モバP「黒真珠の旋律」 (85)


アイドルマスター・シンデレラガールズの黒川千秋さんのSSです。



SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1364377965


都内の有名ホテル。

大広間に飾られたシャンデリアが、どこまでも透明なガラス越しに映る。
その輝きはガラス越しでも色褪せることを知らなかった。

「ようやく、私たちはここまで来れた」

シャンデリアの白く眩しい輝きにも染まることのない漆黒の髪。
その髪は彼女の意思の表すかのように、すらりとまっすぐ伸びている。
微かな曲線を描く睫毛も、つり目がちな大きな瞳をさらに印象付ける。
あごは驚くほど小さく、周辺の輪郭を際立たせている、彼女。

黒川千秋。

『ああ。でも、ここで止まる千秋じゃないだろ』

「…ふふっ」

「当たり前、でしょう?」

まだまだこれからよ、と微かな笑みと自信を浮かべながら。
彼女はいつでも自信に満ちあふれている。それも当然の事だ。

「ここに立つ事が許されるまで、色々あった」

「こういうときだからこそ、たまには昔話でもしましょうか」

『そうだな』

今日の為に用意した、俺のプレゼントを渡すのは後でいい。
今はゆっくり、彼女の話に耳を傾けるとしよう。


[ 過去 ]

プロデューサーには話したかしら。
私は、比較的にお嬢様、なんて呼ばれる家系に生まれてた。
小学校の頃から名門と言われる学校を受験していたの。

その頃の私は家系についてなんて興味を示さなかった。
でも、人より裕福な家に生まれている、という認識はあった。

一般の家庭にはない娯楽が私の家を占拠していた。
茶道、華道、書道などもかじったことがあったと思う。
音楽が好きだったから、クラシック鑑賞にも手を伸ばした。

小さい頃から、それは当然の事のように日々に組み込まれていたの。
だから疑問は抱かなかった。それを当然と思っている私がいたから。

けれど、中学校、高校になるにつれて、その認識は崩れていった。


中学生、高校生になって、私は様々な人と出会った。

コミュニケーションを取るうちに、私は自分の立場を再認識した。
一般的に裕福と言われる家ですら、このような教育は受けていないこと。
私は、超がついてもおかしくないほどのお嬢様だった、ということ。

世間という名の常識を、私はあまりにも知らなさ過ぎた。
幼少期から言われていた、「千秋は本当にしっかりしている」という評価は、
あくまで黒川家だけでのみ通じる評価であった、ということ。

規則正しく寝て起きて、学校へ行って勉強して、友人と遊ぶ間もなく帰宅して。
勉強して、勉強して、勉強して、家の教育に身を任せて、わずかな娯楽を楽しんで。

私はそれが異常な事であると気付くまでに、そうそう時間はかからなかった。
けれど、私はその習慣を曲げる事が出来ないまでに、それは定着していたの。
その頃から、だったかしら。

私の意思と、家の意思に、摩擦が起き始めたのは。






高校3年生の冬。
勉強が嫌いではなかった私は、受験を控え、順調に勉強していたわ。
頭の片隅では、これは自分の意思でしていることなのか、と疑問を抱いたの。

だって、それは十数年にわたって定着していた私の習慣だったのだから。
私は自分の意思で勉強しているのか、習慣に従ってそれをしているのか。

自分で自分が分からなくなっていった。

その頃だったかしら。
受験を控えていた私に、両親が定期演奏会のチケットをくれたの。
「たまには、息抜きでもしてくるといい」なんて言われて。

確かに最近は根を詰めすぎていたかもしれない。
なら、行ってみようかしら。そう思った。

そこで、私は私を見つけた、なんて今でも思うの。

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黒川千秋(20)


定期演奏会なんて久しぶりだった。

やはり、CDで聞くより、ずっと迫力が違う。
微細な旋律までもを明確に感じ取ることが出来た。

ああ、今回も、素晴らしい演奏だった。
とても有意義な息抜きになった。

未だ耳に残っていた余韻に浸りながら、来ていた道に足を向けて、思い直す。
帰るまでにはもう少し時間があるけれど、何かしようかしら。せっかくだもの。
けれど、何をしようかしら。お金もあまり持ってきてはいないのだし。

やはり、帰るべきかしら。遊び方を知らない私には案が浮かばなかった。
どうしようもないし、帰ることにしましょう。再び足を向けたとき。

「よろしくお願いします!」

「今度、私たちのCDが発売されます!よろしければ、どうぞ!」

演奏会会場から、道路を挟んで向かいにあるCDショップ。
そこで、数人の同い年くらいの女の娘たちの声が聞こえた。

何をしているのだろう?

見ているだけならば構わないはず。
それに、何もせず帰るというのも勿体無い。

そう言い聞かせて、私は彼女らに近付いた。


遠くからでもよく聞こえる、透き通ったような声。

それに反して、隣のCDプレイヤーから聞こえるアップテンポの曲。
どうやら、彼女たちは試作品のCDを配っているようだった。
お願いします、お願いします。とても嬉しそうな表情をして。

見ていても、あまりよくわからなかった。
たまに通りかかった人と握手を交わして、CDを渡して。
この行為にはどのような意味があるのだろうか。

喉まで来ていた疑問を抑えることが出来ず、私もその中の1人になった。
彼女らの前に来たのはいいけれど、どうやって声をかければ。
そんな事を悩んでいると、気付いた彼女らは私に声をかけてくれた。

「こんにちは」

『え?ええ、こんにちは』

「よかったら、CDを配布しているので、聞いてみて下さい」

「私たち、一生懸命歌ったんです」

『………』

あ、これです。そう言って笑顔で渡された1枚のCD。
シンプルなケースに詰められた、タイトルのみが記載されたCD。

分からない事だらけだった私は、考えをまとめて、ようやく口を開いた。



『ええと…あなた達は、何なの』

「え?」

『………』

しまった。誤解を生むような言い方をしてしまった。
これでは、ただ高圧的な物言いをしているだけじゃない。
焦った私は、正しく彼女らに意味を伝えた。

『ごめんなさい。あなた達は、どうしてこのような活動をしているのか、分からなくて』

ああ、そういうことでしたか。笑顔を絶やさない彼女たち。
どうして、このようにずっと笑っていられるのだろう。
彼女らの存在が、私の気を惹いて仕方がなかった。

「私たちは、アイドルなんです」

『…アイドル?』

「はい、と言っても…まだまだ駆け出しなんですけど」

アイドル。アイドルというと…何だろう。
友達が貸し借りしていたようなCDを歌っている人たちだったかしら。
私の記憶の認識にピントが合うことはなく、続けて尋ねることにした。

『アイドル、とは…何をするのかしら。よく、知らないの』

何やらいい雰囲気 支援


「アイドルが、何をするか…ですか」

どうして、答えられないのだろう。そんなに難しい事を聞いたのかしら。
もしくは、あまりにも抽象的な質問をしてしまったのか。
私の無知から来る、稚拙な質問にも彼女らは真剣に思案していた。

