話をして、それからレイピアの方にも顔を出してもらって、

子どもたちが欠いてくれたって言う手紙とか絵とかを受け取って、メイさんの運転する車で基地を出て行った。

見送りに出てったアタシはシェリーに

「2ヶ月のうちには、きっと遊びに来るように!」

なんて約束を取り付けさせられてしまった。

そんなことしなくたって、ちゃんと行くから大丈夫だって、一応言っておいてやったけど、

訓練生時代に顔をだせなかったのが、シェリーにしてみたら寂しかったんだな、って感じだ。

 他の誰にも頼りたがらないシェリーに、アタシにくらいは甘えろよ、って言ってやったのは、

シェリーが施設に来て半年くらいしてからだったかな。

確か、まだ、8歳くらいだった気がする。そのときには、アタシが16か17くらいだったっけか。

一緒にいたのはほんの2年くらいだったけど、とにかくそう言ってやって以来、シェリーはアタシにはああしてべったりだ。

でも、施設の中ではしっかり者で、年下の面倒を見てくれたり、年上の連中を支えてやったりしてるらしい。

アタシはそういう、子どもっぽくないところがイヤで、甘えろ、なんて変なことを言っちゃったんだけどね。

でも、だからこそ、こうしてちゃんと甘えてこれるシェリーはえらいし、アタシもそれをちゃんと受け止めてあげたい。

絶対に、約束する、と言って納得したシェリーは待ってるね、なんてニコニコしながら、車に乗り込んでいった。

 で、それから、ずいぶんとほったらかしにしちゃってたデリクとマライアに基地の説明と案内をして、

夕方からは、歓迎会でいやって言うほど飲んでやった。

デリクはさっそく、フレートやダリルに気に入ってもらえたらしくて安心した。

マライアの方は、と言えば、相変わらず固まっていて、それをほぐそうとでもしたのか本気でナンパしようとしたのか、

ヴァレリオがあれやこれと口説き文句を並べ立ててたので、

フレートとダリルに羽交い絞めにしてもらったところにアタシがドロップキックを喰らわせてやったら、

マライアのやつ、いよいよ倒れるんじゃないかってくらい、になっちゃって、焦ってしまった。

 途中でレイピアが来てくれて、リンが隣に座ってポツリポツリと話をしてくれてるのが目に入ってた。

リンには少し安心できたのか、気持ちが微かに緩んだのを感じて、アタシも胸をなでおろしていた。

 その晩、シャワーを浴びて部屋に戻ったら、マライアはすでにベッドに入っていた。

まぁ、緊張しっぱなしだったし、酒も入ってたみたいだし、疲れが出たんだろう。

アタシは、マライアを起こさないように、そっと二段ベッドの上に登って横になった。エアコンはついてないらしい。

アタシは枕元につけておいた小さなファンのスイッチを入れて濡れた髪をタオルで拭く。

 歓迎会の最中に、隊長がユージェニーさんに言ったら、マライアの特訓を承諾してくれた。

ユージェニーさんはついでだから、とデリクもまとめてみてくれるとも言ってくれた。

明日からは、デリクとマライアはしばらく、午前中に飛行訓練、午後にはユージェニーさんの特訓、

夜は、隊長とダリルから学科の講義を受けて、昇給の条件になってる戦闘飛行隊への清拭な配属決定試験をパスしなきゃなんない。

二人とも士官学校を出てるから、試験をパスできれば曹長になって、その後半年問題がなければそのまま少尉まで昇進できる。

アタシやダリルが来たのとおんなじルートだ。

フレートは訓練基地で学科を修めて、そこで曹長に上がって、そのあとすぐ実戦飛行機動訓練って言う、

技術向上のための試験を受けて合格し、少尉に昇進してからうちに配属になったと言ってた。
 


 入隊するにはいろいろとルートはあるんだけど、隊長が人事に自分の意思をねじ込みだすようになったのは最近だ。

それって言うのも、宇宙艦隊の増強やら、開発部への転属なんかが相次いでて、隊員の出入りが不安定なのがイヤだったみたいだ。

そりゃぁ、そうだろう。わずらわしいし、それに、結束力や連携の問題もある。

実戦のことを考えたら、なるべく“抜けていかなそうなやつ”を隊において要にしておきたいんだろう。

3番機のカーターも、宇宙艦隊の方へ転属しようとしてたのを、隊長が口説いて残らせたって話だ。

 アタシは昇進にも興味はなし、まぁ、戦争がしたいってわけでもないけど、でも、船や家のためにしばらくは働きたいし、

施設のこともあるから、宇宙へなんて出るつもりはない。

それに、なによりここの隊のやつらがみんな好きなんだ。

ホントに、家族で、アタシは、なにより、あいつらと一緒にいるために、あいつらを守るために、ここに居たいって思えるんだ。

本当に、こればかりは性格なんだろうな、なんて思ったら、ひとりでに笑えてしまった。

 もぞもぞと、動く音がする。しまった、マライアを起こしちゃったかな?

アタシは髪を拭き終わったタオルをベッドから手の届くクローゼットの前に取り付けたタオル掛けに通して、

ファンの出力をさげる。これで、多少は静かかな…

「あの…」

なんてことを思ってたら、声が聞こえた。今の、マライアか?

 アタシは上から、下のベッドを覗き込むようにして見下ろすとそこには座り込んで、こっちを見上げているマライアの姿があった。

「悪い、起こしちゃったか?」

アタシが聞いたら、マライアは首を横に振って

「い、いいえ、起きていたんです。ミナトしょう…あ、アヤさんも、まだ、その、寝ないのでありますか?」

と、つっかえながら言ってくる。

 うーん、そっか。あんまり、アタシの気持ちばっかり押し付けて、逆に困らせちゃってるんだ、これ。

「アタシ、あんまり固いの好きじゃないから、砕けてくれた方がいいんだけど、ちょっと、いきなりすぎたな。

 まぁ、あんたの呼びやすいように呼んでくれて大丈夫だし、それに、口調も変に意識しなくたっていい。

 一番、気を使わないしゃべり方でいいからさ」

アタシは、なるだけ穏やかに言ってやった。マライアは、薄暗い部屋の中で、コクっとうなずいた。

それから、クッとあごを引いて、唇を噛んでから、

「あの…も、もし、寝ないのでしたら、その…すこし、お話をしませんか?」

なんて言ってきた。肌にピリピリとしたものが伝わってきて、同時に胸が詰まるような感じがする。

こいつ、緊張してるんだな、こんなに…でも、分かるよ。

あんた、今、その小さい体の中にある小さな勇気をなんとか振り絞って、アタシにそう言ったんだろ?

だったら、アタシもちゃんと答えてやらないとな。

 アタシは、上のベッドの柵を乗り越えて、柵にぶら下がりながら振り子の要領で下のベッドに飛び込んだ。

「キャッ」

とマライアの小さな悲鳴が聞こえる。

驚かせちゃったかな、と思って見つめたマライアは、アタシの顔を見て、口を手で覆って、恥ずかしそうに、少しだけ、笑った。

すかさずに、アタシはその頭を撫でてやる。

マライアは、肩をすくめて、

「ありがとう、ございます」

と、さっきよりもちょっとやわらかい笑顔を見せてくれた。
 


 「で、どんな話がしたいんだ?」

アタシは、自分のベッドから毛布を引っ張って出して、

それを丸めて腰の後ろに突っ込んで策に背を持たせかけながら聞いてみる。

するとマライアは、また少し緊張した表情になりながら

「あの…こ、こんなことを聞いて良いのか分からないんですけど、その…

 ミナト少尉は、どうして、軍に入ったんですか?」

と聞いてきた。

 そんなもの、理由は簡単だ。

「ん、金のため、かな」

「お金、ですか」

アタシの言葉をなぞるように言ったマライアはそれからすぐに

「その…し、施設のため、なんですか?その、ミナト少尉は…」

とそこまで続けて、マライアはハッとしたようで、とたんに何かを怖がるような顔つきが恐怖にゆがんだ。

「あ、あ、あの、ごごごごめんなさい!たた立ち入ったことを、聞いちゃいました!」

 施設出身なのか、そう聞こうとしたんだな、ってのは、なんとなく分かった。

まぁ、普通なら多少はナイーブな話ではあるよな。

どこの施設も、アタシがいたところみたいに良い場所だって保証はないし、いや、実際いろいろ聞くと、

相当ひどい環境のところもあるらしい。

そりゃぁ、施設って所は、いろんな境遇の子どもが来るから、虐待されたりして、捻じ曲がっちゃってるな、

なんて感じるような子どもも少なくはない。厳しくしたり、逆に内側が崩壊しちゃってる、なんて話も、割と聞く。

でも、アタシのいたところはそういうことは関係なく、寮母さんたちはアタシ達を大事にしてくれたし、

叱ってくれたし、褒めてくれたし、辛いときは一緒に泣いてくれたりしたこともある。

アタシはあそこが好きだし、恥ずかしいなんて思うことも、知られたくないなんて思うこともない。

だって、あそこはアタシの実家で、アタシの家族が居る場所だ。

「ま、そういうやつも中にはいるかもな。アタシは平気だから、安心しな。

 そう、あんたが思ってる通り、アタシも施設出身だ。

 ここから西へ、車で山を2つ越えたところにある街にあるんだよ。車なら、3時間ちょっとくらいかな」

そう言って、チラっとマライアを見やる。

彼女は、ホッとしたような、でも、まだ緊張が切れてはいないし、なんだか必死な顔をしてる。

おっかなびっくり、距離感を探ってる、って感じだ。

まぁ、焦るなって。

ちゃんと待っててやるし、なるべく分かりやすいようにしてやるからさ。

「それじゃぁ、やっぱり、施設のために、お金を?」

マライアはそう聞いてくる。あぁ、なるほど、そういうことか。

良くあるよな、施設出身者が仕事について、子どもたちには内緒でいつもプレゼントやらをたくさん届ける、って話。

なんだっけ、ボクシングだったか…あ、いや、違うな、なにかのスポーツだと思ったんだけどな…

あ、まぁ、それは、今は良いか。
 


「いや、そうじゃないよ。まぁ、昼間見てもらったみたいに、多少のお金とか物とかは入れてるけどね。

 そのためってワケじゃないし、まぁ今回のは特別だったんだよ。金は、アタシの夢のための、貯金なんだ」

「夢、ですか…そ、その、それって、どんなか、って、聞いてもいいですか?」

「アタシさ、船がほしいんだよ!

 そいつで、魚を獲ったり、ダイビングを教えたりしながら生活できたら、って思うんだ!

 ここから北に行ったところに、アルバ島って島があって、そこがすごくキレイでさ!

 そこで、そうやって、のーんびり暮らせたら楽しいだろうなって、な!」

アタシはなるだけ自分にブレーキをかけてその話をした。

どうも、船と海と釣りの話になると、夢中になりすぎちゃうところがあるんだ。

 アタシの話を聞いて、しばらく呆然としてたマライアはちょっとしてから我に返って

「そうだったんですか…」

と口にした。どうも、意外だったらしい。反応に困っていそうだったので、今度はアタシから聞いてやる。

「マライア、あんたは、どうして軍なんかに?」

するとマライアは、グッと黙り込んだ。

あれ、なんだ、まずいこと聞いたか?

 そうは思ったけど、マライアはアタシを見つめ返してきた。

そんなにまっすぐにアタシの目を見るの、初めてだよな。

「あの、話しても、いいですか?長いですし、あんまり面白い話じゃ、ないですけど…」

「うん、聞かせてほしいな」

アタシが言ってやったら。マライアは、コクっとうなずいて、それから何かを考え始めた。

いや、確かに、ちょっと長くなりそうだな。

だとしたら、ちょっとあれだ。

「ごめん、やっぱちょっと待った」

アタシが言ったら、マライアは急に悲しげな表情になる。

アタシはマライアの頭に手を置いて、

「長話になるなら、トイレ行って、あったかいココアでも淹れてからにしよう」

って言ってやった。

 マライアはホッと安心したように柔らかな表情になって、

「はい、アヤさん」

って返事をしてくれた。


 トイレを済ませて、お湯を沸かして用意したマグ二つにココアを入れた。

それから、またマライアのベッドに入り込んで、話を続きを促す。

「えっと…はい。あの、あたしが、10歳のころだったんですよ」

マライアは、すこし、寂しそうな表情をして、そう言った。

「当時、あたしは、家族で北欧に住んでました。小さな一戸建てで、2つ上の兄さんと、両親と4人家族でした。

 その家の隣に、すごく仲良くしてた家族が住んでたんです。

 あたし達兄妹より、うんと年上の、ミラってお姉さんと、それから、ミラさんのご両親の三人暮らしでした。

 本当に小さいころからあたしと兄さんをかわいがってくれて、本当に、毎日遊びに行ってたんですよね。

 ミラさんはとっても優しくて、しっかりしてて、あたしミラさんが大好きだったんですよ」

マライアは、言った。とっても、悲しそうな表情で。

 アタシだって、馬鹿じゃない。

いや、バカだけど、でも、これくらいのことなら、分かる。

「死んじゃったのか、その人」

「…はい」

マライアはうなずいた。ふと、頭の片隅に、ユベールのことが思い出された。

掻き乱されそうになる感情を、ふっと吐き出して、それからアタシはマライアに言った。

「聞かせてくれるか?なにがあったのか」

でも、マライアは、急に口ごもった。

「でも…でも、ごめんなさい、やっぱり、あたし、この話したら、泣いちゃいそうで…ワケ分からなくなりそうで。

 怖いんです…だから、さわりだけでも、その、いいですか?」

マライアはそう言いながらすでに涙目だ…。さわりだけ、か…でも、でも…良いのかな、ユベール…?

だってこいつ、話したらおかしくなりそうなことを、今でもずっと胸の中にしまい込んでるんだっていうんだろ?

ユベール…あんたなら、アタシがそんなだったら、放ってはおかないよな。

そんな状態で、こいつを放っておくなんて、それは…それは、絶対にダメだ。

「マライア。あんたはそれを話すだけで辛いんだろ?

 だとしたら、胸の中にずっとしまっとくほうが、もっと辛いんだって、アタシは思う。

 だから、泣いたっていい、ワケわからなくなって、パニくったっていい。

 アタシがついててやる。だから、全部話せ。アタシが全部、一緒に聞いて、一緒にそれを抱えてやる。

 どんだけ時間がかかっても、それでもいい。

  アタシにとってオメガ隊は、アタシの家族だ。

 だから、あんただって新入りだけど、アタシの妹みたいなもんだ。

 家族が苦しんでるのを、アタシは放ってなんて置けない。だから、話してくれ。

 辛いもの、悲しいのも、一緒になってアタシが抱えてやる。だから…な?」

アタシはマライアにそう言ってやった。マライアは、また、全身をフルフル震えさせて、硬直した。

でも、これは、今までのとは違う。安心しろ、マライア。あんたのことはアタシが守ってやる。

どんなに弱くったって、どんなに気が小さくてもいい。

それが、アタシが姉貴分としてやれることだ。

 マライアは、それでも、フルフル震えて、ポロポロなみだをこぼしながら、固まっている。

まったく、本当に、世話の焼けるやつだ。
 


 あたしはマライアの支給品のスエット地の寝巻きの胸倉を引っつかんで、自分の胸元に引き寄せた。

昼間、シェリーにしてやったみたいに、ギュッと抱きしめてやる。

肩より少し長めのブロンドを撫でてやった。

マライアは、最初はびっくりしてたけど、アタシが頭を撫でつつ、背中をトントンと叩いてやったら堰を切ったみたいに泣き出した。

 とたんに、まるで呼吸が詰まるみたいに、何かがアタシの感情を揺さぶった。

マライアの体から、切り裂かれるような悲しみと、胸を押しつぶすみたいに、恐怖が流れ込んでくる。

 こいつ…こんなもんを、ずっと抱えてたってのかよ…!

アタシは、普段なら締め出したくなるその感情を、全部受け入れた。

それが、マライアに伝わるとは思ってない。でも、少なくとも、アタシは知ってた。

ユベールが死んだときに辛いのも、悲しいのも全部、全部を分かってくれようとして、一緒に泣いてくれたロッタさんも、

アタシと同じ気持ちになってくれてたって。

他の子たちも、他の寮母さん達も、あの時はアタシと一緒になって泣いてくれた。

それが、アタシにはとっても安心できることだった。とってもうれしかった。

ユベールだけしかいない、なんて突っ張ってたのがバカらしいって思うくらい、ユベールが言ってくれたみたいに、

信じられる、って感じられる安心感とか心地良さに、アタシはそうやって貰って、初めて気がついたんだ。

 この方法以外にもやり方があるのかもしれないけど、でも、他に知らないし、辛くて悲しくてきついけど、

でも、マライアだって同じなんだ。

安心してもらうために、アタシは、これをするのが一番だと思うんだ。

 ひとしきりマライアが泣きまくって体を離したとき、アタシのスエットは涙と鼻水でべったりになってて、

思わずギョッとしちゃったけど…とにかく、アタシもなんとか気持ちを整えて、泣き止んだマライアに、静かに言った。

「大丈夫だから、聞かせてくれ」

静かにうなずいたマライアは話始めてくれた。

 どうして彼女が、軍なんかに入ったのか。

どうして彼女が、こんなに怖がりなのか。

どうして彼女が、こんなに悲しいのか。

どうして彼女が、こんなに傷ついているのか…を。

「あれは、雪の降る、寒い朝でした―――」



 





 朝、目がさめて、窓の外を見たあたしは、思わず飛び上がりそうになった。

 今日も、雪が降ってる!

あたしは、冬が大好きだ。

寒くって、凍えそうで、指の先っぽとか、耳がジンジンって痛くなるけど、

でも、朝起きてあたりが真っ白だとワクワクするし、

それに、寒いときにはママとパパのベッドで一緒に寝ても良いってことになっててあったかいし、

あたしはそれがうれしいんだ!

 あ、でも夏も好きだな。太陽はぽかぽかで、サワサワって、気持ちいい風が吹いてきて、

森は緑で、その向こうにある湖はキラキラしてて、とってもきれいなんだよ!

 「マライアー、朝ごはんよー。起きてきなさーい」

下の階からママの呼ぶ声がする。

「はーい」

あたしは返事をして、昨日の夜に準備しておいた昨日、パパが買ってきてくれた新しいお洋服に着替えをした。

パパってば、早くに準備をして買ってたら、渡さないように我慢していられなかったんだって。

本当は昨日じゃなくて今日だったのに、パパったら、はりきりすぎ!

 一階に降りたらパパは、テーブルについてコーヒーを飲みながら、板みたいな形をした機械で、

いつもみたいに配信されてくるニュース記事を読んでいた。

ママはテーブルにご飯を並べてくれていた。

今日の朝ごはんは、トロトロに解けたチーズがハムの上に乗ったトーストに、シチューに、それから、ココアもある!

 「おはよう、マライア」

「おはよう、パパ!どう、似合うでしょ!」

あたしは、昨日パパがくれた白とクリーム色のしましまで首まですっぽりあったかいセーターに、

もこもこで防水の紺色ズボンを見せてあげた。

「ははは、思ったとおり、よく似合うよ」

パパは、そう言って笑ってくれる。

 「ココア、こぼさないようにしなさいよ。白いんだから、目立っちゃう」

ママもニコニコしながら言ってきた。もう、大丈夫だってば!

 「うー、おはよう」

ボリボリと頭をかきむしりながら、お兄ちゃんが降りてきた。その姿を見るなりママが

「マシュー、シャツが出てるわよ、だらしない」

ってお小言を言う。

「ん、あぁ、ほんとだ」

お兄ちゃんは、気にも留めずに、言われたとおり、セーターからはみ出していたシャツをズボンの中にしまってイスに座った。
 


 「いただきまーす」

私はそう言って、ご飯を食べ始める。あったかいシチューは、体の中もあったかくなる。

寒い冬には、これを食べるのが一段だよね、って思って、スプーンにすくったシチューを口に入れたら、

思っていた以上に熱くって、アツアツってなってしまった。

「あぁ、もう、がっつくから」

ママがそう言って、パタパタとキッチンからコップにお水を入れてきてくれる。

それをゴクゴク飲んで、口の中を冷やす。

ふぅ、びっくりした。

 そんなあたしを見て、ママとパパが笑った。

な、なによう、しょうがないじゃない、ママのシチューはおいしいんだからさ!

 あたしはシチューはさめるまで、もうちょっと我慢することにしてトーストをかじった。

トロトロのチーズとハムが口の中で踊るのを楽しんでいたら、ママが話しかけてきた。

「マライア、今日は、何ケーキがいい?」

ケーキ、って聞いて、あたしはまた、飛び跳ねたくなるくらいにうれしくなっちゃった。

だって、今日はあたしの誕生日!パパはフライングして昨日プレゼントを渡してくれちゃったけど、

ママもお兄ちゃんも準備してる、って言ってたのを聞いちゃったし、

それに、先週のお休みの日、お家の前で遊んでたら通りかかったミラ姉ちゃんも来てくれるって言ってたんだ!

だから、今日はあたしの誕生日パーティーなの!

「うんとね、ケーキは…白のクリームとイチゴが乗ってるやつがいい!」

あたしが言ったら、ママは笑って、

「うん、分かった。楽しみにしててね!」

って言ってくれた。もうね、楽しみすぎて、あたし、学校までずっとスキップしていきたいくらいだよ!

 朝ごはんを食べ終わって、歯を磨いて、髪の毛をママに結ってもらって、

イヤーマフつけて、ダウンのジャンバーを着てかばんをかけて、スノーブーツを履いて玄関を出た。
 


 空は鉛色で、フワフワと白い雪が降っている。吐く息は白くて、ほっぺたが冷たい。

あ、手袋忘れた!あたしがお家の中に戻ろうと思ったら、ママが出てきて

「忘れ物」

って言って、手袋を渡してくれた。

それから、もう冷たくなってきていたあたしのおでこにチュっとキスをしてくれた。

「行ってらっしゃい、マライア。気をつけなさいよ」

「うん、行ってくるね」

あたしも、ママのほっぺにキスを返して、学校への道を歩こうと思って、玄感の前の3段しかない階段を降りた。

そしたら、あたしを呼ぶ声がした。

「マライア、おはよ!」

あたしはその声に、またうれしくなって、パッと振り返った。

そこには、背が高くって、肩幅が広くって、茶色の長い髪に、茶色の瞳に、雪焼けした肌をした、

紺色のいつものかっこいいコートを身に付けた、ミラお姉ちゃんがいた。

あたしは思わずミラお姉ちゃんに駆け寄って飛びついた。

「お姉ちゃん、おはよう!今日、来てくれるんでしょ?!」

あたしが聞いたら、ミラお姉ちゃんは笑って

「うん。緊急の呼び出しがなければ、ね」

って言って、寒いのにわざわざ手袋を外して、あたしの頭を優しく撫でてくれた。

 ミラお姉ちゃんは、町の消防士さん。

女の人なのに、男の人みたいに力持ちで、運動神経も良くって、すごくかっこいいんだから!

「待ってるね!」

あたしが言ったら、お姉ちゃんは

「うん」

って言って、また笑ってくれた。それからあたしを放して、

「ほら、遅刻しちゃうぞ!行ってらっしゃい!」

って背中をポンって、叩いてくれた。それがまた、なんだかとってもうれしくて、あたしは飛び上がって、

「うん、行ってきます!」

って、お姉ちゃんにいっぱい手を振ってから、雪の積もった道を学校までスキップで行った。
 



つづく。

これ、過去回想の中での過去回想なんですよね。

起こること全部が、あの日のマライアを形作ります。

もう暫かかりますが、みんな大好きマライアたんの昔話を

書いとかなきゃ気が済みませんでした!

 
 


マライアたんの子犬時代か

ライラとの初対面時も名前に思い出すものあったのかな

通りすがりの伊達直人にワロタ


153cmてマジでそんなちっさかわゆかったんですかつか身長とか全員設定考えてあるんですか

誤字の方は個人的には投稿ペース落ちるぐらいならそのままで
ただ2回連続正式が清拭になってたのを見ると僕もびくびくしてるマライアたんに清拭してもらいたくなって
なんていうか……その…下品なんですが……フフ……勃起……しちゃいましてね…………



仔犬なマライアたんペロペロ
そんなことよりもアヤさん。
もうこんな時期からニュータイプ並に人の感情に敏感なんだな。最初期のNTなのね。
とはいっても現実でも人の感情に敏感な奴いるけど。
アヤさんは一年戦争終わって軍を抜けたのは正解だな。幸せになるために。

誤字について。
プロットとか時間的空間的考証やシリーズ、キャラの相関関係を綿密に組み立てている感じがするのに
文章でとっちらかっちゃうのはもったいないよ。
正直半日遅くなってもいいからもう少し推敲して欲しいかなあ。


一年戦争の子犬マライアも、グリプス戦役のお姐さんマライアも、CCAのBB…じゃない大人マライアもいいが…
ロ、ロリ…だと…?
サー! イエス! ノー! 自分はいかがわしい考えは持っておりません! サー!

誤字脱字については、プロの商売品じゃないんだから、「読み手が脳内保管で修正できる」レベルなら正直どうでもいい
ネタにはするけどww
もし仮に万が一希望的観測として「本になる」のなら、その時は直してほしいとは思いますが。


誤字のないキャタピラになど用は無いっ!

>>377
感謝!!

>>378
そうです、タイガーマスクですねw

>>379
感謝!
アヤレナマ、とカレンについては、考えてあります。

アヤ172
レナ168
カレン169

くらい。


>>380
感謝!!
アヤさんはそのうち抜けるつもりでいたようですしね。
彼女にとって軍役は手段でしかなかったんだと思いますが、
素晴らしい出会いの場所にもなったんだなぁ、と。

>>381
感謝!!!

>>誤字について
>>380さんがとても嬉しいことを言ってくれたり、>>379さん>>381さんがキモイかったりしたので、
誤字脱字のチェックしっかりやる時間取ろうかな、と思ってましたがw
まさかの>>382さんの誤字あり希望なんぞもあって、なにやら、複雑な心境ですが…
とりあえず、サッと誤字訂正をするクセを付けたいと思います。
チェックを漏れたところがあってもスルーでよろしく!




ってなわけで、マライアの過去編、最終パート。

でも、終わらないエピソード0s。

 


 「誕生日おめでとう!」

歌が終わってパパとママとお兄ちゃんと、それからミラお姉ちゃんとミラお姉ちゃんのおじさんとおばさんが言ってくれた。

「ありがとう!」

あたしは、みんなにお礼を言う。

「ほら、ろうそく!」

ママがケーキをあたしの前に押し出してくれる。あたしは、胸いっぱいに空気を吸い込んでお願いをした。

―――ママとパパとお兄ちゃんと、ミラお姉ちゃん達とずっと仲良く、一緒にいられますように。

 あたしは、そんなお願いをしながら、ろうそくを一気に吹き消した。わっと、みんなが拍手してくれる。

なんだか、はずかしいな。

 「ほら、マライア、プレゼント!」

お兄ちゃんがそう言って、抱えられるくらいのかわいい袋を出して渡してくれる。

「ありがとう!」

お礼を言って受け取って、袋の外から触ってみる。中には、ふわふわした物が入ってるみたい。

開けていい?開けていいかな?

「開けていい!?」

「おう」

 やった!あたしは、袋の口を閉じていたリボンを引っ張って解いて、袋を開ける。

中には、クリーム色の、くりくりした目になんだか笑顔に見えるかわいい顔つきをして座っているクマのヌイグルミが入っていた。

「やぁー!かわいい!」

あたしは思わずそれを抱きしめる。

お兄ちゃん、自分の分のお小遣いで買ってくれてるんだ、って思うと、すっごくうれしい。

だって、お兄ちゃんは、自分用のラジコンが欲しくて貯金してたはずなのに!

「ありがとう、お兄ちゃん!」

「うん」

あたしがお礼を言ったら、お兄ちゃんも笑顔になった。

 「あー、それにしたんだ、結局」

ママがニコニコ顔してお兄ちゃんに言っている。お兄ちゃんは、なんだか照れてて、そっぽを向いて頭をかいている。


 「じゃぁ、ママからね!」

今度は、ママが包装紙にくるまれた箱を渡してくれた。

なんだろう、ちょっと重たいんだけど…ワクワクしちゃって、もうダメ!

「ママ!開けたい!」

「ええ、どうぞ!」

あたしは返事を聞いてすぐに、包装紙のテープを剥がしてめくっていく。

中から出てきたのは、いつもパパが使っているみたいな、板型のコンピュータだった。

うそ、いいの、こんなの!

 あたしは、思わずママの顔を見た。

「ふふふ、お兄ちゃんも学校の勉強で使ってるしね。マライアも、そろそろ自分のを持って使い方を覚えておかないとね!」

ママはそういってくれた。あたし用のコンピュータ…うれしい!あたし、いっぱい使えるようにする!

「ありがとう、ママ!」
 


 「えー、いいなぁ!これ、俺のやつよりいいやつじゃん!」

お兄ちゃんが包装紙の中から出てきた箱を眺めて言っている。

「マシューのは去年のモデルだったからなぁ。来年はジュニアハイだし、またそのときに考えようね」

なんて、ママはお兄ちゃんに優しく言っている。

「あぁ、俺もフライングしないで、今渡すべきだったなぁ」

パパが、うらやましそうにそうぼやいている。ふふふ!パパってば。

でも、昨日いきなり渡してくれて、びっくりしてうれしかったんだからね!

 「じゃぁ、これ、私からのプレゼント!」

そんなことを思っていたら、ミラお姉ちゃんがそう言って、小さな包みを取り出した。

赤いきれいな包装紙に、かわいい緑のリボンがついてる。

「わぁ!ありがとう!」

ミラお姉ちゃん、来てくれるだけじゃなくって、プレゼントを持ってきてくれるなんて!

 今日は夕方前に隣町で火事があって、ミラお姉ちゃんが出動したって、おじさんから聞いていたから心配した。

でも、お仕事が終わる時間にはちゃんと帰ってきてた。大丈夫だったの、って聞いたら、お姉ちゃんは笑って

「マライアのために、超特急で消火してきたよ!」

って言ってた。顔に黒いススの跡をつけて笑ってるお姉ちゃんの顔は、やっぱりかっこよくて、大好きだなって、思えた。

あたしは、ミラお姉ちゃんのくれたプレゼントを受け取った。

「ねぇ、開けていい?!」

「うん、どうぞ!」

お姉ちゃんの言葉を待って、ワクワクする気持ちを我慢しながら包装紙を剥がしていく。

中に入っていたのは、革みたいな材質でできた、四角い箱…なんだか、まるで、アクセサリーを入れておくみたいな箱だ。

 え、え、え…?ア、アクセサリー?なの?

あたしは、ワクワクを通りこして、ドキドキに変わっていた気持ちにそわそわしちゃって、ミラお姉ちゃんの顔を見た。

「うん、いいよ、開けてみて」

ミラお姉ちゃんは、あたしを見て、にっこり笑ってくれた。
 


 あたしは、なんだか震えちゃいそうな手で、その箱の蓋をパカっと開けた。中には、小さな羽根の形をしたトップのついた、ネックレスが入っていた。

小さな青い石が、キラキラしたシルバーの材質に目立っている。

「わぁ・・・!」

あたしは、もう、胸がいっぱいで、そうとした言葉が出てこなかった。

 「ね、付けてみて」

ミラお姉ちゃんがそう言う。あたしは、ネックレスを手でつまんで取って、金具を外して、首につける。

それから、リビングにあった鏡の前まで走っていって、どんなかって、見てみた。

すごい、なんだか、いっきにお姉さんになった気分!

 「あはは、似合ってよかった」

ミラお姉ちゃんは、そう言って笑う。

あたしは、もう、なんだか、よく分からないけど、とにかくうれしくてうれしくて、ミラお姉ちゃんに飛びついた。

「お姉ちゃん、ありがとう!」

あたしはお姉ちゃんの体にギュッと抱きついて顔を埋めた。

お姉ちゃんは、あたしをフワッと抱きかかえてくれて、優しく頭を撫でてくれる。

嬉しいな…嬉しいな…!

 ぐりぐりとお姉ちゃんの体に顔を押し付ける。柔軟材の匂いなのか、それとも、お姉ちゃんの香水なのか、なんだか分からないけど、

いつも香ってる、お姉ちゃんの匂いと、あったかい体温があたしを包み込んでくれる。

嬉しいな、本当に、嬉しいな。

 あたしはひとしきりお姉ちゃんに抱きついてから、ママ達に促されてテーブルに戻った。ケーキ食べないとね!

あたしは、汚しちゃまずいから、と思って、貰ったプレゼントをとりあえずいったんしまっておこうって思って、

ヌイグルミもえっと、タ…タブレット?コンピュータも包装紙にくるみなおした。

それからお姉ちゃんに貰ったネックレスも外して、かっこいい革のケースに入れようと思ったら、

羽根のトップに、何か文字が刻み込まれているのを見つけた。なんだろう、これ?

 あたしは目を凝らして、その小さくて、細かい文字を読もうとする。

「あぁ、それ?」

ミラお姉ちゃんが、そんなあたしに気がついたのか声を掛けてくれた。

 「それはね、ファイヤーマンズプレイ、って言う詩の一節よ」

ミラお姉ちゃんはそう教えてくれた。

「消防士の、祈り?」

「そう、前世紀の、どこだかの消防士が書いた詩で、消防士の精神として語り継がれてるのよ。

 そこに刻印してもらったのは、私が一番好きなフレーズなんだ」

「え、これって、手作りなの?」

「そうよ、知り合いの職人さんに頼んだの。ルナチタニウムって言う、丈夫な金属で作ってもらったんだから」

「そうなんだ…ありがとう、ミラお姉ちゃん!…“人を助けし我を、守りたまえ”…?これ、どういう意味…?」

「うん、火事の現場やなんかで、私達は命をかけて人を助けるわ。

 でも、そんなことをしたら、いつか怪我をしたり、死んじゃったりするかもしれない。

 みんな、怖く思うこともあって当然なんだよ。でも、そんなときにこの言葉を思い出すの。

 困ってる人たちは、私が助けます、だから、どうか私を守ってください、って、ね」

あたしが聞いたら、ミラお姉ちゃんは、そう言って笑った。
  


「誰に、お願いしてるの?」

「原文なら、神様、なんだけどね。あたしは、あれは神様にお祈りをしているって感じじゃない気がするんだ。

 でも、人ではない何か、ではあるんだけど…ね」

ミラお姉ちゃんは、そんな良く分からないことを言った。神様でも、人でもない人?

それってなんだろう…あたしは、しばらく考えて、ふと、トップが羽根の形をしているのを思い出した。

「そっか、天使さま、かな?」

あたしがそう言ったら、ミラお姉ちゃんは笑って、

「ふふ、そうかもね」

なんて言って、あたしの頭を撫でてくれた。

 そっか、この羽根は、天使様の羽根なんだね。

あたし達が困ったときに、空からやってきて、あたし達に降りかかってくる困ったことを、全部まとめて取り除いてくれる。

そういうものから、あたし達を守ってくれる、強くて、優しくて、それから、たぶん、いっつも穏やかに笑ってる、

きっとそんな天使様なんだ。

 あたしは、貰ったネックレスの羽根を指で摘んだ。電気の明かりに照らされて、キラッと、きれいに光った。

「はーい、じゃぁ、ケーキ切るわよ!」

ママがそう言って、ケーキ用のナイフを持って来た。

「あ!俺、そのチョコレート乗ってるとこがいい!」

お兄ちゃんがそんな声を上げた。ママがチラッとあたしを見る。

「ふふふ、今日は嬉しいから、お兄ちゃんはそれ食べていいよ!」

あたしはそう言ってあげた。チョコレートなんて、いっぱい食べてよ!

あたしは今日はすごく嬉しいから、もうこれ以上のよくばりはいらないんだ!

 ママがケーキを配ってくれて、あたしとお兄ちゃんはジュースで、

ミラお姉ちゃんに、パパとママとおじさんとおばさんは、ワインで、みんなで乾杯をした。

 あたしは、すっかり楽しくなっちゃって、ケーキにチキンに、それから、パスタも山盛りお皿によそった。

 「お、これ」

ふと、パパがそんな声を上げた。見たら、パパは、テレビに目を向けていた。

そこには、2週間後に走り出す、新型の大陸間鉄道の車両が映っていた。

確かあれ、アジアの方を出発して、何日もかけて、

この町にあるターミナル駅に新しく出来たプラットフォームにも止るんだって、学校の先生が言ってた。

<これが、アジア-ヨーロッパ間をつなぐ大陸間鉄道が新規に導入した新型車両です。

 ニューホンコンシティから北欧を経由し、プラハまでを2週間でつなぐこの列車、車内は、

 これまでの車両以上の、生活しやすい工夫が施されています>

ナレーターの人がそうしゃべったら、電車の中の映像に切り替わった。

中は、なんだかホテルみたいで、ベッドにきれいなテーブルセットみたいなのもある。

 


 「だいたい、どうしてホンコンとプラハをつなぐのに、こんなことを通る必要があるって言うんだよ」

「あれでしょ、建設時に、なんとかって言う、この辺り出身の政治家が圧力かけたって話、あったじゃない」

「あぁ、そんな話あったよね。まったく、北欧なんて遠らなきゃ、もう3日は早く着けるだろうに」

ママにパパに、ミラお姉ちゃんのおじさんとおばさんが話してる。難しいことは良く分からないけど…

でも、あたしはこの町に止まってくれるのはうれしいな!

「あー、いいなぁ、これ。俺も乗ってみたいよ」

中の映像を見ていたお兄ちゃんがそう言う。うん、あたしもそう思う。

「ねぇ、これって高いのかな?」

あたしはママに聞いてみた。ママは苦笑いして、

「まぁ、安くはないわね。それに、アジアへ行くなら、列車よりも飛行機の方が全然早いし…

 ママは、この電車を使うとどんないいことがあるのかはわからないな」

なんて言っている。もう、ママってば、こんなにきれいでピカピカのホテルみたいな電車なのに!

「パパ、こんどこれに乗ってお出かけしたい!」

あたしは、パパに言ってみた。パパはちょっと苦笑いを浮かべて、

「そうだな、まぁ、春の休みになったら考えておこうな」

って言ってくれた。

「ね、ミラお姉ちゃんも行こうよ!」

お姉ちゃんも来てくれたら、そんなにうれしいことないんだから!

あたしはそう思って、今度はミラお姉ちゃんにも聞いてみた。お姉ちゃんは、にっこり笑って

「うん、お休みが取れたら、ね」

って、あたしの頭を撫でてくれた。

<さて、次のニュースです。先日、ラサで起こった政府機関の入ったビルの一階が爆発、炎上した事件ですが、

 捜査当局は、今日、ネットワーク上に拡散されている犯行声明映像に写る集団を犯人と特定し、

 テロ事件として連邦軍諜報部と連携して捜査を開始しま――――





 





 「いいですか?ちゃんと列になってついてくること!」

先生が、駅の前でそう言っている。

「はい!」

あたしは、ちゃんと返事をした。今日は社会科の見学。

この間ニュースになっていた新しい電車が、この町の易に停車する。

あたしの学校は、鉄道を経営している会社からの招待を受けて、この列車に1時間だけ乗って、

少しだけ離れた大きな街まで行って、そこから別の列車に乗って帰ってくる、って言う見学会をすることになった。

 話を聞いたときは、それはもう、飛び上がりたくなるくらいにうれしかった。

しかも、この見学会に来れたのはあたし達の学年の40人だけ。

お兄ちゃんにこの話をしたら、すっごくうらやましがって

「写真いっぱい取ってきてくれよな、あと、お土産もな!」

って、すっぱく言われちゃった。そんなの言われなくたって、ちゃんとやるから大丈夫だよ!って言ってあげた。

 「はーい、いいですか、困ったことがあったら、先生か、案内してくれている職員さんに聞いてくださいね!

 それじゃぁ、行きますよ!」

先生がそう言って駅の中に歩き出した。あたし達もその後ろに二列になってついていって駅に入る。

この駅は、あたしも何度も来たことがある。

なんでも、すっごく昔からある建物を、修理したり補強したりして使っているって聞いたことがある。

 なんだか博物館か美術館みたいになっていたりして、あたしはこの駅が好きだった。

「なぁなぁ、昨日のテレビでやってた特集見たかよ?」

すぐ隣を歩いていたアーサーくんがそんなことを言ってきた。あたしは、ワクワクしててキョロキョロしてたから、

ちょっとびっくりしちゃったけど、でも、すぐに昨日のテレビでやってた情報番組でやっていたあの列車の話を思い出した。

「見た見た!部屋にバスルームまでついてるんだってね!」

「あ!それ、私も見た!」

今度は話を聞いたリズが後ろから話題に入り込んでくる。

「あのスイートルームって言うの、見てみたいなぁ、今日見せてくれるかな?」

リズも目をキラキラさせながら言っている。

スイートルーム、って、あの車両一両分を全部使ってある部屋のことだよね?あれ、すごかったなぁ。

大きいベッドに、冷蔵庫とキッチンまであったんだ。

バスタブなんて、プールみたいに大きかったし、テーブルに果物の入ったバスケットまで置いてあった!

「あたしも見たいな、あの部屋!あとで、聞いてみようよ!」

あたしが言ったら、アーサーくんが、

「まぁ、俺の親父に言えば、たぶん簡単だろうけどな」

なんて言いだした。
 


「え、アーサーくんのお父さん、鉄道関係のお仕事してるの?!」

アーサーくんの言葉に、リズが驚いている。

「ふははは!なんたって、俺の親父は、大陸間鉄道を持ってる会社のCEOやってるんだぜ?」

「それって、あれでしょ、社長みたいなやつでしょ!?すごい、アーサーくん、お金持ちじゃん!

 あ、って言うことは、この見学会もアーサーくんが言ってくれたの?」

「まぁ、そうだな。お前ら俺に感謝しろよ」

アーサーくんはそう言って腕組みをして胸を張る。だけどあたしは、ふふふ、って笑ってしまった。

「なに言ってるの?アーサーくん。あなた、うちから1ブロックのところにあるヘッジ工務店の一人息子でしょ?」

「ぬぁっ!?マライア、言うな!」

「え!ひどーい、アーサーくん、うそつき!」

声を上げたアーサーくんの肩を、リズが笑いながらひっぱたく。

「うっわ、折れた!今ので肩の骨が折れた!」

アーサーくんが大げさにそんなことを言って苦しみだした。

 あたしはおかしくなって歩きながらお腹が痛くなるくらい笑ってしまった。
 
「お、あれ見ろよ」

急に痛がってたアーサーくんが何かを指差した。あたしとリズで、その先を見た。

すると、駅のホールの天井に、誰かが見える。人が、二人、高い天井に昇って、何かをやっていた。

 「なにやってるんだろう?」

「工事じゃないか?俺の親父は良くやってるよ。こういう古い建物は、雨漏りとかひどいからな。

 点検とか修理は欠かせないんだよ」

アーサーくんはまた胸を張って言った。

「ぶっ!もう!やっぱり?つきじゃん!お父さん、工事の人なんじゃん!」

リズがまた、アーサーくんの肩をペシっと叩いた。

「ぐわぁ!しまった!自分で言っちまった!」

アーサーくんはそんなリズに負けずに、わざとらしくそう言った。

あたしはもう、それがまた可笑しくてお腹を抱えて笑ってしまう。

 もう、おかしくっておかしくって、夢中になっていたら、ドン、と何かにぶつかった。

あちゃ、ごめんなさい、って思ってあたしは前を見たら、そこには、怖い顔をした先生があたし達三人を見下ろしていた。

「ヘッジくん、アトウッドさん、マーラーさん!しっかり歩いてください!」

先生は、ギロっとあたし達を睨みつけてそう言った。もうさ、シュンとしちゃうじゃない…

「ごめんなさい」

あたし達三人は、そう言って先生に謝った。まぁ、でも、とにかく、今日は楽しいことには違いないんだ。
 


 それからあたし達は、一緒についていてくれた職員さんたちの案内で、ピカピカのプラットホームに案内された。

他のところよりも長いそのプラットホームには、あの列車を待っているんだと思う人たちがたくさん詰め掛けていた。

 職員さんに言われて、あたし達はフォームの一番端っこの搭乗口、って書いてあるところに並んでいた。

「あと、5分ほどで到着しますからね!」

職員さんがそう教えてくれたので、もう、あたしもアーサーくんもリズも、他のみんなもワクワクが止まらなくなってしまった。

あたしは背負ってきていたかばんからパパに貸してもらった小型の電子フィルムタイプのカメラを出して、ドキドキをこらえながら列車を待つ。

もうね、口から心臓が飛び出そうなくらいのドキドキなんだよ!

飛び跳ねたり、わー!って声を出して走り回っちゃいたいくらいにドキドキしてるんだ!

 そしてついに、ホームに列車が入ってきた。テレビで見たとおり、ピカピカの青い車体で、もうかっこいいのなんのって!

 あたし達は職員の人に案内されて、その先頭車両に乗せてもらった。

あたし達が全員乗ったのを確認したみたいに、列車が動き出す。

 それからはもう、興奮の連続だった。

あたし達は、客席を案内されて、それから、なんと、運転席まで見せてもらえた。

アーサーくんが運転席に座らせてほしい、と言ったら、運転手の人がちょっとだけ乗せてくれて、アーサーくんは大興奮。

興奮しすぎたアーサーくんは、直後にブパッと鼻血を吹きだしたんで、また笑ってしまった。

客席もピカピカで、スイートルームは見せてもらえなかったけど、

その次くらいに豪華だって言う部屋は、本当にホテルみたいで、あたしまで鼻血を吹いちゃいそうなくらい興奮した。

 そんなだったから、列車はすぐに次の駅に着いてしまった。1時間って、あっという間だ。

そこから普通の特急列車に乗って、あたし達はいつもの町の駅まで戻ってきた。

 「はい、じゃぁ、みんなで、職員さんにお礼をいいましょう!」

ホールに戻ってきてから先生がそう言って、二人の職員さんを前に

「ありがとうございました!」

と頭を下げた。

「ありがとうございました!」

あたし達も、声をそろえてお礼を言う。

「みんな、また来てね」

「私達も楽しかったです。今度は、お客さんで来てくださいね」

二人の職員さんはそう言ってくれた。

 「はい、それじゃぁ、帰りますよー!学校まで、歩きですから、ちゃんと最後まで頑張りましょうね!」

先生がそう言った。いや、ちょっと、待って!待って!!

「先生!待って!」

あたしは、そう声を上げて手を挙げた。そんなあたしを、先生が不思議そうに見つめてくる。

先生だけじゃなくて、他の子まで、あたしを見てきた。うーん、そんなに見られると、すごい言いにくいよ…

「あの、あのね、先生、あたし、その…おトイレ行きたいんだけど…」

あたしが言ったら、先生はニコッと笑って

「はい、わかりました。それじゃぁ、アトウッドさんの他にトイレに行きたい人がいたら、行ってください!

 他のみんなは、この掲示板のところで待ってますよ!」

って、先生が言ってくれた。良かった、と思ってあたしは他に行く子がいないか、周りを見た。

でも、あたしの他に立ち上がる人はいない。もう、あたしだけ!?恥ずかしいなぁ、もう…
  


 そんなことを思いながら、あたしは、仕方なくひとりで駅のトイレに行った。

 トイレはそんな混んでも居なくって、あたしは、特に待つこともなく用事を済ませた。

手を洗って、バッグの中から出したタオルで手を拭いて、トイレを出た。

あたしは、みんなの待っている大きな電光掲示板の放を見やった。みんなはそこでワイワイしながら塊って待っていた。

 あたしは、ちょっとだけ焦って、みんなのところまで走っていこうとして、足を踏み出した。

 次の瞬間、あたりが、パッと光った。と思ったら、あたしの体は、宙を飛んでいた。

体を打ち付けるみたいな大きな音が聞こえる。

 なに…?今の、何?そんなことを思っていたら、あたしは地面に叩きつけられていた。

そのときになって初めて、痛い、と思った。痛くて、痛くて、あたしは体を丸める。

背中が痛い…耳が痛い…床にぶつかった肩も痛い…痛い、痛いよう…!

 でも、その痛みもあたしはすぐに忘れてしまった。

うっすらと開けていた目に、真っ赤な炎が見えたからだった。

 火?なんで?燃えてるの…?さっきの、大きな音…爆発したの?何かが…?

そう思っている間に、駅のホールのあちこちから、大きな爆発音とともに、炎が上がる。

ホールに居たお客さんの叫び声が聞こえる。たくさんの人たちが、あちこちをめがけて逃げ回っている。

 みんな…みんなは?あたしは、電光掲示板のあったほうを見た。そこには、みんなの姿はない。

みんな、逃げたの?

 バリバリバリって、爆発とは違う音が聞こえた。あたしは、ハッとして顔を上げた。

そこには、何か、黒いものを抱えた、覆面をつけた人たちが何人も居て、

バリバリ音をさせる黒いものの先からパパパと明かりを撒き散らしている。

 あれ…鉄砲?き、機関銃、って、やつ?…なに…?あれ、悪い人なの?ご、強盗?

あたしは目に映る光景が分からなかった。でも、ただ、あたしは、怖い、って、そう思った。

あたしは、痛い体を我慢して、立ち上がって、走った。

逃げなきゃ…逃げないと、殺されちゃう…!

あたしは夢中で走った。走って、走って、出口のほうへ近づいたとき、今度は、出口の方から何かが飛び込んできた。

ポン、ポンって、ドラムみたいな音も一緒に聞こえる。

飛び込んできたのは、缶詰みたいな、金属の塊…それは、床に落ちるのと同時に、シュゥゥッと白い煙を吐き出し始めた。

とたんに、目が、開けてられないくらいに痛くなってくる。なに…なによ、これ!

目が開かない…涙がいっぱい出てきて、痛くて、見えない…!

 あたしは、とっさにそばにおいてあったソファーセットの間に飛び込んだ。

目を押さえて、床に腹ばいになった。
 


「一斑、前へ!」

誰かの怒鳴り声がした。

 そのとたん、バリバリバリていう、激しい銃声が聞こえだす。それだけじゃない。

ビュンビュンと弾が飛び交っている音も聞こえてくる。あたしの、頭のすぐ上を…

「警官隊だ!」

「殺せ!」

「3番の爆弾を使え!」

そう怒鳴る別の声も聞こえる。それと同時に、一段と銃声が激しくなった。

戦争?なんで、なんで急に戦争が始まったの?!

 あたしの体を打ち抜くみたいな銃声と、あたしの心を打ち壊すみたいな怒声がホールの中に美引き渡る。

あたしは、目を押さえていた手を離して耳を塞いだ。でも、それでも、音は聞こえてくる。怖い…怖いよ…

死んじゃう…あたし、死んじゃうよ…!

 胸が破裂しそうな感じがする。頭なんか、もう、真っ白を通り越して、おかしくなっていた。

あたしは、自分でもき月かなったけど、ずっと叫んでた。

―――やめて、お願い、もう止めて!

って。

 また、爆発が聞こえた。

「く、崩れる…!」

「た、た、退避ー!」

ガラガラと、音がした。と、今度は、ズズズズンって、地鳴りみたいな振動が伝わってくる。

誇りが立ち込めて、あたりがうっすら暗くなる。電気も、消えた。

あたしのこぶしくらいもある石みたいなものがバラバラと飛んできて、あたしの背中にドカドカって降って来た。

あたしはまた痛くって、体を丸めて、頭を押さえながらソファーの陰へ陰へと体をもぐりこませる。

「た、助けてくれー!」

「ぎゃはっ、ぎゃははは!死ね!腐った連邦め!我々スペースノイドの苦痛を思い知れ!」

ダダダン!

「がはっ…あはは…ひゃははは!」

声…声が聞こえる。あたしは、ソファーの下から、その声のほうを見た。覆面を点けた人がそう言って笑ってる。

まるで、まるで、壊れたおもちゃみたいに…不気味に、気持ち悪く、笑ってる…

 ダダダン!また、銃声。覆面の人が、体を波打たせた。赤い霧みたいなのが舞う。

う、撃たれたんだ…でも、覆面の人は、倒れなかった。

「思い知れ…思い知れぇ!」

覆面の人が、ひときわ大きな声で叫んだ。ビリビリと、空気が震えているんじゃないかって感じるくらい、怖かった。

でも、次の瞬間、ボンッて音がして、男の体が、吹き飛んだ。腕と頭が、散らばって、飛んでいく。

何か、赤い塊が、あたしの目の前の地面に、ビチャっと音を立てて貼り付いた。

 これ…これっ…これって…て、て…手?

 それは、手だった。ごつごつした、大人の男の人の、手。

半分に千切れて、親指と、人差し指と中指しかないけど…手だ、ひ、人の、手、だ…
 


 それが分かった瞬間に、あたしは胸の奥から何かが湧き上がってくるのを感じた。

次の瞬間には、あたしは絶叫した。言葉にもならなかった。叫んだ、とにかく、叫んだ。

そして、同時に、お腹の中がひっくり返るような感じがして、お昼に食べたお弁当を吐いた。

それでも、絶叫は止まらない。怖い、怖い、気持ち悪い、なんで、どうして?なにが、どうなってるの?!

もう、頭が壊れてしまった気がした。

 バン、ババン、と銃声が小さくなっていく。あたしは、ソファーの下で、うずくまってそれを聞いていた。

あたしに見えるのは、ちぎれた手と、そこから見える崩れた駅のホール。

天井が落ちてきたんだろう。もう、瓦礫ばかりで、歩けるようなところもない。

もやもやと煙る誇りの霧の向こうでは、あちこちから炎が上がっているのも見える。

―――――――!

 ふと、頭の中に、何かが響いた気がした。なに、今度は、今度は、なんなの!?

―――イア!

声?誰…?なに?

―――マライア!

誰…?あたしを呼んでる…これ、これ、この感じ、ミラお姉ちゃん?

あたしは、震えて、うまく動かせない体をそれでも少しだけ動かして、ソファーの下からあたりを見回した。

どこにも、人の姿なんてない。でも、でも聞こえる。これ、ミラお姉ちゃんの声だ…!

―――マライア、無事なの!?

「お姉ちゃん…!あたし、ここだよ!ソファーの下に隠れてる!助けて!」

あたしは、なんとかそう叫んだ。ううん、叫んだ、なんて言うほど大きい声が出なかった。

でも、それでもあたし、できる限りの声でそう、ミラお姉ちゃんを呼んだ。

―――待ってて、すぐ行く!

ミラお姉ちゃん、来て、来てくれるの?あたしを助けに、ここまで…?

あたしは、それを聞いて、ようやく我に返った。ここに、お姉ちゃんが来るの…?

だめ、だめだ、助けては欲しいけど、でも、ここは危ないよ…だって、戦争してるんだよ…?!

お姉ちゃんになにかあったら、あたし…あたし…!
 


 ドスンって、音がした。あたしは思わず、頭を抱えて、うずくまる。何かが、あたしの頭に触れた。

大きくって、あったかい手…

「マライア…良かった、無事だった…」

声が聞こえた。あたしの良く知ってる、大好きな声…!

 あたしは顔を上げた。そこには、ヘルメットに、防火服に、酸素マスクを首からかけて、

マスクから、腰についている小型の酸素ボンベにホースがつながっている。

胸のところには、ハーネスのついたハンドアックスも下がっていた。

「ほら、立てる?」

ミラお姉ちゃんの手が、あたしの体に回った。あたしは、ミラお姉ちゃんの腕にしがみついて、なんとか体を起こした。

立とうと思ったけど、脚に力が入らない。

ケガでもしてるのかと思って、体を見回すけど、ううん、ケガはしていない。どうして?

でも、力が入らないよ…どうしちゃったの、あたしの体…?

「あはは、腰が抜けちゃったんだね」

ミラお姉ちゃんがそう言って笑った。それから、ギュッとあたしを抱きしめてくれる。

ごわごわした防火服だったけど、お姉ちゃんのほっぺたが、あたしのほっぺたにぴったりくっ付く。

あたしの体に絡みついている腕が、いつもみたいに強くあたしを捕まえてくれる。

安心して、あたしは、ミラお姉ちゃんの言葉を思い出した。

「こ、腰抜けたのって、なな、治る?」

そんなことを聞いたら、ミラお姉ちゃんはプッと噴出した。

「大丈夫、ここを出たら、すぐに元に戻るわ」

 ガラガラっと、何かが崩れる音がした。あたし達は、二人してそっちを見る。

 そこには、スーツを着た人が居た。顔には、覆面をつけている…ここ、この人、さっきの人と同じ…!

 あたしは背筋が凍って、全身が固まるのを感じた。ギュッと、ミラお姉ちゃんの手を握る。

覆面が、あたしたちのほうを向いた。覆面の下の目は、普通じゃ、なかった。

 「マライア!走って!非常口はまだ通れる!」

ミラお姉ちゃんがそう叫んだ。それと同時に、胸の前に掛けていたハンドアックスを握った。

「まだ、生きてるのがいたか…」

覆面の人が、つぶやくように言った。それから、ゆらり、と、覆面の体が揺れる。

その瞬間、ミラお姉ちゃんが、地面を蹴って、覆面に飛び掛った。

「お姉ちゃん!」

ダメ、ダメだよ、お姉ちゃん!逃げようよ、その人たちに近寄っちゃダメ…逃げないと…逃げないとっ…!

 あたしは、でも、逃げることも、お姉ちゃんを止めることもできなかった。

ヘタッと、その場に膝から崩れ落ちて、覆面に組み付いたお姉ちゃんの後姿を見つめていた。

もう、痛くなりすぎて、胸は張り裂けちゃったみたいに、穴が開いちゃったみたいに、

いろんな気持ちが沸いては消えていくのを繰り返していた。

頭でもほとんど何も考えられない。
 


 バスバスっと、湿った音が、二回した。お姉ちゃんの背中から、赤い霧が吹き出た。

次の瞬間、覆面とお姉ちゃんが、二人して崩れるようにして、床に倒れ込んだ。

 今の、なに…?お姉ちゃん、どうしたの…?赤いのが…血が、お姉ちゃんの体から噴出してた…

お姉ちゃん…ミラお姉ちゃん…!

 あたしは、動かない脚の変わりに両腕を使って、なんとかお姉ちゃんのところまで這って行った。

覆面の人の首下に、お姉ちゃんが持っていたハンドアックスが深く突き刺さっていた。

お姉ちゃんは、うつぶせに倒れたまま、腕で、何とか起き上がろうともがいていた。

「ミラお姉ちゃん!」

あたしは、お姉ちゃんの体をうつぶせに返した。

「げふっ…がはっ!」

とたんにお姉ちゃんは苦しそうに席をして、口から値をあふれ出させる。着ていた防火服には穴が二つ開いてて、

そこから、血が…血が、いっぱい出てる…!

「お姉ちゃん!お姉ちゃん、しっかりして!」

あたしは、お姉ちゃんの肩を叩いて呼びかける。そしたら、お姉ちゃんは、うっすら目を開けて、微かに笑った。

「マライア…逃げて…逃げなさい、私は、もう、動けない」

なんで!なんでよ…!ダメだよ、そんなの!お姉ちゃん!

「やだ!一緒にいる!」

あたしが言ったら、お姉ちゃんは、また、笑った。

「わがまま、言わないで…あたしの、かわいい、天使、さ、ま…」

お姉ちゃんはそう言いながら、血だらけになった手であたしのほっぺたを撫でた。

それから、うっすらと涙を浮かべて

「お願い…私に、悲しい思い、させ…ないで」

って、言って、また、笑う。

「イヤだ!」

あたしは、叫んだ。そんなのイヤだ。こんなところにお姉ちゃんを置いていくなんて、できない!

「マライア…聞いて、私の、大事な大事な、大好きな、私の、妹…、私の、天使さま…。

 なにがあっても、負けないで。なにがあっても、笑っていて。私は、あなたの笑顔が、大好きだったんだから。

 だから、忘れないでね、笑顔でいること…泣いちゃうことが、あっても…最後は、きっと…笑ってて、ね…。

 だから、早く、逃げて…。ここに、いたら…あなたまで、あぶ…ない…」

 ダメ…ダメ…ダメ…!あたし、イヤだよ、お姉ちゃんを置いていくのも、イヤ、一緒にいる、あたし、逃げない…

でも、でも、このままじゃ、お姉ちゃん、死んじゃう。いっぱい血が出ちゃってる…どうしよう?

どうしたらいい?…ケガしてるんだ…救急車…そうだ、お医者さんだ、お医者さんに連れて行かなきゃ…!

でも、でも…お姉ちゃんを運べるかな…?あ、あ、あたし、脚が、今、う、動かないのに…

 でも、でも…ミラお姉ちゃん、今、言った。あたしのこと、天使さま、って、そう、言った。

そうだ、あたしが守ってあげないといけないんだ。

困ってる人を助けるお姉ちゃんを、あたしを助けてくれる人を守るのが、天使の役目…あたし…やらなきゃ…!
 


 あたしは、お姉ちゃんの腰のベルトを外した。酸素マスクもボンベも全部外した。

防火服も、重いから、がんばって脱がせる。

「マ、マライア…い、いきな、さい…」

「バカ!お姉ちゃんを置いてなんていかないんだから!早くこれ脱いでよ!」

あたしは、お姉ちゃんに怒鳴った。お姉ちゃんは、ブルブル震えながら、それでも、あたしの言うとおりに、

重い防火服を脱いでくれた。

「マライア…」

お姉ちゃんがあたしの名前を呼んで、クイッと、あたしの頭に腕を回して、あたしの顔を覗き込んで、ニコっと、笑った。

笑って、って、お姉ちゃん、言ってた。

そうだ、あたし、負けない、こんなことなんかに、お姉ちゃんの天使さまは、負けちゃいけないんだ…!

そう思って、あたしは、精一杯の笑顔をお姉ちゃんに見せてあげた。

そしたら、お姉ちゃんもまた、優しくて、柔らかな、あたしの大好きないつもの顔で笑ってくれた。そして

「大好きよ、マライア」

って、お姉ちゃんは、大好きな笑顔で、そう言ってくれた。

それからすぐにランニング姿になったお姉ちゃんを、あたしは背負った。

ううん、背負う、なんてもんじゃなかった。

チビのあたしがおんぶしたって、お姉ちゃんの脚は、地面についちゃう。

それでも、なんでも、あたし、やらなきゃ…!

 あたしは、いつのまにか動くようになっていた脚で非常口に向かって歩いた。

一歩、また、一歩、お姉ちゃんの脚を引きずりながら、とにかく、一生懸命踏ん張って、

急がなきゃ、急がなきゃ、って、それだけを考えながら、歩いた。

腰と背中の筋肉が痛くなる。気を抜いたら、潰れちゃいそうだ。

だけど、でも、止まってなんて、いられない、休んでる暇もないんだ。

 あと、4歩。もうすぐ、非常口に手が届く。あと、3歩、2歩…ついた、非常口…!

あたしは、もう開け放たれていたドアから外を見た。明るい光があたしの眼に飛び込んでくる。
 


「生存者だ!」

「子どもだぞ!」

「3班、保護しろ!救急隊、前へ!けがしてるぞ!」

男の人の、怒鳴る声が聞こえる。

やった、良かった…お姉ちゃん、警察の人たちも、救急隊の人たちもいっぱいいるよ。

助かる、お姉ちゃん、助かるよ…!

 安心、した。と、思ったら、また、脚から力が抜けた。

お姉ちゃんを背負ったあたしは、そのまま、お姉ちゃんの下敷きになるみたいに、地面に崩れ落ちた。

あたしの周りに警察の人たちが駆け寄ってくる。

 「お姉ちゃん、助かったよ」

あたしは、体を起こして、お姉ちゃんの上半身を抱きしめるようにして、お姉ちゃんの耳元にそうささやいた。

でも、お姉ちゃんは、ぐったりしてる。

「お姉ちゃん、安心してね、もう、大丈夫だから…救急隊もいるから、病院に急いでもらえるよ、お姉ちゃん…」

違う、そんなはず、ない。強くて、優しくて、大好きな、あたしのお姉ちゃんなんだ。

だから、そんなはず、絶対に、ない…!

「ね、お姉ちゃん…褒めてよ、あたし、お姉ちゃんを、守ったよ。

 天使さま、って言ってくれたから、あたしがんばったよ、ねぇ、お姉ちゃん…」

でも…でも、お姉ちゃんは、動かない。

「お姉ちゃん…ねぇ、お姉ちゃん…!」

あたしは、お姉ちゃんの体をゆすった。でも、でも…でも…

お姉ちゃんは、笑ってるみたいに、優しい表情をしたまま、つぶった目を開けて、くれない。

「お姉ちゃん…ねぇ、ねぇ…起きてよ…お姉ちゃん!」

あたしは、もっともっと、お姉ちゃんの体を揺さぶる。

でも、いくら揺すっても、いくら耳元で声を掛けても、お姉ちゃんは、目を開けなかった。

身動きひとつ、しなかった。

 だって、まだ、体、あったかいじゃん、ねぇ、お姉ちゃん…起きてよ、そんなの、いやだよ…

そんなの…やだよ…ねぇ、お姉ちゃん…お姉ちゃん…お姉ちゃん……!

「イヤっ…お姉ちゃん…いやぁぁぁぁぁ!」



 





 くすん、とマライアが、鼻をすすった。アタシもそれに負けずに、ズルルっと、音を立てて、鼻水を吸う。

マライアは、あれから、過呼吸を繰り返し、涙を流し、鼻水をたらしながら、全部、話した。

アタシは、ただ黙って、マライアの苦しみを感じながら、じっと話を聞いていた。

 「それからのことは、よく、覚えてないんです。

 ふっと、気がついたら、一ヶ月くらい経ってて、お姉ちゃんのお葬式も終わってました。

 テロだったんだ、って、ニュースでは、言ってて、あの頃は良く分からなかったけど、今は、分かります。

 あれは、スペースノイドの解放を掲げた、運動組織だったんですよね、たぶん…」

マライアは、ベッドのヘッドボードにあったティッシュを何枚か抜いて、ズビーっと鼻をかんだ。

それから、ふぅ、っと、ため息をつく。

「大丈夫か?」

アタシが聞いてやったら、マライアは

「はい」

と、力のない笑顔で返してきた。でも、まぁ、笑えるだけ、いい、か。アタシも、ふぃーとため息が出ちゃった。

お姉ちゃん、か。

はは、隊は家族だから、あんたは妹、アタシは姉ちゃんだ、なんて、それだけしか考えないで言ってみたけど、そっか。

なんか、アタシ、あんたの気持ちを感じ取ってたのかもな。

 「あの、ミナト少尉…、あ、ううん、アヤさん…」

ふと、マライアがそう声を掛けてきた。

「ん、どうした?まだ、話してないことでもあったか?」

アタシが聞いたら、マライアは、気持ちを改めたみたいに、ニコッと笑って

「話し聞いてくれて、ありがとうございました」

って言ってきた。

「うん、あんたも、いろいろあったんだな…あんなビクビクしてたのは、その事件のせいか」

アタシが聞いたら、マライアはうずいた。

「はい。あれから、あたし、大きい音とか、大きい声とか、すごく、怖くなって…

 人と関わるのも、しゃべるのも、できなくって…こ、これでも、ちょっとは、良くなった方、なんですよ?

 がんばって、我慢すれば、乗り切れるようには、なったんです」

乗り切れる、ったって、さ。まぁ、よくはなったんだろうけど、でも、支障でまくりじゃないかよ、そんなの。

 


「軍に入ったのも、その事件のせいか」

「はい。あのあとは、PTSD、って言うんですかね…

 今のあたしより、もっとずっと怖いのと、ショックなのが続いてて、誰とも話せなかったし、

 物音すらも怖かったし…

 でも、それでも、あたしがんばらなきゃ、って思えたのは、ミラお姉ちゃんが、笑ってて、って、言ってくれたから。

 天使さまって言ってくれて、あたしは誰かを守りたいって、思ったんです。

 もしかしたら、お姉ちゃんを助けてあげられなかった罪滅ぼしをしようって思ってるのかもしれないんですけど…

 分かってはいるんですけどね、そんなことしたって、お姉ちゃんが帰ってくるわけじゃないんだっていうのは。

 でも、そう、したいって思うんです。

  天使さまって呼んでくれた、お姉ちゃんの気持ちにこたえたいのかもしれないし、

 あたしを守ってくれたお姉ちゃんみたいになりたい、って思ってるのかもしれないです。

 だから、あたし、怖くても、怒られても、ぜんぜんできてなかったかもしれないけど、

 でも、それでも、諦めなかったんですよ」

マライアは、また、ポロポロ涙をこぼしながら、言った。

それから、また、そんな涙まみれの顔でアタシを見つめてきて

「だから、うれしかったんです。お姉ちゃんとおんなじことを言ってもらえたのが。

 妹だって、守ってやるって、そう言ってもらえて…」

なんて言って、笑った。アタシは、なんだか、なんにも言ってやれなかった。

そっか、アタシのあんな、思いつきみたいな言葉だったかもしれないけど、うん…

あんたの助けになれたんなら、良かったよ。

 「でも、どうしてまた航空隊に志願したんだ?人助けなら、災害支援隊って方が良かっただろうに」

アタシが聞いたら、マライアはニコッと笑って、

「だって、天使さまは、空からやってくる物じゃないですか?」

なんて言った。あはは、なんだよ、結局、動機ってそう言うもんだよな。

アタシなんか大したこだわりもなくて、隊長に引っ張られるまんまにここに居るし、な。

そう思ったら、なんだか笑っちゃった。

「ていうか、そんなチビなのに、よく適正試験に通ったな。身長いくつだ?155センチギリギリか?」

アタシが聞いたら、マライアは今度は、へへへと苦笑いを浮かべる。それから

「内緒にしててくださいね?」

と確認してから

「ジャイアントスイング、って知ってます?」

は?今、身長の話してたのに、なんでプロレス技が出てくんだ?

知ってるかどうかって言われたら、知ってるに決まってんじゃん。

月に1回はそれでヴァレリオを投げ飛ばしてるからな。

「知ってるよ」

「あたし、身長153しかなくて、だから、適性検査直前に、同期の子に頼み込んで、

 代わり順番にグルグルまわしてもらったんです」

「はぁ!?」
 


こいつ…こいつ、何言ってんだ?ジャイアントスイングの遠心力で、2センチ身長伸ばしたってのか!?

いや、ほら、人間の身長って、背骨とか骨盤のところの関節が詰まったりすると縮むから、

朝と夜ではだいぶ変わるんだ、なんて聞いたことあるけど、遠心力で無理矢理伸ばすなんて聞いたことないぞ!?

こいつのことだ、たぶん、泣きながらグルグルまわされて、それでも、もっとやれ、とか言ってたんだろうなぁ…

 こいつ…あんなにビビリだけど、もしかして、過去に話みたいなことでもなけりゃぁ、

もしかしたらアタシと似たり寄ったりなのかも、な。

 なんて思ってみたりしたら、なんだかいっそう、こいつに愛着がわいて来た。

妹、か。

施設に居たアタシにとったら、楽しいのも大変なのも一緒に過ごして、

もっと言えば、同じ部屋、同じ屋根の下に過ごしてるやつなんて、みんなみんな大事な家族だ。

でも、マライアにとっては、もっと大きな意味があったんだな…死んじゃった、家族、か。

そういや、アタシ、ずいぶん長いこと、あんたの墓に行ってやってないな、ユベール。

次に、休みが取れたら、施設に遊びに行くついでに会いに行くよ。

好きだった、あのガーベラって花、持ってってやるからな。墓、か…

 「まぁ、マライア。そのミラって人の墓、ちゃんと行ってやってんのか?」

アタシはマライアに聞いた。そしたらマライアは、シュンと肩をすくめてしまう。

「いいえ、行けて、ないんです…あたし、行ったら、いろんなこと思い出して、壊れてしまいそうで…

 でも、いけないですよね、そう言うの。あたし、ちゃんと向き合ってない気がします…」

また、マライアの体から、悲しいのが滲み出てくる。まぁ、気持ちは分かるよ。アタシもそうだった。

でも、アタシには、あのとき、そばにアタシを支えてくれるたくさんの人が居た。

たくさんの家族が居て、アタシを助けてくれた…

そうだな、今度は、アタシがあんたを助けてやるべきなのかもしれないな…それに、気になることもある。

マライアは、天井が崩れて、瓦礫ばかりになったホールのソファーの下で、“声”を聴いた、みたいな話をしてた。

まぁ、ないとは思うけど、それ、確かめてみたいし、な。

 「マライア、あんた、これからアタシと特別訓練だ」

アタシは、マライアにそう言ってやった。マライアは驚いた顔になって、あたしを見つめてくる。

「え、あ、あの、アヤさん、それって、どうして…?どういう…」

口をもごもごさせながら、マライアが言ってくる。こういうのは、勢いが大事だ。背中を押すだけじゃ、物足りない。

抱きかかえて、一緒に飛び込んでやるのも、ときには必要だもんな。

アタシは気持ちを決めて、ポケットからPDAを取り出してコールした。

ちょっとして、プッと通話状態になった音がする。

「あー、隊長か?こんな時間に悪い」

「ホントに、迷惑なやつだね、あんた」

女の声だ。あれ、おかしいな、アタシ、隊長のPDAにかけた気がしたんだけど…

あれ、番号は、間違ってない、よ、な。え、あ、ちょ、待て…こ、こ、この声、ま、まさか…

アタシは全身から鳥肌が立つのを感じた。
 


「ユ…ユージェニー…さ、ん…?」

「あの人の電話に出る女が他にいるのかい?いるんだったら、とっとと白状しな」

うわっ、うわっ!まずいよ、こんな時間に、隊長と一緒にいるって、つまり、その、

うわぁぁぁ、最悪のタイミングで電話掛けちまった!

「いや、そ、その、そう言う、わけじゃないんだ…えと、その、あの…ごめん、邪魔するつもりは、なかったんだって!」

アタシは必死になって弁解する。いや、もううまい言葉なんてでてきやしなかったけどさ…

「まぁ、いい。で、彼に何か用事?」

ユージェニーさんは、声色を一段明るくしてくれた。

う、うん、助かるよ、ユージェニーさん…あんたの怒った顔想像したら、喋るにしゃべれなくなっちゃう。

「えっと、うん、隊長にお願いなんだけど、アタシとマライアに、

 今から緊急でヨーロッパの、9支部へ主張命令出してほしいんだ。整備中の予備機あっただろ?

 あいつの試験飛行とか、そんな名目でさ」

「え、え、えぇ?!ア、アヤさん!?」

マライアが驚愕している横でアタシは端的に用件を伝える。そしたら、ユージェニーさんは隊長に確認するでもなく

「あぁ、分かった。伝えておくよ。それだけでいいのかい?」

なんて聞いてくれた。

「うん」

「了解、あぁ、待って、何か言ってる…なに?うん、あぁ、うん、伝えるよ。アヤ」

ユージェニーさんは電話の向こうで隊長と何かを話したのかアタシの名前を呼んだ。

「うん」

「彼から、伝言。無茶はすんな、って」

クスっと、笑う声も聞こえた。ユージェニーさん、あんた、なんにも細かいこと聞かないんだな…。

助かる、帰ったら、かならず事情は話すからさ…。

「大丈夫、今回も、迷惑はかけないようにする」

「今回“こそは”にしておいてあげてね」

「うん…今回は、いたずらするわけなじゃないから、大丈夫」

「そう、なら行ってらっしゃい」

「ありがとう、行ってきます」

アタシは電話を切った。
 


 いやぁ、焦った。

でも、良かった、ユージェニーさん、なんとなくマライアのことだ、って分かってくれたみたいだ。

隊長にも、うまく言ってくれたんだろう。こういうときは、女同士の方が話通じやすいよな。

 ふぅ、とため息をついて、アタシはPDAをポケットにしまってベッドから立ち上がった。

「ほら、行くぞ、マライア!」

「行くって、どこへ、ですか?」

こいつ、まだそんなこと言ってんのかよ。すこしは、デリクのこと見習えよな。

「言ったろ、墓参りだ。一緒に行ってやる。ちゃんと、そのミラって人に、礼を言いに行こう」

アタシはそう言って、いまだに呆然としてるマライアに手を伸ばしてやった。

マライアは、しばらくのあいだ、そのまま変わらずに呆然とアタシを見てたけど、

不意にぱっとアタシの手を取って、立ち上がった。

マライアは、力強くアタシの手を握り返してくる。

「ありがとう、ございます。アヤさん」

「だー!違う違う!あんた、家族に敬語使うのかよ?違うだろ?アタシは、あんたの姉さんだ、そう言ったろ?」

アタシはそう言って、空いている方の手で、マライアの額をピシッと指ではじいてやる。

「いたっ」

とか言って、額を押さえたマライアだけど、それからすぐに、会ってから見る中で一番の笑顔を見せてくれて

「うん、ありがとう、アヤさん!」

って言い直した。

 そんなマライアの首元で、羽根の形をしたネックレスのトップが、

薄暗い部屋の中で、キラッと光ったように、アタシには見えた。

 


 








 あたしは、お墓の前には、埋葬されてからは、初めて来た。埋葬のときのことは、全然覚えてない。

ううん、あの事件から、しばらくの間の記憶は、本当に抜け落ちてしまったみたいで、

学校に行っていたはずなのに、それも覚えてないし、気が付いたときには、あたしは、身の回りのものすべてが怖い、
って感じるようになっちゃってた。

 今でも、それは残ってる。

でも、でも、だけど…今日は、ちょっとだけ、それを克服できた気がするんだよ…

大好きだって、言ってくれた笑顔で、お姉ちゃんに会える気がしてたんだ…お姉ちゃん、ありがとう。

あたしを守ってくれて、本当に、ありがとう…でも死んじゃったら、なんにもなんないじゃん、バカたれっ。

 あたしは、お墓の前に座り込んで、ずっと、胸の奥にあったいろんな気持ちを思い起こして、

お姉ちゃんに話しかけていた。

答えてなんてくれないけど、でも、こうしていると、本当に穏やかにお姉ちゃんのことを思い出せる。

 楽しかったこととか、大好きだったこととか、そういうのを。

 アヤさんは、そんなあたしのそばに、ずっと居てくれた。黙って、じっと、墓石を見つめてた。

 あたしが祈り終わって、泣いて、しばらくして泣き止んで、帰ろうか、ってことになった。

帰る前に、パパとママを紹介するよ、って言って、お墓の前から移動しようとしたとき、

アヤさんが、ふと、足を止めた。

「どうしたの?」

あたしが聞いたら、アヤさんは、グイッとあたしの頭を押さえつけた。

指先がこめかみにメリメリめり込んでくる。

いだっ!いだだだだ!!!!

「ちょと、何するの、アヤさん!」

あたしが抗議しようと思って、腕を握ってなんとか引きはがそうとしているときに、何かが聞こえた。

「あぁ、うん、任せとけよ。あんたも、見ててやってくれよな」

アヤさん?

「アヤさん、なにか言った?」

あたしはなんとかアヤさんの腕を払いのけて、そう聞いてみる。でも、アヤさんは不思議そうな顔して

「ん?なにが?」

って聞いてくる。あれ、空耳かな…?アヤさんが何か言ってたような気がするんだけど…

「それより、アタシ腹へっちゃったよ。あんたの家で、飯でもごちそうになれないかなぁ?

 さすがに徹夜で飛び続けだし、ここいらでまとまって休憩しないと、帰りがキツそうだ」

アヤさんは、お腹をペチペチ叩きながらそんなことを言った。

うん、もちろん!ママの料理は、そこいらのレストランなんかじゃ食べられないくらいにおいしいんだからね!

「うん!早く行こう!」

あたしはそのまんま、アヤさんの腕を引いて墓地を後にした。

―――大好きよ、マライア

ふと、ミラお姉ちゃんが優しくそう言ってくれてるような、そんな気がした。

 




つづく。


そして、開戦へ。
 



戦争前夜ってのはいつもこんなものなのかもしれんが重い経験してるなあ……
安心して平和ボケできる日本人に生まれた事を感謝しなきゃな

あとアヤさんがシャアの目に留まらなかった事に心底ホッとしているw

アヤさん、シャアと同年代かいくらか年上だから
ロリコン彗星のお眼鏡には適わないんじゃない?ww

だってよ……アーサーなんだぜ

>>406
感謝!
人々の思いの齟齬による戦争ってのは、悲惨だと思うんです。

>>407
赤い人は、マザコンでもありますからなぁ。
もしかしたら、母になってくれるかもしれなかった女性だったのかも知れなかったかもしれないですw

>>408
もう、楽にしてやれよ、シーブック…



更新ペースが落ちているのは仕事と忘年会のせい!

続き投下しますぉ!

 





「マライアぁ、マライアぁ、あなたもつらかったんだね、大好きなお姉さんが死んじゃって、

 それでも、あなた、頑張ったんだね、偉いよ、すごいよぉ」

話の途中で目を覚ましたミリアムがそう言って泣きながらマライアを抱きしめている。

その泣き方って言ったらもう、尋常じゃないっていうか、その、常軌を逸してる、っていうか、

えと、その、相当、酔っぱらってる、というか…

「レナ、レナさん、ミリアム、どんだけ飲んだんだ?」

アヤが顔をヒクヒクさせながら、そんなことを聞いて来た。

「バーボンを3杯くらいだったと思うんだけど…あんまり、飲みなれてなかったのかもね。

 ずっと、そういうのとは無縁の生活してたみたいだし…」

私も、こんなミリアムを見るのは初めてだ。お酒弱かったんだね、ミリアム…。

アヤも私もそうだけど、なにより抱き着かれてるマライアが、一番微妙な顔してる。

マライアもそんな表情することあるんだね、って言ってあげようかと思ったけど、止めておいた。

だって、本当に困っている感じで、とてもじゃないけど、茶化して笑ってくれるとは思えなかったから。

「私もさぁ、妹が死んじゃったときに、アヤさんみたいな人がいてくれたらなぁ。ううん、マライアが良かった。

 マライアが居てくれたらきっと私も、あんなにひねくれなかったよぉ、マライアぁ、なんで助けに来てくれなかったのさぁ」

「い、いや、ミリアム、その頃のあたしは、たぶんまだダメダメだったあたしで、

 ち、近くに居てもミリアムの役に立てたかどうかはわからなかったなぁ…」

「そんなことない!マライアは私をきっと助けてくれた!

