ファンタジスタドール・アーキタイプエンジン (38)

《イヴ》に捧ぐ



本編は『ファンタジスタドール イヴ』に触発され書かれました
設定のネタバレがありますので注意してください
いわゆるSS形式ではありません
あと多少卑猥な描写がありますのでご注意を

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1380208202

彼女は奇妙だった

いや、我々の実験で生まれたドールに奇妙でない女の子などいただろうか

否である。そうやって我々は設計したのだから、当たり前だ

でもそれは確かな奇妙さだった

なぜなら、彼女には女性器がなかった

NLかBLかGLか、それが問題だ

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おはようございます、マスター、と目覚まし時計が言った。鳴ったというのが最適だろうが。
流行りのアニメのグッズだった。主人公の女子中学生が巨悪と戦う内容だった。
私にはたまたま深夜に見ていたその内容が微笑ましく感じられたために、ゲームセンターのクレーンゲームの景品としてなんとなくそれを手に入れたのだった。

三十路の私にとってそれを入手する過程はある意味羞恥にまみれたものだったかもしれない。
たいしたアニメ好きでもない私にとっては多少越えがたい峠だった。
後ろにいた大学生のカップルに笑われていた、気がした。気がしただけだ。

目覚まし時計の一声に私は寝ぼけ眼をこすりスイッチの押下で応えようとした。
でもそれは眠気に対する抵抗としては充分なものではなかった。
私は誘惑に負けて再びまぶたを落とすのであった。

それから5分。携帯電話のベルがなった。この音に私は流石にマズいぞと一気に飛び起きて研究所に行く準備をするのだった。
一応企業の研究所であるからスーツに着替えた。飯を食う暇は無論ない。

通勤路をダッシュした。就職してから何度目の疾走だろうか。
隣のサラリーマンも遅刻しそうなのか私と並走していた、でも彼はあくまでもにこやかで、紳士の面持ちだった。
彼のようなジェントルマンが日本の経済を動かしているのだろう。合掌。

ともかく私はいつものように出勤したのである。
川越研究所、我々はこの場所をそう読んでいた。とある外資系企業の研究所というのが表向きの看板であった。
その実は、理想の女性を人為的に生成することを目的とした機関Y-ome《ワイ-オーム》の研究所だった。

たぶん世間的には"いかれた"と評されるその目的に向かってたくさんの同志が研究に勤しんでいた。
その状態が一般に知られれば他人から、世間から、我々は奇異の目にさらされるだろう。

でもそのことが私にとってはひたすら快かった。快感だといってもよい。
私には幼少のトラウマからくるその行き過ぎた少女趣味の他にも大声で言えないことがあった。

それは"破壊"することだった。人の営みや自然の理を破壊したかった。
おそらく神が気まぐれで設計しただろう我々を縛るシステムを叩き壊したかった。

でも私はナイフを持ってそこいらで暴れるような気概を持ち合わせていなかった。
せいぜいできるのは舞台の上で演奏していたギターをめちゃくちゃに破壊する程度のことだった。

しかしいま私のとっている行動であれば、人間を緩やかに全て殺害できるだろうと感じていた。
その結末を、誰もいなくなった無人の東京を想像すると、ああ私はこのためにくそったれたシステムに生を授かったのだなと深く満足できるのであった。

「主任、おはようございます」私は直属の上司に向かって挨拶をした。

「おお、篠崎、おはよう。今日は来ないかとおもったよ」

「まあ、家でも研究できますしね。ノー出勤デーとか作れませんかね」

実験でもしない限りは家にいたっていいんだ。理論は逃げていかない。
私はまるまる理論を構築するような大家ではないが、人の用意してくれた物をいじくりまわすのには長けているんだ。