「ええと」

「人を、笑顔にするお仕事…でしょうか」

「具体的に答えられなくて、すみません。けれど、これで正解だと思います」

「歌う事が好きなアイドルがいて、踊ることが好きなアイドルがいて」

「色々なアイドルが、色々な人を笑顔にしていくんです」

「自分の好きな仕事をして、人を幸せに出来る…そんな、仕事でしょうか」

「まだまだ駆け出しの私が言っても、説得力はありませんけど…あはは」

そう言って乾いた微笑を浮かべる彼女だけれど、
その言葉には、明らかな意思が浮かんでいる事を感じ取れた。


『そう。とても、参考になったわ。ありがとう』

当時の私にはとても想像も出来ないような仕事をしている、同年代の女の娘。
何者にも縛られず、確固たる意思を持ち、それを成し遂げようとしている。
彼女らが人を幸せにする存在であることの片鱗を、少しだけ知ったような気がして。

『これ、いただいてもいいのよね。私も1枚、いただくことにするわ』

『ありがとう、応援するわ。頑張って』

素っ気ない言い方だったかもしれないけれど、私の精一杯の感謝の気持ちだった。
その気持ちを汲んでくれたかのように、彼女らは、満面の笑みでこう言った。

「ありがとうございます!」

その笑顔に釣られて、私も少しだけ、笑えたような気がした。


その後、家に帰って定期演奏会の感想を聞かれた私は、困っていた。
よく覚えていなかったから。感動した、という事は覚えている。
けれど、どのような曲だったか。どのような音色だったか。

そういった事は、私の記憶からはすっかり抜け落ちていたの。

理由は1つしかない。彼女らの存在よ。
私と同い年くらいの女の娘。なのに、全く違う立場にいる。

世間的に見れば、私を羨む人が大勢いることは分かっている。
でも、いざなってみろ、と言われて、喜ぶ人がどれだけいるだろうか。
特に、今の私の現状を考えると、そう問わずにはいられなかった。

我に返って、両親からの視線が刺さる。
慌てた表情を内に隠し、それらしい事を言ってその場を凌いだわ。
そうか、よかった。これで、勉強も捗ればいい。

そう言ってくれる両親に、私はまた、疑問を抱いた。
学業に関しては秀でているのに、私はこういうところが分からない。
それは、もちろん、この事しかない。

…私に世間を教えず勉強をさせ、何がしたいのか、ということよ。



その疑問が私の不安を助長させていった。
学業の教育環境は整っているのに、どうして世間について教えないのか。
当然、社会人になって働き出せば、困るのは私のはずなのに。

度々、学ぼうとして、上手く丸め込まれた事がある。
その時は丸め込まれたと気付かなかったけれど、今になってはそう思う。

それをして、両親に何か得が、私に何か得があるというのだろうか?
そう思わずにはいられなかったの。わざわざ損をさせるはずもないでしょうから。

世間を知らなければ、社会でいいように扱われるだけ。
私よりもずっと賢い、その人達に、上手く。

働くとするならば、それは大きな欠点になる。
働くとするならば。

ああ。

私は気付いた。両親のやろうとしていることに。
もっと早く気付くべきだった。社会人になどなれはしない。
私の家系の女性は、みなそうだった。

私は、見ず知らずの人間と結婚させられる、ということに。




すみません。ここで一度中断させていただきます。

おつかれ

乙。いい感じだ
黒川さんをここまで掘り下げるとは。期待している

面白いし本格的だし、読ませる文章だ
はよ続き!


私は黒川家の娘。
私の両親も、お見合いで結婚したと聞いていた。
ならば、順当に私がそうならないわけがないのだから。

両親は確かに私の幸せを願っている。
だから、社会的に地位のある人間と結婚させようとする。
何1つ不自由のない生活をさせてあげようと、躍起になっている。

けれど。

その不自由のない未来は、私にとっては不自由でしかない。
まだ何かしら夢があるわけじゃない。でも、それだけは分かる。
家でも籠の鳥のようで、結婚しても籠の鳥。

それで、その私はいつ空へと羽ばたくというのだろうか。


今日出会った彼女らの事を思い出す。
まだ私にはアイドルの事はよく分からない。
けれど、彼女らの意思は確かに感じ取ることが出来た。

自分のやりたいことを全力で、そして、それで人を笑顔にして。
私も彼女らに笑顔をもらった。私も、あのような人間になれたなら。

いつしか、あの時流れていた曲のメロディを口ずさんでいた。
あのような曲に馴染みなどないのに、どうしてなのだろうか。

部屋着に着替えようとしながら、シックなデザインの姿鏡に私を映した。

もし、私がアイドルになったなら、どのような衣装を着るのかしら。
あのときの彼女らのように、フリルのついた衣装?
それとも、今の私が着ているような、ドレスかしら。

ふとみた鏡の中の私の顔には、確かな笑顔が浮かんでいた。


用事が出来たので再度投稿を中断します。
残りは後日に投稿すると思います。すみません。


その後にバッグの整理をしていて、思い出したの。
今日貰ってきた、彼女たちの努力の結晶とも言えるCDを。

ああ、まだ聞いていなかった。聞いてみようかしら。
調べ物をする為に、ということで買ってもらったそれ。
シンプルな黒いデスクの上に置かれたノートパソコンを開く。

もう夜だから。ほのかにピンク色をしたイヤホンを耳に刺す。
CDを読み込んでいる音が、何だか焦らされているように感じて。

いきなり曲がはじまるのかと思えば、最初にコメントがついていたわ。
自己紹介、曲のタイトルの由来。そして、では、お聞き下さい。

前奏がするりと耳の中へ入ってゆく。
このような曲には、本当に馴染みがないというのに。
とても曲そのものが完成しているとは言えない。少ない予算の中で制作したのだろう。

けれど、なぜだか…とても、惹かれるものがあった。
…いいえ、なぜ、と言うには正しくないかしら。

彼女たちの背景を知ったから。想いを知ることが出来たから。
ただこのCDを聞いただけでは、私は何も思う事などなかったと思うの。

だから、私は、どれだけの完成された音楽よりも、惹かれてしまっていた。


スプリングの軋む音と共にベッドに身体を埋めた私は、思案していたの。

私のこれからの将来は、どうなるのだろう。
いいえ、それは決まっている。このままでは、見ず知らずの人と。
今、私が勉強をしているのは、有名な大学を卒業したという付加価値をつけるため。

私はどこの誰とも知らぬ人間に、この身を預け、一生添い遂げて行くのか。
まだ見ぬ夫とやらを日々送り出し、家事に従事する生活を送るのだろうか。
このまま、羽ばたくことを知らぬまま、何も出来ぬまま、終わるのだろうか。

