唯「あ、けいちゃん先生!」桑田佳祐「はいはい。」(1000)

※このSSでは、桑田佳祐に対しての主観的要素が混じっています。


深夜の半蔵門スタジオ。やさしい夜遊びの収録を終え、桑田はコーヒーを飲終えるまでの短い休憩に身を委ねていた。

スタッフ「桑田さん、お疲れさまでしたー!」
桑田「お疲れ、ありがとね。」

労いの言葉に一瞬の安堵を感じるが、桑田の仕事はまだ終わっていない。
この後は青山のスタジオへ移動。到着し次第、10月に発売するアルバムの為の作業に入らなければならない。

また、今年度はアルバム発売に伴っての5大ドームツアーも控えている。
今年もまた一瞬で過ぎてしまうのだろう。

桑田はコーヒーを飲み干すと、スタッフ達に「お疲れ!」と声を掛け、まだ撤収作業で騒がしいスタジオを後にした。

サザンオールスターズとしてメジャーデビューしてから30年以上が過ぎた。

青山学院の音楽サークルとして、ただ楽しくてやっていた音楽。
クラプトンに憧れ、ビートルズに憧れ、リトル・フィートに憧れ、講義にも出ず音楽に没頭した毎日。

それがいつの間にかサザンオールスターズとしてメジャーデビュー。
大学はその流れで除籍。

今は、ただ楽しいだけで音楽をやっている訳ではない。
時にはビジネスとして考えなければならない。増えすぎたファンの気持ちにも答えなければならない。

そして何より、一番考えなくてはならないのは、一人歩きしてしまった‘サザンオールスターズ’そして‘桑田佳祐’という名前の大きさと、等身大の自分との葛藤だった。

売れて当然、名曲を生み出して当然。
月並みだが、当事者にしかわからない重圧が両肩にのし掛かる。
もちろん、音楽で食べていく事を決めた時点で、それは覚悟すべき事であった。

・・・しかし、果たして今の自分にとって本当に音楽は楽しい物なのだろうか。

どうしても時々、そんな自虐的な考えが脳裏を過る。

ただ楽しくて、音楽をする為に生きていたかのような昔の自分。
・・それが、今。
必要に駆られて、自分ではない何かの為に、それ以上にまるで生きるために音楽をやっているかのような自分。

先ほど飲んだコーヒーの味が、まだ口の中に残っている。
唾と同時にそれを飲み込むと、少し冷静になったかのような感じがした。

桑田(…考えるのはよそう)

いくら考えても、掘り深まるばかりで状況は何も変わらない。
桑田は移動中の車の中で目を閉じると、青山に着くまでの時間を仮眠に使い、少しでも疲れた身体を癒す事にした。

いつからだろう。
周囲は自分の事を大御所だと言う。
いつからだろう。
街を歩くだけで、自分にとって日本は世界で一番危険な国になる。

等身大の目線。
それが何なのかわからなくなる。

意識が段々と遠くなって来た。
良かった。少し眠りに就ける。

眠っている間は、余計な事を考えずに済む。
眠っている間は・・・。

(…先生!)

(……桑田先生!!)

桑田「…ん?」
さわ子「桑田先生!もう、赴任一日目から居眠りですか?」
桑田「ふ、不倫?」
さわ子「赴任です!…同じ音楽教師として、今日一日桑田先生の研修をご指導させて頂く、山中さわ子です。よろしくお願いしますね。」
桑田「んなぁ?」

さわ子「ええ、うちの高校、なかなか音楽室の設備が良いんですよ?…準備室はちょっとアレですけど…さぁ、案内しますから、付いて来て下さい?」
桑田(俺は青山に向かっていたんじゃなかったか…その前に、教師?俺が?)
さわ子「こちらですよ。」
桑田(ドッキリか?その辺でユースケ見てるんじゃないか?)

