ロレンス「幸せであり続ける物語」 (38)

このお話は
*前々作 ホロ「わっちには夢がありんす」
*前作 ホロ「大好き」
というSSの後日談になります。

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1364311814


コンコン

エルサ「どうぞ」

キィ…

司祭「おはようございます。司祭さま」

エルサ「…」ゴホン

エルサ「いえもう何年も前から司祭はあなたです。いつまで私に司祭をさせるつもりですか?」

司祭「あ、失礼しました」ハハ…

エルサ「…」

エルサ「まあ、いいでしょう」

エルサ「それより朝早くに呼び立ててしまってごめんなさい」

司祭「なにか大切な用がある、と伺って来ましたが…」

エルサ「ええ。とても大事な用ですね」

司祭「…」ゴク

エルサ「そんなに硬くなることもないですが」

司祭「し、…エルサさまが脅かすからです!」

エルサ「…」クス


司祭「ふぐぬっ…」

ゴゴ…

司祭「ふう」

エルサ「ご苦労さま」

司祭「い、いえ。これは…地下室ですか。こんな場所が教会の下にあったなんて」

エルサ「私も父…フランツ司祭から教わるまでは知りませんでした」

カチャ

エルサ「これからは、この場所はあなたに守っていって欲しいと思います」

司祭「は、はい」

エルサ「…今まで黙っていてごめんなさい。決してあなたを信用していなかったというわけではないのですが」

司祭「いえ。お気になさらず」

司祭「そ、それでしたら…私は、今はもう十分エルサさまの信頼を勝ち得たと思ってよいのでしょうか…」

エルサ「ええ」ニコ

司祭「…!」パアア

司祭「で、では早速下に行きましょう」ソワソワ

エルサ「暗いので気をつけて」


ボゥ…

司祭「灯りを」

エルサ「ええ…」

エルサ「ああ。ここに入るのも久し振り…」

司祭「…す、すごい量ですね…」

エルサ「いずれもフランツ司祭の残した異教の神にまつわる貴重な資料です。大切に受け継いでください」

司祭「…」ゴク…

司祭「わ、分かりました」

エルサ「…」ニコ

エルサ「とはいえ危険な書物ばかりですから。今後はあなたの判断でいいようにしてください」

司祭「い、いえ! きっと、次の司祭さまにも、伝えます」

エルサ「決して無理強いはしないように」メッ

司祭「…は、はい」

エルサ「ならばよいです」


司祭「あのエルサさま」

司祭「この書物だけは…まだ少し、新しいように見えます」

エルサ「…ああ。それは…」


衰えた彼女の手が孫を撫ぜるような手つきでその書籍から埃を拭う。
その瞳はかすかに滲み、映り込んでいるのはきっとその本の向こうにある何かだろう。


司祭「“幸せであり続ける物語”…と書いてありますね」

エルサ「その通りです」

エルサ「この本もきっと大切にしてください」

司祭「何か特別な思い入れのあるものなのですか?」

エルサ「…そうですね。あなたには、話しておきましょう」

エルサ「ある二人の旅人のお話です」


+過去+


エーブ「よう」

コル「わ。え?」

エーブ「相変わらず教会と言うのは必要もなく豪勢な建物だな。ロレンスの下働きだった小僧がいい身分になった」

コル「(嫌味かな…)」ハハ…

コル「こんにちはエーブさん。どうもお久しぶりです」ペコ

コル「遠くウィンフィール王国の大商人の噂はこちらまで届いています」

エーブ「ふん。そいつはなによりだ」

エーブ「名声ってのがしっかりしていれば商売はずいぶん楽になる」クク

コル「(変わらないなぁ)」


エーブ「俺がどんな用で来たのかくらい分かるだろ?」

コル「…え、ええ。その、…ロレンスさんのことですよね」

エーブ「その通りだ」

エーブ「…何だしょぼくれているというかまるで枯れているようだな。もうあいつのことは諦めたのか?」

コル「そ、そんな風に言うことはないでしょう」

コル「僕だって、手は探したんです。ですが」

エーブ「聖職者らしく最期は神のみぞ知るってか」

コル「だ、だからそんな言い方」

エーブ「ふん」

エーブ「俺だけか。仕事もほっぽりだして着の身着のままで駆けつけようってのは」

コル「…これからニョッヒラに?」

エーブ「ああ。道中だからな。お前は一体どうしているのかと覗きに来ただけだ」


コル「…お二人のところへ行って事態が好転するなら僕もそうしています」

エーブ「なんだと?」