 こないだと同じで、私をきっと、王子様みたいに、あの場所から連れ出してくれた!」

ミリアムは、真っ赤な顔して、ボロボロ涙を流しながら、まるでキスでもするんじゃないかってくらい、

マライアに顔を近づけてそう訴えている。マライアはひきつった笑顔で

「そ、そっか、あは、あははは」

なんて言っている。うーん、これは、ちょっと寝かしてあげたほうが良いよね…

 「アヤさーん、お姉ちゃーん、助けてっ!」

マライアが困り顔でアヤにそうSOSを発信した。

「うん、ちょ、ちょっと待ってろな」

アヤはそう言って、ガタッとキッチンまで小走りに向かって行った。

ほどなくして、グラスを一つ持って、ホールに戻ってきた。

「ほら、ミリアム。とりあえず、水持って来たから、飲んで落ち着こう」

アヤはそう言ってミリアムにグラスを差し出した。

「あぁ、アヤさん…ありがとう、ありがとうねぇ」

ミリアムは、もうワケわからなくなってるんだろう…

アヤにまで、まるで命を助けてもらったみたいにお礼を言いながら、グラスを受け取って、お水をグイッと飲み干した。

 ふぅ、とため息を吐いたミリアムは、さらにマライアに腕を回して、胸もとに顔をうずめてメソメソと泣き続ける。

「アヤさぁん」

マライアのSOSは止らない。アヤはそんなマライアを見て、苦笑いしながら

「あと、5分がまんしろ」

って言う。ま、まさか、アヤ、あなた…
 


 私の予感は、的中していた。ミリアムは、それからほどなくしてマライアの腕の中で寝息を立て始めていた。

「アヤ、あなた、あれ、盛ったの?」

「あぁ、うん。ユーリさんに出してもらっといた、睡眠導入剤」

このペンション、基本的に、悩みを抱えてる人が来たりするから、まぁ、備えとしてそう言う類のお薬を保管してあったけど…

うん、まぁ、この際、仕方ないよね。

「ねぇ、お酒と一緒に飲ませちゃって大丈夫だったかな?」

マライアが心配そうにアヤに聞く。

「あんまりよくはないだろうけどなぁ。まぁ、でも、死ぬようなことはないだろ」

アヤはそう答えながら、ミリアムをマライアの体から引き離すと、グイっと担ぎ上げて、

一番近くにあったソファーにソッと降ろして、毛布を掛けた。

 「ふぅ、助かった」

マライアが大げさにため息をついて言うので、思わず笑ってしまう。

そんな私を見て、マライアもクスっと笑みを漏らした。それにしても、だ。

「あなたも大変だったんだね、マライア」

「うん、まぁ、いろいろあるよね、生きてるとさ」

「その、ミラさんって言う人も、もしかしたら、ニュータイプだったのかな?」

「うん。あたしね、宇宙に出て、ちょっとピンチのときがあってね、そのときに、お姉ちゃんのことを感じたんだよ。

 しっかりして、マライアって、声が聞こえて来てね…

 で、そのショックか何かのせいで、あたしも目覚めちゃったんだ」

マライアが、宙を見つめて教えてくれる。もしかしたら、話しながら、ミラさんの思念を感じているのかな。

「まぁ、この力は伝染するからなぁ。そんな話を聞いてもたいして驚きもないよな」

アヤがイスに戻ってきて、そう言う。確かにね。

私の力も、アヤと一緒に居たら、相互作用してるみたいに敏感になったから、そう言う側面もきっとあるんだろうなぁ。
 


 「でも、そっか。そんなことがあったら、アヤのことが好きになって当然だね」

私はそう言ってアヤをチラッと見やってみる。そしたらアヤは案の定、真っ赤な顔して

「い、いや!ち、違うって!な、マライア!あんたは別にそう言うんじゃないだろ?!な!?」

ってマライアに同意を求め出す。でも、それをすんなり受け入れるマライアじゃない。

「えぇぇ?!ひどいよ、アヤさん!あたし、こんなにアヤさんのこと想ってるのに…!」

なんて、目をウルウルさせながら、わざとらしい演技でそう返した。

「ちょ、あ、あんた!やめろって!」

アヤはガタっとイスから立ち上がった。

「アヤさん!来て!いつものようにあたしに愛情表現をぎゃぁぁぁぁぁぁ!」

両腕を広げてアヤを待ち構えていたマライアは、

突撃して行ったアヤに片腕の関節を取られてテーブルの上に上半身を組み敷かれた。

 もう、素直じゃないんだから、二人とも。そう思ったら、可笑しくって、私は声を上げて笑ってしまった。

「レナ、笑い事じゃないだろう?」

アヤが渋い顔して私に言ってくる。

「なに、ヤキモチでも焼いてほしかった?」

「い、いや、そ、え、あぁっ、っと…」

私の言葉にアヤは動揺して、マライアを解放した。途端にマライアが体を翻してアヤの拘束から抜け出すと

「レナさぁん!アヤさんがいじめるよぅ!」

と言って、私の胸に飛び込んできた。私はそんなマライアを抱きしめて

「あぁ、よしよし、怖かったねぇ」

と頭を撫でてあげる。そしたら、また案の定アヤがムッとして

「マライア!その場所は、アタシんだ!」

ってマライアの後ろ襟を掴まえて、私から引きはがした。

「なによ!もう!ケチ!」

マライアはからかうように笑いながら、アヤにそんなことを言って、また関節技を掛けられて悲鳴を上げている。

 もう。本当に、元気なんだから。
 


 ひとしきりじゃれあったあとで、私達はなんとか落ち着いて、それぞれの席にもどった。

「いたたた…アヤさん、3つめのは痛かった…」

「ああ、ごめん、ちょっと、変な方にいっちゃったな」

「もう。夜なんだから、静かにしてよね」

そんなことを言い合って、また3人でクスクスっと笑う。それから、誰となしに、ふぅって息を吐いた。

 「それにしても…あれからすぐだったよね、戦争が始まったの」

マライアが言う。

「あぁ、そうだったなぁ。コロニーが落ちて来るって情報が入って…」

そこまで言ったアヤが、しまった、って顔をして私を見てきた。

大丈夫、こんな楽しい話のときに、いちいちそんなのを気にしてたって仕方ないでしょ。

そう言う代わりに私は、アヤに笑いかけてあげる。アヤはホッとした笑顔を浮かべて

「…うん、てんやわんやだったなぁ」

と、途中で止めた話を再開する。

「そうだったねぇ。あれ、てか、あの日ってアヤさん、あたしが起こしに行くまで寝てたよね、二日酔いで」

「あれはダリルがいけないんだ!ノリにノせて、あいつアタシにどれだけ飲ませたか…!」

「考えてみれば、不思議だよね。その頃私は、まだ士官学校に居て、そのあとの降下作戦で、

 キャリフォルニアに降りた…あの頃は敵同士だったんだもんね」

アヤに出会う前のことを思い出して、私はそんなことを口にしていた。

「レナさんはさ、キャリフォルニアに降りてからは、なにしてたの?」

「私?私は、北米大陸の戦闘に参加してたよ。ニューヤークとか、ロサンゼルスの奪取作戦とかね」

「ふぅん。なら、今度はその話しようか!あたし、レナさんのことも聞いてみたいし」

マライアがぱっと明るい笑顔でそう提案してくる。戦争の話になるし、良い話ばっかりじゃないけど、ね。

でも、そうだな。それは、私達が出会うまでの道のりだったんだ、って思えば、別に、悪くないのかもしれないね。

「いいね。じゃぁ、アヤとマライアも、ジャブローでのことを聞かせてよ」

「ははは!そうだなぁ、じゃあ、マライア、あれなんかどうだ、ほら、カレンを拾いに行ったときの話!」

「あーあれね。あれはあれで、大変だったよねぇ」

マライアが苦々しい顔をして感想だけを放し始める。

「何があったの?」

私が聞いたら、アヤが

「こいつでさ、被弾して脱出したんだよ。それも、大西洋のど真ん中でさ」

って肩をすくめて言う。

「もうね、一緒に居たのがアヤさんじゃなかったら、あたしたぶん死んでたね」

マライアは、クスクスっと笑って、話を始めた。



 




 「ああ…くそぅ…」

目の前が、グルグルする…ダメだ、あぁ、ダメだ…

アタシはゆっくりと体を起こして、マライアが用意してくれていたビニール袋に、今日3度目の胃液をぶちまけた。

気持ちわりぃ…

 パタン、と、ドアが閉まる音がした。

「アヤさん、お水買ってきたよ」

マライアの声だ。でも、すまん、起き上がれないよ、今、アタシ。アタシは、ベッドの柵から手だけを出す。

マライアがミネラルウォーターのボトルを握らせてくれた。寝たまま、それを開けて、少しだけ口に含む。

うぅ…水飲めるだけ、まだまし、か。

 「換気、してても、ダメだねぇ」

マライアがベッドの中を覗き込んでくる。

マスクの代わりに支給品のタオルを顔に巻いたマライアがそんなことを言ってきた。

「悪いな、マライア」

アタシは情けなくって、そう謝るしかできなかった。もう、目が覚める前から、吐きっぱなしだ。

換気扇は全開で回してあるし、換気のために小さいけど、窓も開けてあるっていうのに、

やっぱ、臭いがこもってるんだろうな、ゲロの。

「ううん、平気。オフィスも死屍累々だから、ラウンジでリンさん達とテレビ見てるよ」

マライアは、タオルのマスクの下で、そう言って笑ってくれる。あぁ、うぅ、情けない。

ダリルのやつ、アタシを焚き付けて、まさかウィスキーのボトルをラッパで飲み干せとか、今考えればバカじゃないのか?

いや、乗ったアタシも相当バカだけどさ…酒で、判断力を失くすって、怖いよなぁ。

それにしたって…うぅぅ…ダメだ、気持ち悪い…

 アタシは、あれこれ考えるのはやめて、とにかく横になっていることに決めた。

いや、決めたっていうか、そうしてる他に選択肢がない。

胸にこみ上げてくる酸っぱい感じを抜きたくて、ふぅ、とため息を吐いちゃう。

 「辛そうだね」

「あぁ、かなりな」

「ウィスキーのボトルをイッキなんて、バカでしょ、アヤさん」

「…返す言葉もないよ」

「あら…怒ると思ったのに…まだ、休んでた方が良いみたい」

マライアがそう言って苦笑いを浮かべた。

「悪いな、ホント」

アタシはそう言っておく。そしたらマライアは苦笑いをちゃんとした笑顔に変えて、

ベッドの柵によじ登ってきたと思ったら、いつもアタシがしてやるみたいに、アタシの頭をガシガシっと撫でてきた。
それから

「まぁ、気にしない気にしない」

って、ニヒヒと、笑う。まったく、初めて会った頃が嘘みたいだよ、あんたさ。

アタシも、出来るだけの笑顔を、マライアに返してやった。

「じゃぁ、行くね。何かあったらまたPDAに連絡ちょうだいね」

マライアはそう言って、柵から降りると、パタン、とドアから出て行った。
 


 うぅ、くっそ、グルグルする…いっそ、軍医に点滴でもしてもらいたいけど、こんなんで点滴打ってくれっかな…

自業自得だ、寝ておけ、なんて言われるのがオチなんじゃないだろうか…

うん、よし、寝てよう、今日は一日、ダウンだ。マライアには申し訳ないけど…

 アタシは、もう一度ふぅ、とため息を吐く。マライアに買ってきてもらった水を飲んで、胃を落ち着かせる…

うん、すこし、楽になったかな…とりあえず、一眠りできそうだ…たぶん…。

 アタシは、そのまま目を閉じた。ぼんやりと、意識が遠くなっていく。

すぅっと、悪い気分だったのも、薄れてきだした。良かった、ホントに、すこし眠れそうだ…

 



 
 「―――!―――!」

 ん、なんだよ、誰だ?せっかく、すこし休めたと思ったのに…

「―――!―ヤさん!」

この声…マライアか?

 それに気が付いたのと同時に、アタシは全身を揺さぶられてるのに気が付いた。

待て、待てよ、マライア…分かった、起きる、起きるから…

 アタシは体をつかんでゆすってくるマライアの腕をつかんで、目を開けた。

「アヤさん!起きて!」

マライアが必死の形相でアタシを見つめている。なんだ、なにがあったんだよ、そんなに焦って…

ん?あれ、なんだ、この音…?ヤケにガンガン鳴ってるな…くそ、なんだってんだ、頭に響く…

やめてくんないかな、これ…

「マライア、この音、とめて」

アタシが言ったら、マライアは叫んだ。

「止められるわけないでしょ!これ、緊急警報だよ!?」

緊急警報?なんだよ、火事でも起こったか?

まぁ、待て、落ち着けアタシ。いや、逆だ。

しっかりしろ、アタシ。マライアが焦ってんのはいつものことだけど、この音は、普通じゃないぞ。

何かあったんだ…意識、はっきりさせろよ…

 アタシはそう思って、枕元に置いておいたミネラルウォーターの蓋をあけて、半分くらいを一気に飲んだ。

なんとか、意識が冴えてくる。胸の悪い感じも、多少収まってるな。

どれくらい休めた?

1時間か、2時間くらいか?

 「マライア、アタシ、どんだけ寝てた?」

「3時間くらい!ってか、それどころじゃないんだって!」

マライアはそう言って、グイッとアタシの胸ぐらをつかんでベッドから引きずりおろそうとする。

なんだ、おい、マライア!

「おい、落ち着けって、マライア!何がどうなってんだか、説明してくれ!」

アタシはちょっと大声を出してしまった。

すぐに、マライア相手に、まずった、と思ったけど、マライアは動じるどころか、アタシよりもでっかい声で

「サイド3が宣戦同時攻撃を掛けてきたんだよ!もう、サイドがいくつか制圧されたって情報が入ってる!」

 宣戦?攻撃…?サイドが、制圧…?サイド3、って言ったか、今?

ここの所、自治政府が連邦政府ににたてついてあれこれと自衛手段を整えてる、って話はチラっと聞いたことあるけど…

宣戦?戦争を吹っかけてきたってのか…?

 そうか、だから、この警報か。非常事態宣言でも出されたのかな。

兵隊どもは、すぐにスクランブル待機せよ、ってわけか…

 スクランブル?

 アタシはようやく事態を把握した。ベッドの上で飛び起きたら、ガツン、と頭を天井にぶつけてしまう。

くぅっ、いてぇ!
 


「マライア!オフィスに招集かかってんだな?!」

「うん!そう!」

「起こしてくれて助かった!行くぞ!」

「了解!」

アタシは、痛む頭を手で押さえながら、マライアと一緒にベッドから飛び降りた。部屋を出て、兵舎の廊下を走った。

 昨日まで、新年のバカ騒ぎをしてたってのに!アタシは、明後日の五日まで休み取ってんだぞ!?

どうして…なんでこんなことになったんだよ!?

 アタシはそんなことを、思っていた。

 まさか、このときはまだ、宇宙からコロニーが降って来るなんて、これっぽっちも考えてなんてなかった。

あんなにたくさんの人が、この時にはもう、殺されてたなんて、アタシはまだ、知らなかったんだ。



 





 ものすごい衝撃が、HLVを襲う。これ、大丈夫だよね!?地球に降りる前に、分解なんてしないよね!?

私は、ふっと頭に浮かんできたそんな恐怖を、無理矢理に抑え込んだ。

大丈夫、オデッサでは、降下中の事故はなかったって聞いてる…本当かどうかは、知らなけど…。

でも、突入自体は、大きな問題じゃない。

大事なのは、降り立ってから、だ。

 オデッサに次ぐこの作戦だ。敵だって、バカじゃない。

モビルスーツとの戦い方を考えているだろうし、HLVでの降下だって、対策を練っている可能性もある。

十分に気を付けないと…!

 不意に、ガツン、と言う強い衝撃が走った直後に振動が収まった。

コクピットの中のモニターに、映像が映し出される。陸地が見える。

あっちは、水?海、かな?パラシュート、無事に開いたみたいね…良かった…地上には…街が見える…

あれが目標の、サンフランシスコ、ね。マップ、は…と…

 私はコンピュータを操作して、モニター上にマップを表示させる。

サンフランシスコには、キャリフォルニアベースと言う、連邦軍有数の基地がある。

この降下作戦の目的は、その奪取にあった。

ここは、地図上では、連邦軍本部のジャブローから北に位置する。

ここを奪って、ジャブローへの足掛かりにする計画だ。

先の作戦で、オデッサに降り立った部隊は快進撃を続け、ヨーロッパ地域と言うところを、ほぼ手中に収めている、

との情報も聞いた。

オデッサからの資源をこの北米へ回して、ここで兵器を生産することができれば、戦争も短期決着が見えてくるはずだ。

そのためには、なんとしてもここを制圧しなきゃいけない。

 このキャリフォルニアベース周辺には、いくつもの軍事関連施設がある。

湾内には潜水艦ドックもあるし、工場や、格納庫、燃料タンク…空から見下ろすと、相当に広い地域に点在している。

こっちも数をそろえてはいるけど、そう簡単な話でもなさそうだ。
 


 私達予備部隊の投入は、下で行われている侵攻作戦が思うように進んでいないための増援。

目標は、味方部隊を苦しめている航空部隊の基地を叩くことだ。

このHLVは、敵の航空基地の目と鼻の先に降りるはず…

奇襲作戦、と言えば聞こえはいいけど、こんな強行作戦、一つ間違えれば、全滅しかねない。

幸い、こっちの落下速度に、敵の戦闘機の迎撃は間に合わない。

気を付けなければいけないのは、高射砲や、対空兵器だ。

そっちは、今は味方部隊が側面攻撃を掛けて引き付けてくれている予定になっている…

あとは、無事を祈って、コンピュータ上のランプが青になるのをひたすら待つしかない。

<こちら、隊長機。ヘスラー少尉、バーデン軍曹、気は確かか?>

私の所属する隊の隊長、ライナー・ドーレス大尉の声が聞こえた。

「こちら、ヘスラー。問題なし。すこし、怖いですが…」

私が答えると次いでテオ・バーデン軍曹が

<こちらテオ。このビリビリする感じ、たまんねっすね>

と軽口をたたき始めた。でも、隊長は特にそれをとがめるでもなく

<その意気なら、心配はなさそうだな。降下の手順は分かっているな?

 ランプが緑に代わったら、HLVのハッチが強制開放される。スラスターとバーニアを駆使して、降下動作に入れ。

 着地に気を付けろよ。関節部に負担を掛けて、降りた瞬間に動けません、じゃ、敵の良い的だ>

<了解です、任せといてくださいよ、隊長>

テオは、そんな明るい口調で言っている。

お気楽だな、とは思うけど、でも、今はこれくらい明るくしてもらえるのはありがたい。

私の方は、緊張で胸がつぶれそうになっているから、ね…。

 モニターに、表示が出た。緑色で、“Ready for Dive”。予定の高度まで、無事に降りて来られているらしい。

<よし、ハッチ開放!>

隊長の無線が聞こえた。次の瞬間には、小さな爆発があって、HLVのハッチがパージされる。

外には、モニターで見たのと同じ、街並みと海、軍事関連施設が見えた。

<お先に失礼しますよ!>

テオの無線が聞こえてきたと思ったら、一番ハッチに近い所にいたテオの機体が踏み出して、

バーニアを吹かしてハッチのあった場所から飛び降りた。

「続きます!」

私もそう無線を入れて、ハッチへと進む。高度は、数百メートルと言ったところか、な。

落ち着いて…降下の訓練は、十分につんだ。

バーニアを出力70%で維持、AMBACを信頼して、スラスターも全開にする。

あとは、機体がバランスを崩さないように姿勢を維持させれば良い…

ううん、降下時バランスもAMBACがサポートしてくれる。

大丈夫…!
 


 私は、機体をHLVから飛び立たせた。ふわり、という、あの無重力の感覚が背筋を駆け抜ける。

私は、そこから沸いてくる恐怖を押さえ込みながら、ペダルを踏み込んだ。

轟音とともに、グンっと機体の落下速度が落ちる。

よし…よし、このまま、このまま…!

<ひゅう!隊長!敵さん、戦闘機の発進準備中だ!>

テオの声が聞こえてくる。

<テオ、あがらせると厄介だ。狙えるか?>

<バラ撒いて、弾幕張っときゃこっちのもんです、やります!>

<よし、レナも続け、反動で降下姿勢を崩されるなよ!中隊長!こちら、先鋒の第2小隊、ドーレスです!

 発進準備中の戦闘機群を発見、上空より攻撃をかけます!>

テオとの確認を終え、私にも指示を飛ばしてきた隊長が、中隊長機を呼び出している。

中隊長は、ガルマ大佐直属の少佐だって話だ。

降下直前に志願した私は面識もないけど、ただ、隊長の話では、キレる人で、頼れるんだ、と言っていた。

<ドーレス大尉、了解した!露払いを頼む!>

少佐の声が聞こえた。

<よし、各機、掃射して発進を阻止しろ!>

<了解!>

「了解です!」

 私は無線で返事をした。それから火器管制を起動させて、モニターに映る照準で、眼下にある滑走路を捉えた。

「射撃準備、完了!」

<こちらもです!>

<よし、反動に注意しろよ!てっ!>

隊長の指示に合わせて、私は握っていたレバーのトリガーを引いた。

断続的な轟音と反動とともに、曳光弾の破線が滑走路を縫う。先に降下を始めていたテオの機体の弾が、

滑走路で発進準備中だった戦闘機群を捉えて、バラバラに引き裂いた。

パパパっと、連続して戦闘機が爆発していく。

<ひゅう!やりました隊長!滑走路を塞いでやりましたよ!>

テオの嬌声が聞こえる。でも、まだだ。滑走路はあれ一本じゃない。

「隊長、次の目標の指示を!」

私は無線にそう怒鳴る。すぐに隊長から

<よし…下方、10時方向の格納庫だ!全壊させる必要はない。

 一掃射したら照準を固定したまま、あとは着地に備えろ!着地出来次第、格納庫の制圧に移る!>

「了解です!」

私は、そう返事をして格納庫に照準を合わせた。トリガーを引く。ギュウンという機械音の直後にまた轟音。

曳光弾が格納庫の屋根に突き刺さっていく。

上からは、一帯の宮司施設は接収し利用できるものは利用するから、と、なるべく被害を出さないよう言われている。

無用な破壊は必要ない。

敵の抵抗だけをなくしていけばいい。

コロニーを落とすような、取り返しのつかないことをする必要はないんだ。

 


冷静に、着実に、敵のウィークポイントだけを叩けばいい…戦争だから、仕方ない、けど、それでも…なるべく、誰も殺さないように…。

父さん、あなたは、甘いって言うかな?ううん、きっとそうは言わないよね。

父さんは、殺し合いを望んでなんかいなかった。戦争は、話し合うための手段だって、そう言ってた。

戦争が目的になっちゃいけない。戦争も、戦いも手段でしかない。

そうでなければ、解放や平和や発展を望めない。

 父さん…私は、あなたの背中を追って、軍人になった。

“だから”、戦いで命を落としたあなたの仇をとろうとは思わない。

私はただ、父さんの理想に近付きたいって、そう思っているだけ…。

 機体が地面に近づいた。着地態勢に入る、脚を広げて、膝の関節をニュートラルにしておく。

バーニアの出力を80パーセントまで上げて、高度を見る。100、90、80、70、60、40!

スラスター最大出力、軟着姿勢…!

 ゴウっと音がして、各所のスラスターが下方向に噴射された。

またガクンと速度が落ち、次いで、ズン、と言う衝撃がある。

よ、よし、着地完了…各部異常チェック、異常、なし。

<テオです、着地完了!>

「こちら、へスラー。こちらも無事着地!」

<よぉし、俺もなんとか降り立った。これが地球か…よし、テオは格納庫右翼へ。

 俺とヘスラーで正面を行く。重力に気をつけろよ、コロニーとは性質が違うぞ!>

隊長の声が聞こえる。どうやら、私たちの隊はなんとか3機とも無事に降りてこられた。

あとは、可能な限り作戦を遂行して、とにかくこの空港を占拠しないと、これ以上味方を危険にさらすわけには行かない。

 「ヘスラー、前進します」

私はそう報告して、機体を動かす。ズズン、と言う、重い衝撃。

コロニー内でのイレーナたちとやった重力下訓練を思い出した。

 格納庫の前まで到達する。私はレバーを引いて、ザクの足で格納庫の前扉を蹴り倒した。

中を確認すると、機体に穴を開けた戦闘機が数機、無残な姿で横たわっていた。

整備班なのか、制服の連中が、慌てた様子で格納庫内を駆け回っている。戦意があるようには、思えなかった。

 私は、ザクの姿勢を立て直して、空を見上げる。

味方機が次々と地上に降り立ってくる。3個中隊、総数、50機近い。

それでも、ここは敵地のど真ん中。

側面攻撃を掛けてくれている味方の部隊との連携をして進めないと、たちまち包囲攻撃で撃破される危険もあるんだ。
 


 <格納庫の向こう、12時方向、敵戦車隊視認!>

テオの無線が聞こえた。私は格納庫の向こう側をメインカメラで確認する。

いる、4列縦隊で、50メートルほどの間隔を開けて、こっちへ進んできていた。

と、パパパっと、その砲塔が光った。砲弾が格納庫の天井や、壁に着弾して、爆発し煙が上がる。

<う、撃ってきたぞ!?あの位置から!?>

テオが動揺している。無理もない、彼らの位置からは、私たちなんてろくに見えていないはずだ。

どこ箇所も、空港の施設の影になっているはずだから…でも、それでも彼らは撃ち込んできた。

<あいつら、奪われるくらいなら、破壊しちまえって命令でも受けてるってのか?>

「そんな…まだ、ここには連邦の兵士もいるっていうのに…!」

テオの言葉に私は内心、動揺した。だけど、それを感じ取ったのか隊長が

<早合点するな。あっちは囮かもしれない。俺たちは敵のど真ん中にいるんだってことを忘れるなよ!

 どこ方向からでも押し寄せてくるぞ!>

と怒鳴る。そう、そうだ。あれだけじゃない。どっちへ向いたって、敵だらけ。

今は、そんなことを気にしている場合じゃない。とにかく、この基地の制圧と維持に全力を尽くさないと!

この格納庫はもう抵抗はないはず。次の目標に移るべきだ!

 「隊長、次の目標は?」

私は無線にそう怒鳴る。でも、今度は隊長から、少し穏やかな声色が聞こえてきた。

<ヘスラー少尉、落ち着け。今、少佐が着地した。各隊からの報告を集めてる>

<そうは言ったって、隊長、敵の戦車隊が来てるんですよ?!>

<そいつも報告済みだ。勝手に動くなよ。

 こう言うときに勢いは大事だが、勢いに任せて突っ込んで自軍の配置に亀裂ができれば、

 瞬く間にそこに漬け込まれる。落ち着いて、指示を待て>

さすが、隊長だ。落ち着いてる。聞けば、ルウムでも戦って、敵の戦艦を撃破した戦果もあるらしい。

私もすこし焦っていたのかもしれない。すこし落ち着いて、指示を待とう。

 <こちら、第3中隊長、パウエル。各隊、各機、聞け。第2中隊が北部へ展開、第1中隊が東部へ展開する。

 我々第1中隊はこの基地の確保、維持を行う。必要に応じて、北部、東部への援護を行う!>

中隊長の指示が聞こえた。落ち着いてるな、中隊長。大丈夫、敵の抵抗も少ないし、奇襲はうまく行っている。

この作戦は大丈夫だ…!
 


 この確信は、おおよそ間違いではなかった。

それから私達は友軍が東部防衛線を突破してこの基地に到達するまでの間、大きな抵抗にも遭わずに維持できた。

こちらの被害も、戦車砲で集中砲火にあい中破した1個小隊のみ。搭乗員はみんな無事だった。

キャリフォルニアベース地下に侵入し、味方部隊援護のために一帯に電力を供給している施設を破壊した特殊部隊の働きも大きい。

 とにかく、私達は、キャリフォルニアベースを制圧した。基地への損傷は軽微。

こちらの兵器生産に転用するのに、それほど時間はかからないだろう。

同時に作戦を開始した東海岸も何とか勝利を収めた言う情報も入ってきていた。北米の主要な軍事拠点は押さえた。

これからは北米全土を制圧し、防衛体制を整えてから、目指すはジャブローだ。

 平和のため、スペースノイド解放のために、もうあと少し、だ。

 私は、そんなことを考えて、表面上では喜んで、そして安堵していた。

でも、心のどこかで、なにか微かな違和感を覚えていた。

私は、いえ、ジオンは、いったい、何のために戦っているんだろう?

そんな疑問を飲み干すように、私はその晩、祝杯に酔いしれていた。




 






 「ヨーロッパへ遠征?」

隊長のブリーフィングを聞いて、アタシは思わず、そう声を上げてしまった。

ジオンが地球へ降下してきてから、数か月。ヨーロッパ戦線はベルファストを残して、ほぼ壊滅。

ここから北の、キャリフォルニアに降下してきた部隊に北米は制圧されつつあるし、

すでに制圧されたオデッサからの侵攻でアジア方面も苦戦、

オセアニアはまだ辛うじてこっちの方が優勢らしいけど、この先どうなることは分かったもんじゃない。

アフリカは、キリマンジャロ基地でなんとか持ってるって話だ。

オセアニアとアフリカが取られたら、北米が危ない現状では、二面作戦になる可能性があるから、

そっちへの派遣、っていうのならまだわかるけど、どうしてまたヨーロッパなんだ?

「あぁ、そうだ。ベルファストへ合流できずに地中海南岸へ逃れてる連中がいる。

 北米東海岸から脱出した連中も、大西洋上を同地域への救出作戦のために移動中だ。

 俺たちは北米からの部隊と連携して、やつらをジャブローへエスコートするお役目を言い渡された、ってわけだ」

隊長がそう説明する。でも、それ、ちょっと待ってくれよ。

アタシが質問を継ごうと思ったら、ダリルが先に声を上げた。

「そんなもん、こっちへ連れて来るより、キリマンジャロで引き取ってもらった方が、戦略的には良いんじゃないですか?」

うん、ダリル、さすがだ。アタシもそう思う。

「まぁ、それが出来ればそうしたいんだろうが…キリマンジャロも形勢が危ういらしい。

 ほぼ包囲されてると見て良いだろう。連中のいる北アフリカ…

 まぁ、正確に言や、スペインの南部の地中海沿岸らしいが、北にも南にもジオンがいっぱい。

 逃げ手は、大西洋を通る他にねえってわけだ」

なるほど、孤立しちゃってんのか。そりゃぁ、マズイな…

「それから、上の連中は、このジャブローの防衛を厚くしたいらしい。

 まぁ、本部なんだから当然だが、北米とアフリカが制圧されちまえば、今度はここだ。体制を整えておく必要性は、ある」

「そうですね。どっちかが取られたら、こっちへ飛んできてる定期偵察便も、偵察じゃ済まなくなるかも知れないですしね」

「迎撃回数が増えるとなると、正直、疲れるからなぁ」

フレートとヴァレリオが言っている。戦況は、悪い。正直に言って…。

 だけど、いくらジオンって言ったって、この地球をすべて制圧できる、なんて考えているんだとしたら、それは間違ってる。

人口が増えすぎて宇宙へ追い出した、なんてこともあったんだろうけど、実際には、まだ手つかずの自然が残っている場所はいくらでもある。

地球にいるアタシ達ですら、手の出せない地域ってのがあるんだ。

宇宙からやってきた絶対数の少ないジオンが、地球連邦の軍を打破することはできても、

地球全土を制圧し支配することなんてできるはずがない。

 そう思えば、かなりヤバい状況かもしれないけど、でも希望がないわけじゃない。

別に、ジオンが勝とうが、連邦が勝とうが、正直あまり興味はない。

最終的に大事なのは、アタシの身の回りの奴らが、無事に生活できるか、ってことだ。
 


 「で、出撃の時間は?」

3番機のカーターが隊長に聞く。

「明日の朝だ。各員は準備を怠るなよ。他に質問がなければ、全体は解散とする。このあと、アヤとダリル、カーターはここに残れ」

隊長はそう言った。残れ、か。まぁ、そうだろうな。

 アタシには心当たりがあった。ジオンが投入して来たって言う、新兵器のことだろう。

なんでも人型の近接戦闘用の兵器らしい。

ちょっと聞くだけなら、戦闘機の敵じゃないとは思うんだけど、

どうも、この戦争で使われてる別の技術、ミノフスキー粒子、っていうのが厄介なんだ。

詳しい理屈はよくわからないんだけど、ダリルに言わせると、ミノフスキー粒子、ってのは、

磁力を生み出してる大元みたいなもんだって話だ。

そいつを戦場に散布すると、電子兵器の一切が動作不良に陥るらしい。

特に、レーダーや誘導兵器なんかは一切使い物にならないんだそうだ。

そうなってくると、いくら戦闘機だって話は変わってくる。ミサイルの代わりに無誘導のランチャーを取り付けるにしたって、

当てるには相当の腕で敵に接近しなきゃならない。

もっと言っちゃえば、基本武装が航空機銃だけになったって言ってもいい。

遠距離から、対戦車ミサイルをぶち込んで終わりの戦闘じゃない。

おそらく、敵と戦うことになれば、戦闘機だって、肉薄して遣り合わなきゃいけない。

そんな人形みたいなやつらにやられる気はしないけど、でも、そこまで近づくとなると、流れ弾思わぬ事故ってのも起こりうる。

ただでさえ、一発貰ったらお終いになるかもしれないのが戦闘機だ。

そこらへんは、立ち回りを十分に考えておく必要がある、か。

 他に質問は出なかった。名前を呼ばれたアタシ達以外は、やれやれ、って感じでオフィスを出て行った。

 開戦から、4か月が経とうとしている。

ジャブローへ飛んでくる偵察機と、護衛の戦闘機との戦闘を何度も経験してきたアタシ達は、なんだかもう、戦闘に対しては少しマヒしてしまっているところがあった。

いちいち気にしてたら、HUDに捉えた敵目がけてトリガー引くのをためらっちゃう。

それは、自分を、隊の他の連中を、危険にさらすのとおんなじだ。

 「あ、あの、隊長」

「ん、なんだ、マライア」

不意に、アタシの隣に座っていたマライアが声を上げた。

隊長が聞くとマライアは、そっと、アタシの飛行服の袖口を握ってから

「あの、あたしも、残ってて良いですか?」

なんて言いだした。まぁ、たぶん居ても迷惑ってことにはならないから問題はなだろうけど…

隊長のリアクションはどうだ?アタシはチラっと隊長をみやる。隊長は不思議そうな顔をしながら

「まぁ、別に構いやしねえが…」

って口ごもる。これから話があるのは、たぶん、そこそこ高度な内容なんだろう。

マライアにはわかんねえだろうな、って感じをしてるな、隊長。

でもな、そばで一緒に飛んでるアタシにはわかる。こいつ、なかなか優秀なんだ。

特に、戦術的なところっていうよりも、機動イメージが割と鮮明に出来るタイプなんだと思う。

状況に応じて、アタシや隊長、ダリルに教えられた戦法を組み合わせて、鋭く旋回して見せるんだ。

その点では、もしかしたら役に立ってくれるかもしれないし、な。
 


「やった、ありがとうございます!」

マライアは満面の笑みで、隊長に言った。まったく、入隊して、そろそろ半年経ったかな?

最初のころに比べたら、ずいぶん馴染んできてるよな。あの頃の心配が嘘みたいだ。

あとは、実戦でパニックにならなけりゃぁ、言うことはないんだけどな。

そんなことを思っていたら、何やら分厚いファイルを取り出した隊長が、それをドンっと机に置いた。

「おーし、待たせたな。ひとまず、これを見てくれ」

隊長がそう言って、ファイルを差し出してくる。ダリルが、ペラっと表紙をめくった。

そこにあったのは、報告書のようだった。これは…戦闘の報告書だ。

出撃から、接敵、機動、敵の反応、こっちの対応、撤退するときの状況なんかが事細かに書きこまれている。

「隊長、これは?」

カーターが隊長に聞く。すると隊長は、冷めたコーヒーをグビっとあおってから、話を始めた。

「そいつは、ヨーロッパからの情報だ。ベルファスト基地に、古い同期が居てな。

 そいつは、ベルファストで飛行隊を率いている。誰に似たのか、横柄なやつなんだが…

 そいつの隊が書いた、人型の兵器、モビルスーツに対抗した戦闘の報告書と要旨だ。こいつを参考に、

 戦法を編み出す必要がある。わかるな?」

隊長のことばにアタシはうなずく。思った通り、だ。

 「俺たちにこれを解析して、身につけろ、と?」

ダリルが聞くと、隊長はあいまいに

「早い話が、そうだ。これを送ってきたバートレットと、やつの隊、ウォードッグは、

 混戦するヨーロッパ戦線で、モビルスーツ相手に被撃墜3に対し敵撃破数は20を超えてる。

 ベルファストの防衛は、やつらの功績と言ってもいいだろう」

「あれを20機も撃破したってのか…」

「なるほど、見てみる価値はありそうですね」

カーターとダリルが言っている。でも、隊長は首を振った。

「いや、それよりも、被撃墜3って方に注目してみてくれ。落とされなければ、挽回するチャンスもある。

 やつらは、それが分かってた。いくら相手が強力な新兵器だとしても、

 1対1で特攻覚悟で突っ込めば、撃破できない理屈はない。

 だが、やつらは、そうはせず、自分たちの生還率を上げた。

 いいか、良く聞け。俺はお前らを死なせるわけにはいかない。

 たとえ、このジャブローがどうなろうと、知ったことじゃない。集団戦法でもなんでもいい。

 逃げて、逃げて、逃げまくった先に、チャンスを見い出す方法を探せ。

 敵の弱点の分析はウォードッグからのデータがある。戦闘にどれだけ時間が掛かろうが構わん。

 可能な限り安全に、敵を撃破する方法を考え出すんだ」

隊長の言葉に、みんなは黙った。
 


 逃げて、逃げて、か。そうだな…隊長。アタシも、みんなが死んでいくのを見るのなんか、まっぴらだ。

アタシもできれば死にたくなんてないしな。

「なるほど。骨のありそうな仕事じゃないか」

ダリルがそう言ってため息を吐く。

「確かに。特に、あれだな、フレートのことを考えて作戦練っておかないと、あいつは真っ先に死にかねんからな」

カーターはそう言って笑っている。

 「あ、あの、あたしも考えます!」

マライアも、柄にもなく前のめりになって言った。うん、その気合いは、悪くない。

あとで褒めてやるからな、マライア。

 アタシは、マライアの頭をペシペシ叩きながら、イスから立った。

「どうした、アヤ」

隊長がアタシに声を掛けてくる。

「なに、疲れそうな会議になるだろうからな。珍しく、コーヒーでも淹れてやるよ」

「あぁ、珍しいな、ホントに」

すかさずダリルが言ってきた。こいつ、こんなデカイ図体してて、アタシと同じくらい荒っぽいのに、

コンピュータに強いわ、コーヒー淹れさせたら絶品だわ、お勉強はできるわ、まったく、似合わないにもほどがあるんだけどな。

 アタシは、ダリルの肩をベシッと引っぱたいて、オフィスの給湯室へ向かった。

「あ!アヤさん、手伝うよ!」

後ろからマライアの声が聞こえたと思ったら、背中にタックルされた。

ちょっと痛かったんで、ヘッドロックを掛けて、ぎゃーぎゃー悲鳴を上げるマライアを引きずったまま、給湯室に入った。

 明日は、あのモビルスーツってのと戦闘になる。その意味を、アタシはまだ、ちゃんとは理解していなかった。

有視界戦闘をしなきゃならない戦場で、あれを相手にするのがどれだけ危険なのか、って。



 


つづく。


刻一刻と、「あの日」に近づくエピソード0s。

だけど、次回、アヤさん、過去語りを始める、の巻。

 



さりげなく出てくるハートブレイク・ワンも乙
対MS戦経験者かよw道理で肝っ玉据わってるわけだなww

>>429
感謝!

そもそも、同じナチスドイツをイメージしてるからなんだろうけど、ベルカとジオンって被るんですよね。
あっちでも最終的にコロニー的なチクワが落ちてくるわけで…w


みなさん、クリスマスはいかがお過ごしですか?
キャタピラはイブの夕方から嘔吐下痢におそわれ散々です…ロタ?かも、って。
まぁ、仕事以外の予定なかったけどね。



とりあえず、続きです。

 




 翌日の夕方前、アタシ達は、大西洋の上を飛んでいた。

隊長とベルントとフレートにカーターからなる第1小隊が先頭でダイヤモンド、

その左後方に、アタシとマライアにヴァレリオの第3小隊、

右後方にはハロルドさんが引っ張るダリルとデリクの第2小隊がそれぞれデルタで飛行している。

まぁ、パッと見た限りでは10機で作るただのデルタなんだけど、さ。

一応、そうやって意識しとけば、もしもって時に、慌てないで済む。何事もまずは、準備から、だ。

 昨日、あれからアタシ達は、ベルファストのウォードッグ隊の戦闘記録を分析した。

その結果、分かったことがいくつかあった。

まずは、狙いに関してだ。

致命弾となった攻撃は、そのほとんどが、脚の関節部と“ランドセル”と呼んでる、

人型の背中に付いた、噴射装置に集中していた。

あと、これは致命弾、ってわけじゃないんだけど、報告の中に出てきたモビルスーツは、2種類。

“ヒトツメ”ってのと、“トゲツキ”ってやつがいるらしいんだけど、

“トゲツキ”の方は、動力系のパイプが向きだしになってるらしくて、そいつをぶった切ってやると、

ガクンと機動性が鈍くなる、って記述もあった。

 戦闘で敵の弱点を見極めるのは基本だけど、実はそれが一番難しい。

ウォードッグ隊ってやつら、こんな細かいことまで観察してるなんて、相当な経験を積んだんだろうな…

それでも、被撃墜3、しかも、そのうちイジェクトできなかった一人を除いて2人は無事に生還したらしい。

実質、損害は一人。これはもう、大勝利って言っていい数字だ。見習いたいもんだな、正直に。

 「マライア、大丈夫か?」

アタシは無線でそう呼びかけてみる。普段の生活で、マライアがビビっちゃうのは、最近ではかなり減ってきてる。

でも、戦闘ではまた別だ。まだまだ、場馴れしてないし、判断も鈍い。

過剰な緊張はほぐしてやって、都度、指示してやらないと、危なっかしくてしかたないんだ。

「はい、今のところは」

マライアの返事が返ってくる。ちょっと堅いけど、まぁ、まだ許容範囲内だな。

「了解、ちゃんと肩ほぐしておけよ。まだ先は長いんだ。今から肩こりじゃ、戦闘になったときには動けないからな」

「はい、アヤさん」

言葉数が少ないけど、まぁ、良いか。仕方ない。

―――頼むな、天使さま。マライアを見ててやってくれよ。アタシは、ふと、そんなことを思っていた。
 


 ウォードッグ隊の報告を分析してみた結果のもう一つは、戦闘機動だ。

彼らは、戦闘機との戦闘では、ちょっとしない動き方で戦果を挙げていた。

端的に言うと、モビルスーツ相手には、直線機動が有効だ、ってことだ。

普通戦闘機同士の戦いになったら、直線機動なんてしてたら、たちまちに撃墜されちゃう。

だけど、モビルスーツを相手にするときは、旋回して速度を落とすよりも、直線に飛び抜けて、

射程外で旋回してまた直線で接近してチャンスをうかがう、って方法がベストのようだった。

敵のモビルスーツが“携帯”しているマシンガンの集弾性能は、

高速で飛び抜ける戦闘機を狙い撃てるほどではないらしい。

弾幕に突っ込まない限りは、そう簡単に落とされるようなものじゃない、っていうのが結論だった。

 マライアとヴァレリオには、出撃前に簡単なブリーフィングで、戦法を伝えた。

言葉で説明するのはあんまりうまくないし、とりあえずアタシは、とにかくアタシに合わせて付いて来い、とだけしか言えなかった。

でも、マライアの機動を把握して再現する能力はアタシと隊長の折り紙つき。

たたき上げのヴァレリオも、錬度だけなら、少なくともそこいらのパイロットよりはずっと上だ。

こいつらなら、2,3度アタシの機動に付いてこれれば、すぐに何が正解か、なんて分かってくれるだろう。

 とにかく、大事なのは、死なないことだ。ヤバいと思ったら、最悪イジェクションレバーを引け、と隊長は言った。

アタシ、イジェクトだけは絶対にしたくない、ってくらい苦手なんだけど、まぁ、死んじゃうよりはマシかな。

 アタシは、ふう、とため息をついて、キャノピーから広がる青空を見つめた。

この広い空の下のどこかでは、すでに戦闘が始まってるんだ…そう思うと、なんだか、バカ話する気も起きなかった。

これは、多分、緊張なんだろうな。しない方が無理だ。

アタシは、そう思って肩を上下に動かしてみる。肩は、大丈夫。

次は手首。操縦桿を握る手を変えながら、手首を振る。こっちも、大丈夫だ。

過度な緊張は毒だけど、ある程度なら、反応速度や集中力が高まる。

特に、この得体の知れない肌で感じる力は、息が詰まるような感覚が強くなればなるほど、高まってくる。

混乱した戦場でも、せめて、マライアだけには的確に指示を与えてやんないとな。

そのためには、冷静でいることと、集中していることが、最低限、必要な条件だ。
 


 もう、飛び立って、4,5時間経つかな。ボチボチ、目的地に到達するはずだけど…味方からの連絡はない。

1時間くらい前に、北米から脱出してきた艦隊から、もうちょっとで合流地点に付く、って連絡があったっきり。

こっちは、なるだけ無線を封鎖させて、接近を感付かれないようにしているから、

アフリカとヨーロッパのはざまに逃げた部隊からの連絡が頼りなんだけど、レーダーに反応でも出てないかな…?

 レーダー…ん、なんだ、これ…?

 「おい、隊長!隊長!」

異変に気付いたアタシは思わず、そう声を上げていた。おかしい、レーダーが妙だ。

なんだ、このもやみたいなのは?

<なんだ、アヤ?>

隊長ののんきな声が聞こえる。

「レーダーが妙だ。白んでる。これ、ホワイトアウトしてるんじゃないのか?」

アタシは、レーダーの測定範囲を切り替えながら隊長に言う。ロングレンジもニアレンジも真っ白だ。

かろうじて赤外線センサーは生きてるけど、こんなの、戦闘じゃぁなんの役にも立たない。

<…?チッ、しまった!各機、レーダーをチェック!生きてるやつがいたら、報告しろ!

 ダメなら高度を下げて、目視で敵を探せ!>

<敵?なんだってんです、隊長?>

カーターの声が聞こえる。バカ、カーター、あんた昨日の話聞いてなかったのか?!

これはジャミングなんかじゃない、ミノフスキー粒子ってやつだ!

アタシら、もう敵に捕捉されてるかもしれないんだぞ!

<これが例のやつか、まずいな。各機、無線の周波数をAチャンネルに切り替えろ!>

ダリルの叫ぶ声がする。

<なに言ってんだ、Aチャンネルは一般回線だぞ?!>

フレートがそう反応する。だけどダリルは大声で

<暗号化された電波は、妨害をモロに受ける!Aチャンネルが一番出力が出るはずだ。

 何でもいい、連携を切らす方が危険だ!隊長!>

<よし、ダリル。各機、チャンネルをAに合わせろ。味方から一向に連絡がなかったのは、そう言うことだったか!

 いいか、目ん玉見開いて敵を探せ。地上から打ち上げ来る高度じゃないが、位置が位置だ。

 脱出組が攻撃を受けている可能性がある!>

くそ…ジオンめ、もう脱出組に追いついてるってのか?ここまで機動力が高いなんて…!

味方部隊、無事なのか?!
 


 アタシは、キャノピーから下を見下ろす。パパパと、閃光が走っているのが見えた。

やっぱり…もう戦闘は始まってる…!

 「隊長!左、9時方向!」

アタシは無線にそう叫んだ。

<なに!だぁ、くそっ!一足遅かったか…!各機、高度を下げて援護戦闘に入るぞ!

 まだ分散するなよ、編隊を乱すな!>

<第2小隊、了解>

「第3小隊も了解!」

ハロルドさんの声に続いて、アタシも返事を返した。隊長の機体が左へ旋回していく。

他の機も、同じ角度、同じ速度で隊長のあとを追う。そのままぐんぐん高度を落としていく。

閃光がはっきりと大きく見えてきている。

「マライア、しっかりしろよ!あんたはとにかく、アタシの後ろを離れるな!」

<はい、了解です!>

マライアの返事が返ってくる。よし、まだ大丈夫そうだな。アタシは操縦桿を握りなおした。

さっきの情報から考えれば、北米から脱出した部隊は、まだすこしかかる。

アタシ達航空隊が突っ込んで行って、船が辿り着くまで敵を釘付けにして置かなきゃいけない。

楽な任務じゃない、か…!

 閃光目掛けて飛んでいたら、200メートルくらい離れたところを飛んでいたジャブローからの別の部隊がバンクしながら急降下を始めた。

腹には対地無誘導爆弾を抱えてる。

<ヘイロー隊が行く>

ダリルが静かに言う。ヘイローは、レイピアと同じ、顔なじみの連中だ。

無事でな…アタシは心の中で、ヘイローの10機をそう見送る。

 クッと、緊張が高まってくる。

<よし、俺たちも行くぞ。今朝の話、常に意識してろよ、良いな>

今朝の話、ってのは、昨日の作戦会議の結果を分かりやすく“教え”にしたものだ。

隊長に言わせれば、曰く、

「ヤバくなったら、逃げろ」

た。モビルスーツとやりあうときは、接近しなきゃいけない。

その接近には危険がともなる。自分たちの安全を考えれば、常に、どこまでが安全かを意識していないといけない。

攻撃するにしたって、わざわざ危険な状況に飛び込むな、ってことだ。

逃げて逃げ回って、敵の背後なり、関節なりを狙えるチャンスがあれば狙えばいい。

そのチャンスがなければ、それでも逃げ回ってれば、別のやつが狙える隙を作ることにもつながる。

具体的な戦闘機動や作戦より、うちの隊にはこれくらい大雑把な方がやりやすい。

どいつもこいつも、作戦なんて守る柄じゃぁ、ないからな。

戦場で生き残れるやつは、そうやって、臨機応変にやっていけるやつだ、って、隊長は言ってたし、

アタシ達は、隊長の言葉を信じた。

 機体を背面にし、機首を地面に向けて、一気に降下していく。

眼下に、何かが見えた。緑色した、何か…

あれば、トゲツキ…ジオンのモビルスーツか…
 


 <第1小隊、無誘導弾、投下準備!第2、第3は援護準備頼む!

 いいか、合図で放ったら、一気に高度を上げて切り抜けろ、いくぞ、5、4、3、3、1、投下!>

前を飛んでいた隊長隊第1小隊が、腹に抱えていた爆弾を投下した。

 4つの爆弾が、まっすぐにモビルスーツへ落ちていく。アタシ達は機体を立て直して旋回して爆弾の行方を観察する。

投下したうちの2つが、モビルスーツの肩と頭を直撃した。

すぐに、モビルスーツはその場に崩れるようにして倒れ込む、やった、撃破1!

<ひゅぅ!俺の弾だ、見てたでしょう、隊長!?>

<あぁ!?ふざけんな!直撃弾は俺のだろう?お前のは、一番遠くに着弾したやつだよ!>

隊長とフレートがそんな言い合いをして笑っている。こんなときでも、かよ。

アタシが言うのもなんだけどな、ちゃんとやってくれよ…!

 不意に、コンピュータから警報が鳴った。しまった、ロックされた!

「敵の照準が向いてるぞ!ヴァレリオ、マライア、回避だ、着いて来い!」

アタシはそう怒鳴って、操縦桿を倒した。ハイGターンで回避しながら、眼下を確認する。

曳光弾が空を切り裂く。どこからだ…?いた、あいつか?

アタシは旋回した機内から撃って来たモビルスーツを確認した。こっちを狙って来てるけど…

このまま旋回を続けるのは危険だ、一度速度を上げて直線で離れればそうそう当てられることはないだろう。

逃げて、逃げて、だ。

「マライア、ヴァレリオ、このままいったん距離を取るぞ、その都度指示をだす、注意切らすなよ!」

<了解!>

<はいよ!>

よし、二人とも、大丈夫だな?このまま…このままだ…相手を見ろよ、相手の注意に、神経を集中するんだ。

感じ取れよ、あいつ、なにを狙ってる…?ふと、肌に伝わってきていたザラ付きが消えた。

アタシ達の前に降下していたヘイローの連中が、モビルスーツの横から接近しているのを確認したらしい。

「マライア、ヴァレリオ、スライスバックで目標にヘッドオン!

 有効射程に入ったら、機銃掃射だ、あの“ランドセル”を狙うぞ!」

アタシはそう指示をしてすぐに操縦桿を右に倒しながら前に押し込む。

重いGとともに機体が翻り、モビルスーツの真後ろに位置取った。チラっと、後ろを確認する。

マライアもヴァレリオも、ついてきてるな…。

「いくぞ、撃て!」

アタシはそう声を出すのと同時にトリガーを引いた。

グアァァっていう、ガトリング砲の起動音が鳴るのと同時に、アタシ達3機の曳光弾の雨がモビルスーツに襲い掛かる。

すぐには爆破くなんて起きずに、曳光弾が装甲に当たって弾けて飛んでいくのが見えた。

毛ほどのダメージを与えられてる感じもしない。

くそ、なんて装甲だ!

こっちは、事前情報を頼りに、徹甲弾をバラまける50ミリのガトリング砲を機首の内側に取り付けてもらったっていうのに!
 


 モビルスーツとの距離が詰まった。これ以上は、無理だ。

「マライア、ヴァレリオ!ヤツの背後側を抜けながら、スプレットで散開!距離を取って再度編隊を組むぞ。

 敵の追撃に注意しろ!」

ここが一番危険だ。最高速で敵をやり過ごしてから、一気に散らばって照準を絞りにくくしながら距離を取る。

アタシはスロットルを前に目一杯倒して、速度を上げながらモビルスーツの背中を横目に、距離と高度を稼いだ。

よし、うまく離れたな。あいつ、こっちの機動力は理解してるみたいだ。

わざわざアタシ達を追って振り返ったけど、追撃を掛けて来なかった。

 アタシ達は、モビルスーツから距離を取って、再度編隊を組み直す。

旋回して、もう一度モビルスーツに機首を向けたとき、

ハロルド副隊長の引っ張る第2小隊が浴びせかけた徹甲弾でモビルスーツは“ランドセル”から火を噴いた。

<よし、こっちも一機やったぞ!>

ハロルドさんの声が聞こえる。よし、よし!いける、これ、いけるぞ!

 アタシは高度を取って、周囲の状況を観察する。こっちの部隊と戦闘になっているモビルスーツは、あと4機。

でも、すでに2機撃破されたのを受けて、焦りの色が見えている。

被害状況的に、撤退と戦闘の継続とで迷ってるんだろう。なにしろ、こっちに被害はなしだ。

 陸上では、モビルスーツに押されてジリ貧だった戦車隊が息を吹き返している。

その後方、海側には、輸送トラックの群れと、装甲車なんかが見える。

あいつらは守ってやれる…あいつら連れて、ジャブローに凱旋だ!

 <方位280、機影!>

不意に、そう無線が聞こえた。誰の声だ?ヘイロー隊か?

 アタシは声の主を確認することもなく、とにかく報告のあった方位をみやった。確かに、機影が見える。

6機、いや、もっとだ…10機以上は居る。ジオンの増援か?!

 そう思った瞬間に、アタシは見た。

こっちに向かって飛んでくるその編隊の真ん中にいる機体が、大きく主翼を上下に降っていた。

あれは、攻撃の意思なし、のサイン。友軍機だ…!

<敵機か!?レーダーがバカで確認できない!>

ダリルか、いや、違うぞ!

「上空の連邦機へ!接近中の編隊は友軍機!繰り返す、あれは友軍機だ!」

アタシは無線に怒鳴った。

どこの隊だ?ここへ派遣される部隊なんて、ジャブローからのアタシ達以外にいるなんて話は聞いてない。

だとしたら、ヨーロッパか、アフリカ方面隊の連中?

<ハロルド、あの編隊に発光信号を送れ。こっちの無線の周波数を連携しろ!>

<了解!ダリル、警戒頼むぞ!>

ハロルドさんがダリルにそう指示をして、水平飛行に写った。

キャノピーの合成ガラスのあたりでピカピカっとまぶしい光が不規則に灯る。
 


 <―――ガッ、ザー…ガリッちら、連邦軍ヨーロッパ方面軍の残存航空隊!交戦中の部隊へ!

 こちらは友軍だ、繰り返す…!>

不意に、無線にそう声が聞こえてきた。女だ。

<こちら、ジャブロー防衛部隊所属の戦闘飛行隊。俺は、レオニード・ユディスキン大尉。そっちは?!>

<大尉!私は、カレン・ハガード少尉です!地上部隊の撤退はまだですか!?>

<まだ、東海岸からの輸送船団が到着していない。もう少し時間がかかる>

隊長が言うと、カレンってやつは、チッと舌打ちをした。

<現在交戦中のモビルスーツは、敵の斥候です。本体は、10マイルのところまで迫ってきています。

 モビルスーツ30機、戦車部隊が80、戦闘機が20機ほどです!>

モ、モビルスーツが、30機だと!?

ま、待てよ、今はこの数で、しかも奇襲をかけられたから早々に2機は破壊出来たけど、

今度は、30機も戦闘の準備をしっかり整えたやつらが来るってのか?!

 それは、決して生易しい状況なんかじゃなかった。

こっちの戦闘機隊は2個中隊の20機っきりしかいないってのに、

あの厚い装甲に、まるで戦車砲弾みたいな銃弾を秒間何発って速さで撃ちこんでくるマシンガンを装備してるのが、

30機…そいつらが、この空域一帯に弾幕でも張ってみろ。たちまちアタシら、全滅だぞ!?

 <30…とてもじゃねえが、やり合える数じゃないな…>

隊長もそれをつぶさに理解したようだった。

<そっちの部隊、戦闘は可能か?>

カーターの声が聞こえる。そうか、あいつらを入れれば、少なくともモビルスーツとの数の差はなくなる…

あくまで、モビルスーツに限定すれば、だけど…。

 <彼らは、教科未習のヒヨッコです!訓練施設からなんとか脱出してきたところを私の部隊が保護しましたが、

 こちらに向かう敵部隊と遭遇して、私の部隊は私と、もう一人のみ生存。他の8機は撃墜されました。

 ヒヨッコ達にも、5機、被害が…>

教科すら終えてないやつらか…当然、まともな戦闘機動は無理だろうな…数には入れられない。

 でも、じゃぁ、どうすんだ!?どう考えたって勝てる戦力差じゃないけど、撤退したら、地上部隊がやられる…!

 「隊長!」

アタシは隊長に怒鳴った。指示をくれ…どうすんだ、これ!

<落ち着け…各隊、各機へ。敵の本隊が迫ってる。これより、オメガ隊は、敵本隊へ向かって陽動に入る。

 支援してくれる隊があれば、頼む>

隊長、陽動だって…?どうする気なんだ…?

<どういうことだ、隊長?>

ダリルの声が聞こえて来る。そうそう、それだ。良く聞いた、ダリル。

<いいか、攻撃は最小限にとどめる。機動を駆使して、敵の混乱だけを煽る。

 とにかく、捉えられないように動け。逃げるだけなら、そう難しいことじゃない>

なるほど…地上部隊の逃げる時間を稼ぐ腹か…それくらいしか方法はなさそうだ、な。
 


 「ヴァレリオ、マライア!敵の本隊に向かうぞ!火器管制は切っていい、とにかく、逃げ続けろ!」

アタシは無線に怒鳴った。

<はい!>

<了解した!>

二人から返事が聞こえた。アタシも気合いを入れ直す。これはしびれる戦闘になるぞ…

一瞬でも気を抜けば、あのバカデカいマシンガンを食らって爆発どころか、空中分解だ。

 <よし、オメガ隊各機、方位250にヘッドオンだ。生き残れよ!>

隊長から無線が聞こえる。当然だ、こんなところで撃ち落されてたまるかってんだ!

 アタシは機首を方位250に向けた。10分も飛ばないうちに、地平線に何かが見えた。

砂埃だ…あれか…?!

 アタシはキャノピーの向こうの景色を見て、絶句した。モビルスーツが、あんなにたくさん!?

30機、って情報だったけど、実際は、もっと居るように見えた。

その光景に気を取られて、敵の反応に、一瞬気づくのが遅れた。背中に強烈な悪寒が走る。

まずい、来るぞ!

「散開!撃って来るぞ!」

アタシは無線に怒鳴って、操縦桿を目一杯引っ張った。Gが体に圧し掛かる。それでも、まだ、まだだ!

もっと上がれ!アタシはさらにスロットルのレバーを前に倒す。エンジンの出力が上がって、さらにGが強くなる。

「マライア!ヴァレリオ!着いて来てるか!?」

後ろを確認できない…アタシは無線で二人に呼びかけた。

<大丈夫だ!俺もマライアも、へばりついてる!>

ヴァレリオの声だけがする。マライアは、今は必死か。必死でもなんでも、生きてりゃぁそれでいい!

<くそっ!読みが甘かったか!?>

隊長の声が聞こえて来る。まさか、やられたのか?!

「おい!隊長!どうした!?」

<想像以上の火力だな…!各機、無理するなよ!こいつらは危険だ!ヘイロー隊!味方の船団はまだか!?>

なんだよ、ビビっただけか。驚かせないでくれよな。

<こちらヘイローリーダー!あと、15分で、所定位置に着岸できる!>

<そこから積み込みにどれくらいかかる!?>

<早くて、10分!>

<装備なんぞ捨てさせろ!5分で積み込め!こっちは、そう長くは持たん!>

<…了解した!指示する!>

<それから、もし、砲台積んだ船が居るんなら、これから言う座標に砲撃を要請してくれ。

 座標、250、041、範囲、50!>

<引き受けた。砲撃開始出来そうならば都度、連絡する!>

<頼むぜ、こっちは命が掛かってんだ!>

隊長が、ヘイロー隊の隊長機との連絡を終えた。その間も、アタシは回避行動をとりながら地表を見つめる。

あのマシンガン、本当に厄介だ。対空砲とか高射砲なんかよりもずっとヤバイ!
 


 さっきから、コクピットの中に居るってのに、そばをかすめて行く弾の音が聞こえる。

こんなの、初めてだ。さすがにこれが何十分も続くと、こっちの神経削られる…!

 <あっ!>

不意に声が聞こえた。無線…マライアだ!

「マライア!どうした!」

<ひ、被弾!あぁっ…>

「マライア!」

アタシは機体を旋回させて、マライア機を探す。

マライアの機体は、陸戦隊の居た方へと進路を変えて、黒煙を吹きながら逸れて行っている。

「マライア!エンジンの出力上げろ!」

アタシは無線に怒鳴った。

マライアの機体、左の主翼が半分吹き飛んでた…戦闘はもう無理だけど、飛べない状態じゃ、ない!

<しゅ、主翼が…!アヤさん…!ど、どうしよう!?>

マライア、混乱してる…頼む、頼む落ち着いて、アタシの話を聞け!

「エンジンだ!マライア!スロットルを前に全開で倒せ!」

アタシは再度マライアに怒鳴る。そしたら、今度はすぐに

<た、倒した!あ…き、機体、安定してきた!>

よし、よし、良くやったぞ、マライア…その程度の損傷なら、空気抵抗があってもまだ揚力を得られる。

こんなとこで撃墜なんてされるんじゃないぞ…!

<ア、アヤさん!フ、フラップ!フラップ、降ろす!?>

「いや、フラップはダメだ。機体が損傷してるから、振動は我慢しろ!

 そのまま、ヘイローに保護してもらえ!」

アタシはそうマライアに指示を出した。

<はい、了解!>

マライアの返事が返ってくる。大丈夫、か、な。

 「隊長、マライアが被弾。離脱させた!」

アタシはマライアの機体を見送ってから隊長に報告する。

<了解…くそ、この攻撃、どうかならねえのか!?>

隊長も苦しんでる。くそっ!これがジオンのメカニズムってやつなのかよ!

兵器の次元が違いすぎる…このままじゃ、悪くすりゃぁ、全滅だぞ!?

<あぁ、待て!>

不意に、ハロルドさんの声がした。

<どうした、ハロルド!?>

<ちっ!ヒヨッコども!さがれ!来るんじゃない!>

ヒヨッコども…?あいつら、まさか、こっちに来たんじゃないだろうな…!?教科未習の練習生だぞ…!?

何考えてる!

<援護に来たつもりか!?>

ダリルの声も聞こえる。バカやろう!お前ら死にたいのか!

 アタシは機体を翻した。訓練生の乗る機体が5機、こっちへ向かってきている。

全部じゃないんだな…あいつら、あのカレンってやつの命令を無視してきやがったのか…!


 <隊長、あいつらは俺が援護して引かせます!隊長は引き続き、足止め願います!>

<ダメだ、カーター!>

<若い連中を死なせるわけにはいかんでしょう!>

キャノピーの向こうで、隊長の編隊からカーター機が外れた。カーターの機体は、ヒヨッコ達の方へと向かう。

でも、敵はその一瞬を見逃さなかった。

ヒヨッコ達の編隊に合流しようとしたカーター機は、戦闘機動も知らない訓練生たちと同じ機動に入った瞬間に、

訓練生達ごと、浴びせかけられた弾幕を浴びて、空中で爆発した。

<カーター!>

<おい、うそだろ!>

<あのバカやろう…!>

無線から悲鳴が漏れてくる。落ち着け、落ち着けよ、みんな!やり返そうだなんて思うなよ…!

これは、もう、逃げるしかないやつなんだ、そうだろう、隊長!?早く、そう指示を出せよ!

<こちら、ヘイローリーダー。オメガリーダーへ>

不意に、無線が鳴った。ヘイロー隊の隊長からだ。

<味方艦からの砲撃準備が完了した。周辺空域から撤退せよ!>

砲撃…砲撃が来るんだな!?

 <ちっ…!助かるぜ!各機、撤退しろ!砲撃に巻き込まれるぞ!>

隊長の声が聞こえた。そう、そうだ、撤退だ。

こんなやつらと、この数でやりあったら、ダメなんだ…!

カーター…ごめん、アタシら、仇を取ってやれないけど、許せよ…!

「ヴァレリオ!陸戦隊の上空まで撤退する!」

<了解、アヤ>

ヴァレリオの声が返ってきた。

 それを確かめて、アタシは高度を上げながら機体の向きを変える。

頭の中で、何か得体の知れないスパークが起こっているのをアタシは感じていた。

はめているグローブの中は手汗でびっしょりだ…カーターあんた、なんであんな無茶したんだよ…くそっ…くそっ!!


 アタシは、いまだに混乱する頭の中を整理してやりたくて、

握った拳を、キャノピーのアクリルに思い切りたたきつけていた。






   





 それから、味方の艦からの砲撃支援で、敵のモビルスーツ隊はなんとか足止めできた。

その間に、戦車部隊の装備を捨てた陸戦隊が輸送船に飛び乗って、なんとか岸壁を離れた。

そこから、30分。船は、ようやく、見渡す限り、海、って沖まで航行できた。

ここまでくれば、もうモビルスーツの追撃はない。

太平洋じゃぁ、拿捕されたこっちの潜水艦を使ってジオンが暴れているって話を聞いたことがあるけど、

大西洋にはまだ出現の報告は上がってない。

パナマ運河は、いまどっちが押さえてるんだろうな?

グレーな地域ではあるんだろうけど…

少なくとも、あんなとこを潜水艦が通るんだったら、すぐにこっちので発見できるはず。

また、船舶にとっては、この海は安全だ、おそらく、だけど。

 <アヤさん、あたし、もう、ダメだ>

無線から、マライアの泣きそうな声が聞こえてくる。

アタシは、キャノピーから振り返って、マライアの機体を見る。

主翼から吹き上がっていた黒煙は消えた代わりに、機体が水平を保てなくなっているのか、

被弾した主翼側に機体を傾け小刻みに上下している。

確かに、あの状態であと3時間ちょっともジャブローまで飛び続けるのは、無理、か…

「隊長」

アタシは無線で隊長を呼び出した。

<…ったく、仕方ねえ。ただし、お前、被撃墜1、つくからな>

隊長は、アタシの思いを全部分かったみたいで、ぶっきらぼうに、そう言って来た。

ほんと、だからあんたには歯が立たないって言うんだ。

「うん、成績には興味ないから、それでいい」

アタシが答えたら隊長は笑った。それから隊長はマライアに

<おい、マライア。飛べるだけ飛んで、いよいよダメならそこでイジェクトしろ。アヤをお守りに残して行く。

 その場所で、救助を待て>

って命令した。マライアは、やっぱり素直に

<はい、隊長>

と深刻な様子で返事をした。それを聞いた隊長は、また、ガハハと笑って

<そう気負うな。死ぬようなことさえなけりゃ、お前の勝ちだ。このあたりなら例の粒子の影響もない。

 ビーコンはちゃんと届くだろうから、要らない心配してないで、半日辛抱しろよ>

と言ってくれた。隊長にも、マライアがかなり弱気になっちゃってるってのが分かってるんだろうな。

隊長のことだ、ビーコンが届く、なんて、確かめたわけでもないだろうけど、信じちゃうところがあった。

それはアタシにとっても、気持ちが楽になる言葉だったんだけど。

 隊長の言葉で、すこし気を取り直したのかマライアは

<了解です>

って、声を張って返事をした。よしよし、その意気だ。

気持ちが押し込まれてるとチャンスがあっても、ダメにしちゃうからな。

ヤバいときほど、気をしっかり持っておくのが何より大事だ。
 


 そこから、1時間ほど、マライアはがんばった。

でも、いよいよ主翼をやられた左側のエンジンが、ボンッと火を吹いて燃え上がり始める。

<エ、エンジンから出火!しょ、消化装置、作動しました…うん、よ、よし、消えた…あっ!>

マライアの無線から声が聞こえる。キャノピーの外で、マライアの機体が左の方向へ旋回するようにそれていく。

まぁ、そりゃぁそうだろうな。

抵抗になっちゃってて、揚力も半分はなくなってる側のエンジンが止まって出力が落ちたら、

そりゃぁ、さすがにまっすぐなんて飛んでられない。

いや、空中にいられるだけ、マライアの操縦技術がどれだけ卓越してるか、って言うことの証明になるくらいだ。

これ以上は、無理だな。

「隊長、マライア、もう無理そうだ」

アタシは隊長にそう報告した。それから

「ヴァレリオ。あんた、隊長について帰れ。アタシは、あいつについてるよ」

とヴァレリオに言ってやる。ヴァレリオも、分かっていたみたいで

<了解、気をつけてな、少尉>

なんて、珍しく階級で呼んで来た。

ははは、ホントに、あんたは普段からそうなら、顔は良いんだしモテそうなもんなんだけどな。

<了解した。マライア、イジェクトしろ>

隊長がマライアにそう指示を出した。

<は、はい!ごめんなさい!>

マライアの必死の声が聞こえてくる。

<謝ることなんざねえさ。生きてりゃ、それでいい。俺たちの戦いは、敵に勝つことじゃない。

 戦闘で死なないこと、だ。分かるな?>

<ヤバいときは、逃げろ?>

<そういうこった>

隊長とマライアがそういって笑ってる。マライア、ちょっとの間だけど、すっかり成長したな。

まぁ、ビビりなのは相変わらず、だけど、アタシや隊長や、ダリルのやり方をちゃんと分かってきてる。

その調子なら、まぁ、アタシもすこし、安心だ。

<それじゃぁ、脱出します>

<おう、気をつけろ>

隊長の返事が聞こえた。

それを待ってみたいに、マライアの機体のキャノピーが吹き飛んで、コクピットから白煙を引いたシートが飛び出た。

<ひゃっ!>

そんな小さな悲鳴が聞こえたと思ったら、パラシュートがバッと開いて、シートごとマライアは宙に浮いた。
 


「じゃぁ、隊長、ヴァレリオを頼んだ」

アタシは隊長に言って、変態を離れた。

<そっちこそ、あのビビリを、頼んだぞ>

隊長からもそう言葉が帰ってくる。そんなの…

「分かってる。大事な、妹だ」

アタシが言ってやったら、また隊長の笑い声が聞こえた。

<妹、な。そうだな、俺達は、“家族”だもんな>

ったく、冷やかしやがって。アタシは、酸素マスクの下で思わず笑っちゃったけど、

とにかく、マライアが着水するだろうだいたいの場所を目掛けて高度を下げた。

 フラップを下ろして、前方のエアインテークを閉鎖する。

エンジンも止めて、滑空状態に入った。

機体内部のタンクにはまだ半分くらい燃料が入ってるけど、まぁ、大丈夫だろう。そもそも、うまくやらないと。

そのまんま沈んでっちゃうからな。集中しろよ、アタシ…!

 機体の高度が、どんどん下がる。不意に、ヘルメットの中の無線がなった。

<アヤさん、なにする気?!>

「マライア、悪い、黙っててくれ!これ、けっこう難しいんだ!」

アタシはマイクにそう声を掛けて、さらに機体のバランスを整えながら高度を下げる。

よし、良い、良いぞ。

1000、900、800…7、6、5…速度、速いか?

ブレーキ、すこしだけ…よし、350、300、250、200…!

 目の前に、海面が迫ってくる。

アタシはさらに細かくブレーキを操作して速度を調節しながら、機首をほんの少しだけ上に向けて、進入角を合わせる。

よし、行ける…!

 次の瞬間、ズババババと言う音とともに、キャノピーの前が真っ白になった。

海面に接触した影響で急激に速度が落ちて、アタシは前につんのめりそうになる体を必死にシートに押し付ける。

それでもシートベルトが体に食い込むみたいになって、苦しい。それでも、機体は、止まった。

破損は…ない、な?

<ははは!なかなか上手な着水だ!>

フレートの声が聞こえてきた。

<お手本みたいだな。おい、その機体のフライトレコーダーのデータ、ちゃんと持って帰って濃いよ。

 こっちのカメラの映像と一緒に、訓練部隊に見本データとして提供しよう>

ダリルの声も聞こえる。ったく、あいつら、とっとと帰れっていうのに、アタシの着水見てたってのかよ。

見せモンじゃないんだぞ…まったく、ありがとうな。

「とっとと帰って、救助艇呼んでくれよ。いくらアタシだって、何日も漂流なんてきつい」

<よし、マライアのシートのビーコンは受信できた。これなら、発見も早いだろう。しばらく待てよ>

アタシが言ったらダリルがそう報告してくれた。

7機は、アタシ達の上をくるりと一回り旋回すると、そのまま南西の方向へ飛び去っていった。
 


 <アヤさん!>

と、ヘルメットの中にマライアの声が響いた。

アタシは、機体から非常用の機体を浮かせておくための浮き袋をコンピュータで膨らませて、キャノピーを開けて、外に出た。

「マライア、大丈夫かぁ?」

アタシは遥か上空からパラシュートでユラユラ降りてくるマライアを見上げて聞いてやる。

<こっちは、平気!アヤさんこそ、こんな無茶を…!>

珍しく、マライアがアタシを非難してくる。

無茶じゃぁ、ないんだって、案外。

これはこれで、慣れないから集中してなきゃいけないけど、いつもやってる

林の間を抜けて地下格納庫へ続くあの狭い滑走路に着陸させなきゃいけないジャブローでの着陸の方が、

よっぽど難しいってアタシは思うんだけどな。

「これくらい、楽なもんだ。早く降りて来いよ」

<いや、パラシュートだから、そんなに急げないよ!>

アタシが言ってやったら、マライアはそうおどけて返してきた。まぁ、そうだな。お互い、無事で何より、だ。

 アタシは機体の上に出て、降りてくるマライアを座って待った。

しばらくして、マライアはザブっと、シートごと海面に降り立った。

あれ、そういえば、あいつ。飛行服のライフセーブユニットの使い方知ってたっけ…?

アタシ教えてないけど…訓練基地で、ならってるかな…?

<ア、アヤ…さんっ…し、しず…>

あ、ヤバい、あいつ知らないんだ…!

「マライア、シートのベルト外せ!外したら、飛行服の脇の下にある紐を引っ張れ!」

アタシは無線にそう怒鳴ってから、ヘルメットと飛行服を一気に脱ぎ捨てて、機体を蹴って海に飛び込んだ。

距離は、50メートルもない。待ってろ、マライア!

 着水したシートは、パラシュートを被っちゃって、マライアの姿も見えない。

アタシは、全力で海水を蹴って、かいて、マライアへと近づく。

なんとか辿り着いて、パラシュートをかき分けてマライアの座ったシートを探す。

「マライア!」

そう呼びかけてはみるけど、返事はない。

さすがにちょっと焦って、いったんもぐって、海中からマライアの位置を探す。

あった、シート、ちゃんと浮いてるな。アタシは下から、シートを目掛けて浮かび上がった。
 


 「大丈夫か、マライア!?」

プハッと海面から顔を出して、マライアに声をかけた。

マライアは、背中側から海面に落ちたシートの上に座ったまま、シートのベルトが外せずにもがいていた。

ノーマルスーツ型じゃないハーフの航空用ヘルメットのせいで、ガバガバと顔に海水がかかってて、

咳き込んだりもがいたりして、パニックになっている。

 「マライア!大丈夫だから、落ち着け!」

アタシはそういってやって、とりあえず、ベルトを外して、マライアをシートから海面に引き摺り下ろした。

脇の下にあるライフセーブユニットの紐を引っ張って、飛行服に内蔵された救命エアバッグに空気を充填する。

ヘルメットも脱がせてやったら、マライアはやっとアタシがいるってことに気がついたみたいで、こっちへしがみついてきた。

「アヤさん!」

そうアタシの体を抱きしめてさけんだマライアは、アタシが知ってるいつものマライアとおんなじで、

ブルブルって震えてた。

 アタシは、マライアの頭を撫でながら、耳元で、なるだけ優しく言ってやった。

「大丈夫だよ、マライア。大丈夫」



  





 「星がきれいだなぁ」

アタシは夜空を見上げていた。

ジャブローで見る星もなかなか悪くないけど、やっぱり、こういう明かりのまったくない場所で見上げる星空ってのは、格別だよな。

「アヤさん、どう?」

そんなアタシにマライアがそう声を掛けてきた。

「どうもなにも、こっちはあんまり自信ない、って言ったろ?

 餌はないし、計器の部品で作ったルアーなんかに、そうそう引っかかるほど、魚も間抜けじゃないからなぁ。

 そっちはどうだよ?」

アタシはそう答えてから、マライアの方に聞き返す。

「こっちは、結構いい感じだよ。タンクに、三分の一くらいは溜まってる」

マライアはくたびれた笑顔で、そう返してくれた。

 アタシ達は、もう半日以上、この機体の上に居た。救助は、まだ来ない。

ビーコンが届かなくなったのか、あるいは、ジオンの部隊が出てきてて、

救助にこれないのか、あるいは、救助隊の連中が座標を読めないのか、アタシら、とんでもないほうへ流されてるのか、

まぁ、原因はなにかあるんだろうけど、とにかく、漂流中だ。

 ただ、幸いだったのは、やっぱりうまく着水を成功させることができたことだろう。

機体が無事なら、そこからいくらでもモノを調達できる。

航空燃料はバッテリーの火花くらいじゃ着火できないけど、

航空機銃の弾から抜き出した火薬にバッテリーで着火して、

機体から引っぺがした合金板の上で燃料を金属製のバッテリーケースに入れて暖める。

コードを通すための穴から、着ていたシャツを捻って突っ込んでしみこませて、先っちょだけを引っ張り出す。

人肌よりもすこし暖められた燃料は、そうなってからやっと揮発して着火できる。

いったん火がついちゃえば、あとはアルコールランプの容量で火を点し続けられる。

で、その火を使って、まだある燃料をちょっとだけあっためたりもできるし、

後は、マライアのシートの下にあったこれまた禁則の装備ケースを出してきて海水を入れ、

バラシュートの布を切って、上にかぶせて密封する。

真ん中にパラシュートの布の真ん中にボルトをひとつ置いておいて、

それで窪んだ真下に、スキットルを置いておけば、蒸留水が作れる。

 マライアには、この蒸留水作りを任せた。

出来上がってスキットルに溜まった水を、アタシの機体のシートの下に押し込んであったサバイバルキットの中の

折りたたみ式のタンクを広げて、その中に移すよう言ってある。

 海の上で、水を確保できるかどうかは、そのまま生きるか死ぬかに直結する。

そういう意味で、このアタシの機体は、是が非でも不時着を成功させないといけなかった。

じゃなかったら、もしかしたら、ミイラとりがミイラ、って状況になっちゃってたかもしれないしな。

あとは、食い物があれば文句はないんだけど…
 


 なんてことを思っていたら、ビビビと、右の足首が引っ張られた。

おいおい、来たのか?

アタシは飛び起きて、脚にくくっていたコクピットから引きずり出した配線のコードを慎重に引っ張る。

この先には、計器の部品と期待の金属片に、防水用の小型ライトを重り代わりにした仕掛けがついていた。

こんなので釣れるか、なんて思ってたけど、案外いけるもんだな。

 コードを引っ張りきった先についてたのは、回遊魚だった。

確か、でかくなると1メートルとか2メートルになるくらいの種類の魚のはずだけど、

こいつは良く見積もっても40センチってとこだ。ま、それでも、食えない理屈はないな。

生態系のことを考えたらあんまり食べるべきサイズじゃないかもしれないけど、この際、仕方ない。

 「わぁぁ!アヤさん、すごい!」

マライアが自分の仕事を忘れて、アタシのところまで機体の上を這いずってくる。

「いやぁ、できるもんだな。アタシもビックリだ」

「食べられるの?」

「ああ。この類の魚は、味も悪くない」

アタシはマライアにそう言いながら、サバイバルナイフで魚を捌いて、またまた機体から引っぺがした鉄板の上に乗せて焼き始める。

火は、航空燃料を直接燃やしてる火だ。さすがに、これで直で焼くとなると、いろいろ有害物質がつくって話を聞いたことがある。

どうしたって、今の状態は不完全燃焼だからな。

ジェットエンジンでちゃんと燃焼させてやれば違うんだろうけど、

そんなことで魚を焼いたら、一瞬で消し炭になっちゃう。

熱した鉄板で焼くのが、この場合はベストだ。

内臓は、明日の釣りのためのエサに残しておけば、あとはまぁ、なんとかなりそうだな。

 ジュゥ、ジュウと、魚が音を立て始める。

「うぅ、良い音してきた」

マライアはよほど楽しみなようでキラキラした視線でピョンピョンしながら魚を見つめている。

まったく、アタシらもしかしたら遭難してるかもしんないんだぞ?ゴロっと寝て、体力は温存しておけよな。

なんて言ったら、またしょんぼりしちゃいそうだから、やめといた。

 アタシはマライアとその魚を分けて食べた。

脂の乗りもよくって、こんな状況じゃなきゃ、刺し身でも食べられそうなくらいだった。

 魚を食べ終えてから、アタシはまたゴロンと機体の上に横になった。

こうしてられんのも、あと半日が限界だろう。

機体を浮かせておくための緊急ブイは24時間くらいしか持たないって話になってる。

それまでに救助がこなけりゃぁ、機体は徐々に沈んでいく。

最終的には、アタシもライフセーブユニットに空気を入れて、マライアと一緒にプカプカ浮いているしかない。

そんなことになったときのために、水は大量にストックしておいたほうがいい。

魚も、できたら明け方に2、3匹釣っておけたら安心なんだけどな…。

 それにしても、戦争、か…
 


今日、アタシらが出会った、あのヒヨッコ達とカレンって少尉は、ヨーロッパ方面軍所属だった、って言ってたな。

ってことは、もしかしたら、あのオデッサで戦闘をしたことでもあったのかもしれない。

合流してから、ヒヨッコ達が5落とされた。カレンとなんとか脱出してきた、ってやつも、斥候部隊との戦闘で撃墜されたって話だ。

そいつはなんとかイジェクションシートで飛び出せて、陸上の部隊に拾われたって話を聞いたけど…

それにしても、だ…できたら、やりたくはないよな。こんなこと…。

 そう考えてたら、ふぅ、とため息が出た。

「えっと、あの、アヤさん、どうしたの?」

それを聞きつけたマライアが、心配な表情になってアタシにそう聞いてきた。

あぁ、いや、別に機嫌が悪いとかそういうんじゃないから、そんな顔しなくていいって、マライア。

「いやさ、戦争って、なんだろうな、って思ってさ」

アタシが言ってやったら、マライアは今度は、不思議そうな顔して首をかしげる。

「ほら、あんたはさ、ミラさん、ってのがしてくれたみたいに、誰かを守りたいって思って、軍に入ったわけだろう?

