朋也「軽音部? うんたん?」2(686)

前スレ

朋也「軽音部? うんたん?」 - SSまとめ速報
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昨日同様、食べ終わると、練習に向かった。

春原「ふーい…なんか、やけに気合入ってるね、岡崎」

キョン「確かにな。昨日、いなくなって、戻ってきたあたりからずっとこの調子だもんな」

朋也「単に負けたくなくなっただけだよ」

春原「でもさ、二年から聞いたけど、秋山としっぽりしてたんだろ?」

春原「そん時なんかあったんじゃないの?」

朋也「なにもねぇよ」

春原「ふぅん…てっきり、平沢と二股かけてんじゃないかと思ったんだけどねぇ」

キョン「え? 岡崎って、平沢さんとそんな仲なのか?」

春原「まだそういうわけじゃないんだけどさ…」

春原「でも、両思い臭いんだよね、朝も一緒に登校して来てるみたいだし」

キョン「へぇ、あの岡崎がね…丸くなったもんだ」

朋也「キョン、こいつの言うことなんて、8割嘘だって知ってるだろ。話半分に聞いとけよ」

春原「でも、残り2割は事実だろ?」

朋也「違う。現実逃避の妄想だ」

春原「それ、もう発言全てが妄言ですよねぇっ!」

キョン「ああ、そうだったな。危うくあっちの世界に連れてかれちまうとこだった」

春原「病人みたくいうなっ! こいつが平沢と登校して来てんのはマジだよっ」

朋也「あれ、また幻聴が聞える」

キョン「俺も、かすかに耳に残ってるわ、なんだろ」

春原「取り合ってももらえないんすかっ!?」

朋也「キョン、今、う○こって言ったか?」

キョン「まさか、そんなこと言うの、あいつくらいだろ、あの金髪の…」

キョン「誰だっけ?」

朋也「さぁ?」

春原「ほんと、おまえら最低のコンビっすねっ!」

春原「ちくしょう…これも、去年と変わんないのかよ」

キョン「ああ、悪かった、悪ノリしすぎたよ。つい、懐かしくなってな」

春原「つい、でやらないでほしんですけどねぇ…」

そう、いつも春原をいじめた後は、こいつがこうしてアフターケアに入っていたのだ。
この感じも久しぶりだったが、すぐに調子が戻ってきた。

朋也「おい、明日は勝つぞ。わざわざ俺たち三人、雁首揃えてるんだからな」

キョン「ああ、そうだな」

春原「…ま、そうだね」

朋也「春原の幻影も、どうやら納得したようだな」

春原「ここまできて、まだ僕の存在はおぼろげなのかよっ!?」

キョン「はははっ」

―――――――――――――――――――――

………。

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放課後。

春原「なんなんだろうね、こんなとこで待機してろなんてさ」

朋也「さぁな」

キョン「あの人の考えは読み辛いからなぁ。突拍子もないことも割とするし」

さわ子さんに退室するよう言われ、男三人、部室の前でだべっていた。

がちゃり

さわ子「お待たせ~」

間の抜けた声を伴って、室内を一望できるほどに扉が広く開け放たれた。

さわ子「どう? この子たちは」

唯「いぇい、似合う?」

律「動きやす~」

紬「うん…ちょっと胸がきついかなぁ…」

澪「うぅ…」

梓「………」

見れば、全員チア服を着ていた。
限界まで短いスカート、ノースリーブの薄い服、動けばわかる、胸の揺れ…
目のやり場に困るその姿に、逆に俺たちは釘付けとなり、言葉を発せなかった。

さわ子「明日はこれで応援するのよ」

澪「先生、やっぱり、やめませんか、これ…」

梓「そ、そうですよ、恥ずかしいです…」

梓「それに、岡崎先輩とかが、いやらしい目でみてくると思うんです」

なぜ俺限定なんだ…。

さわ子「あら、でもそういう衣装の方が、男は喜んで、力が発揮できるものなのよ?」

さわ子「そうでしょ?」

俺たちに振ってきた。

朋也「いや、まぁ…」

キョン「でも、これはさすがに…」

春原「さわちゃん、やっぱわかってるねっ」

欲望に忠実な変態が一匹。

さわ子「ふふ、まぁね。だてに二十数年生きてないわ」

さわ子「って、歳のこと言うなっ」

ぽかっ

春原「ってぇっ! 自分で言ったんでしょっ!」

さわ子「あら、そうだったわね、ごめんなさい」

春原「誰かさん並に理不尽だよ、この人…」

唯「ねぇねぇ、どう? 可愛くない? この服」

言って、くるくると回った。

朋也「わ、馬鹿、おまえ、んな激しく動くなっ」

唯「え? なんで?」

朋也「いや、それは…」

梓「あーっ! この人、見たんですよ、絶対っ!」

唯「何を?」

梓「唯先輩の下着ですっ!」

唯「…いやん」

朋也「不可抗力だろっ」

梓「目をそらせばよかったじゃないですかっ! ガン見することないでしょっ!」

朋也「してねぇよ…」

梓「嘘つきっ! 目にしっかり焼き付けてましたっ!」

朋也「だぁーっ、なんなんだこいつはっ!」

キョン「先生、こういうことにならないためにも、チアはやめたほうが…」

さわ子「あら、そう?」

春原「あ、てめぇキョン、余計なこと言うなよっ」

キョン「いや、でもだな…」

さわ子「じゃあ、バニーガールなんてどうかしら?」

キョン「ぶっ!」

春原「なに過剰反応してんだよ、むっつり野郎」

キョン「ち、違う、二年前のトラウマが蘇っただけだ…」

梓「先生、私もこの衣装を着るのはやめたほうがいいと思います」

梓「絶対、岡崎先輩が本能をむき出しにして、警察沙汰になると思いますから」

朋也「だから、なんで俺だけを槍玉に挙げるんだ…」

澪「私も、普通に応援したいです…」

唯「私はこれ着て応援したいな~」

朋也「いや、やめてくれ…」

唯「ええ? なんで?」

朋也「普通にしてくれてたほうが、いろいろと助かる」

唯「えぇ…なら、しょうがないかぁ…ちぇ」

春原「ムギちゃんは、それ着てくれるよね? ていうか、もう普段着にしようよっ」

律「やらしいやっちゃなー、このエロ原め」

春原「っせぇよ、おまえは一年中ジャージでも着てろ」

律「おまえならジャージの上からでも欲情してきそうだけどな、こわいこわい」

春原「はっ、ジャージの上着をズボンにインしてる奴なんかにするかよ」

律「そんな着こなし方しねぇよっ、ヘタレっ!」

春原「ヘタレは今関係ないだろっ!」

一応ヘタレという自覚はあったらしい。

朋也「春原、落ち着つけ。まず自分の足元をよく見てみろ」

春原「あん? なんだよ…」

春原「って、なんで靴下にズボンがインされてるんだよっ!?」

朋也「いつも社会の窓がアウトしてる分、細かいところで取り戻しておこうと思って…」

春原「まずその前提がおかしいだろっ!」

律「わはは!」

この後、結局コスプレは取りやめとなった。
当日は普通に制服で応援してくれるらしい。
さわ子さんや平沢、春原なんかは不満そうにしていたが、これでよかったんだと思う。
…俺も、少しだけ名残惜しかったが。

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4/24 土

試合当日。ついにこの日がやってきた。
向こうの話によれば、試合は放課後になってからすぐ行われるとのことだった。
昼食を摂ってからでは、バスケ部の練習に差し支えがあるらしい。
だが、試合時間自体は10分と短く、多少腹が減っていても問題なさそうだった。

春原「でも、ちょっと計算外だったよね」

春原「まさか、うちのバスケ部の、ほぼ全体を揃えてくるなんてさ」

朋也「ああ、そうだな」

つまり、その中には当然レギュラー陣も入っているわけで。
そいつらが出てくるなら、俺たちが勝てる可能性は限りなく低いだろう。
本当に、さわ子さんという保険があってよかった。つくづくそう思う。

春原「ま、僕たちが勝つことに変わりはないけどさ」

朋也「そうなりゃいいけどな」

春原「へっ、なるさ」

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放課後。
メンバー全員で体育館に集まる。憂ちゃんも、少し遅れて駆けつけてくれた。
ふと、入り口から覗けた館内は、閑散として見えた。
広さに対して、居る人間の数が少ないからだ。
集まったのは、俺たちと、バスケ部、それと、ファンクラブの連中のみだった。

他に体育館を使うクラブの姿はない。
この時間は本来、大多数の生徒にとって、昼休憩になっているはずだからだろう。

男子生徒「ああ、来た?」

体育館に足を踏み入れると、すぐにファンクラブの男がやってきた。
この試合の段取りを組んだ奴だ。
薄々思っていたが、やっぱり、こいつが現代表なんだろう。

春原「おう、来てやったぜ」

男子生徒「絶対あの約束は守れよ」

春原「わかってるっての。おまえらこそ、破んなよ」

男子生徒「そんなことしないよ。そこは安心してくれ」

自信たっぷりに言って、また仲間の輪に戻っていった。

律「マジで頼んだぞ、おまえら。あんなのに調子乗らせたくないからな」

春原「任せとけって」

キョン「やれるだけの全力は尽くすよ」

俺も口を開こうとした時、向こうから、ボールの跳ねる音がした。
見れば、相手のバスケ部がアップを始めていた。
定位置からシュートをする者、ドリブルをして、動きを確かめる者…様々だった。
…懐かしい風景。
俺もかつてはその中の一人だったのだ。

けど、今は…
俺は自分の体を見下ろす。
制服のままの格好。
こんな姿で、かつて情熱を燃やしていたバスケをやるなんて、皮肉だ。滑稽すぎる。

唯「…なんか、緊張してきた」

朋也「おまえがかよ。でも、今となっては、遊びの延長だぞ」

律「む、遊びとはなんだ、遊びとはっ! 真剣にやれっ!」

春原「そうだぞ。おまえ、奴らにバカ呼ばわりされたままで悔しくないのかよっ」

朋也「それはおまえだけだろ」

春原「僕がバカにされたら、おまえがバカにされたも同然なんだよっ」

春原「一人はみんなのために、みんなは一人のためにだっ」

こいつの背負う業が重過ぎて、輪に入れられた俺が一方的に損していた。

唯「でも、バスケ部の人たちと試合するんだから、それはやっぱりすごいことなんだよね」

唯「ほら、みんなすごく上手だし」

聞かれていたら、怒られそうなことを言う。

唯「こうやって毎日練習してるんだよね」

梓「私たちも、あれくらい真面目にやりたいです…」

澪「わかるぞ、その気持ち」

唯「まぁまぁ、今はそれは置いといて…」

手でどけるようなジェスチャーを入れる。

唯「そんな人たちと、集まったばっかりの私たちが戦うんだよ」

唯「今まで違う道を歩いてきた、私たちがね」

唯「もし勝てたとしたら…」

唯「この短い時間の中で、バスケ部の人たちよりも固い絆で結ばれたってことだよね」

唯「だとしたら、すごいことだよ」

唯「いつもは、まったりしてる私たち軽音部…時々、そのことで怒られちゃうこともあるよね」

唯「それと…不器用に、皆から離れていっちゃった、岡崎くんと春原くん」

唯「そのふたりと、今は仲良しだけど、出会う前は接点がまったくなかった、キョンくん」

唯「こんなにも、ばらばらで…みんなが一緒に、ひとつの目標に向かってるわけでもなくて…」

唯「もしかしたら、話すことさえなかったかもしれない私たちだけど…」

唯「それでも、力を合わせれば、頑張ってる人たちとだって、同じことが出来るってことだよね」

唯「普段は、ちょっと真剣さが足りない私たちでも、ね」

朋也「ああ…そうだな」

平沢の言いたいことはよくわかる。
俺も、春原もそんなふうに生きてきたから。
キョンの奴だって、きっと似たような感情を持ったことがあるはずだ。
所属している部のことを聞くたび、俺たちに近かったことがわかっていったから。
けど…現実はそんなに甘くない。
気持ちだけでは超えられない壁も、確かにあるのだ。

バスケ部員「話は聞いてるけど…おまえらが相手?」

ひとりのバスケ部員がやってくる。

春原「ああ、そうだよ」

バスケ部員「俺たち、もう始めたいんだけど」

春原「準備運動するから、ちょっと待っててくれよ」

バスケ部員「早くしろよ。さっさと終わらせて、飯にしたいんだからな」

機嫌悪く言い放ち、戻っていく。

春原「ちっ、感じ悪ぃな…」

朋也「昼飯前に駆り出されてんだ、気が立ってるんだろ」

屈伸しながら言う。

春原「だからってさぁ…言い方ってもんがあるだろ」

キョン「試合でその鬱憤を晴らすってのはどうだ?」

腕を伸ばしながら、ついでのように助言する。

春原「ま…そうだね」

春原も、手首、足首とひねりを加えてほぐしていた。
三人とも、好きなように柔軟をしている。
決まった順序なんかない。全員で同じ動きを強要することもない。
そんな無秩序さが、実に俺たちらしかった。
ひいては、軽音部の連中を含めた、このチーム全体の有りようを表しているようだった。

朋也「いくか」

キョン「おう」

春原「うしっ」

気合十分でコートに踏み入っていく。
向こうは、すでに三人揃っていた。
軽く体を動かしたりしている。

バスケ部員「ハーフコートじゃなくて、全面使うからな」

審判を務めるらしい部員が、ボールを持ったままそう伝えてきた。

朋也「ああ、わかった」

バスケ部員「ジャンプボールだ。そっちは誰がやるんだ」

朋也「キョン、頼む」

キョン「俺か?」

朋也「ああ。俺は無理だし、春原は背が低い。おまえが適任だ」

キョン「そうか。わかった」

センターサークルの中に両者陣取る。
そして、ボールが高く放られた。

キョン「岡崎っ」

最高到達点に達したところで、キョンがボールを叩き落とした。
俺の前に落ちてくる。
すぐさま拾い、そのままドリブルで切り込んでいく。
俺のマークはスピードで振り切ることができた。
だが、相手も一人ディフェンスに戻っていて、ゴール前で膠着する。
春原の姿を探す。反対サイドから走りこんでいるのが見えた。
それも、フリーで。
俺は一度ドリブルで突破するような素振りを見せ、パスを出した。
春原が受け取る。

春原「庶民シューっ!」

二、三歩ほどドリブルで距離をつめ、レイアップを決めていた。

キョン「ナイッシュ」

律「いいぞぉーっ、春原ぁ!」

唯「すごぉい、春原くんっ」

憂「春原さん、かっこいいですっ」

紬「ナイスシュートっ」

澪「先取点だよっ」

春原「へへ…」

にやついた表情を浮かべる春原。
その横から、ボールを持った敵がドリブルで抜き去っていった。

春原「あ、やべ…」

朋也「余所見すんなっ、この馬鹿っ」

律「死ねーっ、春原ーっ!」

唯「最悪だよぉ、もう」

春原「おまえら、てのひら返すの早すぎだろっ!」

紬「…はぁ…マジで、はぁ…」

春原「ムギちゃんまでっすかっ!? つーか、キャラまで変わってるしっ」

朋也「春原、いいから戻れっ」

春原「わかってるよっ」

3対2の状況も、春原が戻ったことで、やっとイーブンに戻った。
敵全員に俺たちのマークがつく。

キョン「っと…」

キョンがパスカット。
すぐに走り出す俺と春原。
カウンターの速攻だ。

キョン「いくぞっ」

キョンは一度春原の方を向いてフェイントを入れ、俺にロングパスを出した。
相手のコート、ツーポイントエリアで拾う。
俺がいるのは左サイド。
ここからレイアップに持っていきたいが、マークがしつこい。
春原もマンツーマンでつかれていた。
仮に今、俺についたこのディフェンスを突破できても、すぐにヘルプがくるだろう。
それくらいゴールに近い位置での攻防だった。
だがこれは、チャンスでもある。ヘルプが来たら、春原がフリーになるのだ。
そこで上手くパスを回せればいいが…
ここまで走ってきた疲労もあって、体がいうことを聞いてくれるかどうか自信が持てない。

朋也(キョンは…)

敵に背を向けて確認すると、自陣から上がってきているのが見えた。
ドリブルでキープしたまま、3対3の状況になるのを待つ。
これで、少し息も整えることができるだろう。

朋也(よし…)

その時が来て、まず一人、俺のマークをドリブルで抜き去った。
案の定、すぐにヘルプが来る。
俺は近くにいた春原にパスを出した。
が、今度はキョンについていたマークが春原をチェックしに来た。
必然的に、キョンはフリーになる。

春原「おし、キョン、いけっ」

春原がワンバンさせてパスを回す。
キョンはそれをしっかりと胸で受け取った。
スリーポイントラインの、外側で。
その位置から、ゴールに向けてボールを放つ。
綺麗な放物線を描き、ゴールに吸い込まれていった。
得点表がめくられる。
3点だ。

春原「うっしゃっ、ナイッシュゥ、キョンっ」

朋也「ナイッシュ。押してるぞ、俺たち」

キョン「おう」

ハイタッチを交わす三人。

律「うおー、すげーっ!」

唯「あんな遠い所からだからかな、3点も入ってたよっ」

憂「お姉ちゃん、スリーポイントっていうのがあるんだよ」

唯「え? そうなの? すごいシステムだねっ」

外野からは、のんきなやり取りが聞えてきていた。

バスケ部員「………」

対照的に、コート内はそう穏やかじゃなかった。
今のプレイで、部員たちの目の色が変わっていた。
おそらく、今まではキョンの動きを見て、素人に近いと踏んでいたんだろう。
だから、スリーポイントなんか、端から警戒していなかったのだ。
実際、キョンは、ドリブルやパスはそこまで上手くない。
だが、シュートには素質が感じられた。練習も、シュートを重点的にやっていた。
その成果が、今のスリーポイントだ。
プレッシャーのかかっていないドフリーからのシュートとはいえ、上出来だった。
しかし、これからはシュートもあると、相手も警戒してくるだろう。
まぁ、それを逆手に取ることも、もちろんできるのだが。

朋也(奇襲はもうやれないか…)

朋也(ま、なんとかなるか…)

朋也(こいつら、レギュラーってわけでもなさそうだしな…)

俺の予想はおそらく当たっているはずだ。
ここまでの試合運びが、楽にいきすぎている。
それは、あの二人も肌で感じていることだろう。
出し惜しみしているのか知らないが、このままいけば十分勝機はある。

朋也(よし…いくか)

その後も、パス回しからの連携や、春原の個人技、キョンのシュートなどで得点を重ねていった。
俺も、左からのレイアップのみだったが、なんとか得点に貢献できていた。
こっちもそれなりに失点していたが、まだまだ優勢だ。

バスケ部員「メンバーチェンジ!」

ボールがコート外に出たとき、タイムを入れて、そう宣言された。
選手が総入れ替えになる。身長が軒並み上がっていた。
ガタイも、ずいぶんとよくなっている。

春原「おいおい、あいつらってさ、やっぱ…」

キョン「だろうな…」

朋也「ああ…レギュラー陣だ」

春原「ちっ、ここにきてか」

キョン「後半分だ。やれないことはないさ」

春原「へっ、そうだね…」

しかし、そう楽観的にもみていられない。
あっちはスタミナが満タンな上に、技量も体格も上だ。
対して、こっちは消耗が激しく、素人が二人に、肩が壊れている男が一人。
ここまではなんとかやってこれたが、この後どこまでやれるか…。

朋也(とにかく、今はこっちボールだ)

朋也(攻めていくか…)

思いとは裏腹に、ボールをコートに戻すことさえそう簡単にさせてもらえない。
俊敏な動きでぴったりとつかれていた。
俺は苦し紛れにボールを投げ放ったが、すぐにカットされてしまった。
そのままの勢いで、一気に押し込まれ、得点を許してしまっていた。

朋也「わりぃ…」

キョン「いや、しょうがないさ。ああも、くっつかれちゃな…」

春原「まだ2点返されたただけじゃん。余裕だって」

朋也「すまん…」

キョン「謝らなくていい。いくぞ」

ぱんっと肩を叩かれる。

春原「おまえが謝るとか、らしくねぇっての」

朋也「ああ…そうだな」

再び気を奮い立たせる。
俺も、春原も、キョンも、必死になって食らいついていった。

朋也(くそ、俺に左からのレイアップしかないことがわかってやがる…)

相手には、俺たちの攻撃パターンも、ほぼ読まれていた。
それでも、レギュラー陣相手に、同等以上の戦いを演じて見せた。
だが、それも、終盤に差し掛かってから、かげりが見え始める。

春原「あ…ぐっ…はぁ…はぁ…」

キョン「はぁー…はぁ、っく…はぁ…」

二人の体力が底をつき始めていた。
それは、俺にしても同じことだったが…。

朋也「大丈夫か?」

春原「ああ、余裕すぎて、なんか眠いよ」

朋也「それ、死にかけてるからな」

朋也「キョンは?」

キョン「ああ…まだ、いけるぞ」

朋也「そうか…」

とてもそうは見えない。
肩で息をしていた。
強がりだということが、すぐにわかる。

朋也「残り30秒で、こっちボールだ。もう、このワンプレイで終わるぞ」

得点差は一点のみ。
俺たちが負けていた。

春原「泣いても笑っても、最後ってわけね…」

キョン「どうする? もう、パターンだいぶ読まれてるぞ…」

バスケ部員「おまえら、早く始めろよっ!」

怒声が届く。

朋也「ああ、すぐ始める」

そう冷静に返した。

朋也「いいか、ふたりとも」

俺は二人を抱き寄せて、最後の指示を出す。

キョン「了解」

春原「うまくいくといいけどねぇ」

コートに散る。
最初のパスでカットされればそれでゲームオーバー。
相手もそれがわかっているから、今まで以上に必死のディフェンスだ。
ぐるぐるとめまぐるしく変わる陣形…。
俺はボールを投げ入れた。
キョンの手に渡る。
不意に取られないよう、囲まれる前に俺に戻した。
ドリブルで中央に割って入る。
相手は意表を突かれた形になった。
俺は今まで左サイドからしかゴール下に入ることはなかったからだ。
一、二…
レイアップ! …の振りだけしてみせる。

思惑通り、目の前に影がよぎった。
俺は胸の前でボールを左手に移した。
そして、背後にいるのが春原だと信じてボールを浮かせる。

春原「よし、きたぁぁっ!」

春原の声。
振り返ると、ボールを両手に掴んだ春原が着地したところだった。
それに、春原についていたディフェンスが覆い被さる。
フェイントで振った後、ボールを床に打ちつけた。
高くバウンドしたボール。
助走と共に拾っていたのはキョン。
自分についたディフェンスを振り切って、そして…
ゴールとは反対方向にボールを投げていた。
ゴール正面のフリースローポイント。
そこで俺はボールを受け取っていた。
すべてのディフェンスを振り切って。
コートに立つ全員が俺を振り返っていた。
相手の、唖然とした顔が滑稽だった。

唯「岡崎くん、シュートだよっ」

平沢の声だけが、一際大きく聞えた気がした。

ああ…了解。

俺は上がらない肩もお構いなしに打った。

バスケ経験者とはほど遠い、不恰好な姿勢で。

それがすべてを象徴していた。

不恰好に暮らしてきた俺たち。

そんな奴らでも、辿り着くことができる。


道は違っても… 同じ高みに。


ぱすっ、と音がして、ネットが揺れていた。
一瞬の静けさ…
直後、割れんばかりの大歓声が起きた。

春原「よくやった、岡崎!」

キョン「岡崎ぃ、すごいじゃないかっ!」

律「やるじゃん、岡崎っ」

唯「岡崎くん、MVP賞受賞だよっ!」

憂「岡崎さんっ」

澪「岡崎くん…すごいよっ、ほんとに…」

紬「やったね、逆転よっ」

梓「まぁ…認めます。おめでとうございます」

みんなが駆け寄ってくる。

澪「みんな…すごいよ」

澪「唯が言ってた通り…力を合わせれば、こんなこともできるんだって…」

澪「わだし…ぐす…感動だよ…」

朋也「泣くな。これくらいのことで」

春原「そうそう。当然のこと」

キョン「ははっ、だな」

しばし、みんなで喜びを分かち合う。
俺たちとやりあっていたバスケ部員たちは、仲間に非難され始めていた。
そいつらも、手でバツを作ったり、首を横に振ったりして、抵抗を示しているようだった。
だが、そんな中にも、俺たちに拍手を送ってくれる奴らもいた。
本気で戦っていたことを、本物たちに認められたようで、それが少しうれしかった。

朋也「じゃあ、本題に移るか」

朋也「おい、つっ立ってないで、こっちこい」

ファンクラブの男を呼びつける。
しぶりながらもやってきた。

朋也「これで、文句ねぇだろ」

男子生徒「…文句っていうかさ…澪ちゃんは別に迷惑してなかったからいいだろ」

澪「え…」

男子生徒「そうだったじゃん。そんな嫌でもなかったんでしょ?」

春原「てめぇな、このごに及んで、なに言って…」

朋也「春原…」

手で制す。

春原「あん? なんだよ」

朋也「いいから、ちょっと黙ってろ」

春原「なんなんだよ…」

朋也「秋山、おまえはどうなんだ」

途中で止められ、怒りのやり場を失った春原をよそに、秋山にそう訊いた。

澪「そ、それは…」

朋也「嫌だったんだろ。はっきり言ってやれ」

澪「………」

男子生徒「おまえが言わそうとしてるだけだろどうみても。馬鹿か」

朋也「正直に言え。なにを言ったって、俺たちがついてるから」

俺は男の暴言に言い返すことはしなかった。
じっと、秋山の答えを待った。

澪「……です…」

男子生徒「え?」

澪「嫌です。もう、私に…」

澪「私に…」

澪「………」

澪「軽音部のみんなに、近づかないで」

最後には顔を上げ、しっかりと相手の目を見据え、はっきりと言った。

男子生徒「………」

男子生徒「ビッチすぎだろ…」

捨て台詞を吐き、残していた仲間と共に体育館から出ていく。

春原「ったく、拒否られたからって、最後に変なこと言っていきやがってよ」

朋也「あんな奴の言うことなんて、気にするな」

澪「う、うん…」

春原「今度見かけたら、ぶっ飛ばしといてやるよ」

澪「そ、それはダメだよ」

春原「遠慮すんなって」

澪「気持ちだけ、受け取っておくよ。ありがとう」

春原「…ま、いいけどね」

キョン「おまえは喧嘩したかっただけだろ」

春原「ちがわい」

律「いやぁ、でも、驚いたわ。あの澪が、あんなはっきり断り入れるなんてな」

律「幼馴染のあたしでも、今までみたことなかったのにさ」

澪「岡崎くんが、背を押してくれたから…」

俺を一瞬だけ見て、顔を伏せる。
俺も、あんな恥ずかしいセリフを吐いてしまった手前、なにか気恥ずかしかった。

勝って気分がよくなっていたとはいえ…猛省。

春原「おお? なに、いい雰囲気?」

律「初々しいねぇ、おふたりさん」

澪「え? ちちち、ちが…」

律「こぉのフラグ立て夫がぁ。略して立て夫がぁ」

俺を肘でつついてくる。

朋也「なにが立て夫だ…っ、あでででっ」

何者かに太ももをつねられる。

梓「………」

何食わぬ顔で中野が横に立っていた。

朋也「って、やっぱおまえかっ! なにすんだ、こらっ」

梓「すみません、ぎょう虫がいたもので、つい」

そんなのケツにしかいない。

律「あ~、立て夫が澪に優しくするもんだから…」

唯「ほらぁ、唯が元気なくしちゃってるじゃん」

唯「そ、そんなことないよぉ…ないよ…」

紬「ふふ、唯ちゃん可愛い」

憂「お姉ちゃん頑張ってっ」

唯「え、ええ? なんのことか、わかんないっ」

律「はは、まぁいいや。とにかく、祝勝会だっ」

律「部室行くぞぉ」

がし、っと秋山の肩に手を回した。

澪「あ、こら律、歩きにくいっ」

律「細かいことは気にすんなっ」

―――――――――――――――――――――

キョン「じゃ、俺はここで」

体育館から直接旧校舎の一階までやってくると、そう言った。

朋也「おまえ、こないのか」

キョン「ああ、バスケ終わるまでって、言ってあるからな」

春原「いいじゃん、ちょっとくらい」

キョン「そのちょっとが許されてたら、苦労してないんだけどな」

朋也「なんか、大変そうだな、おまえも」

あの日、文芸部室から出てきた時のこいつの顔を思い出す。
眉間にしわを寄せ、難しそうな顔をしていた。
いろいと複雑な環境なんだろう、きっと。

キョン「ああ、まぁな。でも…」

言いかけて、やめる。

キョン「…いや、なんでもない」

キョン「それじゃ」

唯「キョンくん、いつでも軽音部に遊びに来てね」

キョン「ありがたいけど…多分、顔を出すことはないと思う」

キョン「俺の居場所は、なんだかんだいって、あそこだからな」

親指で文芸部室をさす。

唯「そっか…そうなんだね」

キョン「ああ」

朋也「悪かったな、なにも見返りがなくて」

キョン「あったさ。久しぶりにおまえらとつるんで馬鹿やれたっていうな」

春原「うれしいこと言ってくれるじゃん」

朋也「ちょっと臭いけどな」

キョン「はは、最後までキツいな、岡崎は」

キョン「まぁ、それが、らしくていいよ。それじゃな。また機会があれば」

朋也「ああ、またな」

春原「じゃあね」

唯「ありがとう、キョンくん」

律「おつかれさん」

紬「ありがとう。おつかれさま」

澪「ありがとう、一緒に頑張ってくれて」

梓「ありがとうございました」

憂「おつかれさまでした」

俺たちの言葉を聞き終えると、部室に入っていった。
ドア越しに、また女と言い争うような声が聞えてくる。
だが、その声色に怒気は含まれていなかった。
どころか、生き生きとしているような印象さえ受けた。

全スレ余ってるぞ?なんで放棄した?

俺も詳しくは知らないが、それだけでわかった。
あそこが、あいつの収まるべき場所なんだろう、と。

―――――――――――――――――――――

律「かんぱ~い」

唯「いぇい、かんぱ~い」

中央にティーカップを寄せ集め、チンッ、と軽く触れ合わせた。

律「しっかし、本業のバスケ部相手に…」

唯「えいっ」

パンッ!

律「っいっつ…って、なぁにすんだよ、唯っ」

唯「このクラッカー、試合中に使おうと思ってたんだけど、使い時がわからなくて…」

まだ持っていたのか…。

唯「それで、今使ってみました」

律「今もタイミングずれてるってのっ! 私のトークが始まろうとしてただろがっ」

律「しかも、こんな近くで放ちやがって…」

唯「えへへ、ごめんね。みんなの分もあるよ?」

>>47容量オーバー

律「反省の色がみえねぇ~…」

唯「やろうよ、みんなでさ、おめでと~って」

律「はいはい…」

全員に配り終える。

唯「それじゃ、改めて…」

唯「おめでとぉ~」

パンッ パンッ パンッ

次々に祝砲が上がる。

パンッ!

朋也「うぉっ…」

俺の横からクラッカーの紙ふぶきが飛んでくる。
腕を上げてガードしたのは、モロに食らってからだった。

梓「ちっ、火力が足りなかったか…」

一人だけ武器として扱っている奴がいた。

憂「梓ちゃん、人に向けて打ったらだめだよ」

梓「だって…自然と発射口が岡崎先輩を向くんだもん」

憂「自動照準なんて機能、ついてないよ…」

春原「ははっ、なんか知らないけど、おまえ、ナメられてるよね」

朋也「目潰しっ!」

パンッ!

春原「ぎゃぁああああああ目がぁああ目がぁああああっ!!」

両目を押さえながらもんどり打つ。

春原「なにすんだよっ! つーか…なにすんだよっ!」

朋也「二回言うな」

春原「ちくしょう、僕が失明でもしたらどう…ヒック…ぅう…すんだよ」

しゃっくりが出始めていた。

春原「ヒック…あー、くそ、止まんね…ヒック…」

朋也「ヒックヒックうるせぇな。心臓の動き止めろよ」

春原「無茶言うなっ! ヒック…」

律「普段はこんな奴らなのになぁ。試合の時とは、ほんと別人だよ」

紬「ふふ、そうね。でも、やる時はやる、って感じでかっこいいと思うな」

春原「え? ほんとに? ヒック…」

春原がしゃっくりを交えながら目を輝かせて反応する。

春原「ムギちゃん、僕のこと、そんなにかっこいいと思う? ヒック…」

紬「うん、ちょっと耳障りかな、その心臓の痙攣」

春原「暗に勘違いするなって言ってますか、それ!?」

律「わははは!」

春原「うぅ…ショックでしゃっくり止まっちゃったよ…」

紬「じゃあ、あと一押し足りなかったかな…」

春原「息の根も止めるつもりだったんすかっ!?」

律「はは、おまえ、ムギに相手されてねぇんだって。諦めろよ」

春原「んなことねぇってのっ」

律「変なとこで根性あるなぁ、こいつは…」

がちゃり

さわ子「おいすー」

唯「あ、さわちゃんだ」

さわ子「あれ? なに、この散乱してる紙ふぶきは」

さわ子「パーティーの中盤戦みたいになってるじゃない」

歩を進めながら言って、空いている席に腰を下ろした。
すかさず琴吹がティーカップをそばに置く。

さわ子「ありがと、ムギちゃん」

紬「いえいえ」

再びもとの席におさまる琴吹。

唯「試合が終わったから、おつかれさま会してたんだよ」

さわ子「あら、もう試合してきたのね」

唯「うん。でね、相手はバスケ部の人たちだったんだけど、それでも勝てたんだよっ」

さわ子「へぇ、やるじゃない」

春原「まぁね。楽勝だったよ」

澪「ほんとに、すごかったんですよ」

澪「途中、逆転されても、みんな、諦めないで頑張って…」

澪「背だって、相手の方がずっと高くて、有利だったのに…」

澪「それでも、最後には勝つことができたんです」

澪「私、すごく感動しました…」

さわ子「ふぅん、このふたりにそんな男気があったとはねぇ…」

春原「僕はもともと男気の塊みたいなもんでしょ」

朋也「取れたら、嬉しいんだか、嬉しくなんだかで葛藤する、あの塊のことか」

春原「それ、ミミクソの塊だろっ! 僕、どんな奴だよっ!?」

律「わははは!」

さわ子「そういえば、キョンくんは、いないのね」

さわ子「あの子も試合に出たんでしょ? 誘ってあげなかったの?」

律「いや、自分の部活があるからって、来なかったんだよ」

さわ子「ああ、なるほどね。あのクラブに入ってたんだっけ、あの子は」

あの、を強調して言った。
この人は、あいつの部活のことを知っているんだろうか。
そんな口ぶりだった。

さわ子「でも、岡崎。あんた、肩…大丈夫だったの?」

朋也「ああ…まぁ、なんとかな」

律「え? なに、肩?」

さわ子「あら…てっきり、聞いてるのかと思ってたんだけど…」

俺を見て、ばつが悪そうに表情を硬くする。
俺が話す前に、自分が半ば打ち明けてしまったことを、悪く思っているんだろうか。
今更こいつらに知られたところで、もうしこりが残るようなことでもないのに。

朋也「俺、肩壊しててさ。右腕が、肩より上に上がらないんだよ」

だから、俺の口からそう告げていた。

さわ子「岡崎…」

朋也「いいよ、平沢にはもう話してるしな」

さわ子「…そう」

事情を知っている者以外は、みな驚きの表情を浮かべていた。

律「そうだったのか…だから、練習中もシュート打ってなかったんだな…」

朋也「ああ、まぁな」

律「じゃあ…逆転決めた、あんたの最後のシュートも、肩庇いながら…」

朋也「ああ。それでかなり無様な格好になっちまったけどな」

澪「そんなことないよっ、すごく格好良かったっ」

朋也「そっか…サンキュな」

澪「ううん、本当に、そう思ったから…慰めなんかじゃないから」

朋也「ああ…ありがとな」

澪「うん…」

さわ子「…あらあら? 岡崎にも、ようやく春が訪れたのかしら?」

朋也「あん?」

さわ子「あんた、あの、恋する乙女の眼差しに気づかないの?」

澪「せ、せせ先生、なに言ってるんですかっ…」

さわ子「でも、澪ちゃんが、あの岡崎になんて、意外だわ」

さわ子「ああっ、でもそういう意外性もまた、若さの特権よねぇ…」

しみじみという。
この人もまだそんなに歳食ってもいないだろうに。多分。

澪「ち、ちが…」

律「うわぁ、澪、顔真っ赤だなぁ」

澪「な、う、うるさいっ」

律「で、実際どうなんだよ」

澪「な、なにが…」

律「いや、だから、岡崎だよ。アリかナシか」

澪「そ、それは…」

律「ありゃ、即答しないな? ってことは…」

澪「深読みするなっ」

ぽかっ

律「あでっ」

律「殴って誤魔化すなよなぁ…」

澪「おまえがへんなこと言うからだっ」

律「ああはいはい、すいませんでしたねぇ…」

律「って、しまった、また唯の元気がなくなってるし」

唯「わ、私は元気だよ…いつも通りだよ…」

澪「ゆ、唯、違うんだ、私は別に…」

唯「な、なんで謝るのぉ、澪ちゃん。いいじゃん、岡崎くんと澪ちゃんのカップル」

唯「どっちも、美形ですっごく似合ってるよっ」

澪「ゆ、唯までそんな…」

律「はは、唯、強がんなって、このこのぉ」

首に腕を回し、ぐりぐりと平沢の頭に拳を当てた。

唯「本心だよぉ…もうやめてぇ~りっちゃんっ」

いじられ続ける平沢。
しかし…
女というのは、浮いた話に持っていくのが好きな生き物なんだろうか。
なにかあると、すぐに冷やかされている気がする…。

朋也(…ん?)

俺の横の席、中野が何か両の手でくるくる回していた。
そして、おもむろに俺の頬に触れてくる。

朋也「…っだぁっつっ」

その指先から、バチッ、とした痛みが走った。

朋也「なにしやがった、こらっ」

梓「静電気ですよ」

朋也「はぁ? 静電気?」

梓「この、『電気バチバチくん』を手の中でこねると、静電気がたまるんです」

鉄製の棒のようなものに触れながら説明してくれた。

朋也(あぶねぇ…なんてもん持ってんだ…)

朋也「つーか、今俺が攻撃された理由がわからん」

梓「流れが気に食わなかっただけです」

梓「モテ男みたいに扱われて、調子に乗られたら嫌ですから」

朋也「思ってねぇよ、んなこと…」

憂「あの、岡崎さん」

朋也「うん? なんだ、憂ちゃん」

憂「何か、困ったことがあったら、いつでも言ってきてくださいね」

憂「私、力になりたいです」

それは、俺の肩のことを気にかけていってくれてるんだろう。

朋也「ああ、大丈夫。こんな肩でも、そこそこ不自由しないからさ」

憂「そうですか…?」

朋也「ああ」

梓「憂、この人なら、頭が吹き飛んでても不自由しないから、ほっといてもいいよ」

俺のアイデンティティが粉々にされていた。

憂「梓ちゃん、ほんと厳しいよね、岡崎さんに…」

梓「憂が甘すぎるんだよ」

朋也(っとにこいつは…生意気な野郎だ)

勝利の宴は、日が暮れるまで続いていた。

―――――――――――――――――――――

春原「うげぇえっぷ…ふぅ」

律「きったねぇな馬鹿野郎、勝手にすっきりしてんじゃねぇよ」

春原「生理現象なんだから、しょうがないじゃん」

律「あんたが炭酸飲み過ぎなだけだろ」

春原「いや、おまえのデコみたら、誘発されたんだけど」

律「ぬぁんだとぉ、この白髪染め野郎っ!」

春原「脱色だってのっ! 白髪なんか一本もねぇよっ!」

律「嘘つけっ、白髪染め液のパッケージにおまえっぽいのいたもんっ」

春原「別人だろっ! 似て非なるものだよっ!」

春原「育毛剤のパッケージにおまえ本人がいるならわかるけどさっ」

律「い、育毛剤だと!? こぉの野郎…」

春原「ふん…やんのかい? お嬢ちゃん…」

  律「きえぇえええええっ!」
春原「ほおぁあああああっ!」

何かの動物のような鳴き声と型を取って威嚇しあう。
毎回のことなので、もう誰も止めようとしなくなっていた。

澪「岡崎くん、今日はありがとね」

ふたりが生む喧騒の外、秋山が俺に礼の言葉をくれた。

朋也「いや、別に。結果的に勝てたし、俺もわりと気分よかったからな」

澪「あ、そのこともなんだけど、もうひとつ…」

朋也「ん?」

澪「えっと…あの時、私に、正直になれって、後押ししてくれたこと」

朋也「ああ…」

澪「岡崎くんのおかげで、私、自分の気持ちがそのまま言えたんだ」

澪「今まで、怖がって、仲のいい友達にしか本音を言えなかった私が、だよ」

朋也「そっか。じゃあ、すっきりしただろ」

澪「うん、ちょっとね」

言って、苦笑する。

朋也「これからは本音だけで喋れよ」

朋也「例えば、ブルドックを可愛いって言う人がいたとするだろ?」

朋也「そしたら、正面から前蹴り食らったような顔面だ、って言ってやるんだ」

澪「あはは、それは、難しいかなぁ」

朋也「簡単だって」

澪「それは、岡崎くんだからだよ」

澪「岡崎くん、お世辞言いそうにないもんね」

朋也「ああ、臭いものは臭いって言うし、春原には馬鹿って言うぞ」

春原「聞えてるよっ!」

澪「あははっ」

―――――――――――――――――――――

各々が自分の帰路につき、俺と平沢姉妹だけが残った。
三人で今朝も歩いてきた道をいく。

唯「岡崎くん、澪ちゃんと仲良くなったよね」

朋也「そうか?」

唯「うん。だって、いっぱい喋ってたし…」

朋也「そんなでもないけど」

唯「でも、あの恥ずかしがり屋の澪ちゃんが、平気で話してるし…」

唯「それに、楽しそうに笑ってたし…」

朋也「単に慣れただけなんじゃないのか」

唯「そうなのかなぁ…」

朋也「そうだろ」

唯「う~ん…」

憂「岡崎さんって話しやすいですもんね」

憂「きっと、澪さんもそう思ったんじゃないかなぁ」

朋也「そんなこと言ってくれるのは憂ちゃんぐらいだよ」

言って、頭をなでる。
憂ちゃんも、笑顔で返してくれた。

唯「でもさぁ、岡崎くんもなんか楽しげだったよね」

唯「やっぱり、澪ちゃんみたいな美人さんとお喋りするのは楽しい?」

朋也「まぁ…そうだな」

容姿がよければ、大抵の男はそうだろうと思う。

唯「そうだよね…あはは…」

朋也「でも、俺の好みとしては、美人系よりかは、可愛らしい方がいいけどな」

唯「じゃあ…ムギちゃんとか?」

朋也「琴吹は、そうかもしれないけど、ちょっと大人っぽいしな」

朋也「だから、俺の中じゃ、きりっとしたイメージがあるんだよな」

唯「じゃあ、あずにゃんとか」

朋也「あいつはガキっぽすぎるっていうか…」

それ以前の問題な気がする。

朋也「まぁ、軽音部の中で言うなら…おまえが、一番近いよ」

唯「え…あう…わた、私…?」

朋也「ああ…まぁ、な…」

唯「それは…ご期待に添えられて、よかったです…」

朋也「いや…別になにも要求してないけどな…」

唯「そ、そうだったね…あははっ」

憂「岡崎さん、お姉ちゃんを末永くよろしくお願いしますね」

朋也「って、それ、どういう意味だ」

憂「さぁ? うふふ」

唯「う、憂っ、今日の晩御飯なに?」

憂「ん? 今日はねぇ、若鶏のグリルと…」

晩飯の話題で盛り上がる平沢姉妹。
俺はずっと横でそれを聞いていた。
いつしか俺は、こんな日々がずっと続いてくれればいいと…
そう、願うようになっていた。

―――――――――――――――――――――

4/25 日

朋也「ふぁ…ん」

早い時間、自然と目が覚める。
体に重さを覚えることもなく、寝直す気にもならない。
ここ数日、バスケの試合に向けて体調を管理していたおかげだろう。
まぁ、それも、単に体が疲れて早めに床についていただけの事だったが。
ともかく、生活サイクルが朝方に戻ってきたのは確かだった。
疲労とは、人の意思だけでは、どうにも抗い難いものだ。
休みたいという欲求が、平常時の思考を簡単に上回る。
まるで、本能のようにだ。
そのせいで、春原の部屋を出ていく時間が早まり、何度か親父と顔を合わせていた。
その瞬間はたまらなく嫌だったが、すぐに不快感は薄れ、意識はベッドへ向いていた。
俺のこだわっていた、つまらない意地なんて、現実的な負荷の前では無意味なものだ。
そういえば…前にも似たようなことを思ったことがある。
そう、芳野祐介の手伝いをした時だ。

朋也(とっとと中退して、働きでもしたら、やる気出るのかな…)

本当に出るだろうか…。
いや、とてもそうなるとは思えない。
まだ、何も考えずに授業を受けていたほうが楽な気がする。
食うために働き続ける…。
そんな歯車にはまってしまえば、自分が哀れに思えても、放棄することもできなくなってしまうのだろう。
考えただけでも、ぞっとする。

朋也(でも、もう後一年なんだよな…)

………。

やめだ。こんな重苦しいこと、朝っぱらから考えていたら、気分が滅入る。

朋也(いくか…)

重い気分を振り払うように、勢いをつけて体を起こした。

―――――――――――――――――――――

春原「ん…うひひ…」

朋也(まだ寝てやがる…)

春原の部屋。
ベッドの中で、幸せそうに寝息を立てていた。
こいつも、朝錬なんかしていたくらいだから、もう起きているだろうと見込んでいたのだが…。

春原「うひ…ひひ…」

どんな夢を見ているんだろう。
布団の端を掴んで、口の中でもごもごさせていた。

朋也(なにか他のものを入れてみよう)

俺は台所に向かった。
冷蔵庫を漁る。
いくつか適当に調味料を手に取って、また戻ってくる。

朋也(よし、まずはこれだ)

マヨネーズを口に近づけてみる。

春原「う…む…」

吸い出していた。

朋也(じゃあ、次は…)

コショウを近づける。
だが、さすがに非流動体では口で吸えないようだった。

朋也(だめか…ん?)

と思ったら、鼻の呼吸で吸い込み始めていた。

春原「ん…ぶはぁっ!」

荒々しく目覚める。

春原「げほっ…んだよ、マヨネーズ…?」

朋也「おはよう」

春原「うおっ、岡崎っ」

朋也「俺が来てやったんだから、もう起きろ」

春原「いや、まずどうやって入ってきたんだよ、鍵は…」

朋也「不用心にもかかってなかったぞ。しっかりしろよ」

朋也「まぁ、俺が昨日、閉めずに出たんだけどさ」

春原「なら、偉そうに注意促すなっ!」

朋也「んなマヨネーズみたいな感じで言われてもな…」

春原「僕の意思じゃねぇよ…起きたら、いきなりこんなんだったんだよ」

春原「昨日、無意識にマヨネーズで一杯やって寝ちゃったのかな…」

朋也「心配するな。そんな情けない宅飲みはしてないぞ」

朋也「俺が今、直接そそいでただけだからな。すっきり起きられるようにさ」

マヨネーズとコショウを手に持ってみせる。

春原「普通に起こせよっ! しかも、なんだよ、そんなに色々持ってきやがって…」

テーブルの上に置かれた様々な調味料に気づいたようだ。

春原「ワサビまであるしさ…」

朋也「おまえの体内で、全く新しい調味料を調合しようと思ったんだ」

春原「変な探究心燃やすなっ!」

―――――――――――――――――――――

春原「くそぅ、昼まで寝てようと思ってたのによ…」

着替えを済ませても、まだぶつぶつと文句を垂れ流していた。

朋也「せっかくの日曜なんだから、もっと有意義に過ごせよ」

春原「めちゃ脱力してうつ伏せになってるあんたに言われたくないんですけどっ」

朋也「ま、それはそれとしてだ…」

上体だけ起こす。

朋也「朝飯食いに行こうぜ。俺まだ食ってないし」

春原「いいけどさ。どこいくの」

朋也「朝定食があるとこ」

春原「じゃあ、近くにある適当な定食屋でいいよね」

朋也「この辺のはあんまり好きじゃないんだけど」

春原「なら、繁華街の方まで出る?」

朋也「遠い」

春原「マジでわがままっすね…」

朋也「やっぱ、宅配ピザ頼もうぜ」

朋也「それで、手がギトギトになって、部屋中油まみれにしよう」

春原「絶対外食にするからなっ!」

朋也「なんでも否定するな、おまえ。そんなに世の中に不満があるのか」

春原「あんたがめちゃくちゃなこと言うからでしょっ!」

春原「つーか、マジでどうすんの。そろそろ決めてよ」

朋也「そうだな、じゃあ、駅前に出るか」

朋也「琴吹がバイトしてるファストフードの店があるんだけど、そこにしよう」

春原「え!? ムギちゃん、バイトなんかしてんの?」

朋也「ああ、この前みかけたぞ。クーポンももらったしな」

春原「へぇ、偉いなぁ、お嬢様なのに。やっぱ、いい子だよ」

春原「うしっ、そうと決まれば、早くいこうぜっ」

朋也「そういきりたつなよ。俺の動く気が失せちゃうじゃん」

朋也「前日までテンション高かったのに、当日になって萎える感じでさ」

春原「あんた、面倒くさいぐらい繊細っすねっ!」

―――――――――――――――――――――

律「ありゃ、岡崎に春原じゃん」

駅前まで出てくると、偶然部長と鉢合わせた。

春原「げっ、部長」

律「なんだよ、その反応はっ」

律「こんな美少女に出会えたこと、神に感謝しろよっ」

春原「するかよ。むしろ、謝って欲しいぐらいだね」

春原「今からせっかくムギちゃんのバイト先に行こうってとこだったのにさ」

春原「はぁ…台無しだよ」

律「あん? なに、あんたらもあそこのハンバーガー食いに来てんの?」

春原「も…ってことは、おまえもかよ」

律「私はそうだけど…かぁ、なんだよ、目的地一緒なのか…」

春原「嫌なら、雀荘にでも入り浸ってろよ」

律「なんで雀荘なんだよっ! おまえがパチ屋にでも行ってろよっ!」

律「私の方が先に行くって決めてたんだからなっ!」

春原「いいや、僕だっ!」

律「私だっ!」

春原「………」
  律「………」

だっ、と店まで駆けていくふたり。

朋也(そういう速さを競うのかよ…)

俺もその後を追う。

―――――――――――――――――――――

紬「いらっしゃいませ~…」

紬「あら…」

春原「いやぁ、いらしゃっちゃった」

律「割り込みすんなっ、アホっ」

春原「僕のが早かったってのっ!」

紬「あのぉ…」

春原「すみませんね、このデコがうるさくて」

律「なんだと、こらっ」

春原「あ、注文いいですか」

紬「はい。どうぞ」

春原「じゃあ…君の体を一晩…なんてね」

紬「ご注文は、廃棄ピクルスが一点、以上でよろしいですか?」

春原「死ねってことっすかっ!?」

律「ぶっ、うくくく…」

―――――――――――――――――――――

注文と会計を終え、テーブルにつく。

春原「ったく、なんでおまえが一緒に座ってんだよ」

律「しょうがねぇじゃん、他に席が空いてないんだからさ」

春原「他人の席に勝手に相席してウザがられてくればいいじゃん」

律「そんなの私のキャラじゃないしぃ」

律「おまえのが似合ってるぞ、普段からウザがられてるしな」

春原「あんだと?」

律「事実だろぉ?」

紬「お待たせしましたぁ」

琴吹が大きめの盆に注文の品を載せ、運んできてくれる。
またレジと代わってもらったんだろう。

春原「お、ムギちゃん直々に持ってきてくれるんだね」

律「センキュー、ムギ」

紬「これがお仕事だからねぇ。はい、どうぞ」

言って、テーブルに盆を置いた。

紬「今日は、三人で遊んでるの?」

律「違うよ、たまたま会っただけだって」

春原「そうそう。僕がわざわざこいつと遊ぶなんて、ありえないよ」

律「そりゃ、こっちのセリフだってのっ」

紬「まぁまぁ、ふたりとも。仲良くしなきゃ」

律「無・理」

紬「りっちゃん…もう、これからは部室でお菓子出せなくなるかも…」

律「え、なんでさ!? そんなことしたら軽音部じゃなくなるじゃん!」

それもどうかと思うが。

紬「だって…ふたりが喧嘩してるところをみるなんて、私、悲しくて…」

紬「そのショックで自我が保てなくなりそうなんだもの…」

律「んな、オーバーな…」

紬「だから、仲良くして?」

律「…わかったよ。でも、ちょっとだけだぞ」

紬「春原くんも、ね?」

春原「まぁ、ムギちゃんがそう言うなら、僕も少しぐらいは…」

紬「よかったぁ。それじゃ、握手しましょ」

春原と部長の手を取って、握らせる。

春原「………」
 律「………」

紬「わぁ、ぱちぱちぱち~」

ひとりで拍手を送っていた。

紬「じゃあ、岡崎くん、このふたりをよろしくね」

朋也「ん、ああ…」

紬「では、ごゆっくり~」

最後は店員の職務に戻り、恭しく下がっていった。

朋也(よろしくったってなぁ…)

春原「……こっのっ…」

律「…くのっ…くのっ…」

握手から指相撲に移行していた。

朋也(どうしようもねぇだろ…)

―――――――――――――――――――――

春原「ムギちゃんが言うから、仕方なくちょっとだけ遊んでやるんだからな」

律「まんま私の事情だからな、それ」

差し当たって俺はこのふたりにゲーセンで遊ぶよう提案していた。
すると、どちらもゲーセン自体は好きだったようで、了承を得ることができていた。

春原「はっ、言ってろよ。でもな、馴れ合うつもりはないからな」

春原「男らしく、対戦できるゲームで勝負しろっ」

律「私は女だっつーのっ!」

最初からこんなんで、大丈夫だろうか…。

―――――――――――――――――――――

春原「うりゃりゃりゃっ!!」

律「ヴォルカニックヴァイパァーっ!!」

最初に選んだのは、オーソドックスに格闘ゲームだった。
画面の中で激しくコンボが交錯する。
俺はその様子を春原側の筐体から見ていた。

朋也(しっかし…)

同キャラ対戦だからなのかもしれないが、立ち回り方も大体似ているというか…
こいつら、やっぱり、ほんとは気が合うんじゃないだろうか。

春原「だぁ、くっそ…」

KOの文字がでかでかと表示されていた。
春原が負けたようだ。

春原「あっ、あの野郎…」

死体となった春原のキャラに、超必殺技が繰り出されていた。

春原「てめぇ、悪質だろっ!」

立ち上がり、向かい側にいる部長に噛み付く。

律「はーっはっは! 勝利者の特権だっ。悔しかったら勝つことだなっ」

向こうも筐体の上から顔を覗かせて、言い返してくる。

春原「ちきしょー、連コインだっ!」

律「オウ、きなさい、ボクチン」

結局、4連戦し、2勝2敗で引き分けていた。

―――――――――――――――――――――

春原「次はレースで勝負だっ」

律「のぞむところだっ!」

春原「岡崎、おまえも混じれよ」

朋也「ああ、いいけど」

―――――――――――――――――――――

運転席を模した筐体の中に乗り込み、硬貨を入れる。
コースと使用する車種を選ぶと、レースが始まった。

春原「うらぁああっ!」

律「あ、なぁにすんだよ!」

春原の車が一直線に部長車めがけて突っ込んでいった。
摩擦で煙を立てながら壁に押し付けられている。

律「くっそぉぉっ!」

アクセルを全開にして窮地を脱する部長の車。
今度は部長が春原のケツにつき、追突していた。

春原「てめぇっ!」

律「おりゃりゃっ!」

格闘ゲームのノリを引きずったまま、激突しあう。
俺が安全運転で一周してきても、まだ同じ場所で争っていた。
ふたりをその場に残し、周回を重ねるべく過ぎ去っていく俺。

春原「うわぁっ」

律「ひゃあっ」

朋也(なんだ?)