理論よりも実装だ。私にとっては目に見える、形になった、できれば大量生産化されものを見るのが最も安心できるのだった。

「そうだ、今日はアウェイキング実験があるんだが、見に来ないか」

「え!見に行っていいんですか?」

アウェイキング実験は傾斜理論や網心理論の果て、つまるところ我々の目指している究極の女性の創出の実験そのものだ。

それは物性を制御するサーフェイスによって体を生成して大規模ネットワークによって生み出された心を移植する。
簡単に言えばそんなことだ。私はその基礎理論を徹底的に叩きこまれていたのでそれを一種の現象であるとは知っていた。
しかし、その結果を実際に見ることは今までになかった。

この研究の重要性からその産物は周囲から秘匿され、一部の人間でしか見ることが許されなかった。
統合的な実験データにも自由にアクセスできない。

「でも今更なぜ私に」

「上の連中に君の研究を気に入っているものがいてね。本物を見せてフィードバックさせたいんだろう」

「私の研究ですか」

それはサーフェイスの小型化の研究だった。この研究は確かに重要ではあるが、マイクロプロセッサの半導体集積密度がやがては上がっていくように、
この研究に関しても"誰か"が"適当に"頑張っていれば時間が解決する種類のものだと私は評価していた。

つまり私の特別なオリジナリティ、独自性が発揮される種類の研究ではないということだ。

「まあ、上の意図はよくわからんがモビリティを重要視しているきらいがあって、どうもポータブルデバイスに搭載したいそうだ」

「サーフェイスをですか。わかってはいましたけどもうはや実現させたいんですね」

現在のサーフェイスは開発されたもので小さな部屋一つを占有する程度の面積を持っていた。
私の見積もりでは今の技術が多少進歩しても畳一枚程度の広さは有すると考えていた。

「上の意図はどうあれ、私もY-omeの一員としてやるべきことを遂行するのみです」

「そうかじゃあ14時に実験棟前で会おう」

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「これがサーフェイスの実物ですか、主任」と私。

「そうだよ。どうだね感想は」

「意外とごっついなあといったところでしょうか」

私は普段はまっ平らなサーフェイスの境界面についての研究をしているから、実装されたハードウェア類についてはあまり詳しくはなかった。

この実験室、サーフェイスの部屋は二重構造であった。廊下からこの部屋に入るとまずはサーフェイスを制御するコンピュータ類が設置してある。
さらに内側に部屋があってその中の半分はサーフェイス本体の機器配線類、サーフェイス境界面から半分は何もない空間が広がっている。
この空いた空間にドールが現れるという寸法だ。

制御機器の並んだ外側の部屋から私は強化ガラスで仕切られた内側の部屋のサーフェイスをじっくりと眺めた。

部屋にはスーツを着たスポンサーのお偉いさんやら私よりもう少し技術よりの、作業服を着た同僚たち、また私を含む白衣を着た研究者などが十数名ほどいた。

するとスーツを着た壮年の男性――彼は多分我々の機関の重役だろう以前に見かけたことがある――が話し始めた。

どうやら外の人間に向けた簡単なスピーチらしい。

「本日はようこそおいでくださいました。本日は我々の悲願である完全な女性の創成、その進捗状況をお見せいたしましょう」
「我々はこれをアウェイキング実験と呼んでいます。我々はまず『イヴ』という名のドール――人造女性を誕生させました」
「しかし、それには幾ばくかの問題点があって、以降は中間アウェイキングと呼んでいる、いくつかの機能をコンピュータに代替させる手法によってドールを産んできました」

「本日の実験で生み出しますのは49体目のドール『周』になります。円周率の周でアマネと呼びます」

私はともかく嬉しかった。ドールの誕生、それは人間の緩やかな死の始まりだ。
人間はドールに夢中になり子をなさなくなるだろう。
あるいはドールは固有の遺伝子すら持って人間とまじわり、新たな生物が生まれるだろう。

ドールは遺伝子ではなく思念の集合体なのだと思う。

私は高ぶるを感情を抑えきれずにスーツの人々を押しのけて部屋を仕切るガラスが面前になるように陣取った。
振り返ると研究者たちが制御機器を操作しているのがわかった。

「ではいよいよ誕生の瞬間です」
空間に光が集まって徐々に人の躯の形を成していった。身長は私より低く、小柄だった。
その光の強さが極大に達すると徐々に弱まっていき、そこからはっきりとした輪郭が現れてた。

