狛枝凪斗「VSディスペライザーpart.1」 (55)


罪木蜜柑「カムクライズルは笑わない」
http://tsukurimonogatari.com/archives/5505

及び七海千秋「夜を視るもの、セブンス・シー」
http://tsukurimonogatari.com/archives/6485

の続きになります。ちなみにpart2はありません。このシリーズはこれで完結です。今回趣味のネタやパロ多し。


SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1381127067


 プロローグ 無貌の男

http://www.youtube.com/watch?v=gGdGFtwCNBE


その人には、顔がありませんでした。身長180cmほどの、これといった特徴のない、私と同年代の男の子。

「やあ、罪木蜜柑。お前と友達になりたいんだ」

 そう言って、優しく微笑んで、手を差し伸べる彼。その笑顔が作り笑いであることがわかるくらい、近くで、ハッキリと”見ていた”のに。私は、彼の顔が思い出せないのです。

 ……”見ていた”? そうです、これは夢です。過去にあったことを頭の中で映し出しているだけの。

 私は……その顔のない男の子の、手を取ったばかりに。とんでもないことをしてしまった。

 注射器。血。ベッドに縛り付けられ、もだえ苦しむ人々。シロとクロのクマの着ぐるみを来た、まるっきりふざけているようにしか見えない集団。自ら命を絶った2357人の屍の山。

 ああ、だけど、だけど。愚かな私は、またその人の手を取ってしまう。わかっているのに。この手を取ったら、どうなるか。

 それでも……その手を拒むことなんて、できないのです。


 チャプター1 ボヘミアン・ラブソディ

http://www.youtube.com/watch?v=fJ9rUzIMcZQ


 ……勘違いされがちっすけど、唯吹は王道とか定番っていうのを馬鹿にしてるわけじゃないっすよ。ただ、それとはちょっと違ったところにやりたい音楽があるってだけで。そっすね、クイーンなんかも良く聞くっすよ。

 一番好きな曲っすか……難しい質問っすね……。あのね、唯吹は、クイーンって凄いバンドだなーって思うんっす。曲よりかも、バンドとしての在り方が。

 だって、四人とも作曲もできて、だいたいの楽器ができて、ジョン以外はボーカルもできて……相当のツワモノ揃いっすよね? なのに、一度もメンバーの脱退も交代も無しで、20年近くも同じ仲間でバンドを続けるって……唯吹には想像もできないっす。

 きっと、彼らはね、決して自分を抑えて、我慢してたわけじゃないと思うんっすよ。じゃないと、あんな音楽ができるわけないから。ただ、自分のやりたいことをやって、それでも一緒に歩んでいける仲間がいて……それが、私には凄く、羨ましい。

 私には、いい友だちがいっぱいいます。真昼ちゃん、日寄子ちゃん、それから蜜柑ちゃん。だけど、私が欲しいのは仲間なんです。同じものを見て、同じ道を進んで行ける人。私が感じることを同じように感じてくれる人。ソロでも、バンドを続けていけば見つかるかなって思ったけど。皆、私の曲を面白がるだけで、その意味までわかってくれる人は誰もいなかった。だから、私は一人ぼっちなんだ!




             『それは違うよ』



「……討論、同意、回答、助言、耳障りの良いコピー……どれもただのお喋りさ♪」

 ――ボク、狛枝凪斗は今、電車に揺られている。とはいえ、別に旅行とかそういうんじゃない。単に、毎日繰り返している通学。その帰り道に過ぎない。

 なのに、こんなふうに気分よく鼻歌を歌っていられるのは……ボク以外誰も、この電車に乗っている人がいないからだ。

 少し前まで、気にしたこともなかったけれど……どうやらボクが登下校する時間帯はいつもガラガラみたいで、他の人が乗ってきたのを見たことがない。それで、ただぼーっとしているのも芸がないので、家にあった古いウォークマンを引っ張り出してきて。それで、最近では音楽を聞きながら通学することにしてるんだ。

「論破、論争、ろくでもない推理……」

 そこまで歌ったところで、時代遅れのカセットウォークマンはテープのもつれをおこして止まってしまう。

「うーん、このオンボロめ……」

 ボクは機械をぱんぱんと叩いてみる。時代遅れとはいえ、このS-DATはそれなりに高価なものだし、音源もこれ用しか持ってないからそうそう簡単に買い換えるってわけにはいかないんだ。

「お、直った」

 なんとか調子を取り戻した機械は歌の続きを流し始める。……とはいえ、そろそろ本当に限界かもしれないな。こんどクラスメートの左右田くんに修理を頼んでみようか。

「とはいえ、何故だか知らないけど彼はボクを怖がってるみたいなんだよなぁ……」

 どうやら自己紹介の時にロシアンルーレットをしてみせたのがいけなかったのかもしれない。とはいえ、あの時はあれがボクの才能を説明するのに一番いい方法だと思ったんだけれど。


「いやいや、普通の高校生が銃持ってたらそれだけで誰でもビビるでしょうに」

 突然、横から声をかけられた。びっくりして見てみると、いつの間にか、隣に女の子が座っていた。たぶん同じくらいの年だろうけど……ちょっと化粧がケバくてよくわからない。いわゆる、ギャル系の娘だ。もちろん、知り合いじゃあない。

「……ごめん。声に出てたかな?」

「いや、そんな気がしただけ。私、エスパーなんだ。もちろん嘘だけど」

 そう言って彼女は何が面白いのか、ケタケタと笑う。

 なんだ、こいつは。関わりあいにならないほうがいいかな、と、そっと籍を立とうとした瞬間だった。

 突然、なんの前触れもなく、ものすごい質量の”絶望”がボクの胸に食い込んでくる。

「!?」

「あーあ。別に逃げなくたっていいじゃないですか、センパイ。っていうか、エスパーなのはセンパイの方でしたっけ。なんでも、人の絶望が見えるとか?」

(な、なんで……お前、知って……)

 そう言おうとするけれど、呼吸さえままならず、ひゅーひゅーと情けない音が喉から漏れただけだった。

”神経外科医はもっと手術をと叫ぶ、もっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっと…………”

 ウォークマンは完全にイカれてしまったのか、同じ所だけをなんども繰り返し続けている。



 (なんで、こいつはボクの能力のことを知ってるんだ!?)

