僕「小学校で」女「つかまえて」(1000)

僕は大学生だった。

地元を離れて一人暮らしをしながら学校に通う、普通の人間。

少なくとも、はっきりと残っている昨日の記憶の中ではそうだった。

でも、今日の僕は昨日までの自分じゃ無くなっていた。

先生「新一年生の皆さん、こんにちは。ご入学おめでとうございます」

先生「この小学校で元気で明るく、楽しくお勉強して行きましょうね」

僕がいた場所は小学校だった。
離れたはずの地元の……十何年前に僕が通っていた校舎に僕はいた。

僕「せっくすってしってるかなー?」
女の子「しらなーい!どういうのー?」
僕「こういうのだよ!!」ガバッ

記憶が少しだけ蘇る。

この教室で先生の授業を受けていた昔。

教室も先生も何一つ変わっていない。

変わっていないと言えるのは、自分に大学に進学するまでの記憶がはっきりと残っているからだ。

小学一年生になったのはもう何年も前の事なのに……。

僕はもう一度同じ学校の一年生になっていた。

友「やあ僕ちゃん」

僕「あ、友……くん?」

隣の席に座っていた彼が声を掛けてくる。

顔を見るだけですぐに彼の情報が頭に思い浮かぶ。

幼稚園からよく遊んでいた、隣君。

家が近所で母親同士も仲が良かったはずだ。

教室をグルリと見回してみる。やはりみんな……学校に通っていた昔と変わらない。

やはりここは僕の通っていた小学校で、友達も先生もみんな当時と同じ……。

友「小学校でもよろしくね!」

僕「う、うん」

甲高い友の声、確か声変わりするまでは女の子みたいに声が高かったと……記憶がある。

僕(ここは本当に昔? 夢?)

僕はもう一度教室を見回してみる。

壁に掛かっているカレンダー……年数は確かに僕が小学校に通い始めた時の数字だ。

何となく、カレンダーに使われている写真も古臭く思える。

僕(本当に昔なんだ)

そう思った瞬間、もう一度小学生時代を過ごせる嬉しさのような気持ちが込み上げて来た。

僕(昔のままの教室、先生、友人……あれ?)

再び教室を見回していた途中、ある女の子を見つけ……視線が止まる。

女「……!」

彼女と目が合ってしまった。

小柄で可愛らしい……ロングヘアーの女の子だった。

だが、小学校の友人で彼女みたいな人間はいなかったはずだ。

女「……」

それでもその女の子は、何かを訴えるような目でこちらを見つめている。

僕(あれは誰なんだろう……)

女「……!」

あんな子は小学校にはいなかったはずだ。

それでも彼女の顔は何処かで見た事がある……この小学校にいなかったのは確かだが。

中学高、高等学校……転入生なども思い返してみるが彼女の姿は浮かび上がってこない。

相変わらず彼女は僕をじっと見つめている。

僕も彼女の顔をじっと……雰囲気を大人にして想像してみる。

僕(ん……確か……)

ようやく頭に浮かんできた彼女の顔を、僕は知っていた。

彼女も……僕と同じ大学に通っている生徒だった。

僕達二人は大学で知り合った。
僕の一つ下……彼女が入学してからすぐに気が合って仲良くなったのを覚えている。

気が合いすぎて恋人関係ではなく、お互いをよく理解しあえるような……彼女とはそんな曖昧な関係になっていた。

そんな彼女が自分と同じ教室にクラスメイトとして座っている……。

僕は初めて違和感を覚えた。

まず女の地元は大学がある地域だ。僕と同じ土地が地元という訳ではない。

何より、僕も女も同じ小学一年生となってこの教室にいる……

女だけは、この場所にいた事が無いはずなのに。

休み時間に僕は彼女の席へ真っ先に向かった。

女「……僕ちゃん?」

僕「うん」

女「なんで私たちこんな所にいるの? ここ、小学校? 大学は?」

どうやら彼女も記憶は残っているらしい。

「お、あつあつカップルがいるぞ~!」

僕(……!)

「ひゅ~ひゅ~」

女「僕ちゃん、こっち……外いこ」

僕(子供ってこんな感じだったよな)

当時の様子を思い出して、僕はまた少し懐かしさが込み上げて来た。

引っ張られるまま廊下に出て、僕たちの話は続いた。

女「ここは僕ちゃんが通っていた学校なの?」

僕「うん。年代も同じだからし施設も当時の雰囲気だから……」

女「過去?」

僕「時間だけは多分ね。でも女がここにいる理由がわからないんだよ」

女「私の小学校は大学のあった地域にあるから……」

僕「向こうの学校の記憶はある?」

女「あるよ。当然この学校の記憶は無いけれど……」

女「夢かな?」

僕「この感覚は夢じゃないよ。本当の昔の学校……同じなんだよ」

女「明日になったら帰れるかな?」

僕「それはわからないけど……」

話をしていると、先生が廊下を歩いて来るのが見えた。

先生の後ろには何人もの……母親、保護者だろうか。

華やかな格好をした女性達が一年生の教室に向かって歩いて来る。

先生「僕ちゃん、女ちゃん、教室に入って~。今からお母さんたちと帰りの会をするからね~」

いつの間にか下校時間が来たみたいだ。

教室の中の時計を見ると……まだ午後一時になったばかりだった。

女「一年生だもんね」

女「ふふっ、僕ちゃん一緒に教室はいろ~?」

僕「え、えっ?」

いきなり甘えたような声を女が出して来た。

可愛らしい容姿に小さな女の子ならではの、無邪気に笑顔に思わずドキッとする。

先生「あらあら仲がいいのね~」

女「は~い」

真っ赤になった僕を先生と彼女が見つめている。

女はイタズラな笑顔でこっちを見ている。

わざとだろうか。彼女がなぜこんな事をしたのか、今の僕にはよくわからなかった。

先生「それではみなさん、さよなら~」

全員「せんせい! さよなら~!」

大きな叫び声が教室に響き渡る。

多分僕と彼女だけは全く声を出していなかったんだと思う。

一年生の時は何でも全力だった……そんな記憶がある。

名前を呼ばれたら大きな声で返事をして、全力で手を挙げていた昔。

怖いモノは何も無かったような、それくらい元気で活発なのが一年生だったはずだ。

母「僕、帰りましょう」

そんな事をしみじみ考えていると、背中から声が掛かる。

振り返ってみると……まずは体格さに愕然とする。

僕たちの小さな体では大人はとても大きく見える、見えてしまう。

母「忘れ物は無い? じゃあいきましょ?」

顔のシワが少なくて……かなり若々しくも見える。

母「じゃあ先生にバイバイして……」

僕「バ……バイバイ……」

先生「はい、さようなら」

先生も母も、小さく手を振った僕を見て微笑んでくれていた。

女母「さよならのご挨拶は?」

女「先生さようなら~」

先生「はい、さよなら女ちゃん。僕ちゃんと仲良くね」

女「は~い」

女にも迎えの母親はいた……家族関係がどう変わったりするのかと不安には思ったが……

どうやら思い過ごしだったようだ。


母「女ちゃんて可愛いわよね、本当にもう」

本気で寝落ちしてました。



僕「女……ちゃんを知ってるの?」

僕は母に訪ねてみた。

母「小学校でできた初めてのお友達でしょ?」

彼女を知っている、という訳ではないらしい。

女母「ほら女……バイバイしましょうね?」

女「……バイバイ、僕ちゃん」

大学にいる時、女の母に会った事は一度も無い。

何度か女の話を聞いて、姿を勝手に印象で作ってしまっていたが……目の前にいる女の母はまさに印象通りの人物だった。

母が違う人物、という事はどうやらないみたいだ。

僕たちはそのまま、話す言葉も無く親に手をひかれながら帰って行った。

……

男「……ただいま」

車に乗せられて着いた家……ずっと変わらない自分の家だ。

環境が変化している感じはやはりしない。

途中、車から見える景色はやはりどこか懐かしく……昔に見ていた自分の町そのものだった。

母「お腹すいたでしょ? すぐにご飯作るからね?」

母はそそくさと台所へ向かう。

僕「……」

家の中を一人で歩く。

部屋には懐かしいオモチャや昔持っていた物がやはりそのまま……。

次は居間の窓を開けて外を見てみる。

目の前には小さな畑と田んぼが広がっている、穏やかな田舎の風景があった。

スーッと一息、深呼吸をしてみる。

冷たい空気と緑の匂いが体の中に入ってくる……。

何だかその空気はとても優しい気がした。

母「はい、できたわよ」

居間のテーブルに、コトリとオムライスの入った皿が置かれた。

丁寧に、てっぺんに旗までついている……。

母「ふふっ。はい、召し上がれ」

子供じゃない、と言い出しそうだったが母の笑顔を見たらそんなのもどうでもよくなってしまった。

目の前にあるオムライスを夢中で食べる僕。

優しくそれを見てくれている母……古いテレビから流れる昔のニュース。

僕(ああ、本当にここは僕の家なんだなあ)

今更ながら、よくわからない安心感が生まれてしまっていた。

昔とか今とかどうでもいい。

僕はそう思った。

母がテーブルの上を片付け、僕はボーッとテレビを見ている。

夕飯になるまで自由な時間が出来てしまった。

僕「……女にちょっと連絡してみようかな」

彼女は今何処で何をしているんだろう。

彼女だけはこの地域には住んでいなかったの人間なので、それが余計に気になった。

僕「えっと、携帯携帯……」

いつもの癖で僕は携帯電話を手探りで探していた。

自分のポケットにはそんな物が入っているわけは無いのに。

僕「電話は……家から家にかける時代か」

しかし女の自宅に直接電話をかけるとなると、それはそれで面倒だ。

僕は結局与えられた時間をテレビを見て過ごす事にした。

僕「……あ、このアニメ懐かしい。今これやってるんだ」

流れてくる主題歌にワクワクしてしまうのは、僕が子供になってしまったからだろうか。

……

ゆっくりと時間が流れていく。

僕「懐かしいなあ。でもこれ最終回もどうなるか知ってるからな……」

子供の頃から大好きだった作品をもう一度こうして見る事ができる、何だか変な感覚だった。

時計はまだ夕方五時を過ぎたばかりだ。

僕「小学生って暇なんだな……」

僕はまたボーッとテレビを見始めていた。

何も気にする事なくこうしてのんびりした時間を過ごす事ができる……。

僕「幸せだ……」

僕はもう一度、小学生としてその時間を過ごす権利を与えられたようだ。

僕「ゆっくり……したいな」

僕が通っていた大学は、けっして頭のいい大学では無かった。

理由は単純で、親元を離れ一人暮らしを始めたい、それだけだった。

田舎町の緑が多い風景から、中途半端に汚いビルが立ち並ぶ場所への引っ越し……何もない部屋。

最初は実家が恋しくて少しだけホームシックにもなっていた。

大学一年生の時は時間があったら何かと実家に帰省していた、そんな記憶がある。

二年生、三年生と進級するにつれて僕が実家に帰る機会は減っていた。

何となく帰るのが面倒になり、なあなあと夏休みや年末を過ごしていた。

しかし、ビルが並ぶ風景はどうも僕には合っていなかったようで……。

四年生になる頃には、すっかり気持ちも体も疲れていた様子だった。

自分ではそんな意識は無かったけれども。

僕は今こうして実家にいる。

二十歳を過ぎた大学生としての僕では無く、小学生一年生の僕として、こうしてここにいる。

僕「……大学の事は、もう自分には関係ないか」

テレビを消して、僕は窓から外に出る。

田舎町らしく、足元には木で作られた小さなベランダが平らに広がっている。

ベランダなんて、似つかわしくない言い方だけれども……他に言い方が浮かばない。

外は少しヒンヤリとしている。

夕焼けがちょうど山の向こうに沈む所らしい。

オレンジ色の空、その反対側で薄い紫色のような空が広がっている。

まだ四月だからだろう、夜が始まるのも早いみたいだ。

……相変わらず、ボーッと景色を見ていた。

ピーン ポーン

突然、何処からかチャイムのような音楽が流れてきた。

『夕方六時をお知らせします。暗くならないうちに、お家に帰りましょう……繰り返します。夕方六時をお知らせ……』

ああ、そういえばこんな放送もあった気がする。

設置されているであろうスピーカーから、割れた声と不快に響く寂しい曲が流れてくる。

この曲は多分どこかで聞いていた曲……僕はその曲名を思い出す事はできなかったけど。

僕「……」

放送が終わる前に、僕は窓を閉め家に入っていた。

僕が戻ると、いつの間にかテレビと電気がついていた。

居間のテレビからは、やはり懐かしいアニメの主題歌が流れていて……それを夢中で見ている女の子が一人。

僕「あ……妹」

妹「ただいま。おーちゃん」

僕には妹がいた。確か歳は四つ程違うはずだから……こうして家にいるのは当たり前の事なんだろう。

妹「おーちゃんも一緒にみようよみようよ」

呂律の回らない口調で妹は僕を呼ぶ。

小さいけれどそれは確かに僕の妹で……面影はやはりある。

僕(……本人だから当たり前か)

ちょこん、と妹の隣に座る。

妹「お~……おおっ」

テレビの中の女の子が動き回る度、妹は合わせて歓声をあげている。

僕も昔は妹と一緒になって騒いでいた気がする。

妹「ふふ~……あははっ」

無邪気に笑う、とはこういう事なんだろう。

妹は僕には目もくれずにテレビに釘付けになっている。

僕も……妹と仲良くテレビだけを見る事にした。

母「僕~。ご飯にするからテーブルの上片付けて~」

いつの間にか、母が台所に立っていた。

お手伝いのために僕を呼んでいる。

僕「は~い」

母「ふふっ、いつもはテレビばかりで来てくれないのに今日は偉いわね?」

昔の僕はそんな感じだっただろうか?

よく覚えていない。

母「もうすぐパパも帰ってくるから、はいこれ。綺麗に拭いてね」

濡れた台布巾をポンッと渡される。

ああ、何だかこんな感じだった気がする。

妹は相変わらずテレビに夢中だ。

僕はさっさとテーブルの上を片付けてしまう。

ガチャリ。

……その時玄関が開く音が聞こえた。多分父だろうか?

父「ただいまあ」

母「おかえりなさい」

妹「おかえりパパ~!」

テレビをそっちのけに、妹は父に抱きついている。

父「ははっ、ただいま」

僕「うん……おかえり」

父がそこにいた。
やはり少し若いような気がする。
やはり十年以上経てば変わってしまうんだと……少しまた考えてしまった。

昔に戻れたら全力で人生やり直すのになぁ(´;ω;`)


あれ?これなんて代紋TAKE2?

父「今日の入学式、格好よかったぞ」

僕「えっ?」

父「バッチリビデオに撮ったからな。後で一緒に見ような僕」

入学式に父親がいた?
帰りは母の車で帰ってきた。父の姿を見えなかったのだけれど。

僕「父さんも入学式に来てたの?」

父「……父さんだなんて。やっぱり学校に入ってお兄ちゃんになったのかな、ははっ」

妹「パパ~。パパ~」

思い出した。

いつかの時期までは僕も父の事をパパと呼んでいた、そんな気がする事を。

驚いたような父と母の表情から、その時期が今では無いのだという事だけはわかった。

聞くと、父は入学式の後役員会議に出席していたらしい。

記憶を割いても仕方ない事は、やはりあまり覚えていない。

母「じゃあご飯だから……座って座って」

母の顔はすっかり笑顔だ。

優しく家族みんなを見ている。

父も妹も笑っている。

多分その笑顔には何の曇りも考え事も無くて……。

僕だけが何だか嘘の笑顔でここにいるようだった。

父「ほら、来た来た。僕がほら! ここ、ここだよ……」

ホームビデオから流れる映像には確かに僕が映っている。
体育館を新入生が歩いている、たったそれだけの光景だ。

母「ふふっ、私も見ていたから知っているわよ」

妹「おーちゃん、おーちゃん!」

その、それだけがみんなにとっては興奮するような出来事らしい。

父も母も妹も、みんな笑ってご飯を食べている。

僕は少し下を向いて、まるで自分のビデオを見るのが恥ずかしいかのように振る舞っていた。

……ご飯の味だけが、懐かしくて美味しかったのを覚えている。

みんなで食卓を囲んで笑顔で会話。

テレビではなくて家族のビデオを見て盛り上がり、笑っている。

大学生になってからは、こんな事があるわけもなく……気恥ずかしさがあったのは事実だと思う。

でもやっぱり時間は優しく流れている、そんな気がした。

何も心配する事なく、僕はご飯を食べている。

今日の不安も明日の問題も何も無く、空っぽにお箸を動かしていた。

居間の隣にある少し大きな部屋の……僕はその布団の中にいた。

体はやはり子供らしく、九時を過ぎたら急に眠気が襲って来たような気がした。

僕は茶色が照らしている天井を見上げて、ただ眠りに落ちるのを待っていた。

隣からは父と母が話す声と、わずかにニュースが流れているような音が聞こえる。

僕はボーッとそれを聞いていた。

あのビデオの中にいた僕……式を受けていた時の記憶は、今の僕には無い。

本当に教室から一日が始まって、こうして今は布団の中にいる。

その理由を少しだけ考えてみたが、頭に何も考えが浮かんで来ない。
やはり眠気があるのだろう。僕はすぐに布団の柔らかさに包まれて……

そのまま暗闇の中に意識を落としていった。

次の日も僕は小学校にいた。

元の時間に戻るわけでもなく……今日が来ただけだった。

僕(考えてもやっぱりわからないや)

女「……おはよ」

後ろから不意に声を掛けられて思わず振り向く。

僕「あ、おはよう女」

彼女もそこに立っていた。昨日と何一つ変わっていない。

女「……」

しかし、よく彼女の顔を観察してみると……目の周りが少し腫れている。

その目も、何だか赤かったような気がした。

僕「目、どうかしたの?」

僕は理由を多分知っている。
それでもそれを、あえて彼女に聞いてみた。

女「あ、これね。起きたら目の周りにすっごい涙が流れてたの。そのせいでこんな……」

僕「寝てる間に泣いてたの?」

女「多分ね。理由はわからないけど……おかげで変な顔」

彼女のは小さくニコッと笑う。
それでも昨日妹が見せていた無邪気な笑いとはどこか違う……そんな笑い方だった。

僕「ねえ、お家どこ?」

女「近くだよ。歩いてすぐ」

僕「昔住んでいた場所とは……やっぱり違うよね?」

女「子供の時の私はアパートに住んでいるはずだから……違うんだと思うよ」

僕「今は?」

女「普通の一軒家だった。母親にそれとなく聞いてみたけど、名義は私たちの所有だったよ」

僕(あ、ちゃんと調べたんだ)

彼女は抜かりの無いしっかりとした人間だ。

テレビを見てご飯を食べていただけの自分が少しだけ恥ずかしくなった。

今は小学一年生だからという言い訳をするのも、彼女の前では何だか惨めに恥ずかしく思えてしまった。

女「僕ちゃんは? 何か変わってた?」

僕「僕の方はは何も……家族も家もそのままだったよ」

女「そう……昔と違うのは私だけなんだね、やっぱり」

短い昨日をもう一度思い出してみる。

家族の姿や周りの様子……慣れ親しんだ地元。

やはり変わっていた場所は見当たらない。

女「ねえ、本当に何も変わってないの?」

彼女はもう一度僕に聞いてきた。
さっきよりも力強い口調。少し強引に僕の記憶を掘り返したい、そんな様子が伺えた。

僕「……無いよ。多分」

女「家族の人はちゃんといた? 親戚は? 家の中の様子とかは?」

僕「あー、そんな事考えて無かったよ」

女「……ふぅ」

ため息一つ。呆れてしまったようだ。

僕「そんな事言ったって、家族はちゃんといたし……」

僕「……あれ?」

僕の家族は確か……

女「どうかしたの?」

僕「そう言えば弟が……いない」

女「弟? たまに僕ちゃんが話していた、あの?」

僕「うん。よく考えたら僕の家は五人家族だから……」

女「……」

女「でもそれ変でしょ?」

僕「え、何が?」

女「確かに大学で妹ちゃんと弟君の話は聞いた事あるけどさー……」

僕「話したね」

女「その時は妹ちゃんが高校生で、弟君はまだ小学校を卒業する辺りだったじゃない?」

僕「……え~っと?」

女「今妹ちゃんは何歳?」

僕「幼稚園入ったばかりで……三歳くらいかな?」

女「じゃあ弟君なんて生まれているはずないじゃない!」

僕「あ、確かに」

女「ふぅ……」

ため息二つ。
彼女は本当に白い目でこちらを見つめている。

僕「き、記憶が半端に残っているからつい」

女「また言い訳する。僕ちゃんっていつもそうだよね、大学でもおんなじ」

僕(だって今は小学生だから……)

これを言ったら更に怒られるんだろう。
自分でもわかるくらい馬鹿な言い訳だ。

僕(あれ……弟が生まれる?)

女「ちょっと聞いてるの僕!」

僕「……」

女「……僕?」

年下の彼女が僕を呼び捨てにしているのも構わず、考え事に頭を奪われている。

女「ちょっとどうしたの、黙り込んじゃって……」

僕「僕たち……弟が生まれるのを知っている」

女「そりゃあね。生まれるんでしょうから」

僕「確かに記憶はあるけど……これから弟が生まれる保証はあるのかな?」

女「……?」

僕「僕が当時と同じように過ごしていたら弟は生まれる……かもしれないけど」

僕「じゃあ僕が……何か未来を変える選択肢をしたら?」

女「そんなの……」

僕「そもそも普通に弟が生まれるかだってわからない。明日がどうなるかだって……!」

思わず声に力が入る。
自分でもなんでこんなに声が荒くなるのか……子供の頭では歯止めが効かないんだろうか?

「お、僕と女が夫婦喧嘩してるぞ~!」

「またかよ、仲いいなあ~!」

また周りが僕たちを囲み囃し立てる。
うるさいな……なんでこんなに他人に構う事ができるんだ。

僕(子供は苦手なんだよ……)

僕はサッサと教室を出て行ってしまう。
静かな場所で頭を冷やさないと……

「僕が家出したぞ~!」

「女と離婚だ離婚だ~」

僕「……ああっ、もう! 来い女!」

グッと彼女の手を掴み教室を飛び出してしまう。

後ろから聞こえる小うるさい声はもう関係無かった。

僕「まったく……うるさいよな」

女「……」

僕「他人の事なんて放っておいて欲しいよ」

女「っ……ひっく……」

僕「お、女?」

あれ、泣いてる?

僕「どうしたんだよ……」

女「ご、ごめんね……ごめん……」

僕「お、落ち着いて。えっと……その」

記憶はあっても、女の子を慰める手段までは覚えていないらしい。
いや、元からそんな物は無かったと言うのが正しいか。

とにかく今は彼女を慰めないと……

女「……あははっ、ごめんね。もう大丈夫だよ」

僕「あらっ?」

女「取り乱しちゃってごめんね。知らない人から攻められるのって……やっぱ恐くて……」

僕「……」

そうか……。
僕にとっては昔から知っている友人たちだ。

でも彼女にとっては……それこそ一年生が初めて顔を合わせるような気持ちでいたんだろう。
女「……もう大丈夫だから、ね」

僕は彼女のその性格を知っていたはずなのに。

大学で初めて彼女と出会った日……。

女「なんか、僕先輩って話しかけやすいんですよね!」

どういう会話でこうなったかは忘れたけれども、確かに彼女は言っていた。

人見知りな性格で、あまり騒がしい場所が苦手だと。

それでも、やはり彼女はしっかりしていた。
人前ではなるべく明るく振る舞い、不安な様子など殆ど周りに見せる事も無かった。

僕も長い時間一緒にいたせいで、彼女の弱い部分を忘れてしまっていたみたいだ。

僕「……」

女「教室戻ろう。もう先生来ちゃうよ?」

彼女の体はもう震えていなかった。

僕「大丈夫?」

女「うん、大丈夫!」

こうして明るく返事をしている彼女が、本当なのか嘘なのか僕にはわからない。

……僕たちには、教室に戻るしか選択肢が無かった。

僕(今日も学校は午前で終わりか~)

僕(どうしよう、この後女と帰ってさっきの話の続きをしようかな……女の家の事も少し気になるし)

そんな事を考えたのもつかの間。

先生「今日はみんなでお家に帰りますよ~」

俗に言う、集団下校というやつだっだ。

先生「じゃあお家が近い人でグループを作って……」

女は学校の近く、僕は学校から遠いので同じグループになるはずは無く……。

僕(どうしよう。声だけかけてみようかな?)

僕「ねえ女?」

女「ん、なーに?」

僕「えっと……今日遊びに行っていい?」

女「家に?」

僕「ちょっとお話したいから」

女「……」

僕「ダメ?」

女「いいよ。じゃあ一時間後に学校集合でいい?」

僕「それで大丈夫」

約束をして彼女は外に出ていってしまった。

赤いランドセルを背負いながら、他の女の子と仲が良さそうに歩いて行ってしまう。

さっきの様子で少し心配したが、友達がいないというわけでは無いみたいだ。

僕は少しだけ安心した。

僕「ただいま」

母「あらおかえりなさい。学校大丈夫だった? ご飯ができてるから……」

相変わらず、母の顔は優しい。

僕「あ、あのさ。今日は女ちゃんのお家に遊びに行くんだけど……」

母「あらそうなの? やっぱり仲良いのね」

僕「うん。お昼を食べたら出掛けてくるからね」

母「五時までには帰ってくるのよ。約束だからね?」

帰る時間の指定など、久しぶりに聞いた気がする。
小学生故に行動に制限が付くのは仕方がない……か。

僕「あれ? 自転車が無いや」

僕「ねえ、僕の自転車知らない?」

母「え、僕は自転車なんて乗った事ないじゃないの」

僕(一年生の時には自転車を持っていなかった……っけ?)

僕「……ううん、何でもない。行ってきます」

母「?」

あまり滅多な事は言えないのかもしれない、気を付けよう。

僕(学校までは歩いて三十分……)

歩幅が小さくて体力も無いので余計に時間が掛かってしまう。

女「あ、来たのね」

女はもう学校に着いていた。近いんだから当たり前か。

僕「お待たせ、じゃあ早速家まで……」

女「ねえ、どうしても家じゃなきゃダメかな?」

僕「?」

女「私、この辺りの事を知りたいな。地元のお店とか施設とか……」

彼女がこの町に来てからまだ二日。町を知らないのは確かに不便だろうけど……。

僕「話は?」

女「歩きながらお話しようよ、ね?」

僕「そう……だね。うん」

女「じゃあ何処から案内してくれるのかしら?」

クスッ、と小さな笑顔が見えた瞬間に……僕も思わず笑顔を返してしまう

彼女の笑顔は大学でも、小学生になっても変わらないように思えた。

僕「何処から、って言っても……田舎だからなあ」

周りには田んぼと住宅街……そして学校の裏側には山や森が広がっているよう。

女「本当に何もないの?」

僕「駄菓子屋とか、神社とかなら……。でもデパートや遊ぶ場所は無いからさ」

女「そうそう、そういう所が見たいのよ!」

僕「あ、そうなの?」

女「ねえ、本当に駄菓子屋があるの?」

僕「う、うん。すぐ近く……向こうにの方……」

女「じゃあ早く行こうよ。ね?」

僕を急かすように、彼女が腕を引っ張ってくる。

僕「ち、ちょっと女……」

女「早く早く!」

女「わあ、本当に駄菓子屋だよ」

古ぼけた造りの一軒家……この店も当時と変わっていない。

女「ねえ、このチョコ三十円だよ! きな粉餅とか……美味しそう……」

僕「駄菓子屋、来た事ないの?」

女「向こうの方には無かったから……珍しくて」

僕「ふ~ん?」

女「ほら、こんな田舎と違って都会だからさ!」

僕「田舎って言うな!」

女「冗談だよ~冗談」

おばちゃん「こんにちは。何が欲しいか決まった?」

僕「あ……」

駄菓子屋のおばちゃん……姿を見たのはどれくらいぶりだろう。

それこそ小学校を卒業したらこのお店には来なくなっていたからおよそ十年くらいかな?

女「こんにちは~」

僕「女、何か買う?」

女「……私お金持ってないからさ」

おばちゃん「じゃあそっちの僕は?」

僕「え~っと……」

冷やかしで帰るわけにもいかない……か。

女「ガム美味しい~。ありがとう僕ちゃん」

僕「いいよ、十円くらい」

僕(ポケットに偶然二十円が入っていて良かった……)

女「……次はどうするの?」

僕「んー」

二人して同じ味のガムを噛んでいる。

まだ太陽は高くて明るい。

僕「あとは神社か公園くらいしか……」

女「本当に田舎だよね」

プク~ッとガム風船を膨らませながら彼女は笑う。

僕「何も無いけどいい町なんだよ。緑は多いしのんびりしているし……」

女「うん。いい町だよね」

僕「田舎だって馬鹿にしてたくせに」

女「あれは冗談だってば!」

元気な彼女の声が響いてくる。
僕「まあ、そういう事にしといてあげるよ」

女「ふふっ、次は神社に行きたいな?」


僕「神社……神社ね。じゃあこっちだから、ついてきて」

小さな四本の足が、テクテクと夕方の町を歩いていく。

僕「ここが神社だよ」

女「わ……なんかすごい奥まで道が続いてるよ?」

僕「奥の本堂まで百メートルくらいかな。ちょっと立派な神社なんだよ」

女「ふ~ん……」

実家に帰省した時も、僕は度々この神社を訪れていた。
周りを緑に囲まれた静かな場所。田舎なので人は殆ど来ない。

一人で考え事をするにはもってこいの場所だった。

女「やっぱりお祭りとかあるのかな?」

僕「確か今月……最後の土日にここでお祭りがあったはず」

女「本当に?」

僕「以前と違う時間じゃなければあるはずだけど……」

女「あるよ、きっと」

僕「わかるの?」

女「ううん。そう考えた方が楽しいから」

僕「女らしいよ」

女「あははっ、結局未来に関するお話しなかったよね? もう太陽暗くなりそうだよ?」

彼女の言葉を受け、設置されている時計を見るともう五時になる所だった。

三時間などあっという間だ。

僕「帰らないと」

女「うん、私も帰る」

女「お家どっち?」

僕「向こうの道」

女「反対方向だね。じゃあまた明日学校で……」

僕「うん、バイバイ女」

女「バイバイ、また明日ね」

夕暮れ時、手を振って家へ帰っていく二人……吹く風がちょっとだけ冷たく感じる。

その風から、何だか懐かしいような匂いがした。

頭の中にふわっと記憶が蘇った感じがする。

僕「……今日のご飯はなにかな?」

家に着くと母がいつもの笑顔で僕を迎えてくれた。

何もしなくてもお風呂が綺麗になっていたり、ご飯が出てたり……ずっと当たり前のように経験していた事なのに、今は逆に慣れなかった。

妹は相変わらずテレビを見ている。

僕(あ、このシリーズ今日やってたんだ……懐かしい)

僕もテレビを見る以外に、何もする事が無い。

僕(安心する……)

心に引っ掛かる物が無いこの二日間は、とても楽しくて気持ちも安定していた。

僕(家はやっぱりこうじゃないとな……)

父「……」

父「なあ。お前単位は大丈夫なのか。ちゃんと勉強しているのか?」

父「バイトは? 無駄遣いするなよ。留年なんてしたらそれこそ学校なんかすぐ辞めて働いてもらうからな……おい聞いているのか?」

僕(うるさいんだよ……)

父「まったく。お前は昔からそうだ。もっとちゃんとしないと社会で通用しない。甘いんだよお前は……」

僕(もう少し言い方だってあるだろうが、この……くそ親父……)

……

僕「……はっ!」

布団から飛び起きた僕は身体中汗でびっしょりだった。
隣では妹がスースーと寝息をたてながら眠っている。

僕(夢……?)