…私は、そんな事はお断り。

彼女たちのように、私はなりたい。自分のやりたいことをして、人を幸せに。
具体的に夢の輪郭が固まっていない私には、最も的確なのではないかしら。

彼女らが、どうしてこのような活動をしているか。
私の問いの答えが、いまさらになって見つかった。
アイドルは、人を笑顔にする仕事。ならば。

人を、笑顔にする為に。



そう答えを出すことが出来た私は、更に夢の輪郭がはっきりとしてきたの。

今、このようなところに立っていることなんて、想像もしていなかったけれど。
アイドルになりたい。思うまま、好きな事をして、羽ばたいてみたい。そう思っていたわ。

夢を実現する為には、時間が必要だと思った。そして、両親の視線から逃れること。
そのときの私は、以外に冷静だった。未来への見通しがよかった、というべきかしら。

東京の大学へ進学する私は、ひとり暮らしをすることになる。
そして、東京なら両親の視線も気にすることなく、アイドルになれる。

ならば、まずは、大学に合格するだけの学力を備えなければ。
ほぼ間違いなく合格、というような判定を得てはいたけれど、油断は出来ない。
その緊張感が、停滞しかけていた学業への熱意を呼び起こすには、十分な理由になったの。

そして、合格発表の日。

どきどき


合格した。

これで、私は、夢への一歩を踏み出した。
両親に合格しました、と連絡を入れて、家へ戻った。
大学に合格した喜びより、仮初の自由を得た喜びの方が大きかったと思う。

きっと大丈夫。これからは1人の時間を得るのだもの。

春から大学に通いながら、アイドルを目指す。
ネットで既にある程度調べていたから、行動に移すだけだった。
けれど、引越しの事でまだ忙しい。春からでも遅くはないはずよね。

両親は合格を前提に、都内にマンションの一室を借りてくれていた。
荷物もほどき終わっていて、このまま暮らしても問題はなかった。

ここが、私の家。私だけの家。ああ、本当に、ここが。
そう思うと、何の変哲もない電灯が、無限の輝きにすら思うことができた。

そして。

私の生活の終わりを告げる着信音が鳴った。


とりあえず、一度戻ってきなさい。話があるから。
両親からの着信で、とても明瞭に内容を告げられた。

話がある?ひとり暮らしの事かしら。大学について?

車に揺られながら、何を言われるのだろう、と悩んでいた。
こういう場合、何かしら苦言を呈される事が多い。

せいぜい、ひとり暮らしの諸注意に留まればいいのだけれど。
叱られる事をした覚えもないし、今日は喜ばしい日だもの。

正直、そのときの私は少し浮かれていたわ。
いいえ、少しじゃなかった。確かに、浮かれていたの。
少しの時間を手にしたと思っていたから。本当に、愚かよね。

誰にも等しく、時間は有限の存在であるというのに。

何度か休憩を入れながら、ようやく家に戻ることができた。
腕時計を見ると、もうすぐ夜になろうとしていた。
ただいまを告げて家に入ると、なんだか、にぎやかだった。

いったい、どうしたというのかしら?


ただいま、戻りました。
もう一度告げて、靴を揃え、中に入る。
何人かの笑い声も聞こえる。お客様がいらっしゃるのかしら?

返事がなく、そのままリビングに向かうと、
両親とどこかで見たことのある男性がお酒を飲んでいた。
そして、その隣に…同じく、見覚えがある女の娘がいた。

すぐに思い出すことが出来た。

両親の仕事の付き合いもあり、家ぐるみで仲の良かった友達だった。
別々の高校に行くことになってしまって、疎遠になったけれど。
どうして、ここにいるのかしら。珍しいことも…

そんなわけがない。

別にここにいるのは構わない。
仕事の話をするだけならば、彼女を連れてくる意味がない。
ならば、なぜ、彼女がここにいるというのか。

そして、どうして今日、ここにいるのか。
たまたまだろうか。違う。彼女は頭がよかった。
両親も話があると言っていた。つまり、偶然ではない。

つまり。

千秋。
私を呼ぶ声が聞こえる。
全てを理解して、未来は幕を閉じた。

千秋。

「彼の娘さんが、千秋と同じ大学に合格なさったそうだ」


「他にも、ほら、覚えているかな。小学校のときの」

続けて、聞いたことのある名があがる。
次々と、私の知っている名ばかりが。

膝を折りそうになって、慌てて力を入れて、立つ。
きちんと背筋を伸ばして立てていたかは覚えていないの。
あまりにも、ショックだったから。

言いたいことは分かるかしら。
知っている人間が、同じ大学に何人もいるという意味が。
大学に行っても、私はその人たちを通じて、両親に監視される、ということ。

同じ学部の人もいた。
大学に行けば、ひとり暮らしをすれば、全てが変わる。
そう思っていた私は、現実をみることになった。

思い返せば、当然の事よね。
世間を知らない娘を、何の対策もなく送り出すわけがない。
それに気付かなかった私は、本当に愚か。

ああ、どこに行っても、私は籠の鳥。
羽ばたくことは許されない。

鳴くことも許されない、籠の鳥。


けれど、アイドルという夢を私は諦めなかったわ。

ひとり暮らしにも慣れ、大学生として健全な生活を送りながら。
アイドルには、基礎体力がとても重要視されている。
規則正しい生活習慣に、私は感謝することになった。

朝早くに起床して、予め下見しておいたコースをジョギング。
軽く汗を流してから、きちんとストレッチを行ってシャワーを浴びて。
大学から帰った後も、そのようなトレーニングを欠かさなかった。

友人に尋ねられた時も、女性の同意を得るため、ダイエットと答えた。
女性なら、何ら不審に思うことはない解答だろうと、そこまで考えていたの。

これなら、万が一にも、アイドルを志望しているとは思われないだろう、と。

きちんと大学に行って、健全な生活を送っている。
模範生のような生活をしていた私に、両親の心配は薄れていった。

あまり異性を意識したこともなく、関わりあいもなかった。
それでも、なぜか、何人もの異性に好意を持たれたこともあった。
けれど、彼らは私の事を知っていても、私には知らない人だったの。

そんな人が私の何を好いたと言うのかしら。
そう思っていたから、異性と交際することもなかったわ。
その事が、両親の信頼に更に拍車をかけていった。

両親からの定期的な連絡も少なくなっていった。
そして、私は。

面白い


私の友人も、悪意があって私の事を両親に報告しているわけではないの。
ただ、尋ねられたから、答えた。それだけの事だったから。

日々機械のように同じ生活をしている私の事を報告することはなかったのだろうと思う。
それゆえ、両親は私から目を離した。そして、思った。今しかない、って。
そう思ったのは、もうすぐ20歳を迎えようかとするときだったかしら。

大手のプロダクションにオーディションに参加の旨を伝え、資料が送られてきた。
ネットで調べた情報で知ってはいたけど、手元に届くと新鮮に感じるものよ。

この日の為に用意していたおろしたてのドレスを着て、普段はあまりしないメイクもして。
わざわざ数時間前に有名な美容院で髪型のセットをしてもらって、私はそこへ向かった。

大手ゆえに、数限りないアイドル候補生たちが多かったけれど、不思議と緊張はしなかった。
オーディションの際に聞かれるであろう質問なども、考えたりもしなかった。

だって、私は持っていたから。聞かれて考えるものでもなく、答えを既に持っていたから。
はじめて彼女らに出会って変わった事。新たに目標、夢を持ったこと。

考えを整理しなくても、答えは口から流暢に語られるのだから。

次の方。黒川千秋さん。
そう呼ばれて、オーディションを行う一室に呼ばれた。


オーディションの担当者は私の姿を見て息を漏らした。

一応、きちんと身なりを整えていたのだから。
他の候補生より、オーディションの審査時間が長かったように思う。
たくさんの質問を投げかけられ、思ったことをそのまま話した。

