高垣楓「おいしいコーヒーの淹れ方」 (35)


楓「……」スヤスヤ


ポン


楓「?」

P「終点ですよ。お客さん」

楓「…え?あれ、あ、は、はい。ごめんなさい。あら私ったら、あわわ」

P「ゆっくりでいいですから、忘れ物のないように。お気をつけて」

楓「あ…はい。気を遣って頂いて…… ?」

楓「あら…プロデューサーさん、いつの間に電車の車掌さんに?」

P「なってません」ペチ

楓「あぅ」

楓「……??」サスサス


ピコーン


楓「あ、ここ事務所だ……」

P「はい」



・楓さん
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P「さっきのは冗談です」

楓「冗談でしたかー」

P「おはようございます。もう目は覚めましたか?」

楓「ばっちりです」

楓「あら、定期はどこに入れたかしら」

P(さっぱりだ)


楓「なーんて、冗談です。元々私、電車にはあまり乗りませんから」

P「そうなんですか?」

楓「はい。ここも徒歩で通える距離ですし、」

楓「歩いた方がいろいろと発見があって、楽しいです」

P「なんだか素敵な信条ですね」

楓「ふふ。ありがとうございます」

楓「そうだ。それで昨日の帰り、そこの公園の側におでんの屋台が出ているのを見つけて」フフフ…

P(前言撤回)


ぽふ


楓「?」

P「まあ、とにかく」

P「もう目が覚めたなら帰りましょう。送りますから」

楓「…はーい。むす」

P「むす?」

楓「なんでもありません」

P「そうですか。じゃあ戸締りとかして来ますから。もう少しのんびりしていてください」

楓「分かりました。むすー」

P(むす?)

楓「……むすー…」


コテン


楓「……」

楓「…」


シーン…


楓「……静かだなー…」

楓「…」コロコロ…



楓「いぅ」ガゴン

楓「……ぉぉ」ジンジン

楓「…?」

楓「……、これ…」カタ


P「…」

楓「あ、プロデューサーさん。おかえりなさい」ゴロー

P(のんびりしすぎです)

楓「?」

P「…あ、いえ…」コホン

P「お待たせしました。じゃあ――」

楓「……」サスサス

P「?」


P「そのミルがどうかしましたか?」

楓「ミル?」

P「ミルですね」

楓「……あ、これミルなんですか。てっきり、もっといかつい名前かと」サスサス

P(と言われても)

楓「可愛い名前しやがってー、なんて」

P(あなたが可愛いです)


ポンポン


楓「こう…回すタイプのものしか、見たことがありませんでした」クルクル

P「手挽きのミルですか。今時そのタイプの方が珍しい気もしますけど」

楓「へー…じゃあ、ちょっと運がよかったのかも。えへへ」

P「かもしれませんね」


楓「…」サスサス

P「…」

楓「……」サスサス…

P「……あの」

P「…淹れましょうか。せっかくだし」

楓「いいんですか?」

P「一杯くらいなら、まあ」

楓「すいません。えへへ」サスサス







楓「このミルは、前から事務所にあったんですか?」

P「いえ。俺が家から持って来たんですけど…この前、こたつを出したとき見つけて」ガサ

P「長いこと使わないでいて埃を被ってたので、なんだか申し訳なくて……」

P「いいかげん、家に持って帰って使ってやろうかと……、ん、古そうだが…まあいいか」

楓「プロデューサーさんの私物だったんですね」

P「ええ。まあ」

P「正直、一々豆を挽くのが面倒なのと……」

P「こうして淹れてると、面白がって、よくみんなが飲みたいって言ってくるんですけど」

楓(…私も数に入ってるかな)

P「豆から淹れようが、おいしくないやつにはおいしくないですよね」

P「残念がられるのがなんだか申し訳なくて…いつの間にか使わなくなっちゃいました」

楓「……そうだったんですねー…」

楓「…なんだか、優しい理由ですね」

P「そうですか?」

楓「はい。そう思います」


P「ちょっとうるさいですけど」

楓「はい」


カチ

ガガ、ガガガガガ…


P「これでちょうど二人分です」

楓「はい」


ガチャ


P「元々、親父を真似て買ってみたんです」

楓「お父さまも、コーヒーがお好きなんですね」

P「ええ。それこそ手挽きのミルも持ってたはずです」

P「……さっき他人事みたいに言いましたけど、俺も子どもの頃に、」

P「親父に『俺も飲んでみたい』ってせがんだことがあって。案の定おいしくはなかったですけど」

楓「はい」

P「そのときの、親父の……悲しそうな、申し訳なさそうな、なんとも言えない表情はいまでも覚えてます」

楓「……」

P「だからいまになって、あああのとき親父はこんな気分だったんだって。……あの、親になったわけでもないのに、おかしなこと言ってるなあとは思いますけど」

楓「…おかしいなんて、そんな」フルフル

楓「プロデューサーさんは、みんなのお父さん――…くらいに頼れる人ですから。あながち間違いでもないですよ、きっと」

P「…はは。ありがとうございます」

楓「いえ。ふふふ」


P「せっかくなので丁寧にやって行きましょう」

P「さっとでいいので、沸いたお湯でサーバーとカップを温めておきます」スス…

楓「はい」スス…

P(体が傾いてる…面白い…)