扉の部屋からは明かりが漏れている。父も母もまだ起きているようだった。

僕(昔……いや、昔って言い方は変かな?)

でもそれは確かに僕が見た光景。

いつかの夏休みで実家に帰った時に、珍しく父に説教をされた時の夢だった。

父は歳をとるに連れて怒りっぽくなってしまったのを覚えている。

帰省する度に、段々と怒られる時間が増えていった気がする。

実家に帰らなくなったのはそんな理由もあったからかもしれない。

ガラッ。

父「ん、僕。起きてたのか? テレビの音で起こしちゃったかな、ごめんごめん」

僕「……」

父「トイレは大丈夫か? 喉が渇いてたりとか……」

僕「大丈夫だよ、おやすみパパ」

父「そうか。パパもあと少しで寝るからさ、おやすみ僕」

静かに扉を閉め、また暗い部屋を僕はいる。

先ほど見た夢のせいなのか、優しさのギャップに僕は驚いていた。

そして……テレビの音がすぐに小さくなる。

僕「パパ……」

布団の中で、僕は丸くなって眠っていた。

久しぶりに優しさに触れたせいなのか……訳の分からない涙が一晩中、ずっと溢れていた。

泣いてしまった理由が、自分でもわからなかった。

女「おはよう僕ちゃん。昨日はありがとうね」

僕「うん、おはよう……」

女「……」

彼女はこちらをじっと見ている。
泣いた跡を隠すように、僕は慌てて目や頬の辺りを手で覆い隠す。

女「ふふっ、悪い事して叱られた?」

僕「そんなんじゃないよ」

すでに彼女には見られてしまっていたようだった。
隠した事が余計に恥ずかしく感じた。

女「ふ~ん……じゃあ、あれかな? 懐かしくて泣いちゃったってやつ?」

僕「……」

女「当たった? やっぱり泣いちゃうよね。私もそうだったもん」

僕「それって前の時の……?」

女「うん。お母さんが優しくて……やっぱり一年生だからさ、お節介なくらいに優しかったのよ」

女「ご飯は好きな物作ってくれるし、デザートだって……。お風呂に一緒に入って絵本読んでくれて……私、途中で泣いちゃった」

僕「女……」

女「シンデレラが、ガラスの靴を落としたら泣いちゃうんだもん。お母さん、困っていた」

僕「そっか、女も……」

女「今は甘えていいんだ、優しくしてもらえるんだ、って考えちゃうとどうしてもね?」

それは何となく自分もよくわかる気がする。

心配事の無い毎日……あえて言うなら記憶と未来の事が心配だけど。
それ以外は何があるわけじゃない、本当に平穏な日常なのだから。

女「優しいよね、みんなさ」

僕「そう……だね」

女「幸せなんだろうね、私たち」

僕「うん……」

彼女の言葉に僕は頷く事しかできないでいる。

……涙の事は、それ以上追及されなかった。
彼女は席に戻り、先生がやって来る。

今日は平仮名の「い、う」を覚えて、1+2の足し算を勉強して……今週と来週は、一年生は午前中で終わりの日が続いている。

学校の事は放っておいても、しばらくは何も問題が無さそうだ。

僕(じゃあ僕は……何をどうしよう)

授業の時間を、僕はずっと考え事に充てる事ができた。

自分と女がここにいる理由。

僕が未来から来たのなら、帰る方法や解決策。

弟の出生やこれからの未来の事……何かを言えば未来に影響が出るのか?

僕(んー……)

しかし考えても考えても、答えは出るはずも無い。

僕(……ダメだ。何も浮かばないや)

僕(とりあえず時間だけは普通に過ぎていて、昔から僕たちのいた未来……現在? まで続いている)

僕(記憶がある理由なんて考えてもわからないし……まあいいか。害があるわけじゃないし)

僕は適当な所でこの問題を解く事を諦めてしまった。

最初は、女と一緒にずっとそんな話もしていた。

でも変わらずに流れている日常、優しい現実……。

僕たちはいつの間にか、遠すぎる未来の事を話すのを止めていた。

今話していても何も変わらない。
確かそういうような結論になったと思う。

そして神社でお祭りが始まる四月の終わり頃には、そんな話題を出す事はすっかり無くなっていた。

女「もう、遅いよ!」

僕「ごめんごめん。寝坊しちゃった」

女「いつも遅刻するんだから……」

僕「だから悪かったってば……」

女「まあ、今日はお祭りだから許してあげる」

彼女の笑顔を見て、僕はまたホッとする。

女「じゃあ行こう!」

僕「ま、また走って……危ないよ?」

女「大丈夫だって、ほら早くー」

女「わあ……お店結構たくさん出ているんだね?」

僕「みたいだね。夜になってもやってるから、結構人が集まるんだよ」

田舎らしいこじんまりとした神社だが、お祭りの日には人が集まる。
今の時間は殆どの客が地元の小、中学生だが、夕方から夜にかけては大人も姿を見せるようになる。

女「田舎のくせに人が多いのね。ちょっとだけ驚いちゃった」

僕「また馬鹿にして……じゃあ帰る?」

女「だから冗談よ! これだけ人がいたら楽しいんだろうな、って思っただけなんだよ?」

僕「女の子ってズルい」

女「ズルくてもいいの。早く買い物しようよ」

いいように振り回される僕と、涼しい顔でお店を見て回る彼女……小さな一年生の男女がお散歩をしているような、周りから見たらただそれだけの風景だった。

女「あ、クレープ……」

女「かき氷……」

女「あんず、水飴……」

お店を見てはすぐ別のお店へ……彼女は神社の奥に、早いペースで向かってしまう。

僕「何か食べないの?」

女「んー……」

僕「?」

口の辺りが強張って、目付きはしっかりしているものの、どこかを見ているわけでは無い。

これは彼女が本当に困った時の表情だった。

僕「何食べるか迷っている?」

女「んん……」

表情は変わらない。迷っているわけでは無いのか?

……強張る口を開き、彼女は静かに話を始めた。

女「お金が足りなかったの……」

僕「え?」

女「おこづかい……足りないから」

僕「いくら持ってるの?」

女「百円……だけ」

小さな祭りだが、商品の値段が他と変わるわけじゃ無い。
最低でも三百円は無いと何かを買う事はできない。

女「……えへへ。やっぱり何も買えなかったか~。残念だよ~」

僕「女……」

女「せっかくのお祭りだけどさ~。家ってほら……確か僕ちゃんには話していた……ね?」

僕は彼女の昔を知っている。

早くから夫婦別居をし、長らく母と二人暮らしだったと言う事を。
今も昔も貧乏であまり贅沢などしてなかったと言う事を、確か彼女から聞いていた。

僕「やっぱり、今も?」

女「……うん。向こうにいた昔とあまり変わってないみたい。お母さん、本当は千円くれようとしていたけど……お金あるって言っちゃったから」

僕「……」

女「でも僕ちゃんとお祭り来ただけで楽しいんだよ? 珍しい物たくさん見られるし、雰囲気だって……ね?」

そんなに一生懸命に笑わなくてもいい。
母親のために無理をする彼女の姿は簡単に想像ができてしまったから、余計に辛い。

女「ほら、僕ちゃん何か買ってきなよ。ここで待ってるからさ?」

僕「嫌だよ、二人で行こうよ」

女「で、でも……見ると食べたくなっちゃうから……」

僕「女が食べたいの選んでいいよ。体が小さいから、半分こして一緒に食べようよ」

女「で、でもそれだと僕ちゃんのお金が……」

僕「大丈夫だよ。小さい時から小銭貯金とかしていて……今だって、昔の僕はちゃんと貯めていたんだからさ」

女「ほ、本当に……?」

僕「うん。僕の千円は一緒に使お? 貯金はあと二千円くらいあるから大丈夫だよ!」

女「いいの……?」

僕「うん。二人で食べた方が美味しいもの!」

女「あ、ありがとう……僕……ちゃん……」

僕「な、泣くなんて大げさだよ~」

突然の涙に、僕は焦ってしまう。

女「ご、ごめん嬉しくてつい……あ、じゃあこの百円渡すから……」

僕「いらないよ。それは女が持っていて」

女「で、でも……」

僕「貯金があるんだから、任せてよ。ね?」

女「……うん、わかった」

彼女はやっと納得してくれた様子だった。

僕たちは自然に手を繋ぎながら、二人で屋台を回っていた。

女「まずは何食べたい?」

僕「……かき氷がいい。値段も三百円で手頃だしさ」

女「うん、わかった!」

彼女には笑顔が戻っている。

よかった……と素直に感じた。

女「すいません、かき氷一つ下さい~!」

「はい、三百円ね。シロップはどうするね?」

僕「ブルーハワイで」
女「イチゴで」

僕「……」

女「……」チラッ

僕「……えっとイチゴでお願いします」

小学生一年生の上目遣いは、ズルい。

エロはあるんですか

僕「座って食べようか」

女「うん!」

ベンチに座って、二人で一つのカップを握っている。
落とさないよう、しっかりと僕は……。

僕「食べなよ」

女「買ったのはちゃんなんだから、それは遠慮する~」

僕「でもイチゴだよ」

女「……」

僕「食べる?」

女「うん……食べる」

>>123
今のところ考えてないです。


女「美味しいよ~」

まだ夏でもないのに、彼女はとても美味しそうに氷を頬張っている。

僕「それはよかったよ」

女「はい、僕ちゃんも」

僕「ん」

当たり前のように、同じストローでかき氷を口に入れる。

僕(気にしない~)

女「美味しい?」

僕「うん。イチゴ味も悪くないのかもしれない」

僕(かき氷なんて何年ぶりかな? 懐かしいけど、よく覚えているようなこの味……)

僕「懐かしい」

女「懐かしいって感想は変だよ?」

クスッと笑う彼女。
なんだろう、今日は特に笑われる事が恥ずかしいような気がした。

僕「いいんだよ、はい。残り食べていいからさ」

女「いいの?」

僕「体が小さいから、あまり入らないみたい」

男としてこの言葉を使うのはどうかと思ったが……。

女「じゃあ食べちゃうね~?」

笑顔でかき氷を食べる彼女……これだけで僕は何だか満足だった。

女「はい、ごちそうさま」

僕「じゃあ次は何が食べたい?」

女「んー……リンゴ飴、かな?」
僕「リンゴ?」

女「うん。大きくて美味しそうかなって……あ、僕ちゃんリンゴ飴嫌い?」

僕「ううん。好き」

本当は、リンゴ飴は買った事なんて無いけれど。

彼女が食べたいなら何でもいい。

女「えへへっ、それならよかったよ。すいませーん!」

僕(リンゴ飴が三百円……まあ、こんなものかな)

女「おっきいよ~。美味しそうだよ~」

僕(まあ、嬉しそうで何よりだ)

女「ガリッ!」

僕「食べるの早」

女「飴の部分が余っていたからさ。ここだけ先にね」

僕「ああ……うん。まあ好きに食べたらいいよ」

女「えへへ、相変わらず優しいよね僕ちゃんってさ」

僕「……」

先ほどの身の上話といい、僕は彼女の事情をその辺の人間よりは知っている。

そんな話をよく聞いていたからか、僕は自然と彼女を何かから守るような形になっていた。

僕が勝手にくっついていただけかもしれないけれど……。

女「リンゴ美味しい~」

でも彼女も何かある度に、僕に話をしてくれていた。

最低限の信頼はされていた……いう事でいいんだろうか。
あまり自分の事に自信は持てない。僕はそんな性格だった。

女「はい、僕ちゃん」

僕「ん……」

リンゴのような物体が半分、割り箸に刺さって渡された。

僕「……ガリッ!」

力いっぱいにリンゴを噛んでみた。

女「か、固くない?」

僕「ちょっとだけ……」

女「慌てて食べなくても大丈夫だよ。時間はまだあるんだから、ね?」

時間……ね。

女「ね、時間大丈夫?」

僕「え、ん?」

女「よく考えたらお互い門限があったもんね。時間はたくさんあるって言ったけど……夜中まではいられないもんね?」

僕「それはそうだけど……」

女「ね、どうする。まだ買い物する? それともちょっとお散歩する?」

僕「買い物して、お散歩する」

女「ふふっ、ワガママ僕ちゃん」

女「僕ちゃんは何が食べたいの? ずっと私の食べたい物ばかりで悪いから……」

僕「んー。やっぱりクレープかな」

女「あ、私も食べたい」

僕「味は?」

女「それは僕ちゃんに任せるよ。私に気を使わないで、好きなの頼んでいいからね?」

僕「ん……」

彼女と一緒にクレープのお店へ向かう。

僕「あ……」

僕たちはその値段を見て愕然としてしまう。

クレープの値段は五百円。
僕の財布には四百円しか残っていない。

女「僕ちゃんのおこづかいって確か……」

僕「あはは、足りないや。何か他の物にしよっか?」

女「え、う、うん……そう言うなら」

僕「……クレープ食べたいの?」

また彼女の口が強張っているのが見えてしまった。

ああ、彼女はきっとクレープを食べたいんだなあ、と僕にはそれがすぐわかる。

女「……あ、ねえ」

僕「ん?」

女「これ……」

ごそごそ、と彼女は財布から先ほどの百円玉を取り出して僕に渡してくれた。

僕「これは受け取れないよ」

女「いいの使って。これでクレープ買えるよね?」

僕「それはそうだけど、百円くらい家からすぐに持ってこられるからさ?」

女「……ありがとう。でもね、このクレープは二人のお金で買いたいんだよ」

僕「?」

女「何て言うか……一緒にお祭り過ごしたよ! って言う思い出になるって感じでさ……」

思い出?

女「だからこれを使って。一緒にクレープ食べよう?」

僕「……」

彼女の小さな手から僕は百円を受けとる。

僕「すいません、バナナとチョコとアーモンドのクレープを……」

僕も少し大きな声を出しながら注文をした。

隣で彼女は笑っていた。

きっと彼女もこのトッピングが好きだったのだろう。

あるいはクレープとチョコの甘い匂いがするからかな……。

彼女はこの上なく笑っていた気がした。

僕たちは、手を繋ぎながらお祭りの会場から遠ざかっている。
右手には半分に割いたクレープ、左手には彼女の小さな手を握りながら。

夕焼け空の赤が段々と小さくなって……背中からはお祭りの賑やかな音が聞こえている。

僕「この辺?」

女「うん。学校の近く。でも本当に送ってもらって大丈夫だったの?」

僕「……一人だと危ないから」

女「うん、ありがとう~」

小学生二人で歩いている事が安全とは言えないけれど、女性一人で帰るよりはまだマシだろう。

女「着いたよ。ここが私の家」

僕「あ、この辺りなんだね」

ここからなら学校までは五分くらいか。
近いと言うのは単純に羨ましい。

女「じゃあ……今日は本当にありがとう。ごちそうさま」

僕「うん。楽しんでもらえた?」

女「すっごく楽しかったよ! いいよねお祭り、本当に夏休みみたい!」

僕「まだ四月なんだけどね」

女「ねえ、夏もまたお祭りある?」

彼女は目をキラキラ輝かせながら僕に訪ねてくる。

僕「盆踊りもあるし……あの神社じゃ無いけど花火大会だって」

女「ね、次の時にはおこづかいいっぱい貯めておくからね? 今度お礼するからね?」

僕「いいよお礼なんて。と言うか行く事確定なの?」

女「先の事はわからないけど……行きたいなーって思ったんだよ」

そう言われたら、僕には何も返す言葉が無い。

相変わらず、彼女にはめっきり弱いようだ。

僕「まあ、考えておくよ」

女「ふふっ、ちゃんと考えておいてね?」

多分彼女との約束を忘れる事なんて無い……それがわかっているから、女の方も意地悪に笑っているんだろう。

僕「じゃあ、バイバイ」

女「うん。またね僕ちゃん」

お友達に手を振って、また明日……。
もう、辺りは少し暗くなり始めていた頃だった。

父「僕、お祭りはどうだった?」

僕「楽しかったよ。友達みんなで行ったから」

女の子と二人とは、何か言う事が出来ない。

母「私もお昼前に妹と行ったんだけど……やっぱり賑やかだったわね」

妹「かきこおり~」

父「おこづかいは足りたか? お金落としたりしなかったか?」

僕「う、うん。大丈夫だったよ、父さん」

母「そう言えば、僕ちゃんにもそろそろお小遣いをあげ無いとダメかしらね?」

父「そうだな。お金の仕組みを教えておくのは大事だからな」

母「ねえ僕ちゃん。何か欲しい物とか無いの? せっかく小学校に入ったんだから、お祝いで何かね? パパ」

父「お、そう言えば入学祝いもまだだったな。どうだ、何かテレビゲームでも買ってあげて……」

僕「ま、まってよ。僕はそんな……お祝いなんていらないよ」

父「ええ~っ? どうしてだい?」

どうして、なんて言われても僕は余計に困ってしまう。
頭の中では様々な遠慮や気遣い……子供らしくない感情だけがグルグルと回っている。

僕(可愛くない子供……)

昔の自分なら、すぐに買いたい物だけを頭の中に浮かべただろう。

でも今は……欲しい物が何も出てきてくれなかった。

僕「僕より、妹に何か買ってあげてよ。その方が僕も嬉しいしさ」

僕「それにおこづかいだって、月に三百円くらいくれれば僕は満足だよ。あ、何かお手伝いもするからそのご褒美でもいいし……」

父「……」

母「……」

僕「ね? こうやってご飯を作ってくれるだけで僕は……」

僕「ぼ……ぼく……っ……」

母「僕ちゃん?」

父「な、何で泣いてるんだ。何かパパ達悪い事言っちゃったか……?」

そんな優しい目で僕を見ないで。

父「僕? 僕……」

母「僕ちゃん……!」

妹「おーちゃん、ないてる。ないてる?」

僕「ぐすっ……うっ……グス……」

その後、両親に慰められるままに僕は布団に入った。

父「寝るまで一緒にいようか?」

僕はそれを断った。

誰かがいたらまた泣いてしまう。

父「おやすみ僕。何かあったら起きて来なさい」

母「おやすみ……」

……

天井に浮かんだ小さな光が、涙で滲んでいる。

必死に目を閉じて、グッと涙を我慢する。

しかし、隣の部屋にいる父と母の姿を想像したら……また勝手に涙が溢れてしまう。

僕(お願いだから、そんなに……優しくしないでよ……)

布団に入ってから三十分は経っただろうか。

優しい言葉の一つ一つが、まだ僕の胸に突き刺さっている。



僕(……)

僕(みんな……優しかった)

僕は父と母にとって初めての子供だ。

両親からの愛を受け、かなり甘やかされて育ったと……そういう記憶がある。

昔の僕は何も知らない子供だ。
それを甘えだとは思う事ができるはずも無い。

ただ、親が優しくしてくれていた……大学生の僕にはそんな記憶しか持っていなかった。

もちろん、実家に資産がたくさんあって親が何でも買い与えていたとか。

それこそ馬鹿みたいに、甘やかされ過ぎて育ったというわけでも無い。

いわゆる普通の育て方だったが……初めての息子だからつい溺愛してしまった。

振り返ってみればそれだけだった。

昔の僕にとっても両親にとっても……それは普通の愛情だった。

でも今は違う。

僕は昔の僕じゃない。

母「あ、おかえり僕」

母「ほら、帰ってきたらちゃんと神棚に挨拶して」

母「これお供え物。あとちゃんとご先祖様にも挨拶をして……」

母「え、旅行に連れていってくれる? 待って。その月は占いで厄が出ているから……その三ヶ月なら大丈夫かな」

母「……またそんな顔して。もう一回先生に占ってもらう? 前は鬼の子が宿っているなんて言われて……」

母「でもこの石のおかげで大丈夫だったでしょ。やっぱり英霊様を大切にすると幸せになるのよ?」

母「ねえ、お父さん。次はこの仏壇を買おうと思うんだけれどね……うん……」

……

僕(……)

これは夢じゃない、僕の中にある確かな記憶だ。

僕には宗教の事や占いの先生の事はよくわからない。

ただ、それまで僕が好きだった怖い話や超常現象。
その他オカルトなど……そう言った事が大嫌いになってしまった理由だけはよくわかっていた。

母はいつからか、変わってしまった。


僕「ママ……」


布団の中で一言、小さく呟く。

ガラッ。

僕「!」

妹「おーちゃん。おーちゃん」

現れたのは妹だった。

おぼつかない足取りで、よたよたとこっちに歩いて来る。

妹「いいこいいこ」

誰かさんよりも、もっと小さな手が僕の頭を優しく撫でてくれる。

何度も何度も、優しく。

優しく……。

僕(こんなに安心するもんなのか……)

妹「おーちゃん、いいこ」

僕(僕は昔も今も知ってしまっている……)

妹「なでなで」

僕(辛い記憶を知っているから、暖かい言葉が余計に気持ちに響く)

妹「ねちゃえねちゃえー」

僕(優しすぎる父親と母親……ああ、思い出すと辛いな……)

妹「おやすみ、おーちゃん」

僕(ああ、記憶が無かったらきっと。その優しさに思い切り甘える事が……で……き……)

妹「おやすみ」

妹の手が止まる。
いい加減泣き疲れたみたいだ……。

僕の意識はそこまでで溶けていった。

僕「ん……」

溶けた意識が戻ってきた。

窓はうっすらと明るくなり薄い青が広がっている。

父も母も妹も……いつもの場所で寝ている。

僕(……)

僕(寝たら、少しは元気になったかな……)

布団に入ると、どうも昔を思い出してしまう。

弱気になるのも布団の中。

僕(でも、こうやって毎日起きて……戦わないといけないんだよね?)

今日もまた泣いた事を女にからかわれるのかな?

もうすぐ連休だけど、何をして過ごそうかな?

朝ごはんは何を食べようか?

僕は今日を始めるためのスイッチを入れた。

こうでもしないと、昨日の記憶に潰されてしまいそうで……。

僕「ふぅ……よし!」

僕は元気に起き上がり、学校に行く準備を始める。

もう四月も終わり。

太陽と緑と空が元気になって行く……段々と、季節はそんな風に変わっていくはずだ。

「なあ僕。休み時間サッカーやろうぜ」

僕「うん、やるやる~」

「あ、女ちゃん。見てみて、このリボン可愛くない?」

女「わ~可愛い。すっごい似合ってるね」

お祭りのから、もう二ヶ月が経った。

僕も彼女も二人だけでいるという事は殆ど無くなった。

最もそれは休み時間に限った話だけれども……。

女「ねえ、昨日のテレビ見た見た~?」

「見た~。すごくおもしろかったよねー」

僕(女も友達ができて……クラスには馴染めているみたいだしな)

「あ、ぼくくんが女ちゃんのことをまた見てるぞー!」

僕(……またか)

女「なあに僕ちゃん。そんなに私の事が好きなの~?」

僕「な……! そ、そんな事あるわけないだろ!」

「あー男が赤くなってるぞ!」

女「あんまり苛めちゃだめだよ~? 僕ちゃん恥ずかしがりやだもんね~?」

僕「う、うるさいバカ女! 早く校庭行こうよ、サッカーだよサッカー」

「あ、待てよ男ー」

逃げるように僕は教室を飛び足してしまう。

女「まったく、男の子って本当にバカよね。ねえ眼鏡ちゃん?」

眼鏡「……」

「ねえ僕くん。女ちゃんの事が好きなの?」

僕「そんな事ないよ。ただの後輩だよ」

「こうはい? こうはいって何?」

僕「あ……た、ただのクラスメイトだよ」

「そ、そうなんだ。仲がいいから好きなんでしょ」

僕「……別に」

「本当に?」

僕(なんでこいつはこんなにしつこいんだ……)

僕「本当だよ。だからからかうのはもうやめてよね。隣」

隣「わかった!」

僕(こいつ、こんなに意地の悪い奴だったっけ?)

眼鏡「ねえ女ちゃん?」

女「ん、なーに?」

眼鏡「女ちゃんと僕くんってよく二人で下校してるよね?」

女「お家が通り道だから。ついでにね?」

眼鏡「あ、あのね。あたしも女ちゃんのお家の近くなんだよ。ちょっと奥の……三階建てのお家なんだよ?」

女「あ、うん。それは知ってるよー」

眼鏡「ね、今日からみんなで下校しない?」

女「み、みんなで?」

眼鏡「あたしと僕くんと女ちゃんの……三人で下校しよ? ね?」

女「私は別に構わないよ? 僕ちゃんも気にしないと思うし」

眼鏡「そ、そう……」

眼鏡「じ、じゃああたし、ぼ……僕ちゃ……僕ちゃんに声かけておくから……ね」

女「あ、うん。わかった」

眼鏡「う、うん! じゃあ放課後ね! 一緒に帰ろうね!」

眼鏡「~♪」

女(……)

女(ははーん。この子って僕ちゃんの事を……ふ~ん)

女(でも小学生の恋愛だもん。私が何かするわけでも無いし、ね?)

眼鏡「~♪」

女(でも眼鏡ちゃんの表情……本当に楽しそうにしてるのね)

先生「みんな、さよなら~。気をつけて帰ってね」

「先生さようなら~!」

眼鏡「あ……あの。男ちゃん?」

僕(お、男……ちゃん?)

僕の事をちゃん付けで呼んでいるのは、女だけだ。

それがいきなりこのような形で声をかけられてしまった。

眼鏡「あ、あの……」

僕「?」

眼鏡「さ、さっきね。女ちゃんが言ってたんだけどさ? お家が近いから、あたし達三人で……」

僕「三人? お家?」

しどろもどろとした言葉使い……眼鏡の奥の瞳が、もう泣き出してしまいそうなくらいに潤んでいるのがわかる。

しえんぬ

僕「三人で?」

眼鏡「う、うん。下校したいの……」

僕「ああ、そうなんだ」

眼鏡「ダ、ダメ?」

僕「ううん別に?」

眼鏡「ほほ……本当に!」

パァアアっと、彼女の表情が明るくなっていく。

眼鏡「お、女ちゃーん! 大丈夫だってー!」

そして教室に響き渡るくらいの大きな声で彼女を呼ぶ。

イタズラにまたニコニコとした表情の彼女がこちらに向かってくる。

僕(うぅーん?)

いつの間にか、僕と彼女と眼鏡ちゃんの三人で下校の道を歩いていた。

眼鏡「えへへ~」

女「ねえ眼鏡ちゃん。何がそんなに嬉しいのかな~?」

眼鏡「お家に帰れるから楽しいの~」

女「それは良かったわね~」

眼鏡「うん!」

女の子は二人とも、終始笑顔で歩いていた。

僕には彼女の笑顔の意味がわからなかった。

眼鏡ちゃんというお友達ができて嬉しいんだろうか?

眼鏡「じゃあまたね~! バイバイ~!」

ブンブン、と元気に手を振る眼鏡ちゃん。

眼鏡「僕ちゃん、また明日ね~!」

女「ふふっ、呼ばれてるよ?」

僕「……」

女「さ、行こ?」

女の家に向かって、僕たちは歩き出す。

僕「何となく、笑顔になっている理由がわかったよ」

女「だって面白くて、つい」

僕「そんなもんかな?」

女「うん。はっきりわかるもの。眼鏡ちゃんは男ちゃんの事が……」

僕(ああ、やっぱり)

女「好きなんだよ、きっと」

僕「そうなんだ」

女「そうなんだって……反応薄いね?」

僕「だって、僕は彼女とあまり関わらなかったんだもの」

女「そうなの?」

僕「クラスは長い間一緒だったけど、特に何があったわけじゃないから」

女「むぅ~、何かつまんない……」

プク~っと頬を膨らましている彼女の横顔。

あざといが、何だかそれが可愛らしい。

女「あ、じゃあ付き合っちゃえば?」

僕「そんな気は無いよ」

女「もう、あっさりし過ぎだよ男ちゃんは!」

僕「だって……僕と彼女は付き合った事はないんだからさ」

女「……」

彼女は一瞬だけ難しい表情を僕に見せた。

女「ねえ……それって、すごく変な発言じゃない?」

僕「……何が?」

女「僕ちゃんと眼鏡ちゃんが付き合った事なんて、一度も無いに決まってるじゃない」

僕「縁が無くてさ。一時期よく話した記憶はあるけれど……」

そしてまた、彼女の表情が冷たく尖った雰囲気に変わる。

女「だから、どうして記憶の話になるの?」

僕「……」

僕「あれ?」

言われてみればそうだった。

僕は昔生きていた記憶を引っ張り出しては、体験した事のある人間関係だけを思い返して来た。

父や母の変化。友人達の進路や……それこそ自分の未来まで。

女「言い方は紛らわしいけど、付き合った事が無いのは昔の一年生の二人でしょ?」

女「今の二人には、付き合うっていう行動も出来るわけでしょ?」

確かによく考えてみれば、彼女がこの学校にいる時点で同じ未来になる事はあり得ないんだろう。

例え二人また同じ大学に行ったとしても、年齢は同じ。

前よりも更に長い時間を一緒に過ごしている状態。

少し考えただけでも矛盾の嵐になってしまう。

僕「それは何となくわかるけどさ……」

女「……ごめんね。攻めたわけじゃないの。ただ考え方が偏っていたみたいだから、ちょっと気になって」

僕「少しまた考えてみるよ。布団に入ると色んな事が浮かんでくるんだよ!」

精一杯元気に振る舞ってみる。

目の前彼女は、とりあえずこれで安心してくれるだろうか。

僕も、彼女が元気の無い時は気を遣ってしまう。

女「……うん。わかったよ。また何かあったらちゃんと話してね?」

口元は正常だ。

僕「うん、じゃあ……またね」

女「またね~。あ、さっきのは付き合いなさいって意味じゃないからね!」

僕「ははっ、そんなフォローはいいよ。じゃあバイバイ」

女「気をつけてね~」

最後に僕たちは笑顔だった。

何があっても終わりに彼女と笑顔でお別れるをする……。

それだけで、今日の僕はぐっすりと眠る事ができるんだ。

……

プルルルル

プルルルル

プルルルル

僕「はい、もしもし?」

眼鏡「あ……僕くんのお宅ですか?」

僕「め、眼鏡?」

眼鏡「うん。あ、あのさ……電話、出てくれてありがとう」

僕「う、うん。そりゃあね」

眼鏡「……」

僕「ど、どうかした? いきなり話したいだなんて、びっくりしてさ。もう……」

眼鏡「わ、私……ずっと……」

僕「め……」

眼鏡「私ずっと! 昔からね、実は……! ぼ、僕くん事が…… 」

眼鏡「好き……だったの」

僕「う、うわぁぁああ!」

母「!」

僕「あ……あれ? ねえ、僕の電話……?」

母「変な夢でも見た? あ、僕ちゃんは寝ぼけてるのかな~?」

僕(さっきのは、夢?)