 でも、ここにいるとさ、誰かを守るために、誰かをしなせなきゃいけないじゃんか」

「そんなの、仕方ないっていうか…殺すか、殺されるか、じゃない?」

マライアが戸惑いながらもそういってくる。まぁ、そうなんだよなぁ。

「うん、仕方ないんだよな。戦争だから、な。でもさ、アタシ、昔に言われたことがあるんだよ」

そんなことを、アタシは思い出していた。

「昔?」

「そう、まだアタシが、ティーネイジャーだったころにさ、アタシ、言われたんだ。暴力は暴力しか生まない。

 たとえ誰かの暴力にさらされても、できる限りは、暴力を返さない方法で解決しなさい、ってな」

「暴力を返さない、方法?」

マライアはさらに首をかしげる。

アタシはそんなマライアの様子がなんだか可笑しくって笑っちゃったけどでも、教えてやった。

「そう。アタシは、そういわれたんだ。“戦わない強さ”を身に付けなさい、ってさ」


 








 「はじめまして、アヤ・ミナトです。10歳です。よろしくおねがいします」

ワッと、ホールに拍手が湧く。アタシは、その日、南米の西側にある街の養護施設に居た。

3歳のときに死んじゃった父さんと母さんのところから母さんのイトコだっていうオバサンのところに引き取られて、

そらからアタシは両親の親戚のところを転々とさせられた。

行きついたのは父さんの弟って言う人のところ。

アタシはそこで、ご飯を食べさせてもらえなかったり、学校に行かせてもらえなかったりって虐待を受けてた。

学校の先生がそれに気が付いてくれて、ある日叔父さんの家に連邦政府の福祉局だって言う人たちが来て、

アタシをあの場所から連れ出してくれた。

それから、一時保護所ってところで、一か月くらい過ごしている間に、アタシの処遇は決まった。

 それがこの施設への入所だった。それを知らされたアタシは、と言えば、特に安心した気持ちになった記憶もなかった。

アタシは、そのとき、ただもう、放っておいてくれないかな、って気持ちだけを胸に抱えていた。

 それなのに。

ここへきて、アタシの担当だ、と言う、ロッタってこの女の人は、

これでもかっていうくらいにアタシを構ってくるちょっと面倒な人だった。ここへ到着してから、

やれここへの道のりは長かったの?だの、疲れてない?だの、あれこれ気を回れて息苦しいったら、ない。

こういう人間に限って、肝心な時に自分は関係ありません、って顔して逃げてっちゃうんだってのを、アタシは知ってる。

期待するとバカを見るのは自分自身だ、ってのをアタシは暗に感じ取っていた。

 「ご挨拶はすみましたね。皆さん、仲よくしてあげてくださいね」

「はーい」

ロッタさんの言葉に子ども達が“いい子”で返事をする。なんだか猫をかぶってるみたいで、そう言うのも、嫌いだ。

 「えっとじゃぁ、シャロン、来て頂戴。他のみんなは、自由時間に戻って良いですよ」

そんなアタシのことを気にも留めずに、ロッタさんは子ども達の中から一人の女の子を呼び出した。

出てきたのは、アタシよりも年上の、長い黒髪に黒い瞳の子だった。

ムスっとした顔で、まるでアタシを睨みつけてるんじゃないか、って思うくらい、鋭い瞳をして、ギュッと口を結んでいる。

表情もほとんどない。まるで、お面みたい顔だな、ってアタシは思った。

美人だなって思う顔立ちだし、肩まである、アタシと同じ黒髪もキレイな人だけど…なんだろう、嫌な感じがする。

だって、服装がなんか不良っぽいし、態度もなんだか、斜に構えてる、って感じで、

“私は、人間は誰も信用していません”っていうのを、全身でアピールしているみたいだった。
 


 「アヤちゃん、彼女は、シャロン・ルイス、14歳。あなたのルームメイトよ」

ルームメイト…?おんなじ部屋になる、ってこと?この人と?

 アタシは思わず、彼女を見つめてしまっていた。やだな、と素直に思った。

この人のこの感じは、アタシを迷惑がってる感じに近い。

放っておいてくれるんならいいけど、もしそうじゃなかったら、嫌がらせとか、殴られたりとかしそうな雰囲気だ…緊張、する。

そんなふうに感じていたのが伝わったのか、シャロンさんは迷惑そうな顔をして、黙ってそっぽを向いた。

「アヤちゃん、困ったことがあったら、何でもシャロンに聞いてね」

ロッタさんはそうまるで子どもに言い聞かせるように、アタシに言う。まぁ、アタシ子どもだけど、さ。

 とりあえず、はい、とだけ返事をしておいた。

「それじゃぁ、シャロン、アヤちゃんを部屋まで案内してね」

ロッタさんがそう言った。やっぱり、アタシの気持ちなんて、これっぽっちも分かっちゃいない。

アタシは、緊張して体が固まっていくのを感じてた。

何かあったら、すぐに逃げるか、反撃するかしないと…そう思ったら、手の平がじっとりと、汗でぬれていた。

 「ほら、来なよ」

初めて、シャロンさんが、口を開いた。

「あ、は、はい」

アタシは慌ててトランクを引きずって、彼女の後をついていく。ホールから廊下を行った先には、階段があった。

階段、か。ちょっと大変なんだよな…そう思いながらもアタシはトランクを抱えた。

アタシの体の半分くらいはある大きさだ。前なんてろくに見えないし。足元なんてもっと見えない。

一歩ずつ、慎重に階段を上る。1段、2段と足を進めて、3段目を踏んだとき、

「あぁ」

とシャロンさんが声を上げた。なんだろう、と思って顔を上げたら。

シャロンさんは、アタシの腕からヒョイっとトランクを奪い取って階段を上っていった。

妙な危機感が、アタシの胸に湧き上がった。マズイ、あれは、アタシのトランク…

着る物とか、気に入ってる本とかいろいろ入ってるのに…何か変なことをされたくないな。

 アタシは、階段を駆け上がって、シャロンさんに追いつく。アタシの顔を見て、シャロンさんは

「別に、盗ったりはしないよ」

とまた無表情で言うとそのまま階段を一番上まで上がって、そこでとランクを置いて、アタシを待ってくれた。

アタシもすぐに上について、シャロンさんからトランクを受け取る。

 雰囲気は粗暴な感じがするけど…それほど、荒れる人ってわけでもないのかな?いや、でも、分からない。

もしかしたら、こうしておかないと、あのロッタさんって人に怒られたりするから、

仕方なくやっているのかもしれない。人間なんて、そんなもんなんだ。みんな、自分のことしか考えてない。

これだって、なにか、しておくと得があるんだろ?

 アタシは内心でそんなことを思いながら、

「ありがとうございます」

とお礼を言った。シャロンさんはそれに返事を返してくるでもなく、無表情でかぶりを振って

「こっち」

といって、二階の廊下をさらに歩く。しばらく行ったドアの前に、シャロンさんは止まった。
 


「ここ」

彼女はまた、そう短く言って、ドアを開けた。シャロンさんが先になかに入って、アタシもその後に続く。

中は、想像していたよりも片付いていた。

片付いているどころか、きれいって言うか、きちんとしてて、机と、ベッドと、本棚にクローゼットくらいしかないけど、

シャロンさんが使っている方だと思う方も、ちゃんとキレイに整理されていた。

 アタシは部屋の前でも呆然としてたら、

「入りな。そっちの空いてるベッドと机が、あんたのだ。クローゼットはそっちのが空いてる」

とシャロンさんが言ってきた。

 アタシは、グッと息を飲み込んで、部屋に足を踏み入れた。

シャロンさんはそれを確認すると、ふん、と鼻で息をついて、ドカっと机の前にあったイスに腰掛けて、

イヤホンを耳に当てて、音楽を聴き始めた。アタシは、とりあえず、なるべくシャロンさんを刺激しないように、

ゆっくり、確実に、自分の机だって言われたところの近くにトランクを置いて、それからベッドに腰掛ける。

 妙な沈黙が、部屋に漂う。あぁ、もう、イヤだな、こういうの。緊張しちゃって、休もうと思っても休まらない。

そんなことを思ってチラっと、シャロンさんを見た。

シャロンさんはアタシの視線に気がついて、こっちを向いた。バチっと目が合ってしまった。

しまった、と思ってあわてて目をそらす。そしたらシャロンさんは、ギシっと音を立てて、イスから立ち上がった。

イヤホンを耳から引っこ抜いて、アタシに近づいてきて、すぐ目の前で立ち止まった。

キュッと、胸が苦しくなる。どうしよう、まずったかな…やられるかな?

もしそうなら、逃げるか、やりかえすか…でも、この人、ヤバそうだしな…逃げた方が良い、かな…

アタシは、そっとシャロンさんの顔色をうかがう。

そしたらシャロンさんは、はぁ、と大きくため息をついた。

「悪いな。アタシ、おしゃべりは嫌いなんだ」

シャロンさんはそう言って、アタシのシャツの肩口をつまんだ。

また、胸がギュッとなったけど、シャロンさんはそのまま優しくアタシを引っ張って、立ち上がらせた。

「案内してやる。私は当てにしないで、他の誰かを探すんだね」

シャロンさんは、一方的にそうとだけ言うと、またふいっと、ドアを開けて廊下に出た。

そのまんま、チラとアタシを見て、それでもドアを支えて待っている。

 アタシは良くわからないけど、とにかく波風たてたくないから、小走りでシャロンさんの後ろについて行って、

ドアを閉めた。

「ユベールと、それから、フェリシアってのを紹介する。あいつら面倒見が良いから、頼るんなら、あいつらがいい」

シャロンさんは静かにそういう。おしゃべりが嫌い、って言ったのはきっと本当なんだろうけど、

でも、アタシのことをいじめたり、遠まわしに皮肉を言って傷つけようとしてきたり、

もっと直接的に、アタシをどうにかしてやろうってするようなタイプではなさそうだな、って感じられた。

アタシはようやく、すこし、気持ちを緩める。でも、油断したらいけない。

いつ突然、シャロンさんが“そういう人”に豹変するか、アタシには分からないんだから…
 


 アタシはシャロンさんの後ろをくっついて行って、

2階の廊下の突き当たりにある、リビングって言うか、ラウンジって言うか、とにかく、

ソファーとローテーブルと小さなテレビのある空間へと辿り着いた。

そこには、数人のアタシよりちょっと年上くらいの子達が、カードをやりながら遊んでいた。

「あぁ、シャロンちゃん、どうした?」

その中の、1人の男の子が、シャロンさんを見やって聞く。

「ユベール。彼女、頼むよ」

シャロンさんは、そう言って、クイっとアタシを彼らの前に押し出した。

 「あぁ、アヤちゃん、だっけ。初めまして!俺は、ユベールっていうんだ。よろしく!

 あとのやつは、これがジョナサンで、そっちのが、ファン・ニーチェン。

 こいつは、フェリシアで、もう1人のは、サンドラだ」

ユベール、と名乗った彼が、他の子たちを紹介してくれる。

「えと、アヤ・ミナトです。よろしく、お願いします」

アタシはとにかくもう一度挨拶をする。余計なことは言わないようにしておいた。

それから、チラッと、シャロンさんを見上げる。彼女は、アタシと目を合わせてから、ユベールに、

「それじゃ、頼むな」

と言い残して、そのままスタスタとラウンジから出て行った。

 取り残されたアタシは、一瞬、固まってしまったけど、すぐに、ユベールってのが声を掛けてきた。

「ま、座れよ!一緒にやろうぜ!」

アタシは他の子にも引っ張られてソファーに座らされ、目の前に配られたカードを手に、とりあえず遊びに参加した。

あぁ、なんだか、くたびれちゃいそうだ…いや、もうホントはへとへとなんだけど、さ。

 アタシは、それでも、邪険にだけはされてたくなくって、とにかく、

何とか笑顔だけは絶やさないように、気をつけてた。

 だけど、アタシは配られたカードでババ抜きをやりながら、ふと、得体の知れない何かを感じた。

それのする方には、ユベールって彼が居た。パッと視線がぶつかってしまう。

彼は不思議そうな顔をしてアタシを見てたけど、不意にニコっと、笑顔を見せた。


まるで、太陽みたいに明るい、アタシが今まで、見たことのないような笑顔で。





 



つづく。


過去回想の過去回想第二弾、アヤ(幼女)です。

結局、ユベールってどんなやつだったのよ?って、気にしてくれてる人がいたらいいな。

 

幼女マライアは間違いなく天使だったが、幼女アヤさんは境遇が境遇なだけに、ちょっとヒネてるのか…
こういう娘が人を信じられるように変わっていくのはいいな



さあアヤさんが頭の上がらない人物筆頭、ロッタさんの登場だ

>>439
>隊長も苦しんでる。くそっ!これがジオンのメカニズムってやつなのかよ!

残念だがアヤさん、ジオン「脅威の」メカニズムなのだよ!!



ノロにかかってSS書いてる場合じゃねーだろ!大丈夫なの?

>>454
感謝!
アヤさんは、ヒネてますね。それがどう、ああなっていくのか…

>>455
感謝!!
アヤさんは、脅威とかそう言う難しい言葉が好きじゃありませんw

お腹は大変な騒ぎですが、書き溜めを消費しておりますだけなので、ご心配なく!



ってなわけで、ゲリピッピなキャタピラ、今日も投下です。

 



 その晩は、とにかく寝た。

ヨーロッパにあった保護所からずっと飛行機とか車で移動してたから疲れてたし、

それに、ここについてからのザワザワってした感じにもあわせなきゃいけなくて、本当に疲れた。

そんなアタシにシャロンさんは特別構わなかった。

アタシが困ってたら、また最初のときみたいなぶっきらぼうな感じで、

アタシに細かいことを教えてくる他は、ずっと静かにしてて、何も話さない。

でも、本当に疲れてたアタシには、それくらいがちょうど良かった。

 夜寝る前に、ロッタさんが何度か様子を見に来た。

だんまりのシャロンさんと、

寝て良いのかどうなのか分からずにベッドに座っていたアタシを見たロッタさんはニコッと笑って、

「大丈夫そうで、安心したわ」

って言ってきた。どのあたりが大丈夫そうに見えるんだろう、なんて思いながら、

でも、まぁ、とりあえずうん、って、返事だけはしておいた。

 翌朝、アタシはなにかにゆさゆさとされるのを感じて、目を覚ました。

目の前には、知らない人が居て、アタシを揺さぶっていた。

 一瞬、アタシになにが起こったのか、って分からなくなって頭の中を整理しようとしたけど、ダメだった。

ごちゃごちゃになってるってより、なんにも浮かんでこない感じ。

「朝ごはん。起きな」

あ、そうか…えっと、シャロン、さん、だ。そういわれて、ハッと思い出した。

アタシ、この施設に入れられたんだった。ここは、アタシと、このシャロンさんの部屋で、それで、えっと…

「ほら、早く、着替え」

シャロンさんは立ち上がると、机の上においた鏡で髪を梳かし始めた。

「あ、あ、はい」

アタシはその言葉にギクっとしてしまって、慌てて飛び起きて、

昨日の夜はクローゼットに入れられなかった洋服をトランクの中から引っ張り出して着替える。

着替えを済ませて、それからまたなにをして良いか困っていたら、

シャロンさんがふっとアタシを見て、何も言わずに手招きしてきた。

 途端に緊張が体を固くする…寝坊したせいかな?

朝から、いびられるのはイヤだな…アタシはそんなことを想像してしまって、ギュッと体が縮こまるのを感じた。

でも、呼んでるし、行かなきゃな…。
 


 アタシはシャロンさんの顔を見ずに、体の動きだけを見ながら近づく。

何かあったときに、身を守るためには絶対にそう言うところから注意をそらしちゃいけない。

だけど、目の前まで行ったアタシの肩をシャロンさんは捕まえて、自分と机の間にアタシを引っ張った。

それから

「前、向いて」

とトーンの変わらない声で言ってきた。アタシは恐る恐る、前を向く。

これまで、オバサンや叔父さんに叩かれた、なんてことはなかったけど、

でも、そうされるんじゃないかって思うことは何度もあった。

だから、警戒はするに越したことはないし、したくなくても体がそうなってしまう。

最高潮に緊張したアタシの頭に、シャロンさんの手が乗った。体が、ビクっと反応してしまった。

 顔の脇からスッと手が伸びてきた。その手が、机の上にあった鏡を指さす。

鏡の中にはアタシと、その後ろのシャロンさんが映っていた。

それをアタシに確認させてからシャロンさんは

「寝癖」

とまた、アタシの頭に手を置いて、ポンポンとさせる。

シャロンさんの手の下で、アタシの髪の毛がピョンとハネていた。

 シャロンさんはそれから黙ったまま、シュッシュって、なんだかとってもいいにおいのする霧吹きみたいなので、

アタシの寝癖のところをぬらして、自分の櫛で梳かし出した。

ピョンとハネてた髪の毛は、すぐにおとなしくなって、他の髪の毛の中に戻ってた。

「終わり」

シャロンさんがそう言ってアタシから離れた。

えと、な、なんで、そんなこと…?その、えっと、あれだ、お礼、お礼、言わなきゃ…

「あ、あの、ありがとう、ございます」

アタシはすこし慌ててしまったけど、そう言えた。

そしたら、シャロンさんはちょっとだけ、本当に、ちょこっとだけ、目を細くした。
 
それからすぐに

「ほら、行くよ」

って言って、ドアのほうにすたすた歩き出す。そっか、朝ごはんって、言ってたもんな。

アタシは昨日のように、小走りでシャロンさんの後ろにくっついて行った。

 階段で一階に下りた。まだ建物の中の道をアタシは覚えてない。

どこをどう歩いているのかを考えていたら、テーブルのたくさんある部屋についた。

おいしそうな、たぶん、スープみたいなにおいがする。
 


 「おー!おはよう!」

急に後ろから声がした。振り返ったらそこには、昨日アタシを無理やりカードに誘った、ユベールって子が居た。

隣には、昨日ユベールと一緒だった、ジョナサンって子も居る。

「おはよう」

アタシが挨拶を返したら、シャロンさんが

「今日は、あなたは学校はないから、ゆっくりでいいよ」

って言い残して、自分はさっさとその部屋に入ろうとしている。それを、ユベールが引き留めた。

「なぁ、一緒に食べようぜ」

シャロンさんは、それを聞いて断ると思ったのに、表情を変えないまんま

「邪魔じゃなければ」

なんて言って、うなずいた。それからユベールはアタシにも

「アヤも一緒な!」

と言ってくる。アタシはうなずくしかない。

そうこうしているうちに、昨日一緒にカードをしたフェリシアとサンドラも来た。

ユベールに引っ張られるまま、アタシは自分たちの配膳をして、席についた。

 今日の朝ごはんは、パンと、スープに、カリッと揚がったベーコンと、スクランブルエッグ。

オレンジの切ったのもある。こんなにちゃんとした料理って、すごく久しぶり。

オバサンとこではすこし出てたこともあったけど、

叔父さんとこでは、ほとんど冷凍のインスタントだった、アタシだけ、ね。

 ロッタさんと、別の大人もやってきて、食事の前のお祈り、ってのをやった。

アタシは神様がいるなんて思ってなかったし、なんでそんなことやるんだろう、って思ったけど、

ロッタさんがしゃべり始めてそれは神様にお祈りするんじゃないってのが、わかった。

お祈りは、大地と命のためだった。

「実りと、大切な糧、頂ける命に感謝しましょう」

ロッタさんの言葉は、そんなだった。

 昨日の夕ご飯から、ここでの2回目の食事は、昨日の夜もちょっと思ったけど、

今朝は昨日の夜よりももうちょっとだけ大きく思う。

おいしいな、って。



 





 施設で暮らすようになって、何か月かした日の、日曜日の朝だった。

アタシは、やっと少し慣れて来ていたここでの暮らしの日課で、厨房のおばちゃんたちの手伝いをしていた。

いや、これってのは、そもそも、ここへ来る前からの日課、というか、義務だったんだけど、

とにかく、食事の準備は手伝わないと怒られてきたから、なんとなくそうしてないといられなかった、って感じだ。

準備手伝っても、食べれないことも多かったんだけど、さ。

 でも、ここは厨房のおばちゃんたちもみんないい人で、揚げたてが一番おいしいんだ、とか言ってチキンをくれたり、

切ったフルーツが一切れ余っちゃったから食べなと言ってくれたりした。

 ユベール達とも、仲良くなれた。あいつら、アタシが2つ上のニックってやつに絡まれて、

ケンカになりそうになるといつだってどこからかやってきて、アタシを守ってくれた。

それだけじゃない、勉強を教えてくれたり、施設のことを教えてくれたり、近くの街や、

この辺りのことまで、本当にアタシを助けてくれた。

そんな経験、正直、生まれて初めてだったから、最初はどうしていいか、すごく戸惑った。

 でも、そんなとき、アタシの困った感じを助けてくれたのが、シャロンさんだった。

あの物静かで、怖い雰囲気のシャロンさんが、どうしたらいいのかわからないでいるアタシの頭をポンポンとして、言ってくれた。

「やりたい、と思ったことをしてみればいい」

って。それで、怒られたら、それはやっちゃいけないこと、褒められたらそれはやっておいた方がいいこと、

なんにも言われなかったら、それはやっても大丈夫なことだ、って教えてくれた。

アタシは、そう言うのをひとつずつちゃんと確かめて行けば良いんだって、そう言ってくれた。

アタシは、だから、シャロンさんの言ってくれたことを信じて、そうしてみた。

怒られることもあったし、この厨房の手伝いみたいに、褒められることもある。

アタシはこれまで、“何をしたら怒られるか”ばっかり考えてて、怒られないことだけを選んでやってきてた。

でも、それが窮屈だったんだな、って、今になったら、そう思えた。

 ここには、アタシの家族はいないけど、でも、血のつながった親戚のお家に居た時よりは、楽しいし、すがすがしい。

まだ、いろいろとうまくいかないことも多いんだけど、さ。
 


 その日もアタシは、朝食の前から厨房に入り込んで、野菜を切ったりする手伝いをして、

余ったハムやなんかを貰ってから朝ごはんを食べて、そのあとの食器の片づけも手伝った。

もう大丈夫よ、って、おばちゃんが言ってくれたから、アタシはハムのお礼を言って、部屋に戻る廊下を行って、

階段を上がろうとした。

そしたら、上から、ユベール達と、それからシャロンさんが一緒になって降りてくるところだった。

みんなはそれぞれ、なんだか、棒のようなものと、それから取っ手の付いた箱を手に持っている。

アタシを見たユベールが、アッとした顔をして、アタシを見ていた。

 「出かけるの?」

アタシは、そんなユベールに聞いてみた。そしたらユベールは、なんだかすごく嬉しそうに

「探したんだぞ、アヤ!また厨房にいたのかよ?」

って聞いて来た。

「うん、いっつもいるけど?」

「あんまりあそこにいると、ロッタさんに怒られるぞ?」

「そうなんだ?こないだ、褒められたよ?」

アタシが言ったら、ユベールは意外そうな顔をしたけど、すぐに

「あぁ、違う違う、それじゃなかった」

って首を振ったと思ったら、気を取り直して

「これから、釣りに行くんだけど、一緒に行くか?」

って聞いて来た。ツリ、って、なに?聞いたことないんだけど…なんだろう、それ?

 アタシが首をかしげていたら、シャロンさんが

「魚を取りだ」

といつもの調子で教えてくれた。魚取るんだ?すごいな、そんなことできるんだ、このあたりじゃ!

アタシは、それを聞いただけで、なんだか楽しくなってくるのを感じた。

「行く!着いてっていいの?」

「もちろん!」

「うんうん!あ、予備のタックル誰か持って来てる?あたし、ベイトだけならあるけどいきなりは難しいよね?」

「俺のやつを使えばいいよ。俺は、サグリでやるからさ」

「部屋にある。アヤ、いったん戻るよ」

タックル?ベイト?サグリ?良くわかんないけど、シャロンさんがそう言ってるし、

いったん、一緒に戻っておいた方がいい、かな。

「うん、分かった」

アタシはシャロンさんに返事をした。

「じゃぁ、俺たちは先に事務所へ行ってるな!」

ユベールが、いつもの明るい笑顔でそう言い残して、階段を駆け下りて、

大人たちが仕事をしてる部屋の方へ走って行った。

「行くよ」

それを見送るまでもなく、シャロンさんが声をかけてくる。

「あ、うん」

アタシはもう一度返事をして、一緒に部屋に戻った。
 


 部屋に戻ったら、シャロンさんはクローゼットから、棒みたいなものと、

それからオレンジの糸が巻き付いてる変な形のものを取り出して、持っていた取っ手付きの箱にしまった。

それから、ふと、アタシを見やって

「アヤ、帽子、持ってる?」

と聞いてくる。帽子?そんなのは、ない、けど…アタシは首を振った。

するとシャロンさんは立ち上がって、今度はクローゼットの上の方から、キャップをふたっつ取り出した。

それをなんだかじっくり見比べて、それからアタシに視線を送ってくる。アタシがまた、どうしていいか困ってたら、シャロンさんは

「こっち、かな」

と言って、右手に持っていたキャップをアタシの頭にスポッとかぶせてくれた。

ちょっと大きくて、目のあたりまで隠れちゃったから、両手でそれを、クイっと持ち上げたら、

シャロンさんがあの、目を細くする表情で、アタシを見てた。

 それからアタシとシャロンさんは、大人たちの部屋に行って、

そこで、ロッタさんと一緒になって、ロッタさんの運転する車で、海まで来た。

 塩の良い香りが、アタシの鼻をくすぐる。

「それじゃぁ、私はここで見てるから、あんまり遠くには行かないでね。

 夕飯のおかずが豪華になるように、みんな、頑張って頂戴ね」

ロッタさんの言葉に、みんなが返事をする。もちろん、アタシも、だ。

 「じゃぁ、俺がアヤについてるから、そっちも気をつけろよ」

ユベールが、フェリシア達にそう言った。

「私は、そっちでいい」

シャロンさんは、なんでか、アタシとユベールの方がいいらしい。

「オッケー、じゃぁ、俺たちは桟橋の方に行って来るな」

ジョナサンがそう言ってフェリシア達と一緒に、堤防から伸びている桟橋の方に歩いていった。

残されたアタシとシャロンさんとユベールと、

あと、すぐそばに乗ってきたワゴン車を止めて荷物を入れる、車の後ろの上に開くドアを開けたところに腰かけていたロッタさんは、

ジョナサン達を見送った。それから、

 「さて、じゃぁ、準備しようぜ」

ってユベールがそんなことを言って、なにか準備を始めた。

アタシは手順とかそういうのはぜんぜん分からないから、とにかくユベールを見ていたら、

彼はまず、アタシに棒みたいなのを持たせてきた。

「これが、ロットな。竿だ、釣り竿。で、そこに、このリールをつけて、

 それから、糸を出してここの糸を巻くためのベールに引っ掛けたら、糸をもうちょい引っ張って、

 釣り竿のこの輪っか、ガイドに通すんだ」

ユベールはアタシの握った釣り竿に、あの糸がグルグル巻いてある変なのを取り付けて、

糸の端っこを釣り竿についた幾つかの輪に手早く通した。

それから、

「あとは、糸にこのスイベルを結ぶんだ。一回糸を通したら、何度かクルクルっとここに糸を絡めてやって、

 あとはここをこっちへ抜いて結んでやれば、完成だ!」

となんだか小さな金属の部品をその糸の先に結び付けた。
 


「最後に、そうだな、アヤは初めてだから、餌釣りがいいよな。仕掛けは…これでいいか」

さらにユベールは箱から細い糸と針のついたのを取り出して、スイベル?ってのにカチッと取り付けた。

「これでホントに完成な」

ユベールはそんなことを言いながら、アタシの顔を見てまた、うれしそうに笑う。それから

「そういや、アヤは虫とか平気か?」

なんて聞いてきた。得意じゃないけど…触れないってほどでもない。

「大丈夫」

アタシが答えたらユベールは満足そうな顔して

「そっか、よかった。じゃぁ、これエサな」

と言って、箱からプラスチックのタッパーを取り出した。中には、砂みたいなものが詰まっている。

エサ?砂にしか見えないけど…

 アタシがそんなことを思っていたら、ユベールはおもむろに蓋を開けて、砂の中に指を突っ込んだと思ったら、

ひも状の、なんだか得体のしれないウネウネする生き物を引っ張り出した。

ゾゾゾっと、背中に寒気が走る。だって、だってなんだか、ミミズみたいだけど、脚みたいなのがいっぱいあって、

ヌルヌルしてて、なんかボソボソしてて…き、気持ち悪っ!

「こいつの頭から針をさして、1センチくらいのトコからこう、ピッと出すんだよ」

ユベールがそう言って針にエサをつけてくれる。

それからまた、うれしそうって言うか、楽しそう、って感じでアタシに笑いかけてきた。

でも、でも、ごめん、アタシ、慣れるまではちょっとそれ、無理そうかも…

でも、でも…これ、せっかく教えてもらったのに、やらないと、まずい、かな…?

 そんなことを思って、アタシはチラっとシャロンさんを見た。

シャロンさんは、もう自分の竿を組み立てて、海に糸をたれている。

アタシの視線に気がついてくれたシャロンさんは、アタシをチラっと見て、肩をすくめて見せた。

「そんなの、よく触れるよね。私はダメ」

シャロンさんは、そう言った。まるで、こう答えても大丈夫なんだよ、ってアタシに言ってくるみたいに。

「あ…うん、結構…気持ち悪いね」

アタシはユベールの顔色をうかがうようにそう言ってみる。そしたらユベールは苦笑いで

「あー、やっぱそうだよなぁ」

なんて言ってから、

「じゃぁ、エサ取られたら言ってくれたら着けてやるから、とりあえずこいつはそのまま海にたらしてみな」

って言ってくれた。よかった…そうだ、気にすることなんてないんだ。

普通なら、そんなことで怒られたりするわけないんだよな、うん…。

 アタシは言われた通りにエサと赤い天秤みたいな重りのついた糸をリールってやつのハンドルをクルクル回しながら伸ばして、海の中に沈めた。

 そんなことをしている間に、ユベールは短い竿にリールと仕掛けと言うのをつけて、

自分もこの気持ち悪い虫を針につけると、アタシの右側でそれを海へ落とした。

左側にいるシャロンさんは、黙々と、小さなキラキラする板切れのついたものを、竿をしならせて遠くに投げて、

それを巻き取ってはまた投げる、ってのを繰り返してる。

あれはまた、違う釣りの方法なのかな、なんて考えていたら、ガツン、って、竿にショックがあった。

な、な、なんだ、今の?そんなことを思ったら、またグンって強い力がかかって、竿がギュンっとしなった。
 


「わ、わ、ユ、ユベール!」

アタシは思わず、彼の名を呼んでいた。アタシの状態に気がついたユベールは、パッと自分の竿を上げて

「うおぉ!アヤ、もう来たのかよ!」

ってうれしそうにアタシのところまでやってきた。な、なんでそんなに楽しそうなんだよ!

これ、どうしたらいいの!?助けてよ!

 アタシの心の叫びが伝わったのかどうなのか、ユベールが後ろからアタシの持っていた竿を支えてくれる。

「こりゃぁ、けっこうな引きだな」

「こ、こ、これ、なに、どうなってんの?」

「魚がかかってるんだよ。よし、いいか、慎重にいくぞ」

ユベールは、戸惑っちゃってどうしようもないアタシにそう言ってくれて、それから

「いいか、先ずは竿をグイっと引っ張って立てるんだ。

 で、それをゆっくり倒しながら、引き上げた分の糸をリールで巻き取る。そうやってどんどん魚を引っ張れ。

 あわてるなよ、あわてたら、針が外れて逃げちゃうからな」

針が外れる…?そ、それは、大変…な事態の気がする。慎重にやらないと!

 アタシは気合いを入れなおして、竿をグッと握る。

先ずは、グイっと竿を起こして…腕に力を込めて、竿を立たせる。

グングンと言う力が加わってきて、思うようにはいかないところをユベールに助けてもらいながらなんとか起こして、

リールのハンドルを回して糸を巻き取っていく。

 それを何度も繰り返しているうちに、海中に何かが見えてきた。

銀色にきらめく何かが、海中をあちこちに向かって動き回っている。

「ギンガメ?」

「いや…イエローテール!」

シャロンさんの言葉に、ユベールが返事をした。ビシャっと、魚が海面に出てくる。

うわっ!えっ!?デカイ!

 「アヤ、竿立てたまま!」

ユベールがそう言ってきた。アタシは重いのをこらえて、なんとか竿を持ち上げる。

そしたら、堤防から身を乗り出したユベールがアタシの竿の先から伸びている糸を掴んで、そのまま一気に、魚を引き上げた。

 コンクリートの堤防に落ちた魚がビチビチっと跳ね回る。大きさは、30センチくらいだろうか、

尻尾のほうの上下2枚と、尾びれが黄色い。

イエローテール、だって、ユベールは言ってたけど、そっか、この色のことを言ってたんだな。

 なんてことを考えてたら、急にユベールが飛びついてきた。な、な、なんだよ!?

「おい!アヤすごいな!一発目でこんなの釣っちゃうなんて!」

ユベールはアタシをもみくちゃにしながらそんなことを言ってくる。

いや、アタシ全然わかんないけど、これってそんなにすごいの?

ていうか、痛い、ユベール、ちょ、離してっ!
 


 そうは思ったけど、ユベールが喜んでくれてる、ってのは、いっぱいに伝わってくる。

だからアタシは、そんなユベールを無理やりに引き離せなかった。

でもさ、ユベール、さすがにそんなの、シャロンさんはあきれちゃってると思うんだ、アタシ…

と思って、ユベールの肩越しに見たシャロンさんは、びっくりしちゃったんだけど、なんだかキラキラした顔して、魚を見つめている。

あ、あれ、シャロンさんも?

 と、今度はそこにロッタさんまでやってきて

「アヤちゃん、すごいじゃない!ほら、写真写真!」

なんて言って、手に大きなカメラを抱えて走ってきた。

「ん!?おぉ!ほら、アヤ、魚持て!」

ユベールが急にアタシを離して、糸を引っ張ってつるされた魚を渡してくる。

え、え、な、なに、このまんまでいいの!?

「ほら、三人とも、並んで!」

ロッタさんの声がしたと思ったら、両側からユベールとシャロンさんがくっ付いて来た。

「はい、チーズ!」

ロッタさんは合図をして、シャッターを切った。

それから、ユベールとシャロンさんが協力して、魚を針から外して、

ロッタさんが出してくれた、冷やして置くためのボックスに入れた。

今日の夕飯で出してもらおうね、なんてロッタさんが言ってくれる。

アタシは、これを自分で厨房のおばちゃんたちに見せに行くのを想像して、なんだか無性に楽しくなっていた。

 うん、よし、これ一匹だけじゃ、ダメだよな。みんなの分まで釣り上げて、もっと驚かせてやる!

「ほら、アヤ、竿こっちへ見せろよ。エサ付けてやるから」

ユベールがそう言ってくる。でも、待って。アタシ、自分でやる。

今のは、ユベールたちにいっぱい手伝ってもらったから、今度は、自分ひとりで釣り上げてみたい!

「ユベール、アタシ、自分でつけるよ!」

アタシは、胸を張ってそういった。

それを聞いた、ユベールと、シャロンさんも、なんだかまた、うれしそうに笑った。
 


 それからまたしばらく釣って、お昼ご飯になった。

ロッタさんが、サンドイッチとジュースを出してくれて、みんなで堤防に座ってそれを食べた。

 食べながら、成果を報告し合う。アタシが大きいのを釣ったって話をしたら、フェリシアがえぇー!って声を上げて、

それから午後は場所を交代しよう、って言って来た。

そんなの、みんなでおんなじところでやったらいいのに、って言ったら、そりゃそうだね、だって。

あんまりにもとぼけて言うから、思わず笑っちゃった。

 ロッタさんは、雑誌をめくりながら、そんなアタシ達を見ててくれた。

ふと、ロッタさんの見ていた雑誌が、アタシの目に止まった。なにか、一面が蒼い写真の載った表紙をしてる。

「ロッタさん、それ、なに?」

アタシが聞いたら、ロッタさんは、不思議そうな顔をして

「ん、本、だけど?」

なんて言って来る。違う、そうじゃなくて。

「その、表紙のところの写真」

アタシが言い直したら、ロッタさんはペラっと表紙を見て

「あぁ、これ?これは、アルバ島って言うところの海、らしいわよ」

って言ってくれて、雑誌をアタシに渡してくれた。

 エメラルドブルーって言うか、なんていうのか、すごくキレイな色してる…

ここら辺の海もきれいだけど、でも、もっともっとキレイで澄んでいる。こんな場所があるんだ…。

「ここって、遠いのかな?」

「うーん、うちの施設で遠足で行けるような距離ではないかな。中米の小さな島らしいから」

ロッタさんはそう言って、雑誌のページをめくってくれて、

アルバ島って島が特集されてるページを開いて見せてくれる。

 そこには、海に潜ってる写真があったり、泳いでる写真があったり、

椰子の木みたいな木が立ち並んでる町並みとか、港とか、真っ赤な夕焼けとか、そんな写真が写ってる…。

なぜだか分からないけど、アタシは強烈にそれに魅かれた。

行ってみたい…そんな気持ちが、心の中に沸き起こって、膨れ上がる。

でも、こういう釣りに来たりするのとは別だろうな。

泊まりになるだろうし、中米って、確か、ここからだとずっと北のはず。

飛行機に乗らなきゃいけないだろう。お金、かかりそうだ。

 「ねぇ、この本、くれないかな?」

アタシはロッタさんに頼んでみた。この海のこと、この島のことを、記憶に留めておかなきゃ、ってそう思った。

大きくなって、金を稼げるようになったら、この場所に行ってみたいんだ。

そのためにも、この本は、大事にとっておきたい。

「あぁ、んー、まぁ、いいけど。でも、全部読み終わったらにしてね」

ダメだ、って言われると思ってたので、案外、すんなりそう言ってくれて、逆にびっくりしちゃったけど、

アタシはうれしくって、とりあえず本をロッタさんに返した。
 


 それからまた、ユベールやシャロンさんたちとおしゃべりをして、

2時過ぎくらいから5時くらいまで、また釣りをした。

 施設へ帰って、アタシたちはその日に釣れたものをみんなで厨房に運んだ。

アタシのイエローテールに、ユベールはカサゴって言う不細工なのを3匹、

シャロンさんは、午前中は釣れてなかったけど、午後からキラキラしてた仕掛けじゃなくて、

ゴムか何かで出来たイモムシみたいな仕掛けに変えたら板切れ見たいな平らなやつを2匹釣ってた。

ジョナサンやフェリシアの方は、小ぶりなのをたくさん釣っていた。

アタシは、イエローテールを釣ってからも、午後に1匹、シャロンさんのと同じ、ヒラメ?って言うのを釣り上げた。

 厨房のおばちゃんたちはそりゃぁ、もう、びっくりしてくれて、それで喜んでくれた。

アタシが楽しいことをやって、それで、おばちゃんたちや、ユベールやシャロンさんに喜んでもらえた、ってのが、

なぜだかアタシの頭の中に残った。

これまで、そんなことをされてきたこともないし、考えたこともなかったから。

アタシは、何かすれば迷惑をかけたり、怒られたりするだけじゃなかったんだな、

なんて、そんなことを考えるようになってた。

 その日も、お腹いっぱいに食べて、消灯の時間までユベールたちとおしゃべりして、で、シャロンさんと同じ部屋で眠った。
  





 その夜、アタシはふっと、目を覚ましていた。

真っ暗なのは怖いから、とシャロンさんが言うから、豆電球みたいなちっちゃな明かりが部屋には灯っている。

アタシは体を起こして、ぼんやりする目を擦った。

うーん、寝る前に飲んだジュースがいけなかったかな…ロッタさんがあれだけ飲みすぎないようにって言ってたのに。

 アタシは、そんなことを思いながら、なるべく物音をさせないようにベッドから降りた。

「どうしたの?」

とたんに、シャロンさんの声がして、少しびっくりしちゃった。ヤバい、起こしちゃった…

「ご、ごめん、な、さい。起こしちゃった?」

思わず、そう口に出てしまう。

「私、眠りが浅いんだ。気にしないで。どうかした?」

シャロンさんは、本当に、今までも起きてたんじゃないかっていうくらいの感じで、アタシにそう聞いて来た。

「あ、うん、ちょっと、トイレ」

アタシが答えたら、うっすら灯る明かりの中で、シャロンさんは目を細めて

「そっか。行っといで」

って言って、また目を閉じて毛布をかぶった。

 起こしちゃって、ごめんね。アタシは、心の中でもう一回謝ってから、そっと部屋を出た。

廊下にも非常用の電気が付いてて、うっすら、明るい。

アタシは、やっぱりそっと廊下を歩いて、ラウンジの横にあるトイレに行って、用を済ませた。

手を洗って、あぁ、タオル忘れてきちゃった、って思って、

まぁ、気にすることないか、って着てたスエットのシャツでゴシゴシ拭いてトイレから出る。

そんなとき、ふと、何かの気配を感じた。

 ラウンジだ。来るときは気が付かなかったけど、誰か、いる。

ううん、誰か、じゃ、ない。

これ、たぶん、彼だ。
 


 アタシは、なぜかそう感じて、ラウンジを覗いた。

そこには、確かに、ユベールが居た。

ユベールは、明かりの消えたラウンジで、黙々と一人で、何かをやっていた。

 どうしよう、邪魔しちゃ、悪いかな…あ、でも、今日釣りに連れてってもらったお礼、ちゃんとしてないしな…

一応、しておいた方がいいよね。嫌われたくないし…。

「ユベール」

アタシは、小さな声で、彼を呼んだ。ユベールは、そんなに驚きもしないで、アタシの方を向いてくれる。

そしたらまた、あの笑顔でニコって笑って

「アヤ。どうした、こんな時間に?」

って聞いて来た。アタシはトイレだけど…どうした、なのはそっちだよ、ユベール。

「アタシは、トイレ。ユベールこそ、なにしてるの、こんな時間に?」

アタシが聞いたら、ユベールは相変わらず笑顔で

「ん、今日の写真、見てたんだ」

って言ってきた。写真?釣りのときに、ロッタさんが撮ってたやつ?

そんなことを思ってたら、ユベールは手に持っていた写真の一枚をアタシの方に見せてきた。

でも、さすがに豆電球の明かりじゃ良く見えなくて、アタシもラウンジに入って、

ユベールの座ってたソファーの隣に腰掛けて、写真を覗く。

 ユベールが見せてくれてたのは、アタシが最初にあの大きなやつを釣り上げたときに撮ってもらった写真だった。

三人とも、笑ってる。アタシも、ユベールも、あのシャロンさんも、ニコニコ笑顔で、楽しそうに…

この3人、おんなじ顔して笑ってる…ユベールのとおんなじ、太陽みたいに明るい顔で…。

 それに気が付いて、アタシは、なんでかわからないけど、思わず笑っちゃう。まるで、アタシじゃないみたい。

写真なんて、そんなにたくさん撮ってもらったことないけど、撮られたやつはたいてい、口をへの字にして、

“アタシに構うな”って顔してたはずなんだけどな。

 「ほら、こっちのもいいんだぜ」

ユベールはそんなことを言いながら、もう一枚見せてきた。

これは、帰る前、みんなで自分の釣った魚を持って、撮った集合写真だ。

これも、みんな、おんなじ顔して、笑ってる。

なんでだろう、見てるだけで、おんなじ笑顔になっちゃいそうな、そんな感じがする。

 「楽しかった。ありがとね」

アタシは、言い忘れてたお礼を言えた。そしたら、ユベールは

「そっか、良かった。また来週行こうな」

って言って、笑ってくれる。アタシは、我慢できなくて、思わず、笑顔になっちゃった。
 


 「あぁ、ほら、あと、これも良いんだよ」

って、ユベールは今度は、掛かってた魚が逃げちゃって、がっかりしてる顔したシャロンさんと、

それを見て、やっぱりおんなじようにがっかりした顔してるユベールの映った写真を見せてきた。

二人とも、ホントに悔しそうで、脱力しちゃうくらいがっかりしてる。

「あれ、残念だったね。けっこうデカかったのに」

傍で釣ってたアタシもそれを見てて、すごく残念に感じたのを思い出した。

 「まぁ、釣りやってると、よくある。

 あれがあると、悔しくて、次が釣れるまで絶対に帰らないぞって気になっちゃうんだよなぁ」

ユベールはそんなことを言ってクスクスと笑う。その気持ちは、ちょっとだけ、想像できる。

もぅ!ってなるよね、それ。そう思ったら、アタシもいつのまにか、クスクスって、笑ってた。

 不思議だな、ユベールは。ユベールが笑うと、楽しくなる。まるで、気持ちが反射してるみたいだ。

「ユベールは、優しいんだね」

アタシは、ふと、そう思って、言ってやった。

なんとなく、だったけど、ユベールがアタシ達の気持ちを楽しくさせてくれてる、って感じたから。

でも、ユベールはポカン、って顔してアタシを見つめてた。

な、なんだよ…え、あ、あれ、アタシ、なんかまずいこと言っちゃったかな?

 急に心配になって身構えようとしたけど、ユベールは、

「優しいか…はは、そんな風に思ったことはないんだけどな」

なんて言って、またクスクスって笑い出した。良かった、怒らせちゃったりしたわけじゃなかったみたいだ。

「違うの?」

アタシは聞いた。そしたら、ユベールは、んー、と考えるように呻いてから口を開いた。

「俺はさ、誰かが楽しい、って思ってると楽しいんだ。

 誰かが悲しいと思ってたら悲しいし、誰かが悔しいって思ってれば悔しい。それだけだよ」

「ドウジョウ、ってやつ?」

「あぁ、いや、そう言う感じとはちょっと違うな…」

アタシは、どこかで聞いたことある言葉を使って、聞いてみたけど、ユベールはそう言ってまたしばらく考え込んだ。

「なんていうかさ、そうすることが、嬉しいんだって思う。楽しいことで、一緒に笑って、

 悲しいことで、一緒に泣いて、それってさ、ひとりじゃないんだ、ってそう感じるんだ。

 それが、俺には嬉しいことなんだよ」

考えたあとに、ユベールはそんなことを言った。
 


 ひとりじゃ、ないって、感じ?アタシには、あんまり良くわからない感じだった。

それって、どういうことなんだろう…?なんて、考えてたのが顔に出てたらしい。

ユべールはアタシを見て苦笑いしたと思ったら、アタシの眉間を指でグリグリっとほぐしてから話し始めた。

「俺さ、生まれてすぐにこの施設に入れられたんだ。

 たぶん、2歳より前だったんじゃないかな。親のことなんて覚えてないし、顔も知らない。

 ずっとここで、家族なんて知らないで育ったんだ。でも、いや、だから、なのかな。

 家族ってなんだろうって、ずっと考えてた。ちょうど、9歳のバースデーにさ、俺、ロッタさんに聞いたんだよ。

 家族ってなんだ?って。そしたら、ロッタさんは『家族だと思った人たちが家族になれるんだ』って教えてくれた。

 だから、俺、血のつながった人とかいないしさ、だったら、ここにいるみんなが家族ならいいなって、そう思ったんだ。

 で、じゃぁ、家族になるにはどうしたら良いんだろうって考えたときにさ、

 やっぱり俺は、一緒に居て、良いな、って思うことが一番大事なんじゃないかって思ったんだよ。

 ほら、楽しい時に一緒に笑ったら、もちろん自分も楽しいけど、でも、ここ、胸のところがさ、

 ふわってあったかくなるんだ。

 なんて言うか、凍ってたのが溶けてって、やわらかくなってくる、って言うかさ。悲しい時も同じだ。

 誰かが泣いてるときに、一緒に泣いてるとさ、悲しいけど、でもそれでもやっぱり、あったかくなるんだよ。

 そう言うのが、俺は家族なんじゃないかな、って思うんだ」

 家族…ユベールは、家族が欲しかったんだな。家族なんて、そんなにいいものじゃないってずっと思ってたのに…

でもユベールの言っていることには、心当たりがあった。そうだ、昼間、アタシもそう感じてた。

誰かと一緒に楽しいことするのは、こんなに嬉しいんだな、って…。

「家族って、そんなにいいもの?」

アタシはユベールに聞いていた。別に困らせてやろうとか、皮肉を言うつもりはなかった。

ただ、アタシの知ってる家族、ってのとは、全然違うものだな、って感じちゃったから、思わず。

 アタシの言葉を聞いて、ユベールはジッとアタシを見つめてきた。

それから、ふっと、何かに気が付いたみたいに、

「な、アヤは…ここに来る前は、どんな生活してたんだ?」

って聞いて来た。

「聞きたいの?」

あんまり、思い出してて、気分が良い話じゃないから、な…。でも、ユベールは、

「聞かせてくれるんなら」

って、真剣な顔して言った。そっか…それなら、ちょっとだけ、話してみようかな…ホントにちょっとだけ…
 


「アタシね。2歳か3歳のときに、お父さんとお母さん、事故で死んじゃって、親戚のところに引き取られたんだ。

 最初は、お母さんのイトコ?って人で、その人は、アタシに食べる物と着る物をくれた。

 あぁ、あと、まぁ、部屋もね。

 だけど、ほら、アタシみたいな子を引き取ると、ホジョキン?って言うのが出るんでしょ?

 それが欲しかっただけらしくて、旅行に行くときとかは、アタシは置いてけぼり。

 5歳のときに、留守番しててお腹減ったから冷凍食品をあっためようとして、

 火事にしちゃいそうなことがあって、それで追い出された。

 次に引き取ったのが、父さんの弟って人。

 その人は、本当はイヤだったみたいで、ご飯もたいして出してくれなかったし、部屋はあったけど、

 暗くて汚い屋根裏だった。

 学校にも行かせてもらえないで、家のこととかさせられてて、そしたら、福祉局の人って言うのが来て、

 ヨーロッパに保護所ってとこに連れて来られて、で、今。

 でさ、お母さんのイトコのそのオバサンも、叔父さんも、最初に言うんだよ。

 『アヤ、君はもう、家族なんだからね』って。

 でも、アタシはあの人たちのもといた家族とは全然違う生活してたし、だから、家族ってなんなんだろうな、ってさ」

喋りながら、思った。アタシ、こんなに誰かに自分のこと話すの初めてだなって。

今まで、誰も聞いてくれなかったし、聞いてもらえるなんて思ってもみなかった。

仕方ないんだ、アタシは、そういうところで生きてくしかないんだって、そう、思ってた。

 「そっか…」

ユベールは、遠くを見つめるみたいにして、そう言った。それから、ふっとため息をついてアタシを見て、言った。

「家族なんだから、は、間違ってる」

「間違ってる?」

「うん。同じところで生活するから、って言って、じゃあ、それで家族なんだ、って、そんなことありえない。

 家族になるには、努力が必要なんだよ」

ユベールは、なんだかすごく、力を込めて、言った。

「努力?」

「そうだ、努力。家族になりたいって思うこと、それから、家族であろうって振る舞うこと。

 アヤの、その、オバサンや叔父さんってのは、最初からそう言うことをする気がなかったんだろうな…

 そんなの、俺は家族だなんて思えない」

ユベールはそう言いながら、テーブルの上に並べてた写真を手に取った。集合写真のやつだ。

ユベールは写真に見入って、黙り込んだ。
 


 アタシは、と言えば、ユベールの言葉を、心の中で繰り返してた。家族になるには、努力が必要…

アタシは、家族になりたいって思ってた。

でも、それを受け入れてもらえなかった。

だから、いつの間にか、悲しくて、そういうのやめてたのかもしれないな。

でも、じゃぁ、その努力、ってどうやるんだろう?

「ね、それじゃぁ、なにしたら家族になれる?」

アタシはユベールに聞いた。ユベールが、アタシを見た。

「アタシ、ユベールと家族になりたいって思う。そしたら、アタシ、なにしたらいいのかな?」

アタシは、自分でも何を言っているかよく分かってなかった。

でも、だけど、正直に、そう感じてた、ってのは、本当だった。ユベールの、さっきの話。

一緒に笑うと、胸があったかくなるんだ、って言うの、アタシも分かったから。

嬉しいんだって言うのが、アタシにも感じられたから、ユベールと家族になれたら、

アタシ、もっとそれをたくさん感じられると思うんだ。

それって、たぶん、すごく、嬉しくて…きっと、幸せなことなんだろうな、って思ったから。

 アタシの言葉にユベールはちょっとびっくりしてたけど、少しして、初めて見る、

優しい笑顔でアタシの頭を撫でてくれた。

「そっか…そう言ってもらえて、俺も嬉しい。やることは、簡単だ。

 一緒に笑って、一緒に泣いて、一緒に、嬉しいって思えばいい。

 そう言うのを、何回も、何度も、繰り返していくうちに、家族になれるって俺は思ってる」

ユベールはそう教えてくれて、それから

「もっともっと、一緒にいろんなことして、家族になろうな」

って言ってくれた。

 なんだろうな。もう、言葉にできなかったけど、でも…でも。

アタシは、そう言ってもらえたのが、なんだかたまらなく嬉しくて、嬉しくて…

 パタって、何かがアタシの手の甲に落ちた。濡れてる…なに、これ?

アタシは、本当に最初、気が付かなかった。アタシは気が付いたら、ボロボロって涙が止まらなくなってた。

 そんなアタシを、ユベールは優しくハグしてくれる。

誰かにハグなんかされて、あったかいな、って、安心するな、って思えたのは、もしかしたら、初めてなんじゃないかな。

アタシは、そう思いながら、しばらくユベールに体を持たせかけて泣いていた。

 ちょっとしてから泣き止んで、正気を取り戻したアタシは、妙に恥ずかしくなって、とりあえず、ユベールから離れた。

涙を拭いて、鼻をすすって、気持ちを落ち着ける。
 


 そんなアタシを見て笑ってたユベールが何かに気が付いたみたいに、顔を上げた。

アタシの後ろを見てる。振り返ったらそこには、シャロンさんが居た。

「戻らないと思ったら」

シャロンさんはそんなことを言って、アタシの肩をつかんだ。反射的に、全身がこわばる。

でも、次の瞬間にはシャロンさんは、アタシとソファーの背もたれの間に体をねじ込んできて、

アタシを前に抱きかかえるみたいにして、ソファーに座った。

 いままでユベールにハグされてたせいか、シャロンさんのあったかいのが伝わってきて、

アタシは、なんだか安心して、シャロンさんに体を預けてしまってた。

シャロンさんが、まるでぬいぐるみを抱えるみたいに、後ろからアタシを抱きしめてくれる。

 「ユベール、あんた、叱られてもしらないからね」

シャロンさんがそんなことを言っている。それを聞いたユベールは、いつもの明るい笑顔で

「そう言うのも、みんなでやれば怖くないって、な」

なんて言って、それからシャロンさんに写真を見せた。今度は三人で、写真を見ながら話をした。

不思議だな…ユベールが、なんだか本当に、凍ってた心を溶かしてくれるみたいだ。

家族、か…ユベールは、家族になろうって、言ってくれた。そうなるための方法も教えてくれた。

アタシ、頑張ってみようかな。正直言って、怖いけど…でも、それが、本当は嬉しいことだって分かったから…。

 「ね、シャロンさん」

「うん?」

「あのね…アタシも、シャロンちゃん、って呼んでも良いかな?」

アタシは、思い切って聞いてみた。そしたら、すぐにシャロンさんは

「別に。好きに呼んでいいよ」

って、いつもみたく小さな声で言いながら、それでも、後ろからアタシに回したその腕に優しく力を込めて、

ギュって抱きしめてくれた。なんだか、それが嬉しくて、アタシは、思わず笑顔になっていた、

 んだけど。その直後に、見回りに歩いてたロッタさんに見つかって、そこから30分、3人そろってお説教をされた。

ユベールが言うように、みんなでなら、ってことは全然なくて、めちゃくちゃ怖かったけど、でも。

お説教が終わって、ラウンジから部屋に戻ろうとしたアタシとシャロンちゃんに、

苦笑いで肩をすくめて来たユベールに、やっぱり笑っちゃった。

お説教も3人で受けると、嬉しいものなのかもしれないな、なんて、そんなことを、ほんのちょっとだけ、感じていた。

 それから部屋に戻って入ったベッドの中でなんだか、アタシはあったかい太陽に照らされて、

カチコチに凍った雪が溶けて行くような気持ちを感じてた。

雪が溶けたその下には、花が咲いてたり、キラキラしてて力強い緑の葉っぱがあって、

それがゆっくりと顔をだしているような、そんな風に、アタシには感じられていた。



 








 「あ、おーい、アヤ!」

廊下を歩いてたら、不意にそう呼び止められた。声だけ聞けば、分かる。

アタシは、もう、それだけでうれしい気分になりながら、ユベールの方を振り返った。

「どっか出かけるのか?」

ユベールは、本を抱えて、いつものラウンジに行くみたいだった。

午前中はあそこ、日当たりがよくって気持ち良いんだよな。

「あぁ、うん。ちょっと、シャロンちゃんと、買い物」

アタシは、そりゃぁもう、ニッコニコしながらユベールに教えてやる。

そしたらユベールもいつもの笑顔を返してくれて

「そっか。んじゃぁ、お土産期待して待ってるよ」

なぁんて言って来た。

そんなことを言うと、アタシ、本気で買ってくるぞ?いいのか?いいんだな?

ってなことは、口には出さないけど、その代わりに

「あーん?そういうのが必要なら、まずは出すもん出して貰えないと困るんだよなぁ」

ってすごんでやった。まぁ、毎日やってる、本当に他愛もないやりとり、だ。

「ははは、俺を強請ろうってか。いい度胸じゃないか」

ユベールはそんなことを言いながら、アタシの肩をポンと叩いて、

「まぁ、気をつけてな」

って言ってくれた。

「うん、ありがとう」

アタシも言葉を返して、ユベールの肩を叩き返して、事務所を目指した。

足取り軽く、事務所へと向かったアタシをシャロンちゃんが待っててくれていた。

 「大丈夫?」

シャロンちゃんは、アタシを見るなりそんなことを言い出した。

部屋から出るのにばたばたしちゃったり、ユベールと話したりしやったから、

ちょっと待たせちゃったのに、そんな風に言ってくれる。もう、シャロンさんってば、優しいよなぁ。

「うん、遅くなっちゃってごめん。ベルトのバックルが調子悪くってさ」

アタシがそういったら、シャロンさんは“笑った”。

うん、まぁ、その、あれだ。親しい人じゃなけりゃぁ、あれ、笑ってるってわかんないくらいに微かな笑顔なんだけど、

でも、あれでけっこう、満面の笑みをしてるつもりなんだ、ってのは、アタシは知ってた。

よくよーく注意して見ていると、ちゃんとあれこれ表現してるんだ、ってのは、1年くらい前になんとなく気がついた。

それに気がついてからは、シャロンちゃんがもっと身近になった。

それって、なんだか、あれこれ表現しちゃいけないんじゃないか、って思ってた、昔のアタシに似てて、

あぁ、アタシがここへ来たときから、シャロンさんは、きっとアタシと同じことを思って、

アタシにいろいろと教えてくれたり、支えたりしてくれてたんだな、ってのがなんとなく胸の中でつながったから。
 


 ユベールとは、もうなんだか以心伝心、って言うくらいにまで仲良くなれた。

ユベールは、施設のみんなにも人気があって、それから、学校でも人気で、ひとたび街に出ても、

路地裏の不良から、バーのおっちゃん、果物売ってるおばちゃんまで、みんなユベールのことを知ってて、

みんなユベールには一目置いていた。

そんなユベールとほとんど一緒に居るアタシとシャロンちゃんは、自然、他の連中からもよく見かけられてて、

今じゃぁ、ユベールの正妻と側室、あるいは、右腕左腕、なんて呼ばれてる。

アタシは、気が強いだけの無鉄砲なんだけど、シャロンちゃんは、右腕にふさわしいケンカの強さをしてた。

もちろん、大男みたいなのにはかなわないかもしれないけど、そこいらの不良なんかは、

だいたい鳩尾をドカーンと蹴られて、それっきりだ。

 まぁ、そんなだったけど、アタシはユベールとセットにして扱ってもらえるのがうれしかった。

施設に来てから2年が経った。

アタシは今年で12。ユベールとシャロンちゃんは16。

二人ともアタシをかわいがってくれるし、アタシは、どんなことをしたって、言ったって、

アタシをおいてったりしないで、傍にいて笑ってくれたり、怒ってくれたりする二人が好きだった。

たぶん、世の中に、こういう人は、そういないんじゃないかな、って思えた。

人のぬくもりなんかよく分からないアタシに、それを与えてくれた、大事な、二人だ。

 今日は、そんなシャロンちゃんと一緒に街へ行くことになっていた。

これが初めてってワケじゃないから、もう慣れたもんだけど、最初のときは、ちょっとびっくりした。

こんな無口で、物静かなシャロンちゃんは、割とアンダーグラウンドで、

街の、あんまりよろしくない路地裏の辺りに出入りしていた。

そこには、悪そうな男たちがたくさんいて、昼間から酒を飲んだりタバコを吹かしたり、

中には、タバコじゃない煙の出るのを口に咥えて、ヘラヘラとトんじゃってるやつなんかもいる。

そこへ出入りしてても、シャロンちゃんは平気だった。

今思えば、それもユベールのおかげ、だったんだなっておもう。

だって、ケンカは多少強かったけど、男相手だろうが、一目置かれる、なんてことがあるわけでもなかったし、

美人だったのに、あんな場所にいて、強姦にあったりすることもなくって、

平然と、言葉少なに、町の男たちと話をしたり、怪しげな店に入っては服やアクセサリーを選んだりしてた。

それもこれも、たぶん、ユベールの人望だったんだ。

ユベールは、いつも太陽みたいに笑って、どんなやつとだって、分け隔てなく接することが出来る。

そんなユベールの正妻と側室なアタシ達も、扱いはユベールに順じてたんだろう。

 この裏路地への出入りをロッタさんは、割と厳しく言って聞かせようとしてたけど、

シャロンちゃんはその度に黙り込んで、お説教も効果なし。

でも、別に悪いことをしているわけでもないから、ロッタさんも、そこまで無理やりにでも止めようって気がないのも、アタシは知ってた。
 


 そんなユベールとシャロンちゃんについて周ってたからアタシは裏路地街でも、ちょっと顔の知れたオンナになった。

特に、アタシとシャロンちゃんは、同じアジア系ってこともあって、さっきの「正妻と側室」「右腕左腕」とは別に、

「東洋姉妹」ってあだ名もつけられてた。正直、悪い気はしてなかった。

だって、姉妹、だもんな。シャロンちゃんとそう言われるのは、悪くないどころか、うれしいくらいだ。

 だとしたら、ユベールは、兄ちゃん、かな…うん、兄ちゃんだ、うん。兄ちゃん兄ちゃん。アタシの大事な、兄ちゃんだ、うん。

 アタシ達は、歩いて街に出て、その目抜き通りを歩く。この通りには、大きなデパートや、ショッピングモールが何軒も立っている。

でも、アタシ達の目的はそこじゃない。アタシは、シャロンさんと並んで歩きながら、細い路地を曲がった。

そこはどこか汚い狭い道で、怪しげな男たちがいて、怪しげな店や、怪しげな看板なんかがある。

 「お。お前らか」

道端にたむろっていた集団の中から、タトゥーだらけの男がアタシたちに声をかけてきた。バリーだ。

「よう、バリー!あれ、そっちの、左肩のやつ、色入れたんだな?」

アタシは、こないだまで無色だった左肩のタトゥーに、色が入っていたのに気がついたので言ってやったら、

バリーは喜んで、

「はは!そうなんだよ!いいだろ、これ!?」

って聞いてくる。

「あぁ」

アタシはそう言って笑ってやった。

 「ユベールのやつは元気か?」

今度は、別のやつがそう聞いてくる。

「あぁ、元気だよ」

シャロンちゃんが静かに答えた。すると彼も満足したみたいで

「たまにはこっちに顔出してくれって言っといてくれよな」

なんて笑ってた。

 アタシはバリーに手を振ってさらに奥まで、シャロンちゃんと路地を進む。

そしたら今度は、見るからに悪ガキって風体のチビが、姿を現した。

「シャロン姐さん、アヤ姐さん、ちぃっす」

チビのクセに、そんな舎弟みたいな挨拶をしてくる。

「よう、アルベルト。元気そうだな」

こいつはアルベルト。ユベールが学校で特に目をかけてる子だ。

母親しかいなくて、その母親も、生活のために朝も夜も働いてて、こいつはほとんど施設に来る前のアタシと同じ生活をしてる。

それを見過ごせなかったのか、ユベールはあれこれこいつを構ってやって、

すっかり憧れのお兄さん、になっていた。

そんなユベールの傍にいた、アタシとシャロンちゃんも、って言うのは、他のやつと、まぁ一緒だな。

「今日はなにしてんです?」

「今日は、シャロンちゃんと買い物」

アタシは、ニヒヒって笑って言ってやって

「あんたも、仕事がんばれよ」

って励ましてやった。そんな生活だから、アルベルトもここにある小さなバーの小間使いをして、

お駄賃を貰う生活をしてる。そうでもしないと、こいつも年中腹ペコになっちゃう。腹が減るのは、辛いからな。
 


 アタシ達は、アルベルトにも手を振って場所を抜け、さらに奥まったところにある店のドアを開けた。

シャララン、って、ドアに掛かってた金属の細い棒が連なってる飾りが音を立てる。

いや、飾りじゃなくて、そもそもこういう音をさせるためのもん、か。なんていうんだろうな、こういうの。

 そんなことを考えてる間に。シャロンちゃんはどんどん店の奥へと入っていく。

中はそんなに広くもないけど、でも、アタシ達の部屋くらいの大きさがある。

そこにはトゲトゲしたチェーンとか、ゴツゴツした指輪とか、割とシンプルで、

スッとしたブレスレットまでいろいろと飾ってある。

「おう、お嬢さんたちかい」

お店に入ったら、カウンターに座ってタバコを吹かしてた若い黒人の店員がそう言ってアタシ達を出迎えた。

 「よう、カーチス」

黙ってうなずくだけのシャロン姉ちゃんに代わって、アタシが挨拶をしたら、カーチスは可笑しそうに笑って

「ったく、チビのアヤも生意気になったもんだ」

と言ってくる。ふん、下手に出たってあんたら付け上がるだけだろう?なんて思いながら、

それでもアタシはそう言う風に扱われるのはイヤじゃなかった。

むしろ、対等に扱ってもらえてるんだ、と感じるのがうれしくもある。

 そんなアタシとカーチスをほっぽって、シャロン姉ちゃんは店をくるっと一回りしてた。

シャロンちゃんには、お目当てがあって、前に来たときに見かけたブレスレッドがどうしても忘れられないで、

今日までパートタイム代をこつこつ貯めてた。

 シャロンちゃんは前々から目をつけていた3つのリングが連なったブレスレットを腕につけて、

くっと腕を前に伸ばして、眺めている。

 「似合うじゃん」

アタシがそう言ってあげたら、シャロン姉ちゃんはいつもみたいに、ちょこっとだけ目を細くした。

それから、それをそのままカウンターまでつけていくと

「これ」

と言って、お財布から紙幣を何枚か取り出して、カーチスに手渡した。

「まいど!」

カーチスはそんな姉ちゃんを気にしない様子で威勢良く返事をした。

 値札を取ってもらって、ブレスレットをはめたままのシャロンちゃんは、珍しく、誰にでも分かるくらいの感じで笑ってた。

よっぽどうれしいんだな。そんなことに気がついて、アタシもなんだかうれしい気持ちになった。

人の笑顔見て、こんな気持ちになるなんて、施設に来るまで全然、知らなかったよな。

本当に、ユベールのおかげだって、そう思う。

 さて、じゃぁ、あとは、表通りでクレープでも食べて帰ろうかな…

なんてアタシが思ってたら、シャロンちゃんがアタシを呼び止めた。
 


「アヤ、これ」

そう言って、シャロンちゃんはシルバーのリングを手に取ってアタシに見せてきた。

アタシは、それを見て首を傾げちゃった。なんだろう?

アタシ、リングとかってあんまり付けたいなとは思わないけど…

なんて思ってたらシャロンちゃんはうっすらと笑って

「ユベールに、どう?」

って、言ってきた。

 ユ、ユベールに?ア、アタシが?!

「ななな、なに言ってんだよシャロンちゃん!」

思わず、おっきい声を出してしまった。なんだかわかんないけど、顔が熱くなってくる。

でもそれにもかまわずにシャロンちゃんは

「だって、あんた好きなんだろ、ユベールが。いいじゃないか、こういうプレゼントしたって」

って、珍しくなんだかアタシをからかうみたいな表情を見せて言ってきた。

「おー?なんだ、アヤ、生意気に、カレシでもいんのか?」

カーチスまでそんなことを言ってきた。

「うるさい!違う!そんなんじゃない!」

アタシはまた声を張ってしまったけど、カーチスだけじゃなくて、シャロンちゃんにまで笑われた。

違う、違うんだ、ユベールはそ、そ、そんなんじゃないんだって…!

だって、あいつは、アタシのこといっぱい心配してくれて、優しくしてくれて、

一緒に笑ったり怒ったり泣いたり楽しんだりする、か、家族なんだって。

うん、その、兄さん。兄さんだって、さっき、アタシ、そう思ってたじゃないか。

好きとか…そ、そんなんじゃないんだって!そんなんじゃ…そ、そんなんじゃ…!

「深い意味なんてないよ。街に買い物に来たお土産、でいいじゃないか」

シャロンちゃんが言ってくる。そ、そういうもんかな?

そ、そりゃぁ、アタシだって、あいつに喜んでもらえるのはその、うれしいだろうけど、でも、でもさ

「ゆ、指輪って、なんか、すごく、その…こ、告白、みたいじゃんか!」

アタシは、不安になってそう聞いてしまう。そしたらカーチスがまた、わはは、と笑って

「別に、そうとも限らん。こういうのは、信頼の証ってもんだ。

 そこにくっ付いてる感情がどうとかって言う、ステレオタイプな考え方もあるっちゃあるがな。

 俺はあんたを信頼してる。だから、これをつけててくれ、って思うのは、不思議なことじゃない」

って言ってくる。そっか、そういうもんか?

いや、なんかうまく乗せられてるような気がするけど、でも…これ、ユベール、喜んでくれるかな?

あいつ、こういうのつける趣味あったっけ?

あぁ、でも…もしかしたら、アタシからのお土産だって言ったら、喜んでくれそうな気がするな。
 


「い、いくら?これ?」

そんなことを思ったアタシは、思わずカーチスに聞いていた。カーチスはニヤっと笑って

「そいつは、シルバーじゃなくステンレスだし、大量生産品で、800で出してんだが、

 まぁ、今日はシャロンも買ってくれたし、サービスってことで、500でどうだ?」

と言ってくれた。500、か。

そ、それなら、このあと姉ちゃんとクレープ食べても、今月の小遣いは少しあまるな…か、買っちゃおうかな…

ふっと顔を上げたアタシを、シャロンちゃんが見つめてた。

シャロンちゃんは、アタシの頭をごしごしっとなでると、

「がんばれ、アヤ」

って言って来た。

い、いや、がががが頑張る必要なんてないだろ?

ふ、普通に、お土産だって渡せば、そ、それだけじゃないか、な、そうだよ、な…?

「わ、分かった。カーチス、これ包んで」

アタシは意を決してカーチスに言った。カーチスは

「お!いいねいいねぇ、サービスのサービスだ。うち特製の皮袋もつけてやんよ!」

なんていって、アタシから指輪を受け取ると、それを棚から出した、ダークブラウンの革の袋に入れてくれた。

紙幣を渡してお釣りを受け取ってお店を出たアタシの背中をシャロンちゃんがバシっと叩いてきた。

もう!冷やかすの、やめてよ!はは、恥ずかしいだろ!別に、なんでもないっての!

 そんな不満をシャロンちゃんにぶつけながら、アタシは一緒に浦路地を抜けた。

それから表通りでクレープを食べて、洋服屋を冷やかしてから、施設に戻った。
 


 玄関を入ってすぐに、アタシとシャロンちゃんは、なんだか異様な雰囲気を感じ取った。

なんだ、これ?なにかあったのか?誰かが暴れたか、ケンカでもしたのか?

どこか、物々しい感じがする。どうしたんだ…?

 アタシはそんなことを思いながら、玄関から廊下を歩いて、ひとまずシャロンちゃんとホールへ行ってみる。

するとそこには、フェリシアとサンドラが居た。なんだか、落ち着かない様子で立ったまま話をしてた。

「フェリシア、サンドラ。なんかあったの?」

アタシは二人にそう聞いてみた。そのときの言葉は、今でも忘れられない。

買ってきた指輪を渡したら、

ユベール、きっと喜んでくれるだろうな、なんて、浮かれていたアタシを、まるで突き落とすみたいな言葉だったからだ。

 それは、フェリシアが、静かな低い声で、アタシに言った。

「ユベールが、倒れて、病院に行った…心臓を抑えてて、すごく、苦しそうだった…」

たお…れた…?

「あいつが、倒れた?」

シャロンちゃんが、フェリシアにそう聞く。

「うん…胸押さえて、急に苦しみだして…そのまま、ロッタさんと一緒に、救急車で病院に行ったよ…

 もう、3時間か、4時間くらい経ってる」

サンドラがそう教えてくれた。

 ユベールが、倒れた…って…え、待て、待てよ、それ…ど、どういう意味だよ…?

 3時間か4時間て、それ、アタシがシャロンちゃんと出かけた直後じゃないか…

あいつ、あのときは全然何でもなかったのに…なにがあったって言うんだよ…?

…なんでだ?なんでだよ。ユベール、あんたどうしたんだよ?

なんでも、ない、よな…いつもみたいに笑ってたじゃないかよ…

あんたに、なにがあったって言うんだよ、ユベール…ユベール…。

ユベール、あんた、死んだり、して、ないよな…?

アタシは、まるで、胸をうち抜かれたみたいなショックを受けていた。

ガクガクって全身から力が抜けてくのを感じた。

気がついたらアタシは買ってきて、大事に握ってた指輪の入った革の袋を、思わず取り落としていた。


 

 


つづく。

 



ええんやで……もう事件とか盛り上がりとか気にせんでもええんやで!
毎日釣りしてフワフワ生きててええんやで!

これまでもこの先も色々乗り越えなければいけないこといっぱいなんだからさ……




 2時間後、アタシは、街で一番大きな病院の近くにいた。

シャロンちゃんにだけは言って、こっそり施設を抜け出してた。

病院には、ロッタさんがいる、って話だったから一瞬迷ったけど、

でも、ロッタさんはアタシがどんだけユベールのことを思ってるかって言うのは、知っててくれてるはずだ。

怒られるだろうけど、でも、無理矢理に帰れ、とは言わないはずだ…とにかく、いてもたってもいられなかった。

 アタシはそんなことで瞬間的に迷ってたけど、意を決して、病院の敷地内に入って、救急外来の入り口をくぐった。

受付があったので、そこでユベールの話をしたら、ICUってところに入ってるって教えてくれて、

廊下の見取り図で場所を教えてくれた。アタシは、小走りで廊下を行く。

たぶん、滅菌目的なんだろう、自動ドアを何枚もくぐった先の廊下に、ロッタさんがいた。

「ロッタさん…」

アタシは、思わず名前を呼んでた。ロッタさんはそれに気がついて、アタシを見る。

怒られる、と思って、アタシはうつむきながら傍まで行って、

「ごめん。アタシ、いてもたっても、いたれなくって」

って謝った。そしたら、ロッタさんは、元気のない顔だったけど笑った。

「シャロンちゃんがフェリシアちゃん達の担当のリノさんに教えてくれたらしいわ。

リノさんから、あなたがくるって連絡はもらってたの」

そっか…シャロンちゃん、気を回してくれたんだな…ありがとう…

「ごめん、ロッタさん…アタシ…」

もう一回、ちゃんと謝ろうと思ったアタシの言葉を、ロッタさんは唇に人差し指を当てて止めて

「今日は、特別ね」

って、また、すこしだけ笑った。

「…うん、ありがとう」

アタシの返事に、ちょっとだけ息をついたロッタさんは、正面にある、大きな窓の中に視線を投げた。

つられるみたいに、アタシもそっちへと視線を送る。

 そこには、ベッドに寝かされてる、ユベールの姿があった。

酸素マスクを付けられて、あっちこっちからいろんな電極が3種類くらいあるモニターに延びてて、点滴もされてる。

 なんだよ、おい…どうして、いきなりこんなことになってるんだよ、ユベール…あんた、病気になったのか…?

そんな格好で、そんなところに寝かされて、いったい、どうしちゃったんだよ…。

 そうしてたら、シュバっと音がして、自動ドアの向こうから白衣の男が廊下に姿を現した。

ロッタさんがそれを見て、向き直った。

白衣の男、多分医者なんだろうけど、その人はアタシと、立ち上がったロッタさんを見て

「あぁ、保護者の方ですね」

って声を掛けてきた。

「奥の応接室にお越しください。詳しく、ご説明いたします」

医者は、さらにそう続けて、アタシとロッタさんを奥へと通そうとした。待て…待ってくれ!


「待って!」

アタシは、思わずそう声に出してた。ロッタさんと、医者がちょっとびっくりしたみたな顔をしてアタシを見た。

「アタシ、医学の難しいことはわかんないから…

ううん、そうじゃなくって、アタシ、ユベールのとこに居てやりたい…ダメ、かな?」

アタシは、医者に向かってそう頼んだ。医者は、ふん、と鼻息を吐いて

「今、ナースを寄越します。その者の指示にしたがって滅菌してから、15分だけなら、構いません」

って言ってくれた。

「あ、ありがとう」

アタシは、なぜだか、体が震えていた。でも、でも、よかった、ユベールに会える。

また、話が出来る…そう思ったら、どこかですこしだけ、気持ちが安心したような気がした。

 ロッタさんが医者と一緒に応接室へ入って少しして、部屋の前に居たアタシのところにやってきたナースに、

面会者用の緑の服と、帽子みたいなのをかぶせられて、全身に消毒液をかけられてから、アタシは入室を許された。

 プシュっと、エアモーターの音がして、ドアが開く。

アタシは、緊張しながら、一歩、もう一歩、って、ゆっくりと部屋の中を進む。

ピッピッピッ、って、心拍数のモニターの音と、

それから、プシューって言う、空気の出入りする音、あと、点滴を管理する機械の音もしてる。

ツンとした、消毒液の匂いが鼻をつく。

 胸がつぶされそうだった。ユベール、大丈夫かよ…ユベール、ユベール。

 アタシは、やっとの思いでベッドの隣に立った。点滴の管がつながれている腕に触れて、手を握る。

あったかい、ユベールの手の平だ。

 「んっ…」

不意に、ユベールがそう声を上げた。さ、さわって平気なのか?

え、これ、どうしたらいい?

起こして、大丈夫なのかな…!?

アタシがびっくりして戸惑ってたら、ユベールは目を開けた。

「あぁ…アヤ…」

ユベールの力のない声が、マスクの中から聞こえてくる。まったく、心配させて!

「どうしたんだよ、ユベール。何があったんだ…?」

アタシは、いつのまにか目に溜まってた涙をいっぱいにこぼしながら、ユベールに聞いた。

緊張してたのが一気に緩んで、涙になってあとからあとからあふれ出てきちゃう感じだ。

ユベールは、そんなアタシを見て笑った。それから、すこし黙って、急に

「ごめん」

と口にした。なんだよ、なんで謝るんだ?なんだよ、どういうことなんだよ?

アタシが分けも分からずに、ユベールの顔を見てたら、彼は、微かに笑って言った。

「俺、病気なんだ、心臓の。体が成長してきたら、たぶん、障害が出るだろうって、小さい頃から言われてた。

 それが、来ちゃったみたいだよ」

心臓の、病気…そんな、そんなの、初めて聞くよ…ごめん、ってのは、アタシにそれを黙ってて、ってことか?

面白いな


「そ、それ、手術して、もう大丈夫なんだろう?」

アタシは、とにかくそれを聞いた。他の細かいことは、この際どうでもいい。

まずはユベールが大丈夫だってのを確認したくてそう聞いた。

「いや…今日のは応急手当てだ。俺の病気は、なんでも心臓の筋肉が年々固くなっちゃうって病気らしい。

 遺伝性だって言ってた」

心臓の筋肉が、固く…?そ、それじゃぁ、も、もしかして、それ、時間が経ったら、その、

完全に動かなくなったりとか、そんなことになっちゃうとかじゃ、ない、よな?