 それは当然の疑問だった。今までの人生で誰にも話したことがない、ボクの一番の秘密――それは、人の”絶望”が見えるという能力――

 きっかけがなんだったのかは覚えていない。ただ、いつからか。ボクは人が絶望しているとき、それがわかるようになっていた。

 それは、人の胸に銃創のような形で刻まれている。直に触れれば、その人が絶望した瞬間が見えることもあるけど……たいていは意味不明な映像のつぎはぎだし、見ていて気分のいいものでもないから自分から見ようとしたことはない。

 ボクの、”超高校級の幸運”という「才能」とは別の、「能力」。不幸と幸運を繰り返す人生の中で、この能力が生まれたのか、それともこんな能力があるからそれらがまとわりついてくるのか……それはよくわからない。ただ、他人の”絶望”なんて見ていて気持ちの良いものではないから、なるべく見ないようにしていたし、実際のところ忘れかけてさえいたのだけれど――

 (この女……まるで絶望そのものを凝り固めたみたいな……!)

 彼女には、胸といわず腹といわず、体中に銃創が空いていて、まともな部分がほとんど残っていなかった。


「もー、センパイ。そんな顔しないでくださいよぉ。私はセンパイを助けに来たんですから!」

「き……キミみたいな後輩を、持った覚えはないよ」

「もー! センパイもそういうんですね! やっぱりアナタは似ている……彼にそっくりです」

「彼……?」

「ああ、いいんです。センパイが知らないことですから。そんなことより……」

 そう言って彼女は、ボクの手を掴んで、自分の胸元まで持って行くと……その指を銃創の一つに、おもいきりつっこんだ。

「ぐあああああああああああ!」

 その瞬間、彼女の”絶望”がボクの中に流れ込んでくる。血と、暴力と、破壊のヴィジョンの奔流が。

「はあ……思った通り♪ センパイなら、出来ると思ってましたよ。人の絶望を暴き出すことが!」

 おそらく震源である彼女の中では、ボクとは比べ物にならないほどの絶望の嵐が吹き荒れているはずなのに……それでも、彼女はコロコロとたまのように笑ってみせた。


「……ふっ、くうっ……!」

 なんとか体を引き起こすと、彼女の手を払い、指を引き抜く。

「……お前が何者だか知らないけど……こんなことをしたところで、ボクは絶望なんかには屈しないぞ!」

 震える体を支え、毅然とした表情で睨みつける。……けれど、彼女はそんなボクのささやかな抵抗を気にもかけなかった。

「ですから……私はセンパイを絶望させたいわけじゃないんですって。むしろ逆。センパイには希望を持ってもらいたいんです! あ、私が何者かっていうと、江ノ島盾子っていいます。”超高校級の絶望”なんて呼ばれてまーす」

「その”超高校級の絶望”が……ボクになんの用だ」

「わたしぃー、思うんです。希望と絶望は表裏一体だって。絶対的な希望のためには、絶対的な絶望を乗り越えなくてはならない。それと同じように絶対的な絶望のためには、絶対的な希望がなくちゃいけないって!」


「……続けろよ」

「だからぁ、私が”絶対的な絶望”になるためには、”絶対的な希望”を倒さなくちゃいけないんですよぅー。そこで、センパイには”超高校級の希望”になってもらうことにしました! そのために、ちょっと私の能力をセンパイに貸しちゃいます!」

「…………」

「今のセンパイは、以前よりずっと他人の”絶望”に敏感になっているハズです。希望が絶望より強いっていうなら、数多の絶望を打ち破って、輝く希望を見せて下さいよ! 知ってますよ? センパイがどれだけ希望に固執し、恋い焦がれているのか……」

「…………」

「これはゲームですよ! 希望と絶望、どっちの方が強いのか、確かめるための。いきなりラスボスっていうのも可哀想だから、レベルアップしてきなさい! ってね」

「…………一つだけ言っておくぞ」

「んー? なんですかー?」

「希望は、絶対に絶望なんかに屈したりしない……負けるのは、お前のほうだ」

「カッコイイー! まるで主人公みたいだね!……あ、そうだ! 私はしばらく邪魔な管理者プログラムを抑えるのに力を使うから。そっちはそっちで勝手にやっといてよ」

 ……そして、意味不明な言葉を最後に残して。江ノ島盾子と名乗る女は、現れたときと同じように突然姿を消した。

 残されたボクの耳に、ようやく直ったウォークマンから曲の続きが聞こえてくる。

 ”俺は21世紀の精神異常者……”


「――おい、狛枝?」

 ふと気がつくと、ボクは希望ヶ峰学園の校門の前に立っていた。どうやら、さっきのは夢だったらしい。悪い白昼夢だ。

「どうしたんだ? 門の前でぼーっとつったって。顔色悪いぞ?」

「いや、なんでもないよ、日向くん。大丈夫さ」

 日向くんの声がなんだか遠い気がして、イヤホンを外そうと耳に手をやるが……初めから、イヤホンなんてしていなかった。

 それもそのはずだ。”この世界”に家なんてないし、登下校だってしたことがないんだから。

(……ん? なんだ、”この世界”って?)

 当然のように突然浮かんできた単語に、自分で違和感を覚える。家がない? 登下校をしたことも? ……そんなこと、あるわけがない。それじゃ、まるで

(”この世界”とやらは……この、希望ヶ峰学園しかないみたいじゃないか)

 けれど、必死で思い出そうとしても。自分が学校を出た後、なにをしていたのか。何一つ、思い出すことができなかった。


「……おい、お前、本当に大丈夫か? 体調が悪いんだったら、罪木に見てもらえよ。ほら、ちょうど来たみたいだしさ」

「いや、そんな。罪木さんはキミと一緒に居たいんじゃないかな? 邪魔する気はないから、行っておいでよ」

 そう言って、日向くんの背中を軽く押してやる。彼は、おい、と軽く反論しようとしたが……しかし、罪木さんが転んだのを見て一目散に走っていった。

 日向くんと罪木さんは、クラスでも有名なおしどりカップルだ。少しギクシャクしていた時期もあったみたいだけど……今は、以前にも増していつも一緒にいる。噂では、”超高校級の相談窓口”七海さんの暗躍があったとか……