楓「これもお父さまに教えて頂いたんですか?」ヨッ…

P「ええ。ちなみにあいつは」

楓(あいつ…)

P「散々俺に丁寧な淹れ方を教えてくれた挙句、」

P「適当に淹れたコーヒーをまあ美味いもんは美味いとそれはもうおいしそうに飲んでました」

楓「なんだか豪快なお父さまですね…」

P「適当なだけですよ」


P「で、じゃあ粉になったコーヒーにお湯を注いで行きますが…」

P「やってみますか?」

楓「わ、私がですか」

P「ええ。せっかくなので」

楓「は、はい。で、では、せっかくなので」

P「はい」


P「そうそう。まずは全体を湿らせて、蒸らします」

P「ちなみにいい豆だと、ぽこぽこするんですけど」

楓「……ぽこぽこ、ですか?」

P「ええ。コーヒーが膨らむんですけど…これはたぶん古い豆なので――」


ぽこぽこ


P「…」

楓「ぽこぽこ」

楓「しましたね」

P「しましたね」

P「たぶん、淹れ方がよかったんでしょう。というか楓さんみたいなきれいな人に淹れてもらって、コーヒーも喜んでるんじゃないかな」

楓「あらー。照れちゃいます」パシパシ

P「いてて」


P「あとは中心からそっとお湯を注いで行きます」

楓「は、はい。そっとですね」プルプル…

P「すいません。もう少し勢いよくでも大丈夫です」

楓「……勢いよく…」ドバー

P「大洪水です」

楓「あわわわ」


P「円を描くようにとか――“の”の字のイメージで、とも教わりましたね。外側に向けて壁を作って行くんだとか」

楓「か、壁……」トポポ…

楓「…あう。なんだか思うようには、なかなか……」

P「気合でなんとか」

楓「気合ですか。お、おおーお…」トポポ…

P(かわいらしい気合ですね)







P「と、いうことで、入りました」

楓「はい!」エッヘヘ

P「楓さん、カップをどうぞ」

楓「あ、すいません。お酌をして頂いて…。今度はプロデューサーさんが」

P「コーヒーですけどね。どうも」

楓「…乾杯します?」

P「…えと、じゃあ、はい。せっかくなので」

楓「乾杯」

P「乾杯」カチン


楓「…」

P「どうですか?」

楓「……」コクン

楓「おいしい、です。とても」

P「そうですか。よかった」

楓「よいです。おいしいです。……ん、…あー……おいしいなぁ…ふふ…」

P(ホントによかった)


楓「……♪」

P「…」

P「あの」

楓「?」

P「そんなにおいしかったなら、よかったらあげますよ。このミル。ついでにいまなら、フィルターとかも一通り揃ってるのでお得ですよ」

楓「お得ですか」クス

楓「でもこの子は、けっこう高いものでは…」

P「まあそうですけど。でもどうせ、しばらくしたら使わなくなっちゃいますし」

P「おいしく飲んでくれる人に使われた方が、こいつもたぶん嬉しいだろうし」ポン

楓「……」

楓「あの、それなら」

P「?はい」


楓「もう少し、ここに置いておきませんか?」

P「事務所にですか?」

楓「はい。…ほら、いまなら一緒に飲む相手がいて、お得ですよー、なんて」

P「……」

P「それはなかなか魅力的な」

楓「ご提案です?」

P「ご提案です」

楓「ふふ。私、飲み仲間になっちゃいますよ」

P「それはニュアンスが違うような」

楓「ふふふー」

P「…ははは」


P「……じゃあ、そうですね」

P「持って帰るのも面倒だし。…これからは、一緒においしく飲んでくれる人もいるし」

楓「…」コクコク

P「はい」クス

P「こいつはしばらく、ここに置いておきましょうか」

楓「はい。それがいいと思います」

P「はい」

楓「はい♪」







P「ちょっとのんびりしすぎちゃいましたね。いい加減、帰りましょうか」

楓「はい。よろしくお願いします」

P「お願いされます」



P「そうだ。あの、一緒にって言いましたけど」

楓「?はい」

P「飲みたければ、俺がいないときでもいつでも使ってくださいね。一応だけど淹れ方も教えたし――」

楓「めっ」

P「いて」

楓「むすー、です」

P(さっきも聞いたな)


楓「私、今日で分かったような気がします」

楓「おいしいコーヒーの淹れ方は、淹れ方じゃないです」

P「え?な、なんですか、それ」

楓「ふふっ。なんでしょー。私とは少し違うかもしれないけど…お父さまにでも、聞いてみてください」

P「親父に??」

楓「ふふふふっ。さー帰りましょ、プロデューサーさん」

P「あ、はあ」

楓「♪」

P(……、ま、いいか。コーヒーが、)

楓「おいしかったです。ね?」

P「ええ。おいしかったですから」



おわり

おわりん

豆は知らんだ

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