コル「でも、そんなこと、何の意味もない…じゃないですか」

コル「それならば今僕にできるのは…」

エーブ「大人しく教会に篭って祈りを捧げていようと?」

コル「…こうなることは分かっていたんです」

コル「お二人には、穏やかに最期の時間を過ごしてもらうのが、一番だと僕は思います」

エーブ「…ちっ」


ガタン

エーブ「ああお前の言うことはもっともだ」

エーブ「だが最期に…一度だけ、あいつの顔を拝んでやりたいんだ。そう思うことのなにがいけない?」

コル「…誰もとめはしません」

エーブ「…」

エーブ「…」ハア

コル「僕だって手紙をもらったときには動転しました」

コル「でも、同じことですが、焦って物事がよい方向へ転がるなら僕は何だってしています」

エーブ「…」

エーブ「分かってるよそんなこと…」

エーブ「くそ。俺ももう年かな…そろそろ隠居した方がいいか」

コル「…」

エーブ「なにか俺たちにできることはないのか?」

コル「それは…」


ディアナ「どうもこんにちは」

コル「わ」

エーブ「…。驚くから急に現れるのはよしてくれ」

ディアナ「あら。そんなつもりではなかったのだけれど?」

エーブ「…」

コル「…」

ディアナ「そんなに見つめないでくださる?」フフ

エーブ「俺はともかくお前が一体どうやってここまで来たのかとは———」

ディアナ「…」ニッコリ

エーブ「…聞かない方がよさそうだな」

ディアナ「お互いのために、ね」

コル「(ぜ、全然変わらないな…この方は)」


ディアナ「私に少し考えがあって」

エーブ「ほう」

ディアナ「聞いてくださるかしら」

コル「ぜ、ぜひお願いします」

ディアナ「ふふ。それはね———」







ガヤガヤ

店主「だんな、つかぬことをお聞きしますがね」

店主「クラフト・ロレンスさんでありませんか?」

ロレンス「…」ゴクン

ロレンス「え、ええ。そうですが」

店主「いやあよかった! きっとお二人はこの酒場に来るだろうとは言われてましたがすれ違う可能性も高いですからね」

ロレンス「…? 何の話ですか」

店主「手紙を預かっているんです」ゴソ

ロレンス「…手紙?」

ホロ「わっちにも見せてくりゃれ?」モグモグ

ロレンス「…きちんと口の中身を飲み込んだらな」

店主「お二人は仲がいいですな。羨ましい限りです」ガハハ

ロレンス「はは、どうも…」アハハ…


ロレンス「ちなみにどのような方が?」

店主「ええ。黒髪に黒装束の…とびっきりの美人でしたね。かすかに硫黄の香りもしましたから、ニョッヒラから降りて来たところの方のように思いますが」

ホロ「…ふむ」モグモグ

店主「ではごゆっくり」

ロレンス「どうも」

シュル…

ロレンス「間違いない。ディアナさんからの手紙だ」

ホロ「そのようじゃな」グビ

ロレンス「…しかしニョッヒラまで来てくれたのに、なぜわざわざこの町に手紙を…」

ホロ「なんと書いてある?」

ロレンス「…ええっと…明日の日付から六日後に…“レノスの酒場で”、と」

ホロ「…ふむ」モグ

ロレンス「何か新たに用ができたのかもな」カサ

ホロ「…」

ホロ「(そんな書き方ではわっちは少し期待してしまいんす)」モグモグ


ロレンス「レノスのってことはいつもの酒場だよな」

ホロ「じゃろうな」

ホロ「ぬしもあそこの尻尾料理は死ぬ前にもう一度食べておきたかったところじゃろ?」

ロレンス「お前こそそうじゃないのか?」モグモグ

ホロ「んむ。ぬしが死ぬ前に一緒に。食べておきたかったところじゃ」

ロレンス「…そうか」ナデ

ホロ「む。ぬしよ何度言えば分かるんじゃ。この旅では撫でるのはわっちの仕事でありんす」

ロレンス「撫で合えばいいんじゃないかな」

ホロ「…む」ゴクン

ホロ「なるほど。ぬしは賢いの」ナデナデ

ロレンス「まあな」ナデナデ

店主「(おいおい微笑ましいなあの二人)」


店主「また来てくれよ! お嬢さんもな!」

ロレンス「…ええ。機会があれば、また」

ホロ「…」ニコ

キィ…

ロレンス「六日後なら急ぐこともないな」

ホロ「そうじゃの」

ホロ「急ぐとそれだけでぬしは息も絶え絶えじゃからな」

ロレンス「(このところ座っているだけでも意外と苦痛だからな。案外冗談じゃない)」

ホロ「…わっちは冗談のつもりで言ったからの?」

ロレンス「分かってるよ」

ホロ「ならよい」

ロレンス「(こんな他愛のないかけ合いも…あと何度できるかな)」







ヘレーナ「いらっしゃいませー」

