黒子「おまじない……?」#3.5 (272)

 ・【とある魔術の禁書目録】【とある科学の超電磁砲】および【コープスパーティー(BCRF・BoS・2u・TS)】とのクロスです。
  あと、コープスパーティー(無印)およびコープスパーティーゼロの設定を混ぜている場合があります。
 ・内容的にグロ要素や死亡要素が入る場合があります。
 ・設定やキャラ崩壊が場合によってはある恐れがあります。
 ・投下はスローペースです。投下の間隔が(日単位で)思い切り開く可能性が高いです。
 ・地の文も入れていますが、基本台本形式で進める場合が多いかと思います……多分。
 ・話の展開選択肢を設ける場合があります。選択次第によって、鬱系統の展開になる場合があります。
 ・投下の際は、最初および最後の2~3レス以外はsageにて投下します。


(前スレ等)

 黒子「おまじない……?」(#1)

 黒子「おまじない……??」 (#2)

 黒子「おまじない……?」 #3
 黒子「おまじない……?」 #3 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1336141886/)

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1380030263

(前スレ>>324の続きになります)



 黒崎「く、くそっ!!放せよっ!!」

 痛みをこらえながらも、初春の左腕を掴み出す。
 さらには腕を含めた全身をよじって、なんとか振り解こうとした。

 が、彼女の腕の力は弱まる気配が無い。
 押さえつけても、上下左右に動かそうと掴まれた腕に力を入れても。
 解き放たれるどころか、わずかでも動く気配は無い。

 ただ、締め付けるような痛みが、なおも彼の右腕を襲うだけだった。



 黒崎(もう、つきあっちゃいられねぇ!!)

 とっくに我慢の限界は超えていた。
 目の前の同行者は、明らかに異常だ。
 正気ではない相手に、まじめに接しても埒があかない。


 初春「おいてかないでよぉ!!」

 息を荒げながら。
 生気がまるで感じられない瞳でじっと見つめながら。
 目の前の人物に対して訴えかけるように、金切り声で叫んでいた。

 いくら、自分と同じように、この不気味な異空間に連れ込まれた境遇だとはいえ。
 さすがに、精神に異常を来たした人間の相手をするほど、お人好しではない。

 今でもこの空間に同じように閉じ込められたクラスメートを探さなければいけないというのに。
 ここで、余計な足止めを食っている場合ではない。

 ましてや、このままでは自分の腕の筋肉も握りつぶされそうともいえる事態に陥っているなら、なおさらのことだ。
 精神のリミッターが外れた人間の筋力は、骨格をも簡単に砕くという。
 火事場の馬鹿力という言葉に例えられるように。
 自分の身に危害が加えられているといっても過言ではない。


 彼女には悪いが――この先どうなっても自分は知らないという気分だった。
 一刻も早く、彼女の腕を振り解いて、さっさと逃げ出そう。











    ――その時。






















            グラグラグラ……















                           ギシギシギシ……












 
 強烈な揺れが、二人のいる小部屋を襲う。
 窓や壁が時折不気味な軋みをせわしなく上げて。
 天井からは砂埃が舞い降りて。
 腐った床は、不気味な悲鳴を立てながら所々で崩れだして。


 黒崎「うわっ!!」

 揺れに足元をすくわれてしまう。
 バランスを崩して、後方へと倒れ掛かる形になった。
 右腕を掴んだままの初春の体も、そのまま巻き込んで。


 初春「……ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……」

 倒れ掛かりながらも、無表情のままで、ただ謝罪の言葉をつぶやく。
 自身の体が揺れでふらつこうが、黒崎の体に覆いかぶさるように倒れようが。
 そのために黒崎が背後の壁に頭を強く打ち付けて、ぐったりしようが。
 


 焦点の定まらない虚ろな彼女の瞳には――黒崎の姿は映っていなく。














         バキッ!!










                    グシャ、グシャッ!!













 初春「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……」

 謝るのをやめようとしない。
 周囲の天井や床が、激しく音を立てて崩れようが――気にする気配すら見せず。
 まるで、オーディオのリピート機能がずっと作動しているかのように――か細くて抑揚の無い声で、ただ呟くのみ。


 黒崎「…………」

 気絶していた。
 初春のそんな様子に、反応を示すどころか――ぴくりとも動く気配が無い。






 彼女の瞳に映っていたのは――
 






 





 初春「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい!!」





 ――カチューシャをはめた、金髪がかった髪の男子生徒。


 憎悪が篭った目つきで、彼女をじっと睨み付けながら――廊下の奥へ、奥へと逃げていく。
 所々が崩れた階段を駆け下り、底が見えない割れ目があちこちに点在する床を駆け抜け。
 扉をくぐり、渡り廊下に出て。
 前に見える別の建物の開け放たれた入り口をくぐり。
 ただ、ひたすら追いかけて。





















         バキバキッ!!   










                      ┣¨┣¨┣¨┣¨ッ!!


 




















 天井から落下する、崩れた木の梁。
 真下で倒れこんでいる初春めがけて、落下していた。





 しかし――それに初春が気づくことは無い。






 ――図工室の中に逃げ込んだのが目に入る。
 

 入り口の引き戸は、開かれたまま。
 迷わず中へと足を踏み入れる。

 なおも逃げる、男子生徒。
 一度振り返り――こちらを睨み付けた。
 が、すぐに前に向き直る。

 教壇の脇で、ぽっかりと黒い口を開けている引き戸。
 彼の姿はその中へと消えて――直後に、ピシャリと引き戸が閉まる。


 初春「ごめんなさい!!ごめんなさい!!あああああああああ!!」

 声を荒げ、もはや狂ったかのように声を上げる。
 小さな手を懸命に伸ばして。

 引き戸の取っ手に手を掛けて。




















              ゴンッ!!











 鈍い音と共に、後頭部に走る鈍痛。

 崩れた木の梁が、彼女の頭に直撃した。
 目の前が一気に歪みだして、暗くなっていく。

 頭の中を駆け巡る、痛みとともに。
 初春の意識は薄れて――やがて、その活動を停止した。


 体を床の上に横たえ――全身から力が抜ける。




 握り締められていた白い布が、はらりと彼女の左手から離れた。

 風も無いのに、布は意思を持って、勢いをつけたかのように。

 ゆっくりと舞い落ちる。

 傍に転がっている――男子生徒への遺体へと。


 初春の脳裏に浮かんでいた――カチューシャをつけた金髪がかった髪の、男子生徒のもとへと。



 しかし、今にも触れるかという頃合に――正反対の方向へと舞い落ちる方向を変える。

 さながら、遺体が意思を持って、息を吹きかけたかのように。

 布はそれに逆らうことなく、ひらひらとなびきながら。


 意識を失い、ぐったりと横たわる初春の体をかすめ――近くにできた床の割れ目へと落ちていった……。










 ……。





 …………。





 ………………。





 ……………………!?










 初春「……ううっ……」

 小さく呻き声をあげて――目をゆっくりと開けた。
 
 が、周囲は闇に閉ざされていて、何も見えない。
 どこにいるのはおろか、何があるのかすら分からない。

 しかも――後頭部を中心として、じんじんと痛む。


 初春「……い……痛い……」

 響く鈍い痛みをこらえながらも、床につけた右手を支点にして、体を起こす。
 なんとか上半身を起こした状態を維持しながら、右手を後頭部まで動かし、触れる。


 初春「――!!」

 髪の毛が濡れている、感触がした。
 ベトッという表記が似合う、濡れ方だった。

 周囲を闇に閉ざされ、全く何も見えないにもかかわらず――反射的に、右手を目の前にやる。















 その時――目の前が、一瞬眩しくなった。




















             ドーン!!











 初春「ひゃっ!!」





















                      ゴロゴロゴロ……











 耳を劈くぐらいの、雷鳴がした。
 あまりの轟音で、頭の痛みが激しくなりそうなぐらいに。

 そして――血まみれになった、自分の掌の様子が目に飛び込んできて。
 思わず、うわずった声を上げてしまった。



 初春「…………」

 ようやく、自分の後頭部が損傷を受けたことを認識し――言葉を発することができなかった。
 再び闇に閉ざされた空間の中で、ただ呆然とその場に留まっていた。

 が、それは1分も続かない。
 金縛りから解けたかのように、思考が回転しだす。
 すぐにも、今やるべきことに思いあたった。


 初春(さっき拾った布で……)

 図工室のロッカーの脇に押し込められていた――白い布。
 見知らぬ人物の名前が書かれていたが、今はそんなことで四の五も言ってられない。
 それを包帯代わりにして、頭の傷を塞ごうとした。

 しかし、握っていた左手に――布は無い。
 思わず左手で周囲の床をまさぐるものの、手に伝わるのはささくれ立った、木の床の感触だけ。


 初春(倒れたときに……どこかで落としたようですね……そういえば!?)

 布が無いことにしょげる暇も無く、別のことに思考が至る。



 初春「……黒崎さん?」

 先程まで彼女についていた、同行者の存在。
 すぐに、その名を呼ぶ。

 返事は無い。

 
 
 初春「黒崎さん、黒崎さ~ん!!」


 なおも呼び続ける。

 しかし、返事は返ってこない。
 彼女の弱りきった呼び声が空間に響いた後には――不気味なぐらいの静寂がただ残されるのみだった。




 初春「どこにいるんですか……」

 彼女の問いかけに、誰も答えるものはいない。
 息音はおろか、虫がはいずる音さえも聞こえない。
 漆黒の闇に閉ざされて何も見えない中、左右をゆっくりと眺め回す。
 同時に背後の壁に手を着き、ふらつきながらもなんとか立ち上がる。

 膝は時折がくがくしていたが、それもすぐに収まった。
 歩けそうなのを確信すると、左手を背後へと恐る恐る伸ばす。


 手のひらに伝わってきたのは――無機質で冷たいモルタルの壁ではなく、細く切られて格子状に組まれた木の感触。
 それが引き戸のものだと推測するのに、さほど時間は掛からなかった。
 格子状に組まれた木材に指を掛け、横方向に力を加える。













             ギギッ……ガラガラ……

 
 











 木材が軋み、填められていると思われるガラスが震える音を立てながら――引き戸は難なく横へとスライドした。
 ただし、その先に広がる空間も明かりは灯っていなく――相変わらず目の前は暗いままだが。


 初春「…………」

 自分自身が気絶している間に、黒崎は一人でどこか行ったのか?
 いや――彼の身に、なにか良くないことが起きたのか?


 初春(そんなことっ……あってたまるものですか!!)