「それ…命に関わるのか…?」

アタシは、恐る恐る、ユベールに聞いた。そんなアタシの質問に、ユベールは笑って言った。

「あと、数年じゃないかって、医者は言ってた」

あと、数年…?なんだよ、それ?まるで、そんなの、余命宣告みたいじゃないかよ…

嘘だろ、ユベール…あんた…そんな!だって、アタシ…アタシ、あんたのことがっ…

 胸に言い様のない気持ちが込みあがってくる。

アタシの涙は、いっそう激しく流れ出して、もう止めようはなかった。

そんなアタシを知ってか知らずか、ユベールは急にアタシを指差してきた。

「それ、なんだ?」

アタシはユベールに言われて、ハッとして、思い出した。そうだ、アタシ、ユベールに、これ、渡そうと思って…。

「今日、シャロンちゃんと買い物に行ったろ。そこで見つけて、あんたに似合うかなって思って、買ってきた」

アタシは、泣きながら握り締めていた革の袋を、ユベールに手渡した。

ユベールはゆっくりした動きで袋に手を突っ込んで、中から指輪を取り出して、少し驚いたような表情を見せた。

「いいのかよ、こんなの?」

「うん」

アタシはそうとだけしか言えなかったけど、ユベールは嬉しそうに、本当に嬉しそうに笑って、

「ありがとうな」

っていってくれた。それから、指にはめてもくれる。

アタシも、そう言ってもらえて、喜んでもらえて、嬉しかった。

嬉しかったけど、でも、アタシ、ダメだ…


「気に入ってもらえたみたいで、良かった…

 あの、悪いんだけど、今夜は、あんたの体のために長くはいちゃダメだって言われてきてるから、

 今日はもう帰るな。明日、お見舞いもってまた来るから」

「ん、そっか。じゃぁ、待ってるな。俺も今日は、疲れちまった」

アタシが言ったら、ユベールは笑って、そう言ってくれた。

「じゃぁ、また明日な」

「あぁ」

アタシは、ユベールとそう言葉を交わして、部屋を出た。

それから、もう、頭の中も、胸の中も爆発しそうで、ロッタさんに報告もしないで、病院を出た。

走って、走って、どれくらいかかったから分からなかったけど、

とにかく施設に戻ったアタシは、呼び止めるほかの子どもたちを無視して、自分の部屋に飛び込んだ。

 あんまりにも勢い良くしたもんだから、シャロン姉ちゃんが、びっくりした表情でアタシを見てた。

でも、すぐに、アタシの様子に気がついてくれた。

 いつもどおりに、シャロンちゃんは何も言わなかった。何も、聞こうともしなかった。

ただ、泣いて、泣いて、走りながら泣いて、ぼろぼろになってたアタシの顔を掌で拭ってくれて、

ポンって一度だけ頭を撫でてくれた。でも、アタシは、そんなことすらも、気に留めておける状態じゃ、なかった。

 枕に顔をうずめて、とにかく、ただ、ひたすらに、アタシは泣いた。







 それから、2年経った。アタシも、ジュニアスクールの最高学年になった。

ユベールは、今年で、18。シャロンちゃんと同じで、今年いっぱいで施設を出て行かなきゃいけなくなる。

だけど、ユベールは、それどころじゃなかった。ここ半年は、調子が悪くて、小さな発作を何度も繰り返してた。

学校の帰りに毎日病院によってお見舞いしてたけど、

ユベールの調子は悪くなる一方で、食事もろくに摂れないらしい。

日に日に、やせ細っていくユベールが、アタシはただただ、心配だった。

 アタシはその日も、学校の帰りに、病院へ向かった。

昨日、ユベールに頼まれてた小説を本屋で買って、それから病室に向かう。

 ドアの前に立って、アタシは深呼吸をする。いつも、この瞬間は緊張する。

ドアを開けて、声をかけたユベールが、返事をしてくれなかったらどうしよう、って、

そんな妄想がどうしたって頭から離れなかったからだ。

でも、いくらアタシでも、あんな状態のユベールが、騒ぎもなしにそうなってしまう、なんてことはないって頭では分かってた。

体中にセンサーやなんかをたくさんつけて、ナースステーションのすぐ近くのこの部屋に寝てるんだ。

もし何かあったりしたら、ドタバタとしているだろう。

だから、大丈夫、大丈夫だ。

 アタシは自分にそう言い聞かせて、ドアを開けた。

「ユベール、調子どうだ?」

部屋に入ってそう声をかけると、ユベールはゆっくりと体を起こした。

「アヤ。待ってた」

そう言って、青白い、やせ細った顔で、ユベールは笑った。

 ベッドの隣に座って、買って来た本を渡してやる。

礼を言ってくれて本を受け取ったユベールは、それから、昨日とおんなじことをアタシに聞いてきた。

やれ、シャロンちゃんは元気か、とか、フェリシアとは仲良くやってるか、とか、そう言うこと。

アタシが昨日も大丈夫だって言ったろ、って文句を言ってやったら、ユベールは笑って

「心配なんだよ、お前」

なんて言って来た。まったく、病人だと思って、言いたい放題だな。

もう一度、そう文句を言ってやろうと思ったけど、止めた。そんなのよりも、楽しい話をしてやりたい。

今日は、朝、施設でちょっと騒動があったんだ。

調理さんが作ってくれたスープを、配膳のときに鍋を運んでたチビたちが滑って転んで、中身をダメにしちゃったんだ。

やけどなんかしなくてよかったけど、運んでた二人は、怒られちゃったこともあって、

しばらくショックで凹んじゃってて、アタシとフェリシアで慰めてやったんだ。

 そんなアタシの話を、ユベールはニコニコしながら聞いててくれた。

それから、なんだか、満足そうな笑顔を浮かべてアタシを見つめてきた。

楽しかったかな?そうなら、よかった。

アタシは、ユベールにそんな顔してもらったのがうれしくって、デレっと笑ってしまったけど、

そのあとに、彼の口から出てきた言葉を聴いて、とたんに笑顔をなくしちゃってた。

 ユベールは、アタシに言った。

「なぁ、アヤ。お前、みんなと仲良くやれよ。ケンカなんかしないで、みんなを助けてやってくれよな」


急にそんなこと言われて、アタシは、本当に、何かにぶん殴られたんじゃないかって感じた。

なんで、急にそんなこと言い出すんだよ、やめろよ、そういうの…そんなの、そんなのまるで…

「そんな、お別れみたいなことを言うなよ。そんな言葉、聴きたくない」

アタシは、ユベールを睨みつけて言ってやった。

いや、睨んでいたって言うか、ボロボロにないていたんだけど、さ。

 アタシだって、分かるよ。もう、あんたがダメなんだろうなってことくらい。

もう、長くないんだなって、そんなのアタシだって感じてる。

でも、一緒に居るときはそんなこと気にしないように、できるだけ、楽しくいられるようにって思ってんのに、

なんだよ…なんでそんなこと言い出すんだよ!

「なんでだよ、どうしてだよ、ユベール。アタシ、アタシ!あんたに居なくなって欲しくないんだ!

 アタシは…あんたが、好きなんだ!なんで、なんでなんだよ…なぁ、ユベール。

 アタシ、もう誰も要らない。何も、要らない。だから、頼むよ…どこにも行かないって約束してくれよ。

 アタシ、あんた1人だけでいい。他に誰も要らない、ずっと一緒に居たいって思うんだよ!」

病気のユベールに、ムチャなことを言ってるってのは、分かってた。

でも、そうでも言っておかないと、どうにも押さえつけられない気持ちだった。

こんなに好きなのに、誰よりも、頼りにしてたのに…なんで、アタシ、そんな大事なあんたを失わなきゃなんないんだよ…!

 ユベールの、アタシのやった指輪をはめた手が伸びてきて、アタシの頬に触った。

「1人だけでいい、なんて悲しいこと言うなよ。誰かひとりしか要らない人生なんて、寂しいじゃないか」

ユベールは、静かに、そんなことを言って来た。でも、でもだって、アタシ…あんた意外には、誰も…

「アヤ、聞け。お前は、逃げてる。

 誰かと一緒になるとき、何かをするとき、どこかで、相手に踏み込まれないように、一線を引いてるんだ。

 俺には、わかる。お前は、ずっとずっと、孤独を感じてる。

 寂しいって、そう思ってる。それを俺と一緒にいることで、なんとか満たそうとしてた。

 でも、俺だけでしか満たせないなんて、そんなの悲しいって俺は思うんだ。もっと、たくさんの人を見ろ。

 もっとたくさんの人と話せ。もっとたくさんの人と、本気で楽しめ。怖いのも、辛いのも分かる…

 俺も、同じだったから。だけど、お前と一緒に居て、気がついた。俺やお前に、なにが必要だったのか。

 表面上で誰かとそれなりに付き合うことばっかりがうまくて、どの関係も、本物じゃない。俺も、そうだった。

 でも、お前と一緒に居て、そう言うことが、無駄なことだってのが分かった。

 お前とは、そう言うの無しで一緒にいられたからだと思う。俺にとっても、お前は特別だった。

 でも、俺は、お前にとっての唯一の誰かではいたくない。たくさんの中の1人でありたい。

 たくさんの中でも、好きだった、信頼してもらえた人でいたい…」

ユベールがなにを言いたいか、なんて、わからなかった。

だって、アタシは、もう、話をちゃんと聞けるような状態じゃなかったから。

あとからあとから、我慢してたいろんな気持ちが沸いて出てきて、ボロボロと涙になって出てきてとまらない。

でも、それでもアタシは、ユベールが、なにか大事な話をしようとしてるってのだけで、

とにかく、彼の言葉を聴いた。頭に中に、心に刻み付けた。


「アヤ、人を信じろ。信じて、傷つくことは、確かに怖い。でも、たぶん、俺だけじゃない。

 みんな、本当は優しいんだ。きっとお前を守ってくれる。励ましてくれる。

 一緒に居てくれる。お前が、相手を信じれば、きっと相手も、お前を信じて、信頼してくれる。

 俺との関係が、そうだったみたいに」

ベッドに顔を埋めてたアタシの頭に、ユベールの手が乗った。

「いいか、アヤ。忘れるなよ。お前のことを大好きな、俺からのお願いだ」

ユベールの優しい声が聞こえる。

「誰か1人、なんて、寂しい。もっとたくさん見つけるんだ。

 お前の、俺たちの“家族”を、さ。だから、忘れるなよ。絶対だからな、約束だぞ…」

ユベールは、そう何度も何度も繰り返していた。

アタシは、そんなの嫌だったけど、でも、

ユベールが本当に、そう思って言ってくれてるってが胸の中を壊しそうなくらいに伝わってきてて、

ただただ、うなずくことしかできなかった。




 その3日後の昼間、ユベールは、

アタシが学校でボーっと数学の授業を受けている間に、小さな発作を起こして、

そのまま、二度と目を覚ますことはなかった。










 ユベールの葬式が終わってから3日間、アタシは、部屋にこもって、ベッドでひたすらに泣いていた。

もう、あの笑顔が見れないのか、って思ったら、胸に大きな穴が開いてしまったみたいで、

いてもたっても居られなかった。

 あんたは、アタシの支えだったのに。あんたは、アタシの安らぎだったのに。

あんたは、アタシの、アタシの人生そのものだったのに…なんで、なんで死んじゃうんだよ…

そんなことばかりが頭の中を駆け巡っていた。

 4日目から、アタシは、時間さえあれば、街に出ていた。

施設の中は、ユベールとの思い出が詰まりすぎていて、なにをしてても、どこにいても、

あいつのことを思い出しちゃって、つらかったから。

 だけど、街に出たって、それはおんなじだった。

ユベールと歩いた道、ユベールと遊びに来た店、ユベールと話した広場、

ユベールに教えてもらった場所、紹介してもらった人、ばっかり…アタシは、アタシ、どうしたらいいんだよ…

 そして、ユベールが死んでから、一週間が経った。

その日も、アタシは朝学校へ行くのに施設を出たけど、そのまま、街をぶらついていた。

もう、なんにもする気力もなくて、それでも胸に開いた穴は埋まらなくって、

ただ、ほとんど呆然ってしながら、トボトボと街を歩き回っていた。

 気がついたら、アタシは、街のはずれにいた。

ここから先は、大きな国道が山道を抜けて、30キロ向こうの街まで続いている。

そこになら、ユベールとの思い出はないよな。

なんだったら、その街まで行ってみようか…30キロか。往復10時間もかければ、行けるかな。

この街にいたって、たぶんまた学校から登校してない、って連絡が施設に行って、

施設の大人がアタシを探し出して、またあそこに連れ戻されるんだろう。

もう、やめてくれよ…施設にずっといたら、アタシ、壊れちゃいそうなんだよ、悲しくってさ。

もうほっといてくれないかなぁ…アタシは、そんなことを思って、国道を歩いた。

 ユベール、ユベール…アタシ、どうしたらいいんだよ。

あんたなしで、アタシ、どうやって生きていけばいいんだよ?

あんたが一緒にいてくれたから、アタシ、笑顔になれたんだ。

あんたが一緒に居てくれたから、うれしいって思えたんだ。

それなのに、あんたがいなくなったら…アタシ、もう笑顔になれないじゃないか。

もう、嬉しいっておもえないじゃんかよ。


 そう思ってたら、また涙が出てきた。それでも、アタシは道を歩いた。

山を切り開いたところに出て、さらにまっすぐ、ずっと歩く。

その先は、湖があって、橋を渡って、その向こうには、山の斜面を使った畑が見えた。

いつのまにか、昇ったばかりで傾いてた太陽がてっぺんに来てた。

 国道は、山道に差し掛かった。道幅も狭くなって、くねくねと山の中腹を縫っていく。

汗だくになって、顔も、涙でくしゃくしゃにしながら、それでもアタシは歩いた。

たぶん、逃げたかったんだと思う。ユベールが死んだって言う現実から。

もっと言っちゃえば、もしかしたら、この道の先に、ユベールが待っててくれてるような幻想すら持ってたのかもしれない。

でも、そんなのも、次第になくなってた。どんだけ行ったって、寂しいだけ、悲しいだけ。

何も変わりなんかしないんだ。

ユベールが死んだ事実も、もう、会えないんだってことも、アタシがなにをしたって、どんだけ歩いたって、変わんないんだ。

 そう思ったら、脚が止まった。胸の中で、悲しいのが爆発して、アタシは叫んでた。

ユベールの名前を叫びながら、その場に、道端に泣き崩れていた。

もう、ただただ、悲しくて、とにかく叫んで、泣いた。

途中から、声も掠れて来て、うまくでなくなって、それでも声が出る限りに叫んでた。

最後には、血の混じった唾さえたれてた。でも、それでも、アタシの悲しいのは消えてくれなかった。

 もう、このまま消えないかな、アタシの意識。

ユベールのことも、施設のことも知らないアタシになれないかな…そのほうがいい。

もう、あそこで生きてたって、何の意味もない。辛いだけだ。

それなら、いっそ、全部なくなっちゃったほうがいい。

 そう思ってたとき、キュッと音がして、道路に車が止まった。

「おい、居たぞ」

「ったく、手間かけさせやがって。おい、アルベルトに電話して、施設に知らせとくよう言っとけ」

男の声がする。聞き覚えのある声だ。バタン、とドアの閉まる音がする。

足音が近づいてきて、地面に転がって蹲ってたアタシの手を引っ張ってきた。

「放せよ、バリー。ほっといてくれよ」

アタシは、抵抗する気力もなくて、そうとだけ、かすれた声でバリーに言った。

裏路地の、タトゥーのバリーは、アタシの腕をさらに引っ張った。

「いい加減にしろ。泣くのは勝手だが、人様に迷惑をかけるんじゃねえ」

知るかよ、そんなこと…アタシは、バリーの手を払いのけて、また地面に転がった。

「ほっとけよ!アタシなんかさぁ!」

それから、胸のうちに込みあがる激しい気持ちに任せてそう言い捨てる。

バリーは答えなかった。でも、しばらくして、落ち着いた声色で、バリーは言った。

「ユベールは、死んだんだ。もう、帰ってこねえ。お前がしっかりしないでどうすんだ」

ユベールが、死んだ…?もう、帰って、来ない…?

あぁ…あぁ、そうだよ、知ってるよ、そんなこと…言うなよ、もう、それ、二度と言うなよ…

二度と、アタシの前で…!

 自分でも、オカシかったんだと思う。でも、そのときのアタシは、言葉に出来ない、コントロールの利かない激しい感情にあおられて、

気がついたら、バリーをぶん殴っていた。


 他のやつらが、アタシに飛び掛ってくる。

でも、アタシは、そいつらを蹴飛ばして、殴り捨てて、叫んだ。

分けも分からないまま、叫んで、暴れた。

いつもなら、こんな人数を、しかもバリー達みたいにケンカ慣れしてる男にそうそう太刀打ちなんて出来ない。

でも、そのときのアタシは違った。

まるで、バリー達の動きがスローモーションみたいに見えてて、感情の赴くままに、

アタシは握った拳を叩きつけて、しならせた脚を振りぬいていた。

そうしながら、アタシは思ってた。

もう、いい、バリー。

壊してくれ、アタシを、壊してくれよ!って。

 気がついたらアタシは、両方の手足を捕まえられて、磔みたいに拘束されていた。

ボコボコの顔になったバリーが、肩を上下させながらアタシの前に立った。

なんだか、笑えた。いや、楽しいとか、そういうことじゃない。

でも、とにかく、おかしくて、アタシは声を上げて笑った。

次の瞬間には、バリーの振り上げた拳がアタシの顎に命中して、

グシャグシャになった頭がガクンって揺れて、意識を失ってた。







 目が覚めた。どこだ、ここ…?アタシは、体を起こして、辺りを見る。

あれ、ここ、アタシの部屋だ…なんだよ、どうやって帰って来た…?

そう思って、立ち上がろうと思ったら、頭が痛んだ。それで、ふと思い出した。

あぁ、そうだ。アタシ、バリー達相手に暴れまわって、それで…

 微かにまだめまいがして、ドスンと、アタシはベッドに座り込んだ。

そのまましばらく休んでたら、パタン、と音を立てて、部屋にシャロンちゃんが戻ってきた。

シャロンちゃんはアタシに一瞥をくれると、乱暴に炎症止めの張る湿布薬を放り投げてきた。

それがまた、アタシの気持ちに触れた。

「なんだよ、シャロンちゃん」

アタシは、そうシャロンちゃんに声をかける。

彼女は、イスにギシっと腰掛けたまま、アタシをチラっと見やって

「バリー達をそうとうやったみたいじゃない」

って言って来た。あぁ、その話か。

「あれは、あいつらが悪いんだ。アタシは放っとけって言ったのに、無理矢理引っ張ろうとするから…」

アタシがそう説明をしたら、シャロンちゃんは、舌打ちをした。

なんだよ、それ。気に入らないのかよ、アタシが?

アタシは思わず立ち上がって、イスに座ってたシャロンちゃんの胸倉を掴んでいた。

「なんだよ、言いたいことあんなら、言いなよ」

シャロンちゃんは、にらみつけたアタシを、ギっと睨み返してきて、イスから立ち上がった。

「あんたね、一人で傷ついてるフリばっかしてんじゃないよ」

傷ついてる、フリ?あんた、アタシのこと分かってんだろ?

知ってるはずだ、あんたが一番…!

「あんたにはわかんないのかよ、アタシがどんだけ傷ついてるか!

 ユベールが死んじゃって、どんだけ悲しいって思ってるか!」

そう怒鳴った次の瞬間、何かがアタシの頬に弾けた。

シャロンちゃんの平手だった。

「いい加減にしな!」

そういわれて、アタシは、バリー達とやりあったときのように、何かが頭の中でトんで行くのを感じた。

シャロンちゃんの顔面を目掛けて、右腕を振り上げる。

でも、それと同時にアタシの鳩尾にシャロンちゃんの蹴りがめり込んでいた。

痛みとショックで、全身の力が抜けそうになる。シャロンちゃんのシャツを掴んでた手がスルっと抜けてしまった。

前屈みに苦しんで太アタシの肩を蹴り上げてきたシャロンちゃんは、

蹴り上げられて起き上がったアタシの胸倉を掴み返してきて、アタシの頬っぺたに平手を見舞った。

 この!この…!この…!!アタシはやっきになってシャロンちゃんの肩と腕を掴んで、一緒になって床に引きずり倒した。

なんで、なんでアタシがこんな目にあわなきゃいけないんだよ!

ただ、悲しいだけなのに…なんで…誰も放っといてくれないんだよ!もう良いんだよ!

ユベールが居ないんだから!もう、アタシ、なにもかも、どうだって良いんだ!

 そんなやけっぱちだったのが見透かされてたのか、アタシはそのまま、シャロンちゃんに床に組み敷かれてしまった。
 


アタシは、胸の上に馬乗りにされて、両腕を床に押さえつけられる。

 また、いつの間にか、泣いてた。もう、分けわかんない…アタシ、アタシ…

「なんでだよ!もう、アタシにかまわないでくれよ!イライラさせたんなら謝るから!

 だから、もうほっといてくれって!」

アタシが怒鳴ったら、また、シャロンちゃんの平手が飛んできた。

カッとなって胸倉を掴み返すけど、もう一方の腕は相変わらず押さえ込まれてて、反撃は出来ない。

「いつまでもウジウジしてんじゃない!」

シャロンちゃんが怒鳴った。なんだよ…アタシの気持ち、分かってくれないのかよ…?!

あんなに、ずっと一緒に居たのに…姉ちゃんだって、思ってたのに!

「なんでわかってくれないんだよ!あんなにずっと一緒だったろ!?

 アタシが、アタシがユベールをどんだけ思ってたか…あんた、知ってんじゃないかよ!」

「そんなの、私が誰よりも一番よく知ってる!だからいい加減にしろって言ってんだ!」

また、そう大声を上げたシャロンちゃんの目から、いきなり大粒の涙がこぼれだした。

泣いてる…え、シャロンちゃん、あんた、なんで泣いてんだよ…?

パタパタと、アタシの頬っぺたにシャロンちゃんの涙が降って来て、

アタシは、また殴られたんじゃないかって思うくらいにショックを受けて、

全身の力がヘナヘナっと抜けていくのを感じた。

 「私が、アヤ、あんたを、あんたとユベールを、どんだけ見てたと思ってるんだよ…

どれだけの時間あんた達と一緒に居たと思ってるんだ…?

あんたがどれだけ悲しんでるのかなんて、私がわからないとでも思ってるのかよ!」

シャロンちゃんはまだそう言って大声を上げている。

ボロボロとあふれてきている涙も止まってない。

アタシを押さえつけてた力もかなり弱くなって来てた。

「私だって、ユベールが好きだった…こんな私を邪険にしないで、他の子と同じように接してくれた…

 一番の親友だって、そう思ってた…私にだって、あいつは、掛け替えのない人だったんだ!

 だけど、でも…あいつは死んじゃった。悲しいけど、でも、でも…それは、仕方ない。

 泣いたってわめいたって、あいつはもう、帰ってこないんだ…」

分かってるよ、シャロンちゃん…アタシだって、分かってるんだ…でも、でも、アタシ、それが悲しくって…

そう、言おうと思ったのに、普段は、1日一言二言しかしゃべらないくせに、

アタシにしゃべらせる隙も与えないで、消え入りそうな声で言った。

「…だけど、だけど…アヤ、あんたまで…あんたまで、いなくならないでくれよ、アヤ…」

シャロンちゃんはそれから、アタシの上に覆いかぶさるようにして、声を上げて泣き出した。


 アタシ、まで…?い、いや、だって、アタシ…別に、いなくなるつもりは、なかったけど…

いや、そりゃぁ、壊れたいとか、消えたいとか…そんなこと、思ってはいたけど…

でも、ごめんアタシ…シャロンちゃんに、そんな心配かけるなんて、考えてもなくて…

あぁ、ごめん…ごめん、シャロンちゃん…

 アタシは、覆いかぶさってるシャロンちゃんを下からギュッと抱きしめた。

あのシャロンちゃんが、あんなに大きな声出して怒って、こんなに大声で、泣いてる…

アタシ、アタシ、とんでもないことしちゃった…


「ごめん、シャロンちゃん…ごめんね…アタシ、そんなつもりじゃなかったんだ…

 自分の悲しいのどうにかしたくって、それで…」

耳元でそう言ったアタシの体を、シャロンちゃんはギリギリってきつく抱きしめてきた。

「なんで1人で抱えるんだよ…!悲しいのは、アタシだって同じだ…!

 あんたがいなくなったら、アタシ、この悲しいのを、誰と分け合えばいいんだよ…!」

悲しいのを、分け合う…?…そうか。そうだ。ユベール、言ってたじゃないか…

楽しいのも、悲しいのも分け合うのが、家族なんだって…。

そうだ、そうだよ…アタシ、1人じゃないんだ…アタシだけ悲しいんじゃない。

みんなだって、悲しいんだ。

ユベールの言ってた、寂しいってそういうことか。

一人で良い、なんて、確かに寂しいな。寂しくて、辛いよ。

しかも、アタシ一人がそうなるわけじゃない。

そうしてるアタシを見てる人だって、同じ気持ちにさせちゃうんだ。

あぁ、アタシ、バカだ…そうだよ、なに、やってたんだよ…

ユベールが死んで、アタシが一番そばに居てあげたい人のそばに居ないで、

一番そばに居て欲しいって、悲しいのを分かって欲しいって思ってる人のそばに居ないで、

アタシ、自分だけ、悲しいなんて思い込んで…なんにもなくなった気がしたみたいになって…。

 「ごめんね…シャロンちゃん、ごめんね…ごめんね…」

アタシは、シャロンちゃんに謝った。何度も、何度も、床で二人で泣きながら抱き合って、しばらく、そうしてた。

 そうだよな…アタシ、信じなきゃ、人を。ユベールがそうしてくれたみたいに、アタシが、伝えていかなきゃ。

アタシが太陽みたいに笑って、楽しいことも、悲しいことも一緒に分け合って行かなきゃ、って。

 どれくらい時間が経ったか、アタシは、シャロンちゃんと一緒に体を起こして、床に座り込んだ。

グイっと、シャロンちゃんがアタシの頬っぺたの涙をぬぐってくれる。

アタシもシャロンちゃんの涙を拭いて上げて、それから、どちらともなしに、笑った。

あぁ、そうだよ、最初からこうしてれば、あんなに荒れることもなかったのに。

バリー達をぶん殴ることもなかったのに…そう思って、ハッとした。

「そうだ、アタシ、あいつらに謝んなきゃ」

「うん、私も着いてってやる」

アタシが思わず口に出したら、シャロンちゃんがそう言ってくれる。でも、それって、なんか…

「悪いよ…アタシのしちゃったことだし…アタシがちゃんとやってくる」

って言ったら、シャロンちゃんはアタシの頬っぺたをギューっと引っ張った。

「あんたは、いつだってそうやって、なんでもかんでも、自分で抱えようとする。

 別に誰彼かまわずそうしろ、なんていわないけど、せめて、私にくらいは甘えてよ。

 こんなだけど、私、あんたの姉ちゃんのつもりでいるんだからね」

シャロンちゃん…そんな風に思ってくれてたんだ…

アタシ、アタシも、姉ちゃんみたいだって、ずっと思ってたんだよ…

 アタシはまた、シャロンちゃんの肩口に顔を埋めてた。

「ありがとう…シャロン姉ちゃん…明日、学校終わったら行って来ようと思うから、付き合って」

そうお願いしたアタシの頭を、シャロン姉ちゃんは、ポンポンって、叩いてくれた。





「いい、聞きなさい、アヤちゃん。暴力は、必ず自分自身に返って来るものよ。

 あなたが年下の子や、路地裏の子ども達を守ってあげたいんだって気持ちは分かる。

 でも、それで暴力を振るっていたら、最終的には、あなたや、彼らを傷つけることにもなりかねないんですからね?」

ロッタさんが、ものすごい勢いでそうまくしたててくる。

うぅ、怖い…こんななら、まだ、先週ぶちのめした180くらいある余所者のチンピラの方が易しい。

どうも、ロッタさんからだけは、この怖いって感じ、抜けないんだよなぁ…。

「アヤちゃん、聞いてるのかしら?!」

「だっ…は、はい!」

アタシはビクっとなって、慌ててそう返事をした。

「なんども言ってるけど、“戦わない強さ”を身に付けなさい。

 暴力でも、暴言でもなく、それをせずに、トラブルを解決する方法を、です!

 たとえ相手が暴力で訴えて来ても、それを暴力で返さない方法をあなたは知らなければいけないわ」

う、うん、分かってるよ、その話…もう、10回以上はされたもん…

まぁ、それでも、手を出しちゃうアタシもアタシだけどさ…。

 17にもなって、アタシは、ロッタさんにそんな説教を受けて、それに縮こまって応じてた。

本当に怖いんだよ、ロッタさん。もう、なんていうかさ、あの迫力っていうかな。

バシーンて、でっかい手のひらで、全身もれなくぶっ叩かれたみたいな圧力があるんだ。

どんなに粋がってるヤツも、あれの前じゃあ、ヘビににらまれたカエル、だ。

「わかったら、もう行きなさい」

ロッタさんは、鼻息をフンスと噴き出して、アタシにそう言った。良かった、今日は短くて済んだな…

「ホント、ごめん。次こそは、気を付けるよ…」

アタシはそう言って、事務室を出た。そのとたんに、チビのミックが飛びついてきて

「アヤ姉、怒られてやんの!」

なんて言ってきた。まったく、恥ずかしいんだから見るなよな。

アタシはそんなことを思いながら、ミックを抱き上げようとする。

 その瞬間、一瞬だけ、右肩に走るような痛みが走った。

くそっ、あの女軍人、妙な体術使いやがって…悔しいけど、完敗だったなぁ…

アルベルトのバカがカツアゲしようとして逆にボコボコにされてたってことでもなかったら、かなりやばかった。

あいつめ、良い人間でいろなんて言わないけど、人様に迷惑をかけるようなことはすんな、

ってあれほど言ってやったって言うのに。だぁ、思い出したらまたむかっ腹が立って来た。明日改めて行って、もう一回説教だな。

 それにしたって、あの軍人のカップル、アタシをスカウトだなんて、ある意味、相当腹が据わってるよなぁ。

学のないアタシが安定して食っていくんなら、軍人ってのも悪くないかもしれないな。

アルバ島に行って、家と船を買う、いつのまにか、アタシの夢になってたそんな妄想も、

あながち実現できない夢物語ってわけでもないかもなぁ。

でも、“戦わない強さ”がどうのこうのって言うロッタさんは、きっと反対するだろうな…

どう説得しようかな…まぁ、いいか、それは、また今度で。

あの軍人とは連絡先を交換したし、悪い奴じゃけりゃ、説得に協力してもらえるかもしれないし、な。

 アタシはそんなことを考えてたけど、頭を振ってそれを思考から吹っ飛ばして、改めてミックを抱き上げて肩車してやった。
 


「なぁ、ミック。アタシ怒られちゃって、元気ないんだ。慰めてくれよ?」

「えー?あ、そうだ、俺、アメ持ってるから、姉ちゃんに一個やるよ!」

アタシが言ってみたら、ミックはそう言って、アメ玉を一個、アタシの口元に出してきた。

あー、なんかこれはこれで、申し訳ない気もするけど、まぁ、くれるって言うんだから、もらって思い切り喜んでやろう。

そう思って、アタシはミックの指ごとアメ玉にかじりついた。

「ぎゃー!指たーべらーれたぁー!」

ミックはそんな風に叫び声をあげながら、大げさに笑っている。

「んー、これ、うまいな!元気で来たよ、ミック!」

「違う違う、それ、俺の指だから!」

「えぇ?!違うのかよ?魚肉のソーセージみたいで、うまいぞ?」

「ギョニソ味のアメなんてないよ!」

肩車の上でミックが騒ぐんで、とりあえずガリガリかじってた指は放してやった。そしたら、ミックのやつ、

「もー!涎ついちゃったじゃないかよ!」

なんて言って、あろうことか、アタシの髪の毛でそれを拭きやがった。

「なぁぁ?!やったな、こいつ!」

アタシはそう言うのと同時にミックを肩の後ろから降ろして、廊下の真ん中でくすぐりの刑にしてやった。

降参、降参!って言うので、アタシはとりあえず許してやることにした。まったく、楽しい奴だな、あんたも。

 ユベールが死んでから、もう2年経つ。

シャロンちゃんは、あの初めてのケンカしたときから半年して、施設を出て行った。

18歳以上は、ここにはいられないからだ。施設を出たシャロンちゃんは、隣町の小さな病院のナースになった。

学校で勉強がんばって資格も取ったんだ。

お別れの日は、ユベールが死んじゃったときと同じくらい泣いたけど、

でも、もうアタシは、荒れることなんてなかった。

あれからアタシは、ちゃんとみんなと向き合った。

シャロンちゃんが居てくれたから、ってのが正直なところだ。もうアタシは、ひとりなんかじゃない。

アタシには、施設のみんなが居る。

死んだユベールも、離れてっちゃうけど、シャロンちゃんも、アタシの心の中に居てくれる。

いやぁ、シャロンちゃんとは、手紙のやりとりもできるし、アタシもパートタイムができるようになって、

PDAも契約できたから、今じゃぁメッセージのやり取りだってできてる。

もうアタシは、寂しくなんてないんだ。
 


 ミックを解放して、そういや、そろそろ夕飯の準備が始まる時間だったなぁ、なんて、

廊下を歩いてって厨房を覗いたら、案の定、彼女の姿があった。

 おばちゃん達に混じって、なんだかせっせと、手伝いをしている、ブロンドのチビ。

先月、シャロンちゃんが出てってから長らく一人部屋だったアタシのところに来た、新入りだ。

 気の利くやつで、厨房のおばちゃん達だけじゃなく、忙しそうにしてる寮母さんたちとか、

自分より年下のチビ達とか、それから、ちょっと年上くらいやつにまで、あれこれ気を使って世話を焼きまくってる。


 名前は、シェリーって言った。アタシは、あいつの、ああいう感じがなんだか気に入らなかった。

だって、あいつはまるで子どもじゃない。

あぁいうのは、大人になっても変わらないで、ダメな飲んだくれの男とか、ギャンブル好きの浪費家の面倒をみだして、

子ども出来ちゃって結婚して、男に暴力を振るわれたりとかして、心の病気になったりしちゃうんだ。

今の内は、気の利く良い子、だけど、今からあれじゃぁ、将来ロクなことになんてならないってのは、経験上、アタシは知ってる。

裏路地のバカの彼女ってのは、だいたい、ああいう、“いい子”だったりするんだよな。

あいつには、今晩言って聞かせないとダメだな。

 そう決心したアタシは、消灯時間が過ぎてから、ベッドにもぐったシェリーに声を掛けてた。

 「シェリー、起きてるか?」

「あ、はい」

シェリーは小さな声で返事をした。

 別に、怖がられてるって感じじゃない。消灯したから、静かにしてなきゃいけない、って、良い子ちゃんなだけだ。


アタシは、昼間の間に買ってきておいたソーダとお菓子を引っ張ってきたイスの上に並べて見せて

「ちょっとさ、オトナのお喋りしようぜ」

なぁんて言ってやった。子どもっぽくないシェリーには、うってつけの誘い文句だと思うんだ。

我ながら、策士だなぁ。

案の定、シェリーはクスクスって笑いながらベッドから起きてきて、アタシの勧めたジュースを飲んで、

お菓子をポリポリし始めた。

寮母さんが見回りに来るのは、決まって消灯から1時間、って決まってる。

ただし、15日に1回は消灯から30分で見回りに来るんだけど、今日はその日じゃない。

そこら辺のスケジュールはシャロンちゃんと分析してバッチリ押さえてあるからぬかりはない。


「なぁ、シェリー。あんた、どうしてここに来たんだ?」

アタシはシェリーに聞いてみた。そしたら、シェリーは、いきなり泣きそうな顔になった。

おっと、しまった…来たくなくって連れてこられたクチだったか…まぁ、でも仕方ない。

ここを聞いておかないと、話できないしな。大事なのは、そのあとのフォローだ。

「あの…私、母さんが、死んじゃったんです」

シェリーは、消え入りそうな声で、そう話し始めた。

「母さんは、私が本当に小さい頃に、父さんと離婚して、それ以来、ずっと母さんと二人で生活してたんです。

 でも、7歳のときに、母さんが病気になっちゃって、それからは、ずっと、私が面倒を見ながら、

 お仕事できない母さんが政府にお願いしてもらってたお金で生活してたんですけど…

 でも、あんまり、十分じゃなくって、母さん、ちゃんとした手術とかしたら助かったのに、

 それをするお金なくて、だから、私、お家のことしながら、一生懸命勉強して、

 早くお仕事も出来る様にって頑張ったんですけど、間に合わなくって…それで、それで…」

シェリーはそこまで話したら、グスっグスって鼻をすすって、涙を流し始めた。

そっか…あの気を利かせまくるシェリーは、そう言う生活のせいだったんだな…

母さんのために、って思って、子どもらしいことなんてしないで、一生懸命、家事やって、

母さんを看病して身に付いたもんだったんだ…。

 アタシは、胸にこみ上がってくる気持ちを、そのまんま抑えなかった。

ボロボロって、涙がこぼれてくる。そんなアタシを見て、シェリーはびっくりしてたけど、

「そっか、シェリーは、ずっと頑張ってきたんだな」

って、感じたままを言ってやったら、ますます勢いよく泣き出した。うん、辛かったよな…

今まで。アタシ、分かるよ。

境遇は違うけど、ここにくるやつってのは、たいていみんな、何か大事なことを我慢してきてるんだ。

それって、想像できないくらい、辛いことなんだよな…。

アタシはベッドを立って、元はシャロンちゃんのだったシェリーのベッドに移って、

チビのシェリーを膝に乗っけて、思いっきり抱きしめてやる。

「泣いて良いよ、シェリー。あんたは、頑張った。

 間に合わなかったのかもしれないけど、でも、誰もそれを責めたりしない。

 だって、あんたは、母さん助けてあげようと思って、一生懸命がんばったんだろ?

 アタシが分かったくらいだ、そばにいた母さんも、きっとそれを分かってくれてるよ。

 だから、もう、安心していい。あんたは良くやった。頑張ったよ…」

シェリーが声を上げて泣き出した。アタシの気持ち、ちゃんと届いたみたいだな…

でも、シェリー、あんまり声出すと寮母さんに聞こえちゃうから、もっとアタシにしがみついてほしいな…

そう思って、アタシはもう少しだけシェリーにまわした腕に力を込めた。

シェリーは素直にそれに応えてくれて、アタシの胸に顔をうずめて、泣いてくれた。
 


 それから、泣き止んだシェリーに、アタシは言ってやった。

「シェリー、あんたは、なんでもかんでも、誰かのためにってやろうとしてるよな。

 別にそれがいけないなんて言わない。それ、良いことだと思うしな。

 でも、せめて、アタシにくらいは甘えていいんだからな。

 いいか、シェリー。楽しい時に一緒に笑って、辛い時に一緒に泣いて、

 一緒にそういうことができると、嬉しいって思うものなんだよ。

 そう言うのを、何回も、何度も、繰り返していくうちに、家族になれるらしいんだ。

 だから、これからはもっともっと、一緒にいろんなことして、アタシと家族になろう。

 アタシ、こんなだけどさ、あんたの姉ちゃんになれるように、頑張るから」

シェリーはうん、ってうなずいてくれた。

なんだか、アタシはあったかくて嬉しい、あの気持ちになって、またシェリーをギュッて抱きしめてた。

「ア、アヤさん、い、痛いです!」

「あ、ごめん、なんか嬉しくってさ」

「…私も、嬉しい気がします」

「あー、違う違う、アタシはあんたの姉さんになりたいんだ。

 だから、ほら、丁寧コトバなんて使わないでいいんだ」

「あ、えっと…うん!」

シェリーは返事をして、笑った。

それは、太陽みたいにまぶしい、あの、ユベールとおんなじ笑顔だった。




 





 グズン、と、マライアが鼻をすすった。うーん、この状況、なんだか、前にもなかったっけな?

なんて、アタシが思ってたら、マライアが飛びついてきて、思い出した。

あぁ、そうか、マライアの昔話したときにも、こんなだったな。

 そう思ったら、なんだか笑えた。

ていうか、マライア、アタシの話なんだから、アタシが泣くんなら分かるけど、あんたそれ泣きすぎだろう?

どれだけ感情移入して話聞いてたんだよ?

 「マライア、あんた泣きすぎ。アタシが泣くべき状況だろ?」

アタシが言ってやったら、マライアは嗚咽を漏らしながら

「だって、だって、アヤさん、その人のことすごく好きだったんでしょ?悲しいよ、そんなの…悲しいよぅ…」

なんて言って、アタシの胸に顔を埋めてくる。あぁ、もう、そりゃぁ悲しいよ。

悲しいかったけど、でも、ユベールは、それだけじゃないってアタシに教えてくれたんだ。

「悲しいだろ。アタシも、それからはいっぱい泣いた。ホントに、泣いて泣いて、泣きまくったよ。

 そしたらさ、みんなアタシに優しくしてくれるんだ。ロッタさんと、シャロン姉ちゃんなんかが特にさ。

 もう、なんだか3歳の子どもみたいな扱いまでされて、シャロン姉ちゃんなんか、

 一緒にベッドで寝てくれたりしてさ。で、気がついたんだ。

 あぁ、ユベールとおんなじだな、って。

 アタシがあいつにしてたみたいに、アタシはいつのまにか、シャロン姉ちゃんや、ロッタさんに、身も心も預けてた。

 信頼が先にあったかって言ったら、わかんないけど、とにかく悲しかったアタシは、

 そうしなきゃ壊れそうだったってのもあったのかもしれないし。ただ、でも、一緒に居てくれた。信じてられた。

 そしたら、少しずつだったけど、なんだか、ユベールと一緒にいるときみたいな気持ちになれたんだ…

 今になって、思うよ。アタシがユベールに感じてたのは、恋愛とかそういうことじゃなくて、

 もしかしたら、家族って感じだったのかもしれない。

 今まで、家族ってものがなんだかわかんなかったアタシが、

 はじめてそういうものの暖かさを知れた相手だったのかもしれない。

 だから、ユベールが死んだのは、悲しかった。

 でも、ユベールが言ってくれたおかげで、アタシは、施設の中に、ちゃんと家族を見つけられた。

 誰かをちゃんと信じる、ってことの大事さを知れた。それはアタシにとっては、掛け替えのない宝なんだ」

アタシが言ってやったら、マライアは、またわぁーっと声を上げて泣き出した。

だから!なんであんたがそんなに泣くんだよ!

ホントに、アタシもいろいろ思い出して泣き出したい気分だったのに!

あんたのせいで台無しじゃないか!

って、思ってはみたけど、でも、アタシのことで、こんなに泣いてくれる、ってのも、うれしいなって感じるところもある。

それだけ、マライアがアタシに安心して心を開いてくれてるってことだもんな。

だから、まぁ、仕方ない。なんだか釈然としないところもあるけど、とりあえず、慰めてやるかな。

そんなことを思って、アタシはしばらく、マライアの背中をポンポンポンポンって叩いてやってた。


どれくらい経ったか泣き止んだマライアが、ふと思い出したように聞いてきた。

「あれ、そういえば、アヤさんの話って、『“戦わない強さ”を身に付けろ』ってのを言われてってところじゃなかったっけ、主題?」

あれ、確かに、話し出したときは、そうだったな。

あはは、アタシ、ユベールのこと思い出して、そっちばっかりしゃべっちゃったよ。

「あはは、そうだったな。そいつも、しばらくは言ってる意味が良くわからなかったけどな。

 こうなってみて、ようやくどういうことが言いたかったのかってのが、なんとなく理解できた気がしてるよ」

アタシが言ってやったら、マライアは、ふーん、と鼻を鳴らしてから、突然ビクンとなって

「え!?いや…終わり!?ユベールさんの話はあんなに長かったのに!?戦わない強さの話はもう終わり!?」

といきり立って言いながらアタシに迫ってきた。終わりに決まってんだろう、そんな話。

施設を出てっちゃったシャロンさんに代わって、あの裏路地街で暴れまわってたころのことなんて、

特にあんたには、これ以上詳しくなんて絶対に言わないよ。恥ずかしいから、な。

「なんでよ!聞きたい!あたし聞きたいよ!」

マライアが、いつになく強気にそんなことを言ってくる。

でも、やんちゃだったころの話は、基本的にはしない、絶対!

「しないっていってんだろ!このわからずや!」

アタシはしつこく食い下がってくるマライアの体を捕まえて、海へと一緒に飛び込んでやった。

マライアは、悲鳴を上げるでもなく、次の瞬間にはゴボゴボと夜の海にアタシと一緒に浮いていた。

 「げほ!げほげほ!!もう!なにすんのよ!鬼!悪魔!」

マライアがそんなことを言って、アタシに猛抗議してくる。

アタシは、海中で腕を突っ張って、しがみつこうとしてくるマライアを遠ざけてからかいながら、それを笑ってやった。
 


 そんなことをしてたら、突然、遠くの方で何かがパッと光った。

見たら、光の玉が、ゆっくりと海面に落ちていくところだった。

「な、なに、あれ…?」

マライアが急におびえた声色でそんなことを言い出す。バカ、なにって、あれ、決まってんだろ!

「信号弾だ!救助が来たぞ!はやくこっちも打ち返さないと、この暗がりで、こっちが見つけられてないんだ!」

アタシが言ってやったら、マライアの顔色にパッと明るさが戻った。

「信号弾、どこ!?どこにあるの?!」

「コクピットのシートだ!いくぞ!アタシが押し上げるから、あんた急いでコクピットに走ってって打ち上げろ!」

「はい、了解!」

それからアタシは、機体の上にマライアを押し上げて、コクピットへ駆け込んだマライアが信号弾を空にぶっ放した。

それに気がついてくれた救助船は、すぐにアタシ達のところに来てくれた。

 船の中で、腹が減ったろう、とか、水を飲めとか言って、あれこれ渡されたけど、

「どちらも間に合ってます」

と断ったマライアを見て、救助隊の連中が戸惑ってたのが面白かったな。

 それから、基地に戻れたアタシ達は、カーターの代わりに、

ヨーロッパから脱出してきた、あのカレンって少尉がうちへ入隊したって話を聞かされた。

直接会って話をしてみた限りじゃ、口は悪いけど、性格はいいやつ、って印象だったんだけどな。

とにかく、そんなカレンが入隊して、しばらく、アタシらはジャブローを出なかった。

北米が落ち、アフリカも落ち、オーストラリアも半分以上が制圧された。

アジアの一部と、このジャブローくらいしか地球連邦には残されていなかった。

そして、あの、ジャングルへの降下作戦が始まったんだ。



 





 「ユベールさん、ね」

レナさんが、静かな声でそう口にした。

「そ、アタシの、灯台」

アヤさんがそう言ってレナさんに笑いかけた。

 これは、変な茶々入れしないほうがいい雰囲気だな。

たぶん、ユベールさん、って、二人の間では、何度も話にでてきてたんだろうなって、そんな感じだ。

きっと、レナさんも彼に対して、いろいろ思ってるんじゃないかな。

ヤキモチとか、もしかしたら、そういうことも含めて…あ、待って、それよりも聞きたいことがあったんだ。

「ね、アヤさん、そのシャロンさん、ってのは、今どこでなにしてるの?」

あたしは、そうアヤさんに聞いてみた。あぁ、と言わんばかりの顔をして教えてくれた。

「何年か前の、ティターンズがジャブローを爆破した件があったろう?

 あのときに、こっちの島に呼び寄せたんだ。

 シングルマザーで、今は、街の総合病院のナースしながら、子ども育ててるよ」

「え、この島にいるの?!ていうか、あの病院にいるの!?」

「あれ、あんた会ったことあるだろ?

 えっと、確かあれ、ほら、マリとカタリナが“お日様熱”に罹った時に、

 ユーリさん乗せてワクチン貰いにあんたが車飛ばしてくれたじゃんか。アタシ、バーボン飲んじゃってたから」

「え、え、えぇ?!あのときになんか親しそうに話してたナースさん!?」

あたしはアヤさんに言われて思い出してた。

そう言えば、あの大きい病院には、アヤさんとレナさんがやたら親しそうに話しているナースさんがいるなとは思ってたけど…

そうだったんだ…あの人が、シャロンさん…アヤさんの、姉さん、なんだ…。

あたしは、なんだかわからないけど、それがすっごく嬉しかった。なんでだろう?

アヤさんの大事な人が、今もこうしてそばにいてくれてるから、かなぁ?

ミラ姉ちゃんが生きてた、みたいな、そんな感じにも思える。

そっか、シャロンさんは、元気なんだね…良かった…良かったよ…

 そう思ったら、変なんだけど、なんだか、涙が出てきちゃった。

悲しいとか、嬉しいとか、そんなんじゃなくって、正直に、安心したって、そんな感じだった。

 そんなあたしを見た二人にびっくりされちゃったけど、まぁ、仕方ない。

あたしだって、なんで泣いてるのかってびっくりしてるくらいだったから。

 まぁ、さ、とにかく。あたし、二人が笑顔でいてくれてホントに良かったよ。

ミリアムにも、レナさんの家族にも、ユベールさんにも、シャロンさんにも、あたし、感謝しなきゃな。

二人をここまで導いてくれて、助けてくれて、あたしと出会わせてくれて、ありがとう、って。


ね、そうだよね、ミラお姉ちゃん…








 <各機、装備の最終点検を実施せよ。間もなく、予定降下空域へと侵入する>

モビルスーツ内の無線を通して、司令機からの指示が聞こえてきた。

私は、コンピュータを操作して、各部のチェックを行う。大丈夫、オールグリーン。

「こちら、ヘスラー少尉。隊長、各部、異常なし」

私は、そう、小隊長に報告した。私の無線に次いで、

<こっちも問題なしです、いつでも行けます!>

って、テオの報告も聞こえる。

<了解。二人とも、気を引き締めて行けよ、敵さんも、タダで降ろしてくれるほど、気が利く連中じゃぁ、ないだろうからな>

なんて、ライナー小隊長が言っている。でもそれからすぐに隊長は、私の機体へ個人無線を繋げてきた。

<ヘスラー少尉…レナ、お前、大丈夫か?>

「はい、問題ありません」

私はそうとだけ答えた。でも、隊長はそれが気に入らなかったらしくて

<そうじゃない。母親と、兄貴のことだ!>

ってすこしイラついた感じで聞き直してきた。

 ジャブロー降下作戦の数日前、キャリフォルニア基地に、母さんと兄さんの死亡報告書が届いた。

オデッサ防衛戦から、2週間も経った頃だった。

報告書には、二人が名誉の戦死を遂げたことと、それから、二人の認識票が同封されていた。

 さすがに、オデッサ作戦のあと、連絡の取れない時間が続いていたし、もしかしたら、って思ってはいたから、

ダメージは小さいだろうって思ってたけど、ダメだった。

私は、自棄になって、キャリフォルニアの基地を飛び出して、車で、少し離れた町のバーに駆け込んで、お酒を浴びるほど飲んだ。

もう、わけがわからなくなってた。ちょっとして、渡した気分が悪くなって、トイレで吐いて、その場で、伸びてしまってた。

目が覚めたときには、そのバーの休憩室だってところに寝かされていて、

すぐそばにいた若い女性士官が私のことを心配して見下ろしていた。

彼女の制服の胸には、狼のエンブレムのバッジが光っていて、酔っぱらった私でも、彼女が、

特殊部隊フェンリルの隊員であることは、すぐに分かった。

彼女はシャルロッテ・ヘープナーと言うんだ、と、相変わらず心配げな顔で私に教えてくれた。

 それから、なんとか落ち着いた私は、彼女に連れられてキャリフォルニア基地に戻った。

その道中で、家族の話をダラダラと、延々してしまったって言うのに、それ以後、彼女は、私にとても良くしてくれる。

地球に降りてきて、久しぶりに気の合う友達が出来たみたいだった。

でも、それもつかの間、私もシャルロッテも、このジャブロー降下作戦に動員されるために、すぐに準備に入らされた。
 


 そんなことがあったから、隊長が私を心配するのは、当然だと思う。

どう考えたって、私が普通の精神状態でいられる可能性は低いだろう。

私自身、そう思っていた。

もし、目の前で、隊長か、テオが撃ち落されるようなことにでもなったら、

たぶん、私は平静を保ってなんていられないだろう。

 地球へ降りてくるときは、戦略的に、とか、そんなことを考える余裕があったけど、もう、ダメだ。

家族で、私一人が生き残ってしまって、あとは、何ができるんだろう?

胸にぽっかり穴が開いているみたいで、それを埋めるために、必死で自分な何かを探しているのが分かる。

それは、たぶん、なんだっていいんだ。仲間を守るって気持ちでも、飲みすぎるほどお酒を飲むこことでも、

あるいは、連邦が憎い、って気持ちを爆発させることでも…

「分かってます、隊長。無茶は、しません…」

<なにかあったら、深呼吸だ。落ち着いて対処しろ。前に出すぎるなよ>

隊長は、そう言ってくれる。ごめんなさい、隊長。

でも、私、もしものときに平静でいられるって保証はできない。

もし、なにかあったら、私、撃たれながらでも、前に出て行っちゃうかもしれない。

そのときは、どうか、私を見捨ててね、隊長。

 そんなことを思っていたら、ピピピ、と警告音が鳴った。敵地上空へ進入した合図だ。

途端に、機体が大きく振動を始める。これ、撃たれているの…?

<第二、第三、降下部隊に側面から集中攻撃!>

<護衛機隊、敵戦闘機をなんとかしろ!ガウ全機、対地砲撃、撃ち方、はじめ!>

<あぁ、8番機に、敵高射砲が直撃!主翼が…!>

戦闘だ…連邦が、撃って来てる…私達を目がけて、攻撃を仕掛けてきている…。

ビリビリと震える空気を私は感じ取っていた。緊張感が高まって来るけど、

それと同時に、言い知れぬ怒りも湧いてきているのを私は感じた。

こうしている間にも、仲間が、落とされてる。護衛戦闘機や、別のガウも、どんどん被弾していく…。

許さない、許さない…!

 <13番機!回避しろ!真下に敵の高射砲が…!>

そんな無線がなるのと同時に、爆発音とともに、ひときわ鈍い音と振動が響いた。

モニターの外、ガウの格納庫全体に、真っ赤な警報が灯る。高射砲の直撃を…!?

<13番機、り、離脱する…だ、ダメだ、高度が、維持…できない!>

私の乗るガウを操縦してくれているパイロットの声が聞こえる。ガウの機体全体が斜めになっているのが分かる。

振動がますます激しくなってきていた。不思議と、怖さは感じなかった。

それどころか、撃って来た連邦への怒りが、ますます強くなってくるようにさえ感じていた。

こうして、母さんや兄さんは死んでいったのかもしれない…なにもできないままに、

ただ、そこにいたって言うだけで、戦う前に、むざむざと殺されたのかもしれない…

そう思ったら、私は、いてもたってもられなくなった。


「機長、私達はここで降ります!ペイロードの開放を!」

私は無線にそう呼びかけた。

<ああ、そうだな。俺たちを捨てろ。そうすれば、すこしは高度が稼げる>

隊長もそう言った。

<りょ、了解した…すまない、幸運を!>

そう言う声とともに、ガウの後部ハッチが開いた。

思っていた以上に機体が傾いているらしく、斜めになった景色が、横に流れて行っているように見える。

<テオ機、出ます!>

HLVのときと同じく、テオ機が最初に飛び降りた。

すぐに私はハッチへと進むために、レバーを動かそうとした。

でも、テオ機が飛び降りて一気に軽くなったガウの機体が、フワッと浮き上がって、同時にバランスを崩した。

機体が、ほとんど真横になって、戦闘機みたいに旋回しているような感じだ。

私は、ガウの格納庫の中で、とっさにバランスを取って、ザクを安定させる。

でも、このままだと…ガウが持たない…!

<もたもたしてるな、レナ。あんまり、無茶するなよ!>

不意に、隊長の声が聞こえた。と思ったら、私の機体に、大きな衝撃が走った。

まさか、隊長!?

そう思った次の瞬間には、隊長のザクに思い切り押し出された私の機体が、宙に浮いていた。

落ちながら振り返って、ガウの方を確認する。

ガウは、私が飛び降りたせいでまた急激に変わった機体重量にバランスを保てず、

そのまま、はるかとおくの森の中に、斜めに突っ込んで火柱を上げた。

 隊長…私を守って…そう思ったら、瞬間的に、頭に血が上った。

私は、モニターに映る敵の戦闘機群に照準を合わせて、マシンガンを乱射する。

何機かが、空中ではじけた。父さんの、母さんの、兄さんの…隊長の…死んでった、仲間たちの、仇!

 轟音とともに、マシンガンの曳光弾が空に散らばる。

バーニアとスラスターで落下速度を調整しながら、それでも撃ち続ける。

と、何かが、モニターの中に飛び込んで来た。次の瞬間、機体に鈍い衝撃が走った。

―――今の、攻撃?!

 私はコンピュータで機体の様子を確認する。違う…今のは、戦闘機だ…ニアミスしたんだ…

あぁ、しまった!私は、コンピュータの表示を見て、思わず、声を上げそうになった。

ニアミスどころじゃない、今、衝突したんだ。

私の機体のマシンガンが、その衝撃でエラーになっている。どこかへ飛ばされた…?!この、敵地の中で!?
 


 私は、瞬間的に冷静になった。まずい…このままじゃ、敵に撃たれ放題になる…

いや、待って、今の速度は…!?あぁ、しまった!私は、降下している速度を確認して、背中がゾッとした。

あれだけ怖かった無重力の感じすら忘れてしまうほど、私は怒ってたんだ…そのせいで、速度に気が付いてなかった。

これは、早すぎる…!地上にぶつかる…!!私はそう思って、思い切りペダルを踏み込んだ。

でも、それがいけなかった。

スラスターでバランスを取りきれなかった機体は、AMBACの制御すら振り切って、前方向に回転を始めてしまう。

うぅ、これは、本当に、まずい!

 どうする?どうするの…?!お、落ち着いて、まずは、そう、ペダルを放して…

そ、それで、そう、AMBACで姿勢調整…そう、そう、そのまま…!機体が元の姿勢に戻りつつあった。

でも次の瞬間、コクピット内にけたたましい警報が鳴り響いた。

“COLLISION ALART”!

 機体が、地面に激突する!私は、反射的にまた、ペダルを思い切り踏み込んだ。

グワァァっと言う、空気の唸る音がしたと思ったら、機体全体を、ものすごい衝撃が襲ってきた。

私は、シートベルトをしているはずのコクピットの中で全身を打ちつけられたような激痛とショックを感じて、

瞬間、意識を失った。



 







 意識を取り戻したとき、辺りにはもう、夕闇が迫っていた。

私は、ザクから少し離れたところにあった、大きな木のうろの中にいた。ゆっくりと体を動かしてみる。

あちこちに、ミシミシと言う痛みが走るけど、動けない、ってほどじゃない。でも、まだ、頭が遠くで痛んでいる。

 この頭痛と、ザクから脱出したときの記憶が曖昧なところから考えると、脳震盪でも起こしたんだろう。

あの着地は、それくらいの衝撃だった。私は、辺りを一通り警戒してから、ザクをよく観察する。

ザクは沼地に落ちたみたいだった。もう、コクピットのかかるくらいに深く泥の中にうずもれている。

それでもまだ、ズブズブっと音がしている。これ以上、沈むんだ…

コクピットから、サバイバルキット、出しておかなきゃ…

私はそう思って、痛む体を引きずって、ザクの機体に昇って、コクピットへと入った。

シートの下から、サバイバルキットの入ったポーチを取り出して、腰のベルトに取り付ける。

拳銃も、同じようにホルスターをベルトに付けた。

それからコンピュータを操作しようと思っていくつかボタンを押してみたけど、うんともすんとも、反応がない。

動力が死んじゃったんだ。これじゃぁ、自爆させる手順も使えない、か…。

 私は、ザクの破壊を諦めて、コクピットから抜け出した。

もう一度木のうろの中に戻って、サバイバルキットの中身を確認する。500mlの水に、携帯食料、一食分。

防水ライトに、コンパスって言う、地磁気を感じ取って方位を測る道具…

ミノフスキー粒子がなくなってくれていれば、これが頼りになるはず…。

 出撃前の話では、ジャブローから北へ200キロも進めば、海がある、と言っていた。

万が一撃墜されて生存して、脱出を図るのなら、その方角へ逃げれば、もしかしたら、

味方の潜水艦隊に拾ってもらえるかもしれない、なんて噂話だけど、それでも、行く当てがないよりはいい。

北は…確か、このNって書いてあるほう、だったよね…。

 私はコンパスを見て歩き始めた。この場所は、連邦軍の勢力圏内。もたもたしている暇はない。

ここにはザクもある。上空から見れば丸わかりだろう。すぐにでも見つかったっておかしくはないんだ。


 隊長は、もう生きてはいないだろうな。ガウごと地上へ突っ込んだのを見た。

テオは無事かな…シャルロッテ達、フェンリル隊は、うまくやったのかな…?

戦闘自体は、たぶん、負けたんだろう。もし勝っていたら、この上空に、もっとジオン機が飛んでいてもいいはずだ。

でも、今は空は、びっくりするくらいに、静か。まだ、警戒態勢に入ってるって、思っておいた方が良い。

 足を踏み出すたびに、体が軋む。その痛みが、私の心をまるで壊すみたいに、突き刺さってくる。

父さん…なんで、こんなことになっちゃったんだろう…私、いいつけ守れなかった。

母さんや兄さんを殺されたって聞いて、感情で戦争しちゃったよ…戦争って、怖いね…

あんなに、冷静でいなきゃいけないって思ってたのに、気が付いたら、憎悪でいっぱいになってた。

 母さん、私達って、なんのために戦ってるのかな…平和のため?理想のため?

そのために、こんなにたくさんの人が悲しい思いをしなきゃいけないのかな?

戦争って、どうしてしなきゃいけないのかな…。

 兄さん、優しかった兄さんは、なにを思って戦ってたの…?

ねぇ…兄さんは、戦わなきゃいけないときに、どんな気持ちで、引き金を引いてたの?

ねぇ、教えてよ…答えてよ…みんな…みんな、なんで死んじゃったの…?

私一人を置いて、どうして、どうしてよ!

 私は、泣きながらひたすら歩いた。夜が来て、1時間に10分だけの休みを繰り返して、ひたすら歩いた。

そうでもしていないと、立ち止まって泣き崩れてしまいそうだったから。

持っている拳銃で、頭を撃ちぬきたい衝動に駆られそうだったから。

 夜が明けるころ、いっそう深い森が私の進路を遮るようになった。

私は携帯食料を食べつくして、温度差で出来た朝露を、もう空になった水のボトルに集めながら歩いた。

疲れのせいなのか、もう、気が晴れたのか、いつのまにか涙なんて出なくなっていた。

 高温多湿の気候が体に堪える。寝ずに歩き続けるのも限界だ。

今夜はどこかで、夜営をしなきゃいけないかな。もう、泣く元気もないし、たぶん、すこし長めに休んでも大丈夫だろう。

1時間でも、2時間でも眠れるものなら眠って起きたい。

もう、連邦の勢力圏はぬけだせたかな…?

まっすぐに北には進めていないから、それほど距離は行ってないけどか。

眠るにしても場所を選ばないと、発見される可能性だってあるよね…

士官学校で、そのあたりは嫌と言うほど言われた。女性兵士が捕虜になる、って言うのは、どういうことか、って。

考えただけでも、吐き気が来そうだ。
 


 どれくらい歩いたのか、また、空がオレンジになってきた。夜が来るんだ。

そろそろ、野営地の場所を探さないと、な。

私はコンパスを頼りに道なき道を進んできていたけど、ここにきて、その足を止めた。

このまま北へ向かうのか、

それとも、この川にそって歩いて、西の方にある、あの山のようになっている場所へ行くか…

あっちの方なら、休める場所を探せるかもしれない。

場所がなくても、斜面でもあれば、穴を掘って、そこに身を隠せる可能性もある。

でも、ここは敵地。まずは、一刻も早く抜け出すのが先決じゃないのか…私は、迷った。

でも、危険のことを考えたら、ノンビリなんてしていられない。

 北へ一歩踏み出した時、ふと、何かを感じた気がした。西の、あの山みたいになっている方から、だ。

なんだろう、なんだかすごく気だるくて、でも暖かいなにか、って感じだった。

私は、思わず、西への進路を取って、川沿いの森の中へと脚を進めていた。

 あたりが暗くなって、星が瞬きき始める。あそこに、もしかしたら、安心して休めるところがあるかもしれない。

体も心も、ゆっくり休めて、一瞬でも、穏やかになれる場所が…

 私はそんな、空想とも、直感とも取れない思いに駆られるようにして、その場所を目指した。

一歩、また一歩、足場の悪い地面を踏みしめて歩く。

 喉はカラカラだし、お腹も空いたし、全身はまだひどく痛む。

昼はじっとりと張り付くような湿り気を帯びた暑さに襲われて、もう体はクタクタだ。

 それでも、なんでも、私は歩いた。あそこには、必ず、私が目指すものがある。

いつのまにか、私の直感は、そんな確信に変わっていた。





―――――――――――――――to be continued to Episode 1st
  


エピソード0s、これにて終了。

最終パートはバーサク状態で一心不乱に書きました。

切りどころが難しくて、まとめて投下でごめんなさい。


>>483
感謝!
後レスになって申し訳ない。
アヤレナマ、はこうしてできました!
 


そう言えば、これまでの話をまとめて一つのワードファイルにしてみた結果、全部で1107639文字
デフォのページ設定で、1113ページになりました。
こんな重たいワードファイル見たことねぇw

これも皆さまのご愛顧のお陰です。

感謝!
 

乙乙おまけに乙

こういうのいいよね。最後の場面なんか目に浮かぶようだよ。
アヤさんとレナさんがジャングルで顔合わせたところで終わるの。二人とも緊張した顔で。
ああ、終わっちゃうのかあ。もうガンダム関係なしに彼女達の生活を見ていたい気持ちだなあ。



……最後に隊長'sカップルの夫婦漫才が見たいなあ(ガン見

連投失礼

>>515
原稿用紙約2770枚か
普通に長編小説だねwww
本当にお疲れ様でした。

これからもよろしく(シレッ

本当におつかれさまでした

「あそこには、必ず、私が目指すものがある」
って確信して暗闇の中でワニに向かって歩いてたレナさん想像して軽く噴いたww
ジャングルでアヤレナが出会ったのは偶然じゃなくて
お互いに魅かれあう何かがあったんだね

さてと1st編に戻って読み返してくるか

>>516
超感謝!
アヤレナマの生活、ですか…愛していただけて幸せです。
ガンダム関係ないから端折った話はたくさんあるので、リクエストがあればもしかしたら…w

プルを迎えたカタリナ一家
そういや、ユウ・カジマってあれからどうなった?
ミリアムとルーカスの新婚日記

などなどw
隊長夫婦のとこの話って考えたことなかったなぁ…考えておきます!



>>518
超超感謝!
微かに芽生えてたNTの力が、炎あげ呼び合ったのかもしれないですね。
波間ただよう、難破船のように!w

1stからZ、ZZ、CCAまで読み返して、また1stへ…というループにはまってください!w



さぁて、次は何を書こうかな。
感想と一緒に、アイデア・リクエストも募集~

レナさんとマライアは基本的に過去を振り切って今があるんだよな。
アヤさんたけは今も色濃く過去を継続しているんだね。
恵まれているのか、引き寄せているのか
結局周りに人が集まってくる。
マライアの大活躍もいいけど、シリーズの中心はアヤさんだなあ。

リクエスト
ロッタシャロンレナ隊長's等、アヤさんが決して頭の上がらない人たちに振り回されて愛され過ぎる日常が見たいです!





マライア「『アヤレナマ』って略すとあたし一文字しかはいんないんだけど!」

でも2文字にするとマズいだろ?ww

>>443
変態を離れた時はどうしようかと思ったが、乙。
面白かったよ。

>>522
変態に加わるより真っ当じゃないかw

>>523
離れるまでは変態だったって事だぞ?
衝撃のカミングアウトじゃないか

>>520
感謝!
アヤさんは確かに物語の中心かもしれないです。
でも、アヤさんはアヤさんで、不遇な過去を振り切って今の姿になったんですよね。

リクエスト了解です。
ちょっと考えてみますね!

>>521
そうなんですよね、「マラ」は…ねw


>>522
感謝!
お読みいただきありがとうございました!


>>×変態○編隊
誤字脱字はスルー(ry


 リクエストいただいたのとはちょっと方向性が違うかもしれませんが、ひらめいたので投下再開しまする。
 


 「それじゃぁ、マライア、レオナ、マリオン、ペンションをお願いね」

相変わらず良く晴れた日の朝、アタシ達は、ペンションの玄関いた。レナが、マライア達にそう頼んでいる。

「まっかせてよ!ペンション防衛隊隊長の名に掛けて、トラブルは一切起こさないんだから!」

マライアが胸を張ってそんなことを言っている。いや、トラブルを起こさない、が基準ってどうなんだよ。

お客を満足させてやるのがアタシらの仕事だぞ?ビルの管理してるのとは種類が違うんだからな、

って言ってやろうと思ったけど、やめといた。

まぁ、細かいことを除けば、マライアに任せて大丈夫だって、そう思えてたから。

「楽しんできてね」

なんて、レオナも言ってくれる。

「あぁ、ありがとう。レオナも、ロビンとレベッカ、頼むな」

「うん、平気だよ。ね?」

レオナにそう話を振られたロビンとレベッカが口々に喋り出す。

「母さん、お土産ね!忘れないでね!」

「あ!私も!私ね、えっと、なにがいいかな…」

二人とも、大丈夫そうだ。二人を置いて行くのが一番の心配だったけど、

考えてみれば、レオナもいるし、アタシとレナの子達だもんな。

どこまで考え方が似るかわかんないけど、でも、血がつながってるかどうか、なんてあんまり関係ない。

“家族だって思ったやつが家族なんだ”よな、うん。

 アタシはかがんで、ロビンとレベッカの頭を両手で撫でてやって

「留守番させてごめんな。マライア達をちゃんと手伝ってあげてくれな」

って言ってやった。そしたら二人は、声をそろえて、うんっ!って、元気に返事をしてくれた。

まぁ、でも、あんまり寂しがってもらえない、って言うのも、なんだかちょっと残念な感じもするよな、なんて思うのは、ちょっと贅沢かな。

 「おーい、そろそろ行くよ。デリクの便、出ちゃうからさ」

ペンションの前の道路に車をとめていたカレンがそう声を掛けてきた。

「あぁ、うん!今行く!」

アタシはそう返事をしてから、レナと二人で改めてみんなに行ってきますを言って、カレンの車に乗り込んだ。

 これからアタシとレナは、デリクの操縦する小型の物資輸送機に乗って、パナマまで行く。

マライア達には、2週間くらいになると思う、って言って、ペンションを任せてきた。

これって言うのは、一か月くらい前に、マライアが急に、言いだして始まったことだった。


 






 「旅行だ?」

ある日の昼間。お客をいつもの島に乗せてきて、ボーっとしていたアタシに、マライアがそんなことを言ってきた。

「うん、そう!レオナとね、話したんだよ。来月、レナさんの誕生日って、言ってたじゃない?

 だから、なにかプレゼントしてあげたいなって思って、で、考え付いたんだけど、

 たまにはレナさんと夫婦水入らずで…夫婦?婦婦?あ、えーっと…」

「あー、細かいこたぁいいんだよ」

マライアが変なところで悩みだしたんで、そう先を促す。

「あ、うん、でね、二人で、旅行でも行って来たらどうかなって。ペンションの方は、あたしとレオナとマリオンで回せるからさ」

 旅行、か。そう言えば、考えたことなかったなぁ。

戦争終わってからすぐにここに来て、それっきり長い間よそに出かける、なんてしたことなかったな。

まぁ、これまでの人生でもそんなこと片手で数えられるくらいしかしたことないけど…でも…

「でも、大丈夫なのかよ?」

アタシはそう聞かずにはいられなかった。だって、ペンションはずっとアタシとレナで休まずやってきたんだ。

アタシ達しかわからないことがあるかもしれないし、マライア達が頼りないって言うんじゃないけど…

ずっとそうやって来てたから、いざ離れるって思うとなんだか不安だ。

「大丈夫!困ったときは、PDAに連絡できるしさ!」

マライアは負けじと、そんなことを言ってくる。

あんまりにも、勢いが良いもんだから、アタシはちょっと戸惑っちゃった。

くそっ、マライアに押し込まれるなんて、不覚だ、なんて、ほんのちょっぴり思ったけど、でも、そっか、旅行か…

 なんか、気を使ってもらって悪い気もするけど、でも、やっぱこういうことをしてもらえるのは嬉しいし、

喜んでやったら、マライア達も嬉しい、って感じてもらえるんだろうな…

 アタシは、そんなことを思って、とりあえずマライアに返事をした。

「まぁ、レナと相談してみるよ」

アタシ一人ではさすがに決められない。レナがどう思うかもちゃんと聞いてやらないとな。

でもアタシのそんな気持ちを、こいつ、分かってるくせに

「いや!レナさんもきっと行きたいって言うから!だから、行くよね?ね?」

なんて、ワケのわからない追い打ちをかけてくる。あぁ、もう!しつこい!あんたはちょっと、頭冷やせ!

「だからレナに聞いてからって言ってんだろ!」

アタシは、マライアにそう言いながら、腕を引っ張った。

「ふぇ!?」

呆けた声を上げたマライアを、アタシは気にせずに背中で腕を吊り上げて思いっきり海にぶん投げてやった。

「ぎゃぁぁぁぁ!」

と叫び声をあげて、マライアが透明な海面に突っ込んだ。

まったく、あいつは、ほんっっっとに…かわいいやつだな。

 海の中からぎゃーぎゃー文句を言ってくるマライアを笑いながら見下ろしつつ、アタシはそんなことを思ってた。
 


 その晩、寝る前にレナにその話をしたら

「あぁ、うん。レオナに聞いたよ」

って、レナは言った。まぁ、そうだろうと思ったけどさ。

「どう思う?」

アタシが聞いたら、レナは

「んー…」

って首をかしげてから

「こっちのことはちょっと心配だけど、でも、気持ちは嬉しいよね」

なんて言った。それから腕枕してるアタシにすり寄ってきて

「アヤは、どう?」

って聞いて来た。はい、上目遣いは禁止です。

「同感だ。こっちの心配がなかったら、行ってもいいかなって思ってる」

アタシは答えた。

まぁ、アタシの仕事をマライアにやってもらって、レナの仕事をレオナとマリオンにやってもらえれば、正直、なんの問題もないんだよな。

カレンに言ってシェリーに手伝いお願いしたりできるし、それもお客の具合いが多ければ、って話で、

いつも通りなら、やっぱり問題ないんだろうけどさ。

 「なら、ちょっと行ってみようか」

ポツリ、とレナが言った。なんだか、その言葉に、胸の奥が微かに暖かくなった気がした。

うん、そうだな…だって、今年は…

「出会って、10年目の年だし、ね」

アタシが言おうとしたら、さきにレナがそう言ったんで、思わずレナの顔をみてしまった。

レナは、ニコニコしながらアタシを見上げている。ギュッと胸が締め付けられた。

うぅ、なんだよ、そんな目で見ないでくれよっ!

「そ、そうなんだよな」

アタシは、恥ずかしくなって目を逸らしそうになって、でもそれを我慢して、そう返事をした。

返事をしてから、耐えられなくなって、目を逸らす代わりに、レナをギュッと抱きしめてやった。

あぁ、もう…10年間、調子狂わされっぱなしだよ、アタシさ…それが、嬉しいんだけどさ…。
 


「じゃ、じゃぁ、10年目のお祝いってことで、マライア達に頼もうか」

「うん!」

アタシが言ったら、レナはそう返事をして、アタシにしがみついて来た。

あー、レナ、レナさん、そんなことされたら、アタシ、たいへんです…

「そしたらさ、私、行ってみたいところがあるんだ」

アタシの腕の中にすっぽり収まったレナは、アタシの首元に顔を寄せて、そんなことを言ってきた。

行きたいところ?そうだったんだ。そういや、レナは、地球よく知らないんだもんな。どこだろう?

ヨーロッパかな?そういや、ジオンはもともとあのあたりの民族圏のサイドだったもんな。

古城とかがあるって話だもんなぁ、それもよさそうだ。

「ヨーロッパ?」

そう思ってアタシが聞いたら、レナは首を振って、

「ううん」

って答えた。あれ、違うんだ?じゃぁ、どこだよ?アフリカか?

なんて思ってたら、レナはガバっとアタシの上に圧し掛かってきて、言った。

「ここから、オーストラリアに行って、東南アジアに行って、それから、ニホンと、北米に寄って、ここに戻ってきたい」

今まで、腕の中にいたからわからなかったけど、そう言ったレナの顔は真っ赤になっていた。

それにしても、そのルートって…10年前に、あんたを連れて逃げ回ったルートじゃないか…

そっか…10年経って、もう一度、あの道筋で、ここに戻って来る…それって、楽しそうだけど…でも、なんでそんなに、顔赤くするんだよ?

「ダ、ダメかな?」

アタシが返事をしなかったもんだから、レナが不安げにそう聞いて来た。

「あぁ、ごめん、そうじゃなくって。それでいいのかな、って思ってさ」

アタシが言ったら、レナは、今度は耳の先まで真っ赤にして

「だって、私が過ごした中で、一番大切で、一番、嬉しかった時間だから…あれを、もう一回、やってみたいんだ…」

って言った。一番大切で…一番、嬉しかった…心臓が爆発するんじゃないかと思った。

なんだよ、それ…そんなの、アタシだってそうだけど…そんな、こ、言葉にするなよ…!

は、は、恥ずかしいだろ!嬉しいけど!

「う、うん…!な、なら、それ、行こう!でも、その前に、一つだけ…」

アタシはたまりかねて、返事のあとにそう付け加えた。

「なに?」

赤い顔して、レナが聞き返してくる。アタシはそんなレナを無視して、レナの体を掴まえて、ぐるっと体勢を入れ替えた。

今度はアタシが上だ。

「…今夜は、夜更かしだ」

「もう…お盛んですこと」

「誰のせいだと思ってんだって」

アタシがそう言ってやった次の瞬間には、アタシが仕掛ける前に、組み敷いてるはずのレナがアタシの首元にかぶりついて来た。

途端に、ヘナヘナ力が抜けてくる。

あぁ、もう…レナ…!レナ!レナ!こうなったら、もう、抑えが利かないんだ。

だって、感覚が、繋がっちゃうんだから…融ける…融けるよ、レナ…。

 なあんて、その晩は、ずいぶんとはりきっちゃったんだよな…恥ずかしい。
 


つづく。


どうでもいいけど、ニュータイプって他人が情事してるときって、何か感じるんだろうか、とか思ってみたりするw
 

バリバリに感じると思うよ、そういう感情も
そう考えると、むしろ欲求不満を誘発しかねんかもな

そういう受信機能を制御出来てるNTなんてのは、描写されてる中ではギガンティスジュドーくらいじゃないかな



だとするとこのペンション内はヤバい奴ばっかりやがなww
でも怒りとか絶望感とかよりも激しい感情ではないなら感じないんじゃない?
まあ>>529のアヤさん見てるとだいぶ激しそうだけどw

ララァ「意識が生き続けるとしたらそれは拷問よ。」
死んでまで他人のイチャコラ見せられ続けたらそら拷問だわなww

やっぱそうですかね…NTって難儀やなぁw
ロビンとレベッカの発育に影響がでないか心配ですw
まぁ、きっとうまいことどうにかしてるんでしょう…


全然関係ないけどネットでZ3号機のプラモ買ってみた。
マライア専用機にしようと思うんだけど、パーソナルカラーって何色のイメージでしょうかね?
個人的には青な気がしてるんですが…

漠然とオレンジかなと思っていた

オレンジとか黄色っぽいよね

黄色と黒は勇気のしるし!

乙おめ

MS乗り回しているマライアは派手な色を好みそうなイメージだなあ
Ζに乗れてなかったら百式でも狙ってたかもねw


皆様、あけましておめでとうございます。

投下遅くなって申し訳ない、正月中は親戚周りでバタバタでした…

本年も、何卒ごひいきによろしくお願いします。



そんなこんなで、Z3号機はまだ手つかずです。

マライアは暖色系なんですね…確かに、黄色かオレンジのイメージありますね。

マライア、百式にも乗ってそう、という意見はごもっとも、と思ったので、金色に近い黄色を使ってみようと思います。

ありがとうございました。



そういや、正月中に、まとめサイトにZ編があがっていました。

マークとハンナに頑張って欲しかったのに…というコメントが多くで、アウドムラちょっぴり無念。

マークとハンナどこで何してるんだろうな…w



そんなわけで、アヤレナの船旅、始まります。
 




 そんなワケで、私達は船の上に居た。

ここはまだ、中米からオーストラリアへ向かう船の上で初めての航路だっていうのに、アヤの興奮ったらない。

やれ、この船のエンジンがどうのとか、船底の形が船体の揺れを軽減しているとか、

この辺りの海にある何とかって島には、不思議な石の顔の形したモニュメントが並んでるところがあるんだとか、

そんなことで、お喋りが止らない。私はと言えば、一緒に居たデッキの上で、カクテルを飲みながらアヤの話を聞いていた。

 相変わらず、私にとってはそれほど興味がある話じゃないけど、

でも、アヤが嬉しそうに話している様子を見ているのは、私も楽しい。

ううん、可笑しい、って言う方が正しいのかもしれないけどね。

「あぁ、オーストラリアまだかなぁ?」

アヤが話を終えてから、そんなことをボヤいた。それもまた可笑しくって笑っちゃう。あと4時間くらいはあるのに。

オーストラリアは、どうなってるのかな?

あの頃は、コロニーが落ちた直後で、港の主要な機能ですら、仮設のプレハブだったけど…

少しは、復興が進んでいるといいな…あの辺りに立ちこめる怨嗟は、そう簡単には消えないとは思うけど…

それでも、今を生きている人たちが逞しくあれば…私は、そんな願いを持たずにはいられなかった。

 「な、下のラウンジ行ってみないか?ショッピングモールもあったし、水着でも買ってさ、上のプールで遊んだりできそうだし!」

「なんで水着買う必要があるの、持って来たでしょ!」

アヤがワクワクした顔で言うので、そう突っ込んであげたら、アヤはそれを待ってたみたいにケタケタと笑って、

「そうだった!まぁ、いいじゃんか!買い物しよう、買い物!」

なんて言って、私の手を取ってグイグイと引っ張り歩き出した。もう、アヤってば、張り切ってるんだから…

私は、残っていたカクテルを慌てて飲み干してカウンターに置きつつ、デッキから船内に入って、ショッピングモールに向かった。

 船の中層には、ショッピングモールやレストラン、バーやカジノなんかも入っている。

子ども向けのゲームコーナーとか、小さな映画館まである、って話だ。

いわゆる、豪華客船、ってやつで船室は二等客室だけど、それでも私とアヤで使うには豪華すぎするくらいだ。

マライアってば、こんな船のチケット、高かっただろうに、良かったのかな、なんて思ってたらアヤが、

あいつの財布の心配はしないでいいと思うぞ、だって。

よくよく話を聞いたら、マライア、5年は連邦所属で、そこからティターンズにカラバの構成員だったりしてて、

特にティターンズからは、『質素に生活していけば、一生困らないだけもらった』なんて言ってたらしい。

確かに、二重でお給料もらってたようなもんだったのかもしれない。

それでも、やっぱりすこし心苦しいよね…ちゃんとお土産と、写真と、楽しい話をいっぱい聞かせてあげないとな。

 そんなことを考えていた私をよそに、アヤは、私の手を引いて、

洋服のお店を覗いては、10年前にジャブローの服屋に入ったあとはびっくりしたなぁ、とか、

カメラ屋さんに入ってはアタシもレナを撮る専用に一個買おうかな、とか、

アルバ島の町の中心街にあるのと同じチェーンのコーヒーショップなんかを見つけては、

興奮した様子でちょっと飲んでいこう、なんて言ってきたり、とか。
 


 アヤ、楽しそうだな…。

もちろん、私も楽しいけど、でも、アヤの楽しそうなのを見ている方が、やっぱりよっぽど楽しくって、それでいて嬉しいな、

なんて思って、ひとりでに顔を赤くしてたら、アヤにどうしたんだ、って質問攻めにされて、私はちょっと困ってしまった。

返事をする代わりに、歩きながらアヤの腕にしがみついてあげたら、アヤも顔を赤くしながら、それでも私の腕をギュッと引いてくれる。

いつもは二人っきりで買い物なんてあんまりしないし、たまにはこういうのも良いかな、本当に、マライアには感謝してもしきれない。

 ショッピングモールを抜けて、レストランやバーなんかがあるエリアに差し掛かったとき、ふと、私は胸騒ぎを感じた。

思わず足を止めてしまう。

「どうした?」

アヤがそう聞いてきて、でも私が何かを答える前に

「あぁ、そろそろ、か」

なんて言って、私をジッと見つめてきた。

 そう、この感じ。胸騒ぎ、って言うか、あの、怖くて暗くて、引きずり込まれてしまいそうな感覚。

そろそろ、シドニー湾が近づいてきているんだ。

ここに来て、私は一つだけ、しておきたいことがあって、私を見つめてくれていたアヤの目をジッと見返して

「ね、お花屋さん、あったよね?ちょっと行かない?」

って言ってみた。アヤはそれだけで、全部を分かってくれたみたいで、ニコっと笑って

「うん、行こう」

って言ってくれた。

 私は元来たショッピングモールの中にあった生花店に戻って、

白いユリと、白いスズランに黄色いガーベラをきれいに花束にしてもらった。

それから、それを持って後部デッキへ行った。

 青い海に、スクリューが二本の白い筋を立てている。

船首の方から吹いてくる風が、背中を抜けて、広がる海原へと抜けて行った。

私は、買った花束を船尾から海へと、そっと放った。風にあおられた花束は、音もなく海面に落ちて、

スクリューが作り出した水流に乗って、どんどん遠くへ離れて行く。

 それを見届けながら、私は、目をつぶって、祈った。

 ごめんなさい…戦争なんかに巻き込んでしまって、ごめんなさい、ごめんなさい…

罪の意識があるわけでは、たぶん、なかった。

でも、ここへ来ると、どうしてもそう言う気持ちになってしまう。私がコロニーを落としたわけじゃない。

ううん、こんなことをするなんて知っていたら、きっと反対しただろう。

だけど、そう言う問題じゃない。私は、ジオン軍人の一人として、そう言わなければいけない義務があると思う。

あの戦争を遂行した関係者の一人として…。
 


 ポン、と、アヤの手が肩に乗った。あんまり背負いこむなよ、って、アヤの感覚が伝わってくる。

うん、大丈夫だよ、アヤ。そう言うんじゃないんだ。これは、ひとつのけじめみたいなものだから。

ずっと思い悩んでいるより、こうして祈ることが出来た、って言うのが、私にとっては大事だと思うし、ね。

 それからしばらく、私はその場所を動かなかった。

どれくらいかして、やっとすこし気持ちが落ち着いたから、目を開けてアヤを見た。

待たせちゃって、ごめんね、って、そう言ってあげるつもりだったのに、

私の顔を見るや、アヤはグイっと、私の頬を指で撫でて、苦笑いした。

なんで、そんな顔なの?って聞こうと思って、私は気が付いた。

ポタっと、手の甲に滴が落ちて来たからだ。

あぁ、私、また泣いちゃったんだ…このクセだけは本当に、いつまでも治らないなぁ…

 私は自分で顔をごしごしと拭いて、改めてアヤに笑顔を返してあげた。

そしたらアヤは、今度は私の頭をグシャグシャっと撫でてくれて、それからまた肩に手を戻して、

「さって、じゃぁ、夕飯にしよう!今日は、なんにしようか?」

なんて明るく言ってくれた。

10年前はアヤにおんぶにだっこで、気を使わせまくっちゃったのに、今回はそんなことばっかりさせるわけにはいかない。

私もすぐに気を取り直してアヤに笑ってあげながら

「パスタが良いな!ミートソースの!」

って答えた。アヤは嬉しそうにニコっと笑って

「そっか、じゃぁイタリアンの店探しに行こう!」

なんて言うと、私の手を取って歩き出した。

私はまたアヤの腕にしがみついて、ならんで、さっきいたレストラン街までの道のりを、10年前の話をしながら歩いた。



 





 翌日の昼ごろ、ボーっという低い汽笛の音をさせて、船はオーストラリアのシドニー湾の港を出た。

シドニー湾のあたりは、すっかり復興が進んでいて10年前とはくらべものにならないくらいの発展ぶりだった。

港の施設は整っていたし、食事ができるところやお店もたくさんあった。

人も、大勢いるようだった。私はその光景を見て、なんだか少しだけ、胸がスッとなるのを感じた。

気に病んでいるわけではなかったけど、でも、ずっと気にはなっていたから。

戦争があったことを忘れてはいけない。でも、傷跡はなるべくなら残らない方が良いから、ね。

 船が出てからすぐに私はアヤを連れて、船内にある映画館に出向いていた。

映画なんて見るのは、子どものころ以来で楽しみにしていた。

アルバの町にも映画館が一つあるけど、いっつもちょっと古い映画の再放映ばかりで足が向かなかった。

古い映画をやるんなら、前世期の映画にすればいいのに、

あそこときたら、10年前の映画をダラダラ流しているだけだったりするんだもん。

そんなテレビ放送にも流れているような映画をやってどうしてお客が入るんだろう?

