魔王「正義について問う」 (44)

魔王「僕の頭の中にはね、お墓があるんだ」

勇者「……墓だと?」

魔王「今まで死んだ全ての人間のお墓だよ。
君のお父さんとお母さんのお墓もあるよ」

勇者「……狂人が」

魔王「でも死者はお墓に入らないで、墓石の上に座ってる。君のお父さんとお母さんも。
本当に死者が全員いるんだよ。僕の頭の中に、頭の前の方にね。
ここだよ、分かるかな」

勇者「付き合ってられない。正義のために貴様を殺す」

魔王「……正義、正義。正義? 君の正義ってなに? 僕の正義とは違うの?」

勇者「貴様に正義などあるものか」

魔王「あるよ。んー、それじゃあ——」



魔王「正義について問う」


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——————
————
——

とある大国の大きな街に、突如として魔物が大量に出現した————


家<パチパチッ

少年「お母さん! お父さん!」

父「————」

母「————」

魔物<ユラユラ

少年「……くそっ、許さない……! 殺してやる、殺してやるっ!」

魔物<フッ

少年「あ……。待て! この、この……!」


少年「……殺してやる……いつか、いつか全部殺してやる!!」

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——

それから八年後、その国から魔王を倒し、魔物を滅ぼす存在『勇者』が輩出された————


勇者(ついに旅立ちの日……何の因果か、今日でちょうど八年前か)

勇者(この八年間、ひたすら鍛錬を積み、魔法を死に物狂いで修得した。それも全て今日のためだ)

魔剣士「勇者様、共に魔王を倒しましょう」

勇者「ああ」

魔銃士「……しっかし本当に魔王を倒せば世界に平和が訪れるのかね」

魔法使「精霊様がそう仰っているのだから、信じるしか有りませんよ」

勇者「その通りだ。魔王に正義の力で打ち勝ち、世界に平和を取り戻そう」

魔剣士「はっ!」

魔銃士「へいへい」

魔法使「はい!」

勇者(父さん、母さん、俺はやり切って見せる)






車<ブオオッ

魔剣士「……最近発掘されたこの乗り物は便利だな。馬よりも早い」

魔銃士「まったくだ。ほんと古代人さまさまだな。ってか古代人の力がなきゃ、俺たちは何にもできねえな」

魔剣士「精霊様も古代の技術の産物らしいしな」

魔法使「国境までしか乗れないのが残念ですね。そこからは馬や徒歩ですし」

勇者「しょうがないさ。魔法と同じで国家機密なんだ」

魔銃士「長年の研究の甲斐もなく、いまど原理が分からなくて複製もできず、発掘したものを修理してしか使えないってな。
おかげで最重要軍事にしか使われないしな」

魔剣士「貴様のもつ魔銃も国家機密だ。間違っても紛失するなよ」

魔銃士「あったりまえだろ」

魔法使「魔物には魔法以外の攻撃はほとんど効きません。魔王を倒せるのは私たちくらいなものです。気を引き締めてくださいよ」

魔銃士「だー! 当たり前のことを何度も言うなよ!」

魔剣士「その当たり前が重要なのだ。何事でもな」

魔銃士「あー、はいはい」ウンザリ

勇者(……国の中でも有数の腕利きたちらしいが大丈夫だろうか)


車<キキー!

魔法使「わっ!」

魔銃士「いって! おいっ! 気をつけろ!」

運転手「ま、魔物です! 三匹もいます!」

魔物<ユラァ

魔剣士「ふむ。勇者様は車内でお待ちください。我々が倒してきましょう」

勇者「……ならば頼む」

勇者(実力を知るいい機会だ)


魔物<ユラァ

魔剣士「魔物め。斬り殺してくれる!」チャキ

魔剣<コウ……

魔剣士「はあっ!」ブオッ

魔物>ズバッ

魔物<スウ…


魔銃士「穴だらけにしてやるよ」スチャ

魔銃<ガンッガンッ!