すると周囲が騒がしくなるのがわかった。生まれてた彼女の顔は可愛らしく、胸はほんの僅かに膨らみ、薄桃色の乳首をしていた。
腕も足も細く荷重すればすぐに折れてしまう気がした。最後に、私は見てはいけないはずの物を見るようにゆっくりと彼女の股間に視点を合わせた。

だがそこにあったのは突起だった。男性器がそびえていた。

私の手が震えるのがわかった。冷や汗がでてきた。足場が崩れていくような感覚がする。
すると、私は彼女と目があった。彼女はこっちに走ってきて、ガラスを両手で何度も叩いた。

「お兄ちゃん!お兄ちゃん!」

視界が暗転した。

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「君のトラウマは読ませてもらったよ」主任が私の席にやってきて言った。

「Y-omeの審査要件ですからね」

実験の翌日。私は実験室で倒れて病院に運ばれた。なんてことはない、ただの貧血なんだが。

「他人のペニスを見ると失神するとはねえ」

「まあ必ずではないんですが心構えがないと」私はなんだか照れくさかった。自分の弱点を晒してしまうというのはこういうことなのか。

「じゃあ、あの話は断っとくかね」

「あの話とは?」

「いやあね、君を彼女――周の教育係にしたいと上が言ってきてね」主任は少し笑いながら言う。

私は驚いていた、未だに主任もあの子を"彼女"ということに。

「そもそもあの子は男ではないんですか」

「いいや、データの上では確かに女性と認識されているんだよ」

「それで、私を教育係というのはなぜに」

「『お兄ちゃん』と呼ばれていたのを覚えているかね」

「はあ、かすかに」

「端的に言えばどうも彼女、君を気に入ったらしいんだよ」

はは、傑作だな。私はどうも男性器をもった輩にモテるらしい。

「まあ、教育係といっても実験室にいってアウェイキングをして彼女とちょっと遊んだりといったことなんだがね」

「それぐらいならいいですよ、大丈夫です、できます」

今のところサーフェイスに可搬性はないから設置場所から離れることはできない。
中間アウェイキング手法ではドールはサーフェイスの周りに縛られることになる。
つまり彼女が私の日常生活に割り込んでいる可能性が今のところ無いということだった。

「そうか、じゃあ上に伝えておくよ。詳しい日程はメールするから」

「お願いします」

まあ、これも仕事だ。なんてことはない、次にアウェイキングさせるときには彼女はおそらく服を着ているだろう。
服を着ていれば誰が見ても美少女だというに違いなかった。そういう彼女と"お遊び"すればいいんだから簡単な話だ。

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「あ、お兄ちゃん!」周の声は少しうるさいぐらいだった。

アウェイキングはもう既に完了していたらしい。彼女は実験室の内側で本を読んでいた。
ぶかぶかジーンズを履き、ゆるめのTシャツを着ていた。
それは私の好みとは異なる服装だったので、私が選べばもっと彼女を輝かせることができるのにと思った。

私も部屋の中に入り、「あ……周」彼女の名前を口に出してみる。

「なーに?」

「どうして私をお兄ちゃんと呼ぶんだい」

「だってお兄ちゃんはお兄ちゃんじゃないの」

私は一人っ子で生まれてこの方弟も妹もいたことがなかった。

「ねえ、遊んでよ、ひとりじゃ暇だったの」

「急に遊ぶと言われてもなあ」

彼女が人間でいうところのどの程度の年齢なのか、何が好きで何が嫌いなのか、その他諸々、彼女について実際のところを全く知らなかった。
主任からのメールには中学2年生程度を想定するようにとあったが。

