ファンタジスタドール・アーキタイプエンジン (38)

《イヴ》に捧ぐ



本編は『ファンタジスタドール イヴ』に触発され書かれました
設定のネタバレがありますので注意してください
いわゆるSS形式ではありません
あと多少卑猥な描写がありますのでご注意を

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1380208202

#0x05

「……ちゃん、お兄ちゃん!」

「あ、ごめんごめん、少しボーッとしていた」

「全く、お兄ちゃんが勉強しようって言ってきたんでしょ!」

教育プログラムを開始してから14日目だった。

今は数学の勉強で高校の微積分学を教えていた。周の学習能力の高さは凄まじいものだった。
私は数学科の出身でないし教員免許も持っていないから教えるという行為に全く苦労しているのであった。

「であるからして、定積分は矩形の面積を足し合わせることによって定義され……」

「お兄ちゃん、この方法で定義するとたぶん不備がでちゃうよ……」

「教科書どおりなんですが、周は凄いなあ。リーマン積分には確かに弱点が……」

と言っても私はルベーグ積分のことなど知らないのであるから。

「んー、今日は勉強終了!遊ぶぞ!」

「えー、お兄ちゃん、わからないんでしょー?」周が茶化す。

「今日は物質生成のデータで面白い物を作ってきたんだよ」

データの入力には抽象的なデータもつかえたが、具体的なデータも使用可能だった。
具体的とは3DCADなどで入力したデータのことだ。
私は制御用コンピュータにデータを移し、マニュアルにしたがってアウェイキングを行った。

「うわー、なにこれお兄ちゃん?」

「これはね野球盤っていうんだよ。野球は知ってるだろう」

「わかるよ。ピッチャーが投げたボールをバッターが打つんだよね」

「その通りだ。野球盤はそれを卓上で楽しむためのものでピッチャーがボールを転がしてバッターがそれを打つ。そしてボールが行った場所によってヒットかアウトか決まる」

「わかったよお兄ちゃん。じゃあ私がまず攻撃ねー。お兄ちゃんは守り」

「よーしそれでいいぞ」

周のバッターは右打者だった。私はバーを引いて離し、投球した。

「よーしきたきたー」周が叫ぶ。

ボールがバッターボックスに差し掛かった頃に私は左にあったスイッチを押した。
するとボールが打者から逃げる方向へと曲がっていった。

「えー!なにこれお兄ちゃん!」

「変化球だよ。磁力でボールを曲げることができるんだよ」

「そんなのあり!?ちっくしょー、さあ次の球、来い!」

試合は乱打戦となった。最終回は同点で迎えたが周に勝ち越しのホームランを打たれた。私はそのまま敗北した。

「まあ、手加減してやっただけだからな」

「またまた負け惜しみを」

そう笑う周の顔は男にも見えたし女にも見えた。

「あのさ、周。周は……どう思ってるの、その……自分の性別をさ」

「うーん、正直わかんないよ。でも、それってどっちでもいいんじゃないかな」

「そういうものなのか」

「お兄ちゃんは、周が男か女かでどういう扱いをするか変わってくる?」

「そりゃあ、まあ、多少は……」

「ふーん、それはいいけどさ。あと、お兄ちゃんの弱点は主任さんから聞いたよ」

「あー、そう」私は頭をかいた。

「お兄ちゃんが失神しちゃわないように気をつけるからさ。これからも一緒に遊んだり勉強してよね」

そういう周の顔は本当に可愛らしかった。人を安らかにさせる、そんな顔だ。

#0x06

周が生まれてから1ヶ月が経っていた。私の教育係としての役目も板についてきたと思う。そんな頃だった。

「篠崎、篠崎いるか」主任の私を呼ぶ声。

「はい、ここにいます」実験室で制御用コンピュータとにらめっこしていた私。

「あのな、ちょっと会議に出てほしいんだよ」

「それはいいですけど」

「周についての上層部の会議なんだが。教育者としての意見を聞きたいそうだ。今日の15時、第一会議室に来てくれ」

「えーと、具体的にはどんな内容でしょうか?」

「周の今後についてだ」

率直に言うと嫌な予感がした。こういう時の勘はよくあたった。
会議室に集まったのは少人数だった。機密性の高いアウェイキング実験に関するものだからそれは妥当だろう。

私と主任、対面に年配のスーツを着た三人が四角いテーブルに座った。

「君が教育担当の篠崎君かね」三人のうち真ん中が私に話しかける。

「はい、周の教育をしております」

「単刀直入だがね、君は周くんをどう思う」

「飲み込みも早いし、頭もいい。良い子だし、何より可愛らしいかと」

「それはそうだがね、私が聞きたいのは、性別をどう思うかということなんだよ」

私はどう言えばいいのか迷った。もしかするとこの一言が今後の周の運命を左右するんじゃないだろうか、そう思った。
適当なことを言っても信じてもらえないだろう。でも、はっきり言って私は周を男性としても女性としても扱っていた。
あるいはそのどちらでもないという扱いを。

