とある端役の禁書再編 (943)



 本作は鎌池和馬先生の「とある」シリーズの二次創作作品です。
 タイトルはおこがましくも『とある端役の禁書再編(リミックス)』と銘打っております。

 「とある科学の超電磁砲」に登場する無能力者、鋼盾掬彦を主人公に据え、
 彼を交えての「禁書目録一巻」と「超電磁砲・幻想御手編」の再構成作品となります。

 5スレ目となりますので、1~4スレにお目を通して頂きたく存じます。
 えらく長くなりましたが、このスレがラストですのでご容赦を。

 よろしければ完結までお付き合い下さい。


 神裂「鋼盾―――鋼の盾ですか、よい真名です」


 アレイスター「鋼盾掬彦、か……まったく、たいしたイレギュラーだよ」


 上条「行こうぜ鋼盾―――みんなで、素敵な悪あがきだ」


 吹寄「―――がんばりなさい、鋼盾掬彦」



 此処に紡がれるは学園都市最下位たる少年の軌跡

 泥龜の視点より遥かな月を仰ぎて、無様にも素敵な悪あがきを


 少なからず独自設定、独自解釈、時系列の入れ替え等がございますので、苦手な方はご注意ください

 では、どうぞよしなに




SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1347114605



とある端役の禁書再編 登場人物紹介ver5 (読み飛ばし可)

 ※現時点での登場人物についてのまとめです
 ※短すぎて人物紹介の体をなしていない可能性が大です
 ※割と適当
 ※つまり読み飛ばし可
 ※でも読んでくれると嬉しいな!



 鋼盾掬彦 ―――― 無能力者

  とある科学の超電磁砲・幻想御手編にでてくるマイナーキャラ
  名前ありのくせに読み方不明! アニメで謎の大抜擢らしいですよ
 
  コンセプトは“学園都市最下位の主人公”……ヒーローにはなれそうにない感じ
  でも、脇役だって端役だってハッピーエンドを望むのです、どうしようもなく

  上条当麻のような右手もなく、一方通行のような能力もなく、浜面仕上のような技術もなく
  それでも、戦うと決めてしまった少年の素敵な悪あがき――本作はそんなお話です



 上条当麻 ―――― 幻想殺し

  言わずと知れた原作主人公の上条さん、本作では相棒ポジです
  原作同様の立ち位置、友人である鋼盾と共に、インデックスを助けるべく奔走する

  インデックスの首輪を破壊するも、魔術に因る反撃を受けて意識不明、回復の兆しなし
  彼の不在により、物語は原作とは全く違う道へと進むことになる、かもしれない
  


 Index-Librorum-Prohibitorum ―――― 禁書目録

  言わずと知れた純正ヒロイン、本作ではサブヒロイン
  再構成モノではいろんな所に落ちてゆく彼女ですが、本作では原作通り上条家でした
  
  首輪は既に外され、記憶破壊の軛から掬い上げられた少女
  開けた未来に彼女はなにを思うのか……最終回をお待ちください







 土御門元春 ―――― クラスメイト
 
  言わずと知れた多重スパイ、にゃーだぜいですたいの人
  いつか書きたかった土御門再構成の要素が、本作にはたくさん織り込まれています
  インデックスの初代パートナーだったりします、実らなかった遠い初恋
  封じ込めたはずの願いと祈りを揺り起こされ、友人に想いを託しましたが……はてさて



 青髪ピアス ―――― クラスメイト

  言わずと知れた愛の伝道師
  誰も本名を言わないのは世界の約束です
  似非関西弁を笑ってゆるしてあげるのは日本人の約束です



 吹寄制理 ―――― クラスメイト

  言わずと知れた「対カミジョー属性」の女
  すべての運営委員に名を連ね、なんとスレタイへも名を連ねました
  愛読書は通販生活のカタログ。俺の嫁






 月詠小萌 ―――― 先生

  言わずと知れたロリ教師、まさかのヒロイン枠です
  鋼盾ら一年七組の生徒を教え導く熱血先生です、素敵
  五年後の約束が果たされるのかは―――果たして


 
 黄泉川愛穂 ―――― 先生

  言わずと知れたじゃんじゃん教師じゃん
  じゃんの付け方に迷います、ない方がいい場合もあるようです
  後に鋼盾に乞われ、彼に“黄泉川流盾術”を伝授することに(嘘)
  


 雲川芹亜 ―――― 先輩

  言わずと知れた難攻不落の先輩、風雲雲川嬢
  鋼盾くんにとってはある種指標めいた存在でもあるようです
  後に鋼盾に乞われ、彼に“雲川流交渉術”を伝授することに(嘘)
  





 御坂美琴 ―――― 超能力者

  言わずと知れた第三位、名門常盤台中学のエース、超電磁砲
  報われて欲しいのに報われて欲しくない系のヒロイン
  むしろヒーロー、三巻で鋼盾と激突予定です



 白井黒子 ―――― 風紀委員

  言わずと知れたジャッジメントですの!
  原作で颯爽と鋼盾を救ったキャラクター、ギャグもシリアスもこなす黒子さん素敵
  ラストエピソード「月明かりふんわり落ちてくる夜は」は彼女視点になる予定


  
 初春飾利 ―――― 風紀委員

  言わずと知れたスーパーハカー
  同僚たる黒子曰く“諦めの悪い女”。幻想御手事件での無双っぷりは既に伝説です
  鋼盾掬彦風紀委員化計画を画策中、はたして実るのでしょうか
 


 佐天涙子 ―――― 無能力者

  言わずと知れた無能力者、原作で鋼盾に手を差し伸べた優しい少女
  幻想御手事件の被害者であり、鋼盾とは立ち位置を同じくするキャラと言えるかもしれません
  エピローグで鋼盾と再会することになると思います






 ステイル=マグヌス ―――― 魔術師

  言わずと知れたルーンの魔術師
  再構成においては主人公の最初の見せ場にされる安定の噛ませ犬、不憫  
  ですが、今作で鋼盾に最初に火を付けたのは、実はこの人だったりします



 神裂火織 ―――― 聖人

  言わずと知れた極東の聖人
  一巻の中ボス、彼女を如何に攻略するかも再構成の見所のひとつでしょう
  初代スレタイのひと。ある意味このSSの産みの親と言ってもいいかもしれません



 土御門舞夏 ―――― メイド
    
  言わずと知れたメイド義妹
  厨房の錬金術師。我が黄金練成(アルス=マグナ=オムレツ)に戦慄せよ!
  土御門再構成の真ヒロインでした、二巻で大活躍予定
  





 木山春生 ―――― 研究者

  言わずと知れた幻想御手の生みの親、あと脱ぎ女
  「無能力者と多才能力者」「学生と研究者」「被害者と加害者」「こどもと大人」「男と女」と、鋼盾とは尽く対となるキャラクター
  この物語が禁書再編ではなく超電磁砲再編だったら、ヒロインは彼女でした



 冥土帰し ―――― 医師

  言わずと知れた学園都市最強のお医者さん
  あらゆる医の分野を極めたそのチートっぷりはもはやドラえもんレベル
  本作では“上条当麻の原因不明の昏倒”の治療に挑みますが、どうなることやら



 一旦ここまで! なんとかギリギリ今日中にスレ盾です
 というわけで>>1です、このスレでもよろしくお願いします

 新スレ一発目はあともうちょいで書き上がりますので、今しばらくお待ちください
 一時までにはなんとか! 

 んでは、しばし!


寝落ちとかマジか
まだところどころアレなんで、ゆっくり投下です
明日の朝にでもまとめてどうぞ!


それでは、参ります

そぉい!


――――――――――




 鋼盾の病室を後にした医師は、階を隔てたとある一室へと足を踏み入れる。

 そこは、昨晩この病院に担ぎ込まれた、とある意識不明の患者のための病室だ。


 その患者の名を、上条当麻という。

 ベッドに横たえられたその少年は、相変わらず目覚める気配をみせない。


 その少年の右腕に“幻想殺し”なる異能が備わっていることを医師は知っている。

 学園都市の最深部、統括理事長アレイスター=クロウリーの計画に、その名前があることも。


 ……この昏倒が彼のプラン通りだとは思わないけどね、と医師は溜息を吐く。

 どうせ事態を把握しているであろう彼の“人間”からは、未だになんの接触もない。

 それが何を意味するのかは分からないが、どちらにしてもやることは変わらないと彼は思い直す。


 患者を、救う。

 医師の仕事は、いつだってそれだけだ。

 矜持にかけて、それを誰にも邪魔をさせるつもりはない。


 この少年には、帰りを待っている人がいる。

 ならば相手が天国の扉でも冥府の番犬でも、医師はそれを蹴飛ばしてやるつもりでいる。





 鋼盾掬彦――先ほどまで会話をしていた彼は、上条当麻への面会を望んでいた。

 担任教師の月詠小萌も、友人だという金髪の少年と銀髪のシスターも、それを望んだ。


 だが、医師はそれを検査を理由にそれらを拒んだ―――明後日以降にしてほしいと。

 それはけして嘘ではなかったが、それ以外にも理由があった。


(……これはちょっと、刺激が強いだろうからね?)


 現在、上条当麻の身体には無数の電極や観測装置が纏わりついている。

 この病院にあるあらゆる計測器械のフルコース、我ながらこれはちょっとヒドイ、やり過ぎだ。

 どうみても改造人間化手術中である、素人に見せられたものではない。


 だが、必要な事だった。

 どんな些細な情報も、見逃すわけにはいかなかった。

 それほどまでに、この少年の身に起きている現象は、異常だった。


 医師はまたひとつ溜息を吐くと、少年に繋げられた電極や装置の配線元を見遣る。

 機器を一括で操作するコンピュータと複数のディスプレイが置かれている作業台からは、部屋に入った時から止むことなくキーボードの打鍵音が響いていた。


 それを操作しているのは、若い女だ。

 扉が開いたのには気付いていたのだろう、一区切り就いたのか、ようやくその顔を上げる。





「……ああ、戻られましたか、先生」


 掠れたようなアルトの声が響く。

 ゆるくウェーブの掛かった栗色の髪、歳の頃は二十代後半といったところか。

 白衣を凛と着こなすその佇まいは、病院という場所と相俟って、女医そのもの。

 目元にはっきりと浮かんだ隈と気だるげな風情は、徹夜で難手術を終えてきたかのようにもみえる


 だが、この女は。

 ほんの数日前に学園都市中を混乱に陥れた、稀代の犯罪者だ。


 名を木山春生。

 幻想御手事件の犯人として、獄中に居るはずの女。

 こんなところには、いるはずのない女。

 
 その木山春生を招聘したのが、この初老の医師。

 冥土返しなる二つ名で呼ばれるこの男は、患者に必要なものを全て用意する。


 彼の患者――木原幻生による実験の被害者たちを救うには、彼女が必要だ。

 たとえ犯罪者であろうとも、木山春生の力が必要だった。

 だから彼はあらゆる手段を用いて彼女を求め、彼女もまたそれに応えた。


 実を言えばそこにはとある少年の後押しもあったけどね? と冥土帰しは微笑む。

 数日前に交わした雑談、あれが決断の決め手になったのだ、と。






「うん、今、診察と説明を終えてきたよ?
 ……すまない、ぼくの患者の治療を優先させてしまっているね?」

「構いません、それも条件の内ですから。
 もとより長期戦は覚悟の上―――それに、貴方ほどの医師を独占するなんて、望めませんよ」

「そう言ってくれると、ありがたいけどね?
 ……どうだい? あれから変化はあったかな?」

「皆無ですね、緒すら掴めぬままです。
 ―――こちらもまた、長期戦ということでしょうか」

「やれやれ、しんどい話だね?
 ……ほんとうに、会わなくてよかったのかい?」 

 
 件の少年、鋼盾掬彦は彼女にとっても縁深い相手だ。

 冥土返しは自身の情報網と、そして当人たちからその事を知り得ている。

 故に先ほども彼女を誘ったのだが、それはにべもなく断られてしまっていた。


「ええ……先刻も言いましたが、今の彼はそれどころじゃないでしょうから。
 ――それに、どんな顔をして会えばよいのかわかりませんよ」


 今生の別れのような台詞を口にしたばかりですから、と木山春生は笑う。

 逢いたいか否かと聞かれれば無論逢いたかったが、物事にはタイミングというものがある。


 なにより、彼女にはやらねばいけない仕事がある。

 まずはそれを優先したいと、木山春生はそう言った。

 




「……ふむ、確かにね?
 まあ、これから幾らでも機会はあるだろうしね?」

「……そう、ですね」


 再会の約束は、確かにあった。

 別れ際に口にした言葉は今でも覚えている、自分たちのお気に入りの遣り取りだ。


 そして、その時。

 木山春生は、かつてとある能力者だった女は、彼にひとつの未来を告げた。

 それはまさしく絶望の予言―――御丁寧に日時指定までついていた。


「……今日は七月二十八日、ですか。
 昨晩、どうやらいろいろあったみたいですね」

「……未来予知、だったね?」

「ええ―――私の最初で最後の、未来予知でした」


 幻想御手の副産物たる多才能力。

 その身に千以上の能力を宿した彼女の身に、もっともよく馴染んだ力。


 大能力レベルの“未来予知”

 たった一度だけ発動した、制御不能の異能。


 ほんの十時間前、その予言は成った。

 彼らの具体的に何があったのかを、彼女は知らない。

 だが、ここで昏睡状態に陥っている少年は、そこにいたのだ。


 幻想殺し。

 都市伝説、眉唾ものだとばかり思っていた、本物のイマジンブレイカー。

 己が解除プログラムにその名を冠したのは、一体どのような巡り合わせだったのか。


 木山が多才能力を駆使し、インデックスの喉に視た悪意の塊。

 一目見て解呪は不可能と確信した、得体の知れぬ呪いの首輪。


 眠る少年――上条当麻は、それを右手でもって打ち砕いたという。

 その結果銀髪のシスターは救われ、幻想殺しは倒れた。


 それが、鋼盾掬彦の身に起こった悲劇だったのだろう。

 かつて幻視した悲痛な涙と咆哮を思い出し、木山は悔いるように眉根を寄せた。

 そんな木山の様子に、冥土帰しは穏やかに声を掛ける。





「……きみが責任を感じることじゃないんだね?」

「―――別に、責任など感じてはいませんよ。
 私は結局、傍観者にしかなれなかったのですから」


 変えることの出来ぬ未来予知、我ながら酷いことをしたものだと思う。

 それでも、言わずにはいられなかった。

 伝えなくてはいけないと思った。

 
 
 たった一度の未来予知は、きっと。


 そのためにあったのだと、そう思ったのだ。


「避け得ぬ未来を知った彼は、それでも前に進むと言いました。
 私の計画を打ち砕いた男ですよ……どうせ諦めてはいないのでしょう? 彼は」

「その通り、だね?
 ……まったく、あんなに強くあることなんて、ないだろうにね?
 痩せ我慢は体に悪い―――やれやれ、難儀な話だよ?」

「ヒーローとは、そういうものですから」


 倒れても、必ず立ち上がる。

 それがやはり、主人公の第一要件だ。

 泥に塗れてからが本番、折れた骨は前より強くなる。


 クールでチートで余裕綽々のヒーローになんて、なれなくていい。

 みっともなくても、無様でも、守るべきものを守る。


 鋼盾掬彦、彼は。

 あの日の宣言を、張り通した。

 木山春生の期待通りに、彼は鋼の盾になったのだ。


 それを喜ぶべきなのか。

 あるいは悼むべきなのか。


 それを判断することなど、出来ようはずもない。

 そもそも己の感傷など、なんの意味も持たない事だと木山は断じる。


 既に、あの日の予知は既知。

 そして、ここから先は未知。


 きっと前途は多難だろう、あのお人好しのひとたらしは。

 余計なものまで背負い込んで、厄介な性分だ、まったくもって度し難い。


 だけど、彼は一人じゃない。

 守るべき者がある限り、盾は砕けない。

 あれはきっと、そういう種類の主人公だろうから。






「どうせ勝ちます、心配無用ですよ。
 ……むしろ心配なのは、この子の方ですね―――上条当麻君、でしたか」

「ん……正直、こんなケースは初めてだね?
 きみの生徒さんの症状と少しばかり似ているけど――もっと、根が深い……かな?」


 原因不明の昏倒。

 冥土帰しをしてそう言わしめるそれが、どれほど異常なことなのか。

 彼の伝説の一端でも知りうる者であれば、誰しも匙を投げるのだろう。


 でも。

 鋼盾掬彦は、それを諦めていない。

 親友の帰還を、只管に信じ抜いている。


 そしてそれは眼前の医師―――冥土帰しもまた、同様だ。 

 研鑽更新未踏不許、理不尽に挑む白衣の賢人。

 そんな男が、上条当麻を診てくれている。


 やれやれ、と木山は肩を竦める。

 それがどれほど幸運な話か、果たして鋼盾掬彦は理解しているのであろうか。

 自分がどれほどすごい事をやっているのかを、正しく理解しているのだろうか。


 上条当麻、御坂美琴、初春飾利、冥土帰し。

 埒外の幻想殺しに第三位超電磁砲、電脳守護神に世界最高の名医。


 いずれもはっきり言って垂涎のコネだ、とんでもない。

 ……しかもこの調子だと、これでは終わるまい。


 値千金どころではない、絆という名の金脈だ。

 手札に何枚のジョーカーを集めるつもりなのか、あの少年は。

 




「この上条当麻くんは、特殊な能力の持ち主だ。この奇妙な昏倒は、おそらくはソレに起因するのだろうね?
 ――そして、鋼盾掬彦くんも―――ああ、それについては、きみが誰より知っている筈だね?」


 否、彼自身もまた、ジョーカー足りうる。

 木山春生はそれを知っている、知ってしまっている。


「……ええ、視ましたから。
 とはいえ、理解は及びませんでしたが」


 かつて木山が手にしていた多才能力が一、“能力解析(AIMリーダー)”
 
 対象のAIM拡散力場を観測・解析する特殊能力。


 他の誰とも違う、彼の才能。

 あれがなんだったのか、木山はいまでも測りかねている。


 だが。

 幻想猛獣が御坂美琴を差し置いて鋼盾掬彦を狙った、その事実。

 AIM拡散力場そのものであるあの怪物が、己の血肉に関して間違うわけがない。


 そしてなにより、鋼盾掬彦は

 予知の通りであれば、既に―――






「彼は覚えていないようだけど―――ぼくは、かつて鋼盾くんを診たことがあるんだね?
 もう随分昔の話になるかな、“能力が全く発現しない能力者”という触れ込みだったね?」


 思索に沈む木山に、冥土帰しはそんな事を言った。

 鋼盾掬彦は己の患者だったと、そう言った。


「結果は……レベル0、思いつく限りの方法をためしたけど、彼には一切の能力がなかったね?
 依頼者も然程期待はしていなかったようで、検査はすぐに打ち切りだったよ?」

「……そう、でしたか。
 彼からもそんな話を聞いたような気もします」

 
 無理もない、と木山は思う。

 アレは機械で測れる種類のものではない、高レベルのAIM感知能力が必要なのだ。

 木山が知るかぎりでは、その条件に当て嵌まるのはかつての己と、あともうひとりくらいのものだ。


 木原幻生から教えられたことのある、とある希少能力の大能力者。

 AIM拡散力場の研究者としては、正直多大な興味を引かれる“能力追跡”なる異能。

 一時期なんとか研究依頼をできないかと伝手を辿ったが、結局は縁を繋ぐことは叶わなかった。


 滝壺理后。

 彼女なら、鋼盾掬彦と上条当麻をなんと評すだろうか。

 仮初にも同種の能力を得ていた者として、木山はそれを聞いてみたいと思った。






「私も、未来視がなければ気付けなかったでしょうね。
 この街の能力強度というシステムの陥穽、言わばマイノリティ・リポートですか」

「まさに、だね?
 ―――あの日のぼくは、彼を見つけてあげられなかったんだ」

「……それは、仕方のない事でしょう」


 冷たい言い方かも知れないが、彼のようなケースは例外中の例外だ。

 そもそも全学生の八割が能力弱者として切り捨てられているこの街には、もっと根本的なレベルで問題点がありふれている。


 この街は、未だ過渡期にある。

 目まぐるしい新陳代謝の中で、そんな瑣末に注意を払えるわけがない。


 邁進する実験都市。

 その中でどれ程の悲劇が生まれたのか、その一端を知る木山は、改めて震える。

 
 
 そして。


 おそらくは目の前の男は、己などよりもずっと深い闇を知っていると木山は思う。


 それでいてその闇に沈まず、高みを目指し続けている。

 正しくあることを許されている、理想を追求することを許されている。


 学園都市にとって、この男はある種の毒だろう。

 それなのに排除されることがないのは、それだけの価値が彼にはあるからだ。


 それが、冥土帰しという男の戦い方。

 そんな彼に木山は畏怖と戦慄と憧憬、そして正直なところを言えば、恐怖に近い感情を覚えずにはいられない。





「そうだね―――だが、改めて思い返してみればおかしな話だったんだね?
 依頼主は彼を“能力が全く発現しない能力者”と言ったんだよ?」


 そんな木山の震えなどどこ吹く風というように、冥土帰しの言葉は続く。

 今の今まで気付かなかったと呟くその声は、常よりも少しばかり硬いものだった。


「……、それは、確かに。
 “無能力者”ではなく“能力が全く発現しない能力者”、ですか?」

「そう、身体検査に全く反応しないその少年を、彼は確かに“能力者”と言ったんだね?」


 そう言われれば、確かにおかしな表現だ。

 “能力が全く発現しない能力者”というカテゴリは、考えてみればありえないものである。


 なぜなら、無能力者と呼ばれる者たちにも能力は存在する。

 それは学園都市の公式見解であり、幻想御手のネットワーク保持者だった木山は実感としても知り得ている。


 上条当麻はともかく、学園都市から見た鋼盾掬彦に相応しい表現は“非能力者”だろう。

 学園都市の時間割を受けても能力が開発されなかった、例外中の例外だ。


 だが、その表現が間違っていることもまた、木山春生は知っている。

 未来視にしてAIM観測能力を持っていた木山春生だからこそ、それを知ることができた。
 
 翻せば他の人間はそれを知り得ないのだ、冥土帰しすら届かなかったのだから。
 

 能力が全く発現しない能力者。

 鋼盾掬彦をそう評する事ができるのは、木山ただ一人だけのはず。


 だが。

 そんな奇妙な表現を、既に使っている人間がいた。


 つまり。

 冥土帰しに調査を依頼したその人物は―――知っていた、という事になる。


 それが何を意味するのかと思案する木山は、やがてひとつの結論に思い至る。

 それはあまりにも突飛で、妄想めいていて、ろくでもない解答だった。


 ありえないと、そう思った。

 この街に有り得ないことなどないと、既に知っているはずなのに。






「……単なる言い間違い、……いえ、表現を誤ったという可能性もあるでしょう?」

「もちろん、そうかもしれない。
 だけど、ぼくの知る依頼者は、そんな種類のミスをするようなヤツではないんだね?」


 悪足掻きめいた木山の言葉に、冥土帰しは静かに否を告げる。

 それだけで、眼前の医師も同じ結論に至ったのだとわかった。


 それは、三年ほど前に研究者間の間でまことしやかに語られた、ひとつの噂話。

 街談巷説、道聴塗説――されど、火のない所に煙は立たぬ。


「きみなら知ってるんじゃないかな?
 “孵らない卵”の噂話―――なんたって、木原幻生の弟子なんだからね?」


 都市伝説。

 典拠のない、無責任な噂話。

 学園都市の底の方から、そういうものが浮き上がってくることもある。





「……私があの男の弟子かはともかくとして。
 確かに聞いた覚えがありますね……木原刹那でしたか、既に故人と聞いていますが」


 誰から聞いたのかも既に覚えていない。

 噂話というのはそういうものだ、無責任な事この上ない。


「うん、ぼくもそう聞いているね?
 二年前に実験中の事故で亡くなったそうだよ?」

「……貴方の、教え子だという話も聞いたことがありますが」

「ふむ……まあ、一応そうなるのかな?」


 正確には助手、といったところだけどね? と冥土帰しは口にした。

 ナース服の似合う可愛い子だったよ、なんてどうしようもない感想も添えて。


 それきり、部屋に沈黙が落ちる。

 一分ほど続いたそれを断ち切ったのは、冥土帰しの方だった。





「……まあ、今はそんな話をしている時じゃなかったね?」

「ええ、興味深いですが、また次の機会にしましょうか。
 ―――上条当麻君、彼の治療について、どうされるおつもりですか?」


 随分と脱線したものだ、と二人して笑う。

 都市伝説の真実を暴くよりも前に、やるべきことがあるだろう、と。


 上条当麻の治療を、どのように行うのか。

 それを決めねば、今後の予定も建てられない。


 とは言え。

 昏倒の原因すら掴めぬ状況では、建てられる方針もたかが知れている。


「率直に言おう、現状、上条当麻くんへの手の施しようはないね?
 今のところ僕らにできるのは、身体面で彼を健康に保つこと、それだけだね?」

「……でしょうね」


 神域の技術を持つ冥土帰しでも、原因がわからなければ手を拱くしかない。

 身体ではなく、精神でもなく―――まるで魂に罅でも入ったかのような、そんな症状。


 上条当麻がはたして本当に生きているのか、木山春生には断言できない。

 インデックッスの喉を視た時に感じたものと同種の、隔絶のイメージ。


 これは医家や科学者の領分ではない。

 木山春生はそう思わずにはいられない、これはあまりにも違いすぎるだろうと。



 だが、

 それでもなお、冥土帰しはそんな線引を認めない。





「手の施しようがないのは、あくまでも現時点での話だよ?
 今日は無理でも、明日はそうじゃないかもしれないね?」


 患者に必要なものは、全て用意する男。

 それが自前で用意できるものなら、もちろん彼は出し惜しむことなどしない。


 患者を助けたいという情熱

 最善を尽くし続ける覚悟

 向上を諦めない気概


 そんなものは、この胸にいくらだって積んである。

 医師を志してより今日まで、それらが尽きた事などない。


 そう、つい先程も。

 とある少年たちの覚悟に触れて、それをたっぷりと補充してきたところなのだから。





「ぼくもきみも、彼には借りがある。
 それに、あんな子どもたちがあれほどの意地を見せたんだ。
 ―――ああいう子たちが報われないなんて、ちょっと許せないんだね?」


 そう言って、冥土帰しはいたずらっぽく笑う。

 きみもそう思うだろう? とその目が言っている。

 そんな彼の振る舞いに、木山春生は思わず笑みを浮かべてしまった。


 そうだとも。

 借りっぱなしは、性に合わない。


 もう迷いはしない、。

 幻想の御手では掴めなかった未来を、今度こそはこの手で掴んでみせる。


「……言うまでもないでしょう。
 私だって大人で、教師だったこともある」


 我ながらダメな大人で、ダメな教師だが。

 それでも、ちょっとくらいはいいところを見せたいと思う。

 今更胸など張れないけれど、せめて次に合う時、きちんと逃げずにいられるくらいには。


「あの子たちは私が救うし、彼―――鋼盾掬彦への借りも、返して見せます。
 ただ、私一人では届きません、ですから……」


 あなたの敗因は、一人で戦ったことだと。

 あの日、木山は鋼盾に諭されていた。


 そう、万の能力者を繋げても。

 多才能力という強力無比な能力を得ても、届かなかった。


 あの日の木山春生は、届かなかった。


 だけど、次は間違えない。

 躊躇わない。


 この都市(まち)にも、正義はある。

 こんな私にも、手が差し伸べられている。


 木山春生はその手を掴む。

 強く強く握りしめて、静かな声で宣を発する。





「ですから、改めて―――冥土帰し。
 ……貴方の力を、私に貸して下さい」


 その力ある眼差しに、冥土帰しは微笑む。

 木山春生はあれで結構な炎の女だと、とある少年が言っていた。


 頑固で、向こう見ずで、諦めが悪い、負けず嫌い。

 あんな大事件をおこしてしまうような、一途な馬鹿。

 理知的で周到なくせに猪突猛進、危なっかしいったらない


 なるほど鋼盾の気持ちがわかる、と冥土帰しは内心でそう思う。

 こりゃ、ほっとけない―――いい意味でも、悪い意味でもだ。


 この難儀な女にも、幸せになってもらわねばならない。

 彼の少年も、それを望んでいるのだろう―――あんな心配そうな顔で、語るくらいだから。


「もちろんだよ?
 誰も彼もを掬い上げて、ハッピーエンドといきたいものだね?」

「ええ……そうですね。
 ―――ほんとうに、そうです」


 冥土帰しが理想を歌い、木山春生がそれに同意する。

 子どもたちを救うべく、大人たちの戦いが幕を開ける。







 この日、七月二十八日。

 復讐と贖罪のみに生きていた女が、初めて。

 自らの意志で、手を差し伸べることを選んだ。


 幻想の御手ではなく、彼女自身のその手でもって。

 木山春生が、手を伸ばす。





――――――――――
 




 ああ、忘れていた。

 もうひとつだ。


「……ところで、先生?」

「? なんだい?」


 もうひとつ。

 思わせぶりな伏線を、私はもうひとつ彼に仕掛けていたのだった。


 木山春生は冥土帰しに、とある質問を投げかける。

 ほんの数日前、木山春生が大敗を喫した相手についての質問だった。


「御坂美琴、彼女も先生が看てくれたのでしたね」

「そうだけど……それがどうかしたのかい?」

「いえ、彼女にも借りがあったな、と思い出してしまいまして」

 
 恩人といえば、彼女もだ。

 電池切れまで戦い抜いてくれたあの少女。

 気高く、誇り高く、凛とした―――あの雷姫にも借りがある。


 超電磁砲、御坂美琴。

 彼女もまた、この街の闇に食い物にされている。

 己はその事を知っている、知ってしまった。


 そして鋼盾掬彦という男は、そんな理不尽を許しはしない。

 初春飾利や、白井黒子もそうだろう。


 ヒントは既に渡してしまっている。

 遠からず、彼らはあの気狂いじみた実験の事を知るだろう。


 ならば……私はどうするべきか。

 そんな事、考えるまでもないことだった。


 



「“絶対能力進化実験”―――ご存知でしょうか、貴方なら」


 木山春生が、冥土帰しにそう問うた。

 医師は軽く目を瞠ると、諦めたように天を仰いだ。


「……噂程度には、ね……やれやれ、きみも大概だね?
 ――――その目、ヒーローの素質があるよ?」


 それはいつか、木山が鋼盾に言った台詞とよく似ていた。

 だから、木山は鋼盾が答えたように返す事にする。


「わたしには、そんなものはありませんよ」


 ヒーローではない。

 だけど、欲しい物がある。

 守りたいものがある。



 学園都市の闇は深い。

 既に多才能力も幻想御手もない己には、それを相手取る直接的な力はない。


 それでも。

 やれることがあると、信じている。

 私の武器は―――やはり、この脳味噌なのだから。






「……なにを考えているのか、聞かせてもらっていいかい?」


 冥土帰しが、そんな事を問う。

 それを受けて木山は、内緒ですよ、と笑って返した。


「……留置所で結構時間があったものですから、いろいろ考えましてね。
 もう“幻想御手”は使わない、無関係な人を巻き込まないと約束してしまいまして」


 だから、次の手段はどうしようか、考えていた。

 ヒントは、すぐそこに転がっていた。


「次は、“虚数学区”でいこうかな、と」


 多才能力の発現は、彼女に幾つもの重要な知見を与えていた。

 あらゆる実際に能力を使用し、AIM拡散力場を視認し、一万人の脳と繋がった。


 通常の研究者が一生かかっても得ることのできない、とびっきりの黄金体験。

 能力とはなにか、その根底にあるものに、彼女の爪先は微かに触れた。

 
 幻想御手

 幻想猛獣

 虚数学区

 五行機関


 そして

 その先
 

 



「……悪巧み、だねえ?
 なかなか楽しそうだ、必要な機材があったら言ってくれていいよ?」」

「感謝します。
 ……まずは“ヒューズ”ですね、私の身体を使えればいいのですが」


 「切り取るには」「核が必要」「繋げて」「重ねれば」「ヒューズ」

 ぶつぶつと物騒な台詞を口にする木山に、冥土帰しが呆れたように笑う。


「言っておくけど、まずは治療のほうが優先だからね?」

「それは、勿論です。
 ――――では、さっさとこの子から起こしてしまいましょうか」


 吹いたのは、法螺か。

 それとも息吹か。


 いずれにしても、木山春生は止まらない。

 物語は再び交差し、新たな筋書きを紡ぎ上げるだろう。

 

 だけど

 それはまた、別の話。




――――――――――

どうも>>1です
昨夜はすみません、ルーター様が機嫌を損ねてどうにもなりませんでした
そして気づいたら昼過ぎでした

新スレ一発目なのに締まらない話で申し訳無いです
こんなスレですが、よろしくお願い致します。

木山先生は俺の嫁。
能力と能力開発と能力による影響を完全に無視しちゃう能力って鋼盾らしいというか。
ある意味ダークマターそのものなんだな。
ひとつ言えるのは全然うれしくないww

>>38
うああ、書き方間違ったなこりゃ

「能力が発動しない能力者」という表記は

「能力が発現しないという能力、を持つ能力者」ではなく
「能力が発現していない、けれど能力者」という意味で使いました

わかりにくくてスマン、今回は特に推敲がたりんぜ
次回、ご期待のシーンがあるかもです

おまえら何処に隠れてたんよ!
新スレにも来いよ! マジか! あと運営空気読み過ぎィ!!
html依頼スレ、なんであの辺だけ飛ばすねんよ!!

どうも>>1です
ともあれコメント感謝です、ありがたやありがたや

さりとて残念ながら、20スレは無理、このスレで閉じる予定はかわりません
モチベ的にも、時間的にもアカンのです、次やるとしても他作品になるでしょう

ですが、応えないのは男が廃る
せっかくですので―――2~22巻、やってみましょうか

やりかたは、内緒
語り手も、内緒
ないしょというか、しょうもない

蛇足と人は笑うでしょうが、どうせ端役の悪あがき
端から地を這うムカデです、足が多少増えてもわかるまい

本編番外終わったあと、もうちょっとだけ>>1に付き合ってくれるかな?
付き合ってくれる人はゴルベーザさながら「いいですとも!」とでも書き込んどいて下さい




「……よう、コウやん」

「…………きくひこ」

「ああ、土御門くん、メールありがとう。
 インデックスも……遅くなって悪かったね」


 冥土帰しや月詠小萌との会話を終えた後。

 鋼盾が受付で会計を済ませるタイミングで、土御門から二通目のメールが届いた。


 今朝方届いていた一通目の内容は、インデックスを預っているという旨の連絡。

 そして二通目は、病院そばの公園で待っているという内容だ。


 今から病院を出ようという、そのタイミングきっちりのメール。

 もはや盗聴は確実である、なんか埋め込まれてるのかもしれない。


 正直、勘弁願いたい。

 なにが問題かって、そのことに危機感を覚えない己の慣れっぷりがダメ過ぎだった。


 




 正門を出て、歩くこと二分。

 メールの通り、病院に併設された公園に、鋼盾はふたりの姿を見つける。

 ベンチにも座らず木陰に佇むのは、土御門元春とインデックスだ。


 よく見知った顔、いつもどおりの彼ら。

 だが、男の方にはいつもと違うところが一点。

 ひとつ足りない、あるいは余計なものがひとつ減っていた。


「……で、サングラスはどうしたのさ」


 鋼盾が問う。

 土御門元春がトレードマークであるサングラスをしていない。

 それがどういうことか判らぬほど野暮ではないが―――まあ、誂ってやるのも悪くない。


 イケメンめ、忌々しい。

 色濃いレンズにその目を隠さず、まっすぐに目の前の少女に向かい合ったのだろう。
 
 胸ポケットからサングラスを取り出した土御門は、少しばかり決まり悪そうに笑った。
 

「おっと迂闊、忘れてたにゃー……装着ッ!」

「はいはいペルソナペルソナ……つけることないのに。
 ―――おつかれ、随分待たせちゃったよね」


 鋼盾が気絶してから、もう半日近くが経っている。

 随分と長い時間だった―――きっと、心配もかけてしまっただろう。

 そんな鋼盾の言葉に、土御門はゆるゆると頭を振る。


「気にするな、いろいろ話もできたしな。
 ―――なあ、インデックス」

「……うん、もとはる」


 笑いかける土御門に応えるインデックスの表情は、少しばかり複雑で。

 それでも、ちゃんと笑えていた―――七年ぶりの再会になるのだと、鋼盾は改めてそれを思う。






 土御門元春と、インデックス。

 かつて途切れたこの二人の物語は、しかしもう一度紡がれることになる。


 互いに複雑な立ち位置で、雁字搦め。

 幼い頃とは違う、彼らにとっての一番は、既に互いではない。

 
 それでも。

 全てが失われたわけでは、ない。


 ここからもう一度、始めることができるだろう。

 それは紛れもない救いであると、鋼盾は思う―――ハッピーエンドのための、第一歩だと。


 インデックスは、もうなにも失わない。

 だが、その物語を勝ち取った立役者はここにはいない。


 ヒーローの、不在。

 誰もがそれを感じ、しかし切り出すことを迷っていた。


 ならばそれは己の仕事だ、と。

 上条当麻の相棒役を任じる男が、その口を開いた。






「……ふたりは、上条くんの容態については?」

「ああ、聞いてる」

「そっか」


 そりゃそうだろうね、と鋼盾は小さく頷く。

 昨夜の顛末、奇跡の代償―――上条当麻の、昏倒。

 その事実がどれほどこの二人を傷つけたかなんて、考えるまでもないことだ。


 この二人は、きっと。

 鋼盾と上条を巻き込んだのは、それぞれ自分の責任だと思っているのだろう。


 それは事実で、しかしどうしようもなく見当違いだと鋼盾は思う。

 ぼくらは望んでその道を目指した、後悔なんてありえない。


「―――なあ、コウやん、オレは…… 「ストップ」


 土御門が、鉄錆の混じったような声を絞り出す。

 そのあとに続くのは謝罪か懺悔か――いずれにせよ、そういった類のものだろう。


 鋼盾は土御門の言葉に被せるようにして、その独白を切り裂いてゆく。。

 そんなものは、いらなかった。





「ストップだ――そういうのはさ、なしにしよう。
 シリアスモードのとこ悪いけどさ、ぶっちゃけ意味が無いよ、それ」


 意味が無い、と鋼盾は言う。

 後悔なんてする必要がないと、確信を胸にそんな事を言う。


「……どうせそのうち起きるよ、あの馬鹿は。
 ヒーローは遅れてきて、でも間に合う……困ったもんだね、正直」


 意識不明、目覚める気配のない、深い深い眠り。

 ぼくらは勝利し、しかし喪う―――だが取り返す、必ずだ。


 未来はぼくらの手の中にある。

 ハッピーエンドに、決まってる。


 鋼盾のそんな台詞に、土御門とインデックスは小さく笑った。

 目の前の男はどうしようもなく真剣で、ばかみたいにまっすぐだ。


 それに救われる。

 それに掬われる 。





「そうだな―――まったく、もうちょっと脇役のことも考えて欲しいもんだぜよ。
 カミやんめ……ヒロイン役をほっぽり出しやがって」

「まったく、ね」

「……ほんと、とうまはしょうがないかも」

「だにゃー……さてコウやん、んじゃ、本題だ」


 本題、と土御門は言う。

 彼がここにいるのは、それが理由であると。


 英国清教の魔術師。

 学園都市の、エージェント。


 世界の闇をゆく、蜘蛛の男。

 ……まあ、それだけでもないだろうけど、と鋼盾は笑う。


 とある少女の未来のために。

 無茶ばかりする友人たちのフォローのために。

 大事な大事な義妹の世界を守るために。


 土御門元春という男は、そう言う戦い方をする。

 難儀な事だ、頭が下がるったらない。


「了解、聞かせて」


 ならば己も、自分の役を。

 鋼盾はその身体を樹の幹に預け、目を閉じて土御門に先を促した。





「まずは、業務連絡からいかせてもらおうか。あの後だが、ステイルと神裂は英国に戻ったよ。
 ――イギリス清教は、とりあえず禁書目録について、様子見を決め込むことになった」

「……うん、ステイルから手紙で聞いてるよ」


 首輪は砕け、繰糸は切れた―――英国の思惑とは、違った形の結末だろう。

 こうなった以上、この先インデックスの記憶を奪うという方法は使えなくなるはずだ。

 やぶれかぶれ次なる刺客を送り込んでくるような展開にはならないようで、鋼盾としてはほっと一息だ。


 無論、油断は禁物だろう。

 しかしステイル、神裂、そして土御門が、内から外から抑えてくれるはずだ。


 ひとまず、猶予は得た。

 そのアドバンテージをもって、次に繋げねばならない。


 とは言え、相手が相手だ。

 一筋縄ではいかない、魔術師三人が揃ってそう言ったのだから相当である。


「それが、最大主教の判断だ。
 あの女狐、ひとつも躊躇わずに命を下しやがったよ。
 この状況すら自分の手のひらの上だと言わんばかりに、な」


 溜息混じりの声で、土御門がそんな事を言う。

 英国清教がトップ、最大主教・ローラ=スチュアート。


 禁書目録の実質的な所有者であるその女の影響力は、大きい。

 インデックスのみではない、神裂やステイル、土御門―――仲間たちはいずれも彼女の支配下にある。


 だが、インデックスの幸せを願うなら。

 いずれは、どうにかしなければならない相手だった。


 とはいえ、まだ足りないのも事実だね、と鋼盾は溜息をひとつ、零す。

 そう……今はまだ、足りない。





「怖いねえ――ブラック企業の社長さんは」

「……ほんとだぜい、なにが聖職者なんだかにゃー」

「まともな十字教徒さんに、いっぺんくらい会ってみたいもんだね」

「……ふーんだ」

「おっと、失言だったかシスターさん。
 ……まあ、様子見だっていうなら、見守ってもらおうかな」


 今は、掌の上でいい。

 思惑にだって、乗ってやる。


 だけど、そこで終わるつもりはない。

 そのためには―――まあ、目の前のことから片付けていこう。


「で? 具体的には、どうなるの?」

「ああ―――コウやんの役どころは、禁書目録の管理人。
 ……インデックスの身の振り方については、基本的にはこちらの判断で構わないとのことだ。
 そして、学園都市も基本は放置、不干渉でいくことになってる」

「そりゃ、願ったりだね」

「……信用はできないぞ」

「うん、そりゃそうだ。
 ―――英国も、学園都市もね」


 されど、これが大きな前進であることは疑いない。

 掴み取った平穏は謳歌する、あの子はこれからも日々を重ねる。


 それを、譲るつもりはない。

 あるわけがない。
 



「……清教との連絡役、並びにお前ら二人の監視役は、オレが務める」
 
「そいつも、願ったりだね」


 これ以上の適任はいないだろう、同時にどうしようもなく不適でもあるけれど。

 そんなきみだからいいんだ、と鋼盾は笑って土御門を見る。

 それを受けて、土御門は呆れたように笑みを浮かべた。


「―――ハ。そりゃどうかな、コウやん。
 オレの魔法名、ちゃんと覚えてんのか?」

「……その遣り取り、ついこないだやっただろうよ」


 多重スパイ、背中刺す刃、誰より誠実な嘘吐き。

 そんな彼はどうしたってバランサーにしかなれない。

 それを崩せるのは、基本的には舞夏だけ―――鋼盾でもインデックスでもない。


 とは言え、鋼盾はすでに土御門に全額張った身である。

 ならば、今更そんなことは考えない。


 それに。

 なんだかんだでこのグラサン野郎は、お節介の天邪鬼だから。


「言っとくけど、こき使うからね」


 どうせ、うまくやるに決まってる。

 というかやれ、うまいことやりやがれと、鋼盾は土御門にそんな念を送る。


「まったく、怖い怖い……お手柔らかに頼むぜよ」

「それは相手次第だね、つまりはきみのがんばり次第だ」

「そうかよ―――ホント、しんどい話ですたい」


 まったくだ、と鋼盾は心底から同意する。

 だけど―――まあ、ひとりじゃないから大丈夫だろう。


 それでは、景気づけに一発。

 鋼盾は土御門とインデックスを見遣ると、適当極まりない口調で言葉をひとつ。





「ぼくたちのたたかいはこれからだ。
 ……はい、リピート」

 鋼盾掬彦


「オレたちの戦いはこれからにゃー!」

 土御門元春


「にゃー!」

 インデックス



 公園に響くは、謎の猫語尾。

  まったくもって、締まらないにも程があった。




――――――――――





ここまで
能力についてまでいくつもりが、届きませんでしたね
次回は後半分ですので短くなりそうです、そのぶん早くに来たいところ

FFⅣのラストがどうなったのか、ぶっちゃけイマイチ思い出せません
こないだブックオフでFFⅧのアルティマニアが100円で売ってたのでつい買っちゃいました
やっぱりニーダ×シュウだと思います

では、また次回!

どうも>>1です、コメ感謝
俺、ガキの頃はゲームの攻略本作る人になりたかったんだ……

FFはⅩまでしかやってないです、おっちゃんもうついていけんねんよ
Ⅷのカードはハマリまくったクチです、ランダムハンド? それは許さへんよ?
ギルガメッシュのカードで聖戦の薬を精製しまくるとボスとかヌルゲーでしたね(ゲス顔)

今晩来ます
よろしければお付き合い下さい

舞ってる

Ⅶでチョコボレースしまくったのは俺だけですか……?

修学旅行の準備放り出して待ってるぜ…

斬鉄剣返しは凄かったよサイファーさん

>>88 舞わせた!
>>89 トウホウフハイを蹴散らすぜ! でもスノボーの方がハマった!
>>90 準備は大事やで!

では、行きますよ
そぉい!

――――――――――



 そうして。

 土御門元春が去り、公園には二人だけが残される。


 鋼盾がベンチに座ると、インデックスもそれに続いた。

 ベンチは三人がけ、二人で座ると一人分のスペースが空いてしまう。

 そこに座るべきが誰だったかなんて、言うまでもないことだった。


 いまここに、誰よりここにいるべき彼がいない。

 上条当麻が、いない。


 鋼盾掬彦と、インデックス。

 残された二人の間に、会話はない。

 無理に沈黙を埋める必要はない、今はただ、彼の不在を噛み締めていればいい。


 おそらくはこれから、何度も味わうであろうその空白。

 だけど、それは彼が自分たちの中で確固とした位置を占めていることの証左でもある。


 “俺たちは三人で三人だ、そうだろ?”

 その通りだと鋼盾は思う、だから早く帰ってきやがれってんだ、馬鹿野郎。




 それからまた、どれくらいの時間が経過しただろうか。

 五分か十分か、緩やかな一時であっても、時計の針は容赦なく進む。


 ふと横を見れば、インデックスがこくりこくりと船を漕いでいた。

 無理もないことだろう、いい陽気だし、意識を取り戻してから気を張り続けてきたのだから。

 ……いや、もしかしたら、いままでずっとそうだったのだろうか、と鋼盾は思い直す。


 一年近くに及ぶ、逃亡生活。

 生まれてからずっと、逃げ続けてきた少女。


 それにひとまず、こうして区切りをつけることができた。

 ここはゴールでなくスタートにすぎないことはわかっているが、それでも勝ち得た平穏だ。


 鋼盾はぼうと空を仰ぐ。

 連日のドタバタでどうしようもなく疲労は溜まっているし、気絶は寝た内に入るまい。


 夏の昼下がり、木陰のベンチ。

 街の喧騒は遠く、風も柔らかい。


 優しい木漏れ日。

 蝉の声。



 睡魔の誘惑。

 油断すればこのまま落ちてしまいそうで、正直それも悪くない。

 とは言え自分一人ではないから、流石に無用心か。


 鋼盾は視界の端に自動販売機を見つけると、眠気覚ましのコーヒーを買いに行く事にした。

 青汁コーヒーだののゲテモノ類は無視し、まっとうなコーヒーを購入する。

 インデックスの分はと少し迷ったが、目を覚ましてからでいいだろうと思い直す。


 ベンチへの道すがら、缶コーヒーのタブを開け、一気に呷る。

 思っていた以上に喉が乾いていたようで、冷えた甘みが心地よい。

 あっという間に飲み干してしまったが、お陰で眠気もいくらか減じた。


 それに、飲み終わったあとの空き缶に用がある

 ちょっとばかり、それで試してみたいことがあった。


 ベンチまでの距離、およそ五メートル。

 鋼盾は地面にコーヒーの空き缶を置く。


 缶蹴りでも始めようかというような、そんな光景。

 風は微風、外的要因がなければ倒れることはない。


 鋼盾は缶から数メートルほど離れ、改めてそれを見据えた。

 掌サイズのスチール缶。


 それが、的だ。




 右手を持ち上げ、太陽に透かすようにそれを見る。

 これまで何を成し遂げたわけでもない、不細工でつまらない右手だ。


 だが昨晩、上条当麻の右腕が最後に触れたのは、この右手だった。

 幻想殺しが最後に触れたのは、鋼盾掬彦だった。


 あの時。

 確かに聞いた、鎖の千切れる音。

 ひとつの幻想が、砕ける音。
 

 昨晩、鋼盾は倒れた。

 原因不明の眩暈と頭痛に苛まれ、無様に意識を手放した。


 その原因がなんだったかなんて、わかりきっている。

 予感はあった、それどころか予言すらあったのだからダメ押し過ぎる。





 拳を作り、また解く。

 目を閉じる、裡へと潜る、目を開ける、空き缶を見据える。


 標的までおよそ五メートル、手を伸ばしても届かない距離だ。

 それでも鋼盾はまっすぐに、右の掌を缶へと向けた。


 あの瞬間から、ずっと右手を基点に全身を“何か”が、形容のしがたいものが覆っている。

 それを感じるのは五感ではない、もうひとつかふたつずれたところにあるものだ。


 それは、昨日までの己では知覚出来なかったもの。

 あちらとこちらを分ける、脳味噌の変革。


 ああ

 おそらく、これは


 鋼盾は再度、目を閉じる。

 右手に蟠るそれに、ひとつ命じる。


 すると。








 こん







 硬く、小さな音が耳朶を打った。

 その音に鋼盾が目を開けると、倒れた空き缶がコロコロと転がっていた。。


 風が吹いたか? 否。

 小石やボールでも転がってきたか? 否。

 凄腕のスナイパーが? もちろん否。


 鋼盾掬彦がそれをやった。

 常人には有り得ぬその業を、この街では能力などと呼んだりする。

 数メートル先の空き缶を倒す程度の力など、この街では珍しくもなんともない。

 風を吹かせばいい、地を爆ぜればいい、不可視の指で触れればいい、缶にそう命じればいい。


 念動力(テレキネシス)、と第三者が見ればそう言うだろうか。

 手を触れずに物体を動かすことのできる、学園都市でもポピュラーな類の能力。

 鋼盾掬彦がやったのは、レベル1クラスの念動力だと―――つまらない能力だと。


 だが、それは違うと鋼盾は確信する。
 
 力は意図の通りに標的を直撃したが、この力の本来の役割はこれではないと直観的に識る。


 それは言うなれば“盾で小突く”という行為だった。

 わかる、いや、理解では余りに迂遠にすぎる、確信? いや、それでも足りない。


 そう。

 強いて言うのであれば、これは。






「ああ」

「そっか」

「悟るってこういうことか」






 自分だけの現実

 パーソナル・リアリティ


 かつて鋼盾掬彦を底のない絶望へと追いやったその単語。

 己の認識のままに世界をねじ曲げる、世界にひとつだけのヴィジョン。


 能力。

 どれほど手を伸ばしても、その片鱗すら掴むことの出来なかったもの。

 それが今、手の中にあった。


 無能力者であったのは、既に過去の事となる。

 鋼盾掬彦は、あの日望んだ能力者になった。


 そして、この能力は。

 ―――おそらく、まともなものではない。


 言葉にできるものではない、木山の台詞にも、今なら納得できる。

 念動力――否、既存の能力分類で括れるものではない。


 ならば、なんと呼ぶべきか?

 相応しい形容など、誰も知らない。


 だが、もしかしたら、ただひとつ、ただひとり。

 とある少年の右手に宿っていたものが、それに近かったのかも知れない。



 “だからこそ、ぼくは上条くんにその右手がぴったりだと思うよ。
  きみが力を欲したんじゃない、きっと力の方がきみを選んだんだと思う”


 かつて、鋼盾は上条の幻想殺しをそう評した。

 その言葉には嘘はない、人の身に余る埒外の能力を宿した彼は、しかし誰よりまっすぐだった。

 
 だから、きっと幻想殺しは上条当麻にこそ相応しい。

 ならば、この力は鋼盾掬彦に相応しいのか。


 力を得る者には、理由があるのか。

 資格があるから、力を得るのか。


 かつて是と言い切ったその問いに、今になって答えがでない。

 無意味な懊悩だと、頭ではわかっている――力の是非など、問うてはいられない。


 そんな余裕は、ない。

 己には力が必要で、その力は自身の裡にあるもので、ならば迷う必要なんてない。


 わかっている。

 わかっている。

 わかっているのに―――それでも、足が竦んだ。

 




 その疑問にきっと答えてくれたであろう親友は、不在。

 自己不信に惑う鋼盾の表情には、能力発現にあるべき高揚など欠片もない。


 かつて身も世もなく能力を求め、幻想御手なんて都市伝説にすら縋りついたというのに。

 ずっと手の届かなかった梯子にようやく上ることができたというのに。

 あの日望んだ場所に今、確かに立っていると言うのに。


 心を埋め尽くすのは寂寥と自責、憤懣、苛立ち、不安。

 なにより慚愧。


 間に合わなかったヒーローなんて、滑稽至極。

 馬鹿みたいだと心底思う、はっきりいって間抜けに過ぎる。


 そもそも、こんなことを考えている事自体が的外れ。

 たらればたられば、弱者の思考だ、反吐が出る。


 木山春生の予言は、成った。


 わかっていたことだった。

 わかっていて、それでも選んだ。




 そして、これからも戦いは続く。

 鋼盾掬彦はどうしても、それに勝たなくてはいけない。


 先の戦いには間に合わなかった盾が、今は手の内にある。

 得体の知れぬこの力は、きっとどうしたって分不相応。


 御しきれるかなんて、わからない。

 自信なんて、あるわけがない。

 もしかしたら、誰かを不幸にするかもしれない。
 

 だけど、それでも。

 成さねばならぬ、役がある。

 望む結末を目指すために、果たさねばいけない事がある。


 ステイルに、神裂に、土御門に。

 上条に、インデックスに、舞夏に。

 木山に、美琴に、初春に、黒子に、黄泉川に。

 そして小萌に。


 鋼盾掬彦は、これまでそれを押し付けてきた。

 彼らは、それを十全に果たしてくれた。


 だから、ここで逃げるなんてできるはずがない、するわけがない。


 脇役にだって、意地がある。

 端役にだって、守りたいものがる。


 鋼盾は隣に座る少女の寝顔を見遣る。

 この短い休息を終えれば、また次の戦いに赴く事になる。

 彼女は強いから、きっと前に進むことを諦めない。


 ここから、インデックスは新しい未来を歩むのだ。

 かつて彼女の命日だった今日この日は、今や彼女の誕生日になった。


 未踏を往く少女と共に歩むと決めたなら。

 詰まらぬ荷物は、ここにおいてゆくことにしよう。



 これが、最後の弱音だから

 お願いです、どうか、誰も聞かないでいて






 孵らぬ筈の卵が孵り、異形の雛が世界を詰る

 生まれ落ちたこの世の残酷を、嘆くように、恨むように


 血を吐くように
 
 錆を削ぐように



「―――――――――」



 吐露、溢れるそれはまとまらぬままに、小さく空気を震わせた

 とある少年最後の弱音は、彼が願ったとおりに誰にも聞かれることもなく


 一陣の夏風に吹かれ、煙のようにほどけて消えた

 



 七月二十八日

 インデックスの命日に、インデックスの誕生日に

 上条当麻が、倒れ伏したその日に


 能力者・鋼盾掬彦が生まれた

 無能力者だった鋼盾掬彦が、死んだ




――――――――



 ここまで!

 とういうわけで能力発動編でした、とはいえちょっとだけですが!
 いろいろ秘密というか、構想はあるんだけど多分書けないぜ! ひゃっはー!
 例のあの人が最後にちょっぴり説明してくれるかもです

 多分予想してた人もいるであろう、“幻想殺し”の譲渡という展開も案としてはあったのですが
 それは流石にちょっとアカンなあと思いました、しなくてよかったと思います




 鋼盾「掬い投げでなんとかできる能力かあ」にしちゃおうかと思ったのは秘密だ!
 安易なパクリ、ダメゼッタイ!

 日付変わっちまった!
 んでは、皆様よい週末を!


おつ!!

4:30から出張だけど粘ってよかったぜ!

そーかー鋼盾の能力はキャプテンアメリカかー
違うかもしれないけど個人的にしっくりきたので俺の中ではこれでww

幻想殺しの伝染はやっぱ候補にあったのか
あの流れだとそっちの方向に行くのかなと思ってたけどボツったのね

浜面禁書が落ちちゃったようで残念無念
長編本編再構成はホンマ修羅の道やでえ……!

どうも>>1です、コメ感謝
>>90>>107がちゃんと修学旅行や出張にいけたのか、それだけが心配ですぜ

>>112 鋼盾がキャプテン・アメリカのようになれるかは、黄泉川先生の修行次第でしょう
    “黄泉川流盾術”をマスターした武闘派キャプテン鋼盾くんにご期待あれ(適当)

>>113 完全にボツにしたわけではなかったりしますが多分書けないのでボツということに!

次回は月火くらいになんとか
ラスト2話、今月中に最終話まで漕ぎ着けたいところです

なぜageたし
すまん



ピッチピチの星条旗カラー全身タイツに身を包む愛国ヒーローコウやんか…

>長編本編再構成はホンマ修羅の道やでえ……!
ほんとこれ
昨年末から手元でこそこそ再構成書いてみてるが本当に書いても書いても全然終わりが見えないww
ちゃんとインデックスを救うとこまで書いた>>1はマジで尊敬する

>>118 なんでや! そこは日章旗やろ! 鋼削コンビやろ!
コウやんの能力は、最終的には「防御特化の削板軍覇」になります(超適当)

》116 修学旅行沖縄か、ええね
首里城国際通り戦争講話ひめゆりカヤック美ら海スキューバ泡盛、学び楽しんできて下さい

ガマ見学は一度体験しとくといい
腐臭糞臭立ち込める狭く湿った真暗闇で飢えと乾きに心身を削る恐怖体験なんて、味わいたくないものですね

なんか書き進んだので、夕方くらいまでに投下に来ます
それでは、またあとで

削板「すごいパーンチ!」
鋼盾「すごいシールド!」

>>119 俺、もうずっと長いこと愛知さんのスレ立てを待ってるんだぜ!
>>121 あ、大覇星祭棒倒し決勝が、たぶんそんな感じです(適当)

それでは、ようやくあの子が登場だ、俺の嫁!
参ります!


そぉい!





――――――――――



 用の済んだ空き缶を、ゴミ箱に捨てる。

 その行為に、鋼盾はぼんやりと十日前の事を思い出す。


 インデックスの眠るベンチへと歩きながら、鋼盾は記憶を捲ってゆく。

 あの時も己は、今と同じ銘柄の缶コーヒーを飲んでいた、上条と二人でだ。


 連続虚空爆破事件、幻想御手を使用した量子変速能力者の凶行。

 上条と鋼盾が道に迷った女の子・硲舎佳茄に乞われ、セブンスミストへ行った際に巻き込まれた事件だ。

 御坂美琴、そして初春飾利と出会ったのも、その時だったか。


 鳴り響いた緊急放送、避難勧告。

 コーヒーの空き缶をゴミ箱に放り、鋼盾は前を走る上条を追いかけた。

 結果、上条の右手が爆発を遮り、犯人は美琴が取り押さえた。

 なにもできなかった己に、ちょっとだけ沈んだりもした。




 それが、今から十日前の事になる。

 あれからまだ十日しか経っていないなんて、ちょっと信じられない。


 学校の終業式、皆で記念写真を撮って夜まで騒いだのが九日前。

 インデックスが落ちてきて、幻想御手取引で騙され、佐天と黒子に救われ、ステイルと出会ったのが八日前。

 小萌の家で上条とインデックスに再会し、夜の公園で月に見惚れたのが七日前。

 黒子と初春、そして美琴と風紀委員の詰所でお茶を飲んだのが六日前。

 木山と出会い、神裂と対峙し、上条が倒れ、土御門に真実を告げられたのが五日前。

 幻想御手事件が解決し、木山春生が予言を行い、冥土帰しと出会ったのが四日前。

 雲川に励まされ、ステイルと神裂に喧嘩を売ったのが三日前。

 彼らを味方に引き込み、皆で食卓を囲んだのが二日前。

 絶望の予言に怯えつつ、それでも決意を固めたのが一日前。


 そして、この十日間のどれより波瀾万丈な、今日この日。

 まだ半分しか終わっておらず、やらなければいけないことなんていくらでもある。
 

 あらためて、ひどいスケジュールだった。

 これほど密度の濃い十日間は、きっとこの先一生無いだろう。


 沢山の人と出会い、別れた。

 初めて恋をして、やっぱり振られた。

 生まれて初めて、負けられない戦いに挑んだ。

 
 この日々で何を得て、何を喪ったのか。

 それは、今の自分にはわからない。


 それでも、守り通せたものは、確かにある。

 鋼盾はベンチに座ると、眠る少女の顔を眺めてひとつ笑う。


 報酬は、彼女の笑顔。

 少なくとも、それを曇らすことはしまい、と。






 空を仰げば陽はほぼ真上、じきに、正午になる。

 昼食は外食で済ませてしまおうか、とそんな事を考える鋼盾に、横合いから声がかけられた。

 
「……鋼盾?」


 己の名を呼ぶ、女性の声。

 聞き覚えのあるその声に、鋼盾はそちらを見る。

 そこにいたのはやはり、見覚えのある顔だった。


「……あれ、吹寄さん」


 クラスメイトの吹寄制理、終業式以来の再会である。

 あの集合写真と、そのあとのカラオケファミレスどんちゃん騒ぎを思い出す。

 鉄の女と呼ばれる彼女が、しっとりとしたラブソングで聴衆を魅了したのが印象的だった。

 ついこの間のことなのに、なんだか随分と久しぶりのような気がしてしまう。


 吹寄の髪型は涼しげなポニーテイル。

 グレーのポロシャツに七分丈のジーンズにサンダルという、シンプルな出で立ちながらなんともビシッと決まっている。

 まったく美人というのは何を着ても美人なのだからとんでもない。

 派手でも美人、地味でも美人、どうしたって美人だ。


 同じくポロシャツにジーンズ姿という自分の服装を見て、少し笑う。

 不細工は何を着ても風采が上がらないなあと同じような結論を出してみる。


 まあ、今更ではある。

 いつだって配られたカードで勝負するしかないのだ、くそったれ。






「ああ、やっぱり鋼盾か。奇遇ね、なんか一瞬判らなかったわよ。
 ―――こんなところで……って、デートかしら?」


 ベンチで横になっているインデックスを見下ろしながら、吹寄は測るように問いかける。

 無理もない。鋼盾掬彦と美少女という取り合わせは意外に過ぎることだろう。

 
 もちろん、デートではない。

 その役を果たすべき男は、今も眠りについたままだ。


 上条当麻の、昏倒。

 それを、クラスメイト達にどんな形で伝えるべきだろうか。

 鋼盾は一瞬逡巡するも、とりあえずこの場ではそれを告げぬ事に決めた。


「……ちょっと知り合いが入院しててね、そのお見舞いの帰り」

「そ、感心ね」


 吹寄もそれほど興味はなかったようで、それ以上聞いてくるでもなかった。

 ……いや、どうやら他のことに関心が向いているようだ。

 彼女の目線は傍らに眠る銀髪の修道女と鋼盾を、興味深そうに行き来している。

 その目が放つ無言の追求オーラに、鋼盾は素直に口を割ることにした。






「はいはい、紹介するよ―――――この子はインデックス、ぼくのともだちだ。
 ちょっと昨夜いろいろあってね、悪いけど、寝かせといてあげて」

「インデックスって……それ、本名なの? ……まあいいわ。
 ――それより鋼盾? どこでこんな可愛い子を引っ掛けてきたのかしら?」


 誂うように微笑む吹寄制理、楽しそうで何よりである。

 基本的に馬鹿な三馬鹿が馬鹿をしなければ、意外と女子女子しているひとなのだ、ホントに。

 とは言え、妙な誤解は避けるが吉、やましいところはありませんですサー。


「人聞きの悪い……上条くんのところに落ちてきたのさ」


 これがガチでマジなのだから、正直おかしい。

 どこのラピタだ、親方もびっくりである。ゴリアテ級だ、超ゴ級だ。

 だけど、それをかますのが上条当麻という男で、クラスの皆もそれを知っている。

 吹寄制理も、もちろんそれを知っている。


「………その説明で納得しちゃう自分が腹立たしいわ。
 はいはい、どうせ波乱万丈荒唐無稽の物語を乗り越えてきたんでしょ」

「はは……そうだね、その通りだよ」


 実際、波乱万丈で荒唐無稽だった。

 吹寄が思っているよりもずっと、それは途方もなくファンタジーでうんざりするほどメルヘンで。

 どうしようもなく、まっすぐなボーイ・ミーツ・ガール。


 とある魔術の禁書目録。

 さしずめ第一巻といったところだろうか、何巻まで続くのかしらないが。





「で、その上条は? 一緒ってわけじゃないのかしら?」

「……ん、今はちょっと休んでる」


 それは目覚める気配のない、深い深い眠り。

 だが、必ず帰ってくると彼は言った――夏休みが終わるまでに帰ってきてくれればいいのだが。


「まったく、夏休みだからってダラケ過ぎてんじゃないわよあのバカ。
 貴様、隣人なんだからしっかり見張っておきなさい」

「はは、了解」

「……まあ、どうせまた誰かのために走り回ってたんでしょうよ。
 ―――――あのバカは、そういうバカだから」


 吹寄制理が溜息混じりに、そんな台詞を言う。

 公平なひとなのだ、他者の短所だけでなく、長所にだって目を向ける。

 だからこそ、彼女はクラスでも高い人望を集めているのだろう。


「そうだね、そのとおりだよ。
 ……吹寄さんは? 随分大荷物だけど」


 鋼盾は、視線を吹寄の手元に向けて、問う。

 肩から下げたトートバッグの他に、手には重そうな紙袋を提げている。

 パンパンに詰まったその袋からは、なにやら紙束のようなものがはみ出していた。

 ああ、と吹寄はひょいと紙袋を持ち上げる、軽々である、ストロングである。


「あたしは大覇星祭のミーティングの帰りよ。
 やっとタイムスケジュールの敲き台が出揃ったのよね。
 個別の競技についても詰めてかなきゃで、いろいろ忙しいのよ」

「……おつかれさま、大変そうだね」

「まったく、ね」


 三学区に跨る四校合同借り物競争なんて、どこの馬鹿が考えたんだか、などと口中で呟く吹寄。

 はみ出たプリントの束はそのルールブックらしく、蛍光マーカーでラインが引かれ、細かな書き込みも見られる。

 おつかれの吹寄をあまり引き止めるのも悪いかな、と鋼盾が思った瞬間、背後から声が響いた。





「……だいはせいさい?」

「―――あら」

「おはよう、インデックス」


 どうやら、眠り姫を起こしてしまったらしい。

 インデックスは眠気を払うように頭を振ると、己を覗きこむ吹寄に気づき、目をパチクリさせる。

 視線を彷徨わせすぐに鋼盾をみつけて、ふにゃりと笑う。


「……ん、おはよ、きくひこ。
 ごめん……寝ちゃってたんだよ――ええと、そっちの人はだれなのかな?」

「起こしちゃったわね―――インデックスさん、だったかしら?」

「ん、紹介する。
 インデックス――こちらは吹寄制理さん、ぼくや上条くんのクラスメイトだ」


 混乱が過ぎれば、もともと人見知りをしないインデックスだ。

 興味津々、輝かんばかりの笑顔で吹寄へと笑いかける。


「―――せいり。うん、よろしくなんだよ!」

「ふふ、よろしくね」


 対する吹寄の表情も穏やかで、優しげだ。

 どうみても年下の女の子に話しかけるお姉さんである、姉と妹だ、微笑ましい。

 いろいろな意味で、とても同い年にはみえない。

 まあ、みんなちがってみんないいのである。金子先生もそういっていた。





「それできくひこ、だいはせいさいって?」

「ん、大覇星祭っていうのは、この街のお祭りだよインデックス。
 運動会は解るかな? あれをここの学生みんなでやるんだ」


 大覇星祭。

 学園都市の全学校合同で行われる、七日間に渡る大運動会。


 普段は固く門戸を閉ざした学園都市にも、この時ばかりは外部の人間が入ってくる。

 テレビで世界中に配信される、オリンピックも霞む一大イベントだ。


 ヒーローショーより荒唐無稽。

 ビックリ人間大爆発。


 鋼盾にとってはあまりいい思い出のないイベントだが、それも中学時代の話。

 クラスのみんなで参加すれば、きっと楽しいだろう。

 好奇心旺盛なインデックスにとっても、面白いイベントになるに違いない。



 そして。

 そんなイベントを成功させるべく、裏方を務める人たちがいる。


「この吹寄さんはねインデックス、そのお祭りを取り仕切るリーダーなんだよ」

「ふおお! すごいんだね、せいり!!」

「ちょっと鋼盾! リーダーはないでしょ!
 あたしは一委員に過ぎないっての!」


 インデックスの素直すぎる賞賛の眼差しに、慌てて否定する吹寄制理。

 顔が真っ赤だ、かわいらしい。


 大覇星祭の運営は都市の上層部や教師たち、イベントのプロによって行われる。

 だが、それでも運営委員の学生たちに割り振られる仕事量は膨大だという。

 それこそ夏休みをまるごと費やしての準備となるようだが、吹寄の表情は明るく、覇気に満ちている。


 かっこいいね、と鋼盾は思う。

 正しい青春の燃やし方だ、肖りたい。


「まったく、からかって。
 …………でも、そうね、大船に乗ったつもりでいなさい。
 全部まとめてあたしたちが面倒見てあげるわよ」

「うん、期待してる」

「わたしも期待してるんだよ!」
 

 すべての運営委員に名を連ねる女、吹寄制理。

 彼女は今日も、まっすぐ理想に燃えている。





 ああ、大覇星祭で思い出した、と鋼盾はひとりごちる。

 吹寄に伝えねばならないことがあった。


「……ねえ、吹寄さん。
 夏休み前に言ってたアレ、覚えてる?」

「……? 何のコトよ?
 それだけじゃ判らないわよ」


 確かに、唐突に過ぎたかと鋼盾は反省する。

 彼にとっては少し印象に残っていた会話だったから、つい前置きを飛ばしてしまった。


「あれだよ、あれ。
 一端覧祭の男手が足りない、手伝いなさい、ってヤツ」


 大覇星祭が体育祭なら、一端覧祭は文化祭。

 こちらもまた、学園都市中を巻き込んだ大規模素敵イベントである。


「ああ、あったわねそんなこと。足りないわよ実際。
 それがどうかしたのかしら? ……もしかして、入る気になったの? 歓迎するわよ」


 一年七組の教室での運営委員勧誘劇。
 
 上条と土御門と青髪と吹寄と自分、昼休みに五人で馬鹿な話に興じたことがあった。


 あの、ありふれた一時。

 なんでもない、ぼくらの学校生活。

 そして思い出すのは、修了式の日に黒板に書いたメッセージ。


 “皆でそろって、二学期を迎えられますように”


 上条当麻の昏倒は長期に及ぶ可能性があると、冥土帰しは言っていた。

 長期というのがどれくらいなのか、医師は答えてはくれなかった。


 鋼盾が黒板に記したその願いは、もしかしたら叶わないのかもしれない。

 土御門や青髪と四人で遊びに行く計画も、結局建てられなかった。


 だけど、それでも彼は絶対に帰ってくると信じている。

 いつか、あの楽しかった日々をきっと取り戻そう。

 そこにインデックスを加えて、きっと。


 そのためになら

 ぼくは、なんだってできるから


 



「ん、実は立候補してみようかなってこっそり思ってたんだけど、さ。
 ……他に、やりたいことができちゃったんだ―――だからごめん、運営委員の件、力になれそうにないや」

「……そう、残念。
 でも、興味をもってくれたのは嬉しいわ」

「手が空いてる時は手伝うよ、他の連中も巻き込んでね」

「ありがと、助かる。
 ……でも、こう言っちゃなんだけど……意外ね、鋼盾がそんな事考えてたなんて」

「そうかな」

「そうよ」


 そう、意外な言葉だと吹寄は思う。

 立候補してみようかと思っていたということも、他にやりたいことができたということも。


 鋼盾掬彦は“そういったこと”にどこか一線を引いてる――それが、吹寄制理の印象だった。

 かつて四月に小萌先生が半泣きで、己を卑下した鋼盾に説教した一件もある。


 色濃いコンプレックス、自己不信。

 自縄自縛のぐるぐる堂々巡り。


 入学当初より随分と明るくなったし、よく笑うようになったが、それでも。

 目の前の少年の根底には、ずっとそういうものがこびり付いていた。


 その女々しさがじれったくて、もどかしくて

 苛立たしくも情けなく、どうしようもなく腹立たしくて

 ……何より、やっぱり心配で。



 それは、まるで

 かつての己を見ているかのようで





 奇妙な安定感のあるデルタフォースの三馬鹿相手には、感じない類の不安。

 危うい、とそう思っていた、どうしたって心配だった。

 運営委員に誘ってみたのも、難儀な彼をどうにかしたいと思ったというのもが理由の一だ。


 時間割(カリキュラム)の中に入れば、自分はどうしたって劣等生。

 だけど、そんな枠組みだけであたしたちを語らせたりなんか、しない。


 天上を目指すのは、誰かに任せよう。

 憧れないとは言わないが、ぶっちゃけそんなに興味はない。

 星など掴めなくたっていい、手に届く所に果実は生っている。

 鈴生りいっぱい採り放題、なんだかんだで世界は豊穣だ。


 通知表の一項目に振り回されてもしょうがない。

 無能力者の檻に囚われる必要なんて、ない

 才能なんてなくても、この街を楽しめる、自分を肯定できる、成長できる。
 

 それを、知って欲しかった。

 教えてあげたかった。

 だけど、どうやら余計なお世話だったのかもしれない。


 鋼盾掬彦。

 縮こまっていた我らが友人は、今やしっかり前を向いている。

 なにやら吹っ切った顔をして、“やりたいことができた”である。

 心なしか背筋も伸びて、なんだか“男子三日逢わざれば云々”とでも言いたくなるような変貌だ。


 吹寄制理は笑う。

 いつか、デルタの三馬鹿とそんな話をしたこともあっただろうか。

 上条当麻? どうやらあたしたちの予想は的中みたいよ?
 





「やりたいこと、か……。
 ―――ちなみに、教えてはもらえないのかしら?」

「……ん、ちょっと内緒かな」


 恥ずかしいからね、と小さく笑う鋼盾。

 となりの美少女絡みだろうかと彼女は勘繰る、男が変わるきっかけとしてはよくある話だ。

 いや、それは問うまい、吹寄制理は野暮な女ではないのだ。

 どういう風の吹き回しかは判らないが、まあ、なかなか喜ばしい変化だろう。


 デルタフォースのプラスワン

 我がクラスの誇る調停の盾が、己のためにそれを振るうのだ。


 ならば、ここで吹寄制理が言うことはひとつだけ。

 やりたいことが、あるというのなら。





「―――がんばりなさい、鋼盾掬彦」

「……うん、ありがとう、がんばるよ」


 言葉少なく、二人はそんな遣り取りをした。

 衒いのない鋼盾の笑顔に、吹寄の顔も綻んだ。

 そんなふたりを見て、インデックスも笑顔になった。



―――――――――





ここまで!
序盤の伏線、吹寄さんのちょっと意味有りげな台詞なんてもうだれも覚えてねえよ!
ようやく4スレ目のスレタイが回収できました、やったねせいりん!

無能力者、吹寄制理
鋼盾がずっと抱えていた煩悶なんて、彼女はとっくに乗り越えていたという話です

スレ立て当初思い描いていたストーリーでは、鋼盾はここで運営委員に立候補する予定でした
能力に目覚めず無能力者のままで、記憶を喪った上条さんを人知れず支える、そんな立ち位置です

無能力者の少年が、いろいろあって自分肯定し、笑う
鋼の盾にはなれなくても、ぼくはここにいていいんだ! おめでとう!
そんなこじんまりしたストーリーだったはずなのに、どうしてこうなった……!


そんなわけで当初の予定とはひっくり返りましたが、それでも根底は同じ
ずっと書きたかった場面ですので、書けて嬉しいです

そんなわけで、次回がラストになります
もちろんラストは、イマイチここまで目立たない彼女のターン!

最後までどうか、よろしくお願い致します

出張と休日出勤コースのため、次回更新は来週の頭~半ばくらいになりそうな予感!
まったく社会人は地獄だぜい

鋼盾くんの能力はぶっちゃけあんまり考えてないのですが、守るべき者がいるほどに強くなる的なあれでいいんじゃね(適当)
多分旧約ラストでベツレヘムの星を単身盾で受け止め、南極海に消えることになるでしょう(黙祷)

では、じきにラストです
最後までよろしくお願い致します

どうも>>1です
なんとも忙しいのと、やたら気合が入ってしまって遅れ気味ですまんですな

明日の夜、最終回を投下します
5スレに及んだ鋼盾掬彦の物語も、次回でラストです

気づけば一年半でござる
当初から併走してくれた方も、追いついてくれた方も
よろしければどうか最後まで、お付き合いいただければと思います

んじゃ、最後の仕上げに取り掛かりますよって
明日、またここにきてくれると嬉しいな!

どうも>>1です
コメント感謝ですぜ

んでは、最終話の投下と参ります
よろしくです



そぉい!


――――――――――




「……きくひこのやりたいことって、なんなのかな?」

「託されちゃってね――しばらく上条くんの代わりをやろうかと思ってる」

「……そっか」


 去りゆく吹寄を見送り、ふたたび彼らはふたりきり。

 ふたりになると浮かび上がる一人分の空白は、彼が帰るまではきっと埋まらない。


 だけど、ただ幼子のように上条の帰りを待ち続けるわけにもいかない。

 英国清教、学園都市、禁書目録を狙う数多の魔術師たち。


 山積みの課題を、ひとつづつ潰してゆかねばならない。

 上条当麻と鋼盾掬彦でやるはずだった、それらのタスク。


 しかし上条はまだ戻らない。

 倒れる際に鋼盾に諸々を託し、今も眠りに就いたままだ。


 ヒーローは不在。

 ならば、その代役が必要になってくる。


 きっと彼のようにはなれないけれど。

 それでも、受け取ったバトンを手放すことなどできるはずもない。


 ひとりなら、押し潰されてしまっただろう。

 だけど己は、ひとりではない。


 仲間がいる。

 だから、大丈夫。


 鋼盾は隣に座る少女に笑いかける。

 それを受けた少女は、少しだけ迷ったような顔をして、こんな事を言った。





「……きくひこ、わたしの魔法名って覚えてるかな?」

「“Dedicatus545”……だよね?」


 随分と唐突な事を聞くものだと思う鋼盾だったが、もちろん諳んじてはいる。

 忘れられるわけがない、いつしか刻み込まれてしまっていた。


 魔法名。

 それは、魂の名前だという。
 

 ステイル=マグヌスであれば“Fortis931”

 神裂火織であれば“Salvere000”

 土御門元春であれば“Fallere825”


 最強の防人、救済の聖人、誠実な嘘吐き。

 彼らはあの戦場で、その名に相応しく振る舞ってくれた、貫いてくれた。

 そしてこれからも、そう在り続けてくれるだろう。


 あの三人からその誓言を引き出すことができたという事実は、鋼盾の誇りだ。

 鋼盾掬彦がこの戦いで為した一番意味のあることは、きっとそれだった。


 そして。

 目の前の少女にも、そんな名前がある。

 出会ったその日、非日常に惑うばかりだった自分たちは、それを聞いている。






「……そう、Dedicatus545。
 記憶を喪ったわたしのなかに、それでもずっと在り続けた魔法名」


 曰く、献身的な仔羊は強者の知識を守る。

 それは禁書目録の番人、魔道図書館の司書にはきっと相応しい名前なのだろう。


 この世すべての呪いを煮込んだような地獄の釜。

 煮え滾るソレを背負う存在は、たしかに献身の聖女と呼ばれてしかるべきだと鋼盾も思う。


「“献身的な仔羊は強者の知識を守る”。
 それが自分の本質だと、わたしはこの一年、疑うことすらしなかったんだよ。
 神様を、自分がイギリス清教の禁書目録であることを疑わなかったように、ずっと」


 インデックスはベンチからすいと立ち上がり、鋼盾に背を向けたまま語る。

 記憶を喪った彼女が持っていたものは、信仰と、歩く教会と、十万三千冊の魔導書。

 そして、Dedicatus545という魔法名だけだったと。


 それは、きっと。

 彼女にとっては、大切なものだったに違いない。

 無明の暗闇を照らす松明にも似た、唯一の指針だったのかもしれない。


 だけど。

 鋼盾掬彦はかつて、その魔法名を否定したことがある。





「……きくひこは言ったよね、その魔法名はわたしのものじゃないって。
 わたしが―――自分のものじゃない魔法名に縛られているのが嫌だって」

「ああ、そう言った。
 ―――気に入らないよ、今でもね」


 そう、今でもそれは変わらない。

 かつて鋼盾はインデックスの宿命に反発し、その魔法名に噛み付いた。

 我ながら身勝手にも程があるとは思いつつ、口から溢れるのは今もやはり、否定。


「なにが献身の仔羊だ、体のいい生贄じゃないか。
 ―――それは、もう七年前に死んだ女の子のものだ、きみのじゃない」


 それは、きみの名前ではない。

 そんなものに囚われてくれるなと、鋼盾はずっとそう思っていた。


 押し付けられた献身なんて、許せるものか。

 きみは選んでいない、そんな理不尽をきみが背負うことはないと、ずっと。


「……たぶん、きくひこのいうとおりなんだよ
 その宣誓に込められた意味も祈りも覚悟も、わたしは理解していないのかも」


 そんな鋼盾の言葉を、インデックスは抱きしめるように受け止める。

 禁書目録でなくていい、犠牲の羊でなくていいと、彼は、彼らはずっと、そう言ってくれていた。


 その、あまりにもまっすぐな想いに、涙が出そうになる。

 禁書目録ではない自分を認めてくれる人がいるなんて、思ってもみなかったから。






「でも、その言葉――献身という言葉は。
 空っぽだったわたしにとっては……どうしようもなく魅力的だったんだよ」

「……それが魅力的に響いたのは、きみがそれだけ奪われていたって事だろ」


 苛立ちと哀悼と溜息を混ぜたような声で、鋼盾は言う。

 目の前の少女は、既に本名すら奪われている……魔法名どころの話ではない。

 彼女が自称し、彼らが呼ぶインデックスという愛称も、もとを質せば備品名に過ぎない。


 きみのそれは無意味な執着だと、少年は断じる。

 その言葉にインデックスは頷き、しかし否定した。


「それは、そう。
 でも……わたしは、わたし以外のひとに、これを背負わせたくなんて、ない」


 禁書目録、十万三千冊の魔道書。

 己がその任を拒めば、他の誰かがそれを背負う事になる。

 それは嫌だと、インデックスは微笑む。


「――その感情が、英国に都合のいいように操作されたものだとしても?」

「そうだとしても、かわらない。これは、わたしのなんだよ。
 わたしは禁書目録、その事実は、否定できるものじゃないから」


 その台詞に嘘はなく、静謐な覚悟に満ちていた。

 鋼盾は重たげに息を吐くと、諦めるように頷いた。


「……そうだろうね、わかってた」
 
「わたしも、きくひこがわかってるって、わかってたかも」

「わかってたけど、やっぱり気に入らないね」

「もちろんそれも、わかってたかも」


 結局は、そこに落ち着く。

 そんな在り方を選んでそれでも笑う彼女だから、ぼくらは惹かれたのだと。


 インデックスは、禁書目録だ。

 そんなことはわかっている、ずっと前からわかっていた。


 わかっていても、鋼盾はそれを悲しいと思う。

 詮無きことと理性は語れど、納得できよう筈もない。


 それでも、これ以上は彼女を無駄に傷つけるだけだと、鋼盾は話を切り上げようとする。

 だが、目の前の少女は、思いがけず言葉を継いだ。






「……だけど、きくひこ?
 今のわたしは、それだけにとらわれてるわけじゃないんだよ?」


 それだけではない、と彼女は言う。

 この身に宿っているのは、押し付けられた使命感や借り物の誓いだけではないと言う。


「わたしの中で、献身という言葉はその意味を変えちゃったんだよ。
 ―――誰よりその言葉を体現するひとたちに、この街で出会えたから」


 くるりと、インデックスが身を翻し、鋼盾に向かい合う。

 誰のことかわかるよね? とその目が笑っている。


「我が身を擲って他人のために拳を振るうとうまに、
 己が傷つくことを躊躇わずに盾たらんとするあなたに、きくひこに」


 怯えて惑う孤独な少女に、差し伸べられる手があった。

 理不尽な魔術の使い手に、挑んでくれたひとたちがいた。


 どこにでもいそうな少年たちが、示してくれた真の献身。

 神も信仰もないこの街で起こった、それは彼女の人生で一番の奇跡。


「救われたの―――だれよりも献身という言葉を体現する、ふたりに。
 きくひこと、とうまに―――大好きな、あなたたちに」


 ストレートにぶつけられる、想い。

 直向な眼差しは暴力的ですらある、心臓を掴まれたかのような圧迫感を鋼盾は感じた。


 上条くんはともかく、ぼくはそんないいもんじゃないよ、とか。

 下手に謙遜でもしようものなら、噛み千切られてしまうかもしれない。


「憧れたの、ふたりの強さに」


 禁書目録の管理者たれと理想を押し付けられてきた少女が。

 その運命を受け入れてることしかできなかった少女が。


 その宿命に、異を唱える。

 憧れという炎を胸に。





「わたしも、そうありたいって、思った。
 もう、守られているばかりじゃいられないって」


 無力な小娘ではいられない

 守られてばかりのヒロインではいられない


 献身とは、生命を投げ捨てることか?

 献身とは、変わらないことの言い訳か

 献身とは、諦めることの言い訳か?


 断じて否、とインデックスはかつての己を否定する。

 そんなものを、今のわたしは献身とは呼ばない。


 諦めず、あがいてくれた人がいる。

 そんな彼らに、己は憧れた。


 ならば。

 素敵な悪あがきを、ここに誓おう。


 インデックスは瞑目し、自身に巣食う深淵へと埋没する。

 魔道図書館、かつては単なる知識の羅列に過ぎなかった禁書群に、手を触れる。


 そこから、力を導き出す方法を。

 身体に満ちるオドを転換し、精製する行程を。


 今の己は知っている。

 昨夜、ずっと見ていたのだから。

 ずっと、あがき続けていたのだから。





「第十三章十七節。
 “剣の誓いは永久(とこしえ)に”」


 そして朗々と紡がれたるは、紛う事なき魔術の詠唱。

 見開かれたその瞳には、昨晩と同様の魔法陣。

 それと同時に吹き荒れたるは、彼女が持ち得ぬ筈の魔力の奔流。


 刹那の後、まるで最初からそこにあったかのように。

 インデックスの右手には、瀟洒な細工の施された白銀の短剣が握られていた。


「……禁書目録を、ほんの少しだけ掌握できたんだよ。
 ほんの1%にも満たない程度だけど、わたしも悪あがき、できたのかも」


 それは十万三千冊の魔道書が一冊に記された、とある短剣。

 銘はない、それは担い手が自由につけてよいことになっている。


 忘れ去られた誓約の神に、名を捧げよ。

 手の中で命名を待つ短剣を、少女は慈しむように握り締める。


 与える銘は、既に決めていた。

 それを今から、刻みつけることになる。


 見届け役は、すぐ傍にいる。

 神様ではなく、あなたに誓おう。





「……こりゃ、びっくりだ」

「ふふ」


 短剣を陽光に翳す少女を見る鋼盾の目は、間抜けな驚愕に見開かれていた。

 首輪が毀れた以上、そういう可能性もあるかもしれないと魔術師たちが言っていたのを思い出す。

 とはいえ―――サプライズにもほどがある。


 ほんとうに、驚いた。

 目の前の少女も、ずっと戦い続けていた。

 もちろん、それは知っていた。


 だけど、やっぱり舐めていた。

 男のケチな算盤なんて、女はいつだってご破算にしてしまう。


 それがちょっとだけ悔しくて、恐ろしくて。

 どうにもこうにも――痛快で。


 眼前の少女が纏いしは、蹈鞴の如き人の熱。

 負の感情をまとめて焼き払う、世界で一番尊い炎がそこにあった。





「……今日を、わたしの誕生日にしようと思うんだよ。
 いまから、わたしはわたしの魔法名を名乗る――借り物じゃない、わたしの名前を」


 過去は消えず、柵は絡みつき、義務は重く、宿命は刻まれたまま。

 それら全てを少女は受け入れ、ここから新しく始めると言った。


「きくひこに、それを聞き届けて欲しいかも」


 インデックスが、笑っている。

 禍つ魔法陣を両目に宿して、しかし彼女は彼女のまま。


 手にした短剣に、命名の火を走らせる。

 刀身が歓びに打ち震えるように、その輝きを増してゆく。


「とうまは拳で、きくひこが盾……だったらわたしは剣になる。
 10万3000冊の悪を束ねて剣を成し、それでも善を成すと誓う」

 
 響く声は、色彩に溢れている。

 昨夜の機械めいた無感情な軋声とは、比べるべくもない。


 花咲くように、色めき綻ぶ。

 紡ぐ誓は、言うなれば剣の宣。






「Dedicatus728―――“我、献身という銘の剣たらん”
 それがわたしの、わたしがはじめて名乗る、魔法名」





 翡翠の双玉が、その輝きを増している

 その目に禍々しい魔法陣を浮かべてなお、少女は気高く美しい。


 聖女と呼ぶには、すこしばかり欲張りで。

 それでいてどうしようもなく見惚れてしまう、人の熱。


 Dedicatus728

 魔法名、それは魂の名前。


 有り様を示す単語はそのままに、しかし新しい意味を込めて。

 三桁の数字は言うまでもなく、今日という日を忘れないために。



 夏空へ高らかに謳い上げたるは、剣の宣

 献身という銘(な)の剣、それが彼女の誓い

 




「―――確かに、聞き届けた。
 素敵な魔法名だ。かっこいいよ、インデックス」


 ほんとうに。

 ちょっとかっこすぎるんじゃないだろうか、しびれる。

 もしかしてこの子世界でいちばんかっこいいんじゃないかなと鋼盾は思う、割と本気で。


 運命に翻弄され、怯え諦めていた無力な仔羊はもういない。

 守るべき少女は無力なヒロインではなく、既にして一振りの魔法剣だ。

 ならば相方たる己も、相応の盾を振るわねばなるまい。


 右手を固める、似合わない。

 でも、やってやる。


 鋼と嘯く、盾と嘯く。

 献身を謳うこの身は、仮初なれどヒーローを騙る。


「……じゃあ、ぼくも名乗っておこうかな。
 ぼくは魔術師じゃないけど、それでもきみと同じものを背負いたいから」


 鋼盾はベンチから立ち上がると、向かい合うインデックスに倣い右手を掲げる。

 そして、彼の能力であるところの不可視の盾を、その掌に喚んだ。

 それを、インデックスが掲げる剣へと、軽くぶつける。

 
 
 剣と盾のハイタッチ。


 手にした剣に響いた正体不明の感触に、インデックスは目を丸くする。

 そんな彼女の反応に、鋼盾は悪戯を成功させた子どものような笑みで応えた。


 矛盾の故事を紐解くまでもなく、剣と盾はぶつかり合い、削り合うもの。

 だけど、そのふたつが同じ方向を向いていたならば、その限りではない。


 盾が剣を守り、剣が盾を護る。

 剣が敵を破り、盾が味方を生かす。 
 

 ぼくらは、これから。

 そんなふうに、やっていこう。


 目指すべきものは、同じだから。

 背負ったものも、同じだから。

 掲げる誓いだって、同じにしよう。


 それでは。

 二番煎じと、笑わば笑え。






「Dedicatus728、
 ―――“我、献身という銘の盾たらん”」





 鋼盾の言葉を受けたインデックスは驚愕に目を見開き、一瞬のちに柔らかな笑顔へ変わった。

 それを見た鋼盾も笑みを深める―――同じ宣誓を背負うふたりが、笑い合う。


 魔法名の重複は避けねばならないそうだが、正式なものではないので許してもらおう。

 むしろ、他にdedicatus728さんが居ないことを祈るべきだろうか。


「今日は、七月二十八日は、きみの誕生日で――ぼくの誕生日だ。
 ここから始めよう……多分、しんどい道行きになるだろうけどね」

「……後悔してる? きくひこ」


 顔色を窺うような台詞に反して、インデックスが浮かべる表情には確信の煌めき。

 もちろん、鋼盾が浮かべている表情も、同じ類のものだ。


 後悔も迷いもありえるはずがない。

 あるわけがない。


「全然。そっちこそどうなんだい?」

「愚問かも……まったく、きくひこはこれだから」


 笑みすら浮かべて、小さく溜息。

 上等である、こういう気安い掛け合いこそが、ぼくらの愛した日常だ。


「……先に聞いたのはそっちだろう、ばか」

「ふふん、ばかって言ったほうがばかなんだよ」

「違うね、ばかって言わせた奴が、ばかだ」

「ふふ――じゃあ、わたしたちは」

「揃って馬鹿野郎だ、どうしようもないね」


 ほんとうに、どうしようもないと鋼盾は笑う。

 こんなやりとりが楽しくてしょうがないんだから、ほんとうに馬鹿だ。


 だけど、馬鹿も悪くない。

 きっと、前に進むことを迷わずにいられるから。




 
 道行きは、どうにも怪しい。

 取り零してしまったものも、きっと少なくない。


 上条が倒れた事実は、きっと己を苛み続けるだろう。
 
 今も眼に焼き付いて離れない、傷口からはまだ血が流れ落ちている。


 きっと夜毎に、のたうち回る。

 無様に転がり、痛がりで無様な己はめそめそ泣くのだろう。


 だが、それでも。

 これまでの選択に嘘はない。

 あるわけがない。


 鋼盾は心の底からそう思う、きっと上条もそうだろう。

 女の子の笑顔を守り通したのだ、これほどの勝利はあるまい。


 否、まだまだ勝鬨には早過ぎる。

 首輪を外してそれで終わりではない、ラスボスを倒してハッピーエンドではない。


 映画ならそれでいいだろう。

 エンディングテーマにヒロインの笑顔、スタッフロール、エンドマーク。

 映画館に灯がともり、夢の時間の終わりに満ち足りた溜息をひとつ。

 あとはご想像にお任せします、それでいい。


 だが現実はそうもいかない、これからも日々は続いてゆくし、問題は山積みだ。

 十万三千冊の魔道書、イギリス清教の意図、学園都市の闇、エトセトラ。

 
 ぼくらの戦いは終わらない。

 理不尽上等、困難上等、茨の道でもかまわない。

 足掻いて足掻いて、何もかもを掴みとってやる。

 




 木山春生の予言は、成った。

 上条の不在は今も、鋼盾にもインデックスにも重く重くのしかかっている。


 だが、絶望というのは大袈裟だ。

 いつだって、それを痛快にぶっ飛ばすのがヒーローというものだ。

 この程度の痛みは、ハッピーエンドの前フリのようなものだろう。


 上条はきっと眼を覚ます、約束を違えるような男ではない。

 帰ってくる、きっとなんでもないことのように「久しぶり」とか言いながら。


 そう、信じている。

 否、そうでなくてはならない。

 というか、どうせそうなる。

 鉄板だ、どうしようもなく。


 ならば、それまでの間ぼくらは彼に恥じぬ生き方をせねばならない。

 せめてこの都市で、上条当麻のように我を張り続けよう。

 献身の歌を、声を張り上げて歌おう。


 ヒーローの代役など己に務まるとは思えないが、しかし鋼盾はひとりではない。

 土御門やステイル、神裂、小萌に黄泉川、青髪に雲川、吹寄、級友たち。

 美琴に黒子、初春に佐天、冥土帰し、今は獄中の木山もだ。


 そして誰より、インデックス。

 同じ名前(ちかい)を名乗る少女が隣にいるのだから、きっと己は大丈夫だ。


 




 時刻はあと数分で正午になる。

 朝から何も食べていないので、もちろん空腹だ。


 腹が減っては戦は出来ぬ。

 まずはそこからだと、鋼盾は大きく伸びをして、そんな事を言った。


「昼ごはんは――青髪くんのところにでもしようかな。
 ぼくのともだちがバイトしてるパン屋さん、こないだ小萌先生のところで食べたヤツ」

「ん! とっても美味しかったんだよ!」


「出来立てはもっと美味しい……知る人ぞ知る、隠れた名店だよ。
 ……もちろん、その剣を振り回したままじゃ入れないけどね―――消せるの? それ」

「もちろん―――はい」

「おみごと。じゃあ行こうか。
 ――ああ、店員にひとりどうしようもない奴がいるから、気をつけて」


 青髪の馬鹿がインデックスを見てどんな反応を示すのかは、想像に難くない。

 そして、そんな少女を連れる自分に、彼が何を思うのかも

 碌な事になるわけがない、まったく憂鬱だ、ちくしょうめ。


 だけど、それでも。

 大事な友人だ、伝えられることは限られてしまうけど。

 それでも、彼に見せたいものがある。


 あの日、青髪が言った言葉を思い出す。

 能力なんてオマケと笑った彼、今ならそれに、心底から同意できる。





「……腹ごしらえが済んだら、休憩は終わり。
 午後から作戦会議だ――片付けなきゃいけない問題は、山のようにあるからね」

「作戦会議……まずは、なにからはじめるのかな?」

「ぼくとしてはさ、きみの上司に挨拶でもしておきたいところなんだけどね。
 “おたくの娘さん、ウチで預りますから”ってさ。通訳は頼むよ、インデックス」
 

 夏休みの予定は空っぽだ、それも悪くないかもしれない。

 イギリスまで二人、十万円で行けるだろうか。


「もしくはインデックス、手紙でも書く?“家出します、探さないで下さい”とか」

「……冗談が過ぎるかも、きくひこ」

「どうかな、育児放棄に虐待の馬鹿親には、いい薬だと思うけど。
 ……まあ、そのあたりの面倒事は、土御門くんの意見を聞いてからだ」

「ふふ……もとはるも、困ったお友達を持ったものかも」

「お互い様だよ、どうしようもなくね」


 学園都市と英国の裏を往く、シスコングラサンエージェント。

 悪いが予告通り目一杯働いて貰う、容赦はしないぞ、親友。

 
 ここから先も、物語は続く。

 ぼくらは確かに、それを望んだ。


 終わらない歌を歌おう、クソッタレな世界の為に。

 ぼくやきみや彼らのために、笑って未来を掴むために。






「……きみは、これからこの街で生きていくことになる。
 ステイル曰く狂科学のタルタロス、そこがきみのホームってことになるね」

「望むところかも。
 ――わたしは、この街で生まれたんだから」

「頼もしいね。
 変な街だけど、まあ――退屈はさせないよ」


 いろんな人がいて、いろんなものがある。

 世界は広く、興味は尽きない。


 怯えて縮こまることをやめたぼくらには。

 きっと新しい未来が待っている。


「じゃあ、行こうか。
 ……インデックス? どうかしたの?」

「きくひこ、手」


 インデックスが、ひょいと右手を伸ばしてきた。

 それが意味することなど、考えるまでもないことだ。

 今更気恥ずかしさもない、とはいえ。


「……犬じゃねえんだから。
 まあいいや、はい」

「ん」


 繋いだ手の中に、歩き出すための熱がある。

 盾と剣が、共にある。

 恐れることはなにもない。





 正午の鐘が、飛行船のスピーカーから鳴り響く。

 味気ない合成音でも、歩き出すきっかけには十分だ。


 とりあえず、ぼくらはここからはじめよう。


 ぼくらの誕生日は七月二十八日。

 ぼくらの命日もまた七月二十八日。


 隣で笑う少女と違い、完全記憶能力なんかは持ち合わせてはいないけれど。

 突き抜けるように青い夏の空、死んで生まれ変わるにはこの上ないこの日のことを、忘れないでおこう。


 ここが、今のぼくらのスタート。 

 せめてそのことを、なにひとつ忘れずに覚えておこう、そんなことを鋼盾は思った。




――――――――――






 その日。

 なにもなかった少年に、いくつもの守らなければならないものができた。


 それは、親友がその身を賭して護ってくれた可能性。

 それは、運命に翻弄されるばかりだった少女が見せてくれた、決意。

 それは、この地を去る魔術師たちとの間に交わした幾つかの約束。


 紡がれた、たくさんの絆。

 彼らの愛した、少女の笑顔。


 そしてなにより、これから先に訪れる、輝かしい未来を。


 ステイル=マグヌスがそうしたように。

 神裂火織が救済をそうしたように。

 土御門元春がそうしたように。

 インデックスがそうしたように。


 鋼盾掬彦もまた、誓いを立てた。

 彼の誓は、やはり盾。

 かつては悩みの種ですらあった、己の姓に連なるもの。


 鋼と嘯く。

 盾と嘯く。


 父と母、強く優しい両親から受け継いだ―――彼の誇りにかけて誓う。
 
 今この瞬間の直向さを、強く深く、刻み付けるように想う。






 己の裡には、きっと炉がある。

 小さくて不恰好だけど、ちょっとずつ積み重ねてきた自慢の品だ。


 たくさんの人がそこに火をくべていってくれた、薪を足していってくれた。

 その火に鍛えられ脆く弱い錆鉄は、強靭な鋼へと至る。


 打たれる痛みが、鋼を鍛える。

 灼かれる痛みが、鋼を鍛える。


 盾になる。

 あらゆる苦難を払う献身の盾に。

 血避けの盾、厄除けの盾、災い避けの盾になる。

 破れぬ盾を以って総ての理不尽を払うと誓う。


 我、献身という銘の盾たらん

 もう二度と喪うことのないように。


「Dedicatus728、
 ―――“我、献身という銘の盾たらん”」


 夏空に紡ぐ盾の宣。

 彼は、やっと少しだけ、自分のことが好きになれそうな気がした。




――――――――――











 とある端役の禁書再編  FIN 














というわけで、完結でござる

予告通り、伏線回収のための番外編的なものがあとちょっとだけありますが
鋼盾掬彦目線での物語は、今回で終わりとなります。俺達の戦いはこれからだ!エンドです

インデックスが魔術を使えると色々やべえんじゃね? 知るか! 最終回だからええねん!
一応インデックスさんの成長も本作の重要テーマだったりします、どうだったでしょうか

魔法名、1スレ目からやってた小ネタのオチは、こんなことになりました
……728番がすでに埋まってないことを祈るしかないぜ!
 
オリジナル魔法名、アイタタタタタと笑って頂きたいところです
  

一年半、5スレにも及ぶ長いお話になってしまいました
完結にこぎつけることができたのは、皆様のおかげです

本当にありがとうございました
そして、イマイチ締まりませんが、次回もよろしくお願い致します



フゥ―ハハハハ!
誰も気付かなかったな!
>>1の仕込んだアホネタに気付かなかったな!

鋼盾掬彦→日村
鋼盾の魔法名→Dedcatus→献身

つまり日村献身!
拙者、流狼人でござる!
るろ剣映画化おめでとう!

と、そんな後付け抜刀斎はともかく
コメント感謝です、嬉しいです、マジで嬉しいです
最初から併走してくれた人も、新たに追いついてくれた人もありがとうです

さて、それで番外編ですが
リクエストもありましたので、まずは佐天さん編から行きたいと思います
超電磁お茶会編でござる、この話が番外編三話の中で一番長いです

長いのでもしかしたら二回にわけての投下になるかもしれません
明日か明後日には来ますので、よろしければお付き合い下さい

あ、明日か明後日じゃねえや、日付変わってた
今日か明日です! よろしく!

よし! 投下じゃー!
まだ書き上がってないけど、キリがないからとにかく投下じゃー!

予想通り、二回に分けることになりました
多分にゆっくり書きながらの投下になるので、明日にでもまとめて読むといいよ!

参ります!

そぉい!