「日本の初代内閣総理大臣は?」私の問い。

「え、総理大臣って日本で一番偉い人だよね。うーん、知らないけど……あっ!伊藤博文!」

「うん、当たりだな」

今のは多分、ネットワークから導き出した解だろう。
ローカルストレージに蓄積されたデータ以外のことを推定して解を得ることができるのだろう。

「お兄ちゃんクイズが好きなの?」

「まあ、嫌いではないけど……あと私のことはマスターと呼びなさい」

「なんで?」

「周りの人間が見たら私がお兄ちゃんと呼ばせているように見えるだろう」

主任のメールによれば私が周のマスターとして正式に登録されたらしい。

「お兄ちゃ……いえ、マスターはお兄ちゃんって呼ばれるのはいやですか?」

「嫌というわけではないが……」

「じゃあいいじゃん、けってーい。お兄ちゃん決定!」

「わかった、せめて二人でいるときだけにしなさい」

「へへーん!」そういうと彼女は私に抱きついた。股間に何かが当たる……気がした。

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私にはお兄ちゃんがいた。お兄ちゃんと言っても血は繋がっていない。家が隣同士だった。
お兄ちゃんは高校生で私は小学校高学年だった。

「お兄ちゃん、今日は遊べる?」

「すまんな、部活の練習なんだよ」

「そう、それなら仕方ないね」

当時の私は友達が多い方ではなかった。結果としてお兄ちゃんと遊ぶことが多かった。
お兄ちゃんは私に色々な遊びを教えてくれた。家には最新のゲーム機があったし、スポーツも色々教えてくれた。
虫取りにも行った。色々なCDを貸してくれた。たまには勉強だって教えてくれた。

ある日、お兄ちゃんの部屋で遊んでいるときだった。「この本何?」その本の中を見ると女の人が裸で写真に写っていた。

「お兄ちゃん、だめだよこれ……」

私にはまだ性の知識がほとんどなかった。学校の保健の時間で習う程度でそれ以外のことは全く知らなかった。
裸の女性を見てなんだか私は"嫌な"気がした。

「なんだお前もそんなのに興味持つ歳になったのか」

「なにこれお兄ちゃん、どういうことなの」私のモノは見事に勃起していた。

「あのな、そのちんちんを掴んで、擦るんだよ」

それから堕落の日々が始まった。

お兄ちゃんは私にとても他人には言えないことをした。少年がいたく好みだったらしい。
私がこのことが異様なのだと気づく頃にはお兄ちゃんは上京して町を去っていた。

今思えば成年雑誌が置いてあったのも全て計算ずくめだったのだろう。私はよくお兄ちゃんの部屋を漁って面白いものを探していたからだ。

お兄ちゃんは私の人生をめちゃくちゃにした?そうは思えない。私はこの程度で壊されるほど弱い人間ではないはずだからだ。
しかし、歪みは生まれた。アウェイキング実験のときのように他人の男性器を見ると気分が悪くなるのだ。
それから性的なことはてんでダメで、そういう話を見たり聞いたりするのも嫌なのだ。すぐに顔に出る。

それから例の破壊衝動。世の中を否定してやりたいという強い気持ち。
思春期特有のものかとも思っていたがさっぱり消えやしない。

そうだ、自分の構成はそんなもんだ。理想の女性《ファンタジスタドール》を得て他の人間をあざ笑いたい、それだけの取るに足らない、つまらない人間だ。

#0x05

「……ちゃん、お兄ちゃん!」

「あ、ごめんごめん、少しボーッとしていた」

「全く、お兄ちゃんが勉強しようって言ってきたんでしょ!」

教育プログラムを開始してから14日目だった。

今は数学の勉強で高校の微積分学を教えていた。周の学習能力の高さは凄まじいものだった。
私は数学科の出身でないし教員免許も持っていないから教えるという行為に全く苦労しているのであった。