母「ふふっ、大丈夫?」

僕「……大丈夫。おやすみなさい」

母「おやすみ。もうすぐでパパもママも寝るからね?」

僕「……」

しえんぬぅ

僕(夢? 記憶が夢に入ってきた? それともただの……)

僕(ただの何だよ……? ダメだ、頭が働かない……)

妹「おーちゃ……」

寝ぼけているんだろうか、妹が僕の手をキュッと握ってくる。

僕(よしよし……)

綺麗な長い黒髪を、優しく二度三度撫でてあげる。

妹「んふ~」

ああ、やはり無邪気な妹の笑顔も……可愛い。

僕(おやすみ……)

今日はそれ以上頭を働かせる事は出来なかった。

僕(今度は何も見ませんように……)

僕は女の笑顔と、小さく手を降る姿を思い出しながらまた眠りに落ちていった。

僕(……)

その途中……。

僕(あ……おもいだした……)

僕(ぼくは、めがねちゃん……から、の……)

僕(でんわ……しってた……)

誰か三行でまとめて

>>178
大学生の「僕」の人生が小学生までリセット
何故か後輩のはずの「女」まで巻き添えで同学年に
矛盾を孕みながら過去を追体験中

女「えっ? 眼鏡ちゃんの?」

僕「うん。昨日布団の中で思い出した!」

……

女「……電話?」

そう。

あれは確か……中学生の時だったと思う。

僕は一度だけ、眼鏡ちゃんからの電話を受けた事があったんだ。

あまりに曖昧で微妙に忘れていた記憶だけど……今なら話せる。

中学校では人数の関係からクラスが二つに分けられる。

一つの地域だけで無く、色んな場所から生徒が入学してくるからだ。

僕「細かい事はまた話すけど……眼鏡ちゃんは確か、違うクラスだった気がする」

女「本当?」

僕「うん。だから話す機会も無かったし……それこそあまり印象に残っていなかったんだよ」

女「それから?」

僕「入学してすぐかな……眼鏡ちゃんが僕に話し掛けて来たんだよ」

眼鏡『今日の夜八時に電話するから出て? お願い』

女「それだけしか言わなかったの?」

僕「恋愛的な言葉は無かったよ。僕もあまり考えずに、承諾してたと思う」

女「ちゃんと待っててあげた?」

僕「うん。それがさっき話した電話の……あんな感じの事を話したのは記憶にあるよ」

女「……」

女「でも付き合ってないのよね?」

僕「うん」

女「どうして?」

僕「それは……忘れちゃった。好きじゃなかった事だけは確かだけど……」

女「そう。でも、これであの子が記憶と全く無関係って訳は無くなったね?」

僕「また中学生になったら告白されるのかな?」

女「さあ? まだそんな先の事なんてわからないわよ」

僕「でも彼女が記憶の中に関わっているなら……何かあるはずだよね?」

女「そうね。でも気にしすぎる必要も無いんじゃない?」

彼女がそう言ってくれるなら、僕が気にしすぎる事は無くなるんだろう。

単純だ。

僕「うん……わかったよ」

女「あ、休み時間が終わる前に一つだけ教えて?」

僕「ん?」

女「昔の小学一年生の時にさ……眼鏡ちゃんから今みたいなアプローチを受けていた?」

僕「一年生の時の記憶……?」

女「うん」

僕「今思い出せる事は……あまり無いかな。でも眼鏡ちゃんはこんな様子じゃ無かったはずだよ」

女「そうなんだ……」

涼しい顔で、彼女はちょっとだけ真面目を作っている。

僕「あの……どうかした?」

女「ううん。まだよくわからないなって思って」

よくわからない、それは僕だって同じだ。

どうして眼鏡ちゃんが、こんなに早くから僕に近付いて来ているのか。

もう中学校で彼女からの告白は無いのだろうか?

僕「……考えても、やっぱりわからないや」

女「眼鏡ちゃんが僕ちゃんの記憶にいた……本当にそれだけよね?」

僕「うん。中学校で同じような事が起こるとは限らないし……記憶は記憶でしかないから」

記憶の話をすると、相変わらず頭が痛くなってくる。

女「……ね、そろそろ戻る?」
僕「うん。次の授業で最後だから頑張らないと」

女「帰りに駄菓子屋寄って行かない?」

僕「行く行く」

女「ふふっ、ガム奢ってあげるね?」

僕「え、またガム~?」

女「文句ある?」

僕「あるって言ったら?」

女「もうガム買ってあげない」

僕「じゃあ、無い」

女「ふふっ、いい子」

うん、やっぱり僕はこうして……。

放課後に遊ぶ相談や、友達と過ごせる時間を見つけたり。

小学生らしく遊んでいる方が笑顔になれるみたい。

もう夏休みか……。

僕の本能がその言葉を覚えているかのように、日が経つに連れて体がワクワクしてくる。

僕「……帰りたいな」

女「ん? 何か言った?」

僕「ううん、何でもない」

女「……」

女「相変わらず、変な僕ちゃん」

彼女はやっぱり笑顔だった。

何であんな事を呟いたのかわからない……。

彼女が笑顔の理由も僕にはわからない。

それでも……僕たちの新しい夏はやって来る。

嬉しさと、胸に残っているほんの少しの不安。

そして……

僕が忘れている夏の記憶と一緒に。

お仕事行ってきます。

>>179
三行の人、ありがとう。

いってらっしゃい

お昼自ほ

終わった。

今から帰ります。

>>190の続き


よく晴れた日。

体育館での終業式を終えた僕たち。

教室で受け取った初めての成績表、初めての夏休みの宿題。

もちろん、僕と彼女を除いては。

女「ねね、成績どうだった?」
嫌に楽しそうに話してくる彼女。今日初めての会話だった。

僕「どうって……別に。昔よく見てたから」

特に何も感じない。

女「ええ~、僕ちゃんの成績表見せてよ? ね?」

僕「み、見ても何もないよ。よくある普通の成績表だからさ」

女「ね? ね?」

保守ありがとう。



僕「何でそんなに見たいのさ?」

女「ふふっ。せっかくの小学生なんだからさ? こういう事したいな、って」

なるほど。
興味本意だけではなく今を楽しむような……そんな感じで彼女は言ってるんだろう。

僕(四月のお祭りの時も、そんな感じだったな)

女「ね、だからお願い?」

僕「……うん。わかったよ、はいこれ」

女「ありがとう!」

シュッ、と素早く手が伸びてくる。

彼女の目線は、食い入るように僕の成績表を見つめている。

女「……っ、くくっ」

僕「?」

女「この頃から字が下手だったんだねえ……」

女「きっと一年生から大学まで……ずっと成績表に、丁寧に字を書きましょう、って……くすっ」

他人の成績表を見て大笑いしているのは、全国の小学生の中でも彼女くらいだろう。

僕「ほ、他は全部良くできてるんだからいいだろ!」

女「あはは~、そこをチェックしたかっただけだから、何言っても知らないもん」

僕(さっきの、今を楽しみたいとか言っていた自分が恥ずかしいよ……)

彼女はまだ僕の成績表を手放してはくれない。

早く帰りたいのに。

早く、僕の夏休みを始めたいのに。

女「あ、あとニンジンをちゃんと食べましょう、だって」

……しかし、このまま帰るのも何だか癪に触る。

僕「ねえ、僕のを見せたんだから交換で見せてよ」

女「え、見ても面白くないよ?」

僕「いやあ、今を楽しみたいもので」

女「変な僕ちゃん。はい……これ」

成績表を受け取り、ページを手早くめくってみる。

僕「……」

僕「全部、よくできましたに印が……」

女「だから面白くないって言ったのに~」

まだ、満面の笑みで僕の成績表を見つめている。

僕(……そっちのこそ面白くないだろうに)

女「はい、ありがとう」

パッと成績表が手元に戻ってくる。

僕「満足した?」

女「丁寧に書きましょう、だけですっかり満足~」

僕「ああ、喜んでくれてるなら良かったよ」

いつもは本心からこの言葉を言っているが、今日この時だけは嫌味で言ってやった。

女「うん。また冬休み前に見せてね?」

僕「……」

彼女のその言葉には嫌味が無いのがわかる。

僕「覚えていたらね」

女「私が覚えているから大丈夫だよ」

だからこそ、僕たちはまた冬休みの前に同じように成績表を見せあって笑うんだろう。

何となく、わかる気がする。

女「ね、夏休みはどうするの?」

彼女は荷物をまとめながら僕に聞いてくる。

僕「んー?」

女「遊びにいったりしないの?」

僕(一年生の時はどうだっただろう……?)

この辺りはただでさえ遊ぶ場所なんて無かった。

裏山、神社、駄菓子屋……小さな体で遊びにいけるのはこの辺りだけだ。

僕「あまり計画的に遊ぶ事はしないよ」

女「そんなものだっけ?」

僕「学校でラジオ体操があったから、その後に約束とかはしたかも」

女「ラジオ体操があるんだ!」

彼女の目がちょっと輝いた。

僕「嬉しいの?」

女「夏休みだなあ、って感じがして好き」

彼女は雰囲気を大切に感じているらしい。

それは僕もわかるけれど。

僕「来る?」

女「どこでやるの?」

僕「学校の校庭だよ。役員の人がカードにシールを張ってくれて……」

女「うん、うん!」

やはり出席する気満々みたい。

僕(僕は眠っていたいからパスだけど……ね)

女「ところでさ、僕ちゃん持って帰る荷物無いの?」

夏休みに入ると、絵の具や道具箱、ロッカーや机の中の物を全部持ち帰らなければいけない。

女「あ、もう全部持って帰ったとか?」

僕「何も持って帰ってないよ」

女「何でよ?」

僕「どうせ二学期も持ってくるんだから……ねえ?」

女「……ハァ」

また溜め息か。

女「もしかして教科書とかも?」

僕「置きっぱなしー」

女「そんな小学一年生は滅多にいないわよ……まったく」

女「ね、お絵かきの宿題どうするの?」

僕「えっ?」

そんな宿題、出てたっけ?

女「出てたよ。ねえ? 眼鏡ちゃん」

いつの間にか僕の後ろには眼鏡の彼女が立っていた。

眼鏡「う、うん。絵の具いるよ、僕くん」

僕「じゃあ絵の具だけ……。ねえ眼鏡ちゃん、いつからいたの?」

眼鏡「女ちゃんを、まってたから。さっき」

女「声をかけてくれていいのにー」

眼鏡「で、でも……」

彼女はまた、しどろもどろ。

眼鏡「なんだか、二人の話してる事がむずかしくて……」

女「難しいってどういう事?」
眼鏡「たまに……わからない言葉とか、わからないお話とか……」

僕「まあ、そりゃあねえ?」

女「しっ!」

僕「……」

夏休みで僕も浮かれているのか、小学生という事に慣れてきたからなのか。

僕(何となく、自分の性格で適当な部分が出てきた気がする……)
僕「気を付けます」

女「……バカ」

僕(気を付けますってば)

女「それで?」

眼鏡「あ……うん。だからあまりお話に入れなくて……」

女「気にしないで大丈夫だよ眼鏡ちゃん。適当にお話しながら帰ろ?」

眼鏡「う、うん!」

女「じゃあ早く帰ろ。私お腹すいちゃった」

眼鏡「あたしも!」

女「今日のお昼はなーに?」

眼鏡「カレーだよ!」

先ほどの様子とは違って、自然体の眼鏡ちゃん。

僕(浮き沈みの激しい子?)

一年生の時なんてそんなものかな?

自分の性格を思い返してみたけど、やっぱり思い出せなかった。

僕(性格的な部分を馬鹿にする気は無いし……ね)

隣「僕ー。帰ろうぜー!」

僕「あ、隣君?」

隣「そ、そんな女子とばっか話していると女子になっちまうぞ!」

彼も夏休み前だからかな。

何だか僕に、元気に絡んできている。

隣「ほら! 行こうよー!」

僕「……」

女「あ、帰る? じゃあ眼鏡ちゃん、帰ろう?」

眼鏡「う、うん」

こちらの様子を察してか、彼女たちもお喋りをやめてこちらに注目をしてくれる。

隣「じ、女子と帰るなんてやだよー!」

女「そんな事言わずにさ、みんなで帰ろう? もうお腹すいたよ~」

隣「お、女ちゃんが言うなら……」

僕「ん?」

彼の目線がこっちに向いてくる。

女「……帰ろう?」

笑いながら、彼女は歩いて行ってしまう。

後ろから、追いかけるように眼鏡ちゃんが女に付いていく。

隣「ま、待ってよ」

更に後ろから、男の子が一人。

僕「彼女と昔の友達が絡んでいる姿が……何だか」

それが少し寂しいような気がした。

夏休みは始まったばかりなのに。

……

夏休み。

普段の生活の中でも、あまり深く考えずに過ごしていた毎日。

学校がなくなってしまえばもっと、自分の時間ができてしまう。

僕(明日から何しようかな……)

布団の中で、ボーッとそんな事を考えていた。

僕(おやすみ……)

ジリリリリン

ジリリリリン

母「もしもし。あ……ちゃ……ん。いるわよ」

遠くから、黒電話と母の声が聞こえてくる。

意識がはっきりとしない。また夢かな?

母「僕ー。女ちゃんから電話」

居間と寝室を繋ぐ扉が開けられる。

僕「ん……」

僕「電話持ってきて……」

眠いと自然とものぐさになってしまう。

母「寝惚けないの。家の電話は動かないわよ」

僕「……」

僕「もしもし……」

女「おはよ。もう十一時だよ? 寝過ぎじゃない?」

僕「休みの日はお昼過ぎまで寝るのが普通だよ」

あくびと一緒にそんな言葉が当たり前に出てくる。

女「寝過ぎ……ラジオ体操来なかったのも寝坊のせい?」

僕「あまり出る気が無くて……」

女「時間を使わないのは勿体ないよー。」

……

言われてみれば、それは確かに。

何がきっかけで元の時間に戻るかもわからない。

そうなった時に自分は後悔……しないんだろうか?

よし、決めた。

僕「ねえ」

女「ん?」

僕「八月の最初の日曜日、暇?」

女「多分大丈夫だと思うよ」

僕「近くで花火大会があるんだよ。一緒に行かない?」

思いきって彼女を誘ってみる。

女「花火、八月なんだ」

僕「一緒に行こう?」

女「あ、でも……」

僕「?」

女「眼鏡ちゃんと隣君は……どうするの?」

僕「どうするって、何が?」

女「お友達なんだもの。誘ってあげないの?」

彼女とデート、という事だったら間違いなく誘わないけれど……。

僕「一年生だから出歩けるかわからないけどね。。でも誘って来られるようなら……」

女「うん! せっかくの夏休みなんだもん。一緒に遊ばないとね」

そこは僕も彼女も慣れてしまった仲のようだ。

女「……考えたら、私たち一年生なんだもんね。夜に出歩けないのは当たり前だよね」

僕(そう言えば僕も許可をとらないと)

僕「あれ、女は大丈夫なの?」

女「私はほら……お母さんが……ね」

僕「……ああ。ごめん」

女「ううん、大丈夫だよ」

……

少しだけ変な空気になってしまう。

それでも彼女は、受話器の向こうから元気に話しかけてくれる。

女「じゃあっ、お祭り楽しみにしているよ!」

僕「うん……。また連絡するよ」

女「またね、僕ちゃん」

僕「ん、またね」

リンッ、と黒電話の金属が響く音がした。

僕「花火大会……ね」

僕「いってきま~す」

真夏の太陽が眩しい八月。

僕は元気に学校へ向かっていた。

今日は夏祭りの前日であり、登校日でもある。

僕「今日が終わったら、明日は女と……」

この日のためにお小遣いをコツコツ貯め、なるべく無駄遣いも抑えて来たつもりだ。

僕「何買ってあげようかな。またクレープとか……」

ワクワクする。
遠足の前日みたいな楽しみが僕の胸にある。

先生「えー、明日は花火大会があります。お父さんやお母さんと一緒に出かける人もいると思います」

僕(まあ、普通はそうだよね)

先生「夜で、人もいっぱいいる場所だから……気をつけて下さいね」

は~い、とクラス全体が返事をする。

先生「じゃあ、さよなら。夏休みを楽しんでね」

僕「……帰ろ」

ガタッと席を立ち、彼女の元へ向かう。

女「や、僕ちゃん」

彼女も同じ事を考えていたようだ。

僕「どうかした?」

女「明日のお祭り大丈夫そう?」

僕「うん。ほら、僕いい子だから」

女「そうだね~、僕ちゃんお子ちゃまでいい子だもんね~」

突っ込むというより、それに便乗して僕を口撃してくる彼女。

大学からずっと変わっていない。

僕「今は女だってお子ちゃまだろ?」

女「私の方がお姉ちゃんだもん。一歳年が上がっちゃったんだから、ね?」

僕「同い年でペッタンコのくせに……」

女「ペ……ペッタンコなのは仕方ないでしょ! い、一年生なんだから……から……」

僕(お、からかうと面白そう)

女「そ、そうよ。これからきっと……ね! うん!」

僕「へえ、これからって何年後?」

女「た、多分……昔と同じなら六……って、何よ! 変な事聞くなバカ!」

僕(今まで、胸の小ささをバカにした事は大学でもあったけれど……)

僕(未来の彼女を知っているだけに、今の女をこうしてからかえるなんて……楽しすぎる)

女「だ、だから……私は、その……」

慌てる彼女を見て、僕も自然と顔がニヤついてしまう。

普段とは違う彼女の反応が……たまらなく愛しい。

僕「まあまあ、一緒に帰ろうよ女ちゃん」

女「知らない、バカ! 私帰る!」

急ぎ足で彼女は教室を出ていってしまう。

僕(あの反応は……ちょっと怒ってるかも……)

近くでずっと彼女を見ていたから、僕にはそれがよくわかる。

僕(でも、可愛かったなあ。ああいう彼女も……)

僕はボーッと教室で彼女の事を考えていた。


今思えば……すぐにここで彼女を追いかけてさ……。

急いで謝れば、僕は明日のお祭りに一緒に行けたのかもしれないのに。

ダダダダダッ!

背中から迫る足音に、僕は気付かなかった。

多分教室から出ていった彼女の事を考えていて……。

彼女のいない教室になんて興味が無かったからだと思う。

ドンッ!

足音の勢いはそのまま、すぐに左肩に衝撃となって伝わってくる。

体の何処にも力を入れていなかった僕は、情けないくらいにあっけなく……

体重の全てが地面に引かれるように、落ちていく。

倒れ込んだ先には……机とイスから伸びている、鉄パイプのような物体があっただけだった。

その次の瞬間に、僕は何に刺さったのか、よく見えていなかった。

すぐに僕の目には、真っ赤な液体が大量に流れ込んで来て……。

僕(……痛い?)

僕「い……痛いっ……! いた……痛いよ……」

足に力が入らない。

倒れたまま、僕は目元を手で覆っている。

ドクドクと温かい液体が手のひらの中に流れてくる。

「……! ……!」

教室に残っていた何人かが、僕の周りを囲んでいるようだ。

何を話しているかは聞こえない……慌てているような、叫んでいるようなそんな声しか。

「うわ、血……」

「痛そう……」

「生きてる……? まさか死んでる……?」

ネガティブな言葉がどんどん頭に入ってくる。
体の力がドンドン抜けていく……。

「先生は?」

「さっき……うん……」


痛みだけが目に植え続けられている。

僕(痛い……)

それだけしか考えられない。

女「……く……僕……」

僕(痛いんだよ……)

女「僕……大丈夫、僕……ねえ……」

僕(さっきから血が止まらなくて……痛みも止まらないんだよ)

女「ごめん、ごめんね……僕……」

僕(なんで女が謝るんだよ?)

女「……」

僕(泣かないで、ごめんね。あんな事言って……)

僕(あれ……痛みが減った?)

僕(なんでもいい、なんでもいいよ)

それだけを感じると、僕は気を失ってしまった。

意識は無くても、痛みだけはずっと左目に残っていたのが印象的だった。

妹「おーちゃん……」

僕「ん、ん……」

妹「おーちゃん……?」

僕「あ、い、妹?」

父「僕……」

母「よかった……よかった……」

ここはどこだっけ?

シーツも何もない、小さなベッドの上で僕は目覚めた。

ツーンと、消毒液の匂いがしてくる。

僕(ここは確か、誰か個人がやってた病院だったっけか……)

うん、思い出せる。

僕(でも、いたっ……)

意識が段々とはっきりしてくると目の辺りの痛みも強さを増す。

僕の目には、白いガーゼやふわふわした布が何重にも重ねられていた。

女「僕ちゃん……」

僕(あ、女が……いる?)

女「わかる? 私の事覚えている? 記憶無くなっていない?」

母「大丈夫よ女ちゃん。頭はぶつけていないって先生言ってたから……」

女「……」

彼女が聞きたかったのは、そういう事じゃない。

僕にはすぐにわかる。

僕「……っ……」

でも、口から言葉が出てこない。

女「僕……」

父「右目の上が切れただけだから、心配無いとは言ってたが……」

母「目に刺さらなくて、本当によかったわね」

妹「おーちゃん……」

女「僕ちゃん……」

みんなの心配する声が聞こえる。

僕は相変わらず声を出すことは出来ないけれど。

女「……」

今は、この右手を優しく握ってくれている彼女のぬくもりだけでいい。

彼女の中に流れている血液の温かさが、僕を安心させてくれる。

今はさっきより痛みは無い。

僕は右手にギュッと力を込めて彼女の手を握った。

僕は残りの夏休みの半分以上を家で過ごす事になった。

話通り、目に傷は付いておらず失明などの心配は無いようだった。

ただ、かなり皮膚がザックリと切れていたらしく、しばらくは顔を動かす事もままならなかった。

僕(女、どうしてるかな)

頭が働くようになってから、僕はずっと彼女の事を考えていた。

僕(もう夏も終わり……)

僕の一年生の夏休みは、見れなかった花火と、行けなかった夏祭り。

そしてただ泣いている彼女の顔だけをボンヤリと見つめていた。

外では、ほんの少しだけ涼しい風が吹き始めるような空気になっていた。

女「お邪魔します」

彼女がお見舞いに来てくれたのは、あと二日で夏休みが終わろうとしている、そんな憂鬱な午後だった。

僕「んー……」

女「……寝てる。ま、怪我してるからいいけどさ」


僕「……」

女「目大丈夫かな? ガーゼ、痛々しい……」

スッ、と彼女の手が僕の右頬に触れる。

やっぱり彼女の手はあたたかい。

僕(……このまま寝たフリするのも悪くないかも)

女「……」

怪我をしているからか、彼女はそれ以上何も喋らなくなってしまった。

右頬を撫でる手は相変わらず止まっていないけど。

僕(やわらかい……)

女「……」

女「なでなで」

僕(……!)

その言葉と一緒に、彼女は僕の頭を撫でてくれる。

僕(あ、頭撫でられたら……寝ちゃいそうだ)

女「ん……」

その手が僕の顔の真ん中辺り……唇に触れてくる。

僕(……!)

そんな事は想像していなかったから、僕は簡単にドキッとしてしまう。

女「ぷにぷに」

唇を突っついてくる彼女の指が、少しだけ口の中に入ってくる。

本当に唇の感触を楽しんでいるだけのような、無邪気な指……。

僕(さすがに、もう起きた方がいい……かな?)

止まらない彼女の指。

どんな表情で僕に触っているんだろうか。

目を瞑っているから、その全てが見えないけれど。

女「……」

僕「……?」

スッと指が僕の唇から離れていく。

僕(よし、起きるなら今かな)

ただ目を開けて起き上がり、彼女に挨拶をする。
それだけだ。

女「……ちゅっ」

僕が目を覚ますよりも早く……彼女の言葉と、指より柔らかい感触が僕の唇に触れた。

甘い、イチゴみたいな味がする。

女「ん……」

その柔らかい感触が僕の唇を撫でている。

僕(これは……?)

彼女の唇?

柔らかくて、甘くて、優しくて。

僕(女……)

僕は彼女の唇を知らない。

昔、手を握ったり抱きしめた事は何度かある。

でも彼女と唇を重ねた事は無かった。

今こうしてくっついている、優しい味が……何だか遠いようで懐かしい。

僕は、ゆっくりと目を開けて彼女を見つめる。

女「あ、起きた? ちょうどよかった、はいあーんして」

僕「……」

女「あーんだってば」

僕「ねえ何、この僕の口に押し付けられている物体は」

女「ゼリーだよ。お見舞い」

僕「……」

女「あ、そんな目しても、全部はあげないからね。妹ちゃんにも残しておかないと」

僕「なんか、ごめんなさい」

女「妹ちゃんもゼリー大好きだもんね。イチゴ味はちゃんと僕ちゃんにあげるからね」

僕「そういう事じゃないんだよ、うん……」

女「? 変な僕ちゃん」

ゼリーとキスをして一人喜んでいた僕は、本当に変だったのかもしれない。

僕「……」

女「食べる?」

僕「うん、食べる……」

女「じゃあ、私は帰るから。これ妹ちゃんに渡してね?」

僕「ん~、わかったー」

一通りのお見舞いが終わり、彼女は帰る用意を始めている。


女「学校には来られそう?」

僕「多分ー」

僕はさっきから、気の無い返事ばかりをしている。

彼女が帰ってしまう寂しさなのか、先ほどのイタズラにがっかりしていただけなのか……。

女「もう……何よその返事は?」

僕「別に、何でもない」

女「嘘だよ。僕ちゃんて拗ねると子供みたいになるんだもん」

女「落ち込んだらすぐ引きこもっちゃうし、すぐ私に相談してくるし……不機嫌な時の僕ちゃんだもん」

僕が彼女の事を知っているように、彼女も僕の事をよく知っている。

物を食べる時の仕草や、誰も気にしないような小さな癖……それを彼女が発見する度、いつも笑顔で僕を見てくれていた。

女「……クスッ」

僕(あ……)

そうだよ、こんな感じで僕の事を優しい笑ってくれる。

僕「不機嫌なんかじゃない……」

女「いいんだよ、無理しないで」

僕「……」

女「ね?」

僕「うん……」

彼女は僕の事なんて全部わかっているような、そんな顔で僕を見つめてくれている。

女「落ち着いた?」

僕「……」

彼女の小さな膝枕に頭を乗せ、僕は天井を見上げていた。

僕「落ち着いた」

女「そう、よかった……」

安堵した顔が僕を覗き込む。

女「じゃあ、また学校でね」

僕「ん。今日はお見舞いありがとう」

女「うん。学校来てね?」

僕「行くよ、絶対に」

女「……あ、あれしよ?」

女「指切りゲンマン、嘘ついたら針千本のーます……指、切った」

僕「指切りなんて久しぶりだよ」

女「ね、私も」

僕「昔はこんな事ばっかしてたんだよね」

女「何だか、私たちって段々と子供に戻っているみたいね?」

僕「さっきの慰め方も子供の時から?」

女「だって僕ちゃんって子供だから」

クスッ、という小さな笑顔また溢れてくる。

それだけで僕は……。


僕「じゃあ、またね」

女「うん……ね、最後にもう一回小指伸ばして?」

僕「ん……」

僕の指先に、彼女の小指の先っぽが優しく触れる。

僕「なに、それ?」

女「ふふ~……ちゅっ」

女「お邪魔しました~」

彼女は小さく頭を下げ、僕の家から遠ざかっていく。

少し暗くなった外に消えていく後ろ姿を、僕はずっと見ていた。

僕(指切り……)

僕は、最後に誰と指切りをしたんだろう。

その約束をちゃんと僕は守っただろうか?

