とある端役の禁書再編 (943)



 本作は鎌池和馬先生の「とある」シリーズの二次創作作品です。
 タイトルはおこがましくも『とある端役の禁書再編(リミックス)』と銘打っております。

 「とある科学の超電磁砲」に登場する無能力者、鋼盾掬彦を主人公に据え、
 彼を交えての「禁書目録一巻」と「超電磁砲・幻想御手編」の再構成作品となります。

 5スレ目となりますので、1~4スレにお目を通して頂きたく存じます。
 えらく長くなりましたが、このスレがラストですのでご容赦を。

 よろしければ完結までお付き合い下さい。


 神裂「鋼盾―――鋼の盾ですか、よい真名です」


 アレイスター「鋼盾掬彦、か……まったく、たいしたイレギュラーだよ」


 上条「行こうぜ鋼盾―――みんなで、素敵な悪あがきだ」


 吹寄「―――がんばりなさい、鋼盾掬彦」



 此処に紡がれるは学園都市最下位たる少年の軌跡

 泥龜の視点より遥かな月を仰ぎて、無様にも素敵な悪あがきを


 少なからず独自設定、独自解釈、時系列の入れ替え等がございますので、苦手な方はご注意ください

 では、どうぞよしなに




SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1347114605



とある端役の禁書再編 登場人物紹介ver5 (読み飛ばし可)

 ※現時点での登場人物についてのまとめです
 ※短すぎて人物紹介の体をなしていない可能性が大です
 ※割と適当
 ※つまり読み飛ばし可
 ※でも読んでくれると嬉しいな!



 鋼盾掬彦 ―――― 無能力者

  とある科学の超電磁砲・幻想御手編にでてくるマイナーキャラ
  名前ありのくせに読み方不明! アニメで謎の大抜擢らしいですよ
 
  コンセプトは“学園都市最下位の主人公”……ヒーローにはなれそうにない感じ
  でも、脇役だって端役だってハッピーエンドを望むのです、どうしようもなく

  上条当麻のような右手もなく、一方通行のような能力もなく、浜面仕上のような技術もなく
  それでも、戦うと決めてしまった少年の素敵な悪あがき――本作はそんなお話です



 上条当麻 ―――― 幻想殺し

  言わずと知れた原作主人公の上条さん、本作では相棒ポジです
  原作同様の立ち位置、友人である鋼盾と共に、インデックスを助けるべく奔走する

  インデックスの首輪を破壊するも、魔術に因る反撃を受けて意識不明、回復の兆しなし
  彼の不在により、物語は原作とは全く違う道へと進むことになる、かもしれない
  


 Index-Librorum-Prohibitorum ―――― 禁書目録

  言わずと知れた純正ヒロイン、本作ではサブヒロイン
  再構成モノではいろんな所に落ちてゆく彼女ですが、本作では原作通り上条家でした
  
  首輪は既に外され、記憶破壊の軛から掬い上げられた少女
  開けた未来に彼女はなにを思うのか……最終回をお待ちください







 土御門元春 ―――― クラスメイト
 
  言わずと知れた多重スパイ、にゃーだぜいですたいの人
  いつか書きたかった土御門再構成の要素が、本作にはたくさん織り込まれています
  インデックスの初代パートナーだったりします、実らなかった遠い初恋
  封じ込めたはずの願いと祈りを揺り起こされ、友人に想いを託しましたが……はてさて



 青髪ピアス ―――― クラスメイト

  言わずと知れた愛の伝道師
  誰も本名を言わないのは世界の約束です
  似非関西弁を笑ってゆるしてあげるのは日本人の約束です



 吹寄制理 ―――― クラスメイト

  言わずと知れた「対カミジョー属性」の女
  すべての運営委員に名を連ね、なんとスレタイへも名を連ねました
  愛読書は通販生活のカタログ。俺の嫁






 月詠小萌 ―――― 先生

  言わずと知れたロリ教師、まさかのヒロイン枠です
  鋼盾ら一年七組の生徒を教え導く熱血先生です、素敵
  五年後の約束が果たされるのかは―――果たして


 
 黄泉川愛穂 ―――― 先生

  言わずと知れたじゃんじゃん教師じゃん
  じゃんの付け方に迷います、ない方がいい場合もあるようです
  後に鋼盾に乞われ、彼に“黄泉川流盾術”を伝授することに(嘘)
  


 雲川芹亜 ―――― 先輩

  言わずと知れた難攻不落の先輩、風雲雲川嬢
  鋼盾くんにとってはある種指標めいた存在でもあるようです
  後に鋼盾に乞われ、彼に“雲川流交渉術”を伝授することに(嘘)
  





 御坂美琴 ―――― 超能力者

  言わずと知れた第三位、名門常盤台中学のエース、超電磁砲
  報われて欲しいのに報われて欲しくない系のヒロイン
  むしろヒーロー、三巻で鋼盾と激突予定です



 白井黒子 ―――― 風紀委員

  言わずと知れたジャッジメントですの!
  原作で颯爽と鋼盾を救ったキャラクター、ギャグもシリアスもこなす黒子さん素敵
  ラストエピソード「月明かりふんわり落ちてくる夜は」は彼女視点になる予定


  
 初春飾利 ―――― 風紀委員

  言わずと知れたスーパーハカー
  同僚たる黒子曰く“諦めの悪い女”。幻想御手事件での無双っぷりは既に伝説です
  鋼盾掬彦風紀委員化計画を画策中、はたして実るのでしょうか
 


 佐天涙子 ―――― 無能力者

  言わずと知れた無能力者、原作で鋼盾に手を差し伸べた優しい少女
  幻想御手事件の被害者であり、鋼盾とは立ち位置を同じくするキャラと言えるかもしれません
  エピローグで鋼盾と再会することになると思います






 ステイル=マグヌス ―――― 魔術師

  言わずと知れたルーンの魔術師
  再構成においては主人公の最初の見せ場にされる安定の噛ませ犬、不憫  
  ですが、今作で鋼盾に最初に火を付けたのは、実はこの人だったりします



 神裂火織 ―――― 聖人

  言わずと知れた極東の聖人
  一巻の中ボス、彼女を如何に攻略するかも再構成の見所のひとつでしょう
  初代スレタイのひと。ある意味このSSの産みの親と言ってもいいかもしれません



 土御門舞夏 ―――― メイド
    
  言わずと知れたメイド義妹
  厨房の錬金術師。我が黄金練成(アルス=マグナ=オムレツ)に戦慄せよ!
  土御門再構成の真ヒロインでした、二巻で大活躍予定
  





 木山春生 ―――― 研究者

  言わずと知れた幻想御手の生みの親、あと脱ぎ女
  「無能力者と多才能力者」「学生と研究者」「被害者と加害者」「こどもと大人」「男と女」と、鋼盾とは尽く対となるキャラクター
  この物語が禁書再編ではなく超電磁砲再編だったら、ヒロインは彼女でした



 冥土帰し ―――― 医師

  言わずと知れた学園都市最強のお医者さん
  あらゆる医の分野を極めたそのチートっぷりはもはやドラえもんレベル
  本作では“上条当麻の原因不明の昏倒”の治療に挑みますが、どうなることやら



 一旦ここまで! なんとかギリギリ今日中にスレ盾です
 というわけで>>1です、このスレでもよろしくお願いします

 新スレ一発目はあともうちょいで書き上がりますので、今しばらくお待ちください
 一時までにはなんとか! 

 んでは、しばし!


寝落ちとかマジか
まだところどころアレなんで、ゆっくり投下です
明日の朝にでもまとめてどうぞ!


それでは、参ります

そぉい!


――――――――――




 鋼盾の病室を後にした医師は、階を隔てたとある一室へと足を踏み入れる。

 そこは、昨晩この病院に担ぎ込まれた、とある意識不明の患者のための病室だ。


 その患者の名を、上条当麻という。

 ベッドに横たえられたその少年は、相変わらず目覚める気配をみせない。


 その少年の右腕に“幻想殺し”なる異能が備わっていることを医師は知っている。

 学園都市の最深部、統括理事長アレイスター=クロウリーの計画に、その名前があることも。


 ……この昏倒が彼のプラン通りだとは思わないけどね、と医師は溜息を吐く。

 どうせ事態を把握しているであろう彼の“人間”からは、未だになんの接触もない。

 それが何を意味するのかは分からないが、どちらにしてもやることは変わらないと彼は思い直す。


 患者を、救う。

 医師の仕事は、いつだってそれだけだ。

 矜持にかけて、それを誰にも邪魔をさせるつもりはない。


 この少年には、帰りを待っている人がいる。

 ならば相手が天国の扉でも冥府の番犬でも、医師はそれを蹴飛ばしてやるつもりでいる。





 鋼盾掬彦――先ほどまで会話をしていた彼は、上条当麻への面会を望んでいた。

 担任教師の月詠小萌も、友人だという金髪の少年と銀髪のシスターも、それを望んだ。


 だが、医師はそれを検査を理由にそれらを拒んだ―――明後日以降にしてほしいと。

 それはけして嘘ではなかったが、それ以外にも理由があった。


(……これはちょっと、刺激が強いだろうからね?)


 現在、上条当麻の身体には無数の電極や観測装置が纏わりついている。

 この病院にあるあらゆる計測器械のフルコース、我ながらこれはちょっとヒドイ、やり過ぎだ。

 どうみても改造人間化手術中である、素人に見せられたものではない。


 だが、必要な事だった。

 どんな些細な情報も、見逃すわけにはいかなかった。

 それほどまでに、この少年の身に起きている現象は、異常だった。


 医師はまたひとつ溜息を吐くと、少年に繋げられた電極や装置の配線元を見遣る。

 機器を一括で操作するコンピュータと複数のディスプレイが置かれている作業台からは、部屋に入った時から止むことなくキーボードの打鍵音が響いていた。


 それを操作しているのは、若い女だ。

 扉が開いたのには気付いていたのだろう、一区切り就いたのか、ようやくその顔を上げる。





「……ああ、戻られましたか、先生」


 掠れたようなアルトの声が響く。

 ゆるくウェーブの掛かった栗色の髪、歳の頃は二十代後半といったところか。

 白衣を凛と着こなすその佇まいは、病院という場所と相俟って、女医そのもの。

 目元にはっきりと浮かんだ隈と気だるげな風情は、徹夜で難手術を終えてきたかのようにもみえる


 だが、この女は。

 ほんの数日前に学園都市中を混乱に陥れた、稀代の犯罪者だ。


 名を木山春生。

 幻想御手事件の犯人として、獄中に居るはずの女。

 こんなところには、いるはずのない女。

 
 その木山春生を招聘したのが、この初老の医師。

 冥土返しなる二つ名で呼ばれるこの男は、患者に必要なものを全て用意する。


 彼の患者――木原幻生による実験の被害者たちを救うには、彼女が必要だ。

 たとえ犯罪者であろうとも、木山春生の力が必要だった。

 だから彼はあらゆる手段を用いて彼女を求め、彼女もまたそれに応えた。


 実を言えばそこにはとある少年の後押しもあったけどね? と冥土帰しは微笑む。

 数日前に交わした雑談、あれが決断の決め手になったのだ、と。






「うん、今、診察と説明を終えてきたよ?
 ……すまない、ぼくの患者の治療を優先させてしまっているね?」

「構いません、それも条件の内ですから。
 もとより長期戦は覚悟の上―――それに、貴方ほどの医師を独占するなんて、望めませんよ」

「そう言ってくれると、ありがたいけどね?
 ……どうだい? あれから変化はあったかな?」

「皆無ですね、緒すら掴めぬままです。
 ―――こちらもまた、長期戦ということでしょうか」

「やれやれ、しんどい話だね?
 ……ほんとうに、会わなくてよかったのかい?」 

 
 件の少年、鋼盾掬彦は彼女にとっても縁深い相手だ。

 冥土返しは自身の情報網と、そして当人たちからその事を知り得ている。

 故に先ほども彼女を誘ったのだが、それはにべもなく断られてしまっていた。


「ええ……先刻も言いましたが、今の彼はそれどころじゃないでしょうから。
 ――それに、どんな顔をして会えばよいのかわかりませんよ」


 今生の別れのような台詞を口にしたばかりですから、と木山春生は笑う。

 逢いたいか否かと聞かれれば無論逢いたかったが、物事にはタイミングというものがある。


 なにより、彼女にはやらねばいけない仕事がある。

 まずはそれを優先したいと、木山春生はそう言った。

 




「……ふむ、確かにね?
 まあ、これから幾らでも機会はあるだろうしね?」

「……そう、ですね」


 再会の約束は、確かにあった。

 別れ際に口にした言葉は今でも覚えている、自分たちのお気に入りの遣り取りだ。


 そして、その時。

 木山春生は、かつてとある能力者だった女は、彼にひとつの未来を告げた。

 それはまさしく絶望の予言―――御丁寧に日時指定までついていた。


「……今日は七月二十八日、ですか。
 昨晩、どうやらいろいろあったみたいですね」

「……未来予知、だったね?」

「ええ―――私の最初で最後の、未来予知でした」


 幻想御手の副産物たる多才能力。

 その身に千以上の能力を宿した彼女の身に、もっともよく馴染んだ力。


 大能力レベルの“未来予知”

 たった一度だけ発動した、制御不能の異能。


 ほんの十時間前、その予言は成った。

 彼らの具体的に何があったのかを、彼女は知らない。

 だが、ここで昏睡状態に陥っている少年は、そこにいたのだ。


 幻想殺し。

 都市伝説、眉唾ものだとばかり思っていた、本物のイマジンブレイカー。

 己が解除プログラムにその名を冠したのは、一体どのような巡り合わせだったのか。


 木山が多才能力を駆使し、インデックスの喉に視た悪意の塊。

 一目見て解呪は不可能と確信した、得体の知れぬ呪いの首輪。


 眠る少年――上条当麻は、それを右手でもって打ち砕いたという。

 その結果銀髪のシスターは救われ、幻想殺しは倒れた。


 それが、鋼盾掬彦の身に起こった悲劇だったのだろう。

 かつて幻視した悲痛な涙と咆哮を思い出し、木山は悔いるように眉根を寄せた。

 そんな木山の様子に、冥土帰しは穏やかに声を掛ける。





「……きみが責任を感じることじゃないんだね?」

「―――別に、責任など感じてはいませんよ。
 私は結局、傍観者にしかなれなかったのですから」


 変えることの出来ぬ未来予知、我ながら酷いことをしたものだと思う。

 それでも、言わずにはいられなかった。

 伝えなくてはいけないと思った。

 
 
 たった一度の未来予知は、きっと。


 そのためにあったのだと、そう思ったのだ。


「避け得ぬ未来を知った彼は、それでも前に進むと言いました。
 私の計画を打ち砕いた男ですよ……どうせ諦めてはいないのでしょう? 彼は」

「その通り、だね?
 ……まったく、あんなに強くあることなんて、ないだろうにね?
 痩せ我慢は体に悪い―――やれやれ、難儀な話だよ?」

「ヒーローとは、そういうものですから」


 倒れても、必ず立ち上がる。

 それがやはり、主人公の第一要件だ。

 泥に塗れてからが本番、折れた骨は前より強くなる。


 クールでチートで余裕綽々のヒーローになんて、なれなくていい。

 みっともなくても、無様でも、守るべきものを守る。


 鋼盾掬彦、彼は。

 あの日の宣言を、張り通した。

 木山春生の期待通りに、彼は鋼の盾になったのだ。


 それを喜ぶべきなのか。

 あるいは悼むべきなのか。


 それを判断することなど、出来ようはずもない。

 そもそも己の感傷など、なんの意味も持たない事だと木山は断じる。


 既に、あの日の予知は既知。

 そして、ここから先は未知。


 きっと前途は多難だろう、あのお人好しのひとたらしは。

 余計なものまで背負い込んで、厄介な性分だ、まったくもって度し難い。


 だけど、彼は一人じゃない。

 守るべき者がある限り、盾は砕けない。

 あれはきっと、そういう種類の主人公だろうから。






「どうせ勝ちます、心配無用ですよ。
 ……むしろ心配なのは、この子の方ですね―――上条当麻君、でしたか」

「ん……正直、こんなケースは初めてだね?
 きみの生徒さんの症状と少しばかり似ているけど――もっと、根が深い……かな?」


 原因不明の昏倒。

 冥土帰しをしてそう言わしめるそれが、どれほど異常なことなのか。

 彼の伝説の一端でも知りうる者であれば、誰しも匙を投げるのだろう。


 でも。

 鋼盾掬彦は、それを諦めていない。

 親友の帰還を、只管に信じ抜いている。


 そしてそれは眼前の医師―――冥土帰しもまた、同様だ。 

 研鑽更新未踏不許、理不尽に挑む白衣の賢人。

 そんな男が、上条当麻を診てくれている。


 やれやれ、と木山は肩を竦める。

 それがどれほど幸運な話か、果たして鋼盾掬彦は理解しているのであろうか。

 自分がどれほどすごい事をやっているのかを、正しく理解しているのだろうか。


 上条当麻、御坂美琴、初春飾利、冥土帰し。

 埒外の幻想殺しに第三位超電磁砲、電脳守護神に世界最高の名医。


 いずれもはっきり言って垂涎のコネだ、とんでもない。

 ……しかもこの調子だと、これでは終わるまい。


 値千金どころではない、絆という名の金脈だ。

 手札に何枚のジョーカーを集めるつもりなのか、あの少年は。

 




「この上条当麻くんは、特殊な能力の持ち主だ。この奇妙な昏倒は、おそらくはソレに起因するのだろうね?
 ――そして、鋼盾掬彦くんも―――ああ、それについては、きみが誰より知っている筈だね?」


 否、彼自身もまた、ジョーカー足りうる。

 木山春生はそれを知っている、知ってしまっている。


「……ええ、視ましたから。
 とはいえ、理解は及びませんでしたが」


 かつて木山が手にしていた多才能力が一、“能力解析(AIMリーダー)”
 
 対象のAIM拡散力場を観測・解析する特殊能力。


 他の誰とも違う、彼の才能。

 あれがなんだったのか、木山はいまでも測りかねている。


 だが。

 幻想猛獣が御坂美琴を差し置いて鋼盾掬彦を狙った、その事実。

 AIM拡散力場そのものであるあの怪物が、己の血肉に関して間違うわけがない。


 そしてなにより、鋼盾掬彦は

 予知の通りであれば、既に―――






「彼は覚えていないようだけど―――ぼくは、かつて鋼盾くんを診たことがあるんだね?
 もう随分昔の話になるかな、“能力が全く発現しない能力者”という触れ込みだったね?」


 思索に沈む木山に、冥土帰しはそんな事を言った。

 鋼盾掬彦は己の患者だったと、そう言った。


「結果は……レベル0、思いつく限りの方法をためしたけど、彼には一切の能力がなかったね?
 依頼者も然程期待はしていなかったようで、検査はすぐに打ち切りだったよ?」

「……そう、でしたか。
 彼からもそんな話を聞いたような気もします」

 
 無理もない、と木山は思う。

 アレは機械で測れる種類のものではない、高レベルのAIM感知能力が必要なのだ。

 木山が知るかぎりでは、その条件に当て嵌まるのはかつての己と、あともうひとりくらいのものだ。


 木原幻生から教えられたことのある、とある希少能力の大能力者。

 AIM拡散力場の研究者としては、正直多大な興味を引かれる“能力追跡”なる異能。

 一時期なんとか研究依頼をできないかと伝手を辿ったが、結局は縁を繋ぐことは叶わなかった。


 滝壺理后。

 彼女なら、鋼盾掬彦と上条当麻をなんと評すだろうか。

 仮初にも同種の能力を得ていた者として、木山はそれを聞いてみたいと思った。






「私も、未来視がなければ気付けなかったでしょうね。
 この街の能力強度というシステムの陥穽、言わばマイノリティ・リポートですか」

「まさに、だね?
 ―――あの日のぼくは、彼を見つけてあげられなかったんだ」

「……それは、仕方のない事でしょう」


 冷たい言い方かも知れないが、彼のようなケースは例外中の例外だ。

 そもそも全学生の八割が能力弱者として切り捨てられているこの街には、もっと根本的なレベルで問題点がありふれている。


 この街は、未だ過渡期にある。

 目まぐるしい新陳代謝の中で、そんな瑣末に注意を払えるわけがない。


 邁進する実験都市。

 その中でどれ程の悲劇が生まれたのか、その一端を知る木山は、改めて震える。

 
 
 そして。


 おそらくは目の前の男は、己などよりもずっと深い闇を知っていると木山は思う。


 それでいてその闇に沈まず、高みを目指し続けている。

 正しくあることを許されている、理想を追求することを許されている。


 学園都市にとって、この男はある種の毒だろう。

 それなのに排除されることがないのは、それだけの価値が彼にはあるからだ。


 それが、冥土帰しという男の戦い方。

 そんな彼に木山は畏怖と戦慄と憧憬、そして正直なところを言えば、恐怖に近い感情を覚えずにはいられない。





「そうだね―――だが、改めて思い返してみればおかしな話だったんだね?
 依頼主は彼を“能力が全く発現しない能力者”と言ったんだよ?」


 そんな木山の震えなどどこ吹く風というように、冥土帰しの言葉は続く。

 今の今まで気付かなかったと呟くその声は、常よりも少しばかり硬いものだった。


「……、それは、確かに。
 “無能力者”ではなく“能力が全く発現しない能力者”、ですか?」

「そう、身体検査に全く反応しないその少年を、彼は確かに“能力者”と言ったんだね?」


 そう言われれば、確かにおかしな表現だ。

 “能力が全く発現しない能力者”というカテゴリは、考えてみればありえないものである。


 なぜなら、無能力者と呼ばれる者たちにも能力は存在する。

 それは学園都市の公式見解であり、幻想御手のネットワーク保持者だった木山は実感としても知り得ている。


 上条当麻はともかく、学園都市から見た鋼盾掬彦に相応しい表現は“非能力者”だろう。

 学園都市の時間割を受けても能力が開発されなかった、例外中の例外だ。


 だが、その表現が間違っていることもまた、木山春生は知っている。

 未来視にしてAIM観測能力を持っていた木山春生だからこそ、それを知ることができた。
 
 翻せば他の人間はそれを知り得ないのだ、冥土帰しすら届かなかったのだから。
 

 能力が全く発現しない能力者。

 鋼盾掬彦をそう評する事ができるのは、木山ただ一人だけのはず。


 だが。

 そんな奇妙な表現を、既に使っている人間がいた。


 つまり。

 冥土帰しに調査を依頼したその人物は―――知っていた、という事になる。


 それが何を意味するのかと思案する木山は、やがてひとつの結論に思い至る。

 それはあまりにも突飛で、妄想めいていて、ろくでもない解答だった。


 ありえないと、そう思った。

 この街に有り得ないことなどないと、既に知っているはずなのに。






「……単なる言い間違い、……いえ、表現を誤ったという可能性もあるでしょう?」

「もちろん、そうかもしれない。
 だけど、ぼくの知る依頼者は、そんな種類のミスをするようなヤツではないんだね?」


 悪足掻きめいた木山の言葉に、冥土帰しは静かに否を告げる。

 それだけで、眼前の医師も同じ結論に至ったのだとわかった。


 それは、三年ほど前に研究者間の間でまことしやかに語られた、ひとつの噂話。

 街談巷説、道聴塗説――されど、火のない所に煙は立たぬ。


「きみなら知ってるんじゃないかな?
 “孵らない卵”の噂話―――なんたって、木原幻生の弟子なんだからね?」


 都市伝説。

 典拠のない、無責任な噂話。

 学園都市の底の方から、そういうものが浮き上がってくることもある。





「……私があの男の弟子かはともかくとして。
 確かに聞いた覚えがありますね……木原刹那でしたか、既に故人と聞いていますが」


 誰から聞いたのかも既に覚えていない。

 噂話というのはそういうものだ、無責任な事この上ない。


「うん、ぼくもそう聞いているね?
 二年前に実験中の事故で亡くなったそうだよ?」

「……貴方の、教え子だという話も聞いたことがありますが」

「ふむ……まあ、一応そうなるのかな?」


 正確には助手、といったところだけどね? と冥土帰しは口にした。

 ナース服の似合う可愛い子だったよ、なんてどうしようもない感想も添えて。


 それきり、部屋に沈黙が落ちる。

 一分ほど続いたそれを断ち切ったのは、冥土帰しの方だった。





「……まあ、今はそんな話をしている時じゃなかったね?」

「ええ、興味深いですが、また次の機会にしましょうか。
 ―――上条当麻君、彼の治療について、どうされるおつもりですか?」


 随分と脱線したものだ、と二人して笑う。

 都市伝説の真実を暴くよりも前に、やるべきことがあるだろう、と。


 上条当麻の治療を、どのように行うのか。

 それを決めねば、今後の予定も建てられない。


 とは言え。

 昏倒の原因すら掴めぬ状況では、建てられる方針もたかが知れている。


「率直に言おう、現状、上条当麻くんへの手の施しようはないね?
 今のところ僕らにできるのは、身体面で彼を健康に保つこと、それだけだね?」

「……でしょうね」


 神域の技術を持つ冥土帰しでも、原因がわからなければ手を拱くしかない。

 身体ではなく、精神でもなく―――まるで魂に罅でも入ったかのような、そんな症状。


 上条当麻がはたして本当に生きているのか、木山春生には断言できない。

 インデックッスの喉を視た時に感じたものと同種の、隔絶のイメージ。


 これは医家や科学者の領分ではない。

 木山春生はそう思わずにはいられない、これはあまりにも違いすぎるだろうと。



 だが、

 それでもなお、冥土帰しはそんな線引を認めない。





「手の施しようがないのは、あくまでも現時点での話だよ?
 今日は無理でも、明日はそうじゃないかもしれないね?」


 患者に必要なものは、全て用意する男。

 それが自前で用意できるものなら、もちろん彼は出し惜しむことなどしない。


 患者を助けたいという情熱

 最善を尽くし続ける覚悟

 向上を諦めない気概


 そんなものは、この胸にいくらだって積んである。

 医師を志してより今日まで、それらが尽きた事などない。


 そう、つい先程も。

 とある少年たちの覚悟に触れて、それをたっぷりと補充してきたところなのだから。





「ぼくもきみも、彼には借りがある。
 それに、あんな子どもたちがあれほどの意地を見せたんだ。
 ―――ああいう子たちが報われないなんて、ちょっと許せないんだね?」


 そう言って、冥土帰しはいたずらっぽく笑う。

 きみもそう思うだろう? とその目が言っている。

 そんな彼の振る舞いに、木山春生は思わず笑みを浮かべてしまった。


 そうだとも。

 借りっぱなしは、性に合わない。


 もう迷いはしない、。

 幻想の御手では掴めなかった未来を、今度こそはこの手で掴んでみせる。


「……言うまでもないでしょう。
 私だって大人で、教師だったこともある」


 我ながらダメな大人で、ダメな教師だが。

 それでも、ちょっとくらいはいいところを見せたいと思う。

 今更胸など張れないけれど、せめて次に合う時、きちんと逃げずにいられるくらいには。


「あの子たちは私が救うし、彼―――鋼盾掬彦への借りも、返して見せます。
 ただ、私一人では届きません、ですから……」


 あなたの敗因は、一人で戦ったことだと。

 あの日、木山は鋼盾に諭されていた。


 そう、万の能力者を繋げても。

 多才能力という強力無比な能力を得ても、届かなかった。


 あの日の木山春生は、届かなかった。


 だけど、次は間違えない。

 躊躇わない。


 この都市(まち)にも、正義はある。

 こんな私にも、手が差し伸べられている。


 木山春生はその手を掴む。

 強く強く握りしめて、静かな声で宣を発する。





「ですから、改めて―――冥土帰し。
 ……貴方の力を、私に貸して下さい」


 その力ある眼差しに、冥土帰しは微笑む。

 木山春生はあれで結構な炎の女だと、とある少年が言っていた。


 頑固で、向こう見ずで、諦めが悪い、負けず嫌い。

 あんな大事件をおこしてしまうような、一途な馬鹿。

 理知的で周到なくせに猪突猛進、危なっかしいったらない


 なるほど鋼盾の気持ちがわかる、と冥土帰しは内心でそう思う。

 こりゃ、ほっとけない―――いい意味でも、悪い意味でもだ。


 この難儀な女にも、幸せになってもらわねばならない。

 彼の少年も、それを望んでいるのだろう―――あんな心配そうな顔で、語るくらいだから。


「もちろんだよ?
 誰も彼もを掬い上げて、ハッピーエンドといきたいものだね?」

「ええ……そうですね。
 ―――ほんとうに、そうです」


 冥土帰しが理想を歌い、木山春生がそれに同意する。

 子どもたちを救うべく、大人たちの戦いが幕を開ける。







 この日、七月二十八日。

 復讐と贖罪のみに生きていた女が、初めて。

 自らの意志で、手を差し伸べることを選んだ。


 幻想の御手ではなく、彼女自身のその手でもって。

 木山春生が、手を伸ばす。





――――――――――
 




 ああ、忘れていた。

 もうひとつだ。


「……ところで、先生?」

「? なんだい?」


 もうひとつ。

 思わせぶりな伏線を、私はもうひとつ彼に仕掛けていたのだった。


 木山春生は冥土帰しに、とある質問を投げかける。

 ほんの数日前、木山春生が大敗を喫した相手についての質問だった。


「御坂美琴、彼女も先生が看てくれたのでしたね」

「そうだけど……それがどうかしたのかい?」

「いえ、彼女にも借りがあったな、と思い出してしまいまして」

 
 恩人といえば、彼女もだ。

 電池切れまで戦い抜いてくれたあの少女。

 気高く、誇り高く、凛とした―――あの雷姫にも借りがある。


 超電磁砲、御坂美琴。

 彼女もまた、この街の闇に食い物にされている。

 己はその事を知っている、知ってしまった。


 そして鋼盾掬彦という男は、そんな理不尽を許しはしない。

 初春飾利や、白井黒子もそうだろう。


 ヒントは既に渡してしまっている。

 遠からず、彼らはあの気狂いじみた実験の事を知るだろう。


 ならば……私はどうするべきか。

 そんな事、考えるまでもないことだった。


 



「“絶対能力進化実験”―――ご存知でしょうか、貴方なら」


 木山春生が、冥土帰しにそう問うた。

 医師は軽く目を瞠ると、諦めたように天を仰いだ。


「……噂程度には、ね……やれやれ、きみも大概だね?
 ――――その目、ヒーローの素質があるよ?」


 それはいつか、木山が鋼盾に言った台詞とよく似ていた。

 だから、木山は鋼盾が答えたように返す事にする。


「わたしには、そんなものはありませんよ」


 ヒーローではない。

 だけど、欲しい物がある。

 守りたいものがある。



 学園都市の闇は深い。

 既に多才能力も幻想御手もない己には、それを相手取る直接的な力はない。


 それでも。

 やれることがあると、信じている。

 私の武器は―――やはり、この脳味噌なのだから。






「……なにを考えているのか、聞かせてもらっていいかい?」


 冥土帰しが、そんな事を問う。

 それを受けて木山は、内緒ですよ、と笑って返した。


「……留置所で結構時間があったものですから、いろいろ考えましてね。
 もう“幻想御手”は使わない、無関係な人を巻き込まないと約束してしまいまして」


 だから、次の手段はどうしようか、考えていた。

 ヒントは、すぐそこに転がっていた。


「次は、“虚数学区”でいこうかな、と」


 多才能力の発現は、彼女に幾つもの重要な知見を与えていた。

 あらゆる実際に能力を使用し、AIM拡散力場を視認し、一万人の脳と繋がった。


 通常の研究者が一生かかっても得ることのできない、とびっきりの黄金体験。

 能力とはなにか、その根底にあるものに、彼女の爪先は微かに触れた。

 
 幻想御手

 幻想猛獣

 虚数学区

 五行機関


 そして

 その先
 

 



「……悪巧み、だねえ?
 なかなか楽しそうだ、必要な機材があったら言ってくれていいよ?」」

「感謝します。
 ……まずは“ヒューズ”ですね、私の身体を使えればいいのですが」


 「切り取るには」「核が必要」「繋げて」「重ねれば」「ヒューズ」

 ぶつぶつと物騒な台詞を口にする木山に、冥土帰しが呆れたように笑う。


「言っておくけど、まずは治療のほうが優先だからね?」

「それは、勿論です。
 ――――では、さっさとこの子から起こしてしまいましょうか」


 吹いたのは、法螺か。

 それとも息吹か。


 いずれにしても、木山春生は止まらない。

 物語は再び交差し、新たな筋書きを紡ぎ上げるだろう。

 

 だけど

 それはまた、別の話。




――――――――――

どうも>>1です
昨夜はすみません、ルーター様が機嫌を損ねてどうにもなりませんでした
そして気づいたら昼過ぎでした

新スレ一発目なのに締まらない話で申し訳無いです
こんなスレですが、よろしくお願い致します。

木山先生は俺の嫁。
能力と能力開発と能力による影響を完全に無視しちゃう能力って鋼盾らしいというか。
ある意味ダークマターそのものなんだな。
ひとつ言えるのは全然うれしくないww

>>38
うああ、書き方間違ったなこりゃ

「能力が発動しない能力者」という表記は

「能力が発現しないという能力、を持つ能力者」ではなく
「能力が発現していない、けれど能力者」という意味で使いました

わかりにくくてスマン、今回は特に推敲がたりんぜ
次回、ご期待のシーンがあるかもです

おまえら何処に隠れてたんよ!
新スレにも来いよ! マジか! あと運営空気読み過ぎィ!!
html依頼スレ、なんであの辺だけ飛ばすねんよ!!

どうも>>1です
ともあれコメント感謝です、ありがたやありがたや

さりとて残念ながら、20スレは無理、このスレで閉じる予定はかわりません
モチベ的にも、時間的にもアカンのです、次やるとしても他作品になるでしょう

ですが、応えないのは男が廃る
せっかくですので―――2~22巻、やってみましょうか

やりかたは、内緒
語り手も、内緒
ないしょというか、しょうもない

蛇足と人は笑うでしょうが、どうせ端役の悪あがき
端から地を這うムカデです、足が多少増えてもわかるまい

本編番外終わったあと、もうちょっとだけ>>1に付き合ってくれるかな?
付き合ってくれる人はゴルベーザさながら「いいですとも!」とでも書き込んどいて下さい




「……よう、コウやん」

「…………きくひこ」

「ああ、土御門くん、メールありがとう。
 インデックスも……遅くなって悪かったね」


 冥土帰しや月詠小萌との会話を終えた後。

 鋼盾が受付で会計を済ませるタイミングで、土御門から二通目のメールが届いた。


 今朝方届いていた一通目の内容は、インデックスを預っているという旨の連絡。

 そして二通目は、病院そばの公園で待っているという内容だ。


 今から病院を出ようという、そのタイミングきっちりのメール。

 もはや盗聴は確実である、なんか埋め込まれてるのかもしれない。


 正直、勘弁願いたい。

 なにが問題かって、そのことに危機感を覚えない己の慣れっぷりがダメ過ぎだった。


 




 正門を出て、歩くこと二分。

 メールの通り、病院に併設された公園に、鋼盾はふたりの姿を見つける。

 ベンチにも座らず木陰に佇むのは、土御門元春とインデックスだ。


 よく見知った顔、いつもどおりの彼ら。

 だが、男の方にはいつもと違うところが一点。

 ひとつ足りない、あるいは余計なものがひとつ減っていた。


「……で、サングラスはどうしたのさ」


 鋼盾が問う。

 土御門元春がトレードマークであるサングラスをしていない。

 それがどういうことか判らぬほど野暮ではないが―――まあ、誂ってやるのも悪くない。


 イケメンめ、忌々しい。

 色濃いレンズにその目を隠さず、まっすぐに目の前の少女に向かい合ったのだろう。
 
 胸ポケットからサングラスを取り出した土御門は、少しばかり決まり悪そうに笑った。
 

「おっと迂闊、忘れてたにゃー……装着ッ!」

「はいはいペルソナペルソナ……つけることないのに。
 ―――おつかれ、随分待たせちゃったよね」


 鋼盾が気絶してから、もう半日近くが経っている。

 随分と長い時間だった―――きっと、心配もかけてしまっただろう。

 そんな鋼盾の言葉に、土御門はゆるゆると頭を振る。


「気にするな、いろいろ話もできたしな。
 ―――なあ、インデックス」

「……うん、もとはる」


 笑いかける土御門に応えるインデックスの表情は、少しばかり複雑で。

 それでも、ちゃんと笑えていた―――七年ぶりの再会になるのだと、鋼盾は改めてそれを思う。






 土御門元春と、インデックス。

 かつて途切れたこの二人の物語は、しかしもう一度紡がれることになる。


 互いに複雑な立ち位置で、雁字搦め。

 幼い頃とは違う、彼らにとっての一番は、既に互いではない。

 
 それでも。

 全てが失われたわけでは、ない。


 ここからもう一度、始めることができるだろう。

 それは紛れもない救いであると、鋼盾は思う―――ハッピーエンドのための、第一歩だと。


 インデックスは、もうなにも失わない。

 だが、その物語を勝ち取った立役者はここにはいない。


 ヒーローの、不在。

 誰もがそれを感じ、しかし切り出すことを迷っていた。


 ならばそれは己の仕事だ、と。

 上条当麻の相棒役を任じる男が、その口を開いた。






「……ふたりは、上条くんの容態については?」

「ああ、聞いてる」

「そっか」


 そりゃそうだろうね、と鋼盾は小さく頷く。

 昨夜の顛末、奇跡の代償―――上条当麻の、昏倒。

 その事実がどれほどこの二人を傷つけたかなんて、考えるまでもないことだ。


 この二人は、きっと。

 鋼盾と上条を巻き込んだのは、それぞれ自分の責任だと思っているのだろう。


 それは事実で、しかしどうしようもなく見当違いだと鋼盾は思う。

 ぼくらは望んでその道を目指した、後悔なんてありえない。


「―――なあ、コウやん、オレは…… 「ストップ」


 土御門が、鉄錆の混じったような声を絞り出す。

 そのあとに続くのは謝罪か懺悔か――いずれにせよ、そういった類のものだろう。


 鋼盾は土御門の言葉に被せるようにして、その独白を切り裂いてゆく。。

 そんなものは、いらなかった。





「ストップだ――そういうのはさ、なしにしよう。
 シリアスモードのとこ悪いけどさ、ぶっちゃけ意味が無いよ、それ」


 意味が無い、と鋼盾は言う。

 後悔なんてする必要がないと、確信を胸にそんな事を言う。


「……どうせそのうち起きるよ、あの馬鹿は。
 ヒーローは遅れてきて、でも間に合う……困ったもんだね、正直」


 意識不明、目覚める気配のない、深い深い眠り。

 ぼくらは勝利し、しかし喪う―――だが取り返す、必ずだ。


 未来はぼくらの手の中にある。

 ハッピーエンドに、決まってる。


 鋼盾のそんな台詞に、土御門とインデックスは小さく笑った。

 目の前の男はどうしようもなく真剣で、ばかみたいにまっすぐだ。


 それに救われる。

 それに掬われる 。





「そうだな―――まったく、もうちょっと脇役のことも考えて欲しいもんだぜよ。
 カミやんめ……ヒロイン役をほっぽり出しやがって」

「まったく、ね」

「……ほんと、とうまはしょうがないかも」

「だにゃー……さてコウやん、んじゃ、本題だ」


 本題、と土御門は言う。

 彼がここにいるのは、それが理由であると。


 英国清教の魔術師。

 学園都市の、エージェント。


 世界の闇をゆく、蜘蛛の男。

 ……まあ、それだけでもないだろうけど、と鋼盾は笑う。


 とある少女の未来のために。

 無茶ばかりする友人たちのフォローのために。

 大事な大事な義妹の世界を守るために。


 土御門元春という男は、そう言う戦い方をする。

 難儀な事だ、頭が下がるったらない。


「了解、聞かせて」


 ならば己も、自分の役を。

 鋼盾はその身体を樹の幹に預け、目を閉じて土御門に先を促した。





「まずは、業務連絡からいかせてもらおうか。あの後だが、ステイルと神裂は英国に戻ったよ。
 ――イギリス清教は、とりあえず禁書目録について、様子見を決め込むことになった」

「……うん、ステイルから手紙で聞いてるよ」


 首輪は砕け、繰糸は切れた―――英国の思惑とは、違った形の結末だろう。

 こうなった以上、この先インデックスの記憶を奪うという方法は使えなくなるはずだ。

 やぶれかぶれ次なる刺客を送り込んでくるような展開にはならないようで、鋼盾としてはほっと一息だ。


 無論、油断は禁物だろう。

 しかしステイル、神裂、そして土御門が、内から外から抑えてくれるはずだ。


 ひとまず、猶予は得た。

 そのアドバンテージをもって、次に繋げねばならない。


 とは言え、相手が相手だ。

 一筋縄ではいかない、魔術師三人が揃ってそう言ったのだから相当である。


「それが、最大主教の判断だ。
 あの女狐、ひとつも躊躇わずに命を下しやがったよ。
 この状況すら自分の手のひらの上だと言わんばかりに、な」


 溜息混じりの声で、土御門がそんな事を言う。

 英国清教がトップ、最大主教・ローラ=スチュアート。


 禁書目録の実質的な所有者であるその女の影響力は、大きい。

 インデックスのみではない、神裂やステイル、土御門―――仲間たちはいずれも彼女の支配下にある。


 だが、インデックスの幸せを願うなら。

 いずれは、どうにかしなければならない相手だった。


 とはいえ、まだ足りないのも事実だね、と鋼盾は溜息をひとつ、零す。

 そう……今はまだ、足りない。





「怖いねえ――ブラック企業の社長さんは」

「……ほんとだぜい、なにが聖職者なんだかにゃー」

「まともな十字教徒さんに、いっぺんくらい会ってみたいもんだね」

「……ふーんだ」

「おっと、失言だったかシスターさん。
 ……まあ、様子見だっていうなら、見守ってもらおうかな」


 今は、掌の上でいい。

 思惑にだって、乗ってやる。


 だけど、そこで終わるつもりはない。

 そのためには―――まあ、目の前のことから片付けていこう。


「で? 具体的には、どうなるの?」

「ああ―――コウやんの役どころは、禁書目録の管理人。
 ……インデックスの身の振り方については、基本的にはこちらの判断で構わないとのことだ。
 そして、学園都市も基本は放置、不干渉でいくことになってる」

「そりゃ、願ったりだね」

「……信用はできないぞ」

「うん、そりゃそうだ。
 ―――英国も、学園都市もね」


 されど、これが大きな前進であることは疑いない。

 掴み取った平穏は謳歌する、あの子はこれからも日々を重ねる。


 それを、譲るつもりはない。

 あるわけがない。
 



「……清教との連絡役、並びにお前ら二人の監視役は、オレが務める」
 
「そいつも、願ったりだね」


 これ以上の適任はいないだろう、同時にどうしようもなく不適でもあるけれど。

 そんなきみだからいいんだ、と鋼盾は笑って土御門を見る。

 それを受けて、土御門は呆れたように笑みを浮かべた。


「―――ハ。そりゃどうかな、コウやん。
 オレの魔法名、ちゃんと覚えてんのか?」

「……その遣り取り、ついこないだやっただろうよ」


 多重スパイ、背中刺す刃、誰より誠実な嘘吐き。

 そんな彼はどうしたってバランサーにしかなれない。

 それを崩せるのは、基本的には舞夏だけ―――鋼盾でもインデックスでもない。


 とは言え、鋼盾はすでに土御門に全額張った身である。

 ならば、今更そんなことは考えない。


 それに。

 なんだかんだでこのグラサン野郎は、お節介の天邪鬼だから。


「言っとくけど、こき使うからね」


 どうせ、うまくやるに決まってる。

 というかやれ、うまいことやりやがれと、鋼盾は土御門にそんな念を送る。


「まったく、怖い怖い……お手柔らかに頼むぜよ」

「それは相手次第だね、つまりはきみのがんばり次第だ」

「そうかよ―――ホント、しんどい話ですたい」


 まったくだ、と鋼盾は心底から同意する。

 だけど―――まあ、ひとりじゃないから大丈夫だろう。


 それでは、景気づけに一発。

 鋼盾は土御門とインデックスを見遣ると、適当極まりない口調で言葉をひとつ。





「ぼくたちのたたかいはこれからだ。
 ……はい、リピート」

 鋼盾掬彦


「オレたちの戦いはこれからにゃー!」

 土御門元春


「にゃー!」

 インデックス



 公園に響くは、謎の猫語尾。

  まったくもって、締まらないにも程があった。




――――――――――





ここまで
能力についてまでいくつもりが、届きませんでしたね
次回は後半分ですので短くなりそうです、そのぶん早くに来たいところ

FFⅣのラストがどうなったのか、ぶっちゃけイマイチ思い出せません
こないだブックオフでFFⅧのアルティマニアが100円で売ってたのでつい買っちゃいました
やっぱりニーダ×シュウだと思います

では、また次回!

どうも>>1です、コメ感謝
俺、ガキの頃はゲームの攻略本作る人になりたかったんだ……

FFはⅩまでしかやってないです、おっちゃんもうついていけんねんよ
Ⅷのカードはハマリまくったクチです、ランダムハンド? それは許さへんよ?
ギルガメッシュのカードで聖戦の薬を精製しまくるとボスとかヌルゲーでしたね(ゲス顔)

今晩来ます
よろしければお付き合い下さい

舞ってる

Ⅶでチョコボレースしまくったのは俺だけですか……?

修学旅行の準備放り出して待ってるぜ…

斬鉄剣返しは凄かったよサイファーさん

>>88 舞わせた!
>>89 トウホウフハイを蹴散らすぜ! でもスノボーの方がハマった!
>>90 準備は大事やで!

では、行きますよ
そぉい!

――――――――――



 そうして。

 土御門元春が去り、公園には二人だけが残される。


 鋼盾がベンチに座ると、インデックスもそれに続いた。

 ベンチは三人がけ、二人で座ると一人分のスペースが空いてしまう。

 そこに座るべきが誰だったかなんて、言うまでもないことだった。


 いまここに、誰よりここにいるべき彼がいない。

 上条当麻が、いない。


 鋼盾掬彦と、インデックス。

 残された二人の間に、会話はない。

 無理に沈黙を埋める必要はない、今はただ、彼の不在を噛み締めていればいい。


 おそらくはこれから、何度も味わうであろうその空白。

 だけど、それは彼が自分たちの中で確固とした位置を占めていることの証左でもある。


 “俺たちは三人で三人だ、そうだろ?”

 その通りだと鋼盾は思う、だから早く帰ってきやがれってんだ、馬鹿野郎。




 それからまた、どれくらいの時間が経過しただろうか。

 五分か十分か、緩やかな一時であっても、時計の針は容赦なく進む。


 ふと横を見れば、インデックスがこくりこくりと船を漕いでいた。

 無理もないことだろう、いい陽気だし、意識を取り戻してから気を張り続けてきたのだから。

 ……いや、もしかしたら、いままでずっとそうだったのだろうか、と鋼盾は思い直す。


 一年近くに及ぶ、逃亡生活。

 生まれてからずっと、逃げ続けてきた少女。


 それにひとまず、こうして区切りをつけることができた。

 ここはゴールでなくスタートにすぎないことはわかっているが、それでも勝ち得た平穏だ。


 鋼盾はぼうと空を仰ぐ。

 連日のドタバタでどうしようもなく疲労は溜まっているし、気絶は寝た内に入るまい。


 夏の昼下がり、木陰のベンチ。

 街の喧騒は遠く、風も柔らかい。


 優しい木漏れ日。

 蝉の声。



 睡魔の誘惑。

 油断すればこのまま落ちてしまいそうで、正直それも悪くない。

 とは言え自分一人ではないから、流石に無用心か。


 鋼盾は視界の端に自動販売機を見つけると、眠気覚ましのコーヒーを買いに行く事にした。

 青汁コーヒーだののゲテモノ類は無視し、まっとうなコーヒーを購入する。

 インデックスの分はと少し迷ったが、目を覚ましてからでいいだろうと思い直す。


 ベンチへの道すがら、缶コーヒーのタブを開け、一気に呷る。

 思っていた以上に喉が乾いていたようで、冷えた甘みが心地よい。

 あっという間に飲み干してしまったが、お陰で眠気もいくらか減じた。


 それに、飲み終わったあとの空き缶に用がある

 ちょっとばかり、それで試してみたいことがあった。


 ベンチまでの距離、およそ五メートル。

 鋼盾は地面にコーヒーの空き缶を置く。


 缶蹴りでも始めようかというような、そんな光景。

 風は微風、外的要因がなければ倒れることはない。


 鋼盾は缶から数メートルほど離れ、改めてそれを見据えた。

 掌サイズのスチール缶。


 それが、的だ。




 右手を持ち上げ、太陽に透かすようにそれを見る。

 これまで何を成し遂げたわけでもない、不細工でつまらない右手だ。


 だが昨晩、上条当麻の右腕が最後に触れたのは、この右手だった。

 幻想殺しが最後に触れたのは、鋼盾掬彦だった。


 あの時。

 確かに聞いた、鎖の千切れる音。

 ひとつの幻想が、砕ける音。
 

 昨晩、鋼盾は倒れた。

 原因不明の眩暈と頭痛に苛まれ、無様に意識を手放した。


 その原因がなんだったかなんて、わかりきっている。

 予感はあった、それどころか予言すらあったのだからダメ押し過ぎる。





 拳を作り、また解く。

 目を閉じる、裡へと潜る、目を開ける、空き缶を見据える。


 標的までおよそ五メートル、手を伸ばしても届かない距離だ。

 それでも鋼盾はまっすぐに、右の掌を缶へと向けた。


 あの瞬間から、ずっと右手を基点に全身を“何か”が、形容のしがたいものが覆っている。

 それを感じるのは五感ではない、もうひとつかふたつずれたところにあるものだ。


 それは、昨日までの己では知覚出来なかったもの。

 あちらとこちらを分ける、脳味噌の変革。


 ああ

 おそらく、これは


 鋼盾は再度、目を閉じる。

 右手に蟠るそれに、ひとつ命じる。


 すると。








 こん







 硬く、小さな音が耳朶を打った。

 その音に鋼盾が目を開けると、倒れた空き缶がコロコロと転がっていた。。


 風が吹いたか? 否。

 小石やボールでも転がってきたか? 否。

 凄腕のスナイパーが? もちろん否。


 鋼盾掬彦がそれをやった。

 常人には有り得ぬその業を、この街では能力などと呼んだりする。

 数メートル先の空き缶を倒す程度の力など、この街では珍しくもなんともない。

 風を吹かせばいい、地を爆ぜればいい、不可視の指で触れればいい、缶にそう命じればいい。


 念動力(テレキネシス)、と第三者が見ればそう言うだろうか。

 手を触れずに物体を動かすことのできる、学園都市でもポピュラーな類の能力。

 鋼盾掬彦がやったのは、レベル1クラスの念動力だと―――つまらない能力だと。


 だが、それは違うと鋼盾は確信する。
 
 力は意図の通りに標的を直撃したが、この力の本来の役割はこれではないと直観的に識る。


 それは言うなれば“盾で小突く”という行為だった。

 わかる、いや、理解では余りに迂遠にすぎる、確信? いや、それでも足りない。


 そう。

 強いて言うのであれば、これは。






「ああ」

「そっか」

「悟るってこういうことか」






 自分だけの現実

 パーソナル・リアリティ


 かつて鋼盾掬彦を底のない絶望へと追いやったその単語。

 己の認識のままに世界をねじ曲げる、世界にひとつだけのヴィジョン。


 能力。

 どれほど手を伸ばしても、その片鱗すら掴むことの出来なかったもの。

 それが今、手の中にあった。


 無能力者であったのは、既に過去の事となる。

 鋼盾掬彦は、あの日望んだ能力者になった。


 そして、この能力は。

 ―――おそらく、まともなものではない。


 言葉にできるものではない、木山の台詞にも、今なら納得できる。

 念動力――否、既存の能力分類で括れるものではない。


 ならば、なんと呼ぶべきか?

 相応しい形容など、誰も知らない。


 だが、もしかしたら、ただひとつ、ただひとり。

 とある少年の右手に宿っていたものが、それに近かったのかも知れない。



 “だからこそ、ぼくは上条くんにその右手がぴったりだと思うよ。
  きみが力を欲したんじゃない、きっと力の方がきみを選んだんだと思う”


 かつて、鋼盾は上条の幻想殺しをそう評した。

 その言葉には嘘はない、人の身に余る埒外の能力を宿した彼は、しかし誰よりまっすぐだった。

 
 だから、きっと幻想殺しは上条当麻にこそ相応しい。

 ならば、この力は鋼盾掬彦に相応しいのか。


 力を得る者には、理由があるのか。

 資格があるから、力を得るのか。


 かつて是と言い切ったその問いに、今になって答えがでない。

 無意味な懊悩だと、頭ではわかっている――力の是非など、問うてはいられない。


 そんな余裕は、ない。

 己には力が必要で、その力は自身の裡にあるもので、ならば迷う必要なんてない。


 わかっている。

 わかっている。

 わかっているのに―――それでも、足が竦んだ。

 




 その疑問にきっと答えてくれたであろう親友は、不在。

 自己不信に惑う鋼盾の表情には、能力発現にあるべき高揚など欠片もない。


 かつて身も世もなく能力を求め、幻想御手なんて都市伝説にすら縋りついたというのに。

 ずっと手の届かなかった梯子にようやく上ることができたというのに。

 あの日望んだ場所に今、確かに立っていると言うのに。


 心を埋め尽くすのは寂寥と自責、憤懣、苛立ち、不安。

 なにより慚愧。


 間に合わなかったヒーローなんて、滑稽至極。

 馬鹿みたいだと心底思う、はっきりいって間抜けに過ぎる。


 そもそも、こんなことを考えている事自体が的外れ。

 たらればたられば、弱者の思考だ、反吐が出る。


 木山春生の予言は、成った。


 わかっていたことだった。

 わかっていて、それでも選んだ。




 そして、これからも戦いは続く。

 鋼盾掬彦はどうしても、それに勝たなくてはいけない。


 先の戦いには間に合わなかった盾が、今は手の内にある。

 得体の知れぬこの力は、きっとどうしたって分不相応。


 御しきれるかなんて、わからない。

 自信なんて、あるわけがない。

 もしかしたら、誰かを不幸にするかもしれない。
 

 だけど、それでも。

 成さねばならぬ、役がある。

 望む結末を目指すために、果たさねばいけない事がある。


 ステイルに、神裂に、土御門に。

 上条に、インデックスに、舞夏に。

 木山に、美琴に、初春に、黒子に、黄泉川に。

 そして小萌に。


 鋼盾掬彦は、これまでそれを押し付けてきた。

 彼らは、それを十全に果たしてくれた。


 だから、ここで逃げるなんてできるはずがない、するわけがない。


 脇役にだって、意地がある。

 端役にだって、守りたいものがる。


 鋼盾は隣に座る少女の寝顔を見遣る。

 この短い休息を終えれば、また次の戦いに赴く事になる。

 彼女は強いから、きっと前に進むことを諦めない。


 ここから、インデックスは新しい未来を歩むのだ。

 かつて彼女の命日だった今日この日は、今や彼女の誕生日になった。


 未踏を往く少女と共に歩むと決めたなら。

 詰まらぬ荷物は、ここにおいてゆくことにしよう。



 これが、最後の弱音だから

 お願いです、どうか、誰も聞かないでいて






 孵らぬ筈の卵が孵り、異形の雛が世界を詰る

 生まれ落ちたこの世の残酷を、嘆くように、恨むように


 血を吐くように
 
 錆を削ぐように



「―――――――――」



 吐露、溢れるそれはまとまらぬままに、小さく空気を震わせた

 とある少年最後の弱音は、彼が願ったとおりに誰にも聞かれることもなく


 一陣の夏風に吹かれ、煙のようにほどけて消えた

 



 七月二十八日

 インデックスの命日に、インデックスの誕生日に

 上条当麻が、倒れ伏したその日に


 能力者・鋼盾掬彦が生まれた

 無能力者だった鋼盾掬彦が、死んだ




――――――――



 ここまで!

 とういうわけで能力発動編でした、とはいえちょっとだけですが!
 いろいろ秘密というか、構想はあるんだけど多分書けないぜ! ひゃっはー!
 例のあの人が最後にちょっぴり説明してくれるかもです

 多分予想してた人もいるであろう、“幻想殺し”の譲渡という展開も案としてはあったのですが
 それは流石にちょっとアカンなあと思いました、しなくてよかったと思います




 鋼盾「掬い投げでなんとかできる能力かあ」にしちゃおうかと思ったのは秘密だ!
 安易なパクリ、ダメゼッタイ!

 日付変わっちまった!
 んでは、皆様よい週末を!


おつ!!

4:30から出張だけど粘ってよかったぜ!

そーかー鋼盾の能力はキャプテンアメリカかー
違うかもしれないけど個人的にしっくりきたので俺の中ではこれでww

幻想殺しの伝染はやっぱ候補にあったのか
あの流れだとそっちの方向に行くのかなと思ってたけどボツったのね

浜面禁書が落ちちゃったようで残念無念
長編本編再構成はホンマ修羅の道やでえ……!

どうも>>1です、コメ感謝
>>90>>107がちゃんと修学旅行や出張にいけたのか、それだけが心配ですぜ

>>112 鋼盾がキャプテン・アメリカのようになれるかは、黄泉川先生の修行次第でしょう
    “黄泉川流盾術”をマスターした武闘派キャプテン鋼盾くんにご期待あれ(適当)

>>113 完全にボツにしたわけではなかったりしますが多分書けないのでボツということに!

次回は月火くらいになんとか
ラスト2話、今月中に最終話まで漕ぎ着けたいところです

なぜageたし
すまん



ピッチピチの星条旗カラー全身タイツに身を包む愛国ヒーローコウやんか…

>長編本編再構成はホンマ修羅の道やでえ……!
ほんとこれ
昨年末から手元でこそこそ再構成書いてみてるが本当に書いても書いても全然終わりが見えないww
ちゃんとインデックスを救うとこまで書いた>>1はマジで尊敬する

>>118 なんでや! そこは日章旗やろ! 鋼削コンビやろ!
コウやんの能力は、最終的には「防御特化の削板軍覇」になります(超適当)

》116 修学旅行沖縄か、ええね
首里城国際通り戦争講話ひめゆりカヤック美ら海スキューバ泡盛、学び楽しんできて下さい

ガマ見学は一度体験しとくといい
腐臭糞臭立ち込める狭く湿った真暗闇で飢えと乾きに心身を削る恐怖体験なんて、味わいたくないものですね

なんか書き進んだので、夕方くらいまでに投下に来ます
それでは、またあとで

削板「すごいパーンチ!」
鋼盾「すごいシールド!」

>>119 俺、もうずっと長いこと愛知さんのスレ立てを待ってるんだぜ!
>>121 あ、大覇星祭棒倒し決勝が、たぶんそんな感じです(適当)

それでは、ようやくあの子が登場だ、俺の嫁!
参ります!


そぉい!





