凛「961プロには、絶対に行かない」 (83)


 あのジュピターが961プロから離れた、という情報は、
 興奮気味なうちのプロデューサーから聞いた。

P「961の支援を失ったジュピターが、また元のようにオーディションに出るまでには、
 だいぶ時間がかかるだろう。これは思ってもないチャンスだ」

凛「私達、ニュージェネレーションが売れるチャンスってこと?」

P「ああ!」

卯月「で、でも765プロとか、ディアリースターズとか……。まだまだライバルは多いんじゃ」

未央「まあ、ジュピターがいるのといないのとじゃ、結構難易度も違うよね?」

P「というわけで……レッスンを入れたぞ! がんばろう!」


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未央「え、ええー……」

卯月「頑張りますっ!」

凛「レッスン、やるしかないよね」

未央「み、みんなやる気だね……よーし、私もやる気になるっ! 行こっ、プロデューサー♪」

P「おう! じゃあちひろさん、行ってきます!」

ちひろ「はい、いってらっしゃい」

 プロデューサーは、ジュピターのいないオーディションで確実に勝てる力をつけようと、
 前よりもハードなレッスンを組んできた。


 それ自体は、別にいい。
 別にいいんだけど。

 ……その961プロが、まさか私自身のライバルになるだなんて——。
 想像もしていなかった。

P「そこでターン!」

卯月「夢はゆーめでおーわれっな……きゃあっ!」ズテン

未央「わわっ!」ドン

P「大丈夫か!? 2人とも!」

卯月「ご、ごめんなさい……」

P「気をつけるんだぞ……。そろそろ、休憩にしようか」


 休憩じゃなくて終了がいいよー、という未央の提案で、
 疲れきっていた卯月を癒すためにも、事務所に戻ることになった。

 ワゴン車に乗り込んだ。私が助手席で、卯月と未央は後ろの座席だ。

未央「しまむー、疲れてたんだね。ぐっすりだよ」

凛「未央も疲れてるんじゃないかな? 私も結構、足が痛いし」

未央「ご明察ぅー……」

P「いやあ、お前らが頑張ってくれれば、シンデレラプロダクションは安泰だよ」

凛「765プロみたいになりたい、なんて思ってないよね?」


P「えっ」

凛「……思ってるの?」

P「お前らの力なら、なれるさ」

凛「いや、そういう話じゃなくてさ」

P「…………俺は、信じてるよ」

凛「…………」

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渋谷凛(15)

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島村卯月(17)

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本田未央(15)


 沈黙。
 プロデューサーは本当に、冗談抜きで思っていそうだ。

凛「……頑張るけどさ」

P「けど、とか言うな。頑張る、だけでいい」

未央「……くぅー…………」

卯月「すぅ…………」

凛「……頑張る」

P「よし」


 シンデレラプロダクション、と書かれたフロアガイド。
 そこそこ都心のビル、3階から5階が事務所になっている。

 私たちアイドルは、談話室のある4階に集まることが多い。

未央「たっだいまー!」

みく「おかえりにゃあ!」

蘭子「闇に飲まれよ!(お疲れ様です!)」

 アイドルのみくや、蘭子ちゃんに挨拶を返した。

卯月「なんか2人とも、心なしか嬉しそうだね」

蘭子「ふむ……我の放射する煌めきを視たか(あっ、やっぱり分かりますか?)」

みく「実は実はっ、みくと蘭子チャンが今度始まるバラエティの司会になるらしいのにゃ!」


凛「すごいね! ……私達も頑張らないと」

蘭子「あなた達ならば一瞬で頂点の輝きを掴めるわ(凛さん達なら、すぐにトップアイドルになれますって!)」

未央「ありがとっ」

みく「これからテレビ局の人と、お話してくるのにゃ」

卯月「プロデューサーさんも付いて行くの?」

みく「ううん、2人だけ」

蘭子「管理者が光を制御する存在を欲していない(テレビ局の方が、アイドルだけで来て下さい、って)」

凛「……ふうん」

 どうしてだろう。……プロデューサーが、忙しいから?