――――――――――





 自身について、語るべきことはあまりない。

 あたしはあくまで、どこにでもいるようなつまらない人間で、どこまでいっても凡人である。







 と、いきなり愚痴めいた独白で、ほんとうに申し訳なく思う。

 だけど、それは事実だ―――あたしはどこまでも平凡な人間に過ぎない。


 変わっているのは、それこそ苗字と名前くらいのものだ。

 引き継いだものと、与えられたもの―――どちらも己の力で得たものではない。

 その事実が、あたしという人間を如実に表しているように思う。


 あたしの名前は涙子という。

 母親が与えてくれた名前だ、随分考えたのよと笑った母の顔を、今でも覚えている。


 涙という言葉を名前に選ぶのは、なかなか珍しいのではないだろうかと思う。

 少なくとも私はこれまでの人生で、自分以外の涙さんに会ったことがない。

 惜しいところでキャッツ・アイのお姉さんくらいのものだ、字は違うけど。


 涙の子で涙子、それで随分と誂われた。

 小学生の時の話だ、馬鹿な男子が覚えたての漢字で囃し立ててきたことがあった。

 あたしはそれがくやしくてくやしくて、そんな名前をつけた両親を恨んだりした。

 そんな親不孝なあたしに、母は命名の由来を話してくれた。


“涙子の涙という字はね、嬉し涙から取ったものなの。
 あなたが生まれた時、お母さんもお父さんも、嬉しくて泣いちゃったから”


 悔しい時の涙ではない、悲しい時の涙ではない、痛みでも怒りでもない。

 それは歓びと愛しさが満ち溢れた嬉し涙―――そんな涙もあるのだと彼女は言ってくれた。

 
“あなたには、いい名前をあげたかったから。
 なんだかんだで、嬉し涙って……世界で一番美しいもののひとつだと思うのよ”
 

 我が母ながら、なかなか詩人だ。

 その言葉で、あたしはこの名前が大好きになった。

 ……ここで終わっておけば、なんともいい話だったのだけど。


“……あ、でも涙子が黒岩くんと結婚したら、黒岩涙子ね!
 黒い、悪い子―――ダメね、嫁入りは許さないわ、婿に取りなさい!」

 
 黒岩くんって誰やねん! と全力で突っ込む羽目になった。

 あれから数年経つが、今のところ黒岩くんとの出会いはない。







 あたしの苗字は佐天という。

 佐は「たすける」や「ささえる」といった意味をもつ。

 天はそのまま「そら」、あるいは「偉大なもの」「理」といった、大いなる意志を示す。


 ゆえに佐天という姓は「支える者」を示すものだと父は言った。

 幼い頃のあたしはそれに反発した、自分たちは誰かの家来だと言われた気がして、悲しくて、悔しかったのだ。

 だけど父は、笑ってそれを否定した。


“涙子、それはちがうよ。家来なんかじゃない。
 うーん、ちょっと難しいかもしれないけど、天っていうのはね?
 父さんが思うに、そのひとそのひとの、一番大切なものを指す言葉なんだよ”

“父さんにとっての天は、家族だよ。
 母さんと出会って、彼女が父さんにとっての天だと思った。
 お前たちふたりが生まれて、父さんの天はもっと大きくなった”

“だからね涙子、父さんはこの苗字が好きだよ。
 この苗字の示すように、強くなりたいと思えるから”


 我が父ながら、なかなか詩人だ。

 その言葉で、あたしはこの苗字が大好きになった。

 ……ここで終わっておけば、なんともいい話だったのだけど。


“ちなみに父さんが母さんにプロポーズした時の台詞はね。
 『どうか、僕にとっての天に……あれ、なにその微妙そうな表情……涙子ー?」


 ドヤ顔で恥ずかしい台詞を言ってのける父に、冷ややかな視線で返したあたし。

 もちろん、黒岩くんへのプロポーズにその台詞を採用する予定はない





 あたしは佐天涙子という名前である。

 変わった名前だが、気に入っている。






 平凡な人生、凡庸な己。

 どこにでもありそうなありふれた日々。

 それでも父は優しく、母は優しく、弟は生意気けどかわいい、愛しい家族がいた。


 幸せな、女の子だった。

 それは間違いなく事実だ、私は幸せだった、恵まれていた。

 自分がどれほど恵まれているのかもわからない、愚かな子どもだった。


 そんなありふれた女の子は、テレビで見た超能力者に憧れた。

 夢を見た、あんな風になりたいと思った、きっとなれると、そう思った。

 特別な何かに、なれると思ったのだ。


 その思いのままに、あたしは学園都市の門戸を敲いた。

 能力者佐天涙子の、とびきり素敵な物語が始まる予定だった。





 だけど、その夢が叶うことはなかった。

 無能力者、この街の最下層があたしの居場所だった。

 下から数えて六割、妥当といえば妥当な話。

 だけど、やっぱりショックだった。


 子ども特有の万能感は、現実の重みに潰される。

 あたしにはそれを撥ね退けるだけの、特別な何かは宿らなかった。


 もちろん、自分なりに精一杯やったのだ。

 だけど、努力をしようにも、そのきっかけすら掴めないのだからどうしようもない。

 テキストは表層を上滑るばかりで、薬も電気も扉を開いてはくれなかった。


 能力に目覚めるクラスメイト達を、笑顔で祝福しながら。

 その裏で、あたしがどんな顔をしていたかなんて―――誰にも知られたくない。


 レベル0。

 落伍者、無能、落ちこぼれ、ハネモノ、はずれ。


 声なき声が、あたしを苛んだ。

 学園都市では、ありふれた悲劇だった。

 あたしはこの街でも、その他大勢だった。


 それでも強がって、見て見ぬふりをして、人生を謳歌しているかのような顔をして。

 能力なんて関係ないもんね、自分は人生を楽しんでるもんねと誤魔化して。

 取り繕って生きてきて、笑って、笑って、笑って。

 
 だけど

 お風呂で、布団で、自分の部屋で。

 あたしはずっと、こっそり隠れて泣いていた。


 嬉し涙なんて、流したことはない。

 この街が題目に掲げた天は、あたしからは遠すぎた。






 そして結果が出ぬままに、小学校を卒業して。

 中学生になって、やっぱりなにもかわらなくて。

 だから、そんな日々をやり過ごす術を求めて、せめて笑顔でいようとした。


 そんな毎日を重ねる内に、いつしか取り繕うことにも慣れてしまった。

 皆の知る佐天涙子は、明るくて調子に乗りやすい、そんな女の子だ。


 それも全部が全部、嘘というわけでもない。

 あたしの本来の性格は、多分にそういうものでもあった。


 たとえ身の裡に醜い感情を湛えていても。

 それをちゃんと誤魔化せるなら―――なんの問題もない。


 無能力者だって、べつにいじめられるわけでもない。

 ちゃんと友達もいる、楽しいことだってある。

 しっかり、日々を楽しんでいる。


 これは、痛々しい強がりなのだろうか。

 ……きっと、そうなのだろう、惨めな虚勢だ、いっそ笑えるほどに。


 だけど。

 そのくらいは、許して欲しい。

 だってそうでもしないと―――あたしは、呼吸すら覚束ないのだから。



 そうして、中学一年の一学期が終わる頃。

 夏休みも間近に迫ったある日、あたしは、とある噂話を耳にする。






 幻想御手、レベルアッパー。

 学園都市を風靡した、怪しげな都市伝説。

 使用者のレベルを跳ね上げる、天使の羽、聖女の御手。


 胡散臭いことこの上ないそのアイテムを、あたしはひょんなことから入手する。

 そして、いろいろあって―――迷った挙句、あたしはそれを使用してしまった。

 得体の知れぬ反則に、あたしは手を染めてしまったのだ。


 それは、これまで必死に取り繕ってきた佐天涙子を自らの手で否定することに他ならない。

 佐天涙子が重ねてきたあらゆる物を、あたしは無様にも放り投げてしまったのだ。


 それだけならまだしも、己は友人を巻き込んだ。

 アケミ、むーちゃん、まこちんの三人、同じ境遇の彼女たちを唆した。

 己一人で罪を犯す勇気もなく、考えなしに周囲を共犯にした。

 そして手にした能力に浮かれ、馬鹿みたいにへらへら笑っていた。


 初春、白井さん、御坂さん。

 幻想御手事件の解決に奔走する友人たちに協力することもせず、嘘を重ねた。

 もちろん葛藤もあったけど、手にした力はあまりにも魅力的だった。


 レベルで言えば1が精々の、つまらない能力だったけど。

 佐天涙子にもきちんと才能があったのだと、幻想御手はそれを証明してくれた。


 これで、やっと始める事ができる。

 ずるには違いないけど、これはきっかけだから。

 ここからはちゃんと自分の力で努力するから、どうか見逃して貰いたい。


 罪は罪だけど、それでも。

 もう、他人を羨み恨まずにいられる―――本当の笑顔で、みんなと笑い合えるんだから。


 あの時のあたしは、きっと笑顔だった。

 幻想御手の歌声は、まさしく福音そのものだった。





 其処から先は、言うまでもないことだけど。

 そんな蜜月は、長くは続かなかった。


 幻想御手には、副作用があった―――とびきりひどい、毒があった。。

 倒れ伏す友人を見て、ようやく己がとんでもないものに手を出したことに気づいた。


 なにもかもが遅すぎた。

 手遅れだった。

 どうしようもなかった。

 できることなんてなかった。

 ひとつもなかった。


 震える指で、電話をかけた。

 無様に初春に縋りつき、彼女の言葉に救われて。

 でも、自分にはそんな言葉をかけてもらえる資格などなくて。


 自室でひとり、眠りに落ちた。

 死ぬときは、こんな感じなんじゃないかと思った。





 そして、夢を見た。

 あるいは現だったのか、それすらも判らぬ曖昧の果てに、あたしは居た。


 融け合って混じり合って補い合って

 自分の体がなくなるような、そんな夢だった


 気持ちよくて

 気持ち悪くて


 なにもかもどうでもよくなって

 あたしはどこかに、消えてしまうはずだった


 だけど

 それを止める声があった


 “先に行く”


 それは、歩みをやめない誰かの声


 “こんなところでとらわれてないで、さっさと帰りなさい”


 それは、やさしく鮮やかな誰かの声


 自愛と嫉妬と妄執と傷の舐め合いばかりだった世界に

 その声はどこまでも高らかに響き渡った


 そして、圧倒的な光の奔流が弾けて

 闇も汚れも罪も憂いも、何もかも吹き飛ばしてしまうような圧倒的な白い光が世界を包んで



 気づけば。

 あたしは、清潔な白い部屋で、ベッドに横たわっていた。



 そこが病室で、自分が目を覚ましたのだとわかって。

 倒れる前のことを思い出して、掌に風を喚ぼうとしてもなにも起きなくて。

 それについてなにも考える暇もないままに、部屋の扉が乱暴に開かれて。

 飛び込んできたその少女は、頭に花飾りを付けていた。


 初春飾利、あたしの親友がそこにいた。

 ボロボロに笑って泣いて、おかえりなさいと言ってくれた。


 あれほど望んだ能力は、なくなっていたけど。

 そんなものより大事な友人が、泣きながら笑ってくれていた。



――――――――――


 そうして今日、七月二十八日を迎えた。

 あの混乱の一日から、すでに四日目ということになる。


 あたしは二十五日には退院して、すっかりいつもどおりの生活へと戻っていた。

 まるであんな事件などなかったかのように、あっけなく、元通りだった。


 だけどあたし以外―――特に、風紀委員の二人はそうはいかなかったらしい。

 都市中を巻き込んだ幻想御手事件の後始末は多忙を極め、今日まで働き詰めだったという。

 それでもようやく落ち着いてきたとのことで、初春から誘いの電話が入った。


 内容は慰労会とあたしの退院祝いを兼ねた、ファミレスでのおしゃべり。

 時刻は夕方五時過ぎ、夕食もここでとり、夜までダベろうという計画になっている。


 メンバーは、いつもの四人。

 あたしと、初春と、白井さんと、御坂さん。


 一度はあたしが、一方的に拒んでしまったその繋がり。

 だけど、彼女たちは笑顔のまま、再びあたしを受け入れてくれた。


 それが嬉しくて、申し訳なくて、ちょっと気まずくて、やっぱり嬉しくて。

 あたしは渦巻く感情を、どうにか誤魔化すので精一杯だった。





「あーもう、ようやく、一段落ですの」


 とりあえずのドリンクバーで乾杯し、各々喉を潤わして人心地をつけたところで。

 おつかれの白井さんが、万感の想いを込めたかのような声でそんな事を言った。


「ええ、おつかれさまでした。
 ―――ほんとにようやくですねー、あとは警備員さんにお任せです」

「いやー、大変だったみたいね。
 ここ数日、黒子が帰ってくるなりベッドに突っ伏すような感じだったから静かだったわー」


 笑顔で労う初春と、悪戯っぽく笑う御坂さん。

 ちなみに座っているのは四人がけのテーブルで、あたしの隣が初春。

 そして向かいが御坂さん、その隣が白井さんという席順だ。


 繰り返す、御坂さんの隣が白井さんだ。

 ……はっきり言って、悪い予感しかしない。


 そしてそれは、言うまでもなく的中する。

 テーブルに突っ伏していた白井さんが、御坂さんの台詞を受けてガバリと起き上がった。


「ああ! お姉さま! お姉さまッ!!
 わたくしとしたことが! 仕事にかまけてお姉さまを寂しがらせていたなんて!
 黒子一生の不覚! かくなる上は今からここで三日分のスキンシップを!!!」

「えい」


 ばちん。

 情け容赦のない電撃掌底、ツッコミスタンガンの炸裂である。

 急所に当たって効果は抜群、非行タイプじゃないはずなのだがクリティカルである。


「――いやー、おみごとです御坂さん」


 そんな波乱のテーブルで、初春が感じ入ったように微笑む。

 申し訳ないが、あたしは笑えない――ドン引きである。

 思わず口から、問いが零れた。


「うわあ……いいんですかコレ」


 意識を断たれた白井さんをソファー席に沈み込めながら、いーのよこのバカはと笑う御坂さん。

 そんな彼女は第三位、超電磁砲である――それでいいのか学園都市。


 そんなあたしの内心ツッコミなどどこ吹く風。

 常盤台のエース、常勝不敗の雷姫はいつだってまっすぐだ。





「あーもう、空気読みなさいよバカ黒子……。
 ん、改めて―――佐天さん、また会えてよかったわ、ほんとうに」


 ふにゃりと笑う、御坂さん。

 そのあまりにまっすぐな歓迎の言葉に、あたしは圧倒される。


 超能力者、第三位、超電磁砲。

 目も眩むようなそんなステータスを掲げた彼女が、あたしに向けて花のように微笑んでくれる。


 ああもう、これは反則だ。

 このひとにそんな顔をされたら――誰だって、嬉しくてしかたがないだろうに。 


「……はい、あたしもみんなにまた会えてよかったです。
 おそくなりましたけど、みなさん、今回はご迷惑をお掛けして、すみませんでした。
 それと―――助けてくれて、ありがとうございます」


 そして、あたしの口から零れ落ちるのは、謝罪と感謝。

 本来ならいの一番に口にすべきそれを、ようやく三人へと伝えることができた。


「ううん――気にしないで。
 みんなちゃんと戻ってきてくれたんだから……ね、初春さん?」

「ええ、使用者一万人、全員の無事が確認されてますよ。
 おととい御坂さんにも届いたでしょう? 例の“出欠確認”」


 ちなみに、あたしの携帯へもそれは届いていた。

 送り主の名は、学園都市統括理事会。

 もちろんちゃんと、あたしも出席で返してある。


「うん……学園都市全生徒への出席確認メールかぁ……改めて大事件よね。
 あ、木……犯人がどうなったかって、聞いてもいいのかしら?」


 私気づいたら病院だったから詳しい話全然聞いてないのよねー、と御坂さんは言う。

 この人が幻想御手事件の解決に寄与したというのは、学園都市中の誰もが知る公然の秘密である。


「……あー、そっちは警備員の管轄になりますから。
 風紀委員(わたしたち)にはちょっとわかりませんねー」

「……そっかー、まあ、しょうがないわね」


 そう言いつつも、御坂さんはひどく残念そうだ。

 犯人と直接対峙したという御坂さん、なにか思うところもあるのだろうか。

 その感情は、あたしには正直言って図りかねる。






「使用者さんたちの方は、まだ決定ではないですが……まあほぼお咎めなし。
 多分一回くらい講習を受けて頂くことになると思いますけど」

「……そうなんだ」


 初耳だった。

 幻想御手使用者への処分、学園都市の裏掲示板でももっぱらの関心事であるその内容。

 たった今親友である風紀委員の少女が口にしたそれは、思いの外軽いものであった。


「……佐天さん?」


 そんなあたしの反応に、初春は戸惑い混じりに首を傾げる。

 だけどこの感情は、きっと彼女には理解できないだろうなとあたしは思う。


「……ううん、ちょっと軽いなーって思ってさ!
 もちろん厳しくない方がいいんだけど……それでも、ね……」


 けじめと言えば古臭い響きだが、それは必要な事だと思う。

 軽すぎる処分じゃどうにも座りが悪いというか、身の置き場に困ってしまうのだ。

 思わずそんな事を口走ってしまったあたしに、初春は少し困ったような顔で続けた。


「……なんたって一万人、ですからね。全員には正直手が回らないんですよ
 それに、今回の幻想御手事件は、結果として学園都市の能力偏向が齎した歪みの一側面、
 能力開発を受ける学生への心理的なケアの不足を浮き彫りにしたといえるのかもしれません」


 もちろん、能力犯罪に走った人や幻想御手の売買に関わった人は相応の罰を受けてもらいますけど、と初春が言う。

 なるほど、確かに多すぎるだろう―――なんと言っても一万人だ。

 ペナルティを課すにしたって、そんな簡単な話ではないだろう。


 だから、仕方のないことなのだ。

 自分たちが軽んじられている、なんて感じてしまうのは間違いだ。

 間違いどころか、お門違いですらあるだろう。


 頭を振って、つまらない雑念を振り払う。

 そもそも、罰を受けるのではなく―――自分が変わらなきゃ意味がないのだから。





「そうね……醜聞どころか、ある意味で大量の学生を実験に巻き込んだようなモノだしね。
 上としても、あまり騒ぎ立てれば自分たちの首を絞めかねないのかも」


 それについての御坂さんの分析は、冷静至極。

 規模の大きすぎるこの事件は、きっと誰の手にも余るものだった。


「ええ……なにより、風紀委員や警備員に対応の遅れも否めませんの。
 結局AIMバーストを抑えたのはお姉さまですし、犯人の特定や説得、果ては幻想御手の解除プログラムの入手を行ったのはあの方……風紀委員と警備員は立つ瀬がないですの、実際」


 いつの間にか復活していた白井さんが、悔いを滲ませた声でそんな事を言う。

 後手に回らざるを得ない風紀委員の立場にあって、しかし彼女は自戒を緩めない。

 そんな彼女の在り方に、あたしは頭が下がる思いでいっぱいだ。


 あらためて風紀委員の意識の高さに感じ入る。

 先ほどの狼藉は見なかったことにしよう、そうしよう。

 
 ……だが、それはそれとして、いまの白井さんの台詞にひとつ気になる点があった。

 彼女の言う“あの方”とは一体、誰のことを指すのだろうか? 

 口ぶりから察するに、風紀委員や警備員じゃないようだが―――わからない。


 わからないなら、聞けばいい。

 あたしはその疑問を口にしようとしたが、それより早く御坂さんが会話を継いだ。

 
「同感ね……正直、私もトドメを譲ってもらったような気分よ。
 あの人がいなかったら、正直どうなってたか判ったもんじゃないもの」


 そして御坂さんの口からも出た―――“あの人”という言葉。

 むむ……なにやら、重要人物の気配がする、ような気がする! わかんないけど!


「お姉さまでなくてはなすことの出来ぬ時間稼ぎであり、トドメの一撃でしたの。
 ……まあ、その気持はわからなくもないですけど……わたくしも、力不足を痛感しましたし」


 やっぱり立つ瀬がありませんの、と白井さんがまた眉根を寄せる。

 そんな風紀委員の煩悶に応えるのは―――やは、り風紀委員の初春だった。






「うちの支部でも、連日反省会でしたからねー。
 ――でも、やっぱりアレがベストだったんです。馬鹿正直に解除プログラムをテストしていたら
 どんなに急いでも四時間はかかる―――いえ、それでも完全に疑念を消すことはできなかった」

「それだけ長い時間放置していたら、原発も被験者もどうなってたかわかんないわね」

「ええ――ほんとうに、うまく収まって何よりでしたの」


 そう言って、今回の事件の功労者である三人が笑い合う。

 自業自得ではあるが、やはり少しばかり居心地が悪いと感じてしまう。

 壁があると、そう感じてしまう。

 三人にそんな意図がないことなど百も承知だけど、それでも少し胸が痛い。


 でも、この痛みは。
 
 慣れ親しんだ、痛みだった。
 

 ああ。

 改めてあたしは彼女たちに嫉妬していたのだと知る。

 いまならそれを、ちゃんと認めることが出来る。


 御坂さんと白井さんについては、いうまでもないことだろう。

 学園都市が誇る五本指が一、名門常盤台中学に通うふたり。

 片や大能力者の敏腕風紀委員、片や超能力者で第三位の超電磁砲。

 本来ならこうして席を同じくすることもありえないような、雲の上の存在だ。


 あたしには、手に届かないところ。

 憧憬と嫉妬の割合は、自分でも測り切ることはできない。


 もちろん、彼女たちが能力や肩書きを鼻にかけた事なんてない。

 それでもふとした瞬間に、齟齬を感じることがあった。

 
 もしかしたらそれは、無能力者の僻みに過ぎないものかもしれないけれど。

 あたしは確かに、それに傷ついていたのだ。


 だけど、本当の所を言えば。

 あたしにとって、一番の嫉妬の対象は――初春だったりする。






 名門常盤台中学ではなく、あたしと同じ柵川中学。

 大能力者や超能力者ではなく、能力弱者の範疇にある、低能力者。

 それでいて、風紀委員として活躍する彼女――初春飾利。


 普段は頼りなくて、抜けてて、からかいやすい普通の女の子なのに。

 そんな彼女は正真正銘の正義の味方、この街を護る盾なのだ。


 そんな初春は、あたしにとって自慢の親友。

 嘘でもなんでもない――心底から、あたしは初春が大好きだ。


 だけど。

 大好きだからこそ、親友だからこそ。


 どうしようもなく。

 生まれてしまう、感情もある。


 太陽が出ているうちは、大丈夫だった。

 あたしはいつもどおり大好きな初春をからかって、笑い合うことができた。

 そこにはひとつだって、嘘はなかった。


 だけど、夜になって、独りになると。

 途端にあたしは、初春との間にある距離に、怯えてしまう。


 自分より高いところにいるあの子を、許せなくなってしまう。

 妬んでしまう、嫉んでしまう。


 初春が無能力者だったら良かったのに、とか。

 初春が風紀委員じゃなければよかったのに、とか。

 そんな事ばかりを考えてしまうのだ。


 夢から醒めて朝を迎えるたび、あたしは舌を噛み切りたくなった。

 昼間のあたしと夜のあたしは日を追うごとに乖離を深めてゆく。

 そのどちらが本当の自分なのかなんて、知りたくなかった。


 だから。

 幻想御手が、本当に噂通りのシロモノだったなら。

 あたしが、せめて―――能力だけでも、初春に並ぶことができたなら。


 きっと。

 あたしも。



 それが、あたしの言い訳だった。

 みっともないったらない、弱虫の泣き言だった。





「……佐天さん? どうかしましたの?」


 白井さんの疑問の声に、我に返る。

 御坂さんと初春も、きょとんとした顔であたしを見ていた。


「……へ? な、なんでもないです!
 ―――あ、例の解除音声って、白井さんたちが流してくれたんですよね?」
 

 思索に耽っていた事を隠すように、あたしは露骨に話題を逸らす。

 だけど、これもまた気になっていたことのひとつだった。

 
 幻想御手の――あの、不思議な音声を駆逐する、解除プログラム。

 あたりまえといえばあたりまえだが、それもまた音声プログラムだったらしい。


 それを、風紀委員たちが学園都市中に振りまいた。

 あたしたち幻想御手使用者が意識を取り戻したのは、その音声を聞いたからとの事だ。


 ラジオ、テレビ、ネット、街頭スピーカー、街宣車、果てはラジカセ担いだ風紀委員。

 あの日、学園都市に鳴り響いいたというその音楽。


 それは、不思議と心を揺るがす響きだったと。

 その音色を聞いたものは、揃ってそんな事を言っていた。


 昏睡状態にあったあたしは、残念ながらそれを記憶に留めてはいない。

 自業自得と言われればそれまでだが―――ほんの少しだけ、それを残念に思ってしまう。




 

 そんなあたしの、なんとも要領を得ない問に。

 白井さんはしかし、律儀に答えを返してくれる。


「あれについてはわたくしたちというより……ほんと、黄泉川先生サマサマですの。
 ―――でも、その彼女から信頼を勝ち取ったのは……初春、貴女の手柄でしてよ?」


 随分と大見得を切ったものですの、と白井さんが微笑む。

 あたしは詳しいことは聞いていないが、そこには風紀委員・初春飾利の活躍があったらしい。


「ふえっ!? わ、私なんて中継役をしただけですよ!
 あんまり大袈裟に言わないで下さいよ白井さん!」


 突然話題にされた初春は、慌ててそれを否定する。

 顔が真っ赤だ、超かわいい、あたしの親友は超かわいい。

 白井さんも同意見のようで、初春の更なるかわいさを引き出すべく、彼女は次の矢を放つ。


「『信念とは困難に立ち向かうためのもの。
  保身で信念を曲げるくらいなら、私は――私たちは最初から腕章なんか巻きやしません』キリッ
  ……いやいや、初春があんなカッコイイ台詞を言うとは思いませんでしたの」


 初春が口にしたのであろう台詞を、誂うように真似る白井さん。

 いやいや、これは前言を撤回せねばならないだろう。

 かわいい? あたしの親友をそんな安い言葉で語ってもらっては困る!


「……おお、初春かっこいい!!」

「ほんと、かっこいいわ初春さん」


 白井さんの言葉に、あたしと御坂さんもここぞとばかりに乗っかった。

 初春かっこいい、あたしの親友は世界で一番かっこいい。

 しかしそんなかっこいい彼女は、泡を食ったようにそれを否定する。






「わわわわっ! 鬼ですか白井さん! 恥ずかしいですやめて下さいって!
 ……うう、反省会でも何回もリピートするし! いじめですよコレ! カッコ悪い!」


 真っ赤な顔で、プンプンと苦言を呈する初春。

 口ぶりから察するに、そうやらほんとうにあの台詞を口にしていたらしい。


 まさに、熱血主人公。

 そんな初春への白井さんの攻撃は続く、容赦なく。


「『私たちはこの都市の盾たらんと誓いました。
  守るべきものが背中にあるんです。……逃げやしませんよ』キリッ」


 盾は逃げない

 私は逃げない


 守るべきものがある限り、盾は砕けない。

 それはきっと、すべての風紀委員が掲げる願い。


 守ると決めた。
 
 それが、彼女の誓い。



「これは惚れる」

「これは惚れる」



 御坂さんとあたしが、間髪入れずにそう言った。

 ……いやいや、冗談抜きでこれは惚れる、マジぱねえ。

 風紀委員のシンボルマークは盾だというが――まさに然りだ。

 あたしの親友はマジでかっこいい、惚れる、マジで惚れる、これは惚れる。


「白井さん!! 佐天さんも御坂さんもです!!
 いいかげんにしてください!! そろそろ本気で怒りますよ!」


 プンプンと、真っ赤な顔で吠える初春。

 前言を更に撤回、やっぱり初春はかわいい、世界で一番可愛い。

 あたしの親友は、かっこよくてしかもかわいい。






「ふふ……冗談はともかく、感心したのはほんとですの。
 ―――成長しましたわね、初春……見事でしたの」


 ひとしきり初春の狼狽を堪能して後、白井さんが笑を浮かべてそう言った。

 白井さんは初春のパートナーである、相棒の成長への喜びもひとしおだろう。

 
 そしてそれは、逆も然り。

 白井さんの心底からの賞賛、それを初春が間違えるはずもない。


「うう……ありがとうございます」


 初春は真っ赤な顔を更に赤くして、くすぐったそうに笑う。

 そんなふたりの距離感に、あたしがちょっとだけ嫉妬してしまったことは、内緒だ。


「……でも、あれは……私があんな台詞を言えたのは。
 電話の向こうにあの人が―――鋼盾さんがいたからですよ」
 

 こうじゅんさん、と初春が口にした名前。

 白井さんの言う“あの方”、御坂さんの言う“あの人”

 それが、その「こうじゅんさん」なのだと、三人の表情を見ただけで、なぜかわかってしまった。






「そうですわね――確かに。
 まったく、調べれば調べるほど、あの方はとんでもないですの。
 黄泉川先生の調書も拝見しましたが―――なんですのあの行動力と推理力と周到さは!」


 白井さんが、天を仰ぎながらそんな事を言う。

 そんな彼女に初春が、我が意を得たりとばかりに目を輝かせた。


「ええ! あれはとんでもないです!
 私が鋼盾さんに電話してから事件解決までたった六時間ですよ! 六時間て!」

「……凹みますの、ひたすらに凹みますの」

「凹んでる場合じゃないですの白井さん! 私の計画に乗ってくださいよー!
 “幻想御手事件解決に尽力!”のお手柄を巧いこと利用して、どどんと勧誘です!」


 テンション上げまくりの初春と、下がりまくりの白井さん。

 御坂さんはそんなふたりの様子を、楽しそうに眺めている。

 そしてあたしは置いてきぼりである、寂しい。


「何度も言ってますけど……わたくしは鋼盾さんを強引に勧誘するつもりはありませんの。
 ……というか、あまりしつこいと嫌われますのよ、初春」

「その点はだいじょうぶですって! なんだかんだで鋼盾さん、誘われると嬉しそうですもん!
 私にはわかります! あの手のタイプには押しです、押し!」

「……まあ、初春のいうことも正しいんでしょうけど……
 あまり困らせてあげないで欲しいですの……いえ、わたくしも反対はしませんけど」


 件の「こうじゅんさん」を風紀委員に入れたいらしい初春。

 相手の都合を慮ってか、勧誘には消極的な感じの白井さん。


 この二人の意見が分かれたときは、たいてい白井さんが押し切るのがいつもの流れ。

 だけど、白井さんも内心では初春の意見に賛成しているようで―――今回はどうやら膠着だ。

 
「……うーん、私としてもふたりの言い分、どっちもわかるけど……。
 結局は本人の意志よねー……強制できるようなものじゃないもの」


 そこで御坂さんが、客観的なコメントを入れた。

 さすが年長者だけあって、冷静で公平な見解である。

 そんな彼女の言葉をうけて、初春は尚も声を張り上げる。


「――ええ。それは勿論です。
 焦らず行きますよ……鋼盾さん獲得計画は始まったばかりです!!」


 ぐい、と拳を握り締める初春。

 こうなった彼女は、誰にも止められない。


「……ねえ、初春」

「? はい、なんですか佐天さん?」


 だけど、それはそれとして。

 あたしとしては――まず、これを聞いておかなければならないだろう。






「いや、えーと……その、こうじゅんさん、て誰さ? どんな字書くの?
 そもそも苗字? それとも名前? 歳はいくつ? つーか、性別もわからんし」


 盛り上がってる会話に水を差すのが申し訳なくて、黙って聞いていたけれど。

 そろそろ辛抱たまらない、内輪ネタで部外者をハブるのはいけないと思います! ほんとに。


 ちなみに今、あたしの頭の中でのこうじゅんさんは、

 「知性あふれる」「行動力抜群の」「年上の美人さん」的な感じだ。


 「どんな事件もスピード解決! 私の名は皇潤! 探偵さ!」とか言ってらっしゃる。

 シャーロック・ホームズみたいな服を着てる、手にはパイプ、何者だ……ああ、探偵か。

 いや探偵じゃないでしょ! どっからきたよその設定! 孤独なセルフツッコミである。


 三人の会話から断片的なイメージを積み重ねてみた結果、このザマである。

 流石にこんなおもしろキャラではないだろう、ありえない。


 こうじゅんさん。

 この三人が絶賛する、その人物。

 幻想御手事件解決の功労者なら、あたしにとっても恩人だ。


 興味はある、すごくある。

 可能なら、会ってお礼を言いたいくらいだ。





「え?」

「へ?」

「あら?」


 だが、そんなあたしの言葉に、三人は心底驚いたような反応を示した。

 なんというか……そう、いい年してアメリカ大統領の名前を知らない人間を見るような感じの。


「……え? あれ? あたしなんか変な事言いました!?
 えーと……その、なんというか……あれー?」


 慌てて問いを重ねるあたし。

 そんなあたしに、三人はやっと得心がいったとばかりに頷いた。


「……そっか、佐天さんは知らないんでしたね」
 
「ええ――思い返してみれば、名前を聞く機会などなかったはずですの」

「なるほど……あ、ゴメンね佐天さん。
 ――――えーと、あれ、どこから話したものかしらね」


 そう言って、何やらアイコンタクトを取り始める三人。

 なんという疎外感、これは寂しい、超寂しい。


 独り理不尽な置いてきぼりに涙するあたし。

 それでもようやく三人の間でなんらかの事柄がまとまったらしく、三対の瞳がこちらを向いた。






「まず、鋼盾というのは苗字ですの。
 鋼盾掬彦さん――性別は男性ですわね」


 まず口火を切ったのは、白井さん。

 男性……「こうじゅんさん」は男の人だったらしい、名前は「きくひこさん」。

 先ほど浮べたイメージは全没である、美少女名探偵じゃなかったようだ。


「今は高校一年生ね……ちなみに無能力者」


 そして続いたのは、御坂さん。

 高校一年生というと、あたしたちのみっつ上、御坂さんのふたつ上か。


 そして―――あたしと同じ、無能力者。

 学園都市の序列の最下層に彼は居るのだという。


「字は―――こうですね。
 鋼の盾に、手で掬い上げるの掬、そして彦星の彦です」


 最後は、初春。

 テーブルに備え付けの紙ナプキンに、愛用のペンを走らせる。

 記されたるは、漢字四文字。


 鋼盾掬彦。

 こうじゅんさん――いや、鋼盾さんだ。


 それが、その人の名前。

 三人の話題を攫った、まだ見ぬ彼の名前だった。





「……鋼の盾、かあ。
 なんていうかさ―――強そうだよね」


 こうじゅん、鋼盾、鋼の盾。

 重々しくて大きな鋼鉄製の盾を構える人。

 字面を見ての第一印象は、そんな安易な感想だ。


 まあ、苗字なんかで人物を測れるわけもないけどね、とあたしは笑う

 それでも、なんとも強そうな漢字である、、鉄壁堅牢だ。


 佐天という苗字が「佐ける者」であるならば

 鋼盾という苗字は「守る者」と言った感じだろうか


 そんなあたしの、なんとも考えなしな呟きに。

 しかし三人は、思いの外嬉しげな反応を示した。
 

「ええ! そうなんですよ佐天さん!」


 初春飾利が、歌うように。


「――まあ、世間一般でいうところの強さとは違うのでしょうけど」


 白井黒子が、微笑みながら。


「それでも、あの人は―――強いわよ。
 腕っ節とか能力とか、そういうのじゃなくて、ね」


 御坂美琴が、称えるように。

 




 そして、彼女たちは語る。

 七月二十四日、学園都市中を巻き込んだ、幻想御手事件の真実を。


 その戦場を駆けた、ひとりの少年の物語を。

 鋼の盾の、物語を。




――――――――――



ここまで! 半分!

長いわ! こんな長くなるとは思わなかったわ!
もう日付変わっちゃったよ! ちゃんと書いてから投下しろよ!

佐天さん視点でお送りしました、エピローグその1でござる
超電磁ガールズしてんだと、鋼盾はこういうふうに見えてたらしいぜ!
過大評価だよね!

続きは次回
よろしければまたお付き合い下さい

>>1が嘘吐きという風潮、一理ない
あ、コメントありがとうございました!

でもなんだよコイバナでばっかり盛り上がりやがって!
おまえら冷静になれよ! 日村カップリングとか誰得だよ!
そもそも>>1に恋愛話なんか書けねえよ! ばーかばーか!

仕方がないので各キャラルートのエンディングタイトルだけ置いておくぜ!
そぉい!


月詠小萌エンド   『月明かりふんわり落ちてくる夜は』

木山春生エンド   『虚数学区の向こう側にて』

インデックスエンド 『ふたりぼっちの世界征服』

神裂火織エンド   『救われぬ貴方に救いの手を』

吹寄制理エンド   『一端覧祭運営委員長の右腕』

雲川芹亜エンド   『ツァラトゥストラはかく語りき』

黄泉川愛穂エンド  『伝説の警備員の伝説』

御坂美琴エンド   『星に願いを』

白井黒子エンド   『彼女がツインテールをやめた理由』

初春飾利エンド   『右手に盾を、左手に花束を』

佐天涙子エンド   『とある無能力者の失踪』

鈴科百合子エンド  『学園都市最後の日』

誘波エンド      『青髪ピアスの憂鬱』


うむ、こんなもんかな
なお、ほとんどの話でくっつかずに終わる模様

もちろん、書く予定はございませんの!

じゃあの!

1スレ目  神裂「鋼盾――鋼の盾ですか、よい真名です」

2スレ目  姫神「私。魔法使い」 鋼盾・上条・禁書「………」

3スレ目  鋼盾「歯を食い縛れ最強(さいじゃく)。僕の最弱(さいきょう)は、ちょっとばかり響くよ」

4スレ目  土御門「カミやん、コウやん。オレってば実は天邪鬼(ウソつき)なんだぜい」 上条・鋼盾「……」チーン

5スレ目  鋼盾「どんな理由を並べても!それがこの子が殺されていい理由には、ならないんだよ!!!」

6スレ目  鋼盾「風斬ィィいいいいいいいいいいいいいいいいい いいいいいいッ!!」

7スレ目  オルソラ「まぁ、日村さんとおっしゃるのでございますか」鋼盾「僕の話を聞けぇッ!!」

8スレ目  鋼盾「『残骸』……?」
 
9スレ目  オリアナ「ぼうや、暇ならお姉さんといいコトしない?」鋼盾「な、ななななッ!?」

10スレ目  リドヴィア「これで終わりですので!」鋼盾「まだ分からないのかい?今日の主役は、僕たちじゃないんだよ」

11スレ目  鋼盾「今頃ふたりともヴェネチアかあ」 佐天「いいなあ、ヴェネチア」

12スレ目  美琴「こ、鋼盾さん、どうしよう、アイツに罰ゲームしなきゃ///」 鋼盾「どうどう」

13スレ目  鋼盾「前方の、弁当……?」 黒子「…一体どんなお弁当ですの?」

14スレ目  鋼盾「…どうしてアビニョンにお笑い芸人が?」テッラ「……」

15スレ目  鋼盾「楽勝だよ。超能力者」

16スレ目  五和「話なら聞いてあげますよ。さんざん(中略)さんざんグチャグチャのグチャにブチのめした後に!」鋼盾・建宮「ひぃ」

   アックア「天草式十字凄教、そして鋼盾掬彦。その名は我が胸に刻むに値するものとする!!」
 
17スレ目  キャーリサ騎士団長アックア「「「戻ったかッ!」」」「「「鋼 盾 掬 彦 !!」」」


18スレ目  鋼盾「さぁ、群雄割拠たる国民総選挙の始まりだ!!」

19スレ目  鋼盾「……どうして、ここまでひどい怪物になっちゃったのかな」上条「お前……!」

20スレ目  鋼盾「……ヒーローなんか必要ない」

    鋼盾「お前を…倒す!!」フィアンマ「メインデッシュの前に前菜か。せいぜい俺様を楽しませろ」

21スレ目  ミーシャ「kdjad次lfjd殺esg」鋼盾「うおおおおおおお!?」

22スレ目  鋼盾「僕も、みんなとずっと一緒にいたかった」神裂「――ッ!!」

23スレ目  鋼盾「……ドラゴンライダー、ですか?」 丈澤道彦「ああ、君のための機体だ!」


アックア「あなたの涙を 笑?に変えてみせるのである!(Flare210)
     ――――幸せの魔法 それは……Party Join us !」

テッラ「Party Party Join us Join us
     Party Party Join us Join us
     Party Party Join us Join us!」

ヴェント「おしりをふりふり」

フィアンマ「Party Party Join us Join us
       Party Party Join us Join us
       Party Party Join us Join us!」       

ローマ教皇「みんなでうたおおおおおお!!!」


そんなローマ正教の皆様はともかく、個人的にクレしんベストソングは
「月明かりふんわり落ちてくる夜は」と「夢のENDはいつも目覚まし」
そして「BOYS BE BRAVE」だと思いますね!

強情+笑顔=愛され上手
純情×感謝=幸せ上手

きみの選ぶ夢(魔法名)を誰かに頼っちゃいけない
けして自分に負けない心―――GIRL BE BRAVE、勇紀を手に!

アニメレールガン10話
脳波パターン一致率……99%!って固法がいうシーンで
その99%の…メッセージ?が示していた所、つまり木山春生のデータに
Telepathyって書いてあるんだけども…

予知能力……?

>>258
このSSは原作漫画準拠であり、アニレーなど知ったことじゃないのである!
……というのは不誠実過ぎますな、アカンアカン、アカンぜよ

このSSでは多才能力のひとつとして「予知能力」を使っています
ですので「木山先生がテレパシー能力者」だったとしても無問題だと思うの
そもそも木山の素質が予知能力ってのも、彼女が勝手に推測してるだけやしな!

「鋼盾に解除プログラムを預けた理由付け」
「多才能力の掘り下げ」
「最終戦以降の展開にむけての伏線」
「魔術師たちを仲間にしたことで生まれるヌルゲー感の払拭」
「予言を受けた鋼盾の葛藤とそれを乗り越えての精神的成長」

意図としてはその辺があったのですが、果たしてうまくかけたかどうか
ご意見お待ちしております

いつも思うけどここの>>1は上条さんを[ピーーー]べきだった

>>261
3巻は上条必須だろ

どうも>>1です!
なんか超電磁お茶会編膨らみまくって三部構成になっちゃったぜ!
エピローグ2とエピローグ3はこんなに長くないのに! バランス悪!

というわけでまた途中までですが、第二部を今日中に投下に漕ぎ着けたい
日付がかわるまでになんとか!

>>261
上条さんを殺したほうが、ストーリーがビシッとしまるかもですねえ
あ、ちなみに>>247のインデックスエンド 『ふたりぼっちの世界征服』 神裂火織エンド 『救われぬ貴方に救いの手を』
このあたりは、上条さんがフィアンマの刺客に殺されてしまう鬱ルートだったりします

>>262
フハハハ、それはどうかな!

んでは、またあとで!
日付をまたいだら勘弁な!

――――――――――


 
「……とまあ、これが今回の事件の顛末って感じかしらね?」


 三人が、時には脱線も交えながらも語ったひとつの物語。

 それを締めくくったのは、事件そのものにも幕を引いた御坂さんだった。


 御坂さん―――御坂美琴。

 常盤台のエース、超電磁砲、レールガン、超能力者、レベル5。

 多才能力者という、冗談めいた万能の繰り手を下した彼女。

 幻想猛獣という、人智を超えた化物を打ち破った彼女。


 まるでヒーローのような、彼女。

 そして、そんな彼女を支えた風紀委員や警備員たち。

 初春や白井さんも、幻想御手事件解決の中核を為している。


 だけど彼女たちは、最大の功労者は他にいるという。

 彼がいなければ、自分たちはそれを為せなかったという。


 幻想御手の正体を看破し、開発者を突き止めた少年がいた。

 犯人を説得し自首させ、解除プログラムを提出させた少年がいた。

 解除プログラムを風紀委員にリークし、学園都市中に拡散させようとした少年がいた。


 学園都市中の警備員、風紀委員を巻き込んで。

 超能力者・御坂美琴すら霞ませて。

 事件の首謀者すら、従えて。


 無能力者の少年が、戦場を指揮した。

 能力も権力も持たぬその掌が、なにもかもを掬い上げた。






「これが後に“鋼の風紀委員”と恐れられる鋼盾さん伝説の幕開けです」

「……初春……いえ、もうなにも言いませんの。
 ――しっかしまあ、改めてとんでもない話ですの、あの方は」


 風紀委員両名が、ひとつづつコメントを添える。

 初春の願望はともかく、白井さんがここまで他人を高く評価するだなんて、相当だ


 御坂さんへのある種信仰じみた崇敬を除けば、このうえなく公平で公正な彼女。

 短い付き合いではあるが、彼女がそういうならきっと真実なのだろう。

 そもそも成し遂げた功績を思えば、もはや疑うべくもない。


「……はー、すごいですねえ。
 鋼盾さん、ですか……なんかもう、すごいとしか言えません……」


 ほんとうに、すごい。

 あたしは、幻想御手になんの疑問も抱かなかった。

 もちろん、怪しいし胡散臭いとは思ったけれど、それでも結局は誘惑に負けてしまった。


 何より、その人が無能力者であるという点が驚きだった。

 無能力者でありながらの大金星、なんとも痛快な話だと、素直にそう思う。

 だけど――同時に、だからこそ劣等感を抱かずにはいられなかった。


 あたしが道を誤ったのは、幻想御手があったからだと思っていた。

 鼻先に餌が吊り下げられれば、誰だってそれに食いつくはずだと、思っていた。


 無能力者。

 そんな残酷な烙印を押された者ならば、誰であろうとその誘惑には抗えない。


 だから、仕方のない事だったのだ。

 悪いのは、そんなあたしたちを唆した連中だ。


 心の何処かでまだ、そんな甘えを持っていたことに気づき、あたしは歯噛みする。

 人のせいにして、なにひとつ変われていない―――まったく、情けない話だった。





「鋼盾さん……鋼の盾、かぁ……。
 会ってみたいような……絶対会いたくないような」


 皆から話を聞く前は、ぜひ会いたいと言っていたけれど。

 今となっては少し怖気づいてしまうところもあった……正直、気後れしてしまう。


 その人が凄まじい能力の使い手だったなら、きっとこんな感情は抱かなかった。

 そのひとが無能力者であるという事実こそが、あたしを躊躇わせる原因だ。

 
 ……我ながら、ほんとうに意気地がない。

 そんなあたしの言葉に、初春と白井さんはちょっと困ったような顔をして、こう言った。


「……んー、それなんですけどねー」

「ええ、鋼盾さんですが……
 実を言うと、佐天さんは一度お会いしているお人ですの」


 その言葉に、あたしは心底から驚愕する。

 予想外にも程がある、というかマジか、マジなのか。


「……え? あたし、その人に会ってるの!?」

「ええ、つい先日、確かに」


 わからない。

 そもそも、あたしには高校生男子の知り合いなど一人もいない。


 強いて言えば行きつけのパン屋さんの店員さんくらいのものだ

 フランク極まりないあの青い髪の人が、うわさの鋼盾さん?

 ……名札に「青髪」って書いてたあの人が?


 うん、それはないね!

 なんというか、あってたまるか!

 ……冷静に考えれば、あの人はレベル1だって言っていた、無能力者ではない。


 となると、本当に全く候補が浮かばない。

 つい数カ月前までランドセル背負ってたあたしに、そんな出会いなどありえない。


 だけど、二人はあたしが知っていると言う。

 混乱するあたしを他所に、なにやら話し込んでいる……またも置いてきぼりである。






「……あ、すっかり忘れてました
 そう言えば鋼盾さんに頼まれたままにしちゃってましたね。
 佐天さんにお礼を言いたい、謝りたいって件」

「……ああ、そういえばそうですの、忙しかったですし。
  鋼盾さんも多忙だとメールで……あ、そういえばそれも今日までだったでしょうか」

「ん、確かそうですねー……呼んじゃいましょうか、ここに」

「いきなり呼びつけるのも失礼ですの。
 ……そうですわね、近いうちに一席設けましょうか」


 そして、新たに出てきた重要ワードっぽいもの。

 お礼? 謝りたい? あたしに?

 ……いよいよわからない、さっぱりわからない。


「ふたりとも、佐天さんが困っちゃってるわよ。まったく」


 混乱するあたしを見兼ねて、御坂さんが助け舟を出してくれた。

 ありがたすぎる、御坂さん素敵、最高。


「佐天さん、二十一日に路地裏で、幻想御手の取引現場にかち合ったでしょ?
 ……黒子が助けに駆けつけたってヤツ」

「……はい」


 だけど、その言葉に胸が軋んだ。

 彼女が口にしたのは、一週間前のとある出来事。


 勿論覚えている、あたしにとっては苦い思い出だ。

 それは転機ですらあったかもしれない、ひとつの失敗だった。






 あの日、御坂さんたちと別れたあと。

 路地裏で絡まれている人がいて、それはウワサの幻想御手絡みのようで。

 どうにも放おっておけなくて、バカだバカだと思いつつ助けに入った。

 そして、やっぱりバカを見るはめになった。


 粋がって吠えてみたあたしに向けられたのは、哄笑と暴力。

 震えを押し殺して叫んだ台詞は、更なる震えにもみ消されてしまった。


 無様な己、無力な己、足手まとい。

 あたしたちを守るために、ボロボロになって戦う白井さん。


 あの時、不良たちに叩きのめされた男の人が言った言葉を、今でも覚えている。

 ぼくたち無能力者には、なにもできないのだと、彼は諦めきった顔でそう言った。


 あたしはその言葉に反発し―――しかし、やっぱりなにもできなかった。

 あの人の言った通り、無能力者にはできることなんてなかった。





 ……ふと、あの人はどうなったのだろうかと思う。

 スキルアウトに足蹴にされて、顔を腫らして俯いていた彼。


 蜘蛛の糸に縋りつくことしかできない、憐れな無能力者。

 あたしと同じ絶望に身を浸した哀れなあの人は、あの後どうしただろう。


 諦めてしまっただろうか。

 諦めきれず、幻想御手に手を出してしまったのだろうか。

 幻想猛獣とやらの一部に、なってしまったのだろうか。

 それとも……


 ……やめよう、意味のないことだとあたしは頭を振って、改めて御坂さんを見遣る。

 そもそも他人をどうこう言える立場ではない、自分のことで手一杯だ。


 そして、御坂さんの言葉が響く。

 予想外にも程がある、それはとびっきりの爆弾だった。





「その時に、佐天さんが助けた男の人が、鋼盾さん」

「―――――え」


 思わず、問い返していた。

 御坂さんが何を言ったのか、判らなかった。

 そんな間抜けなあたしに、御坂さんは噛んで含めるように、繰り返してくれた。


「だから、あの時ボコボコにされてたあの人が、鋼盾掬彦さんなの」

「……ええっ!? ……あ、え、……ええええ!!!?」 


 悲鳴のような、大袈裟に過ぎる声を上げるあたし。

 もしかしたら、それは今までの人生で一番の驚愕だったかもしれない。


 そのくらい予想外というか、なんというか。

 三人の語る鋼盾掬彦さんと、今頭に思い浮かべている人物が全く重ならない。

 ひとつだって、重ならない。


「だ、だってあの人! 幻想御手を! 無能力者で! あたしと同じで!」


 口から零れ落ちるのは、チグハグで、要領を得ない問い。

 混乱していた、わけがわからなかった、ありえないと思った、ドッキリを疑った。







 だって。

 あの人は幻想御手(はんそく)を金銭で得ようとした、弱い人間だ。

 あたしと同じく、餌に釣られた側の人間のはずだ。

 地面に転がって、呻き声を上げていた人だ。


 あたしがあの人に感じたのは、歪な共感と憐れみと同族嫌悪だった。

 多分、向こうも同じような事を思っていただろう。


 泣きそうな顔で、無能力者は無力だと諦めたように口にしたあの人が。

 あたしと同じ視点でこの世界を嘆いていたあの人が。

 今にも折れてしまいそうだった、あの人が。

 罪を犯してしまうところだった、あの人が。


 どうして。

 ヒーローになど、なれるというのか。


 冗談じゃない。

 ありえない。


 あたしは理不尽にも、裏切られたような気分になった。

 多分、酷い顔をしているんだろうなと自分でも思う、今だけは鏡を見たくなかった。

 




「……そうですね、鋼盾さんは無能力者で、幻想御手に縋ろうとしたそうです」


 そんなあたしに、初春が悼むように告げる。

 鋼盾さんは、確かに道を踏み外していたと、そう言った。


「……でも、鋼盾さんはそこで終わりませんでした。
 支部へ白井さんに助けてもらったお礼を言いに来たときには、もうすでにそれを乗り越えてらっしゃいましたから」


 いい友人に恵まれたそうですよ、と初春は微笑む。

 佐天さんにとって私たちががそうなれたら嬉しいんですけどねー、と甘い言葉を添えて。

 思わず言葉に詰まってしまうあたし……これは反則だ、きっと今、顔が真っ赤になってる。


「……鋼盾さんは、佐天さんに救われたって言ってました。
 無能力者でありながら、勇気を出してくれた佐天さんに、お礼を言いたいって。
 八つ当たりで酷いことを行ってしまったことを、謝りたいって」


 鋼盾さんが幻想御手事件の解決に挑んだのは、きっとそのためだから。

 ですから、どうか会ってあげて欲しいんです、と初春は言う。


 そのあまりにも真剣で真摯な眼差しに。

 あたしは思わず、是と返していた。


「……うん、会うよ……わかった。
 あたしだって、ちゃんとお礼を言わなくちゃ、いけないし……」


 そう、逃げるわけにはいかない。

 きちんと向き合わなければ、いけない。


 だけど、やっぱり少しだけ足が震えた。

 また、己の弱さを突き付けられてしまうような気がした。


 内心でじくじくと、そんな事をあたしが考えていると。

 不意に、向かいの席に座る御坂さんが話し始めた。





「……私も、鋼盾さんにお礼を言わないとね。
 いやー、実は会う度にあのひとに救われてるのよねー、三回会って三回とも。
 …………正直頭あがんないなあー、うう、勝てる気しない」


 御坂美琴が、超能力者たる彼女が、無能力者相手に「勝てる気がしない」と言う。

 笑みすら浮かべて、“あのひとには敵わない”と、そんな事を言う。

 それがどれほどすごいことか、あたしは思わず身を震わせる。


 一体、あたしとあの人は、何処で差がついたのだろう。

 あの時、あたしとあの人はおんなじところにいた。


 それは場所ではなく、立場の話だ。

 どん底に、あたしたちはいた。

 あそこはまさしく、この街の最底辺だった。


 あたしはあのあと、半ば自暴自棄になって幻想御手に手を出した。

 諦めて、逃げ出したのだ。


 だけど、あの人は、諦めなかった、逃げなかった。

 自分の弱さから目を背けず、無能力者のままで、走り続けた。


 結果。

 風紀委員の初春や白井さん、超能力者の御坂さんですら届かなかった場所に彼は至った。


 すごい話だと、心底から思う。

 ……だけど。





「……なんか、悔しいな」


 ポツリと、そんな言葉が零れた。

 意図せず口にしたその言葉は、それでも間違いなく本音だった。


「? 悔しいって……鋼盾さんに、ですか?」

「うん……なんかすごく、悔しいんだ。
 ――――初春は、そういうの感じない?」


 あたしのそんな台詞に、初春は戸惑ったような顔をする。

 その顔を見ただけで、彼女がそんな思いを抱いていないことは一目瞭然だった。


「……いえ、特には。
 単純にすごいなぁって……えと、白井さんは、どうですか?」

「わたくしですの? そうですわね、悔しさと言うよりは……
 どちらかと言えば―――己の不甲斐なさを感じるばかりですの」


 風紀委員ふたりが彼に抱いたのは、素直な賞賛。

 彼女たちにとっては、彼は掛け値なしのヒーローに他ならない。


 だが、あたしにとっては。

 少しばかり、話が違う。


「……そっかー、そうだよね。
 あたしが子供っぽいのかなぁ……でも、やっぱり―――悔しいよ」


 それは、初めての感情だった。

 能力者たちに感じる嫉妬や羨望でも、無能力者たちに感じる同情心や同族嫌悪とも違う。


 あたしだって、そこにいけたんじゃないか。

 あなたなんて、あたしとおなじじゃないか。

 そんな事を、思ってしまうのだ。


 みっともない感情だとは、確かに思う。

 その鋼盾さんの為したことは、誰にでもできるようなことではない。

 それはわかっている。

 だけど、だからこそ強く、絡みつく。


 この感情は、きっとここにいる誰にもわかってもらえないだろうとあたしは思う。

 ……だけど、それに意外なところから、肯定の意が示された。





「悔しい……そうね、私も悔しい。
 私と鋼盾さんじゃ、立ってる場所が違う」


 それを口にしたのは、御坂さんだった。

 学園都市中の羨望と嫉妬をその身に集める、超能力者だった。


 超能力者と無能力者じゃ、もちろん立ち位置は異なるだろう。

 だけど、御坂さんが言っているのは、きっとそういうものじゃなかった。



「アイツがそうだったように、鋼盾さんも、単純な優劣や勝ち負けの土俵にはいない。
 私はそこにいけそうにない―――――それが、どうしようもなく悔しいわ」


 アイツというのが誰のことなのかはわからない。

 けれど、御坂さんが彼らに感じている感情は、無能力者のあたしのそれと、きっと似ていた。


「……やっぱり、ちょっと驕ってたのよね、私。
 あの時だって、結局は力任せ……能力任せに首を突っ込んじゃっただけだった。
 木山を倒せば万事解決って―――鋼盾さんは、その先を見てたのに」


 そして、御坂さんはそう言った。

 誰もが賞賛するであろう先日の大立ち回りを、驕り故のものだと断じてみせた。


「思うのよ。鋼盾さんは、きっと能力を手に入れてもその在り方を変えない。
 だけど、御坂美琴はどうだろうって……能力を持ってない、無能力者の御坂美琴がいたとして。
 ―――ソイツに、果たして何ができるだろうって」


 能力があるから、御坂美琴は正義を為せた。

 能力がなくても、鋼盾掬彦は正義を為した。


 ならば、能力のない御坂美琴は?

 果たして、正義を為すことができただろうか?


 もちろん、答えはでない。

 それなのに私はこの数日そんな事ばかりを考えている、と御坂さんは言う。


「―――ねえ、佐天さんは、どう思う?。
 手に入れた力を傘に暴れる私は、調子に乗った目障りな人間じゃなかったかしら?」


 そんな御坂さんの言葉に、初春と白井さんが息を呑んだのが判る。

 無理もない、それは超能力者である彼女が無能力者であるあたしに問うには―――そう。


 残酷だ。

 あまりにも残酷な、問いだった。


 是と答えても、みじめなだけ。

 否と答えても、みじめなだけ。


 ほんとうに残酷な、問いかけだった。





 ――だけど、それは逆も然り。

 その問いにあたしが正直に答えれば、それは御坂さんにとっては残酷な解答になる。

 それが分からない御坂さんではないだろう、彼女は頭の良い人だから。


 下手をすれば、不誠実な答えを口にすれば。

 佐天涙子と御坂美琴の間に、きっと埋めることの出来ぬ溝を刻むだろう。


 だけど、それでも彼女は敢えて、それを問うた。

 傷つくことも、傷つけることもありうるであろうその問いを、紡いだ。


 その表情は、とても穏やかだった。

 そこにはあたしを困らせようとする意図も、己を傷つけようとする意図も見えない。


 この問いは、御坂美琴にとって必要なものだと。

 私とあなたにとって、必要なものだと。

 そう言っているように、あたしには思えた。


 だから、あたしはそれに答えねばならない。

 佐天涙子はその問に、期待に―――応えねばならない。


 御坂さんが真っ向からあたしに向きあったのも。

 あたしが真っ向から御坂さんに向きあったのも。


 きっと。

 これが、はじめての事だから。


 だから、あたしも正直に。

 思いの丈を、ぶつけてしまう事にした。


 




「まず……能力のあるなしやその強弱で、取れる行動が変わってくることはありますよ。
 お金持ちが簡単に買えるものでも、貧乏人には十年かかったりするんです」

「……うん」


 ほんとうに、そうだ。

 たとえば、寄付という行為がある。

 恵まれない誰かに愛の手を、言うまでもなくそれは善行だ。

 ご負担にならない金額を、と、あたしたちの前に募金箱が差し出せれたとしよう。


 御坂さんなら何の気なしに一万円くらい、ひょいと寄付してしまうだろうか。

 超能力者の奨学金なら、きっとそのくらいは容易い事だ。


 もちろんあたしには、そんな額を寄付することは難しい。

 一万円なんて寄付したら、その月は相当にお財布の寂しいことになる。

 正直、百円くらいで勘弁してもらいたい。


 御坂さんが一万円で、あたしが百円。

 恵まれない誰かのためになにかをしたいという気持ちは、きっとたいして変わらない。

 その出費が財布に与えるダメージも、割合的にはきっとあまりかわらない。


 だけど。

 いうまでもないことだが、一万円には百円の百倍の価値がある。

 大切なのは心だとお題目を唱えたところで、それは絶対に変わらない。


 御坂美琴の行動は、佐天涙子の行動の、百倍の価値がある。

 否、きっと百倍じゃきかない、千倍か、万倍か、もっとかもしれない。





「御坂さんの強さと正しさの裏付けには、やっぱり能力があると思います。
 ……御坂さんが無能力者だったら、少なくとも今回、戦闘には参加できなかったですもん」

「うん」


 御坂さんは、今回の戦いで大いに活躍した。

 多才能力者であるという犯人を無力化し、幻想猛獣という化物の暴走を食い止めた。


 それは言うまでもなく、彼女が“超電磁砲”だったがゆえ。

 電撃系能力の最上位たる、その能力があってのこと。


 能力があったから、彼女はそれを成す事ができた。

 能力がなかったら、彼女はそれを成す事ができなかった。


 それは、事実だ。

 どうしようもなく、ほんとうのことだ。


「……だからあたしは、超能力者の御坂さんに嫉妬しちゃいます。
 あたしたちを蚊帳の外に置いちゃうその能力が、羨ましくて妬ましいんです」


 だから、あたしは御坂さんが羨ましい。

 だから、あたしは御坂さんが妬ましい。


 才能に溢れた御坂さんを、どうしようもなくズルいと思ってしまう。

 なぜ持てる物と持たざる者がいるのか、神様に文句を言いたくなってしまう。


 だけど。

 それが言い訳に過ぎないことも、今のあたしはちゃんとわかっている。





「……でも、能力なんてなくても、鋼盾さんはあれだけのことをやってのけた。
 初春も白井さんも、今回の件の活躍は、能力によるものじゃない。
 あたしがなにもできなかったのは―――あたしが弱かったからです」


 能力がなくても、能力に頼らずとも。

 為すべきことを為した人たちがいる。


 かつてのあたしは、きっとそこで間違えた。

 能力がないのを言い訳にして、諦めたふりをしてた。

 諦めることなんてできてないのに、取り繕った。


 佐天涙子が幻想御手に縋ったのも、その結果倒れたのも。

 すべてはあたしの弱さ故だった、それが真実だった。


「なにより―――今回、御坂さんはたくさんの人を救ってくれた。
 だれかの為に、皆のために、あたしのために、その力を奮ってくれた」


 そう。

 それもまた、真実だ。

 御坂美琴は己の意志で戦い、傷つきながらも勝利した。

 結果彼女は、たくさんのひとの生命を救った。


 他にも六人居るはずの超能力者は、動いてなんてくれなかった。

 御坂さんだけが、我が身を削って戦ってくれたのだ。


「……でも、それは」

「違いません、事実です――御坂さんのおかげで、あたしたちは帰ってこれた」


 またも否定の台詞を口にしようとした御坂さんを、あたしは被せるように肯定する。

 ほかならぬ彼女には、その先を言わせたくなかった。





「その功績を、御坂さんの頑張りを、あたしは誰にだって、御坂さんにだって否定してほしくない。
 “超能力者だからそのくらい当たり前だ”なんて、絶対に言わせたくない」


 お願いだから、そんなIFに囚われないでほしい。

 お願いだから、そんな迷いで輝きを曇らせないでほしい。

 お願いだから、御坂美琴を貶めないでほしい。


 勝手な願望だとは、百も承知。

 それでもそれが、あたしの願いだ。

 だって――――あなたは、御坂美琴は、



「全部ひっくるめて御坂さんなんだから、そんなとこで落ち込まないでください。
 かっこよくて強くて優しい、いつもの御坂さんでいて欲しいんです」


 それが、あたしの本音だった。

 他人に己の理想を押し付ける、迷惑な女だと自分でも思う。


「御坂さんは、あたしの憧れです。
 努力家なところを尊敬してます、意外と子ども趣味なところもかわいいと思います」


 だけど。

 それでも、この人には。

 超電磁砲の二つ名と、自信に溢れた笑顔が似合うから。


 だから。

 どうか。


「あたしは御坂さんが大好きです。
 これからもどうか―――大好きでいさせて下さい」


 言ってから、まるで告白みたいだと気付いた。

 いや、もしかしなくても告白そのものだ。

 これはちょっと恥ずかしい、本当に。


 心の赴くままに想いを吐き出してしまったあたしは、うぐぐと羞恥に頭を抱えそうになる。

 なんとか冗談っぽくごまかせないかと頭を捻るも、もはや後の祭り。


 なにより、否定なんてしたくない。

 できるわけがない。


 多分顔を真赤にしているであろうあたしに、声がかかる。

 それは対面に座る御坂さんからで―――彼女も顔が真っ赤だった。

 でも、見惚れてしまうくらいに、華やかな笑みを浮かべてくれていた。





「答えてくれて、ありがとう――もう大丈夫」


 お礼を言われた。

 大丈夫だと言ってくれた。


「私も、佐天さんが大好き。
 誰とでも仲良くなれるところがすごいと思うし、女の子らしいところが素敵だと思う。
 黒子や初春さんもだけど、私にないものをいっぱい持ってて、すごく羨ましい」


 大好きだと言ってくれた。

 すごいと、素敵だと言ってくれた。

 羨ましいって、そう言ってくれた。


「……ねえ、佐天さん。
 今更だけど、今までだって嘘じゃなかったけど、それでもお願い」


 そして、御坂さんはまっすぐにあたしを見つめる。

 ずっと雲の上だと思っていた彼女は、吐息がかかるほど目の前にいた。


 緊張に、指を震わせて。

 不安に、声を上ずらせて。

 それでも、一生懸命に勇気をふりしぼる。


 そんな。

 普通の女の子が、そこにいた。


 その子があたしに、こんなことを言った。





「私と、御坂美琴と―――友達になってください」

「―――はい、もちろんです!」
 




 佐天涙子と、御坂美琴。

 今だから認めよう、あたしたちの間にはきっと壁があった。

 あたしは劣等感とプライドから、御坂さんは距離感と遠慮から、それに触れることができなかった。


 見て見ぬふりをして、あたしたちは笑い合っていた。

 今となっても、その笑顔が嘘だったとは思わない。


 互いを尊重し、距離を測って、相手を傷つけないように。

 あれはまさしく、きちんとしたコミュニケーションだった。


 だけど。

 それでも確かに壁はあった。

 透けるように薄く、それでいて確かに隔たっていた。


 でも。

 今日からはもう、それはない。


 それが嬉しくて、あたしは笑う。

 御坂さんも笑う。


 七月二十八日、この日。

 あたしと御坂さんは、やっとほんとうの意味で、ともだちになることができた。
 







――――――――――

ここまで!

最後初春と黒子が空気過ぎますね!
嫉妬満開でこの二人が突っ込んでくるシーンも書くつもりでしたが! もう眠い!

ここで終わらせてもいいかなと思うのですが、次回もうひとつの出会いがあります
一体誰なんだ……ふふふ、それはまぎれもなくヤツさ!

気付いてる人もいるかなとおもいますが、佐天さんのモノローグは意図して鋼盾に似せてます
ガワが女の子に変わっただけでこうも違うので>>1としても驚きです、うん、やっぱヴィジュアルは大事だね!

次回こそエピローグ1が終わります
よろしくお付き合い下さい

>>1 乙 楽しみに読んでます。

>>260 で意見を待っていると記載があるので一つ。
なぜ1さんは,鋼盾は最後に能力者になるという伏線を張ったのでしょうか?
「最終戦以降の展開にむけての伏線」 とか「予言を受けた鋼盾の葛藤とそれを乗り越えての精神的成長」を
目指したのだと思いますし,ストーリーに緊張感を持たせたかったのかなとも思います。
ですが,鋼盾能力者化の伏線が全体の中で少し浮いている気がするのです。必然性があったのだろうかと…
能力発動後も,この能力がストーリーに不可欠だったのかというとちょっと疑問を感じます。

エピソードに関わってくるのかな?それとも新章継続フラグ?
だとしたらそれはとても嬉しいですね。

鋼盾の能力獲得は、物語の終わりの印だと思う。
舞台袖から戦うのがこのお話で、壇上に上がっちゃうとまた別の話になる。
なのでそれ自体に意味はないと考えるよ。

あと>>260については、木山先生最高です。

>>299
なるほど……そっか、鋼盾の能力獲得はそういう理由があったのか……!
みんな! >>1の狙いはそういうことらしいぜ! 行き当たりばったりじゃないんだぜ!
けしてラストだから投げっぱなしジャーマンをカマしたわけじゃないんだぜ!

だって!
>>294さんと>>299さんが読み込んでくれてるのがわかって嬉しくて!
ニヤニヤしながら返信打ってたらいつのまにか100行超えてたんだもん!

あんなん乗せたらドン引きやで!
俺がおまえらならそっとスレを閉じるね!

……と、冗談はともかく、>>299さんのコメントはほぼ正鵠でござる
強いて言えばそれプラス、物語の要請上、上条→鋼盾というヒーロー交代が必要だったということ
鋼盾に能力を持たせた理由は「彼が上条当麻のかわりに二巻以降を戦うため」です

このSSはあくまでも 一 巻 の み の 再 構 成 で す が (重要)、知っての通り原作は延々続きます
だからまあ能力は、苦難の道を選んだ鋼盾くんへの餞別というか十字架というか、そんな感じです

でもそれは「無能力者鋼盾掬彦」という本来の路線を否定するものでもあって
>>294さんが感じた違和感はきっとそこらへんでしょうか、>>1も迷いましたがこっちのほうが妄想が捗るよね!

木山先生の予言絡みの伏線が浮いてるというご指摘は、単に>>1の筆力不足ですな
あのへんはストーリーの分岐点だったので、つい詰め込んでしまった感が否めません

鋼盾の能力については、エピローグ3でアレイスターが多少触れる予定です
質問はそのあとに受け付けるということで、今はご容赦下され

あ、今日中にラスト投下しますよって、よろしければお付き合い下さい

禁書キャラで麻雀ネタを考えた時、一番最初にこれが思いついた
俺たちの世代なら、やっぱり坊や哲が出会いだよね!

上条「確かに俺は不幸だ、配牌なんて酷いもんだぜ。
   ――――だけど、屑牌を集めて出来る役満なんてのもある」

上条「それが俺の“型”(フォーム)だ」

上条「―――ロン、国士無双」

なんてな!



――――――――――



 そんな、あたしの一世一代の告白劇を終えて。

 あたしと御坂さんのラブラブっぷりに嫉妬した初春と白井さんコンビによるアレコレがあったりしたのだが、それは割愛する。

 とりあえず、あたしは更に恥ずかしい台詞を言うはめになったとだけ言っておこう。
 
 ……今晩あたり、恥ずかしさに身悶えするんだろうなあと思い、少しばかり凹む。


 だけど。

 無力感に怯え、周囲を恨む、そんな夜はもう来ない。

 ……いや、来るかもしれないけど、それを乗り越えることが出来ると思える。


 無能力者である己を認めるのと、能力者になることを諦めるのは違う。

 弱さを受け入れるのと、強くなることを諦めるのも違う。


 あたしはきっと、先に進める。

 どうせ失敗まみれで、回り道ばかりで、弱音だって吐いちゃうだろうけど。

 それでもきっと、諦めないで先を目指せる。


 だって、あたしには。

 こんなにも頼りになる、友達がいるんだから。


 初春が笑っている、白井さんが笑っている、御坂さんが笑っている。

 そんな三人の笑顔を受けて、あたしもどうしようもなく笑顔になる。


 今日集まった名目は、報告会と慰労会。

 だけどもう、この集まりでやらなければいけないことは粗方済んだ。

 だからこれからは、いつもどおりにおしゃべりを楽しめばいい。


 あたしたちの望んだ、かけがえのない平穏。

 ありふれた一時、内容なんてどうでもいい。

 門限までは、まだまだ時間がある。


 ドリンクバーで四人であれこれ騒ぎながら飲み物の補充をし、準備は万端。

 さてこれからなにを話そうかと、各々闇鍋のようにネタを投げ込もうと構えたその時。


 風鈴のようなドアベルの音が響いて。

 今一番ホットな話題であるところのそのネタが、思いがけず飛び込んできた。






「…………あれ、鋼盾さん?」


 御坂さんのその声に、あたしは彼女の視線の先を追い、くるりと後ろに首を向けた。

 そこにいたのは、ファミレスの入り口で店員さんを待っているひとりの少年。

 手に大きな紙袋を下げているその人の顔に、あたしは確かに見覚えがあった。


「ああ―――うん、あの人だ」


 鋼盾掬彦さん。

 あの路地裏で出会った憐れな無能力者、あたしの同類だったひと。

 そして、そこから立ち上がり、幻想御手の蜘蛛の巣を焼き払ったひと。


 あたしが以前見た彼は、暴力を受け顔を腫らし、その表情も恐怖と苦痛に塗れていた。

 白井さんのおかげでそれから解放された後も、色濃い絶望と諦念を孕んでいた。


 だけど、今の彼は、違った。

 傷もすっかり癒え、浮かべる表情も穏やかなものだ。

 それが、彼の本来の表情なのだろうと思う。


 やってきた店員に、穏やかに対応する鋼盾さん。

 そこそこ距離があるためか、それを見ているあたしたちに気づいている様子はない。





「まさに噂をすれば、ですの―――曹操ですか、あの方は」

「すごい偶然です!……って、あれ? ……おひとりじゃないみたいですね」


 初春の言うとおり、彼の影になってよく見えなかったが、連れがいた。

 鋼盾さんが店員に向け指を二本出しているから、間違い無いだろう。

 そもそも、ぴったりと寄り添うように立っている時点で、まるわかりだったが。


 少しの遣り取りを経たのち、席へと案内する店員に続き、彼らも歩き始める。

 それでようやく、もうひとりの顔が顕になった。


「―――わ」


 それを見たあたしの口から、思わず間抜けな声が漏れた。

 だが、無理もない事だと思う――ほんとうに、びっくりしてしまった。

 あたし以外の三人も、おなじようなリアクションをしている。


 それというのも。

 鋼盾さんの連れたその人は、とんでもない美少女だったのだ。


 まず目を引くのが、その長く艶やかな銀髪。

 腰まで伸ばされたそれは、まるで絹糸のようにつやつやと輝いていた。

 白皙の肌、知性を宿す翡翠の瞳、柔らかそうな唇。


 身にまとったワンピースは、真夏の空の色のように深い青だった。

 それが一段と彼女の白さを際立たせており、目を奪われてしまう。


 美少女というなら、今あたしの目の前にいる三人だって相当のものだ。

 御坂さんも、白井さんも、初春も、タイプの違いはあれど掛け値なしの美人さんである。

 忌憚なくそう思う、容姿の美しさだけじゃない、内面の強さが作り出す、凛とした美しさだ。


 だがそれでも、その少女はちょっと住む世界が違った。

 ぶっちゃけこんなファミレスにいちゃいけない人だと思う、割とガチで。





「ん、思い出したわ……幻想猛獣事件の時、鋼盾さんと一緒にいた人ね。
 はあ、今日はシスター服じゃないのね」


 その少女に御坂さんは見覚えがあったらしく、そんな事を言う。

 彼女はシスター、つまりは修道女であるらしい。


「シスター様ですの? なるほど、雰囲気のあるおひとですの」

「ふおおおお! すごい美人さんです!」


 白井さんも初春も、それぞれに賞賛の言葉を口にする。

 登場するだけで場の空気を変えてしまうような存在感、たしかにすごい、とんでもない。

 そして生まれるこの疑問、アンタ、鋼盾さんのなんなのサ。


「……恋人さん、ですかね?」


 思わず、そんな事を口にしていた。

 言ってから、それはどうだろうかと首をかしげてしまう。


 鋼盾さんはこういってしまっては申し訳ないが、ちょと冴えない感じの人だ。

 少し太ってるし、髪型もちょっと野暮ったい。


 よく言えばやさしそうで、悪く言えば頼りにならなそう。

 そして正直に言えば、コメントを向ける対象になりにくそう。


 そんな彼に、ぴったりと寄り添う異国の少女。

 美女と野獣というか、エルフとドワーフというか、なんともチグハグな組み合わせである。


 不釣合い、と十人いれば十人が、そう言うだろう。

 だが、彼女が鋼盾さんに向ける信頼しきった蕩けた笑みを見れば、その十人も軒並み沈黙を余儀なくされるに違いない。


 パートナーとは、釣り合いがどうの、他者の評価がどうので選ぶものではない。

 当人同士の意思によるものに他ならない、そう思わせるだけの何かが、そのふたりにはあるように思えた。





「うーん……あの時はそれどころじゃなかったから、なんにも聞けなかったしねー。
 ……まあ、でもあの場所にいるくらいだから……只者じゃないような気もするけど……」


 御坂さん曰く、あのシスターさんも幻想御手事件の渦中にいたという。

 銃弾と能力が跋扈したその戦場を、鋼盾さんと共に駆けていたと。


「とはいえ、恋人同士かはちょっとわかんないわねー。
 見た目はぜんぜん違うけど、なんか兄妹みたいな感じじゃない?」


 兄妹という御坂さんの言葉に、初春と白井さんがふむふむと頷く。

 そういえばこのメンバーは、あたし以外は一人っ子ばかりになるはずだ。

 仲の良い兄妹、そんなイメージを抱くのも理解できる。


 だが、弟を持つあたしとしては、ちょっと肯定しかねる話だった。 

 ……どんなに仲がよくても、妹は兄をあんな目で見ないと思うのだけど。


「ふんふん、わかります!
 ていうか、御坂さんと鋼盾さんの間に流れる雰囲気を三倍濃縮するとあんな感じですね!」

「えー、なんかコメントに困るわね、その台詞」


 と、言いつつ御坂さんが浮かべる表情に否定の色はない。

 それはそれでなかなかにすごい話である、彼女がそれを認めているというのは。


 超能力者御坂美琴の兄貴分は、無能力者の少年。

 これは大ニュースなんじゃないだろうか、もしかしなくても。


「……そういえば以前、鋼盾さん
 ぼくの恋路はえらく難儀だ、と仰ってましたの」


 それがあの方なのでしょうか、と白井さんが呟く。

 さらっと口にしたが、これもなかなかに聞き捨てならない話である。

 男っ気皆無の白井さんとそんな込み入った話をしているなんて、それだけでも驚きだ。


 難儀な恋路。

 女子中学生としては、とても心が踴る響きではある。

 あたし以外の皆もそれは同様のようで、それぞれ好き勝手に想像の翼を羽撃かせていた。






「難儀って……あのひとが、どこぞのお嬢様とか?」

「ぶっちゃけどこぞのお姫様だと言われても、信じてしまいそうですの」

「むしろ種族を超えて、妖精さんと言われても納得しちゃいそうです」


 お嬢様、お姫様、妖精さん。

 そんな三人の言葉に、あたしも心底から同意する。

 そのくらい浮世離れした美しさが、あのひとにはあった。


 絵本の中から出てきたかのような、偶像めいた美しさ。

 その背中に物語を背負っていると確信させるような、圧倒的な存在感。

 けして周囲に埋没せず、そのくせ不思議な調和をもって、そこに立っている。


 あれは、ヒロインだ。

 嫉妬の念すら抱かせないほど、圧倒的に。


 そんな彼女は、席へと案内される鋼盾さんの後ろをトテトテついて行く。

 カルガモ的かわいさである、ぱない。


 きょろきょろと視線を飛ばし、好奇心いっぱいにその目を見開いている。

 仔猫的かわいさである、ぱない。 


 かわいい、容赦なくかわいい。
 
 めんこい、途方もなくめんこい。

 ぱない。






「席は――む、ちょっと遠いわね、観葉植物で見えないし」

「こっそり盗み見盗み聞き、ってわけにはいかないですね」


 あたしたちとは離れた席に案内されてゆく二人を、琴春コンビが亀のように首を伸ばして様子を探る。

 お兄さんの恋路に興味津々な妹たちといった感じで、なんとも微笑ましい。

 とはいえこれはちょっとマナー違反だろう、向かいに座る白井さんも同意見のようだ。


「……気持ちはわかりますが、出歯亀は感心しませんの。もちろん、デートのお邪魔も。
 鋼盾さんへの報告や佐天さんの紹介は、また次の機会に致しましょう……って、
 ……初春? おもむろにパソコンを立ち上げて何をやっていますの?」


 白井さんが話す傍ら、鞄からパソコンを取り出して、瞬時に立ち上げ操作する初春。

 この少女がものすごいコンピュータの使い手であることを、あたしも知識としては知っている。

 初春は本体に、得体のしれない小さなアンテナのようなものを外付すると、キーボードでなにやら打ち込み始めた。


 疑問に思ったあたしが首を伸ばして画面を覗きこんでみると、見たこともないようなソフトが起動している。

 打鍵のスピードは熟練のピアニスト、超絶技巧だ、初春すごい。


「知ってます? 学園都市製の集音マイクって、ちょっと危機感を覚えるくらい性能がいいんですよ。
 ……よっと、ん、んー、白井さん、あの二人のテーブルまで何メートルかってわかります?」


 果たして問に答えているのか、初春は事も無げにそんな事を言う。

 彼女が問うたのは距離―――大体10メートルくらいだろうかとあたしは思ったが、自信はない。


「?……ざっとテーブルの中心までで11メートル強というところですの。
 必要ならセンチメートル単位で出しますけど……初春?」


 困惑と興味と不信感を綯い交ぜにした表情で、しかし律儀に応える白井さん。

 センチメートルまでとはすごい自信だ、だが、彼女の能力を思えばそれが大袈裟な物言いでないこともわかる。


「さすがは空間移動能力者、空間把握はお手の物ですね。
 ……ん、いよしっ、設定完了です。……では、スタート!」


 タン! と小気味良い音を立てて、エンターキーが叩かれる。

 それと同時にパソコンのスピーカーから、驚くほどクリアな音が流れ始めた。








“……もうこんな時間か、買い物にだいぶ時間がかかっちゃったね”

“うう、ちょっと疲れちゃったんだよ。
 前から思ってたけど、この街はヘンなものが多すぎるかも!”

“おつかれさま、とは言え、慣れてもらわなきゃ困る。
 これからはこの街で、きみは過ごしていくんだから”

“うん、だいじょうぶなんだよ。
 ええと―――夜はまた、作戦会議?”

“ん……と言っても、今のところきみにやってもらうことはない、かな。
 しばらくはぼくと土御門くん――つーか、土御門くんの結果待ちだね。
 だから、今はこの街に慣れることに集中してくれて構わないよ”

“……むう。……わたしは、仲間はずれ?”

“適所適材だ―――先は長いからね。
 あんまり気張りすぎるなよ、インデックス。
 心配しなくてもきみに隠し事なんて、しないから”







 それは、離れたテーブル席で語られた会話。

 穏やかで低い少年の声と、弾むような甘く高い声。

 鋼盾さんと……インデックス、さんでいいのだろうか? その二人の会話だった。


 どう見ても外国人である少女が流暢な日本語を操ることに、あたしは少しだけ驚く。

 そして次の瞬間、もっと驚くべき事があることに気付いた。


「って! 盗聴じゃんコレ!」

「しぃーっ、声が大きいですよ佐天さん」


 盗聴、つまりは盗み聞きである!

 しれっとサクッとピーピング・トム、壁に耳あり障子にメアリー。

 ……あれ、プライバシーってなんだっけ……いや、学園都市にそんなもの求めるのはアレだけど!


「……うわー、すごい。
 ていうか絶対に非合法よねこのツール」

「……初春、その手のものは封印しなさいとアレほど……!」


 呆れ混じりの賞賛は御坂さん、砂を噛むような苦言は白井さん。

 風紀委員としてそれはどうやねんというあたしたちの視線を、しかし初春は柳に風と受け流す。

 彼女はニヤリと笑うと、こんな台詞を言い放ちやがった。


「……でも、皆さん―――興味、ありますよね?
 あのふたりがどんな話をしてるのか」

「「「………………」」」


 ……ここで、即座に否と叫べなかったのが、敗因だろう。

 興味はある、すごくある、あるに決まってる、ありありだ。

 白井さんも御坂さんも、もちろんあたしもだ。
 

 テーブルに、牽制めいた沈黙が落ちる。

 その沈黙を払ったのはあたしたちではなく、パソコンのスピーカーだった。








“……この服、へんじゃない?”

“何度目だ、その質問。
 ……似合ってる、だいじょうぶ、かわいい、我ながら良いセンスだったね”

“ふふ、よかった”

“最低限の日用品はこれでオーケーかな。
 ま、足りない分はおいおい揃えていけばいいよ”

“……服なんて、別にそんなにいらないのに”

“四六時中シスター服じゃ、目立ってしょうがないってば。
 この街で暮らしていくなら、郷に従ってもらわないとね”

“……むう”

“それに言っとくけど、こんなもんじゃ済まないと思うよ。
 これから先、きみは絶対に舞夏と小萌先生に着せ替え人形にされるに決まってる”

“……うう”

“まあ、諦めなよ。
 ぼくからの誕生日プレゼントだ、今日の記念ってことで、勘弁してくれ”

 






「……さて、あのシスターさんの着ている服は、鋼盾さんの贈り物だそうです。
 いやー、あのふたり、どういう関係なんでしょうねー」


 気になりますね、気になりますよね! と初春は楽しそうに笑う。

 誕生日プレゼントですって! あの服、きっと今日の空の色なんでしょうね! 素敵ですね!

 これはこの先の会話も見逃せませんね! とその目が言っている。


「……でも、出歯亀はいけませんよねー。
 あ、エンターキーを押せばいつでも止められますからね! はい!」


 初春がぬけぬけと、そんな事を言う。

 あたしたちがその会話を気になって仕方がないことを百も承知で、そんな事を言う。

 言いながら、あたしたち三人がキーを押せるように、ずずいとパソコンをこちらに向けてきた。


「…………えーと」


 御坂さんが弱り切った顔であたしを見る。

 ダメよね! うん、わかってる! わかってるけど聞きたい! そんな想いが透けて見える。


「…………うう」


 そんな目で見られても、困ってしまいます御坂さん、あたしだって聞きたいです。

 ここは彼女に任せようと、あたしも弱り切った顔で白井さんを見る。


「……………ぐぬぬ」


 白井さんは呻きながら人差し指を伸ばそうとして、結局は引っ込めた。

 力なくテーブルにへたり込む彼女の口から“……申し訳ありませんの、鋼盾さん”という声が漏れた。

 ……あたしからも謝っておこう、ごめんなさい鋼盾さん。


「うふふふー! えへへへー!
 いやー、みなさんお好きですねー、やめられないとまらないー♪」


 悪魔が笑う、楽しそうに笑っている。

 かっぱえびせんを貪り食らいながら、ベルフェゴールが笑ってる。

 もはやあたしたちは共犯であると、初春飾利が笑っている。


 そしてそれはどうしようもなく、本当のことであった。

 己の罪から目をそらしつつ、あたしたちの耳はパソコンのスピーカーを向いていた。







“帰ったらすぐ食事にするから、注文は飲み物だけにしておこうか。
 ――ぼくはアイスコーヒーにするけど、きみはどうする?”

“ん……アイスティーにするんだよ”

“了解、そこのボタン押して”

“んんっ……えい!
 ……これでいいのかな?”

“ん、オッケー。きみのおかげで青髪くんから大量に廃棄予定のパンをせしめたし。
 今日の夕食は、なかなかに豪勢なことになりそうな感じだね”

“んん! あおがみ、とってもいいひとなんだよ!”

“ああ、いいやつだよ。
 ……でも、きみひとりでアイツに会っちゃだめだからね”

“? ……ん、きくひこがそういうなら、そうする”

“約束だよ……といっても、パンだけじゃ寂しいかもね。
 さて―――どうするかな、なんかスープでもつくろうか”

“シチューがいい!
 きくひこのシチューがいいんだよ!” 

“……こないだ食べただろう、みんなで”

“あれもとってもおいしかったけど! でも!
 きくひこのシチューがいいんだもん”

“はいはい、んじゃ、帰りに食材を買い足していこうか。
 作るのも手伝ってもらうからね――ああ、店員さんが来た、インデックス、注文”

“ふぇ!?”








 彼が手に持っていた紙袋は近場のデパートのもので、中身は彼女の日用品。

 そして今彼女が見にもとっている服は、彼が選んで買い与えたもので。

 会話の内容は夕食の相談、愛情たっぷりシチューで。

 これからふたりで一緒に作って、一緒に食べるのだという。


「……夕食の相談してますよ」

「これはもう、確定よね? 確定よね!」

「どう見てもデートの帰りですの」

「うおおお、甘い、甘いです!」


 一瞬前の罪悪感に塗れた沈黙とははたして何だったのか。

 あたしたちはパソコンにかじりつくように耳を傾け、好き勝手な事を言っていた。

 かっぱえびせん美味しいです、カルビー最高。
 

 ……これはバチがあたるかなあ、と思わないではないのだけれど。

 体重計に乗ったら後悔するのはわかっているのだけれど。


 それでも。

 やめられないし、とまらない。








“……そうそう、さっきの電話の件だけど……IDについてはなんとか手配が付きそうだよ。
 
“あいでぃー……よく、わからないけど
 わたしがこの街に住むのに必要なもの、なんだよね?”

“ああ、戸籍のようなものだと思ってくれていい。
 もろもろの情報に関してはでっち上げる事になるから、あとでまとめとく。

“うん、お願いするんだよ”

“もとよりゲストIDは非公式ながら出てたみたいだし、ね”
 土御門くんの話じゃ、今日明日にも手続が終わるらしいから”

“もとはる……まいかのおにいさんなんだよね”

“うん……ああ、舞夏にも改めてお礼を言わなきゃだね。
 随分世話になっちゃったし、たぶん、ずっと待っててくれてるから”

“うん”

“―――言わなきゃいけないこともあるし、ね”

“……うん”








「土御門舞夏って、あの土御門よね。
 ……あいつも鋼盾さんの知り合いだったとは……世間は狭いわね」

「むむ、御坂さん、お知り合いなんですか?」

「繚乱家政のメイド見習いの方でしたわね、常盤台に研修でいらっしゃることもありますの」

「……むう、上流階級の匂いがしますねー」


 そういうのに憧れている初春が、興味津々と言わんばかりの表情を見せる。

 繚乱家政女学院、あたしも興味がないとは言わないが―――でも、それより気になることがあった。

 白井さんも同様だったようで、表情を真剣なものに変えてその点に切り込んでいった。


「それよりちょっと聞き捨てならない話でしたの。
 IDをでっち上げるだのなんだの、只事じゃありませんの」

「ん、気になりますね、あのひと、どうやらこの街にはまだ不慣れなようですし。
 ……新学期からこの街に留学されるんでしょうか」

「海外から? ……あんまり聞かないわよね、そういう話」


 機密の漏洩を恐れてか、学園都市は海外に門戸が開かれているとは言いがたい。

 海外からの留学生、先ほどの会話の内容も相俟って、なんとも興味を唆る話である。





「そういえばこないだ鋼盾さんに頼まれて、
 研修に来たっていう赤髪神父さんのデータを洗いましたっけ」


 そのへんの繋がりでしょうかね、と呟く初春。

 ……なんだろう、とっても職権濫用の匂いのするコメントだ。

 この盗聴といい……今更だが、あたしの親友はちょっとおかしい。

 白井さんが溜息混じりに苦言を呈する……これも今日だけで何度目だろうか。


「……聞かなかったことにしますの。
 初春、私が貴女へ手錠をかけるような真似だけは勘弁してくださいの」

「だいじょうぶです。証拠は残してませんし。
 ……それに、いよいよになったら白井さんも巻き込みますから!」


 そんな白井さんに向かって放たれるは、初春の死なば諸共宣言。

 ものすごくいい笑顔だ、真っ白だ、裏側が何色かは言うまでもない。


「てめえ初春この野郎ッ!」

「シーーーッ、なんか雰囲気変わったわよ!
 すっごく真剣なムードだし、これはくるわよ、くるわよこれは!」

「……ノリノリ過ぎです、御坂さん」


 そんな中ウキウキとはしゃいでいる御坂さん、ノリノリである。

 超能力者で常盤台生で年上、あたしたちと過ごす時は、やっぱりそうした面から抑え目になる彼女。

 そんな御坂さんがなんというか、歳相応に振舞っているのはひどく新鮮だ。

 そしてそれは、鋼盾さんが絡んでるからなんだろうなとあたしは思う。

 
 御坂さんだけではない、初春や白井さんもそうだ。

 彼の存在は、彼女たち三人の中で、こんなにも確かな位置を占めている。

 出遅れてしまったあたしとしては、少しばかり深雑な気分も否めない。


 だが、それはそれとして。

 確かに御坂さんの言うとおり、スピーカーの向こうの空気が変わっていた。








“……正直、先の事は保証できない。ここからはぼくらとは違う領域の話になる。
 特に英国……ステイルや神裂さんがきみの意思に反したことをするとは思わないけど、
 その上がどう動くかはわからない……いくつか、手段は講じてはいるんだけどね”

“……うん”

“ぼくらのこの選択は、あるいは向こうを追い詰めてしまったかもしれない。
 禁書目録の離反、学園都市による懐柔――今回の件は、そうとられても仕方がないかも”

“…………”

“きみは、ぼくと同じ道を選んでくれた。
 それは嬉しい――でも、きみにはもっと安穏とした道だって選べたはずだ”

“……馬鹿にしないで欲しいかも、きくひこ。
 今までわたしは、なにひとつとして選んでこなかったんだよ。
 いつだってわたしは、流されてばかりだった”

“……それは”

“聞いて……でも、そんなわたしが、はじめて自分の意思で、誓ったの。
 わたしに今日をくれたひとに――わたしは今日からの自分をすべて捧げたいんだよ”

“…………”

“それが今のわたしの望み。
 献身は自己犠牲じゃない――きくひこは誰よりそれを知っているはず”

“……そうだね――ごめん、愚痴だった。
 情けないな、ぼくは”

“そんなことないかも。おなじ魔法名(なまえ)を誓ってくれたあなたが一緒なら
 ―――わたしは、もう何も怖くなんかないんだよ?”






 声は静かに、それでいて烈しく。

 聖書の一節を読み上げるかのような、透徹な宣言。


 あるいは、愛の告白か。

 もしかしたらそれは、一種の呪いだったりするのかもしれない。

 
 シリアスな空気、抑えつつも熱を孕んだ声。

 会話の節々に織り込まれた、意味深なワード。


 これはえらいものを聞いてしまったぞ、とあたしはぶるりと震える。

 そしてそれはもちろん、あたしだけではなかったようだ。


「……誓い」

「……ぼくと同じ道を選んでくれた」

「……すべてを捧げたい」

「……同じ名前」


 積み重ねたもの、選んできた道。

 声だけでもわかる、ふたりの絆。


「……これは、なかなか」


 なかなかになかなかだ。

 どまんなかだ。


「確定ですって! むしろ確変ですって! ジャンジャンでバリバリですって!
 どう考えてもわたしたちは将来を誓い合ったカップルの会話を聞いてますって!」

「なんかとんでもないラブストーリーを聞いてしまったわね。
 全米が泣くわコレ、映画化決定よ、一端覧祭映像部門大賞よ、ブラヴォーよ」

「興行収入第一位ですの、ハラショーですの、グラミーですの」


 そして、テンションがおかしなことになってるこの三人。

 ……いや、なんというかもう少し、まともな讃え方があるんじゃないだろうか、ホントに。

 あたしのそんな無言のツッコミが届いたのか、三人は佇まいを正して語り始める。






「あー、さっき、英国がどうのこうの言ってたわよね。
 ……あのひと、向こうの名家のお嬢様だったりするのかしら」

「もうこの際まさかの英国第四王女でもいいくらいですの。
 追いすがるロイヤル近衛兵を単身で蹴散らす鋼盾さんを幻視しましたの」


 冗談めかした御坂さんと白井さんの言葉だったが、ちょっと笑い飛ばせそうにない。

 そのくらいの真剣さが、彼らの会話には篭められていたように聞こえた。


「やっぱり駆け落ちなんでしょうかね?
 ……正直ここに至るまでのストーリーが欠片も想像つきません」


 きっと私達には想像もつかないようなドラマがあったんじゃないでしょうか、と。

 初春はそう言って、むむむ気になりますねーと拳を握り締める。

 あたしもそれには同感だ、きっと彼らは何かを乗り越え、ここにいる。

 会話の節々に、そんな苦難の年輪を感じてしまう。


「なんて言うか―――波瀾万丈?
 ……ほんとにとんでもないですね、あの人」


 幻想御手事件なんて、彼らにとってはサブイベントに過ぎなかったのではあるまいか。

 あたしにとっての大事件も、誰かにとっては対岸の火事ですら無い。

 あたり前のことではあるのだけれど、やっぱりちょっとばかり悔しく思う。


 とはいえ。

 あの大事件と大立ち回りを上回るような、そんな出来事があったのだとしたら。

 ―――なんというか、もはやあたしなどにはコメントのしようもないのだけれど。







“……どうなるかな、ぼくらは”

“だいじょうぶだ、なるようになる。
 とうまならそう言うに決まってるかも!”

“……そうだね、その通りだ。みんながいてくれるし
 先の心配ばかりしててもしょうがない、馬鹿でいようか

“そのとおりなんだよ!

“ん……となると……できることからコツコツと。
 ――さしあたっての問題は、今夜からのきみの宿だね”

“む、わたしが住むところなんて決まってるんだよ”
 
“あのね……男子学生寮に女の子が住むわけにはいかないっての。
 将来的には一人暮らしをしてもらうにしても……すぐってわけにはいかない。
 ……小萌先生に頼み込むしかないね、もしくは舞夏。このふたりなら、文句はないだろ?”

“きくひこといっしょじゃなきゃ、だめ”

“……はいアウトー、法的にも倫理的にもアウトです。
 ぼくは学生で、ここは学園都市、そしてきみもここの住人になる。
 ここにはここのルールがある、聞き分けてもらわないとね”

“きくひこは、わたしといっしょは、イヤ?”

“……卑怯だぞ、インデックス”

“卑怯でもいいんだよ、
 使えるものはなんでも使う、きくひこが教えてくれたことかも”

“……教えてねえよ、そんなの”

“教わったもん。
 ああ神よ――己の在り方が人に影響を与えることを解さぬこの者にも、どうか祝福の風を与え賜らん事を”

“……なにが神だ、不良シスターめ”

“ふふ、不良も悪くないかも。
 ―――決めたから。もういい子じゃいられないって”

“…………あー”

“…………ふふん”

“……わかった、じゃあ小萌先生を一緒に説得してみようか。
 ただあの人、生半可じゃ絶対納得しないからね”

“うんっ!!”








「………………」

「………………」

「………………」

「………………」


 ……えーと。

 なんか、えらくアダルトな展開だったような?

 というか嫁さんの押しの強さが半端じゃない、イケイケだ。

 なんなのあの可愛すぎる表情? 押し倒したい。


「同棲?」


 ぼそり、と御坂さんが呟く。

 まさに超電磁砲、クリティカルである。

 電撃姫は狙いを外さない、雷は旗を撃ちぬく、容赦なく。


 同棲。棲という字はなんでこんなにアレなのか。

 居とか住と同じ意味のはずなのに、そこはかとないエロスと愛しさと切なさがある。





「うおお! なんかすごい話を聞いてしまいましたよ!
 何をどう聞いてもこれからダブルベッドを買いに行く流れですよ!」


 そして吠える初春。

 なんかこの子あたしの親友らしいですよ、どうしてくれよう。

 ちなみに標準的な学生寮にダブルベッドを入れたら物理的に部屋が埋まるのは自明の理だ。


「いえ! シングルベッドにふたり身を寄せ合う流れですの!
 若かったあの頃、何も怖くなかった! ただ貴方の優しさだけが怖いんですの!!」


 それに続くは白井さん。

 なんだそのフォークソングはとつっこみたい、まさかの神田川である。

 もちろん、いくら学生寮が狭くても今時三畳一間はない。


「あ、ちなみにね、その歌に出てくる男が長風呂なのは髪が長かったかららしいわよ。
 どうでもいいけど私男の長髪って、イマイチ好きになれないのよねー」


 そして御坂さんである。

 ここで神田川豆知識をご披露である、ほんとうにどうでもいい。

 そういう流行もあったのだ、それがどうした、そんなに短髪が好きか、好きなのか。


 まさかの展開に混乱至極のテーブル。

 各々好き勝手に妄想を加速させ、ぶっちゃけ収拾がつかない。

 思わずあたしは、これだけは言うまいと思っていた言葉を口にしていた。


「……どーせいっちゅーねん」


 オヤジギャグを吐きたくなる時もある。

 意味なく関西弁になってしまう時もある。


 ある。

 あるのだ。

 あるよね?

 あるんだってば!







“ったく……どっちにしろ、書類上の住所は要るからね。
 ウチの学生寮じゃだめだ……いつかはきみも学校に通うかもしれない”

“……わたしが学校に通うなんて、想像もつかないかも。
 英国がそれを許すとは、とても思えないんだよ”

“能力開発は無理かもしれないね、立場的にも脳機能的にも。
 こないだ少し調べてみたんだけど、さすがに脳開発の一切ない学校はないみたいだ。
 一応都市外の通信教育や大学検定という手もなくはないけど、きみの場合、それじゃ意味が無い”

“うん、知識を得るだけなら、テキストがあればいいかも”

“……なに、また抜け道を探すさ。
 これまでだって相当に無茶や無理を重ねてきたんだ”

“でも”

“まあ、聞いて……そうだね、なんならきみを書類上だけでも能力者にしてしまおう”
 
“……え?”

“『レベル1の忘却不能(フォーゲットユーノット)、
  これは希少且つ特殊な能力につき、開発は学園都市の承認を得て行うこと。
  尚、記録術ならびに暗記術の単位は全て習得済みとする』……こんなのはどうかな?”

“―――それなら”

“開発の時間は図書室で本でも読んでればいい。
 ―――ほら、なんかさ……なんとかなりそうな気がしてきただろ?”

“……できるの? そんなこと”

“ぼくには、できないさ。だけどできそうなヤツを知ってる。
 そんな免状があれば、きみがうちの学校に通うことだって不可能じゃない”

“……きくひこの、とうまの、こもえの学校に、わたしも?”

“無理かもしれない、でも、出来るかもしれない。
 なら、諦めてやる理由がねえよ”

“……………”

“相変わらずの他力本願だけど、それも悪くない。
 ―――ねえインデックス、どうだろう、そういう未来は”

“……………”

“……ぼくらはすでにいろいろと毟り取ってきた、これからもそうする。
 得られるものは全部得るし、失ったものは全部取り返す。

 きみへの対価は利子をのせて支払わせる、絶対にだ。
 ……遠慮せず、きみが欲しいものを全部教えてくれ、インデックス”

“……わたし、は”

“うん”








“……わたしは、きくひこやとうまと、ずっといっしょにいたいんだよ

“ああ、こっちからお願いしたいくらいだよ”




“こもえとだっていっしょにいたい。また、四人で一緒にごはんを食べたいよ”

“うん、先生のうちでまた一緒にごはんにしよう。
 なんならお礼返しにまたうちに招待してもいい、大丈夫だ”




“……まいかに、料理を教えてもらいたいかも”

“舞夏なら二つ返事でオーケーだろうさ。
 あの子ならきっと教え上手だ、うちのキッチンを使えばいいよ”




“……ステイルや、かおりや、もとはる。
 忘れてしまったひとたちと、もういちどやりなおしたいんだよ”

“大丈夫。みんなもソレを望んでる”





“……新しいともだちも、ほしいかも

“きみならきっとすぐに出来る。ぼくにも紹介してくれ。
 そのかわり、ぼくのともだちも紹介するよ、みんなで一緒にあそびに行こう”




“……ほんとうの図書館に行ってみたい、映画を見てみたい”

“全部行こう。夏休みだからね、どこだっていけるさ”




“……海も見たい、結局行けなかったセントーに行ってみたい”

“連れてく。コーヒー牛乳だって飲ませてあげるよ”




“……買ってもらった携帯電話も、ちゃんと使えるようになりたいんだよ”

“ああ、あんな便利なもの、使えないなんてもったいないしね”




“……この国の歌を覚えたい、きくひこやとうまと同じ歌を歌いたい”

“それも、楽しそうだ。
 ああ、丁度いい、例の木山先生のデータ、今晩にでも一緒に見よう。
 



“この髪も、切っちゃいたい――ばっさり”

“……もったいないけど、ショートも似合いそうだね。
 うん、知り合いの女の子に、いい美容室を紹介してもらおうか”






“きくひこのシチューが食べたい”

“ああ”


“わたしも一緒につくりたい”

“うん”


“とうまにそれを、食べて、ほしい”
 ……きくひこに、とうまに、幸せになってほしいんだよ”

“ぼくは幸せだ、上条くんだってきっとそう言う。
 きみが笑ってれば、それでもう幸せなんだから”

“―――でも”

“デモ禁止―――あいつは帰ってくる、どうせ元通りだ。
 ぼくらはなにも喪わないし、この先だって盛りだくさんだ――だから”







“だから、インデックス。
 もう不幸になるのなんて、諦めちまえ”


“……うん”







 不幸になるのを、諦める。

 それはきっと、言うほど簡単なことではないとあたしは思う。


 はたして。

 おまえに幸せになる資格があるかと問われ、迷いなく是と答えられる人がいるだろうか。

 いたとしたら、そいつはよっぽど完璧なヤツか、あるいはどうしようもない厚顔な欲深だろう。

 
 だけど。

 それでも、だれだって。

 ほんとうは幸せになりたいと思っていると、あたしは思う。


 後悔に押し潰されて、柵に足を掴まれて、つまらない罪に塗れてて、ぜんぜん綺麗じゃないけれど。

 誰しもがそれぞれに、おのおのに、もろもろどうしようもないものを抱えているけれど。


 自分が世界で一番不幸だなんて甘やかな痛みに酔いしれて。

 そのくせ他人の幸せを妬んだり嫉んだり羨んだりで大忙しだけど。



 それでも。

 きっとだれしも。

 いつかは幸せになりたいと、願っている。






 先ほどまで、欲しい物を思いつくままに吐き出していた彼女。

 でも、それを口にする少女の顔は、ひどく辛そうだった。


 自分にはそんな権利はないと、彼女の目はそんなことを言っていた。

 己は不幸になるべき人間だと、口にはしないけどそう言っていた


 だけど、それを百も承知の上でで。

 その少年は、鋼盾さんはそれを蹴飛ばした。


 不幸になるのなんて、諦めちまえ。

 きみの言い分なんか知らない、ぐちゃぐちゃ抜かすな甘ったれ。

 悲劇のヒロインを気取ってるヒマなんてないぞ、とっとと幸せになりやがれ。


 そんな乱暴極まりない手前勝手な幸福論を、彼は彼女に押し付けた。

 あまつさえ、きみが幸せならぼくは幸せだなんて台詞まで吐きやがった。

 翻せばきみが不幸ならぼくも不幸になると、それはそういう台詞である。


 この上なく優しい声で、彼は彼女の退路を塞いだ。

 そして彼女もまた、あらゆる煩悶を乗り越えて、それに是と答えた。


 あたしには、このふたりの事情はさっぱりわからない。

 けど、それでもわかることがある。


 彼は、彼女は、あの二人は。

 きっと。





 気づけばあたしは、席を立っていた。

 驚きの声を上げる三人を意にも介さず、走り出していた。


 白井さん曰く、直線距離にして11メートル強。

 だけど、空を飛べるわけでもない人間に、直線距離など意味が無い。

 パーテーションに区切られたファミレスの通路を、あたしはもどかしさに焦がれながら走り抜ける。


 そして。

 彼らが座る窓際のテーブル席に、勢い任せに駆け寄った。

 突然の乱入者に目を白黒させるふたりに、まっすぐと顔を向ける。

 今になって沸き上がってきた恥ずかしさを捩じ伏せながら、それでも真正面に。


「……佐天、さん?」


 鋼盾さんが、戸惑いつつもあたしの名前を呼んだ。

 覚えていてくれたらしい―――そうだろう、覚えているはずだ、忘れられない。


 七月二十一日、あの日。

 あたしたちの出会いは、けしてよいものではなかったけれど。

 人目につかぬ路地裏で、あたしたちは確かに道を踏み外していたけれど。

 あの日をやり直すことなんて、できるわけがないけれど。


 それでも、あたしたちはこうして再会する事ができた。

 だから―――今から、改めて始めたいと思うのだ。


 それには、まずは挨拶から。

 あたしは震えそうになる声を張って、笑顔を浮べた。


「はい―――お久しぶりですね、鋼盾さん。
 そして、はじめまして、インデックスさん」


 びっくりした顔で目を見開いている鋼盾さん。

 そして、きょとんとした顔で首を傾げるインデックスさん。


 鋼盾さんはもちろんだけど、インデックスさんにも興味がある。

 彼女が先ほど口にしたお願いごとの中に、あたしでも力になれることがあった。


 このひとたちの力になりたいと、心の底からそう思う。

 無能力者には何も出来ないとかつのあなたは言ったけれど、他ならぬあなた自身がそれを否定した。


 だから、信じてみよう。

 あたしにだって、できることはいくらでもあると。





 あたしは、罪を犯したけど。

 償いの機会を、与えてもらえた。


 あたしは、心折れるところだったけど。

 支えてくれる、人たちがいてくれた。


 能力者には、なれなかったけど。

 それでもこの街で、生きていきたいと思っている。


 初春、御坂さん、白井さんがこうしてあたしを迎い入れてくれた。

 アケミ、むーちゃん、まこちんもあたしを許してくれた。

 彼女たちにも、もっとたくさん応えていきたい。


 主人公にもヒロインにもなれないと知ってしまって。

 それでも――脇役だって悪くない、端役だって悪くない。

 今は、みんなのおかげでそう思える。


 あたしの天はまだまだちっぽけだけど、これからどんどん広げていくことにしよう。

 嬉し涙だってきっと流せる時が来るから、その時ちゃんと泣けるようにたくさん溜め込んでおこう。

 父からもらった苗字と母から貰った名前を、本当のものにしよう。


 背後から、初春たちが駆け寄ってくる足音が聞こえる。

 その気配に背中を押され、あたしは目の前の二人に向かってとあるお願いをする。


 ついさっき、御坂さんにそうしたように。

 初春や白井さんにもそうしたように。


 昨日までとは違う、明日のために。

 再会と新しい出会いを、もっと素敵なものにするために。


 そのために、勇気を出して。

 あたしはここに、一歩踏み出す。







「あたしは佐天涙子、天を佐けるに、嬉し涙の子で、佐天涙子です。
 鋼盾さん、インデックスさん―――あたしと、ともだちになってください!」


 




――――――――――

 ここまで。
 ようやく終わったぜなげえよエピローグそのいち! 

 さて、佐天さんですね!
 無能力者にして幻想御手使用者、原作鋼盾と立ち位置をほぼ同じくするキャラクターです。

 原作で鋼盾と関わったのは彼女とトリックさんくらい。
 その割には本作にさっぱり出てこない彼女でしたが、ここで語り手をやってもらいました。
 今更だけど、5スレ目のスレタイはこの子にしとけばよかったかもな!

 何度か書きましたが、開始当初の目論見では鋼盾は無能力者のままの予定でした。
 いろいろあって彼を能力者にしちゃいましたが、無能力者のままで戦い続けるというテーマも捨てがたい。

 ですので、佐天さんにはそのあたりを担って貰おうかなという感じでした。
 吹寄さんと立ち位置ちょっぴり被ってるとか言うな!

 佐天さんはまだまだ発展途上! 原作でも楽しみですね!
 ダークサイドに堕ちそうになった鋼盾を、彼女が繋ぎとめる予定です(大嘘)

 ……え? 鋼盾×佐天というカップリングはあるのかって?
 まったく、わかってるくせに! ラブコメを見たいのか? 欲しがりさんめ!

 ねえよ
 佐天×黒岩だよ



介旅SSで「“おれもずっとあたためていた鋼盾掬彦SSを書くよ” 
とか軽い気持ちで書いた馬鹿」なんて訳の分からない名乗りをしてたとは思えないな

おいおい、それは>>1がまだスレ立て童貞(チェリー)だった頃の話じゃないか
介旅スレの4レス目にあのコメントを書いた時点じゃ、まさかこんなことになるとは思わなんだ
あ、>>353、名前欄は「VIPにかわりましてNIPPERがお送りします」にしたほうがいいよ、おすすめ

なんかもう新約五巻出てるらしいですね、知らんかった
総合とか覗いてもとんと話題にならんあたり、勢いが落ちたなと感じます

ところで>>1は明日からの沖縄出張三泊四日を皮切りにしばらく忙しくなりそうです、ざわわ
次回更新はちょいと咲になりそうですので、のんびりお待ち下さい、ざわわ
 

左隣がインなんとかさんだと……?

まあ焦らずその内頑張ってください

初春の鋼盾獲得大作戦vol.23「逆転!桃色吐息!」は書かれるのだろうか

どうも>>1です
半月以上も経っちまったぜマジか、全部政治が悪い
あとローラさんの口調がわけわかんないのが悪い

>>367
おいおい右隣が婬なんとかさんだと! そりゃアカンよキミィ! 失礼だよ!
……と思った俺の方がよほど失礼だった件

>>368
なお元ネタ的に失敗する模様
そもそも書かれることもない模様


流石に放置しすぎなので、分割投下でお茶を濁すことにするぜ!
こんな時間に投下じゃ! ひゃっほーい!

エピローグその2 Dedicatus
参ります


そぉい!


――――――――――




“……と、まあこんなところかな、明日のプランは。
 ざっくりしててもうしわけないけど、詳細を詰めるのはあの二人がデートから帰って来てからにしよう”


“ん、そうだね。
 今三時だから、あと一時間くらいは待ってもらうことになるけど”


“まあね……うん、ぼくは聞きたいことはさっき大抵聞いちゃったし
 ―――そっちから、なにか質問とか、あるかな”


“そっか、そうだよね”


“……いや、確かに世間話ってメンバーじゃないけどさ”


“まあ、そのうちそういう話も出来るといいな、とか思ってるんだよね、ぼくは”


“はは――そりゃあ、よかった”


“……え、なにその無茶振り”


“困ったな”


“ん、じゃあ―――もっと先の話をしようか”


“ん? 先の話は先の話だよ。
 一週間後、一月後、一年後、十年後”


“まあ……未来の話、かな”


“うん、あの子の未来の話だよ。
 ま、つまり、ぼくらの未来の話だね”




“明日……いや、明後日か。あの子の首輪は砕ける
 それはもう前提だ、問題はその後なんだよ”


“ぼくとしては、わがままを言わせてもらえば。
 ぶっちゃけ十万三千冊の魔道書なんてうっちゃってもらいたいトコなんだけど”


“……そうなんだろうね、わかってる”


“うん、言ってたよ。
 『私は禁書目録でかまわない』って”


“……そうだね”


“うん、そういうものだっていうのは、聞いてるよ”


“ああ、よくわかる―――そうなんだろうよ、気に入らないけど”


“まあ、それはそれでいい。
 あの子が望んだことだ、たとえ英国の糸だったとしても、ね”


“だとしても、ぼくらがやることは変わらない”


“そういうこと。
 ……あの子が禁書目録でも、そのままで幸せになれる方法を探したいんだ”





“あると思うんだよねそんな方法、正直、今はまだ全然具体的じゃないけど”


“いや、もっと単純な話だよ”


“……クーデターは起こしません、起こせません、無茶言わない。
 大体イギリス清教を敵に回してどうなるってんだよ、次はローマ? ロシア?”


“きみたちの所属はイギリス清教だ、それは変えなくていいよ。
 ……むしろ、変えてもらっちゃ困るかな”


“味方に付けよう、イギリスを。
 ―――必要悪の教会を、ね”


“無茶じゃないよ、本来そうあるべきなんだ、当り前に”


“そこを改めさせる、あの子は備品じゃない。
 立派なシスターだ、連中の家族だ、彼らの愛すべき同胞だ”


“生贄じゃない、よ”


“……そうだね、長期戦になると思う”


“種まきかな、うん”


“ざっくり五ヵ年計画くらい? いや、適当だけど”


“ははは”


“分は悪くないような気がするんだよね、なんとなく。
 いや、何も知らないぼくがこんなこと言ってもしょうがないんだけどさ”


“できるよ”


“そんなことない、余裕だ”


“やれる、絶対だよ、賭けてもいい”





“……え、言わなくちゃダメ?
 ここは言わずにわかってほしいところなんだけどね、恥ずかしいから”


“わかったよ、言うよ、言います”


“――きみたちがいるからだ。
 ステイル、神裂さん―――きみたちがいるなら、大丈夫。
 ぼくはそう信じてる、だから大丈夫、勝てる”


“……え、何この空気。
 なんでぼくが滑ったみたいになってるのさ”


“……言わせたのはそっちじゃねえか。
 だから言いたくなかったんだ、ちくしょう”


“言っとくけど上条くんはもっと酷いからな!
 あの旗男はもっとクサイ台詞平気で言うからな!”


“まったく……インデックスと上条くんに会うのに緊張してるのはわかるけど、
 ぼくでそれを発散するのはやめてほしいね、ほんとに”


“違わないよ、ソレ”


“はいはいはいはい、その意気その意気”


“……なに、心配要らないよ。
 あのふたりは強くて優しい、なんたってヒーローとヒロインだ”


“ぼくらはここから始めるんだ、さっきも言ったけど長期戦だよ。
 後悔なんかに足を取られていても仕方ない、そうだろ?”


“―――上等だ、脇役”


“頼りにしてるよ、ほんとに”





――――――――――




 八月二十六日、午後三時。

 学園都市のとある学生寮で、僕らはそんな話をした。

 インデックスと上条当麻の帰りを待ちながら、僕らがこれから目指す未来の話をしていた。


 ……いや、正直に言うのならば。

 僕と神裂は、鋼盾掬彦の語るそんな未来を聞いていただけと言った方が正確だろう。
 

 未来。

 これからのこと。


 過去に縛られていた僕らにはあまりにも遠すぎた、その言葉。

 また同じ一年を繰り返し、あの子を殺す事になるであろうという絶望がこびりついていた言葉。


 それを否定したのが、鋼盾掬彦だった。

 当り前のように未来を語ってみせる鋼盾に、僕らはあっさりと転ばされてしまった。


 そう。

 彼は、鋼盾掬彦は、いつだって先を見据えていた。

 目先の事に手一杯の僕らや上条当麻、インデックスよりも、ずっと遠くを見ていた。


 それが羨ましくもあり、同時に妬ましくもあった。

 彼のそういう所を見るたびに、己の視野の狭さを突き付けられるような気にさせられるから。


 そして、そう思っていたのは己だけではない。

 その夜の夕食会で上条当麻が、ちょうど同じような事を言っていた。






 七月二十六日、深夜十一時過ぎ。
 
 家路につく月詠小萌を鋼盾が送り、土御門舞夏と上条当麻が手際よく後片付けを始め、

 こくこくと船を漕ぐインデックスを抱きかかえた神裂が子守歌を歌う、そんな宴の終わり。


 教師であるという月詠小萌が帰ったのを見計らい、己はいそいそとベランダに出た。

 懐から煙草を取り出すと、数時間ぶりのそれに火を点け、肺いっぱいに吸い込んだ。


 火と煙こそ、我が友人。

 満ち足りた宴席に唯一つ足りなかった、偉大なるニコチンとタールの祝福。


 至福の一服。
 
 酩酊にも似た、得難き一時。

 そのまま瞬く間に一本吸い尽くしたところで、ベランダの扉が開く音がした。


 心地良い薄闇に包まれていたベランダに、室内の光が漏れる。

 見遣ればそこには見慣れてしまったツンツン頭のシルエット、言うまでもなく上条当麻だ。

 よう、とぞんざいな挨拶をした彼はカーテンと扉を閉めると、そこに背を預けた。


 無粋にもステイル=マグヌスの聖域にズカズカと入り込んできた闖入者。

 とは言えここは彼の家、客に過ぎぬ己に文句など言えようはずもない。


 喫煙を咎めにでも来たのかと思いきや、そんなこともなく無言で空を見上げている上条当麻。
 
 それでもなんとなく二本目に火を点ける気が削がれ、ベランダに奇妙な沈黙が落ちた。


 扉越しに聞こえる神裂の声に、耳を傾ける。

 天草のものなのか奇妙に謎めいた節回しは、しかし耳朶に心地よく響いた。


 そうして、仄かに漂っていた煙草の香りが消える頃。

 ようやく、上条当麻がその口を開いた。






“なあ、ステイル”

“今日はありがとな、アイツの招待に応じてくれて”

“気持ち悪いはねーだろ、ったく。
 ……ま、今日は気分がいいからな、不良神父の口の悪さくらい許してやりますことよ、上条さんは”

“怒るなよ、十四歳”

“うるせええ! 俺はこれから伸びるんだよ! つーか平均よりあるわ!
 成長期はこれからだっつうの! 青髪といい土御門といい! ニョキニョキ伸びやがって!”
 