俺の画面に煙のグラフィックが立ち込めていた。
見れば、春原の車と部長の車が爆発して炎上していた。

朋也(なにやってんだよ…)

律「あーも、おまえがいっぱいぶつかるからぁ」

春原「おまえの車がもろいのが悪いんだよっ」

律「なにぃ?」

ゲーム内どころか、プレイヤー同士でも争いが起き始めていた。
その間もレースは進んでいく。
そして、常に安全運転を心がけていた俺が順当に1位を取っていた。

春原「あ、てめぇ、岡崎、ずりぃぞっ」

律「漁夫の利か、この野郎っ!」

言いがかりをつけ始められていた。
こんな時だけは結託する奴らだった。

―――――――――――――――――――――

朋也「なぁ、発想を変えて、協力プレイができるやつにしたらどうだ」

朋也「仲良くするっていうのが、一応の建前だろ」

春原「まぁ、そうだけどさ…」

律「協力かぁ…」

顔を見合わせる。

春原「はぁ…」
  律「はぁ…」

同時にため息を吐いていた。

朋也「シューティングゲームでもやってみろよ」

朋也「ほら、あのテロリストを鎮圧する奴とかさ」

春原「…まぁいいけど」

―――――――――――――――――――――

春原「おまえ、けっこうやるじゃん」

律「へへっ、おまえもな」

やはり相性がいいのか、序盤は上手く連携し、なんなく突破していた。
このまま何事もなくいってくれればいいのだが…

春原「うわっ、なにすんだよっ」

律「あ、わり」

部長の放ったロケットランチャーの爆風に春原が巻き込まれていた。

春原「ちっ、今後は気ぃつけろよ」

律「感じ悪ぃなぁ…あんたが変な位置に居るのも悪いんだろ…」

フレンドリーファイアで少し空気が悪くなっていた。
お互い、単独プレイも目立ちだす。

律「あ、今のアイテム私が狙ってたのにぃ」

春原「早いもん勝ちだろ」

律「むむ……」

徐々に亀裂が大きくなっていく。
そんな時、事件は起きた。

律「あーっ、おまえ、私撃ったなっ!」

春原「わり、ミスった」

律「嘘つけ、アイテム欲しさに消そうとしたんだろっ」

律「殺られるまえに殺ってやるっ」

春原に向けてマシンガンを放つ部長。
画面が血で染まっていく。

春原「てめぇ、やりやがったなっ!」

春原も火炎放射やロケットランチャーで応戦していた。
ふたりとも、ボス戦に備えて温存しておいたであろう武器を躊躇なく使っていく。
ステージも破壊しつくされ、ボロボロになっている。
敵テロリストも真っ青の破壊活動だった。

―――――――――――――――――――――

律「やっぱ、協力はダメだな。勝負しなきゃ」

律「音ゲーで決着つけようぜ」

春原「ふん、のぞむところだ」

朋也「おまえに不利なんじゃないのか。相手は軽音部部長だぞ」

春原「関係ないね。僕の天性のセンスさえあれば」

朋也「あ、そ」

―――――――――――――――――――――

律「…ふぅ」

最後に一発、たんっ、と叩き終える。
部長が選んだのは、ドラム型の筐体だった。
その実力は、思わずプレイに見入ってしまう程のものだった。
この類のゲームをやったことのない素人の俺でも、だ。
恐ろしいスピードで迫ってくるシンボルをほぼ逃すことなく叩いていた。
あんなのに反応できるなんて、正直考えられない。

春原「…な、なかなかやるじゃん」

動揺を隠せていなかった。
GREAT!と表示された画面を見て固まっている。

律「次はあんたな。あたしより高得点出してみなよ」

春原「ふん、やってやるさ…」

硬貨を投入する。
そして、曲の選択が始まった。
どんどん下にスクロールしていく。

春原「ボンバヘッ入ってないとか、イカれてんな、これ…」

そんなのが入っているほうがおかしい。バグの領域だ。

春原「ま、いいや、これで」

選曲が終わり、ゲームが開始される。
ノリのいいヒップホップのリズムが流れてきた。

春原「YO! YO!」

MISS! MISS! MISS!

ガシャーンッ!

春原「…あ」

金網の閉じられるような音と共に、画面にはゲームオーバーの文字が躍る。
つでにブーイングも聞えてきた。

朋也(だせぇ…)

春原「なんだよこの機械っ! 僕のビートがわからないのかよっ!」

律「はっは、画面に八つ当たりするなよな」

春原「こんなポンコツで勝負しても意味ねぇってのっ」

春原「ボンバヘッも入ってないしよ…無効試合だっ!」

律「んとに、ガキだなぁ、おまえは…」

―――――――――――――――――――――

春原「だぁ、なにやってんだよ、ゼスホウカイっ!」

春原「おまえの単勝1点買いだったんだぞっ」

律「はは、馬鹿め、オッズに目が眩んだようだな」

律「3番人気なんて選ぶからそういうことになるんだよ」

次の勝負の場は、メダルを使った競馬ゲームだった。

律「複勝と合わせて多点買いしとけよなぁ」

春原「んなミミッチィことできるかよ。収支期待できねぇだろ」

律「マイナスよりマシじゃん」

春原「ふん、所詮、女にはわかんないか…」

春原「岡崎、おまえどうだった?」

朋也「キチクオウ→センゴクランスの馬単が的中だ」

春原「マジかよ!?」

律「ほぉ…」

春原「ちょっとめぐんでくんない?」

朋也「ああ? しょうがねぇな…」

―――――――――――――――――――――

ひとしきり遊んだ後、昼飯を食べに出た。
近場のファミレスに入り、腹を満たす。

春原「部長、おまえも女なら、もっとらしいもん頼めよな」

律「私ほどの美少女なら、なに食べてても絵になるのよ、おほほ」

部長が頼んだのは、分厚い肉料理だった。
そのうえに、ガーリックソースなんてゴツイものもかけていた。

春原「おい、岡崎、聞いたかよ」

春原「こいつ、すげぇナルシスト女だぜ」

律「おまえだって、メニュー言う時かっこつけてただろぉ」

律「通ぶって略しちゃってさ、まったく店員さんに通じてなかったじゃん」

律「どこのローカル呼称だよ、って顔してたぞ」

春原「発音がよすぎて、ネイティブにしか伝わんないだけだよっ」

律「焼き魚&キノコ雑炊なんて日本語しかねぇじゃん」

春原「&があるだろうがっ」

律「そこは略してただろうがっ」

朋也(うるせぇ…)

―――――――――――――――――――――

再びゲーセンに戻ってくる。

春原「おし、結構金も使っちゃったからな…次で決めるぞ」

律「ああ、いいぜ、雌雄を決してやるよ」

春原「最後だからな、おまえにジャンルを選ばせてやるよ」

春原「レディーファックユーってやつだ」

律「レディーファーストだろ…そのボケはちょっと無理があるぞ」

春原「いいから、選べよ」

律「そうだな…う~ん」

店内を見回す。

律「あ、あれは…」

振っていた顔を止め、ある一点を見つめる。

律「あれにしようか」

指さす先には、UFOキャッチャー。

律「たくさん景品取った方が勝ちな」

春原「なるほどね、いいよ」

春原は、不敵な顔でにやついていた。
得意なんだろうか、こいつは。

―――――――――――――――――――――

律「あのカチューシャ犬は特別、得点がでかいことにするぞ」

ケース内には、カチューシャをかけた犬のぬいぐるみがふてぶてしく鎮座していた。
小型、中型、大型とあるが、部長が指定したのは大型タイプだ。

律「あれが3点で、他のが1点な」

春原「いいけど…ブサイぬいぐるみだな」

律「かわいいだろがっ、特にチャームポイントのカチューシャが」

春原「そこが、僕の知ってる動物の同類にみえて、なんか馴染めないんだよね」

律「…それは、誰を指してるのかなぁ?」

春原「さぁね」

律「…ぜってぇ勝つ。私が勝ったら土下座して詫び入れろよな」

言いながら、財布から硬貨を取り出し、投入する。
デラデラと機械音が鳴り出し、アームがプレイヤーの制御下に置かれる。
チャンスは3回のようだった。

律「よし…」

まず一回目。
アームを一度横に動かしてx軸を合わせ、そのまま縦に移動させる。
狙いは大型カチューシャ犬のようだった。

律「今だっ」

ぬいぐるみに向かってアームが下りていく。
が、少し距離が足りず、手前で空を切っていた。

律「くそぉ…」

アームが初期位置に戻ってくる。
2回目。
さっきと同じように、ぬいぐるみの上まで持っていく。
今度は頭上に下りていった。
が、カチューシャ部分を掴んでしまい、するりと抜けていった。

春原「ははっ、そんにカチューシャ欲しいのかよ」

春原「もう自分のしてるくせに、他人から奪おうとするなよ」

律「うっさい、あんたは黙っとけ」

律「ちくしょお…」

3回目。大型は諦めて、小型狙いにしていたが、これも失敗していた。
結果、部長は0点。
春原が一つでも取れば、勝ちが確定する状況になった。

律「うぐぐ…」

春原「はは、ほら、どけよ。次は僕だ」

入れ替わり、春原がプレイする。
慣れた手つきで、アームを移動させていく。
小型カチューシャ犬に向けて、迷いなく進んでいく。

止める位置もばっちりに見えた。
アームが下りていく。
そして、見事掴んだまま持ち帰っていた。

春原「おらよ、これで、もう僕の勝ちだね」

取り出し口からぬいぐるみを出し、一度空中に放ってキャッチしてみせた。

律「うぅ…くっそ…」

春原「欲張ってあんなデカいの取ろうとするからだっての」

春原「あれはおまえの器以上の業物なんだよ」

律「だって…欲しかったし…」

しゅん、としおれてしまう。
それは負けたからなのか、目当てのものが取れなかったからなのかはわからない。
ただ、本当に欲しかったのだろうということだけはその様子から伝わってきた。

春原「…はぁーあ、普段はこんなことしねぇからな」

言って、UFOキャッチャーと向き合った。
春原の目線、狙う先は、大型カチューシャ犬に向けられていた。

朋也(こいつ、もしかして…)

アームが移動する。
止まったのはやはり、大型カチューシャ犬の頭上。
まっすぐにターゲットめがけて下りていくアーム。

そして、少し細くなっている首周りを掴んだ。
しっかりと固定される。
そのまま、こちらに持ってきて…
すとん、と落ちていた。
それを気だるげに取り出す春原。

春原「おらよ、やる」

律「え? いいのか?」

春原「ああ。僕は、こんなのいらないしね」

律「あ、ありがとう…」

受け取る。
大事そうに、ぎゅっと抱きしめた。

春原「ふん…」

照れ隠しなのか、わざとしらけた態度を装っているようにみえた。

春原「じゃあ、もういいか」

アームを二度小さく動かし、1ゲームを自分の意思で降りていた。

春原「ああ、そうだ、この小せぇのも、やるよ」

律「うん…ありがとう」

受け取って、大きい方と一緒に抱える。

律「あんた、上手いな、UFOキャッチャー」

春原「まぁね。この界隈じゃ、ゲーセン荒らしって呼ばれてるくらいだからね」

朋也「そうだな…」

朋也「おまえ、よく機械に体当たりして、振動を与えることで景品落としてるもんな」

春原「そういうブラックリストに載るような意味じゃねぇよっ!」

律「わははは!」

春原「ったく…」

いろいろあったが、部長も春原も、今は笑顔を浮かべていた。
これを機に、こいつらの仲が改善されていけばいいのだが…。

朋也(ダメ押ししとくか…)

朋也「おまえらさ、プリクラでも撮ってこいよ。俺がおごってやるから」

春原「なんで僕らが…」

律「そ、そうだよ、意味がわからん…」

朋也「そのプリクラ、明日琴吹に見せてやれよ」

朋也「それで、一日仲良く過ごしたって言えばいいじゃん」

朋也「口だけじゃ、信用されないかもしれないしさ。いつものおまえら見てるわけだし」

春原「………」

律「………」

ふたりともだんまりを決め込んでいる。

春原「…ま、僕はいいけど。ムギちゃんのためにね」

春原が先に口を開く。

律「…私も。おやつのために、しょうがなくだけど」

部長もそれに続く形で了承する。

朋也「そっか。じゃ、行ってこい」

春原に100円硬貨を4枚渡す。部長からはぬいぐるみを預かった。
シートをくぐり、筐体の内側に入っていくふたり。
しばらく静かだったと思うと…

律「おまえ、なんでこれ選ぶんだよっ」

春原「これが一番僕の写りがいいからね」

律「ざっけんなっ」

なにごとかわめき出していた。
そして、勢いよく出てきたと思うと、すぐに隣の落書きスペースに移動した。
そこでもシートが揺れるほど騒いでいる。
その騒音が収まったと同時、ふたりとも外に出てきた。

春原「ちくしょー、僕に変な文字上書きしやがって…」

律「私なんか目が半開きになってるやつだし…待ってって言ったのに…」

出力されたシールを手に苦い顔をしている。

朋也「なんだよ、さっきまでいい感じだったのに…」

春原「岡崎、見てくれよ、これ」

朋也「あん?」

プリントシールを受け取る。
二つに区切られた枠の片方に写っている春原には、上から罵詈雑言が書きこまれていた。
もう、悪口なのか春原なのかわからないほどに。こっちは部長が編集したのだろう。
もう片方は、春原の周りにオーラのようなものが描かれていた。
まるで、なにかの能力者のようにだ。どっちがどっちを編集したか一目でわかる出来だった。
一方、部長の方だが、キメポーズの途中だったのか、残像が写っていた。
その顔も、引力に引きずられているような感じになっている。

春原「ざけやがって、デコっ!」

律「死ね、ヘタレっ!」

ああ…結局最後はこうなってしまうのか…。

―――――――――――――――――――――

4/26 月

唯「岡崎くんたち、きのう、りっちゃんと遊んだんだってね」

朋也「ああ、そうだけど…」

なんでこいつが知っているんだろう。

唯「りっちゃんから写メ来たんだよねぇ…ほら」

疑問に思っていると、平沢が携帯の液晶画面を見せてくれた。
そこに映し出されているのは、あのぬいぐるみだった。

唯「これ、春原くんに取ってもらったんだよね?」

唯「りっちゃん、すごく気に入ってるみたい」

唯「待ち受け画面にしてるんだってさ」

朋也「へぇ…」

人に報告したくなるくらいなら、相当嬉しかったんだろう。
あの後、いつものように春原と軽口を叩き合って別れていたのに。
それでも、家に帰って一旦落ち着けば、ぬいぐるみをその手に上機嫌となれたのだ。
一緒に遊んだ半日も、そう無駄ではなかったようだ。

唯「でもさぁ、私も呼んでくれればよかったのに。暇だったんだよ、きのう」

憂「お姉ちゃん、結局一歩も外に出なかったもんね」

唯「そうだよぉ、引きこもり歴丸一日になっちゃったよ。これから続く引きこもり人生の初日だよ」

朋也「でも、ゲーセンだぞ? おまえ、ゲームとかするのか」

唯「う~ん…しないかなぁ…」

朋也「じゃあ、意味ないじゃん。結局、来ても暇なままだろ」

唯「そんなことないよ。応援とかしたりさ…」

唯「あ、ほら、あの、負けたら怒って台叩くのとかやってみたいし」

朋也「それはギャラリーがやることじゃないからな…」

憂「お姉ちゃんは、モグラ叩きとか得意なんじゃない?」

唯「へ? なんで?」

憂「こう、リズムに乗って、えいっ、えいっ、ってするのとか好きそうだし」

唯「そうだね、うんたん♪ うんたん♪ って、カスタネットに似てるしね」

そうだろうか…まずジャンルからして違う気がする。

憂「そんな感じだよ。お姉ちゃん、やっぱりモグラ叩きの才能あるよっ」

全肯定だった。
やっぱりこの子も平沢の血筋なのか…。

唯「えへへ、ありがと」

姉もそれを真に受けている…。
恐るべき一族だった。

―――――――――――――――――――――

がらり。

ドアを開け、教室に入る。

春原「やぁ、おはよう」

すぐに寄ってきたのは、妙に元気な金髪の男だった。

春原「一緒に登校してきてるって、やっぱマジだったんだね」

春原「仲いいじゃん、おふたりさん」

朋也「いや、つーかおまえ、なんで朝からいるんだよ」

朋也「きのうは昼まで寝てたいとか言ってたくせによ」

春原「ん? べっつにぃ…」

唯「でも、偉いよ、春原くん。その調子でこれからも頑張ってねっ」

春原「ああ、そうだねぇ…」

男子生徒「おっ、春原、岡崎。おまえら、バスケ部と試合して勝ったんだって?」

男子生徒「けっこう噂になってるぞ」

春原「まぁねっ! 楽勝だったよっ!」

男子生徒「すげぇな。ただのヤンキーじゃなかったのか」

春原「たりまえじゃんっ。超一流スポルツメンよ、僕?」

自慢げに語り出していた。

朋也(まぁ、そんなことだろうと思ったけど…)

あまりにも露骨過ぎて、こっちが恥ずかしくなってくる。

唯「う~ん、私も自慢したくなってきたっ」

朋也「やめとけ…」

―――――――――――――――――――――

………。

―――――――――――――――――――――

昼。

和「あなたたち、一昨日は大活躍だったんですってね」

春原「そうっすよ、もうボッコボコに…」

和「………」

春原「あ、いや…」

春原「…そうだよ、すげぇかましてやったんだよ」

和「勝敗は聞いてたんだけどね。あとひとり、助っ人がいたことも」

和「あの非合法組織から人材が派遣されるなんて、ちょっと驚いたけど」

キョンのことだろう。
しかし…

朋也「非合法?」

和「ええ。SOS団といって、学校側から正式に認可されていないクラブがあるの」

和「そこの構成員よ。知らなかったの?」

朋也「いや、俺はよく知らないけど」

春原「なにしてるかよくわかんない、変な奴らなんだよね」

和「そうね。詳しい実態はつかめていないんだけど…」

和「普段は、ボードゲームに興じたり、イベントを企画したりしているらしいわ」

和「まぁ、言ってみれば、唯たち軽音部のような空気を持った集団ね」

律「あんな過激な奴らと一緒にするなよなぁ」

和「過激なのは団長の涼宮さんひとりだけで、後は比較的まともでしょ?」

律「まぁ…確かに、キョンの奴は普通だったけど…」

律「あ、でも、あんな部活入ってるし、このふたりとも友達だし、やっぱ変かも…」

春原「どういう意味だよっ」

和「友達?」

春原「ん? ああ、僕と岡崎の友達だよ、キョンは」

和「へぇ…興味深い人付き合いしてるのね、あなたたち」

朋也「そうか?」

和「そうよ。だって、この学校では特異とされる存在同士が交わっているんですもの」

和「それも、あなたたちふたりを起点にしてね」

和「そこになにか、物語めいたものを感じるわ」

朋也「そういうもんか…」

言われても、自分ではあまりピンとこない。

律「しっかし、和も大変だよなぁ、こうも問題児が多くてさ」

律「もしかして、歴代で一番大変な生徒会長になったんじゃないのか」

和「かもしれないわね。でも…おもしろい人間がそろった年代だとも思うの」

和「あんたたち軽音部も含めてね」

澪「え、ええ? 私たちもか?」

和「ええ。だから、同じ学校、同じ学年にいられたこと、誇らしく思うわ」

澪「誇りなんて、そんな…」

唯「和ちゃん、シブイこと言うね」

和「そう?」

唯「うん。なんか、この次会う時は、一人称が『俺゛』になってそうなくらいだよ」

和「今のどうやって発音したの…」

こうして俺たちと普通に会話している真鍋だが…
それも、表の顔で、裏ではいつも高度な政治戦を繰り広げているのだ。
おもしろい人間…そうは言うが、こいつ自身も強烈な個性を持っていると、俺は思う。

―――――――――――――――――――――

………。

―――――――――――――――――――――

放課後。軽音部部室に訪れ、茶を飲み始める。

唯「今日は私からもみんなにプレゼントがあります」

唯「さぁ、受け取るがよい、皆の衆」

鞄を逆さにして、上下に振った。
中から大量に何かが落ちてくる。

澪「…ウメボシ太郎?」

律「なぁんだよ、これはっ」

唯「ウメボシ太郎」

律「いや、見りゃわかるよ。そうじゃなくて、量のこと言ってんのっ」

唯「いやぁ、実は、ウメボシ太郎が食べたくなる衝動に襲われちゃってさぁ」

唯「それで、いっぱい買ったんだけど、二個食べたら飽きちゃったんだよね」

唯「あんなに渇望してたのにさ…」

梓「すごい次元の衝動買いですね…」

唯「でもそういうことってあるよね?」

律「まぁ、あるけどさぁ…ここまではねぇよ」

澪「いや、おまえもけっこうひどいぞ」

澪「中学の時、修学旅行先で木刀三本も買ってたじゃないか」

澪「それで、旅行中ずっと私に試し切りしてきたけどさ…」

澪「帰ってから一度も触ってるとこみたことないぞ」

律「う…よく覚えてるな、そんなこと…」

梓「律先輩、典型的な中学生だったんですね」

律「う、うっさい」

春原「はは、そんなもん買ったって、荷物がかさむだけじゃん」

春原「普通、自宅に送ってもらうだろ」

律「って、おまえも買ったんかい…」

春原「い、いや…一般論を言っただけさ」

絶対にこいつは経験者だ。

唯「でもさ、ムギちゃんの衝動買いってすごそうだよね」

紬「そんなことないよ」

とはいえ、高級料理店にふらっと立ち寄るくらいはしそうなのだが…

紬「たまに、M&Aするくらいだから」

企業買収だった!

澪「す、すごいな、ムギ…」

梓「さすがです…」

唯「M&A? なにそれ」

律「誰かのイニシャル? 二人組ユニット?」

春原「お笑い芸人にそんなのいたよね」

春原「きっと、個人的に呼んで、ネタみせてもらってるんじゃない?」

唯「おおぅ、そうだよ、それだよっ」

律「やるじゃん、春原」

春原「へへっ、まぁね」

アホが三人、ずれまくった結論で盛り上がっていた。

紬「梓ちゃんは、どんな感じなの?」

梓「私ですか…」

唯「あずにゃんは、なんかしそうにないよね」

律「計画とか立ててそうだよな」

梓「はぁ…でも、たまにしますけどね」

唯「え? ほんとに? なに買うの?」

梓「えっと…カツオブシ…」

唯「カツオブシ?」
律「カツオブシ?」

梓「あう…」

律「猫みたいな奴だな…」

唯「でも、あずにゃんのイメージにぴったりだよ」

律「カツオブシがか?」

唯「猫のほうだよぉ」

梓「み、澪先輩はなにかないんですか?」

澪「私? 私は…」

律「澪は衝動食いだよな。ヤケ食いでリバウンドとか…」

ぽかっ

律「いっつぅ…」

澪「そんな失敗談持ってないっ。いちいち変な情報出してくるなっ」

律「うぅ、わかったよ…。で、おまえはなんなんだ?」

澪「ん、私は、マシュマロとかかな」

梓「へぇ、澪先輩らしい感じがしますね」

律「でもそれってやっぱ、デブる要因になるんじゃ…」

澪「で、デブとかいうなっ」

律「ひぃ、すみましぇん…」

澪「ほんとにもう…」

澪「…あの、岡崎くんは、なにかあったりする?」

朋也「俺か? 俺は、そうだな…」

朋也「たまに甘いものが欲しくなったりするな。そんな時は駄菓子とかたくさん買ってるよ」

澪「へぇ…それって、反動っていうのかな?」

澪「岡崎くん、いつも甘いもの避けて、お茶とおせんべいだしね」

朋也「そうかもしれないな」

紬「甘いものが欲しくなった時は、いつでも言ってきてね。ケーキも、紅茶も用意するから」

朋也「なんか、悪いな、いろいろと…」

紬「ううん、全然よ」

律「春原、あんたはどうせエロ本とか大量に買ってんだろ?」

律「衝動買いっつーか、本能買いって感じでさ」

春原「馬鹿にすんなっ! ちゃんと厳選してんだよっ!」

春原「ジャケ買いなんか、素人のすることだねっ」

律「んな主張で胸張るなよ…」

朋也「おまえは、よく俺のジュース買いに走る衝動に駆られてるよな」

春原「パシリじゃねぇよっ!」

律「わははは! やっぱ、あんたオチ要員だわ」

春原「くそぅ…いつの間に定着してんだよ…」

―――――――――――――――――――――

部活も終わり、下校する。

澪「はぁ…結局今日も練習できなかった…」

律「だって めんどくさいんだもの りつを」

澪「相田みつをさん風に言うな」

律「いいじゃん、息抜きも大事だぜ」

澪「抜きすぎだ。それに、再来週にはもう創立者祭があるんだぞ」

澪「あんまりだらだらもしてられないだろ」

唯「でも、二週間以上もあるから、まだ大丈夫だよ」

梓「いえ、今のうちからしっかりしてないとダメですっ」

梓「三年生は出し物がないからいいですけど、一、二年生は準備がありますから」

梓「それに、ゴールデンウィークも挟みますし」

唯「えぇ~、でも、あずにゃんだってトークしながら紅茶飲んでたじゃん」

梓「あ…う、そ、それは…」

梓「あ、明日からちゃんとするんですっ!」

唯「ムキになっちゃってぇ、かわいいなぁ、もぉ」

中野に抱きつき、頭を撫で始める。

梓「あ…もう、唯先輩は…」

春原「なぁ、岡崎、創立者祭ってなんだっけ」

朋也「文化祭みたいなもんだ」

春原「ふぅん、そうなんだ。初めて知ったよ」

律「マジで言ってんの? あんた、ほんとにうちの生徒かよ」

春原「授業がないってことだけは知ってたよ。単位に関係ないし、ずっとサボってたけどね」

律「ほんとにロクでもない奴だな、おまえは…」

律「でも、今回は来てもらうぞ。またおまえらには機材運んでもらうからな」

春原「あん? やだよ、めんどくせぇ」

律「なに言ってんだよ、部室に入り浸って飲み食いしてるくせに」

律「今後もそうしたいなら、文句言わずに手伝えよな」

春原「ちっ、汚ねぇ取り引き持ちかけやがって」

律「相応の条件だろ。それと、朝からちゃんと来とけよ。文化系クラブの発表は午前中にあるんだからさ」

春原「午前中ぅ? まだ夢の中にいるんだけど」

律「夢遊病者のようになってでも出て来い」

春原「そんなことしたら、なにかの拍子に事故が起こるかもしれないじゃん」

春原「例えば、僕がふらついて、おまえに激突したりとかさ」

春原「それで、おまえが隠し持ってた育毛剤が床に転がりでもしたら、ショックだろ?」

律「最初から持ってないわ、そんなもんっ!」

春原「うそつけ、おまえ、いつも胸ポケットもり上がってるじゃん。入ってんだろ、例の物がさ」

律「ちがうわっ! これは携帯だっての!」

ポケットから取り出してみせる。

春原「そんな型のもん買ってきやがって、偽装に命かけてるね、おまえ」

律「本物の携帯だっつーの!」

折り畳んでいた状態から、ぱかっと開き、ディスプレイを春原に向けた。

春原「あれ、それ…」

律「っ! うわ、しまっ…」

そそくさと畳み直し、ポケットにしまった。

律「………」

ほのかに顔を赤らめて、決まりが悪そうに顔を伏せていた。

澪「ああ、そういえば…」

澪「律、春原くんにもらったぬいぐるみ、待ち受けにしてたんだっけ」

律「うぐ…」

春原「ふぅん、けっこう可愛いとこあるじゃん」

律「な、か、可愛いって、おま…」

唯「あはは、りっちゃん顔真っ赤ぁ~」

律「ゆ、唯、こら…」

紬「あら? ラブが芽生える感じ?」

律「む、ムギまで…」

いつもとは逆の立場で、揶揄される側に回っていた。
自分が的になるのはなれていないのか、しどろもどろだ。

春原「はは、ムギちゃん、僕、デコはお断りだよ」

律「な、な、なんだとぉ? あたしだってヘタレは願い下げだってのっ!」

春原「ああ? てめぇ、デコのくせに生意気だぞ!」

律「うっせー、ヘタレ!」

春原「ぐぬぬ…」
  律「ぐぬぬ…」

紬「喧嘩するほど仲がいいってね」

澪「はは、そうかも」

春原「んなわけないっ!」
  律「んなわけないっ!」

唯「あははっ、息ピッタリだよ」

春原「………」

律「………」

春原「けっ…」
  律「ふん…」

似たような反応をする。
やはり、同系統の人間な気がする。

―――――――――――――――――――――


4/27 火

憂「あ、お姉ちゃん、寝癖ついてるよ」

唯「え、どこ?」

憂「襟足近くがハネちゃってるぅ…ちょっと待ってね」

立ち止まり、鞄からクシを取り出した。
撫でつける様に、やさしく平沢の髪をといていく。

憂「これでよし」

唯「ありがとぉ、憂」

憂「うん」

憂「………」

俺をじっと見てくる憂ちゃん。

朋也「ん? なんだ?」

憂「岡崎さんは、髪さらさらですね」

朋也「そうかな」

憂「はい。なにかお手入れとかしてるんですか?」

朋也「いや、したことないよ」

憂「ナチュラルでそれですか…うらやましいです」

憂「キューティクルも生き生きしてて、ツヤもあるし…」

憂「あの、触ってみてもいいですか?」

朋也「ああ、いいけど」

身をかがめ、憂ちゃんに合わせる。

憂「じゃあ、失礼して…」

手ですくうようにして、側頭部に触れてきた。

憂「うわぁ、女の子みたいです…いいなぁ」

唯「岡崎くん、私も触っていい?」

朋也「ああ、いいけど」

俯いたまま答える。

唯「ほんとだ、さらさらだぁ」

憂「だよねぇ…」

ふたりして好き放題触っていた。

朋也「そろそろいいか」

憂「あ、はい。ありがとうございました」

朋也「ん…」

体勢を戻す。

唯「シャンプーはなに使ってるの?」

朋也「スーパーで買った適当なやつ」

唯「そうなの? ほんとに全然気を遣ってないんだね…」

唯「でもさ、卑怯だよっ、そんなの。私はケアしても寝癖つくのにさ」

朋也「そういわれてもな…」

唯「髪が綺麗な分、どこかにしわ寄せがきてなきゃだめだよっ」

唯「例えば、脇がめちゃくちゃ臭いとか」

朋也「そんな奴と登校したくないだろ…」

唯「でも、それくらいじゃないと納得できないよっ」

唯「だから、岡崎くんは脇が臭いことに決定ね」

朋也「決めつけるな…」

―――――――――――――――――――――

………。

―――――――――――――――――――――

昼。

春原「おい、平沢。そこの醤油取ってくれよ」

唯「いいよぉ」

唯「はい、どうぞ」

春原「お、サンキュ」

受け取って、納豆にそそいでいく。
全体に絡めると、それを混ぜて、ご飯の上に乗せた。

春原「やっぱ、ご飯には納豆が至高だよね」

ひとりごちて、口に運ぶ。

春原「お゛え゛ぇえええっ!」

朋也「うわ、きったねぇな、至高のゲロ吐くなよっ」

律「そうだぞっ、もらいゲロでもしたらどうすんだっ」

春原「ちがうよっ! これ、醤油じゃなくてソースだったんだよっ!」

春原「平沢、てめぇ、僕をハメやがったなっ!」

唯「あわわ、ごめん。でも、ラベルが貼ってなくてわかんなかったんだよ…」

唯「だから、とっさに濁ってる方を選んじゃった」

春原「その時点で確信犯だろっ!」

朋也「まぁ、受け取った時気づかなかったおまえも悪いよ」

朋也「だから、前向きに考えて、事態を好転させろよ」

朋也「このケチャップで中和させたりしてさ」

春原「最悪のトッピングですねっ!」

律「わははは!」

―――――――――――――――――――――

………。

―――――――――――――――――――――

放課後。
今日は最初からさわ子さんも交えた状態で活動が始まった。

春原「おまえら、昔いたアーティストで、芳野祐介って知ってる?」

春原「あの人さ、今この町にいるんだぜ」

   澪「えぇ!?」
   梓「えぇ!?」
さわ子「えぇ!?」


さわ子「春原、それ、ほんとなの…?」

春原「ほんとだよ。この前、名刺もらったし」

春原「え~っと…」

上着のポケットをまさぐる。

春原「これだよ」

一枚の名刺を取り出す。
長い間ポケットの中に入れられていたのだろう…しわくちゃになっていた。
最悪の保存状態だ。
にもかかわず、声を荒げて反応していた三人の注目を集め続けていた。

梓「本物ですか…?」

春原「間違いねぇよ。顔も一致してたし」

春原「な、岡崎」

朋也「いや、俺は顔のことはよく知らねぇけど」

澪「岡崎くんも、みたの?」

朋也「ああ。その時、俺もこいつと一緒に居合わせてたんだよ」

さわ子「ちょっとそれみせて」

春原「いいけど」

名刺を受け渡す。

さわ子「…電設会社、ね…」

さわ子さんは名刺を眺め、そう小さくこぼしていた。
その表情は、なぜか複雑そうだった。

梓「びっくりです…同じ町に住んでたなんて」

澪「うん。全然知らなかった…でも、なんか感動」

律「そういえば、おまえ、かなり芳野祐介好きだったもんな」

澪「今でも好きだっ」

律「さいですか」

梓「澪先輩も、芳野祐介好きだったんですね…意外です」

梓「あの人、ハードなロックを歌ってますからね」

梓「澪先輩が書くような感じの詩とも、ずいぶんとかけ離れてますし」

澪「って、梓も好きなのか?」

梓「はいっ、すごく好きですっ。いいですよね、芳野祐介の音楽は」

澪「うんうん、だよなぁ!」

澪「歌詞は激しいのに、聞いてると涙が出そうになるくらい胸を打ってきたりするしな!」

梓「ですよね! それに、ギターのテクもすごいですし!」

ファン魂に火がついたのか、話題が尽きることはなかった。
アルバムがどうだの、お気に入りの曲はなんだのと語り合っていた。

律「話についていけねぇよ…」

唯「私もだよ…」

紬「私も芳野祐介さんの事はちょっと知ってるけど、あそこまでコアじゃないなぁ」

律「にしても…さわちゃんもファンなの? ずっと名刺見てるけど」

さわ子「え? ああ、ファンっていうか、まぁ、ね…」

さわ子「あ、これ、ありがと、春原」

言って、春原に返す。

律「なに? なんかワケアリ?」

さわ子「いや、まぁ…なんでもないわよ」

梓「ところで、春原先輩は、どこで見かけたんですか?」

春原「商店街を抜けたあたりだったよ」

梓「あの辺かぁ…あんまり行かないからなぁ…」

澪「私も…」

春原「もしかして、会いたいの? おまえら」

梓「それは、できたらそうしたいですけど…でも…」

澪「うん…遠くから見るくらいでいいかな」

春原「なんでだよ。せっかくなんだから話しかければいいじゃん」

梓「だって…芳野祐介って…その…引退理由が少し特殊ですし…」

梓「まずいじゃないですか。ファンなんです、なんて言ったりしたら…」

春原「ああ、そのことね…」

春原「ま、そんなことなら、僕と岡崎がいれば問題なく近づけるんだけどね」

春原「もう、知らない仲じゃないし」

といっても、そこまで親しいわけでもないが。

澪「そ、そうなの? すごいね…」

春原「ふふん、まぁね」

褒められて気を良くしたのか、したり顔になっていた。

春原「なんだったら、今から探しに出る?」

春原「運よく見つけられたら、話しかけられるぜ?」

梓「い、行きたいです!」

澪「私も!」

律「おまえら、きのうちゃんと練習しろとか言ってなかったか?」

澪「い、今は緊急事態なんだから、しょうがないだろっ」

梓「そうですよっ」

律「めちゃ力強いな、おまえら…」

さわ子「…私も行くわ」

律「うえぇっ? さわちゃんもかよっ!? でも、いいの? 仕事ほっぽりだして」

さわ子「大丈夫。バレなければいいのよ」

さわ子「こんなこともあろうかと、用意しておいた衣装があるの」

立ち上がり、物置へ向かった。
そして、俺たちのよく見慣れた服を手に戻ってくる。

さわ子「これよ」

唯「あっ、光坂の制服だぁ」

さわ子「そうよ。これを着て、生徒に変装するの」

律「いや、変装っていうより、コスプレに近いんじゃ…」

さわ子「歳的な意味で言ってるなら、死ぬことになるわよ?」

律「とっても似合うと思いますっ」

さわ子「よろしい」

―――――――――――――――――――――

外へ出てきた俺たちは、早速芳野祐介を探し始めた。
といっても、闇雲に動き回っているわけじゃない。
琴吹の携帯…それも、なにか特殊な業務に使われているものらしいのだが…
それを使って、周辺の工事情報を集めてから、手分けして現場に当たっていた。

―――――――――――――――――――――

紬「あの中にいる?」

春原「いや、いないよ」

紬「そう…」

これで、回ってきたのも3件目。
まだ他の連中からも、目撃の連絡が来ない。

春原「今日は仕事ないのかもね」

春原「もう、このままフケちまって、どっか遊びにいかない?」

春原「僕とムギちゃんふたりでさ」

俺たちは、琴吹と組んでスリーマンセルで動いていた。
携帯という連絡手段を持ちあわせていないので、誰かしらと組む必要があったのだ。

春原「岡崎も、気ぃ利かせて帰るって言ってるしさっ」

朋也「そんなわけねぇよ、俺はいつだっておまえの死角に存在するんだからな」

春原「マジかよっ!? つーか、なにが目的だよっ!?」

朋也「おまえ、気づいたらティッシュ箱が自分から遠のいてることないか?」

朋也「そういうことだよ」

春原「あれ、おまえかよっ! めちゃくちゃうざい現象なんですけどっ!」

紬「くすくす」

―――――――――――――――――――――

一度全員で駅前に集まる。

律「全然いなかったんだけど」

唯「私たちがみてきた方面も全滅だったよ」

紬「こっちも、だめだったわ」

澪「この地区の外で仕事してるのかな…」

朋也「いや…」

一台の軽トラが停めてある。
その向こう側に、人の動く気配。

朋也「いた」

さわ子「どこ?」

朋也「あそこだよ。いこう」

俺たちは軽トラに近づいていった。

朋也「ちっす」

荷台に荷物を乗せ終えた作業員に声をかける。

春原「どもっ」

芳野「…ん?」

芳野「ああ…いつかの」

どうやら覚えていてくれたようだ。

芳野「どうした。今日はまた大道芸をしにきたのか」

春原「はい、そんな感じっすっ」

春原「それで、今日は、その仲間も連れてきてるんすよっ」

芳野「後ろのお嬢ちゃんたちか」

さわ子「お嬢ちゃんとはご挨拶ね」

さわ子さんが前に出る。

さわ子「久しぶりね、芳野祐介。私のこと、忘れたとは言わさないわよ」

春原「…へ?」

その場にいた全員が目を丸くする。

芳野「あー…すまん。どこかで会ったことあるか?」

さわ子「私よ、私っ!」

メガネを外し、頭を激しく振りながらエアギターを始める。
俺にはなにがなんだかさっぱりわからなかった。

芳野「まさか…あんた、キャサリンか。デスデビルの」

さわ子「はぁ…はぁ…ようやく思い出したようね…」

芳野「しかし…その制服…」

さわ子「あ、こ、これは…」

芳野「あんた…留年してたのか」

ずるぅっ! 

さわ子「そ、そんなわけないでしょっ! 今は教師をやってるのっ!」

さわ子「それで、この子たちは、私の教え子よっ」

芳野「そうか…でも、なんで教師のあんたが制服なんだ」

さわ子「それについては言及しないで。深い事情があるのよ…」

芳野「そうなのか…まぁ、いいが」

春原「……どうなってんの」

それは俺も知りたい。

芳野「それで…俺になにか用があるのか」

さわ子「あるのは、私じゃなくて、この子たちのほうよ」

芳野「あん?」

さわ子「みんな、あんたが芳野祐介ってこと、知ってるの」

さわ子「かつてアーティストとして活動していた、ね」

俺たちがひた隠そうとしていたことを、さらりと言ってのけていた。
芳野祐介はどんな反応をするのだろうか…

芳野「…そうか」

芳野「………」

芳野「悪いが、俺はもう、昔の俺じゃない」

芳野「だから、あんたらの用向きには応えられない」

やはり、壁を作っていた。かつての自分に対して。

澪「ごめんなさい…」

秋山が、泣きそうな顔で、ぽつりと小さくつぶやいた。

澪「私、芳野さんの引退理由、知ってました」

澪「当時の事を思い出したくない気持ちも、大体想像できてました」

澪「それでも、この町にいるってことを聞いて、どうしても会いたくて…」

澪「こんな、押しかけるようなマネをして…」

澪「本当に、すみませんでした…」

梓「わ、私も同じです。自分のことばっかり考えちゃって…」

梓「でも、会えたらどうしても伝えたかったんです」

梓「ずっとファンだったこと…あ、今でも好きですけど…」

梓「うん…あと…芳野さんの歌に、何度も励まされたことを」

澪「私も…そうです。落ち込んだ時、辛い時、悲しい時…」

澪「それだけじゃなくて、上手くいった時なんかも、聴いてました」

澪「歌詞にあるような、まっすぐな綺麗さにも、すごく感動しました」

澪「芳野さんの歌を聴くと、救われたような気持ちになるんです」

澪「だから、その…ありがとうございましたっ」

梓「あ、ありがとうございましたっ」

芳野「………」

投げかけられる言葉。ただじっと受け止める。

芳野「…いい生徒を持ったな」

ふたりに答えるでもなく、さわ子さんにそう言った。
その表情には、幾分の柔らかさがあるようだった。

さわ子「まぁね。みんな、私の自慢の生徒よ」

律「春原も?」

さわ子「ええ…多分」

春原「そこは断定してくれよっ!」

芳野「おまえらも、最初から知ってたのか」

朋也「ああ。悪かったよ、変な芝居につき合わせちまって」

芳野「いや…それなりに楽しかったからな」

ふ、と一度微笑む。

芳野「今の俺に、礼の言葉なんか受け取れはしない」

芳野「だが…」

芳野「その気持ちだけは、しっかりと噛み締めておく」

クサい言い方だったけど、この人が口にすると様になった。

芳野「名前は?」

澪「秋山澪です!」

梓「中野梓です!」

芳野「そうか」

芳野「澪、梓。君たちがいつまでも前を向いて歩いていけるよう…」

芳野「どんな逆境でも耐え抜いて、真っ直ぐ歩いていけるよう…」

芳野「この俺も祈ってる」

芳野「………」

芳野「じゃあ、またな」

それだけ呟いて、去っていく。
車に乗り込み、エンジンをかける。
すぐにその音は遠ざかっていった。

春原「…どういうこと? 僕、なんか混乱してきたんですけど…」

さわ子「一度、部室に戻りましょう。そこで話してあげる」

―――――――――――――――――――――

さわ子「あんたらには話してなかったけど…」

さわ子「私、昔この学校の軽音部で、バンドやってたのよね」

春原「え? さわちゃんってここのOBなの?」

さわ子「そうよ」

春原「へぇ、じゃ、先輩じゃん」

さわ子「ええ、だから、今まで以上に慕いなさいよ」

春原「オッケー、わかったよ、さわちゃん」

さわ子「その、さわちゃん、っていうのが、慕ってるように見えないんだけどね…」

唯「ちなにみこれが当時のさわちゃんだよ」

一枚の写真。
そこには、仰々しいメイクと衣装で不敵に笑うさわ子さんと、その仲間たちが写っていた。

さわ子「あ、こら、唯ちゃんっ、まだそんなもの…」

律「んで、これが音源な」

小さめのラジカセを手に持ち、再生ボタンを押した。
凶悪な音楽と、叫ぶような歌声が聞えてくる。

さわ子「こら、やめなさいっ」

平沢からは写真を奪い、部長からはラジカセを取り上げた。

春原「…さわちゃんって、けっこうヤバい人だったんだね」

さわ子「これは格好だけよ。中身は普通だったわよ」

そうだろうか。
この人の現在の性格を鑑みるに、当時もやっぱりスレていたんじゃなかろうか。

さわ子「あんたらふたりのほうがよっぽどヤンチャよ」

さわ子「すぐ喧嘩してくるんだからね。去年は大変だったわよ」

思い返してみれば、確かにそうだった。
よそで喧嘩してくるたび、学年主任に呼び出され、その都度この人がかばってくれていたのだが…
その時のはぐらかし方が妙に手馴れていたような…そんな気もする。
まるで、そんな立場に立たされたことがあるかのようにだ。
なら、やっぱり、この人も昔は無茶していたんだ。

先生と芳野がくっつくのかなー

俺たちに目をかけてくれるのも、そんな時代の自分と重ねてみているからなのかもしれない。

さわ子「ま、それはいいとして…芳野祐介だったわね」

梓「そうですよっ。どうやって知り合ったんですか?」

さわ子「対バンよ、対バン。この町のハコでずいぶん演ったわ」

梓「って、もしかして、芳野さんも、この町の出身なんですか?」

さわ子「そうよ。高校生の時に知り合ったんだけどね…私は光坂で、あっちは北高だったの」

梓「へぇ…」

澪「そうだったんですか…知りませんでした」

澪「公式プロフィールには、そういうこと書いてなかったですから」

律「よかったじゃん、マニア知識がひとつ増えてさ」

澪「うん…嬉しい…」

さわ子「まぁ、第一印象は最悪だったんだけどね」

さわ子「いきなり乱入してきて、マイク奪って、乗っ取ってくるし」

春原「…マジ?」

さわ子「大マジよ」

俺もにわかには信じられない。
あのクールな印象からはかけ離れすぎていた。

さわ子「あの頃のあいつは、そりゃもう、ヤバイぐらい暴れまわってたんだから」

さわ子「そのせいで、いろんなバンドから恨み買って、敵作って…」

さわ子「それでも、ずっと歌い続けてたわ」

さわ子「そんな姿が、若い私には、かっこよく映ったんでしょうね」

さわ子「次第に興味を持つようになっていったの」

さわ子「そして、あるライブの後、思い切って話しかけてみたの」

さわ子「粗野で荒々しい奴かと思ってたんだけど、話してみると、意外とシャイな上に無口でね」

さわ子「それに加えて、無愛想で…そうね、ちょうど岡崎みたいな感じだったわ」

春原「こいつ、悪人顔だもんね」

朋也「黙れ」

さわ子さんは続ける。

さわ子「でも、言葉数は少なかったけど、音楽に対する情熱はすごく持ってるってことがわかったの」

さわ子「そこからよ、よく話すようになったのは」

そこまで言って、紅茶を飲み、一呼吸入れた。

さわ子「…多分恋してたんでしょうね」

さわ子「気づいたら、あいつのことばかり考えるようになってたの」

さわ子「そして、3年生になって、進路も大方決めなきゃいけない時期がきて…」

さわ子「あいつにどうするか訊いてみたの」

さわ子「そしたら、卒業後は、上京して、プロのミュージシャンになるなんて言うのよ」

さわ子「それを聞いて、私も血がたぎったわ」

さわ子「じゃあ、自分もミュージシャンになって、こいつと同じ道を歩くぞ、って…」

さわ子「そう、思ったんだけど…」

さわ子「………」

さわ子「その後に続けて、『プロになれたら、好きな人と一緒になる』って、そう言ったの」

さわ子「聞けば、新任の女教師に惚れてるってことらしかったわ」

さわ子「失恋よ、失恋」

さわ子「そこで、私の恋は終わって、進む道も、てんで別方向に分かれちゃって…」

さわ子「それっきりになっちゃったのよ」

この人にそんな過去があったなんて知らなかった。
付き合いは長いつもりだったが、まだ踏み込めていなかった領域だ。

でも…今回、こんな話をしてくれるほどに、俺たちは想われている。
こそばゆいやら、うれしいやら…。

さわ子「ま、こんなとこかしら」

梓「先生…すごすぎます…尊敬ですっ」

澪「かっこいいです、先生っ」

紬「ドラマチックですね」

さわ子「そう? おほほほ、もっと褒めなさい」

律「ま、でも、要は、失恋しちゃったよ~って話だよな」

ビシッ ビシッ ビシッ

律「うぎゃっ痛っ、さわちゃ、痛いっ」

ビシッ ビシッ ビシッ

部長の額に容赦なくデコピンが次々に繰り出されていた。

唯「りっちゃんは一言多いよね」

律「唯にまともな突っ込みされるあたしって一体…」

額を押さえながら言う。攻撃はもう止んでいた。

さわ子「そうそう、これは余談なんだけどね…」

ゆっくりと口を開く。

さわ子「あいつが好きだった先生っていうのが、この学校で教師をされてたのよ」

澪「え? だ、誰ですか?」

さわ子「あなたたちは知らないと思うわ。3年前に退職されてるからね」

さわ子「伊吹公子さんっていうんだけど…」

唯「え? 伊吹さん?」

唯「もしかして、ショートヘアで、おっとりした感じの人?」

さわ子「え、ええ…今はどうかしらないけど、髪はショートだったわ」

唯「じゃあ…やっぱり、あの伊吹さんだ。先生してたって言ってたし」

梓「ゆ、唯先輩、知り合いなんですか?」

唯「うん。私がよくいくパン屋さんの常連さんだから、会えばお喋りしてるよ」

さわ子「へぇ…世間は狭いものねぇ…」

澪「で、どんな人なんだ?」

唯「えっとね、綺麗で、優しくて、それで…」

話し始める平沢。
そこへ熱心に耳を傾ける秋山と中野。

人の繋がりとは、不思議なものだ。
どこでどう交差するかわからない。
今回のように、意外な交流があったりする。
小さい町だったから、とくにそれが顕著なのかもしれない。
…ふと、思う。
俺も、そんな人と人の繋がりの中に入っていっているのではないか。
あんなにも人付き合いが嫌だった、この俺がだ。
なんでだろう。なにが始まりだったろう。
思い起こせば、それは、やっぱり…平沢からだったように思う。

唯「でね、そのパンが爆発して、周りにチョコが飛び散ったんだよ」

澪「…話が脱線していってないか」

唯「あ、ごめん。えへへ」

無邪気に笑う平沢。
できることなら、その笑顔を、ずっとそばで見ていたいと…
そう思う。

朋也(…俺、こいつのこと、好きなのかな…)

よくわからなかった。
でも…一人の人間としては、間違いなく好きだった。

―――――――――――――――――――――

4/28 水

唯「ふぁ~…んん」

朋也「眠そうだな」

唯「うん…きのうは遅くまで漫画読んでたから、寝不足なんだぁ…」

唯「ふぁあ~…」

大きくあくび。

唯「ほんとはすぐにやめるつもりだったんだけどさ…」

唯「読んでる途中で2、3冊なくなってることに気づいて、探し始めちゃって…」

唯「続きが読めないってなると、逆にすごく読みたくなって、必死だったよ」

憂「鬼のような形相で探してたもんね、お姉ちゃん」

唯「うん、あの時の私は、触れるものすべてを傷つけてたよ」

唯「そう…自分さえも、ね」

悲しい過去を持っていそうに言うな。

唯「それで、やっとみつけたんだけど、その喜びで、全巻読破しちゃったんだよねぇ」

朋也「寸止めされると、逆に、ってやつか」

唯「そうそう、そんな感じ。これ、なにかに応用できないかなぁ」

憂「勉強は?」

唯「だめだめ、止められたら、そのままやめちゃうよ」

朋也「練習はどうだ。部活でさ。逆にやりたくなるんじゃないのか」

唯「おお!? それ、いいかもしれないねっ」

朋也「じゃあ、今日は春原の奴に、妨害させるな」

朋也「隣で発狂したように、唯~唯~って言わせてさ」

唯「それ、なんかすごくやだ…」

朋也「そうか?」

唯「うん。練習より先に、春原くんが嫌になっちゃうよ」

朋也「それもそうだな」

言いたい放題だった。

―――――――――――――――――――――

………。

―――――――――――――――――――――

昼。

春原「へへ…みろよ、手に入れてやったぜ」

その手の中にあるものは、パンだった。
今日のこいつは、定食の他にパンも買いに走っていたのだ。

春原「謎のパン…竜太サンドだ」

朋也「どうでもいいけど、おまえボロボロな」

春原「しょうがないだろ、紛争地帯に突っ込んでたんだからよ」

確かに、今日のパン売り場は、そう表現していいほどに混み合っていた。
なんでも、学食erの間では、先週の告知以来、竜太サンドの話題で持ちきりだったらしい。
俺はこいつに聞いて初めてその存在を知ったのだが。

春原「生還できただけでも奇跡なんだよ」

春原「僕の目の前で、何人も志半ばにして力尽きていったからね」

春原「今でも、その浮かばれない霊が成仏できずに彷徨ってるって話さ」

そんなパン売り場はない。

澪「れ、霊…?」

律「真に受けるなよ、澪…」

春原「だから、売り子のおばちゃんにたどり着けた時は、本当に嬉しかったよ」

春原「もう、ゴールしてもいいよね…? って思わず口走っちゃったし」

自ら死亡フラグを立てていた。

律「でもさ、それって、竜田の誤植だろ。中身はどうせ普通のパンだよ」

春原「んなことねぇよっ! 竜太の味がするに決まってんだろっ」

律「いや、どんなだよ、それ…」

春原「それを今から解き明かしてやろうっていうんだろ」

意気揚々と包装紙を破り捨てる。

ぼろぼろぼろ

春原「げぇっ」

ぐちゃぐちゃになったパンが手にこぼれ落ちてきていた。
死亡フラグはパンに立っていたようで、しっかりここでイベントが起きていた。

春原「あ…ああ…」

朋也「もみくちゃになりながら戻ってきたからだな」

律「はは、おまえらしいオチだよ」

春原「ちくしょーっ! ふざけやがってっ!」

ゴミ箱に向かって竜太の塊を遠投する。

べちゃっ

春原「あ、やべ…」

男子生徒「………」

ひとりの男子生徒の後頭部に直撃していた。
ゆっくりと振り返る。

ラグビー部員「今の…てめぇか、春原」

ラグビー部員だった。

ラグビー部員「なんか叫んでたよなぁ? 俺がふざけてるとかなんとか…」

言いながら、どんどん近づいてくる。

春原「い、いや、違うんです、これは…」

ラグビー部員「言いわけはいいんだよっ! ちょっと顔かせやっ!」

首根っこを掴まれる。

春原「ひぃっ! 助けてくれ、岡崎っ」

朋也「それでさー、この前、春原とかいう奴がさー」

春原「他人のフリするなよっ」

春原「う…うわぁあああああああ」

あああああああぁぁぁ…

引きずられ、消えていく。
この後、春原は両頬を押さえ、泣きながら戻ってきていた。

―――――――――――――――――――――

………。

―――――――――――――――――――――

放課後。部室に集まり、いつものように茶会が始まった。

がちゃり

梓「すみません、ちょっと遅れま…」

梓「って、唯先輩、その席はだめですっ」

唯「え、ええっ?」

梓「ていっ!」

俺の隣に座っていた平沢を椅子から引っ張り降ろす中野。

唯「うわぁっ…」

唯「って、なんでぇ? 席決まってるわけじゃないのに…」

梓「この人の隣は危険だって言ったじゃないですかっ」

唯「でも、いつも隣に座ってるあずにゃんはなんともないんだし…」

梓「そんなことないです! 常にいやらしい視線を感じてますっ」

朋也「おい…」

春原「おまえ、けっこうむっつりなんだね」

がんっ

春原「てぇな、あにすんだよっ」

朋也「すまん、故意だ」

春原「わざとで謝るくらいなら、最初からやらないでくれますかねぇっ」

律「まぁまぁ、梓。ここはひとつ、席替えしてみようじゃないか」

梓「え?」

律「いやさ、席決まってるわけじゃないっていっても、大体いつも同じじゃん?」

律「だからさ、ここいらでシャッフルしてみるのいいと思うんだよな」

紬「おもしろそうね」

律「だろん?」

澪「いや、そんなことより先に練習をだな…」

梓「席替えなんて嫌ですっ! リスクが高すぎますっ」

律「でもさ、リターンもでかいぞ」

律「おまえは唯と岡崎を離したいんだろ?」

律「もしかしたら、端と端同士になって離れるかもしれないじゃん」

梓「で、でも…」

唯「私、やりたい」

梓「唯先輩…」

唯「あずにゃん、これで決まったら、私も文句言わないよ」

唯「だから、やろ?」

梓「うう…」

梓「………」

梓「…はい…わかりました」

律「よぅし、決まりだな。じゃ、クジ作るか」

春原「なんか、合コンみたいだよね、この人数で席替えってさ」

律「あんた、めちゃ俗っぽいな…」

―――――――――――――――――――――

全員クジを引き終わり、席が決まった。
俺の両隣には、秋山と平沢。
俺の対面に位置する春原の両隣には、部長と琴吹。
そして、議長席のような、先端の位置に中野。
そこは、元琴吹の席だった場所だ。

唯「隣だねぇ、岡崎くん。教室とおんなじだよっ」

朋也「ん、ああ…だな」

澪「よ、よろしく…岡崎くん」

朋也「ああ…こちらこそ」

春原「ヒャッホウっ! ムギちゃんが隣だ!」

春原「…けど、部長もいるしな…右半身だけうれしいよ」

律「なんだと、こらっ! あたしの隣なんて、すべての男の夢だろうがっ」

律「全身の毛穴から変な液噴射しながら喜びに打ち震えろよっ!」

春原「あーあ、しかもここ、おまえがさっきまで座ってたとこだし…」

春原「なんか、生暖かくて、気持ち悪いんだよなぁ」

律「きぃいいっ、こいつはぁああっ! 心底むかつくぅううっ!」

梓「こんなの、納得いきませんっ! やり直しましょうっ!」

唯「ええ~、ダメだよ、あずにゃん。もう決まったんだしぃ」

梓「唯先輩は黙っててくださいっ!」

唯「ひえっ、ご…ごめんなさい…」

律「あー、わかったよ、梓。あたしも、この金猿が隣なんて嫌だしな」

律「今日だけにしとくよ。次回からは自由席な。それでいいか?」

梓「…わかりました…それでいいです」

春原「じゃ、次は王様ゲームしようぜ」

律「王様ゲームぅ?」

春原「せっかく合コンっぽくなってきたんだし、やろうぜ」

律「うーん…ま、そうだな、おもしろそうだし、やるか」

唯「いいね、王様ゲーム。久しぶりだなぁ」

紬「噂には聞いたことがあるけど、私、やったことないなぁ…」

春原「大丈夫、僕が手取り足取り、優しく教えてあげるよ」

紬「ほんと?」

春原「うん、もちろんさ」

律「ムギ、めちゃ簡単だから、なにも教わらなくても大丈夫だぞ」

春原「てめぇ、なにムギちゃんにいらんこと吹き込んでくれてんだよっ」

律「それはおまえがやろうとしてたことだろがっ」

澪「わ、私はやらないぞ…っていうか、練習しなきゃだろ」

澪「遊んでる場合じゃ…」

律「おまえが王様になって、練習しろって命令すればいいじゃん」

律「そしたら、そこでゲーム終了でいいからさ。素直に言うこと聞くよ」

澪「…ほんとだな? 絶対、言う通りにしてもらうからなっ」

律「へいへい」

朋也「ああ、俺はやらないから、頭数に入れないでくれよ」

春原「なんでだよ、女の方が多いんだぜ?」

春原「王様になれば、あんなことや、こんなことが…」

春原「やべぇ、興奮してきたよっ!」

朋也「おまえ、今めちゃくちゃ引かれてるからな」

春原「へ?」

春原は女性陣の冷たい視線を余すことなく集めていた。

春原「…こほん」

春原「まぁさ、こんな、みんなで盛り上がろうって時に、抜けることないだろ」

朋也「知るかよ…」

春原「ま、嫌ならいいけど。僕のハーレムが出来上がるだけだしね」

春原「むしろ、そっちの方が都合がいいかも、うひひ」

いやらしい笑みをこれでもかと浮かべる。

朋也(ったく、こいつは…)

春原の変態願望を押しつけられた奴には同情を禁じえない。

朋也(…待てよ)

それは、平沢にも回ってくる可能性があるんじゃないのか。
というか、普通にある。
………。

朋也「…いや、やっぱ、俺もやる」

春原「あん? なんだよ、いまさら遅ぇよ」

朋也「まだセーフだ。いいだろ、部長」

律「ああ、全然オッケー」

朋也「だそうだ」

春原「ふん、まぁ、いいけど」

これで少しは平沢に被害が及ぶ確率を下げられた。
よかった…

朋也(って、なにほっとしてんだよ、俺は…)

なんで俺がここまで平沢のことを気にかけているんだ…。
別に、いいじゃないか。俺には関係のないことだ。
………。
でも…どうしても耐えられない。

朋也(はぁ…くそ…)

厄介な感情だった。

律「で、梓はどうすんの? ずっと黙ってたけど」

梓「…やってやるです」

めらめらと灯った憎悪の眼差しを俺に向けながら答える。

朋也(俺をピンポイントで狙ってくる気かよ…)

だが、あくまでランダムなので、特定の個人を狙うなんて、まず無理だ。
そこは安心していいだろう。

律「うし、じゃ、全員参加だな。そんじゃ、番号クジ作るかぁ」

―――――――――――――――――――――

ストローで作った番号クジ。
部長が握り、中央に寄せる。
そして、各々クジを引いていった。

「王様だ~れだ?」

皆一斉に手持ちのストローを確認した。
俺は4だった。

春原「きたぁあああああああっ!!!」

律「げっ、いきなり最悪な野郎がきたよ…」

春原「いくぜぇ…じゃあ、4番が王様の…」

朋也(げっ…)

春原「ほっぺたにチュウだっ!」

朋也「ぎゃぁああああああああああああ!!!」

春原「うわっ、どうしたんだよ、岡崎…」

春原「って、まさか…まさか…」

朋也「てめぇ、ふざけんなよ、春原っ! 俺にそんな気(け)はねぇっ!」

春原「おまえかよ…4番…」

律「わははは! いきなりキツいのいくからそういうことになるんだよ」

澪「岡崎くんと…春原くんが…キ、キキキス…ぁぁ…」

唯「ふんすっ、なんか興奮するね、ふんすっ」

紬「そういうのもアリなのね…なるほど…」

梓「…不潔」

にわかに外野が盛り上がり始めていたが…
対照的に、俺と春原は肩を落としてうなだれていた。

朋也「…いくぞ、こら」

春原「おう…こい」

朋也「陽平、愛してる」

春原「ひぃっ」

朋也「あ、その顔大好き!」

春原「ひぃぃっ」

朋也「次その顔したらキスするからな」

春原「ひぃぃぃっ」

朋也「あ、今した。ぶちゅっ」

ひいいいぃぃぃぃ…

BAD END

朋也(おえ゛…)

今の大惨事を目の当たりにして、きゃっきゃと騒ぎ出す女たち。
こっちはそれどころじゃなかった。

春原「うう…変な芝居入れないでくれよ…」

春原は涙を流してい泣いていた。

朋也「ああ…俺も、やってて吐き気がこみあげてきたよ…」

春原「うう…じゃあ、やるなよぉ…」

とぼとぼと自分の席に戻るふたり。

律「あんたら、ほんとはデキてんじゃないのぉ?」

唯「アヤシイよねぇ」

澪「あ…あうあう…」

紬「くすくす」

梓「…ふ、不潔です…」

朋也「忘れてくれ…」

律「あーあ、写メ撮っとけばよかった」

唯「あ、そうだね。見入っちゃってたよ」

朋也「保存しようとするな…」

春原「…早く次いこうぜ。ムギちゃんで中和しなきゃ、精神が持たねぇよ」

律「わはは。はいはい、わかったよ」

―――――――――――――――――――――

「王様だ~れだ?」

俺は6を引いた。

紬「あ、私だ」

唯「おお、ムギちゃんかぁ」

律「ムギは初心者だからなぁ、何がくるやら…」

春原「ムギちゃん、僕を引き当ててねっ」

そういうゲームでもない。

紬「じゃあ…3番の人と、5番の人」

紬「正面から、愛しそうに抱き合って♪」

律「おお、大胆だな…で、だれだ、3と5は」

唯「私、3番だよ」

澪「私…5番」

紬「まぁ…これは、これは…うふふふ…ひひ」

唯「えへへ、よろしくね、澪ちゃん」

澪「う、うん…」

席を立ち、向かい合う。
身長差があり、視線を合わすのに、平沢が上目遣いになっていた。

春原「…なんか、周りにバラ描きたいね」

朋也「…ああ」

唯「澪ちゃん…」

澪「唯…」

ごくり…

唯「…好きっ」

澪「唯…唯っ!」

ひし、っと抱きしめあう。

唯「ああ、澪ちゃん、おっぱい大きいよ…」

澪「唯…すごくいい匂いがする…」

唯「澪ちゃん…」

澪「唯…」

目を閉じて、お互いの鼓動を感じ合っていた。

紬「…ゴッドジョブ」

ゴッド…神?
びしぃ、と親指を立てていた。
左手には、携帯を持ち、カメラのレンズを向けている。
ムービーでも撮っているんだろうか…。

―――――――――――――――――――――

「王様だ~れだ?」

俺は5。

律「お、私だ」

唯「りっちゃんかぁ、これは覚悟しなきゃかもね」

春原「なんだ、ハゲか」

律「な、てめ…」

律「………」

律「…後悔するなよ」

春原「あん?」

律「じゃ、いくぞ」

律「1番が…」

言って、素早く目だけ動かし、周りを確認していた。

律「いや、やっぱ、2番が…」

また、同じ動き。

律「うん…2番が、3番を…」

律「いや、やっぱ、4番かな…」

律「うんそうだ。2番が4番に、思いっきり左鉤突きを入れる!」

唯「ひだりかぎづき?」

朋也「打撃のことだ。つまり、殴れっていってるんだ」

唯「うえぇ!? な、殴るの!?」

律「さ、誰かな、2番と4番は~」

入れられる側に春原を狙っているんだろう。
あの、『後悔するな』という言動からしても、そのはずだ。
だが、そんなことが可能なのか…?
やけに余裕のある佇まいだ。
あの目の動き、何かを探っているように見えたが…
そこまで精度に自信があるということなのか…?