 その後、みくと蘭子ちゃんはハイテンションのまま、事務所を後にした。


卯月「テレビつけるね」

未央「今の時間だと、再放送とかやってるのかな?」

『生っすか!? イブニング、菊地真です!』

卯月「あっ、菊地真さんだ」

未央「765プロの?」

卯月「そうそう」

凛「プロデューサーが、この事務所を765プロみたいにするのはお前らだ、って言ってたよ」

未央「えっ!? 私達に任せちゃうの!?」

卯月「信頼されてるねぇ。お仕事、あんまりないのに」

 それは言わない約束でしょ、卯月。
 まずはオーディションで勝てる実力をつけないと、仕事は舞い込んでこない——。
 プロデューサーのよく言う台詞だ。


 冷蔵庫の中から、ドリンクを3本取り出して、
 ソファに座っている未央と卯月にそれを渡し、深く腰掛けた。

卯月「ありがと、凛ちゃん。ごく……ごく…………ぷはぁ」

未央「ふぃー。いつかこのスタドリ地獄からも解放されたいねー」

凛「むしろ、売れ出したらずっとスタドリ地獄なんじゃない?」

未央「えー」

 タッタッタッ、と階段を駆け上がる音が聞こえる。
 勢い良く扉が開いた。

凛「……どしたの、プロデューサー」

P「き、決まったぞ!」


未央「何かが決まったの?」

P「こ、これを見てくれ!」

 プロデューサーは、卯月に一枚の紙を放り投げた。

卯月「わ、わわっ! ……これは?」

凛「……『イメージアイドルオーディション』?」

未央「『来月我が社から発売される新しい栄養ドリンクのイメージアイドルを募集します。
   イメージアイドルには、CMや会見などに多く出演していただきます』……って」

卯月「これに出られるんですか!?」

P「ああ。……突然参加しないか、ってメールが来て」


 すごい。このオーディションに勝ち抜けば、一気に知名度が上がる。

P「みんな、このオーディションに出てくれないか?」

卯月「もちろんですよっ!」

未央「こんなすごいの、出るしかないよねっ」

P「……凛は、どうだ」

卯月「凛ちゃん?」

未央「しぶりん?」

凛「……ご、ごめん、ボーっとしてた。もちろん、出るよ」


P「よし! そうと決まれば、明日から猛特訓だ!
 早速、エントリーしちゃうぞっ」

卯月「す、すごいテンションだね、プロデューサーさん」

未央「さっきの2人みたいだね」

凛「でも、これ……上手く行けば、トップアイドルになれるよ」

卯月「夢みたい……」

未央「もう、なるっきゃないっ!」

 未央が手の甲を出してくる。卯月が、手を重ねた。

卯月「凛ちゃんっ」

凛「……うん!」

 手を重ねて、思いっきり叫んだ。

凛「シンデレラプロ、ファイトっ!」

未央・卯月「オーっ!」


 その翌日、みくと蘭子ちゃんが事務所にやってこなかった。
 ……ということを、プロデューサーとちひろさんから聞いた。

 レッスンスタジオにずっといたから、分からないけど。

 オーディションには、既にいろんなアイドルがエントリーしているようだ。
 こだまプロダクションの、新幹少女。876プロダクションの、ディアリースターズ。
 そして…………765プロダクションの、竜宮小町。