 頭を懸命に振りながら、浮かんだ悪い考えを脳裏から振り払おうとする。
 振るたびに、髪の毛の先端がうなじを何度もこする。

 引き戸の外枠に手を掛けて、向こう側に広がる闇の中へと右足を、続いて左足を踏み出した。








 ――その時。

















            ジジジ……










 初春「――!!」

 ノイズ音がしたと同時に――目の前が明るくなった。
 闇からのいきなりの転調に、思わず左手で目の前を覆ってしまう。

 スイッチにも触れていないのに、いきなり照明が灯ったことに気味悪さを覚え、その場に固まってしまう。
 その先に何があるのか知ることを一瞬恐れたが――状況をとにかく把握したいという思いが、それを上回る。


 恐る恐る、目の前を塞いだ左手をずらしていくと――。









 飛び込んできたのは――図工室の光景だった。









 初春「さっきと……違う……」

 ただし、黒崎と入ってきたときとは、状況があまりにも違いすぎていた。
 むしろ、これは――


 中央に円形に並べられたイーゼルに掛けられた――小学生が描いたと思われる絵。
 小学生らしき幼い子が、殺しをしている様子を描いた絵。


 初春(――刻命さんと入ってきた時の状態ですね……)

 引き戸の左脇に展開している教壇は――乗っかかていた教卓ごとごっそりと抜け落ちていた。
 黒板の前はおろか、廊下側にある出入り口に掛けてできている、大きな穴。
 周囲にできた木の割れた跡や、数箇所でのぞかせている折れた梁が、さながらぽっかりと開いた口の牙であるかのようにも見える。
 初春が出てきた引き戸の前に、かろうじて人一人が通れるか通れないかぐらいの幅で床が残されていた。

 引き戸の前に残された床に、両足を踏み出している状況。
 このまま踏み出すと、下手したら崩れかねない。



 初春「――!?」

 そこから正面奥の隅にあるロッカーにかけての床。
 刻命と入ってきた時にはなかった、ある変化に思わず目を見張る。

 ――太く、一筋の赤黒い線。
 初春の足元から、奥のロッカーにかけて――伸びていた。


 初春「これって……」

 何なのかは、すぐに察しが着いた。
 が、その先の言葉が出ない。

 どうみても――血の痕。
 それも――相当の量の血を流したまま、引き摺ってできて。
 相当の時間が経過し、黒くなっていったのだろう。

 伸びている先にある奥のロッカーの扉は閉ざされている。
 所々にへこんだ跡ができた、金属製の古い規格のもので、一見すると何も無いように思える。




 ただし、扉の部分に――赤黒い大きな手形が付けられているのを除いて。









 初春「……ごくり」

 固唾を呑む。
 このロッカーに、なにかあるのは確かだ。
 それも、何も物音がしないから――あまり良く無いものが入っているのは、容易に想像が付く。


 なお、図工室の中には――初春を除いて、誰もいない。

 当然、黒崎の姿も無かった。

 教室後方――ロッカーが置かれている側の、廊下に出る引き戸は閉ざされており、その先の様子は見えない。


 初春「黒崎さーん!!」

 先程までいた同行者の名前を呼ぶ。
 が、返事はおろか、物音すら返ってこない。

 外の廊下からも、ロッカーの中からも――そして、背後の引き戸の向こうにある部屋からも。

 思わず、背後を振り返る。
 先程までいた部屋は、図工室からの光が届き、一部を照らし出していた。
 ただ、それも引き戸の周囲だけ。
 右奥に広がる空間は闇に閉ざされ、何があるかは見えない。
 辛うじて左脇に窓があることだけが分かるといったところか。













                ギギ……
 






 

                            ミシッ……











 初春「――!!」

 足元の床が不気味な軋みを上げていた。
 黒崎がどこにいるのかを確認するにも――それ以前に、このままいるのは危なすぎる。


 とりあえず――


 お久しぶりです。
 何とか投下の目途が付きました。
 お待たせして申し訳ありません。

 なお、今回は以下のように選択肢が続きます。


 A:背後の部屋に引き返した。

 B:ロッカーの方に向かって歩き出した。


 安価は>>34にてお願い致します。

おおお、楽しみにしてたから嬉しい!
Bで!

お待たせしました。
続きをBにて投下いたします。




 とりあえず――ロッカーの方に向かって歩き出した。






























                    バキッ!!

















 初春「――!!」

 足元からはっきりと聞こえた、木材が割れる音。
 同時に、これまで乗せていた左足が――宙に浮く感覚がした。
 つま先がひとりでに、下方へと沈んでいく。


 今まで立っていた、床板が崩れたのだ。
 重力にしたがって、左後方へと体が落下する――。









 初春「くっ!!」

 すかさず、右手で手近な窓の桟を掴む。
 ほぼ本能ともいってもいい、反射的な行動だった。
 右足を前方に残された床面に乗せ。
 上半身を後方につんのめらせ。
 桟を掴み伸ばしきった右手に体重を掛ける体勢になり――何とか落下は免れた。










 しかし――。



 初春「あう……い……痛い……」

 早速、窓枠を掴んでいる右手が悲鳴を上げた。
 元々筋力があまりないといえる細い腕で、体重の大半を掛けている状態なのだ。

 床面に乗せたまま、伸ばしきった右足の太ももやふくらはぎが。
 窓の桟を掴む右手の指が。
 そして完全に伸びきった右腕全体の筋肉が――痛みや痺れとなって、彼女の知覚を蝕む。


 未だ――危険な状態にいるのには、変わりが無い。



 初春(このままじゃ……下に落ちて……)

 視線は上の方へ――丁度、右手で掴んでいる窓の桟へと向けられていた。
 左方へ向かって、桟が伸びている。
 見たところ、顔の位置から桟までは1m余りといったところか。
 左腕を伸ばして、届くかどうか疑わしい。



 初春「はぁ……うっ……」

 でも、やるしかない。
 この体勢のままいても、力尽きて――真下への空間へと落下するのは、もはや時間の問題。
 無我夢中で息を荒げながら、左手を桟に向けて伸ばす。






 初春「あ……あと……もう少し……」

 指先から桟まであと1cmいくか、いかないかのところまで何とか左腕を伸ばす。
 しかし、それ以上は1mmたりとも距離が縮まらない。
 全身をやや上方へと押し上げないと、到底無理な状態だった。

 体力の無い初春にとって、この動作はあまりにも酷といえる。
 しかし、そんなことも言ってられない。


 じんじんと痛む右腕に鞭打ちながら、少しづつ曲げだした。
 後頭部の傷による痛みも重なり、今に力が抜けてもおかしく無い。
 全てを押さえ込みながら、全神経を右腕に集中させた。


















    あと……3mm。


























                   ……2mm。




























                                  ……1mm!!
 










 

  
 










 







 初春(――!!)

 
 
 伝わる、木の感触。


 左中指が――桟の上に乗りかかった。




 初春「う……うあああ!!」

 腹の底から声を絞り出すと同時に、右腕にもさらに力を入れる。
 右腕全体にのしかかる痛みはさらに激しさを増す。

 が――そんなことに文句なぞ言ってられない。
 腕や指先に力を搾り出して、ただひたすら注ぎ込む。
  
 人差し指、薬指、小指――ついには左手の親指も、桟に乗りかかった。
 同時に、乗りかかる順番に体重がのしかかり、見る見るうちに痛みを発しだす。

 あとは10本の指に体重を乗せたまま上体を持ち上げて、右足を軸にして立ち上がる――彼女にとっては至難の業だった。
 これ以上体を持ち上げようとする力は残されていなく、体勢を維持するだけで精一杯といった状況。
 右腕にいたっては――もはや、限界が来ているともいえた。





 初春「うあっ……うう……」

 それでも、あがくしかない。
 左指全部に力を込め、全体重をのしかからせる形にする。

 そして、右指全部を桟から離し――左側へと移動させ、腕を交差させる形で桟に指を掛ける。
 同時に背筋で上半身を左へと押し出す。
 伸ばしきった右足のふくらはぎに、床の木材がこすれる感触が伝わる。


 次に右指に体重を掛けたままで、左手を桟から離す。
 襲う激痛に耐えながらも、腕を交差させる状態を解く形で、左方へと移動させては、桟に指を掛ける。
 同時に、右足がさらに床を擦りながら移動して――。









 初春「――!?」

 つま先に何かが当たる感触がした。
 すかさず目をやると――先には床に置かれた一つの小さな木の机が置かれていた。
 丁度、その机の脚につま先が当たったのだった。


 初春「……あ、あと……もう……すこし……」

 すかさず次の行動に移そうと、視線を窓の方向に戻す。
 桟はあと30cmぐらいが残されていた。
 あとは窓枠が垂直に立っていて、その先は漆喰の壁が広がっている。

 その壁に、一枚の貼り紙があった。
 これまでに見たものと同じく、すっかり黄ばんで、端が所々で破れている。


 黒い字で――でかでかと文言が書かれていた。
















                     『 あ が い て も む だ 


                      は や く ら く に な れ 


                        ま っ て い る よ 




                     き み が く た ば る の を 』












 目の前で、奈落に落ちることから逃れようと懸命になっている者に対する――死者からの誘惑だった。




 初春(……くそっ……負けて……たまるものですか……)

 すでに両手の指や両腕――もっと言うなら、全身の力は限界に達していた。
 両腕、両手の指や掌、さらには右足も筋肉が伸びきり。
 激痛という形で、猛烈に悲鳴を上げていた。


 しかし――精神力は、まだ限界までは来ていなかった。
 
 気力を振り絞りながらも――次に何をすべきかを考えていた。





 ――右手で桟を掴んで、両腕と肩の筋力で体を起こすか。


 ――右足のつま先を机の脚に引っ掛けて、右足と腰の筋力で体を床の上に移動させるか。



 

 どちらも、力が尽きたり、床や机が壊れて――奈落の底に落ちる結果になるのは、容易に予測できる。

 が、もはや四の五もいってられない。



本日の投下はここまでです。
さて、この後には以下のように選択肢が続きます。

A:窓枠を掴もうと――右手を桟から離した。

B:机の脚につま先を引っ掛けようと――右足に力を入れた。

安価は>>54にてお願いします。


ちなみに、>>32のAはWrongENDでした。
なお、これらの未公開WrongENDは本chapterに区切りが付き次第、前スレの分も併せて投下していく方向です。

かたや超電磁砲Sが終了し、かたやコープスはBDの概要が発表され。
そんな中で、相当のスローペースで進めていく形で申し訳ありませんが、今後とも宜しくお願い致します。

改めて、お待ちいただいた方、読んでいただいた方に感謝いたします。

A

お待たせしました。
>>52をAにて、続きを投下いたします。


 窓枠を掴もうと――右手を桟から離した。


 5本の左指全てに、全体重が掛かる。
 同時に、それまで襲っていた痛みが倍になってのしかかる。

 右手も体重を支えていたことによる負担から開放された。
 とはいえ、腕も含めて痛みは残っており、うまく力が入らない。


 それでも――残っている力を振り絞り、窓枠に向けてなんとか伸ばしだす。











 その時――左手の指が、桟を離してしまう。










 初春「あ……」

 声を発したときには――遅かった。
 体は後ろのほうへと、傾きだした。









 背後に大きく口を開けた、奈落へと――。










 初春「――!!」

 反射的に目を閉じた。
 この先、どんなことが起きるかなんて――容易に想像が付くから。

 最期の直前まで――自身を絶望に落とし込む様子なんて、見たくも無いから。




 そして、上半身が後ろへと倒れていくのを感じながら――。


























           ドサッ!!















 背筋に、両方の二の腕に、鈍い痛みが走った。

 落下する感覚は――なくなっている。


 初春「……!?」

 びっくりして、目を開ける。

 視界に飛び込んできたのは、所々が割れた木張りの天井。
 そして、そこからぶら下がって、ノイズを時折発しながら、無機質な光を放つ古ぼけた照明。
 右手の上の方には、薄汚れたモルタルの壁と、先程まで悪戦苦闘しながら、両手で掴んでいた木の窓枠。


 その下に目をやると――抜け落ちて、壁に張り付いている床の残骸と。

 
 初春「…………」

 壁から伸びる、一筋の太い梁。
 そして、その梁と交差して伸びる、別の太い梁。

 床の下で二本の梁の上に、初春の体は寝かされている状態になっていた。
 下手に動かず、かつ梁自体が崩れることが無ければ、奈落の下に落下することは無い。



 初春「……ほっ……」

 辛うじて落下を免れたことを認識すると同時に、思わず安堵の息を漏らす。
 だが、このままの状態でずっといるわけにもいかない。
 左足は相変わらず、つま先を奈落の底に向けた状態でぶらさがったまま。
 右足はひざより下の部分が床の上に乗りかかっていた。
 割れた床のささくれが内ひざに当たり、時折ちくちくとした痛みを感じる。


 初春「と、とにかく……右足を梁の上に乗せて……」

 考えていることが口に出てしまう。
 余裕が無い状態で、何とか落ち着かせようとしたのだった。

 右足のふくらはぎを、手前へとずらす。
 横から見てZの字状になったところで、つま先をゆっくりと梁が伸びていると思える位置まで下ろしていく。
 梁は奥までしっかりと伸びており、靴底から固いものに足の裏が乗りかかる感触がした。


 次に、後ろ手で梁を掴むような形にしようと両手を動かす。
 梁の上に乗せた両親指を支点にして、上体をゆっくりと起こした。
 後頭部にできた傷が疼き、視界が時たまぼやけるものの、気にしていられない。
 変にふらつき、体制を崩してしまわないように注意しながらも――何とか体を起こすことができた。

 視線はちょうど床面より少し上の位置にあるといったところか。
 左手には円形状に並べられた、複数の木製のイーゼル。
 それら全てに掲げられている、絵が描かれたキャンバス。