――――――――――



 用の済んだ空き缶を、ゴミ箱に捨てる。

 その行為に、鋼盾はぼんやりと十日前の事を思い出す。


 インデックスの眠るベンチへと歩きながら、鋼盾は記憶を捲ってゆく。

 あの時も己は、今と同じ銘柄の缶コーヒーを飲んでいた、上条と二人でだ。


 連続虚空爆破事件、幻想御手を使用した量子変速能力者の凶行。

 上条と鋼盾が道に迷った女の子・硲舎佳茄に乞われ、セブンスミストへ行った際に巻き込まれた事件だ。

 御坂美琴、そして初春飾利と出会ったのも、その時だったか。


 鳴り響いた緊急放送、避難勧告。

 コーヒーの空き缶をゴミ箱に放り、鋼盾は前を走る上条を追いかけた。

 結果、上条の右手が爆発を遮り、犯人は美琴が取り押さえた。

 なにもできなかった己に、ちょっとだけ沈んだりもした。




 それが、今から十日前の事になる。

 あれからまだ十日しか経っていないなんて、ちょっと信じられない。


 学校の終業式、皆で記念写真を撮って夜まで騒いだのが九日前。

 インデックスが落ちてきて、幻想御手取引で騙され、佐天と黒子に救われ、ステイルと出会ったのが八日前。

 小萌の家で上条とインデックスに再会し、夜の公園で月に見惚れたのが七日前。

 黒子と初春、そして美琴と風紀委員の詰所でお茶を飲んだのが六日前。

 木山と出会い、神裂と対峙し、上条が倒れ、土御門に真実を告げられたのが五日前。

 幻想御手事件が解決し、木山春生が予言を行い、冥土帰しと出会ったのが四日前。

 雲川に励まされ、ステイルと神裂に喧嘩を売ったのが三日前。

 彼らを味方に引き込み、皆で食卓を囲んだのが二日前。

 絶望の予言に怯えつつ、それでも決意を固めたのが一日前。


 そして、この十日間のどれより波瀾万丈な、今日この日。

 まだ半分しか終わっておらず、やらなければいけないことなんていくらでもある。
 

 あらためて、ひどいスケジュールだった。

 これほど密度の濃い十日間は、きっとこの先一生無いだろう。


 沢山の人と出会い、別れた。

 初めて恋をして、やっぱり振られた。

 生まれて初めて、負けられない戦いに挑んだ。

 
 この日々で何を得て、何を喪ったのか。

 それは、今の自分にはわからない。


 それでも、守り通せたものは、確かにある。

 鋼盾はベンチに座ると、眠る少女の顔を眺めてひとつ笑う。


 報酬は、彼女の笑顔。

 少なくとも、それを曇らすことはしまい、と。






 空を仰げば陽はほぼ真上、じきに、正午になる。

 昼食は外食で済ませてしまおうか、とそんな事を考える鋼盾に、横合いから声がかけられた。

 
「……鋼盾?」


 己の名を呼ぶ、女性の声。

 聞き覚えのあるその声に、鋼盾はそちらを見る。

 そこにいたのはやはり、見覚えのある顔だった。


「……あれ、吹寄さん」


 クラスメイトの吹寄制理、終業式以来の再会である。

 あの集合写真と、そのあとのカラオケファミレスどんちゃん騒ぎを思い出す。

 鉄の女と呼ばれる彼女が、しっとりとしたラブソングで聴衆を魅了したのが印象的だった。

 ついこの間のことなのに、なんだか随分と久しぶりのような気がしてしまう。


 吹寄の髪型は涼しげなポニーテイル。

 グレーのポロシャツに七分丈のジーンズにサンダルという、シンプルな出で立ちながらなんともビシッと決まっている。

 まったく美人というのは何を着ても美人なのだからとんでもない。

 派手でも美人、地味でも美人、どうしたって美人だ。


 同じくポロシャツにジーンズ姿という自分の服装を見て、少し笑う。

 不細工は何を着ても風采が上がらないなあと同じような結論を出してみる。


 まあ、今更ではある。

 いつだって配られたカードで勝負するしかないのだ、くそったれ。






「ああ、やっぱり鋼盾か。奇遇ね、なんか一瞬判らなかったわよ。
 ―――こんなところで……って、デートかしら?」


 ベンチで横になっているインデックスを見下ろしながら、吹寄は測るように問いかける。

 無理もない。鋼盾掬彦と美少女という取り合わせは意外に過ぎることだろう。

 
 もちろん、デートではない。

 その役を果たすべき男は、今も眠りについたままだ。


 上条当麻の、昏倒。

 それを、クラスメイト達にどんな形で伝えるべきだろうか。

 鋼盾は一瞬逡巡するも、とりあえずこの場ではそれを告げぬ事に決めた。


「……ちょっと知り合いが入院しててね、そのお見舞いの帰り」

「そ、感心ね」


 吹寄もそれほど興味はなかったようで、それ以上聞いてくるでもなかった。

 ……いや、どうやら他のことに関心が向いているようだ。

 彼女の目線は傍らに眠る銀髪の修道女と鋼盾を、興味深そうに行き来している。

 その目が放つ無言の追求オーラに、鋼盾は素直に口を割ることにした。






「はいはい、紹介するよ―――――この子はインデックス、ぼくのともだちだ。
 ちょっと昨夜いろいろあってね、悪いけど、寝かせといてあげて」

「インデックスって……それ、本名なの? ……まあいいわ。
 ――それより鋼盾? どこでこんな可愛い子を引っ掛けてきたのかしら?」


 誂うように微笑む吹寄制理、楽しそうで何よりである。

 基本的に馬鹿な三馬鹿が馬鹿をしなければ、意外と女子女子しているひとなのだ、ホントに。

 とは言え、妙な誤解は避けるが吉、やましいところはありませんですサー。


「人聞きの悪い……上条くんのところに落ちてきたのさ」


 これがガチでマジなのだから、正直おかしい。

 どこのラピタだ、親方もびっくりである。ゴリアテ級だ、超ゴ級だ。

 だけど、それをかますのが上条当麻という男で、クラスの皆もそれを知っている。

 吹寄制理も、もちろんそれを知っている。


「………その説明で納得しちゃう自分が腹立たしいわ。
 はいはい、どうせ波乱万丈荒唐無稽の物語を乗り越えてきたんでしょ」

「はは……そうだね、その通りだよ」


 実際、波乱万丈で荒唐無稽だった。

 吹寄が思っているよりもずっと、それは途方もなくファンタジーでうんざりするほどメルヘンで。

 どうしようもなく、まっすぐなボーイ・ミーツ・ガール。


 とある魔術の禁書目録。

 さしずめ第一巻といったところだろうか、何巻まで続くのかしらないが。





「で、その上条は? 一緒ってわけじゃないのかしら?」

「……ん、今はちょっと休んでる」


 それは目覚める気配のない、深い深い眠り。

 だが、必ず帰ってくると彼は言った――夏休みが終わるまでに帰ってきてくれればいいのだが。


「まったく、夏休みだからってダラケ過ぎてんじゃないわよあのバカ。
 貴様、隣人なんだからしっかり見張っておきなさい」

「はは、了解」

「……まあ、どうせまた誰かのために走り回ってたんでしょうよ。
 ―――――あのバカは、そういうバカだから」


 吹寄制理が溜息混じりに、そんな台詞を言う。

 公平なひとなのだ、他者の短所だけでなく、長所にだって目を向ける。

 だからこそ、彼女はクラスでも高い人望を集めているのだろう。


「そうだね、そのとおりだよ。
 ……吹寄さんは? 随分大荷物だけど」


 鋼盾は、視線を吹寄の手元に向けて、問う。

 肩から下げたトートバッグの他に、手には重そうな紙袋を提げている。

 パンパンに詰まったその袋からは、なにやら紙束のようなものがはみ出していた。

 ああ、と吹寄はひょいと紙袋を持ち上げる、軽々である、ストロングである。


「あたしは大覇星祭のミーティングの帰りよ。
 やっとタイムスケジュールの敲き台が出揃ったのよね。
 個別の競技についても詰めてかなきゃで、いろいろ忙しいのよ」

「……おつかれさま、大変そうだね」

「まったく、ね」


 三学区に跨る四校合同借り物競争なんて、どこの馬鹿が考えたんだか、などと口中で呟く吹寄。

 はみ出たプリントの束はそのルールブックらしく、蛍光マーカーでラインが引かれ、細かな書き込みも見られる。

 おつかれの吹寄をあまり引き止めるのも悪いかな、と鋼盾が思った瞬間、背後から声が響いた。





「……だいはせいさい?」

「―――あら」

「おはよう、インデックス」


 どうやら、眠り姫を起こしてしまったらしい。

 インデックスは眠気を払うように頭を振ると、己を覗きこむ吹寄に気づき、目をパチクリさせる。

 視線を彷徨わせすぐに鋼盾をみつけて、ふにゃりと笑う。


「……ん、おはよ、きくひこ。
 ごめん……寝ちゃってたんだよ――ええと、そっちの人はだれなのかな?」

「起こしちゃったわね―――インデックスさん、だったかしら?」

「ん、紹介する。
 インデックス――こちらは吹寄制理さん、ぼくや上条くんのクラスメイトだ」


 混乱が過ぎれば、もともと人見知りをしないインデックスだ。

 興味津々、輝かんばかりの笑顔で吹寄へと笑いかける。


「―――せいり。うん、よろしくなんだよ!」

「ふふ、よろしくね」


 対する吹寄の表情も穏やかで、優しげだ。

 どうみても年下の女の子に話しかけるお姉さんである、姉と妹だ、微笑ましい。

 いろいろな意味で、とても同い年にはみえない。

 まあ、みんなちがってみんないいのである。金子先生もそういっていた。





「それできくひこ、だいはせいさいって?」

「ん、大覇星祭っていうのは、この街のお祭りだよインデックス。
 運動会は解るかな? あれをここの学生みんなでやるんだ」


 大覇星祭。

 学園都市の全学校合同で行われる、七日間に渡る大運動会。


 普段は固く門戸を閉ざした学園都市にも、この時ばかりは外部の人間が入ってくる。

 テレビで世界中に配信される、オリンピックも霞む一大イベントだ。


 ヒーローショーより荒唐無稽。

 ビックリ人間大爆発。


 鋼盾にとってはあまりいい思い出のないイベントだが、それも中学時代の話。

 クラスのみんなで参加すれば、きっと楽しいだろう。

 好奇心旺盛なインデックスにとっても、面白いイベントになるに違いない。



 そして。

 そんなイベントを成功させるべく、裏方を務める人たちがいる。


「この吹寄さんはねインデックス、そのお祭りを取り仕切るリーダーなんだよ」

「ふおお! すごいんだね、せいり!!」

「ちょっと鋼盾! リーダーはないでしょ!
 あたしは一委員に過ぎないっての!」


 インデックスの素直すぎる賞賛の眼差しに、慌てて否定する吹寄制理。

 顔が真っ赤だ、かわいらしい。


 大覇星祭の運営は都市の上層部や教師たち、イベントのプロによって行われる。

 だが、それでも運営委員の学生たちに割り振られる仕事量は膨大だという。

 それこそ夏休みをまるごと費やしての準備となるようだが、吹寄の表情は明るく、覇気に満ちている。


 かっこいいね、と鋼盾は思う。

 正しい青春の燃やし方だ、肖りたい。


「まったく、からかって。
 …………でも、そうね、大船に乗ったつもりでいなさい。
 全部まとめてあたしたちが面倒見てあげるわよ」

「うん、期待してる」

「わたしも期待してるんだよ!」
 

 すべての運営委員に名を連ねる女、吹寄制理。

 彼女は今日も、まっすぐ理想に燃えている。





 ああ、大覇星祭で思い出した、と鋼盾はひとりごちる。

 吹寄に伝えねばならないことがあった。


「……ねえ、吹寄さん。
 夏休み前に言ってたアレ、覚えてる?」

「……? 何のコトよ?
 それだけじゃ判らないわよ」


 確かに、唐突に過ぎたかと鋼盾は反省する。

 彼にとっては少し印象に残っていた会話だったから、つい前置きを飛ばしてしまった。


「あれだよ、あれ。
 一端覧祭の男手が足りない、手伝いなさい、ってヤツ」


 大覇星祭が体育祭なら、一端覧祭は文化祭。

 こちらもまた、学園都市中を巻き込んだ大規模素敵イベントである。


「ああ、あったわねそんなこと。足りないわよ実際。
 それがどうかしたのかしら? ……もしかして、入る気になったの? 歓迎するわよ」


 一年七組の教室での運営委員勧誘劇。
 
 上条と土御門と青髪と吹寄と自分、昼休みに五人で馬鹿な話に興じたことがあった。


 あの、ありふれた一時。

 なんでもない、ぼくらの学校生活。

 そして思い出すのは、修了式の日に黒板に書いたメッセージ。


 “皆でそろって、二学期を迎えられますように”


 上条当麻の昏倒は長期に及ぶ可能性があると、冥土帰しは言っていた。

 長期というのがどれくらいなのか、医師は答えてはくれなかった。


 鋼盾が黒板に記したその願いは、もしかしたら叶わないのかもしれない。

 土御門や青髪と四人で遊びに行く計画も、結局建てられなかった。


 だけど、それでも彼は絶対に帰ってくると信じている。

 いつか、あの楽しかった日々をきっと取り戻そう。

 そこにインデックスを加えて、きっと。


 そのためになら

 ぼくは、なんだってできるから


 



「ん、実は立候補してみようかなってこっそり思ってたんだけど、さ。
 ……他に、やりたいことができちゃったんだ―――だからごめん、運営委員の件、力になれそうにないや」

「……そう、残念。
 でも、興味をもってくれたのは嬉しいわ」

「手が空いてる時は手伝うよ、他の連中も巻き込んでね」

「ありがと、助かる。
 ……でも、こう言っちゃなんだけど……意外ね、鋼盾がそんな事考えてたなんて」

「そうかな」

「そうよ」


 そう、意外な言葉だと吹寄は思う。

 立候補してみようかと思っていたということも、他にやりたいことができたということも。


 鋼盾掬彦は“そういったこと”にどこか一線を引いてる――それが、吹寄制理の印象だった。

 かつて四月に小萌先生が半泣きで、己を卑下した鋼盾に説教した一件もある。


 色濃いコンプレックス、自己不信。

 自縄自縛のぐるぐる堂々巡り。


 入学当初より随分と明るくなったし、よく笑うようになったが、それでも。

 目の前の少年の根底には、ずっとそういうものがこびり付いていた。


 その女々しさがじれったくて、もどかしくて

 苛立たしくも情けなく、どうしようもなく腹立たしくて

 ……何より、やっぱり心配で。



 それは、まるで

 かつての己を見ているかのようで





 奇妙な安定感のあるデルタフォースの三馬鹿相手には、感じない類の不安。

 危うい、とそう思っていた、どうしたって心配だった。

 運営委員に誘ってみたのも、難儀な彼をどうにかしたいと思ったというのもが理由の一だ。


 時間割(カリキュラム)の中に入れば、自分はどうしたって劣等生。

 だけど、そんな枠組みだけであたしたちを語らせたりなんか、しない。


 天上を目指すのは、誰かに任せよう。

 憧れないとは言わないが、ぶっちゃけそんなに興味はない。

 星など掴めなくたっていい、手に届く所に果実は生っている。

 鈴生りいっぱい採り放題、なんだかんだで世界は豊穣だ。


 通知表の一項目に振り回されてもしょうがない。

 無能力者の檻に囚われる必要なんて、ない

 才能なんてなくても、この街を楽しめる、自分を肯定できる、成長できる。
 

 それを、知って欲しかった。

 教えてあげたかった。

 だけど、どうやら余計なお世話だったのかもしれない。


 鋼盾掬彦。

 縮こまっていた我らが友人は、今やしっかり前を向いている。

 なにやら吹っ切った顔をして、“やりたいことができた”である。

 心なしか背筋も伸びて、なんだか“男子三日逢わざれば云々”とでも言いたくなるような変貌だ。


 吹寄制理は笑う。

 いつか、デルタの三馬鹿とそんな話をしたこともあっただろうか。

 上条当麻? どうやらあたしたちの予想は的中みたいよ?
 





「やりたいこと、か……。
 ―――ちなみに、教えてはもらえないのかしら?」

「……ん、ちょっと内緒かな」


 恥ずかしいからね、と小さく笑う鋼盾。

 となりの美少女絡みだろうかと彼女は勘繰る、男が変わるきっかけとしてはよくある話だ。

 いや、それは問うまい、吹寄制理は野暮な女ではないのだ。

 どういう風の吹き回しかは判らないが、まあ、なかなか喜ばしい変化だろう。


 デルタフォースのプラスワン

 我がクラスの誇る調停の盾が、己のためにそれを振るうのだ。


 ならば、ここで吹寄制理が言うことはひとつだけ。

 やりたいことが、あるというのなら。





「―――がんばりなさい、鋼盾掬彦」

「……うん、ありがとう、がんばるよ」


 言葉少なく、二人はそんな遣り取りをした。

 衒いのない鋼盾の笑顔に、吹寄の顔も綻んだ。

 そんなふたりを見て、インデックスも笑顔になった。



―――――――――





ここまで!
序盤の伏線、吹寄さんのちょっと意味有りげな台詞なんてもうだれも覚えてねえよ!
ようやく4スレ目のスレタイが回収できました、やったねせいりん!

無能力者、吹寄制理
鋼盾がずっと抱えていた煩悶なんて、彼女はとっくに乗り越えていたという話です

スレ立て当初思い描いていたストーリーでは、鋼盾はここで運営委員に立候補する予定でした
能力に目覚めず無能力者のままで、記憶を喪った上条さんを人知れず支える、そんな立ち位置です

無能力者の少年が、いろいろあって自分肯定し、笑う
鋼の盾にはなれなくても、ぼくはここにいていいんだ! おめでとう!
そんなこじんまりしたストーリーだったはずなのに、どうしてこうなった……!


そんなわけで当初の予定とはひっくり返りましたが、それでも根底は同じ
ずっと書きたかった場面ですので、書けて嬉しいです

そんなわけで、次回がラストになります
もちろんラストは、イマイチここまで目立たない彼女のターン!

最後までどうか、よろしくお願い致します

出張と休日出勤コースのため、次回更新は来週の頭~半ばくらいになりそうな予感!
まったく社会人は地獄だぜい

鋼盾くんの能力はぶっちゃけあんまり考えてないのですが、守るべき者がいるほどに強くなる的なあれでいいんじゃね(適当)
多分旧約ラストでベツレヘムの星を単身盾で受け止め、南極海に消えることになるでしょう(黙祷)

では、じきにラストです
最後までよろしくお願い致します

どうも>>1です
なんとも忙しいのと、やたら気合が入ってしまって遅れ気味ですまんですな

明日の夜、最終回を投下します
5スレに及んだ鋼盾掬彦の物語も、次回でラストです

気づけば一年半でござる
当初から併走してくれた方も、追いついてくれた方も
よろしければどうか最後まで、お付き合いいただければと思います

んじゃ、最後の仕上げに取り掛かりますよって
明日、またここにきてくれると嬉しいな!

どうも>>1です
コメント感謝ですぜ

んでは、最終話の投下と参ります
よろしくです



そぉい!


――――――――――




「……きくひこのやりたいことって、なんなのかな?」

「託されちゃってね――しばらく上条くんの代わりをやろうかと思ってる」

「……そっか」


 去りゆく吹寄を見送り、ふたたび彼らはふたりきり。

 ふたりになると浮かび上がる一人分の空白は、彼が帰るまではきっと埋まらない。


 だけど、ただ幼子のように上条の帰りを待ち続けるわけにもいかない。

 英国清教、学園都市、禁書目録を狙う数多の魔術師たち。


 山積みの課題を、ひとつづつ潰してゆかねばならない。

 上条当麻と鋼盾掬彦でやるはずだった、それらのタスク。


 しかし上条はまだ戻らない。

 倒れる際に鋼盾に諸々を託し、今も眠りに就いたままだ。


 ヒーローは不在。

 ならば、その代役が必要になってくる。


 きっと彼のようにはなれないけれど。

 それでも、受け取ったバトンを手放すことなどできるはずもない。


 ひとりなら、押し潰されてしまっただろう。

 だけど己は、ひとりではない。


 仲間がいる。

 だから、大丈夫。


 鋼盾は隣に座る少女に笑いかける。

 それを受けた少女は、少しだけ迷ったような顔をして、こんな事を言った。





「……きくひこ、わたしの魔法名って覚えてるかな?」

「“Dedicatus545”……だよね?」


 随分と唐突な事を聞くものだと思う鋼盾だったが、もちろん諳んじてはいる。

 忘れられるわけがない、いつしか刻み込まれてしまっていた。


 魔法名。

 それは、魂の名前だという。
 

 ステイル=マグヌスであれば“Fortis931”

 神裂火織であれば“Salvere000”

 土御門元春であれば“Fallere825”


 最強の防人、救済の聖人、誠実な嘘吐き。

 彼らはあの戦場で、その名に相応しく振る舞ってくれた、貫いてくれた。

 そしてこれからも、そう在り続けてくれるだろう。


 あの三人からその誓言を引き出すことができたという事実は、鋼盾の誇りだ。

 鋼盾掬彦がこの戦いで為した一番意味のあることは、きっとそれだった。


 そして。

 目の前の少女にも、そんな名前がある。

 出会ったその日、非日常に惑うばかりだった自分たちは、それを聞いている。






「……そう、Dedicatus545。
 記憶を喪ったわたしのなかに、それでもずっと在り続けた魔法名」


 曰く、献身的な仔羊は強者の知識を守る。

 それは禁書目録の番人、魔道図書館の司書にはきっと相応しい名前なのだろう。


 この世すべての呪いを煮込んだような地獄の釜。

 煮え滾るソレを背負う存在は、たしかに献身の聖女と呼ばれてしかるべきだと鋼盾も思う。


「“献身的な仔羊は強者の知識を守る”。
 それが自分の本質だと、わたしはこの一年、疑うことすらしなかったんだよ。
 神様を、自分がイギリス清教の禁書目録であることを疑わなかったように、ずっと」


 インデックスはベンチからすいと立ち上がり、鋼盾に背を向けたまま語る。

 記憶を喪った彼女が持っていたものは、信仰と、歩く教会と、十万三千冊の魔導書。

 そして、Dedicatus545という魔法名だけだったと。


 それは、きっと。

 彼女にとっては、大切なものだったに違いない。

 無明の暗闇を照らす松明にも似た、唯一の指針だったのかもしれない。


 だけど。

 鋼盾掬彦はかつて、その魔法名を否定したことがある。





「……きくひこは言ったよね、その魔法名はわたしのものじゃないって。
 わたしが―――自分のものじゃない魔法名に縛られているのが嫌だって」

「ああ、そう言った。
 ―――気に入らないよ、今でもね」


 そう、今でもそれは変わらない。

 かつて鋼盾はインデックスの宿命に反発し、その魔法名に噛み付いた。

 我ながら身勝手にも程があるとは思いつつ、口から溢れるのは今もやはり、否定。


「なにが献身の仔羊だ、体のいい生贄じゃないか。
 ―――それは、もう七年前に死んだ女の子のものだ、きみのじゃない」


 それは、きみの名前ではない。

 そんなものに囚われてくれるなと、鋼盾はずっとそう思っていた。


 押し付けられた献身なんて、許せるものか。

 きみは選んでいない、そんな理不尽をきみが背負うことはないと、ずっと。


「……たぶん、きくひこのいうとおりなんだよ
 その宣誓に込められた意味も祈りも覚悟も、わたしは理解していないのかも」


 そんな鋼盾の言葉を、インデックスは抱きしめるように受け止める。

 禁書目録でなくていい、犠牲の羊でなくていいと、彼は、彼らはずっと、そう言ってくれていた。


 その、あまりにもまっすぐな想いに、涙が出そうになる。

 禁書目録ではない自分を認めてくれる人がいるなんて、思ってもみなかったから。






「でも、その言葉――献身という言葉は。
 空っぽだったわたしにとっては……どうしようもなく魅力的だったんだよ」

「……それが魅力的に響いたのは、きみがそれだけ奪われていたって事だろ」


 苛立ちと哀悼と溜息を混ぜたような声で、鋼盾は言う。

 目の前の少女は、既に本名すら奪われている……魔法名どころの話ではない。

 彼女が自称し、彼らが呼ぶインデックスという愛称も、もとを質せば備品名に過ぎない。


 きみのそれは無意味な執着だと、少年は断じる。

 その言葉にインデックスは頷き、しかし否定した。


「それは、そう。
 でも……わたしは、わたし以外のひとに、これを背負わせたくなんて、ない」


 禁書目録、十万三千冊の魔道書。

 己がその任を拒めば、他の誰かがそれを背負う事になる。

 それは嫌だと、インデックスは微笑む。


「――その感情が、英国に都合のいいように操作されたものだとしても?」

「そうだとしても、かわらない。これは、わたしのなんだよ。
 わたしは禁書目録、その事実は、否定できるものじゃないから」


 その台詞に嘘はなく、静謐な覚悟に満ちていた。

 鋼盾は重たげに息を吐くと、諦めるように頷いた。


「……そうだろうね、わかってた」
 
「わたしも、きくひこがわかってるって、わかってたかも」

「わかってたけど、やっぱり気に入らないね」

「もちろんそれも、わかってたかも」


 結局は、そこに落ち着く。

 そんな在り方を選んでそれでも笑う彼女だから、ぼくらは惹かれたのだと。


 インデックスは、禁書目録だ。

 そんなことはわかっている、ずっと前からわかっていた。


 わかっていても、鋼盾はそれを悲しいと思う。

 詮無きことと理性は語れど、納得できよう筈もない。


 それでも、これ以上は彼女を無駄に傷つけるだけだと、鋼盾は話を切り上げようとする。

 だが、目の前の少女は、思いがけず言葉を継いだ。






「……だけど、きくひこ?
 今のわたしは、それだけにとらわれてるわけじゃないんだよ?」


 それだけではない、と彼女は言う。

 この身に宿っているのは、押し付けられた使命感や借り物の誓いだけではないと言う。


「わたしの中で、献身という言葉はその意味を変えちゃったんだよ。
 ―――誰よりその言葉を体現するひとたちに、この街で出会えたから」


 くるりと、インデックスが身を翻し、鋼盾に向かい合う。

 誰のことかわかるよね? とその目が笑っている。


「我が身を擲って他人のために拳を振るうとうまに、
 己が傷つくことを躊躇わずに盾たらんとするあなたに、きくひこに」


 怯えて惑う孤独な少女に、差し伸べられる手があった。

 理不尽な魔術の使い手に、挑んでくれたひとたちがいた。


 どこにでもいそうな少年たちが、示してくれた真の献身。

 神も信仰もないこの街で起こった、それは彼女の人生で一番の奇跡。


「救われたの―――だれよりも献身という言葉を体現する、ふたりに。
 きくひこと、とうまに―――大好きな、あなたたちに」


 ストレートにぶつけられる、想い。

 直向な眼差しは暴力的ですらある、心臓を掴まれたかのような圧迫感を鋼盾は感じた。


 上条くんはともかく、ぼくはそんないいもんじゃないよ、とか。

 下手に謙遜でもしようものなら、噛み千切られてしまうかもしれない。


「憧れたの、ふたりの強さに」


 禁書目録の管理者たれと理想を押し付けられてきた少女が。

 その運命を受け入れてることしかできなかった少女が。


 その宿命に、異を唱える。

 憧れという炎を胸に。





「わたしも、そうありたいって、思った。
 もう、守られているばかりじゃいられないって」


 無力な小娘ではいられない

 守られてばかりのヒロインではいられない


 献身とは、生命を投げ捨てることか?

 献身とは、変わらないことの言い訳か

 献身とは、諦めることの言い訳か?


 断じて否、とインデックスはかつての己を否定する。

 そんなものを、今のわたしは献身とは呼ばない。


 諦めず、あがいてくれた人がいる。

 そんな彼らに、己は憧れた。


 ならば。

 素敵な悪あがきを、ここに誓おう。


 インデックスは瞑目し、自身に巣食う深淵へと埋没する。

 魔道図書館、かつては単なる知識の羅列に過ぎなかった禁書群に、手を触れる。


 そこから、力を導き出す方法を。

 身体に満ちるオドを転換し、精製する行程を。


 今の己は知っている。

 昨夜、ずっと見ていたのだから。

 ずっと、あがき続けていたのだから。





「第十三章十七節。
 “剣の誓いは永久(とこしえ)に”」


 そして朗々と紡がれたるは、紛う事なき魔術の詠唱。

 見開かれたその瞳には、昨晩と同様の魔法陣。

 それと同時に吹き荒れたるは、彼女が持ち得ぬ筈の魔力の奔流。


 刹那の後、まるで最初からそこにあったかのように。

 インデックスの右手には、瀟洒な細工の施された白銀の短剣が握られていた。


「……禁書目録を、ほんの少しだけ掌握できたんだよ。
 ほんの1%にも満たない程度だけど、わたしも悪あがき、できたのかも」


 それは十万三千冊の魔道書が一冊に記された、とある短剣。

 銘はない、それは担い手が自由につけてよいことになっている。


 忘れ去られた誓約の神に、名を捧げよ。

 手の中で命名を待つ短剣を、少女は慈しむように握り締める。


 与える銘は、既に決めていた。

 それを今から、刻みつけることになる。


 見届け役は、すぐ傍にいる。

 神様ではなく、あなたに誓おう。





「……こりゃ、びっくりだ」

「ふふ」


 短剣を陽光に翳す少女を見る鋼盾の目は、間抜けな驚愕に見開かれていた。

 首輪が毀れた以上、そういう可能性もあるかもしれないと魔術師たちが言っていたのを思い出す。

 とはいえ―――サプライズにもほどがある。


 ほんとうに、驚いた。

 目の前の少女も、ずっと戦い続けていた。

 もちろん、それは知っていた。


 だけど、やっぱり舐めていた。

 男のケチな算盤なんて、女はいつだってご破算にしてしまう。


 それがちょっとだけ悔しくて、恐ろしくて。

 どうにもこうにも――痛快で。


 眼前の少女が纏いしは、蹈鞴の如き人の熱。

 負の感情をまとめて焼き払う、世界で一番尊い炎がそこにあった。





「……今日を、わたしの誕生日にしようと思うんだよ。
 いまから、わたしはわたしの魔法名を名乗る――借り物じゃない、わたしの名前を」


 過去は消えず、柵は絡みつき、義務は重く、宿命は刻まれたまま。

 それら全てを少女は受け入れ、ここから新しく始めると言った。


「きくひこに、それを聞き届けて欲しいかも」


 インデックスが、笑っている。

 禍つ魔法陣を両目に宿して、しかし彼女は彼女のまま。


 手にした短剣に、命名の火を走らせる。

 刀身が歓びに打ち震えるように、その輝きを増してゆく。


「とうまは拳で、きくひこが盾……だったらわたしは剣になる。
 10万3000冊の悪を束ねて剣を成し、それでも善を成すと誓う」

 
 響く声は、色彩に溢れている。

 昨夜の機械めいた無感情な軋声とは、比べるべくもない。


 花咲くように、色めき綻ぶ。

 紡ぐ誓は、言うなれば剣の宣。






「Dedicatus728―――“我、献身という銘の剣たらん”
 それがわたしの、わたしがはじめて名乗る、魔法名」





 翡翠の双玉が、その輝きを増している

 その目に禍々しい魔法陣を浮かべてなお、少女は気高く美しい。


 聖女と呼ぶには、すこしばかり欲張りで。

 それでいてどうしようもなく見惚れてしまう、人の熱。


 Dedicatus728

 魔法名、それは魂の名前。


 有り様を示す単語はそのままに、しかし新しい意味を込めて。

 三桁の数字は言うまでもなく、今日という日を忘れないために。



 夏空へ高らかに謳い上げたるは、剣の宣

 献身という銘(な)の剣、それが彼女の誓い

 




「―――確かに、聞き届けた。
 素敵な魔法名だ。かっこいいよ、インデックス」


 ほんとうに。

 ちょっとかっこすぎるんじゃないだろうか、しびれる。

 もしかしてこの子世界でいちばんかっこいいんじゃないかなと鋼盾は思う、割と本気で。


 運命に翻弄され、怯え諦めていた無力な仔羊はもういない。

 守るべき少女は無力なヒロインではなく、既にして一振りの魔法剣だ。

 ならば相方たる己も、相応の盾を振るわねばなるまい。


 右手を固める、似合わない。

 でも、やってやる。


 鋼と嘯く、盾と嘯く。

 献身を謳うこの身は、仮初なれどヒーローを騙る。


「……じゃあ、ぼくも名乗っておこうかな。
 ぼくは魔術師じゃないけど、それでもきみと同じものを背負いたいから」


 鋼盾はベンチから立ち上がると、向かい合うインデックスに倣い右手を掲げる。

 そして、彼の能力であるところの不可視の盾を、その掌に喚んだ。

 それを、インデックスが掲げる剣へと、軽くぶつける。

 
 
 剣と盾のハイタッチ。


 手にした剣に響いた正体不明の感触に、インデックスは目を丸くする。

 そんな彼女の反応に、鋼盾は悪戯を成功させた子どものような笑みで応えた。


 矛盾の故事を紐解くまでもなく、剣と盾はぶつかり合い、削り合うもの。

 だけど、そのふたつが同じ方向を向いていたならば、その限りではない。


 盾が剣を守り、剣が盾を護る。

 剣が敵を破り、盾が味方を生かす。 
 

 ぼくらは、これから。

 そんなふうに、やっていこう。


 目指すべきものは、同じだから。

 背負ったものも、同じだから。

 掲げる誓いだって、同じにしよう。


 それでは。

 二番煎じと、笑わば笑え。






「Dedicatus728、
 ―――“我、献身という銘の盾たらん”」





 鋼盾の言葉を受けたインデックスは驚愕に目を見開き、一瞬のちに柔らかな笑顔へ変わった。

 それを見た鋼盾も笑みを深める―――同じ宣誓を背負うふたりが、笑い合う。


 魔法名の重複は避けねばならないそうだが、正式なものではないので許してもらおう。

 むしろ、他にdedicatus728さんが居ないことを祈るべきだろうか。


「今日は、七月二十八日は、きみの誕生日で――ぼくの誕生日だ。
 ここから始めよう……多分、しんどい道行きになるだろうけどね」

「……後悔してる? きくひこ」


 顔色を窺うような台詞に反して、インデックスが浮かべる表情には確信の煌めき。

 もちろん、鋼盾が浮かべている表情も、同じ類のものだ。


 後悔も迷いもありえるはずがない。

 あるわけがない。


「全然。そっちこそどうなんだい?」

「愚問かも……まったく、きくひこはこれだから」


 笑みすら浮かべて、小さく溜息。

 上等である、こういう気安い掛け合いこそが、ぼくらの愛した日常だ。


「……先に聞いたのはそっちだろう、ばか」

「ふふん、ばかって言ったほうがばかなんだよ」

「違うね、ばかって言わせた奴が、ばかだ」

「ふふ――じゃあ、わたしたちは」

「揃って馬鹿野郎だ、どうしようもないね」


 ほんとうに、どうしようもないと鋼盾は笑う。

 こんなやりとりが楽しくてしょうがないんだから、ほんとうに馬鹿だ。


 だけど、馬鹿も悪くない。

 きっと、前に進むことを迷わずにいられるから。




 
 道行きは、どうにも怪しい。

 取り零してしまったものも、きっと少なくない。


 上条が倒れた事実は、きっと己を苛み続けるだろう。
 
 今も眼に焼き付いて離れない、傷口からはまだ血が流れ落ちている。


 きっと夜毎に、のたうち回る。

 無様に転がり、痛がりで無様な己はめそめそ泣くのだろう。


 だが、それでも。

 これまでの選択に嘘はない。

 あるわけがない。


 鋼盾は心の底からそう思う、きっと上条もそうだろう。

 女の子の笑顔を守り通したのだ、これほどの勝利はあるまい。


 否、まだまだ勝鬨には早過ぎる。

 首輪を外してそれで終わりではない、ラスボスを倒してハッピーエンドではない。


 映画ならそれでいいだろう。

 エンディングテーマにヒロインの笑顔、スタッフロール、エンドマーク。

 映画館に灯がともり、夢の時間の終わりに満ち足りた溜息をひとつ。

 あとはご想像にお任せします、それでいい。


 だが現実はそうもいかない、これからも日々は続いてゆくし、問題は山積みだ。

 十万三千冊の魔道書、イギリス清教の意図、学園都市の闇、エトセトラ。

 
 ぼくらの戦いは終わらない。

 理不尽上等、困難上等、茨の道でもかまわない。

 足掻いて足掻いて、何もかもを掴みとってやる。

 




 木山春生の予言は、成った。

 上条の不在は今も、鋼盾にもインデックスにも重く重くのしかかっている。


 だが、絶望というのは大袈裟だ。

 いつだって、それを痛快にぶっ飛ばすのがヒーローというものだ。

 この程度の痛みは、ハッピーエンドの前フリのようなものだろう。


 上条はきっと眼を覚ます、約束を違えるような男ではない。

 帰ってくる、きっとなんでもないことのように「久しぶり」とか言いながら。


 そう、信じている。

 否、そうでなくてはならない。

 というか、どうせそうなる。

 鉄板だ、どうしようもなく。


 ならば、それまでの間ぼくらは彼に恥じぬ生き方をせねばならない。

 せめてこの都市で、上条当麻のように我を張り続けよう。

 献身の歌を、声を張り上げて歌おう。


 ヒーローの代役など己に務まるとは思えないが、しかし鋼盾はひとりではない。

 土御門やステイル、神裂、小萌に黄泉川、青髪に雲川、吹寄、級友たち。

 美琴に黒子、初春に佐天、冥土帰し、今は獄中の木山もだ。


 そして誰より、インデックス。

 同じ名前(ちかい)を名乗る少女が隣にいるのだから、きっと己は大丈夫だ。


 




 時刻はあと数分で正午になる。

 朝から何も食べていないので、もちろん空腹だ。


 腹が減っては戦は出来ぬ。

 まずはそこからだと、鋼盾は大きく伸びをして、そんな事を言った。


「昼ごはんは――青髪くんのところにでもしようかな。
 ぼくのともだちがバイトしてるパン屋さん、こないだ小萌先生のところで食べたヤツ」

「ん! とっても美味しかったんだよ!」


「出来立てはもっと美味しい……知る人ぞ知る、隠れた名店だよ。
 ……もちろん、その剣を振り回したままじゃ入れないけどね―――消せるの? それ」

「もちろん―――はい」

「おみごと。じゃあ行こうか。
 ――ああ、店員にひとりどうしようもない奴がいるから、気をつけて」


 青髪の馬鹿がインデックスを見てどんな反応を示すのかは、想像に難くない。

 そして、そんな少女を連れる自分に、彼が何を思うのかも

 碌な事になるわけがない、まったく憂鬱だ、ちくしょうめ。


 だけど、それでも。

 大事な友人だ、伝えられることは限られてしまうけど。

 それでも、彼に見せたいものがある。


 あの日、青髪が言った言葉を思い出す。

 能力なんてオマケと笑った彼、今ならそれに、心底から同意できる。





「……腹ごしらえが済んだら、休憩は終わり。
 午後から作戦会議だ――片付けなきゃいけない問題は、山のようにあるからね」

「作戦会議……まずは、なにからはじめるのかな?」

「ぼくとしてはさ、きみの上司に挨拶でもしておきたいところなんだけどね。
 “おたくの娘さん、ウチで預りますから”ってさ。通訳は頼むよ、インデックス」
 

 夏休みの予定は空っぽだ、それも悪くないかもしれない。

 イギリスまで二人、十万円で行けるだろうか。


「もしくはインデックス、手紙でも書く?“家出します、探さないで下さい”とか」

「……冗談が過ぎるかも、きくひこ」

「どうかな、育児放棄に虐待の馬鹿親には、いい薬だと思うけど。
 ……まあ、そのあたりの面倒事は、土御門くんの意見を聞いてからだ」

「ふふ……もとはるも、困ったお友達を持ったものかも」

「お互い様だよ、どうしようもなくね」


 学園都市と英国の裏を往く、シスコングラサンエージェント。

 悪いが予告通り目一杯働いて貰う、容赦はしないぞ、親友。

 
 ここから先も、物語は続く。

 ぼくらは確かに、それを望んだ。


 終わらない歌を歌おう、クソッタレな世界の為に。

 ぼくやきみや彼らのために、笑って未来を掴むために。






「……きみは、これからこの街で生きていくことになる。
 ステイル曰く狂科学のタルタロス、そこがきみのホームってことになるね」

「望むところかも。
 ――わたしは、この街で生まれたんだから」

「頼もしいね。
 変な街だけど、まあ――退屈はさせないよ」


 いろんな人がいて、いろんなものがある。

 世界は広く、興味は尽きない。


 怯えて縮こまることをやめたぼくらには。

 きっと新しい未来が待っている。


「じゃあ、行こうか。
 ……インデックス? どうかしたの?」

「きくひこ、手」


 インデックスが、ひょいと右手を伸ばしてきた。

 それが意味することなど、考えるまでもないことだ。

 今更気恥ずかしさもない、とはいえ。


「……犬じゃねえんだから。
 まあいいや、はい」

「ん」


 繋いだ手の中に、歩き出すための熱がある。

 盾と剣が、共にある。

 恐れることはなにもない。





 正午の鐘が、飛行船のスピーカーから鳴り響く。

 味気ない合成音でも、歩き出すきっかけには十分だ。


 とりあえず、ぼくらはここからはじめよう。


 ぼくらの誕生日は七月二十八日。

 ぼくらの命日もまた七月二十八日。


 隣で笑う少女と違い、完全記憶能力なんかは持ち合わせてはいないけれど。

 突き抜けるように青い夏の空、死んで生まれ変わるにはこの上ないこの日のことを、忘れないでおこう。


 ここが、今のぼくらのスタート。 

 せめてそのことを、なにひとつ忘れずに覚えておこう、そんなことを鋼盾は思った。




――――――――――






 その日。

 なにもなかった少年に、いくつもの守らなければならないものができた。


 それは、親友がその身を賭して護ってくれた可能性。

 それは、運命に翻弄されるばかりだった少女が見せてくれた、決意。

 それは、この地を去る魔術師たちとの間に交わした幾つかの約束。


 紡がれた、たくさんの絆。

 彼らの愛した、少女の笑顔。


 そしてなにより、これから先に訪れる、輝かしい未来を。


 ステイル=マグヌスがそうしたように。

 神裂火織が救済をそうしたように。

 土御門元春がそうしたように。

 インデックスがそうしたように。


 鋼盾掬彦もまた、誓いを立てた。

 彼の誓は、やはり盾。

 かつては悩みの種ですらあった、己の姓に連なるもの。


 鋼と嘯く。

 盾と嘯く。


 父と母、強く優しい両親から受け継いだ―――彼の誇りにかけて誓う。
 
 今この瞬間の直向さを、強く深く、刻み付けるように想う。






 己の裡には、きっと炉がある。

 小さくて不恰好だけど、ちょっとずつ積み重ねてきた自慢の品だ。


 たくさんの人がそこに火をくべていってくれた、薪を足していってくれた。

 その火に鍛えられ脆く弱い錆鉄は、強靭な鋼へと至る。


 打たれる痛みが、鋼を鍛える。

 灼かれる痛みが、鋼を鍛える。


 盾になる。

 あらゆる苦難を払う献身の盾に。

 血避けの盾、厄除けの盾、災い避けの盾になる。

 破れぬ盾を以って総ての理不尽を払うと誓う。


 我、献身という銘の盾たらん

 もう二度と喪うことのないように。


「Dedicatus728、
 ―――“我、献身という銘の盾たらん”」


 夏空に紡ぐ盾の宣。

 彼は、やっと少しだけ、自分のことが好きになれそうな気がした。




――――――――――











 とある端役の禁書再編  FIN 














というわけで、完結でござる

予告通り、伏線回収のための番外編的なものがあとちょっとだけありますが
鋼盾掬彦目線での物語は、今回で終わりとなります。俺達の戦いはこれからだ!エンドです

インデックスが魔術を使えると色々やべえんじゃね? 知るか! 最終回だからええねん!
一応インデックスさんの成長も本作の重要テーマだったりします、どうだったでしょうか

魔法名、1スレ目からやってた小ネタのオチは、こんなことになりました
……728番がすでに埋まってないことを祈るしかないぜ!
 
オリジナル魔法名、アイタタタタタと笑って頂きたいところです
  

一年半、5スレにも及ぶ長いお話になってしまいました
完結にこぎつけることができたのは、皆様のおかげです

本当にありがとうございました
そして、イマイチ締まりませんが、次回もよろしくお願い致します



フゥ―ハハハハ!
誰も気付かなかったな!
>>1の仕込んだアホネタに気付かなかったな!

鋼盾掬彦→日村
鋼盾の魔法名→Dedcatus→献身

つまり日村献身!
拙者、流狼人でござる!
るろ剣映画化おめでとう!

と、そんな後付け抜刀斎はともかく
コメント感謝です、嬉しいです、マジで嬉しいです
最初から併走してくれた人も、新たに追いついてくれた人もありがとうです

さて、それで番外編ですが
リクエストもありましたので、まずは佐天さん編から行きたいと思います
超電磁お茶会編でござる、この話が番外編三話の中で一番長いです

長いのでもしかしたら二回にわけての投下になるかもしれません
明日か明後日には来ますので、よろしければお付き合い下さい

あ、明日か明後日じゃねえや、日付変わってた
今日か明日です! よろしく!

よし! 投下じゃー!
まだ書き上がってないけど、キリがないからとにかく投下じゃー!

予想通り、二回に分けることになりました
多分にゆっくり書きながらの投下になるので、明日にでもまとめて読むといいよ!

参ります!

そぉい!


――――――――――





 自身について、語るべきことはあまりない。

 あたしはあくまで、どこにでもいるようなつまらない人間で、どこまでいっても凡人である。







 と、いきなり愚痴めいた独白で、ほんとうに申し訳なく思う。

 だけど、それは事実だ―――あたしはどこまでも平凡な人間に過ぎない。


 変わっているのは、それこそ苗字と名前くらいのものだ。

 引き継いだものと、与えられたもの―――どちらも己の力で得たものではない。

 その事実が、あたしという人間を如実に表しているように思う。


 あたしの名前は涙子という。

 母親が与えてくれた名前だ、随分考えたのよと笑った母の顔を、今でも覚えている。


 涙という言葉を名前に選ぶのは、なかなか珍しいのではないだろうかと思う。

 少なくとも私はこれまでの人生で、自分以外の涙さんに会ったことがない。

 惜しいところでキャッツ・アイのお姉さんくらいのものだ、字は違うけど。


 涙の子で涙子、それで随分と誂われた。

 小学生の時の話だ、馬鹿な男子が覚えたての漢字で囃し立ててきたことがあった。

 あたしはそれがくやしくてくやしくて、そんな名前をつけた両親を恨んだりした。

 そんな親不孝なあたしに、母は命名の由来を話してくれた。


“涙子の涙という字はね、嬉し涙から取ったものなの。
 あなたが生まれた時、お母さんもお父さんも、嬉しくて泣いちゃったから”


 悔しい時の涙ではない、悲しい時の涙ではない、痛みでも怒りでもない。

 それは歓びと愛しさが満ち溢れた嬉し涙―――そんな涙もあるのだと彼女は言ってくれた。

 
“あなたには、いい名前をあげたかったから。
 なんだかんだで、嬉し涙って……世界で一番美しいもののひとつだと思うのよ”
 

 我が母ながら、なかなか詩人だ。

 その言葉で、あたしはこの名前が大好きになった。

 ……ここで終わっておけば、なんともいい話だったのだけど。


“……あ、でも涙子が黒岩くんと結婚したら、黒岩涙子ね!
 黒い、悪い子―――ダメね、嫁入りは許さないわ、婿に取りなさい!」

 
 黒岩くんって誰やねん! と全力で突っ込む羽目になった。

 あれから数年経つが、今のところ黒岩くんとの出会いはない。







 あたしの苗字は佐天という。

 佐は「たすける」や「ささえる」といった意味をもつ。

 天はそのまま「そら」、あるいは「偉大なもの」「理」といった、大いなる意志を示す。


 ゆえに佐天という姓は「支える者」を示すものだと父は言った。

 幼い頃のあたしはそれに反発した、自分たちは誰かの家来だと言われた気がして、悲しくて、悔しかったのだ。

 だけど父は、笑ってそれを否定した。


“涙子、それはちがうよ。家来なんかじゃない。
 うーん、ちょっと難しいかもしれないけど、天っていうのはね?
 父さんが思うに、そのひとそのひとの、一番大切なものを指す言葉なんだよ”

“父さんにとっての天は、家族だよ。
 母さんと出会って、彼女が父さんにとっての天だと思った。
 お前たちふたりが生まれて、父さんの天はもっと大きくなった”

“だからね涙子、父さんはこの苗字が好きだよ。
 この苗字の示すように、強くなりたいと思えるから”


 我が父ながら、なかなか詩人だ。

 その言葉で、あたしはこの苗字が大好きになった。

 ……ここで終わっておけば、なんともいい話だったのだけど。


“ちなみに父さんが母さんにプロポーズした時の台詞はね。
 『どうか、僕にとっての天に……あれ、なにその微妙そうな表情……涙子ー?」


 ドヤ顔で恥ずかしい台詞を言ってのける父に、冷ややかな視線で返したあたし。

 もちろん、黒岩くんへのプロポーズにその台詞を採用する予定はない





 あたしは佐天涙子という名前である。

 変わった名前だが、気に入っている。






 平凡な人生、凡庸な己。

 どこにでもありそうなありふれた日々。

 それでも父は優しく、母は優しく、弟は生意気けどかわいい、愛しい家族がいた。


 幸せな、女の子だった。

 それは間違いなく事実だ、私は幸せだった、恵まれていた。

 自分がどれほど恵まれているのかもわからない、愚かな子どもだった。


 そんなありふれた女の子は、テレビで見た超能力者に憧れた。

 夢を見た、あんな風になりたいと思った、きっとなれると、そう思った。

 特別な何かに、なれると思ったのだ。


 その思いのままに、あたしは学園都市の門戸を敲いた。

 能力者佐天涙子の、とびきり素敵な物語が始まる予定だった。





 だけど、その夢が叶うことはなかった。

 無能力者、この街の最下層があたしの居場所だった。

 下から数えて六割、妥当といえば妥当な話。

 だけど、やっぱりショックだった。


 子ども特有の万能感は、現実の重みに潰される。

 あたしにはそれを撥ね退けるだけの、特別な何かは宿らなかった。


 もちろん、自分なりに精一杯やったのだ。

 だけど、努力をしようにも、そのきっかけすら掴めないのだからどうしようもない。

 テキストは表層を上滑るばかりで、薬も電気も扉を開いてはくれなかった。


 能力に目覚めるクラスメイト達を、笑顔で祝福しながら。

 その裏で、あたしがどんな顔をしていたかなんて―――誰にも知られたくない。


 レベル0。

 落伍者、無能、落ちこぼれ、ハネモノ、はずれ。


 声なき声が、あたしを苛んだ。

 学園都市では、ありふれた悲劇だった。

 あたしはこの街でも、その他大勢だった。


 それでも強がって、見て見ぬふりをして、人生を謳歌しているかのような顔をして。

 能力なんて関係ないもんね、自分は人生を楽しんでるもんねと誤魔化して。

 取り繕って生きてきて、笑って、笑って、笑って。

 
 だけど

 お風呂で、布団で、自分の部屋で。

 あたしはずっと、こっそり隠れて泣いていた。


 嬉し涙なんて、流したことはない。

 この街が題目に掲げた天は、あたしからは遠すぎた。






 そして結果が出ぬままに、小学校を卒業して。

 中学生になって、やっぱりなにもかわらなくて。

 だから、そんな日々をやり過ごす術を求めて、せめて笑顔でいようとした。


 そんな毎日を重ねる内に、いつしか取り繕うことにも慣れてしまった。

 皆の知る佐天涙子は、明るくて調子に乗りやすい、そんな女の子だ。


 それも全部が全部、嘘というわけでもない。

 あたしの本来の性格は、多分にそういうものでもあった。


 たとえ身の裡に醜い感情を湛えていても。

 それをちゃんと誤魔化せるなら―――なんの問題もない。


 無能力者だって、べつにいじめられるわけでもない。

 ちゃんと友達もいる、楽しいことだってある。

 しっかり、日々を楽しんでいる。


 これは、痛々しい強がりなのだろうか。

 ……きっと、そうなのだろう、惨めな虚勢だ、いっそ笑えるほどに。


 だけど。

 そのくらいは、許して欲しい。

 だってそうでもしないと―――あたしは、呼吸すら覚束ないのだから。



 そうして、中学一年の一学期が終わる頃。

 夏休みも間近に迫ったある日、あたしは、とある噂話を耳にする。






 幻想御手、レベルアッパー。

 学園都市を風靡した、怪しげな都市伝説。

 使用者のレベルを跳ね上げる、天使の羽、聖女の御手。


 胡散臭いことこの上ないそのアイテムを、あたしはひょんなことから入手する。

 そして、いろいろあって―――迷った挙句、あたしはそれを使用してしまった。

 得体の知れぬ反則に、あたしは手を染めてしまったのだ。


 それは、これまで必死に取り繕ってきた佐天涙子を自らの手で否定することに他ならない。

 佐天涙子が重ねてきたあらゆる物を、あたしは無様にも放り投げてしまったのだ。


 それだけならまだしも、己は友人を巻き込んだ。

 アケミ、むーちゃん、まこちんの三人、同じ境遇の彼女たちを唆した。

 己一人で罪を犯す勇気もなく、考えなしに周囲を共犯にした。

 そして手にした能力に浮かれ、馬鹿みたいにへらへら笑っていた。


 初春、白井さん、御坂さん。

 幻想御手事件の解決に奔走する友人たちに協力することもせず、嘘を重ねた。

 もちろん葛藤もあったけど、手にした力はあまりにも魅力的だった。


 レベルで言えば1が精々の、つまらない能力だったけど。

 佐天涙子にもきちんと才能があったのだと、幻想御手はそれを証明してくれた。


 これで、やっと始める事ができる。

 ずるには違いないけど、これはきっかけだから。

 ここからはちゃんと自分の力で努力するから、どうか見逃して貰いたい。


 罪は罪だけど、それでも。

 もう、他人を羨み恨まずにいられる―――本当の笑顔で、みんなと笑い合えるんだから。


 あの時のあたしは、きっと笑顔だった。

 幻想御手の歌声は、まさしく福音そのものだった。





 其処から先は、言うまでもないことだけど。

 そんな蜜月は、長くは続かなかった。


 幻想御手には、副作用があった―――とびきりひどい、毒があった。。

 倒れ伏す友人を見て、ようやく己がとんでもないものに手を出したことに気づいた。


 なにもかもが遅すぎた。

 手遅れだった。

 どうしようもなかった。

 できることなんてなかった。

 ひとつもなかった。


 震える指で、電話をかけた。

 無様に初春に縋りつき、彼女の言葉に救われて。

 でも、自分にはそんな言葉をかけてもらえる資格などなくて。


 自室でひとり、眠りに落ちた。

 死ぬときは、こんな感じなんじゃないかと思った。





 そして、夢を見た。

 あるいは現だったのか、それすらも判らぬ曖昧の果てに、あたしは居た。


 融け合って混じり合って補い合って

 自分の体がなくなるような、そんな夢だった


 気持ちよくて

 気持ち悪くて


 なにもかもどうでもよくなって

 あたしはどこかに、消えてしまうはずだった


 だけど

 それを止める声があった


 “先に行く”


 それは、歩みをやめない誰かの声


 “こんなところでとらわれてないで、さっさと帰りなさい”


 それは、やさしく鮮やかな誰かの声


 自愛と嫉妬と妄執と傷の舐め合いばかりだった世界に

 その声はどこまでも高らかに響き渡った


 そして、圧倒的な光の奔流が弾けて

 闇も汚れも罪も憂いも、何もかも吹き飛ばしてしまうような圧倒的な白い光が世界を包んで



 気づけば。

 あたしは、清潔な白い部屋で、ベッドに横たわっていた。



 そこが病室で、自分が目を覚ましたのだとわかって。

 倒れる前のことを思い出して、掌に風を喚ぼうとしてもなにも起きなくて。

 それについてなにも考える暇もないままに、部屋の扉が乱暴に開かれて。

 飛び込んできたその少女は、頭に花飾りを付けていた。


 初春飾利、あたしの親友がそこにいた。

 ボロボロに笑って泣いて、おかえりなさいと言ってくれた。


 あれほど望んだ能力は、なくなっていたけど。

 そんなものより大事な友人が、泣きながら笑ってくれていた。



――――――――――


 そうして今日、七月二十八日を迎えた。

 あの混乱の一日から、すでに四日目ということになる。


 あたしは二十五日には退院して、すっかりいつもどおりの生活へと戻っていた。

 まるであんな事件などなかったかのように、あっけなく、元通りだった。


 だけどあたし以外―――特に、風紀委員の二人はそうはいかなかったらしい。

 都市中を巻き込んだ幻想御手事件の後始末は多忙を極め、今日まで働き詰めだったという。

 それでもようやく落ち着いてきたとのことで、初春から誘いの電話が入った。


 内容は慰労会とあたしの退院祝いを兼ねた、ファミレスでのおしゃべり。

 時刻は夕方五時過ぎ、夕食もここでとり、夜までダベろうという計画になっている。


 メンバーは、いつもの四人。

 あたしと、初春と、白井さんと、御坂さん。


 一度はあたしが、一方的に拒んでしまったその繋がり。

 だけど、彼女たちは笑顔のまま、再びあたしを受け入れてくれた。


 それが嬉しくて、申し訳なくて、ちょっと気まずくて、やっぱり嬉しくて。

 あたしは渦巻く感情を、どうにか誤魔化すので精一杯だった。





「あーもう、ようやく、一段落ですの」


 とりあえずのドリンクバーで乾杯し、各々喉を潤わして人心地をつけたところで。

 おつかれの白井さんが、万感の想いを込めたかのような声でそんな事を言った。


「ええ、おつかれさまでした。
 ―――ほんとにようやくですねー、あとは警備員さんにお任せです」

「いやー、大変だったみたいね。
 ここ数日、黒子が帰ってくるなりベッドに突っ伏すような感じだったから静かだったわー」


 笑顔で労う初春と、悪戯っぽく笑う御坂さん。

 ちなみに座っているのは四人がけのテーブルで、あたしの隣が初春。

 そして向かいが御坂さん、その隣が白井さんという席順だ。


 繰り返す、御坂さんの隣が白井さんだ。

 ……はっきり言って、悪い予感しかしない。


 そしてそれは、言うまでもなく的中する。

 テーブルに突っ伏していた白井さんが、御坂さんの台詞を受けてガバリと起き上がった。


「ああ! お姉さま! お姉さまッ!!
 わたくしとしたことが! 仕事にかまけてお姉さまを寂しがらせていたなんて!
 黒子一生の不覚! かくなる上は今からここで三日分のスキンシップを!!!」

「えい」


 ばちん。

 情け容赦のない電撃掌底、ツッコミスタンガンの炸裂である。

 急所に当たって効果は抜群、非行タイプじゃないはずなのだがクリティカルである。


「――いやー、おみごとです御坂さん」


 そんな波乱のテーブルで、初春が感じ入ったように微笑む。

 申し訳ないが、あたしは笑えない――ドン引きである。

 思わず口から、問いが零れた。


「うわあ……いいんですかコレ」


 意識を断たれた白井さんをソファー席に沈み込めながら、いーのよこのバカはと笑う御坂さん。

 そんな彼女は第三位、超電磁砲である――それでいいのか学園都市。


 そんなあたしの内心ツッコミなどどこ吹く風。

 常盤台のエース、常勝不敗の雷姫はいつだってまっすぐだ。





「あーもう、空気読みなさいよバカ黒子……。
 ん、改めて―――佐天さん、また会えてよかったわ、ほんとうに」


 ふにゃりと笑う、御坂さん。

 そのあまりにまっすぐな歓迎の言葉に、あたしは圧倒される。


 超能力者、第三位、超電磁砲。

 目も眩むようなそんなステータスを掲げた彼女が、あたしに向けて花のように微笑んでくれる。


 ああもう、これは反則だ。

 このひとにそんな顔をされたら――誰だって、嬉しくてしかたがないだろうに。 


「……はい、あたしもみんなにまた会えてよかったです。
 おそくなりましたけど、みなさん、今回はご迷惑をお掛けして、すみませんでした。
 それと―――助けてくれて、ありがとうございます」


 そして、あたしの口から零れ落ちるのは、謝罪と感謝。

 本来ならいの一番に口にすべきそれを、ようやく三人へと伝えることができた。


「ううん――気にしないで。
 みんなちゃんと戻ってきてくれたんだから……ね、初春さん?」

「ええ、使用者一万人、全員の無事が確認されてますよ。
 おととい御坂さんにも届いたでしょう? 例の“出欠確認”」


 ちなみに、あたしの携帯へもそれは届いていた。

 送り主の名は、学園都市統括理事会。

 もちろんちゃんと、あたしも出席で返してある。


「うん……学園都市全生徒への出席確認メールかぁ……改めて大事件よね。
 あ、木……犯人がどうなったかって、聞いてもいいのかしら?」


 私気づいたら病院だったから詳しい話全然聞いてないのよねー、と御坂さんは言う。

 この人が幻想御手事件の解決に寄与したというのは、学園都市中の誰もが知る公然の秘密である。


「……あー、そっちは警備員の管轄になりますから。
 風紀委員(わたしたち)にはちょっとわかりませんねー」

「……そっかー、まあ、しょうがないわね」


 そう言いつつも、御坂さんはひどく残念そうだ。

 犯人と直接対峙したという御坂さん、なにか思うところもあるのだろうか。

 その感情は、あたしには正直言って図りかねる。






「使用者さんたちの方は、まだ決定ではないですが……まあほぼお咎めなし。
 多分一回くらい講習を受けて頂くことになると思いますけど」

「……そうなんだ」


 初耳だった。

 幻想御手使用者への処分、学園都市の裏掲示板でももっぱらの関心事であるその内容。

 たった今親友である風紀委員の少女が口にしたそれは、思いの外軽いものであった。


「……佐天さん?」


 そんなあたしの反応に、初春は戸惑い混じりに首を傾げる。

 だけどこの感情は、きっと彼女には理解できないだろうなとあたしは思う。


「……ううん、ちょっと軽いなーって思ってさ!
 もちろん厳しくない方がいいんだけど……それでも、ね……」


 けじめと言えば古臭い響きだが、それは必要な事だと思う。

 軽すぎる処分じゃどうにも座りが悪いというか、身の置き場に困ってしまうのだ。

 思わずそんな事を口走ってしまったあたしに、初春は少し困ったような顔で続けた。


「……なんたって一万人、ですからね。全員には正直手が回らないんですよ
 それに、今回の幻想御手事件は、結果として学園都市の能力偏向が齎した歪みの一側面、
 能力開発を受ける学生への心理的なケアの不足を浮き彫りにしたといえるのかもしれません」


 もちろん、能力犯罪に走った人や幻想御手の売買に関わった人は相応の罰を受けてもらいますけど、と初春が言う。

 なるほど、確かに多すぎるだろう―――なんと言っても一万人だ。

 ペナルティを課すにしたって、そんな簡単な話ではないだろう。


 だから、仕方のないことなのだ。

 自分たちが軽んじられている、なんて感じてしまうのは間違いだ。

 間違いどころか、お門違いですらあるだろう。


 頭を振って、つまらない雑念を振り払う。

 そもそも、罰を受けるのではなく―――自分が変わらなきゃ意味がないのだから。





「そうね……醜聞どころか、ある意味で大量の学生を実験に巻き込んだようなモノだしね。
 上としても、あまり騒ぎ立てれば自分たちの首を絞めかねないのかも」


 それについての御坂さんの分析は、冷静至極。

 規模の大きすぎるこの事件は、きっと誰の手にも余るものだった。


「ええ……なにより、風紀委員や警備員に対応の遅れも否めませんの。
 結局AIMバーストを抑えたのはお姉さまですし、犯人の特定や説得、果ては幻想御手の解除プログラムの入手を行ったのはあの方……風紀委員と警備員は立つ瀬がないですの、実際」


 いつの間にか復活していた白井さんが、悔いを滲ませた声でそんな事を言う。

 後手に回らざるを得ない風紀委員の立場にあって、しかし彼女は自戒を緩めない。

 そんな彼女の在り方に、あたしは頭が下がる思いでいっぱいだ。


 あらためて風紀委員の意識の高さに感じ入る。

 先ほどの狼藉は見なかったことにしよう、そうしよう。

 
 ……だが、それはそれとして、いまの白井さんの台詞にひとつ気になる点があった。

 彼女の言う“あの方”とは一体、誰のことを指すのだろうか? 

 口ぶりから察するに、風紀委員や警備員じゃないようだが―――わからない。


 わからないなら、聞けばいい。

 あたしはその疑問を口にしようとしたが、それより早く御坂さんが会話を継いだ。

 
「同感ね……正直、私もトドメを譲ってもらったような気分よ。
 あの人がいなかったら、正直どうなってたか判ったもんじゃないもの」


 そして御坂さんの口からも出た―――“あの人”という言葉。

 むむ……なにやら、重要人物の気配がする、ような気がする! わかんないけど!


「お姉さまでなくてはなすことの出来ぬ時間稼ぎであり、トドメの一撃でしたの。
 ……まあ、その気持はわからなくもないですけど……わたくしも、力不足を痛感しましたし」


 やっぱり立つ瀬がありませんの、と白井さんがまた眉根を寄せる。

 そんな風紀委員の煩悶に応えるのは―――やは、り風紀委員の初春だった。






「うちの支部でも、連日反省会でしたからねー。
 ――でも、やっぱりアレがベストだったんです。馬鹿正直に解除プログラムをテストしていたら
 どんなに急いでも四時間はかかる―――いえ、それでも完全に疑念を消すことはできなかった」

「それだけ長い時間放置していたら、原発も被験者もどうなってたかわかんないわね」

「ええ――ほんとうに、うまく収まって何よりでしたの」


 そう言って、今回の事件の功労者である三人が笑い合う。

 自業自得ではあるが、やはり少しばかり居心地が悪いと感じてしまう。

 壁があると、そう感じてしまう。

 三人にそんな意図がないことなど百も承知だけど、それでも少し胸が痛い。


 でも、この痛みは。
 
 慣れ親しんだ、痛みだった。
 

 ああ。

 改めてあたしは彼女たちに嫉妬していたのだと知る。

 いまならそれを、ちゃんと認めることが出来る。


 御坂さんと白井さんについては、いうまでもないことだろう。

 学園都市が誇る五本指が一、名門常盤台中学に通うふたり。

 片や大能力者の敏腕風紀委員、片や超能力者で第三位の超電磁砲。

 本来ならこうして席を同じくすることもありえないような、雲の上の存在だ。


 あたしには、手に届かないところ。

 憧憬と嫉妬の割合は、自分でも測り切ることはできない。


 もちろん、彼女たちが能力や肩書きを鼻にかけた事なんてない。

 それでもふとした瞬間に、齟齬を感じることがあった。

 
 もしかしたらそれは、無能力者の僻みに過ぎないものかもしれないけれど。

 あたしは確かに、それに傷ついていたのだ。


 だけど、本当の所を言えば。

 あたしにとって、一番の嫉妬の対象は――初春だったりする。






 名門常盤台中学ではなく、あたしと同じ柵川中学。

 大能力者や超能力者ではなく、能力弱者の範疇にある、低能力者。

 それでいて、風紀委員として活躍する彼女――初春飾利。


 普段は頼りなくて、抜けてて、からかいやすい普通の女の子なのに。

 そんな彼女は正真正銘の正義の味方、この街を護る盾なのだ。


 そんな初春は、あたしにとって自慢の親友。

 嘘でもなんでもない――心底から、あたしは初春が大好きだ。


 だけど。

 大好きだからこそ、親友だからこそ。


 どうしようもなく。

 生まれてしまう、感情もある。


 太陽が出ているうちは、大丈夫だった。

 あたしはいつもどおり大好きな初春をからかって、笑い合うことができた。

 そこにはひとつだって、嘘はなかった。


 だけど、夜になって、独りになると。

 途端にあたしは、初春との間にある距離に、怯えてしまう。


 自分より高いところにいるあの子を、許せなくなってしまう。

 妬んでしまう、嫉んでしまう。


 初春が無能力者だったら良かったのに、とか。

 初春が風紀委員じゃなければよかったのに、とか。

 そんな事ばかりを考えてしまうのだ。


 夢から醒めて朝を迎えるたび、あたしは舌を噛み切りたくなった。

 昼間のあたしと夜のあたしは日を追うごとに乖離を深めてゆく。

 そのどちらが本当の自分なのかなんて、知りたくなかった。


 だから。

 幻想御手が、本当に噂通りのシロモノだったなら。

 あたしが、せめて―――能力だけでも、初春に並ぶことができたなら。


 きっと。

 あたしも。



 それが、あたしの言い訳だった。

 みっともないったらない、弱虫の泣き言だった。





「……佐天さん? どうかしましたの?」


 白井さんの疑問の声に、我に返る。

 御坂さんと初春も、きょとんとした顔であたしを見ていた。


「……へ? な、なんでもないです!
 ―――あ、例の解除音声って、白井さんたちが流してくれたんですよね?」
 

 思索に耽っていた事を隠すように、あたしは露骨に話題を逸らす。

 だけど、これもまた気になっていたことのひとつだった。

 
 幻想御手の――あの、不思議な音声を駆逐する、解除プログラム。

 あたりまえといえばあたりまえだが、それもまた音声プログラムだったらしい。


 それを、風紀委員たちが学園都市中に振りまいた。

 あたしたち幻想御手使用者が意識を取り戻したのは、その音声を聞いたからとの事だ。


 ラジオ、テレビ、ネット、街頭スピーカー、街宣車、果てはラジカセ担いだ風紀委員。

 あの日、学園都市に鳴り響いいたというその音楽。


 それは、不思議と心を揺るがす響きだったと。

 その音色を聞いたものは、揃ってそんな事を言っていた。


 昏睡状態にあったあたしは、残念ながらそれを記憶に留めてはいない。

 自業自得と言われればそれまでだが―――ほんの少しだけ、それを残念に思ってしまう。




 

 そんなあたしの、なんとも要領を得ない問に。

 白井さんはしかし、律儀に答えを返してくれる。


「あれについてはわたくしたちというより……ほんと、黄泉川先生サマサマですの。
 ―――でも、その彼女から信頼を勝ち取ったのは……初春、貴女の手柄でしてよ?」


 随分と大見得を切ったものですの、と白井さんが微笑む。

 あたしは詳しいことは聞いていないが、そこには風紀委員・初春飾利の活躍があったらしい。


「ふえっ!? わ、私なんて中継役をしただけですよ!
 あんまり大袈裟に言わないで下さいよ白井さん!」


 突然話題にされた初春は、慌ててそれを否定する。

 顔が真っ赤だ、超かわいい、あたしの親友は超かわいい。

 白井さんも同意見のようで、初春の更なるかわいさを引き出すべく、彼女は次の矢を放つ。


「『信念とは困難に立ち向かうためのもの。
  保身で信念を曲げるくらいなら、私は――私たちは最初から腕章なんか巻きやしません』キリッ
  ……いやいや、初春があんなカッコイイ台詞を言うとは思いませんでしたの」


 初春が口にしたのであろう台詞を、誂うように真似る白井さん。

 いやいや、これは前言を撤回せねばならないだろう。

 かわいい? あたしの親友をそんな安い言葉で語ってもらっては困る!