桑田は現在の状況が飲み込めていなかった。飲み込む方が無理と言う話か、先程までは確かにマネージャーの運転で青山に向かっていた筈なのに、仮眠して起こされたかと思うと見知らぬ学校で「先生」等と呼ばれている。
教職免許など持ってはいないし、そもそも自分は大学除籍だ。一体何が起きているのか、桑田には理解できなかった。
ただ、何となく感じる「通常ではない事態」の匂いを必死で否定する為、なにかしらの番組の企画ではないかという疑いに期待していた。

さわ子「…この階段を上った先が音楽室です。」
桑田(番組だよなぁ、何かの番組だよなぁ、打ち合わせも何もしてないけど、番組だよなぁ。)
さわ子「こっちが準備室なんですが…先に音楽室を案内しますね。」
桑田(番組なら何か面白い動きした方が良いか?)
さわ子「ほら、これ、兎と亀なんですよ?」
桑田「いやぁ、亀、亀かぁ。」

桑田「クリとリスなら面白かったんですけどねぇ。って何言ってんだ全くー。」
さわ子「・・・は?」
桑田(・・・意味わかってない!?いや、こういう企画か?)
桑田「あ、亀の方が好きなんですか?ははは」
さわ子「・・・おい桑田先生」
桑田「ハイ」
さわ子「どうされたんですか?さっきから様子がおかしいですけど・・・」
桑田「…すみませんが、トイレに行って来ても良いですか?」
さわ子「…えぇ、構いませんよ。トイレはそちらです。」
桑田「どうも。」

別に本当に用を足しにトイレに来た訳ではない。飽くまで状況を分析する為だ。

桑田(…そういえば、服も変わってるな、さっきまでは私服だったのに、スーツなっている。)
桑田(…持ち物は?)ゴソゴソ
桑田(これは…)

教員免許。取った覚えのない免許証を、何故か桑田は持っていた。名前もしっかり「桑田佳祐」と記載されている。

桑田(あの教師の反応は素人っぽいし・・カメラがある感じもしない。どういう事だ…夢か?そうか、夢だな。最近疲れが溜まっていたし…やれやれ。)

水道の蛇口を捻り、顔を洗う。刺激を与えれば目も覚めるだろう。

桑田「ふぅ。」

ハンカチで顔を拭い、顔を上げる。
自分のような他人のような顔が鏡に映った。

残った水滴を拭いながら、桑田はハッとして再び、今度は噛み付くように鏡を凝視した。
桑田(…そんなバカな…)
桑田(…)
桑田(若返ってる…!?)

鏡に映っていた自分の姿。
それは見知っていながらも懐かしさを感じる、妙な感じを覚える物だった。

22歳頃の見た目。
自分が、サザンオールスターズとしてデビューした頃のあの姿に、桑田佳祐は戻っていた。

桑田「みんな昔と顔変わってないって言ってくるけど、こうして見ると変わってたんだな、やっぱり。」

不思議な感覚だった。
まるで懐かしい人と、もう二度と会えないと思っていた人と再会したような、そんな感覚。
最初は嬉しさもあり、鏡をまじまじと眺めていたが、一つの事に気がつくと、桑田はガックリと肩を落とした。

これで、ドッキリの可能性はなくなった。

さわ子「あぁ、桑田先生、大丈夫ですか?体調がお悪いとか…」
桑田「…大丈夫です。」
さわ子「そうですか…。もし何かあったら遠慮なく言って下さいね。」
桑田「ありがとうございます。」(何かありすぎて困ってるんだけどなぁ。)

桑田(…)
桑田(…夢…夢にしては妙な気がする。いつまでも覚めないし、そもそもリアリティがあり過ぎる。携帯のメモリに知り合いの名前はなかったし、自宅にも繋がらなかった。一体これは…。)

鳥つけたら?

>>34
なんか恥ずかしいですけど、そっちの方が見やすいでしょうか?

さわ子「さぁ、先生それじゃあ…」
律「あ!さわちゃん!」
さわ子「田井中さん。おはよう。」
律「おはよ~。あれ、この人誰?」
澪「こら!初対面の人に対して‘この人’はないだろ!」

>>35
途中で抜けちゃうようなことのためにつけたほうが便利だと思うけど?まあ一般論でね

>>36
わかりました!付けてみます。


さわ子「そうよ、田井中さん、この人は新しい音楽の先生なんだからね。」
律「え?そうなの?」
澪「赴任して来たって事ですか?」
さわ子「ええ。また改めて紹介はあると思うけど、先に紹介しておくわね。音楽を担当する桑田佳祐先生よ。失礼のないようにね。」
澪「え、えと、秋山澪です。よろしくお願いします。」