「あの二人に気を利かせてやったの? アンタ、いいところあるじゃない」

 突然、背後から声をかけられ振り向くと、”超高校級の写真家”の小泉さんが立っていた。

「おはよう、小泉さん。……いや、気を利かせたっていうか、ボク自身のためにも、ね」

「そうね……あの二人、最近ベッタリだもの。間に挟まれたら、こっちが大変だわ」

 小泉さんは物憂げにため息をついた。こんなことを言うと確実に怒られるだろうけど……普段、男勝りな印象のある彼女の、乙女な面が見えたみたいで少しドキッとした。



「でもアンタ、本当に顔色悪いわよ? 体調悪いんだったら、保健室に行きなさい。連れてってあげるから」

「いや、本当にだいじょ……」

 彼女が、半ば強引にボクの手を取り歩き出す。すると……頭の中に直接響くようにして、彼女の声が聞こえた。

(……そう、あの二人は本当にお似合いだわ。罪木ちゃんも幸せそうだし……だから、これでいいんだ)

「……えっ?」

「……なによ、突然」

 けれど、突然立ち止まったボクを不審げに見ている彼女の口は動いていない。それでも”声”は頭の中で響き続けた。

(アタシは……なんとも思ってない。あの鈍感アンテナ男のことなんて、なんとも。仮にそうだとしても……罪木ちゃんの笑顔を消すことなんて、アタシにはできない)

(これって……もしかして)

 目の前にいる彼女の……”絶望”なのだろうか。久しく感じたことがないから、すっかり忘れていた。それに。

(小泉さんが今、絶望を感じているようには見えない……これはむしろ、なんていうか)

 そう、絶望の”芽”みたいなものだ。銃創のように穿たれる前の、小さな空洞。



(さっきのは、夢じゃなかったのか?)

 そう自分に問いかけてみるものの、答えは出ない。ただ、わかっていることが一つあった。自分には、その穴を拡げることができる――言葉の弾丸を、打ち込むことで。

 目の前にいる彼女は、相変わらず不審げにこちらを見ている。その表情はいつもと変わらない。調子の悪いクラスメートを心配する、おせっかいな女の子のものだ。

 けれど、ボクにはわかる。今彼女が本当は、何を考えているかが。

(アタシは、別に悲しくなんてない。泣いてなんか、いない。だって、【泣く理由なんてない】から――)




             『それは違うよ』




「――えっ?」

「小泉さんだって、女の子なんだから……辛いことがあったら、泣いてもいいと思うよ?」

「な、なに言って……」

「確かに笑顔って素敵なものだけど……無理して作ったそれに、意味はないんじゃないかな。小泉さんは、今の自分を写真に撮れるのかな?」

「…………突然、なに言い出すのよ、馬鹿。悪いけど保健室には自分で行ってよね」

 そう言って小泉さんはボクをおいて走っていってしまった……あんまり喜んでもらえなかったみたいだな。

でも、一つわかったことがある。あれは、きっと夢じゃない。

「江ノ島、盾子……」

 なぜだろう。その名前をつぶやくと、ぞわり、と悪寒が背筋を走る。知らない名前のはずなのに、まるでこの世で最も忌み嫌うべきなにかのような……

「江ノ島盾子。絶望と希望、どちらが強いか、だって? そんなの、決まってる。希望が負けるはずない」

 そして、オマエを倒して、ボクは。

 ”超高校級の希望”になってみせる。


とりあえずここまで。続きは夜にでも

やっぱ雰囲気いいな
乙です


 チャプター2 罪の日々、生くる

http://www.youtube.com/watch?v=VI2-ASiNCac



「ふっ、ふっ、はぁ……」

「あ、そこ、ダメ、ダメですぅ!」

――いったいどれだけの時間、こうしていたのでしょうか。私たちは抱き合って、溶け合って、蕩かし合って。汗も唾液も愛液もなにもかもがぐちゃぐちゃのべとべとに混ざり合うまで交ざり合って。

 あの人の分身が、私の一番深いところに突き刺さって。それだけで私は一番高いところまで達してしまって。それでもあの人は容赦なく私を突き上げ続けるのです。

「罪木、俺、もうっ!」

「ああ! 中にぃ、中にください! ゲロブタのお×××に、貴方の子種を注いでくださぁい!」

「ううっ!……はぁ」

「ああ……感じます、暖かいのが、私の中に……」


「……なあ、罪木。言っておくけど、俺はお前のことが嫌いだ。憎んでいるっていってもいい」

「はい、わかってますよ」

 私は今、あの人のかいなを枕に、取り留めもない話を聞いています。行為の後にはこうするのが恒例になっていて、私は行為そのものも好きですけど、それ以上にこの時間に幸せを感じずにはいられないのでした。

「才能が嫌いだ。この希望ヶ峰学園そのものが嫌いだ。弐大猫丸も辺古山ペコも花村輝々も、今やクラスメートになった、”超高校級”の奴らが全員嫌いだ。だけど才能のない奴らも嫌いだ。奴ら、俺を特別なものでも見るような目で見てきやがる。そのくせちょっと才能へのコンプレックスを煽ってやるだけで、仲間みたいに振る舞いやがる」

 まるっきり被害妄想じみた愚痴が、彼の口からは延々と垂れ流されてきます。けれど、私はむしろ喜びを持って彼の話に耳を傾けます。

「はい。だから、みんなみんな殺しちゃうんですよね? まず、予備学科のコンプレックスを煽って、本科の生徒を襲わせて。それが済んだら用済みになった連中を更に煽って、自殺させて」

「そうだ。お前も、お前の才能も、その為に利用してるだけだ。本当は”超高校級の保健委員”のお前なんて大っ嫌いだ。見たくもない」

「そうですよね、ごめんなさい。でも、貴方の目的を達成するまで、お傍にいさせてください」

 ああ。愛しい愛しい貴方。完全に壊れてしまった偏執狂的な貴方。貴方には私が必要なんです。私の治療が。私の注ぐ愛が。


「そうだ、俺の目的を達成するまで……俺の目的ってなんだ? 才能を持つこと……違う。俺以外の才能を持つ奴らを皆殺しにすること……違う。俺が本当に殺したいのは、アイツ……アイツ一人……いや、違う、殺すことが目的じゃない、俺は、俺はただ胸を張って……」

「……大丈夫ですよ。ほら、来てください」

 そう言ってあの人の頭を胸に抱き寄せます。誰が信じられるでしょう? この人が、今全世界までも揺るがしている”人類史上大大最悪の絶望的事件”を引き起こした、”超高校級の絶望”の首魁だと。いつものこの人は、あたかも誰をも包み込んでしまうような優しい顔をして近づき、人を絶望に引き込む魔性の人だというのに。