「……おお、初春かっこいい!!」

「ほんと、かっこいいわ初春さん」


 白井さんの言葉に、あたしと御坂さんもここぞとばかりに乗っかった。

 初春かっこいい、あたしの親友は世界で一番かっこいい。

 しかしそんなかっこいい彼女は、泡を食ったようにそれを否定する。






「わわわわっ! 鬼ですか白井さん! 恥ずかしいですやめて下さいって!
 ……うう、反省会でも何回もリピートするし! いじめですよコレ! カッコ悪い!」


 真っ赤な顔で、プンプンと苦言を呈する初春。

 口ぶりから察するに、そうやらほんとうにあの台詞を口にしていたらしい。


 まさに、熱血主人公。

 そんな初春への白井さんの攻撃は続く、容赦なく。


「『私たちはこの都市の盾たらんと誓いました。
  守るべきものが背中にあるんです。……逃げやしませんよ』キリッ」


 盾は逃げない

 私は逃げない


 守るべきものがある限り、盾は砕けない。

 それはきっと、すべての風紀委員が掲げる願い。


 守ると決めた。
 
 それが、彼女の誓い。



「これは惚れる」

「これは惚れる」



 御坂さんとあたしが、間髪入れずにそう言った。

 ……いやいや、冗談抜きでこれは惚れる、マジぱねえ。

 風紀委員のシンボルマークは盾だというが――まさに然りだ。

 あたしの親友はマジでかっこいい、惚れる、マジで惚れる、これは惚れる。


「白井さん!! 佐天さんも御坂さんもです!!
 いいかげんにしてください!! そろそろ本気で怒りますよ!」


 プンプンと、真っ赤な顔で吠える初春。

 前言を更に撤回、やっぱり初春はかわいい、世界で一番可愛い。

 あたしの親友は、かっこよくてしかもかわいい。






「ふふ……冗談はともかく、感心したのはほんとですの。
 ―――成長しましたわね、初春……見事でしたの」


 ひとしきり初春の狼狽を堪能して後、白井さんが笑を浮かべてそう言った。

 白井さんは初春のパートナーである、相棒の成長への喜びもひとしおだろう。

 
 そしてそれは、逆も然り。

 白井さんの心底からの賞賛、それを初春が間違えるはずもない。


「うう……ありがとうございます」


 初春は真っ赤な顔を更に赤くして、くすぐったそうに笑う。

 そんなふたりの距離感に、あたしがちょっとだけ嫉妬してしまったことは、内緒だ。


「……でも、あれは……私があんな台詞を言えたのは。
 電話の向こうにあの人が―――鋼盾さんがいたからですよ」
 

 こうじゅんさん、と初春が口にした名前。

 白井さんの言う“あの方”、御坂さんの言う“あの人”

 それが、その「こうじゅんさん」なのだと、三人の表情を見ただけで、なぜかわかってしまった。






「そうですわね――確かに。
 まったく、調べれば調べるほど、あの方はとんでもないですの。
 黄泉川先生の調書も拝見しましたが―――なんですのあの行動力と推理力と周到さは!」


 白井さんが、天を仰ぎながらそんな事を言う。

 そんな彼女に初春が、我が意を得たりとばかりに目を輝かせた。


「ええ! あれはとんでもないです!
 私が鋼盾さんに電話してから事件解決までたった六時間ですよ! 六時間て!」

「……凹みますの、ひたすらに凹みますの」

「凹んでる場合じゃないですの白井さん! 私の計画に乗ってくださいよー!
 “幻想御手事件解決に尽力!”のお手柄を巧いこと利用して、どどんと勧誘です!」


 テンション上げまくりの初春と、下がりまくりの白井さん。

 御坂さんはそんなふたりの様子を、楽しそうに眺めている。

 そしてあたしは置いてきぼりである、寂しい。


「何度も言ってますけど……わたくしは鋼盾さんを強引に勧誘するつもりはありませんの。
 ……というか、あまりしつこいと嫌われますのよ、初春」

「その点はだいじょうぶですって! なんだかんだで鋼盾さん、誘われると嬉しそうですもん!
 私にはわかります! あの手のタイプには押しです、押し!」

「……まあ、初春のいうことも正しいんでしょうけど……
 あまり困らせてあげないで欲しいですの……いえ、わたくしも反対はしませんけど」


 件の「こうじゅんさん」を風紀委員に入れたいらしい初春。

 相手の都合を慮ってか、勧誘には消極的な感じの白井さん。


 この二人の意見が分かれたときは、たいてい白井さんが押し切るのがいつもの流れ。

 だけど、白井さんも内心では初春の意見に賛成しているようで―――今回はどうやら膠着だ。

 
「……うーん、私としてもふたりの言い分、どっちもわかるけど……。
 結局は本人の意志よねー……強制できるようなものじゃないもの」


 そこで御坂さんが、客観的なコメントを入れた。

 さすが年長者だけあって、冷静で公平な見解である。

 そんな彼女の言葉をうけて、初春は尚も声を張り上げる。


「――ええ。それは勿論です。
 焦らず行きますよ……鋼盾さん獲得計画は始まったばかりです!!」


 ぐい、と拳を握り締める初春。

 こうなった彼女は、誰にも止められない。


「……ねえ、初春」

「? はい、なんですか佐天さん?」


 だけど、それはそれとして。

 あたしとしては――まず、これを聞いておかなければならないだろう。






「いや、えーと……その、こうじゅんさん、て誰さ? どんな字書くの?
 そもそも苗字? それとも名前? 歳はいくつ? つーか、性別もわからんし」


 盛り上がってる会話に水を差すのが申し訳なくて、黙って聞いていたけれど。

 そろそろ辛抱たまらない、内輪ネタで部外者をハブるのはいけないと思います! ほんとに。


 ちなみに今、あたしの頭の中でのこうじゅんさんは、

 「知性あふれる」「行動力抜群の」「年上の美人さん」的な感じだ。


 「どんな事件もスピード解決! 私の名は皇潤! 探偵さ!」とか言ってらっしゃる。

 シャーロック・ホームズみたいな服を着てる、手にはパイプ、何者だ……ああ、探偵か。

 いや探偵じゃないでしょ! どっからきたよその設定! 孤独なセルフツッコミである。


 三人の会話から断片的なイメージを積み重ねてみた結果、このザマである。

 流石にこんなおもしろキャラではないだろう、ありえない。


 こうじゅんさん。

 この三人が絶賛する、その人物。

 幻想御手事件解決の功労者なら、あたしにとっても恩人だ。


 興味はある、すごくある。

 可能なら、会ってお礼を言いたいくらいだ。





「え?」

「へ?」

「あら?」


 だが、そんなあたしの言葉に、三人は心底驚いたような反応を示した。

 なんというか……そう、いい年してアメリカ大統領の名前を知らない人間を見るような感じの。


「……え? あれ? あたしなんか変な事言いました!?
 えーと……その、なんというか……あれー?」


 慌てて問いを重ねるあたし。

 そんなあたしに、三人はやっと得心がいったとばかりに頷いた。


「……そっか、佐天さんは知らないんでしたね」
 
「ええ――思い返してみれば、名前を聞く機会などなかったはずですの」

「なるほど……あ、ゴメンね佐天さん。
 ――――えーと、あれ、どこから話したものかしらね」


 そう言って、何やらアイコンタクトを取り始める三人。

 なんという疎外感、これは寂しい、超寂しい。


 独り理不尽な置いてきぼりに涙するあたし。

 それでもようやく三人の間でなんらかの事柄がまとまったらしく、三対の瞳がこちらを向いた。






「まず、鋼盾というのは苗字ですの。
 鋼盾掬彦さん――性別は男性ですわね」


 まず口火を切ったのは、白井さん。

 男性……「こうじゅんさん」は男の人だったらしい、名前は「きくひこさん」。

 先ほど浮べたイメージは全没である、美少女名探偵じゃなかったようだ。


「今は高校一年生ね……ちなみに無能力者」


 そして続いたのは、御坂さん。

 高校一年生というと、あたしたちのみっつ上、御坂さんのふたつ上か。


 そして―――あたしと同じ、無能力者。

 学園都市の序列の最下層に彼は居るのだという。


「字は―――こうですね。
 鋼の盾に、手で掬い上げるの掬、そして彦星の彦です」


 最後は、初春。

 テーブルに備え付けの紙ナプキンに、愛用のペンを走らせる。

 記されたるは、漢字四文字。


 鋼盾掬彦。

 こうじゅんさん――いや、鋼盾さんだ。


 それが、その人の名前。

 三人の話題を攫った、まだ見ぬ彼の名前だった。





「……鋼の盾、かあ。
 なんていうかさ―――強そうだよね」


 こうじゅん、鋼盾、鋼の盾。

 重々しくて大きな鋼鉄製の盾を構える人。

 字面を見ての第一印象は、そんな安易な感想だ。


 まあ、苗字なんかで人物を測れるわけもないけどね、とあたしは笑う

 それでも、なんとも強そうな漢字である、、鉄壁堅牢だ。


 佐天という苗字が「佐ける者」であるならば

 鋼盾という苗字は「守る者」と言った感じだろうか


 そんなあたしの、なんとも考えなしな呟きに。

 しかし三人は、思いの外嬉しげな反応を示した。
 

「ええ! そうなんですよ佐天さん!」


 初春飾利が、歌うように。


「――まあ、世間一般でいうところの強さとは違うのでしょうけど」


 白井黒子が、微笑みながら。


「それでも、あの人は―――強いわよ。
 腕っ節とか能力とか、そういうのじゃなくて、ね」


 御坂美琴が、称えるように。

 




 そして、彼女たちは語る。

 七月二十四日、学園都市中を巻き込んだ、幻想御手事件の真実を。


 その戦場を駆けた、ひとりの少年の物語を。

 鋼の盾の、物語を。




――――――――――



ここまで! 半分!

長いわ! こんな長くなるとは思わなかったわ!
もう日付変わっちゃったよ! ちゃんと書いてから投下しろよ!

佐天さん視点でお送りしました、エピローグその1でござる
超電磁ガールズしてんだと、鋼盾はこういうふうに見えてたらしいぜ!
過大評価だよね!

続きは次回
よろしければまたお付き合い下さい

>>1が嘘吐きという風潮、一理ない
あ、コメントありがとうございました!

でもなんだよコイバナでばっかり盛り上がりやがって!
おまえら冷静になれよ! 日村カップリングとか誰得だよ!
そもそも>>1に恋愛話なんか書けねえよ! ばーかばーか!

仕方がないので各キャラルートのエンディングタイトルだけ置いておくぜ!
そぉい!


月詠小萌エンド   『月明かりふんわり落ちてくる夜は』

木山春生エンド   『虚数学区の向こう側にて』

インデックスエンド 『ふたりぼっちの世界征服』

神裂火織エンド   『救われぬ貴方に救いの手を』

吹寄制理エンド   『一端覧祭運営委員長の右腕』

雲川芹亜エンド   『ツァラトゥストラはかく語りき』

黄泉川愛穂エンド  『伝説の警備員の伝説』

御坂美琴エンド   『星に願いを』

白井黒子エンド   『彼女がツインテールをやめた理由』

初春飾利エンド   『右手に盾を、左手に花束を』

佐天涙子エンド   『とある無能力者の失踪』

鈴科百合子エンド  『学園都市最後の日』

誘波エンド      『青髪ピアスの憂鬱』


うむ、こんなもんかな
なお、ほとんどの話でくっつかずに終わる模様

もちろん、書く予定はございませんの!

じゃあの!

1スレ目  神裂「鋼盾――鋼の盾ですか、よい真名です」

2スレ目  姫神「私。魔法使い」 鋼盾・上条・禁書「………」

3スレ目  鋼盾「歯を食い縛れ最強(さいじゃく)。僕の最弱(さいきょう)は、ちょっとばかり響くよ」

4スレ目  土御門「カミやん、コウやん。オレってば実は天邪鬼(ウソつき)なんだぜい」 上条・鋼盾「……」チーン

5スレ目  鋼盾「どんな理由を並べても!それがこの子が殺されていい理由には、ならないんだよ!!!」

6スレ目  鋼盾「風斬ィィいいいいいいいいいいいいいいいいい いいいいいいッ!!」

7スレ目  オルソラ「まぁ、日村さんとおっしゃるのでございますか」鋼盾「僕の話を聞けぇッ!!」

8スレ目  鋼盾「『残骸』……?」
 
9スレ目  オリアナ「ぼうや、暇ならお姉さんといいコトしない?」鋼盾「な、ななななッ!?」

10スレ目  リドヴィア「これで終わりですので!」鋼盾「まだ分からないのかい?今日の主役は、僕たちじゃないんだよ」

11スレ目  鋼盾「今頃ふたりともヴェネチアかあ」 佐天「いいなあ、ヴェネチア」

12スレ目  美琴「こ、鋼盾さん、どうしよう、アイツに罰ゲームしなきゃ///」 鋼盾「どうどう」

13スレ目  鋼盾「前方の、弁当……?」 黒子「…一体どんなお弁当ですの?」

14スレ目  鋼盾「…どうしてアビニョンにお笑い芸人が?」テッラ「……」

15スレ目  鋼盾「楽勝だよ。超能力者」

16スレ目  五和「話なら聞いてあげますよ。さんざん(中略)さんざんグチャグチャのグチャにブチのめした後に!」鋼盾・建宮「ひぃ」

   アックア「天草式十字凄教、そして鋼盾掬彦。その名は我が胸に刻むに値するものとする!!」
 
17スレ目  キャーリサ騎士団長アックア「「「戻ったかッ!」」」「「「鋼 盾 掬 彦 !!」」」


18スレ目  鋼盾「さぁ、群雄割拠たる国民総選挙の始まりだ!!」

19スレ目  鋼盾「……どうして、ここまでひどい怪物になっちゃったのかな」上条「お前……!」

20スレ目  鋼盾「……ヒーローなんか必要ない」

    鋼盾「お前を…倒す!!」フィアンマ「メインデッシュの前に前菜か。せいぜい俺様を楽しませろ」

21スレ目  ミーシャ「kdjad次lfjd殺esg」鋼盾「うおおおおおおお!?」

22スレ目  鋼盾「僕も、みんなとずっと一緒にいたかった」神裂「――ッ!!」

23スレ目  鋼盾「……ドラゴンライダー、ですか?」 丈澤道彦「ああ、君のための機体だ!」


アックア「あなたの涙を 笑?に変えてみせるのである!(Flare210)
     ――――幸せの魔法 それは……Party Join us !」

テッラ「Party Party Join us Join us
     Party Party Join us Join us
     Party Party Join us Join us!」

ヴェント「おしりをふりふり」

フィアンマ「Party Party Join us Join us
       Party Party Join us Join us
       Party Party Join us Join us!」       

ローマ教皇「みんなでうたおおおおおお!!!」


そんなローマ正教の皆様はともかく、個人的にクレしんベストソングは
「月明かりふんわり落ちてくる夜は」と「夢のENDはいつも目覚まし」
そして「BOYS BE BRAVE」だと思いますね!

強情+笑顔=愛され上手
純情×感謝=幸せ上手

きみの選ぶ夢(魔法名)を誰かに頼っちゃいけない
けして自分に負けない心―――GIRL BE BRAVE、勇紀を手に!

アニメレールガン10話
脳波パターン一致率……99%!って固法がいうシーンで
その99%の…メッセージ?が示していた所、つまり木山春生のデータに
Telepathyって書いてあるんだけども…

予知能力……?

>>258
このSSは原作漫画準拠であり、アニレーなど知ったことじゃないのである!
……というのは不誠実過ぎますな、アカンアカン、アカンぜよ

このSSでは多才能力のひとつとして「予知能力」を使っています
ですので「木山先生がテレパシー能力者」だったとしても無問題だと思うの
そもそも木山の素質が予知能力ってのも、彼女が勝手に推測してるだけやしな!

「鋼盾に解除プログラムを預けた理由付け」
「多才能力の掘り下げ」
「最終戦以降の展開にむけての伏線」
「魔術師たちを仲間にしたことで生まれるヌルゲー感の払拭」
「予言を受けた鋼盾の葛藤とそれを乗り越えての精神的成長」

意図としてはその辺があったのですが、果たしてうまくかけたかどうか
ご意見お待ちしております

いつも思うけどここの>>1は上条さんを[ピーーー]べきだった

>>261
3巻は上条必須だろ

どうも>>1です!
なんか超電磁お茶会編膨らみまくって三部構成になっちゃったぜ!
エピローグ2とエピローグ3はこんなに長くないのに! バランス悪!

というわけでまた途中までですが、第二部を今日中に投下に漕ぎ着けたい
日付がかわるまでになんとか!

>>261
上条さんを殺したほうが、ストーリーがビシッとしまるかもですねえ
あ、ちなみに>>247のインデックスエンド 『ふたりぼっちの世界征服』 神裂火織エンド 『救われぬ貴方に救いの手を』
このあたりは、上条さんがフィアンマの刺客に殺されてしまう鬱ルートだったりします

>>262
フハハハ、それはどうかな!

んでは、またあとで!
日付をまたいだら勘弁な!

――――――――――


 
「……とまあ、これが今回の事件の顛末って感じかしらね?」


 三人が、時には脱線も交えながらも語ったひとつの物語。

 それを締めくくったのは、事件そのものにも幕を引いた御坂さんだった。


 御坂さん―――御坂美琴。

 常盤台のエース、超電磁砲、レールガン、超能力者、レベル5。

 多才能力者という、冗談めいた万能の繰り手を下した彼女。

 幻想猛獣という、人智を超えた化物を打ち破った彼女。


 まるでヒーローのような、彼女。

 そして、そんな彼女を支えた風紀委員や警備員たち。

 初春や白井さんも、幻想御手事件解決の中核を為している。


 だけど彼女たちは、最大の功労者は他にいるという。

 彼がいなければ、自分たちはそれを為せなかったという。


 幻想御手の正体を看破し、開発者を突き止めた少年がいた。

 犯人を説得し自首させ、解除プログラムを提出させた少年がいた。

 解除プログラムを風紀委員にリークし、学園都市中に拡散させようとした少年がいた。


 学園都市中の警備員、風紀委員を巻き込んで。

 超能力者・御坂美琴すら霞ませて。

 事件の首謀者すら、従えて。


 無能力者の少年が、戦場を指揮した。

 能力も権力も持たぬその掌が、なにもかもを掬い上げた。






「これが後に“鋼の風紀委員”と恐れられる鋼盾さん伝説の幕開けです」

「……初春……いえ、もうなにも言いませんの。
 ――しっかしまあ、改めてとんでもない話ですの、あの方は」


 風紀委員両名が、ひとつづつコメントを添える。

 初春の願望はともかく、白井さんがここまで他人を高く評価するだなんて、相当だ


 御坂さんへのある種信仰じみた崇敬を除けば、このうえなく公平で公正な彼女。

 短い付き合いではあるが、彼女がそういうならきっと真実なのだろう。

 そもそも成し遂げた功績を思えば、もはや疑うべくもない。


「……はー、すごいですねえ。
 鋼盾さん、ですか……なんかもう、すごいとしか言えません……」


 ほんとうに、すごい。

 あたしは、幻想御手になんの疑問も抱かなかった。

 もちろん、怪しいし胡散臭いとは思ったけれど、それでも結局は誘惑に負けてしまった。


 何より、その人が無能力者であるという点が驚きだった。

 無能力者でありながらの大金星、なんとも痛快な話だと、素直にそう思う。

 だけど――同時に、だからこそ劣等感を抱かずにはいられなかった。


 あたしが道を誤ったのは、幻想御手があったからだと思っていた。

 鼻先に餌が吊り下げられれば、誰だってそれに食いつくはずだと、思っていた。


 無能力者。

 そんな残酷な烙印を押された者ならば、誰であろうとその誘惑には抗えない。


 だから、仕方のない事だったのだ。

 悪いのは、そんなあたしたちを唆した連中だ。


 心の何処かでまだ、そんな甘えを持っていたことに気づき、あたしは歯噛みする。

 人のせいにして、なにひとつ変われていない―――まったく、情けない話だった。





「鋼盾さん……鋼の盾、かぁ……。
 会ってみたいような……絶対会いたくないような」


 皆から話を聞く前は、ぜひ会いたいと言っていたけれど。

 今となっては少し怖気づいてしまうところもあった……正直、気後れしてしまう。


 その人が凄まじい能力の使い手だったなら、きっとこんな感情は抱かなかった。

 そのひとが無能力者であるという事実こそが、あたしを躊躇わせる原因だ。

 
 ……我ながら、ほんとうに意気地がない。

 そんなあたしの言葉に、初春と白井さんはちょっと困ったような顔をして、こう言った。


「……んー、それなんですけどねー」

「ええ、鋼盾さんですが……
 実を言うと、佐天さんは一度お会いしているお人ですの」


 その言葉に、あたしは心底から驚愕する。

 予想外にも程がある、というかマジか、マジなのか。


「……え? あたし、その人に会ってるの!?」

「ええ、つい先日、確かに」


 わからない。

 そもそも、あたしには高校生男子の知り合いなど一人もいない。


 強いて言えば行きつけのパン屋さんの店員さんくらいのものだ

 フランク極まりないあの青い髪の人が、うわさの鋼盾さん?

 ……名札に「青髪」って書いてたあの人が?


 うん、それはないね!

 なんというか、あってたまるか!

 ……冷静に考えれば、あの人はレベル1だって言っていた、無能力者ではない。


 となると、本当に全く候補が浮かばない。

 つい数カ月前までランドセル背負ってたあたしに、そんな出会いなどありえない。


 だけど、二人はあたしが知っていると言う。

 混乱するあたしを他所に、なにやら話し込んでいる……またも置いてきぼりである。






「……あ、すっかり忘れてました
 そう言えば鋼盾さんに頼まれたままにしちゃってましたね。
 佐天さんにお礼を言いたい、謝りたいって件」

「……ああ、そういえばそうですの、忙しかったですし。
  鋼盾さんも多忙だとメールで……あ、そういえばそれも今日までだったでしょうか」

「ん、確かそうですねー……呼んじゃいましょうか、ここに」

「いきなり呼びつけるのも失礼ですの。
 ……そうですわね、近いうちに一席設けましょうか」


 そして、新たに出てきた重要ワードっぽいもの。

 お礼? 謝りたい? あたしに?

 ……いよいよわからない、さっぱりわからない。


「ふたりとも、佐天さんが困っちゃってるわよ。まったく」


 混乱するあたしを見兼ねて、御坂さんが助け舟を出してくれた。

 ありがたすぎる、御坂さん素敵、最高。


「佐天さん、二十一日に路地裏で、幻想御手の取引現場にかち合ったでしょ?
 ……黒子が助けに駆けつけたってヤツ」

「……はい」


 だけど、その言葉に胸が軋んだ。

 彼女が口にしたのは、一週間前のとある出来事。


 勿論覚えている、あたしにとっては苦い思い出だ。

 それは転機ですらあったかもしれない、ひとつの失敗だった。






 あの日、御坂さんたちと別れたあと。

 路地裏で絡まれている人がいて、それはウワサの幻想御手絡みのようで。

 どうにも放おっておけなくて、バカだバカだと思いつつ助けに入った。

 そして、やっぱりバカを見るはめになった。


 粋がって吠えてみたあたしに向けられたのは、哄笑と暴力。

 震えを押し殺して叫んだ台詞は、更なる震えにもみ消されてしまった。


 無様な己、無力な己、足手まとい。

 あたしたちを守るために、ボロボロになって戦う白井さん。


 あの時、不良たちに叩きのめされた男の人が言った言葉を、今でも覚えている。

 ぼくたち無能力者には、なにもできないのだと、彼は諦めきった顔でそう言った。


 あたしはその言葉に反発し―――しかし、やっぱりなにもできなかった。

 あの人の言った通り、無能力者にはできることなんてなかった。





 ……ふと、あの人はどうなったのだろうかと思う。

 スキルアウトに足蹴にされて、顔を腫らして俯いていた彼。


 蜘蛛の糸に縋りつくことしかできない、憐れな無能力者。

 あたしと同じ絶望に身を浸した哀れなあの人は、あの後どうしただろう。


 諦めてしまっただろうか。

 諦めきれず、幻想御手に手を出してしまったのだろうか。

 幻想猛獣とやらの一部に、なってしまったのだろうか。

 それとも……


 ……やめよう、意味のないことだとあたしは頭を振って、改めて御坂さんを見遣る。

 そもそも他人をどうこう言える立場ではない、自分のことで手一杯だ。


 そして、御坂さんの言葉が響く。

 予想外にも程がある、それはとびっきりの爆弾だった。





「その時に、佐天さんが助けた男の人が、鋼盾さん」

「―――――え」


 思わず、問い返していた。

 御坂さんが何を言ったのか、判らなかった。

 そんな間抜けなあたしに、御坂さんは噛んで含めるように、繰り返してくれた。


「だから、あの時ボコボコにされてたあの人が、鋼盾掬彦さんなの」

「……ええっ!? ……あ、え、……ええええ!!!?」 


 悲鳴のような、大袈裟に過ぎる声を上げるあたし。

 もしかしたら、それは今までの人生で一番の驚愕だったかもしれない。


 そのくらい予想外というか、なんというか。

 三人の語る鋼盾掬彦さんと、今頭に思い浮かべている人物が全く重ならない。

 ひとつだって、重ならない。


「だ、だってあの人! 幻想御手を! 無能力者で! あたしと同じで!」


 口から零れ落ちるのは、チグハグで、要領を得ない問い。

 混乱していた、わけがわからなかった、ありえないと思った、ドッキリを疑った。







 だって。

 あの人は幻想御手(はんそく)を金銭で得ようとした、弱い人間だ。

 あたしと同じく、餌に釣られた側の人間のはずだ。

 地面に転がって、呻き声を上げていた人だ。


 あたしがあの人に感じたのは、歪な共感と憐れみと同族嫌悪だった。

 多分、向こうも同じような事を思っていただろう。


 泣きそうな顔で、無能力者は無力だと諦めたように口にしたあの人が。

 あたしと同じ視点でこの世界を嘆いていたあの人が。

 今にも折れてしまいそうだった、あの人が。

 罪を犯してしまうところだった、あの人が。


 どうして。

 ヒーローになど、なれるというのか。


 冗談じゃない。

 ありえない。


 あたしは理不尽にも、裏切られたような気分になった。

 多分、酷い顔をしているんだろうなと自分でも思う、今だけは鏡を見たくなかった。

 




「……そうですね、鋼盾さんは無能力者で、幻想御手に縋ろうとしたそうです」


 そんなあたしに、初春が悼むように告げる。

 鋼盾さんは、確かに道を踏み外していたと、そう言った。


「……でも、鋼盾さんはそこで終わりませんでした。
 支部へ白井さんに助けてもらったお礼を言いに来たときには、もうすでにそれを乗り越えてらっしゃいましたから」


 いい友人に恵まれたそうですよ、と初春は微笑む。

 佐天さんにとって私たちががそうなれたら嬉しいんですけどねー、と甘い言葉を添えて。

 思わず言葉に詰まってしまうあたし……これは反則だ、きっと今、顔が真っ赤になってる。


「……鋼盾さんは、佐天さんに救われたって言ってました。
 無能力者でありながら、勇気を出してくれた佐天さんに、お礼を言いたいって。
 八つ当たりで酷いことを行ってしまったことを、謝りたいって」


 鋼盾さんが幻想御手事件の解決に挑んだのは、きっとそのためだから。

 ですから、どうか会ってあげて欲しいんです、と初春は言う。


 そのあまりにも真剣で真摯な眼差しに。

 あたしは思わず、是と返していた。


「……うん、会うよ……わかった。
 あたしだって、ちゃんとお礼を言わなくちゃ、いけないし……」


 そう、逃げるわけにはいかない。

 きちんと向き合わなければ、いけない。


 だけど、やっぱり少しだけ足が震えた。

 また、己の弱さを突き付けられてしまうような気がした。


 内心でじくじくと、そんな事をあたしが考えていると。

 不意に、向かいの席に座る御坂さんが話し始めた。





「……私も、鋼盾さんにお礼を言わないとね。
 いやー、実は会う度にあのひとに救われてるのよねー、三回会って三回とも。
 …………正直頭あがんないなあー、うう、勝てる気しない」


 御坂美琴が、超能力者たる彼女が、無能力者相手に「勝てる気がしない」と言う。

 笑みすら浮かべて、“あのひとには敵わない”と、そんな事を言う。

 それがどれほどすごいことか、あたしは思わず身を震わせる。


 一体、あたしとあの人は、何処で差がついたのだろう。

 あの時、あたしとあの人はおんなじところにいた。


 それは場所ではなく、立場の話だ。

 どん底に、あたしたちはいた。

 あそこはまさしく、この街の最底辺だった。


 あたしはあのあと、半ば自暴自棄になって幻想御手に手を出した。

 諦めて、逃げ出したのだ。


 だけど、あの人は、諦めなかった、逃げなかった。

 自分の弱さから目を背けず、無能力者のままで、走り続けた。


 結果。

 風紀委員の初春や白井さん、超能力者の御坂さんですら届かなかった場所に彼は至った。


 すごい話だと、心底から思う。

 ……だけど。





「……なんか、悔しいな」


 ポツリと、そんな言葉が零れた。

 意図せず口にしたその言葉は、それでも間違いなく本音だった。


「? 悔しいって……鋼盾さんに、ですか?」

「うん……なんかすごく、悔しいんだ。
 ――――初春は、そういうの感じない?」


 あたしのそんな台詞に、初春は戸惑ったような顔をする。

 その顔を見ただけで、彼女がそんな思いを抱いていないことは一目瞭然だった。


「……いえ、特には。
 単純にすごいなぁって……えと、白井さんは、どうですか?」

「わたくしですの? そうですわね、悔しさと言うよりは……
 どちらかと言えば―――己の不甲斐なさを感じるばかりですの」


 風紀委員ふたりが彼に抱いたのは、素直な賞賛。

 彼女たちにとっては、彼は掛け値なしのヒーローに他ならない。


 だが、あたしにとっては。

 少しばかり、話が違う。


「……そっかー、そうだよね。
 あたしが子供っぽいのかなぁ……でも、やっぱり―――悔しいよ」


 それは、初めての感情だった。

 能力者たちに感じる嫉妬や羨望でも、無能力者たちに感じる同情心や同族嫌悪とも違う。


 あたしだって、そこにいけたんじゃないか。

 あなたなんて、あたしとおなじじゃないか。

 そんな事を、思ってしまうのだ。


 みっともない感情だとは、確かに思う。

 その鋼盾さんの為したことは、誰にでもできるようなことではない。

 それはわかっている。

 だけど、だからこそ強く、絡みつく。


 この感情は、きっとここにいる誰にもわかってもらえないだろうとあたしは思う。

 ……だけど、それに意外なところから、肯定の意が示された。





「悔しい……そうね、私も悔しい。
 私と鋼盾さんじゃ、立ってる場所が違う」


 それを口にしたのは、御坂さんだった。

 学園都市中の羨望と嫉妬をその身に集める、超能力者だった。


 超能力者と無能力者じゃ、もちろん立ち位置は異なるだろう。

 だけど、御坂さんが言っているのは、きっとそういうものじゃなかった。



「アイツがそうだったように、鋼盾さんも、単純な優劣や勝ち負けの土俵にはいない。
 私はそこにいけそうにない―――――それが、どうしようもなく悔しいわ」


 アイツというのが誰のことなのかはわからない。

 けれど、御坂さんが彼らに感じている感情は、無能力者のあたしのそれと、きっと似ていた。


「……やっぱり、ちょっと驕ってたのよね、私。
 あの時だって、結局は力任せ……能力任せに首を突っ込んじゃっただけだった。
 木山を倒せば万事解決って―――鋼盾さんは、その先を見てたのに」


 そして、御坂さんはそう言った。

 誰もが賞賛するであろう先日の大立ち回りを、驕り故のものだと断じてみせた。


「思うのよ。鋼盾さんは、きっと能力を手に入れてもその在り方を変えない。
 だけど、御坂美琴はどうだろうって……能力を持ってない、無能力者の御坂美琴がいたとして。
 ―――ソイツに、果たして何ができるだろうって」


 能力があるから、御坂美琴は正義を為せた。

 能力がなくても、鋼盾掬彦は正義を為した。


 ならば、能力のない御坂美琴は?

 果たして、正義を為すことができただろうか?


 もちろん、答えはでない。

 それなのに私はこの数日そんな事ばかりを考えている、と御坂さんは言う。


「―――ねえ、佐天さんは、どう思う?。
 手に入れた力を傘に暴れる私は、調子に乗った目障りな人間じゃなかったかしら?」


 そんな御坂さんの言葉に、初春と白井さんが息を呑んだのが判る。

 無理もない、それは超能力者である彼女が無能力者であるあたしに問うには―――そう。


 残酷だ。

 あまりにも残酷な、問いだった。


 是と答えても、みじめなだけ。

 否と答えても、みじめなだけ。


 ほんとうに残酷な、問いかけだった。





 ――だけど、それは逆も然り。

 その問いにあたしが正直に答えれば、それは御坂さんにとっては残酷な解答になる。

 それが分からない御坂さんではないだろう、彼女は頭の良い人だから。


 下手をすれば、不誠実な答えを口にすれば。

 佐天涙子と御坂美琴の間に、きっと埋めることの出来ぬ溝を刻むだろう。


 だけど、それでも彼女は敢えて、それを問うた。

 傷つくことも、傷つけることもありうるであろうその問いを、紡いだ。


 その表情は、とても穏やかだった。

 そこにはあたしを困らせようとする意図も、己を傷つけようとする意図も見えない。


 この問いは、御坂美琴にとって必要なものだと。

 私とあなたにとって、必要なものだと。

 そう言っているように、あたしには思えた。


 だから、あたしはそれに答えねばならない。

 佐天涙子はその問に、期待に―――応えねばならない。


 御坂さんが真っ向からあたしに向きあったのも。

 あたしが真っ向から御坂さんに向きあったのも。


 きっと。

 これが、はじめての事だから。


 だから、あたしも正直に。

 思いの丈を、ぶつけてしまう事にした。


 




「まず……能力のあるなしやその強弱で、取れる行動が変わってくることはありますよ。
 お金持ちが簡単に買えるものでも、貧乏人には十年かかったりするんです」

「……うん」


 ほんとうに、そうだ。

 たとえば、寄付という行為がある。

 恵まれない誰かに愛の手を、言うまでもなくそれは善行だ。

 ご負担にならない金額を、と、あたしたちの前に募金箱が差し出せれたとしよう。


 御坂さんなら何の気なしに一万円くらい、ひょいと寄付してしまうだろうか。

 超能力者の奨学金なら、きっとそのくらいは容易い事だ。


 もちろんあたしには、そんな額を寄付することは難しい。

 一万円なんて寄付したら、その月は相当にお財布の寂しいことになる。

 正直、百円くらいで勘弁してもらいたい。


 御坂さんが一万円で、あたしが百円。

 恵まれない誰かのためになにかをしたいという気持ちは、きっとたいして変わらない。

 その出費が財布に与えるダメージも、割合的にはきっとあまりかわらない。


 だけど。

 いうまでもないことだが、一万円には百円の百倍の価値がある。

 大切なのは心だとお題目を唱えたところで、それは絶対に変わらない。


 御坂美琴の行動は、佐天涙子の行動の、百倍の価値がある。

 否、きっと百倍じゃきかない、千倍か、万倍か、もっとかもしれない。





「御坂さんの強さと正しさの裏付けには、やっぱり能力があると思います。
 ……御坂さんが無能力者だったら、少なくとも今回、戦闘には参加できなかったですもん」

「うん」


 御坂さんは、今回の戦いで大いに活躍した。

 多才能力者であるという犯人を無力化し、幻想猛獣という化物の暴走を食い止めた。


 それは言うまでもなく、彼女が“超電磁砲”だったがゆえ。

 電撃系能力の最上位たる、その能力があってのこと。


 能力があったから、彼女はそれを成す事ができた。

 能力がなかったら、彼女はそれを成す事ができなかった。


 それは、事実だ。

 どうしようもなく、ほんとうのことだ。


「……だからあたしは、超能力者の御坂さんに嫉妬しちゃいます。
 あたしたちを蚊帳の外に置いちゃうその能力が、羨ましくて妬ましいんです」


 だから、あたしは御坂さんが羨ましい。

 だから、あたしは御坂さんが妬ましい。


 才能に溢れた御坂さんを、どうしようもなくズルいと思ってしまう。

 なぜ持てる物と持たざる者がいるのか、神様に文句を言いたくなってしまう。


 だけど。

 それが言い訳に過ぎないことも、今のあたしはちゃんとわかっている。





「……でも、能力なんてなくても、鋼盾さんはあれだけのことをやってのけた。
 初春も白井さんも、今回の件の活躍は、能力によるものじゃない。
 あたしがなにもできなかったのは―――あたしが弱かったからです」


 能力がなくても、能力に頼らずとも。

 為すべきことを為した人たちがいる。


 かつてのあたしは、きっとそこで間違えた。

 能力がないのを言い訳にして、諦めたふりをしてた。

 諦めることなんてできてないのに、取り繕った。


 佐天涙子が幻想御手に縋ったのも、その結果倒れたのも。

 すべてはあたしの弱さ故だった、それが真実だった。


「なにより―――今回、御坂さんはたくさんの人を救ってくれた。
 だれかの為に、皆のために、あたしのために、その力を奮ってくれた」


 そう。

 それもまた、真実だ。

 御坂美琴は己の意志で戦い、傷つきながらも勝利した。

 結果彼女は、たくさんのひとの生命を救った。


 他にも六人居るはずの超能力者は、動いてなんてくれなかった。

 御坂さんだけが、我が身を削って戦ってくれたのだ。


「……でも、それは」

「違いません、事実です――御坂さんのおかげで、あたしたちは帰ってこれた」


 またも否定の台詞を口にしようとした御坂さんを、あたしは被せるように肯定する。

 ほかならぬ彼女には、その先を言わせたくなかった。





「その功績を、御坂さんの頑張りを、あたしは誰にだって、御坂さんにだって否定してほしくない。
 “超能力者だからそのくらい当たり前だ”なんて、絶対に言わせたくない」


 お願いだから、そんなIFに囚われないでほしい。

 お願いだから、そんな迷いで輝きを曇らせないでほしい。

 お願いだから、御坂美琴を貶めないでほしい。


 勝手な願望だとは、百も承知。

 それでもそれが、あたしの願いだ。

 だって――――あなたは、御坂美琴は、



「全部ひっくるめて御坂さんなんだから、そんなとこで落ち込まないでください。
 かっこよくて強くて優しい、いつもの御坂さんでいて欲しいんです」


 それが、あたしの本音だった。

 他人に己の理想を押し付ける、迷惑な女だと自分でも思う。


「御坂さんは、あたしの憧れです。
 努力家なところを尊敬してます、意外と子ども趣味なところもかわいいと思います」


 だけど。

 それでも、この人には。

 超電磁砲の二つ名と、自信に溢れた笑顔が似合うから。


 だから。

 どうか。


「あたしは御坂さんが大好きです。
 これからもどうか―――大好きでいさせて下さい」


 言ってから、まるで告白みたいだと気付いた。

 いや、もしかしなくても告白そのものだ。

 これはちょっと恥ずかしい、本当に。


 心の赴くままに想いを吐き出してしまったあたしは、うぐぐと羞恥に頭を抱えそうになる。

 なんとか冗談っぽくごまかせないかと頭を捻るも、もはや後の祭り。


 なにより、否定なんてしたくない。

 できるわけがない。


 多分顔を真赤にしているであろうあたしに、声がかかる。

 それは対面に座る御坂さんからで―――彼女も顔が真っ赤だった。

 でも、見惚れてしまうくらいに、華やかな笑みを浮かべてくれていた。





「答えてくれて、ありがとう――もう大丈夫」


 お礼を言われた。

 大丈夫だと言ってくれた。


「私も、佐天さんが大好き。
 誰とでも仲良くなれるところがすごいと思うし、女の子らしいところが素敵だと思う。
 黒子や初春さんもだけど、私にないものをいっぱい持ってて、すごく羨ましい」


 大好きだと言ってくれた。

 すごいと、素敵だと言ってくれた。

 羨ましいって、そう言ってくれた。


「……ねえ、佐天さん。
 今更だけど、今までだって嘘じゃなかったけど、それでもお願い」


 そして、御坂さんはまっすぐにあたしを見つめる。

 ずっと雲の上だと思っていた彼女は、吐息がかかるほど目の前にいた。


 緊張に、指を震わせて。

 不安に、声を上ずらせて。

 それでも、一生懸命に勇気をふりしぼる。


 そんな。

 普通の女の子が、そこにいた。


 その子があたしに、こんなことを言った。





「私と、御坂美琴と―――友達になってください」

「―――はい、もちろんです!」
 




 佐天涙子と、御坂美琴。

 今だから認めよう、あたしたちの間にはきっと壁があった。

 あたしは劣等感とプライドから、御坂さんは距離感と遠慮から、それに触れることができなかった。


 見て見ぬふりをして、あたしたちは笑い合っていた。

 今となっても、その笑顔が嘘だったとは思わない。


 互いを尊重し、距離を測って、相手を傷つけないように。

 あれはまさしく、きちんとしたコミュニケーションだった。


 だけど。

 それでも確かに壁はあった。

 透けるように薄く、それでいて確かに隔たっていた。


 でも。

 今日からはもう、それはない。


 それが嬉しくて、あたしは笑う。

 御坂さんも笑う。


 七月二十八日、この日。

 あたしと御坂さんは、やっとほんとうの意味で、ともだちになることができた。
 







――――――――――

ここまで!

最後初春と黒子が空気過ぎますね!
嫉妬満開でこの二人が突っ込んでくるシーンも書くつもりでしたが! もう眠い!

ここで終わらせてもいいかなと思うのですが、次回もうひとつの出会いがあります
一体誰なんだ……ふふふ、それはまぎれもなくヤツさ!

気付いてる人もいるかなとおもいますが、佐天さんのモノローグは意図して鋼盾に似せてます
ガワが女の子に変わっただけでこうも違うので>>1としても驚きです、うん、やっぱヴィジュアルは大事だね!

次回こそエピローグ1が終わります
よろしくお付き合い下さい

>>1 乙 楽しみに読んでます。

>>260 で意見を待っていると記載があるので一つ。
なぜ1さんは,鋼盾は最後に能力者になるという伏線を張ったのでしょうか?
「最終戦以降の展開にむけての伏線」 とか「予言を受けた鋼盾の葛藤とそれを乗り越えての精神的成長」を
目指したのだと思いますし,ストーリーに緊張感を持たせたかったのかなとも思います。
ですが,鋼盾能力者化の伏線が全体の中で少し浮いている気がするのです。必然性があったのだろうかと…
能力発動後も,この能力がストーリーに不可欠だったのかというとちょっと疑問を感じます。

エピソードに関わってくるのかな?それとも新章継続フラグ?
だとしたらそれはとても嬉しいですね。

鋼盾の能力獲得は、物語の終わりの印だと思う。
舞台袖から戦うのがこのお話で、壇上に上がっちゃうとまた別の話になる。
なのでそれ自体に意味はないと考えるよ。

あと>>260については、木山先生最高です。

>>299
なるほど……そっか、鋼盾の能力獲得はそういう理由があったのか……!
みんな! >>1の狙いはそういうことらしいぜ! 行き当たりばったりじゃないんだぜ!
けしてラストだから投げっぱなしジャーマンをカマしたわけじゃないんだぜ!

だって!
>>294さんと>>299さんが読み込んでくれてるのがわかって嬉しくて!
ニヤニヤしながら返信打ってたらいつのまにか100行超えてたんだもん!

あんなん乗せたらドン引きやで!
俺がおまえらならそっとスレを閉じるね!

……と、冗談はともかく、>>299さんのコメントはほぼ正鵠でござる
強いて言えばそれプラス、物語の要請上、上条→鋼盾というヒーロー交代が必要だったということ
鋼盾に能力を持たせた理由は「彼が上条当麻のかわりに二巻以降を戦うため」です

このSSはあくまでも 一 巻 の み の 再 構 成 で す が (重要)、知っての通り原作は延々続きます
だからまあ能力は、苦難の道を選んだ鋼盾くんへの餞別というか十字架というか、そんな感じです

でもそれは「無能力者鋼盾掬彦」という本来の路線を否定するものでもあって
>>294さんが感じた違和感はきっとそこらへんでしょうか、>>1も迷いましたがこっちのほうが妄想が捗るよね!

木山先生の予言絡みの伏線が浮いてるというご指摘は、単に>>1の筆力不足ですな
あのへんはストーリーの分岐点だったので、つい詰め込んでしまった感が否めません

鋼盾の能力については、エピローグ3でアレイスターが多少触れる予定です
質問はそのあとに受け付けるということで、今はご容赦下され

あ、今日中にラスト投下しますよって、よろしければお付き合い下さい

禁書キャラで麻雀ネタを考えた時、一番最初にこれが思いついた
俺たちの世代なら、やっぱり坊や哲が出会いだよね!

上条「確かに俺は不幸だ、配牌なんて酷いもんだぜ。
   ――――だけど、屑牌を集めて出来る役満なんてのもある」

上条「それが俺の“型”(フォーム)だ」

上条「―――ロン、国士無双」

なんてな!



――――――――――



 そんな、あたしの一世一代の告白劇を終えて。

 あたしと御坂さんのラブラブっぷりに嫉妬した初春と白井さんコンビによるアレコレがあったりしたのだが、それは割愛する。

 とりあえず、あたしは更に恥ずかしい台詞を言うはめになったとだけ言っておこう。
 
 ……今晩あたり、恥ずかしさに身悶えするんだろうなあと思い、少しばかり凹む。


 だけど。

 無力感に怯え、周囲を恨む、そんな夜はもう来ない。

 ……いや、来るかもしれないけど、それを乗り越えることが出来ると思える。


 無能力者である己を認めるのと、能力者になることを諦めるのは違う。

 弱さを受け入れるのと、強くなることを諦めるのも違う。


 あたしはきっと、先に進める。

 どうせ失敗まみれで、回り道ばかりで、弱音だって吐いちゃうだろうけど。

 それでもきっと、諦めないで先を目指せる。


 だって、あたしには。

 こんなにも頼りになる、友達がいるんだから。


 初春が笑っている、白井さんが笑っている、御坂さんが笑っている。

 そんな三人の笑顔を受けて、あたしもどうしようもなく笑顔になる。


 今日集まった名目は、報告会と慰労会。

 だけどもう、この集まりでやらなければいけないことは粗方済んだ。

 だからこれからは、いつもどおりにおしゃべりを楽しめばいい。


 あたしたちの望んだ、かけがえのない平穏。

 ありふれた一時、内容なんてどうでもいい。

 門限までは、まだまだ時間がある。


 ドリンクバーで四人であれこれ騒ぎながら飲み物の補充をし、準備は万端。

 さてこれからなにを話そうかと、各々闇鍋のようにネタを投げ込もうと構えたその時。


 風鈴のようなドアベルの音が響いて。

 今一番ホットな話題であるところのそのネタが、思いがけず飛び込んできた。






「…………あれ、鋼盾さん?」


 御坂さんのその声に、あたしは彼女の視線の先を追い、くるりと後ろに首を向けた。

 そこにいたのは、ファミレスの入り口で店員さんを待っているひとりの少年。

 手に大きな紙袋を下げているその人の顔に、あたしは確かに見覚えがあった。


「ああ―――うん、あの人だ」


 鋼盾掬彦さん。

 あの路地裏で出会った憐れな無能力者、あたしの同類だったひと。

 そして、そこから立ち上がり、幻想御手の蜘蛛の巣を焼き払ったひと。


 あたしが以前見た彼は、暴力を受け顔を腫らし、その表情も恐怖と苦痛に塗れていた。

 白井さんのおかげでそれから解放された後も、色濃い絶望と諦念を孕んでいた。


 だけど、今の彼は、違った。

 傷もすっかり癒え、浮かべる表情も穏やかなものだ。

 それが、彼の本来の表情なのだろうと思う。


 やってきた店員に、穏やかに対応する鋼盾さん。

 そこそこ距離があるためか、それを見ているあたしたちに気づいている様子はない。





「まさに噂をすれば、ですの―――曹操ですか、あの方は」

「すごい偶然です!……って、あれ? ……おひとりじゃないみたいですね」


 初春の言うとおり、彼の影になってよく見えなかったが、連れがいた。

 鋼盾さんが店員に向け指を二本出しているから、間違い無いだろう。

 そもそも、ぴったりと寄り添うように立っている時点で、まるわかりだったが。


 少しの遣り取りを経たのち、席へと案内する店員に続き、彼らも歩き始める。

 それでようやく、もうひとりの顔が顕になった。


「―――わ」


 それを見たあたしの口から、思わず間抜けな声が漏れた。

 だが、無理もない事だと思う――ほんとうに、びっくりしてしまった。

 あたし以外の三人も、おなじようなリアクションをしている。


 それというのも。

 鋼盾さんの連れたその人は、とんでもない美少女だったのだ。


 まず目を引くのが、その長く艶やかな銀髪。

 腰まで伸ばされたそれは、まるで絹糸のようにつやつやと輝いていた。

 白皙の肌、知性を宿す翡翠の瞳、柔らかそうな唇。


 身にまとったワンピースは、真夏の空の色のように深い青だった。

 それが一段と彼女の白さを際立たせており、目を奪われてしまう。


 美少女というなら、今あたしの目の前にいる三人だって相当のものだ。

 御坂さんも、白井さんも、初春も、タイプの違いはあれど掛け値なしの美人さんである。

 忌憚なくそう思う、容姿の美しさだけじゃない、内面の強さが作り出す、凛とした美しさだ。


 だがそれでも、その少女はちょっと住む世界が違った。

 ぶっちゃけこんなファミレスにいちゃいけない人だと思う、割とガチで。





「ん、思い出したわ……幻想猛獣事件の時、鋼盾さんと一緒にいた人ね。
 はあ、今日はシスター服じゃないのね」


 その少女に御坂さんは見覚えがあったらしく、そんな事を言う。

 彼女はシスター、つまりは修道女であるらしい。


「シスター様ですの? なるほど、雰囲気のあるおひとですの」

「ふおおおお! すごい美人さんです!」


 白井さんも初春も、それぞれに賞賛の言葉を口にする。

 登場するだけで場の空気を変えてしまうような存在感、たしかにすごい、とんでもない。

 そして生まれるこの疑問、アンタ、鋼盾さんのなんなのサ。


「……恋人さん、ですかね?」


 思わず、そんな事を口にしていた。

 言ってから、それはどうだろうかと首をかしげてしまう。


 鋼盾さんはこういってしまっては申し訳ないが、ちょと冴えない感じの人だ。

 少し太ってるし、髪型もちょっと野暮ったい。


 よく言えばやさしそうで、悪く言えば頼りにならなそう。

 そして正直に言えば、コメントを向ける対象になりにくそう。


 そんな彼に、ぴったりと寄り添う異国の少女。

 美女と野獣というか、エルフとドワーフというか、なんともチグハグな組み合わせである。


 不釣合い、と十人いれば十人が、そう言うだろう。

 だが、彼女が鋼盾さんに向ける信頼しきった蕩けた笑みを見れば、その十人も軒並み沈黙を余儀なくされるに違いない。


 パートナーとは、釣り合いがどうの、他者の評価がどうので選ぶものではない。

 当人同士の意思によるものに他ならない、そう思わせるだけの何かが、そのふたりにはあるように思えた。





「うーん……あの時はそれどころじゃなかったから、なんにも聞けなかったしねー。
 ……まあ、でもあの場所にいるくらいだから……只者じゃないような気もするけど……」


 御坂さん曰く、あのシスターさんも幻想御手事件の渦中にいたという。

 銃弾と能力が跋扈したその戦場を、鋼盾さんと共に駆けていたと。


「とはいえ、恋人同士かはちょっとわかんないわねー。
 見た目はぜんぜん違うけど、なんか兄妹みたいな感じじゃない?」


 兄妹という御坂さんの言葉に、初春と白井さんがふむふむと頷く。

 そういえばこのメンバーは、あたし以外は一人っ子ばかりになるはずだ。

 仲の良い兄妹、そんなイメージを抱くのも理解できる。


 だが、弟を持つあたしとしては、ちょっと肯定しかねる話だった。 

 ……どんなに仲がよくても、妹は兄をあんな目で見ないと思うのだけど。


「ふんふん、わかります!
 ていうか、御坂さんと鋼盾さんの間に流れる雰囲気を三倍濃縮するとあんな感じですね!」

「えー、なんかコメントに困るわね、その台詞」


 と、言いつつ御坂さんが浮かべる表情に否定の色はない。

 それはそれでなかなかにすごい話である、彼女がそれを認めているというのは。


 超能力者御坂美琴の兄貴分は、無能力者の少年。

 これは大ニュースなんじゃないだろうか、もしかしなくても。


「……そういえば以前、鋼盾さん
 ぼくの恋路はえらく難儀だ、と仰ってましたの」


 それがあの方なのでしょうか、と白井さんが呟く。

 さらっと口にしたが、これもなかなかに聞き捨てならない話である。

 男っ気皆無の白井さんとそんな込み入った話をしているなんて、それだけでも驚きだ。


 難儀な恋路。

 女子中学生としては、とても心が踴る響きではある。

 あたし以外の皆もそれは同様のようで、それぞれ好き勝手に想像の翼を羽撃かせていた。






「難儀って……あのひとが、どこぞのお嬢様とか?」

「ぶっちゃけどこぞのお姫様だと言われても、信じてしまいそうですの」

「むしろ種族を超えて、妖精さんと言われても納得しちゃいそうです」


 お嬢様、お姫様、妖精さん。

 そんな三人の言葉に、あたしも心底から同意する。

 そのくらい浮世離れした美しさが、あのひとにはあった。


 絵本の中から出てきたかのような、偶像めいた美しさ。

 その背中に物語を背負っていると確信させるような、圧倒的な存在感。

 けして周囲に埋没せず、そのくせ不思議な調和をもって、そこに立っている。


 あれは、ヒロインだ。

 嫉妬の念すら抱かせないほど、圧倒的に。


 そんな彼女は、席へと案内される鋼盾さんの後ろをトテトテついて行く。

 カルガモ的かわいさである、ぱない。


 きょろきょろと視線を飛ばし、好奇心いっぱいにその目を見開いている。

 仔猫的かわいさである、ぱない。 


 かわいい、容赦なくかわいい。
 
 めんこい、途方もなくめんこい。

 ぱない。






「席は――む、ちょっと遠いわね、観葉植物で見えないし」

「こっそり盗み見盗み聞き、ってわけにはいかないですね」


 あたしたちとは離れた席に案内されてゆく二人を、琴春コンビが亀のように首を伸ばして様子を探る。

 お兄さんの恋路に興味津々な妹たちといった感じで、なんとも微笑ましい。

 とはいえこれはちょっとマナー違反だろう、向かいに座る白井さんも同意見のようだ。


「……気持ちはわかりますが、出歯亀は感心しませんの。もちろん、デートのお邪魔も。
 鋼盾さんへの報告や佐天さんの紹介は、また次の機会に致しましょう……って、
 ……初春? おもむろにパソコンを立ち上げて何をやっていますの?」


 白井さんが話す傍ら、鞄からパソコンを取り出して、瞬時に立ち上げ操作する初春。

 この少女がものすごいコンピュータの使い手であることを、あたしも知識としては知っている。

 初春は本体に、得体のしれない小さなアンテナのようなものを外付すると、キーボードでなにやら打ち込み始めた。


 疑問に思ったあたしが首を伸ばして画面を覗きこんでみると、見たこともないようなソフトが起動している。

 打鍵のスピードは熟練のピアニスト、超絶技巧だ、初春すごい。


「知ってます? 学園都市製の集音マイクって、ちょっと危機感を覚えるくらい性能がいいんですよ。
 ……よっと、ん、んー、白井さん、あの二人のテーブルまで何メートルかってわかります?」


 果たして問に答えているのか、初春は事も無げにそんな事を言う。

 彼女が問うたのは距離―――大体10メートルくらいだろうかとあたしは思ったが、自信はない。


「?……ざっとテーブルの中心までで11メートル強というところですの。
 必要ならセンチメートル単位で出しますけど……初春?」


 困惑と興味と不信感を綯い交ぜにした表情で、しかし律儀に応える白井さん。

 センチメートルまでとはすごい自信だ、だが、彼女の能力を思えばそれが大袈裟な物言いでないこともわかる。


「さすがは空間移動能力者、空間把握はお手の物ですね。
 ……ん、いよしっ、設定完了です。……では、スタート!」


 タン! と小気味良い音を立てて、エンターキーが叩かれる。

 それと同時にパソコンのスピーカーから、驚くほどクリアな音が流れ始めた。








“……もうこんな時間か、買い物にだいぶ時間がかかっちゃったね”

“うう、ちょっと疲れちゃったんだよ。
 前から思ってたけど、この街はヘンなものが多すぎるかも!”

“おつかれさま、とは言え、慣れてもらわなきゃ困る。
 これからはこの街で、きみは過ごしていくんだから”

“うん、だいじょうぶなんだよ。
 ええと―――夜はまた、作戦会議?”

“ん……と言っても、今のところきみにやってもらうことはない、かな。
 しばらくはぼくと土御門くん――つーか、土御門くんの結果待ちだね。
 だから、今はこの街に慣れることに集中してくれて構わないよ”

“……むう。……わたしは、仲間はずれ?”

“適所適材だ―――先は長いからね。
 あんまり気張りすぎるなよ、インデックス。
 心配しなくてもきみに隠し事なんて、しないから”







 それは、離れたテーブル席で語られた会話。

 穏やかで低い少年の声と、弾むような甘く高い声。

 鋼盾さんと……インデックス、さんでいいのだろうか? その二人の会話だった。


 どう見ても外国人である少女が流暢な日本語を操ることに、あたしは少しだけ驚く。

 そして次の瞬間、もっと驚くべき事があることに気付いた。


「って! 盗聴じゃんコレ!」

「しぃーっ、声が大きいですよ佐天さん」


 盗聴、つまりは盗み聞きである!

 しれっとサクッとピーピング・トム、壁に耳あり障子にメアリー。

 ……あれ、プライバシーってなんだっけ……いや、学園都市にそんなもの求めるのはアレだけど!


「……うわー、すごい。
 ていうか絶対に非合法よねこのツール」

「……初春、その手のものは封印しなさいとアレほど……!」


 呆れ混じりの賞賛は御坂さん、砂を噛むような苦言は白井さん。

 風紀委員としてそれはどうやねんというあたしたちの視線を、しかし初春は柳に風と受け流す。

 彼女はニヤリと笑うと、こんな台詞を言い放ちやがった。


「……でも、皆さん―――興味、ありますよね?
 あのふたりがどんな話をしてるのか」

「「「………………」」」


 ……ここで、即座に否と叫べなかったのが、敗因だろう。

 興味はある、すごくある、あるに決まってる、ありありだ。

 白井さんも御坂さんも、もちろんあたしもだ。
 

 テーブルに、牽制めいた沈黙が落ちる。

 その沈黙を払ったのはあたしたちではなく、パソコンのスピーカーだった。








“……この服、へんじゃない?”

“何度目だ、その質問。
 ……似合ってる、だいじょうぶ、かわいい、我ながら良いセンスだったね”

“ふふ、よかった”

“最低限の日用品はこれでオーケーかな。
 ま、足りない分はおいおい揃えていけばいいよ”

“……服なんて、別にそんなにいらないのに”

“四六時中シスター服じゃ、目立ってしょうがないってば。
 この街で暮らしていくなら、郷に従ってもらわないとね”

“……むう”

“それに言っとくけど、こんなもんじゃ済まないと思うよ。
 これから先、きみは絶対に舞夏と小萌先生に着せ替え人形にされるに決まってる”

“……うう”

“まあ、諦めなよ。
 ぼくからの誕生日プレゼントだ、今日の記念ってことで、勘弁してくれ”

 






「……さて、あのシスターさんの着ている服は、鋼盾さんの贈り物だそうです。
 いやー、あのふたり、どういう関係なんでしょうねー」


 気になりますね、気になりますよね! と初春は楽しそうに笑う。

 誕生日プレゼントですって! あの服、きっと今日の空の色なんでしょうね! 素敵ですね!

 これはこの先の会話も見逃せませんね! とその目が言っている。


「……でも、出歯亀はいけませんよねー。
 あ、エンターキーを押せばいつでも止められますからね! はい!」


 初春がぬけぬけと、そんな事を言う。

 あたしたちがその会話を気になって仕方がないことを百も承知で、そんな事を言う。

 言いながら、あたしたち三人がキーを押せるように、ずずいとパソコンをこちらに向けてきた。


「…………えーと」


 御坂さんが弱り切った顔であたしを見る。

 ダメよね! うん、わかってる! わかってるけど聞きたい! そんな想いが透けて見える。


「…………うう」


 そんな目で見られても、困ってしまいます御坂さん、あたしだって聞きたいです。

 ここは彼女に任せようと、あたしも弱り切った顔で白井さんを見る。


「……………ぐぬぬ」


 白井さんは呻きながら人差し指を伸ばそうとして、結局は引っ込めた。

 力なくテーブルにへたり込む彼女の口から“……申し訳ありませんの、鋼盾さん”という声が漏れた。

 ……あたしからも謝っておこう、ごめんなさい鋼盾さん。


「うふふふー! えへへへー!
 いやー、みなさんお好きですねー、やめられないとまらないー♪」


 悪魔が笑う、楽しそうに笑っている。

 かっぱえびせんを貪り食らいながら、ベルフェゴールが笑ってる。

 もはやあたしたちは共犯であると、初春飾利が笑っている。


 そしてそれはどうしようもなく、本当のことであった。

 己の罪から目をそらしつつ、あたしたちの耳はパソコンのスピーカーを向いていた。







“帰ったらすぐ食事にするから、注文は飲み物だけにしておこうか。
 ――ぼくはアイスコーヒーにするけど、きみはどうする?”

“ん……アイスティーにするんだよ”

“了解、そこのボタン押して”

“んんっ……えい!
 ……これでいいのかな?”

“ん、オッケー。きみのおかげで青髪くんから大量に廃棄予定のパンをせしめたし。
 今日の夕食は、なかなかに豪勢なことになりそうな感じだね”

“んん! あおがみ、とってもいいひとなんだよ!”

“ああ、いいやつだよ。
 ……でも、きみひとりでアイツに会っちゃだめだからね”

“? ……ん、きくひこがそういうなら、そうする”

“約束だよ……といっても、パンだけじゃ寂しいかもね。
 さて―――どうするかな、なんかスープでもつくろうか”

“シチューがいい!
 きくひこのシチューがいいんだよ!” 

“……こないだ食べただろう、みんなで”

“あれもとってもおいしかったけど! でも!
 きくひこのシチューがいいんだもん”

“はいはい、んじゃ、帰りに食材を買い足していこうか。
 作るのも手伝ってもらうからね――ああ、店員さんが来た、インデックス、注文”

“ふぇ!?”








 彼が手に持っていた紙袋は近場のデパートのもので、中身は彼女の日用品。

 そして今彼女が見にもとっている服は、彼が選んで買い与えたもので。

 会話の内容は夕食の相談、愛情たっぷりシチューで。

 これからふたりで一緒に作って、一緒に食べるのだという。


「……夕食の相談してますよ」

「これはもう、確定よね? 確定よね!」

「どう見てもデートの帰りですの」

「うおおお、甘い、甘いです!」


 一瞬前の罪悪感に塗れた沈黙とははたして何だったのか。

 あたしたちはパソコンにかじりつくように耳を傾け、好き勝手な事を言っていた。

 かっぱえびせん美味しいです、カルビー最高。
 

 ……これはバチがあたるかなあ、と思わないではないのだけれど。

 体重計に乗ったら後悔するのはわかっているのだけれど。


 それでも。

 やめられないし、とまらない。








“……そうそう、さっきの電話の件だけど……IDについてはなんとか手配が付きそうだよ。
 
“あいでぃー……よく、わからないけど
 わたしがこの街に住むのに必要なもの、なんだよね?”

“ああ、戸籍のようなものだと思ってくれていい。
 もろもろの情報に関してはでっち上げる事になるから、あとでまとめとく。

“うん、お願いするんだよ”

“もとよりゲストIDは非公式ながら出てたみたいだし、ね”
 土御門くんの話じゃ、今日明日にも手続が終わるらしいから”

“もとはる……まいかのおにいさんなんだよね”

“うん……ああ、舞夏にも改めてお礼を言わなきゃだね。
 随分世話になっちゃったし、たぶん、ずっと待っててくれてるから”

“うん”

“―――言わなきゃいけないこともあるし、ね”

“……うん”








「土御門舞夏って、あの土御門よね。
 ……あいつも鋼盾さんの知り合いだったとは……世間は狭いわね」

「むむ、御坂さん、お知り合いなんですか?」

「繚乱家政のメイド見習いの方でしたわね、常盤台に研修でいらっしゃることもありますの」

「……むう、上流階級の匂いがしますねー」


 そういうのに憧れている初春が、興味津々と言わんばかりの表情を見せる。

 繚乱家政女学院、あたしも興味がないとは言わないが―――でも、それより気になることがあった。

 白井さんも同様だったようで、表情を真剣なものに変えてその点に切り込んでいった。


「それよりちょっと聞き捨てならない話でしたの。
 IDをでっち上げるだのなんだの、只事じゃありませんの」

「ん、気になりますね、あのひと、どうやらこの街にはまだ不慣れなようですし。
 ……新学期からこの街に留学されるんでしょうか」

「海外から? ……あんまり聞かないわよね、そういう話」


 機密の漏洩を恐れてか、学園都市は海外に門戸が開かれているとは言いがたい。

 海外からの留学生、先ほどの会話の内容も相俟って、なんとも興味を唆る話である。





「そういえばこないだ鋼盾さんに頼まれて、
 研修に来たっていう赤髪神父さんのデータを洗いましたっけ」


 そのへんの繋がりでしょうかね、と呟く初春。

 ……なんだろう、とっても職権濫用の匂いのするコメントだ。

 この盗聴といい……今更だが、あたしの親友はちょっとおかしい。

 白井さんが溜息混じりに苦言を呈する……これも今日だけで何度目だろうか。


「……聞かなかったことにしますの。
 初春、私が貴女へ手錠をかけるような真似だけは勘弁してくださいの」

「だいじょうぶです。証拠は残してませんし。
 ……それに、いよいよになったら白井さんも巻き込みますから!」


 そんな白井さんに向かって放たれるは、初春の死なば諸共宣言。

 ものすごくいい笑顔だ、真っ白だ、裏側が何色かは言うまでもない。


「てめえ初春この野郎ッ!」

「シーーーッ、なんか雰囲気変わったわよ!
 すっごく真剣なムードだし、これはくるわよ、くるわよこれは!」

「……ノリノリ過ぎです、御坂さん」


 そんな中ウキウキとはしゃいでいる御坂さん、ノリノリである。

 超能力者で常盤台生で年上、あたしたちと過ごす時は、やっぱりそうした面から抑え目になる彼女。

 そんな御坂さんがなんというか、歳相応に振舞っているのはひどく新鮮だ。

 そしてそれは、鋼盾さんが絡んでるからなんだろうなとあたしは思う。

 
 御坂さんだけではない、初春や白井さんもそうだ。

 彼の存在は、彼女たち三人の中で、こんなにも確かな位置を占めている。

 出遅れてしまったあたしとしては、少しばかり深雑な気分も否めない。


 だが、それはそれとして。

 確かに御坂さんの言うとおり、スピーカーの向こうの空気が変わっていた。








“……正直、先の事は保証できない。ここからはぼくらとは違う領域の話になる。
 特に英国……ステイルや神裂さんがきみの意思に反したことをするとは思わないけど、
 その上がどう動くかはわからない……いくつか、手段は講じてはいるんだけどね”

“……うん”

“ぼくらのこの選択は、あるいは向こうを追い詰めてしまったかもしれない。
 禁書目録の離反、学園都市による懐柔――今回の件は、そうとられても仕方がないかも”

“…………”

“きみは、ぼくと同じ道を選んでくれた。
 それは嬉しい――でも、きみにはもっと安穏とした道だって選べたはずだ”

“……馬鹿にしないで欲しいかも、きくひこ。
 今までわたしは、なにひとつとして選んでこなかったんだよ。
 いつだってわたしは、流されてばかりだった”

“……それは”

“聞いて……でも、そんなわたしが、はじめて自分の意思で、誓ったの。
 わたしに今日をくれたひとに――わたしは今日からの自分をすべて捧げたいんだよ”

“…………”

“それが今のわたしの望み。
 献身は自己犠牲じゃない――きくひこは誰よりそれを知っているはず”

“……そうだね――ごめん、愚痴だった。
 情けないな、ぼくは”

“そんなことないかも。おなじ魔法名(なまえ)を誓ってくれたあなたが一緒なら
 ―――わたしは、もう何も怖くなんかないんだよ?”