彼女との指切り、約束を大事にしようと思った。

もし次に誰かと指切りをする機会があったら僕は……。

それを記憶に残しながら、生きてみようと思った。

妹「ゆーびきーりげーんまー。うーそついたらのーます」

僕「……」

妹「ゆーびきったー」

母「ふふっ、これで僕ちゃんはゼリー食べちゃダメだからね?」

妹「おーちゃんおーちゃん」

母「女ちゃんに言われてね。こうでもしないと食べちゃうだろう、って……」

僕「……」

妹「いちごー」

僕「よしよし」

妹「えへへ~」

こんなに可愛く妹が笑ってくれるなら、指切りも悪くない。

僕の記憶に、この指切りは残るんだろうか。

僕「じゃあ、おやすみ」

母「もう寝るの?」

あれだけ昼間寝たから、眠気なんて無かったけれど。

明日の最後の夏休み、どこかに出かける気だった。

そのために僕は早めに布団に入った。

僕「……っつ」

枕に頭をぶつけると、傷口に痛みが走る。

しかしその傷口があったからこそ、今日は彼女がお見舞いに来てくれた。

僕「……えへへっ。女可愛かったなあ」

布団の中では感情が素直に出てくる、いつもの癖だ。

僕「わざわざ歩いて、お見舞いまで買ってきてくれてさ」

僕「女の家からは遠いのに。よくあんな場所から……」

僕「……あれ?」

僕「僕……彼女にこの家の場所、話した事あったっけ?」

彼女の家は、通り道だからもちろん知っている。

そして僕の家はどちらかと言えば町外れの方にある。

何より、彼女にこの場所を話した記憶が……無い。

僕(彼女は、本当に僕の事を何でも見抜いてるみたいで……)

僕「……」

僕(あ、ダメだ。眠気……)

僕(こうなったらもう考えられないや)

僕(おやすみ……女)

……

その夜、僕は久しぶりに彼女の夢を見た。

僕「……」

僕「あれ? もう朝」

さっきまで寝ていた気がするのに。

枕元に置いてある時計は、もう正午を回っている。

僕(せっかく女が夢に出てきたのに……)

寝起きの僕の頭は、彼女の姿何となく覚えているだけで、どんな夢を見ていたかを思い出す事は出来なかった。

現実で会える。夢で会える。

記憶の中で会える。

僕は、彼女に会う方法をたくさん知っている。

ピンポーン

急いでお昼ご飯を食べて来た僕は、彼女の家の前に来ていた。

僕「うん。普通に会いにくればいいんだよ」

ピンポーン

もう一度呼び鈴を鳴らしてみる。

……

……

しかし、誰も出てこない。

僕「いないのかな?」

扉に手をかけてみると……ガッと鍵の感触が引っ掛かる。

僕「珍しいな。この辺りで鍵をかけるなんて」

こういう田舎町では、出かける時に鍵をかける人間はあまりいないので、少し驚いた。

僕「……」

僕「帰ろう」

僕「やっぱり電話しておけばよかったかな?」

帰ってからもやる事があるわけでもなく……僕はまた早めに布団に潜っていた。

僕「携帯があれば気軽に連絡できるのに……普及するのは今から何年くらい後だっけ?」

僕「……」

僕(明日から学校か)

僕(なんだろう、昔は休みが長すぎると早く学校に行きたくて仕方なかったけど)

僕(今は特に何も思わない、ワクワクも感じないや)

僕(ただ、学校にいけば女に会える……それだけ)

僕(あとは約束のためだけに、僕は明日も学校に行くんだ)

僕(おやすみ……)

僕の夏休みが、静かに終わっていった夜だった。

僕「おはよう」

僕が教室に入ると、みんなの視線がが一気に僕に集まるのがわかる。

「大丈夫?」

「学校来て平気なの?」

「痛い? 痛い?」

病気や怪我でチヤホヤされる……なんだか気持ちいいような気分になった。

僕「大丈夫だよ。抜糸も終わったし、もうすぐ傷も塞がるみたいだから……」

そんな事を言いながら、僕の視線は彼女を探している。

この時間ならとっくに学校に来て……。

……。

来て……いない?

僕(ああ、夏風邪でもひいたのかな。女も昔から体が弱かったからな、まったく)

そんな事は無い。

僕(遅刻なんて女らしい。歩いて五分なんだから、遅刻する方が難しいよね)

彼女は毎朝僕より早く来ていて、いつも挨拶をしてくれていた。

僕(……)

僕(じゃあなんで彼女は来ていないの?)

知らないよ。

僕が知るわけない。

僕(彼女は僕の事を知っているのに……)

結局、授業が始まっても学校が終わっても彼女が姿を見せる事はなかった。

先生が言うには、無断欠席だそうだ。

先生「ねえ眼鏡ちゃん。このプリント、女ちゃんに届けてくれないかな?」

帰りの会の後、先生と眼鏡ちゃんの会話が聞こえる。

眼鏡「うん、わかりました~」

眼鏡ちゃんは彼女の家に行くようだ。

僕「ねえ、眼鏡ちゃん」

眼鏡「な……なに? 男くん」

僕(また男くんに戻っている……)

僕「僕も一緒に行っていい?」

眼鏡「も、もちろんだよ」

先生「あら、じゃあこれをお願いね」

数枚のプリントやお知らせが、束になって眼鏡ちゃんに渡される。

眼鏡「は~い」

僕「じゃあ、早速……ん?」

隣「……」

眼鏡「あ、隣くん……」

隣「……」

なんだか、冷めたような怯えてるような怪訝な表情でこちらを見つめている。

僕「と、隣くんも一緒に行く。このプリントなんだけど……」

隣「……」

僕の顔をチラッと見て、彼は教室から出ていってしまった。

僕(女がいないから嫌なのはわかるけどさ……)

僕「いこ」

眼鏡「あ、ま、まってよ男くん」

一刻も早く彼女の家に行きたかった。

少しでも、彼女を感じる何かが欲しかった。

ピンポーン

ピンポーン

眼鏡「いないね」

昨日来た時と様子が変わっていない。

人が出入りした気配も……。

眼鏡「お出かけちゅうかな?」

僕「風邪だよきっと。プリント貸して」

手からプリントを奪うと、玄関にある郵便受けに乱暴に突っ込む。

眼鏡「い、いいの?」

僕「どうせいないんだもん。僕、帰る」

眼鏡「う、うん……また、ね」

そのまま、眼鏡ちゃんには挨拶もせずに帰って来てしまった。
女の言葉が頭によぎる。

女『拗ねると子供みたいになるんだから……僕ちゃんは』

僕(その原因を作ってるのは自分くせに……)

女『……』

その先の会話を、彼女は返してくれない。

僕(何も言ってくれないんだ、もういいよ)

『……』

彼女の声は聞こえない。

子供みたいに拗ねている、小さな小さな一年生が道を歩いている。

僕(僕は約束ちゃんと守ったよ?)

僕(針千本だから、明日は学校に来てもらわないと困るんだけど)

僕(明日は席替えだってするって先生言ってたしさ)


僕(現実が無理ならせめて夢だけでいいから……)

僕(だからおやすみ……女……)

夜が終わり、また朝が来る。

朝になれば彼女に会える。

そう信じて、僕は眠った。

先生「女ちゃんは……今日もお休みね」

僕(やっぱり……ね)

何となく今日も会えない気はしていた。

早起きして教室に一番乗りしたけれど、結局彼女が来る事はなかった。

僕(どうしちゃったのかな女……)

先生「では、一時間目は言っていた通りに席替えを……」

ワーッ、と教室が活気付いている。

学生にとって席替えは一大イベントだから、無理もない。

でも、今の僕には何一つ喜ぶ事が出来ない。

僕(……ん?)

隣「……」

同じように喜んでいない人間が、もう一人だけいたみたいだ。

先生「ええっと、あとクジを引いていないのは僕君と隣君だけよ?」

隣「は、はい!」

僕(ダラ~ッと)

とても気だるそうに机に突っ伏している僕と、緊張した様子で教壇に向かう隣。

僕はまるで、やさぐれている不良のようだった。

格好いいとはもちろん思わない、それでもこんな気分なのは……やっぱり。

先生「ほら、僕君も来て。あとは女ちゃんの分を最後に決めちゃえば終わりなんだから」

隣「あ、あの……」

先生の言葉を遮るように、隣が話し出す。

隣「引く気がないなら、勝手に席を決めちゃってもいいんじゃないですか?」

その提案に、クラス全員が驚いた。

僕だけを除いて。

隣「席はどうせあと三つなんですから。この……一番後ろで隣に並んでいる席か、教室の端の一人の席か……」

先生「でも……」

僕「別になんでもいいですよー」

「……女の隣じゃなくていいのかな」

「どうせ休み時間に話すんだからねえ?」

「あ、でも隣も女と一緒に座りたいだろうし……」

隣「!」

「あ~、だからか~……」

僕(……マセガキは嫌いだ)

先生「みんな静かに。ルールだからちゃんとクジで決めないと。ほら、僕くん」

僕(……)

クラスメイトの声に背中を押されたからでも、先生に呼ばれたからでも無い。

女の隣に誰かが座るのが嫌だ。

嫌だった。

先生「じゃあまずは女ちゃんの席を決めましょう」

先生は近くにあったクジを一枚、簡単に取る。

これで彼女が一人席だったら、笑ってしまう所だ。

先生「……二つある内の片方ね。こっち」

黒板の図に、キュッと女の名前が加えられる。

「お一騎討ちだ~……」

隣「ね、ねえ。ど、どっちにする!」

声援に煽られるよう、隣はクジを力強く指差している。

僕「こっち」

自分も力を入れず、簡単にクジを引いてみる。

先生「それでいい?」

隣「ま、待って! やっぱり自分がそっち!」

僕(くじ引きの意味が無い……)

隣「あ……」

僕「はい」

先生「うん。じゃあ隣君が端の席で、僕君が後ろの席ね」

隣「……」

僕(また、落ち込んでる)

僕(……女)

誰も座っていない机に目が拐われる。

いつもだったら、そこに座っている彼女にピースとか、少し調子にのった仕草もするんだろうけど……。

先生「じゃあ、席をみんな移動させて~」

席は隣でも、彼女はそこにいない。

僕(女の机、運んでやるか……)

僕(……軽いや)

空っぽになったままの彼女の机が、妙に寂しく感じた。

母「僕ちゃん? 起きて、遅刻しちゃうわよ?」

僕「ん……」

母「ご飯食べて。学校の用意は?」

僕「用意は大丈夫だよ。ギリギリこれで間に合うから」

一番乗りした昨日と違い、今日はいつもの生活リズムに戻っていた。

僕「いってきます」

元気なく、僕はまた学校へ出掛けていった。

「ねえ、もう大丈夫?」

「昨日席替えしてね……二人が……」

「あ、来たみたいよ……」

僕「?」

僕の机の周りに人だかりが出来ている。

人数に比例して教室の中はガヤガヤと騒がしくなっている。

しかし……ただ騒がしかっただけでは無い。

更に興奮が混じったような、元気な声が教室に響き、僕の耳に聞こえている。

僕「……あ」

よく見ると、人が集まっている僕の机の椅子には、誰かが既に座っている。

「ね……その二人でくじ引いたお話、聞かせて?」

話の中心になっている彼女の周りに、みんなが集まっている。
ただそれだけの事だった。

「へえ、僕ちゃんが引いたんだ。よかったね~、私の隣になれて」

子供をなだめるように、彼女ば僕に笑ってくれる。

「宿題もわからない所も全部教えてあげるからね~?」

一年生の問題で、よく言うよ……。

「あ、そう言えば挨拶してなかったよね。おはよう」

僕「……おはよう女。」

女「うん、ただいま。僕ちゃん」

僕の席には、彼女が座っていた。

笑顔の彼女がここにいる。

記憶も時間も止まらない、彼女の隣の席で僕の二学期は始まった。

僕「ねえ、そこ僕の席なんだけど」

女「知ってるよ?」

僕「どいてよ、カバンが置けないよ」

女「知ってるよ?」

僕「……」

女「あははっ、ごめんごめん。はいっ。どうぞ」

当たり前のように、彼女とふざけあう事から一日が始まる。

僕「帰ってきたんだ?」

女「うん」

僕「何かあったの?」

女「……」

女「ちょっと入院しちゃってたの。お母さんも付き添いでさ」
僕(入院?)

「治ったの?」

「学校来て大丈夫?」

女「うん! 今は元気に復活したよ!」

僕「……」

「そうなんだ~!」

「よかった~」

女「えへへっ~」

僕にはわかっていた。

だから小さく、誰にも聞こえないように耳元で囁いてあげた。

僕「嘘つき……」

すいません、もう一度通勤してきます。

今日は昨日みたいに夜中になる事は無いので。

早ければ昼過ぎに。
遅くても夕方前には。

書きたい事全部書くと、もっと時間がかかると思い、今日無理にでも終わらせると思います。

>>300
スレはまだ700も残ってるんだ
ゆっくりでいいからおまえの頭ん中全部吐き出してくれ

>>306
はい。
でもなるべく早くには。
「また保守するのかよ」って言うのを考えちゃうとなかなか。


あと一時間くらい。
保守ありがとう。

あら嬉しい。

続きから。

>>298


キーンコーン

カーンコーン

女「あ、先生きたよ」

彼女の一言で、机に集まっていたみんなは自分の席に戻っていく。

視界が開けた先には、不機嫌そうに窓の外を見つめていた隣がいた。

僕「……」

僕は彼をあまり見ないようにした。

女「一時間目は漢字の書き取り~」

彼女も彼女で、先ほどの言葉には反応してくれない。

僕(川、花、口……月、日……)

授業は相変わらず退屈だった。

何も考えずに受ても問題無い。

一年生の漢字では優越感に浸る事もできなかったけど。

僕の視線は、すぐに隣の女を見ていた。

彼女は机に目を向け、熱心に鉛筆を動かしている。

僕(そんなに一生懸命やらなくても……)

小学生らしく、何かイタズラしてやろうか。

そう思った矢先だった。

女「……はい」

小さな声と一緒に、破られた一枚のノートが渡された。

女『どうして嘘だってわかるの?』

授業中のお手紙交換、というやつだろうか。

僕「?」

彼女「……」

驚いて彼女を見つめても、視線をこっちには向けてくれない。
だから僕も手紙を書く事にした。

僕『なんとなく。嘘っぽかったから』

スッと手紙を彼女の手元に返す。

僕(元気に嘘をつくときは、無駄に明るくなるのが彼女の癖だから……)

女『みんながいたから。話したくなかった』

僕『なんとなくわかるよ~』

記憶の中から、彼女の問題になりそうな部分を掘り起こしてみる。

彼女に関して心当たりがあるのは、両親の問題だけだった。

だから多分……。

女『あのね、お父さん出ていっちゃったんだ』

僕『うん』

それだけ返すと、僕は黙って彼女からの手紙を待った。

女『もう前からお父さんとお母さんは別居してたんだけど……夏休みが終わる前に本格的に離れる事になっちゃってさ』

僕『離婚?』

女『ううん。そういう話はまだ』

僕(確か大学の時でも……離婚はしてなかったかな。問題でゴタゴタしていたのは聞いていたけれど)

女『だから最初ちょっと休んじゃって、ごめんね?』

手紙の中では、彼女はとても素直だった。

そんな性格を僕は知っていた。

嫌な記憶も、辛そうな過去の出来事も、彼女に対する記憶は僕の頭に残っている。

僕『大丈夫だよ。あ、針千本じゃなくて駄菓子を買ってくれるだけでいいから』

女『……』

女『ガムでいい?』

僕『またガムなの……』

女『あははっ。この話はまた後でね』

僕『わかった~』

手紙を返すと、小さくなるまで折り畳み、それを彼女の筆箱にしまっていた。

僕(ガム、か……)

放課後、彼女と駄菓子屋に一緒に行く。

残りの授業は、この約束で頭がいっぱいだった。

僕と彼女の間では、あれだけでちゃんとした約束になる。

彼女もきっと、そう思ってくれているはずだ。

僕(あ、でもその前に給食が……)

先生「じゃあみんな~。いただきます」

「いただきます!」

元気な声でお昼が始まる。

眼鏡「ぼ、僕ちゃん。牛乳飲んで?」

僕たちのクラスでは、近くの四人で机を向かい合わせ、一つのグループでご飯を食べる事になっている。


僕の前の席にいる眼鏡ちゃんが、給食中は隣になる。

女「コロッケおいし~」

そして隣にいた女とは正面同士になる。

眼鏡ちゃんから牛乳を受け取り、グビグビと一口に飲み干す。

女「僕ちゃんちっちゃいから牛乳たくさん飲まないとね?」

やっぱり、何をしても彼女は僕に笑いかけてくる。

女「今から牛乳飲まないと将来……くすっ」

僕(二十何歳の姿を知っているくせに……)

彼女の笑顔は、絶対にそれをわかって言っている。

僕「……女ちゃんも、牛乳飲んだ方がいいよ。少しでも将来に胸がおおき……」

そこまで言うと、机の下の膝辺りにぶっきらぼうな衝撃が飛んでくる。

僕「あづっ!」

眼鏡「ど、どうしたの僕ちゃん……?」

僕「あ、足が……」

女「あら、保健室行く?」

僕(本気で蹴るなよバカ……)

女「くすっ」

僕もまた、彼女の体がそこまで大きく成長しないのを知っていた。

僕「まだヒリヒリするや……」

駄菓子屋に着いてからも、足の痛みは治まらず、僕一人でヒイヒイ言っていた。

女「ねえ眼鏡ちゃん。チョコだよチョコ」

眼鏡「あたしはえびせんべいのが食べたいかな~」

いつものメンバーで帰りたい、と彼女が言い出したので、眼鏡ちゃんもそのまま一緒に駄菓子屋に来る事になった。

一応隣にも声はかけたけれど、僕の顔を見たらやはり一目散に逃げて行った。

相変わらず嫌われているようだ。

女「はい、僕ちゃんにはガムあげるね~」

僕「あ、ありがとう」

……

九月の帰り道。

僕と彼女の指切り針千本は、こうして簡単に果たされてしまった。

僕(ま、彼女が戻ってきたんだからいっか……)

ペリペリとガムの包みを剥がそうとする僕の手元に、今度は別のガムが渡されてくる。

僕「?」

視線を向けると、眼鏡ちゃんが俯きながらガムを僕に渡そうとしている。

彼女もまた、とても小さな手をしていた。

眼鏡「あ、あたしも……これ」

僕「あ、ありがとうね」

眼鏡「うんっ!」

眼鏡ちゃんは元気に、いつの間にかちょっと離れた場所にいた、彼女の元へ駆け寄っていった。

眼鏡『渡せたよ!』

女『よかったわね~』

表情からこんな会話がされてるんだ、と何となくわかってしまう。

記憶がある限り、鈍感な僕にはなれないみたいだ。

僕(……)

僕は、手に持った二つのガムをポケットにしまう。

僕(……学校帰りに買い食いや道草はダメだから)

多分そんな理由じゃないけれど。

僕は自分にそう言い聞かせながらまた歩き始めた。

眼鏡「ばいば~い!」

眼鏡ちゃんと元気に別れ、僕たちはまた二人きりになった。

すぐに女の家には着いてしまうけれど、久しぶりの嬉しさがある。

女「ガム貰えてよかったね~」

僕(どっちの?)

女「大切に食べてあげてね?」

僕(ああ、眼鏡ちゃんの方ね)

二人が物をくれた意味はそれぞれ違う。

僕と彼女にはそれがわかっている。

でも眼鏡ちゃん自身は多分……彼女と同じ気持ちでガムを渡せた、そう思ったんだろう。

僕「……大切に食べるよ」

おうむ返しに生返事。

拗ねてるわけじゃない。
彼女の家に着いてしまったから、それが少し残念なだけだったんだ。

僕「じゃあ、またね。ちゃんと学校来なよ?」

いつもはこんな事を言わないが、今日は何だか特別だった。

女「うん……また、ね」

僕「……」

女「……」

挨拶の後も、彼女は家に入ろうとはしない。

僕たちはお互いを見つめて固まってしまった。

女「ねえ僕ちゃん……ちょっと、お家寄ってかない?」

僕「……?」

女「お願い、ね?」

僕「お邪魔します」

女「あ、誰もいないから平気だよ。適当にあがっちゃって」

誰もいない?

女「あ、玄関段差あるから気をつけてね」

言われるままに通されたのは、障子と畳で綺麗に間取りされた居間だった。

僕(十年くらい前の田舎町にしては綺麗な家かも……)

確か貸家だと聞いていた。

家賃はいくらなんだろう。

この地域の相場は確か……。

一人で考え込んでいたが、アパートや家など地元では借りた事がなくて、逆にわからなかった。

女「今、お茶持ってくるからね」

彼女はそのまま台所に消えていった。

僕(箪笥に、テレビに、テーブルに……)

家具は一通りが揃っている。

この居間が八畳程だろうか。

少し手狭に感じてしまうのは、三人分の衣類が入りそうな少し大きな箪笥。

それに、お皿を多目にのせられるような大きなテーブルがあったせいだろうか?

僕(……)

女「お待たせ~。ココアでいいよね」

そこに元気な彼女が一人加わる。

それだけで、部屋がまた狭くなったような気がした。

僕「お茶じゃないの?」

女「甘いの好きでしょ?」

僕「わかってるね」

女「当たり前だよ!」

自信満々にそう言う彼女の手元には、ココアを入れたカップが二つ。

片方のカップの臨界点からは、山盛りになった砂糖がひょっこりと顔を出している。

僕「……」

女「ごめんね、溶けきらなくって……」

嘘でもわざとでもいい。

僕はそのココアを一口飲んでみる。

僕「……あま」

女「やっぱり?」

僕「でも……美味しいや」

彼女が作ってくれた飲み物だから。

何をされても僕は多分美味しく飲める。

女「くすくす、僕ちゃん将来糖尿病になっちゃうよ? 砂糖入れすぎだもん、それ」

僕「……」

意地悪に笑われても多分……美味しいんだろう……か。

彼女との談笑は続いた。

目の傷がそろそろカサブタになりそうな事、運動会の練習事。
秋に学校で行われる文化イベントのための合唱の事……。

時計はもう夕方六時を指している。

僕「あ、そろそろ帰らないと……」

最近は陽が落ちるのも早くなり始めている。

一年生が歩き回るにはどこか不安が残る。

女「……」

僕「じゃあ、また。今日はありがとう。ごちそうさま」

言葉を終え、立ち上がろうと足に力を入れた瞬間……。

女「やだ……」

彼女の言葉と指が、僕の洋服をキュッと捕まえる。

僕「な、何が……?」

確認するように、問いかける。

女「帰っちゃやだ……」

返ってきたのは僕が予想した通りの言葉だった。

女「今日はお家に誰もいないの、だから……だから……」

大学生のままの彼女がこのセリフを言えば、僕も今とは違う意味で捉え、彼女を抱きしめていたんだろう。

僕(でも……)

女「一人は嫌だよ……寂しいんだよ……」

彼女は怯えていた。

遊んで、お友達とバイバイしたくない。それだけのはずなのに。

それだけじゃないのが、やはり僕にはわかってしまう。

僕「女……」

女「お父さんもいないし……お母さんもお仕事増やしちゃったから夜はいなくなっちゃうし……」


女「一人でお留守番してご飯食べるなんてやだよ……いやだよ……」

彼女は泣きながら、僕の首筋辺りに抱きついていた。

ぬるい涙がじゅっ、と僕の頸動脈に吸い込まれているような感覚だ。

女「この記憶だと……聞こえちゃうんだよ。二人が言っている事全部、理解できちゃうんだよ……」

女「お金の事、住居の事、私の事……難しい単語も今の私にはわかっちゃうんだよ……!」

女「もう一度記憶と同じ事を体験するなんて、つらすぎるよ……」

記憶も中身も全部。

子供のままだった昔。

彼女はこんな風に泣いていなかったのかもしれない。

記憶と半端に残っている知識のせいで、目の前の彼女はこんなにも子供みたいに泣いている。

知ってしまっている分、子供よりつらい泣き方なんだろう。

僕に抱きついて大声で泣いているその姿は、小学一年生のままの彼女だった。

泣いて、泣いて、泣いて……。

ずっと僕はその間、ただ彼女の頭を撫でてあげる事しかできなかった。

女「……」

女「ありがとう……」

泣き声が小さくなり始めた頃、彼女から感謝の言葉が聞こえた。

僕「……落ちついた?」

女「うん……。あははっ、グスッ。シャツたくさん水吸ってる」

鼻を啜りながら、彼女はいつもの雰囲気に戻っていく。

笑いながら元気な声を出そうと一生懸命な彼女に。

僕「もう大丈夫?」

女「うん……多分、平気だから。ありがとう僕ちゃん」

ぎこちなく笑っている彼女。

そんな彼女に僕は、まだ少しカップに残っていた彼女のココアを渡してあげる。

僕「はい。冷めちゃってるけど……」

女「ありがと……」

カップを受け取り、そのままコクッと、小さく彼女の喉が鳴る。

僕「どう?」

女「……なにこれあまっ。これ僕ちゃんのカップじゃん」

僕「え……あ……」

女「くすっ。わざとじゃないんだね」

僕(やっぱり全部見抜かれてるんだな……)

僕はわかりやすい。

女「でも……」

僕「……?」

女「僕ちゃんがくれた物だから、おいしい……」

素直になった時の彼女も……すごくわかりやすい。

同じ人が作ったココアを、僕たちは同じカップで飲んでいる。
二人で同じ物を飲んでいるはずなのに、僕たちはお互いに違う味を感じていた。

僕はそれを不思議とは思わなかった。

女「こんなの笑顔で飲んでたんだから……本当に僕ちゃんて甘いの好きだよね」

僕「女が作ってくれたから、何でも美味しいんだよ」

女「……ばーかばーか」

僕「悪口も一年生かよ……」

女「ふふっ。僕ちゃんのばーか」

僕「じゃあ女だって……ばか……だよ」

女「そんなに優しく言われても悔しくないよーだ、ばか僕ちゃん。ふふっ」


無邪気に笑う僕たちの笑顔は、ほんの少しだけ昔に戻った気がした。

こうして、僕はお家に帰って行った。

笑っている彼女の姿が、道端の外灯に照らされて優しく揺れていた。

女「おはよう、僕ちゃん」

僕「おはよ」

朝一番で挨拶をしてくれる彼女。

僕(目の辺りに、新しく泣いたような痕跡は無い、か)

ちょっとだけ安心をする。

女「んふふ~」

僕「?」

座ってから一番、彼女はこっちに笑いながら顔を近付けてくる。

僕「な、何?」

今回みたいに唐突に笑顔を向けてくる時は、答えの予想がつかない。

女「はい、これ!」

手渡されたのは薄い紙袋に入った……ノートのような物体だった。

中身まではまだわからない。

僕「なに、これ」

ガサガサと袋を開けようとすると……。

女「まだだめっ。帰ってから!」
すぐに彼女にその手を止められてしまう。

僕「どうしても?」

女「どうしても!」

僕「まあ、何でもいいんだけどさ」

わざと興味のないフリをして、僕はランドセルにそれをしまった。

女「うん!」

本当は彼女の言葉を聞いた瞬間から、家に帰りたくて仕方がなかったけど。

その日はなんだか、早足で家に帰っていた記憶がある。

自宅のテーブルで僕は袋を乱暴に開けている。

妹「おーちゃん、おーちゃん」

妹が甘えてきても、今はダメ。

テレビをつけてあげると、妹はすぐにそっちに顔を向ける。

それはそれで悲しかったけど。
僕「今は袋だ、袋」

中から顔を出したのは……受け取った時から感じていた通り、一冊のノートだった。

薄い紫色をした、綺麗な表紙のノートだ。

授業に持ってくる感じの物では、もちろん無い。

僕「……」

その表紙には彼女の字で、デカデカしながらも整った字でこう書かれていた。

『交換日記』

女『こんばんは。昨日はありがとう。おかげで今こうして落ち着きながらこれを書けちゃってます』

砕けた感じの文章。

何色ものカラフルペンでデコレーションされている。

うまく表現できないのが残念だ。

女『でもやっぱり夜にメールも出来ないのは寂しいから……こうして勝手に交換日記を始めちゃってます!』

僕「日記、ねえ……」

居間にはテレビから流れるアニメの主題歌と、それを歌おうとはしゃいでいる妹の声だけが流れている。

昨日、僕がずっとここにいる、今日は帰らない。

その言葉を聞いて一瞬驚いたような表情の後、彼女は笑顔で言ってくれた。

女「ありがとう。でも、もう大丈夫だから……もう元気だから」

嘘をついている表情ではなかった。

僕は彼女の言葉をそのまま信じ、家に帰っていった。

夜八時に帰るだけで両親に怒られるとは思わなかったけど……。

僕「あのあとこれを書いていたのかなぁ……」

涙の痕ができていない理由がわかった気がする。

僕「さて、何を返事にすればいいのか……と」

鉛筆を取りだしノートに向かう僕は、一年生になってからのこの半年間で、一番熱心な顔をしていたんだと思う。

僕「おは……」

「ね、今日の放課後さ……」

「だから女ちゃんも……」

女「んー、どうしよう。……あ、僕ちゃんおはよう」

机の周りには女子が数名、彼女を取り囲むように立ち塞がっている。

僕(全く、モテちゃって困るよ本当に)

こんな冗談言っても、周りにはポカーンとされ彼女だけがツッコミを入れてくれるんだろう。

そういう冗談が一年生に通じるとは思えなかった。

僕(退いてくれないと座れないんですけど……)

女子の壁が、朝から僕の邪魔をする。

「ねえ、僕くんも放課後参加しない?」

「そうだよ。みんなで遊ぼうよ」

僕「なんの話?」

途中から話に入った僕は、何の事だか内容が見えていない。

女「放課後、学校の中でかくれんぼをするんだってー」

小さな体の僕たちにとって、広すぎるくらいのこの校舎。

その全部を使って何人かでかくれんぼをしようという企画だった。

僕「ああ、小学生がよく考えそうなアレね」

女「……おんなじ! 小学生でしょ、まったく!」

記憶に関する事で口を滑らせると、彼女は途端厳しい口調になる。

僕「ご、ごめんてば」

「どうするのー、僕くんもかくれんぼする?」

支援。

>>1
ちなみにどれくらい書き溜めあるんです?