 私も、初めはその魔性に惹かれていました。この人ならば、私を絶望から救い出してくれるんじゃないかって。でも、きっと違うんです。私が、この人の絶望を一緒に受け止めてあげなくちゃ。一緒に、一番深い絶望まで――



 ジリリリリリ、と喧しい目覚まし時計の音で私は目を覚ましました。夢見が悪かったせいか、全身じっとりと汗ばんでいます。

「……うわぁ」

 それどころか、その……下半身まで、びしょびしょになっていて。どんな夢を見ていたのかは思い出せないけれど、この状態は……

「ううぅ……こんなえっちな子だって知られたら、日向さんに幻滅されちゃいますよねぇ……」

 私は思わず、愛しい人の名を口にします。日向創さん。私のお付き合いしているひと。けれど、彼とは(というか誰とも)まだそういうことの経験はありません。

「ん? 俺がどうかしたか?」

「ふゆぅ!?」

 と、その当人に突然声をかけられて、私は当然のごとく酷く驚きました。

(というか、ここって……)

 今のいままで認識できていませんでしたが、どうやら私は、自宅ではなく希望ヶ峰学園の保健室のベッドに横になっていたようです。すでに夕暮れが近いのか、紅い日が差し込んできています。

「ギリギリまで寝かせておこうと思ったんだが……結局最終下校の時間まで目を覚まさなかったな。大丈夫か?」

 そう言って、日向さんは仕切りになっているカーテンに手をかけて――

「す、すみません日向さん! 私、汗を拭きたいのでタオルを取ってもらえませんかぁ!?」

「え? ああ……はい、これ。悪いな、勝手に開けようとして」

 少し照れたように日向さんがいいます。カーテンの隙間から差し出されたそれで体を吹いている間に、少しづつ思い出してきました。

(そうです……私は確か、狛枝さんに呼び出されて……)


 ――今日は、いいえ、ここ数日間、皆さんの様子が少し変でした。七海さんは数日前からお休みしているし、今日に至っては担任の宇佐美先生までもがお休みでした。

 とはいえ、この希望ヶ峰学園では、普通の授業はほとんどなくて、生徒が各々自分の才能を伸ばすために与えられた研究室で過ごすのが常でしたから、先生がいなくても支障はありません。

 そうして、いつもの様に授業時間を終えて、放課後の教室で西園寺さん、澪田さん、小泉さんといつものように、お喋りしているとき……彼はやってきたのでした。

「――ねえ、真昼おねぇと澪田おねぇ、なんか変じゃない?」

「……そうかな? 自分ではそうは思わないけど」

「……唯吹も、いつもと変わらないつもりっすよ?」

「うーん……なんていうか……やけに、安らかな表情をしてる気がするんだよねー。悟ったっていうかさ」

「そんなことないっすよ。きっと日寄子ちゃんの気のせいっす」

「そうそう。気にし過ぎだって」

「そう? だったらいいけど……」

「それより、またなにか面白い噂話はないんっすか?」

「あ! そうそう、聞いてよ。わたし、見ちゃったんだよねー。なんと! 狛枝おにぃが左右田おにぃを呼び出してるとこ!」

「ふゆぅ……呼び出しって、リンチとか、そういう……?」

「違うよゲロブタ! 放課後の教室に二人っきりでさ……それで、狛枝おにぃが左右田おにぃの胸を触ってるの……これってちょーやばくない? 禁断の愛にも程があるっつーんだよね!」


「……なになに? ボクの話?」

 いつの間に現れたのか、狛枝さんがドアのところに立っています。

「げー。狛枝おにぃ、女子の話を盗み聞き? 趣味悪いなあ」

「そんな、人聞きの悪いこといわないでよ……罪木さんに話があって、探してたんだ。そしたら、こっちの方から話し声が聞こえてきたから」

「左右田おにぃにフラれたからってゲロブタに乗り換えようっての? 趣味ワルー」 
「いや、別にそういうんじゃないけど……」

「だいたいさー……」

 と、西園寺さんが言いかけたところを、小泉さんが手で制します。

「真昼おねぇ?」

「ほら、なにか大事な話があるみたいだし……邪魔しちゃ悪いわよ」

「そうっす。おじゃま虫はさっさと退散するっすよー」

「えー。ここからが面白そうなところなのにー! ね、もうちょっと見ていこうよー」

 西園寺さんは、駄々をこねていましたが

「…………」

「…………」

「……うう。わかったよ」

 二人の、無言の圧力に押されてか、しぶしぶと教室を後にしました。

「狛枝おにぃ、ゲロブタを泣かせたら承知しないからね!」





「……さて。邪魔者はいなくなったね」

「ふぇぇぇ……狛枝さん、私なんかになんの用ですかぁ?」

「いや、大したことじゃないんだよ。ただ、罪木さんと少し話がしたいだけでさ……」

 そう言って狛枝さんは、にこりと微笑みます。けれど、その顔は夕日の陰になってよく見えません。私には、なんだかそれが”あの人”と重なって見えました。

(あの人? あの人っていったい誰でしょうか?)

「ねえ、罪木さん。日向くんとは、最近どう?」

「日向さんと……ですか? 別に、いつも通りですけど……」

「あれ? 本当に?……ふーん、そっか。じゃあいいや」

 狛枝さんは意味ありげに笑ってみせます。日向さんが、一体なんだというのでしょう?

(まさか……私のことが嫌いになったとか? いえ、【日向さんに限ってそんなこと】……)



              『それは違うよ』



 その瞬間。微かに心を掠めた疑念は、なぜだか途方もなく広がって。

「どうしてそんなことないって言えるのかな? 日向くんだけは、今までキミを裏切ってきた人たちとは違うって? そんなの、日向くんが”まだ”キミを裏切っていないっていうだけに過ぎないよね。どうしてこれからもそんなことないって言い切れるのかな? いや、むしろもう裏切られてるかもしれないよ? きっとそうだ、もうキミは裏切られてるんだよ!」

「あ……あ……?」

 その”絶望”は、一瞬で私の心も体もがんじがらめにしてしまって。もはや、動くこともできないのでした。

「でも、大丈夫。人を信じるから裏切られるんだよ。強い希望を持って人を信じた結果が裏切りなら、別にいいじゃないか。人を疑って生きていくよりも、信じて死んだほうがマシだ、ってね。そもそも信じるって行動が既に裏切られることを内包してるんだよ。人は裏切られるために信じる、でも信じる心を無くすよりはずっといいんだ」