魔物>ドドッ

魔物<スウ…


魔法使「……ごめんなさい」ボソッ

魔物<ジュワッ…

魔物<シュウウ……


勇者(中々やるな。特に魔法使)



——————
————
——


その後、国境まで辿り着き移動手段を馬に切り替えた————

勇者「……魔王の所在地は大陸の南。
補給しながら行くことを考えると、早くて一ヶ月か。まあ、もっとかかるだろう」

魔銃士「長えなあ……」

勇者「四人行動で兵站を減らし、時間を短縮して隠密行動で魔王を急襲する作戦。これでも最高速だ」

魔剣士「十年以上の魔物との苦闘に終止符を打つための旅だ。短いくらいだろう」

魔法使「そうですね。突然現れた魔物。魔王を倒せば同じように突然消えるはずです」

魔銃士「だといいけどよ」





それから暫くして、彼らは隣国に辿り着いた。

機密特使として秘密裏に入国し、物資の補給をしていた————


勇者(……これで、明日には隣国を旅立てるな)

扉<バタンッ

魔剣士「勇者様! この町に魔物が現れたそうです!
既に被害者は多数とのこと!」

勇者「何だと……」

魔法使「勇者様、早く行きましょう!」

魔銃士「いや、ほっとけよ。俺たちは魔王を倒すことが使命なんだから雑魚と戦う必要なんかないだろ。
それにどうせ魔物なんてある程度人間をぶっ殺して物をぶっ壊せば消えるんだ」

魔法使「何を言っているんですか!? 犠牲者が出ているんですよ! 放っておけば、更に多くの人々が死んで更に多く人々が哀しむのですよ!」

魔剣士「勇者様!」

勇者「……行こう。俺は正義のために行動している。
人々を助けなければいけない」

魔銃士「……はあ、分かったよ」





町中では魔物が人を喰らっていた。

普通の魔物は人の影のような姿だが、その魔物はそれらが寄り集まって、不細工な饅頭のような形をしていた————

魔物<ウゾウゾ…

魔法使「うっ……」

魔剣士「な、なんと醜悪な魔物だ……! こんな魔物は初めてだ!」

勇者「……やることは変わらないさ」

魔銃士「だな」スチャ

魔銃<ガガガガガガガガガガッ

魔物<グニュグニュ…

魔銃士「ちいッ……! ほとんど効いてねえ!」

魔剣士「断ち切る!」グッ

魔剣<ボオオオ…

魔剣士「はぁっ!」ブオオッ

魔物>ブシュァ

魔物<ウジュジュジュ!!

魔銃士「うげ! キモッ!」ガガガッ

魔法使「……ごめんなさい、ごめんなさい」ボソボソ

炎<ブオオオッ

魔物<ドロドロ…

魔物<ビクビク…

勇者(俺も詠唱魔法でいくか)

勇者「……」ボソボソ

光<ギラギラ

魔物>ブチブチ…


魔物<ピクピク


魔法使「っ……」ジワッ…

魔剣士「好機! 直接斬ってくれる!」ダダダッ

魔物<ピクッ…

勇者「……待て!」

魔剣士「はあッッ!」ブワッ

魔物<スパンッ!

魔剣士「ふっ……」

魔物<ニチッ……グァッ

魔剣士(……口? あれ、喰べら————)

バリッ、ボリッ、グチグチ……

魔銃士「あ……」

魔法使「……」カタカタ

勇者「手負いが一番危険だろう」

勇者(……戦力を失ったか。今なら補強に戻るのも手だな。
いや、国に便りを送って増援に来てもらった方が良いか。
経路は予め報告しているしな)