嘘偽りなく、全てを。

では、追って連絡をさせていただきます。ありがとうございました。
とても前向きな言葉で締めくくられた挨拶に、私はとても安堵した。

かなり好感触。これは、合格している。そう思った。
自信があった。やっと夢が叶う。数年間をまたいだこの想いが。

帰る途中も笑顔が絶えなかった。
そのままの格好で帰っていたから、街を行く人の視線を浴びる。
それさえも、少し心地良いものになっていた。

ああ、アイドルになれば、このように注目されるのかしら。
いつか、この東京という星のような数の人間の中ですら、
私の存在に気付いてくれる。そんな日が来るのかしら。

その時の私は、文字通り、周りが見えていなかった。


今日は、大学もない。何をしようかしら。
ああ、帰りに買った、ファッション雑誌でもチェックしようかしら。
アイドルになれば、流行を先取りする事も求められるのだもの。

それとも、歌の練習をするべきだろうか。
それとも、ダンスの練習?

夢と希望に溢れながら、私は日々を過ごした。

最初は辛く感じていた基礎体力の為のジョギングも、
汗をかくことで成長を実感でき、喜びに変わっていた。

早く連絡が来ないだろうか。
私はいつ、アイドルとして活動をはじめられるのだろうか。

デビューして、数年間でこれだけの業績をあげたい。
歌は、こんな歌を歌いたい。こんな活動をしたい。
頭を巡る理想を積み重ねれば重ねるほど、時間は早く過ぎていった。

そして、オーディションから、2週間後。
待ちに待った、家の電話が鳴った。

そう思っていた、はずだった。




『はい、もしもし。黒川です』

両親からの連絡もない。
友人からの連絡ならば、携帯電話にかかってくる。
これはきっと、プロダクションからの電話に…

「千秋か」

「何をしている」

「オーディションを受けていたそうだな」

心拍数が上がる。どうして、父が。
頭の中が真っ白になって、言葉も上手く出なかった。
全て、知られてしまった。どうすればいいのだろう。

「話がある」

「今度の休み、家に帰って来なさい」

「プロダクションには断りの電話をいれておいた」

断りの電話?
つまり、私は合格していた?

『少し、時間を』

言いかけた所で電話が切られる。
そんな、どうして。合格していたというのに。
今からでも間に合うだろうか。間に合って欲しい。

私の願いは、届くことはなかった。


同じ学科の友達もいて、同じ科目を受講していた。
つまり、今度の休みがいつなのかは知られている。

もう、覚悟を決めるしかないと思ったわ。

後から聞いたことだったけれど、
私がプロダクションから出てきたのを見ていた友達がいたの。
プロダクションの表には、オーディション会場。

説明がなくてもわかるほど、単純な事で知られていた。
それに私は目立つ格好だった。それも理由の1つ。

さて、話を戻すわね。

帰省した私を待っていたのは、表情が固い両親。
それに、以前来ていた友達の父親だった。

一息つく暇もなく、私は責められた。
そんな事をさせる為に、ひとり暮らしをさせたのではない。
千秋の為を思って、将来のためを思って。なのに。

帰ってきなさい。

その一言が私の心に深く刺さる。
けれど、東京の家の所有権を握っているのは両親。
その機嫌1つで、何もかもをなきものにされてしまう。

ただ、頷くしかなかった。


すみません。投稿をまた、一時中断させていただきます。
また後ほど投稿を再会させていただきます。

おぉぉ、ここでか。レスごとに引くのがうまいなぁ
引き込まれるわ


>>37 修正

☓ プロダクションの表には、オーディション会場。
○ プロダクションの表には、オーディション会場と書かれた看板。

としてお読み下さい。
説明が不十分でした。申し訳ありません。


>>25 修正

☓ 以外に冷静だった。
○ 意外に冷静だった。

としてお読み下さい。失礼しました。

続き気になる すごい面白いよ


私の夢は消えかかっていた。人の夢と書いて儚いと読むほどだもの。
こんな簡単に、数年間に渡り、想いを馳せた夢に終わりを告げることになるなんて。

何時間もかけて家に戻って、会話は15分にも満たなかった。
いいえ、会話と呼べるものでもなかった。けれど、仕方が無い。
両親は私を信頼していた。その信頼を裏切ったのだから。

家の外に出ると、友達の父親が待っていた。
私の娘が、すまない。娘のせいで、君が。君の夢が。
娘にはよく言っておいた。あまりにも軽率なことをしたのだと。

ひとまわり以上違う年齢の大人に頭を下げられてしまった。
長い廊下を歩いているうちに溜まっていた鬱憤も、どこかへ行ってしまった。
正直なところ、非難をしたかった。けれど、そんなことをされてしまっては。

怒ることも出来ない。声をあげて避難することも出来ない。

この気持ちをどこにぶつければいいのだろう。
彼は私の顔を、目を見て、真剣に謝罪を繰り返していたと言うのに、
私は視線すらも合わせることが出来なかった。

どうしていいか分からなくなった私は、彼に背を向け、走りだした。


また、数時間に渡り電車に、人の波に流されながら、東京の家へ戻った。
1週間後、引越しの業者がやってきて、荷物を実家に移すらしい。

大学も休学届を出すことになるようだったの。
それまでに荷物をまとめておくように。そう告げられていたの。
部屋の入口には、くしゃくしゃに丸まった、プロダクションの資料が落ちていた。

父に電話を切られた後、合格したプロダクションに何度も電話をかけたわ。
けれど、既に辞退として処理されていて、私の次に有力だった娘が繰り上げ合格となっていた。
お願いします。あれは、間違いなんです。お願いします。

何度も頼み込んだけれど、私のような娘1人に、その決定を覆す力はなかった。
手に入れた夢へのかけらが、目の前で無残にも砕け散った瞬間。

その後、たまたま、あのプロダクションの前を通りかかったときの事だったかしら。
以前のオーディションで見かけた、容姿のいい女の娘があの日のように営業を行っていたの。

どうして、彼女があそこにいるの?
そこに居るべきは、本来私であったというのに。
それなのに、どうして、彼女があそこで笑顔で仕事をしているの?