 声は静かに、それでいて烈しく。

 聖書の一節を読み上げるかのような、透徹な宣言。


 あるいは、愛の告白か。

 もしかしたらそれは、一種の呪いだったりするのかもしれない。

 
 シリアスな空気、抑えつつも熱を孕んだ声。

 会話の節々に織り込まれた、意味深なワード。


 これはえらいものを聞いてしまったぞ、とあたしはぶるりと震える。

 そしてそれはもちろん、あたしだけではなかったようだ。


「……誓い」

「……ぼくと同じ道を選んでくれた」

「……すべてを捧げたい」

「……同じ名前」


 積み重ねたもの、選んできた道。

 声だけでもわかる、ふたりの絆。


「……これは、なかなか」


 なかなかになかなかだ。

 どまんなかだ。


「確定ですって! むしろ確変ですって! ジャンジャンでバリバリですって!
 どう考えてもわたしたちは将来を誓い合ったカップルの会話を聞いてますって!」

「なんかとんでもないラブストーリーを聞いてしまったわね。
 全米が泣くわコレ、映画化決定よ、一端覧祭映像部門大賞よ、ブラヴォーよ」

「興行収入第一位ですの、ハラショーですの、グラミーですの」


 そして、テンションがおかしなことになってるこの三人。

 ……いや、なんというかもう少し、まともな讃え方があるんじゃないだろうか、ホントに。

 あたしのそんな無言のツッコミが届いたのか、三人は佇まいを正して語り始める。






「あー、さっき、英国がどうのこうの言ってたわよね。
 ……あのひと、向こうの名家のお嬢様だったりするのかしら」

「もうこの際まさかの英国第四王女でもいいくらいですの。
 追いすがるロイヤル近衛兵を単身で蹴散らす鋼盾さんを幻視しましたの」


 冗談めかした御坂さんと白井さんの言葉だったが、ちょっと笑い飛ばせそうにない。

 そのくらいの真剣さが、彼らの会話には篭められていたように聞こえた。


「やっぱり駆け落ちなんでしょうかね?
 ……正直ここに至るまでのストーリーが欠片も想像つきません」


 きっと私達には想像もつかないようなドラマがあったんじゃないでしょうか、と。

 初春はそう言って、むむむ気になりますねーと拳を握り締める。

 あたしもそれには同感だ、きっと彼らは何かを乗り越え、ここにいる。

 会話の節々に、そんな苦難の年輪を感じてしまう。


「なんて言うか―――波瀾万丈?
 ……ほんとにとんでもないですね、あの人」


 幻想御手事件なんて、彼らにとってはサブイベントに過ぎなかったのではあるまいか。

 あたしにとっての大事件も、誰かにとっては対岸の火事ですら無い。

 あたり前のことではあるのだけれど、やっぱりちょっとばかり悔しく思う。


 とはいえ。

 あの大事件と大立ち回りを上回るような、そんな出来事があったのだとしたら。

 ―――なんというか、もはやあたしなどにはコメントのしようもないのだけれど。







“……どうなるかな、ぼくらは”

“だいじょうぶだ、なるようになる。
 とうまならそう言うに決まってるかも!”

“……そうだね、その通りだ。みんながいてくれるし
 先の心配ばかりしててもしょうがない、馬鹿でいようか

“そのとおりなんだよ!

“ん……となると……できることからコツコツと。
 ――さしあたっての問題は、今夜からのきみの宿だね”

“む、わたしが住むところなんて決まってるんだよ”
 
“あのね……男子学生寮に女の子が住むわけにはいかないっての。
 将来的には一人暮らしをしてもらうにしても……すぐってわけにはいかない。
 ……小萌先生に頼み込むしかないね、もしくは舞夏。このふたりなら、文句はないだろ?”

“きくひこといっしょじゃなきゃ、だめ”

“……はいアウトー、法的にも倫理的にもアウトです。
 ぼくは学生で、ここは学園都市、そしてきみもここの住人になる。
 ここにはここのルールがある、聞き分けてもらわないとね”

“きくひこは、わたしといっしょは、イヤ?”

“……卑怯だぞ、インデックス”

“卑怯でもいいんだよ、
 使えるものはなんでも使う、きくひこが教えてくれたことかも”

“……教えてねえよ、そんなの”

“教わったもん。
 ああ神よ――己の在り方が人に影響を与えることを解さぬこの者にも、どうか祝福の風を与え賜らん事を”

“……なにが神だ、不良シスターめ”

“ふふ、不良も悪くないかも。
 ―――決めたから。もういい子じゃいられないって”

“…………あー”

“…………ふふん”

“……わかった、じゃあ小萌先生を一緒に説得してみようか。
 ただあの人、生半可じゃ絶対納得しないからね”

“うんっ!!”








「………………」

「………………」

「………………」

「………………」


 ……えーと。

 なんか、えらくアダルトな展開だったような?

 というか嫁さんの押しの強さが半端じゃない、イケイケだ。

 なんなのあの可愛すぎる表情? 押し倒したい。


「同棲?」


 ぼそり、と御坂さんが呟く。

 まさに超電磁砲、クリティカルである。

 電撃姫は狙いを外さない、雷は旗を撃ちぬく、容赦なく。


 同棲。棲という字はなんでこんなにアレなのか。

 居とか住と同じ意味のはずなのに、そこはかとないエロスと愛しさと切なさがある。





「うおお! なんかすごい話を聞いてしまいましたよ!
 何をどう聞いてもこれからダブルベッドを買いに行く流れですよ!」


 そして吠える初春。

 なんかこの子あたしの親友らしいですよ、どうしてくれよう。

 ちなみに標準的な学生寮にダブルベッドを入れたら物理的に部屋が埋まるのは自明の理だ。


「いえ! シングルベッドにふたり身を寄せ合う流れですの!
 若かったあの頃、何も怖くなかった! ただ貴方の優しさだけが怖いんですの!!」


 それに続くは白井さん。

 なんだそのフォークソングはとつっこみたい、まさかの神田川である。

 もちろん、いくら学生寮が狭くても今時三畳一間はない。


「あ、ちなみにね、その歌に出てくる男が長風呂なのは髪が長かったかららしいわよ。
 どうでもいいけど私男の長髪って、イマイチ好きになれないのよねー」


 そして御坂さんである。

 ここで神田川豆知識をご披露である、ほんとうにどうでもいい。

 そういう流行もあったのだ、それがどうした、そんなに短髪が好きか、好きなのか。


 まさかの展開に混乱至極のテーブル。

 各々好き勝手に妄想を加速させ、ぶっちゃけ収拾がつかない。

 思わずあたしは、これだけは言うまいと思っていた言葉を口にしていた。


「……どーせいっちゅーねん」


 オヤジギャグを吐きたくなる時もある。

 意味なく関西弁になってしまう時もある。


 ある。

 あるのだ。

 あるよね?

 あるんだってば!







“ったく……どっちにしろ、書類上の住所は要るからね。
 ウチの学生寮じゃだめだ……いつかはきみも学校に通うかもしれない”

“……わたしが学校に通うなんて、想像もつかないかも。
 英国がそれを許すとは、とても思えないんだよ”

“能力開発は無理かもしれないね、立場的にも脳機能的にも。
 こないだ少し調べてみたんだけど、さすがに脳開発の一切ない学校はないみたいだ。
 一応都市外の通信教育や大学検定という手もなくはないけど、きみの場合、それじゃ意味が無い”

“うん、知識を得るだけなら、テキストがあればいいかも”

“……なに、また抜け道を探すさ。
 これまでだって相当に無茶や無理を重ねてきたんだ”

“でも”

“まあ、聞いて……そうだね、なんならきみを書類上だけでも能力者にしてしまおう”
 
“……え?”

“『レベル1の忘却不能(フォーゲットユーノット)、
  これは希少且つ特殊な能力につき、開発は学園都市の承認を得て行うこと。
  尚、記録術ならびに暗記術の単位は全て習得済みとする』……こんなのはどうかな?”

“―――それなら”

“開発の時間は図書室で本でも読んでればいい。
 ―――ほら、なんかさ……なんとかなりそうな気がしてきただろ?”

“……できるの? そんなこと”

“ぼくには、できないさ。だけどできそうなヤツを知ってる。
 そんな免状があれば、きみがうちの学校に通うことだって不可能じゃない”

“……きくひこの、とうまの、こもえの学校に、わたしも?”

“無理かもしれない、でも、出来るかもしれない。
 なら、諦めてやる理由がねえよ”

“……………”

“相変わらずの他力本願だけど、それも悪くない。
 ―――ねえインデックス、どうだろう、そういう未来は”

“……………”

“……ぼくらはすでにいろいろと毟り取ってきた、これからもそうする。
 得られるものは全部得るし、失ったものは全部取り返す。

 きみへの対価は利子をのせて支払わせる、絶対にだ。
 ……遠慮せず、きみが欲しいものを全部教えてくれ、インデックス”

“……わたし、は”

“うん”








“……わたしは、きくひこやとうまと、ずっといっしょにいたいんだよ

“ああ、こっちからお願いしたいくらいだよ”




“こもえとだっていっしょにいたい。また、四人で一緒にごはんを食べたいよ”

“うん、先生のうちでまた一緒にごはんにしよう。
 なんならお礼返しにまたうちに招待してもいい、大丈夫だ”




“……まいかに、料理を教えてもらいたいかも”

“舞夏なら二つ返事でオーケーだろうさ。
 あの子ならきっと教え上手だ、うちのキッチンを使えばいいよ”




“……ステイルや、かおりや、もとはる。
 忘れてしまったひとたちと、もういちどやりなおしたいんだよ”

“大丈夫。みんなもソレを望んでる”





“……新しいともだちも、ほしいかも

“きみならきっとすぐに出来る。ぼくにも紹介してくれ。
 そのかわり、ぼくのともだちも紹介するよ、みんなで一緒にあそびに行こう”




“……ほんとうの図書館に行ってみたい、映画を見てみたい”

“全部行こう。夏休みだからね、どこだっていけるさ”




“……海も見たい、結局行けなかったセントーに行ってみたい”

“連れてく。コーヒー牛乳だって飲ませてあげるよ”




“……買ってもらった携帯電話も、ちゃんと使えるようになりたいんだよ”

“ああ、あんな便利なもの、使えないなんてもったいないしね”




“……この国の歌を覚えたい、きくひこやとうまと同じ歌を歌いたい”

“それも、楽しそうだ。
 ああ、丁度いい、例の木山先生のデータ、今晩にでも一緒に見よう。
 



“この髪も、切っちゃいたい――ばっさり”

“……もったいないけど、ショートも似合いそうだね。
 うん、知り合いの女の子に、いい美容室を紹介してもらおうか”






“きくひこのシチューが食べたい”

“ああ”


“わたしも一緒につくりたい”

“うん”


“とうまにそれを、食べて、ほしい”
 ……きくひこに、とうまに、幸せになってほしいんだよ”

“ぼくは幸せだ、上条くんだってきっとそう言う。
 きみが笑ってれば、それでもう幸せなんだから”

“―――でも”

“デモ禁止―――あいつは帰ってくる、どうせ元通りだ。
 ぼくらはなにも喪わないし、この先だって盛りだくさんだ――だから”







“だから、インデックス。
 もう不幸になるのなんて、諦めちまえ”


“……うん”







 不幸になるのを、諦める。

 それはきっと、言うほど簡単なことではないとあたしは思う。


 はたして。

 おまえに幸せになる資格があるかと問われ、迷いなく是と答えられる人がいるだろうか。

 いたとしたら、そいつはよっぽど完璧なヤツか、あるいはどうしようもない厚顔な欲深だろう。

 
 だけど。

 それでも、だれだって。

 ほんとうは幸せになりたいと思っていると、あたしは思う。


 後悔に押し潰されて、柵に足を掴まれて、つまらない罪に塗れてて、ぜんぜん綺麗じゃないけれど。

 誰しもがそれぞれに、おのおのに、もろもろどうしようもないものを抱えているけれど。


 自分が世界で一番不幸だなんて甘やかな痛みに酔いしれて。

 そのくせ他人の幸せを妬んだり嫉んだり羨んだりで大忙しだけど。



 それでも。

 きっとだれしも。

 いつかは幸せになりたいと、願っている。






 先ほどまで、欲しい物を思いつくままに吐き出していた彼女。

 でも、それを口にする少女の顔は、ひどく辛そうだった。


 自分にはそんな権利はないと、彼女の目はそんなことを言っていた。

 己は不幸になるべき人間だと、口にはしないけどそう言っていた


 だけど、それを百も承知の上でで。

 その少年は、鋼盾さんはそれを蹴飛ばした。


 不幸になるのなんて、諦めちまえ。

 きみの言い分なんか知らない、ぐちゃぐちゃ抜かすな甘ったれ。

 悲劇のヒロインを気取ってるヒマなんてないぞ、とっとと幸せになりやがれ。


 そんな乱暴極まりない手前勝手な幸福論を、彼は彼女に押し付けた。

 あまつさえ、きみが幸せならぼくは幸せだなんて台詞まで吐きやがった。

 翻せばきみが不幸ならぼくも不幸になると、それはそういう台詞である。


 この上なく優しい声で、彼は彼女の退路を塞いだ。

 そして彼女もまた、あらゆる煩悶を乗り越えて、それに是と答えた。


 あたしには、このふたりの事情はさっぱりわからない。

 けど、それでもわかることがある。


 彼は、彼女は、あの二人は。

 きっと。





 気づけばあたしは、席を立っていた。

 驚きの声を上げる三人を意にも介さず、走り出していた。


 白井さん曰く、直線距離にして11メートル強。

 だけど、空を飛べるわけでもない人間に、直線距離など意味が無い。

 パーテーションに区切られたファミレスの通路を、あたしはもどかしさに焦がれながら走り抜ける。


 そして。

 彼らが座る窓際のテーブル席に、勢い任せに駆け寄った。

 突然の乱入者に目を白黒させるふたりに、まっすぐと顔を向ける。

 今になって沸き上がってきた恥ずかしさを捩じ伏せながら、それでも真正面に。


「……佐天、さん?」


 鋼盾さんが、戸惑いつつもあたしの名前を呼んだ。

 覚えていてくれたらしい―――そうだろう、覚えているはずだ、忘れられない。


 七月二十一日、あの日。

 あたしたちの出会いは、けしてよいものではなかったけれど。

 人目につかぬ路地裏で、あたしたちは確かに道を踏み外していたけれど。

 あの日をやり直すことなんて、できるわけがないけれど。


 それでも、あたしたちはこうして再会する事ができた。

 だから―――今から、改めて始めたいと思うのだ。


 それには、まずは挨拶から。

 あたしは震えそうになる声を張って、笑顔を浮べた。


「はい―――お久しぶりですね、鋼盾さん。
 そして、はじめまして、インデックスさん」


 びっくりした顔で目を見開いている鋼盾さん。

 そして、きょとんとした顔で首を傾げるインデックスさん。


 鋼盾さんはもちろんだけど、インデックスさんにも興味がある。

 彼女が先ほど口にしたお願いごとの中に、あたしでも力になれることがあった。


 このひとたちの力になりたいと、心の底からそう思う。

 無能力者には何も出来ないとかつのあなたは言ったけれど、他ならぬあなた自身がそれを否定した。


 だから、信じてみよう。

 あたしにだって、できることはいくらでもあると。





 あたしは、罪を犯したけど。

 償いの機会を、与えてもらえた。


 あたしは、心折れるところだったけど。

 支えてくれる、人たちがいてくれた。


 能力者には、なれなかったけど。

 それでもこの街で、生きていきたいと思っている。


 初春、御坂さん、白井さんがこうしてあたしを迎い入れてくれた。

 アケミ、むーちゃん、まこちんもあたしを許してくれた。

 彼女たちにも、もっとたくさん応えていきたい。


 主人公にもヒロインにもなれないと知ってしまって。

 それでも――脇役だって悪くない、端役だって悪くない。

 今は、みんなのおかげでそう思える。


 あたしの天はまだまだちっぽけだけど、これからどんどん広げていくことにしよう。

 嬉し涙だってきっと流せる時が来るから、その時ちゃんと泣けるようにたくさん溜め込んでおこう。

 父からもらった苗字と母から貰った名前を、本当のものにしよう。


 背後から、初春たちが駆け寄ってくる足音が聞こえる。

 その気配に背中を押され、あたしは目の前の二人に向かってとあるお願いをする。


 ついさっき、御坂さんにそうしたように。

 初春や白井さんにもそうしたように。


 昨日までとは違う、明日のために。

 再会と新しい出会いを、もっと素敵なものにするために。


 そのために、勇気を出して。

 あたしはここに、一歩踏み出す。







「あたしは佐天涙子、天を佐けるに、嬉し涙の子で、佐天涙子です。
 鋼盾さん、インデックスさん―――あたしと、ともだちになってください!」


 




――――――――――

 ここまで。
 ようやく終わったぜなげえよエピローグそのいち! 

 さて、佐天さんですね!
 無能力者にして幻想御手使用者、原作鋼盾と立ち位置をほぼ同じくするキャラクターです。

 原作で鋼盾と関わったのは彼女とトリックさんくらい。
 その割には本作にさっぱり出てこない彼女でしたが、ここで語り手をやってもらいました。
 今更だけど、5スレ目のスレタイはこの子にしとけばよかったかもな!

 何度か書きましたが、開始当初の目論見では鋼盾は無能力者のままの予定でした。
 いろいろあって彼を能力者にしちゃいましたが、無能力者のままで戦い続けるというテーマも捨てがたい。

 ですので、佐天さんにはそのあたりを担って貰おうかなという感じでした。
 吹寄さんと立ち位置ちょっぴり被ってるとか言うな!

 佐天さんはまだまだ発展途上! 原作でも楽しみですね!
 ダークサイドに堕ちそうになった鋼盾を、彼女が繋ぎとめる予定です(大嘘)

 ……え? 鋼盾×佐天というカップリングはあるのかって?
 まったく、わかってるくせに! ラブコメを見たいのか? 欲しがりさんめ!

 ねえよ
 佐天×黒岩だよ



介旅SSで「“おれもずっとあたためていた鋼盾掬彦SSを書くよ” 
とか軽い気持ちで書いた馬鹿」なんて訳の分からない名乗りをしてたとは思えないな

おいおい、それは>>1がまだスレ立て童貞(チェリー)だった頃の話じゃないか
介旅スレの4レス目にあのコメントを書いた時点じゃ、まさかこんなことになるとは思わなんだ
あ、>>353、名前欄は「VIPにかわりましてNIPPERがお送りします」にしたほうがいいよ、おすすめ

なんかもう新約五巻出てるらしいですね、知らんかった
総合とか覗いてもとんと話題にならんあたり、勢いが落ちたなと感じます

ところで>>1は明日からの沖縄出張三泊四日を皮切りにしばらく忙しくなりそうです、ざわわ
次回更新はちょいと咲になりそうですので、のんびりお待ち下さい、ざわわ
 

左隣がインなんとかさんだと……?

まあ焦らずその内頑張ってください

初春の鋼盾獲得大作戦vol.23「逆転!桃色吐息!」は書かれるのだろうか

どうも>>1です
半月以上も経っちまったぜマジか、全部政治が悪い
あとローラさんの口調がわけわかんないのが悪い

>>367
おいおい右隣が婬なんとかさんだと! そりゃアカンよキミィ! 失礼だよ!
……と思った俺の方がよほど失礼だった件

>>368
なお元ネタ的に失敗する模様
そもそも書かれることもない模様


流石に放置しすぎなので、分割投下でお茶を濁すことにするぜ!
こんな時間に投下じゃ! ひゃっほーい!

エピローグその2 Dedicatus
参ります


そぉい!


――――――――――




“……と、まあこんなところかな、明日のプランは。
 ざっくりしててもうしわけないけど、詳細を詰めるのはあの二人がデートから帰って来てからにしよう”


“ん、そうだね。
 今三時だから、あと一時間くらいは待ってもらうことになるけど”


“まあね……うん、ぼくは聞きたいことはさっき大抵聞いちゃったし
 ―――そっちから、なにか質問とか、あるかな”


“そっか、そうだよね”


“……いや、確かに世間話ってメンバーじゃないけどさ”


“まあ、そのうちそういう話も出来るといいな、とか思ってるんだよね、ぼくは”


“はは――そりゃあ、よかった”


“……え、なにその無茶振り”


“困ったな”


“ん、じゃあ―――もっと先の話をしようか”


“ん? 先の話は先の話だよ。
 一週間後、一月後、一年後、十年後”


“まあ……未来の話、かな”


“うん、あの子の未来の話だよ。
 ま、つまり、ぼくらの未来の話だね”




“明日……いや、明後日か。あの子の首輪は砕ける
 それはもう前提だ、問題はその後なんだよ”


“ぼくとしては、わがままを言わせてもらえば。
 ぶっちゃけ十万三千冊の魔道書なんてうっちゃってもらいたいトコなんだけど”


“……そうなんだろうね、わかってる”


“うん、言ってたよ。
 『私は禁書目録でかまわない』って”


“……そうだね”


“うん、そういうものだっていうのは、聞いてるよ”


“ああ、よくわかる―――そうなんだろうよ、気に入らないけど”


“まあ、それはそれでいい。
 あの子が望んだことだ、たとえ英国の糸だったとしても、ね”


“だとしても、ぼくらがやることは変わらない”


“そういうこと。
 ……あの子が禁書目録でも、そのままで幸せになれる方法を探したいんだ”





“あると思うんだよねそんな方法、正直、今はまだ全然具体的じゃないけど”


“いや、もっと単純な話だよ”


“……クーデターは起こしません、起こせません、無茶言わない。
 大体イギリス清教を敵に回してどうなるってんだよ、次はローマ? ロシア?”


“きみたちの所属はイギリス清教だ、それは変えなくていいよ。
 ……むしろ、変えてもらっちゃ困るかな”


“味方に付けよう、イギリスを。
 ―――必要悪の教会を、ね”


“無茶じゃないよ、本来そうあるべきなんだ、当り前に”


“そこを改めさせる、あの子は備品じゃない。
 立派なシスターだ、連中の家族だ、彼らの愛すべき同胞だ”


“生贄じゃない、よ”


“……そうだね、長期戦になると思う”


“種まきかな、うん”


“ざっくり五ヵ年計画くらい? いや、適当だけど”


“ははは”


“分は悪くないような気がするんだよね、なんとなく。
 いや、何も知らないぼくがこんなこと言ってもしょうがないんだけどさ”


“できるよ”


“そんなことない、余裕だ”


“やれる、絶対だよ、賭けてもいい”





“……え、言わなくちゃダメ?
 ここは言わずにわかってほしいところなんだけどね、恥ずかしいから”


“わかったよ、言うよ、言います”


“――きみたちがいるからだ。
 ステイル、神裂さん―――きみたちがいるなら、大丈夫。
 ぼくはそう信じてる、だから大丈夫、勝てる”


“……え、何この空気。
 なんでぼくが滑ったみたいになってるのさ”


“……言わせたのはそっちじゃねえか。
 だから言いたくなかったんだ、ちくしょう”


“言っとくけど上条くんはもっと酷いからな!
 あの旗男はもっとクサイ台詞平気で言うからな!”


“まったく……インデックスと上条くんに会うのに緊張してるのはわかるけど、
 ぼくでそれを発散するのはやめてほしいね、ほんとに”


“違わないよ、ソレ”


“はいはいはいはい、その意気その意気”


“……なに、心配要らないよ。
 あのふたりは強くて優しい、なんたってヒーローとヒロインだ”


“ぼくらはここから始めるんだ、さっきも言ったけど長期戦だよ。
 後悔なんかに足を取られていても仕方ない、そうだろ?”


“―――上等だ、脇役”


“頼りにしてるよ、ほんとに”





――――――――――




 八月二十六日、午後三時。

 学園都市のとある学生寮で、僕らはそんな話をした。

 インデックスと上条当麻の帰りを待ちながら、僕らがこれから目指す未来の話をしていた。


 ……いや、正直に言うのならば。

 僕と神裂は、鋼盾掬彦の語るそんな未来を聞いていただけと言った方が正確だろう。
 

 未来。

 これからのこと。


 過去に縛られていた僕らにはあまりにも遠すぎた、その言葉。

 また同じ一年を繰り返し、あの子を殺す事になるであろうという絶望がこびりついていた言葉。


 それを否定したのが、鋼盾掬彦だった。

 当り前のように未来を語ってみせる鋼盾に、僕らはあっさりと転ばされてしまった。


 そう。

 彼は、鋼盾掬彦は、いつだって先を見据えていた。

 目先の事に手一杯の僕らや上条当麻、インデックスよりも、ずっと遠くを見ていた。


 それが羨ましくもあり、同時に妬ましくもあった。

 彼のそういう所を見るたびに、己の視野の狭さを突き付けられるような気にさせられるから。


 そして、そう思っていたのは己だけではない。

 その夜の夕食会で上条当麻が、ちょうど同じような事を言っていた。






 七月二十六日、深夜十一時過ぎ。
 
 家路につく月詠小萌を鋼盾が送り、土御門舞夏と上条当麻が手際よく後片付けを始め、

 こくこくと船を漕ぐインデックスを抱きかかえた神裂が子守歌を歌う、そんな宴の終わり。


 教師であるという月詠小萌が帰ったのを見計らい、己はいそいそとベランダに出た。

 懐から煙草を取り出すと、数時間ぶりのそれに火を点け、肺いっぱいに吸い込んだ。


 火と煙こそ、我が友人。

 満ち足りた宴席に唯一つ足りなかった、偉大なるニコチンとタールの祝福。


 至福の一服。
 
 酩酊にも似た、得難き一時。

 そのまま瞬く間に一本吸い尽くしたところで、ベランダの扉が開く音がした。


 心地良い薄闇に包まれていたベランダに、室内の光が漏れる。

 見遣ればそこには見慣れてしまったツンツン頭のシルエット、言うまでもなく上条当麻だ。

 よう、とぞんざいな挨拶をした彼はカーテンと扉を閉めると、そこに背を預けた。


 無粋にもステイル=マグヌスの聖域にズカズカと入り込んできた闖入者。

 とは言えここは彼の家、客に過ぎぬ己に文句など言えようはずもない。


 喫煙を咎めにでも来たのかと思いきや、そんなこともなく無言で空を見上げている上条当麻。
 
 それでもなんとなく二本目に火を点ける気が削がれ、ベランダに奇妙な沈黙が落ちた。


 扉越しに聞こえる神裂の声に、耳を傾ける。

 天草のものなのか奇妙に謎めいた節回しは、しかし耳朶に心地よく響いた。


 そうして、仄かに漂っていた煙草の香りが消える頃。

 ようやく、上条当麻がその口を開いた。






“なあ、ステイル”

“今日はありがとな、アイツの招待に応じてくれて”

“気持ち悪いはねーだろ、ったく。
 ……ま、今日は気分がいいからな、不良神父の口の悪さくらい許してやりますことよ、上条さんは”

“怒るなよ、十四歳”

“うるせええ! 俺はこれから伸びるんだよ! つーか平均よりあるわ!
 成長期はこれからだっつうの! 青髪といい土御門といい! ニョキニョキ伸びやがって!”
 
“男の価値は身長じゃねえ!!
 ――いいぜ! テメエらがそんな下らねえ序列を押し付けてくるっていうのなら!
 まずはそのふざけた幻想を! ぶち殺してやる!”


 彼らしくもない殊勝な挨拶から始まったその会話は、ものの数秒で崩壊した。

 今日一日で、彼とのこんなやりとりにも随分と慣れてしまったものだ。

 絶対に口にはしないが、それを少し楽しいと感じている己も否定できそうにない。


 こんな子供じみた遣り取りは、それこそ二年ぶりだった。

 ……相手が彼女ではなく上条当麻だと言う点は、流石に大きすぎる違いだったが。



“……まったく、俺を裏切らねえのは鋼盾くらいだぜ”

“――――ってオイ、鋼盾で思い出した。
 こんなアホ話をしにきたわけじゃねえんだよ、どうしてこうなった”

“はいはい、俺のせいです。
 すいませんでした、マジすいませんでした、年上ですいませんでした、煙草も吸いませんです”

“言ってろ、……じゃあ、こっから先は真面目な話な”


 そして一転、宣言通りに真面目な表情を浮かべる上条当麻。

 仕方がないので付き合ってやることにする、こっちは煙草を吸いますですだ。


 指先に魔力を灯し、二本目の煙草に火を点ける。

 燻らせた白煙が空に解けてゆくのを眺めながら、上条当麻の声に耳を傾けてやる。






“……なあ、ステイル。
 お前さ、言ったよな、神裂も”

“鋼盾に引っ張られて、無様にもやり直したいと思ってしまったんだって”

“俺も同じだ、お前らと同じでアイツに、鋼盾に引っ張られたんだ”

“神裂相手に諦めんじゃねえって喚いたけどさ、根拠なんかなかったよ”

“インデックスを救う方法なんて、俺には見つけられなかった”

“それを見つけてくれたのは、アイツだ。
 オレたちをまとめて掬い上げやがった、本人に自覚はないみたいだけどな”


 鋼盾掬彦、鋼の盾。

 ステイル=マグヌスと上条当麻が今、同じ空間にいる事ができるのは、彼がいたからだ。

 ほんの半日前まで、こんな状況は彼以外の誰一人として予想だにしていなかっただろう。
 

 上条当麻の言うとおり、僕らはみんな、彼に引っ張られた。
 
 あの男の口車にまんまと乗せられた、誑かされてしまったのだ。


 道を示すのは、いつだって彼だった。

 僕らは全員、彼が指し示した方へ、走っているだけだった。


 鋼盾掬彦がヒーローと、主人公と呼んだ上条当麻だが、物語の導き手は彼ではない。

 そのことに気づいて居ないのは、僕らの中ではきっと、鋼盾当人だけだった。






“……この一週間でさ、アイツはほんとに強くなっちまった”

“そうだね、じゃねーよ。
 ……きっかけはお前だって言ってたぞ”

“でもさ、ちょっと心配なんだよなー”

“いや、アイツはさ、結構難儀な性格だからな。
 独りで抱え込んじまう奴なんだよ、基本的に。

“……きっと無理してる、さっきもなんか頭抱えてやがったし”


 だが。

 道を指し示してくれた彼は。

 己の弱さを曝け出して、それでも強く笑ってくれていた彼は。


 鋼盾掬彦は。

 鋼の盾を名乗ったあの男は。

 果たして本当に、自分たちにその弱さを見せてくれていたのだろうかと、上条当麻は言った。


 その問に己は答えることはできない。

 きっと鋼盾は、ステイル=マグヌスと神裂火織には、それを見せることはないだろうから。

 


“なあ、ステイル”

“アイツは俺を主役だって言った。
 俺の右手はそのためにあるって言ったよ”

“自分は脇役だって、笑ってた”

“でも、俺にとってのヒーローは、アイツだ”

“はは、そうだよな。
 ……知らぬは当人ばかりなり、ってな”


 自分は主役じゃないと、鋼盾掬彦は殊更に繰り返していた。

 己は脇役で端役で、だからこそやれることがあると言っていた彼。

 そんな己だから、きみらにも脇役を押し付けてやると笑った彼。


 あるいは、それこそが。

 鋼盾掬彦が意図せず溢した、彼の弱さだったのかもしれないと、今にして思う。


  




“……つまんねー事言うけどさ。
 あ、これ鋼盾には内緒な、アイツ絶対怒るから”

“俺がお前と神裂を信じる一番大きな理由は、鋼盾がお前らを信じたからだ。
 お前らもそうなんじゃねえか? 鋼盾が俺を信じるから、俺を信じてくれたんだよな”

“今は、それでいい。
 それだけで、十分だ、そうだろ?”

“インデックスのために。
 ―――そして、アイツのために走り続けた、鋼盾のために”

“俺たちが一緒に戦う理由は、それで十分だ”

“はじめようぜ、魔術師。
 ―――あの難儀な野郎に、ハッピーエンドを見せてやるんだ”


 それが、俺たちの役割だと上条当麻は笑った。

 脇役同盟もいいけどこっちにも付き合えと、そう言って彼は笑った。


 ……鋼盾が言っていた通り、なかなかに恥ずかしい台詞である。

 だが、この日ばかりはそれも悪くなかった、昼に散々言わされたし聞かされた。

 馬鹿みたいに笑みが浮かぶのが止められない。


 今なら、認めることができる。

 今なら、託すことができる。


 だからあの時。

 己の口から、こんな言葉がこぼれ落ちたのだろう。

 不覚と言えば不覚だが、不思議と今でも後悔はない。





“―――いいだろう、能力者。
 まずはあの子の首輪を砕いてみせろ、そしたら僕も、君を認めてやる。
 
 上条当麻、君があの子の隣に相応しいというのなら、示してみろ。
 僕にそれ見せてみろ、それが出来たら、友人として神父として、君らに祝福をくれてやるよ”


 認めよう。

 己のインデックスへの執着は、きっと恋などと呼べるものではなかった。

 それに近いものはあっただろう、しかし、それは今のあの子に向けたものではない。

 二年前の、ステイルと神裂と共に過ごした、かつてのあの子に向けたものだ。


 もちろん、扉の向こうで寝息を立てている少女も正真正銘のインデックスだ。

 それは間違いのない事実で、否定できるはずもないし、そのつもりもない。


 だけど、あれからもう、二年も経っている。

 そして、彼女がその過去を思い出すことは、ない。


 彼女は、もういない。

 ここにいるけど、どこにもいない。

 そして己もまた、どうしようもなく変わり果ててしまった。


 あの日々は、もう二度と戻らない。

 それを認めたくなくて、取り繕い続けたこの二年間。

 結果己は彼女を傷つけ、この日まで眉間に皺を刻み続けていた。


 だけど、それも終わった。

 この街で彼女を拾った二人の男が、それを終わらせてくれた。


 甘えた幻想をぶち壊し、新しい夢を示してくれた。

 もちろん、それを夢で終らせるつもりはない。


“……僕を失望させるなよ、上条当麻”

“ハ――お前もな、ステイル=マグヌス”


 守るべき少女のために、導いてくれた友人のために。

 僕らのヒロインと、ヒーローのために。


 拳を握り、前を見据え、運命に挑め。

 ふざけた幻想を打ち砕き、最強であることを証明しろ。


 それが、僕らが交わした唯一の約束だった。

 ステイル=マグヌスと上条当麻だけしか知らない、男の約束だった。


 ……耳の良いヤツらには聞かれているであろう事は、気づかないことにした。 
 
 どうせ連中も、同じような事を考えているに決まっているから。







 そして迎えた七月二十八日。

 上条当麻は、その約束を果たした。

 その役割を、見事なまでに貫き通して見せた。


 生命を賭して、インデックスから呪いを引き剥がした。

 壊れきった声で、それでも未来を語って見せた。


 そして彼は倒れた、彼のヒーローに後を託して。

 必ず帰ってくると、そう言ってくれた。



 ステイル=マグヌスはそれを信じている。

 仲間たちの誰もがそうであるように、友人の帰還を信じている。


 その日に、胸を張って彼と向き合えるように。

 その日が、彼らが望んだ未来であるように。


 そのために。
 
 ステイル=マグヌスは交わした約束の完遂を、誓う。


 七月二八日、午前八時。

 朝日に長く伸びた聖ジョージ大聖堂の尖塔の影を、ステイル=マグヌスと神裂火織が、踏んだ。


 必要悪の教会の象徴を、躊躇いもなく。
 
 そこで笑っている魔女を、蹴飛ばしてやるぞと言わんばかりに。

 


――――――――――




ここまで。
番外編と言いつつ、この時点ではステイル視点の本編補完に留まりましたね、スマンぜ
最後の場面はなんか今にもローラに特攻みそうな雰囲気でしたけど、流石にそれはありません

どうやら、のエピソードも、三部構成になりそうです
次回はステイルとねーちんのエピソード、次の次がローラメインになるでしょうか
基本路線はイギリスと仲良く!ローラはともだち、怖くない!です。

つーか何が困るって、ローラの口調がアカン、手元に原作がないからヤバイ
もうどうしたらよきかわからざりけることものぐるおしけれナリよ
誰かローラの口調の再現率が高いSS教えれ

んでは、また次回
次は一週間以内に来たいです、マジで

超電磁お茶会編とのレス濃度の差はなんなのか、ステイルじゃだめなのか
ちくしょう! おまえらそんなに女子中学生が好きか! ロリコンどもめ! 知ってたぜ! レス感謝!

どうも>>1です、忙しいですが元気です
なんか延々と話が伸びてゆく病で困ります、ステイルと神裂が止まらない!
とりあえずキリがないので書けたトコまで投下するよもう!

そぉい!




――――――――――




「……悪いけど、もう一度言ってくれるかい?
 僕らは最大主教直々の命で戻ってきた、今すぐ彼女に会いたいんだけどね」


 七月二十八日、早朝。 

 十数時間の空の旅を終え、ロンドンは聖ジョージ大聖堂へと辿り着いたステイルと神裂。

 そんな彼らを出迎えたのは最大主教ではなく、下部組織から出向している若い修道士だった。


「はぁ……ですから、今は誰も通すなと主教から命令を受けているんですよ。
 なんでも、急な政務が入ったとのことでして」

「そもそも僕らの帰投時間は報告済みのはずなんだ、悪いが問い合わせてみて欲しい。
 ……いや、なにもしなくて構わない、こちらから出向くよ、そこを通してくれ」

「……話、聞いてました?
 誰も通すなと、最大主教直々に仰せつかっているんですよ、ステイル神父」


 優先度はこちらが上ですと、修道士は杓子定規に口にする。
 
 命令に従い帰ってきてみれば、この扱い―――ステイルと神裂にしてみれば、腹立たしいことこの上ない。


「……その政務とやらは。いつ終わる?」

「お答えする必要はありません」


 苛立ちを圧し殺したステイルの言葉に、しかし修道士は慇懃無礼。

 小馬鹿にしたような対応を見せる彼だが、彼にも言い分というものがある。


 数時間前、上司に寝入り端を叩き起こされて不寝番を押し付けられた彼は、極まりなく不機嫌だった。

 上司への不満と押し寄せる眠気に耐えながら、ようやく交代の時間まで一時間を切ったところにやってきたのが、この赤髪の神父と令刀の聖人だった。


 ステイル=マグヌス。

 そして、神裂火織。


 彼のような末端ですらその名を知っている、必要悪の教会の精鋭魔術師。

 そしておそらくは、彼が不寝番を押し付けられたのは、彼らに応対するためだった。


 メールひとつで済むその程度の要件で、貴重な休日前の睡眠時間を理不尽に削られた。

 そのことが、少しだけ癇に障った。気に入らなかった。


 だから、ほんの意趣返しのつもりで、ちょっとぞんざいな対応をとってしまった。

 最大主教の命には諾々と従うだろうと、威を借る狐のような事を考えてしまった。

 すごすごと引き上げる彼らを見て、溜飲を下げようなどと思ってしまった。


 ―――それが、どうしようもなく愚かな行為だと。

 ほんの数秒後に思い知ることになることなど、知りもせずに。

 




「……もう一度だけ聞く。その政務とやらは、いつ終わる?」

「だから、お答えする義務は……ヒッ!?」


 聖堂に響く悲鳴。

 眠たげな目を擦りながら面倒くさそうに答えていた修道士の顔が、驚愕に引き攣る。

 無理もない話だった、突然現れた巨大な蛇が足元を這いずり回ればそんなリアクションになるだろう。


「へ! 蛇!? なんでこんなッ!? 魔術!? ヒィッ!!?」


 それも、ただの蛇ではない。

 炎を凝り固めたかのような、全長三メートルはある赤い赤い大蛇を模した、なにか。

 明らかに普通の生物ではない、どう見ても魔術による産物である。


 助けを求めるようにステイルと神裂を見た修道士が目にしたのは、煙草の火。

 いつの間に火を点けていたのか、ステイルの右手が指揮棒のようにそれを弄んでいる。


 その煙草の動きと、炎の蛇のそれが呼応していることに、神父は気づく。

 悠然と煙を吐くこの男が、己を脅迫しているのだという事にも。


 ステイル=マグヌスの目が、底冷えするような冷たい色を湛えている。

 炎を操る男のそれとはとても思えない、凍える程に冷えた眼差し。


 氷炎雪火。

 その眼差しを見て、ようやく修道士は目の前の男が何者なのかを思い知った。

 否、思い知らされた。


 英国清教第零聖区、必要悪の教会。

 いくつもの魔術結社を灰燼に帰してきた、不吉の炎。


 彼の者の名は、ステイル=マグヌス。

 凡骨の魔術師が百人束になっても勝てない、正真正銘の怪物だということを。 






「――それがどれほどの緊急案件かは知らないが、僕らの任務の方が重い。
 今すぐ取り次げ、さもなくば君は大火傷を負う事になるね……嫌だろう? そんなのは」
 

 炎蛇はステイル=マグヌスの命じるままに、憐れな修道士を取り囲む。

 鎌首をゆっくりと擡げ、その舌先をチロチロとこちらに向けている。

 その赤い鱗から発する熱気と焼き殺される恐怖に、修道士はダラダラと汗を流した。


「ひぃ! も、申し訳ありませんが、私はただ、伝言を任されただけですからっ!
 通す権限も、連絡をとる術もありませんっ、勘弁して下さいッ!!」


 涙すら浮かべて哀願する修道士に対し、ステイル=マグヌスは酷薄に笑うのみ。

 口元の煙草を手に取ると、ゆるゆるとした動きでそれを修道士の顔の高さまで持ち上げる。

 それに合わせて炎の蛇も、その長い躯をゆっくりと持ち上げてゆく。


 赤赤と光る煙草の先端が、修道士の方に少しずつ、傾いてゆく。

 炎の蛇が、少しずつ、近づいてゆく。

 その舌先が、今にも触れそうになる。

 彼の生命を溶かしてしまいそうな熱量が、眼前に迫ってくる。


 そして、煙草の火がまっすぐ修道士を指した、その瞬間。






「――――そこまで」


 凛とした声が響いて。

 それと同時に、何かが空を走り炎蛇の頭を刎ね飛ばした。


 眼前に広がる鮮やかな赤い切断面。

 その光景に己の首が刎ねられる映像を幻視してしまった修道士は、思わず腰を抜かしてしまった。


「そこまでです、ステイル。
 ――――八つ当たりはその位にしておきなさい」


 ステイル=マグヌスを咎める声が、静かに響いた。

 仄かに日本風の訛りが残る英国語(クイーンズ)だが、それが逆に得も言われぬ風情を生んでいる。


 声の主は、ステイル=マグヌスの背後に立つ女。

 ロンドンでも五指に入ると謳われる、必要悪の教会が。

 世界に二十人といない、聖人。


 神裂火織。

 折れず曲がらずよく斬れる、日本刀のような女がこの場の空気を掌握していた。





「……ちょっとしたジョークだよ、もちろん」


 バツが悪そうにそう言って、火の消えた煙草を掌に握りこむステイル=マグヌス。

 秒も経たずにその手を開くと、そこにはなにも残ってはいなかった。

 彼が何をしたのかなんて、それこそ言うまでもない話だ。


 焼いたのだ、煙も出さず、灰も残さず、一瞬で。

 一体どれ程の高熱を操ればそんな真似が可能なのか、修道士は改めて震えた。


「……連れが失礼をしました、お許しを――――立てますか?」


 気づけば炎蛇は跡形もなく消えており、眼前に神裂火織が立っていた。

 修道士は慌てて立ち上がろうとするも、震える足がそれを許してはくれない。


 神裂はそんな修道士を見てふむと頷くと、右手の小指をくいと動かす。

 それだけで窓際に置いてあった椅子が、こちらに向かってものすごい勢いで飛んできた。

 思わず目を瞑ってしまった彼だったが、いつまで経っても衝撃も破砕音も聞こえない。


「失礼します」


 代わりに聞こえたのは、神裂火織の穏やかな声。

 思わず目を開くと同時に、首と腰に誰かの手が置かれる感触があった。


 次の瞬間。

 ものすごいスピードで、世界がひっくり返って元通りになった。





「…………………………へ?」


 己の口から間の抜けた声が溢れるのを、修道士は人事のように聞いていた。

 何が起こったのか、まったくわからない、ひとつもわからない。

 床にへたり込んでいたはずの彼は、気づけば椅子に座っていた。

 天井と壁と床を同時に見たような気がする、なにか有り得ないことが起こった。
 

「これでよし……ステイル! 貴方はもう!
 苛立つのはわかりますが、関係のない人間を巻き込むのは許しませんよ!」

「……いや、確かに悪かったけどさ。
 彼が腰を抜かしたのも、今茫然自失に陥ってるのも正直君のせいだと―――いや、なんでもないよ」


 先ほどまで殺意を向けてきたステイル=マグヌスが、同情心も顕にこちらを見ている。

 人間アメリカンクラッカーなんて初めて見たよ、とかわけのわからないことを言っている。


「こうしていても埒が空きませんね。
 ―――強硬手段に出るのは賢くない、ここは一旦退きましょう」
 
「……ふむ、何か考えがあるのかい?」

「ええ、戦支度です。ついて来なさい、ステイル。
 ―――では、失礼します修道士様」


 そう言って、神裂火織はくるりと背を向けて去ってゆく。

 やれやれと肩を竦めそれに続くステイルは、思い出したように振り返ると、こう言った。


「……御役目御苦労、災難だったね」


 修道士にとっては災難の具現であるような男の台詞に、しかし言葉は返せない。

 大聖堂の扉が閉まる重々しい音を聞いて、彼はようやく己の生還を知った。


 椅子の背に、強張る体を押し付ける。

 緊張は未だ解けず、抜けた腰もそのまま。

 しばらくは立ち上がれる気がしない。


 自失のままの彼を残し、時は流れる。

 聖堂を訪れる者はなく、最大主教からの連絡もないままに。






 そして、遠く鐘の音が聞こえた。

 午前九時を告げるその鐘は、彼にとっては任務終了の報せでもある。

 
 それを聞いた彼の身体は、魔法のように自由になった。

 待ちに待った休日だ、予定は決まっている、今決めた、決めたったら決めた。

 修道士は立ち上がる、彼にはやらねばならぬことがあった。


「……転属願、書こう」


 こんなところにいられるか! 俺は自分の組織に帰る!

 サスペンス・ドラマでお馴染みのそんなテンションで、彼は一刻も早くここから逃げる事を選んだ。






 本日の教訓。

 ・イライラを他人にぶつけるのはよしましょう。
 ・軽口を叩く時は、相手を選びましょう。
 ・安易に死亡フラグを建てるのはやめましょう。



――――――――――





 茶碗には艶めく炊き立ての白米。

 汁椀には葱と麩の味噌汁。

 角皿には丁寧に焼かれた鮭の切り身。

 小鉢には鹿尾菜と大豆の煮物。

 小皿には梅干と沢庵。


 お手本のような和食の膳が、ふたつ。

 必要悪の教会は女子寮、その食堂のテーブルに並べられていた。

 聖堂での一件からおよそ一時間、神裂火織お手製の朝食が出来上がったところである。


「……戦支度ねえ、何かと思えば。
 腹が減ってはなんとやら―――とでも言うつもりかい? 神裂」


 ステイルが、諦めたように溜息を吐く。

 思わせぶりな神裂に付いて行ってみれば、女子寮の食堂にポツリ放置される羽目になったのだから無理もない。

 修道女たちの朝は早いため、食堂が無人だったのが唯一の救いではあるが、それはそれ。

 咎めるような視線を向かいの席に座る女に投げるも、相手は飄々と受け流すのみ。


「おや、兵法の基本ですよ。
 戦う前に勝負は決まっているのです、貴方は誰よりそれを知っているでしょうに」

「……非才の身を補うにはそれしかないからね。
 僕は君のように、身体ひとつで常在戦場というわけにはいかないから」


 ステイル=マグヌスがその真価を発揮するには、大量のルーンによるブーストが不可欠だ。

 いざ戦闘という時に可能な限り速やかに事を運べるように、彼は常に準備に余念がない。

 それにかかる膨大な時間をいかに短縮するか、それはステイルにとっての積年の課題だ。


 ちなみに、最近知り合った科学の街の友人たちにそんな話をした所


“それはアレだね、パソコンとデザインソフトの導入が急務だね”

“あとはプリンターだな、もしくは名刺屋とかに一括注文すれば安く上がるんじゃねえの? 箱で買おうぜ”


 といった、非常に学園都市の人間らしいアドバイスを頂いている。

 その意見を採用したらなにか大切な物を失うような気がしているステイルである。 


 




「……ルーンの寵児が非才とは、謙遜にもほどがあるでしょう」
 
「少なくとも戦闘者としての才はないよ。
 今回の一件で―――いや、ずっと前から僕は、それを知っていた」


 なんでもないことのように口にされたその台詞に、神裂は溜息を吐く。

 確かにステイル=マグヌスの才能、その本懐は戦闘にはない。


 現存するすべてのルーンについての、完全な解読。

 それを土台に独自の文字すら発明してみせた、眩いばかりの才気。


 齢十四にして魔術史に名を残す事が確定している、その偉業。

 彼が研究者としてその道に専念すれば、どれほどの成果を上げるか予想すらつかない。


 だが、ステイル=マグヌスがその道を選ぶことはない。

 彼にとってのルーンは、あの日からただの手段に過ぎない。


 神裂火織は、誰よりそれを知っている。

 彼が魔法名を決めた日の事を、今でも覚えている。

 最強の証明などという茨の道を選んだ少年の後ろ姿を、覚えている。


 かつては彼女より背の低かった、彼。

 この二年で別人のように大人びたが、その本質は変わったようで変わっていない。
 





「まあ、確かに体調管理は大事だ。
 ……君の料理を頂くのも、随分と久しぶりだね」

「……そうですね」


 ステイルは「久しぶり」と言葉を濁したが、ふたりともその日付を覚えている。

 今から一年前の、七月二十六日だ。


 忘れるわけがない。

 忘れられるわけがない。

 忘れていいわけがない。


 あの時既に、自分たちは折れていた。

 諦めていた、どうしようもなくボロボロだった。

 食卓は、嘘に塗れていた。

 無力だった。

 もう、耐えられなかった。


 あの日、神裂火織とステイル=マグヌスは。

 インデックスの敵として、次の一年を過ごすことに決めたのだから。


 それから、彼らが食卓を同じくすることはなくなった。

 空白を再認識する作業なんて、耐えられるはずもなかった。

 




 だけど。

 とある少年が、それに幕を引いた。

 鋼の盾を名乗るその少年が、自分たちの煩悶を蹴り飛ばしてしまった。


 上条当麻の家で開かれた、夕食会。

 人数こそ多いものの、そこには彼らが喪ってしまっていたものがあった。

 神裂火織とステイル=マグヌスが望んだものが全部、揃っていた。


 その日付が七月二十六日だったのだから、出来すぎだと神裂は思う。

 本当に出来すぎている、困ってしまうほどだ。


 無様な逃避に明け暮れた一年間を経て、私たちは救われた。

 否、掬われた。


 だからこそ、今こうして。

 神裂とステイルのふたりで、こうして食卓を囲んでいる。

 
 家族ごっこと笑わば笑え。

 どうせ舞台裏だ、好きにやらせてもらう。






「……冷める前に食べてしまいましょうか。
 ――では、“いただきます”」

「……“いただきます”」


 そこだけは、日本語で。

 神崎火織が日本食を作った時には、食前の作法は彼女に倣う。


 手を合わせて

 食材に感謝の心をもって

 いただきますと、唱和する


 それは三年前に、彼らが定めたルール。

 神裂とステイルともうひとり、三人で決めた家族のルール。


 ここにいるのは二人だけだけれど。

 一人分の空白はあれど、それでも。


 満たされていると、神裂火織は微笑む。

 すべてを取り戻せたわけではないけれど、それでも確かに満たされていると。


 目の前の彼も、自分と同じ気持ちだといいなと。

 ただ、願う。



――――――――――

ここまで!
なんで飯食ってるねん! こんなシーンはプロットになかっただろ!
と言いつつなんか筆が乗ってしまった朝ごはんでした、いただきます

なんか最後神裂→ステイルみたいな感じでしたがそんなことはなかったぜ!
このふたりの関係もなかなか名状しがたいものがあります

壊れてしまった擬似家族の兄役と姉役
同病相憐、ある意味では共犯者でもあります
つーかこの二人、もしかして一巻以降で絡んでない?

次話はそんな二人がそれぞれ次なる戦いに赴くような話になると思います
よろしければお付き合い下さいです

乙‼
神崎さんの味噌汁を毎朝飲みたいです!

焼きジャケとイギリスで
例の外人コピペを思い出したwww

>>409
人外コピペ…?

すまん、なんか別の話書いてた
あと新居のネット環境が思いの外不安定でツラい

どうも>>1です
番外編入ってからペース落ちまくりで申し訳ないぜ

9割くらい書けたので、今から仕上げますよって
今しばらくお待ちくだされ、なんとか一時間以内に!




――――――――――――――――



 必要悪の教会が女子寮、純英国風のこの場にはあまりにそぐわぬ和食の膳。

 手に持った箸でそれを口にするのは、ステイル=マグヌスと神裂火織。

 神裂は完璧な所作で食卓に望んでいたが、あまり箸に縁のないステイルは大いに苦戦中だった。


「……相変わらず箸の使い方が下手ですね、貴方は」

「君も相変わらずうるさいね。
 ……フン、こんな非効率な食器、使いこなしたいとも思わないよ」


 何事も器用に卒なく熟す彼だったが、これに関してはいつまで経っても成長が見られない。

 それに神裂が言及しステイルが悪態を返すのは、かつても度々あった事だった。


「……まったく。日本人としては聞き捨てなりませんね、それ。
 習熟すればこれほど使いやすい食器もないと思いますよ、私は」


 そう言って神裂は茶碗から米を一粒摘み上げる。

 流れるようなその所作は美しく、なるほど使い熟せれば便利なものなのだろうとステイルも思う。


 とは言えそれは、日本食というあまりに限定的な土俵の上でのこと。

 そんなものに拘泥していられないねと肩を竦めるステイルに、神裂はやれやれとばかりに微笑みかける。


「無論、道具として箸とフォーク、どちらが優れているかを比べても意味はありませんけどね。
 郷に入りては郷に従え―――ここでフォークを持ち出さない貴方の気遣いは嬉しく思いますよ」
 

 作法もマナーも礼儀礼節も、相手を慮る心こそが肝要。

 それがわかっているからこそ、ステイルも苦手な箸を敢えて使う。

 丁寧に設えられた膳には、せめて相応の作法を以って応える。

 そうした心ばえこそ真に尊いものだと、食卓を差配した神裂はニコリと笑った。


「フン……何の話をしてるんだ、僕らは」


 対するステイルは、渋面。

 気遣いだの作法だのを褒められたところで嬉しくもない。


 彼の国では「衣食足りて礼節を知る」などと言う言葉もあるようだが、それはそれ。

 衣も食も礼も節も、何もかも擲ってでもなさねばならぬ局面もある。


 今はきっと、まさにその時。

 腹が減っても戦に挑まねば、ならない。

 ステイル=マグヌスはそう思う。


 それなのに自分たちは呑気に食事を摂り、雑談に花を咲かせている

 不安に晒されているであろう友人たち彼の街に置き去りに、しかし何一つとして為せていない。

 焦燥と慚愧に顔を顰めるステイルに、しかし神裂は落ち着き払った声で応えた。






「雑談ですよ、ただの。
 ……ですが、なかなか面白い話かもしれません」


 一体どういう興の乗り方をしたのか、面白いと神裂は言う。

 そんな彼女の表情が、ステイルの記憶の中、とある少年と重なった。


 学園都市に住む彼らの友人が、よくこんな顔で己たちを見ていたような気がする。

 目先の戦のみに囚われるのではなく、その先に目を向けている者の目。


 それはきっと。

 これまでの神裂火織には、浮かべることのできなかったものだった。


「――フォークでだって蕎麦は食べられる。
 蒸籠の上の蕎麦を持ち上げるだけの作業です、差し入れて巻き込めばそれで問題ありません。
 ……ですが、私の――いえ、日本人の美意識としては、それは美しくない行為です」


 カップヌードルのコマーシャルで外国人がフォークを使ってるのは、軽いカルチャーショックでしたと神裂は笑う。

 聖人にしては俗な台詞だとステイルは思ったが、理解できぬ内容でもない。


 パイプと煙管とて、煙草飲みに言わせれば違うもの。

 洋の東西のみの話ではない、魔術師という仕事は異文化というものへの対応が問われる部分が少なからずある。

 必要悪の教会が一員として、その辺りは髄まで刻まれているステイルである。


 固有の文化に根ざしたものに対するには、それなりの作法というものが必要になる。

 恰も鍵と鍵穴のように、合わせてやらねば開かぬ扉もあるのだ。

 その体現者が禁書目録―――インデックスという少女だったりするのは、なんとも皮肉な話ではあるが。


「美しくない、か。
 ――まあ、そうだね。 確かに、美しくはないだろうけどさ」


 だがそれがどうした、とステイルは目で問う。

 神裂の意図は相変わらず読めぬまま、苛立つまではいかぬものの、困惑せずにはいられない。

 彼女が無駄話を好む女ではない事は知っているが……一体どういうつもりなのか。


「ええ、そしてそれは逆も然り。
 箸でパスタを啜るのは、どうしようもないマナー違反でしょう」


 対する神裂は、その疑問に答えるでもなく話を続ける。

 フォークで蕎麦の次は箸でパスタ、確かにちぐはぐな組み合わせである。

 なんとか意図を読もうと苦心するステイルだったが、口から出たのは捻りのない感想にしかならなかった。





「……それぞれに得意分野があるって話かい?」


 箸には箸の役目があり、フォークにはフォークの仕事がある。

 当たり前といえば当たり前の話だが、当たり前の話でしかない。

 我ながら稚拙な合いの手だねとステイルは溜息を吐くも、意外な事に神裂はそれを肯定した。

 
「ええ、貴方はフォーク、私は箸です。
 役目は似ていても形状も製法も得意分野も根ざした文化も、随分と異なる」


 違うのだ、異なるのだ、と神裂は言う。

 日本刀のような女が何を言うのかとも思ったが、ひとまず先を聞くことにする。


「そして、箸でもフォークでもスープは掬えない。
 こぼさず掬い上げるには、スプーンが必要なんですよ」


 掬う。

 神裂がその言葉を選んだ意図を、なんとなくだがステイルは悟る。

 己も彼女も、その字を名前に冠した男に文字通り掬い上げられてしまったばかりである。


「とは言えスプーンではネジを締められないし、ドライバーでは紙は切れない。
 鋏じゃ穴は穿てず、ドリルじゃ字は書けず、ペンでは音楽を紡げない」


 歌うように、神裂火織が言葉を紡ぐ。

 万能の道具などないと、そんな事を言う。


「私がどんなに箸をうまく使えても、それで成せることなど高が知れています。
 天草謹製のワイヤーですが、釈迦ならぬこの身では地獄の底までは届かなかった」


 “じゃあ――地獄の底まで付いてきてくれる?”