 何としても勝ち取る。勝ち取るんだ——。

未央「♪」

卯月「〜♪」タン タタン

凛「〜っ!♪」クルッ

未央「良い感じだね、一旦休憩入れようか」


凛「そう、だね……。ちょっと、そこに座っても、いい、かな」

卯月「り、凛ちゃんすごい汗……。ゆっくりした方がいいよ」

 卯月がタオルを渡してくれた。

凛「ありがと、卯月」

未央「ん、電話鳴ってるよ?」

凛「ほんとだ…………みく?」

 『前川みく』と表示されている。
 着信ボタンを押した。

凛「もしもし?」

『もしもし…………』


凛「みく? どうしたの? 今日、事務所に来てない、って聞いたけど」

『…………凛チャン、ごめんにゃ』

凛「え?」

『……みくは、裏切り者にゃ』

凛「…………何か、あったんだね」

『……うん』

凛「話してくれないかな」

未央「なになに? 何かあったの?」


『……昨日、蘭子チャンと一緒に行ったファミレスで…………』

凛「ファミレスで?」

『突然、テレビ局の人が……にゃあっ!』

凛「みく? ……みく!?」

『……ごめん、凛チャン。みくは、みくは……』

凛「ねえ、みく」

『最低だよ』

 プツリ、と電話が切れる音。
 …………嫌な予感。背筋が震えた。

未央「し、しぶりん? 怖い顔してるよ?」


卯月「どうしたの、凛ちゃん」

凛「……みくが、変な電話をしてきて」

未央「…………変な電話?」

 また、電話が鳴った。今度の相手は、

凛「…………もしもし、プロデューサー?」

『大変なんだ! クソッ……あああっ!』

凛「どうしたの?」

『未央か卯月のケータイで、961プロのサイトを見て欲しいんだ』


凛「未央……スマホ、ある?」

未央「あるよ?」

凛「それで、961プロのサイトを見て」

未央「わ、分かった。……961プロ」

 未央が音声検索をして、画面操作をする。
 読み込み中の白い画面が見えるように、スマホを私と卯月の目の前に置いた。

卯月「…………『961 New Project』……」

 黒の背景に、金色の文字。その後に表示されたのは、

凛「…………!」


未央「!?」

卯月「……っ!」

『前川みく、神崎蘭子。アイドルデュオの新プロジェクト、始動……だって』

凛「…………なに、これ」

卯月「だ、だって昨日まで、事務所で……」

未央「新番組が決まった、って…………」

『引き抜きだよ』

凛「引き抜き?」

卯月「…………」

『2人は、961プロに引き抜かれたんだ』

 スタジオが、一気に静かになった。

http://i.imgur.com/CEwFcjF.jpg
http://i.imgur.com/4S5nXJF.jpg
前川みく(15)

http://i.imgur.com/YHZZR8C.jpg
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神崎蘭子(14)