魔物<ジュワァ…

魔剣<カタンッ

魔銃士「……くそっ、魔物め」

魔法使「……」ブルブル

勇者(死体は残らなかったが、魔剣は残った。回収だな)カチャ

勇者「……早くも仲間を失ったのは辛いが、俺たちは正義の為に戦い続けらなければいけない。
悲しむのは魔王を倒した後にしよう」

魔銃士「……」

魔法使「……」

——————
————
——

その日の夜、勇者は文書をしたためた。

魔法の効果で一般人には何の手紙か分からないように細工を施した。

出発前にこれを配達するように頼むことにした。

眠ろうとまどろんだ勇者だったが、扉のノック音で覚醒した————

勇者「誰だ?」

魔法使「あの、私です……」

勇者「ああ……」ガチャ

魔法使「遅くにすみません」ペコ

勇者「いや、まだ眠っていなかったから大丈夫だ」

勇者(……仲間の死がよほど衝撃的だったか?
貴重な戦力だ、精神面の管理もちゃんとしておかなければ)

勇者「話があるんだろう? 入るといい」

魔法使「はい……」




魔法使「……勇者様、魔物ってなんなんでしょうね」

勇者「ん? なんだ急に?」

魔法使「いえ、ちょっと気になりまして」

勇者(……魔物。十年ほど前に突如現れ、世界を震撼させ続けている存在)

勇者「俺たちの敵だ。滅ぼさなければいけない」

魔法使「そう……ですよね」

勇者「魔物が何だというんだ?」

魔法使「その……怖くなってしまいまして」

勇者「……仲間が喰い殺されるところを見たんだ。無理もない。
だが、お前の力は魔王を倒すために必ず必要になるはずだ。力を貸して欲しい」

魔法使「わ、分かっています。分かっていますよ……」

勇者「安心してくれ。俺が君を守る」

勇者(少女といえど、詠唱魔法を使える存在は大変貴重だ。脱落されるわけにはいかない)

魔法使「は、はい」


——————
————
——

予定された旅の道程は半分を過ぎた。

時折少数の普通の魔物とは交戦したが、危機に瀕することは無かった。

それでも絶え間なく横たわっている死の恐怖は彼らの——特に魔銃士の心を蝕み、必要以上に疲弊させていた————


魔銃士「くそっ、次の街にはいつ着くんだ……くそっ」

勇者「もうそろそろのはずだが、如何せん地図が正しくない。
他国の測量技術は未熟な上、精確な地図を渡したくないらしい。当然といえば当然だが」

魔法使「地図は軍事戦略上とても重要ですからね。
特に私たちの国は過去には各国と戦争をしていましたし、しょうがないですよ」

魔銃士「くそっ、こっちは人間のために命懸けで戦ってんだぞ。
その程度の情報は快く受け渡せよ、くそがっ。魔法も使えない屑どもが。魔物を滅ぼした暁には俺たちが支配してやる」ブツブツ

勇者「……とにかく進むぞ。国境は超えた。この国の都市も間近ななはずだ」

魔法使「はい」





勇者たちが街に辿り着いたのはそれから数日後だった。

勇者たち宛に国から暗号化された便りが届いていた。
魔法で解読したところ増援は不可能との知らせだった。

勇者は特に気落ちもせずに、馬を取り替えたり、食糧を購入したりと、旅の継続の備えに励んでいた————


勇者(……高い値段を払わされてしまつまた。足元を見られたな。資金自体はまだ大丈夫だが、気を付けなければ)