僕はチラッと彼女の方を見つめてみる。

女(……ふふん)

と、心の中で笑っているような妖艶な目付きでこっちを見つめ返している。


僕(一年生ができる表情じゃないよアレは……)

「僕くんは参加するの?」

僕「まあ、暇だから……いいかな?」

「なんか言い方がカッコつけてる~」

女「僕ちゃんは子供だから、ふふっ」

僕(大学生が一年生の言葉遣いなんて簡単にわかるわけないだろ)
わかって言っているであろう彼女に、直接言えないツッコミ。

それらは全部心の中で彼女にぶつけている。


……結局僕も彼女も、放課後のかくれんぼに参加する事となった。

>>373
全部生書き。
だから誤字脱字はご愛敬で。



放課後、夕焼けの色が教室に差し込んでいる。

机の上に残っている、いくつかのランドセルがみんな赤色に染まっている。

その情景の中に僕たちはいた。

「じゃあルール説明するからね。今日使える場所は一階だけ」

「それ以外は普通のかくれんぼと一緒だよ~」

「三十分で全員見つけられなかったら、鬼の負けー」

僕と女と眼鏡ちゃん。
他の男の子が一人、女の子が二人の合計六人。

女「頑張ろうね眼鏡ちゃん」

眼鏡「う、うん……!」

横から刺さる眼鏡ちゃんの視線がなぜか痛い。

「じゃーんけーん……ぽん!」

女「わ……」

「女ちゃんが鬼ー」

「じゃあ百数えたら探しに来てね!」

眼鏡「お、女ちゃん……」

女「じゃあ数えるよ~。いーち、にーい、さーん……」

「見つかったら教室に戻ってくるんだよ!」

僕「女なんかに見つかるか~」
女「……言ったな。ろーく、なーな……」

各々が言いたい事を言いながら、バラバラと教室から出ていく。

僕(ふふん……)

僕には一つの考えがあった。

この学校の一階の間取りはこうだ。

まずは東側に小さな玄関がある。

一年生と二年生はここから学校に入り、隣り合った教室に入っていく。

外に出る事は禁止なので、一番端にある一年生の教室が実質のスタート地点となる。

そして奥に進むとに職員室、校長室が見えてくる。

その向かいに男子トイレに女子トイレが並び、ここから先が正面玄関になる。

性別の問題でトイレに隠れるのも禁止なので、東側に隠れる場所はほとんど無い。

正面玄関を挟んで次は西側。

こちらには図工室や保健室、更には音楽室や放送室まである。

隠れるのも探すのも、多分西側が探索場所の中心になるだろう。

女「きゅうじゅはーち、きゅうじゅく……」

僕はあえて西側には行かず、教室横の壁に張り付いて彼女がみんなを探しに行くのを息を殺しながら待っていた。

女「ひゃーく!」

勢いよく、西側に近いドアから彼女が教室を飛びして行く。

それとは反対の東側のドアに僕はいる。

学校一番端に隠れていた僕は、難なく入れ替わる事に成功した。

飛び出した誰もが最初には見る事はない、ちょっとした四角。

ズル賢い大学生の作戦だ。

僕「ふふん。後はしばらく教室にいれば……」

女「あ、やっぱりいた。僕ちゃん、み~つけた」

僕「げっ……」

女「そんな事だろうと思ったよ。子供の遊びでこんな手を使うなんて……くすくす」

僕(バ、バレてるの……)

開始十秒で彼女に一番で見つかって笑われている僕の記憶は、今日の放課後を多分忘れない。

僕「悔しすぎる……」

女「あははははっ」

結局、僕の一つの考えは簡単に見破られてしまっていた。

大学生の彼女が狭い学校内を探すなんて容易な事らしくて……。

眼鏡「あ、僕ちゃ……」

すぐに次の犠牲者がやってくる。

眼鏡ちゃんだった。

僕「見つかったんだね」

眼鏡「うん。僕ちゃんも……?」

僕「まあ、ね」

眼鏡「こんなに早く?」

僕「う、うん……あはは……」

眼鏡「?」

悪気が無い彼女と違い、眼鏡ちゃんは悪意が無い。

その分僕は心の中でツッコミを入れる事もできない。

僕(……?)

僕(なんか違和感というか、モヤモヤ……?)

眼鏡「女ちゃん、すごいよね。あっという間に見つかっちゃった」

僕「そ、そうだねー」

眼鏡「ね……」

僕「……」

眼鏡「……」

二人だけの教室。

窓から射し込む光の様子が変わった様子はあまり無い。

沈黙で時間が止まっているような……そんな錯覚さえする。

「ほらー……早く……」

「パス出せパスー……」

遠く。

遠くの校庭からは他の生徒達が騒いでいる声がする。

僕も隣にいる彼女も、同じ音をきっと聞いている

僕(よく考えたら、ここにいる眼鏡ちゃんは本当の一年生なんだもんな)

僕(今までは何かと女が間に入ってくれてたけど……)

女の子と二人きり。

眼鏡ちゃんとは比較的よく話していたけれど、それは中学生辺りの事。

一年生の女の子と何をどういう風に話していたのか。

僕の記憶には何も残っていなかった。

僕(何か話さないと……)

変に気だけを遣ってしまう。

眼鏡「あ、あの……」

僕「は、はい?」

震える空気。

眼鏡「ぼ、僕ちゃんて……さ。女ちゃんの事……すき?」

僕「お、おお?」

眼鏡「うん、いつも一緒にいるから……ね」

僕(一年生ってこんな会話したっけか?)

さすがに一年生の女の子に問い詰められてドキマギはしないけれど。

……彼女の事を聞かれたら焦ってしまう。

僕「す、好きなわけないよ! 女の事なんて!」

焦ったせいで、つい呼び捨て。

眼鏡「で、でも二人でいつも楽しそうにしてるから……」

僕「隣に座っているからよく話すだけさ。好きなんてそんな事……」

少なくとも大学で知り合ってから数ヶ月、僕は彼女の事を恋愛的に好きだった。

でも長く一緒にいるうち、その気持ちは何だか……妹や年下に抱くような、優しさのような感情に変化していった。

僕(……とは自分で思っているけれど)

女「ふい~。大漁大漁」

話の途中、全ての獲物を狩り終わった彼女が帰って来る。

「女ちゃん強いよー」

「あっという間だっもんな」

女「もっとあっという間な人もいるけどね~」

僕(はいはい……)

いつからかな。

いつの間にか、僕の方が弟みたい扱われるようになってしまって……。

今は、この感情がどうなっているかよくわからない。

ただ……。

女「じゃあ、次は五秒で見つかった僕ちゃんの鬼ね!」

僕「い、いいんだよ。そんな事は一々言わなくて!」

「え~、僕くんダサー」

「五秒って……」

女「じゃあ鬼ちゃんが鬼~」

彼女は、確実に僕だけに笑ってくれている。

今はそれだけでいいんだ。

僕「……鬼ちゃん数えるからな。いちにさんしごろくななはちきゅうじゅういちじゅうし!」

「は、早いよバカ!」

「逃げろ~!」

「ほら、眼鏡ちゃんも!」

眼鏡「あ……」

女「ちゃっかり数え飛ばしてんなー、バカー!」

……

僕「……ひゃくっ!」

多分百秒を十秒くらいで数え終わっただろうか。

僕も元気に、教室の外へ飛び出していく。

僕「よし。絶対見つけてやる!」

今はただ、放課後の校舎を走り回っているだけで楽しかった。

懐かしいあの日に、本当に帰ってきた気がした。


女「……」

そんな僕の背後、教室で笑っている彼女を見つけだせたのは、タイムリミットの三十分が過ぎてからだった。

女「あっはっはっは!」

僕「……」

女「いや~、ごめんごめん。おかしくて、楽しくて……くくっ」

眼鏡「ぷっ……」

大人しいはずの眼鏡ちゃんまでもが笑っている。

女「だって全くおんなじ手で気付かないんだもん。僕ちゃんって……おバカさん」

僕「人のアイデア勝手に使うのはズルいぞ……」

得意に、教室で仁王立ちしている彼女を思い出すだけで……。

今日は負けた気がする。

女「じゃあ、バイバ~イ僕ちゃん」

僕「んー……」

今日の笑顔の種類はちょっとだけ違う気がする。

僕「また明日ー」

僕も帰ろう、と女の家とは反対側を向こうとした瞬間……。

女「ちょい待ち。何か忘れ物してない?」

僕「?」

本気でポカンとしている僕がいる。

女「もう……日記」

僕「ああ」

思い出したように、僕はランドセルから日記帳を取り出す。

僕「はい、これ」

女「ん……ありがとう」

女「……」

ギュッ。

まだ微かに青紫が見える夜の下……ひんやりとした風に吹かれながら、日記を抱きしめている彼女の姿は……。

やっぱり可愛かった。

僕(……涼し)

もうすぐ夏は完全に終わり、肌寒い秋が来る。

地元の寒い空気を思い出させてくれるような、そんな風が吹いている。

女「ん……さむっ」

彼女の声に反応して、僕の意識は戻ってくる。

僕「寒いなら、もう家に入りなよ。僕も帰るからさ」

いつまでもここにいる事も出来ない。

女「ん……また明日ね」

僕「明日は土曜日だから学校休みだよ」

女「……」

僕「あ、今はまだ休みじゃ無かった時か」

女「何年一年生やってるのよ」

僕「一年と、今日で半年かな」

女「ふふっ……私も」

僕「……」

女「……」

帰らないといけない。

今帰らないと僕は……。

僕「ま、またね!」

女「……バイバイ」

僕(多分、僕はまた彼女が作ってくれたココアを飲んで落ち着いてしまうから)

一年生である事が、少しだけもどかしいのは外で遊べる時間が少ないと言う事だけだった。

一週間、二週間……一ヶ月。

僕たちの交換日記は続いていた。

女『もうすぐこのノートも終わっちゃうね。新しいノート用意しておくから、心配しないでね?』

いつの間にか、そんなになっていたらしい。

女『もうすぐ運動会だね。意外と僕ちゃんの足が速かった事にとても驚いています』

日記の中の彼女は、とても素直に僕を誉めてくれている。

女『すぐに転んじゃう癖は、大学では見る事が出来なかったので新しい発見でもありました』

僕(……相変わらず下らない所ばかりよく見ているんだな)

僕(さて……)

僕はページを捲る。

次が最後のページみたいだ。

僕はまた鉛筆を取り出し、彼女への返事を書いていた。

家で唯一彼女を感じる事ができる、この時間が何よりの楽しみだ。

まっさらに晴れた秋空。

陽射しは強いのに暑くは無いのは、朝から爽やかな風が吹いていたからだろうか。

『宣誓! 僕たち』

『私たちは』

『練習の成果を十分に発揮し』

『戦う事を』

『誓います!』

僕(懐かしいなあ、選手宣誓なんて……)

ぎこちなくマイクに向かっている同級生の姿を、一人ニヤニヤしながら見つめている。

僕(いつもなら、横に並んでいる女から蹴りでも飛んでくるはずなんだけれど)

運動会の今日。

隣に彼女の姿は無い。

女「ねえ僕ちゃん!」

黒板に書かれた、赤組と白組の組分け表。

それを見ながら興奮気味に話してきた彼女の姿。

そんな数日前を僕は思い出す。

僕「……何?」

女「ねね、見た。組分け表」

僕「見た、よ」

女「ん~……元気無いのは、私と離ればなれの組になっちゃったからかな?」

僕「そんな事……」

女「照れるな照れるな~」

僕(その慰め方は、多分おかしい)

赤組には彼女の名前、白組の部分には僕の名前が書かれている。

さらに悪いことに、僕以外はみんな赤組で……。

女「眼鏡ちゃんも隣君も、みんな赤組だもんね~」

僕「……で、何さ」

女「勝負だよ勝負!」

僕「勝負?」

女「私の赤が勝つか、僕の白ちゃんが勝つか……勝負だよ」

たまに彼女は、本当に子供のような考えで物事を考えて、言う。

僕(おまけに勝負事に関しては負けず嫌いの筋金の塊)

僕「勝負はいいけどさ、負けたら何してくれるのかな?」

女「んー……?」

僕「勝負事なら当然戦利品が何か無いと、ね」

僕もなかなか子供らしい性格をしている。

女「そうだね~……」

女「じゃあ、買った方が負けた方に駄菓子屋で五百円分!」

小学一年生の懐具合と、百円ですら贅沢ができる駄菓子屋での五百円分……。

僕「ちょっと豪勢すぎないか?」

女「負けるのが怖いのかな?」

僕「……そんな事ないよ。五百円を失う女が可哀想って思っただけだよ」

女「ふふん?」

僕「こういう楽しみ方も、いいのかもしれないな。よし、わかった」

勝負に合意した瞬間、彼女は元気に眼鏡ちゃんの元へ駆け寄っていく。

女「眼鏡ちゃ~ん! 僕ちゃんがね、運動会で負けたら私たち二人に五百円分のね……!」

……。

僕が負けた場合のみ、駄菓子屋では夏目漱石さんが消える約束になっているらしい。

眼鏡「え……あたしにも?」

女「私たち赤組だからさ。頑張って僕ちゃんに勝とうね」

眼鏡「負けたらあたし、五百円なんて……」

女「僕ちゃんは私たち二人から奪うような真似なんてしないよ~ね?」

グリン、と彼女の首がこっちに向き直る。

僕(勝手にしてくれ)

僕は大人らしく、呆れた笑顔で頷いてあげた。

女「やったね! じゃあ早速今日の練習を頑張って……」

先生「あの、女ちゃん。ちょっといい?」

女「あれ、先生? どうしたんですか?」

はしゃぐ彼女に、先生が話しかけている。

僕(……何だろう?)

女「わ、私が選手宣誓……?」

先生「この学校だと、宣誓は一年生がやる事になってるの」

女「なんで私なんですか! あ、ぼ、僕君を推薦します!」

僕(やっぱりそう来たか)

先生「毎年、出席番号一番の子が……ね? それに男子の一番は僕ちゃんじゃないし……」

女「せ、宣誓なんて私……」

眼鏡「が、頑張って女ちゃん……」

女「め、眼鏡ちゃん?」

眼鏡「女ちゃん、元気だしきっと上手くできるよ、ね?」

女「んー……」

女「わかりましたよ。先生、私やります」

眼鏡「女ちゃん……!」

先生「良かった。じゃあ放課後隣君と職員室に来てね。練習しましょう」

……。

『一年生代表、隣君に女ちゃんでした。では次に……』

前の方から、フラフラとした赤面の女が戻ってくる。

そんな彼女を慰めるように、僕はヒソヒソと声をかけてあげた。

僕「よ、名演説」

女「……うるさいバカ!」

ドボッ。

ヒソヒソした返事と一緒に、左の脇腹にフックが飛んでくる。
僕「っぐ……」

女「……プンだ」

僕「てっきり蹴りが来ると思い衝撃に備えていた物を……」

女「何? 走る前に足ケガしたいの?」

僕「いーえ。滅相も」

女「プイッ」

彼女はそっぽを向いたまま。

僕はそっぽ向く彼女を見つめたまま……秋の運動会が始まる。

グラウンドで行われている競技は、そのどれもが僕の記憶には残っていなかった。

玉入れ、借り物競争、クラス全体で踊るという出し物のような物まで。

十何年前、確かに僕はここに居たんだろうけど……。

女「どう、懐かしい?」

僕(綺麗なくらいにまっさらな記憶しか無い……いや、記憶が無い)

僕「ハァ……せめて結果だけでも覚えていれば安心も出来たのに」

女「あははっ、やっぱり記憶にないんだね」

眼鏡「き、記憶?」

女「っ! このバカー」

眼鏡ちゃんに聞こえていた事に驚き、力無く彼女が僕の頬を叩いてくる。

僕(……今のは悪くないのに)

女「あ、赤勝て赤勝て~」

彼女は何事も無かったかのように、グラウンドの何かを応援していた。

種目もそこそこに、午前のプログラムが終了する。

今のところ得点に大差は無い。

勝負は午後の種目で、と言う事になりそうだ。

僕「そのためにも、ご飯ご飯」

眼鏡「じゃあ……また後でね」

僕「また後でねー」

お昼の時間はグラウンドの周りで応援してくれている親の所で食べる事になっている。

僕「じゃあ、女もまた後で」

女「あ……うん。また、ね」

僕(?)

お昼の時間だと言うのに、彼女には先ほどの元気が無い。

いや、元気のカケラも無い。

女「ご飯だもん……ね」

僕(ご飯だよ? 体力回復しないと午後倒れちゃうよ?)

この声のかけ方は違うか。

僕(早くお父さんとお母さんの所に……)

僕(あ……お母さん?)

女「……」

普段は元気で明るい彼女を見ているから気付かなかったけれど……。

家にいる時間を殆ど一人で過ごしている、それを忘れていた。

多くの音がしない小さな家に女の子が一人きりで、僕との日記を笑顔で書いている。

笑顔?

彼女は本当に僕の日記を笑顔で見つめているのかな?

泣きながら日記を書いていた日も……あったんじゃないのかな?

女「……」

そう考えてしまった瞬間、目の前で下を向いている彼女を、堪らなく何とかしてあげたかった。

僕「……行こうよ」

女「えっ?」

僕「お弁当、そのカバンに入ってる?」

女「う、うん。あるけど……」

僕「よしっ」

その言葉を聞いて、僕は彼女が抱えているカバンを雑な感じで取り上げる。

女「えっ……なに? なに?」

僕「行こうよ」

今度は戸惑っている彼女の左手首を僕の右手が掴む。

……傷付けないように気持ち優しく力を入れた。

それでいて、少し緊張しながらグラウンドを早足で横切っていく。

女「ど、どこ行くの!」

僕「僕のお家でご飯食べるの」

こんな言葉遣いになっているのは、心臓がドクドク言っているせいだ。

女「お、お家って?」

僕「……ぼ、僕の家族とご飯食べればいいよ!」

何をツッコまれても今は関係無い。

ただ彼女の手をとって、どんどん前へ進んでいる。

女「で、でも迷惑だよ……いきなり他人の子が一緒にご飯なんて……」

僕「何とか言うから大丈夫だよ。それに一人だと、ご飯美味しくないからさ」

女「僕ちゃん……」

ますます心臓が早くなっている。

今朝はあんなに涼しかったはずなのに、今の僕の体温はきっと温かい。

僕「ほ、ほら。一人で食べるより女と食べる方が美味しいよ、きっと……ね?」

違う、これは僕の事だ。

僕(彼女に言う言葉じゃない……)

女「ありがとう……僕ちゃん」
ギュッ。

いつの間にか、彼女の手首は左手に変化したかのように僕の右手を握っている。

既にお昼が始まっていて、誰もいないグラウンドの真ん中を僕たちは歩いていた。

彼女と二人、たくさんの人の中心に僕たちはいる。

ちいさなちいさな恋人達が、仲良くご飯に向かって歩いている。

今だけは誰かにそんな風に見られてもよかった。

僕「……言い忘れ」

女「?」

僕「一緒にお昼……食べよう?」

女「うんっ!」

僕たちは、もう一度力強くお互いの手を握った。

僕「……と言うわけでさ。彼女も一緒に、ね」

母「うん、女ちゃんも一緒に食べましょう」

父「じゃあ、早く座ってもらいなさい」

妹「おねーちゃん。おねーちゃん」

女「お、お邪魔します」

父も母も基本は優しい。

昔はかなりオープンな性格だったと記憶している。

僕(昔……ね)

母「量はたくさん作って来たから、たくさん食べてね? 女ちゃんも」

女「あ、ありがとうございます……」

ちょっと丸まるようにお礼を言う彼女がいる。

よかった、彼女が笑顔でお昼を迎える事ができて。

借りてきた子猫のように大人しい彼女。

パクパクと夢中でお弁当を食べている。

僕(普段の元気な彼女に比べて、ちょっとギャップ萌え)

僕(ん……萌えやツンデレってこの年には言葉として存在していたのかな?)

お弁当を食べる彼女を見つめながら、そんな下らない事ばかりを考える。

僕(何か考えてないと……彼女に見とれすぎているのがバレてしまうから……)

妹「おーちゃんまっかー」

僕「……いいの、妹ちゃん」

母「うふふっ。女の子が一緒ですものね」

父「ははっ、緊張してるか。ほら、ビデオ撮るから二人ともこっち向いて笑って~」

僕「……ブフォッ! ケホッ、ケホッ……」

女「汚いよ僕くん……はい、麦茶」

僕(と、父さんのビデオを撮る癖を忘れていた……)

こうして彼女と並んでいる所が記録に残ってしまうのかと思うと、余計に顔が赤くなる。

妹「おーちゃんまっかー」

僕「……朝からずっと撮ってたの?」

父「開会式から今まで、バッチリだよ」

僕「ふ~ん……」

開会式から、という事を聞いて僕の笑顔は彼女に向く。

彼女「?」

僕「じゃあ選手宣誓の所も録画した?」

彼女「!」

父「あー、そう言えば女ちゃんがやってたんだね。ごめん、そこは撮ってなかったよ」

女「……ホッ」

彼女は安心一息、麦茶を飲み始めている。

僕「残念」

父「あ、撮ってないのは選手だよ。僕の事はずっと撮ってたから」

僕「ふ~ん。女が宣誓している所をもう一度見て笑いたかったのに」

キッ、と麦茶を飲みながら彼女は睨んでくる。

僕「~♪」

家族の手前、叩かれないという安心感があるのは素晴らしい。

父「……あ、そう言えば僕、誰かに叩かれてなかったか? ちょっとカメラのズーム遅れて見えなかったんだけど……」

女「ブファ!」

僕「……」

顔面に生ぬるい麦茶が勢いよく吹き掛かかる。

妹がそれを見て笑っている。

隣で彼女が謝っているようだったが、それ以外の言葉は僕の記憶には残っていない。

僕(……あとで記録のビデオを見直す事にしよう)

麦茶を吹き出し、慌てながら謝っている彼女の顔も、きっと可愛らしいんだろう。

太陽が高くにある……。

彼女と一緒に楽しくお昼ご飯を食べた。

それだけで僕は、午後種目だって頑張って行ける。

眼鏡「あ……お帰り、二人とも」

僕「ただいま!」

女「……ただいま」

眼鏡「お、女ちゃん? 顔色悪い?」

僕「ちょっと、麦茶を飲みすぎたみたいだよ」

女「恥ずかしい所を見られたの……」

眼鏡「そんなの気にする事ないよ。体動かせばちゃんと消化だって、ね?」

女「んー……」

何も言えない弱った彼女を見るのも、たまにはいいものだ。

僕「いやあ、だってさ女」

女「……ムカッ」

僕「今度は人の顔面に吐き出さないようにさ。あ、僕の水筒飲む?」

女「調子にのんなバカ僕!」

バッチン!

ビンタで気合いを入れ直された僕とは対照的に、午後になって赤組は白組に後れをとっている。

僕(得点差が酷い……)

しかもグラウンドで今行われている、上級生による棒倒しだって。

最初は優勢だったものの、後半は体力が切れたのかジリジリと押し返され始めていた。

僕(このままでは……)

焦る僕の後ろ嬉々とした声が聞こえてくる。

女「眼鏡ちゃん。五百円だよ~。いつもは我慢していた高級なチョコがいっぱい買えちゃうんだよ~」

眼鏡「あ、あたしは当たり付きのきな粉棒を全部買ってみたいかも……」

女「あ、いいねそれ。大人買い~」

眼鏡「えへへっ」

僕(眼鏡ちゃんが結構エグい……。買い占めが夢ってあんた……)

僕「が、頑張れ赤ー!」

精一杯の声援を僕は送る。

『あっ、赤組。逆転です! 白組の棒を見事先に倒しました!』

『いやあギリギリの戦いでした。お互いの守備がほぼ同時に崩れましたが……これで赤組、点差を縮めます』

僕「いよっし」

女「……チッ」

眼鏡「……あ、ねえ。次が最後の競技だよ。私たちも並ばないと」

女「あ、そうだったわね。確か最後は……」

隣「……全校生リレーだよ」

女「あ、隣君。そう言えばそうだったね」

眼鏡「あたし、走るの苦手だから……」

隣「お、俺が頑張って走るから」

女「あら、隣君って走るの速かったっけ?」

僕(こっちを見ないでくれ。あまり記憶に無い……)

隣「は、速いよ! 僕君よりはずっと速い!」

僕の方に向いている彼女の視線を奪いたい。
注目して欲しい。
そして何より僕への当て付けで。

隣は大きな声を出して彼女にアピールをしている。

女「……ふふっ。頑張ろうね」

眼鏡「う、うん」

隣「お、俺……が、頑張るよ!」

僕も負けるつもりはない。

でも、違う組だから彼女からの声援が聞こえない。

それだけが少し寂しかった。

『位置について……よーい……』

パァン!

もう太陽が夕焼けに変わる頃。

耳に響きすぎるくらいの銃声が僕たちの上を駆け抜ける。

同時に、六人のランナーがスタートラインから一斉に飛び出して行く。

最後のリレーでは、赤組と白組のメンバー三人づつ同時に走っていく。

もちろん全学年、全ての人間が走るんだけれど……。

この学校ではアンカーを走る学年は一年生か六年生だ。

それはローテーションで毎年変わっている。

去年が六年生だったらしく、今年は僕たち一年生がアンカーを走る事になってる。

つまり、六年生からスタートして五年生、四年生……最後に僕たち一年生の出番となる。

『いよいよリレーがスタートしました。勝つのはどちらでしょうか……まずは白組リードです。頑張って下さい』

「頑張れー! 頑張れー!」

「走れー、抜けー」

体の大きな六年生が力強くトラックを走っている。

周りからは頭が割れそうなくらいにみんなの歓声が響き、エールが送られている。


そして、スピーカーから流れるどこかで聴いた事があるクラシック音楽で、僕たちの興奮が更に昇華した物になる。

(天国と地獄? 剣の舞だっけ?)

曲名は忘れてしまったけれど、確かそんなような名前の曲だった気がする。

『ここまでで、白組リードです。次はいよいよ三年にバトンが渡ります。赤、頑張れ~』

一瞬、また一瞬。

出番が近付いてくる。

僕は興奮から、自分のアンカーたすきを強くギュッと握りしめていた。

自然と手が武者震いを起こしてしまう。

『最後は一年生です。小さな体で精一杯走ります。お母さん、お父さんもたくさん応援して下さい』

放送の声が、僕たちにスタートを告げている。

ここまで、一位と二位は白組が独占している状態だ。

点差から考えると一位だけでも二位だけでも届きそうに無いのはわかっている。

赤組が優勝するためには、最低でも僕が二位……できれば一位でゴールするしかない。

僕(ち、ちょっとだけ緊張するな)

僕の中の精一杯の強がりだ。

僕(お、女は……えっと……)

何かにすがるように僕は彼女を探し出す。

彼女は僕たちが待機しているのとは反対側……。

トラックを半周した辺りをちょうど走っている所だった。

僕(うん。頑張れ女……)

そっと心の中でエールだけを送る。

一生懸命に全力で、力一杯走っている彼女の姿を大学で見る機会なんて、絶対に無い。

僕「……よしっ!」

また強く、強くたすきを僕は握る。

グラウンドを駆け抜けていく少女。

綺麗に伸びている彼女の黒髪が……走る呼吸と体の動きに合わせてスローモーションに揺れている。


胸の奥の心臓が、そんな彼女の姿を見てドキドキし始めている。

小学校の時の僕は、いつもこんなにドキドキしていただろうか?

彼女の事に限らず……。

いなくても、それは多分……。

そうだよ、運動会のこの時が来る度、きっとドキドキしていたんだろう。

僕はそんな秋の思い出を、記憶から消し去っている。

僕(ああ、これが忘れているっていう事なのかなあ……)

女「はあっ……はあ……疲れたぁ……」

息を切らせた彼女が視界に入ってきても、僕の意識はどこか昔に置いてかれていた。

女「ふふ、この頑張りでしろ……ぐみのっ……勝ちはっ……」

眼鏡「ま、まずは息を整えないと。ね……?」

先に走り終えていた眼鏡ちゃんが、背中を擦ってあげている。

女の表情が落ち着き、段々と呼吸が整っていくのがわかる。

女「はぁ……ふっ。相変わらず白組が上位を……って、聞いてるの? 僕ちゃん?」

僕「ん……」

女「まったく。アンカーがそんなんじゃ勝てないわよ?」

僕「いや、ちょっと昔の事が頭に……」

女「何か記憶が戻ったの?」

彼女はちょっと声を落として僕に話しかけてくる。

僕「昔はいっぱいドキドキしていたんだなあ、って」

女「……それだけ?」

僕「うん。女の走っている姿を見てたら、なんかそんな事を思い出しちゃってさ」

女「……ハァ。記憶じゃないんだね」

僕「えへへ」

女「可愛く笑ってもダメ。アンカーなんだから……シャキッとしなよ?」

僕「あ、応援してくれるの?」

女「……」

チラリ、と彼女はランナー達を見る。

トップ集団と距離に大差があるわけではないが、赤組は三、四、五位を団子状態で走っている所だった。

女「このまま楽勝でも面白くないから……頑張ってくらいは言ってあげる」

僕「本当? 女が応援してくれたら、僕優勝しちゃうよ?」

少しだけ調子にのった僕を、またいつもの笑顔が受け入れてくれる。

女「くすっ……私もドキドキさせてくれるなら、いいよ別に」

女「さっきの話じゃないけど……私も走っていてドキドキしていたから、ちょっと気持ちわかるんだ」

走ったドキドキから照れているかのような……そんな印象を僕は受ける。

彼女の頬が、いつか一緒に食べたリンゴ飴みたいに赤くなっていたのを僕は覚えている。

女「じゃあ……頑張って僕ちゃん! 思いきって優勝しちゃえ~」

僕「うんっ! 行ってくるよ女!」

彼女の名前を大声で叫ぶ。

女「頑張って!」

彼女の声だけで、僕は誰よりも速く走る事が出来て、どんなに遠くまでも行く事ができる。

そんな気がした。

そんな気が……していたんだ。

僕(女……頑張るからね)



でも僕は確か……ゴールする事が出来なかったんだ。

その記憶を、走る前の僕は思い出していない。

ただひたすら、一人で泣いていたその記憶を僕は……。

僕は忘れている。

俺は気が付いた
出勤という名の睡眠を取っていることを

隣「……負けないから」

スタートラインに立った僕に話しかけて来たのは、白組アンカーの隣だった。

明らかに僕をライバル視している。

僕(僕はただ彼女のドキドキのために走るだけだよ)

運動会という開放的な場でなければ間違いなく言えないようなセリフだ。

僕(あれ、でも結構そんな事言っていたかな?)

隣「む、無視するなよ!」

まあいいか、と思う僕に、体をズイッと強引に寄せてくる隣。

身長は僕より大きいから迫力はあるけれど、今の僕は気迫だけで下がる僕ではない。

僕「……僕は優勝しなくちゃいけないんだよ。女のためにさ」

運動会は男の子をヒーローにさせる。

これくらいとんでもないセリフを言っても今日は許される事だろう。

女……。

彼女の名前を出したのがいけなかったのか、隣の表情がみるみるうちに激昂した様子に変わる。

隣「ば、馬鹿だな。女ちゃんは白組だよーだ!」

僕(そういう事じゃないんだよ……)

今の隣にそれを言ってもわかるわけはないだろうが。

僕「組とか関係ないよ。僕は彼女のために走るんだ」

隣「い……言ったな! それじゃあ俺だって……俺だって!」

隣「こ……このリレーで勝った方が女とつ、つき……付き合うんだ!」

僕「……は?」

とんでもない僕のセリフを引き金に、隣もとんでもない事を言い出した。

一年生とはこんなにも唐突に唐突な事を言うもんだっただろうか?