 そう――殺人を犯す光景を、子供がクレヨンで描いたと思われる絵。
 先程、見たときと内容は何ら変わっていない。


 右に視線を移すと、赤黒い手形の付いたロッカーが奥にたたずんでいた。
 そこから、自分が現在いる位置までの床面には、特に損傷は見られない。
 さらに手前へと視線を移すと、ついさっきに右足が当たったと思える、小さな木の机が間近に見えていた。


 傍には――手帳が一つ落ちていた。


 が、今はそんなことは気にしていられない。
 とにかく、床の上に移動することが先決だった。

 体のバランスを崩さないように注意して、両手を動かす。
 床の上に双方の掌を乗せる。


 そして――それらを支点に体重を乗せるような形で、全身を持ち上げる。












 崩れたりしないかという不安は、もちろんあった。

 が、それは杞憂に終わり――何とか上半身を机の前にまで乗り出すような形に持ってくることができた。


 ぶら下がっていた左足も、無事に梁の上に乗せる。
 ここまでくると、あとはもう一息。
 両腕に一気に全体重を乗せて、床に手を着いたまま腕を伸ばす。
 全身はそのまま持ち上がり――曲げた状態の右ひざを床の上に乗せた。

 床は崩れるどころか、たわむ様子も無い。
 それを確認すると――ためらい無く、左ひざを曲げて、そのまま床の上まで持ち上げた。

 何とか割れ目の淵に――正座をするような形で乗りかかることができた。
 その状態で、割れ目から遠ざかるように、足を動かす。
 小さな机の傍にまで来ると、机の脚を右手で掴む。


 初春「なんとか……いけたようですね……」
 
 そこでようやく、階下への落下という危機から脱したと実感した。
 同時に、全身から力が抜ける。
 視線が床のほうへと移ったとき――傍に落ちていた手帳が目に入った。




 初春「生徒手帳……ですか?」

 青色の小型の手帳で、表紙には正三角形の上にVの字が重なった図形が刻まれている。
 そこに高と書かれた漢字が描かれているのが見えることから、どこかの高校の生徒手帳というのは、容易に想像が付いた。
 しかし、その形の校章は見たことが無い。
 思わず、過去に風紀委員のデータベースで目にした複数の学校の校章を思い浮かべるものの、それらに合致はしない。
 何気なく手帳に手を伸ばし、そのまま拾い上げる。
 

 初春「……!?」

 手帳に触れたときの指触りに、どこか違和感を感じた。
 表面に触れる親指と、裏面に触れる人差し指の、手帳の感触がどこか違っていた。
 すかさず、裏に返してみる。

 裏面は――赤黒い色がべっとりと染み付いていた。
 それが、時間がたって変色して固着した血液だということに気づくのに、そう時間は掛からなかった。
 もともと白かった側面にも、赤黒い斑点が無数に付着していることからも、そのことをはっきりと裏付けている。

 表紙を開く。



 初春「――!!」

 見開きには、写真の付いた生徒証が1枚、挟み込まれていた。
 学校名は見覚えの無い校名が書かれていた。

 が、そんなのはどうでもいい。
 目にした初春の表情が、一瞬凍りつく。
 問題だったのは――生徒証に付いていた写真だった。




 初春(この人、さっき私に掴みかかってきた――!!)

 写真に写っていたのは――忘れもしない、あの狂った少女。


 教壇の裏にしゃがみこみ。
 焦点の合わない目をしながら、何かを呟き。
 傍にいた初春や刻命に、いきなり掴みかかってきた――あの少女の顔の顔だった。

 すかさず、周囲を見回す。
 前の床がごっそり抜け落ちた黒板の前はともかく、背後で乱雑に散らかった机や椅子、さらには横にあるイーゼルの群れ。
 それらの陰に隠れているか――と、一瞬思う。























 しかし――少女の姿はおろか、初春をのぞいて、人一人の姿は見受けられない。


 初春「……ふう……」

 少し安堵したのか、小さく息をつく。
 改めて、手にした手帳に挟まれている生徒証をちらりと眺めた。


 初春(……美里市立彦糸高等学校2年4組 紅星黒白……)

 写真に写っている少女は、何事も無くすました表情をしていた。
 黒くて長い髪を垂らし、どこか清楚という感じさせする。


 それが――先程見た時は、到底そんなイメージを起こさせないぐらいに、狂ってしまっていた。

 こんな得体の知れない不気味な空間に一人でいたら、無理も無いのかもしれない。

 死体がそこかしこに散乱し、壁や床、窓には血がそこかしこに飛び散っていて。

 外に出る窓は、模型のようにがっちりと固定され動かすことができなく。

 脱出することはおろか、同じような閉じられた空間が無数にあって、分散された友達と会うこともできず。

 食料も、水もなく。

 殺意を持った不気味な霊に追い回され――殺されるか、自ら命を絶つか、脱出できず餓死を待つのか。

 そんなところに長くいようものなら――初春も正気でいられる自信は、正直ない。




 初春「…………」

 何も言わず、手帳を床に置く。
 小さくため息を吐き、ぼんやりと前にある黒板を眺めだした。
 前に置かれている教卓ごと、ごっそりと床が抜け落ちている。
 前に、刻命と入ってきて、紅星黒白とかいう少女に襲われたときとの違いは――その点だけだろうか。


 初春(そういえば!?)

 そこで、ふと思い出した。


 初春(刻命さんは?)

 そう――少女に絡まれながらも身を挺して、自分を教室の外に出した、同行者の存在。
 その時以降、彼の姿は見ていない。
 一度、声を彼の友人の黒崎と耳にはしたものの――姿は見ていない。



 教室を開けたら、別の空間になっていたから。
 自分か刻命かのどちらかが、空間を移動させられていたかなんて分からない。
 そんなことなど、今はどうでもいい。

 今はもとの空間に戻ってきている。
 でも、刻命の姿は無い。


 初春(あれから……難を逃れようと、教室の外に出たのでしょうか? それとも……まさか……)

 何気に黒板の前にできた、床の裂け目に目を移した。
 確か、紅星さんに絡まれたのは、教卓のあたり。
 でも、その教卓は教壇や周囲の床ごと抜け落ちて、無くなっている。

 そこで――思わず、悪い想像をしてしまう。


 初春(まさか……絡まれているうちに、床が抜け落ちて、そのまま下へ――!?)

 考えられないことではなかった。
 刻命と分断されてから、黒崎といたときも含め、何度も地震に遭遇している。
 こんな朽ちた建物の場合、可能性としては十分に考えられる。

本日の投下はここまでです。
なお、次には以下のように選択肢が続きます。

A:初春(いいや、そんなことあってほしくないです!!)

 一瞬頭に浮かんだ悪い考えを振り払おうと勢いよく首を左右に振り、背後の出入口に視線を移した。
 
B:初春(まさか、とは思いますけど……)

 一瞬頭に浮かんだ悪い考えが違っていることを願いながら、恐る恐る目の前の裂け目を覗き込んだ。

安価は>>72にてお願い致します。

Aで

お待たせしました。
>>70のAにて、続きを投下致します。



 初春(いいや、そんなことあってほしくないです!!)

 一瞬頭に浮かんだ悪い考えを振り払おうと勢いよく首を左右に振り、背後の出入口に視線を移した。

 廊下に出る引き戸はぴっちりと閉ざされていた。
 上半分の格子部分に填め込まれた古ぼけたすりガラス。
 所々が割れて抜け落ちていた先に見えているのは暗い闇。
 どうやら廊下は照明は灯っていないようだ。
 見たところ――戸の向こう側には人はいないようだ。

 とにかく、このままこの場所にいても仕方が無い。
 廊下に出て探しに出ることにした。





 立ち上がろうと、床に左足を立てた――その時。







 初春「ううっ!!」

 足首に激痛が走った。
 思わず、うめき声をあげてしまう。
 見ると、足首に固定した添え木がなくなっていた。
 先程、床を踏み抜いたときに取れてしまったのだろう。

 手近にある小さな机に両手を突く形で、なんとか体を起こす。
 添え木になりそうなものは無いか、手近な場所を見回す。
 しかし、それらしきものは見当たらない。

 
 初春「ふぅ……」

 小さくため息を吐く。
 左足も頭も怪我をして、ましてや全身の筋肉痛が完全には取れていない状態。
 これ以上動く気にもなれないと、弱音を吐きたくなってくる。
 しかし、これ以上じっとしていても仕方が無い。
 せめて足を固定するものを探さねば。
 幸い、机は窓のすぐ傍に置かれている状態。
 さらに教室の後方のロッカーから右側には、出入口に掛けて古びた木製の棚が設置されている。
 所々が朽ちて崩れはしているものの、窓枠も含めて手すり代わりにはなりそうだ。
 
 窓枠に右手を乗せ、上半身を窓の方にやや傾ける形になる。
 その状態で、一歩一歩ゆっくりと歩き出した。
 左足を床に乗せるたびに激痛が走る。
 顔を思わず歪ませるが、それでたじろいでいる場合ではない。
 痛みをこらえながら、ゆっくりとではあるが、歩を進めた。














        ドーン!!











                    ゴロゴロゴロ……













 稲光が窓から差し込むと同時に、雷が落ちる轟音が教室内に響く。
 あまりの眩しさに、窓から目をそむけた。
 視線は傍に転がっている小さな椅子の背もたれに向けられる。


 初春「どうやら使えそうですね……」

 背もたれの陰に、紐のようなものと金属製の棒のようなものが転がっていた。
 右手を壁に突きながら軽くしゃがみこんでよく見る。

 紐は薄く黒ずんだナイロン製の紐。
 片方の先端には、木製の棒――というより柄のようなものが付いている。
 どうやら、縄跳びで使う縄のようだ。

 金属製の棒は、絵画で使うパレットナイフだった。
 照明の光を薄く反射しているものの、所々が錆びている。

 いずれも捻挫した左足を固定するのには使えそうだ。
 尻を床の上に乗せて、三角すわりの形になる。

 手を伸ばして縄跳びの縄とパレットナイフを拾い上げた。
 パレットナイフを左足の内側のくるぶしに添える形で、先端を靴に差し込む。
 その状態で縄の柄を外側のくるぶしに当てたまま、縄を足首に巻きつける。
 縄が緩まないように、巻きつけた部分をくぐらせて結わえ付けるのに、少々苦労したものの、何とかできた。

 再度、壁に手を付いた状態で立ち上がる。
 痛みこそあるものの、左足の足首から発している激痛は緩んだような気がした。



 初春「行きますか……」

 右手を壁や窓枠に乗せた状態で、ロッカーに向かって歩き出す。
 ペースは痛みが緩んだせいもあってか、多少とはいえ速くなっていた。

 やがて、数分もしないうちにロッカーの前にまでたどり着いた。
 扉の部分――取っ手のあたりには赤黒い手形が付いている。
 先程遠巻きに見たときには分からなかったが、比較的大きい。
 中高生以上の男性のものだと思われた。

 そして、ここに至るまでの床には、一筋の太くて赤黒い線が伸びている。
 ロッカー下部の枠にも同様に、赤黒い筋が延びているものの、扉を境にして無くなっている。


 初春(赤黒いのは多分、人の血が乾いたもの。ということは、中に入っているのは……)

 見えた状況から憶測を立てる。






 しかし――それも長続きはしなかった。





















              ガタンッ!!














 突然、大きな物音が響いた。


 初春「――!!」

 思わず体をびくつかせる。
 目を大きく見開きながら、じっと音のした方向――ロッカーを凝視する。

 外見上は、何も変化は無い。
 所々にできているへこみ。
 薄汚れた表面。

 乾いた血がこびりついた下枠に、赤黒い手形の付いた扉――。
 先程見たときと、何も変化は無い。   


 ただ――中に何かがいるのは、確実だといえた。


 初春「…………」

 その場でじっと固まりながら、耳を澄ませる。

















          はぁ……










                     はぁ……はぁ……














 聞こえたのは――初春自身の、荒い息遣いだけだった。

 それ以外には――何も聞こえない。

 ただ、激しくなった心臓の鼓動や、全身に冷汗がにじみ出る音さえも聞こえる――そんな気さえしていた。

 
 
 ――少なくとも、このロッカーは開けないほうがいい。


 それだけが、容易に結論付けられたことだった。
 ロッカーを避ける形で動こうと、左手を隣の棚のほうへと伸ばす。
 幅は1mにも満たない。
 左手を棚に届かせるのには、十分余裕だった。


















            バタン!!