魔法使「ゆ、勇者様! た、大変です!」

勇者「どうした?」


魔法使「魔銃士さんが……」


魔法使の言葉を聞いて勇者は驚いた。

魔銃士が酒場でケンカをして、酔った勢いで人を殺してしまったらしい。

かつて勇者たちの国はこの国において領事裁判権を有していたが、魔物の出現から対等な同盟を結ぶようになり、今では廃止している。

このままでは魔王討伐の旅に影響が出ると考えた勇者は、逃走している魔銃士を憲兵よりも先に見つけ出し、国外に逃亡することを画策した。

運よく魔銃士は勇者のもとに逃げて来たため、彼らはすぐに街を後にした————

勇者「何をしている。俺たちは正義のために行動しているんだ。
馬鹿な行動はやめろ」

魔銃士「うるせえよ! 何が正義だ!」

勇者「……まだ酒が抜けてないようだな? 健常に戻るまで俺がたっぷり眠らせてやろうか?」

魔銃士「……ちっ、くそがっ」

魔法使「……!」


魔物<ギチギチ…


勇者「魔物か。特殊だが度々目撃されるタイプだな」

魔物<ジロジロ

魔銃士「ひっ!」スチャ

魔銃<ガンッ、ガンッ、カチン、カチン

魔銃士「た、弾が出ねえ……!?」

勇者「焦り過ぎだ。集中力に欠ければ魔装が扱えないのは当然だろ」タッ

魔銃士「うわあぁ!」カチン、カチン

勇者(……こいつはもう役に立たなそうだ

勇者「……」ボソボソ

白光<ギラギラ…

魔物>ザクザク…

魔物<ズルズル…

魔法使「うっ……くっ……」ボソボソ

竜巻<ビュオォ…


魔物>バラバラ…

魔物<ジュワァ…

魔銃士「あああァァぁぁっ!!」カチン、カチン

——————
————
——


勇者「今日はここで野営。見張りはいつも通り交代制だ。
俺が先に見張ろう」

魔法使「分かりました」

魔銃士「……」ゲソッ





魔法使<スウスウ

肩>グイッ

魔法使「ふぇ……? 勇者さまぁ? 交代ですかぁ?」

手<グイッ

魔法使「むぐっ!?」

魔銃士「……おっと、騒ぐなよ」

魔法使「むがっ!!」

ゴッ

魔銃士「騒ぐなって言ってんだろ……! 殺すぞ……!」

魔法使「……っ」ジワッ

魔銃士「へへ、そうだ。最初から大人しくしていればいんだよ。
そうすりゃ、あんま手荒にはしねえからな」サワサワ

魔法使「……」ポロポロ

眠い
謎のテンションで一晩のうちに書いたssなので色々残念ですが、もう少しお付き合いください
早くもあと半分です

魔銃士「こんな危険な旅に付き合ってられるかよ。
どうせ魔王は今までの魔物より強いんだろ。やってらんねぇ。
お前を犯して俺は逃げるさ。勇者の金もパクったし、暫くは楽に暮らせる。
魔銃があれば強盗し放題だしな」レロォッ

魔法使(やだ、たすけて……やだ、やだ……!)ポロポロ

魔銃士「時間もねえし、さっさとやんねぇとな。
ちゃんと締め付けろよ。ひひひひひ」






勇者(……静かな夜だな)

勇者(順調とはいかないまでも着実に魔王のもとへ近付いている。
正義のもとに——人々を俺と同じような不幸にあわせないために魔王を殺す)

勇者(そのための八年があった。そのための今がある)

勇者(……そろそろ交代でいいか。あいつらも疲れてるだろうし長めに請け負ったが、俺も限界だ)スタスタ


ヒック……ヒック……


勇者(……泣き声か?)

勇者「おい、どうした?」

魔法使「ゆ、ゆうしゃさまぁ、わたし、わたし……」ガクガク

勇者「……血か? 何があった……ん?」


魔銃士「————」


勇者「……死んでるのか?」

魔法使「ち、ちがうんです……わたし……ひどいこと……されそ、に……なって……」ガクガク

勇者「……取り敢えず落ち着け。近くの泉で体を洗って来い」





魔法使「……」

勇者(……だいぶ落ち着いたようだな)