凛「…………961プロに」

未央「…………っ」

 未央が突然、シャツを脱いだ。

卯月「ふぇっ!? み、未央ちゃん……?」

未央「しまむー、タオル取って。あと、着替え」

卯月「えっ? あっ、このバッグ?」

凛「…………プロデューサー」

『どうした』

凛「私達、行ってくるよ」

『……は?』

卯月「え?」


凛「じゃあ」

『ちょ、まっ』

 電話を切った。

凛「卯月も着替えて」

卯月「へっ!?」

凛「行くよ、961プロに」

未央「しぶりんもその気になったかっ!」

凛「みくと蘭子ちゃんに会わないと」


卯月「ほえっ!? あのっ、2人とも……」

未央「ん?」

凛「なに?」

卯月「私しか居ないからいいけど、こんなにオープンに着替えるのは……」

未央「そんなこと言ってる場合じゃないよ、しまむー!」

 未央が卯月の下半身へと手を伸ばす。

卯月「ひゃあっ! わ、分かったよう、自分で着替えるよう!」

凛「…………」

 私は、みくへと電話をかけ続けていた。
 繋がらない。


 レッスンスタジオの人には、後で戻りますと言って外へ出た。
 ここから電車で3駅ほどで、到着するという。

 ……961ビル。

凛「……走るよ!」

未央「しまむー、手ぇ繋ぐよっ」

卯月「わ、分かったっ」

 急いで改札を抜ける。定期入れを落としそうになったのを、慌ててキャッチする。

凛「……すぐに電車、来るみたいだ」

卯月「ね、ねえ凛ちゃん。……プロデューサーさんに、怒られないかな」

凛「怒られてもいいから、みくと蘭子ちゃんに会いたい……って、思うんだ」


 電車に乗り込んで、3駅。
 時間にしたら大したことがないんだろうけど、とてつもなく長い時間に思えた。

未央「着いた!」

凛「……大きい広告、だね」

卯月「ジュピター……」

 ジュピターの写真と、961プロのロゴマーク。
 悪趣味な広告が、ホームの上にあった。

凛「……行こう」

未央「うんっ」

卯月「うん!」


 961プロのビル。うちの事務所とは比べ物にならない。
 こんなに大きいビルが、下から上まで全て961プロだというのだ。

未央「ほえー……大きいね」

卯月「でも、変なビルだね」

 ところどころ金色の、真っ黒のビル。

凛「…………」

 入ろう、と足を動かした瞬間。誰かの携帯電話が鳴った。
 私のではない。卯月を見ると、慣れない手つきでスマホを操作していた。

卯月「……もしもし?」

『——きっ! ————……いるっ』

卯月「わあっ!」


 大声が、電話から漏れる。

卯月「……は、はい……全員、います」

『————カーモードに……』

卯月「分かりました」

 卯月が耳から電話を離して、何かの操作をする。
 すると、電話の向こうの音は大きくなった。スピーカーモードか。

『……勝手なマネはするな!』

凛「プロデューサー」

『なんだよっ』

凛「私ね、みんな仲間だと思ってる。だから、引き抜きが許せない。未央も、卯月も同じ」

 未央と卯月が頷いた。


『……でも、お前らはレッスンを抜けだした』

未央「セルフレッスンの分はちゃんと出来たもんっ」

『俺がお前らにセルフレッスンを任せることが、普段あるか?』

卯月「……ありません」

『俺だって、961プロに行く用事があるんだよ』

凛「…………え?」

『後ろ』

 3人で同時に振り向くと、そこには。
 ガラケーを持って、立っているプロデューサーの姿。


凛「…………プロデューサー」

P「……元々向こうからは、アイドルを連れてくるように言われてたけど……」

卯月「え?」

P「961プロの新プロジェクトは、デュオじゃない。3人のユニットだ」

未央「……」

P「いわば女性版ジュピター……。今後シンデレラプロの出るオーディションに
 出ない、何の妨害もしない代わりに、1人アイドルを差し出せって」

卯月「……誰を、連れてきたんですか」

P「誰も連れてきていない。2人とも、返して貰う予定だった」

凛「……ねえ、プロデューサー」


P「なんだ、凛」

凛「私を、連れて行って」

P「……何を、言ってるんだ」

凛「961プロに行く気なんて、全然ない。だけど、みくと蘭子ちゃんには、会いたい」

P「ダメだ、そんなこと。上手く言いくるめられたらどうするんだ!」

凛「……プロデューサー。私は、アンタにスカウトされてこの世界に入って、
  卯月と未央に出会って、事務所のみんなに出会って、アイドルをやってるんだよ」

P「…………」

凛「961プロに乗り込んで、2人を返してもらおう」

P「…………」

未央「……プロデューサー、私からもお願い」


卯月「私からも、お願いしますっ」

P「……」

凛「お願い」