 この船の映画館はレトロなものと最新のものの両方を交互に流しているらしい。

アヤは新しい物が好きみたいだったけど、私のわがままを聞いてもらって、前世期の名作って言うのを一緒に見ることにした。

タイトルは、“The Great Escape”。前世期にあった大戦中に捕虜になった兵士たちが、収容所から脱走するって話だ。

内容は知らなかったけど、タイトルだけ見て、なんだか私達っぽいな、って思って選んだ。

どんな状況になっても諦めないって、心意気の映画だった。良い映画だったけど、見終わった後にアヤは、

「殺されちゃぁ、意味ないよな。もっとうまく運ぶ方法を考えるべきだったよなぁ」

なんてことを漏らしていて、笑ってしまった。でも、私もすこしだけそう思った。

勇敢であることは必要だけど、それだけじゃダメなんだ、って言うのを私はアヤから学んだ。

慎重さや広い視点で物事を観察することのできる洞察力や分析力が下地にあってから、

その上に少しだけの勇気があれさえすればいい。アヤが、私を連れ去ってくれたときみたいに、ね。

 お昼を食べてからは、デッキのプールで遊んだ。

夕食はどうしようか、なんて言っていたら、アヤがいつ用意したのか、ドレスを出してきて、良いレストランを予約したんだ、なんて言ってきた。

私はアヤに言われるがままに、その蒼いドレスに着替えた。アヤは、ワインレッドのタイトなやつ。

それから私達は船の上層階にあるレストランで食事をした。

 食事を終えてから、アヤが言いだした。

「なぁ、カジノ行ってみないか?」

「カジノ?」

「うん。アタシ、仲間内で賭け事してたことはあったけどさ、カジノって初めてなんだよ。なんか、行ってみたくってさ」

なんて、ワクワクした表情で言っている。なるほど、このドレスにはそう言う意味もあったんだね。

「いいんじゃない。でも、無駄遣いはダメだからね」

私はアヤがそんなことをするとは思わないけど、熱くなっちゃうところがあるから、そう釘を刺しておいた。

もちろんだよ、って、アヤは笑ってた。
 


 それから、エレベータで中層階のカジノへと向かった。

入り口で無料のカクテルを貰って、カウンターで現金をチップに監禁する。

アヤは一握りのチップを手でもてあそびながらあたりをくるっと見回した。

「なにするの?」

私が聞いてみたら、アヤは

「決まってんじゃん」

とニヤっと笑って言いきった。決まってる、って…ま、まさか、アヤ、あなた…!

 私がそのことに気が付いて、アヤに声を掛けようと思ったときには、

アヤはすでにお目当てを見つけて、私の手を引いて歩き出していた。

 アヤの歩いて行く先には大きなテーブルがあって、ディーラーがカードを配っている。やっぱり、か…

 「アタシもやらせてくれよ」

アヤがそう言って空いていたイスに座る。男性のディーラーがコクっとうなずいてアヤにもカードを配った。

でも、2枚だけだ。あれ、このテーブル、ポーカーじゃないのかな?

「アヤ、ポーカーじゃないの?」

私が聞いたら、アヤは自分の座っていたスツールを半分開けて、私を座らせてから

「ポーカーだよ。これはテキサスホールデムってルールなんだ」

って教えてくれる、けど、なに、それ?

 私は聞きなれない言葉に思わず首をかしげてしまった。そしたら、それを見たアヤは苦笑いで

「ほら、ここに2枚カードがあって、あっち。テーブルには5枚カードが伏せてあるだろ?」

と、テーブルの上を指差す。確かにそこには、カードが伏せた状態で並んでいる。

「この二枚のカードと、あそこにある5枚の内の何枚かを使って役を作るんだよ。

 あそこに伏せてあるカードを表にしていくたびに、ベットしていくんだ」

アヤはそう説明してくれた。なるほど、そうやってカードをめくっていくごとに賭けたり降りたりして、駆け引きをしていくんだね。
 


私がアヤの説明で納得していたら、隣に座っていたタキシード姿のオジさんが声を掛けてきた。

「ははは、お嬢さんは、カジノは初めてですかな?」

「ええ、私は」

そう言ってアヤを見る。アヤも高らかに笑って

「いやぁ、アタシもルール知ってるだけで、ちゃんとしたところでやるのは初めてなんだよ。お手柔らかに頼むな」

なんて言っている。もう、そんなこと言って、ずるいんだから…

「女が賭け事なんてするもんじゃない。痛い目見る前に、とっととやめときな」

今度は、はす向かいに座っていた中年の柄の悪そうなオジさんが言ってくる。

こんな安い挑発に乗るようなアヤじゃないし、そもそも、これはもう勝負、なんかじゃないんだよ…

本当に、アヤにとっては遊びでしかないんだろうな。

「あはは。まぁまぁ、そう言わずに、少しだけ遊ばせてよ」

アヤは至って余裕だ。まぁ、当然だけど、さ。

「ふむ、では、次はワシからだな」

タキシードのオジサンの隣に座っていた高齢の男の人が、口ひげを手で撫でながらそんなことを言って、チップを何枚かテーブルに積んだ。

それを見たタキシードのオジサンはにんまりと笑って同じだけのチップをテーブルに置く。

アヤは二人の倍のチップをテーブルに積む。大した額ではないんだろうけど、ちょっとびっくりした。

アヤの手に握られているのは、スペードのキングとクラブの8。

この二枚だけで、最初は先のことを想定しておかなきゃいけないんだ…

「これだけで賭けなきゃいけないなんて、難しいね」

「だろう?そこがおもしろいんだよ」

私が言ったら、アヤがそう返事をして笑った。それから、全員がベットを終えて、伏せられたカードの3枚がめくられる。

ダイヤのジャックに、スペードのエースに、ダイヤの8だ。あ、ペアになったね。

 カードがめくられた瞬間、テーブルについていた人たちが一斉に、ふーん、と鼻を鳴らして考え込んだ。

ここから駆け引きが本格的になるんだな…私は、対して緊張もせずにそれを眺めていた。

だって、どの人がどんなカードを持ってるか、なんて、おおそよ見当が付いちゃうんだもん。

レオナとマライアとロビンとレベッカと遊ぶときなんかは、ホントにもう、脳が疲れちゃって大変なんだから。

 チラっと見たアヤは一人一人の顔を見て、ニヤニヤと笑っている。

もう、この力は、遠く離れた人と心を繋げておくためのものだ、ってレオナは言ってたのに。こんなことに使ってたら、怒られるよ?

 そんな私の気もしらないで、アヤは賭け金をどんどん吊り上げて行って、

最終的にドンと賭けてそれに乗ってきた柄の悪いオジサンから結構な量のチップを巻き上げていた。

それから、3回勝負して、内2回は途中で降りて、最後の1回は最初ほどじゃないにしろ、また勝ってチップを貰っていた。

ゲームを終えて席を立ったときには、アヤがカウンターで支払って買ったチップが、5倍くらいになっていた。
 


 「あはは、こりゃぁ、ボロ儲けだな」

なんて笑うアヤの肩口を私はペシっと引っぱたいてやった。まったく、こんなこと、ダメだよ!

って言おうと思ったら、アヤはすぐに

「ごめんごめん、ちょっと魔がさしてさ…ほら、マライアにこんな機会作ってもらえたんだし、お土産奮発しないとと思って、な」

なんて言って謝ってきた。

「そんなお金でお土産買ってったって、マライア喜ばないと思うよ?」

いや、マライアはアヤと私からのお土産だ、って言ったら、

たぶん、天井を突き破るくらいに飛び跳ねて喜ぶだろうけど…まぁ、ほら、アヤに釘をさしておかないと、ね。

「そっかなぁ?まぁ、確かに、あんまり、まっとうな金ではないけどな…」

アヤは私の言葉を聞いて、しょぼくれる。あ、そこまでへこむとは思ってなかった…なんか、悪いことしたかな…?

でも、ギャンブルにハマったりなんかしたらいけないから、これくらいは言っておいた方がいいよね、うん。

まぁ、アヤがそんなことにハマったりすることはないとおもうけどさ。

「ま、そのお金は、私とアヤの夕飯、ってことで、マライアには浮いた分で何かしてあげればいいんじゃないかな」

私がそう言ってあげたら、アヤはまた笑顔を取り戻して、そうだな!って言ってくれた。

うん、やっぱりアヤには、その笑顔が似合うね。

 私達はチップを換金して、そのお金でショッピングモール内のワインショップでちょっと高いシャンパンを買って、部屋に戻った。

ルームサービスで軽食を頼んで、買ってきたシャンパンで乾杯する。

 「そう言えば、オーストラリアからの船で、アイナさん達に会ったんだよね」

チーズの乗ったクラッカーを食べながら私が言うと、アヤはシャンパンを飲んでから

「そうそう!あれはびっくりしたよなぁ、ほんと。あ、最初のケンカしたのも、この航路だったよな」

なんて声を上げた。

 そうだ、アイナさんを、連邦のスパイ狩りと勘違いして、アヤが私を身を挺して守ろうとして、私はそれに怒って、部屋で怒鳴り合いになったっけ。

必死だったもんな、あのときは。今考えれば、ちょっとした笑い話だけど、でも、あれ、嬉しかったな。

守ってくれるって言ってもらえて、守る、って言えて…。

 そんなことを思い出して、私は思わず、笑顔になっていた。

もう10年か…あのときから、私達の“旅”は始まったんだよね。

そう思うと、やっぱり、こうして二人で船で旅をしているのも感慨深い。

 来てよかったな…私は、心のそこから、そんなことを思っていた。

 なんて思っていたら、不意にどこかで電子音がした。

これ、PDAの呼び出し音だ。
 


「ん、アタシのだ」

アヤがそう言って、ベッドの上に投げてあったポーチからPDAを取り出した。画面を見て、ニヤっと笑う。

「誰?」

「マライア。なんかあったかな?」

私が聞いたら、アヤは嬉しそうにそう答えて、電話口に出た。

「マライアか?どうした?こっちは楽しんでるぞ!ありがとうな!…おい、なんだよ?え?平気だけど…?

 おい、待て、落ち着けって、どうした?なにかあったのか?え?レナ?レナも一緒だけど…?」

アヤが電話でマライアと話しながら私を見つめてくる。どうしたんだろう?なにか、トラブルでもあったのかな?

マライアが焦ってるの…?

「あぁ、うん、ちょっと待て」

アヤはそう言っていったんPDAをテーブルに置いて、持って来ていたトランクから、小さなポーチを引っ張り出して、

さらにその中から、イヤホンを出してきてPDAにつなぎ、片方を私に差し出してきた。

 私は、アヤに言われるがままに、イヤホンを片耳に付ける。アヤももう片方を耳に付けて、電話口に話しかけた。

「マライア、繋いだぞ」

<あ、レナさん!?聞こえる!?>

マライアの声が聞こえる。焦っている、って言うより、緊張しているような、そんな声色だ…

「マライア、どうしたの?」

私が思わずそう聞いていた。

 そしらたマライアは、声のトーンを落として、言った。

<いい、アヤさん、レナさん、落ち着いて聞いてね。たぶん、レナさんがジオンから来た、って言うのがバレた。

 ペンションに移民局の役人が来て、危うく連行されそうになったから、

 ぶん殴って、ロビンとレベッカをレオナとマリオンと連れて逃げてきた。

 たぶん、家宅捜索されて、レナさん達の行先も割れてる。その船、気を付けて。

 もう、監視の人間が乗り込んでいるかもしれない>

  


つづく。

事件発生の模様。

ちなみに明記はしてなかったんですが、この話の時間軸はCCA編より前です。

UC0089年、マライアがレオナ達を宇宙から連れ帰ってきてしばらく経ってからの出来事です。
 

乙~
まあこのペンション関係者身元怪しすぎだわなww

むしろ今迄よく無事だったよなww

脱走兵程度ならどうにかなっても…
悪名高い(ということになってる)ジオン海兵隊の女頭目までいる島だもんなwwwwww



>>549
さらに極秘中の極秘であるNT研関係者や元ティターンズ大尉(しかもΖ乗り)まで住んでいて、たまに元ジオンの名家のお嬢様まで遊びに来るんだぜ。

俺が当局の人間なら見て見ぬフリをするね。
下手に手を出したらこっちがヤケドするのは火を見るよりも明らかだもんww

きっと中途半端に有能な能力と無能な人格を持った小役人で、
「こいつ… ジオンじゃねーか!」としか気づかずに、他のことはわからないか目に入っていないとかで…?ww

>>551
そいつを主人公にしたSSをキャタピラに書かせたら、きっと面白い話が出来上がるはず

>>552
挿絵は安彦御大でオナシャスwww


レス感謝!!
確かにあの島、治外法権過ぎる気もするけど、気にしてはいけない!w

>>552
無茶ぶりやめれ!w


ッてなわけで、続きです。



 翌朝、私達は、朝食を摂るために中層階のレストランにいた。

アヤは、昨日の夜からビンビンに能力を研ぎ澄ませてあたりを警戒している。私にしてもそうだ。

この船に、連邦の移民局のエージェントが乗り込んでいる可能性は高いだろう。

そうは言っても、こちらがそれに気付いたってことがバレたら、実力行使に出てくるかもしれない。

ここはひとまず、東南アジアに着くまでは大人しくしておいた方がいい。

 マライアの話によれば、移民局が私のことを嗅ぎ付けたのは、

アルベルトの情報操作がどこからか漏洩したからかもしれない、ってことだった。

アヤはそれを聞いて顔を苦痛にゆがめた。

「あいつは、尋問されようが、アタシ達のことは喋らない。そう言うやつだ。

 でも、あいつの身に何かあったのは確実だろう…逮捕されたか、あるいは…」

アヤがそう言って言葉を濁したのが、辛かった。アヤは、最悪を想定している。

その可能性は決して低くはないように感じられた。

彼だって、アヤの“家族”だ。万が一のことなんて起こってほしくなんかはないけれど…。

 マライアは、レオナやロビン達を連れて、ルーカスに用意してもらった隠れ家に身を寄せている、って話だった。

場所は、盗聴の可能性を考えて話題にはでなかった。あっちは、マライアとレオナがいるから、きっと大丈夫。

心配なのは、同じようにアルベルトに戸籍をデッチ上げてもらった、シロー達やシイナさん、ユーリさん一家だ。

そっちは、マライアとルーカスで段階的にうまく保護を進めているらしい。

アルバ島のみんなととシロー達のことは任せて、アヤさんレナさんは、自分の身だけを守って、

とマライアは鬼気迫る口調で言ってきた。

 そんなだから、私も食事が進まない。昨日までの幸せな船旅から一転、これじゃぁ、10年前と同じ。

休まることのない逃亡生活が始まってしまったのかもしれない。私たちのことは、まぁいい。

慣れてる、と言ったらおかしいけど、アヤと一緒なら、どこまでだって逃げ切れる。

だけど、今の私達には守りたい人たちがいる。

その人たちが手の届かないところで戦っているかもしれないんだ、と思うと、正直、気が気じゃない。

 ふぅ、とアヤが、オレンジジュースをあおってため息を吐いた。気持ち、分かる。

息がつまりそうだよね…私のそんな気持ちを感じ取ってくれたのかアヤは、私の顔を見て苦笑いを浮かべた。

「それにしても、東南アジア、か」

「そうだね。あと、3日…とりあえず、そこまでは大人しくしておかないとね」

私とアヤはそう言い合って、また、どちらともなくため息を吐いた。
 


 マライアは、私達がこれからとるべき行動についても、アヤのラップトップコンピュータへのメッセージで指示をくれた。

この船は、東南アジアからインド洋に出る航路に入る。

もともと、そこで私達は一度下船して、ニホンを経由して北米に向かう航路を取る船に乗り換える予定になっていた。

下船してすぐにそっちの船に乗るスケジュールのはずだったんだけど、マライアは追手を警戒して、

一泊ホテルに泊まるように手筈を整えてくれていた。

そのホテルに、小包を送っておくから、着いたらまずそれを確認してほしい、って言ってきた。

 電話を切ってからアヤがボリボリ頭を掻いて

「マライア、すっかり立派になっちゃったよなぁ…頼もしいんだけど、なんか寂しいよ」

なんて言ってたのにはさすがに笑っちゃったけど。

 食事を終えた私達は、ショッピングモールの中でコンピュータの部品を少しと、

それから、工具類を買って部屋に戻った。

 アヤは、部屋のドアを閉めるやいなや、買ってきた工具と自分のカバンから取り出した配線やらワイヤーを使って、なにかの作業を始める。

「なにしてるの?」

「あぁ、一応、センサーとトラップを作っておこうかと思って。

 ベランダと、部屋のドアのセンサーが反応したら、トラップが起動する仕組みだ」

アヤはそう言いながら、電源に刺すプラグから引っ張った配線の先に、コンピュータの部品を付けて、

それをまた別の部品と繋いで、そこから伸ばした配線をドアノブに括り付けた。

ふぅん、これは、なんとなく仕組みがわかりそう。

「電源の電流を、ノブに流すの?」

「お、正解!」

私が聞いたら、アヤはなんだか嬉しそうにそう言った。

「ドアを無理に開けようとしたら、警報と一緒にノブに通電する仕掛けだ。

 寝てる間だけでも仕掛けておけば、安心できるだろ?」

その表情がなんだかあんまりにも場違いな感じがして、私も思わず笑ってしまった。

アヤ、あの頃となんにも変ってないな。こんなときだっていうのに、笑顔を忘れないんだ。
 


それから、私もアヤの作った装置の取り付けを手伝った。今はまだ状況が分からない。

東南アジアに着くまでは私達には隠れて待つことしかできないのだから、焦っても仕方ない。

今はとにかくあの時のような無茶をせずに大人しくしていよう。

あのときはアイナさんだったから良かったけど、今回は明らかに連邦政府の役人か、

調査機関の人間だって言うのはマライアからの情報で分かっているんだ。

 私は、アヤと居れば、大丈夫。

アヤのことを私が守って、アヤが私を守ってくれれば、私達はどんなことだって乗り越えられる。

ロビンとレオナも、マライアとレベッカ、マリオンが居てくれれば、危険を察知して逃げ切れるくらい、簡単なことだ。

シイナさんやユーリさん達もも、マライアからの情報とハロルドさん達オメガ隊が援護してくれるはず。

心配なのはアイナさん達だな…東南アジアに着いたら、すぐに連絡を入れてみよう。

マライアがなんとかしてくれる、って言ってくれてたけど、うまく行ってるかな…アイナさん、気を付けてね…

 私は、作業を終えてアヤと一緒に座ったソファーでそんなことを考えていた。


 







 「着けられては、なさそうだな」

東南アジアで船を降りた私達は、港町の大通りを歩いていた。

多種多様な人種に年齢に性別の人たちが大勢行きかっている。

私とアヤは、トランクを引きながら、それこそ、かすかな気配すら漏らさないように、神経を研ぎ澄ませながら移動していた。

 あれからは、ほとんど部屋から出ず、食事やなんかもルームサービスで済ませた。

あんな豪華な船に乗ったのに、それをちゃんと楽しめないなんて、ってすこしは思ったけど、

それでも、10年前の話をあれこれ、あの航路でアヤとするのもそれはそれで楽しかったけど、ね。

 船の中で、私達はかすかに監視らしい気配を感じ取っていた。

それは、本当に遠くから慎重に私達を“見ている”様な感覚で、直接その監視役の姿を見ることはできなかった。

まぁ、もしどこの誰がそんなことをしているかまで特定出来ちゃったら、

アヤ、また、威力偵察、とか言いかねないから、そうはならなくって良かったのかもしれないけど。

 私達は何事もなく、ホテルに辿り着いた。ホテルは思っていた以上にきれいな外観と内装で、作りもしっかりしていた。

これなら、もしものときには立てこもるくらいのことはできるかもしれないな。

少なくとも、こんな人通りの多い場所で、お客さんも多そうなホテルだし、無茶なことをしてくるとは思えなかった。

 「あー、ダブルの部屋を頼みたいんだけど、空き、あるかな?」

アヤがフロントにそう確認する。すると、若い男のフロントが

「畏まりました。グレードはいかがなさいますか?」

と、うやうやしくアヤに聞き返した。

「一泊寄って行くだけだから、スタンダードなのでいいや」

アヤが言うと、彼は手元のコンピュータを操作して

「それでは、303号室へご案内します」

と返事をした。

「あぁ、いや、自分たちで行くからいいよ。キーだけ頂戴」

「よろしいですか?恐れ入ります、それでは、こちらがお部屋のキーになります。

 料金はお支払の方はいかがいたしますか?」

「あー、っと、待って」

アヤはそう言いながらポケットから財布を引っ張り出して、その中から抜き出したカードをフロントに手渡した。

そのカードで支払いを終えて、アヤがキーを取ってエレベータへ向かおうとする。

私は、そのあとを追おうとして、はたとマライアの電話のことを思い出した。

「アヤ、荷物」

私がそう声を掛けたらアヤは振り返って、ああ、そうか、って顔をしてフロントに

「なぁ、アンナ・ヘルザー宛てに、ここに小包が届いてると思うんだけど、来てないかな?」

と聞いた。

「お荷物ですか?少々お待ちください、確認いたします」

フロントはそう言ってカウンターの奥へと消えて行った。しばらくして戻ってきた彼は手に小さな荷物を抱えていた。

私は、10年前にアルベルトに作ってもらったIDを見せて、その荷物を受け取る。

それから二人でエレベータに乗って3階の部屋へと向かった。
  


 3階へとたどり着いた私とアヤはトランクを引いて部屋に入った。部屋は、一般的なダブルルーム。

大きなベッドが一つに、小さなダイニングテーブルとイス、ソファのセットに、小さな壁掛けのテレビなんかがある。

 トランクを置いて、冷蔵庫から水を取り出してそれを代わる代わる飲んで気持ちを落ち着けてから私達は、

さっそく受付で引き取った小包を開けた。

中にはクッション材がいっぱいに詰まっていて、それをどけたらその奥から黒い袋が出てきた。

アヤがそれを慎重に手にとって中を確認する。

そこにもクッション材が詰まってて、それを引っ張り出したら、

袋の中からは消音装置付きの小型拳銃が2丁と、PDAが入っていた。

拳銃が必要かもしれない状況ではあるんだよね…不思議と、それほど追い詰められている、って感じはしないんだけど…。

私が拳銃を手にとって弾装と機関部を確認してたら、アヤが今度は小包の箱の中から封筒を見つけて取り出していた。

カサカサと音を立てて中身を取り出して、私にも見えるように広げてくれる。それは、マライアからの手紙だった。

「アヤさんへ。盗聴と探知の妨害装置を取り付けたPDAを送ります。

 以後は、下に書いておいたあたしの方のPDAに連絡してね。

 シイナさん達とユーリさん達は無事にあたしたちのところに逃げてこれたよ。

 シローのところには、25日現在、ルーカスが到着したって連絡があったから、

 たぶん、明日か明後日にはあたしと合流できると思う。」

私は、その一文を読んで、とりあえず一息、ふう、と吐いた。

とりあえず、シイナさん達とシロー達が大丈夫そうで、よかった。

私達だったらいざ知らず、シイナさん達にユーリさん達やアイナさんに何かあったんじゃ、

私とアヤはそのまま行き先を変えて助けにいくつもりだったからね。リスクは負わないにこしたことはない。

アヤのためにも、アヤを守る、私にとっても…。

 手紙にはまだ、続きがあった。

「今後の予定だけど、たぶん、しばらくは地球からは離れた方がいいと思う。

 キャリフォルニアにシャトルを準備させるから、それに乗って、マーク達の居るコロニーに逃げておこうと思う。

 追っ手を巻く案は、これを書いている段階では検討してるところだから、ちょっと待ってね。

 とりあえず、このPDAを受け取ったら、私に電話かけてね。 マライアより 」

 キャリフォルニアの打ち上げ基地…今は、あそこには、軍の宇宙基地だけじゃなくて、民間船の打ち上げ施設もある。

この間、マライアとルーカスがシャトルで飛び立った、あの場所だ。あそこに辿り着けば、宇宙へ出られる。

地球の、アルバ島のあの空や海から離れなきゃならないのは寂しいけど、

でも、大切なのは、みんなで一緒にいること、だ。

みんな無事でありさえすれば、またペンションにも戻ってこれるかもしれない。

今は、その可能性を信じてとにかく逃げるしかない。

 そんなことを思っている間に、アヤがマライアから送られて来たPDAにイヤホンをさして、電話をかけ始めた。

こないだと同じように、片方のイヤホンをして、私もアヤの座っていたイスの傍に立った。

 ブツッと音がした。
 


「アヤさん?」

マライアの声だ。

「あぁ、アタシだ。こっちは無事に東南アジアまで辿り着いた。あんたが送ってくれた小包もちゃんと受け取れたぞ」

「そっか…よかった!」

アヤの言葉に、マライアの安堵の声が聞こえてくる。

「マライア、そっちは大丈夫なの?」

私は、そういえば手紙にそのことが書いていなかったのが気になって、マライアに聞いた。

「あぁ、レナさんも!無事でよかった…こっちは全然平気だよ、今のところ。

 今は、隊長にお願いして北米に潜伏している。

 キャリフォルニアからはまだちょっと距離があるんだけど、来週にはベイカーズフィールドまで出てみるつもり。

 あとは、アヤさんたちとタイミングを合わせて、シャトルの打ち上げ場で合流して、宇宙へ逃げられると思う」

「他のみんなも?」

「うん。シイナさんのところとユーリさんのところは先週末に合流できたよ。

 ルーカスが、今、シローたちを連れて北米に向かってきてる。

 もしかしたら、二人はニホン辺りでレナさんたちと一緒になれるかもしれない…」

「そっか…まぁ、そこは無理して合流しようとしても返って危険かもしれない。

 でもお互いになにかあったときのために、フォローできる位置にはいるんだってのは共有しておきたいな」

「うん、了解。ルーカスのほうにはあたしから伝えとくね」

アヤの言葉に、マライアは明るく返事をした。あと、マライアに聞いて置かなきゃいけないこと、は…

そう私が考えていたら、アヤがマライアに聞いた。

「追手を巻く方法、ってのは、考え付いたか?」

「あぁ、うん。それなんだけどね、隊長に10年前の話を聞いて、

 同じような手が使えないかなと思っていろいろ考えてたら、フレートさんが手を貸してくれるみたい」

「フレートが?」

アヤがマライアの言葉にそう疑問を返している。確かに、フレートさんが助けてくれる、って、

いったいなにをどうするつもりんなんだろう?
 


「うん。ニホンのヒロシマってところに、アナハイム社の極東生産工場があってね。

 そこの飛行機を、キャリフォルニアのアナハイム社のモビルスーツ工場に届けて欲しいんだ。アナハイム社の社員として」

「なるほど…今回は軍用機じゃなくて、民間機を使う、ってわけか」

「まぁ、アナハイム社だから、機体選びはこっちの自由になるけどね。

 あの会社、戦闘機だって手がけてないわけじゃないし。機体の選定は、こっちで手筈を整えておくよ。

 アヤさん、10年前に泊まったホテルって、覚えてる?」

 10年前の、二ホンでのホテル、覚えてる…シロー達とドアンの島から渡って来て泊まったあのホテルのことだ。

「うん、覚えてるよ」

アヤの代わりに私は答えた。

「今、フレートさんに頼んでるところだけど、そのホテルに今度は、アナハイム社のIDを送るから、それを使って、

 その工場で作った飛行機に、緊急でってことで、キャリフォルニアまで乗って行く…」

そうか…私達は、ニホンから先、北米へ至るにも船での移動ってことに、最初のスケジュールではなっている。

でも、そこへ飛行機で、しかもアナハイム社の工場から直接飛ぶことが出来る…追手はそれで巻ける可能性は高い。

捕まってしまう前に宇宙へ飛び出すには、それが一番、確実な方法…!

「うん、良い案だと思う。まさか10年経っても同じ作戦でキャリフォルニアへ向かうなんて思ってもみなかったけどな」

アヤがそんなことを言って笑う。確かに、そうだな…移民局に追われるなんて、

全然、そんなことを楽しんでいる余裕があるはずはないのに、私もどこかで、

それを楽しんでいるような気持ちすらあるように思えた。

本当に、10年前のあのときと同じだ。

太平洋を時計回りに回って、最後は、飛行機でキャリフォルニアの打ち上げ施設を目指す…

そう思ったら、思いで話じゃなくって、まるで本当に10年前にタイムスリップしたような、そんな感じすら覚えていた。
  


そういえば、あのときの私、アヤに対して、どうしたらいいのかって、悩んでたっけな。

大切にしたい、でも、宇宙へ帰らなきゃいけない、って、ずっと葛藤してた。

今回は、一緒になって、宇宙へ飛び出せばいいだけの話だ。簡単な状況じゃないのは分かってるけど、1

0年前に比べたら苦しくも寂しくもない。

だって私には、アヤだけじゃない。地球で出会った、たくさんの“家族”が居るんだ。

その人たちと一緒に逃げるんなら、あの、暗くて果ての無い宇宙でも、きっと私は、怖くないんだろう。

「ん、なに?あぁ、うん、いいよ」

不意に、マライアが電話口でなにかを言ったと思ったら、向こうから違う声がした。

「アヤさん、レナさん、大丈夫?」

レオナの声だ。

「あぁ、レオナ。大丈夫そうでよかったな。ロビンとレベッカはどうしてる?」

「二人とも平気。“旅行みたいだね”なんてのんきなことを言ってるくらいだよ」

レオナの言葉に、私は思わず頬が緩んだ。二人がそう言っている姿が目に浮かぶ。

そんなことを言える元気があれば、大丈夫…きっと、大丈夫!

 私とアヤは、それからもしばらく、マライアやレオナ達と話をしていた。

細かな打ち合わせはほどほどに、あとはまぁ、他愛もないおしゃべりとか、お互いの無事の確認と、

あと、ムチャはしないように、って心配しあったりとか。

 そう、とにかく、私達は、無事にキャリフォルニアに到着しなきゃいけない。

みんなのところへ、家族のところへ、家族の待っている場所へ、私達は帰らなきゃいけないんだ。

私は、話をしながら、そう思っていた。アヤと出会って、10年。こんなにもたくさんの人に出会った。

それは、私の何よりの宝物だ。それを壊されてしまう前に、私達は、宇宙へ逃げるんだ。

ずっとずっとやってきた私たちの戦いと変わらない。これまでも、これからも、やることは一緒だ。

 私は、そんなことを思いながら、話をしつつ、拳銃の弾装と機関部を確認していた。
 


つづく。

10年前をなぞる旅、はじまってます。

 

乙。たっぷりなぞってくれ!



やっぱり彼女たちは逃げてなんぼの人たちなのかw

この時期のマライアなら地球、宇宙共に協力してくれる組織も色々あるだろうにとりあえず仲間内だけでなんとかしようとするのがいいね。


この展開は…
いや、うん、続きを楽しみにしてるぜキャタピラどん(´∀`)b

>>564
感謝!なぞります!

>>565
感謝!!
がんばれマライア!

>>566
感謝!!!
何かに気が付いてもネタバレしないのが大人のマナー!
誤字脱字を発見しても触れないのが紳士のマナー!w

予想が当たっているか、楽しみながら見てってください!



つづきです!
 


 「レナ、レナ、起きろ」

アヤの声がする。私は、体を揺さぶられて、意識を取り戻した。

昨日の夜、ベッドでごろごろしながら、アヤと話していて、それで…そのまま、寝ちゃったんだ。

「おはよう、アヤ」

私は体を起こしながらアヤに声をかけた。首に腕を回して抱きついて、頬にキスをする。

アヤの腕が私に絡まってきて、ギュッと抱きしめてくれる。私の肩に顔を乗せながら、アヤは言った。

「見張られてる」

え…?私には、一瞬、意味が分からなかった。見張られている…?

そうだ、移民局の…私は寝ぼけた頭が急速に目覚めるのを感じた。

それと同時に、私は感覚を集中させる。聞こえる…これ、息遣い。

こっちを見つめてる潜んだみたいな声…見られてる、また、遠くから、こっちを見てる…!

 瞬間的に体に走った緊張を、アヤがギュッと抱きしめながら、

「大丈夫、まだ、手を出してくるような雰囲気じゃない、落ち着け」

と言って、背中を撫でながらほぐしてくれる。…アヤ、もしかして、寝ないでずっと見張っていたの…?

また、無茶をして…私は、アヤから伝わってくる微かな疲労感を感じ取って、そんなことを思った。

私も、しっかりしなきゃ。今回は、アヤばっかりに負担をかけてたらいけない。

 「アヤ、寝てないの?」

私が聞いたら、アヤはカカカと笑って

「バレた?まぁ、一晩くらい、どうってことない」

なんて言う。

「今夜はちゃんと寝てね。今夜は私が起きてるから」

「まぁ、起きてる必要があるかどうかは分からないけどな」

そう言ったアヤから、なにか、別の気配が感じ取れる。体を離して、アヤの目を見た。

その表情は、いつもの、何かをたくらんでる、あのニヤニヤした笑顔だった。

「どうする気?」

「ん、聞きたい?」

アヤは表情を変えないまんま、私を見つめ返してそう聞いてくる。聞きたいに決まってる。

もちろん、また突拍子もないことなんだろうけど。私がうなずいて見せたら、アヤは声を落として

「なら、とりあえず飯食べよう」

って言いながら、私をベッドから立ち上がらせた。

小さな部屋のダイニングにはすでにルームサービスで頼んだらしいサンドイッチのセットと、

湯気といい香りを立ち上らせているコーヒーが並べられていた。

 テーブルについて、熱いコーヒーのカップに口をつける。ん、このコーヒー、おいしい。

なんだかパッと気分が明るくなって、アヤの顔を見たら、アヤもすこしびっくりした表情をしていて

「いい豆使ってるみたいだ。これ、お土産で買ってったら、マライア喜ぶだろうな」

なんて言って笑う。銘柄さえ分かれば、うちのペンションでも仕入れて見たいな!

あ、でも、ペンションに帰れるかは、正直、今のところはわからない、か…。

でも、うん、おいしい。あとでフロントに聞いてみようかな。
 


「それで、さっきの続きだけど、巻けそうな案があるんだ?」

サンドイッチをほおばりながら、私はアヤにもう一度聞いた。

アヤは、ポットからマグに、コーヒーのお代わりを入れながら

「あぁ、うん。荷物だけニホンに向かう船に載せてもらって、アタシたちは、ほら、これ、こっちの船に乗り込む」

と説明する。

それから、コーヒーを入れ終えてポットを置いたその手で小さなパンフレットを取って、テーブルの上に広げた。

アヤはその一角を指差す。そこには、私たちの乗る予定の船とは違う航路を行く船があった。

インド洋を抜けて、アフリカの東海岸へと至るコースだ。

「アフリカへ?」

「そう、アフリカに行って、アフリカから大西洋を渡って、アルバに戻る」

え、待って、アヤ。私たちの目指すところは、アルバじゃなくって、北米のキャリフォルニアだよ…?

なんて私が言おうとしてたらアヤはニンマリ笑って

「と、見せかける」

と付け加えた。もう、なによ、驚かせて。私は頬を膨らませて見せてから、その先を促す。

 「このアフリカへ向かう船、アタシらの乗る船の10分前に出港になるんだよ。

 とりあえず、安いチケット買って、身軽にしてこっちへ乗り込んでおく。

 で、乗り込んだら、船尾の、ここ、レジャーボートの発着用のハッチの中に忍び込んで、

 船が出港した瞬間に海へ飛び込んで、もともと乗るはずだったほうへ乗り換える」

アヤはずずっとコーヒーをすすりながらそう説明してくれた。でも、それでうまくいくのかな…?

相手がよっぽどマヌケならうまくいくだろうけど、もし、複数居たりしたら、たちまちに対応されちゃう…

私のそんな心配そうな顔を見たのか、アヤはまたニヤっと笑って

「大丈夫、これは、相手の出方を見る意味もあるんだ。

 これやって対応してくるんなら、相手はそこそこ力を入れて追ってきているか、

 追跡してきてるヤツのスキルが高いと判断できる。

 まぁ、それでも、ニホンからいきなり飛行機に乗っちゃえば、対応なんてできやしないだろうけどな。

 最終的に巻くのは、そこで、だ」

と言ってくれる。まずは、情報の収集と分析、ってわけだ。確かに、そこを怠ったら判断の付けようはない。

移民局のエージェントってマライアは言ってたけど、

どれほどの人数で、どれほどの諜報力を持った集団なのかを知っておくのは、私たちにとっては必要だ。

 こういうところであまり役には立てないのは悔しいけど、でも、それはアヤがちょっと異常なんだ。

いや、アヤが、って言うか、アヤにあれこれ仕込んだ隊長が、の方が正しいかな。

でも、これも私たちの強みだ。私に出来ないことはアヤがやる。アヤに出来ないことを私がやればいい。

そうやって、ずっと守り合って生きてきたんだ。

10年前に逃げていたときとも、これまでペンションでやってきたこととも、さして変わりはない。

私はアヤを信頼して、アヤに助けられて、アヤを助けていけばいい。

そうすれば10年前と同じように必ずあそこに辿り着けるはずだ。
 


 私達は食事を終えて、荷物の整理を済ませた。出航まで時間はまだ3時間ほどある。

私はアヤと一緒に荷物をフロントに持っていって、

チップを弾みながら客室係の人に、荷物をニホンへ向かう船に乗せるためのカウンターに届けてもらえるように頼んだ。

荷物を預けてから、すぐにホテルをチェックアウトした。

部屋にいたときから感じられている“見張られている感じ”はホテルの外に出ても続いていた。

出航まで、あと3時間弱。

私とアヤは、監視の動きを確認するために、あえてホテルから外に出ていた。

ウィンドウショッピングをしながら、その“見られている感覚”をそっと探っていく。

ここで相手の出方や目的なんかを確認をしておくべきだ、と、私達は真剣だ。

「あ、レナ、これ!」

不意に、アヤが店先でそう声を上げた。

「これ、今朝のコーヒーの豆じゃないかな?!」

アヤはまるで世紀の大発見をしたみたいな表情で、店先に出ていた豆の袋を指さしていた。ちょっと訂正。

アヤは、割といつもどおりにどこかお気楽、だ。そんなアヤにどうしたって、クスって笑ってしまう。

「これ、焙煎してあるんだよね?このまま挽けばドリップして飲めるね」

「うん、どうしよう、大きい袋買って行こうか?」

「んー、でも、状況的に荷物を増やすのはどうかなって思うけど…」

店先で私たちが話していたら、店の奥から店員が出てきて私たちに話しかけてきた。

「お買い上げですか?」

「あぁ、今朝まで港通りのホテルに泊まってたんだけど、そこで飲んだコーヒーがおいしくってさ。

 給仕してくれた客室係に聞いたら、この銘柄の豆だって言ってたから、買って行こうかな、って」

アヤがそう話したら、店員さんは、パッと明るい営業スマイルを浮かべて

「あぁ、そうでしたか!この種類は、淹れ方にあまり左右されずに香りと味を楽しんでいただけますからね。

 もし、焙煎やドリップにこだわりがおありでしたら、奥にもうすこしご用意してますけれど」

なんて言って来た。ちょっと興味はあったけど…奥へ通されるのは、あんまりうまくない、よね。

その瞬間に表に人数集められちゃったら、押し込まれてさすがのアヤでも、突破できるか分からない。

上着の下にしまっている、消音装置付きの拳銃は、まだ、使いたくはないから、ね…。

「そうなんだ?じゃぁ、ちょっとお邪魔しようかな」

なんて言ったアヤを私は引き止めた。チラッとアヤの目を見やって、

「ほら、船の時間になっちゃう。私の靴屋さんに付き合ってくれるって約束でしょ?」

なんて言ってみた。そんな約束はしてないけど、まぁ、アヤなら分かってくれるでしょ?

アヤは、ハッとして

「あぁ、そうだった、悪い悪い。ごめんね、お姐さん、アタシ達あんまり時間なかったんだった。

 とりあえず。この豆のこの小さいのを二袋詰めてくれよ」

って話をあわせて、それでも、豆を注文した。まぁ、おいしかったからね。

船の中で飲めたらちょっとうれしいかも。

アヤが料金を払って、袋詰めにしてもらった豆の入ったビニールバッグを受け取ってお店の前をあとにした。
 


 相変わらず、見張られている感覚はなくならない。いや、さっきより、すこし距離が詰まっている…?

近くに来てる気がする…感覚は、一人…いや、二人、いる。なんだろう、これ…。

普通の人とは、違う…ザラっとする、どこか、ゾワゾワとする感じ…

敵意ではないけど、でも、なにか、鋭いトゲトゲした感覚が伝わってくる…

 「レナ」

アヤが私を呼んで、手を握ってきた。

なな、なに、アヤ、いきなりそんな、デートっぽいこと…油断は禁物だよ!

なんていおうとした私は、アヤの顔を見てすぐにそんな考えを改めた。

アヤは珍しく引きつった表情をしていた。

「レナ、この感じは…強化人間だ…!」

強化人間…?連邦やジオンの研究所で洗脳や能力強化手術を受けたって言う、あの?

確か、マリがそうだ、って、レオナが言ってた。

マリからはこんな感覚は受けた事ないから、知らなかったけど…アヤは、知ってたの?

「どうして、分かるの?」

「ほら、レベッカやレナを助けに入った研究所で、アタシ、強化人間ってのとやりあったことがあるんだ。

 あとで聞いたらあいつら、能力だけじゃなくて、身体能力まで強化されてるタイプもいるらしくて、

 アタシが相手にしたのは、その手のやつだった。格闘でアタシが、押されっぱなしだったんだ」

アヤが、近接戦闘で押し負ける…?それ、それって、話に聞くだけで、ヤバいじゃない…

この感じ、普通じゃないとはおもったけど、そんなに、なんだ…

ヤバい、そう、ヤバい、ってことは…私はアヤを見る。

アヤはニっと笑った。

「ヤバいな」

「ヤバいね」

「どうしようか?」

「ヤバいときは、」

「逃げろ、だな!」

私達はそう笑い合って、そのまま大通りを歩いた。途中で路地に入り込んで、すぐにまた別の路地へと曲がる。

また尾踊りに戻って、今度は、港への道のりを歩く。気配が、すこし遠のいた。

こっちを見失ってくれているといいんだけど…

 私達はそのままいったん、ニホンへ向かう船の荷物を預けるカウンターに行って買ったコーヒー豆やら、

本当に行った靴屋で買ったコンバットブーツなんかも預けて、インド洋に抜ける方の船に乗り込んだ。

その船は、私たちがオーストラリアからここへ来た船と同じクラスの船で、お客も多くて比較的紛れやすそうだった。

実際に、見られている感覚はこの船に乗って、急に感じられなくなった。

うまいこと、巻けたのかな…?でも、油断は出来ない。

相手は、強化人間だって、アヤは言っていた。

だとすると、私たちのように“感じ取る”力を持っている可能性がある。

こっちの手もうっすら悟られてる危険性だって考えておかなきゃいけないんだ。
 


 「レナ、気持ちを落ち着けよう。あまり緊張してると、逆に反応されやすい。時間まではなるべく、頭を空っぽに」

「うん、了解。どこかで、お茶でもしようか」

私は深呼吸をしてからアヤにそう言って、船のレストラン街へ向かった。

 それから私達はおしゃれなカフェでコーヒーを飲みながら、私達は時間を待った。

出航まであと30分となったとき、アヤが時計を見やって、

「そろそろ、行こうか」

と、声をかけてきた。

「うん」

と私はうなずいて、料金をテーブルの上において二人で席を立った。

 一度トイレに入って、個室で拳銃を確認する。弾装も、機関部も問題ない。

一度機関部から弾を抜いて、もう一度入れなおして、スライドを戻す。

私だって、アルバでずっとペンションの仕事ばかりをしていたわけじゃない。

アヤに泳ぎを教えてもらったし、戦い方も銃の使い方も、身に付けた。

ペンションを守るために、万が一のときのことを考えたら、使えておいて損はない、

って思ってアヤに頼んで仕込んでもらってある。基本的な取り回しはきっと大丈夫なはずだ。

 銃を上着の下のホルスターにしまって、私達はトイレを出た。

とたんに、またあの気配が感じられる。強く、近くで…!

「レナ、逃げるぞ…!」

「うん!」

私は、瞬間的に胸にこみ上げてきた緊張を押さえつけて早足で歩いた。ザラついた感覚は消えない。

見られている。まだ、まだだ。

 私達は船の大きなホールを抜けて船尾へと向かった。

そこにはレジャーボートを出し入れする大きな水槽があって、

うちの船よりも二まわりほど小さい船が、プカプカと揺れている。

ボートの後ろには大きなハッチがあるけど、あれ、開けるわけには行かない、よね…そう思ってアヤの方を見やる。

アヤは私には目もくれずに、天井を見上げていた。

「よし、レナ、ひとつ上の階へ行こう」

アヤはひとしきり天井を眺めてからそう言った。

私はアヤに連れられて、さっき通ってきたホールにあった階段を目指す。

 「落ち着けよ、レナ…」

アヤが、私にそう話しかけてきた。それもそのはず、あの感覚がどんどん近づいてきていたからだった。

人ごみで、どの人かは分からないけど、すぐ、近くに居る…!
 


 不意に私を、アヤが壁際に押しやってきた。

まるで、あのとき、アイナさんから私を身を挺して守ろうとした行動のようだったけど、

私はそうではないってことを感じ取っていた。

これは、“アタシが目隠しになるから、相手を確認しろ”ってことだ。

アヤは口では何も言わなかったけど、目で、じっと私を見て、そう伝えてきているように感じられた。

私は、アヤの体に抱きつくみたいにしがみついて肩越しに周囲を観察する。

感覚を頼りに、緩んだ紐を引っ張っていくみたいに、少しずつこの感じをかもし出している人物を探していく。

人々が行き交う中で、私の視線は、ある一点に止まった。

それは、ホールの隅に設置してあった休憩所のベンチだった。

そこに、一人の男が座っている。

こっちを見ずに、膝の上に置いたタブレットコンピュータに目を落としては居るけど、

確かに、この気配はあの男から感じられる。

 「レナ、居たか?」

「見つけた。タブレットコンピュータ持って、ベンチに座ってる男」

私はそうアヤに告げながら体勢を入れ替えた。すぐにアヤから

「確認した…あいつだ、かなりの圧を感じるな…ヤバそうなヤツだな…」

と苦々しい口調の言葉が聞こえる。相手が強化人間、ってことをは、こっちも感覚を消していく必要があるけど、

そんなの、“周波数を合わされてる”私達には中々出来ることじゃない。

気配を消すのは誰かの気配を感じ取ることよりも訓練と慣れがいる。

それでなくたって、集中的にマークされちゃってるんだ。微かな部分を辿られたって、不思議じゃない。

「逃げ切れるかな…」

「まぁ、ここで絶対に巻かなきゃいけない、ってわけじゃない…でも、相手が相手だ。何か、仕掛けてみるか…」

「仕掛ける、って、まさか、攻撃するつもりじゃないよね?」

すこしだけ心配になって聞いたらアヤは笑って

「いや、そうじゃない。なにか、策を、さ」

と体を離して私を見た。

 不意に。ボーっと、音がした。気的だ。船が出港するんだ。

ここであまりのんびりしてると、降り損なうし、本来の船にも、乗り損ないそうだ。アヤ、なにか考え付いてるの?

 私は、再度アヤの顔を見る。アヤは、渋い顔をしながら、

「まぁ、ありきたりの、安い撹乱だけど、ね」

なんていって、すぐそばを歩いていた船内の警備員を捕まえて、言った。

「なぁ、あいつ、あそこのベンチに座ってるやつ、どうも挙動がおかしいんだよ。

 さっき、電話で爆弾がなんとか、って話もしてたし…ちょっと、調べてみたほうがいいと思うんだ」

「爆弾、ですか?」

「うん、電話で言ってた。あ、ほら、こっちに気付いて、立ち上がったぞ」

見たら、ベンチに座っていた男はいそいそと立ち上がって人ごみに紛れようとしているのか、

私たちから遠ざかる方へと歩いていこうとする。

「ご協力に感謝します、緊急時には、他の船員の指示に従ってください」

警備員はそう言い残すと、小声で無線に何かをしゃべりかけながら、人ごみの中へと消えていった。
 


 確かに、おっぱらうにはいい口実だけど、相手が連邦のエージェントだっていうなら、

すぐに危険ではない、ってバレちゃうだろう。でも、この隙に私達はここから抜け出せる。

警備員を見送ったアヤは、私の手を引いて走って階段を上った。私も送れずにアヤについていく。

1つ上の階まで上がった私達は、そのまま“STAFFONLY”と書かれたドアに飛び込んだ。

アヤ、さっき天井を見上げていたけど、ここが目的だったの?

「アヤ、ここから先は?」

私が聞いたらアヤはニコっと笑って

「ここは、後部ハッチの点検口にまで続いてるはずなんだ。

 そこまで行ったら、船がスラスターだけの、スクリューを回す前に海に飛び込んでおかないと、

 巻き込まれちゃったらシャレになんないからな」

って言って、薄暗い細い廊下を走っていく。

やがて通路の突き当たりに、「レジャーゾーンハッチ点検口」と書かれた扉が見えた。

アヤがその扉に飛びついて、密閉扉を開け放った。

その先に見えたのは、青い空と、青い海。

 次の瞬間、アヤの手が私の肩を叩いた。

うん、ためらってる暇なんてない!

私は、アヤと同時に、点検用の通路の柵に脚を掛けて海へと飛び込んだ。

 ゴボゴボっと言う水音に包まれながら、海中で水を蹴って、浮かび上がる。

巨大な船は、バウスラスターを使って、また、堤防から離れている最中だった。

「レナ、埠頭を回った向こう側にあがろう、ここだと人目につく」

アヤがプカプカ浮きながらそう言ってくる。

「うん!」

私も浮かんだままそう返事をした。でも、アヤ…埠頭って、あそこのことだよね?

け、結構、距離、あるよね…?私、せいぜい100メートルが限界だと思うんだけど…

もしもの時は、助けてくれるよね?

 私のそんな不安を汲み取ってくれたのかアヤは私の体に腕を回して、

「ほら、行こう!」

って泳ぎだした。

 ふと、また、10年前に、釣りのあとに一緒に海へ飛び込んだことを思い出していた。

あれはふざけてだったけどさ。あのときも、こんな気持ちだったな、なんて、私はそんなことを思っていた。

 


つづく。


追手、さらに接近!




関係ないけど、現在、暇を見つけてHGUCバウを2機製作中。

蒼く塗って、マライアゼータと戦わせるんだ♪w
 



あれ。マラゼータ完成してんの?うpは?
バウもいいけどクインマンサ作るべき。HGUCで出てるか知らんけども。

こら、マライアを2文字に略すんじゃないww

「魔翌羅ゼータ」って書けば「武者ガンダム」みたいでかっこよくね?
よくねーな

よもやこんなかたちでNGにかかるとは
「魔」の字がいかんのか

あと下げ忘れゴメン

>>576
感謝!
ゼータはバウでリハビリが済んでからにしますー

>>577
感謝!!

>>マライアゼータ
マライアはマライアです!マラとか言わないであげて!w



てなわけで、続きです。

 



 「レナ、聞こえるか?」

「うん、感度良好!」

フクオカの港についてから2日後、

私達はヒロシマと言うところにあるアナハイムエレクトロニクス社の実機試験場の滑走路の上に居た。

 乗っているのは、アナハイム社製の高速偵察機。

見たことのない機体だったけど、アヤに言わせると、昔連邦が使っていた偵察機のモデルの流れを汲んでいるらしかった。

とにかく、座席は複座の二人乗りで、10年前の戦闘機とは違って席は横に並んでいる。

無線が聞こえるかの確認なんて要らないくらいだ。もちろん、操縦はアヤ。

私の席は、どうやら機体下部に付いている偵察用の高感度カメラを操作するための席のようで、

目の前には予備の操縦桿や計器のほかに、レーダーとも違う大きなモニターが付いている。

カメラの映像がここに写るんだろう。まぁ、今回は、前回のレーダー以上にやることなんてない。

眠っててもいいくらいだ。アヤに任せっきりってわけにはいかないから、そんなことはしないけどね。

でも、飛行機の操縦が出来るわけじゃないしこればっかりは出来て話し相手になるくらいだ。

まぁ、アヤはそれでも喜んでくれるんだろうけどね。

 東南アジアで海に飛び込んで船を乗り換えてからは、あのベンチに座っていた男を見かけることもなく、

見られている感じもしなくなった。

どうやらうまく撒けたみたいで、すこしだけ安心して、このニホンまでの船では過ごすことが出来た。

オーストラリアからの船に比べたら、クルーザーってよりはフェリーって雰囲気でランクが落ちたなとは思ったけど、

でも部屋はきれいだったし、なにも豪華じゃなきゃイヤっていうわけじゃない。

10年前のことを思い出すんだったら、あれくらいの方がいいってものだ。

 <こちら、クレ試験場完成室。アークバード、滑走路への進入を許可する>

「こちらアークバード、了解、管制室」

アヤは無線にそう答えて、スロットルのレバーを押し込んだ。

後方でエンジンのうなる音が聞こえてきて、機体がゆっくりとエプロンを離れて滑走路へと向かっていく。

 私は、シートベルトを確認して、離陸に備えた。

 機体が滑走路に入って、停止した。

「こちら、アークバード。管制室、離陸可能位置に到達した」

<了解した。アークバード。Cleared for takeoff>

「了解、離陸する」

無線を交わしたアヤは、もう一度スロットルを、今度は前に目一杯に押し込んだ。

ギュゥゥと言う甲高いエンジン音とともに、機体が弾かれるように動き出した。

体がGでシートに押し付けられる。

クッと顎を引いてそれに耐えようとしていたら、ふわっと言う感覚があって、機体が宙に浮いた。

アヤがすぐさま計器を弄って、車輪を格納させて、高度を上げる。

「こちら、アークバード。離陸完了」

<管制室、了解した。良いフライトを!>

「感謝する」

アヤはそう返事をして無線を切った。
 


 機体が、高度1万メートルを超えたところでアヤは機体を水平にして、オートパイロットのスイッチを入れた。

それから、被っていたノーマルスーツのヘルメットを抜いて、ふぅ、と大きく息をつく。

それから私を見やって

「レナも脱いで大丈夫だぞ。今回は、戦闘があるってわけじゃないしな」

なんて、相変わらずにそう言ってきた。でも、まぁ、確かにそうかもしれない。

あの、移民局のエージェントは、何も私たちを殺したいわけじゃないんだ。

逮捕して拘留するか、あるいは宇宙へ放り出すかのいずれか。

ううん、その前に、他に不法移民者を知っているだろう、吐け、なんてことにもなりそうだな。

まぁ、もしそうなっても、なんにも話さないけど。

マライアが無事なら、万が一掴まったって、きっとなんとかしてくれる。

大事なのは、ムチャして怪我したり、死んじゃったりしないこと、それだけだ。

 私はアヤがそう言ってくれたので、ヘルメットを脱いだ。息をついて、キャノピーの外を眺める。

あの日見たのと同じ、きれいな青い空と白い雲の海の景色が広がっている。

あれからなんどか飛行機には乗ったけど、そのたびに、この景色の雄大さに感動してしまう。

本当に、すごいんだ。

 「やっぱり、いい景色だね」

私が言ったら、アヤは声を上げて笑った。それから

「この機体、もっと上昇できるんだよ。それこそ、いつか言ったみたいに、地球と宇宙の間くらいまでな」

なんて言ってきた。地球と、宇宙の間まで…私は、アヤのその言葉にやっぱりすこしだけ、恐怖を感じた。

宇宙空間のあの感覚はどうしたって慣れない。

「遠慮しておくよ。好きじゃないんだ、宇宙」

私が答えたら、アヤはやっぱり笑った。知ってて聞いたくせに、意地悪なんだから。

そうは思いながら、私もアヤに笑顔を返した。

それからすこししてアヤは、なんだかニヤニヤした顔して私を見つめてきた。

まぁ、なにを考えてるかなんて、この距離で、この状況なら、イヤでも分かっちゃう。

最近、いつも調子狂わされっぱなしだ、なんていってたけど、その仕返しでもしたいのかもな。

こんな状況になってから、アヤが私をいちいちからかってくる。

こんな状況だから、それも気持ちを和ませて過剰に緊張しないように気をつけている部分もあるんだろうけど、

10年前と同じで、余裕のあるアヤに戻ったみたいで、嬉しいんだか悔しいんだか、私は変な気持ちになっていた。
 


「確か、あんときはレナ、ここで泣いてたよなぁ、私をさらってくれよ、って」

「私そんな言い方してないじゃない!」

「おんなじだろう?私は宇宙に帰ろうとしてるのに、アヤはそれをなんとも思わないの?って言ってたじゃないか」

「そ、それは言葉のあや、ってヤツでしょ!?

 べ、別に無理矢理引き止めて欲しいとか、そういう意味では言ってない!」

「そうだったっけ?いやぁ、知らなかった。新たな真実がわかったなぁ、10年越しで」

アヤはうそぶくようにそう言って、また笑う。

文句を言う代わりにシートベルトを外してアヤの肩口を引っ叩いてやる。

するとアヤは、そんな私の腕を引いて、自分の膝の上に座らせた。

 不意に、アヤから何かが伝わってきた。これ、この感じ…アヤ、寂しいの…?

私は、とっさにアヤの顔を見やった。アヤは、微かに目を潤ませていた。

すこしびっくりしたけど、でも、私はアヤの頬に手を当てて、こぼれそうになった涙をぬぐって上げた。

「どうしたの?」

それから、改まって聞いてみる。するとアヤは、顔をぶんぶんと横に振って、

「大丈夫だ。少し、寂しいな、って思っただけ」

と答えた。

「地球を発たなきゃいけないのが?」

「うん…まぁ、そうだ」

アヤはそう返事をして、私の体を抱きしめた。それから、ポツリポツリと話を始める。

 「レナとさ、もう10年も一緒にやってきたペンションと、

 レナと一緒に選んだ船にもう戻れないのかなって思ったら、なんかさ…。

 施設のことは、カレンがやってくれるだろうし、そっちの心配はないんだけど、でも…

 アタシ、あの島好きだったからなぁ。

 市場のおっちゃん達も、果物屋のおばちゃん達も、街の酒屋の姉ちゃんも、

 それから、シャロンちゃんの病院の先生達もそうだし、たまに漁に連れてってくれるあの漁師夫婦とかさ…

 みんな、いい人たちだったんだよなぁ…」

ついに、アヤの目からポロっと涙がこぼれた。寂しいのは、私も同じだよ…アヤ…

私は、そうは思いながらアヤの涙をもう一度ぬぐって、だけど、私はアヤを慰めなかった。

その代わりに言ってあげた。

「弱気なんて、珍しいね。アヤ、私はまだ諦めてないよ。

 みんなで無事に宇宙へ逃げたら、私はまた必ずアルバに戻る方法を探すつもり。

 これで終わりなんかじゃないでしょ。

 アルバでの生活は、ペンションも、船も、全部ひっくるめて、“私たち”の夢だったんだから。

 こんなところで諦めないよ、私は」

それから、両手でペシペシとアヤの両頬を弾いた。

「元気出して」

そう耳元でささやいて、私はアヤを胸に抱きすくめた。アヤの腕が私の腰に回ってギュッと力がこもる。
 


 そりゃぁさ、いつもは自信満々のアヤだって、弱気になることくらいあるよね。

別にそんなことで私は揺らがないから大丈夫だよ…。いつもは、私の方が支えられることが多いもんね。

こんなときくらい、私がアヤを支えてあげないといけないんだ。

そんなことを思いながら、アヤがいつも私やロビン達にするみたいに、ポンポンって頭を撫でて上げる。

アヤは、グスっと鼻を鳴らして、私の胸元にグイグイと顔を押し付けてきた。

なんだか、微かに不純な動機を感じるけど…まぁ、それで元気が出るんなら、安いもの、か。

そう思ったら、クスっと笑ってしまった。それに気がついたアヤが胸の中で私を見上げてくる。

涙のあとはあるけど、もう泣いてなんてない。それどころか、ちょっとニヤついて、その、私の胸に頬をすり寄せている。

「あの、アヤさん?元気になったんなら、離れよっか?」

「いや、アタシ、まだダメだ、元気出ない、出ないなぁ」

アヤはそんなことを言いながら、まぁだ私から離れない。もう、まったく、甘ったれめ…

私はそんなことを思って、ふふっと笑ってから、アヤの首の後ろに腕を回して、そのままギュッと締め上げた。

「ぐ!?いて、いたたた!レナ、痛い、レナさん!分かった、ギブギブ!」

アヤがそう悲鳴を上げたので、私はアヤの頭を解放する。

ほとんど同時に、アヤも私の体を離して私は自分の席へともどった。アヤは、なんかすこしだけ息を荒げながら

「はぁ、びっくりした…」

なんていいながら笑っている。私もそんなアヤを見たらなんだかまた笑ってしまった。

 そうだよ、アヤ。まだ、諦めなくたっていいんだよ。

みんなで無事に地球から逃げて合流したら、今度は私たちが、攻める番。

どんな手を使ってだって、ペンションと船と島を取り返してやる。

たとえそれが連邦政府にケンカを売るようなことになったって、構わない。

私たちの生活を、私達の幸せを壊そうとしたのがどういうことか、とくと味わってもらう必要がある。

 そんなことを思っていたら、アヤが私を抱えて立ち上がって、仮眠用のベッドに押し倒そうとしてきたので、

今度は脳天にチョップをかまして上げた。

フギャっと声を上げたアヤが私を手放したアヤと、私は見つめ合って、どちらからともなく笑い合った。


 


つづく。

次回、たぶん、山場です。
 


らぶらぶカップルめww

マライアはサイコガンダムとかも悲壮感なくぶん回せそう
何が言いたいかというとつまりマラサ(ry

呉に空港は無理じゃ…
山がちな上、周りを島に囲まれてるから軍港として発展したわけで



なにこのイチャコラwもっとやれ

>>588
ジャングルの地下に巨大な基地作ったり
キリマンジャロ山を要塞化したりする
土木技術があれば不可能じゃないと思う。


スルーしたかったけど我慢できない
「クレ試験場完成室」
試験場に完成品持ち込むこの安心感www
わざとやってないかwww

>>589
俺も完成室は突っ込みたかったが、紳士の嗜みとしてスルーしたwwww

>>587
感謝!
この二人のイチャツキっぷりは書いてて安心しますw
マラサイやめいw

>>588
おぉ、具体的に地理に詳しい人が…
ただ、これ空港じゃなくて、アナハイム社の試験場なのです。おっしゃってるように島がたくさんあるので、
その中のどこかをアナハイム社が買い取って、小型機の離着陸くらいは出来る様な滑走路付きの試験場がある、ってイメージでした。

>>589
感謝!
キマシタワーはバベルの塔のごとく伸びておりますw
誤字脱字はス(ry

>>590
それ書いちゃったらスルー出来てないwww


つづきです。

 




 それから7時間。私達の乗るアナハイム社製の偵察機は、北米の西海岸に接近していた。

アヤがヘルメットを被りなおして、無線で呼びかけている。

「こちら、アークバード。キャリフォルニア工場、応答せよ」

<こちらキャリフォルニア第二工場。貴機はニホンからの運搬機か?>

「あぁ、そうだ。進入方位を指示してくれ」

<了解した>

 アヤは工場の管制官と何度かやり取りをしてから機体の高度を下げた。

眼下には、いつかみたキャリフォルニアの街並みが見えてくる。

降下作戦以来かな、10年たった今、あの街をこうして見下ろすなんて…

私がそんなことを考えている間に、アヤはまるでブランクなんかないくらいの手際で偵察機を着陸させた。

「ふぅ」

アヤはそうため息をついてから

「あー、誘導に感謝する。この機体はどうすればいい?」

と管制官に指示を仰ぐ。

<4番格納庫へ収納する。エプロンに入って、左から4番目だ>

「了解、そっちへ回す」

アヤはそう言って無線を終えた。

 アヤはそのまま機体を動かして格納庫の前に着けると、エンジンを切ってヘルメットを脱いだ。私もそれにならう。

後ろに積んでおいたトランクを二人で降ろして、私達は地面へと降り立った。

作業服の男たちが近づいてきて、機体の車輪に何かを取り付け始める。

カレンの飛行機にも似たようなものが付いているのを見たことがある。

機体を引っ張るための車を取り付ける装置なんだろう。

 「ご苦労さまです。確かに、機体は受領しました。ここにサインをお願いします」

作業着の男がファイルを片手に、アヤのところにやってきてそう言う。

「ああ、了解。っと、確か、預かった書類があったな…」

アヤはサインをしてから手持ちのカバンにしまってあったヒロシマの試験場で預かった書類を作業員に手渡した。

 私達は“任務”を終えて、アナハイム社の工場を後にした。

「さて…マライアのやつは、もう着いてるんだろうな…」

工場から出て、そこからタクシーで向かった市街地のカフェでお昼を食べながらアヤがそう言い出した。

「どうだろう?あっちも追われているだろうからね…予定通りに着いていてくれれば良いけど…」

私は自分でそんなことを言って少し心配になった。マライアが頼りないわけじゃない。

ううん、彼女ならもしもの時、命を張ってだって、必ずロビン達やレオナ達を守り通す。

だから、心配なんだ。無茶なことをしてなきゃ良いけど…
 


そんなことを考えていた私の向かいの席のアヤは、ポケットから取り出したPDAでマライアに電話をかけはじめた。

でも、しばらくたっても、アヤは口を開かない。私はその姿をじっと見つめていたけど、少ししてアヤは

「ダメだ」

と発信を止めた。

「繋がらない…トラブってんのかなぁ」

そう呟いたアヤの表情がみるみる暗くなる。私もグッと辛さが胸に込み上げてきら。

マライア…バカなマネだけは絶対にしないでね…もし捕まっても、私とアヤで必ず助け出せる。

変に抵抗してケガでもさせられたり、殺されちゃったりしなきゃ…きっと大丈夫だから…

「まぁ、とりあえず食うもん食って、打ち上げ場の方へ向かっておこう。

 近くまで行って連絡がなけりゃ、探知されるの覚悟でカレンか隊長に連絡してみる。

 何か情報を持ってるかも知れない」

アヤはそう言ってふうと息を吐き、気持ちを切り替えた。

そうだね…今は取り込んでるだけかも知れないし、心配だし、不安だけど…

私達はまず、打ち上げ場のそばにまで行って腰を落ち着けないことには、身動きをとりづらい。

もしマライア達に何かがあったとしたって情報収集も準備もしないままに行動を起こしたら私達まで二の舞だ。

「うん…そうだよね」

私はそう返事をしてとにかくカフェのメニューを開いた。

心配で食事も喉を通らない、なんてかわいげのある感じならよかったけど、残念ながらどうしてこうも、

肝だけは座っているんだか、お腹は空いてしまうんだ。

私はミートソースのパスタを、アヤはピザをラージで頼んだ。

北米のコーヒーはあまり好きじゃないから、アイスティーを飲みながら料理を待った。
 


 そんなとき、ピリリと音がした。アヤのPDAだ。

アヤが慌ててイヤホンを出して端子に差し込み、二人してそれを耳に付けて、通話ボタンを押す。

「マライアか?」

アヤが言うとすぐに、弱々しい声色の返事が返ってきた。

<あぁ、アヤさん…?そっち、大丈夫…?>

マライア…?どうしたの…?なにか、あったの?!

「おい、あんた、大丈夫か?」

<あぁ、うん、大丈夫、ちょっと寝不足でさ…あっババババ!タン、タン、タン!>

銃声!?まさか、マライア、あなた…!

「マライア、撃たれたの…!?」

私は電話口に叫んだ。

<えへへ…バレちゃった?>

そんな状況でもないのに、マライアは笑った。それから、相変わらず弱々しい口調で言った。

「シローさん達とユーリさん達と合流したところに押し掛けられちゃってね…

 へへ、みんなは無事に逃がせたけど、さすがに守らなきゃいけない人の数が多すぎてヘマしちゃったよ…」

アヤがグッと拳を握った。マライア…あなた、どうして…どうしてそこまでするのよ、バカ!

私は叫びだしそうになりながら

「マライア、今どこにいるの?」

と聞く。

「サンフランシスコの新市街のタワーホテルの、2602号室。でも、助けになんて来ちゃダメだよ…

 アヤさんとレナさんは、レオナ達と合流して打ち上げ場を目指して…」

マライアは息も絶え絶えにそんなことを言ってくる。バカ言わないで…あなたをおいてなんか行けない…!

そう言おうとした私をアヤが手で制止して

「レオナ達はどこにいる?」

と聞いた。アヤ、マライアを、見殺しにする気じゃ、ないよね…?

<今、メッセージで連絡先送るよ…ちゃんと、合流してね…>

ブツっと、電話は一方的に切れた。ブルルっとPDAが震えて、マライアからのメッセージが届く。

そこには電話番号のみが表示されていた。
 


アヤが画面をタップしてすぐに通話を始める。

<も、もしもし…?>

すぐに、レオナの声が聞こえた。こっちは無事みたいだ。

「レオナ!アタシだ、アヤだ!そっち大丈夫なのか?!」

<えっと、その、うん…大丈夫>

レオナの少し戸惑った声が聞こえる。レオナもマライアのことを知ってるんだ…

撃たれながら、それでもレオナ達を逃がした彼女の姿を見ていないはずが、感じてないはずが、ない。

「レオナ…ロビンとレベッカは大丈夫か?」

<うん、二人とも、元気だよ>

「そっか、よかった…あんた達も、ケガはしてないんだな?」

<私達は、皆無事だよ>

アヤがレオナとそう話をしている。でも、でも、アヤ…アヤ、マライアを助けに行かないと…!

そう思った私をアヤは真剣な表情で見つめてきた。

「分かってる。あいつはアタシの大事な妹分だ。死なせやしない…!」

アヤから、肌が焼けるんじゃないかって思うくらいに強い感情が伝わって来る。

「レオナ、マライアからこれからの指示は受けてるな?」

<う、うん>

「なら、その通りに動くんだ。アタシとレナはマライアを助けに行く」

アヤは力強くそう言った。彼女の目に迷いはない。

「だから、もし、アタシ達がそっちに戻れなかったら…ロビンとレベッカを、よろしく頼むな…」

ロビンと、レベッカ…私は名前を聞いて、一瞬、目に熱を覚えた。

連邦のニュータイプ研究所に捕らえられたときに感じた恐怖がこみあがってくる。

私が死んだら…私とアヤ、マライアが死んだら、ロビンとレベッカがどれだけ悲しむか…

でも、でも、私もアヤも、マライアを放っておくなんて出来ない…

「ごめん、レオナ。生きて戻れるように努力するけど、約束は出来ないかも知れない…

 でも、私達、行かなきゃいけないんだ。二人のことを、お願いね…!」

<待って!レナさん、アヤさん…私、私は…>

レオナが何かを言い掛けたところで、アヤが通話を切った。

もう少し話したかったけど…でも、アヤ、切ってくれてよかった。

決心が鈍ることはなかったけど、でも、あれ以上話をしても、辛さが募るだけ…これで、良かったんだ…。

私は胸が裂けそうな痛みをこらえて、顔を上げた。

そこには、きっと私もおんなじような顔をしてるんだろう、厳しい目付きをした、アヤの顔があった。

「行こう、レナ」

「うん」

私達は、そう言い合ってカフェから飛び出した。
 


 通りでタクシーを捕まえて、新市街のタワーホテルを目指す。

ホテルはカフェから15分のところにあった。私達は、その15分間をただ黙って過ぎるのを待った。

焦りばかりが心を追いたててくる。私はそれを押し止めるので必死だった。

ホテルは 、新市街の中でも一際高くそびえる建物だった。

見える箇所はないそうも外装もキラキラときれいに整っている。

私達はホテルのロビーに飛び込んで客室係に2602号室のことを聞く。

「あぁ、セミスイートのお部屋ですね。あちらのエレベーターからお上がりください」

客室係は、私達の剣幕にビックリしながら、でも、そう教えてくれた。

私達はエレベーターに飛び乗って、26階を目指した。

マライアに言われた2602号室はエレベータを降りてすぐのところにあった。

ドアが微かに開いていて、隙間に、軍用のブーツが挟み込まれている。

私はそれを一目見て、分かった。マライアの靴だ。

いつも、アヤと一緒に力仕事をするときに履いていた、ティターンズのだけど、すごく性能が良いんだよ、って言っていたやつ…

マライア…お願い、無事でいて…!私は、胸のうちでそう願わずにはいられなかった。

アヤからも、高ぶる感情が伝わってくる。もう一刻の猶予もない。

罠かも知れないのは分かってる、でもこの先に、撃たれたって言ったマライアがいるかもしれないんだ…行くしか、ない。

私を振り返ってきたアヤと目があった。私は、胸になかに巻き起こる焦りと怒りを抑えながら黙ってうなずく。

それを確認して、アヤが静かに部屋のドアを開けて、ゆっくりと中に踏み込んだ。私も、そのすぐあとに続く。

アヤが、右手前のクローゼットを覗いた。

私は、それを横目に進行方向に銃口を向けてアヤのクリアリングが終わるまで待つ。

「クリア」

アヤが囁くように言った。私は、また頷いて見せて、入り口を入ってまっすぐ続く廊下をゆっくりとすすむ。

今度は、左手にドアがある。

アヤがドアに銃口を向けたので、私がノブを掴んで、ゆっくりとドアを開けて中を覗く。

そこはトイレで、誰かが隠れている気配もない。

「クリア」

私も小声でそう報告をして、二人でさらに先へとすすむ。客室係は、セミスイートの部屋だと言ってた。

この長い廊下はそれを物語っている。

無駄に部屋がたくさんあって、ひとつずつをクリアリングしながらさらに奥へと進む。

焦っちゃダメ…アヤに訓練してもらった通り、ひとつずつ、冷静に、確実に押さえて行かないといけない…

でも、マライアがもしこの先のどこかでひどいケガでもしてたら、一分一秒が生死に関わる。

焦っても、熱くなっても、ダメ…落ち着いて、落ち着きながら、急がないと…!
 


 私達はようやく廊下の突き当たりにあるドアへとたどり着いた。

この先はリビング?それとも、また別の廊下…?

アヤがノブに手をかけて銃を構えながらゆっくりとドアを開けた。

隙間から今度は私が銃口を向けて、先の様子を確認する。

気配はない…アヤ、一気に行くの?

 私は、アヤの気配を感じ取った。行く気だ…!

アヤがドアを思い切り押し込んで、自分もドアの向こうへと飛び出す。

私も遅れないようアヤの後ろについて部屋へと踏み込んだ。そこは、リビングだった。

テーブルセットに、ソファーに、大きな液晶テレビにとキッチンまである。

敵の姿はない…いや、マライアの姿すらない。

 部屋には争った形跡なんてなくて、あるのは、テーブルの上に置かれたワインとグラスが二つに、

部屋中のあらゆるところに付けられている、色紙で作った飾りくらい。

まるで、これからここで誕生パーティでもするみたいな部屋だ。

いったい、どうなってるの?部屋を間違えたの?それともマライア、上手く逃げたか…あるいは、もうあいつらに…

 そんなことを思っていたら、アヤがテーブルの上にあった名刺のように小さな紙を手にとって見つめた。

そしたら、今まで構えていた拳銃を降ろした。同時に大きくため息をついて、脱力するようにイスに腰掛けた。

「ア、アヤ、どうしたの?」

私は、アヤの予想外の行動に戸惑って思わずそう聞いていた。アヤはまた、大きくため息をついてから

「これ」

と言って、持っていた小さな紙片を私につき出して見せた。これが、なんだって言うの…?

私は戸惑いながら、それでも周囲を警戒しつつ、その紙片に目を走らせた。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

アヤさん、レナさん、

    結婚10執念おめでとう!

             マライア
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



え?

なに、これ、どういうこと?どういう意味…?ど、どうしてこんなメモが、ここに?

あのエージェントの計画か、それとも…何かの暗号…?

マライアが、私達に何かメッセージを残そうとしたの…?

いや、でも…待って 、なんなの…?

 私は、混乱した頭を整理したくて、アヤを見た。アヤは、ぐったりした顔でポツリと言った。

「ハメられた」

ハメられた…?私達が?誰に?やっぱり、これは罠…?

私達を追跡してた連中が先回りして…でも、この部屋と、このメッセージは、何?

一体、どんな意味があるって言うの?
 



BGMです、PCの人はこれを掛けてつつ続きをご覧ください。
www.youtube.com/watch?v=f63Fo4BZMDA






 不意にどこからか音が聞こえだした。ハッして拳銃を構える。

でも、それは物音なんかじゃなくて音楽だった。


―――10years after、10年後のあなたを見つめてみたい


stay together、そのとき、きっと、傍で微笑んでいたいーーー


この曲…私が昔、良く歌ってた…そう思った瞬間、パッとテレビが光って映像が写し出された。

それは私達の写真だった。

それも、アヤと出会って、ベイカーズフィールドでカメラを買ってから、私が撮った写真だ。

ベイカーズフィールドで撮った写真、フロリダのでした船の進水式、クリスと騒いだ時の写真に、

ペンションを手に入れたときのも、アヤの誕生会も、シロー達と撮ったのも、レオナとレベッカ達が来てからのも…

オメガ隊やレイピア隊のみんな、シイナさん、ユーリさん達と一緒に撮ったやつまで…

私の…私達の 、思い出の写真達だ…

パッと画面が切り替わって、ペンションが写し出された。

<3、2、1、スタート>

<アヤさん、レナさん、結婚10年目、おめでとう!みんなのアイドル、マライア・アトウッドだよ♪>

<引っ込め!>

<黙れ!>

<バカやってないで進めろー!>

<え、ちょ?!ひどくない!?あたし台本通りにやってるだけなのに!>

マライアだ…周りから聞こえた野次は…隊長とダリルさんと、フレートの声…?

<ドキドキの船旅は満喫してもらえたかな?楽しんでもらえてたら嬉しいな!

 さて、ここで今回の計画の外部協力者をご紹介します、どうぞ!

 あぁ、もう、ほら、ジークくんもうちょっと愛想良くしてよね?!>

テレビの中のマライアはそう言いながら、フレームの外から見知らぬ二人を自分の隣に引っ張り込んだ。

見知らぬ…?ううん、この人…この男の方…!東南アジアの船の中で私達に視線を送っていた…あの男だ…!

私は、そこでようやく意味が分かった。アヤが言った、ハメられた、っていうのは、その、つまり…

私達は、マライアに踊らされて…!
 


<今回のドキドキ10年ぶりの逃避行計画は追っ手がいないと盛り上がらないってことでえ~、じゃん!

 こちら!小型のビデオカメラです!これを持ったジークくんとレイラちゃんにアヤさんレナさんを追跡しながら、

 二人の思い出を撮影してもらうことにしました~!

 ではでは、早速、二人の撮影してくれたビデオで旅をプレイバックしてみてね!

 部屋についたら料理が届くようにするから、お酒と美味しい夕食と、それからビデオと夜景でも見ながら楽しんでね!

 それではあたしもこれからいろいろ下準備があるのでこれにて失礼します!

 たった今、アヤさんレナさんを空港で見送ったマライア・アトウッドがお送りいたしましたー!>

プツっと、映像が切り替わった。

そこには、オーストラリアへ向かう豪華客船に乗り込もうとしている私とアヤが、

ニコニコ笑顔で、船のタラップを上っている場面が写し出された…

 全部…全部、計画されてたんだ…私達の情報が漏れたってことも、追っ手も、移民局のエージェントっていうのも、

マライアがこの部屋で撃たれた、っていうのも、全部…嘘!

マライア、これをするためにずっと私達にありもしない情報を流し続けて、ありもしない状況をでっち上げたんだ…!