 いきなり――ロッカーの扉が開いた。

 そして――中から、何かが飛び出してくる。


 初春「えっ!?」

 それは――初春の方へと倒れこんできた。
 突然のことで受身なぞ取れるはずも無く、中から出てきたものに倒れかかられる形になる。
 勢いのまま、初春の体は床に押し倒された。


 初春「な、何が……」

 倒れるときに思わず閉じた目をゆっくりと開き、それが何かを確認しようとする。



 初春「い、痛っ!!」

 途端に、目に何かが入り込むのを感じた。
 ちくちくとした痛みが眼球に走り、再び反射的に目を閉じてしまう。
 視界を覆いかぶさる形で乗りかかっているので、それが何なのかは分からない。

 身動きや呼吸は無いことから――生き物ではないことは確かだった。
 布のようなものの手触りを感じる。
 思わず掴むと、なんとなく硬い感触がする。

 目を閉じながら、体をよじらせる。
 体の上に乗りかかっているものは容易に、右のほうへと転がっていくのが感じ取られた。
 直後にドスンという鈍い音が耳に届くとともに、乗りかかっていた重さが無くなる。

 すぐさま体を起こす。
 そして、瞼を擦って、目に入った異物を取り除こうとした。
 やがて、瞳や瞼に感じていた違和感がなくなると、ゆっくり瞼を開けた。



 初春の視界に――飛び込んできたのは。



























 初春「い、いやああああああああああ!!」


















 それは、人間だった。


 いや――人"だった"もの、といった方が正確だろう。

 一目で見て、明らかにそうと言い切れる状態だったから。
 

 ボブヘアーの、紫がかった髪をした少女。
 髪にウサギのようなマスコットを象った髪飾りを付けていた。
 年齢にして中高生ぐらいだろうか。
 縁の部分に赤い線が入った白いブレザーに白いスカート、その内側には詰襟の黒いシャツを着ていた。
 ほっそりと伸びた両足には、黒いニーソックスが履かれている。
 恐らく、学園都市の外の学校の制服だろう。
 当然、初春には見覚えが無い。


 そこまでは――まだ、普通だったのだが。









 ざっくりと切り裂かれた、首元。

 深々と何かで突き刺されて抉られた跡があちこちにできた、胸や腹。

 できた傷から噴出した血が乾いて、あちこちで赤黒く染まった、白いブレザーやスカート。

 細くて赤黒い筋とともに、舌をだらしなく垂らしている、口元。

 すっかり充血して、かっと見開かれた目。

 開ききった瞳孔は――じっと、目の前で悲鳴を上げている初春を見つめていた。


 どう見ても――めった刺しにされて絶命した、少女の遺体だった。



















             ガラッ!!
















 初春「ひっ!!」

 左側から物音がした。
 怯えをあらわにして、小さく声を上げてしまう。


 音がした――引き戸の方には。




























               「大丈夫か!!」














 いたのは――見覚えのある男性だった。
 彼――刻命は引き戸に手を掛けながら、じっと初春を見つめていた。

 


 
 初春「刻命さん!!」

 まるで糸が切れたかのように、出入口の方へと駆け出す。
 感情は限界を超えており、哀れみを求めるような目で、彼を見つめながら。
 左足の痛みなど、もはや気にならなかった。


 初春「刻命さん!! わ、私……」

 刻命「ああ、安心してくれ。君がやったのではないのは分かるから。怖かっただろう」

 特に、慌てたそぶりも見せず。
 むしろ、すっかり取り乱す初春をなだめるかのように、じっと優しい目で彼女を見つめながら。
 顔にはにこやかな笑顔を浮かべて。
 

 刻命「もう、怖がることは無い。強い僕が守ってやる」

 静かに、だが力のこもった声で――言った。

本日の投下はここまでです。

なお、>>52のB、>>70のBはいずれもWrongENDではありません。
>>52のBはつま先を机に引っ掛けるものの、机が倒れて初春の体も奈落へ落ちだすものの、梁の上に乗りかかって落下を免れ>>60に続く形になり、>>70のBは梁以外には何も見えなかった為、そのまま立ち上がって>>76の8行目以降に続く流れでした。

改めて、心待ちにして下さっている方、読んでくださっている方に感謝。

お待たせしました。
続きを投下いたします。

















           ……あれ?















 刻命「そうか……黒崎と会ったのか」

 少し落ち着いた後、初春はこれまであったことを話した。
 刻命は表情を少しも変えることなく、ただじっと彼女の話を聞いていた。
 時折、左親指と人差し指をあごに当てながら、考えるような素振りを見せる。


 刻命「で、奥の小部屋に入って、遺体を目にした途端に気を失い……気が付いたらいなかったか」

 ふと視線を上に向ける。
 そして、そのまま静かに目を閉じる。


 初春「黒崎さんと図工室の中に入った時は……今とは全く違う状態でした」

 刻命「何?ということは、こことは違う空間の図工室で会ったということか。ただ……」

 初春「ただ?」

 刻命「じゃあ、君はどうしてこの空間に戻ってきたのか?」

 初春「そう言われましても……」

 そこまで言いかけたときに、ある一つのことに思い当たった。


 ――美琴と別館に入ろうとした時に起きたこと。

 ――刻命に図工室から追い出された時のこと。


 いずれも、地震が起きていた。
 そして、直後には近くの部屋の状況はおろか、廊下や床の様子も微妙に異なっていたりしていた。
 地震こそが、多重閉鎖空間と呼ばれるこの空間同士の間を、強制的に行き来させられる時の合図ではなかろうか――。
 
 今思いついた、その一つのことを目の前の同行者に打ち明けた。




 刻命「……なるほどな。道理でいくらこの廃校を探し回っても、生き残っているクラスメートに会えないわけだ」

 小さくため息を吐くと、眉間に少ししわを寄せる。
 指先で鼻の付け根を軽くつまみながら、閉じた目を開ける。

 その時、刻命の目に留まったものがあった。
 初春のうなじに垂れている、赤黒い線の存在に。


 刻命「頭を打ったのか」

 初春「はい。でも、出血も少しは収まってきたようなので、なんとかいけます」

 刻命「何があったんだ?」

 初春「どうも気を失っていたときにできたようです」

 刻命「まさか、あの殺人鬼に出くわしたのか?」

 初春「いいえ。気を失って以降は、どうなのかは……」

 刻命「とにかく見せてくれ」

 初春「え……は、はい」

 いきなり言われて吃驚する初春をよそに、刻命は彼女の後頭部の髪を掻き分けだした。
 頭部の皮膚に2・3cm程の傷跡が、赤黒くなってやや盛り上がった血の塊を形成しているのが確認できる。



 刻命「少なくとも、ハンマーで殴られた傷ではなさそうだな」

 初春「多分、転んだか何かでできた傷だと思うんです」

 刻命「まあいい。君に大事がなかっただけでも、十分良しとしようじゃないか」

 初春「すみません。そこまで気に掛けてもらって……何だか悪いです」

 刻命「そんなに気にすることじゃない。さてと……」

 いったん口を閉じ、教室の出入口に目を向けだす。
 引き戸は大きく開かれていて、外には蛍光灯で薄暗く照らされた廊下が広がっていた。


 刻命「ここにじっとしていても仕方が無い。とにかく動くとしよう」

 そう言いながら、初春の手を握ろうとする。
 表情からは先程まで見せていた険しさは消えていて、優しげな面持ちになっていた。


 初春「黒崎さんを探すのですか?」

 刻命「ああ。違う空間にいる可能性が高いと思うが、君の話を聞いたらじっとしてもいられない。それに……」

 一旦言葉を区切ると、初春から目をそらし、天井を見上げだした。
 そして、ぽつりと呟く。


 刻命「早く、妹を探さないとな……」

 初春「まだ……見つからないのですか」

 刻命「ああ」

 それだけ言うと、入ってきた出入口の方向に顔を向ける。
 対照的に初春は、教室前方の黒板――というより、その脇にある小部屋の入り口を見つめていた。


 ぴっちりと閉ざされた木の引き戸には、黒い色の飛沫がこびりついていた。
 恐らく、血が飛び散って付着し、そのまま乾いたのだろう。
 それはこの図工室の中に限らず、この異空間の校舎の壁や床のあちこちで見られる光景だった。

 前の床板はすっかり抜け落ちてしまったものの、梁は健在だった。
 注意して梁を渡っていけば、何とかは入れそうには思えた。

 先程小部屋にいた際は、照明が無く暗かったため、奥のほうまでは確認できていない。
 ひょっとしたら――黒崎はまだ奥にいるのではと、思えたのだった。
 呼びかけて返事が無かったものの、まだ気絶している可能性だって考えられる。


 刻命「どうした?」

 そんな初春の様子に、怪訝そうな目つきで尋ねかける。



 初春「いえ……ひょっとしたら、あの部屋の奥に黒崎さんがいるかと思えまして」

 刻命「目を覚ましたとき、呼びかけて返事は無かったのだろう?」

 初春「ええ。でもまだ……」

 刻命「多分、いないだろうな。黒崎は長時間気絶するほどヤワではない」

 初春「そうなのですか?」

 刻命「ああ。あいつとは幼いときからの付き合いだ。その辺は良くわかっている。もし、まだあそこにいるとするなら……」

 一旦言葉を切り、目を閉じて眉間にしわを寄せる。
 そして、ゆっくりと口を開いた。


 刻命「いや、いい。ちなみに、他には何があった?」

 初春「え?」

 突然の話の切り替わりに、理解が追いつかない。
 鳩が豆鉄砲を食らった顔をしてしまう。
 慌てて状況を整理して、気絶した前後のことを思い起こした。


 初春「中には他の学校の生徒の――死体がありました。金髪がかったの男の人で……あっ!!」

 話す途中で素っ頓狂な声を上げてしまう。
 気絶する直前に自分の身に何が起きたのか、おぼろげに思い出してきたのだった。






 










 ――誰も信じられねぇよ!!お前もだ!!来んな!!















  

















  

                               ――蘭、近寄るんじゃねぇ!!この人殺しが!!
































 鬼気迫った表情で、ひたすらに拒絶する男子生徒の姿。

 気を失う直前に握っていた、名前が書かれた白い布。

 古林蘭という、見知らぬ名前の――






























                                         ……あっ!!































                "蘭"って……あの布に書かれていた名前の人?
















 ある一つの推測が浮かんだ。
 しかし、それはあまりに非現実にも程がある。
 到底受け入れられそうにはないものの――しかし、霊が堂々と跋扈している、この異様な空間ではおかしくない。

 その一つの可能性を、同行者に話した。









 自分が――古林蘭という人物に、憑依されたという可能性を。











 刻命「なるほどな……考えられない話では無いな」

 同行者はただ静かに受け入れているようだった。
 頭ごなしに否定するどころか、訝しがる素振りも見せず、ただ目を閉じて聞いていた。


 初春「こんなことを言うのもなんですけど……私も内心は信じられないんです」

 刻命「いや、こんな異様な状況のなかではおかしい話ではない。先程、僕や君に絡んできた女生徒がそうだったかも知れないな」

 初春「えっ?」

 刻命「意味不明な言葉をつぶやいて、他人に襲い掛かる。何かに憑依されていたのなら、無理はないだろう。黒崎も君がそうなったのを見て、付き合いきれなくなったのだろうな」

 初春「そんな……」

 自分が責められていると、感じてしまう。
 でも、気を失う前に脳裏に映った、あの幻覚。
 拒絶する相手に、無理に迫ろうとしていた。
 現実にそのまま当てはめてみると――黒崎に自分が異様に襲い掛かったということになる。

 それならば――黒崎が辟易して、自分を置いて去ってしまうのも無理は無いだろう。




 刻命「おっと、君を責めているわけじゃない。君は被害者だ。あまり深く気にするな」

 そんな初春の表情の変化を見て悟ったのか、優しげな顔つきでフォローしてきた。


 初春「は……はい……」

 刻命「さすがの黒崎も、耐えられなくなったというところか。仕方ないだろう。君も黒崎も悪いわけじゃない」

 いきなり険しい顔色を見せると、ロッカーの方へと静かに歩き出す。
 ロッカーの脇で立ち止まり、足元を――ロッカーから飛び出てきた女生徒の遺体を睨み付ける。
 そして、しゃがみこんでロッカーの中を覗き込んだかと思うと、右手を中に突っ込んだ。
 

 刻命「君の話と、ここの状況から見て思ったのだが」

 呟きながら、右手をロッカーの中から引き出す。
 手には1冊の茶色い背表紙の手帳が握られていた。




 刻命「むしろ……」

 ためらい無く、手帳をパラパラと開けて中身を眺め回す。


 刻命「命を失ってまでも、関係ない人間を巻き込むか。まったく、迷惑なものだ」

 初春「あの……言っていることがよく分からないのですが」

 刻命「これを見たら分かる」

 手にした手帳を、初春の目の前に放り投げる。
 床に落ちた手帳は、丁度見開きの部分を開ける形になっていた。
 写真付きの生徒証が挟み込まれている。
 中央のあたりで、手帳の冊子と同様に2・3cm程の長さの裂け目ができていた。
 そこを中心として、赤く染まっていたものの――書かれている文字はなんとか判読できた。


 初春(……聖栗栖女学院2年 古林蘭!?)