「であるからして、定積分は矩形の面積を足し合わせることによって定義され……」

「お兄ちゃん、この方法で定義するとたぶん不備がでちゃうよ……」

「教科書どおりなんですが、周は凄いなあ。リーマン積分には確かに弱点が……」

と言っても私はルベーグ積分のことなど知らないのであるから。

「んー、今日は勉強終了!遊ぶぞ!」

「えー、お兄ちゃん、わからないんでしょー?」周が茶化す。

「今日は物質生成のデータで面白い物を作ってきたんだよ」

データの入力には抽象的なデータもつかえたが、具体的なデータも使用可能だった。
具体的とは3DCADなどで入力したデータのことだ。
私は制御用コンピュータにデータを移し、マニュアルにしたがってアウェイキングを行った。

「うわー、なにこれお兄ちゃん?」

「これはね野球盤っていうんだよ。野球は知ってるだろう」

「わかるよ。ピッチャーが投げたボールをバッターが打つんだよね」

「その通りだ。野球盤はそれを卓上で楽しむためのものでピッチャーがボールを転がしてバッターがそれを打つ。そしてボールが行った場所によってヒットかアウトか決まる」

「わかったよお兄ちゃん。じゃあ私がまず攻撃ねー。お兄ちゃんは守り」

「よーしそれでいいぞ」

周のバッターは右打者だった。私はバーを引いて離し、投球した。

「よーしきたきたー」周が叫ぶ。

ボールがバッターボックスに差し掛かった頃に私は左にあったスイッチを押した。
するとボールが打者から逃げる方向へと曲がっていった。

「えー!なにこれお兄ちゃん!」

「変化球だよ。磁力でボールを曲げることができるんだよ」

「そんなのあり!?ちっくしょー、さあ次の球、来い!」

試合は乱打戦となった。最終回は同点で迎えたが周に勝ち越しのホームランを打たれた。私はそのまま敗北した。

「まあ、手加減してやっただけだからな」

「またまた負け惜しみを」

そう笑う周の顔は男にも見えたし女にも見えた。

「あのさ、周。周は……どう思ってるの、その……自分の性別をさ」

「うーん、正直わかんないよ。でも、それってどっちでもいいんじゃないかな」

「そういうものなのか」

「お兄ちゃんは、周が男か女かでどういう扱いをするか変わってくる?」

「そりゃあ、まあ、多少は……」

「ふーん、それはいいけどさ。あと、お兄ちゃんの弱点は主任さんから聞いたよ」

「あー、そう」私は頭をかいた。

「お兄ちゃんが失神しちゃわないように気をつけるからさ。これからも一緒に遊んだり勉強してよね」

そういう周の顔は本当に可愛らしかった。人を安らかにさせる、そんな顔だ。

#0x06

周が生まれてから1ヶ月が経っていた。私の教育係としての役目も板についてきたと思う。そんな頃だった。

「篠崎、篠崎いるか」主任の私を呼ぶ声。

「はい、ここにいます」実験室で制御用コンピュータとにらめっこしていた私。

「あのな、ちょっと会議に出てほしいんだよ」

「それはいいですけど」

「周についての上層部の会議なんだが。教育者としての意見を聞きたいそうだ。今日の15時、第一会議室に来てくれ」

「えーと、具体的にはどんな内容でしょうか?」

「周の今後についてだ」

率直に言うと嫌な予感がした。こういう時の勘はよくあたった。
会議室に集まったのは少人数だった。機密性の高いアウェイキング実験に関するものだからそれは妥当だろう。

私と主任、対面に年配のスーツを着た三人が四角いテーブルに座った。

「君が教育担当の篠崎君かね」三人のうち真ん中が私に話しかける。

「はい、周の教育をしております」

「単刀直入だがね、君は周くんをどう思う」

「飲み込みも早いし、頭もいい。良い子だし、何より可愛らしいかと」

「それはそうだがね、私が聞きたいのは、性別をどう思うかということなんだよ」

私はどう言えばいいのか迷った。もしかするとこの一言が今後の周の運命を左右するんじゃないだろうか、そう思った。
適当なことを言っても信じてもらえないだろう。でも、はっきり言って私は周を男性としても女性としても扱っていた。
あるいはそのどちらでもないという扱いを。

