マミ「ちょっと佐倉さん、前くらい隠しなさいよ・・・///」(1000)

  

マミ「こ、ここは?」

マミ「何も無い……何も聞こえない……」

マミ「えっと、確か鹿目さんと一緒に結界へ入って、美樹さんと合流して……」

マミ「あっ、そうだ! 魔女に食べられたのよ、私」

マミ「…………」

マミ「えっ!?」

マミ「つまり、死んだってこと!? 私がっ!?」

マミ「…………」

マミ「……はぁ、死んじゃったんだ、私」

恐怖は無く、胸にポッカリと穴が空いたような虚無感だけがある。

マミ「でも、死後の世界って何もない世界ね」

マミ「他に誰かいないのかしら」

?「……ふぇ~ん……うぇ~ん……」

マミ「あら、誰かが泣いているわ」

マミ「……貴女は!」

声を頼りにして黒一色の世界を進むマミの前に、泣き声の主が姿を現した。

魔女「うぇ~ん!」

マミ「私を殺した魔女! ……って、何で泣きじゃくってるのかしら?」

魔女「ぐす、ぐす」

マミ「ほら、どうしたの? 何か言いなさい?」ガンガン

魔女「うぇ~ん!」

死んで怖いもの知らずな状態のマミは、ぬいぐるみ姿の魔女を爪先でつっつく。

マミ「貴女も結局は死んじゃったのかしら? ぷぷぷ、ざまぁないわね」

魔女「ふぇ~ん!」

マミ「ゲラゲラゲラ」ガンガン

魔女「ふえぇ……ぐす、ぐす」

マミ「……ふぅ、飽きたわ」

魔女「うぅ……しくしく」

マミ「ねぇ、あなた? 天国とか地獄から迎えは来ないのかしら?」

魔女「来ない……」

マミ「何でわかるの? あなたは何か知っているの?」

魔女「うぅ……」

マミ「お願いよ、教えてちょうだい」

魔女「……」

ぬいぐるみの魔女しばし口を閉ざしていたが、やがて静かに語り始めた。

マミ「そんな、その話は本当なの?」

魔女「うん」

マミ「私の魂がソウルジェムの中に……」

魂が肉体ではなく、魔法少女の証であるソウルジェムに移されていたことに衝撃を受けるマミ。
だが、今は現状の解決が先だと考えをあらためる。

マミ「ところで、ここは精神だけが漂う世界でいいのよね?」

魔女「うん、私の結界の残響だけが残る世界。もうじき消えちゃうけれど、消える直前にお姉ちゃんは弾き出されるから大丈夫だよ」

マミ「そう、でもソウルジェムだけだと不安ね」

魔女「運が悪いと路地裏とかで一生そのままかも」

マミ「……ぞっとするわね」

マミ「ところで、あなたはどうするの?」

魔女「もうじき消えてなくなるだけ、それ以外に道はない」

マミ「……そう」

魔女「…………」

マミ「…………」

魔女は消えてなくなるだけ、対するマミは消えこそしないが、とても前途が明るいとは言えない。

沈黙が支配するなかで魔女がおもむろに口を開いた。

魔女「あの……その……」

マミ「?」

魔女「私が……こんなこと言うのはアレなんだけど……」

マミ「なにかしら?」

魔女「協力……しない?」

マミ「協力?」

魔女「そう、貴女の力で私の体を再構築するの。代わりに私は貴女のために動くの」

マミ「魔女と手を組め、ってことよね?」

魔女「貴女は目も耳も口もない状態、助けが来るか分からない暗闇の中で延々と待ち続けられるの?」

マミ「…………」

魔女「お願い、私もまだ死にたくない……」

マミ「……選択の余地は無いわね」

魔女「それならっ!」

マミ「でも、約束は守ってもらうわ。私の手足として動いてね?」

魔女「うん、うん」

マミ「とりあえず、私の名前は巴マミ、マミでいいわ」

マミ「貴女の名前は?」

シャルロッテ「シャルロッテ、私の名前はシャルロッテ」

マミ「命をつなぐ。この私の願いなら」

目の前の空間に力を集中させていく。
やがて、暗い世界に光が生まれたかと思うと、それはまばゆさを増していく。

マミ「……いける!」

マミが確信を持ってうなずくと同時。
黒一色の世界に生まれた光が勢いよく弾けとび、世界を白へ塗り潰していく。

それに合わせてマミの意識も、白く薄らいでいった。

マミ「……?」

マミがゆっくり目を開ける。
そこは柔らかい芝生の上だった。
暖かな日差しに草の匂いがマミを包んでいる。

マミ「えっと? これは……成功!?」

マミ「や、やったわ! 生還出来た!」

マミ「でも、何だか様子がおかしいわね? どことなく違和感が……」

全体的に周りの物が大きい。
周囲の状況から、どうやら病院の近くだとわかる。

マミはトテトテと病院まで歩いて行こうとし、一歩を踏み出した時点で自分の体の異変に気が付いた。

マミ「…………」

おっぱいが無くなっていた。
ついでに手足が短くなっていて、マントっぽい何かを羽織った姿になっていた。

マミ「…………」

首を動かして体全体を見てみる。
その姿は自分を絶命させた魔女そのもので、違う点といったら服の下のお腹に埋め込まれたソウルジェムと、美しい縦ロールの髪だけだった。

マミ「な、なんじゃこりゃあーっ!?」

シャルロッテ『う、うーん?』

マミ「あ、あれ……体が……動かなく……」

シャルロッテ「ふあぁ……?」

シャルロッテ「っ! 生きてる! わたし生きてる!」

マミ『シャルロッテ? か、体が動かなく……』

シャルロッテ「マミ、ありがとー! マミだいすき!」

マミ『いや、その……私は指一本動かせないのはなぜかしら?』

シャルロッテ「当然だよ、この体は私のモノだもん!」

マミ『ああ、道理で何かおかしいな~と』

マミ『って、約束が違くなないかしら!』

シャルロッテ「五感は届いてるのでしょ?」

マミ『まぁ、届いてるけれど』

シャルロッテ「それに、私がマミのために動けば問題ないの!」

マミ『……確かにそうだけど』

シャルロッテ「シャルロッテを信じるの!」

マミ『わ、わかったわ。シャルロッテを信じるわ』

シャルロッテ「わ~い、なの~!」

マミ『……本当に大丈夫かしら?』

寝てたでござる

シャルロッテ「ところで、どうすればいいの?」

マミ『そうね、困った時のキュゥべえ頼み。私の家に行きましょう』

シャルロッテ「マミの家?」

マミ『ええ、私が案内するから』

シャルロッテ「わかったの!」

?「お、お前は!?」

マミ・シャル「?」

さやか「忘れもしない! マミさんの命を奪った魔女!」

マミ『美樹さん!? 助かったわ!』

シャルロッテ「知り合いなの?」

マミ『ええ、私の友達よ』

さやか「何をぶつぶつ言ってるんだよ! 地獄に送り返してやる、変身!」

さやか「どうだ! 私は魔法少女になったんだぞ! もう無力なんかじゃない!」

マミ『あら、美樹さんったら……魔法少女になっちゃったのね』

シャルロッテ「ね~ね~マミ~?」

マミ『何かしら、シャルロッテ?』

シャルロッテ「やばくない?」

マミ『…………』

シャルロッテ「…………」

さやか「成敗っ!!」

さやかが剣を片手にマミたちに襲い掛かってきた。

マミ・シャル「きゃ~~~~ッッ!!」

マミたちは一目散に逃げ出した。

シャルロッテ「きゃ~!」

さやか「まてまてまて~い!」

路地裏や入り組んだ狭い道をちょこまかと逃げ回るシャルロッテだったが、いかんせん体のサイズからくる速度差がありすぎた。

シャルロッテ「あうっ!」

さやか「追いついたぞ~!」

荒れた路地裏でシャルロッテが転んだスキに、さやかが一気に距離を詰め、シャルロッテに剣先を向けた。

シャルロッテ「あわわ~!」

マミ『私が説得するわ! 体を貸してちょうだい!』

シャルロッテ「わ、わかったの~!」

マミ「よっ、と」

さやか「ん? 両手を上げて観念したのか」

マミ「落ち着いて、美樹さん。私はマミよ」

さやか「?」

マミ「信じられないでしょうけど、私は生きているのよ。この胸にあるソウルジェムの中でね」

マミは服の上からソウルジェムを押さえる。

マミ「でも美樹さん、あなたが私の事をそこまで思ってくれてい」

さやか「成敗っ!!」

マミは思わず後ろに下がり、足をもつれさせて転んだがそれが幸運だった。

マミの頭上スレスレをさやかの剣が紙一重で流れて行く。

さやか「ちっ!」

マミ「なんで! なんでなの! バカなの! この青は!」

シャルロッテ『……それはたぶんだけど』

~さやかビジョン~

マミ「○△□?!」

さやか「?」

………………………

マミ「言葉が通じてないの!?」

シャルロッテ『たぶん、そうなの』

さやか「マミさんのかたき!」

マミ「きゃ~~ッ!!」

再び死の鬼ごっこが始まる。

シャルロッテ『どうするのマミ?』

マミ「こ、こうなったらジェスチャーよ! ニュータイプばりの共感力を見せてあげるわ!」

シャルロッテ『大丈夫なの?』

マミ「私を信じなさい!」

さやか「なんだ、急に立ち止まって?」

マミ(シャルロッテ人形)は口を大きく開き、口の動きが分かるように一文字ずつゆっくりと発音した。

マミ「わ た し は み か た だ」

さやか「なんだ?」

マミ「くっ! 仮面ライダースピリット戦法が通用しない! こうなったら次の手を……」

マミは左右の手で髪の縦ロールをつかみ、びょんびょん引っ張る。
そして、胸に両手をあてて豊満なバストを表現した。

マミ「これでどうよ!」

さやか「あっれ~、おかしいな~! 何だか分からないけれどコイツすっごく切り刻みたいな~!」

マミ「こ、この……! 嫉妬してんじゃないわよ、ぺちゃパイが!」

シャルロッテ『……ともだち?』

マミ「ぴ~っ! ぴ~っ!」

さやか「あっはは~! まてまて~!」

マミ「シャルロッテ! 恵方巻きでさやかを食べちゃいなさい! 片腕くらいなら許すわ!」

シャルロッテ『無理なの~、生き返ってから力がまったく出せなくなってるの~』

マミ「や、役立たず~!」

そしていくつか目になる曲がり角にさしかかった時だった。

マミ「あ、あら。真っ暗?」

シャルロッテ『マンホールに落ちたの~! マミのバカ~!』

身長の低さで安全ポールを抜けたマミ(シャルロッテ)は、開いたマンホールに足を滑らせてそのまま落ちて行った。

さやか「あ、あれ? どっちだ! くそっ!」

さやかが見当違いの方向へ走っていくなか、どんぶらこっこと2人は流されていた。

マミ「あ~れ~!」

シャルロッテ『マミのバカ~!』

暗闇の中を流されていく2人だったが、やがて暗闇も途切れる。
さんざん濁流に流された2人は下水から河川敷へと吐き出された。

マミ・シャル「ぐべっ!?」

びたーんっ、と水面に叩きつけられたマミ(シャルロッテ)が一度は沈み、死んだ魚のようにプカプカとうつ伏せになって浮かび上がる。

シャルロッテ『マミ! 外に出たの!』

マミ「や、やっと助かったのね……ふふ、長い逃走経路だったわ」

水面でゆっくりと顔を上げ、岸へと泳いで行くマミ。

シャルロッテ『とにかく、マミの家に行くの』

マミ「そうね、そうしましょう」

まどか「…………」

マミ「あっ」

岸に上がったマミを見知った顔が迎えた。

マミ「鹿目さん、もしかして……もしかして……」

まどか「きゃああぁぁ~~!! マミ殺し~~!!」

マミ「ですよね、ちくしょーっ!」

ほむら「まどかの叫び!」

部屋でワルプルギス対策を練っていたほむらはまどかの悲鳴を聞き、時空を越えてまどかの下へと瞬時に駆け付けた。

ほむら「どうしたの! まどか!」

まどか「あっ、ほむらちゃん! ……アレを見て!」

マミ「……縦ロール! 見て縦ロール!」

ぴょんぴょん跳ねるマミ。

ほむら「人形?」

まどか「そうだ、ほむらちゃんは見てないよね? アレはマミさんを殺した魔女の最初の姿なんだよ!」

ほむら「……魔女」

空気がほむらの殺気で冷え込む。

シャルロッテ『ガタガタガタガタ』

マミ「どうしたの? シャルロッテ」

シャルロッテ『逃げてマミ、早く逃げて! 殺される、また殺される』

マミ「に、逃げるって……どうやって?」

ほむら「…………」

ほむらの目を見たマミは、話し合うのが無理な相手だと即座に悟った。

マミ「逃げる? ……無理ね。背中を向けた瞬間に殺しそうな殺気よ」

シャルロッテ『うぅ……』

マミ「大丈夫よ、シャルロッテ……私に任せて!」

絶対絶命の中でマミは笑った。
そして、自慢の縦ロールへと手を伸ばす。

マミ「伊達や酔狂でこんな髪型はしてないわよ!」

縦ロールが渦を巻き、渦の中から大砲を召喚する。

ほむら「……そ、それは!?」

マミ「ティロ・フィナーレ!!」

だが無念、腕が届かない。

マミ「いやぁーーッッ!!」

引き金に腕が届かず、じたばたと暴れるマミ(シャルロッテ)。

ほむら「あなた……どうして?」

マミ「こ~な~い~で~!」

ほむらが近づいて来るのを見て一層暴れるマミ。
やがて自重で大砲が落下を始めると、マミ(シャルロッテ)もつられて落下。

マミ「あ、あららっ!?」

落下途中でマミ(シャルロッテ)の体が大砲にからまり、そして――

ガチンッと、撃鉄が落ちた。

マミ・シャル「あ~れ~!!」

神のイタズラか魔女の呪いか。
大砲は地面に密着したまま発射された。
結果、ロケットよろしく、反動で2人は空の彼方に飛んでいった。

ほむら「……」

まどか「あ、ありがとう! ほむらちゃん」

ほむら「え、ええ? どういたしまして、まどか」

ほむら(……気のせい、じゃないわよね)