P「…………そのかわり」

未央「……!」

P「未央と卯月は、絶対にそこを動くな」

卯月「分かってます!」

P「凛、行くぞ」

凛「うん。…………2人に会って、話を聞かなきゃ」

 プロデューサーは、私の手を掴んだ。温かくて大きい手だ。ちょっとだけ、安心する。


P「約束しました、シンデレラプロの……」

社員「分かりました。9階の応接室で、プロデューサーがお待ちしております」

P「ありがとうございます」

 エレベーターに乗り込む。

凛「趣味悪いね」

P「そうだな。……うちは、961みたいな事務所にはしたくないな」

凛「うん」

 9階でございます、と音声が流れた。


 広い、広い廊下。少し歩いたところに、応接室があった。
 ノックをして、「失礼します」と部屋の中に入る。

961P「……こんにちは、961プロのプロデューサーです」

P「ありがとうございます、シンデレラプロのプロデューサーをしております」

 名刺交換。

961P「そちらは?」

P「うちのアイドル、渋谷凛です」

凛「どうも」

 ペコリ、と礼をする。
 どうしてこんなヤツに頭を下げなきゃいけないんだ、と思った。


961P「それでは、アイドルの移籍についてなんですが、さっそく……」

P「その件ですが…………うちは、2人の移籍を認めるつもりはありません。
 返していただきたい」

961P「返していただきたい、というのは?」

 961のプロデューサーは、メガネをクイッとあげた。

P「私は、そちらがうちに事前の連絡もなく、アイドルを脅すような形で
 引き抜いたと聞いております」

961P「……そう、なんですか?」

P「え?」

961P「僕はスカウトや引き抜きの担当ではありませんし、その件は
   社長でないと、分からないです……」

P「……では、社長に会わせてください」


961P「無理です。社長は今、席を外しております」

P「…………ならば、前川みくと神崎蘭子を、うちに返して下さい」

961P「社長の承認がなければ、所属アイドルを移籍させることはできません」

P「まだ移籍はしていないはずです。そちらが勝手に所属アイドルとしているだけで、」

961P「いいえ……2人からは、移籍するといった旨のサインを貰っております」

 961のプロデューサーが、2枚の書類を出してきた。
 『私は現在のプロダクションから、961プロダクションへ移籍することに同意します』?

凛「…………こんなの、上に紙を被せれば分からないよ」

961P「……そんなことはしていませんが」

P「……2人に、会わせて下さい」


 プロデューサーの声が、どんどん弱々しくなる。

961P「分かりました。僕が同席してもよろしいですか?」

P「出来れば、2人だけと話したいんです」

961P「…………呼んできます」

 961のプロデューサーが、部屋を出る。
 「くそっ!」と、プロデューサーがテーブルを叩いた。

凛「プロデューサー、つまり……社長がいないからどうにもならない、って言われてるの?」

P「ああ、そうだ。……ここの社長は権力があるって、前から知っていたけど……。
 まさかここまでなんて」

凛「…………」

P「それに、なんだあの書類は」

凛「……この書類、盗んじゃえば?」

P「これはコピーだよ。本物はきっと、別のところに保管してある」


 ドアが開いた。961のプロデューサーと…………。
 黒いTシャツを着た、みくと……蘭子ちゃん。

凛「みくっ、蘭子ちゃんっ」

みく「…………」

蘭子「……」

961P「それでは、失礼しますね。みくちゃん、終わったら僕に声をかけて」

みく「分かりました……」

 ドアが閉まる。

P「…………みく、蘭子。何があったんだ。何があってお前らは……」


みく「…………ごめん」

蘭子「ごめんなさい……」

P「話してくれ。昨日、何があった」

みく「…………テレビ局の人から、みくと蘭子チャンに新番組の司会をやって欲しい、って言われて」

P「撮影帰りに?」

蘭子「……プロデューサーさんには言わないでくれ、って」

凛「……やっぱり、あの後に……」

みく「ファミレスに呼ばれて、司会をするためには移籍しなきゃいけない、って言われたんだにゃ」

凛「そんなの、断れば……」

蘭子「断ったら、もう二度とシンデレラプロに仕事はいかないだろうね、って言われたんです」


P「……そんなこと、起きるはずないだろ?」

みく「わかんないじゃん! 干される、って言うんだよねっ!?」

P「……」

みく「みく、知ってるにゃあ。アイドルのみんなが、レッスンとか営業とか、努力してるところ。
   ニュージェネの3人も、幸子チャンも、藍子チャンも、みんなみんなっ——!」