 そう言って、狛枝さんが私の胸元に手を伸ばします。そして、その指が触れた瞬間。

「っ!!?」

 血と注射器、それから折り重なった死体。突如、知らない光景がフラッシュバックのように脳内を駆け巡ります。そうして、私は気を失って――



「それにしても……日直の仕事を終えて、教室に戻ってみたら罪木が気絶してたから、びっくりしたぞ。貧血か?」

「ふゆぅ……そうなんですか?」

「そうなんですか、って……覚えてないのか?」

「いえ……」

 結局、あれはなんだったんでしょう。ただの夢だったんでしょうか? 少なくとも、日向さんが来た時には狛枝さんはもういなくて……

「ほら、そろそろ帰るぞ。立てるか?」

「はい、大丈夫ですぅ」

 差し出された日向さんの手を取って、立ち上がります。

「……なんだよ、やけにニコニコして」

「いえ……ただ、幸せだなぁって」

 たったそれだけのことで、先ほど感じた疑念は、全部吹き飛んでいってしまうのでした。


「……まさか、そういうことだったなんてね。これが、この世界の秘密……あははははははははははは!! なんて絶望的なんだ!!」

 日が暮れて、真っ暗になった学校の屋上に、ボクは一人立っていた。街の明かりとてない、完全なる暗闇。本来、この世界に存在しないはずの時間。

「もしかしたら、とは思ってたけど、本当に”この世界”に入る前の絶望まで暴き出せるようになるなんて、ね。……それで、アンタはこの世界がニセモノだって知ったわけだけど。絶望した?」

 気がつくと、横に江ノ島盾子が立っていた。相変わらず絶望の弾痕だらけの醜い姿をしている。

「いいや。この絶望的な世界でも、いや、だからこそそこに生きているボクたちの希望は強く輝くのさ。……それに、目標も見つけたしね」

「へえ? 目標って?」

「もちろん、罪木さんだよ! 彼女はこの世界に入ってくる前、”超高校級の絶望”の一人だった。その彼女の絶望を再び暴き出し、今度はボクが改心させることができれば……そのときこそ、ボクは”超高校級の希望”になれるんだ!」

「ふーん……でも、一筋縄ではいかないよ。いくら私が七海千秋を抑えているっていっても限界があるし……それに、そろそろアイツが動き出す。元祖”超高校級の希望”がね」

「……面白いよ! 障害が多ければ多いほど、それを乗り越えたとき希望は強く輝く……希望は絶対に負けない! 絶望なんかに負けるはずがないんだ! あははははははははははは!」

「まったく……アンタは本当に似てる……そっくりだよ。私のお兄ちゃんと、ね」

スレタイでvsイマジネーターかと思ったらマジでそうだった
とりあえず過去スレ読んできた。面白かったよ

>>32 ありがとうございます。元ネタわかってもらえると嬉しいです。


 チャプター3 アウェイク・モンスター

http://www.youtube.com/watch?v=1mjlM_RnsVE


 あれから、一週間が経ちました。あのあと、少しだけ気をつけて狛枝さんの様子を見ていたのですが、特に変わったこともなく……結局、あのことはただの夢だったのだ、と思うことにしました。小泉さんに聞いてみても、あの日はまっすぐに帰った、とおっしゃってましたし。

 まだ七海さんと宇佐美先生の姿が見えないのが気になりますが……他の皆さんがあまり気にしていないようなので、私も必要以上に騒ぐのは止めました。きっとまた、いつものようにひょっこり顔を出すはずです。

 そして、今日もまた授業が終わり、いつものように西園寺さん、澪田さん、小泉さんに一緒に帰ろうと声をかけてみた……のですが。

「……ごめんね、罪木ちゃん。今日はちょっと外せない用事があって」

「唯吹もっす」

「わたしも」

「えぇ……もしかして、三人でどこかに行くんですかぁ? 仲間はずれにしないでくださいよぉ……」

「そういうわけじゃないんだけどね……」

 小泉さんは、どこかぼんやりとした表情で言いました。いえ、小泉さんだけじゃありません。澪田さんも、西園寺さんも……焦点の定まらないうつろな目をしています。

「じゃ……」

 それだけ言うと三人は、連れ立って教室を出ていってしまいます。


「あれ? 罪木さん、一人? じゃあよかったら一緒に帰らない?」

「え?……ふゆぅ!?」

 後ろから声をかけられて、振り向いてみると、そこには狛枝さんが立っていました。こうしてまともに彼と話すのは一週間ぶりです。

(いえ……あれは夢だったんですから、ノーカウントですよね……)

「ねえ、いいでしょ? 罪木さんに見せたいものもあるし」

「えっと……でも、その、日向さんと」

 そうです。約束こそしていないですけど……小泉さんたちと帰れないなら、私はまずは日向さんにお声をかけるべきなんじゃないでしょうか……なんといっても、私たちは付き合っているのですし。

「ああ、日向くんなら左右田くんと田中くんに連れられてどこかへ行っちゃったよ。もう帰っちゃったんじゃないかなぁ……」

「えっと……でも……」

「…………それとも罪木さんは、そんなにボクと一緒に帰るのがイヤ? 仮にもクラスメートなのに」

「いえ、そういうわけじゃないですけど……」

「じゃあ決まりだね。行こうか」

 そう言うと彼は、強引に私の手を掴んで歩き出してしまいます。その手に触れた瞬間――

(~~っ! また……)