ほむらは考えるが、すぐに考えるのをやめた。

ほむら「お昼ご飯まだなら、一緒に食べないかしら?」

まどか「わー! 大賛成!」

マミの残した飛行機雲だけが、昼過ぎの空にかかっていた。

~まどかたちから遠く離れた川の下流~

マミ・シャル「ひでぶっ!!」

吹き飛ばされたマミたちは川の水面を何度もバウンドし、やっと止まった。

マミ・シャル「ぷか~~」

死んだ魚のようにしばらく浮いていたマミ(シャルロッテ)だったが、やがてゆっくりと川岸に向かってバタ足を始める。

マミ「ふ、ふふ……コレが私の逃走経路よ!」

シャルロッテ『二度目だけど、今回はナイスだと心の底から誉めるの』

マミ「ふふふ、ありが……? 何かしらこれ、釣り針?」

泳いでいる途中で何かに引っ掛かり、マミがバタ足を止めてみると背中のマントに釣り針のような針金が刺さっていた。

?「よっしゃー! フイーシュッ!!」

マミ「き、きゃーっ!?」

勢いよく川岸に引き上げられるマミ(シャルロッテ)

杏子「ん? 魚じゃねーのかよ」

マミ「……さ、佐倉杏子!? 何でこの町に?」

杏子「ぬいぐるみ? ……こ、こいつは」

マミ「魔女だとばれた!?」

杏子「か、かわいいじゃねーかよ! 何だコレ! 何だコレ!」

杏子はマミ(シャルロッテ)を持ち上げて、おもいっきり胸元に抱き寄せた。

マミ「あ、あわわ~!」

杏子「うわっ! 肌がモチモチしていて柔らけぇー、何だコレ! すげぇ!」

マミ「ぴ~! ぴ~!」

杏子「おっと、すまねぇな」

マミ「ぴ」

杏子「ん? 何だ? ジェスチャー?」

杏子「髪の縦ロールをびよんびよん、胸がボインボイン?」

杏子「嫌がらせか~、こめかみをグリグリしてやっぞ~」

マミ「ぴ~!」

マミ「結局、誰にも気づいてもらえないのね……」

シャルロッテ『落ちこまないで欲しいの、マミ』

マミ「ありがとう、シャルロッテ。……原因を作ったのはアナタだけど」

シャルロッテ『はうっ!』

杏子「おーい、おまえー」

マミ「は、はい?」

杏子「あたしの家に来るかい? すぐそこなんだけどよ」

マミ「い、いえ! 少し急いでいるもので……」

杏子「お? そんなに喜ばれると嬉しいな、おい」

杏子「案内してやるよ、ほら来い」ズルズル

マミ「うふふ、やっぱり話が通じてないのね……うふふふふ」ズルズル

杏子「おいおい、泣くほど喜ぶ事かよ」ズルズル

マミ「もう好きにするがいいわ……うふふ」ズルズル

~橋の下~

杏子「どうだぁ! 立派な家だろー!」

マミ「……」

シャルロッテ『段ボールにブルーシートの小屋?』

杏子「へへ、ちょっと待ってな」

杏子はマミ(シャルロッテ)を残して、1人で段ボールハウスに入って行く。
そして数秒後、手にサバ缶を持って帰って来た。

杏子「いやー、ごちそうがまだ1つだけ残っていたぞー!」

マミ「……杏子」

杏子「ちょっと待ってな! すぐに開けるからよ」

マミ「杏子!」ブワッ

マミは杏子を連れて、自分の家までの道のりを歩く。

杏子「どうしたー、急に手を引っ張ってさ?」

シャルロッテ『どうしてこの人を連れて行くの?』

マミ「ダメよ、この娘はあそこにいたらダメなのよ!」

シャルロッテ『?』

杏子「どっか連れていく気かー? おいおい、あたしも暇じゃないんだぞー?」

マミ「ぴ~! ぴ~!」

杏子「……ま、少しだけ付き合ってやるか」

そして、数十分後。
3人はマミの家へと到着した。

杏子「この部屋に何かあんのか?」

マミ「ちょっと待ってて……確かスペアの鍵をここら辺に……有った!」

扉を開けるために、ゼル伝のごとく鍵を掲げるマミリンク。
しかし、悲しいかな。
背が届かない。

マミ「ぴ~! ぴ~!」

杏子「あたしが開けてやるよ、貸してみな」

マミ「ぴ」

杏子「よっと、ほら開いたぞ」

杏子の言うとおり、マミが軽く押しただけで扉は開いた。

杏子「おじゃましていいのか?」

マミ「ぴ」

杏子「じゃあ、遠慮なく」

マミがジェスチャーで家の中に誘うと、杏子は臆す事無く室内へと上がっていった。

マミ「室内はまだきれいね。でも、やっぱり私は失踪した事になってるのかしら?」

さやかが魔法少女になり、杏子が町に来ている。
マミが死の淵をさまよっている内に、それなりの時間が経っているはずだった。

杏子「小綺麗な部屋だな? おまえのご主人様か友人の部屋か?」

マミ「ぴ」

杏子「ふーん……うん?」

杏子が何かに気がつき、マミの寝室にズカズカと入っていった。

マミ「ぴ~!」

マミ(シャルロッテ)の威嚇にもひるまず、杏子はマミの寝室で机の隅にあった生徒手帳をつまみ上げる。

杏子「…………」

杏子はわずかにためらうが、主のいなくなった部屋や家全体からは何かしらの違和感が漂っている。
そしてそれに突き動かされるまま、杏子は生徒手帳を開いた。

杏子「…………」

マミ「ぴ(え?)」

杏子「……帰るぞ、お前もココにいたらダメだ」

杏子がマミ(シャルロッテ)の腕をつかんで、玄関へと向かう。

マミ「ぴ~!(ち、ちょっと待って杏子!)」

杏子「……こねーんだよ」

マミ「ぴ?(え?)」

杏子「もう、ココの住人は帰って来ねーんだよ!」

マミ「ぴぃ(いや、ココにしっかりと帰って来ているわよ杏子)」

杏子「いつまで待っても、もうこの家の主は帰って来ねーんだ……」

マミ「ぴ?(いや、だから目の前にいるわよ主が?)」

杏子「……あいつ、こんな娘を置いて逝きやがって」

マミ「ぴ~(もういいわ、好きにしてちょうだい)」

杏子「でも安心してろよ! ココで会ったのも何かの縁だ! あたしが代わりに面倒を見てやるよ!」

マミ「ぴ?(はい?)」

杏子「さあ、あたしの家に来るんだ!」

マミ「ぴ~!(い、イヤよ! 段ボールハウスはイヤァッ!!)」

杏子がマミ(シャルロッテ)を外に出そうと腕を引っ張る。
するとマミ(シャルロッテ)も負けじと家具にしがみついて堪えた。

杏子「ココの住人はもう帰って来ないんだよ! 分かってくれよ!」

マミ「ぴ~!(やめて! 私とあなたには不理解から生まれた深い溝があるわ、まずそれに気づいて!)」

杏子「はぁ、はぁ」

マミ「ぴぃ、ぴぃ」

それから数分後、お互いにひざをつき、肩で息をしていた。

杏子「何で、分かってくんねーんだよ」

マミ「ぴぃ」

杏子「……くそ、何で死んじまったんだよ! マミのバカ野郎……」

杏子がおもむろに顔を下げた。
普段強気な分、マミの目にはその杏子の仕草はとても弱々しく、はかなげに映った。

シャルロッテ『泣いているの?』

マミ「杏子」

マミが杏子に近寄り、下げられた杏子の頭の前に立つ。
そしてマミは杏子の頭を強く抱き締めた。

マミ「ありがとう、杏子」

杏子「……おまえ」

マミ「でもね、大丈夫よ? 私はココにちゃんと生きているのよ?」

杏子「そうか、分かってくれたんだな!」

マミ「えっ?」

杏子「絶対に、あたしが面倒を見てやるよ! あいつの分までな!」

杏子の腕がマミ(シャルロッテ)を持ち上げた。

マミ「し、しまったぁぁーッッ!? 言葉が通じていないのを忘れていたわ!!」

杏子「へへっ! 認めてくれてありがとなー」

問答無用で家の外に引きずり出されるマミ(シャルロッテ)。

マミ「通帳! せ、せめて財布と貯金箱だけでも!」

手を伸ばすマミの目の前。
無慈悲に家の扉が閉じられた。

~橋の下・夕方~

マミ「なんだか疲れたわ」

シャルロッテ『はーい! 代わるの~!』

マミ「そうね、お願いするわ」

マミは肉体の支配をシャルロッテと交代する。

マミ『はぁ、私も段ボールハウスで生活とはね。まだ戸籍は大丈夫でしょうけれど』

シャルロッテ「私はこの家、楽しそうで好きなの~!」

杏子「おーい、夕飯が出来たぞー!」

2人で話していると、杏子が鍋を持って来た。

杏子「栄養たっぷり、食べれる野草鍋だぞー!」

シャルロッテ「わ、わーい!」

マミ『何でかしら? あなたと杏子を見ていたら、終戦記念日間近にほぼ確実に流される欝アニメ映画を思い出すわ』

杏子・シャル「いただきまーす!」

~1分後~

杏子「……満腹だぁ」ゲッソリ

マミ『杏子っっ!?』ブワッ

野草鍋は一瞬で底を尽きた。

シャルロッテ「おなかすいた~! チーズたべた~い!」

杏子「……よーし、姉ちゃん、チーズを盗って来てやるからなー」

マミ『もうやめてあげて!! 見つかってボコられた挙げ句に、人の良い駐在さんに釈放される展開が目に見えるわ!』

マミ『って! 言葉が通じている!?』

~杏子ビジョン~

シャルロッテ「ち、チ~ズ~! チーズ~!」

シャルロッテの執念がチーズという単語を伝えた瞬間だった。

マミ『ほ、他にしゃべれないの? マミとかマミとかマミとか!』

シャルロッテ「無理」

マミ『……しょんぼりーん』

杏子「へへっ……お姉ちゃん、ちょっと出かけて来るからな……」

マミ『はっ!? 忘れていたわ! 杏子がシーフにクラスチェンジする前に止めないと!』

シャルロッテ「やー! チーズ欲しいー!」

マミ『こ、こいつ! ……お願いシャルロッテ、後でたくさんお菓子あげるから!』

シャルロッテ「お菓子ならいくらでも出せるもん!」

シャルロッテが腕を振ると、空中にケーキやクッキーなどの洋菓子が瞬く間に生み出された。

マミ『バ、バカ! 魔法少女である杏子の前でそんな事したら!』

杏子「……なん……だと……!?」

マミ『ばれた!』

杏子「…………」

杏子(魔女? いや、使い魔か?)