律「田井中律で~す!よろしくなーけいちゃん!」
桑田「あぁ、よろしk…」
澪「こら!」ポカッ
律「いったぁ~…」
桑田「」
澪「先生に対して何て呼び方するんだ!全く!」
さわ子「もう、あなた達は誰に対しても変わらないのねぇ。ごめんなさい桑田先生、悪い子達ではないんですよ。」

桑田「あ、あぁ、気にしないで下さい。」(若いなぁ、ノリが。俺が歳を取ったのか…)
紬「あら、みんな。」
唯「おはよう~。」
梓「おはようございます!」
律「おお!なんかみんな揃ったなぁ!」

桑田「みんな?」
さわ子「あぁ、この子達、軽音楽部の部員なんです。」
桑田「軽音・・・」
唯「あれ?りっちゃんこの人誰?」
律「ああ、この人は新しく赴任してきた音楽の桑田佳祐先生だ!みんな失礼のないようにな!」
澪「お前が一番失礼だっただろ。」
律「あれ?そうだっけ?」

唯「そうなんだ~!はじめまして!平沢唯です!」
紬「琴吹紬です。」
梓「中野梓です。よろしくお願いします。」
桑田「よろしく。」(初々しいなぁ。)
唯「ねぇねぇ、けいちゃん先生!」
澪「はぁ、やっぱり律と唯は同レベルか…」
桑田「ん?」
唯「良かったら、私達の演奏聞いてって~!」

澪「こ、こら唯!」
律「あぁ~!良いかもしれないな。」
澪「り、律!」
梓「音楽の先生に聞いてもらうのは良いかもしれません!」
澪「梓まで…」
さわ子「こ~ら、あなた達桑田先生の都合も考えなさい?」
唯「え~?良いでしょ~?けいちゃん先生~!ねぇねぇー!」
律「けいちゃん先生~!」
唯「けいちゃん先生~!」
桑田(こ、こんな若い子達に頼まれたら・・・)
桑田「えー、山中先生、聞く時間ってありますか?」

さわ子「はい、問題ないですけど・・・」
唯「やったー!じゃあみんな!準備しよ!準備ー!」
紬「準備準備~♪」
梓(練習もこれくらいやる気出してくれれば良いのに・・・)
さわ子「すみません、我が侭を聞いてもらったみたいで。」
桑田「大丈夫ですよ。僕も軽音部だったので。」
さわ子「あら、そうなんですか?」
桑田「若い頃ですけどね。」
さわ子「あら、桑田先生まだ20代じゃないですか。」
桑田「・・・ん?」
桑田(・・・そうか!俺はここだと大卒の歳だ!)

さわ子「もう、桑田先生がそんな事言ったら、私も若くないみたいじゃないですか。」
桑田「ハハハ」
さわ子「やめて下さいね?」ギロ
桑田「」ビクゥッ
桑田(何か今視線が鋭くなったような・・・)
さわ子「全く桑田先生ったらぁ。」
桑田「・・・」(気のせいか。)

ジャラララーン!

桑田「…ん?」
さわ子「どうなさいました?」
桑田「いや、今の音…」

ジャラララーン!

桑田(ギブソンの・・レスポールスタンダード?女子高生が…?)

ジャラララーン!

桑田(間違いない・・女子高生があんなギターを持てる時代なのか・・・)

桑田(他の子達もみんな良い楽器を使ってるな・・俺の時代じゃ考えられん)

唯「準備オッケーだよー!」
律「よっしゃー行くぜー!」
紬「どうぞお茶でも飲みながら聞いて下さい♪あ、お菓子もありますよ。」
さわ子「全くあの子達は…。あ、先生どうぞここに座って下さい。」
桑田「あ、はい。」
律「よし、じゃあ曲は…」
唯「ふわふわ時間!」
桑田(ふ、ふわふわ…?)

(演奏中)

桑田(…曲名を聞いた時はどんな物かと思ったが…)
桑田(…演奏は上手いとは言えないが…)
桑田(楽しそうなバンドだ…。)
桑田(今時こういうバンドは少なくとなった気がするな…)
桑田(…いや、メジャーに長く居たせいでそういうバンドが近くにあまりいなくなったのか…)
桑田(楽しそうな演奏、か。)
桑田(…俺は出来てたかな、サザンでも、ソロでも…。)

桑田(いや、出来てた筈なんだ、サザンで、楽しく音楽が・・)
桑田(この子達と同じように・・)

ジャジャ、ジャーン!