荷物をまとめて、生活感が虚無感に取って代わられた、世界と切り離された部屋の中で。

私はただ、ぽつんと残されたベッドの上で、声をあげて泣くことしかできなかった。


それから5日ほどは、部屋から1歩も出なかった。
出る気にすらなれなかった。ご飯もまともに喉を通らなかった。
髪はぼさぼさ、部屋には近くのコンビニで買った栄養ドリンクの瓶が転がって。

冷凍して保存していた食品も底をつきそうになっていたけれど、それでも外には出なかった。
出る気にすらなれなかった。あと数日しか行くことのなくなった大学にさえも。

持て余した時間をなんとなくテレビの電源をいれて、流れてくる色と音を眺める事に使った。

カーテンも何もかも閉めきって、入ってくるのはテレビの明かりのみ。
そこに映し出されるほのかな光でさえ、私には眩しくて見つめられなかった。

そして夜のバラエティ、音楽番組に出演しているアイドルを見つけて、涙がこぼれた。
いつかは私もこのような輝かしい世界で生きていけると思っていた。
籠から羽ばたき、そのままどこまでも空を飛んでゆくのだと。

ベッドのシーツに包まって、ただ、秒針を見つめていた。



着信音。

まだ何かあるというのだろうか。もう、誰の声も聞きたくはない。

1分近く鳴り響いた着信音も途絶え、部屋には静寂が訪れる。

恐る恐る携帯のディスプレイを覗きこむように確認した。

そこには、1通の留守番電話が保存されていた。


友人からだった。

数日間も音沙汰もなく大学を休んだからだろうと思っていたわ。
そして、自分の行いに対する責任が録音されているのだろうと直感した。

ふと、彼女の父親の謝罪する姿がよぎったの。
自分の過ちではないのに、あれだけ必死になって謝罪をしてくれた。
もう彼女と会うこともないかもしれない。そう考えると、自然に指が動いた。

1件のメッセージがあります。
音声と共に、メッセージが再生され始める。

ごめんなさい。私のせいで、千秋が。本当にごめんなさい。
許してもらえるとは思っていない。軽率なことをしました。
今、私もお父さんも、千秋の両親を説得しているところです。

責任を感じてやっているんじゃないの。
何かをやりたい、って言う千秋をはじめてみたから。
もう遅いかもしれない。けれど、私は諦めません。お節介かもしれません。

私は千秋を友達だと思っています。だから、夢を応援したいから。

これを逃せば、本当に千秋の夢は最後になってしまうから。
だから、私は諦められません。千秋に、夢を掴んで欲しいから。

千秋のお父さん、お見合いの相手を探してる。
このままじゃ、帰ったらすぐに結婚することになっちゃう。
それまでにどうにかしないと、本当に、千秋が。

メッセージは、以上です。

制限された録音時間の限界だったのだろう、途中で途切れた、彼女の声。
彼女の心情を表すように、そのメッセージには確かな熱がこもっていた。

そして。

その無機質な音声が運んできたそれは、私に人生の全てを賭けた選択を迫っていた。


留守番電話を聞いたのは2月23日の朝のことだった。

あの日から5日が過ぎ、残された時間は今日を含めてあと2日だけ。
この2日間で全てを覆さないと、私の未来は決定される。
そう思った時には、既に私は行動に移っていた。

だって、諦められなかったのだもの。アイドルという、夢の仕事が。

実家からの仕送りを預金通帳で確認する。
実家までの帰省費用を差し引いても、残り十数万円と少し。

携帯を片手に、東京の有名プロダクションに上から電話をかけていった。
即日判断を下すプロダクションも存在している事を知っていたから、そこを重点的に。

時間はない。けれど、身なりは整えていかなければ。
美容院を予約し、それまでに出来る限りのことをする。
荒れた肌や髪が目立つけれど、数日で治るものでもない。

バッグを片手に、東京中を移動する2日間がはじまった。


以前のようにはいかなかった。
夢を持ち、希望を持っていた私は居なくなっていたから。
あれだけ饒舌に答えを導き出していた私の口は、どこへ行ってしまったの。

余裕を持ってオーディションに臨むアイドル候補生たち。
それに反して、時間にも、何もかもに追われている、余裕のない私。

審査員がどちらを選ぶかなど、一目瞭然だった。
途中退室を命じられたこともあった。私は私を無様だと思ったりもしたわ。

悔しい。

けれど、涙している暇はない。
朝食も昼食も取らず、ひたすら数あるプロダクションを回っていく。
手帳にスケジュールを書き込み、オーディションの待機室でも電話をかけた。