シャルロッテ「? たべる~?」

シャルロッテがイチゴのショートケーキを持ち上げ、杏子に持って行く。

杏子「え? あ、ああ……」

言葉は通じなくても仕草で意図は通じたようで、杏子はショートケーキを両手で受け取った。

杏子「……」

シャルロッテ「わくわく」

杏子「……毒があっても浄化出来るか」

杏子「南無三!」

杏子は覚悟を決めるとケーキにかじりついた。

杏子「……う」

マミ『う?』

杏子「うーまーいーぞーッッ!!」

杏子の全身から光が放たれた。

マミ『なっ!?』

杏子「濃厚なクリームに柔らかいスポンジ! 舌の上で鳴り響くこの二重奏はまさに天使の歌声!」

マミ『キ、キャラが変わってる』

杏子「おかしいと思っていたんだ、マミの野郎! 独り暮らしのくせに、これみがよしに胸をぶよぶよと膨らませやがって!」

マミ『む、胸は関係ないでしょ!』

杏子「とにかく、合点がいったぜ! こんなにウマい物を作れるヤツは、例え魔女だろうが使い魔だろうが人畜無害だ! きっとそうだ!」

マミ『よだれを拭きなさい杏子』

~夜~

杏子「ふぃ~っ! 食った食った~」

3人はシャルロッテのお菓子で、なんとか急場をしのいだ。

杏子「胃がもたれそうだが、まあ長年の野外生活で鍛えられてるから大丈夫だな」

シャルロッテ「……チーズ」

マミ『気を落とさないでシャルロッテ』

マミ『はぁ、……でもどうしたものかしら?』

マミ『キュゥべえは次の魔法少女を探しに行ったのか、家にいた痕跡がなかったし』

マミ『みんなとは話が通じないどころか、命を狙われる始末』

マミ『うふふ、真のボッチだわぁ……』

マミ『わくわくするわぁ……相手が強いとわくわくするわぁ……』

シャルロッテ「泣いているの、マミ?」

マミ『うふふ、現実という無理ゲーに心が軋んでるだけよ、安心して』

シャルロッテ「?」

杏子「さて、と」

杏子が2人の前から離れていく。
そして再び杏子が戻って来たとき、それはドラム缶を転がしながらの登場となった。

シャルロッテ「?」

杏子「ん? 気になるかー?」

杏子はドラム缶をコンクリブロックの上に乗せ、川の水をドラム缶に汲んでいく。

マミ『もしかして……いや、まさか……』

杏子「落ち木に火をつけて、と」

ドラム缶の下に組まれた木に魔法で着火。
暗くなり始めた周囲を炎が赤く照らし始めた。

マミ『…………』

杏子「ふう、これでよし」

杏子は笑顔で2人に振り返った。

杏子「露天風呂は好きか?」

マミ『やっぱりぃぃッッ!!』

~数十分後~

杏子「そろそろいいかな?」

マミ『う、うぅ~』

シャルロッテ「どうしたのマミ? 何かイヤなの?」
マミ『……いい? シャルロッテ、お風呂ってのはね』

マミ『わざと浴槽から足を出してみて自由を満喫したり、自慢の胸をお湯に浮かばせて優越感にひたれる素晴らしい場所なのよ』

マミ『断じて……断じて! あんな急造の駆逐モビルポッドまがいな物じゃないのよ!』

シャルロッテ「わけがわからないよ」

2人が話をしている間にも杏子の準備は着々と進んでいく。

杏子「ドラム缶の底に足板を置いて、っと」

杏子「場所も橋の立脚で外からは見えない絶好のポジショニングだな」

杏子「よし完成、おーい! 風呂に入るぞー!」

杏子「よっと」

杏子は段ボールハウスの入り口で服を脱ぎ散らかし始める。
やがて数秒後、一糸まとわぬ全裸姿の杏子が出来上がった。

杏子「よし!」

マミ『なにが「よし!」なのよ! 両手を腰にあててないで、せめて前だけでも隠して! お願い!』

杏子「どうした? おまえも服をぬげよ」

シャルロッテ「やっ!」プイッ

マミの教えか、単に服を脱ぐのがイヤなのか。
シャルロッテは首を振って拒絶する。

杏子「そう言ってもなぁ……なんだかドブ臭いぞ、おまえ?」

シャルロッテ「やっ!」プイッ

杏子「ふぅ……こしょこしょこしょこしょ」

杏子のふいうち!
シャルロッテはわらいころげた!

シャルロッテ「きゃっ! きゃっ!」

杏子「よし、ばんざーい!」

杏子は笑い転げるシャルロッテから服(?)を素早くはぎ取った。

シャルロッテ「きゃんっ!」

すぽーんっ、と古典的に分かりやすく服をはぎ取られたシャルロッテは考える間もなく、杏子の腕に捕まった。

杏子「よしよーし、おまえじゃ足が届かねーだろ? あたしが抱きしめといてやるって」

シャルロッテ「やー! やー!」

じたばたと暴れるシャルロッテを小脇に抱え、杏子はドラム缶風呂まで歩いていく。

杏子「一緒に一番風呂だなー!」

そして杏子は体を流す事もなくドラム缶の口をつかむと、なみなみと溜まったお湯の中にダイブした。

溢れたお湯が炎を消し、暗闇の中で蒸発した水煙だけが灰のにおいを運んで来る。

杏子「おっと、暗くなっちまったな」

杏子が魔法で空中に火を灯す。

シャルロッテ「や、……や~」

杏子「おー、風呂が気に入ったかー?」

マミ『た、確かに悪くは無いかしら?』

杏子「よしよし、……ん?」

マミ『あら?』

杏子「何か胸にゴツゴツした物が?」

杏子がシャルロッテを持ち上げる。

杏子「…………」

マミ『あっ』

持ち上げられたシャルロッテの胸元にはマミのソウルジェムが輝いていた。

マミ『忘れていたわー!』

杏子「ソ、ソウルジェムだと!? しかもコレ、どっかで見たような……」

マミ『はっ!? もしかして千載一遇のチャンス?』

杏子「でもずいぶんと濁ってんなー、このソウルジェム」

マミ『え?』

服の下に隠れていて気が付かなかったが、マミのソウルジェムは確かにドブ川のように濁っていた。

マミ『きゃーッ!? なぜに!? しかもコレ、けっこうヤバイ状態じゃないのかしら!?』

シャルロッテ「まかせて、マミ」

マミ『シャルロッテ!?』

シャルロッテ「うーん!」

シャルロッテが胸のソウルジェムに力を入れると、ソウルジェムの濁りが次第に薄れていく。

杏子「お、おぉ……!?」

みんなの見ている前で、マミのソウルジェムは元通りの輝きを取り戻した。

シャルロッテ「げっぷ」

マミ『ナイス! グッジョブ! ブラボー! 円卓の鬼神! グッドラック!』

マミは持てる限りの賛辞をシャルロッテに飛ばした。

シャルロッテ「おなかが膨らんで少し眠くなったの」

マミ『わかったわ、交代しましょう』

杏子「おいおい、どうなってるんだよ?」

マミ「ぴ(私にもさっぱりだわ)」

杏子「……まぁ、せっかくの風呂だし、ゆっくり後で考えるとしようか」

マミ「ぴ(そうね、ゆっくりしましょう)」

杏子「ふぃ~」

マミ『ぷぴ~』

杏子「……おまえ、胸が無いよなー」

マミ『アンタが言うな』

杏子「よし、今の内から揉んでおいてやろーな」

マミ『……はい?』

杏子「ほれほれ~、もみもみ~」

マミ「きゃっ!? ちょっ、杏子!?」

杏子「揉みしだいて3倍の大きさにしてやるぜ!」

マミ「や、やめ!」

しかし、シャルロッテボディではリーチ差がありすぎて話にならない。
マミは一方的に揉みしだかれていく。

杏子「世の中にはな、少し胸が大きいからって、これみがよしに自慢してくる嫌なヤツがいるんだぜー」

マミ「も、もうっ! 杏子!」

杏子「最初にマがついて、最後にミがつく嫌なヤツがあたしの知り合いにいたんだぜー」

マミ「私の事じゃないのよ!?」

杏子「でも、そいつはもう帰って来ないんだぜー」

杏子の腕が止まった。

マミ「……? 杏子?」

杏子がマミを自分の胸に引き寄せた。

杏子「なんつーかさ、さびしいとかじゃなくて、虚無感?」

杏子は独白するように1人つぶやく。

杏子「そりゃ、そんな危険も覚悟の上なんだけどさ」

杏子「例えるなら、敵のライバル機体が途中から出て来ないなー、と思ってたら、操作ミスで自爆してました。って、どうしようもない感じなんだよなー」

杏子「なんかねー? いたら迷惑だけど、いなくなっても迷惑なヤツ?」

杏子「初めて見るよ、ほんと」

杏子からはどこか疲れきったような哀愁が漂っていた。

マミ「……杏子」

杏子「おまえは、アイツの事をどう思ってたんだ?」
杏子「……つっても、言葉はわからねーか」

杏子は疲れ切った笑みを浮かべた。

マミ「はむっ!」

突然、マミが杏子の胸に吸い付いた。

杏子「ひゃっ! いきなり何を……」

マミ「はむほむはむはむはむ」

杏子「んっ……お、おまえっ! この!」

杏子も負けじとマミの胸に手を伸ばして揉みしだく。

マミ「はむはむほむはむ」

杏子「負けるかよ! このっ!」

無い乳同士で胸をいじくり合う。

お湯の溜まったドラム缶の中で、ほほえましい争いが過ぎていった。

~深夜~

杏子「すぅ……すぅ……」

マミ「……起きてる? シャルロッテ?」

シャルロッテ『うん』

マミ「じゃあ、行くわよ」

マントを羽織ったマミが足音を忍ばせ、杏子を起こさないように段ボールハウスから出ていく。

なんとか杏子を起こさずに月明かりの下へと脱出したマミは、静かに安堵のため息をついた。

マミ「ふう」

シャルロッテ『コレからどうするの?』

マミ「そうね、私の体を再構築するのが目標だけれど、とにかくキュゥべえに会ってみないと」

シャルロッテ『杏子に頼らないの?』

マミ「話が通じないし、迷惑はかけたくないわ」

マミ「とにかく、まずは自分の足で探してみましょう」

シャルロッテ『うん』

2人は夜の街へと駆けていった。

マミ「…………」

シャルロッテ『…………』

イバラの園に2人はいた。

マミ「えっと、確か……」

……………………

ノドが渇いたわ

お金が無いわ

自動販売機の下に10円でも落ちてないかしら

まさかの五百円玉

テレテレテレテレテー!(五百円を掲げる)

落とす

転がる五百円を追っかけて路地裏へ

ココはどこ?