唯「いぇーい!!」
澪「…ふぅ。」
律「どうだった?先生!!」
桑田「…」
梓「…あれ…」
紬「…だ、ダメだったのかしら…?」
さわ子「桑田先生?」
桑田「え、あぁ、すみません。…何と言うか、あんまり上手くないですね(笑)」
律「バッサリだー!」
桑田「あー、あー、でもね。」
唯「でも?」
桑田「一緒に混ざりたくなっちゃったな。」
梓(あ・・・)
桑田「あまりにも楽しそうに演奏するもんだから、上手い下手が気になったのは最初だけだったよ。」

梓(私が最初に軽音部の演奏を見た時と同じかも・・・)

唯「えへへ。」
律「はは、楽しそうって言われるのが一番嬉しいかもな!」
澪「そうかもな。」
紬「ふふ♪」
梓(演奏は上手くないって言われたけど…まぁ良いか。)
さわ子「確かに…。」
桑田「え?」
さわ子「技術以外の何か。それがこの子達の武器かもしれません。」
桑田(技術以外の何か…。)

律「よっしゃー!この調子で武道館まで突っ走るぜー!」
唯「おー!」
桑田「ぶ、武道館・・ねぇ。」
律「おう!有名になるぜ!」
唯「けいちゃん先生!今のうちにサイン貰っておいた方がいいよ!」
澪「こら、二人とも!」

どの程度まで本気なのかいまいち掴めないが、少なくとも今現在彼女達が心から音楽を楽しみ、真っ直ぐに活動している事は桑田に強く伝わっていた。
しかし同時に、軽音部であった頃の自分と現在の自分。
同じ自分でありながら音楽への向き合い方が正反対になってしまった事が、彼女達によって浮き彫りにされてしまったような気もしていた。

桑田(…ところで。)
桑田(これは夢なのか、何なのか…いつになったら元に戻れるんだ、俺…。)

桑田「それにしても」
唯「どうしたの?」
桑田「女子ばかりの軽音部も珍しいよなぁ。」
澪「え?」
律「おいおいー、何言ってんだよ先生~。」
紬「うふ、そうですよ?」
桑田「え?」
梓「うち、女子校ですよ?」

桑田「え?」
さわ子「…もしかして、知らずに赴任して来たんですか?」
桑田(いや、知らずにも何も…)

桑田「…マジで?」
唯「けいちゃん先生天然~?」
澪「唯には言われたくないだろ…」

桑田(…やっぱりもうちょっと戻らなくても良いかも…)

自分の置かれた状況に混乱しつつ、‘女子校’のワードにはしっかりと反応してしまう、正直な大御所ミュージシャン、桑田佳祐であった。

(放課後)

桑田(結局、目が覚める気配はないか・・明日から授業を開始しなきゃならないみたいだし・・・俺授業なんて出来ないぞ。)
桑田(・・・とりあえず帰るか・・)
桑田(・・・?)
桑田(帰るって、どこに・・!?)
桑田(・・・お、保険証。)
桑田(・・この住所に行けば俺の家か・・野宿は間免れたな。)
桑田(よし、帰ろう。)
唯「あ、けいちゃん先生ー!」
律「おお、先生帰るの?」
桑田「疲れたからなぁ」
唯「ねぇねぇ、先生って音楽の先生って事は何か楽器できるのー?」

澪「唯、先生帰るって言ってるんだから引き止めちゃ悪いだろ。」
律「良いじゃん澪ー。ちょっとくらいさぁ。」
澪「全くお前たちは・・」
唯「先生どうなのー?」
桑田「まぁ出来るけど・・。」
唯「本当!?」
桑田(うわ近い近い!顔近い!)
律「何の楽器できるの?」
桑田「メインハギターだけど、ベースとドラムとキーボードも、まぁそれなりには。」
唯「えぇ!?凄い!一人でバンドできそう!」

澪「マルチプレイヤーだったのか・・・」
律「すげぇ!これまでギターしか指導できる人いなかったけど、これからは全部教えてもらえんじゃん!」
澪「へ?何を言って・・・」
唯「けいちゃん先生!演奏してる所見せて見せてー!」
桑田(う、腕を、腕を掴むな!)「わかったわかった、イク、イクよ。」
唯「やったよりっちゃん隊員!」
律「うむ!よくやった!!」
澪「お前ら・・・」