“男の価値は身長じゃねえ!!
 ――いいぜ! テメエらがそんな下らねえ序列を押し付けてくるっていうのなら!
 まずはそのふざけた幻想を! ぶち殺してやる!”


 彼らしくもない殊勝な挨拶から始まったその会話は、ものの数秒で崩壊した。

 今日一日で、彼とのこんなやりとりにも随分と慣れてしまったものだ。

 絶対に口にはしないが、それを少し楽しいと感じている己も否定できそうにない。


 こんな子供じみた遣り取りは、それこそ二年ぶりだった。

 ……相手が彼女ではなく上条当麻だと言う点は、流石に大きすぎる違いだったが。



“……まったく、俺を裏切らねえのは鋼盾くらいだぜ”

“――――ってオイ、鋼盾で思い出した。
 こんなアホ話をしにきたわけじゃねえんだよ、どうしてこうなった”

“はいはい、俺のせいです。
 すいませんでした、マジすいませんでした、年上ですいませんでした、煙草も吸いませんです”

“言ってろ、……じゃあ、こっから先は真面目な話な”


 そして一転、宣言通りに真面目な表情を浮かべる上条当麻。

 仕方がないので付き合ってやることにする、こっちは煙草を吸いますですだ。


 指先に魔力を灯し、二本目の煙草に火を点ける。

 燻らせた白煙が空に解けてゆくのを眺めながら、上条当麻の声に耳を傾けてやる。






“……なあ、ステイル。
 お前さ、言ったよな、神裂も”

“鋼盾に引っ張られて、無様にもやり直したいと思ってしまったんだって”

“俺も同じだ、お前らと同じでアイツに、鋼盾に引っ張られたんだ”

“神裂相手に諦めんじゃねえって喚いたけどさ、根拠なんかなかったよ”

“インデックスを救う方法なんて、俺には見つけられなかった”

“それを見つけてくれたのは、アイツだ。
 オレたちをまとめて掬い上げやがった、本人に自覚はないみたいだけどな”


 鋼盾掬彦、鋼の盾。

 ステイル=マグヌスと上条当麻が今、同じ空間にいる事ができるのは、彼がいたからだ。

 ほんの半日前まで、こんな状況は彼以外の誰一人として予想だにしていなかっただろう。
 

 上条当麻の言うとおり、僕らはみんな、彼に引っ張られた。
 
 あの男の口車にまんまと乗せられた、誑かされてしまったのだ。


 道を示すのは、いつだって彼だった。

 僕らは全員、彼が指し示した方へ、走っているだけだった。


 鋼盾掬彦がヒーローと、主人公と呼んだ上条当麻だが、物語の導き手は彼ではない。

 そのことに気づいて居ないのは、僕らの中ではきっと、鋼盾当人だけだった。






“……この一週間でさ、アイツはほんとに強くなっちまった”

“そうだね、じゃねーよ。
 ……きっかけはお前だって言ってたぞ”

“でもさ、ちょっと心配なんだよなー”

“いや、アイツはさ、結構難儀な性格だからな。
 独りで抱え込んじまう奴なんだよ、基本的に。

“……きっと無理してる、さっきもなんか頭抱えてやがったし”


 だが。

 道を指し示してくれた彼は。

 己の弱さを曝け出して、それでも強く笑ってくれていた彼は。


 鋼盾掬彦は。

 鋼の盾を名乗ったあの男は。

 果たして本当に、自分たちにその弱さを見せてくれていたのだろうかと、上条当麻は言った。


 その問に己は答えることはできない。

 きっと鋼盾は、ステイル=マグヌスと神裂火織には、それを見せることはないだろうから。

 


“なあ、ステイル”

“アイツは俺を主役だって言った。
 俺の右手はそのためにあるって言ったよ”

“自分は脇役だって、笑ってた”

“でも、俺にとってのヒーローは、アイツだ”

“はは、そうだよな。
 ……知らぬは当人ばかりなり、ってな”


 自分は主役じゃないと、鋼盾掬彦は殊更に繰り返していた。

 己は脇役で端役で、だからこそやれることがあると言っていた彼。

 そんな己だから、きみらにも脇役を押し付けてやると笑った彼。


 あるいは、それこそが。

 鋼盾掬彦が意図せず溢した、彼の弱さだったのかもしれないと、今にして思う。


  




“……つまんねー事言うけどさ。
 あ、これ鋼盾には内緒な、アイツ絶対怒るから”

“俺がお前と神裂を信じる一番大きな理由は、鋼盾がお前らを信じたからだ。
 お前らもそうなんじゃねえか? 鋼盾が俺を信じるから、俺を信じてくれたんだよな”

“今は、それでいい。
 それだけで、十分だ、そうだろ?”

“インデックスのために。
 ―――そして、アイツのために走り続けた、鋼盾のために”

“俺たちが一緒に戦う理由は、それで十分だ”

“はじめようぜ、魔術師。
 ―――あの難儀な野郎に、ハッピーエンドを見せてやるんだ”


 それが、俺たちの役割だと上条当麻は笑った。

 脇役同盟もいいけどこっちにも付き合えと、そう言って彼は笑った。


 ……鋼盾が言っていた通り、なかなかに恥ずかしい台詞である。

 だが、この日ばかりはそれも悪くなかった、昼に散々言わされたし聞かされた。

 馬鹿みたいに笑みが浮かぶのが止められない。


 今なら、認めることができる。

 今なら、託すことができる。


 だからあの時。

 己の口から、こんな言葉がこぼれ落ちたのだろう。

 不覚と言えば不覚だが、不思議と今でも後悔はない。





“―――いいだろう、能力者。
 まずはあの子の首輪を砕いてみせろ、そしたら僕も、君を認めてやる。
 
 上条当麻、君があの子の隣に相応しいというのなら、示してみろ。
 僕にそれ見せてみろ、それが出来たら、友人として神父として、君らに祝福をくれてやるよ”


 認めよう。

 己のインデックスへの執着は、きっと恋などと呼べるものではなかった。

 それに近いものはあっただろう、しかし、それは今のあの子に向けたものではない。

 二年前の、ステイルと神裂と共に過ごした、かつてのあの子に向けたものだ。


 もちろん、扉の向こうで寝息を立てている少女も正真正銘のインデックスだ。

 それは間違いのない事実で、否定できるはずもないし、そのつもりもない。


 だけど、あれからもう、二年も経っている。

 そして、彼女がその過去を思い出すことは、ない。


 彼女は、もういない。

 ここにいるけど、どこにもいない。

 そして己もまた、どうしようもなく変わり果ててしまった。


 あの日々は、もう二度と戻らない。

 それを認めたくなくて、取り繕い続けたこの二年間。

 結果己は彼女を傷つけ、この日まで眉間に皺を刻み続けていた。


 だけど、それも終わった。

 この街で彼女を拾った二人の男が、それを終わらせてくれた。


 甘えた幻想をぶち壊し、新しい夢を示してくれた。

 もちろん、それを夢で終らせるつもりはない。


“……僕を失望させるなよ、上条当麻”

“ハ――お前もな、ステイル=マグヌス”


 守るべき少女のために、導いてくれた友人のために。

 僕らのヒロインと、ヒーローのために。


 拳を握り、前を見据え、運命に挑め。

 ふざけた幻想を打ち砕き、最強であることを証明しろ。


 それが、僕らが交わした唯一の約束だった。

 ステイル=マグヌスと上条当麻だけしか知らない、男の約束だった。


 ……耳の良いヤツらには聞かれているであろう事は、気づかないことにした。 
 
 どうせ連中も、同じような事を考えているに決まっているから。







 そして迎えた七月二十八日。

 上条当麻は、その約束を果たした。

 その役割を、見事なまでに貫き通して見せた。


 生命を賭して、インデックスから呪いを引き剥がした。

 壊れきった声で、それでも未来を語って見せた。


 そして彼は倒れた、彼のヒーローに後を託して。

 必ず帰ってくると、そう言ってくれた。



 ステイル=マグヌスはそれを信じている。

 仲間たちの誰もがそうであるように、友人の帰還を信じている。


 その日に、胸を張って彼と向き合えるように。

 その日が、彼らが望んだ未来であるように。


 そのために。
 
 ステイル=マグヌスは交わした約束の完遂を、誓う。


 七月二八日、午前八時。

 朝日に長く伸びた聖ジョージ大聖堂の尖塔の影を、ステイル=マグヌスと神裂火織が、踏んだ。


 必要悪の教会の象徴を、躊躇いもなく。
 
 そこで笑っている魔女を、蹴飛ばしてやるぞと言わんばかりに。

 


――――――――――




ここまで。
番外編と言いつつ、この時点ではステイル視点の本編補完に留まりましたね、スマンぜ
最後の場面はなんか今にもローラに特攻みそうな雰囲気でしたけど、流石にそれはありません

どうやら、のエピソードも、三部構成になりそうです
次回はステイルとねーちんのエピソード、次の次がローラメインになるでしょうか
基本路線はイギリスと仲良く!ローラはともだち、怖くない!です。

つーか何が困るって、ローラの口調がアカン、手元に原作がないからヤバイ
もうどうしたらよきかわからざりけることものぐるおしけれナリよ
誰かローラの口調の再現率が高いSS教えれ

んでは、また次回
次は一週間以内に来たいです、マジで

超電磁お茶会編とのレス濃度の差はなんなのか、ステイルじゃだめなのか
ちくしょう! おまえらそんなに女子中学生が好きか! ロリコンどもめ! 知ってたぜ! レス感謝!

どうも>>1です、忙しいですが元気です
なんか延々と話が伸びてゆく病で困ります、ステイルと神裂が止まらない!
とりあえずキリがないので書けたトコまで投下するよもう!

そぉい!




――――――――――




「……悪いけど、もう一度言ってくれるかい?
 僕らは最大主教直々の命で戻ってきた、今すぐ彼女に会いたいんだけどね」


 七月二十八日、早朝。 

 十数時間の空の旅を終え、ロンドンは聖ジョージ大聖堂へと辿り着いたステイルと神裂。

 そんな彼らを出迎えたのは最大主教ではなく、下部組織から出向している若い修道士だった。


「はぁ……ですから、今は誰も通すなと主教から命令を受けているんですよ。
 なんでも、急な政務が入ったとのことでして」

「そもそも僕らの帰投時間は報告済みのはずなんだ、悪いが問い合わせてみて欲しい。
 ……いや、なにもしなくて構わない、こちらから出向くよ、そこを通してくれ」

「……話、聞いてました?
 誰も通すなと、最大主教直々に仰せつかっているんですよ、ステイル神父」


 優先度はこちらが上ですと、修道士は杓子定規に口にする。
 
 命令に従い帰ってきてみれば、この扱い―――ステイルと神裂にしてみれば、腹立たしいことこの上ない。


「……その政務とやらは。いつ終わる?」

「お答えする必要はありません」


 苛立ちを圧し殺したステイルの言葉に、しかし修道士は慇懃無礼。

 小馬鹿にしたような対応を見せる彼だが、彼にも言い分というものがある。


 数時間前、上司に寝入り端を叩き起こされて不寝番を押し付けられた彼は、極まりなく不機嫌だった。

 上司への不満と押し寄せる眠気に耐えながら、ようやく交代の時間まで一時間を切ったところにやってきたのが、この赤髪の神父と令刀の聖人だった。


 ステイル=マグヌス。

 そして、神裂火織。


 彼のような末端ですらその名を知っている、必要悪の教会の精鋭魔術師。

 そしておそらくは、彼が不寝番を押し付けられたのは、彼らに応対するためだった。


 メールひとつで済むその程度の要件で、貴重な休日前の睡眠時間を理不尽に削られた。

 そのことが、少しだけ癇に障った。気に入らなかった。


 だから、ほんの意趣返しのつもりで、ちょっとぞんざいな対応をとってしまった。

 最大主教の命には諾々と従うだろうと、威を借る狐のような事を考えてしまった。

 すごすごと引き上げる彼らを見て、溜飲を下げようなどと思ってしまった。


 ―――それが、どうしようもなく愚かな行為だと。

 ほんの数秒後に思い知ることになることなど、知りもせずに。

 




「……もう一度だけ聞く。その政務とやらは、いつ終わる?」

「だから、お答えする義務は……ヒッ!?」


 聖堂に響く悲鳴。

 眠たげな目を擦りながら面倒くさそうに答えていた修道士の顔が、驚愕に引き攣る。

 無理もない話だった、突然現れた巨大な蛇が足元を這いずり回ればそんなリアクションになるだろう。


「へ! 蛇!? なんでこんなッ!? 魔術!? ヒィッ!!?」


 それも、ただの蛇ではない。

 炎を凝り固めたかのような、全長三メートルはある赤い赤い大蛇を模した、なにか。

 明らかに普通の生物ではない、どう見ても魔術による産物である。


 助けを求めるようにステイルと神裂を見た修道士が目にしたのは、煙草の火。

 いつの間に火を点けていたのか、ステイルの右手が指揮棒のようにそれを弄んでいる。


 その煙草の動きと、炎の蛇のそれが呼応していることに、神父は気づく。

 悠然と煙を吐くこの男が、己を脅迫しているのだという事にも。


 ステイル=マグヌスの目が、底冷えするような冷たい色を湛えている。

 炎を操る男のそれとはとても思えない、凍える程に冷えた眼差し。


 氷炎雪火。

 その眼差しを見て、ようやく修道士は目の前の男が何者なのかを思い知った。

 否、思い知らされた。


 英国清教第零聖区、必要悪の教会。

 いくつもの魔術結社を灰燼に帰してきた、不吉の炎。


 彼の者の名は、ステイル=マグヌス。

 凡骨の魔術師が百人束になっても勝てない、正真正銘の怪物だということを。 






「――それがどれほどの緊急案件かは知らないが、僕らの任務の方が重い。
 今すぐ取り次げ、さもなくば君は大火傷を負う事になるね……嫌だろう? そんなのは」
 

 炎蛇はステイル=マグヌスの命じるままに、憐れな修道士を取り囲む。

 鎌首をゆっくりと擡げ、その舌先をチロチロとこちらに向けている。

 その赤い鱗から発する熱気と焼き殺される恐怖に、修道士はダラダラと汗を流した。


「ひぃ! も、申し訳ありませんが、私はただ、伝言を任されただけですからっ!
 通す権限も、連絡をとる術もありませんっ、勘弁して下さいッ!!」


 涙すら浮かべて哀願する修道士に対し、ステイル=マグヌスは酷薄に笑うのみ。

 口元の煙草を手に取ると、ゆるゆるとした動きでそれを修道士の顔の高さまで持ち上げる。

 それに合わせて炎の蛇も、その長い躯をゆっくりと持ち上げてゆく。


 赤赤と光る煙草の先端が、修道士の方に少しずつ、傾いてゆく。

 炎の蛇が、少しずつ、近づいてゆく。

 その舌先が、今にも触れそうになる。

 彼の生命を溶かしてしまいそうな熱量が、眼前に迫ってくる。


 そして、煙草の火がまっすぐ修道士を指した、その瞬間。






「――――そこまで」


 凛とした声が響いて。

 それと同時に、何かが空を走り炎蛇の頭を刎ね飛ばした。


 眼前に広がる鮮やかな赤い切断面。

 その光景に己の首が刎ねられる映像を幻視してしまった修道士は、思わず腰を抜かしてしまった。


「そこまでです、ステイル。
 ――――八つ当たりはその位にしておきなさい」


 ステイル=マグヌスを咎める声が、静かに響いた。

 仄かに日本風の訛りが残る英国語(クイーンズ)だが、それが逆に得も言われぬ風情を生んでいる。


 声の主は、ステイル=マグヌスの背後に立つ女。

 ロンドンでも五指に入ると謳われる、必要悪の教会が。

 世界に二十人といない、聖人。


 神裂火織。

 折れず曲がらずよく斬れる、日本刀のような女がこの場の空気を掌握していた。





「……ちょっとしたジョークだよ、もちろん」


 バツが悪そうにそう言って、火の消えた煙草を掌に握りこむステイル=マグヌス。

 秒も経たずにその手を開くと、そこにはなにも残ってはいなかった。

 彼が何をしたのかなんて、それこそ言うまでもない話だ。


 焼いたのだ、煙も出さず、灰も残さず、一瞬で。

 一体どれ程の高熱を操ればそんな真似が可能なのか、修道士は改めて震えた。


「……連れが失礼をしました、お許しを――――立てますか?」


 気づけば炎蛇は跡形もなく消えており、眼前に神裂火織が立っていた。

 修道士は慌てて立ち上がろうとするも、震える足がそれを許してはくれない。


 神裂はそんな修道士を見てふむと頷くと、右手の小指をくいと動かす。

 それだけで窓際に置いてあった椅子が、こちらに向かってものすごい勢いで飛んできた。

 思わず目を瞑ってしまった彼だったが、いつまで経っても衝撃も破砕音も聞こえない。


「失礼します」


 代わりに聞こえたのは、神裂火織の穏やかな声。

 思わず目を開くと同時に、首と腰に誰かの手が置かれる感触があった。


 次の瞬間。

 ものすごいスピードで、世界がひっくり返って元通りになった。





「…………………………へ?」


 己の口から間の抜けた声が溢れるのを、修道士は人事のように聞いていた。

 何が起こったのか、まったくわからない、ひとつもわからない。

 床にへたり込んでいたはずの彼は、気づけば椅子に座っていた。

 天井と壁と床を同時に見たような気がする、なにか有り得ないことが起こった。
 

「これでよし……ステイル! 貴方はもう!
 苛立つのはわかりますが、関係のない人間を巻き込むのは許しませんよ!」

「……いや、確かに悪かったけどさ。
 彼が腰を抜かしたのも、今茫然自失に陥ってるのも正直君のせいだと―――いや、なんでもないよ」


 先ほどまで殺意を向けてきたステイル=マグヌスが、同情心も顕にこちらを見ている。

 人間アメリカンクラッカーなんて初めて見たよ、とかわけのわからないことを言っている。


「こうしていても埒が空きませんね。
 ―――強硬手段に出るのは賢くない、ここは一旦退きましょう」
 
「……ふむ、何か考えがあるのかい?」

「ええ、戦支度です。ついて来なさい、ステイル。
 ―――では、失礼します修道士様」


 そう言って、神裂火織はくるりと背を向けて去ってゆく。

 やれやれと肩を竦めそれに続くステイルは、思い出したように振り返ると、こう言った。


「……御役目御苦労、災難だったね」


 修道士にとっては災難の具現であるような男の台詞に、しかし言葉は返せない。

 大聖堂の扉が閉まる重々しい音を聞いて、彼はようやく己の生還を知った。


 椅子の背に、強張る体を押し付ける。

 緊張は未だ解けず、抜けた腰もそのまま。

 しばらくは立ち上がれる気がしない。


 自失のままの彼を残し、時は流れる。

 聖堂を訪れる者はなく、最大主教からの連絡もないままに。






 そして、遠く鐘の音が聞こえた。

 午前九時を告げるその鐘は、彼にとっては任務終了の報せでもある。

 
 それを聞いた彼の身体は、魔法のように自由になった。

 待ちに待った休日だ、予定は決まっている、今決めた、決めたったら決めた。

 修道士は立ち上がる、彼にはやらねばならぬことがあった。


「……転属願、書こう」


 こんなところにいられるか! 俺は自分の組織に帰る!

 サスペンス・ドラマでお馴染みのそんなテンションで、彼は一刻も早くここから逃げる事を選んだ。






 本日の教訓。

 ・イライラを他人にぶつけるのはよしましょう。
 ・軽口を叩く時は、相手を選びましょう。
 ・安易に死亡フラグを建てるのはやめましょう。



――――――――――





 茶碗には艶めく炊き立ての白米。

 汁椀には葱と麩の味噌汁。

 角皿には丁寧に焼かれた鮭の切り身。

 小鉢には鹿尾菜と大豆の煮物。

 小皿には梅干と沢庵。


 お手本のような和食の膳が、ふたつ。

 必要悪の教会は女子寮、その食堂のテーブルに並べられていた。

 聖堂での一件からおよそ一時間、神裂火織お手製の朝食が出来上がったところである。


「……戦支度ねえ、何かと思えば。
 腹が減ってはなんとやら―――とでも言うつもりかい? 神裂」


 ステイルが、諦めたように溜息を吐く。

 思わせぶりな神裂に付いて行ってみれば、女子寮の食堂にポツリ放置される羽目になったのだから無理もない。

 修道女たちの朝は早いため、食堂が無人だったのが唯一の救いではあるが、それはそれ。

 咎めるような視線を向かいの席に座る女に投げるも、相手は飄々と受け流すのみ。


「おや、兵法の基本ですよ。
 戦う前に勝負は決まっているのです、貴方は誰よりそれを知っているでしょうに」

「……非才の身を補うにはそれしかないからね。
 僕は君のように、身体ひとつで常在戦場というわけにはいかないから」


 ステイル=マグヌスがその真価を発揮するには、大量のルーンによるブーストが不可欠だ。

 いざ戦闘という時に可能な限り速やかに事を運べるように、彼は常に準備に余念がない。

 それにかかる膨大な時間をいかに短縮するか、それはステイルにとっての積年の課題だ。


 ちなみに、最近知り合った科学の街の友人たちにそんな話をした所


“それはアレだね、パソコンとデザインソフトの導入が急務だね”

“あとはプリンターだな、もしくは名刺屋とかに一括注文すれば安く上がるんじゃねえの? 箱で買おうぜ”


 といった、非常に学園都市の人間らしいアドバイスを頂いている。

 その意見を採用したらなにか大切な物を失うような気がしているステイルである。 


 




「……ルーンの寵児が非才とは、謙遜にもほどがあるでしょう」
 
「少なくとも戦闘者としての才はないよ。
 今回の一件で―――いや、ずっと前から僕は、それを知っていた」


 なんでもないことのように口にされたその台詞に、神裂は溜息を吐く。

 確かにステイル=マグヌスの才能、その本懐は戦闘にはない。


 現存するすべてのルーンについての、完全な解読。

 それを土台に独自の文字すら発明してみせた、眩いばかりの才気。


 齢十四にして魔術史に名を残す事が確定している、その偉業。

 彼が研究者としてその道に専念すれば、どれほどの成果を上げるか予想すらつかない。


 だが、ステイル=マグヌスがその道を選ぶことはない。

 彼にとってのルーンは、あの日からただの手段に過ぎない。


 神裂火織は、誰よりそれを知っている。

 彼が魔法名を決めた日の事を、今でも覚えている。

 最強の証明などという茨の道を選んだ少年の後ろ姿を、覚えている。


 かつては彼女より背の低かった、彼。

 この二年で別人のように大人びたが、その本質は変わったようで変わっていない。
 





「まあ、確かに体調管理は大事だ。
 ……君の料理を頂くのも、随分と久しぶりだね」

「……そうですね」


 ステイルは「久しぶり」と言葉を濁したが、ふたりともその日付を覚えている。

 今から一年前の、七月二十六日だ。


 忘れるわけがない。

 忘れられるわけがない。

 忘れていいわけがない。


 あの時既に、自分たちは折れていた。

 諦めていた、どうしようもなくボロボロだった。

 食卓は、嘘に塗れていた。

 無力だった。

 もう、耐えられなかった。


 あの日、神裂火織とステイル=マグヌスは。

 インデックスの敵として、次の一年を過ごすことに決めたのだから。


 それから、彼らが食卓を同じくすることはなくなった。

 空白を再認識する作業なんて、耐えられるはずもなかった。

 




 だけど。

 とある少年が、それに幕を引いた。

 鋼の盾を名乗るその少年が、自分たちの煩悶を蹴り飛ばしてしまった。


 上条当麻の家で開かれた、夕食会。

 人数こそ多いものの、そこには彼らが喪ってしまっていたものがあった。

 神裂火織とステイル=マグヌスが望んだものが全部、揃っていた。


 その日付が七月二十六日だったのだから、出来すぎだと神裂は思う。

 本当に出来すぎている、困ってしまうほどだ。


 無様な逃避に明け暮れた一年間を経て、私たちは救われた。

 否、掬われた。


 だからこそ、今こうして。

 神裂とステイルのふたりで、こうして食卓を囲んでいる。

 
 家族ごっこと笑わば笑え。

 どうせ舞台裏だ、好きにやらせてもらう。






「……冷める前に食べてしまいましょうか。
 ――では、“いただきます”」

「……“いただきます”」


 そこだけは、日本語で。

 神崎火織が日本食を作った時には、食前の作法は彼女に倣う。


 手を合わせて

 食材に感謝の心をもって

 いただきますと、唱和する


 それは三年前に、彼らが定めたルール。

 神裂とステイルともうひとり、三人で決めた家族のルール。


 ここにいるのは二人だけだけれど。

 一人分の空白はあれど、それでも。


 満たされていると、神裂火織は微笑む。

 すべてを取り戻せたわけではないけれど、それでも確かに満たされていると。


 目の前の彼も、自分と同じ気持ちだといいなと。

 ただ、願う。



――――――――――

ここまで!
なんで飯食ってるねん! こんなシーンはプロットになかっただろ!
と言いつつなんか筆が乗ってしまった朝ごはんでした、いただきます

なんか最後神裂→ステイルみたいな感じでしたがそんなことはなかったぜ!
このふたりの関係もなかなか名状しがたいものがあります

壊れてしまった擬似家族の兄役と姉役
同病相憐、ある意味では共犯者でもあります
つーかこの二人、もしかして一巻以降で絡んでない?

次話はそんな二人がそれぞれ次なる戦いに赴くような話になると思います
よろしければお付き合い下さいです

乙‼
神崎さんの味噌汁を毎朝飲みたいです!

焼きジャケとイギリスで
例の外人コピペを思い出したwww

>>409
人外コピペ…?

すまん、なんか別の話書いてた
あと新居のネット環境が思いの外不安定でツラい

どうも>>1です
番外編入ってからペース落ちまくりで申し訳ないぜ

9割くらい書けたので、今から仕上げますよって
今しばらくお待ちくだされ、なんとか一時間以内に!




――――――――――――――――



 必要悪の教会が女子寮、純英国風のこの場にはあまりにそぐわぬ和食の膳。

 手に持った箸でそれを口にするのは、ステイル=マグヌスと神裂火織。

 神裂は完璧な所作で食卓に望んでいたが、あまり箸に縁のないステイルは大いに苦戦中だった。


「……相変わらず箸の使い方が下手ですね、貴方は」

「君も相変わらずうるさいね。
 ……フン、こんな非効率な食器、使いこなしたいとも思わないよ」


 何事も器用に卒なく熟す彼だったが、これに関してはいつまで経っても成長が見られない。

 それに神裂が言及しステイルが悪態を返すのは、かつても度々あった事だった。


「……まったく。日本人としては聞き捨てなりませんね、それ。
 習熟すればこれほど使いやすい食器もないと思いますよ、私は」


 そう言って神裂は茶碗から米を一粒摘み上げる。

 流れるようなその所作は美しく、なるほど使い熟せれば便利なものなのだろうとステイルも思う。


 とは言えそれは、日本食というあまりに限定的な土俵の上でのこと。

 そんなものに拘泥していられないねと肩を竦めるステイルに、神裂はやれやれとばかりに微笑みかける。


「無論、道具として箸とフォーク、どちらが優れているかを比べても意味はありませんけどね。
 郷に入りては郷に従え―――ここでフォークを持ち出さない貴方の気遣いは嬉しく思いますよ」
 

 作法もマナーも礼儀礼節も、相手を慮る心こそが肝要。

 それがわかっているからこそ、ステイルも苦手な箸を敢えて使う。

 丁寧に設えられた膳には、せめて相応の作法を以って応える。

 そうした心ばえこそ真に尊いものだと、食卓を差配した神裂はニコリと笑った。


「フン……何の話をしてるんだ、僕らは」


 対するステイルは、渋面。

 気遣いだの作法だのを褒められたところで嬉しくもない。


 彼の国では「衣食足りて礼節を知る」などと言う言葉もあるようだが、それはそれ。

 衣も食も礼も節も、何もかも擲ってでもなさねばならぬ局面もある。


 今はきっと、まさにその時。

 腹が減っても戦に挑まねば、ならない。

 ステイル=マグヌスはそう思う。


 それなのに自分たちは呑気に食事を摂り、雑談に花を咲かせている

 不安に晒されているであろう友人たち彼の街に置き去りに、しかし何一つとして為せていない。

 焦燥と慚愧に顔を顰めるステイルに、しかし神裂は落ち着き払った声で応えた。






「雑談ですよ、ただの。
 ……ですが、なかなか面白い話かもしれません」


 一体どういう興の乗り方をしたのか、面白いと神裂は言う。

 そんな彼女の表情が、ステイルの記憶の中、とある少年と重なった。


 学園都市に住む彼らの友人が、よくこんな顔で己たちを見ていたような気がする。

 目先の戦のみに囚われるのではなく、その先に目を向けている者の目。


 それはきっと。

 これまでの神裂火織には、浮かべることのできなかったものだった。


「――フォークでだって蕎麦は食べられる。
 蒸籠の上の蕎麦を持ち上げるだけの作業です、差し入れて巻き込めばそれで問題ありません。
 ……ですが、私の――いえ、日本人の美意識としては、それは美しくない行為です」


 カップヌードルのコマーシャルで外国人がフォークを使ってるのは、軽いカルチャーショックでしたと神裂は笑う。

 聖人にしては俗な台詞だとステイルは思ったが、理解できぬ内容でもない。


 パイプと煙管とて、煙草飲みに言わせれば違うもの。

 洋の東西のみの話ではない、魔術師という仕事は異文化というものへの対応が問われる部分が少なからずある。

 必要悪の教会が一員として、その辺りは髄まで刻まれているステイルである。


 固有の文化に根ざしたものに対するには、それなりの作法というものが必要になる。

 恰も鍵と鍵穴のように、合わせてやらねば開かぬ扉もあるのだ。

 その体現者が禁書目録―――インデックスという少女だったりするのは、なんとも皮肉な話ではあるが。


「美しくない、か。
 ――まあ、そうだね。 確かに、美しくはないだろうけどさ」


 だがそれがどうした、とステイルは目で問う。

 神裂の意図は相変わらず読めぬまま、苛立つまではいかぬものの、困惑せずにはいられない。

 彼女が無駄話を好む女ではない事は知っているが……一体どういうつもりなのか。


「ええ、そしてそれは逆も然り。
 箸でパスタを啜るのは、どうしようもないマナー違反でしょう」


 対する神裂は、その疑問に答えるでもなく話を続ける。

 フォークで蕎麦の次は箸でパスタ、確かにちぐはぐな組み合わせである。

 なんとか意図を読もうと苦心するステイルだったが、口から出たのは捻りのない感想にしかならなかった。





「……それぞれに得意分野があるって話かい?」


 箸には箸の役目があり、フォークにはフォークの仕事がある。

 当たり前といえば当たり前の話だが、当たり前の話でしかない。

 我ながら稚拙な合いの手だねとステイルは溜息を吐くも、意外な事に神裂はそれを肯定した。

 
「ええ、貴方はフォーク、私は箸です。
 役目は似ていても形状も製法も得意分野も根ざした文化も、随分と異なる」


 違うのだ、異なるのだ、と神裂は言う。

 日本刀のような女が何を言うのかとも思ったが、ひとまず先を聞くことにする。


「そして、箸でもフォークでもスープは掬えない。
 こぼさず掬い上げるには、スプーンが必要なんですよ」


 掬う。

 神裂がその言葉を選んだ意図を、なんとなくだがステイルは悟る。

 己も彼女も、その字を名前に冠した男に文字通り掬い上げられてしまったばかりである。


「とは言えスプーンではネジを締められないし、ドライバーでは紙は切れない。
 鋏じゃ穴は穿てず、ドリルじゃ字は書けず、ペンでは音楽を紡げない」


 歌うように、神裂火織が言葉を紡ぐ。

 万能の道具などないと、そんな事を言う。


「私がどんなに箸をうまく使えても、それで成せることなど高が知れています。
 天草謹製のワイヤーですが、釈迦ならぬこの身では地獄の底までは届かなかった」


 “じゃあ――地獄の底まで付いてきてくれる?”

 かつてインデックスが、鋼盾と上条に言ったというその台詞。

 彼らはその台詞の重さに潰されそうになりながら、しかし彼女を掬い上げた。


「箸とフォーク、私たちはどうしようもなく矛なのでしょう。
 敵を穿つには向いていますが―――それしかできないのです、矛だけじゃ、ね」


 ステイルと神裂にはそんな真似はできなかった。

 自分たちは獄卒になることを選んでしまった、逃げてしまった。


 そんな自分たちの敗走を、惨めな八つ当たりを、諌めてくれた男が居た。

 無能力者――戦うための矛を持たぬ彼は、しかし戦場にて誰より強く在った。


 鋼盾掬彦、鋼の盾。

 盾をひっくり返せば、それは大皿の役目を果たし得るだろうか。

 あるいは箸よりフォークより、大切なものかもしれなかった。





「だから盾が要る――って話かな……オチが弱いね、まさに雑談だ。
 しかもその理屈だと、結局僕は箸を使えなくていい事になるんじゃないかな?」


 雑な話、雑な例えだ、人間を矛と盾だけで分けられる筈もない。

 箸だのフォークだのスプーンだの、単一機能に特化した人間などいない。

 突っ込みどころが盛りだくさんだ、とステイルが皮肉げに笑う。

 そんなステイルの素気無い返しに、しかし神裂は変わらぬ微笑で応えた。


「手厳しいですね、まあ所詮は思いつきの小咄です。
 ……とはいえ、こんな雑談や朝食にも、それなりに効果はあったようです」


 彼の言うとおり、食卓を共にするのは大事ですねと神裂は笑う。

 そして怪訝な表情をするステイルの顔をひとしきり眺めた後、この状況の意図を打ち明けた。


「肩を竦めて皮肉げで、操る炎とは裏腹に頭脳は冷静、意思の火は胸の深きに。
 ……それが貴方のいつものスタンス、スタイルでしょう? ステイル=マグヌス」


 からかうような言葉に、隠し切れぬ心配と気遣いを忍ばせた、神裂の言葉。

 ここまで言われれば、流石にステイルにも彼女の意図が見えた。


「……そんなに、周りが見えていなかったかい? 僕は」

「ええ、無理もない事ではありますが―――気負いすぎでしたよ。
 彼も言っていたでしょう、長期戦になるだろうと」

「……こりゃ、まいったね」


 気負いすぎ、入れ込みすぎ、のぼせ過ぎ。
 
 戦いは始まったばかり、本番はこれから、先は長い。

 確かに――今からこんなザマじゃ、身が持たない。


 冷静なつもりが、どうやらそんな事もわからないくらいに視野狭窄に陥っていたようだ。

 ステイルはガシガシと頭を掻くと、天井を見上げて溜息――否、深呼吸をした。

 今だけは、どんな煙草よりもそれが芯に効いた。


「――すまないね、気を遣わせた」

「かまいませんよ、件の修道士と応対したのが私の方だったら、立場はまったくの逆だったかもしれませんし」

「僕は朝食なんか用意しなかっただろうけどね。
 ……というか、やっぱり君、さっきの彼へのアレ、ワザとだったんじゃないか」

「はて、なんのことやら」


 済ました顔で味噌汁に口をつける神裂。

 やれやれと肩を竦めるステイルに、彼女は更に言葉を繋いだ。






「さて……大前提として、今為すべきは糾弾ではないと私は思います。
 私達が最大主教相手に何を吠えても―――きっと響かない」


 依然として、あの子の命運を握っているのは、あの女狐。

 敵は強大且つ無辺、英国清教全てを掌握する正真正銘の化物だ。


 煩悶も苛立ちも全てを殺して、努めてフラットにあらねばならないと神裂は言う。

 鬱憤を晴らすために走るのではなく、その先を見据えて牙を研ぐべきだと。


「………そうだね、忌々しいが」


 ステイルも、それを認める。

 この二年間の自分たちの無様な停滞は、それを成すだけの覚悟がなかったからに他ならないのだから。


「――幸いにも最大主教の発した命令は、静観。
 これは私達にとっても都合のよい展開です、この上なく」

「ああ……だが、それがいつまでも続くとは思えない。
 上の思惑について、僕らはまったくもって知らなすぎる、ね」

「ええ――それを調べ、その先に備えるのが、私達の役になるでしょう。
 鋼盾掬彦が私達に望んだのは、おそらくそういうものでしょうから」


 英国の側から、彼女を守る抑止力となる。

 鋼盾に出来ないことを、自分たちがやらなければいけないのだ。


 力を貸せ、と彼は言った。

 きみたちがいれば負けるはずがないと言ってくれた。


 それに、己たちは是と応えた。

 幾重にも重ねた宣誓と約束、その火は今も胸の裡で燃え盛っている。






「ああ、わかってる―――ん? 失礼」


 ステイルの胸元の携帯電話から、メールの着信音が響いた。

 取り出したそれのディスプレイに浮かぶ送信者の名は、今まさに話題にしていた人物のものだ。

 思わず綻んでしまいそうな表情を意思で制して、ステイルは神裂に送り主の名を告げる。


「鋼盾からだね、どうやら目を覚ましたようだ」

「―――! そうですか……よかった」


 朗報に目を輝かす神裂、ステイルも気付かれぬように安堵の溜息をこぼす。

 ステイルが残してきた置手紙に倣ってか、タイトルは「親愛なるステイル=マグヌス様」とある。


 本文の方は彼らしい律儀な挨拶から始まり、現状の報告が簡潔に記されていた。

 置き手紙についての礼と、その始末についてのちょっとした文句も書かれている。

 曰く「病室は火気厳禁」……確かにご尤もだった。


 手紙の内容含め、やはり深夜のテンションというのは恐ろしい。

 実は徹夜三日目のステイルである、清教謹製の秘薬を用いて散じてはいるものの、多少の変調は否めない。


 無論、薬に頼るのも限界があるし、後回しにしたツケを支払う羽目になるだろう、利子付きで。

 それでも、今はまだ走り続けなければならなかった。





 メールに書かれていた状況報告。

 そこには当然、自分達にとっての最大関心事である、彼女についての記述もあった。


「……インデックスも、無事目覚めたみたいだ。
 ―――ちゃんと、あの子のままで、目覚めたってさ」 


 昨夜、首輪を外された少女。

 既にその身体の診察を終え、問題ないと結論付けていたとは言え、やはり不安はあった。

 だが、その不安も杞憂で終わってくれたようだ。


 もう、記憶を奪われることはない。

 もう、孤独に惑うことはない。


 ステイルは忌憚なく、それを喜ばしいと思う。

 かつて思い描いていた結末とは大きく異なる形ではあるけれど、それでも。

 そしてそれは、神裂にとっても同じことだった。


「ああ、なによりです。あちらは今……夕刻といったところですか。
 ――――それで、上条当麻の容態については?」


 上条当麻。

 かつての敵で、今となっては戦友である幻想殺しの少年。


 もちろん、メールには彼についての記述もあった。

 ステイルは携帯電話のディスプレイに目を遣ると、改めてそれを読み返した。


 簡潔で、客観的で、過不足なく、一分の隙もないその文章。

 それが逆にメールの送り主の千々に乱れる胸の裡を表しているように思えるのは、流石に穿ち過ぎだろうか。

 それを押し殺して明日に備える彼の覚悟と読み取るのは、過大評価に過ぎるだろうか。


 この期に及んで僕らに弱みを見せまいとする彼の強がりを、意気に感じてみるべきだろうか。

 それとも弱みも愚痴も見せてもらえない我が身の不甲斐なさを恥じるべきだろうか。


 答えは出ない。

 だが、いずれにしても自分たちのやることは決まっている。





「……相変わらず、眠り続けているらしい。長くなりそうだと書いてあるよ。
 ―――彼については、僕らは祈るしかないね」

「……そうですね、アレは私たちの手には負えない。
 幻想殺し―――なんなのでしょうか、あの力は」


 あらゆる異能を殺す、埒外の右手。

 イマジンブレイカー、幻想殺し。

 あれは一体、なんだったのか。


 ……ほんとうに今更過ぎる、その疑問。

 当の本人も鋼盾掬彦も、それを把握はしていなかった。


 異能であれば神の奇跡ですら打ち消せると、かつて上条当麻は言っていた。

 不遜な事だと眉を顰めたその言葉も、今となっては否定出来ない。


 あれは、異常だ。

 龍脈ごとステイルの魔術を断ち切ったアレは一体なんだったのか。

 上条当麻は―――あの時、一体どうなっていたのか。


 そして、何より。

 鋼盾掬彦と上条当麻は、あの結末を予期していた節がある。


 予言があった、と彼らは言っていた。

 上条当麻が倒れた折の断片的な遣り取りから、その予言が福音ではなかったらしいことはなんとなくわかった。


 月詠小萌に軽い魔術をかけて聴きだしたところによれば、未来予知(ファーヴィジョン)といったものらしい。

 予言、予知――或いは神託か、それとも――。





「……わからないことだらけだね。
 だが、そんな事は歩みを止める理由にはならない」


 千々に乱れる思考をステイルは断ち切る。

 大事な事ではあるが、門外漢である己たちにには荷が重い。

 なによりその件については、鋼盾曰く「学園都市一番の医者」が請け負ってくれている筈である。


「……鋼盾は、ひとつも折れていない――少なくとも、メールを見る限りでは。
 まったく、タフなことだね―――なんなんだ、アレは」

「……そうでなくては困ります。
 昨夜の戦いは通過点に過ぎないと言ったのは、他ならぬ彼なのですから」


 誰より先を見据えていた少年。

 その痛みに寄り添い慰める役など、きっと彼は自分たちに望んではいない。


「私たちは私たちで為すべきを為し、彼に報いるだけです。
 ……ステイル、最大主教との謁見、貴方ひとりに任せてもいいですか?」
 
「? ……それは、構わないが」


 先に話したように、ここで最大主教相手に無茶をするつもりはない。

 それならばステイル一人でも問題は無いといえば無いのだが、そうだとしても腑には落ちない。


「……なにか、企んでいるのかい?」

「なに、大した事ではありませんよ。
 ただ……ロンドンも久しぶりですから、ちょっと方方に挨拶回りをと思いまして」


 前々から誘いを受けているのですよ、ずっと断っていましたが、と神裂は言う。

 こんな時に何を言っているのかとステイルは思うも、すぐにその疑問を飲み込む事にする。


 神裂の表情は真剣そのもの、戦場のそれと変わらぬ刀の風情だ。

 なにより、彼女が意味のないことをする女ではないことは彼も知り抜いている。

 とは言えやはり、首を傾げずにはいられないのだが。






「挨拶回り、ね……まるで政治家みたいな物言いじゃないか、君らしくもない」


 君らしくない、神裂火織らしくない。

 そんなステイルの軽い合いの手に、神裂は小さく笑ってこう返した。


「ふふ……確かに私らしくはないですね。
 でも“私らしく”だけじゃ、きっと足りないのですよ」


 そう言って、神裂は微笑む。

 さっきは“貴方らしくありなさい”と言ったくせに、舌の根も乾かぬうちにそんな事を言う。


「政治は苦手です。私にはきっと、その手の才はない。
 人脈作りも肚の探りあいも根回しも収賄も、どうにも好きになれません」


 昔も今も、そういうのは周囲に頼りきっていましたね、と神裂は言う。

 それはステイルも似たようなものだ、基本的には専門部署に丸投げだった。

 彼らが特別というわけではなく、魔術師というのは総じてそういう傾向がある。


 結局のところ、最後に托むのは―――己の力。

 魔術師は学徒であり研究者であり探求者であり求道者だ。

 程度の差はあれ、どいつもこいつも独立独歩に我道を往く。


 脳髄に蓄えた叡智も、研磨を繰り返した術式も、鍛えた身体も。

 すべては魂に刻んだ魔法名を完遂するためのもの。


 根底にあるのは“我”。

 それが魔術師という連中であり、ステイルも神裂もそんな魔術師に他ならない。


 迷惑なヤツらだ、自分勝手ここに極まれり。

 本当にそう思う、思い上がりも甚だしい、身の程知らずのイカロスばかりだ。

 そりゃあ歴史の闇、世界の裏に追いやられるわけである―――自業自得だ。


 ……だが、得たものは業だけではないのも事実で。

 それによって、護れたものがあることも事実だ。


 だから、今更。

 ステイル=マグヌスは魔術師以外になんか、なれない。

 天与の才に縛られた神裂火織は、ステイル以上にそうだろう。


 魔術師。

 学究の徒、研鑽と求道に挑む、欲深な人間であること。

 その道を行くことに、迷いなどあるわけがない。


 だけど。

 それだけでは足りないのだと、彼女は言った。





「不器用で臆病で世間知らず、そのくせプライドだけは高い。
 私は……神裂火織というのは、そういう性質の女です。それでいい、仕方ないと、そう思っていました。
 ですが―――それでは足りないのです。似合わなくても苦手でも、やらなきゃいけないことがありました」


 悔いるように、神裂が目を伏せる。

 もっと早くそれに気付くべきだったと、己の甘えを詰るように。


「インデックスを救うために手段を選ばない、と言いながら、その実私達は手段に拘泥していた。
 “私達が”“魔術によって”“あの子を救う”それに囚われてしまっていました」


 ……そう、そうだった。

 自己愛、自負、傲慢、子供じみたそんな線引が、僕らの目を曇らしていた。

 きっとそれすらも、最大主教の掌の上だったのだろう。
 

 結局のところ、視野狭窄だ。

 我執だった、どうしようもなくガキだった。


 それ故に、僕らは彼らに敗れたのだった。

 あの献身の化物たちに、手もなく丸め込まれてしまったのだ。


「……成程、そうだった。
 ―――プライドばかり高い専門バカとか、彼に散々言われたっけね」

「返す言葉もありませんよ、その通りでしたから。
 ―――でも、いつかは見返してやりましょう、堂々と」

「そうだね、そうしよう。
 ……挨拶回りとやらは、そのために必要なことなのかい?」

「ええ――味方を増やしておく必要があります。
 同時に、敵となりうる勢力へ釘を刺さねばなりません、早急に」


 見返すために、応えるために。

 報いるために、共に未来を目指すために。


 神裂火織は、それを成すという。

 味方を増やし、敵に釘を刺すという。






「神裂火織が何を考えているのか。
 神裂火織にとって、禁書目録とはなんなのか。
 神崎火織を味方に付ければ、どんなメリットがあるのか。
 神裂火織を敵に回せば、どういうことになるのか」


 神裂火織、と彼女は己の名を繰り返す。

 それは自己主張が大の苦手な彼女らしからぬ行為。

 だからこそ、彼女はそれをやると決めたという。


「それを―――きちんと方々に伝えようと思うのです。
 私は彼女を愛してると、彼女に害為す者すべてを潰す覚悟があると。
 算盤を弾くのは勝手ですが――結論次第ではその指を斬り飛ばしてやるぞ、とね」


 神裂火織。

 ロンドンでも十指に入る魔術師。

 必要悪の教会における、白兵戦最強の剣士。

 齢十にして極東の一宗派を纏めあげた、圧倒的な才覚とカリスマ。


 数年前日本からやってきたこの大器に、当時ロンドン中の魔術師連中が色めきたったと聞く。

 彼女を抱き込み利用しようと秋波を送った人間も相当数いただろう、それだけの価値が神裂火織という女にはある。


 そして。

 この数年間で、彼女がどれだけの事を成したかを知る者も、また多い。

 救われぬ者に救いの手を、その魔法名に従い、どれほどの敵を討ち、どれほどの命を救ったのか。


 彼女に救われた人間は多い。

 神裂火織への恩に報いたいと願っている人間は、ステイルの知るだけでも十や二十ではきかない。

 そしてその中には、大きな影響力や戦力を保持している人間も、少なからず居たはずだ。


 神裂火織の「挨拶回り」。

 英国清教間における勢力図、パワーゲームの天秤を動かす可能性は、けして低くはないだろう。





「……成程、政治とは――なかなかに言いえて妙、だったかな?」

「ええ、まさに……まあ、こちらの土俵はそれこそ主教の独壇場ですから。
 それほど効果は見込めぬかもしれませんが――ほら私、これでも聖人だったりするんですよ?」

「……知ってるよ、勿論ね」


 聖人。

 神の子の似姿。


 その存在は十字教に携わる者にとって、大きな意味を持つ。

 崇め奉り妄信する者もいれば、反感を抱き隔意を露にする者もいる。

 戦術兵器のように利用しようとする者もいるし、神輿のように担ぎ上げようとする者もいる。


 いずれにしても、彼らは特別な存在だ。

 誰であっても無視できるはずがないのだ、良かれ悪しかれ。


 そして、神裂火織はその聖人である。

 彼女がその宿業に苦しんでいた事を、ステイルは知っている。


 だからステイルは神裂に、あくまでも必要悪の教会が一魔術師、一同僚として接してきた。

 きっと彼女も、それを己に望んでいた。






「この身を怨んだこともありましたが、今思えばそれも甘えに過ぎなかった。
 どうあがいても纏わり付く宿命なら、いっそ受け容れて力に変えてみせます」
 

 だが、今。

 眼前の女は、その宿業を是とした。

 笑みすら浮かべて、受け容れた。


 聖人という己の特殊性、それを疎んじていた節すらある彼女はもういない。

 与えられた気まぐれなギフト、それを最大限に利用することに些かの躊躇いをも見せない。


 その、強かさ。

 手段を厭わず、目的遂行のためになんであっても利用する。

 似合わなくても苦手分野でもキャラじゃなくても、できることをする。


 そんな覚悟を、彼女が決めた。

 神裂火織が、己の力でその殻を砕いた。

 それが誰の影響かなんて、言うまでもないことだった


「神の子の威を借りても、ずるをしても、後ろ指をさされても。
 私は私の成すべきを成します、逃げずにね―――ご馳走様でした、お先に失礼しますね、ステイル」


 何時の間にか食べ終えていた膳を手に、神裂火織が席を立つ。

 そこでようやくステイルは、己が箸で鮭身を持ち上げたまま固まっていたことに気づいた。


 不覚にも見惚れ、そして聞き惚れていた。

 剣呑に微笑んだ神裂火織は、美しかった。

 長い付き合いになるが、彼女のそんな顔を見るのは初めてのことだった。


 そんな間抜けな様を曝していた事を誤魔化すように、ステイルは鮭の切り身を口へと放り込み、ムシャムシャと噛む。

 ゴクリと飲み込むと、微笑ましげに己を眺める神裂にせめてとびきりのジョークを飛ばしてやることにする。


「……どうせなら次代最大主教になってくれ、聖人様」

「貴方が補佐役に就いてくれるなら、それもいいかもしれませんね。
 では、後は任せましたよステイル――行ってきます」


 ステイルの言葉を軽やかに背中でいなし、神裂は悠々と歩き去る。

 その姿が消えるまで見送ると、ようやくステイルは挨拶を返した。






「……行ってらっしゃい……まったく、頼りになることだね。
 そういえば―――四つ年上だったか、あの女教皇サマは」


 実力至上主義の「必要悪の教会」に於いては、術者の年齢など意味を成すものではない。

 ステイルはこれまでルーンの大家として名を轟かし、幾多の任務を遂げてきた。

 年嵩に見られがちな容姿と態度も相俟って、彼を若造と呼ばわるものなど滅多にいない。


 だが、今回の一件で。

 ステイル=マグヌスは幾度となく、己の幼さを痛感させられる場面があった。


 例えばたった今、神裂火織に。

 そして鋼盾掬彦と、上条当麻に。


 随分と差を見せ付けられてしまったな、と思ってしまう。

 我ながらガキっぽいことに、憧れよりも悔しさが先に立つ。

 だが、それで構わないのだと思い直した。


 負けてはいられない。

 年下扱いなど真っ平御免だ、共に戦うと決めたのだから。

 ステイルは手早く食事を片付けると、胸ポケットから携帯を取り出し、ひとつ呟く。


「―――Fortis931。
 じゃあひとつ、僕もやってみようかな――君らに倣って、盤外戦ってヤツを」


 そう言って、彼は携帯電話を操作する。

 目当ての番号を電話帳から引っ張り出し、即座に発信。

 相手が出ると、挨拶もそこそこに己の名を名乗る。
 

「……第零聖区所属、ステイル=マグヌスだ」

『ああ、マグヌス神父ですか。お久しぶりです』


 電話の相手は、英国清教の一員。

 任務で方々に散る「必要悪の教会」の面々を繋ぐ、窓口にして連絡役である人物だった。


「久しぶり……早速で済まないが、三人ほど連絡を取りたい人間が居る」

『おやおや、お急ぎで?』

「至急だ」

『……へえ、では、相手のお名前を』


 電話越しにステイルの放つ雰囲気を察したのか、無駄話ひとつせず用件のみを聞いてくる。

 この相手から最大主教に報告が行く可能性も高いだろうが、ステイルは躊躇うことなく目的の人物の名を継げた。






「エンライト神父」


 まずは一人目。

 あの子の父親になろうとした男。


 必要悪の教会のエージェントも勤めた武闘派神父、御年六十五歳。

 件の別離を契機に表舞台からは退いていた筈だが、その実力は未だ衰えていないと聞いている。


「シスター・ガラテア」


 そして二人目。

 あの子の姉になろうとした女。


 霊装課のエース“死にたがりのガラテア”と言えば、清教の人間なら誰でも知っている有名人だ。

 彼女がそんな渾名で呼ばれるようになったのも、思えばインデックスの件があってからのことだったか。


「彫金師アーマンド・ローウェル」


 更に三人目。

 あの子の兄になろうとした男。


 最大主教の髪留めや“歩く教会”の装飾を手掛けた、魔導具製作のエキスパート。

 人間嫌いの偏屈者としても知られる男だが、紛うことなき清教きっての腕利き彫金師だ。


 以上三名。

 それはステイルや神裂より以前に、インデックスのパートナーを務めた人物たちの名前だった。


 己や神裂にとっては先達、同類である彼ら。

 顔や名前、仕事ぶりくらいは知っているが、思えば直接話した事はない。

 意識したことすらなかったが、或いはお互い避けていたのかもしれない。


 ……本当はもうひとり、そこに加えるべき名前がある。

 しかし彼は清教の人間はなく、そもそもが行方不明中、というか生きているのかすら怪しい。


 四人目。

 彼女の教師になろうとした男。

 ローマ正教所属、最速筆の陰秘書記官、錬金術師が末裔。


 彼が何を想いその身を眩ませたのか、それは分からない。

 まあ、そんな事を言えば先の三人が今何を思っているのも分かりはしないが。





 しかし、いずれもなかなか癖の強い連中だ、とステイルは溜息を吐く。

 ……まあ、向こうも僕や神裂には言われたくはないだろうね、とも思うが。


 最大主教がどのような意図で、禁書目録のパートナーを選んでいたのかはわからない。

 記憶を失うことを確約されていた少女に何を教えようというわけでもあるまいし。

 身の回りの世話や護衛任務であれば、もっと適任がいると思うのだが。


 なぜ、彼らだったのか。

 なぜ、自分たちだったのか。


 そのあたりにも、ステイルには測れない狙いがあったりするのかもしれない。

 今の自分にはその意図は読めない、腹立たしいが掌の上だ。


 ……そして、彼女が選んだわけではない三人のパートナー。

 最初のひとりと最後のふたり、いずれも日本人で友人同士だというのはどのような縁だろうか。


 土御門元春。

 鋼盾掬彦。

 上条当麻。


 この三人については、今更ステイルがどうこうするまでもない。

 あの街で彼らは彼らの戦いに挑む――ならばこちらもこちらで、やるべきことをやるだけだ。


 それぞれが、それぞれの戦いに挑む。

 共に願った未来を掴むために。





「とりあえず、その三人に連絡をつけてくれ。
 ―――できれば直接会って話がしたいから、その辺の調整も頼みたい」

『……なんとも、個性的な面子を集めるものですねえ。
 ―――彼らと貴方の共通点と言えば………ああ、成程』

「無駄口は結構……連絡、付きそうかい?」

『偏屈ローウェルとエンライト老にはすぐにも取り付けられますが。
 ……むう、シスターガラテアはちょっと時間がかかるかもしれませんねえ』


 南米の遺跡に潜ってるみたいですから、電話じゃ届きませんねと相手は言う。

 シスター・ガラテアの任地は何時だって危険度最大値、「死にたがり」の異名は伊達ではないですよ、と。


「頼む」

『……まあ、仕事ですからなんとかしますけど。
 ――とは言え、私にできるのは繋ぐまでですけどね』

「構わないよ――そこからは、僕の領分だ」


 そう。

 そこからは、ステイル=マグヌスの領分だ。

 彼らと同じ傷を持つ、己が負うべき役割だ。


 禁書目録のパートナーを務めた、己の仕事だ。

 インデックスの家族だった彼らに、インデックスの家族だった男が、伝えればならないことがあるのだ。


 或いは、彼らにとっては既に過去なのかもしれない。

 数ある任務のひとつであり、その最後にも納得済みなのかもしれない。





 だけど。

 もしかしたら、そうではないかもしれない。


 彼らは今もまだ、囚われているのかもしれない。

 かつての自分たちと同じように、道に迷っているのかもしれない。


 ああ。

 はたして、これは、彼らにとって。

 良いニュースだろうか、悪いニュースだろうか。


 彼女がもう、記憶を喪わなくても済むというその報は。

 それをなしたのが科学の街に住む人間だという報は。

 首輪を嵌めたのがイギリス清教だという報は


 あの別離は、あの喪失は、あの涙は、あの絶望は。

 すべてがシナリオどおりだったという、その事実は。


 これから己がしようとしているのは、きっと残酷な事なのだろうとは思う。

 ステイル=マグヌスと神裂火織が味わった後悔や無力感を、彼らにも押し付ける行為だ。

 古傷を抉り塩を塗りこむような、そんな真似をすることになるかもしれない。


 これはこれまでの己であれば、絶対に選ばなかった選択肢。

 だが、だからこそ今、ステイル=マグヌスは躊躇いなくそれを選ぶ。

 
 似合わなくても、キャラじゃなくても。

 勝利の為に、未来の為に。
 

 変わると決めた。

 強くなると決めた。


 戦うと決めた。

 誰も彼もを巻き込んで、望む未来を掴むと決めた。






「彼ら三人に伝えて欲しい。
 禁書目録のことで、ステイル=マグヌスが話したいことがあると」

『……了解、返信は三十分以内に』


 そして、通話が終わる。

 ステイルは掌中の携帯電話を眺めると、数日前の事を思い出しながらこう呟いた。


「……まったく、電話ってのは便利なモノだね、鋼盾。
 きみほど上手くやれるとは思わないけど――ちょっと真似させてもらうよ」


 “歴代のパートナー。かつてあの子を救えなかった、どうしようもない無能共”

 “せめておまえらからも容赦なく毟り取ってやる”

 そんな台詞を言ってのけたその男の真似を、今からやる。


 電話越しの喧嘩は、今のところ二連敗中のステイル=マグヌスではあるけれど。

 あれはぶっちゃけ相手が悪かった、なにより己がダメダメだった。


 だけど、今回は違う。

 此処に三連勝を誓う、これは絶対だ。

 ステイルは胸ポケットに携帯をしまうと、代わりに小さな紙箱を取り出した。

 言うまでもなく、煙草のパッケージだ。


「……さて、食後の一服と行こうかな」


 煙草などという俗な嗜好品と縁のないこの食堂には、禁煙の標識はない。

 それをいいことに不良神父たるステイル=マグヌスは、躊躇いもなく煙草に火を点けた。

 ささやかながら、これを反撃の狼煙と嘯こう。






 そして音もなく煙が上がる。

 棚引く紫煙は、まるで蜘蛛の糸のようだった。



 かつて鋼盾掬彦がそうしたように、今度は己が罠糸を張り巡らすことになる。

 それがおかしくて、ステイル=マグヌスは笑った。





――――――――――――――――







ここまで!
いやー、酉バレかましてしまいましたお恥ずかしい
仕事用のパソコンに専ブラいれたから罰があたったのでしょうか、やっちまったZE!

しかしまあ、適当な酉だこと
>>1の適当ッぷりが如実に現れてますね

IDが変わらないうちに他の酉で参上します
すまねえすまねえ

さて、本編の方ではいろいろアレです
ステイルと神裂さんが誰かさんの悪影響を受けてますね! 
それぞれ、今までとは違った戦い方をすることにしたみたいです、どうなることやら

ステイルの方は嘗てのパートナーたちに集合かけるみたいです
マッチョ神父とゴダイゴシスターとニヒルニート彫金師、どうせ出さないので好き勝手に設定だけ書いてみました
オリキャラ乙

次回はいよいよローラ登場です、口調がわかんねえぜチクショウ
よろしければお付き合い下さい



新酉ですの

アカン、今年も終わってまう
ローラが可愛すぎるのがよくない

どうも>>1です、おばんです
投下に来たよ、ホントだよ

推敲しながらなのでゆっくりですが、よろしくです
それでは参ります!

そぉい!




――――――――




 結局。

 最大主教への謁見が叶ったのはそれから十数時間後、日付が変わってからのことだった。


 指定された場所は聖ジョージ大聖堂から程近い、とある小さな教会。

 態々そんなところに呼び出される理由はさっぱりわからなかったが、ステイルは諾々とそれに従う。


 その教会は、町並みの中に埋れるようにしてそこにあった。

 ステイルは地元の人間、そしてロンドンに拠点を置く魔術師だ、この町の事なら大抵は知っている。


 だが、そんな彼ですら、この教会の存在は知らなかった。

 清教の持つ教会のリストにも、ここは掲載されていない。


 あるはずのない教会。

 さしずめ、ローラ=スチュアートの秘密基地、だろうか。

 内緒話にはいいだろうが、なんとも怖い話だ。

 それでも要塞たる聖ジョージ大聖堂に比べれば幾分マシと、ステイルは思うことにする。


 指定されたパスを用いて、門に施された呪術封印を解除する。

 礼拝堂へと続く古い木製の扉は、その重々しい風情に反してひどく滑らかに開いた。

 電気も通って居ないのか、部屋を照らすのは数本の蝋燭のみ。

 それでも最低限の明るさは確保されており、室内の様子が見て取れた。
 

 信徒が二十名も入れば一杯になってしまいそうな、こじんまりとした礼拝堂。

 壇上の十字架も荘厳というよりは古びた印象が強く、いっそ無骨ですらあった。

 オルガンや机、椅子といった調度の類も、けして高級品ではない。






 質素。

 よく手入れされて清潔ではあるものの、やはり感想はその一語に尽きる。

 一世紀二世紀ほどタイムスリップしたといわれても違和感がないような、そんな風情だった。


 勿論、悪戯に飾り立てる事が正しいわけではないだろうが――それにしても、だ。

 ローラ=スチュアートが態々自身で維持しているにしては、どうにも不釣合いな印象が否めない。


 まあ、そんな事はどうでもいい。

 ステイルは後ろ手に扉を閉めると、十字架の前に跪くその女の背を見遣る。

 祈りを捧げるその姿は、ステイル=マグヌスをして畏怖を覚えずには居られぬほどに真摯で、侵し難かった。


 英国清教が最大主教。

 清教徒全てを束ねる指導者。

 その看板は偽りでも隠れ蓑でもないと、ステイル=マグヌスは知っている。


 必要悪の教会という外法の首魁であり、魔術師であり、有能な政治家・策謀家でもあるこの女。

 だけど、その魂の本質は――やはり、敬虔な清教の僕なのだと。

 その一点においてステイルは彼女を尊敬していたし、信用していた。


 だから、インデックスについての嘘を知ったときは憤った。

 彼女にあんな運命を押し付けたのがこの女だと知って、悔しかった。

 鋼盾掬彦の言をすぐには受け容れることができなかったのには、今にして思えばそういう理由もあったのかもしれない。


 裏切られたと、そう思った。

 許せるわけがないと、そう思った。


 だけど、今。

 その背を見ただけで、確信してしまった。


 あれだけの非道に手を染めて尚、彼女の信仰に寸毫の曇りもない事が。

 わかってしまった、どうしようもなく。





「――任務御苦労、ステイル=マグヌス」

 
 礼拝堂にローラ=スチュアートの声が響く。

 ステイルの来訪には無論気付いていたのだろう、彼女はすくりと立ち上がり、こちらに向き直った。

 悪びれる様子もなくこちらを労わるその顔には、童女のような微笑が貼り付いている。

 しかし同時にその笑みは、蝋燭の明かりに照らされたためだろうか―ーひどく妖しもあった。


 闇の中の火の揺らめき、煤の香り、曖昧な隔絶、天上に伸びる影絵。

 それらが人を惑わしうる事を、炎の魔術師であるステイルはよく知っている。

 その程度の暗示が己に効くわけはないと確信するが、もちろん油断はない。


 灯は文字通りの目眩ましの可能性もある、暗闇に何が潜んでいてもおかしくはない。

 それどころか、ステイルの本領である炎において、己を上回る手管を保持している可能性すらある。


 最大主教の得意魔術、専門分野を己は知らない。

 己だけではない、誰も知らないのだ――それがどれほど異常な事なのかは、言うまでもないだろう。


 にこにこと微笑む最大主教。
 
 その裏側にどんな感情があるのか、今のステイルには読み取る事はできない。


「無沙汰を詫びます、最大主教」


 対する己の口から零れ落ちたのは、慇懃な挨拶。

 自分でも驚くほど平坦で穏やかな、落ち着き払った声だった。

 彼女を前にしてこんな風に一切の揺らぎもなく振舞えたのは、初めての事だったかもしれない。






「――――ふむ、意外ね」


 呟くような相槌に、僅かな疑問の色が混ざる。

 だが表情は先と一切変わらぬままに、最大主教が会話を続ける。


「……てっきり貴方は炎剣片手に問い詰めに来るものとばかり思っていたけれど。
 神裂が居ないのも予想外――――ステイル、私に聞きたいことはないのかしら?」


 ローラのその分析は的を得ている、かつての自分たちならそうしただろう。

 激昂と苛立ちを腹に据えかね、八つ当たりのように最大主教を糾弾し―――そして。


 そして。

 どうせ、いいように丸め込まれてしまったに違いない。


 二年前と同じように、この女に。

 まるまるうまうま、赤子の手を捻るように、だ。


 そうはさせない。

 それでは、終われない。

 もう二度とそんな無様をも己に許しはしないとステイル=マグヌスは誓ったのだから。


「聞かせていただけるなら、是非とも。
 ――彼女について知るべきことは、全て知っておきたいですから」


 全て知っておきたいという意味も、かつてのそれとは意味を変えていた。

 みっともない独占欲に塗れたガキの我侭では、何も得られはしないと知っている。


 何もかもが、変わってゆく。

 ステイルは、己にとってある意味不変の象徴のような女の顔をまっすぐ見つめ、言葉を紡ぐ。


「ですが、それも今更でしょう。
 ――貴方が言いそうな事は大体予想がつきますし、それを論破することはできそうにありません」


 己も神裂も、過去に縋るのはやめた。

 誰かのせいにして、己の罪から目を逸らす事を止めると決めた。

 己の弱さから目を逸らす事を止めると決めた。


 そうなって初めて、いろいろなことが見えてきた。

 視野が広まったというよりは、今までが狭窄に過ぎたのだろう。


 誓いを貫くために、約束を果たすために。

 あの子の笑顔を、彼らの夢を――守るために。


 今の自分たちには、もっと他にやるべきことがある。

 キャンキャン吠える前に牙を研ぐべきだ、そのためになら腹を見せても構わないとすら思う。





「ふふ、そうね――貴方たち二人じゃ、無理。
 だって共犯だもの、私たちはひとり残らず、みーんなね」

「……その通りです、最大主教」

「あら、認めちゃうの?
 私のせいにしてくれても構わないのよ、ステイル」

「そんな事、するわけがないでしょう?
 その罪は僕らのものですから――誰にも譲る気はありません」


 からかうような、甚振るような、嘲るような最大主教のその言葉。

 だけど、その言葉には愛でるように慈しむように、優しげな色すら聞こえる。

 本当に性質が悪いね、とステイルは軽く頭を振った。


 魔女と聖女、このふたつ。

 人の身には収まりきらぬはずの二面性を、しかし矛盾なく体現しているかのような笑み。


 ゾクリとするほどに美しく、同時にひどく不吉でもある、その笑顔。

 きっと善悪でこの女を計ることに意味はないのだろう、とステイルはそう思う。


 カリスマとは程遠く、しかし底が知れない。

 ひどく歪で、それでいてどうしようもなく揺るがない。


 清教の代表。

 必要悪の教会という矛盾の毒蛇の長。

 英国女王と同等の権力を持っているとすら噂される女。

 ローラ=スチュアート。


 ステイル=マグヌスでは、この女には勝てない。

 神裂火織と二人掛りでも、勝利のイメージが浮かばない。
 

 だが。

 果たしてステイル=マグヌスとローラ=スチュアートの実力差と。

 鋼盾掬彦とステイル=マグヌスの実力差の、どちらの方が大きいだろうか。


 もちろん、後者だ。

 歩んできた修練と克己の数年間に賭けて、ステイルはそう断じる。

 





 だがしかし彼は、鋼盾掬彦は、そんな己に間違いなく勝利した。

 己だけにではない、神裂火織にもだ。

 百戦錬磨の魔術師二人を単身で真っ向から相手取り、打ち破った。


 無論、単純な戦闘なら勝負にもならなかっただろう。

 だけど、単純な戦闘になどなりはしなかった――鋼盾掬彦がそれを許さなかった。


 口先で丸め込まれたわけでは断じてない、そんなつまらない話ではない。

 彼の問いがあまりに真摯でまっすぐで、彼の語る夢があまりにも真っ当で輝かしかったから。


 彼の熾した松明に。

 闇夜に惑う自分たちは、膝を屈してしまったのだ。

 誑し込まれて、恥ずかしい台詞まで吐かされてしまった。


 ……未来。

 そう、未来だ。


 あの日見た未来に僕らは立っている。

 すべてが願い通りにいったわけではないけれど、それでも確かに。


「僕が貴女に問いたいことがあるとすれば、それは、これからのことについてだ」
 

 そして、これからも日々は続く。

 目指すは問答無用のハッピーエンド、五ヵ年計画も上等である。


 鋼盾は言った。

 英国を、清教を、必要悪の教会を敵に回す必要など無いと。


 それがどういうことかと言えば。

 つまりは、なんのことはない。


 眼前のこの人物を、味方につけろと。

 英国清教が長、最大主教ローラ=スチュアートを味方につけろと。


 彼は、そう言ったのだ。

 きみたちがいればそれができると、笑ってそう言ったのだ。

 上条当麻との約束もある、神裂との約束もある、インデックスへの贖罪もある。


「―――さあ、未来の話をしましょうか、最大主教」


 だから、それに応える。

 僕らが望んだ未来を掴むために、今という足場を踏み固めてゆく。






「……へえ、なるほど」


 ステイルのその言葉を受けて、ローラが初めて笑みの種類を変えた。

 相変わらず名状しがたい、底の見えぬ微笑ではあったが、確かに変わった。


 仕えて五年、ステイル=マグヌスが初めてみる表情だ。

 強いて言うならばそれは―――そう、おそらくは。


 愉悦。

 あるいは、興味関心。

 新しい玩具を見つけたような、そんな表情。


 そしてステイルは、逆説的にそれを知る。

 今の今までこの女は、ステイル=マグヌスに全くといっていいほど期待をしていなかったのだと。


「同じ事を言うのね、ステイル」


 同じ事を言う、とローラは笑う。

 それは一体誰の事かとステイルが問う前に、彼女はその続きを口にした。


「学園都市に潜り込ませし間者から、似たような伝言を預かっている」
 ――さて、そろそろ時間なのだけど」


 時計などないこの部屋で、しかし確信を以ってローラはそう呟く。

 そしてまさにそのタイミングで、この空間にはまったく似つかわしくない電子音が響いた。


 鈴の音を模した、その音色。

 種類は違うとは言え、己にとっても馴染み深い音である。

 そしてその音は、目の前の人物の懐から生じている。


「……ふふ、時間ぴったり、律儀なことね」


 そういって最大主教は、懐からそれを取り出した。

 勿体ぶることもない、ただのありふれた電子機器である。


「じゃーん、最新型!!」


 間抜けな台詞とともに掲げられた携帯電話。

 台詞に偽りなく最新モデル……それも、学園都市製だ。

 一般に出回るものではない、都市外への持ち出しは厳重に禁止されている筈である。


 あらゆる意味で英国清教最大主教には相応しくないアイテムだった。

 どんなルートで入手しやがったのか……頭が痛い事この上ない。





「……それはそれは。
 で? お取りにならないんですか? それ」

「うふふふ、誰からかしらね、ステイル、当ててみなさい?」

「…………ったく、ワザとらしい」


 最大主教が己をここに招いたそのタイミングで、ぴったりその電話が鳴ったということ。

 おそらくはその人物が「自分と同じ事を言っている」という彼女の台詞。

 予感がある、否、確信と言っていいだろう――この女の考えそうな事である。


 ほんの数日前に、己はこれと同じ状況に立ち会っている。二回もだ。

 そして二回とも、その電話をかけてきた人間は、同じ男だった。


 そういえば彼がどうやって己の電話番号を知ったのか、未だに聞いていない。

 てっきり土御門の仕業だと思っていたのだが、それは当の本人に否定されていた。


 やれやれ。

 君の電話帳は一体どうなってやがるんだ。

 最大主教へのホットラインなんて、必要悪の教会の魔術師でも知らないぞ?


 ステイルはひとつ溜息を吐くと、ローラの問いに答えを返す。

 該当者などひとりしかいないだろう、あの男だ。





「……言うまでもないでしょう、僕の友人だ。
 僭越ながら忠告させて頂きますが、その電話、取らないほうがいいと思いますよ」


 コールは既に十回を超えている、気の短い人間なら諦めてもおかしくない。

 だが、彼が受話器を置くことはないだろう、そういう男だ、逃がしてくれるわけがない。


 己は先日、確か二十コールくらいまで粘って根負けしたのだったか。

 “きみがあの電話をとってくれなかったら、ぼくの負けだったよ”と笑った彼の顔を思い出す。


 もはや、笑うしかない。

 どうやら己は“またしても”先を越されたようだ。


「―――どうせ足元を掬われる羽目になりますから、ね。
 僕としては、貴女が転ぶところを一度くらいは見てみたいような気もしますが」

「あらあらまあまあ、怖い怖い。
 どうしよう、ローラ口喧嘩なんてしたことないのに!」

「……齢考えて物言ってください。
 早く出たらどうです、待たせるのは無礼でしょう」


 忠告といいつつ、挑発に近い物言いになってしまったのは否めない。

 もっとも、この程度の挑発に乗る相手ではあるわけもない、そうだったらどれだけ楽だったろうか。

 つーかなにそのテンション、マジうぜえ、死んでほしい。

 そんなステイルの冷め切った反応もどこ吹く風、ローラはにこにこしながら通話ボタンに指を伸ばす。

 そして。





「ぽちっとな……んふふ、もっしもしー!!?」

『! うわわ……』


 電話の向こうから、慌てた声が響く。

 どうやらスピーカーモードになっているらしく、ステイルにもその声が聞こえた。

 長らく待たされた上にいきなりのハイテンションな大声をぶつけられた電話相手に、ステイルは心底同情する。

 だが、相手の狼狽はほんの一瞬、すぐに落ち着き払った声が響いた。


『あー、びっくりした……失礼しました。
 えっと、あー、夜分にすいません……ようやくお声を聞けましたね、最大主教さん』


 およそ一日半ぶりに聞く、その声。

 この数日間で、随分と馴染んでしまったその声。


 それはかつて、ステイル=マグヌスたちを追い詰めたものだった。

 追い詰めて追い詰めて、そして焚き付けた男の声だった。


 鋼盾掬彦

 鋼の盾


 その声が、スピーカーを震わせて英国に届いた。

 ステイル=マグヌスとローラ=スチュアートの下に、届いた。

 約一万キロの距離を隔てて、なおもさやかに。





「ええ、ふふふ、電話の前で今か今かと待ち構えておりし事よ」

『お待たせしてしまいましたか、申し訳ないです』

「女の冗談にはもっとスマートに答えし方が受けがよくてよ?
 ……今のは、ふふ――楽しみにしていたと言ったのよ、少年」
 
『はは……ぼくも実は、楽しみでした』


 楽しみにしていた、と彼らは言う。

 欠片ほどの敵意も悪意も隔意も感じさせぬ声で、本当に、楽しそうに。

 気の置けぬ友人同士でもあるかのようなその空気は、ひどく自然で、だからこそ不自然だった。


『あ、ステイルや神裂さんとはもうお会いになりましたか?
 ぼくは最後ちょっと気絶してしまったんで、手紙とメールでしか話せてないんですよ』

「んふふ、モチのロン。ばっちり労いしよ、上司の務めでありけるからね」

『そうですか、それはよかった』

「そうそう、そちらは大事なきかしら、少年。
 こちらの部下が頼りなき故に一般人を巻き込みて、申し訳なき事よね、本当に」

『滅相もないですよ、自分から首を突っ込んだんですから』


 ……ステイルは思わず頭を抱える、抱えまくる。

 なんでお前らそんなに和やかに話してやがるのか、おかしいだろ。

 というか最大主教の日本語が看過できないレベルでおかしいだろ、なんだそれ。


 古語とかいろいろ混ざって頭悪そうな事この上ない、というか馬鹿だ。

 迷走しすぎた失敗マンガの失敗キャラみたいになってる、二次どころか大惨事だ。

 そしてそれにノーリアクションの鋼盾掬彦もどうかと思う、それでいいのか日本人。


 切実に煙草が吸いたかった。

 しかしそんなステイルの煩悶を置き去りに、二人の会話は進んでゆく。






『……土御門くんにも、随分と無理をお願いしちゃいまして。
 でも、ホント彼が連絡役でよかったです』

「ふふ、存分に使ってくれて構わぬ事よ。
 無茶振りくらいが丁度の塩梅、要領だけは優れし男なりけるから』

『ええ、同感です。がっつり頼らせてもらうつもりです、手加減抜きで。
 ……いやいや、持つべきものは頼りになる友人ですね』

「あらあら、麗しき事」

『ええ、本当に。
 ……あ、なんか背後から呪詛が聞こえてきた、怖い。
 うわあグラサン外してやがる、なにこのイケメン、超怖い』


 ……どうやら、電話の向こうには土御門元春も居るようである。

 鋼盾の口振りから察するに、渋る土御門に半ば無理矢理橋渡し役を押し付けたのだろう。


 心底、同情する。

 電話の向こうで、土御門はきっと自分と同じような表情をしているに違いない。

 ……だけど、彼も心底それを嫌がっているわけではないことも――それこそ自分の事のようにわかってしまう。

 あの男が向こうとの橋渡し役を買って出たのは、鋼盾やインデックスを守るためだろうから。


 土御門元春。

 学園都市と英国清教、いずれにも造詣の深い彼でなくては、その任は勤まらない。

 いざとなれば英国を「刺す」ことを躊躇わない男であるからこそ、適役なのだと心底思う。


 それほどまでに、ローラを初めとする上層部の意図は読みがたい。

 政治が苦手なのは神裂だけではない、ステイルとて似たようなものだ。


 禁書目録をどうするか、落とし所は既に清教と学園都市の間で付いている。

 彼女の所属は変わらず英国清教で、しかしその身は学園都市に置くことになる。


 そういうふうに、決まった。

 ……いや、きっと、おそらくは。

 そういうふうに、決まっていた――もしかしたら、ずっと前から。

 自分たちに手の届かないところで、決まっていたのだ。





 そしてその事を、鋼盾掬彦も知っている。

 他ならぬ己が手紙で伝えたし、委細については土御門が十分にフォローしているはずだ。


 だが、それでもなお、鋼盾は対話を望んだ。

 彼は土御門元春を通じ、大胆にも最大主教との直接の通話を実現させた。


 最大主教であれば、電話越しですら鋼盾掬彦を殺すことすらできるかもしれない。

 土御門がその危険に思い至らないわけがない、止めたはずだ、必死で彼を説き伏せようとしたはずだ。

 それでもこうして、ありえぬはずの会談が成立してしまっている。


 これは、はっきりいって前代未聞の出来事だ。

 公式なものではないとはいえ一宗派を束ねる公人が、魔術組織の長が、わざわざ一学生のために時間をとるなどありえないと言っていい。

 草野球の面子が足りないからアメリカ大統領を呼びつけるのと同じレベルの話である、現大統領ならそのぐらいやりそうではあるけれど。


 無茶にもほどがある、その依頼。

 だが、ローラ=スチュアートはそれに応えた。

 にこにこと笑みすら浮かべて、それが当たり前であるかのように対話に応じた。


 それがどれほどの異常なのか。

 互いに判っていないわけもあるまいに、彼らは相変わらず和やかに談笑を楽しんでいる。





『改めまして……こんにちは、じゃなかった、こんばんは。
 ……はじめまして、鋼盾掬彦です。お忙しいところ、時間を割いて頂いてありがとうございます』

「かまわなくてよ、本日の業務も既に終わりて、ここからは楽しきプライヴェートタイムでありけるから。
 ……英国清教最大主教、ローラ=スチュアート。……ふふ。以後お見知りおきを、鋼の盾」

『こちらこそ、よろしくおねがいします』


 どうか挨拶だけで電話を切ってはくれないだろうか、とステイルは儚く祈る。

 ……だってどう考えても、鋼盾はここで事を荒立てるべきではないのだ。

 最大主教は様子見に徹する構えだった、ならば下手に刺激するのは避けるが吉だろう。


 勿論、この平穏がいつまでも続くとは思っていない。

 でも、だからこそ――だからこそこの平穏は、得難いチャンスなのだ。


 長期戦になるだろうと言っていた彼が、それを理解していないわけが無い。

 神裂とステイルがそうしたように、勝ち得た猶予を戦力の拡充と敵戦力の分析研究に充てるべきなのだ。

 いつか訪れるかもしれない戦いの時の為に、疑心も瞋恚も慚愧も飲み込んで、備えるべきだろう。


 それなのに、彼はこのタイミングでわざわざ電話をかけてきた。

 わざわざ虎の尾を踏みに行くような、そんな行為であると思わざるを得ない。

 いったい何を考えているのか、まさか最大主教に説教かますつもりでもあるまい。


 これは鋼盾の暴走だろうか、とステイルは思い、即座に否定した。

 土御門がそれを許すわけがないし、なにより。

 そう。


「……そんなに甘い男じゃなかったね、君は」


 口中のみでそう呟くと、ステイルは一昨日の晩に友人と交わした会話を思い出す。

 夕食会のあと、上条宅のベランダで交わした幾つかの雑談のうちのひとつだ。


 彼が四本目の煙草に火をつけたとき、上条当麻はこんな事を言っていた。

 話題は勿論、彼らのヒーローの事だった。





“なあ、ステイル”

“鋼盾の友人の先輩としてさ、おまえにひとつアドバイスだ”



“アイツの一番凄いところはな”

“ここぞって時に、絶対に答えを間違わないところだ”



“当人は無意識なんだけどな――アイツは間違えないんだ、絶対に”

“これまでずっと、そうだったんだよ”

“今回の件でアイツは化けたけど――これまでだって、そうだった”



“学校の授業で、帰り道で巻き込まれたトラブルで、遊びに行ったゲーセンで。
 一学期の終業式の日もそうだったな、あの黒板と記念写真”

“些細な事件ばっかりだけど、誰もが手を拱くような状況の中で、アイツは”

“なんでもないように正解を言うんだ”



“埒が開くんだよ、アイツの言葉で”

“そんな事が、一学期だけで何回もあった”

“そういう時の鋼盾に任せて、裏目を引いたことなんか一度だってねえ”



“だから、クラスの連中も小萌先生も、アイツの事を信頼してる”

“それに本人だけが気付いてねえんだ、笑っちまうくらいに”

“他人の事にはやたらと敏いくせにな……アレだ、鈍感系主人公的な?”

“……おいステイル、なんで今溜息吐いた?”





“……まぁ、なんつーか”

“十のうち九はウダウダ傍観者みたいな顔をしてるくせに、残りの一を絶対に見逃さねえんだよ、アイツ”

“ヒーローは、自分の出番を間違えない……お約束ってヤツだ”



“きっと土御門がアイツに託したのも、それが理由だろうよ”

“もちろん俺もそうだし、お前らもそうだろ?”



“失敗はするよ、もちろん。
 逃げたりもする、凹んでるのなんて日常茶飯事だ”

“それでも、本当に大切な場面で”

“アイツは、あっさりと打開策を引っ張り出してくる”

“そういうヤツなんだ、鋼盾は”



“だからな、ステイル?

“アイツが、なんか無茶をしたら”

“そこが、間違いなく勘所だ”

“無茶に見えても――アイツには、アイツにだけは勝ち目が見えてる”



“だから”

“その時は、全額張っちまえ”

“鉄板だ”



“俺はギャンブルなんか勝てた例がねーけどさ。
 
 この賭けだけは、はは……ただの一度だって負けた事がねえよ”







「……異常な説得力だったね、最後の台詞は」


 主教に聞こえぬように、ステイルは口の中で小さく呟く。


 曰く、幻想殺しの副作用。

 逆聖人と呼びたくなるような、異常な運の無さを誇る上条当麻。

 そのあたりの面白エピソードは、夕食会で散々聞かされたステイルである。

 そんな彼が勝ち馬に乗れるのだから、それはそれは素晴らしいご利益と言えるだろう。


 だが、上条当麻には悪いが、そんな事は言われるまでもなかった。

 だって。


「とっくに全額張ってるよ。あの屋上からこっち、僕も神裂もね。
 ……それでも勝てると思えないのが、この女狐の恐ろしさだけど」


 ……いや。

 自分たちが目指すのは、短期的な勝利ではなどではない。

 鋼盾掬彦が指し示したのは、もっとずっと先にあるものだ。


 そして、それは相手も同じ。

 ローラ=スチュアートが目指すものも、そんな瑣末ではありえない。

 あるはずがない。


 だから。

 今から交わされるのは未来の話だろう、間違いなく。

 それはまさにステイル=マグヌスが先程、ローラ=スチュアートに望んだ言葉だ。


 だけど、この両者が思い描いている未来(りそう)は、

 ――きっと、まったく違ったものになる。


 最大主教がインデックスをあくまで使い潰すつもりなら、彼らは明確に敵対せざるを得ない事になる。

 そうなれば鋼盾掬彦には、己たちには勝ち目などあるわけが無い。

 だから彼はこんな電話をすべきではなかったと、ステイル=マグヌスは今でもそう思う。





 だけど。

 それでもやっぱり、どうしてか。

 胸の裡から沸々と湧き上がるこの感情は――鋼盾掬彦への期待なのだ。

 大穴の万馬券が当たると知っているギャンブラーの高揚が、ステイル=マグヌスの心をざわめかせる。

 冷静になれと咎める理性を蹴散らして、血液が倍の速度で血管を流れてゆく。



 まったくもって、どうしようもない。

 どうしようもないが――それも仕方ない。


“負けるはずがねえよ”

“盾が守り方を間違える筈がないからな”


“無茶に見えても、アイツは間違えない”

“俺たちには見えなくても、鋼盾には見えてる”


“なら、俺たちはアイツの指差した先に走ればいい”

“そうだろ? ステイル”



「……そうだね、上条当麻」


 悔しいが僕には、彼らの目指すものを図りきることはできない。

 それでも今更、鋼盾掬彦の舵取りを疑ったって始まらない。


 賽は投げられた。

 出目がなんであれ、ゼロではない。


 この場で己にできる事など、きっとなにもない。

 だけど己が此処にいるということは、きっとなにか意味はあるのだ。


 これから二人の間で交わされる一言一句、聞き逃すことなく喰らい尽くす。

 最大主教という女の思考、嗜好、志向。


 それらを出来る限り吸収し、己の血肉に変えてみせる。

 そう思う。





 ……そして。

 正直な所を言ってしまえば。


 実の所、己は楽しみで仕方がない。

 この二人が何を話すのか、知りたくて仕方がないのだ。

 鋼盾掬彦とローラ=スチュアートの会話、これは聞き逃せない。あらゆる意味で。


 ステイル=マグヌスは張り詰めていた表情を緩めると、手近な椅子に腰を下ろす。

 特等席にも程がある、挨拶周りに行った神裂は、なんとも惜しい事をしたものだ。


 そんなステイルの様子を見て、ローラがまた笑みの種類を変える。

 ステイルはそれに剣呑な笑みで応えた後、背もたれに身体を預け天井へと眼を向けた。

 縦横に走る梁をなんとはなしに眼で追いながら、薄闇に響く楽しげで白々しい会話に耳を傾ける。
 

 どうせ、ろくでもない話になるに決まってる。

 それでも聞かずにはいられないのだから、本当に困ったものである。


「じゃあ……お手並み拝見だ、鋼の盾」


 ステイルはそれだけ呟くと、頬杖をついて目を伏せた。

 ろくでもない話と嘯きつつ、その表情はコンサートを待つ聴衆のようですらあった。

 





 英国標準時にして七月二十九日午前二時。

 日本国標準時にして七月二十九日午前十一時。


 ローラ=スチュアートと鋼盾掬彦

 七年に渡ったとある少女の悲劇、それを始めた女と終わらせた男。

 禁書目録の管理者と、インデックスの保護者。

 魔人と凡人。


 そんなふたりが、今からこれから。

 未来についての、話をはじめる。









ここまで!
ステイルのターンだと思った?
残念、鋼盾でした!

演出上英語でしゃべってる筈の場面はローラの口調をまとも気味にしてみました
つーかあの口調はむずい、アカンよアカン、次回地獄やで

個人的にはローラ×ステイルってありだと思うの
誰か書いて下さいお願いします


次回でようやくエピローグ2もおわります
よろしければまたお付き合い下さい!


終わんなかった
うん、「また」なんだ、すまない
仏の顔もって言うしね、謝って許してもらおうとも思っていない

というわけでエピローグ2、終わりませんでした
もう大晦日じゃねーか! 年内に終わらせたかった! どうなってんだちくしょう!

まあ、とにかくちょっとずつでも重ねてゆきましょう
というわけで投下でござい

そぉい!



――――――――




「……九時間の時差ですから、そっちは深夜の二時ですか。
 遅くまでお疲れ様です。こっちは朝の十一時ですから、なんだか申し訳ない気分ですよ」

「ふふ、構わないと言っているでしょうに。
 当教会の者たちが随分と世話になったそうね、改めて礼を言うわ」

『お世話になったのは、こちらも同じです―――日本語、お上手ですね』

「ふふん、もっと褒めても構わぬ事よ?
 大英図書館より教本を取り寄せて、きちんとネイティブの人間に指導を受けし我が努力を!!」

『……もしかして、ですけど。
 あー……そのネイティブ指導員さん、土御門くんだったりしませんかね』

「……びっくり。
 どうして判りしかしら? 土御門の口癖でも出ていて?」

『いや、にゃーだぜいですたいは出てませんけど……えーと、なんというか。
 ……あ、ちょっとすいません……オイ、笑ってんじゃねえよ金髪グラサン、そこで正座してろ」


 後半、鋼盾が土御門に向けたであろう小言が電話口から漏れ聞こえてくる。

 きょとんとした顔で首を傾げ、こちらを見てくるかわいそうな外国人、もとい最大主教。


 ……頭が痛い。

 こっちみんな、頼むから。

 つーかふざけんな土御門、貴様の仕業か。


 シリアスな空気を返して欲しい、なんなんだこの女。

 ここに神裂がいなくて良かった、彼女が聞いたらぶち切れるかもしれない。


 そして数秒後、電話口からようやく鋼盾の声が聞こえてきた。





『……失礼しました、いや、でもありがたいです。
 土御門くんに通訳を頼むつもりでいたら「日本語でOKだにゃー」とか言うんですから。
 インデックスといいステイルといい、なんでみなさん日本語ペラペラなんですか?』

「学園都市のある国の言葉でありけるから習得優先度は高いけど、日本語に限った話ではないのよ?
 必要悪の教会は異国での任務が多いし、敵の魔術師を見極めたるには――やはり言葉からになる」

『ああ――なるほど』

「それに、そういうのを抜きにしても。
 ――異国の言葉を知りたる事で、多くの物を得る事ができるでしょう?」

『そうですね』


 いやおまえ知れてないっつか確実に日本人に喧嘩売ってるからねその話し方!

 ……という日本男児魂の突っ込みをステイルは期待したのだが、鋼盾は見事に受け流している。

 そのスルースキルは見習わねばいけないかもしれない、この世界には変人が多いのだ。


『ぼくも、せっかく英語が話せる友人も出来たことですし、
 ちょっと身を入れて勉強しようと思ってるんです、夏休みで、時間もありますから。
 ――それに、これから必要になる場面も出てきそうな気がしますし、ね』

「それは良き心がけね、勉学には励みておきなさいな。
 ――話せる相手が増えしという事は、とにもかくにも良きことよ」

『ええ――そうですね』

「でも語学に関しては勉学というより、コミュニケーションの場数を踏むのが肝要なりけるからね。
 あ! 次回の電話からはクイーンズオンリーで話せしというのはどうかしら?」

『……あー、それはちょっと、まだ自信が全然、ないといいますか………」

「ふふ、冗談よ」


 お前が語学の学習法を語るなという突っ込みはともかく、随分とまっとうな会話だとステイルは思う。

 そこだけ聞けば、本当に教師と生徒の会話のようですらあった。

 しかし、このふたりの間柄はけしてそんなものではあるわけもなく。


 だから。

 このような世間話など、いつまでも続くわけもない。





 先に切り出したのは、ローラ=スチュアート。

 この二人の間にある共通の話題など、やはりこれをおいて他にない。


「ところで、禁書目録ははそこに居るのかしら」

『……インデックス、ですね。
 いえ、今はいませんよ、朝から出かけてます』


 最大主教はあの子を“禁書目録”と備品名で呼び。

 鋼盾掬彦はそれをやんわりと咎めるように、カタカナ発音で“インデックス”と呼ぶ。

 その呼び分けは、ステイルや神裂が意図的に行なっていたこともあるものだった。


『友達の所に遊びに行ってます。
 ―――みんなで楽しく料理のお勉強中です、女の子六人でね」
 
「へえ、あれに友達ね」

『ええ、友達です。ほんとうにいい子達ばかりですからご心配なく。
 ぼくらも昼から招待されてて……そうだ、メールで写真でも送りますよ』


 “あれ”と“あの子”。

 ローラ=スチュアートは無機物を指すようにそう呼ばわり。

 鋼盾掬彦は親愛を忍ばせてそのように呼ぶ。


 呼び名ひとつとっても、両者の立ち位置は明確だ。

 互いにそれに気づいていないわけでもあるまいに、彼らは素知らぬ顔でまた世間話めかした会話を始めている。





「ふむ、それは楽しみね。
 ステイルにでも送りておいて、あ、神裂はダメよ、携帯電話なぞ通話が精一杯でありけるから」

『あー、そんなタイプですね神裂さん……番号交換の時も不慣れな感じでしたし』

「まったく、いつまでもそれじゃ困りてしまいけるのだけど」

『まあ、得手不得手は誰にでもありますから』

「言い訳よ。あれは不器用……いや、己を不器用な人間と思い込んでいる。機械や科学に限らずね。
 つまりは甘えているのよ、逃避と言い換えてもいい―――なんとも、もったいなき事にね」


 それは今朝、いみじくも神裂本人が言っていたこと。

 そしてやはり、ローラ=スチュアートはそれをきっちりと見抜いていた。


「だから――御しやすい」


 見抜いていて、その上で。

 彼女の弱さを、利用した。


 最大主教はそう言いながら、嬲るような視線をステイルに送る。

 “それは貴方にも言えてよ、ステイル”と、その目にはそんな言葉が透けて見えた気がした。


「判りやすき弱点よね。あの聖人、きっと他人から叱られしことなどないのよ。
 ……いえ、なかった、と言いたるべきかしら?」
 
『……コメントに困りますね、それ』


 かつてその弱点を容赦なく利用した男。

 神裂火織と――ステイル=マグヌスを叱り飛ばした男が、困ったように笑う。

 なんとも座りの悪そうなその声に、最大主教がくつくつと笑い――そして。


「それで――今日の用件は何になりけるのかしら。
 なにも世間話をしたいわけではないのでしょう? 私はそれでもかまわなきけれど」


 ついに、本題。

 鋼盾掬彦の意図を尋ねるその言葉。

 ステイルとしても大いに疑問だった、この会談の目的。


 それを問う、最大主教。

 言葉は穏やかなままなのに、それを聞いたステイルの胃がじくりと痛む。

 電話越しの鋼盾にも同じものが届いたはずなのに、しかし返ってきたのはそれまでと変わらない、穏やかな口調だった。






『いえ、この世間話も目的のひとつではあるんですよ。
 ……ずっと、貴女と話してみたいって思ってましたから』


 揺るがない。

 もとから意味不明の泰然さを持ち合わせている男だったが、それでもここまでではなかったように思う。

 だが、それも自然な事かとステイルは思い直す。


 あの激動の夜を越えて。

 上条当麻の変貌と昏倒、呪われた予言の成就を乗り越えて。

 目覚めた彼を襲ったであろう絶望や後悔、それら全てを踏み越えて。


 あの男が、変わらないわけがない。

 この電話は、そんな男の仕掛けなのだ。

 そう思っただけで、ステイルを襲った胃痛の半分くらいは和らんだ。

 ……全部とまではいかないあたりが、我ながらどうしようもないね、とステイルは笑う。


「あらあらふふふ、お姉さんをからかうものではなき事よ」

『もちろん、そういう意味ではなく。
 ―――インデックスの上司の方と、お話したいな、って』

「ふんふむ」


 だれがお姉さんだ、このババア。

 と、即座に浮かんだ感情はとりあえず脇に置き、ステイルは鋼盾の言葉を待つ。





『……あー、もう既に報告が行ってるかと思いますけど、改めて。
 あの子についてた首輪、邪魔だったので壊しちゃいました』

「ええ、聞きていてよ。
 ――もっとも、アレを破壊せし手段が貴方たちにありとは思いもよらねけど」

『うちの相棒の右手は特別製でして。
 首輪――あれは、貴女が作ったものなんですよね』
 
「ふふ、自信作だったのだけどね」


 首輪。

 あの子の咽に仕掛けられていた、悪意の百足。

 一年ごとに記憶を奪わなければ、宿主を狂死させる呪い。


 それに気付くことなく、のうのうと日々を過ごしていたこと。

 それは今尚、ステイルにとっても大きな傷だ。


『禁書目録ってのも、貴女の命令だって聞いてますよ』

「ええ、あれに七年前、私が手ずから植えた。
 耕し整え種を蒔き水を遣り、花咲くその日を待ち侘びながら、その成長を愛でていたものよ」

『ガーデニングみたいに言いますね……花は、咲きましたか?』

「ええ――大輪よ」


 花。

 十万三千の呪いを束ねて咲き誇る、白い花。

 その花の名を、禁書目録という。


 花言葉はどうせ「献身」、あるいは「生贄」か「犠牲」だろうか。

 いずれにしても碌なものではない、とステイルは思う。

 そしてそれは鋼盾掬彦もまた、同じ意見であろうとも。






『首輪から解放された今もまだ、ちゃんと咲いてますよ、その花は。
 ――ただの魔術なら、全部台無しにしてやれたのに』

「あら、恐ろしき台詞を口にせしものね」

『勝った、って思ったんですけどね――根が深すぎて、幻想殺しでも打ち払えなかった』


 インデックス。

 記憶を喪った彼女の根底には、揺るがぬ信仰とイギリス清教への帰属意識がある。

 かつて鋼盾掬彦はそれを強迫観念、呪いと評していた。


 それは。

 魔術でも呪術でもない、幻想殺しでも消せぬ呪い。


 根が縛り、茎が貫き、蔓が絡まり、葉が塞ぎ。

 あの子の生命と記憶を糧に、毒々しい花を咲かせている。


 枯らす術は、ない。

 あの子の命を枯らす以外には、ない。


『スイッチを壊しただけなんですね、まだ』

「ええ、禁書目録は一冊一節たりとも損なわれてはいない。
 そういう風に組み上げたるの、あらゆる事態に備えしつもりよ」

『……周到な事です。
 精神系の能力者を頼る、って手も考えはしたんですけど、ね』

「生半の能力者では、鍵穴を見つけし事すら叶わぬし、その鍵を開ける事ができても、食われて終わり。
 ―――宗教防壁も持ち得ぬ者には、あの毒には耐えられないでしょう」

『ええ、木山先生――ぼくの知る限りで、学園都市で二番目の精神系能力者だった人も、そんな事を言ってました。
 鍵穴を見ただけで身が竦んだって、そう言ってましたよ』

「賢明ね」


 木山春生。

 幻想御手の繰り手、幻想猛獣の生みの親。

 幾百幾千の能力を大能力クラスで使いこなしていたという、多才能力者なる規格外。


 ステイルも概要程度は聞き及んでいるが、正直理解しているとは言いがたい。

 だがそれほどの能力者でも、インデックスに巣食うものに触れることすら出来なかったという。





「そしてスイッチは、魔術によるものだけではない。
 ――当然、予想はしていたでしょう? その程度の事は」

『……まあ、一応は。
 当たって欲しくはありませんでしたけど』

「ふふん……魔術だけではないのよ、英国の手管は。
 それはまさに、異国の言葉を知り自国の言葉をより深く知るかのように」
 
『さいですか……そこが魔術師の弱点だと思ってたんですけどね』

「……まったく、神裂とステイルには猛省を促しけりたきところね」


 最大主教から目を逸らし、ステイルは天井へと目を向ける。

 猛省するしかない……つーか予想だにしてませんでしたよ、そんなん。

 最大主教と鋼盾掬彦の会話は、あっという間にステイル=マグヌスを置き去りしてゆく。

 
 無様な己。

 そのことに臍を噛むのは、後回し。

 今は聞け、一言たりとも聞き漏らすなとステイルは己を叱咤する。


『あたりまえのセキュリティですもんね、考えてみれば。
 でもそれは、貴女がリモコンを持ってるわけでもないって事ですよね』

「それは――ふふ、どうかしらね?」

『受信機だって壊したじゃないですか……といっても、直接押しに来れば同じですか。
 まあ、あの子の記憶を奪わせないのがぼくらの第一目的ですから。
 ……ぶっちゃけ、記憶なんて奪わなくてもいいんでしょう?』

「心外ね……意味がないことなどしないわよ? 私は」

『でも、絶対じゃない』

「詰まらぬ事を……世の中に絶対なんてなくてよ。
 絶対に必要ではあらねども、そうなった方がよさげなら――殺す。
 人の歴史の地層は、そうやって死んだ哀れな者たちの白骨でいっぱいよ」


 ……なんか会話の方向性がやばい。

 最大主教の目つきが今までで一番やばい。


『……怖いですね。
 わざわざ人間に記憶させるとか馬鹿なんじゃないのって思ってましたけど。
 ――ちょっと解ってきたような気がします、あの子じゃなければいけない理由が』


 だけど向かい合う鋼盾掬彦は、ぞっとするほど自由自在。

 この会談を楽しんですらいるように聞こえる。


 よほどの傑物か、それとも壊れているのか。

 ……前者だといいなあと、ステイルは儚く祈る。






「そう、それゆえに、アレを選んだ。
 単なる書庫(アーカイヴ)ではなく、目録(インデックス)なの」


 書庫ではなく、目録。

 アーカイヴではなく、インデックス。


 その言葉の真意が、ぼんやりとステイルの中で像を結んでゆく。

 それが形になろうとしたまさにその瞬間。


『でも――それもカムフラージュなんじゃないですか?』


 否定の声が、その像を引き裂いた。

 鋼盾掬彦の、声だった。

 それを聞いた最大主教は本当に――本当に嬉しそうに、微笑んだ。

 




「ふふ――なんのことやら。
 根拠があって問うているのかしら? それ」

『いえいえ、ただの妄想ですけどね。
 でも、なんでかな――こう思うんですよ』


 最大主教の声には紛う事なき愉悦の色。

 そして、鋼盾掬彦の声にも――ステイルの読み違いではなければ、同様の色。



『禁書目録――英国清教の最終兵器。
 十万三千冊の魔道書を完全に操る恐るべき魔神――それが、あの子だと皆が言う』
 

 鋼盾掬彦の声が、電話口から零れてゆく。

 つらつらと、その恐るべき形容を重ねてゆく。


 歌うように、滔々と。

 詠うように、切々と。


 ステイル=マグヌスは。

 その穏やかな声音に、喩えようもない寒気を覚える。


『ぼくも見ましたよ。
 ―――七月二十八日、午前零時、うちの学生寮の屋上で。
 幻想殺しが首輪を壊しきれず、自動書記が発動するのを、目の前で見ました』


 ステイルと、神裂と、鋼盾と、上条。

 そしてインデックスの意識を乗っ取った擬似人格“自動書記(ヨハネのペン)”。


 あの運命の夜。

 学園都市の片隅で、そんな一幕の戦劇があった。


『幻想殺しの上条くん、必要悪の教会の精鋭であるステイルと神裂さん。
 ――禁書目録は、彼ら三人がほぼ防戦一方にならざるを得ないほど恐るべき存在でした』


 それはまさに、魔術の権化。

 相手の魔術を完全に看破し、無数の魔術を操る自動人形。

 今思い出しても寒気を覚える、少女の形をした絶望。


 魔神。

 その形容にあれほど相応しい存在もあるまいと、ステイルは思う。

 神裂や土御門も異論はないだろうし――幻想殺しを攻略されかけた上条だって、そうだろう。


 だけど。

 それに異を唱える声があった。






『でも』

『戦えもしなかったぼくなんかが言えた台詞じゃないですけど』

『それでも』

『今にして思えば』

『あまりにも』

『そう』

『一冊で国を滅ぼすという魔道書』

『それが十万三千冊もあるくせに』

『それなのに』

『どうしようもなく』

『なんと言うか』

『こう思わざるを、得ないんです』







『なんだ、禁書目録というのは――この程度なのかって』







 信じられない台詞だった。


 あれを“この程度”と評する事も。

 彼が、そんな台詞を言うという事も。


 その瞬間、ステイル=マグヌスの心に去来したのは様々な感情。

 疑問がもっとも強く、次いで反感、裏切られたような痛み、そしてそれを否定する彼への信頼。

 そして、欠けていたピースがひとつだけ填まったようなような、一片の納得。


 生まれては変わりゆく目まぐるしい感情の波。

 なんとか思考を整えよう、言葉をひねり出そうとするステイルを尻目に、最大主教が鋼盾に合いの手を放つ。


「ひどい事を言いけるのね、少年」

『……ほんと、ひどい事を言ってますよね、舌を噛み千切りたくなりますよ。
 ステイルや神裂さんには、言わないで頂けると助かります』

「勿論、構わなくてよ。
 口が裂けても私から彼らにこの事が伝わる事はない、約束しけるわ」


 そう言って最大主教はニヤニヤとした笑顔をこちらに向けてくる。

 鋼盾はステイルがこの会話を聞いている事を知らない。

 約束通り口にはしていないが……とは言えこれは、流石にどうかと思う。


 鋼盾の言に、きっと嘘はない。

 あの戦いを、ひいては仲間たちを貶めるような物言いに、彼は痛みを覚えている。


 声を聞けば、それは判る。

 そしてそれは“この程度”というあの台詞も、また彼の本音だという事を示していた。


『ありがとうございます……勿論、わかってはいるんです。
 上条くんっていう規格外な非常識がいたから、あの程度で済んだっていうのは』


 あらゆる異能を打ち払う幻想殺し。

 魔術師にとってあれはジョーカーだ、それは禁書目録にとっても例外ではない。

 “もっとも難易度の高い敵兵、上条当麻”という言葉が、それを示している。


 たとえば開幕の“聖ジョージの聖域”。

 上条当麻の右手がなければ、確実に先手を奪われていた。


 幻想殺しの存在は、それだけで魔術戦を制限する。

 禁書目録の攻撃手段、そのかなりの部分を封じていた筈だ。





『でも、神裂さんは彼女に向けられた攻撃を悉く交わし、往なし、防いでいた。
 ステイルもそうです、魔女狩りの王はその身を何度も崩しつつも、最後まで盾としての機能を喪わなかった。
 今まで彼らが積み重ねてきた研鑽を、すべて出し切ってくれた』


 遊撃は神裂火織。

 防御は魔女狩りの王。

 支援はステイル=マグヌス。


 上条当麻の右手を、インデックスに届けるために。

 己と神裂はそれこそ全力全霊で、あの恐るべき魔人へと立ち向かった。


『上条くん、ステイル、神裂さん。
 あの三人はほんとに凄かった、完璧なコンビネーションだった、神懸った集中だった。
 インデックスの未来を守るため、持てる全てを出し切って、頑張って――そして、勝ってくれた』


 首輪の破壊、インデックスの解放。

 それを自分たちは、確かに成し遂げた。


 上条当麻の昏倒という、重い代償を背負うことになってしまったけれど。

 先の話を聞く限り完全な解放には程遠い、時間稼ぎに過ぎぬものだったのかもしれないけど。


『そんな彼らを、心の底から誇りに思います』


 それでも、ぼくらは勝利した。

 素敵な悪あがきを、やり遂げた。


 ステイルにとっても、それは誇りだ。

 己の未熟さをいやになるほど突きつけられた数日間だったけど、確かに。





『でも、それでも――たった三人だ。
 幻想殺しとルーンの天才少年、そして聖人っていう錚々たる面子ですけど。
 それでも客観的に見て、たかが人間三人ですよ』

『――その程度に、禁書目録は敗れた。
 言い換えれば“禁書目録は、その程度の兵器でしかなかった”んです』

『禁書目録が噂どおりの英国清教の最終兵器であるのなら、その程度の筈がない』

『だから、禁書目録は兵器じゃない』

『もちろん、単なる魔道書の保管庫でもない』

『じゃあ、魔術の解析装置なのか?
 ――それも違いますよね、少なくとも、それだけじゃない』

『ねえ、最大主教さん』

『禁書目録は、そんなつまらないものじゃないでしょう?』

『貴女がその程度で終わらせる筈がない』

『学園都市の理念でSYSTEMってのがあるんですけど、
 笑っちゃうことに“神ならぬ身にて天上を目指すもの”とか読ませるんですよ』

『科学者ですら、そんな事をほざくんです』

『なら――魔術師なんて連中は』

『宗教家なんて連中は』

『ローラ=スチュアートは』

『もっと遠くを見て』

『もっと途方もない事を考えているんじゃないかなって』

『そう、思うんです』





『禁書目録とはなんなのか――それを、誰も知らない。
 ステイルも、神裂さんも、土御門くんも……知らないんです、本当のところを』

『そもそも、なんで一年間も日本なんかに放置してたのか』

『ステイルと神裂の狼藉を、なんで見逃したのか』

『なんで英国で効率的に運用しなかったのか』

『なんで今尚、学園都市に預けておくのか』

『どうして、何を差し置いても取り返しにこないのか』

『辻褄の合わない事ばかりです』

『ねえ、最大主教さん』

『貴女は』

『あの子を、禁書目録を大輪の花と言いましたよね』

『言葉遊びみたいですけど……それはまだ実を結んでないとも取れる』

『禁書目録はまだ未完成なんじゃないか』

『今はまだ、発展途上なんじゃないか』

『もっともっと、大きな計画があるんじゃないか』

『そんな想像を、せざるを得ないんです』

『じゃないとおかしい』

『というか』

『そのくらいのことはないと、なんていうか』

『―――――――ねえ?」





 堰を切ったように、鋼盾掬彦が言葉を重ねる。

 疑問の塊に鉈を振るい、真実を削り出さんとするかのように容赦なく。

 それを振るう事に一切の躊躇いもなく、見えない返り血に塗れてゆく。


 彼は最後の“ねえ?”という問いかけに、何を濁したのか。

 それを想像するだけで、ステイル=マグヌスは戦慄に近い感情を覚えずにはいられない。

 電話の向こうにいる男がどんな顔をしているのか、想像もしたくない。


 ……ああ、正直に言おう。

 己はきっと、彼のこういう部分を知っていた。

 敵として向かい合い、仲間として並び立った時から、薄々感じてはいた。


 幻想猛獣が猛威を奮ったあの戦場で、平然と最善手を模索し続けていた事。

 神裂火織に日本刀を突きつけられて尚、眉ひとつ声ひとつ揺らさなかった事。

 異常な変貌を遂げた上条当麻を前にして、笑みすら浮かべて語りかけた事。


 勇気とか、度胸とか、覚悟とか。

 そんな言葉で、あれらの振る舞いを説明できるわけがなかったのだ。


 人の身で鋼を目指す時、一体何が起こるだろう。

 肉の身で盾を目指す時、一体何を喪うだろう。


 ああ。

 やっぱり、この男は。

 ステイル=マグヌスの親愛なる友人は。

 鋼盾掬彦は。


 ちょっとばかり、壊れている。





 そして、きっと。

 それを壊したのは、そうなる事を余儀なくさせたのは、それを助長したのは。


 彼の身に降りかかった、理不尽極まりない出来事のせい。

 つまりは彼の日常に土足で足を踏み入れた、クソッタレな魔術師どものせいなのだ。


 禁書目録。

 十万三千冊の魔道書。

 英国清教

 必要悪の教会。

 
 インデックス。

 ステイル=マグヌス。

 神裂火織。

 土御門元春。


 それらが、彼の運命を捻じ曲げた。

 鋼盾掬彦という温和で気弱な少年を、鋼の盾にしてしまった。

 そうならざるを得ないように、知らず彼を追い詰めてしまった、追い込んでしまった。






 行く場のないインデックスに食事を与え、見ず知らずのステイルを助けてくれた、優しい少年だった。

 上条当麻や土御門元春、月詠小萌が語る鋼盾掬彦はそういう人物だった。


 自分に自信がなくて、劣等感に苛まれていても。

 彼はきっと、いつか己の力でそれを乗り越えただろうとステイルは思う。

 友人や恩師に恵まれた彼は、きっと幸せになれたと思う。

 
 だけど。

 本来であれば平和な日常の中で、ゆっくりと培われてゆくはずだったそれは。

 自分たちの物語に巻き込まれてしまったが故に、きっと少なからず歪んでしまった。


 その歪みを、ステイルは痛ましく思う。

 その歪みを、ステイルは悲しいと思う。


 そして、本当の本当に申し訳ないのだけど。

 その歪に直向きな強さを、羨ましいとも頼もしいとも、思ってしまう。

 捻じ曲がっていてそれでもまっすぐな彼の在り方を、肯定したいと思ってしまう。


 神裂も土御門もきっとそうだ、今の彼を否定できるわけがない。

 自分たちは間違いなく、そんな彼に救われたのだから。


 ……本当に、魔術師なんて碌でもない連中ばかりだ。

 ステイルはその罪深さを噛み締め、しかしそれでも歪に笑った。


 今更だった、どうしようもなく。

 




「――――――ふふ」


 そして、そのロクデナシどもの首領もまた、歪に笑う。

 鋼盾掬彦の問いに、まるで心地よい音楽を聴くかのように目を細めていた女の口から笑い声が漏れる。


「高潔な者ほど、敵を高く見積もり過ぎて失敗する。
 ―――私が果たしてそこまで考えておりけるかしらね、たかが霊装ひとつの事に」

『敵って……敵対するつもりなんてないですよ。
 ―――禁書目録が単なる霊装なら、そもそも人格なんていらないし、倉庫にでも放り込んでおくべきだった』

「あらあら、ひどい事考えるのね?」

『意思持たぬ人形なら、感情移入なんてしませんよ。
 あの子は霊装じゃない、人間だからあの子が大事なんですから』


 揶揄するような最大主教の言葉をぴしゃりと撥ね除け。

 問いはただただ鋭さを増し、鈎爪のように食い込んでゆく。


『そして貴女も、あの子を霊装だなんて思ってませんよね、実のところ』

「ふふ、どうかしらね?」

『どうもこうもありませんよ、そんなの』

 
 恐ろしい、とステイルは思う。

 どうかしていると、そう思う。


 わずかでもこの女の気分の天秤が傾けば、どうなるか。

 わずかでもこの女の器量が小さければ、どうなるか。


 綱渡りのような、この会話。

 聞いているこっちが、緊張で死んでしまいそうだった。


『歩く教会を着せて、異国に放置。
 記憶を奪ったくせに人格を奪わない。
 差し向けた追っ手はあの子に情を移した善人』

「そうやって列挙せらるると、なるほど我ながら、実に意味不明な対応なる事ね」

『ええ、人権無視の虐待と、ちぐはぐな過保護。
 どう考えたって、そこには意図があるはずですよ』 

「あは――よろしい、ここは私の負けという事にしておきたるわ。
 貴方の聡明さとそれを口にする蛮勇を讃え、先の問いに答えてあげし事にしましょうか」


 最大主教は降参とばかりに肩を竦め、そう言った。

 これは特別サービスなりけるわよ、と悪戯に、童女のように楽しそうに笑って。


 次の瞬間。

 同じ口から放たれたとは思えぬほど、研ぎ澄まされた声が空気を静かに引き裂いた。







「明察なりけるわ、鋼盾掬彦」

「たかだか七年、禁書目録は未だ未完成」

「実をつけそれが熟すには、今しばらく時を待たねばならぬのよ」


「あれを単なる兵器だと思っている人間が殊の外に多き事だけど」

「それが全てなわけなど、あるはずもなき事でしょうに」」


「この私が」

「ローラ=スチュアートが」

「そんなつまらない歌を歌うわけが、ないじゃない?」

「――――――――ねえ?」






 その言葉を彼女が放った瞬間、風もないのに礼拝堂の蝋燭すべてが激しく揺らいだ。

 明滅する闇と光の中で、ローラ=スチュアートの作り物めいた美貌が妖しく揺らいだ。


 彼岸は何処か、此岸は何処か。

 揺らぎの狭間は闇黒のように深く、底が見えない。


「曲名が知りたいかしら、鋼の盾」


 この先を聞いたら、もう取り返しがつかない。

 かえって来れない、そんな予感がした。

 それに恐怖を感じない人間は、もう生物として終わっているのかもしれない。


『ええ、是非』


 電話の向こうの男が先を促す。

 揺らぎも震えもせずに、聞くべきを聞く。


 化物を相手取ると言う事は、そういう事なのかもしれない。

 それを受けて最大主教は楽しそうに嬉しそうに、その口を開いた。


「ふふ、じゃあ聞かせてあげたる事にしましょうか。
 その歌の名前は――――――――――――」






 ろくでもない魔女の歌は、きっとろくでもない歌で。

 だからその曲名だって、きっとろくなものではない。
 

 だけど、鋼盾掬彦は。

 ステイル=マグヌスは、土御門元春は。


 耳を塞がず、それを聞く。

 呪いと知りつつ、それを喰らい尽くす。 
 

 そんな少年たちを愛でるように、慈しむように、嘲るように。

 ローラ=スチュアートの赤い舌が、毒蛇のように跳ねた。








――――――――――――



ここまで!
ちょっと中途半端ですみませぬ

鋼盾とローラのうきうきトークでした、楽しそうでなによりですね
脇で聞いてるステイル、そして土御門の胃が心配ですね

今から友人宅に出かけますぜ
皆様よい大晦日を!