「正直なところ……わかりません。曖昧ですが、不定かと」

「不定!不定か!ははは。よく観察しているようだな。君みたいな研究者がいればY-omeも安泰だろうな」

私は面食らった。いったいどういうことなのだろうか。

「実はね周くんの性別を判定するパラメータが閾値付近で振動しているのだよ」

「ということは本当に周の性別は不定……」私は静かに驚いた。

「男性器がついているのは恐らく、最初のアウェイキングの際にパラメータが微小に男性側によっていたからだろう」と主任。

あるいは私はこう思った「中性なのかもしれません周は」

こうして会議は終了した。周の性別が不定であるということは、私にとっては良い知らせだった。

周の存在感が膨らんで、やがて通常の人間をも超えていくときに中性であること、あるいは性別が属性として存在しないということは、人間に対して親水性の如く深く結びつくという重要な性質になりうるだろう。
そうだそれでいい、この世を壊すには《ファンタジスタドール》の拡散が必要なんだから。

#0x07

件の会議から一週間経った日の事だった。

「明日0時をもって実験室をしばらく閉鎖する」主任が言った。

「え、なんでですか!?」私は驚いて気が動転していた。

「詳しい理由は機密で言うことができない」

「主任、周は……」

「……お前だけに教える」主任は声を潜めた。「この間の会議で決定した。周はこれをもって破棄して49番目のドールの登録を抹消する」

「なんでそんなことに」

「あの場にいた人間は君の説明に納得したようだが。"上の上"が難色をしめしてね。純粋な女性以外を排除すると」

「そんな……今まで私は何をやってきたんですか」

「決定は覆らない。今日は自由に周に会ってよろしい。以上」

そう言って主任は自分のデスクに戻っていった。

周を破棄する?そんなのは、最早私にとって周を奪われるのと、殺されるのと同じだった。
周はそうだ大切なヒト――ドールだ。そうかそうなんだ。もうわかった私の心は定まった。彼女は私の《ファンタジスタドール》なんだ。

#0x08

『アウェイキング』

その言葉はセーフティだった。
誤ってドールが実体化しないように、また声紋を解析して特定の人間のみが起動できるというセキュリティでもあった。
認証が成功し、周が実体化する。

「お兄ちゃんどうしたのこんな時間に?」

夜の12時前、周が破棄される寸前。私は研究所に忍び込んでいた。私は内部の人間であるから侵入は容易かった。
実験室のセキュリティだけは堅固で、予め決められた時間しか入室が許可されなかった。
しかし主任の「今日中は自由に会える」という許可があったわけだからセキュリティを破る必要もなかった。

「あとで説明する。とにかく逃げるぞ」

「逃げるっていっても、周、ここから出られないんだよ」

「いや、大丈夫だ。今アウェイキングは私の製作した新型サーフェイスから行ってる。データの移植も完了してる。あとは逃げるだけなんだ」

周のデータはハードディスクにまるごと入力されていた。
制御用コンピュータに頑丈に設置されていて簡単に外せそうにはないからバールのようなもので無理矢理こじ開けて取り外した。
あとは私の愛用のラップトップPCと接続してサーフェイスとリンク。周をアウェイキングさせた。

「でも周……」周は逡巡しているようだった。

「上の連中は周を破棄するつもりでいるらしい。このまま黙ってそれを受け入れるか?」
私はどうしても確認したかった。周が私についてきてくれるのかどうか。

「それは……」

「私は嫌だよ、周が消されるなんて。相手がどんな輩だろうと……」

私は周の肩を掴んだ。

「裏にバンが停めてある。とりあえずそこまで逃げよう。監視カメラをみた警備員がその内やってくるだろう、さあ」私は周に言い聞かせる。周はそっと頷いた。

そして、二人は走り始めた。

#0x09

周、知っていたの、周が消されちゃうのを

後悔はしていなかったんだ。毎日楽しかったし

そうだ、お兄ちゃんがいたから?

よくわからないよ。まだわかんない

でもまだ続くんだね、お兄ちゃんとの日々は

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