 写真に写っている人物は――目の前の遺体のものだった。
 そう、気絶する前まで握っていた――あの白い布の持ち主の名前だった。


 刻命「こいつが君に憑依していたのだろうな。君の話を聞いた限り、一緒にいた男に拒絶されても迫っていたようだが……とばっちりもいいところだな」

 初春「…………」

 目の前の死者を責める同行者に、どう声をかけていいのか分からない。
 多分、親友の黒崎も、目の前にいる初春も責めたくなくて。
 初春をフォローしようとしてこんな行動に出ているのだが――少々やりすぎな気もする。



















                     それよりも、むしろ――

















 刻命「さてと……こんなところでじっとしていても始まらない。早く、黒崎と君の友達……それに妹を探しに行かないとな」

 顔を上げて、背後にいる初春の方に向き直る。

 その時――刻命の着ている白いワイシャツに、赤黒いシミがいくつも付着しているのが目に入った。
 刻命が入ってきた時にはよく見ていなくて気がつかなかったのだが。


 初春「は、はい。それより……その赤いシミはどうかしたのですか?」

 恐る恐る尋ねる。
 赤いそれが、染料なんかではないのは判った。
 多分――血液だろう。


 刻命「これか。さっき絡んできた女生徒がいきなり目の前でナイフを出したかと思ったら、自分自身の体を切り付けだしてね。当初は僕もやられるかと覚悟したものだ。まあ、その時に噴出した血が付着したんだな」

 初春「そうですか……」

 刻命「まあ、あまり気にしなくても大丈夫だ。これで特に怪我を負わされたわけでも無いし。ただ……」

 話しながら歩き出し、初春の横を通り過ぎる。
 引き戸のところで立ち止まると、初春の方を振り向いて言った。




 刻命「この空間には、他にも狂ってしまったり憑依された人がいると思う。危害を加えられる可能性が無いとは到底言い切れない。それに殺人鬼や霊もうろついているし、危険極まりない」

 ズボンのポケットに手を突っ込むと、何かを握って取り出した。
 それは1本の古ぼけた木片で、表面に薄い墨のようなもので漢字がいくつか書かれていた。


 刻命「先程下の音楽室で拾ったものだ。多分、護摩札だろう。これを持っていたら霊には対抗できるかもしれないし、君が憑依されるのを防げるかもしれない」

 初春「は、はあ……」

 刻命「殺人鬼や狂人は……僕に付いている限り大丈夫だ。強い僕が守ってやるから」

 初春「ありがとう……ございます」

 にこやかな笑顔を見せる刻命に、恐る恐る返事を返す。
 そのまま、左足を時折引きずるようにして、出入口まで歩き出した。

 それを見届けると、刻命は廊下へと足を踏み出した。
 初春もそれ以上何もいわないまま、後に続く。




 刻命「さてと……どっちに行ったらいいものかな」

 所々で古びた器具に取り付いた蛍光灯が、廊下の床を照らし出していた。
 時折点滅するかのごとくに明暗にムラをつけながらも無機質な光を放っている。

 右方向は床板に所々穴が開いていて、所々で机や椅子が散らばっているものの、歩く分には支障はなさそうだ。
 そんな感じで延々と奥まで続いている。

 先には微かにだが――机らしきものが天井までうずたかく積まれているのが見えた。
 移動させたら先に進めそうだが、それを行うのにはとんでもない労力が掛かるのは容易に想像がつく。
 しかし、その手前に照明が薄暗く灯っていて――左手に廊下が分かれているのが分かる。
 
 一方、左方向は図工室に沿う形で、廊下の幅の半分以上の床板が崩れ落ちていた。
 外に面した窓に沿う形で、幅1m程の床板が辛うじて残されている。
 ただ、こちらも所々で天井の照明から光が照らし出されていた。
 足元に気をつけさえすれば、歩けないということは無い。

 10m程進んだ先で廊下は行き止まりになっていて、その右側に廊下が折れている。
 下への階段があり、その先には音楽室があったように記憶していた。




 初春「どういうことですか?」

 刻命「先程、図工室を出たときに左へ行って、1階への階段を下りて音楽室を調べて、戻ってきたんだ」

 そこで言葉を切って、右の方向へと顔を向ける。


 刻命「まだ右の方向は調べていない。かといって、1階も完全に探したわけではない。君はどちらに行けばいいと思うかい?」

 初春「ええと……」

 少し考えて――言った。

本日の投下はここまでです。
なお、続きには以下のように選択肢が続きます。

A:「右に行きましょう」

B:「左に行きましょう」

安価は>>122でお願い致します。
毎度毎度ではありますが、読んでくださる方、コメントしてくださる方に感謝。

たしか右だな

お待たせしました。
今更ながら、明けましておめでとうございます。
何とか落とさないようにがんばって参ります。

それでは>>122の続きをAにて投下いたします。


 初春「右に行きましょう」

 刻命「分かった」

 薄暗い廊下を右の方へと歩き出す。
 先に刻命が進み、その後に初春がついていく形になっていた。


 左手には、外に面した窓が整然と並んでいた。
 所々で窓が割れていたり、窓自体が外れかかったりしていて、そこから雨が吹きこんでくる。
 窓枠はすっかり濡れていて――というより、あちこちで腐って、ボロボロになっていた。
 腐って崩れた箇所から雨水が、モルタルの壁を伝って滴り落ちている。
 直下の床には、そんな形でできた水溜りがいくつも見られた。

 
 初春「そういえば、刻命さん」

 刻命「どうしたんだい?」

 初春「音楽室に行くとき、あの崩れた階段をまた下りていったのですか?」

 図工室を出てから左手に折れた階段は――踊り場より上の大半が崩れていたはずだった。
 初春も2階に上がる際、ふらついて危うく足を踏み外しそうになり、刻命に助けられながら苦労して上ったのだった。
 忘れるはずが無い。




 刻命「いや、僕が降りたときはさっきのように崩れてはいなかったよ。むしろしっかりしていたから、降りるのには苦労しなかった」

 初春「先程と空間がまるっきり違っているわけですね」

 刻命「そのようだな」

 そこまで言い終えた時、刻命の表情に少し影が差す。
 空間が違っているが故に、黒崎や他のクラスメート――そして妹を見つけられなくて落胆しているのか。


 刻命「それより君は……僕のことを心配してくれているのか」

 初春「え……まあ、こんな危ない所を一人で行ったり来たりしているわけですから。いくら力持ちであっても、何が起こるか分かったものじゃないですし」

 刻命「ははは。言われたらそうだな。でも……」



















                 ガコンッ!!
















 突然、足元から物音がした。
 思わずその場に立ち止まって、立ち竦んでしまう初春。
 恐る恐る、音のした足元に目を向ける。


 刻命「どうした?ああ、これか……」

 いつの間にか、同行者も歩くのを止めていた。
 ゆっくりと振り返り、背後で怯える初春に穏やかな視線を向けだした。
 彼女がそうなっている原因――音の正体に気づいたのか、視線を足元へと移動させる。

 そこには――古びた懐中電灯が転がっていた。
 弱弱しい光をあさっての方向に放っている。


 刻命「途中で拾ったんだ。一応役に立つかもしれないと思って持ってはいたんだが」

 初春「…………」

 刻命「ん? それがどうかしたのか? もっとも電池が弱ってあまり照らせないがな」

 そんなもの放っておけとでも言いたげな刻命をよそに、しゃがみこんで懐中電灯を拾いあげる。




 初春(この傷、間違いないです。前に図工室で拾って……)

 後蓋に無数の引っ掻き傷。
 一つや二つではなく、無数にあり、遠めに見るとさながら一筋の縄を巻いたかのような痕があるようにも見える。

 自分自身が拾った懐中電灯に間違いなかった。しかも――――



 初春「ねえ、これどこで拾ったのですか?」

 刻命「それがどうしたのか」

 初春「これ、見覚えがあるんです」

 刻命「何!?僕とはぐれた時か!?」

 初春「ええ。図工室の中で見つけたんです」

 刻命「そうか。拾ったのは図工室の前の廊下だ。君はこれを黒崎に渡していたのか」

 初春「はい。貸せっていわれましたので」

 刻命「なるほど……」

 同行者は立ち止まったまま、顔を顰めて何かを考え込んでいた。
 時折、周囲の廊下を眺めつつ、初春にも幾度と視線を向ける。


 初春「…………」

 一方で、何も言わないまま手にした懐中電灯をじっと見つめていた。
 先ほどと変わらず、ずっしりとした手ごたえがある。

 ただ――レンズには幾筋のひびが走っていて、外筒には赤い斑点がいくつか付着していた。
 触ると――ぬめっとした感触とともに、赤い色が親指の先を薄く滲ませた。















          グラグラッ!!












                         バキバキバキッ!!














 その時――強い揺れが二人を襲った。




 刻命「くそっ!!」

 初春「ひっ!!」

 廊下全体が、さながらシェイカーで揺さぶられたかのように、上下左右に激しく動き出す。
 軋みどころか、ガラスや木材が割れる音がそこかしこから響きだした。

 建物全体が悲鳴を上げるかのように、ギギギという大きな音を立てながら――


















                ドドドドッ!!


















                                    グシャ、グシャッ!!























 初春の目の前の床に――裂け目が走り。
 轟音とともに、その裂け目は大きくなっていき。

 床板は階下へと崩れ落ちだし――砂埃が激しく舞いだした。
 視界は一気に遮られ、近くにいる刻命の姿はおろか、何も見えなくなる。

 懐中電灯を手にしながらも、頭を両手でかばうようにして、咄嗟にその場に体を丸める。
 瞼を強く閉じながら、ただ揺れが収まるのを祈りながら――。
















    ……。









                …………。










                              …………………。













 揺れは――収まった。
 ただ、砂埃が相変わらず周囲を覆うように漂っている。
 目を開けようものなら、容赦なく粒子が瞼のうちに入り込み、瞳にチクチクとした痛みが走り出す。
 すかさず瞼を閉じ、手でこすりだす。


 刻命「おい……大丈夫か」

 同行者が呼びかける声が耳に届く。
 すぐ近くにいるはずなのに、さながら遠くにいるような感じだった。


 刻命「大丈夫なら返事をしてくれ、かざり」

 さらに呼びかける声がする。




 初春「は、はい。私はここですけど、前が見えなくて……」

 刻命「ああ、よかった。怪我はないかい?」

 初春「大丈夫ですけど、砂煙で目がチクチクして開けられないです」

 なおも瞼に異物が入り込んだことによる違和感にさい悩まされていた。
 目を閉じたまま、なおも瞼を時折こすっていた。


 刻命「ああ、それは大変だ。そこを動くんじゃないよ。今そこに行くからね」

 嘆くという表現が適するぐらいに、裏返った声で呼び掛けてくる。
 そしてギイギイとゆっくりとしたテンポで足音と、それに伴って床板が軋む音が初春の耳に届く。


 初春「ううっ……」

 瞼の裏の痛みが少し和らいだような気がした。
 刻命がこちらに歩いて来ていることから、砂煙はましになったのだろうか。













              ギイ……











                              ギイッ……











 音は徐々に大きくなってくる。
 目を徐々に開け出した。先程まで散々苦しめられた粉塵は大方収束しているようだった。
 ぼんやりとだが、白い光が瞳に差し込んでくる。それは瞼を開けるにつれてまぶしさが強くなり、さながら瞳の奥に光が鋭く差し込んでくるよう感じられた。