他の候補生たちは私に、何とも言えない視線を送っていたことも知っている。

電話をかけて、移動して、オーディションを受けて。落選して。
落選して、落選して、電話をかけて、移動して、移動して、落選して。

1日目の予定を終えた私の顔は、今の私の顔とはかけ離れていた。


>>47 修正

☓ 留守番電話を聞いたのは2月23日の朝のことだった。
○ 留守番電話を聞いたのは2月24日の朝のことだった。

としてお読み下さい。失礼致しました。


やっとの思いで家に戻って、夕食を済ませた。

この1回で1日分の栄養を摂取できているとは、思えなかったけれど。
そのときの私にとっては、貴重なエネルギー源だった。

シャワーを浴びて、肌を髪を整えて。

誰が見ても綺麗だと褒めてくれていた私の黒いドレス。
少し汚れて、ところどころに皺がよってしまって、よれていて。

それをみて、また悲しくなって、そして気付いた。

私はこうなってしまった今でも、アイドルになりたいのだと。
自分の夢を諦めるという選択肢を選ぶことだけは、したくないのだと。

その時の季節に反して、薄く小さなシーツに包まって暖を取った。
知らぬ間に流した涙で、ふかふかの枕は少しだけ、冷たかった。

どうしようもない感情を胸に抱いて、私は眠りに落ちた。


2月25日の早朝。

今日を逃せば後はない。今日で全てが決まるのだから。
いつもより早く目が覚めて、きちんと朝食を取って家を出た。

美容院に設置された、背の高い鏡に私が映る。
相変わらずに荒れていた肌や、枝毛を見つけた。

いくつもの電車を乗り継いで、またプロダクションを回った。
余裕を持っているという仮面を被ってオーディションに臨んだ。

けれど、相手はやはりプロだった。
何千人、何万人という候補生を日々目にしているのだから、
そのような小細工はすぐに見破られていたようだった。

残るプロダクションもあと2つ。
これに選ばれなければ、私の人生は。
私のやりたかったことには、一生届くことはない。

よれてしまった裾を直し、涙をこらえて。

何度も深呼吸をして、2件のプロダクションに足を踏み入れた。

けれど。

私がオーディションに合格することは、なかった。


プロダクションから出てきたのが16時過ぎ。

昼の太陽も鳴りを潜め、少しずつ気温が下がるのを感じていた。
片手に持っていたバッグも、きちんと持てているかどうかすら定かではなかった。

もう、おしまい。

新たな人生にかけるしかない。
まだ見ぬ私の夫。その人が、良き夫であったなら。
そこで私は、新たな幸せを見つけられるかもしれない。

プロダクション前にあった整地された公園の、円形の椅子に腰掛ける。

だいじょうぶ。父が選んだ人なら、きっといい人よ。
私のことを真剣に考えてくれている両親が選ぶのだもの。

きっと良い人に決まっている。
きっと私を幸せにしてくれる。
きっと、私を。

私を。

そう思っていたはずなのに、自然と、涙がこぼれていた。

慌ててバッグからハンカチを取り出そうとする。

けれど、ない。入れ忘れてしまったのかしら。

こんな泣き顔は見られたくない。どこかへ行ってしまいたい。

そう思っている時だった。





『これ、使って下さい』



「え?」

『あ…よかったら、ですが。その…泣いてるようだったから』

とりあえず、ハンカチを受け取り、涙を拭く。
何かの勧誘だろうか。そう思って顔を上げる。
メガネをかけて、優しそうな笑顔を私に向けていた。

『何か、あったんですか』

『あ…す、すみません。その、癖で…気になってしまうと、こうなんです』

「………」

東京もこれで最後。
見知らぬ人だけれど、誰かが私のことを覚えていてくれたなら。
覚えていてくれたなら、それは、幸せなことよね。

「では…少しだけ、聞いてもらえるかしら」

「いえ、長くなってしまうかもしれないけれど」

『はい』

彼の純粋な笑み。久しぶりにみたような気がする。
オーディションでも、みな緊張した面持ちだったから。

どうしてか、オーディションで話したかった事なのに。
彼には、友達と話しているかのように、話すことが出来た。

そう。

あなたに、よ。

プロデューサー。



ここで再度投稿を中断します。ありがとうございました。


黒川さん可愛い

乙 いいぞ


『…そうだったんですか』

あなたの表情には哀れみも同情も浮かんでいなかった。
純粋に私の話を聞いて、感嘆していたわよね。

『…なら、これは1つの提案、ですけれど』

『提案…いえ、違います。どちらかというと、お誘いですが』

『アイドルに、なりませんか』

「………」

「それは、どういう…」

ほぼ全てのプロダクションに応募して、落選した。
それなのに、アイドルに?もう残ってもいないはずなのに。

『ええと…どこか、お店に入って、どうですか』

『ほら、あの喫茶店とか』

「…ええ」

まだアイドルになれるチャンスがある?

『すみません、そういえば、名刺がまだでした』

『俺、こういう者なんです』

渡された名刺を見ると、プロデューサーと記載されていた。

見たこともない、プロダクション名と共に。

そして、その名は。




シンデレラガールズ・プロダクション。


近くの喫茶店まで着いていき、窓側の席を選んで席に座ってくれた。

まだ少し残っている、知らない人への不安を汲んでくれたかのように。
あなたは手慣れた様子で、コーヒーと紅茶、ケーキセットを頼んでいたかしら。

『話を聞いていただけるだけでも、ありがたいので』

『それで…えっと。これがうちの資料です』

『明日から営業が開始される新設のプロダクションで』

『所属するアイドルのスカウトを行っていたところだったんです』

渡された資料を見る。冊子のように大きな資料。
外観、事務所内に完備された施設、トレーナー。女子寮。
驚くべき事に、全ての金銭的負担の免除が記載されていた。

『寮での食費だけは、自分で負担してもらわないといけませんが』

『社長の方針で、金銭的な問題で、夢を諦める人が居ないように』

『社長の人を応援する気持ちに惹かれて、俺もこのプロダクションに入ったんです』

『それで…あなたの話を聞いていて、思いました』



『あなたを、スカウトしたいと』

『そして、君を必ずトップアイドルにする』

『…やってみませんか。アイドルを』


窓に映る私の姿を見る。
泣きはらした顔に、皺のよったドレス。
手に持っていたバッグも、2日でとても汚れてしまった。

とてもみすぼらしい私の姿。
けれど、不思議と嫌ではなかった。
この姿は、私が夢を追い続けた結果なのだから。

ここならば、アルバイトをしながらでもアイドルが出来る。
最悪の結果、大学を辞めてしまう事になろうとも。

目の前にいる温厚そうな、少し頼りない彼がプロデューサー?
けれど、彼の真剣な気持ちは、本当によく伝わった。

前述の疑問と共に、決意と、少しの信頼を彼に伝えた。
そして、改めて。これから共にやっていく存在なのだから。

「アナタがプロデューサー?はじめまして、私は黒川千秋」

「私の目標はトップになることよ。どんな特訓だって乗り越えてみせるわ」

『………』

『ああ!これから、よろしくお願いします!』

「ふふっ。こちらこそ、よろしくお願いしようかしら」


「…あ」

『…どうしたんだ?』

「私、一度家に帰らないと」

「実家に戻って、アイドルを目指す事を伝える」

『………』

何やらお財布の中身を気にしていた。
そして、いきなり電話をかけ始めて。

『あ、もしもし、ちひろさんですか?すみません、朝には戻ります』

朝には戻る?私は驚くことしか出来なかった。
プロデューサー業というのは、そこまで忙しいものなのかしら。
新設のプロダクションだもの。きっとすることが多いに違いないわ。

『よし、じゃ、行こうか?』

「え?」

『え?』

『行くんだよな?実家に』

「そうよ」

『俺も行くよ』

「………」

「どうして?」

『どうしてって…それは、君の為に』


本当に着いてくる気なのかしら。呆れた。
けれど、不快ではなかった。私の為、なのだから。

「それでは、お願いしようかしら」

『うん』

「では、荷物をまとめてくるから」

『それまでここで待ってるよ』

「ええ、そんなにはかからないと思う」

走りだす私の足は軽快に弾んだ。
別れ際に彼に履歴書を渡しておいた。
実家に行くなら事前に情報がある方がいい。

ドレスから普段着に着替えて、メイクを直して。
これでこの部屋ともおさらば。これで最後。

誰もいない部屋に行ってきますを告げて、私は未来へと歩き出した。


「お待たせ」

『ああ、じゃあ、行こうか』

「ええ」

異性と並んで歩くのは、父以外にははじめてだった。
なんとなく距離感が分からなくて、少し緊張していたかも。
いつも見ている景色が、いつもより鮮やかに見えた気がした。

流れる雲も電車を乗り継いでいるうちにどこかへ行ってしまって。
ゆっくりと空は黒く塗りつぶされていった。

駅についてふと時計を見ると、22時を大きく過ぎていた。
電車で事前に友人と両親に連絡をいれておいたから、問題はないはず。

ここから歩いて実家に戻れば、だいたい23時半には戻れるだろう。
隣を歩いているあなたは、しきりに私のことを心配してくれていた。

けれど、どこか、成功を確信しているふしがあった。

長い道程を経て、戻ってきたのはこの家。
籠の鳥となり続けるか、大きな空へと羽ばたくか。

ゆっくりと、指をチャイムに押し付けた。


はい。中から聞こえるのは友人の声。
鍵をあける音と共に、久しぶりにみた友人の顔。
何を話せばいいのか分からなくて、言葉に詰まった。

中で待ってるよ。ただそれだけを教えてくれて。
頑張って。振り向いて笑顔で、そう言ってくれた。

『夜分に申し訳ありません』

両親は驚いた顔をしていた。無理もない。
今まで異性と関わりあいもなかった私が。

『率直に申し上げます。千秋さんをうちに迎え入れたいと思っています』

あなたの声だけが部屋の中に響いてた。
頼りないと思っていた私の認識が、改められた瞬間だった。
これだけ意思を強く表現出来るのね、と感心してもいたかしら。

『彼女を必ず幸せにしてみせます』

『まだまだ力不足な所も多々あります。けれど、絶対に』

『だから…お願いします』


千秋は。父が口を開く。
千秋は、それを認めたのか。

「はい。私には、彼しかいないと思っています」

「彼と共に、未来を歩んでいこうと思っています」

「だから…私からも、お願いします」

そうか。予想外だったが、千秋が認めたのなら。
そうですね。千秋が言うなら、いいと思います。

『ありがとうございます』

いいや。ああ、そうだ。
式の段取りは決めているのか、君は。
当然、私たちにも行く権利はあるだろう?