ヘレーナ「あ、久し振りー!」

ラント「ど、どうも」ペコ

マルク「なに一丁前に照れてんだ」ペシ

ラント「いて」

ヘレーナ「お弟子さんはずいぶん男前になったわね」ニコ

ラント「…」カァァ

マルク「…」バシ

ラント「ふぎゃ」

マルク「あんたはまあ…変わらないな。驚いた。うちの嫁さんに見習わせたいところだ。何か秘訣は?」

ヘレーナ「ふふ。いつまでも若い気でいれば女は変わりませんよ」

ヘレーナ「その方は変わられたならきっととてもいい奥さんね」

マルク「…うん。俺にはとてもじゃないが分からん理屈だ」ハハ


ディアナ「お忙しいところお呼び立てして申し訳ないです」

マルク「いいや。俺に限らないだろうそれは。それにしても」

ディアナ「?」

マルク「…同じ町に住んでいながら敬遠していた方とこうして酒を酌み交わすような縁ができるとは…」

マルク「本当に人生ってのは分からんもんだ」

ディアナ「…」ニコ

ディアナ「あのお二人が、私たちに不思議な縁を授けてくださったのでしょうね」

ラント「…」コクコク

マルク「違いない」


ガヤガヤ


エヴァン「へえ! じゃーあんたはもともと羊飼いだったのか」モグモグ

エヴァン「その苦労は俺にも分かる。粉挽きをしているのはみんなのためなのにその連中こそが俺を敬遠するんだもんな」

ノーラ「…そうですね。だからロレンスさんたちには本当に感謝しているんです」

ノーラ「まさかその結果、町の司祭さまになるなんて思いもしませんでしたけど」ニコ

エヴァン「俺も。あの人たちが村に来てくれたおかげでなにもかも変わったよ——」ポロッ

エルサ「ごほん」

エルサ「エヴァン。久し振りにお肉を頂けるからと言ってはしゃぎすぎです」

エヴァン「…べ、別にいいじゃないか。齧りついたって」

エルサ「いいから一度渡しなさい。私が切り分けてあげるから」

エヴァン「な、なんだよぅ」

ノーラ「…」クスクス


ディアナ「…」


ガヤガヤ


エーブ「ここにいる誰もが」グビ

エーブ「あいつらに巻き込まれ人生を変えたわけだ」

ディアナ「そうね。あんなに幸せそうな人たちなんですもの。見ているだけでも変わってしまうわ」

エーブ「くく。その通りだな」

コル「あの、ディアナさん。それで、何か提案があると仰っていましたが…」

ディアナ「…ふふ。もうその提案は成っているみたいですけどね」

コル「え?」

ディアナ「…」ニコ

ディアナ「みなさん、聞いて頂けますか?」







ガラ…

ロレンス「ちょうど指定された日に着いたな」

ホロ「ぬしの旅の勘は鈍ってはおらぬようじゃ」

ホロ「これであの世へ行っても行商を続けることができるの」

ロレンス「…死んでまで金に追われたいとは思わないな…」ハハ…

ピト

ロレンス「…ホロ?」

ホロ「…」パタパタ

ホロ「わっちがそっちに行ったときのためにお金を貯めていてくりゃれ?」

ロレンス「…な」

ホロ「くふ。冗談じゃ」

ロレンス「ならそれまで俺のことは忘れないでいてくれよ」

ホロ「当然じゃ!」フンス

ホロ「…と、胸を張りたいところじゃがの」


ホロ「…」

ロレンス「…あ、悪い」

ロレンス「(人の記憶は覚束ない。それは賢狼だって例外じゃない)」

ロレンス「(いやむしろホロこそそれを痛いほど知っているはずだ)」

ロレンス「…すまない。今のは俺が」

ホロ「ううん? 気にしてはおらぬ」

ホロ「くふ。わっちらには喧嘩しておる時間も惜しいからの」

ロレンス「…そうだな」ナデ

ホロ「…んむ」パタパタ

ロレンス「(ホロの優しさが今は痛かった)」


ロレンス「さて。宿に馬車を預けたらさっそく行ってみるか」

ホロ「そうじゃな!」

ホロ「…あの店にも思い出がたくさん詰まっていんす。楽しみじゃ」

ロレンス「ヘレーナさんは元気かな?」

ホロ「あの娘が老いる姿は想像できんの…果たしてわっちらと同じ人ならざるものでは…」

ロレンス「なに言ってんだ」ペシ

ホロ「くふふ。じょうだんじゃー」

ロレンス「(分かってるさ)」

ロレンス「(ありがとう、ホロ)」


+獣と魚の尻尾亭+


ヘレーナ「…あ…」

ロレンス「どうもお久し振りです。ニョッヒラに来て頂いて以来で…」

ガバッ

ロレンス「…す、ね…」

ヘレーナ「…」ギュウ

ヘレーナ「…あのホロさん。今くらいはいいですよね?」

ホロ「…」スン