 思わず、再び目を瞑ってしまうものの、さすがに今度はすぐに開けた。
 目に飛び込んできた光景に――






 初春「――!?」

 一瞬言葉を失った。




 刻命「困ったなぁ。これじゃあ飾利の所に行けないじゃないか」

 約3m離れた先に同行者が、彼女を見つめながら、その場に突っ立っていた。
 表情こそは笑っている――が、口調はやけに猫なで声だった。
 さらには顔つきも――何となくではあるが、どこかにやついているかのように――彼女の目には映った。

 まるで、今目の前で起きて、自分達に突き付けている現状――その到来を待ち焦がれて、さらには楽しんでいさえしているとも思えた。
 刻命本人と初春の間に広がっていた床板が――大きく裂けていた事に対して。

 廊下を大きく横切る形でできている裂け目の幅はおよそ2m強はあった。
 その気になれば飛び越えることは、刻命ならできなくもないように思える。
 ただし、先程の図工室の裂け目の時とは違って、梁など途中で足掛かりになりそうなものが――全く無かった。
 裂け目の下には、底の知れない深い闇が、さながら覗き込んだ者を一呑みにしてしまいそうな様子で広がっていた。

 体力のある刻命でさえ、飛び方次第では足を踏み外すということも、当然考えられる。
 そうなればただでは済まなくなるのは、容易に想像が付く。
 ましてや体力はあまり無い初春の場合はなおさらである。



 刻命「今からそっちに行ってあげるから、大人しく待っていなさい」

 まるで初春が分別の付かない幼女であり、そんな彼女に言い聞かせるかのような言い振りだった。
 声も裏返りそうなぐらいに、変にトーンをあげるなど、聞く人によっては気持ち悪くさえ感じさせる雰囲気を出していた。


 刻命「僕がそこに行くまでいい子にしてるんだよ、飾利」

 初春「…………」

 そんな彼に対して、何も言わず、ただこくりと小さく頷いた。
 それを見届けると、回れ右をして廊下の奥へとゆっくりと歩いて行った。
 変に急ぐことも、焦るといった素振りも見せることもなく――むしろたっぷりとした余裕を見せつけるかにさえ見えた。

 やがて、刻命の姿は廊下の奥に進むに連れて小さくなり――同時に闇に溶け込むかのように、見えなくなっていく。
 机が天井まで積み上げられている辺りで、向きを左に変えた直後――刻命の姿は完全に見えなくなった。

















 初春「やっと行きましたか」

 その様子を一部始終見届けると、すっと立ち上がり、回れ右をする。
 刻命の進んだ方向に背を向ける形で――すなわち逆方向へと、小走りで廊下を進んで行った。








 彼の言いつけに背き――いや、端から従うつもりなぞ無かったと言った方が正しかった。









 図工室の前を通り過ぎ、廊下を突き当りまで進む。
 そこで右手に折れると、階下に向かって階段が伸びていた。
 確かに先程とは違って、階段はさほど崩れていなく、降りるには苦労しなさそうだった。


 彼と出くわした時の事から、黒崎と会った時の事――そして自分自身が気を失い、再び刻命と会った時の事を思い起こしていた。
 その中でも――刻命と再度会って以降の言動は、彼女の脳裏にとある疑念を湧きあがらせた。





 例えば、図工室のロッカーの死体についてのやり取り。


 ――命を失ってまでも、関係ない人間を巻き込むか。まったく、迷惑なものだ。

 ――これを見たら分かる。

 初春(まるであの女の子の名前を最初から知っている様子でした。それに生徒証の在処も端から知っていたかのような素振りでしたし……)


 ――ああ、安心してくれ。君がやったのではないのは分かるから。怖かっただろう。

 初春(そもそも、なぜ私はあの子を殺っていないなんて言葉が出てくるのですか?)


 ――頭を打ったのか。

 初春(確かに私の掌には頭にできた傷の血が付いていた訳ですから、そのように見えるのも無理は無いですし、フォローしてあげようという気持ちから出たってのもあるかもしれません……にしても、それを私が犯人じゃないとはっきり断言したのは引っ掛かります)


 古びた手すりに左手を乗せながら、段に一歩一歩足を乗せていく。
 捻挫した左足の足首が時折痛み出すものの、激痛というわけでは無いのでさほど気にはならない。




 さらに、懐中電灯を落とした時の事。


 ――何!?僕とはぐれた時か!?

 初春(なぜ、あの懐中電灯を見つけたのが、刻命さんとはぐれた後だって訊いて来たのでしょうか? そんな事、一言も言っていないのに)


 ――そうか。拾ったのは図工室の前の廊下だ。君はこれを黒崎に渡していたのか。

 初春(最初に出会う前に私が見つけた可能性や、私が単に別の場所で見ただけの可能性、さらには私の友人が持っていただろう可能性とかも考えられた訳ですし……)


 ――途中で拾ったんだ。一応役に立つかもしれないと思って持ってはいたんだが。

 初春(恐らく、私が気絶した後、刻命さんは黒崎さんと会ったのでしょう。そこであの懐中電灯の存在を知った……それなら分かる話です)


 ――ん? それがどうかしたのか? もっとも電池が弱ってあまり照らせないがな。

 ――なるほど……。

 初春(だけど、そもそも知っていたとしても……あの反応はあまりにも淡泊過ぎます。だって……)


 数分もしないうちに、踊り場までたどり着いた。
 その先の階段も特に崩れている様子は無い。
 ただ、気は抜かずに手すりに手を掛けながら、一歩一歩壇を踏みしめていく。




 ――まさか、あの殺人鬼に出くわしたのか?

 ――違う空間にいる可能性が高いと思うが、君の話を聞いたらじっとしてもいられない。

 初春(レンズが割れていて、血がついている懐中電灯が黒崎さんに渡したものだと知ったら……普通は気が気でいられない筈です)


 ――困ったなぁ。これじゃあ飾利の所に行けないじゃないか。

 初春(ましてや一刻も早く捜そうって言っていたのに……あの反応はおかしいです)

 この口調は黒崎よりも、むしろ――初春のことばかりを気に掛けているとも取ることが出来る。
 それに、自分の下の名前を気軽に呼んでいることといい――


 初春(……私は刻命さんの妹か何かですか!?まるでそんな感じ……) 


 彼女の頭の中には、二つのある推測が出来上がっていた。
 どちらも、あまり考えたくない推測だった。





 ――まさか、あの殺人鬼に出くわしたのか?

 ――違う空間にいる可能性が高いと思うが、君の話を聞いたらじっとしてもいられない。

 初春(レンズが割れていて、血がついている懐中電灯が黒崎さんに渡したものだと知ったら……普通は気が気でいられない筈です)


 ――困ったなぁ。これじゃあ飾利の所に行けないじゃないか。

 初春(ましてや一刻も早く捜そうって言っていたのに……あの反応はおかしいです)

 この口調は黒崎よりも、むしろ――初春のことばかりを気に掛けているとも取ることが出来る。
 それに、自分の下の名前を気軽に呼んでいることといい――


 初春(……私は刻命さんの妹か何かですか!?まるでそんな感じ……) 


 彼女の頭の中には、二つのある推測が出来上がっていた。
 どちらも、あまり考えたくない推測だった。













 一つは――黒崎が殺人鬼か幽霊かの手にかかって命を落としていることを、刻命が知っている可能性。












 初春(刻命さんは一度1階に降りて音楽室を探したそうですけど、もしそうならなぜ一緒に動いていないのでしょうか)

 その理由は分からない。
 ただ、こんな異様な空間で友人同士が会うことができたなら、普通なら一緒に行動しようと考えるはずだ。
 少なくとも再び別々になって行動すると思おうとはしないはず。


 初春(まあ、先程みたいに床が裂けたり、教室に一人が入った直後に別々の空間に飛ばされたという可能性も否定は出来ません。でも……)

 さらに気に掛かったのは、懐中電灯の壊れ方や、付着していた血の存在。
 少なくとも初春が拾って黒崎に渡したときには、レンズは割れていなかったし、ましてや血液なぞ付着はしていなかった。

 しかも血液は乾ききってはいない。
 となると、付着してからそんなに多くの時間は経過していない。


 初春(あの血液は、いつ付着したのでしょうか?)

 床に広がっている血だまりに落としてしまった――というのは、考えにくい。
 とするなら、全体的にレンズも含めてべっとりと付着するはずだ。
 少なくとも、細かい斑点状に付着するとは考えにくい。


 初春(幽霊か殺人鬼かは知らないですけど、襲われて出た血が付着した。その後に刻命さんが見つけて懐中電灯を拾ったというなら――話が通ります。でも……)

 難なく階下までたどり着く。
 その先に伸びる廊下を進むと、左に折れていた。




 初春(なら、なぜ刻命さんは黒崎さんを探そうなどと言っているのでしょうか? なぜ私に矛盾したことを言ってくるのでしょうか?)

 そして正面には――何かの教室らしき引き戸が目に入る。


 初春(音楽室……ですか)

 引き戸は他の教室と同様に、上半分にはめられたガラスは所々が割れていたり、ひびが入ったりしていた。
 真上に掛かった木の札には、【音楽室】と掠れかかった黒い文字が書かれている。
 取っ手に手を掛けて横に少し曳く。





 すると――何の抵抗も無く、引き戸は簡単に開いた。








 ――さっき絡んできた女生徒がいきなり目の前でナイフを出したかと思ったら、自分自身の体を切り付けだしてね。当初は僕もやられるかと覚悟したものだ。まあ、その時に噴出した血が付着したんだな

 初春(この上は丁度図工室ですし……探してみる必要がありそうですね)

 ここに至るまでの上階の廊下や階段に黒崎の姿は無い。
 左手に広がる廊下にも、彼の姿はおろか、人っ子一人いない。
 死体なども見当たらない。


 考えられるいやな可能性を消すためにも――探す必要があると思った。
 ためらいなく、音楽室の中に入り込む。


本日の投下はここまでです。
なお、>>122のBはWrongENDでした。
次回の投下で、Chapter07は終了する予定です。

読者の皆様、コメントやツッコミを下さっている方に感謝。

お待たせしました。
続きを投下いたします。


 室内には一切明かりの類は灯っていなく、真っ暗そのもの。
 背後の廊下の照明がほんのりと入り口付近を明るくしているだけ。
 その中心に長く伸びた初春の影が、ただくっきりと映し出されている。

 手にしていた懐中電灯のスイッチを入れる。
 今にも消えてしまいそうなぐらいに照らす光は弱いものの、無いよりかははるかにましだといえた。


 初春(予想はしてましたけど……盛大にいってますね)

 教室の前方にあたる部分が、そんな声を上げさせるぐらいに惨憺たる状況と化していた。
 天井が大きく崩れ落ち、前方にある黒板に立てかかるかのように斜めになって横たわっている。
 本来黒板の前にあったと思われる教壇や机、ピアノなどの備品は落ちてきた天井に覆いかぶされているのだろう。
 黒板の上の端に、掠れた白い線で五線譜が描かれているのが見えなければ、ここが音楽室ということは分からない。

 崩れた天井の下側には、50cmほどの高さで、人が入り込めるようなスペースはある。
 しかし、そこに到底入り込む気なぞ起きない。
 そこに探すものは無いだろうし、何より不安定な状態で留まっている天井がさらに崩れて、押しつぶされるリスクは高い。



 初春(……多分、上の図工室のものでしょう)

 やや左前方――丁度崩れた天井の端のあたりに――教卓が一つ、倒れているのが見えた。
 上階から落下した衝撃で後ろ向きに倒れ、本来下にある部分が横向きになって、ぽっかりと大きな口を開けている。

 丁度その脇に――何かが横たわっているのが見えた。
  

 初春「…………」

 押し黙りながら、横たわっている物体に懐中電灯の光を向ける。
 弱弱しい光に照らし出された物体の正体を目にした――途端、言葉を失った。









 仰向けに横たわっていたのは、人間。




 中高生ぐらいの少女だろうか。
 長い髪をだらしなく広げていて。
 顔やスカートからのぞかせている足はすっかり白くなって、血の気が無くなっていて。
 着ている黒いセーラー服は所々で切り裂かれて――裂け目からは黒い幾筋の線を床にかけて描いて。
 床にできた大きな黒い染みに仰向けに倒れる形で。