あ け ま し て お め で と う ご ざ い ま す !(厚顔)

どうも1です、本年もよろしくお願いいたします
いやー、年内にエピソード2すら終わんねえとかもうね
しかも今回更新分でも終わんねえでやんの、びっくりだぜ!

年明けてからなんでか毎週末スキーに行ったりしてました、更新遅れてすみませぬ
車中泊って安く上がっていいですね! ツレは民宿でぬくぬくしてやがりました、ブルジョワめ転べ無様に

あ、それでは投下します

そぉい!!



――――――――――――――――



 禁書目録。

 一〇万三千冊という途方もない数の魔道書に記された無数の魔術群を諳んじるもの。

 それはまさしく、あらゆる魔術の生き字引きであると言える。


 データベースの如く積み上げられたその知識を用い、あらゆる魔術を看破し、対策を示す。

 事実、ステイルが数年掛かりで紡ぎ上げた彼の魔術が最奥を、彼女はほんの数秒で解析してみせた。


 そもそも、見るだけで精神の汚染される魔道書にアクセスが可能だという時点で凄まじい。

 たった一冊を紐解くことすら命がけ、ものによっては呪いを受ける者、正気を喪う者、身体を乗っ取られる者もある。

 それでも多くの魔術師が、それに見入られ、それを求めた―――それだけの価値があると、彼らは信じた。
 

 魔道書とはそういうものなのだ。

 それを一〇万三千冊である、はっきり言って計り知れない。


 そして、今回の一件で明らかになった事。

 禁書目録は魔術師として、それら魔道書に記された魔術を使う事ができるということ。

 その恐ろしさは言うまでもないだろう、あれはまさに「魔神」と呼ぶに相応かったとそう思う。


 魔道書の図書館。

 あらゆる魔術の解析装置。

 そして―――強力無比な魔術兵器。


 英国清教秘蔵の霊装、必要悪の教会が理念を体現した“魔術師殺しの毒”

 世界に遍く魔術師・魔術組織に対しての圧倒的、反則的なアドバンテージ足りうる存在。


 禁書目録とはそういうものだと、ステイルはそう思っていた。

 たとえ人道に悖る存在であれ、計り知れぬ価値がある事は認めざるを得ない、と。
 




 
 だけど、鋼盾掬彦はそれを否定した。

 “そんなつまらないものであるわけがない”と、彼はそう言った。


 これは何もわかっていない素人の見解し過ぎない、とステイルはそう思った。
 
 思えば彼は魔術というものを碌に知らぬのだ、だからそんな無茶苦茶な事が言えるのだ、と。


 しかし、そんなド素人の妄言を。

 英国清教最大主教という、この道で最大の権威であろうローラ=スチュアートは、こともあろうに。

 “その通りだ”と認めてしまった、サディスティックに賞賛の笑みすら浮かべて。


 禁書目録。

 その存在理由。

 
 それを知りたいか、と彼女が笑い。

 もちろん知りたい、と彼が笑ったから。


 此処に、その秘密が明かされる。

 禁書目録とはなんなのか、なんのために作られたのか、それが語られようとしている。


 ローラ=スチュアートがそれを語る。

 鋼盾掬彦が、ステイル=マグヌスが、土御門元春がそれを聞く。
 

 世界から切り離されたかのような無音の時が、数秒程あって。
 
 そして。

 永遠のようなその静寂が、ついに破られた。






 だが、しかし。


「――――――ふふ、やっぱり内緒」


 紡がれたのは、そんな台詞だった。

 煽るだけ煽っておいて、やっぱり教えるのやーめた、ときやがった。


 ……マジかこの野郎。

 さんざん引っ張っておいてそれかよ、死ねよ。

 死んでしまえこのババア、勿体ぶったまま死んでしまえ。

 ステイルは呪い殺さんばかりに最大主教を睨みつけるも、相手は正に柳に風とばかりに受け流す。


 憮然と溜息を吐いて、ステイル=マグヌスは天を仰ぐ。

 何より許し難いのは、それを聞かずに済んだ事に安堵している己を否定できない事だった。


「ふふん、まだ早いわね、それを聞かせたるには。
 貴方たち三人はいずれも幼い―――んふ、オシメがとれたら教えてあげる」

『そうですか。
 ――まあ、あの子が無事なら裏設定とかは正直どうでもいいですよ、ぼくは』


 飄々と笑うローラ=スチュアートに対し、鋼盾のリアクションもその程度だった。

 つい先ほど真実の追究者の如く熱弁を振るっていたとは思えない淡白さだ、ひどい変わり身である。

 むしろ、はぐらかした当の本人たるローラの方が、あまりのつれない反応に不満げな顔を見せた。


「……えー、そこはもそっと突っ込むべき所ではなかりしかしら?
 ハッ!? こ、これが噂に聞こえし“ゆとり教育”の弊害? 無関心な若人怖い!」

『いや、学園都市でゆとり教育はないですって。
 どっちかって言うと無慈悲な能力強度システムの厳しさに心がササクレだった的な感じです』

『大丈夫! 大切なのはいつだって心なりけるから!
 諦めない貴方のがんばりを評価してくれし者が、きっとどこかにおりけるから!』

『ええ、そうですよね、がんばりますよ、はい』

「よし! 諦めるな若人! 真実の扉は目の前なれば!
 大サービスで大ヒント! 禁書目録の目的! 最初の一文字目は“せ”なりけるわよ!」

『あーはいはい、世界征服ですねわかります』

「残念! 惜しい! 
 正解は―――んっふふふ、世界平和!!」

『ダウトー』

「えー」

 
 グダグダである、なんか楽しそうですらある。

 世界平和が目的というのも、なかなかにひどい冗談だとステイルは思う。

 本気であればそれこそ、こんなにも性質の悪い目的もないだろう。






『……ねえ、最大主教さん。
 本当にぼくはどうでもいいんです、それこそ世界征服でも世界平和でも。
 あの子が笑って生きていけるなら、それだけでいい』


 そんなグダグダな遣り取りの果てに、鋼盾掬彦はそんな事を言う。

 願うのはあの子の幸せだけだと、そんな事を言う。


『あの子は今も変わらずに禁書目録です。
 貴女の望んだとおりにきちんとその職務を果たすでしょう』


 そして、幸せを願ったその口で、あの子の今を語る。

 インデックスは禁書目録であると、そう口にする。


 幻想猛獣事件の折、鋼盾が敵の立場にあったステイルに、インデックスの護衛を頼んだ事があった。

 その時に、彼女が今の鋼盾と同じような事を言っていたのを思い出す。

 己は禁書目録であり、その運命を否定することはないと。


 それが彼女の選択であるのならば、己はそれを受け入れようと思った。

 悲劇に酔って思考を放棄し、耳障りのよいそれに甘えていた、それしかできなかった。

 でも、それを許さないと彼は言った、おまえらのそれは逃避だとそう断じた。


 鋼盾掬彦が目指していたのは、目指しているのは。

 その先なのだ、宿命という獣道を歩む彼女の選択を認めて、それでいて。

 その上で、彼女の笑顔を守る道を、彼は目指している。

 そして僕らもそんな彼と、同じ道を行くと決めている。


『きっと禁書目録という大輪の花は、あの子の中で大きな割合を占めています』


 世界にひとつだけの花。

 英国清教謹製のそれは、言うなれば悪の花。

 この世全ての毒にして、台無しの万能薬。


 それが彼女だと鋼盾は認める。

 ローラ=スチュアートの目論み通りにその花はそこにあると、そう認める。

 認めた上で、しかし尚、言葉を紡ぐ。


『だけど、今のあの子はその花だけってわけでもないみたいです。
 ―――他の花も咲いてます、貴女たちはそれを雑草と呼ぶのかもしれませんけど』


 彼女の庭に咲く花は、十万三千の魔の花のみに非ず。

 この十日間ほどの短い間に、いくつもの花を咲かせたのだと鋼盾は言う。

 そんな彼の物言いに、最大主教は更に笑みを深めてこう返した。





「ふふ……それを植えたるは貴方でしょう?」

『ぼくだけじゃありません。
 あの子と、上条くんと、ステイルや神裂さん、他にも大勢……みんなで植えたんです。
 そして、この街にだって水と太陽くらいはありますよ、あたりまえに』

「そうね、神の御業は遍く世界に満ちたる事なれば」

『ええ、ぼくらはもっと散文的な言葉を選びますけど、その通りです。
 ……そこもここも、大して変わりはしないでしょう、どうせ』


 魔術が巣食う清教の街にも

 能力が跋扈する科学の街にも

 土はある、水もある、光は射す、花は咲く

 そういうふうにできているのだと、男は笑う


『いつかは実だってつけますし、種も遺す。
 ……それを焼いちゃうのは惜しいって、そう思うんです―――おかしいですか』

「間引きたるのは園丁の務め―――優先順位というものがありけるの。
 綺麗な花を咲かせしための犠牲、それは必要な事なりしと思いけるのだけど」

『庭が狭ければ、そうでしょうけどね。
 ――でも、魔道書があの子の脳の85パーセントを占めてるなんて話、嘘っ八でしょう?』


 英国の嘘。

 彼女の口からそれを聞いた時の絶望は、今でも覚えている。

 かつてステイルを、神裂を、歴代のパートナーたちを追いつめた作り話だ。


「ふふ、そうね、怒りていて?」

『まさか。そんな嘘に騙される方が悪いです』

「まったくもって、その通りなりけるわ。
 これがごとき穴だらけの嘘、見抜けぬ方に問題がありし事よね」

『度し難いです、ちょっと説教ものですよね』


 ……耳が痛い、彼らが本気の本気でそう言っているのが判ってしまう。

 そんな嘘にまんまと騙されていたステイルとしては、正直コメントのしようがない。


『ん、説教で思い出した……なんだったかな、えーと、そう。
 ぼくが小学4年生になった時のことなんですけど、母親に怒られたことがあるんです。学校のノートの事で』

「ふむふむ」


 そしてまた唐突に始まる世間話である。

 先程までと全く雰囲気も口調も変わらないのだから、翻弄されてしまうことこの上ない。





『新学年の新学期で、まっさらなノートで、そこに書かれた4年2組の文字が嬉しくて。
 ……でも算数だけは、新しいノートを買ってもらえなかったんですよ。
 3年生の時の算数ノートが、最初の数ページしか使ってなかったからなんですけどね』

「ほうほう」

『……母は表紙に書かれた「3」の数字の上にシールを貼って、その上から「4」って書いて。
 “まだたくさん使えるから、それを最後までちゃんと使いなさいって”――ぼくはそれが嫌で嫌でしょうがなくて』

「いいご母堂じゃない、我侭を言いしものではなき事よ?」

『ほんと、今ではそう思います。ぼくも普段はそんな我侭なガキじゃなかった筈なんですけど。
 あの時だけはどうしてかゴネてしまって……なにがあんなに嫌だったのか、今となってはもう思い出せません』

「まあ、そういう時もありけるかしらね。子どもだもの」

『ええ、そしてその後泣きながら表紙をビリビリに破いて、母に尻を引っ叩かれました。
 もう痛いやら悔しいやらで、びゃーびゃー泣きましたよ』

「あらあら、ふふふ」

『……最終的に父が仲裁に入ってくれて、ちゃんと母にも謝って。
 親子三人で作った厚紙オリジナル表紙のノートで、ぼくは意気揚々と算数の授業を受けたんです』

「微笑ましい話なりけるわね」

『まだ実家に残ってます、なんだかんだで宝物ですよ』


 それは。

 確かにちょっといい話ではあるけれど。

 家族の絆を感じさせるほっこり微笑ましいエピソードではあるけれど!
 

 笑い合う二人の声を聞きながら、ステイルは小さくため息を吐く。

 解読などしようとも思わない、それより早く次の矢がくるに決まってる。

 嫌というほどそれを知っている、先の戦いで何度もその矢を受けたからだ。

 今回の鏃先は己ではないと知りつつ、彼は身構えそれに備えた。


『……あの子が一冊のノートだったとして』


 そして矢は放たれる。

 スピーカーが空気を揺らし、鋼盾掬彦の声を伝えた。

 




『十万三千冊で何ページ使うか知りませんけど、白紙のページは山のように残っている。
 世界中の魔道書を集めても、あの子が百まで生きても、全然埋まらないくらいにたっぷりと』


 脳医学に関するいくつかの論文の抜粋。

 記憶のメカニズム、脳構造、それらについての考察。

 鋼盾掬彦が、冥土帰しがそろえてくれたその資料。

 ステイルが、神裂が、調べようともしなかったもの。

 それらが示す、当たり前の解答。


 未踏の地平が、そこにはある。

 まっさらなキャンバスが、そこにはある。
 
 白紙のページが、そこにはある。

 あの子がそれを、持っている。


 鋼盾掬彦の母親が見たら、それをなんと言うだろうか。

 判りきったその答えを、息子が語る、算数のノートの時と同じ事だ。


『もったいない。
 そのノート、古本の目録にするだけじゃ勿体無いですよ……まだ使えるんですから』


 世界に広く知られた日本語、いわゆるひとつのMOTTAINAI。

 資源の無駄遣いに警鐘を鳴らすそんな言葉を、鋼盾掬彦は噛み締めるように口にした。


『表紙を書き換えろとは言いません。
 余白をあの子の日記帳にしちゃ、だめですかね』


 日記帳。

 それは日々の徒然を綴る、個人的な記録―――つまりは記憶だ。

 本来誰もが手にしていて、しかし彼女には与えられていなかったもの。

 否、奪われ続けたもの。


 土御門元春との日々が書かれたページがあった。

 ステイル=マグヌスや神裂火織との日々が書かれていたページがあった。

 歴代のパートナーたちとの日々が書かれていたページがあった。


 かつて確かに存在した、色鮮やかなそれらのページ。

 今となっては、もうこの世のどこにもない。

 灰すら残さず、消えてしまっている。

 消してしまった、僕が、彼らが。


 それをもう一度取り返すと、彼は願う。

 もう二度と喪わせはしないと、彼は願う。

 そんな事を口にする鋼盾に、最大主教は笑みを深めてこう答えた。





「目録の余白に日記帳、か。
 ……ふふ、本当は逆、とでも言いたげな事ね」

『見る人によって見方が変わるのは自然でしょう、それは。
 ぼくの友達には、教科書をパラパラマンガのキャンバスとしか思ってないようなやつもいますよ』
 

 それは上条当麻の事なのだろうか、土御門元春の事なのだろうか。

 それとも別の友人の事なのだろうか。

 
 鋼盾掬彦という男の友人関係、学園都市の学生としての彼の事。

 そうした彼の一側面について、ステイルはなにも知らないのだと改めて知る。

 そう、己はきっと、彼のほんの一部分しか知らない。


 鋼盾掬彦。

 学園都市においては無能力者に区分される一学徒。

 英国清教から見てみれば、暫定的な禁書目録の管理者。

 しかしその二つの肩書きは矛盾しない、どちらも彼だ。
 

 ならば、彼女にも、あの子にも。

 禁書目録という役割の他に、もうひとつやふたつ、役を振ってもいい筈だ。

 そうでなければもったいないじゃないかと、鋼盾掬彦はきっとそう言っている。






『貴女にとってあの子は禁書目録で備品、ぼくらにとっては友人で、家族。
 ――それでいいと思います。自分の見方を、他人にも押し付けることさえしなければ』

「ふふ、そうかしら?
 人間、なんだかんだで……大事なものは、ひとりじめしたくなりけるものよ?」

『分かち合えってのが、そちらの神様の教えじゃなかったでしたっけ?
 ……奪い過ぎるもんじゃないですよ、愛してもいないくせに』

「あら、それは心外なりけるわね。
 私ほどあの子を愛してる人間なんて、いないと思いけるのだけれど」

『そうなんですか? そりゃ、失礼しました。
 まあ確かに、いろいろ思い入れが透けて見えましたけど、愛ゆえでしたか』

「そのとおり。
 愛の形は様々なりけるのよ、奥が深いの」

『そうですね、愛にもいろいろあるんでしょう』

「基本はやっぱり奪い愛になりけるかしらね、惜しみなく」

『いえいえ、譲り愛ですよ、惜しみなく』


 愛。

 愛だそうだ。

 狐と狸の化し愛、と脳裏に浮かんだフレーズをステイルはとりあえず脇においておく。

 なんでこいつらいきなり愛の話とかしているのだろう、ついていけないとため息を吐きながら。


 愛愛愛。

 怖い単語だ。歳を重ねるたびに定義が曖昧になってゆくようにすら感じる。

 三年前の己の方が、今よりよほどそれについて知り得ていたように思う。


 ローラ=スチュアートはインデックスを愛していると口にする。

 否、愛しているのはインデックスではなく、禁書目録なのだろうか。

 厚顔にもほどがあるとステイルは思う、許せないとすら思えてしまう。


 だけど、鋼盾掬彦はそれを否定しない。

 愛にもいろいろあるんでしょう、と彼女のそれを肯定する。

 肯定しつつしかし、ひとつだけコメントを添えた。





『貴女にとってあの子は禁書目録で備品、ぼくらにとっては友人で、家族。
 ――それでいいと思います。自分の見方を、他人にも押し付けることさえしなければ』

「ふふ、そうかしら?
 人間、なんだかんだで……大事なものは、ひとりじめしたくなりけるものよ?」

『分かち合えってのが、そちらの神様の教えじゃなかったでしたっけ?
 ……奪い過ぎるもんじゃないですよ、愛してもいないくせに』

「あら、それは心外なりけるわね。
 私ほどあの子を愛してる人間なんて、いないと思いけるのだけれど」

『そうなんですか? そりゃ、失礼しました。
 まあ確かに、いろいろ思い入れが透けて見えましたけど、愛ゆえでしたか』

「そのとおり。
 愛の形は様々なりけるのよ、奥が深いの」

『そうですね、愛にもいろいろあるんでしょう』

「基本はやっぱり奪い愛になりけるかしらね、惜しみなく」

『いえいえ、譲り愛ですよ、惜しみなく』


 愛。

 愛だそうだ。

 狐と狸の化し愛、と脳裏に浮かんだフレーズをステイルはとりあえず脇においておく。

 なんでこいつらいきなり愛の話とかしているのだろう、ついていけないとため息を吐きながら。


 愛愛愛。

 怖い単語だ。歳を重ねるたびに定義が曖昧になってゆくようにすら感じる。

 三年前の己の方が、今よりよほどそれについて知り得ていたように思う。


 ローラ=スチュアートはインデックスを愛していると口にする。

 否、愛しているのはインデックスではなく、禁書目録なのだろうか。

 厚顔にもほどがあるとステイルは思う、許せないとすら思えてしまう。


 だけど、鋼盾掬彦はそれを否定しない。

 愛にもいろいろあるんでしょう、と彼女のそれを肯定する。

 肯定しつつしかし、ひとつだけコメントを添えた。





『貴女のそれは……子どもがゲームのキャラに注ぐような愛なんでしょうね。
 だから、リセットボタンを押すことだって躊躇わない』

「辛辣なりけるわねえ。
 ……ふむ、リセットボタン、か」


 ゲームに明るくないステイルにも、その喩えは理解できるものだった。

 的を射ている、そう思う……リセットボタンを押してきたのは己も同じですらある。


 かつてステイルは相手の為、あの子の為と言いながらそれを押した。

 歪な執着、屈折した独占欲、先延ばしの神頼み、諦め切れなかった記憶、血を吐くような嘆き。

 それが彼らの言う愛ゆえのものだったのか、今となっては是とも否とも言えそうにはなかった。


「ふふ、そうかも知れぬわね。
 でも。それはそれで、なかなかに透き通りし純粋な愛と言えぬものかしら?」

『そうですね、透き通ってます。純粋なのかもしれません。
 ……でも、ぼくはそれが気に入りません、どうしようもなく』

「ふーん、どうして?」


 “透き通った透明な愛”

 鋼盾はそれを気に入らないと言い、最大主教が笑いながらその意を問うた。

 それを受けた鋼盾が“恥ずかしい台詞ですけど”と枕を置いて、こんな事を言った。
 

『愛なんて、よくわかんないですけどね。
 ……でも、人間が人間に向ける感情が、そんな綺麗な訳がない。
 濁ってるに決まってるじゃないですか、そんなの』

「あは」

『ドロドロですよ、誰だって、きっと、どうしようもなく』

「貴方も?」

『ドロドロです、ちょっと正視に耐えないくらいに』

「それはアレかしら? 青少年の迸る熱いパトス的な?」

『おい』

「はい」

『まじめな話です』

「ごめんなさい、ふふ。
 透明な愛より、濁った愛の方がいい、だったかしら?」
 
『ええ、ぼくはそう思います、そっちの方が性に合う。
 インデックスも同じ意見だと思いますよ、きっと』


 人が人に向ける感情が、透明のわけがない。

 それはもっとドロドロに濁ったものだと、そうあるべきだと鋼盾は笑う。

 愛とはそういうものだと、そんな恥ずかしい台詞を言ってのける。






『神様の愛は透き通ってるんでしょうけど、こちとら人間です。
 透明な愛なんて見えません、わかりませんよ……本当にあるのかどうかすら、判ったもんじゃない』

「俗な台詞ね、どうしようもなく」


 清と濁、聖と俗。

 神の愛を疑うその台詞は、なるほど俗な台詞だろう。

 最大主教のからかうようなその言葉に、しかし鋼盾は笑って同意する。

 
『そりゃあ俗ですよ、学園都市の人間ですし。
 ……ああ、禁書目録は聖女とか、まさにそういう感じですよね』
 

 インデックスではなくて、禁書目録。

 それは聖女だと、鋼盾掬彦はそんな事を言った。


『空っぽだから透き通ってて純粋で、何も持ってないからいつでも死ねる。
 それしか知らないから、他に何も知らないから、誰よりも正しく在ることができる』

『だからこそ、その記憶は継続的に奪われる必要があった』

『定期的に、フォーマットをする必要があった』

『最初のあの子はそれを是とした、それが間違いだとはいいません』

『献身的な子羊は強者の知識を守る』

『まさに聖女の台詞だ、とんでもない七歳児がいたもんです』


 記憶破壊、リセット、フォーマット。

 聖女を聖女のままに保つ、そんなシステム。

 それを受け入れた最初の少女は紛う事なき聖女であると、彼はそう言った。






『でも』

『記憶も覚悟も何一つとして持たぬまま地獄に投げ出される未来の自分について、
 その子はなにも考えてはいなかった、自分一人だけ幸せに死にやがった』
 
『ぼくはそれが気に入らない』

『そのツケを支払うのはおまえじゃないって、言ってやりたい』

『未来の自分に何もかも丸投げして自分だけ天国にいったその聖女が、気に入らない』


 そんな聖女を、彼は否定する。

 気に入らないと、もういないその少女を扱き下ろす。

 今を生きている“とある少女”のためだろうかとステイルは思うも、その次の言葉がそれを否定する。


『そしてなにより』

『そんなものに囚われているあの子が』

『気に入りませんでした、どうしようもなく』


 禁書目録ではなく、インデックス。

 自分が一番気に入らないのは彼女であると、鋼盾は笑う。

 台詞とは裏腹に、愛おしむように穏やかに、そんな事を言う。







『あの子が落ちてきた時の事は、よく覚えてますよ』

『出会って十分そこらの人間にベラベラと自分の過去を、惜しげもなく話してやがりました』

『あまつさえ口先三寸丸め込まれて、安い餌付けに引っかかって』

『にっこにこ笑って、見ず知らずの高校生男子の部屋に引っぱりこまれて』

『はっきり言ってチョロ過ぎでした、将来が心配だと本気で思いましたよ』


 ひどい言いようだ、けちょんけちょんである。

 ステイルとしても同じような感想を持たなかったわけではないが、それでもひどい。

 なれども怒りや反感が湧かないのは、鋼盾の声が喩えようもないほどに優しかったからだ。

 それがわかる、どうしようもなくわかってしまう。


 いっそ可笑しくなって、ステイルは笑う。

 そんな彼を訝しむように横目で眺めつつ、ローラ=スチュアートは無言で電話の声に耳を傾ける。



『このままじゃこの子、絶対に悪い人間にいいようにされちまうぞって思いましたね』

『一緒に過ごすようになって、その心配は確信に変わりました』

『親の顔が見たい、どんな教育受けてきやがったんだか』

『いや、実際親もいなけりゃ碌な教育も受けてなかった訳ですけど』

『もうね』

『ほっとけませんよ、あんなの』


 このあたりは本当に、彼独特の呼吸だとステイルは思う。

 話術に優れているというのとも少し違う、静かで淀みない語り口。


 毒のような、酒のような、油のような。

 つくづく十五の小僧のものとは思えない、そのリズム。

 かつて神裂が「悪魔のようだ」と語った事もあった、その手管。
 

 英国清教最大主教を前にして、常よりいっそう滑らかで淀みない。

 つくづく思う、やっぱりこの男はちょっと頭がおかしいぞ、と。






『気分は父親でしたよ。ほんとに』

『父性とか庇護欲とか使命感とかがいろいろもう、押し寄せてきて』

『おかしいですよね、いや、確かにかわいらしい子ではありますが』

『父性ですよ、父性て、なんですかソレ、ぼくはまだ十五歳なんですけど。
 そこは恋愛感情とかであるべきだと思うんですよ、それこそ少年の熱いパトス的な』

『普通に考えて、同い年の美少女相手に本来抱くべき感情じゃないですよ、こんなの』

『報われない、割に合わない、冗談じゃない』

『絶対損な役回りです、なんでテメエの物になんない女のために尽くしてんだか』

『馬鹿じゃないのかと本気で思います、なんで父親目線になってんだよって』

『はっきり言って気持ち悪い、どうかしてます、我ながら』


 碌なものじゃないと、彼は笑う。

 しかし愚痴めいたそれらの言葉から、隠しきれず滲み出る感情がある。

 否、隠すつもりもないのだろう。

 親馬鹿な父親が娘に向ける感情など、もとよりひとつしかないのだから。





『でも』

『それもしょうがないって』

『悪くないって、思えてちゃうんです』

『報われまくりです、あの子が笑ってるだけで、それだけで』

『それだけで、なんかもう、なにもかも』

『満たされてしまう、どうしようもなく』


 告白なんぞ、するまでもない。

 はっきりいって、前提だ。


『ぼくは』

『かわいくてしょうがないんです、あの子が』

『幸せになって欲しいんです、ずっと、今すぐ、誰よりも』

『他のすべてを犠牲にしてもいいとか、本気で思ってるんですよ』


 ドロドロですね、と彼は笑う。

 無色透明の絵の具じゃ、この想いを描くには足りないと笑う。


『それなのに、あの子は、あの馬鹿は』

『もう死んだ馬鹿な女の馬鹿みたいな誓いに馬鹿みたいに囚われている』

『人の気も知らずに、悲劇のヒロイン気取りで、自分は不幸になるべきだとか真顔で言ってるんです』

『歯がゆいったらないですよ、ふざけんなと言いたい』

『そんなの――――許せるわけがないじゃないですか』


 ウチの娘は困ったもんだぜ、これはそういう台詞だろうか。

 過保護な事だ、愛が重い、透明にはほど遠いとしか言いようがない。

 なるほど己や神裂、上条当麻とはレベルが違った、これは勝てない、しょうがない。


 親馬鹿でツンデレだ、どうしようもない。

 これはいつかくるかもしれないあの子の反抗期が見物である。

 電話で延々と愚痴とか聞かされるんじゃないだろうか、やれやれだ。


 ステイルは思わず吹き出しそうになり、慌ててそれを噛み殺す。

 そんな場合じゃないのは百も承知だ、ああでも、これはダメだ、にやつくのが止まらない、止まる訳がない。


 未来。

 それをこうも鮮やかに思い浮かべることのできる今が、楽しくてしかたないのだから。






『だから、ぼくは』

『今までずっと、それをどうにか引っ剥がしてやろうって思ってました』

『あの子が後生大事に抱えてる幻想(それ)を、問答無用ぶち壊してやるって』


 幻想殺しなどなくとも、能力などなくても、それを成す。

 そのふざけた幻想を、ぶち壊す。


 それが、鋼盾掬彦という男のスタンス。

 彼女の保護者を自認する彼が定めた、不退転の決意だった。

 




「……ふうん、それで、どうなったのかしら?」


 そしてようやく、ここまで長らくの沈黙を守っていたローラ=スチュアートが問いを放った。

 ぞっとするほどに優しげな、背筋が凍るほどに艶やかな声だった。


『壊してやりましたよ、勿論。
 ぶっちゃけ楽勝でした、はっきりいってチョロ過ぎです、相変わらず将来が心配だ』


 鋼盾掬彦は、そう答えた。

 心配だと言いつつ、その声にはそんな色は欠片もない。

 それも当然だろうとステイルは笑う、そうとも、当たり前だ。


『あの子はもう、不幸になるのを諦めてくれた。
 ちゃんと、欲しいものを欲しいって、言えるようになってくれた』
 幸せになりたいって、そう言ってくれた』

『なら、幸せになってもらうだけの話です』


 だって、あの子は前を向いている。

 幸せになるために、未来を見据えてくれている。

 そして、それを支えたいと願う自分たちがいる。


 先行きは不明瞭、しかし目指すものは明確。

 何より我らは一人ではない、志を同じくする仲間がいる。

 ならば、心配するよりも先にーーーやることをやればいい。


 声を合わせて、未来を歌え。

 素敵な悪あがきを、今こそ楽しめ。


『俗なんですよ、あの子も、もう。
 だからもう透明じゃ足りないんです――色をつけてください、たっぷりと』


 鋼盾掬彦が笑う。

 誰より早く目的地を見据え、誰より楽しげに悪足掻いていた男が笑う。

 俗っぽいドロドロな絵の具で、薄っぺらで不誠実な透明を塗り潰すかのように。





「ふむ……透明じゃない愛情ね……例えば?」

『いろいろあるでしょうけど。
 まずは未払いの給料と未消化の有給休暇からでいいんじゃないですかね、社長さん』

「ふふ、即物的な男ね、流石は日本人と言いたるところかしら。
 Le plus important est invisible――大切なものは目には見えないものよ、少年」

『狐の台詞ですね……見えても見えなくても、大切なものは大切です。
 パンだけじゃ生きていけなくても、パンがなきゃ死んじゃいますよ、人間ですもん』


 小賢しい女狐に、見せつけてくれ。

 僕らが手にした、この鮮やかな灯火を。

 あの子の笑顔という、その花を。


『あの子の欲しいものは、ちゃんと聞いておきました。
 慎ましい事で、ぼくみたいな一学生にも叶えて上げられる事ばかりです。
 ---もちろん、下らない横槍が入らなきゃの話ですけどね』


 横槍を入れるなよ、おまえらのことだぞ。

 それはきっとそういう台詞だとステイルは思う、怖い怖い。





『今、ぼくらは大急ぎであの子の学園都市IDを用意しています』

「それが、あの子の欲しいもの?」

『ん、そのための下準備ですかね。
 この街で生きていくあの子には、必要なものですから』

「まあ、そうなりけるわね」

『でも、ちょっと悩んでる書類の項目があって――あの子の名前についてなんですけどね。
 ぶっちゃけ禁書はねえな、とぼくの常識的な部分が言うんですよ』


 リブロールム・プロヒビトールムなんて名前で彼女を呼びたくはないと鋼盾は言う。

 それは備品名であって人名ではないと、彼女を禁書目録だと認めた上でなお、それは許さないと。


『インデックス……目録ってのも大概アレですけどね。
 もうそれで馴染んじゃいましたし、今更昔の名前でなんて呼べません。
 だから、苗字だけでもなんとかしたいなあって思ってまして』

「……へえ、インデックス=コウジュンとでも名乗らせるつもりかしら? お父さん?」

『ねえよ……いえいえ、そんなそんな、恐れ多いです。
 まあ、あの子が上条姓を名乗るような未来とか想像するのは楽しいですけど』


 それは、まだ先の話だと鋼盾は言う。

 ぶっちゃけあの馬鹿が振られる可能性もなきにしもあらずですし、とひどい台詞もそえて。

 ステイルとしてはいろいろな意味でコメントのしようのない内容である、勘弁願いたい。


 でも、と鋼盾は笑う。

 楽しくて仕方がないとばかりに、朗らかに。
 

『どうしたもんかなってずっと考えてたんですけど―――今、思いつきました』

「ふむ」


 ……これは…うん、嫌な予感しかしない。

 ステイル=マグヌスの直感がビリビリと危険を告げる、なんかやばい。

 過去数回の鋼盾との対峙を思い出す、この感じはアレだ、でかいのが来る。


 さりとて、止められる筈もなく。

 そもそも、止めるつもりなどあろう筈もなく。


 電話口から、それは届いた。

 いっそ能天気なほどに、軽い口調で。


『インデックス=スチュアートなんて、いいんじゃないかなって』


 そんな言葉を、鋼盾掬彦は口にした。

 スチュアートの姓を名乗る、英国清教の最大主教に。

 こんな状況でなければ、それは最高級のジョークですらあったかもしれない。





「…………おっふ」

『おっふ?』

「……コホン、失礼、今のなし。
 うあー、それは流石に、予想外の発言なりけるわね」


 珍しく、本当に珍しく、最大主教が狼狽した。

 無理もない、ステイルも流石に言葉を失った、そのくらいひどい台詞だった。

 でも「おっふ」ってなんだ、「おっふ」て。


「あー……それ、土御門の入れ知恵なりけるかしら」

『まさか、ぼくの思い付きですよ。
 土御門くんは横で頭抱えてます、うわ睨まれた』


 最大主教の呟くような問いに、鋼盾はなんでもないようにそう答える。

 そりゃあそうだ、そりゃ睨まれるだろうよとステイルは思う。

 電話の向こうの土御門に心底同情する、彼の立ち位置が一番しんどい。

 きっとスナイパーの射線上で迫りくる敵兵にナイフを振るいつつ聖書を諳んじながら爆弾解体作業的な感じだ、合掌。


 その元凶たる男の声が、電話口から聞こえてくる。

 周囲の人間の気も知らずに、楽しげに嬉しげに。





『いいじゃないですか、インデックス=スチュアート。
 イギリスの神学校からやってきた、謎のミステリアス銀髪碧眼美少女』

「ちなみに私は金髪蒼眼美少女なりけるのだけど」

『ぼくは黒髪黒目の不細工ですけど』

「ステイルは赤髪と見せかけて地毛は金髪なりけるのよ? 知りていて?」

『…え、あ。それは知りませんでした。
 それはアレですか、魔術のためのアレ的なヤツですか?』

「さあて……そうだとは思いけるのだけど……ふふ。
 もしかしたら単なるファッション的なアレかもしれぬわね、実は」

『となると、黒髪黒目美人な神裂さんのアレも』

「……恐ろしい事にファッション的なアレかも知れぬわね」

『土御門くんのコレも』

「ああ、それは完全にファッションなりけるわね、残念な事に」

『残念ですね、そりゃ。
 ……あ、ヤバい、背中に刃の感触が、あ、これマジなヤツだ。
 ごめんなさい、サングラスもアロハも金髪も魔法名も超クールです親友痛い痛い痛いて!!』


 謎とミステリアスで被ってるぞ、とか

 誰が美少女だこのババアふざけてんのか、とか

 ちょくちょく自虐ネタ差し挟むなよ馬鹿、とか

 アレってなんだてめえらオイ久しぶりじゃないけど屋上に行こうぜ、とか

 僕のこの赤髪は魔術的記号を効率的に体現した必然だよ畜生、とか

 神裂のも多分そうだよ信じてやれよ、とか


 いろいろ突っ込みたい所だったが、すべてを飲み込むステイルである。

 とりあえずいいぞ土御門もっとやれと念じておく、もっとやれ、僕の分までやれ。


 ……とはいえこんな脱線にも、見るべきものがないわけではない。

 鋼盾と土御門のドタバタを楽しげに聞いているように見える最大主教だが、その表情が少しだけ固いように見える。

 些細な差異かもしれないが、少なくとも終始その眼にはりついていた愉悦の艶が―――今は見当たらない。





 鋼盾が口にした“インデックス=スチュアート”という言葉に見せた、確かな狼狽。

 最大主教ローラ=スチュアートが見せた、彼女らしからぬ揺らぎ。


 脱線は彼女からだった。

 そこには果たして、本当になんの意図もなかっただろうか。

 呼吸を整えるために僅かばかりの時間が必要だったのではないかなんて推量は、穿ちすぎているだろうか。


 思えば“土御門の入れ知恵か”という台詞も、どこかおかしい。

 何がおかしいのかうまく言葉にはできないけれど、どうにもおかしい。


 ステイルは最大主教を改めてじっと見つめる、注視する。

 最大主教は電話を手に笑みを浮かべるばかりで、こちらに反応を示す事はなかった。


 気付いていて敢えて捨て置いているのだろうか? 

 これまで幾度もステイルを嬲るようにその眼を向けてきていたのに?

 あまつさえ今の雑談でステイル=マグヌスの名を己から出しさえしたのに、なぜこちらを見もしない?


 気付いていないのか? 意識の外か?

 そうだとしたら、何に意識を向けている?

 いったい何を考えている? 





『……すみません、脱線しました。
 背中に突きつけられた何かが死ぬほど怖いので真面目に話していいですか』

「ふふ、もちろん構わなくてよ?」

『えっと、なんの話をしてましたっけね。
 ……そうそう、インデックス=スチュアート、あの子についての話でした』

「……そうだったわね、それで?」


 今の一瞬の間はなんだ? ローラ=スチュアート。

 そんな言葉遊びに一体何を躊躇った? 英国清教が最大主教様。


 そもそも鋼盾のそんな無礼ともとれる台詞を、なぜ否定しない?

 否定するまでもない事だからか? ガキの戯言か? 本当にそうか? 

 あるいは―――そう思わせる為に、敢えて否定しなかったんじゃないか?


 疑念というにはあまりに薄く、隙というにはあまりに瑣末。

 それでもステイルは眼を凝らし、そこに何かを見つけようとする。


 きっとそれは、さしもの鋼盾や土御門とて電話越しには見つけられないもの。

 なればこそ今此処にいる己が眼の役割を果たす必要があると、ステイルは改めて己に任じた。






『インデックス=スチュアート』


 声が響く。

 鋼盾はその名を繰り返す、意図はあるのかどうなのか。

 もはやそれが彼女の本名であるかのように、その名を呼んでいる。

 それについての最大主教の反応は、やはり見て取る事はできなかった。


『歳は昨日で十六歳になりまして、学校に通ってれば高校一年生です。
 ―――そのうち、あの子を学校に通わせてあげたいな、なんて事も思ってます』


 学校―――学園都市の学校は、他とは全く違う。

 それは学校とは名ばかりの、能力開発機関に他ならない。

 土御門元春のような特殊任務に就く例外中の例外を除けば、そんな所に魔術師が通える筈もない。

 インデックスが厳密な意味で魔術師なのかは議論の余地があるだろうが、けしてプラスに働く事はないだろう。


 政治的にも、脳機能的にも、魔術的にも、教会的にも。

 鋼盾掬彦の発言は、はっきり言って問題外であろうとステイルは考える。

 勿論、それに気付かない鋼盾や土御門ではなく、続いた発言はこのようなものだった。





『能力はレベル1の“忘却不能(フォーゲットユーノット)”
 原石とか言うなかなか貴重な素材だそうで、学園都市としても慎重な対応を考えてくれるらしくて。
 特例として、あの子は能力開発を受けなくていいことになるそうです』


 能力開発は行われないので、脳機能的な問題はクリア。

 学園都市の言質は取れているならば、その点の問題もクリア。

 彼の街でのインデックスの身の振り方は、鋼盾掬彦に任されている。

 土御門にもブレーキをかけるつもりはないようだから、最大主教が強権を発動しなければ決定だろう。

 「禁書目録が学園都市の学校に通う」などという、魔術師なら耳を疑うような事態が現実になる。

 あの子が同世代の人間と机を並べてありふれた日々を謳歌するというそんな日々が、現実になる。


 周到な事だ、とステイルは呆れ混じりの賞賛を禁じ得ない。

 あれからまだ一日そこらだというのに、既に彼らは走り出している。

 ぼくらの戦いはこれからだと、その宣言通りに。
 

 そしてもうひとつ。

 彼が口にしたーーーインデックスの能力名。

 Forget you not あなたを忘れないという、その言葉。

 それはきっと、彼女の願いそのものだ。


 痛烈な皮肉、痛切な祈り……ステイルにとっては痛恨の一撃だ。

 己がそれを今までずっと踏みにじってきたことを、意識せずにはいられない。

 まったくもって、心をグリグリと削られる事この上ない、痛いって言ってんだろ畜生め。

 もういっそ痛快ですらある、どうしてくれようこの痛み。


 土御門は電話の向こうで、己と同じような痛みを感じているだろうか。

 ここにいない神裂がこれを聞いたら、彼女は一体どんな顔をするだろうか。

 午後をともに過ごしたエンライト老やローウェル、まだ見ぬシスターガラテアは何を思うだろう。

 生きているとも死んでいるとも知れぬあの錬金術師は、何を感じるだろう。


 そして、眼前のローラ=スチュアート。

 笑みを浮かべたまま眉ひとつ動かさぬ貴女は、一体何を思っているのだろうか。


 ステイルはそれを知りたいと思った。

 只々単純に痛切に、今こそそれを知りたいと思った。
 





『趣味は読書。あの子の頭の中の図書館も、今では十万三千三十冊くらいにはなってますよ。
 これからもたくさん増えるでしょうね、本を読むのが楽しいって、笑ってました』


 禁書魔道書だけではなくて。

 チープなコミックに流行の恋愛小説、学校の教科書、学術論文、図鑑にムック、歌集に詩集。


 世界に遍く無数の本を好きに読めばいいのだと、

 彼女の好きな本の目録を見せてもらうのも楽しそうだと、そう言って鋼盾は笑う。


『料理を覚えたいって言ってました。
 今日は友達といっしょに、お昼ご飯を作ってます』


 食べるのが大好きなあの子なら、料理を作るのも楽しめるだろうから。

 友人や家族と一緒に作って食べる、そんな食卓をこれから何度でも作ればいいと彼は言う。


『海を見たい、映画を見たい、図書館に行きたい、銭湯に行きたい。
 あの子には行きたい場所がたくさんあるんです、夏休みは忙しくなりそうですね』


 行きたい場所がある、見たい景色がある、やりたい事がある。

 彼女が願ったそんなささやかな我侭を、全て叶えてあげたいと鋼盾は言う、宣言する。


『ありふれたものだけです、あの子が欲しいものなんて。
 年相応の……いえ、ちょっと幼いかもしれませんけど、普通の女の子なんですよ』
 

 普通の女の子。

 禁書目録という存在には、決して冠される事のない、そのありふれた形容。


 だけど。

 彼はそう呼ぶ、そうだと知っている、あの子の事だ、間違える筈がない。






『そういう女の子が、今あの子の中にいる。
 禁書目録というもうひとつの顔はそのままに、インデックス=スチュアートという普通の女の子が』

「それを認めろと?」

『ええ。あなたには禁書目録が必要で、ぼくらにはインデックスが必要。
 ……そして、インデックスには英国清教とぼくらの両方が必要です』


 インデックスと、禁書目録。

 禁書目録と、インデックス。


 不可分であるはずのそれらを、鋼盾掬彦は切り分ける。

 それができると、彼はそう口にする。


 インデックスが禁書目録をやめることはできなくても。

 インデックスがひとりの人間として幸せになれる道がそこにあると、そう信じている。


『タネが割れた今、貴女はインデックスと禁書目録を分離すべきじゃないでしょう。
 そうすれば、少なくとも英国清教はステイルと神裂を失う事になる―――それは、もったいないですよね』

「そうね、両名とも優秀な魔術師だもの」

『でも、セキュリティは必要だ』

「ええ、言うまでもなき事ね」

『なら、ぼくや上条くんを、インデックスを縛る新しい首輪にすればいい。
 こんな状況なら、そっちのほうがよほど効率良く彼女を管理できるはずだ』

「こちらはもとよりそのつもりなりけるわよ?
 もし貴方がそんな事すらも理解していなかったというのなら、失望せざるを得ないのだけど」

『まさか。そんなのは前提です、仰る通りに』


 だからこその土御門元春、背中刺す刃でしょう? と。

 繰り糸はあくまでもおまえの手の中にあるじゃないですか、とそう言って鋼盾は笑う。

 いざとなれば一言命じればいい、それで全ては思うがままですよ、と。


 きっと土御門元春に背中を晒して、そんな台詞を言っている。

 その無防備な背を見ながら、土御門はどんな表情をしているだろうか。

 多分今の自分と同じような顔をしているんじゃないかな、とステイルは思った。


 まったくもって、ひどい話だ。

 笑ってしまうほど、いつもの事だ。


『積極的にお手伝いさせて頂きます、ということですよ。
 利害は一致してるんです、世界の平和のため、ここは譲り合いましょう。
 あなたも、ぼくらも、あの子も……みんなが幸せになれるように、よりよい未来のために』

「あは―――ひどい茶番ね、ほんとうに。
 ……それ、もしかして交渉のつもりなりけるかしら?」


 冷笑か、嘲笑か。

 サファイアブルーの双眸に青白い炎が灯り。

 紡がれたローラ=スチュアートの言葉に、はっきりと甚振るような色が乗った。





 そう、結局の所。

 鋼盾掬彦が百万言を尽くしても。

 その主張がどんなに正しくても、筋が通っていても、心を打つものでも。

 ローラ=スチュアートの指先ひとつで、それらはすべてご破算になってしまう。
 

 ステイル=マグヌスなど、拘束して洗脳してしまえばいい。

 なんなら、殺してしまえばいい。

 確かに損失だろうが、たいした話ではない。


 神裂火織など拘束して洗脳してしまえばいい。

 なんなら、殺してしまえばいい。

 確かに損失だろうが、たいした話ではない。


 土御門元春など、拘束して洗脳してしまえばいい。

 なんなら、殺してしまえばいい。

 確かに損失だろうが、たいした話ではない。
 

 鋼盾掬彦など、殺すまでもない。

 無力な子供だ、放っておけばいい。

 もちろん、殺してしまってもいい。


 そうして、禁書目録の記憶を奪えばいい。

 そうすれば、すべては今まで通りだ。

 だから、こんな会合に意味などない。

 そんな事は、最初から判りきっていた事だった。


 だけど。

 それでも鋼盾掬彦は、それに挑んだ。

 力量差も何もかも百も承知で、しかし彼には言わなければならない事があった。
 





『茶番劇はお互い様でしょう。チラシの裏にでも書いてろ、ってなもんですよ。
 自作自演の悲劇を何度も繰り返して、何度も何度もあの子を殺して―――ひどいセンスだ』


 脚本家の力量を疑わざるを得ません、と鋼盾掬彦は言う。

 まさにその脚本を書いた女に、まっすぐにそんな台詞を言ってのける。


『同じ茶番なら、ハッピーエンドがいい。
 終わりさえよければ、そんな冗長な前置きもなかったことにできます』


 朱筆が走る、容赦なく。

 駄目出しである、こんな脚本で踊れるかとケチを付ける。

 脚本家を蹴飛ばし、監督の頭を叩き、スポンサーを閉め出して、端役だったはずの男がメガホンを奪って。


 ヒロインのために、ヒーローのために、脇役たちのために、自分のために。

 安っぽいハッピーエンドを、がなり立てる。


『ぼくらはもう、あの子が笑ってないとダメなんです。幸せでいてくれないとイヤなんです。
 信仰に殉じたあの子は死んでに天国に行けるのかも知れませんけど、そんなの待てません』


 ぼくらはそこに行けそうもないですし、と鋼盾は笑う。

 あの子を神様なんかにとられてたまるか、とそう言って笑う。


『今、あの子は笑ってる。
 生まれ変わったように、強く、泥だの罪だのにまみれて、死ぬほど奇麗にね。
 ―――それを、もう二度と喪わせたくないんですよ、ぼくは』


 どんな手を使っても、誰を傷つけても、我武者羅無様にそれだけ守る。

 どうしようもなく親馬鹿な男が、手前勝手にそう叫ぶ。


『あの子は……ぼくの家族だ。
 ―――禁書目録はくれてやる、だけどインデックスは渡さない』


 家族を守る、そのために。

 それだけの為に、盾を構える。


『神様にも、誰にも、渡すものか。
 天上になんか用はない、あの花は――あの子と、ぼくらのものだ』


 それを誰にも渡しはしないと。

 譲れぬ願いを、喚き散らす。





『茶番劇はお互い様でしょう。チラシの裏にでも書いてろ、ってなもんですよ。
 自作自演の悲劇を何度も繰り返して、何度も何度もあの子を殺して―――ひどいセンスだ』


 脚本家の力量を疑わざるを得ません、と鋼盾掬彦は言う。

 まさにその脚本を書いた女に、まっすぐにそんな台詞を言ってのける。


『同じ茶番なら、ハッピーエンドがいい。
 終わりさえよければ、そんな冗長な前置きもなかったことにできます』


 朱筆が走る、容赦なく。

 駄目出しである、こんな脚本で踊れるかとケチを付ける。

 脚本家を蹴飛ばし、監督の頭を叩き、スポンサーを閉め出して、端役だったはずの男がメガホンを奪って。


 ヒロインのために、ヒーローのために、脇役たちのために、自分のために。

 安っぽいハッピーエンドを、がなり立てる。





「たいした長口上、よく口の回りし事ね。
 でも……ふふ、私がそれを断ったら、どうするつもりなりけるかしら?」

『……そうですね、もしそんなありえない事がおきたなら。
 次はまあ、学園都市統括理事長さんに頭を下げに行くことになりますか』


 ……アカン。

 この野郎またとんでもない事言い出しやがった、マジか。

 批判と主張を矢継ぎ早に打ち込んだ末に、この発言、というか脅迫。

 流石にこれはヤバいんじゃなかろうかと、ステイルはおそるおそるローラを見遣る。


「ふんふむ、ほうほう、面白い。
 とはいえ統括理事長に直談判なんて、一学生にはなかなかに敷居が高いのではありけぬかしら?」


 ステイルの心配をよそに、最大主教は楽しげだ。

 台詞の内容ももっともと言えばもっともである、敷居が高いどころの話ではない。


 学園都市統括理事長、アレイスター=クロウリー。

 あれとの謁見は……そう、まさに謁見といっていいだろう、おそらくそこらの王侯と会うよりよほど難しい。

 土御門元春ならあるいはそれも可能かもしれないが、流石に彼がそれを是とするとも思えなかった。

 なれど鋼盾は小揺るぎもせず、手にした絆を差し向けてきた。


『知り合いのお医者様が、なかなかすごい人なんです。
 統括理事長さんともお知り合いだそうなので、頭を下げて繋ぎをお願いしようかなって』


 冥土帰し。

 あの街で一番の医師と鋼盾が言っていたその人物。

 土御門から伝え聞いた所によればその評価は大袈裟でもなんでもなく、学園都市の顔役のひとりであるという。


 ……ほんとうに、どうかしてる。

 英国清教の長ローラ=スチュアートと、学園都市の長アレイスター=クロウリー。

 このふたりに繋がるルートを、ただの高校生が持ち得ているなんて――ひどい冗談だ、笑えない。




「それは大した人脈なりけるわね。
 で? なんと言いて交渉せしつもりでいるのかしら?」

『……交渉というよりは、お願いですかね。
 英国清教の一部のカルトなキチガイどもが、なにやら非人道的な真似をしている。
 こんないたいけな少女を傷つけている、許されない事だ……だから助けてくださいって言います』


 カルトなキチガイという表現はともかく、非人道的である事は疑いない。

 ステイルに言わせれば学園都市も大概だが、毒を以て毒を制すという言葉もある。


『学園都市統括理事長さん。こんな都市を作る人ですもん、きっと酔狂ですよ。
 それに―――禁書目録の価値も、判ってるでしょうからね』


 英国清教を敵に回すなら、学園都市をも巻き込むと。

 無茶にも程がある大言壮語を、しかし鋼盾はなんでもないことのように口にする。


「うふふ、稚拙な脅迫なりけるわね。
 勝算があるなんて、本気で思いていて?」

『わりと』

「泥沼よ、そこは」

『ドロドロでしょうね。
 でも、砂漠よりはいい。工夫次第じゃ花も咲きますよ、きっと』

「根腐れするのがオチだと思いけるけれど――まあいいわ。
 そうね、貴方の目論み通りに事が運びし事として―――」


 彼の意図通りに学園都市がインデックスを保護したとしよう。

 彼女が実験動物のように扱われる事もなく、かの街で平和に日々を謳歌したとしよう。


 言うまでもない事だが。

 英国は、必要悪の教会は、ローラ=スチュアートは。

 そんな事を、認める訳がない。


「―――そうなれば、戦争になりけるかもしれないわね」

 
 
 学園都市と英国清教の間で、諍いが起きる。


 禁書目録が絡めば、裏側での小競り合いでは話が収まらない可能性が高い。

 そして、そんな事態になれば、嬉々として首を突っ込んでくる連中などいくらでもいる。


 下手をすれば、それこそ第三次世界大戦になる。

 ローラ=スチュアートはそう言って、酷薄に微笑んだ。






「貴方の盲愛の為に、何千何万と無辜の民が死にけるわよ、理不尽に。
 ―――その引き金を引く覚悟はありけるのかしら、小僧」

『ぼくのせいで?
 ……はは、そんなわけがないじゃないですか、だって』


 それは世界のバランスを崩す愚行だと、最大主教はそう告げた。

 そんなスケールの違いすぎる話に、しかし鋼盾は笑って答える。


『ぼくは悪くない、家族を守る事が悪いわけがない。
 あの子も悪くない、幸せになるのを願う事が悪いわけがない。
 だからぼくらは悪くない、悪いわけがない』


 ぼくらは悪くない。

 そんなわけがない。

 彼はそんな台詞を口にする。

 引き金を引くのが自分たちの訳がないと、そんな事を言う。


『悪いのは、それを止められなかった無能な政治家たちのせいだ。
 戦争を回避する方法なんていくらでもあったのに、それを選ばなかった連中が悪い。
 そいつらが選択を誤ったせいで、そういうことになるだけの事だ』


 責任者が誰か知りたければ、ちょっとネットで検索かけてみればいい。

 一発でわかる、王様、女王様、大統領、総理大臣、国家主席、エトセトラ。

 国民の血税で飯を食ってるくせに、義務を怠ったそいつらが犯人だ。

 だからぼくのせいじゃないと、鋼盾掬彦はそう言って笑う。


『引き金を引くのは、そっちです。
 歴史の教科書に書かれればいい、あの子にそう記憶されればいい。
 第三次世界大戦を回避できなかった、希代の大罪人だって』


 責任を負うのは責任者だと。

 つまりはおまえが悪いのだと。


 そう言って笑う。

 端役が笑う、自分勝手に楽しげに。





『家内安全は世界の願いだ、そんな事もわからないそいつらが悪い。
 あの子が幸せになれないなんて、世界の方が間違っている』

「独善的ね、度し難き事」

『そうじゃなきゃ、あの子を幸せにできそうにないものですから。
 ……ああでも、やっぱり戦争は嫌ですね、よくないです。避けられるなら避けるべきだ。
 罪のない人たちが苦しむなんて、あってはいけない、いいわけがない』

「無論、ね」 

『ええ、論じるまでもなく。
 でも、ぼくのような身勝手な人間は、自分の事しか考えられないから。
 ――――だから、最大主教さん、ぼくは不躾で情けなくも、貴女に縋るほかない』


 ああ。

 やはりこれは茶番なのだと、今更ながらにステイルは痛感する。

 この電話越しの会合はきっと、最初から最後まで茶番劇だ。


 鋼盾も、ローラも、それを知っている。

 だからこそ、彼らの間にこんな時間が成立している。


『世界平和を願う聖女のような貴女に、お願いするしかないんです。
 憐れなぼくらのささやかな願いを、どうか聞き届けてくださいって、ね』

「内容によりけるわね、それは」

 
 そして、そう。
 
 茶番だからこそ、意味がある。


 茶番劇を演じているからこそ。

 本当の事が言えるし、わかりきった嘘もつけるのだ。


『一生のお願いです。あの子にほんの少しだけ、自由を与えてあげてください。
 戦争なんか嫌です、誰も死なせたくない、不幸になんかさせたくない。
 お救い下さい、貴女だけが頼りです、お願いですから、どうか』


 穏やかな口調で紡がれる言葉。

 字面だけを見れば哀願めいたその台詞には、しかし本来そこにあるべき感情の色はない。
 

 寒気がするほど、まっすぐに。

 壊れきっていて、なお揺らがない芯を持って。

 やっぱりどこか、楽しげに。

 上っ面を滑るような台詞は全て掛け値なしの本当で、しかし嘘に塗れていた。






『この花を、手折らないで下さい。
 よくない事にならないように、なにとぞひとつ』
 

 手折るつもりなら、覚悟しろ。

 あらゆる手段を用いて、何を犠牲にしても、必ず。

 神だろうが、世界だろうが、何であろうが。

 
 潰してやる。

 おまえを、おまえらを不幸にしてやる。

 全部道連れにして台無しにしてやるぜ、けけけけけ。

 だからお願いしますよ、ここは譲ってみましょうよ、社長さん。

 
 いいじゃないですか、どうせ。

 今はまだ、その時じゃないんだから。

 シリアスになるのは、それからで。


 ぼくらが戦うのは、まだまだ先の話だと。

 きっと、彼が口にしたのはそんな台詞だった。

 
 




「―――ふふ、よろしい。
 私も無益な戦争など望みはしないわ、当たり前に。
 いたいけな少年の願いを踏みにじりしような、無体な真似もしたくない」


 返答を返す最大主教の言葉も、鋼盾のそれと同様に。

 茶番劇が演手のそれに相応しい、芝居がかった響きだった。

 予定調和といっていい、もとよりこの結末は決まっているのだから。


『それじゃあ』

「ええ、認めましょう。
 禁書目録としての任務を十全に果たしけるのであれば、それ以外の時間については好きにしければいい。
 生活費その他の不透明なる愛情についても、可能な限り考慮して行きし事にしましょう」


 これも、最初から決まっていた事。

 ステイルと神裂が英国に呼び戻された時には、既にこれと似たような方針が打ち出されていた。

 今回の遣り取りを経て多少なりとも表現が柔らかくなったものの、本質はなにも変わってはいない。


 言ってみれば最大主教の掌の上。

 だけど鋼盾掬彦はそれを知っていたにも関わらず、その上であえて会話を望んだ。


 それは決意表明のためだったのか。

 今後のためのなんらかの布石だったのか。

 あるいは敵を知るためだったのか。

 楽しそうに笑いながら茶番劇に興じたその意図は、ステイルにはまだ読みきる事はできない。


 ……あるいは、彼が最初に言っていた通りに「最大主教と話がしたかった」というのが一番大きな理由なのかもしれない。

 だって。





『ありがとうございます、いやー、最大主教さんが話し易い方でよかったです』

 
「うふふん! そうでしょうて! 
 学園都市の逆さま宇宙人標本とかローマの堅物ジジイとは違いけるのよ!」


『……え、なんですか逆さま宇宙人標本って、統括理事長ってそんなんなんですか? え?』

「ええ、ビーカーが如き謎の容器に入り謎の液体に逆さまに浮かびし謎の生物なりけるわ」

『……えーと、呼吸とかできるんですかソレ』

「……エラ呼吸とか、なりけるのかしら、アレは」

『うわー』


 うわーじゃねえよガッデム。

 楽しそうだなお前ら、つーかエラ呼吸はやめろ学園都市と戦争になるぞオイ、とステイルは頭を抱えた。

 ローラと鋼盾の雑談は「改造人間説」やら「囮立体映像説」やら「能力説」やら「LCL的ななにか説」やら絶好調だ。

 本当にやめてほしい、己は必要悪の教会の任務で実際に対面する可能性があるのだ、吹き出したらどうしてくれる。


 ……まあ、とはいえこの電話もそろそろ終わりが近づいてきたようだ。

 重要な議題については粗方話し終えているし、明らかに空気も変わってきている。


 ようやくこの心臓に悪い遣り取りのゴールが見えてきて、ステイルは少しばかり気を緩めた。

 ぶっちゃけ疲れた、これが終わったらちょっと寝よう、そうしようと彼は思う。


 しかし、なんとも残酷な事に。

 そうは問屋が卸さない。


「それは置いといて……そうそう。
 ひとつ、私から素敵な提案がありけるのだけど」

『……提案、ですか?』


 最大主教のそんな言葉に、ステイルは緩みかけた緊張と警戒を張り直す。

 提案と言っても、双方の立場や序列に差があれば、それは命令や強制になりうる。

 それでなくとも現状、鋼盾は最大主教からいくつかの譲歩をしてもらった形だ。


 これは。

 もしかしたら、まずい事になるかもしれない。

 というか嫌な予感しかしない。


 なにやらまた胃の痛くなってきたステイルを尻目に、最大主教が口を開く。

 楽しすぎる悪戯を思いついた童女のように朗らかに、とんでもない台詞を口にした。
 






「提案というよりは、勧誘になりけるかしら。
 ……鋼盾掬彦、貴方――――必要悪の教会に、入りなさいな」


 最大主教の口から放たれた、そんな言葉に。

 ここまで異様な泰然さを保っていた鋼盾掬彦が、初めて十秒にも渡る沈黙を余儀なくされた。


 そして。

 ようやく紡がれた返答は。


『……おっふ』






 
 だから「おっふ」ってなんなんだ、などと。

 そんなツッコミも差し挟む事のできないような、とんでもない提案がぶちかまされた。






―――――――――


ここまで!
回線が不安定すぎて死にたい、真剣にテザリングを検討したい
二重投稿やら時間かかり過ぎやらなにやら大変失礼いたしました

なにもかも徹頭徹尾に茶番劇ではありますが
でも、だからこそ意味があると鋼盾は言葉を放ち、ローラもそれに応えます

鋼盾くんがローラさんの敵になれるのか
それとも、思惑通りに彼女を味方につけることができるのか
少なくとも現時点ではどちらも不可能です、ラスボスはやはり次元が違った

インデックスルート最終章「ふたりぼっちの世界征服」ではラストバトルが三年後設定で
鋼盾&インデックスVSローラ=スチュアートです、どっちが勝ってもバッドエンドだぜ(適当)

次回で今度こそエピローグ2も終わりです
よろしければおつきあいください。



どうも>>1です、コメント感謝です
IDが若干m9(^Д^)プギャーっぽくて申し訳ない

なんとか一月中に投下したかったのですが間に合わなかったぜ!
書き始めた頃よりなにかと忙しくなり、費やせる時間も減っちゃってかなしい
数回の投下でビシっと終わる台本形式中編とか書けるようになりたい

愚痴はともかく投下です
エピローグ2、これにて幕となります

相変わらず回線が不安定なので、あとで纏めて読むといいと思います

そぉい!!


―――――――――



 最大主教のその提案。

 それはステイル=マグヌスとしても、少しばかり興味を引かれる問題提起ではあった。


 インデックス――禁書目録と英国清教は切り離せない、これは前提だ。

 ゆえに清教を味方に付け、彼女の笑顔と未来を守る――それが、鋼盾掬彦が示した今後の戦い。

 そしてそれを成すには、内部からの方が容易であるのは言うまでもない。


 無論、彼にそこまでの重荷を課すのは躊躇われる。

 必要悪の教会など所詮は外法者の集まり、歩むは修羅の道に他ならない。

 それは、ステイルが、神裂が、土御門が負うべきものだ―――自分たちの、仕事だ。

 鋼盾掬彦なら或いは……なんて事を一瞬でも思ってしまった己に、ステイルは溜息を吐く。


 これ以上彼から平穏を奪う事は、流石に偲びない。

 そんな事は、許すわけにはいかなかった。


 とは言え、この状況に口を挟める訳もなく。

 ステイルは鋼盾の返答をじっと待つ。


 彼がなんと答えるか。

 それを予想できるとは、正直思えなかった。





『……ぼく、神様とかあんまり得意じゃないんですけど』


 間抜けな呻き声からしばしの沈黙を経て、ようやく鋼盾が口にしたのはそんな台詞。

 己は十字教徒ではない、日本人でしかも学園都市の学生―――信仰からかけ離れた人間だ、と彼は言う。

 至極もっともなその言葉に、しかし最大主教はそれがどうしたとばかりに笑みを浮かべて話を進めた。


「構わなくてよ、身の内に異物を孕んだ方が、免疫ができるというもの。
 必要悪の教会は数多の毒を喰らってそれを力に変えてきた、神裂も土御門がいい例になりけるわね」


 神裂火織と土御門元春。

 片や極東宗派が女教皇、片や陰陽宗家が末裔。

 両名も日本人であり扱う魔術も和の色が濃く、何より純粋な清教徒ではない。

 だからこそ彼らは必要悪の教会に相応しい、それこそが我らが強みなのだと彼女は断じる。

 
『そうは言っても……そもそも魔術師じゃないですよ、ぼくは。
 必要悪の教会は“魔術師の組織”の筈でしょう?』

「正確には“対魔術師の組織”なりけるわね。そのための牙を魔術に限る必要はない。
 魔術への偏向は魔術師の隙といったのは貴方でしょう? 私としてもそこは多いに反省しているの」


 現にウチの精鋭二人が貴方たちに敗れている、とローラは笑う。

 もちろん今回の例は特殊なケースではあるけれど、魔術に依らぬアプローチの有用性はステイルも認めざるを得ない。

 例えば上条当麻の幻想殺しはかなり特殊な能力だという話ではあるが、学園都市がその謎を解き明かせば対魔術における圧倒的なアドバンテージ足りうる事も確かだ。


 “必要悪”の範囲設定。

 それを吟味する必要があるという最大主教の言葉は、それなりに説得力のある理屈ではある。


『必要悪―――科学や能力も、取り込むつもりですか?』

「そこまで手を広げしつもりはなかりてよ。効率の悪し事なりし、外聞というものもありけるしね。
 能力で為せし事は魔術でも為せるというのが私の持論、そして科学に傾倒せしは本末転倒なりけるもの」


 しかし鋼盾のその問いを、最大主教は否定する。

 科学者が欲しいわけじゃない、能力者が欲しいわけじゃないと言う。
 





「ふむ……ちょっと混乱させてしまいしかしら―――そうね、科学云々は措いて、もっと単純な話。
 禁書目録のパートナーたる貴方には、その資格がありけるというだけのことよ」
 

 禁書目録が管理者であるならば。

 守護者役を己に任ずるのであれば、そういう選択肢もあるだろうと彼女は笑う。

 
『……つまり、あれですか。
 首輪になるなら首輪を付けろ、みたいな』


 ごもっともなんでしょうかね、と鋼盾は弱ったようにそう言った。

 彼が先ほど口にした“自分たちがインデックスの首輪になる”というあの台詞。

 口約束だけでは心許ないから相応の手付けを支払えと、これはそういう事なのかと彼は問うた。


「それは違いけるわね、強制せしつもりはありけぬから。
 ……とは言いけるも、一番近くで守るべきではなかりしかしら? 大事なものなれば」


 あくまでも提案、思いつきの戯言だとローラは笑う。

 だがその言葉は、盾たらんと願う少年にとっては無視し難いのではないかとステイルは思う。


「給料とやりがいは保証する―――対外的に通りのいい肩書きも用意しけるわ。
 大英帝国が国家公務員なんて、なかなか魅力的な進路ではなきかしら?」

『……あー、そりゃ魅力的ですね。
 かっこいいです、同窓会とかじゃ注目の的でしょうね』

「んふ、きっとモテモテよ?
 どうかしら、せっかくの縁、乗りかかった船というものではなきかしら、これは」


 彼ららしい、砕けた遣り取り。

 雑談めかした、ただの雑談---前代未聞の勧誘劇だが、受ける印象はそんな感じだった。






『……こないだ知り合った人が、言ってました。
 “ちゃんと準備をしているヤツが一番強い”って―――それってすごい正しいなって思うんです』

「ふむ」


 鋼盾が言ったその言葉に、最大主教は鷹揚に頷く。

 ちゃんと準備をしている奴が一番強い、なるほど正しい台詞ではある。

 本当の意味で“ちゃんと”準備できる人間がいるのなら、絶対に敵に回したくないとステイルは思った。


『入るにしても入らないにしても、今のぼくどちらを選ぶにも準備が足りてません。
 そんな状態じゃちゃんと強くなれそうにないですので、しばらく時間が欲しいというのが正直なところです』

「あら―――いずれにせよ即答すると思いていたのだけれど」

『そうできたらカッコいいんですけど、どうにも優柔不断でして』


 保留。

 最大主教の誘いに、鋼盾はYESでもNOでもなく、そう答えた。

 それに対するローラ=スチュアートの反応も、拍子抜けするほど穏やかなものだった。


「ま、準備は大切なりけるものね。かまわないわよもちろん。
 ……ふむ、しばらくといいけると―――キリの良きところで学校を卒業するまでにとか?」

『そうですね---実は今ぼく、ちょっといくつか必殺技を開発中でして』
 
「ふうん、怖いセリフね。
 ちなみに、その必殺技とやらの名前は?」

『内緒です』

「あら、残念---ふふ、先ほどの意趣返しというやつかしら?」

『いえいえ、そんなそんな。
 ああ、必殺技という言葉があれでしたね、考えてみれば必殺でもなんでもないや』


 それとは逆ですから。

 そんな得体の知れないセリフを鋼盾掬彦は口にする。

 つまりはいつもの彼だ、一体何が見えているのやらとステイルは溜息を吐く。

 もはや解読などしようとも思わない、どうせろくでもない事を考えているのだろう。


『まあ、いつかはお見せ出来ることもあると思いますから、乞うご期待ということで。
 ……それが完成したら、先ほどのお返事をしたいと思います』

「ふふ、色よき返事を期待しけるわ」


 唐突に降って湧いた勧誘劇の顛末は、ひとまずこんな感じに落ち着いた。

 なんとも後を曳きそうな予感をステイル覚えたが、それについては未来の自分たちに丸投げしておく。

 ……他にどうしろというのだクソッタレ、と彼は溜息をついた。






『……そうそう、もうひとつ報告が。
 インデックスの、あの子の魔法名、覚えておいでですか?』

「もちろん―――Dedicatus545、ね」


 そしてまた唐突な話題転換である。

 インデックスの魔法名、その意味は“献身的な仔羊は強者の知識を守る”、だ。


『―――これからは、あの子は別の魔法名を名乗ることになります。
 できれば、それを認めていただきたいなと思いまして』


 紡がれたのは、そんな台詞。

 その言葉に、ステイルは思わず言葉を喪った。

 インデックスが魔法名を変更する、そんな事を彼は考えたこともなかった。

 それはローラも同様だったようで、訝しむように問いを放った。


「……魔法名は、そんなに簡単に変えられしものではなくてよ?
 其は魂に刻む命名火。身命尽きしとも抱えてゆきたる宿業とでも言うべきもの」


 彼女の言う通り、魔術師にとっての魔法名とはそれほどのもの。

 己や神裂の魔法名にあれだけ重きを置いてくれた彼だ、それをわかっていない筈がない。

 それなのになぜ彼はそんな事を口にしたのか、ステイルには正直量りかねた。


『ええ、魂の名前がふたつもみっつもあっちゃ、だめですよね。
 ―――だからこそ、あの子は新しい名前を名告ることにしたんでしょう』


 ローラの言葉に対する鋼盾の答えが、それ。

 禁書目録とインデックスを別個の存在と断じるそれは、一貫した彼のスタンスだ。


 そしてそれは、そんなあり方をインデックスが己の意志で受け入れた事を意味していた。

 禁書目録ではなく、魔術師として人間として、魔法名を自ら名告るという事だった。


 それは彼女の決意だと、彼は言う。

 だからあなたには聞く義務があると、それはきっとそんな台詞でもあった。


「へえ……ふむ、なれば聞かせてもらいましょうか」

『ありがとうございます―――と言っても、単語の方は変わらずですけどね。
 Dedicatus―――献身の二文字は変わることなく、あの子の指針です』
 

 もっとも、そちらにとって都合のいいだけの献身じゃないですが、と鋼盾は笑う。

 そして彼は噛み締めるように、インデックスが新しく名告った誓名を口にした。






『Dedicatus728、それがあの子の新しい魔法名です。
 “我、献身という銘の剣たらん”――もう仔羊じゃないですよ、あの子は』


 献身の剣、それが彼女の名前。

 それは生け贄の仔羊たる禁書目録の番人ではなく、自らの意志をもって剣を振るうという宣言だった。


 背負った数字は728――つまりは、七月二十八日。

 その日が何の日かなんて、ステイル=マグヌスは言われるまでもなく知り抜いている。


 それは彼女の命日だった日。

 それは彼女の誕生日になった日。

 上条当麻ががその身を擲って眠りについた日。

 鋼盾が、ステイルが、神裂が、土御門が再起を誓った日。


 インデックスが、そんな日を魔法名に刻んだ。

 あの日は、あの夜は、そこに至るまでのあの日々は、あの子にとってそれほどのものだった。

 
 先の話にでた能力名といい、この新しい魔法名といい。

 ……まったくもってほんとうに、高らかに理想を歌ってくれるものだとステイルは笑う。


 なにより彼女が自らそれを宣じたという点が、ステイルには嬉しかった。

 残酷な宿命に縛られ続けていた彼女が、その運命に立ち向かう事を選んでくれた。


 与えられ、救われるだけのヒロインではない。

 与えるため、救うために剣を取る覚悟がそこにはあった。


「……Dedicatus728、か。
 ふむ……あー、その魔法名、実は先客がおりけるのよね、随分と昔の話になりしけど」


 インデックスが名告ったという、新しい魔法名。

 しかしその名前は、残念ながら既に他の魔術師によって使われているとローラは言った。
 

 魔法名はラテン語の単語ひとつと三桁の数字で構成される。

 重要なのは単語の方で、数字は重複を避けるためのものにすぎない。

 同じ魔法名を名乗る事はできないため、数字に関してはまあ、早い者勝ちだ。


『……あー、被ってましたか……そりゃ困りましたね。
 まあ、別に心の中で名乗るくらいならいいですよね、うん、今のはノーカンでお願いします』


 しかし鋼盾掬彦は、なんでもないような口調でそう言った。

 そのあまりにあっけらかんとした口ぶりに、ステイルはやれやれと溜息を吐く。

 魔術師的にはちょっと承服しかねるが、そのばっさりとした割り切りはなかなかに痛快ではあった。


 たとえおまえらが認めなくても、それがあの子の名前だ。

 なるほど彼ならそう言うだろう、誓いなど自分のためのものだから、と。






「ふふ、話は最後まで聞きなさいな」


 そんな鋼盾の掌返しに、くつくつと笑って最大主教もまた掌を返す。

 そして彼女の口から紡がれた言葉は、意外にも―――肯定の台詞だった。


「魔法名の重複は許されざりけるもの―――されど、ふふ、かまわないわ。
 これにつきては……詳しい事情は言えぬけど、その女は魔法名を既に抹消しているから」
 

 魔法名の抹消というその言葉に、ステイルは眉を顰める。

 先の最大主教の言葉通り、魔法名は魔術師が生涯背負い続ける墓碑銘のようなものだ。

 喩え禁術に手を出したり戒律に悖る行いをして破門された人間でも、魔法名を剥奪された例など聞いた事がない。


 dedicatus728

 抹消という特例処置が施されたその魔法名。

 その持ち主が誰なのかという点も見逃せない、英国清教最大主教がわざわざ把握している人物なのだ。


 そして。

 それが偶然にもインデックスの誓名と一致するというこの状況に、なにやら只ならぬものをステイルは感じた。

 なにより「それをわざわざ最大主教が口にした」という点が、どうにも不自然に思えて仕方がない。


『……それじゃあ?』


 電話越しの鋼盾の声が、期待を込めて先を促す。

 彼にとっては「かつてその魔法名を背負った人物がいた」という事実はどうでもいいものらしい。

 そうだろうとステイルも思う、どうでもいい事だ、大した話ではないはずだ。

 それなのに、彼の胸中に蟠る疑念は消えてくれはしなかった。


 だが、そんなステイルを置き去りに話は進む。

 ローラ=スチュアートが宣言する。


「ええ、認めましょう。
 禁書目録の魔法名の改訂、イギリス清教ローラ=スチュアートの名に於いて確かに承りしよ」


 英国清教最大主教による承認が下る。

 本来であればもっと厳かに行われるべきであろう、禁書目録が魔法名の改名儀式。

 しかしそれは味も素っ気もなく、電話越しの人伝に行われた。


『ん、ありがとうございました』

「ただし」


 しかし、それだけでは終わらない。

 穏やかな声で礼を言った鋼盾の台詞に被せるように、最大主教が言葉を継いだ。






「ただし……545番は特例として保留という形をとりけるわ。
 dedicatus728―――その名に相応しくないと私が思いければ、直ぐ元通りにできしように」


 ローラ=スチュアートのその台詞は、氷のように冷たく響いた。

 元通りにするということがどういう事か、それが判らないほど勘の悪い人間はここにはいない。


『……それは、つまり』

「ええ。あれがその名に悖りしようなれば、記憶を奪ってその人格を消し飛ばす。
 己が意志で魔法名を名告りしからには、一切の甘えは許すつもりはなき事と知りなさい」


 大見得を切っておいて無様を演じるような真似をすれば、殺す。

 お前の言うインデックスなる少女を抹消し、再び献身の仔羊を呼び戻す。

 そして、その決定権は己にある。

 容赦はありえない、魔法名を名告るという事はそれほどのことなのだ、と。
 

 ローラ=スチュアートは微笑みながら、そう言った。

 刻みつけるようなその言葉からは、残酷な程に真実の匂いしかしなかった。


『肝に銘じますーーーまあ、心配はしてませんよ。
 その名前を名告った時のあの子の顔を、ぼくは隣で見てましたから』


 だが、鋼盾は何でもないかのように笑ってそう答える。

 あれを独り占めしてしまって申し訳ないくらいです、と言葉を添えて。 

 きっとその顔には確信の笑みを浮かべているのだろう、もしかしたら娘の成長にデレデレな類のそれかもしれないが。


 まったく、羨ましい事だとステイルは思う、きっと土御門もそうだろう。

 その花が咲く瞬間を、自分たちだって見ておきたかった。


「ふふ、期待しているわ」

『ええ、ご期待ください―――ああ、そうそう、最後にもうひとつだけ』

「ん?」

『えーと、これについてはあくまで個人的なアレですから、そちらに許可を求めるつもりはないんですが』


 せっかくですから、と鋼盾掬彦は笑って。

 こんな言葉を、口にした。






『Dedicatus728―――“我、献身という銘の盾たらん”
 あの子の手前ちょっとぼくもカッコつけてみたくなっちゃいまして、真似しちゃいました』


 それは宣誓。

 先ほど彼が伝えたインデックスの魔法名と同じものを、彼も名告った。


 剣ではなく、盾と。

 あの子が剣なら、己は盾になると。


 同じ名を背負い、あの子を守る---否、あの子と共に歩むのだ、と。

 それが己の役だと、鋼盾掬彦はそう宣言してみせた。


「………あはっ」


 最大主教が、こらえ切れないとばかりに破顔し、笑い声を上げる。

 ステイルはやれやれと頭を抱え---それでもやはり、こみ上げる痛快な感情に口端を上げた。


 やってくれる。

 魔術師じゃない人間が魔法名を騙ることも、二人が同じ名前を名告るという有り得ない事態も。

 そんなことがもうどうでもよくなってしまう程に、彼の誓言は真っ直ぐで、高らかだった。


 ステイルは、鋼盾と初めて出会った日の事を思い出す。

 ぼろぼろに傷ついて己の無力に打ち拉がれていた彼は、それでも「鋼の盾」になりたいと言っていた。


 あの日から彼はずっと、その目標を忘れなかった。

 理不尽な襲撃や舞い込んだトラブルに翻弄され、傷を負いながらも戦い続けた。

 誰より先を見据え、けして思考を止めず、常に答えを探し続けた。


 大切なものを守るために、彼はいつだって走り続ける。

 それはこれからもずっと、変わることはない。

 
 Dedicatus728―――“我、献身という銘の盾たらん”

 鋼盾掬彦のその誓言を、ステイル=マグヌスは心に強く刻み付けた。






「あははは!! はは! ふふふ! あははは!
 ―――もう、好き勝手やってくれるわねこの野郎! うふふ、これは傑作! 最高なりけるわ! 抱腹絶倒!!」

『すごいでしょう、どうですかこの二番煎じっぷり』

「すごっ!! っぷ! あはははは! ちょっと待ちて! もう一回! もう一回言いて!
 もっと格好よく! そう! 決め顔で頼みけるわ!!! いい声で!!」

『はぁ……ん、―――Dedicatus728―――“我、献身という銘の盾たらん”』キリッ

「あははははははは! すごい! 剣と盾! あはははは! プロポースじゃない!!」

『病めるときも健やかなる時も共に―――Dedicatus728』キリッ

「ぶふっ!? あははは! はは! ち、誓いけるの!?」

『ええ、誓います』

「キャーーーーー!!!!」


 ……キャーじゃねえようるせえよお前ら相変わらず仲いいな畜生。

 ちょっとステイルが感傷に浸ってたらローラ鋼盾揃ってこのザマである、なんだそのテンション。

 だいたい電話越しにキメ顔かまされてもどうしようもない、主教笑い過ぎ、死んで欲しい。

 厳粛に決めていた自分が馬鹿みたいだとステイルは溜息を吐く、なんか損した。





「……ぅ、はひぃ……あー、びっくりした。
 こんなに笑ったのは久しぶりなりけるわ、感動しちゃった」

『……いやー、ここまで笑われるとは思ってませんでした。
 むしろ怒られるのを覚悟してたんですけど、なんですかコレ』

「あー、これは主の導きなりけるわね、運命とか超怖い。
 きゅふ、ッ、はぁー……えーと、冗談ではなしに、マジなりけるのよね?」

『ええ、マジです』

「そっか―――さっきの私の言葉を聞きし上で、なおもその名前を名告りけるのね」

『はい』


 ようやく馬鹿笑いも治まり、最大主教はその表情を真面目なものに変えてみせた。

 先ほどまで適当極まりなかった鋼盾の声音も、真剣な響きを孕んだものに変わる。


『魔術師じゃないですから魔法名じゃありませんが、ぼくもあの子と同じものを背負うつもりです。
 ですから―――この名前にぼくがそぐわない真似をした時は、首を飛ばしてもらってかまいませんので』 


 “己が意志で魔法名を名告りしからには、一切の甘えは許すつもりはなき事と知りなさい”

 禁書目録と同じ魔法名を背負うというのはそういう事だと主教は言い、鋼盾もそれに応と答えた。

 そんな彼の台詞に彼女は小さく笑うと、何でもない事のように笑ってこう言った。


「了解、そのつもりでおりけるわ。
 ……ん、ああ、そろそろいい時間なりけるわね、名残惜しいけどお開きにしましょうか」

『ああ、そうですね』


 そして、今度こそこの会合に終着が訪れる。

 既に時計の針は深夜三時に迫ろうとしており、この電話が一時間近くも続いていた事を示していた。


『……今日は遅くまでありがとうございました、最大主教さん』

「こちらこそ、
 鋼盾掬彦、禁書目録の事をよろしく頼みけるわね』

『ええ、もちろん。機会があれば、そちらにも遊びに行こうと思います。
 ――――それでは、また』

「ええ、また」



 始まりがそうであったように、終わりもなんとも穏やかに。

 鋼盾掬彦とローラ=スチュアートが興じた途方もなく間の抜けた茶番劇に、幕が下りた。



――――――――――



「……いやいや、随分長電話になってしまったものね。明日も早いというのに。
 ああステイル、ご苦労だったわね、もう帰っても構わぬわよ」


 懐に携帯電話を仕舞いながら、最大主教がステイルに退出を許可する。

 土御門のアホの手解きによる珍妙日本語トークも店じまい、完璧な英国語が礼拝堂内に静かに響いた。


 だが、それを受けても彼は席を立とうとはしなかった。

 それを見て小さく首を傾げる最大主教に、ステイルは抑え切れずに問いを放った。


「……なぜ」

「ん?」

「―――なぜ、わざわざこんな事をされたのですか?」


 我ながら大雑把な問いだとステイルは溜息を吐く、一体何を聞きたいのやら自分でもよくわからない。

 だが、彼のそんな杜撰とも言えるような質問に、最大主教はするりと答えた。


「誘い文句が素敵だったから、かしら。
 ふふ、あんなに弱り切った土御門の声を聞いたのは、随分と久しぶりだったわ」


 先の電話で“土御門くんにも、随分と無理をお願いしちゃいまして”と鋼盾が言っていたのを思い出す。

 一体どんな伝言を預けたのか、あの飄々とした土御門が弱り切るとは相当の事だ。

 心底同情する。今回一番貧乏クジを引いたのは、間違いなくあの男だろう。


「……何と言ってきたんですか、アイツは」

「それは内緒。ふふ、ラブレターの中身を覗こうなんて趣味が悪いわよ」


 重ねて放たれたその問いは、からかうように煙に巻かれる。

 苛立たしげに眉根を寄せるステイルを見て、最大主教はくすくすと笑ってこう続けた。


「―――交渉のコツは色々あるけどね、ステイル。
 何と言ってもまずは、きちんと相手をテーブルに着かせなければ始まらない。
 ……禁書目録の件でそれを成したのは、あの少年がはじめてだったわ」


 あなたたちにはできなかった事ね、とローラは言った。

 それは本当にその通りで、ステイルには反論のしようもなかった。


 最大主教相手に、まっすぐ向かい合う事。

 ステイル=マグヌスがその覚悟を決めたのは、今日が初めてだった。


 それはつまり、今日までずっと何も見えてはいなかったということ。

 神裂も、土御門も、歴代のパートナーの誰一人として、最低限のラインにも辿りつけてはいなかったのだ。





「とは言え、やはりまだまだ弱いわね。
 なかなかに将来(さき)が楽しみではあるけれど、そもそも長生きできるタイプには見えない。
 何人か似たような連中を知ってるけど、皆死んだわ……ああ、でも、面白い事を言っていたわね、あれは」


 面白い事、とローラは笑う。

 それが何を指しているのか、ステイルには測れなかった。


「準備してきた者が強い、というのは真理よ。
 他ならぬ貴方はそれを誰より知っているでしょう? ステイル」


 先ほど鋼盾が口にした“ちゃんと準備をしているヤツが一番強い”という言葉、それを真理だと評する最大主教。

 膨大な下準備と研鑽が前提であるタイプの魔術師たるステイルとしては、なるほど頷ける言葉ではあった。

 
「備えあれば憂いなし、などというのは嘘。
 備えれば備えるほど、考えれば考える程に問題課題は増えてゆくもの。
 だけどそれでも望む未来があるのなら、備えておくべきなのよ―――何事も、ね」


 憂うことの無い人間なんて思考を放棄した案山子に堕ちる、とローラは断じる。

 転ばぬ為には荷物になっても杖を持て、鬼に笑われても来年の話をするべきだ、と。


「私もね、ちゃんと準備をしてきたし、今もしているところなの。
 遠大な計画がありけるのよ。―――禁書目録など、その柱のひとつに過ぎない」


 最大主教の目的、禁書目録の理由。
 
 結局語られる事のなかった、それらの事。


「―――何を企んでいるのですか?」

「ふふ、内緒と言ったでしょう?
 オシメがとれたらというのは冗談だけど、まだ早いというのは本当よ」


 まだ早い、おまえには準備が足りない、と彼女は笑う。 

 まだ早い、おまえには力が足りない、と彼女は笑う。

 まだ早い、おまえには覚悟が足りない、と彼女は笑う。


 それは事実だろう、とステイルは認める。

 だが、それはあくまでも現時点での話だ、と彼は最大主教を睨みつけた。

 それを受けてローラは笑う、愛でるように。






「ふふ、その意気やよし。未来を望むなら、努々精進を怠らぬことね。
 貴方にその魔法名を赦したるは---それだけの器と、この私が認めたからなのよ?」


 そして彼女はにこりとステイルに向けて破顔し、言祝ぐようにこう言った。

 その言葉とその笑みに、ステイルは己が心臓を鷲掴みにされたかのような感覚を味わう。


 なんのことはない。

 “ゲームの駒に注がれる透明な愛情”は、己にも向けられているのだと彼は悟った。


 最大主教の細い指が、優しく心臓を揉みしだく。

 もっと強くなれ、もっと成長しろ、もっと足掻け、もっと楽しませろ。

 無理矢理に血液を走らせるそのイメージは、熱よりもむしろ寒気を孕むものだった。


「誓いし御名に恥じることなく、研鑽に努め道を究める。
 その果てに望む自己を実現する、それこそが魔術師の本懐よ」

「---魔術師の本懐、ね。
 貴方がそれを言うのですか、最大主教」


 英国清教最大主教の位は、本来魔術師の称号ではない。

 歴史の中で必要悪の教会が影響力を強めていったその果てに、彼女がそれをもぎ取ったのだ。


 政治、国家運営に関わる力。

 つまりは権力。


 それは個を究めんとする魔術師とは相反する要素ではないか、とステイルは問うた。

 貴女は魔術師としては純粋ではない、それはそんな揶揄めいたものですらあったかもしれない。


 だが。





「言うわよ、小僧」


 そんなステイルの言葉に、最大主教は一切の気負いも欺瞞もなくそう返した。

 小僧と呼ばれた事よりもその口調の穏やかさにこそ、ステイルは面食らう。


「私にも誓いし魔法名がある。
 最大主教という立場上、今となってはそれを名乗ることはできないけれど」


 魔法名、と彼女は言った。

 修道女は基本的に魔法名を名乗らない。

 最大主教という立場であれば、それは尚更の事だろう。


 だからそれは、彼女がまだ一介の魔術師であった頃に起てた誓い。

 ローラ=スチュアート個人が定めた、魔法名。

 故に己は魔術師だ、と彼女は言う。

 そして。


「そして、あの子に魔法名を与えたのも私」

「……インデックスに、ですか?」

「ええ」
 

 その言葉にステイルは驚く。

 彼女がインデックスに魔法名を与えたという事にではなく、その呼び方についてだ。


 今、眼前の女は「あの子」と口にした。

 「禁書目録」ではなく「あれ」でもなく、「あの子」、と。

 鋼盾が、ステイルが、神裂、土御門たちがそう呼ぶように「あの子」と呼ばわった。


 それは、彼女を「人間」だと認める呼び方だった。

 これまでの遣り取りで、最大主教が頑に避け続けていた呼び方だった。


「七年前、私はあの子に禁書目録の任に就くことを依頼した。
 あの子はそれを快諾したの、それが自分の歩む道だと言ってくれた」


 七年前に交わされた、ひとつの秘跡。

 もういないその少女の、尊い自己犠牲。


 ああ、とステイルは悟る。

 最大主教の言う“あの子”とは、今のインデックスを指すものではなくて。

 ローラ=スチュアートが使命を託した、今は亡きその子を指す言葉なのだと彼は知った。







「それは人ならぬ道を往く終の旅路。
 あの日私はあの子に聞いたわ、なにか望みはないのかと。
 ―――そしたらね、あの子は魔法名が欲しいって言ったのよ、他にはなにもいらないからって」


 魔法名。

 それは、魂の名前。

 禁書目録を背負う事になるその少女は、終の旅路の道連れにそれだけを望んだという。


 ローラ=スチュアートが訥々と、それを語る。

 それはあまりにも彼女らしくはなくて、それでいてどうしようもなく真摯だった。


「名乗る名前はもう決めてるんだって、そう言った。
 私が許してくれるなら、自分もその名前を……同じ字を、名乗りたいって笑ったの」


 Dedicatus545―――“献身的な仔羊は強者の知識を守る”

 禁書目録、魔道図書館の任に、少女が強い誇りを持っていたことが透けて見える、その名前。


 もういない、その少女。

 禁書目録に選ばれたその少女。

 かつて土御門元春が恋したその少女。

 鋼盾掬彦が自分勝手な聖女と評したその少女。


 ローラ=スチュアートは。

 この女はきっと、その子のことを―――きっと。


「……貴方には、これだけ教えておきましょうか。
 Dedicatus728――それが私の、魔術師ローラ=スチュアートの魔法名。
 ……どのような因果かしらね、私の名を、あの子が名乗るなんて」

「―――ッ!?」


 最大主教のかつて魔法名と、インデックスの新たな魔法名。

 それが同一のものであると、ローラ=スチュアートは困ったような顔でそう言った。


 それを聞いた瞬間、ステイルの中でいくつかの疑問が繋がった。

 紡ぎだされたひとつの仮説は、ひどく歪で空々しく、しかし奇妙な真実味を帯びていた。





 インデックスの出生について、知る者はいない。

 ステイルがかつて治療法を探した際に、彼女の両親や親類縁者を探してみたのだが、該当者はなし。

 上層部に問い合せても、捗々しい回答を得る事はできなかった。


 当時はそのことについて突っ込んで考えた事はなかったが、いまとなっては有り得ぬ事だと判る。

 英国清教上層部が、禁書目録について知らぬことなどあるわけがない。


 そして。

 必要悪の教会の人間であれば、誰しも少なからず感じていることなのだが。


 ローラ=スチュアートとインデックスは。

 髪の色、瞳の色こそ異なれど―――その顔形が、ひどく似ている。


 たとえば、インデックスがこのまま歳を重ね、その手足が伸びきったなら

 あるいは、今となっては誰も知り得ない、ローラ=スチュアートの在りし日の姿は


 奇跡のように、あるいは酷い冗談のように

 ぴったりと、重なるのではあるまいか――と。


 それは

 それは、つまり


「……貴女は、あの子の……?」


 ステイルは思わず、そう問うた。

 危うい問だと百も承知で、しかし問わずにはいられなかった。


 もしそうだとしたら、先程の鋼盾の台詞は。

 あの子に“スチュアート”の姓を名乗らせるという、彼の言葉は。

 あの子の親にでもなった気分ですと笑った彼の、その声は。


 毒針のように、呪い矢のように

 痛烈に痛烈に、この女の胸を抉り抜いたのではあるまいか。


 ステイルの声は明確な形にならぬまま、しかし間違いなく問いを紡いだ。

 それを受けて、ローラ=スチュアートは。


「上司、それだけよ。
 ――――それ以外には、なにもない」


 ぴしゃりと、まさに斬って捨てるような回答だった。

 その時には既に、彼女の纏う空気も表情も、いつもどおりだった。



 嘘だと思った。

 だが、問いつめても意味がない事もまた、わかってしまった。

 二の句を告げず煩悶するステイルに小さく微笑み、最大主教は話題をずらしてしまう。


「ねえ、ステイル。
 私は――己の魔法名に悖る行為は、これまで一度だってしたことがないの」


 Dedicatus――献身。

 己が身を擲って、成すべきを成す、そんな在り方。

 かつてローラ=スチュアートという魔術師が定めた、己の命の使い方。

 目の前の女は、こうして最大主教となった今でも、その誓いに従い生きているとそう言った。


 献身的であること。

 幾多の信徒を束ね神に仕える一宗派の長としては、当たり前のスタンスではあるのかもしれない。

 しかし、だからこそありえないとステイルは思う、その肩書きはそんな甘っちょろいものではないだろう、と。

 お為ごかしの建前だ、厚顔な魔女がまたなにか言ってやがるぞ、とそう言って鼻で笑ってやりたかった。


 だが、それができない。

 わかってしまうのだ、彼女の言葉に嘘がないと言うことが、どうしようもなく。

 だからステイルは否定することなく、しかしひとつだけ問いを重ねた。


「―――それは、誰がための献身か。
 聞かせていただけますか、最大主教」

「そうね、面映いけれど―――世界のために。
 ……ああ、そう言えば、そんな魔法名を名乗っていた子がいたわね」


 “我が名誉は世界のために”

 そんな魔法名を名乗った男を、ステイルは知っている。

 彼はつい今朝方、丁度ソイツについて考えていたばかりだった。


 四人目。

 彼女の教師だった男。

 ローマ最速筆の隠秘書記官。

 絶望に駆られ野に下りし稀代の天才。

 パラケルススの名を継ぐ者。

 あの子を救うため足掻き続けた、ひとりの錬金術師。


 最後に会った時に彼が見せた表情は、今でも目に焼きついている。

 その男の名は―――





「――――アウレオルス=イザード」

「そう、アウレオルス=イザード。禁書目録四代目のパートナー。
 この三年間、その行方は杳として知れなかったけど……つい二日前、目撃情報があった」


 ローマ正教が血眼になって探しても見つからなかったその行方。

 彼の失踪には確実に英国は禁書目録が絡んでいると、ローマとの間で少なからず軋轢があったとも聞いている。

 三年に渡り未解決であるその案件に、しかしついに進捗があったと彼女は言う。


「! ッ、彼は、どこに!?」

「場所は日本、学園都市」

「っ!」

「……この三年間、誰にも尻尾を掴ませなかった男が今になってその姿を晒した。
 故意と見るべきでしょうね――ならば、狙いは禁書目録と見るのが妥当かしら」


 二日前と言えば、丁度あの頃だろうか。

 七月二十七日、あるいは七月二十八日か。

 いずれも禁書目録のパートナーであった自分たちにとっては、無視できる筈もない特別な日だ。


 エンライト老は、今でもその日を祈りと回顧と懺悔に費やしていたという。

 彫金師ローウェルは、この日だけは魔術炉の火を落とすと言っていた。

 シスターガラテアも調べによれば、この時期に殊更死地に赴いているとの事だった。


 彼女の最後の日と、彼女の最初の日。

 そんな運命の日に、アウレオウス=イザードがその身を露にした。

 しかも、よりにもよって―――学園都市に、だ。


 狙いは禁書目録であると最大主教は断じた。

 ステイルだってそう思う、それ以外にありえない。

 焦燥に駆られ慌てて席を立った彼に、しかしローラはこんな台詞を口にした。





「―――あれもまた、聡明な愚者と呼ぶに足る男でしょうね、ステイル」


 聡明な愚者。

 先ほど鋼盾掬彦をそう評した彼女は、その形容をアウレオウス=イザードにも重ねて見せた。

 その言葉にステイルは、今まで考えていなかったひとつの可能性に思い至る。


 もし、彼が諦めていなかったのだとしたら。

 この三年間、アウレオウス=イザードが、悪足掻き続けていたのだとしたら。

 残酷な運命に抗い続け、インデックスを救うための方法を携えてきたのだとしたら。

 ステイルたちにできなかったそれを、彼が成し遂げられたのだとしたら。


 教え子のために全てを擲って、道を示して笑う青年。

 それは、まさに―――ヒーローと呼ばれてしかるべきものだろう、とステイルはそう思った。


「さて、首輪の破壊を現時点で知り得ているのは、極一部。
 無論、三年間も潜伏していた彼奴が、それを知りえているわけもない」

「―――ええ」


 だけど。
 
 ヒロインは、もう。

 既に。

 救われて。

 彼の事など覚えても、いない。

 思い出す事も、ありえない。


 不治の病に冒された娘を助けるべく、万能薬を求め世界を駆け巡った男がいて。

 ようやくそれを手に戻ってみれば――――娘は、既に。


 これは、そういう話だった。

 否、それよりもずっと、もっと―――


「ひどい話よね」


 ローラが哀れむように嘲るように、そんな台詞を口にした。

 ほんとうにひどい話だと、ステイルもそう思う。


 彼は、間に合わなかった。

 彼女は今、溢れんばかりの笑顔だけれど。

 それは、彼が望んだハッピーエンドでは、ありえない。






 そのあまりに残酷な事実に、ステイルの顔から血の気が引いた。

 彼がその事実を知ったら一体何を思うのか、想像がついてしまった。


 自分の役を奪ったヒーローに、彼が何を思うか。

 自分以外に救われてしまったヒロインに、彼が何を思うか。


 ステイル=マグヌスには手に取るようにわかる。

 嫌というほど、その感情を理解する事ができてしまう。

 なぜならそれは、ほんの数日前に己や神裂が囚われてしまった闇に他ならないからだ。


「―――かつてのパートナーたちに呼びかけをしているのは聞いていてよ、ステイル。
 丁度いいタイミングじゃない、行ってらっしゃいな、勧誘に」


 千千に乱れるステイルの胸の内を見透かして、しかしローラはそんな言葉を口にした。

 彼女が己の行動を把握していることについての驚きはない、それは既に織り込み済みだった。


 勧誘に行け、と彼女は言う。

 学園都市に舞い戻り、その任に就けと彼の上司は言う。

 それが指し示すものは、どうしようもなく明らかだった。


 アウレオウス=イザードに、今回の顛末を伝える。

 説得に応じるならそれでよし、そうでなかった場合、彼が禁書目録に危害を与える可能性を未然に防ぐ。

 なるほどこれは己の仕事だとステイルは思う、この役は自分にこそ相応しいと。

 彼がインデックスから笑顔を奪うなんて、そんな未来を現実にするわけにはいかなかった。


 だって。
 
 きっとアウレオウス=イザードは、諦めなかったステイル=マグルスだ。

 そんな男が道を踏み外す未来なんて、断じて認めるわけにはいかなかった。






「……今すぐ発ちます。
 先の任務に関する最終報告書は、神裂の方から提出させます……よろしいですね?」


 ステイルは即座に神父服を翻し、最大主教に背を向ける。

 連日の強行軍にも関わらず、迸る覇気は炎のようですらあった。


「ええ―――詳細は追って土御門に届けさせる。
 いってらっしゃい、ステイル……朗報を期待していてよ」

「…………」


 ローラのその言葉に、ステイルは首だけ振り返って彼女の目を見据えた。

 ほんの数秒視線だけが交差し、結局無言のままステイルは礼拝堂を後にする。

 苛立たしげに火のついていない煙草を口に咥えるその後姿に、ローラは小さく吹き出した。


「ふふ……まったく、“いってきます”くらい言えぬものかしら、困った子。
 おしゃぶり咥えてかわいいこと、―――まあ、喚き散らさぬだけ少しは利口になったのかもね」


 そして、教会にはローラ=スチュアートだけが残される。

 ここで夜を明かすつもりもないので、彼女もまた帰り支度を始める事にした。

 それでもなんとなく名残惜しくて、ことさらゆっくり蝋燭の灯り吹き消してゆく。


「間に合わなかったヒーローは、どうすればいいのかしらね。
 自分以外のヒーローにヒロインが救われちゃったらヒーローは、何を思うのかしら」


 少しずつ闇を深めてゆく礼拝堂の一室で、ローラは小さくひとりごちる。

 ステイル=マグヌスが口にした「ヒーロー」という単語は、思いのほか彼女の琴線を揺らしていた。





「少なくともヒーローにだけは、それを救うことはできない。
 貴方たちの恃むヒーローじゃ、きっとアウレオウス=イザードは救えない」


 鋼盾掬彦、先ほどまで電話越しに語らったひとりの少年。

 彼もまた、誰もかれもを救えるような人間ではない―――話してみて判ったが、あれは独善を是とする類だろう。

 あの子以外、身内以外はどうでもいいと、そんな事すら口にしていた。


 それは必然の割り切りではあるのだろうが、彼の言う献身は己のそれとは相容れない。

 だからこそ、面白い。


 彼はあくまでも盾であり、城壁にはなりえない。

 きっと王にはなれない、精々が家長くらいだろう。


 ああいうタイプの人間に道を誤らせると、とても面白く化ける事をローラは知っている。

 できれば手駒に入れておきたかったが―――まあ、あせることもないだろう。


「ヒーローになれなかった彼を救えるのは、ヒーローになれなかった者たちじゃないのかしら、ね。
 ……まあ、アレが救われようが救われまいが―――どちらでもかまわないのだけど、私には」


 アウレオウス=イザード。

 英国を去る彼を最後に見送ったのは、己だった。

 あの男が去り際に語った荒唐無稽な黄金の物語は、ローラにとっても興味深い話ではあった。


 禁書目録の首輪が剥がれた今、彼がどうなるかはわからない。

 場合によっては必要悪の教会に迎い入れるのも悪くない、それだけの人材ではあると思う。

 まあ、これに関しては部下たちの働き次第である。朗報を期待しているというのは嘘ではない。


 ステイル=マグヌス、神裂火織、土御門元春。

 彼ら三名が今回の件で幾つか殻を破ったのは、ローラとしても嬉しい出来事だ。

 鋼盾にはゲームの愛だと言われてしまったが、それでもやはりかわいくて仕方がない。


 変われる事が財産であるという事を、彼らは理解していない。

 それを理解する頃には、どうしようもなく変わる事などできなくなるということも。


「んふふ」


 ローラは笑う、楽しくて仕方がない。

 計画は着実に進んでいる、最速クリアなどに興味はない、過程をこそ楽しむべきなのだ。


 彼女の目指すものは、あの日からなにも変わっていない。

 彼女自身もまた、あの日からなにも変わっていない。





 最後の蝋燭をローラは吹き消した。

 僅かの光も射さぬ闇が空間を埋める中、彼女はゆっくりと息を吸う。

 そして、確かめるようにもう一度、己の誓いを口にした。


「dedicatus728
 “我が献身にて天上への道を成さん”」


 それが、ローラ=スチュアートの魔法名。

 先程ステイルに教えてしまったが、そこに篭められた祈りと誓いを知るのは、今となっては二人だけだ。

 なんでもSYSTEMなんて味気ない言葉に落とし込まれてしまったようだが、彼もそれを忘れてはいないのだと知っている。


 “そこもここもそんなにかわりはしませんよ、どうせ” と、先ほど鋼盾掬彦が言っていたのを思い出す。

 学園都市も十字教の街もさして変わりはしない、どこでだって花は咲く、人は生きるとそう言った。

 それを思い出してローラは微笑む、何も知らぬくせに核心を突くあの少年は、忌々しくも愛おしい。


 空は続いている、海は続いている、世界は繋がっている。

 魔術と超能力で分ける必要すらない、根源も終点もどうしようもなく同一なのだから。


 だけど、それでも。

 あの日、自分とあの男の袂は分かたれた。

 お互いそれをひとつも後悔していないのだから、まったくもって救いようがない。

 道を違えたその人物の顔を思い浮かべ、彼女は笑う。


「さっきの電話、どうせ聞いていたのでしょう?
 学園都市で交わされた会話など、全て貴方の掌の上であるのだから」


 流石にこの独白は届いてはおるまいが、とローラは笑ってそう言った。

 あの都市はそういう場所だと聞いている、筒抜けなのだ、土御門元春など間諜にもなりえない。

 それを言われるまでもなく理解しているからこそ、彼がその役に相応しいのだけど、と。


 ……そういえば「逆さま宇宙人標本」とか言ってしまっていたっけ、と彼女は思い出す。

 それを聞いた彼がどんなリアクションをしたのか、正直ちょっと興味があった。

 次に話す機会があれば、それを聞いてみるのも面白いかもしれない。

 どうしようもなく変わり果てて、そのくせまったく変わっていないあの男に。





「貴方が褒めてくれたこの名前、同じ名前をあの子が名乗るんですって。
 ―――“献身という銘の剣”、だそうよ。勇ましい事」


 dedicatus728。

 七月二十八日、三百六十五分の一の偶然。

 728、千分の一の偶然。


 鋼盾掬彦の口からその言葉を聞いた時、どれほど己が驚いたか。

 ほんとうに、あの時ほど運命の皮肉を感じた事はなかった。


 そして。

 運命と言えば―――それこそ、彼らの出会いがそうだろう。


 首輪の解除を成しえた、ありえざるジョーカー。

 幻想殺し、上条当麻。

 そして。


「“献身という銘の盾”、ね。
 ああもう、まったく―――笑うしかないじゃない、あんなの」


 鋼盾掬彦。

 三人目のdedicatus728。

 魔術師でもなんでもないくせに、彼はその名を名告ってしまった。


 正直、あれで己はやられてしまった。

 インデックス=スチュアートの時点で割と駄目押しだったのだが、その上にアレなのだから困ってしまう。


 本当に、なんだというのだろう。

 幻想殺しなどより余程ひどい、わけがわからない。

 笑うしかない、ひどすぎる。


 真暗闇の中を、ローラはのんびりと出口に向かって歩いてゆく。

 魔術的な探査も心眼も必要ないほど、彼女はこの教会の事を知り抜いていた。

 最大主教--否、魔術師ローラ=スチュアートの始まりの場所が、ここだった。


 あの日から、ここはなにも変わっていない。

 あの日から、己はなにも変わっていない。


 今となっては世界で唯一それを知る男の顔を思い浮かべながら、ローラはなおも独り言を続ける。





「その盾は、天上になんか用はないって言うのよ?
 人の子が、笑いながら、まっすぐに、地に足をつけて、愚かにも、高らかに」


 天上など知らない、あの子はぼくらのものだ。

 その台詞は笑ってしまう程に、ローラ=スチュアートの魔法名と相反する内容だった。


「ふふ、学園都市生のくせにSYSTEMとやらを完全否定じゃない。
 どういう教育をしたのかしら―――そもそも、あれが無能力者なんて時点で、能力開発の底も知れるわね。
 それとも―――それすらも目論みの裡かしら……学園都市統括理事長さん?」


 上条当麻がそうであるように、鋼盾掬彦もそうであるならば。

 禁書目録を救った彼らの出会いまでも、あの逆さま宇宙人の計画の裡なのだろうか。


 そうだとしたら、とてもおもしろい。

 とてもとてもおもしろいと、彼女は思う。


 だけど。

 つい先ほどそんな己を“ひどいセンスだ”と扱き下ろした男がいた事を、彼女は思い出す

 詰まらない脚本を書くなと彼は言い、結果としてローラ=スチュアート相手に譲歩を勝ち取った。


 それは、彼女に言わせれば本編に影響を及ぼさぬ幕間劇に過ぎぬものではあったけれど。

 彼は確かに、彼女の脚本を一部書き換えさせたのだ。


 明確な意志をもって筋書きを変えさせるという事。

 ローラ=スチュアート相手にそれを成し遂げた人間は、今の所たった三人しかいない。





「……ねえ、アレイスター=クロウリー。
 あなたの言うプランの中で、鋼盾掬彦はどんな役を振られているのかしら。
 貴方の書いた脚本は、あの子を満足させるに足るものかしらね?」
 

 もし、それが彼の意に添わぬものであったなら、きっと彼は異を唱えるに違いない。

 脇役も主役もヒロインも焚き付けて、今回のように脚本家にケチをつけにいくのだろう。

 
 唐突に現れた、得体の知れぬイレギュラー。

 まったくもって度し難い、身の程知らずな傍迷惑。

 
 
 ならば、イレギュラーは排除すべきだろうか?