 あの、夢で見たのと同じビジョンが脳内に映しだされて……私の体は力が抜けてしまって。半ば引きずられるようにして、狛枝さんの後をついていくしかないのでした。


「あの、狛枝さん? なんで、階段を登ってるんですか?」

「言ったでしょ、見せたいものがあるって……いや、会わせたい人って言ったほうがいいかな?」

 帰る、と言ったはずの狛枝さんは、なぜか階段を上に向かって登り始めます。けれど、完全に人形のようになってしまった私の手足は、勝手に彼の後をついていくのです。

「ほら、ご対面だ」

 そう言って、狛枝さんが屋上のドアを開けると……そこには、ギャル風の女の人が立っていました。

「……誰ですか? その人」

 私はその人に見覚えがありませんでした。知らない人のはずです。けれど、なぜでしょう……私の心臓が早鐘を打つように激しく鳴っているのは。

「はぁ~い。罪木ちゃん、お久しぶり! でも、誰って酷くないですかぁ?」

「キミは知っているはずでしょう? 彼女は江ノ島盾子。”超高校級の絶望”にして、キミを絶望に堕とした張本人だよ」

”超高校級の絶望”。それもまた、知らないはずの言葉なのに、私の胸を激しくかき乱します。

「違う、違います……そんなの、知りません。そんなはずありません」

 だって……私が堕ちたのは、彼女じゃなく、”あの人”と……

「まだわからないの? いや、思い出せないって言ったほうがいいかな? キミがこの世界に来る前、一体何だったのか……」

 私は……私もまた、超高校級の……



「やめろ!」

 その瞬間、屋上のドアが大きな音をたてて開かれて、日向さんが勢い良く飛び込んできました。

「日向くん……どうしてここに? 田中くんと左右田くんはどうしたのかな?」

 狛枝さんは、意外さ半分、ニヤニヤ笑い半分の表情で問いかけます。

「様子がおかしかったから……悪いけど、ぶっ飛ばさせてもらった。それで、校内に異変がないか探しまわってたんだ……お前の仕業だな、江ノ島盾子」

「ううん。今回は私はなにもしてないよ」

「全く……怪しまれないようにと思って、普段から日向くんと仲のいいあの二人に頼んだんだけど……こんなことなら、弐大くんにでも無理やり押さえつけてもらえばよかったかな?」

「くそっ……罪木、なんともないか?」

 そう言って、日向さんが私に手を差し伸べてくれます。――その瞬間。



       『やあ、罪木蜜柑。お前と友達になりたいんだ』



 ”あの人”と日向さんの顔が重なって。

「~~っ!! いやあああああああ!!」

「おい、罪木!? 江ノ島ァ! お前、罪木になにを!」

「だから……アタシはなにもしてないって。やったのはあくまで狛枝センパイで、アタシは少し力を貸しただけ。”絶対的な希望は、絶対的な絶望を乗り越えてこそ生まれる”という彼の考えは、”絶対的な絶望は絶対的な希望を踏み潰すことで刻まれる”というアタシの考えに似ていたからねぇ」



「と、いうわけだ日向くん。そこを退いてくれないかな? ”超高校級の絶望”である彼女を乗り越えることで、ボクは”超高校級の希望”として輝くんだ……」

「そんなこと言われて、『ハイそうですか』って退くわけないだろ!」

「しかたないなあ……日向くんはターゲットじゃないんだけど」

 狛枝さんはそう言うと、手で銃の形を作りました。そして、弾を発射するようなジェスチャーをしてみせます。

「バァン……ってね」

「!!?」

 その瞬間、日向さんが、突然倒れこみました。まるで、本物の弾丸を打ち込まれたように……

「少しでも絶望を感じたことのある人間じゃあ、今のボクには勝てないよ。日向くんが何の才能も持っていないことにコンプレックスを感じていたことはわかってたからね」

「狛……枝ぁ!!」

 狛枝さんは、日向さんの頭をまたいで、ゆっくりと私に近づいてくると……胸元に、手を伸ばしました。まるで、銃創に指を差し込み、弾丸をえぐり出すように。

「さあ、罪木さん……キミの染まらない心(なか)を見せてくれ……」


「まったく……ツマラナイことをしますね」

 次の瞬間。私の目の前にあったはずの狛枝さんの顔が、一瞬にして消えました。見れば、屋上の反対側の落下防止柵にめり込むように倒れています。そして、先ほどまで日向さんが倒れていた場所に立っていたのは……

「カムクラさん!?」

 真っ黒な髪を腰まで伸ばした、赤目の怪人……カムクライズルさんなのでした。狛枝さんを蹴り飛ばしたその足をゆっくりと下ろします。

「言ったはずですよ、罪木さん。絶望と戦うことこそが、僕の使命だと。……ねえ、そうでしょう? 江ノ島盾子」

「ぎゃははは! 流石は”超高校級の希望”だなァ! セブンス・シーやウサミと違ってアタシの仕掛けたプロテクトなんか、軽く超えてきやがる!」

「違うよ……江ノ島盾子。”超高校級の希望”はコイツじゃない……ボクなんだ。ボクこそがっ……」

 狛枝さんは、フェンスからなんとか体を起こすと、先ほどのように手を銃の形にしてカムクラさんに突きつけます。……しかし。

「……なぜだ! どうして絶望しない!?」

「……僕は才能を正しく扱う、その為に生まれたいわば自動的な存在です。希望もないから絶望もない。それだけの、ツマラナイ理由です」

「カムクラ先輩、あいかわらずカッコイー! もっと言うなれば、自分自身が”希望”だから……希望を抱くまでもない、って感じ? そこの自称”超高校級の希望”とは違ってさ」


「そんな……そんなわけない! ボクは希望になるんだ! あらゆる障害を乗り越えて! カムクライズル……オマエがその邪魔をするというなら……オマエも絶望だ!」

 そう言って狛枝さんが指を鳴らすと、私の後ろ、校舎のドアから小泉さんと澪田さんが出てきました。二人とも、虚ろな表情で、ふらふらと狛枝さんとカムクラさんの間に立ちはだかります。

「人質、ですか……ツマラナイ小細工を」

 カムクラさんは、そんな二人の後ろに素早くまわりこむと、首に手を回します。大した力を込めているようには見えなかったのに……三秒もすると、二人は絞め落とされたのか、意識を失ってその場に崩れ落ちました。

 けれど、その間にカムクラさんは私に走り寄ってきて……抱き上げるようにして、一目散に屋上を後にしようとします。

「……逃がしません」

「あれ? いいの? あんなところにちびっ子がいるけど」

 江ノ島盾子が指さした先には。

「西園寺さん!?」

 いつの間にか西園寺さんが屋上の縁に立っていました。おそらく、さっきの二人に紛れて、こっそりと入ってきたのでしょう。彼女もまた、虚ろな表情をして、そして――


「ちっ!」

 言うが早いか、カムクラさんは信じられない速さで地を蹴って西園寺さんにかけよります。けれど、それより一瞬早く――彼女は、何もない空間に足を踏み出し、そして真っ逆さまに地上へ向けて落ちていきました。

 カムクラさんは、躊躇いもなくそんな彼女の後を追い、屋上を飛び降りて。そして、校舎の壁を走るように蹴って、加速し。先に飛び降りた西園寺さんに追いつき、彼女をかばうように抱きかかえます。