僕「そ、そんなのいいわけないだろ!」

隣「ダメだ。勝った方が告白するんだ!」

話の内容が安定しない、が、そんな事を彼女の同意無しで決められるわけは無い。

同意があればいいと言う事でもないけれど。

僕(そんな約束できるか……)

彼女が絡んでしまうと、自然と僕は動揺してしまう。

自分ながら変な感覚だ。

隣「……フン」

僕「ち、ちょっとま……」

僕の言葉が、目の前を走り去るランナーにかき消されていく。
『白組、アンカーにバトンが渡りました。隣君、頑張って下さいね』

一位で飛び出した彼は、元気よく、僕を後ろに蹴るように走っている。

僕(……)

僕(……)

『赤組。必死の追い上げでバトンがアンカーに渡ります。僕君、一位になれるよう頑張ってね』

僕はバトンを受け取り、本当に久しぶりに……。

何も考えずに全力で地面を走った。

スタート。

走り出した瞬間から、夕焼けの光が視界いっぱいに拡がっていく。

その光の中に、第一コーナーを曲がる隣の背中……大丈夫、まだ追い付ける。

足の重心がブレないよう、腰と膝、足裏に意識をちょっとだけ向けてコーナーを曲がる。

あくまでも無意識に。

それでいて下半身に感覚を集中させながら。

コーナーを曲がり終え、体の向きが変わり長い直線に差し掛かる。

『赤組、後ろから追い付いて来ています。その差僅かです』

隣はそんなに走るのが速くなかったようだ。

視界が広くなった直線で、隣の背中がどんどん近付いているのがわかる。

僕(直線、また大きく第二コーナーを曲がって……真っ直ぐ走れば終わりだ)

グングン、グングン。

距離を走れば走るだけ僕は隣に追い付いている。

彼女が応援してくれたから、僕は負けない。

負けられないんだ。

直線の最後で、僕は隣に並ぶ。

僕は、彼を見ない。

ただ歯を食いしばって、全力で今を走っている。

僕は、すっごくドキドキしていた。

ドキドキしていたんだと思う。

隣「はあっ……はあっ……!」

コーナーの真ん中辺りで一度だけ、隣の呼吸が聞こえてくる。

かろうじてだが、インに入ったのは隣だ。

その分まだ並んではいるが……スピードも体力も、僕の方が勝っているんだ。

妹「おーちゃん、がんばえー」

父「いけ! いけ!」

母「僕~! ファイト!」

眼鏡「が、がんばって~……僕……ちゃん!」

……声が聞こえる。

僕を応援してくれるみんなの声が。

もうそこは、コーナーが途切れる一歩前。

再び夕焼けの光が僕を照らす。

オレンジ色の世界の中で、僕はそっと耳をすます。

一番聞きたい彼女の声を、僕は光の中で聞こうとしていた。

……。

ああ、聞こえる。

光の中で、僕が一番聞きたい彼女の声が。

女「……いけえぇ! 僕ちゃん!」

僕(ああ、やっぱり僕は……彼女がいるから頑張れるんだ)

コーナーが終わり、短い直線と……更にその先にゴールテープが見え始める。

そのゴールテープを僕が走り抜ければ……赤組の優勝。

そして……。

僕(僕の……僕の勝ちなんだ!)

「っ……くそっ!」

何かが聞こえた瞬間、僕の世界が真っ暗になる。


グイッ!


(えっ)


……?

……。

ねえ。

僕はどうして地面に倒れているの?

どうして僕は……まだゴールテープの向こうにいないの?

どうして僕は……。

こんな所で転んでいるの……?

                           __  l^\
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           ___   / ,    }  ,,..-一''ーヾ     ノ:/´⌒´
            |___`ヽf ,' , _'/       ヽ,__,,/~´
         ,イ´   `ヽ.'^レ′  '    i     |    n    (´´
           _j .|li    l´l        ヽ、 /:、| _ノj (´⌒(´
       (__o、      ,ハ {    ≡(´⌒;;;\{:_:_/`(´⌒;;≡≡≡≡
       (´~-ニヽ  ,ノ  ' ,ゝ≡(´⌒(´⌒;;  ⌒⌒;;≡≡≡≡
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

『……でしま……た。……から……ぬかれ……かぐみ……かいに……』

放送の人が何かを言っている。

もう聞こえない。

クラスのみんなが何かを言っている。

聞こえない。

応援席の家族が何かを言っている。

聞こえない。

……。

もう、誰も何も喋らなくなったみたいだ。

本当に僕には何も聞こえなくなった。

いつの間にか、スピーカーから流れていたはずの天国と地獄も聞こえない。

僕はただ、彼女を声だけを聞きたい。

だからこうして地面に顔をくっつけたまま眠っている。

(ああ……思い出した。僕の記憶……)

幼稚園の運動会で、僕は同じように小さなトラックを走っていた。

最後の種目で僕の組が負けていて……前を走っていた誰か……隣じゃない誰かを夢中で追いかけていたんだ。

その時はリレーじゃなくて借り物競争だったのを覚えている。

しかし所詮は幼稚園児の借り物競争。

紙に書かれている物は全てコースの途中に置かれ用意されている。

走って、紙に書いてある物をマイクの前で読み上げて、物を拾ってゴールへ走る。

幼稚園ながら、しっかりとした競技だったと思う。

……。

僕は確かじょうろを借りたんだ。

用意されていたのは、子供用の小さいやつじゃない。

口が長くて、幼稚園児が扱うにはちょっとバランスの悪いじょうろだったのをよく覚えている。

他のみんなは物を拾う時に、いちいち止まったりしてた。

でも僕は、走りながらじょうろを掴んで全力で誰かを追いかけていたんだ。

最後のコーナー……最後の直線。

僕は少し後ろに迫っていた。

視界にゴールテープが見えた直線で……相手を抜けるはずだった。

そこで一気に加速しようとした瞬間……僕のじょうろが彼に掴まれた。

長い口をしっかりと握っていた手のせいで、僕はバランスを崩してしまい……。

泣いている僕を先生たちが抱き起こして、親の所へ連れていってくれたのを覚えている。

僕は、ゴールする事が出来なかった。

先生が来てくれるまでの間、ずっと一人で僕は泣いていた。

……。

今の僕は泣いていない。

僕は大人だから。

一年生だけど一年生じゃないから。

ただ地面に突っ伏して、昔の記憶だけを思い返している。

幼稚園の記憶……今の僕も同じ事を幼稚園で経験したんだろうか。

経験していないなら、今日がその時なのかな。

もう何でもいい。

僕は負けてしまった。

あとは先生が僕を起こして、ゴールしないまま運動会が終わる。

本当にそれだけ。

「……」

足音がした。誰かが僕の元へ駆け寄ってくる。

こうして地面に耳をくっつけているとそれがよくわかる。

頬にくっついている石灰の線がヒンヤリとして気持ちいい。

「……」

「転んじゃったね」

先生じゃない。

僕の記憶と違う。

「でも僕ちゃん、カッコよかったよ。すごく速くて……びっくりした」

(やめてよ)

「ちゃんとドキドキもしたしさ。それに見ていて楽しかったよ、ありがとう」

(ダメなんだ、話しかけられると)

「ね……早くゴールしてさ、駄菓子屋行こうよ。何でも買ってあげるから、ね」

(子供扱いしないで)

「なんで起き上がってくれないの……?」

(だって君の声を聞いたら僕は)

「ねえ、どうしてそんなに泣いて……いるの?」

(僕は泣いちゃう、から……)

「っく……ひっく……うっ……」

「やっと立ってくれた。大丈夫?」

「ぐっ……ぐすっ……」

「よしよし、よく頑張ったね」

ポンポン、と優しく頭を二回だけ叩いてくれる。

何を言われても僕は言葉を話せない。

口の奥から押し寄せる空気の勢いが激しすぎて、ただ泣きながら……彼女の言葉を聞いている。

「僕ちゃんは頑張った。だから泣く事なんてないんだよ?」

「ほら、男の子でお兄ちゃんでしょ。シャキッとしなさい、シャキッっと!」

「そんなに泣いているなら、ずっとそこでそうしてる?」

遠い昔に怒られて言われたような言葉ばかりが……。

記憶の中かと錯覚するくらいに、僕は昔のように泣いている。

せつないな…
あとずっとスルーしてたけど「僕」が白じゃない?

「ぐすっ……とっ……となりがっ……ぼくをひっぱったんだよっ……ぐっ……」

涙と空気に負けないよう、僕は精一杯の言葉を彼女に伝える。

「だ、か……ら……ぐすっ、ぼくはわるく……ない……ヒクッ……」

その言い訳は本当に子供のまま。

情けないくらいの感情を、僕は彼女に吐き出していた。

「うん……うん。私は僕ちゃんの事わかっているから。だから心配しないで大丈夫だよ」

「ぐす……うっ……うん……」

「えらいえらい。じゃあ……そろそろゴールしよう。はい、ちゃんとバトン持って」

「ぐす……」

「アンカーがそんな顔しないの。ほら……手繋いで」

「す……」

「ゆっくりでいいから、ね。ほら……」

>>459
あ、逆。
眠気のせいで、補完お願いします。

一歩。

また一歩。

あの日辿り着けなかったゴールが近付いてくる。

僕と彼女は、大きな拍手に包まれながらゆっくりと二人で歩いている。

涙でオレンジの光が滲んで、ぼやけている。

一番近くにいる彼女の顔も、僕にはよく見えていない。

ただ僕の左手を引っ張ってくれている彼女だけを信じて、ゴールに向かって歩いている。

「僕ちゃん、一緒……」

彼女の顔は笑っている。

僕も笑顔に応えるよう、たくさん笑った。

涙でクシャクシャの顔を、彼女はいつもの笑顔で受け入れてくれる。

「じゃあ、いくよ……」

「うん……」

『せーのっ……』


東の空から、うっすらと光る月が顔を出した頃。

僕たちの運動会は終わった。

母「女ちゃん、ありがとうね」

女「いえ。いいんです、僕ちゃん頑張ってましたし」

妹「おねーちゃん、おねーちゃん」

女「あははっ、よしよし」

妹「きゃっきゃっ」

当然のように彼女は僕と一緒にいて、今も僕の手を握っている。

暗闇だから誰にも見えているはずはない。

例え見えていたとしても、関係ない。

父「よし、みんなでご飯でも食べに行くか」

女「えっ、じゃあ私はこれで……」

僕「……」

グッ。

僕「一緒に行こう?」

……。

後で母親が教えてくれた事だけど。

彼女が僕を起こしてくれていた時、ビデオのバッテリーが丁度切れてしまっていたらしい。

一番いいシーンが撮れなかったと、父は嘆いていたそうだ。

僕(ううん。記録には残らなくてもいいんだ)

女「……ん?」

美味しそうにハンバーグを頬張る彼女を見つめながら、僕はそんな事を考えている。

僕(今日の記憶を僕は忘れないから。この先また別の時間に行ったとしても……)

女「どうかした? ……あ、一口食べたいんだ。どうしよっかな~」

僕(彼女と一緒にゴールした、あの瞬間のドキドキを僕は……忘れない)

女「はいっ、あーん」

僕「……あーん」

女「美味しい?」

僕「おいしいよ。当たり前だよ」

女「ふふっ、よかった」

僕は彼女が食べさせてくれたハンバーグの味も……きっと忘れない。

女「ごちそうさまでした」

……彼女がここにいると、何だか家族が一人増えたみたいだ。

父「よし、みんな食べ終わったかな」

母「じゃあ帰りましょ。女ちゃん、送って行くからね」

妹「おねーちゃん、おねーちゃん」

外に出ると、冷たい風が僕に襲いかかってくる。

月の光は優しくて綺麗だったけど、空気は優しくなかった。

少し時間が経てば秋もすぐに終わってしまう。

そしたら次は……寒い冬が来る。

僕「……」

女「ん? いきなり手なんか握ってきてどうしたの?」

僕「寒さ対策だよ」

女「私の手ってあったかくないよーだ」

僕「女の手なら何でもあったかいよ」

女「……」

ギュッ。

風は少しだけ強く吹いていたけれど。

彼女が握り返してくれた手はやっぱり僕をたくさん暖めてくれて。

これから秋が終わり、冬が来ても大丈夫だよ、とそう感じた。

秋の夜長はこうしてゆっくりと終わり、次の季節に変わっていく……。

一年生運動会、秋まで。


>>306
終わりまで、全力で吐かせてもらってます。


すいません、お仕事行ってきます。

居残り。

あと一時間くらいごめん。

ただいま

>>467
続きから


男「おはよ……」

「……あ、きたきた」

「ヒューヒュー」

「じゃあごゆっくりね~」

教室に入ると、机の周りに集まっていた女子たちが一斉に散らばっていく。

人混みが無くなり、ちょこんと椅子に座っていた彼女と目が合った。

女「おはよう、僕ちゃん」

僕「……おはよ」

ドカッ、と少し不機嫌に僕は座る。

女「気になる?」

僕「そりゃあ、ね」

女「一年生なんてそんなものだよ」

僕「そんなもんかな……」

運動会のあの出来事以来、僕と彼女はカップルとしてみんなに扱われている。

もちろん付き合っているわけではないのだが……。

小学生に理解してもらえるとは思っていないけど。

女「……日記、あとで渡すからね」

僕「あ、うん」

彼女も一応気にはしているようだ。

僕「……」

彼女の問題とは別に、一つだけ気になっている事がある。

運動会以来、隣が妙に大人しくなった事だ。

顔を合わせてくれない事は以前と変わらずだが、静かすぎて逆に不気味だ。

僕(子供は何するかわからないからなあ……)

僕「ねえ女」

女「ん?」

僕「最近ストーカーとかされてない?」

女「はい?」

僕「ほら、帰り道に誰か付いてきてるとか……」

女「僕ちゃんが一緒に帰ってるじゃん」

僕「変な荷物が届くとか?」

女「小学生に来る荷物なんて殆ど無いよ~」

僕「ん……」

いけない。

何だか考え方が変に飛躍している気がする。

僕「子供の気持ちって難しい……」

女「もう、変な事ばっかり。ね、それよりさ……」

女「もうすぐ冬休みなんだよね」

僕「そうだね」

女「小学校の冬休みって、長いから嫌いだよ」

僕は好きだよ、と言おうとしたが彼女両親の事を考えてしまう。

僕「……お母さんは?」

女「相変わらずお仕事だよ。お正月にはお家にいてくれるみたいだけど……」

笑っているけれど彼女の表情はどこか寂しそうだ。

女「えへへっ、でもいいんだ。クリスマスには……」

僕「?」

女「クリスマスには私の所にも、サンタさんが来てくれるんだよ」

僕「サンタさん?」

女「うん、サンタクロース」

眼鏡「女ちゃんの所にもサンタさん来るの?」

前の席に座っていた眼鏡ちゃんがいきなり話に入ってくる。

振り向いた彼女の顔はニコニコだ。

女「来るよー。だからクリスマスは楽しみ」

眼鏡「今年は何をくれるのかな? 私、お人形さんのお家がいいなー」

女の子らしい、可愛いお願いだ。

そして、大学生の彼女はサンタクロースに一体何を頼むというのか。

女「私は何でもいいんだ。サンタさんにお任せ」

僕「お任せって……それじゃあ多分困ると思うよ?」

眼鏡「サンタさんはプレゼントで困ったりしないよー」

女「そうよ、困らないわよ」

サンタさん、ねえ……。

眼鏡「毎年サンタさんにお手紙書いてるんだ。いつもありがとうって……」

女「あ、私も昔出した事あるけど、お返事が来なくて……」

サンタクロースの話で盛り上がる、目の前の少女たち。

クールぶって、格好つけてその話を適当に聞いていた僕だったけど……。

僕は大学生になった今でもサンタクロースを信じていた。

本当にお髭のおじさんがプレゼントを運んでくれるとは思ってないけれど……。

僕にとってのサンタクロースは、やっぱり両親だ。

それでも僕は物心が付いてからもしばらくは……イメージ通りのサンタクロースを頭に描いていた。

オモチャ屋のチラシを指さしてプレゼントをお願いしてさ。

クリスマスの日には、サンタさんが子供の枕元に眠くなる粉を撒いていて……。

最後に眠っている僕にプレゼントを渡して、窓から去っていく。

僕(……これは多分記憶の中に残ってるイメージだけどさ)


女「ね、だから早くクリスマスにならないかな?」

彼女は?

彼女はサンタクロースをどう思い描いているんだろう。

目の前で話している通り、本当の本当にサンタクロースを信じていて……。

クリスマスには本物のサンタさんからプレゼントが貰えるんだろうか?

それとも大学生らしく事情を割りきっていて、一年生のように振る舞っているだけなのかな?

僕「ねえ……」

女「……あ。先生来たよ、また後でね」

僕の小さな呼び掛けは、乾燥した教室に響くチャイムと、先生の登場によって消されてしまう。

学校という現実が始まってしまえば、クリスマスという幻想的な事を考える雰囲気にもならない。

結局、僕がそれを彼女に聞けたのは帰り道での事だった。

女「えっ、サンタさん?」

眼鏡ちゃんと別れてすぐに、僕は今朝の質問を彼女にする。

僕「うん。色々話していたみたいだけで、本当に信じているのかなって」

女「いたら楽しいとは思うけどさ。やっぱり親の負担になっちゃうから……」

親。

そのキーワードが出てくるだけで、僕の気持ちは答えを見つけたかのように安堵してしまう。

やはり彼女も割りきって生きているのだろう。

僕「……じゃあ、さっきの話は?」

女「ふふっ、私の記憶だよ」

僕「記憶って、サンタさんを見た事あるとか?」

女「……ううん。見た事あるのは、やっぱりお母さんだよ」

また、彼女の表情が少し曇っている。

顔色が見えすぎてしまうのも考えものだ。

女「あのね、お母さん結構私をほったらかしにするんだけどさ。お祝いとかはちゃんとしてくれるんだよ」

僕「お祝い?」

女「クリスマスもケーキ買ってくれるし、もっと子供の時はちゃんと七五三もしてくれたりね……お母さん、いい人なんだよ」

彼女から聞いた事があるのは、大学生になってからの母の記憶。

子供の頃の母親の事情を、大学生だった時僕が聞いても仕方がない……。

僕(子供時代の話を聞けるのは、なんか貴重な気がする)

僕「まあ、そのお母さんに育てられて大学生になったんだもんな」

女「うん。お母さんとはずっと仲良し。また大学の時になっても一緒にいたいな」

僕「……」

違和感? 思い過ごし? 言葉のあや?

思わず、僕は彼女に尋ねてみる。

僕「あ、でも一度だけ大喧嘩したって言ってたよね?」

女「なにが?」

僕「ほら、大学の時……女が家を飛び出して僕の……」

女「……?」

彼女のその表情は、本当に知らないと言った顔をしている。

僕「ああ、うん。気にしないで、忘れて」

女「くすっ、変な僕ちゃん?」

無表情が笑顔に変わる。

彼女の表情が穏やかになった所で、僕たちはお別れの挨拶をした。

僕「……記憶違いかな?」

大学生の時、母親と大喧嘩をしたと彼女が僕の下宿先に飛び込んで来た事がある。

縁が切れそうだとか借金の問題だとか……。

普段の彼女からは想像できないくらにい取り乱していたのを覚えている。

僕「忘れてるのかな? 結構強烈な記憶だと思うけど……」

彼女の表情は、本当に知らない。

僕「……ま、いいか」

クリスマスが近いから。

週末には家族みんなでデパートに行く約束をしていたから。

今日の僕がスキップをしながら帰る理由だ。

僕(うわあ、懐かしい……)

山に囲まれた地形にある自宅から車で二十分。

賑やかになり始めた通りと住宅街が広がる景色の中に、家族でよく買い物をしたデパートがある。

三階建ての小規模なデパートだが、田舎町にしては賑わっている場所だ。

クリスマスのために家族と買い物に来たのだが、僕には別の目的もあった。

僕(彼女へのプレゼント……何あげようかな)

そんなに大した意味はない。

気持ち程度と言うか、小学生がプレゼントしそうな物を何かあげればいい。

そんな考えだった。

一階には食品売り場。

二階にはオモチャ屋と本屋。

三階には……何があったか覚えていない。

僕(子供の時なんて見てもこれくらいだよね……)

とにかく、何でもいいから品物を探さなければ。

食品売り場に彼女へのプレゼントは無いだろう。

僕は意気揚々とエスカレーターに向かって歩き出した。

瞬間……。

母「あ、一人でいっちゃダメよ」

父「そうだよ。ほら手繋いで手」

僕(……捕まった)

どこかで見た宇宙人のような……両手を掴まれ少し持ち上げられる形となっている。

僕(一年生じゃあ一人歩きは出来ないのかなあ……)

父「ははっ、そんな顔しなくても後でちゃんとオモチャ屋には寄るから」

僕(今はオモチャじゃないんだよ父さん)

母「あ、もしかしてカートに乗りたい? 妹ちゃん抱っこして一緒に乗る?」

妹「だっこだっこー」

僕「い、いや。さすがにそれは恥ずかしいかも」

母「お兄ちゃんだもんね。前はあんなに乗りたがっていたのにね」

僕(……女が聞いたら、またネタにされそうな情報だね)

父「じゃ、食べたい物買いに行こう。ケーキは後でパパが買ってくるから大丈夫」

母「僕は何が食べたい? ハンバーグ? ウインナー?」

僕(……)

クリスマスには、優しい家族と暖かい部屋に包まれてご飯を食べていた記憶しかない。

こうして、家族と買い物をしていると思い出す。

母「クリスマスだから、お菓子は二つまで買っていいわよ」

父「僕はお刺身食べられるっけ? マグロとか美味しいぞ」

母「僕ちゃん、牛乳二本持ってきて? いつもの青いパックのあれ、ね」

父「あ、ヒーローふりかけはもう買ったよ。帰ったらパパがおまけのシールは綺麗に貼ってあげるからな」

……思い出すより先に、記憶のセリフをいくつか言われてしまう。

昔はデパートの中でもたくさん会話をしていた。

水と粉末で作るよくわからないお菓子を持っていったって……ええ~っ、という反応はされるが結局買ってくれたり。

その怪しいお菓子の作り方が解らず、結局全部作ってもらったりして……さ。

お菓子のおまけを僕が集めていたら、パパも協力して一つ多く買ってくれたり。

帰りにはママが焼きたてクッキーをたくさん……茶色い袋に入れて持ってきたり。

僕(デパートの記憶だけでこんなにあるものなのか)

これ以上を思い出すと、僕はまた子供に戻ってしまいそうなので……。

僕「……よしよし」

妹「おーちゃん」

デパートに関しての記憶があまり無い、妹と一緒にいる事にした。

お守りの記憶は……デパート内では残っていないみたいだ。

僕(ふう……)

少し頭が落ち着いた僕は、どうやってプレゼントを買いに行くかを再び考えていた。

買い出しを終わらせ、僕と父さんはオモチャ屋へ。

母さんと妹は荷物を持って一足先に車へ戻っていった。

これも確か、いつもの事だった。

僕は今度こそエスカレーターに乗り、オモチャ屋のある二階で降りた。

父「ん、どこ行くんだ。こっちだよ」

もう一度エスカレーターに乗り、三階へ向かおうとしている途中の父が話してくる。

僕「オモチャ屋じゃないの?」

父「オモチャ屋は三階だよ」

僕「……あ」

それは昔の……そうだ、確か一度このデパートの改装があったはずだ。

その時にお店が色々変わっていた……これは、僕が大学生になってこのデパートと疎遠になった頃の出来事だ。

地元の記憶なんて、離れてしまえばこんなものなんだろうか。

少し寂しく感じながらも、僕は三階に向かった。

何年ぶりに訪れたオモチャ屋の雰囲気は、あまり変わったような気がしない。

プラモデルの箱が積み重なり、パズルやルービックキューブなどの時代を感じるオモチャ……。

そしてお店のモニターに映っているのは、ドットで描かれた懐かしい雰囲気のテレビゲーム。

僕(売っている物に時代を感じる)

オモチャは好きだ。

こうして見ているだけで楽しむ事ができる。

足元ではおサルのオモチャがプラスチックで作られた太鼓を叩いている。

背中を白いコードに繋がれながら、一定に太鼓を鳴らしている。

僕「……あ、これ家にあるのと同じだ」

なぜだか嬉しくなった。

父「何かあったか?」

僕「ううん……何も」

父「欲しい物ないのか?」

僕「うん」

父「……本当に?」

何度も聞いてくる父の心理状態がわかってしまう。

こんな調子ではクリスマスの日に子供になる事も無理なんだろう。

僕「え、えっと。オモチャ屋のチラシに欲しいのがあったから……ほら、前みてた」

父「……ああ、そうかアレか!」

納得したかのように、父さんは僕の手を引っ張ってオモチャを出ていく。

あまり母さんを待たせるのも悪いからだそうだ。

帰りはエレベーターで一階へ向かう。

父さんが「1」のボタンを押すと扉が閉まる。

今の僕の身長では上のボタンが押せないんだ……地上に着くまでそんな事を考えていた気がする。

ウィン、と扉が開いた。

僕は幅跳びの選手にでもなったみたいに、扉の境目をピョンと飛び越える。

あの床とエスカレーターの僅かな隙間に落ちてしまいそうな……。

僕(トラウマ?)

しかしそんな記憶……大学生の時には確実に無い。

子供心故の恐怖心かもしれない。

僕(デパートの事を色々思い出したせいかな?)

訳のわからない胸の圧迫感が、少しだけ辛かった。

父「……あ」

外に出る前、父は何かを思い出したかのようにピタリと立ち止まる。

あと数歩で出口なのに。

父「ごめん、ちょっとトイレに行ってくるよ。ここで待ってて」

父は早足に行ってしまう。

子供一人を放っておけるのは田舎町のデパートだからだろうか。

絶対に安全、というわけではないけれども。

僕(……ん?)

辺りを見回すと、来た時には気付かなかったが……

エスカレーターの横にだけ、妙にキラキラした空間がある。

遠くに見ても、ヘアゴムや光った感じのアクセサリーなど……女の子が集まるお店、という感じだった。

僕(何かを買うなら今しかない……)

僕は大急ぎでお店に向かっていく。

母「ただいま」

父「僕、荷物運ぶの手伝ってくれ」

僕「うん、わかったよ」

僕「……よいしょっと」

運んでいる途中、袋に大量に入っていた料理の食材が目に入る。

前に僕の食べたい物を聞いてメモしていた……そのための食材ばかりだった。

僕の舌はそれだけで、母の料理を思い出す。

父「これで全部だな。ありがとう」

僕「うん」


父が戻る前に僕はプレゼントを買い……戻ってきた父と合流した。

袋を隠したりはしていなかったが、父は気付かなかった。

聞かれても答えるのが恥ずかしいからそれでいいんだけれど。

僕(問題はいつ渡すか、かな)

クリスマスの日にはもう学校は無い。

来週、二十日から小学校は冬休みに入ってしまう。

僕(……明日彼女にそれとなく聞いてみよう)

もちろんプレゼントの内容なんて秘密にして。

僕はまた彼女を思い出す。

今彼女は何をしているんだろう。

日曜日のせいで、彼女と日記を交換できないのがちょっとだけ寂しい。

僕は手に持っていた小さな紙袋を、クシャリとだけ鳴らした。

夕焼けはまだ沈みきってないものの、吹いている風はやはり冷たい。

空も少しだけ、早く暗くなりたがっているようだった。

寒空の下では風邪の子一年生が元気に歩いている。

女「もう明後日で学校終わりだね」

僕「冬休みになるだけだよ」

女「でも次会う時は来年だよ?」

眼鏡「あ……ふ、二人に年賀状書くよ?」

僕「ああ、あったねそんなのも」

女「僕ちゃんは書くの?」

僕「……中学生くらいまでは真面目に書いていた気がするよ」

眼鏡「?」

女「絵の具!」

大掃除のためにしっかりと荷物を持ち帰っていた彼女に、ドッ、と脇腹を突っつかれる。

僕「だ、だって……」

こういった時の僕の表情は、多分とても情けなくて、子犬みたいな顔で彼女を見つめていたんだろう。

眼鏡ちゃんと別れ二人になってから、僕はまた彼女にお説教をされてしまう。

女「だから気軽に喋っちゃダメだってば」

僕「別に気軽になんて……」

女「一回、本当の子供になりきってみたら?」

僕「それをしたら僕は……」

思い出に揺られすぎて、多分もっと泣き虫になってしまう。

誰かが優しくしてくれるだけで泣いてしまうのが、自分でよくわかっていた。

女「……とにかく、気を付けようね。何があるかわかんないんだからさ?」

僕「うん……」

年が変わっても、僕はこのままここにいるんだろうか?

一年したら全てが元通りになっていて……記憶も消えていて。

全部が夢だったりしないんだろうか。

最近、僕はそれに怯えはじめていた。

女「まあ、学校が終わったらその心配も……」

でも僕には。

僕「……ねえ女」

女「何?」

今はわからない問題に怯えて、悩んでいる暇はない。

僕「クリスマスの日ってやっぱり一人なの?」

女「うん……お母さん今年は忙しいみたいでさ……」

僕「だったら、僕から父さん達に話してさ……」

明日も彼女がこの場所にいるなら、それだけで僕もここにいる。

女「……いいの?」

僕「うん!」

もしも彼女がいなくなったら……。

女「約束したからね、僕ちゃん!」

いなくなったら?

女「じゃあね、バイバイ!」

……彼女がいなくなったら、僕はどこに行くんだろう?