……………………

マミ「我ながら死にたくなるわね」

気がつけばヒゲの生えた使い魔がマミたちを取り囲んでいた。

使い魔たち「ほんだらへんだら」

マミ「あ、あれ? シャルロッテ! この使い魔たちは何を言ってるの!」

シャルロッテ『わかんない、魔女語じゃなくて外国のちゃんとした言葉みたい』

マミ「外国語?」

使い魔「ほんだらへんだら」

マミ「ニュアンス的にドイツ辺りかしら?」

マミ「シャルロッテ! 私、会話できるか試してみるわ」

マミ「い、イッヒ、ハーヴェン、ズィー?」

使い魔「…………」

マミ「ズィヒ、ファーイレン?」

使い魔「…………」

シャルロッテ『何て言ったの?』

マミ「道に迷った、て……合ってるかしら?」

シャルロッテ『あ、使い魔たちが何か話すの!』

マミ「さて、通じたかしら?」

使い魔たち「バームクーヘン! シュバルツ! シュツルム・ウント・ドランクゥ!」

マミ「エセドイツゥゥッッ!?」

マミ「く、マスケット銃を召喚! ダイレクトアタック!」

マミのマスケット銃が空中でひとりでに火を噴き、使い魔たちを貫いていく。

マミ「やった! 取り回しは良くないけれど一応使える!」

シャルロッテ『やったの!』

マミ「さて、さっさと魔女を倒しておさらばと行こうかしら?」

マミが使い魔たちの列へ目を向ける。

マミ「一気に薙払うわよ!」

縦ロールが渦を巻き、大砲を召喚した。

マミ「ティロ・フィナーレ!」

マミ「じたばたじたばた」

使い魔「…………」

マミ「じたばたじたばた」

シャルロッテ『マミのバカー!』

手が引き金に届かない。
重くて動けない。
当然逃げられない。

やがて、それが無害と判断した使い魔たちがマミを大砲ごと掲げる。

使い魔「ジーク、ジオン! ジーク、ジオン!」

マミ「は~な~し~て~! は~な~し~て~!」

そして使い魔たちはマミを結界深くへと連れて行った。

マミ「あうっ!?」

使い魔たちはマミを地面に放り投げる。
この頃になると、マミの大砲も自然消滅して体の自由が利くようになっていた。

マミ「い、いたたっ!」

シャルロッテ『マミ、まえまえ!』

マミ「なに、シャルロッ……っ!?」

目を上げたマミの先、巨大なイバラと蝶の羽で作られた『何か巨大な物』が立っていた。
――もうもうと黒煙を上げて、身体中を業火に焼かれながら。

マミ「魔女? 死んでる?」

シャルロッテ『みたいなの』

マミ「火薬のにおい……誰か別の相手と行き違いになったのかしら?」

シャルロッテ『ガタガタガタガタ』

マミ「あら、どうしたの? シャルロッテ?」

シャルロッテ『嫌な予感がするよう、早く帰ろうよう』

マミ「そうね、長居は無用……あら?」

使い魔「…………」

ヒゲの使い魔たちがマミたちの前に立ちふさがった。

マミ「えっと、何かしら?」

使い魔たち「ゲルト様……助けて……」

マミ「しゃべった!?」

使い魔たち「無理なら……お前を殺して……我々も一緒に……」

マミ「…………」

シャルロッテ『どうするのマミ?』

マミ「……選択肢があるように見えるかしらコレ?」

マミ「でも、魔女を生き返らせて大丈夫かしら?」

シャルロッテ『やめるの?』

マミ「ううん、ごり押しで逃げられそうだけど一応話だけは聞いてみるわ」

マミ「命をつなぐ力っと」

余熱は残るものの、使い魔たちの懸命な消化作業で鎮火したゲルトルートの残骸に、マミはソウルジェムを触れさせる。

その瞬間、マミのソウルジェムを介して辺りに魔女の声が響き渡った。

ゲルトルート「もしも、この戦いが終わって、それでも薔薇と一緒に生きていていいと言われたなら……」

シャルロッテ『……悲しい声』

使い魔たち「泣かないで!」

マミ「……助けよう!」

シャルロッテ『うん!』

~精神世界~

マミ「一面薔薇だらけの世界ね」

マミ「さて、まずは消えかけている魔女の精神を繋ぎ止めないと」

マミが薔薇園に一歩踏み入れた時だった。

?「入って来ないで!」

何者かの声がマミの足を止める。

声の聞こえた方にマミが顔を向けると、薔薇園の真ん中で前髪を下ろした少女が1人ポツンと立っていた。

マミ「……あなたが『薔薇園の魔女』さん?」

マミの言葉には答えず、少女はハサミを片手に薔薇の世話へと戻る。

マミ「人の話くらい、まともに聞いたらどうなの?」

魔女「私はあなたと話す事なんて無いわ。ココからさっさと立ち去りなさい」

マミ「取りつく島も無いわね。このまま消えてもいいのかしら?」

魔女「……かまわないわ、この薔薇園と一緒に消えて無くなるなら本望よ」

マミ「ウソね」

魔女「…………」

マミ「魔女になってまで薔薇園に執着? よほど手放したくないんでしょ? 手懸けた薔薇園をこのまま見捨てるつもりなの?」

魔女「……っ! あなたに何が」
マミ「何も分からないわ」

魔女「……!?」

マミが魔女の言葉をさえぎる。

マミ「私は何も分からない……でもね」

言いながら、マミが薔薇園の空高くを見上げた。

マミ「あの子たちなら何か知ってるかもしれないわ」

魔女「……え?」

?「……ルトさ……」

空から何かが落ちてくる。

魔女とマミの見つめる中で、それは徐々に姿を明瞭にしていく。
やがてその声もはっきりと届くようになった時、空はヒゲを生やした大量の使い魔で埋め尽くされていた。

使い魔「ゲルトルートさま~!!」

魔女「あ……あぁ……」

虚空の果てから駆け付けて来た仲間たちの姿、それをみとめた魔女の瞳から大粒の涙がこぼれ落ちる。

身体中を震わせ、今にもひざから崩れ落ちそうな魔女にマミは静かに右手を差し出した。

マミ「『薔薇園の魔女』さん? もし、諦めてないのでしたら、この子たちのためにも一緒に来てもらえないかしら?」

魔女「……はい! よろしくお願いします」

2人が固い握手を交わした周囲、そこに遅れて使い魔たちが次々に落下してきた。

使い魔「痛い!? 薔薇のトゲと落下の衝撃で痛熱い!!」

ゴロゴロと転がる使い魔たちに荒らされていく薔薇園を見て、魔女のこめかみに一本の青筋が浮き上がる。

魔女「所用が出来ました。少しだけ待っていてくださる?」

魔女はどこから取り出したのか、イバラのムチに1つ甲高い風斬り音を響かせると、前髪で隠れた顔に暗い笑みを浮かべた。

~薔薇園の結界~

マミ「悪いけど、肉体を再構築出来るだけの力は残って無いの」

ゲルトルート「構いませんよ? 薔薇と、この子たちのいる結界が残っていてくれたら満足です」

マミ「ありがとう、そういわれたら助かるわ」

マミ「それじゃ、私といきましょうか?」

ゲルトルート「はい」

ゲルトルートの精神はマミのソウルジェムに取り込まれ、一時的な眠りに就く。

使い魔たち「行ってらっしゃいませー!」

マミたちは使い魔と薔薇園を残して、結界を後にした。

~薔薇園の結界・fin~

ほむら「……あら?」

ほむら「魔女が結界からいなくなったから、私は弾き出されたのね」

物影から一部始終を隠れて見ていたほむらは結界から弾かれ、街の路地裏に佇んでいた。

ほむら「でも、魔女が死んだのになんで結界が維持されていたのかしら?」

薔薇園の魔女はマミたちが来る少し前に、ほむらが仕留めていた。
普段ならその時点で結界は崩れ、ほむらが外に投げ出されているはずである。

ほむら「マミを殺したあの魔女が結界を引き継いだってこと?」

ほむら「…………」

ほむら「考えていても仕方ない」

ほむら「とにかく、あの魔女は今までの時間軸には存在しなかったケースだわ」

死後復活。
他の魔女に干渉。
そしてマミのソウルジェムを取り込んでいる。
今まで出会った魔女と何もかもが違っていた。

ほむら「泳がせておいて役に立つなら問題ないわ。でも、もしも害になるのなら容赦はしない……」

ほむらは覚悟を決めるように息を吐き出すと、街の雑踏の中へと消えていった。

マミ「うーん?」

マミ「何かしら、胸に埋め込まれたソウルジェムが、こう……たぷーん、たぷーんって感じで」

シャルロッテ『デブったの?』

マミの縦ロールがシャルロッテ(マミ)の首を締めあげた。

マミ・シャル「ぐええっ!?」

シャルロッテ『マ、マミは自殺する気なの!?』

マミ「シャルロッテが変な事を言うからでしょうが!」

マミ「いいかしら? 私はまず胸に栄養が行く人間なのよ」

聞かれてもいないのに説明を始めるマミ。

マミ「そしておっぱいが大きくなると、それを支えるために筋肉がつくわ」

マミ「結果、胸の筋肉は常にハードなスポーツ状態! つまり私は『科学的に太らない体質』なのよ!」

シャルロッテ『ふーん、ふーん……あ、話は終わったの?』

マミの縦ロールが(ry

マミ・シャル「ぐええっ!?」

マミ「まあ、口で言うより直接に目で見た方が早い話よね」

マミ「路地裏だし、魔女は一般人に見えないし」

シャルロッテボディのまま、服をずりあげて胸のソウルジェムを確認するマミ。

マミ「……あれ?」

薄い赤みがかった黄緑色の宝石がそこにはあった。

マミ「…………」

マミが指先でつついてみるが変わりはない。
強い濁りがあるわけではないが、馴れ親しんだ黄色じゃなかった。

マミ「シャルロッテ! 交代! 濁りを吸って!」

マミ『はいはーい』

意識を交代したシャルロッテがソウルジェムから濁りを吸い上げる。

シャルロッテ「これ以上は無理なの」

マミ『そんな! 黄緑色にピンクをぶっかけたような色で固定!?』

シャルロッテ「きっと消滅間近の残留思念とはいえ、魔女を吸収した影響なの。実害は無いから安心するの、たぶん」

マミ『なぁんだ、実害が無いなら良かった! ……って、言うわけないでしょ!』

マミ『効果音で言うと「ピシャッ!」から「みょ~ん、みょ~ん」に変わったようなものなのよ!?』

シャルロッテ「マミの体が戻ったら(たぶんきっと)元通りになる(といいなぁ、と思う)の」

マミ「……我慢するしかないのね」

考えても仕方ない事だとマミはため息をついて、頭を無理やりに切り替えた。

マミ『今の状況を整理するわね? まず、成立させる目標である大目標、そしてそれへのアプローチ手段を小目標とすると……』

大目標 マミ復活

小目標 ①キュゥべえと接触
    ②自力で他の手段を探す。

マミ『ということね』

シャルロッテ「細かい事をすべて②に詰め込んでる気がするの」

マミ『そこは突っ込んじゃダメよ?』

シャルロッテ「は~い!」

マミ『これらから分かるように、キュゥべえとの接触を最重要目標として動くべきね』

シャルロッテ「キュゥべえって人は助けてくれるの?」

マミ『ええ、助けてくれるわ』

マミは爽やかな声で答えた。

マミ『私の大の友達だからね!』

~明け方~

マミ「太陽が昇るわ~」

シャルロッテ『すぴ~すぴ~』

マミ「たぶんキュゥべえは魔法少女の適正がある鹿目さんの家か、美樹さんの家のどちらかにいると思うんだけど……」

マミ「まさかテレパシーにノイズが入っていて使えないなんて……ソウルジェムの色が変わった影響かしら?」

マミ「大声を出したら、また命を狙われそうだし」

マミ「はぁ……」

マミがいるのは学校近くのアパート最上階。
5階建てのアパートからなら、魔力で軽く視力を強化すれば細部を見渡せた。

マミ「上手く話せるタイミングが出来るとは思わないけれど、鹿目さんか美樹さんのどちらにキュゥべえが付いているだけでも知っておかなくちゃね」

マミは登校時刻まで、のんびりと待つ事にする。

今日が休日だと気付いたのは太陽が昇りきった後だった。

~正午・街の公園~

マミ「る~ら~ら~る~」

シャルロッテ『大丈夫マミ?』

マミ「全然大丈夫よ~? 少し精神的に参ってるだけよ~?」

シャルロッテ『マミ、代わろうなの』

マミ「助かるわ~」

シャルロッテ『ちなみにキュゥべえってどんな姿なの?』

マミ「白い体毛、赤い目、シッポのあるネコみたいな小動物よ。ちなみに長い耳毛が生えているのが特徴ね」

シャルロッテ『それって、あの公園の入り口にいるヤツみたいな?』

マミ「そうそう、あんな感じの……」

公園の入り口からこっちを見ている、耳毛のスゴい小動物とマミの目が合った。

マミ「キュゥべえっ!!」

公園の入り口まで走り抜けたマミが、キュゥべえの体に抱き付いた。

キュゥべえ「マミ! マミなのかい!?」

マミ「そうよ、私の言葉がわかるの!?」

キュゥべえ「うん、わかるよ。でもノイズがひどいし、何よりその格好はどうしたんだい?」

マミ「じ、じつは……かくかくしかじか」

……………………

キュゥべえ「……信じがたい事だけど、事実だ。僕はマミを信用するよ」

マミ「ありがとうキュゥべえ!」

マミ「と、ところで私の肉体なんだけど」

キュゥべえ「はは、わかってるよ。でも、まずはソウルジェムを見せてくれないかな?」

マミ「わかったわ」

キュゥべえ「こ、これは……」

マミ「どうしたの、キュゥべえ?」

キュゥべえ「……なんてバカな事をしたんだい、マミ」

キュゥべえ「魂が混じっ……コレじゃあ……相転移の際に……エネルギーが少なく」ブツブツ

マミ「ご、ごめんなさいキュゥべえ! で、でも仕方がなかったのよ!」

キュゥべえ「そうだね。今さら悔やんでも仕方ない。ココは人が多くてやかましい、とりあえず場所を移そう」

マミ「そうね、そうしましょう」

キュゥべえが前を歩き、その後を同じくらいの身長になっているマミがトテトテとついていく。

キュゥべえ「ところでマミ?」

マミ「どうしたのキュゥべえ?」

キュゥべえ「君のソウルジェムの色は問題だけれど、濁りはほとんど無くてやけにキレイだね?」

マミ「ふふ、驚いたでしょ? シャルロッテ、というのは、この体の持ち主の魔女なんだけど」

マミ「なんと、濁った私のソウルジェムをキレイにする力を持っているのよ! スゴいでしょ?」

キュゥべえ「…………」

マミの前を歩いていたキュゥべえが、いきなり足を止めて振り返った。

キュゥべえ「それは、本当かい?」

マミ「え、ええ。でもすごく便利な能力でしょ?」

キュゥべえの放つ妙な気配に、思わず背筋を伸ばすマミ。

キュゥべえ「そうだね、すごく便利だ」

しかし、キュゥべえは何事も無かったかのように、再び前を向いて歩き始める。

マミ「ほっ」

キュゥべえ「ちなみに、それは他の魔法少女にも使えるのかい?」

マミ「ええたぶん、きっと出来ると思うわ。ねぇシャルロッテ?」

シャルロッテ『…………』

マミ「シャルロッテ? ……どうしたのシャルロッテ?」

シャルロッテ『マミ』

マミ「もう、起きてたなら返事くらい」

シャルロッテ『こいつ殺そう』

マミ「……えっ?」

シャルロッテの放った思わぬ言葉にマミは固まる。

しかし、なおもシャルロッテは言葉を続けた。

シャルロッテ『こいつは殺すべきだわ、マミ』

マミ「じ、冗談はやめなさいよ?」

愛想笑いを浮かべるような声音でシャルロッテに話かけるマミだが、シャルロッテは笑い返しては来ない。
代わりに、感情をすべて消し去り、底冷えする殺意のみが伝わってくる凍てついた声が、シャルロッテの本気を伝えて来た。