 目をかっと見開いて、前にいる初春を虚ろに見つめながら。
 乾いた涎をこびりつかせた口は半開きにさせたまま――







 初春(こ、この人……)

 制服の胸元にある校章。
 何より、その本人の顔。

 忘れるはずが無い。
 図工室で襲ってきた、あの狂った少女。


 初春(…………)

 一瞬、金縛りに掛かったかのように、全身が硬直した。
 が、すぐにそれは解け――手にした懐中電灯の光を恐る恐る、彼女に向ける。
 顔から足まで、弱い光を何度も往復させる形でなぞりながら。



















   ……。






























           …………。

































                     ………………。










































                                 ……………………。



















 少女は、まったく身動きしない。
 手足を動かすことはおろか、瞳もわずかに動くことは無かった。

 懐中電灯の光を、少女の目に向ける。
 見開いた目から覗かせている瞳孔は――すっかり開ききっていた。


 初春(…………)

 押し黙ったまま、ゆっくりと少女が横たわっているところまで歩き、しゃがみこむ。
 そして――少女の首筋に手を触れてみた。




 初春(冷たい……すでに亡くなられていますね……)

 指先に伝わったのは、硬くてひんやりとした感触。
 死後硬直を起こしていて、それが命を落としてからある程度の時間が経過していることを物語っていた。

 そっと指先を死体の首筋から離す。
 特に驚くということも、ましてや怯えるということもなく。
 ただ、冷静に今しがた分かった事実を捉えるのみ。

 もはや感覚が麻痺してしまったのだろう。
 この異様な空間の中で、いくつもの死体を目の当たりにしてきたことに――悪い意味で慣れてしまっていると感じていた。

 手にした懐中電灯の光を、今まで触っていた首筋に改めて向ける。
 そのまま、体のほうへと光を移動させ――ようとした、その時。



 初春(これは……?)

 着ているセーラー服の肩口の辺りを、弱い光がほんのりと照らしている。
 丁度、素肌が服に隠れるあたりで――

 肌がどす黒く染まっている。
 一瞬、付着した血液が乾いて黒くなったものと思えた。


 が――それはすぐさま否定された。

 そこはつい先程、指で触れたあたりの箇所。
 指先には乾いた血液がこびりついたような――ざらざらとした感触はなかった。
 むしろ、綺麗に磨き上げたマネキンのような――つるつるとした、硬質的なものだった。



 初春(痣……のようですけど……?)

 懐中電灯の光をそのまま何気なく、肩口から腕にかけて移動させた時に目にしたもの。
 それが、痣と考えるには不自然と思わせていた。

 長袖から突き出た右手。
 手首から指先にかけて――どす黒く染まっていたのだから。
 それは、まるで黒い染料をむらなく塗りたくったかのようにさえ見えた。


 初春(さっき、この人に髪飾りを掴まれた時……手はこんなに黒かったでしょうか!?)

 少女に襲い掛かられた時のことを思い返す。
 初春の髪飾りに伸びる、女生徒の右手。
 大きく開いた彼女の掌に指は――むしろ白かったといっていい。

 少なくとも、ここまで黒かったなんてことはなかった。




 初春(死班でしょうか……?)

 持っている知識を総動員して考える。
 死班は死後数十分で、停滞した血液が血管などの体組織、さらには皮膚組織まで浸透した結果、皮膚の表面が変色する現象のことをいう。
 浸透した血液が重力によって下方に溜まりだし、最初は斑点状の変色が出来る。
 やがて時間の経過とともに斑点同士がくっつきだして、皮膚を広範囲で変色させ――一つの大きな痣のように見えるまでになるということもありうる。
 死後間も無いときなら、体を転がした場合、死班は薄くなって新たに下になった場所に新たな死班が生まれだす。
 まる1日を経過すると、体を転がしても皮膚の変色は消えることはなくなる。

 ぱっと見で死班によってできた痣と思えた――のだが、それにしては不自然な点もある。


 初春(それにしては、手の表裏がここまで真っ黒に染まるものでしょうか?)

 冷たくなった女生徒の手首を掴み、手の甲と掌に光を当てる。
 双方とも、むらなく真っ黒になっていた。
 途中で体位を何度も変えたのなら考えられないことも無い。

 一般的に、死班の色は暗い赤紫色といわれている。
 体組織に染み出した血液が、体を転がすうちに移動しながら時間の経過とともに黒くなったとも、想像できる。
 にしても、ここまで変色するものだろうか。







 ――さっき絡んできた女生徒がいきなり目の前でナイフを出したかと思ったら、自分自身の体を切り付けだしてね。





 初春(この人、確か自分の体をナイフで切り付けだしたのですよね?)

 刻命が言っていたことを思い出しながら、腹部に懐中電灯の光を向ける。
 黒い制服を着ているので、一見はっきりとは見えないが――注意して見ると、腹の辺りに制服の破れと、その奥から覗かせる傷口が数箇所確認できた。
 そこまで指で触れる気にはなれないが、多分周囲には変色した血液がべっとりと付着しているのだろう。
 現にセーラー服の白いスカーフには飛び散った血がそのまま変色したのか、黒い斑点がいくつもできていた。


 初春(どこか……おかしいですね)

 死因が窒息死の類なら考えられる話なにだが――刺し傷による失血死の場合、ここまであからさまな死班ができるとは考えにくい。
 原因となる血液が体外に多く出てしまい、肌を大きく変色させるまでには至らないことが多いからだ。

 ましてや、生前にもともとできている痣の類では無いとすると、ここまでの肌の変色はどうやって出来たのか。
 いくら考えてみても、納得の出来る答えは生まれなかった。












 それに――より不自然と感じる点が、まだあった。




 初春(自分を刺して失血死というには……手に付いた血液の量が少ない気がします)

 黒く変色した手を見ても分かりにくいが、触ったときの手ざわり。
 自分で刃物で刺したのなら、手にはべっとりと血液が付着することになるはずだ。
 掌はおろか手首にまで付着してもおかしくは無い。

 しかし、先程手首を触ったとき――固まった血液特有のざらざらした手触りがあまりなかった。
 ましてや、触った指に血液特有のべとべとした感触もない。

 改めて、指先や掌、手の甲に自身の指を触れてみても――やはりそんな感触は無い。
 むしろ、すべすべしているといった方が正しいぐらいだ。


 それは――右手に触れたときも同様だった。
 左手同様に真っ黒になっている硬くなった手に触れる。
 固まった血液の感触は、点在していくつかあるものの――少なくとも、べっとり付着したというようには思えなかった。 

 むしろ、飛び散った血液が離れた位置にある手に付着したようであり。
 少なくとも――自分の肉体を突き刺したナイフを握った手に付いたものだとは考えにくかった。 

 傷口は鳩尾から腹部、脇腹にかけていくつもある。
 脇腹のものに至っては、体の中心から背中側に寄った位置にできているといってもいい。
 それも、かすったような傷ではなく――腹部にできたものと同様、深々と奥まで突き刺してできたもののように見えた。












 そんな位置にまで手を伸ばして、深く刺したのなら――少なくとも親指や人差し指にはべっとりと血液が付着するはず。



























 それに――そもそも、そんな位置まで自分自身の手でナイフで刺せるものだろうか。 


























 何より――凶器となったナイフは手に握られているどころか、周囲にも落ちていない。












 初春(ちょっと待ってください!?)

 想像していたこととあまりにも食い違う、いくつかの目の前の事実。
 それらを突きつけられて、一瞬頭の中が混乱しだす。
 なんとか整理しようとして、思考をめぐらせる。


 目の前に転がっている、紅星黒白とかいう女生徒の死体。

 図工室のロッカーから出てきた、古林蘭とかいう女生徒の死体。



 突如として姿を消した、黒崎健介とかいう刻命の親友。

 彼が持っていた筈の、レンズが割れて、血が付着している懐中電灯。






 ――君を危ない目に遭わすなんて、とんでもない!!こいつは僕でなんとかできそうだから、早く外へ!!

 ――ああ、安心してくれ。君がやったのではないのは分かるから。怖かっただろう。

 ――先程、図工室を出たときに左へ行って、1階への階段を下りて音楽室を調べて、戻ってきたんだ。

 ――さっき絡んできた女生徒がいきなり目の前でナイフを出したかと思ったら、自分自身の体を切り付けだしてね。当初は僕もやられるかと覚悟したものだ。まあ、その時に噴出した血が付着したんだな。

 ――ん? それがどうかしたのか? もっとも電池が弱ってあまり照らせないがな。

 ――そうか。拾ったのは図工室の前の廊下だ。君はこれを黒崎に渡していたのか。

 


 そして――刻命裕也とかいう男の、あまりに奇妙な言動と行動。







 初春「ごくり……」

 固唾を一つ呑む音が、自分の耳に響く。


 一つの考えがまとまった。
 先程頭に浮かんだ二つの推測のうち――黒崎が殺人鬼か幽霊かの手にかかって命を落としていることを、刻命が知っている可能性は――恐らく無いということ。








 むしろ、もう一つの可能性が濃厚だということ。



















 刻命が手を掛けたから、黒崎が命を落としていることを知っている――という可能性が。











 それに加えて、少なくとも2人の女生徒の命を奪ったという――可能性も。


















 ――大丈夫なら返事をしてくれ、かざり。

 ――ああ、それは大変だ。そこを動くんじゃないよ。今そこに行くからね。

 なおも、刻命の言動や、にやついた表情が初春の脳裏を駆け巡る。


 あの時、彼はなぜ床の裂け目を越えようとせず、正反対の方向に走っていったのか。
 恐らく、この別館にはもう一つの階段があるのだろう。
 1階に下りて廊下を進めば……。

























 大回りする形にはなるが、自分がいた裂け目の向こう側には到達できるはず――!!












 嫌な予感がした。
 咄嗟にためらうことなく――横に転がった教卓にもぐりこんで身を潜める。




















                      「ここかなぁ~」

















 初春「――!!」

 
 教卓の板越しに――声がした。


 今一番顔を合わせてはいけない、あの男――刻命の声が。
 身の毛もよだつぐらいの猫なで声に、一瞬身をびくつかせる初春。

 身を隠して、間一髪のところだった。
 あと少しでも遅ければ――どうなっていたことか。
 ろくでもない結末が待っているのは、容易に想像が付いた。















 刻命「いるのは黒崎かぁ~」













 板越しから聞こえる、男の声。
 相手はここに誰かいるかと思っているのだろうか。


 初春「…………」

 ただ、ひたすら押し黙る。
 今にも身震いしそうなのを、何とか抑え込んで。
 激しくなる胸の鼓動が物音となってあの男の耳に届きそう――そう思うだけで、緊張はさらに高まるばかりだった。  















 刻命「なわけがないか。腕を斬り付けられて、上から蹴り落とされて、無事なわけがないからなぁ。アーハハハッハ!!」














 すっかり興奮して発した高笑いが、暗闇に閉ざされた音楽室に響く。
 一瞬、声を発しそうになり、慌てて抑え込む。


 初春(なんてこと……。本当に黒崎さんに手を掛けていたとは……)

 手にしていた懐中電灯を目の前まで持ってくる。
 教卓の下に入り込む時にスイッチは切った。

 よって今は真っ暗な状態であり、何も見えない。
 手にした懐中電灯の姿はおろか、握った手の姿形も見えない。


 だが、初春の脳裏にははっきりと浮かんでいた。
 
 この懐中電灯に付着した血液、そして割れたガラスレンズの存在が。















                                                     ……ギィ……。


























 そして――




















                                              ……ギ、ギィ……。




























 ――床に落ちている、血のついた懐中電灯。


























                                           ……ギィ……。




























 ――その周囲に散らばっている、割れたレンズの破片。






























                                        ……ギ……。
























 ――ぽとり、ぽとりと、真上から落ちてくる、赤い雫。




























                                   ……ギギッ……。






























 ――その真上には、袖から幾筋の赤い線が、指にかけて垂れている、黒崎の手。


























                                ……ミシ……。
























 ――血の付いたナイフを手にして、黒崎に迫る、刻命。


























                           ……ギッ……。
























 ――斬り付けられて、ばっくりと傷が開いた、黒崎の腕。
























                       ……ギギギ……。
























 ――傷口をもう一方の手で押さえながら、一歩一歩後ろ退さる、黒崎。


























                   ……ミシッ……。


























 ――背後には、大きく口を開いた、床の割れ目。
























                ……ギギィッ。


























 ――手にしたナイフを"親友"の体へと突き出す、刻命の腕。






















             ……ギィッ。
























 ――ナイフをかわそうとして、割れ目のすぐ傍まで追いやられる、黒崎。
























          ……ギッ。
























 ――すかさず黒崎に向けて突き出る、刻命の足。





























       ……ミシッ。
























 ――蹴り飛ばされた衝撃で、体勢を崩して、奈落の底に落ちる、黒崎の体。






















    ……ギギッ。
























 なぜそうなったかの経緯も。

 













 











  …………。































 刻命「それともぉ~!!」


























  ドンッ!!


