 私は体が震えるのを感じた。胸のうちから激しい感情がこみあがって来る。

私は、それを抑えきれずに、アヤに言った。

「アヤ、マライアに、電話」

「え?あぁ、えっと、うん」

映像に見入っていたアヤはPDAを取り出してマライアに電話をかけ始めた。

そのとたん、テレビのすぐ脇にあった小さな戸棚から、ピリリリと言う呼び出し音と共にゴソゴソモゾモゾと言う音が聞こえ出す。

まさか、と思って、私は拳銃を手にその戸棚に手をかけて開けてみた。

「ふぎゃっ」

そう、悲鳴とともに中から何かが転がり出てきた。何かが、って言うか、まぁ、マライアなんだけど…

「あ、へ、へへへ…そ、その、時間がなくてどうしてもビデオをうまいタイミングで流すシステム組めなくってね…

 だから、その…マニュアル操作で…」

マライアはバツが悪そうに苦笑いでそう言いながら、そそくさと立ち上がった。それから

「お、お邪魔しました!その、えっと、楽しんでね!」

ときびすを返して部屋から出ていこうとする。

「マライア、待って」

そんなマライアを私は呼び止めた。マライアはピタッとその場で止まってポリポリ頭をかきながら

「いや、レナさん、今日は二人でゆっくりしててよ…その、お礼とかは別にいらないからさ…」

なんて照れ笑いを浮かべた。



頭の中で、バツン、と 何かが弾けた。


 


私は、抑え込んでいた感情を爆発させてマライアにとびかかった。

胸ぐらをつかんで拳銃を投げ捨てた右手を振り上げる。

「このバカ!どれだけ心配したと思ってんの?!ふざけるのも、大概にしなさい!」

振り上げた右腕を叩きつけようと思った瞬間、手首をガシッっとなにかに捕まれた。

アヤが私の腕を、優しく捕まえていた。でも、私の怒りはおさまらない。

もっとなにか言ってやりたい、そう思ってキッとマライアを睨み付けた。

そしたら、マライアは、目に涙をいっぱいに溜めて

「ごめんなさい…でも、だって…違うもん…違うんだもん…」

って、ブルブル体を震わせながら言ってくる。なに、いいわけをしようって言うの!?

胸ぐらを掴む手に力を込めて、マライアの首元を締め上げる。マライアはついに目から涙を溢して言った。

「隊長がやろうって…だから、それで、あたしは…ひぐっ…ごっ、ごめんなさい、ごめんなさい、レナさん…

 えぐっ、ごめん、ごめんなさい…」

最後の方は言葉にならないで、マライアはまるで子どもみたいに大声で泣きわめき出してしまった。

そんなマライアの様子に、私は我にかえって、呆然としてしまう。

そんな私の肩を抱いて、アヤが、耳元で囁いてくれた。

「怒っていい。さすがにこれは、マライアが悪い」



 


つづく。

次回、ラストパートです。
 

×執念
○周年

突っ込まれる前に自爆してやる!w

誤字をあえて目立つ場所に配置することにより
思わずスルーしてしまうという読者の心理を突いた高等戦術



これからアヤレナさんの復讐……じゃなくてお礼参り……でもなくて感謝の正拳突き一万発が始まるのか!

>>604
しかも誤字のチョイス(?)が絶妙なww
かえって楽しめるようになったかもw





……お願いします。一回だけでいいから読み返してから投稿ボタン押してくれませんかねぇ?

そこをニヤニヤしながらスルーするのが俺たちに与えられたミッションなワケだな

誤字ばっかで内容のリアクションがなくて凹むorz
まぁ、誤字るやつが悪いか…

そこはほら、キャタピラの文章自体には安心して読めるアレがあるからな。

そこで誤字ですよ

「画竜点睛を欠く」ってやつだ。
考証、キャラ、プロット、文章。
他が素晴らしいだけにつまらん誤字なんかで完成度が下がるのが「もったいない」って言ってるわけだよ。
ひとつの誤字が目立つからこんな流れになるのよ?

カミーユ「修正してやる!!」
……お願いしますよ

内容もさることながら、誤字のチョイスが絶妙すぎて笑ったwww

過ちを気に病むことはない。ただ認めて次の糧にすればいい。それが大人の特権だ。

と、全裸さんも言っておる。

アヤレナが思ってたより早く着いちゃったもんだから
マライアたんが慌ててカード書いて誤字ったと脳内変換してみ?


ちょっと幸せな気分になっただろ?

さすがに一番重要な文字の誤字だからな・・・

みんな、俺、がんばるよ…!
まぁ、マライアが間違えてるのは執念だけじゃないんですがね(笑)

あ、執念は俺のせいか…


皆さんに叱咤激励されて、キャタピラ、行きます!


続きです。
 


「だぁ…すまなかったな、レナさん」

隊長が代表してレナにそう謝っている。レナは苦笑いで

「気持ちは嬉しいんですけど、ちょっと行き過ぎでした」

なんて言った。そんなレナの膝を枕にマライアは泣きつかれて寝息を立てていた。

アタシ達はあれから、マライアをなだめすかして話を聞いた。

そしたら、みんなこのホテルに部屋を取ってる、と言うので、とりあえずアタシが一人でレオナのところに行った。

ロビンとレベッカはニコニコしてアタシ達に

「旅行はどうだった?」

とか

「レオナママ達と水族館っていうとことに行ったんだよ」

とか楽しそうにしてるので、アタシも楽しかったよ、ありがとうって言ってやった。

二人にはまだわからないだろうしな。

 それとは正反対に、レオナはすっかり凹んでいた。話を聞いたら、レオナは最後まで反対したらしかった。

でも、隊長やダリルに押しきられて協力することになったんだって言う。

マライアが撃たれた、って話を聞いてからすぐに電話をしたレオナは、

アタシ達に本当のことを言おうとしてくれたらしい。

でも、動転してたアタシ達はレオナのそんな様子には気づけなかった。

 マリオンは、この事に疑問を感じつつでも、そう言うものかな、と思って口を出さなかったと言う。

マリオンは隊長達をまだよく知らないし、仕方ないよな。

レオナとマリオンを慰めて、アタシは二人をレナのところに連れてって話をさせた。

レナはいつも通りに優しく笑って、

「もう、いたずらもほどほどにしてよね」

なんて、言ってやってた。

 それから今度は他の連中も集めて、今、だ。

隊長め、アタシだけを引っ掛けるならまだ笑ってすむかもしれなかったけど、レナのことは予想外だったみたいだ。

「なんだ、そう言うことだったのかい」

ワインのグラスを傾けながら、ユージェニーさんが呆れてる。

この手のイタズラをユージェニーさんは絶対に諾とはしない。

こりゃぁ、このあと隊長は個別で説教だな…うぅ、考えたら寒気がしてきた…でも、まぁ、ザマ見ろってんだ。

アタシは良いけど、レナを怒らせた分はしっかり反省してほしいもんだな。

 結局のところ、マライアとレオナがアタシ達に旅行でも行って来なよ、って言ってきたところから隊長の計画は始まってたんだ。

オーストラリア行きの船に乗るときにはすでにあのジークって見張り役が先回りしてて、

オーストラリアから東南アジアへ向かう航路でマライアの話を聞いたアタシ達が感覚を総動員してジーク達を感じとることも、

撃たれた、でも先に逃げて、とアタシ達に言えば、絶対に助けにここへ来るだろうってことまで、全部お見通しだった、ってワケだ。

そりゃぁ、隊長にダリルとマライアがセットになったら、いくらアタシだって簡単に踊らされるよな。

隊にいた頃はダリルに良くこの手のイタズラは掛けられてたから、

アタシ達は、あぁ、またか、悔しいなって感想くらいしか沸かなかったけど、レナはそうじゃないもんな。
  


 まぁ、でも、とにかく。

みんなが危険じゃなかったんだ、って言うのと、明日になればいつもみたいにペンションに帰って大好きな海と船と、

レナにロビンにレベッカ、レオナとマリオンと、シイナさん達にユーリさん達、あとカレンにデリクにソフィアに 、

施設の連中やシャロンちゃんと、今まで通りに暮らしていけるんだ、って思ったら、本当に安心しちゃって、ちょっと泣けた。

 その晩、ロビンとレベッカに、レオナとマリオンに、

あと、相変わらず寝こけているマライアもこのセミスイートに泊まることになっているんだ、とレオナに聞かされた。

マライアめ、こんな良い部屋、誰よりも自分が泊まってみたかったに違いない。

だから、こんなにベッドがいくつもある部屋なんだな。

本当にアタシとレナを祝うって意味合いももちろんあったんだろうけど。

ロビンとレベッカは、昼間動物園にも行ったらしく、隊長達と騒いだらすぐに疲れたみたいで、

眠そうな目をこすりながら眠い、というので、アタシが一緒に風呂に入って、

クイーンサイズのベッドに二人を寝かせてやった。

レオナとマリオンも、それにずっとくっついていたらしくて、早々に眠そうになっている。

アタシもレナも疲れているはずなのに、あの脱力するようなドッキリをバラされてからは頭がどうかしちゃったみたいで、

最初はレオナとマリオンも交えて話をしてたけど、二人が寝ちゃってからも、ジャンパンを開けながら話し込んでいた。

 酒の肴は、デリバリーで頼んだピザと、それから、マライアのカラバ時代の知り合いだっていう、

ジークとレイラってのが撮ってくれたあのビデオだ。

 オーストラリアに行く船じゃ、もうワクワクだったよね、なんて言ったり、

ジークの姿を確認するときに壁に持たれて抱き合ってたアタシ達はこれ、完全に挙動不審だよな、とか、

コーヒー豆を売っている店の前でのやり取りを見て、

あぁ、そういえば、明日の朝、あの豆でコーヒー淹れてみようか、ドリップするやつあったかな、とか、

まぁ本当にそんな他愛もない話だ。

 でも、なんだかそれが楽しくって、嬉しくってアタシもレナも、おしゃべりを止められなかった。

アタシは、といえば、毎日一緒にいるはずのレナなのに、いつも以上に気持ちが弾んでいるように感じられていた。

マライアのおかげなんだろうな、なんて思ってはいたけど、

それを口にするとまたレナがご機嫌を損ねちゃいそうだから黙っといた。

 「そういえばさ、もうひとりのレイラ、って子も、強化人間だって言ってたけど、アヤは彼女の気配は感じてた?」

「いや、全然。あっちの子は、わりとノリノリだった、って言ってたから、

 まぁ、アタシらが敵意とか、変に監視されてる、みたいな感じを受けなかったんだろう。

 あのジークってのから感じたザワザワするのは、

 たぶん『なんで俺がこんなことしなきゃなんないんだ』っていうようなことだったのかもしれないな」

「あぁ、それはありえるよね。楽しいとかって感情は割と他の人たちの中に紛れ込ませやすいからね」
 


レナとふたりでそう笑っていたら、もう4時間は眠っていたマライアが、突然ムクっと起き上がった。

「あぁ、やっと起きたか。そこは本来、アタシ専用なんだからな。レンタル料払えよ」

アタシはとりあえずそんな軽口をたたいて笑ってやる。でも、マライアは呆けた顔をして、

「あれ、あたし、どうしてたんだっけ…ここ、どこ?」

なんて言い出した。こいつめ、寝ぼけてやがる。

「バカ、あんたが取ったホテルだろう?キャリフォルニアで、アタシらをハメるための」

アタシがそこまで言ったら、マライアの表情がまた引きつった。

それから、すぐ脇にいたレナを見るや、1メートルくらい飛び退いて、床に座り込んで頭を地面にこすり付けだした。

あぁ、なんだっけ、これ、確か、ニホン式の謝罪の仕方なんだよな。

昔、文化を紹介するテレビ番組でみたことある。マライア、なんでそんなこと知ってんだ?

「ごめん、レナさん…あたし、二人をびっくりさせたくて、よろこんで欲しくて、

 計画する自分ばっかりが楽しくなっちゃって、レナさん達がどんな気持ちになるか、って考えてなかった…

 許してとは言えないけど…とにかく、ごめんなさい…」

まったく、謝るくらいならやるなよな、なんて、冷たいことも言えたんだろうけど、

アタシは黙って、レナをみやった。レナはそんなマライアの奇妙な謝罪にクスクスっと笑顔を見せて笑っていた。

 「もういいよ、マライア。仲直りしよう」

レナはそう言って、空いていたグラスにシャンパンを注いでマライアに差し出した。

マライアは顔をあげて、ウルウルした瞳でそのグラスを受けとる。

アタシじゃないんだ、レナがいつまでもしちゃったことを怒ってるわけないだろう?

「怒鳴って、ごめんね。私達のお祝いをしてくれようって思ってくれたのは、本当に嬉しかったよ。ありがとう」

レナがニコっと笑って言う。マライアは、また、ボロボロ涙をこぼしながらそれでも

「うん…ごめんね。ふたりとも、結婚、10周年おめでとう!」

なんて言って、グラスの中身を一気に飲み干した。

それからマライアはレナの座っていたソファーに戻って、擦り寄るようにして腰を下ろす。

マライア、あんた今日は随分とレナにべったりしすぎじゃないのか?

まぁ、別にいいけどさ…いや、良くはないけど、でも、マライアだし、別に、良い…

いや、でも、あぁ…うーん…良い、ような、気がしないでもないような気がするかもしれない、な、うん。うん?

 アタシはそんななんだか複雑な気持ちになりながら、でも、ふたりの様子を眺めていた。

「よかった、嫌われちゃったらどうしようか、ってずっと思ってた」

マライアが体を丸めながらレナに言う。レナはあはは、と笑って

「嫌いになんてなるはずないでしょ?家族だもん。

 悪いことしたり、イヤだと思ったら、それを伝えるし、ときには叱ったり、気持ちをぶつけることはあるけどさ。

 でも、それはどこの家族にだってあることでしょ?それとおんなじだよ。

 心配かけて、しかもそれが、嘘でお遊びだったんだ、なんて、マライアだって、

 ロビンやレベッカがおんなじようなことしたら、やっぱりいけないことだ、って叱るでしょ?」

とマライアの肩を抱いて、ポンポンと叩く。マライアは無言でコクコク頷いて、それから

「あたし、家族で、いいんだ…」

なんて、ポツリ、と言った。
 


「当たり前じゃない。ほかになんだと思ってたの?」

「えぇ?そりゃぁ、アヤさんの…妹分?」

「あはは、まぁ、そうなんだろうけどね…

 私はね、アヤも、あたなも、ロビンもレベッカも、レオナもマリオンも同じだと思ってるよ。

 それから、離れて暮らしてるアイナさんも、だけど…家族だって、そう思ってる」

レナの言葉に、マライアの目がまた潤んだ。まぁ、レナ、アタシもそれには反論なしだ。

そもそも、マライアはアタシの妹、だしな。

「え、じゃぁさ、例えばあたしがレナさんの子供産みたいって言ったら、卵子くれる?」

「んー、アヤと相談だけど、別にいいよ?」

いやいやいやいや、待て、待ってレナ!今のは聞き捨てならないぞ!

「ちょっと!レナ!レナさん!あんた、それ問題発言だぞ!?」

アタシが声を上げたらレナはクスクス笑って

「なぁに、ヤキモチ?」

なんて言ってくる。

「そ、そうじゃないけど…!」

「じゃぁいいじゃない。みんな家族。差別は良くないと思うんだ」

い、いや、差別とかそうじゃなくって!

アタシとレナとの間に子どもがいるのは、それはアタシ達が結婚したからであって、だから、えっと、つまり、

アタシはその、レナが、えっと、大事で、その、あぁっと、大事にな、パートナーだと思っているわけで、えっと、だから…

「レナさん、優しい…!もう、ケチんぼアヤさんなんて知らない!あたし、レナさんが好き!」

マライアはあろうことか、そんなことを叫んでレナに抱きついた。

レナはレナで、マライアを抱きとめて、アタシがいつもレナにしてやるみたいに頭をポンポン叩いて

「うんうん、ありがとう、私もマライアが好きだよー」

なんて言ってる。

 ダメだ。もう、我慢できない…!

「マライア!その場所はアタシんだ!どけ!」

アタシはグラスをテーブルに置いて、マライアの体をレナから引き離しながらその隙間に体を割り込ませた。そしたら珍しくマライアが反抗的に

「なによ!邪魔しないでよ!あたしとレナさんの愛の語らいを!」

なんて言ってきて、ペシペシアタシをひっぱたいてくる。この!この!!マライアのクセに、生意気だ!

アタシはその手首をひっつかんでひねってやろうとするけど、体勢が悪くてうまくやってやれない。

「あぁ、モテる女は辛いなぁ」

レナはアタシとマライアの下敷きになりながら、そんなことを言って笑っている。

それから、ハッとした顔をして、

「それじゃぁ、こうしよう!私に愛を囁いてくれて、私がキュンとなった方が勝ち!」

なんて言い出した。

 ななななな、何言ってんだレナ!そ、そ、そ、そ、そ、そんなの、アタシに出来るわけないじゃないか!

そう言ってやろうとして、アタシはハッと我に返った。

 違う、これ、アタシ、遊ばれてる…!

レナめ、これ以上アタシの調子を狂わせられると思ったら大間違いなんだからな!
  


「んじゃぁ、しょうがない。マライア、レナはふたりで共有することにしよう」

「え?なに、そう言うチョイスがあるの?」

「あぁ、レナは懐が広いから、二人を抱えるくらい、ワケない。

 ここはアタシ達二人でレナを喜ばせてやったほうが良いと思うんだ」

「うんうん、いいね。どうするの?」

「レナは、くすぐられるのが好きなんだ。押さえつけられて脇腹くすぐられると、そりゃあもう幸せなんだそうだ」

アタシはそんなこと言いながら、下敷きになっているレナを動けないように押さえつけた。

「そうなんだ!じゃぁ、遠慮なくくすぐってあげないとね!」

「ちょ、え!?アヤ、マライア…!ま、待って!」

「待たない!覚悟しろ!」

「や、や!いやひゃはははははは!」

抵抗するレナを二人で押さえつけて、

アタシはマライアと一緒にレナの脇腹に思いっきり指先を立ててモゾモゾ動かしてやった。

レナがジタバタしながらアタシとマライアの下で大声を出して笑っている。

「ひっ!ひぃぃっ!やめ、やめてっ!うひっ、あはははは!」

なんだかおもしろくなっちゃって、アタシはどんどんコチョコチョをエスカレートさせていく。

そんなとき、バタン、と大きな音がした。

 ちょっとびっくりして振り返ったら、そこには不愉快そうな顔をしたレベッカが居て、こっちをじっと見つめて来ていた。

と思ったら、レベッカは

「なんじだと思ってるの!レナママも母さんもマライアちゃんも!みんなの迷惑でしょ!静かにしなさい!」

と言い捨てて、バタン、とドアを閉めた。

 アタシは、いや、マライアもレナも、だけど、あまりのことに唖然としてしまった。

でも、そのあとで、なんだか可笑しくなって、三人で声を押さえて笑い転げた。

「そういえば、マライア」

アタシはふと思い出したので、マライアにそう声を掛けた。

「ん、なに?アヤさん」

「あんた達、ずっと結婚10周年って言ってたけどさ、10周年なのは、出会ってから10年目で、結婚したのは7年前だぞ?」

「ふぇ!?うそ…?!それ、最悪じゃん!一番やっちゃいけないミスじゃん!うわぁぁ!そうだよ!

 アヤさん達が結婚したのって、シイナさんをアルバに送ったあとじゃん!

 あぁ、なんでそんなことに気が付かないんだ、、あたし!バカ!バカ!!あたしのバカ!」

アタシの話を聞いて、頭を抱えて苦しみだしたマライアを見て、また、アタシとレナは声を上げて笑っちゃった。
 







 「おーい、レナ!部屋の準備大丈夫そうかな?」

「うん!こっちは平気!レオナ、夕食の準備は間に合いそう?」

「あ、うん!掃除終わったマリオンが手伝ってくれてるから、大丈夫!」

「アヤさん、アヤさん、大変!オンボロから油漏ってる!」

「だぁ!?あいつ、先月メンテしてやったばっかだってのに!

 マライア、油バケツで受けといてくれ、工具持ってすぐ行く!」

「了解!まかせて!」

 あれから一週間して、私達はいつものペンションの日常に戻った。

私は部屋のセッティングを終えて、剥したシーツと枕カバーに、毛布と、それから少しだけ出たゴミを袋に詰めて、

2階の客室から玄関ホールへ降りてきたところだった。

 アヤが階段下の倉庫から工具箱を取り出して外へと駆けて行く。

ホールの方からは、バーベキューソースの焼ける良い匂いがしていた。

今日の献立は、豚肉のステーキと、コンソメのスープにサラダと、

それから珍しく市場に出張ってきてくれてたパン屋のおじいちゃんに安くしてもらったふわふわのバターロールだ。

 これから、遅入りのお客さんを空港に迎えに行くところ、のはずなんだけど、オンボロ号はどうやら体調不良みたい。

困ったな、ワゴンのエレカの方は、充電池取り換えとミッション系の調整で修理工場に見てもらってる、っていうのに。

 私はシーツやなんかをリネン室の洗濯カゴに突っ込んで、ゴミを外のダストボックスに捨てるついでにガレージを覗いた。

アヤがジャッキアップしたオンボロの下に潜り込んで、

傍らのマライアにレンチを取れ、だの、テープが欲しい、だのって言っている。

「アヤ、間に合いそう?」

「あぁ、レナ!ちょっと微妙だな…油止めておくバッキンが相当劣化しちゃってる。

 テープで止めても漏れが止らないようだと、ちょっと危なっかしくて走らせらんない」

私が聞いたら、アヤは車の下からそう声を張り上げて答える。そっか、それは、困ったな…
 


 「車、動きそう?」

ボソボソって声がしたので振り返ったら、マリオンがガレージの入り口のところに立っていた。

「いやぁ、なんか雲行きあやしいみたい」

私が言ったら、マリオンはうっすらと困った顔になった。これは、代替案を考えておいた方が良いかもしれないね。

「カレンのところに連絡して、会社の車借りれないか聞いてみるよ」

私が言ったら、アヤが相変わらず車の下で

「あぁ、そうだな。こりゃぁ、ちょっと、新しいパッキンないと修理は無理そうだ…

 とりあえず、この漏れてる油を全部抜いとこう。

 マライア、あんた、カレンのところまで走ってって、そのままお客迎えに空港行ってくれないか?

 アタシはこいつをなんとかしちゃいたいからさ」

なんて大声で言っている。

「オッケー、じゃぁ、着替えて行ってくるよ!」

マライアはよれよれに汚れたツナギの作業着姿だから、そうしてくれた方がいいね。

「あ、そうだ。マライア、キッチンに、パン屋のおじいちゃんがおまけしてくれたクロワッサンが入った袋があるから、

 それ、お詫びに、って持って行って」

「うん、任せて!」

マライアはそんなことを言いながら、小走りでガレージから飛び出していった。

 「ちぇ、参ったな、これ。どれだけ漏って来るんだよ?なぁ、このオンボロ買い替えようよ」

「なに言ってんの。この車だけは、絶対に売らないんだからね」

アヤの言葉に私はそう言ってあげた。思い出の品だから、なんて、言わなくても分かってるでしょ!

「もう、物持ちが良いのは悪いことじゃないけどさ…夜のウミホタルの方の準備もしなきゃいけないし…

 参ったな、これはアタシ、夕飯抜きコースだ」

「あとで差し入れ持って来るから、頑張って!」

アヤがぶつくさ言うので、私はそう言って励ましてあげた。と、なにか、強烈な気配がして、私はハッとした。

この感じ、レオナ、だ。なにかあったのかな?

「お塩のストックが、ない…」

ボソボソっとマリオンが言った。ほとんど同時に、私はレオナからのSOSを感じ取っていた。

あぁ、しまった!今朝の買い出しで買わなきゃいけないの、忘れてた!

「ペンション防衛隊、さんじょう!」

「お困りですね!」

私がどうしようかと思ってたら

突然そんなことを叫んで、学校から帰ってきたらしいロビンとレベッカがガレージに駆け込んできた。

「おかえり!」

私は飛びついて来た二人を抱きしめてあげてから、

「ごめん、お願いしていい?」

と聞いてみる。二人はそっくりのニコニコ笑顔で

「大丈夫!」

「任せて、さんぼうちょう!」

って答えてくれた。ホントに助かる!私は二人に紙幣を一枚持たせて、学校からの帰り道にある商店へと送り出した。
 


 さて、じゃぁ、私達もやることをやりに戻らないと…!私はそう思って、マリオンをみやる。

マリオンはいつものように微かに笑って

「洗濯と、アイロン掛け、ですね」

って分かってくれた。

うん、あれだけは今日中にやっておかないと、明日は大口のお客さん来るから足りなくなっても困るしね!

「行こう、マリオン!アヤ、車お願いね!」

「分かったよ!“思い出の品”だもんな!」

やけっぱち、って感じでアヤが言うので、思わず笑ってしまった。

 こんな何気ない毎日が、私にとっては幸せだ。頼れる人がたくさんいて、困ったときは甘えられて、

辛い時は一緒に泣いてくれて、楽しい時には一緒になって楽しめる、大事な大事な家族たち。

10年前、キャフォルニアに降り立ったときには、こんなこと想像すらしなかったな。

アヤに出会って10年、本当にいろんなことがあった。

楽しことも、幸せなことも、辛いことも、痛いことも本当にたくさん。

家族を失ってしまった私ひとりでは、到底ここまで生きてなんてこれなかったろうな。

アヤと、ロビンとレベッカに、それからアイナさんにシロー、オメガ隊のみんなに、レオナに、シイナさんに、ユーリさん達。

地球に攻め入った私に、こんな幸せが待ってるなんてね…

こんなに嬉しくて幸せなことって、きっと他にはそうそうあるものじゃないんだって、そう思う。

「レナさん、大変!今日、部屋空きないか、って電話!」

「えぇ!?分かった!すぐいくからちょっと待ってもらって!」

お客が増えるの!?夕飯のおかず、材料足りるかな…?!

部屋は今日と明日なら空いてるけど、そっちが心配だな…とりあえず、電話に出ないと!

「マリオン、ごめん、アイロンと洗濯お願い!私、向こうに行ってくる!」

「うん、分かりました」

マリオンがニコっと、優しい笑顔を見せてくれた。

 忙しいしなんだか急なトラブルだらけだけど、でも、今日も今日で、良い天気だ!






 ―――――――――――to be continued to CCA


以上です!

今回もお読みいただき感謝!
 


いつまでも平和が一番やなあ

乙!
無事完結おめでとう。今回も安心して楽しめた!



うーん、大団円!
読み終わりにすげーほっこりした。
良い終わり方だったねえ

ところで業務用の砂糖10kgが空になってるんだけどアヤレナマのせいだったか。
どうりで甘すぎると思ったぜ。

おつかれー!

いつもの事ながらエンディング最高や…

大人を叱るレベッカたんかわええなwwwwww

お疲れ様でした!
すごく楽しめました。でもこれで終わりと思うと少し寂しいかなww

乙かれ~
レオナwwwwww

乙、本当に乙

>>567
うへへ、予想通りだったぜえ
ただしこれは決して「展開が読めて面白くなかった」というわけではなく、「ああ、こうだったらいいなあ。こうだったら素敵だなあ」って思い浮かべていたものとドンピシャだったという感じwwww
最っ高の気分だwwww

乙!!

お疲れさん
読み返しのループに完全にハマって抜けられんww

怒りに来た時のレベッカは

・眠そうな半眼
・三角のナイトキャップとピンクのパジャマ
・右わきに大きな枕
・左手にはウサギのぬいぐるみの耳もって引きずってる

で脳内再生完了

一方、ロビンはレベッカの激昂もどこ吹く風でベッドのど真ん中で大の字で爆睡中なんですね、わかりますw

>>625
感謝!
平和を求めて、旅をしてきたみなさんでした!

>>626
感謝!!
ここまで読んでいただけてありがとうございました!

>>627
感謝!!!
彼女たちには、こういう日常が似合います。
レオナが塩が足りない、と言ったのは、甘すぎたからなのかも知れませんw

>>628
感謝!!!!ありがとうございます!
レベッカちゃんはおもいつきでしたが、かわいいですね♪w

>>629
感謝!!!!!
ループしてくれていいんですぜ!?

>>630
感謝!!!!!!
レオナって、コメディやらせたくなる不思議でしたw

>>631
感謝!!!!!!!
予想してくれてた人!
当たってた上で楽しんでいただけているとは、嬉しい限りです…!

>>632
感謝!!!!!!!!

>>633
感謝!!!!!!!!!
ぐるぐる回ってください!

>>634
的確な再生にわろたw
昼間に動物園行ってますしね、うさぎのぬいぐるみ持ってそうw

>>635
そのイメージもありました!
ロビンはアヤ似、レベッカはレナ似+レオナ少々なイメージです!



たくさんのレスありがとうございました。

名残惜しいですが、キャタピラはそろそろ、冬眠の準備に入ろうと思います。

次回作がいつ、どんなものになるかはまだ、モヤモヤっと頭の中ですが、

彼女たちに負けない物語を書いていけたらなと思います。

ここまで読んでいただけて、本当にありがとうございました。



・・・


ときれいに幕引きしたい気持ちもありつつ…

もう一つだけ、書いておきたいことがあったのです。

以下、蛇足かもしれない、もう一つの主人公たちです。

 


 「おい、準備大丈夫か?」

「うん、こっちは平気。なんだっけ、オールグリーン?」

「ははは、無理に難しい言葉を使わなくなっていいさ。操縦はこっちに任せておけ。

 そっちはのんびり、宇宙の旅を満喫していてくれてて構わないから」

俺の声掛けに返事をしたニケにそう返してやった。

 俺たちは、ルオコロニーの港に居た。小型のシャトルを手に入れて、地球に向かう。あれからもう4年だ。

レオナ達は元気だろうか…?

メッセージやなんかでやり取りは続いていたし、写真なんかも送ってもらったりはしていたけど、

こうして会うのはあれ以来、だ。楽しみだ、と言うのが正直なところだ。

 「こっちに、って、マークは計器見てるだけでしょ?」

横からハンナがそう口を挟んでくる。ノーマルスーツの中で、いつものいたずらっぽい笑顔が光っていた。

相変わらずのハンナのこんな調子にもすっかり慣れたな。

「はいはい、分かったよ。ルオ管制室、こちら第3ケージ。出港準備完了した。指示を頼む」

俺はハンナをあしらってから港の管制室にそう無線を入れた。するとすぐに女の管制官の声で

<了解。ケージ内のシール完了を確認。外部ハッチ解放します>

と聞こえてきた。それと同時に、目の前のハッチが音もなく開き始める。

その向こうには、漆黒の宇宙が広がっていた。

「ケージ開放を確認」

<了解。アームロック、解除します。5、4、3、2、1、解除>

「解除、確認」

俺は計器で、シャトルを固定していたロックの解除を確認して報告を入れる。

<了解。出港、してください。お気をつけて>

「感謝する」

そう返事をして、無線をきった。それから、操縦桿を握るハンナの方をチラっと見やる。

ハンナはコクっとうなずいて、ペダルを踏み込んだ。

シャトルがスラスターを吹かしながらゆっくりとコロニーの外に進んでいく。

やがて、港から出ると、ハンナがスロットルを開いて加速を始めた。
 


 俺たちの目的地は、地球。北米のシャトル降下場だ。

そこから車で1時間ほど行ったところにある空港へ向かって、そこに“迎え”が来ている、と言う話になっている。

ハンナの操縦で、無事に北米へ降りられれば、のことだが。

 ハンナは、このコロニーに来てから暇だった、と言うのもあって、シャトルの操縦免許を取った。

1年も学校に通って、ようやく、だ。別にギリギリ卒業とかってわけでもないし、

まぁ、それなりの技術はあるんだろうけど、ハンナの操縦、と言うだけで、どこか不安になるのは俺だけだろうか。

 「地球かぁ、久しぶりだな」

もう、体つきだけはすっかり大人と変わらなくなったサビーノが言っている。

「ね!地球行ったら何しようかなぁ」

ニケの声も聞こえる。サラとエヴァは、いつもみたいにそれを見てニコニコしているんだろうな。

 それからこのシャトルには、もうひとり、お客が居た。

先日、俺たちは今日と同じように、コロニーを出て、地球を目指した。

だが、運悪く俺たちの選んだ航路は

アクシズを落そうとするネオジオンとそれを防ごうとするロンドベルだかってやつらとの戦闘区域を掠めた。

あわてて引き返している最中にサラとエヴァがわめきだして、俺がビビりながら船外に出て、

壊れたモビルスーツの中から、一人のパイロットを回収した。

あのときみた、地球を覆うみたいな緑の光は、なんだったんだか…

ハンナ達はそれに何かを感じ取ったらしいけど、俺はまぁ、きれいなだぁなんてのんきに思っていただけだった。

ま、悪いものじゃなけりゃぁそれでいいんだけどな。

 助け出したパイロットは、体中骨折していた。無理な機動でもして体に負荷が掛かったような感じだった。

乗っていたモビルスーツは、ネオジオンの量産機のようだったが、

どうしてここまでボロボロになるような操縦をしたのか、不思議に思っていた。

 俺たちはコロニーに引き返して、病院まで彼女を運んだ。

すぐに集中治療室に入れられた彼女は、三日三晩眠り続け、四日目の昼間、俺とニケとで様子を見に行ったときに、目を覚ました。

彼女は、最初は呆然としていたけど、しばらくして俺たちが助けて、ここに運んだんだ、って話をしたら、

ようやく生気を取り戻した感じで、ワッと泣き出したのを覚えている。

 話を聞いたら、どうやら、あの戦闘の終盤、大気圏に突っ込みそうになったアクシズを

モビルスーツで押し戻そうとしたパイロットが居たらしい。

それを見た一帯に入り乱れていた部隊や、遅れてやってきた連邦の援軍なんかが加わって、

仕舞いには、ネオジオン軍でさえ、アクシズに取り付いて押し戻そうとしたらしかった。

彼女はその中にいたらしい。

だけど、大気摩擦のせいなのか、なにかものすごい強い力に煽られて、

彼女の機体を捕まえてくれたジェガンのがんばりもむなしく、宇宙に弾かれてしまったんだという。

そこへ、たまたま引き返していた俺たちは通りかかった、ってわけだ。
 


 彼女は、ミシェル・ジェルミだと名乗った。ネオジオンでは、軍曹だったらしい。

だが、ネオジオンは先の戦闘でほぼ壊滅、残ったやつらはまた潜伏したって情報が入っている。

彼女にそのことをつげはしたものの、ほとんど感慨もなさそうに

「そうですか…」

とぼやくように言っていた。どうやら、あの緑の光に当てられたらしい。

あれは、それくらい強い意志の宿った何かだった。戦うこととか、奪い合うことがバカらしいと感じられるくらいに。

 そんなわけで、俺たちはコロニーで彼女の体が治るのを待った。

まぁ、急ぎってわけでもなかったから、特に支障もない。

1ヶ月ほどしてなんとか動けるようになった彼女に俺たちのことを話したら、一緒に連れて行ってほしい、と言うので、今だ。

彼女にしてみたら、おそらく地球なんて脚も踏み入れたことのない場所だろう。

そこへ行きたい、といった彼女は、なにか、新しい人生を探そうと思っているように、オールドタイプの俺には見えた。

ま、本当のところはどうなのか知らないが、ハンナも子どもたちも何も言わないから

変な気を起こすようなやつではないんだろう、と、そうとだけ思っておくことにしていた。

 「よし、巡航軌道に入った。楽にしていいよ」

ハンナがそう言って、ノーマルスーツのバイザーをあけた。俺はヘルメットごと脱いでため息をつく。

 正面の窓の外には、あの青い星が、静かに美しく浮かんでいた。



 





 「ほれ、メシだぞ!」

俺はそう言って、シャトルの中のダイニングテーブルに、今晩の夕食を並べた。

「うは!私、このエビのピラフ!」

ニケが率先してピラフの袋を抱え込む。サビーノ達もハンナもあぁでもないこうでもないと言いながら、

冷凍食品のパッケージを選んでいる。俺はまぁ、食えれば何でもいい。あまったのをいただくことにしよう…

あぁ、だから、

「ミシェル、好きなの選んでいいんだぞ?」

と言い添えてやった。遠慮がちなのは、救助して意識を取り戻してからずっと変わらない。

堅っ苦しいのは苦手だ、って言ったろ。

他人行儀にされるのも、案外疲れるんだよ、普通でいいんだ、とは、何度も言ったけどあまり効果はないらしい。

そうなると、もう俺の手に負える範疇じゃない。ハンナか、ニケに任せておこう。

「あ、はい」

ミシェルはそう言って、遠巻きにテーブルを見つめている。ま、仕方ない、か。俺はひとつため息だけついた。

と、そんなとき、俺のノーマルスーツにつけておいたポーチからポン、と電子音がした。PDAにメッセージだ。

ここにいるやつら以外で、俺に連絡を取ってくるような人は限られてる。

大方、“受け入れ先”からの連絡だろう。

 俺はそんなことを思いながらPDAを取り出して、メッセージを開いた。

――――――――――――――――――――――――――― 

マークへ

 確か、出発は今日だったよね?

こっちは準備万端で迎撃準備をしてあるから、楽しみにしててね!

北米に無事降りれたら連絡頂戴ね!

                     マライア
――――――――――――――――――――――――――――― 

そのメッセージには、画像が添付されていた。

それをタップして開くと、そこには、あのペンションの前で、「welcome!」なんてボードを掲げたマライアさんと、

ペンションのみんなが一緒になって写っていた。相変わらずだな、この人たちは…思わず、笑顔がこぼれてしまう。

「ん、マライアさんから?」

「あぁ、そうだ」

俺はそう返事をしてPDAをハンナに見せる。もれなくハンナも笑顔になった。

 


 ニケやサビーノも見せてくれとせがんでくるのでみんなにも写真を見せてやる。

歓声を上げているこいつらを見てると、なんだか、こっちまでさらに嬉しくなってくるようだった。

コロニーから地球までは、2日と少しかかる。

それまではこの冷凍食品生活だが、まぁ、それでもあのチューブ食に比べたらうまいことこの上ない。

ミシェルも最近ようやく、宇宙旅行症候群の克服もできて、こういう固形物を食べられるようになった。

コロニーでハンナの手料理を初めて食べさせたときの表情ったらなかったよな。

ひどく興奮して美味しい、美味しいと騒ぎまくった挙句に急に大人しなって恍惚とした表情で食事を続け出したもんだから、

こいつこのまま死んじゃうんじゃないか、って、意味もなく感じたっけ。

まぁ、そんなこともなく、ミシェルは俺たちと同じ食事を摂れるようになってる。

食卓を囲む人数は多ければ多いほど楽しいもんだから、これも嬉しい変化に違いない。

 俺たちはそれぞれの食事を温め終えて、袋を開けて食事を始めた。ニケが

「地球、楽しみだな!私、またあの海で遊びたいんだよね!」

なんてニコニコしながら言う。そしたら、珍しくサラが

「私も。お日様、気持ち良い」

なんて笑って言うんで、また嬉しくなってしまった。あの場所は、本当にいいところだ。

ネオジオンがやらかした5thルナ激突の影響も大きくないらしいし、

俺たちが離れたあのときのままなら、どんなに素晴らしいか…

そう思えば、ほとぼりがさめるまでの生活は、別に辛かったわけでもないけど、待ち遠しく感じていた分、長かったな。

 それから俺は、ハンナやサビーノ達と、地球での生活について話をした。

どいつもこいつも、楽しそうな妄想話ばかりでホントに笑いまくってしまってたけど、

俺も俺で、あの白い砂浜でする、人生で一番の勝負の最高の結末を妄想している一人だった。


 











 「みんな、そろそろ突入ポイントだから、ノーマルスーツとベルトのチェックしてね」

ハンナはそう言って、ヘルメットのシールドを上げる。

俺も、自分のノーマルスーツを点検して、それからベルトもしっかり閉まっていることを確認する。

このシャトルは突入時に滑空していくタイプだから、ある程度の振動があるはずだ。

本当は、ミノフスキークラフト技術を使って、大気摩擦を軽減しながら突入していくようなシャトルを手に入れたかったんだけど、

ルオ商会からの援助で食っているような俺たちがそんな贅沢をできるはずもない。

こんな中古のシャトルでも手に入っただけ、幸運だった。

 俺はそうを思いながら計器をチェックする。大丈夫、異常はない。

あとは、ハンナ、お前の操縦に掛かってるんだからな、頼むぞ。

そんなことを思いながらハンナを見てやると、彼女はニコっと笑って

「大丈夫。学校じゃ、私、この訓練が一番点数高かったんだから」

なんて余裕そうだ。でも、俺は知ってる。そいつは、シュミレータでも話だろ?

いくらなんでも、実際にやるのとシュミレータとじゃ、完璧に同じ、ってわけじゃない。

そこんとこ過信しすぎないようにしてくれよな…

 そこの部分だけは、正直、祈るような気持ちがないでもなかった。

それにしても、そう言えば、こっちからキャリフォルニアの降下場に送った無線と識別信号への返答がない。

この距離なら、そんなにラグもなく届くと思うんだが…

 俺はもう一度計器を確認して、管制塔へとビーコンを送る。だが、今回も返事はない。

どうしたってんだ?まさか、通信機が機能してない、なんてことはないだろうな?

ふと、不安になって、俺は電波の状況を確認する。と、モニターに電波レベルが表示された。

それを見て、俺は青ざめた。電波が、ない。い、いや、ついさっきまでは大丈夫だったはずだ。

なのに、急に、なにが、どうなったんだ?

 俺は混乱して、アンテナのチェックを行う。アンテナは機能は正常なようだが、それでも通信が確立できない。

いったい、どういうことだ?
 





「ミノフスキー粒子?」

ハンナがポツリと言った。そうか、ミノフスキー粒子!

俺たちは、戦闘で残されたミノフスキー粒子の雲の中につっこんじまったのかもしれない!

うかつだった、確か事前に、雲の位置と移動方向が情報で送られてきてたはずだったのに…!

「ハンナ、この位置での降下はまずい。いったん距離を取って、別の方向からアプローチをしよう」

俺はハンナにそう言う。だけど、ハンナは俺を見て、苦笑いを浮かべた。

「たぶん、もう無理。重力圏に入っちゃった」

な、な、な…

「なん…だと…!?」

俺は頭から血の気が失せるのを感じた。ど、ど、どうする?

このまま無事に滑空出来たとして、その先にちゃんと降りられるような場所がなかったら、どうするんだ!?

「あーこれ、ちょっとマズイかもしれない」

ハンナがまた言いだした。

「今度はなんだ!?」

「ミノフスキー粒子のせいで、角度情報が入ってこない。

 あれ、地球との磁力の関係で角度計算してるはずだから、影響出るかなぁって思ってたけど、やっぱり出たね…」

は?え?お、おい、それ、ちょっとか?ちょっとマズイだけか?かなり、だろ?

角度が分かんなけりゃ、どうやって突入姿勢取るつもりなんだよ!?

変な角度で入ったら、加速して宇宙の彼方まではじき出されるか、そのまま摩擦で燃え尽きるぞ!?

「ちょっと、見せてください!」

俺たちの話を聞いていたミシェルが操縦スペースに飛び込んできた。

ミシェルは計器を眺めて、そのいくつかを操作する。

「な、なにをしてるんだ!?」

「ジャイロと重力の測定値から、角度を計算します。コンピュータ、見せてください!」

ミシェルはそう言って、俺と計器の間に割り込んできて、モニターとキーボードをたたき始める。

その間にも、シャトルはどんどん地球に引き寄せられているのが分かる。頼む、ミシェル、急いでくれ…!

「隔壁閉めないとヤバそうだなぁ。えーっと、これだ」

ハンナはいたってのんきにそう言って、ボタンを操作してガラス外の保護隔壁を閉める。

代わりに、ガラスにカメラがとらえる外の様子が映し出された。青い地球が、今はもはや恐怖の対象でしかない。

「出ました!25度前傾に!」

ミシェルが叫んだ。すぐさまハンナが

「了解!」

と返事をして、操縦桿を動かす。カメラの映像が、地球と宇宙の半分ずつになった。

よ、よし、なんだか、滑空して行けそうな景色じゃないか…だが、次の瞬間にはミシェルが叫んだ。

「ダメ…速度が上がりすぎている…!」

速すぎる、って言うのか?!
 


「このままだと、はじき出されます!逆噴射を!」

「はいはい、任せて!」

ハンナはそう言って手元のレバーを操作しながらベダルを踏み込んだ。

微かなマイナスGが掛かり、機体の減速が感じられる…が、どうなんだ、これで?

俺はそう思ってミシェルを見やる。だが、彼女の顔色はさえなかった。

「か、角度を、30度まで下げて、加速を!」

加速、か…逆噴射で速度の落ち方がイマイチだったんだな…

それなら、角度を下げて、加速して大気圏に深く突っ込む…それなら、はじき出される心配はないが…

逆に機体が炎上するリスクが増す…ギリギリの状況、ってわけか…!

俺はそれを察知して、歯を食いしばった。くそ、こんなポンコツを買うからだ!

だから俺は、チャーター機で良いんじゃないかって言ったんだ!

ガタガタと機体が激しく振動を始める。ミシェル、他に案はないのか?!

 俺はそんな思いを込めてミシェルを見つめた。

でも、ミシェルはコンピュータのモニターを見つめて、険しい顔をして黙りこくっていた。

もう、打てる手立てがない、ってことかよ…!くそ!こんなんで終わりなのか、俺たち!?

 「ミシェルちゃん、ダメっぽい?」

ハンナがのんきにそう聞く。ミシェルは、コクリと頷いた。やっぱり、なのか…

「そっか、じゃぁ、しょうがないな」

ハンナはそう言って、計器の中にあった蓋のようなものを開けて、その中にあったレバーに手をかけた。

「お、おい、ハンナ!待て、お前、何する気だ?」

俺は慌ててハンナに声を掛けた。するとハンナは、なんでそんなことを聞くの?って顔をして、俺に言った。

「いや、だってこのままじゃ、危ないんでしょ?緊急時はこうしろ、って学校でならったし」

「こうしろ、って、どうするのか、って意味だよ!」

「あぁ、そっちか」

ハンナはヘラヘラと笑って言う。笑いを収めたハンナは、さも何でもない風にして言った。

「バリュート開けってことっ」

バリュートって、あの大気圏突入用のパラシュートのことか?!いや、待て、ハンナ!

今そいつを広げるな!俺がそう怒鳴ろうとした瞬間には、ハンナはレバーをひねっていた。
 


俺はすぐ目の前にいたミシェルの体を腕で抱きとめる。それとほぼ同時にガツンと言う衝撃が走った。

俺は腕の中のミシェルを力いっぱい抱きしめてその衝撃に耐える。

やがて、シャトルの揺れは収まった。どうやら、まだ生きているらしい…。

俺はミシェルを解放してふぅ、とため息を吐いた。ハンナめ、こうするなら最初から言っておけっていうんだ。

俺の冷や冷やしてた時間を返してくれよな、まったく…

そんな文句は思いついたとしても言う気にはならず、

「ミシェル、大丈夫か?」

とミシェルに尋ねる。

「え、あぁ、はい、ありがとう、ございます…」

ミシェルは少し戸惑いながらそう答えてくれた。

ま、元パイロットだって言っても、この状況じゃぁさすがに焦るだろうな、戸惑って当然だ。

それから俺は後ろのニケ達の様子を見る。4人はケロっとしていて

「いやぁ、すごい衝撃だったね」

「そうか?チビのときの、あの脱出艇の方がひどかったじゃないか」

なんて話をしている。

ハンナの考えを読んでいたからなのか、それとも経験的なものなのかはわからないが、まったく、頼もしい限りだ。

 そしている間にも、シャトルはどんどん降下していく。さて、こいつは一体、どこに降りるんだ…?

俺はそう思って、カメラの映像を確認するが、真っ白になっていてなにも見えない。

そうか、バリュートがカメラに干渉している、か…いや、待て、これだと、下の様子が分からなくないか…?

俺は今度はそっちが心配になって、コンピュータを操作する。

大気圏の中に入れば、地上の信号を受け取れる可能性が高い。

それなら、位置情報を確かめることもできるはずだ…よし、大まかだが、出せそうだ…って、おい、これ、まさか…

 そう思った瞬間、コンピュータがビーっという警告音を発し始めた。くそ、なんだ!?

俺はモニターを確認する。そこには、信じがたい文字列が表示されていた。

<Warning low altitude>

低高度警告だと!?俺は計器を見やった。降下が、早すぎる!あと1000メートルしかないぞ!

「ハンナ!着水する!バリュート切り離して、スラスター!」

「え!?あっ!しまった!」

ハンナはそう叫んで、手元のボタンをいくつか押してからペダルを思い切り踏み込んだ。

800、700、600…くそ!速度が落ちない!

「衝撃に備えろ!不時着するぞ!」

俺はニケ達に怒鳴って、そばにいたミシェルを再び捕まえようとした。

その瞬間、下から突き上げるような衝撃がシャトル全体を襲って、俺はシートの上で体の軋む音を聞いた。

全身が強烈に痛んで、身動きが取れなくなる。

だが、幸いなことに、シャトルが壊れた様子もない、俺も、生きているらしい…。

 「大丈夫か?!」

俺は声を上げた。しかし、シャトルの中の誰からも返事が来ない。

くそ…さっきも思ったが、だからこんなシャトルじゃなくて、チャーターしようって言ったんだ、ハンナ!
 


「うぅ、痛たた…」

声が聞こえた。これは、ミシェルか?俺はシートのベルトを外して立ち上がった。

シャトルはなんとか水平を保ってはいるが…位置情報を確認した俺の見間違えでないのなら、

こいつは今、海の上に浮いていることになる。機体に破損があれば、沈んでいくのも時間の問題だ。

しかも、海で遭難することなんか設計の想定に入っていない。

救命ボートもなければ、救命胴衣すらないんだ。バリュートを切り離したのは、失敗だったか…

いや、だけど、切り離さないとスラスターの噴射ができなかったから、海面に激突していた可能性もあった。

 すぐ傍らで、ムクっと何かが動いた。ミシェルだ。

ミシェルは機体がおかしくなってすぐに、俺たちをバックアップしに来てくれた。

ベルトもなしに、この不時着水に遭ったんだ。

「大丈夫か?ケガないか?」

俺はミシェルを助け起こしながらそう尋ねる。彼女はノーマルスーツのヘルメットの中で顔を苦痛に歪めていた。

「腕、折れたみたいです…」

ミシェルは言った。確かに彼女の左腕は、力なく垂れ下がっているように見える。

 「痛っっっったぁぁぁ!」

今度は後方で別の声がした。見たら、ニケがヘルメットを外して首を押さえている。

「ニケ、大丈夫か?」

「うん、たぶん…」

「もし動けたら、サビーノ達の様子を見てくれ」

「了解、マークさん」

ニケはそう言いながら、首を押さえつつベルトを外して立ち上がった。

一瞬、少し足元をふらつかせたが、すぐにしっかり床に足をつけた。

ニケは、大丈夫そうか…後ろは任せるとして、あとは、ハンナだ…

 俺はミシェルをシートに腰掛けさせてからハンナの体を揺すって呼びかけた。

「おい、ハンナ、ハンナ!」

ほどなくハンナはうめき声とともに目を開けた。それから一言

「おぉ、すごい、生きてる…私の腕もなかなかのもんじゃない…」

なんて言いのけた。いや、言ってる場合か!

「無事ならすぐに脱出の準備しろ!下手したらこの船、沈むぞ!」

俺が言ってやったら、ハンナは緩慢な動きでヘルメットを外した。さすがにあの衝撃だ。

俺もそうだが、全身打ち身になっているようなもんだ。
 


 「マークさん、私達は大丈夫!」

ニケの叫ぶ声が聞こえた。後ろをみやったら、子ども達はヘルメットを外していて、全員がヘタっとシートに座り込んでいた。

でも、大きな怪我はなさそうだ。

「ニケ、なんでもいいから、浮きそうなものを探せ。この船から脱出する」

俺はニケにそう言ってやってから周りを見て、シートの脇についていた肘掛けを蹴り壊した。

そのクッション部分を引き剥がして、それを添え木にメディカルボックスから出した包帯を使って

ミシェルの腕を固定して、三角巾で首から下げてやる。そんなときになって、ハンナが

「あれ、ミシェル、怪我したの?」

なんて言い出した。流石に、この反応はおかしすぎるな…

「おい、ハンナ、大丈夫か?」

俺が聞いたら、ハンナはうつろな表情でそう答えた。脳震とうか?頭打ってないといいんだが…

「ハンナ、少し座れ」

俺はハンナにそう声をかけて、シートに腰掛けさせる。それから、そっと頭に触れてみる。

コブなんかは出来てない…

「ハンナ、頭打ったりはしてないか?」

「うん、ベルト締めてたし、ヘルメットつけてるし、それはないよ…クラクラするけど…」

「たぶん脳震とうだ、少し座っとけ。ニケ、何か見つかったか?」

ハンナにそう言い聞かせて、今度はまた後ろに振り返ってニケに聞く。ニケは、ビニールのバッグを手に

「これに空気入れたら浮くよね?」

なんて首をかしげてくる。確かに浮くが…せめてプラスチックボトルか何かの方が安心できるんだがな…

ノーマルスーツのヘルメットはつけておくべきか…?エアーを通さない、ってことは水も吸わないし通さないだろう。

ヘルメットの中の空気でも、多少の浮力はカバー出来る。シャトルから出るときにはつけておいたほうが良さそうだ。

酸素供給装置さえ機能を失わなきゃ、それでしばらくは浮いていられる、か…

いや、待て、その前に、救難信号を発信しておかないと、浮きっぱなしのまま揃って衰弱死だ。

 俺が計器のあるコクピットを振り返った瞬間に、ニケの叫び声が聞こえた。

「マークさん、水が…!」

まさか…もう、浸水が!?俺が確認すると、確かにシャトルの後方から浸水が始まっていた。

同時にシャトル自体が後ろへと傾き始める。そうか、ブースターのノズルからエンジンに…!
 


「脱出するぞ!全員、ヘルメットをつけろ!酸素供給装置を確認しておくんだぞ!サビーノ、ハンナを頼む!」

俺はそう叫んで、ミシェルにノーマルスーツのヘルメットをつけてやった。

俺自身もヘルメットをつけて、ハンナにもヘルメットをつけさせる。

ハンナをサビーノに担がせて、俺はミシェルをそばに呼んだ。

 全員の準備が済んだのを確認して、ハッチの強制開放装置の防御ガラスを殴り破って、中のボタンを押した。

ズボン、という音がしてハッチが外へと弾け飛んだ。とたんに、大量の水が流れ込んでくる。

「ニケ、サラ、エヴァ!先に行け!」

俺はそう怒鳴りながら、そばにいた三人を引っ張ってハッチから外に投げ出した。

それから、ハンナを背負ったサビーノの背中を押し出し、最後にミシェルを抱えて身を投げた。

着水した俺たちをサラとエヴァが引っ張ってシャトルから引き離してくれる。

やがて、と言うほどのまもなく、シャトルは海中に沈んでいった。

「マークさん、大丈夫!?」

ニケが空気を入れて縛った白いビニールバッグにしがみつきながら、ヘルメットの中でそう言ってくる。

「あぁ、危ないところだったな…ミシェル、大丈夫か?」

俺は前に抱いたミシェルにそう聞く。ミシェルは頷いて

「はい…これが、海、なんですね…」

なんてのんきなことを言っている。ネオジオンの軍人だってことだから、

まぁ、海なんて見たことも体験したこともないんだろうから、仕方ない、か…

 それにしたって、この状況はどうしたものか…このまま漂流するしかないのか?

結局、救難信号すら発信できないままだったしな…まずった…

もっと早く、救難信号のことに気がついていれば、少なくとも救助を待つって希望があったが、現状はそれすら望めない。

シャトルの墜落を、どこかのレーダーが捉えてくれているといいが…

連邦のレーダー網は全空域に向けられてはいるが、シャトルが隕石か何かと判断されていれば救助はないだろう。

ただ、マライアさんには事前に連絡を入れている。

頼みの綱は、到着時刻になっても連絡を入れない俺たちをあの人が探してくれること、だが、

果たして俺たちの位置を正確に特定できるのかは疑問だ。

 くそっ…こんな時こそ、あの“力”に助けてもらいたいもんだが…俺はそう思ってニケ達の方をみやった。

と、ニケ達の向こうから、何かが近づいてきているのに気がついた。あれは、船か…?

随分小さいが…漁船か何かか?
 


 俺の視線に気がついたのか、ニケ達も振り返って船の姿を確認した。

「なにかくるよ…?」

ニケがそんなことを言う。良かった、少なくとも、俺の見ている幻ではないらしい。

やがてその船は静かなモーター音を響かせて俺たちのすぐ前に停止した。

「大丈夫か?シャトルが墜落したのが見えたんだ!」

そう叫んで船の中から姿を見せたのは、サビーノと変わらないくらいの青年の姿だった。

「あぁ、ちょっとトラブルでな!助けに来てくれたのか!?」

「何事かと思ってさ。乗りなよ!」

彼はそう言って、船のハッチをあけた。中にはほかにも数人乗っていて、俺たちに手を差し伸べてくれる。

こんな広い海原で、こんな小さな船が近くにいるなんて、本当に運がいい。

俺はニケ達を先に船に上がらせてもらって、最後に海面からミシェルを船に押し上げた。

サビーノがミシェルを船の中に引き込んでくれたのを確認して、俺の自力で上がり込む。

「姉ちゃん、ケガしてんのか?」

中には最初に声をかけてきた青年とは別に女の子が二人乗っていた。

最初に声をかけてくれた彼が、ミシェルを見てそう聞いている。

「えぇ、墜落のときに、ぶつけてしまってね」

ミシェルが言うと彼は別の女の子に頭を振って、

「救急箱あったよな。あそこに、確かちゃんとした固定具が入ってたはずだ」

と言った。それを聞いた女の子が、平らな船の床板を上げて、抱えるほどの大きな箱を取り出した。

蓋を開けるとそこには、年代物の応急セットが収まっている。だが、使えないこともなさそうだ。

「すまない、助かる」

俺はそう言って箱の中を見させてもらい、簡易固定具を取り出してシートの肘掛を利用した固定具と取り替えた。

熱軟化タイプのベークライトを使った固定具もあったけど、あれはちゃんとした器具がないと使えない。

器具もこの中にありそうだが、今は手早く作業できる

簡易タイプの方が都合が良かった。ミシェルの手当を終えて、俺もようやく一息つけた。

 ヘルメットを外してため息をつく。

ハンナは相変わらず、意識がはっきりしていないのか、ヘルメットをつけたまま床に座り込んでいる。

俺は、ハンナのところまで歩いてヘルメットを外してやる。それから、その目を覗き込んだ。

と、ハンナの目が俺を捉える。さっきよりは、意識が戻って来ている、かな。

とりあえずは大丈夫そうだが、なるべく早くに医者に見せておきたいところだ。

脳へのダメージってのはわからないもんだしな。

 そんなことを思いながらハンナの頬に触れてやって

「しっかりしろよ。助かったぞ」

と伝えてやった。
 


 それから、改めて青年たちを見て俺は礼を言った。

「すまない、助かったよ。この船は、漁船か何かか?」

「いや、個人用、かな。あんたたちは、民間人か?」

「あぁ、地球へ旅行に来たんだが、中古のシャトルなんて買うからだなぁ。九死に一生、ってやつだった。本当に感謝するよ」

「なに、困ったときはお互い様だって、親代わりが言ってた。

 この船じゃ、本土は無理だけど、近くの島にならなんとか運んであげられる。

 今日一日、俺たちのところで休んで、そっちへ送るよ。

 そこからなら本土へのフェリーが出てるから、そっちへ行けば、助けになってくれる人もいるだろ」

彼はそう言って笑った。

「ここはどの辺りなんだ?」

「地図上だと、ゴトウ列島の真ん中、らしい。俺は地理はよくわからないんだけどさ」

俺の質問に、彼はそう言いながらまた笑って、操縦のためらしいレバーを握った。

ゴトウ列島…ってことは、ニホンか、ここは…またとんでもないところに降下してきたもんだ。

俺たちの指名手配はマライアさんが内々に出したものだから、書類上は正規の退役で処理されているし、

子ども達もルオコロニーで正式な戸籍を作って、地球への居住を申請して許可も出ているし、

ミシェルに関しても急いでコロニーの係官に戸籍を作ってもらった。幾らかを“包んで”だが。

まぁ、ルオ商会絡みの人間を連邦政府はとやかく詮索はしない。

もう追われる要素はあるはずもないが、あまりいい気分のするエリアではないな。

 そういえば、あのシャトル…沈んじまったな…地球に降りたらあいつを売って、

あの島に家を建てる資金にする予定だったのに。

まったく、資金繰りなんとかなるか?そこら辺から相談ってことになりそうだ。

数日はあのペンションに泊めてもらうことになるだろうしなぁ、迷惑かけっぱなしだ。

まぁ、あの人たちはそれを喜んでくるような人たちだけど、さ。

 そう言えば、操舵している彼は、親代わりだと、そう言ったな。孤児かなにかなんだろうか?

俺はそう思って彼に聞いた。

「なぁ、親代わり、ってのは、どういう事なんだ?」

すると彼は、ニコっと笑っていった。

「あぁ、俺たちの親を戦争で死なせちゃったからって、代わりに俺達を育ててくれてんだ。

 ドアンていう、頼りになる男さ」




 


つづく。

マークさん達、地球に帰ってくるの巻。



そう言えば、また本編とは関係ないけど、小学校時代の友達と同窓会で再会して意気投合。

絵を描くって言うので、お願いしてみたら、描いてくれちゃったアヤレナさんSD化。

一応、なんか一緒にやれたら面白いね、ということで、キャタピラに合わせてキャノピーと言うペンネーム?に決定しました。

とりあえず、あれだ、かわいい。

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やべぇ・・・
今回の登場人部がどんな関係か思い出せねぇぇぇぇ・・・
読み返してくるわwwwwwwww

あと、画像のSDバージョンのレナさんイメージ通りだけど、横のリアルバージョンも見たい・・・
アヤさんって短髪だったのか・・・肩ぐらいまでの髪で軽くパーマかかった感じでイメージしてたわwwww

キャノピーwwww

イジェクトするたび吹き飛びそうな名前だなwwww



マークwwww苦労人丸出しですがなwww
レナアヤさんもほぼイメージ通りだな。かわいい
マライアの「貴重なティターンズバージョン」が見たいな


そういえば次何か書く時、それがガンダム関係なくてもキャタピラの名前続けてくれるのかな?
この板で書く時はトリップも今と同じでやってくれると探しやすいから助かるな。

マークハンナの出番待ってた俺歓喜
ドアンたち再登場も何気に嬉しいわww
乗ってるのは例の船かな!

おっと忘れた

乙!続き楽しみにしてる

>>652
ぜひ読み返してきてくださいなw
アヤがベリショなのは宇宙の真理です。

>>653
キャタピラ「キャタピラ(ガンタンク)だからキャノン(ガンキャノン)でいいんじゃね?」
キャノピー「いや、キャノピーがいい」
ということで決まりましたw

>>654
感謝!!

4年経ったマークさんが、どんなかって考えた時に、やはり、あらゆるトラブルを背負いこんで行く人なんだなぁ、と…w
絵、ご好評いただき感謝です!キャノピーが照れておりましたw


>>656
感謝!!

マークハンナは好きなんですが、なぜか非常に動かしずらいです・・・w
船については、今回言及がありますのでご一読のほどを!


ってなわけで、つづきです。
 


 それから少しこの海原を走って、俺たちは小さな砂浜のある島へと連れてこられた。

島そのものも大きくはないようで、近づきながら全景を見ることができた。

青年は砂浜を掘って岩で固めたらしい本当に小さな港に船を停めて、エンジンを切った。

「着いたよ。降りな」

彼がそう言うと、女の子たちがハッチを開けてくれる。

 ニケとサラにエヴァが、彼女たちに手を借りながら船の外へと出る。

俺はハンナを支えて、ミシェルの方は、サビーノに任せた。吹いている風がひんやりしている。

時期も時期、仕方ないことだろう。ノーマルスーツを着込んでいて良かった。

 「足元悪いから気をつけてね。ちょっと行ったところに家があるから、そこで明日の朝まで休むといいよ」

女の子の一人がそう言った。すると、青年がもう一人の子に

「なぁ、ひとっ走り行って、ドアンに知らせてきてくれよ。俺、魚を上げちゃうからさ」

と頼んでいる。彼女は

「うん、わかった」

と返事をして、砂浜から続く道へと駆け出した。

青年は、船の中にあった古ぼけた保温ボックスを肩にかけて船を降りてきてハッチを閉めた。

 「来て!案内するよ!」

残った方の女の子がそう言って歩き出した。俺たちはその後ろをついて歩き出す。

砂浜を抜けると、木々を切り開いて作ったのだろう、森の中を進む道があり、その先へ進むと、平らな場所に出た。

建物が見える。北欧で見るような、丸太を使ったコテージのような家だ。

あそこに見える、草の払われているあたりは、畑か…?

こんなところで自給自足で生活しているなんて、その親代わりのドアン、ってのはどんな人物なんだ?

話を聞く限りじゃぁ、元軍人らしいが…

 そんなことを思いながら歩いていると、その家からさっき先に走っていった女の子と、体躯の大きな男が姿を現した。

中年、40前後くらいだろうか?日に焼けた顔で、どことなく穏やかな雰囲気を醸し出している男だ。

 「話は聞いた。シャトルが墜落したそうだが、大丈夫か?」

男は小走りに俺たちのところにやってきて、そんなことを聞いてきた。

「ええ、なんとか…すみません、少しだけご厄介になっても構わないでしょうか?」

「あぁ、ゆっくりして行ってくれ。彼女は怪我を?」

彼はそう言って、俺が担いでいるハンナを見やる。ハンナはへへへ、と笑って

「衝撃で、脳震とうを起こしちゃったみたいで…」

と報告する。それを聞いた男は、顔をしかめて

「それは、良くないな。すぐに横になれるように準備させよう」

と一緒にいた女の子に話した。彼女が先に家の中に駆け込む。
 


 「申し訳ない。俺は、マーク・マンハイム。こっちは、ハンナ・コイヴィスト。

 子どもたちは、そっちのちびっこいのがニケ、彼がサビーノ。双子はサラとエヴァだ。それから…」

俺は最後にミシェルを紹介しようと、彼女を振り返った。だが、俺が紹介する前に、男が言った。

「君は、軍人だな?パイロットか?」

思わずギクっとしてしまう。い、いや、別に後暗いことがあるわけではないが…

男の眼光が急に鋭くなったもんだから、動揺してしまう。

「はい…ネオジオン軍にいました…」

ミシェルも戸惑いながらそう答えた。男の目がミシェルを突き刺す。

だが、しばらくして男は、ふん、とひとつ息を吐いて、

「まぁ、いいだろう。困っている人間を放って置くわけにもいかんしな」

と言ってから、また最初の穏やかな表情で

「俺は。ドアン。ククルス・ドアンだ。もともとはジオン軍のパイロットだった。

 訳あって今はこの子達の面倒を見ている。よろしくたのむ」

と挨拶をしてくれた。

ジ、ジオン軍…?なるほど…歴戦の勇士、ってわけか…

あの眼光、ただものではない感覚はあったが、まさか、こんなところに、10年以上前の戦争の残存兵がいるなんてな…

ティターンズ連中に発見されていれば、逮捕かあるいは、児童拉致や扇動で即射殺されても不思議ではない。

ま、こんな島に目をつけて視察にくるほど、やつらも徹底して地球を管理できていたわけではない。

それは、マライアさんに言われてやった情報分析からわかっていたことだ。

 俺たちはドアンの案内で家の中に通された。中は想像していたよりも小奇麗に整えられていた。

部屋がいくつかと、キッチンにIHコンロもある。こんな島で、良くもここまで整ったものを作れたものだ。

俺が感心しているとドアンはハハハと笑って

「驚いたか?最初の頃はもっと質素ではあったんだがな。

 10年以上前に来た遭難者がおいて行ってくれた救難艇を使って、近くの島まで出向くことも出来るようになってな。

 ここで育てた野菜や果物をそこで売って稼いだ金で、こうして少しずつ形にしたんだ」

ドアンは胸を張ってそう言う。それから思い出したように

「あぁ、その部屋にあるベッドを使ってくれ。他の者は、座ってくれ。ここで育てた葉の茶を振舞おう」

と言って笑った。俺は言葉に甘えて、ハンナを近くの部屋の中にあったベッドに寝かせ、

テーブルのあったダイニングに戻った。

するとニケ達がすでに、ドアンと女の子にお茶を振舞われているところだった。

「マークさん、これ、すごく美味しい!」

ニケがニコニコと笑顔を見せて言ってきた。ミシェルも、利く方の腕でカップを口に運んで、かすかに微笑んでいる。

サラとエヴァは、サビーノと一緒になって、俺達を拾ってくれた青年と女の子と話を弾ませていた。

「マークくん、と言ったか。座ってくれ、何があったか、話を聞かせてくれないか」

ドアンがそう言って湯気の発つマグを俺に差し出しながら言ってきた。

「すまない。なんてことはない、俺たちも、事故みたいなものだけどな」

俺は彼に笑顔を返しながら、そのマグを受け取って席に着いた。
 


 お茶の飲みながら、ドアンに事の成り行きを説明する。

 「なるほどな…ミノフスキー粒子の雲に、なんの対策もなしに飛び込んだか」

ドアンは苦笑いを浮かべながら俺たちの話を聞いていた。

「あぁ。まさか、そういうシステムもない船だとは思わなかったよ。

 あれを売った業者、戻れたらとっちめてやるっていうのにな」

俺がそう言ったら、ドアンは声を上げて笑った。

「だが、戻る予定はないんだろう?」

「ま、そうだな。俺たちのことを待っていてくれる人がいるんだ」

俺はそう言って、マライアさんたちのことを思い出す。

レナさんとレオナを助け出してから、ティターンズの壊滅までの間、

あの島で過ごした時間は俺にとっても、人生の中で一番、心の穏やかになれる時間だった。

マライアさん達が俺たちの記録を書き換え、それと同時に、俺たちはルオコロニーでの生活の経歴を重ねた。

この4年間がそれ自体、俺たちがあらゆる意味で安心してあの島で暮らしてく為の時間だった。

それがやっと報われる、ってときに、この騒ぎだ。やっぱりチャーターシャトルで北米へ降りるんだったなぁ…

いや、もうそれを考えるのはやめておこうか。

 ふと、俺はそこまで考え、思い出した。

そうだ、マライアさん…時間じゃぁ俺たちはとっくにキャリフォルニアへ降り立っているはずだ。

連絡もなく、降下の記録もないんじゃ、こっちを心配しているかもしれない。

とりあえず、無事だってことだけでも伝えれやらないと…

だけど、PDAは海中に入ったせいでもう二度と機能しないだろう。

「な、なぁ、ドアンさん。あなた、PDAかセルを持っていないか?その人たちに連絡をしておきたいんだ」

俺はドアンにそう聞いてみる。

するとドアンは、あぁ、と言った様子で後ろにあった戸棚から抱えるほどの大きな無線機を出してきた。

これは…ずいぶんとまた、年季の入った…

「これでよければ、だな。

 無線電話には繋げないが、そこまで情報を操作できる技術を持っているのなら、独自の回線くらい持っているんじゃないか?」

ドアンはそう言いながら無線機のスイッチを入れた。冷却ファンの回る音とともに、いくつかのランプが灯る。

マライアさんの無線…確か、ルーカスさんやポールさん達と話すのに使っていた回線があったな…

確か、周波数は…俺は無線機についていたダイヤルを回す。

秘匿回線じゃないから、未だに使っているかどうかはわからないが…

「こちら、ラーク、こちら、ラーク、誰か、聞こえていたら応答してくれ。繰り返す、こちらラーク…」

俺は無線にそう呼びかけた。ラーク、とは、ルーカスさんのコードネーム。確か、鳥の一種だと話していた。

この回線で呼び合うには、そうした鳥の名を取った名前を使うんだと、言っていたから覚えていた。

 なんどか呼びかけるが、反応は帰ってこない。

諦めかけて、無線を切ろうと思ったとき、ガザっと、スピーカーが音を立てた。
 


<…こちら、カナリー…ラークじゃないわね?誰なの?>

女の声だ…でも、マライアさんじゃない。誰だ、これは…いや、気にしている場合じゃない。

少なくとも、ルーカスさんのコードを知っている人物であることは確かだ。

それなら、マライアさんにも情報を連携してもらえる可能性がある。

「すまない、緊急なので、名前を借りた。マラドに伝えて欲しい。“嵐あり、親鳥墜つ”」

<マラドに…?あなた、一体…いえ、彼女に確認すれば分かることね…了解したわ>

マラド、はマライアさんのコードネーム。

暗号のように伝えたのは、この無線の相手が果たして信用に足る人物かわからないからだった。

追われているわけではないが、この島を騒がせたくはないし、な。

「すまない、頼んだ」

俺はそう言って無線を切った。あとは、マライアさんに連絡が付けばいいんだが…な。

そう思っていたら、再び無線機が音を立てた。

<ガッ、ザザッ…こちら、マラド!えっと、雛鳥、応答願います!>

この声…マライアさんだ!

「マラド!連絡が遅くなってすみません!」

<いいの!それより、大丈夫?連絡が遅いから調べてみたら、

 連邦のレーダーが落下物を捉えてるって情報があったから、もしかしてと思ってたんだよ!>

「察しの通り、とんだ目にあいましたけど…こっちはみんな無事です。

 そっちへつくのが少し遅れそうですが、必ず行くんで、頼みますね」

<うん、任せて!――お、マーク!あんた達、無事だったのかよ!良かったぁ!

 あぁ、もう!ちょっとアヤさん、名前出さないでよ!一応、一般回線なんだから!

 マライア、今、あんたも思いっきりアタシの名前呼んでるからな>

すぐそばからしている声とマライアさんが言い合っている。

アヤさんだ…俺は彼女にも声をかけようと思って、無線機のマイクを握ろうと思ったら、

横からいきなりドアンが手を伸ばしてきて、マイクをひっつかんだ。

「すまない…後ろで喋っていた女性、君は、昔、船で遭難したことはないか?」

ドアンは、驚いた表情でマイクにそう話しかけている。なんだ?どうしたって言うんだ?

俺が少し戸惑っていたら無線機から

<あれ?その声、どっかで聞いたな…遭難はしたことあるけど、ずっと昔だぞ?

 あ、いや、待ってくれ、その声、まさか…ドわあああああ!名前禁止!>

と、アヤさんが喋っていたのに、最後はマライアさんが会話を遮った。

<雛鳥、聞いて。この回線は今は緊急用だから、別の方を教えるね。

 チャンネルを広域帯の9番に合わせて、コードは1201にセットしておいて。

 別に聞かれてまずい話をするわけじゃないんだろうけど、一応、プロテクトかけるから、

 こっちから連絡するのを待ってね>

マライアさんがそう言ってきた。これでも、元情報将校。マライアさんが言っている意味は理解できた。
 


「了解、いったんこの回線は切りますね」

<うん、3分したら別の方につなげるね>

マライアさんがそう言って、無線を切った。俺もマイクを置いて、それからドアンを見やる。

ドアンは、信じられない、って顔をして、マジマジと無線機を見つめていた。

なるほど、そうか。

さっきドアンは、俺達を拾ってくれたあの船を昔遭難していた人達にもらった、と言っていたな…

アヤさんとレナさんの話は、4年前に聞いた。それに、今の反応を見れば、自然とどういう状況だったのかは推測できる。

 「ドアンさん、アヤ・ミナトを知っているんだな?」

俺が聞くと、ドアンはすこし戸惑ってから

「あぁ…君たちを乗せた、あの船をおいて行ってくれた…君たちは彼女たちの知り合いだったんだな…」

と俺達を代わる代わる見つめてきた。

ふぅん、これも何かの縁か、それとも、また“白鳥のお姉ちゃん”のおかげ、か?

いや、今回はそう言うわけでもなさそうだな…

ま、なんにせよ、この島へ来て、ドアンさん達に会えた、ってのは、よかったのかもしれないな。

こうして、ドアンさんとアヤさんを繋げられたんだ。過程はどうあれ、その結果が大事、だ。

 俺はズズズっとお茶をすすった。

香ばしい、甘味と苦味の入り混じった力強い味で、俺はなんだか心の底からにじみ出てくるような安心感に体を預けた。

そう、ここはもう、地球だ。あの島までも、もう少し。

ここから、あの島に向かうのにどうすればいいかは後で考えるとしよう。

着の身着のまま、のんびり以降じゃないか。あのときの旅とは違うんだ。

すこしゆっくりと、地球観光でもしながらってのも悪くないだろうしな。

俺は、そんなことを考えながら、なんとなく、幸せな気持ちになって、誰ともなく、笑いかけていた。

 


つづく。


 SDじゃなくってリアルな方が見たい、とリクエストあったので描いてもらいました。

なお、前回の投稿を読みましたキャノピーさんが、あれだと絵の仕事してるみたいじゃね?恐れ多いわっ!

と言うので、補足ですが、キャノピー氏は一般職の人です、プロじゃないんであしからず。


ttp://up.2ch.to./images/ce4d7a6fd41e38c25a8b941b51db99f8.ayarena_canopy2.1560.800.jpg.html


やべぇSDアヤレナかわいい
がログを読み返さないと誰が誰だかわかんねー



苦労人て人の幸せに敏感になるから人の苦労まで背負いがちだよなあ……マークwww

普通、ここまでやっちゃうと蛇足の蛇足でgdgdになりがちなんだけど、しっくりくるのはなんだろね?
キャラの造形がしっかりしているからかね?
アヤレナマとペンションという核になる舞台のせいかね?
なんだか惹きつける物語のせいかね?
まだまだ読みたいなあ。






そういえばキャノピーさんもガノタなの?

乙!!!

このスレに長居するとアヤレナマが終わってしまった寂しさにくれてしまうと思っていたのだが…
未練たらしくフラっときてみたらまだ続いてたでござるの巻
まだ続きが読めるというのかぐへへ

蛇足?HAHAHA
いやいや続けてくれて一向に構わんのだよ続けろくださいお願いします


やはり主要な登場人物だったわけだから、キャタピラの性格上彼らのハッピーなエンドを書かない内には終われないんだろうな、きっと。

全然蛇足じゃないよ。

だから続けろ下さい

むぅ、見えないのはガラケーだからか…


マークはマライアの際どいシーンを見た男か・・・・
仕留めておくべきだなwwww
それはそうと・・・
>>663
の画像が見れないんだぜ・・・


マークはマライアの際どいシーンを見た男か・・・・
仕留めておくべきだなwwww
それはそうと・・・
>>663
の画像が見れないんだぜ・・・

>>664
かわいいですよね~
読み返してきてください、お願いします。

>>665
感謝!
gdgdになるかも、とビビってますが…がんばります、と言っても、たぶん、これでお終いですけど…
最後までよろしくです!

キャノピー氏もガノタです、女の子ですが。
ジオン推しで、08が好きだそうですw


>>666
感謝!!なんか、終わらなくってすんませんw
>>667さんがおっしゃってくれてるように、彼らのその後を描いておかないと、気が済まないなぁとw

>>667
レス&フォロー感謝!!!
本当にそうなんですよね…あと、実は回収してない伏線があっ…ん、アマゾンさんかな?昨日注文したあいうら5巻に違いない、ちょっと出てくる。


668F3YrAO
むぅ、見えないのはガラケーだからか…

>>669
そんな大事(ry
感謝!
でも、マークってマライアのきわどいとこみましたっけ?どこシーンだろう…

>>絵が見えない
URLを確認してよね!byマライア



ってなわけで、続きです。
 


 日が暮れて、俺たちはドアン達に夕食を振舞われた。

食事を終えてからすぐに身支度を済ませて、彼らの部屋を間借りして、身を寄せ合って眠ることにした。

ニケ達はたくましいもんで、こんな状況にも動じずに、借りた毛布にくるまってスヤスヤと寝入っていた。

脳震とうの症状がすっかり収まったハンナも、いつものお気楽さを取り戻して

「キャンプみたいだね」なんて楽しそうに寝入っていた。

ミシェルも、現状を受け入れるしかないと言う様子で、おとなしく眠っているようだった。

俺は、といえば、夜な夜な丸太小屋から出て、ぼっと夜空を眺めていた。

星なんてコロニーにいた頃にもいやって言うほど見られたけど、地球で見上げる星空は不思議と懐かしさが感じられた。

 あれから無線機にマライアさんから連絡が来た。なんでも、今は諸事情でマライアさんは動けないらしい。

でも、すぐそばに知り合いがいるから、その人物に頼んで、一緒にアルバまで来れるように手配しておく、と言ってくれた。

その人物はその前の無線で返答をくれたカナリーらしい。

どうやら、俺たちのいるこの島から比較的近くにいるらしく、それでここからの無線をマライアさんに中継出来たのだという。

その“カナリー”とは、フクオカの港で落ち合うことになった。

港から空港へ行き、そこからアルバの方へ向かう航空チケットを押さえてくれたのだという。

アルバの近くのカラカスの空港まで飛行機で飛び、そこに迎えを寄越してくれると言ってくれた。

本当に、何から何まで手を回してもらって、申し訳ないやらありがたいやら、俺はマライアさんに感謝するしかなかった。

 それから、マライアさんは無線をアヤさんに代わった。

俺もアヤさんと少し話をして、それからすぐにドアンに代わってやった。

ドアンは、なんだか嬉しそうにアヤに、ここの変化を説明していた。

彼女が置いて行ってくれた船がどれだけ助かったかとか、その船を使って市場に野菜や果物、魚を売りに行っているんだとか、そんな話だ。

まったく、アヤさんは、すごい。

話を聞いたら、ほんの一日ここにいただけだというのに、ドアンの心の中に、これほどまでに自分自身を刻み込んでいる。

俺にはそれが、あの人がどれだけ正面から誰かと向き合うことの出来る人か、っていうのを表しているように感じられた。

 パタン、とドアの閉まる音がした。振り返るとそこには、ミシェルがつっ立っていた。
 


「どうした?眠れないか?」

俺が聞くとミシェルは肩をすくめて

「うん、そういうわけでも、ないんですけど…」

と苦笑いした。それから、俺の隣まで来て、俺の真似をするように星空を見上げた。

「ずいぶん、遠いところに来たような気がしますね…」

ポツリ、とミシェルは言った。彼女は確か、20だと言っていた。

この歳でネオジオンのパイロットをやっているということは、長いあいだ、宇宙での放浪生活を強いられてきたのかもしれない。

14年前の戦争でサイド3は連邦の統治下に置かれ、多くの国民が他のコロニーや宇宙空間へ脱走したと言う話は聞いたことがある。

当時のサイド3の一部の惨状は情報士官だった俺の耳にも届いていた。

家族と、あの場所から逃げ出したのだろうか?いや、家族、なんて者が彼女にはいたのだろうか?