シャルロッテ『こいつは「ダメ」だわ。絶対に信頼してはいけない。今すぐに殺そう』

マミ「な! 何を言ってるか分かってるのシャルロッテ!」

シャルロッテ『分かっているわ。でもなぜこんな事を言っているかは分からない』

シャルロッテ『ただ、この胸の奥から無尽に噴き出てくる衝動は絶対に間違い無いと信頼出来るわ』

シャルロッテ『お願いマミ……そいつ殺そう……殺して……お願い……』

マミ「な、何を言っているのよシャルロッテ!?」

シャルロッテ『マミ……お願い……』

マミ「キュゥべえは私の友達なのよ! それでもまだそんな事を言うの!?」

シャルロッテ『殺して』

マミ「……っ!!」

マミ「やっぱり、あなたって魔女なのね! 最低だわ!」

シャルロッテ『マミ』

マミ「少し黙っていなさい!」

シャルロッテ『…………』

マミが怒りに震える声で言い捨てると、シャルロッテの声もそれきり聞こえなくなった。

マミ「……くっ」

短い間ながらもマミなりに築いてきた信頼、それらすべてを裏切られたような気分だった。

キュゥべえ「話は終わったかい、マミ?」

マミ「……ええ、ごめんなさい」

キュゥべえ「いや、謝るのはこっちだよ。ごめん」

マミ「……え?」

キュゥべえがマミを正面から見つめる。

キュゥべえ「そんな状態なら、自分の魂、精神の在処くらいは予想がつくだろ?」

マミ「ソウルジェム、シャルロッテから……聞いて……」

キュゥべえ「そう、そこで問題になるのは、君の持っている今の混ざりモノのソウルジェムじゃ、肉体との結びつきを保てない事だ」
キュゥべえ「1つの器に3つも4つも魂があったら、満足に体を動かせないだろ?」

マミ「……じゃあ、体は」

キュゥべえ「無理だね……それと」

キュゥべえはマミに背を向け、顔だけで話を続ける。

キュゥべえ「僕はキミが魔女なのか? それともマミなのか? その判別をつける事ができない」

キュゥべえ「だから、君をこれ以上、手助けする事は出来ないよ」

マミ「えっ?」

キュゥべえ「つまり、事の白黒がはっきりとつくまで、相互不干渉で行こうと言ってるんだよ」

マミ「キュゥべえ! 私を見捨てるの!?」

キュゥべえ「君がマミなら絶対に協力したさ、でも魔女の危険性もある以上は協力出来ない。他の魔法少女に危険が及ぶからね」

マミ「キュゥべえ! キュゥべえ!!」

マミが嗚咽混じりでキュゥべえにしがみつく。

キュゥべえ「やれやれ、魔女の可能性があるのに目をつぶるのは、マミという魔法少女の功績を認めているからなんだよ?」

キュゥべえ「君が本当にマミなら、やるべき事は決まっているだろ?」

マミ「何を……すれば」

キュゥべえ「元通りの姿になって、戻って来るだけでいいんだ。それですべて解決さ」

マミ「だから……それが……出来ないから……」

一縷の望みを断たれたマミはキュゥべえにしがみついたまま膝から崩れ落ちた。

キュゥべえ「とにかく、離してくれないかな? もうすぐ、さやかと待ち合わせが」

さやか「おーっす! 待ったー? キュゥべえ?」

さやか「……っ!? そいつは!」

キュゥべえ「良かった、さやか助けて」

さやか「任せてキュゥべえ! ココで会ったが百年目……成敗!!」

さやかがマミ(シャルロッテ)に跳躍する。
だがマミはその場にうなだれたまま一歩も動かなかった。

さやか「と、っと……アレ?」

さやかは剣を振り下ろさずに、マミとキュゥべえの前に着地した。

キュゥべえ「どうしたんだい、さやか?」

さやか「魔女……だよね?」

キュゥべえ「その可能性は否定出来ないね」

さやか「でも、何か……その……」

キュゥべえ「マミを殺した魔女に酷似した相手が何か?」

さやか「そ、そうだった!? マミさんのかたきっ!!」

口車に乗せられたさやかが再び、マミに向かって剣を振り上げた。

?「ア~~アァァァ~~ッッ!!」

アマゾンの奥地から届いたような雄叫びが、辺りに響き渡った。

さやか「な、なにやつ!?」

杏子「あたしだよッ!!」

突如として空中に現れた杏子が鎖を片手に、凄まじい勢いでさやかたちへと迫ってくる。

さやか「う、うわっ!?」

反射的に身を低くしたさやかを、しかし杏子はガン無視。
追撃もまったくせずに狙うはただ1つだけ。

杏子「ウチの姫さんは返してもらうぜ~!」

杏子はマミ(シャルロッテ)を、鎖をつかんでいる手とはべつの手でつかみ上げた。

杏子の片手にからまる鎖は、遠くの高層ビルの頂上に引っ掛けられている。
杏子は振り子時計の要領を使い、マミを片手にその場から高速で飛び去っていった。

杏子「あばよ~出前~いっちょ~!」

杏子が何かを言い残していくが、すぐに声も姿と一緒に彼方へと飛びさり、すぐに小さくなっていく。

さやか「……なんなの? アレ?」

遠ざかっていく杏子の背中を見ながら、さやかはただ立ちつくしたままポツリとつぶやくだけだった。

~河川敷~

マミ「…………」

杏子「まったく、あまり心配をかけないでくれよな」

マミ「……はぁ」

杏子「まあ、無事でなによりだ! よかった、よかった」

マミ「……ふぅ」

杏子「さっきから、ため息ばかりついて、いったいどうしたよ?」

マミ「ぴ~(お願い杏子、1人にして)」

言葉は通じないものの近寄りがたい気配を感じた杏子が、どうしたものかと首をかしげる。
と、そこで杏子は思い出した。

杏子「あ、そうだ。確かチーズが好きなんだよな?」

シャルロッテ『……!?』

マミ「……シャルロッテ?」

シャルロッテ『……』

マミが話しかけるとシャルロッテは元通りに沈黙する。
1人杏子だけが、話を続けていた。

杏子「いやさ、ほら。こういう生活だからさ、たまには変化球的にいろんな物を食べる必要があるかなーって、思ってさ」

杏子「その、なんだ」

恥ずかしそうに頬を掻きながら、杏子が何かの袋を取り出した。

杏子「食うかい?」

差し出されたのはスモークチーズが描かれた袋だった。

シャルロッテ『食べるっ!!』

シャルロッテ『交代! 交代して! マミ!』

マミ「え、ええ。……わかったわ」

意識を交代したシャルロッテは、すぐさま袋に飛び付いた。

シャルロッテ「チーズっ! チーズっ!」

杏子「お、おお! ちょっと待っててくれ、いま開けるから」

こうも反応してくれると、さすがに嬉しい杏子。
頬をゆるめて袋を開けようとするが、突然、杏子の前でシャルロッテがジャンプした。

シャルロッテ「ていっ!」

そして、シャルロッテは短い手足を器用に使ってチーズの袋にしがみつき、杏子の手から袋を奪いとった。

杏子「うおっ!」

シャルロッテ「チーズ! チーズ!」

着地後、袋をハイラルの勇者のように掲げて、脱兎の如く逃げ出すシャルロッテ。

杏子「お~い、……ったく、しゃ~ね~なっ」

杏子がシャルロッテの後を追って走りだす。
が、追いつけない。

杏子「は、速ぇッ!?」

土煙を上げて河川敷を走り抜けるシャルロッテに、それを追う杏子。
しかし、2人の距離はどんどん離れていく。

杏子「お、おいっ!? それ! あたしの分も入ってんだからな!」

シャルロッテ「チーズ! チーズ!」

杏子「ぐぎぎ! だけど、この先は行き止まり! 詰みだな! ……ん?」

シャルロッテが、くるりと川の方へと向きを変える。
そしてシャルロッテは川へと飛び込んだ。

杏子「おっ! お? ……おおおおっっ!?」

杏子の視先の先、シャルロッテが川の水面を爆走していた。
水煙を上げながら対岸に移ったシャルロッテは、再び彼方へ向けて走り去って行く。

残された杏子はシャルロッテの背中を、口を開いて見ている事しか出来なかった。

杏子「……あたしの、ぶん」

ヒザから崩れ落ちた杏子のおなかが、ぐぅっ、と小さく鳴った。

~河川敷・取水塔~

取水塔のてっぺんで、シャルロッテは杏子から奪い取った戦利品をもりもり食べていた。

マミ『許せ杏子』

シャルロッテ「はむはむ……何か言った?」

マミ『い、いえ! なんでもないわ』

シャルロッテ「ふーん? はむはむ」

マミ『……』

マミ『あの……その……さっきはひどい事を言って、ごめんなさい』

シャルロッテ「……はむはむ」

マミ『いまさら謝っても遅いと分かっているわ』

シャルロッテ「はむはむ」

マミ『でも、あなたと仲違いしたまま、これきりってのはイヤなのよ』

シャルロッテ「はむはむ」

マミ『お願い、どうか許して』

シャルロッテ「ん? 何か言った? はむはむ……」

マミ『…………』

縦ロールがシャルロッテ(マミ)の首をしめあげた。

シャル・マミ「ぐえぇっ!?」

シャルロッテ「で、これからどうするの?」

手や口まわりをペロペロ舐めながら、シャルロッテがマミに聞く。

マミ『そうね、肉体再生を大前提に何か方法を探さなくちゃいけないわね』

シャルロッテ「あきらめてないの?」

マミ『魔法少女は最後まであきらめないものなのよ』

シャルロッテ「生き意地が汚いとも言うの」

縦ロールが(ry

マミ・シャル「ぐえぇっ!?」

マミ『けほっ、けほっ、……でも、どうしたものかしらね』

シャルロッテ「……誰か魔法少女のお願いで復活させてもらうとかはダメなの?」

マミ『肉体と魂が……』

シャルロッテ「そこら辺の問題込みで解決する事を願ってもらうのは?」

マミ『…………』

マミ『魔法少女の願い事はその魔法少女のためにあるのよ?』

シャルロッテ「まあ、適正があって、まだ契約をしていない魔法少女なんてそうそう都合よくはいないの」

マミ『……そうね』

マミ『…………』

杏子「お~い! そんな所にいたのかよ!」

シャルロッテ「あっ、杏子!」

杏子「降りてこーい! ぶん殴ってやるぞー」

シャルロッテ「いやーっ!」

マミ『…………』

マミ『……鹿目さんは、魔法少女になったのかしら?』

~夜・段ボールハウス~

杏子「あたしはアルミ缶を集めてくる。おまえはここでいい子にしてるんだぞ?」

シャルロッテ「は~い!」

杏子「じゃ、行って来る」

シャルロッテ「行ってらっしゃ~い!」

遠ざかる杏子の背中に手を振って別れた。

マミ『……はぁ』

シャルロッテ「マミ? またため息?」

マミ『いえ、ちょっとした自己嫌悪』

マミ(鹿目さんなら、もしかしたら私の復活を望んでくれるかも)

マミ(そんな風に分かってて鹿目さんに懇願するのはただ利用しているだけだわ……私は本当にダメね)