先生「はい、では今から通信簿を配りますよ。呼ばれたら取りにきてね」

女「ねえ僕ちゃん」

僕「?」

女「成績表で勝負しない?」

一学期の彼女の成績を、僕は覚えている。

返事は当然……。

僕「負けるからパス」

女「……だって、眼鏡ちゃん」

眼鏡「男子なんだからもっとしっかりしなよ~」

眼鏡ちゃんもすっかり慣れ親しみ、砕けた様子で僕に話しかけてきてくれる。

僕(一年生の男子ならここで元気に反応するんだろうけど……)


小学校の成績で勝負というのも、何となく不毛な争いと言う感じがしてならない。

女「勝ったら、今年最後の駄菓子屋さんだよ!」

眼鏡「うんうん」

今まさに、目の前にいる彼女たちはその不毛を行おうとしているのだ。

朝番なのでここまで。

週末まで忙しいので、さすがに仮眠させて。

一気にバァーッと書きたいけど、ごめんなさい。

また夜になれば書けるけど、保守ばかりも申し訳ないので適当に……。

落ちたら落ちたで、またどこかで会いましょう。

仕事なんてなければいいのに

なんでも食べるwww

>>1前何か書いてた?見覚えがある気がする

保守時間の目安 (平日用) 
00:00-02:00 60分以内
02:00-04:00 120分以内
04:00-09:00 210分以内
09:00-16:00 120分以内
16:00-19:00 60分以内
19:00-00:00 30分以内

保守時間目安表 (休日用)
00:00-02:00 40分以内
02:00-04:00 90分以内
04:00-09:00 180分以内
09:00-16:00 80分以内
16:00-19:00 60分以内
19:00-00:00 30分以内

今から帰りま。

>>567
続きから

僕「一人五十円までだからね……」

女「わーい」

眼鏡「わーい」

僕(なんで眼鏡ちゃんまで……)

不毛な戦いをしてから三十分後、僕たちはいつもの駄菓子屋にいた。

字をもう少し丁寧に書きましょう、そしてお片付けをちゃんとしましょう、の二項目がダメだった。

眼鏡ちゃんはもう少し落ち着きましょう。

女は結局パーフェクトだった……。

僕(プレゼント買ったからただでさえお小遣いが無いのに)

女「チョコとガム~」

眼鏡「あたしはスナックせんべいと、きな粉棒~」

眼鏡「本当にいらないの?」


先ほど買ったきな粉棒のおまけが当たり、彼女は連続で五本も当てていた。

そのうちの一本をくれると言い出したのだが……。

僕「あははっ、きな粉苦手なんだ。ごめんね」

眼鏡「む~……」

最近は眼鏡ちゃんの感情もストレートになってきた。

女「僕ちゃん和菓子系の食べ物苦手だもんねー」

眼鏡「あ……そうなんだ。私もチョコにすればよかったな……」

女「ふふっ」

おかけで、女子同士の妙な連帯感が生まれはじめていた。

僕(休み時間とかよく話しているしなあ)

女「でも明日からしばらく駄菓子屋も行けないね」

僕「そうだね。ちょっと長い休みだから……」

眼鏡「会うのは来年になっちゃうね」

休みの間にみんなで会って遊ぶという選択肢が無かったのは、僕たちがまだ小学生の男女だったから……そう思う。

僕(それでも彼女とはクリスマスに……)

女「来年もよろしくね、二人とも」

眼鏡「うん、よいお年をね」

僕(えへへっ、クリスマス……)

女「僕ちゃん、聞いてる?」

僕「……えっ? 冬休みの話?」
女「もうっ! 今から人の話をちゃんと聞きましょうって書き足しちゃうよ?」

僕「これ以上成績にマイナスが付くのは困るよ」

女「ふふっ、三学期で決着だからね」

僕「はいはい」

眼鏡「……もうここだから。じゃあね」

僕「またね~」

女「バイバイ~」

僕「ふぅ……」

女「……ね、クリスマスどうすればいいの?」

僕「……」

なるほど、彼女が成績優秀な理由がなんとなくわかる気がした。

僕「夕方、僕が迎えに来るからさ……それで……」

空が曇っている。

空気はこんなに寒いのにも、雪は降りだしそうにない。

僕がホワイトクリスマスを過ごした記憶は……一度しかなかった気がする。

多分それは今年じゃなかったはずだ。

彼女は白い息を吐きながら、僕と笑っている。

どれくらいかかるの?

二十四日、クリスマスイブ。

彼女にとって、学校からは更に離れた場所にある僕の家。

慣れてない小学生には少し大変な距離かもしれない。。

女「ほ、本当にいいのよね?」

僕「うん。母さん達も喜んでいたみたいだから」

女「……なんか、無理にお邪魔しちゃって悪いみたい」

僕「子供らしくしてれば大丈夫だよ」

女「ん……」

家族の団らんの中に上がり込んで、一緒にクリスマスを祝う。

他人には神経質な彼女は、やっぱり気にしてしまっているんだろう。

僕「……」

ムギュッ。

女「ふ……ふぁひ?」

沈んだ顔の彼女の頬っぺたをつねると、モチッとした手触りが指から伝わって来た。

僕「そんな顔したらサンタさん来ないよー」

>>630
このスレ内でなんとか。


女「ふ、ふぁんたさん?」

僕「そうだよ。笑ってないとサンタさん来ないよ」

女「ん……」

僕「それにその方がテレビだって面白いし……久しぶりに一緒にご飯食べるんだからさ、ね?」

女「そ……そうふぁね!」

僕「うん!」

彼女の笑顔を確認してから僕は手を離す。

無理に僕の手で釣り上げていた口角はそのまま、彼女の笑顔をキープし可愛らしさを作り出している。

僕(よかった。せっかくのクリスマスなんだから……)

僕(やっぱり彼女には笑っていて欲しいな)

女「……ありがとうね」

僕「……」

彼女の小さな声は、分厚い雲と木枯らしに吸い込まれて消されてしまいそうなくらいだった。

僕は、優しく彼女の頭を叩いてあげる。

そのまましばらく二人で歩いていたんだ。

車も通らない、開けた景色のコンクリートの田舎道を……。

女「あははっ、頬っぺたつねられたのなんて久しぶりだったよ」

僕「うん、他に掴むところが無かったからさ」

女「確かに、二の腕とかもそこまでプニプニしてないからねー」

彼女の顔から少し視線を落としてみる。

僕(ペッタンコとはいえ掴むわけにいかないしなあ……)

女「なーに?」

僕「な、何でもない。早く行こうよ、暗くなる前にさ」

母「いらっしゃい女ちゃん」

女「お、お邪魔します。今日はお招き頂きありがとうございます」

母「ゆっくりしていってね。じゃあ僕、居間に連れていってあごて」

僕「うん。さ、あがって」

女「はい」

途中洗面所に寄り、二人手を洗う。

女「僕ちゃんのお家って広いんだね」

僕「そ、そうかな? この辺は田舎だからさ。土地の価値も違うと思うからそのせいだよ」

自分でも何を言っているのかよくわからない。

洗面所の鏡に映る彼女の顔。

下を向いて丁寧に手を洗っている。

クリスマスの日に彼女がここにいる……一年で、そんな不思議な経験を何度しただろうか。

僕「い、いこうよっ」

女「……うん!」

僕たちの長いクリスマスが始まる。

すでに炬燵テーブルの上にはお寿司やフライドチキンなど、クリスマス向けの料理が並んでいる。

父「やあ、いらっしゃい」

妹「あ、おねーちゃんだー」

女「お邪魔します」

僕「……」

部屋の中は石油ストーブがゴウゴウ音をたてて部屋を温めるのに一役買っている。

熱に包まれている僕は、他の何よりもテーブルの上の料理に目を奪われてしまっている。

……こんな感じの料理をクリスマスには食べていた気がする。

僕「クリスマスにお寿司なんて……懐かしいなあ……」

父「ん? ああ、最近寿司なんて食べてなかったからな」

女「ほ、ほら僕ちゃん。早く座ろうよ!」

そんなに気にしすぎなくても大丈夫だよ。

……そう言う前に、僕は炬燵に足を入れ暖かみを楽しんでいた。

妹「おねーちゃんとなりー」

女「わ、ふふっ。可愛い」

母「あらあら」

いつの間にか、母もこの空間に加わっていた。

料理は全部並んでいるようなので、あとはそれを食べるだけ。

父「じゃあ、みんな揃った所で……いただきます」

僕「いただきます」

女「いただきます」

早速お寿司を一口。

僕(玉子……うま)

母「美味しい、女ちゃん? と言っても買ってきたお寿司とチキンだけどね」

母の笑顔が柔らかい。

女「とても美味しい……です」

彼女の口元はほころんでいる。

まだぎこちなさはあったかもしれないけれど、クリスマスに見せてくれた彼女の笑顔だった。

父「……はい、妹。お茶」

妹「ありがとうー」

母「僕ちゃん、隣なんだから気を利かせなさい。テレビばかり見てないで」

僕「んー……」

テーブルを囲む僕の左隣、妹をはさんで女がいる。

僕はテレビを背にしていたので、画面を見ているとどうしても周りに目が行かなくなる。

テレビでやっている、クリスマスだよドラえもんスペシャルが……僕をとらえて離してくれないのが悪いんだ。

僕(声が変わるのはこれから何年後だっけ?)

母「ほら、テレビばかり見てないの」

妹「ドラちゃーん」

はしゃぐ妹の姿は可愛い。

女「よしよし」

彼女より更に小さな妹を撫でる彼女も、可愛い。

僕(……暖房、あついのかな)

何だか今日は、よく汗をかく気がした。

女「あ、ケーキ!」

ご飯も一段落した頃、母親がケーキを台所から持ってくる。

母「大丈夫? お腹いっぱいじゃない?」

僕「たくさん食べないと成長しないよ」

女「僕ちゃんもねー」

痛み分けか、やるな女。

女「……」

僕「……うぎゅっ!」

女「あら、どうかした?」

僕(テーブルの下でミニ踵落としなんてするなよ……)

僕「はいはい、負け負け」

女「……くすっ。莓一つでいいよ」

僕(蹴られた上に莓まで?)

妹「いちごーいちごー」

女「妹ちゃん食べたい?」

妹「すきー」

女「おーちゃんが妹ちゃんに莓くれるってー」

妹「いちごー」

僕(……勝手にしてくれ)

僕「いいよ、僕莓なんて嫌いだから」

女「くすくすっ?」

僕「……?」

僕「……あ」

大学時代、彼女と行った喫茶店で莓パフェを頼んでいた記憶が蘇る。

女「おーちゃんて莓嫌いだったんだねー」

共通の記憶を持っているというのが、何とも厄介だ。

でも……。

女「はい、妹ちゃんあーん」

妹「あーん」

女「私も、いただきます」

女「……ふふっ」

僕「うん……ね」

同じ事を考えて含み笑いができる、それも記憶のおかげなら。
僕は彼女との昔に感謝している。

僕「ケーキ、美味しい?」

女「うん、とっても」

僕「……僕も」

一口、クリームとスポンジだけのケーキを口に運ぶ。

僕「ああ、美味しいや」

食べる前からわかっていた。

彼女が僕と一緒にケーキを食べている、それだけで美味しいのは当たり前だ。

今日すきや逝った?

女「僕ちゃんて本当に美味しそうに食べるよね」

母「僕はたくさん食べるの。だからご飯も作りがいがあってね」

父「将来大きくなってほしいからな、みんなともどんどん食べなさい」

妹「はーい」

女「ありがとうございます」

僕「……ごちそうさまでした」

腹具合も落ち着き、夜は九時を過ぎでいる。

そろそろ彼女の母親が迎えに来る頃だけれども……。

僕(もしかしたら、遅れるとは言ってたけど)

女「……」

僕(まだ来ないみたいだな。少しだけ眠い……)

妹「ねむー」

女「私も、ちょっと……」

母「お母さんが来るまで眠っている?」

>>649
三日前なら。なぜ?


女「で、でも悪いですよ……」

母「来たら起こしてあげるから、ね?」

僕「僕は寝る……」

一人でさっさと隣室への仕切り襖を開ける。

妹「んー」

妹もあひるの子。

母「ほら、女ちゃんも」

女「は、はい……」

……。

暖房熱からは遮断された空間……。

子供が三人、体を小さくし、布団にくるまって眠っている。

僕、妹、女……眠っている瞬間は僕たちは無邪気なんだと思う。

何も考えず、腕を伸ばした先に彼女の手があったから。

僕は暖かさが残る彼女をギュッと握りしめた。

彼女は……もう寝ているのかわからない。

……。

ギュッ。

すぐに彼女も、僕の手を確かに握り返してくれる。

意識は眠っていて、無意識に握っているだけなのかもしれないけれど……。

僕は暗闇の中でその暖かさだけを感じていた。

石油と赤外線が生み出す熱も、それは全然……。

僕(ぬくもりだ……)

僕「……ん」

一時間くらい寝ていたのかな。

僕(女は、帰った?)

女「……」

ギュッ。

僕(よかった……まだいるみたいだ)

僕(……よし)

あらかじめ寝室に置いてあった、僕プレゼントに手を伸ばす。

まっ暗闇でも、目が慣れている。

目的の袋はすぐに手中に。

僕(さて、これを……枕元に?)

僕(いやいや、彼女の家ならともかく僕たち家族の布団に置いても……ね?)

彼女が起きるまで待つしかないのか?

しばらく袋を握りしめたまま、僕は考えていた。

気持ち良さそうな寝息が二つ、暗闇の中に響いている。

僕(んー……)

女「くー……」

ボウッとだけ見える彼女はうつ伏せに眠っている。

長く、背中辺りで髪が広がっている。

彼女を優しく、視線でなぞる……。

顔の辺りの髪はまるでベールのように、彼女の顔を覆い隠している。

それを見て思わず僕は……。

僕(綺麗だな……)

そっと、顔から覗いて見えている肌色の部分に触れてみる。

フニッ。

女「ん……」

髪をかき上げ耳に引っ掻けてみると、小さな光に映える頬が全部露になる。

僕「……」

ゴクッ。

安心しきって眠っている彼女の横顔。

僕(む、無防備すぎる……)

女「んー……」

僕(お……)

僕(これは、チャンスかもしれない)

眠る彼女の姿を見て僕は閃いた。

今なら彼女に何をしても気付かれないだろうか。

驚かすには持ってこい、だ。

僕(えっと……)

ガサゴソ。

僕(これをこうして……こら、動くな女)

女「くー……」

僕(こっちに引っ張って? あれ、間違ってるかな……?)

女「んん……」

僕(……暗くてよく見えないや)

女「んっ……」

暗闇の中で僕の作業は続く。

僕(ここをこうして……むー……)

僕(女の耳……可愛いな)

ツイッ。

女「んんっ……」

僕(……違う違う違う)

僕(あとは、ここをしっかりと……)

女「……」

僕(……よし)

暗闇の中の作業が終了する。

僕(これで大丈夫だよね?)

女「んん……」

コロン、と彼女の寝相が仰向けに変わる。

先ほどまで顔を覆っていた髪も今はただ静かに、彼女の横で眠っている。

女「……」

目、唇、頬、首筋……彼女の全てを僕は見つめている。

僕「……」

いつかの日、怪我で寝ていた僕を見守っていてくれていた彼女の姿を思い出す。

僕(ゼラチンだけれども……彼女は僕にキスをしていた)

女「……」

今度は僕が……ちょっとだけ彼女にイタズラをする。

チュッ。

彼女の頬っぺに、優しい口づけ。

そのまま僕は。

強く、唇で頬に吸い付いて……。

チゥゥー。

女「んっ……」

僕(付いたかな?)

暗くてよくは見えないけれど、彼女の頬には今日の印が付いたはずだ。

僕(クリスマスだから、これくらいのイタズラいいよね?)

僕(……可愛く寝ている彼女が悪いんだ)

仕返しができて、僕は一人で悦に浸っていた。

妹「くーっ……」

女「……」

暗闇の中には相変わらず、妹と彼女の小さな寝息が……。

女「……」

女「ねえ?」

僕「!」

女「もしかして私にキスマーク……つけた?」

暗い、本当にまっ暗な闇。

今は妹の寝息と……僕の心臓の音だけが響いている。

女「ね、聞いてる?」

僕「お……起きてた?」

声が震え、額から汗が吹き出す。

返事をするだけで僕の心臓はパンクしそうになっている。

女「聞いてるのは私。何をしていたの?」

僕(さっきはキスマークって自分で言ったのに……)

彼女の沈んだ声が、部屋を一層暗くしている。

僕「ほ……頬っぺたを吸っていただけだよ」

女「ふーん。その前は?」

僕「え? べ、別に変な事なんてしてないよ!」

女「髪の毛触ったり、耳をいやらしく触ったり……色々してたんじゃないの?」

ドッキ……!


僕(こいつは……)

おそるおそる、僕の口は彼女に答えを求めていた。


僕「もしかして、ずっと見てた……?」

見てた、という表現は変かもしれない。

女「うん。起きてたよ」

僕(やっぱり)

僕「どの辺りから?」

女「んー、髪の毛をわしわしってされた時くらいから」

僕(ほぼ最初からじゃないか……)

僕「あ、あのさ……」

女「よいしょ……」

僕が何かを言う前に、体を起こした彼女は、座りながら僕と向かい合う形になる。

女「さて、僕ちゃんは私の髪の毛に何をしてたのかな~?」

彼女の両手が後ろ髪を撫でている。

女「ん、あれ? これ……リボン?」

僕「う、うん」

女「これを結んでたんだね。でも、何この結び方?」

僕「……ール」

女「ん?」

僕「ポニーテール」

女「……」

僕「最初は、プレゼントでリボンをあげるだけだったんだ。でも寝ている女の髪の毛を見ていたら……」

女「ムラムラしちゃった?」

僕「へ、変な風に言わないでよ。結びたくなっただけ」

女「へえ。僕ちゃんポニーテールが好きなんだ?」

僕「普段ずっと髪型ロングのままだからさ。ちょっと、もったいないって思って……ごめん」

女「……」

僕は小さく頭を下げる。

何に謝っていたのかはわからないけれど、僕はただ布団と彼女の足下だけを見つめている。

女「ふぅ……」

女「あのね、これじゃあポニーテールじゃなくてただの一本縛りだよ?」

僕「えっ?」

女「後ろ縛りっていうか……ほら、首の後ろが全然出てないでしょ?」

背中を僕に向けた彼女の首は、長く垂れた髪の毛に隠されている。

女「ポニーテールの場合は……あ、これ外しちゃっても平気?」

僕「う、うん」

シュルリと布が髪を撫でる。

布の長さを感じる事ができる音が心地よい。

女「首をちょっと仰け反らせて、こうして髪を集めるの」

僕「さっきより……まとまってる気がする」

女「髪って結構強く引っ張らないとダメだからさ。僕ちゃん、さっきのだと弱すぎ」

僕(女の子の髪の毛事情も、難しい……)

彼女は慣れた手付きで髪の毛を束ねていく。

薄暗さの中でも、僕はそんな彼女の後ろ姿に見とれてしまう。

女「リボンだとちゃんとキツくして……はい、できたよ」

僕「うん……」

寝癖のためか、少しだけくせっ毛になっている彼女のポニー。

それでも、僕が結んだ形より美しいのは当たり前か。

女「……このリボンを、私に?」

背中を向けたまま、彼女は僕に話しかけてくる。

僕「……サンタさんにはなれなかったけど」

女「私、何にもプレゼント用意してないよ?」

僕「……」

彼女の後ろ姿と、揺れている黒髪。

華奢な背中と細い首筋、チョコンと座る可愛さ……。

とにかく僕は彼女の全てに負けてしまって……。

僕「女っ……」

女「あ……」

瞬間、彼女を後ろから抱きしめていた。

彼女は、拒否をしない。

そのまま体をくっつけて。

彼女の体温を感じている。

女「……」

僕「こ、これがお返しじゃあダメかな?」

女「くすっ……こんなのでいいの?」

僕「こんなのなんかじゃないよ。僕にとってはすごく嬉しい」

女「んっ……」

キュッ。

僕の腕を、彼女の両手が優しく包む。

抱きしめて、握りしめて。

部屋の空気の冷たさと……寒さの中で見つける事ができる暖かさを、僕たちは感じていた。

女「あったかいね……」

僕「ねえ、女」

女「ん……?」

僕「首にもマーク、つけていい?」

女「目立ったら嫌だよぉ……」

彼女の声がなんだか甘い。

僕「だ、大丈夫だよ後ろにつけるから。リボンをほどけば隠れるよ?」

女「くすくす。僕ちゃんからのプレゼント、外しちゃっていいのかな?」

僕「う……」

僕は何かと彼女に遊ばれてしまう。

それはクリスマスも変わらない。

多分、これからもずっと。

女「……くすっ、いいよ」

僕「えっ?」

女「虫刺されとか、掻いた痕って誤魔化せば大丈夫だよ。学校も無いしさ」

僕「冬に虫はあまりいないじゃん……」

女「……今から虫みたいに私にチュウするのは、どこの誰かな?」

僕「……!」

その言葉をスイッチに、僕は彼女の首筋を甘噛みし始める。

女「も、もう少し後ろ……!」

僕(もう吸っちゃったから)

チゥゥゥ。

僕(うなじ、首筋。もう一度うなじ……)

女「ん……」

夢中で、僕は彼女に吸い付いていた。

それこそ血を求めている小さな吸血鬼みたいに……。

チュッ。

女「ふぁ……」

……。

……。

ガラッ。

母「女ちゃん、お母さん迎えに来てくれたわよって……あら?」

女「す、すーっ……」

僕「く、くー……」

母「抱っこなんかしちゃって。本当に仲がいいんだから、ふふっ」

母「ほら、起きて女ちゃん。女ちゃん」

ユサユサ。

女「ん、んんー……お母さんがー……?」

僕(お、演技がうまい)

母「ええ、玄関で待ってるわよ」

女「は、はーい」

フラフラした足取りで、母と彼女は扉の向こうへ歩いていってしまう。

僕(これで……クリスマスも終わりかな)

そう思いまた暗い天井を見つめている。

……。

ガラッ。

僕「?」

女「忘れ物したって言って、ちょっとだけ」

ひそひそ声の彼女。

自然と僕の声も小さくなってしまう。

僕「わ、忘れ物ってリボン?」
上半身を起こし、逆光に立つ彼女を見つめる。

しかし僕のプレゼントは彼女の髪に巻かれたままだ。

女「ううん……」

女「キスマーク」

膝を崩し、僕の前で四つん這いになる彼女……。

女「んっ……」

チュッ。

僕の唇と彼女の唇が、冷たい空気を閉じ込める。

僕「!」

チュッ。チゥゥー。

唇は、さっきから僕を乱暴に吸っている。

僕(そんなに吸っても……)

そこにはキスマークなんてつかないのに……。

『そんな事、知らない』

彼女に何かを聞いても、きっとこう言われるんだろう。

それくらいに、彼女の唇は僕を……。

僕をまだ、冷たい空気には触れさせてくれない。

女「……ぷは」

ようやく唇が離れた後、彼女はわざとらしく息を吐き出している。

女「ついたかな?」

僕「ここにはマークなんてつかないよ?」

女「そうだっけ? 小学生だから知らないや」

そうしてまた彼女は……。

僕(優しく、小さくて笑って……僕にさよならを言うんだ)

女「ふふっ……じゃあ、またね。今日はありがとう、おやすみなさい」

女「よいお年を」

ありったけの挨拶を僕にしてくれた後、彼女は立ち上がりくるりと背中を向ける。

光に揺れるポニーテールが可愛らしい。

僕「また、ね。お互い……よいお年を」

女「うん!」

彼女は元気に光の中へ消えていった。

僕(……)

彼女が帰った後、僕はすぐに眠気に襲われた。

僕(ああ、これはきっとサンタさんが来る時の眠気なんだ……)

何となく、そんな予感がしていた。

「……かな?」

「だいじ……と」

誰かが扉を開けて、僕の枕元にプレゼントを置いていった。

僕がそれに気付いたのはイブが終わった次の日の朝だったから……。

僕の意識は、あの後すぐ眠りに落ちていったんだと思う。

新しい記憶の中で、僕はまたサンタクロースに会う事ができた。

少し大人な記憶も残ったクリスマスだけれども……僕はきっと忘れない。

それは彼女も多分同じ。

今日が忘れられない日になっているだろう。

女「えへへ……」

帰りの車の中で、私は一人ご機嫌だった。

ううん、ご機嫌なのは多分二人?

今は側にはいないけれど……きっと同じ気持ちを抱きながら眠るはず。

女母「そんなに笑うほど、楽しかった?」

女「うん! ご飯とケーキを食べて、僕ちゃんにはプレゼントも貰ったの!」

女母「そう、よかったね」

改めて、彼から貰ったリボンを手に取ってみる。

色合いは黒をベースに、白いラインが外周を覆わっている。

アクセント程度にヒラヒラが付いているが、低学年の女の子がするには何処か大人っぽい印象を受ける。

女(大事にするから……ね)

リボンを確認するついでに、首筋をサイドミラーに写してみる。

女(うわっ、真っ赤だ……吸いすぎバカ)

女(……ま、いっか)

女(早く、冬休みが終わらないかな。交換日記、また新しいノート買わなきゃね)

自分がノートを持っているから、休みの間は彼の日記を何度も読み返そう。

今日の事も日記にして、休みが終わったらたくさん、たくさん彼に伝えたい……。

そんな事を考えながら、私はずっと夜の道を見つめていた。

車の通らない静かな道をずっと……。

このずっとが、ずっと続けばよかったのに。

……変だ。

なんだか空気が重く、濁っている。

女「……」

チラリと運転している母の方を盗み見する。

母はなんだか、何かを迷っているような表情で車を運転している。

女(またお店で嫌な事があったのかな? それとも……)

女母「……」

母に質問する事は出来なかった。

それを聞いてしまったら、よくない事が起こりそうで……。

私はただひたすら、早くお家に着いてほしいと、そう願っていた。

女「……」

……。

キキーッ。

十字路の交差点。

赤信号に私たちは足止めされてしまう。

周りには車も、建物の明かりもなにも無い。

道路の真ん中にある私たちの車と、ただ赤く光っているだけの信号。

この時間、この空間だけが……なんだかクリスマスの夜から取り残されてしまったような。

そんな感覚。

女母「……ね」

母が小さく口を開く。

小学生の私より、か細くて弱々しい声で。

女「……」

私は声を出す事が出来ない。

信号は、変わらずに私たちをその赤い目で睨んでいる。

何だかとても怖かった。

女母「学校は楽しい?」

女「……うん」

僕ちゃんがいるから。

女母「お友達とはうまく行ってる?」

女「うん」

僕ちゃんがお友達だから。

女母「今日は……楽しかった?」

女「僕ちゃんとクリスマスを過ごせたから、楽しかったよ」

女母「……そう」

女母「ハァ……」

母は大きく、深くため息をつく。

女母「……ごめんね」

何を謝っているのか、私にはわからない。

何かを思い詰めているのだけはわかるけど。

それも私に謝るような……私に影響するような事。

女(あ、信号が青になる……)

やっと消えてくれた。

その赤が私の事を見なくなった瞬間。

母が申し訳なさそうに私に言葉を発した。

女母「来年になったらね」

女母「お父さんの所に行く事になっちゃったの」


……私が僕ちゃんの前からいなくなる。

布団の中で私は大泣きした。

この一年で体験した、どんな寂しさよりも寂しかった。

悲しかった。

悔しかった。

彼の事が……愛しかった。

女「なんで……どうして……」

女「嫌だよ、お父さんがこっちに来ればいいじゃん……」

女「また向こうに戻って過ごすなんて嫌だよ。もう僕ちゃんの優しさを知っちゃったから……嫌だよ……」

女「ぐすっ……う、うわあぁぁん……ずすっ……」

何を言っても、母には無駄だった。

女「知らないよ、家の権利なんて……契約の問題なんて……」

女「私知らない。だから子供のままここにいる……」

女「ずっと僕ちゃんと学校行くんだもん……」

女「う……ううっ……」

女「うわあぁん……」

子供みたいに、何も考えずに引っ越しをするだけだったらどんなに気分が楽だったか。

記憶と思い出の二つが邪魔をする。

女「リボン……リボン……せっかく貰ったのに」

女「交換日記だって……眼鏡ちゃんの恋愛相談だって……」

女「私、またあの場所に戻るの?」

女「う……ううっ……」

嗚咽で言葉にならない。

クリスマスの嬉しい気持ちは、全部どこかに落っことしてしまった。

彼から貰った大切な心も、本当に全てを。

私は無くしていた。

……。

シュルッ。

私はその日、リボンを左手の薬指に巻き付けて眠った。

こうしていると彼が一緒にいる。

そんな気がした。

私は眠る。

涙の冷たさに凍えながら。

ただ一つ、形に残った彼からの贈り物を抱きしめて。

キュッとリボンに口づけをして……。

気持ちが凍死してしまわないように……眠った。



今日のクリスマスを、私は一生忘れる事が出来なかった。

出勤。

スレも少ないし今夜で終わらせられたらいいな。

むしろ特殊なシチュエーションでの日常系として延々と続けて貰っても一向に構わんのですよ

>>710
最初は大学までそれでやろうとしたけど、書いていてスレが足りなさすぎでワロタ。

パー速 ならぬ今は製作速報にでも仮の連絡板としてスレを立てる
書き溜め状況やVIPでのスレ立て日時などを書いておく

そうすればここでパート化もせずに穏便にVIPでSSを続けられる  かもしれない

ごめん休憩なんだ。
今日は昨日より少しだけ早く帰れそう。

>>732
ちょっとそういうのも考えてみるありがとう

>>700
続き

父「僕、年賀状が来てるぞ」

元旦、コタツで丸まっている僕。

父からの年賀状と言う言葉で姿勢をテーブルの上に向ける。

こうして起き上がったのは何時間ぶりだろう。

僕「眼鏡ちゃんに、女から……ね」

他にも友人から何枚か届いていたが、僕の注目はその二枚に集まっている。

僕「眼鏡ちゃんからは……」

年賀ハガキいっぱいに、今年の干支と思われる動物が手書きのイラストで載っているのだが。

僕「なんだか馬と牛が交ざったような……?」

ぱっと見牛鬼のような印象を受ける。

一年生の女の子にしては珍しいくらい下手だが、これはこれで味がある気がする。

長く見つめていると、なかなか愛敬のある生き物に見えてきた。

イラストの横には、やや整った字でこう書いてある。

眼鏡『あけましておめでとう。来年もよろしくおねがいします』

ああ、年賀状っぽい。

僕(さて女からの年賀状は、と……)

数枚あるハガキの中から、見覚えのある彼女の名前を探す。

あった。

僕はその一枚を手に取り、早速裏面を確認する。

こちらはしっかりと干支が印刷されたプリントハガキだった。

こだわりがある訳でもないので、あまり気にしないが。

僕(干支よりさ……)

空いたスペースに書かれた彼女からの言葉の方が、やはり僕には気になる。

女『あけましておめでとう』

うんうん。

女『去年と、クリスマスの事は忘れないからね』

……うん?