 「なぁ、ミシェル。家族が宇宙にいたのか?」

俺が聞いたら、ミシェルは首を振った。それから、低いトーンで

「6歳のときに、歳の離れた姉が亡くなったんです、戦争で。

 姉は、亡くなる直前に、私をアクシズ…当時のアステロイドベルト宙域へのシャトルに乗せて、地球圏から逃がしてくれました。

 アクシズで私は、姉の姿を追って、14で戦闘訓練を受けました。

 でも、私が実践に出る前に、アクシズの前のネオジオンは壊滅して、離散。

 私の乗っていた艦もなんとか無事に暗礁宙域へ逃げ出すことができて、

 それから、シャア総帥の招聘に応じた艦に従って、新しいネオジオンに参加しました」

と話をしてくれた。

「親は、いなかったのか?」

「はい。私が生まれてすぐに離婚して父はいなくて、母も、3歳のときに、事故で他界しました。

 唯一の肉親が、姉だったんです」

ミシェルはそう言ってうつむいた。あぁ、まずいこと聞いたかな…まぁ、でも、仕方ないか。

このご時勢だ。誰にだって、暗い過去の一つや二つ、あるだろう。慰めてやれるかはわからないけど…

彼女も、ニケ達と変わりない。戦争に翻弄されて来た、被害者の一人でしかないんだ。

「そうか…寂しいだろうな…」

俺は、彼女の気持ちを思いめぐらせてそう口にした。だけど、彼女は少しだけ笑って

「そうですね。でも、不謹慎ですけど、新しいネオジオンにいた頃は、少しだけ、楽しかったんですよ。

 私は、地球に潜伏していたある士官とネオジオン旗艦との連絡役を仰せつかっていたんですけど、

 その士官という人に良くしてもらって」

と言って俺を見つめてきた。意外だな、連絡役、ってことは地球が初めてってワケでもないようだ。

ただ、あまり長い時間を過ごした、というわけでもないんだろうけど…それにしても、そんな人もいたんだな。

あの人達みたいな人なんだろうか?
 


「どんな人だったんだ?」

「ミリアム・アウフバウム、と言って、大尉で、ぶっきらぼうで、冷たい印象のある人だったんですけど、

 それでも、どこかで私を気遣ってくれているような人で…なんででしょうね、不思議と安心したんです」

冷たい感じ、か。だとすると、ちょっとタイプが違うよな。

あの人たちはどっちかって言うと、こっちが燃え上がっちゃうんじゃないかっていうくらい、

いろんな意味で熱を帯びた人達だ。

冷たい、って言うと、受け入れられる人間は限られそうだけど、

ま、でも、それで安心できる人がひとりでもいるんなら、それはそれで、ありなのかもしれないな。

「そっか…その人は、どうしたんだ?」

「わかりません…アクシズ落としの作戦以降、私はあなたたちと一緒に居ましたし…」

「あぁ、それもそうだな…ま、向こうに着いたら俺の元上司に相談してみよう。

 さっきの、無線の人なんだけど、怖いくらい情報戦術に長けてる人なんだ。

 名前と階級と所属がわかれば、きっと居場所くらいは突き止められると思う」

俺はそう言ってやった。マライアさんにかかれば、それくらい、朝飯前だろう。

あの人のことだ、ネオジオンにすら、確かな情報源を持っている可能性もある。

 それを聞いたミシェルは、少しだけ表情を明るくして、うなずいた。

「生きてるといいな、その人」

「はい」

俺の言葉に、やっと笑顔を見せたミシェルは、そう返事をしてくれた。それから、また、俺の顔をじっと見つめて

「マークさんは、優しいんですね…」

なんて言ってくる。優しい、か。よく言われるよな、それ。

まったく、自分自身はそんなこと思ってみたこともないんだけどな…

誰かのフォローをするにしたって、別にやりたくてやってるわけじゃない。

ただ、そうでもしないと…その、誰かが苦しんでたり困ってたりするのを見るのは、誰だって、イヤなもんだろう?

そんなことを思っていたら、ミシェルは言葉を継いだ。

「ハンナさんとは、恋人同士、なんですか?」

「あぁ、そうだよ、一応な。幼馴染で、小さい頃はずっと一緒だったから、最初はなんか、変な気分だったけどな。

 最近じゃそれを通り越して、昔とおんなじような空気感だけどな」

俺はミシェルの言葉に、そんな話をしてから、ふと思った。

この状況、どこかで似たようなことなかったっけな…
 


そう考えたらすぐに思い当たった。あぁ、そうだ。

確か、レオナ達を連れて逃げているときに、オーストラリアでジーク達の隠れ家に泊まった晩の、レオナとの会話だ。

ん…?あれ…?あのとき、確かレオナは「羨ましいな」って言って、笑ったな。

あれはあのあとのことを考えると、つまり、そう言う意味だった、ってことだよな?

もしかして、ミシェルとのこの状況も…い、いや、そんなの思いすごしだ。

いやいや、ないない。俺は普段通りにしてただけで、レオナのときは状況も違うんだ。

そんなこと、あるわけが…そう思っていた俺をよそに、ミシェルは夜空を見上げて、つぶやくように言った。

「羨ましいな…」

お、おい、待て、そ、それは、その、なんだ…い、いや、えぇっと…

「そ、そうか?は、はは、ははは…」

一人で勝手に気まずくなって、俺はそうとしか返事を返せなかった。

ま、でも、ミシェルは笑っているし、いいとするか。

それにしても、まったく。俺の何がいけないんだ?

ニュータイプのことやスペースノイドのことは本当によくわかってきているっていうのに、

肝心の自分のことばかりは、どうにもよくわからない。

こんな男、俺なら願い下げなんだがなぁ…そう思って出そうになったため息をこらえて、俺は大きく伸びをした。

「くぅっ…、ふぅ、さて、明日は移動になる。さすがに今日のところは休んでおかないとな」

俺がそう言ったら、ミシェルは満面の笑顔で

「はい!」

と返事をした。まったく、いつからそんな幸せそうな顔できるようになったんだ?頼むからやめてくれよ。

眩しくって、見てられないじゃないか。

 そんなことを思いつつ、俺はミシェルと一緒に部屋に戻った。



 





「世話になったな、ドアンさん」

「いや、こちらこそ、懐かしい人と話ができて感謝している。

 連絡先もわかったし、今度、俺たちを招待したいと言ってくれていた。

 君たちもあの島にいるのなら、またすぐに会えるだろう」

俺たちは、島から30分ほど船で走ったところにあった、ドアン達の島よりもずっと大きな島の港にいた。

港には漁船や、本土へ渡るためのフェリーが着岸している。

あのフェリーに乗れば、その先で“カナリー”と合流することになっている港まではすぐだ。

 俺はドアンと握手を交わし、それから、見送りに来てくれていた子どもたちに手を振って、港を離れていくのを見送った。

船の姿見えなくなってから、俺たちはまずは、フェリーに乗らずに島のショッピングモールへと向かった。

そこで、ノーマルスーツのポーチに収納してあった財布からなけなしの連邦貨幣を使って、全員分の洋服を買い揃える。

もちろん、フェリーのチケット分の金額は残して、だ。

いつまでも、ノーマルスーツを着ているわけにはいかないし、かと言って、

ノーマルスーツを脱いでしまえば、みんな室温管理されたコロニー内で楽に過ごせる薄手の服装。

今はもう12月の初旬で、ニホン地域のこのあたりではさすがに寒い。

なんとかギリギリの金額でチケットを買って、俺たちはフェリーに乗り込んだ。

時間は短いとは聞いていたが、距離もそれほどないようで、船室は分かれておらず、

船内にはたくさんのソファーやじゅうたんの敷かれたエリアがあって、俺たちもお客も、それぞれが思い思いに過ごしていた。

そんな中、はしゃぐニケを連れて甲板に出ていたミシェルが、海を眺めているのが印象的だった。

このあたりの海は、お世辞にも、綺麗だとは言えない、冷たそうな灰色だ。

ミシェルの姿を見ながらアルバへ行ったら驚くだろうな、なんてことを考えてた。

 フェリーがフクオカの港に到着した。予想外だったのは、港が想像していたよりも広かったことだ。

待ち合わせは、港のチケットカウンターの前、とのことだったけど、地図を確認したら、チケットカウンターはいくつかあった。

俺達は、とりあえず一番大きな、建物の中央にあるカウンターへと向かう。

そこは人でごった返していて、お世辞にも、見知らぬ誰かと待ち合わせを出来るような場所ではない。

 だけど、だ。俺はそこで、サラを見た。

彼女は、俺に何を確認するでもなくうなずくと、グルっとあたりを見回して、

「いた、あの人だと思う」

と俺に言ってきた。
 


 そこには、長い髪を後ろで束ねた女性がいた。サラの感覚は信用できる。おそらく、あの人なんだろう。

俺たちが近づいていくと、向こうもこっちに気づいたようで、手を上げて俺たちに挨拶をしてくれた。

「はじめまして、私が、カナリー。あなたが、雛鳥ね?」

女性が俺にそう言ってくる。なるほど、間違いはないようだ。

「あぁ。こちらこそ、よろしく頼む。マーク・マンハイムだ」

まずは、自己紹介をして、それから、ハンナ達を紹介する。すると女性もニコっと笑って

「私は、クリスティーナ・マッケンジー。マライアとは、カラバで知り合った仲なの、よろしく」

と名乗った。笑顔の映えるきれいな人だな、と思っていたら、ハンナの膝蹴りが的確に尾てい骨に飛んできた。

なんだよ!こういうときばっか読むなよな!

「もうそろそろ搭乗が始まるから、先に乗っておこう」

それから俺たちは、そう言ったクリスにチケットをもらって、一緒に飛行機へと乗り込んだ。

飛行機は、良くある中型の民間機。シャトルでもないからカラカスまでは、9時間か、10時間ほどかな。

 席についてからクリスに

「マライアさんとは、連邦にいたころからの知り合いなのか?」

と聞いてみる。すると彼女は首を横に振って

「いいえ、私は戦後、連邦をやめてアナハイム社でテストパイロットをしていたのよ。

 その後、ティターンズの結成を見ていて、いてもたってもいられなくて、カラバに参加してそこで彼女と出会ったの」

と説明してくれる。なるほど、それなら、俺たちと付き合いは同じくらい、か。

なんて思っていたら、ハンナが、じっと、クリスの顔を見つめた。

いや、ハンナ、さすがにそれは、気分悪いだろ?なんだよ、そんなに見るなって…

さっき俺が思ったこと根に持ってるんじゃないだろうな?

 俺はハンナの肩を軽く押して視線を変えさせようとしたが、抵抗してくる。

いよいよ、クリスの方も何かを感じ始めたのか、怪訝な顔をしてハンナを見つめ返した。

おい、なんだってんだよ、ハンナ?俺が聞こうと口を開きかけたとき、ハンナは唐突にクリスに聞いた。
 
「ね、クリスさんって、捕虜になったことある?」

捕虜?なんでまた、そんな質問を?

「え、あるけれど…それが、なにか?」

クリスも不思議そうな顔をしている。だけどハンナは続けた。

「ニホンの極東12支部で、じゃない?」

ん?お、おい、待て、それって、俺たちのいたところだろ…?そこへ、捕虜に…って、え、おい、まさか…!
 


「そ、そうだけど…え、あれ、も、もしかしてあなた、あのとき、スープを差し入れてくれた…?」

「そうそう!それ私!すごく暑い日でさ、珍しく冷製のスープなんて作ったから覚えてるんだ!」

ま、待て、その日のことは覚えてるぞ…確かあれは、マライア“大尉”が赴任してきて一ヶ月くらい経ってからだったか?

そうだ、初めて死体袋を用意しておいてくれ、と言われた日だ!

「私はあの日、あの基地で、初めてマライアに会ったのよ」

っていうことは、俺はこのクリスって人にあのときあっていたのか…俺はそう思って、当時のことを思い返してみる。

だけど、その後のことが強烈過ぎて、なんだか、会ったことあるんだかないんだか曖昧だけど…ま、いいか…

「そうだったんだ!じゃぁ、はじめまして、じゃなかったね」

「そうね。あれがあってからは、私は、基地の外で死体袋に入れられて出てくる捕虜を受け取る役割についていたのよ。

 数か月は、あの基地の周りをウロウロしていたの」

「へぇ!いやぁ、食事差し入れた人にこうしてその後に会うのは初めてだから、なんだか嬉しいなぁ!」

「あはは、大げさね」

「え~そうかな?あ、ねぇ、クリスさんは、どうしてアルバ島に?旅行か何か?それとも、カラバの仕事?」

「仕事じゃないわ。私はあれからもずっとカラバの諜報部にいたんだけど、

 ほら、この間のネオジオンの紛争にも少し関わってから、それまでの気持ちがプツっと切れちゃってね…

 もう、そういうことは良いのかな、って思って。

 そしたら島へ来て生活すればいい、ってマライアが言うから、その言葉に乗っておこうかな、と思ったのよ」

ハンナとクリスが話を弾ませだす。

俺は、と言えば、二人の会話を聞いているのもそこそこに、シートに体を預けて目をつぶることにした。

カラカスの空港には迎えが来てくれているって話だ。そこまで、眠れるだけ眠っておこう。

カラカスからアルバまでは1時間もかからないだろう。

あのまぶしい日差しを浴びても耐えられるように、今のうちに少し眠っておいて、時差ボケ対策をしておく方がいい。

あの島について、昼間のうちから眠い、だなんて、もったいないだろうから、な。

俺は、後ろの客を気にしながら、少しだけシートを倒した。ほどなく、心地良い眠気が俺を襲ってくる。

そこから、しばらくは俺の意識はすっかり途絶えていた。

 意識を取り戻したのは、ホントに半日以上経った頃だった。俺は、飛行機が着陸するショックで目を覚ました。

飛行機がエプロンに向かう間に意識をなんとか覚醒させて、そのまま飛行機を降りて、

滑走路へ出るためのゲートへと向かう。そのゲートの前のロビーで、カレンさんと待ち合わせることになっていた。

 カレンさんの姿を、俺はほどなくして見つけられた。

でもカレンさんは会った瞬間に、俺の顔を見て突然、笑いをこらえきれない、と言った様子で噴き出した。

それを皮切りに、ハンナとニケ達までが腹を抱えて笑い転げ出す。

なんだよ、と思っていたら、ミシェルが苦笑いで持っていた小さな手鏡を差し出してきた。

 それを覗き込んだ俺は、黒いマジックか何かで落書きされまくっている自分の顔に気が付いた。

…くそ、こいつらめ、本当に、俺をなんだと思ってるんだ!

ていうか、俺、この顔であんな人通りの多い中型と大型機用のゲートやらロビーの中を通ってきたっていうのか!?

くぅ…そこはなとなく、泣きそうになって、それから猛烈に腹が立って来た。

 時間もない、とカレンさんが言うので、仕方なくそのまま飛行機に乗り込んだ。

いつもなら、しばらく腹を立てていたんだろうけど、カラカスからアルバへと向かう飛行機の中で海を眺めていたら

そんな気持ちもすっかりおさまっていたんだけど。

 


つづく。

次回、アルバ島、上陸。

お読みいただき感謝!



昨日の晩に送ってもらったキャノピー作SDアヤレナその2です。

うーん、かわいい。

ttp://up.2ch.to./images/d91821bcaa1bc4a758d846b2db4963a8.ayarena_canopy3.800.800.jpg.html

乙~
アヤさんはもうちょっと髪長そうなイメージだったけど、レナはすごいしっくりくるなあ



そういえば本編読んでいる時も思ったけど、マーク視点で物語が進んでいる時の没入感は一味違うよね。
オールドタイプで小心者で心配性でお節介で、でもわりと正義の熱血漢で。
ニュータイプやエースパイロットだらけのキャタピラSSの中でも親近感が湧く感じなのかな?

またウチの砂糖が5kg程減ってるんですけど!?<キャノピー



ドアンと子供達がアルバ島に遊びに来た事がある的な描写なかったっけ?
だとすると連絡先が今判明したというのは……

情報源持ってるどころの話じゃねぇぇぇぇぇwwwwww
世間って狭すぎるわwwwwwwww

アヤ=重巡那智 レナ=重巡羽黒 マライア=駆逐艦夕立改二
な外見イメージもってた
ほら、覚醒後のマライアって、あの悪夢さんくらいの戦闘は楽にこなせそうじゃん?ww
でもキャノピーさんの見てから全部塗り替えられた
原作者お墨付きの挿絵ならそれが当然なのだがww

そういや、シーマ様ファンクラブ…じゃない、シーマ艦隊の海兵隊の連中も、生き残りとかっているよね?
そういった「敗戦側の残党」(言い方は悪いけど…)の連中のカヴァーなんかにもいろいろ走り回ってそうだよね、
このペンションの一味はww



マークおいマークそこ代われ!
ハンナにレオナで飽き足らず新キャラまでこましやがってこの野郎!
ええい俺にも黒マジックを貸せ!
顔の落書きくらいでなんだこの野郎!
オールドタイプのフラグメイカーめがああああああああ

ふう、ちょっとは落ち着いた
キャノピー氏のSDアヤレナが脳内イメージとあまりにドンピシャでやばかったから、2枚目、3枚目もそれはそれはぐへへ出来ると思っていたのに…画像が見れんとです(´・ω・`)

ayarena_canopy2 ayarena_canopy3
ってファイル名出てるロダの所までは飛べるのだけど…
どうにか拝見することは叶いませんかキャタピラどーん(ノω・`)

>>680
感謝!
アヤさんの髪短すぎ論はけっこう出てますね…ポニテの印象なんですかねぇ
いや、好きですけどね、ポニテw

>>681
感謝!!

マークはたぶん、一般人だからなのかなぁ、と思うんですよね。
何も超越してない、自分ひとりの力で出来ることしかできない、普通の人なんですよね。
そう言う意味で、リアル調の裏1st編的な現実味が彼にはあるんじゃないかと思ってます。

ドアンの件、指摘をうけまして、そう言えばそんなこと書いた気もしないでもない…と思って
ファイルを散々検索してみましたが、発見できませんでした。
たぶん、来てはないんじゃないかなぁ…来てたら、そっちを来てないって方で補正願います。


>>682
狭いですね、ご都合主義万歳!w

艦これは分かりません、乗り遅れ、満員で着任できませんで。
マライアのキャラはポイですね、目の挑発的な感じが特にw

シーマファンクラブの皆さんは、たぶん、シーマさんとハロルドさんが調べて回ってフォローしてると思われます。


>>683
感謝!!
マークさん、さりげない優しさが人気です、くそう、なぜだ!

画像について、ロダの具合があんまり良くないらしいです。
別のにしてリンク↓に貼っておくですよ。


とりあえず、続きです。

 





 青い空に、青い海、輝く太陽。俺たちはやっと帰ってきたんだな…

飛行機を降りてすぐ、俺はむせ返りそうに熱く熱せられた空気を胸いっぱいに吸い込む。

潮の香りと南国特有の木々の香りが体中に広がる。

コロニーの中では決して味わうことのできないこの解放感は、地球の他の場所でもそうはないだろうな。

「ほら、マーク、さっさと行くよ!」

ハンナが、もう待ちきれない、って感じで、いそいそとエプロンを進んでいく。

「あぁ、分かってる」

俺はそんなハンナに思わず笑ってしまった。

俺もレオナやマライアさんやアヤさんに会うのは楽しみだが、そう焦ることはない。

俺たちはもう、アルバにいるんだ。シャトルが落ちたり、ティターンズに追いかけられることもない。

やっと手にした、安心だ。

 カツンカツン、と音がして、ミシェルがタラップを降りてきた。

あまりのまぶしさに、彼女は目を細めて、手でひさしを作って空を見上げた。

「大丈夫か?」

「あ、はい。きれいなところですね」

俺がそう言いながらサングラスを渡すと、彼女はそれを受け取ってかけてから、辺りを見渡して言った。

「地球には何度か来たことがあるんだろ?」

「はい、でも、滞在していたのは毎回ほんの数時間で、それも、シベリア地域の山奥が多くて」

連絡員だと言っていたもんな。人目の付かないツンドラ地帯へ降下してきていたのか。

あの辺りにその上官ってのも潜伏してたんだろう。確かに、隠れるにはもってこいの場所ではあるな。

「マーク、私は、機体を格納庫にしまってくるから、先に行ってなよ」

ミシェルの後ろからカレンさんが顔を出してそう言ってくれる。

「はい、了解です」

俺はカレンさんにそう返事をして、ミシェルを促しエプロンを歩き、空港の建物の中へと向かった。

 自動ドアをくぐって中に入ると、そこで大騒ぎしている一団が目に入った。もちろん、ハンナ達だった。

「レオナー!久しぶり!元気にしてた!?」

「うん、毎日楽しくやってるよ!わ!サビーノ大きくなったねぇ!もう一人前の男だね!」

そこにはレオナにアヤさん、マライアさんの姿もある。レナさんは来てないな…

ペンションの方が忙しいんだろうか?だとしたら、わざわざ来てもらって、なんだか申し訳ないな。
 


 俺も、ミシェルを連れてその輪の中へと近づいて行く。一番早くに、アヤさんが俺に気付いてくれた。

「マーク!あんたも久しぶりだな!」

「アヤさん、久しぶりです」

俺はアヤさんの明るい笑顔につられて、満面の笑みでそう返事をする。そうしたら、アヤさんはニヤっと笑って

「なんだ、良い顔になったな、あんた。最初に会ったときは根暗なヤツだなって思ったけど、

 ハンナのお陰ってところか?」

なんて言ってくる。ま、それもないこともないけどな。でも、これは違う、そうじゃないんだ。

「いや、マライアさんと、アヤさん達のお陰です」

俺がそう言ったら、アヤさんはデレっと照れ笑いを浮かべて

「な、や、やめろよ、そう言うこと言うの!」

と文句を言ってきた。それだけ、感謝してるんです、あなた達には。

そんなことを思っていたら、アヤさんが俺の後ろにいたミシェルに気が付いた。

「そっちの、彼女が?」

「あぁ、はい。紹介します。先月降下予定だった日に、戦闘宙域のはずれで救助したパイロットのミシェルです」

俺はそう言って、ミシェルを前に出す。ミシェルはビシっと背筋を伸ばして

「ミシェル・ジェルミと言います。よろしくお願いします」

とあいさつをした。ははは、固い奴だな、相変わらず。ま、それもそのうちに砕けるだろう。

この人たちのそばにいれば、な。

 「あ…あぁぁぁぁぁぁ!!!!」

「え!?あ、あなたは!?」

急に、声がしたと思ったら、ミシェルも何かに気が付いたようで大きな声を上げた。

見ると、マライアさんが口をあわあわとさせながらミシェルを指差している。

ミシェルの目に、敵意が宿るのを、俺は見逃さなかった。

 なんだ、どうしたっていうんだ?

「スパイのなぜあなたがこんなところに!?」

ミシェルがマライアさんを睨み付けてそう言う。なんだ、これは、何かあったのか…?

マライアさん、もしかして、あの紛争にも首を突っ込んでたっていうのか?

あり得ない話じゃない…この人は、そう言う人だ。

でもなきゃ、ティターンズに居ながらカラバへ協力するなんて危なすぎる橋を渡るようなこともなかっただろう。
 


「なぜって、言われたって、そりゃあ、ここがあたしの居場所だからね!」

いや、そう言う意味じゃないと思うが、マライアさんはそう言って胸を張った。

ミシェルからにじみ出ている敵意は消えるどころかどんどん膨れ上がっているように見える。

さすがに、ハンナ達も戸惑っている。

「おい、ミシェル、落ち着け。この人は…」

「知ってます。私をだまして、まんまと戦艦に乗り込んできた、ロンドベルのスパイです!」

いや、まぁ、そうなのかもしれないけど、とにかく落ち着け。あぁ、くそ、どうする?

マライアさんにはいったん退場してもらうか?こんなところじゃ、落ち着いて話もできない。

せめて、ペンションの方まで我慢してもらって、そこで事情を話せばミシェルだった分かるはずだ。

「あなたがここに、生きて居る、ということは…まさか、アウフバウム大尉は…」

ミシェルは今度は、そんなことを言って愕然とし始めた。アウフバウム、って確か慕ってた上官のことだったよな…

まさか、その人、マライアさんと戦ったのか!?

だとしたら、無事である保証はない…俺はマライアさんの腕を目の当たりにした。

あれは、モビルスーツになんて乗ったことのない俺でもわかるほどに卓越した操縦だった。

あんなのを相手に戦ったところで、それこそ、ニュータイプのエースだって、敵うかどうか…

俺は、なんだか胸が苦しくなった。いや、分かっていたはずなんだ。戦争がそう言う物だってことくらい。

だけど、まさか、マライアさんが、ミシェルの大切な人を奪うことになっていたなんて…そんなことって…

 思わず俺は着ていたシャツの首のあたりに手を当てていた。息苦しさを少しでも和らげようとしていたんだろう。

だけど、そんな俺とミシェルをよそに、マライアさんは呆けた様子で言った。

「あぁ、ミリアム?この島にいるよ、ちょっと待ってね」

「は?」

「え?」

俺とミシェルは、ほとんど同時に、そんなマヌケな声を漏らした。

マライアさんはPDAを取り出してどこかに電話をかけ始める。と、すぐに

「あーもしもし、ミリアム?今平気?え、忙しい?庭の草引き?知らないよ、そんなの。

 こっちの方が大事だから、ちょっと手を休めて聞いて!

 あなたと話したいって言ってる子がいるから、ちょっと話してあげて」

と電話口に言って、PDAをミシェルに手渡した。ミシェルは、恐る恐るPDAを手に取って、耳元に当てた。

「あの…ミリアム・アウフバウム特務大尉でありますか…?」

さらに恐る恐る、って感じでミシェルはそう聞く。傍らで、なぜだか俺も緊張していた。

「私は…ミシェル・ジェルミ…曹長です……はい、私です!」

そう言ったミシェルの目から、いきなり大粒の涙がこぼれ出した。

そのとたんに、俺の気持ちもすうっと緩んでいくのを感じた。

生きてたのか…良かった、最悪の想定をしちゃってたからな…マライアさん、さすがだ。

戦闘になった相手を殺さずに、この島まで引っ張って来るなんてな…詳しい話を後で聞かせてくれるだろうか?

いや、きっと聞かせてくれるはずだ。

この様子なら、きっとそのミリアム、って人も、ペンションに来てくれるだろう。

ははは、情報源を持っているかもしれないどころの騒ぎじゃなかったな。

まさか、本人を知ってて、ここに連れてきているだなんて、思ってもみなかった。
 


 ボロボロと涙をこぼすミシェルの肩をハンナが抱いて電話が終わるのを待っている。

アヤさんとレオナはポカーンとして、マライアさんを見つめていた。

「マ、マライア…これ、なにが起こってんだ?」

「あぁ、ミリアムの部下の子なんだよね」

「あー、なるほど…そういうことか…」

マライアさんと話をしたアヤさんが、そんなことを言って、ミシェルの手からPDAを奪い取った。

 「あ、ミリアム?アタシ、アヤ。この…ミシェル、だっけ?

 この子達、今夜はペンションに泊まる予定になってるんだ。これから戻るからさ、あんたも来ないか?

 あぁ、うん、そか、良かった。じゃぁ、急いで帰るから、待っててくれな」

アヤさんは、そう話をして通話を切った。それから、ミシェルの頭をポンポンと撫でると

「ミリアムも会いたいって言ってる。うちのペンションで待っててくれるって言ってるから、早く行こう。

 こんなところじゃ、落ち着いて話もできないだろ?」

そう言われた、ミシェルは、涙声で

「はい…!」

と返事をしてうなずいた。良かったな、ミシェル。

まさか、こんなに早く、そのミリアムって人に会えるなんて思ってもなかっただろうな。

ミシェルにしてみたら、死んだ姉さんの代わりみたいなものだろうし…良かったな、本当に良かったな…

俺はいつの間にか湧いてきていた暖かい気持ちをかみしめながら、そう何度も胸の内で繰り返していた。

「さて、じゃぁ行こう!レナも待ちくたびれてると思うしさ!」

アヤさんはそう言って、懐かしい、あの明るい笑顔で笑ってそう言った。




 




 「ぶっあはははは!マライア、あんたそんなことしてたのかよ!」

「だ、だってしかたないでしょ!あれが一番確実な方法だったんだから!」

「汚れ役を任せてごめんなさいとは言ったけど…まさか、本当にそんな…あぁ、ダメ、おかしい!」

「あーもう!クリスまで!」

「マライア、あなた、そんなことしてから私を取り押さえたわけ?!」

「いや!ちゃんとクリーニングルームできれいにしたし!ね!そうだよね、ミシェル!?」

「そうですけど…十分きれいになったんですかね、あれで…?」

「あー、マライアあんた、寄るなよ、におう」

「なぁ!?アヤさんなんてこと言うの!?このっ…こうしてやぎゃーーーーー!レナさん助けて!」

マライアさんがアヤさんの首にチョークを掛けようとして、逆に腕を取られてテーブルにねじふせられている。

ハンナはそれを見ながら、レオナと一緒に満面の笑みで笑っていた。

俺も、当然のように可笑しくって、声を上げて笑ってしまう。

 いや、マライアさんのやった敵艦への単独潜入、なんて、よほどの能力を持った諜報員でもないととてもじゃないが不可能だ。

それをこなしたっていうのはすごいことなんだろうし、

そりゃぁ、普通に考えたら、そんなところから潜入するなんて思いもよらないんだろうが…

はは、さすがに同じことをやれと言われたらなるべく遠慮したいよな。

 空港からアヤさんの運転する車で、俺たちはペンションに連れて来られていた。

そこにはすでに、ミリアム・アウフバウムと言うミシェルの元上官がいて、ミシェルは彼女を見るなり飛びついて大泣きした。

姉代わりだったと言っていたもんな。

そりゃぁ、無事だって言われて、実際にこうして会うことができたら嬉しいことこの上ないだろう。

俺はハンナとそんな様子を眺めながら、妙にあったかい気持ちになっていた。

 まだ時間が早いから、と言うので、とりあえずお茶とジュースで旅の疲れを取ってくれよ、

なんてアヤさんが言って、冷えた飲み物を振る舞ってくれる。

この熱帯気候にはやはりこういう物が一番うまく感じる。ニケ達も喜んでいた。

 「ねぇ、アヤさん、私、海に行きたいです!」

ニケが会話の隙を縫って、アヤさんにそう言いだした。アヤさんはパッと顔を明るくして

「あー海か!そっか、前に何度か言ったもんな!今日のところは、もうあんまり時間がないから、明日にしようか。

 これからデリクの便で来るお客が明日は一日海が良いってリクエストしてくれてるから、

 それに便乗して、またあの島に連れてってやるよ」

なんて言って、ニケを喜ばせてくれる。

「ニケちゃん、ジュースのお代わりいる?」

「あ、うん!ありがとう、ロビンちゃん!」

アヤさんの娘のロビンも、ずいぶん大きくなったな。聞けばもう10歳なんだそうだ。

あの日一緒に助け出したレベッカも元気そうで、レナさんと一緒にお菓子を用意してくれたり、

空になった瓶を下げたりしてくれている。

二人が成長していたり、知らない人が増えたりしているけど、ペンションはあの頃のままの雰囲気で、居心地がいい。

まるで、俺やハンナの生活してた南欧の町みたいに、暖かくて安心できた。
 


 「まぁ、なんにしても無事で良かったね」

レナさんが空いた瓶をトレイに乗せながらそんなことを言ってくれる。

「ホントですね。俺はチャーターのシャトルにしようって言ったんですが、ハンナがどうしても、って聞かなくて」

いや、我ながら根に持ち過ぎだろうと思いつつ、そんなことを言ってチラっとハンナを見やる。でもハンナは

「なによ?私の操縦だったから助かったようなもんじゃない!」

なんて、悪びれる様子もない。ま、確かにそのとおりかもしれないけど、な。

ハンナの言葉に肩をすくめてレナさんを見やったら、クスっと優しく笑ってくれた。

「で、マーク達はどうするんだよ?この街に住むんだろ?」

話の流れでアヤさんがそう聞いてくる。あぁ、そうそう、そこは重要だ。

「ええ、そのつもりです。

 でも、当初の予定じゃ、乗ってきたシャトルを売った金を資金にして家を購入するつもりだったんですが…」

「あぁ、沈んじまったんじゃぁなぁ」

「はい。なので、銀行にでも相談して貸付を受けるしかないかなと思ってるんです。

 でなきゃ、ルオ商会の保護基金を当てにしてもいいんですけど、あっちは本当に困っている人達に申し訳なくて、

 あまり頼りたくはないんですよね」

コロニーでは、俺は通信会社へ就職をして稼いでいたけど、

子ども達は、ルオ商会からの戦時保護基金からの援助を受けられていた。

だから、生活にはゆとりがあったけど、コロニーから離れたし、

いつまでもそんなものに頼っているのも違うと言う気がしていたのは事実だ。

シャトルを買った分以外に、多少の蓄えは残してあるから、2か月くらいの生活は出来ると思う。

その間に仕事を見つけて、なんとか収入と住むところを確保しなければいけない。

家は、最初は賃貸でも構わないし、仕事は俺にできることといったら通信関係の技術職くらいだろうけど、

でも、他にやれそうなことがあればなんだってやるつもりだ。

 サビーノはパートタイムにも出られる年齢だけど、出来たら、ちゃんとした教育を受けさせてやりたい。

大学とまではいかなくても、専門的な技術を学べる学校なら、そのまま仕事にもつながるし、な。

「まぁ、そう言う話なら、カレンに相談するのが一番だな。銀行にも財団にもクチを利けるやつがいるっていうし」

アヤさんはそんなことをいいながら、ふと、ホールのドアの方を見やった。

するとドアがギっと開いて、カレンさんが顔を出した。
 


「あぁ、カレン、迎えありがとな」

「うん、構わないよ」

「なにか飲むか?酒がいいんなら付き合うけど」

「あぁ、いや、私もこれから、来週のフライトプラン作らなきゃいけないから、また夜にでも邪魔するよ」

「そっか、まぁ、じゃぁ、お茶にしておくか」

アヤさんがそう言いながら、空いていたグラスにお茶を注いで、カレンさんにイスを勧めた。

カレンさんが席についたところで、アヤさんが

「ちょうどいいところに来てくれたよ。マークが相談したいことがあるっていうからさ」

と俺に話を振ってくれる。

なんだか、頼ってばかりで申し訳ない気持ちにはなったけど、でも、そうでもしないと、目途が立たない、ってのも、本音だ。

 俺はカレンさんにことのあらましを説明する。すると、

「あぁ、なるほどね…。うーん、資金、か…」

と唸って、腕組みをして考え始める。俺がお茶のグラスに口を付けてテーブルに戻すとすぐに

「まぁ、うちの会社が保証書類出してやれば、どこからでも融資は受けられると思うから、

 それが一番リスク少なくていいだろうね」

と言ってくれた。出してやる、なんて言いだすんじゃないかと思って構えてしまっていたけど、よかった。

保証だけでも申し訳ないけど、だからこそ、迷惑かけないように、ちゃんと稼げる仕事を探さなきゃな、って勢いにもなる。

「すみません…もしよかったら、またきちんとした形で相談させてもらっても良いですか?」

「あぁ、いつでも良いよ。だいたい夜は、ここに夕飯食べに来るからね。また今夜にでも、話をしよう」

「あ…ありがとうございます!お願いします!」

俺はそう声をあげてしまったけど、とにかく礼を言った。

 本当に、感謝してもしきれない。俺はこの人たちになにを返してやれるんだろうか?

いや、この人たちは、そんなことを望んですらいないのかもしれないな。

とにかく、これでなんとか、この島での生活を始められそうだ。

 俺はそのことに安心して、ふぅ、とため息をついてしまっていた。いや、でも、安心するのはまだちょっと早かったな。

その前に、やっておかなきゃいけないことがいくつかある。ひとつずつこなしていくことにしよう…

気が重いこともあるんだけど、な…

 俺は、ふとそんなことを思って、気が付けばニコニコ笑っているレオナを見つめていた。



 



つづく。


マークの様子が…?


画像再うp、少々お待ちを。
 

おつ



マライアの汚れ役(物理)思い出したww
あそこらへんのトリック面白かったな。
してやられた感が気持ち良かった。

あと俺はアヤさんベリーショート派だな。
あの人は入隊と同時にバッサリやるよ、間違いなくw
あまりに辛い失恋との決別の意味も込めて。
映画エイリアンのリプリー……までいくとやり過ぎかな?

>>693
感謝!

>>694
感謝!!

ミシェルはうんこマライアをクリーニングルームに案内した彼女でしたw!
あの辺りは、とにかく、シャアとの駆け引きとミネバの居場所を同時に描かなきゃいけなくて大変でしたが…
気に入っていただけて良かった!

アヤが髪を切ったのは入隊直前なイメージですね。
それまでは、ラフなショートだった感じがします。
彼女の傷は、シャロンとロッタさんに癒されてますからね、そこでの断髪はなかったでしょう。

リプリーはあれ、坊主じゃなかったっけw
あ、それはGIジェーンだっけ?



とりあえず、画像再うpしてみます。

今晩描いてもらった1年戦争当時のマライアも追加です。

これで見れなきゃ、別案を考えときます。

アヤレナリアル調
ttp://up.2ch.to./images/ce4d7a6fd41e38c25a8b941b51db99f8.ayarena2.1560.800.jpg.html

アヤレナイチャ2
ttp://up.2ch.to./images/d91821bcaa1bc4a758d846b2db4963a8.ayarena3.800.800.jpg.html

泣き虫マライア(1年戦争Ver.)
 

なぜだ!!なぜ見れない!!
俺だけか、俺だけなのか!!!

あ、乙です

>>696
感謝。俺も見れんかった。なぜだろう。

ってなわけで、奥の手。

リアルアヤレナ
ttp://catapirastorage.web.fc2.com/ayarenaCanopy.jpg

SDアヤレナイチャラブ
ttp://catapirastorage.web.fc2.com/ayarena_love.jpg

マライア1年戦争Ver.
http://catapirastorage.web.fc2.com/maraia.jpg



マライア来た!
仔犬感がしっかり出ていてイイじゃないかwww


キャノピーさんのタッチだとメカとか苦手そうだね。
からの
キャタピラさんのバウとマ◯ゼータ マダー?(チラッ

>>697
見えるぞ…私にも画像が見える!
横からだけどありがとうキャタピラさん
マライアたんかわいい!

つかこんなにかわいいのにうんこマライアって語呂が良すぎてひどいwwww

見える・・・見えるぞ!!
感謝です

>>698
感謝!
ガンプラは現在作業停止中です。まだバウを中途半端に塗っただけw

>>画像
見れて良かった!
今回もチロっと描いてもらえたのでまた最後にアップしまする。


つづきをば。
 






 「うーい、おはよ、マーク」

二階の客室から降りて来て、ホールに入ろうとしていた俺を見つけて、アヤさんがそう声をかけて来てくれた。

「あぁ、おはようございます」

俺が返事をしたら、アヤさんはいつもの、太陽みたいな笑顔を見せてくれる。

階段下にある小部屋から、大きな箱を抱えて出て来ているところだった。

「何してるんです、それ?」

俺が聞いてみると彼女は嬉しそうに笑って

「海水浴に使う道具の一式の予備だ。人数多いしな」

と肩をすくめた。そのしぐさがなぜか可笑しくて笑ってしまう。

「あぁ、邪魔したな。腹減ってるだろ?飯はちゃんと食っておけよな」

アヤさんはそう俺に言って、スタスタと玄関のドアへと歩いて行く。

「あぁ、そうだ」

と、急にアヤさんがそう声を上げた。俺もホールのドアノブに手を掛けながらアヤさんの方を見る。

「マークはホントに行かないのか?」

アヤさんは玄関のドアを出て行く直前に、俺を振り返ってそう聞いてきた。

「ええ、先にカレンさんと銀行と財団に話を付けて。不動産屋にも行っておきたいですし」

俺が言うとアヤさんは肩をすくめて

「そっか、まぁ、大事なことだもんな」

と言ってくれた。それから

「じゃぁまぁ、なにかあったら言ってくれよな」

と言い残して玄関を出て行った。俺はそれを見送ってから、ホールへと向かう。

ホールにはすでに朝食の用意がされていて、ハンナ達と、それから昨日晩くにやってきた家族連れが食事を取っていた。

そういえば、クリスの姿がないが…

 俺はそんなことを思いながら食卓に付く。

「マークさん、遅いよ!」

「寝坊?」

ニケとサラが聞いてくる。

「まぁ、そんなとこだ」

俺はそう適当に答えておいた。
 


 すこしぬるくなったお茶に口をつけて、それからスープを一口含む。

柔らかな口当たりの、鶏がら風味のスープの味と香りが広がる。おいしい。

「マークさん、おいしい?」

とたんに、俺の足元にそんなことを言いながらロビンが飛びついてきた。いや、どこにいたんだ。ロビン?

「あぁ、おいしいよ」

俺が言ってやるとロビンは

「良かった!それ、一昨日レシピを見て練習したんだよ!」

と声を上げた。

「これロビンが作ったのか?」

「うん、そうだよ!」

俺が聞いたらロビンはピョンと飛び跳ねながら答えた。へぇ、すごいな…

これ、ハンナのに比べると薄口だけど、ずいぶんと上品な味がする。

こんなのを10歳のロビンが、ねえ…

「すごいなロビン!まるで高級なレストランで食べるスープみたいだよ」

俺が言ってやったら、ロビンはまたピョンピョン飛び跳ねて

「ホントに!?良かった!ほら、これ、ガーリック乗せたパンだけど、これに漬けてもおいしいからたくさん食べてね!」

と笑顔を見せてパンの入ったかごをテーブルに置くと、キッチンの方へと消えて行った。

 「ね、マークさんは今日は海に来ないの?」

ロビンがキッチンへ戻ってから、サビーノがそうたずねてくる。いや、俺だって、何もなければ行っておきたいけど、な。

でも、やっぱり、家のこととか仕事のことは先にやっておかなきゃまずいだろう?

「あぁ、うん。今週中にはいろいろと決めておきたいからな。

落ち着いたらまた、一緒にどこかへ連れて行ってもらうつもりさ」

俺が言ってやると、サビーノはすこし寂しそうな表情をしたけど、

「そっか」

と納得したようで返事をくれた。

 「そういえば、クリスの姿が見えないけど?」

ホールに入ってきたときに気がついてすこし気になっていたのでハンナに聞いてみる。

するとハンナは、んー、とうなってから

「なんか、病院に行く、って言ってたよ」

と言って来た。病院?なんだ、隊長でも崩してたのか?そんな風には見えなかったが…

「体調でも悪かったのか?」

「ううん、なんか、知り合いが入院してたんだって。で、今日が退院日らしくて、それに立会いにって言ってた。

 詳しいことは、知らないけど」

ハンナがスープに浸したパンをかじりながらそんなことを教えてくれた。

 本人じゃなくて、知り合いが入院していたのか。クリス、この島の出身、ってわけじゃなさそうだったけど…

どういうことなんだろう?余所からここへ転院させてきたのか、もともとここに住んでる人なのか…

ま、あとで聞いてみるとするか。
 


 とりあえず、今日は午前中にカレンさんとボーフォート財団ってところの人間と、

カレンさんの会社の取引先になっている銀行で話しをする予定になっている。

午後は、不動産屋に行く。時間が余れば仕事探しも出来るかもしれない。

くたびれそうな一日だけど、こんなうまい朝食を食べられれば、活力のほうは十分かもしれない。

あとは、うまい交渉が出来るか、だ。

 朝食を済ませてすぐ、ハンナ達はアヤさんと一緒に例の小さな島での海水浴の準備を嬉々として始めた。

ミシェルも迷っていたけど、とりあえず行ってみると良い、と俺も促したし、

アヤさんにも半ば強引に誘われていて、あの小島へ行くことに決めたようだ。

 ハンナ達はアヤさんが準備した船の留めてあるバーバーへ、マライアさんが車で別のお客と一緒に送って行ってくれた。

それを見送って、庭先でレナさんとマリオンと言う女性と話をしている間に、カレンさんが車でペンションまでやってきた。

「悪い、待たせたね」

「いえ、とんでもない」

車の窓を開けてそう言ってくるカレンさんに俺は笑顔を返す。

レナさん達に挨拶をして、俺はカレンさんの車の助手席に乗り込んだ。

 「今日は、お願いします」

俺は改めてカレンさんにそう頼む。するとカレンさんは、ははは、と笑って

「丁寧なやつだよね、マークはさ。まぁ、任せておきなよ。

 財団の方は五分五分だけど、銀行の方は、これ提出してやれば断らないだろうからさ」

カレンさんはそう言って、ダッシュボートに置いてあった書類ケースからピラッと一枚の紙を取り出して俺に手渡してきた。

そこには、俺の身元と金銭的な支払い能力に問題がないということを保障するという文面とともに、

万が一俺の支払い能力が喪失した場合はカレンさんの会社がそれを肩代わりする旨が印字され、

カレンさんのサインが書き込んであった。

「その、下のところにあんたのサインを書いといてくれよ」

カレンさんはそう言って、旨のポケットからピっとペンを取り出してきた。

受け取ったそのペンは、ずっしりと重い万年筆で、どう見たって値が張りそうな代物に見える。

い、いや、そんなところに注目している場合ではない。

俺は、カレンさんが渡してくれた書類にサインをして、ダッシュボードの書類ケースに差し戻した。

 それから、ふぅ、とため息が出る。これからは、ちょっとした勝負だ。

カレンさんの後押しがあると言ったって、相手が居ること。信用してもらえないことには、資金調達なんて望めない。

ただでさえ、仕事もないうえに子持ちだ。

大きなビジネスのビジョンを広げて資金を貸してほしい、というんじゃない。

家を建てるために金を貸してほしい、と頼みに行くんだ。財団にも銀行にも利子程度の見返りしかないうえに、

今の俺の状況だけを考えれば、返済能力は未知数だ。

俺ならこんなリスクな高そうな男に金を貸すなんて考えられないな。それをどう説得するか…だ。

ここで躓いているようじゃ、今後の自分が思いやられるが…かといって、簡単な問題じゃないと来ている。
 


 「あはは、なに、緊張してるの?」

そんな俺の様子を見て感じたのか、カレンさんがそう言ってくる。

そりゃぁ、そうだ、俺だけじゃない、ハンナや、子ども達の人生がかかってるんだ。気楽な気持ちになれる方がどうかしている。

「まぁ…はい」

そうとしか答えられなかった俺は、短く返事をした。するとカレンさんはまた声を上げて笑った。それから

「まぁ、そういう責任感の強いところは悪くないけどね。背負いこみすぎは毒だよ。

 何かあったらうちで面倒見てやったっていいしさ」

なんて言ってくれる。

 そりゃぁ、そうしてもらえるんならありがたいことこの上ない。

でも…でも、こうして誰かの世話になるのはどうにも心苦しい。

マライアさんに命を助けてもらってからずっと、俺たちはこの人たちにずっと支えられてやってきた。

戦争が終わるまでかくまってくれたのもそう、ルオコロニーへ逃がしてくれたもの、

こうしてここで新たな生活を始めることもそうだ。俺は、俺たちはずっとそうしてもらってばかり…だ。

「それは、ありがたいと思います…」

でも、だけど…じゃぁ、もし、明日、彼女たちがいなくなってしまったとしたら、俺たちは生きて行けるんだろうか?

身を守る必要はもうないとしても、毎日の生活には必ず困るだろう…それじゃぁ、やっぱりダメだよな…

 「なぁ、マーク」

そんなことを考えていた俺に、カレンさんがまた声を掛けてきた。

「なんです?」

俺が聞き返したら、カレンさんは急に

「ハンナとは、どうなの?」

と聞いて来た。俺は思わず、ブッと吹き出してしまう。な、な、な…なんだって…

「なんだって急にそんな話するんですか?!」

瞬間的にパニックになってそう非難をしたら、カレンさんはいたって冷静に

「だって、もうけっこう長いんだろう?女ってのはあんまり待たされると、どうでも良くなっちゃう生き物だからね。
 ちゃんとハッキリさせてやんなよ」

なんて言ってきた。わ、分かってる、そんなこと…

「分かってます…準備が、済み次第、って決めてんです」

「ホントに?あはは、それは楽しみだね!」

俺が言ったら、カレンさんはそう声を上げて笑った。

まったく、そう言う話でからかわれるのはどうしていいか困るからやめてほしいもんなんだけどな…

俺は顔のほてりを感じながらそんな不満を心の中でつぶやいた。
 


からかわれっぱなしじゃ悔しいんで、なんとかやり返してやろうと思って

「カレンさんこそ、そう言う話はないんですか?」

と聞いてやった。そしたら、カレンさんは、今度は空笑いを飛ばして

「こんな性格で、こんな口の利き方だからね。よほどの物好きでもない限り、貰い手なんていないと思うよ」

なんて言う。でも、そうだろうか?

確かに、アヤさんとは違った勢いがあるし、ま、言葉遣いも畏まってるともしとやかとも言いにくい部類だけど、

面倒見は良いし、親しみやすいし、ルックスだって、悪くない。

悪くないどころか、170代後半の俺と身長はさほども変わらないのに締まって、

さすがパイロットって言えるくらい鍛えてあるし健康的だ。

美的な感覚は人それぞれだけど、俺にしてみたら、カレンさんだって、ハンナやレオナや、

アヤさんにレナさんにマライアさんと同じくらい、人間的にも、女性的にも魅力あふれてると思うんだけどな…。

「そうですか?俺は、好きですよ、カレンさんみたいに、輝いてる、って感じの女性」

そう言ったら、カレンさんはまた笑った。

「あははは、そっかそっか、そりゃぁ、なんだね…そう言うのは、やめてくれよ。

 アヤじゃないけど、ダメなんだ、そう言うの」

よくよく見たら、カレンさんはかすかに頬を赤らめていた。

なんだかわからないけど、どうやら仕返しは成功したようだ。

 そんなことを話しているうちに車は島の街の中心地にある建物の地下駐車場へと入った。さて、交渉はこれからだ。
 
俺は、カレンさんのお陰で適度に緩んだ気持ちを引き締めて、頭の中でシュミレーションを始めることにした。
 


 それから数時間。太陽が真上に上がり、島でも一番暑い時間がやってきていた。

俺はカレンさんの車に乗って、ペンションのある高台へと走っていた。

 財団との交渉は難航。むこうとしても、いくら知り合いの頼みだからと言って、

おいそれと個人に対して個人的な資金を貸すほどの余裕はない、とのことだった。

だが、銀行の方ではカレンさんの会社が取引先だ、ということもあり、それほど渋りはしなかった。

ただし、一つだけ俺に条件が出された。その条件とは、一か月以内に定職を見つけること。

もともとそのつもりだったし、この人口過密による就職難の時代でも、この島には俺が役立てそうなことはいくつかある。

4年もコロニーでグータラしてたわけじゃない。

情報分析の経験を生かした通信システムの解析やら情報分野には、そこそこのスキルはあるはずだ。

それに、この島の情報だって、ないわけじゃない。それが例の、島外との連絡を維持しておくための通信会社だ。

アンテナの管理やなんかと言った設備点検もできるし、システム的なこともおそらく大丈夫だろう。

そこが第一志望だ。まぁ、家族持ちの俺があいつらを養えるだけの金を払ってくれる余裕があれば、だが。

 「とりあえず、なんとかなりそうで良かったよ」

カレンさんが笑顔で俺にそう言ってくる。本当に、カレンさんの言う通りだ。

とりあえず、一歩目はなんとかなった。それもこれも、カレンさんのお陰だ。

「本当にありがとうございます」

俺がそう礼を言うと、カレンさんは照れたように笑いながら

「別に、私はあの紙っ切れにサインをしただけだよ。これから大変なのはマーク、あんたでしょ?」

と俺をチラっと見やる。ま、そうだが。できる、って確信はないけど、やらなきゃならないもんな。

もうあの頃の俺とは違う。やるべきときにためらうほど、俺はもう弱くはない筈だ。

「はい。とりあえず、仕事を探します。遅かれ早かれ、必要でしたしね」

「あぁ、そのことなんだけど…あんた、良かったら、うちで働かない?

 今は、飛行機との通信機能は私とデリクとソフィアでメンテをしてるんだけど、

 それを専門にやってくれる人間が居ると、正直助かるんだ。

 私は最近じゃ、飛ぶよりも事務仕事が多くなってて、忙しいんだよね。

 それにほら、うちで働いておけば、あの紙っ切れ以上の信用にはなるだろうしさ」

カレンさんが、視線を前に戻して、そう言ってきた。カレンさんの会社で、仕事…。

そんなにありがたい話って、ないよな。

それなら、何かあった時の我がままも聞いてもらえるかもしれないし、デリクさんや、シェリーちゃんだって働いてる。

職場環境にしたって申し分ない。でも…そう、でも、だ。そんなことで良いんだろうか?

いや、別にカレンさんのところが不満だって言うんじゃない。

だけど、俺はそのために、この島に戻ってきたのか?俺がやりたかったことって、一体何なのだろう?

 この抵抗感は、なんだ?

カレンさんのところで、万が一トラぶったときに、この島に居づらくなる、なんてことを恐れているのか?

いや、そうじゃない。俺の、この人たちへの信頼は、そんな程度の物じゃないはずだ。

何があったって、この人たちは俺たちを見放したりなんてしないだろう。

俺も、なにがあったってこの人たちを裏切るようなマネはしないと誓える。

だから、そう言うことじゃない。

じゃぁ、なんだ?この抵抗感は…?


 車がスピードを落とし、停車した。見るとそこはもうペンションの前だった。

「まぁ、考えといてくれていいよ。別に急いではいないからね」

カレンさんは、返事を返さなかった俺にそう言って笑ってくれる。

「あ…すみません、ありがとうございます…」

俺はそう礼を言って車を降りてから、ハッとした。ありがとうございます…?

そうか…俺はこの島に来て、ずっと気にしていたな。

この人たちの世話になることが、申し訳ないな、って。それは、本当にそう感じているんだろうか?

いや、申し訳ない、ありがたいとは、当然思っている。

だけど、あれこれしてもらうことをただ申し訳ないと思っているんじゃない…俺は、そうだ。

このままじゃいけない、と、そう思ってるんだ…。

「カレンさん」

俺は、コンコン、と車のサイドウィンドウをノックした。

カレンさんが、手元のボタンを操作して、窓を開けてくれる。

「さっきの話、ありがとうございます。良くしてもらって、本当に感謝してます。

 でも、俺、ひとりでやってみたいんです。皆さんの手を借りたくないわけじゃなく、俺自身の力を試してみたいんです。

 俺自身の力で、ハンナや、サビーノや、ニケにサラにエヴァを守れるようになりたいんです…

 マライアさんが、泣き虫で、ヘタれだって言われていたって言う、あの人がそうしたように、

 俺には戦うことはあまりできないけど、でも、別の方法で、俺が俺のできることをして家族を、

 仲間を守っていきたいんです…だから、せっかくの話ですけど、今回は、お断りさせて下さい」

俺は、溢れてくる気持ちのままをカレンさんに伝えた。

カレンさんはしばらくキョトンとした表情をしてたけど、少ししてからニヤっと笑い

「あんたの気持ちは、良くわかったよ」

とつぶやくように言った。それからふぅ、とため息をついて

「私も、世話焼きが過ぎたのかもしれないね。変にプレッシャー掛けちゃってたら、悪かったよ。私らみんなで見ててやるから、しっかりやりなよ」

と言って、また、笑顔を見せてくれた。

「はい!」

俺は、カレンさんの言葉が嬉しくて、軍に居た時のような声を張った返事をしてしまった。

それを見たカレンさんは、フフッと優しくほほ笑んだ。

「ハンナが居なけりゃ、口説こうか、って思うところだよ」

「は…?えっ…!?」

突然、カレンさんが変なことを言いだしたので、また、途端に頭が真っ白になって、言葉が継げなくなる。

口説く?な、ちょっと…カ、カレンさん、急に、それ、えっと、なんだ?どういう意味だ?

思考がまとまらないまま突っ立っていたらカレンさんが

「輝いてる男は嫌いじゃない、ってことさ。しっかりやんなよ」

と、俺の胸板をポンっと拳で叩いて、呆然とする俺を置いて、車を走らせて行ってしまった。

 俺はカレンさんの車が見えなくなってもしばらく、その場に立ち尽くしていた。

頭と気持ちの整理がつかないでグルグルと高速で回転している。ただ、その中で確かに感じ取れる思考がひとつだけあった。

 俺、また、やらかしかけたのか…?くそ、なにがいけないんだよ!

別に、そう言う気はさらさらないんだって!!
 



つづく。


なにも起こらないが起こるマーク編。

次回もこんな感じかな、と思います…gdgdだったらすません。



さて、今日のキャノピーのコーナーですw

マ「アヤさーん、ハンバーガー買って来たよー」
ア「えー?アタシ、フィッシュバーガーが良いっていったじゃんかー」
ttp://catapirastorage.web.fc2.com/maya.jpg


キャノ「プラモを見て描いてみました。シン・マツナガ専用ザクです。プラモだと思ってみてください」
キャタ「つうか、自宅にシン・マツナガ機があるってwww」
キャノ「ガノタですから」
ttp://catapirastorage.web.fc2.com/ms06s.jpg



マークが新手のフラグメーカーになっとるww
オメガの野郎どもも大概有能な連中だと思うけど身近すぎるのか。家族だし。

あとただの誤字だとは思えないので指摘させてもらう。
港はハーバーだね。バーバーじゃ床屋になっちゃうよ。



キャノピー
あら以外とメカもいけるのね
シン・マツナガ機とかww渋いwww
ランバ・ラルとかドズルとかノリスとか硬派なオッサン好きそうww
と思ったらマツナガさん、設定では若いのね……

隊長を崩すくらいだから、そこには触れないでやれ

文字を間違うくらいならスルーでいいけど
言葉が間違ってるなら指摘した方が本人の為にも良いと思うけどね。

>>712
もし本気でそう思っているんなら
君は今まで何を読んできたんだね?
1st編オマケ辺りから読み直したまえ。

あと、キャタピラも貼る前に読み直したまえw

乙ー

つまり入院してるのは実は生きてたシュタイナー・ハーディーで
これからクリスに崩されてまうん?

>>誤字
厳命する、誤字(ry
いくらなんでも、バーバーとハーバーの違いくらいは知っていますw

前回は、頭痛くて読み返してなかったんだ、すまぬ。



ってなわけで、続きです。
 





 それから、2週間が過ぎた。俺の仕事は、第一志望どおりにこの島の通信会社に決まり、今週から仕事を始める運びになった。

ほとんど押しかけで元軍人で情報関係を専門にやっていたが、仕事を探していると話すと、

事務所の奥から社長だと言う人物が出てきて話を聞いてくれた。

そこで俺は仕事のことと同じく、家族についても話をした。

全部が全部、本当のことを話すわけには行かなかったが、軍役中に出会った戦争孤児の親代わりをしていて、

彼らの将来のためにもより良い環境での生活をさせてやりたくてこの島に来て、

より良い暮らしを与えてやるためにも安定した仕事が欲しいんだと伝えた。

社長は人がよさそうな雰囲気はなかったが、俺の話を終始黙って聞いて、最後に一言、

「週明けに一日試用勤務をしに来てくれ」

とだけ言ってくれた。

 その試用勤務の日、俺は衛星回線のバグ取りと、各所のアンテナとの送受信を受ける大型モジュールのメンテナンス、

ラグと通信速度の遅滞を防ぐための通信回路全体の再構築の提案書を提出した。

俺の働いているところを終始遠巻きに見つめていた社長は、その日の勤務が終わってから俺を社長室に呼んで、また言葉少なに

「来週の頭から、正式な勤務をお願いしたい」

と言って、雇用契約書を出してくれた。

賃金はそれほど良いってほどでもないが、かといって悪すぎると言うこともない。

家を建てる資金の返済に、サビーノの学費に、生活費を差っ引けば貯金する余裕はないかもしれないが、十分瀬活はできるだろう。

これで、準備は整った。

俺は、その場で家を買うための融資に雇用証明が必要なことを話し、

社長が指示を出した秘書にプリントアウトしてもらって、社長のサインをもらった。

翌日にはそれを銀行に持って行き、なんとか家を建てる資金を借り受けられた。

 さらに翌日には、アヤさんに紹介してもらった個人経営の建築会社を訪れてペンションやカレンさんの自宅のある、

この高台の一角の土地の購入とそこへの家の建築の契約も交わした。

そのあと引いてもらった図面を元に、今はもう基礎工事が始まっていた。

「うわぁ!ここに私たちの家が建つんだね!」

どうしても建設作業が見たい、と言うニケを連れて、俺は仕事のない日の朝に、

ペンションから歩いて20分もないこの“マイホーム”に来ていた。

「ちゃんとニケの部屋もあるからな。ていうか、ニケ、一人で寝られるか?」

俺が聞いてやるとニケはちょっとだけ不安そうな表情で

「どうかな…寂しかったら、サラとエヴァと一緒に寝てもいい?」

なんて聞いてくる。まぁ、これまでずっと一緒だったんだし、

コロニーでも広いとは言えないマンションで、ニケはサラとエヴァと同室で生活してたし、そんなもんだろう。

「ははは、まぁいいんじゃないかな。もしかしたら二人もそのほうがいいかもしれないし」

なんてことを思いつつ、それでも俺は、ニュータイプである彼らに物理的な距離があまり関係のないことを知っていた。

こと、壁一枚挟んだ隣の部屋なんて距離は、あってないようなものだ。心配はないだろう。
 


 さて、これで3つ目のステップはクリア、だ。

あとは、2つ、場合によっては、いや、よらなくても3つになるか、な。

いずれにしても、道半ば、やっと体勢が整っただけだ。とりあえず、次は、今夜、だな。

「今夜?」

そんなことを思っていたら、ニケが急にそう聞いてきた。こいつ!また“覗き”やがったな!

「感じ取るなよ、恥ずかしいだろ?」

「そんなこと言われたって、意識しといてくれないと、こういう二人で居るときとかは

 耳で聞こえたり、暑い寒いって言うのとおんなじ様に勝手に入ってきちゃうんだから、しょうがないでしょ!」

俺が文句を言ったら、ニケはそう言って頬を膨らませてから笑って

「でも、なにが恥ずかしいの?」

と聞いてきた。いや、ま、それは、な…俺は、ニケの質問に意識して頭の中を空にする。まだこれは内緒だ。

「ひみつ、だ」

「えーなんでよ?」

「なんでもだよ。ほら、散歩は終わりだ。今日はまた、あそこの島でバーベキューなんだろ?俺もやっとくつろげるよ!」

「あ、そうだね、マークさん、ここに来てから忙しかったもんね」

俺がそう言って話題を変え、ペンションへの道を戻ろうとして歩き出すと、

ニケがそんなことを言いながら着いて来て、ガバっと俺の腕にしがみついた。

 ニケにとっては、俺ってどんな存在なんだろうな。俺にしてみたら、もうこいつらは大事な家族だ。

ニケにしたって、娘と言っていいくらいだ。お父さん、なんて呼んで欲しいわけじゃないけど…

でも、まぁ、ニケ達からも、そんな存在に思われていたら、なんとなく、幸せなのかもしれないな。

こんなときは、俺にもニュータイプみたいな感じ取る力があればなぁ思うのは、ないものねだりだろうか。

まぁ、そんなものあろうがなかろうが、誰かと一緒に幸せになるためには、

やること、やるべきことはきっと変わりないんだろうけどな。

俺はニケと一緒に歩きながら、そんなことを思っていた。

「家建つの楽しみだね、“お父さん”!」

「な、ちょ、ニケ!止めろっていったろ!?」

「だーかーらっ!勝手に頭に入ってきちゃうんだって!空っぽにしててよ!」

「無茶言うなよ!そっちこそ、感覚塞いどけって!」

「二人のときはそのほうが無茶だよ!」

こんな会話をするのも始めてじゃぁないけれど、今回も、これまでも、どことなく暖かい気持ちになるんだよな。

俺と、それからニケも、知らず知らずのうちに笑顔になっていた。



 





 ペンションに戻ると、そこにはすでに着々と準備を進めているアヤさん達の姿があった。

散歩に行く前は手伝うと言ったのだけど、今日はあんたは休みなんだから、ちゃんと休んでろよ、なんて言われてしまった。

やはり、なんだか申し訳ないな、と思いながら、それでも俺はその言葉に甘えた。

今日は、俺達の他に家族連れが二組。船はどうやらすこし定員ギリギリらしいけど、

まぁ、大丈夫だよ、なんてアヤさんは笑っていた。

「アヤさーん、炭って積んだ?倉庫にもうないんだけど…」

「あれ、アタシ積んでないぞ?え、もしかして在庫ないとか、そういうことじゃないよな?」

「あー!私ちゃんと2ケース載せたよ!最後の2ケースだった!」

「あぁ、ロビンやってくれたのか、ありがとな。レナに追加の注文してくれってお願いしてくれてるかな?」

「うん、ママには言ってあるから、大丈夫」

俺たちはエレカのワンボックス、荷物は年代物の小型車に満載だ。

「私とレナさんは今日は留守番だから、楽しんできてね」

レオナがハンナにそう言っている。実は、別のお客がもう一組、昼前には到着するらしくて、

レオナとレナさんはその準備にあたるんだ、と言っていた。

一緒に来られればとは思ったけど、ま、そのうちまたそんな機会もあるだろう。

それに関しては、焦らなくたっていいんだ。きっとここでの生活は、これまでの人生よりもずっと長くなる。

またあの島へみんなで行くチャンスなんか、何度だってある。

それよりも、ニケが言ってくれたように、俺もすこしのんびりしないとな。

家族と楽しむことも、休みの日に羽を伸ばすことも、必要なことなんだよな、きっと。

 俺はそんなことを思いながら、微かに胸を躍らせてマライアさんの運転するワゴンに乗り込んだ。

島に着いた自分が、アヤさんとマライアさんに特訓だ!と言われて、

寄ってたかって海の中を引きずり回されることになる、なんてことを、そのときはまだ想像すらしていなかった。

 その晩、ペンションに帰ってきた俺達は、シャワーを浴び、夕食を終えた。

俺はさすがに疲れを感じていたけど、子ども達はピンピンしていて、

ロビンとレベッカを交えてカードでババ抜きなんかをやって喜んでいる。

ハンナは、疲れのせいもあってかどこか元気がなく、ボーっとニケたちのゲームを眺めている。

ミシェルは今しがた、シャワーに行ったところだ。

俺は、といえば、チビチビとお茶を飲みながら、食事が終わったホールでまかないを食べ始めたアヤさんと取り留めのない話をしていた。

仕事のこととか、昔のこととか、コロニーでのこととか、来週末の予定とか、そんな内容だった。
  


 アヤさんは、よく食べ、よく笑い、よくしゃべった。

つられて俺も楽しくなって、ついつい話をどんどん膨らませてしまう。

バカ話だったり、とにかく笑ってしまったけど、でも、心のどこかでは、俺はそれに夢中にはなれていなかった。

それというのも、俺は部屋に戻らず、ここで待っているからだ。この場所に、レオナが来るのを。

おそらく、アヤさんもそれをうすうす感じ取ってくれているのだろう。

チラっと腕時計を見やって、そろそろかな、なんて呟いていたし、な。避けられも、逃げられもしない。

大事な話だ。俺はきちんと、レオナに思いを伝えないといけない。

それを伝えて、レオナがどう感じるか…それだけが不安だが、

それでも俺は…そうして置かないと後悔してしまいそうな気がしていた。

 アヤさんの淹れてくれたお茶をあおって、ふうと一息つく。

緊張はしているが、なるだけそれは意識してはいけない、って言うのが余計に疲れる気がする。

だけど、緊張を意識してしまえば、アヤさんだけじゃなく、ハンナにも子ども達にもたちどころにそれを感付かれてしまうだろう。

それだと、順番が違うもんな。まったく、ニュータイプと一緒に居るって言うのは、難儀なもんだ。

 「マーク、酒でも出そうか?」

不意に、アヤさんがそんなことを言ってきた。アヤさんの方を見やったら、彼女はなんだか心配そうな顔をして俺を見ていた。

俺は、なんだかまた申し訳ない気持ちになって、苦笑いを返して

「いや、大丈夫です。これは、俺自身の力で越えて行かなきゃいけないことですから」

とアヤさんに小声で伝える。そしたらアヤさんは少しだけ表情を緩めて

「まぁ、そうか、そうだよな。アタシらなんか、レナが勢いで言って来て、あっと言う間に、だったからなぁ。

 ホントなら、もっとアタシからちゃんと伝えてやるべきだったのかも知れないな、なんて思ってたこともあるんだ」

なんて話を始めた。それは聞いたことがあったな。

俺も、二人の関係を見ていたら、アヤさんはどちらかと言えば男っぽいし、普段はレナさんをリードしているから、

アヤさんからビシっと伝えたんだろうな、と思っていたら、

実は、勘違いをして泣きついたアヤさんを安心させるために、レナさんからそんな話をしたんだそうだ。

その話を聞いてからよくよく二人のやりとりを見ていると、

なんだか、立場が逆転して、アヤさんが尻に敷かれているように感じられてしまうから不思議だ。

 「ま、結果良ければ、じゃないですかね?」

俺がそう言ったら、アヤさんはなおも渋い顔をして

「いやぁ、あれ以来、ずっとアタシは調子狂わされっぱなしなんだ。

 一緒になったってことは例えようのないくらい幸せなんだけど、でも、ちょっとイメージと違うんだよなぁ」

なんてぼやく。

「いや、俺なんて、チビの頃からあいつには調子狂わされっぱなしですからね」

俺はアヤさんの話を聞いて、ハンナをチラっと見てそう言ってあげた。ハンナ、疲れた顔をしてるな。

部屋に戻って寝ればいいのに…なんてことを思っていたら、パタンとドアの音がして、誰かが部屋に入ってきた。

目を向けるとそこには、レオナの姿があった。
 


胸が高鳴りそうなのを必死にこらえて、マグに残っていたお茶を口に含んで気持ちを落ち着ける。

 「あぁ、レオナ」

アヤさんがそう声を上げた。子ども達もレオナの方を見て

「レオナ姉ちゃん、お仕事終わった?一緒に遊ぼうよ!」

「ママもやろう!」

なんて声を掛けている。

「ふふ、あと、ちょっとやらなきゃいけないことがあるから、それが終わったらね」

レオナはニケ達にそう言って優しく笑いかけた。

あの頃のまま、見つめているのがくすぐったくなるくらいの、まぶしい笑顔だ。

 「レオナ、ちょっとお願いがあるんだけど」

そんなレオナをアヤさんが手招きをしながら呼んだ。

「うん、なに?」

「ちょっとさ、テーブルクロスまとめるついでに、母屋の倉庫に炭の予備がないか見て来てくれないかな?

 一応、昼間、ロビンがレナに頼んで追加の注文はしてくれたんだけど、

 そう言えばあっちの倉庫に予備が入ってたような気がしてさ」

「そっか、今日はアヤさん宿直当番だもんね。わかった、見ておくね」

「悪いな、頼むよ」

アヤさんと言葉を交わしたレオナはまた笑顔を見せて、それから

「それじゃぁ、失礼しますよー」

と言いながら、ホールのテーブルに掛かっていたクロスをまとめて、またドアの外へと出て行った。

それを確認して、アヤさんが俺をチラっと見てくる。え、ま、まさか、アヤさん、今のって、もしかして…

「ま、あそこが一番、人目にもつかないし、良いだろ?ちゃんと決めて来いよ。

 レオナ泣かしたら、鉄拳制裁だからな!」

アヤさんはそう言って、何日か前にカレンさんがしたように、俺の胸を拳でトン、と突いて来た。

こりゃ、アヤさん、感付いていただけじゃない、カレンさんから何か話を聞いてたな?

そう思ったら、アヤさんはニヤっと笑った。

あぁ、まったく、本当にあなた達は…俺は、感謝を伝える代わりに、出来る限りの笑顔を返していた。

 俺は、それからそっと席を立って、ホールを出た。

「あれ、マークさん、どうしたの?」

「ん、なんか腹の具合が悪いってさ」

「あー、昼間お肉食べ過ぎたのかも…」

ニケの声にアヤさんがそんな風に誤魔化してくれている。

ありがたいけど、アヤさん、もうちょっと違う言い方なかったんですか…?

い、いや、そんなことを気にしている場合じゃない。レオナは、母屋の裏の倉庫、か…

俺はアヤさんの言葉を思い出して、ペンションの玄関を出た。

この島の夜は、昼間とは違った良さがある。

昼間あれだけ温められた空気が、湿り気を帯びた風で冷やされて、心地良い程度に気温が下がる。

大都市のような喧噪もなく、煌々と月と星が夜の街を照らし出して、きれいなんだ。

俺は、そんな夜の空気を吸い込んで気持ちを整えながら、母屋の裏へと向かった。
 


レオナは、倉庫のドアを開けてしゃがみこみ、ライトで中を照らしていた。炭はたぶん入ってないと思うけど、な…

「レオナ」

俺が声を掛けたら、レオナはそれほど驚きもせずにこちらを振り返った。

「マーク。どうしたの?」

「うん…話したいことがあって、さ」

俺は、胸を押し付ける緊張に、声が掠れないように、腹に力を込めて、レオナにそう切り出した。

レオナは、そんな俺の心境も感じ取ったのか、真剣な表情で立ち上がると、

「どうしたの…?」

と話を促してくる。こんなこと、気にする必要もないのかもしれない。

でも、もし、そうじゃなかったら、俺はレオナを傷つけるだろう。

それなら、やはり、ここで話を切り出しておかなきゃダメだ。

同じ傷をつけるんでも、先にレオナに話しておく方が、後腐れはない。

助けてくれようがくれまいが、この島の人たちは、俺にとって大切な人たちだ。

レオナも、そうだ。だから、やはり、迷う…でも、でも。言わないわけには、いかないんだ。

「レオナ…こんなこと、もしかしたら、言われても困るかもしれないけど…」

俺は、クッと息を飲んで、それから、伝えた。

「俺、ハンナと結婚しようと思うんだ」

レオナ、どんな表情をしているだろう。

俺は、いつのまにかうつむいていた自分の顔を、勇気を振り絞って持ち上げて、そしてレオナの見やった。

レオナは、ポカーンと口を開けて俺を見つめていた。

うん…うん?その、えぇ、と、それ、どっちなんだ?

「あの…」

俺がそう声を出したら、レオナハッとした様子で正気を取り戻した。

それから、プッと噴き出して、大声で笑い出した。な、何がおかしいんだよ!

お、俺は、真剣に、ちゃんとまずはレオナに話してからじゃないと、と思って…!

「あぁ、いや、ごめん、ごめん、マーク。えっと、そうだね…ふふふっ、そんなこと、私が気にすると思ってたの?

 結婚したって、マークもハンナも私と仲良くしてくれるでしょ?」

「ああ。それは、約束できる。俺にとってもハンナにとっても、レオナは誰よりも大事な友達だ」

「なら、別に何が変わるわけでもないじゃない。

 それとも、まだ私があのときみたいに、寂しいよ、って言うと思ったの?」

レオナはそんなことを言ってくる。そう言うわけじゃ、ないと思う…けど…

「まだ私が未練たらしくマークのことを好きなんだって思ってるの?」

い、いや、そんな、そんなうぬぼれたことは考えてない、でも…

「じゃぁ、ここで、やっぱり、私、マークが好き、私と結婚して、マーク、って言ったら、優しいマークはどうするのかなぁ…?」

俺は、グっと唇をかみしめた。

それでも、俺は…レオナを傷つけるようなことになっても、ハンナと一緒になろうって、そう決めたんだ…

 俺は、自分の決心を伝えようとした。口を開きかけたとき、レオナはまた、クスクスっと笑いだした。
 


「ごめんごめん、嘘。そんなこと言わないから、安心して」

「レオナ…」

「マークは、優しいね…優しいから、優しすぎちゃうからときどき、残酷。

 私は気にしてないし、二人が結婚するんなら、誰よりも最初に、誰よりも心からおめでとう、って言ってあげられる自信あるよ。

 でも、マークは私のことを考えて、もし傷つけちゃったらどうしよう、って、そう思ってくれたんだよね…

 そこまで私を思いやってくれるのは嬉しいけど、あはは、それをわざわざ私に言いに来ちゃったらさ、

 なんだか、二人が結婚するってことは平気なのに嬉しいって思えるのに、フラれちゃったみたいな気分になっちゃうじゃない」

レオナの言葉に、俺はなぜか動揺した。確かに、俺は、誰かを傷つけたくないと、そう思っていた。

レオナに話をしたのは、もしかしたら傷つけてしまうかもしれない、それなら、より浅い方を選んでおきたい、とそう思ったからだ…

でも、それは、レオナにとっては、もしかしたらもっとも残酷な方法だったのかもしれなかったんだとは、考えもしなかった。

そうか、そうだな…もし万が一、レオナが俺のことを引きずっていたんだとしたら、

こうやって優しさや思いやりを掛けてやることが、逆につらいと思われるのは当然かもしれない。

優しすぎる、か…そうなのかもしれないな。

相手の気持ちを想像して、相手の幸せや相手にとって何が最善か、って言うのを考えすぎて、

俺は、相手が本当に何を望んでいるかを考えていなかった気がする。それは、押し売りと同じだ。

カレンさん達がそうだとは言わないけど、でも、あのときカレンさんが言ったように、

俺も世話を焼きすぎて、手を回しすぎていたのかもしれない。

時にはそれがありがたいことかもしれないけど、でも、俺が感じていたような窮屈さや、心苦しさを感じさせてしまうかもしれないことなんだ。

それは、そんなのは、優しいんじゃない。ただ、自己満足なだけじゃないのか?

「ふふふ、まぁた、そうやって考え込む」

レオナはそう言って、笑いながら俺の肩をひっぱたいた。俺は、レオナを見つめる。レオナは笑って言った。
 


「私ね、楽しかったよ、マークと居て。

 でもね、ここで、レベッカとロビンのお母さんやりながら、レナさんとアヤさんとマライアとマリオンで暮らしてるのも、それと同じくらい楽しいんだ。

 近くには、ママやユーリも住んでるしね、すごく心地よくて、すごく幸せだよ。

 それはね、私達がやっと見つけた、居場所だからなんだと思うんだ。

  だけど、私は、ロビンやレベッカには、ゆくゆくは、ちゃんと私たちのところから巣立って行ってほしいって思うんだ。

 ロビンなんかは今は、料理の練習に、アヤさんの手伝いをしているし、

 レベッカはね、絵を描いたりするのが好きで、よく、カタリナって、私の妹と絵本の話をしてたりするの。

 ロビンは大きくなったら、料理人になるかもしれないし、レベッカは絵本作家なんかになるかもね。

  そうやって、大きくなったら外の世界を知って、いろんな経験をしてほしいって思ってる。

 そう思ったときにね、私、初めて、マライアを宇宙へ送った、アヤさんの気持ちが分かったんだ。

  情けなくて、泣き虫だったって言うマライアを宇宙へ送り出すのは、アヤさん、とっても不安だったろうなって。

 でも、それでも、アヤさんは、自分が守ってばかりじゃいけないんだってそう思ったんだと思う。

 それはきっと、マライアのためにはならないだろう、ってそう考えたんじゃないかな。

  マークも同じだよ。優しくして、だれかを守ることもきっと大事。

 でも、もしかしたら、それをこらえて、苦労をさせてあげたり、辛い経験をするのを見守ってあげたりするのも、

 大事なんじゃないかな、って私は思うんだ。そうじゃないと、私達はきっとダメになる。ううん、私達は平気かも知れない。

 でも、ロビンやレベッカや、カタリナ達…ニケもサビーノも、もしかしたら、外に出て、いろんな経験を積まないといけないかもしれない。

 それで初めて一人前になって、胸を張って、ここが自分の居場所だって言えるようになるんじゃないかな」

レオナの言葉が、胸に響いた。そうか…そうだな。ここは俺にとっても“居場所”だ。

でも、ただこの心地良さに浸っているだけで、“居場所”があり続けるわけじゃないんだ。

俺が、カレンさんの誘いを断ったように、ニケ達にもそういう強さや逞しさを身に着けさせなきゃいけないんだ…

あいつらの“居場所”のために、あいつらの幸せのために…。

そうか、やはりそう考えると、俺が今までしてきた優しさ、って言うのは、

確かに残酷で、未来を奪ってしまう可能性があるようなものだったのかもしれないな…。
 


「ありがとう、レオナ…」

「へへへ、先輩の親としてのありがたいお言葉だったでしょ?」

「ははは、そうだな。レオナもすっかり、お母さん、か」

「まあね。最近は、ママ達が三人目はないのか、なんて言うから、人工授精でもしようかなぁって思ってるんだ」

「じ、人工授精…」

「あ、抵抗ある?私さ、生まれがそんなだからなのかもしれないけど、

 まぁ、そう言うのも全然ありかなって思っちゃうんだよね。

 あ、ねぇ、マーク、良かったらマークのタネを分けたりしてくれないかな!?」

な、な、な、な…!

「何言ってんだ!」

「ふふふ、嘘。マライアのマネしてみただけだよ。そんなの、私がハンナに殺されちゃいそう」

レオナは、そう言って本当に楽しそうに笑った。

まったく、俺をからかい方をハンナに教わってから、レオナは俺ばかりに手厳しい。

そんなことばかり言われてると、ホントに身が持たない…。

 「ま、とにかく、さ。頑張ってよ、旦那さん兼、パパ」

レオナがそう言ってくれる。俺はニュータイプじゃない。

ちょっとばかり、訓練で人の表情を読むことに長けたしがないオールドタイプだ。

でも、そんな俺にも、レオナが心からそう言ってくれていることくらいは、ありありと感じられた。

「ありがとう、レオナ。これからも、気が付いたことがあったら、説教してくれよ」

「へへ、あんまりなさけなかったら、マーク追い出してハンナとみんなをペンションで引き取っちゃうからね。気合い入れてよね」

レオナは嬉しそうに、そう言ってくれた。と、何かに気が付いたみたいに、顔を上げた。

なんだ?何か聞こえたか?俺は反射的に耳を澄ます。いや、何も聞こえないが…あの感覚か?

「どうした、レオナ…?」

「ハンナが…?マーク、来て!」

レオナはそう言うなり俺の手を引いて駆け出した。ハンナが、って言ったか、レオナ?

あいつに、何かあったのか?

俺はすぐさま状況を理解して、母屋の裏からペンションのホール前にあるデッキへと駆け上がった。

虫よけの網戸越しに中を見やると、そこには、床に倒れたハンナが居て、

アヤさんやニケ達が心配そうに周りを取り囲んでいた。

「ハンナ!」

俺は思わず声を上げて、ホールに駆け込んだ。
 


「マークさん!ハンナさん、急に吐いて、それから気を失っちゃって…」

ニケが泣きそうな顔をして俺に状況を説明してくる。嘔吐と、失神…?

それを聞いて、俺は首を絞められたような感覚に陥った。

シャトルが墜落して、ハンナはひどい脳震とうのような症状を見せてた。

ドアンの島に着いてからは平気そうだったから、気に留めていなかったけど…

やっぱりハンナ、頭を打ってたのか?打ってなくても衝撃で、脳のどこかが損傷でもしたのか…?

嘔吐と失神なんて、そうとしか考えられなかった。

俺は床に寝転がったハンナを抱き起そうとする。すると、手に何かが伝わってきた。

ハンナ…震えているのか…?いや、違う、これは…け、けいれんか…?そんな、おい…ハンナ!