マミ『はぁ……』

シャルロッテ「ため息はダメなの、マミ!」

マミ『そうね、シャルロッテ』

マミが意識を現実に戻す。

マミ『……あら?』

それと同時、見知った人影が街灯の中を走っているのに気付いた。

マミ『シャルロッテ、少し体を貸してくれないかしら?』

シャルロッテ「どうしたの?」

マミ『お願い』

シャルロッテ「わかったの」

シャルロッテからマミへと体の主導権を交代する。

マミ「よっ、と」

マミはぴょんぴょん跳ねて軽く体を確認すると、街灯の人影を追って走りだした。

マミ「こんな夜中に何かしら?」

遠く離れた街灯の下。
マミの目にはしっかりと、鹿目まどかの姿が映っていた。

~廃工場~

まどか「待って仁美ちゃん!」

仁美「……」

仁美の首筋には魔女の口づけ。
意識を操られたように仁美はまどかを無視して歩き続ける。

まどか「仁美ちゃん!」

まどかが仁美の前に立ちふさがる。
だが、仁美は止まらず。
立ちふさがるまどかの腹に握り拳を放った。

まどか「うぐぅっ!?」

仁美の腹パン食らったまどかがその場に倒れこんだ。

廃工場の奥では、魔女の口づけの影響で自殺しようとする連中が集まっている。
仁美は倒れたまどかを放置して、その連中の中に入って行った。

まどか「ひ、仁美ちゃん!」

……………………

マミ「危機が迫っているわね」

シャルロッテ『どうするの?』

マミ「リボン、リボンは……無いわね」

マミ「シャルロッテ、リボンを出して、ケーキとかについているでしょ?」

シャルロッテ『シャルロッテはお菓子しか出せないの』

マミ「ならお菓子でリボンっぽいのを出して、時間が無いわ!」

仁美たち「…………」ダダンダンダダン

鎖に手をかけた仁美たちが、溶鉱炉へと下降していく。

まどか「仁美ちゃん!」

仁美たち「…………」ダダンダンダダン

溶鉱炉が迫るなか、仁美たちがゆっくりと親指を立てた。

まどか「仁美ちゃーんっ!!」

マミ「せいっ!」

まどか「えっ!?」

溶鉱炉に沈む瞬間、仁美たちの体をマミのリボンがからめとった。

マミはリボンを振り、空中で仁美たちを気絶させてから安全な場所に下ろしていく。

まどか「あなたは……あの時の魔女!?」

マミ「ぴ!」

まどか「何で……助けてくれるの?」

マミ「ぴ」

まどかがマミに近づこうとした刹那、辺りに白煙が吹き荒れた。

まどか「きゃあっ!!」

マミ「ここは! 魔女の結界!?」

シャルロッテ『結界の入り口の結界みたいなの』

マミ「えっと? それはつまり?」

まどか「あ、あぁ……」

マミ「はっ? そうだ、鹿目さん!」

まどか「マミ……さん……」

まどかはシャルロッテ姿のマミではなく、目の前に並んだ大量のテレビを見ながらつぶやいた。
そしてテレビには、

マミ「わたしっ!?」

魔法少女姿のマミが映っていた。

まどか「マミさん……ごめんなさい……」

マミ「や、やめてー!!」

シャルロッテ『何でマミが嫌がってるの?』

マミ「この空間は異常に恥ずかしいのよ!!」

テレビ「私に任せて!」

マミ「黙りなさいっ!!」

マミのリボン(かんぴょう製)がテレビを薙ぎ倒していく。

マミ「はぁ、はぁ」

シャルロッテ『マミ! あの娘が!』

マミ「鹿目さん!?」

マミが振り返ると、ちょうどまどかに使い魔が襲い掛かる寸前だった。

まどか「い、いやぁーっ!!」

マミ「鹿目さん!」

マミがまどかを突き飛ばす。
マミはそのまま、まどかに襲い掛かろうとしていた人形の使い魔たちに体をばらばらにされ、テレビの中へと連れていかれた。

まどか「え? 何で、そんな……ウソ」

まどかがマミの消えたテレビを覗き込むが、マミを吸い込んだテレビは電源が切れたように、もう何も映さなかった。

~結界・無重力空間~

マミ「はっ! バラバラにされたのに元通りになってる!?」

シャルロッテ『バラバラにしてテレビに引き込むのが使い魔の能力みたいなの』

マミ「よ、良かった……」

マミはホッと胸を撫で下ろす。

シャルロッテ『でも、あんまり良い状態じゃないみたいなの』

マミ「そうね、魔女にどんな攻撃を食らうか」

マミ「……あら? パソコン?」

パソコン「…………」

パソコン「失せろ、死なすぞ」

ツインテールに赤いリボンのついたパソコンから声が響いて来た。

マミ「パソコンがしゃべった!?」

パソコン「っせーな! 何で他の魔女が入って来てんだよバカ!」

マミ「あら? もしかしてあなたが魔女?」

パソコン「今ごろ気付いたのかよバカ! エディット画面から人生やり直せバカ!」

マミ「……バカバカうるさいわね」

シャルロッテ『わくわく、わくわく』

マミ「どうしたのシャルロッテ?」

シャルロッテ『開けてみて! あの箱開けてみて!』

マミ「…………」

パソコン「何見てんだ! それと、今どき縦ロールとかバカかお前は?」

マミ「はい、チェ~ンジ!」
シャルロッテ『チェ~ンジ!』

シャルロッテ「えへへ~」

パソコン「ちょっ! 触んなバカ!」

シャルロッテ「中身中身~!」

パソコン「こら! 壊れる! 壊れるって!」

シャルロッテがパソコンのパーツを引き剥がすように手に力を入れていく。

シャルロッテ「うんしょ、うんしょ」

パソコン「や~め~ろ~よ~っ!! や~め~ろ~よ~っ!!」

シャルロッテ「えーいっ!」

やがてシャルロッテが一気に力を入れ、パーツを引っ張る。
するとパソコンはメキメキと音を立てて割り裂けた。

シャルロッテ「あれ?」

マミ『あら? あらあらあら?』

?「ひっ!?」

パソコンの中には1人の少女がいた。
それは先ほどまでの罵声からは想像できないくらいに、小柄で、おどおどとした少女だった。

シャルロッテ「あなたが魔女なの?」

魔女「は、はいっ! ……あの……離れて……」

シャルロッテ「……? 声が小さくて聞こえないの」

魔女「す、すいません、すいません」

マミ『ふむ』

マミ『シャルロッテ、その娘を外に引きずり出して』
シャルロッテ「は~い」

シャルロッテ「えっほ、えっほ」

魔女「やめて、やめてください! ……あう!」

魔女はパソコン内部で体を突っ張る。
だが、必死の抵抗むなしく、シャルロッテに外へ引きずり出された。

マミ『チェ~ンジ』

シャルロッテ「チェ~ンジ!」

魔女「あ、あう……あう……」

マミ「さて、覚悟はいい?」

マミは魔女の前でかんぴょうリボンを振るう。

魔女「ご、ごめんなさい! わたし調子に乗ってました!」

マミ「あんな大事を起こしておいて、いまさら謝らないでよ?」

魔女「す、すいません。許してください! 回復役のわたしがいなくなったらパーティーが壊滅するんです!」

マミ「何の話よ」

シャルロッテ『どうするのマミ?』

マミ「う~ん? どうするかしらね」

シャルロッテ『?』

シャルロッテがあることに気づいた。

魔女の背中、肩と肩の間くらいから黒いコードが延びている。

シャルロッテ『……』

シャルロッテがそれを目で追うと、黒いコードは割り裂けたパソコンの中へと続いていた。

魔女「すいません、すいません」

マミ「う~ん」

シャルロッテ『…………』

シャルロッテが縦ロールに意識を集中する。
マミみたいに自由には動かせず、ぎこちない動きだったが、髪の先は魔女の背後へと延びていく。

そして、

シャルロッテ『えーいっ!』

シャルロッテは髪を上手くからめ、魔女の背中にある黒いコードを勢いよく引き抜いた。

魔女「へぶぁっ!?」

魔女はその場に倒れ、泡を吹いてけいれんを始める。

マミ「……シャルロッテ!」

シャルロッテ『ご、ごめんね?』

魔女「し、死にたくない……死にたくないよぉ……」

マミ「今すぐ私と契約するのよ!」

魔女「けい……やく?」

マミ「そうよ、そうしたら助かるわ!」

魔女「わ、わかった……契約する」

シャルロッテ『何だろう? この胸の奥でぞわぞわする感じは何だろう?』

~ハコの魔女の結界・fin~

マミ「さて、一件落着ね」

シャルロッテ『ごり押しだね』

マミ「ソウルジェムの色は、と」

シャルロッテボディのまま服をずりあげると、ソウルジェムの色がまた変わっていた。

シャルロッテ『美しく、絢爛豪華で、麗粛なる、荘厳な輝きを持ったドブの色だね』

マミ「残念! 最後がダメだった!」

マミの縦ロールがシャルロッテ(マミ)の首をしめあげた。

マミ・シャル「ぐえぇっ!?」

?「何バカな事をしているのかしら?」

マミ「けほっ、けほっ? あ、あなたは!」

ほむら「久しぶりね? マミ、でいいのかしら?」

マミ「ぴ! ぴ~!?」(わ、私の言葉がわかるの!?)

ほむら「ごめんなさい、言葉は分からないわ」

マミ「ぴ」(あ、そ、そう)

ほむら「でも、その反応だと本当にマミみたいね」

そういうと、ほむらはカバンから何かを取り出した。

ほむら「はい、紙とペン」

マミ「?」

ほむら「筆談なら出来るでしょう?」

マミ「ぴ~!」(イエ~ス!)

マミは両手でペンをはさみ、ほむらと筆談を始めた。

ほむら「つまり、魔女と取り引きして中途半端に復活、肉体の再生を目指して行動」

ほむら「だけどキュゥべえからは見捨てられ、方法を模索するうちに行き当たりバッタリで魔女を取り込むハメになってる、と?」

マミ「ええ、ところで鹿目さんは?」

ほむら「まどかには先に帰ってもらったわ。いたら話しづらいでしょう?」

マミ「そう、ね。ところで暁美さんは肉体を再生する方法を知らないかしら?」

ほむら「ごめんなさい、知らないわ」

マミ「そう、ありがとう」

マミはいったんペンを置く。

ほむら(魔女を撃退する力はある、戦力にはなるわね)

ほむら「マミ、提案があるのだけれど」

マミ「ぴ?」

ほむら「お互いの目標のために協力し合いましょう」

マミ「協力?」

ほむら「私はマミの肉体再生のために、マミは私の目的のために協力するのよ」

マミ「暁美さんの目的?」

ほむら「……そうね、あなたは本当に、今までの時間軸には存在しえなかった存在」

ほむら「この終わらないループを終わらせる因子になるかもしれない」

ほむら「すべてを話しておく必要があるかもしれないわね」

マミ「?」

マミ「ウソ、でしょ?」

ほむらの話が終わってしばらく後、マミはやっとそれだけを紙に書く。

ほむら「すべて、本当よ」

マミ「…………」

ほむら「私はほむらを魔法少女にさせない。そして、まどかの命を救うためにワルプルギスの夜を討つわ」

ほむら「ワルプルギスの夜は明後日には現れる。それまでに覚悟が決まったらここに来て、私の住所よ」

マミ「……」

呆然と立ち尽くすマミに住所を書いた紙を押しつけ、ほむらはその場を去って行った。

マミ「…………」

シャルロッテ『マミ、マミ』

マミ「……シャルロッテ」

ほむらが去ってどれほど経ったか、マミはシャルロッテの声で我に返った。

シャルロッテ『大丈夫? マミ』

マミ「ええ、大丈夫よ……ありがとう」

そしてマミは、いましがた聞いたほむらの話についてシャルロッテへと問いかけてみる。

マミ「シャルロッテ、あなた……魔法少女だったの?」

シャルロッテ『そうみたいなの、驚いたの』

マミ「……ふふ、他人事みたいね」

いつもと変わらないシャルロッテの様子に、マミはつい力無く笑ってしまった。

シャルロッテ『本当に大丈夫?』

マミ「ええ、でも少し疲れたわ。杏子の下へ帰りましょう」

マミはシャルロッテに答え、ほむらから受け取った紙や筆談に使った紙束。
それらすべてをその場に置き捨てて帰路に就いた。

~橋の下~

マミ「杏子は……まだ帰って来てないのね」

シャルロッテ『怒られずにすんだのー』

マミ「ふふ、シャルロッテったら」

マミ「でも、さすがに少し疲れたわ」

マミは川岸に腰を下ろす。
そして、そのまま月明かりの下で小石を拾い上げ、川に向かって投げ始めた。

シャルロッテ『交代しようか?』

マミ「いえ、少しだけでも動いていたいわ」

シャルロッテ『……そう』

橋上の走り抜けるエンジン音の中で、マミは小石を川に向かって投げ続ける。
マミの手元から小石が無くなる頃、やっと杏子が帰って来た。

杏子「一家の大黒柱が帰って来たぞー!」

杏子がリアカーを引きながらマミたちに近づいてくる。

マミ「ぴ?」(あら、そんな物、行くときは持ってたかしら?)

杏子「コレか? 魔法で肉体強化してるから、袋を背負ってサンタ状態でも問題なかったんだけどよ」

杏子「そんなあたしの姿を見た同業者がよ、お古をくれたんだ。普段は縄張り争いしてるけど捨てたもんじゃねーなー」

マミ「ぴ」(な、何と言っていいやら)

杏子「それと、ほらよ」

杏子が袋をマミに放り投げた。

マミ「ぴ?」(これは?)