ホロ「んむ。ぬしさまが…雌にとは言わず、いろんな者から愛されておるのじゃなと、確認できたことを満足することにしんす」

ヘレーナ「ありがとう。…あのロレンスさん」

ロレンス「は、はい」

ヘレーナ「私なんて、ロレンスさんからしてみれば訪れた数ある酒場の一つにいるちょっと美人な娘、くらいにしか思われていないかもしれないですけど」

ロレンス「(たしかに美人ですが自分で言いますか)」

ヘレーナ「やっぱり…見知った方が亡くなるというのは、辛いものですね」

ロレンス「…そうかもしれません。あの、他人事のようにしか…私には言えませんが」ハハ


バッ

ヘレーナ「…いえ」グシ

ヘレーナ「あの。ごめんなさい。お二人の方が辛いと思うのに勝手なことを」

ホロ「分かっておるならよい」

ロレンス「…いえ」

ロレンス「あ、それで…ディアナさんはどちらに?」

ヘレーナ「? ディアナさんと言うか…みなさんいらっしゃいますよ?」

ロレンス「え?」

マルク「おーロレンス! やっと来たか!」


ノーラ「ロレンスさん。ホロさん」

コル「あの…その。お久しぶりです」

ロレンス「…マルク、ノーラさん、コル…それに」

エーブ「よう」

ロレンス「エーブさんまで…みなさんどうして」

エーブ「死にっ面を拝みに来てやったぜ」

ロレンス「え」

ホロ「む! ぬしの死にっ面はわっちだけのものじゃからな!」

ロレンス「なんてことで争うつもりだお前は」


ディアナ「勝手なことをしてごめんなさい」

ロレンス「ディアナさん」

ホロ「…」

ディアナ「ホロさんにはもしかすると余計な期待を抱かせてしまったかもしれません」

ディアナ「けれどロレンスさんを助ける術が見つかった、ということではありません」

ホロ「…っ」グ

ロレンス「ホロ」

ナデナデ

ロレンス「ええ大丈夫です。私もすでに覚悟は決まっています」

ディアナ「…気丈なのね」

ロレンス「私には、ホロがいますから」ニコ

ホロ「…」パタパタ


ディアナ「けれど私たちに、お二人のためになにかできることはないかと考えたんです」

ロレンス「…私たちのために…」

スッ

エルサ「ロレンスさん。これを」

ロレンス「…これは…本、ですか?」

ル・ロワ「お二人のためにみなで集まって綴った本です」

ホロ「…わ、わっちらのため、じゃと?」

ロレンス「題は…」


ロレンス「“幸せであり続ける物語”」










+現在・テレオの村+


司祭「…はー…」

司祭「あの、エルサさま。これは全部…」

エルサ「ええ。本当のお話です」

エルサ「このお二人に巻き込まれたみんながそれぞれの物語を寄り合わせたて作られたお話ですから」

司祭「…まるでおとぎ噺ですね」

エルサ「本当に」ニコ


エルサ「叶ったかは分かりませんが」

エルサ「私がこうしてあなたに託し。別のどこかでも、この本はどなたかから次の誰かの手に渡る」

エルサ「この本という物語が語り続かれることで、お二人が、幸せであり続けることができるのではないか…という…」

エルサ「…笑っているのですか?」

司祭「あ、す、すいません」クスクス

司祭「この最期のお話が…とても可笑しくて。…それに、幸せそうで」

エルサ「…そうですか」

エルサ「それはレノスの町で、最期にみなで食事を取ったときのことですね」

司祭「…ふふ」

エルサ「…」

エルサ「安心しました」

司祭「へ?」


エルサ「あなたのその様子を見ていると…その物語は無事に幸せなものとして綴じられているのでしょう」

司祭「…はい!」

エルサ「…」ニコ

エルサ「では、よかったです」


司祭「私きっとこのお話を次の司祭さまへ伝えます!」

エルサ「お願いします」

エルサ「(…少なくともこれで、お二人が幸せであり続けたことは誰も忘れません。これからも人々の中で、お二人は、幸せであり続けるでしょう)」

エルサ「…羨ましくないと言えば嘘になりますね」フフ

司祭「…あの、エルサさま」

エルサ「はい?」

司祭「このあとお二人はどちらへ向かわれたのですか?」

エルサ「…それは」

エルサ「神のみぞ知る、と言ったところでしょうか」クス

司祭「…な、なるほど」

エルサ「…」ニコ

エルサ「では、」

エルサ「今日も一日きちんと神への務めを果たしましょう」

司祭「はい!」




「幸せであり続ける物語」

             おしまい

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