紬「私、2番…」

春原「…4番…」

…どんぴしゃだった。

律「おおう、こりゃ、春原、死んだかなぁ?」

紬「ごめんね、春原くん…」

春原「いや…ムギちゃんになら、むしろ本望だよ」

席を立ち、向かい合う。
さっきの甘い雰囲気とは違い、殺気立った空気。

紬「ショラァッ!」

ボグッ

春原「があああっ!」

メキメキィ

骨のきしむ音。

紬「おおお!!」

肘打ち、両手突き、手刀、貫手、肘振り上げ、手刀、鉄槌…
琴吹の連打は続く。

律「…煉獄」

中段膝蹴り、背足蹴り上げ、下段回し蹴り、中段廻し蹴り…

朋也(すげぇ…倒れることさえできない…)

そこにいた全員が、その連打に目が釘付けになっていた。

紬「おおお!!」

紬「あ゛あ!!」

バフゥ

拳が空を切る。
春原が事切れて、すとん、と床に倒れこんだからだ。

紬「はぁー…はぁー…」

どれだけの時間打ち込んでいたのだろう。
時間にして、それほどでもないのかもしれないが…
ずいぶんと長く感じられた。
それは、連打を受けた春原自信が一番感じていることだろう。

紬「あ、ご、ごめんなさい、春原くん、つい…」

春原を抱き起こし、安否を気遣っていた。

春原「あ…う…ムギちゃん…素敵な連打だったよ…」

春原「僕…幸せ…」

どうやら、かろうじて生きていたようだ。
にしても…

朋也「部長…狙ったのか?」

律「ふ…まぁな。番号を指定した時、必ず表情に出るからな」

唯「りっちゃん、すごぉいっ! 遊びの達人だねっ」

律「おほほほ! まぁなぁ~」

澪「変なとこで突出してるからなぁ、律は…」

梓「律先輩、私にその技、伝授してくださいっ!」

律「ばか者! 一朝一夕で身につくものではないっ!」

律「これは、私が踏み越えてきた数々の死線の中で、自然に身につけたものなのだ!」

律「おまえのような小娘には、まだ早いわっ!」

梓「う、うう…」

澪「大げさに言うな…遊んでただけだろ…」

―――――――――――――――――――――

「王様だ~れだ?」

6だった。

唯「あ、私だぁ」

律「唯か…正直、なにが来るか想像がつかん」

唯「えへへ、えっとね…」

唯「6番の人が、私を好きな人だと思って、愛の告白をしてください」

朋也(マジかよ…)

律「おお、なんか、おもしろそうだな、それ」

唯「んん? その他人事な口ぶり…りっちゃん、6番じゃないんだ?」

律「まぁな~。で、誰だ、6番は」

朋也「…俺だ」

唯「へ!?」

澪「え…」

紬「まぁ…」

律「うおぉっ、これは…まさかの二回目で、こんな内容」

律「しかも、相手は唯…かぁ~、持ってんなぁ、岡崎」

春原「これ、もうゲームじゃなくていいんじゃない?」

梓「ただのゲームですっ! 岡崎先輩も、その辺忘れないでくださいよっ!」

朋也「わかってるよ…」

朋也「あー…座ったままでいいか」

唯「う、うん…」

朋也「じゃあ…」

こほん、とひとつ咳払い。

朋也「明日朝起きたらさ…」

朋也「俺たちが恋人同士になっていたら面白いと思わないか」

朋也「俺がおまえの彼氏で、おまえが俺の彼女だ」

朋也「きっと、楽しい学校生活になる」

朋也「そう思わないか」

唯「思わないよ。きっと、こんなぐだぐだな私に、腹が立つよ、岡崎くん」

朋也「そんなことない」

唯「どうして」

朋也「…俺は平沢が好きだから」

朋也「だから、絶対にそんなことはない」

唯「本当かな…自信ないよ…」

朋也「きっと楽しい。いや、俺が楽しくする」

唯「そんな…」

唯「岡崎くんだけが…頑張らないでよ」

唯「私にも…頑張らせてよ」

朋也「そっか…」

唯「うん…」

顔を伏せる平沢。

朋也「じゃあ、平沢…頷いてくれ、俺の問いかけに」

俺は、彼女をまっすぐ見据えてそう求めた。

唯「………」

朋也「平沢、俺の彼女になってくれ」

唯「………」

少しの間。
顔を上げることもなく、頷くこともなく…
ただ小さな声が聞えてきた。
よろしくお願いします…と。

律「…わお」

春原「成立しちゃってるね」

梓「はい、そこまでそこまでっ!」

中野が俺と平沢の間に体を割りこませてくる。
そして、平沢と対面し、その肩をがしっと掴んだ。

梓「唯先輩、これ、演技ですよ!? わかってますか?」

唯「う、うん…」

梓「それと…」

俺に向き直る中野。

梓「岡崎先輩、なんで唯先輩の名前使ってるんですか!」

朋也「いや、だって、平沢を好きな奴と想定するって話だったろ…」

梓「仮想好きな人なんだから、偽名使ってくださいよっ!」

梓「これじゃ、ほんとに唯輩に告白してるみたいじゃないですか!」

朋也「いや、そんなつもりは…」

梓「ふん、どうだか。あわよくばって考えてたんじゃないですか」

朋也「いや…」

梓「あと、唯先輩がOKしたのも、仮想空間での話ですからね!」

梓「現実だったら振られてますからっ」

梓「ふんっ」

ぷい、とそっぽを向いて、自分の席に戻っていった。

朋也(なんなんだよ…)

律「ははは、唯と付き合うには、まず梓に認められなきゃな」

朋也「…知るか」

―――――――――――――――――――――

「王様だ~れだ?」

2を引いた。俺じゃない。

梓「…来ました。私です」

律「お、梓か」

唯「あずにゃん、おてやわらかにね」

梓「………」

睨まれる。やはり、俺に狙いを定めてくるのか…。

梓「決めました。皆で岡崎先輩をタコりましょう」

朋也「って、それじゃ番号クジでやる意味ないだろっ」

律「そうだぞ。私だってちゃんと実力で春原を地獄に叩き落したんだからな」

春原「ちっ…でも、ある意味天国だったけど」

律「攻撃するなら、ルールに則った上でやれよ」

あずにゃんこんなキャラだっけww

それも嫌だが。

梓「…わかりました。じゃあ…」

梓「1番と…」

そわそわと全員の表情を窺っている。
部長の真似事なのだろう。

梓「う…やっぱり、2番…」

梓「あう…4…いや5…6?」

混乱し始めていた。

梓「う…もう、7番と1番が、恋人つなぎしながら愛を囁いてくださいっ!」

大方、俺と春原を引き合わせて、屈辱を与えようとでも思ったんだろう。
もし外れても、部員同士なら罰ゲームにもならない。
だから、一発ギャグや、尻文字で自分の名前を書く、なんて露骨なものを避けたんだろう。

梓「だ、誰ですか…?」

律「1…」

春原「…7」

春原と部長のどちらもが真っ青な顔をして、震える声でそう告げていた。

唯「あはは、おもしろい組み合わせだね」

律「ぜんっぜんおもしろくねぇよっ」

春原「ムギちゃん、これ、罰ゲームの類だから。僕の本心じゃないからね」

律「そりゃこっちのセリフだっ」

唯「いいから、ふたりとも、そろそろやんなきゃだよ」

律「くそ…」

春原「ちっ…」

立ち上がり、近づいていく。
そして、その手がぎゅっと握られた。

律「…アンタ、カコイイヨ」

春原「…オマエモ、カワイイヨ」

律「アハハ」

春原「アハハ」

唯「カタコトじゃだめだよ。ちゃんとやらなきゃ」

唯「ルールは厳守しなきゃいけないんでしょ?」

律「うぐ…」

自分で課した掟が自分の首を絞めていた。

律「あ、あんた、あれだよ、あの…」

律「そう、身長低くてさ、ヘタレで…ダサカッコイイよ」

春原「はは、おまえは、額とか残念だけど…デコカワイイよ」

  律「あははは」
春原「ははは」

唯「…はぁ、りっちゃん、遊びの帝王だと思ってたのに…」

唯「あずにゃんにも、あんなにびしっと言ってたし…」

唯「それなのに、ルールのひとつさえ守れないんだね…」

律「う…わ、わかったよ…」

律「はぁ…」

律「あんたは、普段アホだけど…いざという時は頼りがいがあって…」

律「…かっこいいよ。漢だよ」

春原「お、おう。おまえも…よくみりゃ、顔も悪くないし…」

春原「か、かわいいと思うよ…」

春原「………」

律「………」

春原「ぐわぁああああっ!!」

律「のぉおおおおおおっ!!」

同時に手を離し、体をかきむしる。

春原「はぁ、はぁ、かゆい、かゆすぎるよっ!」

律「アレルギー反応だ! ヘタレアレルギー!」

床を転げ周り、ぎゃあぎゃあわめいていた。

紬「ふふ、行動がそっくり」

澪「だな。やっぱり、気が合うんじゃないか?」

―――――――――――――――――――――

「王様だ~れだ?」

朋也「おっ…俺だ」

春原「岡崎、僕とムギちゃんに、なんかエッチなの頼むよっ」

律「アホか、おまえはっ! 岡崎、こいつに罰ゲームくれてやれ!」

朋也(どうするかな…)

そもそも、俺は王様ゲーム自体に興味はない。

朋也(そういえば…)

秋山がしきりに練習しようと訴えていたな…。
なら、ここで俺が切り上げてやるのも、悪くないかもしれない。

朋也「…よし、決めた。おまえら、練習しろ」

澪「え…岡崎くん…」

律「なぁんであんたがそれ言うんだよぉ」

唯「もうやめちゃうの?」

朋也「なんか、やらなきゃならないんだろ。よく知らねぇけど」

朋也「だろ? 秋山」

澪「え?…うんっ」

朋也「だったら、王様命令だ。練習、始めろよ」

律「うえぇ…つまんねー奴ぅ…」

唯「まだやりたいよぉ…」

朋也「中野、おまえも練習派だろ。何か言ってやれよ」

梓「え…あ…お、岡崎先輩に言われなくても、今言おうと思ってましたっ」

梓「こほん…律先輩、唯先輩、練習するべきですよ」

澪「うん。ちょうど一週できたしな」

律「まだおまえに回ってないじゃん」

澪「私に回っても、どうせ終わるんだから、同じことだろ」

律「ぶぅ~」

紬「それじゃ、今日はティータイムはお開きね」

唯「ムギちゃんが言うなら、しょうがないかぁ」

律「部長はあたしだぞっ」

澪「おまえは威厳がないからな」

律「なんだとっ」

春原「岡崎、まだ間に合う、最後に僕とムギちゃんを引き合わせてくれぇっ」

朋也「そんなに王様ゲームしたいなら、あのカメとサシでやれ」

朋也「あ、これは俺の個人的な命令だからな」

春原「プライベートでも主従関係なのかよっ!?」

律「わははは!」

澪「あの…岡崎くん」

朋也「あん?」

澪「ありがとね。練習、するように言ってくれて」

朋也「いや、別に礼を言われることでもないだろ」

朋也「もとはといえば、俺たちがいたせいで始まったようなゲームだし」

澪「それでも、やっぱり、ありがとうだよ。私も、ちょっと楽しんじゃってたし」

朋也「そっか」

澪「うん」

朋也「まぁ、練習頑張れよ。俺が言えた義理じゃないけどさ」

澪「うん、ありがとう。頑張るよ」

言って、微笑んだ。
そして、俺に背を向け、準備に向かう。

春原「くそぅ…ムギちゃんお持ち帰りする計画がパァだよ…」

朋也(まだ言ってんのか、こいつは…)

最後まで合コン気分の抜けない奴だった。

―――――――――――――――――――――

4/29 木 祝日

4月の祝日。
週末からはゴールデンウィークに突入するので、今日はその前座といった感じだ。
俺のような、何も予定がない暇人は、ただ怠惰に過ごして終わるだけなのだが。
今だって、町の中を意味もなくぶらついたりなんかしているわけで…
強いて言うなら、朝食の後の散歩といったところだ。
気が済めば、いつものように春原の部屋に向かうつもりなのだが。

朋也(ん…?)

歩いていると、ひとりの女の子を見つけた。

梓「………」

中野だった。
身をかがめ、停めてある車の下を覗き込んでいた。
その姿に、通行人がじろじろと目をくれていく。
それもそうだろう。スカートがはだけて少し下着が見えてしまっているんだから。

朋也(はぁ…ったく…)

顔を合わせる前に、無視して過ぎ去ろうと思ったのだが…
一応、忠告しておくことにした。

朋也「おい、中野」

声をかける。

梓「え…」

振り返る。

梓「ああ…」

なんだ、こいつか…とでも言いたげな顔。

梓「はぁ…」

大きくため息をつき、また頭を下げて、車の下を覗き込む。
…せめて、なにか言え。

朋也「おい、見えてるぞ…おまえのパンツ」

梓「っ!」

ばっと身を起こし、手でスカートを抑えながら俺に向き直る。
頬を赤く染め、目を潤ませていた。

梓「へ、変態っ!」

朋也「いや、おまえ自ら見せてたんだろ。そんなに自信あったのか、下着に」

梓「ち、違いますよっ! 私はただ…」

車を見る。

朋也「車上荒らしか? やめとけよ、ここは人の目が多い」

梓「それも違いますっ!」

梓「この下に猫がいるから、危ないと思って、助けようとしてたんですっ!」

朋也「猫?」

俺もしゃがんで覗き込んでみる。

朋也(あ…ほんとだ)

身を丸め、じっとしたまま動かない猫が一匹いた。

朋也「あの猫、あそこからどかせればいいんだな?」

低姿勢のまま言う。

梓「え?」

朋也「ちょっと待っとけ」

俺は匍匐前進で車の下に入り込んでいった。

朋也(ん、動かないな、あいつ…)

近づけば逃げていくかと思ったのだが…

朋也(よ…)

ひょい、と掴めてしまった。
そのまま這い出る。

朋也「ほら、いけ」

そっと手を離す。
だが、それでも動かない。
座り込んで、前足を舐めていた。

梓「あ…この子、怪我してる…」

見れば、舐めている箇所の毛が抜けていて、そこから血が滲みだしていた。

梓「ど…どうしよう…助けてあげなきゃ…」

おろおろと狼狽する中野。

朋也「動物病院、行ってみるか」

梓「あ…は、はいっ…」

朋也「よし」

中野の返事を聞き、俺は猫を抱えた。
そして気づく。病院の場所なんて、まったく心当たりがないことに。

朋也「あのさ…この辺って、動物病院、あったっけ」

梓「ちょっと待ってください…」

携帯を取り出し、なにか操作していた。

梓「あ、ありました。こっちですっ」

液晶画面を見ながら言う。

そして、先導するように小走りで道を進んでいった。
俺もその後についていく。

―――――――――――――――――――――

行き着いた先には、こじんまりとした、寂れた建物があった。
看板には、しっかりと、動物病院と記されていたのだが…
ペンキが落ちたのか、文字がただれていて、ホラーチックだった。
ここで本当に大丈夫かと、内心、心配だったのだが、それも杞憂に終わった。
診察と治療は至極まともだったのだ。
担当の獣医は、好々爺然とした風貌で、事情を話すと、おもしろそうに笑っていた。
なにが気に入られたのか知らないが、診察代も、治療代も格安にしてくれていた。

―――――――――――――――――――――

梓「…かわいそうです」

今は中野が猫を抱いていた。
通りに据えられたベンチに腰掛け、膝の上でくつろぐその猫を撫でている。

朋也「まぁ…野良だろうからな。首輪もしてないし」

獣医が言うには、どうも、傷は、人の手によってつけられた可能性が高いということだった。

梓「じゃあ…飼い猫だったら、こんな目に合わないって言うんですか」

朋也「まぁ、少なくとも、野良よりはマシなんじゃないのか」

朋也「そもそも、野良なんて、保健所に収容されれば、それだけでアウトだからな」

朋也「それに、餌の確保ができなけりゃ、餓死するし…他にも、危険なんてたくさんある」

梓「…そう…ですよね、やっぱり」

梓「………」

しばらくの間視線を落として黙っていると、猫を抱きかかえ、無言で立ち上がった。
どこか思いつめたような顔をしている。

朋也「どうしたんだよ」

梓「私、この子を飼ってくれる人を探します」

朋也「どうやって」

梓「それは…道行く人に、声をかけて、とか…」

朋也「そら、大変だな」

梓「それでも、やるんですっ」

声を張って答えていた。

朋也(はぁ…俺、こういうのに弱いのかな…)

なぜか放っておけない。

朋也「俺も手伝うよ。おまえがよければだけど」

梓「ほんとですか? ちょっと、不本意ですけど…」

梓「この際、なんでもいいです。よろしくお願いしますっ」

朋也「ああ」

梓「それじゃ、人通りの多いところに…」

朋也「いや…そうだな、まず、軽音部の連中に当たってみろよ」

朋也「知り合いだから訊きやすいだろ? それに、もしOKならそこで終わりだ」

梓「あ、そうですね、すっかり忘れてました」

携帯を取り出す。
そして、猫の写真を撮ると、また画面と向き合っていた。
多分、今の画像を添えてメールでも送っているんだろう。
俺は黙って結果を待つことにする。

―――――――――――――――――――――

梓「あ、きた」

中野の携帯から着信音が鳴り響く。
慌てたように開いて、返信を確認する。

梓「…ムギ先輩もダメでした」

朋也「そうか…」

他の部員からも、断りの返事が届いていた。
家庭の事情や、経済的負担などが理由だった。

琴吹なら、猫の一匹くらい、なんでもないだろうと期待していたのだが…
その想いも、打ち砕かれてしまった。

朋也「で、琴吹はなんだって?」

梓「なんか…ポチに捕食されるかもしれないから、責任が持てない…らしいです」

朋也「……捕食?」

梓「……はい」

朋也「………」

梓「………」

朋也「…なにを飼ってるんだろうな、琴吹は」

梓「…多分、知らないほうがいいです」

だろうな…。

―――――――――――――――――――――

朋也「あ、すいません、ちょっとい…」

朋也「あ…くそっ」

人の往来が激しい大通りで飼い主探しを始めたのだが…
何かのキャッチと思われているのか、見向きもされなかった。

朋也「俺じゃだめだ。次、おまえいってくれ」

梓「わかりました」

梓「…不甲斐ない人」

朋也「聞えたからな…」

―――――――――――――――――――――

朋也(あいつはなんか、上手くやりそうだよな…)

中野から預かった猫とじゃれあいながら、思う。

梓「あの、すみません」

男「ん?」

一発目から捕まえることに成功していた。

梓「えっと、私、今…」

男「3万…いや、君なら4万出すよ」

梓「へ? どういう…」

男「この近くに、いいとこあるからさ、今からいく?」

これは、まさか…

梓「え…いいとこ…ですか?」

朋也「おい、おっさん、なにやってんだよ」

猫を抱いたまま、睨みを利かせて近づいていく。
プリチーな生き物を伴って絡んでくる仏頂面の男…さぞ不気味なことだろう。

男「ひぃっ、い、いや、私はまだなにも…」

朋也「まだ?」

男「い、いや…はは、なんでも」

背を向けて、足早に去っていった。

梓「なんで邪魔するんですか!」

朋也「おまえ…わかんなかったのか、今の」

梓「岡崎先輩の行動の方がわかりませんよ!」

朋也「いや…だから…」

梓「足を引っ張るなら帰ってください!」

本当に、ただ俺が妨害しただけだと思っているようだ。
誤解を解いておいたほうが、今後の信頼関係のためにもいいんだろうが…
詳しく説明するのも、なんだか気が引けた。

朋也「…ああ、悪かったよ。もう邪魔しない」

だから、俺に非があったと、黙って認めておくことにした。

梓「勘弁してくださいよ、ほんとにもう…」

朋也「でも、ああいうおっさんは避けろよ、一応」

梓「おっさん差別ですか? 最低ですね、自分の近い将来の姿なのに」

朋也「まだ遠いっての…」

今年で18だ、俺は。

―――――――――――――――――――――

梓「そうですか…話を聞いてくれて、ありがとうございました」

女性「いえ…」

朋也(だめだったか…)

今ので4人目だった。

梓「はぁ…」

中野も落胆を隠しきれないようだった。

男1「ねぇ、君さ、さっきから声かけてるよね」

男2「逆ナン?」

梓「え? いえ…違います…」

ちゃらちゃらとした男の二人組に絡まれていた。

男1「じゃ、俺らが君ナンパしていい?」

男2「かわいいよね、君。遊びいこうよ」

梓「あの…それは、ちょっと…」

男1「いいじゃん、いこうよ」

男2「そこのカフェでなんか食べようよ。おごりだよ?」

梓「う…あう…」

困惑した表情で、すがるように目を向けてくる。
SOS信号だろう。

朋也(いくか…)

立ち上がる。

朋也「こらぁ、なんだ、おまえらは」

男1「はぁ?」

男2「なにおまえ」

朋也「みりゃわかるだろうが。猫を持ったキレ気味な人だ」

猫「にゃあ」

男1「意味が…」

男2「君、もういこうよ。変なの来たし」

中野の手を取ろうと、腕を伸ばす。
俺はその腕を掴んで止めていた。

朋也「やめとけ。こいつは俺が先に目をつけてたんだよ」

少しキャラを作ってみた。設定は、鬼畜王だ。

朋也「失せろ、カスども」

猫「にゃあ」

男2「…っ離せよっ」

ばっと俺の手を振り払う。
そして、その瞬間から睨み合いが始まった。

朋也「………」

男1「………」

男2「………」

猫「にゃあ」

男1「…ちっ」

男2「ばぁか」

間の抜けた猫の鳴き声を以って、ガンつけ勝負は終わった。
ふたりの男は捨て台詞を吐くと、雑踏の中へと消えていった。

朋也(ふぅ…)

朋也「おい、中野…」

朋也「あん?」

振り返ると、俺から距離を取って身構えていた。

梓「…このけだもの。ずっと私を狙ってたんですねっ」

朋也「おまえが信じるなっ! ありゃ方便だっ」

梓「………」

疑惑に満ちた目を向けてくる。

朋也(どこまで信用ないんだ、俺は…)

もともとなかったところを、先の一件でさらに信用を失ってしまったのか…。
なら、捨て身でこちらから歩み寄っていくしかない。
まずは安心感を与えて、警戒を解かなくては…。

朋也(はぁ…ちくしょう)

朋也「こほん…あー…」

朋也「ほら、おいで梓ちゃん、怖くないよ~」

ぎこちない笑顔で、猫なで声を出す。

梓「…キモ」

…ものすごく冷めた顔で暴言を返されていた。

朋也(ま、そりゃそうか…)

わかってはいたが、実際言われると、ショックと恥ずかしさが同時に襲ってきた。

梓「冗談です。助けてくれて、ありがとうございました」

朋也「ああ、別に…」

恥をかく前に言って欲しかったが。

梓「キモかったのは本当ですけど」

朋也「あ、そ…」

徒労に終わった上に、追い討ちまでかけられていた。

朋也「まぁ、いいけど、何か対策考えないとな」

朋也「おまえ、見た目可愛いから、変な奴よってくるし」

梓「な、か、可愛いって…お、おだててどうするつもりですかっ!」

梓「気をよくしたところを、一気につけこんでくるつもりですかっ!」

梓「このけだものっ!」

朋也「想像が飛躍しすぎだ。思ったことを言ったまでだよ」

梓「な、なな…わ、私は騙されませんからっ」

朋也「だから、そんな気はないっての」

朋也「それよか、もう昼だし、飯にしようぜ」

梓「う、うう…」

朋也「ほら、いくぞ」

俺が歩き出すと、後ろからうーうー言いながらもついてきた。

―――――――――――――――――――――

朋也「ほらよ」

コンビニで買ってきたパンとジュースを差し出す。

梓「ありがとうございます」

受け渡すと、俺も中野が座っているベンチに腰掛けた。

梓「よかったんですか? おごってもらっちゃって」

朋也「いいよ。いつか、おまえにおごってもらった事あっただろ」

朋也「これであいこだ」

梓「でも、あれはお詫びのつもりだったから…」

朋也「まぁ、細かいことは気にするなよ」

梓「はぁ…」

朋也「よし、おまえにもやろう」

俺は自分のパンをちぎって猫に与えた。
くんくんと匂った後、ぺろりと口にしていた。
その姿を見て思う。

朋也「こいつって、あの時おまえがねこじゃらしで遊んでた奴か?」

梓「そうですよ。気づかなかったんですか?」

朋也「ああ、まぁな。今ようやく思い出したよ」

梓「こんな可愛い子、普通は一度みたら忘れないのに」

言って、中野も自分のパンをちぎって猫の前にそっと据えた。
すると、それも遠慮なく食べ始めていた。

梓「かわいいなぁ…」

その様子を温かい目で見守る中野。

朋也「おまえ、猫好きなのか」

梓「はい、大好きですっ!」

朋也「そっか。なんか、らしいよな。おまえ、猫っぽいし」

梓「あ、ありがとうございます…」

こいつにとっては称賛と同義だったようだ。
素直に礼なんか返してきた。

朋也「でもさ、それなら、おまえの家で飼ってやれないのか」

梓「それができたら、最初から飼い主探しなんてしてませんよ」

朋也「それもそうだな」

梓「岡崎先輩こそ…いや、いいです、やっぱり」

俺に飼えるかどうか打診するつもりだったんだろう。
だが、回答はどうあれ、俺に飼われるのは嫌だったようだ。
だから、途中で切ったんだろう。
まぁ、うちで飼えるわけじゃないので、別によかったが。

朋也「飯、食い終わったら、また頑張って探さなきゃな」

梓「そうですね。頑張りましょうっ」

―――――――――――――――――――――

梓「あの…ほんとにこれ、効果あるんでしょうか」

朋也「ああ、ばっちりだ」

中野が手に持つのは、可愛らしく装飾されたプラカード。
頭には、ネコミミカチューシャをつけていた。
その2つのアイテムは、憂ちゃんと行った、あのファンシーショップで調達してきていた。

朋也「今までは、こっちから攻めていってたけど、それは間違いだった」

朋也「興味のない人にまで当たっちまうから、効率が悪かったんだ」

朋也「だから、今度は待ちに入るんだ」

梓「いえ…そうじゃなくて、なんでネコミミなんですか…」

梓「このプラカードは、わかりますけど…」

そのプラカードには『この猫、飼ってください!』と書いてある。
宣伝のつもりだった。

朋也「そっちの方がわかりやすいじゃん」

梓「いえ、これつけなくても、プラカードだけで事足りると思いますけど…」

朋也「より目立ったほうが、目を引きやすいだろ」

朋也「おまえ、似合ってるしさ、大抵の男は振り向くと思うぞ」

梓「そ、そんな…」

朋也「こいつのためだ。頑張れよ」

ダンボールを抱えてみせる。
その中には、猫が入っていた。
やはり、拾ってください、なんて言うなら、このスタイルしかないだろう。

梓「うう…わかりました」

ダンボールを手に持ち、街頭に立つ。
そして、足元に置くと、プラカードを掲げた。
やはり、道行く人は皆一瞥をくれていく。
こっちをみて、ひそひそと話しこんでいる者たちも見受けられた。
ナンパの算段でも立てているんだろうか。
それでも、隣に俺も立っているから、簡単には近づいてこないだろう。
これが、俺の考えた対策だった。抑止力というやつだ。
単純なことだが、効果は高いと思う。
今も、中野を遠巻きに眺めていた男たちが、諦めたように散会していくのが見えた。

やはり、これで合っていたようだ。

―――――――――――――――――――――

5分くらい経った頃だろうか。
一人の男がこちらに近寄ってきていた。

男「あの…ふぅ、ふぅ…」

興奮しているのか知らないが、息が荒い。

男「か、飼うって、い、いいの…?」

梓「え…はいっ、もちろんですっ!」

男「はぁ…はぁ…き、君、家出少女なんだ…?」

梓「え、あ…はい?」

男「ふっひ…う、うちのアパート…いこう…」

男「君みたいな可愛い子なら…悦んで飼ってあげるよ…」

梓「い、いえ、私じゃなくてっ! この子ですっ」

ダンボールから猫を抱き起こした。

猫「にゃあ」

男「え…なんだ…でも、君も猫だし…」

言って、ネコミミに目をやる。

男「君もついてくるなら、一緒に飼ってあげるよ…ふっひ…」

梓「ひぃっ…え、遠慮しておきます…」

男「はぁ、はぁ…じゃあ、いいや…」

のそのそと立ち去っていった。

梓「…岡崎先輩のせいですよ」

朋也「いや、でも、世間にはああいう奴もいるってわかってよかったじゃん」

梓「上から目線で言わないでくださいっ!」

梓「次は岡崎先輩がやってくださいよっ!」

俺にプラカードを押し付けてくる。

朋也「ああ、いいけど」

受け取る。

梓「ちゃんとこのネコミミもつけてくださいよ」

朋也「やだよ、なんで俺が」

梓「私にはつけさせたじゃないですかっ!」

朋也「だからってなぁ、俺だぞ?」

梓「いいから、つべこべいわずにつけてくださいっ!」

朋也「わかったよ…」

仕方なく、装備した。
…周囲の視線が痛い。

梓「…ぷっ」

朋也「せめておまえだけは笑わんでくれ…」

―――――――――――――――――――――

朋也(お…)

一人の女性がこちらに近づいてくる。
男の情欲を煽るような服を綺麗に着こなして、妖艶な雰囲気を纏っていた。
年の頃は、二十代後半といったところか。

朋也(って、なに分析してんだ、俺は…)

女性「ボウヤ…飼って欲しいの?」

朋也「あ、いえ…俺じゃなくて、こっちの猫っす」

ダンボールを指さす。

女性「そうなの?」

朋也「はい。だめっすか」

女性「私、動物嫌いなの」

女性「でも…」

俺の頬に手を添えた。
どきっとする。

女性「あなたみたいな動物なら、死ぬほど可愛がってあげるわ」

朋也「はは…」

なんと答えていいのやら…。

女性「これ、名刺。渡しとくわ」

手を取られ、少し強引に握らされた。
そこには、夜の店の名前と、この人の源氏名らしきものが書かれていた。
裏も見てみる。電話番号が手書きされていた。

朋也「俺、未成年なんですけど…」

女性「見ればわかるわよ」

朋也「そっすか…」

女性「お店に来いって言ってるんじゃないわ」

女性「私にいつでも連絡入れなさいって言ってるの」

朋也「はぁ…」

女性「それじゃね」

色気を漂わせながら去っていく。

梓「…ヒモ野郎。最低です。死ね死ね」

朋也「悪口のタガが外れてるからな、おまえ…」

梓「こんな時まで女をたぶらかすなんて、信じられないです」

朋也「俺は何もしてないだろ…」

朋也「…あぁ、とにかく、もうネコミミはやめだ。これは危険すぎる」

梓「最初からいらないって言ってたのに…このヒモ男は…」

ぶつぶつと小言をぶつけられていた。
止む気配はない。
しばらくはこの状態が続きそうだった。

朋也(はぁ…)

―――――――――――――――――――――

一度休憩を取るため、適当な石段に腰掛けた。

朋也「なかなか見つからねぇな」

梓「そうですね…」

梓「やっぱり、岡崎先輩が女たらしのクセに唯先輩に手を出すから、皆怒ってるんですよ」

朋也「それはおまえの心の内だ」

朋也「つーか、俺はあいつに手なんか出してないからな」

梓「嘘つき。いつもベタベタしてくるせに」

朋也「どこがだよ。普通の距離感だろ」

梓「朝だって一緒に登校してるじゃないですか」

梓「それに、唯先輩、部室でも岡崎先輩の隣に座りたがるし…」

朋也「それは俺からじゃなくて、あいつの方からきてないか」

梓「あーっ! 今、自分がモテ男だってさりげなく言いましたね!?」

梓「やらしいですっ! すべてにおいてあらゆる意味でやらしいですっ!」

梓「やらしいですっ! やらしいですっ!」

朋也「悔しいですみたく言うな」

朋也「前に言ってたけど、あいつは俺のことなんとも思ってないらしいぞ」

梓「ほんとですか? でも、どういう会話の流れでその発言が出たんですか?」

朋也「いや、冗談のつもりで、俺に気があるのかって訊いてみたんだよ」

朋也「そしたら、そんなんじゃないってさ」

梓「…なるほど」

梓「まぁ、唯先輩は、わりとすぐ人と仲良くなりますからね…」

梓「ってことは、岡崎先輩にじゃれついてるのは、遊びだったってことですね」

梓「あはは、唯先輩にとっては、岡崎先輩なんて、遊びだったってことですよ」

梓「あははは」

朋也「はは…」

俺もなぜか乾いた笑いで同調してしまっていた。

梓「じゃあ、岡崎先輩も、唯先輩のことは、なんとも思ってないわけですね」

朋也「ん、ああ…」

梓「…なんで言いよどむんですか?」

朋也「いや…」

がたっ

朋也(ん?)

音のした方に振り向く。
ダンボールが倒れ、猫が飛び出していた。
空に飛び立っていく鳥を追っている。
その先には、激しく車の行き交う道路があった。
俺は考える前に駆け出していた。

朋也(うらっ…)

飛び込み、猫をキャッチする。
間一髪間に合った。
猫は、俺の胸の中できょとんとしている。

朋也「いっつ…」

背中に痛みが走る。
モロにコンクリでぶつけたからだ。
腕も擦ってしまい、血が流れてくる感触が肌に伝わってきた。

梓「大丈夫ですかっ!?」

中野が駆け寄ってくる。

朋也「ああ、無事だよ」

上体を起こし、猫を両手で掲げてみせる。

梓「そうじゃなくて、岡崎先輩がですよっ」

朋也「ああ、俺は…っつ…」

梓「痛みますか? どこです?」

朋也「いや、大丈夫」

梓「ちょっと腕見せてください」

言って、俺の袖をまくった。

梓「血が出てるじゃないですか…」

朋也「ほっときゃ止まるよ」

梓「そんなこと言って、バイ菌が入ったら大変ですよっ」

梓「ここでじっとしててください。私、ちょっと行ってきます」

そう言い残し、人ごみを縫ってすぐ近くの雑貨店に入っていった。

―――――――――――――――――――――

梓「はい、これでいいです」

朋也「サンキュ」

中野は、水で傷口を丁寧に洗い流し、その上から透明なシートを貼ってくれていた。

梓「患部を水で濡らした後、このシートを貼っておくんですよ」

パック入りになったそれを渡してくる。

朋也「ああ、わかったよ。で、いくらだったんだ? これと水合わせて」

受け取って、そう訊いた。

梓「お金なんていいですよ。この子、助けようとしてくれたんでしょ」

膝の上に乗り、安心して丸まっている猫の顎を撫でる。

梓「ほんと、馬鹿ですね。あんなことしなくても、道路になんか飛び出しませんよ」

朋也「そうだったかな」

梓「そうですよ」

朋也「ちょっと神経質すぎだったな」

朋也「動物の挙動なんて、予測できないからさ、嫌な予感がして、先走っちまった」

梓「岡崎先輩の行動の方がよっぽど予測できません」

朋也「そっか」

梓「はい、そうです」

朋也「………」

梓「………」

会話が途切れる。

俺はなんとなくネコミミを手にとってみた。

梓「って、なんで猫にネコミミをつけるんですか…意味ないですよ…」

朋也「これで、二倍猫になるだろ」

梓「もう…なんなんですか、それ。意味がわかりませんよ」

梓「ほんと、馬鹿なんだから」

柔和に微笑む。
初めて俺に向けられた曇りのない笑顔。
いつもこんな風に笑っていてくれれば、こいつも無害な普通の女の子なのだが。

声「あら、岡崎じゃない」

朋也「ん…」

声がして、顔を向ける。
そこには一人の女性が立っていた。

女性「奇遇ね。こんなとこで、なにやってんの」

朋也「美佐枝さん…」

この女性、学生寮の寮母をやっている人だった。
名は相楽美佐枝。
寮生でない俺も、あれだけ通い詰めていれば、嫌でも顔見知りになる。

美佐枝「ところで…そっちの子は?」

中野を見て言う。

朋也「ああ…まぁ、後輩だよ」

梓「あ、初めまして。中野梓といいます」

美佐枝「これは、ご丁寧にどうも。私は、相楽美佐枝。学生寮の寮母をやってるの」

梓「寮母さんなんですか…すごくお若いのに…」

美佐枝「あら? そうみえる? ありがと」

美佐枝「にしても…」

美佐枝「岡崎、あんたも隅に置けないわねぇ。こんな可愛い子とデートなんてさ」

梓「な、ち、違いますっ」

中野が勢いよく否定する。

美佐枝「ありゃ、彼女じゃなかったの?」

朋也「こいつとはそんなんじゃねぇよ」

梓「そ、そうですよっ」

美佐枝「ふぅん、なかなか似合って見えたのにねぇ」

梓「そ、そんなことないですっ! 私たち、犬猿の仲なんですっ」

梓「こ、こんな人となんて…そんな…」

美佐枝「あんた、嫌われてるの?」

朋也「少なくとも、好かれちゃいないかな」

美佐枝「あ、そなの」

朋也「ああ」

猫「にゃあ」

中野の膝の上、猫が鳴いてた。

美佐枝「あら…可愛い猫だこと。触ってもいい?」

梓「あ、もちろんです」

美佐枝「ありがと。それじゃ…」

くすぐるように顎を撫でた。
ごろごろと気持ちよさそうに唸る。

美佐枝「あんたの猫なの?」

梓「いえ…野良なんです」

美佐枝「へぇ、それにしては毛並みが綺麗よね」

梓「ですよね。可愛いです」

美佐枝さんが撫でると、猫もうれしいのか、尻尾をピンと立てていた。
ここまで気を許させてしまうのは、この人の持つ、包み込むような母性のためだろうか。
動物にもそれが直感的にわるから、安心して身をゆだねることができるのかもしれない。
どうせ飼われるなら、こんな人がいいと思う。
面倒見のいいこの人のことだ、きっと大事にしてくれるに違いない。
だが、寮で飼うなんてことが許されるのだろうか…
そこだけが唯一気にかかる。

朋也(ダメもとで訊いてみるか…)

朋也「美佐枝さん。そいつ、飼ってやれないか」

美佐枝「え? あたしが?」

朋也「ああ。俺たち、ずっと飼ってくれる奴探してたんだけど…」

俺はこれまでのいきさつを美佐枝さんに話した。

美佐枝「はぁ…その猫の怪我、そういうことだったんだ」

朋也「ああ。だから、頼むよ。美佐枝さんなら、安心して任せられるし」

梓「私からも、お願いします」

美佐枝「う~ん…でもねぇ…」

美佐枝「………」

顎に手を当て、しばしの間、思案に暮れる。

美佐枝「…猫、か。もう一匹増えたところで、変わりないか…」

何かつぶやいていたが、小さくて聞き取れなかった。

美佐枝「うん…わかった。一応、つれて帰ったげる」

梓「ほんとですかっ? ありがとうございますっ」

美佐枝「でも、正式に飼うわけじゃないわよ」

朋也「どういうこと?」

美佐枝「原則、寮でペットを飼うのは禁止されてるからねぇ」

美佐枝「おおっぴらには飼えないってことよ」

美佐枝「部屋を間借りさせてあげるのと、餌をあげることくらいしかできないけど…」

美佐枝「それでもいい?」

梓「十分ですよっ」

朋也「ああ、それだけしてくれりゃ、飼ってるのと変わりねぇよ」

美佐枝「そ。じゃあ、あたしはもう帰るとするかねぇ」

美佐枝「さ、おいで」

猫をその胸に抱く。
一片の抵抗もみせず、大人しく美佐枝さんの腕の中に収まっていた。

朋也「ありがとな、美佐枝さん」

梓「ありがとうございますっ」

美佐枝「ん、いいわよ、別に」

美佐枝「それじゃね」

朋也「ああ」

梓「はいっ」

俺たちに背を向け、歩いていく。

梓「よかったぁ…」

よほど嬉しかったのか、肩の力を抜いて、安堵の表情を浮かべていた。

朋也「そうだな」

おもむろに、ぽむっと中野の頭に手を乗せる俺。

梓「な、なにするんですかっ」

が、すぐに振り払われた。

朋也「いや、いい位置にあったから」

梓「そ、そんな理由で触らないでくださいっ」

朋也「悪かったな。もうしねぇよ」

梓「………」

朋也「そんじゃ、俺も行くからさ。じゃあな」

言って、俺も美佐枝さんが行ったのと同じ方向に足を向けた。
これから春原の部屋に向かうつもりだった。
今からなら、途中で美佐枝さんに追いつくだろう。
別れの挨拶をした意味がないな…ぼんやりと思う。

梓「あ、あのっ」

朋也「なんだよ」

声をかけられ、振り返る。

梓「きょ、今日はありがとうございましたっ…協力してくれて…」

梓「その…岡崎先輩のおかげで、飼い主も見つかりましたし…」

梓「猫を助けようって、必死になってもくれましたし…」

梓「ちょっとだけ…見直しました」

朋也「そりゃ、どうも」

梓「それと…頭に手を乗せられたのも、ほんとは嫌じゃないっていうか…」

梓「むしろ…その…」

もじもじとしているだけで、その先は出てこなかった。

朋也「じゃあさ、これからは仲良くしてくれよな、あずにゃん」

梓「な、あ、あずにゃんって呼ばないでくださいっ」

梓「この調子乗りっ! うわぁぁんっ」

顔を真っ赤にして、どぴゅーっとものすごい勢いで逃げていった。

朋也(変な奴…)

だが、少しだけあいつとの関係が改善された…ような気がした。

―――――――――――――――――――――

4/30 金

唯「あ~…だるぅい~」

憂「お姉ちゃん、たった一日で休みボケしすぎだよ」

唯「だってぇ…もうゴールデンウィーク入ったって錯覚しちゃったんだもん…」

憂「あしたいけば、本物の連休がくるから、がんばろ?」

唯「う~…えいっ」

憂ちゃんに腕を回し、全体重を預ける平沢。

憂「な、なに? 重いよぉ、お姉ちゃん…」

唯「このまま進んで、学校まで運んでよぉ~」

憂「うぅ…わかったよ…私頑張るね…」

憂「よいしょ…よいしょ…」

懸命にずるずる引きずっていく。

唯「遅いよぉ~スピード上げてよぉ~」

憂「う、うん、わかったよ…よい…しょ…」

憂「あ…もうだめ…」

ええ話や。゚(゚´Д`゚)゚。

ぺたり、とその場にへたりこんでしまう。

朋也「自分で歩けよ、平沢」

朋也「ほら、憂ちゃん」

手を差し伸べる。

憂「あ、ありがとうございます」

その手を取って立ち上がる憂ちゃん。
平沢は崩れ落ちたまま微動だにしなかった。

唯「はひぃ…」

朋也「置いてくぞ」

唯「ああ…まってぇ」

のろのろ立ち上がり、追ってくる。

唯「岡崎くん、しがみついていい?」

朋也「だめ」

唯「けちぃ…」

―――――――――――――――――――――

下駄箱まで足を運んでくる。

朋也「おい、平沢…そろそろ離せ」

唯「え~、教室まで連れてってくれてもいいじゃん…」

結局、坂を上ったあたりから、平沢を引きずってくることになってしまっていた。
あまりにもしつこかったので、俺のほうが折れてしまったのだ。

朋也「ここまででいいだろ。さっさと靴履き替えろ」

唯「ぶぅ…」

声「…おはようございます」

…この声。
振り向く。

梓「………」

中野が引きつった笑顔をぴくぴくとひくつかせ、音もなく背後に立っていた。
…おまえは忍者の末裔か。

唯「あ、あずにゃん、おはよぉ」

朋也「…よぅ」

梓「………」

眉間に寄った皺は消えそうにない。

てか、卒業まで続くのかな

また、いらぬ恨みを買ってしまったんだろうか…。

梓「…また、放課後に」

唯「うん、部活でね」

梓「それじゃ、失礼します」

言って、軽く会釈。
最後に俺をちらっと見て…

梓「…馬鹿」

ムッとした顔を向け、そう口が動いた気がした。
それも、一瞬のことだったので、定かではなかったが。

―――――――――――――――――――――

………。

―――――――――――――――――――――

昼。

唯「あぁ…刻(とき)が見える…」

平沢は未だにローテンションを引きずっていた。

唯「はぁ…むしろ生きる意味がわからない…」

澪「どんどんひどくなっていってるな…」

和「唯、口からぼろぼろこぼれ落ちてるから、咀嚼する時だけは気合入れなさい」

唯「ああぅ…わかた…多分」

春原「はは、情けねぇなぁ。もっとピシッとしろよ」

律「おまえは今日も重役出勤だったくせに、えらぶんな」

春原「うるせぇっ! 元気があればなんでも出来るんだよっ!!」

律「うわっ、ばかっ、口の中に食べ物含んだまま叫ぶなよっ!」

律「内容物が飛び散ってんだろうがっ! 私に当たったらどうすんだよっ!」

春原「避ければいいじゃん」

律「おまえが飛ばさなきゃいいの!」

律「ったく…」

朋也「あ、部長、右肩んところ…」

律「ん?」

律「うひぃ、ちょっと被弾しちゃってるし…最悪…」

汚らしそうに、ばっばっと振り払っていた。

澪「唯、今日が山場だ。明日は4時間だし、ここさえ乗り切ってしまえば、あとは楽だぞ」

春原「そうそう、土曜なんて、あってないようなもんだしね」

律「そりゃ、おまえが大抵昼からしかこないからだろ」

唯「う~ん、わかっちゃいるけど、体がついてこないよぉ…」

紬「唯ちゃん、よかったら、これ食べて、元気出して?」

琴吹が弁当箱から高級そうなだんごを覗かせた。

唯「え? いいの?」

紬「うん、もちろん」

唯「やったぁ、それじゃ…あ~ん」

餌を待つヒナ鳥のように口を開けた。

紬「はい、あ~ん」

箸で平沢の口まで運ぶ琴吹。

澪「そこまでめんどくさがるのに、ちゃっかりもらうんだな…」

唯「むぐむぐ…おいひぃ~」

紬「ほんと? よかったぁ」

律「しょうがねぇなぁ、私からもやるよ…このキンピラゴボウ」

春原「おまえ、またんなもん食ってんの」

律「うるせぇなぁ、りっちゃんキンピラは最高にうまいんだぞ」

唯「う~ん…一応もらっておこうかな…あ~ん」

また口を開けて待つ。

律「一応とはなんだ、一応とは」

言いながら、箸でひとかたまり摘んで、口に運ぶ。

唯「むぐむぐ…ぺっぺっ」

律「あーっ! てめぇ、唯!」

春原「ははは、だせぇ」

律「こぉの野郎ぉーっ!」

平沢に横からヘッドロックをかける部長。

唯「ご、ごめぇん、冗談だよ、おいしいよぉ」

律「80回以上噛んでから飲み込め、こらっ!」

唯「2回で許してぇ」

律「味が出る前に飲み込もうとしてるだろ、それっ!」

律「不味いって言いたいのかよぉ!」

ぎりぎりと締め付けていく。

唯「うわぁん、嘘、嘘だよ! 分子レベルまで噛み締めるから、許してぇ」

澪「まったく…もっと静かに食べられないのか」

唯「冷静なこと言ってないで、助けてよぉ、澪ちゃんっ」

紬「くすくす」

こうして、昼も騒がしく過ぎていった。

―――――――――――――――――――――

………。

―――――――――――――――――――――

放課後。

唯「………」

梓「唯先輩、どうしたんですか?」

平沢は机に突っ伏して、一言も発していなかった。

律「なんか、連休前で、息切れしてるんだってさ」

梓「はぁ…」

紬「はい、唯ちゃん。ここ、置いておくね」

唯「ん…」

少し顔を上げる。

唯「ひゃっほうっ、今日はチーズケーキなんだねっ!」

ケーキを目の前にして、今まで伏せていた上体を勢いよく起こしていた。

澪「いきなり元気になったな…」

律「現金な奴…」

―――――――――――――――――――――

春原「おい、部長。ちょっとラジカセ貸してくんない?」

律「あん? どうすんだよ」

春原「これをかけようと思ってね」

ポケットからカセットテープを取り出す。

春原「ボンバヘッ聴きながら、ムギちゃんの用意してくれたお茶を飲む…」

春原「これ以上のくつろぎ方はこの世に存在しないね」

律「いや、いいけどさ…ボンバヘッってなによ?」

春原「かぁ、知らねぇのかよ、あの有名なHIPHOPの最高峰を」

春原「おまえ、それでも軽音部部長かよ」

律「いや、聞いた事ないからさ…みんな知ってるか?」

唯「知らなぁい」

澪「私も…」

紬「私も、ちょっと…」

梓「私も聞いたことないです」

春原「ええ、マジ? じゃ、この機会に知っておいたほうがいいよ」

春原「部長、ラジカセまだかよ」

律「物置にあるから、自分で取ってこい」

春原「ちっ、気の利かねぇ奴だな」

律「おまえのために動く道理なんかねぇよ」

春原は物置に入っていくと、ややあってラジカセを手に戻ってきた。

春原「んじゃ、かけるよ」

テープを入れ、再生ボタンを押す。
流れてきたのは、古臭い歌謡ヒップホップ。

朋也(ダッサ…こんなの聴かねぇだろ…)