 アレイスター=クロウリーは、ローラ=スチュアートは。

 今のうちに殺しておくべきだろうか、あの少年を。


 ローラはそんな事を考えながら、閉ざされた礼拝堂の扉に軽く触れる。

 それだけで扉は音もなく開き、灯り取りの天窓からのささやかな光が差し込んできた。

 薄明かりに照らされた彼女は酷薄に笑うと、脳裏に浮かんだ安全策を破り捨てた。


 それはつまらない、面白くない。

 もしアレイスターが排除に乗り出したら、うっかり鋼盾を全力で守ってしまうかもしれない。

 だって。


「笑わされちゃったら、負けよね。
 たとえあれを殺すにしても、もっと大きな舞台がいい―――そうじゃない?」


 そうじゃなければ、もったいないにも程がある。

 あの少年はとびっきりの触媒だ、先ほどの会話だけでそれがわかってしまった。


 かわいい部下が何人も誑かされてしまった、人見知りのステイルがああも懐くなんて相当である。

 ほんとうに性質の悪いことだとローラは笑う、もしあれが美少女だったら傾城だ。


 自分勝手で無責任な煽動と誘引。

 イレギュラーにもほどがある、ひとつなぎの才。


 でも、イレギュラーほど楽しいものはない。

 ゲームは経過を楽しむものだ、人生だってそうだろう。






「愉快ね。案外、私たちみたいな化物を殺すのは、ああいう人間なんじゃないかしら。
 いやいや、これは流石にいい過ぎかしら、百年早いとまでは言わないけれど―――まだまだ譲れないわね」


 こればかりは歳の功だと魔女は笑い、外へと続く扉をくぐる。

 夜は深く街灯も遠い、空を見上げればそれなりに星も見る事ができた。

 闇夜に浮かぶこれらの光は魔術にも縁深く、ローラもそれなりに造詣が深い。

 とはいえ、彼女は別段それらを好んでいるわけもはなかった。


 儚い光を美しいとは思うが、わざわざ愛でる程でもない。

 だって周りを見渡してみれば、そんなものよりもっと儚くて愛しいもので溢れている。


 彼女の目指す天上は、星の世界ではない。

 もっとわかりやすくて、ありふれていて、子どもじみた夢だった。


 だからこそ、譲れない。

 相手が誰であっても、譲れるわけがない。


「家内安全は世界の願い、か。
 否定するつもりもないけど---よそはよそ、うちはうち」


 ひとりごちながらローラは門を閉め、鍵を掛ける。

 施錠、遮断、固定、隔絶、阻害、埋没の六重結界は法王級の封印魔術。

 大英博物館の最奥保管庫レベルのそれを、しかし彼女は躊躇わずに実行する。


 この教会は、ローラにとってそうするに値するものだった。

 この場所で彼女は魔法名を定め、この場所で彼女は父と袂を分かち、この場所で彼女は娘から記憶を奪った。


 ここに来るたび、彼女は己のあるべき姿を思い出す。

 己の罪も願いも何もかもが、この小さな教会には刻み込まれている。


 封印の完成を確認すると、彼女は教会へ背を向けて帰路につく。

 最後にひとつ、こんな言葉を呟いて。



「それじゃあ、いってきます」



 娘のように母親のように、その声は響いた。

 それにいってらっしゃいと応える声はなく、彼女が振り返ることもまた、なかった。







――――――――――――



ここまで
なんかやたら書き込みに時間がかかってストレスマッハ

ともあれクッソ長くなってしまったエピローグ2がようやく終わりました
インデックスとローラの関係とか、ローラとアレイスターの関係とかいろいろ突っ込みどころ満載かと思います、許して
ああ、なんか原作もう長い事読んでねえや、つーか新約5巻6巻まだ読んでねえや

二巻の主役はステイルと土御門……と見せかけて舞夏と姫神さんでしょうか
鋼盾? ああ、なんか早朝ランニング始めて浜面とジョグ友になるみたいですよ(適当)

エピローグ3はアレイスターと土御門くんが窓のないビルからお送りします
とか言いつつなぜか今が書いてるのは>>562で言ってた「ふたりぼっちの世界征服」なのですが

それでは、また次回
よろしければお付き合いください

>>606
メイド返し見て一瞬舞花に弟子入りでもするのかと思ったwww

 
どうも>>1です、コメント感謝です
和風納豆ペペロンチーノ美味し

>>610 舞夏の弟子はアウレオウスだって何度も言ってるじゃないですか!
学生寮の管理人・厨房の錬金術師ヴァン=ホーエンハイム(偽名)になるんですってば!
あ、ちなみに冥土帰しの弟子は「木山晴生」「天井亜雄」「鈴科百合子」になりますよ(適当)

あ、本日の更新は本編ではありません
>>600で言ってたのが書き上がってしまったので投下します

ノリだけで書いた上新約も最近のは読んでないので突っ込みどころが多数だぜ!
でも書いてて楽しくて楽しくて仕方がありませんでした

あくまでも小ネタとしてお楽しみください
足りない部分は各自妄想で補って、>>1にあとでコッソリ教えてください

それでは、参ります!

そぉい!




――――――――――――――――――

 英国は倫敦、とある小さな教会。
 清教が筆頭たるローラ=スチュアートはひとり、過去を思い返していた。

 とある少女に禁書目録の任を命じてから、十年。
 あの茶番劇のような鋼盾掬彦との出会いから、三年半。
 そして――――あの決別の夜から、三年。

 かつてこの礼拝堂で行われた、それらの出来事。
 まさに光陰矢の如し、早いものだとローラは淡く微笑んだ。

 この三年間で、世界は大きく変わった。
 半年に渡った泥沼の第三次世界大戦、そして本戦より余程致命的だった、今なお続く戦後の混乱。

 魔術界の秩序は見る影もなく崩れ、科学の鎧都ももはや骨抜きに近い。
 聖人は尽く討ち取られ、超能力者も全員死んだと聞いている。

 貴重な魔導具や聖遺物、魔道書の散逸、学園都市の極秘技術の漏洩、最新兵器の鹵獲。
 火事場泥棒のような新興勢力が雨後の筍のように生まれては刈られていった。

 世界の裏も表もなく吹き荒れた嵐。
 喪われたものは数え切れず、残ったものも変質を余儀なくされた、そんな三年間だった。

 だが、己はあの日からひとつも変わっていない。
 この小さな教会も、あの日のままでここにある。

 変わる必要がないから、変わらなかった。
 変わる必要がないから、変えなかった。
 変われる筈など、あるはずもなかった。

 ローラ=スチュアートは小さく微笑むと、慣れ親しんだ教会を見渡した。
 この教会も、今日でその役割を終える事となる―――きっと、見る影もなく破壊されてしまうのだろう。
 それでもここを戦場に選んでしまったのだから、己もなかなかに感傷が過ぎる。

 計画は、既に最終段階に入った。
 随分と回り道をしてしまったが、ようやくここまで漕ぎ着けた。
 少なくない犠牲を払う事になったが、それもどうしようもなく必要な事だった。

 そして、今日。
 最後の犠牲を、天に支払う事になる。



 程なくして、待ち人は訪れた。
 律儀なノックにローラは苦笑しつつ、扉の向こうへ向かって「どうぞ」と入室を許可する。

 一瞬の間を置いて礼拝堂の扉が音もなく開き、薄暗い室内に陽光が差し込んだ。
 逆光の中に立つこのふたりこそが、彼女が待ち望んでいた最後のピースとなる。

 彼らは無言で此方に歩みつつ各々の武器を構え―――否、彼ら自身が武器そのものだった。
 その立ち居振る舞いには一切の隙はない、変われば変わるものだと、ローラは改めて感心する。

 十六歳から十九歳へ。成長期の三年間と言う事もあり、その容姿は随分と大人びた。
 背も伸び切り、体つきも顔つきも変わった、かつて残していた幼さは既にどこにも見当たらない。

 だけど、それより何より―-―その目が、その魂が、もはや別の生き物のように変質している。
 地獄を見てきたと、その眼差しが、その足取りが、その一挙手一投足が雄弁に物語っていた。

 扉から五歩、そこで彼らは同時に歩みを止めた。
 ローラ=スチュアートが仕掛けた法王級の呪罠陣が間合いのギリギリ一歩外。
 隠密性では最高峰を誇る自慢の術式だったのだが、どうやら挨拶代わりにもなってくれなかったらしい。

 女がひとり、男がひとり。
 ふたりぼっちのひとでなし。

 ローラ=スチュアートとよく似た容姿をした女が、凄絶な笑みを浮かべる。
 肩口でカットされた銀色の髪、闇を湛えた翠の瞳、纏う古は風な黒の修道服。
 十万三千冊の魔道書全てを掌握した魔神が、手にした剣で無数の魔方陣を虚空に紡ぐ。

 御使殺しの修道女、この世全ての魔術師の天敵、禁書目録。
 彼女の名はインデックス=スチュアート、その二つ名を〈献身の剣〉という。

 もう一方は黒髪黒目の東洋人、鋼のような風情を纏う隻腕の男。
 無難にこなれた旅装はしかし学園都市製の戦装束であると聞く、その中身のない右袖が風に揺れた。
 それを合図に、彼らの周りに無数の半透明な盾が十重二十重に展開し、瞬く間に空間を制圧する。

 常に禁書目録の傍らにあり、あらゆる攻撃から彼女を守り続けた鋼の天蓋。
 彼の名は鋼盾掬彦、その二つ名を〈献身の盾〉という。

 剣には無数の刃毀れがあり、しかしその切れ味は未だ空前絶後。
 盾にも無数の傷痕が刻まれ、しかしその防御力は未だ盤石絶対。

 神の右席を蹴散らして、ローマ聖教に白旗を掲げさせ、グレムリンなど鎧袖一触。
 果てはアレイスター=クロウリーすら叩き潰した、当代最強至高の武具。
 第三次世界大戦を終わらせた、救世と糾正の化物たち。

 献身の剣と、献身の盾。
 ひとそろいのひとでなし。

 インデックス=スチュアート。
 そして、鋼盾掬彦。

 彼女が求めた、最後のピース。
 最後にして最強の、敵。



 彼らはローラにまっすぐ目を遣ると、同時にその口を開く。
 鈴のように冷たく、鋼のように固い声が響いた。

「「Dedicatus728」」

 ふたりでひとつの魔法名。
 彼らが共に背負った、ひとでなしの宿業。

 その意は“献身”。
 我が身を擲ってでも、成すべきを成すという事。

 己が銘を刻み付けるように厳かに、揺るがぬ声が静寂を切り裂いた。
 幾多の戦場で紡がれたその名告りは、既にあらゆる魔術師にとって恐怖と畏怖の対象に他ならない。
 そして―――勝っても負けても彼らにとって、これが最後の名告りとなる。

 彼らがそれを己が銘と定めたのが、今から三年半前の七月二十八日のこと。
 それからの歳月は、彼らにとっては奪われ続ける日々だった事をローラは知っている。
 得たものもあったのかも知れないが、それに倍して彼らは奪われ喪い続けていた。

 ステイル=マグヌスはもういない。
 神裂火織はもういない。
 土御門元春はもういない。
 上条当麻はもういない。

 今となっては、どうしようもなく。
 あの日彼らが望んだハッピーエンドなど、もう、この世のどこにもありはしない。

 それでも献身の武具たちは、鍛え抜かれて此処にある。
 喪失の日々に折れず曲がらず迷わず揺るがず、彼らはついに己を追いつめた。

 彼らから何もかもを奪った茶番劇を終わらせるために。
 罪に塗れたこの時代を、終わらせるために。

 それすらもローラ=スチュアートの目論み通りだなどと、知りもせずに。
 否、あるいはそれすらも承知の上で、それでもここに立っているのかもしれない。

 まあ、どちらでもかまわないとローラは笑う。
 どちらにせよ、互いにやることは変わらないのだから。



 禁書目録計画のスタートから、十年。
 ローラ=スチュアートが人間を止めてから、六十余年。

 それだけの日々を費やして。
 ようやく此処に、すべての準備が整った。

 勝率はちょっと贔屓目に見て四分六分でこちらが不利、と言ったところだろうか。
 ……これだけの歳月を費やしてコレというのは、我ながら少しばかり情けない。
 ちゃんと準備している私は強い、なんて偉そうにステイルに言っておいてこのザマである。

 だが、これは仕方がないだろうとも思う。
 鋼盾掬彦がここまで人間を辞めるだなんて、ローラ=スチュアートをして計算外だった。

 思えば上条当麻―――幻想殺しの、死。
 あれがすべてのきっかけだった、あれですべてがひっくり返った。
 その死を経て鋼盾掬彦は致命的に壊れ、彼の能力が決定的に変質を遂げた。

 しかし傍目にはそれが見えなかった、誰もが手もなく騙された。
 復讐に猛るでもなく、怨嗟に狂うでもなく、彼は変わらず理想を歌い、未来を語った。
 その姿に誰もが星を見た、どうしたって守りたくなるような希望の星を見た。

 ヒーロー。
 あるいは、その皮を被った、なにか。
 そんなものがあの日、生まれてしまった。

 上条当麻があの日屋上で鋼盾掬彦に託したものはなんだったのか。
 上条当麻の死後、その身に宿っていたものはどこに消えてしまったのか。

 右方のフィアンマが首を飛ばされ、双翼の大天使が無理矢理どこかへ還されて。
 ようやく世界がそれを知った時には、色々なものが手遅れになっていた。

 まったく、たいしたイレギュラーだ。
 こんなことが起きるのだから、人生というのは面白い。
 それでも彼をあの時殺しておけばよかったと思えないあたり、我ながらどうかしている。

 笑わされてしまったら負け、魅せられてしまったら負け、だ。
 だが、それでも譲れぬものもある、ほんとうに人生というのはままならない。

 ローラ=スチュアートはひとつ微笑むと、その長過ぎる髪を纏める髪留めをそっと取り外す。
 既に故人である彫金師、アーマンド=ローウェルの作品であるそれは、言うなれば拘束具。

 戒めを解かれた長い長い髪は、眩い光を湛えながら重力に逆らう。
 盾を擦り抜け剣を縛らんとばかりに百の鎌首を擡げるそれは、宛ら黄金の蛇群のようだった。

 眼前の彼らがアダムとイヴならよかったのに、とローラは思う。
 彼らがもしも、手を取り合ってこの理不尽な結末から逃げてくれればよかったのに、と。

 もし、そんなことになったのなら。
 ありえぬことだけど、きっと、己は。
 彼らの事を追いはしなかったのではないか、とふと思う。

 だけど、そうはならなかった。
 当たり前と言えば当たり前なこの結末を、それでも彼女は悲しいと思った。

 とは言え、それも瑣末事。
 僅かな感傷を笑い飛ばして、ローラは彼らに語りかける。


「……ああ、最後にひとつだけ」


 無粋といえば無粋の極み、とはいえ無粋も悪くない。
 罪といえば罪かもしれないが、それこそ今更である。

 言葉が溢れる。
 空薬莢程の価値もなかろうが、それでもそれを止める気にはなれない。

 だって。
 ここに至って己は初めて、なんの虚飾もなく貴方たちと向き合えるのだから。
 ようやく素直に、この思いを口にできるのだから。



「鋼盾掬彦、鋼の盾―――貴方に最大限の敬意と感謝を。
 ふふ……あの日もうちょっと欲張って、貴方を私のものにしておけばよかったわ」


 鋼の盾たる少年――いや、もう青年、男か。
 数奇な運命に翻弄された彼は、どうしようもなく壊れてしまった。
 かつてはまっさらだった盾は、今では取り返しのつかぬ程に返り血で汚れてしまっている。

 それでも。
 彼が今日までずっとあの日の宣言を守り続けたことは、認めるしかないだろう。

 喪失に狂う事なく暴力に酔う事なく、彼はまさしく献身の盾だった。
 こんないい男はなかなかいない、頭とか超なでてあげたい、やらないけど。

 ローラ=スチュアートのそんな台詞に、鋼盾掬彦の鋼の面が初めて揺らいだ。
 といってもほんの少しだけ目を見開いたくらいのもので、その盤石の戦闘態勢には些かの揺らぎもない。
 むしろ、隣に立っている女の方が「むう!?」とでも言わんばかりにその頬を膨らませ、こちらを睨んできた。

 それがおかしくて、微笑ましくて、ローラは思わず吹き出しそうになる。
 まったくもう―――安心なさいな、娘の想い人をとったりしないわよ、と。


「そして―――インデックス」


 インデックス=スチュアート。
 彼女をひとりの人間として相対するのも、その名で呼ぶのもこれが初めて。

 本当の名前とか、誕生日とか、父親の事とか、ほかにもいろいろ。
 今となっては自分しか知らないたくさんの事について、語るつもりは既にない。
 もう死んでしまったその子の話など、眼前の彼女にとっては何の意味もない。

 幾多の喪失に塗れ、多くの魔術師から命を狙われ、群がる敵をたくさん殺して。
 それでも彼女は幸せを掴んだ、寄り添う男と共に、笑みすら浮かべて茨の道を踏破してきた。

 この世全ての毒を孕んでなお凛と咲く、大輪の花。
 これに比べればかつて己が咲かせた花など、造花のように霞んで見える。

 きっと実を成す事はない、種など遺すわけもない。
 完結してしまった歪な花は、それでもどうしようもなく生きている。
 
 それを、たまらなく嬉しいと、そう思う。
 そんな事を思う権利が己にないことなど百も承知で、それでも。

 ああ、認めよう。
 この抑え切れぬ暖かな感情は、かつて鋼盾掬彦が口にした通りに。

 笑ってしまう程に、ドロドロだった。
 けして、透明などでは、なかった。

 言葉が、溢れる。


「愛しているわ、あなたを」


 愛の告白は呪詛に似ると言った詩人がいたが、なるほど然り。
 我ながらとびきりにタチの悪い、呪いじみた言葉であった。




「………ほんと、リアクションに困るかも。
 “わたしも愛してますおかあさん”、とか言えばいいのかな、きくひこ」

「さあて、どうかな。
 ―――どうなんですかね、そのへんは、ぶっちゃけどうでもいいですが」


 ローラ=スチュアート渾身の愛の告白を受けて、鋼盾とインデックスのふたりも口を開いた。
 「ちょうめんどくせえけどしかたねえなあ」と顔に書いてある、心までは鋼になれやしなかったようだ。

 観客がいるわけでもないから、シリアスになっても仕方がない。
 どうやったって3人のうち1.5人は死ぬ事になる状況で、何を演じるのも馬鹿らしいだろう。

 それはそれとして、どうなんですかねと聞かれてしまったローラである。
 そんな風に聞かれたらちょっといじわるしたくなるのが人情だ……さてさて願いましては、と。


「ふむ、私としては―――そうね。
 ……むしろ鋼盾掬彦、貴方の口から“お義母さん”みたいなのが聞きたいかしら」


 男と女がいれば2人が3人に増える事もあるだろう、と。
 鋼盾掬彦、そのくらいの甲斐性は見せて欲しかった気もするぞ、とローラは笑う。
 こういうのは女の方からねだった方がうまく行くわよと娘にも言ってみる、ちなみに経験談である。


「……照れ隠しでこっちに爆弾投げるのはやめていただきたい」

「……お涙頂戴な愁嘆場よりはいいけどさすがにデリカシーに欠けるかも」


 うふふふと笑う最大主教に冷淡なツッコミが入る。
 呆れたように鼻白む鋼盾掬彦と、不機嫌を隠そうともしないインデックス。
 あわてて顔を真っ赤にするような反応を期待したのだが、残念な事に不発である、悔しい。

 この二人の関係も、正直イマイチ測り難い。
 流石に未だに父親役と娘役ではあるまいが、家族ごっこは継続中らしい。

 まあ、本人達が納得しているならそれでいい。
 愛にもいろいろなカタチがあるのだろう、とローラは笑う。


「あらら、手厳しい。私だって初孫の顔くらい―――はいはい、冗談よ。
 ……そうね、やっぱりここはアレかしら、ふふ、殺し愛」


 笑みすら浮かべてそう言ったローラ=スチュアートの手に、一振りの銀杖が現れる。
 その銘を「衝撃の杖(ブラスティングロッド)」と言ったりする。
 前の持ち主はアレイスター=クロウリーだったりする、我ながら「うげげ」である。

 捩じくれた銀色の杖は嫌になるほど手に馴染み、彼女の魔力を増幅し錬成してゆく。
 衝撃などこの杖の機能のひとつに過ぎない、とは言え既にネタバレ済みだろうけど。

 仇がどうの遺志をどうのとは思わない、落ちていたから貰っておいた。
 この杖が彼の死後この教会に落ちていた理由は……どうせ嫌がらせだろう、そういう人だった。



「……へえ、また懐かしいものを。“衝撃の杖”、でしたっけ。
 そう言えばへし折った記憶はありませんでした、それ」

「死んだ仲間の武器を使うのは勝ちフラグだけど……。
 わたしが思うに―――この場合のそれは、どうみても死亡フラグなんだよ」

「あからさまなフラグは逆フラグというのも、なかなか鉄板じゃないかしら。
 ま、心配しなくても本命は他にもあるわよ、例えば、あえて禁書目録に載せなかったこんな魔道書とかね」

「うげげ」

「うげげ」

「ふふふ――まあ、最後だから大盤振る舞いでいかせてもらうわよ」

「さいですか。
 それじゃあぼくも封印していた必殺技を披露しますかね、いつかの約束通りに」

「なら私もとっておきだった最終形態への変身を使うしかないかも」

「うげげ」


 雑談めかした超高度な心理戦である、嘘だが。
 互いに持久戦など望んではいない、初手から殺る気満々なくらいでないと即殺即死だ。

 こんな状況でありながら、ローラ=スチュアートは楽しくて仕方がない。
 全力で戦うのは随分と久しぶりだ、具体的には――――インデックスの父親以来だったりする。

 おそらく今、己の目は多分相当に魔性かつアレな事になっているのだろう。
 相対する鋼盾掬彦とインデックスの目を見ればそれがわかった、酩酊の黄昏だ。

 取り繕いようもない化物が三人。
 ヘラヘラと笑いながら、てめえの都合で世界を踏みにじっている。
 どいつもこいつもひとでなしにもほどがある、はっきりいって気持ち悪い。

 まったくもって、ろくなものではない。
 ヒーローも、ラスボスも、どこにもいないのだ。

 丁が出ても半が出ても、オチはどうせ似たようなものになる。
 ひとりよがりかふたりよがりかの違いだけである、ちなみに多数決は拒否させていただく。

 こうなってくると、ぶっちゃけ献身なんて嘘っぱちだったのかもしれない。
 とは言え今更撤回するつもりもない、覚悟というのはそういうものだ。

 さてさて。
 出し惜しみをしないと決めたので、これもようやく口にできる。
 そもそも相手が名告っているのだから、こちらも名告るのが礼儀であろう。


「―――dedicatus728
 “我が献身にて天上への道を成さん”、っと」


 ローラ=スチュアートが名告りを上げた。
 己と同じ魔法名を名告る彼らに、内緒話を打ち明けるように、悪戯心たっぷりで。


「……むう」

 それを受けてインデックスは翠の瞳をまんまるにし、それから恨むようにローラを睨み据えた。
 ふたりだけの魔法名じゃなかったのが気に入らないのだろうか、とはいえこちらが先着である、いひひ。

「……なるほど、こりゃ、笑うしかないですね」

 鋼盾掬彦の方はと言えば、こらえ切れぬように小さく吹き出して、にやにやとこちらを眺めてくる。
 三年半越しの納得。ちゃんと伏線を回収するのだから己は偉い、投げっぱなしで死んだどこぞの逆さ宇宙人とは違うのだ。
 
 ともあれ、これにて各々きっちり名告りを上げた。
 それぞれ武器も構えて準備も万端、名残は惜しいがそろそろ待ち切れない。

 それでは。
 いざ。




「じゃ、はじめましょうか、恨みっこなしの新新約を」

「恨みっこなしってのはいいですね、まあぼくは負けたら超恨みますけど」

「ふん、だ。わたしは負けないからどうでもいいかも」


 役者は三人、いずれもひとでなしのろくでなし。
 世界すべてを巻き込んだ茶番劇の最終章が、ここにはじまる。

 ほんとうに。
 まったくもって、傍迷惑な話だった。


――――――――――――――――――





ここまで

このあとローラとの戦いに勝利し、物語はエンディングを迎えます
エンディング♯036 “ふたりぼっちの世界征服”となります、鋼盾くんの最終学歴は中卒の模様

このルートを決定づけた最大のフラグは「上条当麻の死亡」です
それを防ぐ為には、右方のフィアンマが放つ上条当麻への刺客を撃退する必要があります
冥土帰しと妹達だけでは無理ゲなので、鋼盾&インデックスの渡英時に病院の戦力を増強しておきましょう

「御坂美琴」「アウレオウス=イザード」「木山春生&風斬氷華」あたりが有力候補です
「一方通行」や「天井亜雄&〇〇〇〇〇号」「削板軍覇&スキルアウト義勇軍」等が選択可能なことも

この戦闘に勝利すると「上条当麻覚醒フラグ2」が成立します
その上で鋼盾がフィアンマを撃破すれば、新約にて上条さんが復活です

さあ! 今すぐエンディング♯003“ぼくときみときみのオカンとそのオトン”を目指せ!!
ローラを「お義母さん」と呼ぼうぜ!! アレイスターに曾孫を見せようぜ!! ひゃっはー!!
そう―――家内安全は、世界の願いッ!!! 制作は順調に遅れています!!!


なんちゃって
バッドエンド寄りのノーマルエンドで限りなくトゥルーっぽいのっていいよね
なお、今回のお話で登場した設定は本編とはまったく関係ありませんので悪しからず

次回はちゃんとエピローグ3をやりますので勘弁してください
逆さま宇宙人呼ばわりされたアレイスターの胸中や如何に!

それでは、またしばし


どうも>>1です。
秩父の山々は雄大だぜイエー!うっかり三泊しちゃったさ!
今から一緒に!これから一緒に!名栗に行こうか!

暖かな米に感謝です、ただいまんこ
それなのにキャンプしててすいませんでした

では、遅くなりましたが投下します
エピソードその3、土御門くん視点ではじまりますです

なんでも新約7巻で土御門兄妹の過去が語られたらしいと噂で聞いたのですが
>>1は新約3巻までしか読めていないので多分齟齬がでまくりだと思いますが今更だよね!

それでは、参ります
そぉい!




――――――――――――――――




 学生寮屋上の決戦からおよそ丸二日が経過した、七月二十九日の二十二時。

 窓のないビルにほど近い小さな公園にひとり、土御門元春は居た。


 アロハシャツにハーフパンツという出で立ちで、夜も深いというのにサングラス装備。

 常通りのスタイルであったが、浮かべる表情は普段の彼からはほど遠い、色濃い疲労が滲むものであった。

 緩み切った口から溢れた言葉もまた、彼らしくもなくよれよれだ。


「……うあー、マジねみぃにゃー。もうしんどいにゃー。
 ったく、ステイルと神裂もせめて屋上の後始末くらいしていってほしいぜい……」


 ベンチの背に身体を預け、土御門は深々に愚痴と溜息を吐く。

 証拠隠滅に情報操作、各種申請に各方面への牽制と報告、情報収集に人払いの結界、今後の布石エトセトラ。

 学園都市の任務ではないため人手も借りられず、清教の同僚は英国にトンボ帰りである。


 結果、唯一動ける人材である所の土御門元春に負担が集中する羽目になってしまった。

 導火線に火のついた爆弾と、放っておけばすぐに腐り落ちてしまう果実――いずれも迅速な処理が求められていた。

 この数日間のスケジュールは彼をしてグロッキーレベルの無茶苦茶である、勘弁願いたい。


 だが、それでも。

 土御門元春はそれをやり切った。

 彼を突き動かすのは義務感と責任感と、そしてなにより高揚だ。


 一体何人が気付いているだろう、この開幕のベルの音に。

 土御門元春が一度は諦め、しかし待ち望んでいたこの鐘の音に。


 物語が始まったのだ。

 始まってしまって、もう後戻りはできないし、許さない。


 演者は役に殉じればよい、観客は固唾を呑んでいればよい、監督はほくそ笑んでいればよい。

 なれど、裏方を任ずる者は舞台裏で駆け擦り回らねばならないのだ、まったくもってクソッタレな話である。


 更には、その上。

 脇役とはいえ、なんだかんだで舞台に上がる事になってしまったのだから―――本当に、困ったものだ。





「どいつもこいつも人使いが荒過ぎですたい……現場の苦労を判ってないんだぜい。
 まあ、無茶ぶりナンバーワンはコウやんだったわけだがにゃー……いや、ホントに」 


 ぼやく声が夜闇に融けてゆく。

 文句を言いたい相手は何人もいるが、一番の頭痛の種はやはり彼だろう。


 鋼盾掬彦。

 このたびクラスメイトから同志というか道連れというか、曰く言い難い間柄になってしまった彼。

 今日も昼過ぎまで一緒に過ごした愉快な髪型のこの親友というのが、なかなかになかなかのクレイジーなのである。


 それが如何なく発揮されたのが、今朝の一件。

 英国清教最大主教・ローラ=スチュアートとの電話越しの会談だ。
 

 正直、あれには参った。

 一晩中続いた入念な打ち合わせやら諸々を、全部吹っ飛ばしてくれやがった。

 電話を終えたの彼の後ろ頭に割と本気で拳骨を落としてしまったが、後悔はしていない。

 むしろ通話の最中にそれをやらなかった己の忍耐力を褒めてやりたいくらいだ、本当によく抑え切ったものだと思う。


 それほどまでに、アレだった。

 あの対話がどれほどのものであったか―――必要悪の教会の魔術師であれば例外なく目を剥くレベルである、マジで。


 最大主教の言葉の全てが本音だったとは勿論思わない、口にしていない事など山のようにある事は解っている。

 馬鹿で愚かな子供たちが滑稽で、つい口を滑らせてしまっただけの話なのかもしれない。


 だが。

 それでも―――それでもだ。
 

 ローラ=スチュアートがあれほどまでにその裡を曝け出すのを、土御門元春は初めて見た。

 英国清教最大主教――底知れぬあの女怪があんな声を出すなんて、きっと誰も知らないだろう。





 それを引き出したのは、彼。

 土御門元春の友人で、学園都市に住む学生―――たった、それだけだった筈の少年。

 冴えなくて、小太りで、目立たない、どこにでも居るような男。

 鋼盾掬彦が、それを成した。


 電話での会話はすべて録音してあったが、聞き返す気にはなれない。

 内容を忘れられる訳がないし、それよりなにより―――恐ろしい。

 今思い出すだけで、正直なところ震えが走る。


 あれは。

 ただの村人が巨竜から鱗を一枚剥ぎ取ってくるかのような、そんな一幕だった。

 まるでファンタジー小説のような話ではあるが、土御門元春はそんな風に今朝の一幕を評する。


 首でもなく角でもなく、鱗一枚。

 英雄譚と呼ぶにはあまりに些末な戦果であるものの、命が何個あってもたりないタスクだ。 

 少なくとも己にはあんな真似はできない、リスクとメリットの釣り合いが取れないし――なによりも。
 

「……ありゃーきっと、逆鱗の一枚隣ってとこだにゃー……」


 逆鱗の一枚隣。

 あの化物の無数の鱗から、それを選んだ眼力。

 その一枚を過たず見抜くような所行も、敢えてそれを選ぶ蛮勇も、はっきり言って理解の外だ。

 だが―――そうでなければ、最大主教が鱗を差し出すこともなかっただろうとも思う。


 電話の向こうでローラ=スチュアートは、笑っていた。

 笑いながら鱗を剥ぎ取り、血を滴たせるそれを褒美と言って放ってよこした。


 あれは。

 鋼盾掬彦のその選択は。


 偶然だったのか、慧眼だったのか。

 それとも、そのどちらでもなかったか。

 土御門元春は、今でもそれを計りかねている。





 
 鋼盾掬彦。

 勘のいいヤツだとは、常々思っていた。

 まだほんの数ヶ月の付き合いではあるものの、彼のそういうエピソードには枚挙に暇がないほどだ。


 単に頭がいいとか、視野が広いとか、要領がいいとか、センスがあるとか、そういうことではない。

 その程度の才覚なら見慣れていた、見飽きてすらいる―――そういうものではないのだ。


 鋼盾掬彦という少年は基本的に凡庸だ、と土御門は断じる。

 まったくもって凡庸なクセに――時折、誰よりも早く、なんでもない風に正解を言い当てる。

 丼勘定のようにいいかげんに、笑ってしまうほどに的確に、彼はそういう事をやってのけるのだ。


 その特殊な出自と特殊な経歴故、土御門元春は同世代の学友たちよりずっと世事に長けている。

 そんな己が綿密な計測と計算から導きだした解と全く同じものを、鋼盾掬彦が口にする事が何度もあった。

 時には己には思いつかぬようなやり方を示してのけるような事すらもあり、その度に驚かされ、“やられた”と膝を叩いたりした。

 
 意外と面白いヤツだ、侮れない、そう思っていた。

 今はまだ埋もれているけれどそのうち開花するんじゃないか、案外に大器晩成なんじゃないか、とか。

 だから無能力者だからどうのこうのとウジウジするなよとか、悩め惑え若人微笑ましいぞとか―――なんて、偉そうな事を考えていた。


 それがいつになるかはわからないし、根無し草の己がそれを見れるとは思っていなかったけど。

 いつか彼が化けるのを見てみたいと、そう思っていた。


 殻を破るように、花を咲かせるように、若鳥が巣立つように。

 胸を張って前へ進んで欲しいと、そう願っていた。


 だけど、まさか。

 こんな形でそれを見ることになるなんて、想像だにしていなかった。


 激動の日々と、幾つもの出会い。

 何よりも喪失――上条当麻の昏倒を経て、鋼盾掬彦は変質した。

 本人の口から聞いた“能力の発現”というのも、それにくらべれば些細な問題に過ぎない。


 最大主教との電話を終えた、そのあと。

 どうすりゃいいんだと頭を抱えた己に、彼はおろおろと謝った。

 叩かれた頭を擦りながら、申し訳なさそうにしていた。


 だけどそれでも、土御門が無茶と断じたあの会話を。

 必要なことだったと、そう言い張って譲らなかった。





 
 “多分だけど、ここで繋いどかなきゃいけなかった”

 “そうじゃないと、だめだった”

 “ホントごめん―――でも、自分でもよくわかんないけど、さ。
  うん、今、あの人と話さなきゃいけなかったんだ”

 “じゃないと”

 “きっと―――


 ―――きっと、なんだというのだろう。

 いくら待ってもその先を彼が口にする事はなく、結局己が折れてしまった。


 たどたどしく、要領を得ないそんな言葉。

 しかしあの目あの声で言われてしまえば、それ以上問いつめられるわけもなかった。


 彼は、最大主教は自分たちの敵だと言った。

 そして同じ口で、彼女を味方だとも言った。


 彼の言葉と視線の先は、すべて。

 ひとつの揺るぎもなく未来に向けられているのだと、わかってしまった。

 だから、土御門元春は全ての煩悶と不安と溜息を無理矢理飲み下して、それを是とした。

 



 
 ……まあ、こうなることは初めから判っていたと言えば判っていた、と土御門は思う。

 判っていて、それでも選んだ、それでも欲した、それでも夢を見た。

 望んで負った苦労である、どんと来い艱難辛苦――――忌々しい程に慣れた道だ。


 おまえはそれでいい、オレもそれでいい。

 オレたちはどうしようもなく愚かで、だからこそきっと未来を掴める。

 身の程知らずなそんな思いが、不思議と爽やかに背を支えてくれているのを土御門は感じていた。


 悪くない気分だと、そう思える。

 身体の奥底から込み上げる高翌揚に、頬が緩んでしまうほどに。


 「ここ」こそが、特等席だ。

 お高価いS席でふんぞり返った連中には一生判るまい。

 下衆な高翌揚と百も知りつつ笑いが止まらない――我ながら俗物だ、楽しくて仕方がない。


 ……とはいえ、肉体的にしんどい事にはかわりはないのもまた事実。

 なにより今日はまだもう一仕事残っているというのだから、溜息も溢れるというものだ。

 特等席に座るには、金銭ではなく身を削るような労働が求められるのである、しんどいったらない。


 視線の先には、窓のないビル。

 その主が己を呼んでいる、約束の時間まであと一時間ほどである。


 アレイスター=クロウリー。

 学園都市統括理事長なんて役職に就いてやがる、逆さま宇宙人標本。

 どうせ全てを把握しているだろうに態々の呼び出し、まったくもって気が滅入る話だ。


 前門のローラ、後門のアレイスター―――勘弁して欲しい、なんだこの二連荘。

 世界化物ランキングトップテン入り確実の化物との二連荘だ、[ピーーー]る。


 だけど。

 己は――土御門元春はかつて、そこにこそ活路を見出した。


 複数の組織に身を寄せて、走狗となって情報を掠め取り、各々の便宜を取計らう。

 糸を紡ぎ、網を張り巡らす――――蜘蛛のように、だ。


 呪界の巨人どもが身動ぎするだけで揺れ、腕を振り払えば容易く切れてしまう不確かな巣。

 そんな心許ない立ち位置こそが、己に許された唯一のスタイルだった。

 そしてそれは、基本的にこれからも変わる事はないのだろうと土御門は思う。





「……まったくもって無様な話だ。
 どうしてこんな風にしかなれなかっただろうな、オレは」


 思わず、自嘲めいた言葉が溢れる。

 結局の所、身から出た錆としか言いようがない。

 カッコつけてバランサーなどと気取ってみても、空しいだけだ。


 己の立ち位置でバランスを保とうとする事は、そこに拘束される事に他ならない。

 それは、樹の上で落下を怖れて縮こまる子供となんら変わりはしないと土御門は思う。


 本当に、多重スパイなんて、みっともないあり方を選んでしまったものだ。

 思えば数奇な半生である―――まったく、どうしてこんなことになったのだろう。


 土御門元春は溜息をひとつ吐くと、己の掌へと視線を向けた。

 大本の原因を求めるのならば、それはやはりこの身に流れる血に他なるまい。


 血、受け継がれるもの。

 この国に旧くから根を張る呪い屋の系譜、この薄皮一枚下にその赤が脈を打っている。


 ネタバレも大概にしろと鋼盾掬彦が言っていたが、そんな事を言われてもどうしようもない。

 陰陽師安倍晴明に由来する陰陽一族が末裔、こちとら由緒正しき元ネタ様だ。


 そう、元ネタだ。

 うんざりする程ファンタジーでオカルトで胡散臭い、神妙不可思議なお家柄。

 開祖よりうっかり千年、方々でネタにされまくってる狐の孕み子な血筋なのである。


 土御門家。

 そんな家に生まれ、そんな姓を継いでしまった。

 傍流ではあったが本家との繋がりは未だ色濃く、己は物心つく前から呪術の英才教育を受ける事となった。


 寝物語は呪術の和綴じで、遊び道具はとびきりの呪具。

 幼稚園児が絵本や積み木に夢中になるように、小学生が漫画やテレビゲームに興じるように。

 己はそれに夢中になった、それが世界のすべてだった。


 なまじ、才能があったのがいけなかったのだろう。

 齢七つにして風水分野においては一族筆頭、従えた式神は三桁を超えた。

 通字も許されぬ分家の人間でありながら、“清明の再来”などという過分な評価を得てしまった。


 やり過ぎたのだ、と土御門元春は幼かった己を思う。

 プライドだけは高い本家の連中が面白かろう筈もない、いつの世も出る悔いは打たれるものだ。


 千年間積もりに積もった妄執と、薄れ行く血と知識。

 名門土御門は既に幻想だと土御門は思う、千年もかけてジジイに誰ひとり届かなかった出涸らしだと。

 ほんとうに大切なものは――――きっともう、あの家には残っていないのだ、どうしようもなく。



 とはいえ、日本呪術界における影響力は未だ失われてはいないのも、また事実。

 宮内庁やら御霊部やらを見てみれば、一族の縁者がゴロゴロいるのが現状だ。


 土御門の名前には、無数の柵がこびりついている。

 無数の人間がこびり付いている。


 魑魅魍魎渦巻く旧家の陰謀ゲームにおいて、才長けた分家の小倅はある種の爆弾だったらしい。

 幼い元春を自勢力に引き込もうとする者や、いっそ暗殺してしまえと企む者すらあったと後に聞いた。


 そんな状況に危機感を募らせた父は、伝手を頼って息子を英国の教会へと預けることにした。

 大戦の混乱の最中に大英博物館に掻っ払われた呪術書の閲覧とか、そのような名目だったと思う。

 清教と一介の陰陽師の間に如何なる繋がりがあったのかは知らないが、とにかくそうなった。


 父の判断は正しかったのだろう、幼い己もそれは理解していた。

 それでも、言葉も碌に通じぬ異国にひとりというのは、なかなかに厳しいものがあった。

 ある日突然家族や友人と引き裂かれ、随分と寂しい思いをした事を覚えている。


 そんな己を憐れに思ってか、当時世話になっていた神父が一人の少女を連れてきてくれた。

 その銀髪で翡翠の眼をした少女は彼を見るなりその瞳を輝せ、英国語で矢継ぎ早に話しかけてきた。

 困惑する己を見て言葉が通じぬ事を悟った少女は、神父と二三言の遣り取りをすると踵を返して書庫へと走り、分厚いハードカバーを数冊抱えて戻ってきて。


 そして彼女は恐ろしい速度でページを捲り、あっと言う間に読み進めてゆく。

 その本はどうやら日本語の辞書や文法書の類であるようだったが、意図は掴めなかった。


 助けを求めるように神父に目を向けるも、彼は悪戯に微笑むのみ。

 どうすればよいのかわからず、己は次々に本を読破してゆく少女を見つめ続けた。


 それから間もなく、彼女は全ての本を平らげて。

 ひとつ大きく深呼吸をして、まっすぐに己を見つめて。


 そして。

 そして。




“―――はじめまして! わたしのなまえは“    ”っていうんだよ!
 あなたのなまえもおしえてくれると嬉しいかも!”

 完璧な日本語で、弾むような甘い声で。

 少女はその名前を名告り、己に名前を問うてくれた。


 異国でひとり惑う、やせっぽっちの少年に。

 わたしとともだちになろうと、そう言ってくれた。


 それだけで、己の人生は変わってしまった。

 後に禁書目録を名告る事になる当時七歳のその少女に、土御門元春は心を奪われてしまったのだ。


 初恋と言えば、あれが初恋だったのだろう。

 我ながらチョロい話だと土御門は微笑む――出会って一時間そこらで一撃KOだった。


 もしもあの時、彼女と出会わなければ。

 京の都の薄闇に戻り旧家の柵に塗れつつも、陰陽博士として烏帽子でも被っていたかもしれない。

 相当に難しかったとは思うが、呪術を捨て市井の人間として生きてゆく道があったかもしれない。

 だけど、土御門元春は彼女と出会い――そして、その清冽な覚悟に触れてしまった。


 完全記憶能力。

 ほんの僅かな時間で日本語を完全にマスターしてしまうほどの希有な才能。

 その才を基盤として紡がれた、英国清教の遠大な企み。


 曰く、禁書目録計画。

 無数の魔道書をその身に宿す代償に、彼女は定期的に記憶を全て喪うという。


 喪った事にも気付けぬまま、なにひとつ得る事もない。

 その道に個人の幸せなどあるわけもなく、彼女はひとつの部品となる。


 あまりに救いのない、その苛烈な道行き。

 外道の所行だと、己は心底そう思った。

 なにより、彼女を失いたくなんてなかった。


 それでも彼女は、笑ってそれを是とした。

 それが己の使命であり喜びだと、そう言って笑った。

 笑いながら消えてしまった、居なくなってしまった。


 Dedicatus---献身の、聖女。

 誰よりも多くの荷を背負う、敬虔たる仔羊。


 人間がああも気高く在れるという事実に、あの日の己は圧倒された。

 止められるわけがなかった、穢せるわけがなかった。

 あんなに美しいものは、見た事がなかった。




 そうして、彼女が全てを忘れてしまった数日後。

 土御門元春は清教が暗部たる必要悪の教会への所属を申請し、最大主教ローラ=スチュアートがそれを受理した。


 記憶を喪い、己の事を忘れてしまった初恋の君と。

 それでも縁を繋いでいたかったのだろうか、七年も経ってしまえばよくわからない。


 今にして思えば、ローラに言葉巧みに丸め込まれたところもあったように思う。

 あれは葛葉よりも性質の悪い女狐だ、物を知らぬガキなどイチコロだったことだろう。


 同じ頃に届いた父の訃報も、きっかけのひとつだった。

 死因は心臓麻痺だったか、心不全だったか――まあ、ありふれた呪殺ということになるのだろう。

 警告というわけだ、なんとも回りくどい話である、日本人的であるのかもしれない。


 土御門一族による水面下でのお家騒動も相変わらずドロドロで、己の立場は微妙にも程があった。

 火種たる己が故郷に戻れば幾つもの導火線に火がつくであろうことは明らかで。

 それを宗家が許さぬ事もまた、明らかだった。

 
 ともあれめでたく道を踏み外し、そこからは修羅道コースに真っ逆さまである。

 必要悪の教会の一員としての任務は苛烈を究め、結果己は大いに捻くれる羽目となった。

 信仰という盾を持たずに入っていい鉄火場じゃなかったという事だ、畜生め。


 清明の再来ともて囃された術才も、陰謀渦巻く世界の裏側ではあまりにも無力で。

 神裂の戦闘を初めて目にした時にいろいろと悟るところがあった、術ではコイツらには勝てないと。


 それから魔術よりも詐術に傾倒していったのは、仕方のないことだったと思う。

 清教を介さぬ独自の繋がりを他の組織と結び、時には情報を売り見返りを得るような真似さえもした。


 幸いといってよいのか、そんな邪道も”必要悪”の内と認められた。

 そちらの方面に才があったとは思わないが、なんだかんだで性には合っていたらしい。

 需要はあった、必要悪の教会の面々はトップを除いてその方面にはあまり明るくない。


 虎の威を借りて、油揚を騙しとって、化かして誑かし、煙のように消える。

 呪術大家の血筋と嘯いた所で所詮は狐の末裔である、卑しいものだ。




 
 そうして日々を重ね、気付けば瞬く間に六年が過ぎて。

 必要悪の教会でも中堅クラスと数えられるようになった頃、土御門元春はとある任務を与えられる事になる。


 学園都市への潜入捜査。

 単独任務の適正、適応力、科学への忌避意識の少なさ、そしてなにより日本人であることが決め手だったのだろう。

 これまでも幾人も諜報の芽を送り込んではいたらしいが、それらはすべて失敗に終わっているらしい。


 ただこれまでと違うのは、学園都市の学生として能力開発をその身に受けるという事。

 魔術と能力を両立するのは脳科学的に不可能であり、その上で魔術師に能力開発を施すというのは――そう言う事だ。


 無茶を言うなと、そう思った。

 確かに情報網の構築、体術の研鑽、科学的手法の導入と、確かに己は魔術以外の分野にも広く注力してきた。

 だが、それらはあくまでも魔術という基盤あっての余技であり枝葉に過ぎない。


 近年、国際社会でますます存在感を増す学園都市。

 明らかに魔術と根を同じくし、しかし異なる「超能力」なる異能体系。

 その内情を探ることは間違いなく急務であり、必要な事である事に疑いはない。


 だが、それが己である必要はない。

 どう考えてもメリットとデメリットの釣り合いがとれない。

 土御門元春個人としてではなく、必要悪の教会で考えてもそうだとしか言いようがない。


 もっといい方法がいくらでもあるはずだ、と土御門は上司に食って掛かった。

 だが、ローラ=スチュアートは笑みを浮かべてこう言った。





 “お前に選択肢はないわ土御門、既に話はついているの。

  アレイスター=クロウリーとも――――土御門家の長とも、ね”


 これは三者にメリットのある、政治の話。

 そういうことなのだと彼女は言った。


 土御門宗家、英国清教必要悪の教会、学園都市。

 土御門家当主、英国清教最大主教、学園都市統括理事長。

 土御門泰青、ローラ=スチュアート、アレイスター=クロウリー。


 英国にとっては極東外交の一端、学園都市情報収集の為の足がかり。

 また土御門本家との繋がりは日本での活動において無視できぬメリットとなる。


 学園都市においても、宗教関連の面倒事を丸投げできる人材は貴重とのことらしい。

 どうせ、能力開発におけるサンプルとしての価値もあろう―――毛色の違うモルモットというわけだ。


 土御門宗家にとっては長年の懸案のひとつに決着が着くことになる。

 連中にとっては好都合な事に、能力開発を受ければ土御門元春は陰陽師の素養を失い、知識のみの凡百に落ちる。

 また、学園都市や英国の内情を掴めるかもしれないなどと狡っ辛い事を考えているのかもしれない。



 “土御門でありながら、土御門には求められない。

  魔術師でありながら魔術を失い、かといって学園都市にも染まれない。

  中途半端で、取るに足らない唯一無二―――だからこそ、意味と価値がある”



 “ふふ――――期待していてよ、土御門元春。

  貴方に、神のご加護があらんことを”

 
 



 信仰のために。

 利益のために。

 信念のために。

 存続のために。

 繁栄のために。


 組織の都合、一族の都合、宗派の都合、国家の都合。

 個人の信念や理念を容易く巻き込んで押しつぶす、集団の正義。


 それは、あの子を禁書目録にしたものであり。

 それは、父を殺したものであり。


 今日まで己を縛り、しかし守ってきたものであり。

 これからの己を縛るものである。


 結局。

 クソッタレと胸の裡のみで吐き捨てて、土御門元春はその命令を是とした。

 柵全てを捨ててまで保つべき理想も夢も目的も、彼はなにひとつ持ち得なかった。


 だけど、ひとつだけ。

 延々と積み上げてきた理不尽への憤りが、彼の中で小さな実を結ぶ。

 それは、彼がこの日まで頑に拒んできた魔法名の命名という形となって現れた。


 失う事で、得るものもある。

 弱いからこそ、守れるものがある。

 とるに足らない存在になる事で、お前らはオレに背中を晒す。


 いざという時にその無防備な背を刺貫く小さな刃であればいい。

 幾重に首輪を嵌められても、何を奪われても、どんなに汚れても、それを成す。


 知るがいい。

 背より心臓を穿たれ、死に至る間の永遠のような空隙に。

 お前たちがこれまで踏みにじってきた者の怒りと嘆きを。

 
 “Fallere825-----背中刺す刃”

 裏切りと欺きを是とする歪な名を、土御門元春は己に課した。




「……うーん、我ながら中二くさいぜい…。
 いや、あの頃は中二にもなってなかったわけだしにゃー、セーフだぜい!」


 ま、魔法名なんて仰々しくて恥ずかしいもんですたいと、土御門元春は小さく笑う。

 今になって当時を思えば、かつての己は随分と気負っていたし余裕がなかったように思う。

 恥ずかしいやら痛々しいやら愛おしいやら、まったくもってどうにもならない。


 土御門が学園都市に身を置いて、およそ一年半。

 この街で彼は、無能力者の劣等生としてそれだけの日々を重ねてきた。

 無論、複数の立場で様々な任務をこなしてはいたのだが、それ以外で彼を縛るものなどひとつもなかった。


 学生服を着て、学生寮に住んで、学校に通う―――そんな彼は、きっと普通の学生だった。

 土御門家の陰陽師ではなかった、英国のエージェントではなかった、学園都市の暗部連絡員ではなかった。


 そんな穏やかな日々を、己は気に入ってしまった。

 どうしようもなく大切に思えてしまった、それはけして嘘ではなかった。


 舞夏と出会えた事も、大きな転換点だった。

 今や義妹となった彼女の存在は、己の根本を形作るものになった。


 土御門宗家御曹司が妾腹の娘。

 陰陽術も土御門姓の意味も知らぬ、一族の厄介者。

 そんな少女を己のもとによこした宗家の意図は明確だ、子を成せと言う事だろう。


 己から魔術を剥奪しておきながら術才を惜しく、舞夏に教育の機会を与えずにおきながら血の濃さを捨て置く気はないらしい。

 つまりは種馬と胎盤扱いという事だ、生まれた子を本家に組み込んでの英才教育とか企んでやがるに違いない。


 とりあえずしれっと学園都市のIDをいじって義妹にしてみたのだが、宗家からはなんの音沙汰もない。

 近親婚上等とか考えてやがるのかもしれない、流石に旧家は頭がおかしい、いつか潰してやりたい。




 舞夏。

 己の元春という名との繋がりに意図があったとは思えない。

 だが、今となってはその符号めいた共通点を嬉しく思う、舞夏と出会って、ずっと嫌いだった夏を好きになれた。


 妾腹の生まれということもあり、生まれてすぐに他家へと預けられたという彼女。

 けして恵まれているとは言えない環境に置かれながら、それでも常に笑顔を忘れず、誰よりも聡く、強かった。


 初めて出会った時から、誰かに似ているとそう思っていた。

 メイド服は装飾を外せば修道服のようだったし、無心に針糸を操る表情は祈りのそれによく似ていた。

 時折気まぐれに己の事を「元春」と名前で呼ぶ事もあった、他にそう呼ぶ人間は、母親ともう一人しか居ない。


 撩乱家政女学校に入ったのは、誰かの為に生きたいからだという。

 それがわたしのよろこびなんだぞーなんて、どこかで聞いたような台詞を口にした彼女。

 奉仕と滅私、誰かの為に己を擲つ――そういう在り方をなんと呼ぶのか、土御門元春はよく知っている。


 Dedicatusと、そう呼ぶのだ。

 献身と、そう呼ぶのだ。 


 そんな彼女に初恋の君を重ねなかったかと言えば、正直な所自信はない。 

 それでも、絶対に彼女を失いたくはなかった。

 いつしか、彼女が世界で一番大事なものになっていた。



 裏切りの刃に例外がひとつ、生まれた。

 どこか虚ろだった魔法名に、ようやく一本芯が通った。






 仮初めの学校生活も、思った以上に楽しかった。

 小学二年生の時点で通常の義務教育から逸脱してしまった彼にとって、全てが新鮮だった。

 なにより、初めてできた同世代の友人たちとの日々は格別だった。


 本来、観察任務の対象でしかなかった上条当麻は実に愉快な少年で、あっという間に友人になってしまった。

 鋼盾掬彦や青髪ピアス、吹寄制理といったクラスメイトたちも、それぞれ面白いヤツらだった。

 月詠小萌ら教師陣が当然のように己を子供扱いするのも、くすぐったくも心地よかった。


 彼らと過ごす日々の中で、己もいつしか変わっていった。

 偽りの肩書き、損なわれた魔術、取るに足らぬ能力―――そんな無様な身の上で、しかし多くの物を得てしまった。

 裏切りの刃である事を止められる筈もなかったけれど、それでも世界が変わって見えた。


 勿論、このような日々が長く続く筈のないことは解っていた。

 学生の身分はあくまでも仮初めの身分に過ぎず、遠くない未来に己はここから抜ける羽目になるだろうと。


 だけど、それでも。

 それでも友人たちの記憶に、土御門元春という少年が残るのなら。

 魔術師やら陰陽師やらスパイやらそんなのではなく、ただのクラスメイトとして覚えていて貰えたなら。


 かつて擲ってしまったその可能性が、たとえ嘘であっても誰かの中で息衝いていてくれるのならば。

 それはとても嬉しいことだと、そう思えた。


 だが。

 今から二週間程前の七月二十日、夏休みの記念すべき第一日目。

 そんな土御門元春の感傷は、幻想のように打ち砕かれる。


 上条当麻と鋼盾掬彦、友人二人のもとに。

 “歩く教会”に身を包んだとある修道女が、まさに空から落ちてきたのである。



「――――まったく、どういう偶然なんだかにゃー。
 つーか、一歩間違ったらオレんちのベランダって、どんな確率ですたい」


 まさしく晴天の霹靂だと、土御門元春は溜息を零す。

 運命なんて言葉は嫌いだったし信じてもいなかったが、あの時ばかりはそれを疑った。


 幻想殺しと禁書目録。

 科学サイドと魔術サイドのジョーカーの交差。


 土御門元春にとっては、己の過去と現在の交差であり。

 既に消し去った筈の悔恨と恋慕の念に、数年振りに足首を掴まれるような一報だった。

 そもそも英国に居る筈の禁書目録がなんで極東の日本にいるのか、さっぱりわからない。


 英国側の学園都市への不法侵入であり境界侵犯。

 あるいは、科学サイドへの神秘の流出の危機。
 

 この件に関する英国からの連絡は皆無。

 それはつまり土御門元春にこの件に関わるなという事である。


 学園都市、アレイスターからの命令も無し。

 土御門は「上条当麻の観察」という通常任務を名分に、遠巻きに状況の推移を見守る事しかできなかった。

 そんな己を置き去りに、状況は目まぐるしく動き続けていった。




 幻想殺しによる歩く教会の破壊。

 神裂火織による禁書目録への意図せぬ斬撃。

 ステイル=マグヌスと上条当麻の交戦。

 月詠小萌による魔術行使。

 鋼盾掬彦とステイル=マグヌスの接触。

 小萌宅での擬似家族のような団欒。

 上条当麻と鋼盾掬彦の、決意。


 数年振りに見る“     ”の笑顔。

 否、“     ”によく似た、インデックスという名の少女の、笑顔。


 己はただただ、それを盗み見ていた。

 それだけしかできなかった。


 そして―――神裂火織の襲撃。

 幻想殺しという埒外の秘術をもつ上条当麻を行動不能に追い込み、禁書目録の行動を制するための一幕。


 なす術もなくその身を嬲られ倒れ伏し、しかし真っ直ぐな言葉で彼女を追いつめた上条当麻。

 神裂火織の欺瞞と虚飾を剥ぎ取り、インデックスの笑顔を守る為に戦うと吼えてみせた鋼盾掬彦。

 
 それは、土御門元春には口にする事のできなかった言葉。

 彼が口にすべきだった言葉で、彼が口にしたかった言葉で、今日までずっと抱え続けてきた言葉だった。

 
 ヒーローのように、その台詞は土御門元春の腹を打ち据えた。

 そんな彼らの姿に、憧れてしまった。
 

 気付けば、倒れ伏す上条を抱える鋼盾に、語りかけていた。

 挙句ベラベラと過去を話し、身勝手な願いを押し付けてしまった。

 
 ああ、と土御門元春は笑い、呻く。

 無茶振りというなら、己の方が余程ひどいじゃないか、と。





 それから先は、怒濤のように事が進んで。

 あの七月二十八日の午前零時を迎え、インデックスに架せられた呪いは破壊された。

 この一件を経て、あらゆる事が大きく変わっていった。


 逃亡状態にあった禁書目録は英国清教への所属を受け入れ、対価として待遇の改善が計られた。

 首輪という人道に悖る術的拘束を解かれ、その身は学園都市に置かれることとなった。

 学園都市としては最低限の便宜は取計らうも、基本的にはノータッチを貫く姿勢である。


 管理者の名は鋼盾掬彦、学園都市に所属する一学生。

 平時に於ける禁書目録の身の振り方は、彼に一任される。

 
 英国清教からの任務指令がない限り、彼女は。

 この街の学生となんら変わる事なく、日々を過ごせることになった。


 例えば今日、彼女は朝から友人の家に遊びに出かけた。

 土御門舞夏、御坂美琴、白井黒子、初春飾利、佐天涙子というメンバーで、一緒に遊んだ。

 舞夏指導のもと料理教室が開かれて、自身と鋼盾も昼食に招かれた。


 平穏で、笑顔に溢れた一時。

 世にありふれた、ティーンエイジャーらしい一幕。


 それが、どれほど尊く、どれほど有り得ない奇跡なのか。

 きっとインデックス自身よりも鋼盾よりも、己が誰よりも深くそれを感じていたと思う。


 砂上の楼閣だ、と笑う者があるかもしれない。

 それは事実だと土御門は思う、安寧の時が続く保証はない。


 英国清教最大主教・ローラ=スチュアート。

 学園都市統括理事長・アレイスター=クロウリー。

 ローマ聖教・マタイ=リース、ロシア正教・クランス=R=ツァールスキー。

 その他数多の国家、魔術結社、政治団体―――そして、単騎にてそれらに比肩するような連中もいる。


 化物どもは忌々しい程に盤石で、連中が身震いするだけでこの平穏は容易く揺れるのだろう。

 だけど、この一幕に意味がなかっただなんて言わせはしない、絶対に。


 世界はまだ、あの子に対価を払ってはいない。

 魔道書というこの世界の生んだ闇を背負ったあの子に、せめてささやかな幸福をよこせ。

 
 これから何度でも、あの子はあんな時間を過ごすのだ。

 邪魔はさせない、許さない。





 ―――とは言え。

 そんな幸せな光景に、どうしようもなく足りないものがある事もまた、事実だった。


 上条当麻。

 土御門や鋼盾にとっては親友でありクラスメートである、ひとりの少年。

 そして今回の顛末における、唯一といっていい犠牲者だ。


 上条当麻は未だ昏倒からは目覚めず、覚醒の兆候すら見られない。

 学園都市最高の名医である冥土帰しをして、糸口すら掴めずにいる。


 幻想殺し。

 イマジンブレイカー。

 あらゆる超常現象を否定する、規格外の右手。


 学園都市能力位階に留まらぬ、とびきりのイレギュラー。

 歩く教会と首輪という法王級の魔術を捩じ伏せ、禁書目録を機能停止に追い込んだ張本人。


 今回の一件で詳らかになった、彼の存在。

 英国は確実にそれを知り得た、他の組織も何れは彼を知るだろう。

 宿主は昏倒状態と言えど、それが今後火種になる可能性は高い。


 そして何より、アレイスター=クロウリー。

 幾千のプランを束ねるあの男が、今一体何を考えているのか。


 過去の会話から、上条当麻が彼にとって重要な駒であろう事は解っている。

 だが、必須であるかまでは土御門は知らない。


 代役を立てれば滞りなく進む程度の問題なのか。

 脚本そのものを書き直す必要がある重大な失策なのか。


 この結果を受けて、アレイスターがどう動くか。

 今からの会談で、きっとそれが示される。



 その結果如何では、事は如何様にも転ぶ。

 転びようによっては、なにもかもがひっくり返ってしまいかねない。

 既に英国と学園都市の間で話が進んでいる以上、滅多な事にはならないと思いたいが――過信はできない。


 己の報告や進言で、最悪の事態を回避できるか。

 そして―――もしもの場合、己はどうやって彼らを守るのか。


 
 そこで土御門は思考を打ち切る。

 今考えるべきはそこじゃないだろうと、己の逃避を咎める。


 それも大事な話だけれど、それより先に。

 世界とか均衡とか秩序とか政治とか、そんな大上段に構えた話ではなくて。

 もっと単純に。


 アイツは。

 カミやんは。

 上条当麻は。


 奇妙な右手とは関係なしに、異能とは関係なしに。

 なんだかんだと気のいいヤツで、どうしようもなくお人好しで、爆発すべきフラグメイカーで。

 
 いつだって誰かの為に走り回っていて。

 多くの人間の拠り所になるような、そんな男だった。


 そんな彼が意識不明の重体に陥ったとなれば、彼を知る人間は少なからずショックを受ける。

 その不幸を嘆き、不運を悲しみ、理不尽に憤り、不在の空隙に心を穿たれるだろう。



 たとえば、そう。

 まさに、目の前の彼女のように。





「……よお、先輩。
 こんな時間に女生徒がうろつくのは感心しないにゃー?」


 土御門は眼前に立つその女へと話しかける。

 彼女と会話をするのは六月の一件以来、これで二度目だ。

 一度目もけして和やかな会合ではなかったが、今回はそれの比ではない。


 彼の台詞を受けた女の顔に、苛立ち混じりの嫌悪が浮かぶ。

 その口から放たれた言葉もまた、同じ色を帯びていた。


「韜晦は聞きたくないんだけど」


 怜悧な声が、土御門の温い台詞を斬り捨てるように響く。

 刃物のような舌鋒はこの女の武器のひとつ、常に増して鋭いそれに土御門は苦笑いを浮かべた。

 韜晦は不要と彼女は断じた、それはつまり―――そういうことだろう。

 
 雲川芹亜。

 土御門元春と同じ高校に通う女生徒。

 実は土御門と彼女の妹は同校で友人同士だったりという繋がりがあったりもするのだが、それはそれ。
 

 その正体は。

 無能力者にして学園都市統括理事会に所属する、問答無用の天才少女。

 貝積継敏のブレーンを勤め上げる、泣く子も黙る先輩キャラ。


 調べれば調べる程、この女の凄まじさが知れた。

 はっきり言って異常だった、その経歴から戦歴まで、いっそ冗談じみている。


 そんな女と学校の廊下で初めてすれ違った時は、正直目を疑った。

 彼女に相応しいのは長天上機あたりだろう、否、そもそも学生にしてくべきではない人間だ。


 ここ学園都市で大能力者や超能力者に位置する学生が活躍するのは、けして珍しい話ではない。

 能力強者たる彼らは表舞台で華々しく、あるいは闇の底に蠢きつつ、年齢不相応な富と名声を勝ち得ている。


 だが、無能力者でありながら学園都市上層部まで食い込んだ人物などそうはいない。

 土御門自身もその数少ない一人ではあるものの、それは魔術という特殊技能と多くの後ろ盾を持つが故に過ぎない。


 雲川芹亜は違う。

 純然たる頭脳、その一点のみでその地位を勝ち得た化物だ。

 学者上がりの貝継が統括理事会の中でその地位を高めているのは、このブレーンの存在があればこそである。





 さて、土御門元春にとって、そんな雲川芹亜という女は。

 あらゆる意味で厄介な相手、そんな一語に尽きる。


 敵ではないが、それ以上に味方ではない。

 放置せざるを得ない目障りなリスクであり、優先順位は低いものの警戒の対象だった。
 

 そして、それは雲川芹亜にとってもまた同様である事を土御門は知っている。

 窓のないビルに出入りする得体の知れぬ後輩は、きっと彼女にとってもある種のストレスだった筈だ。


 認めたくはないが、似ているのだろうと土御門は思う。

 学生の身で学園都市の暗部に片足を突っ込んでいるという点で、彼女と己は近しかった。

 上条当麻や鋼盾掬彦に惹かれた所や、ありふれた学生生活を好んでいる所も同じだった。


 いわゆる、同じ穴の狢というヤツだ。

 だからこそ、互いの欺瞞が鼻について、どうしようもなく相容れなかった。


 どのツラ下げてこんな所にいやがるのかと、その薄っぺらい仮面はなんのつもりなのかと。

 オマエはここにいていい人間ではないと、己を棚置いて無言でそう指摘し合っていた。

 みっともない同族嫌悪だということは、互いに百も承知だった。

 
 それ故に、暗黙の了解的に不干渉をこれまで貫いてきた。

 六月の一件では多少衝突する機会があったが、それはあくまで先輩後輩としてのもの。

 学園都市の裏側の事情で学校生活を汚す事は、両者とも望む物ではなかったのだ。


 しかし、今。

 彼女はそのラインを踏み越えてきた。

 その事実を前にして、土御門元春は今更ながらにそれを悟る。



 彼女にとって、上条当麻は。

 それほどまでに大切な存在だったのだ、と。


 



「上条と鋼盾の件にお前が関わっていることは判っている。
 キリキリ吐け、後輩――――ああ、正体は魔術師だったか? 土御門」


 冷たく響いたその声には、常の揶揄めいた色はない。

 弓弦のように張り詰めたその表情は白く固く、欠片程の余裕も見られなかった。

 泣き腫らした目元を隠すように施された化粧が、ひどく痛々しい。

 
 インデックスや鋼盾掬彦が、笑顔の下に隠していたのもこんな表情だった。

 舞夏も、月詠小萌も、ステイル=マグヌスも、神裂火織もこんな表情をしていた。


 息子の昏倒を知らされた上条当麻の両親も。

 近くそれを知るであろうクラスメイトたちも。


 きっとこんな顔をするのだろうなと、土御門は思う。

 その原因の一端が自分である事を、けして忘れまいと思う。


 だが―――いや、だからこそ。

 だからこそ、己はその責を負い、彼を取り戻す。

 
 なにもかも耳を揃えて取り戻し、全部なかった事にしてしまえばいい。

 天邪鬼な嘘吐きが歪にその口元を歪め、世界と己を嘲笑う。


「……ハッ」


 魔術師、と彼女は口にした。

 その単語を己にぶつけるその意味を悟れぬ女ではないだろうに、愚かしいほどまっすぐだ。


 雲川芹亜が踏み越えたラインは日常と非日常だけではない、日向と日陰だけではない。

 それよりも先に、それよりも深く、彼女は躊躇う事なく歩みを進める。


 鋼盾掬彦がそうしたように。

 上条当麻がそうしたように。

 土御門元春が、そうありたいと願うように。

 
 今ここに、雲川芹亜が舞台に上がる。

 己と同じく傍観者だった女が、己と同じく傍観者を辞めるのだ。





 ……さあ、面白くなってきた。

 眼前の女もどうせ天邪鬼だ、遠慮は無用、というか無粋だろう。

 忌々しい程に同類だ、友達にはなれないが――――共犯なら、話は別である。

 
 ざまあみやがれ、ようこそ先輩。

 下卑た笑みを浮かべ土御門は笑う、ローラの気持ちが嫌になるほどわかる。

 人間が人生を踏み外す様は心が躍る、道を踏み外しても折れぬ眼差しに心が震える。


 蜜のように甘く、酒のように香る。

 人間にとっての最高の娯楽は、結局のところ人間なのだ。
 

 ほんとうに。

 オレもアンタも、どうしようもないほどにどうしようもない。

 そのことをどうしようもなく、嬉しく思う。


「いいだろう、教えてやるよ雲川芹亜。
 ―――だが……もしかすると後悔する羽目になるかもしれないぞ?」

 
 忠告めいた台詞は、挑発のような色を帯びる。

 そんな下らない様式美を、雲川芹亜は刹那の躊躇もなく踏み潰す。


 後悔する羽目になるかもしれない、なんて。

 今まさに後悔に打震えている人間に、抑止になりうるわけもない。


「構わないけど―――私には、アイツを焚き付けた責任がある」


 焚き付けた責任、と彼女は口にする。

 ……まったく、こんな所まで己と同じなのだから、嫌になる。


 数日前、彼女と鋼盾掬彦が接触していた事は知っている。

 その内容も、昨日鋼盾本人から聞いていた。





 “考える事を辞めるな、それがお前にできる唯一の事だ”

 “人の持ちうる最も貫通力に優れた武器は、言葉だ”

 “上条当麻の事を支えてやれ、お前にならそれができる”


 そんな事を、彼女は言ったという。

 あの時の彼に、これら言葉がどれほど響いたのかは想像に難くない。

 鋼盾掬彦にとって雲川芹亜という女はある種の理想であり、指標であることは解っている。

 
 事実、彼はそれらすべてをやり遂げた。

 鋼盾は今なお思考を辞めず、言葉を駆使し、上条当麻を支え続けている。


 そして、彼女はあの日。

 鋼盾掬彦との会話を、こんな台詞で切り上げていたそうだ。


  “……いいだろう、同士の誼だ。どうしようもなくなったら私を訪ねろ後輩。

  ―――知恵のひとつくらいは貸してやらんでもないけど”

 
 ……どうやら、助けを求めてくるのを待っていられなくなってしまったようだ。

 意外と面倒見のよい先輩である―――舞夏から聞いた話ではなんだかんだで妹にも優しいらしい。





「……へいへい、んじゃお話しと行きますか……題して“とある魔術の禁書目録”ですたい。
 科学と魔術が交差する時、物語は始まる――――! なーんてにゃー」

「能書きはいいからさっさと話せ、土御門。
 ―――語り手が勿体ぶっていいのは、最後まで話ができてる場合だけだけど?」


 成る程、道理だと土御門は笑う。

 今から己が語る物語は未完であり、途中経過に過ぎない。

 物語は始まったばかりであり、勿体ぶっても仕方がない。


 そうとも―――まだ、何も終わってはいない。

 オレたちは何一つとして喪わず、勝利しなければならない。

 
「もっともだ、先輩。
 ――――付き合ってもらうぞ、アンタもオレも脇役だ」

「甘ったれた台詞を言わないでほしいんだけど、後輩。
 私とお前は悪役をやるんだよ、もっとも――私たちの敵役にとっての悪役だけど、な」


 違いない、と土御門元春は笑う。

 それを見て、雲川芹亜も笑う。


 言ってしまえば、なんだかんだで同じ夢をみてしまった間柄だ。

 人たらし共にたらし込まれてしまった被害者の会一号二号が、笑い合う。


 さあ、我らが上条当麻と鋼盾掬彦の話をしよう。

 愛すべき彼らの過去と現在と未来の話をしよう。






「―――では、改めて。
 事の始まりは去る七月二十日、オレらの夏休み第一日目まで遡る。
 ………あー、カミやんの家のベランダにだな、銀髪の美少女が落ちてきた訳なんだが」

「ラピュタか」
 

 冒頭から笑ってしまう程にファンタジーで、うんざりする程ドキュメンタリー。

 語り手も聞き手も天邪鬼、なれどそこには一切の虚飾も欺瞞もなく。


 彼らは楽しそうに、共通の友人の噂話をはじめた。

 その姿は、ごくごく普通の先輩と後輩のようであったかもしれない。




 土御門元春と、雲川芹亜。

 後に「鋼盾勢力」などと身も蓋もない呼び名を受ける事になるごった煮一派、その初期メンバー。

 その中で魔術サイドと科学サイドにおけるブレーン役を努めることになる苦労人二名の、これが馴れ初めと言えば馴れ初めである。



―――――――――――――







―――――――――――

ここまで
というわけで土御門さんの捏造いろいろでした
ぶっちゃけちょうてきとうでござる、うっかり東京レイヴンズとか読むもんじゃねえな

そして雲川先輩でござる
>>1の大好きな雲川先輩でござる

上条さん昏倒の報を受けて半泣きでその詳細を調べるうちに不自然な点を見つけて
数日前の鋼盾さんとの会話とか思い出しちゃって、いろいろテンパリまくって暴走して
貝積のおじいちゃんに一喝されて覚悟決めて得体の知れぬ後輩に今北産業みたいな感じです

次回は雲川姉妹でと思って書いているのですが
正直妹の方のキャラやら台詞やらベル師やらを掴めてないで無理かもしれんです

五月中にもう一回、なんとか投下に来たいなと思っております
スローペースすぎて本当にすまなんだ、次回もよろしくお願いします

あ、あと>>684の「馴れ初め」という言葉ですが、書き込んでから「あれ、やべえコレ違くね」と思いました
別にツッチーとセリアンがどうこうというわけではありませんのでご安心下さい
あ、地震だ

まあいいや!
では、また次回!

名前だけで出てきた『雷神トール』がグレムリンのひとりとして禁書に出てきた。北欧神話のトールの外見はFate/Zeroの征服王イスカンダルに似てるけど、
グレムリンのトールは性格が削板みたいな男の娘だった。雲川先輩の妹・鞠亜と同じ黄色と黒がトレードマーク。
上条さんと『鋼の盾』となった鋼盾を導いて欲しい良いヤツだった。まさに征服雷神王トールッ!!

さらに上条さんの『最強のライバル』でもあるという・・・ いつかまたやる上条当麻vs雷神トール。これが起きたら鋼盾はただの傍観者じゃないな。
鋼盾「上条ッ!」 吹寄「上条ッ!」 上条「アレクサンダー大王が言っていた。彼方にこそ栄え在り。届くから挑むんじゃねえッ! 届かねえからこそ挑むんだッ!
覇道を歌い、覇道を示すッ! この背中を見守る親友(ダチ)達のためにッ!!」 トール「・・・・・・・来な。英雄さん。幾度となく俺に挑みな。」


     ノ´⌒`\           ∩___∩    ━┓     /  
  γ⌒´     \          | ノ\     ヽ.   ┏┛   /
 .// ""´ ⌒\ \       /  ●゛  ● |   ・    /.    ___   ━┓
 .i /  \   ,_ i )\      | ∪  ( _●_) ミ     /     / ―  \  ┏┛
  i   (・ )゛ ´( ・) i,/ \    彡、   |∪|   |    /     /  (●)  \ヽ ・
 l u   (__人_).  | .   \ /     ∩ノ ⊃  ヽ /     /   (⌒  (●) /
_\  ∩ノ ⊃ /  ━┓\  ∧∧∧∧∧∧∧/     /      ̄ヽ__) /
(  \ / _ノ |  |.  ┏┛  \<         >    /´     ___/
.\ “  /__|  |  ・     <   ━┓   >    |        \
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      ___    ━┓     <    ・     >.          ____     ━┓
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  /ノ  (●)\  ・       /∨∨∨∨∨∨\      /ノ  ( ●)  \   ・
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    \     _ノ  /      |   'ー=‐' i  ・      \ \_   ⊂ヽ∩\
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 学園都市第七学区には、知る人ぞ知る評判のベーカリーがある。
 瀟洒な看板に書かれた文字は「ぐーちょきパン店」、冗談のような店名だが実力は本物だ。
 寡黙な店主と肝っ玉なおかみさんが切り盛りするこのパン屋さんからは、今日も芳しい香りが漂っている。

 七月二十九日午後六時二十分、土御門舞夏は学友に連れられてこの店に足を運んでいた。
 昼過ぎまでをインデックスら友人たちとの料理教室や昼食会に費やした後、撩乱家政女学校にレポートの提出に出向いた帰り道だ。
 久しぶりに顔を合わせた学友とおしゃべりがてら少し早めの夕食を、という実に学生らしい運びだった。
 夏休みどころか休日すらなく、更に言えば放課すらない撩乱であるが、以外とこういう所には寛容なのだ。

 ドアをくぐると、店員達から「いらっしゃませ」と歓迎の言葉がかけられる。
 店主の教育が行き届いているのか、それともあるいは扱う商品への自信の表れか。
 マニュアルをなぞるだけの上っ面な営業スマイルではない、内側から滲み出る彼らの芯からの笑顔に思わず舞夏の顔も綻んだ。

 やっぱり笑顔が基本にして究極だなー、と土御門舞夏は改めてそれを知る。
 居心地のいい雰囲気を、安らぎの空間を醸成するのは、まずはそこから。

 そしてそれは、メイドの道もまた然り。
 我らは単なる家事代行業ではない、そんなものはあくまで一面に過ぎないのである。
 雇い主の心を満たす事、それこそが一番大切な事なのだ。

 表に出ている店員は何れも学生アルバイトのようであるが、なかなかどうして意識が高い。
 この店の評判の高さは、パンの味はもちろんだがこういった要素も確実にその一因であるのだろう。

 ……まあ、強いて苦言を言うとしたら。
 店員さんが若干一名、個人的な理由で溢れんばかりのスマイルをしていることだろうか。
 いや、スマイルは構わないのだ―――問題は、彼の場合それだけに留めてくれないところにある。

 表情を形作るのは感情であり、それが強いものであれば表情筋の運動以外の発露にも繋がる。
 それはたとえば涙だったり、武者震いだったり、ガッツポーズのような身振り手振りだったり―――そして。

 まったくもって迷惑なことに。
 色々とだだ漏れな咆哮だったりするのである。

「おおおお鞠亜ちゃんと舞夏ちゃんやないか! いらっしゃいやでええ!
 ご来店ありがとう! ありがとう! メイドさんがふたりも来てくれはるなんて! ありがとう!!
 来店サービスにボクの愛の囁き四十八選をプレゼントしたいんやけどエエかな? エエよね?」

 喜色満面テンション沸騰、ドン引き必至のマシンガントーク。
 それに「エエよ」とでも返せば、その「愛の囁き四十八選」を確実にやってのけるような男なので始末が悪い。

 コックコートに身を包んだ身長一八〇超え、髪の色はブルーで頭の中はピンク。
 トレードマークのピアスは仕事中のため外しているようだが、特徴的な糸目とテノールの声は健在だ。

 人呼んで、青髪ピアス。
 とある高校の一年生にして、この店に下宿するアルバイター。
 愛の伝道師を自称する、米どころ出身の似非関西弁トークを操る少年である。

 来店客に対して突然の奇声、はっきり言ってどうしようもない。
 しかしそんな彼に対して他の店員はノーリアクション、それぞれテキパキと接客を行っている。
 店内にいる客も見慣れたものなのか、その奇行を微笑ましいものでも見るかのような流しっぷりだ。

 もはやこの店「ぐーちょきパン店」にとっては、これも日常ということなのだろうか。
 こんな常連チェッカーは嫌だなーと舞夏は思う、というか偶然居合わせた一見の客を逃していないか他人事ながら心配である。

 ……まあ、今回に限っては幸いにも一見さんは己のみのようだ。
 己をこの店に連れてきたクラスメイトは、そんな青髪ピアスの残念な生態も承知の上だったらしい。
 彼女は同性の己から見ても整ったその面を冷たく綻ばせると、まるでゴミでも見るようにこう言い放った。



「死ね」

 実に二文字。
 ドンビー且つゲラウトにしてファッキュー、氷の刃のような台詞であった。
 それを口にした少女の名は雲川鞠亜、撩乱家政女学校に通う舞夏のクラスメートにして友人だ。
 
 長い黒髪を縦ロールにした特徴的なヘアスタイル。
 ケバケバしくも安っぽい、蛍光イエローのミニスカートなエプロンドレス。
 フリル付きのニーソックス、黒いコルセット、無数のリボン、幼稚園児が付けていそうな兎の名札。

 化学繊維満載で、黄色と黒の警戒色は危険度最大値の証。
 どこぞの電気街でチラシでも配っていそうな、曰く言い難いサイケデリックメイドスタイル。 
 そんな見るからに胡散臭い見てくれだが、撩乱家政でもトップレベルの成績を誇る才媛だったりするのだから困る。
 
 中学生女子とは思えぬ程に腰の入ったその罵倒は、並の男ならチビリかねないレベルである。
 少なくとも居たたまれずに縮こまって震える声でごめんなさいと口にして然るべきくらいの圧は備えていた。

 だが悲しいかな――この青髪ピアスという男、はっきり言って並ではなかった。
 土御門元春曰く『筋金超合金の愛すべき紙一重野郎』だそうだ、何と何が紙一重なのかは教えてはくれなかったが。

「ひゃっほう! 相変わらずクールやね鞠亜ちゃん!! 心が軋むっちゅーねん!!
 でもでもでも! 媚び媚びメイドさんにぞんざいに扱われるのはボクにとっては―――ご 褒 美 や!!」

 ありがとうございます! と水を得た魚が空を飛び龍に化け雨を喚ぶ。
 キラッキラの笑顔でそんな台詞をのたまいやがった、本当にもうどうしようもない。
 必殺のザラキを食らってノーダメージどころか完全回復である、アンデット属性なのだろうか。

「ふっ……相変わらずのその無意味にタフなメンタリティだけは評価してやろう!
 だが知るがいい青髪ピアス! かつてお前のキモさにたじろいだ雲川鞠亜はここにはいない!
 傷ついたプライドはしかし前より強くなった! 今や私の罵倒は百八式まであるぞ!!」

 そんな生気ビンビンのアンデット野郎に敢然と立ち向かう勇者、雲川鞠亜。
 舞夏の知らぬ前回来店時、何やら一悶着あったらしい――つまり今日はリベンジということなのだろうか、巻き込むな。

 辱めを受けてしかし屈せず、勝つまで戦うその姿勢は立派ではある。
 ……だが、今回ばかりは相手が悪かった。

「え!? なにそれ素敵やん?
 なんやのそのめくるめくサービス! お金とか払った方がエエかな!?」
 
「……あれー、この返しは予想外だぞ?」

 百八と言う言葉に瞳を輝かす青髪ピアス。
 そんな青髪の思いがけぬ反応に鼻白む雲川鞠亜。
 いやそこは予想しておけよと内心で突っ込む土御門舞夏。

 ああ勇者マリアよ、そんな装備じゃダメダメだ。
 相手はあらゆる属性を網羅する恐るべきチート野郎である、それじゃ傷ひとつ付けられない。

 まさに暖簾に腕押し。
 そしてその暖簾は、妖怪一反木綿よりも性質悪く絡み付くのである。



「くっ! 私としたことが努力の方向性を見誤ってしまったというのか!?
 舌戦路戦で完膚なきまでに叩き潰すという前提自体がそもそも見当違いだったとでも!?」

「……ほう、舌戦…舌と舌の戦い…絡み合い……あ、来たで! 天啓来よった!
 なあ鞠亜ちゃん、ボク気付いてしまったんやけど―――舌戦って言葉ムチャクチャエロいやん!?
 お願いやからもう一回言って! ハイ! リピートアフタミー! ZESSEN!!」

「……くっそ、変態め!!」

「おおお! 二式目やね! ええよええよ!
 ……これがあと百六もあるやなんて……ああ、ボクはなんて幸せな男なんやろうか……!」

「…………うく……ッ、大丈夫だ、まだ私のプライドは折れてないッ!
 私は負けてない、これは戦略的な撤退であって、次の勝利に繋げるための助走にして序章……!」

 いや、この場合勝負に乗った時点で既に負けていると思うぞー、と土御門舞夏は難儀な友人に溜息を吐く。
 罵倒すれば言葉責め、無視すれば放置プレイ、手を出せばSMプレイ……いずれにしても相手を悦ばせるだけである。

 『あえてプライドを傷つけて経験値を得る』というスタイルを標榜する雲川鞠亜。
 その向上心は時にウザいものの基本的には立派であるが、世の中にはいらない経験値もあるのだ。

 勝ち負けの土俵に立っていない人間というのは、強い。
 そしてラベリングが強要されるこの都市で、強がりではなくそんな在り方を貫く事は難しい。
 このエキセントリックな少年が、しかし思いがけず皆に受け入れられているのは―――それも理由のひとつだろう。

 ……もしもその上で、それでも青髪ピアスに本気で勝とうと思うなら。
 きっと、この男を心底惚れさせて、それこそメロメロにさせてしまうくらいしか方法はない。

 青髪に食って掛かる鞠亜の表情は間違っても好意に類するものではないが、しかし無関心とは対極だ。
 それを見て思い出すのは、彼女が予てより宣言している「自分より明らかに劣った相手に仕える」という台詞。
 なんとも不遜な物言いではあるが、しかし『優劣』のモノサシなどそれこそひとそれぞれでもある。

 意外とおもしろい取り合わせかもしれないなー、などと無責任に舞夏はそんな事を思う。
 とは言え鞠亜が鞠亜でなにやら初恋をこじらせている事も知っているので、滅多な事は言えないのだが。


「……あー、後生だから勘弁してやってほしいんだぞー。
 ひさしぶりだなー青髪ピアス、土御門舞夏さんようやくのご来店だぞー」

 というわけで、そこそこの所で助け舟を出してやる舞夏である。
 この青い髪のエロ店員は義兄である土御門元春の友人であり、その縁で既に顔なじみだ。
 そんな彼の下宿先にしてアルバイト先であるこの店の事は、以前から知っていた。
 
 元春が購入してくることも多く、舞夏はここのパンを何度も口にする機会があった。
 そんなわけですっかりこの店のファンになってしまっていた彼女だったが、来店自体は今回が初めてになる。
 
 それというのも元春が「舞夏一人で青髪との接触は禁止!」と厳命していたがためという理由である。
 過保護なことだと笑っていたのだが、今日のコレを見る限り義兄の言い分にも頷けるものがあった。

 青髪ピアスは紳士である、変態という名の紳士である。
 男という生物においてこの二つの概念が矛盾しないという事実は、全ての淑女にとって歓迎しかねる話でしかない。




「おお! ほんまよう来てくれたで舞夏ちゃん!! 待っとったよー。
 久しぶりやなー、相変わらず素敵やねそのメイド服! 問答無用の正統派! たまらんね!!
 カフスのレース編みの出来も過去最強やないの、また腕上げたみたいやん?」

 とはいえ変態といえど紳士であるからか、青髪は嬉しげに会話を切り替えた。
 そして湯水のような褒め殺し攻勢である、まったくよく口が回るものだと感心する。

 だが、傍目には解りにくいカフスの僅かな変化にも目聡く気付くあたり、やはりこの人は侮れない。
 紛う事なき変人、今年度既に二十九回の職務質問をかまされているような変態ではあるが、目は確かなのだ。
 身長百八十センチの長身イケメン、ちょっと自重を覚えればモテモテだろうと思うのだが――なんでこんなに残念なのだろう。

 まあ、それはそれとして褒められた事に礼を述べておこうと舞夏は口を開く。
 ちなみに責める気はないが、義兄である元春はさっぱり気付いてはくれなかったりした。

「ん、お褒めに預かり光栄なんだぞー。
 とは言えよく気付いたなー、間違い探しで言ったら鬼レベルだぞーこれ」

「そんなん気付くにきまっとるやん、むしろ気付かんヤツがどうかしとるね!
 ホラ、アレやアレ、有名な言葉があったやん? 『萌えは細部に宿る』ってアレ」

「ミース・ファンデルローエに土下座するといいんだぞー」

「いやいや! そのミースさんの時代に『萌え』って単語がなかっただけの話やとボクは思うね!
 第一デザイン畑の人らなんて大概アレやろー? 己の煩悩を作品に昇華させとる人たちやん。
 アイツら絶対『見て見て見てつーか見ろ!オレの作品超エロかっけえ!!』とかハァハァしとるよ、うん」

「全てのデザイナーさんに土下座するといいんだぞー」

 本質的にけして間違ってないあたりが、ホントどうしようもなく冒涜である。
 審美眼という厳粛な単語も、この男にかかれば全く違う意味になってしまいそうだと、そんな事を思う。

 それはそれとして彼が気付いた通り、カフスの装飾は舞夏の自作によるものである。
 家政学生には必修の裁縫スキルではあるが、舞夏にとっては趣味とも言えるものだった。

 鞠亜のような独創的なスタイルの者は別として、真っ当なメイドの服装は調和と実用性を旨とする故に制約も多い。
 それは主を支える黒子役としての自負であり、メイドに求められる貞淑で控えめなイメージに沿う事でもある。
 それらを壊す事なくしかし個性を出す事も出来るカフスの演出は、舞夏としてもこだわりのポイントだ。

 お披露目は今日が初めてとなる、このカフス。
 青髪の言う通り仕上がりは完璧だ、つい先ほど滅多に生徒を褒めぬ被服講師からも賞賛されたりもした。
 殊更に手間と時間をかけて、一針一針に一切の妥協なく仕立てた自慢の一品である。

 だけど、それでも。
 土御門舞夏はこのカフスに、手放しの満足感を抱く事が出来ずにいたりする。

 彼女がこのカフス制作に手をつけたのは、時間潰しのためだった。
 上条当麻宅での研修の合間に、手慰みのようにそれを始めた――そうせずにはいられなかった。
 
 己が蚊帳の外に置かれている事を忘れる為に。
 得体の知れぬ不安感から逃れる為に。

 そんな思惑から、彼女は言い訳をするかのように作業へと没頭した。
 そして完成したその直後、舞夏は義兄の口から今回の騒動の終結を知らされた。

 彼らが手にした勝利と、そのために支払った犠牲についての報告。
 幾重ものオブラートに包まれた説明の茫洋さに反し、犠牲になったものは残酷な程に明確だった。

 そして。
 土御門舞夏は最後まで、それらに関わる事ができなかった。

 このカフスは逃避と無力の産物である、と舞夏は思う。
 そして、わざわざそれを身につけている己は、どうしようもないほどに滑稽だとも。




「? なんだ土御門、この変態野郎と知り合いだったのか?」

 そんな舞夏の胸の裡など知る事もなく、いつの間にか復活を遂げた鞠亜は青髪と舞夏を交互に見遣る。
 つい先ほどまで色々と打ち拉がれていたくせに、そんな事実など一ミリたりとも感じさせぬ振る舞いである。
 親友のタフっぷりと切り替えの早さに目を細めつつ、舞夏はそういえばソレを言いそびれていたと思い出す。
 
 彼女にとっては友人を馴染みの店に招待したら、既に店員と面識があったという形だ。
 完全に偶然の展開ではあるのだが、微妙に面目を潰したような申し訳なさを感じてしまう。

「ん、兄貴の友達なんだぞー」

「あー、そうだったな。
 そう言えばあのGと土御門兄とこの変態は同じ学校だったか、人脈が微妙に被るんだよなー」

 雲川鞠亜と土御門元春、そして青髪ピアスは同じ高校に通う同窓だ。
 鞠亜は納得したとばかりに頷くと、私も姉に連れてこられたんだったと呟いた。

 土御門舞夏と雲川鞠亜。
 兄と姉の違いはあれど互いに妹、この共通点は二人が仲良くなったきっかけのひとつであったりする。

 都市外に兄弟姉妹がいるケースは多いが、学園都市に兄弟姉妹で所属するというのは割と少数派である。
 親の立場としても二人三人と預けてしまっては寂しいものがあるだろうし、そもそも誰もがこの街に飛び込もうと思う訳でもない。

 親元を離れて自己責任で暮らす学生が大多数の中、頼れる身内が傍にいる自分たちは恵まれていると舞夏は思う。
 ……もっとも、自分たち兄妹は少しばかり異なる事情があるようなのだが――――ああもう、油断するとまたそちらに意識が向かってしまう。

 ともかく、頼れるお兄ちゃんやお姉ちゃんがいるということはいい事だ、と。
 同意を求めるように、己と同じ立場にある友人に水を向けてみた。

「お互い妹だからなー。
 ……ふふん、なんだかんだとお姉さんと仲がいいようじゃないかー?」

「お前の所は異常だと忠告しておこうか。ん、正直危ういよ土御門兄妹。
 ……ま、バストサイズの話題さえ出してこなければ私だって多少の譲歩は……クソ、やっぱダメだ!
 畜生あのG野郎、わざわざ自分の中学の頃の身体測定結果まで引っぱり出してきやがって!」

「いやいやいや、鞠亜ちゃん……確かに巨乳姉妹いうのもたまらんけど! 巨乳の姉と貧乳の妹もええもんやて!!
 コンビネーション! コラボレーション!! コントラスト!! コンプレックス!! コンプライアンス!!
 誇れ! おっぱいに貧富の差はあれど優劣はなく! 姉妹丼は互いの長所を活かし合ってのくんずほぐれつ―――!」

「うるさい! 黙れ! 黙れよ! うるさいよ!!」

「おいおいそんな事気にしてたのかー?
 らしくないぞー、そんな格好してるくらいだから『貧乳はステータスだ!』くらい言うかと思ってたぞー?
 その服もアレなんだろー? 特定層への需要を見込んでのチョイスなんだろー?」

「あ、もちろんボクはそれドストライクやからね!! ドストライクやからね!!
 ……でも『脱いだとき胸の小ささに恥じらっちゃう女の子』みたいなのもも大好物やねんけどなー」

「もうほんっと黙れッ!! 私に『バストサイズに悩める貧乳キャラ』なんて安易な属性を付加するな!!
 そこまで悩んでなんかないんだよ! ないからな! ないんだってば!!」

 そして涙目になる雲川鞠亜である。
 普段は嫌というほど泰然としている彼女の新たな一面を、思いがけず発見してしまう形になってしまった。

 まったく鞠亜といい、美琴といい、つまらない事を気にするものだと舞夏は微笑む。
 青髪もまた同様に、眼福眼福と言わんばかりに細い目を更に細めている。

 このままもう少し鞠亜を愛でていたいところではあるが、流石にこれ以上はちょっと危ない。
 青髪と舞夏は瞬時にアイコンタクトを交わし、鞠亜イジリを切り上げた―――まさしく共犯者の呼吸である。




「はいはいゴメンゴメンて。許してなー鞠亜ちゃん。
 いやー、改めてご来店感謝やでーふたりとも。なんや最近は知り合いの来店が多いなぁ。
 これはアレやな! ボクの地道な宣伝活動が実を結んできたって事やな!」

「好みの女性にサービス券を渡しまくることを地道な宣伝活動とはよく言ったもんだなー」

「何を言ってるんや舞夏ちゃん、綿密なマーケティングによる私情のない判断やで?」

「ふーん、そうなのかー」

 どう考えても私情しか嗅ぎ取れないが、その恩恵にあずかる身として流してやるのもは吝かではない。
 実際、この店に決めた理由は鞠亜の財布の中のサービス券も一因だったりするのだから。
 職権乱用のアルバイターはニコニコと笑いながら、ご機嫌に己が成果を語り上げる。

「せやせや、つい昨日の昼にはコウやんもきたんやでー。
 あの野郎こともあろうに銀髪碧眼美少女を同伴しよって……あ、舞夏ちゃんコウやん知ってたっけ?
 ボクやキミのお兄さんとも仲エエヤツなんやけどなー、ほらあの、愉快な髪型のナイスガイ」

 コウやん。
 青髪が親しげに口にしたその渾名の主を、舞夏は知っている。
 義兄である土御門元春も彼らをそのように呼ぶ――デルタフォースとプラスワン、だっただろうか。

 鋼盾掬彦。
 兄の友人でご近所さんでクラスメートで、舞夏にとっては数日間の研修対象――仮初めの主で。
 笑ってしまうほど善人で、ついつい手を差し伸べたくなってしまうような、どうしようもないお人好しで。

 そして。
 舞夏の知らぬ兄を知り、舞夏の知らぬ戦いに身を投じていた人だった。
 否、彼は今もその戦いの最中にあるのかもしれなかった。

「……ん、知ってるんだぞー。
 その銀髪碧眼美少女インデックスのこともなー」

 鋼盾掬彦――そして、インデックス。
 出会ってまだ数日の彼らと舞夏は、縁あって随分と濃密な日々を過ごしてきた。

 結果己は、自分でも意外な程に彼らの事を気に入ってしまった。
 メイドとしては職掌を超えた感情かも知れないが、許されるなら彼らを友人と呼びたいと思っている。



「鋼盾掬彦か、聞き覚えのある名前だな。
 というかインデックスってなんだ、人名なのかソレ、ダメだろ」

 鞠亜のほうも鋼盾の名に聞き覚えがあったらしく、そんな反応を返した。
 言い方を鑑みるに顔見知りではないようだ、おそらくは姉情報かと思われる。
 青髪もそう判断したようで、共通の話題に嬉しげに食いついた。

「お、二人とも知っとったかー。
 まあ考えてみればツッチーとコウやんはご近所さんやし、芹亜先輩はコウやんがお気に入りやもんね。
 ちなみにツッチーと芹亜先輩は微妙に反りが合わんみたいっちゅーか、牽制し合ってる風やね」

 妹さん同士はこんなに仲エエのになーと青髪ピアスは笑う。
 まったくだと鞠亜は笑い、どうせ原因はウチの姉だろうと口にした、クセの強い女だからと。

 自身も相当にクセの強い鞠亜にここまで言わせるのだから、雲川芹亜というのは相当な人物なのだろう。
 とは言えクセの強さで言えばこちらの兄とて大概である、案外同族嫌悪の類かもしれない。
 その辺りを聞いてみようかと舞夏は思ったが、それより早く青髪が話を継いだ。
 
「せや、鞠亜ちゃん。芹亜先輩って最近どうしとるん?
 夏休みに入ってからは店にも来はらんし、ここで可愛い後輩が寂しがってるんやけど」

「………ん、あー、ここ数日は自堕落に引き蘢ってるよ。
 何があったのか知らんけど、三日前くらいから部屋からでてきやしない。
 あと貴様はなにをどう考えても可愛くない、自重しろ」

 話題は鞠亜の姉、雲川芹亜のことについて。
 噂のミステリアスGカップ先輩は、しかし何やら変調を来しているらしい。

「んーむ、これでもボクは芹亜先輩お気に入りランキング第三位を自負してんねんけどなー。
 ……しかし引きこもりとはらあのお人らしゅうないっつーか……なんや心配やね、体調不良とか?」

「知らんよ、いい迷惑だ。
 おかげで私があのGのバイト先の上司に呼び出されるし――勘弁してほしいよ」

 そう言って溜息を吐く鞠亜の横顔には、しかし心配げな色が浮かんでいた。
 なんだかんだで仲のよい姉の事である、不安にも思うのも無理はない。
 青髪もそれを感じ取ったようで、励ますようにこんな事を言った。

「まあ、ちゃんとメシを食わせとけば大丈夫やろ。
 ボク特製の栄養たっぷりサンドイッチ包んどくから、差し入れたってや」 

「―――妙なモノ入れるなよ、変態」

「入れへんて、誇り高いパン屋さんを侮辱してもらっちゃ困るで。
 ふっふっふ、ボクの愛情がたっぷり入ったスペシャルな一品や、楽しみにしといてや!」

「だから妙なモノ入れるなと言ってるんだ、変態」

「ははーん、なるほどなるほど、妙なモノってのはボクの愛情かー!
 ………ふふふ、忘れとるんやないかな鞠亜ちゃん、キミらが今から食べるパンの何割かはボクも手伝ってるんやで?」

「よし土御門、今すぐ出るぞ。そこのコンビニでカップ麺でも買おう」

「冗談や、冗談!」

 憎まれ口を叩く鞠亜の表情も、青髪のおかげで少しばかり柔らかさを増した。
 やはり機微に敏い人であると舞夏は思う、買い被りが過ぎるかもしれないが、少なくとも自分には出来ない励まし方である。
 この人のこういう所は、義兄に少しだけ似ている――元春の方はもっと、ずっと不器用で辿々しいのだが。




「しっかし引きこもりかー。
 ……フム、まあ人間時にはパンダのようにたれまくって布団に包まりたい気分に……ハッ!?
 『芹亜先輩と自堕落引きこもりお布団デート』!? なんやその男の夢は!! 一緒に駄目になりたい!!」

「うちの姉で淫靡な妄想を垂れ流すなッ!!! つーかお前はもう駄目駄目じゃねーか!!」

「よっしゃ三式目ェ! アザース!!」

 ……きっとこれも、高度な計算に基づく彼なりの励まし方なのだろう。
 そうだろう、そうだよなー、そうだといいなー……と思いつつ、このままでは鞠亜の機嫌がマズいので会話を戻す。
 おそらくだが、普段こういった軌道修正の担当は鋼盾掬彦なのだろうと舞夏は想像する――本当にお疲れさまである。

「それで? 鋼盾掬彦とインデックス、昨日来たんだってー?
 ふふ、インデックスは美味しそうに食べてくれるだろー? 料理人冥利に尽きるよなー」

 あんなに美味しそうに食べてくれて、まっすぐ感謝を口にしてくれる人はなかなかいない。
 これまで何度も彼女に料理を振る舞ってきた舞夏は、それを思い出して思わず笑顔になってしまう。
 まあ、同時に尋常でない健啖家でもあるので食費が深刻に心配だったりするが――重ね重ね鋼盾掬彦、本当にお疲れさまである。

「せやね! もうウチの連中こぞってあの子のファンになってしもうたもん! 店長もやで!?
 いやあインデックスちゃんホンマかわいいなー、たまらんねんなー、めっさキュートやねんなー。
 ……つーかあの二人付き合ってないってホンマなん? めっちゃラブラブやってんけど!!」

 などと言いながらどす黒い気炎を上げる青髪ピアス、果たして昨日の昼に何かあったのだろうか。
 確かにあの二人は仲睦まじい、常に独り身を嘆いている彼にはさぞかし目に毒だったことだろう。
 だが、ラブラブというのは少し違う――そう思うのも無理はないとは思うが、事はそう単純なものではない。

「……うーん、あの二人はそういう関係じゃないなー」

 うまく言えないけどなー、と舞夏はそう口にする。
 恋とか、その手の華やかなで浮ついた括りは彼らには似合わない―――いや、違うか。
 そもそも、鋼盾掬彦とインデックスという二人だけを論じる事自体が、舞夏に言わせれば的外れである。

 ペアではない。
 カップルではない。
 コンビでもバディでもパートナーでもない。

 強いて相応しい言葉を探すならば、そう。
 『ひとり欠けたトリオ』とでも言うべきだろう、今のあの二人は。

 そんな言葉が浮かび、すとんと胸に落ちた。
 自分で考えておいてアレではあるが、なんとも悲しい喩えだった。

 欠けているのは。
 欠けてしまったのは―――言うまでもなく。



「じゃあやっぱカミやんやねんなー、ついに異人さんまでその毒牙に……。
 ああもう凹むわー、許し難いわー、いっそ爆発すればええねんあの旗男め!!」

「――――――ッ!」

 青髪の口からあまりにもタイミングよく転がり出たその名前に、舞夏は言葉を失った。
 『爆発すればいいねん』なんて軽いジョークにも、表情が強張ってしまったのがわかる。

 そんな土御門舞夏らしからぬ狼狽に、青髪と鞠亜は少しばかり戸惑ったように問うた。

「ん? どしたんや舞夏ちゃん」

「―――土御門? 顔色が悪いぞ?」

「……ううん、なんでもないんだぞー」

 どうにか絞り出したその返事は、嘘に塗れていた。
 なんでもない、なんて事があるわけがなかった。


 舞夏が思い浮かべていた、三人組の最後のひとり。
 欠けてしまった、最後のひとり。

 カミやん――――上条当麻。

 彼は七月二十八日未明の時点で昏倒状態に陥り、未だ回復の兆しもない状況にある。
 今もまだ面会謝絶であり、おそらくそれは長期に及ぶだろうと―――舞夏は義兄からそのことを伝え聞いたのみだ。

 土御門元春、鋼盾掬彦、上条当麻、インデックス。
 そして先日の上条宅でのパーティーに参加したステイル=マグヌスと神裂火織。

 彼らが何らかの目的の為に動いていた事は、舞夏にも薄々解っていた。
 義兄はその何かに己を巻き込む事を良しとはせず、詳しい事はなにひとつ教えてくれなかった。
 おそらくはそのメンバーの中核であった鋼盾掬彦もその意を汲み、己をそこから遠ざけた。

 その事自体を恨みに思う事はない、きっと己はそこに立つ資格はなかったのだろう。
 無事に帰ってきてくれとただただ願う私に、元春も鋼盾も上条も笑って勝利を約束してくれた。

 その結果、彼らは目的を達して。
 しかし、代償を支払う羽目になった。

 上条当麻の不在。
 死亡という最悪の結末を予感させる、原因不明の昏倒。
 時折軽口を叩き合う程度の間柄だった己にも、それは重くのしかかっている。

 ならば土御門元春にとって、鋼盾掬彦にとって、インデックスにとって。
 彼らにとって彼の不在がどれほどのものなのかは、想像に難くない。

 だが、あの三人はそれを表に出す事はなかった。
 今日の昼食会――本来ならそこにいたであろう上条当麻の不在について、ただの一度も触れずにいた。
 それを不誠実だと、不義理だと咎める事は己にはできなかった。