 刻命「ここにいるのかぁ、かぁ~ざりぃ~」 



















 初春「――!!」

 全身から冷や汗が吹き出るのが感じられる。
 先程、体をびくつかせた物音が刻命の耳に届いたのか。

 真上に広がる、教卓の板から響く衝撃音。
 それと同時に、砂埃や屑が散らばってきて、初春の目に飛び込む。

 しかし、目を擦ろうなんて気は微塵も起きない。
 むしろ、少しでも身動きしようものなら、刻命の耳にその物音が届きかねない。

 目がちくちくするのを我慢しながら、ただ見開いて――こらえることしか彼女にはできなかった。














 ……ベリッ!!
























 刻命「待っていろと言ったのに、言うことを聞かないなんて、僕の妹ならそんな悪いことをしちゃだめだろぉ~」













 初春「…………」
 

 真上の板から響く、何かをめくるような音。

 何かを突き刺して、それを抜いた。

 じゃあ、突き刺したのは何か。















 刻命「そうか、一人でいると危ないから、隠れたんだな。悪いことしたなぁ、僕も」
















 それは――数々の人の命を葬り去った、ナイフだろう。

 すぐ傍で息絶えている女生徒の近くに落ちていないのは当然だった。


 刻命が今、持っているのだから。




















 刻命「安心して出ておいでぇ~、飾利ぃ」






















 出たい。

 さっさと、こんなところから抜け出してしまいたい。

























 刻命「こんな場所で悪あがきしても、どうせ命を落とすんだ」






















 だけど、そんなことできるはずがない。

 私を狙っている、危険人物がすぐそばにいるのだ。

 













 











 刻命「だったら、せめて僕達は最後まで兄妹でいよう」

























 駆け出しても、追いかけてくるのは、体力は私よりはるかにある男性。

 すぐにでも追いつかれるのは、容易に想像がつく。











 












 
 刻命「強い強いお兄さんが守ってやるからさぁ!!飾利ぃ!!」















 ましてや、床に穴が開いていたり、机や椅子が散乱して、容易に歩くことすら困難なこの場所で。

 ただ、私のことを妹だと見ている、もはや正常な思考の持ち主で無い殺人者が――私に気づかずに遠くに離れるのを。


 初春「…………」

 ただ――じっとうずくまって、待つしかなかった。




                                           chapter7『兄妹』 END


















                     Continued to 8th chapter













本日の投下はここまでです。
次回はいければ未公開WrongENDを投下してから、次chapterに進みます。

一旦落ちたものをわざわざ立て直したんだから責任持って完走させるように

>>1です。
長い間お待たせして申し訳ありません。
続きは少しずつ作成していますが、私生活がばたついて時間が取れない状況です。
出来上がり次第投稿できればと思います。
以上、生存報告とさせていただきます。

>>241
お言葉ありがとうございます。何としてでも責任を持って完走するように努めます。

続きを投下します。
chapter08のオープニング部分の一部に当たります。

 
 刻命「大変だったようだな」

 黒崎「ああ。まったくやってられないよ」

 図工室の前の廊下にて。
 すっかり息を切らして、横目で先刻出てきた教室の出入口をちらりと見る。
 対して刻命の方は、目の前にいきなり親友が飛び出してきたことに多少驚きはしたものの、すぐに普段の冷静さを取り戻していた。
 これしきのことぐらいで動じている様子もなく、穏やかな口調で黒崎をねぎらう。


 黒崎「まあ、お前に会えて丁度よかったぜ。男2人ならなんとかなりそうだ」

 刻命「一体何があった」

 廊下で出くわしたのが探していた親友だということで、それまで険しくなっていた黒崎の表情はすっかり緩んでいた。
 懐中電灯を手にしたまま、袖で額にできた汗を拭う。
 息を切らしていて、刻命の問いかけに答えるにも、呼吸を整えるためのブランクを要した。


 黒崎「ああ、さっきまで他校(よそ)の女の子と図工室の中を探していたんだ」

 刻命「ほう」

 黒崎「そしたら、急にさ」



















                     「……げ……の……」




















 黒崎「え!?」

 急に顔を引きつらせて、周囲を眺め回す。
 
 刻命「おい、どうしたんだ」

 黒崎「あ、ちょっとさ……」

 目の前にいる親友に問いかけられて、はっとしだす。
 そして、今しがた起こったことを言い出そうと口を開けたものの。
 急に恥ずかしくなり、その先までは言い出す気にはなれなく、口を閉ざした。

 周囲を見回すが――声を発したらしき人物の姿は無い。




 まさか――この場に居もしない少女の声が聞こえたなんて。




 黒崎(あの子の声とは違うようだし……)

 周囲を眺めた限り、自分と刻命を除き、人の姿は無い。
 どうしようもなく先程放っていった少女――初春の声とも違う。


 黒崎(気のせいか……)

 刻命「ちょっと、どうしたのか」

 黒崎「いや、何でもないさ」




















                   「……すぐ……げて……の……」















 黒崎「――!!」

 慌てて周囲を眺め回す。
 今度ははっきりと、少女の声が聞こえたから。



 しかし――それらしき少女の姿は無い。

 声からして、小学生か中学生の幼げな少女といったところだろうか。
 教室の物陰に隠れているのか。
 それとも廊下の暗闇の奥から叫んでいるのか。


 刻命「おい、しっかりしろ。何でも無いわけがないだろう」

 黒崎「…………」

 すっかりうろたえぎみな黒崎の肩に手を掛ける刻命。
 表情は普段の仏頂面であり、冷静そのもののように見える。

 恐らく聞こえていないのだろう。
 刻命の問いかけにも、目を大きく見開いたまますっかり押し黙っていた――が。




 黒崎「なあ、今聞こえなかったか。女の子の声が」

 刻命「何?僕には聞こえなかったが」

 黒崎「そうか……」

 やはり聞こえていなかった。
 聞こえたのは自分だけ。


 幻聴か。
 となると俺は相当疲れているのか。


 黒崎「くそっ!!」

 腹の奥底から苛立ちが湧き上がり、思わず頭を掻き毟る。
 こんな時にイカれるほど疲れている場合じゃないのに。
 刻命が見つかったのはいいものの、まだ他の仲間の安否が分からないというのに。
 何より、どうにかしてこの不気味な廃校から脱出しなければいけないというのに。


 刻命「おい、さっきからどうしたんだ」

 黒崎「ああ……いや……」

 相変わらずの澄ました顔で問いかける友人に対して、今あったことを正直に言い出せない。
 まさか幻聴が聞こえているだなんて、言う気にもなれない。
 苦虫を噛み潰すような顔で、ただじっと言いよどむしかなかった。


 黒崎「なんでもねぇよ」

 表向きはなんでもないかのように取り繕うつもりで。
 しかし、意識せずとも顔を引きつらせ、汗がじわじわとにじみ出る。

 表情にはなんでもないどころじゃないと、はっきりと出ていた。
 それは誰にも分かりやすく――もちろん。


 刻命「…………」

 何も言わず、ただじっと目の前の"親友"の目をじっと見つめていた。
 ただ、あまりに下手くそな嘘を咎めるとか、嘲るとか――ではなく、無表情でただじっと黒崎に瞳を向ける。


 感情が一切こもっていない、瞳で。




 黒崎「うっ……」

 どのように反応していいか分からない。
 さながら蛇に睨まれた蛙のように、その場で固まるしかなかった。
 分からないことへの戸惑いや、何もできない自分への悔しさで、小さくうめき声を上げるのみ。


 刻命「何でも無いってことはないだろう」

 目の前の親友は、そんな黒崎の様子に構うことなく。
 無表情のままで、ゆっくりと彼の元へと歩み寄る。
 一歩、また一歩と。
 ギシ、ギシと、床板に不気味な軋みを上げさせて。

 黒崎との距離をじわじわと、縮めていく。



 黒崎「…………」

 黙っていても仕方が無いか。
 アカの他人が聞いたら、それこそおかしいなんて言われて、恥さらしもいいトコだけど。

 目の前にいるのは親友なんだ。
 カッコ悪いなんて思われたくないから、変に隠すのも変な話だ。


 黒崎「さっきから、何度も女の子の声が聞こえるんだ」

 腹を括って、口を開く。

 
 刻命「何を言っていたか、分かるか」

 黒崎まで拳一つ分ほどの間隔まで距離を縮めたところで、歩みを止めた。
 但し、無表情なのは先程と変わらないままで、黒崎の目を見つめだす。


 黒崎「い、いや……何を言ってるかまでは、はっきりと聞こえなかったんだけ……」






























                   「……にげて!!」














 
 黒崎「え……!?」

 今度は聞こえた。
 はっきりと聞こえた。

 小学校か中学校ぐらいの幼げな、知らない女の子の声。
 はっきりと――悲痛な叫びであるかのような、甲高いトーンで脳裏に響いた。

 飾利ちゃんの声――じゃなく、明らかに別の女の子の声。
 思わず横の図工室を見やる。










 ……………………。









 

 廊下に2箇所ある引き戸は、いずれも閉まったままだ。
 開くどころか、開けようと引き戸が揺れだすといった気配すらない。

 廊下に面した教室の窓に填められたガラスは、他のところと同様に、所々が割れていた。
 だが、そこから覗かせる光景は、ただの暗闇。



 何も見えない。
 もちろん、人の姿も無い。
 
 それどころか、声はその方向からは聞こえてこなかった気がする。
 かといって、外に面した廊下や前後上下から聞こえたという感じがしなかった。


 むしろ――直接、脳裏に響いてきた――そんな気がしていた。







 しかし――なぜ"逃げろ"?


 意味が分からなかった。
 逃げなければいけない要素がどこにあるのか。

 この場には幽霊や殺人鬼は、先程見回した限りは見当たらない。
 床や天井は相当ボロいものの、すぐにも崩れ落ちるという気配はなさそうだ。





 それなら――なぜ!?
 ここにいるのは、俺と刻命だけだ。


 

 
 黒崎「い、今聞こえなかったか? 逃げろって……」

 すかさず目の前にいる親友に問いかけた。
 しかし、相変わらずの仏頂面のまま。
 何も言い出しそうに無く、問いかけの答えはおろか、何の反応も無さそうに――。





























              グサリ……。













 黒崎「ぐわっ!!」

 思わず叫び声を上げる。

 右腕の肉体に、明らかに何かを刺した激しい痛みが走って。
 目をやると、その発生源の二の腕から――




 赤い色の――自分の血が、制服の袖をみるみるうちに染め上げて。
 袖の切り裂かれた部分からは――血を噴出す、真っ赤な自分の体組織が露出していて、激しい痛みを発していた。

 反射的に傷口を左手で塞ぐ。
 しかし、そんなことで出血が収まるはずが無く――掌の隙間から血が次々と染み出してくる。






 何が起きたのか!?
 自分でもはっきりと分からなかった。


 ――斬りつけられたのか、俺!?

 なおも今起きたことを、十分に整理できないまま。
 思わず、目の前にいる"親友"に視線を移した。




















 刻命「いい加減、楽になれよ。黒崎ぃ」












 刃先を真っ赤に染めたナイフを手にして。
 顔を歪ませて、不気味なぐらいのにやつきを見せて。

 豹変した――"親友"の姿が、そこにあった。
 

 

本日の投稿はここまでです。
次でオープニングを終了の上、chapter08に続きます。

生存報告です。
お待たせして申し訳ありません。

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