「カムクラさん!」

「あははははははははははは! さすがは”超高校級の希望”だ! きっとキミなら助けられるって信じてたよ! だから西園寺さんを飛び降りさせることができたのさ。流石にクラスメートを殺すのは本意じゃないからねえ!!」

「狛枝凪斗……これが貴方のやり方ですか」

 飛び降りたことなどなんでもないのか、カムクラさんは素早く立ち上がると、屋上
の狛枝さんを睨みつけます。

「さて。ボクは罪木さんを連れて”ゲームセンター”で待ってるよ。キミならなんのことかわかるよね? それじゃあ、行こうか。罪木さん」

 狛枝さんが、そう言った途端、なぜだかとても眠たくなって……私の意識は、深い深い闇の中に落ちていくのでした。


 チャプター4 アウェイク・ヒーロー

http://www.youtube.com/watch?v=uGcsIdGOuZY


 今の私には、その顔をはっきりと思い出すことができました。身長180cmほどの、これといった特徴のない、私と同年代の男の子。

「やあ、罪木蜜柑。お前と友達になりたいんだ」

 そう言って、優しく微笑んで、手を差し伸べる彼。その人の名は――

「――はい、日向さん」

 日向さんは、私が欲しい物を全て与えてくれました。

「ふーん……本科にも、イジメとかってあるんだな……あのさ、予備学科の俺なんかじゃ頼りないかもしれないけど……何かあったら言えよな」

 私を守ってくれる人。

「違う……俺はカムクライズルじゃない! 俺は、俺だ! 日向創だ! その名で呼ぶな! くそ、くそぉ……」

 私が守ってあげられる、私を必要としてくれる人。

「……この”人類史上大大最悪の絶望的事件”の締めには、お前の”超高校級の保健委員”の力が必要なんだ……やってくれるか?」

「……はい。日向さんが、私なんかの力を必要としてくれるなら」

 私の才能の使い道。

「ほら、見ろよ罪木! あの偉そうにしていた評議員の連中も! 俺の頭の中を弄った先生も! お前を虐めていた奴らも! みんな! みんな死んだ!」

 私の、世界に対する復讐の、その言い訳も。全部ぜんぶ、彼がくれたのです。




「そう……それがキミの本質だよ、罪木さん。キミは実のところ、絶望そのものを愛しているわけじゃあない。ただ縋るべきもの、奉ろうものを求めているだけの人間だ。それが神だろうと悪魔だろうと、希望だろうと絶望だろうとキミにとっては関係ない……だったら、ボクがキミの希望になってあげるよ。ねえ、罪木さん……」

 ボクは今、灯りの消えたゲームセンターで、二つ並べた椅子に横たえた罪木さんの体を見下ろしている。ようやく、彼女の何重にも上書きされた仮想空間での記憶の下から、現実での絶望の完全な記憶を掘り出したところだ。この絶望を、彼女に重ねあわせ……そして、それを打ち砕いたとき。ボクは、”超高校級の希望”になれる……!

 「あはっ……あははははははははははは! 最高だよ! 最高の気分だ! もう誰にも厄病神なんて呼ばせやしない! 不幸と幸福の波に苦しむこともない! ボクは絶対的なものに! 希望そのものになれるんだ!」

 そして、いよいよ彼女の絶望を打ち砕かんとしたそのとき……ゲームセンターのドアが開いて、外の光が差し込んできた。そして……招かれざる客もまた、一緒に入り込んできた。

「……もう。いいところだったのに、邪魔しないで欲しいなあ。ただの予備学科の日向くん」

「…………」

 予想に反してそこに立っていたのは、カムクライズルではなく、ボクのよく知る日向くんだった。……いや、よく知るだなんていえないか。

「それとも、”超高校級の絶望”の首魁、日向創って呼んだほうがいいかな? さっき、罪木さんの完全な記憶を見てようやく知ったよ……キミこそが、あの江ノ島盾子と並ぶ”超高校級の絶望”……多くの人を巻き込み、最終的には世界を滅ぼした”人類史上大大最悪の絶望的事件”の首謀者だったなんて。あ、安心してよ。キミの次はちゃんとあの江ノ島とかいう女も地獄に送ってあげるからさ」

「…………」

「ボクはキミが絶望に堕とした人間を救おうとしているんだよ? その邪魔をするなんて、キミはどこまで絶望的なやつなんだい?」

「…………れ」

「あ、今更カムクライズルの力を借りようとしても無駄だよ。七海千秋の持っていた権限は、今や全て江ノ島盾子のものだ。もはやこの”ゲームセンター”は完全に江ノ島盾子が支配している。如何に最上級管理者であるカムクライズルといえども、もはや介入することは不可能だ。この世界の希望は、ボクがこの手で守ってみせるよ!!」

「……歯ぁ、食いしばれ!」



「……え?」

 気がつくとボクの体は椅子をなぎ倒しながら吹き飛んでいた。一瞬遅れて顔面に激しい痛みがやってくる。

(……殴られた? どうして!?)

 ボクは慌てて手で銃を作り、日向くんに向けて突きつける。けれど……

「何故だ!? どうして効かない!? 一度絶望に堕ちた奴が、ボクに勝てるはずが……」

 現に、今も彼の”銃創”ははっきりと見えている。ぱっくりと口を空けたそこに、確かにコトダマを打ち込んでいるはずなのに……

「……そんなもんに頼らないで殴りかかってきてたら、まだ勝機はあったかもな」

 そう言って日向くんは倒れているボクに馬乗りになって跨り……

「でぇい!!」

 ボクの顔面に向かって、容赦なく拳を突きおろしたのだった。


 ……あれから、どれくらいの時間がたったのだろう。再び目を覚ましたとき、ボクの横にはダルそうに地べたに座り込んでいる日向くんがいた。

「……お、目が覚めたか。江ノ島盾子なら、さっき復活した七海とウサミのやつがデリートしたぞ。お前のその変な力も、もう使えなくなってるはずだ」

「…………」

「……何が起こったのかわからないって顔してるから、説明してやる。まず、俺は初めからカムクライズルに頼るつもりはなかった。アイツは、『そもそも絶望を知らない僕が倒したところで、彼は考えを改めたりはしないでしょう。それより一度絶望し、そこから立ち直った貴方の方が適任だ』なんて言ってたけどな……ああ、そうそう。だから、お前の変な技が聞かなかった理由なら、俺が絶望から立ち直ったから、っていうことになるな」