勇者「気にしなくていい。俺は現場を見てないが、君を信じている。
きっと正当防衛だったんだろう」

魔法使「……ゆうしゃさま」

勇者「どうした?」

魔法使「わたし、マモノの声が聞こえるんです」

勇者「……声?」

魔法使「マモノはみんな、『苦しい』とか、『助けて』『悲しい』『憎い』『寂しい』とか言っているんです。
魔剣士さんを殺した大きいマモノの声はそれらが重なりあって悲痛な金切り声でした」

勇者「……」

魔法使「マモノを倒すのと、ヒトを殺すのは、まったく同じです。
……わたし、ずっと前からヒト殺してした」

勇者「……違う。君は人を殺してなんかいない。これは事故なんだろう?」

魔法使「殺意はありました。殺さなきゃ、って思って殺しました」

勇者「……魔銃士だって人を殺した。人を殺した人間は人じゃない。人間の皮を被った魔物だ。
君は人間を殺してない」

魔法使「……ホントですか?」

勇者「ああ」

魔法使「……えへへ。わたし、ゆうしゃさまのことを信じます。
ゆうしゃさまは正義の味方だからウソをつきませんもんね」

勇者「……ああ」

——————
————
——


彼らはかなり南下し、魔王が居るとされる地点に差し迫っていた————


魔物<ユラァ

魔法使「うるさい、うるさい、うるさい、うるさい!!
マモノが口を聞くなぁ!」

魔物<ジュワァ…

魔法使「……やった、やった。倒しましたよ。ねえ、ゆうしゃさまー、たおしまたよー!」

勇者「ああ、よくやった」

魔法使「あは、ゆうしゃさまに褒められた。うれしいっ」

勇者(……幼児退行気味。しかし、脳の制限が外れたように強い。
……空恐ろしいが心強いな)





彼らは最後の物資補給地となる町に着いた。

その国は十年前までは勇者たちの国の属国であったが、やはり魔物出現の混乱に乗じて独立した。

微妙な政治立場上、勇者たちの国は独立を黙認せざるを得ない状況にあった————


勇者(かつては荒廃としていたらしいが、今ではそこそこ発展しているようだ。魔物の出現が有利に働いたらしいな)

魔法使「ゆうしゃさま。ここのヒトたちの、わたしたちを見る目が怖いです」

勇者「俺たちの国の兵士がかつては残虐の限りを尽くしたらしいからな。
仕方のないことだろう」

魔法使「わたしたちは何も悪いことしてないのに。
もしかして、このヒトたちはヒトの振りしたマモノかもしれませんよ」

勇者「……いや、人間だ。紛れもない、な。
それより宿を探して早く休もう」

魔法使「はーい」





宿屋にて、勇者たちは法外な金額を要求された。

しかし、魔王が存在すると妖精が証言した場所は近いため、疲れはできるだけ取っておきたかった。

仕方なく勇者たちは一部屋だけ借りた————


魔法使「ホントにヒドいヒトたちですね」

勇者「金が足りたから良しとしよう。だいぶ減ったが、何とか帰りにかかる費用も間に合いそうだ」

勇者(後半は二人旅だったしな)

魔法使「そうですか」モゾモゾ

勇者「……なぜ膝の上に乗る?」

魔法使「ダメですか?」ニコニコ

勇者「……まあ、良いが」ナデ

魔法使「あ、ゆうしゃさまに撫でられたー。うれしいっ」

勇者「そうか」

魔法使「ねえ、ゆうしゃさま?」

勇者「なんだ?」

魔法使「ゆうしゃさまは、マオウを倒したらどうするんですか?」

勇者「どうするって……」

勇者(そういえば考えたことも無かった。ずっと魔物を滅ぼすことだけを考えてたからな)