 彼らが穏やかな笑顔の下に、果たしてどれほどの激情を隠しているのか。
 静謐な水面の下に深い深い覚悟の熱がある事が、どうしようもなく解ってしまった。

 戦は未だ、終わってはいない。
 彼らは未だ、戦いの最中に在る。



 ……そして、己は変わらずそこに加わる事を許されていない。
 彼らにとっての土御門舞夏は、結局のところ平穏な日常パートの登場人物に過ぎない。
 共に戦う同志ではなく、あくまでも庇護すべき対象に他ならない。

 それが彼らの善意であり、敬意であり、願いであることは痛い程に解っている。
 だから己はそれを受け容れ、無知なままに笑って彼らを待っていればいいのだ。

 主に同行し、共に戦う術なんて。
 そんなことは、撩乱家政のカリキュラムには含まれてはいない。
 その事が、土御門舞夏の胸をチクチクと刺してゆく。

 思い知る。
 己はなにも知らない。
 生家についてなにも知らぬように、両親についてなにも知らぬように。
 土御門という姓について、初めて元春に会った日の彼の痛ましいものを見るような眼差しの意味を知らぬように。

 上条当麻の昏倒。
 ……近く、青髪ピアスもそれを知るのだろうと舞夏は思う。
 夏休みだってずっと続く訳ではない、一月後には二学期がやってくるのだ。

 デルタフォースなどと渾名されるくらいに仲の良かった友人の、昏倒。
 その報せを受けて彼が何を思うのかなんて、考えるまでもなく明らかだった。

 それでも、舞夏は彼に知らせるべきなのではないかと思った。
 知らずにいていいわけがないと、そう思った。

 だが、昨日鋼盾掬彦やインデックスがそれを伝えなかったというのなら。
 それを己が口に出す事など、できるわけがなかった。

 そんな権利は、土御門舞夏にはなかった。
 だから、私は、今も、いつだって――――



「ほんとうに、上条当麻には困ったもんなんだぞー。
 まあ、旗男云々については鋼盾掬彦も相当だと思うけどなー」

 ……危ない危ない。
 ともすればまた意味のない思索に沈みそうになる己を嗜めつつ、舞夏はさりげなく話題を逸らす。
 地雷原のような上条当麻の話から、鋼盾掬彦の話へと再度シフトさせる。

「コウやん? ……あ! そういや木山先生とあのあと何かあったんかを聞くの忘れとった!
 舞夏ちゃん!? まさかコウやん白衣の研究者さんと大人の階段のぼったりしてんの!? どないなん!?」

 そして見事に食いつく青髪、流石の反応速度である。
 いや、食いついてくれたのだろうか―――また、気を使わせてしまったのかもしれない。

 心中で青髪に礼を言い、舞夏は改めて気を取り直す。
 半ば苦し紛れの話題転換だったが、しかし幸いにもネタの鮮度は十分だ。

「その木山先生とやらについては後々聞くとして、私のネタは残念ながらそれとは別件だなー
 ……あの野郎、ついさっきまで女子中学生たちに囲まれてたぞー、侍らしてたと言ってもいいかもだなー」

 旗男云々というのはけして故なき発言ではない。
 鋼盾には申し訳ないが、舞夏としても誰かに話したくてウズウズしていたのだ。

「ファッ!?」

「ほう?」

 間抜け極まりない声を上げ、目を白黒させる青髪ピアス。
 雲川鞠亜も刺激的な会話の流れに興味を惹かれたのか、楽しげに相槌を入れてくる。

 ……そう、今朝から開かれた料理教室&昼食会イベントだ。
 インデックスの友達が四人来ると聞いていたので、てっきり神裂とステイルのようなメンバーだと思い込んでいた。
 そうしたら出てきたのは常盤台のレベル5、超電磁砲だったというのだからとんでもない話である。

 御坂美琴、白井黒子、初春飾利、佐天涙子。
 彼女たちはあくまでもインデックスの友達であり、自分はオマケだと鋼盾は言っていたが―――そんなわけがない。



 だが、鋼盾が泣く前にこの男が泣いた。
 別に涙を流していた訳ではないが、それでも泣いていた。
 青髪ピアスが見えない血涙をどくどくと流していた、言うなればレッドアイズブルーピアスである。
 
「……ちょっと舞夏ちゃん、その話もう少し詳しゅう話してくれへん? お願いや、重要な事なんや。
 事によるとボクは親友をひとり失うかもしれへん、そうなる前にフラグを燃やしてしまわんとアカン。
 大丈夫や、実際な、人が生きて行くのに旗なんていらんやろ? 必要ないんよ、そんなん。
 グルグル棒に巻いて油を沁み込ませて火ィ付けて松明にした方がエエ、そうやんな? そうやろ?
 それは明日を照らす光であり、冷たい闇を駆逐する意志の熱であり、言ってみれば人の願いそのものや。
 尊いモノなんや、ボクはアレや、世界政府の旗だって打ち抜く狙撃の王でありたいんよ、百発百中やねん。
 メラメラの実なんて必要ないんや、そんなものより大切な事をボクらはエースから受け取った、そうやろ?」

 血涙と一緒に溢れた言葉もまた、血に塗れていた。
 あとついでに煩悩にも塗れていた、まったくもって彼らしい台詞である。
 めんどくさいことこの上ないので、とりあえず全力で右から左へと受け流してみる事にする。

「鞠亜ー、そうなのかー?」

「私に振るな、少なくとも私は受け取ってない。というか誰だよエースって。
 ……まあ、女子中学生を誑かすような高校生はメラメラされてしかるべきだとは思うがな」

 と言ってもこの変態野郎よりはよっぽどましなんだろうけど、と。
 鞠亜は鞠亜で完全に他人事だ、にべもなくそう斬って捨てる。

 とは言え鋼盾を貶めるような結果は、己としても本意ではない。
 一応のフォローを入れるべく、舞夏は続けて口を開いた。

「誑かすとは人聞きが悪いぞー。
 アレは……なんだろう、そういう下心的なものとは無縁でなー。
 そもそもなんというかだなー、こう言っちゃ悪いけどラブの気配が全くないもんなー」

 侍らしてたなんて言ってしまったが、いや事実侍らしていやがったのだが。
 それでもピンク色の雰囲気なんて一ミリもなかったのは断言しよう、超健全だった。

 だがそんな舞夏のフォローを受けてなお、鞠亜の意見は変わらなかった。
 変わらないどころか、逆効果ですらあったかもしれない。

「そりゃあますます性質が悪いよ。
 色恋みたいなブースターなしにそんなことになるなんて、それこそだ」

 恋の魔法はアバタもエクボに変える。
 しかしそんな裏技を使わずに、アバタ面のままで信頼を勝ち取れるというのなら。
 
 そいつは違う種類の魔法を操っているに違いない、と。
 鞠亜はそう言って笑う、おまえの語るその男はそういうヤツだ、と。

「はは……そりゃあ、ちょっと否定できないかもなー」

 そんな鞠亜の容赦ない分析は、舞夏としても腑に落ちるものがあった。
 そもそも舞夏が鋼盾に一番驚かされたのは――他ならぬ彼女の義兄の内面に、彼がああまで踏み込めたという点である。
 勿論そこに色恋の効用なんてものはない、あるわけがない、あってたまるかそんなもの。

 明け透けなようでいて、しかし誰にも心根を晒す事のない土御門元春という男。
 そんな難儀な男が素顔を晒したのは、舞夏の知る限り己以外では鋼盾掬彦くらいのものだ。



 そしてそれは、きっと元春だけではない。
 数日前の夕食会、あのちぐはぐなメンバーの中心にいたのはインデックスだったけど。
 そんな彼らを繋ぎ止めている楔は、誰がどう見たって鋼盾だった。

 舞夏だって、例外ではない。
 元春に依頼されたのが始まりの、単なる実地研修に過ぎなかった筈なのに。
 いつしか己の意志で、その流れに身を沿うていた――――きっかけがなんだったのかも思い出せない。

 不思議な話だ、と舞夏は心からそう思う。
 見るからにヒーローのような上条ではなく、見るからにヒロインのようなインデックスではなく。

 どう見たって脇役のようなその少年が、しかし誰も彼をも巻き込んでゆく。
 そしてそれは、土御門舞夏には逆立ちしたってできない事だった。

 羨ましいとか妬ましいとかではなく、ただただ遠い。
 改めてそれを突きつけられ、土御門舞夏はすこしばかり身動きが取れなくなる。

 そんな彼女を見かねてか、穏やかな声が沈黙を破った。

「……コウやんは、ああ見えて妙なところで鼻が利くからなぁ。
 強がってるヤツが必死に隠してる弱い所をな、不思議と嗅ぎ当てるんよ」

 性質が悪いってのにはまったくもって同意やね、と。
 つい先ほどまで荒ぶっていたくせに、青髪ピアスが優しい声でそんな事を言う。
 
 『鼻が利く』とか『弱い所を嗅ぎ当てる』とか、文字だけ見れば悪口のような言葉だけれど。
 声を聞けばそうじゃないことは明らかだ、これは友人自慢であると、そう言っていた。

「それは得難い資質だな。
 末は刑事か探偵か――いや、いっそ詐欺師かな」

 鞠亜は相も変わらずに率直で辛辣だ、いっそ心地よいくらいに。
 そんな彼女の合いの手に、我が意を得たりとばかりに青髪ピアスの声が弾んだ。

「せやね。実際上手に騙すんよ。
 でも、騙されたがってる相手にしか手を出さんのや、アイツは」

 騙されたいヤツを騙してやるのは詐欺とは言い難いんやないかな、と青髪は笑う。
 ならばそれをなんと言うのかと舞夏は思ったが、うまい形容が思いつかない。
 
「少なくともボクの知り合いの仲で、一番不器用で一番誠実なんが、コウやんや。
 そのせいで自分だけは騙す事もできずにいるんやから、ホンマ難儀な事やで」

 痩せ我慢ばっかりしとるから太るんや、ぶっちゃけマゾヒストやでアイツ、と。
 青髪ピアスはからかうように悼むように、そんな言葉で親友を評した。

「……ほんとになー」

 思わず舞夏も同意する。
 それほどまでに痩せ我慢という言葉は、鋼盾掬彦にぴったりだった。
 
 思えば周りに人がいない時の彼は、いつだって痛みを堪えるような目をしていた。
 それは出会った日から今日まで、ずっと変わる事もなく続いていたように思う。
 結局の所、これまで一度たりとも弱音を聞く事は出来なかった。

 いつも誰かに頼ってばかりだと笑うくせに、あれほど甘えるのがヘタクソな人間も珍しい。
 もう少し器用で、もう少し不誠実だったなら―――あんなに背負い込むこともなかっただろうに。
 
 鋼でも盾でもないくせに、どうしようもない痛がりのくせに。
 鋼盾掬彦という男は、傷つく事を躊躇わない。

「まったく、ちょっとは周りの心配も考えて欲しいんだぞー」
 
 放っておけるわけがない――――そこまで考えて、ようやく舞夏は気付く。
 なるほど、そんな彼だからこそ、あれほどまでに皆が付いて行くのだと。

「ホンマにな」

 心底同意や、と青髪は呟く。
 周りと痛みを分かち合う効能を、誰かあの馬鹿に教えてやって欲しい、と。




「――――ふむ、なるほどなるほど。
 流石はあのGのお気に入りというだけある、いい具合に捻くれてるみたいだな」

 そんな舞夏と青髪の会話を聞いていた鞠亜が、そんな事を言う。
 あのGというのは「あの羨ましいGカップ」の略であり、つまりは彼女の姉の事だろう。

 雲川芹亜は鋼盾掬彦の事を気に入っている。
 先ほどの青髪との会話でもそんな事を言っていたのを舞夏は思い出す。

「せやね。芹亜先輩はカミやんラブやけど、腹立たしいことにカミやんラブだけど!!
 ―――コウやんについてはアレやな、言うなれば師匠と弟子みたいな感じやで」

 なんの師弟かは解らんけどね、と青髪ピアスはそう評する。
 雲川芹亜と鋼盾掬彦には、余人には測り難い繋がりを感じると。

「さんざん聞かされたよ。
 まずは上条当麻、そして鋼盾掬彦――その二人の名前はな」

 最初にアレの口から男の名前が出たときは耳を疑ったけどな、と。
 くくく、と悪戯っぽく笑いながら鞠亜はそんな事を言う。

「上条当麻は姉にとって、唯一の例外なんだろうさ。
 あの不遜極まりないGのヤツが色恋沙汰なんてちゃんちゃらアレだけど、
 まあ、あれでも一応は女子高生だ、そういう相手がいてもおかしくはないんだろうよ」

 似合わないにも程があるが、恋する乙女であるならば。
 割に合わない苦労だって望む所だろう、主義主張だって塗り替えてしまうだろう。

「でも、鋼盾掬彦はそうじゃない。
 恋愛とかそういうブースターなしに、あのネジの外れた天才に見込まれたんだ。
 土御門はアレと面識がないからわからないだろうけど、それはとんでもない話なんだよ」

「……せやな、さっき芹亜先輩ランキングなんて冗談で言ったけど。
 ホンマのこと言えばそんなんはないんよ、カミやんコウやん以外はその多大勢ってトコやろね」

 もしかしたら別の意味でツッチーは入るかもしれんけどと、青髪ピアスはそんな事を言う。
 鞠亜は同意するように目を細めると、私も『家族枠』がなければその多大勢の方だったろうな、と笑った。

 舞夏に言わせれば鞠亜だって十分に天才だ。
 それも一分野に秀でているだけの専門家ではなく、あらゆる分野で才覚を発揮できるオールラウンダーである。
 だが、そんな彼女が「姉には敵わない」と口にしたのだから、雲川芹亜の才能とやらは正直想像を絶する。

 舞夏はふと、鞠亜が傷ついているのではないかと思った。
 妹である鞠亜を差し置いて、芹亜が他の人間を認めるというのは――もしかしたら。

 この少女にとって、プライドをへし折られるような。
 そんな痛ましい出来事なのではないだろうか。

 ああ! なんか俯いて肩を震わしてるし!!
 コイツ泣くんじゃないだろうな! うわーどうしようと舞夏は慌てる。
 やめてくれわたしが兄弟姉妹ネタに弱い事を知ってるだろー? 大慌てである。

 しかし。

 

「………くくくくく」

 地の底から響き渡るその声は、間違いなく雲川鞠亜の笑い声だった。
 現実逃避の壊れた笑みでもなく、悲しみを圧し殺した乾いた笑みでもなく。
 
 心底楽しそうに、嬉しそうに、言祝ぐように。
 雲川鞠亜は、そんな種類の笑みを浮かべて、こんな事を言った。


「面白い。ああ、いまだかつてないくらい、コレは面白い。
 なあ土御門、ちょっとソイツ私に紹介してくれ―――興味が湧いた」

「……あー、いや、私はいいけどなー。
 どうしたんだ、言っとくけど確実にお前のご主人様にはならないぞー?」

 ちょっと予想外の発言だったので、舞夏は慌ててそう返した。
 鞠亜が鋼盾に危害を与えるとは思わないが、会話の流れが流れである。

「別に、つまらない下心はないよ。
 あのGに完全に誑かされる前に、ちょっと会っておきたいってのはあるけどね」

「……女子中学生キラーだぞー」

「望むところだ、いい経験だよ」

 ……まあ、悪い事にはなるまいと舞夏は認める。
 大体、ここで己が差し止めることなど出来ないし、意味もないことだ。
 本気で走り出した雲川鞠亜を止める事などできないし、したくない。

「んじゃ、帰りに兄貴の学生寮に寄るかなー。
 ……あー、聞くまでもないけど、その格好で行くのかー?」

「勿論。これが私の正装だ」

「……そうだなー、知ってた。
 お前はそういうヤツだったなー、うん、知ってたぞー」

 服装についてはもう何も言うまい。
 逆に親切かもしれない、わかりやすい警戒色である―――鋼盾掬彦もさぞや用心することだろう。
 いや、まっしろ修道服やビジュアル系神父服や大胆カットジーンズに囲まれて平然としていた彼の事だ、スルーかもしれないが。

「なあなあ、自己紹介はどうするべきかな土御門!
 ここは思いっきりあざとく『はじめましておにいちゃん!!』的な感じか?」

「あー、悪いがそれは既に私が通った道なんだぞー」

「……うわー、ゴメンちょっと引いた。
 え? 恥ずかしくないの土御門? お前のメイド道はそんなモノなの?」

「――――ハハハ、この野郎。
 お前にだけは言われたくねえんだぞー、サイケデリックキラービーめ」


 難しく考える事もない。
 一癖も二癖もある変人だが、それだけにあの面子にはぴったりだ。

 新しい風を入れてやる事も、彼や彼女の助けになるかもしれない。
 とびっきりの暴風だが女子中学生だし、きっと許してくれるだろう。
 
 彼らの戦いは今もきっと終わってはいないけど。
 それでも―――彼らの日常だって、確かに幕を開けているのだから。



 
「アカンなぁ……これはアカンわぁ。
 これは私怨とかやない、友人の幸せの為に心を鬼にせねばならん。
 コウやんのためや、その資質が開花する前に――――ボクが、この流れを断つ」

 そんな舞夏と鞠亜の話を聞いて、青髪ピアスがまたも仕置き人モードに入る。
 ちょっと前まで理解ある友人モードだったくせに、この触れ幅の大きさは一体なんなのか。

「いや、だから大丈夫ぞー?
 青髪ピアスの心配してるようなキャッキャウフフな展開なんて、絶対にないからなー」

「いーやわからへん! なんか最近コウやん成長著しいし!!
 今だってあれよあれよという間に『女子中学生メイドさんコンビの出張サービス』が決まってもうたし!!」

 絶対条例違反やろそんなん! いかがわしい! なんぼほど払えばエエんや!!
 そんな羨ましい状況を見過ごす訳には行かない――この行いは正義だと、男は咆哮を上げる。

「ボクはこれより青鬼ピアスになるわ、アカンと言える日本人になったるわ! アカンものはアカン!!」

 と、トングをバチバチならしてそんな事を言う青髪ピアスもとい青鬼ピアス。
 だが冷ややかな目で見つめる雲川鞠亜の方がよほど鬼っぽい―――そう言えばコイツの服は虎柄だった、嫌な符合だ。
 
 別に舞夏としては青髪が同行しようと一向にかまわないが、そうなると鋼盾の心労がマッハだろう。
 インデックスはどうせ彼の家に入り浸っているのであろうし、いろいろと一悶着ありそうだ。

 いっそ兄貴のところでみんなで夕食会にでもしてお茶を濁そうか、そんな算段をまわし始めたその瞬間。

「―――アカンのは君のほうだよ、青髪くん。
 私ひとりに作業を押し付けてお客様とおしゃべりとか、アカンでしょ?」

 一人気炎を上げる青髪ピアスの大きな身体のすぐ後ろから。
 そんな、鈴を鳴らすように涼しげな声が、響いた。

 会話に興じながらも常に店内の様子をうかがっていた青髪ピアス。
 周囲の気配や人の流れ、足音の類には職業柄非常に鋭敏な土御門舞夏。
 同じくメイドであり、更には格闘術も修めている雲川鞠亜。

 そんな三人がここまで近づかれるまで、声を掛けられるまで、それに気付かなかった。
 否、その三人にそれを気付かせなかったその声の主こそが、異常。

 思わず言葉を喪う舞夏と鞠亜。
 そして完全に背後を取られた青髪ピアスは、髪より顔を青くしていた。
 青鬼ピアスあらため顔面蒼白ピアスである、危機に瀕して糸目が開いてやがる。

「……ははは、いややなー誘波ちゃん?
 ボクはサボってたわけじゃないんやで? お客さまとの円滑なコミュニケーションの一環というか……」

 それでも咄嗟に言い訳が出てくる辺り、この人は本当に口が回る。
 だが、それも善し悪しだなーと舞夏は思う……無駄口を叩く者は長生きできない。

「青髪くん?」

 嗜めるような声は、穏やかだった。
 暴力的な響きなど、欠片程もなかった。

 それなのに。
 聞いているだけで自然と背筋がのびるような、そんな声だった。
 
「はい。申し訳ありませんでした。仕事に戻ります。です」

 ギクシャクと回れ右をして、即座に駆け出す青髪ピアス。
 まさかの標準語である―――よほどの身の危険を感じたのだろうか。




 青髪が立ち去ったことで、声の主の姿が舞夏と鞠亜に晒される。
 反射的に身構えてしまっていた二人だが、そこに立っていたのはウェイトレスの制服に身を包んだ少女だった。

 文句の付けようのない美少女だったが、舞夏を驚かせたのはそこではない。
 単純に、その立ち姿が美しすぎた――芍薬もかくやというレベルで、はっきり言って非の打ち所がない。

 その手の基本を撩乱家政で徹底的に仕込まれた舞夏をして、格が違うと思わせるそれ。
 隣の鞠亜が小さく息を呑むのが解った、これは明らかにパン屋さんに求められるレベルを超えていた。

 普通の人間なら『この子綺麗だなー』で済ますのだろうが、舞夏と鞠亜はそうはいかない。
 所作の所々に滲み出るそれを見ただけでわかる―――眼前のこれは「本物だ」と。

 そんな彼女がぺこりと軽く、頭を下げる。
 それが会釈だと理解するのに一瞬間が空いた、ぶっちゃけ見蕩れていた。

「こんばんは―――土御門舞夏さんと、雲川鞠亜さん、だね。
 はじめまして、青髪くんの同僚の誘波です。元春くんと芹亜さんには、いつもお世話になってます」

 紡がれた声は親しげで、しかし店員としての節度を完璧に保っている。
 少し低めのその声はどことなく艶めいていて、それなのにまったく媚てはいない独特の響き。
 同性である舞夏にして「来る」ものがあるのだから、野郎連中ではひとたまりもあるまい。

「おしゃべりの邪魔をしてしまってごめんね?
 青髪くんの手が空いたら休憩に入ってもらうから、続きはその時でかまわないかな?」

「…あ、はい、こちらこそ。
 姉がいつもお世話になっております。つーかあの変態はいりませんので」

「よろしくなんだぞー、馬鹿兄貴が迷惑かけてなきゃいいんだがなー。
 ……というか私らがご迷惑だったなー、店内で騒いでしまって申し訳ないんだぞー」

「ふふ、そんなことないよ。
 青髪くん、あんな調子だけど―――不思議と店内の雰囲気を悪くさせる事はないんだから」

 才能だよねアレは、と言ってくすくすと笑うウェイトレス。
 舞夏に言わせればこの人の方が余程才能の固まりである、メイドスカウターが誤作動を起こすレベルだ。

 先ほど店内に入った瞬間に感じた、この店に遍く調和のとれた雰囲気。
 あれはこの人がこの店にいたせいかもしれない、本物の傍にいると凡人だって化けるのだ。
 
「――そうだ、ちょうど良かった。
 元春くんと芹亜さんとちょっと伝言をお願いしたいんだけど、お願いできるかな?」

 そんな誘波が両手を合わせ、些細なお願いを口にする。
 傾げられた小首に思わずときめいてしまう事に危機感を抱きつつ、舞夏と鞠亜は快くそれを引き受けた。

「もちろんかまわないぞー。
 といっても、兄貴は泊まりがけでどっか行っちゃったから、メールになっちゃうかもけどなー」

「ウチも馬鹿姉が今絶賛引きこもり中だからなー、まあ、預かるくらいはしておくけど」

「うん、それで十分だよ。ありがとうね二人とも。
 伝わらなかったといって問題になるようなものじゃないから、急ぎでなくても構わないんだ』

 でも、貴女たちを経由すると効果的だと思うから、と誘波は微笑む。
 その言葉の真意は測りかねたが、引き受けたからにはグダグダ言うのも野暮だった。

 誘波は舞夏に向き直り、いいかな? と問いかける。
 まずは元春への伝言という事だろう、舞夏は頷いて誘波の言葉を待った。
 
 そして。
 桜色の唇が、言葉を紡ぐ。
 その内容はしかし、ベーカリーの店員から常連への伝言ではなかった。




「“誘波は動きません。
  私個人としては、あなたの選択に敬意を表します”」

 舞夏の目を見ながらはっきりとした口調で紡がれたソレは、思いのほか短い言葉だった。
 実際舞夏は一回聞いただけで一言一句間違いなく覚えることができた、簡単な仕事である。
 微妙に違和感を感じてしまう部分もあるが、伝言という性質上無駄を削ぎ落した為だろう。

 舞夏は頷いて、伝言を聞き届けた旨を伝えた。
 それを受けて誘波は満足げに微笑み、変な事頼んじゃってゴメンね、ありがとう、そう言って笑う。
 その柔らかな笑みに舞夏の頬も思わず緩んだ、役に立ててうれしいと、そう思った。 

 なんて事のない伝言を、受け取っただけ。
 ただそれだけ、おかしな事なんてなにひとつとしてなかった。

 それなのに、舞夏の背筋をつう、汗が滑り落ちた。
 空調の効いた店内で、どうしてか。

「そして、芹亜さんにも。
 “ふて寝なんかしてると、取られちゃうかもしれませんよ”―――うん、これだけでいいや」

 鞠亜に預けられた伝言は、更に短い。
 忠告めいているような、挑発めいているような、そんな言葉。
 友人同士の気の置けぬ遣り取りにありそうな、なんということのない言葉だった。

 笑顔で伝言を預かった雲川鞠亜は、笑っていた。
 彼女にしては珍しい、年相応の笑み―――だけど一瞬、腑に落ちないように不思議そうな顔をして、すぐにそれを消した。

 もしかしたら、鞠亜にも。
 舞夏と同じような変調があったのかもしれないと、そう思った。

 その違和も、ほんの一瞬。
 粉雪が溶けるように、すぐに消える。
 
「ほんとうにありがとうね、ふたりとも。お兄さんとお姉さんによろしくです。
 それでは、どうぞごゆっくり―――――あ、そこの棚焼き立てだよ、おすすめだから!」

 そうして、現れた時と動揺に鮮やかに音もなく。
 魔法のような足取りで、誘波は滑るように姿を消した。

 来店から十分、ようやくベーカリースペースへと足を踏み入れる舞夏と鞠亜。
 ゆるゆると各々トレイとトングを持ち上げる段になってようやく、口から言葉が溢れ出た。

「……いやあ、とんでもないのとエンカウントしちゃったなー。
 なんだあの人、英国王室付きにでもしとくべきレベルの人材だぞー?」

 自分たちのような見習いとは違う、『本物』のメイドを思わせるような洗練。
 もちろん彼女はウェイトレスだが――――格が違う、なんだアレ。
 
「……前に来た時はいなかった―――相当出来るな。
 なんであんなに隙がないんだ、蹴りが当たるイメージが1ミリも浮かんでくれないんだけど」

「いや、蹴っちゃダメだろー」

「物の喩えだよ。
 ……アレだな、ウチの学校長で互角ってところか?」

「話しても信じてもらえないだろうなー」

「パン屋の店員さんだもんな。
 ……まったく、これだからこの街は侮れない」

 眼福眼福、と二人して馬鹿みたいに呟いて。
 とりあえずご利益に預かるべく、彼女おすすめの焼き立てのパンに、トングを伸ばした。




―――――――――――――


 学園都市第七学区にある評判のベーカリー「ぐーちょきパン店」には、とあるトラップが仕掛けられている。
 そのトラップを看破した人間は、未だ両手の指の数に収まる程度でしかない。


 青髪ピアスは、不幸な偶然からそれを知ってしまった。

 土御門元春は、類希な観察眼と魔術という特異なスキルから違和感を持ち、数回の来店を経てついに確信を持つに至った。

 雲川芹亜は、最初からソレを知っていた。

 鋼盾掬彦は、青髪ピアス経由でソレを聞かされた。

 上条当麻は、まだ気付いていない。

 インデックス=スチュアートは、一目見ただけでソレを看破した。


 土御門舞夏と雲川芹亜は、残念ながら初回では気付く事はできなかった。
 彼女たちがいつ、どのタイミングでそれに気付き、いったいなにがおきるのか。

 それはまた、べつのおはなし。



―――――――――――――





 ここまで。

 途中でネット繋がらなくなりました、 ID変わってますが>>1でござる。
 前回の土御門&雲川先輩の話の数時間前、本編でも出てきたとあるパン屋さんが舞台です。
 このパン屋さんは某アーネンエルベのように登場人物がニアミスしまくるといいと思います。

 当初は引き蘢る芹亜さんに鞠亜さんが添い寝するような感じの話だったのですが、捏造が過ぎたので全没。
 放置気味だった舞夏と青髪もエピローグに出したかったので、こんな話になりました。

 誘波さんについてはオマケのような感じです。
 彼が「自分の性別を一発で看破した銀髪シスターに恋をする」というネタも考えたのですが収集がつかないので没。

 あ、ようやくようやく禁書超電磁砲ともに最新刊まで読みました、アニメは見る暇ねえです。
 新出人名や単語が覚えられないのは老化でしょうか、とりあえずサンドリヨンが愛おしいです。
 返す返すも前回の話は新約7巻を読んでから書くべきだった…!いろいろ惜しい事したぜ!

 超電磁砲はとにかく! 馬場くんがすばらしかったですね! すばらしかったですね! ね!
 もうね! 木山先生といいトリックさんといいフレンダといい! 超電磁砲は敵キャラがいいよね!
 
 次はアレイスター視点です、短いでしょう。
 なるべくはやく来ますので、よろしければお付き合い下さい。
 


土御門兄弟と雲川姉妹はいろいろ妄想が広がる

ところで728と729の間抜けてね?

>>739 うぎゃあマジだ、死にたい、ご指摘感謝です
    この専ブラ行数オーバーで書き込んだときエラーメッセージが出てくれないのかうわああ
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>>727からのつづき



 たとえば御坂だ、と舞夏はあらためて思い出す。

 超能力者という立場や周囲の期待に応えようと『模範的な学生・頼れるお姉様』を演じていた友人。
 だが本来の彼女は奔放で少女趣味な年齢相応の女の子であり、そのギャップに御坂は苦しんでいた。

 「超能力者」「超電磁砲」「常盤台中学のエース」「雷姫」「学園都市の顔」「偶像」「身体検査」。
 「過剰な期待」「無遠慮な視線」「厳格な規律」「周囲のやっかみ」「歪な人間関係」「派閥」「食蜂操祈」。

 どれもこれも、たいしたストレス源である。 
 あれじゃあいつか折れてしまうと、撩乱を通して常盤台に報告したこともあった。
 しかし、超能力者ともなるとカウンセラーを付ける事すら大事だったりするらしく、事は容易に運ばない。

 『自分だけの現実』というのは繊細なもので、下手に手を出せば彼女を傷つける可能性すらあった。
 もし、御坂美琴の能力が不具合を起こすような事になれば、誰にも責任がとれないほどの大事になる。

 とりあえず、学業からは解放される夏休みが始まれば――ストレスの度合いも軽減される、はず。
 ここでしばらく様子を見よう、そう綿辺教諭と話をしてから、今日までおよそ二週間が経過していた。

 時折メールは交わしていたが、文字から読み取れる事などあまりにも少なかった。
 いっそ直接会いに行こうかとも思ったが、そうそう学び舎の園での仕事など入らない。
 なによりここ数日はいろいろあって、自分の周りの事だけで精一杯になってしまっていた。
 
 そんな状況で本日、思いがけず再会の運びとなってしまったわけである。
 そう、思いがけず――――嬉しい予想外が、舞夏を待っていたのだ。

 二週間振りに会った御坂美琴は、すっかり調子を取り戻していた。
 いや、取り戻したどころか―――どう見ても絶好調だ、自信に煌めいていらっしゃる。
 いい感じに力が抜けていてしかし弛んではいない、そのしなやかな強さはかつての彼女にはなかったものだ。

 そして。
 驚くべき事に。
 ガッツリ鋼盾掬彦に、懐いていた。

 具体的に何があったのかは知らないが、彼女の回復に彼が絡んでいたのはどうやら確実だった。
 今日の彼らの遣り取りを見れば、彼女に必要だったのはカウンセラーなんかじゃなかったことは一目瞭然だ。

 この土御門舞夏、「おにいちゃん」の効能は誰よりも知っているつもりだ。
 まさか御坂が隠れ妹属性持ちだったとはなーと、友人のステータス一覧を更新した。
 兄妹は問答無用の正義である、擬似だろうが血が繋がっていなくたって構わない、どんと来いである。

 そして白井黒子、初春飾利、佐天涙子―――この三人も大体同じような感じらしい。
 会話の端々と視線のそこかしこに、鋼盾への信頼の色が見て取れた。

 更に言えば密度こそ違えどインデックスもまた、似たようなもので。
 もしかするまでもなく、己もまた同じだったりもする―――たいした兄力だ、侮り難し鋼盾掬彦。 

「……まったく、鋼盾掬彦は女子中学生キラーだぞー」

 とりあえず人名をボカシてひとしきり語った舞夏が、その報告をなんとも人聞きの悪い命名で締めくくる。
 鋼盾掬彦がそれを聞いたらマジで泣くかもしれないなー、と舞夏はそれを想像して悪戯に笑った。



>>728へ続く

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たいへんしつれいしました、これからはきをつけます


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 学園都市には窓のないビルがある。

 ドアも窓も無い、入り口も出口もない密室の中央には巨大なビーカーが鎮座している。
 赤い液体で満たされたその円筒の中には、緑色の手術着を着た人間が逆さまに浮かんでいた。

 この街に心臓があるとしたら、それは彼の事。
 この街に脳髄があるとしたら、それは彼の事。

 学園都市統括理事長『人間』アレイスター=クロウリー。
 それは男にも女にも見え、大人にも子どもにも見え、聖人にも囚人にも見える。
 人間が辿りうる全ての道筋の終着点に立っているかのように、常に微笑を浮かべ続けている。

 天上を目指すはずのこの街で、しかし彼は天を見据えない。
 その逆さまの視界には、大小様々なモニタが無数に表示されている。

 それは学園都市全域に漂う数千万機のナノデバイス群、『滞空回線(アンダーライン)』の眼が記録した映像群。
 空気の対流を受けて自家発電し半永久的に情報を収集し続ける、機械仕掛けの使い魔たちの情報網。

 言うなればアレイスター専用のシネマ・コンプレックス。
 壁に耳、障子に目どころの話ではなく、この街に彼の端末が届かないところなど存在しない。
 
 そんな玉石入り混じった無数の情報は、無数の人工知能によって整理整頓される。
 いわばアレイスターの補助脳であるそれらは、情報を選り分け、検討を繰り返し、洗練してゆく。

 濾過か、あるいは蒸留のようなそれらの行程。
 余人では数週間掛かりになるであろうそれを、ほんの小一時間程で片付けてしまう機械脳。

 結果、アレイスターの元には純度の高い材料だけが残る。
 世界中の為政者が喉から手が出るほどに欲するであろう、宝石のような情報の結晶。
 それをこの『人間』は、望んだ分だけ手に入れる事ができる。
 
 確度の高い情報と、それを活かす頭脳。
 星の数程ある目と耳といった感覚器と、科学の力で増幅された脳味噌。
 アレイスター=クロウリーを怪物足らしめているのは、結局はそれなのだ。

 数世代先の科学技術の占有や、能力なる異能の独自開発、異常なほどの医療システム。
 それらによって生まれる莫大な財、国際社会における確かな影響力―――それらは単なる結果で枝葉だ。

 十二席ある統括理事など形骸に過ぎない、椅子取りゲームでもやらせておけばいい。
 学生たちの感情も大人たちの民意も保護者たちの親心も、指先ひとつで操作可能なパラメータのひとつでしかない。

 学園都市の意向とは、つまりはアレイスターの意向である。
 学園都市の能力者たちは、そのままアレイスターの指先である。
 学園都市の人間は、すべてアレイスターの資源である。

 この街に心臓があるとしたら、それは彼の事。
 この街に脳髄があるとしたら、それは彼の事。

 つまり学園都市とは、アレイスターそのものなのだ。
 
 それに、この都市の一対何人が気付いているだろうか。
 この未来都市はその実、どんな独裁国家よりも色濃く個人の色に染め上げられている事に。





「―――以上だ。
 これがオレの知りうる限りの、今回の一件の顛末だよ」

「なるほど、ご苦労だった土御門」

 そんな窓のないビルで、土御門元春による報告は行われた。
 八月三〇日、午前零時―――雲川芹亜と別れ、このビルに入ってからおよそ一時間が経過している。

 『知りうる限りの』という言葉が事実でない事は互いに了解の上だった。
 英国所属でもある土御門だが、今回の任務はあくまでも学園都市の諜報員として動いたもの。
 ゆえにそれは、彼の通常任務である『上条当麻の監視者』としての立場での報告という形になる。

 当然ながら英国清教関連の報告は最低限になるし、幻想御手事件や第三位関連については軒並みカットだ。
 それでも長い報告になったが、土御門としては多くが欠けたレポートになってしまったというのが正直な感想である。

 今回の一件において、上条当麻はキーパーソンではあれど主人公ではなかった。
 その事を浮き彫りにしてしまったように思う、まあ、当の主人公以外にとっては周知の事実ではあるのだが。

 鋼盾掬彦。
 とある高校の一年生、冴えない男子生徒、無能力者の落ちこぼれ。
 上条当麻のクラスメイトにして隣人、それだけだった筈の少年。

 禁書目録に掛けられた呪いを見抜き、その治療法を提示したのは彼だった。
 襲撃者である魔術師二人を説得し、衝突を回避させたのも彼だった。

 言うなれば謎解きとラストバトル、どちらも物語のクライマックスである。
 これでは上条当麻視点での内容が薄まってしまう事もやむなしだろう、と土御門は溜息を零した。
 まあ、思わぬファイナルバトルが待ち受けていたわけではあるのだが―――それでも、だ。

 科学と魔術が交差した此度の物語。
 その物語の主人公の立ち位置にいたのは、鋼盾掬彦だった。
 報告を受ける側もそのように受け取るはずだ、誰が見たって中心点は明らかであろう。

 報告文に溢れる鋼盾の特異性を匂わせる描写、それを省く努力を土御門は早々に諦めてしまった。
 そんな事をすればそれこそスカスカの内容になってしまう、嘘を混ぜずにその隙間を埋めるのは不可能だった。
 そして嘘を混ぜても意味がない―――この『人間』はどうせ、何もかもを知っているのだから。

 学園都市統括理事長・アレイスター=クロウリー。
 土御門元春の上司であるこの男の目と耳の届かぬ所など、学園都市のどこにも存在しない。
 己が伏せた幾つかの情報も、己の知り得ぬ無数の事実も、この『人間』はどうせ知っていやがるのだから。

 ……そう、ゆえにこの報告すらも意味がない。
 それなのになぜ、この逆さま宇宙人はわざわざ己を呼びだしてくれやがったのだろうか?
 徹夜三日目の土御門元春はサングラス越しにもわかる胡乱気な眼差しを相手に向ける、正直眠いのだ。

「ふむ……腑に落ちないという顔だな? 土御門」

 轟々たる非難の視線を軽々といなし、アレイスターはそんな事を言う。
 その態度こそが忌々しいと、不機嫌な声で土御門は応じた。

「……当たり前だ。今オレが報告した事なんて、お前にとっては既知のことばかりだろう。
 事実、これまでお前は一度だって、わざわざオレに口頭で報告させたことなどなかった」

 土御門がこのビルを訪れた回数は、未だ両手の指の数に満たない程度。
 その何れもが任務の指示や命令の類であって、わざわざ報告のために呼び出されたことはない。
 そもそも重要度の高い案件については既にメールで報告済みなのだ、既に追加の指示すら受けている。

 だが、それでもアレイスターはこのタイミングで直接の面会を望んだ。
 てっきりなんらかの任務か、あるいは独断が過ぎた手駒に釘を刺すつもりかと思ったが、その気配もない。

 正直言って、意図が読めない。
 その事が腹立たしく忌々しく―――やはり、怖ろしい。
 土御門はその感情を圧し殺し、アレイスターにその真意を問う。



「……なぜオレを呼び出した? アレイスター。
 まさか相談事というわけでもあるまい―――お前にブレーン役など必要とは思えんしな」

 唯一土御門に思い至り、それでも即座に否定したのがそんな妄想。
 『部下と相談する』『現場の意見を取り入れる』『担当者と協議し方針を決定する』といった類の、ソレ。

 ありえない、笑ってしまう程にそれはありえない。
 通常の企業における上司と部下なら当たり前の光景だろうが、この独裁者においては絶対にありえない。

 だが、アレイスターの反応は意外なものだった。
 土御門元春の妄想めいた仮定を肯定するかのように、こんな台詞を口にしたのだ。
 
「買い被りだな、私とて総てを掌中に納めているわけではない。
 誰かの意見を参考にしたいと思う事があっても、別段におかしくはないだろう?」

「……ふざけるな、おかしいに決まっている。
 ―――お前が他者に意見を求めるようなヤツだったら、この都市はこんな歪なことにはなっていない」

 辟易とした表情で上司の戯言を斬り捨てる土御門。
 クソッタレなジョークにオレを巻き込むな、性質が悪いにも程があると。

 そもそも、だ。
 アレイスターを前にして『自分』を保てると考える事、それ自体が思い上がりだと土御門は思う。

 たとえば、己をこの部屋まで運んできたのは空間移動能力者の少女であるということ。
 名を結標淡希、能力名を『座標移動(ムーヴポイント)』、おそらくは学園都市最強のテレポーターである。

 入り口のないこのビルに来客を迎える為の手段として、彼は能力者を使う事を採用した。
 大能力者だ、拘束には結構な金額がかかるだろうが、それはあまりにも些細な問題に過ぎない。

 重要なのは『彼が能力者を利用する事を躊躇わない』人物だという一点である。
 能力開発都市を作った男だ、当然と言えば当然のスタンスであろう。
 
 では、それを鑑みた上でこの状況。
 学園都市統括理事長様と差し向かいであるこの状況について、考えてみたならば。

 例えば読心系の大能力者が、彼方の壁の裏にいて。
 ソイツが土御門元春の脳味噌の中を覗いていないなどと、なぜ口にする事ができるだろうか。

 例えば洗脳系の大能力者が、此方の壁の裏にいて。
 ソイツが土御門元春の脳味噌の中を弄り回していないなどと、なぜ口にする事ができるだろうか。

 己であればそれをやるだろう。
 だって、やらない理由がない。

 “よう、見てるんだろう? わかってるだぜい?
  おまえがオレの心を読んでることくらいこっちはお見通しにゃー!!”

 と、サトラレ症候群に感染した中学生のような事を考えてみる土御門。
 これで壁の向こうから笑い声でも聞こえてきたらビンゴなのだが、そううまくはいかないようである。

 大切な記憶を奪われていない保証がない。
 その選択が本当に自分の意志に依るものである保証がない。

 ここはそういう場所なのだ。
 学園都市とは、アレイスター=クロウリーの前に立つというのは、そういう事なのだ。
 
 実は今日まで、定期的に上条当麻を焚き付けてわざわざ殴られていたりする土御門である。
 幻想殺しに頭を触れられれば、少なくとも継続的な精神干渉を破壊する事ができるのは証明済みだった。
 そんな小技を使わなければ、己はこうまで平静を保ててはいなかっただろう。

 つくづく、上条当麻という男は特権階級にあったと土御門は思う。
 この街で精神系能力者の毒牙にかかっていないと確信できる人間は、本当に極稀な一握りだけなのだ。
 土御門元春の知る限りでは、上条の他は第一位と第五位くらいのものなのだから笑えない。
 第三位は電磁バリア、第七位は根性で精神干渉を弾くという話もあるが、どちらにせよ超能力者級でようやくなのだ。
 そんな権利は、この街の外では当たり前すぎる程に当たり前の権利であるというのに。
 
 ああもう、本当にこの都市は狂っている。
 自分以外の人間はこの不条理にどう折り合いをつけているのだろうか、教えて欲しい。 

 だが、それも今更だ。
 兎にも角にもはっきり言ってやろう、サングラス越しに相手を睨みつけながら土御門は口を開いた。
 この苛立ちと恐怖と憤りは、己自身のものであると信じて。
 



「お前のブレーン役など、人間に勤まるものか。
 それこそ天使アイワスの出番だろうさ、アレイスター=クロウリー」

 学園都市のトップたる人物の名前について、この都市の人間は無頓着すぎる。
 土御門元春は常々そう思っている、いくらなんでももう少しツッコミがあってもいいだろう、と。

 この違和感をニッポンのみなさんにわかりやすく伝えるには、と土御門は頭を捻ってみる。
 例えば新ローマ教皇の名前が『ゴエモン=イシカーワ』だったという程度だろうか、もっと強いかもしれない。
 『源義経が大陸に落ち延びてチンギスハーンになった説』あたりと組合わせればだいぶ近くなる。
 冗談抜きでそんなレベルのトンデモなのだ、性質の悪い事に現在進行形である。

 アレイスター=クロウリー。
 それは今よりおよそ70年前に活躍した、伝説の魔術師の名前である。
 世界最強最高の魔術師だったくせに魔術を捨て科学に走ったという、魔術業界の面汚し野郎だったりする。
 学園都市統括理事長が名前を借り受けている人物はそんな人物だ、悪ふざけが過ぎると言えよう。

 ちなみにこの件、西洋諸国ではとびっきりのジョークとして扱われている。
 一部『本人、あるいは生まれ変わり』であると本気で信じている人間もいるが、大抵は笑い話にしてしまっている。
 なお教会や魔術関係者間では割と禁句だ、その毀誉褒貶の激し過ぎる名前は扱いが難しい。

 魔術師が学園都市に敵愾心を抱く理由の一割くらいは、もしかしたらこの名前のせいかもしれない。
 狙ってやってるなら大したタマだ、はっきり言って趣味も性格も悪い。

 そして、本当に眼前の男が『裏切りの大魔術師』である可能性もあるというのだから笑えない。
 英国によると結論は『グレーに近い白』という判断であるが、正直それも怪しい土御門は思う。

 下手に本人だと認めてしまえば学園都市に討伐隊を送り込まねばならない。
 英国の利益を鑑みればその選択は愚だ、第三次世界大戦が始まってしまう。

 アレイスター=クロウリーが本物か、否か。
 この件に関する土御門元春の判断は『どちらにしても変わらない』という一語に尽きる。
 虎がライオンの威を借りても仕方ないように、どちらも化物であるのだから。

 そんな化物が口を開く、そこに牙が見える訳でもない、だからこそ恐ろしいと土御門は思う。
 この男を前にするといつも「結局一番怖いのは『人間』だ」というよくあるオチになってしまうのだ。

「実に的確な分析だ、土御門。
 だが、今の私にエイワスはいない、残念ながらね」
 
 そしてこの返答である、憎たらしいほど絶妙だ。
 “今の”なんてわざわざ差し挟んでやがる意図は明瞭、過去には居たと言っているようである。
 あるいは未来に、だろうか? ……ひどいジョークだ、この都市で天使召喚など冗談にもならない。

 土御門が“アイワス”と言ったのに対し、“エイワス”と口にするのも同様にいやらしい。
 まるで、さりげなく正しい呼び名を教えてくれているかのようですらある。
 『本人はそう名告っていたよ』とでもといった風情なのだ、恐ろしい。

 演技だとすれば大した役者、そうでないならもっと問題。
 だがどちらにせよオレの仕事ではないと彼は断じる、クロウリー部署の管轄だろう。

 土御門はこの件はこれで終わりだとばかりに、あしらうようなジャスチャーのみを返した。
 そんな反応に苦笑するアレイスター、そこで言ったん会話が途切れ、ほんの数秒程の沈黙が落ちる。

 そして、囁くような声がそれを破った。
 土御門の耳には、その声に微かな喜色が混じっていたように聞こえた。




「鋼盾掬彦、か。まったく、たいしたイレギュラーだよ」

 報告を受けたアレイスターが最初に口にした渦中の人物の名は、鋼盾掬彦。
 上条当麻でもなく、禁書目録でもなく、鋼盾掬彦について。

「……そうだな、たいした男だ」

 妥当と言えば妥当だが、しかしそれでも土御門の胃が小さく痛んだ。
 その返答には、我ながら力がなかった。

 この期に及んでは仕方がない事とは言え、この男の口からその名前は聞きたくなかったと思ってしまう。
 今朝方の電話でも散々味わった感覚だ、友人が化物共に『認識』されているという現実。

 否、認識に収まらず『興味』のレベルまで届いてしまっている、その事への焦燥。
 だが、それを土御門は否定する、その痛みも焦燥も不要と断じる。

 圧し殺せ。
 いいかげん肚を括れ、土御門元春。

 巻き込んでしまった罪悪感。
 それを受け入れろ、しかし忘れるな。 

 連中の興味は鋼盾掬彦が死ぬまで剥がれまい、それでいい。
 あいつはインデックスの盾になるために、そういう道を選んだのだ。

 カードの一枚になる事を選んだ。
 献身の剣と、献身の盾―――禁書目録という切り札のペアになる事を選んだのだ。

 今朝の電話も、結局の所その為の布石なのだろう。
 そしてこの報告もまた、その一環なのだ。

 ならば己は己の仕事を。
 土御門元春はその完遂を友人たちし誓う、強く強く。

「本当に、大したイレギュラーだ。
 ……まさかここまでの事になるとは思っていなかったよ、誤算だった」

 その割には悲壮感のない顔だ、と土御門は思う。
 だが、この人物においては本当に珍しい発言に、思わず声が出た。
 
「……誤算、ときたか。
 お前の口からそんな台詞が聞けるとはな―――この状況、お前の意図ではないと言うのか?」

「ああ、私の意図ではない。
 私が用意した無数のプランを照らしても、鋼盾掬彦なんて人間は一切登場しない」

「ハ、疑わしいな―――調べたぞ」

「ほう? 何をかな?」

「アイツの入学年度、中学一年次の身体検査報告だ」

 上条当麻の監視が平時の業務である土御門は、彼の周囲にも一応のチェックを入れている。
 幻想殺しに注目する他勢力を懸念しての行動、無論学園側で既に“洗った”後だろうが、信用はできない。
 なにしろ己は雲川芹亜の在校について何も聞かされていなかったのだ、何が居るかわかったものではない。

 母親に統括理事を持つ親船素甘は入念に洗ったが、結果は白。
 その件で親船最中とルートが出来てしまったのは、果たしてよかったのか悪かったのか。
 気付かれてしまったのは単純に不覚だったが、アレは流石に仕方がなかったと土御門は思っている。
 母親の愛の監視網がやり過ぎだった……過去の事件を聞けば納得するしかなかったが。

 当然、クラスメイトたちの身上についても精査を行った。
 楽しい作業ではなかったが、今更プライバシー云々なぞ気にしてはいられない。
 まあ、これで見つかる程度の連中なら情報操作も碌できない小物、たいして期待もしていなかった。

 結果は全員が白。
 だが、特異な経歴を持つ人間が一名、見つかった。

 その人物の名前は、鋼盾掬彦。
 無能力者であることに強いコンプレックスを持った男子生徒。
 『デルタフォースの制御役』『プラスワン』なる渾名を拝命した内気な変わり者。
 
 上条当麻の友人で、青髪ピアスの友人で。
 そして、土御門元春の友人である少年だった。



 
「通常は入学前に一回、以降は期末毎に一回ずつで、計四回だ。
 それをアイツは六十二回も受けさせられている……まともな回数じゃない。
 そして検査を指示したのは学園都市統括理事長―――――オマエの直轄。ありえない話だ」

 六十二回と言う回数もさることながら、なによりアレイスターの直轄というカテゴライズ。
 土御門元春の知る限り、そんな学生は上条当麻とあと数名しかいない。
 これはどういう事なのかと問いつめる土御門に、しかしアレイスターは平然とこう返した。

「おや、それは心外だな。
 私とて研究者だよ、能力開発はいつだって一番の関心事だ」

「そうかよ。
 ……上条当麻と同じ学校に入学したのも偶然だと?」

「その通り、偶然だ」

「そうかよ」

 嘘こけこの野郎、あんな如何にもな所にヒントを置いておきながら、シラを切るな。
 どうせ己に見張らせるつもりだったに違いない、セットで押し付けやがったのだ。

 とは言え、それについては別に構わないと土御門は思っている。
 もとよりセットだったのだ、我らデルタフォース+1である。

 だが、それでも。
 この点についてだけは、聞いておかなければならないだろう。 

「……欠片程の能力も宿らない、正真正銘の無能力者。
 魔術師だったオレにだって機能した能力開発だ、確かにイレギュラーだろうさ、鋼盾掬彦は」

 学園都市の能力開発を受けて、全く能力を開花させなかった人間。
 そんな人間を土御門は彼以外に聞いた事がない、全く白紙の検査結果なんて初めて見た。
 上条当麻も白紙だったがそれには明確な理由があった、鋼盾掬彦にはそれがなかった。
 
「だが、学生の六割が無能力者なんだ、中にはそんなヤツもいるだろうよ。
 言うなればマイノリティレポート、確かに興味深いかもしれないが、それだけだ」

 間違っても、学園都市統括理事長様が直々に指示を出すような案件ではない。
 野心的な研究者を一人宛てがっておけば十分だろう、この街にはそんな人間がいくらでもいるのだから。

「それなのにお前は、延々六十二回も鋼盾掬彦への検査を繰り返させた。
 これは一人の学生への年間検査回数としては、今なおぶっちぎりのレコードだ」

「確かにその通りだ、幻想殺しですら十回かそこらだったからな。
 もっとも彼の場合は、現象が明らかだったから結論が出るのも早かったのだが』

 異能を打ち消すという結果は明確、ならば機械の干渉すら打ち消しているに違いない。
 上条当麻のそれはわかりやすい―――一番精度の高い機械で計測できなければ匙を投げるしかない。

 だが、鋼盾掬彦はそうではない。
 それゆえの六十二次にも及ぶ身体検査だ、とアレイスターはそう言った。
 ならばと土御門元春は、続いての『ありえない』を投げつける。

「……第四十六次から五十三次の検査担当者には冥土帰しの名前すらあった。
 あの大賢者を引っ張りだすほどの内容だったわけだ、この一件は」

「彼も興味を抱いてくれてね――もっとも、成果は出なかったが」

 学園都市最高の名医、人呼んで『冥土帰し(ヘヴンキャンセラー)』。
 他の医者がかわいそうに見えるくらいの天才だ、一分一秒に千金の価値がある人物である。

 そんな彼でも成果を出せなかったというのは、確かに異常な事だ。
 だが、こんな検査のために冥土帰しを派遣する事のほうが余程の異常事態だろう。

 そして。
 六十二回にも及ぶ検査の果てに出た結論が、これだ。



「『特別検査は成果なしと判断し凍結、以降は経過観察処分とする』。
 ……それが学園都市―――否、おまえが出した鋼盾掬彦への結論だった」

「ああ、嘆かわしいがその通りだよ。都市の代表としては申し訳ない気分で一杯だ、慚愧に堪えない。
 せっかく能力者に憧れてこの街に来てくれた若人の才能を、我々は引き出してあげられなかったのだから」

「よく言うものだ、六割の学生に『無能力者』なんて呼び名を押し付けている野郎とは思えんな」

「おや、君がそれほどまでに傷ついていたとは知らなかった、謝罪が必要か?」

「やめてくれ、虫酸が走る―――しかし、経過観察処分、か。……随分と気の長い話だ。
 切り刻んで調べるべきだったんじゃないか? 木原の連中にでも渡せば、それこそ徹底的にやっただろうに」

 友人についてこういう言い方はしたくないが、それはそれ。
 学園都市というのはそういう所なのだ、今日もどこかの実験場で子供が科学者に殺されている。

 実際、検査(じっけん)の継続を望む申請書類もいくつかあった。
 そのうちの何割かは『そういった』実験を好んで行う連中だったのだ。
 そうなれば鋼盾掬彦は自分たちと出会う事はなかっただろう、殺されても、生きていても。

 それを止める事が出来たのはひとりしかいない。
 マッドサイエンティスト共の元締め、この都市の王様くらいのものだろう。
 その王様であるアレイスターは鋼盾掬彦への扱いについて、このように評した。

「無駄に切り刻ませるには惜しい素材だった、それだけの話だ。
 将来的に開花する可能性があるならば、無理に種をほじくることもないだろう?」

「……確信があったわけだな、鋼盾掬彦がああなることを」

「確信はなかったよ、だが期待はしていた。
 まあ―――正直忘れていたくらいだから、それほど強いものではなかったが」 

 期待……否、やはり確信だろう。
 それでなければおかしいのだ、この男があれほどまでに動いた事に説明がつかない。
 八月二十八日に鋼盾掬彦に宿ったそれこそが、アレイスター=クロウリーが数十回の検査で探したものだ。

 ……だが、そうだとしても、その確信に至った理由がわからない。
 あの怒濤の検査が説明できない、辻褄が合わない、なにかひとつ、大きなピースが欠けている。
 どう考えてもアレイスターは鋼盾掬彦に『はじめから』目をつけていたようにしか思えないのだから。

「答えろアレイスター。
 鋼盾掬彦に可能性を見いだした、その根拠はなんなんだ」

 はぐらかすことは許さない、そんな想いを込めて土御門は問いを放つ。
 そんな彼の固さを笑うように、アレイスターはあっけなく回答を示した。

「これだ」

 アレイスターが意識を傾けると、何も無い虚空に四角い画面が表示される。
 そこに表示されている顔と名前は、土御門元春の友人のものだった。
 だが、写真に写った顔は随分と幼い―――おそらくは中学入学時だと思われた。

 名前、性別、生年月日、血液型、経歴、出身、両親……羅列されているパーソナル・データ。
 だが、それが単なる学園都市のIDなどではない事は一目で明らかだった。
 
 ひとつは、毎年四月に更新される筈の顔写真が入学時のままであるという事。
 ひとつは、『発現予想能力』『到達予想能力強度』などというありえない記述があること。
 なにより親切にも、画面左上に『parameter list』なんて書かれているのだから、間違いようがない。

 学園都市の題目を蹴飛ばしかねない、残酷な検査内容。
 土御門元春は呆然とした口調で、こう呟いた。

「……都市伝説だとばかり思っていたがな、『素養格付』なんて」

 曰く『素養格付(パラメータリスト)』。
 対象の人物が「どんな能力」で「どの程度のレベル」まで伸びるのかを調べたデータベース。
 それによって個人の時間割が決められているとか、そんな益体もない噂話。
 能力開発への不安や不信が姿を変えた、典型的な都市伝説。
 
 ……だが、どうやらそれは真実だったらしい。
 そしてそれが意味するところもまた明確だ、学園都市の大いなる欺瞞である。

 “能力開発は資質だけではなく、努力することによって伸びるのです”
 “ゆえに能力とはオカルトではなく脳科学の産物であり、歴とした学問の一分野です”
 “才能に乏しくとも研鑽を重ねれば、あなたたちもいつかは超能力者になれるかもしれませんね”

 などというのは偽りで、生まれ持った資質と素養が全てを決めるのだ、と。
 才能という前提のない努力は無意味なのだと、このリストの存在はすなわちそういう事だった。



「火のないところに煙は立たないということだ。
 研究者などという人間は存外に口が軽く、情報の管理も疎かなものだからね。
 都市伝説という形で学園都市暗部のプロジェクトの噂が囁かれるケースは、残念ながら少なくない」

 まあ、いくつもダミーの噂も燃やしてあるから真偽の識別は困難だろうが、と。
 アレイスター=クロウリーは平然とそんな事を言い、そのままの声で鋼盾掬彦のパラメータを読み上げる。
 彼の特異性が色濃く浮き出た四項目を、読み上げる。

「『予想能力名:該当なし』『能力名:該当なし』『到達予想能力強度:識別不能』『能力強度:識別不能』
 この記述だけでもわかるだろう?―――彼だけだよ、そんなわけのわからないステータスの持ち主は、ね」

 『該当なし』そして『識別不能』。
 たったひとりのアンノウン、正体不明の新入生、素養格付けの例外。
 
 なるほど、コイツは異常事態だ。
 偏執的とすら思えた検査回数の理由が、これか。
 その異質な評価に寒気すら覚えつつ、しかし土御門の口をついたのは憐憫の言葉だった。

「―――『能力強度:識別不明』か。つまりは以前から無能力者じゃなかったって事か?
 ひどい話だ、アイツは自分のレベルがゼロであることに、ずっとコンプレックスを抱えてたっていうのにな」

 土御門元春は、友人がずっと苦しんでいた事を知っている。
 学園都市ではありふれた悲劇ではあったが、それでも鋼盾掬彦はずっと傷ついていた。

 もし、この事実を彼が三年前に知る事が出来たなら。
 発現しない能力への不安や苦痛はあっただろうが、もう少しその傷も浅かったろうに、と。

「素養格付を公表する必要は認めない。
 確かに悲劇だが、それこそマイノリティレポートと言うヤツだよ」

 そんな土御門の言葉に、アレイスターの反応は事務的だ。
 露悪的なら救いもあったのかもしれないが、いっそ清々しいまでに興味がないのだろう。
 土御門はそれに反感より納得を強く覚える、そうでなければ学園都市統括理事長は勤まらない。

 羊の感情をいちいち汲んでいたら、羊飼いなどやっていられなくなるだろう。
 なにせ二百三十万からの羊を統べる男である、その反応も仕方のない事なのかもしれない。

「確かに鋼盾掬彦は能力者だった。学園都市の開発で目覚めたのではないから、分類上は原石になる。
 だが、その能力がなんなのかがわからない―――だから、彼は無能力者として放置しておくほかなかったのだ」

 口さがない研究者たちからは『wind egg』などと揶揄されていたらしい。
 他の能力者たちとは一線を画する異質な素養をもちながら、しかし一向に能力の発現を見せぬ天邪鬼と。
 ひどい話だとアレイスターは笑う、そんな事を全く思っていない表情で。
 
「例外たる彼の能力に興味はあったが、どうでもいいと言えばどうでもいい話だ。
 なにせ、超能力者たる七名――――私の『計画』に必要な能力は既に揃っていたのだから」

 一方通行を筆頭にした七名の超能力者、そして幻想殺し。
 それが全て揃っている以上、他の能力者など外れクジに過ぎない。
 鋼盾掬彦もそうだとアレイスターは言う、糊が強すぎて剥がれなくなったクジのようなものだ、と。

 できそこないの、不良品。
 とは言え中身が見えない以上、わかりきった外れクジよりある意味でロマンがあった。

 だから、取り分けておいた。
 そのまま、忘れてしまっていた。

 だが。
 ここにきて、状況が変わった。

 どうやらクジは開かれた。
 数多の運命が交錯した七月二十八日、ひとつの能力の開花があった。




「とは言え、喜ばしいと思ったのも事実。
 孵らぬ筈の卵が孵った―――私も、その誕生を喜べぬほど狭量ではないと言う事だ」

 アレイスターがそんな言葉を口にした途端、虚空に投影された窓がまたも切り替わる。
 一際大きなウインドウが三つ、とある二人の人物を三方向から撮影している。
 
 それは、鋼盾掬彦と土御門元春だった。
 場所は第七学区のとある公園、本日の昼食会からの帰り道。
 彼に発現したという能力を少しばかり見せてもらった、そんな一幕だ。

「……撮られてるとは思っていたが、改めて見ると気が滅入るな。
 一応周囲には気を払ったんだが……羽虫型のロボットにビデオカメラでも載せやがったか?」

 土御門元春の最大警戒網を突破しての盗撮。
 おそらくは録音や、それ以外の機能もあるだろう。
 流石にハイヴィジョンクラスの映像とは言えないが、ブレのひとつもない十分な画質である。
 土御門は戦慄を圧し殺しながら冗談めかしてその手管を問う、虫の子一匹見逃したつもりはないのだが。

「そんなところだ」

 アレイスターの返答は、それだけ。流石にカメラについては答えない。
 無理もないことだ、この情報網は彼の生命線のひとつだろう。

 やれやれと肩をすくめる土御門の目には、件の三方向映像が映っている。
 数時間前の己が、数時間前の鋼盾掬彦の能力の検分を行っている、そんな光景だ。
 いつの間にか倍速か三倍速で映像は走り、画面の中の自分たちがコミカルに動いていた。


   画面の中の鋼盾掬彦が盾を喚ぶ。
   音はしない、空気も揺れない、怪しい光もない。
   つまるところ、傍目には何の変化もない。

   画面の中の己がそれに手を伸ばす。
   なにもないところで手が止まる。
   その硬い手触りに驚いている。

   画面の中の己がペタペタとそれらに触れてゆく。
   それを見た画面の中の鋼盾掬彦が笑う。
   向こうからはパントマイム芸のように見えたらしい。

   画面の中の己が小石を拾い、おもむろに投げる。
   弾かれる。

   画面の中の己がちょっと強めに小石を投げる。
   弾かれる。


「……不過視の力場を形成する能力だ。本人は『盾』と称していたよ」

 そんな自分たちの様子を見ながら、土御門は彼の能力について語り始める。
 隠しても意味がない、見れば解る話だ。


   画面の中の己が距離をとって小石を強めに投げる。
   弾かれる。

   画面の中の己が少し大きめの石を拾ってきて、強めに投げつける。
   弾かれる。


「最初は念動力(テレキネシス)かと思ったが、本人曰く『プロセスが違う』とのことだ。
 オレの知る限りじゃ衝撃拡散(ショックアブソーバー)に印象は近いが、それとも違うらしい。
 水流操作(ハイドロハンド)や空気風船(エアバッグ)のような、水や大気への干渉系でもない」

 念動力は物体に干渉する能力、解りやすく言えば『触れずに動かす』といったところだ。
 この能力でも飛んでくる石を弾く事は可能だろうが、鋼盾のそれとは原理が異なる。
 運動量の操作である衝撃拡散や、物質への干渉を行う事で防護壁を作っている訳でもない。


   画面の中の己が拳大の石を拾ってきて、強めに投げつける。
   弾かれる。

   画面の中の己が拳大の石を拾い上げ、結構思いっきり投げつける。
   弾かれる。




「……原理不明で恣意的で適当、言うなれば子供のごっこ遊びの『バリヤー』といった所か。
 強いて既存の分類で括るなら、……防護系としか言い様がないだろうな、アレは」

 鋼盾は『盾を喚ぶ』という言い方をしていた。
 不可視の盾を喚び寄せて、敵の攻撃を防いでいるのだと。

 『自分だけの現実』が能力の基盤である以上、本人の認識は非常に重要だ。
 魔術師的に彼を定義するなら『盾限定の召喚士(シールドサマナー)』だろうか。

 その定義が的を射ているのであれば、それが意味するところはひとつ。
 彼はどこからか『盾(力)を借りている』ということになる。

 
 どこから? だれから? どうやって? 
 疑問は尽きない、そもそも前提からして怪し過ぎる。



   画面の中の己が拳大の石を拾い上げ、大きく振りかぶって全力で投げつける。
   弾かれる。 

   画面の中の己が拳大の石を拾い上げ、
   十二分に助走距離を取った上で、
   独学で学んだ呼吸法で気を練り上げて、
   親の敵でも見るような目で標的を睨み据え、
   土御門家に伝わる妖怪調伏用の特殊礫弾投法を用いて、
   熊でも逃げ出すような咆哮を放ちながら
   全身全霊全力全傾でもって、
   投げつける。

 
   弾かれる。 
   地面に落ちた石が割れる。


   残心の姿勢をとったまま、画面の中の己が敗北感に打ち拉がれる。
   そんな負け犬の後頭部に、画面の中の鋼盾掬彦が容赦なくチョップを入れて、一言。
   なぜかここだけ音声ON。

   『………やりすぎだ、馬鹿』

   まこと、ごもっともである。


 いやあ流石にムキになり過ぎたにゃーと己の所業を顧みる土御門元春。
 あまりにも鋼盾が余裕綽々だったせいだ、最終的には門外不出のガチ投法を披露してしまった。

 魔力切れでも戦えとばかりに、土御門の御先祖はその手の手管も伝えてくれている。
 ガキの頃は馬鹿にしていたが、今となっては魔術より余程頼りになる技術だ。
 何が言いたいかというと、喧嘩とかじゃ使っちゃいけない類である。

 我ながら流れるような助走と練り込まれた呼吸と丁寧な照準と理想的な体重移動による完璧な投擲だった。
 客観的に見ると余計にヒドい、素人相手に顔面狙いでコレとかマジか土御門元春。
 流石三徹である、まともではない。

 なんにせよ石が割れてしまい、強度検査はそれで終了。
 能力の詳細については少しずつ見極めてゆくことに決め、各々次の仕事にかかるべく解散となった。
 少なくとも熟練の投石紐術級の礫弾には耐えられる程度の防御力は認められた、コウやんすげえ。

 映像もそこで途切れ、ウインドウも直ぐに消えた。
 画面がなくなれば互いの顔しか見るものがなく、両者による映像の検分が始まった。




「強度検査はここまでか―――これだけでは判断が付かないな」

 アレイスターがボソリとそんな事を言い、土御門に水を向ける。
 とは言えこれだけかと言われても困ってしまう、無茶振り過ぎだ。

「勘弁してくれ、流石にあの場ではあの程度が限界だ」

 最後の投擲だってやり過ぎと怒られてしまったくらいだ。
 平和な公園でアレ以上の破壊行為を行うのはあらゆる意味で難しいものがある。

 少なくともバッティングセンターの最高速度くらいは上回った自信があった。 
 専用の施設と十分な安全確保を行って、初めて限界値の測定が可能になるだろう。

「能力強度は」

 そんな土御門の弁明に納得したのかどうなのか、アレイスターはそう言った。
 そりゃあ機械の仕事だろと言いたいところの土御門だったが、ぐっと堪えて己の見解を口にする。

「……防護系能力の判定基準には明るくないが、3を下回るとは思えない。
 何よりアイツ、あれだけのスピードで顔面に向かってくる石を相手に瞬きすらしなかった。
 ……よっぽど確信があるんだろう『この盾は砕けない』という、確信が」

「成程――――展開速度は」

「不意打ち気味に放った石も完全に防いでいたが、既に展開済だった可能性が高い。
 印象としては意識と同時だが―――背後から不意打ちでぶつけてみたい所だな、面白いモノが見れそうだ」

「ほう……伸張範囲や展開個数については」

「まだ確かめてはない、でも不可能とは言わなかった」

「遠隔投影」

「『たぶん』だそうだ。やりやがるだろうよ、どうせ。
 アイツにとっての盾は、他者を守る為のものだろうしな」

「……ふむ」

 改めて振り返ってみても、かなり破格の能力だ。
 はっきりいって底が見えない、弾丸程度で貫けるイメージが湧かない。
 今の鋼盾を見て、ほんの三日前まで無能力者だったと信じる人間はいないだろう。

 今後己が鋼盾掬彦を相手取る機会があったとしたら、手段は奇襲か搦め手になる。
 少なくとも土御門元春にそんな覚悟をさせるレベルの能力ではある。

 無能力者から、少なくとも強能力者へ。
 発動のきっかけとなった出来事を思えば『おめでとう』とは言い兼ねたが、たいした成長と言っていい。

 なによりも。
 そう、なによりも、だ。

「似合いの能力だよ、アイツに『盾』なんて出来過ぎだ」

 鋼の盾、献身の盾。
 そんな在り方を選んだ彼には、誂えたようにぴったりな能力である。

 本来『発現する能力は選べない』というのが学園都市の定説だ。
 無論『自分だけの現実』に根ざしている以上、本人の嗜好や資質に無関係とは言い切れない。
 とは言え自由にチョイスが可能かといえば、まったくもってそんなことはない。

 だけど、彼は選んだのではないか。
 己の最も望む能力を、彼は手にしたのではないだろうか。

 妄想である、感傷といってもいい。
 それでも、彼に宿ったのがその能力でよかったと土御門は思った。
 不条理な絶望の日々を耐えてきた彼にこそ、その力は宿るべきであったと。

 鋼盾掬彦が己の願いの為にその茨道を歩む助けとなるように。
 あの傷つく事を厭わない痛がりのマゾヒスト野郎が、無駄に傷を負う事がないように。

 



「さて、しかし―――既存の能力分類には当てはまらない能力、か。
 こういう場合はどうするんだ? 新しい能力名でも申請するのか?」

 土御門のそんな疑問に、アレイスターはこう答えた。

「高位能力者による称号獲得のような特権的なものを除けば、個人の能力名申請は通らない。
 基本的には研究者によって精査された上で申請が出され、上層部が判断するのが一般的だ」

「高位能力者の称号云々というのは、第三位のようなケースでいいのか?」

「その理解でかまわない」

 第三位・御坂美琴、その能力名は『超電子砲(レールガン)』。
 数多の『電撃使い』の頂点に立つ彼女は、能力名に電撃術技最高峰の『超電子砲』を採用した。

 『一方通行』や『心理掌握』といった彼女以外の超能力者も、土御門の知る限り固有の能力名である。
 解りやすい“別格”の示し方だ、おそらくはアイドルとして持ち上げるための戦略的な意味もあるのだろう。

 つまりは、いろいろとルールがあるらしい。
 当たり前といえば当たり前、それぞれ好きに名前をつけていたら大混乱である。

「……となると、身体検査を待たなければどうにもならんか」

 鋼盾掬彦に能力名が付くのは、しばらく先の話になってしまいそうだ。
 たかが呼び名、別段焦ることでもない―――などという台詞を鋼盾は言いそうではあるが。
 しかし、今後の事を考えれば早いうちに諸問題の決着をつけておくべきだと土御門は思う。

 奨学金の話もある、無能力者と上位能力者であれば受けられる恩恵は段違いだ。
 下世話な話ではあるが活動資金は多い方がいい、あたりまえだ。

 金銭、特権、そういったアドバンテージは今後の彼の選択肢を広めるだろう。
 鋼盾掬彦は己の能力に少なからず忸怩たるものを感じているようであるが、それはそれ。

 ぐちゃぐちゃ言わずに、割り切って貰えるものは貰っておくべきである。
 大体インデックスを能力者に仕立て上げたのは彼だ、文句を言う権利などない。

 鋼盾掬彦は能力者だ。
 間違いなく、彼にはその権利があるのだから。

 脳内で今後の算段を次々に立ててゆく土御門元春。
 雲川ルートで貝積あたりを誑かしてもらえばなんとでもなるだろうと算段をつける。
 そんな彼の思考は、しかしアレイスターの発言によって遮られた。
 
「通常はそれがもっとも妥当な方法だろう。
 ……だが、この場合においてはその限りではない」

「あん?」

「君の目の前にいるのは、この都市の統括理事長だということだ」

 こいつは失礼、忘れてた。
 能力開発の創始者にして、科学者たちの元締めスポンサー。
 学園都市統括理事長アレイスター=クロウリー様があらせらるるのだだった。

 間を数段階飛び越えての決定はいろいろ問題を招きかねないが、それも今更。
 土御門は小さく苦笑すると、この都市の主へと話しかける。




「……ああ、なるほどな。そりゃあ大したお墨付きだ。
 お前が決めた能力名なら、文句をつけられる輩などどこにもおるまいよ」
 
「……ふむ、ならば『万練鋼砦(イージスウォール)』とでも名付けておこうか」

 命名は、歌うように。
 アレイスターはほんの一瞬思案したのちに、そのような台詞を口にした。
 その内容に土御門は目を見開き、堪え兼ねたように吹き出した。

 万練鋼砦。
 イージスウォール。

 超能力者連中にも見劣りしないレベルの命名である、なんたってイージスだ。
 イージスすなわちアイギス、つまり女神所有のブツじゃねーか、コウやんが女神か、ねえよ。
 それともインデックスが女神でコウやんがその所有物か、それはそれでコメントに困る。

 なにより、似合わない。
 アイツはそんなんじゃねえよ、アレイスター。
 お前の命名に文句を言うヤツはいないとか言ったけど、あれ撤回してくれ。

「―――ハ、コウやんは嫌がるだろうな、大仰すぎる」

 土御門はそう言って笑う、オレの友人は奥ゆかしい男なのだと。
 そして、意味深な熟語にクールなルビを振るう学園都市の謎文化にツッコミを欠かさない男でもある。

 そんな彼に万練鋼砦なんて名付けたら大変なことになるだろう。
 案外気に入るかもしれないが―――土御門元春に言わせれば、優先すべき記述はこちらの方だ。

「そうだな……『盾縫御手(シールドスミス)』あたりにしといてやれよ」

 鋼よりも、やはり盾。
 そして、掬い上げるための手。
 冷たい砦の主ではなく、誰かの為に盾を成す者。
 
 鋼盾掬彦というのは、そういう男だ。
 そんな男だからオレたちは、アイツの矛になることを選んだのだ。

 土御門元春は笑って友人に名前を贈った。
 これからの長い道のり、彼の二つ名になるであろうその名前を。




「なんでも構わないさ、どうせ仮の名前だ」

 そんな土御門の提案を受けて、アレイスターこのように返した。
 言ってみればネーミングセンスにダメだしされた形だが、それはどうでもいいようだ。
 
 だが、その台詞に気になる要素が一点あった。
 土御門は思わず問い返す、それは一体どういうことか、と。

「仮だと? お前の認可で鶴の一声という話だったろうに」

「その意味ではない。そちらの申請は滞りなく通しておこう。
 だが―――それでもあれは苟且と言うべきだろう、殻付きの雛、あるいは幼生だ」

 鋼盾掬彦の能力は仮初めのものに過ぎない。
 孵らない筈の卵は孵ったが、しかし未だそれは未熟も未熟。
 アレイスターがそんな台詞を口にし、なおも続ける。

「鋼盾掬彦の能力――君の言う所の『盾縫御手』だが。
 あれは第七位のそれと同種の能力だ、説明不可能だがカテゴライズは可能なのだよ」

「マジか」

 第七位、削板軍覇、世界最大の原石。
 どういう原理かすら解らない『説明できない力』を振るう、もっとも特異な超能力者。
 そんな人物と鋼盾掬彦の能力が同種のものだというアレイスターの説明に、土御門は驚く。

 だが、言われてしまえば納得するほかない。
 確かに両者とも説明不可能だ、同類項でまとめられよう。

 圧倒的な性能と汎用性を誇る第七位に対し、鋼盾掬彦は防御一辺倒。
 その差異は才能に依るものか気質に依るものか――――どうせ説明はできないのだろう。

 納得と感嘆、そしていろいろ諦めた類の溜息を吐く土御門。
 しかし、アレイスターはそれを斬り捨てるように言葉を重ねた。

「だが、鋼盾掬彦の本質が『それ』であったなら、素養格付はあのような結果にはならない。
 他ならぬ第七位・削板軍覇の検査結果がそれを示しているのだから」

 第七位の素材格付の結果もまた、異常だった。
 備考欄に延々と注釈が記されたが、それでも鋼盾掬彦のようにアンノウンが連なったわけではない。
 それゆえに彼はこの都市に招き入れられて、超能力者にまで上り詰めたのだから。

「鋼盾掬彦の本質は、他の所にあるのだよ土御門。
 『盾縫御手』、あれは彼の本来の能力ではない、言ってみれば『借り物』だ。
 借り受けたものと本来の持ち物が混ざった結果、ようやく表出したといったところか」

 二つの力が混じった事で、ようやく能力という形になった。
 混ぜ合わせる事で強まったが故か、それとも純度が落ちたというべきか。

 そのあたりに第七位解明のヒントがありそうだと薄く笑うアレイスター。
 そんな彼に辟易とした表情を向けながらも、土御門元春にもひとつの確信が芽生えた。

 鋼盾の能力を検分していた際に土御門が考えた、ひとつの仮説。
 『盾の召喚』と己は彼を称した、『どこからか力を持ってきている』と。
 アレイスターの言う『借り物の能力』という表現と、多くが重なる仮説である。

 鋼盾掬彦は、盾を、借り受けている。

 では、それはどこから?
 では、それはだれから?

 思い出すのはただひとつ。
 七月二十八日の学生寮の屋上。

 その夜を思い出すたびに、未だ土御門元春は震えが走る。
 あの日あの屋上は、きっとこの世ではないどこかにあった。

 



 あの時、土御門元春は近場のビルの屋上に用意した簡易拠点にいた。
 立場上直接の助力が不可能な彼は、せめて戦後のフォローをと駆け回っていた。
 携帯電話とパソコンによる綱渡りのような各種の工作活動は、彼の矜持にかけての戦闘だった。

 戦闘の様子は、鋼盾掬彦に貼付けていた監視式神を通して受け取っていた。
 その代償として慢性的な頭痛を支払う羽目になっていたが、それは安過ぎる代償だった。

 上条当麻、ステイル=マグヌス、神裂火織。
 三者の奮戦は見事の一言だった、そこに加われない事を心底嘆いた。
 彼らが窮地に陥るたびに身が竦んだ、己が戦場に立った方が余程マシな痛みだった。

 そして。
 彼らは見事禁書目録の牙城を打ち破り、幻想殺しを以て首輪の破壊に成功した。

 だが、そこに吹いた一陣の魔風。
 “ディエモンフラントの約束”なる魔術は、果たしてどのようなものだったのか。

 結果、上条当麻は壊れ、中身が零れた。
 零れた中身が、右手を振るった。

 なけなしの監視式神は、龍脈の切断に巻き込まれその効力を喪った。
 土御門は躊躇わず、血反吐をぶちまけながらも憑依魔術を行使した。

 対象は鋼盾掬彦。
 決死の魔術により、土御門は彼の目と耳を借り受けることに成功した。

 そして彼は、それと対峙した。

 ステイル=マグヌスの数十万枚のルーンを右手の一振りで引き千切った異常。
 世界に二十人もいない聖人・神裂火織をして己の死を確信することとなった化物。
 自動書記モードの禁書目録すら霞ませる、あの夜最大の悪夢の具現。

 竜。
 
 土御門元春は、呆然とそれを見ていた。

 己が目と耳を借り受けた鋼盾掬彦がそれと会話を行うのを、ただ見ていた。
 抜け殻に僅かに残った残滓のような上条当麻の声を、ただ聞いていた。

 あの時、彼はなんと言ったか。
 “おまえに押し付ける”と上条当麻は言った――それは一体何の事だったのか。

 あの時、彼はなんと答えたか。
 “わかった、借りとく”と鋼盾掬彦は言った――それは一体何の事だったのか。

 土御門元春にはひとつもわからなかった。
 ただひとつわかったのは、鋼盾の返答を受けた上条当麻が確かに笑った事、それだけ。

 そして。
 彼の右手と彼の右手が、バトンを交わすように高らかに合わさるのを見た。
 鎖の千切れる音と、卵が罅割れる音を聞いた。

 そこで、幻想殺しの作用により己の術式は剥がれた。
 その後しばらく立ち上がれなかったのは、無茶な能力行使のせいだけではなかった。



 
「……鋼盾掬彦が借りた物はなんなのか、ね。
 ―――貸してんのは、オレが今脳裏に思い浮かべている人物で合っているか?」

「正解でもあるし不正解でもある。少なくとも私はそれを人物とは呼ばないが」

「……気に入らないが妥当な評価だ、とはいえオレは改めないがな」

 上条当麻。
 現在絶賛昏倒中の、我らが旗男。
 眼前の逆さま野郎の『計画』の中枢だった男。

 あのバトンタッチが繋いだライン。
 そこに「絆」とか「男の約束」とか、そういった精神的な要素以外の何かがあるのなら。
 「霊的」な、あるいは「AIM拡散力場的」な、そんなラインがあるのとしたら。

 それが、取っ掛かりになる。
 原因不明の昏倒、その広大な白野に一点のアンカーが打ち込まれる。

 それさえあれば冥土帰しは見つけてくれるだろう。
 上条当麻を取り戻す為の方法を、きっと。
 
 幻想殺しの正体。
 彼の身の裡に潜んでいた言い知れぬ異形。
 土御門元春とて、その存在に恐れを抱かない訳ではない。 

 だが、上条当麻は最後まで上条当麻を張り通した。
 そして今尚鋼盾を通し、彼を、彼女を、そしてオレたちを守ってくれている。

 ならば、取り戻そう。
 それぞれが胸に秘めるあの日々を取り戻そう。
 今度は皆で一緒に集まれるように。
 
 上条当麻の覚醒を。
 我らが友人の帰還を。

 決意を新たにする土御門元春。
 その内容を知ってか知らずか、アレイスターは薄く笑う。

 笑みを浮かべて、口を開く。




「――まあ、鋼盾掬彦の能力の話は脇に置いておこうか。
 興味深い話題だが熟すには今暫く時間が必要だろう、時間は有限だ」
 
 脇に置く、この会合のテーブルの真ん中を空ける。
 彼の言い様は、むしろここからが本題だと示していた。

 思わず土御門は溜息を噛み殺す。
 繰り返すが徹夜三日目、まだまだベッドは遠いようだった。

 とは言え、化物の掌の上こそが彼の狩り場。
 どんな気まぐれか知らないが、今日はその化物がいつになく雄弁だ。

 そこにつけ込め、罠だとしても。
 この怪物の思考をトレースし、寄り添え。

 鋼盾掬彦の言葉を思い出す。
 あの八月二十八日の朝から今日まで、彼が言っていた色々な言葉を思い出す。

 ああコウやん、おまえの言う通りだよ。
 オレたちは弱い、だけどそれは諦める理由にはならない。

 オレたちはアレイスター=クロウリーには勝てない。
 オレたちはローラ=スチュアートには勝てない。

 だが、ローラ=スチュアートの目論みに禁書目録は必須で。
 アレイスター=クロウリーの『計画』に幻想殺しが必須なら。

 どうにかこうにか。
 コイツ等の計画を噛み合わせて、雁字搦めにしてしまおう。
 一方が優勢ならソイツに傅こう、あるいは劣勢の方について恩を売ろう。
 場合によっちゃ第三勢力に皆で身売りしたっていい。

 致命的な罅を打ち込んで、百年くらい計画を遅らせてやれたら最高だ。
 どうせお前ら二匹は長生きなのだ、オレらが死んだ後にでもゆっくり喰らいあえばいい。

 今はまだ夢物語だが、そのうちそうではなくなるだろう。
 明日奇跡が起こるかもしれない――それこそ、空から美少女が落ちてくるような奇跡が。

 だから、その日まで。
 オレたちはきっと最善を貫こう。

 では。


「了解した、本題を聞かせろ。
 ……たまには上司の相談にも乗ってやろうじゃねえか、アレイスター」
 

 なにはともあれ、まずはコレから。
 宮仕えはツラいぜとの愚痴を噛み殺し、土御門元春は上司に先を促した。



―――――――――――――――――――――――――――――――――


ここまで。ようやくこれで全スレタイ回収です
☆さんってエピローグでしか使えないんだよなあ、ホント
あ、コメント感謝をお伝えするの忘れてました、いつもありがとうございます

・ステイルを拾ったコウやんに土御門が接触したきっかけ
・コウやんが身体検査を受けまくっていたとか、その辺りの記述
・冥土帰し関連のエピソードの補足説明
・屋上決戦時の土御門の行動
・鋼盾掬彦の能力について

本編で回収できなかった幾つかの伏線的なあれこれの回収
なお>>1はあまり辻褄合わせに気を使うつもりはないもよう

あ、『盾縫御手(シールドスミス)』ですって超恥ずかしい
オリジナルの能力名とか披露しちゃうの痛キモチイイ!!ビクンビクン
これを聞いた木山先生がほっこりしてくれたら>>1は満足です

次回予告!
・アレイスターの“たいしたイレギュラー”発言の真意とはなにか
・それを受けての土御門元春の選択とは如何なるものか
・『とある端役の禁書再編』というタイトルはなんだったのか

その辺が明らかになる予定です、ようやくエピソード3も終わります
よろしければ最後まで御付き合い下さい

乙でした。
いやはや思い返すだに複雑かつ壮大な……よく考えられるなぁと

そして、コウやんの能力話どうなるのかとおもったら「ソギーと同じわけわからん系原石」だったというww
発現してる「盾」は借り物の能力だということは後々のストーリーに本来の能力が……
……ん?
>>19スレ目  鋼盾「……どうして、ここまでひどい怪物になっちゃったのかな」上条「お前……!」
……ファッ!?

>>これを聞いた木山先生がほっこりしてくれたら
『御手』繋がりに目を細めてくれるはず!
あと先生か誰かが「盾にならんとして盾を生み出すとは君もたいがいロマンチストだね」って言ってくれるよ!
>>・『とある端役の禁書再編』というタイトルはなんだったのか
インデックスの脳内にある禁書を再編纂して毒性を抜く、という壮大な試み(違う)

―――――――――――――


 さて「相談に乗ってやろうじゃねえか」などと言う台詞を口にしてみたのはよかったが。
 何を隠そう土御門元春という人間は『相談』という行為があまり得意ではなかったりする。
 ……いや、ここはキッパリと言っておこう、得意ではないどころか苦手分野であると。

 彼は『相談をする』のも不得手、『相談に乗る』のも不得手だった。
 『取引』とか『助力』とか『交渉』とかそういう感じなら超得意なのだが、これについてはダメだった。
 自覚したのはこの都市に来てからであり、とある友人たちのせいでそれを思い知る羽目になった。
 
 性格による部分もあるが、それより大きいのが環境の影響だと土御門は己を分析していた。
 この場合の環境というのは、彼が七歳のときから所属している『必要悪の教会』の事を指す事になる。

 イギリス正教は第零聖堂区『必要悪の教会』。
 魔術を異端とする教会の中で唯一その習得を許された、魔女狩りと宗教裁判の専門家が巣窟。
 つまりは対魔術師戦に特化した血を血で洗う攻性の部署であり、人殺しと変人には事欠かぬ場所であった。

 けして善人がいなかったわけでもない、笑顔や楽しみがなかったわけでもない。
 帰る家のない少年に彼らはそれなりに接してくれてはいたが、しかし本質としての後ろ暗さは否めなかった。
 なにより任務の日々は苛烈を極めた、七つのガキにはあまりにも過酷な環境だったと言えるだろう。
 昨日まで隣で食事を摂っていた人間が翌日にはいなくなっている、そんなのは日常茶飯事であった。

 結果グネグネと捻くれていった彼は、いつしか他者に頼る術を喪っていた。
 そんな甘えは必要悪の教会に相応しいものではなかったし、土御門少年も己にそれを許さなかった。

 幸いなのかどうなのか、果たして彼は優秀だった。
 飲み込みがよく手際がよく要領がよく、大抵の事は己一人でなんとかしてしまえる人間だった。
 魔術のみならず語学や必須技能の習得も早く、生活一般における様々な雑事においても困る事は少なかった。

 実力本位の必要悪の教会において、年齢はさほど意味をなさない。
 十にも満たぬ陰陽博士を皆が一人前として扱うのに、さほど時間はかからなかった。

 二年が過ぎた頃には一端のエージェントに。
 四年目を迎えた頃には己のスタイルを確立した専門家へ。
 六年を数えた頃には既に古株、中堅の一角と。

 飄々と、軽々と、何でもない事のように。
 まるで最初から居たかのように、土御門元春は必要悪の教会に根を張っていた。
 その裏で相応の苦労と嘆きがあったのは事実だが、それを他者に見せる事はしなかった。

 彼がこの道を選んだきっかけである少女は、もうどこにもいない。
 だけど、あの覚悟にひとつでも報いるため、彼は強くなる必要があった。


 土御門元春の半生は、だいたいそんな感じである。
 そういうわけで、彼は誰かに相談したりされたりという経験が、ひどく乏しい。
 
 彼より一年遅れて必要悪の教会入りした神裂火織、彼女にはいろいろと便宜を図ったりもしたが、それはそれ。
 それは同郷の誼みであり、なんかこう仔犬を構うようなアレであり、なにより手を貸した倍を取り立てた。

 任務のターゲットと距離を縮めたり相手から情報を聞き出す為に『相談』を利用する事は、なくもなかった。
 しかし相談の内容などさほど意味のある物ではなく――そこから続く会話にこそ、意味と意図があった。

 だから、学園都市にやってきた彼は随分と驚く事になった。
 彼にとっては初めて接する事になった、平和な街に住む同年代の連中の明け透けさに、驚愕した。

 彼らはひどく無防備に周囲に己を曝け出し、甘え、周囲の意見に流されたがっていた。
 己の抱える問題の答を『相談』というカタチで友人に、教師に、教えてもらう事に抵抗を持っていなかった。
 悪意をもって騙される危険性、恩を売られ利用される可能性など、欠片程も気に留めていなかった。
 少なくとも、土御門元春にはそのように見えた。

 甘ったれと甘やかし、言い換えれば他者への寛容と信頼。
 そういうものがこの学生の街には溢れていた、いっそ危機感を覚える程に。

 世界中の魔術師たちから嫌悪と忌避の視線を受ける能力開発都市の学生たちは。
 なんのことはない、感情を無くした兵隊でも外法に身を染めたミュータントでもなく、ただの子供たちだったのだ。





 最初はその生温い空気に、たまらない居心地の悪さを覚えた。
 甘やかされるのは不愉快だったし、へらへらと甘えてくる連中にも辟易した。
 モラトリアムの中をふわふわと漂っているかのような彼らは、己とはあまりにも違っていた。

 だけど、いつしかそれにも慣れてしまった。
 その生温さの名前が『優しさ』である事に、気付いてしまったのだ。
 それがかつて、銀髪の修道女から与えられたものと同じだということにも、気付いてしまった。

 なんの事はない。
 土御門元春はぬるま湯に浸かって、見る影も無く腑抜けてしまった。
 そして、そんな己を否定する事すら出来なくなってしまっていた。

 無論、エージェントとしての自覚を喪ったわけではない、できるわけもない。
 だけど、学園都市の学生という新たなパーソナリティも、土御門元春の中に確かに芽吹いていた。
 
 無能力者の劣等生、日々を飄々と生きる甘ったれた高校一年生。
 そんな仮初めの身分を、友人達との日々を――土御門元春は存外に気に入ってしまったのだ。

 だが、それでも――身に付いた価値観や性格を、今更矯正することなど不可能だった。
 周囲に己の裡を曝け出すことはできなかったし、他者の言を行動の指針にする事もできなかった。
 義妹と出会っても友人を得ても恩師に恵まれても、それだけは変わる事はなかった。

 誰かに何かを相談するなんて、その最たるものだ。
 その効能を知って尚、土御門元春は誰かに甘えると言う事が苦手なままだった。

 そして、それは相談を受ける立場であっても変わらない。
 同年代の友人達より余程世知に長け、道理を弁えている自信はあった。
 だけど、他人を導くなんて真似を、土御門はどうしても己に許す事ができなかった。
 薄っぺらな言葉が自分の喉を擦り抜けてゆくたびに、彼は薄ら寒い感覚を感じすにはいられなかった。

 矜持か、劣等感か、それとも単に経験の欠如か。
 ともあれ土御門元春は相談という行為が苦手だった、どうしようもなく。

 そういったものが滲み出ているのか、学友たちも相談相手に土御門を選ぶ事は少ない。
 まあ、それに関しては金髪やサングラスや口調やらのペルソナによるところも大きかったが、自覚はないようだった。
 
 これは土御門さんの思わぬ欠点発見だにゃー、などと嘯きながら。
 友人達が相談したりされたりしているのを、すこし遠いところからひとり、眺めていた。
 



 ……だが、これはとても不思議なことなのだが、と土御門は思う。
 どういうわけか、彼の特に親しくしている友人たちは、どいつもこいつも相談を受けるのがとても上手い。
 そのくせ揃って自分が相談をするのはヘタクソだったりする、そんな面子が揃っていた。

 それぞれタイプは違うものの、やたらめったら周囲に頼られ、面倒毎に巻き込まれ、それでも笑うのだ。
 土御門元春にはどうしてもできないそんな事を、彼らは何でも無い事のようにやってのけるのである。

 例えば上条当麻は類希なおひとよしであり、誰かから相談を受ければそれに真っ向立ち向かう。
 大概の事は真摯な言葉と力押し、以外と小才の利く所もあり、なにより一生懸命に走り回ってくれる。
 女の子相手にフラグを立てまくるあたりは頂けないが、それも彼の魅力のひとつだろう。
 
 吹寄制理もクラスメイトたちからよく相談を受け、頼られている。
 頭もよく気風もよく口も固く、的確なアドバイスでバシリと背中を叩いてくれる人物である。
 一言で言えば姉御肌であろうか、弱っている人間を放っておけないタイプなのだ。

 青髪ピアスもなかなか面白い、あれで人の気持ちの動きに敏い男だったりする。
 よく回る口とアホな内容に気をとられがちだが、なんのかんのと意外な程に聞き上手なのだ。
 最終的には愛だの萌えだのの話になってしまい、落ち込んでいるのが馬鹿らしくなってしまうという。

 そして―――鋼盾掬彦。
 彼については、少しばかり評価に困ってしまう。
 常に他者を冷静な視点で評価できると自負していた土御門元春をして、コメントが難しい相手だった。

 公平に見れば上記の三人に劣らぬ相談相手だろう、真摯で誠実な少年である。
 積極的に相談を受け付ける気質ではないけれど、他人の弱さや欺瞞にあれほど敏感な人間も珍しい。
 いつの間にやらそれを引き出して、妙に的確に解決してしまったりするのである。

 では、なぜコメントが難しいのかと言えば―――この十日間で彼がいろいろと変わってしまったからだ。
 もとより『奇妙に冴えた観察眼』と『曰く言い難い正解への嗅覚』を持つ少年ではあった、それは確かだ。
 土御門元春は彼のそう言う所に一目置いていたし、それは他の友人達も同様だろう。

 あれはまさしく、鋼盾掬彦の才能だった。
 そして誤解を怖れずに言えば、彼はそれだけでこの十日間を戦い抜いたのだ。

 御坂美琴の迷いを取り払い、木山春生から憑物を落とした。
 ステイル=マグヌスと神裂火織を打ちのめし、再び立ち上がらせた。
 上条当麻の背中を叩き、インデックスに理由を与え、土御門元春を奮い立たせた。
 
 戦うための力などひとつも持たない彼は、それでも誰より戦場の中心にあった。
 無力を嘆きつつ、しかしそれを受け容れ、諦める事無く頭を回し続け、正解を目指し続けた。
 日を追う毎に彼は変わった、鉄が鋼になるように、熱と痛みに耐え抜いた。

 それは開花であり、成長だったのだろう。
 だが、少なからず捩じれ、歪み、変質してしまったようにも土御門には思えてしまう。
 本当はもっとゆっくりと少しずつ為される筈だったそれを、無理矢理に早めてしまったように思えるのだ。

 そしてそれは――上条当麻の昏倒を受けて、取り返しのつかない所まで進んでしまった。
 最大主教に真っ向から立ち向かう友人の背中を見て、土御門はそう思った。

 壊れて歪んでなお揺るがない、鋼の盾。
 人間の身でそんなものを目指した彼は、それでも変わらぬ笑顔でこちらに笑いかけてくれる。
 零れたものなど意にも介さず未来を見据えるその男を、土御門元春は知っている、しかし知らない。

 変わってしまった友人を、どう評していいのか解らない。
 鋼盾掬彦を導く術も、彼から弱音を引き出す術も、土御門元春は持っていないのだから。
 

―――――――――



「先ほども言ったと思うが、鋼盾掬彦は本来、私の『計画』にはいなかった筈の人物だ。
 彼の干渉で私の『計画』は大いに狂ってしまった。幻想殺しの昏倒が、その最たるものになる」

 アレイスター=クロウリーによる『相談』は、そんな言葉ではじまった。
 鋼盾掬彦というイレギュラーの存在と、それに伴う『計画』のズレ、それが己の懸念であると。
 
 トラブルがあって、困っている、どうしたものか。
 アレイスターの相談内容は、簡単に言えばそんなところだ。

 だが、それを聞く立場にある土御門元春にしてみれば、その言葉を額面通りに受け入れる事など出来はしない。
 先ほど口にした『お前にブレーンが必要とは思えない』という言葉は、ひたすらに彼の本音であった。
 
 大体が大体だ、と土御門は溜息を吐く。
 目の前に逆さまに浮かぶアレイスター=クロウリーの表情には、常と変わらぬ微笑が張り付いているのだ。
 そんなヤツに、相談などという殊勝な台詞を口にしてもらいたくはない。

 計画のズレ、とアレイスターは言った。
 中核たる『幻想殺し』――上条当麻という『鍵』の喪失により、状況は変わってしまったのだと。

 だが、そんな事を言いつつ、この『人間』にはひとつだって不安の色はない。
 いっそ楽しげに、常通りの余裕を貼付けプカプカ浮かんでやがるのである。

 まったくもって、腹立たしい。
 土御門はそれを圧し殺し、話を進めるために口を開いた。

「その割には楽しそうだがな。
 ……幻想殺しの昏倒は、お前の計画にそれほどまで影響を与えると?」

「そのとおりだ、土御門。
 はっきり言って、どこから手をつけたものか解らなくなってしまうくらいにね」

 幻想殺しの、喪失。
 それがプランに絶大な影響を与えるとアレイスターはそう言った。
 なるほど『鍵』がなくなれば困ってしまうだろう、前提の崩壊だ、どうしようもない。

 だが、土御門元春にしてみれば、それこそが疑わしい。
 彼はアレイスターの発言を斬り捨てるように、こんな言葉を口にした。

「解せない」

「ほう?」

 理解し難い、疑わしい、認められない。
 土御門元春の短い否定の言葉に、アレイスターの目が愉しげに歪んだ。
 その韜晦への苛立ちを隠そうともせず、土御門元春は言葉を重ねてゆく。

「人間なんて簡単に死ぬ、お前程それをよく知っている人間もいないだろう、アレイスター。
 そんなお前が駒の死ひとつで揺らぐような『計画』を立てるなんて、オレには到底思えない」

 それは、アレイスターの性格と性質、なによりその力の片鱗を知るが故の発言。
 この男の空恐ろしいまでの周到さを土御門元春は知っている、信頼しているとすら言っていい。

 人は死ぬ、あっけなく死ぬ。
 世界の裏側に居る人間が、オレが、お前が、それを知らぬ筈がない。
 そうだろう? と土御門は問いかける、アレイスターの罪を数えるように。

「ふむ―――どうかな?」

「なによりも」

 またも揶揄するようにはぐらかすアレイスター。
 そんな彼の言葉に被せるように、土御門もまた問いを重ねる、強く強く。
 
「お前は、オレに上条当麻の『監視』しか命じなかった。
 『護衛』は必要ないのかと聞いたオレに、不要だとそう言ったな」

 土御門元春の高校進学先は、学園都市によって指定されていた。
 無能力者だった彼には相応な学校であったが、しかしそこには意図があった。
 それは無論、彼の上司である学園都市統括理事長アレイスター=クロウリーの意図に他ならない。

 曰く『幻想殺しの少年、上条当麻の監視』。
 特殊な右手をもち、アレイスターの『計画』の中核であるその少年と同じ学校に通い、監視せよ。

 それが、土御門元春に与えられた任務であり、彼の基本的な行動の指針だった。
 他の任務――魔術絡みの問題解決や調整、連絡役等も時折あったが、基本的にはそれが中心だった。




 楽な任務だと土御門は思った。
 正直なところを言えば、まったくもって役不足だと忸怩たるものを覚える程であった。

 清教の任務には「全く接点のない人間と出会って五分で信頼関係を得なければいけない」なんてケースすらある。
 危険もなく、時間は十分、接点は山のようにあり、何より相手は自分の重要性も自覚していない素人――楽勝だろう。

 事実、土御門元春は入学式のあとのホームルームで既に上条当麻と談笑を交わすようになった。
 三日目が経つ頃には忌憚なく冗談を飛ばし合える間柄になれたし、一週間もすれば互いの家で寝っ転がれるようにすらなった。

 まったくもってチョロい相手だ、と土御門は苦い笑みを浮かべた。
 まあ、高校のクラスメイトに警戒心を抱くようなヤツの方がおかしいのだ、当たり前の話だろう。
 逆にアレで友人同士になれない方がおかしい、コミュニケーション不全の疑いがあるレベルである、と。

 監視と言っても四六時中見張っていなければいけないわけでもない。
 上が求めた基準は緩やかで、どちらかと言えば『上条当麻の友人』という位置に手駒を置いておく事が主眼のようだった。

 欠伸が出るほど退屈で、騒がしくも穏やかな日々。
 まったくぬるま湯なそんな生活に土御門元春は、物足りなくも満ち足りていた。
 
 監視対象たる友人が笑いながら話しかけてくる、そんな日常。
 それを時に嘲り、時に哀れみ、時に痛みを覚えつつ―――いつしか素直に笑顔を返せるようになっていた。

 ……だが、この時点ではまだ土御門元春は上条当麻の事を見誤っていた。
 友人の口癖を大袈裟なことだと笑っていた彼の口元は、繰り返し上条を襲う『不幸』にだんだんと引き攣って行く事となる。

「隙あらば厄介事に首を突っ込むお人好し、呪いのような不幸体質。
 今回の一件は除くにしても、アイツがたった数ヶ月でどれだけの危険に晒された事か。
 聞けばそれは幼少期からずっとだという―――お前はオレに、それを伝える事すらしなかったがな」

 アレイスターを睨め上げながら、土御門元春は過去の無数の出来事に溜息を吐く。
 三ヶ月にも満たぬ監視の日々で、己は一体何度彼の口癖を聞いただろうか――数えるのは途中で諦めてしまった。

 それほどまでに、上条当麻という少年の『不幸』は常軌を逸していた。
 後にインデックスが打ち立てた『右手の副作用で幸運を打ち消している』なんてふざけた仮説を、彼は笑うことすらできなかった。

「正味の話、オレが手を伸ばさなかったら死んでいたかもしれなかった事案は、一度や二度じゃない。
 凶器を持ったスキルアウトとの乱闘、不注意運転に居眠り運転、ベランダからの落下物、ふざけた話だ。
 なにより第三位だ―――当人達はじゃれ合いのつもりかも知れないが、アレは普通死ぬ」

 第三位、御坂美琴。
 ひょんな事から出会った彼女と上条当麻は、どういうわけか度々「勝負」を交わすような間柄になってしまった。
 超能力者たる己の電撃を事も無げに打ち消してしまう謎の少年に、彼女は非常な興味を抱いていた。
 その結果、超能力者と無能力者のおいかけっこが始まってしまったのである。

 無論、御坂美琴に害意はなかったのだろう。
 端から見ても一目瞭然、アレはその対極に位置するものだった。
 
 とは言えその想いの発露が間違いだらけだ、電撃に感情など乗らない。
 気持ちを伝えるならメールにしろやと言いたい、ツンデレなど今日日流行らないのである。
 
 だが、放たれるのは来る日も来る日も強烈な電撃、あるいは冗談のような切れ味を誇る砂鉄の剣。
 そして電撃系でも最高峰の威力と難度を誇る彼女の本領、超電磁砲(レールガン)。

 上条当麻はそれら全てを右手でもって受け止め、無効化した。
 それは彼の戦闘における非凡な才能を予感させるものではあったのだが、そんな事はどうでもいい。
 事故の可能性は常に付き纏っていた、うっかり殺してしまいましたじゃ済まないのだ。




「あと0.01秒反応が遅れたら死んでた……そんな瞬間が何度もあったぞ?
 オレが何回あの小娘に説教くれてやろうと思ったか――まあ、それは他のヤツがやってくれたけどな」

 連続虚空爆破事件。
 風紀委員を無差別に襲った、幻想御手で拡大された量子変速能力者の暴走。
 ……アレだって上条当麻は一歩間違えれば死んでいたわけだが、まあそれは置いておくとして。
 
 あの日、御坂美琴は鋼盾掬彦と出会った。
 彼女は鋼盾に諭され、上条当麻への対応を改めるようになった。

 その件からだって十分わかる、御坂美琴は十分に理性的で善良な少女であると。
 性格的に奔放で素直になれない所はあるが、超能力者連中の中では一二を争う程にまともな人材であるといっていい。

 彼女を止めるのなんて、本当に簡単な事だった。
 鋼盾掬彦がやったように穏やかな形で諭すには、それなりの人選や準備が必要かもしれない。
 だが、そんな事をせずとも――例えば「勝負」の現場を警備員に目撃させ、叱責させるだけでも十分に効果はあっただろう。

 第三位たる能力、その危険性。
 懇々とそれを諭してやればよかった、超能力者たる自覚や責任を教えてやればよかった
 なんなら、常盤台の教師に「お宅では一体どのような教育をしているのか」とでも言ってやればよかったのだ。

 たったそれだけで、上条当麻は御坂美琴の言う「勝負」から解放された筈だった。
 少なくとも、命に関わるレベルの電撃を受ける事はなくなっただろう。
 そしてそれは、学園都市の財産たる御坂美琴を守ることにだって繋がるのだ。

 現に、土御門はそのように報告し、進言した。
 だが眼前のこの男は、その案を採用する事をしなかった。

 結果、上条当麻は延々と御坂美琴に追い回されていた。
 それこそ、一歩間違えれば彼女の手によって彼が殺されてしまっていたかもしれないのに、だ。

 だから、解せない。
 監視担当者として――そして、上条当麻の友人として。
 目の前の上司のそんな対応に、土御門元春は常々疑問と苛立ちを感じていたのだ。

「……お前の上条当麻への対応は、非常に雑だった。
 オレがお前の立場ならもっと丁寧に扱うだろうよ、大事な駒なんだから」

 土御門元春はそう思う、それが当たり前の対応であると。
 荒事に首を突っ込まずにはいられないのが上条当麻だ、その性格の矯正は難しいだろう。
 だが、護衛能力に優れたものを傍に配置すれば、今より遥かに身の危険を減らす事はできる。

 たとえば先に話題に上がった結標淡希、その座標移動の能力は護衛の任務には最適だ。
 異性ではフォローできない局面があると言うなら、同性の能力者を暗部あたりから拾ってくればいい。
 該当する人材などいくらでもいる、同年代に絞っても土御門の知るだけで数名の候補が挙げられた。

 いっそ学校に通わせず、研究所内で保護しておくという選択肢すらあったかもしれない。
 適当な薬でも盛ってやって、倒れた所に『特殊な病気』とでも診断書を出してやればいい。
 この『人間』なら簡単にそのくらいのことはできる、そうやって檻の中に隔離してやれば面倒はない。

 ……まあ、それでも危険が皆無と思えない辺りが上条当麻という男であるのだが。
 それでも今より余程管理がしやすい筈だ、己のようなエージェントをわざわざ貼付けておく必要もなくなる。
 『計画』の完遂を優先するならそうすべきだった、しない理由がない。

 そのくらいの事は、当然眼前の逆さま宇宙人だって思い至っているだろう。
 なのに彼はそれをしない、上条当麻を野放しにしてしまっていた。

 そして。
 それは禁書目録事変が始まってからも、変わらなかった。




 『白い修道服を着た銀髪碧眼の少女が、何者かに追われている』
 土御門元春の情報網にその一報が入ってきたのは、七月十九日の夜半の事だ。
 聞いた瞬間にあの子の事だと気付き、夜を徹しての情報収集に明け暮れても続報は梨の礫だった。

 まさか自分の隣人の部屋のベランダに引っかかっているなんて、夢にも思わなかった。
 ようやく土御門がインデックスを発見した時には、もう既に上条当麻との接触が済んだ後だったのだ。

 有り体に言って、それは大問題だった。
 英国清教禁書目録と幻想殺しの接触、あきらかなイレギュラー事態である。
 追っ手は外見特徴を聞くにステイル=マグヌスと神裂火織で間違いない、清教きっての腕利きだ。
 
 神裂はともかく、ステイルは危険だ―――数多の魔術結社を灰燼に帰してきた壊し屋である。
 一般人に嬉々として手を出す程愚かではないが、あの子が絡めば容易く暴走し得る懸念もあった。

 土御門元春の個人的な感傷を脇に置くにしても、看過できる状況ではなかった。
 上条当麻の監視任務に基づき直ちにアレイスターへ報告を行うも、命令は『通常任務を全うせよ』とそれだけである。

 最初は、己が任務から外されただけだと理解した。
 土御門元春は英国清教所属の魔術師と言う立場も持った、複雑な立ち位置の人材である。
 同僚であるステイルや神裂と共謀して動く可能性もあると判断されたのだろう、外すのは妥当な判断と思われた。
 あるいは同属同士の戦闘を回避させてくれたと好意的に見る事もできた、今後の事も考えての処置であろうと。

 英国からの指令もなし、それは即ち『関わるな』ということだろう。
 土御門元春が学園都市側に与する可能性を懸念したのかもしれない、勝手な話である。
 とはいえそれもまた妥当な判断であると言えた、少なくとも命令が下れば彼はそうするしかない。

 土御門元春はこの都市における英国清教唯一の『根』だ。
 苦労して打ち込んだ楔である、同士討ちで台無しにするにはあまりにも惜しい事だろう。
 その役の重要性は彼がもっとも把握している、重要なのは役であり彼個人ではない事も、また。

 故に、それほど心配はしていなかった。
 何らかの対処が行われるに決まっていると、そう思っていた。

 彼以外のエージェントが事態の収束に向けて動いている筈だった。
 英国と学園都市上層部の間で、既に何らかの合意は出ている筈だった。

 上条当麻と鋼盾掬彦の隔離になるのか、それとも他の方法か。
 いずれにせよ、友人たちの安全は間違いなく確保される、そのはずだった。

 だが、そんな土御門の希望は――――呆気なく壊れてしまう。

 傷だらけのインデックスを足蹴にしたステイルと、激昂する上条当麻。
 学生寮の廊下で巻き起こった、ルーンの炎使いと幻想殺しの激突。

 ステイル=マグヌスは、上条当麻を殺すつもりでその魔術を振るっていた。
 上条の機転とインデックスの助言で窮地は脱したものの、殺されてもおかしくはなかった。
 否、普通に考えれば間違いなく殺されてしまっていた筈だった。

 慌ててアレイスターに報告しても、返事は先のものと全く同じ。
 無味乾燥な命令文は『通常任務を全うせよ』と、それだけ。

 『計画』の重要要素である筈の上条当麻は、戦場に放置された。
 英国との取り決め故かとも思ったが、それにしたってあまりにも無策だと土御門は断じた。
 だけど、その決定に逆らえるわけもなかった。

 そしてそれは、最後までそのままだった。
 聖人神裂火織の襲撃、そして自動書記モードの禁書目録の発動を受けても、変わらなかった。

 土御門元春はそれを、ただ見ているだけしかできなかった。
 薄っぺらな助言と、無責任な依頼をすることしかできなかった。
 結局最後まで、彼らの戦いに加わる事はできなかった。
 
 アレイスター=クロウリーは明確な意図を以て、上条当麻を放置した。

 それはまるで、上条当麻に試練でも与えているかのように見えた。
 あるいは、彼が死なないとでもいう無責任な確信でももっているかのように見えた。

 もちろん試練にするには重過ぎる。
 ルーンの寵児、極東の聖人、禁書目録―――どう考えても無茶振りが過ぎる。
 
 そして、死なない保証なんてありえるわけもない。
 人間は死ぬ、どうしようもなく死ぬ、あっけなく死んでしまうのだから。

 ゆえに。
 上条当麻の昏倒なんて結末は、十分に予想できたはずだった。
 だからこそ土御門は疑問に思う、そんなアレイスターの判断も、今のこの状況も。



「アイツの昏倒を予想できなかったとは言わせない―――なあ、オレはてっきりお前がこう言うと思ってたぞ?
 『“幻想殺し”の昏倒を受け『計画』を変更する、これによる影響率は0.01パーセント以下だ』ってな」

 なぜ、アレイスターは上条当麻を保護しなかったのか。
 結論はひとつだと土御門は思った、自分が思っていたよりも上条当麻の価値が低かっただけなのだと。

 アレイスターが幻想殺しを重要だと言ったのは嘘、言わば己に任務を与える際のリップサービスだったのだ。
 思えば土御門元春など英国や土御門家の息がかかった外様である、わざわざ最重要任務を任せる必要はない。
 “彼は私の『計画』の鍵だ”なんて台詞を真に受けてしまった己が間抜けだったのだと、そう思った。

 『鍵』などといえばいかにも重要に聞こえるが、合鍵にだって同じ働きは可能なのだ。
 己が上条や鋼盾の学生寮の合鍵を管理会社から入手したように、簡単にスペアが用意できるに違いない。
 スペアプラン――周到な学園都市統括理事長サマには、如何にもぴったりな単語と言えよう。

 上条当麻がいなくとも、扉は開く。
 故に、アレイスターは彼を切り捨てた。

 生き延びればそれでよし、巻き込まれて死ねば大英帝国に貸しがひとつだ。
 その価値たるや、替えの利く鍵などより余程魅力があったに違いない、そう土御門は考えた。
 それは何重にも肚の立つ話ではあったが、しかしこちらにとっては好都合でもあった。

 なぜなら結果として、上条当麻はアレイスターの『計画』から解放されることになる。
 『計画』の遂行はどこぞの合鍵役に任せ、自分たちはどうにか彼を取り戻せばいい。

 そして、それはアレイスターにとっても益のある状況となる。
 なぜなら、英国にとって上条当麻はもはや禁書目録の鎖であるからだ、鋼盾掬彦と共に。
 学園都市の学生が禁書目録の管理者であるという事実は、十分な外交カードになり得るだろう

 今回の一件を通して、上条当麻の価値が変わった。
 替えの利く計画の歯車ではなく、禁書目録を操り得る管理人となった。
 鋼盾掬彦と共にインデックスを守る、理想的な立ち位置を手に入れたのだ。

 学園都市も英国も、彼らを粗略には扱えなくなった。
 そんな事をしてしまえば、禁書目録が相手側に渡ってしまうのだから。

 化物共の綱引きに揺られつつも、彼らは平穏を手に入れる。
 その平穏を自分たち―――土御門や神裂、ステイルらで守って行けばいい。
 難しい仕事だろうが自分たちにならきっと出来る、今度こそ、矜持に掛けてそれを為そう。

 ……と、いった感じに話が進めば最高だったのだけど。
 残念ながらそんなことにはならない事を、土御門元春は知っている。
 
 なぜならこのクソッタレな逆さま野郎が、だ。
 先ほどからこんな台詞を難度も繰り返してやがるのだから。




「ふむ、如何にも私の言いそうな台詞だな。
 ―――だが、非常に残念な事にそうではない、『計画』への影響は甚大だ」

 幻想殺しにスペアなどない。
 それがなければアレイスターの『計画』は立ち行かない。

 上条当麻に逃げ場などない。
 彼に解放や安穏が訪れる事は『計画』の成就か、あるいは完全な破綻までありえない。

 アレイスターは笑みすら浮かべ、そんな台詞を繰り返す。
 その対応に土御門の顔はますます苦る、彼の疑問は募るばかりだった。

「……わからないな。お前は上条当麻が唯一無二であると言う。
 そのくせアイツを粗略に扱い、結果こうして行き詰まってやがる。
 なんだその無様な結果は――『計画』どころか『無計画』としか言えんぞ」

「耳が痛いな」

「黙れ、オレの胃の方が痛い。
 ……そろそろ教えろよ、アレイスター」

 矛盾するアレイスターの行動の、その理由。
 それがわからないと、話が先に進まない。

 土御門は改めて、それを問う。
 己がずっと抱えてきたその疑問に、答えをよこせと。

「なんでカミやんは、あんなことになった?
 水も漏らさぬ『計画』の遂行者であるお前が、なぜそんなミスをした?」

 論理的ではない、その行動。
 その矛盾にこそこの『人間』の本質が透けて見えるに違いない。

 土御門元春はそんな狙いを込めて、問いを放つ。
 この化物の隙を、弱点を、アキレス腱を掴む為に。



「ふむ―――土御門。
 君は『予言』というものについてどう思う?」

 だが。
 そんな土御門の渾身の問いに対し、アレイスターが返した言葉はそれだった。
 質問に質問で返す、はぐらかすかのような言葉だった。

「―――あ? ………お前の自称だったか?『新時代の預言者』」

 その意図が読めず鼻白む土御門だったが、とりあえずは言葉を返してやる。
 それは『魔術師クロウリー』がかつて自称した、あまりにも大仰な二つ名だった。
 皮肉とも思えるその返答にアレイスターは小さく笑い、更に言葉を繋ぐ。

「そちらではなく。
 未来を言い当てる方の予言の方だよ、土御門元春」

 『預言』ではなく『予言』。
 しかしその訂正を受けてもなお、土御門には問いの意図が掴めない。
 なんのつもりだこの野郎と睨んでみても、アレイスターは微笑を浮かべるのみだった。
 
 だが、答えねば話が進まないのもまた事実なのだ。
 場の主導権はアレイスターにあることは明確、ならば土御門はその流れに従うしかない。

「……しかし、突然そんな事を言われてもな。
 生憎オレにはそちらの才はなかったが―――予言、か」

 惑いつつ、土御門は仕方なく予言について考えてみる。
 どうしようもなく大雑把な問いであり、相手がどんな答えを求めているのか見当も付かない。

 魔術においても科学においても、彼に予知や予言、未来視の類の適正はなかった。
 さほど興味のない分野でもあり、はっきり言ってなんとも答えようがない。
 
 ……唯一、思い当たったのが先の幻想御手事件。
 そこで鋼盾掬彦が木山春生によって与えられた、例の予言についてのみだった。
 だが、いきなりソレを口にするのも躊躇われる――あれはあまりにも特異なケースであろう。

 結果、土御門元春は率直なところを口にする事にした。
 大雑把な問いに大しては、回答だって大雑把なものにならざるをえないのだ。

「……正直な話、ピンキリ過ぎて一概には言えん。
 そもそもあんなもん、別に当てなくても構わないものだろう?」

 テレビの星座占いで結果がよかった、だから気分がいい、おかげで絶好調だ。
 テレビの星座占いで結果が悪かった、だからアドバイスに従い、謙虚に行こう。
 テレビの星座占いでこう言っていた、だから今日はアイツに優しくしてやろう。 
 テレビの星座占いでこう言っていた、だから今日は勇気を出して積極的に振る舞おう。

 今日の占いカウントダウン。
 最初の部分を『予言者』や『占星術者』や『神託』に入れ替えてしまってもいい。
 本質的には変わらない、客層を見て相応しい言葉を選んでやればいいだけだ。

 土御門に言わせれば、予言とはペテンでありパフォーマンスである。
 予知が超常や神秘の力に依るものであっても、予言という行為はあくまでもその伝達に過ぎない。
 言い換えれば予知という根拠がなかろうとも予言は出来る、故にペテンでパフォーマンスだと。

 未来を知る事に意味があるのではない、現在を変えるために未来を騙るのだ。
 そして現在が変われば未来も変わる、ならば当たり外れに意味はないのが道理だろう。

 そう、現在を変えるためのきっかけ。
 予言に意味などあるとすれば、まさにその一点のみだと土御門は思う。

 そして、そんな方法は他にもいくらだってある。
 もっと実際的で効果的な方法がいくらだってある。

 少なくとも土御門元春は、そのように感じている。
 その感覚に従って、彼はこれまで実際的な力を磨いてきたのだから。




「……ふむ、なるほどな―――君にとって予言とはそういうものか」

 アレイスターは肯定も否定もせず、そんな事を言った。
 ただの合いの手だと土御門は判断する、まだ本題には入らないらしい、さっさと入れよこの野郎。
 視線に乗せた意志は相変わらず黙殺される、目が口程に物を言うなんて嘘なのかもしれない。
 仕方が無いのでもう一度口を開く、スタンスは明確にしておいた方がよいだろう。

「ああ―――魔術としての予言は確かに存在するが、限定的過ぎる上絶対にはほど遠い。
 この街の予知能力(ファーヴィジョン)に関しても基本的には同様だ、弱過ぎる」

 安易に未来を先取りすれば、いつしかそれに慣れてしまう。
 その情報が役に立つケースもあるだろうが、しかし絶対とは言い難いものなのだ。
 
 きっと、裏切られる瞬間がやってくる。
 そして想定外の事態に陥った時、なまじチートに頼っていた予知能力者は、弱い。
 不確かなヴィジョンが目に焼き付いたソイツは、きっと誰より未来を見通せなくなるだろう。

 答えなど教えてもらわなくても、自分で見つける。
 これまでずっと、そうしてきたのだ。

「オレとしては、あんな不確かなもんに頼る気にはなれない―――迷いを生むだけだ」

 そんなものは己の望む強さではないと、土御門元春は予言についてそう斬り捨てた。
 虎の巻もカンニングも大いに結構、だがそれを利用して逆手にとるのも容易いぞ、と。
 
「実践派の魔術師の言葉は重いな、実に君らしい回答だ。
 ……ふむ―――では、それが『絶対に当たる予言』であったなら、どうだ?」

 予知の不正確さを理由にそれを否定した土御門に対し、アレイスターは条件を変更する。
 的中率十割とは凄まじい話である、いっそ破格と言っていいだろう、大盤振る舞いだ。

 絶対の予知―――それはもはや『神』の視点。
 他の誰にもできない未来の先取りは、使いようによっては相当なアドバンテージとなり得る。
 それは確かだ、それこそ世界の支配者になれるかもしれない力であろう。

 だが、しかし。
 その能力は『よい』結果ばかりが見えるわけでは、ない。
 受け入れ難い未来が見えてしまう、そんな可能性もあるのだと土御門は既に知っている。

 十割の予言、未来の確定。
 その恐るべき重さを、間接的にとは言え彼も味わったのだから。 

 土御門は口を開き、思う所を伝えることにする。
 アレイスターの追加条件を受けてなお、彼の選択は変わらない。

「……魅力的な話なんだろうが、絶対の未来予知なんてオレは欲しくない。
 友人がそれで延々と苦しんだばかりだ、あれを見てたらそんなモノは望めないよ」 

「ふむ―――木山春生の件か」

「ああ、そうだ」

 幻想御手事件。
 昏倒者数一万人を超えた、学園都市中巻き込んでの大事件。
 復讐の女科学者木山春生、その妄執の果てに巻き起こった大波乱。
 事件から数日が経過した今、土御門元春は改めてその凄まじい内容に戦慄ぜざるを得ない。

 使用者のレベルを一時的にとは引き上げてみせた『幻想御手』。
 幻想御手によって繋げられた能力者たちの力を一点に集めた『多才能力』。

 事件によって詳らかにされてしまった、能力開発の歪み。
 学生たちの抱えていた傷、心理的ケアの必要性、能力強度判定の功罪。

 アレイスターは事も無げに口にしたが、今後の能力開発に多大な影響を与えかねないと土御門は思っている。
 相当なイレギュラーであったと思うのだが、この男の中ではどのような帳尻がついているのだろうか。

 そして何より――『幻想猛獣』。
 科学の極みが引き起こした、領域の侵犯。
 『擬似天使』とでも呼ぶべき『なにか』……魔術師としては冷や汗をかくしかない、あの現象。

 それは土御門としても仕事の対象だったが、今はそれを脇に置いておかねばなるまい。
 話題に上げたのは『多才能力』の方、その数百の能力のうちの一についてである。




 大能力レベルにまで引き上げられた、学園都市最高峰の『予知能力(ファーヴィジョン)』。
 それが導きだした未来は『鋼盾掬彦の勝利と喪失、そして能力の発現』であった。

 解りやすく言えば、だ。
 『絶対に』『大切なものを』『喪う』という、絶望の予言だった。

 どう足掻いてもそうなると、君はきっと絶望すると。
 あの女はそんな言葉を泣き笑いのような顔で、鋼盾掬彦へと贈ってよこした。

 率直に言おう、あんなものは呪詛の類だ。
 聞いた者の心を折り、足を地面に縫い付ける、そんな性質の悪い呪いの言葉である。
 少なくとも土御門から見れば、木山の予言はそうとしか言い様がなかった。

 正直、アレのせいであんな事になったような気さえしているのだ。
 冷静な意見でない事は百も承知だったが、そういう風に考えてしまうのを辞められない。

 だが、鋼盾掬彦は絶望の予言を受け入れてしまった。
 震えながらも予言の先を見据え、その呪いを力に変えてみせた。

 今更ながら、それを知る。
 あの時点で既に彼の意識は戦いの結末ではなく、その先をこそ見据えていたのだと。
 戦う覚悟すら固まっていなかった連中では、そんな男に勝てるわけがなかったのだと。

 そんな友人に土御門は感服し、正直に言えば空恐ろしいとすら思ってしまった。
 だって己にはあんな真似は出来ない、見たくないものは視たくなかった。

 絶望の未来を受け容れ、その上で最善を尽くす。
 鋼盾掬彦が絶望の予言に対して行った処方は、つまるところそういうものだった。

 それは『痛みを先取りし、それに耐えながら覚悟と準備の為の時間を得る』ということだ。
 まったくもってヒドい能力だと土御門は思う、茨の道としか言いようがあるまい。

 視た未来を変えて絶望を回避できる力なら、土御門とて是非とも欲しい。
 だが、百パーセントの未来予知というのはそうじゃないのだ、未来は確定してしまうのだから。
 
 木山の予言は一度きりだった、彼女の意志で発現するような能力でもないと聞いた。
 その事実が『絶対の予知』の危うさを示しているようにすら、彼には思えた。

 しかし、そうであるならば。
 木山の一度きりのそれが鋼盾掬彦の未来だった事は、どのように解釈すべきだろうか―――?