文字はたったのこれだけだ。

僕(スペースが無くてあまり書けなかったのかな。てっきり駄菓子屋の事とか)

僕(もっと色々な事を書いてくるかと思ったんだけどな)

普段の交換日記の長文に慣れているせいだろうか。

年賀状の中の彼女がとても無口な女性のように思えた。


あと二週間で学校が始まる。

そして年明けは、家族で親戚の家に遊びに行く事になっている。

僕(……ま、学校で会えるか)

彼女からの言葉の意味も考えずに……僕の冬休みは過ぎていった。

二週間後。

久しぶりの外の空気は、なんだか冷たい。

僕は学校に行くため一人で道を歩いていた。

僕「……さぶっ」

僕の歩く通学路は、彼女の家の前を通っていない。

学校への道のりはいつも一人。

たまに他の友人とも登校はするけれど……今日は通学路なのに誰とも会わない。

僕(登校する日を間違えたかな?)

途端に不安になってしまう。

僕はこのまま、急いで学校に向かう事にした。

「おはよう」

男「お、おはよう」

学校に着くと、久しぶりのクラスメートが僕に挨拶をしてくれる。

僕(よかった、学校は普通にあるみたいだ)

ほっと一安心。

その気持ちのまま、僕は自分の机に向かう。

女「あ、おはよう僕ちゃん」

僕「おはよ」

ああ、やっぱり笑顔の彼女がいる。

女「久しぶりだね」

ランドセルを片し、机の上をまっさらな状態にする。

僕はそのまま机に突っ伏して彼女の左頬を見つめる。

僕(マークは残って……ないよね)

三週間はさすがに残ってくれないみたいだ。

僕はまた、ただボーッと彼女を見つめている。

ごめん食事にお付き合いしていたよ。



僕(今日から三学期かあ)

眼鏡「あ、僕ちゃんおはよ」

僕「おはよう、眼鏡ちゃん」

眼鏡「年賀状届いた?」

僕「あ、うん」

眼鏡「僕ちゃんお返事くれないからさ。心配しちゃったよ?」

僕は誰にも年賀状の返事を書いていない。

僕「筆不精なんだよ僕は」

眼鏡「ふ……ふで、なに?」

女「怠け者って意味だよー」

横から女が口を出す。

僕(ちゃんと交換日記の返事は書いているじゃないか……)

僕「じゃあ日記も怠け者になっちゃおっかなー。お返事書けないね?」

ほんの冗談のつもりで、彼女に笑ってみる。

女「ん……」

いつもなら笑顔で言い返してくるはずの彼女が、いない。

女「……いいよ、別に」

僕「?」

女「眼鏡ちゃん、おトイレ付き合って」

眼鏡「え、あ……」

僕(……怒ったのかな?)

冗談は全部返してくれると思っていた僕は、彼女の態度に少し戸惑ってしまう。

僕(後で謝ればいっか。日記にもちゃんと書いてさ……うん)

……。

しかし、その戸惑いも放課後には忘れてしまう。

彼女の口からお別れを告げられたせいで、僕は今の感情を全部忘れてしまったんだ。

帰り道。

一緒に歩いているはずなのに、僕と彼女の距離は遠い。

眼鏡「そっか、転校しちゃうんだね」

女「うん。お母さんのお仕事の都合でさ。多分三月にはもう……」

眼鏡「お引っ越ししてもずっと友達……だよ!」

女「うん!」

眼鏡ちゃんは、目の前で話している彼女の言葉がわかっていないのか。

僕(彼女がここからいなくなるんだぞ……)

元気でいてね、と笑いながら挨拶をする事なんて僕には出来ない。

僕(日記はどうするの? お祭りの約束だって。夏の花火、まだ一緒に見ていないのに)

僕(来年のクリスマス、お正月。年賀状ちゃんと書くからさ……だから……)

言いたい事はたくさんあった。

でも僕は、何も言えない。

眼鏡「じゃあまたね」

眼鏡ちゃんが別れ、僕たち二人だけの時間が訪れる。

僕はさっき思った事を彼女にぶつける事はできないんだ。

引っ越しは彼女の意志じゃない。

彼女に約束の事を話しても、笑顔になってくれないんだろう。

僕(女だって帰りたくないはずなんだ……)

女「……」

僕「ね、ねえ。三月までこっちにいるの?」

彼女の家までそんなに距離はない。

僕は思いきって話しかけてみる。

女「……二月には、向こうに行っちゃうかも。学校行く理由も無くなっちゃうからさ」

校舎の中では笑顔を作っていた彼女も、今はもう。

冬が終わってもまた冬が来る。

そんな顔をしながら僕と歩いている。

僕「じゃあ……あと二週間くらいで?」

女「うん」

そっけ無い彼女の返事。

女「来週には先生から話してくれると思うよ。早かったらその時から……」

僕「日記は?」

女「……」

女「私が全部貰っていい?」

冷たい返事をしても、彼女は彼女だった。

僕の事が嫌いで離れていくんじゃない……だから余計に寂しかった。

女「ま、知っている街に帰るんだから寂しさはそこまで無いけどね?」

精一杯、無理な笑顔でいる彼女を見て、胸が締め付けられる。

彼女が帰る場所を、僕は知っている。

大学がある街の、昔彼女が住んでいた場所。

記憶の場所とぴったり重なる。

女「また、同じお家になっちゃった」

彼女はそこからもう一度人生をスタートさせる。

そして僕はこの場所に残る。

変な形だが……記憶の中の未来に繋がるような配置になったのだろうか?

僕にはこれからの未来なんて何一つわからないけれど。

大好きな人が遠くへ行ってしまう。

これだけは確実な未来のようだ。

僕は、この記憶を思い出す。

四年生になった時の事。

僕には好きな子がいた。

今思えばそれが……初恋だった。

両思いだったとか、付き合ったとか特別な話はないけれども。

僕は彼女の事が大好きだった。

しかし、その彼女も次の学年に上がる頃には転校してしまった。

僕の初恋は、そんなだった。

告白する事も特別に話しかける事も無く、ただ彼女との別れを寂しがっていた。

目の前にいる女とは状況が違うかもしれないけれど……。

僕にはそんな記憶もあったんだ。

僕(彼女が遠くなってしまう)

女「……ね。日記の事なんだけどさ」

家に着く前に、彼女が思い出したように話しかけてくる。

いや、ずっと話そうとしていたのかもしれない。

僕「明日僕が取っておいてあるノートを持ってくるよ」

女「ううん、そうじゃなくて……」

僕「?」

女「向こうに行っても、私にお返事書いてくれる?」

僕「日記の?」

女「違うよ。ほら……お手紙。文通しようよ?」

僕(文通……)

女「日記とはペースも変わるけどさ。電話より手紙の方がいいかなって思うし……」

彼女は、色んな方法で僕と繋がっていく方法を考えてくれたに違いない。

その答えが文通という事なんだろう。

僕は数ヶ月後から、郵便局にせっせと通う事になる。

これも新しい記憶だった。

先生「じゃあ……最後に女ちゃんから挨拶して」

女「はい。今日は私のためにお別れ会までしてくれてありがとう。みんなの事は忘れません」

空いた午後の時間を使って、教室では彼女のお別れ会が開かれていた。

女「みんなから貰ったこの寄せ書きも大切にします」

女「ありがとう、みんなも元気に頑張って下さい。私も頑張ります」

パチパチパチ。

一週間後に彼女は引っ越してしまう事に決まった。

まだ暖かい風も吹きそうにない、二月の真ん中辺りだった。

出発はちょうど日曜日だったので、僕は一人彼女を見送る事にした。

悪いけど、今回だけは眼鏡ちゃんには内緒。

一人、朝の町を駆け抜けた。

女「あ……」

いた。

彼女は家の前に立っていた。

少しうつ向いていて……手を上品に前の方で交わせながら、僕を待ってくれていた。

僕「よかった、間に合った」

女「うん。まだお父さん来ないみたいだから」

僕「ん……あ、リボン。ちゃんとしてくれてるんだ」

彼女の頭には、僕がプレゼントであげたリボンが結ばれている。

しっかりとポニーテールに結んでくれているのは、僕のためだろうか。

女「えへへっ、大事にするからね」

僕「うん……もう見られないのかな、女のポニーテールも」

そう考えると、また新しい寂しさが生まれてくる物だ。

まじまじと彼女の髪を見つめている僕がいる。

女「髪型、変じゃない?」

僕「う、うん。綺麗だよ、すごく似合ってる」

女「ふふっ、ありがとね」

……。

これで彼女が遠くに行ってしまうというのに、僕たちの話し声はとても淡々と。

日曜日の午後、まるでこれから一緒に遊ぶ約束をしているかのような……。

そんないつもの二人。

僕(いつもじゃないのに……)

女「最初のお手紙は私から書くからね」

僕「う、うん。あのさ……誕生日には……!」

女「誕生日? 僕ちゃんの?」

僕「ううん、女の……誕生日」

僕「うん。誕生日にはちゃんとバースデーカードを送るよ!」

女「……それってサプライズのつもり?」

僕「あ……」

言ったらサプライズにはなりはしない。

女「ふっ……あはははっ。そんなに楽しませてくれなくっていいんだよ僕ちゃんは!」

僕「は、ははっ。やっぱり最後は笑顔でいないといけないからさ」

彼女は泣いていない。

僕(どうして彼女はこんなに笑顔でいられるんだろう……)

彼女が車で走り去ってしまった後でも、僕が二年生になってからも……。

彼女が笑っていた理由はわからなかった。

三月の終わり……春休み。

約束通り、僕は彼女へのお手紙とバースデーカードを一枚。

それを握りしめて、嬉しそうに郵便局に向かっていた。

今日手紙を出せば四月の誕生日には彼女の手元に届く。


僕(彼女もそれが楽しみだと言ってくれていた……それだけで僕も頑張れるから)

淡いピンク色の封筒を握りしめて、僕は走り出す。

この手紙が君に届きますように。

遠い場所で僕を感じて……またいつもの笑顔になってくれますように。

先生「みなさん、さよなら。気をつけて帰ってね」

眼鏡「ねえ僕ちゃん、一緒に帰ろうよ

二年生になった日、そう声をかけてきたのは彼女だった。

僕「ん、そうだね。女ちゃん……」

眼鏡「?」

僕「ううん、なんでもないや」

このクラスにいない人間の名前を呼んでも虚しいだけ。

眼鏡「じゃあいこう僕ちゃん~」

彼女と帰る理由は特になかったけれど、僕は彼女と一緒に歩き出したんだ。

彼女のいない放課後。

僕は、やけに広く感じる田舎道を歩いている。

眼鏡「駄菓子屋寄ってく?」

僕「……今日はいいや」

眼鏡「そう……」

二人だけで歩く時間に、なんだか慣れない。

彼女がいないだけでこんなにも時間が長く感じる。

眼鏡「あ、あたしここだから。バイバイ」

僕「うん、またね」

思えば彼女と話していた記憶はあまり無い。

一年間、女とばかり話していた気がするよ。

僕「……」

しばらく歩くと、見慣れた彼女の家が見えてくる。

中に人がいる様子は無い。当たり前だ。

僕(呼び鈴を押したら彼女が家に)

僕(……いるはずもないか)

僕は明日から、遠回りのこの道を通る事は無くなった。

誰もいない彼女の脱け殻を見るのは、やっぱり寂しかったから。

僕は今日一緒に帰った彼女の気持ちに気付く事もなく……小学校を卒業した。

1行で5年間すっとばした!

中学生になった僕たちは、新しい制服という格好に身を包んでいた。

久しぶりの学生服の感じが、僕の体と心を締め付ける。

僕「なんだかんだで……中学生ね」

僕が記憶を持ったまま一年生になってから、六年が過ぎた。

女がいなくなった地元から、僕は逃げ出す事もできず。

大学生として過ごしていた昔に戻る事もできないでいた。

僕(このまま僕は……)

>>786
全部書いたら二年生の途中でスレ終わるw

あと一時間で出勤なんでそれまで。

寝ないで大丈夫なのかっていう支援

あれから、僕は時間や記憶に関する本を読み漁った。

と言っても漫画や小説がメインだけれども。

僕(未来から来た子、過去に時間が戻った物語……記憶を残している主人公)

そんな主人公たちの気持ちが、今の僕にはなんとなくわかる。

僕(多分彼女も……)

今ごろは制服を着て、彼女も新しい学校生活を始めているんだろう。

その姿を見る事ができないのがちょっとだけ残念だった。

僕(制服にあのリボンは……ちょっと子供すぎるかな?)

彼女とリボンがせめて一緒にいてくれれば、それでいい。

僕は学校が変わっても、ずっと彼女の事を想っている。

僕「……小学校、僕です。みんなよろしくお願いします」

新しいクラスの挨拶。

この中学校のクラスだって八割は名前も知っている。

ここまでの記憶はまだあるようだ。

僕(高校のクラスなんて、九割名前を忘れている自信があるけれど)

……全員の自己紹介が終わる。

記憶通り、眼鏡ちゃんは別のクラスになっている。

僕(記憶がそのまま確かなら……)

僕は二週間後、彼女から話を持ちかけられる事になるはずだ。

僕の記憶……。

「……あ、君が僕君?」

僕「う、うん」

「へえ……君が眼鏡ちゃんの言ってた、ね?」

僕(確か、彼女は隣のクラスの……)

僕(……今は、忘れた)

「言ってたよ、恋する乙女はつらいって……ねえ?」

僕「で、何か用? 活発ちゃん」
活発「あれ? 自己紹介したっけ?」

僕「……知ってるから」

活発「ふうん、まあいいや。今日辺り、眼鏡ちゃんが電話で、くふふ」

僕(悪いけど、知ってるんだ)

活発「もてる男もつらいよね。じゃあ、伝えたから。頑張ってねー」

……。

足取り軽く、彼女は行ってしまう。

僕(ああ、確かこんな事を言われた気がする)

僕(確か今夜電話があって……)

……。

ジリリリリ。

ジリリリリ。

ガチャッ。

僕「もしもし?」

眼鏡「あ、も、もしもし……私だけど……」

僕「う、うん」

眼鏡「ごめんね、急に電話しちゃって……」

内容がわかっているとは言え、やはり緊張はする。

眼鏡「あのね、私ずっと、ずっとね……僕ちゃんの事が……」

眼鏡「好き、だったの……」

眼鏡ちゃんからの、二度目の告白。

僕はこの返事を二度断る。

理由は違うけれど……僕が彼女の気持ちを受け入れた事は、小学校から中学卒業の九年間、一度も無い。

僕「……ごめん。僕には好きな人がいるんだ」

眼鏡「……そう、なんだ」

僕「うん、本当にごめん」

受話器の向こうから感じる十分なくらいの重圧。

今はそれに耐える事ができている。

眼鏡「ねえ僕ちゃんの好きな人って……誰? 新しいクラスの人?」

僕「……ううん。クラスにはいないよ」

眼鏡「じゃあ、仲良くしていたあの先輩?」

僕「先輩でもないよ。同級生の……女」

眼鏡「え、え……引っ越しした女ちゃん?」

僕「うん」

僕の気持ちはずっと彼女に向いている。

遠い場所、文字でしか会話の出来ない僕たちだけど。

電話とは違った嬉しさ、手紙が持っている暖かみが……僕たちの支えであり、繋ぎだった。

僕「じゃあ、また明日学校で……ね」

僕は無機質に電話を終える。

会えない、見られる事は無いから、と言って浮気のような真似はできない。

僕には彼女の事しか見えていなかったんだ。

僕「……さて、返事を書かないと」

テーブルに広げられた手紙を読み返し、僕は返事を書いている。

もうすぐ今日が終わる頃、僕はそれに封をして切手を貼り付ける。

これをポストに入れて、また一週間もすれば彼女からの手紙がまた返って来る。

唯一彼女を感じる事ができる。

遠くても……僕の心は彼女から貰えるたった一枚の紙に支えられている。

いってきます。

>>789
書いていると楽しい。
眠気で文が変になるのは困るけど、あまり時間がないから、背に腹。

>>605
亀だけどハルヒSSで、朝倉「ただ月が……」を。


これで中学校終わり。
短縮してるんで活発ちゃんは、もう出ないです。

>>797
つづきから。

……。

ピリリリリ。

熱気が落ち着いた頃の十月の朝。

僕は携帯から響く音で目が覚める。

名前を確認してみると『女』と彼女が画面の中いる。

彼女に起こしてもらったような気がして、少しだけ嬉しさを噛み締める。

僕は彼女がくれた電子の手紙を開く。

女『おはよう。昨日は寝ちゃってごめんね』

深夜までずっとメールをしては、どちらかが途中で必ず眠ってしまう。

僕たちの間ではよくある事だった。

おやすみの挨拶を言う事はあっても、僕たちのメールが途切れる事はなかった。

僕(通信料……大丈夫かな?)

使い放題プランが無い今、不安でならない。

女『……昨日の話ね、お母さんに話したんだよ。今の成績で頑張れるなら……いいって』

僕「お……」

女『特別推薦枠なら学費も抑えられるみたいだし、私頑張るよ!』

女『遅刻しないようにね』

メールはここで終わる。

僕が適当に返事をすれば、学校に行く間にもう一通は返ってくるんだろうけど。

僕(今は一眠り……)

まだ朝の七時だから、まだ三十分は眠っていられる。

僕は携帯を放り出し、枕に顔を埋めた。

僕「じゃ、いってきます」

妹「ん。いってらっしゃい、おーちゃん」

妹は朝のテレビを見ながら、僕に挨拶をくれる。

僕が通っていた中学校に、今は妹も通っている。

家から近いので自転車で十分ほどだろうか。

僕(高校までは三十分……毎朝のんびりな妹がうらやましいよ)

僕は心の中で文句を言いながら、朝の玄関へ向かう。

ドアを開けると涼しい風が僕を撫でてくる。

もう、秋……か。

僕は小さな商店街の中を自転車で走っている。

田舎道、小学校に続く方向とは逆の……賑やかな街へ行く道が、高校への通学路だった。

この道も通いはじめてから一年と半年。

最初は長い距離を自転車で走るのが苦痛だったが、夏休みが終わる頃にはすっかり慣れていた僕がいる。

今朝、彼女からのメールを確認したせいだろうか。

今日のペダルは、また一段と軽い気がする。

女『私、僕ちゃんと同じ大学に入る!』

高校一年生の終わり頃だろうか。

彼女からこんな事を言われたのは確か。

僕『同じ大学?』

女『学校は違っても、僕ちゃんが行く場所の近くに行きたいな』

最初に聞いたときは本当かどうかわからなかった。

一年生……進路を考えるには早すぎるという時期ではないが。

僕の高校でも大まかな進路調査はあった気がしたが、何を書いたか覚えていない。

女『僕ちゃんは進路は?』

僕『……』

僕『ま、前と同じ学校にするつもりだったよ』

女『私たちがいた大学?』

僕『うん……』

女『……くすっ』

受話器の向こうで、彼女は笑う。

顔は見えないけれど……数年前とずっと同じ笑顔をして僕にを笑ってくれているんだろう。


女『前は僕ちゃんが私の地域に来たから、次は私の番みたいだね?』

僕『本当に来るの?』

女『……なに? 大学行くのに僕ちゃんの許可が必要なの?』

僕『そ、そういう意味で言ったんじゃないよ』

女『僕ちゃんは勝手にこっちの大学に来て、勝手に私を……』

僕『……私を?』

女『……ふふっ。何でもない』

また彼女の冗談。

十年も一緒に話していれば、彼女の感情の雰囲気がよくわかる。

僕『怒った?』

女『ううん、全然』

女『とにかく、私の進路は……僕ちゃんの側に行きたいだけだから』

僕『女……』

女『また学校もちゃんと調べておくからさ。僕ちゃんも、進路見えたら教えてね?』

僕『う、うん』

女『それじゃあ……またね。久しぶりに電話できて嬉しかったよ!』

僕『うん……また』

彼女の声が遠ざかる。


……こんな話をしてから、僕は進路の事を意識し始めたんだっけ。

元々、僕が大学を選んだ理由は一人暮らしをするため……だから僕は地元から遠く離れた大学へ行こうとしていた。

法律学科というこだわりはあったが、珍しい学科ではないのでその心配は無かったけれど……。

僕(本当に、たまたま行った大学で彼女と出会った)

僕(今の記憶では、彼女が僕の近くへ来てくれて……)

僕(また彼女と一緒の大学へ行きたい、と僕は願っている)

僕はもう一度、彼女に会いたかった。

今の記憶はただ彼女と同じ学舎へ……。

それが僕の進路希望なんだ。

……。

「お待たせ。待った?」

「ううん、今きた所」

「ベタベタだね。本当に待ってない?」

「適当に学校を見てたから、退屈はしなかったよ」

「そう……何も変わってないよね、見た目はさ」

「でも遊具は随分減ったよ。木のアスレチックや鉄棒遊具……」

「撤去されちゃってるね」

「校舎内への無断立ち入りも禁止だからね」

「え、校庭入っちゃって大丈夫だったの?」

「田舎だからね。大丈夫だよ」

「ふふっ……この雰囲気、久しぶりだなあ」

のんびりと背筋を伸ばした彼女。

まだ暑くなりきっていない季節の夕方。

彼女の横顔は、優しい。

「はあ……懐かしいなあ。学校」

「ね」

「君は地元だったでしょ?」

「こっちの道は中学以降ほとんど来なかったからさ」

「そうなんだ。あ、後で駄菓子屋行こうよ!」

「去年だったかな……潰れたよ」

「そう……なんか寂しいな」

「時間の流れだから、ね」

「……私たちも同じように時間が流れたんだよね」

「もう二十年、時間が流れたなんていまだに信じられないけど」

「精神年齢は四十歳近くかな。僕ちゃんはまだお子様みたいだけど、くすっ」

「女だって、一年生の時から胸が成長していないみたいじゃないか」

「久しぶりに蹴ってほしいのかな?」

「……冗談」

「じゃんっ!」

「あ……リボン? わざわざ、持ってきてくれたの?」

「うん。さすがにもう頭には結んでないけどさ……貰った時、嬉しかったから」

「でも他にも誕生日やクリスマスプレゼントは結構あげたよね?」

「どれも嬉しかったよ。例えば……」

「?」

「忘れちゃった。なんだか記憶がポッカリ抜けてるみたい」

「記憶……」

「……ううん、今はいいんだ。目の前に僕ちゃんがいるから」

「女……」

小学校が赤く染まる。

まだ陽は沈まず、校庭の真ん中で空を見つめている僕たちを照らしている。

「ね……ちょっと遊ばない?」

「遊ぶ? どこか今から出かけるの?」

「違うよ……せっかくの小学校なんだか、ね」

「なんだか、ね」×
「なんだから、ね」○



「かくれんぼしようよ。小学生に戻ったみたいにさ?」

「かくれんぼって……この校庭で? 」

「うん。なんか、そんな気分」

「広いだけで隠れる場所なんて無いよ? 校舎裏だって通りが真っ直ぐで見通しもいいから……」

「そうだったっけ? 一年しかいなかったからわかんないや」

「校庭だったら、鬼ごっこやダルマさんが転んだ、とか?」

「あははっ、鬼ちゃん鬼ちゃん」

「?」

「あ、やっぱ覚えてない?」

「まったく」

「……ま、いいんだ。じゃあさ……」

僕「
女「
じゃなくなったのは何か意味があるのかな

「久しぶりに走りたい」

「お、鬼ごっこかな?」

「えへへー、じゃんけんするー」

「じゃんけん……ぽん」

「あ」

「女が鬼か。僕に追い付けるかな?」

「……僕ちゃん、足だけはそこそこ早かったもんね」

「今度は転ばないよ」

「ふふっ」

「じゃあ……よーい」

「ん……」

ギュッ。

「……」

「えへへ」


「……これじゃあ追いかけっこにならないよ」

「逃げない僕ちゃんが悪い」

腕がまた一段と僕の背中を締め付ける。

これを振りほどくなんて、僕にできるはずもなくて。

「合図する前だったのにさ」

「知らない、そんなの」

「こんな場所で……誰か見てたらどうするの?」

「田舎だから、誰もいないんでしょ?」

ギュー。

「可愛い」

「……知らない、バカ」

回した腕で、背後をドンッと叩かれる。
心臓を通して、心地いい打撃音と衝撃が彼女がいる胸の側にも響いたんだろうか。

「いたた」

「ふん、だ」

胸に顔を埋める彼女の顔はもう見えない。

そこに笑顔が隠れている事を説明するのも、多分これが最後だろう。

「あのさ」

「なーに?」

「もし僕が鬼になってたらさ」

「うん」

「女は僕の前から逃げた?」

「んー……全力で」

「全力だとちょっとショックなんだけど」

「ふふっ、全力でここに飛び込んでいたよ?」

「どっちでも変わらないじゃん」

「だって……ねえ?」

「?」

「僕ちゃんから離れると寂しくなるから……」

僕は、もう話さない。

「……なんてね」

ほら。

僕が説明しなくたって、彼女は笑顔なんだ。

十年前、一番新しい記憶に飛び込んで来た彼女の微笑みが。

この時間の中心で、僕をまた一年生にしてくれる。

「……鬼ごっこ、向いてなかったね」

「みたいだね~」

そろそろ夕焼けが沈んでいる。
もう少しすれば校舎の赤は消えてしまうだろう。

青紫の空も、僕たちの姿を少しでも隠そうと……段々に広がってくれている。

「本当に、もう一度会えてよかったよ。女と一緒に通っていた……」

言葉と共、もう一度彼女を抱きしめる。

「うん……私、帰ってきたんだよね」

「そうだよ。僕たちの町に、帰ってきたんだ」

……。

今は、これでよかったんだろう。

記憶の謎や僕たちがこの時間に来た訳……

彼女が僕と同じ学年になった理由……。

僕は何も不思議に迫ってはいなかったけど。

でも。

(別にいいんだよ……)

涙が出てきた

おまいさんストーリー書いてくれ
一緒にゲームを作ろう

(僕には彼女がいるから)

「……次は僕ちゃんが鬼だよ」

(一緒にいられる幸せを知っているから)

「ふふっ、全力で逃げるからね?」

(その言葉が終わっても、僕は彼女から腕を離さない)

「私の事を……」


彼女の言葉は、僕には聞こえなかった。


ただ紫の空に浮かんでいる小さな三日月だけが僕たちを見つめ、それを聞いていた。

校舎に背中を向けて、僕たちは歩き出した。

手を繋いで空を見つめながら……。

僕たちはゆっくりと小学校から離れていく。


校舎が、静かに月色に染まり始めている。

十年前と何も変わらない光が、思い出の教室を優しく照らしていたのを……僕たちは知らない。

まず、時間かかってすいませんでした。

都合上書けなかった部分が多いですが……。

その間で、心情の変化や時間の流れなどを少しでも感じていただければありがたいです。

読んで下さった方、保守して下さった方ありがとうございました。

>>870
ゲームは好きです。
作るのはとても難しそうなんであくまで将来の夢的な……何か書いていたいな、とは思います。

書ききれなかった部分は適当に断片だけを……。
活発ちゃんとか隣とか。

サウンドノベルは好きなんで、そんな感じで次を書けたらなあ、と。


運動会の時とかの 「」 で名前が消えたのは、二人だけの世界、って表現でした。

タイトルの「つかまえて」は女の最後のセリフのとこだよな



なんか久しぶりにぐっときた
地元の友達たちに会いたくなったんで会いにいってくるわ

>>1よ、酉だけでいいんでつけてくれ

そして今まで書いたSSを教えてください

スレ内でどうしても終わらせたかったんで、色々カットです。

弟くんは無事に生まれました。

誤字と表現が簡素なのはすいません。

あと、彼女と同じ学年になった理由は今回だけでもわかるかも。

次に書くとしたら……製作速報?

同じ学年になった理由?
誰か解説を

もし将来サウンドノベルを作るのなら、俺も協力したい
音楽が必要なら楽曲製作の担当はできるぞ

>>895
ハルヒSSだけですが。

国木田「お互いに嘘を言いながら付き合って、幸せなのかな」

朝倉「ただ月が綺麗だったから……」

>>899
でもヒントを一割くらいしか書いてなかった記憶しかないので、すごくわかり辛いと思います……。
次の機会にまた書ければ。


>>900
吉里吉里やツール系の知識も技術もゼロなんで、自分は多分文字を書いてるだけです。

好きだけど、次を書いてもスレ内でそれっぽく表現するだけしかできないですや。

てすて

製作速報見てきたけれど、もう一度最初からやりなおすスタイルなら、パート化するのを防ぐためにも向こうのがいいのかな?

おつかれさま!
製作速報、よくは知らないけどdat落ちとかが無いみたいだし、
追いかける側としても、"楽"っていうのはあるかも。

あと、ゲームも技術はあるけど、文章とかアイデアが無いって人も少なくないから
気が向いたら募集とかしてみれば、案外簡単に出来たりするよ

タイトルの 小学校で はなんなの?

>>906
なるほど、そういう募集もあるんですね。
探してみます。

ただ>>870の言うゲーム作りにも正直な所興味があったり。
よければお話だけでも聞けたら、と思ってます。

>>910
最後辺りで、僕の書いてないセリフ後ろに「小学校で」が入ります。
彼女のセリフは>>893の通り。

他にも意味はあるけど、お話の流れでこれだけ。


お仕事のため眠ります。

付き合ってくれて本当にありがとう。

全体的に携帯小説みたいな感じですが生故に。

次は書き溜めしてしっかり表現まで根回しするか、投下またチクチク書くのか。

ちょっと迷ってますけど。

懐かしい気分になったとか、夢に出てきたとかノスタルジックな気分になってもらえれば幸せです。

とりあえず、おやすみなさい。

書くときは製作速報かと思います。

元気があったら、明日か明後日にでも。
ハルヒSSの方も書いてる途中なんで何とも言えませんけど……。

>>1
楽しみにしてる

わりと本気でゲーム作ろうと考えてるんだがまあその話はいつか

あと酉つけてくれ

>>951
わりと本当に、楽しみにしてます。


今読み返すと、やっぱり表現があっさりな部分多い。
反省。

転載禁止って、やっぱり言っておいた方がいいのかな?


製作速報に立てました。

このSSまとめへのコメント

1 :  SS好きの774さん   2014年01月24日 (金) 03:46:36   ID: BZ-Mqj6H

とても良かった。

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