『………』

「………」

2人で顔を見合わせた。

その様子を友人が嬉しそうに見つめる。

ああ、2人で見つめ合っちゃって。私も驚いたよ。

千秋にお付き合いしてる人がいて、結婚報告までしにくるなんて。

「………」

「え?」


14時に投稿を再開します。

誤解されても仕方ないなw


一気に顔が赤くなった。

あなたの言っていた事を思い出して。
あれでは、本当に結婚するようじゃない。
いつになく慌てて、私はそれを訂正した。

「ち、違います。今日の話は、結婚ではなくて、その…」

『え、ええ。彼女のアイドル活動を…』

やはり、そうか。何だか様子がおかしいと思っていた。
アイドル活動、だろう。やりたければ、やりなさい。

「………」

以前の事を思い出す。
友人とその親が、私の両親を説得する、と言っていた留守番電話。
あれは、成功していたと言うの?

そして、アイドル活動を、認めてもらえた。
嬉しくて、また泣いてしまいそうだった。

「ありがとう、ございます」

声も震えていたけれど、懸命に涙を堪えたから。
もっと伝えたいことはあったけれど、それしか言えなかった。

しかし、だ。
軌道に乗るまでは、私も千秋の活動に口を挟む。
それでも構わないなら、やりなさい。

「は、はい。勿論です。ありがとうございます」

『…よかった』

本当に結婚報告じゃないんですか、とあなたに尋ねる友人。
なんだかいい雰囲気だし?と、和ませようとしてくれたりもして。

こうして、私の2日間は幕を閉じた。


その後の食事の席で、両親にあった事を聞くことになった。

毎日、友人とその父が尋ねて、両親を説得してくれていたこと。
はじめての彼女の夢を、尊重してあげてほしいと言っていたこと。
東京の家も引越しをやめ、大学の復学手続きもとってくれていたこと。

そして、24時を告げる鐘がなり、両親は私に言った。

「20歳の誕生日、おめでとう」

「アイドル活動は…その、誕生日プレゼントのようなものだ」

「歳を重ねるにつれ、欲しいものも言わなくなっていったから」

「こうして、形あるものではないが、あげられてよかった」

「いずれ、本当に結婚報告を持ってくるときを楽しみにしている」

はい。頑張ります。結婚は、まだ先だと思うけれど。
あなたの微笑みは、ずっと私に向けてくれていたわよね。
なんだか、その笑顔には、未だに私は安心させられるの。

朝の始発で帰ることになり、あなたも私も1日泊まっていくことになった。

笑っていた父も、あなたを私の部屋から1番遠い部屋にしていたわね。
結婚を急いでいた父がやることとは思えないけれど、微笑ましかった。

そして、また、陽がのぼる。


「それでは、行ってきます」

『ありがとうございました』

君の事も、見張っているからな。
物騒だけれど、父の最大限の冗談だったと思う。
苦笑いしか返していなかったかしら?

全てが落ち着いて、嬉しかった。
電車に揺られている途中も、口数が増えていた。

「ありがとう」

『俺は何もしてないよ。誤解されちゃっただけだったし』

「いいえ、あなたはよくやってくれた」

『認めてくれてよかった。奥の手を使わなくてよかったよ』

1日前までは19歳。
20歳になれば、親の承諾なしに契約することが出来る。
そういう事を言っているのだろう。

「あなた、頼りなさそうで、意外とやることが大胆」

『千秋の為だから』

「…というか、いつの間にか、名前で呼んでいるのね」

『ごめん、嫌だったかな』

「………」

「別に」

「別に…嫌じゃないから、そのままでいいわ」

それはほのかにあたたかい、電車に差し込む朝日のせいだったのか。
それとも、私の心境を表していたのかは、覚えていないけれど。

そのときの私の頬は、少しだけ、朱に染まっていたと思う。


帰って、行く所があるから、着いてきて。

そう言われて、私はプロダクションに顔を出した。
戻った時には、朝の9時くらいだったかしら。

『おはようございます!』

おはよう、おはよう、と声が聞こえる。
ちひろさん。プロデューサーが美人連れてきた!
朝帰りしてるよ、プロデューサー!

なんだかにぎやかな声が聞こえる。
ここでも誤解されてしまっているのかしら。

『今日からここが、千秋のプロダクションだ』

『みんな駆け出しで、同じスタートライン』

『上手くやっていけると思う』

『ここで絶対、トップアイドルにしてみせるから』

そう言って精一杯笑うあなたが、なんだかおかしくて。
そんなあなたをみて、少しだけ素直な心が出たのかも。

「トップを目指すことも大切だけど…信頼できる人の方が大事なのかもね」

「ううん、何でもないわ。プロデューサー、ありがとう」

言ってから、何だか恥ずかしくなってしまったけれど。

『やっと、プロデューサーって呼んでくれた』

『これから頑張っていこうな、千秋』

「ええ」

これが未来への、第1歩。

追いついた モバマスのセリフと設定もうまく取り入れててすげえなww


「おはようございます」

初めてプロダクションに顔を出した時は、驚いた。

プロダクションには小学生から社会人、様々な年齢層の人が在籍していた。
けれど、何かしらの壁があるわけでもなく、みんなとても仲がいいのだから。
これなら、私もすぐに馴染めそう。心からそう思えた。