 ……やめよう、これ以上は妄想にしかなるまいと、土御門はそこで思考を切り上げる。
 アレイスターの意味は測りかぬままだが、この話題はどうにも余計な事を考え過ぎてしまう。

 意識して呼吸を深くする、熱を帯びた脳の温度を下げるように。
 同時に僅かでも休息を得ようと思い、土御門は会話の方向性を変えるべく口を開く。




「―――むしろオレがお前に聞きたいよ、アレイスター。
 一体いつになったらタイムマシンができあがるのか、ってな」

 そして、紡がれたのはこんな台詞だった。
 土御門は笑う、我ながら強引な話題転換であると。

 タイムマシン。
 オカルトというよりはSFの方だ、この都市の領分になるだろう。
 どこぞの研究所でそんな実験が行われていてもおかしくはない、そんな都市伝説も聞いた事があった。
 
 タイムトラベル、タイムスリップ、タイムリープ、タイムワープ。
 相対性理論だのカーブラックホールだの酔漢の鉄梃だの、詳しい仕組みは知らないけれど。

 過去への跳躍、未来よりの使者――-彼方の境界。
 予言云々という話ともまったく無関係ではあるまい、すこしふしぎなそんな話。
 
 つまりは与太話だ、と土御門元春は笑う。
 だが、そんな与太話にこの男がどう答えるのかには―――正直なところ興味があった。
 アレイスターが真顔で『実は私は西暦2500年からやってきたのだ』と言い出したらちょっと信じるしかない。

 そんな土御門の言葉に、学園都市の主は事も無げにこう言った。
 それはある意味でひどく期待外れで、それでいて安堵してしまうような回答だった。

「ふむ……悪いがその期待には添えそうにないな。
 私はタイムトラベルには否定的なスタンスでね、開発はしてないし、予定もない」

 否定的なスタンス、とアレイスターは口にした。
 それは『タイムマシンなど実現不可能』という技術や理論といったスタンスからの発言だったのか。
 あるいは『過去を変えるべきではない/未来を知るべきではない』といった信念思想のゆえだったのか。

 どちらなのか、あるいは両方か。
 それは中々に興味深い話題だったが、土御門元春としてはその発言にもうひとつ気になる点があった。
 
「タイムトラベル“には”、か……。
 その口ぶりだとまるで『予言』については肯定している、という風に聞こえるぞ?」

 与太話の軽口、そのスタンスのままに土御門は軽いツッコミを入れてみる。
 我ながら揚げ足取りのような返し方ではあったが、会話の流れとしては間違っていないと思う。

 予言についての話題を振ったのは、アレイスターの方だ。
 そして既に土御門元春はそれについて、己の考えを十二分に述べている。

 なら、次はこのお前の番だろう? と土御門はそのように目で問うた。
 サングラス越しのそれが届いたのか届かなかったのか、それはともかくアレイスターは口を開いて。
 土御門元春が想像していたのとは、反対の言葉を口にした。

「その通りだよ、土御門」

「―――あ?」

「私はそれを肯定している、といったのだ。
 なにせ、私の『計画』のはじまりは、『予言』によるものだったのだから」

「……お前がか? 学園都市統括理事長、科学の街の演算装置が?
 病的な程に情報収集とシミュレーションを繰り返しているお前が? 言うに事欠いて予言だと?」

「またもやひどい言いようだな」

「ハッ、都市中を監視しているクソ野郎には優し過ぎる表現だよ。
 ……しかし――俄には受け入れ難いな、そんなお前が予言だなどと、正直言って似合わない」

 土御門は毒吐きながら、アレイスターのその発言について考えてみる。
 この男は今『己は予言というものを肯定している』と、そう言った。

 思わず否定してしまった土御門だったが、考えてみればおかしな台詞でもない。
 アレは何と言っても能力開発都市の主である、先ほど話に出た『予知能力』もその成果のひとつだ。
 公的な立場から考えればそれを否定する事などできるわけがない、そんな事をすれば差別もいいところであろう。
 ゆえに、アレイスターの発言には間違った所などひとつもない―――まったくもって正しいと言えた。




 だが、しかし。
 アレイスターと予言である。
 ……だめだ、どうしたって結びつかないと土御門は断じる、似合わない。

 予言、予知、未来視……いや、呼び名はどうでもいい。
 だが、それらはいずれも『与えられる』ものであると言えるだろう。
 与えてくれるのは『神』とか『天』とか『赤くて上品な円盤』とかそれぞれだろうが、つまりは『他者』だ。
 自分ではない―――たとえ与えてくれるのが『未来の自分』だったとしても、それは変わらない。
 
 予言とは『他人から一方的に与えられる情報』であるということ。
 土御門元春が予言の類に関して抱く忌避と隔意は、結局はそこに収束する。

 『己の選択は己の意志で為されるべき』というのが彼のスタンスだった。
 なにも『自分の目で見たもの以外は信じない』と言う程に頑なつもりはないが、他者の言を鵜呑みにはできない。
 誰かの言う事を丸まる信じていたら、きっと己は今を生きてはいない―――土御門はそう確信している。

 天邪鬼にならねばいけなかった。
 裏切りの刃にならねばならなかった。
 そういう風になりたかったわけではないが、選んだのはたしかに自分自身だった。

 故に、彼はアレイスターの常軌を逸した情報収集を否定しない。
 学生を巻き込んで能力を使う事だって否定しない。
 無論それらを狂っているとは思うし、恐ろしくも厭わしくも思う、忌々しくすら思っている。

 とは言え、広く情報を収集し、そこから『計画』を立ててゆくという建設的な思考は理解できるものだった。
 規模こそ桁違いではあるが、土御門だってそれと同じ事を行っているのだから。

 認めていた、などと言えば偉そうな言い方だろうけれど。
 いや、そもそもこんなヤツを認めてしまうのは癪にもほどがある、はっきり言って否定してやりたい。

 死んでもこの男のようになりたいとは思わないし、なれるとも思わない。
 だが、その手管の凄まじさと緻密さと、それを実現し維持する実行力には土御門は畏怖の念を抱かずにはいられない。

 おそらくはこの学園都市の全域を覆っているであろう、情報収集の為の監視装置群。
 そこから得た情報を整理整頓し、濾過蒸留を繰り返してゆく思考演算補助を行う人工知能群。
 
 この『人間』は科学の力を用いて自己を伸張し、拡大し、その力を強めていった。
 根底にあるのは思考と思想――あくまでも彼自身のバイタリティに基づき、彼はそれだけの事を成した。

 アレイスター=クロウリーは正真正銘の化物ではあるが、『人間』だ。
 目の前の逆さまに浮かぶ体が本物なのかすら疑わしいが、彼が『人間』である事を土御門元春は疑っていない。

 ――――だからだろうか。
 そんな男が、そんな『人間』が、予言を得て道を定めたという事に、土御門は反発した。

 厳然たる運命に平伏し頭を垂れる、科学の都市の主。
 この星最大の『人間』も、所詮は運命の奴隷だと知ってしまったような、そんな気がしたのだ。
 アレイスター=クロウリーでもそうなら―――況や他の人間は、と言う話にもなろう。

 別に、アレイスター=クロウリーを人類の代表などと思っているわけではない。
 こんな怪物を信用してるわけでも心酔しているわけでもない、まさかまさかである。
 正直早く死なねえかなと思っている、死んだら死んだで大迷惑極まりないのがまた腹立つ。

 だが、しかし。
 それでも、土御門元春はアレイスターの敗北を認めたくはなかった。
 我ながらどうかしていると心底思いつつ、全く困った事にそれは彼の本音であった。




 そんな、なんとも言えぬ表情を見せる土御門に、アレイスターは小さく笑みを浮かべる。
 そして、まるでその反発を宥めるかのように、新たな言葉を口にしてみせた。

「では、ひとつ聞こうか――――そもそも疑問には思わなかったかね、土御門元春。
 禁書目録が幻想殺しのもとに、狙い澄ましたかのように落ちてきたという事実を」

 そんなアレイスターの言葉に、土御門元春は思わず表情を変える。
 今更指摘されるまでもなくその一件は、彼がずっと胸に秘めていた疑問だった。
 否、彼だけではない―――その疑問は鋼盾も上条もステイルも神裂も、皆が抱いていた。

 七月二十日。
 もう十日も前になる、あの夏休みの始まりの日。
 
 上条当麻の家のベランダに、インデックスが落ちてきた。
 幻想殺しと禁書目録が出会い、科学と魔術が交差したこの物語が始まった。

「―――勿論、疑問には思ったさ。
 台本でもあったかのように出来すぎだ、正直言ってお前の干渉を疑ったよ」
 
 あまりにも運命的で、あまりにも恣意的な交差。
 まるで見えざる手に導かれたかのような、そんな出会い。
 果たしてその手の主は何者か、それを疑問に思わない物などいないと土御門は断じる。

「ふむ、それは心外だ」

「黙れ侵害野郎、繰り返すが我が身を省みろ。
 ―――二百三十万分の一の偶然だぞ、素直に信じられる方がどうかしている」

 土御門はアレイスターとそんな遣り取りを交わしつつ、過去に想いを馳せる。
 本当にあれは出来すぎていた、ヒロインとヒーローの出会いだった、第一話だ。
 裏方兼端役である己としては、眩しすぎて直視できないとすら思う。

 今やその存在が明らかになった、禁書目録の『首輪』。
 禁書目録の逃亡や離反、他の組織に奪われた場合に発動するセキュリティ。
 一年ごとに更新しなければ宿主を殺す、魔術仕掛けの呪いの文様。

 彼女を縛り続けていた、首輪。
 その鍵は、英国清教最大主教の手にしかない。

 魔術の世界にも『鍵師』と呼ばれる連中はいるが、そいつらにも解呪は不可能だろう。
 術式自体が法王級の代物である上、触れれば自動書記モードの禁書目録が発動する仕掛けなのだから。
 
 首輪を外すには正規の手段――最大主教による自主的な解呪以外の方法はない。
 そして、ローラ=スチュアートにそれを強要できる人間など、少なくとも土御門は知らない。
 きっと英国女王エリザードであっても不可能だろう、それほどの化物だ。

 禁書目録。
 一〇万三千冊の魔道図書館。
 幾重にも施されたその封印は盤石であり、解除は不可能。
 それは世界の柱に刻まれていると思える程に厳然たるルールで、もはや前提であった。

 ―――だが、唯一の例外が存在する。
 異能に関するものであれば全てを破壊してしまう、そんな存在がいた。
 
 その人物の名前は上条当麻、学園都市にすむ無能力者の学生。
 唯一の万能鍵、魔術師の天敵、この街全ての能力者を否定する右手――『幻想殺し』を持つ男。
 ルールブックに記された条文すら消してしまうような、規格外の消しゴム野郎である。

 そんな上条当麻のもとに、インデックスは落ちてきた。
 そして紆余曲折の戦いを乗り越えて、彼女の首から呪いは剥がれた。
 もしも落ちたのが彼のもとではなければ、きっと彼女は救われはしなかっただろう。

 二百三十万分の一の確率――――大した奇跡だ、運命的ですらある。
 ……だが、奇跡や運命などという都合のいい言葉を、土御門元春は信じていない。




「どう考えたって出来過ぎだ、そんなうまい話があるものか。
 ―――なぁ、百を二百三十万で割ると幾つになるよ、アレイスター」

「0.00004347826―――まあ、ゼロと言ってよいだろうな」

「ああ、そうだろうさ」

 そんな偶然はありえない。
 作為に決まっている、人為に決まっている、何者かの意図があるに決まっている
 そしてこんな大それた真似が出来る人間に、土御門はドンピシャリな心当たりが合った。

 アレイスター=クロウリー。
 今まさに目の前にいるこの黒幕面した逆さま野郎である。

 この都市全てを手中に収める、学園都市統括理事長。
 自分たちはコイツの掌の上にいて、好き勝手に弄ばれている。
 土御門は七月二十日の時点でそう判断し、それを前提として後の状況を追っていた

「あんな偶然がありえるとは思えない。
 ……だがそれでも、禁書目録が上条当麻の家に落ちたのは、偶然としか言いようがない」

 思いつく限りの可能性を考慮し、あらゆる登場人物を疑い、いくつもの仮説を積み上げて。
 そしてそれらをひとつひとつ吟味した結果、彼はそのように結論付けた。

 どんなに疑わしくても、どんなにありえないと思えても。
 そう結論づけるよりほか、なかった。

「神裂にも確認を取ったよ。あいつはあの時、禁書目録を落とすつもりはなかった。
 退路を塞ぐ為に斬撃を置いたところにあの子が飛び込んできたのであって、神裂の意図じゃない」

 インデックスが上条家のベランダに落ちてきた直接の原因は、神裂火織にある、
 彼女の追撃から逃れるために、インデックスは対面のビルからのダイブという方法を採用したのだから。

 曰く『歩く教会』―――法王級の防御霊装。
 あらゆる干渉を撥ね除ける絶対の結界は、彼女に一切の傷を許さない。
 その反則的な特性を活かしての選択、意表をついた逃げ方であると土御門は評した。

 まだ学園都市上層部への根回しを済ませていなかった神裂らは、騒ぎを起こす事に二の足を踏んだ。
 監視がいることを前提とし、人払いの魔術ですら無断で張ることを躊躇った。

 インデックスがどこまで計算していたのかは不明だが、結果的には妙手としか言いようがない。
 どちらにせよ彼女の機転であって、神裂火織の意図ではなかった。

 そして、インデックスはとあるベランダに転がり込んだ。
 無論、吹き飛ばされた彼女に落ちてゆく先を選ぶことなど出来る筈がない。
 神裂であれば狙った所に吹き飛ばすことなど朝飯前だろうが、その斬撃は意図したものではない。

 ―――いや、そんな可能性を考るならば、先にこちらを吟味すべきだろうと土御門は考える。
 そのベランダ、つまりはその部屋に住んでいる男について知っていなければ、そんな行動はとらないのだから。

「そもそもあの二人はその時点まで、上条当麻のことなど知らなかった。
 『幻想殺し=上条当麻』ってのは極秘ってわけでもないが、簡単に知れる情報でもない」

 当たり前とも思えるその事実を、しかし土御門は入念になぞってゆく。
 そう、神裂もインデックスも知らなかった。上条当麻の事も、その右手の事も知らなかった。
 彼女たちにそれを調べるスキルはなく、またその理由もないと彼は断言する。



「無論、何者かが彼女たちにそれを教えた可能性もゼロじゃない」

 土御門はそう言って、さらに仮説を連ねてゆく。
 この十日間、彼が延々と繰り返してきた自問自答だ、その口調に淀みは皆無である。

「だが、上条当麻の幻想殺しと禁書目録、そして神裂の存在を知っている人間。
 その上で彼女たちのいずれかに接触することの出来る人間なんてのは―――ほぼ皆無と言っていい」

「そうかな? 少なくとも君は該当するだろう、土御門」

「ああ、そしてお前もだアレイスター。ぶっちゃけオレたちくらいだろうよ。
 ―――だが、オレはオレがそんなことしていないことを知っている」

「記憶や認識に介入された可能性、それは否定できないのではないかな?」

「そうだな、メリットは不明だが何者かがオレを操った可能性は否定できない。
 そして無論、オレはお前を信用してない―――故に容疑者はオレたち二名という事になる」

「ほう、ちなみに私にはアリバイがあるのだが」

「ふざけるな、お前にアリバイなどない」

 意味がない、ありえない、証明できない。
 そこの壁の向こうからお前がもう一人出てきてもオレは驚かないよ、と土御門は吐き捨てる。

 推理物に持ち込むには、出演者が特殊に過ぎるのだ。
 そもそもこの都市でミステリは流行らない、密室も死亡推定時刻もトリックも、何もかも意味を喪うのだから。

「……まったく、馬鹿らしい。
 そもそも首輪の存在を誰も知り得なかった時点で、こんな推論は穴だらけなんだがな」

「確かに彼女たちがそれを知っていたなら、その後の全てが茶番劇になる、か」

「ああ――もとより茶番だろうが、それゆえにれはありえない。
 ……まあ、オレたちの無実についてはインデックスと神裂の証言で証明されるだろうよ」

「ふむ」

「禁書目録は歩く教会を纏う完全記憶能力の持ち主だ、たとえお前であっても介入はできまい?
 だから、彼女が何者かの意志で上条当麻のもとに逃げ込んだなんて可能性はありえない」

 忘却不能の記憶能力、絶対盤石の防御霊装、繰り返された精神調整。
 そして何より『首輪』だ、禁書目録に干渉しようとすれば破壊の嵐が吹き荒れる事になる。
 如何にアレイスターと言えど、それら全てを擦り抜けることなど不可能であると土御門は断じる。

「もう一方も聖人、それも天草だ。精神系の魔術や能力に対する抵抗力は半端なレベルではない。
 故に神裂火織が入れ知恵や精神操作を受け、禁書目録を上条当麻の家に落としたという可能性もなくなる」

 こちらはこちらで天然の怪物だ、世界に二十人といない聖人の名は伊達ではない。
 圧倒的な身体能力や戦闘技能ばかりに目が行きがちだが、土御門に言わせればそれはオマケのようなもの。
 真に聖人を特別たらしめているのは『世界から愛されている』が故の不可侵性なのである。
 『私に触れる勿れ(メリ・メ・タンゲレ)』とでも呼ぶべきそれは、あらゆる精神干渉を撥ね除けてゆく。
 
「それでも強いて疑うとすれば、神裂のヤツがオレに嘘を吐いている可能性だが。
 ……これに関してははっきり言ってありえない、あれほど嘘の下手な女をオレは他に知らん」
 
 それは仲間に向ける信頼というだけではなく、天邪鬼を自認する者としての冷静な評価でもあった。
 目が泳ぐどころではないのだ、神裂火織は絶望的なまでに嘘を付くのがヘタクソ過ぎる。

 出会って六年、幾度となくそんな彼女をからかってきた土御門である。
 もしアレが演技だったら間抜けなオレは頭を丸めて出家するしかないよ、とまで言い放った。

 まったく、意味のない事を繰り返していると土御門は溜息を吐く。
 インデックスや神裂を疑っても仕方がないのだ、本当に。
 だが、こうでもしなければ己自身を納得させられないのだから、仕方ない。

 上条当麻なら、ぐちゃぐちゃ考えずに一発バシっとクサい台詞を吐いて終わりだったろうと思う。
 そんな彼を鋼盾掬彦が溜息混じりに眩しそうに見ているのだ、土御門元春と同じように。

「あの時点の二人にとって学園都市も能力者も、何も意味しない、期待もしてない。
 インデックスはひたすらに謎の襲撃者からの逃亡を図り、必死に教会を探していただけ、
 神裂はステイルと共にそんな彼女を追っていただけ、それは間違いない」

 インデックスの行動、神裂火織の行動。
 そこには他の人間が意図を差し挟む余地がない、と土御門元春は断言する。




「そんなふたりの接触の果て、禁書目録は上条当麻の家に落ちていった。
 ……本当に出来過ぎだ、オレの家でも鋼盾掬彦の家でもなく、狙い澄ましたようにアイツの家だなんて」

 繰り返すがありえない。
 ありえない。
 ありえない、はずなのだが。

「―――だけど、それでも偶然と結論づけるしかない。
 あの出会いを人為と考えれようとすると、どう頑張っても矛盾するのだからな」

 それ以外の結論は紡げない。
 ならばどんなに疑わしくとも、彼はそう口にするより他になかった。

「ふむ、なるほど」

 土御門の一連の発言を受けて、アレイスターは楽しげにそう答えた。
 そんな彼の様子に苦虫を噛み潰したような顔をして、土御門元春は問いを放つ。
 こんな言葉など枕に過ぎない、さっさと教えろアレイスターと。
 
「オレの結論はそこまでだ―――だが、それを問うお前は何を知っている?
 わざわざ問うたからにはあるんだろう? お前による何らかの介入か、あるいは他の何かが」

 そう、そのはずなのだ。
 そういうことになるだろう、そうであるべきだと彼は確信する。

 あれは、偶然だ。
 土御門元春に辿り着けるのはそこまでだった。
 限られた情報でしか論を積み上げる事の出来ぬ彼には、それが限界だった。

 だが、アレイスター=クロウリーはそれ以上を知っているはずだった。
 土御門から見れば『冗談のような奇跡』にしか見えないあの出会いに、意味を見い出しているはずだった。

 己の庭で起きた『奇跡』など、この『人間』が放置しておくわけがない。
 否、関与していないわけがないのだ、学園都市とはアレイスターそのものなのだから。

 問うたからには答えてみせろ、土御門元春は返答を待つ。
 だが、アレイスターの返答はまたも彼を裏切った。

「いや、君の言う通りあれは偶然なのだろう。
 誓って私は関与してないよ、それどころか意図して手を引いていたと言っていい」

 偶然、と。
 君の結論と同じだと。
 己の介入はなかったと、アレイスターはそう言った。

 韜晦だ、と土御門は断じた。
 それは許さぬと更なる追求を彼が決意した、その瞬間。
 アレイスター=クロウリーが堪え切れないとばかりに、その口元を歪め、言葉を紡いだ。




「――だが、私が『そうなる事を知っていた』と言ったらどうする、土御門?」

「―――なんだと?」

 土御門の思考が断ち切られる。
 そうなる事を知っていた、とアレイスターは言った。

 それは一体どういう事か? 第三者の計画を知り得ていたとか、そんな話だろうか?
 ならそれは誰だ? ローラ=スチュアートか? ―――まさか、それはありえない。

 ――本当に? 最大主教であれば禁書目録の『首輪』に仕掛けを施すこともできよう。
 秘密裏に魔術を仕掛け、あの子を上条当麻の元に送り届けることも―――なんのために?

 首輪を破壊させるためか? ―――その仮定には無理がある、だって、それは
 いや、そもそも落としたのは神裂で、でも、しかし、ならば
 
 千千に乱れる土御門の思考、彼は混乱の極地にあった。
 そんな彼の狼狽を愛でるようにアレイスターは微笑み、更に言葉を紡ぐ。

「先ほどの話さ。予言、未来予知、というやつだ。
 『あの日』に『幻想殺し』と『禁書目録』が『学生寮のベランダ』で『出会う』事を、私はずっと前から知っていた。
 君が生まれる前から、彼が生まれる前から、彼女が生まれる前から、私はそれを知っていたのだ」

「………………ッ!?」

「いくつかの予知があったのだよ、土御門元春。
 言っただろう? 私の『計画』は『予言』を下敷きにして作った物だと。
 ……詳しい事を話すつもりはないが、私がこの都市を作ったのはそれに従ってのことだ」

 そして明かされる学園都市誕生の秘密。
 世界に名だたる科学の都、人類の可能性たる能力開発技術、現代のバベル。
 
 アレイスター=クロウリー。
 その男がこの都市を作った理由は、かつて彼に齎された予言にあった。

 その予言を与えた何者かは、看破していた。
 彼方数十年の後に訪れるその未来を、その運命を、その出会いを。


 科学と魔術が交差する、その物語の始まりを。




 遠い未来の予言など珍しいものではない。
 それこそ仏教の弥勒菩薩の誕生の予言でも思い出せばいい。
 あれを思えば十数年~数十年程度の未来など、それこそ瞬きのように一瞬だ。

 だが、土御門の知りうる『現実的な予言』においてはその限りではない
 そこまで正確無比な予言を行える人間など、彼は聞いた事がない。
 木山春生のあの予知だって、きわめて近い未来を断片的に見抜いたに過ぎない。

 学園都市における能力区分、その『大能力』クラス。
 定義としては『軍隊における戦略的な価値を得られる程度』といった評価である。
 否、特例たる『超能力』を除いた最高位であると言ってもよいだろう。
 あの時木山は、確かに学園都市最高位の予知能力者だった。

 魔術師において見ても『大能力』レベルの魔術行使はかなりの大事だ。
 能力によって大いに差があるため一概にはいえないものの、けして簡単なものではない。
 少なくとも、入念な下準備とそれなりの歴史や格式が必要な『高位魔術』の部類に入るのは間違いない。

 つまり、おそらくだが既存の魔術ではそんな未来予知は不可能である筈なのだ。
 にも関わらず、アレイスターはそれを受け取っている。

 それは、一体どういう事なのか。
 決まっている、人間ではない何者かから、それを受け取ったのだ。

 人間を越えた、高次の存在。
 例えば十字教徒は、ソレを『天使』などと呼んだりもする。

 つい先ほどもその名が出たばかりではないか。
 『魔術師クロウリー』に道を示した、その霊的存在の名前が。

 アイワスじゃなくて、エイワスだったか?
 なあ―――アレイスター=クロウリーよ。

 土御門元春は震えそうになる舌を血が出る程に噛み締めたのち、意を決してそれを問うた。
 仮初めにも十字の徒である彼にとって、それだけの覚悟を必要とする問いであった。

「――――『法の書』の真の解読結果がソレ、とでも言うつもりか?
 解読と同時に十字教の時代が終わるなんて大仰な触れ込みだったと思うが」

 汝の欲する所を為せ、それが汝の法とならん。
 無数の暗号を孕んだ『法の書』は、読み手次第で如何様にも形を変える。
 それ故に、その本の真意にはまだ誰も辿り着けてはいないという。

 数百通りの解読法が存在すると言われる伝説の魔道書。
 禁書目録をして『既存の言語学では解読不可』と言わしめた魔術史の異端書。

 その作者は希代の魔術師。
 しかしあくまでもその内容は伝聞であると言われている。

 魔術師にそれを授けたのは、エイワスなる彼の守護天使であると。

 つまりは『預言』の『予言』。
 世界最高最強の魔術師が魔術を捨て、科学の道に走った、そのきっかけ。
 当時はまだ人間であった彼が、『人間』になるに至った、その理由。

 学園都市はなんのためにある?
 決まっている、アレイスター=クロウリーの目的を遂行するためだ。

 では、彼の目的とは?
 言うまでもない、学園都市を知る人間であれば誰でも知っている。

「――SYSTEM。
 お前の言う『計画』は、そういうものだとでも?」
 
 アレイスターは答えない。
 穏やかで、底の見えない笑みを浮かべるのみだった。
 だが、土御門元春はそれを肯定と受け取った。

 世界中の国家、教会勢力、魔術結社。
 それら皆が求める学園都市の真の目的など、とっくの昔に示されていたのだと。

 『SYSTEM(神ならぬ身にて天上の意志に辿り着くもの)』

 題目などではない、それは意思表示だった。
 世界への、十字教への―――そしておそらくは天上に居る、その存在への。

 アレイスター=クロウリーという『人間』の、堂々たる宣戦布告に他ならなかった。




「幻想殺しと禁書目録に関するその予知が、最後のひとつだった」

「その成就をもって、私の『計画』はスタートする筈だったのだよ」
 

 問いには答えぬまま、アレイスターの言葉は続く。
 それに文句をつける事も出来ぬまま、土御門は身動ぎもせず言葉を待ち続けた。

 数十年の年月をかけて準備された学園都市など、すべて下準備に過ぎない。
 まだ『計画』はスタートすらしていない、とアレイスターはそう言った。


「ここまで、一度だって予言が外れた事はなかった」

「そして、待ち望んでいた七月二十日がやってきた」

「幻想殺しと禁書目録は、予定通りに出会った」

「『計画』にとって、非常に重要な価値を秘めている、彼と彼女が」

「すべては『予言』のままに進み、私の手には全ての『鍵』が揃う時が来た』


 上条当麻。
 幻想殺したる少年。

 インデックス。
 英国聖教が誇る魔道図書館、禁書目録たる少女。

 アレイスターの望んでいた、福音。
 科学と魔術の交差する物語、そのはじまりたる二人。

 偶然にして、必然。
 あの日の出会いは、アレイスターにとっても奇跡と言えるものだった。
 長きに渡る想いを成就させるための下準備、その総仕上げの始まりであると言えた。

 だが、しかし。
 たったひとつのイレギュラーが、それら全てを塗り替える事となる。


「予言に些細な差異が、ひとつ生じた」

「それは瞬く間に、取り返しのつかない程に状況を塗り替えた」

「なあ、土御門」

「本来の道筋において、上条当麻はひとりきりで戦う筈だった」

「そこに『鋼盾掬彦』などという少年は、登場しなかった筈なのだよ」


 それ故の、イレギュラー。
 アレイスターに与えられた『予言』、それを下敷きに作られた『計画』。
 人智を越えた視点と、人事を尽くした結果――それらからなる水も漏らさぬ完璧な『今後の予定』。

 神ならぬ身にて天上の意志に辿り着く為の、物語。

 粛々と履行されるべきその物語にたったひとつだけ起こった不確定要素。
 それが鋼盾掬彦だと、アレイスター=クロウリーはそう言った。

 詩を詠むように言葉が走る。
 アレイスター=クロウリーの表情は、空恐ろしい程に穏やかだった。






「上条当麻は」

「禁書目録と出会い」

「右手の力を以ってステイル=マグヌスを退け」

「右手の力及ばず神裂火織に打ちのめされ」

「それでも諦めずに足掻き続け」

「担任教師との会話から天啓のようにヒントを得て」

「首輪の存在を知り」

「右手を以てそれを破壊し」

「禁書目録を解放するも」

「恰も禁書目録の身代わりになるかのように」

「その記憶を」

「すべて喪う筈だった」




 語られるのは、いつかの予言
 歌われるのは、だれかの予言

 それは、本来そうなるはずだった物語
 上条当麻がひとりきりで戦う筈だった、そんな物語
 鋼盾掬彦が彼と共に戦う事のなかった、そんな物語

 絶対の筈だった、その予言
 その予言は、最後の最後で、外れてしまった

 本来の物語は喪われてしまって、もうどこにもない
 たったひとりの少年が、それを再編してしまったから、もうどこにもない
 もうどうしようもなく、取り返しがつかない

 辿るべき運命は途切れ、新しい物語が始まる

 ここから先は、もう誰も知らない
 アレイスターに未来を伝えた誰かだって、知らない





―――――――――――――――――――――――




ここまで

そう、終わんなかったんだ、ごめんね
だって☆とツッチーのコンビ説明っていろいろ捗り過ぎるんだもん
あとこの二人乳繰り合い過ぎててワロタ、なんだかんだでなかよしですね!

アレイさんカミやんに無茶振りしすぎじゃね?とか
禁書目録が幻想殺しの元に落ちてくるとかそれなんて見えざるかまちーの手、とか

いろいろなツッコミについて、とりあえずこのSSの中での見解です
どうやら『予言』があったらしく、アレイスターはそれに従ってプランを進めていたようです
んで、上条さんどうせ死なないからてきとうにほっといたら大ピンチで大慌てなようです

アカン、眠い、ねる
エピソード3、次こそ終わらせますんでよろしけ

   ,ィィr--  ..__、j
   ル! {       `ヽ,       ∧
  N { l `    ,、   i _|\/ ∨ ∨
  ゝヽ   _,,ィjjハ、   | \
  `ニr‐tミ-rr‐tュ<≧rヘ   > つまり・・・・・・
     {___,リ ヽ二´ノ  }ソ ∠『エイワス=かまちー』だったんだよ!
    '、 `,-_-ュ  u /|   ∠
      ヽ`┴ ' //l\  |/\∧  /
--─‐ァ'| `ニ--‐'´ /  |`ー ..__   `´
    く__レ1;';';';>、  / __ |  ,=、 ___
   「 ∧ 7;';';'| ヽ/ _,|‐、|」 |L..! {L..l ))
   |  |::.V;';';';'| /.:.|トl`´.! l _,,,l | _,,|  , -,
    ! |:.:.:l;;';';';'|/.:.:.:||=|=; | |   | | .l / 〃 ))
    l |:.:.:.:l;';';'/.:.:.:.:| ! ヽ \!‐=:l/ `:lj  7
    | |:.:.:.:.l;'/.:.:.:.:.:.! ヽ:::\::  ::::|  ::l /

ついにラストまで来てしまうのか…
終わるのは寂しいが>>1の新作も期待したい



「……カミやんが、記憶を?」

 アレイスターが語った“本来の道筋”。
 予言、未来予知というその“辿るべきだった筈の物語”。

 それにおいて、上条当麻は記憶喪失という憂き目にあっていた、その予定だったらしい。
 記憶が飛ぶような衝撃を受けたのか、それとも脳が記録するのを拒むほどのヒドい光景をみたのか。
 どちらにせよ碌な話ではないが、彼はそんな残酷な宿命を背負わされていたとアレイスターは語った。

「そう、記憶喪失だ―――それが、重要だったのだよ。
 彼が記憶を喪い、生まれ変わること。それが、重要なポイントだった」

 恰も禁書目録が繰り返していたように、とアレイスターは語る。
 もっとも彼女の場合とは随分と異なるが、とも。

 先日明らかになった話であるが、インデックスの記憶喪失は人為的なものだった。
 彼女の所属する英国清教が施していた『首輪』なる霊装によるそれは、記憶破壊というべきものなのだろう。
 禁書目録の離反を防ぐために仕掛けられたソレとは異なるのだろうが、上条当麻も同様の運命を背負わされていたという。

 本来の予定。
 記憶を喪う上条当麻。
 生まれ変わる。
 重要なポイント。

「最後の予言、『計画』の始点。
 禁書目録との接触が、言うなれば物語の始まりとなる筈だった」

 ひとりきりで戦う筈だった、上条当麻。
 そして、本来そこにはいなかった筈の、イレギュラーの存在。

 次々と齎されたそれらの情報に、土御門元春は碌な言葉を返せなかった。
 それほどまでにアレイスターの語る事実は突飛で冗談じみていた、はっきり言って訳が分からない。

 だが、それでも。
 それがアレイスターの目的と上条当麻の本質に関わる、重要な情報である事はきっと間違いない。
 自分たちの今後においても大きな影響を持つ、知っておかなければならない事なのだろう。

 アレイスター=クロウリーがこんな事を自分に話すのは、きっときまぐれだ。
 ゆえにこれは望外のチャンスであり、土御門元春は可能な限りの情報をここで聞き出しておく必要があった。

 このような機会がまた訪れるとは思えない――ならばこの機を逃すわけにはいかない、解っている。
 黙り込んでいる場合ではない、問え、カマを掛けろ、情報を引きずり出せ。
 それがお前の仕事だろう、お前の望んだ戦場だ、背中刺す刃。
 
 ここで動けねば、土御門元春である意味がない。
 この日まで何を喪っても貫いてきた矜持にかけて、この怪物に立ち向かわねばならない。

 だが、それでも。
 頭の芯が抜け落ちてしまったように、土御門元春は身動きひとつとることができなかった。
 そんな彼を嘲笑うかのように、アレイスターは更に言葉を重ねる。




「幻想殺しを純化する、禊のようなその工程。
 それにより彼は『神浄』へと至り、私の『計画』の中枢を為す筈だったのだ」

「……上条へ? ―――どういう事だ?」

 アレイスターの説明に、土御門はそう返す。
 ようやく口を零れた言葉は、情けない事に鸚鵡返のような問いに過ぎなかった。
 だが『幻想殺しの純化』『禊』といった思わせぶりな単語より、彼はそこに反応してしまう。
 
 「上条当麻」が「上条」へ至る?
 明らかにおかしな言葉の繋がりがあった、文章として不自然だった、今の台詞は。
 だが、目の前の男が言葉の操り方を誤るとも思えない、そんなミスをするわけがない。

 ……いや、おかしいのは文章ではなくて。
 己が意味を正しくとれていない可能性が高い、と土御門はそう直感する。

 自分は今、何かに気付けていない、何かを見逃している。
 あるいは前提となる知識が、あまりにも足りていない。

 取り返しのつかないミスをしてまったような予感。
 背骨の代わりに氷柱をねじ込まれたような悪寒に襲われ、土御門は小さく呻いた。
 
「解らないならそれでいい、大した話ではないよ」

 土御門の呟きに返されたアレイスターの反応は、そんな平凡なもの。
 だが彼の耳には“今のは少々、君を試してみただけだ”というようにしか聞こえなかった。

 内心に忸怩たるものを感じつつも、土御門はそれに拘泥することを放棄する。
 返す言葉は意図して素っ気なく、口の中で可能な限り乾かして吐き出すことにした。

「……そうかよ、なら結構。
 返す返すもわからない、わからないことだらけだが、それも今更だ」

 試されたのだとしたら、評価はきっと落第だろう。
 事によると気付かなかったことで命拾いをした可能性すらある、まったくもって笑えない。
 なにもかもが今更、今更、今更だ。

 遊ばれている、翻弄されている、掌の上でいいように転がされている。
 わかっていた事だ、そんな事はもはや前提だった。

 言うまでもなく、この『人間』を前にすれば、自分たちは『駒』に過ぎない。
 土御門元春も上条当麻も禁書目録も、等しく盤上の手勢に過ぎない。
 
 ……ならば、鋼盾掬彦はどうなのか?
 唯一のイレギュラーである鋼盾を、アレイスターはなんと見る?

 例えば英国清教は、彼を禁書目録を縛る鎖のひとつに定めた。
 それが全てだとは思えないが、基本的なスタンスはそうなった、間違いなく。
 これまでの直接の支配にワンクッションを置く事を、この数日間の顛末の末に余儀なくされた。

 ローラ=スチュアート。
 最大主教たるあの女狐の、おそらくは数十年単位に渡る何らかの計。
 禁書目録すらも枝葉と断じたあの魔女は、冗談めかして世界平和の計などと口にしていたが。

 遠大なその目論みの全貌など知る由もないが、彼女はその台本に鋼盾掬彦というイレギュラーを取り込んだ。
 少年の覚悟と小賢しさを讃えるように嘲るように、笑いながら、笑いながら。

 一方で、インデックスと上条当麻は彼に夢を見た。
 神裂火織、ステイル=マグヌスも同様だ、鋼盾掬彦の指し示す未来に同調し、彼の力になる事を望んでいる。
 土御門元春もうっかり転んでしまった、取り返しがつかず、もはや後悔もない。




 では、アレイスター=クロウリーは?
 盤石絶対だった筈の『計画』に生じた異物たる少年に、今何を思っている?
 この一週間何を考えていた? この先彼をどう扱うつもりでいる?

 そこが読めない、わからない。
 しかし言うまでもなく、そこが重要なポイントなのだ。

 土御門は幾度目になるかも知れぬ溜息を零すと、先のアレイスターの言葉を繰り返す。
 そうやって水を向ければ会話の方向はそこに向かうと、なんとはなしに確信があった。

「……記憶を喪い、リセットされた上条当麻。
 そこからお前の『計画』が始まるはずだった、予言のままに、予定通りに」

「――そう、その筈だった、しかし、そうはならなかった。
 上条当麻は記憶喪失ではなく、原因不明の昏倒という結果になってしまった。
 予言に反するイレギュラー、それ故に私の『計画』は大きくズレ始めている」

 そう、しかし、だ。
 そうはならなかった、どうしようもなく。

 ああ、と土御門は改めてそれを思う。
 新たな『鍵』は、やはり彼なのだ、と。

 本来その役割に就くのは、上条当麻の筈だった。
 だけど、その前提は、既に、崩れてしまった。

 鋼盾掬彦という、イレギュラーが。
 盤石絶対たる予言に、計画に、罅を入れた、楔のように。

 ……わからない、と土御門は思う。
 何度考えてもそれがわからない、どうしてなのかわからない。

 だって、そうだろう?
 おかしいじゃないか、どうしようもなく。

 そして、土御門はこう言った。
 刃物のようなその問いは、自らの喉を引き裂くかのようだった。



「―――なぜ、排除しなかった?」

 排除。
 裏に生きる土御門には、慣れ親しんだ響きではある。
 だが、表に生きるべきだった友人にこの言葉を使わねばならないのは、どうしようもなく苦痛だった。

 とは言え、その痛みは必要なものと彼は己を戒める。
 それだけは問うておかねばならない、土御門元春が自身に定めた役目だった。

「……ふむ、何をかな?」

 それを受けるアレイスターの声には、痛みとは無縁の余裕。
 解っているくせに問い返すあたり、まったくもって腹立たしいと土御門は思う。
 これもまた今更である、どうしようもなく。

「はぐらかすなよ、アレイスター。
 ―――鋼盾掬彦を、だ。アイツが素養格付の例外だとお前は知っていたのだろう」

 そう。
 結局はそこなのだ、と土御門はそう思う。
 天使の予言が外れた事は確かに問題だった、絶対必中の予言だ、ありえない話なのだろう。

 だがしかし『ありえないなんて、ありえない』。
 雲川芹亜が鋼盾掬彦に言い放ったその言葉を、土御門は思い出す。
 否、言われるまでもなく身に沁みている、ありえぬことなどありふれている。

 そして。
 その事を一番よく知っているのは、目の前の男である筈なのだ。

 魔術師としてあらゆる神秘に触れること数十年。
 科学者としてあらゆる隠秘に触れること数十年。
 この男は今日までずっと、そういう生き方を選んできた筈だった。

 己の望みのために完璧な『計画』を立て、それを完璧に遂行する。
 とは言え予定は予定、プランの墨守に拘泥するより、辻褄を合わせる調整力が肝要だろう。

 予定がズレたのなら、修正すればよい。
 予言が外れたなら、リカバリーに走ればよい。

 その為の力を、アレイスターは十全に保持している。
 無数の目と耳、演算補助脳、手足たる私兵――盤石だ、思うがままだろう。
 イレギュラーなど発生と同時に潰せる、学園都市統括理事長はこの街の王様だ。
 
 しかし今回、彼は動かなかった。
 どうとでもできただろうに、なにもしなかった。
 一切合切を放棄し、見に徹し―――その結果、計画に致命的な齟齬を作ってしまっている。

 ……どうしてそうなった、アレイスター=クロウリー。
 今回の顛末、なにからなにまでお前らしくないんだよ、『人間』。

 土御門元春は苛立ちも露に、それを問う。
 一旦火がついてしまえば、疑問という枯野を舐めるように炎は広がっていった。

「百歩譲って他の人間なら、些細な誤差で片付けてもいい。だが、鋼盾掬彦はそうじゃない。
 放置していいわけがない、アイツの特異性は、お前が一番知っていた筈だ」

 上条当麻とインデックスの出会いと、その後の一連の戦闘。
 例えばそこに関わったのが青髪ピアスだったなら、あるいは吹寄制理だったなら。
 特殊な背後関係や強力な能力を持たぬ彼等なら、無視してもよかっただろう。

 だが、鋼盾掬彦は違う。
 曰く、素養格付の例外、正体不明の原石、能力開発システムに於ける唯一の瑕。
 アレイスター自身がかつて徹底的に調べ上げ、それでも正体を掴めず、放置せざるを得なかったイレギュラー。
 
 そんな彼は、あの場において御坂美琴より一方通行より予測不可能な危険物だった筈なのだ。
 とびきりの爆弾、それに気付けないお前じゃないだろうと土御門は指摘する。




「アレイスター=クロウリー数十年の計画を揺るがす不安要素だ。
 オレがお前だったらそんなイレギュラーを放置してはおかない、排除するだろうよ。
 ……手遅れかもしれないけど、それでも試す価値は十分にあった筈だ」

 いや、価値云々なんて話ですらないと土御門元春は断じる。
 そんな事を考える以前に反射的に体が動くだろうと、そう思う。

 たとえば、たとえばだ―――そう、絵画で喩えてみよう。

 まっさらなカンバスに向かい、貴重な絵の具を使って、大切なモチーフを選んで。
 感覚の赴くままに構図を定め、長い時間をかけて丁寧に、夢を織るように絵筆を振るう。
 
 そうして、少しずつ完成に近づいてゆく。
 生涯をかけた唯一無二の作品を仕上げている、その途中だと仮定しよう。

 そこに、刃物を振回す子供が寄って来たらどうする?
 そこに、松明を持った酔漢が寄って来たらどうする?

 己であればまず警告する、睨みつける、それでも足りなければ怒鳴り脅し、最終的には手をあげるかもしれない。
 近寄らせる事すら許すまい、触れさせるなど論外だ、作品を傷つけるあらゆる可能性は徹底的に排除されなければならない。

「……障害になり得る不安要素は排除してしかるべきだ。
 それをしないのは、過去の己への裏切りだ、裏切りだよ、アレイスター、それは裏切りだ」

 カンバスを傷つける可能性、それを意図して放置するその所業。
 それは絵を描いてきた時間――否、その為の技術を培ってきた時間全てに対する裏切りに他ならない。
 あるいは研鑽、努力、勉学、修行、それら全てを無駄にする―――その程度の情熱でしかなかったことの証明とも言える。

 土御門元春は裏切りの刃ではあるが、それでも自身の積み重ねてきたものを裏切る事はしない。
 結果として誓いを全う出来ぬ局面と言うのはある、しかしそれでも可能な限り全力を尽くすべきだと思う。

 そう。
 鋼盾掬彦をステージから下ろすのなんて、簡単な事だった。
 アレイスターにはイレギュラーの排除が可能だった。

 例えば己に命じればよかった、そうすれば友人を守る為に土御門元春は迅速に動いただろう、間違いなく。
 学生一人この都市から一時的に追い出すシナリオなんて、この手の中には十や二十はストックがあるのだから。
 拉致監禁から豪華世界一周旅行まで選り取りみどりだ、高一の夏休みに素敵な思い出をプレゼントできただろう。

 簡単な話だ。
 そして、どう考えても鋼盾掬彦にそれを覆す術はなかった。
 あの時点では、彼は未だ何者でもない無能力者の少年に過ぎなかったのだから。

 彼が居なくなれば、狂ったシナリオはきっと立ち所に修正されてしまった筈だった。
 上条当麻は予言のままに一人きりで戦い、おそらくはその記憶を喪ってしまうことになったのだろう。

 きっと卵は孵らなかった。
 鋼盾掬彦という特異な才能の開花は、今ではないいつかの話になったのだろう。
 少なくとも此度の物語には関わることはなく、『計画』に罅を入れるような結果にはならなかったのではあるまいか。

 予言のままにインデックスは救われて。
 予言のままに上条当麻は記憶を喪ったのだろう。

 目覚める当てのない昏倒と、これまで十数年間の記憶の喪失。
 現状と予言、そのどちらがマシであるのかの判断など、土御門にはできない。
 
 だが、アレイスターは。
 言うまでもなく、予言の方を望んでいたはずで。
 それなのに、彼はその実現のために手を尽くそうとはしなかった。
 



「……敢えて言おう、お前は鋼盾掬彦を排除すべきだった。
 イレギュラーを適切に処理すべきだった、当たり前に『どけて』おくべきだったんだよ、アイツを。
 これまで『計画』の障害を尽く潰してきたように、そうすべきだった、しない理由がない」

 アレイスター=クロウリーとはそういうものだった筈だと。
 無数の屍を積み上げて天上を目指してきたお前は、これまで通りそうすべきだったのだと。

 自身が抱いている鋼盾掬彦への友情を今だけは脇に措いて、土御門元春はそう断じる。
 目的の遂行の為に全てを犠牲にすると決めている人間なら、それを選ぶ事を躊躇う筈がない、と。

 だが、アレイスターはそれをしなかった。
 簡単に排除できる筈のイレギュラーを放置し、こうして修正不可能な所まできてしまった。

 結局のところ、この状況はアレイスターの自業自得と言うしかない。
 だけど、この計算高い『人間』がそんな愚を犯すとはどうしても思えない。

 上条当麻を放置したのは、予言に対して絶対の信頼を置いていたからだという、それはいい。
 だけど、鋼盾掬彦に予言はなかった、それどころか予言を覆す不安要素だった。
 それなのに、アレイスターは彼を放置した。

 矛盾はその一点のみ。
 予言の揺らぎも鋼盾掬彦の特異性も、所詮は瑣末な枝葉に過ぎない。

 なぜ、アレイスター=クロウリーはイレギュラーを放置したのか?
 盤石な計画進行を旨とするこの人間の唯一の失策、ありえない放置、その理由。

 それがわからない。
 故に彼は問う、刻み付けるように強く、強く。

「……なあ、お前にとっての『計画』とはその程度に過ぎないのか?
 予言がちょっと狂ったから捨ててしまえるような、つまらない枝葉に過ぎなかったのか?」

 そんな筈はない、と土御門は断じる。
 あるわけがないのだ、そんなことはありえない。
 先の会話でそれを既に確信している土御門は、敢えてそれを問う、繰り返す。

 アレイスターはそんな土御門に小さく微笑んだ後、その口を開いた。
 転び出た声は穏やかで、ひとつも揺れてはいなかった。

「まさか―――私の全てだよ、この『計画』は。
 全てを擲って手に入れた可能性だ、それだけの価値を持つと確信しているし、それは今尚変わらない」

 最低でも数十年という歳月をかけて準備してきた可能性。
 全てを擲ったというその台詞には、ことによると『世界最強最大の魔術師』なんて偉大な肩書きすらも含まれるのだろう。

 アレイスター=クロウリーなる大魔術師は、その魔法名に従い魔術の頂点を極めた。
 献上された無数の霊装・知識を積み重ね、己に心酔する無数の才者たちを束ねる立場にあった。
 ひとりの人間・一個の才能の最高到達点とも言える隔絶した高みに、かつてこの男はいた筈なのだ。

 だが、それでも足りなかった。
 その程度の足場では、天を目指す梯子を築くには足りなすぎた。

 だから、アレイスターは魔術を裏切り、科学に走った。
 否、魔術を捨ててはいないのかもしれない――でも、魔術だけでは足りなかったのだ。

 科学の力を以て自己を拡張し寿命を延ばし、脳味噌を増殖させ、無数の目と鼻と耳を得た。
 魔術を下敷きに超能力という新しい異能体系を築き上げ、枠の外へ出る為の手段を得た。
 極東の島国に広大な領地を得て、二百三十万人もの領民を得た。

 学園都市というバベルの塔。
 その礎石に刻まれたる文字は、言うまでもないだろう。
 王様の我執、それひとつで積み上げられた盤石にして絶対の尖塔。

 この都市は槍のようだと土御門は思う。
 人の手によって紡がれた、神殺しの槍のようだと。
 



「だろうよ、アレイスター。
 お前は天逆の槍だ、神ならぬ身にて天上を目指す身の程知らずの『人間』だ」

 聖人ではない、神に愛されてなどいない。
 魔神とも言い難いだろう、魔術だけではこの男の半分も語れない。

 ゆえに『人間』。
 男でも女でもなく、大人でも子どもでもなく、善でもなく悪でもない。

 まったくもって、恐ろしい。
 どう考えても人類最強だ、疑いようがないと土御門元春はそれを認める、何度でも。

 だけど、しかし、だからこそ。
 これを問わずにはいられない、指摘せずにはいられない。

「――だから解せない。
 そんなお前がなぜ、イレギュラーひとつで、転んだ?」

 鋼盾掬彦がなんだってんだよ、アレイスター=クロウリー。
 確かに大した男だよ、オレの自慢の親友だ、得体の知れない能力を秘めた、とびっきりの変わり種だ。
 よくわからない力を振るう、よくわからない強さを持った、よくわからない男だよ。
 半端で歪なヒーローの代役、鋼の盾なんて難儀な在り方を選んでしまった、不器用な馬鹿野郎だ。

 アイツは禁書目録の管理人という立場になってしまった。
 魔道図書館が引金となりうるスイッチのひとつであり、ある意味では清教の関係者だ。
 間接的にとはいえローラ=スチュアートの手駒、庇護下にあると言ってしまってよい状況にある。
 
 アイツは上条当麻からバトンを受け取ってしまった。
 意識不明の幻想殺しは未だ『計画』の構成要素であり、その身に宿る『あれ』も未だ健在だ。
 あの夜の最後の交差を経て鋼盾掬彦は、そんな存在に繋がる唯一のラインになってしまった。
 
 アイツは能力者になってしまった。
 削板軍覇と同類などという異常な能力を得て、しかしそれすら本質ではないという。
 まったくもってわけがわからない、性質が悪いにも程がある。
  
 禁書目録の管理者、彼女と同じ名前を持つ、献身の盾。
 幻想殺しの感染者、上条当麻の代役を担う、ヒーローの偽物。
 能力開発の例外、正体不明の原石、盾縫の御手。

 英国清教と学園都市、その両者に絡んだ歯車。
 下手に壊せばなにが起こるか解らない、ピーキーな触媒だ。

 ……だが、それだけだろう?
 二百三十万分の一の天災だろうが、お前の手駒のひとつじゃねえか。

 それなのに、なんだそのザマは。
 どうしてそんな事になっている、アレイスター。

 なぜ、殺さなかった?
 なぜ、放置した?
 なぜ、見逃した?

 そして、なぜ殺さない?
 なぜ、放置し、見逃している?

 その笑みはなんだ、アレイスター。
 どこを見ている、お前の見据える先は天の上であるべきだろう?

 気付いているか? アレイスター。
 今お前が見つめている先は、お前の掌だ。

 オレのような凡人がそうするように、手前の掌に過去を映している。
 或は取り零したものか、はたまた未練か、いずれにしても幻想だ。
 取るに足らない、幻想だ。

「なあ、アレイスター。
 ―――どうしてお前は、お前を裏切った?」

 土御門元春は問う。
 アレイスター唯一の瑕の、その理由を問う。
 システムエラーの原因を、問う。
 



「私は私を裏切ってなどいないよ、土御門」

 土御門の問いに、アレイスターはそんな返答をした。
 欺瞞や韜晦と呼ぶにはあまりにも澄み切ったその言は、彼の言葉に偽りがない事を示していた。

 アレイスター=クロウリーは自身を裏切ってなどいない。
 『計画』という己の意志に背いてなどいないと、そうきっぱりと言い放った。
 
「だが、君の疑問は尤もだ。
 ―――正直に言おう、私もこの件に関しては論理的な理由で動いていたとは言い難い」

「………じゃあ、どんな理由だ」

 聞くまでもないな、と思いつつ、土御門元春はあえて問う。
 『論理的』の対義語は『非論理的』、そして―――『情緒的』あるいは『感情的』だ。

 人間にはそんな習性がある。
 魔術師というのは、その中でも一際そんな傾向が強い。

 ならば、世界最大最強の魔術師だったこの男は。
 都市規模の自我を持つ、この『人間』の情緒感情関心の欲求は。
 
「そうだな……衝動、興味、高揚、好奇心。
 言葉にしてしまえば実に陳腐だが、私はそれに屈してしまったのだ、どうしようもなく」

 アレイスター=クロウリーの身の裡で。
 傍目には静かな水面の下に轟々たる水流を隠すように。
 激しく烈しく、奔っていたらしい。

 孵らない筈の卵が孵った、その事実に。
 鋼盾掬彦という、イレギュラーに。 

「Dedicatus728、か―――ひどい諧謔もあったものだ、献身の盾、献身の剣、か。
 “笑うしかない”と彼女は言ったが、その通りだ、本当に、笑うしかない」

 アレイスターはそう言って、やはり微笑む。
 それを聞いて自身が何を感じたか、土御門元春は言葉にする事を諦めた。
 彼は小さく溜息を吐き、更に問う。

「……度し難いな、魔術師。
 それだけの為に『計画』を投げ棄てたか?」

「まさか、まさかだ。イレギュラーはあくまでイレギュラー、致命的な瑕ではない。
 とんだ回り道になってしまったが『計画』は成功させる、そこに揺らぎはないよ―――だが」
 
 笑いながら、アレイスターはそんな事を言う。
 これは自分でも意外であるのだがと、まるで内緒話を打ち明けるように。

「長らく忘れていたが、こんな私にも娯楽が必要らしい。
 あのイレギュラーの行く末を、もう少し見ていたいと思ってしまったのさ」

 娯楽だと、アレイスターは笑う。
 鋼盾掬彦という少年は、とびきり愉快な玩具だと、笑った。

 科学の街の逆さまの王。
 予言と預言に縛られた『計画』の遂行者。
 そんな男が笑う、玩具を愛でるように、ゲームに興じるように。
 



「鋼盾掬彦――アレはもっと化けるよ、土御門」

 化ける。
 もっと、化ける。

 無能力者が、能力者へ。
 ただの少年が、鋼の盾に。

 ならば、その先は。
 その先は、どうなるのか。

「そう――ああいうタイプの人間は、狂うのではなく、化けるのだ。
 無為に壊してしまうには惜しい、壊すなら私がタイミングを計りたい」
 
 孵らぬ筈の卵が孵った。
 生れ落ちたソレは、未だ雛に過ぎない。
 雛のうちに殺してしまうのは、あまりに惜しい。

 物狂いの少年が、身の丈を越えた夢を見て。
 その身に宿したわけのわからない力と、鋼のような意志をもって、悪あがきをしている。

 天使の預言すら越えて、鋼盾掬彦は我を叫んだ。
 そこに一体どのような力が働いたのか、今はまだ、誰も知らない。

 だから、知りたくなる。
 彼がどこまでいくのか、何を為すのか、どこまで化けるのか。
 いつかの道の果て、彼はどんな顔をして何を言うだろう。

 物語は書き換えられた。
 予定調和の計画は再編され、幾つもの要因が書き換えられた。
 本来繋がらなかった筈の線が縁が絡まって混じり合って、化学反応を起こしている。

 人間は、面白い。
 道を踏み外しても、足掻き続けるなら、尚更だ。
 その道行きに幸あれかし、きっとこんな愉しさは、神様だってご存じない。
 
「―――ハ、悪趣味だな、クソ野郎」

 渦巻く感情を混ぜこぜにして土御門元春は毒吐く、悪趣味と言えばこれほど悪趣味な話も有るまい。
 退廃的なくせに夢見がちだ、趣味が悪い、悪い趣味だ、はっきりいってどうしようもない。
 本当にどうしようもない、誰も彼も、一から十までどうしようもない。

 そんな土御門の反応に、アレイスターは笑う。
 からかうように、あるいは同意を求めるように、こんな台詞を口にして。

「趣味も娯楽も須く悪だ、だから愉しい。違うかね?」

 違わない。
 下衆な覗き屋だ、言い訳のしようがない。
 今回の件に噛んだ連中は一人残らず、全員揃ってその下卑た娯楽を愉しんだ。

 アレイスター=クロウリーも。
 土御門元春も。
 ステイル=マグヌスも。
 神裂火織も。
 ローラ=スチュアートも
 インデックスも。
 上条当麻も。

 結局は、魅せられてしまったのだ。
 あの鋼の盾の少年の、歪に真っ直ぐな在り方に。

 彼が見た夢に、彼が語った未来に。
 どいつもこいつも、どうしようもなく。




「―――なるほど、ようやくわかった。
 さっきの『相談』云々ってのは―――どうやらオレの早とちりだな。
 お前がしたいのは相談でも情報収集でも愚痴ですらもない、ただの『雑談』だ」

 今更ながら、土御門元春それを悟る。
 当たり前と言えば当たり前だ、自分でも口にしていたではないか。
 アレイスター=クロウリーにブレーンなど必要ない、脳も目も鼻も耳も、彼一人で十全だ。

 ただ、今回ばかりは違う。
 アレイスターが興じているのは、あくまでも娯楽なのだから。 
 非生産的で非効率的な遊興の時間だ、計画性皆無な事この上ない、ただの遊興なのだ。
 
 それ故の、この会合。
 無駄としか言い様のない報告と、その後のおおっぴらな情報開示。
 その理由はなんのことはない、この雑談タイムのための前振りに過ぎなかったらしい。

 ハ、と土御門は笑う。
 からかうように、言葉を紡ぐ。
 なにもかも滑稽で、だからこそ愉快だった。

 ああ、本当に悪趣味だ。
 笑ってしまう、ほんとうにどうしようもない。
 
「ネタバレ済みだった筈の物語は、しかし予想外の形で裏切られた。
 それにテンションが上がっちまって、こんな夜更けにオレを呼びつけてくれたってわけだ」

「そういうことだ、土御門元春。
 どうやら私は年甲斐もなく、この得難い体験を分かち合う一時を欲してしまったらしい」

「もう少しオレの立ち位置ってヤツを慮って頂きたいんだがな、統括理事長。
 ――――語るに相応しい相手なら英国にいるだろう、黒幕同士で盛り上がればいいだろうに」

「ローラ=スチュアートの意図は明確だろう? 彼女は変わらないし、変われない。
 なにより話すべき内容は鋼盾掬彦についてなのだから、君しかいない」

「ハ――いい迷惑だよ、畜生め」

 本当に、いい迷惑だと土御門は断じる。
 だが、解らなくもないから困ってしまう、笑みが引っ込まない。

 映画でも小説でも、娯楽は自分だけで完結させてちゃ勿体ない。
 感動も興奮も愚痴も何もかも、他人と共有する事で膨らみ、色めき、新たな花を咲かせるのだ。
 だが、補助脳もデバイスも感情を知らぬ機械に過ぎない、話し相手など勤まるまい。
 
 いやはや、参った。
 これは流石に、予想外だったと土御門元春は笑う。

 どうやら、己は。
 アレイスター=クロウリーと、これより『おしゃべり』をするらしい。
 夏休みの夜遅く、学園都市統括理事長に自宅に招かれてダベるわけだ、一体どんな冗談なのか。

 本当に、いい迷惑だ。
 何度でも言おう、こちとら徹夜三日目である。
 
 ああ、もう、でも。
 クソ迷惑だ、だというのに愉しくて仕方がない。
 ニヤニヤと口元が引き攣る、勝手に言葉を紡ぐ、もうどうしようもない。

 ローラ=スチュアートの『台本』は改変を余儀なくされた。
 アレイスター=クロウリーの『計画』も同様だ。
 
 本来の物語との乖離は進む。
 こんな雑談など、本来は絶対にありえなかった筈だろう。




「……鋼盾掬彦というイレギュラーが齎した変化は多岐に渡る。
 上条当麻の昏倒、禁書目録の革新――それに次いでの顕著な変化が、君だ」

 アレイスターは笑う、からかうように笑う。
 愉しくて楽しくて仕方がないと、微笑に常とは違う色を混ぜて、笑う。

「君は傍観者をやめ、バランサーをやめ、私情に塗れて舞台に上がった。
 ―――私の知る土御門元春という人間であれば、そんな選択はしなかっただろうな」

 言祝ぐように、アレイスターは言葉を紡ぐ。
 成長とは言い難く、変質とも違う、進化でなければ退化でもない。
 だがそれでも、土御門元春は此度の一件で変わったのだと、そう言って笑う。

 その理由を聞かせろ
 その感想を聞かせろ
 その覚悟を聞かせろ、と

「………ハッ」

 まったくもって悪趣味だと土御門元春は笑う。
 自身の変質には当然自覚もある、はっきり言って取り返しがつかない。

 ああ、正直に言おう。
 土御門元春は、鋼盾掬彦が怖い。
 あの人誑しの旗男が、恐ろしくてたまらない。
 本人にも冗談めかして口にしたことがあったが、あれは心底からの言葉である。

 あの男は、触媒だ。
 変質を強要する、とびきりの触媒だ。
 この十日間の彼を思えば、それはもはや確信だった。

 ステイルに強者の矜持を取り戻させ、その魔法名から虚飾を剥ぎ取ってしまった。
 神裂火織にやり直すための道を示し、その魔法名を再び彼女の口から引っ張りだした。
 インデックスの欺瞞をけり飛ばし、彼女に新しい魔法名を名告らせた。

 そして土御門元春はもう、鋼盾掬彦の背中を刺せない。
 舞夏と天秤にかけられでもしない限り、選択肢にすら上げられないとすら思う。

 他人の信念を、信仰を、存在理由を、覚悟を、魔法名すらもいとも簡単に書き換えてしまう。
 魔法名は魂銘に他ならず、その変質は本来ありえぬ筈のものであるのに、なんだかんだでこんな状況だ。

 ただのお人好しの善人なら、土御門元春は裏切る事を躊躇わなかっただろう。
 小賢しいだけの言葉なら、ステイル=マグヌスはその口ごと燃やしてしまっただろう。
 理知と計算尽くの行動であれば、神裂火織が奮い立つことはなかっただろう。
 ただ幸福な未来への道を示されても、インデックスがそれに頷くことはなかっただろう。

 それなのに、このザマだ。
 独善的で不器用で頑固者の魔術師四人が、必要悪の教会の精鋭たちが。
 てめえの魔法名をこうも簡単に好き放題にされて、それでもヘラヘラ笑っているである。

 そして思い出されるのは、今朝の一幕。
 聞いているこちらの胃がねじ切れてしまうような、あの電話越しの邂逅。

 あの牝狐の楽しそうな笑み。
 そのうちのいくつかの意味に、今更ながらに辿り着く。

 ローラ=スチュアート、貴様にも魔法名はあるのだろうか。
 その魔法名は鋼盾掬彦と出会っても、未だ何一つ変わらないままだろうか。

 そして、アレイスター=クロウリー。
 果たして気付いているだろうか、お前の愉悦の笑みを浮かべているその意味を。

 『予言』はお前を縛る鎖だった。
 かの天使より与えられたという預言はきっと、指標であると同時に枷でもあったのだ。
 『計画』は遂行されるのだろう、だが、それが盤石絶対ではないこともまた明らかになった。

 ああ、結局のところ。
 お前もオレたちと同じだ、『人間』。

 イレギュラーに翻弄されながらも、己の望む未来を掴むために戦う。
 まさしくまさしく、それは人間の営みで業であろう。
 土御門元春は笑う、笑う、笑う。



「本当に困ったもんだ、本当にな。
 ―――どうしてくれようか、まったく、コウやんには困ったもんだ、ちくしょうめ」

「そうだな、大したイレギュラーだよ」

 鋼盾掬彦。
 あれは毒だ、毒の酒だ。
 あっと言う間に酔わされちまって、もう取り返しがつかない。

 てめえのせいでオレらは大迷惑だ、はっきり言って人生を狂わされてしまった。
 クソッタレの大悪党だ、鋼盾掬彦。

 木山春生があの日お前に見たものは。
 素養格付が測り切れなかった、正体不明の才能は。

 物語を再編するイレギュラー―――お前はきっと、そういう類の化物だ。

 土御門元春は笑う、忌々しげに楽しげに。
 そんな大悪党の旗を望んで掲げた己は、どうしようもない馬鹿野郎だと。

 それでも、共に進む仲間がいるのなら。
 まったく最高だ、何もかも変わってしまって、もう後悔すらできない。

「―――じゃあ、嬉し恥ずかしコウやんトークと行こうか、アレイスター。
 一応言っておくが、オレが本当の事を言うと思ったら大間違いだぜい?」

「謙遜は不要だ。君ほど正直な人間はなかなかいないよ、土御門」

「心外な評価だ―――まあ、コウやんにも言われたがな」

 天邪鬼。
 この数年掲げてきた看板なのだが、最近ちょっと沽券がアレだ。

 まあ、今更性分を変えられる筈もない。
 このまま走ってみればいい、己は鍍金だが、ウチの大将は鋼らしいから。

 英国では神裂とステイルがそれぞれ新しい戦いを始めている。
 上条当麻の治療には冥土帰しが当たり、そこに木山春生が身を寄せたとも聞いた。
 雲川芹亜も独自に動き出した、ここからも新しい流れが生まれるだろう。

 懸念は尽きない。
 御坂美琴に付き纏う闇は深く、事によれば鋼盾掬彦がそこに関わる可能性もある。
 鋼盾の素養格付の内容を知っている人間もいる、彼が今後その能力を発揮すれば、その面でも厄介事を招きかねない。

 海の向こうではローマにも動きが見える、英国と学園都市の動向には目を光らせている事だろう。
 インデックス――禁書目録を取り巻く状況の変化は、数多の魔術結社としても無視は出来まい。
 更には未確認情報ながら、緑髪の異国人の目撃情報すら入ってきている。

 盛りだくさんだ、と土御門は笑う。
 退屈だけはせずに済みそうだが、なんとも頭の痛い話だ。

 忙しい夏休みになるだろう。 
 楽しいったら、ありゃしない。
 
「天使の予言も外れたんだ、台本なんてどこにもないらしい。
 もはやヒーローもヒロインもない、オレもお前も、誰も彼もが端役だろうよ」

「誰もが端役であるならば、誰もが主役と言う事だ。
 ――――私も精々自分の役を成すとするさ、君たちにとっての中ボスくらいにはなれると思うが」

「ハッ―――怖い怖い。
 なんなら、別に味方になってくれてもいいんだぜい?」

 軽口は歌うように。
 どうせ序盤の舞台裏、気張る事もない。
 土御門元春はもはや観念する、どうやら四徹確定だ。
 それでも笑みが浮かぶのだから、本当にもうどうしようもない。

 さあ、それでは。
 無味乾燥な報告ではなく、私情たっぷりに無責任に、好き勝手に話してみよう。

 親友たちの話をしよう。
 インデックスの話をしよう、上条当麻の話をしよう。

 鋼盾掬彦の話をしよう。
 鋼の盾なんて大袈裟な名前をした、オレの親友の話をしよう。






fin




――――――――――――――――――

ここまで!
エピソード3おわりー! 何ヶ月かかってるんじゃー!
グダグダで申し訳ねえです、いろいろ忙しかったのです!
待っててくれた人には感謝と謝罪を。ホンマありがたいです

これで一巻とその補足分は全部終わりです
次回から約束通りに二巻~二十二巻まで一気にやりますぜ!
もう粗方書き上がっているので数日以内に参ります、無駄に濃いぜ!

それでは、また次回!

ふむ、1~22巻まで一気に、か











年表オチに3000点

土御門が明らかに徹夜しすぎなだるんだるんのどれんどれんな間延び具合で笑った
あーもー計画どうでもよくなってきたわー鋼盾いいわーなアレイスターになりそうすぎて困る
まさか続巻までインデックスのご飯がおいしかったですシリーズが見られようとは…

>>827
新作も書きたいけどこの遅筆ぶりじゃあ支部あたりにでも引っ越さなきゃダメかもしれんね
……でも、あそこはホモが書けなきゃダメとも聞くし……新しい扉を開くしか、ないのか

>>846
アレイスター「温めますか…?」
土御門「ああ…たのむ!」

こんな未来もいいんじゃないかな!

>>847
四徹とかありえねえよな土御門さんゴメンなさい、展開もグダグダで申し訳ない
――でも、ここから先は間延びの対極、詰め込み過ぎワロタで参りますぜ!


あ、どうも>>1です、コメント感謝! ありがてえありがてえ!
さあ、ここからは連日更新でラストまで行きますよー!
じゃあ、まずは二巻から六巻まで行ってみようか!

なんだかんだで1巻は5スレも費やしまてしまいましたが
ここから先は、1 冊 1 レ ス で参ります!


そぉい!


――――――――――――


 ■────────────────────────────────■
 ■とある端役の禁書再編<リミックス>(2)
 ■    【著/◆KDGmQwB.6A イラスト/灰村キヨタカ  定価 599円】
 └────────────────────────────────■

 「……アウレオルス=イザード、オレたちと同じ元パートナー、か」
 “超能力”が一般科学として認知された学園都市、そこに現れた錬金術師。
 その目的を、土御門元春とステイル=マグヌスは知っている―――それが既に不可能な事も。
 「それを告げるのは、僕らの仕事だ……インデックスと鋼盾に、手出しはさせない」
 真夏の日差しの中、不気味にそびえ立つビルに彼らは向かっていく。

 時を同じくして、土御門舞夏は巫女服の少女と出会う。
 学園都市の路地裏、吹き荒ぶ大量の灰、首筋には吸血鬼に噛まれたような傷痕。
 「わたし。また殺したのね」呟きは風に吹かれて消える。絹糸のような長い黒髪、死人の目。
 その少女が纏う絶望に、舞夏は義兄の元春、そして友人たるインデックスと同じ色を見つけて――。

 錬金術師、吸血殺し、土御門兄妹、ステイル=マグヌス、インデックス、そして鋼盾掬彦。
 全ての線が交差するとき、物語は始まる―。




~ 今巻の重要イベント ~

 ・対アウレオウス戦。ステイルと土御門だけで学生塾にブッこみました。
  ローマより先んじたのでいろいろなんとか間に合った模様。

 ・紆余曲折の果てにアウレオウスの説得になんとか成功! やったね!
  いろいろ恥ずかしい台詞が飛び交いましたが、そればっかりは男三人だけの秘密でござる。

 ・アウさんはとりあえずとある学生寮の管理人に収まり、インデックスを見守る小姑ポジションに。
  管理人室に住み込みでござる。あ、人事担当はもちろん土御門さんでした。

 ・出先から帰ってみたら緑髪白スーツのイケメンが玄関を掃き掃除していてコウやん戦慄。
  うわあコイツ絶対新手の魔術師だよ! という彼の直感は大正解でした。

 ・アウさんは書類上死亡。顔を変え偽名を名告り魔法名も捨ててまっさらになっております。
  今後は魔道具制作のサポート役として、土御門さんにいろいろ無茶振りされる羽目になる苦労人です。
  また、よく学生寮に出入りする舞夏になぜか料理を仕込まれ厨房の錬金術師への道を歩み始めます。

 ・二巻のもうひとつのイベントはなんと吸血鬼騒動。
  吸血殺しと吸血鬼が交差する物語にメイドさんが巻き込まれたりなど、いろいろあったようです。

 ・土御門舞夏、待ってるだけのヒロインから一歩踏み出すの巻。
  インデックスさんと鞠亜さんの大活躍とか、鋼盾さんの機転炸裂とかもありました。
 
 ・姫神さんもいろいろ大変だったようですがなんとかなりました。
  ケルト十字が届くまで意識不明の上条さんと病室で手を繋ぎっぱなしとか素敵イベントも!

 ・吸血鬼さんは無事故郷に帰りました。
  灰になったのは分身の方だけだったようです、トマトジュースで我慢すると約束させておきました。

 ・鋼盾ちゃん、毎朝5キロ走ってるみたいです。
  ジョガー浜面と顔見知りになったりと、そんな出会いもあったりしました。

 ・インデックス、新たな生活を始めるために髪をバッサリ切りました。
  カット担当は逆島道端、思いのほか馬があった模様。ちなみに白井さんの紹介です。

 ・その髪の毛を加工してアウレさんが初仕事。
  新旧パートナー10人に各々専用の霊装を作りました。効果はヒミツ。

 ・インデックスさんですが普段は私服、とっておきの時に修道服を纏います。勝負服ですね!
  舞夏とか小萌とか女子中学生たちに着せ替え人形にされまくってる模様。ほっこり。

 ・『インさんは大抵上条さんの中学時代のジャージを着てるよ!』とかいうがっかり萌え設定は不採用。
  クッソ真面目な顔で敵の魔術構成を看破したり強制詠唱したり自動書記したりしてるけどジャージかよ!!みたいな萌。
  
 ・超電磁砲ガールズサイドもそれぞれがんばりました。
  遠隔カージャックテロ事件、武装無能力者編、乱雑解放編等々、順当にクリアしたようです。

 ・初春飾利の鋼盾掬彦風紀委員化計画進行中。
  作戦№007『あえての天丼!初心に戻って真っ向勧誘!!』
  やっぱり失敗に終わりましたが地味に効いてる効いてるとほくそ笑む初春!

 ・きやませんせー、おたんじょうびおめでとー!!
  ちなみにコウやんとインさんは↑の放送を見て木山てんてーの出所を知りました。



 ■────────────────────────────────■
 ■とある端役の禁書再編<リミックス>(3)
 ■    【著/◆KDGmQwB.6A イラスト/灰村キヨタカ  定価 599円】
 └────────────────────────────────■

 路地裏にマネーカードをばらまく布束砥信が、幼馴染の駒場利徳と再会する。
 とある公園で、削板・横須賀・原谷のトリオと、欠陥電気の一体が出会う。
 木山春生から託されたコードから、鋼盾と初春が残酷な事実を知る。
 インデックスが天井零という名の少女と出逢い、ともだちになる。
 雲川芹亜が諦めることなく、悲劇の回避を誓う。
 土御門元春が、闇の深さに溜息を零す。
 御坂美琴が、悪夢と対峙する。

 彼らは知る、絶対能力進化実験を。
 彼らは知る、学園都市に蟠る底知れぬ闇の存在を。
 彼らは知る、第一位・一方通行(アクセラレータ)を。

 それぞれの想いを胸に、彼らは戦う。
 物語が、始まる。




~ 今巻の重要イベント ~

 ・守護神こと初春先輩怒りの妨害工作、施設撃墜数はぶっちゃけ御坂さんより上でした。
  被害総額が本当の本当にシャレにならないレベル、バレてたら暗部落ち確実です。 
  ……あれ? 初春暗部堕ちスクール入りとか超滾らね? 俺だけ?

 ・駒場さんと布束さんの密やかで情熱的な遣り取りは必見でしょう。アダルティ。
  愛を囁くでもなければ手すら触れやしないのに浜面くんが鼻血を出すレベルです。

 ・削板軍覇VS一方通行。1時間にも及ぶ激闘の末、一方通行が終始優勢無傷のまま時間切れ。
  結果削板さんは全治二ヶ月の重傷を負いましたが、根性があったので三日で治しました。
  なお最終決戦には間に合わなかった模様、根性入れて鍛え直すようです。

 ・御坂さん修羅モード覚醒、戦慄の壊レールガン学園都市の薄闇に舞う!
  間の悪い事に上条さん意識不明の報を知ってしまったため壊れっぷりが大加速。
  初春の暗躍も相俟って、研究者サイドのカタコト上司さんも余裕ぶっこいてられないレベルに。

 ・というわけでみんな大好き『アイテム』登場ってわけよ!! なお噛ませ犬なもよう。

 ・白井黒子&駒場利徳VS絹旗最愛。
  風紀委員(職務放棄中)とスキルアウトの限定コンビが、窒素装甲のエージェントに挑む!
  腕利き風紀委員と路地裏の顔役、過去のなんだかんだで実は互いに一目置いていたとかいう胸熱設定です。

 ・御坂美琴VS麦野沈利。え? フレンダ? ああ、ぶっちゃけ秒殺でしたよ。
  鋼盾がうっかり過去に「あ、御坂さんの能力ってアレをナニしてソレしたらめっちゃ強いよね?」とか
  いらんアドバイスをしちゃってたせいで麦野さんが片手片足もがれて大変な事に。
  
 ・そして鋼盾掬彦VS御坂美琴。
  結果は鋼盾の反則勝ち、彼の芸風がここで確立します。能力者になっても相変わらずなようです。

 ・↑に居合わせた滝壺さんが鋼盾と接触、体晶を用いての能力行使を決死で敢行した結果は鮫‍島 。
  彼女の『能力追跡』が鋼盾掬彦のAIMに何を見たのか、それは物語の核心だったりします。

 ・紆余曲折を経て『一方通行ぶん殴り隊』結成。
  総勢十二名。この面子が作戦会議のためカラオケボックスに集結する絵は異様の一言。
  なぜか最終的に一人一曲ずつ歌う羽目になり、エラい事になりました。ちなみに一位横須賀、二位インデックス。

 ・駒場さんに「……リーダーならヴィジョンを示せ」と言われた鋼盾さん、怒濤のプレゼンタイム。
  ぶち上げたのは『やさしい反射の壊し方』『ゆがんだ反射の壊し方』『あぶない反射の壊し方』の豪華三点盛り。
  ぶん殴り隊のみなさんもドン引きする結果に。でも駒場さんとか雲川先輩ら数名は超嬉しそうでした。

 ・そして決戦。一方通行、敗北を知る。
  ちなみに採用されたのは『あぶない反射の壊し方』でした。いやー、反則やで旦那。

 ・布束先輩の簡易学習装置試作機(ポータブルテスタメントトライアル)が炸裂する、一通さんにトラウマが刻まれたり。

 ・終戦後、鋼盾御坂間でいろいろありました。御坂さんは結局なにもできなかった形です。
  今回の騒動にカタルシスなんてひとつもなかった、ヒーローなんて一人もいなかった、だけど、それでも。
  ……まあ、上条さんのように綺麗には終われませんでしたが、一応円満な和解となりました。

 ・大オチは矢文くん渾身のツッコミ。

 ・ぶん殴り隊に参加しなかった天井零ちゃん。
  その正体は言うまでもなく例のあの子です、今回は顔見せまで。


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 ■とある端役の禁書再編<リミックス>(4)
 ■    【著/◆KDGmQwB.6A イラスト/灰村キヨタカ  定価 599円】
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 神裂、土御門、アウレオルスの三名が、御使堕しの解除に奔走している頃。
 鋼盾掬彦とインデックスが、一方通行撃破のゴタゴタから鋼盾の実家へと避難している頃。

 学園都市はとある大学病院にて。
 木山春生と冥土帰しによる、とある実験が行われる。
 幻想御手と幻想猛獣事件を経て、木山が得たひとつの着想・虚数学区とのリンク形成。
 題して“虚数御手”(AIMアドミニストレーター)。
 学園都市の能力開発を根底から揺るがしかねないその実験の結果は――陽炎のような少女の、現出。
 
「ふむ、驚いたな――名前を聞いてもかまわないかい、お嬢さん?」
「………私の名前は、風斬氷華、です」

 幻想と切願が交差する時、物語はその形を変える。
 大人気学園アクション第四弾登場!





~ 今巻の重要イベント ~

 ・今巻は病院サイドのお話となります、冥土帰しと木山先生ですね!

 ・幻想御手事件による多才能力と幻想猛獣発現を経て、木山先生アイデア炸裂。
  上条さんの治療の手がかり&自分の興味関心にドンピシャリの一石二鳥な大作戦。
  レッツリンクプライマリノーリッジ! 虚数学区に届けこの想い!!
  冥土帰しが手伝っちゃったもんだから当然のように成功するも、事態は予想外の方向へ。

 ・どういう繋がり方をしたのかわからないけど結果的に風斬氷華さんが来てくれました! やったね!
  病院にて眠る上条さんの幻想殺しの影響もあるようですが、果たして。

 ・風斬さん、幻想猛獣の残滓か木山先生になんだかんだで懐いてしまう。
  木山春生二十七歳、うっかり一児の母になっちゃうも満更でもないご様子。

 ・解りやすくいうとスタンドみたいな感じ。
  現在は“act.1”、能力名『正体不明:カウンターストップ』本体:木山春生
  完全自律型にして環境依存型。あと数回の変身を残しているも本人は無自覚。

 ・ちなみに“虚数御手”(AIMアドミニストレーター)はアレイスターもびっくりの裏技。
  冥土帰しの暗躍もあってプランに影響なしと判断されたものの、ぶっちゃけ木山先生命の危機でした。

 ・御使堕し騒動もありましたよ! 土御門、神裂、アウレ、ミーシャ一行で調査してました。
  いろいろ大変だったけど犯人も突き止めたぜ! 火野? 神裂さんのエンジェルパンチで一発でしたよ。

 ・上条刀夜、父の愛。
  昏倒した息子の快癒を願うがゆえの行動は、御使を下ろすに至ってしまったようです。
  エピローグで土御門元春に『不運だけど不幸じゃない』云々の話を聞かされて涙したり。

 ・アウレオウスさんが上条家のお土産配置の妙によって新たなる天啓を受けたり。
  インスピレーション炸裂。このせいで後々ヒドいことになりますが、それはまた別の話。
  天才というのは往々にして性質の悪いものです。

 ・ミーシャ改めサーシャさん、無事ロシアに帰りました。
  御使を宿したその身に刻まれた聖痕は、後に世界を巻き込む事件が鍵のひとつとなるようですが、果たして。

 ・3巻でやらかした鋼盾さんはインデックスを連れて里帰りの模様。
  あ、彼の出身はご想像にお任せします。西か東か南か北か。

 ・鋼盾家、息子が突然銀髪碧眼美少女を連れて帰ってきたので大騒乱の巻。
  そりゃあビビるわ、冴えない息子がインデックス連れてきたらビビるわ、しゃあない。

 ・父親の名は鋼盾嗣彦(つぎひこ)、母親の名は鋼盾掬唯(すくい)。
  両親もまたそれぞれに鋼であり盾である、そんな人物だったりします。
  二年振りに顔を見せにきた不孝息子と、いろいろと会話もあったようです。

 ・ちなみに御使堕し中なので客観的なビジュアルはすごいことになってました。
  各々好きなキャラを当てはめて妄想すると捗るかと思います。



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 ■とある端役の禁書再編<リミックス>(5)
 ■    【著/◆KDGmQwB.6A イラスト/灰村キヨタカ  定価 599円】
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 「随分と今更だが、ようやく気付いたよ……絶対能力進化実験は、嘘だな」
 「……ふむ――驚きまシタ、ドクター天井。今になってようやく貴方の顔を見た気分デス」

 絶対能力進化実験の頓挫を受けて、職を失い莫大な借金を抱えたままの科学者、天井亜雄。
 進退窮まった彼に、かつての上司は学園都市上層部から丸投げされた厄介な仕事を押し付けた。

 それは、とある少年らの交渉により「人道的な扱い」を受けることを約束された妹達(シスターズ)、
 その最後のひとりである二〇〇〇一号、最終信号/打ち止め(ラストオーダー)の“保護者役”。

 「これからお世話になります!ってミサカはミサカは思い切っていきなり距離をつめてみる!」
 「――ちょっと博士、なによこのちまっこい変なしゃべり方のガキは、なんでウチにいんの?」
 「……おまえの妹的ななにかだ、フル「私をその名で呼ぶんじゃないわよ、天井零と呼べっつーの!」…零」

 人生どん詰まりの天井亜雄、そんな彼の家に入り浸る〇〇〇〇〇号(フルチューニング)こと天井零(れい)。
 そこに打ち止めを加えて三人での家族ごっこが始まり、物語はよくわからない方向へと走り出す!



~ 今巻の重要イベント ~

 ・三巻で冥土帰しやら貝積理事やらを巻き込んでしまったので、妹達関連もいろいろ大変です。
  さっさと辞めたいカタコト兄さんは最大の面倒事を天井亜雄に押し付けます。

 ・そんなわけで体よく言いくるめられた結果、三十路手前の天井さん、なぜかうっかり一児の父に。
  『庇護欲をかき立てるように』プログラミングしたのは自分たちなのにあっさり情を移します。

 ・打ち止め絶好調、物怖じしないお子様です。

 ・三巻で登場した『天井零』の正体はやはり〇〇〇〇〇号(フルチューニング)でした。
  見た目は黒髪長髪眼鏡セーラー服装備の御坂美琴、第七学区のとある中学校に通う三歳児です。
  能力は『電撃使い』のレベル2――書類上ではそうなってますが、もちろん偽装ですよん。

 ・試験個体のため敢えて性格面でなんのバイアスも掛けずに育成したら、見事にオリジナルまんまの性格に。
  ちなみにオリジナルも妹達も一方通行も気に入らない、さっさと死ねばいいのにアイツラ、とか思ってます。
  髪は自分で黒に染めました、できることなら整形したいとか思っているようです。
  量産計画頓挫の際に天井が秘密裏に戸籍を作成し、太陽の元へと逃がしたはずがなぜか押し掛け女房に。

 ・かつての量産能力者計画のメンバーは以外と和気藹々としてました。
  嬉々としてクローンを作る倫理観の狂った連中でしたが、悪人ではなかったようです。
  
 ・零という名前は天井が考え、名字は零が自分で決めました。
  本人曰く「どうせ将来的にはそうなるんだから慣れとこうと思って」とのことです、天井爆発しろ。

 ・打ち止めの戸籍上の名前を『天井トメ』とか『天井トマリ』にしたら流石のおまえらも怒るだろうか……。

 ・あ、布束さんの家庭訪問とかもありましたよ! 天井とは割と古い付き合いだったりします。
  なお絡んできた零ちゃんには布束式ローリングソバットでちゃんと長幼の序を叩き込んでおきました。
  次はフレメアを連れてきて打ち止めと遊ばせようとか企んだり。布束先輩ってばマジオカン。

 ・打ち止めがMNWに家族トークを流しまくる件について。
  結果お姉様オルタである零ちゃん空前の大人気。……え、天井? まあ頑張れよとミサカはry

 ・やっぱりクッソ重い話もちらほらと。
  でもいまさら改心するには天井さン、ちょっと歳を取り過ぎました。
 
 ・副題は「みさかと!」
  芳川さんとか他の妹達も巻き込んだ、ドタバタハートフル☆コメディが幕を開けます!
  正直これでスレ建てして、通行止め派に真っ向から喧嘩を売るつもりでした。

 ・あ、舞台裏で鋼盾も動いてました。エツァリさん撃破からの説得に成功したり。
  上条さんが起きたら一発ぶん殴って、それから正々堂々勝負することになったようです。

 ・闇咲さん関連も万事オーケーでした。
  婚約者さんを連れてきて上条さんの右手に触らせたら治りました、やったね。



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 ■とある端役の禁書再編<リミックス>(6)
 ■    【著/◆KDGmQwB.6A イラスト/灰村キヨタカ  定価 599円】
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 9月1日。
 学園都市の新学期初日。

 それは、鋼盾掬彦が『とある少女』と再会した日で、雲川芹亜が生まれて初めてデートをした日で、
 風斬氷華がなけなしの勇気を振り絞った日で、青髪ピアスが血涙を流して神を呪った日で、
 土御門舞夏と雲川鞠亜が暴走してしまった日で、土御門元春の胃がキリキリと痛んだ日で
 吹寄制理が羽目を外しすぎた日で、インデックスがちょっと頑張りすぎてしまった日で…
 そして、学園都市にとある魔術師が襲来した日だった!

 シェリー=クロムウェルの苦悩と決断、そして過去。
 特別警戒宣言下の学園都市で科学と魔術が交差するとき、それぞれの物語は始まる―。




~ 今巻の重要イベント ~

 ・上条当麻不在のままに幕を開ける新学期。あの黒板のメッセージは叶わず。
  なぜか上条さんは「憑き物落しのため霊地巡りの旅に出ている」事になってしまったようです。
  クラスメイトは一部を除いてバッチリ信じている模様、それでいいのか科学の街の学生ども。

 ・雲川芹亜の個人授業その5、受講者は鋼盾掬彦。
  今回のテーマは『人を騙す前にやっておきたい10の事』らしいですよ。

 ・『メイド・イン・ヘヴン事件』勃発。被害者は青髪と土御門の二名。
  ちょっと悪ノリが過ぎちゃった吹寄さんてばマジ可憐、流石は俺の嫁。

 ・シェリー襲来、エリス爆誕。
  布束さんとシェリーがすれ違う例のシーンは今巻きっての迷場面。

 ・息も絶え絶えになりながらエリスを封じ続けた鋼盾さんマジMVP。
  そんな教え子の姿に黄泉川は「やっぱりこの子は長生きできそうにないじゃん」と懸念を強めます。

 ・シェリーへの説教役はインデックスさん。
  清教所属の魔術師にして学園都市生まれの能力者である彼女にしか言えない、そんな台詞でした。

 ・美琴&黒子、鋼盾やインデックスの抱える秘密の一端を知ってしまう。
  この後の学芸都市での広域社会見学でもいろいろあり、魔術の存在を悟ります。

 ・あ、風斬さんとある高校に転入しました。鋼盾とインデックスとは既に顔合わせ済みです。
  青ピ大歓喜、吹寄さん親近感、でも土御門さんは胃痛の原因が増えて青い顔してました。
  始業式のあとは入学祝いに木山先生と食事に行ってホクホクだったみたいです。

 ・その食事の席で『鋼盾掬彦のAIM拡散力場』について、割と核心的な会話もありました。
  果たして風斬さんは一体何を見たのか! 伏線がモリモリと仕込まれていきます! あからさま!

 ・二巻以降小萌宅に居候していた姫神さんですが、いろいろと思う所あって必要悪の教会へ。
  最新洗濯機を使いこなしたり和食で胃袋を掴んだりと、修道女たちからも一目置かれてます。
  ちなみに神裂さん、同郷同性の仲間ができて大喜びだったそうです。

 ・インデックスさんですが、転入はもう少し先になりそうです。
  上条さんが目を覚ましてからになるのでしょう……留年しないといいのですが。

 ・初春飾利の鋼盾掬彦風紀委員化計画進行中。
  作戦№012『ここは警備員さんの方から働きかけてもらいましょう!』発動するも不発!

 ・あ、コウやん盾を使ってキャッチボールとか出来るようになりましたよ!
  すごいよね!

ここまで!
というわけで、二巻から六巻までを5レスでお届けしました! 
なおガチで書いたら5スレじゃ済まんもよう、何年かかるのかわからんぜ!

おおまかに考えていたプロットに肉付けをして体裁を整え、後は悪ノリです
正直禁書の長編はもう書けない気がしているので、手持ちの弾丸全部詰め込みました

ヒーローの代役を担う彼と彼女は、果たしてどのような道を歩むのか……!
こんな感じで二十二巻まで参りますのでよろしくおねがいします!

以下、本編執筆中に魔がさして書いていたお蔵入り作品群を載せときます
よかったら誰か書いてください、おねがいします


『みさかと!』※没タイトル案『あまいけ』

 天井くン主役のハートフルコメディ……の皮を被った何か。ファッション贖罪禁止!
 通行止め派とか関係各所に喧嘩を売りまくる問題作! 通行止め? ……ハ、知らねェよ!
 科学者天井亜雄、その覚悟と逃避と矜持と偽装と決断と挫折。
 「〇〇〇〇〇号編」「芳川桔梗編」「打ち止め編」「一〇〇三二号編」「御坂美琴編」「布束砥信編」
 「木原数多編」「一方通行編」「御坂夫妻編」「上条当麻編」「天井零編」の短編連作予定でした。


『株式会社駒場商会』※没タイトル案『万屋リト君』

 ねえ駒場さん就職どーすんの? そうだ会社を立ち上げて路地裏からサクセスしようぜ! な話。
 社長:駒場、営業&総務担当:浜面、開発&経理担当:半蔵、バイト:郭、マスコット:フレメア。
 いつのまにか上条勢力に取り込まれたり、学園都市の闇を暴いたり、魔術師と事を構えたりする。
 無茶な依頼人に振り回されつつ学園都市を奔走し最終的には人情で締める感じ、よくあるなんでも屋さん。
 ちなみに第一回の依頼者が布束さん→レギュラー化な予定でした。


『インデックス「ジャージ安定なんだよ」』 

 歩く教会とか着てられないかも! ここは学園都市なんだよ! ジャージがあればそれでいいんだよ!
 機能性溢れるジャージに開眼したインデックスさん。黄泉川と滝壺はマブダチ、ジャージ最高じゃん。
 ジャージ姿で強制詠唱! ジャージ姿で術式看破! ジャージ姿で英国凱旋! ジャージ姿で自動書記!
 頭を抱える上条さん! 困惑する神裂! それでも守ると決めたステイル! アウレオウス呆然!!
 原作の名シーンを次々に台無しにしてゆくシュールギャグ! そして徐々に増えるジャージ族!!
 あ、最終的にはジャージでおさんぽサークル『歩く協会』設立というオチでした。
 

『風斬「……おかあさん?」木山「……なん、だと?」』

 木山先生が幻想猛獣をおぶってあやしてるイラストを見て魔が差した。
 “虚数御手(AIMアドミニストレーター)”とかそれっぽい名前を考えて満足していた。
 多才能力復活とかミサカネット利用とかは原理的に不可能っぽい、クッソ無念。
 まあ5メートル以上離れられなくて一緒に生活して情が芽生えればいいんじゃね?