杏子「好きなんだろ、そいつ?」

シャルロッテ『チーズ! マミ、代わって! 代わって!』

マミ「わ、分かったわ」

交代したシャルロッテが袋を速攻で引き裂いた。

杏子「とらねーから安心しろって」

シャルロッテ「はむはむ」

杏子「でも本当に、いい食いっぷりだな」

シャルロッテの食べる姿を見ていた杏子が、ふと何かを思いついたのか、口を開いた。

杏子「そうだ。明日、空き缶を売る日なんだよ」

杏子「業者が来る場所があってさ、そこに空き缶を持っていくんだ。お前もついてこいよ」

マミ『明日……』

マミ(ワルプルギスの夜は明後日には来るらしいのに、貴重な1日を潰すには……)

杏子「好きなチーズ料理を食わせてやっぞ」

シャルロッテ「行くっ!!」

シャルロッテが鼻息荒く飛び回る。

杏子「よし、決まりだな」

マミ『もう、シャルロッテったら』

マミ(でも、こんな頭がごちゃごちゃな状態じゃ、確かに何をしても無意味かしらね)

マミはため息をつくが特に反対をする事もなく、騒がしいシャルロッテの声を聞きながら、静かに口を閉じていた。

>>787
×ほむらを魔法少女に

○まどかを魔法少女に

~深夜・段ボールハウス~
シャルロッテ『すぴ~……すぴ~……』

マミ「寝苦しいわ」

杏子「すぅ……すぅ……」

杏子は両腕でマミを抱き締めたまま眠っていた。

マミ「もう、杏子ったら、私は抱き枕じゃないんだから」

マミ「それに、女の子は毎日お風呂に入るものなのよ?」

マミ「がさつなんだから、本当に」

マミ「……本当に、私はどうしたらいいのかしら」

杏子「マミ」

マミ「杏子、起きていたの?」

杏子「腹へった……すぅ……何か……すぅ……」

マミ「……もう、寝言までがさつだなんて」

マミはあきれたようにつぶやき、杏子の腕の柔らかさを感じながら静かに目を閉じる。

マミ「おやすみなさい、杏子」

杏子のぬくもりを感じているうちに、マミも次第に眠りの中へと落ちていった。

業者「まいどー」

杏子「ありがとさん」

空き缶を引き渡した杏子が、マミへと歩いてくる。

杏子「約五千円か、あの量ならそんぐらいか」

マミ「ぴ?」(本当に使っていいのかしら?)

杏子「そんな目するんじゃねーって、あたしが言ったんだ、ちゃんとおごらせろよ」

杏子が指先でマミの頭をはじく。

マミ「ぴ」(いたっ)

杏子「さて、せっかく街に来たんだし! まず一番に行くところがあるよなー?」

マミ「ぴ?」

杏子「風呂だよ」

~銭湯~

シャルロッテ『ひろ~い、代わって! 代わって!』

マミ「体を洗うまで、ちょっと待ってなさい」

杏子「この時間帯、女湯は貸し切り状態ってわけだ」

杏子「おまえらは見えないから、入場料はあたし1人分だしな」

にやり、と笑う杏子。

マミ「杏子らしいわね」

マミ「……というか、相変わらず前ぐらい隠しなさいよ」

素っ裸で普段通りに動き回る杏子に、あきれてため息をつくマミ。
肩にタオルをかけただけの杏子とは違って、こちらはタオルで前を隠している。

杏子「ささっと洗って、じっくり入るか」

マミ「それには賛成だわ」

マミと杏子が横に並んで洗い場に座る。

杏子(そういやこいつ、あの短い手でどうやって頭を洗うつもりだ?)

杏子が横目で見ている中で、マミが頭を洗い出す。
マミは頭を下げ、短い手が届く所をまず洗う。
そして、残りの部分は縦ロールが……

杏子「ぶふぉっ!?」

マミ「ぴ?」

杏子「いや、いやいや! おかしいだろ、それは!」

マミ「?」

杏子「いやそんな、何を言ってるか本気で分かりません、みたいな目で……まあ、いいけどよ」

杏子は突っ込むのをあきらめ、腑に落ちない気持ちのままさっさと髪を洗うが、2人揃って湯につかる頃になると、すっかりそんな事は忘れていた。

杏子「いやぁ~! でかい風呂はいいなぁーっ!」

マミ「ぴ~」(同感だわ~)

杏子「よ~し、胸を揉んでやるか~」

マミ「なぜ!?」

杏子「ほーれ、もみもみ~」

マミ「きゃっ、……ふ、ふふ……今の私は無力だった頃の私と違うわ」

マミ「奥義・縦ロール!」

杏子「なにっ!?」

マミ「その慎ましい胸を10倍の大きさにしてあげるわ!」

杏子「ふんっ」

ぺちーん、とマミの縦ロールが湯の中に叩き落とされた。

マミ「私の奥義がっ!?」

杏子「さすがに水場じゃ髪は本領発揮出来ないみたいだな」

杏子が両指をわきわきと蠢かせた。

杏子「憎らしい位にふくらませてやるぜーっ!」

マミ「いやぁ~っ!!」

その後、揉みしだかれて力尽きたマミがお湯の中で、死んだ魚のように浮いたり。

代わったシャルロッテが泳いだり走ったり。

杏子が風呂桶でボウリングをしてて店員に怒られたりした。

杏子「あ~、久しぶりに遊んだな~」

マミ『ほんと……銭湯だけでこんなに遊べるなんて知らなかったわね』

2人が今いるのは備え付けの食堂。

杏子はうどん。マミは交代したシャルロッテが代わりにチーズ系を食べている。

シャルロッテ「チーズ! チーズ!」

杏子「よく食うよなぁ」

マミ『?』

一瞬、杏子の表情に影が差した気がしたマミだったが、すぐに杏子は笑みを浮かべて影を塗り潰した。

杏子「さて、そろそろ帰るか」

シャルロッテ「ぴ~! ぴ~!」(え~、やだやだ~)

杏子「街ってのはいるだけで金がかかるんだよ」

杏子「それに、チーズの塊を買った方がお前は喜ぶだろ? 帰りに買ってやるよ」

シャルロッテ「ぴ? ぴ~!」(チーズ買ってくれるの? わ~い!)

マミ「……? 気のせいかしら」

~夕方・橋の下~

杏子「んじゃ、ちょっと出掛けてくる。留守番頼むわ」

シャルロッテ「ぴ~!」(は~い!)

マミ『しっかり餌付けされてるわね』

シャルロッテ「チーズっ!」

シャルロッテ「はむはむはむはむ」

マミ『はぁ、とにかく暁美さんと連絡を取って……ああ、住所の紙は捨てちゃったんだ』

あまりの事にすべてを投げ出したくなって、実際に投げ出しちゃったのであった。

マミ『コレだから私は……まだ残ってるかしら?』

~夜・路地裏~

シャルロッテ『すぴ~すぴ~』

マミ「無いわね」

紙は住所の書かれた紙以外も、すべてきれいに消えていた。

マミ「誰かが掃除? 路地裏を?」

考えても答えは出て来ない。

マミ「……しかたないわね。遅いと杏子を心配させるし、いったん帰りましょうか」

マミは後ろ髪を引かれる思いでその場を去り、橋の下で杏子を待つ事にする。

だが、深夜まで待っても杏子は帰って来なかった。

~夜・ほむら家~

日が沈んでしばらく、来客を告げるチャイムが鳴った。

ほむら「来たわね」

しかし、扉の先にいたのは、ほむらの予想した相手では無かった。

ほむら「あなたは……佐倉杏子?」

杏子「…………」

杏子は無言で、右手に握り締めた紙束をほむらに放り投げる。

紙には例えるなら、赤子が両手でペンを持って書いたような汚い字が延々と書かれていた。

杏子「嫌だとは言わさねえ、全部話してもらうぜ」

ほむら「……」

杏子の鋭い眼光に、ほむらも同じく目を細める。
しばらく睨み合った後、ほむらは横に退いて家への道を譲った。

ほむら「入りなさい。話してあげるわ、全部」

~気象庁~

職員「雷雲が凄まじい勢いで分裂と旋回を繰り返しています!」

職員「間違いありません! スーパーセルの予兆です! ただちに避難警報の発令を!」

~朝~

マミ「ふぅ」

シャルロッテ『杏子、帰って来なかったね』

マミ「そうね、雨も降ってきたし……流されちゃうわよ、この家?」

シャルロッテ『ワルプルギスの夜が来る前兆だと思うの』

マミ(……ワルプルギスの夜が来る、か)

マミ「おかしいわねシャルロッテ」

シャルロッテ『?』

マミ「魔法少女とは言えない体になったのに……それでもまだ戦う気でいるのよ私?」

シャルロッテ『本当に……マミは優しいの』

マミ「ふふ、ありがとねシャルロッテ」

マミは一歩、雨の中に踏み出した。

マミ「じゃ、街を救いに行きましょうか」

ほむら「すべてはこの日にかかっているわ」

ほむら「何を解決するにしても、この日を乗り切らなければ意味が無いの」

杏子「……」

ほむら「あなたはマミを連れて逃げる事も出来るわ、もし……」

杏子「ちっとばかし厄介な魔女……だろ? 魔法少女が2人いたら余裕だって」

ほむら「……ありがとう、たのもしいわね」

杏子「よせって、お前に誉められたら気味が悪いぜ」

ほむら「ふふ、じゃあ、行きましょうか?」

杏子「ああ!」

2人は同時に駆け出した。

空を覆わんばかりに強大な、悪意渦巻く魔女に向けて。

雨脚を強め、暴風雨へと変貌を遂げた天気の中をマミは走る。

マミ「始まってる!」

空に瞬く雷光に混じり、炎の赤が、次いで炸裂音がマミまで届いてきた。

マミ「早く……行かないと……」

だが風が強く、シャルロッテボディでは思ったように進めない。

マミ「きゃっ!」

強烈な突風にマミが吹き飛ばされた。

マミは空中を木の葉のように舞い、そして何かにぶつかり動きを止める。

マミ「……?」

まどか「あなたは、あの時の?」

マミ「鹿目さん!?」

マミは、雨具も着けない水浸しの姿のまどかに抱き止められていた。

ワルプルギスの夜は、巨大な歯車から人形の上半身を逆さ吊りにしたような姿だった。

それが暗幕を背景にして踊るように、曇天を素早く無軌道に動き回る。

時間を止める事の出来るほむらなら問題無いが、杏子には攻撃を当てるのも至難の技だった。

杏子「ちっ!」

投げつけた数多の槍を回避され、杏子は苛立たしげに舌打ちする。

ほむら「杏子! 来るわ!」

杏子「わかってる!」

ワルプルギスの夜の反撃が2人に迫る。
質量を持った悪意の塊は、一撃必殺の威力を惜しみなく振り巻くように、四方八方から叩きつけてくる。

地形を利用して有利に戦おうとする2人だったが、ワルプルギスの夜はビルを引き抜き、大地を抉り取り、地形すらも自分の武器に変えてしまう有様だった。

杏子「ぐ、くぅっ!」

杏子が左腕を押さえて苦痛に顔を歪める。

ほむら「杏子、大丈夫!?」

杏子「ビルの破片が当たっただけだ! 問題ない!」

だが、破片が当たった杏子の左腕はあらぬ方向に折れ曲がっていた。

杏子(強すぎんだろっ! くそっ!)

杏子(だけど、懐に入っちまえば勝機はまだある!)

杏子「ほむら! あたしをヤツに近付けさせてくれ!」

ほむら「何をする気」

杏子「接近戦でタコ殴りにしてやるんだよ!」

ほむら「無茶だわ! 片腕が折れてるというのに」

杏子「あたしを信じろ!」

ほむら「……!」

杏子「どんな手段を使ってでもアイツを倒す! だからアイツまでの足場を作ってくれ!」

ほむら「……分かったわ。必ず貴女をアイツまで送り届ける。だから」

杏子「ああ、任してくれ!」

杏子が一直線にワルプルギスの夜を目がけて走りだす。

ほむら「時間停止!」

ほむらは時間を止め、残った重火器を抱えて杏子を追い越し、疾走する。

やがて着いた場所はワルプルギスの夜の真下。
そこでほむらは武器すべてを解き放った。

ほむら「一斉発射!」

狙うはワルプルギスの夜。
ではなく、その周囲にある高層ビル群。
ほむらはぐるりと回転するように、全方位へ向けて攻撃を行う。
そして最後は炸薬をビルの根元に仕掛けて周り、距離を取って起爆。
ほむらは完全に基礎を破壊されたビル群に軽く頷いた。

そして、再び時間が動き出す。

杏子「おおおっ!!」

崩れ落ちていくビルの残骸の中を杏子は駆け抜けていく。
吹き荒れる爆風と爆煙の幕を突き破り、ビルに突き立った鎖を足場にワルプルギスの夜へと迫る杏子。

雄叫びを上げながら脇目も振らず駆けてくる杏子に、しかし、ワルプルギスの夜は倒れてきたビルに押さえつけられ、身動きが取れない。

杏子「もらった!」

杏子がワルプルギスの夜に取りつこうとした瞬間、ワルプルギスの夜は嘲笑と共に全方位へ衝撃波を発した。

杏子「うぐっ!」

一度は吹き飛ばされる杏子だが、衝撃波が止むと今度は徐々に加速を始める。

杏子「そう来るのは見え見えなんだよ!」

杏子の折れた腕からは鎖が伸び。
それはワルプルギスの夜の後ろ高く、1つだけ無事な、頭抜けしている高さのビルに穿たれていた。

杏子「おおおっ!!」

振り子の原理で杏子は一気に加速。

折れた腕が悲鳴を上げるが、杏子は歯を食い縛って耐える。

杏子「喰らえっ!」

槍を召喚し、構えた杏子はワルプルギスの夜へと一気に突撃した。

杏子「……っ!?」

何かが光ったと思ったが、もう遅かった。
振り子の進路上、幾重にも配置されたガラスに杏子は突っ込まされた。

杏子「ぐ、くぁっ!」

ワルプルギスの夜の嘲笑が響く。

杏子「お見通し、ってか?」

槍を落とし、体勢を崩した杏子だが、ワルプルギスの夜には辿り着いた。
ワルプルギスの夜の歯車上に倒れた杏子は鎖を飛ばし、落ちないように自分の体を固定する。

杏子「だけど、惜しかったな」

杏子は満足そうに笑った。

杏子「あたしの……勝ちだ!」

まどか「ほむらちゃん!」

ほむら「まどか! 何でここに! そしてマミも!」

まどか「! マミさん!? どこに!」

ほむら「あなたの腕の中にいるわ、まどか」

まどか「えっ? ……えっ!? ……え~~!!」

マミ「ぴ」(ごめんなさいね、鹿目さん)