「流石にいきなり思い出させられたときはビックリしちまったけど……もうあんなの、俺にとっては大したことじゃない。それだけだよ。それと、もう一つの理由は……俺がただ、自分の手でお前を殴りたかったからだ」

「…………」

「なあ、狛枝……どうしてお前、そんなに希望だの絶望だのに拘るんだ?」

「そんなこと……日向くんにならわかりそうなものだけど。”超高校級の絶望”も”超高校級の希望”も、どちらも経験した、日向くんなら」

「いや……悪いけど、俺には全然わからない。お前の希望も、絶望も。そもそも、今はお前の話だろう? どうして話を逸らすんだ?」

「…………」

 日向くんが、思わず目を逸らそうとするボクの手を掴む。その力が余りに強くて、つい彼の方を向いてしまう。

「お前が他人の絶望に執着するのは……もしかして、自分の絶望から目を逸らすためじゃないのか?」

「……よく、意味がわからないけど」

「わからないふりをするなら、それでもいい。ただ一つ、俺から言えることがあるとすれば、『他人のことに構う前に自分を何とかしろ』ってことだな」


 そう言って、日向くんは立ち上がると、ズボンについた埃を手でぱんぱんと払った。そうして、大きく一つ深呼吸をする。

(…………ボク自身の……絶望、か)

 自分の手を見る。試しに銃の形を作って、自分の胸に押し当ててみたけれど……それは、なにも教えてはくれなかった。

「…………何やってんだ、早く立てよ。」

「え?」

 ふと顔をあげると、目の前には日向くんの掌があった。どうやら掴まれ、ということらしい。虚を突かれ、思わずその手を取ってしまう。

「お前が、自分の絶望に一人じゃ立ち向かえないっていうなら……俺が手を貸してやるよ」

「……日向くん、さっき、人のことより自分のことを何とかしろって言ったばかりじゃないか」

「いいんだよ。俺は、もう自分の絶望なんか乗り越えてるから。お前と違って、余裕があるんだよ」

「…………ズルいな、日向くんは」

「それも、七海と、それから罪木のおかげだけどな。カムクライズルなんて関係なくて、俺は俺なんだって教えてくれたのは。昔の俺は、自分が罪木を絶望に引き込んだ、って考えてただろうけど……実際は、罪木が俺を救うために、絶望の中に飛び込んできてくれたんじゃないか、なんて思うよ」

 

 そう言うと、日向くんは気を失ったままの罪木さんを背中に負ぶさって歩き始めた。彼が、ボクの前を横切る瞬間。

「あっ」

 何故かボクは反射的に、彼の腕から突き出された、肘の部分を握っていた。

「……なんだ? 一人じゃ上手く歩けないから、手を引いて欲しいってのか?」

 そう言って日向くんは、意地の悪いニヤニヤ笑いを浮かべる。

「……馬鹿じゃないの、日向くん。そんなことあるわけないじゃない。これは、ただ……」

 そこまで言ったはいいものの……うまい言い訳は思いつかず。かといって、手を話すこともできず。ただボクは、黙りこくって立ち尽くしてしまう。

「…………」

 日向くんはそんなボクに、それ以上何も言わずに、手を振り払おうともせず。ただ、黙って歩き始めたのだった。





 おしまい。

 ブギーポップ×ダンガンロンパシリーズは完結です。世界観とかわかりにくかったと思うんで、質問とかあったら答えます。

 

うまく溶け込んでて最高だった。超乙
他に書いたシリーズってあります?


日向「いんらん☆アイランド?」
http://ssblog614.blog.fc2.com/blog-entry-2716.html

日向「罪木くずし?」
http://ssblog614.blog.fc2.com/blog-entry-2128.html

罪木「日向ぼっこ?」
罪木「日向ぼっこ?」 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1379674347/)

が完結済みです。今は

ダンガンロンパ3EX 希望の未来と6人の絶望の使徒
ダンガンロンパ3EX ~希望の未来と6人の絶望の使徒~ - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1379850459/)

をやってます。

ありがとう。3EXの人だったのね


「でぇい!!」になんかワラッタww


 エピローグ 新世界より

 http://www.youtube.com/watch?v=WuqyfEyNXQo




  俺の名前は日向創だ。今年から、この私立希望ヶ峰学園に通っている。この学園はたんなる高校じゃなく……全国からあらゆる分野の超一流高校生を集め、将来を担う”希望”に育て上げることを目的としている。

 だから、この学園の生徒達は全員何らかの”超高校級”であるはずなんだが……俺の場合は少し違う。俺は、元予備学科の人間で、特別に”超高校級の希望”という名目でこのクラスに籍をおいている。

 ”超高校級の希望”なんて言っても……どんな才能だか、なにが出来るやつなのかわからないだろう。俺だってそうだ。自分が何を求められて今ここにいるのか、まるでわからない。

 でも、そんなわけのわからないやつを、皆は快く受け入れてくれた。だから、あんまり気にしないことにしている。

 そうそう、彼女もいるんだ。恥ずかしいから、クラスのやつには秘密なんだが……優しくて、あと着痩せするタイプだ、とだけ言っておこう。

 今日もまたいつものように、狛枝のやつのよくわからない友人理論(友達とはかくあるべき、という話が好きなのだ、コイツは)に耳を傾けていると、突然、”世界”が大きく揺れた。

 それは、地震とは違い、ものは全く動いていないのに……まるでパソコンの画面を揺らしているように、俺の視界だけがぐわんぐわんと上下動しているのだ。

「お、おい! 大丈夫か?」

 周りを見てみると、他の奴らも同じ感覚を味わっているようで、目を白黒させている。ただ一人、宇佐美先生だけは神妙な顔つきだ。

「とうとう、この日がきたんでちゅね……」

 なにか知っているのか、とかその赤ちゃん言葉はなんだ、とか。聞きたいことはいろいろあったけれど。それを口にする前に、今度は世界が真っ暗になり。そして頭の中で、大きな声が響いた。

『当艦は居住可能な惑星を発見。まもなく接岸します。当艦は居住可能な惑星を発見。まもなく接岸します』




このSSまとめへのコメント

このSSまとめにはまだコメントがありません

名前:
コメント:


未完結のSSにコメントをする時は、まだSSの更新がある可能性を考慮してコメントしてください

ScrollBottom