勇者「特に決めてないな。まあ、魔王を倒した後に考えるさ」

魔法使「……だったら、ゆうしゃさま! わたしとケッコンしてください!」

勇者「……え」

魔法使「……イヤですか?」シュン

勇者「あ、いや、そんなことはないが」

魔法使「じゃあケッコンしてくれるんですねっ。うれしいっ」

勇者「……あー、えーと、まあ、魔王を倒した後に話し合おう」

魔法使「はーい! えへへ」スリスリ

勇者「…………」ナデナデ

投石<ドガッ

勇者「!」

魔法使「わ、なんですか?」

扉<ガタンッ

人々<ゾロゾロ…

勇者「……何の真似だ?」

「……お前らの国は俺の妻と息子を殺した。お前らは俺から全てを奪っていったんだ」

「俺の妹は辱めを受けて自殺した。婚約していて、幸せになるはずだったのに。
ちくしょう、ちくしょう……!」

「俺たちの憎しみは終わらない。魔物なんかよりもずっとお前たちが憎い。
何回でも何千回でも殺してやる。」

「同じ苦しみを味合わせてやる」

殺せ……奪え……犯せ……恨みを晴らせ……

人々<ザッザッ

勇者「くっ……」

勇者(ここまで来て、人間に襲われるとはな……くそっ)