春原「よくない? ボンバヘッ!」

律「ん、まぁ、なかなか…」

唯「ノリがいいよね」

澪「そうだな。普段、こういう曲はあんまり聞かないけど、いいかも」

紬「うん、なんか、親しみやすいなぁ」

梓「ちょっと古い感じしますけど…逆に新鮮でいいです」

春原「へへ、だろ?」

…意外と好評のようだった。

春原「おまえら、どんどんボンバヘッコピーして、いいバンドになれよ」

律「アホか。私たちの音楽性と違いすぎるわ」

梓「音楽性って…それも、プロみたいでちょっと大げさな気もしますけどね」

唯「でも、おもしろそうじゃない? ボンバヘッ時間とかやってみたらさ」

律「んなアレンジするかよ…澪だって、歌詞思いつかないだろ、そんなんじゃ」

澪「う~ん…頑張ればできるかも…」

律「できるんかい…」

唯「どんな感じ? 澪ちゃん」

澪「うん…えっと…」

澪「キミをみてると、いつもハートBON☆BAHE…とか…」

静まり返る室内。

澪「………」

律「じゃ、練習しよっか」

唯「そだね」

梓「やってやるです」

紬「頑張りましょうね」

春原「岡崎、せんべいちょっとわけてよ」

朋也「いいけど」

澪「ちょっと待てぇっ!」

律「どうしたんだよ、澪。んな大声出しちゃって」

澪「なんでなかったことにされてるんだよっ!」

律「いや、だって、すげぇ微妙だったし…」

澪「仕方ないだろぉ! 即興だったんだからっ!」

律「にしてもなぁ…」

澪「うぅ…じゃあ、納得できるもの書いてきてやるっ」

澪「春原くん、後でテープダビングさせてっ!」

春原「あ、ああ、いいけど…」

律「澪ちゃ~ん、そこでまでしなくていいからなぁ~…」

―――――――――――――――――――――

練習が始まり、俺たちは暇になる。
今残っている茶を飲み干せば、退散を決め込むつもりだった。

春原「う~ん…まだか…」

春原がなにやらラジカセのアンテナをしきりに動かしていた。

朋也「なにやってんの、おまえ」

春原「みてわかんない? ラジオ聴こうとしてんだよ」

朋也「いや、わかるけどさ、なんで琴吹に向けてんの」

ちょうど、胸のあたりに照準を合わせているような…

春原「どうせなら、ムギちゃんのおっぱいを通った電波受信したいじゃん」

朋也「あ、そ…」

こいつは絶対アホだ。

春原「うぉおおおっきたきたぁっ!」

じりじりとラジカセが音を立て始める。
内容は、情報番組のようだった。

春原「ちっ、なんだよ、つまんねぇチャンネルだなぁ」

春原「せっかくムギちゃん通してんだから、ムギちゃんのおっぱい情報を事細かに伝えろよなぁ」

朋也「琴吹の前に、どっかのおっさんを5、6回経由してきたようだな」

春原「マジで? それ、やべぇよ」

春原「くそぉ、知りてぇえええ! ムギちゃんのおっぱい秘話っ!!」

がんっ

春原「イテぇっ!」

ドラムスティックが春原の顔面に直撃していた。

律「変態発言はよそでやれ、アホっ!」

部長が投げ放った物のようだ。

春原「顔面狙うことないだろ、クソデコっ!」

律「黙れ、変態ヘタレ野郎っ!」

悪口の応酬が始まる。
平沢たちは部長を、俺は春原をなだめ、なんとか場を収めた。

律「ったくぅ…ムギもなんとか言ってやれよぉ」

律「こいつ、ムギにすげぇやらしいことしてたんだぜ?」

律「セクハラだよ、セクハラ」

春原「いや、そういうつもりじゃ…」

春原「ちょっとしたジョークだよ。ムギちゃんなら、わかってくれるよね?」

紬「えっと…もう少しで、立件できそうなの」

春原「前々から準備進めてたんすかっ!?」

律「わははは!」

―――――――――――――――――――――

結局、最後まで居座ってしまい、一緒に下校することになってしまっていた。

春原が寮に戻り、俺ひとりが女集団の中に残されたので、やはり少し離れて歩いた。
目の前では、平沢たちが楽しげに会話をしている。
部長と平沢がボケて、秋山と中野がつっこみを入れ、琴吹が笑う。
役割が大体決まっているのだろうか。よく見かける構図だった。

澪「岡崎くん」

話がひと段落ついたのか、輪から抜けて、秋山が俺に近寄ってきた。
他の奴らは、次の話題に移っているようだった。

朋也「なんだ」

澪「今ね、みんなで星座占いやってたんだけど…」

言って、持っていた携帯に目を落とす。

澪「よかったら、岡崎くんもやってみない?」

朋也「俺?」

澪「うん。興味ないかな、やっぱり…」

少し寂しそうな顔。
確かに、別段興味はなかったが…
こんな顔をされては、断る気にもなれない。

朋也「さそり座」

澪「え?」

朋也「俺の星座だよ。占ってくれるんだろ」

澪「あ…うんっ」

表情をぱっと明るくして、携帯を操作する。

澪「えっとね…」

澪「今日のあなたは超絶好調☆誰にも止められない☆邪魔者はみんな叩き殺しちゃえ☆」

澪「…ということだそうです」

…どんな占いサイトだ。

澪「あはは…よかったね…すごく運いいみたいだよ…」

秋山もその結果に、とういうか、文章にうろたえているのか、声がうわずっていた。

朋也「ああ…みたいだな。まぁ、すでに今日も後半に入ってるけどさ」

澪「あはは…そうだね…」

朋也「はは…」

澪「あはは…」

意味もなく笑う俺たち。

澪「あの…相性占いもしてたんだけど…やってみる?」

口直しに、とでもいうように、そう訊いてきた。

朋也「相性って…俺と、誰を?」

澪「誰でもいいよ。名前と、誕生日を知ってる人なら」

澪「春原くんとか、どう?」

朋也「いや、あいつは、俺の中でまだ顔と名前が一致してないくらいの仲だしな」

朋也「相性なんて、どうでもいいよ」

澪「そ、そんな他人みたいな…ひどいなぁ…あんなに仲いいのに」

朋也「よくない」

澪「素直じゃないんだね」

朋也「本音だ」

澪「あはは…そういうことにしておくね」

澪「じゃあ、春原くん以外で、誰かいる?」

朋也「そうだな…」

俺の交友関係なんて、あいつを除けば、ほとんど無きに等しい。
改めて考えてみると、俺って、かなり寂しい奴なんじゃないだろうか…。

澪「もし、よかったら…私たちの内の誰かでもいいよ」

朋也「おまえでも?」

澪「え、わ、私? 私なんかで、いいの…?」

澪「岡崎くん、唯と仲いいし…その…相性知りたいんじゃないかなって…」

また平沢との疑惑が持ち上がってくるのか…。
これももう何度目だろうか。
まぁ、今となっては、俺自身、そんなに嫌でもなかったが…

朋也「おまえとにするよ」

だが、露骨に俺から近寄っていくのも、何か違う気がした。
第一、平沢は、その気がないとかつて言っていたこともあるのだ。
だから、今のままが一番いいと思う。

澪「…う、うん、わかった…じゃあ、私とで…」

携帯の画面と向き合い、カチカチと入力していく。

澪「岡崎くん、誕生日は?」

朋也「10月30日」

澪「10月…30…」

俺の返答を聞くと、また画面に目を戻し、入力を始めた。

澪「名前の、ともや、ってこの字でいいかな?」

澪ちゃんかわええ

画面を俺に見せてくる。

朋也「ああ、いいよ」

澪「えっと…朋也っと…」

澪「血液型は?」

朋也「A型」

澪「Aっと…」

澪「それじゃあ…」

カチッと一押しする。
最後の入力が終わったようだ。

澪「あ…出てきた…」

幾ばくかの間があって、そう声を上げた。

澪「………」

画面をじっと見つめたまま何も言わない。
言い辛い結果だったんだろうか。

朋也「どうだったんだ」

澪「うん…えっと…」

澪「…話す内、お互い、気を許し合えることがわかります」

澪「長年に渡って、良きパートナーとなれるでしょう…」

澪「…って、ことなんだけど…」

朋也「ふぅん、結構よさげじゃん」

澪「う、うん、そうだね…」

澪「それで…男女ペアだったから、もうひとつあるんだけど…」

男女ペア特有の相性…それは、やっぱり…

澪「あの…恋愛相性…なんだけど…」

…そうなるか。

澪「き、興味、あるかな…?」

頬を赤らめながら訊いてくる。

朋也「あ、ああ…まぁ、一応」

仮にも、秋山は美人の部類である女の子だ。
そんな奴との相性が気にならないと言ったら、それは嘘になる。

澪「じ、じゃあ、言うよ…えっと…」

澪「…お互いの精神的弱点を補い合い、成長できる恋愛が出来そうです」

澪「強さと繊細さを持ち合わせた理想のカップルとなれるでしょう…」

澪「………」

言い終わると、口をきゅっと結び、目を泳がせながら押し黙ってしまう。

朋也「あー…俺たち、相性いいみたいだな」

つとめて淡白な素振りを意識して、軽い口調で言った。
所詮アルゴリズムで弾き出された答えだ。
気負うことはないと、そう伝えたかったからだ。

澪「う、うん、そうだね…」

俺の意思が通じたのか、秋山も笑顔を作ってそう返してくれた。

澪「あの…岡崎くんってさ…」

朋也「うん?」

澪「えっと…」

グサ

下腹部に違和感。

澪「あ…」

朋也「…ん?」

秋山から視線を外し、下にさげていく。
…股間に枝が突き刺さっていた。

朋也(なぜ…)

ゆっくりとその先に視線を這わせていくと、中野が呆れた顔で突っ立っていた。

梓「まったく、ちょっと目を離すとすぐふたりっきりになろうとする…」

梓「最低です」

朋也「いや、まずこの枝どけろよ」

言って、振り払う。
が、すぐにまた戻される。

澪「あ、梓、やめなさい」

梓「だって、澪先輩がこのけだものに襲われてたから…」

澪「そんなことされてないから、やめなさい」

梓「…はい」

しぶしぶ枝を自然に還していた。
まぁ、ただ捨てただけなのだが。

梓「岡崎先輩、後ろの方でこそこそといちゃつくのはやめてください」

朋也「んなことしてねぇって」

澪「そ、そうだぞ、ただ私が話しかけて…」

梓「澪先輩、だまされちゃだめですっ」

澪「はうっ…」

その迫力に気圧される秋山。

梓「気を許させて、そこから一気に畳み掛けるつもりなんですからっ」

梓「岡崎先輩、卑怯ですよ、こんな純情な澪先輩まで毒牙にかけようなんてっ」

朋也「ただトークしてただけだっての…」

梓「そんなに女の子とふたりっきりで話したいんですかっ」

朋也「いや、俺は…」

梓「そういうことなら…私…私が犠牲になるので、先輩たちに手を出さないでくださいっ」

朋也「じゃあ、おまえとならいちゃついてもいいってことかよ」

梓「な、なななっ…」

梓「…そ、それで岡崎先輩が大人しくなるなら…我慢しますです…」

澪「あ、梓…」

律「おーおー、敬語が雑になるくらい動揺しちゃって…」

紬「あらあら、梓ちゃんったら…」

いつの間にやら部長と琴吹も集まってきていた。

律「まさか、梓まで攻略するなんてな…岡崎、おまえ、すげぇよっ」

梓「ななな、なに言ってるんですかっ! そんなことされた覚えありませんっ!」

律「だってさぁ、岡崎が他の女といちゃつくの嫌なんだろ?」

律「それで、今、独占しようとしてたじゃん」

梓「違いますっ! あくまで身代わりになろうとしてただけですっ!」

律「ふぅん、身代わりねぇ…いひひ」

梓「り、律先輩っ! 変な笑い方しないでくださいっ」

律「いやぁ、おもしろくなってきましたなぁ、ムギさんや」

紬「そうですねぇ、りっちゃんさん」

梓「む、ムギ先輩までっ…」

声「おお、すごぉいっ!」

前方で声。この場に居合わせた全員が前を向く。

唯「りっちゃんとトンちゃんの相性ばっちりだよっ…って、あれ?」

唯「なんでみんなそんな後ろの方にいるの?」

平沢がひとり、こちらを振り返ってきょとんとしていた。

律「あいつは…なにとあたしの相性占ってんだよ…」

唯「ほら、りっちゃんみてみて、トンちゃんとの相性!」

とてとて走ってくる。

唯「すごいフィーリングだよっ。よかったねっ」

唯「りっちゃん、私たち全員と相性微妙だったからっ」

律「それは言うなぁっ!」

バックを取り、チョークスリーパーをかける。

唯「うわぁん、ごめんなさぁいっ」

騒ぎ出すふたり。

澪「…はぁ」

秋山が俺の隣でため息をついていた。
そういえば、中野が現れる前、なにか俺に言おうとしていたような…

朋也「なぁ、さっきなにか言いかけてたけど、なんだったんだ」

澪「ん? うん…いいの、なんでもない」

朋也「あ、そ」

澪「うん…」

間が空いて、興がそがれてしまったんだろうか。
何を言おうとしていたのか…少しだけ気になった。
それは、こいつの横顔が、やたらと儚げにみえたからだろう。
物憂げな表情も、こいつなら絵になるものだと…
この時、俺は単純に感心していた。

―――――――――――――――――――――

5/1 土

唯「ふでぺーんふっふー♪ ぐふふ」

憂「お姉ちゃん、きのうとは別人のようにハイテンションだよね」

唯「まぁね~。明日からは黄金週間だしね~おもいっきりだらだらするんだぁ」

憂「でも、お父さんとお母さんが帰ってくるから、家族で出かけるんだよ?」

憂「話、聞いてたでしょ?」

唯「え? うん、まぁ…」

憂「忘れちゃってた?」

唯「いや、えっと…覚えてたよ…うん…」

声のトーンが落ち、濁したように答えていた。

唯「………」

俺の顔色を窺うように、ちらりと見上げてくる。
目が合っても、逸らそうとはしない。
その瞳には、なにか複雑な色をたたえていた。
…ああ、そうか。今、わかった。
平沢は、俺を気遣ってくれているのだ。
こいつには、うちの家庭環境を話していたから、それで。

朋也(そういうことには敏感なんだよな、こいつは…)

俺は平沢の頭に手を乗せ、ぽむぽむと軽く触れた。

唯「…ん、なに? どうしたの?」

朋也「いや、なんでも」

唯「?」

―――――――――――――――――――――

………。

―――――――――――――――――――――

昼。

律「ったく、なんでネタ被らせてくんだよ、ばか」

春原「僕の方が先に食券買ってただろうがっ! おまえが加害者で、僕が被害者だっ」

律「ごちゃごちゃうっせぇやい、りっちゃんちゃぶ台返し食らわすぞっ!」

今回のいざこざは、ふたりが同じメニューを購入してきたことに端を発していた。
部長は普段、弁当食なのだが、気分を変えたかったらしく、今日は学食を利用していたのだ。

春原「んな言いにくい技、僕には通用しねぇってのっ」

律「なんだとぉ! じゃあ、食らわせてやるよっ」

腕まくりする部長。

律「死んでからあの世で後悔するんだなっ」

唯「まぁまぁ、落ち着きなよ」

平沢が肩にぽん、と手を乗せる。

唯「おんなじもの選ぶってことは、それだけ気が合うってことだよ。だから、仲良くしなきゃだめだよ?」

律「気も合わないし、仲良くもしねぇってのっ。あんまりおぞましいこと言うなよなぁ」

律「こんなヘタレなんかと一緒にされた日にゃ、くそ夢見悪ぃよ」

春原「あんだとっ! てめぇ、あとで便所裏こいやぁっ!」

朋也「それが男子便のことを指すなら、裏は女子便ってことになるな」

春原「えぇ? それ、マジ?」

そのつもりで言っていたようだ。

律「なんてとこ呼び出そうとしてんだ、この変態っ!」

春原「ち、ちが…そ、そうだ…体育館裏こいやぁっ!」

朋也「告白でもするのか? あそこ、告りスポットで有名だぞ」

春原「マジかよっ!?」

律「うわ…勘弁してよ…」

春原「くそ、勘違いするなよ…えっと…えっと…」

朋也「校庭に生えてるでかい樹の下でいいんじゃないか。なんか伝説あるみたいだし」

春原「そ、そうか…じゃあ…」

春原「校庭にある伝説の樹の下までこいやぁっ!」

朋也「敬語のほうが丁寧で印象もよくなるし、来てくれる確率もあがるんじゃないか」

春原「そ、そっか、じゃあ…」

春原「校庭にある伝説の樹の下まで来てくださいっ!」

春原「って、こっちの方が告ろうとしてるようにみえるだろっ!」

朋也「成功したら、次は実家に呼び出せよっ」

ぐっと親指を立ててみせる。

春原「なんだよそのさわやかさはっ! つーか、展開早ぇよっ!」

律「最低…そんな目であたしをみてたんだ…キショ…」

春原「あ、てめぇ、勘違いすんなよ、こらっ!」

唯「春原くん、大胆だねっ」

春原「ああ? だから、違うって言ってん…」

紬「頑張って、春原くんっ」

春原「って、え゛ぇえっ!? ムギちゃんまで…」

朋也「よかったじゃん、追い風吹いてるぞ。本人には拒否されてるけど」

春原「岡崎、頼むからもうおまえは喋らないでくれ…」

―――――――――――――――――――――

………。

―――――――――――――――――――――

放課後。

紬「あの…ちょっとみんなに見てもらいたいものがあるんだけど…」

いつものように茶をすすっていると、琴吹がおもむろに口を開いた。

春原「うん? なにかな? もしかして、おっぱ…」

律「黙れ、変態っ」

ぽかっ

春原「ってぇな…」

律「それで、ムギ、なに? みせたいものってさ」

紬「うん…マンボウ改、なんだけど…」

律「マ、マンボウ改…?」

唯「ムギちゃん、なに、それ?」

紬「ほら、一年生の時に、クリスマスパーティーやったじゃない?」

紬「あの時、一発芸で私が披露した、あれの改良版なの」

唯「あ、ああ、なるほどねぇ~…」

澪「あ、あれか…」

とすると、二年前のことなんだろう。
俺と春原にはさっぱりわからない話だった。

梓「なんなんです? マンボウって」

…ああ、こいつもか。

澪「いや、口じゃちょっと説明しづらいっていうかだな…」

梓「そうなんですか?」

澪「ああ…」

律「しっかし、なんでまたそんなものを…」

紬「鏡みてたら、急に思い出しちゃって…」

紬「それで、ひとりで思い出し笑いしてたら、新しい案が閃いちゃったの」

紬「で、完成型を今日みんなにみせるために、98429回は素振りしてきたのよ」

澪「す、素振りって、マンボウをか…?」

律「しかも、その回数かよ…」

唯「すごいポテンシャルを持ってるね…さすがムギちゃんだよ…」

紬「あ、ごめんなさい。そのくだりは嘘なの」

ずるぅっ!

天使のような笑顔で言われ、みな転けていた。

律「あ、そですか…」

紬「でも、マンボウ改が生まれたのは本当よ。みてくれるかな…?」

春原「僕は喜んで見るよっ」

紬「ほんとに?」

春原「うん。めちゃみたいよっ」

梓「私も興味あります」

唯「わ、私もあるかなぁ~…あはは~…」

澪「そ、そうだな、ある意味見てみたいかも…」

律「ほどほどにな、ムギ…」

紬「それじゃあ…」

ステージに登るようにして、俺たちの前に立つ。
目を閉じて、一度深呼吸…
腹を決めたのか、かっと見開いた。

紬「マンボウのマネっ」

口の中いっぱいに空気を含み、頬を膨らませ、手でヒレの部分を再現していた。
シュールだ…

朋也(つーか…)

…顔がおもしろい。

梓「え…」

春原「はは…」

初見のこのふたりも、ある種ぶっ飛んだこのネタについていけていないようだった。

紬「…改っ!」

叫び、手で虎爪を作って腕をひねらせながら前に突き出した。
そこで動きを止め、微動だにしなくなった。
どうやら、ここで終わりのようだ。

………。
皆、唖然とした表情で、口をあけてぽかんとしていた。

律「ムギ、今のは…?」

紬「威嚇よ」

体勢を元に戻し、一仕事やりとげたいい顔でそう答えた。

律「い、威嚇…」

澪「マンボウって威嚇するのか…?」

唯「っていうか、攻撃してたよね?」

律「ああ、こう、腕が敵にめり込んでたっていうかさ…」

律「マンボウの面影がまったく残ってない攻撃方法だったよな」

梓「絶対あのマンボウは生態系の頂点にいると思います」

次々にダメ出しされていく。

紬「…ダメ、だったかな…」

顔を伏せ、しょぼくれる琴吹。

春原「さ、最高だったよ、ムギちゃんっ!」

春原の苦し紛れの賛辞が飛ぶ。

律「あ、ああ、言うほど悪くなかったぞ、ムギっ」

澪「う、うん、再現度高かったぞっ」

唯「だよね、一瞬マンボウが陸で二足歩行してるのかと思っちゃったよっ」

梓「す、すごくハイレベルな芸でしたよ。二発目以降も十分ウケると思いますですっ」

それに続き、部員たちのフォローが入る。

紬「…よかったぁ♪」

その甲斐あってか、もとの明るい表情を取り戻していた。

紬「じゃあ、アンコールにこたえて、もう一回…」

律「い、いや、もういいよっ」

律「…っていうか、アンコールしてないし…」

小声で言う。

澪「そんなに連続してやったら、ムギの体がもたないだろ?」

澪「休憩したほうがいいぞ、うん」

紬「そう…?」

唯「アンコールには、りっちゃんが代わりにこたえてくれるんだって」

律「私かいっ」

唯「がんばって、りっちゃん」

澪「がんばれ、おまえの腕の見せ所だぞ」

律「あたしゃ芸人かい…」

律「でも、急に言われてもなぁ…ネタが…」

梓「ムギ先輩に倣って、マネシリーズでいいんじゃないですか」

律「マネか…う~ん、それもそうだな。じゃあ、なにがいいかな…」

律「ウケるには、滑稽な生き物がいいだろうから…」

律「む…そこから導き出される答えはただ一つ…春原、ってことになるな」

春原「あんだと、てめぇっ」

朋也「それはやめといた方がいい。難易度が高すぎる」

春原「そうだよ、こいつに僕のマネなんかできるわけないからね」

春原「滑る前に、無難なのにしといたほうがいいぜ、ベイベ?」

朋也「春原を再現しようと思ったら、白目向いて、痙攣しながら泡吹かなきゃいけないからな」

春原「って、なんでだれかにヤられた後なんだよっ!」

律「わははは!」

―――――――――――――――――――――

5/2 日

ゴールンウィーク。その初日。
いや…世間ではもう、昨日から入っているところの方が多いのか…。
なら、正確には二日目なのかもしれない。
なんにせよ、その連休効果で町の中は人で溢れかえり、異様な活気に包まれていた。
まだ朝食を食べていてもおかしくはない時間だというのにだ。

朋也(交通量も多いな…)

やっぱり、この連休に遠出する世帯が多いんだろう。
道路がかなり混みあっていた。
そして、どの車の窓からも、楽しそうに会話する家族の姿が垣間見ることができた。
………。

朋也(なんか食うか…)

俺はとりあえずのところ、駅前に出ることにした。

―――――――――――――――――――――

朋也(今日は琴吹の奴、いなかったな…)

俺は琴吹のバイト先であるファストフード店で、少し遅めの朝飯を済ませていた。
毎週日曜にシフトが入っていると聞いていたのだが…店内にその姿は見えなかった。

朋也(旅行にでも行ってんのかな…あいつなら、海外とか…)

朋也(まぁ、なんでもいいけど…)

寮の方に足を向ける。
これからまた春原の部屋で無意味に時間を浪費することになるのだ。
いつものことだったが、今だけは余計にむなしく思えた。
空は一点の曇りも無い快晴。そして、余裕たっぷりの連休初日。
なのに、俺のやることといえば、むさ苦しい男とふたりで悶々と駄弁るぐらいのものなのだから。

朋也(はぁ…)

予定のある奴らが恨めしい。
周りの道行く人たちも、これからの時間を満喫すべく動いているんだろう。
俺とは大違いだ。

朋也(いくか…)

考えていても仕方ない。そう思い、一歩踏み出すと…

声「なんで勝手にそんなことするのっ!?」

女の怒声。その声には、聞き覚えがあった。
目を向ける。

朋也(琴吹…)

見れば、なにやら誰かと揉めているようだった。
相手は、紳士風な、身なりのきちんとした、老いのある男性だ。
俺は正直、驚いていた。偶然、今ここで琴吹を見かけたこともそうだが…
まず、なにより、あの温厚な琴吹が、怒りをあらわにして声を荒げていることにだ。
あの男性となにがあったんだろうか…

紬「あ、ちょっと、離してっ!」

肩を掴まれ、必死に抵抗していた。

朋也(あ…あの野郎…)

俺は駆け足で近づいていった。

朋也「おい、あんた、なにやってんだ」

紬「あ…岡崎くん…」

男「ん…?」

男性の動きが止まる。
その隙を突いて、琴吹が俺の後ろに隠れた。
ぎゅっと服の裾を握ってくる。

朋也「こんな公衆の面前で、拉致でもしようとしてたのかよ、あんたは」

朋也「場合によっちゃ、警察につき出すけど」

男「いえ、待ってください、私は琴吹家の執事をやらせていただいている者で、斉藤と申します」

朋也「執事…?」

斉藤「はい」

そんな人までいるのか、琴吹の家は…。
改めて生きる世界が違うことを実感させられる。

斉藤「失礼ですが、あなたは、どちら様で…?」

朋也「あ、ああ…俺は、琴吹さんのクラスメイトで…」

紬「私の片想いだった人よ」

朋也「…は?」

紬「でも、今両思いになったわ。そうでしょ?」

俺の腕に強く絡み、さらに力をこめてくる。
そこからは、やわらかい感触が伝わってきた。
胸が当たっているのだ。
…でかい。それが体感できる…。

朋也「あ、ああ…」

俺はなにがなんだかわからず、情けない声で肯定してしまっていた。

紬「ほらね。両思いの恋人同士なんだから、あなたは早く帰ってもらえる?」

紬「いつまでも一緒にいるなんて、野暮なことしないわよね?」

斉藤「………」

しばし、沈黙する。

斉藤「…はぁ。わかりました」

ひとつため息をついて、そう答えた。

斉藤「…お嬢様をよろしくお願いします」

振り向きざま、俺にそう告げると、路肩に駐車していた黒塗りのベンツに乗り込んで、車道に出て行った。

紬「………」

朋也「琴吹…そろそろ…」

紬「あ、ごめんなさい」

慌てて俺から離れる。

朋也「…で、なんだったんだ、今のは」

紬「うん…ちょっと、色々あって…」

紬「あ、そうだ、ごめんなさい、勝手に恋人なんかにしちゃって…」

朋也「いや、いいよ、別に。おまえとだし…嫌でもないからさ」

紬「そう? それは、ありがとう」

眩しい笑顔。
もういつもの琴吹に戻っていた。

朋也「よかったら、事情を聞かせてくれないか」

琴吹があそこまで取り乱していたのだから、どうしても気になってしまう。

紬「…うん」

少しの間があって、小さく返事が返ってきた。

その表情には、少しだけ陰りが見えた。
なにがあったんだろうか…。

―――――――――――――――――――――

朋也「ふぅん…そうだったのか」

俺たちは、噴水のある広場に移動してきていた。
ベンチに腰掛け、琴吹から話を聞いていたのだが…
なんでも、勝手にバイトを辞めさせられていたらしい。
これ以上続けるのは、勉学に差し支えあると判断されたからだそうだ。
だが、そんなこと、本人の与り知らないところで決められるのだろうか。
そう疑問に思ったが…琴吹家の人間が動いているのだ。
大抵のことはまかり通ってしまいそうなので、すぐにその懐疑は消えていった。

朋也「それで、今日はバイト先に挨拶しにきてたのか」

紬「うん、そうなの。私からなにも音沙汰がないのは失礼だと思って」

朋也「そっか。やっぱ、しっかりしてるよ、琴吹はさ」

紬「ありがとう、岡崎くん」

朋也「でも、なんであの斉藤さんに止められてたんだ?」

止められるようなこともでもないと思うのだが…。

紬「あれは、止めてたっていうより、連れ戻そうとしてたのよ」

紬「今日は、家族でイタリアに発つ予定だったから」

紬「その便に間に合うように、私を迎えにきてたの」

紬「もう、時間がぎりぎりだったから」

朋也「ん? ってことは、今はもう…」

紬「うん、手遅れかな」

朋也「それは…いいのか?」

紬「いいのよ。勝手にバイトのこと決められちゃってたし…」

紬「私もね、言ってくれれば、考えたの」

紬「もう3年生だし、いつかは辞めないといけないのはわかってたから」

紬「でも、それをいきなり、私になんの断りも無くなんて、ひどいもの」

紬「だから、旅行なんていかないの」

むくれた顔で言う。
つまり、これはささやかな反抗というわけだ。
あの時咄嗟に出てきた片想い宣言にも、ようやく納得がいった。

朋也「じゃあ、今日はこれからどうするんだ」

朋也「旅行行くはずだったんなら、暇になったんじゃないのか」

紬「うん、そうね…残りの休日をどうやって過ごそうか、それを考える一日になりそう」

朋也「ならさ、今日は俺と一緒に遊んでみないか」

せっかくだから、こういうのもいいかもしれない。
少なくとも、春原の部屋で退廃的にぐだついているよりはずっといい。

紬「え? いいの?」

朋也「もちろん。だって、俺たち、恋人同士なんだろ」

言葉遊びのつもりで、そう言った。

紬「あ…そうねっ。じゃあ、よろしく、朋也くんっ」

向こうも乗ってきてくれたようだ。
こんなところ、絶対に春原の奴には見せられない。
きっと、嫉妬に狂って暴れだすに違いない。

朋也「こっちこそ。紬」

紬「ふふ」

朋也「まずはバイト先に挨拶しにいかなきゃな」

紬「うんっ」

―――――――――――――――――――――

また駅前まで出てきて、ファストフード店まで足を運んでくる。
俺は店の外で琴吹をただじっと待っていた。

朋也(しかし、どういう反応をされるんだろうな…)

もしかして、自分の口で伝えなかったことを非難されたりするんだろうか…。
他の従業員からも、蔑みの眼差しで見られたり…。
………。

朋也(お…)

考えていると、自動ドアをくぐって琴吹が出てきた。
それも、晴れやかな顔を伴って。

朋也「どうだった」

その顔を見れば、訊くまでもないかもしれないが。

紬「うん…店長も、みんなも、今までご苦労様って、そう言ってくれたの」

朋也「よかったじゃん」

紬「うん。みんなすごくいい人たちで…私、ここで働けて本当によかった」

朋也「向こうも、琴吹と一緒に働けてよかったって思ってるよ」

だからこそ、そんな言葉をかけてもらえたんだろう。

朋也「なんたって、こんな可愛くて、その上しっかり者なんだからな」

紬「ふふ、ありがとう。すごく持ち上げてくれるのね」

朋也「そりゃ、今は俺、琴吹の彼氏だからな。自分の彼女は、褒めたいもんだよ」

紬「ふふ、私、岡崎くんの彼女になれてよかったな」

紬「こんなに優しくて、その上かっこいいんだもの」

朋也「そりゃ、どうも」

まるで頭の軽いカップルのような褒め合いだった。

朋也「じゃ、いこうか」

紬「うんっ」

同時、俺に手を重ねてくる琴吹。

朋也「あ…」

紬「いいでしょ?」

朋也「ん、ああ」

多少動揺が声に出てしまう。

紬「ふふ」

そんな俺をみて、余裕のある笑みを見せる琴吹。

朋也(なんなんだ、この差は…)

朋也(…まぁ、いいか)

その手に温かさと柔らかさを感じながら、俺たちは歩き出した。

朋也「ああ、そうだ、どこか行きたいところあるか」

紬「う~ん、そうねぇ…岡崎くんに任せるわ」

朋也「俺か? いいのかよ。俺、女の子が好きそうな場所とかわかんないぞ」

紬「いいの。普段岡崎くんがいくところに連れてってほしいな」

朋也「まぁ、それでいいなら、俺も楽だけど…」

朋也「あんまり期待するなよ?」

紬「大丈夫。岡崎くんと一緒だもの。きっと、どこにいっても楽しいと思うの」

朋也「そっかよ…でも、余計にプレッシャーだな…」

紬「あはは、ごめんなさい。そんなつもりじゃなかったんだけど」

紬「気楽にいきましょうね、岡崎くん」

朋也「ああ、だな」

朋也(しかし…)

琴吹にリードしてもらっているような、この現状…。
男として情けない…。

―――――――――――――――――――――

紬「ここが噂の…」

朋也「なんか、大げさだな」

紬「私、一度も来た事がなかったから…」

俺たちがやってきたのは、古本、新刊、中古CD、ゲームなどを総合的に扱っている中古ショップだ。
全国にチェーン展開し、その名を知らない者はいないのではないかというくらいに有名な店だった。

朋也「琴吹は、やっぱ新品で買うんだな」

紬「うん、そうなんだけど…立ち読みって、ずっとやってみたかったのっ」

朋也「そっか…」

やはり一般人とは少し違った感覚をしているようだ。

紬「はやくいきましょっ」

朋也「ああ」

こんなところ、ふたりして遊びに来るような場所でもないかと思ったのだが…
喜んでくれているようで、なによりだった。

―――――――――――――――――――――

紬「わぁ…ほんとにみんな立ち読みしてるぅ」

子供のように目を輝かせながら言う。

紬「いくら読んでても、店員さんに注意されないのよね?」

朋也「ああ、そうだよ。だから、実質ここに住みついてるような奴もいるんだ」

紬「えぇ? ほ、ほんとに?」

朋也「ああ。ほら、あそこに座り込んでる奴がいるだろ?」

朋也「あいつは、ここら一帯を仕切ってる、いわば主みたいな存在だな」

朋也「だから、通り過ぎる時は挨拶しなきゃならないんだ」

紬「そ、そんなしきたりが…」

朋也「行ってみるか」

紬「う、うん」

座り込んでいる男のもとに歩み寄っていく。

紬「あ、あのっ…」

男「……?」

紬「わ、私、琴吹紬といいます。新参者ですが、どうぞよろしくお願いしますっ」

男「おぅ…あ…うぶぅ…」

朋也「琴吹、もういいぞ。認められた」

紬「よ、よかったぁ…」

朋也「じゃ、もう行こう。あんまり居すぎて怒りを買うとまずい」

紬「う、うん、わかった…」

完全に信じ込んでいるようだ。
ちょっと悪い気はしたが…正直、面白かった。

―――――――――――――――――――――

紬「あれ、このコーナー、ピンク色になってる…なんでかしら」

迷い込むようにして、入っていこうとする。

朋也「琴吹、そこは…」

寸でのところで止める。

紬「? どうしたの、岡崎くん」

朋也「入ったらダメだ。そこは18歳未満はお断りゾーンだ」

紬「え…そうだったの?」

朋也「ああ。俺の後ろ、右上に監視カメラがあるだろ?」

朋也「あれで捕らえられてたら、警報が鳴ってたんだぞ」

紬「そ、そんな…」

朋也「いいか? 今からカメラの死角に入る」

朋也「そしたら、何食わぬ顔で健全なコーナーから出て行くんだ」

朋也「いくぞっ」

紬「は、はいっ」

したたたーっ!

俺たちは素早く動き出した。
本の整理をしていた店員からは、奇異な視線を向けられ続けていた。

―――――――――――――――――――――

一通り見回り、もとの位置に戻ってくる。

紬「なんか、わくわくしたねっ」

朋也「なにが」

紬「通路も狭くて、人を避けながら進む感じが、こう、なんていうんだろ…」

紬「そう、未開の地に踏み入っていくパイオニアみたいで」

朋也「じゃあ、客は全員、なんかよく得体の知れない部族ってことか」

紬「あはは、それはなんだか失礼な感じ」

朋也「まぁ、それはそうと、一周してきたわけだけど、なんか気に入ったのあったか」

紬「うん、少女マンガの区画で、『今日からあたしゃ!!』っていうのが、気になったかな」

朋也「そ、そうか…」

少年漫画にもよく似たタイトルで面白い漫画があるのだが…
なにか関係あるんだろうか。謎だ…。

朋也(それはいいとして…)

朋也「じゃあ、俺は青年誌のとこいるからさ。気が済んだら、声かけに来てくれ」

紬「うん、そうするね。岡崎くんも、飽きちゃったら、私の方に来てね」

朋也「わかった。んじゃ、また後でな」

紬「うん」

―――――――――――――――――――――

琴吹と別れてから漫画を読み始めて、すでに5冊は読破していた。
巻数も抜けることなく連番でそろっていたので、快適に読むことができていた。

朋也(ん…)

6冊目を読み始め、中盤に差し掛かったとき、濡れ場が訪れた。

朋也(ふむ…)

いつになく集中する俺。
ページを繰る手が止まる。

声「岡崎くん」

朋也(うおっ)

咄嗟に持っていた漫画を背に隠して振り返る。

紬「なに読んでるの?」

朋也「い、いや、別に…あ、そ、そうだ、琴吹はもういいのか? 漫画は…」

紬「うん、先の巻が途切れちゃってたから、もう終わりにしようかなって」

朋也「そ、そっか…」

紬「それで…岡崎くんは、なにを読んでたの?」

朋也「ん? いや、たいしたもんじゃねぇよ」

紬「気になるなぁ…見せて?」

朋也「い、いや、もう出よう」

さっと漫画を棚に戻し、琴吹の手を引いて出口に向かった。

―――――――――――――――――――――

紬「どうしたの? 急に…」

朋也「いや…もう昼だし、腹減ったからさ、どっかで食いたいなってな…」

ごまかしのつもりで言ったが、実際、俺は小腹が減っていた。
タイミングとしては丁度よかったのかもしれない。

朋也「琴吹は、どうだ? 腹、減ってないか?」

紬「う~ん、そうね…減っちゃってるかも…」

朋也「じゃあ、なんか食いに行こうか」

紬「そうね、いきましょう」

―――――――――――――――――――――

俺がわりとよく利用するラーメン屋。
ニンニク入りで、コクのある濃い味がウリの店だ。
食べた後は、しばらく息にニンニク臭が混じってしまうほどの強烈さがある。
それに、脂分も多いので、どんぶりもべたついている。
琴吹にどこで食べたいか訊かれ、ここのことを話すと興味を示したので、一応連れて来たのだが…

朋也「本当にここでよかったのか」

そういう食器事情も含めて、女の子が好むような店ではないように思う。
だが、それらを説明しても、琴吹はここに来たがっていた。

紬「もちろん。私、こういうストイックなラーメン屋さんで食べてみたかったのっ」

紬「ヤサイマシマシニンニクカラメアブラ! だったかしら?」

朋也「いや、ここはそんな二郎チックなところじゃないからな…普通のラーメン屋だよ」

紬「あら、そうなの?」

朋也「ああ。やめとくか?」

紬「ううん。ここまで来たんだから、食べていきましょ?」

言って、先陣を切って中に入っていった。
俺も後に続く。

―――――――――――――――――――――

カウンター席に隣り合って座る。
俺は醤油ラーメンで、琴吹はみそラーメンを注文した。
しばらくして、俺たちの前にラーメンが差し出された。

紬「あ、おいしそうな匂い…」

言って、箸に麺をからめる。

紬「ふー…ふー…」

息を吹きかけ、よく冷ます。
そして、髪を横にかき上げてから口にした。

紬「けほっ、けほっ」

どんぶりから立ち込める湯気も一緒に吸ってしまったのか、むせてしまっていた。

朋也「ほら、水」

俺のそばにあったお冷サーバーから琴吹のコップに水を満たして、それを渡す。

紬「んん…ありがとう」

受け取り、喉を潤した。

朋也「食べられそうか?」

紬「うん、大丈夫。今ちょっと食べたけど、麺にも味が染みててすごくおいしいから」

朋也「そっか。でも、無理はするなよ? 最初は結構キツイかもだからさ」

朋也「食べられないと思ったら、残りを俺にくれ。完食するから」

紬「ふふ、それ、間接キス…じゃなくて、間接口移しのお誘いかしら?」

朋也「ばっ…んな下心ねぇっての」

紬「あはは、ごめんなさい、冗談で言ったの」

あどけなく笑う。
こうなると、もうなにも言えなかった。

朋也(ったく…)

結局、琴吹は自力で食べ切っていた。
しかも、スープまでだ。
お嬢様なんて温室育ちなはずなのに…見上げた胆力だった。

―――――――――――――――――――――

紬「はぁ~っ…すごい、ほんとにニンニクの匂いがする…」

口に手を当て、口臭を確認していた。

朋也「じゃ、クレープでも食って中和するか。俺、おごるよ」

序盤にリードされた分を盛り返すべく、そう申し出た。

紬「ほんとに?」

朋也「ああ。まぁ、琴吹には必要ないかもしれないけどさ…」

紬「そんな…うれしいよ、その気持ちも…」

紬「私、おごってもらうなんて、初めてだし…それも、男の子になんて…」

紬「だから、特別に思っちゃうな」

朋也「そっか。じゃあ、彼氏の役割も果たせてるのかな」

紬「うん、すごくね。ありがとう、朋也くんっ」

抱きつくように腕を組んでくる。
琴吹のいい匂いが、ふわりと香る。
思わずどきっとしてしまう俺がいた。

紬「いきましょ?」

立ち止まっていると、そう声をかけてきた。

朋也「あ、ああ…」

腕を絡ませたまま歩き出す。
本当に恋人同士になったようだった。

―――――――――――――――――――――

クレープも食べ終わり、ひと息入れる。
クレープ自体はうまかったのだが、腹の中でラーメンと混じり合って少し気持ち悪かった。

紬「おいしかったぁ。えっと、これで息は直ったかしら…」

また口に手を当て、口臭を確認する。

紬「う~ん…」

難しそうな顔。
納得がいかないといった感じだ。

朋也「俺も確認しようか? 息はぁ~ってやってくれ」

冗談だった。
そんなエチケットに関することなんて、自分以外に知られたくはないだろう。

紬「じゃあ、お願いね」

…普通に受け入れていた!
琴吹の顔が迫ってくる。
俺のすぐ鼻先で止まった。
そして、口を開けて…

紬「はぁ~」

温かい吐息がかかる。
甘い香りがした。
ニンニク臭さなんて微塵もない。

紬「…どう?」

朋也「…ちょっとよくわかんなかったな…もう一回いいか?」

紬「ん、それじゃあ…」

再び甘い香りを堪能する。

朋也(ああ、琴吹って、歯並びいいよな…)

そんなことを考えながら、俺はこのシチュエーションに興奮を覚え始めていた。

紬「…岡崎くん?」

朋也「ん、ああ…」

軽くトリップしてしまっていたようだ。
琴吹の声で現世に戻ってこれた。

紬「どうだった?」

朋也「う~ん…もう一回やれば、わかるかも…」

紬「岡崎くん…楽しみ始めてない?」

朋也「あ、バレた」

紬「くすくす…もう、子供みたい」

屈託なく表情を和ませて微笑む琴吹。
陽だまりの中で見るその笑顔は、とても魅力的に見えた。
春原が入れ込むのも無理はない。そう思えるくらいに。
こいつの彼氏になる奴は、幸せ者だ。
その分、男の方にも釣り合いが取れていないといけないんだろう。
残念ながら、俺や春原では役者が足りなかった。

朋也(ま、でも、今は俺が仮の彼氏だしな…)

朋也(う~ん…)

俺は急に自分の身だしなみが気になった。
琴吹の隣に立つという、その敷居の高さを意識してしまったからだ。
とりあえず、俺も自分の口臭を確認してみる。
やはり、ニンニクの匂いが強く香った。
口というか、胃から直接匂いが昇ってきている感じだ。
それくらい強烈なはずなのに、琴吹からはバニラのような甘い香りしかしなかった。
実に神秘的だ、琴吹は…。

―――――――――――――――――――――

腹ごなしに、町の中を練り歩く。

紬「あ、岡崎くん、見て、あれ」

足を止め、ショーウインドウを指さす。

その中には、げっ歯類のような、謎の生き物のぬいぐるみがあった。

紬「可愛いわぁ…」

近づいていき、すぐそばで眺める。

朋也「そうか? つぶらな瞳してるけど、なんか、口開けてよだれたらしてるし…」

朋也「ヤバイ薬キメた直後みたいになってるぞ」

紬「むしろそこがいいのよぉ~」

朋也「あ、そ」

そんなとりとめもない会話を交わしながら、次はどこに行こうか…などと考えていた。
すると…

がらり

装飾品のベルが鳴らされると共に、その店のドアが開いた。
店員らしき人がこちらに寄ってくる。

男「あの、琴吹紬様…でよろしかったでしょうか」

紬「はい、そうですけど…」

男「ああ、やっぱり。いつもお父様には大変お世話になっております」

紬「は、はぁ…」

男「今日は、うちでなにかお求めで?」

紬「いえ、ただ見てただけなので…」

男「ああ、そうでしたか。気に入ったものがあれば、お持ち帰り頂こうと思ったのですが…」

紬「い、いえ、そんな、悪いですから…」

男「でしたら、せめて、お茶をお出しするので、中でくつろいでいかれてください」

紬「い、いえ…えっと…い、いきましょっ、岡崎くんっ」

朋也「あ、ああ…」

俺の手を引いて、急ぎ足で立ち去る。
後ろからは、店の人の呼び止める声が聞え続けていたが、立ち止まることはなかった。

―――――――――――――――――――――

紬「ごめんなさい」

あの場から離れて一旦落ち着いた頃、琴吹が開口一番そう口にした。

朋也「なにが」

紬「私のせいで、こんな逃げるようなことになっちゃって…」

朋也「いや、俺は別になんとも思ってないよ」

朋也「けど、お茶くらい、もらってもよかったんじゃないか?」

紬「うん…それだけなら、いいんだけど…」

紬「こういう時って、必ず最後に、お父さんによろしく言っておいて欲しいって、そう言われるの」

紬「私、そういうことって、上手く言えないから、苦手で…」

紬「それに、今は喧嘩中だから、なおさら伝えにくいし…」

紬「もてなしてもらったのに、そんなことじゃ、お店の人に悪いから…」

朋也「そっか…なんか、大変なんだな、琴吹も」

紬「ううん、そんな大変ってほどじゃ、ないんだけどね…」

朋也「まぁ、事情はわかったよ。これからはそういうことにも気をつけながらいこう」

紬「ごめんね…」

朋也「謝るなよ、そのくらいのことで」

紬「うん…」

朋也「ほら、いこう」

今度は俺の方から手を取って歩き出した。

―――――――――――――――――――――

その後も似たようなことが立て続けに起きた。
電器店の近くを通りかかれば、呼び込みが騒ぎ出し、店長を呼びつけられたし…

ショッピングモールに入れば、各コンテナのオーナーが直々に挨拶しにくる始末だ。
おまけに、道ですれ違った、いかにもその筋な方にも会釈されていた。
その度にそそくさと逃げ出していたのだが…
繰り返すうち、気づけば俺たちは町外れまできてしまっていた。

朋也「手広くやってるんだな、琴吹んとこの事業はさ」

紬「お恥ずかしいかぎりです…」

朋也「いや、誇れることだよ」

紬「うぅ…そうかな…」

朋也「ああ」

朋也(でも、これからどうするかな…)

カラオケ…なんて、俺のガラじゃないし…
バッティングセンター…は、さすがにだめだな…
そもそも、俺はまともにバットを振れない。
琴吹は…どうだろう…
野球に興味がなくても、打つだけならそれなりに楽しめるかもしれない。

朋也(つーか、バッティングセンターなんて、この町にあったかな…)

それすらも知らなかった。
穴だらけの発想だ…

朋也(う~ん…)

紬「岡崎くん、あそこ、入ってみない?」

朋也「ん?」

考えを巡らせていると、琴吹が俺の袖を引いてきた。
指さす先、寂れたおもちゃ屋があった。

紬「なんだか、おもしろそうじゃない?」

朋也「ん、そうだな…」

それほどでもなかったが、琴吹にとっては新鮮だったのかもしれない。

朋也(さすがにこんなとこまでは、琴吹家の手は伸びてないよな…)

ともあれ、まずは入ってみることにした。

―――――――――――――――――――――

店内には、時代に逆行するようなおもちゃが数多く並んでいた。
まるで、ここだけ時の流れが止まってしまっているようだった。

朋也(おお…懐かしい…キャップ弾だ…)

キャップ弾とは、プラスチック製ロケットの先端に火薬を詰めて、空に放って遊ぶおもちゃだ。
落ちてきて地面に当たると火薬が炸裂し、乾いた音が響くのだ。
それだけの単純な仕組みだったが、やけにおもしろかったことを覚えている。
ガキの時分、年上の遊び仲間に混じって、ずいぶんこれで遊ばせてもらったものだ。

朋也(あの時は自分で買えなかったんだよな…)

それを思うと、なぜか大人買いしたくなる衝動に駆られた。

朋也(って、今さらだよな…)

この年でそんな遊びをするわけにもいかない。
俺にだって、一応、周囲の目を気にするだけの恥じらいはある。
まぁ、散々琴吹といちゃついてきておいて、なんだが…

紬「岡崎くん、みてみて、水鉄砲よっ」

カチカチと空砲を撃っている。

紬「かっこいいと思わない?」

そして、まじまじとその構造を眺めていた。

朋也「いや、別に…つーか、なんだ、珍しいのか?」

紬「うんっ、私、水鉄砲なんて触ったの初めてだから」

朋也「そっか」

男からしてみれば、水鉄砲を避けて通る人生なんて、ほぼ考えられないのだが。

朋也「じゃあ、それ買って、実際に撃ってみろよ。近くに公園あったし、そこでさ」

紬「あ、いいねっ、それっ。おもしろそうっ。早速買ってくるねっ」

きらきらと目を輝かせながら、カウンターに駆けていった。

関ロにてけいおん\(^o^)/ハジマタ

うんこなう

>>355
乙www

朋也(俺も一個買うか…安いし…)

一つ手にとって、琴吹の後を追った。

―――――――――――――――――――――

紬「えいっ!」

ピュピュッ

発射された水が勢いを失って地面に染みていく。

紬「撃った時に手ごたえを感じるわ…これが武器を扱うことの重みなのね…」

朋也「いや、単純に水を押し出してる抵抗だからな」

言って、俺も発射する。
特に意味はなかったので、適当なところを狙っていた。

朋也「やっぱ、マトがないと盛り上がらないな」

朋也「なんか、手ごろなもんがないか…」

びしゃっ

朋也「ぷぇっ」

水が口に入り込んでくる。

紬「あ、ごめんなさい、威嚇射撃のつもりだったんだけど…」

朋也「おまえな…」

びしゃっ

紬「きゃっ」

お返しとばかりに、俺も撃ち返す。

紬「…えいっ」

びしゃっ

朋也「うわっ」

さらに撃ち返された。

朋也「………」

紬「………」

さささっ!

同時に距離を取る。
それは、お互いが銃撃戦の開幕を了承したことを意味していた。
琴吹は俺に発砲しながら草むらに向かって行く。
俺は水道のコンクリ部分に身を隠してそれを避けた。
顔だけを出して、琴吹を確認する。

朋也(いない…?)

その時、上から落ち葉が大量に降ってきた。

朋也(ちぃっ)

ごろごろと転がってその場から離れる。

朋也(奇襲か…やるな、琴吹)

振り返ると、琴吹が水道で弾を補充していた。

朋也(喰らえっ)

ぴゅぴゅぴゅっ

三連射。
が、水道の影に隠れられてしまう。

朋也(ちっ、残弾が少ない…)

補給が必要だが、琴吹が陣取っていて近づけない。

朋也(どうする…?)

朋也(ん…?)

ダンボールが落ちていた。
これを盾に進めば、あるいは…

朋也(よし…)

体を覆い隠しながら突進する。
足音に気づいた琴吹が顔を出してきた。

紬「!」

驚いているようだ。必死にヘッドショットを狙ってくる。
が、すべて外れていた。
そうこうしているうちに、琴吹の目の前までやってくる。

朋也「終わりだぜ、琴吹」

ぴゅっぴゅっ

紬「きゃっ」

胸の辺りに二発入った。

紬「卑怯よ、岡崎くん…」

朋也「防弾チョッキだったと思って、許してくれ」

へたり込んでいる琴吹に手を差し伸べる。

紬「ん…」

その手を取って、立ち上がる。

紬「濡れちゃった…」

服がぺたぺたと肌に吸い付いていた。

被弾箇所は胸。つまり…はっきりと形がわかってしまっていた。
いや、それはブラの形なのかもしれないが…正直、たまらない。

紬「もう一度、水を満タンにしてやり直しましょっ」

朋也「あ、ああ…」

まだ続行する気なら、どんどん胸に当てていけば、いずれは…

朋也(って、俺は春原かよ…)

しかし…

朋也(遊びの中で起きたことなら、不可抗力だよな…)

………。
やってやるぜ…。

―――――――――――――――――――――

紬「あ~っ、おもしろかったぁ」

息も切れてきたので、一度休憩を入れていた。
髪も服も、だいぶ水気を含んでしまっている。

紬「水鉄砲って、楽しいのね」

朋也「ああ、だな」

俺も途中から邪な考えは消え、童心に帰って純粋に楽しんでしまっていた。

そうできたのも、きっと、琴吹の遊びに対する純真な姿勢につられてしまったからだろう。

朋也(ほんと、いい顔してたもんな…)

朋也(ん…?)

子供「………」

俺たちの腰掛けるベンチの手前、じっと見上げてくる男の子が四人。
小学校低学年くらいだろうか。

紬「なぁに? どうしたの?」

子供「………」

誰も何も言わず、無言で見つめてくる。

紬「これ?」

水鉄砲を差し出す。
すると、一人がこくりと小さく頷いた。

紬「欲しいの?」

また、頷く。

紬「じゃあ、ちょっと待っててね」

子供たちに言って、俺に顔を向ける。

紬「岡崎くん、私、さっきのおもちゃ屋さんに行ってくるね」

朋也「こいつらの水鉄砲買いにか?」

紬「うん」

朋也「じゃ、俺もいくよ。2個ずつ買ってやろう」

紬「あ、さすが岡崎くんねっ。ふとっぱら」

朋也「おまえもな」

―――――――――――――――――――――

おもちゃ屋で人数分購入してくると、全員に分け与えた。
子供たちは、礼の言葉を言うと、嬉しそうに水鉄砲を手の中に収めていた。

紬「ふふ、かわいい」

朋也「まぁ、今時のガキにしちゃ、可愛げがある方かもな」

こんな水鉄砲なんかで喜ぶのは、かなりの希少種なんじゃないだろうか。
今は高性能な携帯ゲーム機など、おもしろい娯楽で溢れかえっているのだ。
そっちに傾倒しているのが普通だろう。

朋也(ま、俺も言えた義理じゃないか…)

俺も小学校高学年頃からは、遊びといえば、友人の家に入り浸ってひたすらゲームだった気がする。
いつからか、自然とこういう遊びはやめてしまっていた。

子供1「あの…」

紬「ん? なに?」

子供1「お姉ちゃんたちも、一緒にやらない? 水鉄砲」

子供2「やったほうがいいし」

子供3「やろうよ」

子供4「う○こ」

一人だけ異端なことを口走っていたが、遊びのお誘いだった。

紬「いいの?」

子供1「うん、もちろん」

子供2「だから言ってるし」

子供3「おまえ口調キツイだろ」

子供4「ち○こ」

紬「じゃあ、一緒に遊びましょっか。岡崎くんも、ね?」

朋也「ああ、いいけど」

子供1「やったぁ」

子供2「当然だし」

子供3「おまえ傲慢すぎるぞ」

子供4「うん○こ」

無邪気にはしゃぎ出すガキども。変わった連中だった。
見ず知らずの俺たちに近づいてきたかと思えば、おもちゃをねだってみたり…果ては遊びに誘うなんて。
一人、頑なに下ネタしか言わない奴もいるし…とりあず、退屈だけはしないで済みそうだった。

―――――――――――――――――――――

二チームに別れ、公園の端と端にそれぞれの陣営を敷いた。
場についてから5分後に状況開始の取り決めだった。
俺は腕時計を見た。

朋也「よし、時間だ。いくぞ」

子供1「はい」

子供4「ちん○こ」

俺が前衛を張り、ガキふたりを後衛に据え、突撃していく。

子供2「ファイアインザホォルだしっ!」

掛け声と共に向こうから何かが投擲された。ちょうど俺の足元に落ちてくる。
直後…

ぱんぱんぱぱんっ!