 かつてインデックスが、鋼盾と上条に言ったというその台詞。

 彼らはその台詞の重さに潰されそうになりながら、しかし彼女を掬い上げた。


「箸とフォーク、私たちはどうしようもなく矛なのでしょう。
 敵を穿つには向いていますが―――それしかできないのです、矛だけじゃ、ね」


 ステイルと神裂にはそんな真似はできなかった。

 自分たちは獄卒になることを選んでしまった、逃げてしまった。


 そんな自分たちの敗走を、惨めな八つ当たりを、諌めてくれた男が居た。

 無能力者――戦うための矛を持たぬ彼は、しかし戦場にて誰より強く在った。


 鋼盾掬彦、鋼の盾。

 盾をひっくり返せば、それは大皿の役目を果たし得るだろうか。

 あるいは箸よりフォークより、大切なものかもしれなかった。





「だから盾が要る――って話かな……オチが弱いね、まさに雑談だ。
 しかもその理屈だと、結局僕は箸を使えなくていい事になるんじゃないかな?」


 雑な話、雑な例えだ、人間を矛と盾だけで分けられる筈もない。

 箸だのフォークだのスプーンだの、単一機能に特化した人間などいない。

 突っ込みどころが盛りだくさんだ、とステイルが皮肉げに笑う。

 そんなステイルの素気無い返しに、しかし神裂は変わらぬ微笑で応えた。


「手厳しいですね、まあ所詮は思いつきの小咄です。
 ……とはいえ、こんな雑談や朝食にも、それなりに効果はあったようです」


 彼の言うとおり、食卓を共にするのは大事ですねと神裂は笑う。

 そして怪訝な表情をするステイルの顔をひとしきり眺めた後、この状況の意図を打ち明けた。


「肩を竦めて皮肉げで、操る炎とは裏腹に頭脳は冷静、意思の火は胸の深きに。
 ……それが貴方のいつものスタンス、スタイルでしょう? ステイル=マグヌス」


 からかうような言葉に、隠し切れぬ心配と気遣いを忍ばせた、神裂の言葉。

 ここまで言われれば、流石にステイルにも彼女の意図が見えた。


「……そんなに、周りが見えていなかったかい? 僕は」

「ええ、無理もない事ではありますが―――気負いすぎでしたよ。
 彼も言っていたでしょう、長期戦になるだろうと」

「……こりゃ、まいったね」


 気負いすぎ、入れ込みすぎ、のぼせ過ぎ。
 
 戦いは始まったばかり、本番はこれから、先は長い。

 確かに――今からこんなザマじゃ、身が持たない。


 冷静なつもりが、どうやらそんな事もわからないくらいに視野狭窄に陥っていたようだ。

 ステイルはガシガシと頭を掻くと、天井を見上げて溜息――否、深呼吸をした。

 今だけは、どんな煙草よりもそれが芯に効いた。


「――すまないね、気を遣わせた」

「かまいませんよ、件の修道士と応対したのが私の方だったら、立場はまったくの逆だったかもしれませんし」

「僕は朝食なんか用意しなかっただろうけどね。
 ……というか、やっぱり君、さっきの彼へのアレ、ワザとだったんじゃないか」

「はて、なんのことやら」


 済ました顔で味噌汁に口をつける神裂。

 やれやれと肩を竦めるステイルに、彼女は更に言葉を繋いだ。






「さて……大前提として、今為すべきは糾弾ではないと私は思います。
 私達が最大主教相手に何を吠えても―――きっと響かない」


 依然として、あの子の命運を握っているのは、あの女狐。

 敵は強大且つ無辺、英国清教全てを掌握する正真正銘の化物だ。


 煩悶も苛立ちも全てを殺して、努めてフラットにあらねばならないと神裂は言う。

 鬱憤を晴らすために走るのではなく、その先を見据えて牙を研ぐべきだと。


「………そうだね、忌々しいが」


 ステイルも、それを認める。

 この二年間の自分たちの無様な停滞は、それを成すだけの覚悟がなかったからに他ならないのだから。


「――幸いにも最大主教の発した命令は、静観。
 これは私達にとっても都合のよい展開です、この上なく」

「ああ……だが、それがいつまでも続くとは思えない。
 上の思惑について、僕らはまったくもって知らなすぎる、ね」

「ええ――それを調べ、その先に備えるのが、私達の役になるでしょう。
 鋼盾掬彦が私達に望んだのは、おそらくそういうものでしょうから」


 英国の側から、彼女を守る抑止力となる。

 鋼盾に出来ないことを、自分たちがやらなければいけないのだ。


 力を貸せ、と彼は言った。

 きみたちがいれば負けるはずがないと言ってくれた。


 それに、己たちは是と応えた。

 幾重にも重ねた宣誓と約束、その火は今も胸の裡で燃え盛っている。






「ああ、わかってる―――ん? 失礼」


 ステイルの胸元の携帯電話から、メールの着信音が響いた。

 取り出したそれのディスプレイに浮かぶ送信者の名は、今まさに話題にしていた人物のものだ。

 思わず綻んでしまいそうな表情を意思で制して、ステイルは神裂に送り主の名を告げる。


「鋼盾からだね、どうやら目を覚ましたようだ」

「―――! そうですか……よかった」


 朗報に目を輝かす神裂、ステイルも気付かれぬように安堵の溜息をこぼす。

 ステイルが残してきた置手紙に倣ってか、タイトルは「親愛なるステイル=マグヌス様」とある。


 本文の方は彼らしい律儀な挨拶から始まり、現状の報告が簡潔に記されていた。

 置き手紙についての礼と、その始末についてのちょっとした文句も書かれている。

 曰く「病室は火気厳禁」……確かにご尤もだった。


 手紙の内容含め、やはり深夜のテンションというのは恐ろしい。

 実は徹夜三日目のステイルである、清教謹製の秘薬を用いて散じてはいるものの、多少の変調は否めない。


 無論、薬に頼るのも限界があるし、後回しにしたツケを支払う羽目になるだろう、利子付きで。

 それでも、今はまだ走り続けなければならなかった。





 メールに書かれていた状況報告。

 そこには当然、自分達にとっての最大関心事である、彼女についての記述もあった。


「……インデックスも、無事目覚めたみたいだ。
 ―――ちゃんと、あの子のままで、目覚めたってさ」 


 昨夜、首輪を外された少女。

 既にその身体の診察を終え、問題ないと結論付けていたとは言え、やはり不安はあった。

 だが、その不安も杞憂で終わってくれたようだ。


 もう、記憶を奪われることはない。

 もう、孤独に惑うことはない。


 ステイルは忌憚なく、それを喜ばしいと思う。

 かつて思い描いていた結末とは大きく異なる形ではあるけれど、それでも。

 そしてそれは、神裂にとっても同じことだった。


「ああ、なによりです。あちらは今……夕刻といったところですか。
 ――――それで、上条当麻の容態については?」


 上条当麻。

 かつての敵で、今となっては戦友である幻想殺しの少年。


 もちろん、メールには彼についての記述もあった。

 ステイルは携帯電話のディスプレイに目を遣ると、改めてそれを読み返した。


 簡潔で、客観的で、過不足なく、一分の隙もないその文章。

 それが逆にメールの送り主の千々に乱れる胸の裡を表しているように思えるのは、流石に穿ち過ぎだろうか。

 それを押し殺して明日に備える彼の覚悟と読み取るのは、過大評価に過ぎるだろうか。


 この期に及んで僕らに弱みを見せまいとする彼の強がりを、意気に感じてみるべきだろうか。

 それとも弱みも愚痴も見せてもらえない我が身の不甲斐なさを恥じるべきだろうか。


 答えは出ない。

 だが、いずれにしても自分たちのやることは決まっている。





「……相変わらず、眠り続けているらしい。長くなりそうだと書いてあるよ。
 ―――彼については、僕らは祈るしかないね」

「……そうですね、アレは私たちの手には負えない。
 幻想殺し―――なんなのでしょうか、あの力は」


 あらゆる異能を殺す、埒外の右手。

 イマジンブレイカー、幻想殺し。

 あれは一体、なんだったのか。


 ……ほんとうに今更過ぎる、その疑問。

 当の本人も鋼盾掬彦も、それを把握はしていなかった。


 異能であれば神の奇跡ですら打ち消せると、かつて上条当麻は言っていた。

 不遜な事だと眉を顰めたその言葉も、今となっては否定出来ない。


 あれは、異常だ。

 龍脈ごとステイルの魔術を断ち切ったアレは一体なんだったのか。

 上条当麻は―――あの時、一体どうなっていたのか。


 そして、何より。

 鋼盾掬彦と上条当麻は、あの結末を予期していた節がある。


 予言があった、と彼らは言っていた。

 上条当麻が倒れた折の断片的な遣り取りから、その予言が福音ではなかったらしいことはなんとなくわかった。


 月詠小萌に軽い魔術をかけて聴きだしたところによれば、未来予知(ファーヴィジョン)といったものらしい。

 予言、予知――或いは神託か、それとも――。





「……わからないことだらけだね。
 だが、そんな事は歩みを止める理由にはならない」


 千々に乱れる思考をステイルは断ち切る。

 大事な事ではあるが、門外漢である己たちにには荷が重い。

 なによりその件については、鋼盾曰く「学園都市一番の医者」が請け負ってくれている筈である。


「……鋼盾は、ひとつも折れていない――少なくとも、メールを見る限りでは。
 まったく、タフなことだね―――なんなんだ、アレは」

「……そうでなくては困ります。
 昨夜の戦いは通過点に過ぎないと言ったのは、他ならぬ彼なのですから」


 誰より先を見据えていた少年。

 その痛みに寄り添い慰める役など、きっと彼は自分たちに望んではいない。


「私たちは私たちで為すべきを為し、彼に報いるだけです。
 ……ステイル、最大主教との謁見、貴方ひとりに任せてもいいですか?」
 
「? ……それは、構わないが」


 先に話したように、ここで最大主教相手に無茶をするつもりはない。

 それならばステイル一人でも問題は無いといえば無いのだが、そうだとしても腑には落ちない。


「……なにか、企んでいるのかい?」

「なに、大した事ではありませんよ。
 ただ……ロンドンも久しぶりですから、ちょっと方方に挨拶回りをと思いまして」


 前々から誘いを受けているのですよ、ずっと断っていましたが、と神裂は言う。

 こんな時に何を言っているのかとステイルは思うも、すぐにその疑問を飲み込む事にする。


 神裂の表情は真剣そのもの、戦場のそれと変わらぬ刀の風情だ。

 なにより、彼女が意味のないことをする女ではないことは彼も知り抜いている。

 とは言えやはり、首を傾げずにはいられないのだが。






「挨拶回り、ね……まるで政治家みたいな物言いじゃないか、君らしくもない」


 君らしくない、神裂火織らしくない。

 そんなステイルの軽い合いの手に、神裂は小さく笑ってこう返した。


「ふふ……確かに私らしくはないですね。
 でも“私らしく”だけじゃ、きっと足りないのですよ」


 そう言って、神裂は微笑む。

 さっきは“貴方らしくありなさい”と言ったくせに、舌の根も乾かぬうちにそんな事を言う。


「政治は苦手です。私にはきっと、その手の才はない。
 人脈作りも肚の探りあいも根回しも収賄も、どうにも好きになれません」


 昔も今も、そういうのは周囲に頼りきっていましたね、と神裂は言う。

 それはステイルも似たようなものだ、基本的には専門部署に丸投げだった。

 彼らが特別というわけではなく、魔術師というのは総じてそういう傾向がある。


 結局のところ、最後に托むのは―――己の力。

 魔術師は学徒であり研究者であり探求者であり求道者だ。

 程度の差はあれ、どいつもこいつも独立独歩に我道を往く。


 脳髄に蓄えた叡智も、研磨を繰り返した術式も、鍛えた身体も。

 すべては魂に刻んだ魔法名を完遂するためのもの。


 根底にあるのは“我”。

 それが魔術師という連中であり、ステイルも神裂もそんな魔術師に他ならない。


 迷惑なヤツらだ、自分勝手ここに極まれり。

 本当にそう思う、思い上がりも甚だしい、身の程知らずのイカロスばかりだ。

 そりゃあ歴史の闇、世界の裏に追いやられるわけである―――自業自得だ。


 ……だが、得たものは業だけではないのも事実で。

 それによって、護れたものがあることも事実だ。


 だから、今更。

 ステイル=マグヌスは魔術師以外になんか、なれない。

 天与の才に縛られた神裂火織は、ステイル以上にそうだろう。


 魔術師。

 学究の徒、研鑽と求道に挑む、欲深な人間であること。

 その道を行くことに、迷いなどあるわけがない。


 だけど。

 それだけでは足りないのだと、彼女は言った。





「不器用で臆病で世間知らず、そのくせプライドだけは高い。
 私は……神裂火織というのは、そういう性質の女です。それでいい、仕方ないと、そう思っていました。
 ですが―――それでは足りないのです。似合わなくても苦手でも、やらなきゃいけないことがありました」


 悔いるように、神裂が目を伏せる。

 もっと早くそれに気付くべきだったと、己の甘えを詰るように。


「インデックスを救うために手段を選ばない、と言いながら、その実私達は手段に拘泥していた。
 “私達が”“魔術によって”“あの子を救う”それに囚われてしまっていました」


 ……そう、そうだった。

 自己愛、自負、傲慢、子供じみたそんな線引が、僕らの目を曇らしていた。

 きっとそれすらも、最大主教の掌の上だったのだろう。
 

 結局のところ、視野狭窄だ。

 我執だった、どうしようもなくガキだった。


 それ故に、僕らは彼らに敗れたのだった。

 あの献身の化物たちに、手もなく丸め込まれてしまったのだ。


「……成程、そうだった。
 ―――プライドばかり高い専門バカとか、彼に散々言われたっけね」

「返す言葉もありませんよ、その通りでしたから。
 ―――でも、いつかは見返してやりましょう、堂々と」

「そうだね、そうしよう。
 ……挨拶回りとやらは、そのために必要なことなのかい?」

「ええ――味方を増やしておく必要があります。
 同時に、敵となりうる勢力へ釘を刺さねばなりません、早急に」


 見返すために、応えるために。

 報いるために、共に未来を目指すために。


 神裂火織は、それを成すという。

 味方を増やし、敵に釘を刺すという。






「神裂火織が何を考えているのか。
 神裂火織にとって、禁書目録とはなんなのか。
 神崎火織を味方に付ければ、どんなメリットがあるのか。
 神裂火織を敵に回せば、どういうことになるのか」


 神裂火織、と彼女は己の名を繰り返す。

 それは自己主張が大の苦手な彼女らしからぬ行為。

 だからこそ、彼女はそれをやると決めたという。


「それを―――きちんと方々に伝えようと思うのです。
 私は彼女を愛してると、彼女に害為す者すべてを潰す覚悟があると。
 算盤を弾くのは勝手ですが――結論次第ではその指を斬り飛ばしてやるぞ、とね」


 神裂火織。

 ロンドンでも十指に入る魔術師。

 必要悪の教会における、白兵戦最強の剣士。

 齢十にして極東の一宗派を纏めあげた、圧倒的な才覚とカリスマ。


 数年前日本からやってきたこの大器に、当時ロンドン中の魔術師連中が色めきたったと聞く。

 彼女を抱き込み利用しようと秋波を送った人間も相当数いただろう、それだけの価値が神裂火織という女にはある。


 そして。

 この数年間で、彼女がどれだけの事を成したかを知る者も、また多い。

 救われぬ者に救いの手を、その魔法名に従い、どれほどの敵を討ち、どれほどの命を救ったのか。


 彼女に救われた人間は多い。

 神裂火織への恩に報いたいと願っている人間は、ステイルの知るだけでも十や二十ではきかない。

 そしてその中には、大きな影響力や戦力を保持している人間も、少なからず居たはずだ。


 神裂火織の「挨拶回り」。

 英国清教間における勢力図、パワーゲームの天秤を動かす可能性は、けして低くはないだろう。





「……成程、政治とは――なかなかに言いえて妙、だったかな?」

「ええ、まさに……まあ、こちらの土俵はそれこそ主教の独壇場ですから。
 それほど効果は見込めぬかもしれませんが――ほら私、これでも聖人だったりするんですよ?」

「……知ってるよ、勿論ね」


 聖人。

 神の子の似姿。


 その存在は十字教に携わる者にとって、大きな意味を持つ。

 崇め奉り妄信する者もいれば、反感を抱き隔意を露にする者もいる。

 戦術兵器のように利用しようとする者もいるし、神輿のように担ぎ上げようとする者もいる。


 いずれにしても、彼らは特別な存在だ。

 誰であっても無視できるはずがないのだ、良かれ悪しかれ。


 そして、神裂火織はその聖人である。

 彼女がその宿業に苦しんでいた事を、ステイルは知っている。


 だからステイルは神裂に、あくまでも必要悪の教会が一魔術師、一同僚として接してきた。

 きっと彼女も、それを己に望んでいた。






「この身を怨んだこともありましたが、今思えばそれも甘えに過ぎなかった。
 どうあがいても纏わり付く宿命なら、いっそ受け容れて力に変えてみせます」
 

 だが、今。

 眼前の女は、その宿業を是とした。

 笑みすら浮かべて、受け容れた。


 聖人という己の特殊性、それを疎んじていた節すらある彼女はもういない。

 与えられた気まぐれなギフト、それを最大限に利用することに些かの躊躇いをも見せない。


 その、強かさ。

 手段を厭わず、目的遂行のためになんであっても利用する。

 似合わなくても苦手分野でもキャラじゃなくても、できることをする。


 そんな覚悟を、彼女が決めた。

 神裂火織が、己の力でその殻を砕いた。

 それが誰の影響かなんて、言うまでもないことだった


「神の子の威を借りても、ずるをしても、後ろ指をさされても。
 私は私の成すべきを成します、逃げずにね―――ご馳走様でした、お先に失礼しますね、ステイル」


 何時の間にか食べ終えていた膳を手に、神裂火織が席を立つ。

 そこでようやくステイルは、己が箸で鮭身を持ち上げたまま固まっていたことに気づいた。


 不覚にも見惚れ、そして聞き惚れていた。

 剣呑に微笑んだ神裂火織は、美しかった。

 長い付き合いになるが、彼女のそんな顔を見るのは初めてのことだった。


 そんな間抜けな様を曝していた事を誤魔化すように、ステイルは鮭の切り身を口へと放り込み、ムシャムシャと噛む。

 ゴクリと飲み込むと、微笑ましげに己を眺める神裂にせめてとびきりのジョークを飛ばしてやることにする。


「……どうせなら次代最大主教になってくれ、聖人様」

「貴方が補佐役に就いてくれるなら、それもいいかもしれませんね。
 では、後は任せましたよステイル――行ってきます」


 ステイルの言葉を軽やかに背中でいなし、神裂は悠々と歩き去る。

 その姿が消えるまで見送ると、ようやくステイルは挨拶を返した。






「……行ってらっしゃい……まったく、頼りになることだね。
 そういえば―――四つ年上だったか、あの女教皇サマは」


 実力至上主義の「必要悪の教会」に於いては、術者の年齢など意味を成すものではない。

 ステイルはこれまでルーンの大家として名を轟かし、幾多の任務を遂げてきた。

 年嵩に見られがちな容姿と態度も相俟って、彼を若造と呼ばわるものなど滅多にいない。


 だが、今回の一件で。

 ステイル=マグヌスは幾度となく、己の幼さを痛感させられる場面があった。


 例えばたった今、神裂火織に。

 そして鋼盾掬彦と、上条当麻に。


 随分と差を見せ付けられてしまったな、と思ってしまう。

 我ながらガキっぽいことに、憧れよりも悔しさが先に立つ。

 だが、それで構わないのだと思い直した。


 負けてはいられない。

 年下扱いなど真っ平御免だ、共に戦うと決めたのだから。

 ステイルは手早く食事を片付けると、胸ポケットから携帯を取り出し、ひとつ呟く。


「―――Fortis931。
 じゃあひとつ、僕もやってみようかな――君らに倣って、盤外戦ってヤツを」


 そう言って、彼は携帯電話を操作する。

 目当ての番号を電話帳から引っ張り出し、即座に発信。

 相手が出ると、挨拶もそこそこに己の名を名乗る。
 

「……第零聖区所属、ステイル=マグヌスだ」

『ああ、マグヌス神父ですか。お久しぶりです』


 電話の相手は、英国清教の一員。

 任務で方々に散る「必要悪の教会」の面々を繋ぐ、窓口にして連絡役である人物だった。


「久しぶり……早速で済まないが、三人ほど連絡を取りたい人間が居る」

『おやおや、お急ぎで?』

「至急だ」

『……へえ、では、相手のお名前を』


 電話越しにステイルの放つ雰囲気を察したのか、無駄話ひとつせず用件のみを聞いてくる。

 この相手から最大主教に報告が行く可能性も高いだろうが、ステイルは躊躇うことなく目的の人物の名を継げた。






「エンライト神父」


 まずは一人目。

 あの子の父親になろうとした男。


 必要悪の教会のエージェントも勤めた武闘派神父、御年六十五歳。

 件の別離を契機に表舞台からは退いていた筈だが、その実力は未だ衰えていないと聞いている。


「シスター・ガラテア」


 そして二人目。

 あの子の姉になろうとした女。


 霊装課のエース“死にたがりのガラテア”と言えば、清教の人間なら誰でも知っている有名人だ。

 彼女がそんな渾名で呼ばれるようになったのも、思えばインデックスの件があってからのことだったか。


「彫金師アーマンド・ローウェル」


 更に三人目。

 あの子の兄になろうとした男。


 最大主教の髪留めや“歩く教会”の装飾を手掛けた、魔導具製作のエキスパート。

 人間嫌いの偏屈者としても知られる男だが、紛うことなき清教きっての腕利き彫金師だ。


 以上三名。

 それはステイルや神裂より以前に、インデックスのパートナーを務めた人物たちの名前だった。


 己や神裂にとっては先達、同類である彼ら。

 顔や名前、仕事ぶりくらいは知っているが、思えば直接話した事はない。

 意識したことすらなかったが、或いはお互い避けていたのかもしれない。


 ……本当はもうひとり、そこに加えるべき名前がある。

 しかし彼は清教の人間はなく、そもそもが行方不明中、というか生きているのかすら怪しい。


 四人目。

 彼女の教師になろうとした男。

 ローマ正教所属、最速筆の陰秘書記官、錬金術師が末裔。


 彼が何を想いその身を眩ませたのか、それは分からない。

 まあ、そんな事を言えば先の三人が今何を思っているのも分かりはしないが。





 しかし、いずれもなかなか癖の強い連中だ、とステイルは溜息を吐く。

 ……まあ、向こうも僕や神裂には言われたくはないだろうね、とも思うが。


 最大主教がどのような意図で、禁書目録のパートナーを選んでいたのかはわからない。

 記憶を失うことを確約されていた少女に何を教えようというわけでもあるまいし。

 身の回りの世話や護衛任務であれば、もっと適任がいると思うのだが。


 なぜ、彼らだったのか。

 なぜ、自分たちだったのか。


 そのあたりにも、ステイルには測れない狙いがあったりするのかもしれない。

 今の自分にはその意図は読めない、腹立たしいが掌の上だ。


 ……そして、彼女が選んだわけではない三人のパートナー。

 最初のひとりと最後のふたり、いずれも日本人で友人同士だというのはどのような縁だろうか。


 土御門元春。

 鋼盾掬彦。

 上条当麻。


 この三人については、今更ステイルがどうこうするまでもない。

 あの街で彼らは彼らの戦いに挑む――ならばこちらもこちらで、やるべきことをやるだけだ。


 それぞれが、それぞれの戦いに挑む。

 共に願った未来を掴むために。





「とりあえず、その三人に連絡をつけてくれ。
 ―――できれば直接会って話がしたいから、その辺の調整も頼みたい」

『……なんとも、個性的な面子を集めるものですねえ。
 ―――彼らと貴方の共通点と言えば………ああ、成程』

「無駄口は結構……連絡、付きそうかい?」

『偏屈ローウェルとエンライト老にはすぐにも取り付けられますが。
 ……むう、シスターガラテアはちょっと時間がかかるかもしれませんねえ』


 南米の遺跡に潜ってるみたいですから、電話じゃ届きませんねと相手は言う。

 シスター・ガラテアの任地は何時だって危険度最大値、「死にたがり」の異名は伊達ではないですよ、と。


「頼む」

『……まあ、仕事ですからなんとかしますけど。
 ――とは言え、私にできるのは繋ぐまでですけどね』

「構わないよ――そこからは、僕の領分だ」


 そう。

 そこからは、ステイル=マグヌスの領分だ。

 彼らと同じ傷を持つ、己が負うべき役割だ。


 禁書目録のパートナーを務めた、己の仕事だ。

 インデックスの家族だった彼らに、インデックスの家族だった男が、伝えればならないことがあるのだ。


 或いは、彼らにとっては既に過去なのかもしれない。

 数ある任務のひとつであり、その最後にも納得済みなのかもしれない。





 だけど。

 もしかしたら、そうではないかもしれない。


 彼らは今もまだ、囚われているのかもしれない。

 かつての自分たちと同じように、道に迷っているのかもしれない。


 ああ。

 はたして、これは、彼らにとって。

 良いニュースだろうか、悪いニュースだろうか。


 彼女がもう、記憶を喪わなくても済むというその報は。

 それをなしたのが科学の街に住む人間だという報は。

 首輪を嵌めたのがイギリス清教だという報は


 あの別離は、あの喪失は、あの涙は、あの絶望は。

 すべてがシナリオどおりだったという、その事実は。


 これから己がしようとしているのは、きっと残酷な事なのだろうとは思う。

 ステイル=マグヌスと神裂火織が味わった後悔や無力感を、彼らにも押し付ける行為だ。

 古傷を抉り塩を塗りこむような、そんな真似をすることになるかもしれない。


 これはこれまでの己であれば、絶対に選ばなかった選択肢。

 だが、だからこそ今、ステイル=マグヌスは躊躇いなくそれを選ぶ。

 
 似合わなくても、キャラじゃなくても。

 勝利の為に、未来の為に。
 

 変わると決めた。

 強くなると決めた。


 戦うと決めた。

 誰も彼もを巻き込んで、望む未来を掴むと決めた。






「彼ら三人に伝えて欲しい。
 禁書目録のことで、ステイル=マグヌスが話したいことがあると」

『……了解、返信は三十分以内に』


 そして、通話が終わる。

 ステイルは掌中の携帯電話を眺めると、数日前の事を思い出しながらこう呟いた。


「……まったく、電話ってのは便利なモノだね、鋼盾。
 きみほど上手くやれるとは思わないけど――ちょっと真似させてもらうよ」


 “歴代のパートナー。かつてあの子を救えなかった、どうしようもない無能共”

 “せめておまえらからも容赦なく毟り取ってやる”

 そんな台詞を言ってのけたその男の真似を、今からやる。


 電話越しの喧嘩は、今のところ二連敗中のステイル=マグヌスではあるけれど。

 あれはぶっちゃけ相手が悪かった、なにより己がダメダメだった。


 だけど、今回は違う。

 此処に三連勝を誓う、これは絶対だ。

 ステイルは胸ポケットに携帯をしまうと、代わりに小さな紙箱を取り出した。

 言うまでもなく、煙草のパッケージだ。


「……さて、食後の一服と行こうかな」


 煙草などという俗な嗜好品と縁のないこの食堂には、禁煙の標識はない。

 それをいいことに不良神父たるステイル=マグヌスは、躊躇いもなく煙草に火を点けた。

 ささやかながら、これを反撃の狼煙と嘯こう。






 そして音もなく煙が上がる。

 棚引く紫煙は、まるで蜘蛛の糸のようだった。



 かつて鋼盾掬彦がそうしたように、今度は己が罠糸を張り巡らすことになる。

 それがおかしくて、ステイル=マグヌスは笑った。





――――――――――――――――







ここまで!
いやー、酉バレかましてしまいましたお恥ずかしい
仕事用のパソコンに専ブラいれたから罰があたったのでしょうか、やっちまったZE!

しかしまあ、適当な酉だこと
>>1の適当ッぷりが如実に現れてますね

IDが変わらないうちに他の酉で参上します
すまねえすまねえ

さて、本編の方ではいろいろアレです
ステイルと神裂さんが誰かさんの悪影響を受けてますね! 
それぞれ、今までとは違った戦い方をすることにしたみたいです、どうなることやら

ステイルの方は嘗てのパートナーたちに集合かけるみたいです
マッチョ神父とゴダイゴシスターとニヒルニート彫金師、どうせ出さないので好き勝手に設定だけ書いてみました
オリキャラ乙

次回はいよいよローラ登場です、口調がわかんねえぜチクショウ
よろしければお付き合い下さい



新酉ですの

アカン、今年も終わってまう
ローラが可愛すぎるのがよくない

どうも>>1です、おばんです
投下に来たよ、ホントだよ

推敲しながらなのでゆっくりですが、よろしくです
それでは参ります!

そぉい!




――――――――




 結局。

 最大主教への謁見が叶ったのはそれから十数時間後、日付が変わってからのことだった。


 指定された場所は聖ジョージ大聖堂から程近い、とある小さな教会。

 態々そんなところに呼び出される理由はさっぱりわからなかったが、ステイルは諾々とそれに従う。


 その教会は、町並みの中に埋れるようにしてそこにあった。

 ステイルは地元の人間、そしてロンドンに拠点を置く魔術師だ、この町の事なら大抵は知っている。


 だが、そんな彼ですら、この教会の存在は知らなかった。

 清教の持つ教会のリストにも、ここは掲載されていない。


 あるはずのない教会。

 さしずめ、ローラ=スチュアートの秘密基地、だろうか。

 内緒話にはいいだろうが、なんとも怖い話だ。

 それでも要塞たる聖ジョージ大聖堂に比べれば幾分マシと、ステイルは思うことにする。


 指定されたパスを用いて、門に施された呪術封印を解除する。

 礼拝堂へと続く古い木製の扉は、その重々しい風情に反してひどく滑らかに開いた。

 電気も通って居ないのか、部屋を照らすのは数本の蝋燭のみ。

 それでも最低限の明るさは確保されており、室内の様子が見て取れた。
 

 信徒が二十名も入れば一杯になってしまいそうな、こじんまりとした礼拝堂。

 壇上の十字架も荘厳というよりは古びた印象が強く、いっそ無骨ですらあった。

 オルガンや机、椅子といった調度の類も、けして高級品ではない。






 質素。

 よく手入れされて清潔ではあるものの、やはり感想はその一語に尽きる。

 一世紀二世紀ほどタイムスリップしたといわれても違和感がないような、そんな風情だった。


 勿論、悪戯に飾り立てる事が正しいわけではないだろうが――それにしても、だ。

 ローラ=スチュアートが態々自身で維持しているにしては、どうにも不釣合いな印象が否めない。


 まあ、そんな事はどうでもいい。

 ステイルは後ろ手に扉を閉めると、十字架の前に跪くその女の背を見遣る。

 祈りを捧げるその姿は、ステイル=マグヌスをして畏怖を覚えずには居られぬほどに真摯で、侵し難かった。


 英国清教が最大主教。

 清教徒全てを束ねる指導者。

 その看板は偽りでも隠れ蓑でもないと、ステイル=マグヌスは知っている。


 必要悪の教会という外法の首魁であり、魔術師であり、有能な政治家・策謀家でもあるこの女。

 だけど、その魂の本質は――やはり、敬虔な清教の僕なのだと。

 その一点においてステイルは彼女を尊敬していたし、信用していた。


 だから、インデックスについての嘘を知ったときは憤った。

 彼女にあんな運命を押し付けたのがこの女だと知って、悔しかった。

 鋼盾掬彦の言をすぐには受け容れることができなかったのには、今にして思えばそういう理由もあったのかもしれない。


 裏切られたと、そう思った。

 許せるわけがないと、そう思った。


 だけど、今。

 その背を見ただけで、確信してしまった。


 あれだけの非道に手を染めて尚、彼女の信仰に寸毫の曇りもない事が。

 わかってしまった、どうしようもなく。





「――任務御苦労、ステイル=マグヌス」

 
 礼拝堂にローラ=スチュアートの声が響く。

 ステイルの来訪には無論気付いていたのだろう、彼女はすくりと立ち上がり、こちらに向き直った。

 悪びれる様子もなくこちらを労わるその顔には、童女のような微笑が貼り付いている。

 しかし同時にその笑みは、蝋燭の明かりに照らされたためだろうか―ーひどく妖しもあった。


 闇の中の火の揺らめき、煤の香り、曖昧な隔絶、天上に伸びる影絵。

 それらが人を惑わしうる事を、炎の魔術師であるステイルはよく知っている。

 その程度の暗示が己に効くわけはないと確信するが、もちろん油断はない。


 灯は文字通りの目眩ましの可能性もある、暗闇に何が潜んでいてもおかしくはない。

 それどころか、ステイルの本領である炎において、己を上回る手管を保持している可能性すらある。


 最大主教の得意魔術、専門分野を己は知らない。

 己だけではない、誰も知らないのだ――それがどれほど異常な事なのかは、言うまでもないだろう。


 にこにこと微笑む最大主教。
 
 その裏側にどんな感情があるのか、今のステイルには読み取る事はできない。


「無沙汰を詫びます、最大主教」


 対する己の口から零れ落ちたのは、慇懃な挨拶。

 自分でも驚くほど平坦で穏やかな、落ち着き払った声だった。

 彼女を前にしてこんな風に一切の揺らぎもなく振舞えたのは、初めての事だったかもしれない。






「――――ふむ、意外ね」


 呟くような相槌に、僅かな疑問の色が混ざる。

 だが表情は先と一切変わらぬままに、最大主教が会話を続ける。


「……てっきり貴方は炎剣片手に問い詰めに来るものとばかり思っていたけれど。
 神裂が居ないのも予想外――――ステイル、私に聞きたいことはないのかしら?」


 ローラのその分析は的を得ている、かつての自分たちならそうしただろう。

 激昂と苛立ちを腹に据えかね、八つ当たりのように最大主教を糾弾し―――そして。


 そして。

 どうせ、いいように丸め込まれてしまったに違いない。


 二年前と同じように、この女に。

 まるまるうまうま、赤子の手を捻るように、だ。


 そうはさせない。

 それでは、終われない。

 もう二度とそんな無様をも己に許しはしないとステイル=マグヌスは誓ったのだから。


「聞かせていただけるなら、是非とも。
 ――彼女について知るべきことは、全て知っておきたいですから」


 全て知っておきたいという意味も、かつてのそれとは意味を変えていた。

 みっともない独占欲に塗れたガキの我侭では、何も得られはしないと知っている。


 何もかもが、変わってゆく。

 ステイルは、己にとってある意味不変の象徴のような女の顔をまっすぐ見つめ、言葉を紡ぐ。


「ですが、それも今更でしょう。
 ――貴方が言いそうな事は大体予想がつきますし、それを論破することはできそうにありません」


 己も神裂も、過去に縋るのはやめた。

 誰かのせいにして、己の罪から目を逸らす事を止めると決めた。

 己の弱さから目を逸らす事を止めると決めた。


 そうなって初めて、いろいろなことが見えてきた。

 視野が広まったというよりは、今までが狭窄に過ぎたのだろう。


 誓いを貫くために、約束を果たすために。

 あの子の笑顔を、彼らの夢を――守るために。


 今の自分たちには、もっと他にやるべきことがある。

 キャンキャン吠える前に牙を研ぐべきだ、そのためになら腹を見せても構わないとすら思う。





「ふふ、そうね――貴方たち二人じゃ、無理。
 だって共犯だもの、私たちはひとり残らず、みーんなね」

「……その通りです、最大主教」

「あら、認めちゃうの?
 私のせいにしてくれても構わないのよ、ステイル」

「そんな事、するわけがないでしょう?
 その罪は僕らのものですから――誰にも譲る気はありません」


 からかうような、甚振るような、嘲るような最大主教のその言葉。

 だけど、その言葉には愛でるように慈しむように、優しげな色すら聞こえる。

 本当に性質が悪いね、とステイルは軽く頭を振った。


 魔女と聖女、このふたつ。

 人の身には収まりきらぬはずの二面性を、しかし矛盾なく体現しているかのような笑み。


 ゾクリとするほどに美しく、同時にひどく不吉でもある、その笑顔。

 きっと善悪でこの女を計ることに意味はないのだろう、とステイルはそう思う。


 カリスマとは程遠く、しかし底が知れない。

 ひどく歪で、それでいてどうしようもなく揺るがない。


 清教の代表。

 必要悪の教会という矛盾の毒蛇の長。

 英国女王と同等の権力を持っているとすら噂される女。

 ローラ=スチュアート。


 ステイル=マグヌスでは、この女には勝てない。

 神裂火織と二人掛りでも、勝利のイメージが浮かばない。
 

 だが。

 果たしてステイル=マグヌスとローラ=スチュアートの実力差と。

 鋼盾掬彦とステイル=マグヌスの実力差の、どちらの方が大きいだろうか。


 もちろん、後者だ。

 歩んできた修練と克己の数年間に賭けて、ステイルはそう断じる。

 





 だがしかし彼は、鋼盾掬彦は、そんな己に間違いなく勝利した。

 己だけにではない、神裂火織にもだ。

 百戦錬磨の魔術師二人を単身で真っ向から相手取り、打ち破った。


 無論、単純な戦闘なら勝負にもならなかっただろう。

 だけど、単純な戦闘になどなりはしなかった――鋼盾掬彦がそれを許さなかった。


 口先で丸め込まれたわけでは断じてない、そんなつまらない話ではない。

 彼の問いがあまりに真摯でまっすぐで、彼の語る夢があまりにも真っ当で輝かしかったから。


 彼の熾した松明に。

 闇夜に惑う自分たちは、膝を屈してしまったのだ。

 誑し込まれて、恥ずかしい台詞まで吐かされてしまった。


 ……未来。

 そう、未来だ。


 あの日見た未来に僕らは立っている。

 すべてが願い通りにいったわけではないけれど、それでも確かに。


「僕が貴女に問いたいことがあるとすれば、それは、これからのことについてだ」
 

 そして、これからも日々は続く。

 目指すは問答無用のハッピーエンド、五ヵ年計画も上等である。


 鋼盾は言った。

 英国を、清教を、必要悪の教会を敵に回す必要など無いと。


 それがどういうことかと言えば。

 つまりは、なんのことはない。


 眼前のこの人物を、味方につけろと。

 英国清教が長、最大主教ローラ=スチュアートを味方につけろと。


 彼は、そう言ったのだ。

 きみたちがいればそれができると、笑ってそう言ったのだ。

 上条当麻との約束もある、神裂との約束もある、インデックスへの贖罪もある。


「―――さあ、未来の話をしましょうか、最大主教」


 だから、それに応える。

 僕らが望んだ未来を掴むために、今という足場を踏み固めてゆく。






「……へえ、なるほど」


 ステイルのその言葉を受けて、ローラが初めて笑みの種類を変えた。

 相変わらず名状しがたい、底の見えぬ微笑ではあったが、確かに変わった。


 仕えて五年、ステイル=マグヌスが初めてみる表情だ。

 強いて言うならばそれは―――そう、おそらくは。


 愉悦。

 あるいは、興味関心。

 新しい玩具を見つけたような、そんな表情。


 そしてステイルは、逆説的にそれを知る。

 今の今までこの女は、ステイル=マグヌスに全くといっていいほど期待をしていなかったのだと。


「同じ事を言うのね、ステイル」


 同じ事を言う、とローラは笑う。

 それは一体誰の事かとステイルが問う前に、彼女はその続きを口にした。


「学園都市に潜り込ませし間者から、似たような伝言を預かっている」
 ――さて、そろそろ時間なのだけど」


 時計などないこの部屋で、しかし確信を以ってローラはそう呟く。

 そしてまさにそのタイミングで、この空間にはまったく似つかわしくない電子音が響いた。


 鈴の音を模した、その音色。

 種類は違うとは言え、己にとっても馴染み深い音である。

 そしてその音は、目の前の人物の懐から生じている。


「……ふふ、時間ぴったり、律儀なことね」


 そういって最大主教は、懐からそれを取り出した。

 勿体ぶることもない、ただのありふれた電子機器である。


「じゃーん、最新型!!」


 間抜けな台詞とともに掲げられた携帯電話。

 台詞に偽りなく最新モデル……それも、学園都市製だ。

 一般に出回るものではない、都市外への持ち出しは厳重に禁止されている筈である。


 あらゆる意味で英国清教最大主教には相応しくないアイテムだった。

 どんなルートで入手しやがったのか……頭が痛い事この上ない。





「……それはそれは。
 で? お取りにならないんですか? それ」

「うふふふ、誰からかしらね、ステイル、当ててみなさい?」

「…………ったく、ワザとらしい」


 最大主教が己をここに招いたそのタイミングで、ぴったりその電話が鳴ったということ。

 おそらくはその人物が「自分と同じ事を言っている」という彼女の台詞。

 予感がある、否、確信と言っていいだろう――この女の考えそうな事である。


 ほんの数日前に、己はこれと同じ状況に立ち会っている。二回もだ。

 そして二回とも、その電話をかけてきた人間は、同じ男だった。


 そういえば彼がどうやって己の電話番号を知ったのか、未だに聞いていない。

 てっきり土御門の仕業だと思っていたのだが、それは当の本人に否定されていた。


 やれやれ。

 君の電話帳は一体どうなってやがるんだ。

 最大主教へのホットラインなんて、必要悪の教会の魔術師でも知らないぞ?


 ステイルはひとつ溜息を吐くと、ローラの問いに答えを返す。

 該当者などひとりしかいないだろう、あの男だ。





「……言うまでもないでしょう、僕の友人だ。
 僭越ながら忠告させて頂きますが、その電話、取らないほうがいいと思いますよ」


 コールは既に十回を超えている、気の短い人間なら諦めてもおかしくない。

 だが、彼が受話器を置くことはないだろう、そういう男だ、逃がしてくれるわけがない。


 己は先日、確か二十コールくらいまで粘って根負けしたのだったか。

 “きみがあの電話をとってくれなかったら、ぼくの負けだったよ”と笑った彼の顔を思い出す。


 もはや、笑うしかない。

 どうやら己は“またしても”先を越されたようだ。


「―――どうせ足元を掬われる羽目になりますから、ね。
 僕としては、貴女が転ぶところを一度くらいは見てみたいような気もしますが」

「あらあらまあまあ、怖い怖い。
 どうしよう、ローラ口喧嘩なんてしたことないのに!」

「……齢考えて物言ってください。
 早く出たらどうです、待たせるのは無礼でしょう」


 忠告といいつつ、挑発に近い物言いになってしまったのは否めない。

 もっとも、この程度の挑発に乗る相手ではあるわけもない、そうだったらどれだけ楽だったろうか。

 つーかなにそのテンション、マジうぜえ、死んでほしい。

 そんなステイルの冷め切った反応もどこ吹く風、ローラはにこにこしながら通話ボタンに指を伸ばす。

 そして。





「ぽちっとな……んふふ、もっしもしー!!?」

『! うわわ……』


 電話の向こうから、慌てた声が響く。

 どうやらスピーカーモードになっているらしく、ステイルにもその声が聞こえた。

 長らく待たされた上にいきなりのハイテンションな大声をぶつけられた電話相手に、ステイルは心底同情する。

 だが、相手の狼狽はほんの一瞬、すぐに落ち着き払った声が響いた。


『あー、びっくりした……失礼しました。
 えっと、あー、夜分にすいません……ようやくお声を聞けましたね、最大主教さん』


 およそ一日半ぶりに聞く、その声。

 この数日間で、随分と馴染んでしまったその声。


 それはかつて、ステイル=マグヌスたちを追い詰めたものだった。

 追い詰めて追い詰めて、そして焚き付けた男の声だった。


 鋼盾掬彦

 鋼の盾


 その声が、スピーカーを震わせて英国に届いた。

 ステイル=マグヌスとローラ=スチュアートの下に、届いた。

 約一万キロの距離を隔てて、なおもさやかに。





「ええ、ふふふ、電話の前で今か今かと待ち構えておりし事よ」

『お待たせしてしまいましたか、申し訳ないです』

「女の冗談にはもっとスマートに答えし方が受けがよくてよ?
 ……今のは、ふふ――楽しみにしていたと言ったのよ、少年」
 
『はは……ぼくも実は、楽しみでした』


 楽しみにしていた、と彼らは言う。

 欠片ほどの敵意も悪意も隔意も感じさせぬ声で、本当に、楽しそうに。

 気の置けぬ友人同士でもあるかのようなその空気は、ひどく自然で、だからこそ不自然だった。


『あ、ステイルや神裂さんとはもうお会いになりましたか?
 ぼくは最後ちょっと気絶してしまったんで、手紙とメールでしか話せてないんですよ』

「んふふ、モチのロン。ばっちり労いしよ、上司の務めでありけるからね」

『そうですか、それはよかった』

「そうそう、そちらは大事なきかしら、少年。
 こちらの部下が頼りなき故に一般人を巻き込みて、申し訳なき事よね、本当に」

『滅相もないですよ、自分から首を突っ込んだんですから』


 ……ステイルは思わず頭を抱える、抱えまくる。

 なんでお前らそんなに和やかに話してやがるのか、おかしいだろ。

 というか最大主教の日本語が看過できないレベルでおかしいだろ、なんだそれ。


 古語とかいろいろ混ざって頭悪そうな事この上ない、というか馬鹿だ。

 迷走しすぎた失敗マンガの失敗キャラみたいになってる、二次どころか大惨事だ。

 そしてそれにノーリアクションの鋼盾掬彦もどうかと思う、それでいいのか日本人。


 切実に煙草が吸いたかった。

 しかしそんなステイルの煩悶を置き去りに、二人の会話は進んでゆく。






『……土御門くんにも、随分と無理をお願いしちゃいまして。
 でも、ホント彼が連絡役でよかったです』

「ふふ、存分に使ってくれて構わぬ事よ。
 無茶振りくらいが丁度の塩梅、要領だけは優れし男なりけるから』

『ええ、同感です。がっつり頼らせてもらうつもりです、手加減抜きで。
 ……いやいや、持つべきものは頼りになる友人ですね』

「あらあら、麗しき事」

『ええ、本当に。
 ……あ、なんか背後から呪詛が聞こえてきた、怖い。
 うわあグラサン外してやがる、なにこのイケメン、超怖い』


 ……どうやら、電話の向こうには土御門元春も居るようである。

 鋼盾の口振りから察するに、渋る土御門に半ば無理矢理橋渡し役を押し付けたのだろう。


 心底、同情する。

 電話の向こうで、土御門はきっと自分と同じような表情をしているに違いない。

 ……だけど、彼も心底それを嫌がっているわけではないことも――それこそ自分の事のようにわかってしまう。

 あの男が向こうとの橋渡し役を買って出たのは、鋼盾やインデックスを守るためだろうから。


 土御門元春。

 学園都市と英国清教、いずれにも造詣の深い彼でなくては、その任は勤まらない。

 いざとなれば英国を「刺す」ことを躊躇わない男であるからこそ、適役なのだと心底思う。


 それほどまでに、ローラを初めとする上層部の意図は読みがたい。

 政治が苦手なのは神裂だけではない、ステイルとて似たようなものだ。


 禁書目録をどうするか、落とし所は既に清教と学園都市の間で付いている。

 彼女の所属は変わらず英国清教で、しかしその身は学園都市に置くことになる。


 そういうふうに、決まった。

 ……いや、きっと、おそらくは。

 そういうふうに、決まっていた――もしかしたら、ずっと前から。

 自分たちに手の届かないところで、決まっていたのだ。





 そしてその事を、鋼盾掬彦も知っている。

 他ならぬ己が手紙で伝えたし、委細については土御門が十分にフォローしているはずだ。


 だが、それでもなお、鋼盾は対話を望んだ。

 彼は土御門元春を通じ、大胆にも最大主教との直接の通話を実現させた。


 最大主教であれば、電話越しですら鋼盾掬彦を殺すことすらできるかもしれない。

 土御門がその危険に思い至らないわけがない、止めたはずだ、必死で彼を説き伏せようとしたはずだ。

 それでもこうして、ありえぬはずの会談が成立してしまっている。


 これは、はっきりいって前代未聞の出来事だ。

 公式なものではないとはいえ一宗派を束ねる公人が、魔術組織の長が、わざわざ一学生のために時間をとるなどありえないと言っていい。

 草野球の面子が足りないからアメリカ大統領を呼びつけるのと同じレベルの話である、現大統領ならそのぐらいやりそうではあるけれど。


 無茶にもほどがある、その依頼。

 だが、ローラ=スチュアートはそれに応えた。

 にこにこと笑みすら浮かべて、それが当たり前であるかのように対話に応じた。


 それがどれほどの異常なのか。

 互いに判っていないわけもあるまいに、彼らは相変わらず和やかに談笑を楽しんでいる。





『改めまして……こんにちは、じゃなかった、こんばんは。
 ……はじめまして、鋼盾掬彦です。お忙しいところ、時間を割いて頂いてありがとうございます』

「かまわなくてよ、本日の業務も既に終わりて、ここからは楽しきプライヴェートタイムでありけるから。
 ……英国清教最大主教、ローラ=スチュアート。……ふふ。以後お見知りおきを、鋼の盾」

『こちらこそ、よろしくおねがいします』


 どうか挨拶だけで電話を切ってはくれないだろうか、とステイルは儚く祈る。

 ……だってどう考えても、鋼盾はここで事を荒立てるべきではないのだ。

 最大主教は様子見に徹する構えだった、ならば下手に刺激するのは避けるが吉だろう。


 勿論、この平穏がいつまでも続くとは思っていない。

 でも、だからこそ――だからこそこの平穏は、得難いチャンスなのだ。


 長期戦になるだろうと言っていた彼が、それを理解していないわけが無い。

 神裂とステイルがそうしたように、勝ち得た猶予を戦力の拡充と敵戦力の分析研究に充てるべきなのだ。

 いつか訪れるかもしれない戦いの時の為に、疑心も瞋恚も慚愧も飲み込んで、備えるべきだろう。


 それなのに、彼はこのタイミングでわざわざ電話をかけてきた。

 わざわざ虎の尾を踏みに行くような、そんな行為であると思わざるを得ない。

 いったい何を考えているのか、まさか最大主教に説教かますつもりでもあるまい。


 これは鋼盾の暴走だろうか、とステイルは思い、即座に否定した。

 土御門がそれを許すわけがないし、なにより。

 そう。


「……そんなに甘い男じゃなかったね、君は」


 口中のみでそう呟くと、ステイルは一昨日の晩に友人と交わした会話を思い出す。

 夕食会のあと、上条宅のベランダで交わした幾つかの雑談のうちのひとつだ。


 彼が四本目の煙草に火をつけたとき、上条当麻はこんな事を言っていた。

 話題は勿論、彼らのヒーローの事だった。





“なあ、ステイル”

“鋼盾の友人の先輩としてさ、おまえにひとつアドバイスだ”



“アイツの一番凄いところはな”

“ここぞって時に、絶対に答えを間違わないところだ”



“当人は無意識なんだけどな――アイツは間違えないんだ、絶対に”

“これまでずっと、そうだったんだよ”

“今回の件でアイツは化けたけど――これまでだって、そうだった”



“学校の授業で、帰り道で巻き込まれたトラブルで、遊びに行ったゲーセンで。
 一学期の終業式の日もそうだったな、あの黒板と記念写真”

“些細な事件ばっかりだけど、誰もが手を拱くような状況の中で、アイツは”

“なんでもないように正解を言うんだ”



“埒が開くんだよ、アイツの言葉で”

“そんな事が、一学期だけで何回もあった”

“そういう時の鋼盾に任せて、裏目を引いたことなんか一度だってねえ”



“だから、クラスの連中も小萌先生も、アイツの事を信頼してる”

“それに本人だけが気付いてねえんだ、笑っちまうくらいに”

“他人の事にはやたらと敏いくせにな……アレだ、鈍感系主人公的な?”

“……おいステイル、なんで今溜息吐いた?”





“……まぁ、なんつーか”

“十のうち九はウダウダ傍観者みたいな顔をしてるくせに、残りの一を絶対に見逃さねえんだよ、アイツ”

“ヒーローは、自分の出番を間違えない……お約束ってヤツだ”



“きっと土御門がアイツに託したのも、それが理由だろうよ”

“もちろん俺もそうだし、お前らもそうだろ?”



“失敗はするよ、もちろん。
 逃げたりもする、凹んでるのなんて日常茶飯事だ”

“それでも、本当に大切な場面で”

“アイツは、あっさりと打開策を引っ張り出してくる”

“そういうヤツなんだ、鋼盾は”



“だからな、ステイル?

“アイツが、なんか無茶をしたら”

“そこが、間違いなく勘所だ”

“無茶に見えても――アイツには、アイツにだけは勝ち目が見えてる”



“だから”

“その時は、全額張っちまえ”

“鉄板だ”



“俺はギャンブルなんか勝てた例がねーけどさ。
 
 この賭けだけは、はは……ただの一度だって負けた事がねえよ”







「……異常な説得力だったね、最後の台詞は」


 主教に聞こえぬように、ステイルは口の中で小さく呟く。


 曰く、幻想殺しの副作用。

 逆聖人と呼びたくなるような、異常な運の無さを誇る上条当麻。

 そのあたりの面白エピソードは、夕食会で散々聞かされたステイルである。

 そんな彼が勝ち馬に乗れるのだから、それはそれは素晴らしいご利益と言えるだろう。


 だが、上条当麻には悪いが、そんな事は言われるまでもなかった。

 だって。


「とっくに全額張ってるよ。あの屋上からこっち、僕も神裂もね。
 ……それでも勝てると思えないのが、この女狐の恐ろしさだけど」


 ……いや。

 自分たちが目指すのは、短期的な勝利ではなどではない。

 鋼盾掬彦が指し示したのは、もっとずっと先にあるものだ。


 そして、それは相手も同じ。

 ローラ=スチュアートが目指すものも、そんな瑣末ではありえない。

 あるはずがない。


 だから。

 今から交わされるのは未来の話だろう、間違いなく。

 それはまさにステイル=マグヌスが先程、ローラ=スチュアートに望んだ言葉だ。


 だけど、この両者が思い描いている未来(りそう)は、

 ――きっと、まったく違ったものになる。


 最大主教がインデックスをあくまで使い潰すつもりなら、彼らは明確に敵対せざるを得ない事になる。

 そうなれば鋼盾掬彦には、己たちには勝ち目などあるわけが無い。

 だから彼はこんな電話をすべきではなかったと、ステイル=マグヌスは今でもそう思う。





 だけど。

 それでもやっぱり、どうしてか。

 胸の裡から沸々と湧き上がるこの感情は――鋼盾掬彦への期待なのだ。

 大穴の万馬券が当たると知っているギャンブラーの高揚が、ステイル=マグヌスの心をざわめかせる。

 冷静になれと咎める理性を蹴散らして、血液が倍の速度で血管を流れてゆく。



 まったくもって、どうしようもない。

 どうしようもないが――それも仕方ない。


“負けるはずがねえよ”

“盾が守り方を間違える筈がないからな”


“無茶に見えても、アイツは間違えない”

“俺たちには見えなくても、鋼盾には見えてる”


“なら、俺たちはアイツの指差した先に走ればいい”

“そうだろ? ステイル”



「……そうだね、上条当麻」


 悔しいが僕には、彼らの目指すものを図りきることはできない。

 それでも今更、鋼盾掬彦の舵取りを疑ったって始まらない。


 賽は投げられた。

 出目がなんであれ、ゼロではない。


 この場で己にできる事など、きっとなにもない。

 だけど己が此処にいるということは、きっとなにか意味はあるのだ。


 これから二人の間で交わされる一言一句、聞き逃すことなく喰らい尽くす。

 最大主教という女の思考、嗜好、志向。


 それらを出来る限り吸収し、己の血肉に変えてみせる。

 そう思う。





 ……そして。

 正直な所を言ってしまえば。


 実の所、己は楽しみで仕方がない。

 この二人が何を話すのか、知りたくて仕方がないのだ。

 鋼盾掬彦とローラ=スチュアートの会話、これは聞き逃せない。あらゆる意味で。


 ステイル=マグヌスは張り詰めていた表情を緩めると、手近な椅子に腰を下ろす。

 特等席にも程がある、挨拶周りに行った神裂は、なんとも惜しい事をしたものだ。


 そんなステイルの様子を見て、ローラがまた笑みの種類を変える。

 ステイルはそれに剣呑な笑みで応えた後、背もたれに身体を預け天井へと眼を向けた。

 縦横に走る梁をなんとはなしに眼で追いながら、薄闇に響く楽しげで白々しい会話に耳を傾ける。
 

 どうせ、ろくでもない話になるに決まってる。

 それでも聞かずにはいられないのだから、本当に困ったものである。


「じゃあ……お手並み拝見だ、鋼の盾」


 ステイルはそれだけ呟くと、頬杖をついて目を伏せた。

 ろくでもない話と嘯きつつ、その表情はコンサートを待つ聴衆のようですらあった。

 





 英国標準時にして七月二十九日午前二時。

 日本国標準時にして七月二十九日午前十一時。


 ローラ=スチュアートと鋼盾掬彦

 七年に渡ったとある少女の悲劇、それを始めた女と終わらせた男。

 禁書目録の管理者と、インデックスの保護者。

 魔人と凡人。


 そんなふたりが、今からこれから。

 未来についての、話をはじめる。









ここまで!
ステイルのターンだと思った?
残念、鋼盾でした!

演出上英語でしゃべってる筈の場面はローラの口調をまとも気味にしてみました
つーかあの口調はむずい、アカンよアカン、次回地獄やで

個人的にはローラ×ステイルってありだと思うの
誰か書いて下さいお願いします


次回でようやくエピローグ2もおわります
よろしければまたお付き合い下さい!


終わんなかった
うん、「また」なんだ、すまない
仏の顔もって言うしね、謝って許してもらおうとも思っていない

というわけでエピローグ2、終わりませんでした
もう大晦日じゃねーか! 年内に終わらせたかった! どうなってんだちくしょう!

まあ、とにかくちょっとずつでも重ねてゆきましょう
というわけで投下でござい

そぉい!



――――――――




「……九時間の時差ですから、そっちは深夜の二時ですか。
 遅くまでお疲れ様です。こっちは朝の十一時ですから、なんだか申し訳ない気分ですよ」

「ふふ、構わないと言っているでしょうに。
 当教会の者たちが随分と世話になったそうね、改めて礼を言うわ」

『お世話になったのは、こちらも同じです―――日本語、お上手ですね』

「ふふん、もっと褒めても構わぬ事よ?
 大英図書館より教本を取り寄せて、きちんとネイティブの人間に指導を受けし我が努力を!!」

『……もしかして、ですけど。
 あー……そのネイティブ指導員さん、土御門くんだったりしませんかね』

「……びっくり。
 どうして判りしかしら? 土御門の口癖でも出ていて?」

『いや、にゃーだぜいですたいは出てませんけど……えーと、なんというか。
 ……あ、ちょっとすいません……オイ、笑ってんじゃねえよ金髪グラサン、そこで正座してろ」


 後半、鋼盾が土御門に向けたであろう小言が電話口から漏れ聞こえてくる。

 きょとんとした顔で首を傾げ、こちらを見てくるかわいそうな外国人、もとい最大主教。


 ……頭が痛い。

 こっちみんな、頼むから。

 つーかふざけんな土御門、貴様の仕業か。


 シリアスな空気を返して欲しい、なんなんだこの女。

 ここに神裂がいなくて良かった、彼女が聞いたらぶち切れるかもしれない。


 そして数秒後、電話口からようやく鋼盾の声が聞こえてきた。





『……失礼しました、いや、でもありがたいです。
 土御門くんに通訳を頼むつもりでいたら「日本語でOKだにゃー」とか言うんですから。
 インデックスといいステイルといい、なんでみなさん日本語ペラペラなんですか?』

「学園都市のある国の言葉でありけるから習得優先度は高いけど、日本語に限った話ではないのよ?
 必要悪の教会は異国での任務が多いし、敵の魔術師を見極めたるには――やはり言葉からになる」

『ああ――なるほど』

「それに、そういうのを抜きにしても。
 ――異国の言葉を知りたる事で、多くの物を得る事ができるでしょう?」

『そうですね』


 いやおまえ知れてないっつか確実に日本人に喧嘩売ってるからねその話し方!

 ……という日本男児魂の突っ込みをステイルは期待したのだが、鋼盾は見事に受け流している。

 そのスルースキルは見習わねばいけないかもしれない、この世界には変人が多いのだ。


『ぼくも、せっかく英語が話せる友人も出来たことですし、
 ちょっと身を入れて勉強しようと思ってるんです、夏休みで、時間もありますから。
 ――それに、これから必要になる場面も出てきそうな気がしますし、ね』

「それは良き心がけね、勉学には励みておきなさいな。
 ――話せる相手が増えしという事は、とにもかくにも良きことよ」

『ええ――そうですね』

「でも語学に関しては勉学というより、コミュニケーションの場数を踏むのが肝要なりけるからね。
 あ! 次回の電話からはクイーンズオンリーで話せしというのはどうかしら?」

『……あー、それはちょっと、まだ自信が全然、ないといいますか………」

「ふふ、冗談よ」


 お前が語学の学習法を語るなという突っ込みはともかく、随分とまっとうな会話だとステイルは思う。

 そこだけ聞けば、本当に教師と生徒の会話のようですらあった。

 しかし、このふたりの間柄はけしてそんなものではあるわけもなく。


 だから。

 このような世間話など、いつまでも続くわけもない。





 先に切り出したのは、ローラ=スチュアート。

 この二人の間にある共通の話題など、やはりこれをおいて他にない。


「ところで、禁書目録ははそこに居るのかしら」

『……インデックス、ですね。
 いえ、今はいませんよ、朝から出かけてます』


 最大主教はあの子を“禁書目録”と備品名で呼び。

 鋼盾掬彦はそれをやんわりと咎めるように、カタカナ発音で“インデックス”と呼ぶ。

 その呼び分けは、ステイルや神裂が意図的に行なっていたこともあるものだった。


『友達の所に遊びに行ってます。
 ―――みんなで楽しく料理のお勉強中です、女の子六人でね」
 
「へえ、あれに友達ね」

『ええ、友達です。ほんとうにいい子達ばかりですからご心配なく。
 ぼくらも昼から招待されてて……そうだ、メールで写真でも送りますよ』


 “あれ”と“あの子”。

 ローラ=スチュアートは無機物を指すようにそう呼ばわり。

 鋼盾掬彦は親愛を忍ばせてそのように呼ぶ。


 呼び名ひとつとっても、両者の立ち位置は明確だ。

 互いにそれに気づいていないわけでもあるまいに、彼らは素知らぬ顔でまた世間話めかした会話を始めている。





「ふむ、それは楽しみね。
 ステイルにでも送りておいて、あ、神裂はダメよ、携帯電話なぞ通話が精一杯でありけるから」

『あー、そんなタイプですね神裂さん……番号交換の時も不慣れな感じでしたし』

「まったく、いつまでもそれじゃ困りてしまいけるのだけど」

『まあ、得手不得手は誰にでもありますから』

「言い訳よ。あれは不器用……いや、己を不器用な人間と思い込んでいる。機械や科学に限らずね。
 つまりは甘えているのよ、逃避と言い換えてもいい―――なんとも、もったいなき事にね」


 それは今朝、いみじくも神裂本人が言っていたこと。

 そしてやはり、ローラ=スチュアートはそれをきっちりと見抜いていた。


「だから――御しやすい」


 見抜いていて、その上で。

 彼女の弱さを、利用した。


 最大主教はそう言いながら、嬲るような視線をステイルに送る。

 “それは貴方にも言えてよ、ステイル”と、その目にはそんな言葉が透けて見えた気がした。


「判りやすき弱点よね。あの聖人、きっと他人から叱られしことなどないのよ。
 ……いえ、なかった、と言いたるべきかしら?」
 
『……コメントに困りますね、それ』


 かつてその弱点を容赦なく利用した男。

 神裂火織と――ステイル=マグヌスを叱り飛ばした男が、困ったように笑う。

 なんとも座りの悪そうなその声に、最大主教がくつくつと笑い――そして。


「それで――今日の用件は何になりけるのかしら。
 なにも世間話をしたいわけではないのでしょう? 私はそれでもかまわなきけれど」


 ついに、本題。

 鋼盾掬彦の意図を尋ねるその言葉。

 ステイルとしても大いに疑問だった、この会談の目的。


 それを問う、最大主教。

 言葉は穏やかなままなのに、それを聞いたステイルの胃がじくりと痛む。

 電話越しの鋼盾にも同じものが届いたはずなのに、しかし返ってきたのはそれまでと変わらない、穏やかな口調だった。






『いえ、この世間話も目的のひとつではあるんですよ。
 ……ずっと、貴女と話してみたいって思ってましたから』


 揺るがない。

 もとから意味不明の泰然さを持ち合わせている男だったが、それでもここまでではなかったように思う。

 だが、それも自然な事かとステイルは思い直す。


 あの激動の夜を越えて。

 上条当麻の変貌と昏倒、呪われた予言の成就を乗り越えて。

 目覚めた彼を襲ったであろう絶望や後悔、それら全てを踏み越えて。


 あの男が、変わらないわけがない。

 この電話は、そんな男の仕掛けなのだ。

 そう思っただけで、ステイルを襲った胃痛の半分くらいは和らんだ。

 ……全部とまではいかないあたりが、我ながらどうしようもないね、とステイルは笑う。


「あらあらふふふ、お姉さんをからかうものではなき事よ」

『もちろん、そういう意味ではなく。
 ―――インデックスの上司の方と、お話したいな、って』

「ふんふむ」


 だれがお姉さんだ、このババア。

 と、即座に浮かんだ感情はとりあえず脇に置き、ステイルは鋼盾の言葉を待つ。





『……あー、もう既に報告が行ってるかと思いますけど、改めて。
 あの子についてた首輪、邪魔だったので壊しちゃいました』

「ええ、聞きていてよ。
 ――もっとも、アレを破壊せし手段が貴方たちにありとは思いもよらねけど」

『うちの相棒の右手は特別製でして。
 首輪――あれは、貴女が作ったものなんですよね』
 
「ふふ、自信作だったのだけどね」


 首輪。

 あの子の咽に仕掛けられていた、悪意の百足。

 一年ごとに記憶を奪わなければ、宿主を狂死させる呪い。


 それに気付くことなく、のうのうと日々を過ごしていたこと。

 それは今尚、ステイルにとっても大きな傷だ。


『禁書目録ってのも、貴女の命令だって聞いてますよ』

「ええ、あれに七年前、私が手ずから植えた。
 耕し整え種を蒔き水を遣り、花咲くその日を待ち侘びながら、その成長を愛でていたものよ」

『ガーデニングみたいに言いますね……花は、咲きましたか?』

「ええ――大輪よ」


 花。

 十万三千の呪いを束ねて咲き誇る、白い花。

 その花の名を、禁書目録という。


 花言葉はどうせ「献身」、あるいは「生贄」か「犠牲」だろうか。

 いずれにしても碌なものではない、とステイルは思う。

 そしてそれは鋼盾掬彦もまた、同じ意見であろうとも。






『首輪から解放された今もまだ、ちゃんと咲いてますよ、その花は。
 ――ただの魔術なら、全部台無しにしてやれたのに』

「あら、恐ろしき台詞を口にせしものね」

『勝った、って思ったんですけどね――根が深すぎて、幻想殺しでも打ち払えなかった』


 インデックス。

 記憶を喪った彼女の根底には、揺るがぬ信仰とイギリス清教への帰属意識がある。

 かつて鋼盾掬彦はそれを強迫観念、呪いと評していた。


 それは。

 魔術でも呪術でもない、幻想殺しでも消せぬ呪い。


 根が縛り、茎が貫き、蔓が絡まり、葉が塞ぎ。

 あの子の生命と記憶を糧に、毒々しい花を咲かせている。


 枯らす術は、ない。

 あの子の命を枯らす以外には、ない。


『スイッチを壊しただけなんですね、まだ』

「ええ、禁書目録は一冊一節たりとも損なわれてはいない。
 そういう風に組み上げたるの、あらゆる事態に備えしつもりよ」

『……周到な事です。
 精神系の能力者を頼る、って手も考えはしたんですけど、ね』

「生半の能力者では、鍵穴を見つけし事すら叶わぬし、その鍵を開ける事ができても、食われて終わり。
 ―――宗教防壁も持ち得ぬ者には、あの毒には耐えられないでしょう」

『ええ、木山先生――ぼくの知る限りで、学園都市で二番目の精神系能力者だった人も、そんな事を言ってました。
 鍵穴を見ただけで身が竦んだって、そう言ってましたよ』

「賢明ね」


 木山春生。

 幻想御手の繰り手、幻想猛獣の生みの親。

 幾百幾千の能力を大能力クラスで使いこなしていたという、多才能力者なる規格外。


 ステイルも概要程度は聞き及んでいるが、正直理解しているとは言いがたい。

 だがそれほどの能力者でも、インデックスに巣食うものに触れることすら出来なかったという。





「そしてスイッチは、魔術によるものだけではない。
 ――当然、予想はしていたでしょう? その程度の事は」

『……まあ、一応は。
 当たって欲しくはありませんでしたけど』

「ふふん……魔術だけではないのよ、英国の手管は。
 それはまさに、異国の言葉を知り自国の言葉をより深く知るかのように」
 
『さいですか……そこが魔術師の弱点だと思ってたんですけどね』

「……まったく、神裂とステイルには猛省を促しけりたきところね」


 最大主教から目を逸らし、ステイルは天井へと目を向ける。

 猛省するしかない……つーか予想だにしてませんでしたよ、そんなん。

 最大主教と鋼盾掬彦の会話は、あっという間にステイル=マグヌスを置き去りしてゆく。

 
 無様な己。

 そのことに臍を噛むのは、後回し。

 今は聞け、一言たりとも聞き漏らすなとステイルは己を叱咤する。


『あたりまえのセキュリティですもんね、考えてみれば。
 でもそれは、貴女がリモコンを持ってるわけでもないって事ですよね』

「それは――ふふ、どうかしらね?」

『受信機だって壊したじゃないですか……といっても、直接押しに来れば同じですか。
 まあ、あの子の記憶を奪わせないのがぼくらの第一目的ですから。
 ……ぶっちゃけ、記憶なんて奪わなくてもいいんでしょう?』

「心外ね……意味がないことなどしないわよ? 私は」

『でも、絶対じゃない』

「詰まらぬ事を……世の中に絶対なんてなくてよ。
 絶対に必要ではあらねども、そうなった方がよさげなら――殺す。
 人の歴史の地層は、そうやって死んだ哀れな者たちの白骨でいっぱいよ」


 ……なんか会話の方向性がやばい。

 最大主教の目つきが今までで一番やばい。


『……怖いですね。
 わざわざ人間に記憶させるとか馬鹿なんじゃないのって思ってましたけど。
 ――ちょっと解ってきたような気がします、あの子じゃなければいけない理由が』


 だけど向かい合う鋼盾掬彦は、ぞっとするほど自由自在。

 この会談を楽しんですらいるように聞こえる。


 よほどの傑物か、それとも壊れているのか。

 ……前者だといいなあと、ステイルは儚く祈る。






「そう、それゆえに、アレを選んだ。
 単なる書庫(アーカイヴ)ではなく、目録(インデックス)なの」


 書庫ではなく、目録。

 アーカイヴではなく、インデックス。


 その言葉の真意が、ぼんやりとステイルの中で像を結んでゆく。

 それが形になろうとしたまさにその瞬間。


『でも――それもカムフラージュなんじゃないですか?』


 否定の声が、その像を引き裂いた。

 鋼盾掬彦の、声だった。

 それを聞いた最大主教は本当に――本当に嬉しそうに、微笑んだ。

 




「ふふ――なんのことやら。
 根拠があって問うているのかしら? それ」

『いえいえ、ただの妄想ですけどね。
 でも、なんでかな――こう思うんですよ』


 最大主教の声には紛う事なき愉悦の色。

 そして、鋼盾掬彦の声にも――ステイルの読み違いではなければ、同様の色。



『禁書目録――英国清教の最終兵器。
 十万三千冊の魔道書を完全に操る恐るべき魔神――それが、あの子だと皆が言う』
 

 鋼盾掬彦の声が、電話口から零れてゆく。

 つらつらと、その恐るべき形容を重ねてゆく。


 歌うように、滔々と。

 詠うように、切々と。


 ステイル=マグヌスは。

 その穏やかな声音に、喩えようもない寒気を覚える。


『ぼくも見ましたよ。
 ―――七月二十八日、午前零時、うちの学生寮の屋上で。
 幻想殺しが首輪を壊しきれず、自動書記が発動するのを、目の前で見ました』


 ステイルと、神裂と、鋼盾と、上条。

 そしてインデックスの意識を乗っ取った擬似人格“自動書記(ヨハネのペン)”。


 あの運命の夜。

 学園都市の片隅で、そんな一幕の戦劇があった。


『幻想殺しの上条くん、必要悪の教会の精鋭であるステイルと神裂さん。
 ――禁書目録は、彼ら三人がほぼ防戦一方にならざるを得ないほど恐るべき存在でした』


 それはまさに、魔術の権化。

 相手の魔術を完全に看破し、無数の魔術を操る自動人形。

 今思い出しても寒気を覚える、少女の形をした絶望。


 魔神。

 その形容にあれほど相応しい存在もあるまいと、ステイルは思う。

 神裂や土御門も異論はないだろうし――幻想殺しを攻略されかけた上条だって、そうだろう。


 だけど。

 それに異を唱える声があった。






『でも』

『戦えもしなかったぼくなんかが言えた台詞じゃないですけど』

『それでも』

『今にして思えば』

『あまりにも』

『そう』

『一冊で国を滅ぼすという魔道書』

『それが十万三千冊もあるくせに』

『それなのに』

『どうしようもなく』

『なんと言うか』

『こう思わざるを、得ないんです』







『なんだ、禁書目録というのは――この程度なのかって』







 信じられない台詞だった。


 あれを“この程度”と評する事も。

 彼が、そんな台詞を言うという事も。


 その瞬間、ステイル=マグヌスの心に去来したのは様々な感情。

 疑問がもっとも強く、次いで反感、裏切られたような痛み、そしてそれを否定する彼への信頼。

 そして、欠けていたピースがひとつだけ填まったようなような、一片の納得。


 生まれては変わりゆく目まぐるしい感情の波。

 なんとか思考を整えよう、言葉をひねり出そうとするステイルを尻目に、最大主教が鋼盾に合いの手を放つ。


「ひどい事を言いけるのね、少年」

『……ほんと、ひどい事を言ってますよね、舌を噛み千切りたくなりますよ。
 ステイルや神裂さんには、言わないで頂けると助かります』

「勿論、構わなくてよ。
 口が裂けても私から彼らにこの事が伝わる事はない、約束しけるわ」


 そう言って最大主教はニヤニヤとした笑顔をこちらに向けてくる。

 鋼盾はステイルがこの会話を聞いている事を知らない。

 約束通り口にはしていないが……とは言えこれは、流石にどうかと思う。


 鋼盾の言に、きっと嘘はない。

 あの戦いを、ひいては仲間たちを貶めるような物言いに、彼は痛みを覚えている。


 声を聞けば、それは判る。

 そしてそれは“この程度”というあの台詞も、また彼の本音だという事を示していた。


『ありがとうございます……勿論、わかってはいるんです。
 上条くんっていう規格外な非常識がいたから、あの程度で済んだっていうのは』


 あらゆる異能を打ち払う幻想殺し。

 魔術師にとってあれはジョーカーだ、それは禁書目録にとっても例外ではない。

 “もっとも難易度の高い敵兵、上条当麻”という言葉が、それを示している。


 たとえば開幕の“聖ジョージの聖域”。

 上条当麻の右手がなければ、確実に先手を奪われていた。


 幻想殺しの存在は、それだけで魔術戦を制限する。

 禁書目録の攻撃手段、そのかなりの部分を封じていた筈だ。





『でも、神裂さんは彼女に向けられた攻撃を悉く交わし、往なし、防いでいた。
 ステイルもそうです、魔女狩りの王はその身を何度も崩しつつも、最後まで盾としての機能を喪わなかった。
 今まで彼らが積み重ねてきた研鑽を、すべて出し切ってくれた』