魔法使「……ゆうしゃさま。これはマモノ?」


勇者「…………」


勇者「魔物だ」





人々<グジュグジュ…

魔法使「あはは、見てください! 溶けてくっついて一つになってますよ! おもしろーい!」

勇者「…………ああ、そうだ、な」

魔法使「……おかしいなぁ。マモノは殺したら消えるはずなのに、このマモノはどうして消えないんだろう」

勇者「ああ……」

勇者(……くそっ、俺は魔物を滅ぼしたいだけなのに、どうして人間を殺さなければいけないんだ)グッ

魔法使「あ、ゆうしゃさま見てください! 塊の中のこのコ。
ほら、まだ生きてて顔が見えるこのコですよ」

勇者「……」

男の子「…………ぁ」

勇者「……っ」ビク

魔法使「このコ、弟にそっくりなんです。すごい発見しちゃいました」

勇者「お、弟がいるのか」

魔法使「はい! すごく生意気なんですけど、ホントはいい子なんですよ。勉強が得意で、将来は学者になりたいって言ってるんです。
マオウを倒したら紹介しますね!」

勇者「分かった……」

魔法使「あはは、君は弟にそっくりだねー」

男の子「しにたく、ない……」

魔法使「弟に……そっくり……」

男の子「たすけ……」

魔法使「……人間?」

男の子「————」

魔法使「死んじゃダメ! まだ死ぬ年じゃないでしょ!
誰がこんな酷い事を——」

勇者「……」

魔法使「————ああ、私」

勇者「……ダメだ。正気になるな」

魔法使「あああアァぁアァあああアァぁアァアァァあぁぁ!!」

勇者「落ち着け! 頼む! 落ち着いてくれ!」

魔法使<ピタ

勇者「……」

魔法使「勇者様」

勇者「なんだ?」

魔法使「私、自分を偽ってました。人を殺しました。
そして魔物も人と同じです。私も勇者様も人殺しです」

勇者「俺は、正義のために——」

魔法使「私、勇者様のこと、本当に好きでしたよ。
きっと、『守る』って仰ってくれた時から」ニコ


シュワッ……


勇者「やめてくれよ……」


魔法使「————」


勇者「……ちくしょう」


——————
————
——

勇者は一人、虚な顔で歩き続けた。

培った価値観や、費やした年月に対して絶えず疑念が沸き起こり、茫然自失としていた。

そもそも失った『自分』という存在の像すら霞んでいた。

迷い子だった。

少年であった。

思考はほとんど途絶えていた。

南、南へ。

それだけを考えて歩き続ける内に、彼は暗い、暗い場所に迷い込んでいた————


勇者「……ここは?」


???「やっと到着したね」

誰かがいた。

暗い、暗い場所だったが、勇者はその容姿を識別できた。

勇者よりもやや幼い少年だった。


???「こんにちは」

勇者「……魔王か?」

魔王「魔王かどうかは知らないけど、たぶん君が目的としていた人間だよ。よく分かったね」

勇者「……お前に会いたかった。お前の存在を知った時からずっと」

魔王「熱烈だね、勇者くん。君のことは全部知ってるよ。
少し僕とお話ししようよ」

勇者「イヤだね」

魔王「じゃあ勝手に話すよ」

勇者「お前は人の話を聞かないヤツだな」

魔王「まあね。……何から話そう。……ああ、そうだ」




魔王「僕の頭の中にはね、お墓があるんだ」

勇者「……墓だと?」

魔王「今まで死んだ全ての人間のお墓だよ。
君のお父さんとお母さんのお墓もあるよ」

勇者「狂人が」

魔王「でも死者は墓に入ってないで、つまらなそうな顔で墓石の上に座ってる。君のお父さんとお母さんも。
本当に死者が全員いるんだよ。僕の頭の中に、頭の前の方にね。
ここだよ、分かるかな」

勇者「付き合ってられない。貴様を殺す」

魔王「なんで?」

勇者「……正義のためだ」

魔王「正義、正義。正義? 君の正義ってなに? 僕の正義とは違うの?」

勇者「貴様に正義などあるものか」

魔王「あるよ。そっか正義か。それじゃあ——」



魔王「正義について問う」

勇者「わけが分からないな」

魔王「君の正義は何だい?」

勇者「魔物を滅ぼすことに決まってるだろ。その為に生きてきた」

魔王「魔物を殺すことがどう正義に繋がるの?」

勇者「生命を守るために必要だ」

魔王「奇遇だね。僕もだよ。僕だって一応人間だからね」

勇者「……ふざけるな。魔物は人を殺す。その魔物の親玉が何をほざく」

魔王「人だって人を殺すよ。……ううん、人は人を殺すよ。
だいたい魔物なんて存在しないよ」

勇者「……どういう意味だ」

魔王「君たちが魔物と呼んでいるのはね、死者の魂だよ。
僕の能力で、お墓から死者を連れてきてるんだ」

勇者「ふん、魔物じゃないか」

魔王「人間だよ。人間の心が人間を殺してるからね。
でも、今それは問題じゃないんだ。問題は正義についてだよ」

勇者「これ以上くだらない議論を交わすつもりはない」スラッ

魔王「くだらなくなんてないよ。だって君は正義を貫けなかったでしょ?」

勇者「……っ」

魔王「人を守ると言いながら、人を殺した」

勇者「……貫けなかったとして、正義は変わらない」

魔王「いくら高邁な正義を掲げたところで、実現できなきゃ無価値だよ」

勇者「黙れッ! 俺は必死で努力したッ!」

魔王「努力の原動力は正義じゃなくて憎しみでしょ?」

勇者「だとしても! 俺は今、確かに正義を以て剣を握っている!」

魔王「ウソを吐くのはよくないよ」

勇者「黙れッ! 黙れぇッ!」

勇者(……くそっ、聞く耳を持たないで斬り殺せばいいだろっ。それだけなのに、なぜできない……?)

魔王「君が、自分の正義を疑ってしまったからだよ」

勇者「っ!?」

魔王「君の心、少し死んじゃって僕の中に迷い込んでるよ。
でも大丈夫、心だけならまだ帰れるから」

勇者「…………」

魔王「……ねえ、僕が死者を出すようになってから……十年くらい前から世界はだいぶ幸せになったよね」

勇者「なんだと?」

魔王「君たちの国は古代人が遺した魔法を獲得した。野蛮人が力を持った結果は分かるよね。
殺しまくりだ。そりゃもう、殺して殺して殺しまくりだよ。
いーっぱい人が死んだ。死者のお墓がたくさん増えちゃった」

勇者「……」

魔王「実際、凄いものだよ。強力な魔法の前じゃ、死者だって瀕死になるんだから。
死者が死に瀕するって変な表現だけど、でもそう表現するしかないんだ。
まあ、瀕死になっても死なないけどね」