朋也「おわっ」

激しい火花が散る。爆竹だった。

子供1「うわぁああっ」

子供4「ひぃぃいうん○ちん○ぉおっ」

ぴゅぴゅぴゅっ

混乱して俺を撃ち始めていた。

朋也「ちょ、おい、やめろ…」

子供2「死ねし」

子供3「おまえ暴言吐きすぎ」

ぴゅぴゅぴゅっ

敵からも攻撃を受ける。
もはや俺一人が袋叩きにされている状態だった。

朋也「だぁーっ、くそ、このクソガキどもっ、喰らえ、こらっ」

俺も反撃する。

子供1「うわぁ、僕は味方ですよぉ」

朋也「知るかっ! おまえが先に撃ってきたんだっ」

子供1「そんな…うわっ」

顔に水がかかる。

子供3「よそ見だし。おまえ死ぬし」

子供1「てめぇっ!」

敵味方入り混じり、ドッチボールで言うめちゃぶつけの様相を呈していた。

紬「くすくす」

琴吹はそんな俺たちを喧騒の外から眺め、終始笑っていた。

―――――――――――――――――――――

朋也「はぁ…」

びしょびしょになった体をべちゃっと荒くベンチに預ける。

紬「おつかれさま」

隣で琴吹がねぎらいの言葉をかけてくれる。
俺とは反対に、もう服は乾ききっていた。

紬「楽しそうだったね、岡崎くん」

朋也「ああ…年甲斐もなくはしゃいじまった」

紬「くすくす…なんか、可愛かった。大きな子供みたいで」

朋也「あ、そ…」

ガキどもはすでに家路についていた。
帰り際、俺たちの水鉄砲をくれてやると、二丁拳銃だなんだと、また騒ぎ出していたが。

紬「あ…」

朋也「ん…」

琴吹のバッグから携帯の着信音。

紬「ごめん、ちょっと出るね」

朋也「ああ」

紬「えっと…」

携帯を取り出し、ディスプレイを見て、相手を確認している。

紬「………」

一瞬、表情を曇らせると、ためらいがちに通話を始めた。
最初は、黙ったまま相手の話を聞いていた。
そして、次第にぽつぽつと返事を返すようになったところで電話を切った。

紬「………」

浮かない顔。

朋也「あー…もしかして、親御さん?」

紬「うん…」

朋也「で…なんだって?」

紬「話し合いたいから、帰ってきてほしい、って…」

紬「アルバイトのことも謝りたいし、イタリアにも、夜の便で出るから、って…」

朋也「そっか。そりゃ、よかったじゃん。仲直りってことだな」

紬「そう…だね」

朋也「なら、もう帰らなきゃだな」

紬「うん…」

朋也「俺、送ってくよ」

紬「ありがとう、岡崎くん」

朋也「ああ、別に」

立ち上がる。

朋也「じゃ、いこうか」

紬「うん」

―――――――――――――――――――――

琴吹は、この町へは電車で来ているらしく、俺が送ってあげられるのも、駅までだった。
実家は隣町の方にあるらしい。

紬「今日は本当にありがとうね。すごく楽しかったわ」

朋也「俺の方こそ。おまえといられてよかったよ。ありがとな」

紬「ふふ、どういたしまして」

冗談めかしたように言う。

紬「でも、なんだか寂しいね…これで、恋人同士が終わっちゃうなんて」

朋也「じゃ、最後にキスするか」

紬「え…えぇ!?」

慌てふためく琴吹。
初めてみるその動揺っぷりに、顔が緩むのを抑えられなかった。
そして、冗談だと、そう言おうとした時…

紬「…うん。しましょうか…」

朋也「え?」

紬「………」

目を瞑って、顔を上げる。
緊張しているのか、頬を赤くして、その太めの眉がへの字になっていた。

朋也(どうするんだよ…俺)

ごくりと生唾を飲み込む。
このままいってしまえば、なし崩し的に付き合うことになったりするんだろうか。
………。
でも、それは…

朋也(違うよな…)

こんな、その場の雰囲気に流されて始まった関係なんか、絶対長続きしない。
なにより、俺は…

朋也(って、なんで平沢の顔が出てくんだよ…)

朋也(ったく…)

俺は頭を振った。
そして、琴吹を見据える。
その頭に手を置いた。

朋也「それは、ほんとの彼氏ができた時のためにとっとけよ」

ぽんぽん、と優しく触れる。

紬「ん…」

ゆっくりと目を開ける琴吹。

紬「…あ…あはは…ご、ごめんなさい、私ったら…真に受けちゃって…」

わたわたと、手の先を絡ませて弄ぶ。

朋也「まぁ、でも、俺も、かなりどきっとしたよ」

紬「そ、そう?」

朋也「ああ。だって、気づかれないように、つむじに5回くらいキスしてたんだぜ、俺」

紬「え…ほ、ほんとに?」

頭頂部をさする。

朋也「まぁ、作り話だけど」

紬「もう…」

ぷっと吹き出す。

朋也「それじゃな」

紬「うん、またね」

笑顔で別れの挨拶を交わした。
最後に、琴吹の恥らう乙女な姿を見ることができてよかった…歩きながら思う。
あのワンシーンのために、今日一日があったと言っても過言ではないかもしれない。

―――――――――――――――――――――

5/3 月 祝日

春原「なぁ、岡崎…」

朋也「なんだよ」

雑誌を読みながら応答する。

春原「ゴールデンウィークだぞ」

朋也「知ってるよ」

春原「じゃあさ、なんかゴールデンなことしようぜっ」

春原「こんなとこでうだうだやってたらもったいねぇよ」

朋也「そうだな、こんな薄汚い部屋なんか、一刻も早く出て行きたいもんな」

春原「そこまでは言ってないだろっ!」

朋也「で、ゴールデンなことって、なんだよ」

春原「そうだなぁ…やっぱ、黄金にちなんだことがいいよね」

春原「埋蔵金掘りに、町に繰り出したりとかさっ」

朋也「どこ掘るつもりなんだよ…」

春原「そりゃ、やっぱ、金脈がありそうなとこだよ」

春原「銀行の近くとか、案外よさそうな感じじゃない?」

春原「もしなくても、金庫まで掘り進めば、僕ら大金持ちだぜ?」

朋也「ただの強盗だからな…」

朋也「つーか、金脈って、金の鉱脈のことだぞ。埋蔵金とは関係ない」

春原「あん? そうなの? ま、どうでもいいけど」

朋也「じゃ、言うな」

春原「それよか、おまえはなんかないの」

朋也「ない」

春原「んだよ、素っ気ねぇなぁ…きのうも、なかなか来なかったしさ…」

春原「なにやってたんだよ」

朋也「なんでもいいだろ、別に」

こいつにだけは話したくなかった。
泣き喚かれたりでもしたら面倒だ。

春原「よくねぇよっ! おまえがこなきゃ、僕がひとりになるだろっ」 

春原「きのうは、ずっと貧乏ゆすりでビート刻んでるしかなかったんだからなっ」

朋也「知らねぇよ…」

春原「今日こそは僕と同じ時を過ごしてもらうからなっ!」

朋也「気持ちの悪い言い回しをするな」

春原「だからさぁ、どっか行こうぜ」

朋也「その案が浮かばないからここにいるんだろ」

春原「そうだけどさぁ…」

朋也「大人しく漫画でも読んどけ」

春原「結局それしかないのかよ…あーあ、つまんね…」

コタツの向こう側、春原はばたりと床に倒れこみ、俺の視界から消えた。
ふて寝でもするのかと思ったが、寝転がったままぶつぶつと不満を漏らし続けていた。

春原「なんかおもしろいことないの、岡崎」

朋也(うるせぇな…)

春原「聞いてる?」

朋也「ねぇっての」

春原「なんだよ、つまんねぇ奴だなぁ…」

俺は無視して雑誌を読み続けた。

―――――――――――――――――――――

春原「なんか、家族連れが多いねぇ」

朋也「まぁ、大型連休の只中だからな」

町の中、行き交う人たちを品定めするように眺める俺たち。
外出を決めたのは、こいつの愚痴にいい加減耳が耐えられなくなったからだった。

春原「にしても…なかなかヒットしないなぁ…」

春原「岡崎、おまえも可愛い娘見つけたら教えてくれよ」

朋也「ひとりで探せよ」

こいつのナンパの片棒なんて担ぎたくもない。

春原「遠慮すんなって。おまえの好みの娘がいたら、ばっちり協力してやるからさ」

朋也「って、なんだ、俺もやんのかよ」

春原「そりゃ、そうでしょ。なんのためにここまで出てきてんだよ」

朋也「暇つぶしだけど」

春原「僕が女の子ひっかけちゃったら、おまえ、暇になるじゃん」

朋也「まぁ、そうだけどさ…」

春原「な? だからさ、ふたり以上で固まってる女の子たち狙って、協力して落とそうぜ」

朋也「落とすって、んな簡単に言うけどな、失敗すりゃただのピエロだぞ。恥かくリスクが高すぎる」

春原「大丈夫だって。その辺は僕に任せとけよ。巧みな話術で瞬殺してやるからさ」

春原「それに、おまえも女ウケいいツラしてるし、成功率は高いって」

朋也「おまえのトークセンス頼みってところに不安を覚えるんだけどな」

春原「僕を信じろっ! かなりの場数を踏んできた百戦錬磨の手錬なんだぞっ」

朋也「勝率は?」

春原「え゛? ははっ、そりゃ、ぎりぎり判定負けする時もあったさ」

要するに一度も成功したことがないんだろう。

朋也「つーか、おまえ、琴吹はいいのかよ」

春原「ん? それはそれ、これはこれだよ」

朋也「あ、そ」

朋也(はぁ…)

他にやることがあるわけでもなし…ひとりでいるよりはマシかもしれない。

―――――――――――――――――――――

春原「あーあ、なかなかいい娘みつかんないなぁ…」

朋也「お、あの娘なんかいいんじゃないか」

春原「え、どこ?」

俺の指さすその先を凝視する春原。

春原「って、なんだよ、ガキじゃん」

朋也「ちょうど親子でそろってるしさ、娘さんを僕にくださいっ、ってやってこいよ」

春原「もうそれ、路上で結納してるだろっ! ナンパしにきてんの、ナンパっ」

朋也「結婚を前提にだろ?」

春原「結婚を前提にナンパって、どんな奴だよっ! 重すぎるだろっ」

朋也「けっこう切羽詰ってそうだったから、そう見えたんだよ」

春原「んながっついてねぇよっ。ったく…もっと真面目にやれよ」

真面目にナンパするのもどうかと思うが。

朋也「わかったよ」

春原「頼むぞ、ほんとに…」

朋也「お、早速みつけたぞ」

春原「どこ?」

朋也「ほら、あそこ」

春原「って、今度はバァさんかよっ!」

朋也「なんだよ、不満か?」

春原「当たり前だろっ!」

朋也「おまえのストライクゾーンがわからん」

春原「せめて、娘って呼べる年齢層に絞ってくれっ」

朋也「そっか。そうだったな。おまえ、ロリコンだもんな」

春原「どんだけ下を想定してんだよっ!?」

春原「ああっもう、おまえが想像する僕の好みじゃなくて、おまえ自身の好みで探してくれっ」

春原「そっちのが間違いなさそうだからな…」

朋也「わぁったよ」

春原「今度こそ頼むぞ…ん?」

人混みに目を向けて、そこで固まる。

春原「おい、岡崎、みてみろよ、あの二人組」

朋也「あん?」

春原が示した先に顔を向ける。
ひとりは、背が小さめで髪がショート。小動物のような雰囲気を持っていた。

もうひとりは、黄色いカチューシャとリボンが印象的だった。顔立ちはかなり整っている。

春原「かわいくない?」

朋也「ああ、まぁな」

春原「決まりだね。いくぞ、岡崎っ」

―――――――――――――――――――――

春原「ねぇ、君たち、今、暇?」

進路を塞ぐように相手の正面に立ち、あげくボディタッチまでしていた。

女1「………」

女2「………」

春原「よかったらさ、僕らと遊ばない? 楽しいことしまくろうよ」

春原「朝まで、あ~んなことや、こ~んなことしてさっ、げへへ」

下ネタの追撃。最悪な第一印象を、これでもかというくらいにねじこんでいた。

女1「あんたたち…春原と、岡崎じゃない?」

カチューシャをした、気の強そうな女がそう返してきた。

春原「うん? そうだけど…なに? 僕らって、そんなに有名なの?」

女1「うちの学校じゃ、悪名の高さで知れ渡ってるわね」

春原「あ、君も光坂なんだ? へぇ、知らなかったなぁ、こんな可愛い子がいたなんて」

春原「名前、なんていうの?」

女1「涼宮」

朋也(ん?)

どこかで聞いたような…

春原「え? って、もしかして…キョンが入ってる部活の、部長さん?」

朋也(ああ、そういえば…)

あいつの所属する部活動の話になった時、その名が出てきたことを思い出した。

涼宮「そうよ」

春原「へぇ、美人だって聞いてたけど、ほんとだったんだ」

春原「でも、残念だなぁ。もうキョンっていう彼氏がいるもんね」

春原「さすがに友達の彼女は寝取れないからなぁ」

涼宮「キョンとは付き合ってないわ。誤解しないで」

春原「まぁたまた~、みんな言ってるよ」

涼宮「それはただの、何も知らない外野の意見よ。信憑性なんかゼロに等しいわ」

涼宮「そんなことより、あんたたち、今日一日、SOS団の臨時団員として働きなさい」

春原「へ? どういうこと?」

涼宮「私たち、6対6のサバイバルゲームに挑むためのリザーバーを探していたところなの」

涼宮「こっちは4人しかいないから、あとふたり必要だったのよ」

涼宮「そこへ、丁度あんたたちが現れたってわけ」

春原「ふぅん…サバイバルゲームねぇ…なんか、おもしろそうじゃん」

朋也「そうか?」

春原「おまえも、やるよな?」

朋也「いや、俺は…」

涼宮「拒否権はないわ。バスケだかなんだかで、キョンを貸してあげたことあったでしょう」

まるで備品のように言う。

涼宮「あの時の貸しは、ここできっちりと清算してもらうわ」

断ることを許さない、意志のこもった瞳。

朋也「…ああ、わかったよ。借りは返さなきゃいけないよな」

涼宮「殊勝な心がけね。ま、当然だけど」

強引な女だ。あいつの気苦労も、こいつからきているんだろうな…きっと。

―――――――――――――――――――――

涼宮「あ、来た」

向かいの通りから、キョンと、長身で細身の男が一緒に駆けてきた。

涼宮「遅いわよっ、キョン、古泉くん。呼んだらすぐに来なさい」

男「すみません、走って来たんですが…気合が足りなかったみたいですね」

キョン「いや、遅くはないだろ、全然早…って、あれ…」

春原「よう、キョン」

朋也「よお」

キョン「春原に、岡崎…え、もしかして、おまえらか? サバゲーの補充要員って…」

涼宮「その通りよ」

涼宮が答える。

キョン「マジでか…」

涼宮「大マジよ。これで参加人数を満たせたわ」

好戦的な口調で言う。
早く戦いたくてうずうずしているようだった。

涼宮「さて、キョンは面識あるからいいとして…古泉くん、有希。一応自己紹介しときなさい」

涼宮「これからチームで戦うことになるんだからね。こういう形式的なことも大事よ」

男「そうですね。では、僕から…」

一歩前に出る。

男「古泉一樹です。以後お見知りおきを」

笑顔を作り、さわやかに言ってみせた。
さらさらの長髪で、いかにもモテそうな美男子といった容姿をしている。

古泉「直接お会いするのは初めてですが…僕の方は、あなたたちのことは、以前から存じてます」

丁寧口調のまま続ける。

春原「あん? そうなの?」

古泉「ええ、あなたたちコンビは、その筋の人間には人気が…」

女「…それ以上喋るな」

古泉「んっふ、これは手厳しい」

女「………」

涼宮と一緒にいた女。
おとなしそうだが、意外と毒を吐く奴なんだろうか…

女「…長門有希」

こちらを見て、その一言だけをぽつりと漏らした。

朋也「岡崎朋也」

春原「春原陽平」

俺たちも名前だけ伝えた。
なんとも事務的な自己紹介だった。

涼宮「じゃ、親交も深まったことだし、行くわよっ」

多分、なにも関係に変化はなかっただろう。

―――――――――――――――――――――

キョン「しっかし…まさか、おまえらを連れてくるとはな…予想外だったよ」

春原「おう、よろしくな、キョン」

涼宮の後に続き、現地へと向かう俺たち一向。

朋也「つーか、おまえらって、サバゲー愛好会かなんかなのか」

キョン「いや、そういうわけじゃないんだけどな…たまたまだよ」

キョン「俺たち、休みの日は市街探索…ああ、まぁ…町の中をぶらついたりしてるんだけどさ…」

キョン「きのう、その途中で、ある男に絡まれたんだ」

キョン「その時に、サバゲーの話を持ちかけられて、うちの団長様が乗っちまったんだ」

朋也「ふぅん…そうなのか」

しかし、いきなりサバゲーに誘ってくるなんて、どんな男なんだろう…
ミリタリーな趣味を持った、アブナイ奴なのか…

春原「でもさ、涼宮…ハルヒちゃんだっけ? 初めてみたけど、可愛いよね」

春原「おまえも、けっこうやるじゃん」

キョン「なにをどうやるのかわからん」

春原「はっ、とぼけん…うわっ」

ばっとケツを抑える春原。

春原「な、なにすんだよっ」

古泉「おっと、失礼。手が空中で派手にスリップしてしまいました」

春原「な、なに言って…」

古泉「事故ですよ、事・故。んっふ」

春原「………」

ぎこちなく俺たちに振り返る。

春原「なんか、気色悪いんだけど、こいつ…」

キョン「そういう奴なんだ。自分の身は自分で守ってくれ」

春原「…ははっ、どういう意味なのかなぁ」

朋也「…さぁな」

できるだけ考えたくない…なにも考えないようにしよう…。

―――――――――――――――――――――

涼宮「着いたわ」

広い敷地の中に木造の建物がひとつ、ぽつんと佇んでいた。
誰の記憶からも忘れ去られたかのように、老朽化が進んでいる。

涼宮「ここで待ち合わせることになってたはずんなんだけど…」

腕時計を見る。

涼宮「時間は合ってるわね…」

男「おう、お嬢ちゃん。逃げずにやってきたか」

どこからともなく、ガラの悪そうな男が現れた。
タッパがあり、威圧感もそれ相応にあった。

年の頃は、30前後だろうか。
それにしては、悪戯っ子のように目がギラギラしていた。

涼宮「当たり前じゃない。こんな面白そうなイベント、あたしがすっぽかすわけないわ」

男「ふん、そうかい。威勢のいいこった」

男「こっちの準備は大体できてるからな。あとはおまえらを待つだけだ」

男「装備は向こうの小屋に一式揃えてある」

ここからそう遠くない場所に、物置のような小さい小屋があった。

男「一四○○(いちよんまるまる)時にゲーム開始だ」

男「俺たちは裏口から、おまえらは正面からあの建物に突入する」

木造の建物を指さす。

男「それでいいな?」

涼宮「ええ、わかったわ」

男「せいぜい俺様を楽しませてくれよ」

不敵な笑みを見せ、奥に消えていった。

涼宮「みんな、気合いれていくわよっ」

興奮した面持ちで小屋にずんずんと歩いていく。

俺たちもそれに続いた。

―――――――――――――――――――――

春原「うわ、かっけぇ…」

小屋の中にあったのは、プロテクトアーマーのような重装甲と、マシンガンだった。
ディテールに凝っていて、とてもおもちゃとは思えない。

朋也(お…建物の見取り図まである…)

朋也(やけに本格的だな…まさか、銃も本物ってことはないだろうな…)

………。

朋也(はっ…まさかな…)

長門「…弾はゴム弾。ギアの上からでも被弾すれば、肉体的な痛みは相当のものだと予想される」

長門「気をつけたほうがいい」

長門有希が装備を身につけながら、淡々と言った。

長門「いかなる状況であれ、撃たれるよりは撃つべき」

涼宮「いいこと言うじゃない、有希。そうよ、攻撃は最大の防御なんだからね」

涼宮「さっさと全滅させちゃいましょ」

キョン「また、物騒なことを…つーか、危ないんじゃないのか、このゲーム」

長門「死に至るまでの危険性はない。あくまで被弾箇所の人体が著しく損傷するだけ」

キョン「いや、十分ヤバイじゃないか…」

春原『みろよ、これ、すげぇかっこよくない?』

春原が上半身だけアーマーを身にまとっていた。

春原『これ、ガスマスクって奴だよね?』

篭った声。顔面を保護する装甲の下から発声しているからだ。

春原『なんか、本格的だよね…っうわっ』

古泉「んっふ、下半身がお留守ですよ、んっふ」

春原『なんなんだよ、こいつ!? いつの間にかすげぇ近いよっ!』

古泉「特に*を守らないと…常に誰かに狙われていることを、もっと自覚したほうがいい」

春原『ひぃぃいいっ』

古泉に襲われ始める春原。

朋也(しかし…)

あの、長門有希という子は、なんでダメージのでかさがわかるんだろう…

長門「………」

何者なんだ、あいつは…

―――――――――――――――――――――

時間になり、屋内に突入した。
中は薄暗く、視界が悪かった。
そのため、暗視ゴーグルを作動させて進むことになった。

キョン『暗視調整、良し。吸気弁、作動良し』

朋也『妙な気分だな…』

キョン『ああ。体は軽いのに視界が重い』

春原『潜水夫になった気分だよね』

涼宮『そこ、無駄口を叩くんじゃないわよ。オペレーションスタートっ』

古泉『了解です、ゆりっぺ』

長門『…自重しろ』

古泉『んっふ、すみません、もしくはさーせん』

―――――――――――――――――――――

周りを警戒しつつ、ゆっくりと廊下を進む。
先頭は涼宮だ。この部隊の指揮官であるため、強化服の上から腕章をしていた。
死んでたまるか戦線、と書かれてある。

涼宮『いないわね…』

未だ敵とエンカウントしていなかった。
物音もしない。

涼宮『この区間にはいないのかしら…』

その言葉を聞いて、俺たちの緊張が少しだけ解けた。
その時…

朋也『ん?』

赤いランプが四つ、奥の通路で軌跡を残しながら揺らめいた。
電気も通っていないようなこの建物内での明かり。
考えられる光源は、ひとつしかない。暗視装置が放つ光だ。

ばたたたたっ! ばたたたたっ!

案の定、すぐに銃声が響いた。

涼宮『っ! 待ち伏せよっ!』

全員、さっと遮蔽物に身を隠す。
弾が柱に当たって、バチバチと大きな音を立てていた。
俺たちも、相手の攻撃が休まると、その隙に身を乗り出して撃ち返した。

涼宮『古泉くん、有希! その通路からあそこまで回りこめるから、潜行してちょうだい!』

涼宮『挟撃するわよっ』

最も通路の入り口に近かったふたりに指示を出す。

古泉『わかりました、任せてください』

長門『わかった』

即時行動に移し、がしゃがしゃと装備の揺れる音を立てながら消えていった。

朋也(すげぇな、涼宮の奴…)

あの指示が出せるということは、建物内の空間の把握ができているということだ。
それはつまり、ほんのわずかな時間見取り図を眺めただけで、完全に頭の中に入れてしまったことを意味する。

たたたっ! ばたたたっ!

向こうから新しい銃声がふたつ。
古泉と長門有希だった。
手を振って、制圧が完了したことをこちらに伝えてきた。
不意をつかれはしたが、意外にあっけなく終わった開幕戦。
涼宮の采配が的確だったおかげだ。
敵は正面から俺たちの攻撃を受け続け、突然横から潜行部隊の奇襲を受けたのだ。
ひとたまりもなかったろう。

涼宮『よくやったわ、ふたりとも』

通路を抜け、敵の居た位置までやってくる。
そこは、ずいぶんと開けた場所だった。
さっきまでの一方通行な一本道と違い、動きやすい。

古泉『んっふ、正確に仕事ができて、なによりです、Angel Beatあっ…』

ばたたたたっ!

かんっ、とひとつ金属音がしたと思うと、古泉が発砲しながら勢いよく倒れた。
敵からのヘッドショットを受けたのだ。

涼宮『どこからっ…』

向かい側の出入り口から、がしゃがしゃと音を立てながら足音が遠のいていった。
ヒットアンドアウェイだ。敵は、反撃される前に退いていた。

涼宮『逃げられたか…』

キョン『大丈夫か、長門』

長門有希が床にうずくまっている。
キョンに安否を訊かれ、フェイスセーフ、メット、吸気弁の三つを外した。

長門「問題ない。でも…ルール上もう動けない」

手や足など、体の末端はセーフだが、内臓の詰まった胴や、頭にもらえばそこでゲームオーバーということだった。

長門「…あなたのせい」

古泉「僕も突然のことだったので、なにがなんだか…一応すみませんでした」

古泉も頭部の装備をすべて外していた。

長門「…死ぬならひとりで死ぬべき。馬鹿」

…古泉の死に際の乱射が長門有希に被弾していたらしい。

キョン『これでまた同人数に戻っちまったな…』

今しがたふたり処理した矢先の出来事だったので、落胆の具合も大きい。

涼宮『終わったことは、言っても仕方ないわ。先へ進みましょう』

涼宮『ふたりのカタキを取るのよ』

言って、先行する。

春原『ハルヒちゃん、頼もしいね』

キョン『こういう時だけは、役に立つんだ、あいつも』

涼宮『なにがこういう時だけよ! 聞えてるんだからね、キョンっ』

キョン『あー、すまんすまん…』

―――――――――――――――――――――

涼宮『静かね…』

通路を進むが、人のいる気配が感じられない。
しかし…

朋也『俺たちが追う立場になってるけど、それって不利なんじゃないか』

涼宮『じゃ、私たちも待ち伏せしろっていうの? そんなの嫌よ』

涼宮『言ったでしょ? 攻撃は最大の防御だって。なにより、あたしの性分にあわないわ』

朋也『あ、そ…』

闘争心の塊のような奴だった。

春原『ん…?』

春原『うわぁあああっ! ゴキブリだぁあああっ!』

ばたたたたたっ!

朋也『馬鹿、んなのほっとけよ!』

涼宮『なにやってんの、金髪! 敵に位置がばれるじゃないっ!』

キョン『春原、無駄弾撃つなっ』

春原『わ、わりぃ、つい…』

どがらしゃーっ!

大きい音がして、目の前で天井が抜けていた。
春原の撃った弾が、脆くなった部分に当たり、ぶち抜いてしまったんだろうか…。
もくもくと埃が舞う。が、マスクをしている俺たちには無害だった。
次第に煙も薄れ、晴れていく視界。

涼宮『あ…』

そこには、敵が三人、重なって倒れていた。
上の階で、丁度床が崩れた場所にいて、落ちてきたのだろう。

その衝撃からか、吸気弁が外れて埃を吸い込んでしまい、咳き込んでいる者もいた。
すかさず俺たちが銃を構えると、手を挙げて降伏していた。

―――――――――――――――――――――

春原『いやぁ、なんか、あそこは怪しいと思ってたんだよねっ』

春原『なんていうの? 動物的カンってやつ?』

あの偶発的な事故以来、春原は延々と自画自賛し続けていた。

朋也『おまえ、うるさい』

春原『いいじゃん、敵もあと一人なんだしさ。軽くトークしながらいこうぜ』

その残った一人とは、やっぱり、あの目つきの悪い男なんだろう。
今は3対1の状況で有利だが…なにか嫌な予感がしてならない。

春原『ん…どうしたの、いきなり止まっちゃってさ』

涼宮『この扉の向こうは大部屋になってるの。特に入り組んでいるわけでもなく、単純な構造よ』

涼宮『もしここに潜伏してるとしたら…』

涼宮『不用意に全員で突入すれば、一網打尽にされる可能性もあるわ』

涼宮『身を隠す遮蔽物が、室内にある家具ぐらいしかないでしょうからね』

涼宮『それに、罠を張られているかもしれないしね』

春原『ははっ、大丈夫だって。三人で袋叩きにしちゃえばいいじゃん』

春原が銃を構えることもなく、無造作に扉を開けた。

涼宮『あ、馬鹿っ…』

入り口に足を踏み入れる春原。
室内を見回す。

春原『何もないよ』

俺たちに向き直り、肩をすくめてみせる。
そして、また正面に視線を戻す。

春原『この部屋にはいなかったみた…』

カシャッ

物音がしたと思うと、大量の日光が窓から降り注いできた。

朋也『うお…』

暗視装置がちりちりと焼けていた。
腕で光を遮り、影を作ることで対処した。

春原『うぐあぁ…目がぁあっ! 目がぁあっ!』

春原はモロに直視してしまったようだ。
となれば、おそらく暗視装置は焼き切れてしまっているだろう。

ばたたたたたたっ!

春原『ぎゃぁあああああああああっ!』

銃弾を浴びながら後ずさり、俺たちのいる場所まで押し戻され、そこでばたりと倒れた。

朋也(くそっ…!)

暗視装置を切り、半身になって室内を見る。
すると、光を背にして、ひとりの男が立っていた。
斜光カーテンを開けて、暗視装置の弱点を突いてきたのだ、あいつは…。
俺は迷わず発砲する。

ばたたたたたっ! ばたたたたっ!

キョンと涼宮も加わり、掃討射撃のように絶え間なく弾が飛んでいく。
だが、そんな派手な攻撃もむなしく、ソファーに身を隠しながら別の出入り口から逃げられてしまった。

朋也(逃がすかっ…!)

俺が一番に追い始め、その後に残りのふたりもついてきた。

―――――――――――――――――――――

部屋から出ると、すぐに階段があった。
暗視装置を再び作動させ、一気に下りていく。
そして、中程まで来たところで…

どがぁっ!

最上段から何かが砕ける音。

朋也(嘘だろ…!?)

壁を突き破って、突然敵が現れていた。
銃を構える。狙われるのは、当然一番近い位置に居る…

涼宮『嘘っ…』

ばたたたたたたっ!

キョン『うぁああっ!』

声を上げたのは、涼宮ではなく、キョンだった。
自分が盾となり、涼宮をを守っていたのだ。

涼宮『キョンっ! なんで…』

涼宮はキョンが階段から落ちないように支え、両手がふさがり、銃を落としてしまっていた。
容赦なく敵の銃口が向く。

朋也(くそっ…!)

朋也『喰らえっ』

ばたたたたたたたっ!

敵に向けて発砲する。
が、すぐさま逃げられてしまった。

涼宮『キョン…』

キョン『あつつ…あー、俺はもうゲームオーバーだな…あとは任せた』

涼宮に抱きかかえられるその腕の中で、若干苦しそうに言う。

涼宮『……うん』

朋也『行くぞ、涼宮。終わりは近い』

涼宮『…わかってるわ』

―――――――――――――――――――――

薄暗い通路をただひたすら進む。俺が前衛、涼宮が後衛だった。
俺たちの他に足音は聞えない。やはり、また待ち伏せなのだろう。
今は2対1の状況なので、その判断は正しいはずだ。

朋也『ん…』

大き目の扉が目の前にあった。
一度立ち止まる。

涼宮『この先は、結構な広さのあるホールになってるわ。そして…出入り口はここしかないの』

涼宮『もし、ここでキャンプしているとしたら…決着は、ここでつくことになるわ』

朋也『…そうか』

涼宮『短時間で罠が用意できたかどうかはわからないけど、用心していきましょう』

朋也『ああ、わかった』

俺はまず様子見のために、扉を慎重に開くだけで、中に突入することはなかった。
次に、銃を構えつつ辺りを見渡して、警戒しながら足を踏み入れた。
長机が多く並んでおり、最奥には人ひとり隠れられるだけの教卓のようなものがあった。

朋也(居るのか…?)

そこに注意を向け、進んでいく。
涼宮も後ろからついてくる。

朋也(あそこしかないよな…居るとしたら…)

緊張が高まる。

ばたたたたっ!

奥から銃声。
身をかがめて長机の下に隠れる。
俺と涼宮は左右に散っていた。

朋也(やっぱりか…)

朋也(よし…)

身を起こして、教卓に銃を向ける。
その時…
右の壁にある窪みから、赤い光が尾を引きながら出てきた。

朋也(な…)

ばたたたたっ!

朋也『うぉあっ』

咄嗟に伏せて難を逃れる。

男『ふん、なかなかいい反射神経してるじゃねぇか』

ばたたたっ!

涼宮が発砲する。

男『おっと』

しゃがみ、奥へ移動していった。

朋也(どうなってんだ…)

さっきは確かに奥から発砲してきたはずだ。
それで、あの場所に居ると当たりをつけたのだから。

朋也(一瞬で移動…? いや、ありえない、あんな距離だからな…)

朋也(なら…銃が二丁あるのか…? 一つはおとり用で…) 

朋也(でも、どうやって…)

朋也(あ…)

ひとつ思い当たる。

あの大部屋のすぐ外で、春原がゲームオーバーになっていたことを。
おそらく、回収していたのだろう。
そして、仕掛けていたのだ。この罠を。
どうやって遠隔発砲できたのかは知らないが…やはり只者じゃない。

朋也(しかし…)

マガジンを取り出す。
重さからして、残弾も残り少ないことがわかった。
それは、涼宮も同じことだろう。
このまま小競り合いを続けて消耗戦になれば、負け戦になることは目に見えている。

朋也(…ふぅ。仕方ねぇな…やるか)

俺は一つの賭けに出ることにした。
ともすれば、無駄死にするだけかもしれない策だったが…いや、策とも呼べないかもしれない。
だが、この状況を打破し、勝利できる可能性も秘めているはずだ。

朋也『涼宮』

俺は銃を放った。
受け取る涼宮。

涼宮『なによ…どうしたの』

朋也『俺は今からあの男を拘束しに行く。丸腰でな』

朋也『おまえは発砲して動きを止めておいてくれ』

涼宮『そんなことできるの?』

朋也『やるしかねぇだろ。弾、もうないだろ?』

涼宮『…そうね。じゃあ、頼んだわ』

朋也『ああ』

朋也(さて…)

俺は長机のひとつを抱えると、それを盾にして突進していった。
昨日の水鉄砲遊びの時、ダンボールで防いでいたようにだ。

男『かっ、馬鹿だな。蜂の巣にしてやるよ』

ばたたたたたっ!

朋也『うぐ…』

ミシミシと机が削られていく。
支える手にも、その振動が伝わってくる。

ばたたたたっ!

涼宮からの援護が入り、相手の攻撃の手が休まる。

朋也(ぐ、うおらっ…)

飛びかかれる位置までやってくる。

男『ちっ』

逃げようとするが…

ばたたたたっ!

涼宮の援護射撃によって動きが止まる。

朋也『おらっ』

ついに組み付くことに成功した。

男『離せ、小僧っ』

ものすごい力で抵抗される。
この状態も、長くは持たないだろう。

朋也『撃てっ! 涼宮っ!』

涼宮『でも、あんたにも当たるじゃないっ!』

朋也『いいから、早くしろっ! もう解かれるっ』

涼宮『わ、わかったわよっ! 恨まないでよねっ!』

ばたたたたたっ!

男『あだだだっ!』

朋也『ってぇ!』

弾を受けながら倒れる俺と敵の男。

男『はぁー…はぁ…』

重く呼吸にあえぎながらも、フェイスガードと吸気弁を外す。
俺も寝転がったまま同じように装備を脱いだ。

男「なかなか根性あるじゃねぇか、小僧」

朋也「あんたも、かなり手ごわかったぜ、オッサン」

小僧と言われたお返しに、オッサンを強調してやる。

男「かっ、しっかし、この俺様が負けちまうとはな…」

ポケットからタバコを取り出して、火をつけた。
そう、戦いは終わったのだ。俺たちの勝利を以って。

―――――――――――――――――――――

男「おめぇら、最近のガキにしちゃ、骨があるな」

男「俺たち古河ベーカリーズに勝つなんてよ」

ベーカリー…パン?

涼宮「当然じゃない。私たちSOS団は世界最強なのよ」

涼宮「それを知らしめるために、日夜活動してるの」

涼宮「今は光坂だけだけど、いずれは全国に支部を置いてやるんだから」

男「ん…おまえら、もしかして、光坂の生徒なのか?」

涼宮「そうよ」

男「そうか…じゃ、渚の後輩ってことになるのか…」

渚…?

朋也(う~ん…)

誰かがその名を言っていたような…。
記憶が曖昧で思い出せない。

男「ま、いいや。おら、ご褒美をやる」

言って、全員にパンを握らせた。

男「うちは古河パンってパン屋をやってるんだが、気が向いたら来い」

男「おまえらなら、全品一割引きの出血大サービスだ」

出血するどころか、ただのかすり傷だった。
それに、店の名前だけ言われても、場所がわからない。
この人には、絶対商才がないと思う。

男「それじゃあな。今日は楽しかったぜ」

それだけ言うと、背を向けて去っていった。

涼宮「ふふふ、勝った後はやっぱり気分がいいわね」

キョン「おまえはノーダメージだから、そりゃ気分もいいだろうよ…いつつ…」

涼宮「あ…キョン…その、大丈夫?」

キョン「まぁ、なんとかな…」

朋也「そういや、おまえ、涼宮を身を挺して守ってたよな」

キョン「お、おい、岡崎…」

春原「マジで? 愛だねぇ」

キョン「違うって…指揮系統をやられるわけにはいかないだろ」

春原「じゃあ、エースである僕の盾になってくれてもよかったんじゃない?」

春原「僕も、かなり喰らっちゃって…だいぶ体が痛むからね…骨まで堪えるよ…」

古泉「僕が居れば、その*だけは守り通して…いや、責め通してあげられたんですけどね」

古泉「ふぅんもっふっ!!」

春原「ひぃっ! なんで頭に喰らったのにこんな元気なんだよ、こいつ!?」

古泉「下半身は無傷ですからね…まっ↓がーれ↑」

春原「ひぃいっ」

手負いの春原に好き放題始める古泉。
思わず目を逸らしたくなるほど陰惨な光景だった。

朋也(そういえば…)

長門有希も、至近距離で古泉のフレンドリーファイアを受けていたはずだが…

長門「………」

何事もなかったかのような涼しい顔。
………。
やっぱり、こいつからはなにか得たいの知れない深いものを感じる…

涼宮「ところで、岡崎。あんた、正式にSOS団に入団してみない?」

朋也「あん?」

涼宮「あの金髪はともかく、あんたはなかなか使えそうだからね」

涼宮「もし、入るんなら、キョンより上の地位に置いてあげるわ」

キョン「なんでだよ…」

涼宮「あんたは定年まで平団員で固定なのよ」

キョン「ああ、そうですか…はぁ…やれやれ…」

朋也「せっかくだけど、遠慮しとくよ」

涼宮「なんですって? あたしの誘いを蹴るっていうの?」

キョン「やめとけ、ハルヒ。こいつは無理に押さえつけてられるようなタマじゃない」

涼宮「だからこそ欲しいんじゃない」

キョン「諦めろ。最近は、こいつにも新しい居場所が出来つつあるんだ」

キョン「それを邪魔するのは、野暮ってもんだろ」

俺を見て、わずかに笑みを浮かべた。
それは…やっぱり、軽音部のことを言っているんだろうか。

涼宮「でも…」

キョン「いいから、もう帰るぞ」

言って、その背を優しく押した。

涼宮「もう…わかったわよ…」

キョン「長門も、いくぞ」

長門「………」

こく、と小さく頷いて歩き出す。

キョン「じゃあな、岡崎」

朋也「ああ、じゃあな」

春原「って、こいつも連れて帰ってくれよっ!」

古泉「セェカンドレイドッ!!! フンッ!」

春原「ひぃぃいいっ」

後ろで悲鳴が上がったが、誰も振り返らなかった。
俺は、あのオッサンにもらったパンの袋を開けた。
一口かじってみる。

朋也(うげ…)

とてもマズかった。なぜか食感もボリボリしているし…
捨てようかとも思ったが…食べ物を粗末にするのもよくない。
道すがら、ジュースでも買って一気に流し込もうと、そう決めた。

春原「って、助けてくれよっ!」

―――――――――――――――――――――

5/4 火 祝日

春原「あ……あ…」

朋也「駄目か…」

ひっぱたいてみても、つねってみても反応がない。
こいつは朝からずっとこんな調子だった。
昨日、銃撃で体を痛めつけられたあげく、古泉には精神を犯されていたので、廃人のようになってしまっていたのだ。

朋也(そっとしておいてやるか)

寝転がり、雑誌を開いた。

―――――――――――――――――――――

さすがに暇になり、ひとりで町へ出てきた。
春原があんな状態では、悪戯してもつまらない。
雑誌も漫画も、一通り読みつくしてしまっていたし…
昔のを読み返す気にもならなかった。

朋也(なにしようかな…)

ノープランだったので、当然のごとく立ち往生してしまう。
あまり無駄金は使いたくなかったが、ネットカフェにでも行けば、楽しく暇が潰せるだろうか。

朋也(でもなぁ…)

仮に行ったとして、春原の部屋で過ごすのと、やることはそんなに変わりないような気もする。

………。

朋也(まぁ、物は試し…行ってみるか…)

俺は繁華街の方へ足を向けた。

―――――――――――――――――――――

朋也(この辺で見たことあるんだけどなぁ…)

すでに何度か同じ区間で行ったり来たりを繰り返していた。
用がない時にはすぐ見つかるのだが、探し始めた時に限ってなかなか見つからないのだ。
なんというんだろう、この現象は。
誰か偉い学者が名前をつけていてもおかしくはないくらい、ありふれていると思うのだが。

朋也(もういっか…寮に戻ろう)

諦めて、踵を返す。
この辺りは、食事処がずらっと並んでいる。
どこかに立ち寄ってみるのもいいかもしれない。
そんなことを思いながら、歩を進める。

朋也「あれ…」

澪「………」

少し先、秋山の姿が見えた。
こじゃれたカフェの前で立ち止まっている。
なにか、きょろきょろと周りを気にしているようだった。
誰かに目を向けられていることを察すると、すぐ表にあったメニューを熟読し始めていた。

朋也(なにやってんだろ…)

俺は近づいていった。

朋也「よお、なにやってんだ」

澪「うわぁっ」

びくっと体を震わせる。

澪「ぽ、岡崎くん…?」

朋也(ぽ?)

謎の接頭辞。

澪「びっくりしたぁ…」

朋也「うん、俺も」

ぽ、にだが。

澪「え、岡崎くんも…?」

朋也「ああ」

澪「でも、すごく冷静にみえるんだけど…」

朋也「いや、こう見えて、すげぇ足にきてるんだ」

朋也「今ヒザカックンもらったら、呼吸困難に陥るくらいにな」

澪「そ、そんなに…」

朋也「まぁ、それはいいとして…」

澪「いいんだ…? 結構、危険な状態だと思うけど…」

朋也「なにやってたんだ? この店になんかあるのか?」

逸れかけた話の筋を軌道修正し、本題に入る。

澪「うん…私、前からこのお店に来てみたかったんだけどね…」

澪「その…初めてだから、気後れしちゃって…なかなか入れなかったんだ」

朋也「ふぅん。じゃ、誰か誘っくればよかったんじゃないか?」

澪「あ…そ、そうか…その手があった…」

しっかりしているような印象があったが、意外と抜けているところもあるようだ。

朋也「じゃ、入ってみるか? 俺とでよければだけど」

澪「いいの?」

目を輝かせる。

朋也「ああ」

澪「じゃあ、お願いしようかな…」

朋也「了解。ま、さっさと入ろうぜ」

澪「うんっ」

―――――――――――――――――――――

からんからん。

ベルの音と共に入店する。
店内は、白を基調とした清潔感ある内装だった。

店員「いらっしゃいませ。何名様でしょうか」

カウンターに近づいていくと、すぐに店員が寄ってきた。

朋也「ふたりです」

店員「では、こちらへどうぞ」

案内されるままついていく。
日当りのいい、窓際の席に通された。

店員「ご注文がお決まりになりましたら、お呼びください」

言って、テーブルから離れていった。

澪「ああ、ひとりで入らなくてよかったぁ…私、絶対店員さんに声かけられないよ…」

朋也「水運んでくるだろうから、その時に言えばひとりでも大丈夫だろ」

澪「でも、それまでに頼むもの決めてなきゃいけないでしょ? そう考えたら…お、恐ろしい…」

澪「きっと、水だけ飲んで帰ることになって…冷やかしだと思われて…」

澪「それで、ブラックリストに載って…出入り禁止になって…」

澪「町中のお店にその情報が伝わって…どこにも入れてくれなくなって…」

澪「私…私…あわわ…」

多重債務者のような扱いになっていた。

朋也「あー…心配するな。俺がちゃんと声かけてやるから」

澪「うぅ…かさねがさね、ありがとうございます…」

涙を流すほどでもないと思うが…。

朋也(まぁ、とりあえずは…)

メニューを開く。

朋也(…なんだこりゃ)

そこには、みたこともない文字列が所狭しと踊っていた。
フラペチーノうんらたらマキアートなんたらカプチーノかんたら…
かろうじて、ラテとモカを聞いたことがある程度だった。
はっきり言って、ちんぷんかんぷんだ。
秋山ならわかるだろうか。

朋也「なぁ、秋山…」

澪「………」

…顔が青ざめている。

澪「…ナニ、オカザキクン」

声がおかしい。

朋也「いや…メニューがさっぱりわかんなくてさ…」

澪「…ウン、ワタシモ」

やっぱりか…。

澪「どどっどどうしよう…」

ぷるぷると震えだす。

朋也「落ち着け。なんかうまそうなの、指さして頼めば大丈夫だ」

澪「ゆ、ゆゆ指? そ、そんな恥ずかしいよ…もし、田舎者だってことがバレたら…あわわ」

ここは地元だ。
だいぶ錯乱しているようだった。

朋也「じゃあ、適当に俺がおまえの分も頼むってことでいいか?」

澪「お、おおお願いしますぅ…」

緊張の糸が切れたのか、脱力していた。

朋也(ふぅ…)

もう一度メニューに目を落とす。
フードメニューの方は普通に理解できた。
異常なのはドリンクだけだったようだ。

朋也(フレンチトーストでいいかな…)

朋也「食べ物は、どうする?」

澪「えっと…チョコレートケーキにしようかな」

朋也「わかった。んじゃ、店員来たら、一度に頼むな」

澪「お願いします…」

横のスタンドにメニューを立てかける。

澪「…あ、そうだ」

なにやらバッグを漁り、ノートを取り出した。

澪「あの、岡崎くん」

朋也「ん? なんだ」

澪「ちょっとみてもらいたいものがあるんだけど…いいかな?」

朋也「なにを」

澪「これなんだけど…」

ページを開いて、そのノートを差し出してくる。

朋也「なんだ、これ」

受け取る。

澪「私が書いた詩だよ。感想もらいたくて」

朋也「俺、詩の良し悪しなんてわかんないぞ」

澪「いいよ、思った通りを言ってくれれば。それに、岡崎くんなら、正直に言ってくれそうだしね」

朋也「はぁ…」

目を通してみる。

朋也「………」

甘ったるい言葉の羅列。意味不明な比喩表現。口に出すのも恥ずかしい言い回し。
俺にとっては、さっきのドリンクメニュー並にわからない世界だった。

朋也「あのさ…」

店員「お冷、どうぞ」

言いかけた時、店員が水を持ってきてくれた。

朋也「あ、すみません、注文いいですか」

店員「はい、どうぞ」

朋也「これと、これを…」

メニューを片手に、指でさし示して伝える。
店員は、腰に下げていたオーダー表を取り出して、そこになにやら書き込んでいた。
不恰好な注文方法だったが、意思の疎通は滞りなく果たせたようだ。

朋也「それと、フレンチトーストとチョコレートケーキを」

店員「はい」

朋也「以上で」

店員「お飲み物の方は先にお持ちいたしましょうか?」

朋也「どっちでもいいです」

店員「かしこまりました。しばらくお待ちください」

軽く会釈し、下がっていった。

朋也「あー…それで、感想だったっけ…」

澪「うん」

俺は水を少し飲んで、一呼吸置いた。

朋也「なんか、変だな」

澪「う…へ、変かぁ…あはは…律にもよくそう言われるんだ…はは…」

朋也「でも、独特で面白い気もする」

澪「ほ、ほんとに?」

朋也「ああ。もうちょっとみていいか?」

澪「う、うん、どうぞ」

ページをめくってみる。
ところどころ、走り書きされた単語や、注意点の箇条書きなどがメモされてあった。
読み進めてみる。文字だけが続いていたと思うと、突如可愛らしい落書きが現れた。
その付近の字は、やけにへにゃへにゃとしている。
ネタが思い浮かばず、苦悩した末、落書きに走ったんだろうか。
なんとなく共感できるところもあり、人の思考の軌跡を辿るのは、意外と面白かった。
しかし…

朋也「この、遭難者が日数カウントしてるような記号はなんなんだ?」

正、という字を書く、あれのことだ。

朋也「いろんなページにあるけど、どれも三回くらいで終わってるよな」

澪「あ、そ、それは…えっと…ダイエットが続いた日数…かな…」

朋也「そうなのか…」

確かに、恋愛というよりは、その前段階である片想いの立場で書かれているものばかりだった。

朋也(なら、好きな奴はいたってことなのかな)

澪「でも、やっぱり経験に根ざしてないぶん、私自身、言葉にリアリティがない気がするんだ…」

コップを置き、そう力なくつぶやいた。

朋也「いや、好きな奴はいたんだろ? そういう女の子の主観じゃないのか?」

澪「ううん、全部想像なんだ。今まではそういう人がいなかったから」

朋也「今まで? じゃ、今はいるのか」

澪「え? あ、いや…気になるっていうか…そんな感じなんだけど」

つまり、いつも三日ほどで挫折しているということか。
いや…むしろ、三日坊主を継続しているといえるかもしれない。

朋也「まぁ、なんていうかさ、思ったんだけど…恋のこと書いてるのが多いよな」

朋也「やっぱ、おまえくらいだと、恋愛経験豊富だったりするんだな」

澪「そ、そんなことないよ…私、一度も男の子と付き合ったことなんてないし」

朋也「マジ? 意外だな…」

澪「い、いや、私なんて別に…」

謙虚に返した後、気を紛らわすようにして水を口にする秋山。
俺はノートを読み返してみた。
確かに、恋愛というよりは、その前段階である片想いの立場で書かれているものばかりだった。

朋也(なら、好きな奴はいたってことなのかな)

澪「でも、やっぱり経験に根ざしてないぶん、私自身、言葉にリアリティがない気がするんだ…」

コップを置き、そう力なくつぶやいた。

朋也「いや、好きな奴はいたんだろ? そういう女の子の主観じゃないのか?」

澪「ううん、全部想像なんだ。今まではそういう人がいなかったから」

朋也「今まで? じゃ、今はいるのか」

澪「え? あ、いや…気になるっていうか…そんな感じなんだけど」

朋也「ふぅん、なら、その気持ちはけっこう恋に近いんじゃないのか」

澪「そ、そうかな…」

朋也「ああ、多分な。俺も別に恋愛経験豊富ってわけじゃないからなんともいえないけどさ…」

朋也「少なくとも、他の男よりかは、一緒に居たいって思ったりするんだろ?」

澪「うん…そうだね」

朋也「試しに告ってみたらどうだ。付き合ってみれば、恋愛の詩だって書けるようになるだろうし」

澪「ええ!? む、無理、絶対…」

朋也「大丈夫だって。おまえの告白を断る男なんて、ホモ野郎ぐらいだからさ」

澪「えぇ…じ、じゃあ…もし、岡崎くんに告白したら、受けてくれるの…?」

朋也「俺? まぁ、そうだな。できるならそうしたいけど…」

朋也「おまえにはもっと相応しい奴がいるだろうし…俺にはもったいないからな」

朋也「そういう意味で、受け流すかな」

澪「そんな…相応しいとか、相応しくないとか、自分で決めないでよ、岡崎くん」

朋也「いや、俺なんて、なんの将来性もなくて…ずっと同じ場所に留まってるだけの奴なんだぜ」

朋也「どう考えても、おまえとは釣り合わない。つーか、俺が心苦しいよ」

澪「でも…」

朋也「ま、こんな配慮、おまえが知り合いだからするんだけどな」

朋也「もし、なにも知らない状態で告白されてたら、間違いなく受けてたよ」

その時は、可愛い子とつき合えてラッキー、くらいにしか思わないだろう。
そして、徐々に価値観の違い、目指すべき場所の違いから、溝が大きくなっていって…
最後には、破局してしまうのだ。それは、容易に予想しえたことだった。

澪「………」

朋也「な? それで納得してくれ」

澪「…できないよ」

朋也「え?」

澪「あ、私とつき合えないことを言ってるんじゃないよ?」

澪「それは、岡崎くんが決めることだから、いいんだけど…」

澪「ただ、岡崎くんが自分を卑下してるのが、その…すごく嫌なんだ」

澪「私、岡崎くんは素敵な男の子だと思ってるから」

澪「優しくて、おもしろくて、頼り甲斐があって…」

澪「そんな岡崎くんだから、私も普通に話せてるんだと思う」

澪「今まで、恥ずかしがってばっかりで、まともに男の子と話せなかった私が、だよ」

澪「それは、きっと、すごいことなんだよ。だから、岡崎くんにはもっと自信を持って欲しい」

諭すように、俺の目をじっと見つめたままで、ゆっくりと、でも力強く言った。
真摯な姿勢が、挙動やその言葉の節々から汲み取れた。
単なる慰めじゃなく、腹の底から出た本音だということが、すぐにわかる。

朋也「…そっか。ありがとな。頭の隅に置いておくよ、おまえの言葉」

だからこそ、俺も素直になれた。
同じように、思ったことをそのまま返していた。

澪「うんっ」

まばゆい笑顔。
それは、男なら誰でもはっとしてしまうであろうくらいに魅力的だった。

店員「お待たせしました」

店員がやってきて、トーストとケーキ、同じタイミングで、ドリンクを俺たちの前に並べた。

店員「ごゆっくりどうぞ」

言って、俺たちの席を離れ、また店の中をせわしく動き回っていた。

澪「あ、おいしそう」

朋也「でも、部室で出てくる奴よりは、貧相だな」

澪「それは、持ってきてくれてるのがムギだからしょうがないよ」

澪「貰い物っていっても、それをくれる人たちが、大企業の社長さんだったりするみたいだから」

朋也「え、あれって貰い物だったのか」

澪「うん、そうらしいよ」

朋也「へぇ…」

なら、お歳暮なんかはどうなっているんだろうか…。
俺には到底想像が及ばない領域で贈答が行われているに違いない。

澪「でも、これはこれでいいと思うな、私は」

フォークで一口サイズに切って、口に運ぶ。

澪「おいひぃ~」

頬に手を添え、幸せそうにもぐもぐとかみ締めていた。

朋也(俺も食うか…)

とりあえずはドリンクから手をつけることにした。
カップからは湯気が立っている。ホットを注文していたようだ。
一口飲んでみる。若干ミルクが多かったが、甘すぎず、丁度良い加減だった。
ランダムに選んだのだが、当たりを引けたようだった。

―――――――――――――――――――――

澪「ありがとね、岡崎くん」

朋也「いや、別に。俺も暇が潰せてよかったよ」

澪「そっか。じゃ、おあいこだね」

朋也「だな」

澪「ふふ…それじゃあ、また」

朋也「ああ、じゃあな」

その背を見送る。
角を曲がったところで、俺も身を翻して歩き出す。
向かう先は、もちろん春原の部屋。
あいつはもう、意識を取り戻しているだろうか。
もし、まだ臥せっているなら、また暇になってしまう。
最悪の事態に備えて、途中で雑誌でも買っていこう…そう決めた。

朋也(ふぅ…)

ふと、秋山との会話を思い出す。
こんな俺にさえ、自信を持てと、そう言ってくれていた。
いいところを、見つけようとしてくれていた。
それも、無理にではなく、ごく自然にだ。
なら…一緒にいても、気疲れすることもなく、心から楽しめるかもしれない。
つまりは…つき合ったとしても、上手くいってしまうんじゃないかと…
そんな可能性を僅かに感じていた。

朋也(はっ…馬鹿か、俺は…)

なにがつき合ったら、だ。その仮定がまずありえない。

朋也(アホらし…)

とっとと寮に戻ろう…。
俺はポケットから手を出し、気持ちその足を速めていた。

―――――――――――――――――――――

5/5 水 祝日

春原「ああ、くそっ、つーか、なんでもう最終日になってんだよっ」

大人しく漫画を読んでいたと思ったら、なんの前触れもなく突如声を上げた。

朋也「そりゃ、時間が過ぎたからだろ」

春原「それなんだけどさ、僕、きのうの記憶がまったくないんだよね」

春原「っていうか、最後になにか汚いものが顔面に迫ってきたのはうっすら覚えてるんだけど…」

春原「そこから先がなにも思い出せないんだ」

精神が完全に崩壊しないよう、防衛本能が働いたのか、記憶障害を起こしていた。

春原「おまえ、なにか知らない?」

朋也「知らん」

知らないほうがいいだろう。

春原「くそぅ、どうも煮え切らなくて、気持ち悪いんだよなぁ…」

―――――――――――――――――――――

春原「なぁ、岡崎。なんか楽しげなイベントとかないの?」

春原「もう今日で終わっちまうんだぜ? ゴールデンな週間もさ」

朋也「じゃあ、ラグビー部の部屋のドアに落書きしてまわるか」

朋也「あいつら、遠征かなんかで出払ってるだろ、今」

春原「お、いいねぇ、おもしろそうじゃん。日ごろの鬱憤もはらせるし」

春原「なんか派手に書けるものあったかな、へへっ」

意気揚々と立ち上がる。

朋也「春原参上! って、スラム街のように赤いスプレーで書いてやろうな」

春原「って、なんで特定される情報まで書くんだよっ!」

朋也「いいだろ、別に。今寮に残ってんのなんて、おまえぐらいのもんだし、どっちみちすぐバレるって」

春原「じゃ、ダメじゃん。他になんかないの」

朋也「おまえの洗濯物と、ラグビー部の奴の洗濯物入れ替えるってのはどうだ?」

朋也「もしかしたら、下着を交換することで、立場が逆転するかもしれないぜ?」

春原「どういう理屈だよっ! つか、確実にボコボコにされるだろ、僕っ」

朋也「それを見越してのことなんだけど」

春原「おまえが楽しむだけのイベント考えるなっ!」

春原「ったく…おまえに訊いたのが間違いだったよ」

ぼやき、布団にダイブした。

春原「あーあ、暇だなぁ…」

がちゃり

声「よーぅ、居るかぁ、春原ー」

朋也(ん?)