蘭子「だったら、私達が犠牲になれば」

みく「……って、思ったんだ」

P「…………どうして、俺に相談してくれなかったんだよ」

みく「相談出来るような雰囲気じゃなかったんだよっ、監視されてて……」

凛「それで、この書類にサインしちゃったの?」

蘭子「…………」


みく「本当に、ごめんなさい」

蘭子「……ごめんなさい」

P「…………それで、961プロのデュオに、なるのか」

みく「……デュオじゃないよ」

凛「…………」

みく「シンデレラプロから、もう1人引き抜く気だよ。あの偉そうな社長が」

蘭子「…………」

P「ああ、聞いてるよ。アイドルを1人連れてこい、って」

蘭子「凛さんを移籍させる気なんですか!?」


P「いや、それはない。……うちからは、もう誰も移籍させない」

みく「だ、よね……」

蘭子「…………仕方ないです」

凛「……2人は、誰かが移籍してきた方がいい?」

みく「そ、そりゃあ、こんな変なプロダクションに2人きりよりは、3人居るほうが……」

凛「…………」

P「……凛、お前は行かないでくれ。みく達の気持ちは俺にも分かる。
 だけど、お前はシンデレラプロに居ないと……」

凛「……うん」


 なんだか、外が騒がしい。
 男の人の声がする。……さっきの、961のプロデューサー?