レッスンもなかなか大変だったけれど、厳しいとはとても思えなかった。
トレーナーの方が絶句していたのを覚えてるの。

初めてのトレーニングで音を上げない人は久しぶりにみた。
他の子は息も切れて動けないのに、1人だけ涼しい顔で立っている。

あなたはそれを聞いて、すごく喜んでくれたわよね。
日々、自主的にトレーニングをしていてよかった、と思えた。

私に特別レッスンを組んでもらうことにもなって、嬉しかった。
努力が認められたような気がしたから。

そして、私にもはじめての仕事が舞い込んだ。


雑誌の角の穴を埋める位のモデルの仕事だった、はじめての仕事。

小さな仕事でごめん、と謝っていたけれど、私はとても嬉しかった。
その雑誌が発売されてから、すごい問い合わせが来てた。

あなたもちひろさんも、事務連絡に大忙しだったかしら。

基礎体力のトレーニングをひと通り終えていた私は、
トレーナーさんとボイストレーニングをしていたと思う。

それをみて、また仕事を取ってきてくれていたわよね。

繁華街の雰囲気のいいバーで歌う仕事は、楽しかった。
落ち着いた感じで、いつものようにドレスを着こなして。

そこではじめて、お酒を口にして。
あまり美味しいとは感じられなかった。

けれど、少しだけ大人になれた気がした。


雑誌やバーの仕事で、少しずつ知名度が上がってきて、私のファンも現れた。

いつもよりバーの席が埋まっている気がする、と思っていたけれど、
それは私のファンで、歌い終えてから、数人から握手を求められた。

こんな私にもファンが出来た。私を応援してくれる人がいる。
言いたいことは多かったけれど、淡々としたコメントしか出来なかった。

「応援してくれて、ありがとう」

些細な一言だったけれど、ファンはとても喜んでくれた。
絶対に、また来ます。ありがとうございました。

私の活動は、少しずつ大学でも知れ渡っていった。
黒川千秋は、アイドルをしている。という事実が。

私はアイドルをしていて、人と交際は出来ないのに、さらに多くの好意を向けられた。
というか、交際するつもりもなかったから、全て断ってしまっていたのだけれど。

それである日、大学の入口あたりを歩いているあなたを見つけた。


「プロデューサーじゃない」

『あれ?千秋じゃないか』

「偶然ね。私は大学の帰りよ」

『そっか、大学か…大丈夫か?』

「あなたも気を遣ってくれているし、アイドルと学業を両立するなんて訳ないわ」

「両親との約束でもあるのだから」

『ああ、それなら良かった』

「…そうだ、事務所に帰るなら、一緒に良いかしら? 歩きましょ」

彼の隣に並んで歩き出す。
周囲から突き刺さるような視線が飛んできていた。

異性との噂が全くない黒川千秋が、男性といる。
彼のことをプロデューサーとは思わないだろうし。

「…あなた、理不尽な嫉妬を受けているわよ」

『そ、そうなのか?』

やはり彼は、どこか鈍感なところがあるらしい。


事務所までの道を、いつもより少しだけゆっくり歩きながら、
私の大学での様子を話したりしていた。そして、ふと思った。

「あなたはアイドルの私とオフの私、どっちがいいのかしら」

半分アンケートのようなもので、残りの半分は。
私の1歩はさらに小さくなっていった。

『どっちも好きかな』

『なんか、その普段着も新鮮だけど』

「この姿が…新鮮? 私も普段は年頃の女の子なのだから」

「それにあなたには、色々な私を知って欲しいわ」

『…え?』

「………」

「あ…そ、そうではなくて、知っていないと、プロデュース出来ないでしょう」

『そ、そうだよな。うん』

ああ。何を言ってしまっているのかしら。
今の顔を見られたくなくて、彼より先を歩き出した。


その後もたくさんのレッスンと仕事に追われていた。

けれど、学業を疎かにすることもなかった。
あなたが上手く予定を調節してくれていたから。

モデルや歌の仕事をメインにこなしていた私に、来た。

週に何度かバーで歌っていたから、顔を覚えてもらっていた。
雰囲気のいいところだったし、いい値段のお店。

その中のひとりに、とても有名な人がいた。

都内の一等地に建設されたホテル。
そこでの、完成記念式典のパーティでの、歌の仕事が。

私が奏でる旋律を求めて、その彼が依頼してきた。

そう。

今、私がここにいる理由。

長い昔話も、これで終わり。

ここから先は、完全な未来が待っている。



『千秋』

『プレゼントが、あるんだ』

少し驚いた表情を隠すかのように目をそらす。
こういう時の彼女は、だいたい照れている。

抱きしめる形に近く、白く細い首筋にそれを着ける。

本当に、それはよく映えている。
ほのかに青みがかった、そのドレスに。
彼女の白く美しいその首元に。

白く連なる真珠の先に、一粒の黒真珠が輝く。
その先には、黒き宝石を携えて。

過去を知り、俺は改めて思った。
彼女に用意したプレゼント。俺は間違っていなかった。

ああ、彼女にぴったりじゃないか。
黒真珠のネックレス。黒真珠の、その意味を。
本来なら、黒き宝石をメインに語るべきなのだろうけれど。

静かなる強さ。

これを理由に選んで、本当によかった。


『よく似合ってる』

そう言ってくれて、微笑んでくれる彼。
きっと、すごく高価なものでしょう。

ここは素直に喜んでおくべきところ。
私の為に、と彼に尋ねるところでもない。

彼の微笑みに水を差すことはしたくない。
だからこそ、私も微笑んで、こう言うの。

「ありがとう」

たった一言だけれど、最大限の感謝を込めて。
それが彼に伝わっていればいいのだけれど。

『喜んでくれたようで、よかった』

もちろん、このプレゼントも嬉しい。
けれど、喜ばしい理由は決まっている。

プレゼントをくれる人に、よるのだと。



失礼します。黒川さん、準備をお願いします。

私はその声で、我に返った。
今はその意味を深く考える時ではない。
いずれ、その答えは自然に出てくると思っているから。

私はこんなにも自然に笑えるようになった。
これもプロデューサーのおかげ。

私をここまで導いてくれた、プロデューサーのおかげ。

もう、私は籠の鳥ではない。
どこまでも羽ばたいていける。

こんな日だからこそ、彼に伝えておかなければ。


千秋が俺の手をとって歩き出す。

「私はあなたにもらった羽根で、どこまでも羽ばたいて見せるわ」

「そして皆に私の歌声を届けるの」

「ふふっ、さぁ一緒に行きましょう」

「私のプロデューサーは、アナタなんだから」

いつものように、その笑顔には気高きプライドが浮かんでいて。
静かに、力強く1歩1歩を踏み出してゆく。

目の前には巨大なステージ。
世界中の煌めきを集めたステージがそこにある。

俺にしか聞こえない声で、千秋がそっと耳元で呟く。

「私はあなたを選んだ」

「だからあなたにも私を選んで欲しいの」

「私を誰よりも高めてくれるプロデューサーはあなただから」

『………』

『千秋、俺も』

俺が言い終わる前に、彼女は舞台へと歩き出す。
こちらをちらりと振り向いて、口元だけで彼女は笑う。
俺が彼女に答えを伝えるには、まだまだ先になりそうだ。

「皆様、本日は誠にありがとうございます」

千秋の一声で、誰もが口を閉じる。

「それでは、誠心誠意、歌わせていただきます」

彼女らしい、上品な前奏が流れだす。
黒真珠のような、静かな力強さを兼ね備えて。

今日も、この世界のどこかには。



黒真珠の旋律が、流れている。

                   おわり


以上です。ありがとうございました。
html化依頼を出させていただきます。

>>81 修正

☓ 俺が彼女に答えを伝えるには、まだまだ先になりそうだ。
○ 俺が彼女に答えを伝えるのは、まだまだ先になりそうだ。

としてお読み下さい。失礼しました。

また、17時まで補足修正を行いますが、
それを過ぎた場合、補足修正はありません。

ありがとうございました。


>>43 修正

☓ 怒ることも出来ない。声をあげて避難することも出来ない。
○ 怒ることも出来ない。声をあげて非難することも出来ない。

としてお読み下さい。

おお、乙!読み応えがあるSSだった。

すごくよかった。おつおつ

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