ドアの方に顔を向ける。

朋也(あれ…)

春原「うわぁっ、ななんでおまえが…」

律「お、岡崎もいるみたいだな。丁度よかった」

部長だった。

澪「律、ノックぐらいしないか」

唯「ひぃ…ふぅ…歩くの早いよぉ、りっちゃん…」

梓「大丈夫ですか、唯先輩」

唯「うん、なんとか…」

その後ろからぞろぞろと他の部員も出てくる。

律「おい、おまえら、今からボーリング行くぞ」

春原「あん? ボーリングぅ?」

律「おう。早く準備しろい」

春原「なんかよくわかんないけど、急すぎるだろ、おまえ」

澪「ほら、やっぱりアポなしでいきなり来たから迷惑してるじゃないか」

唯「そうだよぉ、私だって熱海から帰ってきたばっかりで疲れてたのにぃ」

律「なぁんで保養地に行って疲れて帰って来るんだよっ」

梓「私だって今日はのんびりしたかったです」

律「夏でもないのに軽井沢なんて避暑地にいく中野家が悪い」

梓「どう悪いのかさっぱりわかりません」

梓「むしろ、TDLで三日間も遊んでた律先輩のご家族の方がおかしいです」

律「なんだとぉ? お土産あったのにぃ…おまえにはあげないからなっ」

澪「お土産? おまえにしては珍しいな」

律「ん? 欲しいかい? 興味あるかい?」

律「インドア派で、この三日間どこにも出かけず部屋に篭ってる内に髪が伸び放題になっちゃった澪ちゃんよぉ」

澪「引き篭もりみたく言うなっ! しかもそんな長い形容句をスムーズにっ!」

律「そういきりなさんなって…ほら、やるよ」

ごそごそとポケットから何かを取り出した。

律「フリーパスの残りカス」

澪「って、それがお土産なのか…」

律「そだよん」

澪「普通に要らない」

律「あ、そ」

ぽい、と投げ捨てた。

春原「って、僕の部屋に捨てるなっ!」

朋也「お前の部屋も、ゴミ箱も、そう大差ないんだから、許してやれよ」

春原「大違いだよっ! それじゃ、住んでる僕がゴミみたいだろっ!」

朋也「はははははっ」

春原「笑うなぁっ!」

律「アホなコントやってないで、早く準備しろって」

春原「待てよ。ムギちゃんはどうしたんだよ。そこが一番重要なのによ」

律「ムギはまだイタリーにいるんだよ。帰ってくるのは今日の夜らしいからな。諦めろ」

春原「うへ~、海外かよ、さすがムギちゃん…」

春原「でも、ムギちゃんがいないんじゃ、行く気にならないなぁ…僕も、そんな暇じゃないしね」

律「嘘つけ。んなだらしなく寝巻きでゴロゴロしてる奴に、予定なんかあるわけないだろ」

律「もしあったとしても、こんな美少女が誘ってるんだぜ? 当然こっちを優先するよな」

春原「美少女かどうかはともかく、そこまで言うんなら行ってやってもいいけどね」

律「ふん、内心めちゃくちゃうれしいくせに。ひねくれ者め」

春原「言ってろって」

ベッドから身を起こす。

美佐枝「あら…こりゃまた、珍しい光景だねぇ。春原の部屋に女の子が集まってるなんて」

春原「あ、美佐枝さん」

廊下側、部長たちの後ろから美佐枝さんが顔を覗かせる。

律「あ、こんにちは」

澪「こんにちは」

唯「こんにちは~」

梓「こんにちは」

美佐枝「はい、こんにちは」

春原「その子たち、そこのカチューシャ以外みんな僕の彼女なんだよ。すごくない?」

律「変な嘘つくな、アホっ! しかも、あたし以外ってどういうことだよっ」

春原「そのまんまの意味さ」

律「てめぇ…」

梓「あの、その節はお世話になりました」

美佐枝「ん? あー、確か…中野さん、だったっけ」

梓「はい、そうです」

美佐枝「あの時、岡崎とデートしてた子よねぇ?」

朋也(ぐあ…)

梓「なっ…」

唯「えぇ!?」
澪「えぇ!?」

律「え、マジで?」

春原「へぇ、気づかなかったよ。おまえら、そんな仲だったんだ」

朋也「違うっての」

梓「相楽さん、違いますよっ! ほら、猫の件で一緒に居ただけじゃないですかっ!」

美佐枝「あーら、そうだったわねぇ。この歳になると物忘れが激しくていけないわぁ」

…絶対にわざとだ。

梓「なに言ってるんですか、十分お若いじゃないですかっ」

美佐枝「あら、ありがと。あ、そだ。今あの子、部屋にいるんだけど、みてく?」

梓「あ、はい、是非っ。律先輩、私ちょっと行ってきますんで」

律「ん、ああ…」

梓「それじゃ、失礼します」

言って、美佐枝さんについていった。

律「…で、今の人は?」

春原「美佐枝さんっていって、ここの寮母やってる人だよ。要するにおっぱいって感じかな」

律「変なまとめ方するなよ、変態め…まぁ、確かに胸は大きかったけどさ…」

澪「あの…岡崎くん、梓とデートしてたって、本当…?」

春原「お、そうだそうだ。おまえ、あの二年と仲悪かったのに、どんなテク使ったんだよ」

朋也「デートじゃねぇって。中野も否定してただろ。たまたま会って、それで、猫の飼い主探しを手伝ってたんだよ」

唯「あ、もしかして、あれかな? あずにゃんからメールきたことあったんだよね。飼ってくれませんかって」

律「それ、あたしにもきたわ」

澪「そういえば、私にも…」

唯「飼い主みつかったって言ってたけど、あの人のことだったんだね」

朋也「まぁ、そういうことだ」

春原「でも、美佐枝さんがデートと見間違えたってことはさ…さてはおまえ、チューしようとしてたなっ」

朋也「んなわけあるか、馬鹿。つーか、さっさと着替えろよ。行くんだろ、ボーリング」

春原「ん、そうだね。よいしょっと…」

おもむろにズボンを脱ぎ捨てる。

澪「ひゃっ…」

ばっ、と顔を背ける秋山。

律「って、馬鹿、まだあたしらがいるのに着替え始めんなよっ! しかも下からっ!」

部長は手で顔を覆い隠していた。

唯「かわいい柄だね、そのパンツ」

春原「だろ?」

が、平沢だけは平然と直視していた。
…やはりこいつは少し人とズレているんだろうか。

―――――――――――――――――――――

律「今日は絶対この前の借りを返してやるからな」

春原「はっ、できるかな…この町内会の鬼と呼ばれた僕に」

律「なんだそのだせぇ異名は」

春原「ださくねぇよっ! 地元で一番のボウラーだったからついた名誉ある称号だっ!」

律「地元? 小せぇなぁ…ま、おまえに世界の広さってもんを教えてやるよ」

律「この、16ポンドボールの生まれ変わりと呼ばれるあたしがな」

春原「ははっ、なるほど。でかい球体と、広いデコのことをかけて言われてるんだね。悪口じゃん」

律「違うわっ! ピンを倒しまくるからだっつーのっ!」

律「それくらいわかれ、このガーターの生まれ変わりがっ!」

春原「あんだと、こらっ」

騒がしいふたりを先頭に、一向はボウリング場を目指す。

朋也「ところでさ、平沢」

唯「うん? なに?」

朋也「今日は、憂ちゃんは一緒じゃないんだな」

唯「憂はお母さんと買い物にいってるからね~」

唯「お父さんたち、明日また仕事に戻っちゃうから、一緒にいられるのは今日までなんだ」

唯「それで、朝からずっとべったりなんだよ、憂は」

朋也「ふぅん…でも、おまえはよかったのか? 親と一緒にいなくて」

唯「行ってきなさいって、言われちゃったからね。友達は大事にしなさい~って」

朋也「そっか」

唯「うん。あと、和ちゃんも誘ったんだけど、今月は模試と中間があるから、勉強したいって断られちゃったんだ」

朋也「へぇ…真面目だな。さすが生徒会長」

唯「だよねぇ」

梓「…あ~あ、また岡崎先輩の最悪なクセが出てきましたね」

梓「こんなに女の子の比率が高いのに、まだ憂を欲しがるなんて…最低です」

澪「こ、こら梓…」

朋也「いや、ただいないのが気になっただけだからな…」

梓「どうせ、また憂にお兄ちゃんって呼ばせたかったんでしょっ!」

朋也(聞いちゃいねぇ…)

梓「…それなら、私だって、言ってくれれば…呼んであげるのに…」

朋也「あん?」

小さすぎて、そのセリフを聞き取ることができなかった。

梓「なんでもないですっ! 馬鹿っ!」

澪「梓、なんでそういつもつっかかっていくんだ」

梓「だって…」

澪「だってじゃありません。せっかく一緒に遊ぶんだから、仲良くしなさい」

梓「…はい」

あまり納得していないような面持ちだったが、それでも不承不承こくりと頷いていた。

朋也「すげぇな、秋山。後輩の躾け、上手いじゃん」

澪「そんなことないよ。ただ注意しただけだし」

梓「って、なにが躾けですかっ! 動物みたいに言わないでくださいっ!」

朋也「ああ、でも、猫だよ、猫。猫みたいな感じだよ」

梓「ね、猫ですか…まぁ、それなら…」

唯「私も、あずにゃんを躾けてみたい! ほら、あずにゃん、お手っ」

梓「な…ば、馬鹿にしないでくださぁいっ!」

ぽかぽかと殴られる平沢。

唯「うわぁん、ごめんよ、あずにゃん」

梓「このっこのっ」

平和な奴らだった。

―――――――――――――――――――――

カウンターで手続きを済ませ、シューズやボールなどの準備を終えて、ボックスにつく。

春原「よぅし、先発は僕からだ」

春原がアプローチに立つ。

春原「うおりゃああああっ」

思い切り助走をつけて…

春原「いっけ…っうぉわっ」

投げようとしたところで、指が抜けず、球といっしょに体が放り出される。

どすん!

春原「ってぇ…」

ぎりぎりファールラインを超えず、こちら側に倒れていたので、油まみれにならずに済んでいた。
球はゴロゴロと転がっていき、ガーターに嵌り、一本もピンを倒すことはなかった。

律「わはは、力みすぎだっつーの。つーか、ボールは自分に合ったの選べよなぁ」

春原「最近やってなかったからな…ブランクのせいだよ。次は華麗に決めてやるさ」

言って、ボールを選び直しに出た。
何個か手に持って確認すると、その中の一つを持ってくる。

春原「これでいいぜ…スペア取ってやるよ」

構える。

春原「らぁああっ!」

フォームを意識しすぎて、最終的にはJOJO立ちのようになって放っていた。

ごろごろごろ…がたん

再びガーター。得点は0。

律「だっせー、こいつっ! わはははっ」

春原「ちっ…オイルのコンディションが悪すぎるんだよ」

待機席に戻ってくると、乱暴に腰を下ろした。

澪「ドンマイ、春原くん」

唯「投げ方だけはストライクだったよ」

春原「おまえのはフォローになってねぇっての」

画面に表示された春原のスコアに0とつけられた。
次に、部長の枠が点滅していた。

律「ほんじゃ、次はあたしだな」

―――――――――――――――――――――

律「ふぅ…」

ボールを手前に持ち、集中している。
踏ん切りがついたのか、助走をつけた。

律「ほっ」

綺麗なフォームで投げ放つ。
ボールは勢いのある直線的な動きで、ど真ん中からピンを蹴散らしていった。

律「あ、くそ…」

その結果、端と端に一本ずつ残してしまっていた。

春原「はは、こりゃどっちか諦めなきゃね。スペアは無理だよ」

律「ふん、どうかな…」

ボールが返却される。
それを手に取ると、再びアプローチに戻った。

律「む…」

助走をつける。

律「てりゃっ」

右端のピンに真っ直ぐ向かっていくボール。
ガーターすれすれで進んでいくと…

パコンッ パコンッ

春原「なっ…!?」

豪快に左端まで飛ばし、ピン同士がぶつかり合って倒れていた。

律「どうよ? 私のピンアクション。すごくない?」

唯「りっちゃんすごぉ~い!」

澪「昔から得意だよな、それ」

律「まぁねん」

梓「いつもはおおざっぱなのに…変に器用なんですね。それをドラムにも生かしてくれればいいのに」

律「なんか言ったかぁ? あ~ずさぁ?」

梓「いえ、なんでもありません」

春原「まぁ、ビギナーズラックってやつだね、ははっ」

律「ビギナーでもねぇし。ジツリキよ、ジツリキ。運などとは絶対に言わせない。絶対にな」

澪「なにファイティングポーズとってるんだ、律」

律「いや、なんでも。それよか、次は澪だろ? いってかましてこいよ」

澪「ん、私か…」

―――――――――――――――――――――

澪「………」

静かにレーンの先を見つめる。
そして、軽く助走をつけた。

澪「ほっ…」

ボールがリリースされる。
回転がかかっているのか、えぐるようにして、若干横からピンに突っ込んでいった。

パコーンっ

投下ミスとか大丈夫俺?不自然な箇所とかなかった?今のとこok?

見事すべて倒し、ストライクを取っていた。
球威こそなかったが、入っていく角度がどんぴしゃだったのだろう。

唯「うわぁ澪ちゃんすごいねっ! さっきのりっちゃんが霞んで見えるよっ」

律「な…おま…」

澪「あはは…」

照れたように、ぽりぽりと頬をかいていた。

唯「りっちゃん、褒めた分の労力を返してよっ」

律「なんだよ、あたしも十分すごかったってのっ」

梓「澪先輩、上手ですね」

澪「たまたまだって」

朋也「たまたまで回転なんかかけられないだろ」

春原「だね。やるじゃん、秋山」

澪「あ、あはは…ありがとう」

澪「あ、そ、そうだ、次は岡崎くんだよ」

朋也「俺か…」

あんな快挙の後では、ハードルが上がったような気がして、なんとなくやり辛い…。

―――――――――――――――――――――

結局、俺は普通に投げ、そこそこ倒し、なんのトラブルもなく普通に順番を終えた。

―――――――――――――――――――――

梓「なんか、すごく地味でしたね」

待機席に帰ってくると、開口一番そう口にする中野。

律「だよなぁ。なんかイベント起こしてくれなきゃ、つまんねぇよ」

朋也「俺にそんな期待するな…」

春原「間違って隣のレーンに投げちゃったぁ、とかすればウケたのにな。残念だったな、岡崎」

それはおまえの役目だ。しかもシャレになっていない。

唯「確かに、全然おもしろくなかったけど…気にしちゃだめだよ? それが岡崎くんの持ち味なんだから」

澪「うん、気を落とさないでね、岡崎くん」

慰めの皮を被った追い討ちをされていた。

朋也「俺のことはいいんだよ…次、中野だろ? いけよ」

梓「じゃあ、私も岡崎先輩に倣って、頑張って盛り上げてきますね」

にこやかに皮肉を言い残していった。

朋也(くそ…)

―――――――――――――――――――――

梓「………」

ボールを持ち、真剣な眼差しで正面を見据える。
その小さい体と、それに合わせた小さいボールだったが、妙な迫力があった。

梓「……っ」

助走をつける。

梓「えいっ」

投げ放つ。
途中まではレーンに乗っていたが、次第にガーターに寄っていき、すとん、と落ちた。

朋也(なんだ、ガーター…)

朋也(ん?)

突如、ガーターから復帰し、ピンを弾き出すボール。
倒した本数もそれなりにあった。

律「おお、すげぇ…今の狙ってやったのか?」

梓「はい、これは私の持ちネタの一つなんです。まぁ、あくまでネタですから、実利に乏しいんですけど」

唯「おもしろい技もってるねっ、あずにゃん」

春原「なかなかやるじゃん、二年もさ」

澪「あんなの見たことないな…すごいんだな、梓は」

梓「ありがとうございます」

優越感たっぷりに俺を見下ろしてきた。

朋也「………」

正直、敗北を認めてしまっている自分がいた。

―――――――――――――――――――――

その後、中野は順調に残りのピンを倒し、スペアを取っていた。
まぁ、あんな離れ業をこなすだけの技量があるのだから、普通にやればわけないだろう。

唯「最後は私だね」

梓「頑張ってください、唯先輩」

唯「やるよぉ、私はっ。ふんすっ」

意気込み、ボールを持ってアプローチに上がった。

朋也(大丈夫かな…)

その足取りがふらふらとおぼつかないことに少し不安を覚えた。

唯「よぉし…」

構えることもなく、ぱたぱたと小走りで助走をつける。

唯「うわっ…」

朋也(あ…)

なにも無いはずなのに、足をつっかえさせて転けていた。
ボールが床に落ち、ゴン、と鈍い音がする。

朋也「大丈夫か、平沢っ」

すぐに駆け寄っていく。
ボールが落ちた拍子に、どこかにぶつけていないだろうか…それが心配だった。

唯「うん、平気だよ…」

朋也「そうか…」

強がりで言っている様子はない。ただ転んだだけで済んだようだ。
大きな怪我もなく、ほっとする。

律「唯、大丈夫か!?」

唯「だいじょうぶいっ」

やや遅れて部長たちもやってきた。

梓「はい、岡崎先輩、唯先輩から離れましょうねっ」

朋也「あ、おい…」

ぐいぐい服を引かれる。

朋也「って、なについでに手についた油拭いてんだよっ」

梓「あ、無意識にやってました。すみません」

どんな深層心理だ。

澪「どこか痛むところないか?」

唯「全然大丈夫だよっ。気にしないで、ノーダメージだから」

澪「そっか…なら、よかったよ。不幸中の幸いだな」

律「まったく、おまえは…いつも心配かけさせやがって」

唯「えへへ、ごめんね」

春原「とろいなぁ、おまえ」

唯「そんなことないよっ! めちゃ機敏だよっ!」

春原「んじゃ、こけんなよ」

唯「こけてないよっ。受身取ってるからねっ」

澪「それは、こけてから取る動作なんじゃないのか…」

律「はは、まぁこんな冗談が言えるくらいだから、本当に大丈夫なんだろうな」

―――――――――――――――――――――

平沢の無事が確認できたので、皆席に戻っていた。

春原「つーかさ、岡崎。おまえ、すげぇ速かったな。一番に走ってったし」

律「あー、あたしもそれ思ったわ。やっぱ、愛しの唯ちゃんが心配だったのぉ?」

朋也「なにが愛しのだ。単に俺の足が速かっただけだろ」

春原「僕より速いっていうのかよっ!!」

朋也「いちいち変なところに食いついてくるな」

律「でも、めちゃ顔面蒼白になってたじゃん。転んだだけであそこまでなるかぁ、普通?」

朋也「嘘つけ。俺は血色はいいほうだ。つーか、おまえらだって駆けつけてただろ」

律「そうだけどさ、なんか、あんたは心配の度合いが違ったっていうか…」

春原「彼女を心配する彼氏みたいだったよね」

律「うんうん、それだわ、まさに」

朋也「こんな時だけ徒党を組むな。思い出せ、おまえらは仲が悪かったはずだ」

律「お、話題を逸らしに来ましたなぁ」

春原「こりゃ、なんか隠そうとしてる本心があるね」

朋也「ねぇっての…」

律「うひひ、これは今後が楽しみですなぁ」

春原「なんか進展したら、すぐ報告してくれよな」

朋也「なにも起こらねぇよ…」

悪巧みする悪人のような顔つきで邪推し、盛り上がり始める春原と部長。

朋也(ったく…)

つんつん

袖を引っ張られる。

朋也「ん…?」

梓「…本当のところはどうなんですか」

朋也「あん? なにがだよ」

梓「だから、唯先輩のことです」

朋也「おまえまで、んなこと訊いてくるのかよ」

梓「だって…すごく大事にしてるし…」

憤慨してくるのかと思ったが…意外にも、しゅんとなってしおれていた。
よほど平沢を取られたくないんだろう。

澪「私も、知りたいな。岡崎くんが唯をどう思ってるか」

朋也「って、おまえもかよ…」

そんなに興味を引くことなんだろうか…。

梓「澪先輩…」

澪「………」

朋也「俺は、別に…」

朋也「………」

好きじゃない…とは、言えなかった。
俺は…

唯「みんなひどいよ~、私投げ終わったのに、なにも声かけてくれないのぉ?」

のんきな声と共に平沢が戻ってきた。
全員の目が向く。

律「おう、悪い悪い。で、どうだったんだ、結果はさ」

唯「えへへ、それがね…」

ぱっ、と画面がちらつくと、平沢のスコアに得点が表示された。
…1点。

律「おま…一本だけ倒したのか…」

唯「うん。やっぱり、難しいね、ボーリングは」

律「いや、逆にすごいぞ、一本だけなんて…」

春原「ははっ、こりゃ、平沢のドベで決まりかもね」

朋也「今はおまえが最下位だろ」

春原「はっ、そんなの、すぐにひっくり返してやるさ」

一巡し、また春原に順番が回ってくる。

春原「おし、やってやるぜっ」

律「気合だけは一人前なんだよなぁ、空回りするけど」

春原「うっせー、ボケ」

唯「あはは、頑張って~春原くんっ」

ゲームが再開される。
俺はそのタイミングに救われた心地がしていた。
そう…平沢のことが好きじゃないなんて、心にもない事、口に出さずに済んだからだ。
つまり俺は…やっぱり、好きなんだ。平沢のことが。

朋也(いつからだったんだろうな…)

俺自身、正確にはわからなかった。
けど…もう、ずっと前からだった気がする。
それが今、ようやくはっきりした。

こんなキッカケでしか気づけないなんて…自分のことながら、滑稽だった。

朋也(はぁ…)

俺は平沢の横顔をじっと見つめた。

朋也(変な奴だよな…可愛いけど)

唯「ん?」

目が合う。

唯「…えへへ」

朋也「…えへへ」

唯「ぷふっ、岡崎くんが、えへへって…」

朋也「悪いか」

唯「いや、かわいいなって…あははっ」

朋也「そっかよ…っ、痛っつ…」

ふとももに鋭い痛みが走る。

梓「なに目の前でいちゃついてくれてるんですかっ」

中野につねられていた。

朋也「別にんなこと…秋山、こいつを止めてくれ」

澪「…梓、ちょっと力が足りないんじゃないか?」

朋也「え?」

梓「そうですね」

ぎゅうっ

朋也「あでででっ! って、なんでだよっ」

同時にそっぽを向く秋山と中野。

朋也(なんなんだよ…)

秋山まで悪乗りするなんて…わけがわからなかった。

―――――――――――――――――――――

唯「うぅ…手がベタベタするよぉ…」

梓「唯先輩、手洗ってこなかったんですか」

唯「うん、自然乾燥がいいって、テレビで高田純次さんが言ってたから」

梓「それは信じちゃだめですよ…発言の後、スタジオに笑いが起こってませんでしたか?」

唯「ん? そういえば…」

梓「だったら、それはただのネタですから」

唯「そっかぁ…くそぉ、あの野郎ぉ…」

梓「大御所芸能人を、一般人があの野郎呼ばわりしたら駄目ですよ…」

梓「とりあえず、ティッシュあげますから、これで拭き取ってください。ちょうどそこにゴミ箱もありますから」

唯「ありがとう、あずにゃん」

俺たちは4ゲームこなし、ボウリング場を後にしていた。
総合順位は、1位秋山、2位中野、3位部長、4位春原、5位俺、6位平沢だった。
1位と2位のふたりは、下位とは大差をつけての高得点争いをしていた。
接戦の末、勝負を制して王者に輝いたのは秋山だった。
続く3位と4位、部長と春原は、妨害工作が入り混じる、抜きつ抜かれつの泥仕合を演じていた。
そして今回一枚上手だったのは部長の方だった。
続く5位と6位、俺と平沢は、ただただ平凡に順番を回していったのだった。

律「おい、負け原、頭が高いぞ。もっとひれ伏して、地面に近い位置をキープしろよ」

春原「ざけんなっ、ゲーセン勝負じゃ、僕に軍配が上がってたんだから、これでやっと対等になれたんだろっ」

律「そんな昔のこと覚えとらんわぁっ! 男なら、いつだって今日を生きてみろよっ」

春原「くそぉ…一理あるな…」

あるのか。

律「んじゃさ、すっきり勝てたことだし…次はカラオケ行ってみよか」

唯「あ、いいね、カラオケっ」

梓「って、まだ遊ぶんですか?」

律「当然。あたしたちのゴールデンウィークは始まったばっかりだぜ」

梓「今日で終わりですけどね…」

澪「…カラオケは、やめにしないか?」

律「なんでだよ?」

澪「だって…恥ずかしいし…」

律「なにいってんだよ、今更。もう散々ライブで人前に立って歌ってるじゃん」

澪「唯がメインボーカルだろ…私は隣で相槌打ってたり、ちょっとハモったりするだけじゃないか」

律「んなわけないだろ…1曲まるまる歌ってたこともあったぐらいだしな」

唯「私が喉やられちゃってた時と、風邪引いちゃってた時だよね」

律「そうそう」

澪「でも…カラオケは採点機能とかあって、厳しい評価下されるわけだし…」

律「ええい、まどこっろしいわっ! 来週にはライブやるんだから、今から特訓しとくぞっ」

律「いくぞ、ゴーゴーっ!」

唯「おーっ」

先頭に立って歩き出す部長と平沢。
流されるように、俺たちもその後に続いていく。

春原「ふん、僕の美声で、幼かったあの日の匂いを思い出すがいいさ」

律「なんだそりゃ。おまえの歌唱力で想起される情景なんか、台所の三角コーナーぐらいだろ」

春原「あんだと、こらっ」

またも騒ぎ出す。疲れを知らない奴らだった。

澪「はぁ…」

秋山はあくまで気が乗らないようで、ため息をついていた。

―――――――――――――――――――――

春原「てめぇ、勝手に予約消すんじゃねぇよっ」

律「あんたが連続して入れるからだろっ! しかも同じ曲ばっかりっ!」

春原「ボンバヘッ! はどれだけ続いても盛り上がるんだよっ!」

春原「つーか、どさくさにまぎれて、割り込みいれてくるんじゃねぇよっ」

律「あ、消すなっ! 馬鹿っ」

個室に入ると、このふたりはすぐにリモコンを手にして、互いの予約を打ち消し合っていた。

春原「はぁはぁ…くそ…」

律「はぁ…しつけぇ、こいつ…」

たららん らんらん らんらんらんらん♪

室内になんとも締まらない音楽が鳴り響く。

春原「あん?」

律「あ…」

唯「えへへ」

平沢が端末に手動で直接入力していた。
マイクも手にしている。

唯『だんごっ だんごっ…』

歌いだす平沢。

律「うわ、やられた…意外と策士だな、唯」

春原「おまえが邪魔しなきゃ、今頃僕がボンバヘッ! でスタートダッシュできてたのによ」

律「一曲だけなら文句はなかったってのっ」

唯『みんな、みんな、合~わ~せ~てぇ百人、家族~…』

律「しっかし、一発目から、だんご大家族かよ…」

梓「唯先輩らしいです」

澪「唯、好きだもんな、だんご大家族」

春原「ふぅん、変な趣味してんなぁ」

唯『みんなも一緒に歌おうよっ! 赤ちゃんだんごは、いつも、幸せの中で…』

律「ははっ…へいへい」

部長も歌いだす。
続き、秋山も、中野も一緒に歌出だした。
そして、俺と、春原さえも控えめにだが、口ずさんでいた。
とても高校生がカラオケでやるようなこととは思えない。まるで、お遊戯会の合唱のようだった。

唯『…ふぅ』

曲が終わる。

唯「いやぁ、やっぱり、だんご大家族だよね」

律「まぁ、たまには悪くないな、だんごも」

唯「いつだっていいものだよ、だんご大家族は」

律「はいはい」

和やかな空気。
しかし…

春原『ボンバヘッ!』

ぶち壊すような春原のシャウト。
同時、流れ出す歌謡ヒップホップ。

律「げっ、いつの間に…」

春原『ボンッボンッボンバヘッ! ボンボンボンバヘッ!』

律「ボンバヘッしか言ってねぇし…あ、そだ。採点オンにしなきゃな」

画面に採点が入ったことを知らせるテロップが流れた。
春原の声に気合が篭る。

澪「ええ!? 採点はなしにしてくれっ」

律「ああ、おまえの時だけ切るから、安心しろ」

澪「ほんとだぞ? 不意打ちとか、するなよ?」

律「わかってるって」

―――――――――――――――――――――

春原『おしっ、どうだ!』

曲が終わり、採点が始まる。
デフォルメされた動物キャラたちが、なにやらひそひそと会議をしている。

だらららら だん!

10点 10点 5点 6点 11点 合計…42点!

悲壮感漂うBGMを背景に、キャラクターたちが狂ったように得点フリップを叩き壊していた。

春原『え゛ぇ゛!? マジかよっ!?』

律「わはは、ショボっ」

春原「最初から入ってなかったから、その分引かれてんだよ、絶対っ」

律「んなわけあるかいっ。もしそうだったとしても、超序盤だったし、変わんねぇって」

春原「くそぅ…こんなはずじゃ…」

律「次はあたしだな」

画面が変わり、次の曲のタイトルが大きく表示される。
『Oh!Heaven』とあった。

律『んっん…あーあー…』

喉の調子を整える部長。
ややあって、背景映像と前奏が流れ始める。
なんとなく聞いたことがあるメロディ。

朋也(なんだったっけな…)

頭を抱えて記憶を辿る。
確か、昔あったドラマで使われていたような…。

律『ダメなぼくと知ってても~いつもそばにいたんだねぇ~』

やっぱりそうだ。実際に歌を聴いて確信した。次いで、ドラマの内容も思い出す。
天使から与えられる試練をクリアできなければ即死亡…そんな設定の物語だった。
部長もまた、ずいぶんと懐かしい選曲をしたものだ。

春原「む…」

春原にも心当たりがあったんだろうか。
画面を凝視していた。

春原「おおっ…」

律『うっ…』

澪「はうっ…」

朋也(ああ…そういうことか)

画面の中で男女がもつれ合ってベッドに入っていた。
春原が熱心に見入っていたのは、この展開を予見してのことだったのだ。
というか、なぜこういうアダルトなイメージ映像が用意されているんだろうか。
完全に曲調とミスマッチしていた。

律『っ…長い夜も越えてみようよぉ~…』

部長の声が裏返る。ボリュームもどんどん尻すぼみしていった。

春原「ははっ、長い夜だって。意味深だねぇ」

律『う…うっせぇ…』

その後も映像がループし続け、失速した勢いを取り戻すことはなかった。

律『うう…くっそぉ…』

採点が始まる。

だらららら だん!

18点 15点 16点 12点 14点 合計…75点!

春原「うわっ、中途半端だな。褒められもしないし、けなし辛いしさぁ」

律「アクシデントさえなけりゃもっと高かったってのっ」

難癖をつけて体裁を保とうとするその姿が、なんとなく春原と被って見えた。

律「くしょー…」

画面が入れ替わる。
次の曲…『Last regrets』。聞いたことがない曲名だった。

澪「り、律、早くオフにしてくれっ」

律「あー、はいはい」

採点が切られる。
そして、流れ出す前奏。かなり澄んだ音だった。

澪『ありがとう 言わないよ ずっとしまっておく…』

透明感のあるメロディ。歌詞も綺麗だった。
秋山の透き通った声も相まって、一層まっさらに思えた。
ずっと静かに聴いていたい。そんな歌だった。

春原「ヒューッ!」

空気を読めない男が一人。
にこやかにマラカスを振っていた。
こいつに情緒や風情を理解しろという方が無理な話なのかもしれない。

―――――――――――――――――――――

澪「…はぁ」

歌い終える。

唯「やっぱり澪ちゃん上手いね」

梓「音程が完璧です」

澪「いや、普通だって…」

律「今回のライブは澪がメイン張ってみるか?」

澪「や、やだよ…」

言って、腰を下ろす。

朋也「採点つけとけばよかったのにな。かなり高得点だったんじゃないか」

澪「そ、そんなことないって、絶対…」

朋也「俺はそれくらい良かったと思うけど」

澪「そ、それは、ありがとう…」

もじもじとして、顔を伏せてしまう。

ぐしっ

足に重み。

朋也「って、なに踏んでんだよ」

梓「あ、すみません。特に理由はないです」

もはや言いわけを考えることさえ放棄していた。

律「あん? なんだ、この『はっぴぃにゅうにゃあ』って。梓か?」

梓「あ、はい。私です」

澪「梓、マイク」

梓「どうも」

マイクを受け取る。
そして、音響機器からコミカルな音楽が流れ始めた。背景映像は…アニメ?

梓『んでっ! んでっ! んでっ!』

…俗に言う電波ソングという奴なんだろうか。
妙なインパクトを持っていた。

がちゃり

ドアが開き、店員がドリンクを持ってきた。

梓『好きって言ったらジエンドにゃん』

それでも、まったくひるむことなく歌い続ける中野。
逆に、店員の方が仕事を終えると、恥ずかしそうにそそくさと退室していった。
タフすぎる精神力だ…。

―――――――――――――――――――――

梓「…ふぅ」

マイクを置く。

律「いやぁ…梓って、こんな曲も歌うんだな…はは…」

梓「変ですか?」

律「い、いや、別に…」

唯「可愛かったよ、あずにゃん」

澪「店員さん来ても続けられるなんて…すごいな、梓」

梓「ありがとうございます」

梓「………」

俺をじっと見てくる。

朋也「? なんだよ」

梓「なにか感想はないんですか」

朋也「ああ? 俺か?」

梓「はい。一応、参考までに」

朋也「…まぁ、図太いよな、神経がさ」

梓「なんですかそれ! もっと歌唱力とかの方に言及してくださいよっ!」

朋也「いや、俺以外の感想も技術面には触れてなかっただろ」

梓「じゃあ、ヘタだったって言うんですかっ」

朋也「そうは言ってねぇけど…」

唯「あずにゃんは可愛ければそれでいいんだよ。深く考えちゃだめだってぇ」

朋也「ああ、そうだそうだ。オールオッケーだ」

梓「…なんか投げやり気味で気に食わないです…」

律「つっかさ、岡崎、あんた曲入れないの?」

朋也「ああ、俺は別にいいよ」

唯「ええ~、歌ってよ、岡崎くんも」

朋也「さっきだんご大家族一緒に歌ったからもう満足だよ」

唯「あれは私のでしょ~」

梓「きっと、ヘタクソだから、恥かかないように逃げてるんですよ」

朋也「ああ、まぁ、そんなところだ」

律「澪だって恥ずかしいの我慢して歌ったのに…根性ねぇなぁ。春原よりヘタレかもな、ははっ」

春原「僕を引き合いに出すなっ!」

春原より…ヘタレ? 俺が?
………。

朋也「…リモコン貸してくれ」

律「お、やる気になったか? やっぱ、春原よりヘタレは嫌か」

朋也「当たり前だ」

春原「すげぇ気分悪いんですけどっ!」

俺はアーティスト名で検索した。芳野祐介、と。

一件だけヒットする。あの芳野祐介であることを願ってタッチパネルを押す。
すると、いくつか曲名が表示された。

朋也(よし…)

その中にお目当ての曲を見つける。
それは、俺が春原の部屋で何度も聴き、そらで歌えるようにまでなっていた曲だった。
決定ボタンを押し、端末に送信する。

澪「あ…この曲…芳野さんのだ」

梓「ほんとだ…でも、上手く歌えますかね、岡崎先輩に…」

音楽が鳴り始める。
俺は久しぶりに、怒声ではなく、歌うことを意識した大声を出した。
ところどころ詰まってしまう場面もあったが、それも気にならないくらいに胸がすっとしていた。
芳野祐介の歌は、技術云々じゃなく、ストレートに歌えるから、こんなにも気持ちがいいんだろう。

―――――――――――――――――――――

朋也「…こほん」

マイクの電源を切り、腰を下ろす。
俺は途中から立ち上がり、ガラにもなく熱唱してしまっていた。

律「ふぅん、なかなかいいじゃん」

唯「岡崎くんが熱血になってたね。なんか、新鮮だったよ」

朋也「そっかよ…」

澪「でも、いいなぁ、男の子は。芳野さんの曲が思いっきり歌えて」

梓「ですよね。それに、ちょっとダサ目の男の人でも、芳野さん効果でかっこよくみえますし」

遠まわしに俺がダサ男だと言っているんだろう、こいつは。

春原「くぅ、岡崎。おまえ、合コン慣れしてるな。こんなタイミングで持ち歌使いやがって」

朋也「一回もしたことねぇよ。つーか、別にベストなタイミングでもないだろ」

春原「ふん、とぼけやがって…まぁいいさ、ここからは僕劇場の始まりだからね」

春原「いくぜっ、ボンバヘッ!~リミックス~だっ」

律「って、また同じ曲かい…」

―――――――――――――――――――――

全員の持ちネタが尽きたところで、カラオケボックスを出た。
外はもう完全に陽も落ち切って、暗くなっていた。

春原「ん…あー喉痛ぇ…」

律「んんっ…あ゛ー…あたしもだ…」

終盤になると、このふたりが交互に歌うだけになっていたのだ。
喉にかかる負担が大きいのも無理はない。

梓「さすがにもうここでお開きですよね」

律「だな。腹も減ったし…帰って飯にしたいしな」

律「はい、解散解散~」

ぱんぱん、と二度手を叩く。

唯「じゃあね」

律「おう、そんじゃな」

澪「また明日」

梓「それでは」

春原「じゃな」

部長、秋山、中野の三人組は、残る俺たちとは別方向の帰路についた。
こちらに背を向けて、話しながら歩いていく。

春原「僕、この辺で晩飯食ってくけど、おまえどうする?」

朋也「俺は適当にコンビニでなんか買ってく」

春原「あっそ。まぁ、なんでもいいけど、僕の部屋、荒らしたりするなよ」

そう言い残し、人込みの中に消えていった。
平沢とふたりだけになる。

唯「今からまた春原くんの部屋にいくんだ?」

朋也「ああ、まぁな」

唯「仲いいよね、ほんとに」

朋也「別に…惰性だよ。それよか、もう暗いしさ…送っていこうか」

それはただの口実で、単にまだ一緒にいたかっただけなのだが。

唯「いいの?」

朋也「ああ」

唯「でも…私、結構重いし…分割発送されたりしないよね?」

朋也「意味がわからん。変なボケはいいから、いくぞ」

唯「うんっ、えへへ」

―――――――――――――――――――――

唯「この辺は、暗いよね。外灯ないし」

朋也「そうだな」

いつも待ち合わせている場所の付近までやってくる。
この後、ひとつ角を曲がれば、それだけで俺の自宅が見える。

唯「はぐれないように、手つなごっか? なんて…」

朋也「つないでいいのか?」

唯「え? あ…えあ?」

朋也「なんだよ…嫌なら、言うなよ」

唯「い、いや…そういうわけじゃ…まさか、いい返事がくるとは…」

唯「えっと…あの…つないでいこう…か?」

朋也「ああ」

そっと手を伸ばす。向こうからも同じように来て、中間地点で触れ合う。
そして、その手を握った。小さな手から温もりが伝わってくる。

唯「手、おっきいね、岡崎くん」

朋也「普通だよ」

唯「そうかな? おっきいと思うけど。なんか、安心できるサイズだよ」

朋也「そっかよ」

唯「うん」

それは…むしろ俺の方だった。
こんなにも心が落ち着いていられるんだから。
サイズ云々の話ではなかったが。

唯「なんか…いいね。朝もこんな感じで行っちゃう?」

朋也「おまえがよければ、いいけど」

唯「ほんとに? っていうか、岡崎くん、今日はすごく素直ないい子だよね」

唯「なんかあったの?」

朋也「まぁな」

それが言えればどれだけ楽だろうか。

唯「なに? 教えてよぉ」

朋也「また今度な」

唯「ぶぅ、けちぃ…今教えてくれたっていいじゃん…」

月明かりを頼りに、手をつないで歩く俺たち。
もう、うちの目の前までやって来ていた。
そして、通り過ぎようとした、その時…

がらっ

玄関の戸が開く。
そこから出てきたのは、当然、親父だ。

唯「あ…」

平沢が立ち止まる。
手をつないでいたため、俺もその場に留まることになった。

親父「ああ…お帰り、朋也くん」

朋也「…ああ」

唯「あの…お久しぶりですっ」

親父「君は…いつかの」

唯「あ、平沢唯です」

親父「ああ、そうだったね。すまないね、すぐに思い出せなくて」

唯「いえ、全然…」

親父「おや…」

つないでいたその手に目がいく。

親父「これは、これは…朋也くんも、ついに…」

吐き気がした。この人にそんなこと、勘ぐられたくもない。

親父「平沢さんは、朋也くんの、そういう人だったんだね」

唯「え? あ…これは、その…」

俺は手に力をこめて、強く握った。

唯「え? 岡崎くん…」

今離してしまえば…俺は耐えられそうになかったから。
この、責め苦のような時間に。

親父「私が言うのもなんだが…朋也くんをお願いするよ」

親父「彼は、真面目で誠実な人柄をしているからね」

親父「きっと、いい友人のような付き合いができると思うから」

親父「私も、そうだからね」

なんて優しい顔で…
なんて、辛いことを言うのだろう、この人は…。
………。
そう…
俺は、それを確かめたくなかったのだ。
親父と俺が、家族ではない、他人同士でいること…。
それは俺と親父だけのゲームなのか…。
ふたりきりの時だけに行われるゲームなのか…。
でも、もし…
第三者も交えて…
そんなゲームが行われたなら…
それはもうゲームなんかじゃない。
現実だ。

親父「それじゃ…もう暗いから、気をつけて帰るんだよ」

唯「あ…はい…」

親父は郵便受けから新聞を取り出すと、それを手に家の中へと戻っていった。

唯「………」

平沢もじっとその様子を見ていた。

朋也「なぁ、平沢…」

朋也「おまえは、喧嘩してても、わかり合えてるならいいって言ってたよな…」

唯「うん…」

朋也「喧嘩すらできないんだよ、俺とあの人は…」

朋也「見ただろ、あの他人のような物言いをさ…」

朋也「あの人の中ではさ…俺は息子じゃないんだ」

朋也「もうずっと前から…」

朋也「自分の中で放棄したままでさ…」

朋也「もう、何年も経ってるんだ…」

唯「………」

朋也「それをさ、時間が解決してくれるのか…?」

朋也「なぁ、平沢…」

朋也「なんとか言ってくれよ…」

唯「………」

唯「ごめんなさい…」

唯「事情も知らないで…軽率だったよね…」

違う…
謝って欲しくなんてないんだ、俺は…。
支えて欲しいんだ。
今、崩れそうな俺を支えて欲しいんだ。

唯「岡崎くん…」

俺の腰に手を回してくる。
正面から優しく抱きしめてくれていた。

唯「こんなことしか、私にはしてあげられないよ…」

朋也「…十分だよ」

俺も平沢を抱きしめた。

朋也「なぁ、平沢…俺、おまえのことが好きだよ」

朋也「それも、ひとりの女の子としてだ。言ってる意味、わかるか?」

こんな時に言うのも卑怯な気がしたが…もう抑えることができなかった。
そばにいて欲しかった。
誰かに後ろ指をさされることになっても…それでも、俺はこいつと一緒に居たい。

唯「…うん、わかるよ」

朋也「じゃあさ、言うよ……俺の彼女になってくれないか」

唯「…いいの? 本当に私で…」

朋也「おまえじゃなきゃ、嫌だ」

唯「…うれしいよ…すごく…」

唯「私…私もね…岡崎くんのこと、ずっと好きだった気がする…」

唯「岡崎くんがね、澪ちゃんとか、あずにゃんとか、憂とかと仲良くしてたでしょ?」

唯「それって、すごくいいことなのに…私、あんまり見てたくなかったんだ」

唯「これって、嫉妬だよね…最低だよね、私…」

朋也「そんなことない。俺は、嬉しいよ。それだけおまえに想われてたってことがさ」

唯「………」

朋也「おまえが、俺のことを好きでいてくれたなら…俺も、それに応えたい」

朋也「ずっと好きでいてくれるように、頑張り続けるよ」

唯「そんな…私だって、頑張るよ。頑張りたいよ」

朋也「そっか。じゃあ、平沢…頷いてくれ、俺の問いかけに」

いつかまったく同じセリフを言ったことがある。
みんなで王様ゲームをやっていた時だ。
あんな遊びでやったことが、実現する日がくるなんて…誰が予想できたろうか。

唯「………」

朋也「俺の彼女になってくれ」

ここまでも、まったく同じ流れ。
平沢もわかっているだろうか。
なら、最後には…

「よろしくお願いします…」

俺の胸の中で、そう小さな声が聞えてきた。

―――――――――――――――――――――

澪ちゃん泣いちゃう・・・(´;ω;`)

5/6 木

朋也(眩しい…)  

布団の中に頭を埋めなおし、まどろむ。
………。
突然、平沢の顔が思い出された。
俺の腕の中にいた。
その場の陰影や、夜風の肌触りまで、克明に思い出された。
抱いた平沢の肩の小ささ。
近くで嗅いだあいつの髪の匂いまでも。
そして、腕の中で平沢は小さく頷く。
よろしくお願いします、と。
がばりと、俺は飛び起きていた。

朋也(そうか…)

俺はあいつに告白したんだ…。
それで、あの時から俺たちは恋人同士で…。

朋也(………)

いまいち実感がない。
昨夜は、ずっと手をつないだまま家まで送っていったのに。

朋也(本当かよ…)

壁の時計を見る。

朋也「まずい…」

―――――――――――――――――――――

準備を進め、時間に余裕が出来てからも、俺は急ぐことをやめなかった。
足を止めたら、そのまま、立ち止まってしまいそうだった。
あいつが俺の彼女…
それは深く考えてしまうと、厄介なものである気がしたからだ。
けど、心のどこかでこそばゆいような、嬉しい気持ちもある。
ああ、考えるな。
急げ。
勢いでいくしかなかった。

―――――――――――――――――――――

今日も同じ場所で、変わらず平沢姉妹の姿があった。

朋也(いた…)

ようやくそこで肩の力を抜いて、息を整える。

朋也(ああ…なんかどきどきする)

これからの彼女の元へ…俺は歩いていく。

朋也「………」

朋也「よぅ…おはよ」

憂「あ、おはようございます、岡崎さん」

唯「お、おは…おはおは…よう…」

つっかえながら言って、俺から目を逸らすように段々と視線を下げていった。
らしくない挙動。こいつも、俺と同じで、意識してくれているんだろうか。

憂「お姉ちゃん、本当にどうしたの? きのうからちょっとおかしいよ?」

唯「なな、なんでもないよっ…」

ぷるぷると顔を振る。

唯「あ、ほら、もう行こうよっ」

憂「手と足の動きがシンクロしちゃってるよぅ…」

―――――――――――――――――――――

朋也「………」

唯「………」

…気まずい。
こんなに沈黙が続いたことが、かつてあっただろうか…。
何か話さないと、息苦しいままになってしまう…。
しかし、俺から振れる気の利いた話題なんて、ぱっと思いつかない。

朋也(う~ん…)

憂「岡崎さん」

悶えていると、憂ちゃんから声をかけられた。

朋也「ん…なんだ」

憂「岡崎さんもきのう、律さんたちと一緒に遊んでたんですよね?」

朋也「ああ、まぁ…」

憂「あの、その時、お姉ちゃんになにかありませんでしたか?」

憂「帰ってきてから、ずっとぼーっとしてて…今朝もずっとこの調子なんです」

それは…やっぱり、俺の告白のせいなんだろう。

朋也「えっと…」

憂ちゃんには、言っておいたほうがいいんだろうか…。
ほとんど平沢の保護者のようなものだし…。

唯「岡崎くんっ」

急に声を上げる平沢。俺も憂ちゃんも、ほぼ同時に振り向く。
その表情からは、さっきまでのぎこちなさが立ち消え、今はなにか意を決したように目に力が入っていた。

唯「手、つないで行ってもいいって言ってたよね?」

朋也「あ、ああ…」

唯「じゃあ…つないでいこうよっ」

俺の側にあった手を差し出してくる。

朋也「………」

どうするべきか…。
あの時は軽い気持ちで言ったのだが…いざその時を前にしてみると、人目もあって、かなり恥ずかしい。
大体、手をつないで登校するなんて、考えてみれば相当な暴挙だ。
自分たちはラブラブです、なんてことをアホのように宣伝して回っているようなものじゃないか。
そんなの、プライベートでならまだしも、学校という狭い世間の中でやるのは危険すぎる。

朋也「…いや、さすがにやっぱ、無理かな。すまん」

唯「えぇ…そんなぁ…」

朋也「手つないで歩くのは、ふたりで遊びに行った時くらいにしてくれ」

唯「う~ん…でも、今だけはつないで欲しいなぁ。それで、実感したいんだ…」

唯「岡崎くんが…本当に私の彼氏になってくれたこと」

ああ…そうか。こいつも、まだ俺たちの関係にピンときていないところがあったのか。
………。

唯「あ…」

俺は黙って平沢の手を取り、しっかりと握っていた。

朋也「今日だけな」

唯「えへへ…ありがとう」

うれしそうに微笑む。俺も同じように返した。

こんなことで喜んでくれるなら…毎朝でも悪くないかもしれない。
一瞬で考えが覆るほどに、俺は平沢の笑顔が見ていたかった。

憂「なぁんだ…そういうことだったんですね」

憂ちゃんが俺たちを見て、何度も頷いていた。

憂「それでお姉ちゃん、ソファーでバタバタしたり、うーうー唸ってたりしたんだね」

唯「あはは…お恥ずかしい…」

憂「可愛いなぁ、もう」

唯「いやぁ…あはは~…」

憂「でも、よかったね、お姉ちゃん。おめでとう。ずっと、岡崎さんのこと好きだったもんね」

唯「ええ!? なぜ憂がそれを…」

憂「わかるよ、それくらい。ご飯食べてる時も、岡崎さんの話が多かったし…」

憂「その時のお姉ちゃんの顔、すっごく生き生きしてたんだよ?」

唯「そ、そんな…私のポーカーフェイスの裏側を読み取るなんて…さすが憂だよ…」

憂「顔中にごはんつぶつけて、ポーカーフェイスもなにもないけどね」

憂「でも、お姉ちゃん、えらいよね。勇気出して、告白できたんだもん」

朋也「いや…俺からなんだ、告白したのは」

憂「え? じゃあ、岡崎さんも、お姉ちゃんのこと好きでいてくれたんですか?」

朋也「まぁ…そうなるな」

唯「…あぅ」

憂「うわぁ、じゃあ、両思いだったんだぁ…いいなぁ、素敵だなぁ」

きゃぴきゃぴとはしゃぐ憂ちゃん。
対照的に、俺たちは互いの感情を再確認させられ、恥ずかしさが蘇り、もどかしく相手の表情を窺い合っていた。

憂「岡崎さん、これ、言うの二回目ですけど…お姉ちゃんを末永くよろしくお願いしますね」

そういえば、前にも言われた覚えがある。その時は、冗談交じりだった気がする。
でも、今は違う。

朋也「こっちこそだよ。愛想つかされないようにしないと」

はぐらかすことなく、素直にそう答えていた。

憂「愛想つかされるなんて、そんなこと、絶対ないです」

はっきりと言い切る。
やっぱり、俺はこの子も大好きだった。

憂「ね? お姉ちゃん」

唯「うん、でも…私の方が、飽きられちゃうんじゃないかって、それだけが心配なんだけどね…」

唯「岡崎くん、かっこいいし、優しいし…可愛い女の子がたくさん寄ってくるだろうから…」

朋也「馬鹿…飽きるなんて、そんなことあるわけないだろ」

朋也「それに、俺は別にかっこよくもないし、性格がいいわけでもないからな」

朋也「こんな俺に、おまえみたいな可愛い彼女ができたんだ。大事にするに決まってる」

朋也「だから、変な心配するな」

唯「…うん。ありがとう」

憂「う~ん、ラブラブですねぇ。なんか、みせつけられちゃったなぁ」

唯「えへへ…」

朋也「う、憂ちゃん、茶化すのは勘弁してくれ…」

憂「えへ、ごめんなさぁい」

憂「あ、でも、私思ったんですけど、付き合ってるなら、下の名前で呼び合ったらどうです?」

唯「それ、いいかもっ。そうしようよ、岡崎くんっ」

朋也「まぁ、いいけど…」

唯「じゃあ、一回私のこと呼んでみて?」

朋也「ああ、じゃあ…えーと…唯」

唯「なぁに、朋也?」

朋也「なんでもないよぉ、唯」

唯「そっかぁ、わかったよぉ、朋也」

朋也「あははは」
 唯「あははは」

朋也「って、アホかっ」

憂「くすくす…」

―――――――――――――――――――――

学校に近づくにつれ、生徒の姿が増えていく。
だけど、俺たちはずっと手をつないだまま歩いた。
こちらに目をくれて、ひそひそと話す連中もいたが、それでも離すことはなかった。
そんなこと、いちいち気にならないくらいに、俺の足取りは軽かった。

―――――――――――――――――――――

坂の下。ここまでくれば、もう周りはうちの生徒だらけになっていた。
皆、どんどん上を目指して上っていく。
これももう、見慣れた光景だった。
ちょっと前までは、誰もいない坂をひとりで上っていたのに。
何も変わらない日々にうんざりしながら、重い体をひたすら動かしていたのに。
今は、すぐ隣に俺を想ってくれる奴がいる。慕ってくれる子がいる。
それだけで、俺は前向きでいられた。
まさか、こんな気持ちでこの坂を上る日がくるなんて、思いもしなかった。

朋也(はぁ…なんていうか)

唯と出会ってからいろんなことが変わった。
それは俺だけじゃない。
今の春原もだ。
唯と出会った人間はみんな変わっていく。
どんな方向かはわからなかったが…少なくとも最低から違う場所に向けてだ。

―――――――――――――――――――――

玄関をくぐり、昇降口に入る。
憂ちゃんは二年の下駄箱に向かい、俺たちは三年の下駄箱に足を向けた。
そろそろ手を離そうと、そう思っていた矢先…

バシィッ

 唯「うわっ」
朋也「うおっ」

後ろから繋ぎ目にチョップを落とされ、無理やり切られてしまった。

朋也(まさか…)

振り返る。

梓「ななななな…」

やはり中野だった。

梓「なに手なんかつないぎゃーっ!」

日本語になっていなかった。

梓「じゃなくて…岡崎先輩っ! どういうことなんですかっ! 唯先輩の手だけを襲うなんてっ!」

梓「唯先輩そのものじゃなくても、襲ったってだけで犯罪なんですよっ!」

唯「違うよ、あずにゃん。これは、私たちが付き…」

咄嗟に唯の口を塞ぐ。

唯「むん…」

朋也「襲ったってわけじゃねぇよ。ただ、手がなんとなく寂しくてな…」

朋也「俺、いつもはリラックスボール握りながら登校してるんだけど、今日は忘れちゃってさ…」

朋也「その代わりに、平沢の手を借りてたんだよ」

梓「それなら、自分の手を握ってればいいじゃないですかっ」

朋也「それだと、異様に不安になってな…リラックスどころか、ストレスが溜まりだしたんだ」

朋也「でも、経験上、他人の手を握れば解決できることを知ってたからな。それでだよ」

梓「…なんか、すごく嘘臭いです…」

朋也「納得してくれよ、あずにゃん」

梓「あ、あずにゃんって呼ばないでくださいっ! 馬鹿っ」

ぷい、と顔を背けて立ち去っていった。

朋也(ふぅ…)

なんとか事なきを得たようだ。
俺は唯の口を塞いでいた手を離す。

唯「っぷはぁ…なにするのぉ、朋也…」

朋也「いや、俺たちが付き合ってるって言おうとしてただろ、おまえ」

唯「そうだけど…だめなの?」

朋也「だめっていうか…一応、黙っておいて欲しいな、俺は。部長とかがうるさそうだし」

部長も春原もそうだが、一番知られたくないのは中野だ。
何をされるかわかったもんじゃない。

唯「ええー…いいじゃん。私はみんなに言いたいよぉ」

朋也「頼むから、大人しくしておいてくれ」

唯「ぶぅ…わかったよ…」

不満そうに頬を膨らませていたが、しぶしぶ了承してくれた。

朋也(憂ちゃんにも言っておかなきゃな…)