 遊撃は神裂火織。

 防御は魔女狩りの王。

 支援はステイル=マグヌス。


 上条当麻の右手を、インデックスに届けるために。

 己と神裂はそれこそ全力全霊で、あの恐るべき魔人へと立ち向かった。


『上条くん、ステイル、神裂さん。
 あの三人はほんとに凄かった、完璧なコンビネーションだった、神懸った集中だった。
 インデックスの未来を守るため、持てる全てを出し切って、頑張って――そして、勝ってくれた』


 首輪の破壊、インデックスの解放。

 それを自分たちは、確かに成し遂げた。


 上条当麻の昏倒という、重い代償を背負うことになってしまったけれど。

 先の話を聞く限り完全な解放には程遠い、時間稼ぎに過ぎぬものだったのかもしれないけど。


『そんな彼らを、心の底から誇りに思います』


 それでも、ぼくらは勝利した。

 素敵な悪あがきを、やり遂げた。


 ステイルにとっても、それは誇りだ。

 己の未熟さをいやになるほど突きつけられた数日間だったけど、確かに。





『でも、それでも――たった三人だ。
 幻想殺しとルーンの天才少年、そして聖人っていう錚々たる面子ですけど。
 それでも客観的に見て、たかが人間三人ですよ』

『――その程度に、禁書目録は敗れた。
 言い換えれば“禁書目録は、その程度の兵器でしかなかった”んです』

『禁書目録が噂どおりの英国清教の最終兵器であるのなら、その程度の筈がない』

『だから、禁書目録は兵器じゃない』

『もちろん、単なる魔道書の保管庫でもない』

『じゃあ、魔術の解析装置なのか?
 ――それも違いますよね、少なくとも、それだけじゃない』

『ねえ、最大主教さん』

『禁書目録は、そんなつまらないものじゃないでしょう?』

『貴女がその程度で終わらせる筈がない』

『学園都市の理念でSYSTEMってのがあるんですけど、
 笑っちゃうことに“神ならぬ身にて天上を目指すもの”とか読ませるんですよ』

『科学者ですら、そんな事をほざくんです』

『なら――魔術師なんて連中は』

『宗教家なんて連中は』

『ローラ=スチュアートは』

『もっと遠くを見て』

『もっと途方もない事を考えているんじゃないかなって』

『そう、思うんです』





『禁書目録とはなんなのか――それを、誰も知らない。
 ステイルも、神裂さんも、土御門くんも……知らないんです、本当のところを』

『そもそも、なんで一年間も日本なんかに放置してたのか』

『ステイルと神裂の狼藉を、なんで見逃したのか』

『なんで英国で効率的に運用しなかったのか』

『なんで今尚、学園都市に預けておくのか』

『どうして、何を差し置いても取り返しにこないのか』

『辻褄の合わない事ばかりです』

『ねえ、最大主教さん』

『貴女は』

『あの子を、禁書目録を大輪の花と言いましたよね』

『言葉遊びみたいですけど……それはまだ実を結んでないとも取れる』

『禁書目録はまだ未完成なんじゃないか』

『今はまだ、発展途上なんじゃないか』

『もっともっと、大きな計画があるんじゃないか』

『そんな想像を、せざるを得ないんです』

『じゃないとおかしい』

『というか』

『そのくらいのことはないと、なんていうか』

『―――――――ねえ?」





 堰を切ったように、鋼盾掬彦が言葉を重ねる。

 疑問の塊に鉈を振るい、真実を削り出さんとするかのように容赦なく。

 それを振るう事に一切の躊躇いもなく、見えない返り血に塗れてゆく。


 彼は最後の“ねえ?”という問いかけに、何を濁したのか。

 それを想像するだけで、ステイル=マグヌスは戦慄に近い感情を覚えずにはいられない。

 電話の向こうにいる男がどんな顔をしているのか、想像もしたくない。


 ……ああ、正直に言おう。

 己はきっと、彼のこういう部分を知っていた。

 敵として向かい合い、仲間として並び立った時から、薄々感じてはいた。


 幻想猛獣が猛威を奮ったあの戦場で、平然と最善手を模索し続けていた事。

 神裂火織に日本刀を突きつけられて尚、眉ひとつ声ひとつ揺らさなかった事。

 異常な変貌を遂げた上条当麻を前にして、笑みすら浮かべて語りかけた事。


 勇気とか、度胸とか、覚悟とか。

 そんな言葉で、あれらの振る舞いを説明できるわけがなかったのだ。


 人の身で鋼を目指す時、一体何が起こるだろう。

 肉の身で盾を目指す時、一体何を喪うだろう。


 ああ。

 やっぱり、この男は。

 ステイル=マグヌスの親愛なる友人は。

 鋼盾掬彦は。


 ちょっとばかり、壊れている。





 そして、きっと。

 それを壊したのは、そうなる事を余儀なくさせたのは、それを助長したのは。


 彼の身に降りかかった、理不尽極まりない出来事のせい。

 つまりは彼の日常に土足で足を踏み入れた、クソッタレな魔術師どものせいなのだ。


 禁書目録。

 十万三千冊の魔道書。

 英国清教

 必要悪の教会。

 
 インデックス。

 ステイル=マグヌス。

 神裂火織。

 土御門元春。


 それらが、彼の運命を捻じ曲げた。

 鋼盾掬彦という温和で気弱な少年を、鋼の盾にしてしまった。

 そうならざるを得ないように、知らず彼を追い詰めてしまった、追い込んでしまった。






 行く場のないインデックスに食事を与え、見ず知らずのステイルを助けてくれた、優しい少年だった。

 上条当麻や土御門元春、月詠小萌が語る鋼盾掬彦はそういう人物だった。


 自分に自信がなくて、劣等感に苛まれていても。

 彼はきっと、いつか己の力でそれを乗り越えただろうとステイルは思う。

 友人や恩師に恵まれた彼は、きっと幸せになれたと思う。

 
 だけど。

 本来であれば平和な日常の中で、ゆっくりと培われてゆくはずだったそれは。

 自分たちの物語に巻き込まれてしまったが故に、きっと少なからず歪んでしまった。


 その歪みを、ステイルは痛ましく思う。

 その歪みを、ステイルは悲しいと思う。


 そして、本当の本当に申し訳ないのだけど。

 その歪に直向きな強さを、羨ましいとも頼もしいとも、思ってしまう。

 捻じ曲がっていてそれでもまっすぐな彼の在り方を、肯定したいと思ってしまう。


 神裂も土御門もきっとそうだ、今の彼を否定できるわけがない。

 自分たちは間違いなく、そんな彼に救われたのだから。


 ……本当に、魔術師なんて碌でもない連中ばかりだ。

 ステイルはその罪深さを噛み締め、しかしそれでも歪に笑った。


 今更だった、どうしようもなく。

 




「――――――ふふ」


 そして、そのロクデナシどもの首領もまた、歪に笑う。

 鋼盾掬彦の問いに、まるで心地よい音楽を聴くかのように目を細めていた女の口から笑い声が漏れる。


「高潔な者ほど、敵を高く見積もり過ぎて失敗する。
 ―――私が果たしてそこまで考えておりけるかしらね、たかが霊装ひとつの事に」

『敵って……敵対するつもりなんてないですよ。
 ―――禁書目録が単なる霊装なら、そもそも人格なんていらないし、倉庫にでも放り込んでおくべきだった』

「あらあら、ひどい事考えるのね?」

『意思持たぬ人形なら、感情移入なんてしませんよ。
 あの子は霊装じゃない、人間だからあの子が大事なんですから』


 揶揄するような最大主教の言葉をぴしゃりと撥ね除け。

 問いはただただ鋭さを増し、鈎爪のように食い込んでゆく。


『そして貴女も、あの子を霊装だなんて思ってませんよね、実のところ』

「ふふ、どうかしらね?」

『どうもこうもありませんよ、そんなの』

 
 恐ろしい、とステイルは思う。

 どうかしていると、そう思う。


 わずかでもこの女の気分の天秤が傾けば、どうなるか。

 わずかでもこの女の器量が小さければ、どうなるか。


 綱渡りのような、この会話。

 聞いているこっちが、緊張で死んでしまいそうだった。


『歩く教会を着せて、異国に放置。
 記憶を奪ったくせに人格を奪わない。
 差し向けた追っ手はあの子に情を移した善人』

「そうやって列挙せらるると、なるほど我ながら、実に意味不明な対応なる事ね」

『ええ、人権無視の虐待と、ちぐはぐな過保護。
 どう考えたって、そこには意図があるはずですよ』 

「あは――よろしい、ここは私の負けという事にしておきたるわ。
 貴方の聡明さとそれを口にする蛮勇を讃え、先の問いに答えてあげし事にしましょうか」


 最大主教は降参とばかりに肩を竦め、そう言った。

 これは特別サービスなりけるわよ、と悪戯に、童女のように楽しそうに笑って。


 次の瞬間。

 同じ口から放たれたとは思えぬほど、研ぎ澄まされた声が空気を静かに引き裂いた。







「明察なりけるわ、鋼盾掬彦」

「たかだか七年、禁書目録は未だ未完成」

「実をつけそれが熟すには、今しばらく時を待たねばならぬのよ」


「あれを単なる兵器だと思っている人間が殊の外に多き事だけど」

「それが全てなわけなど、あるはずもなき事でしょうに」」


「この私が」

「ローラ=スチュアートが」

「そんなつまらない歌を歌うわけが、ないじゃない?」

「――――――――ねえ?」






 その言葉を彼女が放った瞬間、風もないのに礼拝堂の蝋燭すべてが激しく揺らいだ。

 明滅する闇と光の中で、ローラ=スチュアートの作り物めいた美貌が妖しく揺らいだ。


 彼岸は何処か、此岸は何処か。

 揺らぎの狭間は闇黒のように深く、底が見えない。


「曲名が知りたいかしら、鋼の盾」


 この先を聞いたら、もう取り返しがつかない。

 かえって来れない、そんな予感がした。

 それに恐怖を感じない人間は、もう生物として終わっているのかもしれない。


『ええ、是非』


 電話の向こうの男が先を促す。

 揺らぎも震えもせずに、聞くべきを聞く。


 化物を相手取ると言う事は、そういう事なのかもしれない。

 それを受けて最大主教は楽しそうに嬉しそうに、その口を開いた。


「ふふ、じゃあ聞かせてあげたる事にしましょうか。
 その歌の名前は――――――――――――」






 ろくでもない魔女の歌は、きっとろくでもない歌で。

 だからその曲名だって、きっとろくなものではない。
 

 だけど、鋼盾掬彦は。

 ステイル=マグヌスは、土御門元春は。


 耳を塞がず、それを聞く。

 呪いと知りつつ、それを喰らい尽くす。 
 

 そんな少年たちを愛でるように、慈しむように、嘲るように。

 ローラ=スチュアートの赤い舌が、毒蛇のように跳ねた。








――――――――――――



ここまで!
ちょっと中途半端ですみませぬ

鋼盾とローラのうきうきトークでした、楽しそうでなによりですね
脇で聞いてるステイル、そして土御門の胃が心配ですね

今から友人宅に出かけますぜ
皆様よい大晦日を!





あ け ま し て お め で と う ご ざ い ま す !(厚顔)

どうも1です、本年もよろしくお願いいたします
いやー、年内にエピソード2すら終わんねえとかもうね
しかも今回更新分でも終わんねえでやんの、びっくりだぜ!

年明けてからなんでか毎週末スキーに行ったりしてました、更新遅れてすみませぬ
車中泊って安く上がっていいですね! ツレは民宿でぬくぬくしてやがりました、ブルジョワめ転べ無様に

あ、それでは投下します

そぉい!!



――――――――――――――――



 禁書目録。

 一〇万三千冊という途方もない数の魔道書に記された無数の魔術群を諳んじるもの。

 それはまさしく、あらゆる魔術の生き字引きであると言える。


 データベースの如く積み上げられたその知識を用い、あらゆる魔術を看破し、対策を示す。

 事実、ステイルが数年掛かりで紡ぎ上げた彼の魔術が最奥を、彼女はほんの数秒で解析してみせた。


 そもそも、見るだけで精神の汚染される魔道書にアクセスが可能だという時点で凄まじい。

 たった一冊を紐解くことすら命がけ、ものによっては呪いを受ける者、正気を喪う者、身体を乗っ取られる者もある。

 それでも多くの魔術師が、それに見入られ、それを求めた―――それだけの価値があると、彼らは信じた。
 

 魔道書とはそういうものなのだ。

 それを一〇万三千冊である、はっきり言って計り知れない。


 そして、今回の一件で明らかになった事。

 禁書目録は魔術師として、それら魔道書に記された魔術を使う事ができるということ。

 その恐ろしさは言うまでもないだろう、あれはまさに「魔神」と呼ぶに相応かったとそう思う。


 魔道書の図書館。

 あらゆる魔術の解析装置。

 そして―――強力無比な魔術兵器。


 英国清教秘蔵の霊装、必要悪の教会が理念を体現した“魔術師殺しの毒”

 世界に遍く魔術師・魔術組織に対しての圧倒的、反則的なアドバンテージ足りうる存在。


 禁書目録とはそういうものだと、ステイルはそう思っていた。

 たとえ人道に悖る存在であれ、計り知れぬ価値がある事は認めざるを得ない、と。
 




 
 だけど、鋼盾掬彦はそれを否定した。

 “そんなつまらないものであるわけがない”と、彼はそう言った。


 これは何もわかっていない素人の見解し過ぎない、とステイルはそう思った。
 
 思えば彼は魔術というものを碌に知らぬのだ、だからそんな無茶苦茶な事が言えるのだ、と。


 しかし、そんなド素人の妄言を。

 英国清教最大主教という、この道で最大の権威であろうローラ=スチュアートは、こともあろうに。

 “その通りだ”と認めてしまった、サディスティックに賞賛の笑みすら浮かべて。


 禁書目録。

 その存在理由。

 
 それを知りたいか、と彼女が笑い。

 もちろん知りたい、と彼が笑ったから。


 此処に、その秘密が明かされる。

 禁書目録とはなんなのか、なんのために作られたのか、それが語られようとしている。


 ローラ=スチュアートがそれを語る。

 鋼盾掬彦が、ステイル=マグヌスが、土御門元春がそれを聞く。
 

 世界から切り離されたかのような無音の時が、数秒程あって。
 
 そして。

 永遠のようなその静寂が、ついに破られた。






 だが、しかし。


「――――――ふふ、やっぱり内緒」


 紡がれたのは、そんな台詞だった。

 煽るだけ煽っておいて、やっぱり教えるのやーめた、ときやがった。


 ……マジかこの野郎。

 さんざん引っ張っておいてそれかよ、死ねよ。

 死んでしまえこのババア、勿体ぶったまま死んでしまえ。

 ステイルは呪い殺さんばかりに最大主教を睨みつけるも、相手は正に柳に風とばかりに受け流す。


 憮然と溜息を吐いて、ステイル=マグヌスは天を仰ぐ。

 何より許し難いのは、それを聞かずに済んだ事に安堵している己を否定できない事だった。


「ふふん、まだ早いわね、それを聞かせたるには。
 貴方たち三人はいずれも幼い―――んふ、オシメがとれたら教えてあげる」

『そうですか。
 ――まあ、あの子が無事なら裏設定とかは正直どうでもいいですよ、ぼくは』


 飄々と笑うローラ=スチュアートに対し、鋼盾のリアクションもその程度だった。

 つい先ほど真実の追究者の如く熱弁を振るっていたとは思えない淡白さだ、ひどい変わり身である。

 むしろ、はぐらかした当の本人たるローラの方が、あまりのつれない反応に不満げな顔を見せた。


「……えー、そこはもそっと突っ込むべき所ではなかりしかしら?
 ハッ!? こ、これが噂に聞こえし“ゆとり教育”の弊害? 無関心な若人怖い!」

『いや、学園都市でゆとり教育はないですって。
 どっちかって言うと無慈悲な能力強度システムの厳しさに心がササクレだった的な感じです』

『大丈夫! 大切なのはいつだって心なりけるから!
 諦めない貴方のがんばりを評価してくれし者が、きっとどこかにおりけるから!』

『ええ、そうですよね、がんばりますよ、はい』

「よし! 諦めるな若人! 真実の扉は目の前なれば!
 大サービスで大ヒント! 禁書目録の目的! 最初の一文字目は“せ”なりけるわよ!」

『あーはいはい、世界征服ですねわかります』

「残念! 惜しい! 
 正解は―――んっふふふ、世界平和!!」

『ダウトー』

「えー」

 
 グダグダである、なんか楽しそうですらある。

 世界平和が目的というのも、なかなかにひどい冗談だとステイルは思う。

 本気であればそれこそ、こんなにも性質の悪い目的もないだろう。






『……ねえ、最大主教さん。
 本当にぼくはどうでもいいんです、それこそ世界征服でも世界平和でも。
 あの子が笑って生きていけるなら、それだけでいい』


 そんなグダグダな遣り取りの果てに、鋼盾掬彦はそんな事を言う。

 願うのはあの子の幸せだけだと、そんな事を言う。


『あの子は今も変わらずに禁書目録です。
 貴女の望んだとおりにきちんとその職務を果たすでしょう』


 そして、幸せを願ったその口で、あの子の今を語る。

 インデックスは禁書目録であると、そう口にする。


 幻想猛獣事件の折、鋼盾が敵の立場にあったステイルに、インデックスの護衛を頼んだ事があった。

 その時に、彼女が今の鋼盾と同じような事を言っていたのを思い出す。

 己は禁書目録であり、その運命を否定することはないと。


 それが彼女の選択であるのならば、己はそれを受け入れようと思った。

 悲劇に酔って思考を放棄し、耳障りのよいそれに甘えていた、それしかできなかった。

 でも、それを許さないと彼は言った、おまえらのそれは逃避だとそう断じた。


 鋼盾掬彦が目指していたのは、目指しているのは。

 その先なのだ、宿命という獣道を歩む彼女の選択を認めて、それでいて。

 その上で、彼女の笑顔を守る道を、彼は目指している。

 そして僕らもそんな彼と、同じ道を行くと決めている。


『きっと禁書目録という大輪の花は、あの子の中で大きな割合を占めています』


 世界にひとつだけの花。

 英国清教謹製のそれは、言うなれば悪の花。

 この世全ての毒にして、台無しの万能薬。


 それが彼女だと鋼盾は認める。

 ローラ=スチュアートの目論み通りにその花はそこにあると、そう認める。

 認めた上で、しかし尚、言葉を紡ぐ。


『だけど、今のあの子はその花だけってわけでもないみたいです。
 ―――他の花も咲いてます、貴女たちはそれを雑草と呼ぶのかもしれませんけど』


 彼女の庭に咲く花は、十万三千の魔の花のみに非ず。

 この十日間ほどの短い間に、いくつもの花を咲かせたのだと鋼盾は言う。

 そんな彼の物言いに、最大主教は更に笑みを深めてこう返した。





「ふふ……それを植えたるは貴方でしょう?」

『ぼくだけじゃありません。
 あの子と、上条くんと、ステイルや神裂さん、他にも大勢……みんなで植えたんです。
 そして、この街にだって水と太陽くらいはありますよ、あたりまえに』

「そうね、神の御業は遍く世界に満ちたる事なれば」

『ええ、ぼくらはもっと散文的な言葉を選びますけど、その通りです。
 ……そこもここも、大して変わりはしないでしょう、どうせ』


 魔術が巣食う清教の街にも

 能力が跋扈する科学の街にも

 土はある、水もある、光は射す、花は咲く

 そういうふうにできているのだと、男は笑う


『いつかは実だってつけますし、種も遺す。
 ……それを焼いちゃうのは惜しいって、そう思うんです―――おかしいですか』

「間引きたるのは園丁の務め―――優先順位というものがありけるの。
 綺麗な花を咲かせしための犠牲、それは必要な事なりしと思いけるのだけど」

『庭が狭ければ、そうでしょうけどね。
 ――でも、魔道書があの子の脳の85パーセントを占めてるなんて話、嘘っ八でしょう?』


 英国の嘘。

 彼女の口からそれを聞いた時の絶望は、今でも覚えている。

 かつてステイルを、神裂を、歴代のパートナーたちを追いつめた作り話だ。


「ふふ、そうね、怒りていて?」

『まさか。そんな嘘に騙される方が悪いです』

「まったくもって、その通りなりけるわ。
 これがごとき穴だらけの嘘、見抜けぬ方に問題がありし事よね」

『度し難いです、ちょっと説教ものですよね』


 ……耳が痛い、彼らが本気の本気でそう言っているのが判ってしまう。

 そんな嘘にまんまと騙されていたステイルとしては、正直コメントのしようがない。


『ん、説教で思い出した……なんだったかな、えーと、そう。
 ぼくが小学4年生になった時のことなんですけど、母親に怒られたことがあるんです。学校のノートの事で』

「ふむふむ」


 そしてまた唐突に始まる世間話である。

 先程までと全く雰囲気も口調も変わらないのだから、翻弄されてしまうことこの上ない。





『新学年の新学期で、まっさらなノートで、そこに書かれた4年2組の文字が嬉しくて。
 ……でも算数だけは、新しいノートを買ってもらえなかったんですよ。
 3年生の時の算数ノートが、最初の数ページしか使ってなかったからなんですけどね』

「ほうほう」

『……母は表紙に書かれた「3」の数字の上にシールを貼って、その上から「4」って書いて。
 “まだたくさん使えるから、それを最後までちゃんと使いなさいって”――ぼくはそれが嫌で嫌でしょうがなくて』

「いいご母堂じゃない、我侭を言いしものではなき事よ?」

『ほんと、今ではそう思います。ぼくも普段はそんな我侭なガキじゃなかった筈なんですけど。
 あの時だけはどうしてかゴネてしまって……なにがあんなに嫌だったのか、今となってはもう思い出せません』

「まあ、そういう時もありけるかしらね。子どもだもの」

『ええ、そしてその後泣きながら表紙をビリビリに破いて、母に尻を引っ叩かれました。
 もう痛いやら悔しいやらで、びゃーびゃー泣きましたよ』

「あらあら、ふふふ」

『……最終的に父が仲裁に入ってくれて、ちゃんと母にも謝って。
 親子三人で作った厚紙オリジナル表紙のノートで、ぼくは意気揚々と算数の授業を受けたんです』

「微笑ましい話なりけるわね」

『まだ実家に残ってます、なんだかんだで宝物ですよ』


 それは。

 確かにちょっといい話ではあるけれど。

 家族の絆を感じさせるほっこり微笑ましいエピソードではあるけれど!
 

 笑い合う二人の声を聞きながら、ステイルは小さくため息を吐く。

 解読などしようとも思わない、それより早く次の矢がくるに決まってる。

 嫌というほどそれを知っている、先の戦いで何度もその矢を受けたからだ。

 今回の鏃先は己ではないと知りつつ、彼は身構えそれに備えた。


『……あの子が一冊のノートだったとして』


 そして矢は放たれる。

 スピーカーが空気を揺らし、鋼盾掬彦の声を伝えた。

 




『十万三千冊で何ページ使うか知りませんけど、白紙のページは山のように残っている。
 世界中の魔道書を集めても、あの子が百まで生きても、全然埋まらないくらいにたっぷりと』


 脳医学に関するいくつかの論文の抜粋。

 記憶のメカニズム、脳構造、それらについての考察。

 鋼盾掬彦が、冥土帰しがそろえてくれたその資料。

 ステイルが、神裂が、調べようともしなかったもの。

 それらが示す、当たり前の解答。


 未踏の地平が、そこにはある。

 まっさらなキャンバスが、そこにはある。
 
 白紙のページが、そこにはある。

 あの子がそれを、持っている。


 鋼盾掬彦の母親が見たら、それをなんと言うだろうか。

 判りきったその答えを、息子が語る、算数のノートの時と同じ事だ。


『もったいない。
 そのノート、古本の目録にするだけじゃ勿体無いですよ……まだ使えるんですから』


 世界に広く知られた日本語、いわゆるひとつのMOTTAINAI。

 資源の無駄遣いに警鐘を鳴らすそんな言葉を、鋼盾掬彦は噛み締めるように口にした。


『表紙を書き換えろとは言いません。
 余白をあの子の日記帳にしちゃ、だめですかね』


 日記帳。

 それは日々の徒然を綴る、個人的な記録―――つまりは記憶だ。

 本来誰もが手にしていて、しかし彼女には与えられていなかったもの。

 否、奪われ続けたもの。


 土御門元春との日々が書かれたページがあった。

 ステイル=マグヌスや神裂火織との日々が書かれていたページがあった。

 歴代のパートナーたちとの日々が書かれていたページがあった。


 かつて確かに存在した、色鮮やかなそれらのページ。

 今となっては、もうこの世のどこにもない。

 灰すら残さず、消えてしまっている。

 消してしまった、僕が、彼らが。


 それをもう一度取り返すと、彼は願う。

 もう二度と喪わせはしないと、彼は願う。

 そんな事を口にする鋼盾に、最大主教は笑みを深めてこう答えた。





「目録の余白に日記帳、か。
 ……ふふ、本当は逆、とでも言いたげな事ね」

『見る人によって見方が変わるのは自然でしょう、それは。
 ぼくの友達には、教科書をパラパラマンガのキャンバスとしか思ってないようなやつもいますよ』
 

 それは上条当麻の事なのだろうか、土御門元春の事なのだろうか。

 それとも別の友人の事なのだろうか。

 
 鋼盾掬彦という男の友人関係、学園都市の学生としての彼の事。

 そうした彼の一側面について、ステイルはなにも知らないのだと改めて知る。

 そう、己はきっと、彼のほんの一部分しか知らない。


 鋼盾掬彦。

 学園都市においては無能力者に区分される一学徒。

 英国清教から見てみれば、暫定的な禁書目録の管理者。

 しかしその二つの肩書きは矛盾しない、どちらも彼だ。
 

 ならば、彼女にも、あの子にも。

 禁書目録という役割の他に、もうひとつやふたつ、役を振ってもいい筈だ。

 そうでなければもったいないじゃないかと、鋼盾掬彦はきっとそう言っている。






『貴女にとってあの子は禁書目録で備品、ぼくらにとっては友人で、家族。
 ――それでいいと思います。自分の見方を、他人にも押し付けることさえしなければ』

「ふふ、そうかしら?
 人間、なんだかんだで……大事なものは、ひとりじめしたくなりけるものよ?」

『分かち合えってのが、そちらの神様の教えじゃなかったでしたっけ?
 ……奪い過ぎるもんじゃないですよ、愛してもいないくせに』

「あら、それは心外なりけるわね。
 私ほどあの子を愛してる人間なんて、いないと思いけるのだけれど」

『そうなんですか? そりゃ、失礼しました。
 まあ確かに、いろいろ思い入れが透けて見えましたけど、愛ゆえでしたか』

「そのとおり。
 愛の形は様々なりけるのよ、奥が深いの」

『そうですね、愛にもいろいろあるんでしょう』

「基本はやっぱり奪い愛になりけるかしらね、惜しみなく」

『いえいえ、譲り愛ですよ、惜しみなく』


 愛。

 愛だそうだ。

 狐と狸の化し愛、と脳裏に浮かんだフレーズをステイルはとりあえず脇においておく。

 なんでこいつらいきなり愛の話とかしているのだろう、ついていけないとため息を吐きながら。


 愛愛愛。

 怖い単語だ。歳を重ねるたびに定義が曖昧になってゆくようにすら感じる。

 三年前の己の方が、今よりよほどそれについて知り得ていたように思う。


 ローラ=スチュアートはインデックスを愛していると口にする。

 否、愛しているのはインデックスではなく、禁書目録なのだろうか。

 厚顔にもほどがあるとステイルは思う、許せないとすら思えてしまう。


 だけど、鋼盾掬彦はそれを否定しない。

 愛にもいろいろあるんでしょう、と彼女のそれを肯定する。

 肯定しつつしかし、ひとつだけコメントを添えた。





『貴女にとってあの子は禁書目録で備品、ぼくらにとっては友人で、家族。
 ――それでいいと思います。自分の見方を、他人にも押し付けることさえしなければ』

「ふふ、そうかしら?
 人間、なんだかんだで……大事なものは、ひとりじめしたくなりけるものよ?」

『分かち合えってのが、そちらの神様の教えじゃなかったでしたっけ?
 ……奪い過ぎるもんじゃないですよ、愛してもいないくせに』

「あら、それは心外なりけるわね。
 私ほどあの子を愛してる人間なんて、いないと思いけるのだけれど」

『そうなんですか? そりゃ、失礼しました。
 まあ確かに、いろいろ思い入れが透けて見えましたけど、愛ゆえでしたか』

「そのとおり。
 愛の形は様々なりけるのよ、奥が深いの」

『そうですね、愛にもいろいろあるんでしょう』

「基本はやっぱり奪い愛になりけるかしらね、惜しみなく」

『いえいえ、譲り愛ですよ、惜しみなく』


 愛。

 愛だそうだ。

 狐と狸の化し愛、と脳裏に浮かんだフレーズをステイルはとりあえず脇においておく。

 なんでこいつらいきなり愛の話とかしているのだろう、ついていけないとため息を吐きながら。


 愛愛愛。

 怖い単語だ。歳を重ねるたびに定義が曖昧になってゆくようにすら感じる。

 三年前の己の方が、今よりよほどそれについて知り得ていたように思う。


 ローラ=スチュアートはインデックスを愛していると口にする。

 否、愛しているのはインデックスではなく、禁書目録なのだろうか。

 厚顔にもほどがあるとステイルは思う、許せないとすら思えてしまう。


 だけど、鋼盾掬彦はそれを否定しない。

 愛にもいろいろあるんでしょう、と彼女のそれを肯定する。

 肯定しつつしかし、ひとつだけコメントを添えた。





『貴女のそれは……子どもがゲームのキャラに注ぐような愛なんでしょうね。
 だから、リセットボタンを押すことだって躊躇わない』

「辛辣なりけるわねえ。
 ……ふむ、リセットボタン、か」


 ゲームに明るくないステイルにも、その喩えは理解できるものだった。

 的を射ている、そう思う……リセットボタンを押してきたのは己も同じですらある。


 かつてステイルは相手の為、あの子の為と言いながらそれを押した。

 歪な執着、屈折した独占欲、先延ばしの神頼み、諦め切れなかった記憶、血を吐くような嘆き。

 それが彼らの言う愛ゆえのものだったのか、今となっては是とも否とも言えそうにはなかった。


「ふふ、そうかも知れぬわね。
 でも。それはそれで、なかなかに透き通りし純粋な愛と言えぬものかしら?」

『そうですね、透き通ってます。純粋なのかもしれません。
 ……でも、ぼくはそれが気に入りません、どうしようもなく』

「ふーん、どうして?」


 “透き通った透明な愛”

 鋼盾はそれを気に入らないと言い、最大主教が笑いながらその意を問うた。

 それを受けた鋼盾が“恥ずかしい台詞ですけど”と枕を置いて、こんな事を言った。
 

『愛なんて、よくわかんないですけどね。
 ……でも、人間が人間に向ける感情が、そんな綺麗な訳がない。
 濁ってるに決まってるじゃないですか、そんなの』

「あは」

『ドロドロですよ、誰だって、きっと、どうしようもなく』

「貴方も?」

『ドロドロです、ちょっと正視に耐えないくらいに』

「それはアレかしら? 青少年の迸る熱いパトス的な?」

『おい』

「はい」

『まじめな話です』

「ごめんなさい、ふふ。
 透明な愛より、濁った愛の方がいい、だったかしら?」
 
『ええ、ぼくはそう思います、そっちの方が性に合う。
 インデックスも同じ意見だと思いますよ、きっと』


 人が人に向ける感情が、透明のわけがない。

 それはもっとドロドロに濁ったものだと、そうあるべきだと鋼盾は笑う。

 愛とはそういうものだと、そんな恥ずかしい台詞を言ってのける。






『神様の愛は透き通ってるんでしょうけど、こちとら人間です。
 透明な愛なんて見えません、わかりませんよ……本当にあるのかどうかすら、判ったもんじゃない』

「俗な台詞ね、どうしようもなく」


 清と濁、聖と俗。

 神の愛を疑うその台詞は、なるほど俗な台詞だろう。

 最大主教のからかうようなその言葉に、しかし鋼盾は笑って同意する。

 
『そりゃあ俗ですよ、学園都市の人間ですし。
 ……ああ、禁書目録は聖女とか、まさにそういう感じですよね』
 

 インデックスではなくて、禁書目録。

 それは聖女だと、鋼盾掬彦はそんな事を言った。


『空っぽだから透き通ってて純粋で、何も持ってないからいつでも死ねる。
 それしか知らないから、他に何も知らないから、誰よりも正しく在ることができる』

『だからこそ、その記憶は継続的に奪われる必要があった』

『定期的に、フォーマットをする必要があった』

『最初のあの子はそれを是とした、それが間違いだとはいいません』

『献身的な子羊は強者の知識を守る』

『まさに聖女の台詞だ、とんでもない七歳児がいたもんです』


 記憶破壊、リセット、フォーマット。

 聖女を聖女のままに保つ、そんなシステム。

 それを受け入れた最初の少女は紛う事なき聖女であると、彼はそう言った。






『でも』

『記憶も覚悟も何一つとして持たぬまま地獄に投げ出される未来の自分について、
 その子はなにも考えてはいなかった、自分一人だけ幸せに死にやがった』
 
『ぼくはそれが気に入らない』

『そのツケを支払うのはおまえじゃないって、言ってやりたい』

『未来の自分に何もかも丸投げして自分だけ天国にいったその聖女が、気に入らない』


 そんな聖女を、彼は否定する。

 気に入らないと、もういないその少女を扱き下ろす。

 今を生きている“とある少女”のためだろうかとステイルは思うも、その次の言葉がそれを否定する。


『そしてなにより』

『そんなものに囚われているあの子が』

『気に入りませんでした、どうしようもなく』


 禁書目録ではなく、インデックス。

 自分が一番気に入らないのは彼女であると、鋼盾は笑う。

 台詞とは裏腹に、愛おしむように穏やかに、そんな事を言う。







『あの子が落ちてきた時の事は、よく覚えてますよ』

『出会って十分そこらの人間にベラベラと自分の過去を、惜しげもなく話してやがりました』

『あまつさえ口先三寸丸め込まれて、安い餌付けに引っかかって』

『にっこにこ笑って、見ず知らずの高校生男子の部屋に引っぱりこまれて』

『はっきり言ってチョロ過ぎでした、将来が心配だと本気で思いましたよ』


 ひどい言いようだ、けちょんけちょんである。

 ステイルとしても同じような感想を持たなかったわけではないが、それでもひどい。

 なれども怒りや反感が湧かないのは、鋼盾の声が喩えようもないほどに優しかったからだ。

 それがわかる、どうしようもなくわかってしまう。


 いっそ可笑しくなって、ステイルは笑う。

 そんな彼を訝しむように横目で眺めつつ、ローラ=スチュアートは無言で電話の声に耳を傾ける。



『このままじゃこの子、絶対に悪い人間にいいようにされちまうぞって思いましたね』

『一緒に過ごすようになって、その心配は確信に変わりました』

『親の顔が見たい、どんな教育受けてきやがったんだか』

『いや、実際親もいなけりゃ碌な教育も受けてなかった訳ですけど』

『もうね』

『ほっとけませんよ、あんなの』


 このあたりは本当に、彼独特の呼吸だとステイルは思う。

 話術に優れているというのとも少し違う、静かで淀みない語り口。


 毒のような、酒のような、油のような。

 つくづく十五の小僧のものとは思えない、そのリズム。

 かつて神裂が「悪魔のようだ」と語った事もあった、その手管。
 

 英国清教最大主教を前にして、常よりいっそう滑らかで淀みない。

 つくづく思う、やっぱりこの男はちょっと頭がおかしいぞ、と。






『気分は父親でしたよ。ほんとに』

『父性とか庇護欲とか使命感とかがいろいろもう、押し寄せてきて』

『おかしいですよね、いや、確かにかわいらしい子ではありますが』

『父性ですよ、父性て、なんですかソレ、ぼくはまだ十五歳なんですけど。
 そこは恋愛感情とかであるべきだと思うんですよ、それこそ少年の熱いパトス的な』

『普通に考えて、同い年の美少女相手に本来抱くべき感情じゃないですよ、こんなの』

『報われない、割に合わない、冗談じゃない』

『絶対損な役回りです、なんでテメエの物になんない女のために尽くしてんだか』

『馬鹿じゃないのかと本気で思います、なんで父親目線になってんだよって』

『はっきり言って気持ち悪い、どうかしてます、我ながら』


 碌なものじゃないと、彼は笑う。

 しかし愚痴めいたそれらの言葉から、隠しきれず滲み出る感情がある。

 否、隠すつもりもないのだろう。

 親馬鹿な父親が娘に向ける感情など、もとよりひとつしかないのだから。





『でも』

『それもしょうがないって』

『悪くないって、思えてちゃうんです』

『報われまくりです、あの子が笑ってるだけで、それだけで』

『それだけで、なんかもう、なにもかも』

『満たされてしまう、どうしようもなく』


 告白なんぞ、するまでもない。

 はっきりいって、前提だ。


『ぼくは』

『かわいくてしょうがないんです、あの子が』

『幸せになって欲しいんです、ずっと、今すぐ、誰よりも』

『他のすべてを犠牲にしてもいいとか、本気で思ってるんですよ』


 ドロドロですね、と彼は笑う。

 無色透明の絵の具じゃ、この想いを描くには足りないと笑う。


『それなのに、あの子は、あの馬鹿は』

『もう死んだ馬鹿な女の馬鹿みたいな誓いに馬鹿みたいに囚われている』

『人の気も知らずに、悲劇のヒロイン気取りで、自分は不幸になるべきだとか真顔で言ってるんです』

『歯がゆいったらないですよ、ふざけんなと言いたい』

『そんなの――――許せるわけがないじゃないですか』


 ウチの娘は困ったもんだぜ、これはそういう台詞だろうか。

 過保護な事だ、愛が重い、透明にはほど遠いとしか言いようがない。

 なるほど己や神裂、上条当麻とはレベルが違った、これは勝てない、しょうがない。


 親馬鹿でツンデレだ、どうしようもない。

 これはいつかくるかもしれないあの子の反抗期が見物である。

 電話で延々と愚痴とか聞かされるんじゃないだろうか、やれやれだ。


 ステイルは思わず吹き出しそうになり、慌ててそれを噛み殺す。

 そんな場合じゃないのは百も承知だ、ああでも、これはダメだ、にやつくのが止まらない、止まる訳がない。


 未来。

 それをこうも鮮やかに思い浮かべることのできる今が、楽しくてしかたないのだから。






『だから、ぼくは』

『今までずっと、それをどうにか引っ剥がしてやろうって思ってました』

『あの子が後生大事に抱えてる幻想(それ)を、問答無用ぶち壊してやるって』


 幻想殺しなどなくとも、能力などなくても、それを成す。

 そのふざけた幻想を、ぶち壊す。


 それが、鋼盾掬彦という男のスタンス。

 彼女の保護者を自認する彼が定めた、不退転の決意だった。

 




「……ふうん、それで、どうなったのかしら?」


 そしてようやく、ここまで長らくの沈黙を守っていたローラ=スチュアートが問いを放った。

 ぞっとするほどに優しげな、背筋が凍るほどに艶やかな声だった。


『壊してやりましたよ、勿論。
 ぶっちゃけ楽勝でした、はっきりいってチョロ過ぎです、相変わらず将来が心配だ』


 鋼盾掬彦は、そう答えた。

 心配だと言いつつ、その声にはそんな色は欠片もない。

 それも当然だろうとステイルは笑う、そうとも、当たり前だ。


『あの子はもう、不幸になるのを諦めてくれた。
 ちゃんと、欲しいものを欲しいって、言えるようになってくれた』
 幸せになりたいって、そう言ってくれた』

『なら、幸せになってもらうだけの話です』


 だって、あの子は前を向いている。

 幸せになるために、未来を見据えてくれている。

 そして、それを支えたいと願う自分たちがいる。


 先行きは不明瞭、しかし目指すものは明確。

 何より我らは一人ではない、志を同じくする仲間がいる。

 ならば、心配するよりも先にーーーやることをやればいい。


 声を合わせて、未来を歌え。

 素敵な悪あがきを、今こそ楽しめ。


『俗なんですよ、あの子も、もう。
 だからもう透明じゃ足りないんです――色をつけてください、たっぷりと』


 鋼盾掬彦が笑う。

 誰より早く目的地を見据え、誰より楽しげに悪足掻いていた男が笑う。

 俗っぽいドロドロな絵の具で、薄っぺらで不誠実な透明を塗り潰すかのように。





「ふむ……透明じゃない愛情ね……例えば?」

『いろいろあるでしょうけど。
 まずは未払いの給料と未消化の有給休暇からでいいんじゃないですかね、社長さん』

「ふふ、即物的な男ね、流石は日本人と言いたるところかしら。
 Le plus important est invisible――大切なものは目には見えないものよ、少年」

『狐の台詞ですね……見えても見えなくても、大切なものは大切です。
 パンだけじゃ生きていけなくても、パンがなきゃ死んじゃいますよ、人間ですもん』


 小賢しい女狐に、見せつけてくれ。

 僕らが手にした、この鮮やかな灯火を。

 あの子の笑顔という、その花を。


『あの子の欲しいものは、ちゃんと聞いておきました。
 慎ましい事で、ぼくみたいな一学生にも叶えて上げられる事ばかりです。
 ---もちろん、下らない横槍が入らなきゃの話ですけどね』


 横槍を入れるなよ、おまえらのことだぞ。

 それはきっとそういう台詞だとステイルは思う、怖い怖い。





『今、ぼくらは大急ぎであの子の学園都市IDを用意しています』

「それが、あの子の欲しいもの?」

『ん、そのための下準備ですかね。
 この街で生きていくあの子には、必要なものですから』

「まあ、そうなりけるわね」

『でも、ちょっと悩んでる書類の項目があって――あの子の名前についてなんですけどね。
 ぶっちゃけ禁書はねえな、とぼくの常識的な部分が言うんですよ』


 リブロールム・プロヒビトールムなんて名前で彼女を呼びたくはないと鋼盾は言う。

 それは備品名であって人名ではないと、彼女を禁書目録だと認めた上でなお、それは許さないと。


『インデックス……目録ってのも大概アレですけどね。
 もうそれで馴染んじゃいましたし、今更昔の名前でなんて呼べません。
 だから、苗字だけでもなんとかしたいなあって思ってまして』

「……へえ、インデックス=コウジュンとでも名乗らせるつもりかしら? お父さん?」

『ねえよ……いえいえ、そんなそんな、恐れ多いです。
 まあ、あの子が上条姓を名乗るような未来とか想像するのは楽しいですけど』


 それは、まだ先の話だと鋼盾は言う。

 ぶっちゃけあの馬鹿が振られる可能性もなきにしもあらずですし、とひどい台詞もそえて。

 ステイルとしてはいろいろな意味でコメントのしようのない内容である、勘弁願いたい。


 でも、と鋼盾は笑う。

 楽しくて仕方がないとばかりに、朗らかに。
 

『どうしたもんかなってずっと考えてたんですけど―――今、思いつきました』

「ふむ」


 ……これは…うん、嫌な予感しかしない。

 ステイル=マグヌスの直感がビリビリと危険を告げる、なんかやばい。

 過去数回の鋼盾との対峙を思い出す、この感じはアレだ、でかいのが来る。


 さりとて、止められる筈もなく。

 そもそも、止めるつもりなどあろう筈もなく。


 電話口から、それは届いた。

 いっそ能天気なほどに、軽い口調で。


『インデックス=スチュアートなんて、いいんじゃないかなって』


 そんな言葉を、鋼盾掬彦は口にした。

 スチュアートの姓を名乗る、英国清教の最大主教に。

 こんな状況でなければ、それは最高級のジョークですらあったかもしれない。





「…………おっふ」

『おっふ?』

「……コホン、失礼、今のなし。
 うあー、それは流石に、予想外の発言なりけるわね」


 珍しく、本当に珍しく、最大主教が狼狽した。

 無理もない、ステイルも流石に言葉を失った、そのくらいひどい台詞だった。

 でも「おっふ」ってなんだ、「おっふ」て。


「あー……それ、土御門の入れ知恵なりけるかしら」

『まさか、ぼくの思い付きですよ。
 土御門くんは横で頭抱えてます、うわ睨まれた』


 最大主教の呟くような問いに、鋼盾はなんでもないようにそう答える。

 そりゃあそうだ、そりゃ睨まれるだろうよとステイルは思う。

 電話の向こうの土御門に心底同情する、彼の立ち位置が一番しんどい。

 きっとスナイパーの射線上で迫りくる敵兵にナイフを振るいつつ聖書を諳んじながら爆弾解体作業的な感じだ、合掌。


 その元凶たる男の声が、電話口から聞こえてくる。

 周囲の人間の気も知らずに、楽しげに嬉しげに。





『いいじゃないですか、インデックス=スチュアート。
 イギリスの神学校からやってきた、謎のミステリアス銀髪碧眼美少女』

「ちなみに私は金髪蒼眼美少女なりけるのだけど」

『ぼくは黒髪黒目の不細工ですけど』

「ステイルは赤髪と見せかけて地毛は金髪なりけるのよ? 知りていて?」

『…え、あ。それは知りませんでした。
 それはアレですか、魔術のためのアレ的なヤツですか?』

「さあて……そうだとは思いけるのだけど……ふふ。
 もしかしたら単なるファッション的なアレかもしれぬわね、実は」

『となると、黒髪黒目美人な神裂さんのアレも』

「……恐ろしい事にファッション的なアレかも知れぬわね」

『土御門くんのコレも』

「ああ、それは完全にファッションなりけるわね、残念な事に」

『残念ですね、そりゃ。
 ……あ、ヤバい、背中に刃の感触が、あ、これマジなヤツだ。
 ごめんなさい、サングラスもアロハも金髪も魔法名も超クールです親友痛い痛い痛いて!!』


 謎とミステリアスで被ってるぞ、とか

 誰が美少女だこのババアふざけてんのか、とか

 ちょくちょく自虐ネタ差し挟むなよ馬鹿、とか

 アレってなんだてめえらオイ久しぶりじゃないけど屋上に行こうぜ、とか

 僕のこの赤髪は魔術的記号を効率的に体現した必然だよ畜生、とか

 神裂のも多分そうだよ信じてやれよ、とか


 いろいろ突っ込みたい所だったが、すべてを飲み込むステイルである。

 とりあえずいいぞ土御門もっとやれと念じておく、もっとやれ、僕の分までやれ。


 ……とはいえこんな脱線にも、見るべきものがないわけではない。

 鋼盾と土御門のドタバタを楽しげに聞いているように見える最大主教だが、その表情が少しだけ固いように見える。

 些細な差異かもしれないが、少なくとも終始その眼にはりついていた愉悦の艶が―――今は見当たらない。





 鋼盾が口にした“インデックス=スチュアート”という言葉に見せた、確かな狼狽。

 最大主教ローラ=スチュアートが見せた、彼女らしからぬ揺らぎ。


 脱線は彼女からだった。

 そこには果たして、本当になんの意図もなかっただろうか。

 呼吸を整えるために僅かばかりの時間が必要だったのではないかなんて推量は、穿ちすぎているだろうか。


 思えば“土御門の入れ知恵か”という台詞も、どこかおかしい。

 何がおかしいのかうまく言葉にはできないけれど、どうにもおかしい。


 ステイルは最大主教を改めてじっと見つめる、注視する。

 最大主教は電話を手に笑みを浮かべるばかりで、こちらに反応を示す事はなかった。


 気付いていて敢えて捨て置いているのだろうか? 

 これまで幾度もステイルを嬲るようにその眼を向けてきていたのに?

 あまつさえ今の雑談でステイル=マグヌスの名を己から出しさえしたのに、なぜこちらを見もしない?


 気付いていないのか? 意識の外か?

 そうだとしたら、何に意識を向けている?

 いったい何を考えている? 





『……すみません、脱線しました。
 背中に突きつけられた何かが死ぬほど怖いので真面目に話していいですか』

「ふふ、もちろん構わなくてよ?」

『えっと、なんの話をしてましたっけね。
 ……そうそう、インデックス=スチュアート、あの子についての話でした』

「……そうだったわね、それで?」


 今の一瞬の間はなんだ? ローラ=スチュアート。

 そんな言葉遊びに一体何を躊躇った? 英国清教が最大主教様。


 そもそも鋼盾のそんな無礼ともとれる台詞を、なぜ否定しない?

 否定するまでもない事だからか? ガキの戯言か? 本当にそうか? 

 あるいは―――そう思わせる為に、敢えて否定しなかったんじゃないか?


 疑念というにはあまりに薄く、隙というにはあまりに瑣末。

 それでもステイルは眼を凝らし、そこに何かを見つけようとする。


 きっとそれは、さしもの鋼盾や土御門とて電話越しには見つけられないもの。

 なればこそ今此処にいる己が眼の役割を果たす必要があると、ステイルは改めて己に任じた。






『インデックス=スチュアート』


 声が響く。

 鋼盾はその名を繰り返す、意図はあるのかどうなのか。

 もはやそれが彼女の本名であるかのように、その名を呼んでいる。

 それについての最大主教の反応は、やはり見て取る事はできなかった。


『歳は昨日で十六歳になりまして、学校に通ってれば高校一年生です。
 ―――そのうち、あの子を学校に通わせてあげたいな、なんて事も思ってます』


 学校―――学園都市の学校は、他とは全く違う。

 それは学校とは名ばかりの、能力開発機関に他ならない。

 土御門元春のような特殊任務に就く例外中の例外を除けば、そんな所に魔術師が通える筈もない。

 インデックスが厳密な意味で魔術師なのかは議論の余地があるだろうが、けしてプラスに働く事はないだろう。


 政治的にも、脳機能的にも、魔術的にも、教会的にも。

 鋼盾掬彦の発言は、はっきり言って問題外であろうとステイルは考える。

 勿論、それに気付かない鋼盾や土御門ではなく、続いた発言はこのようなものだった。





『能力はレベル1の“忘却不能(フォーゲットユーノット)”
 原石とか言うなかなか貴重な素材だそうで、学園都市としても慎重な対応を考えてくれるらしくて。
 特例として、あの子は能力開発を受けなくていいことになるそうです』


 能力開発は行われないので、脳機能的な問題はクリア。

 学園都市の言質は取れているならば、その点の問題もクリア。

 彼の街でのインデックスの身の振り方は、鋼盾掬彦に任されている。

 土御門にもブレーキをかけるつもりはないようだから、最大主教が強権を発動しなければ決定だろう。

 「禁書目録が学園都市の学校に通う」などという、魔術師なら耳を疑うような事態が現実になる。

 あの子が同世代の人間と机を並べてありふれた日々を謳歌するというそんな日々が、現実になる。


 周到な事だ、とステイルは呆れ混じりの賞賛を禁じ得ない。

 あれからまだ一日そこらだというのに、既に彼らは走り出している。

 ぼくらの戦いはこれからだと、その宣言通りに。
 

 そしてもうひとつ。

 彼が口にしたーーーインデックスの能力名。

 Forget you not あなたを忘れないという、その言葉。

 それはきっと、彼女の願いそのものだ。


 痛烈な皮肉、痛切な祈り……ステイルにとっては痛恨の一撃だ。

 己がそれを今までずっと踏みにじってきたことを、意識せずにはいられない。

 まったくもって、心をグリグリと削られる事この上ない、痛いって言ってんだろ畜生め。

 もういっそ痛快ですらある、どうしてくれようこの痛み。


 土御門は電話の向こうで、己と同じような痛みを感じているだろうか。

 ここにいない神裂がこれを聞いたら、彼女は一体どんな顔をするだろうか。

 午後をともに過ごしたエンライト老やローウェル、まだ見ぬシスターガラテアは何を思うだろう。

 生きているとも死んでいるとも知れぬあの錬金術師は、何を感じるだろう。


 そして、眼前のローラ=スチュアート。

 笑みを浮かべたまま眉ひとつ動かさぬ貴女は、一体何を思っているのだろうか。


 ステイルはそれを知りたいと思った。

 只々単純に痛切に、今こそそれを知りたいと思った。
 





『趣味は読書。あの子の頭の中の図書館も、今では十万三千三十冊くらいにはなってますよ。
 これからもたくさん増えるでしょうね、本を読むのが楽しいって、笑ってました』


 禁書魔道書だけではなくて。

 チープなコミックに流行の恋愛小説、学校の教科書、学術論文、図鑑にムック、歌集に詩集。


 世界に遍く無数の本を好きに読めばいいのだと、

 彼女の好きな本の目録を見せてもらうのも楽しそうだと、そう言って鋼盾は笑う。


『料理を覚えたいって言ってました。
 今日は友達といっしょに、お昼ご飯を作ってます』


 食べるのが大好きなあの子なら、料理を作るのも楽しめるだろうから。

 友人や家族と一緒に作って食べる、そんな食卓をこれから何度でも作ればいいと彼は言う。


『海を見たい、映画を見たい、図書館に行きたい、銭湯に行きたい。
 あの子には行きたい場所がたくさんあるんです、夏休みは忙しくなりそうですね』


 行きたい場所がある、見たい景色がある、やりたい事がある。

 彼女が願ったそんなささやかな我侭を、全て叶えてあげたいと鋼盾は言う、宣言する。


『ありふれたものだけです、あの子が欲しいものなんて。
 年相応の……いえ、ちょっと幼いかもしれませんけど、普通の女の子なんですよ』
 

 普通の女の子。

 禁書目録という存在には、決して冠される事のない、そのありふれた形容。


 だけど。

 彼はそう呼ぶ、そうだと知っている、あの子の事だ、間違える筈がない。






『そういう女の子が、今あの子の中にいる。
 禁書目録というもうひとつの顔はそのままに、インデックス=スチュアートという普通の女の子が』

「それを認めろと?」

『ええ。あなたには禁書目録が必要で、ぼくらにはインデックスが必要。
 ……そして、インデックスには英国清教とぼくらの両方が必要です』


 インデックスと、禁書目録。

 禁書目録と、インデックス。


 不可分であるはずのそれらを、鋼盾掬彦は切り分ける。

 それができると、彼はそう口にする。


 インデックスが禁書目録をやめることはできなくても。

 インデックスがひとりの人間として幸せになれる道がそこにあると、そう信じている。


『タネが割れた今、貴女はインデックスと禁書目録を分離すべきじゃないでしょう。
 そうすれば、少なくとも英国清教はステイルと神裂を失う事になる―――それは、もったいないですよね』

「そうね、両名とも優秀な魔術師だもの」

『でも、セキュリティは必要だ』

「ええ、言うまでもなき事ね」

『なら、ぼくや上条くんを、インデックスを縛る新しい首輪にすればいい。
 こんな状況なら、そっちのほうがよほど効率良く彼女を管理できるはずだ』

「こちらはもとよりそのつもりなりけるわよ?
 もし貴方がそんな事すらも理解していなかったというのなら、失望せざるを得ないのだけど」

『まさか。そんなのは前提です、仰る通りに』


 だからこその土御門元春、背中刺す刃でしょう? と。

 繰り糸はあくまでもおまえの手の中にあるじゃないですか、とそう言って鋼盾は笑う。

 いざとなれば一言命じればいい、それで全ては思うがままですよ、と。


 きっと土御門元春に背中を晒して、そんな台詞を言っている。

 その無防備な背を見ながら、土御門はどんな表情をしているだろうか。

 多分今の自分と同じような顔をしているんじゃないかな、とステイルは思った。


 まったくもって、ひどい話だ。

 笑ってしまうほど、いつもの事だ。


『積極的にお手伝いさせて頂きます、ということですよ。
 利害は一致してるんです、世界の平和のため、ここは譲り合いましょう。
 あなたも、ぼくらも、あの子も……みんなが幸せになれるように、よりよい未来のために』

「あは―――ひどい茶番ね、ほんとうに。
 ……それ、もしかして交渉のつもりなりけるかしら?」


 冷笑か、嘲笑か。

 サファイアブルーの双眸に青白い炎が灯り。

 紡がれたローラ=スチュアートの言葉に、はっきりと甚振るような色が乗った。





 そう、結局の所。

 鋼盾掬彦が百万言を尽くしても。

 その主張がどんなに正しくても、筋が通っていても、心を打つものでも。

 ローラ=スチュアートの指先ひとつで、それらはすべてご破算になってしまう。
 

 ステイル=マグヌスなど、拘束して洗脳してしまえばいい。

 なんなら、殺してしまえばいい。

 確かに損失だろうが、たいした話ではない。


 神裂火織など拘束して洗脳してしまえばいい。

 なんなら、殺してしまえばいい。

 確かに損失だろうが、たいした話ではない。


 土御門元春など、拘束して洗脳してしまえばいい。

 なんなら、殺してしまえばいい。

 確かに損失だろうが、たいした話ではない。
 

 鋼盾掬彦など、殺すまでもない。

 無力な子供だ、放っておけばいい。

 もちろん、殺してしまってもいい。


 そうして、禁書目録の記憶を奪えばいい。

 そうすれば、すべては今まで通りだ。

 だから、こんな会合に意味などない。

 そんな事は、最初から判りきっていた事だった。


 だけど。

 それでも鋼盾掬彦は、それに挑んだ。

 力量差も何もかも百も承知で、しかし彼には言わなければならない事があった。
 





『茶番劇はお互い様でしょう。チラシの裏にでも書いてろ、ってなもんですよ。
 自作自演の悲劇を何度も繰り返して、何度も何度もあの子を殺して―――ひどいセンスだ』


 脚本家の力量を疑わざるを得ません、と鋼盾掬彦は言う。

 まさにその脚本を書いた女に、まっすぐにそんな台詞を言ってのける。


『同じ茶番なら、ハッピーエンドがいい。
 終わりさえよければ、そんな冗長な前置きもなかったことにできます』


 朱筆が走る、容赦なく。

 駄目出しである、こんな脚本で踊れるかとケチを付ける。

 脚本家を蹴飛ばし、監督の頭を叩き、スポンサーを閉め出して、端役だったはずの男がメガホンを奪って。


 ヒロインのために、ヒーローのために、脇役たちのために、自分のために。

 安っぽいハッピーエンドを、がなり立てる。


『ぼくらはもう、あの子が笑ってないとダメなんです。幸せでいてくれないとイヤなんです。
 信仰に殉じたあの子は死んでに天国に行けるのかも知れませんけど、そんなの待てません』


 ぼくらはそこに行けそうもないですし、と鋼盾は笑う。

 あの子を神様なんかにとられてたまるか、とそう言って笑う。


『今、あの子は笑ってる。
 生まれ変わったように、強く、泥だの罪だのにまみれて、死ぬほど奇麗にね。
 ―――それを、もう二度と喪わせたくないんですよ、ぼくは』


 どんな手を使っても、誰を傷つけても、我武者羅無様にそれだけ守る。

 どうしようもなく親馬鹿な男が、手前勝手にそう叫ぶ。


『あの子は……ぼくの家族だ。
 ―――禁書目録はくれてやる、だけどインデックスは渡さない』


 家族を守る、そのために。

 それだけの為に、盾を構える。


『神様にも、誰にも、渡すものか。
 天上になんか用はない、あの花は――あの子と、ぼくらのものだ』


 それを誰にも渡しはしないと。

 譲れぬ願いを、喚き散らす。





『茶番劇はお互い様でしょう。チラシの裏にでも書いてろ、ってなもんですよ。
 自作自演の悲劇を何度も繰り返して、何度も何度もあの子を殺して―――ひどいセンスだ』


 脚本家の力量を疑わざるを得ません、と鋼盾掬彦は言う。

 まさにその脚本を書いた女に、まっすぐにそんな台詞を言ってのける。


『同じ茶番なら、ハッピーエンドがいい。
 終わりさえよければ、そんな冗長な前置きもなかったことにできます』


 朱筆が走る、容赦なく。

 駄目出しである、こんな脚本で踊れるかとケチを付ける。

 脚本家を蹴飛ばし、監督の頭を叩き、スポンサーを閉め出して、端役だったはずの男がメガホンを奪って。


 ヒロインのために、ヒーローのために、脇役たちのために、自分のために。

 安っぽいハッピーエンドを、がなり立てる。





「たいした長口上、よく口の回りし事ね。
 でも……ふふ、私がそれを断ったら、どうするつもりなりけるかしら?」

『……そうですね、もしそんなありえない事がおきたなら。
 次はまあ、学園都市統括理事長さんに頭を下げに行くことになりますか』


 ……アカン。

 この野郎またとんでもない事言い出しやがった、マジか。

 批判と主張を矢継ぎ早に打ち込んだ末に、この発言、というか脅迫。

 流石にこれはヤバいんじゃなかろうかと、ステイルはおそるおそるローラを見遣る。


「ふんふむ、ほうほう、面白い。
 とはいえ統括理事長に直談判なんて、一学生にはなかなかに敷居が高いのではありけぬかしら?」


 ステイルの心配をよそに、最大主教は楽しげだ。

 台詞の内容ももっともと言えばもっともである、敷居が高いどころの話ではない。


 学園都市統括理事長、アレイスター=クロウリー。

 あれとの謁見は……そう、まさに謁見といっていいだろう、おそらくそこらの王侯と会うよりよほど難しい。

 土御門元春ならあるいはそれも可能かもしれないが、流石に彼がそれを是とするとも思えなかった。

 なれど鋼盾は小揺るぎもせず、手にした絆を差し向けてきた。


『知り合いのお医者様が、なかなかすごい人なんです。
 統括理事長さんともお知り合いだそうなので、頭を下げて繋ぎをお願いしようかなって』


 冥土帰し。

 あの街で一番の医師と鋼盾が言っていたその人物。

 土御門から伝え聞いた所によればその評価は大袈裟でもなんでもなく、学園都市の顔役のひとりであるという。


 ……ほんとうに、どうかしてる。

 英国清教の長ローラ=スチュアートと、学園都市の長アレイスター=クロウリー。

 このふたりに繋がるルートを、ただの高校生が持ち得ているなんて――ひどい冗談だ、笑えない。




「それは大した人脈なりけるわね。
 で? なんと言いて交渉せしつもりでいるのかしら?」

『……交渉というよりは、お願いですかね。
 英国清教の一部のカルトなキチガイどもが、なにやら非人道的な真似をしている。
 こんないたいけな少女を傷つけている、許されない事だ……だから助けてくださいって言います』


 カルトなキチガイという表現はともかく、非人道的である事は疑いない。

 ステイルに言わせれば学園都市も大概だが、毒を以て毒を制すという言葉もある。


『学園都市統括理事長さん。こんな都市を作る人ですもん、きっと酔狂ですよ。
 それに―――禁書目録の価値も、判ってるでしょうからね』


 英国清教を敵に回すなら、学園都市をも巻き込むと。

 無茶にも程がある大言壮語を、しかし鋼盾はなんでもないことのように口にする。


「うふふ、稚拙な脅迫なりけるわね。
 勝算があるなんて、本気で思いていて?」

『わりと』

「泥沼よ、そこは」

『ドロドロでしょうね。
 でも、砂漠よりはいい。工夫次第じゃ花も咲きますよ、きっと』

「根腐れするのがオチだと思いけるけれど――まあいいわ。
 そうね、貴方の目論み通りに事が運びし事として―――」


 彼の意図通りに学園都市がインデックスを保護したとしよう。

 彼女が実験動物のように扱われる事もなく、かの街で平和に日々を謳歌したとしよう。


 言うまでもない事だが。

 英国は、必要悪の教会は、ローラ=スチュアートは。

 そんな事を、認める訳がない。


「―――そうなれば、戦争になりけるかもしれないわね」

 
 
 学園都市と英国清教の間で、諍いが起きる。


 禁書目録が絡めば、裏側での小競り合いでは話が収まらない可能性が高い。

 そして、そんな事態になれば、嬉々として首を突っ込んでくる連中などいくらでもいる。


 下手をすれば、それこそ第三次世界大戦になる。

 ローラ=スチュアートはそう言って、酷薄に微笑んだ。






「貴方の盲愛の為に、何千何万と無辜の民が死にけるわよ、理不尽に。
 ―――その引き金を引く覚悟はありけるのかしら、小僧」

『ぼくのせいで?
 ……はは、そんなわけがないじゃないですか、だって』


 それは世界のバランスを崩す愚行だと、最大主教はそう告げた。

 そんなスケールの違いすぎる話に、しかし鋼盾は笑って答える。


『ぼくは悪くない、家族を守る事が悪いわけがない。
 あの子も悪くない、幸せになるのを願う事が悪いわけがない。
 だからぼくらは悪くない、悪いわけがない』


 ぼくらは悪くない。

 そんなわけがない。

 彼はそんな台詞を口にする。

 引き金を引くのが自分たちの訳がないと、そんな事を言う。


『悪いのは、それを止められなかった無能な政治家たちのせいだ。
 戦争を回避する方法なんていくらでもあったのに、それを選ばなかった連中が悪い。
 そいつらが選択を誤ったせいで、そういうことになるだけの事だ』


 責任者が誰か知りたければ、ちょっとネットで検索かけてみればいい。

 一発でわかる、王様、女王様、大統領、総理大臣、国家主席、エトセトラ。

 国民の血税で飯を食ってるくせに、義務を怠ったそいつらが犯人だ。

 だからぼくのせいじゃないと、鋼盾掬彦はそう言って笑う。


『引き金を引くのは、そっちです。
 歴史の教科書に書かれればいい、あの子にそう記憶されればいい。
 第三次世界大戦を回避できなかった、希代の大罪人だって』


 責任を負うのは責任者だと。

 つまりはおまえが悪いのだと。


 そう言って笑う。

 端役が笑う、自分勝手に楽しげに。





『家内安全は世界の願いだ、そんな事もわからないそいつらが悪い。
 あの子が幸せになれないなんて、世界の方が間違っている』

「独善的ね、度し難き事」

『そうじゃなきゃ、あの子を幸せにできそうにないものですから。
 ……ああでも、やっぱり戦争は嫌ですね、よくないです。避けられるなら避けるべきだ。
 罪のない人たちが苦しむなんて、あってはいけない、いいわけがない』

「無論、ね」 

『ええ、論じるまでもなく。
 でも、ぼくのような身勝手な人間は、自分の事しか考えられないから。
 ――――だから、最大主教さん、ぼくは不躾で情けなくも、貴女に縋るほかない』


 ああ。

 やはりこれは茶番なのだと、今更ながらにステイルは痛感する。

 この電話越しの会合はきっと、最初から最後まで茶番劇だ。


 鋼盾も、ローラも、それを知っている。

 だからこそ、彼らの間にこんな時間が成立している。


『世界平和を願う聖女のような貴女に、お願いするしかないんです。
 憐れなぼくらのささやかな願いを、どうか聞き届けてくださいって、ね』

「内容によりけるわね、それは」

 
 そして、そう。
 
 茶番だからこそ、意味がある。


 茶番劇を演じているからこそ。

 本当の事が言えるし、わかりきった嘘もつけるのだ。


『一生のお願いです。あの子にほんの少しだけ、自由を与えてあげてください。
 戦争なんか嫌です、誰も死なせたくない、不幸になんかさせたくない。
 お救い下さい、貴女だけが頼りです、お願いですから、どうか』


 穏やかな口調で紡がれる言葉。

 字面だけを見れば哀願めいたその台詞には、しかし本来そこにあるべき感情の色はない。
 

 寒気がするほど、まっすぐに。

 壊れきっていて、なお揺らがない芯を持って。

 やっぱりどこか、楽しげに。

 上っ面を滑るような台詞は全て掛け値なしの本当で、しかし嘘に塗れていた。






『この花を、手折らないで下さい。
 よくない事にならないように、なにとぞひとつ』
 

 手折るつもりなら、覚悟しろ。

 あらゆる手段を用いて、何を犠牲にしても、必ず。

 神だろうが、世界だろうが、何であろうが。

 
 潰してやる。

 おまえを、おまえらを不幸にしてやる。

 全部道連れにして台無しにしてやるぜ、けけけけけ。

 だからお願いしますよ、ここは譲ってみましょうよ、社長さん。

 
 いいじゃないですか、どうせ。

 今はまだ、その時じゃないんだから。

 シリアスになるのは、それからで。


 ぼくらが戦うのは、まだまだ先の話だと。

 きっと、彼が口にしたのはそんな台詞だった。

 
 




「―――ふふ、よろしい。
 私も無益な戦争など望みはしないわ、当たり前に。
 いたいけな少年の願いを踏みにじりしような、無体な真似もしたくない」


 返答を返す最大主教の言葉も、鋼盾のそれと同様に。

 茶番劇が演手のそれに相応しい、芝居がかった響きだった。

 予定調和といっていい、もとよりこの結末は決まっているのだから。


『それじゃあ』

「ええ、認めましょう。
 禁書目録としての任務を十全に果たしけるのであれば、それ以外の時間については好きにしければいい。
 生活費その他の不透明なる愛情についても、可能な限り考慮して行きし事にしましょう」


 これも、最初から決まっていた事。

 ステイルと神裂が英国に呼び戻された時には、既にこれと似たような方針が打ち出されていた。

 今回の遣り取りを経て多少なりとも表現が柔らかくなったものの、本質はなにも変わってはいない。


 言ってみれば最大主教の掌の上。

 だけど鋼盾掬彦はそれを知っていたにも関わらず、その上であえて会話を望んだ。


 それは決意表明のためだったのか。

 今後のためのなんらかの布石だったのか。

 あるいは敵を知るためだったのか。

 楽しそうに笑いながら茶番劇に興じたその意図は、ステイルにはまだ読みきる事はできない。


 ……あるいは、彼が最初に言っていた通りに「最大主教と話がしたかった」というのが一番大きな理由なのかもしれない。

 だって。





『ありがとうございます、いやー、最大主教さんが話し易い方でよかったです』

 
「うふふん! そうでしょうて! 
 学園都市の逆さま宇宙人標本とかローマの堅物ジジイとは違いけるのよ!」


『……え、なんですか逆さま宇宙人標本って、統括理事長ってそんなんなんですか? え?』

「ええ、ビーカーが如き謎の容器に入り謎の液体に逆さまに浮かびし謎の生物なりけるわ」

『……えーと、呼吸とかできるんですかソレ』

「……エラ呼吸とか、なりけるのかしら、アレは」

『うわー』


 うわーじゃねえよガッデム。

 楽しそうだなお前ら、つーかエラ呼吸はやめろ学園都市と戦争になるぞオイ、とステイルは頭を抱えた。

 ローラと鋼盾の雑談は「改造人間説」やら「囮立体映像説」やら「能力説」やら「LCL的ななにか説」やら絶好調だ。

 本当にやめてほしい、己は必要悪の教会の任務で実際に対面する可能性があるのだ、吹き出したらどうしてくれる。


 ……まあ、とはいえこの電話もそろそろ終わりが近づいてきたようだ。

 重要な議題については粗方話し終えているし、明らかに空気も変わってきている。


 ようやくこの心臓に悪い遣り取りのゴールが見えてきて、ステイルは少しばかり気を緩めた。

 ぶっちゃけ疲れた、これが終わったらちょっと寝よう、そうしようと彼は思う。


 しかし、なんとも残酷な事に。

 そうは問屋が卸さない。


「それは置いといて……そうそう。
 ひとつ、私から素敵な提案がありけるのだけど」

『……提案、ですか?』


 最大主教のそんな言葉に、ステイルは緩みかけた緊張と警戒を張り直す。

 提案と言っても、双方の立場や序列に差があれば、それは命令や強制になりうる。

 それでなくとも現状、鋼盾は最大主教からいくつかの譲歩をしてもらった形だ。


 これは。

 もしかしたら、まずい事になるかもしれない。

 というか嫌な予感しかしない。


 なにやらまた胃の痛くなってきたステイルを尻目に、最大主教が口を開く。

 楽しすぎる悪戯を思いついた童女のように朗らかに、とんでもない台詞を口にした。
 






「提案というよりは、勧誘になりけるかしら。
 ……鋼盾掬彦、貴方――――必要悪の教会に、入りなさいな」


 最大主教の口から放たれた、そんな言葉に。

 ここまで異様な泰然さを保っていた鋼盾掬彦が、初めて十秒にも渡る沈黙を余儀なくされた。


 そして。

 ようやく紡がれた返答は。


『……おっふ』






 
 だから「おっふ」ってなんなんだ、などと。

 そんなツッコミも差し挟む事のできないような、とんでもない提案がぶちかまされた。






―――――――――


ここまで!
回線が不安定すぎて死にたい、真剣にテザリングを検討したい
二重投稿やら時間かかり過ぎやらなにやら大変失礼いたしました

なにもかも徹頭徹尾に茶番劇ではありますが
でも、だからこそ意味があると鋼盾は言葉を放ち、ローラもそれに応えます

鋼盾くんがローラさんの敵になれるのか
それとも、思惑通りに彼女を味方につけることができるのか
少なくとも現時点ではどちらも不可能です、ラスボスはやはり次元が違った

インデックスルート最終章「ふたりぼっちの世界征服」ではラストバトルが三年後設定で
鋼盾&インデックスVSローラ=スチュアートです、どっちが勝ってもバッドエンドだぜ(適当)

次回で今度こそエピローグ2も終わりです
よろしければおつきあいください。



どうも>>1です、コメント感謝です
IDが若干m9(^Д^)プギャーっぽくて申し訳ない

なんとか一月中に投下したかったのですが間に合わなかったぜ!
書き始めた頃よりなにかと忙しくなり、費やせる時間も減っちゃってかなしい
数回の投下でビシっと終わる台本形式中編とか書けるようになりたい

愚痴はともかく投下です
エピローグ2、これにて幕となります

相変わらず回線が不安定なので、あとで纏めて読むといいと思います

そぉい!!