横須賀「超すごいパーンチ!!」削板「いい根性だ!!」原谷「…えっ!?」

 横須賀と一〇〇三一号の恋物語。
 削板さんのすごパあんだけくらって大丈夫って横須賀おかしくね?
 もしかして削板菌って伝染するんじゃね?
 むしろ横須賀ってそういう能力なんじゃね?という話。
 最終的には一方通行がビブルチされます。

 頼れる純情野郎横須賀、ツッコミ常識人原谷、意外と思慮深い削板軍覇のトリオ。
 絶対能力進化実験、学園都市暗部、第七位の過去、原石の悲劇、素養格付。
 どうみてもギャグなタイトルに反して、割とガチな内容でした。


上条「管理人さん!水道管が!」アウレオルス「囂然。……またか、上条」
 
 インデックスが救われてて愕然! どこにも帰るところがなくて悄然! うっかり涙が流れて旺然! でも思いっきり泣いたら気分は晏然! やりなおそうと覚悟は昂然! 瞬間練金で学園都市の戸籍と当面の路銀を得るも孑然! 天職探してハロワへ蹶然! 就職先はとある学生寮という偶然! 旧い建物は古色蒼然! 管理業務とかやったことない全然! メイドの舞夏が手伝ってくれて釈然! 彼女の解説はまさに理路整然! やる気も出てきて気分は欣然! しかし運命の悪戯は率然! インデックスと再会しちゃって瞿然! 笑いかけられてうっかり恍然! 憎い筈の上条当麻の不幸っぷりに喟然! しょうがねえなあフォローだ敢然! でも土御門元春にバレちゃって愕然! どうするべきかは一目瞭然! 瞬間練金で買収するのが必然! なのにあのグラサン野郎の対応は冷然! 結局土御門の手駒にされちゃって忿然! でもまあそれもアリかなと泰然! そして巻き込まれる厄介事に唖然! 先行き不安でなんだか愁然! いっそ鬱然! 帰り道の景色も暗示めいた暮色蒼然! でも寮に帰るとインデックスの笑顔が莞然! それだけでもう気分は凛然! 明るい未来はまさに燦然!!
 
 顔も過去も名前も魔法名も捨てた、アウレオウス=イザードの第二の人生。
 恬然たる眼差しで渺然たる世界と杳然なる真理に向き合う飄然たる日々。

 ヴァン=ホーエンハイムとか舞夏の弟子とか厨房の錬金術師とかのアレ。
 執筆には国語辞典が必須、そんな作品でした。
 

というわけで二~六巻でした。
明日は七~十一巻になるでしょうか、よろしければお付き合い下さい。

じゃあの!

1巻分全エピソード終了おめでとうございます、そしてありがとうございます。
超面白かった。すごくよかった。

公式の方は新約から買わない程度には見捨ててしまいましたが、二次界隈には時に原作者が及びもつかない野生の天才がいるので運良く見つけられると幸せになれますね。

2巻
錬金術師のほうにはコウやんノータッチ
吸血殺しのほうにだけ関わってるのか。
あ、インデックスさんの私服には、夏だしぜひミニスカートを推奨。
普段見る機会のないインデックスの真っ白な太ももを目の当たりにして鼻血を吹くステイル14歳が見たいですな。

3巻
アニメで可愛くされてショックだった俺の砥信たんがアダルティだと!?素晴らしい。
ところでこの世界のフレンダたんはフレ/ンダにならないですむのだろうか……。

4巻
あ、うまいな「御使堕し中なのでコウやんの両親は好きなキャラを当ててください」
やっほぅ木山先生素敵抱いて!
超強化がすごいことになっててアレイスターがビビるもう一人のイレギュラー誕生?

5巻
天井爆発しろ。
あと砥信たんマジオカン。なんだかんだで零は奥さんじゃなく長女に?
ってか一方さん改心&壊れ&覚醒キーである打ち止めが一方さんの押しかけ女房しないということは今後に凄い影響が……。
トメさんは「これで終わりに」て意味で名づけられるっぽいですね。
『とある端役の禁書再編外伝-みさかと!-』の執筆はいつですか先生。お待ちしております。

6巻
>布束さんとシェリーがすれ違う例のシーンは今巻きっての迷場面
目つきが悪いもの同士だから?
6巻もイベントモリモリで忙しそうだ。
感を追うごとにどんどん原作が影も形も失ってくレベルで変わっていくストーリーに目が離せない。

お蔵入り作品群読みてぇ、読みてぇよ……
一番はみさかと!ですが

どれもこれも鋼盾が後ろから糸を引いてる感じがしてしょうがない
これから先もやってくれるんだろうなー

>>1です、コメント感謝
電撃文庫の予告メルマガ風の適当更新ですが、妄想は目一杯詰め込んでおります
>>858さん「みさかと!」書いてくれてもええんやで!

>>862 なんかIDすげえ!!


じゃあ、続き!
そぉい!


―――――――――――


 大ヒット爆進中! 科学と魔術のハイエンドストーリー!
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 ■とある端役の禁書再編<リミックス>(7)
 ■    【著/◆KDGmQwB.6A イラスト/灰村キヨタカ  定価 620円】
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 スキルアウトの浜面仕上が、学園都市の路地裏でとある美女と出会う。
 彼女の名はオルソラ=アクィナス――ローマ聖教所属の修道女にして不法入国者だった。

 『イギリス清教』『ローマ正教』『天草式十字凄教』――複雑に絡み合うそれぞれの思惑。
 下心半分親切半分で道案内を請け負った浜面仕上は、予想だにしなかった事態へと引きずりこまれる!

 駒場、半蔵、布束、横須賀らスキルアウトメンバーも加わり、警備員に風紀委員、能力者たちも巻き込んで!
 問答無用に縦横無尽、浜面仕上の逃走劇が天上知らずに加速する!

 無能力者のスキルアウト、自他ともに認めるただのチンピラに過ぎない男。
 端役な彼が誰かの為に勇気と知恵を振り絞った時、とびっきり狡辛く胸熱な英雄譚が幕を開ける!
 



~ 今巻の重要イベント ~

 ・原作第三の主人公、浜面仕上さんが狂言回し。
  鋼盾とはまた違った形のコンプレックスを抱える、無能力者主人公です。

 ・ローマからアニェーゼ部隊がやってきました。
  清教サイドは鋼盾とインさんとステイルの三人、薄明座にて会議が開かれます。

 ・『法の書』を巡る各々の思惑。
  しかし、オルソラがどういうわけか学園都市に迷い込んでしまったからさあ大変。

 ・接触、捕縛、逃亡、領域の侵犯、政治的判断、駆引取引、ラッキースケベ。
  そして明らかになるローマ聖教の欺瞞と歪み、悲しげに微笑むオルソラを前にとある少年のスイッチが入る。

 ・「このクソみてえな路地裏にはな! 駒場利徳って男が敷いた絶対のルールがある!!
   ここで堅気の女を泣かせるようなヤツを許しちゃ、アイツに合わせる顔がねぇんだよクソ売女共がァ!!」

 ・オルソラをお姫様抱っこして↑な啖呵を切っちゃう浜面さんってばマジヒーローの器。
  ローマ正教のシスター二〇〇名ブチ切れ、天草五十人も痛快やら開いた口が塞がらないやら。
  鋼盾掬彦ら数名は、そんな彼にとある向こう見ずな少年の面影を重ねたりもしました。

 ・実はこっそり↑を聞いていた駒場さん。
  彼がこの日の夜にひとり静かに男泣きしていた事、それを知っているのは布束さんだけです。

 ・布束姐さんは三巻からこっちスキルアウト組織のご意見番。
  学業も研究もそこそこに路地裏モラトリアムを満喫中。

 ・学園都市で暴れたら国際問題? ハ、笑わせねえで下さいよ!
  異教の猿どもにコケにされたまま引き下がるなんてできるわきゃねえってなモンでしょう!?
  とかなんとか、学園都市で各組織入り乱れての大乱闘勃発です、関係者一同戦慄。

 ・炸裂する機転奇策、路地裏の地の利、スキルアウトのネットワーク、無能力者の意地。
  刀槍拳鈍器車輪金貨袋が飛び交う戦場にて、人の意志が交差する!

 ・結局蓮の杖でボコボコにされながらも浜面仕上、説教→撥条包帯顔面パンチでアニェーゼを撃破。
  鋼盾の計らいで冥土帰しの世話になります、長い付き合いになりそうな予感です。

 ・結局オルソラの身柄は英国預かりに。
  気絶してたので別離のキスを覚えてない浜面さんマジ不幸。

 ・誰かのヒーローになる事は、他の誰かのヒーローにならない事。
  この出会いが後の物語に大きく影響する羽目になるのですが―――それはまだ、先の話。

 ・天草式も目論み通り英国清教の傘下に。建宮さんマジ策士。

 ・後始末に奔走した土御門さんマジ裏方の鑑。
  暴れるだけ暴れてさっさと逃げやがった十字の徒共に呪いあれ。

 ・相手がローマだったのでアウレさんはお留守番。
  料理スキルをメキメキと伸ばしていたり。




 鈴科百合子による大人気学園アクション第8弾……知らねェよ
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 ◆とある端役の禁書再編<リミックス>(8)
 ◆    【著/◆KDGmQwB.6A イラスト/灰村キヨタカ  定価 557円】
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 超能力者、学園都市第一位、一方通行。
 あの日、盾の男と修道服の魔女に完膚なきまでにプライドを砕かれたその少女は、
 『最強』『絶対』『無敵』――かつて心底望んだそれらに、なんの興味も持てなくなってしまう。

 戯れに髪を黒く染め、濃茶色のコンタクトレンズを入れて、〈反射〉を解除してみれば、
 なんのことはない―――彼女に敵はいなかった、ただそれだけで無敵だった。
 彼女が世界を拒んでいただけで、世界は彼女を拒んではいなかったと、知ってしまった。

 無能力者、鈴科百合子。
 そんな彼女が、<残骸>を奪われて行き場を無くした結標淡希と出会った。

 揺らぐ自己、重い罪に惑える少女ふたりが出会う時――新しい物語は始まる。




~ 今巻の重要イベント ~

 ・百合子ちゃんだった件。

 ・三巻で鋼盾とインデックスがやりすぎてしまったり、五巻で打ち止めと会わなかったりと、
  本編とは異なる道筋を辿った学園都市最強は、いろいろ拗らせた挙句己の矮小さを悟ります。

 ・髪を染め、コンタクトレンズを入れ、服の趣味を変え、食べるものを変える。
  戯れのようなそんな日々の営みは、しかし彼女の知らない事ばかりで。

 ・無敵というのはどうやら、強さの果てにあるものではない、らしい。
  反射を解除。長らく感じることもなかった陽光の暖かさや風の柔らかさを受け少女は戸惑う。

 ・かつてクローンを殺す事一万回。今となってもそれを罪とは思わず、贖う必要も認めない。
  だけど、あの頃の己に戻る事は出来ず、それでも日々を生きなければならない、とかなんとか。

 ・『樹形図の設計者』は原作通りに『竜王の殺息』に撃ち落とされていたようです。
  その残骸を巡って、学園都市の薄闇に暗部な面々が蠢きます。

 ・みんな大好き結標淡希さん登場。
  『座標移動』の便利っぷりはヤバい、超ヤバい。

 ・でも三巻で黒子が一足先に覚悟を決めてしまったため、結標さん手も足も出ず。
  決まり手は黒子さんのテレポート式ドロップキック、銃弾如きでわたくしの覚悟は揺らぎませんの!!

 ・テレポーター同士の近接ガチバトルならぶっちゃけメンタル強い方が勝つようです。
  心技体攻防機動力において隙なし、黒子さんてばマジクール。

 ・決死のテレポートで逃げ出した結標さん、トラウマ大爆発の最中と一方通行と出会う。
  震えてゲロとか吐いちゃってるその憐れな姿に、鈴科さんはうっかり自分を重ねてしまったようです。

 ・進むべき方向も座標も不明。
  惑える少女たちの明日はどっちだ、一方座標は途方に暮れる。

 ・このあと紆余曲折を経て二人は小萌に拾われる事になります。
  てんてーってばマジ聖職者。将来的には三人で川の字で寝たりしてるんじゃないですかね。

 ・ちなみにこのSSの自動書記戦は原作と違って学生寮屋上なので小萌邸は被害なしですよー。
  姫神さんが渡英してしまい寂しかった先生、家出少女を拾わせたら右に出るものはいないぜ!

 ・あ、『残骸』は黒子がA4コピー紙500枚を延々ぶち込みまくって砂にしました。
  美琴を絶望に駆り立てた元凶でもある機械を許す気はさらさらなかったようです。
  舞い散る紙吹雪の中凄絶に笑う彼女に、鋼盾は本気でビビったとのことでした。

 ・そうして始まる無能力者・鈴科百合子の物語。
  ヒーローにもヒロインにもなれそうにありません、いまのところは。


 超大規模イベント「大覇星祭」で暗躍する、とある魔術師の正体とは……!
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 ◆とある端役の禁書再編<リミックス>(9)
 ◆    【著/◆KDGmQwB.6A イラスト/灰村キヨタカ 定価:599円】
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 学園都市最大級の行事「大覇星祭」。
 それは、学園都市の全ての学校が合同で体育祭を行うという超大規模イベントである。
 その行事には、もちろん鋼盾掬彦も参加する。対戦相手に担任の月詠小萌を馬鹿にされた彼は、
 クラス一同を巻き込んで、静かに深くぶち切れて……結果、名門長点上機学園をボッコボコにする。
 それを見た根性馬鹿、削板軍覇のテンションが振りきれてしまい―?

 そんな中、謎の霊装『刺突杭剣<スタブソード>』を巡って、とある魔術師が学園都市に侵入した。
 オリアナ=トムソン。魔術業界屈指の運び屋で、『追跡封じ<ルートディスターブ>』と称される彼女の目的とは……!
 鋼盾掬彦、土御門元春、ステイル=マグヌス、アウレオウス=イザードが、学園都市を駆け回る!!

 科学と魔術が交差するとき、それぞれの物語は始まる──!




~ 今巻の重要イベント ~

 ・大覇星祭、開幕。
  運営委員の吹寄さんがんばってます、俺の嫁。

 ・小萌先生がイヤミな野郎になにやら煽られ、泣いている。
  その光景を見た一年七組の面々が、ひとり、またひとりととある少年を見る。
  こういう時は青髪でも吹寄でも土御門でも風斬でもなく『彼』だと、皆が知っていた。
  
 ・“じゃあ、奇襲でいいよね。向こうが残り七日間ずっと引きずるくらいのヤツで”
  三十余名の突き刺すような熱視線を受けてしかし揺らがず、鋼の盾は即座にそう言い放ちます。
  狂熱と冷徹を孕んでしかし穏やかなその指揮に、演奏者たちは己が心臓を捧げたようです。

 ・圧巻の〈鋼の楽団〉スティーリーオーケストラ、演奏時間は七秒。タイムレコード。
  開始と同時に巻上る粉塵に気を取られた瞬間、既に『盾持つ青鬼』が敵陣の棒に食らい付いていました。

 ・『ヘソだしカチューシャ』さんの解説も弾けまくり、これには鞠亜も苦笑い。

 ・その後も快進撃を続けた〈鋼の楽団〉。
  棒倒しFブロック決勝戦、とある高校vs長天上機学園は文句なしの今年度大覇星祭ベストバウト。
  長天上機学園史にはこの戦いが『屈辱の一戦』として永く刻み込まれることになりました。

 ・でもよく考えたらコレ長点の生徒さんたちは完全にとばっちりな件、憐れ。
  せめてこの敗北をこれからの学校生活に活かしてくれればいいと思います(作文)。

 ・それを見ていた削板先輩、根性溢れる戦いに大ハッスル、鋼盾にめっさ絡む。
  テンションが上がり過ぎた結果すごいパンチとすごいシールドが激突したりしなかったり。
  ぶつかり合う『説明できない力』、巻き込まれる横須賀ビブルチ、矢文のツッコミも冴える!

 ・ちなみにこの規格外の野試合は、謎の七色スモークのせいで映像には残っていません。
  そのせいでアレイスターがかつてないくらい悔しがったとは土御門談。

 ・チアガールなインデックスさんマジフェアリー。

 ・あの『海賊ラジオDJ』の意外な正体とは!?

 ・そして使徒十字事件勃発。
  敵は『告解の火曜』と『追跡封じ』、本格魔術追跡戦が幕を開ける!

 ・オリアナはエロい、リドヴィアはエムい。
  対峙した鋼盾土御門ステイルアウレさんはいろいろと青息吐息。

 ・この四人が全員インデックスのパートナーという事実、まったくもって罪な女です。

 ・アウレさんのおもしろ霊装がいろいろ炸裂、ときどき暴発。
  インデックスと並んでクッソ真面目な顔でカナミン見てた時から嫌な予感はしていたとの鋼盾談。

 ・原作通りオチは花火とスカイダイビング。



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◆とある端役の禁書再編<リミックス>(10)
◆   【著/◆KDGmQwB.6A イラスト/灰村キヨタカ 定価:601円】
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 七日間に渡る大覇星祭の裏側では、数々の事件が起こっていた。
 御坂美琴と食蜂操祈を巻き込んだ、学園都市の暗部が目論むとある計画。
 とある高校の応援席にタイミングよく集結してしまった彼の友人たちの驚きの変人率。
 娘ふたりに引きずり出された天井亜雄、チームスキルアウトのフレメア応援団。
 風紀委員第一七七支部『守護神』宛に送りつけられた、一通の『挑戦状』。

 それらに次々と巻き込まれていたゆく、相変わらずの鋼盾掬彦。
 そんな彼に待ち受けていた最終日のイベントは―――鈴科百合子との、再会。

 学園都市最下位だった男と、学園都市第一位だった女。
 ベクトルを自在に操る女と、害意あるベクトルを否定する男。

 盾という名の壁はなく、反射という名の壁はなく。
 正反対だった二人が再び交差するとき、かつてとは違う物語が生まれる。
 

~ 今巻の重要イベント ~

 ・超電磁砲のあのへん。食蜂さんとか馬場くんとか婚后さんとかあのへん。
  現時点で八巻までしか読んでないコミックス派だからよくわかんないけど、あのへん。
  よくわかんないけど無事解決したんじゃないでしょうか、よくわかんないけど。

 ・「純白シスター」「赤い髪の神父」「緑髪の白スーツ男」「黒髪の巫女」「常盤台中学の運動服を着た少女」「柵川中学の運動服を着た少女」「ツインテールの風紀委員」「花飾りの風紀委員」「眼鏡の風紀委員」「鞄を持った小学生女子」「開会式で選手宣誓を行った白ラン少年」「黒いスーツの男とその連れの女性」「気怠げな白衣の女性(変装済)」「ガラの悪いスキルアウト風の少年たち」「ゴスロリの少女」「パンクな浴衣の少女」「金髪の小学生女子」「正統派メイド」「色物メイド」「ヘソだしカチューシャ先輩」「ぐーちょきパン店の看板ウェーター」「海原光貴によく似た少年」「とあるヒーローの両親」「第三位にそっくりな大学生風の女性」

 ・偶然にも同じタイミングで鋼盾や土御門らの応援に集まってしまった、これらの面々。
  ある者は談笑し、ある者は牽制し合い、ある者は冷や汗をかく―――どうしてこうなった。

 ・彼らが口にする『鋼盾』『コウやん』『掬彦』という名前……あれ? それってうちの息子の事だよね?
  「困ったご主人様なんだぞー」「そうだな」 ……え? なんでメイドさんにご主人様とか言われてるのあの子?
  「へえ、彼が例の」「ですの」「ええ、そろそろ勧誘計画も次段階に!」 ……えっと、風紀委員?
  「…なんだこの観客席、さすが大将ぱねえ」「……全くだ」 ……なんで不良に一目置かれてるの?
  鋼盾嗣彦と鋼盾掬唯、息子の友人の多さを喜びつつも、ぶっちゃけいろいろ心配です。 

 ・グラウンドからこの状況を目撃した鋼盾と土御門の心中や如何に!
  観客席の方がよっぽどエキサイティングやでえ!

 ・そのあと保護者の会とか小競り合いとかアドレス交換とかいろいろあったようです。
  ママ友連合がインデックスを餌付けし、いろいろな話を聞いたりしました。

 ・ここで生まれた幾つかの縁が後に大きな意味を持つ事になったりならなかったり。

 ・あまいけ。な面々もかなり打ち解けてきた模様。
  ちなみに零ちゃんの学校は古式ゆかしいブルマーでしたひゃっほう。
  うっかり打ち止めに見つかってしまった鋼盾が彼らと出会いますが、果たして?

 ・フレメアもがんばったようです。
  チームスキルアウトは応援をがんばりすぎて風紀委員さんに怒られました。
  鋼盾も巻き込まれました。

 ・群衆の中にフレメアそっくりの女の子が居たとか居なかったとか。

 ・守護神初春飾利、祭りの熱に浮かされて喧嘩売ってきたハッカー連合を捻り上げる。
  なぜかそれを横で見学する鋼盾、もちろんの初春の鋼盾掬彦風紀委員化計画の一環。
  作戦№026『守護神直伝!よくわかるハッカーの潰し方 入門編!』独創的すぎて不発!

 ・どうやら百合子ちゃん仲間入りフラグが立ったようです。
  鋼盾さんの口説き文句は「この世界にはヒーローが足りない」とかなんとか。
  あ、うっかりぐーちょきパン店での会合だったのであとで色々ありました。

 ・誘波さん、悶々。

 ・とりあえずの手付けとして一回限りの『一方通行券』をゲットした鋼盾。
  なお、これのせいで鈴科さんは後日戦争中のロシアまで呼び出されるはめになる模様。

 ・ちなみに誘波、鋼盾、百合子の三人はいずれも小萌先生宅居候同盟員です。
  更には幻想殺しに禁書目録、吸血殺しに座標移動――あれ、月詠家ちょっと強すぎじゃね?

 ・危うく小萌にチアガールの衣装を着せられる所だった百合子ちゃん、なんとか回避。
  ちなみにあわきんはノリノリで着てました、いつもより露出が少ないとか言うな。



 浜面仕上と服部半蔵の、ハイテンション★イタリア旅行!
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 ◆とある端役の禁書再編<リミックス>(11)
 ◆    【著/◆KDGmQwB.6A イラスト/灰村キヨタカ 定価:662円】
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 「えー、“来場者数ナンバーズ”の結果、あなたの指定数字は一等賞、見事ドンピシャです! 
  商品は『北イタリア五泊七日のペア旅行』、おめでとうございます!!」

 大覇星祭最終日。
 手先の器用さくらいしか自慢できない男・浜面仕上が、なんと海外旅行のペアチケットを引き当てた。 
 そこは想い人で文通相手のオルソラが住む街! その幸運に、浜面のテンションは最高潮。
 それに同行することになった半蔵だったが、知り合いの陰陽師・土御門に“とある依頼”を託されて…?

 ともあれ舞台はアドリア海に浮かぶ『水の都』、ヴェネツィア本島へ! 
 オルソラとの再会を喜ぶのも束の間、当然のように彼らは魔術師とのトラブルに巻き込まれてしまう!

 どうしようもないチンピラが、守るべき人のためにまたもや主人公(ヒーロー)を偽装する!
 みんな大好きジャパニーズニンジャスーツを身に纏い、浜面仕上がイタリアの夜を駆け抜ける!
 
 スキルアウトと修道女の運命が交差するとき、物語はふたたび動き始める──!




~ 今巻の重要イベント ~

 ・本筋の裏側でこっそり育まれていた浜面とオルソラの交流、爆発しろ。
  毎朝のように惚気を聞かされた上、手紙の添削まで求められていた鋼盾さんマジ苦労人。

 ・再会はヴェニスにて。
  異国の空の下で見るオルソラが綺麗すぎて思わず涙が出た浜面は間違いなく純情。

 ・紆余曲折を経て女王艦隊とかいろいろ。
  アニェーゼとの再会、刻限のロザリオ、天草式との合流とか、いろいろ。

 ・浜面に全然忍んでないニンジャスーツを着せて己は闇に紛れる半蔵さんは忍の鑑。
  ちなみにこのスーツ、異人さんには大ウケだったものの天草式の面々には大不評でした。
  曰く「間違ったジャパンのイメージに迎合されると外国在住の日本人が苦労するんよな…!」とのこと。

 ・同い年くらいの天草の青年に「路地裏での任務の時は浜面さんの服装を参考にしてます」
  と言われてしまい、そんな服で堂々と表通りを闊歩している浜面は若干凹んだりもしました。

 ・鋼盾さんは別ルートで合流します、英国最大主教の無茶振りでござる。
  ローラに幾つか借りを作らされてしまっている彼の将来は如何に。

 ・盾縫御手、アドリアの海に撩乱と咲く盾の花。
  逃げ場のない船での戦いにおいて、その能力は意外とえげつない性能を発揮するようです。
  また、盾を足場に用いるという発想の飛躍を得られた事は彼にとって大きな収穫でした。

 ・VSビアージオ。
  基本的には防御一辺倒の鋼盾、武装の持ち合わせがなく徒手空拳の浜面。
  そんな不利な状況でも常に最前を求め打開策を見い出せ! 信じる気持ちが奇跡を起こす!
  俺 た ち の 戦 い は こ れ か ら だ ! !

 ・とかなんとか言ってたらずっと消えてた半蔵が背後から突然えげつなく一撃必殺。
  雑草にスタディ、害虫をリファレンス、そして脇役をリスペクト。
  半蔵さんマジ服部半蔵。

 ・土御門と半蔵は原作開始以前から多少の面識があったとか。
  陰陽師やら忍者やら、実家がアレな共通点――同病相憐。

 ・アニェーゼ部隊の英国入りとか、その辺は原作ママ。
  ……果たして浜面とのフラグは立ったのか、どうなのか。

 ・前方のヴェント姐さんが思わせぶりな台詞を口にしてエピローグ。
  マタイ×ヴェントってアリだと思うの、誰か書けよ。








ここまで!
七巻から十一巻までを5レスでお届けしました! 
なおガチで書いたら5スレじゃry

本編の補習エピソードで書いた大覇星祭〈鋼の楽団〉はこんな感じです、一日目で完全燃焼しちゃいました
あとさらっと書いたけど鋼盾vs削板は非常に重要な一幕だったりします、説明はできませんが

この物語における浜面のヒロインはオルソラさんだった模様……アンケートの浜姫? なんの話かな?
あ、浜面を欠いたアイテムの面々に関しては十五巻までお待ち下さい、エラい事になってます

百合子ちゃんなのは誰かさんのレスのせいでござる、>>1は悪くねえ

個人的にお気に入りなのが十巻の大覇星祭観客席イベント
お気楽な科学サイドに反して冷や汗タラタラの魔術サイド、下手に動けばやられる!
無駄に高度な心理戦! 薄氷におびえる魔術師たち! 暢気なインデックスがそれらを尽く破壊する!

そして気付いた!
このままじゃ番外個体が生まれないでござる! まあしゃあねえか!

多分明日も来れますのでよろしければお付き合い下さい
それでは、また!

どうも>>1です、コメント感謝感謝。
なんとか三日目も来れたぜヒャッハー。

巻数を重ねる毎に捏造が加速して困ります。
今日は十二巻から十七巻まで参ります、もちろん1冊1レスですたい!

そぉい!

――――――――――――


 科学と魔術の学園ハートフルコメディ編が、ついにスタート?
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 ◆とある端役の禁書再編<リミックス>(12)
 ◆    【著/◆KDGmQwB.6A イラスト/灰村キヨタカ 定価:578円】
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 九月三〇日――衣替えの季節がやってきた学園都市。
 周囲の慌ただしさを余所に、常盤台中学の超能力者、御坂美琴はコンサートホール前の広場にいた。
 待ち合わせ場所に佇む彼女の表情は暗い――なんといってもその相手というのが……

 「……はじめましてだな、御坂美琴」
 「――アンタが、天井亜雄……その二人は……妹達?」
 「うん! はじめましてお姉さま! ってミサカはミサカはワクワクしながらご挨拶をしてみる!」
 「天井零よ――私は、アンタを“お姉様”なんて呼ばない。……会いたくなかったわ、御坂美琴」

 天井亜雄、最終信号/打ち止め(ラストオーダー)、〇〇〇〇〇号(フルチューニング)・天井零。
 『量産能力者計画』の主導者だった男と、どう見ても特別製であろう個性的な妹達が二体。
 どうしろっていうのよ、コレ……美琴はため息混じりに、ここにはいない少年に悪態を吐く。

 「……恨みますよ、鋼盾さん」

 被害者か加害者か、罪か罰か、嘘か真か、過去か未来か。
 御坂美琴と天井家の面々が交差するとき、物語は始まる――!?





~ 今巻の重要イベント ~

・みさかと!~おかわり~
 「よつばと」なのか「みなみけ」なのかいい加減はっきりしろと言いたい。

・御坂さんと天井家の初接触となります。
 え? 罰ゲームにかこつけた甘やか青春デート? ねえよ。

・この会合の仕掛人は鋼盾掬彦、これは彼としても苦渋の選択。
 大覇星祭で天井家三人組と出会った際に、打ち止めに押し切られちゃいました。

・美琴以外の実験関係者なんて正直どうでもいい、だけど下手に拒んで強行手段を取られるのはマズい。
 ならばせめてと己というワンクッションを双方に置いて牽制してみたらしい、鋼盾さんマジ苦労人。

・打ち止めは仲良くなる気満々、天井は殺される覚悟満々、零は傷を抉る気満々です。
 そんな連中に囲まれてしまった美琴ちゃんてばマジかわいそう。
 
・天井はとある病院に所属しています。
 冥土帰しが借金の肩代わりをしてくれたとか、あ、木山先生とは同僚の間柄ですな。

・かつて零のために確立した「クローン体の延命処置」は妹達の治療にも貢献していたり。
 とはいえ「レベル5の才能は有効活用されて然るべき」というスタンスを今更変える事など。

・「学園都市の大人はみんな詐欺師、学生たちは憐れなモルモットよ」
 「そこに例外はない―――無能力者から超能力者まで、誰一人として例外はない」
 「対価を得ていないとは言わせない、あの日無知なアンタは不用意に尊厳を売り払った」
 「才能を切り売りして富と名声と自己愛を得ておきながら被害者気取り? ハ、いい身分よね」
 「鋼盾さんもインデックスもアンタの後輩達も、一度たりとも正義なんて名告りやしなかったわよ」
 「それがどういうことなのかも知らないまま、アンタは今も厚顔に、正義って言葉を口にした」
 「私はアンタのそう言う所が嫌い、ほんとムカつくわ、甘ったれてるんじゃないわよ御坂美琴」
  フルチューニングさんマジフルチューニング、抉る抉る。

・零ちゃんはミサカネットワークに接続していません。
 零番ゆえに例外、されど間違いなく最も御坂美琴に近い個体です。

・ならば最も美琴から遠い個体は、きっと打ち止め。
 ネットワークの司令塔であるが故に、妹達以上に俯瞰的にしかあの実験を見れない。
 一万回近く殺されておきながらそうなのだから、そのメンタリティはヒトのそれではない。

・……でも、そんな彼女だから吐ける優しい嘘がある。
 嘘だけど嘘じゃないそれは、きっと未来を目指すために必要なもの。

・否応無しに絡み付く過去。
 第三位御坂美琴は何を思うのか、何を選ぶのか。

・次巻に続く。




科学と魔術が交差する学園アクションストーリー!
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◆とある端役の禁書再編<リミックス>(13)
◆    【著/◆KDGmQwB.6A イラスト/灰村キヨタカ 定価:662円】
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 九月三〇日。 
 学園都市に、ローマ正教『神の右席』の一人、『前方のヴェント』が侵入した。
 彼女が操る謎の魔術により都市機能は完全麻痺、大部分の人間は意識を奪われ倒れていった。
 彼女の狙いは、鋼盾掬彦―――そして、禁書目録。
 ローマ正教が公式に認めた、敵。

 同時刻。
 御坂美琴、天井亜雄、〇〇〇〇〇号――天井零を名乗る少女が、『打ち止め』を護るため、
 科学者・木原数多率いる武装集団『猟犬部隊(ハウンドドッグ)』と激突した。
 魔術と科学、二つの惨事が同時に学園都市を襲う。 
 鋼盾掬彦、木山春生、インデックス、御坂美琴、天井亜雄、天井零、打ち止め。
 そして、一方通行――鈴科百合子。

 それぞれの想いが交差するとき、物語は始まる──!




~ 今巻の重要イベント ~

・みんな大好き木原くン、登場。
 もはや天井さんには死亡フラグしか見えない。

・元祖と色違いとロリの電撃姫ズ、とりあえず一時休戦。
 いい歳して調子こいたパツキンタトゥーのおっさんを畳むことに大決定。
 「みさかけ!~おいかり~」VS「木原数多with猟犬部隊」、地獄の蓋が開く。

・神の右席より前方のヴェント姐さん、推参。
 天罰術式発動で、もはや学園都市に待ったなし。

・鋼盾掬彦、木山春生、そして鈴科百合子。
 各陣営がそれぞれの理由でアップを開始しました、嵐の予感。

・美琴らの一瞬の隙をついてとあるプログラムを打ち込まれる打ち止め。
 木原数多の哄笑、機能不全に追い込まれる都市、天使の羽、なす術もない天井くン。

・そこにインデックスを抱えて颯爽と登場する鈴科さん、打ち止めから連絡を受けた鋼盾に唆されたようです。
 ……正直なところこのシスタートラウマなンだがなァ、とかなんとか。

・百合子ちゃん、ガチ本気モードになると黒髪の染料とコンタクトレンズが弾け飛ぶという素敵設定。
 ウルトラマンじゃねえよ超サイヤ人だよ、あ、服装は結標さんのおかげでだいぶ改善されたようです。

・「みさかけ!」と一方通行の初接触はいろいろな意味でアレでした。
 ちなみに美琴視点だと「女装した一方通行がいきなり窓から突っ込んで来た」という感じ。
 とどめに「突如現れたインデックスが状況ガン無視で大熱唱」……なんなのよ誰か説明して!

・結局猟犬部隊は全滅、でも木原くンは生き延びました!
 彼の生存がどんなフラグを立てるのか、お楽しみに。

・そしてもう一方も決着。
 「天罰なんかじゃない、おまえのコレはただの暴力だ―――だからこんな盾に防がれて、潰される」
 鋼盾&木山&風斬の連携拡大能力『天蓋御手』がヴェントの天罰術式を駆逐するあたりが今巻のハイライト。

・あ、どなたか『天蓋御手』にカッコいいルビを振ってあげてください。

・ヴェントへの説教役は木山先生でした、すげえ説得力でした。
 もうアンタが主人公でいいよ。

・後方のアックアさん弁当テイクアウト。

・あ、鈴科さん暗部オチには至りませんでした。
 コウやんに誑かされて「一方仮面」みたいな感じでやってくんじゃないでしょうか。



驚異の霊装『C文書』を駆使するローマ正教の企みを阻止せよ──!
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★とある端役の禁書再編<リミックス>(14)
★    【著/◆KDGmQwB.6A イラスト/灰村キヨタカ 定価:599円】
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 一〇月。
 世界中でローマ正教徒たちによる反科学デモが起き始めた。
 そのアンチ行動は、学園都市を筆頭とする『科学サイド』への糾弾に他ならない。

 世界が混乱する中、『C文書』と呼ばれる霊装がこの事件の元凶だと知った鋼盾は、
 土御門と共に件の霊装があるとされるフランスの観光都市アビニョンへと飛びたつ。
 アビニョン現地で、鋼盾は天草式十字凄教徒の対馬と再会する。
 彼女を携え『C文書』捜索に乗り出すが……
 そんな彼らの前に『神の右席』左方のテッラが立ちふさがる。

 科学と魔術が交差するとき、鋼盾掬彦の物語は始まる――!




~ 今巻の重要イベント ~

 ・反科学デモ。
  いろいろと世の中の流れがアレになって参りました。

 ・それはそれとして冬服って良いよね。
  セーラー服はちょっと野暮ったいくらいの方がいいと思います。

 ・雲川芹亜の個人授業その12、受講者は鋼盾掬彦。
  今回のテーマは『エゴを押し通す為の七つの方法』らしいですよ。

 ・学園都市統括理事の一角、親船最中さんと鋼盾さんの出会い。
  いろいろと諭されたところもあったようです、芹亜先輩より怖いよこの人。

 ・そして舞台はフランスのアビニョンへ。

 ・五和かと思った? 残念! 脚線美対馬姐さんでした!
  フラグは立ちません、悪しからず。

 ・対馬さん、描写こそないものの七巻で既に鋼盾さんとは顔見知り。
  伴天連奉納兼光透晶でズンバラリンの大活躍、美脚、導入部をどっかで書いたはず。

 ・みんな大好き左方のテッラさん登場。
  あ、板倉vs日村だと思った人は正直に挙手を願います。

 ・『光の処刑』により盾を切り裂かれ、コウやん久しぶりに痛い目を見る。実にトリックさん以来。
  流石っすテッラさん! ソイツ最近調子こいてるからやっちまってくださいよ!

 ・でもやっぱり術式の特性を見切られてしまう件、クセの強い術式の悲しさよ。
  「能力」「魔術」「武器攻撃」「体術」と対馬鋼盾に波状攻撃を仕掛けられ、テッラさん撃破される。

 ・ちなみにテッラさんの口調は小萌先生のそれとほぼ一致する件、これは気付くべきではなかった。
 
 ・上条さんの幻想殺しについてわざわざ言及してくれるテッラさんマジ思わせぶり。
  もちろん肝心なとこを話す前に超音速爆撃機の地殻破断で有耶無耶に、マジ様式美。

 ・そしてやっぱりアックアにまっぷたつに粛正されるテッラ先輩。
  改心しない歪みない悪役って素敵、そうでなくては。

 ・その死体をアレイスターが改造してテッラ復活もアリだと思います。
  新約にて再登場! サイボーグテッラの悪夢!!



この物語に、盾縫御手の少年は登場しない――。
◆───────────────────────────────◆
◆とある端役の禁書再編<リミックス>(15)
◆  【著/◆KDGmQwB.6A イラスト/灰村キヨタカ 定価:620円】
◆───────────────────────────────◆
 
 あの日御坂美琴たちに敗北して以来、アイテムは崩壊への一途を辿っていた。
 荒れ狂う麦野沈利は滝壺理后を使い潰し、フレンダはアイテムに見切りを付けその身を眩ませた。
 不安と孤独に惑う絹旗最愛のもとに、かつての同輩、黒夜海鳥が現れる。

 アビニョン侵攻作戦で治安部隊が不在の学園都市。
 無法地帯となったそこでは、闇の組織らが暗躍し始める。
 『アイテム』『メンバー』『ブロック』―――そして『スクール』。
 機械じかけの都市の底で、蠱毒の儀が執り行われる。
 
 追いつめられた窒素装甲・絹旗最愛の選択とは。
 科学が全てを支配するこの街で、生き残るのは……。

 棄てられた者達の思惑が交差する時、物語は始まる――!




~ 今巻の重要イベント ~

・みんな大好き十五巻。

・今巻狂言回し役は我らが絹旗最愛ちゃん、超窒素パンツ。
 黒夜ちゃんてばマジイルカに乗った王子様。

・俺らのヒーロー駒場さんは存命。
 SSで語られた「無能力者狩り」への反抗計画は、鋼盾や雲川らと親交を得た事で解決。
 調子こいた能力者たちはガッツリ社会的責任をとる事となった模様。ざまあ。

・というわけで浜面は暗部落ちしてませんので、アイテムの下っ端ではないのです。 

・一方さんも結標さんも暗部落ちしてませんので、グループも存在していません。
 グループのない十五巻なんてクリープのないコーヒーじゃねえか! ファック!!

・というわけでガッツンガッツン暗部大バトル。
 >>1の大好きな馬場芳郎君の活躍に期待したい所です。

・三巻時点でアイテムに致命的な罅を入れてしまったので、いろいろ大変。
 かわいそうに麦野さんのプライドは既にズタボロ、ミコっちゃんがやりすぎました。

・そんなむぎのんに壊されちゃう滝壺さんですが、将来的にラスボスの一角へ成長する予定。
 アレイスターのと同じようなビーカーに入れられて逆しまに眠る、学園都市の聖母。
 FIVE OVER MODEL A.I.M CREATOR "MOTHER"―――エンディングまで泣くんじゃない。

・孤軍奮闘の暴走麦野さん、しかし多勢に無勢で瀕死の重傷を負う。
 そんな彼女の前に現れた『野原ひろし』を名告る謎の男の正体とは?

・フレンダ? ああ逃げたよ、うまい事やりやがった。
 ショチトル? ああ逃げたよ、うまい事やりやがった。

・絹旗さん激闘の末に右足を喪い、うっかりサイボーグフラグを建てました。 
 黒夜とコンビで新入生入りは超確実かと思われます。依存絹旗ちゃンってばマジキュート。
 まあこの話では一方さんが『凱旋』しないので新入生という括りはないかもですが。

・のちに鈴科百合子は『暗闇の五月計画』の遺産たるふたりの妹と再会するとかなんとか。

・黒夜さんの『絹旗最愛ちゃン改造計画』公開。
 伸縮する八本の脚により機動力と攻撃力が格段に上昇、名付けて『窒素重装』。
 具体的にはバルキリースカートみたいな感じ、その臓物を超ブチまけろ!

・あ、だれか『窒素重装』に超カッコいいルビを超つけてあげて下さい。

・最終的には垣根さんが勝利するもゴーグル死亡、砂皿と心理定規は植物状態。
 失意に沈む彼の前に、アレイスターの使いを名告る金髪グラサンがニヤリと笑いかけて―――

・アイテム壊滅、スクール壊滅、ブロック壊滅、メンバー壊滅。
 それらの生き残りを寄せ集めて作られた新たなチームの名は『シールド』だそうですよ。

・ところでフレンダがレベル4ってマジ?
 ……幻滅しました、吹寄さんのファンになります。



20XX年も禁書目録フェスティバル開催! シリーズ三冊同時発売!
◆───────────────────────────────◇
◆とある端役の禁書再編<リミックス>(16)
◆著/◆KDGmQwB.6A イラスト/灰村キヨタカ 定価:599円
◆───────────────────────────────◇

 ローマ正教の暗部『神の右席』後方のアックアがついに動いた。
 『聖人』の力と『神の右席』の「特性」を併せ持つその最強・最悪の敵は、鋼盾掬彦を狙い学園都市に侵入した。
 アックアの宣告を受けたイギリス清教は、鋼盾のもとに天草式十字凄教の対馬と香焼をボディガードとして派遣する。
 だが、神の右席の長であるフィアンマの真の狙いは―――眠り続ける無能力者・上条当麻の『右手』にあった!

 そんな中、海原光貴は夏休みに引き続き二度目の命の危機を迎える。
 マクアフティルを振り回す謎の女子中学生に追い回され、息も絶え絶えな念動力の大能力者。
 しかしそんな彼を救ったのは、自分と全く同じ顔をしたトラウマの元凶―――魔術師エツァリ。
 テクパトル、トチトリらも加わり、アステカの魔術師達が学園都市で状況の舵を奪い合う!!
 巻き込まれた憐れな少年・海原光貴の運命は如何に!?

 それぞれの思惑が交差する戦場にて、物語は新たな局面を迎える!




~ 今巻の重要イベント ~

・後方のアックア、襲来。

・〈鋼盾掬彦の弱点その1〉 
 彼自身の攻撃能力はひどくお粗末な事。
 「盾」を用いての攻撃は威力もスピードもお察しレベルの上、防御面で致命的な隙となる。
 戦闘において彼が敵に勝利するためには、己以外でなんらかの「矛」が必要である。

・〈鋼盾掬彦の弱点その2〉
 能力の行使に精神力を少なからず浪費するため、持久戦に持ち込まれると弱い。
 「盾」としての明確な目的意識があればブーストがかかるが、それにも限界がある。

・つまりアックアさんには手も足もでません、ズタボロにされました。
 天草式の面々では「矛」には足りず、無限のようなスタミナを相手取ることも不可能。
 心折られるレベルの惨敗と恐怖に、鋼盾掬彦は果たして抗う事ができるのか!

・雲川芹亜の個人授業その16、受講者は鋼盾掬彦。
 今回は実践編『男を立ち上がらせる女の手管』らしいですよ。意味深。

・理由なんて、この胸にはいくらだって転がっている。
 鋼と嘯け、盾と嘯け――戦え、彼がそうしたように、闘え、彼女がそうしたように。

・盾たる貴方が諦めないのなら、剣たる私もまたそれに倣おう。
 穏やかに微笑むインデックスの瞳に浮かぶ魔方陣が戦場を根底から塗り替える!

・第九章十七節『否定されるべき揺り籠』
 母親殺しの神話などぶっちゃけ世界にはありふれているのですよ、聖母様。

・葛藤とか覚悟とか再認識とか熱い台詞とかまあいろいろあったけどレッツ☆聖人崩し!!
 アックアさんログアウト。天草式の株価が大高騰だぜ!

・それに皆の注意が向いている隙をついて、フィアンマの刺客が上条当麻を襲う!
 だが残念! 病室には御坂さんが見舞いにきておりました! 黙祷するしかねえ!

・ところで香焼きゅんもコウやんだよね! 別にだからどうって事もないけどな!

・アステカ騒動、海原さん(真)巻き込まれる。
 原作でも思ったけど他人の顔と名前使って暗部活動とかエツァリの粥野郎ってばクソ大迷惑。

・ト槍とかウサギとか原典の委譲とかテクパトル撃破とか海原(真)の本領発揮とかいろいろ。
 念動力の大能力者が本気出したらどんなヒドいことになるかを思い知れ!

・最終的にアステカ組からの綺麗な土下座を受けた海原さん、これにてようやくゴタゴタから解放される。
 だが、二度ある事は三度あったりするのも世の常で――海原光貴の今後に幸あれ。



◆───────────────────────────────◆
◆とある端役の禁書再編<リミックス>(17)
◆    【著/◆KDGmQwB.6A イラスト/灰村キヨタカ 定価:611円】
◆───────────────────────────────◆
 
 第七学区、とある病院。
 その一室には、七月二十八日からずっと眠り続けているひとりの少年がいる。

 彼の名は、上条当麻(かみじょう とうま)。
 とある高校に通う一年生にして、『幻想殺し』なる特殊な右手を持つ少年。

 先日の『後方のアックア事変』の際に彼の病室を襲撃する者があった。
 土御門元春が犯人の『身体に訊いた』ところによれば、彼らは『右方のフィアンマ』が放った刺客。
 その目的は『幻想殺し』の奪取、それを聞いた彼の友人たちが立ち上がる。

 結果結成された『上条当麻を守り隊』!!
 彼を『神の右席』から守るため、あと個人的なアレコレの為に『カミやんシフト』が組み上げられる!
 
 本来の主人公『幻想殺しの少年』を取り巻く仲間たちが交差する時、物語は始まる――!



~ 今巻の重要イベント ~

・上条さんの見舞いにはインデックスがほぼ毎日行ってます。
 朝に鋼盾を見送ると不器用ながらに家事を行い、それが終わったら図書館に行って本を借りる。
 その本を上条さんの病室で読みながら、時折語りかけたりしているようです。

・昼食は大概ぐーちょきパン店にて、すっかり常連さん&店員連中のアイドルです。
 余談ですがここでインさんはいろんな人にエンカウントします。
 たとえば百合子とあわきんだったり、天井と打ち止めだったり、木山先生だったり、
 そして時には『クロウリー』を名告る謎の男だったり―――ってオイなにやってんだお祖父ちゃん。

・あ、お金に関しては『学園都市所属の弱能力者』としての奨学金で賄っています。
 英国清教からもそれなりの額が出ていますが、それに関しては将来のために貯蓄中。
 
・鋼盾の見舞いは週に1~2回、美琴や土御門兄妹、雲川芹亜さん、小萌先生もそんな感じ。
 時折それに付き合って黒子らの超電磁ガールズや鞠亜さん、魔術師らが訪れる事も稀によくあるようです。

・枕元の『カミやんノート』も既に4冊目、平たく言えば見舞客同士の交換日誌的なものになります。
 新しいノートは残り2ページになった時点で宣言した誰かが買ってくるのがルールになっています。

・ちなみに3冊目は美琴が用意したとっておきの『ゲコ太ノート』でしたが。他のみんなには不評でした。
 失意の美琴さん、唯一の同志である縦ロール先輩に慰めてもらったそうです。

・クラスメイトは例の嘘に騙されてますが、青髪と吹寄には薄々感づかれている模様。

・月に一度、上条夫妻も息子の見舞いに訪れます。
 カミやんノートを読むたびに、詩菜さんはどうしようもなく泣いてしまうようです。
 夫妻による丁寧な謝礼の書き込みとノートに落ちた涙の痕を見るたび、皆、覚悟を新たにしています。

・そこに先日の襲撃事件、敵の狙いはどうやら『幻想殺し』らしいとのこと。

・『カミやんシフト』は有志による襲撃者迎撃シフト、発起人は御坂さんとインデックス。連絡網も作りました!
 といっても皆シフトとか適当に上条さんの傍に入り浸ります、それによって今まで会わなかった同士も出会ったり。

・今巻は月曜日から日曜日までのそんな彼らの一週間を描きます。

・『月曜日:その旗はけして折れることなく』 『火曜日:チキチキ!古今東西上条さんゲーム!』『水曜日:極秘ミッション~上条当麻のうっすら無精髭を剃れ!~』 『木曜日:それぞれの進路』『金曜日:第五位・食蜂祈操参上! 脅威の看護力だゾ☆』 『土曜日:邂逅と後悔、再会と快哉』『日曜日:“幻想殺し”に関する各々の考察』『エピローグ:ヘブンキャンセラー・レポート』

・一番荒れたのはやっぱり金曜日でした! 食蜂さん流石のラブコメ力です。

・ところで『盾縫御手』に『心理掌握』は通用するのか。
 悪意の有無あたりがキーポイントになる気がしてます、なんとなく。

・『ヘブンキャンセラー・レポート』によって明らかになる上条さんの昏睡の原因!
 ですが、冥土帰しはそれを公開できずにいます―――その理由とは一体?

・一応ガチな方の警備体制一覧も。
 冥土帰しによる通常セキュリティシステム、妹達や風斬さんの武闘派メンバーの護衛ローテ。
 土御門元春監修アウレオウス制作よる魔術的な罠、雲川先輩による遠隔操作トラップとやり過ぎレベル。

・あ、もちろんアレイスター様も見てるよ! 滞空回線でね!

・時間軸を真面目に考えると微妙に矛盾しそうですが無視!



ここまで!
十二巻から十七巻までを6レスでお届けしました! 
なおガチで書いたら6スレじゃry

あまいけ、暗部編、神の右席の前左後、上条さん病室話ですね
鋼盾的に重要なのがやっぱり神の右席三連戦、まあ、最終決戦に向けてのレベルアップイベントでござる

美琴と天井家のアレコレはいろいろ美味しい展開でした
結果としてはとりあえずの休戦、まあ御坂さんの成長イベントでござる

上条さん病室話はクッソ大人数、ほぼオールスターです
各々好きなキャラを組み合わせて妄想すると捗るかと思います

投下中のコメにも感謝です! 励みになります!
つうか投下に時間掛かって申し訳有りません、いろいろ書き足したくなってしまうのです

んでは、また明日、なんとか
じゃあの

>>891
そこかサンクス!
鋼盾は土御門から勝手に名前つけたこと伝えられたのかな
窒素重装はフルメイクとかどうですかね
「重装」の字面しか見てないしなんとなくヴェントと被ってる気がするけど

遅レスだけど、引っ越すならpixivはやめたほうがいい
あそこはあくまでイラスト投稿がメインで、ぶっちゃけ小説の投稿機能はおまけみたいなもんですごく読みづらいのよ
短編をたくさんとかならまだマシだけど長編には全く向いてないので、素直にハーメルンか理想郷辺りにしてくれたほうが読者的には助かる
まあ決めるのは>>1だけどね!

どうも>>1です
コメント感謝です、ありがてえ

>>892
ルビ案サンクス! でもフルメイクだと麦野さんと……あ、いや、なんでもないです
唐突にフルメタルジャケットという電波がきました、ねえな!

>>893
アドバイス感謝! やっぱここのがいいかな
短編中編をスパッと書けるようになりたいです

んじゃ、参ります
そぉい!



―――――――――――


謎の魔術結社が暗躍するイギリスを脇役たちが駆け抜ける!
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◆とある端役の禁書再編<リミックス>(18)
◆    【著/◆KDGmQwB.6A イラスト/灰村キヨタカ 定価:641円】
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 イギリス清教『必要悪の教会』最大主教ローラによって『禁書目録召集令状』が布告された。
 フランスとイギリスを結ぶユーロトンネルで起きた爆破事件を『王室』と共に調査せよ、という任務だった。
 その命を受けたインデックスと彼女の保護者・鋼盾掬彦は、ロンドン行きの飛行機に搭乗する。
 和気藹々と空の旅を楽しもうとする二人だったが、機内では謎の人物がハイジャック計画を進めていた……! 
 しかしその飛行機には、一癖も二癖もある連中が乗り合わせている事を彼等は知らない……!

「世界に足りないものを示す男」御坂美琴の父、『御坂旅掛』
「警視庁捜査零課」神道系の魔術師、『闇咲逢魔』
「爽快感の追求者」格闘家、『サフリー=オープンデイズ』
「甲賀の末裔」現代を生きる忍、『杉谷善住』

 舞台は英国! 
 脇役で端役な彼らの運命が交差する時、物語は始まる―――!




~ 今巻の重要イベント ~

・ハイジャック犯に黙祷。

・鋼盾とインデックスは通常の旅客機に乗りました。
 「一時間も盾を展開するとか勘弁」「機内食が吹っ飛ばないのがいいんだよ」とのこと。

・その旅客機に旅掛、闇咲、サフリー、杉谷が乗り合わせたのは単なる偶然。
 各々いろいろ目的があるようですが、ここで出会ったのも何かの縁なのかどうなのか。

・旅掛さん、隣の席に座った少年と少女に自分の仕事の話をする。
 その少年が口にした「世界にはヒーローが足りない」という言葉に、旅掛が返した答えとは?

・サフリーさん、爽快感の追求のためにハイジャック犯の撲滅に協力。
 同じ行動に至った日本人連中の姿にいろいろとテンション上がる、サムライは実在した!

・サムライではなくニンジャな杉谷さん、独善に従い遠巻きに援護するも出番なし。
 美濃部のせいで三十路手前でうっかり仕事をやめて自分探しの旅にでてしまった彼は、英国で運命的な出会いを果たすようです。

・そして倫敦に到着。神裂火織、騎士団長、女王、王女1、王女2、王女3が集結。
 エピ2の方針のため神裂さんは多少社交的、あと鋼盾はカメラとか出さないくらいで原作と同じ感じ。
  
・新たなる光、がんばる。
 フロリスのサバサバ感とレッサーの覚悟にはもっと光が当てられるべき。
 繰り返す、もっと光が当てられるべき。

・オリアナ姐さんとペアを組んでドライブ追撃戦。その合間にオリアナの「追跡&追跡封じ☆個人レッスン」を受ける鋼盾。
 コウやんの追跡スキルが4上がった! 逃亡スキルが6上がった! 煩悩値が3上がった!

・オルソラ、アニェーゼ組、シェリー、五和とかも頑張ってました。
 ヒーロー役を浜面やインデックスに持ってかれてますけど、鋼盾ともちゃんと顔なじみですよ?

・第二王女キャーリサ、騎士派と組んでクーデター。
 カーテナ・オリジナルを振り回し大ハッスル、第三王女を処刑するし! ヒャッハー!!

・戦慄の騎士団長。ゼロにしまくり。
 神裂さんやべえぞコレと即断、超逃げる。凄絶に微笑みつつ超思わせぶりなハッタリとかも口にしてみる。
 そういう狡っ辛い戦いも出来るようになってきた神裂さんてばマジ素敵。誰の影響なんだか。

・そして英国清教最大主教渾身のバウーン。
 エピローグ2で無駄に強キャラにしちゃったけどローラってこんなキャラだったよね!

・第三王女絶体絶命の危機!! 嗚呼!! MKK5(マジ首を切られる五秒前)!!。
 己の無力に思わず頬を伝う涙――ーしかし、その涙の理由を変える者が現れる!!
  
・「……戻ったか」「戻ったか」「戻ったかッ!」
 「「「 ウ ィ リ ア ム = オ ル ウ ェ ル ! ! 」」」というわけでアックアさん再ログイン。

・各地で吹き荒れる恐怖と暴力の嵐。
 ――そんな中、その身に盾を宿した男が走り出す。



『清教派』VS『騎士派』!! 科学と魔術が交差するとき、物語は始まる――!
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◆とある端役の禁書再編<リミックス>(19)
◆    【著/◆KDGmQwB.6A イラスト/灰村キヨタカ 定価:662円】
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 インデックスが所属する『イギリス清教』の総本山・ロンドン。
 世界に冠たる魔術の都が、騎士団長を頭首とする『騎士派』のクーデターにより堕ちた。
 その影響はイギリス国内全土に及び、市街では一般市民が軍に拘束されるという異常事態に陥る。
 『騎士派』の“変革”が進行する渦中、魔術師擁する『清教派』は各所で抵抗戦をつづけるのだった。

 インデックスを救うためフォークストーンに向かった鋼盾掬彦は、ついにクーデターの主謀者の元に辿り着く。
 そこで出会ったのは、かつて死闘を演じた『神の右席』後方のアックアだった。
 彼が刃を向けている先には、イギリス第二王女・キャーリサの姿が。
 カーテナ=オリジナルの圧倒的な力を誇示する彼女を前にして、鋼盾とアックアはついに共闘という異例の体制を取る……!

 それぞれの思惑がイギリス中を交錯する緊迫の最新巻登場!!


~ 今巻の重要イベント ~

・『清教派』VS『騎士派』。
 カーテナの加護を受け圧倒的な力を誇る騎士派、でも清教派だって負けてませんぜ。

・禁書目録かつてのパートナーだった例の三人がようやく登場。
 清教派? いや、私らアレだから、インデックス派だから、そこんとこよろしく。
 
・ロベルト=エンライト(65歳) 二代目。
 老齢を理由に第一線より退いた元必要悪の教会のエージェント。肉体派。
 小柄ながらめっさマッスルボディ、生涯現役最盛期の好々爺、筋金入りの日本びいき。
 騎士派をちぎっては投げちぎっては投げちぎっては投げちぎっては投げる。路上のJUDOはヤバい。
 
・ガラテア(22歳) 三代目。
 霊装課のエース、“死にたがりのガラテア”の異名を持つ美女。日本語は勉強中。
 使用する魔術はオガム文字、樹木を操るエリンの魔術師、ステイルとはいろいろ相性が悪い。
 魔術的な意味で非常に鼻が利くひと。本名不明。座右の銘は『もう危ないけどまだ行ける』。

・アーマンド=ローウェル(28歳) 四代目。
 彫金師にして霊装職人。扱いづらさには定評のある偏屈ニート野郎、腕は超一級。
 実は王女たちの王冠は彼の仕事、そこからキャーリサの『力』を一部掠め取ることに成功。
 バレたら不敬罪? つまらない事を言うなよ、今から俺はその王女をブン殴りに行くんだからさ。

・その他清教派の皆様の奮戦もあり、最後の晩餐へ。
 いくつもの再会といくつかの約束があったりして、みんな大いに士気を上げたようです。

・そして決戦へ。
 Fuck the second princess at the Fuckingham Palace!!!

・バンカークラスターとか防ぎまくる鋼盾さんマジ鋼の天蓋。
 『軍事』のキャーリサをして「あれは『戦略』レベルの要害だし」と言わしめたとか。

・守るべきものが増えるほどにその位階を跳ね上げてゆく『盾縫御手』
 無差別爆撃なんて相性は最悪――さあ、ミサイルなんて捨てて掛かってきやがれ!

・とは言え『英国においてのみ天使長クラス』の実力はガチ。
 鋼盾掬彦を最優先目標と設定し、次元すら切り裂くカーテナ・オリジナルでカチコミをかける!
 迎え撃つは一騎当千の強者共、人智を越えた戦いが幕を開ける!

・まあ、なんといってもエリザードばあちゃんなんですがね! がばい!
 「さあ、群雄割拠たる国民総選挙の始まりだ!!」レッツ『連合の意義』!

・此処に大英帝国の真価を問い質す!
 其は泡沫のハロウィン! 夢舞台に踊れよライミー! 意地も張れぬ繁栄など犬の糞だ!!

・ そんなこんないろいろあって決着、キャーリサ敗北、でもカーテナは壊れませんでした。
 このことが後の展開に大きく影響するとかしないとか。

・そして例の右の人推参。
 遠隔制御霊装で自動書記が発動しインデックスが操られる羽目に、無論インデックス派超激怒。
 しかし圧倒的な力を振るうフィアンマの前に為す術なし、赤ホストよりムンムン迸るラスボス臭。

・鋼盾掬彦、インデックスをステイルに託しフィアンマ追撃を開始。
 確保した『足』はなんと運び屋のオリアナ姐さん、艶っぽく「貴方の出世払いなら期待できそうかな?」との事。
 そんな彼らの後を尾ける謎の少女の正体とは? 妖しげな尻尾がヒョコヒョコ揺れっさー!

・遥かロシアの地でもごちゃごちゃあった模様。戦慄のワシリーサ。
 黄色いあの方が赤い拘束具ロリを捕獲して「この私に倒錯属性はない」とかなんとか。


TVアニメ好評放送中『とある端役の絶対等速』の本伝である、『禁書再編』最新巻登場!
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◆とある端役の禁書再編<リミックス>(20)
◆    【著/◆KDGmQwB.6A イラスト/灰村キヨタカ 定価:620円】
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 学園都市の暗部で起きる事件を処理する『シールド』。
 スクール解体後、序列二位の超能力者(レベル5)・垣根帝督はそこに身を寄せる。
 魔術師にして能力者たる土御門元春らで構成されたそのチームは、『ドラゴン』について探っていた。
 それが、いまの“クソったれ”な現状を打破する唯一の手がかりであると信じて。
 一方、上層部に無断で行っていた彼らの活動を煩わしく思う者がいた。
 学園都市で最高の権力を持つ統括理事会メンバーの強大な勢力が、『シールド』に牙を剥く。

 同じ時。第七学区のスキルアウト幹部達による会合が執り行われる。
 駒場、浜面、半蔵、そして布束―――議題は、とある加入希望者について。
 それはフレメアの実姉にして、元『アイテム』構成員であるフレンダ=セイヴェルンだった。

 そして巻き起こる駒場利徳の浮気&舶来フェチ疑惑!
 ブチ切れる布束、無責任に騒ぎ立てる浜面半蔵に、駒場は決死の釈明をするが……!? 
 (15)巻、SSシリーズに続き描かれる、『学園都市の暗部』編登場!




~ 今巻の重要イベント ~

・スキルアウト一家、大黒柱の駒場お父さんに浮気疑惑が発覚!?
 というのは冗談ですが結局フレンダさん登場な訳よ、あれからいろいろ大変だった訳よ。

・「電話の女」との個人的な取引で仮初の自由を得たフレンダさん。
 ちなみに『シールド』の連絡役はフレンダから得た情報を活かして「電話の女」さんがゲットした模様。

・フレンダと駒場、過去の一幕。
 聖夜、暗部の女と路地裏の不良、銃弾、フレメア、交わされたひとつの約束。

・布束おかあさん激怒・大激怒。正妻の制裁は聖裁。
 でもちゃんと話を聞いてあげる布束先輩マジ忍ぶ女、裏の事情には理解あり。

・結局駒場一家に新メンバー追加、路地裏よいとこ一度はおいで。
 フルハウスみたいな感じでやってればいい、郭? キミーあたりじゃねえの?

・魔術サイドの人手が増えてきたので、土御門さんは本格的に暗部方面へ潜りました。
 英国が予想より大変な事になっちまって冷や汗ものですが、まあ連中に任せるぜい!

・ちなみに『シールド』と名付けたのは彼だったりします、由来は言うまでもないでしょう。

・先の混乱で入手した『ピンセット』を用い『滞空回線』を探る土御門元春。
 そこから読み取れたキーワードは『ドラゴン』……思い出すのはあの夜の事、ホント、嫌な予感しかしません。

・シールドのメンバーは土御門元春、垣根帝督、エツァリ、誘波鉄網。
 馬場くんや博士や査楽を入れたかったけど男だけになっちゃうので自重、左記の連中はどうなったのやら。

・博士「その術式は美しくないな、アレイスター」
 馬場「まあ、色々反省する羽目になっちゃってさ―――僕はもう、間違えない」
 査楽「今なら解る――私が『他者』を介さねば跳べなかったのは『自分』がなかったからだとね」
 みたいなクッソ滾る展開を書きたかったけど自重、メンバー男衆ってば不憫だよなぁ……。

・垣根さん、自分でも意外なほどスクールを気に入ってたみたい。
 ドレスな彼女を人質に取られた形でシールドに加入、新約で触れられもしないとか言うな!

・あ、エツァリは皮被りじゃないよ!
 エキゾチックな魅力満載のスッピンアステカ野郎だよ!

・鉄網ちゃんは誘波姓。
 シールドの紅一点にしてサポート役、自分探しの真っ最中。
 ブロック所属時はひた隠しにしていた『意見解析の真の性能』とは?

・いろいろあって潮岸撃破→エイワス発現。
 エイワス、アレイスターとちちくりあいながら思わせぶりなトークをする。
 この想いを伝えるにはヘッダが足りない。

・打ち止めに負荷がかかりまくって大ピンチ!
 ところがどっこい、こういう場合の対処法をインデックスさんから聞いていた天井さん!
 慌てず騒がず上条さんのところへと連れて行き右手を拝借! パリィィィィィン!

・姫神さんの時といい闇咲さんの時といい、すっかり回復ポイント役な上条さん。
 意識不明でもぼくらのヒーローさ!


皆で力を合わせ最強最大の敵へと挑め! 『禁書再編』堂々の最新巻!
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◆とある端役の禁書再編<リミックス>(21)
◆   【著/◆KDGmQwB.6A イラスト/灰村キヨタカ 定価:685円】
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「待ってたよ鈴科さん、ようこそロシアへ。……あ、ねえ、小萌先生怒ってなかった?」
「……言いてェことは山程あるが、まずは一発殴らせろ―――なンなンだあの脱ぎ女」

 第三次世界大戦の勃発、炎上するロシア、全世界を巻き込む魔術と科学の衝突。
 哄笑する右方のフィアンマ、浮上する『ベツレヘムの星』、そして大天使ガブリエル、軋む空。
  
 混迷を究めるそんな状況で鋼盾掬彦が選んだ打開策は――やはり、他者。
 学園都市最強の能力者鈴科百合子と木山春生、そして風斬氷華。
 彼女達の協力を得て紡ぎ上げられた『逆転の秘策』とは一体――?

 そして、ついに「彼」が帰ってくる。
 取り返しのつかない状況が延々と積み上る中、それら全てを台無しにする右手を握りしめて。

 爆発寸前、最大の決戦が幕を開ける緊迫の最新巻登場!!



~ 今巻の重要イベント ~

・出世払いで雇ったオリアナ姐さん、日本政府の密命を受けていた闇咲さん、無理矢理付いてきたレッサー。
 なんともちぐはぐなパーティを率いてコウやんはエリザリーナ独立国同盟へ。道中でもいろいろありました。
 でも一番大変だったがレッサー&オリアナのドエロ攻勢、既婚者の闇咲さんがいてホントによかった…!

・闇坂さんの含蓄のあるお言葉。「お前たちは厚着の持つエロスの可能性について考えるべきだ」とのこと。
 刃を晒すのは一瞬、そんなジャパニーズ=バットウ・ジツの極意。天啓に打震えるレッサー&オリアナ、鋼盾溜息。

・と、思えばオリアナの『追跡&追跡封じ☆個人レッスン』がエロそっちのけで加熱することもしばしば。
 隠しアジトの探し方、退路について、歩法、おすすめ携帯食、現地で協力者を得る術、交渉術、有用なツール、雪国での心得etc……
 闇坂&レッサーがうなる程に濃密なノウハウの数々をうれうれと鋼盾に仕込むオリアナさん、超楽しそうでした。

・御坂美琴と天井零、すったもんだの末に借りを返すべくロシアに参上。もうハイジャックとか余裕っすよ。
 各地に散らばる妹達によるネットワークの補佐を受け、人類最大の大家族『みさかけ』が大炸裂の予感。
 この物語は御坂姉妹による電撃戦を淡々と描いたものです、過度な期待も上等ですとミサカは以下略。

・エリザリーナ、サーシャ、ヴェントらがフィアンマに敗北、否応無しに高まるボルテージ!。

・「……ふむ、学園都市に送った刺客は全滅か、困ったモノだな。
  だが鋼盾掬彦、オマエの右手には『幻想殺し』の能力が一部宿っている。
  俺様の力を持ってすれば、その“窓口”から全ての力を奪い取るなど容易い事だよ」

・そんなフィアンマの衝撃発言、でも鋼盾さん割と最初から察していた件。
 「安心した、なら計画は失敗だよ右方のフィアンマ――この力はきみを選ばない」と喧嘩を売る。

・プライベーティアとかクレムリンレポートとかはアックアさんとかがモリモリ撃破。
 イギリスとフランスのあれこれ、ローマ教皇の復活、ロシア政府のゴタゴタなどは原作通り。

・暴走する自動書記禁書目録を相手に孤軍奮闘するステイル=マグヌス。
 これはあの子を守る為の戦いで、友人たちに任された戦い―――炎の魔術師が己の限界を突破する。

・フィアンマによる『ベツレヘムの星』の発動と、大天使ガブリエル召還。
 それを受けて鋼盾掬彦も奥の手の使用を決意、鈴科百合子と木山春生&風斬氷華を召還します。
 学園都市からロシアの鋼盾の所まで二時間足らずで飛んでくるんだから比喩ではなくマジ天使。

・小萌先生に怒られるんだろうなーとコウやん溜息、欠席日数は重なるばかり。
 あ、上条さんは既に留年が確定いたしました!! 後に血涙を流しながら「……インデックス先輩」とか言う羽目になるかもです。

・脱ぎ女騒動に巻き込まれて難儀した鈴科さン、それはかつて鋼盾も通った道。
 屋内屋外の気温差は結構なものだったようで……あ、風斬さんは母の奇行をもう諦めたみたいです。

・ごった煮メンバーでの突貫作戦会議を経て、いざ最終決戦へ。
 ラストダンジョンは天空要塞、まったくもって堪りませんね!

・そして学園都市のとある病院にて―――上条当麻が、覚醒する。
 しかし未だ人間部分は戻らず、右手に宿る「なにか」の意志が彼を突き動かす。
 目指すべき座標は明確。預けたものを受け取るべく、竜王がその翼を黄金の空へと広げる―――!

・ちなみにこの時の病室の見張り番はアウレオルス=イザード。
 平行世界からの謎のトラウマに襲われかけましたが持ち直しました。ヘタ錬じゃないです。
 例の髪の毛製霊装(上条さんのはノー魔術)のブレスレットを中条さんの右手につけてやるんだからすごい。

・ブレスレットを見て不思議そうに首を傾げた中の人、マジ萌えキャラ。


――――――――――――

ここまで!
十八巻から二十一巻までを4レスでお届けしました! 
なおガチで書いたら4スレじゃry

英国クーデター編~第三次世界大戦編と、暗部&スキルアウト編です。
原作との一番大きな違いはアイテム勢の不在でしょうか、フレンダは駒場一家に入りましたが。
むぎのんはひろしと一緒にゼロ次元云々、学園個人に至る滝壺は窓の無いビルに閉じ込められ、絹旗はサイボーグ手術中。

この三名は新約でそれぞれボス級のキャラとして大活躍の予定、人間辞めてる強さです。
彼女たちがもう一度アイテムに戻れるのかは―――神のみぞ知る。

というか主人公連中が主人公してないのが悪いんだ、うん。
ですがですが! 脇役連中が五割増で活躍しますので安心なのだぜ!
誰もが端役であるならば、それは誰もが主役であると言う事ではないでしょうか!

個人的な見所はオリアナ姐さんのクッソ濃密な個人授業。
『追跡封じ』の本領は魔術だけじゃねえんだぜ! 対抗意識を燃やした闇坂レッサーからもいろいろ学んだようです。

ラスト二十二巻については、次回のお楽しみ。
土日と急遽仕事が入ってしまったのですが、来週中には必ず参ります。
ちょっと特別な趣向を凝らしてお贈りしますので、今暫くお待ち下さい。








あ、おまけのSPもどうぞ!

『とある端役の禁書再編』本編を補完する“SP”編登場!
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◆とある端役の禁書再編SP
◆   【著/◆KDGmQwB.6A イラスト/はいむらきよたか・冬川基 定価:788円】
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それでは、次回更新もよろしくお願いいたします!
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>TVアニメ好評放送中『とある端役の絶対等速』の本伝である、『禁書再編』最新巻登場!

さて、『とある端役の絶対等速』はいつ書くんですかね


『鋼の盾』を目指した少年の物語、『とある端役の禁書再編』最新刊登場!!
◆───────────────────────────────◆
◆とある端役の禁書再編<リミックス>(22)
◆   【著/◆KDGmQwB.6A イラスト/灰村キヨタカ 定価:680円】
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 ローマ正教の暗部『神の右席』最後の一人、右方のフィアンマの『計画』 が、ついに発動する。
 第三次世界大戦下のロシア上空に浮翌遊した巨大要塞『ベツレヘムの星』。十字教信者だけでなく、
 全世界の人間を「救う」と言われるそれは、しかし未曾有の大災害が発生することを意味していた。

 それに「否」を突きつけるのは、盾の男。
 世界の秩序も救済も瑣末事、彼は彼の物語を紡ぐ事をやめない。
 守るべきものがある限り盾は砕けない、仲間がいる限り盾は砕けない。

「“だから、そのつまらない幻想を、ここでぼくらが打ち砕く。
 やり直してみろ、右方のフィアンマ―――次は脇役でもやってみるといい”

 各々の祈りと覚悟が交差するとき、物語は更なる激流を生み、そして―――!
 第三次世界大戦編もクライマックス!! かつてない戦いの決着を描く最新刊、ついに登場!!

~ 今巻の重要イベント ~

 ・やってきました最終巻。
  いろいろ目論みが外れて涙目のフィアンマさんですが、それでも諦めないのがラスボスの心意気。

 ・孤軍奮闘ステイルさんマジ最強の証明。
  トリプルイノケンティウスからの新開発ルーン文字コンボ的なアレ。

 ・右方のフィアンマvsチーム鋼盾掬彦。
  パーティ組んでラスボスに挑むのがウチの国の作法でござる。
  無駄に荘厳でとびきり熱いBGMを鳴らせ! セーブポイントなど無粋の極み!

 ・フィアンマが右手を振るえばすべてが終わる、そんな戦場に異を唱えよう。
  終わりを拒むことこそ盾の本懐、盾縫の御手が此処にルールを塗り替える。
  
 ・おまえが世界の敵を名告るなら、悪いがこちらに負けはない。
  盾はいつだって、誰かを守る為にこそ構えられるのだから。

 ・風斬氷華act.3『ヒューズ・カザキリ・オルタナティブ』
  みさかけの全面協力を受けてハッスルハッスル、もうなにも怖くない!
  act.4は『ヒューズ・カザキリ・レクイエム』とかどうだろう、虚数学区の向こう側にて。

 ・鈴科百合子、未知のベクトルを体得しエンジェルモードにメイクアップ。
  学園都市最強の能力『一方通行:アクセラレータ』が新たな階梯を登るとかなんとか。

 ・御坂美琴&天井零、VTOLよりガシガシと援護射撃、まさに空襲。
  美琴さん、超電磁砲専用特殊徹甲弾『雷戦鷲』初御披露目、ちなみにお値段は一発につき二万円也。
  零ちゃんは機体の姿勢制御と命綱の確保、あ、操舵はミサカ一〇七七七号ですとミサカはry

 ・オリアナ闇坂レッサー木山もベツレヘムの星を軍用ジープで縦横無尽!
  退路の確保とかいろいろ! 儀式場に取り残されていたサーシャも拾ってあげました!

 ・右方のフィアンマの切なる願いを、鋼盾掬彦は躊躇う事なく否定する。
  告げる問いは痛みを負って、答える声も痛みに塗れる。
  
 ・もしここにいたのがアイツだったら、きっとこう言っただろうから。
  主人公の代役を自認する男が、穏やかな声それを伝える。

 ・“だから、そのつまらない幻想を、ここでぼくらが打ち砕く。
   やり直してみろ、右方のフィアンマ―――次は脇役でもやってみるといい”

 ・かくして幻想は人々の意志によりて打ち砕かれる。
  大上段に構えた救いなんかいらない、きっと、世界はそんなに脆くない。

 ・そして、この大仰な最終決戦の後始末、『ベツレヘムの星』の軟着陸作業の始まり。
  作戦名『虚数学区・天逆盾花(カランコエ・レシーヴ)』――おそらくは学園都市で最も特異な能力者三名による、絶対の盾が起動する。
  ミサカネット、英国を中心とした外部組織らによるサポートも加わり、この乱痴気騒動もどうにか幕を閉じる――ーかに、見えた。

 ・しかし、運命は彼らに更なる試練を与えんとする。
  大天使ガブリエル――ー座への帰還を望む人ならぬ存在が、ベツヘルムの星を強襲する。

 ・風斬氷華が恐怖に震え、鈴科百合子が理不尽に呻く。ひとつでも手順をミスをすれば世界が滅びる。
  半径数十キロに及ぶ儀式場の制御という繊細極まりない作業に追われる彼女たちには、迎撃に割くリソースなどあるわけもない。
  絶望がやってくる、絶望がやってくる、その指先が既にすぐそこまで迫っている。

 ・だけど、しかし、だからこそ、風斬氷華と鈴科百合子は微笑み、己の作業に没頭する。
  彼女たちは知っている、誰だって知っている、信じている、ピンチの時には、きっと、ヒーローが来てくれる。
  たとえばそう―――自分たちを守るように立つ、この盾の少年のように。

 ・“Dedicatus728―――我、献身という銘の盾たらん”
  そう言って彼は右手を高々と掲げ、拳を握る、彼の親友がいつだってそうしていたから。

 ・そして、ついに衝突。
  少年の盾と大天使がぶつかり合い、激しい光と衝撃波が辺り一帯に吹き荒れた。

 ・眼前にガブリエル、背後に世界を丸ごと―――押し潰されそうな圧力に晒される鋼盾掬彦は、しかし場違いに笑う。
  盾だけでは目の前の大天使をどうこうすることなど出来るわけがないと百も承知で、それでも笑う。
  だって、笑うしかない―――ようやく、この力を本来の持ち主に返す事が出来るのだから。

 ・ヒーローは遅れてやってくる。
  なんだかんだで間に合うのだ、まったくもって堪らない。

 ・“あー……なんだ、その、久しぶり、鋼盾”

  “……ほんっとに、久しぶりだ、四ヶ月も寝やがって、この野郎。
   ―――――おかえり上条くん、待ってたよ、インデックスと一緒にね”

 ・そして


 そして
 どうなったか

 主をなくした星船を落とすまいと、少女二人が舵を抱えて右往左往
 荒振る迷子の御使に、無力な羊たちはただたた慌てふためくばかり

 状況は混迷を極め、世界が等しく危機に晒されて
 さあさあ佳境だ、役者は出揃い、舞台もようやく整った

 ヒーローは遅れてやってくる、間に合わない事なんてありえない
 誰かの右手と誰かの右手が、パシリと小気味好く合わさった

 そして
 そして
 

 そして



「―――そして、どうなったと思います?」

 語り手たる少女は、そんな台詞を口にする。

 一冊目から二十二冊目までを滔々と語ること二時間、彼女は幾度となくそう言って笑った。 
 
 この一幕は彼女の仕込み、綿密な下準備と一世一代の待ち伏せが成果である。

 語って聞かせるのも悪戯に問いかけて困らせるのも、相手が彼でなければ意味がない。
 楽しいったらない、随分と時間はかかったが、ようやくここまで辿り着いたのだ。

 ツインテールを揺らして、少女は笑う。
 ねえ、どうなったんでしたっけ、先輩?


「……あー、うん、どうだったかな」

 聞き手たる青年が、溜息混じりにそれをはぐらかす。
 一冊目から二十二冊目までを延々と聞かされること二時間、彼はそうやって受け流してきた。

 この一幕は彼の油断が招いた結果、とは言えそもそもの原因はもっと根が深い。
 結局の所は因果応報であり、このいじらしくもめんどくさい後輩が可愛いのだから仕方がない。
 恐れ入るしかない、過去は絡み付くのだ、人間やってりゃそういうこともあるのだろう。

 しょうがないよね、と青年も笑った。
 本当にもう、どうしたもんだろうね、後輩め。




 季節は中秋、空には満月。
 学園都市第一学区、風紀委員本部、委員長執務室。
 時刻は二十一時になろうとしていたが、その部屋には未だ煌煌と灯りがついていた。

 部屋の主である風紀委員長の名を、白井黒子。
 瞬間移動の大能力者にして、名門霧ヶ丘女学院に在籍する才媛である。

 その仕事量は本来の分を越えて大きく、彼女が夜をこの部屋で過ごす事も少なくない。
 風紀委員長といっても学生の身、完全下校時刻は遵守されるべきであるが、それを指摘できる者は限られる。

 あの大戦以降長らく続いた学園都市の混乱の中、誰より正しく強く在り続けた風紀委員の要石。
 彼女が就任以来ぶち上げ続けている結果を見せられれば、大概の人間は沈黙するしかないのである。

 ……だがしかし、現在委員長室にいるのは彼女ではなかった。
 といっても、大胆にも風紀委員本部に忍び込んだ不逞の輩というわけでもない。

 部屋にいるのは二名――二十歳前後と思しき青年と、中学校の制服に身を包んだ少女だった。
 青年の方は正当な許可を得た委員長直々の客人であり、少女の方は居残り仕事を命じられた風紀委員である。

 といっても、青年の方も以前風紀委員に所属していたOBだったりする。
 大学進学を機に腕章を返還しているものの、時折非公式に職務に協力している身分だった。

 元風紀委員の青年と、現風紀委員の少女。
 両者の所属期間は殆ど重ならなかったのだが、それでも同じ支部で先輩後輩の間柄となる。

 とはいえ、二人の出会いはもう少し古い話になる。
 今を遡る事四年と少し、青年が高校一年生で、少女が小学三年生の頃の事。
 この都市に『幻想御手』なんて都市伝説が蔓延っていた頃に、ちょっとした縁があった。

 ……この子も大きくなったもんだ、と青年は今更ながらその成長に驚く。
 背が伸びただけではない、年齢を重ねただけではない―――実績と風格、そのいずれに於いても文句の付けようがない。

 例えば少女が身に纏っているのは、常盤台中学校の冬服である。
 かつて『超電磁砲』御坂美琴や『心理掌握』食蜂操祈を排出したその中学校は、現在も変わらず『五本指』の一角だ。
 そして、その制服の左袖に巻かれた緑青地の腕章は、この都市の治安を守る風紀委員の証である。

 世界でも屈指のエリート教育を受けており、前提として能力強者であるということ。
 その才能を治安維持のために正しく仕える倫理観の持ち主で、厳しい研修を突破した猛者であるということ。
 才能、頭脳、努力、信念――そのどれが欠けてもこの制服とこの腕章という組み合わせはありえない。

 学園都市に住む人間なら、少女の外身を一目見ただけでそれだけの事を看破する。
 それは勲章などより余程解りやすい身分証明・ステータスであると言えよう、保証書付きの性能だ
 
 ……唯一難点を上げるとすれば、肩から襷掛けにされた鞄だろう。
 小振りで随分と古びたそれは彼女の両親からのプレゼントであるそうだが、如何せん子供用に作られたものだ。
 中学生―――それも、名門常盤台中学校のお嬢様が身につけるには、流石に少し不釣り合いな感は否めない。
 とは言え不思議とそれが許されてしまうところがあった、そのあたりは彼女の人徳というか、キャラクターの勝利である。

 ちなみにその鞄の中身は誰も知らない。
 その鞄の中身を賭けてトトカルチョが行われている事を少女は知らない。

 出会った時から変わらないのはその鞄と、あともうひとつ。
 物怖じしない甘え上手―――言って見れば天然の愛嬌、まったくもって羨ましい資質だと青年は分析する。
 とは言え最近はその愛嬌に少しばかり別の要素も加わってきている―――例えばそう、こんな感じに。




「む、なんですか先輩、ひとの事をジロジロと
 ―――あ、セクハラですね! セクハラですね!!」

「ハハハ冗談はその鞄だけにしておけよ小娘」

「そっちこそ冗談は髪型だけにしといてくださいよ」

「へえ……後でちょっと白井さんとお話しないといけないかな、後輩の教育についてとか」

「いやー先輩ったら今日もヘアースタイル素敵ですねーキャー!」

「よろしい」


 じゃれるような会話。
 気安い遣り取り、その呼吸、ゆるい空気。

 両者は七歳程の年齢差がある組み合わせであったが、それも瑣末事。
 応接スペースにてソファに腰掛け会話に興じるふたりの距離は近しい、いつも通りの距離感だ。

 ……だが、今日に限っては少しばかり、いつもと違う要素があった。

 それは、両者の間にあるテーブルに堆く積まれたノートの山。
 その数なんと二十二冊、薄いノートもこれだけ重なれば結構な迫力である。

 書類仕事は風紀委員の常だが、ファンシーな表紙のそれは業務に使用するものではない。
 これらのノートは少女の私物―――それは彼女が数ヶ月を費やして纏めた、とある取材の成果だった。

 幾度となく開かれたのであろう、そのノートたちはひどくくたびれていた。
 小口部分からはみ出たカラフルなポストイット、背表紙を補強した製本テープも泣かせてくれる。
 少女がどれほどの情熱をもって執筆に取り組んだのか一目にて瞭然、濃厚な執念が滲み出ていた。
 その内容も凄まじい、なにせこの二時間とっくりと彼女の口から語られている。
 
 それは表舞台で語られる事のない、世界の裏側の物語。
 いつかの夏の日、冗談のような出会いから始まった、科学と魔術の物語。
 最初の一冊目を開いてみれば、こんな言葉が乱舞する。

 幻想殺し、禁書目録、十字教の暗部、必要悪の教会、魔女狩りの王、聖人、超電磁砲、幻想御手、首輪……
 ―――そして、鋼の盾、盾縫御手。

 荒唐無稽なファンタジーとしか思えない、そんな情報が綴られている。
 しかし、残念ながら――ここに書かれている事は、全て真実だ。

 外法たる魔術のことも。
 学園都市の暗部のことも。
 十字教の疵も。
 卑劣な裏切りも。
 第三次世界大戦の真実も。

 全てが本当にあったこと。
 掛け値なしのノンフィクションである。
 
 まさに禁書だ、と青年は溜息を吐く。
 少なくとも自分にとって、そして目の前の少女にとって、これは禁書といえた。

 表沙汰にできるわけがない事実のオンパレードだ。
 許されるなら燃やしてしまいたいが、そうもいかないから頭が痛い。
 
 そして。
 全てのノートの表紙には、アルファベットの一単語が記されている。
 Dedicatus――見る者が見ればその単語が『献身』を意味するラテン語である事が知れたであろう。

 つまりどういう事かと言えば、なんのことはなく。
 二十二冊のノートは、彼女が今日という日を迎えるにあたって用意した二十二本の槍なのだ。
 その穂先が向かう先は言うまでもないだろう、他でもない青年自身である。

 委員長との面会時間をずらして指定したのも彼女の手管。
 少なくともあと数十分、白井黒子の来訪はない―――タイマンという事だ。
 
 本当におっかないな、と青年は苦く笑う。
 少女の意図は明確だ、『わたしの決意を甘く見ないで下さい』ということで、有り体に言って宣戦布告に他ならなかった。




「宣戦布告だなんてとんでもない、むしろこれはラブレター的なあれです」


 噛んで含めるような忠告に、あっさりと少女はこう返してみせた。
 まったくもってひどいジョークだ、こんなラブレターがあってたまるかと青年は溜息をもうひとつ零す。
 どちらかといえばこっちだろうと、混ぜ返すような言葉だって漏れる。


「……ラブレターじゃなくてブラスターの間違いじゃねえの、もしくはプレデターかな」

「おお、流石先輩、言い得て妙です。
 そのみっつ、本質的には似たようなものですよね?」


 少女の笑みは深まるばかり。
 まったくもって女は怖い、草食系を自認する己では勝てる気がしないと青年は白旗を揚げた。

 恋は戦争、恋は制圧、恋は捕食。
 なるほどラブレターとはそういうものらしい、それこそ宣戦布告――否、降伏勧告と言うべきか。
 かつてそれを用いて敵対勢力を炙り出した先輩がいた事が思い出される、正直あれも大概だった。

 なんだかなあと青年は溜息を吐く。
 先輩といい後輩といい……健全な青少年の幻想をぶち壊さないで頂きたい。


「……なんだろう、ハートマークが急に禍々しいものに思えてきたよ」


 恋文に心臓の記号を書くとか、よく考えたら正気の沙汰じゃないよね。
 トランプのクラブがクローバーじゃなくて棍棒と知った時のような気分である、向こうはいろいろ血腥い。
 特に魔術師たちと会話をするとそういう知識ばかり増えていくから困る、連中は記号やら紋章やらの専門家揃いだ。

 ちなみにこの青年、以前うっかり十字にラインが入った服を着たせいで酷い目にあった事がある。
 その一件以来、彼のクローゼットが無地ばかりになってしまったのは完全な余談である。


「まあ、冗談は冗談として。
 ――――ふふ、どうですか先輩、我ながらよく調べたと思うんですけど!」

「よくもまあやってくれたもんだ、なにこのタワー、超怖い」

「わたしの情熱と努力の結晶です、いやー、授業そっちのけで頑張っちゃいました!」


 からからと己の仕事を誇る少女に、青年は思わず頭を抱えた。
 名門常盤台という恵まれた環境にいながらなにやってんだこの子は、もったいない。

 宝の山を前にして、少女は泥遊びに夢中だ。
 輝かんばかりの笑顔は眩しい、遊びに意味など求めるべきじゃないとは青年も思う。

 だが、泥まみれのその服、誰が洗濯するんだろうね。
 ―――どうやらその役は自分に回ってきたらしい、なんて因果だ、頭が痛い。


「……折角の常盤台―――いや、そもそも大事な青春時代だろうに。
 ぼくとしてはその情熱と努力を別の方向に向けて欲しいよ、勉強なりスポーツなりに」


 思わず口も挟みたくなる。
 こんな台詞を言ってしまう辺り、どうやら自分も若くない。

 気付けば十代も終わろうとしている、本当に時間というのは容赦がない。
 いろいろと間違った青春の過ごし方をしてきた身としては、後輩に道を誤っては欲しくないのだが。

 まあ、己も人生の先輩方からの忠告を少なからず裏切ってきた自覚はある。
 青年は当時の担任教師に心中で深く頭を下げる、本当の本当に申し訳ない。

 そんな青年の心裡など知る由もなく、少女は己の心のままに生きてゆく。
 眩しくも忌々しい後輩は誰に憚る事なく薄い胸を張る、可能性だけはたわわなAAカップだ。



「わたしにとっては本当に大事なことなんです!
 ……というか勉強はともかく、この都市でスポーツなんて空々しいでしょう?」

「そんなことはないだろ、大事な事だよ」

「えー、能力による各種チートが横行してるじゃないですか。
 少なくとも競技としては破綻してます、レクリエーションにしかなりませんよ」

「そう決めつけちゃうのは能力者の悪いクセだと思うよ。
 いや、違うか――この都市の歪さの表れなのかもね、そういうのも」

「歪、ですか?」

「うん、『能力開発都市ゆえの弊害』って言い換えてもいいけど」


 ちょっと大袈裟だけどね、そう言いつつ、やはり青年は懸念する。
 実際にこの手の『学園都市あるある』は枚挙に暇がない、ちょっと数えるのが怖いくらいだ。

 学園都市。
 能力開発都市、科学万能都市。
 外より数十年進んだ科学技術と、能力なる異能体系を保持する現代のバベル。

 尖り過ぎ進み過ぎたこの都市は、根底に歪さを孕んでいる。
 外とのズレは時に危機感を覚える程だ、効率が過ぎるといろいろなものを取り零す。
 学生のみならず、研究者や教師といった大人たちもそうなのだろう、勿論青年自身も例外ではない。

 持てる者の傲慢。
 科学発展の最前線たる自負。
 
 この都市には『犠牲を容認する土壌』があるようにすら思う。
 総体としてのこの体質は否定できない、宿痾のように根を張っている。

 親船体制に遷って三年以上が経ってなお、この都市の闇は色濃い。
 アレイスターを排除したことで絶対数は減ったとはいえ、未だ悲劇は繰り返されている。

 『無理に膿を出し切ろうとすれば都市そのものが死ぬでしょうね』、そう言っていたのはエリザリーナだったか。
 前アメリカ大統領も似たような事を言っていた、『治世は諦めが肝心』だとかなんとか。

 いろいろあった末の小康状態とは言え、世界に火種は満ちている。
 いや、客観的に見れば学園都市が一番危ういと言っても過言ではない。
 特に木原の拡散が酷い――頭は潰したが、それだけと言えばそれだけだ。
 
 考えるだに胃が痛い。
 ユートピアなどどこにもない、それは知っている。
 為政者にはなれそうにないと心底思う、こんなモノを抱える器ではない。

 ローラ=スチュアートの笑い声が聞こえた気がした。
 もちろん幻聴だ、あの女狐の最期を看取ったのは他ならぬ己なのだから。

 思いがけず憂鬱な気分になってしまった青年は、めんどくさいねと溜息を吐く。
 そんな彼に何を思ったか、少女はこんな事を口にした。



「おや、いきなり真面目な話になりましたね。
 ふむ――名付けるなら『育脳弊害(サイエンスワーシップシンドローム)』と言った所ですか」

「―――はは」


 思わず笑う。
 なんとも『らしい』ネーミングだ、鈴科さんあたりが大好きなそうな感じである。
 
 熟語(往々にして独創的)にルビ(いつだってクールでスタイリッシュ)。
 学園都市っ子の粋で鯔背な様式美である、考えるんじゃない――感じるんだ、おまえの魂で
 大丈夫、慣れてくれば音を聞いただけで漢字も浮かんでくるから――ねえよボケ、青年は心中で吠え猛る。


「……ああもう、その命名センスこそ学園都市文化だよなあ」

「そうですか? わたしはずっとここですから違和感ないですけど」

「都市っ子め」

「ええ、都市っ子です」


 ちなみに青年の方は中学開始時からの転入組だ、かなり遅い方で能力開発的にはギリギリのラインだった。
 あれからもう八年近く経つのに、いまだにこの謎文化になじみ切れずにいたりする。

 これもアレイスター=クロウリーの負の遺産のひとつ―――というのは流石に言い過ぎであろうか。
 未だに公式文書でもガッツンガッツン使っており、日本政府とかが割とガチで困っているらしいのだが。
 とりあえず学園都市の英語表記である「Science Worship」というのは早急に改めて欲しい、切実に。
 
 まったくあの逆さま宇宙人標本にも困ったもんだ、と青年は溜息を吐く。
 あれから結構な時間が経っているというのに、まだまだ問題は山積している。

 前統括理事長の『遺産』は現統括理事長直轄で処理が進められているが、その進行速度は遅々としたものだ。
 信用できる人間でないと勤まらない仕事なので圧倒的に人手が足りず、しかも量が膨大で分野も広大らしい。
 ついこの間も、そのチームの責任者という立場に就いている先輩に色々と愚痴られたばかりだった。

 曰く“三割が有効活用可能、二割が完全破棄、残りは封印するしかない感じだけど”だっただろうか。
 学園都市最高位の頭脳を誇る彼女をして半分が理解不能だというのだから、まったくもってとんでもない話である。
 なにより“益体もない大学なんぞに通ってないで私を手伝え、後輩”とか言ってくるので困ってしまった。

 本当に――この街の創造主の影は、未だ色濃い。
 思えば世界最大の教育者でもあったのだ、あのクソッタレな魔術師は。

 SYSTEM。
 神ならぬ身にて天上の意志に辿りつくもの、だっただろうか。
 かの『人間』の目指した地平、この都市の目指すべき最終到達点だったソレ。

 結局の所、その言葉の真意を本人に問い質すことは叶わなかった。
 それをおそらくは知っていたであろうあの魔女も既に故人、まったくもって迷惑な父娘としか言い様がない。
 てめえらの信念に世界中を巻き込んだ挙句、自分たちだけで天の上に行ってしまったのだから。

 あれから四年、人類は今も地べたの上を駆けずり回っている。
 まあ、そのくらいが分相応なのかもしれない――焦らなくても死んでしまえば天の上なのだから。




「……まあ、その呼称を採用する事はないと思うけど。
 この辺はちょっと勉強してみようと思ってるんだよ、もうしばらく先の話になるだろうけど」

「ふむ、教育心理学とか発達心理学とかそっち分野――ああ、なるほど、先輩の専門ですもんね」

「そんな偉くないよ、ただの教師志望だ。
 ……ああ、でも卒論そっちの方書きたいって零したら、木山先生が張り切っちゃって」

「おお! 木山春生さんですね!
 わたしは面識ないですけど重要キャラですよねー、一巻から最終巻まで登場してますし」

「キャラ言うな」

「わたし調べで萌え属性がざっくり十六個、細かく見れば四十を越えます」

「萌え属性言うな」

「球種と緩急差はヒロインカテゴリの中でも上位に入ります、ギャップが強みですね。
 なにより多数の属性に恵まれながらゴテゴテした感じがしないという事、ここがすばらしい。
 萌えってのは盛っちゃだめなんです、オプションパーツじゃないんです! 滲み出るものなんです!」

「聞けよ」

「すごい人ですね、ホントに」

「……戦争中のロシアに来いって言われて『ああ、すぐに行く』ってんだから器が違うよ。
 ああ、それを言うなら鈴科さんもか、あのひとは熱血ヒーローの素養があるよね、間違いなく」

「ええ、それもタナトス系です、貴重ですよー。
 そういや二十二巻は鈴科さんのデレっぷりが半端じゃなかったですね、萌えました」

「……まあ、なかなか愛に溢れる人だからね、あのひとは。
 あれかな、その溢れる愛を零さないためのベクトル操作だったのかもしれない」

「なるほど! まさにアクセラレーター、『愛の加速装置』というわけですね!
 ―――じゃあじゃあ! 風斬さんはどうですか!?」

「……あー、そりゃあ、正体不明の感情がカンストしちゃうんじゃないの? 知らないけど」

「ほうほう、つまり『理論上最大値の愛』と!」

「なんだよ、その安いキャッチフレーズ的なシロモノは……
 でも―――そうなると垣根さんは『まだこの世界には存在しない感情』ってところか」

「んふふ、さすが先輩、素敵にチープです!
 ――――あ! わたし閃きました! 御坂さんで閃きましたっ! 自信作です!!」

「……言っとくけど御坂さんに絡めるなると、こっちも採点が辛くなるよ。
 生半可なキャッチフレーズじゃ、あの子の片思いオーラの前に霞んじゃうだろうからね」

「ふふん、とうぜん覚悟の上です!!」

「へえ――よし、言ってみろ後輩」

「ズバリ!『秒速10万3000センチメートルの恋』っ!!」

「……きみが御坂さんのだけ『愛』じゃなくてあえて『恋』にした理由は聞かないからな。
 ああでもうん、これは気付かなかったなぁ、なんだろうこの符合、ただならぬ意図を感じるような……」


 青年と少女、その会話はテンポよく続いてゆく。
 内容は友人や知り合いの能力名を捩った悪ふざけであり、よい趣味とは言えないが罪のないジョークの類だろう。

 だが―――聞く者によっては耳を疑ったかもしれない。
 なぜなら彼らが弄っていた名前は“そういう類”の連中のものであるからだ。

 鈴科百合子、風斬氷華、垣根帝督、御坂美琴。
 学園都市の能力序列が不動のトップスリーと、この都市の化身たる陽炎の少女。
 その前の話題に上がった木山春生もまた、世間を騒がせた幻想御手の開発者の名前である。

 そんな錚々たる面子を。こんな軽口の肴に挙げられるという事。
 当人たちは感覚が麻痺しているようだが、その事自体が既に常軌を逸していた。

 とは言えそれも、仕方がないと言えば仕方がない。
 学園都市のビッグネームすら登場人物の一人に埋もれさせてしまうほど、ノートに記された物語は遠大だった。


「ああああ! また脇道に逸れてます!
 ほらほら先輩、あともう少しでラストです、最後まで行っちゃいましょう!!」


 バンバンとテーブルを叩く少女、講談師じゃあるまいしと青年は溜息を吐く。
 これも今更である。彼女の独演会が始まってからかれこれ二時間、もうずっとこの調子なのだから。

 夢中になるとそれしか見えなくなる、まったく可愛い後輩である。
 本音を言えばもう少しばかり落ち着いて欲しいのだが―――あと数年は待たねばならないのだろう。
 と言っても彼女の『先輩』である数名、青年にとっては妹分である彼女達の現在を思えば、それも望み薄かもしれない。

 ……まあ、その辺の矯正は直属の上司の仕事であろう、自分ではない。
 今は不在であるこの部屋の主の管轄だ、こちとら既に風紀委員を引退した身、時折ふらりと現れる兄貴分である。
 なんとも美味しいポジションと言えよう、まったくもって気楽なものだ、フーテン身分も悪くない。

 実際はこの独演会で随分とHPを削られまくりではあるけれど、そこはぐぐっと痩せ我慢。
 聞き手たる青年はやれやれと溜息を吐くと、彼女が望むままに合いの手を入れてやった。

 
「えーと、空から天使、隣に相棒、もはや人類にまった無し。
 ………そして? それからどうなったんだっけ、その鋼盾掬彦とかいう野郎は」


 鋼盾掬彦。
 眼前の少女が語る荒唐無稽な物語、その主人公たる少年。
 悲壮ぶって酔っぱらった馬鹿なガキだと青年は心底思う、ぶっちゃけソイツの話は聞きたくない。

 ……とは言えそんな事を口にすれば、この後輩はみるみるヘソを曲げること確実である。
 それどころか『わたしが鋼盾先輩を如何に尊敬しているか』を切々と語られる可能性すらある。

 それは正直勘弁願いたい、死ねる、いろいろな意味で死ねる。
 だからここは我慢の一手、“我耐え忍ばん”と、どこぞの逆さま宇宙人の台詞を拝借してみる。
 そんな青年の内心など露知らず、少女は嬉々として再び語り始めた。
 

「んっふっふ、またまたー、聞き上手ですねえ先輩ったら!
 しょうがないなー! 聞きたがりの先輩のために! 聞かせてあげましょう! 鋼の盾の物語を!!」

「……はいはいはいはい、聞きたいです聞きたいです」

「『はい』は一回ですよ! ……ってコレ先輩の口癖じゃないですか」


 確かにそれは己青年の口癖だ。
 この後輩にも何度かその台詞を口にした覚えがある、まったくもって不覚だった。
 とは言え揚げ足を取ったことにドヤ顔著しい後輩へ素直に『はい』と返すのも業腹である、先輩たる矜持が許さない。

 というわけで、こう返す事にする。
 青年は口を開くと、肯定の台詞に風紀委員の伝家の宝刀たる素敵語尾を付け加えた。


「はいですの」

「ってもう!……ですのはいらないんですの!」

「はい」

「うむですの」

「ですのはいらないですの」

「……うむ」

「はい」

「ですの」

「ですの」

「「ですの」」


 大切なのは躊躇わない事、そして委員長への愛。
 汎用性に優れまくりのジャッジメントジョークである、内輪ネタ万歳。

 しかしネタ元に聞かれると鉄杭が飛んでくるという諸刃の剣、素人にはおすすめできない。
 数々の実戦経験を経た我らが委員長の実力はガチである、今やレベル5だって道を譲るクラスだ。




「……しっかしこの語尾、なんなんでしょうねー。
 『ですの』ってリアルで使う人なんて、わたし、白井先輩以外は知りません」

「何を今更、似合い過ぎてて誰にも突っ込めないよ」

「確かに、ですの口調じゃない白井先輩なんて想像もつきませんけど。
 ……わたしも特徴的な語尾のひとつやふたつ装備しとくべきですかね? キャラを立てるべく」

「……もう十分キャラ立ってるよ、きみは」

「そんなことないんだにゃー!!」

「その語尾は競争率高いぞ、やめとけ。
 ……ああもうまた脱線だ、ホラ、さっさとオチまで話しちゃってよ」

「おお、そうでしたそうでした。
 ……えーと、ココからですね、上条鋼盾ブラザーズの御使バスター!!」

「おい」

「はい」


 それでは真面目に、と少女は佇まいを正し、ノートに視線を落とす。
 その幻想の終幕を柔らかな声で告げる、悼むように、突き放すように。


「……そして、交差。
 眩い光がベツレヘムの星を覆って、一瞬だけ意識の断絶があった――そう、風斬さんは言っていました。
 不思議と衝撃もなにもなかったそうです、ベクトルの能力者である鈴科さんも同意見でした」 


 人の世の事など顧みず、ただただ座に還らんとした大天使。
 それに異を唱えた鋼の盾たる少年と、そんな彼の元に顕われた上条当麻だった誰か。

 未曾有の大破壊を生む筈のその激突は、しかし。
 どのような力が働いたのか、拍子抜けするほどにあっさりとした終わりを迎えたという。

 AIM拡散力場の集合体にして、ミサカネットワークによる広域感知を可能とする風斬氷華。
 学園都市第一位たる『一方通行』とその頭脳により視界すべてのベクトルを把握し得る鈴科百合子。

 方向性は違えど学園都市能力者の極みであるこの両名をして、感知不可。
 あるいは、その事実が逆説的に『それほどの事が起こっていた』事の証明と言えるかもしれない。

 だが、それはそれとして。
 経過は不明でも、結果は厳然として残されていた――と、少女は話を進める。
 



「果たしてなにが起こったのかは不明ですが、結果としてガブリエルは消滅。
 ……いいえ、元いた場所―――神様の御許にでも帰ったと言うべきでしょうね、とにかく不在」


 天使という現象の終息。
 眼前に迫っていた黙示録は、寸での所で回避された。 


「幻想殺し、上条当麻さんは接触現場にて、昏倒。
 鈴科さんたちによって保護されて、それから十二時間後、学園都市にて目を覚まします」


 天使を還すという行為は、果たしてどれほどの事だったのか。
 ともあれ上条当麻は七月二十八日に昏倒に陥って以来、約四ヶ月振りに復活を遂げる。

 懸念されていた意識の混濁や能力の暴走という事態もなく、皆が待っていた彼のままで。
 右手に幻想殺しを宿したヒーローは帰還する、ただいまと笑いながら――涙を流すヒロインを抱きとめる。

 だが、しかし。
 

「でも―――鋼盾掬彦、鋼の盾たる少年は、どこにもいなかった」


 死体もなく、血の跡も残さず。
 忽然と彼は消えてしまった、まるで全てが嘘だったかのように。

 役目を終えたと言わんばかりに。
 主人公が帰ってきたから代役の出番は終わりだと、そう言わんばかりに。


「……科学と魔術、宗派、国の垣根をも越えて懸命な捜索活動が行われるも、その行方は杳として知れず。
 あらゆる科学的捜査も魔術的探査も手がかりひとつ掴めぬままに時間が流れ、誰もが口にはしないけど、その予感に震えます」
 

 彼は
 この戦いの最前線に立ち、なにもかもを守ってみせた鋼の盾は

 魔法名を模した誓いの通りに
 その身を献げたのではあるまいか――と


「犠牲は献身じゃないって言ってたくせに、代役なんていないって知ってたくせに。
 インデックスさんを泣かせちゃうって解ってたくせに、三人じゃなきゃダメだって言ってたくせに。
 ―――みんなをおいてけぼりにして、勝手に居なくなった」


 少女は語る
 悼むように、恨むように、詰るように、希うように
 肯定するように、否定するように
 

「世界は盾を失った。
 わたしたちは――――鋼盾掬彦を失った」


 はたして御使に攫われたか
 それとも悪魔に奪われたか

 いずれにしても同じ事だ
 どうしようもなく、どうしようもない
 




「それでも―――誰を喪っても、世界は続く。
 ……いえ、違いますね、彼が居てくれたからこそ、世界は続いた」


 そう、主人公が死んでバッドエンド、とはならない。
 現実は物語のようにはいかないのだ、エンディングテーマなど流れやしない、誰が死んでも。


「世界が続くなら、人は生きて行かなきゃいけない。
 そして、馬鹿みたいですけど、生きてる限り争いは起こります」


 そう、まったく忌々しい事に、とかくこの世は馬鹿ばかり。
 どいつもこいつも自分の都合ばかりだ、みんなそろってどうしようもない。


「第三次世界大戦の終幕は、しかし序章に過ぎなかった!
 黒幕面したアホ共が! 大物面したタコ共が! 雨後のタケノコのようにニョキニョキ現れる!」


 繰り返される、人の営み。
 善しにつけ悪しきにつけ、人間の相は変わらない。

 結局のところそういうことだ。
 人類規模のピンチを乗り越えても、世界はひとつになんてならなかった。

 そういうものだと知っている。
 それでいいと思っている。


「ヤツらの名はグレムリン!! その狙いは幻想殺し――――そして、忽然と消えた鋼盾掬彦!!
 といったところで二十二巻は終了! さあ、はたして鋼の盾はどうなってしまったのか!! 
 ちなみに次巻からは新章! 二十三巻じゃなくて新約一巻! 装いも新たに堂々のリニューアル!
 カミングスーン! 上だけに! 乞うご期待です! 鋼だけに!」


 ……しっかしテンション高えなこの後輩、なんだその次回予告。
 ぶっちゃけどうなったもこうなったもない、きみの目の前に座っている男の存在自体がオチである。
 
 北極海で行方不明になったりもしたけれど、そいつは元気です。
 ネタバレするとたぶん新約八巻くらいで復活します、いろいろありました、本当に。


「科学と魔術の交差する物語は次のステージへと引き継がれ、新たなる戦いが幕を開ける――――!!
 続きはこれから鋭意執筆!! 座して新刊を待て!! 最後までご清聴とツッコミありがとうございました!!

 ―――語り手はわたし、硲舎佳茄でしたっ!! また次回もよろしくお願いいたします!! 鋼盾先輩!!」

 
 そして、ようやく長かった独演会も幕を閉じる。
 きっちり挨拶のできるい礼儀正しい後輩である、このあたりは白井さんの指導の賜物だろう。

 少女――硲舎佳茄(はざまや かな)は一仕事やりとげた充実感に打震えている。
 その顔には『がんばったわたしを褒めて下さい!』と書いてある、極太ゴシックフォントサイズ48くらいで書いてある。
 後輩にこんな目で見られて無碍に扱える先輩などいない、いるわけがない、いたら許さない。


「……おつかれさま、たいしたもんだよホント」


 そんな事を言いながら、ぱちぱちと適当に拍手を送ってやる。
 いかにもなおざりなその拍手に、しかし佳茄は嬉しそうにはにかんだ。

 この笑顔には敵わない、佳茄だけに。
 青年――鋼盾掬彦はのしかかってくる疲労感を受け流しながら、とりあえず後輩が満足するまで手を叩いてやった。





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ちょっと中途半端ですが、ここまで

まずは遅れ遅れで重ね重ね申し訳ありません
ちょっとうっかり人生がかかった勝負が舞い込んだりしてました

というわけで、ようやく2~22巻までをお届けいたしました
とある端役の禁書再編、鋼盾掬彦はこのような感じで旧約をひた走ったようです

そしてラストエピソード
『月明かりふんわり落ちてくる夜は』

時間軸は四年後くらい、鋼盾掬彦十代最後の夜の話
たぶん今回含めて三話、あとつまりあと二話

導入役は硲舎佳茄ちゃん、一スレ目以来の登場です
まだ名前のついていなかった当時から、このエピソードには絶対にこの子を使おうと思っていました
あの予告メルマガが硲谷ノートに重なるようにしたかったんですが、イマイチうまくいかなかったぜ!


さて、懺悔せねばならぬことが一点
>>1はこの鞄の子はあれかなー、小学校三年生くらいだよなーと適当に判断していたのですが!
超電磁砲コミックスにて小学一年生ということを今更知りました ウルトラミス!

原作に忠実に年齢設定すると、この番外編時空でまだ小学五年生。
流石に小学五年生だとどうにもなんねーよ! プロット全没じゃねーかドチクショウ!!

というわけで年齢設定ねじ曲げてしまいました、すみません
当時八歳の小学三年生、現在十三歳の中学一年生ということでお願いします

ちなみに年齢変化。
括弧の中は誕生日を迎えた年齢ということで

鋼盾 15(16)→19(20) 高校一年生→大学二年生
美琴 13(14)→17(18) 中学二年生→高校三年生
黒子 12(13)→16(17) 中学一年生→高校二年生
佳茄 08(09)→12(13) 小学三年生→中学一年生


次回はなんとか今月中に来たい
よろしくおねがいします


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