みく「……社長の声?」

 ドアが大きい音を立てて、開いた。

黒井「……貴様か、どこぞの3流プロのプロデューサーというのは」

P「…………黒井社長、ですか」

黒井「ウィ」

 紫のスーツに身を包んだ男性。これが、

凛「…………黒井社長」


 黒井社長はみくと蘭子ちゃんの座るソファの、横に座った。

黒井「それで、貴様が渡してくれるアイドルは……これか?」

 私を指さす。

P「いいえ、私共から移籍させるということは、もう金輪際ありませんし——、
 前川みくと神崎蘭子の2人を、返していただきたい」

黒井「戯言はやめたまえ。2人は同意して961プロに移籍することを選んだ。
   もう権利はこちら側にあり、貴様らは何の権利も持たない」

P「…………」

黒井「私が求めているのは、華麗なる3人組の女性アイドル。
   黒という色が似合う、まさしく頂点に君臨する輝き——」

凛「…………だからって、これ以上引き抜きをするなんて」


黒井「私も無差別に引き抜いているわけではない。才能を見極めているのだよ」

P「…………」

黒井「君、少しここで踊ってくれたまえ」

凛「…………お断りします、私は……961プロには、絶対に行かない」

黒井「…………今の事務所よりも良い環境を提供しよう」

凛「環境の問題じゃあ、ありません」

黒井「…………それでは——別のアイドルを」

P「お断りします」

黒井「…………貴様らの事務所には、原石がゴロゴロいる」


 褒めた。

黒井「ただ——プロデューサーが無能では、輝きを放つことはない」

P「なっ……!」

黒井「私の元の有能なプロデューサーならば、アイドルを一瞬で頂点に導くことが出来るだろう」

凛「…………」

黒井「充分検討してくれたまえ」

凛「…………無駄ですよ」

黒井「私が直々に話をするアイドルは少ないのでね」

凛「…………」

 みくと蘭子ちゃんが青ざめている。その対比のように、
 黒井社長はニヤリ、と笑った。


 何も出来ないまま、事務所に戻ってきた。
 壁に貼られたアイドルのポスター、「神崎蘭子」「前川みく」のポスターが、やけに寂しく見える。

P「…………」

ちひろ「……あの、本当に移籍の書類に、サインしてしまったんですか?」

P「……俺が、無能だから……2人を惑わせてしまったんです」

 正式な移籍をさせるから、引き抜きはやめてくれ——。
 プロデューサーが黒井社長に出した、最大限の譲歩だった。

 談話室に行く気にもなれなくて、私たち3人は3階のデスク近くに集まっていた。
 ソファに座っている。

凛「…………プロデューサー」

P「……何だよ」

凛「こんなんでいいの?」

P「……何が」

凛「2人を移籍させられて、黙ってられるのかって聞いてるんだよ」

P「……だって」

凛「みくと蘭子ちゃんは仲間なんだよっ!」


 私らしくないけれど、叫ばないと落ち着いていられなかった。
 卯月が立ち上がる。

卯月「凛ちゃんっ、落ち着いて」

凛「卯月は、これでいいの!?」

卯月「良くないよっ、でも今プロデューサーさんを攻めてもどうにもならないよっ!」

凛「っ!」

 卯月に手を握られた。

卯月「私と未央ちゃんより、その場に居た凛ちゃんの方が辛いと思う」

未央「…………」

ちひろ「…………あ、メール…………961プロから?」ピコンッ

P「!」


ちひろ「…………オフィシャルサイトのアドレスですね」

P「……」

未央「ちひろさん、見せて」

ちひろ「え、ええ」カチカチッ

【961 New Project】

未央「……2人の写真と……シルエット?」

卯月「えっ?」

凛「……」

P「…………」

 全員で、ちひろさんの使うパソコンを覗きこむ。
 みく、蘭子ちゃんの写真と……その横の、真っ黒の誰かのシルエット。

【『Negro』の3人目は誰だ! オーディション開催!】


凛「……ネグロ……?」

未央「なに、これ」

卯月「…………?」

ちひろ「……『961プロダクションの提供する超新星ユニット・Negro。
    私達はユニットの3人目のアイドルを探すべく、オーディションを行います』」

P「……引き抜きは、諦めたんだな…………」

卯月「……いるんでしょうか、オーディションを受けようとするアイドルが」

P「アイドルになるためのオーディションだ、一般人がいっぱい寄ってくるだろうよ」

凛「…………これ、これ以上の引き抜きはない、ってメッセージとも取れるよね」

P「ああ……諦めたみたいだな」

未央「プロデューサー、本当にいいの!? 2人が961プロからデビューしちゃったら……」

P「……絶対に、取り返す」


凛「どうやって?」

P「あっちと同じように、移籍の書類にサインをさせてやればいい」

卯月「で、でも……また揉めるんじゃ」

P「…………俺にも、分からないよ……」

凛「…………」

ちひろ「プロデューサーさん……あの」

P「……?」

ちひろ「向こうが宣伝をするなら、こっちも宣伝をすればいいんじゃないですか?」

P「…………ニュージェネレーションを、ですか」

ちひろ「それしかありません」

P「でも、961とうちとじゃ、資金力が違います」


ちひろ「私、ウェブサイトなら……これには劣りますけど、そこそこ作れますよ」

P「え…………」

凛「じゃ、じゃあ……ちひろさん、頼んでもいいかな」

ちひろ「ええ、みんなオーディションを通過してお仕事をいっぱい取らなきゃね!」

未央「あ、ありがとーっ!」ダキッ

卯月「ありがとうございますっ!」

凛「ありがとう、ちひろさん」