―――――――――



 最大主教のその提案。

 それはステイル=マグヌスとしても、少しばかり興味を引かれる問題提起ではあった。


 インデックス――禁書目録と英国清教は切り離せない、これは前提だ。

 ゆえに清教を味方に付け、彼女の笑顔と未来を守る――それが、鋼盾掬彦が示した今後の戦い。

 そしてそれを成すには、内部からの方が容易であるのは言うまでもない。


 無論、彼にそこまでの重荷を課すのは躊躇われる。

 必要悪の教会など所詮は外法者の集まり、歩むは修羅の道に他ならない。

 それは、ステイルが、神裂が、土御門が負うべきものだ―――自分たちの、仕事だ。

 鋼盾掬彦なら或いは……なんて事を一瞬でも思ってしまった己に、ステイルは溜息を吐く。


 これ以上彼から平穏を奪う事は、流石に偲びない。

 そんな事は、許すわけにはいかなかった。


 とは言え、この状況に口を挟める訳もなく。

 ステイルは鋼盾の返答をじっと待つ。


 彼がなんと答えるか。

 それを予想できるとは、正直思えなかった。





『……ぼく、神様とかあんまり得意じゃないんですけど』


 間抜けな呻き声からしばしの沈黙を経て、ようやく鋼盾が口にしたのはそんな台詞。

 己は十字教徒ではない、日本人でしかも学園都市の学生―――信仰からかけ離れた人間だ、と彼は言う。

 至極もっともなその言葉に、しかし最大主教はそれがどうしたとばかりに笑みを浮かべて話を進めた。


「構わなくてよ、身の内に異物を孕んだ方が、免疫ができるというもの。
 必要悪の教会は数多の毒を喰らってそれを力に変えてきた、神裂も土御門がいい例になりけるわね」


 神裂火織と土御門元春。

 片や極東宗派が女教皇、片や陰陽宗家が末裔。

 両名も日本人であり扱う魔術も和の色が濃く、何より純粋な清教徒ではない。

 だからこそ彼らは必要悪の教会に相応しい、それこそが我らが強みなのだと彼女は断じる。

 
『そうは言っても……そもそも魔術師じゃないですよ、ぼくは。
 必要悪の教会は“魔術師の組織”の筈でしょう?』

「正確には“対魔術師の組織”なりけるわね。そのための牙を魔術に限る必要はない。
 魔術への偏向は魔術師の隙といったのは貴方でしょう? 私としてもそこは多いに反省しているの」


 現にウチの精鋭二人が貴方たちに敗れている、とローラは笑う。

 もちろん今回の例は特殊なケースではあるけれど、魔術に依らぬアプローチの有用性はステイルも認めざるを得ない。

 例えば上条当麻の幻想殺しはかなり特殊な能力だという話ではあるが、学園都市がその謎を解き明かせば対魔術における圧倒的なアドバンテージ足りうる事も確かだ。


 “必要悪”の範囲設定。

 それを吟味する必要があるという最大主教の言葉は、それなりに説得力のある理屈ではある。


『必要悪―――科学や能力も、取り込むつもりですか?』

「そこまで手を広げしつもりはなかりてよ。効率の悪し事なりし、外聞というものもありけるしね。
 能力で為せし事は魔術でも為せるというのが私の持論、そして科学に傾倒せしは本末転倒なりけるもの」


 しかし鋼盾のその問いを、最大主教は否定する。

 科学者が欲しいわけじゃない、能力者が欲しいわけじゃないと言う。
 





「ふむ……ちょっと混乱させてしまいしかしら―――そうね、科学云々は措いて、もっと単純な話。
 禁書目録のパートナーたる貴方には、その資格がありけるというだけのことよ」
 

 禁書目録が管理者であるならば。

 守護者役を己に任ずるのであれば、そういう選択肢もあるだろうと彼女は笑う。

 
『……つまり、あれですか。
 首輪になるなら首輪を付けろ、みたいな』


 ごもっともなんでしょうかね、と鋼盾は弱ったようにそう言った。

 彼が先ほど口にした“自分たちがインデックスの首輪になる”というあの台詞。

 口約束だけでは心許ないから相応の手付けを支払えと、これはそういう事なのかと彼は問うた。


「それは違いけるわね、強制せしつもりはありけぬから。
 ……とは言いけるも、一番近くで守るべきではなかりしかしら? 大事なものなれば」


 あくまでも提案、思いつきの戯言だとローラは笑う。

 だがその言葉は、盾たらんと願う少年にとっては無視し難いのではないかとステイルは思う。


「給料とやりがいは保証する―――対外的に通りのいい肩書きも用意しけるわ。
 大英帝国が国家公務員なんて、なかなか魅力的な進路ではなきかしら?」

『……あー、そりゃ魅力的ですね。
 かっこいいです、同窓会とかじゃ注目の的でしょうね』

「んふ、きっとモテモテよ?
 どうかしら、せっかくの縁、乗りかかった船というものではなきかしら、これは」


 彼ららしい、砕けた遣り取り。

 雑談めかした、ただの雑談---前代未聞の勧誘劇だが、受ける印象はそんな感じだった。






『……こないだ知り合った人が、言ってました。
 “ちゃんと準備をしているヤツが一番強い”って―――それってすごい正しいなって思うんです』

「ふむ」


 鋼盾が言ったその言葉に、最大主教は鷹揚に頷く。

 ちゃんと準備をしている奴が一番強い、なるほど正しい台詞ではある。

 本当の意味で“ちゃんと”準備できる人間がいるのなら、絶対に敵に回したくないとステイルは思った。


『入るにしても入らないにしても、今のぼくどちらを選ぶにも準備が足りてません。
 そんな状態じゃちゃんと強くなれそうにないですので、しばらく時間が欲しいというのが正直なところです』

「あら―――いずれにせよ即答すると思いていたのだけれど」

『そうできたらカッコいいんですけど、どうにも優柔不断でして』


 保留。

 最大主教の誘いに、鋼盾はYESでもNOでもなく、そう答えた。

 それに対するローラ=スチュアートの反応も、拍子抜けするほど穏やかなものだった。


「ま、準備は大切なりけるものね。かまわないわよもちろん。
 ……ふむ、しばらくといいけると―――キリの良きところで学校を卒業するまでにとか?」

『そうですね---実は今ぼく、ちょっといくつか必殺技を開発中でして』
 
「ふうん、怖いセリフね。
 ちなみに、その必殺技とやらの名前は?」

『内緒です』

「あら、残念---ふふ、先ほどの意趣返しというやつかしら?」

『いえいえ、そんなそんな。
 ああ、必殺技という言葉があれでしたね、考えてみれば必殺でもなんでもないや』


 それとは逆ですから。

 そんな得体の知れないセリフを鋼盾掬彦は口にする。

 つまりはいつもの彼だ、一体何が見えているのやらとステイルは溜息を吐く。

 もはや解読などしようとも思わない、どうせろくでもない事を考えているのだろう。


『まあ、いつかはお見せ出来ることもあると思いますから、乞うご期待ということで。
 ……それが完成したら、先ほどのお返事をしたいと思います』

「ふふ、色よき返事を期待しけるわ」


 唐突に降って湧いた勧誘劇の顛末は、ひとまずこんな感じに落ち着いた。

 なんとも後を曳きそうな予感をステイル覚えたが、それについては未来の自分たちに丸投げしておく。

 ……他にどうしろというのだクソッタレ、と彼は溜息をついた。






『……そうそう、もうひとつ報告が。
 インデックスの、あの子の魔法名、覚えておいでですか?』

「もちろん―――Dedicatus545、ね」


 そしてまた唐突な話題転換である。

 インデックスの魔法名、その意味は“献身的な仔羊は強者の知識を守る”、だ。


『―――これからは、あの子は別の魔法名を名乗ることになります。
 できれば、それを認めていただきたいなと思いまして』


 紡がれたのは、そんな台詞。

 その言葉に、ステイルは思わず言葉を喪った。

 インデックスが魔法名を変更する、そんな事を彼は考えたこともなかった。

 それはローラも同様だったようで、訝しむように問いを放った。


「……魔法名は、そんなに簡単に変えられしものではなくてよ?
 其は魂に刻む命名火。身命尽きしとも抱えてゆきたる宿業とでも言うべきもの」


 彼女の言う通り、魔術師にとっての魔法名とはそれほどのもの。

 己や神裂の魔法名にあれだけ重きを置いてくれた彼だ、それをわかっていない筈がない。

 それなのになぜ彼はそんな事を口にしたのか、ステイルには正直量りかねた。


『ええ、魂の名前がふたつもみっつもあっちゃ、だめですよね。
 ―――だからこそ、あの子は新しい名前を名告ることにしたんでしょう』


 ローラの言葉に対する鋼盾の答えが、それ。

 禁書目録とインデックスを別個の存在と断じるそれは、一貫した彼のスタンスだ。


 そしてそれは、そんなあり方をインデックスが己の意志で受け入れた事を意味していた。

 禁書目録ではなく、魔術師として人間として、魔法名を自ら名告るという事だった。


 それは彼女の決意だと、彼は言う。

 だからあなたには聞く義務があると、それはきっとそんな台詞でもあった。


「へえ……ふむ、なれば聞かせてもらいましょうか」

『ありがとうございます―――と言っても、単語の方は変わらずですけどね。
 Dedicatus―――献身の二文字は変わることなく、あの子の指針です』
 

 もっとも、そちらにとって都合のいいだけの献身じゃないですが、と鋼盾は笑う。

 そして彼は噛み締めるように、インデックスが新しく名告った誓名を口にした。






『Dedicatus728、それがあの子の新しい魔法名です。
 “我、献身という銘の剣たらん”――もう仔羊じゃないですよ、あの子は』


 献身の剣、それが彼女の名前。

 それは生け贄の仔羊たる禁書目録の番人ではなく、自らの意志をもって剣を振るうという宣言だった。


 背負った数字は728――つまりは、七月二十八日。

 その日が何の日かなんて、ステイル=マグヌスは言われるまでもなく知り抜いている。


 それは彼女の命日だった日。

 それは彼女の誕生日になった日。

 上条当麻ががその身を擲って眠りについた日。

 鋼盾が、ステイルが、神裂が、土御門が再起を誓った日。


 インデックスが、そんな日を魔法名に刻んだ。

 あの日は、あの夜は、そこに至るまでのあの日々は、あの子にとってそれほどのものだった。

 
 先の話にでた能力名といい、この新しい魔法名といい。

 ……まったくもってほんとうに、高らかに理想を歌ってくれるものだとステイルは笑う。


 なにより彼女が自らそれを宣じたという点が、ステイルには嬉しかった。

 残酷な宿命に縛られ続けていた彼女が、その運命に立ち向かう事を選んでくれた。


 与えられ、救われるだけのヒロインではない。

 与えるため、救うために剣を取る覚悟がそこにはあった。


「……Dedicatus728、か。
 ふむ……あー、その魔法名、実は先客がおりけるのよね、随分と昔の話になりしけど」


 インデックスが名告ったという、新しい魔法名。

 しかしその名前は、残念ながら既に他の魔術師によって使われているとローラは言った。
 

 魔法名はラテン語の単語ひとつと三桁の数字で構成される。

 重要なのは単語の方で、数字は重複を避けるためのものにすぎない。

 同じ魔法名を名乗る事はできないため、数字に関してはまあ、早い者勝ちだ。


『……あー、被ってましたか……そりゃ困りましたね。
 まあ、別に心の中で名乗るくらいならいいですよね、うん、今のはノーカンでお願いします』


 しかし鋼盾掬彦は、なんでもないような口調でそう言った。

 そのあまりにあっけらかんとした口ぶりに、ステイルはやれやれと溜息を吐く。

 魔術師的にはちょっと承服しかねるが、そのばっさりとした割り切りはなかなかに痛快ではあった。


 たとえおまえらが認めなくても、それがあの子の名前だ。

 なるほど彼ならそう言うだろう、誓いなど自分のためのものだから、と。






「ふふ、話は最後まで聞きなさいな」


 そんな鋼盾の掌返しに、くつくつと笑って最大主教もまた掌を返す。

 そして彼女の口から紡がれた言葉は、意外にも―――肯定の台詞だった。


「魔法名の重複は許されざりけるもの―――されど、ふふ、かまわないわ。
 これにつきては……詳しい事情は言えぬけど、その女は魔法名を既に抹消しているから」
 

 魔法名の抹消というその言葉に、ステイルは眉を顰める。

 先の最大主教の言葉通り、魔法名は魔術師が生涯背負い続ける墓碑銘のようなものだ。

 喩え禁術に手を出したり戒律に悖る行いをして破門された人間でも、魔法名を剥奪された例など聞いた事がない。


 dedicatus728

 抹消という特例処置が施されたその魔法名。

 その持ち主が誰なのかという点も見逃せない、英国清教最大主教がわざわざ把握している人物なのだ。


 そして。

 それが偶然にもインデックスの誓名と一致するというこの状況に、なにやら只ならぬものをステイルは感じた。

 なにより「それをわざわざ最大主教が口にした」という点が、どうにも不自然に思えて仕方がない。


『……それじゃあ?』


 電話越しの鋼盾の声が、期待を込めて先を促す。

 彼にとっては「かつてその魔法名を背負った人物がいた」という事実はどうでもいいものらしい。

 そうだろうとステイルも思う、どうでもいい事だ、大した話ではないはずだ。

 それなのに、彼の胸中に蟠る疑念は消えてくれはしなかった。


 だが、そんなステイルを置き去りに話は進む。

 ローラ=スチュアートが宣言する。


「ええ、認めましょう。
 禁書目録の魔法名の改訂、イギリス清教ローラ=スチュアートの名に於いて確かに承りしよ」


 英国清教最大主教による承認が下る。

 本来であればもっと厳かに行われるべきであろう、禁書目録が魔法名の改名儀式。

 しかしそれは味も素っ気もなく、電話越しの人伝に行われた。


『ん、ありがとうございました』

「ただし」


 しかし、それだけでは終わらない。

 穏やかな声で礼を言った鋼盾の台詞に被せるように、最大主教が言葉を継いだ。






「ただし……545番は特例として保留という形をとりけるわ。
 dedicatus728―――その名に相応しくないと私が思いければ、直ぐ元通りにできしように」


 ローラ=スチュアートのその台詞は、氷のように冷たく響いた。

 元通りにするということがどういう事か、それが判らないほど勘の悪い人間はここにはいない。


『……それは、つまり』

「ええ。あれがその名に悖りしようなれば、記憶を奪ってその人格を消し飛ばす。
 己が意志で魔法名を名告りしからには、一切の甘えは許すつもりはなき事と知りなさい」


 大見得を切っておいて無様を演じるような真似をすれば、殺す。

 お前の言うインデックスなる少女を抹消し、再び献身の仔羊を呼び戻す。

 そして、その決定権は己にある。

 容赦はありえない、魔法名を名告るという事はそれほどのことなのだ、と。
 

 ローラ=スチュアートは微笑みながら、そう言った。

 刻みつけるようなその言葉からは、残酷な程に真実の匂いしかしなかった。


『肝に銘じますーーーまあ、心配はしてませんよ。
 その名前を名告った時のあの子の顔を、ぼくは隣で見てましたから』


 だが、鋼盾は何でもないかのように笑ってそう答える。

 あれを独り占めしてしまって申し訳ないくらいです、と言葉を添えて。 

 きっとその顔には確信の笑みを浮かべているのだろう、もしかしたら娘の成長にデレデレな類のそれかもしれないが。


 まったく、羨ましい事だとステイルは思う、きっと土御門もそうだろう。

 その花が咲く瞬間を、自分たちだって見ておきたかった。


「ふふ、期待しているわ」

『ええ、ご期待ください―――ああ、そうそう、最後にもうひとつだけ』

「ん?」

『えーと、これについてはあくまで個人的なアレですから、そちらに許可を求めるつもりはないんですが』


 せっかくですから、と鋼盾掬彦は笑って。

 こんな言葉を、口にした。






『Dedicatus728―――“我、献身という銘の盾たらん”
 あの子の手前ちょっとぼくもカッコつけてみたくなっちゃいまして、真似しちゃいました』


 それは宣誓。

 先ほど彼が伝えたインデックスの魔法名と同じものを、彼も名告った。


 剣ではなく、盾と。

 あの子が剣なら、己は盾になると。


 同じ名を背負い、あの子を守る---否、あの子と共に歩むのだ、と。

 それが己の役だと、鋼盾掬彦はそう宣言してみせた。


「………あはっ」


 最大主教が、こらえ切れないとばかりに破顔し、笑い声を上げる。

 ステイルはやれやれと頭を抱え---それでもやはり、こみ上げる痛快な感情に口端を上げた。


 やってくれる。

 魔術師じゃない人間が魔法名を騙ることも、二人が同じ名前を名告るという有り得ない事態も。

 そんなことがもうどうでもよくなってしまう程に、彼の誓言は真っ直ぐで、高らかだった。


 ステイルは、鋼盾と初めて出会った日の事を思い出す。

 ぼろぼろに傷ついて己の無力に打ち拉がれていた彼は、それでも「鋼の盾」になりたいと言っていた。


 あの日から彼はずっと、その目標を忘れなかった。

 理不尽な襲撃や舞い込んだトラブルに翻弄され、傷を負いながらも戦い続けた。

 誰より先を見据え、けして思考を止めず、常に答えを探し続けた。


 大切なものを守るために、彼はいつだって走り続ける。

 それはこれからもずっと、変わることはない。

 
 Dedicatus728―――“我、献身という銘の盾たらん”

 鋼盾掬彦のその誓言を、ステイル=マグヌスは心に強く刻み付けた。






「あははは!! はは! ふふふ! あははは!
 ―――もう、好き勝手やってくれるわねこの野郎! うふふ、これは傑作! 最高なりけるわ! 抱腹絶倒!!」

『すごいでしょう、どうですかこの二番煎じっぷり』

「すごっ!! っぷ! あはははは! ちょっと待ちて! もう一回! もう一回言いて!
 もっと格好よく! そう! 決め顔で頼みけるわ!!! いい声で!!」

『はぁ……ん、―――Dedicatus728―――“我、献身という銘の盾たらん”』キリッ

「あははははははは! すごい! 剣と盾! あはははは! プロポースじゃない!!」

『病めるときも健やかなる時も共に―――Dedicatus728』キリッ

「ぶふっ!? あははは! はは! ち、誓いけるの!?」

『ええ、誓います』

「キャーーーーー!!!!」


 ……キャーじゃねえようるせえよお前ら相変わらず仲いいな畜生。

 ちょっとステイルが感傷に浸ってたらローラ鋼盾揃ってこのザマである、なんだそのテンション。

 だいたい電話越しにキメ顔かまされてもどうしようもない、主教笑い過ぎ、死んで欲しい。

 厳粛に決めていた自分が馬鹿みたいだとステイルは溜息を吐く、なんか損した。





「……ぅ、はひぃ……あー、びっくりした。
 こんなに笑ったのは久しぶりなりけるわ、感動しちゃった」

『……いやー、ここまで笑われるとは思ってませんでした。
 むしろ怒られるのを覚悟してたんですけど、なんですかコレ』

「あー、これは主の導きなりけるわね、運命とか超怖い。
 きゅふ、ッ、はぁー……えーと、冗談ではなしに、マジなりけるのよね?」

『ええ、マジです』

「そっか―――さっきの私の言葉を聞きし上で、なおもその名前を名告りけるのね」

『はい』


 ようやく馬鹿笑いも治まり、最大主教はその表情を真面目なものに変えてみせた。

 先ほどまで適当極まりなかった鋼盾の声音も、真剣な響きを孕んだものに変わる。


『魔術師じゃないですから魔法名じゃありませんが、ぼくもあの子と同じものを背負うつもりです。
 ですから―――この名前にぼくがそぐわない真似をした時は、首を飛ばしてもらってかまいませんので』 


 “己が意志で魔法名を名告りしからには、一切の甘えは許すつもりはなき事と知りなさい”

 禁書目録と同じ魔法名を背負うというのはそういう事だと主教は言い、鋼盾もそれに応と答えた。

 そんな彼の台詞に彼女は小さく笑うと、何でもない事のように笑ってこう言った。


「了解、そのつもりでおりけるわ。
 ……ん、ああ、そろそろいい時間なりけるわね、名残惜しいけどお開きにしましょうか」

『ああ、そうですね』


 そして、今度こそこの会合に終着が訪れる。

 既に時計の針は深夜三時に迫ろうとしており、この電話が一時間近くも続いていた事を示していた。


『……今日は遅くまでありがとうございました、最大主教さん』

「こちらこそ、
 鋼盾掬彦、禁書目録の事をよろしく頼みけるわね』

『ええ、もちろん。機会があれば、そちらにも遊びに行こうと思います。
 ――――それでは、また』

「ええ、また」



 始まりがそうであったように、終わりもなんとも穏やかに。

 鋼盾掬彦とローラ=スチュアートが興じた途方もなく間の抜けた茶番劇に、幕が下りた。



――――――――――



「……いやいや、随分長電話になってしまったものね。明日も早いというのに。
 ああステイル、ご苦労だったわね、もう帰っても構わぬわよ」


 懐に携帯電話を仕舞いながら、最大主教がステイルに退出を許可する。

 土御門のアホの手解きによる珍妙日本語トークも店じまい、完璧な英国語が礼拝堂内に静かに響いた。


 だが、それを受けても彼は席を立とうとはしなかった。

 それを見て小さく首を傾げる最大主教に、ステイルは抑え切れずに問いを放った。


「……なぜ」

「ん?」

「―――なぜ、わざわざこんな事をされたのですか?」


 我ながら大雑把な問いだとステイルは溜息を吐く、一体何を聞きたいのやら自分でもよくわからない。

 だが、彼のそんな杜撰とも言えるような質問に、最大主教はするりと答えた。


「誘い文句が素敵だったから、かしら。
 ふふ、あんなに弱り切った土御門の声を聞いたのは、随分と久しぶりだったわ」


 先の電話で“土御門くんにも、随分と無理をお願いしちゃいまして”と鋼盾が言っていたのを思い出す。

 一体どんな伝言を預けたのか、あの飄々とした土御門が弱り切るとは相当の事だ。

 心底同情する。今回一番貧乏クジを引いたのは、間違いなくあの男だろう。


「……何と言ってきたんですか、アイツは」

「それは内緒。ふふ、ラブレターの中身を覗こうなんて趣味が悪いわよ」


 重ねて放たれたその問いは、からかうように煙に巻かれる。

 苛立たしげに眉根を寄せるステイルを見て、最大主教はくすくすと笑ってこう続けた。


「―――交渉のコツは色々あるけどね、ステイル。
 何と言ってもまずは、きちんと相手をテーブルに着かせなければ始まらない。
 ……禁書目録の件でそれを成したのは、あの少年がはじめてだったわ」


 あなたたちにはできなかった事ね、とローラは言った。

 それは本当にその通りで、ステイルには反論のしようもなかった。


 最大主教相手に、まっすぐ向かい合う事。

 ステイル=マグヌスがその覚悟を決めたのは、今日が初めてだった。


 それはつまり、今日までずっと何も見えてはいなかったということ。

 神裂も、土御門も、歴代のパートナーの誰一人として、最低限のラインにも辿りつけてはいなかったのだ。





「とは言え、やはりまだまだ弱いわね。
 なかなかに将来(さき)が楽しみではあるけれど、そもそも長生きできるタイプには見えない。
 何人か似たような連中を知ってるけど、皆死んだわ……ああ、でも、面白い事を言っていたわね、あれは」


 面白い事、とローラは笑う。

 それが何を指しているのか、ステイルには測れなかった。


「準備してきた者が強い、というのは真理よ。
 他ならぬ貴方はそれを誰より知っているでしょう? ステイル」


 先ほど鋼盾が口にした“ちゃんと準備をしているヤツが一番強い”という言葉、それを真理だと評する最大主教。

 膨大な下準備と研鑽が前提であるタイプの魔術師たるステイルとしては、なるほど頷ける言葉ではあった。

 
「備えあれば憂いなし、などというのは嘘。
 備えれば備えるほど、考えれば考える程に問題課題は増えてゆくもの。
 だけどそれでも望む未来があるのなら、備えておくべきなのよ―――何事も、ね」


 憂うことの無い人間なんて思考を放棄した案山子に堕ちる、とローラは断じる。

 転ばぬ為には荷物になっても杖を持て、鬼に笑われても来年の話をするべきだ、と。


「私もね、ちゃんと準備をしてきたし、今もしているところなの。
 遠大な計画がありけるのよ。―――禁書目録など、その柱のひとつに過ぎない」


 最大主教の目的、禁書目録の理由。
 
 結局語られる事のなかった、それらの事。


「―――何を企んでいるのですか?」

「ふふ、内緒と言ったでしょう?
 オシメがとれたらというのは冗談だけど、まだ早いというのは本当よ」


 まだ早い、おまえには準備が足りない、と彼女は笑う。 

 まだ早い、おまえには力が足りない、と彼女は笑う。

 まだ早い、おまえには覚悟が足りない、と彼女は笑う。


 それは事実だろう、とステイルは認める。

 だが、それはあくまでも現時点での話だ、と彼は最大主教を睨みつけた。

 それを受けてローラは笑う、愛でるように。






「ふふ、その意気やよし。未来を望むなら、努々精進を怠らぬことね。
 貴方にその魔法名を赦したるは---それだけの器と、この私が認めたからなのよ?」


 そして彼女はにこりとステイルに向けて破顔し、言祝ぐようにこう言った。

 その言葉とその笑みに、ステイルは己が心臓を鷲掴みにされたかのような感覚を味わう。


 なんのことはない。

 “ゲームの駒に注がれる透明な愛情”は、己にも向けられているのだと彼は悟った。


 最大主教の細い指が、優しく心臓を揉みしだく。

 もっと強くなれ、もっと成長しろ、もっと足掻け、もっと楽しませろ。

 無理矢理に血液を走らせるそのイメージは、熱よりもむしろ寒気を孕むものだった。


「誓いし御名に恥じることなく、研鑽に努め道を究める。
 その果てに望む自己を実現する、それこそが魔術師の本懐よ」

「---魔術師の本懐、ね。
 貴方がそれを言うのですか、最大主教」


 英国清教最大主教の位は、本来魔術師の称号ではない。

 歴史の中で必要悪の教会が影響力を強めていったその果てに、彼女がそれをもぎ取ったのだ。


 政治、国家運営に関わる力。

 つまりは権力。


 それは個を究めんとする魔術師とは相反する要素ではないか、とステイルは問うた。

 貴女は魔術師としては純粋ではない、それはそんな揶揄めいたものですらあったかもしれない。


 だが。





「言うわよ、小僧」


 そんなステイルの言葉に、最大主教は一切の気負いも欺瞞もなくそう返した。

 小僧と呼ばれた事よりもその口調の穏やかさにこそ、ステイルは面食らう。


「私にも誓いし魔法名がある。
 最大主教という立場上、今となってはそれを名乗ることはできないけれど」


 魔法名、と彼女は言った。

 修道女は基本的に魔法名を名乗らない。

 最大主教という立場であれば、それは尚更の事だろう。


 だからそれは、彼女がまだ一介の魔術師であった頃に起てた誓い。

 ローラ=スチュアート個人が定めた、魔法名。

 故に己は魔術師だ、と彼女は言う。

 そして。


「そして、あの子に魔法名を与えたのも私」

「……インデックスに、ですか?」

「ええ」
 

 その言葉にステイルは驚く。

 彼女がインデックスに魔法名を与えたという事にではなく、その呼び方についてだ。


 今、眼前の女は「あの子」と口にした。

 「禁書目録」ではなく「あれ」でもなく、「あの子」、と。

 鋼盾が、ステイルが、神裂、土御門たちがそう呼ぶように「あの子」と呼ばわった。


 それは、彼女を「人間」だと認める呼び方だった。

 これまでの遣り取りで、最大主教が頑に避け続けていた呼び方だった。


「七年前、私はあの子に禁書目録の任に就くことを依頼した。
 あの子はそれを快諾したの、それが自分の歩む道だと言ってくれた」


 七年前に交わされた、ひとつの秘跡。

 もういないその少女の、尊い自己犠牲。


 ああ、とステイルは悟る。

 最大主教の言う“あの子”とは、今のインデックスを指すものではなくて。

 ローラ=スチュアートが使命を託した、今は亡きその子を指す言葉なのだと彼は知った。







「それは人ならぬ道を往く終の旅路。
 あの日私はあの子に聞いたわ、なにか望みはないのかと。
 ―――そしたらね、あの子は魔法名が欲しいって言ったのよ、他にはなにもいらないからって」


 魔法名。

 それは、魂の名前。

 禁書目録を背負う事になるその少女は、終の旅路の道連れにそれだけを望んだという。


 ローラ=スチュアートが訥々と、それを語る。

 それはあまりにも彼女らしくはなくて、それでいてどうしようもなく真摯だった。


「名乗る名前はもう決めてるんだって、そう言った。
 私が許してくれるなら、自分もその名前を……同じ字を、名乗りたいって笑ったの」


 Dedicatus545―――“献身的な仔羊は強者の知識を守る”

 禁書目録、魔道図書館の任に、少女が強い誇りを持っていたことが透けて見える、その名前。


 もういない、その少女。

 禁書目録に選ばれたその少女。

 かつて土御門元春が恋したその少女。

 鋼盾掬彦が自分勝手な聖女と評したその少女。


 ローラ=スチュアートは。

 この女はきっと、その子のことを―――きっと。


「……貴方には、これだけ教えておきましょうか。
 Dedicatus728――それが私の、魔術師ローラ=スチュアートの魔法名。
 ……どのような因果かしらね、私の名を、あの子が名乗るなんて」

「―――ッ!?」


 最大主教のかつて魔法名と、インデックスの新たな魔法名。

 それが同一のものであると、ローラ=スチュアートは困ったような顔でそう言った。


 それを聞いた瞬間、ステイルの中でいくつかの疑問が繋がった。

 紡ぎだされたひとつの仮説は、ひどく歪で空々しく、しかし奇妙な真実味を帯びていた。





 インデックスの出生について、知る者はいない。

 ステイルがかつて治療法を探した際に、彼女の両親や親類縁者を探してみたのだが、該当者はなし。

 上層部に問い合せても、捗々しい回答を得る事はできなかった。


 当時はそのことについて突っ込んで考えた事はなかったが、いまとなっては有り得ぬ事だと判る。

 英国清教上層部が、禁書目録について知らぬことなどあるわけがない。


 そして。

 必要悪の教会の人間であれば、誰しも少なからず感じていることなのだが。


 ローラ=スチュアートとインデックスは。

 髪の色、瞳の色こそ異なれど―――その顔形が、ひどく似ている。


 たとえば、インデックスがこのまま歳を重ね、その手足が伸びきったなら

 あるいは、今となっては誰も知り得ない、ローラ=スチュアートの在りし日の姿は


 奇跡のように、あるいは酷い冗談のように

 ぴったりと、重なるのではあるまいか――と。


 それは

 それは、つまり


「……貴女は、あの子の……?」


 ステイルは思わず、そう問うた。

 危うい問だと百も承知で、しかし問わずにはいられなかった。


 もしそうだとしたら、先程の鋼盾の台詞は。

 あの子に“スチュアート”の姓を名乗らせるという、彼の言葉は。

 あの子の親にでもなった気分ですと笑った彼の、その声は。


 毒針のように、呪い矢のように

 痛烈に痛烈に、この女の胸を抉り抜いたのではあるまいか。


 ステイルの声は明確な形にならぬまま、しかし間違いなく問いを紡いだ。

 それを受けて、ローラ=スチュアートは。


「上司、それだけよ。
 ――――それ以外には、なにもない」


 ぴしゃりと、まさに斬って捨てるような回答だった。

 その時には既に、彼女の纏う空気も表情も、いつもどおりだった。



 嘘だと思った。

 だが、問いつめても意味がない事もまた、わかってしまった。

 二の句を告げず煩悶するステイルに小さく微笑み、最大主教は話題をずらしてしまう。


「ねえ、ステイル。
 私は――己の魔法名に悖る行為は、これまで一度だってしたことがないの」


 Dedicatus――献身。

 己が身を擲って、成すべきを成す、そんな在り方。

 かつてローラ=スチュアートという魔術師が定めた、己の命の使い方。

 目の前の女は、こうして最大主教となった今でも、その誓いに従い生きているとそう言った。


 献身的であること。

 幾多の信徒を束ね神に仕える一宗派の長としては、当たり前のスタンスではあるのかもしれない。

 しかし、だからこそありえないとステイルは思う、その肩書きはそんな甘っちょろいものではないだろう、と。

 お為ごかしの建前だ、厚顔な魔女がまたなにか言ってやがるぞ、とそう言って鼻で笑ってやりたかった。


 だが、それができない。

 わかってしまうのだ、彼女の言葉に嘘がないと言うことが、どうしようもなく。

 だからステイルは否定することなく、しかしひとつだけ問いを重ねた。


「―――それは、誰がための献身か。
 聞かせていただけますか、最大主教」

「そうね、面映いけれど―――世界のために。
 ……ああ、そう言えば、そんな魔法名を名乗っていた子がいたわね」


 “我が名誉は世界のために”

 そんな魔法名を名乗った男を、ステイルは知っている。

 彼はつい今朝方、丁度ソイツについて考えていたばかりだった。


 四人目。

 彼女の教師だった男。

 ローマ最速筆の隠秘書記官。

 絶望に駆られ野に下りし稀代の天才。

 パラケルススの名を継ぐ者。

 あの子を救うため足掻き続けた、ひとりの錬金術師。


 最後に会った時に彼が見せた表情は、今でも目に焼きついている。

 その男の名は―――





「――――アウレオルス=イザード」

「そう、アウレオルス=イザード。禁書目録四代目のパートナー。
 この三年間、その行方は杳として知れなかったけど……つい二日前、目撃情報があった」


 ローマ正教が血眼になって探しても見つからなかったその行方。

 彼の失踪には確実に英国は禁書目録が絡んでいると、ローマとの間で少なからず軋轢があったとも聞いている。

 三年に渡り未解決であるその案件に、しかしついに進捗があったと彼女は言う。


「! ッ、彼は、どこに!?」

「場所は日本、学園都市」

「っ!」

「……この三年間、誰にも尻尾を掴ませなかった男が今になってその姿を晒した。
 故意と見るべきでしょうね――ならば、狙いは禁書目録と見るのが妥当かしら」


 二日前と言えば、丁度あの頃だろうか。

 七月二十七日、あるいは七月二十八日か。

 いずれも禁書目録のパートナーであった自分たちにとっては、無視できる筈もない特別な日だ。


 エンライト老は、今でもその日を祈りと回顧と懺悔に費やしていたという。

 彫金師ローウェルは、この日だけは魔術炉の火を落とすと言っていた。

 シスターガラテアも調べによれば、この時期に殊更死地に赴いているとの事だった。


 彼女の最後の日と、彼女の最初の日。

 そんな運命の日に、アウレオウス=イザードがその身を露にした。

 しかも、よりにもよって―――学園都市に、だ。


 狙いは禁書目録であると最大主教は断じた。

 ステイルだってそう思う、それ以外にありえない。

 焦燥に駆られ慌てて席を立った彼に、しかしローラはこんな台詞を口にした。





「―――あれもまた、聡明な愚者と呼ぶに足る男でしょうね、ステイル」


 聡明な愚者。

 先ほど鋼盾掬彦をそう評した彼女は、その形容をアウレオウス=イザードにも重ねて見せた。

 その言葉にステイルは、今まで考えていなかったひとつの可能性に思い至る。


 もし、彼が諦めていなかったのだとしたら。

 この三年間、アウレオウス=イザードが、悪足掻き続けていたのだとしたら。

 残酷な運命に抗い続け、インデックスを救うための方法を携えてきたのだとしたら。

 ステイルたちにできなかったそれを、彼が成し遂げられたのだとしたら。


 教え子のために全てを擲って、道を示して笑う青年。

 それは、まさに―――ヒーローと呼ばれてしかるべきものだろう、とステイルはそう思った。


「さて、首輪の破壊を現時点で知り得ているのは、極一部。
 無論、三年間も潜伏していた彼奴が、それを知りえているわけもない」

「―――ええ」


 だけど。
 
 ヒロインは、もう。

 既に。

 救われて。

 彼の事など覚えても、いない。

 思い出す事も、ありえない。


 不治の病に冒された娘を助けるべく、万能薬を求め世界を駆け巡った男がいて。

 ようやくそれを手に戻ってみれば――――娘は、既に。


 これは、そういう話だった。

 否、それよりもずっと、もっと―――


「ひどい話よね」


 ローラが哀れむように嘲るように、そんな台詞を口にした。

 ほんとうにひどい話だと、ステイルもそう思う。


 彼は、間に合わなかった。

 彼女は今、溢れんばかりの笑顔だけれど。

 それは、彼が望んだハッピーエンドでは、ありえない。






 そのあまりに残酷な事実に、ステイルの顔から血の気が引いた。

 彼がその事実を知ったら一体何を思うのか、想像がついてしまった。


 自分の役を奪ったヒーローに、彼が何を思うか。

 自分以外に救われてしまったヒロインに、彼が何を思うか。


 ステイル=マグヌスには手に取るようにわかる。

 嫌というほど、その感情を理解する事ができてしまう。

 なぜならそれは、ほんの数日前に己や神裂が囚われてしまった闇に他ならないからだ。


「―――かつてのパートナーたちに呼びかけをしているのは聞いていてよ、ステイル。
 丁度いいタイミングじゃない、行ってらっしゃいな、勧誘に」


 千千に乱れるステイルの胸の内を見透かして、しかしローラはそんな言葉を口にした。

 彼女が己の行動を把握していることについての驚きはない、それは既に織り込み済みだった。


 勧誘に行け、と彼女は言う。

 学園都市に舞い戻り、その任に就けと彼の上司は言う。

 それが指し示すものは、どうしようもなく明らかだった。


 アウレオウス=イザードに、今回の顛末を伝える。

 説得に応じるならそれでよし、そうでなかった場合、彼が禁書目録に危害を与える可能性を未然に防ぐ。

 なるほどこれは己の仕事だとステイルは思う、この役は自分にこそ相応しいと。

 彼がインデックスから笑顔を奪うなんて、そんな未来を現実にするわけにはいかなかった。


 だって。
 
 きっとアウレオウス=イザードは、諦めなかったステイル=マグルスだ。

 そんな男が道を踏み外す未来なんて、断じて認めるわけにはいかなかった。






「……今すぐ発ちます。
 先の任務に関する最終報告書は、神裂の方から提出させます……よろしいですね?」


 ステイルは即座に神父服を翻し、最大主教に背を向ける。

 連日の強行軍にも関わらず、迸る覇気は炎のようですらあった。


「ええ―――詳細は追って土御門に届けさせる。
 いってらっしゃい、ステイル……朗報を期待していてよ」

「…………」


 ローラのその言葉に、ステイルは首だけ振り返って彼女の目を見据えた。

 ほんの数秒視線だけが交差し、結局無言のままステイルは礼拝堂を後にする。

 苛立たしげに火のついていない煙草を口に咥えるその後姿に、ローラは小さく吹き出した。


「ふふ……まったく、“いってきます”くらい言えぬものかしら、困った子。
 おしゃぶり咥えてかわいいこと、―――まあ、喚き散らさぬだけ少しは利口になったのかもね」


 そして、教会にはローラ=スチュアートだけが残される。

 ここで夜を明かすつもりもないので、彼女もまた帰り支度を始める事にした。

 それでもなんとなく名残惜しくて、ことさらゆっくり蝋燭の灯り吹き消してゆく。


「間に合わなかったヒーローは、どうすればいいのかしらね。
 自分以外のヒーローにヒロインが救われちゃったらヒーローは、何を思うのかしら」


 少しずつ闇を深めてゆく礼拝堂の一室で、ローラは小さくひとりごちる。

 ステイル=マグヌスが口にした「ヒーロー」という単語は、思いのほか彼女の琴線を揺らしていた。





「少なくともヒーローにだけは、それを救うことはできない。
 貴方たちの恃むヒーローじゃ、きっとアウレオウス=イザードは救えない」


 鋼盾掬彦、先ほどまで電話越しに語らったひとりの少年。

 彼もまた、誰もかれもを救えるような人間ではない―――話してみて判ったが、あれは独善を是とする類だろう。

 あの子以外、身内以外はどうでもいいと、そんな事すら口にしていた。


 それは必然の割り切りではあるのだろうが、彼の言う献身は己のそれとは相容れない。

 だからこそ、面白い。


 彼はあくまでも盾であり、城壁にはなりえない。

 きっと王にはなれない、精々が家長くらいだろう。


 ああいうタイプの人間に道を誤らせると、とても面白く化ける事をローラは知っている。

 できれば手駒に入れておきたかったが―――まあ、あせることもないだろう。


「ヒーローになれなかった彼を救えるのは、ヒーローになれなかった者たちじゃないのかしら、ね。
 ……まあ、アレが救われようが救われまいが―――どちらでもかまわないのだけど、私には」


 アウレオウス=イザード。

 英国を去る彼を最後に見送ったのは、己だった。

 あの男が去り際に語った荒唐無稽な黄金の物語は、ローラにとっても興味深い話ではあった。


 禁書目録の首輪が剥がれた今、彼がどうなるかはわからない。

 場合によっては必要悪の教会に迎い入れるのも悪くない、それだけの人材ではあると思う。

 まあ、これに関しては部下たちの働き次第である。朗報を期待しているというのは嘘ではない。


 ステイル=マグヌス、神裂火織、土御門元春。

 彼ら三名が今回の件で幾つか殻を破ったのは、ローラとしても嬉しい出来事だ。

 鋼盾にはゲームの愛だと言われてしまったが、それでもやはりかわいくて仕方がない。


 変われる事が財産であるという事を、彼らは理解していない。

 それを理解する頃には、どうしようもなく変わる事などできなくなるということも。


「んふふ」


 ローラは笑う、楽しくて仕方がない。

 計画は着実に進んでいる、最速クリアなどに興味はない、過程をこそ楽しむべきなのだ。


 彼女の目指すものは、あの日からなにも変わっていない。

 彼女自身もまた、あの日からなにも変わっていない。





 最後の蝋燭をローラは吹き消した。

 僅かの光も射さぬ闇が空間を埋める中、彼女はゆっくりと息を吸う。

 そして、確かめるようにもう一度、己の誓いを口にした。


「dedicatus728
 “我が献身にて天上への道を成さん”」


 それが、ローラ=スチュアートの魔法名。

 先程ステイルに教えてしまったが、そこに篭められた祈りと誓いを知るのは、今となっては二人だけだ。

 なんでもSYSTEMなんて味気ない言葉に落とし込まれてしまったようだが、彼もそれを忘れてはいないのだと知っている。


 “そこもここもそんなにかわりはしませんよ、どうせ” と、先ほど鋼盾掬彦が言っていたのを思い出す。

 学園都市も十字教の街もさして変わりはしない、どこでだって花は咲く、人は生きるとそう言った。

 それを思い出してローラは微笑む、何も知らぬくせに核心を突くあの少年は、忌々しくも愛おしい。


 空は続いている、海は続いている、世界は繋がっている。

 魔術と超能力で分ける必要すらない、根源も終点もどうしようもなく同一なのだから。


 だけど、それでも。

 あの日、自分とあの男の袂は分かたれた。

 お互いそれをひとつも後悔していないのだから、まったくもって救いようがない。

 道を違えたその人物の顔を思い浮かべ、彼女は笑う。


「さっきの電話、どうせ聞いていたのでしょう?
 学園都市で交わされた会話など、全て貴方の掌の上であるのだから」


 流石にこの独白は届いてはおるまいが、とローラは笑ってそう言った。

 あの都市はそういう場所だと聞いている、筒抜けなのだ、土御門元春など間諜にもなりえない。

 それを言われるまでもなく理解しているからこそ、彼がその役に相応しいのだけど、と。


 ……そういえば「逆さま宇宙人標本」とか言ってしまっていたっけ、と彼女は思い出す。

 それを聞いた彼がどんなリアクションをしたのか、正直ちょっと興味があった。

 次に話す機会があれば、それを聞いてみるのも面白いかもしれない。

 どうしようもなく変わり果てて、そのくせまったく変わっていないあの男に。





「貴方が褒めてくれたこの名前、同じ名前をあの子が名乗るんですって。
 ―――“献身という銘の剣”、だそうよ。勇ましい事」


 dedicatus728。

 七月二十八日、三百六十五分の一の偶然。

 728、千分の一の偶然。


 鋼盾掬彦の口からその言葉を聞いた時、どれほど己が驚いたか。

 ほんとうに、あの時ほど運命の皮肉を感じた事はなかった。


 そして。

 運命と言えば―――それこそ、彼らの出会いがそうだろう。


 首輪の解除を成しえた、ありえざるジョーカー。

 幻想殺し、上条当麻。

 そして。


「“献身という銘の盾”、ね。
 ああもう、まったく―――笑うしかないじゃない、あんなの」


 鋼盾掬彦。

 三人目のdedicatus728。

 魔術師でもなんでもないくせに、彼はその名を名告ってしまった。


 正直、あれで己はやられてしまった。

 インデックス=スチュアートの時点で割と駄目押しだったのだが、その上にアレなのだから困ってしまう。


 本当に、なんだというのだろう。

 幻想殺しなどより余程ひどい、わけがわからない。

 笑うしかない、ひどすぎる。


 真暗闇の中を、ローラはのんびりと出口に向かって歩いてゆく。

 魔術的な探査も心眼も必要ないほど、彼女はこの教会の事を知り抜いていた。

 最大主教--否、魔術師ローラ=スチュアートの始まりの場所が、ここだった。


 あの日から、ここはなにも変わっていない。

 あの日から、己はなにも変わっていない。


 今となっては世界で唯一それを知る男の顔を思い浮かべながら、ローラはなおも独り言を続ける。





「その盾は、天上になんか用はないって言うのよ?
 人の子が、笑いながら、まっすぐに、地に足をつけて、愚かにも、高らかに」


 天上など知らない、あの子はぼくらのものだ。

 その台詞は笑ってしまう程に、ローラ=スチュアートの魔法名と相反する内容だった。


「ふふ、学園都市生のくせにSYSTEMとやらを完全否定じゃない。
 どういう教育をしたのかしら―――そもそも、あれが無能力者なんて時点で、能力開発の底も知れるわね。
 それとも―――それすらも目論みの裡かしら……学園都市統括理事長さん?」


 上条当麻がそうであるように、鋼盾掬彦もそうであるならば。

 禁書目録を救った彼らの出会いまでも、あの逆さま宇宙人の計画の裡なのだろうか。


 そうだとしたら、とてもおもしろい。

 とてもとてもおもしろいと、彼女は思う。


 だけど。

 つい先ほどそんな己を“ひどいセンスだ”と扱き下ろした男がいた事を、彼女は思い出す

 詰まらない脚本を書くなと彼は言い、結果としてローラ=スチュアート相手に譲歩を勝ち取った。


 それは、彼女に言わせれば本編に影響を及ぼさぬ幕間劇に過ぎぬものではあったけれど。

 彼は確かに、彼女の脚本を一部書き換えさせたのだ。


 明確な意志をもって筋書きを変えさせるという事。

 ローラ=スチュアート相手にそれを成し遂げた人間は、今の所たった三人しかいない。





「……ねえ、アレイスター=クロウリー。
 あなたの言うプランの中で、鋼盾掬彦はどんな役を振られているのかしら。
 貴方の書いた脚本は、あの子を満足させるに足るものかしらね?」
 

 もし、それが彼の意に添わぬものであったなら、きっと彼は異を唱えるに違いない。

 脇役も主役もヒロインも焚き付けて、今回のように脚本家にケチをつけにいくのだろう。

 
 唐突に現れた、得体の知れぬイレギュラー。

 まったくもって度し難い、身の程知らずな傍迷惑。

 
 
 ならば、イレギュラーは排除すべきだろうか?


 アレイスター=クロウリーは、ローラ=スチュアートは。

 今のうちに殺しておくべきだろうか、あの少年を。


 ローラはそんな事を考えながら、閉ざされた礼拝堂の扉に軽く触れる。

 それだけで扉は音もなく開き、灯り取りの天窓からのささやかな光が差し込んできた。

 薄明かりに照らされた彼女は酷薄に笑うと、脳裏に浮かんだ安全策を破り捨てた。


 それはつまらない、面白くない。

 もしアレイスターが排除に乗り出したら、うっかり鋼盾を全力で守ってしまうかもしれない。

 だって。


「笑わされちゃったら、負けよね。
 たとえあれを殺すにしても、もっと大きな舞台がいい―――そうじゃない?」


 そうじゃなければ、もったいないにも程がある。

 あの少年はとびっきりの触媒だ、先ほどの会話だけでそれがわかってしまった。


 かわいい部下が何人も誑かされてしまった、人見知りのステイルがああも懐くなんて相当である。

 ほんとうに性質の悪いことだとローラは笑う、もしあれが美少女だったら傾城だ。


 自分勝手で無責任な煽動と誘引。

 イレギュラーにもほどがある、ひとつなぎの才。


 でも、イレギュラーほど楽しいものはない。

 ゲームは経過を楽しむものだ、人生だってそうだろう。






「愉快ね。案外、私たちみたいな化物を殺すのは、ああいう人間なんじゃないかしら。
 いやいや、これは流石にいい過ぎかしら、百年早いとまでは言わないけれど―――まだまだ譲れないわね」


 こればかりは歳の功だと魔女は笑い、外へと続く扉をくぐる。

 夜は深く街灯も遠い、空を見上げればそれなりに星も見る事ができた。

 闇夜に浮かぶこれらの光は魔術にも縁深く、ローラもそれなりに造詣が深い。

 とはいえ、彼女は別段それらを好んでいるわけもはなかった。


 儚い光を美しいとは思うが、わざわざ愛でる程でもない。

 だって周りを見渡してみれば、そんなものよりもっと儚くて愛しいもので溢れている。


 彼女の目指す天上は、星の世界ではない。

 もっとわかりやすくて、ありふれていて、子どもじみた夢だった。


 だからこそ、譲れない。

 相手が誰であっても、譲れるわけがない。


「家内安全は世界の願い、か。
 否定するつもりもないけど---よそはよそ、うちはうち」


 ひとりごちながらローラは門を閉め、鍵を掛ける。

 施錠、遮断、固定、隔絶、阻害、埋没の六重結界は法王級の封印魔術。

 大英博物館の最奥保管庫レベルのそれを、しかし彼女は躊躇わずに実行する。


 この教会は、ローラにとってそうするに値するものだった。

 この場所で彼女は魔法名を定め、この場所で彼女は父と袂を分かち、この場所で彼女は娘から記憶を奪った。


 ここに来るたび、彼女は己のあるべき姿を思い出す。

 己の罪も願いも何もかもが、この小さな教会には刻み込まれている。


 封印の完成を確認すると、彼女は教会へ背を向けて帰路につく。

 最後にひとつ、こんな言葉を呟いて。



「それじゃあ、いってきます」



 娘のように母親のように、その声は響いた。

 それにいってらっしゃいと応える声はなく、彼女が振り返ることもまた、なかった。







――――――――――――



ここまで
なんかやたら書き込みに時間がかかってストレスマッハ

ともあれクッソ長くなってしまったエピローグ2がようやく終わりました
インデックスとローラの関係とか、ローラとアレイスターの関係とかいろいろ突っ込みどころ満載かと思います、許して
ああ、なんか原作もう長い事読んでねえや、つーか新約5巻6巻まだ読んでねえや

二巻の主役はステイルと土御門……と見せかけて舞夏と姫神さんでしょうか
鋼盾? ああ、なんか早朝ランニング始めて浜面とジョグ友になるみたいですよ(適当)

エピローグ3はアレイスターと土御門くんが窓のないビルからお送りします
とか言いつつなぜか今が書いてるのは>>562で言ってた「ふたりぼっちの世界征服」なのですが

それでは、また次回
よろしければお付き合いください

>>606
メイド返し見て一瞬舞花に弟子入りでもするのかと思ったwww

 
どうも>>1です、コメント感謝です
和風納豆ペペロンチーノ美味し

>>610 舞夏の弟子はアウレオウスだって何度も言ってるじゃないですか!
学生寮の管理人・厨房の錬金術師ヴァン=ホーエンハイム(偽名)になるんですってば!
あ、ちなみに冥土帰しの弟子は「木山晴生」「天井亜雄」「鈴科百合子」になりますよ(適当)

あ、本日の更新は本編ではありません
>>600で言ってたのが書き上がってしまったので投下します

ノリだけで書いた上新約も最近のは読んでないので突っ込みどころが多数だぜ!
でも書いてて楽しくて楽しくて仕方がありませんでした

あくまでも小ネタとしてお楽しみください
足りない部分は各自妄想で補って、>>1にあとでコッソリ教えてください

それでは、参ります!

そぉい!