―――――――――――――――――――――

………。

―――――――――――――――――――――

昼。

律「ムギ、これ、なんだ? 弓と矢みたいだけど…」

紬「それはね、その矢で射抜かれると新しい能力が発現するっていう触れ込みで売られていたの」

紬「なんだかおもしろかったから、買ってきたんだけど…だめだったかな…」

律「いや、そんなことないぞ。イタリー製だし、オシャレな感じするしな」

澪「うん、すぐにでも鞄につけておきたいな。ありがとう、ムギ」

唯「ありがとう~、ムギちゃん」

春原「ムギちゃん、僕、これ家宝にするよっ」

紬「ふふ、よろこんでもらえて、よかった」

俺の手元にもそれはあった。
琴吹が買ってきたイタリア土産のキーホルダー。
今しがた全員に配られたのだ。

和「でも、よかったのかしら? これ、高かったんじゃないの?」

作りはあくまで精巧で、職人のそれを思わせた。
確かに、値が張りそうだ。

紬「お金のことは言いっこなしよ。気持ちを受け取って欲しいな」

ということは、やはり、それなりにしたんだろう。
真鍋もそれを察したはずだ。

和「…そう。じゃあ、ありがたく使わせてもらうわね」

その上での、この答えだった。俺もそれで正解だと思う。

紬「うん」

律「でもさぁ、やっぱ、ブランドものだったりするのか? ヴィトンとかの」

紬「う~ん、露店で買ったから、手作りじゃないのかなぁ」

紬「ジョルノ・ジョバァーナさんっていう人が個人で売ってたから」

律「そか。ブランドものを身につけるあたしっていうのも、共鳴現象でより可愛さに滑車がかかったんだけどなぁ」

春原「トップバリュみたいな顔してなに言ってんだろうね、こいつは」

律「誰が安さ重視な顔だ、こらっ!」

春原「おまえはカップラーメンとかと共鳴しとけばいいんじゃない? ははっ」

律「てめぇ…負け原のクセに」

春原「僕は別にプロボウラーでもないしね。ボーリングで負けても悔しくないんだよ」

朋也「ああ、おまえの本業は……だもんな」

春原「なんで悲しそうな顔して僕を見てくるんだよっ!?」

律「わははは!」

紬「ふふ、でも、私もみんなと行きたかったなぁ、ボウリング」

律「あん? いや、絶対イタリーのがいいって。楽しかっただろ、旅行」

紬「うん、そうだけど…やっぱり、みんなといたほうが楽しいから」

春原「それ、つまりは僕と一緒に居たいことだよね」

律「凄まじく自分に都合のいい解釈の仕方するな、アホっ」

唯「うれしいこといってくれるねぇ、ムギちゃんは」

澪「ちょっとご両親がかわいそうだけどな」

紬「いいのよ、お父さんとは、イタリアに行く前に喧嘩しちゃってたくらいだし」

澪「え、そうなのか?」

紬「うん。一応、仲直りは出来て、旅行自体は楽しめたんだけどね」

澪「そっか。なら、なんにせよ、いい連休が過ごせたってわけだな」

紬「そうね。初日に、岡崎くんとデートもできたし」

その一言で、しんと静まり返るテーブル。

修羅場ルートになるのかなハラハラ

春原「え…」
 律「え…」
 澪「え…」
 唯「え…」
 和「………」

春原「え゛ぇ゛ーっ!?」
 律「え゛ぇ゛ーっ!?」
 澪「えぇ!?」

悲鳴に近い驚きの声が上がる。

和「どういうこと? 琴吹さん」

そんな中、冷静に真鍋が琴吹に問いかけていた。

和「ふたりは、付き合ってるの?」

紬「ううん、そういうわけじゃないの。えっとね…」

琴吹は、あの日あった事の経緯を至極穏やかに話していた。
対して、話が進むたび、俺の心中は焦りと動揺で満たされていった。
唯と付き合うことになったばかりなのに…俺のうかつな行動が招いた結果だった。

紬「…というわけなの」

律「はぁ…偽の恋人役ねぇ…なんか、漫画みたいだな」

春原「てめぇ、あの日遅かった理由はこれだったのかよっ!」

朋也「帰りを待つ妻みたく言うな」

春原「なんでそん時僕も誘ってくれなかったんだよっ! つーか、恋人役なら僕にやらせろよっ!」

朋也「俺の?」

春原「ムギちゃんのだよっ! 決まってるだろっ」

朋也「いや、今みたいに騒がれたら面倒だと思ったから、おまえは避けたんだけどな」

春原「くそぉおおおおジェラシイィイイイッ!」

律「しっかし岡崎、おまえはほんとすげぇなぁ…ムギまで攻略中かよ。でも、ちょっと同時にいきすぎてないか?」

朋也「いや、別にそんなやましい考えはなかったけどな。ただ遊んでただけだって」

紬「岡崎くんったら、ただ遊んでただけだなんて…キス未遂までいったじゃない、私たち」

朋也(ぐあ…)

春原「え゛ぇ゛ーっ!?」

  律「え゛ぇ゛ーっ!?」
  澪「えぇ!?」

唯「………」

唯の視線が痛い…。
むすっとして頬を膨らませている。

春原「てめぇええええ!! うらやま死ねぇええええっ!」

朋也「落ち着け、未遂だ、未遂。ただの空砲だ」

澪「岡崎くん、ムギのこと…もしかして、その…」

朋也「待て、違うぞ、俺は別に…」

紬「岡崎くん、私のこと、嫌い?」

朋也「い、いや、そんなことないぞ…好きか嫌いかでいえば、好きだよ」

紬「うれしいっ」

春原「岡崎ぃいいいいいいいいいっ!!」

澪「やっぱり、岡崎くんは…」

朋也「だぁーっ、どうすりゃいいんだよっ」

紬「くすくす…」

琴吹は困惑する俺を見て、悪戯っぽく笑っていた。
最初からこうしてからかうつもりで話したんだろう。

律「これがフラグを立てすぎて処理しきれなくなった男の末路か…ふ、成仏しろよ岡崎」

和「まったく…はっきりしないからこういうことになるのよ。少しは反省なさい」

この場に俺の味方はいないようだった。
それよりも…

ハラハラBadendじゃないよね・・・

唯「……ふん」

唯へのフォローはどうしようかと、それだけが心配だった。

―――――――――――――――――――――

唯「………」

朋也「なぁ…違うんだよ、あれは…」

唯「………」

朋也(はぁ…)

教室に戻ってきても、まったく口をきいてくれなかった。
そもそも、琴吹とふたりきりで遊んだのは、唯と付き合う前だから、セーフじゃないのか…?
そうは思いながらも、途方に暮れる俺。

朋也「どうすればいいんだ、俺は」

唯「…知らない」

一蹴されてしまう。

朋也「そ、そうだ、日曜に遊びに行こう。おまえの好きなところ、回ってさ」

朋也「どこでもいいぞ。寄生虫館とか、全力坂とか、チンさむロードでもオッケーだ」

唯「…どれも興味ないよ」

朋也「そ、そうか…」

冷たい…あの唯が…。思いのほかショックだった。
でも、俺も最初はこんな感じで唯に接していたんだよな…。
される側になって初めてわかる…なんて嫌な野郎なんだ、俺は。

朋也(仕方ない…)

俺はそっと唯の耳元に口を近づけ…

朋也「好きだ…」

そう囁いた。

唯「…あ、ありがと」

照れたように顔を伏せた。

朋也(よし、手ごたえありっ)

朋也「好きだ、好きだ、好きだ、好きだ…」

ここぞとばかりに連呼した。
すると、俯いていた唯がぷっと吹き出した。

唯「もう…わかったよ、それは」

朋也「そっか。そりゃ、よかった」

唯「変なの」

朋也「そうか?」

唯「うん…えへへ」

笑顔を向けてくれる。
機嫌を直してくれたようなので、俺はひとまず安心した。

―――――――――――――――――――――

………。

―――――――――――――――――――――

放課後。軽音部部室。

春原「ねぇ、ムギちゃん、今度は僕とデート行こうよ。擬似じゃなくて、本物のさ」

春原「それで、最終的には、あんなことや、こんなことに発展して…い、いやら…」

律「アホかっ」

スパコーンッ

上履きで頭をはたかれる春原。

春原「ってぇなっ! あにすんだよっ」

律「おまえが生粋の変態だから、人の道を叩き込んでやったんだよっ」

春原「余計なお世話なんだよっ! つか、そんなくっせぇ武器で攻撃するんじゃねぇよっ」

律「な、臭いだとぉ!? 失敬なっ! めちゃフローラルな香りがするんだぞっ!」

春原「うそつけっ! 痛いっていうより、むしろ臭いって感覚の方が大きかったわいっ」

律「な、こぉの野郎っ」

バシバシバシッ

席を立ち、春原に上履きの連打を与える部長。

春原「うぁっ、おま、や、やめ…ぎゃあああああっ」

律「ふりゃふりゃふりゃっ! この、薄汚い豚めっ!」

床にうずくまる春原に向かって、女王様のように上履きをしならせていた。

がちゃり。

梓「こんにちはー」

扉を開け、中野が姿を現した。

梓「………」

律「お、おう、梓。やっと来たか…」

攻撃の手を止める部長。

梓「はぁ…いい汗かいてますね、律先輩…」

律「まぁな、ははっ。ま、とりあえずおまえも座れよ」

言って、自分の席に戻る部長。

梓「そうさせてもらいます」

中野は鞄を置きにソファへと歩いていった。

春原「くそぅ…暴力デコめ…」

春原もなにか小さく呟きながら起き上がり、もとの席についた。

梓「って、唯先輩っ! またそんなとこに座ってっ!」

荷を降ろして身軽になると、真っ先に唯のもとへ歩み寄っていく。

唯「あ、あずにゃん、思い出して? 自由席なんだよ?」

梓「でもっ…」

律「梓、諦めろ。あの時決めて、おまえも頷いてただろ?」

梓「うぅ…」

律「そんなに岡崎の隣がいいなら、もっと早くに来るんだな、うひひ」

梓「な…別にそういうつもりで言ってるんじゃないですっ! 変に取らないでくださいっ」

律「あーはいはい、わるぅござんしたね~、ふへへ」

梓「もう…」

ため息混じりに、空席へ腰を下ろす中野。

紬「梓ちゃん、どうぞ」

そこへ、琴吹がティーカップとケーキを差し出した。

梓「ありがとうございます」

紬「それと、これ」

キーホルダーを手渡す。

梓「これは…?」

紬「お土産よ」

梓「あ、イタリアのですか?」

紬「うん」

梓「へぇ…なんだか神秘的ですね」

紬「お気に召してくれたかしら?」

梓「はい、すごく。ありがとうございます、ムギ先輩」

紬「いえいえ」

中野はしばらくの間、キーホルダーのギミックに夢中になっていた。
一応、矢を発射できるようになっているのだ。さすがに刺さるほどの威力はなかったが。

律「なんだ? そんなに楽しいのかぁ、梓。けっこう子供だなぁ」

梓「う…ほ、ほっといてください」

言って、胸ポケットにしまう。

梓「…こほん。それはいいとして、今日はおやつを頂いたらすぐに練習しますよ」

梓「もう、創立者祭までの猶予もそんなにありませんからね」

澪「そうだな。気合入れていかないとな、うん」

唯「え~、キワキワまでゆっくりして、その白刃取り感を楽しもうよ~」

唯「キワキワたぁ~いむ♪ キワキワたぁ~いむ♪ ってね」

澪「そんなことしてたら、ばっさり切られちゃうくらいの段階まできてるんだぞ」

梓「そうですよ。唯先輩も、できるだけ早く食べ終わってくださいね」

唯「はぁ~い」

律「でも、なぁんか今日の梓は積極的だよなぁ。いつもは澪が練習のこと一番に言い出すのにさ」

梓「私だっていつも言ってるじゃないですか、練習しましょうって」

律「でも、最近はなぁなぁになってて、あんま言わなかったじゃん」

梓「う…それは…」

律「やっぱさ、目の前で岡崎の隣に他の女がいるのが嫌なのかぁ?」

梓「ち、違いますっ! 絶対にありえないですっ!」

律「おーおー、顔赤くしちゃって…うしし」

紬「うふふ、梓ちゃん、可愛いわぁ」

梓「か、からかわないでくださいっ」

梓「もうっ…」

拗ねたように嘆息すると、口直しとばかりにケーキを一切れ食べていた。

梓「むぐ…みなさんも、早く食べてください」

律「はは、わかってるから、食べながら喋るなって」

―――――――――――――――――――――

春原「う~ん、練習頑張ってるムギちゃんも可愛いなぁ」

春原は練習が始まって以来、視姦といっていいレベルで琴吹を見つめ続けていた。
その被害者である当の琴吹本人は、まるで意に介した様子はなく、自身の演奏に集中していた。
賞賛に値する精神力だ。

唯「ふわふわタ~ァイム…っと」

後奏が少し走って、音が止む。

澪「今の、結構よかったな」

梓「唯先輩のギターが正確な回でしたね。いつもこうだといいんですけど」

澪「ムラがあるからな、唯は」

唯「えへへ、ごめんね」

澪「いや、そういうところも、おまえらしくていいよ。この調子で頑張ろう」

唯「うんっ」

律「あ~、ちょっと待って。休憩入れよう、休憩」

部長がだらっと姿勢を崩して言う。

澪「って、なんだよ、今いい感じでまとまってたのに…」

律「だって疲れたんだもん」

梓「部長なんだから士気とかそういうことも考慮してくださいよ」

律「なんだよ、じゃあ、あたしが無理して再起不能になってもいいって言うのかよぉ」

梓「なるわけないじゃないですか…どんな叩き方してるつもりなんですか」

律「もぉーっ! いいから、休憩するのっ」

澪「小学生みたいな駄々をこねるな…」

紬「ふふ、いいじゃない。休憩、入れましょ?」

澪「まぁ…ムギがそう言うなら…」

律「なんだ、そのあたしとの温度差はっ」

澪「日ごろの行いの差だ」

律「意味わかんねぇーっ! 理不尽だーっ」

唯「あははっ」

春原「ムギちゃん、ミネラルウォーターだよ」

いつの間にか春原がペットボトルを手に練習スペースに入っていた。

紬「あら、ありがとう、春原くん」

春原「これくらい、なんでもないよ。パシリ…いや、飲み物運びは慣れてるからさっ」

言い直しても意味は同じだった。

律「ふぃ~…春原ぁ、ちっとタオル持ってきてぇ~」

春原「あん? んなの、自分で持って…」

春原が部長を見て固まる。

律「? なんだよ…」

部長はカチューシャを外して前髪を下ろしていた。
それだけなのだが、かなり印象が変わっていた。
硬直の原因はそれだろう。

春原「い、いや…」

律「変な奴だな…とりあえず、タオル持ってきてよ」

春原「あ、ああ…」

言われ、とぼとぼ歩きながらソファにかけてあった部長のタオルを持ち帰る。

春原「ほ、ほらよ…」

律「お、サンキュ」

受け取って、顔を拭く。

律「あー、すっきり」

そして、またカチューシャで髪を上げた。

律「ん? なんだよ、春原。もう用はないぞ」

春原「あ、いや…」

春原は立ったままその場で動きを止めていた。

春原「おまえ、それしてない方が…」

律「あん?」

春原「いや…なんでもないよ、ははっ」

苦笑いを浮かべながらこちらに戻ってくる。

律「なんなんだよ…気持ちわりぃなぁ…」

紬「りっちゃん、気づかないの?」

律「なにが?」

紬「春原くん、髪下ろしたりっちゃんにトキメいてたのよ」

律「え? マジ?」

春原「ちょ、ムギちゃん、それはないってっ」

唯「春原くん、ラヴだね、恋だねっ」

春原「ちげぇってのっ!」

律「ふふん、そういうことか…道理であたしの言う事素直に聞いてたわけだ」

春原「勘違いすんなっ、デコっ!」

律「デコじゃないわよん?」

ぱっとカチューシャを外す。

春原「う…て、てめぇ…」

律「ははは、動揺しているようだな、春原くん?」

春原「ぐ…くそぉ…」

紬「あらあら…甘酸っぱいわぁ」

唯「澪ちゃん、こいいう甘酸っぱい感じの歌詞書けば、新境地に立てるんじゃない?」

澪「そうだな…タイトルは、デコ☆LOVE…でいけそう…いや、LOVE☆デコかな?」

律「って、まてぇいっ! どっちもめちゃくちゃ悪意を感じるぞっ! つか位置変えたただけだしっ」

梓「…ぷっ」

律「中野ーっ!」

騒ぎ出す部員たち。
俺と春原はテーブル席からその喧騒を眺めていた。

朋也「で、おまえ、実際部長はどうなんだよ」

春原「うん? あんなのただのデコさ、ははっ」

朋也「ふぅん…」

春原「マジだって、はははっ」

軽く言って、紅茶を口にする。

春原「ふぅ…なんか肺がおかしいなぁ…ガンじゃないだろうな…」

完全にトキメいていた。分り易い奴だ。

―――――――――――――――――――――

律「春原ぁ、鞄持って~」

春原「ああ? やだよ。アホか」

律「む…」

カチューシャを外し、髪を下ろす。

律「お・ね・が・い、春原くん」

春原「う…」

春原「うわぁああああああんっ!!」

猛ダッシュで坂を下っていった。

律「わははは! こりゃ、おもしろい」

紬「りっちゃん、あんまり春原くんの純情を弄んじゃだめよ」

律「いや、あいつにそんなもんねぇって。常に劣情をたぎらせてるような男だし」

律「まぁ、しばらくはこれで遊べそうだな、うひひ」

まるで新しいおもちゃが手に入った子供のようだった。

―――――――――――――――――――――

他の部員たちと別れ、唯とふたりきりになる。
俺はこのまま唯を家まで送っていくつもりだった。

唯「でもさぁ、意外だよねぇ。春原くんが、りっちゃんをあんな風に見ちゃうなんてさ」

唯「けんかも、いっぱいしてたのにね」

朋也「そうだな。でも、まぁ、あいつは見た目が好みなら、すぐに心が揺れるからな」

朋也「実際、ナンパもよくしてたみたいだし…俺もそれに付き合わされたことあるしな」

唯「…朋也、ナンパなんてしてたんだ? ふーん…」

しら~っとした、寒々しい目を向けられる。

朋也「いや、だから、付き合わされただけだって。それも、おまえと付き合う前に一度だけだ」

朋也「これからは誘われたって絶対しねぇよ。おまえがいてくれれば、俺は十分だからな」

唯「ほんと?」

朋也「ああ」

唯「えへへ…私もだよ。朋也がこれからも私の隣にいてくれると、うれしいな」

朋也「安心しろ。ずっとおまえの後ろから、そのうなじに執着しててやるから」

唯「なんで背後なのぉ? せめて横にいてよ…っていうか、そんな物理的な意味じゃないのにぃ」

朋也「そうか? 残念だな…あとちょっとだったのに」

唯「なにがあとちょっとなのかわかんないけど…どうせ、変なことなんでしょ」

朋也「まぁな。でも、男はみんなそんなもんだ」

唯「もう…特別変態だよ、朋也は」

ポン、と体に唯の拳を受けて、軽く制裁された。
俺はその腕を取ると、末端まで辿っていき、自分の手を絡ませた。
繋がれるふたりの手。
唯も笑顔で返してくれた。
そのまま歩く。

唯「とろでさ…朋也はあずにゃんのこと、どう思う?」

朋也「あん? 中野?」

こんないい雰囲気の中、その名が出てくることに少し戸惑う。
今もどこかに潜んでいて、俺たちの仲を引き裂こうと身構えているんじゃないかと、そんな気にさえなる。

朋也「つーか…どうって、なにが?」

唯「だから、可愛いとか、いい子だなぁ、とか、抱きしめたい~、とか…そんな感想だよ」

今挙げた例はすべてこいつの胸の内なんだろう、多分。

朋也「感想たってなぁ…まぁ、確かに見た目は可愛いけど…でも、生意気だしな…」

朋也「それに、俺たちにとってちょっと厄介な存在でもあるし…面倒だよな、正直」

それでも、わざわざ野良猫の飼い主を探すような優しい一面も、あるにはあるのだが。

唯「そっか…でもね、あずにゃんは朋也のこと、きっと良く思ってるよ」

朋也「んなわけねぇよ。むしろ、嫌われてるだろ。いつも攻撃されてるんだぜ? 俺」

唯「それはあんまり関係ないんじゃないかなぁ。春原くんだってそうだったでしょ」

朋也「そうだけど…なんだ? 部長が言ってたこと気にしてんのかよ」

朋也「あんなの、おもしろがって言ってるだけだろ。攻略とかなんとかってさ」

唯「そうかもしれないけど…案外当たってるところもあると思うんだ」

唯「あずにゃんが朋也の隣に座りたがるのも、やっぱりそういうことなんじゃないのかなぁ」

朋也「そうかぁ?」

単に唯を取られまいと、俺から遠ざけているだけに見えるのだが。
それがあいつの行動原理のはずだ。

唯「うん…それでね、もしほんとにあずにゃんが朋也のこと好きで、朋也も同じ気持ちになった時は…」

唯「その時は、私じゃなくて、あずにゃんを選んでくれてもいいかなって、ちょっと思ったりしたんだけどね」

朋也「馬鹿…そういうこと、冗談でも言うなよ」

朋也「俺はおまえ以外考えられないって、さっきもそう言ったばっかりだろ?」

唯「うん…」

朋也「俺はおまえが好きだよ。おまえも、そう想ってくれてるってことで、合ってるよな?」

唯「うん」

朋也「だったら、もうそれだけでいいじゃないか。余計なことは考えるな」

唯「そうだね…うん」

朋也「けっこう恥ずかしいんだからな、好き好き言うのは」

唯「そう? でも、私はもっと言って欲しいなぁ」

朋也「もう言わねぇよ」

唯「じゃあ、私が言ってあげるね。朋也、好き好き~」

腕に絡み付いてくる。

朋也「…うん」

唯「あはは、…うん、だって。朋也、照れてるぅ~」

朋也「…ほっとけよ」

唯「かわいいなぁ~」

家に帰り着くまで、唯はずっと俺をからかい続けてきた。
スキンシップに耐性があまりないんだろうか、俺は…
終始どきどきしっぱなしだった。

―――――――――――――――――――――

5/7 金

唯「おはよぉ~」

憂「おはようございます」

朋也「ああ、おはよ」

今日も笑顔で出迎えてくれる。

唯「はい、朋也」

手を差し出してくる。

唯「手、つないでいこ?」

朋也「ああ、そうだな」

俺はやさしく握った…

憂「あ…」

憂ちゃんの手を。

唯「って、そっちは憂だよっ」

朋也「じゃ、行こうか、憂ちゃん。俺たちの愛の巣に」

憂「は、はい…ぽっ」

唯「って、こらーっ! ちがうでしょっ!」

憂「ていうか、愛の巣ってなんなの!? 憂もちょっと照れてるしっ」

朋也「なんかうるさいけど、気にせず行こうな」

憂「はいっ」

唯「ばかーっ! もう、ふたりともばかーっ!」

―――――――――――――――――――――

………。

―――――――――――――――――――――

昼。

律「お、そのハムバーグうまそうじゃん。まるまるくれよ」

春原「やるわけねぇだろ。キンピラでも食ってろって」

律「あー、そういうこと言うんだ? ふぅん、そうですか…」

ここぞとばかりに髪を下ろす部長。

律「嫌い…春原くんなんて」

目をうるうるさせて春原をみつめていた。

春原「はぐぅ…」

心臓を押さえながら嗚咽する春原。
トキメキが直接臓器に叩き込まれ、よろめいていた。

春原「ふ…ふふ…」

と思いきや、目を瞑り、不気味な笑いをこぼしていた。
すると、いきなり胸元をはだけさせ、髪をかきあげた。

春原「ふっ…」

顔にも角度をつけ、気合が乗っている。

律「…なにがしたいんだよ、おまえは」

春原「おまえごときに不覚を取ってしまった自分が許せなくてね…」

春原「きのう、対抗策を考えてきたんだ。それが、これさ」

律「…はぁ?」

春原「僕のセクシーな魅力で、おまえもたじたじってわけさ」

律「いや…キモいからやめてくれ。食欲が失せる」

春原「あんだとっ!」

さらに体をくねらせる。

律「あー、わかった、わかったから…もうやめろ」

部長のほうが折れて、カチューシャをつけ、髪を上げた。

春原「ふふん、勝ったな」

律「キショすぎて早くやめて欲しかっただけだっての」

春原「はっ、バレバレな嘘つくなよ。僕の魅力の前にして怖気づいただけだろ」

春原「でも、どうしよっかなぁ、デコに告られたりしたら」

春原「僕、すでにムギちゃんと両思いだしなぁ…ね、ムギちゃん?」

紬「えっと…今、たわごとが聞えた気がするの」

春原「たわごとっすかっ!? ストレートすぎませんか、それ!?」

律「わはは! おまえの、ね、ムギちゃん? はもはやネタフリになってることに気づけよ」

春原「くそぅ…」

―――――――――――――――――――――

………。

―――――――――――――――――――――

放課後。

紬「今日はウィスキーボンボンを持ってきたんだけど…どうかな」

言って、テーブルの中央にボール型の器を載せる。
その中には、銀紙でパッケージされた固形物がたくさん入っていた。

澪「ウィスキーボンボンって…中にお酒が入ってる、あのチョコのことだよな?」

ひとつ手にとって言う。

紬「うん。好き嫌いが別れるだろうから、ここで出すのもちょとあれかなと思ったんだけど…」

紬「でも、これを頂いた製菓会社さんの方から、感想が欲しいって言われちゃってて…」

紬「これ、新商品の試作品らしいから。それで、みんなにも意見をもらえたらな~って、思ったの」

澪「私たちがモニターになるってことか…うう…なんか、責任重大だな…」

紬「澪ちゃん、そんなに重く考えなくてもいいのよ。おいしかった、とか、微妙だった、とかでも全然オッケーよ」

澪「そんな漠然としてて参考になるのか?」

紬「う~ん、具体的な方がいいのかもしれないけど…でも、率直な感想が欲しいって言ってらしたし…」

紬「シンプルでいいと思うな」

澪「そうか…じゃあ、少しは気が楽だな…」

律「おまえはいつも考えすぎなんだよ」

包装紙を破り、口に放る。

律「お、けっこうイケる」

紬「みんなも、よかったら食べてみてね」

春原「当然僕はもらうよ。ムギちゃんの持ってきたものにハズレなんかないからね」

春原は一気に4つほど掴んでいた。

唯「私も、も~らおっと」

梓「私も、頂きます」

中野と唯もチョコに手を伸ばす。
俺も一つ食べてみることにした。
ボールから一つ取って、銀紙を剥がす。
もぐもぐ…
酒の味が濃いような気がしたが、なかなか美味かった。

澪「…あ、おいしい」

律「だよな? もう一個もらおっと」

唯「でも、なんか、苦いね…」

梓「お酒のせいですよ、それは」

唯「あずにゃんは平気なの?」

梓「はい、私は別に」

律「梓は将来酒飲みになるぞ、きっと」

梓「ウィスキーボンボンくらいで、変な未来を視ないでくださいよ」

春原「もぎちゅん…むぐ…うみゃいね…もれ」

律「って、おまえはリスか…頬袋にためやがって…」

―――――――――――――――――――――

律「あ、もう無いな…」

いつの間にかボールの中は空になっていた。

律「んじゃ、ここでティータイムも終わりか…食ったらすぐ練習だっけか」

律「だったよな、梓」

梓「…ひっく」

律「梓?」

梓「あー…あい?」

ふらふらと揺れて、目の焦点が定まっていなかった。
例えるなら、酩酊状態のような…

律「なんか…変だぞ、おまえ」

梓「あにが変だって言うんれすかっ!」

ろれつが回っていない。

律「まさかおまえ…酔ってるのか?」

梓「んなわけないれしょっ!」

律「酔っ払いはみんなそう言うんだよ…つーか、ウィスキーボンボンで酔うって、おまえ…」

梓「だぁから、酔ってねぇーっつーのっ」

完全に酔いが回っていた。

梓「う゛ー…ったくもー…」

梓「………」

潤んだ瞳で俺を見つめてくる。

朋也「な、なんだよ…」

梓「この…女たらし最低野郎…」

椅子を寄せて、俺の肩に頭を預けてくる。
今日はこいつが隣に座っていたのだ。

朋也「なっ…」

梓「女の子にこんなことされると嬉しいんですよね、岡崎せんぴゃあは…」

梓「はふぅ…」

さらに体重を預けてくる。

朋也「お、おい…」

唯の手前、あいつの反応が気になって、ちらりと目を向ける。

唯「………」

なぜか笑顔だった…それが逆に怖い。

朋也「中野、離れ…」

ばぁんっ

机を叩く激しい音。

澪「こらっ、梓っ! 岡崎くん、困ってるらろっ!」

澪「…ひっく、う゛ー…」

律「って、澪も酔ってるし…」

梓「困ってませんよーだ…逆に喜んでますけどね、うふふ」

澪「そんあことないっ! 顔がすっごく困ってるっ!」

梓「えうー…?」

俺の顔を覗き込む。

梓「あ、なんれすかっ! あたひじゃ不満だって言うんれすかっ!」

朋也「い、いや…」

澪「不満があるにきまってるらろっ! 梓みたいな幼児体型じゃっ」

梓「よ、幼児体型…?」

澪「そうらっ! 男の子は、胸があるほうが好きなんらぞっ!」

澪「ちょうど、その…わ、私くらいのらっ!!」

律「おお…澪なのに強気な発言だ…」

梓「じゃ、なんれすか? もしかして…澪先輩がこうしたいっていうんれすか?」

ぎゅっと強く腕を絡めてくる。

朋也(うぉ…)

中野の体温が伝わってくる。
こいつのいい香りも、ふわっと鼻腔をかすめた。
図らずもどきっとしてしまう。

澪「な、そ、そういうわけじゃ…と、とにかく離れなさいっ」

梓「わーっ、乱暴れすよーっ!」

中野がいつも唯にするように、今度は自分が秋山にひっぺがされていた。

澪「………」

今しがた主人を失った空席をみつめる。

澪「ちょっと疲れちゃった…」

そこに腰を下ろす。

澪「…岡崎くん、私、ちょっと疲れちゃった」

朋也「あ、ああ…そうか」

澪「…うん。ちょっと、疲れちゃったんだ」

朋也「ああ…知ってるよ」

澪「そう? じゃあ…体、預けてもいいかな?」

朋也「え?」

俺が答える前、そっと寄り添ってきた。

朋也「お、おい…」

澪「………」

目を閉じて、心地よさそうにしている。
邪険に扱うことがためらわれるような、安らいだ表情。

朋也(ごくり…)

正直、可愛かった。

梓「って、やっぱり自分がしたかっただけじゃないれすかーっ!」

澪「う、うわぁっ」

同じように引きずりおろされる秋山。

澪「ち、ちが…ちょっと疲れてたんだおっ」

梓「だお、じゃないれすよっ」

わーわーと言い合いになっていた。

春原「おまえ、おいしいポジションにいるよね、マジで」

朋也「そうでもねぇよ…」

見た目ほど状況は単純じゃない。

朋也(唯…)

唯「………」

朋也(う…)

笑顔をキープしていたが…口の端がひくついていた。
怒ってる…のか?

澪「あー、もう練習らっ! 練習するろっ!」

梓「う゛ー、そうれすね…練習れすよ…やぁってやるれすっ!」

ずんずんと練習スペースに踏み入っていくふたり。

紬「う~ん、お酒の調節がちょっと雑だったのかしら…報告しておかなきゃね」

律「今日はえらく事務的っすね、ムギさんは…」

澪「こらーっ! おまえらも、早くこーいっ!」

梓「たるんでますですっ! きびきび動くですっ!」

律「あー、はいはい、わかったよ…」

やれやれ、と肩をすくめて部長も席を立った。
琴吹もそれに続く。

唯「………」

唯だけがずっと座ったまま俺を見て微笑んでいた。

朋也「お、おまえも行ったほうがいいんじゃないのか…?」

唯「………」

無言で立ち上がる…やっぱり、俺を見たまま。
そして、最後までなにも言うことなく練習に加わっていった。

朋也(…ヤバイかもしれん)

―――――――――――――――――――――

活動が終わり、下校する時間になっても秋山と中野のふたりは酔いが抜けていなかった。
その暴れようは、いつも騒いでいる部長と春原でさえ少し引き気味にさせる程だった。
秋山と通学路を共にする部長は、きっと帰り着くまで延々クダを巻かれ続けることになるのだろう。
それはいいとして…

朋也「いやぁ、あのふたりが酔うと、あんな感じになるんだな」

唯「………」

朋也「あー…暴れ上戸って言うのかな? ああいうのってさ…」

唯「………」

朋也(はぁ…)

無視され続ける俺。

朋也「唯ちゃ~ん…怒ってるのか?」

唯「………」

ちゃん付けで呼んでみたが、効果はなかった。

朋也「お~い…」

唯「…嬉しそうだった」

朋也「ん?」

唯「ニヤニヤしてた…顔が赤くなってた…デレデレしてた…」

唯「私だけだって言ってくれたのに…可愛い女の子なら、誰でもいいんだね、朋也は」

朋也「い、いや、そんなことねぇって。全然なんとも思わなかったよ、あんなの」

唯「嘘だよ。だって、すっごくだらしない顔してたもん」

そうだったのか…気づかなかった…そんなに顔が緩んでしまっていたとは…。

唯「あーあ、いいよねぇ、朋也はモテて。私、ハーレムの一人に加えてもらえて、うれしいなぁ」

ハーレムの一人、の部分を強調して言った。
皮肉を込めているんだろう。
本格的に拗ねてしまっているようだった。

朋也「変なこと言うなよ…俺の中じゃいつだっておまえが一番だぞっ」

朋也「ヒューッ! 唯、最高ゥッ! 超可愛いぜっ! あ~、幸せ者だ、俺はっ」

唯「…ばかみたい」

頑張ったのに、ばかって言われた…悲しい…。

朋也「はぁ…俺が悪かったよ…ごめんな、鼻の下伸ばしたりなんかして…」

朋也「もうそんなこと絶対しない…約束する。だから、機嫌直してくれよ…」

出したことも無いような情けない声色で、訴えるように言った。
かなり惨めな男になっていた。絶対他人には見せられない…。

唯「ほんとに、約束守る?」

朋也「ああ、絶対」

唯「じゃあ…許してあげる」

朋也「そっか…よかった」

ほっと胸をなでおろす。

唯「………」

朋也「ん? なんだ?」

黙って俺を見ていたと思うと、急に近づいてきた。
そして、くんくんと匂いを嗅ぎ始める。

唯「…あずにゃんと澪ちゃんの匂いが残ってる」

朋也「わかるのかよ…」

犬並みに研ぎ澄まされた嗅覚を持った女だった。

唯「…えいっ」

飛びつくくらいの勢いで腕に組みついてくる。

朋也「歩き辛くないか? 普通に手つないだほうがいいだろ」

唯「いいの。こうやって私も匂い残すんだからっ」

朋也「あ、そ…」

なんというか…縄張り意識の強い獣のような思考な気がする…。
まぁ、そんなこいつの行動も、可愛く思えてしまうのだが。

―――――――――――――――――――――

5/8 土

唯「あぁ~カミサマ~お願い~二人だけの~」

上機嫌で口ずさむ。それは、軽音部の練習でよく歌われている曲だった。
もう何度も聴いていたので、俺もすぐにわかった。

憂「ふふ、お姉ちゃん機嫌いいなぁ。やっぱり、あしたは岡崎さんとデートだからかな」

朋也「知ってたのか、憂ちゃん…」

憂「はい。すっごく嬉しそうに話してましたよ、きのう」

朋也「そっか」

そう、俺は明日、唯とデートする約束を取り付けていたのだ。
今日は午前中で授業が終わるので、午後からは一人でデートコースの下見に行くつもりだった。
初めてのデートだったから、一応念を押しておきたかったのだ。

憂「でも、岡崎さん。まだ、学生の内はエッチなことしちゃだめですよ」

朋也「わ、わかってるよ…」

なぜ釘を刺されるんだろう…憂ちゃんには俺がそんな奴に見えているんだろうか…。
しかし…つくづく保護者じみているな、この子は…。
本当に年下なんだろうか…。

―――――――――――――――――――――

………。

―――――――――――――――――――――

昼。

澪「う~…頭痛い…」

和「大丈夫? 風邪?」

澪「いや、そういうわけじゃないんだけど…熱もなかったし…なんでだろ」

見事に二日酔いしていた。

澪「顎もなんか痛いんだよな…」

それもそうだろう。
放課後デスメタルを名乗り、歯ベースなるものを披露していたのだから。

澪「それに、きのうの部活あたりから記憶がおぼろげなんだよな…」

澪「そこになにかヒントが隠されてる気がするんだけど…」

律「あー、なにもないよ。おまえはちゃんと練習してたぞ。それも、すっげぇテク見せつつな」

澪「ほんとか?」

律「ああ。だから、もう気にするな」

澪「う~ん…まぁ、いいか…」

醜態を晒してしまった過去は今、闇に葬られていった。

真面目な秋山のことだ、知ればきっと、恥ずかしさで身動きが取れなくなってしまうんだろう。
それを未然に防ぐための処置だった。

―――――――――――――――――――――

朋也(う~ん…どうしようかな…)

学校を出て、町の中をうろつく。
現地を巡りながら、彼女と二人で過ごすに耐えうるプランを練っていたのだが…
まったくいい案が思いつかない。というか、俺の経験程度じゃ、まず発想自体が浮かばない。
こういう時、誰か頼れる人間がいればいいのだが、生憎とそんなツテはない。
となると、ここは、そういった情報を扱っている雑誌を参考にしてみるのも手かもしれない。

朋也(本屋にでも行くか…)

―――――――――――――――――――――

朋也(………)

棚に並ぶ雑誌群。その中に、それらしいものを見つける。
表紙のあおり文には『鬼畜王が教えるデート必勝法!』とあった。
その鬼畜王というフレーズに惹かれ、一冊手に取ってみる。

朋也(なになに…)

漢ならストレートにいけ! 会った瞬間唇を奪うのだ! 後はわかるな?
ホテルに直行だ、がははは! 金が無いなら自宅でもいいぞ。
野外派の奴は、P12を開け。俺様おすすめの路地裏を教えてやる。ありがたく思え、がははは!
出かける前には、ハイパー兵器はちゃんと洗って…

パタム

俺はそこで読むのをやめた。

朋也(レベルが高すぎる…)

この筆者…いや、英雄とは生きている次元が違うような気がする。
その差をひしひしと感じながら、雑誌を棚に戻す。
というか…よく出版できたな、この雑誌…。

朋也(それはいいとして…)

俺は再び雑誌を物色し始めた。

―――――――――――――――――――――

朋也「はぁ…」

本屋から出てくる。結局、決めたのは映画を観にいくことだけ。
上映時間を調べて、それで終わりだった。

朋也(どうすっかなぁ…)

電車で都心部の方まで出れば、それなりにサマになったデートになるんだろうか…。
でも、俺はあまりこの町から出て遊ぶことはしなかったので、その辺の地理に疎かった。
今から付け焼刃で調べに行っても、実りがあるとは思えない。
やはり、地元が無難だろう。

朋也「痛っ…」

次に向かおうと身を翻した矢先、誰かに肩をぶつけてしまった。
ばさばさと本が地面に数冊落ちる。
相手方のものだろう。

声「おっと…悪いな」

朋也「いえ、こちらこそ…」

言いながら、その本を拾い集める。

朋也(って、エロ本かよ…)

これは、俺もそうだが、相手はもっと気まずいぞ…。

朋也「どうぞ。すみませんでした」

二冊重ねて手渡す。

男「おう、悪いな」

朋也(ん? この男どこかで…)

サングラスをしていたが、なんとなくその背格好や顔つきに見覚えがあった。

朋也「…あ」
 男「…あ」

思い出す。そう、この男は…

朋也「あんた、サバゲーの…」
  男「あん時の小僧か…」

指をさし合う。向こうも覚えてくれていたようだ。

男「なんだ、おまえもエロ本買いに来たのか」

朋也「違うっての…」

男「ふん、そんなみえみえの嘘をつくな」

男「どうせ、買いたくても、恥ずかしくて一歩が踏み出せずに、この場で足踏みしてたんだろ?」

男「そこで、姑息なおまえはエロ本を買った客をここで襲うことにしたわけだ。どうだ、図星だろう?」

朋也「あんたにぶつかったのは偶然だ…」

男「だが残念だったな、この俺様を狙ったのが運の尽きよ…返り討ちにしてくれるわ、小僧ぉおっ!」

朋也「人の話を聞け、オッサンっ」

男「誰がオッサンだ。秋生様だ。秋生様と呼べ、小僧」

朋也「俺にも岡崎って名前があんだよ、オッサンっ」

秋生「小僧は小僧だろうが、この小僧が…真っ昼間からエロ本なんか買いに来やがって」

朋也「そりゃ、あんたのことだ」

秋生「まぁそうだが…ちっ、仕方ねぇな、そこまで言うなら、同士としてアドバイスをくれてやる」

一方的に話を進めていた。
この人とは一生まともな会話が出来そうにない。

秋生「いいか、まずは店内の監視カメラの位置をすべて把握するんだ」

秋生「そして、死角を縫うようにしてアダルトコーナーにたどり着け」

秋生「ここまでくればあとは買うだけだが…一応、少年ジャンプも二冊ほど一緒に買っておけ」

秋生「その間に挟んでレジを通せば、店員も『あ、なんだ。ただの成年ジャンプか』とサブリミナル効果で騙せるからな」

朋也「そんな回りくどいことせずに普通に買えばいいだろ…」

秋生「それができないっていうからアドバイスしてやってるんだろうがっ」

朋也「いらねぇよっ」

秋生「じゃ、なんだ、ここでエロ本を買っていく善良な市民を襲い続けるのか、てめぇは」

朋也「だから、んなことしねぇってのっ」

秋生「嘘をつけぇっ! さっきエロ本拾う振りしてポケットにしまってただろうがっ! 返せ、こらっ!」

朋也「無理があるだろっ! ポケットなんかに入んねぇよっ」

秋生「なら、腹に仕込んで喧嘩しにいくつもりだろ。ボディもらった時、ちょうど袋とじが破れるように調節しやがって…」

意味がわからなかった。

朋也(付き合ってられん…)

もし容量きたら

朋也「軽音部? うんたん?」ラスト

で建てるね

>>589
ついにラストか・・・

俺はオッサンを無視して歩き出した。

秋生「おーい、そっちにゃ本屋はねぇぞーっ。エロ本買うんだろーっ」

朋也(声がでけぇよ…)

朋也(う…)

通行人が俺とオッサンを交互にちらちらと見ている。
仲間だと思われているのだろうか…かなり嫌だ。

朋也(くそ…)

俺は逃げるように大急ぎでその場を立ち去った。

―――――――――――――――――――――

朋也(ふぅ…えらいのに絡まれちまった…)

商店街のあたりまで駆けてきて、そこでやっと足を止めた。
少し息を整える。

朋也(遊んでる場合じゃない…デートコースだ、デートコース)

気を取り直して再び考えを巡らせる。

朋也(商店街…この辺を見て回るのもいいかもな…)

朋也(後は…)

―――――――――――――――――――――

朋也(よし…この辺でいいかな)

大まかな流れを固め、ひとまずは区切りがついた。
細かいことはその場の判断でいいだろう。
俺は腕時計を見た。まだ余裕で軽音部が活動している時間帯。

朋也(戻るか…)

学校へ足を向ける。
道中も、立てたばかりの計画を頭の中でずっと反芻していた。

―――――――――――――――――――――

『ごめんね ル~だけ残したカレー…』

部室の前までやってくると、音が漏れ聞えてきた。
今も練習中なのだろう。

がちゃり

扉を開け放ち、中に入る。

―――――――――――――――――――――

ぎゃりぃっ!

弦を乱暴にひっかいたようなギターの音。それをもって演奏が止まった。

律「なぁんだよ、梓…いきなり変な音だして…」

梓「す、すみません、岡崎先輩がぶしつけに入ってくるのが見えたので、気が散っちゃって…」

律「あん?」

その一言で、部員たちがの視線が俺に集まる。

律「ああ、来たのか」

唯「おかえり~」

紬「今岡崎くんの分のお菓子、用意するね」

朋也「いや、いいよ。なんか邪魔しちゃったみたいだし…練習続けてくれ」

手をひらひら振ってテーブル席に向かう。

朋也「ふぅ…」

春原「用事ってなんだったの」

腰を下ろすと、春原がそう訊いてきた。

朋也「大したことじゃねぇよ。俺の行きつけの部屋があるんだけど、そこで空き巣してきただけだ」

春原「ははっ、そりゃ哀れだね、その部屋に住んでる被害者は…」

春原「って、待てよっ! それ、僕の部屋のことだろっ!?」

朋也「ああ。堂々と土足で踏み込んでやったぜ」

春原「なんでそんな自慢げなんだよっ! つーか、パクッたもん返せっ!」

朋也「馬鹿、嘘に決まってるだろ。気づけよ。だからおまえは毎日がエイプリルフールって呼ばれるんだよ」

春原「んなの一度も呼ばれたことねぇってのっ!」

春原「ったく…いつもいつもおまえは…」

ぶつくさ言いながら紅茶を口にする春原。
そこで、シンバルの音が鳴り、また演奏が再開された。
顔を向ける。

梓「…っ!」

中野と目が合ったが、すぐに逸らされてしまった。
気のせいか、頬が赤く染まっているように見えるが…。
そんな、目が合ったくらいで照れるようなタマでもないし…俺の思い過ごしだろう。

―――――――――――――――――――――

梓「あ、あの…岡崎先輩…」

帰り道、中野が控えめに話しかけてきた。

朋也「なんだよ」

梓「き、きのうことですけど…」

もじもじとして言いよどむ。
多分、酔っ払っていた時の話を切り出そうとしているんだろう。

梓「あの…岡崎先輩に抱きついたりしましたけど…か、勘違いしないでくださいねっ」

梓「あれはっ…ただ、気分がぽーっとなって、その…若気の至りというか…そんなアレだっただけですから…」

朋也「ああ、なんか変だったもんな、おまえ」

梓「うぅ…」

朋也「わかってるよ。変な気なんか起こしてないから、心配するな」

梓「…ちっともですか?」

朋也「ああ、まったくな」

梓「…ああそうですか、そうですよね、私、唯先輩や澪先輩と違って魅力ありませんもんねっ」

梓「わかりましたよ、もういいですっ」

怒ったように言うと、俺から離れていった。

朋也(なんなんだ…?)

気難しい奴だ…あいつをどう扱っていいのか、いまいちわからない。

―――――――――――――――――――――

5/9 日

朝。約束の時間通りに平沢家まで足を運んできた。

朋也「………」

少し緊張しながらも、呼び鈴を押す。

ピンポーン

『はい』

インターホンから憂ちゃんの声。

朋也「あ…俺だけど…」

『岡崎さんですね? ちょっと待っててください…』

そこでぶつりと切れる内線。

「お姉ちゃーん、岡崎さん来たよー」

今度は肉声でそう聞えてきた。
次いで、どたどたどたー、と階段を駆け下りてくるような音が屋内で響く。

「お姉ちゃん、これ忘れてるよ」

「おおぅ、そうだった。ありがとう、憂」

「いっぱい楽しんできてね」

「うんっ。いってきまぁ~す」

がちゃり

玄関が開き、唯が元気よく出てきた。
パステルカラーが目に優しい、可愛らしいコーディネイトで身を包んでいる。
私服姿を見るのはこれで三度目だが、今日が一番女の子していた。
やっぱり、デート仕様でめかし込んできてくれたんだろうか。

唯「お待たせ~、朋也」

朋也「ああ」

ふたり並んで歩き出す。

唯「私ね、今日お弁当作ってきたんだよ。お昼になったら食べようね」

その手に持つバッグを掲げる。

朋也「そっか。楽しみだな」

唯「ふっふっふ、期待しているがよい」

朋也「そんなに自信あるのか。じゃ、ほぼ憂ちゃんが作ってくれたんだな」

朋也「おまえは、夏休みの自由研究を誰かに便乗してスタッフロールにだけ加えてもらう、あの手法を取ったと」

唯「違うよっ、全部私の手作りだよっ」

朋也「えぇ…大丈夫なのか、それ」

唯「味見した時おいしかったから、大丈夫だよ」

朋也「ふぅん…」

唯「なんなのぉ、ふぅんって。信じてないんでしょ」

朋也「いや、信じてるって。おまえの料理の腕は確かだよ、うん」

唯「なぁんか雑に言ってるよね…ほんと失礼だよ、朋也は」

唯「それに、鈍感だよ…まだ私に言ってないことあるし」

言ってないこと…?
思い当たる節がない。

朋也「なんだよ…わかんないな」

唯「あるでしょ? 早く気づいて?」

体をくねらせ、上目遣いで目をパチパチとさせた。
これは、まさか…誘惑されてるのか、俺は?

朋也「…よし、キスしよう」

唯「え、ええ!? こ、こんなところで!?」

朋也「って、言って欲しかったんじゃないのか」

唯「そ、それはまた別の話だよ…今はもっと他にあるでしょ?」

少し照れながら、両の手を広げて半回転した。

唯「ね?」

朋也「ああ…」

なんとなく察しがついた。

朋也「その服、似合ってるよ。可愛い」

唯「えへへ、正解だよ」

いい笑顔を向けてくれる。

唯「でも、気づくの遅いよぉ。私、けっこう頑張ったんだから、すぐに言って欲しかったな」

朋也「まぁ、おまえはいつも可愛いし、いまさら言うのも二度手間な気がしたんだよ」

唯「………」

朋也「ん?」

唯「う~…朋也ぁ」

体をすり寄せてくる。

唯「好きぃ~」

朋也「はいはい」

本当に可愛い奴だった。

―――――――――――――――――――――

映画館。
チケットは先日見回りに出た折、事前に購入しておいたので、スムーズに入館できた。
席も隣り合って観たかったので、指定席予約の準備もばっちりだった。

唯「もぐもぐ…」

ポップコーンをつまむ唯。

朋也「まだ始まってないのに、今から食ってどうするんだよ」

唯「ちっちっち、甘いね。こうやって最初から気分を盛り上げてた方がいいんだよ」

唯「そうすれば、ギャグシーンが来た時、声を出して笑えるでしょ」

朋也「それは典型的なちょっとウザい客なんじゃないのか」

唯「そんなことないよっ! 他のお客さんもみんな笑ってるし、私も小さい頃からそうだったもん」

唯「ああ、思い出すなぁ…ジョニーがアメリカンジョーク言いながら後ろで意味もなく車が爆発炎上したあのシーンを」

唯「あの時は、みんな手を叩きながらヒィヒィ笑ってたっけ」

どんな映画だ。そして、どんな客だ。

朋也「まぁ、なんでもいいけど、今回はそんなシーンないと思うぞ」

唯「『FUNSZUーフンスー』だっけ? どんな映画なの?」

朋也「漫画の実写化だよ。ひたすら星人を倒していくって感じの内容だ」

その漫画は、春原の部屋に既刊はすべてそろってあった。
俺も何度か読み返すほど気に入っていたので、映画化されると聞いた時は驚いた。
まさか、あの内容を実写でやるとは露ほども思っていなかったからだ。
ずっと気になっていたので、いつか観てやろうと心に決めていたのだが…
意外にもその機会は早くに訪れた。それが今日というわけだ。
ぶっちゃけて言うと、唯の嗜好を度外視した俺のスタンドプレーだった。

唯「星人?」

朋也「まぁ、敵だな。エイリアン的な」

唯「ふぅん、エイリアンかぁ…」

朋也「興味なかったか? そういうの」

唯「ううん、そんなことないよ。ただ、エイリアンとジョニーならどっちが強いのかなって考えてたんだ」

朋也「あ、そ…」

なぜジョニーにそこまでこだわるんだろう…。

―――――――――――――――――――――

唯「ふッざッけッんッなッ! ギョーン ギョーーン」

朋也「おまえ、もう影響されたのか…」

映画館を出ても、いまだ興奮冷めやらぬノリで、劇中のセリフを口走っていた。

唯「だッてッ! おもしろかッたもんッ! ふッざッけんなッ」

朋也「わかったから、その喋り方やめろ…聞き取りづらい」

唯「そんッなことッよりッ! お昼ッにしようよッ!」

朋也「…そうだな…じゃあ、どっか座れるとこ探そうか…」

唯「これがッ! カタスットロヒィッ! いや…お昼ットロヒィッ!」

唯「無理だろ…生き残れるわけねェッて…」

朋也「もうそれはいいよ…」

楽しんでくれたなら、俺としても嬉しいところだが…この状態は非常に面倒くさかった。

―――――――――――――――――――――

朋也「へぇ…こんなとこがあったのか」

町の外れへ出て、山を迂回して辿り着いた場所。
自然に囲まれ、秘密の場所のようにあった。
唯が言うには、ここが最高の昼ごはんスポットなんだとか。

唯「ここはね、この町の、願いが叶う場所なんだよ」

朋也「願いが叶う場所?」

唯「うん」

朋也「パワースポットかなんかなのか」

唯「知らなぁい。私も、アッキーからそう聞いただけだから。受け売りなんだ」

朋也「ふぅん…アッキーね…」

うさんくさそうな奴だ。

唯「小さい頃はよくここでアッキーに遊んでもらったんだよ。憂も、近所の子たちも一緒にね」

朋也「思い出の場所なんだな」

唯「うんっ。でさ、あそこに大きい木があるでしょ?」

奥の方に一本、存在感のある大樹があった。
風を受けて枝葉がそよそよと揺れている。

唯「あの木の下はね、私のお気に入りだったんだよ。寝転がると気持ちいいんだぁ」

朋也「へぇ…」

唯「だからさ、あそこで食べようよ。ごろごろ寝転がってさ」

朋也「いや、いいけど、座って食べような…」

―――――――――――――――――――――

木陰までやってくると、腰を下ろして木に背を預けた。

朋也(ん?)

手をついた時、なにか硬いものに触れた。
その全様を見てみると、立て看板のようだった。
錆び果てて、その上文字がかすれているため何が書かれてあるか詳細はわからない。
ただ、建設予定地、とだけかろうじて読み取ることが出来た。
とすると…ここに何かが建つはずだったんだろうか。
こんな景色もよく、居心地もいい自然があるこの場所に。
だとしたら、その計画が頓挫してよかったと、俺は思う。
なにも自然のためだけじゃない。一番の理由は、唯の思い出の場所だからだ。

唯「じゃ~ん、私のお弁当だよぉ~」

ふたを開けて現れたのは、サンドイッチだった。
容器いっぱいに敷き詰められている。

唯「どうぞ。遠慮せずに食べてね」

朋也「ああ、じゃあ…」

ひとつ取り出す。

朋也「むぐ…」

たまごサンドだった。なかなかにうまい。

朋也(む…)

ぼりっと音がする。
ぼりぼり…これは…まさか卵のカラ? 

…どういう調理法だったんだろう。

唯「どう? おいしい?」

朋也「ん、ああ…うまいよ」

味の方は悪くなかったのでそう答えておいた。

唯「ほんとにっ? うれしいなぁ~、作ってきた甲斐があったよぅ~」

唯「もっと食べて、朋也っ」

朋也「ああ…じゃあ、遠慮なく」

今度はジャムサンドらしきものを選んだ。
もぐもぐ…ぐにゃ

朋也(ぐにゃ…?)

口の中で噛みしめる。これは…ガムだ。

朋也「なんか、ガムが入ってたんだけど…」

唯「あ、それ、ジャムガムサンドだよ。私の創作料理なんだぁ。イケるでしょ」

朋也「いや、ガムはガムで別々に食いたいかな、俺は…」

唯「えぇ、じゃあ、微妙ってこと?」

朋也「うん、まぁ…そこそこかな」

唯「ちぇ~…早苗さんみたいには、うまくいかなかったかぁ…」

早苗さん…その人は創作料理が上手いんだろうか。

朋也「それよか、おまえは食わないのか」

唯「私は朋也が食べてくれるの見てたいんだよ」

朋也「そっか…でも、これからも遊びに出るし、一応食っておいた方がいいと思うぞ」

唯「ん~、それもそうだね。じゃ、私も」

言って、唯も食べ始めた。
俺もガムをポケットティッシュにくるみ、三つ目のサンドイッチに手をつける。

朋也「そういえば、飲み物買ってなかったな」

唯「もぐ…ほういひぇば…」

朋也「喉渇いたまま食べるのもなんだし、さっさと全部飲み込んじまうか」

唯「むぐ…ん…だめだよっ、ちゃんと味わって食べてっ」

朋也「冗談だよ」

言って、軽く頭をわしゃっと撫でる。

朋也「近くに自販機あったから、買ってくるよ。おまえなにがいい?」

唯「緑茶でお願いっ」

朋也「了解」

俺は立ち上がり、自販機を目指した。

―――――――――――――――――――――

朋也(ふぅ…)

すべてのサンドイッチを食べ終わり、腹も十分に満たされた。

朋也「ごちそうさま」

唯「おそまつさま」

ふたをして、容器をバッグにしまう。

朋也「んじゃ、いこうか」

唯「あ、待って」

足を伸ばし、ゆったりと構えた。

唯「ヘイ、カモ~ン」

俺を見て、膝をぱんぱんと叩く。

朋也「うん? 虫でもいたのか」

唯「違うよぉ、膝枕の合図だよ」

朋也「頭乗せろって?」

唯「うん。せっかくだから、していこうよ」

朋也「そっか? じゃあ、遠慮なく…」

寝転がり、その膝に後頭部を預ける。ふにゅっと柔らかい感触。
視界には枝葉の隙間から見えるいっぱいの空が広がっていた。
と、そこで唯が俺を覗き込んできた。
下から仰ぎ見たその顔は、木漏れ日を背に境界線が煌いていた。

唯「朋也、目開けてちゃだめだよ。つむって?」

朋也「なんでだよ。いいじゃん、開けてたって」

唯「こういう時はそうするのが鉄板なのっ」

朋也「別に眠くないしなぁ、俺」

唯「形から入るのも大事だよ?」

朋也「まぁ、いいけど…」

俺は言われるまま目を閉じた。
すると…

ティロリン♪

朋也(なんだ?)