「正直なところ……わかりません。曖昧ですが、不定かと」

「不定!不定か!ははは。よく観察しているようだな。君みたいな研究者がいればY-omeも安泰だろうな」

私は面食らった。いったいどういうことなのだろうか。

「実はね周くんの性別を判定するパラメータが閾値付近で振動しているのだよ」

「ということは本当に周の性別は不定……」私は静かに驚いた。

「男性器がついているのは恐らく、最初のアウェイキングの際にパラメータが微小に男性側によっていたからだろう」と主任。

あるいは私はこう思った「中性なのかもしれません周は」

こうして会議は終了した。周の性別が不定であるということは、私にとっては良い知らせだった。

周の存在感が膨らんで、やがて通常の人間をも超えていくときに中性であること、あるいは性別が属性として存在しないということは、人間に対して親水性の如く深く結びつくという重要な性質になりうるだろう。
そうだそれでいい、この世を壊すには《ファンタジスタドール》の拡散が必要なんだから。

#0x07

件の会議から一週間経った日の事だった。

「明日0時をもって実験室をしばらく閉鎖する」主任が言った。

「え、なんでですか!?」私は驚いて気が動転していた。

「詳しい理由は機密で言うことができない」

「主任、周は……」

「……お前だけに教える」主任は声を潜めた。「この間の会議で決定した。周はこれをもって破棄して49番目のドールの登録を抹消する」

「なんでそんなことに」

「あの場にいた人間は君の説明に納得したようだが。"上の上"が難色をしめしてね。純粋な女性以外を排除すると」

「そんな……今まで私は何をやってきたんですか」

「決定は覆らない。今日は自由に周に会ってよろしい。以上」

そう言って主任は自分のデスクに戻っていった。

周を破棄する?そんなのは、最早私にとって周を奪われるのと、殺されるのと同じだった。
周はそうだ大切なヒト――ドールだ。そうかそうなんだ。もうわかった私の心は定まった。彼女は私の《ファンタジスタドール》なんだ。

#0x08

『アウェイキング』

その言葉はセーフティだった。
誤ってドールが実体化しないように、また声紋を解析して特定の人間のみが起動できるというセキュリティでもあった。
認証が成功し、周が実体化する。

「お兄ちゃんどうしたのこんな時間に?」

夜の12時前、周が破棄される寸前。私は研究所に忍び込んでいた。私は内部の人間であるから侵入は容易かった。
実験室のセキュリティだけは堅固で、予め決められた時間しか入室が許可されなかった。
しかし主任の「今日中は自由に会える」という許可があったわけだからセキュリティを破る必要もなかった。

「あとで説明する。とにかく逃げるぞ」

「逃げるっていっても、周、ここから出られないんだよ」

「いや、大丈夫だ。今アウェイキングは私の製作した新型サーフェイスから行ってる。データの移植も完了してる。あとは逃げるだけなんだ」

周のデータはハードディスクにまるごと入力されていた。
制御用コンピュータに頑丈に設置されていて簡単に外せそうにはないからバールのようなもので無理矢理こじ開けて取り外した。
あとは私の愛用のラップトップPCと接続してサーフェイスとリンク。周をアウェイキングさせた。

「でも周……」周は逡巡しているようだった。

「上の連中は周を破棄するつもりでいるらしい。このまま黙ってそれを受け入れるか?」
私はどうしても確認したかった。周が私についてきてくれるのかどうか。

「それは……」

「私は嫌だよ、周が消されるなんて。相手がどんな輩だろうと……」

私は周の肩を掴んだ。

「裏にバンが停めてある。とりあえずそこまで逃げよう。監視カメラをみた警備員がその内やってくるだろう、さあ」私は周に言い聞かせる。周はそっと頷いた。

そして、二人は走り始めた。

#0x09

周、知っていたの、周が消されちゃうのを

後悔はしていなかったんだ。毎日楽しかったし

そうだ、お兄ちゃんがいたから?

よくわからないよ。まだわかんない

でもまだ続くんだね、お兄ちゃんとの日々は

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