――――――――――――――――――

 英国は倫敦、とある小さな教会。
 清教が筆頭たるローラ=スチュアートはひとり、過去を思い返していた。

 とある少女に禁書目録の任を命じてから、十年。
 あの茶番劇のような鋼盾掬彦との出会いから、三年半。
 そして――――あの決別の夜から、三年。

 かつてこの礼拝堂で行われた、それらの出来事。
 まさに光陰矢の如し、早いものだとローラは淡く微笑んだ。

 この三年間で、世界は大きく変わった。
 半年に渡った泥沼の第三次世界大戦、そして本戦より余程致命的だった、今なお続く戦後の混乱。

 魔術界の秩序は見る影もなく崩れ、科学の鎧都ももはや骨抜きに近い。
 聖人は尽く討ち取られ、超能力者も全員死んだと聞いている。

 貴重な魔導具や聖遺物、魔道書の散逸、学園都市の極秘技術の漏洩、最新兵器の鹵獲。
 火事場泥棒のような新興勢力が雨後の筍のように生まれては刈られていった。

 世界の裏も表もなく吹き荒れた嵐。
 喪われたものは数え切れず、残ったものも変質を余儀なくされた、そんな三年間だった。

 だが、己はあの日からひとつも変わっていない。
 この小さな教会も、あの日のままでここにある。

 変わる必要がないから、変わらなかった。
 変わる必要がないから、変えなかった。
 変われる筈など、あるはずもなかった。

 ローラ=スチュアートは小さく微笑むと、慣れ親しんだ教会を見渡した。
 この教会も、今日でその役割を終える事となる―――きっと、見る影もなく破壊されてしまうのだろう。
 それでもここを戦場に選んでしまったのだから、己もなかなかに感傷が過ぎる。

 計画は、既に最終段階に入った。
 随分と回り道をしてしまったが、ようやくここまで漕ぎ着けた。
 少なくない犠牲を払う事になったが、それもどうしようもなく必要な事だった。

 そして、今日。
 最後の犠牲を、天に支払う事になる。



 程なくして、待ち人は訪れた。
 律儀なノックにローラは苦笑しつつ、扉の向こうへ向かって「どうぞ」と入室を許可する。

 一瞬の間を置いて礼拝堂の扉が音もなく開き、薄暗い室内に陽光が差し込んだ。
 逆光の中に立つこのふたりこそが、彼女が待ち望んでいた最後のピースとなる。

 彼らは無言で此方に歩みつつ各々の武器を構え―――否、彼ら自身が武器そのものだった。
 その立ち居振る舞いには一切の隙はない、変われば変わるものだと、ローラは改めて感心する。

 十六歳から十九歳へ。成長期の三年間と言う事もあり、その容姿は随分と大人びた。
 背も伸び切り、体つきも顔つきも変わった、かつて残していた幼さは既にどこにも見当たらない。

 だけど、それより何より―-―その目が、その魂が、もはや別の生き物のように変質している。
 地獄を見てきたと、その眼差しが、その足取りが、その一挙手一投足が雄弁に物語っていた。

 扉から五歩、そこで彼らは同時に歩みを止めた。
 ローラ=スチュアートが仕掛けた法王級の呪罠陣が間合いのギリギリ一歩外。
 隠密性では最高峰を誇る自慢の術式だったのだが、どうやら挨拶代わりにもなってくれなかったらしい。

 女がひとり、男がひとり。
 ふたりぼっちのひとでなし。

 ローラ=スチュアートとよく似た容姿をした女が、凄絶な笑みを浮かべる。
 肩口でカットされた銀色の髪、闇を湛えた翠の瞳、纏う古は風な黒の修道服。
 十万三千冊の魔道書全てを掌握した魔神が、手にした剣で無数の魔方陣を虚空に紡ぐ。

 御使殺しの修道女、この世全ての魔術師の天敵、禁書目録。
 彼女の名はインデックス=スチュアート、その二つ名を〈献身の剣〉という。

 もう一方は黒髪黒目の東洋人、鋼のような風情を纏う隻腕の男。
 無難にこなれた旅装はしかし学園都市製の戦装束であると聞く、その中身のない右袖が風に揺れた。
 それを合図に、彼らの周りに無数の半透明な盾が十重二十重に展開し、瞬く間に空間を制圧する。

 常に禁書目録の傍らにあり、あらゆる攻撃から彼女を守り続けた鋼の天蓋。
 彼の名は鋼盾掬彦、その二つ名を〈献身の盾〉という。

 剣には無数の刃毀れがあり、しかしその切れ味は未だ空前絶後。
 盾にも無数の傷痕が刻まれ、しかしその防御力は未だ盤石絶対。

 神の右席を蹴散らして、ローマ聖教に白旗を掲げさせ、グレムリンなど鎧袖一触。
 果てはアレイスター=クロウリーすら叩き潰した、当代最強至高の武具。
 第三次世界大戦を終わらせた、救世と糾正の化物たち。

 献身の剣と、献身の盾。
 ひとそろいのひとでなし。

 インデックス=スチュアート。
 そして、鋼盾掬彦。

 彼女が求めた、最後のピース。
 最後にして最強の、敵。



 彼らはローラにまっすぐ目を遣ると、同時にその口を開く。
 鈴のように冷たく、鋼のように固い声が響いた。

「「Dedicatus728」」

 ふたりでひとつの魔法名。
 彼らが共に背負った、ひとでなしの宿業。

 その意は“献身”。
 我が身を擲ってでも、成すべきを成すという事。

 己が銘を刻み付けるように厳かに、揺るがぬ声が静寂を切り裂いた。
 幾多の戦場で紡がれたその名告りは、既にあらゆる魔術師にとって恐怖と畏怖の対象に他ならない。
 そして―――勝っても負けても彼らにとって、これが最後の名告りとなる。

 彼らがそれを己が銘と定めたのが、今から三年半前の七月二十八日のこと。
 それからの歳月は、彼らにとっては奪われ続ける日々だった事をローラは知っている。
 得たものもあったのかも知れないが、それに倍して彼らは奪われ喪い続けていた。

 ステイル=マグヌスはもういない。
 神裂火織はもういない。
 土御門元春はもういない。
 上条当麻はもういない。

 今となっては、どうしようもなく。
 あの日彼らが望んだハッピーエンドなど、もう、この世のどこにもありはしない。

 それでも献身の武具たちは、鍛え抜かれて此処にある。
 喪失の日々に折れず曲がらず迷わず揺るがず、彼らはついに己を追いつめた。

 彼らから何もかもを奪った茶番劇を終わらせるために。
 罪に塗れたこの時代を、終わらせるために。

 それすらもローラ=スチュアートの目論み通りだなどと、知りもせずに。
 否、あるいはそれすらも承知の上で、それでもここに立っているのかもしれない。

 まあ、どちらでもかまわないとローラは笑う。
 どちらにせよ、互いにやることは変わらないのだから。



 禁書目録計画のスタートから、十年。
 ローラ=スチュアートが人間を止めてから、六十余年。

 それだけの日々を費やして。
 ようやく此処に、すべての準備が整った。

 勝率はちょっと贔屓目に見て四分六分でこちらが不利、と言ったところだろうか。
 ……これだけの歳月を費やしてコレというのは、我ながら少しばかり情けない。
 ちゃんと準備している私は強い、なんて偉そうにステイルに言っておいてこのザマである。

 だが、これは仕方がないだろうとも思う。
 鋼盾掬彦がここまで人間を辞めるだなんて、ローラ=スチュアートをして計算外だった。

 思えば上条当麻―――幻想殺しの、死。
 あれがすべてのきっかけだった、あれですべてがひっくり返った。
 その死を経て鋼盾掬彦は致命的に壊れ、彼の能力が決定的に変質を遂げた。

 しかし傍目にはそれが見えなかった、誰もが手もなく騙された。
 復讐に猛るでもなく、怨嗟に狂うでもなく、彼は変わらず理想を歌い、未来を語った。
 その姿に誰もが星を見た、どうしたって守りたくなるような希望の星を見た。

 ヒーロー。
 あるいは、その皮を被った、なにか。
 そんなものがあの日、生まれてしまった。

 上条当麻があの日屋上で鋼盾掬彦に託したものはなんだったのか。
 上条当麻の死後、その身に宿っていたものはどこに消えてしまったのか。

 右方のフィアンマが首を飛ばされ、双翼の大天使が無理矢理どこかへ還されて。
 ようやく世界がそれを知った時には、色々なものが手遅れになっていた。

 まったく、たいしたイレギュラーだ。
 こんなことが起きるのだから、人生というのは面白い。
 それでも彼をあの時殺しておけばよかったと思えないあたり、我ながらどうかしている。

 笑わされてしまったら負け、魅せられてしまったら負け、だ。
 だが、それでも譲れぬものもある、ほんとうに人生というのはままならない。

 ローラ=スチュアートはひとつ微笑むと、その長過ぎる髪を纏める髪留めをそっと取り外す。
 既に故人である彫金師、アーマンド=ローウェルの作品であるそれは、言うなれば拘束具。

 戒めを解かれた長い長い髪は、眩い光を湛えながら重力に逆らう。
 盾を擦り抜け剣を縛らんとばかりに百の鎌首を擡げるそれは、宛ら黄金の蛇群のようだった。

 眼前の彼らがアダムとイヴならよかったのに、とローラは思う。
 彼らがもしも、手を取り合ってこの理不尽な結末から逃げてくれればよかったのに、と。

 もし、そんなことになったのなら。
 ありえぬことだけど、きっと、己は。
 彼らの事を追いはしなかったのではないか、とふと思う。

 だけど、そうはならなかった。
 当たり前と言えば当たり前なこの結末を、それでも彼女は悲しいと思った。

 とは言え、それも瑣末事。
 僅かな感傷を笑い飛ばして、ローラは彼らに語りかける。


「……ああ、最後にひとつだけ」


 無粋といえば無粋の極み、とはいえ無粋も悪くない。
 罪といえば罪かもしれないが、それこそ今更である。

 言葉が溢れる。
 空薬莢程の価値もなかろうが、それでもそれを止める気にはなれない。

 だって。
 ここに至って己は初めて、なんの虚飾もなく貴方たちと向き合えるのだから。
 ようやく素直に、この思いを口にできるのだから。



「鋼盾掬彦、鋼の盾―――貴方に最大限の敬意と感謝を。
 ふふ……あの日もうちょっと欲張って、貴方を私のものにしておけばよかったわ」


 鋼の盾たる少年――いや、もう青年、男か。
 数奇な運命に翻弄された彼は、どうしようもなく壊れてしまった。
 かつてはまっさらだった盾は、今では取り返しのつかぬ程に返り血で汚れてしまっている。

 それでも。
 彼が今日までずっとあの日の宣言を守り続けたことは、認めるしかないだろう。

 喪失に狂う事なく暴力に酔う事なく、彼はまさしく献身の盾だった。
 こんないい男はなかなかいない、頭とか超なでてあげたい、やらないけど。

 ローラ=スチュアートのそんな台詞に、鋼盾掬彦の鋼の面が初めて揺らいだ。
 といってもほんの少しだけ目を見開いたくらいのもので、その盤石の戦闘態勢には些かの揺らぎもない。
 むしろ、隣に立っている女の方が「むう!?」とでも言わんばかりにその頬を膨らませ、こちらを睨んできた。

 それがおかしくて、微笑ましくて、ローラは思わず吹き出しそうになる。
 まったくもう―――安心なさいな、娘の想い人をとったりしないわよ、と。


「そして―――インデックス」


 インデックス=スチュアート。
 彼女をひとりの人間として相対するのも、その名で呼ぶのもこれが初めて。

 本当の名前とか、誕生日とか、父親の事とか、ほかにもいろいろ。
 今となっては自分しか知らないたくさんの事について、語るつもりは既にない。
 もう死んでしまったその子の話など、眼前の彼女にとっては何の意味もない。

 幾多の喪失に塗れ、多くの魔術師から命を狙われ、群がる敵をたくさん殺して。
 それでも彼女は幸せを掴んだ、寄り添う男と共に、笑みすら浮かべて茨の道を踏破してきた。

 この世全ての毒を孕んでなお凛と咲く、大輪の花。
 これに比べればかつて己が咲かせた花など、造花のように霞んで見える。

 きっと実を成す事はない、種など遺すわけもない。
 完結してしまった歪な花は、それでもどうしようもなく生きている。
 
 それを、たまらなく嬉しいと、そう思う。
 そんな事を思う権利が己にないことなど百も承知で、それでも。

 ああ、認めよう。
 この抑え切れぬ暖かな感情は、かつて鋼盾掬彦が口にした通りに。

 笑ってしまう程に、ドロドロだった。
 けして、透明などでは、なかった。

 言葉が、溢れる。


「愛しているわ、あなたを」


 愛の告白は呪詛に似ると言った詩人がいたが、なるほど然り。
 我ながらとびきりにタチの悪い、呪いじみた言葉であった。




「………ほんと、リアクションに困るかも。
 “わたしも愛してますおかあさん”、とか言えばいいのかな、きくひこ」

「さあて、どうかな。
 ―――どうなんですかね、そのへんは、ぶっちゃけどうでもいいですが」


 ローラ=スチュアート渾身の愛の告白を受けて、鋼盾とインデックスのふたりも口を開いた。
 「ちょうめんどくせえけどしかたねえなあ」と顔に書いてある、心までは鋼になれやしなかったようだ。

 観客がいるわけでもないから、シリアスになっても仕方がない。
 どうやったって3人のうち1.5人は死ぬ事になる状況で、何を演じるのも馬鹿らしいだろう。

 それはそれとして、どうなんですかねと聞かれてしまったローラである。
 そんな風に聞かれたらちょっといじわるしたくなるのが人情だ……さてさて願いましては、と。


「ふむ、私としては―――そうね。
 ……むしろ鋼盾掬彦、貴方の口から“お義母さん”みたいなのが聞きたいかしら」


 男と女がいれば2人が3人に増える事もあるだろう、と。
 鋼盾掬彦、そのくらいの甲斐性は見せて欲しかった気もするぞ、とローラは笑う。
 こういうのは女の方からねだった方がうまく行くわよと娘にも言ってみる、ちなみに経験談である。


「……照れ隠しでこっちに爆弾投げるのはやめていただきたい」

「……お涙頂戴な愁嘆場よりはいいけどさすがにデリカシーに欠けるかも」


 うふふふと笑う最大主教に冷淡なツッコミが入る。
 呆れたように鼻白む鋼盾掬彦と、不機嫌を隠そうともしないインデックス。
 あわてて顔を真っ赤にするような反応を期待したのだが、残念な事に不発である、悔しい。

 この二人の関係も、正直イマイチ測り難い。
 流石に未だに父親役と娘役ではあるまいが、家族ごっこは継続中らしい。

 まあ、本人達が納得しているならそれでいい。
 愛にもいろいろなカタチがあるのだろう、とローラは笑う。


「あらら、手厳しい。私だって初孫の顔くらい―――はいはい、冗談よ。
 ……そうね、やっぱりここはアレかしら、ふふ、殺し愛」


 笑みすら浮かべてそう言ったローラ=スチュアートの手に、一振りの銀杖が現れる。
 その銘を「衝撃の杖(ブラスティングロッド)」と言ったりする。
 前の持ち主はアレイスター=クロウリーだったりする、我ながら「うげげ」である。

 捩じくれた銀色の杖は嫌になるほど手に馴染み、彼女の魔力を増幅し錬成してゆく。
 衝撃などこの杖の機能のひとつに過ぎない、とは言え既にネタバレ済みだろうけど。

 仇がどうの遺志をどうのとは思わない、落ちていたから貰っておいた。
 この杖が彼の死後この教会に落ちていた理由は……どうせ嫌がらせだろう、そういう人だった。



「……へえ、また懐かしいものを。“衝撃の杖”、でしたっけ。
 そう言えばへし折った記憶はありませんでした、それ」

「死んだ仲間の武器を使うのは勝ちフラグだけど……。
 わたしが思うに―――この場合のそれは、どうみても死亡フラグなんだよ」

「あからさまなフラグは逆フラグというのも、なかなか鉄板じゃないかしら。
 ま、心配しなくても本命は他にもあるわよ、例えば、あえて禁書目録に載せなかったこんな魔道書とかね」

「うげげ」

「うげげ」

「ふふふ――まあ、最後だから大盤振る舞いでいかせてもらうわよ」

「さいですか。
 それじゃあぼくも封印していた必殺技を披露しますかね、いつかの約束通りに」

「なら私もとっておきだった最終形態への変身を使うしかないかも」

「うげげ」


 雑談めかした超高度な心理戦である、嘘だが。
 互いに持久戦など望んではいない、初手から殺る気満々なくらいでないと即殺即死だ。

 こんな状況でありながら、ローラ=スチュアートは楽しくて仕方がない。
 全力で戦うのは随分と久しぶりだ、具体的には――――インデックスの父親以来だったりする。

 おそらく今、己の目は多分相当に魔性かつアレな事になっているのだろう。
 相対する鋼盾掬彦とインデックスの目を見ればそれがわかった、酩酊の黄昏だ。

 取り繕いようもない化物が三人。
 ヘラヘラと笑いながら、てめえの都合で世界を踏みにじっている。
 どいつもこいつもひとでなしにもほどがある、はっきりいって気持ち悪い。

 まったくもって、ろくなものではない。
 ヒーローも、ラスボスも、どこにもいないのだ。

 丁が出ても半が出ても、オチはどうせ似たようなものになる。
 ひとりよがりかふたりよがりかの違いだけである、ちなみに多数決は拒否させていただく。

 こうなってくると、ぶっちゃけ献身なんて嘘っぱちだったのかもしれない。
 とは言え今更撤回するつもりもない、覚悟というのはそういうものだ。

 さてさて。
 出し惜しみをしないと決めたので、これもようやく口にできる。
 そもそも相手が名告っているのだから、こちらも名告るのが礼儀であろう。


「―――dedicatus728
 “我が献身にて天上への道を成さん”、っと」


 ローラ=スチュアートが名告りを上げた。
 己と同じ魔法名を名告る彼らに、内緒話を打ち明けるように、悪戯心たっぷりで。


「……むう」

 それを受けてインデックスは翠の瞳をまんまるにし、それから恨むようにローラを睨み据えた。
 ふたりだけの魔法名じゃなかったのが気に入らないのだろうか、とはいえこちらが先着である、いひひ。

「……なるほど、こりゃ、笑うしかないですね」

 鋼盾掬彦の方はと言えば、こらえ切れぬように小さく吹き出して、にやにやとこちらを眺めてくる。
 三年半越しの納得。ちゃんと伏線を回収するのだから己は偉い、投げっぱなしで死んだどこぞの逆さ宇宙人とは違うのだ。
 
 ともあれ、これにて各々きっちり名告りを上げた。
 それぞれ武器も構えて準備も万端、名残は惜しいがそろそろ待ち切れない。

 それでは。
 いざ。




「じゃ、はじめましょうか、恨みっこなしの新新約を」

「恨みっこなしってのはいいですね、まあぼくは負けたら超恨みますけど」

「ふん、だ。わたしは負けないからどうでもいいかも」


 役者は三人、いずれもひとでなしのろくでなし。
 世界すべてを巻き込んだ茶番劇の最終章が、ここにはじまる。

 ほんとうに。
 まったくもって、傍迷惑な話だった。


――――――――――――――――――





ここまで

このあとローラとの戦いに勝利し、物語はエンディングを迎えます
エンディング♯036 “ふたりぼっちの世界征服”となります、鋼盾くんの最終学歴は中卒の模様

このルートを決定づけた最大のフラグは「上条当麻の死亡」です
それを防ぐ為には、右方のフィアンマが放つ上条当麻への刺客を撃退する必要があります
冥土帰しと妹達だけでは無理ゲなので、鋼盾&インデックスの渡英時に病院の戦力を増強しておきましょう

「御坂美琴」「アウレオウス=イザード」「木山春生&風斬氷華」あたりが有力候補です
「一方通行」や「天井亜雄&〇〇〇〇〇号」「削板軍覇&スキルアウト義勇軍」等が選択可能なことも

この戦闘に勝利すると「上条当麻覚醒フラグ2」が成立します
その上で鋼盾がフィアンマを撃破すれば、新約にて上条さんが復活です

さあ! 今すぐエンディング♯003“ぼくときみときみのオカンとそのオトン”を目指せ!!
ローラを「お義母さん」と呼ぼうぜ!! アレイスターに曾孫を見せようぜ!! ひゃっはー!!
そう―――家内安全は、世界の願いッ!!! 制作は順調に遅れています!!!


なんちゃって
バッドエンド寄りのノーマルエンドで限りなくトゥルーっぽいのっていいよね
なお、今回のお話で登場した設定は本編とはまったく関係ありませんので悪しからず

次回はちゃんとエピローグ3をやりますので勘弁してください
逆さま宇宙人呼ばわりされたアレイスターの胸中や如何に!

それでは、またしばし


どうも>>1です。
秩父の山々は雄大だぜイエー!うっかり三泊しちゃったさ!
今から一緒に!これから一緒に!名栗に行こうか!

暖かな米に感謝です、ただいまんこ
それなのにキャンプしててすいませんでした

では、遅くなりましたが投下します
エピソードその3、土御門くん視点ではじまりますです

なんでも新約7巻で土御門兄妹の過去が語られたらしいと噂で聞いたのですが
>>1は新約3巻までしか読めていないので多分齟齬がでまくりだと思いますが今更だよね!

それでは、参ります
そぉい!




――――――――――――――――




 学生寮屋上の決戦からおよそ丸二日が経過した、七月二十九日の二十二時。

 窓のないビルにほど近い小さな公園にひとり、土御門元春は居た。


 アロハシャツにハーフパンツという出で立ちで、夜も深いというのにサングラス装備。

 常通りのスタイルであったが、浮かべる表情は普段の彼からはほど遠い、色濃い疲労が滲むものであった。

 緩み切った口から溢れた言葉もまた、彼らしくもなくよれよれだ。


「……うあー、マジねみぃにゃー。もうしんどいにゃー。
 ったく、ステイルと神裂もせめて屋上の後始末くらいしていってほしいぜい……」


 ベンチの背に身体を預け、土御門は深々に愚痴と溜息を吐く。

 証拠隠滅に情報操作、各種申請に各方面への牽制と報告、情報収集に人払いの結界、今後の布石エトセトラ。

 学園都市の任務ではないため人手も借りられず、清教の同僚は英国にトンボ帰りである。


 結果、唯一動ける人材である所の土御門元春に負担が集中する羽目になってしまった。

 導火線に火のついた爆弾と、放っておけばすぐに腐り落ちてしまう果実――いずれも迅速な処理が求められていた。

 この数日間のスケジュールは彼をしてグロッキーレベルの無茶苦茶である、勘弁願いたい。


 だが、それでも。

 土御門元春はそれをやり切った。

 彼を突き動かすのは義務感と責任感と、そしてなにより高揚だ。


 一体何人が気付いているだろう、この開幕のベルの音に。

 土御門元春が一度は諦め、しかし待ち望んでいたこの鐘の音に。


 物語が始まったのだ。

 始まってしまって、もう後戻りはできないし、許さない。


 演者は役に殉じればよい、観客は固唾を呑んでいればよい、監督はほくそ笑んでいればよい。

 なれど、裏方を任ずる者は舞台裏で駆け擦り回らねばならないのだ、まったくもってクソッタレな話である。


 更には、その上。

 脇役とはいえ、なんだかんだで舞台に上がる事になってしまったのだから―――本当に、困ったものだ。





「どいつもこいつも人使いが荒過ぎですたい……現場の苦労を判ってないんだぜい。
 まあ、無茶ぶりナンバーワンはコウやんだったわけだがにゃー……いや、ホントに」 


 ぼやく声が夜闇に融けてゆく。

 文句を言いたい相手は何人もいるが、一番の頭痛の種はやはり彼だろう。


 鋼盾掬彦。

 このたびクラスメイトから同志というか道連れというか、曰く言い難い間柄になってしまった彼。

 今日も昼過ぎまで一緒に過ごした愉快な髪型のこの親友というのが、なかなかになかなかのクレイジーなのである。


 それが如何なく発揮されたのが、今朝の一件。

 英国清教最大主教・ローラ=スチュアートとの電話越しの会談だ。
 

 正直、あれには参った。

 一晩中続いた入念な打ち合わせやら諸々を、全部吹っ飛ばしてくれやがった。

 電話を終えたの彼の後ろ頭に割と本気で拳骨を落としてしまったが、後悔はしていない。

 むしろ通話の最中にそれをやらなかった己の忍耐力を褒めてやりたいくらいだ、本当によく抑え切ったものだと思う。


 それほどまでに、アレだった。

 あの対話がどれほどのものであったか―――必要悪の教会の魔術師であれば例外なく目を剥くレベルである、マジで。


 最大主教の言葉の全てが本音だったとは勿論思わない、口にしていない事など山のようにある事は解っている。

 馬鹿で愚かな子供たちが滑稽で、つい口を滑らせてしまっただけの話なのかもしれない。


 だが。

 それでも―――それでもだ。
 

 ローラ=スチュアートがあれほどまでにその裡を曝け出すのを、土御門元春は初めて見た。

 英国清教最大主教――底知れぬあの女怪があんな声を出すなんて、きっと誰も知らないだろう。





 それを引き出したのは、彼。

 土御門元春の友人で、学園都市に住む学生―――たった、それだけだった筈の少年。

 冴えなくて、小太りで、目立たない、どこにでも居るような男。

 鋼盾掬彦が、それを成した。


 電話での会話はすべて録音してあったが、聞き返す気にはなれない。

 内容を忘れられる訳がないし、それよりなにより―――恐ろしい。

 今思い出すだけで、正直なところ震えが走る。


 あれは。

 ただの村人が巨竜から鱗を一枚剥ぎ取ってくるかのような、そんな一幕だった。

 まるでファンタジー小説のような話ではあるが、土御門元春はそんな風に今朝の一幕を評する。


 首でもなく角でもなく、鱗一枚。

 英雄譚と呼ぶにはあまりに些末な戦果であるものの、命が何個あってもたりないタスクだ。 

 少なくとも己にはあんな真似はできない、リスクとメリットの釣り合いが取れないし――なによりも。
 

「……ありゃーきっと、逆鱗の一枚隣ってとこだにゃー……」


 逆鱗の一枚隣。

 あの化物の無数の鱗から、それを選んだ眼力。

 その一枚を過たず見抜くような所行も、敢えてそれを選ぶ蛮勇も、はっきり言って理解の外だ。

 だが―――そうでなければ、最大主教が鱗を差し出すこともなかっただろうとも思う。


 電話の向こうでローラ=スチュアートは、笑っていた。

 笑いながら鱗を剥ぎ取り、血を滴たせるそれを褒美と言って放ってよこした。


 あれは。

 鋼盾掬彦のその選択は。


 偶然だったのか、慧眼だったのか。

 それとも、そのどちらでもなかったか。

 土御門元春は、今でもそれを計りかねている。





 
 鋼盾掬彦。

 勘のいいヤツだとは、常々思っていた。

 まだほんの数ヶ月の付き合いではあるものの、彼のそういうエピソードには枚挙に暇がないほどだ。


 単に頭がいいとか、視野が広いとか、要領がいいとか、センスがあるとか、そういうことではない。

 その程度の才覚なら見慣れていた、見飽きてすらいる―――そういうものではないのだ。


 鋼盾掬彦という少年は基本的に凡庸だ、と土御門は断じる。

 まったくもって凡庸なクセに――時折、誰よりも早く、なんでもない風に正解を言い当てる。

 丼勘定のようにいいかげんに、笑ってしまうほどに的確に、彼はそういう事をやってのけるのだ。


 その特殊な出自と特殊な経歴故、土御門元春は同世代の学友たちよりずっと世事に長けている。

 そんな己が綿密な計測と計算から導きだした解と全く同じものを、鋼盾掬彦が口にする事が何度もあった。

 時には己には思いつかぬようなやり方を示してのけるような事すらもあり、その度に驚かされ、“やられた”と膝を叩いたりした。

 
 意外と面白いヤツだ、侮れない、そう思っていた。

 今はまだ埋もれているけれどそのうち開花するんじゃないか、案外に大器晩成なんじゃないか、とか。

 だから無能力者だからどうのこうのとウジウジするなよとか、悩め惑え若人微笑ましいぞとか―――なんて、偉そうな事を考えていた。


 それがいつになるかはわからないし、根無し草の己がそれを見れるとは思っていなかったけど。

 いつか彼が化けるのを見てみたいと、そう思っていた。


 殻を破るように、花を咲かせるように、若鳥が巣立つように。

 胸を張って前へ進んで欲しいと、そう願っていた。


 だけど、まさか。

 こんな形でそれを見ることになるなんて、想像だにしていなかった。


 激動の日々と、幾つもの出会い。

 何よりも喪失――上条当麻の昏倒を経て、鋼盾掬彦は変質した。

 本人の口から聞いた“能力の発現”というのも、それにくらべれば些細な問題に過ぎない。


 最大主教との電話を終えた、そのあと。

 どうすりゃいいんだと頭を抱えた己に、彼はおろおろと謝った。

 叩かれた頭を擦りながら、申し訳なさそうにしていた。


 だけどそれでも、土御門が無茶と断じたあの会話を。

 必要なことだったと、そう言い張って譲らなかった。





 
 “多分だけど、ここで繋いどかなきゃいけなかった”

 “そうじゃないと、だめだった”

 “ホントごめん―――でも、自分でもよくわかんないけど、さ。
  うん、今、あの人と話さなきゃいけなかったんだ”

 “じゃないと”

 “きっと―――


 ―――きっと、なんだというのだろう。

 いくら待ってもその先を彼が口にする事はなく、結局己が折れてしまった。


 たどたどしく、要領を得ないそんな言葉。

 しかしあの目あの声で言われてしまえば、それ以上問いつめられるわけもなかった。


 彼は、最大主教は自分たちの敵だと言った。

 そして同じ口で、彼女を味方だとも言った。


 彼の言葉と視線の先は、すべて。

 ひとつの揺るぎもなく未来に向けられているのだと、わかってしまった。

 だから、土御門元春は全ての煩悶と不安と溜息を無理矢理飲み下して、それを是とした。

 



 
 ……まあ、こうなることは初めから判っていたと言えば判っていた、と土御門は思う。

 判っていて、それでも選んだ、それでも欲した、それでも夢を見た。

 望んで負った苦労である、どんと来い艱難辛苦――――忌々しい程に慣れた道だ。


 おまえはそれでいい、オレもそれでいい。

 オレたちはどうしようもなく愚かで、だからこそきっと未来を掴める。

 身の程知らずなそんな思いが、不思議と爽やかに背を支えてくれているのを土御門は感じていた。


 悪くない気分だと、そう思える。

 身体の奥底から込み上げる高翌揚に、頬が緩んでしまうほどに。


 「ここ」こそが、特等席だ。

 お高価いS席でふんぞり返った連中には一生判るまい。

 下衆な高翌揚と百も知りつつ笑いが止まらない――我ながら俗物だ、楽しくて仕方がない。


 ……とはいえ、肉体的にしんどい事にはかわりはないのもまた事実。

 なにより今日はまだもう一仕事残っているというのだから、溜息も溢れるというものだ。

 特等席に座るには、金銭ではなく身を削るような労働が求められるのである、しんどいったらない。


 視線の先には、窓のないビル。

 その主が己を呼んでいる、約束の時間まであと一時間ほどである。


 アレイスター=クロウリー。

 学園都市統括理事長なんて役職に就いてやがる、逆さま宇宙人標本。

 どうせ全てを把握しているだろうに態々の呼び出し、まったくもって気が滅入る話だ。


 前門のローラ、後門のアレイスター―――勘弁して欲しい、なんだこの二連荘。

 世界化物ランキングトップテン入り確実の化物との二連荘だ、[ピーーー]る。


 だけど。

 己は――土御門元春はかつて、そこにこそ活路を見出した。


 複数の組織に身を寄せて、走狗となって情報を掠め取り、各々の便宜を取計らう。

 糸を紡ぎ、網を張り巡らす――――蜘蛛のように、だ。


 呪界の巨人どもが身動ぎするだけで揺れ、腕を振り払えば容易く切れてしまう不確かな巣。

 そんな心許ない立ち位置こそが、己に許された唯一のスタイルだった。

 そしてそれは、基本的にこれからも変わる事はないのだろうと土御門は思う。





「……まったくもって無様な話だ。
 どうしてこんな風にしかなれなかっただろうな、オレは」


 思わず、自嘲めいた言葉が溢れる。

 結局の所、身から出た錆としか言いようがない。

 カッコつけてバランサーなどと気取ってみても、空しいだけだ。


 己の立ち位置でバランスを保とうとする事は、そこに拘束される事に他ならない。

 それは、樹の上で落下を怖れて縮こまる子供となんら変わりはしないと土御門は思う。


 本当に、多重スパイなんて、みっともないあり方を選んでしまったものだ。

 思えば数奇な半生である―――まったく、どうしてこんなことになったのだろう。


 土御門元春は溜息をひとつ吐くと、己の掌へと視線を向けた。

 大本の原因を求めるのならば、それはやはりこの身に流れる血に他なるまい。


 血、受け継がれるもの。

 この国に旧くから根を張る呪い屋の系譜、この薄皮一枚下にその赤が脈を打っている。


 ネタバレも大概にしろと鋼盾掬彦が言っていたが、そんな事を言われてもどうしようもない。

 陰陽師安倍晴明に由来する陰陽一族が末裔、こちとら由緒正しき元ネタ様だ。


 そう、元ネタだ。

 うんざりする程ファンタジーでオカルトで胡散臭い、神妙不可思議なお家柄。

 開祖よりうっかり千年、方々でネタにされまくってる狐の孕み子な血筋なのである。


 土御門家。

 そんな家に生まれ、そんな姓を継いでしまった。

 傍流ではあったが本家との繋がりは未だ色濃く、己は物心つく前から呪術の英才教育を受ける事となった。


 寝物語は呪術の和綴じで、遊び道具はとびきりの呪具。

 幼稚園児が絵本や積み木に夢中になるように、小学生が漫画やテレビゲームに興じるように。

 己はそれに夢中になった、それが世界のすべてだった。


 なまじ、才能があったのがいけなかったのだろう。

 齢七つにして風水分野においては一族筆頭、従えた式神は三桁を超えた。

 通字も許されぬ分家の人間でありながら、“清明の再来”などという過分な評価を得てしまった。


 やり過ぎたのだ、と土御門元春は幼かった己を思う。

 プライドだけは高い本家の連中が面白かろう筈もない、いつの世も出る悔いは打たれるものだ。


 千年間積もりに積もった妄執と、薄れ行く血と知識。

 名門土御門は既に幻想だと土御門は思う、千年もかけてジジイに誰ひとり届かなかった出涸らしだと。

 ほんとうに大切なものは――――きっともう、あの家には残っていないのだ、どうしようもなく。



 とはいえ、日本呪術界における影響力は未だ失われてはいないのも、また事実。

 宮内庁やら御霊部やらを見てみれば、一族の縁者がゴロゴロいるのが現状だ。


 土御門の名前には、無数の柵がこびりついている。

 無数の人間がこびり付いている。


 魑魅魍魎渦巻く旧家の陰謀ゲームにおいて、才長けた分家の小倅はある種の爆弾だったらしい。

 幼い元春を自勢力に引き込もうとする者や、いっそ暗殺してしまえと企む者すらあったと後に聞いた。


 そんな状況に危機感を募らせた父は、伝手を頼って息子を英国の教会へと預けることにした。

 大戦の混乱の最中に大英博物館に掻っ払われた呪術書の閲覧とか、そのような名目だったと思う。

 清教と一介の陰陽師の間に如何なる繋がりがあったのかは知らないが、とにかくそうなった。


 父の判断は正しかったのだろう、幼い己もそれは理解していた。

 それでも、言葉も碌に通じぬ異国にひとりというのは、なかなかに厳しいものがあった。

 ある日突然家族や友人と引き裂かれ、随分と寂しい思いをした事を覚えている。


 そんな己を憐れに思ってか、当時世話になっていた神父が一人の少女を連れてきてくれた。

 その銀髪で翡翠の眼をした少女は彼を見るなりその瞳を輝せ、英国語で矢継ぎ早に話しかけてきた。

 困惑する己を見て言葉が通じぬ事を悟った少女は、神父と二三言の遣り取りをすると踵を返して書庫へと走り、分厚いハードカバーを数冊抱えて戻ってきて。


 そして彼女は恐ろしい速度でページを捲り、あっと言う間に読み進めてゆく。

 その本はどうやら日本語の辞書や文法書の類であるようだったが、意図は掴めなかった。


 助けを求めるように神父に目を向けるも、彼は悪戯に微笑むのみ。

 どうすればよいのかわからず、己は次々に本を読破してゆく少女を見つめ続けた。


 それから間もなく、彼女は全ての本を平らげて。

 ひとつ大きく深呼吸をして、まっすぐに己を見つめて。


 そして。

 そして。




“―――はじめまして! わたしのなまえは“    ”っていうんだよ!
 あなたのなまえもおしえてくれると嬉しいかも!”

 完璧な日本語で、弾むような甘い声で。

 少女はその名前を名告り、己に名前を問うてくれた。


 異国でひとり惑う、やせっぽっちの少年に。

 わたしとともだちになろうと、そう言ってくれた。


 それだけで、己の人生は変わってしまった。

 後に禁書目録を名告る事になる当時七歳のその少女に、土御門元春は心を奪われてしまったのだ。


 初恋と言えば、あれが初恋だったのだろう。

 我ながらチョロい話だと土御門は微笑む――出会って一時間そこらで一撃KOだった。


 もしもあの時、彼女と出会わなければ。

 京の都の薄闇に戻り旧家の柵に塗れつつも、陰陽博士として烏帽子でも被っていたかもしれない。

 相当に難しかったとは思うが、呪術を捨て市井の人間として生きてゆく道があったかもしれない。

 だけど、土御門元春は彼女と出会い――そして、その清冽な覚悟に触れてしまった。


 完全記憶能力。

 ほんの僅かな時間で日本語を完全にマスターしてしまうほどの希有な才能。

 その才を基盤として紡がれた、英国清教の遠大な企み。


 曰く、禁書目録計画。

 無数の魔道書をその身に宿す代償に、彼女は定期的に記憶を全て喪うという。


 喪った事にも気付けぬまま、なにひとつ得る事もない。

 その道に個人の幸せなどあるわけもなく、彼女はひとつの部品となる。


 あまりに救いのない、その苛烈な道行き。

 外道の所行だと、己は心底そう思った。

 なにより、彼女を失いたくなんてなかった。


 それでも彼女は、笑ってそれを是とした。

 それが己の使命であり喜びだと、そう言って笑った。

 笑いながら消えてしまった、居なくなってしまった。


 Dedicatus---献身の、聖女。

 誰よりも多くの荷を背負う、敬虔たる仔羊。


 人間がああも気高く在れるという事実に、あの日の己は圧倒された。

 止められるわけがなかった、穢せるわけがなかった。

 あんなに美しいものは、見た事がなかった。




 そうして、彼女が全てを忘れてしまった数日後。

 土御門元春は清教が暗部たる必要悪の教会への所属を申請し、最大主教ローラ=スチュアートがそれを受理した。


 記憶を喪い、己の事を忘れてしまった初恋の君と。

 それでも縁を繋いでいたかったのだろうか、七年も経ってしまえばよくわからない。


 今にして思えば、ローラに言葉巧みに丸め込まれたところもあったように思う。

 あれは葛葉よりも性質の悪い女狐だ、物を知らぬガキなどイチコロだったことだろう。


 同じ頃に届いた父の訃報も、きっかけのひとつだった。

 死因は心臓麻痺だったか、心不全だったか――まあ、ありふれた呪殺ということになるのだろう。

 警告というわけだ、なんとも回りくどい話である、日本人的であるのかもしれない。


 土御門一族による水面下でのお家騒動も相変わらずドロドロで、己の立場は微妙にも程があった。

 火種たる己が故郷に戻れば幾つもの導火線に火がつくであろうことは明らかで。

 それを宗家が許さぬ事もまた、明らかだった。

 
 ともあれめでたく道を踏み外し、そこからは修羅道コースに真っ逆さまである。

 必要悪の教会の一員としての任務は苛烈を究め、結果己は大いに捻くれる羽目となった。

 信仰という盾を持たずに入っていい鉄火場じゃなかったという事だ、畜生め。


 清明の再来ともて囃された術才も、陰謀渦巻く世界の裏側ではあまりにも無力で。

 神裂の戦闘を初めて目にした時にいろいろと悟るところがあった、術ではコイツらには勝てないと。


 それから魔術よりも詐術に傾倒していったのは、仕方のないことだったと思う。

 清教を介さぬ独自の繋がりを他の組織と結び、時には情報を売り見返りを得るような真似さえもした。


 幸いといってよいのか、そんな邪道も”必要悪”の内と認められた。

 そちらの方面に才があったとは思わないが、なんだかんだで性には合っていたらしい。

 需要はあった、必要悪の教会の面々はトップを除いてその方面にはあまり明るくない。


 虎の威を借りて、油揚を騙しとって、化かして誑かし、煙のように消える。

 呪術大家の血筋と嘯いた所で所詮は狐の末裔である、卑しいものだ。




 
 そうして日々を重ね、気付けば瞬く間に六年が過ぎて。

 必要悪の教会でも中堅クラスと数えられるようになった頃、土御門元春はとある任務を与えられる事になる。


 学園都市への潜入捜査。

 単独任務の適正、適応力、科学への忌避意識の少なさ、そしてなにより日本人であることが決め手だったのだろう。

 これまでも幾人も諜報の芽を送り込んではいたらしいが、それらはすべて失敗に終わっているらしい。


 ただこれまでと違うのは、学園都市の学生として能力開発をその身に受けるという事。

 魔術と能力を両立するのは脳科学的に不可能であり、その上で魔術師に能力開発を施すというのは――そう言う事だ。


 無茶を言うなと、そう思った。

 確かに情報網の構築、体術の研鑽、科学的手法の導入と、確かに己は魔術以外の分野にも広く注力してきた。

 だが、それらはあくまでも魔術という基盤あっての余技であり枝葉に過ぎない。


 近年、国際社会でますます存在感を増す学園都市。

 明らかに魔術と根を同じくし、しかし異なる「超能力」なる異能体系。

 その内情を探ることは間違いなく急務であり、必要な事である事に疑いはない。


 だが、それが己である必要はない。

 どう考えてもメリットとデメリットの釣り合いがとれない。

 土御門元春個人としてではなく、必要悪の教会で考えてもそうだとしか言いようがない。


 もっといい方法がいくらでもあるはずだ、と土御門は上司に食って掛かった。

 だが、ローラ=スチュアートは笑みを浮かべてこう言った。





 “お前に選択肢はないわ土御門、既に話はついているの。

  アレイスター=クロウリーとも――――土御門家の長とも、ね”


 これは三者にメリットのある、政治の話。

 そういうことなのだと彼女は言った。


 土御門宗家、英国清教必要悪の教会、学園都市。

 土御門家当主、英国清教最大主教、学園都市統括理事長。

 土御門泰青、ローラ=スチュアート、アレイスター=クロウリー。


 英国にとっては極東外交の一端、学園都市情報収集の為の足がかり。

 また土御門本家との繋がりは日本での活動において無視できぬメリットとなる。


 学園都市においても、宗教関連の面倒事を丸投げできる人材は貴重とのことらしい。

 どうせ、能力開発におけるサンプルとしての価値もあろう―――毛色の違うモルモットというわけだ。


 土御門宗家にとっては長年の懸案のひとつに決着が着くことになる。

 連中にとっては好都合な事に、能力開発を受ければ土御門元春は陰陽師の素養を失い、知識のみの凡百に落ちる。

 また、学園都市や英国の内情を掴めるかもしれないなどと狡っ辛い事を考えているのかもしれない。



 “土御門でありながら、土御門には求められない。

  魔術師でありながら魔術を失い、かといって学園都市にも染まれない。

  中途半端で、取るに足らない唯一無二―――だからこそ、意味と価値がある”



 “ふふ――――期待していてよ、土御門元春。

  貴方に、神のご加護があらんことを”

 
 



 信仰のために。

 利益のために。

 信念のために。

 存続のために。

 繁栄のために。


 組織の都合、一族の都合、宗派の都合、国家の都合。

 個人の信念や理念を容易く巻き込んで押しつぶす、集団の正義。


 それは、あの子を禁書目録にしたものであり。

 それは、父を殺したものであり。


 今日まで己を縛り、しかし守ってきたものであり。

 これからの己を縛るものである。


 結局。

 クソッタレと胸の裡のみで吐き捨てて、土御門元春はその命令を是とした。

 柵全てを捨ててまで保つべき理想も夢も目的も、彼はなにひとつ持ち得なかった。


 だけど、ひとつだけ。

 延々と積み上げてきた理不尽への憤りが、彼の中で小さな実を結ぶ。

 それは、彼がこの日まで頑に拒んできた魔法名の命名という形となって現れた。


 失う事で、得るものもある。

 弱いからこそ、守れるものがある。

 とるに足らない存在になる事で、お前らはオレに背中を晒す。


 いざという時にその無防備な背を刺貫く小さな刃であればいい。

 幾重に首輪を嵌められても、何を奪われても、どんなに汚れても、それを成す。


 知るがいい。

 背より心臓を穿たれ、死に至る間の永遠のような空隙に。

 お前たちがこれまで踏みにじってきた者の怒りと嘆きを。

 
 “Fallere825-----背中刺す刃”

 裏切りと欺きを是とする歪な名を、土御門元春は己に課した。




「……うーん、我ながら中二くさいぜい…。
 いや、あの頃は中二にもなってなかったわけだしにゃー、セーフだぜい!」


 ま、魔法名なんて仰々しくて恥ずかしいもんですたいと、土御門元春は小さく笑う。

 今になって当時を思えば、かつての己は随分と気負っていたし余裕がなかったように思う。

 恥ずかしいやら痛々しいやら愛おしいやら、まったくもってどうにもならない。


 土御門が学園都市に身を置いて、およそ一年半。

 この街で彼は、無能力者の劣等生としてそれだけの日々を重ねてきた。

 無論、複数の立場で様々な任務をこなしてはいたのだが、それ以外で彼を縛るものなどひとつもなかった。


 学生服を着て、学生寮に住んで、学校に通う―――そんな彼は、きっと普通の学生だった。

 土御門家の陰陽師ではなかった、英国のエージェントではなかった、学園都市の暗部連絡員ではなかった。


 そんな穏やかな日々を、己は気に入ってしまった。

 どうしようもなく大切に思えてしまった、それはけして嘘ではなかった。


 舞夏と出会えた事も、大きな転換点だった。

 今や義妹となった彼女の存在は、己の根本を形作るものになった。


 土御門宗家御曹司が妾腹の娘。

 陰陽術も土御門姓の意味も知らぬ、一族の厄介者。

 そんな少女を己のもとによこした宗家の意図は明確だ、子を成せと言う事だろう。


 己から魔術を剥奪しておきながら術才を惜しく、舞夏に教育の機会を与えずにおきながら血の濃さを捨て置く気はないらしい。

 つまりは種馬と胎盤扱いという事だ、生まれた子を本家に組み込んでの英才教育とか企んでやがるに違いない。


 とりあえずしれっと学園都市のIDをいじって義妹にしてみたのだが、宗家からはなんの音沙汰もない。

 近親婚上等とか考えてやがるのかもしれない、流石に旧家は頭がおかしい、いつか潰してやりたい。




 舞夏。

 己の元春という名との繋がりに意図があったとは思えない。

 だが、今となってはその符号めいた共通点を嬉しく思う、舞夏と出会って、ずっと嫌いだった夏を好きになれた。


 妾腹の生まれということもあり、生まれてすぐに他家へと預けられたという彼女。

 けして恵まれているとは言えない環境に置かれながら、それでも常に笑顔を忘れず、誰よりも聡く、強かった。


 初めて出会った時から、誰かに似ているとそう思っていた。

 メイド服は装飾を外せば修道服のようだったし、無心に針糸を操る表情は祈りのそれによく似ていた。

 時折気まぐれに己の事を「元春」と名前で呼ぶ事もあった、他にそう呼ぶ人間は、母親ともう一人しか居ない。


 撩乱家政女学校に入ったのは、誰かの為に生きたいからだという。

 それがわたしのよろこびなんだぞーなんて、どこかで聞いたような台詞を口にした彼女。

 奉仕と滅私、誰かの為に己を擲つ――そういう在り方をなんと呼ぶのか、土御門元春はよく知っている。


 Dedicatusと、そう呼ぶのだ。

 献身と、そう呼ぶのだ。 


 そんな彼女に初恋の君を重ねなかったかと言えば、正直な所自信はない。 

 それでも、絶対に彼女を失いたくはなかった。

 いつしか、彼女が世界で一番大事なものになっていた。



 裏切りの刃に例外がひとつ、生まれた。

 どこか虚ろだった魔法名に、ようやく一本芯が通った。






 仮初めの学校生活も、思った以上に楽しかった。

 小学二年生の時点で通常の義務教育から逸脱してしまった彼にとって、全てが新鮮だった。

 なにより、初めてできた同世代の友人たちとの日々は格別だった。


 本来、観察任務の対象でしかなかった上条当麻は実に愉快な少年で、あっという間に友人になってしまった。

 鋼盾掬彦や青髪ピアス、吹寄制理といったクラスメイトたちも、それぞれ面白いヤツらだった。

 月詠小萌ら教師陣が当然のように己を子供扱いするのも、くすぐったくも心地よかった。


 彼らと過ごす日々の中で、己もいつしか変わっていった。

 偽りの肩書き、損なわれた魔術、取るに足らぬ能力―――そんな無様な身の上で、しかし多くの物を得てしまった。

 裏切りの刃である事を止められる筈もなかったけれど、それでも世界が変わって見えた。


 勿論、このような日々が長く続く筈のないことは解っていた。

 学生の身分はあくまでも仮初めの身分に過ぎず、遠くない未来に己はここから抜ける羽目になるだろうと。


 だけど、それでも。

 それでも友人たちの記憶に、土御門元春という少年が残るのなら。

 魔術師やら陰陽師やらスパイやらそんなのではなく、ただのクラスメイトとして覚えていて貰えたなら。


 かつて擲ってしまったその可能性が、たとえ嘘であっても誰かの中で息衝いていてくれるのならば。

 それはとても嬉しいことだと、そう思えた。


 だが。

 今から二週間程前の七月二十日、夏休みの記念すべき第一日目。

 そんな土御門元春の感傷は、幻想のように打ち砕かれる。


 上条当麻と鋼盾掬彦、友人二人のもとに。

 “歩く教会”に身を包んだとある修道女が、まさに空から落ちてきたのである。



「――――まったく、どういう偶然なんだかにゃー。
 つーか、一歩間違ったらオレんちのベランダって、どんな確率ですたい」


 まさしく晴天の霹靂だと、土御門元春は溜息を零す。

 運命なんて言葉は嫌いだったし信じてもいなかったが、あの時ばかりはそれを疑った。


 幻想殺しと禁書目録。

 科学サイドと魔術サイドのジョーカーの交差。


 土御門元春にとっては、己の過去と現在の交差であり。

 既に消し去った筈の悔恨と恋慕の念に、数年振りに足首を掴まれるような一報だった。

 そもそも英国に居る筈の禁書目録がなんで極東の日本にいるのか、さっぱりわからない。


 英国側の学園都市への不法侵入であり境界侵犯。

 あるいは、科学サイドへの神秘の流出の危機。
 

 この件に関する英国からの連絡は皆無。

 それはつまり土御門元春にこの件に関わるなという事である。


 学園都市、アレイスターからの命令も無し。

 土御門は「上条当麻の観察」という通常任務を名分に、遠巻きに状況の推移を見守る事しかできなかった。

 そんな己を置き去りに、状況は目まぐるしく動き続けていった。




 幻想殺しによる歩く教会の破壊。

 神裂火織による禁書目録への意図せぬ斬撃。

 ステイル=マグヌスと上条当麻の交戦。

 月詠小萌による魔術行使。

 鋼盾掬彦とステイル=マグヌスの接触。

 小萌宅での擬似家族のような団欒。

 上条当麻と鋼盾掬彦の、決意。


 数年振りに見る“     ”の笑顔。

 否、“     ”によく似た、インデックスという名の少女の、笑顔。


 己はただただ、それを盗み見ていた。

 それだけしかできなかった。


 そして―――神裂火織の襲撃。

 幻想殺しという埒外の秘術をもつ上条当麻を行動不能に追い込み、禁書目録の行動を制するための一幕。


 なす術もなくその身を嬲られ倒れ伏し、しかし真っ直ぐな言葉で彼女を追いつめた上条当麻。

 神裂火織の欺瞞と虚飾を剥ぎ取り、インデックスの笑顔を守る為に戦うと吼えてみせた鋼盾掬彦。

 
 それは、土御門元春には口にする事のできなかった言葉。

 彼が口にすべきだった言葉で、彼が口にしたかった言葉で、今日までずっと抱え続けてきた言葉だった。

 
 ヒーローのように、その台詞は土御門元春の腹を打ち据えた。

 そんな彼らの姿に、憧れてしまった。
 

 気付けば、倒れ伏す上条を抱える鋼盾に、語りかけていた。

 挙句ベラベラと過去を話し、身勝手な願いを押し付けてしまった。

 
 ああ、と土御門元春は笑い、呻く。

 無茶振りというなら、己の方が余程ひどいじゃないか、と。





 それから先は、怒濤のように事が進んで。

 あの七月二十八日の午前零時を迎え、インデックスに架せられた呪いは破壊された。

 この一件を経て、あらゆる事が大きく変わっていった。


 逃亡状態にあった禁書目録は英国清教への所属を受け入れ、対価として待遇の改善が計られた。

 首輪という人道に悖る術的拘束を解かれ、その身は学園都市に置かれることとなった。

 学園都市としては最低限の便宜は取計らうも、基本的にはノータッチを貫く姿勢である。


 管理者の名は鋼盾掬彦、学園都市に所属する一学生。

 平時に於ける禁書目録の身の振り方は、彼に一任される。

 
 英国清教からの任務指令がない限り、彼女は。

 この街の学生となんら変わる事なく、日々を過ごせることになった。


 例えば今日、彼女は朝から友人の家に遊びに出かけた。

 土御門舞夏、御坂美琴、白井黒子、初春飾利、佐天涙子というメンバーで、一緒に遊んだ。

 舞夏指導のもと料理教室が開かれて、自身と鋼盾も昼食に招かれた。


 平穏で、笑顔に溢れた一時。

 世にありふれた、ティーンエイジャーらしい一幕。


 それが、どれほど尊く、どれほど有り得ない奇跡なのか。

 きっとインデックス自身よりも鋼盾よりも、己が誰よりも深くそれを感じていたと思う。


 砂上の楼閣だ、と笑う者があるかもしれない。

 それは事実だと土御門は思う、安寧の時が続く保証はない。


 英国清教最大主教・ローラ=スチュアート。

 学園都市統括理事長・アレイスター=クロウリー。

 ローマ聖教・マタイ=リース、ロシア正教・クランス=R=ツァールスキー。

 その他数多の国家、魔術結社、政治団体―――そして、単騎にてそれらに比肩するような連中もいる。


 化物どもは忌々しい程に盤石で、連中が身震いするだけでこの平穏は容易く揺れるのだろう。

 だけど、この一幕に意味がなかっただなんて言わせはしない、絶対に。


 世界はまだ、あの子に対価を払ってはいない。

 魔道書というこの世界の生んだ闇を背負ったあの子に、せめてささやかな幸福をよこせ。

 
 これから何度でも、あの子はあんな時間を過ごすのだ。

 邪魔はさせない、許さない。





 ―――とは言え。

 そんな幸せな光景に、どうしようもなく足りないものがある事もまた、事実だった。


 上条当麻。

 土御門や鋼盾にとっては親友でありクラスメートである、ひとりの少年。

 そして今回の顛末における、唯一といっていい犠牲者だ。


 上条当麻は未だ昏倒からは目覚めず、覚醒の兆候すら見られない。

 学園都市最高の名医である冥土帰しをして、糸口すら掴めずにいる。


 幻想殺し。

 イマジンブレイカー。

 あらゆる超常現象を否定する、規格外の右手。


 学園都市能力位階に留まらぬ、とびきりのイレギュラー。

 歩く教会と首輪という法王級の魔術を捩じ伏せ、禁書目録を機能停止に追い込んだ張本人。


 今回の一件で詳らかになった、彼の存在。

 英国は確実にそれを知り得た、他の組織も何れは彼を知るだろう。

 宿主は昏倒状態と言えど、それが今後火種になる可能性は高い。


 そして何より、アレイスター=クロウリー。

 幾千のプランを束ねるあの男が、今一体何を考えているのか。


 過去の会話から、上条当麻が彼にとって重要な駒であろう事は解っている。

 だが、必須であるかまでは土御門は知らない。


 代役を立てれば滞りなく進む程度の問題なのか。

 脚本そのものを書き直す必要がある重大な失策なのか。


 この結果を受けて、アレイスターがどう動くか。

 今からの会談で、きっとそれが示される。



 その結果如何では、事は如何様にも転ぶ。

 転びようによっては、なにもかもがひっくり返ってしまいかねない。

 既に英国と学園都市の間で話が進んでいる以上、滅多な事にはならないと思いたいが――過信はできない。


 己の報告や進言で、最悪の事態を回避できるか。

 そして―――もしもの場合、己はどうやって彼らを守るのか。


 
 そこで土御門は思考を打ち切る。

 今考えるべきはそこじゃないだろうと、己の逃避を咎める。


 それも大事な話だけれど、それより先に。

 世界とか均衡とか秩序とか政治とか、そんな大上段に構えた話ではなくて。

 もっと単純に。


 アイツは。

 カミやんは。

 上条当麻は。


 奇妙な右手とは関係なしに、異能とは関係なしに。

 なんだかんだと気のいいヤツで、どうしようもなくお人好しで、爆発すべきフラグメイカーで。

 
 いつだって誰かの為に走り回っていて。

 多くの人間の拠り所になるような、そんな男だった。


 そんな彼が意識不明の重体に陥ったとなれば、彼を知る人間は少なからずショックを受ける。

 その不幸を嘆き、不運を悲しみ、理不尽に憤り、不在の空隙に心を穿たれるだろう。



 たとえば、そう。

 まさに、目の前の彼女のように。





「……よお、先輩。
 こんな時間に女生徒がうろつくのは感心しないにゃー?」


 土御門は眼前に立つその女へと話しかける。

 彼女と会話をするのは六月の一件以来、これで二度目だ。

 一度目もけして和やかな会合ではなかったが、今回はそれの比ではない。


 彼の台詞を受けた女の顔に、苛立ち混じりの嫌悪が浮かぶ。

 その口から放たれた言葉もまた、同じ色を帯びていた。


「韜晦は聞きたくないんだけど」


 怜悧な声が、土御門の温い台詞を斬り捨てるように響く。

 刃物のような舌鋒はこの女の武器のひとつ、常に増して鋭いそれに土御門は苦笑いを浮かべた。

 韜晦は不要と彼女は断じた、それはつまり―――そういうことだろう。

 
 雲川芹亜。

 土御門元春と同じ高校に通う女生徒。

 実は土御門と彼女の妹は同校で友人同士だったりという繋がりがあったりもするのだが、それはそれ。
 

 その正体は。

 無能力者にして学園都市統括理事会に所属する、問答無用の天才少女。

 貝積継敏のブレーンを勤め上げる、泣く子も黙る先輩キャラ。


 調べれば調べる程、この女の凄まじさが知れた。

 はっきり言って異常だった、その経歴から戦歴まで、いっそ冗談じみている。


 そんな女と学校の廊下で初めてすれ違った時は、正直目を疑った。

 彼女に相応しいのは長天上機あたりだろう、否、そもそも学生にしてくべきではない人間だ。


 ここ学園都市で大能力者や超能力者に位置する学生が活躍するのは、けして珍しい話ではない。

 能力強者たる彼らは表舞台で華々しく、あるいは闇の底に蠢きつつ、年齢不相応な富と名声を勝ち得ている。


 だが、無能力者でありながら学園都市上層部まで食い込んだ人物などそうはいない。

 土御門自身もその数少ない一人ではあるものの、それは魔術という特殊技能と多くの後ろ盾を持つが故に過ぎない。


 雲川芹亜は違う。

 純然たる頭脳、その一点のみでその地位を勝ち得た化物だ。

 学者上がりの貝継が統括理事会の中でその地位を高めているのは、このブレーンの存在があればこそである。





 さて、土御門元春にとって、そんな雲川芹亜という女は。

 あらゆる意味で厄介な相手、そんな一語に尽きる。


 敵ではないが、それ以上に味方ではない。

 放置せざるを得ない目障りなリスクであり、優先順位は低いものの警戒の対象だった。
 

 そして、それは雲川芹亜にとってもまた同様である事を土御門は知っている。

 窓のないビルに出入りする得体の知れぬ後輩は、きっと彼女にとってもある種のストレスだった筈だ。


 認めたくはないが、似ているのだろうと土御門は思う。

 学生の身で学園都市の暗部に片足を突っ込んでいるという点で、彼女と己は近しかった。

 上条当麻や鋼盾掬彦に惹かれた所や、ありふれた学生生活を好んでいる所も同じだった。


 いわゆる、同じ穴の狢というヤツだ。

 だからこそ、互いの欺瞞が鼻について、どうしようもなく相容れなかった。


 どのツラ下げてこんな所にいやがるのかと、その薄っぺらい仮面はなんのつもりなのかと。

 オマエはここにいていい人間ではないと、己を棚置いて無言でそう指摘し合っていた。

 みっともない同族嫌悪だということは、互いに百も承知だった。

 
 それ故に、暗黙の了解的に不干渉をこれまで貫いてきた。

 六月の一件では多少衝突する機会があったが、それはあくまで先輩後輩としてのもの。

 学園都市の裏側の事情で学校生活を汚す事は、両者とも望む物ではなかったのだ。


 しかし、今。

 彼女はそのラインを踏み越えてきた。

 その事実を前にして、土御門元春は今更ながらにそれを悟る。



 彼女にとって、上条当麻は。

 それほどまでに大切な存在だったのだ、と。


 



「上条と鋼盾の件にお前が関わっていることは判っている。
 キリキリ吐け、後輩――――ああ、正体は魔術師だったか? 土御門」


 冷たく響いたその声には、常の揶揄めいた色はない。

 弓弦のように張り詰めたその表情は白く固く、欠片程の余裕も見られなかった。

 泣き腫らした目元を隠すように施された化粧が、ひどく痛々しい。

 
 インデックスや鋼盾掬彦が、笑顔の下に隠していたのもこんな表情だった。

 舞夏も、月詠小萌も、ステイル=マグヌスも、神裂火織もこんな表情をしていた。


 息子の昏倒を知らされた上条当麻の両親も。

 近くそれを知るであろうクラスメイトたちも。


 きっとこんな顔をするのだろうなと、土御門は思う。

 その原因の一端が自分である事を、けして忘れまいと思う。


 だが―――いや、だからこそ。

 だからこそ、己はその責を負い、彼を取り戻す。

 
 なにもかも耳を揃えて取り戻し、全部なかった事にしてしまえばいい。

 天邪鬼な嘘吐きが歪にその口元を歪め、世界と己を嘲笑う。


「……ハッ」


 魔術師、と彼女は口にした。

 その単語を己にぶつけるその意味を悟れぬ女ではないだろうに、愚かしいほどまっすぐだ。


 雲川芹亜が踏み越えたラインは日常と非日常だけではない、日向と日陰だけではない。

 それよりも先に、それよりも深く、彼女は躊躇う事なく歩みを進める。


 鋼盾掬彦がそうしたように。

 上条当麻がそうしたように。

 土御門元春が、そうありたいと願うように。

 
 今ここに、雲川芹亜が舞台に上がる。

 己と同じく傍観者だった女が、己と同じく傍観者を辞めるのだ。





 ……さあ、面白くなってきた。

 眼前の女もどうせ天邪鬼だ、遠慮は無用、というか無粋だろう。

 忌々しい程に同類だ、友達にはなれないが――――共犯なら、話は別である。

 
 ざまあみやがれ、ようこそ先輩。

 下卑た笑みを浮かべ土御門は笑う、ローラの気持ちが嫌になるほどわかる。

 人間が人生を踏み外す様は心が躍る、道を踏み外しても折れぬ眼差しに心が震える。


 蜜のように甘く、酒のように香る。

 人間にとっての最高の娯楽は、結局のところ人間なのだ。
 

 ほんとうに。

 オレもアンタも、どうしようもないほどにどうしようもない。

 そのことをどうしようもなく、嬉しく思う。


「いいだろう、教えてやるよ雲川芹亜。
 ―――だが……もしかすると後悔する羽目になるかもしれないぞ?」

 
 忠告めいた台詞は、挑発のような色を帯びる。

 そんな下らない様式美を、雲川芹亜は刹那の躊躇もなく踏み潰す。


 後悔する羽目になるかもしれない、なんて。

 今まさに後悔に打震えている人間に、抑止になりうるわけもない。


「構わないけど―――私には、アイツを焚き付けた責任がある」


 焚き付けた責任、と彼女は口にする。

 ……まったく、こんな所まで己と同じなのだから、嫌になる。


 数日前、彼女と鋼盾掬彦が接触していた事は知っている。

 その内容も、昨日鋼盾本人から聞いていた。





 “考える事を辞めるな、それがお前にできる唯一の事だ”

 “人の持ちうる最も貫通力に優れた武器は、言葉だ”

 “上条当麻の事を支えてやれ、お前にならそれができる”


 そんな事を、彼女は言ったという。

 あの時の彼に、これら言葉がどれほど響いたのかは想像に難くない。

 鋼盾掬彦にとって雲川芹亜という女はある種の理想であり、指標であることは解っている。

 
 事実、彼はそれらすべてをやり遂げた。

 鋼盾は今なお思考を辞めず、言葉を駆使し、上条当麻を支え続けている。


 そして、彼女はあの日。

 鋼盾掬彦との会話を、こんな台詞で切り上げていたそうだ。


  “……いいだろう、同士の誼だ。どうしようもなくなったら私を訪ねろ後輩。

  ―――知恵のひとつくらいは貸してやらんでもないけど”

 
 ……どうやら、助けを求めてくるのを待っていられなくなってしまったようだ。

 意外と面倒見のよい先輩である―――舞夏から聞いた話ではなんだかんだで妹にも優しいらしい。





「……へいへい、んじゃお話しと行きますか……題して“とある魔術の禁書目録”ですたい。
 科学と魔術が交差する時、物語は始まる――――! なーんてにゃー」

「能書きはいいからさっさと話せ、土御門。
 ―――語り手が勿体ぶっていいのは、最後まで話ができてる場合だけだけど?」


 成る程、道理だと土御門は笑う。

 今から己が語る物語は未完であり、途中経過に過ぎない。

 物語は始まったばかりであり、勿体ぶっても仕方がない。


 そうとも―――まだ、何も終わってはいない。

 オレたちは何一つとして喪わず、勝利しなければならない。

 
「もっともだ、先輩。
 ――――付き合ってもらうぞ、アンタもオレも脇役だ」

「甘ったれた台詞を言わないでほしいんだけど、後輩。
 私とお前は悪役をやるんだよ、もっとも――私たちの敵役にとっての悪役だけど、な」


 違いない、と土御門元春は笑う。

 それを見て、雲川芹亜も笑う。


 言ってしまえば、なんだかんだで同じ夢をみてしまった間柄だ。

 人たらし共にたらし込まれてしまった被害者の会一号二号が、笑い合う。


 さあ、我らが上条当麻と鋼盾掬彦の話をしよう。

 愛すべき彼らの過去と現在と未来の話をしよう。






「―――では、改めて。
 事の始まりは去る七月二十日、オレらの夏休み第一日目まで遡る。
 ………あー、カミやんの家のベランダにだな、銀髪の美少女が落ちてきた訳なんだが」

「ラピュタか」
 

 冒頭から笑ってしまう程にファンタジーで、うんざりする程ドキュメンタリー。

 語り手も聞き手も天邪鬼、なれどそこには一切の虚飾も欺瞞もなく。


 彼らは楽しそうに、共通の友人の噂話をはじめた。

 その姿は、ごくごく普通の先輩と後輩のようであったかもしれない。




 土御門元春と、雲川芹亜。

 後に「鋼盾勢力」などと身も蓋もない呼び名を受ける事になるごった煮一派、その初期メンバー。

 その中で魔術サイドと科学サイドにおけるブレーン役を努めることになる苦労人二名の、これが馴れ初めと言えば馴れ初めである。



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ここまで
というわけで土御門さんの捏造いろいろでした
ぶっちゃけちょうてきとうでござる、うっかり東京レイヴンズとか読むもんじゃねえな

そして雲川先輩でござる
>>1の大好きな雲川先輩でござる

上条さん昏倒の報を受けて半泣きでその詳細を調べるうちに不自然な点を見つけて
数日前の鋼盾さんとの会話とか思い出しちゃって、いろいろテンパリまくって暴走して
貝積のおじいちゃんに一喝されて覚悟決めて得体の知れぬ後輩に今北産業みたいな感じです

次回は雲川姉妹でと思って書いているのですが
正直妹の方のキャラやら台詞やらベル師やらを掴めてないで無理かもしれんです

五月中にもう一回、なんとか投下に来たいなと思っております
スローペースすぎて本当にすまなんだ、次回もよろしくお願いします

あ、あと>>684の「馴れ初め」という言葉ですが、書き込んでから「あれ、やべえコレ違くね」と思いました
別にツッチーとセリアンがどうこうというわけではありませんのでご安心下さい
あ、地震だ

まあいいや!
では、また次回!

名前だけで出てきた『雷神トール』がグレムリンのひとりとして禁書に出てきた。北欧神話のトールの外見はFate/Zeroの征服王イスカンダルに似てるけど、
グレムリンのトールは性格が削板みたいな男の娘だった。雲川先輩の妹・鞠亜と同じ黄色と黒がトレードマーク。
上条さんと『鋼の盾』となった鋼盾を導いて欲しい良いヤツだった。まさに征服雷神王トールッ!!

さらに上条さんの『最強のライバル』でもあるという・・・ いつかまたやる上条当麻vs雷神トール。これが起きたら鋼盾はただの傍観者じゃないな。
鋼盾「上条ッ!」 吹寄「上条ッ!」 上条「アレクサンダー大王が言っていた。彼方にこそ栄え在り。届くから挑むんじゃねえッ! 届かねえからこそ挑むんだッ!
覇道を歌い、覇道を示すッ! この背中を見守る親友(ダチ)達のためにッ!!」 トール「・・・・・・・来な。英雄さん。幾度となく俺に挑みな。」


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 学園都市第七学区には、知る人ぞ知る評判のベーカリーがある。
 瀟洒な看板に書かれた文字は「ぐーちょきパン店」、冗談のような店名だが実力は本物だ。
 寡黙な店主と肝っ玉なおかみさんが切り盛りするこのパン屋さんからは、今日も芳しい香りが漂っている。

 七月二十九日午後六時二十分、土御門舞夏は学友に連れられてこの店に足を運んでいた。
 昼過ぎまでをインデックスら友人たちとの料理教室や昼食会に費やした後、撩乱家政女学校にレポートの提出に出向いた帰り道だ。
 久しぶりに顔を合わせた学友とおしゃべりがてら少し早めの夕食を、という実に学生らしい運びだった。
 夏休みどころか休日すらなく、更に言えば放課すらない撩乱であるが、以外とこういう所には寛容なのだ。

 ドアをくぐると、店員達から「いらっしゃませ」と歓迎の