音がして目を開ける。

唯「やったっ、朋也の寝顔ゲット~」

携帯を手に、一人はしゃいでいる。

朋也「おまえ、それがしたかったのか」

唯「えへへ、まぁね~。今度はツーショットだよ」

唯「よいしょ…」

携帯を斜めに構え、顔を俺に近づけた。

ティロリン♪

唯「う~ん、これでまたひとつ朋也フォルダが充実したよ」

朋也「変なカテゴリ作るなよ」

唯「いいじゃん。これからどんどん増やしていこうね、朋也」

朋也「一人で頑張ってくれ…」

俺は再び目を閉じた。

唯「朋也も協力してくれなきゃやだよ」

言いながら、俺の頭を撫でてくれていた。
思いのほか心地いい。

俺は安息の中で、ただこの少女に身を任せ続けていた。

―――――――――――――――――――――

朋也「ん…」

目を開ける。
もう結構な時間横たわっていた気がする。
ここいらで引き上げておくのが無難だろう。

朋也「そろそろいくか」

唯「うん、そうだね」

立ち上がり、尻を払う。
そして、連れ立って歩き出した。

朋也(あ…)

ふと端に目をやると、また看板を見かけた。
木陰に落ちてあったものと違い、テーピングが施されてあった。
まるで、警察が事件現場に敷くトラロープのようにだ。
そして、そのテープ…琴吹建設、と印字されてあった。
それはやっぱり…俺もよく知る、あの琴吹の家が関係しているんだろう。
工事を請け負っていたのは琴吹建設だったのか…一瞬そう思ったが、どうやら少し事情が違うようだ。
看板には他の建設会社の名前が書かれていて、その上からテープが貼られているのだ。
おそらくは、なんらかの都合により主導権が移り、一時的な措置として上書きされたのだろう。
それはつまり、予定されていた下請け業者が覆ったことを意味する。
もし、そんなことが意図的に起こったのであれば、元請け先に直接なにか働きかけがあったのかもしれない。
建設業界のことは詳しくは知らないが、琴吹の名前を見て、そんな考えが頭をよぎった。

だが…それだと腑に落ちない点もある。
発注を受けたゼネコンに圧力をかけてまで手に入れた仕事なら、中途で終わるようなことには絶対ならないはずだ。
なんといっても、琴吹家の息がかかった仕事なのだから。
………。
もしかしたら…逆に、この場所を守るために動いたのかもしれない。
ここは、荒らされた気配もまったくないどころか、むしろ整備されている風ですらあるのだ。
それに、発注元と話をつけて建設場所を遷すことも、なんなくやってのけてしまいそうでもある。
ただそれだけの、憶測も多分に含む根拠だったし、俺の希望的観測も同居しているが、そんな気がしてならなかった。
でももし、俺のこの推測が当たっているのなら、やっぱり琴吹の家は普通じゃない。
この町の産業を牛耳っているんじゃないのかと、そう思えるほどの大きな力を持っている。

唯「どうしたの、朋也? 急に立ち止まっちゃって…」

朋也「ああ、いや、なんでもない」

―――――――――――――――――――――

町なかに戻ってくると、そのまま商店街へ入った。
たい焼きや、たこ焼きを買って、食べ歩きのようなことをする俺たち。

唯「ん~、味のメタミドホスや~」

朋也「食中毒になってるからな…」

唯「あ、朋也。見て、あそこ」

朋也「ん?」

唯の指さす先。こじんまりとした相席テーブルに女性が腰掛けていた。
その横に立てかけてある看板を見ると、どうやら手相占いをしてくれるらしいことがわかった。

唯「新宿の妹、だってさ。なんか、おもしろそうじゃない? 占ってもらおうよ」

朋也「いや、でもなぁ…ああいうのって、ボッタ価格だったりするしなぁ…」

示し合わせたように、料金のことに触れたポップなども一切なかった。

唯「大丈夫だってぇ。そんなにしないよ、多分」

わくわくが抑えきれないといった顔で言う。
とにかくやってみたくて仕方がないんだろう。

唯「いこっ」

と、手を引っ張られてしまう。

朋也「あ、おい…」

―――――――――――――――――――――

唯「あのぉ、すみませぇん…」

女「…なんだい。客かい」

唯「はい、そうですっ」

女「じゃ、座りな」

唯「あ、はいっ」

易者と対面する。

女「で、なにをみて欲しいんだい。将来性、恋愛運、金運…自分が気になることを言ってごらん」

唯「えっと…じゃあ、将来性でお願いしますっ」

女「手、貸してみな。両手な」

唯「はい」

言われたとおりに従う。

女「ふむ…」

時に揉んだ手をじっと見つめ、時に指で掌線をなぞったりしていた。

女「あんた、変わった感性をしてるようだね。はっきりいって変人だよ」

唯「へ、変人…」

女「それに、注意力散漫なところもあって、どこか抜けてる」

唯「うぅ…」

女「でも、人の気持ちを察したり、周りを明るくすることに長けてる」

女「そんなところが好かれて、人が集まってくるようだね」

…当たっている。その通りだった。

女「味方が多い人生を歩めるだろうね。なにかあれば誰かが助けてくれるくらいに」

女「そんな環境だから、なにかやりたいことがあれば、成し遂げられる可能性は高いよ」

女「それに、あんた自身も素質に恵まれているようだしね」

唯「ほんとですか?」

女「ああ。芸術面と知能面に適正があるよ。音楽でもやれば、人の心をしっかり掴むことができるだろうし…」

女「勉強すれば、いい成績を残せるだろうね」

唯「ええ、私成績ぜんぜんよくないですよ? 一年生の時は追試になっちゃったし」

女「それはあんたの努力不足だよ。やればできるんだから、頑張りな」

唯「はぁい…」

女「それと、あんた今いくつだい?」

唯「17歳です。高校三年生です」

女「そうかい。じゃあ、心しておきな。この時期、あんたの人生に今後深く関わってくるパートナーが現れるから」

唯「パートナー?」

女「まぁ、ありていに言えば彼氏だね。それで、その男なんだけど、必ずしもあんたとくっつくわけじゃないからね」

女「もし、一緒になれなかった時は、もちろんその後の人生もガラッと変わってくるよ」

女「ああ、でも、不幸になるって言ってるわけじゃないよ。ただ、幸せの形が変わるってだけだからね。そこは心配ないよ」

唯「それなら、大丈夫ですっ。もう、朋也が私の彼氏になってくれましたからっ」

なんて恥ずかしいことを初対面の人間に言うのだろう、こいつは…。

唯「朋也は、私の運命の人だったんだねっ」

朋也「んな大げさな…」

女「この無愛想なのがそうとは限らないよ。あんたくらい器量がよければ、他にも候補はたくさんいるだろうからね」

唯「そんなことないですっ、私には朋也だけですからっ」

朋也(ぐあ…)

体温が上がっていく。顔が熱い…。
俺はシャツをはだけさせて必死に熱を逃がしていた。

女「愛されてるじゃないかい、彼氏くん」

朋也「はは…」

唯「朋也、愛してるぅ~、ちゅっちゅっ」

朋也「こ、こら、やめろっての…」

女「まぁ、これであんたの占いは終わりだよ」

唯「ありがとうございましたっ」

女「次は彼氏くんかい?」

朋也「俺はいいっす」

唯「ええ~、朋也も占ってもらおうよぉ~」

女「彼女もこう言ってるんだ、座りな」

朋也「はぁ…」

成り行きで俺も占ってもらうことになってしまった。
唯と交代で座る。

女「で、なにをみてほしい?」

朋也「寿命で」

女「そんな具体的なのは無理だよ。もっと全体的な大きな流れのあることにしな」

朋也「漠然といつ死ぬかでいいっす。何歳代の時とか、そんな感じで」

唯「朋也、死んじゃやだよぉっ」

後ろから抱きついてくる。

朋也「いつかは死ぬんだからしょうがないだろ…離れろって」

唯「うぅ…その時は、私が楽しいお葬式にしてあげるからね…」

こいつは本当は俺のことが嫌いなんだろうか。

女「…まぁ、そんなに死期が知りたいなら、一応やってあげるよ。手、出しな」

ドキドキ

さっきと同じ要領で鑑定が始まる。
最中はずっと手がくすぐったかった。

女「…こりゃ、また珍しい…」

目を丸くして、溜めがちに言った。

女「ちょっとした行動、選択次第で、ここまで結末が変わるとはね…」

結末…?

朋也「あの、どういうことっすか」

女「そのまんまの意味さね。自分のありかた次第で未来が変わっていくってこと」

朋也「それ、普通じゃないですか」

女「あんたの場合はちょっと人と違うんだよ」

女「あったかもしれない未来、その可能性の振れ幅が大きいんだ」

女「例えば、怠惰な受験生がいて、入試に落ちたとする」

女「そして、本命じゃないにせよ、第三志望に受かっていたら、そこで選択肢が生まれる」

女「そのまま第三志望に進学するか、本命に受かるために浪人するか、すべてを諦めてニートになるか…様々だ」

女「それは一見、人生を大きく左右する大事な選択のようにみえるけど、実はそうでもない」

女「ニートを選ぼうが、一念発起して再受験を志す奴はそうするし…」

女「進学しても、腐って辞める奴もいれば、頑張っていい人生を目指す前向きな奴もいる」

女「浪人するにしたって、頑張る奴、怠ける奴、どっちも同じようにいる」

女「結局は、そんな選択とは無関係のところで、本人の資質が一番重要になってくるんだ」

女「それによって進むべき人生の方向性が定まっていくかんだからね」

女「だから、どの道をいこうが、最後には似たような場所にたどり着くことが多い」

女「例外があるとすれば、事故や、不運…自分の努力じゃどうしようもない巡り合わせだね」

女「そう…そんな抗いがたい運命とでもいうべき事の流れが極端なのが、あんたなんだよ」

女「身の振り方によってまるで別方向の人生に別れ、けっして一本で交わることがないんだ」

女「あたしも長くこの仕事やってるけど、こんな奴初めて見たよ」

朋也「はぁ…」

俺にはこの人が言っていることも、その例えもよくわからなかった。

朋也「それで…俺、いつ頃死ぬんすか」

女「そんなの、あんた次第としか言えないね」

朋也「そっすか」

単にわからなかったから適当なこと言ったんじゃないだろうな…。

朋也(まぁ、いいけど…)

朋也「じゃあ、もう行くんで、お会計お願いします」

女「ああ、お金なんかいらないよ。特別にタダってことにしてあげるよ」

唯「いいんですかっ?」

女「ああ。もうこの町も今日で去るしね。それに、変わった手相も見れたし、あたしゃ満足だよ」

唯「わぁ、じゃあ、朋也のおかげだねっ。さすが朋也だよぉ、好き好きぃ~」

また後ろから抱きついてくる。

朋也「立つから、離れてくれ」

唯「このまま立っていいよ?」

朋也「そしたら、おまえがぐちゃーってなるじゃん」

唯「ならないから、立ってみて?」

朋也「ほんとに立つぞ」

唯「どうぞどうぞ」

朋也「後で文句言うなよ…」

立ち上がる。すると、流れるように体をシフトさせ、そのまま俺の腕に絡んできた。

朋也「おお…」

唯「ね?」

朋也「ああ、すげぇな」

唯「えへへ」

変なところで器用な奴だった。

朋也「それじゃ、ありがとうございました」

唯「ありがとうどざいましたぁ」

女「ふたりとも、いつまでも仲良くするんだよ」

唯「はい、もちろんですっ」

しゅび、っと片手で敬礼の形をとる。
別れの挨拶を終えると、俺たちは腕を組んだままその場を後にした。

―――――――――――――――――――――

唯「ねぇ、朋也。プリクラ撮らない?」

陽も少し傾きかけてきた頃、唯が言った。

朋也「そうだな…じゃ、ゲーセン寄っていこうか」

唯「うんっ」

―――――――――――――――――――――

唯「う~ん…」

プリント機の中、唯が画面と向き合っていた。

唯「ねぇ朋也、美白にしちゃう?」

朋也「いや、普通でいってくれ」

唯「美白朋也もみてみたかったなぁ~」

朋也「俺は黄色人種でいいよ」

唯「お、アジア人の鏡だね」

朋也「だろ?」

唯「うん、あはは」

ガイド音声が流れ、撮影に移行したことが知らされた。
唯は俺の隣に立ち、寄り添うように腕を絡めてきた。
俺も枠に収まりきるよう、体をくっつけた。
少し照れくさい。カメラで映し出された俺の顔は、なんとも締まりがなかった。

朋也(む、いかん…)

キリッと表情を作る。だが、それだと怒っているように見えた。
自分の生まれ持った仏頂面が恨めしい。こういう時の微調整が難しいのだ。
一方、唯の方はいつも通りのにここやかな人懐っこい笑顔だった。

朋也(俺も合わせなきゃな…よし…)

俺の必死な試行錯誤が始まった。
そうこうしている内に、何度か撮られる。
次に、今撮った画像データが表示され、編集する一枚を選ぶよう促された。

唯「これでいい? 朋也が一番自然に笑ってるよね」

そう、その一枚以外は表情がぎこちなかったり、睨んでしまったりしていたのだ。

朋也「そうだな、それにしてくれ…」

唯「じゃ、これにするね」

選択すると、隣の落書きスペースへ向かった。

―――――――――――――――――――――

唯「ふんすっ、ふんすっ」

朋也「なにやってんの」

唯「ハートスタンプいっぱいつけてるんだよ」

朋也「そっか…」

唯の方のタッチパネルを見てみる。もうかなりの数がふたりの周りにあった。

朋也「でも、もうそろそろいいんじゃないか、ハートもさ」

唯「そうだね、このくらいにしとこうかな」

ペンを置く。

唯「あれ? 朋也はなにもしないの?」

朋也「ああ、俺は別に」

唯「じゃ、そっちも私がやっていい?」

朋也「ああ、いいけど」

唯「やったっ」

俺の側にあったペンを取り、嬉々としてパネルと向かい合った。
今度はネタに走ったようで、当て字で『愛死手瑠(あいしてる)』などと書き込んでいた。

―――――――――――――――――――――

空がオレンジ色に染まる中、俺たちは帰り道をゆっくりと歩いていた。

唯「えへへ~」

ゲーセンを出てからも、唯はずっとシールを眺めていた。

唯「どこに貼ろうかなぁ…携帯に貼っとこうかな…あ、ギー太もいいかもっ」

朋也「あんまり目立つとこはやめとこうぜ。バレたらことだしな」

唯「私たちが付き合ってること?」

朋也「ああ」

唯「もう言っちゃおうよ。公言して回ろうっ。そしたら、朋也の浮気防止にもなるし」

朋也「そんなことする予定ないから、しなくていいって」

唯「朋也にその気がなくても、女の子の方から、好き~ってくるかもしれないでしょ」

朋也「そんなこと一度もなかったし、もしこれからあったとても絶対断るよ」

唯「ほんとかなぁ? 朋也、可愛い女の子に弱いからねぇ…」

朋也「そうだな。だから、逆に信用できるだろ? おまえが一番可愛いと思ってるからな、俺は」

唯「…えへへ、ありがとう」

小首をかしげて、照れたように微笑む。
結果的に口止めを続行させることに成功していた。
今度からなにか言いくるめようとする時は、こういう手を使っていこうと、そう思った。

―――――――――――――――――――――

唯「あ、そうだ。憂にお土産買って帰ってあげなきゃ」

もうそろそろ平沢家に帰り着こうかというころまでやってくると、思い出したようにそう口に出した。

朋也「って、もうとっくに町なかから離れちゃったぞ」

唯「大丈夫、お土産はパンにするつもりだったから」

朋也「そんなこと一度もなかったし、もしこれからあったとしても絶対断るよ」

朋也「コンビニかなんかか」

唯「ううん、行きつけのパン屋さんがこの近くにあるんだ。朋也も来る?」

朋也「ああ、いくよ。最後までおまえを送っていきたいしな」

唯「えへへ、そっか。じゃ、いこうっ」

朋也「ああ」

―――――――――――――――――――――

朋也(ここか…)

公園のすぐ正面。一軒のパン屋があった。『古河パン』と看板にある。

朋也(すっげー地味な店…)

ガラス戸は半分閉じられていたが、中からは煌々とした明かりが漏れている。
まだ営業中のようだった。
にしても、入りづらい佇まいである。常連客以外が、訪れることがあるのだろうか?
俺がパンを求める客であったなら、遠くても別のパン屋を探すだろう。

唯「こんばんはぁ~」

でも今は唯について来ているのだから、ここに入るしかない。
戸の敷居を跨いで、中に踏み入る。

―――――――――――――――――――――

唯「あれぇ…」

誰もいなかった。

唯「早苗さぁ~ん、アッキ~」

声をかける。
それでも返事はなかった。

朋也(留守なのか…だとしたら、取られ放題だぞ…)

俺は棚に並べられたパンに目を向ける。

朋也(かなり残ってるな。どうするんだろ、これ…)

こんな遅い時間だというのに、トレイには大量のパンが並べられていた。
見た目はうまそうだ。

声「こんばんはっ」

いきなり背後で声。
驚いて振り返ると、ひとりの女性がすぐ近くに立っていた。
エプロンをしているところを見ると、きっと店員なのだろう。

唯「あ、早苗さんっ」

早苗「あら、唯ちゃん。今日はどうしましたか」

この人が昼に唯の口から出てきていた例の『早苗さん』なのか…。
若く、とても綺麗な女性だった。

唯「パンを買いにきたんだよ」

パン屋に来るのにそれ以外の理由があるんだろうか。

早苗「そうでしたか。でも、代金は結構ですよ。全部、余り物ですから」

唯「ほんとに? やったぁっ」

そんなことで、この店の経営は大丈夫なんだろうか…。

唯「じゃあ、早苗さんの今週の新商品がいっぱいほしいなぁ」

早苗「どうぞ、持っていってください、私の『パン・インザ・パン』」

唯「今回のはどんな感じなの?」

早苗「パンの中に、さらにもうひとつ小さいパンが入ってるんです」

早苗「もちろん、どちらも同じ味ですよ」

それは二重にする意味があるのか…?

唯「おもしろいねっ」

早苗「私も自信があったんですけど、なぜかひとつも売れなくて…少し落ち込んでたんです」

唯「大丈夫だよ、私は早苗さんのパンが素ですごく好きだから」

早苗「いつもいつも、ありがとうございます、唯ちゃん」

唯「えへへ」

早苗「ところで…」

俺を見る。

早苗「こちらのかっこいい男の子は、もしかして唯ちゃんのボーイフレンドですか?」

唯「実はねぇ…その通りなんだ」

早苗「まぁ…唯ちゃんも、やりますねっ」

唯「えへへ~、そうでしょ~」

ピースサインを作ってみせる唯。

早苗「お名前、教えてもらってもいいですか?」

俺に向き直り、そう訊いてきた。

朋也「岡崎っす」

早苗「私は、古河早苗といいます。よろしくお願いしますね」

朋也「ああ、はい、こちらこそ…」

早苗「それで、岡崎さん」

朋也「はい」

早苗「唯ちゃんと、末永くお付き合いしてあげてくださいね。すごくいい子ですから」

朋也「はぁ…」

憂ちゃんに言われたこととほとんど被っていた。
だが、この人からはなにか母親のような、そんな包容力が感じられた。
そこが憂ちゃんと唯一違う点だった。
こんなに若いのに、そう思えてしまうのは、大人の落ち着きと、この人の持つ温かい雰囲気からだろうか。
ならきっと、憂ちゃんも成長すればこの人のようになれるだろう。
あの子も似たような資質を持っているのだから。

声「あーっ! てめぇはぁっ!」

朋也「あん?」

聞き覚えのある声。振り返ると、今度は目つきの悪い男が立っていた。
そう、その男とは…

秋生「きのう俺様が買ったエロ本を物欲しそうな目で眺めてた小僧じゃねぇかっ」

あのオッサンだった。

朋也「んなことしてねぇだろっ」

秋生「女々しいぞてめぇっ! そうまでして無垢な少年を演じてぇのか、こらっ」

早苗「秋生さん、そういう本を買ってたんですか?」

秋生「しまったぁあああああああああっ!」

秋生「早苗、好きだ」

早苗「はい、私も好きですよ」

ものすごいごまかし方だった!

朋也(つーか、このふたり、夫婦かなんかなのかな…)

そう見えなくもない。というか…多分、そうなんだろう。
この店の名前が古河パンで、早苗さんの苗字も古河。
そして、このオッサンのサバゲーのチーム名も古河ベーカリーズだった。
これはもう、入籍していると見て間違いない…と思う。

唯「やっほ、アッキー」

朋也(アッキー?)

ということは…このオッサンが唯と小さい頃遊んでいた人物だったのか…。
なぜか、小さい子供と一緒になってはしゃぐこの人の姿が容易に想像できてしまった。
それはやっぱり、この人もまた子供のような振る舞いを平気でしてしまえるからなんだろう。

秋生「お、唯じゃねぇか。どうした、道に迷って家に帰れなくなったのか」

唯「そんなわけないでしょ~、いくら私でもこんなご近所さんじゃ迷えないよ」

秋生「じゃあ、なんだ、あれか…冷やかしか、おいっ!」

唯「違うってぇ。ちゃんと買いに来たんだよ」

秋生「おー、そうかそうか。じゃあ、早苗のパンを買っていけ。おまえ、好きだろ」

唯「うん、大好きっ」

秋生「よしよし、いい子だ。おまえくらいのもんだからな、自ら舌に過酷な負荷を与える奴なんて」

早苗「あの、どういう意味でしょうか」

秋生「早苗、愛してるぞ」

早苗「ありがとうございます。私も、秋生さんが大好きですよ」

ごまかしたということは…早苗さんのパンは、この店に並ぶパンの中での地雷なんだろうか。
そういえば、唯も創作サンドイッチで妙な物を作って、早苗さんを参考にしたような旨の発言をしていた。
つまりは、そういうことなんだろう。

唯「ていうかさ、アッキーと朋也って知り合いなの?」

秋生「ああ、きのうこいつがエロ本強盗しようとしてたところを、俺様が踏みとどまらせてやったんだ」

朋也「って、んな根も葉もない嘘をつくなっ! そもそもエロ本を買ってたのはあんたのほうだろっ」

秋生「シャラーーーーーーーップ! あれはただの参考書だっ!」

早苗「秋生さん、お勉強するんですか?」

秋生「ああ、俺はインテリになる。そして、この古河パンを全国チェーンで展開できるまでに発展させるんだ」

早苗「それは、すごいですねっ。頑張ってくださいっ」

秋生「ああ、任せろ。がーはっはっは!」

なんなんだろう、この人たちは…。
あまり関わり合いになってはいけない気がする…。

朋也「おい、唯。さっさと選んで帰ろうぜ」

秋生「こら、小僧っ! なに下の名前呼び捨てしてやがるっ」

早苗「秋生さん、この岡崎さんという方は、唯ちゃんのボーイフレンドなんですよ」

秋生「なにぃいいいいいっ!? 許さんぞっ! こんなウジ虫なんかにうちの娘はやらんっ!」

唯「って、私はアッキーの子供じゃないでしょ」

秋生「ん、そういえば、そうだった時期もあるな」

なぜ反抗期のように言うのだろう。

唯「アッキーの本当の子供は、渚ちゃんじゃん」

秋生「ああ、そうだな…そうだよな…」

早苗「秋生さん、渚が進学してこの町を出てしまったものだから、寂しがってるんですよ」

早苗「だから、唯ちゃんが娘だったらっていう願望が出ちゃったんですよね」

唯「へぇ、そうなんだ、アッキー?」

秋生「ん、まぁ確かにそういう事情もあるが…」

秋生「そうじゃなくても、俺はおまえを我が子のように思ってるけどな。もちろん憂もだが」

早苗「私も、そう思ってますよ」

唯「えへへ、ありがとう。私もふたりを本当の両親みたいに思ってるよ」

唯「うちのお父さんとお母さんはお仕事で家にいないことが多かったから、小さい頃からお世話になってるもんね」

秋生「そうだな。俺もよくおまえのオシメを替えてやったもんだぜ」

唯「そこまではしてもらってないよね…幼稚園の頃くらいからだから」

秋生「ま、それくらいに思えるほど長い付き合いだってこった」

唯「そうだね。渚ちゃんにも、ずっと遊んでもらってたしね」

唯「もう、私と憂にとっては、本当のお姉ちゃんだよ、渚ちゃんは」

お姉ちゃん…年上か? なら、確実に高校は卒業している年齢のはずだ。
それが娘だというこのふたり…とてもそうは思えないほど若く見える。
早苗さんなんか、制服を着れば今でも女学生といっても通用するくらいなのに…。
にわかには信じられない…。

秋生「渚のやつも、おまえら姉妹を本当の妹のように思ってるぞ」

秋生「おまえらが志望校に合格できたってわかった時は、自分の時より喜んでたからな」

秋生「力有り余って、あの地獄のようなだんご大家族ラッシュで祝ってたしな」

唯「ああ、あれはすごかったよね」

その時のことを思い出したのか、三人とも笑い出していた。

なんだか俺一人が蚊帳の外で、少しだけ寂しかった。

唯「それで、渚ちゃんは今元気?」

秋生「ああ、何事もなく楽しい女子大生ライフを送ってるみてぇだ。近況報告の手紙に書いてあった」

唯「そっか…よかった。渚ちゃん、病気がちだったからね」

秋生「そうだな…原因不明だったせいで、治療のしようがなかったからな…」

秋生「だが、定期的に起きてた発熱が、ある時を境に全く無くなって、そこからだな。あいつが元気になっていったのは」

秋生「っとに、気まぐれすぎるぜ、神様ってのはよ…」

言って、くわえタバコをくゆらせた。

秋生「ま、それはいいとして…パンだったな」

店内を見渡す。

秋生「好きなもん好きなだけ持っていけ。どうせ売れ残りだ。この後近所にさばく予定だったからな」

秋生「ただし小僧、てめぇは有料だ。倍額で買ってけ、こらっ」

朋也「いらねぇっての。つーか、一割引きしてくれるんじゃなかったのかよ」

秋生「なんでおまえなんかに割り引いてやらにゃならねぇんだっ! そんな筋合いはねぇっ!」

朋也「サバゲーで負けて、自分から言い出したんだろうがっ」

秋生「ふははは! あんな口約束信じるとは、やはりただの小僧だな」

理不尽すぎる大人だった。

―――――――――――――――――――――

唯「朋也って、アッキーと仲いいんだね」

パン屋を出ると、唯がそう言って話しかけてきた。
その胸には、いっぱいになった紙袋を抱えている。
俺も同じように両手が塞がっていた。

朋也「どこがだよ…」

唯「私にはそうみえたけどなぁ。それに、なんかふたりとも似てるし」

朋也「嘘だろ…俺、あんな感じなのか?」

唯「みかけのことじゃないよ? なんていうか、中身的な感じでね」

朋也「そっちのが俺はショックだぞ…」

唯「なんで? いいじゃん、アッキー」

朋也「いや、まだ数回会っただけだからどうかしらないけどさ…どう考えても俺のキャラじゃないだろ」

唯「でもさ、アッキーが早苗さんをごまかす時の方法とか、朋也のごまかし方とそっくりだよ」

唯「前に私、朋也に耳元で好きって言われ続けて、許しちゃったことあったもん」

あれか…。確かに身に覚えがあった。

朋也「…それは、俺があのオッサンに似てるんじゃなくて、おまえが早苗さんに似てるんだ」

唯「あ、その言い訳の仕方もなんか似てる」

朋也「そんなわけない。あんまり言うと、このパンがどうなるかわかってるのか」

唯「今のもそっくりだよ」

朋也「くそ、マジかよ…」

唯「もう認めちゃいなって」

朋也「いやだ」

唯「あはは、頑固だなぁ、朋也は」

あんなオッサンと同類なんて冗談じゃない。
………。
けど…なぜだろう、そう言われ、俺は不思議な感覚にとらわれていた。
古河パンという空間、そして、早苗さんとオッサン…それに、渚という子。
なにか心の奥底で引っかかるものがあった。
昔…遠い昔に、俺は誰かのために頑張っていて…充実した温かな日々を送っていた気がする。
そんなこと、年齢から考えても絶対にありえないのに…なぜか実感としてあった。
そして、その最後。とても悲しいことがあって、俺は耐え切れなくて…
どうなってしまったんだろう。ぼんやりと浮かんでくるのは後悔の念だった。
なんなんだろう、この不安は。胸の痛みは。

朋也「唯…」

俺はたまらなくなって、その名を口に出した。

唯「ん? なに?」

いつもと変わらない様子で返してくれる。
そんなありふれたことだけで、俺は平静になれた。

朋也「好きだよ」

唯「え!?…う、うん…私も」

不意打ちになってしまったようで、少し動揺していた。
そんな慌てぶりが可笑しくて、思わず笑ってしまう。

唯「あ、もう…なんで笑うのっ」

朋也「いや、おまえが可愛いからつい」

唯「意味わかんないっ」

そっぽを向かれてしまった。それでも、俺はずっと笑顔でいられた。
そして、切に思う。
こんな温かな日々を。どうかいつまでも…俺にください。

―――――――――――――――――――――

5/10 月

唯「おはよぉ、朋也」

憂「おはようございます、岡崎さん」

朋也「おはよ」

憂「うふふ…」

憂ちゃんが俺を見ながらこらえ笑い。

朋也「うん? なんだよ、憂ちゃん」

憂「ふふ、きのうはすごくラブラブなデートだったみたいですね」

憂「お姉ちゃんから見せてもらいましたよ、プリクラ」

唯「えへへ、つい自慢したくなっちゃってねぇ」

朋也「そっかよ…なんか恥ずかしいな…」

憂「岡崎さんもすごくいい笑顔で写ってましたよね」

朋也「それなりに頑張ったんだよ」

憂「あはは、岡崎さん、普段はクールですもんね」

その表現はきっと、『無愛想』を最大限に持ち上げてくれたものなんだろう。

朋也「まぁ、あんなさわやかな笑い方はしないかな」

憂「それだけレアだったんですよね。あーあ、私も生で見たかったなぁ~」

朋也「そっか? じゃあ…」

前髪をさらっとかきあげる。
そして、笑顔で目を細めながら…

朋也「憂ちゃん」

切なげにその名を呼んだ。

憂「岡崎…さん」

憂ちゃんの表情にとろんと酔いが帯びる。

朋也「憂ちゃん…いや、憂。俺は君のためにずっと笑い続けていたい。そうしてもいいか?」

憂「うん…私、そうしてほしいよ…朋也…」

今、二人だけの世界が形作られていた。

唯「って、なに目の前で浮気してるの!? だめぇーっ!」

間に割って入ってくる唯。
ふたりで作り上げた甘い空間が音を立てて崩れていった。

朋也「ああ…もったいねぇ…」

唯「なにがもったいないっていうのっ! 馬鹿朋也っ」

朋也「いや、俺と憂ちゃんのラブロマンスが始まろうとしてたじゃん、今」

唯「だから邪魔しに入ったんですけどっ」

憂「お姉ちゃん、怒っちゃやだよ?」

唯「憂も、悪ノリしちゃだめっ」

憂「てへっ」

舌をぺろっと出していた。憂ちゃんにもこういうところがあるのか…。
どことなく唯っぽい。やはり、なんだかんだいっても血の繋がった姉妹なのだろう。

唯「朋也、なんでいつも憂にはすごく尽くしてあげるの? もしかして…」

朋也「ああ、その通り。俺は憂ちゃんが大好きだ」

憂「ありがとうございますっ。私も岡崎さんが大好きですよ」

朋也「憂ちゃん…」

憂「岡崎さん…」

見つめあう。

唯「うぅ…もういいよっ、ふたりともきらいっ」

早足で先に進んでいく唯。

憂「あ、待ってよぉ、お姉ちゃ~ん」

それを憂ちゃんが追っていく。いつも通りの、ちょっと騒がしい朝の光景だった。
ちなみに、この後俺は唯の許しを得る代償として、五本分のアイスを奢る契約に判を押してしまっていた。

―――――――――――――――――――――

………。

―――――――――――――――――――――

昼。

澪「いよいよ今週末だな」

律「ん~? なにが」

澪「なにがって、創立者祭に決まってるだろ。どうやったらそんな大事なことが頭から抜け落ちるんだ」

律「ちゃんと覚えてるよ。ただ、私の携帯も週末に機種変しにいくつもりだったから、それとどっちかなと」

澪「おまえの予定なんて知らないからな…」

春原「ムギちゃん、当日は僕とふたりっきりで模擬店みてまわろうね」

紬「えっと…ごめんなさい、その日は体調がすこぶる悪いの」

春原「すがすがしいほどわかりやすい仮病っすかっ!?」

律「わははは!」

―――――――――――――――――――――

………。

―――――――――――――――――――――

その日の放課後。軽音部では、ティータイムもほどほどに、すぐさま練習が始まっていた。
追い込みというやつなのだろうか。皆、表情が本番さながらの真剣さだった。
こいつらのそんな姿を初めて見たのは、4月にあった新勧ライブのあたりだった。
あの頃はその場にいることさえ常に違和感がつきまとっていたのに…今はどうだ。
すっかり馴染んでしまい、演奏を聴きながら、のんきに茶なんかすすってしまっているではないか。
本当に…こんな風になるなんて、考えもしなかった。
世の中、なにがどうなるかわからないものだ。

朋也(ふぅ…)

俺は湯飲みを手に取った。そして、一度喉を潤す。

朋也(創立者祭か…)

例年通りに過ごすなら、朝の出欠だけ出て帰るのだが…
今年はそういうわけにもいかない。もちろん、軽音部の手伝いがあるからだ。
それに、俺は唯と一緒にこのイベントを楽しんでみたかった。
まぁ、ふたりっきりというわけにはいかないだろうが…それでもだ。

春原「おい、岡崎」

後ろから春原の声。振り返る。

朋也「なんだよ」

春原「○×ゲームしようぜ」

ペンを持ち、ホワイトボードをこんこんと叩いている。

春原「僕の神の一手をみせてやるよ」

朋也「やらねぇよ。ひとりで詰め○×ゲームでもやってろ」

春原「んだよ、ノリ悪ぃなぁ…ま、いいけど」

きゅぽん、とキャップを外す。そして、おもむろに落書きを始めた。
どうやら部長の似顔絵のようだ。
原型をとどめていないくらいにぐちゃぐちゃだったが、注意書きされていたのでなんとかわかった。
きっとまた、それを見た部長が怒って、春原と一騒動あるのだろう…ぼんやりと思った。

―――――――――――――――――――――

5/15 土

火、水、木、金と過ぎ、創立者祭前日の土曜。
今日は午後から、体育館と講堂で明日のリハーサルが行われる。
三年のほとんどは真っ直ぐ帰宅することになるが、その他の生徒は昨日に引き続き明日の準備に入る。
学祭のような催しに、合計して一日分しか準備時間を割かないというのが実に進学校らしい。

和「ふぅ…」

律「お疲れだなぁ、和」

澪「生徒会、すごく忙しそうだもんな」

和「ええ、まぁね…」

創立者祭は生徒会主導らしく、真鍋は昨日から各種業務に追われ奔走していた。
それはもう、昼食をゆっくり食べる時間さえまともに取れないほどに。

和「ん…」

腕時計を見る。

和「もうこんな時間…そろそろいかないと」

言って、弁当を片して席を立った。

和「また後でね」

律「おう」

唯「頑張ってね、和ちゃん」

和「あんたたちもね」

―――――――――――――――――――――

律「んじゃ、リハ行くか」

昼を済ますと、俺たちはそのまま部室へやってきた。
これから機材の搬入が始まるのだ。

律「あんたらは重いもの持ってくれよ」

朋也「ああ、わかってるよ」

春原「へいへい」

がちゃり

さわ子「ん…まだみんないるわね」

唯「あ、さわちゃん」

さわ子「ふふふ、今回のステージ衣装を持ってきたわよ」

その両腕にはケースが5段重ねで抱えられていた。

律「今週全然来ないと思ってたら…それ作ってたの?」

さわ子「ん~、ちょっと違うわね。確かに、衣装を作ってたっていうのもあるけど…」

さわ子「主な原因は、新しく出来た合唱部の面倒をみてたことかしらね」

紬「え? 合唱部、できたんですか?」

さわ子「ええ。二年生の子が新しく部を作るために4人集めてね。あなたたちと似てるでしょ?」

律「あー、確かに。思い出すなぁ~…私たちは廃部になりかけてたところをギリで防いだんだよな」

唯「私という逸材が入ったことで救われたんだよね」

律「なにが逸材だよ、ハーモニカ吹けますとかハッタリかましてきたくせに」

唯「てへっ」

さわ子「ま、それで、技術指導を頼まれてしばらく出張してたのよ」

律「指導って、それ顧問の仕事じゃないの?」

さわ子「いろいろ事情があって、担当顧問は幸村先生がされてるんだけど…」

さわ子「先生、もともとは演劇部の顧問をされてらしたから、細かい技術面の指導はしてあげられないのよ」

あの人が演劇部の顧問…知らなかった。それほど活動が慎ましい部だったのだろう。

春原「あのジジィに大声出させたら、すぐに天からお迎えが来ちゃいそうだもんね」

さわ子「失礼なことを言わないっ」

ぽかっ

春原「あでぇっ」

紬「でも、ちゃんと活動できてるんですよね?」

さわ子「ええ、もちろんよ」

紬「そうですか…よかった」

律「そういや、ムギは最初合唱部志望だったんだよな」

春原「マジで? ムギちゃんが合唱って…それ、もう天使じゃん」

律「あー、はいはい、そうですね」

唯「でも、一年生の頃はまだ合唱部がなくてよかったよね。ムギちゃん取られちゃうなんて絶対いやだもん」

澪「そうだな。ムギは作曲もしてくれるし、放課後ティータイムに欠かせない存在だからな」

律「菓子も紅茶も用意してくれるしなっ」

澪「おまえは即物的すぎて嫌なやつに見えるな」

律「え、マジ? いや、でもそれだけじゃないぞ? もちろんムギの存在自体が必要だって思ってるよ」

紬「ふふ、ありがとう、みんな」

さわ子「ま、合唱部の話はさておき…はい、みんなどうぞ」

部員たちにケースを配る。

さわ子「あら、梓ちゃんは?」

律「多分クラスの出し物関連で時間食ってるんじゃないの」

さわ子「そ。じゃあ、これはあとで渡しましょうかね」

言って、中野の分であろうケースを机に置いた。

朋也(ん?)

よくみると、そのケースには文字が書かれていた。
『かめしいくがかり』とある。

律「で、これなに? 『かちゅーしゃ』とか書いてあるんだけど」

紬「私のには『とだりゅうななだいめ』って書いてあるわ」

澪「私のは…うぅ…」

律「『しまぱん』って書いてあるな、澪のは」

唯「私は『うんたん』だけど…これ…もしかして…」

さわ子「ふふ、唯ちゃんは知っているようね。そうよ、その通りよ。開けてみなさい」

唯「うん」

ケースを開けて出てきたのは、近未来を思わせる皮製の真っ黒な全身スーツだった。
俺もよく知っているそのデザイン。それはまさしく…

唯「やっぱり、フンススーツだっ」

春原「うお、すげぇっ」

さわ子「ふふふ、そうでしょうそうでしょう」

律「なんだよ、フンススーツって…」

唯「りっちゃん、FUNSZU知らないの?」

律「知らないけど」

唯「FUNSZUっていうのはね、星人との生き残りをかけた戦いを描いた物語なんだよ」

律「星人? 火星人とかそんなあれか?」

唯「う~ん、なんていうか、地球外生命体のことかな。プレデターとかエイリアンみたいな」

律「ふぅん…」

唯「それでね、このスーツを着ると体がすっごく強くなって、人間でも星人と互角に戦えるようになるんだよ」

律「へぇ…それでなんかSFチックなのか、これ」

スーツをつまみ、眺めながら言う。

さわ子「唯ちゃん、ちょっと物置で着替えてきなさい」

唯「はぁ~い」

―――――――――――――――――――――

唯「どう? かっこよくない?」

スーツを身にまとった唯が戻ってくる。
そのぽわぽわした顔に戦闘服はミスマッチかとも思ったが…意外にアリかもしれない。

律「おお、確かに、かっこいいなっ」

紬「うん、いい感じ」

さわ子「絶対ウケるわよ、これ」

澪「でも…なんかピチピチしすぎてませんか?」

さわ子「大丈夫よ。澪ちゃんスタイルいいし、ボディラインがはっきり見えても問題無いわ」

澪「いえ、そういうことじゃなくて…」

律「あたしこれ着るわ」

紬「私も~」

澪「って、ちょっと待て、本気か? これ、絶対暑いぞ」

唯「けっこう涼しいよ?」

さわ子「その辺のことも考慮して、通気性がよくなるようにちょっと構造をいじってあるのよ。私のオリジナルでね」

澪「で、でも…」

律「なんだよ、澪。着ないつもりか? ひとりだけ普通だと、逆に浮いちゃうぞ」

澪「だ、だって、恥ずかしいし…」

律「いいから、着とけよ。これ着れば、こけてもパンモロしないですむぞ?」

澪「な、そ、そんなの気をつけてればいいだけの話だろっ。っていうか、梓も着たがらないと思うんだけどっ」

律「あいつは事後承諾でいいんだよ。後輩だし」

澪「そんな理不尽なことが許されるものかっ」

律「なんだその口調は…。まぁ、ともかく、ムギ。あたしらも着替えてこようぜー」

紬「うんっ」

澪「あ、ちょっと…」

律「諦めろ、澪。多数決的にもこれで決まりだ。唯も着る気まんまんだしな」

唯「いぇ~い」

澪「うぅ…でも…でも…」

律「みんな一緒の衣装で、結束力を固めようぜ? 同じ放課後ティータイムの一員としてな」

澪「…放課後ティータイムの…一員…?」

律「ああ、そうだ。私たち、仲間だろ?」

澪「うん…」

律「だからさ、おまえも来いよ。一緒に着替えようぜ?」

澪「…う、うん…わかった」

部長の口車に乗せられ、一緒に物置へと連行されていた。

春原「ねぇ、さわちゃん。僕もスーツ欲しいんだけど」

さわ子「あんたは着ても意味ないでしょ。エリア外に出てすぐ頭吹き飛ぶんだから」

春原「スーツ着てるのにそんな初歩的なミスで死ぬんすかっ!?」

朋也「まぁ、おまえは最初からエリア外に転送されてるからな」

春原「なんで僕だけ詰んだ状態から始まるんだよっ!」

朋也「カタストロフィの余波だな」

春原「納得いかねぇえええっ!」

―――――――――――――――――――――

人の行き交いの激しい昇降口を抜け、俺たちは講堂に向けて機材を運んでいた。

澪「うぅ…やっぱり目立つなぁ、この格好…」

切ない感じになるのかな・・・

確かに…ここにくるまでにどれだけの注目を集めてきただろうか。
すれ違った生徒なんかは総じて興味津々な様子で振り返っていたのだ。
中にはこのスーツにピンとくる奴もいたようで、そんな連中は訳知り顔でにやにやとしていたが。

唯「気にしちゃダメだよ、フンスッ」

律「そうだぞ、フンスッ」

紬「頑張って、澪ちゃん、フンスッ」

澪「なんでそんなに気丈でいられるんだよぉ…」

―――――――――――――――――――――

和「…まぁ、なんていうか、けったいな格好ね」

唯「かっこいいって言って欲しいなぁ」

律「そうだそうだぁ」

和「澪も、よくそんなの着ようと思ったわね」

澪「深い事情があったんだ…しょうがなかったんだ…私の真価が試されていたんだ…」

ぶつぶつと呪文のようにつぶやく。

和「そ、そう…とりあえず、順番が来たら呼ぶから、それまで待機しててちょうだい」

―――――――――――――――――――――

舞台袖に荷を下ろし、観客席側に出る。
壇上では、白いスクリーンが用意されていて、そこに映像が映し出されていた。
なに部かは知らないが、映像の調子を見ているようだった。

声「すみません、遅れましたっ」

唯「あっ、あずにゃんだ」

見ると、楽器を背負い、こっちに向けて小走りで駆けて来るところだった。

梓「準備が忙しくて、なかなか抜け出せなくて…すみませんでした」

梓「搬入も、もう終わっちゃってますよね…?」

澪「ああ。けど、しょうがないよ。一、二年生は大変だもんな、この時期は。だから、気にするな」

梓「は、はい…」

梓「………」

梓「えっと…それで、みなさんが着てるそれは一体…?」

澪「う、こ、これは…」

唯「ライブの衣装だよ」

梓「え? マジですか?」

律「超大マジだよん」

梓「そんな…澪先輩まで…」

澪「梓…これは試練なんだ。放課後ティータイムの絆が問われているんだ」

中野の肩をがしっと掴み、力強く語りだす。

梓「は、はぁ…」

澪「だから、梓…おまえも本番ではこれを着るんだ。いいな?」

梓「は、はい…わかりました…」

その有無を言わせない迫力を前にして、首を縦に振るしかないようだった。

和『合唱部の方、次なので準備をお願いします』

拡声器を使った声が届いた。
すると、端の方に腰掛けていた女の子たち4人が、そろってステージの方に歩いていった。

梓「あれ…うちの学校って合唱部ありましたっけ」

紬「新しくできたのよ。それも、一から部員を集めて、顧問の先生まで見つけてね」




梓「へぇ…すごいですね」

合唱部のリハーサルを俺たちは見届ける。
上手いとか下手とか俺にはわからない。
けど、間違いなく心は動かされた。
それは聴く前と、聴いた後の気分が違っていたのだから間違いない。
それを感動と呼ぶのは簡単な気がしたけど、でも、きっとそうなのだと思う。
続けて、軽音部が呼び出された。

律「うし、いくかっ」

唯「おーうっ」

澪「うんっ」

紬「やってやるですっ」

梓「って、それは私が言おうと思ってたのに…ひどいです…」

気合が入ったのか入ってないのかよくわからない号令をもって、歩き出す。
俺と春原はそれを見送った。
我が軽音部の、誇らしい部員たちを。

―――――――――――――――――――――

5/16 日

迎えた創立者祭当日。この日は通例、朝のHRで出欠だけ取ると、すぐさま自由時間となる。
それからは、ほとんどの生徒は遊びに出ることができるのだが…
発表を控えた文化系クラブの面々はそういうわけにはいかなかった。
午前中に組まれたプログラムに備えて、準備を始めなければならないのだ。
当然、軽音部の部員たちもそんな連中の側にいた。
だが、その発表順には少し余裕があったため、浮いた時間を最後の調整に充てることができたのだ。

朋也「………」

部屋中に音が鳴り響く中、俺は窓の外を見ていた。
立ち並ぶ模擬店の前にはどこも人だかりができている。
一般解放もしているため、私服で訪れている人も多く見受けられた。
それもあってか、かなり混雑しているようだった。
生徒会の人間とおぼしき連中が交通整備をやっているのが見える。ご苦労なことだ。

澪「よし…」

演奏が止む。

澪「このくらいにして、そろそろ講堂入りしとこう」

律「だな。おーい、おまえら、仕事だぞ」

春原「ふぁ…すんげぇ眠いんですけど…」

律「んとに緊張感ねぇなぁ、おまえは」

春原「だって、こんな早くに来るなんて平日だってないぜ? しかも日曜だし…」

律「しっかりしろよ。運んでる最中に落とされでもしたら困るからな」

春原「そんときゃ、ドンマイ」

律「なにがドンマイだ、アホっ! おまえの生死は問わないから身を挺して守れっ」

春原「やだよ。僕のビューテホーな顔に傷がついたらどうすんだよ」

律「最初から5、6発いいのもらったような顔してるから変わんねぇよ」

春原「あんだとっ!?」

くわっと目を見開く。
怒りが引き金となり、すっかり覚醒してしまったようだ。

―――――――――――――――――――――

搬入が終わり、後は出番を待つだけとなった。
俺と春原は軽音部の連中を舞台裏に残し、客席に下りていた。
椅子に腰掛け、映研が上映する短編映画をそれとなく観賞していたのだが…
物語もすでにクライマックスに差し掛かっていたようで、すぐに幕が閉じていった。
照明が戻り、観客の出入りがせわしく始まる。

声「よっ、ふたりとも」

そんな煩雑とした中、横から声をかけられた。

朋也「ん…」

振り返る。

春原「お、ようキョン」

キョン「よ」

キョンだった。
春原にぴっと片手を上げて返し、その隣に腰掛ける。

キョン「えーと…」

座るなり、パンフレットを開くキョン。

キョン「軽音部は次の次なんだな」

朋也「ああ、そうだけど…なんだ、ライブ目当てか」

キョン「まぁな。一度関わっちまった手前、興味湧いたからな」

朋也「そっか」

春原「つーかさ、おまえ、ひとりなの?」

キョン「ああ、そうだが」

春原「ハルヒちゃんはいいのかよ。ふたりで見回らなくてさ」

キョン「なんで俺がわざわざあいつと…」

春原「んなこと言ってると、他の男に取られちゃうぜ?」

春原「今日は他校の男共もナンパ目的でかなり来てるからな」

春原「ハルヒちゃん可愛いし、絶対狙われるぞ」

キョン「そんなことは俺の知ったことじゃない」

春原「へっ、こいつはまた…強がんなって」

キョン「強がってない」

春原「んじゃ、僕が口説きにいってもいいのかよ?」

春原「こんな周りが浮き足立ってる時に僕の巧みな話術展開しちゃったら…一瞬で落ちるぜ?」

キョン「好きにしてくれ」

キョン「まぁ、あいつは今日イベント打ってて忙しいから、相手にしてもらえるかどうかはわからんがな」

朋也「おまえらのクラブもなんかやってんのか?」

キョン「ああ。俺は詳細を伝えられてないんだが…」

キョン「なんでも、アンダーグラウンドとかいう格闘技興行を秘密裏に運営するってことらしい」

朋也「…なんかヤバそうなことやってるな」

キョン「俺はメンバーから外されちまってるんだけどな。あんたには荷が重過ぎるから、ってさ」

それはもしかしたら、こいつを保護するための措置だったんじゃないだろうか。
そんな気がした。

和『お待たせしました。続いては、合唱部によるコーラスです』

真鍋の声がして、幕が上がる。
舞台には、昨日のリハーサルでみた女の子たちが立っていた。
皆緊張した面持ちでその時を待っている。
音楽が鳴り始めと、それが始まりの合図だった。
彼女たちの歌声は、高く館内に響き渡っていた。

―――――――――――――――――――――

合唱部の曲目が終わると、次はいよいよ軽音部のライブだった。
途端に客足の入りが激しくなる。主にうちの生徒がわいわいと集まりだしていた。
やはり校内人気は相当高いようだ。

春原「やべっ…僕トイレいきたくなっちゃったよ」

キョン「そろそろ始まるぞ」

春原「ちょっとダッシュで行ってくるっ」

朋也「っても、この人の多さだぞ。多分押し戻されて戻ってくるだけだ」

朋也「ライブ終わるまで出られねぇよ」

春原「そ、そんなぁ…どうすりゃいいんだよ…」

朋也「諦めてそういう下ネタだって言い張れよ」

春原「って、それシャレになってねぇよっ!」

キョン「ははは、まぁ、30分で終わるみたいだし、それくらい耐えられるだろ、おまえなら」

春原「下ネタに長けてるみたいな言い方しないでくれますかねぇ…」

和『続きまして、軽音部によるバンド演奏です』

真鍋のアナウンスが流れる。すると、それだけでわっと歓声が上がった。
幕がゆっくりと上がっていき、徐々に部員たちの姿が見えてくる。
観客のテンションも右肩上がりだ。
そして、現れる…黒いスーツを身にまとった5人組が。

キョン「…なんだ、あの格好は…」

キョンが訝しげな顔をして疑問符をつけていた。
館内にもあちこちでどよめきが起こっている。
ところどころ、FUNSZUと聞えてくることもあったが…
知らない奴が見れば、さぞ異様に見えたことだろう。

唯『みなさんこんにちは! 放課後ティータイムです!』

唯『今日はお忙しいところお集まりいただき、まことにありがとうございます!』

律『かたいっつーの』

どっと笑いが起こる。
そのおかげで、衣装への不和がほぐれたのか、客席からも声が上がりだした。

声「唯ちゃーーん!」

声「唯ーーー!」

声「平沢さーーんっ」

黄色い声援も中にはあったが、ほとんどが男の野太い野次だった。
MCだからなのか知らないが、唯に集中している。

朋也(そういえば、真鍋の奴が唯はモテるとか言ってたな…)

朋也(もしかして、唯ファンの連中なのかな…)

そう考えると、ちょっとした優越感が味わえた。

朋也(てめぇら、唯は俺の彼女だぜ…ふふふ…)

唯『みんな、ありがとぅーっ』

壇上で大きく手を振る。

唯『えーっと、初めての人は、はじめましてっ。二回目以降の人は…うぅん? えーと…』

唯『こ…こんにちはっ』

声「こーんにーちはー」

某長寿昼番組風な答えが返ってくる。

唯『えへへ…えっと、私たちはこの学校で軽音部に入って活動してる、放課後ティータイムといいます』

声「そーですねー」

唯『あははっ…ん、でですね、実は、先月新勧ライブをやったんですよ…』

マイクに手を当て、内緒話のようにささやいた。

律『シークレット調に話す意味がわからん』

唯『そっちのほうが深みが出るかなと思って…』

律『深みっつーか、むしろなんか裏がありそうに見えるんだけどっ』

唯『ありゃ? そう?』

そのやりとりで、客席が笑いで沸いていた。
あれは全部アドリブでやっているんだろうか。
とくに打ち合わせしていた様子はなかったように思う。

唯『まぁ、それでですね、新勧ライブなんですけど…やったってところまで話しましたよね?』

律『ところまでって、そこが冒頭だろ』

唯『そうですそうです、ここから物語が展開していくんです』

唯『それでですね、やったのに全然新入部員が入ってくれなかったんですよ、あははー』

律『起承転結してなすぎること物語るなよ。起結しかねーじゃん』

声「りっちゃーん、ツッコミ代弁ありがとー」

客席から声。

律『ははっ、いやいや…』

唯『まぁ、そういうことなので、ただいま部員募集中ですっ! 来たれ、興味のある人!』

声「唯ーーーっ! 俺が入るぞぉおおおっ!」

今までの野次とは質の違う、よく通る大きい声。
その発生源に館内すべての注目が集まっていた。

キョン「あ…あの人は…」

春原「うわ…サバゲーの男だ…」

朋也(オッサン…来てたのか)

秋生「唯ーーーっ! 俺がラップ担当してやるぞぉおおっ!」

秋生「YO! YO! 俺MCアキオ マイク握れば最強のパンヤー」

ずるぅ!

満場一致で盛大にずっこける。

キョン「つーか、平沢さんの知り合いだったのか…」

春原「変な人脈持ってるよね…やっぱ、類は共を呼ぶって奴なのかな、ははっ」

朋也「無理して覚えたてのことわざ使わなくていいぞ」

多分誤字もしているような気がするし。

春原「無理なんかしてねぇってのっ!」

唯『ア、アッキーはもう高校生じゃないから無理だよ…』

秋生「なにぃいいっ! 自分から誘っておいて…」

発言の途中、隣に座っていた女性に止められる。
その人はオッサンになにかを言い聞かせ、根気よくなだめているようだった。
そして、その説得が功を奏したのか、オッサンもしぶしぶ座っていた。
女性がステージに向かって手を振る。
よく見ると、その女性は早苗さんだった。

唯『ありがとうっ、早苗さん』

唯も手を振って返していた。

唯『さて、告知も終わりましたので…本番いってみましょうっ』

唯『それじゃ、一曲目、カレーのちライス!』

いつも練習で聴いていた、馴染みある音が奏でられる。
そこに唯の声が乗ると、ひとつの曲として走り出したことを実感する。
館内は、騒然と熱気に包まれ始めていた。

―――――――――――――――――――――

唯『ありがとうございましたぁっ』

最後に一言そう投げかけて、ライブの締めくくりとした。
未だ観客の歓声が続く中、幕が下りていく。
そして、興奮の余韻を残したまま、人の移動が始まった。

春原「やべっ、もう限界だっ」

流動する波の中に迷い無く飛び込んでいく。
押しつ押されつしながらも、掻き分けるように進んでいく。
無事にトイレまでたどり着ければいいのだが。

朋也(さて…)

立ち上がる。
幕の向こう側では、片付けが始まっているはずだった。
俺も行かなくてはいけない。

キョン「撤収作業にいくのか?」

朋也「ああ、まぁな」

キョン「じゃ、俺も手伝うよ」

言って、キョンも立ち上がった。

朋也「いいのか?」

キョン「どうせ暇だしな」

朋也「そっか。サンキュな」

キョン「おまえらをサバゲーに巻き込んじまったことあったしな。おたがいさまだ」

朋也「それは、その前におまえをバスケで借りてたからだろ」

キョン「そうじゃなくても、あの団長様なら無理にでも参加させてただろうからな」

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