P「ちひろさん……みんな……」

ちひろ「ほら、いつまでやってるつもりですか?」

P「……」


修正前 …… ユニット名「ネグロ」

修正後 …… ユニット名「ブラックフェアリー」


ちひろ「スタミナドリンクです」スッ

P「……ありがとうございます」

ちひろ「さっ、プロデューサーさん。あの娘たちのレッスン、見てあげて下さい」

P「……はい!」

凛「プロデューサー、行こう!」

未央「しぶりん元気だねーっ」

卯月「えーっと、レッスンスタジオって突然入って大丈夫なんだっけ……?」

バタン

ちひろ「…………」ゴクゴク

【3人目の妖精は誰だ! Black Fairy】

ちひろ「…………みくちゃんも蘭子ちゃんも、”妖精”なんて売り方出来るほど、
    薄いキャラクターじゃないわよね」

【オーディション特別審査員・黒井崇男(961プロ社長)】

ちひろ「961プロ、案外プロデュースのセンス、ないかも」ゴクゴク


 移動の途中、プロデューサーは電話でレッスンスタジオの予約をしていた。
 何度も「すみません」と言っていたから、きっと迷惑がられたのだろう。

 レッスンスタジオに到着して、入室する。
 着替える前に、とプロデューサーは喋り出した。

P「……実は、『イメージアイドルオーディション』……1週間後なんだ」

凛「えっ!?」

P「メールをよく見たら……1ヶ月後だと見間違えていて」

未央「ちょ、ちょーっと早すぎない?」

P「悪い……。でも、エントリーしてしまったから……みんなに、任せるしかない」

卯月「……あのっ、曲は……?」

P「『お願い! シンデレラ』だよ」

卯月「……私、あんまりダンスが得意じゃなくて、まだその曲は……」


P「大丈夫……猛練習すれば、卯月は完璧に踊れるようになる」

卯月「……でも……」

P「俺は、みんなもっと出来る人間だと……出来るアイドルだと思ってる」

凛「…………」

P「みんながアイドルとして活躍できないのは……俺のプロデュース不足のせいだ」

未央「…………」

P「事実、2人のアイドルを他の事務所に引き抜かれてしまった」

卯月「……」

P「プロデューサーとして未熟な俺が、みくや蘭子のことを気づけなかった……最悪なプロデューサーだ」

凛「…………でも」


凛「……私達を、トップアイドルにしてくれるんだよね」

P「…………ああ」

未央「……私、プロデューサーのこと……信じる」

P「……」

未央「だからさ、プロデューサー」

P「…………」

未央「もーっと、私達のこと信じていいよ」

P「未央……」

卯月「プロデューサーさんは、最悪なんかじゃないですよ」

P「卯月……」

卯月「だって、私達をそれぞれスカウトしたのは、プロデューサーさんじゃないですか」


 卯月がプロデューサーの手を握る。
 ……プロデューサーに、手を握られたこともあった。

 店番中に現れたプロデューサーは、私を見て……名刺を渡してきたんだっけ。
 なんだこの人、って思った。

P「……」

凛「プロデューサー」

P「……」

凛「私をスカウトした時のこと、覚えてる?」

P「……忘れるわけないよ」

凛「その時、言ってくれたよね。あの時の言葉、今も変わらない?」

P「…………変わるわけ、ない」

凛「だったら、プロデューサーを信じて……私達は、オーディションに出る」

P「凛……」

凛「そのために、猛練習する。完璧に歌えて、踊れるようになるから」


凛「ニュージェネレーションを、トップアイドルにしてください」

 ペコリ、と頭を下げた。

P「…………当然」

 プロデューサーの顔を見る。
 さっきとはまるで違う、自信に満ちた表情。

P「夢は、みんなまとめてトップアイドル……だからな!」

凛「ふふっ」

未央「よーし、プロデューサー! トレーナー呼ばないとっ」

卯月「準備はばっちりです!」

 着替えの入ったバッグを掲げる卯月。

 ——掴んでやる。オーディション。
 そして、取り戻す。みくと蘭子ちゃんのことを。


 ■

「……えーっ!? か、勝手に応募しちゃったの!?」

「だって、マジでアンタ可愛いもん! 絶対なれるよ、アイドルっ」

「で、でも…………な、なんか暑くなってきたっ」

「ほら、脱ぐでしょアンタ! セクシーじゃん!」

「…………こ、これ……明日ぁ!?」

「行くっきゃないよっ!」

「どこでやるの……?」

「961ビル、だって」

「……上京したてだから、東京わかんないよう」

「あー、もうじゃあアタシが案内するからっ!」

 ■


 オーディションまであと3日。
 卯月がかなり踊れるようになって、未央の歌……音程が安定してきた。
 私はというと……どうなんだろ。

トレーナー「ほらほらっ、凛ちゃん手の動きが雑だよー!」

凛「すみませんっ」

 ……てな感じ。
 私が一番遅れている。

トレーナー「うん…………どうですか、プロデューサーさん?」

P「良い感じです。休憩を…………って、電話だ……失礼しますね」

トレーナー「はいっ」

 プロデューサーがスタジオを出て行った。
 ……電話といえば、みくと蘭子ちゃん……電話もメールも繋がらない。
 961プロに行っても追い返されるらしく、2人には会えない……って。

 多分……961プロがあの2人をシンデレラプロの関係者と会わせないようにしてるんだろうな。
 自分達と同じ方法で、取り返されないように。

 未央に話したら考えすぎって言われたけどね。

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