勇者「何が言いたい」

魔王「死者が現れるまで人間たちは人間たちで殺しまくってたってことさ。万人の万人に対する闘争ってね。
でもでも、死者が現れてからはかなり無くなった。
そりゃ、人類の敵に見えるだろうしさ。実際はちょっと先の自分たちに過ぎないのにね」

勇者「……」

魔王「んー、話がヘタでごめんね。なんたって生者とお話しするのは久しぶりだからさ。
ええっと、それでね。人間たちは人類共通の敵を得て、国とかよりももっと大きな規模でまとまる事ができた。不平等は減って、虐殺はほとんど無くなった。
少しずつ世界は良くなってる。君も目にしたんじゃない?」

勇者「……だが、お前は人を殺している」

魔王「そうだね。でも人が死ぬのは当たり前だし、一つの事故死みたいなものと考えてくれてもいいんじゃないかな。
生命を循環させるために一定量の死は必要だよ」

勇者「……八年前の魔物による大量殺人もか?」

魔王「……ああ、あれは僕の失敗だ。加減を誤ったんだよね。
君はあの時にお父さんとお母さんも亡くしたものね。僕を恨んだだろうね。
でも、君は正義のために僕を殺すんだもんね。それとも君は復讐は正義という考え方かな?」

勇者「……お前の考えは正義ではない」

魔王「僕はそう思わないけど、君がそう思うのも当然だよ。
大多数のための正義は、少数にとっては悲劇だからね」

勇者「……」

魔王「……」

勇者「……今、俺はお前を殺す正当な理由が思い付かない。
お前の言葉も一理あると思ってしまった」

魔王「ああ、そう」

勇者「だからといって、お前を殺す気力は失せない。
正義だけが人を動かすわけじゃない。」

魔王「ごもっとも。君は立ち止まるには犠牲を払い過ぎた。
それで、君はどうするのかな?」

勇者「決まっている」チャキ

ダダダッ…


魔王「……」


ザクッ


勇者「……避けようともしない。剣は効かないのか」

魔王「……いや、充分過ぎるくらいさ。
正直な話、運さえ良ければ八年前の君でも僕を殺せたよ」

勇者「……なんだと?」

魔王「基本的に僕は人間だよ。頭にお墓があって、こっちに死者を連れてくることができて、人よりは頑丈に出来ていて死にづらいけど、それ以外は人間とまったく同じさ」

勇者「……お前はどこまで俺をバカにすれば気が済むんだ!」

魔王「別にバカにはしてないよ。
でも、そういうことって世界にはたくさん有るよね。
僕はそんな世界を変えたかったんだよ。ホントに、それだけなんだ」

勇者「……」ポロポロ

魔王「僕は或る女の子が好きだった。二つ年上の人。綺麗な娘だった」グッ

剣<ズルッ

血<ダクダクッ

魔王「ある時、その娘は死にかけてた。強姦されて殺されかける。綺麗な女の人はバカにされやすいね」

勇者「……」

魔王「僕は生まれつき、何でか分からないけど頭の中にお墓があって、力の使い方も知っていたけど、使ったことはなかった。使う必要を感じなかった。
でも、僕は正義のために使うことにしたんだ。もう十年も前の話だよ」

勇者「……」

魔王「……君、殺すの上手だね。ほとんど痛くないや」

勇者「それだけを磨いてきたから」

魔王「……ねえ、お墓を引き継いでくれないかな? 君になら任せてもいい気がするんだよ。
君はこれから正義について、人についてたくさんのことを考えてくれるはずだから」

勇者「…………いいぞ」



少年「……ありがと。やっと、僕も、あっちに行けるよ……。
またお話し、しようね……」ニコ

魔王「ああ」

少年「————」



魔王「——正義、か」



その後、彼がどのような結論に至ったかは不明である————



おわり

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