「アヤさん、けいれん起こしてる…病院、病院へお願いします!」

俺はアヤさんにそう怒鳴った。俺の言葉を聞いたアヤさんはすぐに険しい表情に変わった。

「ヤバい、か。レオナ、ユーリさんに電話して、すぐに受け入れてくれって伝えてくれ」

「うん!」

「ロビン、マライアとレナを呼んでくれ、頼むぞ!」

「了解!」

「レベッカ、仮眠室のいつものところにワゴンのキーがあるから、そっちを頼む」

「分かった、待ってて!」

アヤさんがそう指示を出して、レベッカはホールを飛び出して、レオナは電話に飛びつく。

ロビンは目をつむって、眉間にしわを寄せた。

「ユーリ、私!レオナ!今、友達が急に倒れて…うん、嘔吐して、失神してる。けいれんもあるみたい…わかんない、待って」

レオナが電話の子機を握ったまま駆け寄ってきて、ハンナに触れながら

「マーク、ハンナは最近頭を打ったりした?!」

と聞いて来た。

「シャトルが不時着したときに、脳震とうを起こしてる…」

「分かった…!ユーリ…うん、ある。でも、二十日くらい前にひどい脳震とうも起こしてるかもって…え?ううん、すごく高いよ…?今日は…島に行ったけど…」

レオナが話している間に、バタバタと足音をさせてレナさんとマライアさんとレベッカがホールに駆け込んできた。

「どうしたの!?」

「あぁ、レナ!ハンナが倒れた。これからすぐユーリさんのところに連れて行く。こっちのことは頼む。手が足りなきゃ…」

「カレンに電話、ね。任せて、大丈夫」

「状況が分かり次第、連絡を入れるよ。マライア、ハンナがそのゴミ箱に吐いてる。ここの処理を頼む」

「うん、分かった…ハンナをお願いね…!」

「母さん、鍵!」

「ありがとうレベッカ。あとはレナの手伝いしてやってくれ」

「うん!」

「ロビン、車出しに行くから、一緒に来てくれ。シャッター頼む!」

「分かった!」

アヤさんはそう言うが早いかロビンと一緒にホールから駆け出していく。
 


 俺は、小刻みに震えるハンナを抱きしめていた。胸が締め付けられて、体から汗が噴き出してくる。

くそ、なんでだ…どうしてこんなことに…なんでこの島についてから、検査を受けさせなかったんだ!

発見が早けりゃ、こんなことにはならなかったかもしれないのに…ハンナ、ハンナ、しっかりしろ!

 また、玄関の方からバタバタと足音がする。

「マークさん、車準備出来たよ!」

ロビンがそう怒鳴ってきた。よし、ハンナ、今病院へ連れてってやる…頑張れよ!

「どうしたんですか…?ハ、ハンナさん!」

ミシェルが肩にバスタオルを掛けてホールに入ってきた。

「サビーノ、そっちの肩を担いでくれ」

「分かった!」

サビーノに言って、二人でハンナを担ぐ。それから、ミシェルに

「ミシェル、すまないけど、ニケ達を頼む!」

と言って、俺はサビーノと歩幅を合せてホールを出て、玄関へと向かった。

車は玄関を出たすぐのところに待機してくれていた。スライドドアをアヤさんが開けていてくれている。

サビーノと意識を失っているハンナをどうにか車に引っ張り込んだとき、車にニケ達が飛び込んできた。

「ニケ!サラ!エヴァ!ペンションで待ってろ!」

「やだ!一緒に行く!」

俺の言葉に、ニケが睨み付ける様な視線を俺に向けてきた。

「マークさん、一緒に行かせてください!」

最後に車に乗り込んできたミシェルがそう言いながらドアを閉めた。それから、俺の言葉も待たずに

「お願いします!」

と、いつの間にか運転席に回っていたアヤさんに言う。

「飛ばすからな、気を付けろよ!」

アヤさんは鬼気迫る様子でそう言って、車を走らせた。

 ニケ達には、こんなハンナの姿を見せたくなかった。これからハンナがどうなるかも、見せたくはない…

でも、こいつらが、それを望んでる…一緒に、いさせてやろう…俺はそう納得して、フロントガラスの外を見やった。

頼む、頼むアヤさん…急いでくれ…ハンナを、助けてやってくれ…!
 


 5分も走らないうちに、車が止まった。

「着いた。ハンナ降ろして!」

アヤさんがそう怒鳴って運転席から飛び出して行った。俺はサビーノと一緒にまたハンナを担いで車から降りる。

するとすぐ目の前に白衣を羽織った女性が居た。

「その子だな?」

彼女はハンナを見るや、閉じているハンナの目を開け、ライトで照らしてすぐに

「中へ」

と言って頭を振った。

「ユーリさん!」

そう声がして、アヤさんともう一人、たまにペンションに遊びに来ていた女性がストレッチャーを押してきた。

サビーノと一緒にハンナをストレッチャーに載せて、すぐそばにあったコンクリート作りの建物に運び込む。

そこは処置室と待合室が合わさったような部屋になっていて、そこにももう一台ストレッチャーが用意されていた。

さらにすこし驚いたのは、ニケと同じくらいの女の子が3人、小さな体に白衣をまとって俺達を待ち構えていたことだ。

「カタリナ、検査キット」

「うん!」

「アリスは、エコーとレントゲン準備頼む」

「分かった」

「マリ、検温と血圧測ってくれ」

「了解!」

「プルは点滴セット用意してくれ」

「分かったよ!」

ユーリ、と呼ばれた、確か、レオナの育ての親だって言う女性は、他の白衣姿の人たちにそうテキパキと指示を出す。

それから、俺とアヤさんを交互に見つめて

「こっちのストレッチャーに移す。合図で行くから、シーツ持って」

といってきた。よ、よし、この先が、オペ室だと言ったな…緊急手術、か…

ハンナ、がんばれ…頼む、これから…これからなんだ!俺、まだお前に何も伝えてない…

だから、まだ死なないでくれ!

「行くぞ、3,2,1、移せ!」

ユーリさんの合図で、ハンナの寝ていたストレッチャーに敷いてあったシーツを持って、隣のストレッチャーに移動させる。

マリ、と呼ばれた子が聴診器を付け、血圧計を巻いてスイッチを入れてから、体温計をハンナの耳に差し込む。

「母さん、キット」

カタリナと呼ばれた子が、小さな密封パックに入った器具を持ってきてユーリさんに手渡した。

ユーリさんがそのパックから3本の綿棒のようなものを引き抜いて、順番にハンナの鼻に差しては抜くのを繰り返し、

それをゴム手袋をつけたカタリナに戻した。

カタリナはそれをキットの中に入っていた銃弾が3つ並んだような形をしている透明なパックに突き立てる。
 


 「アリス、準備どうだ?」

「オッケー、つれてきて!」

オペ室、と呼ばれた方からそう声が聞こえてくる。

「マリ、どうだ?」

「うん、41度、血圧は下69、上98!心拍は正常だけど、ちょっと弱そう」

「血圧下がってるか…カタリナ、色は?」

「待ってね…出た、赤!」

「3本とも?」

「うん、間違いないよ!」

「プル、セイショク!あと、いつものアンプルに2番のも頼む!」

ユーリさんがまた、立て続けに指示と確認を繰り返した。

奥からプルが出来てて、注射器に薬剤をユーリさんに手渡す。

プルが点滴のパックをストレッチャーのバーに引っ掛けてそこから伸ばした管を持って待機している。

ユーリさんがポケットから取り出したパックを口で咥えて噛み切りながら、

中から取り出した消毒用の脱脂綿でハンナの腕を拭くと、そこに針を刺し、

プルから受け取った点滴の管を取り付けて、小さなレバーを操作して点滴を落し始める。

セイショク、と言う点滴がハンナの腕に入っていくのを確認したユーリさんは、

注射器を取り出して、二本の薬剤を手際良く注射器の中に吸い込むと、それを点滴の管の途中についていた分岐器に突き立てて中身を注入した。

 「よし、マリ、そのまま血圧計はデータ送信にしといてくれ。カタリナ、プル、奥へ運ぶぞ。

 アヤちゃん、この先は滅菌しつだから、悪いけどここで待っててくれ」

ユーリさんはそう言い残すと、ハンナをストレッチャーで奥まで運んで行った。

 とたんに、この待合室がシーンとなる。そこに、ニケのこもった声が聞こえた。

「ハンナさん、大丈夫だよね…?」

メソメソ泣きながら、ニケはそう言って俺を見上げてくる。俺はニケをギュッと抱きしめた。

「大丈夫だ…あいつがこんなことで死ぬわけないだろ…大丈夫、大丈夫だ…」

俺はニケにそう言いながら、同時に自分にも言い聞かせた。そうだ。ハンナが死ぬもんか。

俺達は、あの絶望的な状況でも生き延びて、レオナやレナさんが捕まっている研究所に突入したって、生きて返って来れたんだ。

たかだか不時着のショックくらいで、あいつが、死ぬわけない。死ぬなよ、ハンナ…ハンナ…!

 俺はそのまま、ニケを抱え込むようにして、床にへたり込んでしまった。

だけど、もし…もし、ハンナに何かあったら…いや、あるはずない、そんなこと、あるはずないんだ…

そう思っても、何度も何度も、頭に浮かび上がってくる。

もし、ハンナが死んでしまったら…俺は、その幻想とも現実とも取れない感覚を振り払えないまま、

その場でただただ、震えているしかなった。
 


 どれくらい建ったか、ハンナがユーリさんに連れて行かれたのとは別のドアが開いて、

そこからユーリさんが姿を現した。彼女は首をグリグリと回しながら、アヤさんの顔を見て言った。

「あの子は、手遅れだわ」

 て、手遅れ…って、どういうことだよ…?も、もう、処置が出来ないって、そう言うのか…?

ウソだ…昼間まで、あんなに元気にしてたんだ…手遅れだなんて、もう、何も出来ないだなんて、そんな、そんなの…ハンナ…ハンナ!

 俺は反射的に立ち上がって。ユーリさんを押しのけてその奥へと走った。

そこには、簡素なベッドが置かれていて、その上にハンナが寝ていた。

心拍や血圧を測るモニターが付いていて、そこにコードが延びている。

点滴はまだ腕に刺さってはいるが…ハンナの全身には、保冷剤が敷き詰めておいてある。

お、おい、ウソだろ…?まさか、もう、死んで…?俺はベッドにハンナに飛びついた。

「ハンナ…ハンナ!おい、起きろよ、目を開けろよ!なんでだよ、お前…俺、まだお前に何も伝えてないのに…!

 ずっと、ずっと一緒に生きてきたじゃないか!小さい頃、一緒に行った湖こととか、家族ぐるみでキャンプに行ったりとか、

 地球に戻ってきたらそういうことをこれからも持っとやりたいって、お前言ってたじゃないかよ!

 なんで、なんでだよ!俺は、ハンナとずっと一緒にいたいんだ。ハンナと一緒に居る時間が、子どもの頃も、今も、これからも、何よりも大事な時間なんだ。

 ずっとそばに居て欲しいんだ…プロポーズの準備だってしてたんだぞ!なぁ、おい、頼むよ、目を覚ましてくれよ…ハンナ…ハンナ!」

バカだ。俺は、バカだ。こんな大事なこと、もっとちゃんと、先に伝えておくべきだったんだ。

家のこととか、収入のこととか、暮らしのこととか、そんなの、あとからだってどうにでもなることだったんじゃないのか?

ハンナの気持ちを考えたら、ハンナのことをもう少しだけ気に掛けていたら、もっと先に伝えていただろうに、

もっと早くに、病院に連れて来てただろうに…どうして…どうして、俺は…

 俺はハンナの体を抱きしめた。まだ…まだ、暖かいじゃないかよ。死んだなんて、嘘だ…そんなの、嘘だ…!

心臓の音だって聞こえるのに…呼吸だって、ちゃんとあるのに…死んだなんて…死ん…死…

あれ…?ま、待て、心臓、動いてる、よ、な?呼吸もちゃんとしてる…あ、あれ、死んだんじゃ、ないのか…?

 俺はハッとして顔を上げた。そこには、俺をびっくりしたみたいに見つめるハンナの顔があった。
 


「あー…マーク?だ、大丈夫か…?」

アヤさんの声がした。振り返るとそこには、引きつった顔をしたアヤさんと、ユーリさんに、アリスさんが居た。

「これはね、ユーリが悪い。減点、20」

「ユーリさん、悪いけど、アタシもそう思う」

「いやぁ、まぁ、確かに、言葉の選択は間違ったけどさ…」

ユーリさんがそう言ってポリポリと頭をかいている。なんだ?えっと、つまり大丈夫、な、のか…?

「その、せ、説明を…?」

俺が戸惑いながら言ったら、ユーリさんはバツが悪そうに

「あー、診断から行くと、“お日様熱”と、それの発熱と島で遊んだときの熱が重なって、中度の熱中症を起こしてた。

 けいれんは脱水によるものだったから、補液で回復する。解熱剤とその保冷材で体温を下げて応急手当中だ。

 意識障害も、同じく発熱によるもんからだ。一応検査はしたけど、脳には異常ないから、安心しなよ。

 今晩一晩はうちで様子を見る。

 こっちから総合病院に連絡して空きを抑えておくから、そっちで精密検査してあとは2,3日絶対安静にしてた方がいいだろう。

 手遅れ、ってのは、発祥してウィルスの量が爆発増殖しちゃうと、

 ワクチン打っても手遅れで自然治癒に任せるしかない、って意味だったんだ。誤解させてすまなかったね」

と、言ってくれた。そ、そっか…は、はは…なんだよ、俺、てっきり…良かった、ハンナ、お前、なんともないんだな…?

俺は腹のそこから沸きあがってくるような安堵感を覚えてハンナを見た。

ハンナは顔を真っ赤にして俺を見つめている。熱が高いといっていた。

さっきまでは動転していて分からなかったけど、確かにこうして抱きしめているハンナの体は異常に熱い。

「ハンナ、熱大丈夫か?」

俺が聞くとハンナはびっくりした表情のままに俺を見つめて、コクコクと言葉のないままにうなずいてから、上ずった声で俺に言ってきた。

「あの、マ、マーク…?その、ププ、プロポーズ、って…?」

その言葉に、今度は俺が凍りついた。し、しまった…死んだと思って、動転しすぎて、俺…つい…

…ああああ、まずった、ど、どうする?と、とりあえず濁すか?

い、いや、ダ、ダメだ、この状況じゃもう引っ込みは付かない…いくか?いくしかないのか?

そうだ、いけ、いくんだ、マーク。お前さっき思ってたじゃないか。

ハンナの気持ちを考えたら、早くに伝えておくべきだ、って…よ、よし…行こう、行くぞ、行け、この腰抜け!

 俺はそう決心をして、買ってから肌身離さず持っていた、

腰のベルトにチェーンで止めておいた手のひらに収まるくらい小さなケースをポケットから取り出してベッドの脇に跪いて、

ハンナに向けて掲げた。

「ハンナ。今までずっと一緒にいてくれたように、これからも、ずっと一緒に居てくれ…結婚しよう、ハンナ」

俺は、前々から準備していた言葉なんかすっとんでしまったから、

とにかく、今思っていることを言葉にしてハンナに伝えた。

へ、返事は…どうだ…?どうなんだよ、そんなに驚いた顔ばっかりしてないで、なにか言ってくれよ。

 俺はハンナの課を見つめた。どれくらい経ったか、ハンナは、不意に笑顔でポロポロと涙をこぼしながら

「はい…ダメな嫁かもしれないけど、これからもよろしくお願いします」

と、俺の手ごとケースを握った。

やった…ハンナ、ありがとう…あれ、でも、え、とあと、どうしたらいいんだ、これ…?
 


「おい、マーク、指輪はめてやれ、指輪っ!」

誰にも聞こえないと思っているのか、茶化しているのか、誰にでも聞こえるだろうこの状況で小声で俺に言ってくる。

で、でも、そうだ…指輪をはめてやんなきゃ…俺は思い直してケースから指輪を取って、ハンナの左手の薬指にはめた。

ハンナは、また涙を流しながら満面の笑みを浮かべて

「ありがとう、マーク」

と言ってくれた。礼を言いたいのは俺のほうだ。こんなダメな男だけど、必ずハンナと子ども達を守るよ。

約束する…。俺は立ち上がって、ベッドの上のハンナの腕を引き寄せた。

抱きしめて、キスでもしてやらないと、俺の気持ちも治まらない。ハンナ、必ず幸せにしてやるからな…。

「あ、それはまずい。アヤちゃん、ドクターストップ」

「えぇ!?あーでも、そっか…了解」

後ろでそんな声が聞こえたと思ったら、俺は何か得体の知れない力で体を取り押さえられた。

振り返ったらそこには俺の首根っこに指をめり込ませているアヤさんの姿があった。

「ちょっと!このタイミングでなんで邪魔するんです!?」

俺が言うと、アヤさんの横からユーリさんが出てきて

「お日様熱だって言ったろ。それ以上は感染のリスク100%だ。ハンナでこんなになったんだ。

 あんた、男が同じレベルの高熱出したら、大事なタネが死んじゃう可能性があるんだよ。

 新婚早々にタネなしになっちまう危険を医者として冒させるわけにはいかないんでね」

と真剣な表情で言ってくる。な、だ、だけど、止めるのか!?この状況で、俺達を止めるのかよ!?

「プル、アンプル人数分追加で持ってきてくれ。2,3日したら順番にダウンするだろうから、この際だ。

 全員に打っておいたほうがいい。ほら、みんなは向こうの部屋においで。アヤちゃん、その彼も強制連行」

「うし、任せろ。ほれ、行くぞ、マーク」

アヤさんはそういうと、俺の腕を捻り上げてた。痛みを避けようと、体が自然にハンナのベッドから離れてしまう。

くっ…くそ!知ってはいたけど、なんて技術だ…!俺なんかがどうやったって返せないぞ、これ!?

俺はそのまま、涙を流しながらゲラゲラと笑っているハンナから引き離されて、最初に入った待合室兼処置室に通された。

 そこには、ユーリさんが、注射器を握ってマッドドクターのようにニヤニヤしながら俺を待ち構えていた。
 


 俺とニケ達にミシェルの全員が注射を打ち終えてから、それぞれハンナに挨拶だけをして、とりあえずペンションへ戻ることになった。

「実費は取らないけど、薬代は保険から引っ張りたいから、医療証を見せてくれ」

とユーリさんに言われたので、俺は財布の中に入れておいた自分のと、ニケ達のに、ハンナのと、

ルオコロニーで発行してもらい、地球に来る直前に連邦保険に切り替えたミシェルのもユーリさんに手渡した。

コンピュータにその情報を打ち込んでいたユーリさんが、何かに気付いて、俺達の方を見た。それから

「ミシェル・ジェルミ、ってのは、あんた?」

とミシェルを見て言った。

「え?あ…はい、そうですけど…?」

ミシェルが返事をしたら、ユーリさんはそんなミシェルの顔をじっと見つめる。な、なんだって言うんだ?

そう思っていたらユーリさんは

「おーい、アリス!ちょっとちょっと!」

とハンナの方に居てくれていたアリスさんを呼んだ。アリスさんがすぐにドアから出てきて

「なぁに?」

と不思議そうな顔をしてユーリさんを見つめる。

「これ」

ユーリさんは俺の渡した医療証の一枚をアリスさんに見せ、それからミシェルを指さした。

アリスさんはミシェルの顔をまじまじと見つめてから

「え…?あれ…?ホントだ、そっくり…」

と口にした。そっくり?誰に、なんだ?

「どうかしたのかよ、ユーリさん」

「あぁ、いや、知り合いに似てるんだ。ファミリーネームも同じだし、気になってさ」

アヤさんの質問に、ユーリさんが答えて、アリスさんとミシェルに視線を移す。

俺もつられて、二人を見比べて見つめた。

「ね、あなた、お母さんいる?名前が、サブリナ、って言ったりしない?」

アリスさんの言葉に、ミシェルが目を見開いた。
 


「姉が…歳の離れた姉が、サブリナ、でした。14年前の戦争で死んでしまったんですけど…もしかして、姉のことを知ってるんですか?」

ミシェルは前のめりになってアリスさんにそう聞いている。アリスさんは、それを聞いて渋い顔をしてうめいた。

「あー、そっか。あれ、死亡通知出ちゃってたんだ…」

アリスさんが口走る。でもそれから、すぐに気を取り直して

「あなたのお姉さんとはね、ジオンのある施設で一緒だったの。予備役で、階級はなかったけど、腕のいいパイロットだったんだ」

と笑いながらミシェルに話し始める。

「お姉さんはね、私やレオナがその施設から逃げ出すためのシャトルの操縦を買って出てくれて、

 それで、宇宙空間でビームを浴びて、死亡、ってことにされたんだけど、ね」

ことに、されたんだ、けど…まるで、本当はそうじゃない、みたいな言い方だ。

い、いや、でも、もし死亡が本当だとしたら、このアリスさんも生きてなんかいないはず…

でも、じゃぁ…裏を返せば、そのパイロットも、ミシェルの姉さん、ってのも…

「私達はシャトルには乗らないで、連邦の船で脱出。乗るはずだったシャトルは自動操縦で宇宙空間に放り出したんだ。

 おとり、ってわけ。で、私達は揃って地球に来た。連邦で人工知能の研究をするつもりだったんだけど、

 それが出来なくなったから、私は、ジェルミと他の研究者何人かと一緒に、アナハイム社に引き取られた。

 ジェルミはテストパイロットチームに配属されてるんだ」

アリスさんはいつの間にかPDAを取り出して、それを操作しながら言った。

「姉は…姉さんは生きているんですか?」

ミシェルが震えながらアリスさんに聞いた。アリスさんは笑って答えた。

「うん。一昨日も、調子はどうー?なんて話をしたところなんだ。

 そっか、仕事しながら、エゥーゴやらネオジオンやらロンドベルから宇宙の情報を仕入れていたのは、あなたを探していたからなんだね」

そういったアリスさんは、PDAを耳に当てた。

「あ、うん、ごめんね、こんな時間に。あのね、ミシェルが来てるよ。ミシェル、妹さんなんでしょ?うん…そうだって。うん、待ってね」

アリスさんはそんなことを話して、ミシェルにPDAを差し出して

「話がしたい、ってさ」

と笑った。ミシェルは、震える手でPDAを握るとそれを耳に当ててボソっと、口にした。

「姉…さん…?」

その言葉に、向こうから反応があったんだろう。ミシェルの目から大粒の涙が溢れ出した。

俺は、と言えば、この光景って二度目じゃないか?とか、そんなことを思いつつ、

偶然なのか、また“白鳥のお姉ちゃん”なのか、なんてことを考えてながら、

それでも、胸の中でまた、あの日と同じ言葉をミシェルに掛けてやっていた。

 良かったな、ミシェル。本当に、良かったな…




 






 三日後、俺はニケと二人で島の中心部にある病院に居た。今日はハンナが退院する。それを迎えに、だ。

「マークさん、良かったね。嬉しい?嬉しいでしょ、ね?ね?」

あの日、目の前でプロポーズをかまして以来、ニケはこの調子だ。

そういや、初めて会ったときも、ニケだけは目をランランとさせて、俺とハンナの関係を聞き出して喜んでたな。

そういう意味じゃぁこれっぽっちも変わってない。良いことなのか悪いことなのかはわからないが…

ま、まぁ、興味がないよりは、いい…のか?

「良かった良かった、良かったよホント」

嫌々って感じで答えているのに、ニケはなぜだか嬉しそうに笑う。

なんか、最近ハンナに似てきてないか、ニケ?ダメだぞ、あんな人をおちょくるのを楽しむような女になっちゃ。

なんて言うのもどうかと思って、言葉を飲み込んだ。代わりにふと売店があるのが目に入ったので

「なんか買っていくか」

とニケに提案すると、ニケはまた嬉しそうに笑って

「うん!」

と返事をした。

 ジュースとビスケットを売店で買って支払いを済ませて店を出ると、そこでどこからか声がした。

「あれ、マーク?」

振り返るとそこには、男の乗った車イスを押すクリスさんの姿があった。

「クリスさん!」

ニケがクリスさんに手を振る。彼女も手を振ってそれに応えてくれた。

そっか、病院に来ている、って言うのは、この人のためだったのかな。誰なんだろう?

「ハンナが倒れたって聞いたわ。大丈夫なの?」

「ええ、お日様熱がちょっと悪化しちゃったって話で。念のために入院してなんですけど、もう大丈夫だって言うんで、これから退院なんですよ」

俺が言うとクリスさんは

「そう、良かった」

と笑ってくれた。

 「こちらの方は?」

今度は俺が、クリスさんに聞いてみる。するとクリスさんはあぁ、と声を上げてから

「彼は、私のフィアンセ。戦争で怪我をして、それ以来ずっと治療を続けてるの。

 ついこの間、肋骨に入っていた擬似骨格を取り除いたのよ。これでしばらく何も支障がなければ、あとは安心って話だわ」

クリスさんは笑顔でそう言って、愛しそうな瞳で車イスに座った男を見つめた。

「それは何よりですね。治療も大変だったんじゃないですか?」

「まぁ、そうだけど、でも死んじまうよりはよっぽどいい」

車イスの男が笑顔でそう答えてから

「俺は、アーバート・ベルクマンの名で戦史小説を書いてるんだ。クリスや、アヤさん達から話は聞いてるよ。よろしくな」

と愛想良く言ってくれた。アーバート・ベルクマン…?それって、もしかして…

「あの、すみません、もしかしたら『ポケットの中の戦争』って小説を書いた…?」
 


俺にはその名に覚えがあった。

まだ軍に入りたての頃に読んだ、小さな局地コロニーを舞台に敵同士の兵士が繰り広げる悲しいラブストーリーだったが、

それを書いたのが確か、アーバート・ベルクマンと言う人物だったはずだ。

それから、その作風が気に入って、忙しくなるまでにもう何冊か、同じ作者の作品を読んだから記憶に残っていた。

ストーリーもさることながら、リアルな戦闘描写が生々しく細かな部分まで描かれていて、

きっと元軍人か何かに違いないとは思っていたけど、まさか、こんな姿になるほどの激戦を経験していたなんてな…

「あぁ、読んでくれたのか?ありがたいな。あれは、俺達がモデルなんだ、な?」

アーバートさんはクリスさんを見上げて言った。クリスさんはきれいな顔を赤くして

「もう、やめてよ」

とアーバートさんに言う。なんだか、仲のよさそうな二人だな。

そんなことを思って、俺はなんだか暖かい気持ちになった。

「それじゃぁ、診察があるから行くわね。来週末に、アヤ達のところに遊びに行くから、またそのときにでも話しましょ」

「はい、ぜひ」

俺は笑顔を返して、二人を見送った。

二人の姿が見えなくなったとたんに、腰の辺りにドカっと何かがぶつかってきて痛みを感じて振り返った。

見るとそこには、俺の背後から腰に正拳突きを繰り出しているニケの姿があった。

「な、なにすんだよ?」

「いや、ハンナさんが、クリスさんにデレデレするようなことがあったら、一発入れておいてね、って言ってたから」

「俺がいつデレデレした!?」

「いやぁ、マークさん、それは顔を鏡で見てから言ったほうがいいよ?浮気なんてしたら、マークさん海に沈めて、私達アヤさんのところに逃げちゃうからね?」

なんて、ニケは頬っぺたを膨らませてそう言ってくる。

くそ、顔のことは知らないが、いや、自覚がないわけじゃないが、美人を見たら、そうなるのは摂理ってもんだろ?

い、いや、違う、そうじゃなく…

「別にそんな気はないよ。俺にとっては、何よりもハンナが大事だ」

俺はニコっと笑ってそう言ってやる。するとニケはプクっとほっぺたを膨らましながら

「じゃぁ、私とハンナさんとどっちが大事なの?」

と聞いてくる。な、え、その、待て、ニケ、そんな質問、どこで覚えてきた!?

「そ、そ、そりゃぁ、もちろん、その…えっと…」

俺が回答に困っていたらニケは

「ブッブー!時間切れです!」

とか言い放ってもう一発、正拳突きを俺の腰目掛けて放ってきた。メコっと鈍い衝撃がめり込む。

くそっ…ニケがどんどんハンナになっていく…!

俺はそんなことにうっすら危機感を覚えつつ、売店で買ったビスケットの袋を開けて、

餌付けでニケのご機嫌をとりながらハンナの病室へと向かった。
 


 病室に着いて中を覗くと、そこにはすでに準備を済ませていたハンナが居た。

「お待たせ」

俺が声を掛けてやるとハンナはニヤニヤと嬉しそうな顔で

「待ってたよ、あ・な・た!」

と言って俺に絡みついて来た。お、おい、ハンナ!

「やめろよ、ニケが見ている」

「ヒューヒュー、あっつあつぅ!」

ほら、言わんこっちゃない。俺は顔が熱くなっていたけど、どうにもハンナを振りほどけなかった。

ったく、悪い気分じゃないけど、でも、やっぱり人前は照れくさいな。

「ハンナさん、今そこで、クリスさんにあったよ!フィアンセのアーバートって人と一緒だった!」

病室から出ながら、ニケがハンナにそんなことを言っている。

「へぇ!どんな人だった?マークよりいい男だったでしょ?」

「うんうん、ケガいっぱいしてたけど、かっこよかった!」

はいはい、言ってろよ。男は見かけじゃなくて中身だ。あのアーバートさんって人がどんなかは知らないけど、な。

「それはさ、きっとクリスを守ったからケガをしちゃったんだよ」

「なるほど!そりゃぁかっこいい!」

「いや、一応、俺もルーカスさんから捨て身で守ったけどな」

「きっと、白兵戦もアヤさん並みに強かったんだよ!」

「あぁ、あり得る!50人相手にちぎっては投げ、ちぎっては投げ!」

「そうそう!それで素手でモビルスーツを2機撃破したんだけど、途中で脚を痛めたところを…」

「まさか!ビームライフルでズバーッと!?」

「そこで!逃がしたはずのクリスさんが戻ってきて、ズドドドーン!と!」

「うほぉぉぉ!かっこいい!」

二人はいつもの調子でそんなバカ話を始めた。

あぁ、くそ、それ、どれもこれも、戦闘は出来ない俺へのあてつけだろ?

いつもならこのまま黙ってるが、今日ばっかりは言わせてもらう。
  


 俺は、腕に絡みついていたハンナの肩をガシっと掴んで、壁に押し付けた。

驚いたような表情を浮かべたハンナは、俺をジッと見つめてくる。俺もハンナを見つめて言ってやった。

「いいか、誰が何と言おうが、ハンナ、お前と、子ども達は俺が守る。この先、ずっとだ!」

どうだ?少しはこれでそのお茶らけたのも収まるだろ?別に、半歩下がって俺を立てろ、なんて言わない。

でも、このままいじられっぱなしでいるわけにはいかない。ハンナは、うるうるした瞳で俺を見つめてくる。

ふん、分かればいいんだ。

「マーク…」

ハンナがそうつぶやいて俺の手を取った。と思ったら、その手首に激痛が走った。

「あいたたたた!」

俺はその痛みから逃げるように、廊下の床に転がってしまった。い、今のは、関節技か!?

ア、アヤさんがよくマライアさんに掛けているやつだ…まさか、ハンナ…!

「勘違いしないでよね!家族を守るのは、アヤさんとマライアさんに弟子入りしたこの私!ハンナ・マンハイムよ!」

「ひゅー!ハンナさん、かぁっこいい!」

だぁ、くそ!プロポーズしてまでこんなかよ!

俺はそう思いつつも、すぐ横で声を上げて笑っているハンナとニケを、何だか、妙な気持ちで見つめていた。

家族、か。ハンナとはずっと一緒に生きて来たし、ニケ達ともであって4年目だ。

でも、なんだか、こうして見る二人は、今まで見てきた二人じゃないようにも思える。

サビーノにサラもエヴァも、こんなふうに、光っているように見えるんだろうか…いや、きっとそう見えるんだろうな。

「ほら、行くよ、あなた!」

「へいへい、分かったよ!」

俺はハンナとニケに引きずられるようにして病棟を抜けてロビーに出た。車でペンションまでは20分もかからない。

そうだ、帰りに、もう形ができ始めている家を見て行こう。ニケは建設に興味があるみたいだしな。

俺たちの未来の我が家、俺たちの新しい居場所だ。

「ひゅーひゅー!熱いねお二人さん!」

「ニ、ニケ!大声出すなって!」

「なによ!マーク、私にくっ付かれるのがイヤだって言うの!?離婚!離婚よ!」

「いや!一言も言ってないだろ、そんなこと!」

「ちょっと、あなた達!ここは病院ですよ!大声出さないでください!」

「げ、ヤバい!怖いナース長さんだ!逃げろ!」

ハンナがそんなことを言って、俺とニケの手を引っ張って病院のロビーを駆け抜けて、その先で派手にずっこけた。

あぁ、まったく…!

「すんません!ちゃんと言って聞かせますんで!」

俺はナース長にそう言って、今度はニケと一緒になって、ハンナを病院の外まで引っ張って行った。






   


つづく。

たぶん、次回、エンディング。




最後の、どうでもいい伏線。

アリス達と一緒に脱出して、サブリナ・ジェルミさんはZZ編の亡命に際する死亡者報告書に名前を載せてます。

アリスさんとレオナ達が再会することが出来た、フレートさんと同じテストパイロットチームに居たジェルミです。

良かったね、ミシェル。
 

マークはアレだな
二枚目な三枚目で、やっぱり二枚目で三枚目
何が言いたいのかよくわからんと思うが、俺もよくわかってないww

おつー

ニケがどんどんハンナになっていくって表現が的確すぎていいなww



ここ数日連勤+休日出勤の疲れを見事に癒すアヤレナマである あーマジで癒されるー
もうあれだね、ペンション近くで雑貨屋か何か開いて彼女らの生活をほほえみ浮かべながら眺めてる余生を送りたいね
「お前ら今日も元気だな!おう、これ持ってきな!」つって菓子でも放るおさっさん的な

そしてマークまじマーク
カレンにまでフラグ立てるとかあの野郎…

てかさ、何度かそれを匂わせる表現はあったと思うんだけどバーニィ生存って明示されてたっけ?
見落としorド忘れなら非常に恥ずかしいんだが、ふっと胸をなでおろすような感じでしたわ
クリスとバーニィには二人で幸せに笑っていてもらいてえです

ジェルミ…んー?ってなんか見覚えあるなーと思ってたらあの報告書だったか
くっそくっそ、キャタピラがハッピーエンド用意してるのなんて想像して然るべきだったてのに!
まんまと(いい意味で)騙されたたぞこの野郎!wwww

そしてそして、キャノピー氏の画像無事に見れました!
ほんにありがてえ(´∀`)
アヤレナマ3人の脳内イメージ再現率が誇張なく95%超えてるんだよね
「俺の思考読まれてるんじゃ…(ハッ キャノピー氏はニュータイプ!?」疑惑が浮上するレベルwwww
まじぐへへ

もうすぐ終わってしまうのか…
伏線もあらかた回収されつくしちゃってるしな…
もちろん最後まで見守りまっせ!

うう、もっと続きや外伝書いてくれちゃっても一向に構わないんだからね!(チラッチラッ

俺VIPでこんな長い書き込みしたの初めてだwwww

ちょっと教えて欲しいんですけど
ユウ・カジマってニュータイプ?

>>739
マークのキャラ設定が、いまさら固まった感じがしますw

>>740
感謝!
なんだかんだ、子ども達4人の中ではニケが気に入ってます。
サラエヴァの存在感が薄い件は気にしないでw

>>741
感謝!!

商店のおっさん、なんとか本文に登場させたかったけどシーン的に無理だったごめんw
バーニィに関しては、生きて居るかどうかわかりません。
小説家アーバート・ベルクマンが、バーナード・ワイズマンかどうかも分かりません。

それにしても長いレスをありがとう、愛されて頂いているのが伝わってきましたw
感謝の意味で、この板らしくこの言葉を送ります。

長すぎキモイw


>>742
ニュータイプじゃないんじゃないかな…




最後の投下になります。

お楽しみください。

 


 「うん、これでいいかな!」

レオナがそう言って、鏡の前でハンナに真っ白なヴェールを着けた。

ハンナは、そのヴェールと同じキラキラと輝く真っ白なドレスに身を包んでいる。お化粧も、バッチリだ。

「いやぁ、ハンナはキレイだからまぁ、当然っちゃ当然としても、マリオンとプルにこんなことが出来るなんてな」

アヤが、ハンナの姿を眺めながら感心している。私も、あれには驚いた。

話は、1ヶ月前にさかのぼる。

ハンナが病院からもどってから少しして、マーク達の家の建設に目処が立った。

1ヶ月して完成したら、庭で新居披露と一緒に、私達に感謝の意味を込めてささやかな食事会を開きたい、と言ってきた。

そんな話を聞いたアヤとマライアは、なら、ついでに結婚も披露しろ、と焚きつけて、同じ会場で手作りの結婚式をすることになった。

企画進行は、マライア。細かな調整や下準備はアヤが担当した。

準備の最中、ウェディングドレスを見繕うときにホールでカタログを見ていたら、覗き込んできたマリオンが

「これくらいなら、作れる」

と言い出した。半信半疑だったけど、あって困るものではないし、と、

素人用にちょっと毛の生えたくらいのミシンを買って、ためしに何か作ってみて、とお願いしたら、

2日で、生まれたばかりのシイナさんのところの赤ちゃん用に、とベビー複を2着縫い上げて驚いた。

そんな作業をしているところに一家で遊びに来ていたプルが興味深げに見つめていて、

マリオンが傍らに置いていたウェディングドレスのカタログを見ながらサラサラと絵を描いたと思ったら、

ウェディングドレスのデザインだった。

それをマリオンが見て気に入って、二人して言葉少なに型紙を作って、布を買ってきて、マリオンが縫製して作り上げた。

デザインなんてしたことあるのか、と聞いた私にプルは、そういうのはないけど、着る物をいろいろと注文したことはある、と言っていた。

そういうセンスがあるみたい。それを聞いたレオナが、なんで私にはそういうセンスはないんだろう?と首をかしげていたのがおかしかった。

 マリオンとプルがドレスを着たハンナを見て、それから顔を見合わせて笑っている。

不思議なコンビだけど、なんだか見ていて穏やかな気持ちになるから、きっといい関係なんだろうな。

プルはユーリさん達とはすぐに打ち解けたけど、島の他の人達とは、まだまだとっつきづらいところがあるみたい。

でも、ああして、少しずついろんな人と仲良くなっていけるといいな、なんて、私は思っていた。

「皆さん、本当にありがとうございます…

 本当なら、私達が皆さんにお礼を言って、お客さんとしてお迎えしなきゃいけないと思っていたのに…」

ハンナが私達の方に向き直ってそんなことを言ってきた。

私は、といえば、そんな話よりも、きれいなハンナに見とれていた。
 
私も、こうしてオメガ隊のみんなに手作りの結婚式をしてもらったっけな…あれ、結局最後は大騒ぎになって大変だったもんな。

「別に、細かいことは気にすんなよ。お礼をしたい、って言うんなら、これから先いつだっていいし、

 まぁ、アタシにしてみたら、今日のことも、ここでの生活も精一杯楽しんで、それで楽しい、って思って笑ってくれてりゃ、

 それが何よりも一番嬉しい」

アヤが言うと、ハンナは微かに目を潤ませて

「本当に、ありがとう…」

と笑った。喜んでもらって、私も嬉しいな…まぁ、私は、オードブル作ったくらいだけどさ。
 


 コンコン、とドアをノックする音がした。

「どうぞ」

ハンナが言うと、ギィっとドアが開いた。開いたドアの隙間から、一人の女性が顔を覗かせた。

それを見るやハンナが悲鳴を上げる。

「げぇ!ナース趙さん!?なんでここに!?」

「げ、とはご挨拶じゃないですか?」

女性―――シャロンさんは、そう言ってニコリと微笑んだ。

「あー、シャロンちゃん!間に合ってよかった!」

アヤがそう声を上げる。

「明けだから、早めに上がらせてもらったんだよ」

シャロンさんはそう言いながら部屋に入ってきた。

「ナ、ナース長さんとアヤさんは知り合いなんですか?」

「あぁ、うん。施設での、アタシの姉さんだ」

びっくりしているハンナに、アヤは笑ってそう言った。

「お久しぶりです、シャロンさん」

「さん、はやめてくれって言ったじゃない、レナ」

私が挨拶をしたら、シャロンさんはそう言って私と軽くハグをする。私もハグを返して、3人で並んで、ハンナを見た。

「ん、美人だとは思ってたけど、今日は一段とキレイね」

「だろ?マリオンとプルが作ったんだ」

「プルって、ユリウスドクターのところに帰って来たって子でしょ?すごいね」

「そうそう、私も驚いちゃったんです、あ…。えっと、今夜はうちでご飯食べていき…行くよね?」

「あぁ、うん。ウチの子も呼んでよければ、お願いしたいな」

「うんうん、ロビンとレベッカも喜ぶと思うし、ぜひ!」

私達が話しているのをハンナは少しの間びっくりしてみてたけどふいにまたドアをノックする音がしてハッとした。

「あ、どうぞ」

ハンナが言うと、すぐにドアが開く。

そこには、白いタキシード姿のマークが、ルーカスとフレートにキーラと一緒に居た。

マークは、ハンナを見るなり一瞬固まって、少しして、ゆっくりと部屋に入ってきて、ハンナに歩み寄った。

「…キレイだな」

「ふふ、ありがとう。マークも、今日はちょっとだけ、男前だね」

「ちょっとだけか?」

「うん、ちょっとだけ」

二人はそう言い合って笑っている。いいな、こういう感じ。私は、隣にいたアヤをチラッと見つめる。

そしたら、アヤは私が見る前から私を見ていたようで、目が合うなりニコっと笑って私を肘で小突いてきた。

もう、なによ、照れ屋。そんなことを思いながら、私は笑っていた。
 


 「アヤ、マライアからの伝言」

フレートがそう言って、小さなメモをアヤに渡した。私もアヤと一緒になってそれを見る。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

アヤさんへ


式の会場→アヤさん達が来れOK

パイ→準備完了

ヴァレリオさん→準備完了

逃走路→確認済み、現在、最終調整中



そっちの準備が済み次第、連絡ちょうだいね!


                     マライア
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

「ん、向こうは、準備は整ってきてる、って感じだな」

アヤが小さな声でそういう。うーん…?式の会場の準備、って言うのは分かるけど…

パイとヴァレリオと逃走路、ってどういうこと??

マライアの企画だから、またとんでもないことを仕出かさないか、とは思っていたけど…こ、これ、大丈夫、かな…?

「ア、アヤ、無茶はしないよね…?」

「あぁ、今回は、アタシが検閲したから大丈夫だ」

アヤはそう言ってニヤっと笑う。それから、

「マーク、ハンナ、アタシら先に向こうへ行ってるから、あとはしっかりな」

と言って、シャロンさんと私を連れて、部屋を出た。ドアを閉める前に、小さな声で

「フレートとキーラ、あとは頼むな」

と二人に言った。

「あぁ、任せとけ」

「そっちもしっかりお願いね」

フレートとキーラがそう言ってくる。

「あぁ。もちろん」

アヤはそう言って、またニヤっと笑った。




 








 ドアを開けると、そこには、真っ白なドレスに身を包んだ、ハンナの姿があった。

ギュッと、心臓を握られたような感覚になる。ずっと、美形な方だとは思っていたけど…

幼い頃からずっと一緒で、ハンナのことはずっと見てきていたけど、こんな彼女を見るのは、初めてだった。

キレイだ、と素直に思った。

「ほら、行って来い」

トンと、フレートさんが背中を押してきた。俺は気を持ち直してゆっくりと部屋に入って、ハンナの前に立った。

「…キレイだな」

俺が言うとハンナは笑って

「ふふ、ありがとう。マークも、今日はちょっとだけ、男前だね」

なんて言って来る。

「ちょっとだけか?」

「うん、ちょっとだけ」

俺が聞き返したら、ハンナはそういつものように言い返してきたけど、

なんだかそれすら旨を鷲掴みにしてくるようだった。

 ハンナの手を握って、ジッと目を見つめる。俺は、俺達は、幸せ者だな…

俺がそんなことを思っていたら、ハンナは少しだけ顔を赤らめて

「うん、そうだね」

と笑った。読むな、って言っただろう、まったく、なんて思いはするけど、今日ばかりは文句をいうよりも、

もっとこの時間に浸っていたいと言う気持ちのほうが強かった。

俺は、そりゃぁもう、酒を飲んだときのように火照る顔が自然に緩むのを感じていた。

「マーク、ハンナ、アタシら先に向こうへ行ってるから、あとはしっかりな」

アヤさんがそう声をかけてきた。

「あぁ、はい!」

俺はそう返事をして、アヤさんとレナさんと…あ、あれ、誰だ、あの女の人…?

「ナース長さん。アヤさんの知り合いだったみたい」

ハンナの言葉に思い出した。例のお日様熱で入院したときに、ハンナを恐怖させていたあの人だ。

そういや、退院の日にうるさくして起こられたっけ。なんてことを思い出したら、妙におかしくなって笑ってしまった。
 


 「それじゃぁ、私達も行ってようか」

レオナが、マリオンとプルにそう言ってから俺達を見る。

「ありがとう、レオナ」

「ううん、おめでとう、ハンナ。ちゃんと幸せにしてもらわないとダメだよ」

レオナとハンナはそう言い合って、ギュッとハグをした。それからレオナは、今度は俺に向き直って

「マーク、ハンナをお願いね。もし、ハンナを泣かせたら…」

「俺を追い出して、ハンナを引き取る、だろ?」

「うん、そうそう」

俺の言葉に、レオナはそう言ってニコっと笑うと俺にもハグをしてくる。軽くレオナの体に腕を回してそれを受け止める。

体を離したレオナは

「じゃぁ、楽しみにしてるね」

とまた笑顔を見せて、マリオンとプルに声をかけて、部屋から出て行った。

 「マーク」

三人を見送ったあと、ハンナが俺を呼んだ。

「ん、なんだよ?」

俺は、なんだか改まった様子のハンナにそう聞き返す。すると、ハンナは、静かに言った。

「私ね、あの日のことが頭から離れないの」

「あの日のこと?」

「うん…あの日、メキシコで、脚を撃たれたあなたが、あの小さな商店に残ったこと」

「あぁ…うん…」

あの日、俺は、脚を撃たれながらメキシコのとある商店に転がり込んだ。そこで俺は、ハンナ達に別れを告げたんだ。

俺は、ティターンズ相手に抵抗することも出来なかった。

スタングレネードを投げ込まれて、朦朧とする意識を、ルーカスさんが従えていたティターンズ一般兵の銃床で殴られて完全に飛ばされた。

死ぬ覚悟をしていた。死んでもハンナ達を追わせないと、そう心に誓っていた。

それを、ハンナ達がどう感じて、そんな思いであそこを出て行くのか、ってのを想像しながら、それでも、だ…。

「あんなことは二度とダメだからね…どんなことがあっても、

 二度と自分が犠牲になって、私達を守るなんてことはしないで…」

ハンナは、俺の目をジッと見つめてそう言ってきた。ああ…分かってる。

「もちろんだ。もし今度、同じ状況になったとしても、俺は必ず、全員が生き残るための手段を選ぶよ」

「絶対よ、あなた」

「お前こそ、突拍子もないことは控えろよな」

そもそも、あそこから逃げなきゃならない理由を作ったのは、ハンナだ。

危なっかしいことは、これからは控えて欲しいもんだ。

「えぇ?あれがあったから、今があるんじゃない」

「そうだけど、だ。もうあれっきりにしよう、これからは、俺のためにも、ニケ達のためにも、だ」

「うん、分かってる」

ハンナはそう言って笑った。俺も、やはり笑顔がこぼれてしまう。
 


 思えば、本当に小さい頃から、いろいろあったな。

初めて会った日は、引っ越してきたハンナの両親が、うちに挨拶をしに来た、そのときだった。

ハンナは、親父さんの後ろに隠れて俺をチラチラ見ていたっけ。

ジュニアスクールに進んだ頃には、すっかり仲良くなって、クラスも一緒だったりしたよな。

家族と一緒に、山へキャンプに行ったり、湖にバーベキューしに行ったり、海へ出たりもしたよな。

ハイスクールは別々だったけど、なんだかんだいって、毎日どっちかの家に遊びに行ったりしてた。

俺が帰ったら、ハンナは俺の分の夕飯を食べながら母さんと話していたときは、

驚いたのとおかしいので、自分の夕飯がないことにしばらく気がつかなかったっけ。

軍に入って、配属が別々になったときは、少し寂しかったんだ。メッセージのやり取りだけは出来てたのが幸いだったな。

だから、ニホンのあの基地への配属が決まったときは正直嬉しかったんだ。

赴任した初日の夜に、スープを持って執務室に来てくれたな。

あのときからハンナのスープは絶品だった、本当だ、ウソじゃない。

離れてた間に、ずっとハンナのことを考えていたからだろう。気がついたら、俺はいつだって一緒にいたいと思うようになっていた。

実際、なるだけそばに居てくれようとしたよな。いや、ハンナも、そうしたかったのかもしれないな。

いや、きっとそうだろう?な、ハンナ…?

 俺はハンナを見つける。ハンナはなんだか、含み笑いをして俺を見つめ返してきた。全部、読んでるんだろう?

ほら、何か言えよ。俺はさらにジッとハンナを見る。そうしたらハンナは、ニコっと笑って、言った。

「マークがあの基地へ赴任してくるって聞いて、私、思わず叫んだんだよ?」

「嬉しくて?」

「それは、秘密だけど」

ハンナはそう濁して、でも、穏やかな笑顔で笑う。まあ、なんにしても、だ。

俺はそう思い直して、ハンナの手を握って、また、ジっと目を見た。深呼吸を一度だけして、それから、あの日言いそびれた言葉を言った。

「ハンナ、愛してる」

「私もだよ、マーク」

ハンナは満面の笑みをたたえたと思ったら、俺の首に腕を回して抱きついてきた。

あぁ、おい、せっかくレオナにセットしてもらったんだ、変になるだろ…まったく、もう。

 俺はそれでも、ハンナを抱きしめてやる。

ムフフ、と奇妙な笑い声がハンナから聞こえてきたもんだから、俺も思わず笑ってしまった。

「ん、オッケ、了解。おーい、お二人さん!そろそろ時間だよ!」

不意に、キーラさんがそう声をかけてきた。俺はハンナを解放して、見詰め合って、うなずきあう。

「はい!」

俺達はそう返事をして、フレートさんとキーラさんに連れられて部屋を出て、

みんなが待ってくれているというダイニングへと向かった。
 


 二階の部屋から階段を降り、ダイニングの手前で、フレートさんが俺達を制止する。

「こちら、5番。9番、応答せよ」

フレートさんはいつの間にか耳にインカムをつけていて、誰かと交信をしている。

「こちらは、準備完了。最終確認を行うが、6番のタイミングはそちらに一任して良いんだな…?

 了解、それなら、オーケーだ。カウントで、ミュージック、了解。イントロで入場させる」

相手との打ち合わせを終えたフレートさんは、肩をすくめて俺達を見やり、

「ちょっと待ってな」

とダイニングの方の様子をうかがう。すると中から音楽が聞こえ始めた。

それを確認したフレートさんは俺とハンナに合図をした。

 いよいよ、か。なんだろう、緊張してきた…

俺はなんだか全身が固くなりそうになっていたけど、でも、こんなことで押し込まれるわけには行かない。

特に今日だけは、ビシっと決めておいてやりたい。自分のために、ハンナのためにも、な。

 俺はグイと、ハンナに腕を突き出してハンナを見た。ハンナは、俺の顔を見て、笑顔を見せると、俺の腕に手を添えた。

「行くぞ」

「うん、あなた!」

俺達はそう確認して、ダイニングに脚を踏み入れた。

ダイニングには、どこから持ち込んだのか、小さなイスが並べられていて、

そこにはアヤさんにレナさんにレオナにマリオンに、ロビンとレベッカ。

カレンさんに、オメガ隊の隊長にその奥さんに、ベルントさんもいる。

最前列には、ニケに、サビーノに、サラとエヴァ。

見たことのないキレイなドレス姿に、サビーノはスーツだ。そんなみんなが笑顔で俺達を見てた。

 ダイニングの床には、俺達が歩くために真っ白なじゅうたんが敷かれていて、俺達はその上を歩く。

部屋の向こう側には、新婦みたいな格好をしたダリルさんと、それに使える僧侶みたいなデリクさんの姿があった。

 俺とハンナは、並んでその前に立つ。

「さて、それでは、これより、マークとハンナの、結婚の誓いを儀を執り行う。ここに来ている者は二人の結婚の証人だ。

 これだけの人からの信頼と、そして承認を得て、君達二人は、晴れて、夫婦となる。

 ありきたりだが、これより、二人から誓いの言葉を聞かせてもらいたいと思う。

 マーク・マンハイム。君は、病めるときも健やかなる時も、妻であるハンナを愛し続けることを誓うか?」

「はい、誓います」

「では、ハンナ。君は、病めるときも健やかなるときも、夫、マークを愛し続けると誓うか?」

「はい、ここにきてくれている皆さんと、そして、これまで私を支えてくれたすべての人に誓います。」

ハンナは、そう言って俺を見て珍しく照れ笑いを見せた。なんだよ、今の、かっこいいな。

俺ももう少し、気の利いた言葉を考えとくんだったかな。
 


そんなことを思っていたらダリルさんが満足げな表情で

「いいでしょう。では、指輪の交換を行います」

と言い、すぐそばに居たデリクさんに合図を送った。

デリクさんはサササとすばやく出てくると、手に持ったトレイのようなものを俺達の前に掲げた。

シルバーにゴールドで縁取りをした、俺の選んだリングだ。俺はそれを手にとって、ハンナの左手のクスリ指にはめてやる。

ハンナは自分の手をじっくり見つめ、それから手の甲を返して指輪がはまっている手を俺に見せると、満足そうな笑顔を見せる。

俺も笑顔を返してから、自分の左手をハンナに差し出す。

ハンナも、指輪を取って、俺の左手の薬指にグイっとはめた。

はは、ハンナがあんな顔した意味が少しだけわかるな…照れくさいような、嬉しいような…そんな感じがする。

 サササっとデリクさんが脇へと引っ込んでいく。するとまたダリルさんが前に出てきた。

流れ的に…次は、やっぱり、あれだろうな…俺は、またすこしだけ緊張感が強くなってくるのを感じた。

「それでは、皆の前で誓いのキスを」

ダリルさんがすました表情でそういった。やっぱり、だよな。俺は、ハンナをチラっと見やる。

ハンナと目が合った。嬉しいんだか恥ずかしいんだか、ハンナはニヤニヤと笑っている。

いや、きっと俺も同じような顔をしているんだろうな。だが、とそう思いなおして俺は気を引き締めた。

そう、これは誓いだ。

形式だろうが、なんだろうが、俺がハンナへの思いをハンナにも、みんなにも証明する瞬間なんだ。

俺はハンナをジッと見つめた。ハンナは、そんな俺の表情に何かを感じたらしい。

照れ笑いを引っ込めて、真剣な表情をして俺を見つめてきた。

俺はハンナを見つめたまま、ヴェールを上げてハンナの腰に腕を回して抱き寄せる。

ハンナは抵抗することなく、俺の胸の中に納まって、俺を見上げてきた。旨が高鳴る。

もう、緊張とも、興奮とも違った。だけど、ハンナを見ているだけで、どうしてか、脈打つ心臓が強く鳴る。

「幸せにしてやる、ハンナ」

「それは私のセリフだよ、マーク」

俺達はそう言い合って、いつかのように、短く、でも記憶に残るキスをした。

「それでは、皆さん、新しい夫婦の誕生と誓いの承認を拍手でお願いします」

ダリルさんがそういうと、盛大な拍手とピーピー言う口笛がダイニングに鳴り響いた。

 唇を離した俺達は、また見詰め合う。ハンナの顔、真っ赤だ。なんて思っている俺も顔が火照ってしかたない。

ハンナよりも、真っ赤になっているかもしれないな。なんてことを思ったら、ハンナがクスっと笑った。

やっぱり俺もつられて笑ってしまうんだ。

「それでは、新郎新婦が退場します。拍手でお見送りください!」

ダリルさんがそう言って、拍手がいっそう大きくなったそのとき、誰かの叫び声がダイニングに響いた。

「その結婚、待った!」

振り返るとそこには………誰だか知らない男の姿があった。な、なんだ?だ、誰だあれ?

俺は思わずハンナの顔を見る。ハンナも驚いた表情で俺を見て、ぶんぶんと首を振った。

ハンナも知らないのか?じゃ、じゃぁ、一体、誰なんだ?ハンナのストーカーかなにかか?

い、いや、ニュータイプのハンナが、そんなことに気付かないはずはない。だとしたら、なんだ?

ま、ま、ま、まさか…俺か?ハンナじゃなければ、その、つまり、どどどど同姓愛者で、お、俺のことを…?

い、いや、でも、もしそうならどこかで会っているはずだ。ど、どこだ?街の商店か?病院か…?

くそ、お、思い出せない…何者なんだ、この男!?


 俺はそれでもとっさにハンナの前に出て、彼女を背後へと隠した。

何者かは、この際置いておくにしても、何かをしてくるようなら、ハンナ、お前は守る…

俺自身の身の安全をはかりながら、な…!

「結婚なんて、結婚なんて…!なんで誰も俺と結婚してくれないんだ!」

男はそう、ワケの分からないことをわめき出した。こ、こいつ、錯乱してるのか…?

まずい、酒を飲んでる感じではない…だとするとドラッグか?!

そう思って身構えたとき、男は背中の後ろへと回していた手をゆっくりと動かした。し、しまった、拳銃か?!

 男は、腕を見せた。男の手には…なにか、手のひらより一回りほど大きい白い円盤状の何かが乗っかっていた…

な、な、な…なんだ、あれ…!?

 わけも分からず、身構えたまま固まっていた俺の耳に誰かが叫ぶのが聞こえた。

「お、おい!パイ、持ってるぞ!」

「まずい!投げつけられたら、笑いものだ!」

「気をつけろ!子ども達から目を離すなよ!」

「おい、お前ら!ヴァレリオを取り押さえろ!マークとハンナを守れ!」

「うおおぉぉ!」

な、な、な、なんだ!?今度は何だってんだ!?

「あんた、ヴァレリオ!自分が結婚できないからって、他人の邪魔をするんじゃない!」

アヤさんがそんなことを言って男に飛び掛った。

男はそれをするりと交わすと、俺達の方にパイを振りかぶって突進してくる。くっ…なんだ、なんだこれ!?

いったいどういう状況なんだ!?

 「マークくん、ハンナさん、下がって!ヴァレリオさん!やめてください!男の嫉妬はみっともないですよ!」

デリクさんがそう叫びながら俺の前に躍り出てきて、ヴァレリオと呼ばれる男にタックルを仕掛けた。

だが、男は手に持っていたパイをデリクさんの顔面にぶつけた。

白いクリームがほとばしって、デリクさんが床に倒れこむ。

 一瞬、ダイニングが静まったと思ったら、また誰となしに叫び出した。

「デ、デリクがやられた!」

「くそっ!メーデーメーデー!緊急事態!」

「総員、スクランブルだ、急げ!」

「おい、マーク!」

そんな叫び声が響き渡る中、アヤさんが俺を呼んだ。俺はハッとして、アヤさんを見やる。

するとアヤさんはニヤっと笑って言った。

「ハンナを連れて、逃げろ!」

その顔、その表情、その言葉…俺はやっとすべてを理解した。まったく、こんなときも、ですか!

俺はそう思いながら、ハンナの手を掴んで叫んだ。

「ニケ、サビーノ、サラ、エヴァ!逃げるぞ!」

「う、うん!」

「ははは!そうでなくっちゃ!」

ニケとサビーノがそう言うのと同時に、4人は席を立った。それを確認して。

俺はハンナの腕を引いてダイニングの裏から廊下へと抜けた。
 


 廊下からキッチンの裏を抜けて玄関から飛び出す。するととたんに目の前に何かが待った。

玄関の外にはたくさんの人…ユーリさん一家や、シイナさんも居る。

アイナさんとその夫のシローさんって人も、クリスも、彼女のフィアンセも…

みんな笑顔で、俺たちにライスシャワーを降らせてくれている。

「マークさん!ハンナさん!お幸せに!」

声が聞こえて、俺が振り返るとそこには、ミシェルと、彼女の姉、サブリナさんの姿があった。

ミシェル、ありがとな…!俺はそんな思いを込めて、ミシェルに笑いかけてやった。

それから俺はハンナの手を引いて、さらにそこを駆け抜ける。

と、庭の方から、さっきのヴァレリオって男がまた、両手にパイを乗せて走ってきた。

「ヴァレリオさん!これ以上の悪行は!このマライア曹長が許さないんだからねぐぶはぁ!

 ちょ、ちょっと待ってよ、あたしこんなになるなんて聞いてないよ!?」

「うるせえ!今日の俺の役回りを考えたのお前だってな!?会わない間に生意気になりやがって、思い知れ!」

「ちょ、ま、待ってって!マ、マーク!ハンナ!とりあえず、この人やけくそだから逃げて!」

マライアさんはそう言って、俺達に何かを放って来た。俺がキャッチするとそれは、車のキーみたいだった。なんだ?

と思ってマライアさんを見ると彼女は家の柵の外を指差していた。そこには、一台のオープンカーが止めてある。

ちょ、ちょっと、待て!この姿で行くのか?!俺は白いタキシードだし、ハンナはウェディングドレスだぞ?

これで、その、要するに街中一週してこいってことだろ!?そ、それはいくらなんでもさすがに…

 そう、一瞬戸惑った俺の腕を、ハンナが今度は逆に引っ張った。

「行くよ、マーク!」

「本気か!?」

そう言った俺の背中を今度はニケがドンと押してくる。

「ほら!逃げないと!」

「でも!」

ガシっと俺の腕を捕まえたサビーノが言う。

「なんなら、担いで行こうか!?」

「い、いや、それはそれで、いろいろと問題が…」

と、サラとエヴァがニケと一緒になって、俺の背中を押してきた。

「ほら」

「急ごう!」

「だぁ、もう!分かったよ!行くぞ!着いて来い!」

俺はそう言って、ハンナ達の腕を引いて庭先をかけてオープンカーに飛び乗った。

キーを差し込んでエンジンをかける。

 すると、そこに庭にいたみんなや、アヤさん達も駆けつけて来て、またライスシャワーをいっぱいに降らせてくれる。


「さぁ!逃げよう!」

ハンナがそう叫んだ。

「だぁ!もう!こうなったら俺もヤケクソだ!」

俺は恥ずかしさなんかどうでも良くなってそう叫んでアクセルを踏み込んだ。

そのとたん、エンジン音とは違う、カラカラとにぎやかな音がしてくる。

振り返るとそこには、大量の空き缶が紐に括りつけられて、車の後ろにくっ付いている。

くそっ!あの人たち、こんなことまでして…目立ちまくりじゃないかよ!

 俺はそんなことを思いながら、でも、顔は緩みっぱなしだった。

あぁ、まったく!最高の妻に、最高の子ども達に、最高の友達たちだよ!ホントにさ!

苛立ちとも、幸福感の入り混じったわけのわからない感情に任せて、俺は声を上げて笑ってしまった。

もう、笑うくらいしかできないだろ?だって、とにかく俺は、ハンナの夫で、こいつらの父親で、

少なくとも間違いないのは、俺は、俺たちは幸せだってことだ!

 「かっとばせよ、父さん!」

「どこに逃げる!?まずは、病院方面が良いと思うんだ、お父さん!」

「行こう、お父さん!」

「安全運転でね、お父さん!」

「あはは!頼むわよ、あなた!」

「だぁー!もう!お前ら!読むなっての!」

「間違いなく、幸せだよ!」

「そうそう!間違いない!」

「だから!やめろっていってんだろうが!」

 俺は、それでもアクセルを踏んだ。そうしながら、俺は初めてサビーノ達に会ったときのことを思い出していた。

あんなに震えて、俺たちを見て覚えていたあいつらが、そのあとの船じゃ、ハンナと馴染んで、

メキシコじゃ、こんな俺にすがりついて泣いてくれたっけ。

空港で再会したときは、とにかく嬉しかったな。

考えてみればたった4年。

だけど、もっとずっと長い間、それこそ、ハンナと同じくらいの時間、一緒に過ごしてきたように感じるよ。

お前たち、覚悟しておけよ。俺はこれからもずっと、お前たちの父親だ!

嫌がろうがなんだろうが、ずっとずっとな!

「ずっと一緒だよ!お父さん!」

ニケがそう言って運転している俺に飛びついて来た。ニ、ニケ!

「だから!読むなって言ってんだろ!あと、運転してんだから飛びつくな!」

俺はそう言いながら笑った。あぁ、まったく!幸せで、幸せで、笑えてくるよ!

気が付いたら俺は、また、ハンナとニケとサラとエヴァとサビーノと一緒に、大声を上げて笑っていた。





――――――――――to be continued to their future...
 



以上です、本日までお読みいただき本当にありがとうございました。

皆様に愛されて、アヤレナマをはじめ、登場人物のみんなも、そしてキャタピラも幸せでした。

以上で、キャタピラのガンダム小説は終わりになります。


ご存じのとおり、これからの宇宙世紀もいろんなことがたくさん起こります。

でも、きっと彼らはそんなヤバいことを力を合わせてスルリとすり抜け、生きて行くんじゃないかと思います。

そんな彼女たちのこれからは、皆さんそれぞれの心の中()で紡いでもらえたら幸せかな、と想っていますw



なにはともあれ、本当にありがとうございました。

キャタピラの次回作にご期待ください。

感想、苦情、その他もろもろ、書き残して行ってくださいませ!
 

そう言えば、すでに次回作のアイデアを練ってあります。
どれが読みたいか参考までに聞かせておくれやす。

・勇者魔王的なファンタジー世界の未来←オススメ
・千葉県独立戦争記(現代)
・インディジョーンズ的なトレジャーハンターの話
・その他、二次創作(原作指定も)
・よし、これからみんなで決めよう!ただしキャタピラ、ガンダムはもうお腹一杯!

よろしくお願いします!

千葉がものすごく気になる

お疲れ様でしたー!宇宙世紀の設定の隙間を縫いつつ、いろんな人が幸せになる作風が好きでした。

ぶっちゃけまだ途中までしか読めてないんだけど、Twitterで完結宣言見たからこれだけ言いに。
次も楽しみにしております。

で、次回作はAC?AW?CE?それとも西暦?(笑)

リクエストを募っておいて、申し訳ないけど、お知らせです。

UC編、書きます。

ダリルの「新婦」姿の画像求むwwwwww
バージンロードの先でマークを待ち受ける新婦姿のダリルと想像して腹筋が崩壊したぜwwwwww

UC編・・・ちょっとOVA入手してくるわwwwwww



まさかのマーク締めw頑張れオールドタイプ!

すごい楽しませてもらった。最初のスレから読めたのは幸運だった。
長い間楽しませてくれてありがとう。
読書好きとしても、ガノタとしても楽しめた。
ぶっちゃけガンダム知らない人でもそれなりに楽しめる作品になってたと思う。
「楽しい」の文字ばっかりだなw
改めてありがとう!


最後だというので敢えて書く。
こんなに楽しい物語をグイグイ惹き込まれる文章で書く才能があるのにどうして誤字に対してあんなにルーズなんだろう。
使用される単語や言い回しから、それなりに読書好きなのがうかがえるのにどうしてもっと「言葉」を大切にしないんだろう。

以前もそんなこと書いたら「ツッコんだらだめ」みたいな空気になったからそれ以降感想書くのやめてたけど、やっぱりもったいないよ。
普段こんなこと思わないで完全スルーできるのに。キャタピラに関しては本当にもったいない。
みんなキャタピラの書くSSが好きならもう少しツッコんであげたほうがキャタピラの為にも良いと思うんだけどな。

なんだかんだ言ったけど本当にキャタピラの書く物語が好きだから次回作も楽しみにしています!

あ、長文キメェwwwwwwwww

うわ。キモい長文書いた後で気付いた。
UC編やるのか。恥ずかしいwwwww
でも嬉しいビクンビクン

原作小説とアニメでエンディング変えるという噂もあったけどどうなんのかね?

皆さんレスありがとう。
返信はしばし待ってね。

UCについて、なぜいきなり書くと言ったか、ということですが、
ツイッターにも書きましたとおり、永井一郎氏の追悼の意味を込めたくて。

一人のガンダムファンとして、永井さんのナレーションで始まった1stガンダムが、
サイアム・ビストの死とともに幕を下ろす、一連の物語を最後まで書いておきたいな、と思ったからです。

ただ、残念なことにキャタピラはまだUC観てないと言う…週末に一気見して、物語の隙を探したいと思います。
新スレ立てまでは、しばらくお時間をいただくやもしれませんが、何卒よろいくお願いいたします。
 

お疲れさま!
最後まで最高の「逃げろ!」だったww
UCも期待してる頑張れ

ヴァレリオ生きてたよかったww


まとめから一気にここまで読んで来た
ここに来てダリルの女装癖カミングアウトには盛大に笑わせてもらったw

UC編前に登場人物をまとめてもらえると非常に助かる(もちろんキャノピー絵付きで)

乙かれっしたー

UC編楽しみだけど>>756も全部見たいんだぜ?見たいんだぜ?

趙さあああん

乙すっげー乙
よくここまで設定の隙間をみつけてくるものだと感心したよ
あとこの作品は安心して読めるのがよかったやっぱりハッピーエンドが一番だ

ってUCやるのか
毎週放送のTVアニメと違ってOVAは待つのが嫌いだから完結してからまとめ見しようと思ってまだ見てないんだが
これはとっとと見なきゃならんな
ところでUCてCCAの何年後だっけみんなもう年れ……うわ何をするやめ

>>763
そういえば永井一郎さん亡くなったんだね。
あの
『人類は、自らの行為に、恐怖した』
のナレーションは名文句の名調子だったよなあ。
ご冥福をお祈りします。

乙。
ジャブローからここまで付き合わせてもらったが、安定して面白かった。

まさかのダリル新婦に盛大に吹いたわ。
UC編も楽しみに待ってる

ユニコーン、鑑賞終わり!
くそう、マリーダさんどうなるんだ…
中盤から小説とだいぶ違うしなぁ…

キャタピラはさ、映像が好きなんですよ。
絵がかけたら漫画とか書きたかったわけなんですよ。
でも 、絵を描く遺伝子は妹に全部持っていかれたらしいので
仕方なく文章書いてるんですよ。

だからアニメ基準にしたいけど7巻は待ってられないなぁ…
万が一、こっちでマリーダさん救助して、アニメ版で普通に生き残ったりしたらあれだしなぁ…

今読み切った
ガンダムのストーリーは断片的にしかわかんないんだけど、それでもすごい面白かった!乙!

>>771
言い方悪いかもだけど当たり障りない関わり程度に収めるか……
ただプルツーいるからなあ。他のキャラはともかくマリーダさんは絡んで欲しいよなあ。
プルツーとクインマンサ
プルトゥエルブとクシャトリヤ
胸熱すぎるだろw

そっちの方が書きやすいなら別に7巻待ってもらってもかまわんのだけどな
あと妹うpって赤い人が言ってた

>>760
ダリルの新婦画像はないですが、キャノピーさんが超頑張ってくれました。

>>761
超感謝!

マークのその後も書けてよかったなと思いますw
嬉しい感想をどうもありがとうございます!
誤字については…俺、がんばるよ…!
貴重なつっこみを本当にありがとう!

感謝を込めて、俺も言います。

長文キメェwww


>>764
感謝!!
やはり、逃げろ!から始まった物語ですのでね、逃げろ!で締めるのが良いだろうな、とw
演出のマライアたんは、アヤレナの10執念…周年と同じ発想があった、っていうのが裏設定です。


>>765
感謝!!!
読者さまが増えてくれるのは非常にうれしいです!

>>766
感謝!!!!
無茶言うな!w

>>767
そんな謎のシャロンちゃんはアジア系だけど、趙さんって苗字ではなかったと思ったんだがなぁ…
くそぅ、くそぅ…orz

>>768
感謝!超感謝!
最終的に隙間を作ってねじ込んでる感じがありましたけどねw

UC編は、きっとニューエイジ達の時代です、シイナさんが何歳かとかは考えてはいけなうわなにするやめろ

>>769
追悼です…悲しいぜ…

>>770
感謝!!!!!!!
長いこと付き合ってもらって本当に感謝です。
もうちょっとだけつづくんぢゃ、になっちまいましたw

>>772
感謝!!!!!!
ガンダムわかんないけど面白かった!って言ってもらえるのは本当にうれしいです!
もうちょっと続くんで、ぜひ読んでってください!

>>773
ポケ戦の例もあるし、ここはもう、思い切って小説設定を使っちゃおうかな、と。
映像のエンディングが小説と違ったら、その際に修正しますw
熱い展開ですけど、さすがにクイン・マンサはワンオフ機なので追加発注は難しいかも…
クイン・マンサマーク2って妄想機体は、プルやミネバ影武者のメルヴィとともにいたオリバー・マイが設計した勝手設定です。
その顔は、ジムタイプでもモノアイでもなく、なんだか遮光器土偶に似ていた、とかなんとか。


>>774
いや、さすがに先が長すぎるから、小説設定とアニメ設定をごちゃっとやって書きます!
赤い人には悪いけど、キャタピラはまぁ、少なくとも赤い人よりもおっさんだ。
おっさんの妹も、相応の年齢だ、さっしてくれ。
 

おまいたち、キャノピー姫が頑張ってくれたぞ。

感謝の気持ちを込めて、どの隊員が好みか
オメガ隊員になったつもりで以下の表の番号とともに例のアレを叫びながらイジェークトするんだ。

キャタピラの言っている意味が分からない人は、普通に感想をお願いしますw

キャノピーに感謝!


ジオン友たち、鳥のマーク
ttp://catapirastorage.web.fc2.com/emblem.jpg

がんばれオメガ隊!
ttp://catapirastorage.web.fc2.com/omegascard.jpg

1:隊長
2:ハロルド
3:ベルント
4:ダリル
5:フレート
6:ヴァレリオ
8:カレン
9:マライア
10:デリク

<Omega8 イジェークト!>

だからもうちょっとよく見えるようにお願いします、キャノピー様。

>>777
オメガ隊、さすがイジェクトが早いなwww


おまいらが変な誤字を拾うから()キャノピーが描いてくれちゃったじゃないかw
ttp://catapirastorage.web.fc2.com/daril.jpg


あと、ずっと言い忘れていたけど、キャタピラからのお願いだ。
UC編まで暇だからって画像のURLのファイル名だけ消してアクセスしたらダメだぞ。
ダメだからな、絶対ダメだからな!
 

だ、ダリルさんの顔がまともに見れない////
というかアヤさんも入れたげてよぉ
全員のフルネーム作品中に出てたっけ?
キャノピーさんはイラストよりかはデザイン的なほうがお好み?
初っ端のアヤレナさんもデフォルメしてたからなんとなくそう思っただけなんだけど。


クインマンサの件
いいじゃない。マーク2。
もしくはクインマンサからクシャトリヤの間に必ずいくつかの試作機は造られるはずだから……あとはわかるな?www



あ、俺この戦争終わったら地元帰って結婚するんだ!9番で!

OMEGA10、イジェークト!!

ああ、やっと、やっと追い付いたと思ったら終わってたでござる

非常に面白かった、乙
せっかくマリオン引き取ってユウを引っ張り出したんだし一ネタ欲しかったな(チラッチラッ
まあユウなら「無事ならいい」スタンスでいそうでもあるがwwwwせっかくだし、ね?

なんだ…
ただの野生のプロか(字書きも絵描きも)

乙 これはポニーテールじゃなくて…あれ、AAどっかいきやがった
キャノピー氏の描いたカレンが髪後ろでまとめてるっぽいよね
凛とした女性のポニテは良いものだ、うん

そして次回はUC編か
となると区切り的に次スレだったり?
とにかく心から期待
他の方も言ってるけどクシャトリアへの系譜とかすげえ胸熱
ああ、でもアリスの研究が軍事転用されてる描写が出たりしたらなんか切なくなったりしそうだー
この二律背反である

そうそう、俺はマライアが割と良い年して未だに幼い一面を見せるのは、アヤレナという絶対的な安全基地を得たことによる一種の退行なのではないかと予想してる
幼少期に目の前で心から慕う姉を失った彼女は、ニュータイプとしての鋭敏な感覚も相まって大きな傷を受けたことだろう
となれば俄然幼少期の発達課題については大きく不安が残る
そんな彼女はアヤとの出会い、レナとの出会い、オメガ隊の末っ子としての成長を経て、傷を癒し大切な人を守れる強さを得た
アムロやシャアにすら一目置かれ、しかしアルバ島に帰れば子どものような顔を見せる

アヤの太陽の恵みを受けながらレナの母なる海に包まれて、穏やかな波間を漂う
そして時に大切な人のため、暗雲立ち込め大波うねる危険な戦場へと赴き、それでも心は常に太陽に照らされ海に包まれていて、最後にはきちんと太陽と海のもとに帰り着き、暖かく迎え入れられる
そんなアヤレナマの関係
素敵やんな

しかし結局マライアのお相手は…
アヤやレナとの子どもってのもアリかもしれんけど、レナへの卵子提供希望⇒アヤ嫉妬で怒りの関節とかが半ばお約束になってそうだwwww
となると…やはりマライアたんは俺がもらっていきますねぐへへ

え?何だって??
そうだな、うん、長文も内容自体もくっそきめえwwww

きゃのぴー姫なのか!?!

原作に存在しないで名前が出たキャラ全員の絵を書いてくれてもいいんだぜ?(チラッチラッ

俺が選ぶ人は決まってるぜwwwww

<Omega0 キャタピラ イジェークト!>

>>778
大丈夫だ、安心しろ!
しっとりとかほっこりとか読んでないから安心しろ!

>>779
レス感謝!
アヤさんはあの時期、オメガ隊を離脱してたんでいませんw
気持ちは分かるんですがねぇ、プルとマリーダが出会うとしたら、もっと別の形のイメージがあるんですw

空飛ぶ死亡フラグなPJwwww


>>780
キャノピー乙www

>>781
追いついてくれて&レス感謝!
まだ続くから読んでってください!

実は当初はミシェル視点で彼女を連れたユウがマライア達のところを尋ねてくる
というのを書こうと思っていたんですが、いかんせんキャタピラの技術が足りず、
ユウを違和感なく喋らせることができなかったので、ボツになりました。


>>782
キャタピラは裕福な会社に飼われたいと思っていますw

783
感謝!!

カレン良いですよね!単体で見たいとキャノピーにオファー出してますw

マライアの件、かなりそっち方面の知識ある方ですかね?
実はキャタピラもちょっとかじっていて、マライアたんに限らず、キャラ設定にはそう言う知識も動員して
いろいろと性格や過去、他者関係なんかを決めていたりします。

そんな深くまで分析して読んでいただけるなんて嬉しい限りです。
感謝の意味を込めて、やっぱりこの言葉を。


>>784
キャノピーは姫です。
今、マークとハンナを依頼してます。
ちなみにキャノピーはマーク推しだそうですw

><Omega0 キャタピラ イジェークト!>
愛してる!


>>785
良かった、開かれたら困るなって心配してたんだ。
長物とか特に絶対読まれたくないからな、絶対だからな!w
感想なんてここに書きこまれたら、マジ俺ダメだからな!ww
 


待たせたな!


【機動戦士ガンダム外伝―彼女達の選択―】
機動戦士ガンダム外伝―彼女達の選択― - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1391169584/)
 

待ったな!たて乙!

とにかく、17の時に書いた作品にしては割と中2だなとかそういう感想は書かないから安心しろ!

そろそろhtml化依頼するらしい
好き勝手書いてやる




楽しんでるぞお!
アニメUC最終巻がどーでもいい程度に!
キャノピーのイラストもまだまだ見たいぞー!
キャラもいいけどメカメカしいのも期待してるぞー!
キャタピラはZのプラモの箱をキャノピーに送り付けてやるといいぞー!
キャタピラにはいつかターンAを題材にしたSSとか書いて欲しいぞー!
無駄にほのぼのした雰囲気だとなお嬉しいぞー!
キャタピラが書く限りこれからも読んでいくぞー!
無理しない程度に頑張って欲しいぞー!

>>789
ありがとーう!

UC本編の最終回は大事だよ!ww
ターンAは書かないよ!て言うか、ターンAなんて認めないよ!ww
ほのぼのはまだ未定だよ!
キャノピはUCスレ読んでるから、リクがあったら、書きこむと良いよ!ww

>キャタピラが書く限りこれからも読んでいくぞー!
>無理しない程度に頑張って欲しいぞー!

ありがとう、まじありがとう!
適度に誤字りながら俺頑張るよ!ww
 

折角スペースも余ってるしやっぱりhtml化される前に何か好き勝手書き残しておきたいよな

いつも楽しく読ませてもらってるよ
ギャグじゃないガンダムSSでこんなに惹き込まれたのは初めてだ
登場人物一人一人の思いが伝わってきて、読んでて心があったかくなるよ
こんなに素敵な人達を生んでくれてありがとう
心から感謝したい

他に何か…

マライアたんまじぺろぺろぐへへ
ああマライアはなんでこんな可愛いんだろうか
宇宙世紀の動乱の中、辛い過去がある人は多くいるだろう
そんな辛い中から立ち上がり強く生きた人も多くいるだろう
でも辛い過去を乗り越えて強く生き、そしてこんなにも可愛い人はそうはいないだろう
ちっちゃいのに家族のためにいつでもどこでも全力で頑張っちゃうマライたんまじぺろぺろぐへへ
そばにいたらあらん限りの全力を尽くして彼女を守り支えてあげたい
ちょっ、アヤさん俺今回そんなに悪いこと言ってないと思うんですけd、え?…ぺろぺろぐへへ?
…いやでもこれが俺の愛情表現というかなんというか、あ、いや、だめ、俺のひざ関節はそっちには曲がりまs

頑張れキャタピラ
負けるなキャタピラ
誤字なんてなんのその
でも頑張り過ぎて体調崩したりしてはいかん
俺たちはいくら更新に間が空こうとも続きを楽しみに待ってるんだ
キャタピラのペースでキャタピラワールドを画いていったらいい
俺もキャタピラが書く限りファンとしてついていくからな!
これからも応援してるぞー
目指せF91時代ww

はい我ながら、長文きもいーwwww

>>791

レス超感謝!
楽しんでいただけて、大変幸せでございます!
ここまでこれたのも、読者の皆様およびキャノピとキャラのおかげかと思います。
あ、もちろん、ガンダムを生み出してくれた御大方があってのことですが!

がんばります!誤字減らします!ww
無理はしてないのでお気遣いなく!
Zマーク編のときのように、ダメなときはダメって言っちゃうタイプなのでww
F91までは行かないよ!
ガンダム応援してくれると嬉しいんだぜっ!

長レスに感謝を込めて。

長すぎキメェェ!ww
あと、おまい、さてはUCスレの92だなwwwwww

HTML化依頼、出しました。
駆け込みレス待ってます!ww

そうだよな ガンダムSSって
アムロ「シャアが○○だって?」とか、意味のわからないギャグ系ばかり
面白いのなんか1割もないってとこに、これだもんな
これだって最初、ヅダやビグラングの時にでてきたウGMシな連邦兵にでチョメチョメされるエロSSで
どうせくそつまんねーんじゃねぇの?と思ったしww

誤字脱字については私は「意味や文章が脳内で補完できるレベル」であれば全く気にしない
カネとってるプロじゃないんだしね
んじゃUC編もかっけーのヨロ

>>794
感謝!!
タイトルが裏目に出てたとはwwwwww
楽しんでいただけてホントに良かったです!

果たして脳内で補完できるレベルなのかどうかは…すまん、俺からは何も言えないwwwwww
あと、こっそり書いちゃうけど、じつはマライア初登場時とマライア過去編とでは入隊の時期が違ってますww
過去編を基準にしてあげといてくださいww
 

このSSまとめへのコメント

1 :  SS好きの774さん   2014年02月24日 (月) 20:05:17   ID: bDqjp3TE

なんで>794までひろってるくせに、最終章が抜けてんだよこの無能

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