ほむら「その縦ロールが証拠ね」

まどか「ほ、本当だ! マミさんの縦ロールだ!」

ほむら「分かったら早く帰りなさい、まどか」

まどか「ダメだよ、ほむらちゃんたちを置いては帰れないよ!」

ほむら「……そう」

ほむら「ならここにいていいわ」

まどか「……いいの?」

ほむら「ええ、もうすぐすべてが終わるから」

まどか「それは……どうして?」

……………………

まどか「自爆!?」

ほむら「確定はしてないわ、彼女の目はまだ希望を湛えていた」

ほむら「でも、今はワルプルギスの夜の上。いつそうなっても」

まどか「あんまりだよ! そんなのって無いよ!」

キュゥべえ「大丈夫だよまどか! キミが魔法少女になればすべてが解決する」

ほむら「うせろ」

キュゥべえ「あべしっ」

まどか「どうにか、どうにかならないの!」

マミ「……」

マミ「キュゥべえ? 少しいいかしら?」

キュゥべえ「なんだい? マミもどき?」

シャルロッテ『殺そう』

マミ「まだよ、シャルロッテ」

マミ「キュゥべえ、私のソウルジェムなんだけど、魂が混ざってるのよね?」

キュゥべえ「そうだね、魂が人格を個別に持っていても、その根底は結びついている」

キュゥべえ「でも珍しいよ、普通なら混ざってしまうと完全に別物になるのに、個を維持し続ける事が出来るなんて」

マミ「それは多分、私の願いが『生きる事』だったからだわ」

キュゥべえ「精神の存続? 気のせいだよ、マミ。キミの願いは既にあの時に完結している」

マミ「ふふ、そうね。魔法少女の性質はね」

キュゥべえ「……それはどういう」

マミ「今の私はつながっているんでしょ、魔女たちと!」

キュゥべえ「……!!」

マミ「暁美さん、力を貸して!」

ほむら「この声は!」

まどか「マミさん!? ……でも雑音がひどい」

マミ「キュゥべえを介したテレパシーよ。雑音には目をつぶって」

ほむら「……力を貸すってどういうことかしら?」

マミ「今の私だけじゃ力が足りないの、ソウルジェムを貸して!」

ほむら「あなた、何を言ってるのか」

マミ「わかってるわ!」

ほむら「…………」

マミ「必ず返すわ、お願い」

キュゥべえ「やめなよ、ほむら。出来もしない話さ、魂を融合させた後に切り離すなんて、一生同じ器の中にいるハメになる」

ほむら「そう」

ほむら「使いなさい、マミ」

キュゥべえ「な!? 説明を聞いていたのかい、ほむら!」

ほむら「ふふ、あなたの事がキライなのよ私、知らなかった?」

さやか「話は聞かせてもらったよ、マミさん!」

マミ「美樹さん!?」

さやか「私の憧れ、道を示してくれた人……」

さやか「今度は私が恩を返す番!」

マミ「……美樹さん!!」

さやか「だから、何度も襲った事は許して?」

マミ「当然よ!」

キュゥべえ「まったく、わけがわからないよ」

キュゥべえ「待つのは絶望だけだ」

キュゥべえ「有りもしない奇跡にすがったところで、どうにもならない」

マミ「いえ、違うわ」

ほむらとさやかのソウルジェムを掲げるマミ、やがてそれらはマミのソウルジェムに吸収される。

マミ「もし、未来に絶望しかないのなら」

マミの体が光に包まれた。
マミ「私たちが、どうしてこうやって集まれたの? 手の中にあらがう手段があるの?」

マミの体が大きくなっていく。

マミ「奇跡はすでに起きているわ」

髪を振り乱し、大地を踏みしめる。
光が消えた後には、魔法少女の姿をしたマミが立っていた。

マミ「行きましょうか」

マミが片手を上げるとマミの背後に光の粒子が集まり、取り込んだ魔女、そしてほむらにさやかが姿を現した。

マミ「目指すはただ1つ!」
マミは声を張り上げ、ワルプルギスの夜に対して、その上にいる掛け替えの無い相手に届くように、雄叫びを上げた。

マミ「みんなで、この奇跡を完結させましょう!」

薔薇園の魔女が創り上げたイバラの道を、先導するのはヒゲの使い魔。
ワルプルギスの夜の生み出す幻影たちを自慢のハサミで切り裂き、後続の足を緩めさせない。

ほむら「させないっ!」

ハコの魔女が攻撃を予測し、避けられない攻撃はほむらが時間を止めて皆を回避させる。

マミ「はあっ!!」

杏子がいるために全力射撃の出来ないマミは、ピエロ顔の黒蛇となったシャルロッテと共に遊撃。

敵を引き付け、スキを見つけてはマスケット銃を召喚し、ワルプルギスの夜のパーツを打ち砕いていく。

そして、みんなの最後尾。

さやか「行くぞぉぉーッ!!」

剣を構えたさやかが、頃合いを見て一気にイバラの道を駆け上がった。
目指すはワルプルギスの夜の歯車部分。
杏子のいるであろう部位だった。

杏子「……マミ?」

声が聞こえた気がした。
しかし、ワルプルギスの夜の歯車の上からでは地上がよく見えない。

杏子「……気のせいか」

瞳を閉じると、過去の憧憬が脳裏をよぎる。

杏子「……キライじゃなかったよ、みんな」

杏子が最期の覚悟を決めたその時だった。

光の剣閃が、杏子の正面、ワルプルギスの夜の歯車を三角に斬り飛ばした。

杏子「う、うおぉッ!?」

さやか「いたぞーッ!!」

魔女たち「どこだぁーッ!?」

杏子「ひ、ひぃっ!?」

駆け寄ってくるさやかと魔女たち。
皆一様に血走った様子に、思わず杏子が身をよじった。

マミ「杏子っ!!」

その時、シャルロッテからマミが降り立ち、杏子に駆け寄ってきた。

杏子「……マミ!? 元の姿に戻れたのか!?」

マミ「やっぱり知ってたのね、私なんかのために無理しちゃって」

杏子「う、うぐぐ! あ、あたしは」

マミ「自分のために、戦ったんでしょ?」

マミ「ほんと、がさつなんだから」

杏子「ぐぐぐ、……っ!? なんだ!?」

2人の会話はワルプルギスの夜が大きく鳴動した事で断ち切られた。

マミ「ワルプルギスの夜がとうとう本気になったのね! 杏子! お願い! 力を……ソウルジェムを貸して!」

杏子「ソウルジェムだと……いや、わかったよ」

杏子は聞くのをやめて、ソウルジェムをマミに投げ寄越した。

杏子「あたしの信頼に応えてくれよ?」

マミ「任せなさい!」

光の粒子が杏子の体を作り出した。

杏子「で、どうする?」

さやか「わわっ、見てみて!? 斬った歯車がもう再生してる!」

ほむら「生半可な攻撃じゃ倒せないようね」

マミ「じゃあ、奥義の出番かしらね?」

マミ以外全員「奥義?」

マミ「そう、奥義、いわゆる必殺技よ?」

マミがにこりと微笑んだ。

ピエロ顔の黒蛇となったシャルロッテに全員が飛び乗る。

ワルプルギスの夜が撃ち出す、見える悪意をシャルロッテは掻い潜り、一気にワルプルギスの夜との距離を突き放した。

マミ「みんな、準備はいい?」

さやか「おー!」

ゲルト「任せてください」

杏子「……はずいな」

ほむら「ええ」

エリー「ちっ!」

シャルロッテ「じゃあ、いっくよ~! せーのっ!!」

全員「ティロ・フィナーレ!!」

マミの召喚した極太大砲に皆が魔力を詰め込み、マミがワルプルギスの夜に目がけて引き金を引いた。

黄金の輝きが螺旋を描き、光を撒き散らしながらワルプルギスの夜に突き刺さる。

ワルプルギスの夜の体は弾丸の螺旋に飲み込まれるように、よじれ、崩れ落ち、最期の時を迎えたワルプルギスの夜は断末魔の絶叫を上げる。

だが、皆で放った弾丸は断末魔の絶叫すらも払い退け、その先の空に広がる暗雲を吹き飛ばした。

そして、天から差し込む光の中でワルプルギスの夜が崩れ落ちていく時。

皆は戦いが終わった事を理解した。


1人を除いて

まどか「すごい! みんなすごいよ!」

シャルロッテと共に皆が大地に降り立つと、近寄って来たまどかは開口一番そう言った。

さやか「ま、よゆーってやつ?」

ほむら「やっと、終わったのね」

杏子「ん? どうしたマミ?」

マミ「いえ、みんなの魂を切り離さなくちゃね?」

さやか「そうだ、忘れてた!?」

ほむら「事後だけど、勝算はあるのかしら?」

マミ「任せて」

マミが頭につけたソウルジェムを外して掲げると、みんなの姿が再度光に包まれた。

さやか「お、おお、普段着に戻った!」

ほむら「……っ!? ソウルジェムは!」

マミ「ソウルジェムは無いわ」

杏子「……どういう事だよ」

マミ「みんなの魂は無事よ、でも、ソウルジェムの機能、魔法少女の力は結びつきが強すぎて切り離せそうに無いわ」

ほむら「……そう」

さやか「これで終わり? あー、嬉しいような、悲しいような」

杏子「マミ、おまえは」

マミ「ふふ、少し待ってて」

マミ「キュゥべえ!」

キュゥべえ「まさか、これほどとはね、マミ」

キュゥべえ「信じられない結末だったよ」

マミ「いえ、まだ終わりじゃないわ」

キュゥべえ「……なに?」

マミ「私は魔法少女と魔女が生み出す……この呪いの連鎖を止めてみせる!」

ほむら「!」

さやか「?」

杏子「…………」

キュゥべえ「無理だね。今のキミの力じゃ……とても」

マミ「私1人だけの力じゃないわ」

マミが片手を上げると、ワルプルギスの夜を成していた残骸。
無数の魔女たちがマミに集まって来た。

マミ「この娘たちも協力してくれるみたいだし」

マミ「みんな、一緒にいきましょう!」

マミのソウルジェムに魔女たちが吸い込まれていく。

キュゥべえ「……!? そんな、それだけの魂が入るだけの容量はっ!!」

キュゥべえが叫ぶと同時に、マミのソウルジェムが砕け散る。

杏子「マミっ!!」

しかし、マミは変わらず片手を上げて佇み、魔女たちをソウルジェムの代わりに肉体へと直接取り込んでいた。

さやか「マミさん、体が揺らいでいる」

キュゥべえ「そんな、まさか!!」

キュゥべえ「エントロピーの法則すら覆す、感情という精神構造。それによって生み出された上位精神体」

キュゥべえ「肉体のくびきを捨てた彼女は、もう時空や法則に囚われる事はない」

やがて、マミの魔女吸収が完了する。

マミ「少し、行ってくるわね」

まどか「マミさん、いつ帰ってくるの?」

マミ「ごめんなさい、分からないわ」

さやか「マミさん」

ほむら「あなたは……本当に」

杏子「…………」

マミ「杏子?」

杏子「マミのする事だ、マミの勝手さ」

杏子「でもよ、……待ってるからな!」

杏子は嗚咽を漏らし始める。
しかし、涙をこぼさないように上を向いて、さらに腕を組んだ。

杏子「あたしはっ! マミが帰って来るのをっ! いつまでも待ってるからなっ!」

涙で切れ切れになった声で杏子は叫んだ。

マミ「わかった、待ってて杏子」

マミが杏子に近寄り、腕を杏子の背中に回す。

マミ「必ず、帰って来るから」

マミはみんなから離れると光に包まれ始める。

さやか「マミさん!」

まどか「行ってらっしゃい!」

ほむら「ありがとう、本当に……ありがとう」

杏子「行ってこい! マミ!」

マミ「それじゃ、行ってきます」

マミはみんなに手を振り、光の中に消えていった。
光が止んだとき、そこには何も残っていなかった。

このSSまとめへのコメント

1 :  SS好きの774さん   2015年12月23日 (水) 11:48:18   ID: 2dm_KwKF

ふkgvyl

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