(音楽準備室)

唯「じゃあ、まずはギターから!」
桑田「はいはい」(お、さっきのギブソンだな。)
唯「ギー太っていうんだよ!」
桑田「ギ、ギー太?」(なんて捻りのない・・・)
梓(ワクワク)
桑田「じゃあ・・」(ギターソロ)
唯「おぉ!?なんか凄い!」
澪「う、上手い・・」
律(ていうか、ほとんどプロ並じゃん)「これ、何の曲のソロなんだ?アドリブ?」
梓「ベル・ボトム・ブルース・・・」
唯「ファイブ・フィンガー・フレアボムズ!?」
梓「違います!ほとんど原型残してないじゃないですか!!エリック・クラプトンの名曲ですよ!」

桑田(思っていた以上に良い音が鳴るな。・・・ん?ポケットの中に・・ボトルネック?)
桑田(まぁ良いや、ドブロじゃないけど、ノって来たしやるか!)

梓「スライドギター!」
唯「なんか不思議な音がするー・・・」
梓「主にブルースに多い奏法ですよ!でもこの曲・・なんの曲だろう?」
律「梓も知らない曲なのか?」
澪「でも、良い曲・・・」

※ちなみにBLUE HEAVENを弾いてます。

桑田「ふう、こんなもんでどうだ?」

パチパチパチパチパチ!!!

桑田「ありがとね。」
梓「凄いです!先生!!」
澪「なんか・・・初めて正統派のギターを聞いた感じだ・・」
唯「さわちゃんくらいしか知らなかったもんねぇ。」
梓「先生!ギター教えて下さい!」
唯「あ!私も!」
桑田(だから近い近い!こちとら原坊しか知らないんだから免疫無いんだって!)

律「ていうかさ。」
唯「ふぇ?」
律「けいちゃん先生も顧問になってくれれば良いんじゃね?」
唯「おぉ!それ良い!りっちゃん天才!」
梓「賛成です!律先輩(たまには)良いこと言いますね!」
澪「お、おいみんな先生の事情も考えて・・・」
律「でも澪ー、先生が顧問になってくれたらベースも教えてもらえるんだぜ?」
澪「う。」
紬「一気にレベルアップするかも!」
唯「けいちゃん先生!是非是非顧問になってくだせぇー!」
律「おねげぇしますー!」
紬「お願いしますー♪」

桑田「そう言われてもなぁ・・」(もし夢だったら、いつ覚めるかわからないからなぁ・・)
唯「先生!」ズイッ
桑田「うお!」
唯「さっき一緒に混ざりたくなっちゃったって言ってたじゃん!」
桑田「・・・」
唯「一緒にやろうよ!けいおん!」
桑田(・・・この子達と音楽か・・)
律「そうそう、退屈はさせないぜ?」
澪「悪い意味でもな。」
桑田「そうだなぁ・・」

ガラガラガラッ

さわ子「ひどいわみんなああ!!」
唯「さわちゃん!?」
さわ子「そうやって上手い先生が来たら心変わりしてしまうのね!?ああああー!信じられないー!人間なんて信じられないわぁー!!」

律「さ、さわちゃん・・」
唯「さわちゃん、私達別にさわちゃんの事要らないって言ってた訳じゃ・・」
梓「そ、そうですよ!顧問が二人だって問題ないじゃないですか!」
さわ子「うそよぉー!そうやって甘い言葉を囁いて着かず離れずで生殺しするのが人間なのよぉー!彼氏にも友達にも裏切られて・・とうとう教え子にまでぇぇぇ!」
桑田(こ、こんなキャラだったのか・・)「俺、顧問にならない方が良いんじゃない?」
紬「大丈夫ですよ♪」
桑田「でもなぁ。」
さわ子「うわあああああん!」
桑田「あれは・・・」
紬「山中先生♪」
さわ子「なによぉ!慰めなんて要らないわ!」
紬「お茶にしませんか?」
桑田「あんな事で機嫌が・・・」
さわ子「・・・うん。」
桑田「直った!」

さわ子「そうねぇ、顧問も二人いた方が役割分担出来るし、考えてみればなんのデメリットもないのよね。

律「さわちゃんが早とちりするから。」
さわ子「う、うるさいわねぇ。」
唯「でも良かったぁー、くわっちょ先生が顧問になってくれて。」
梓「これで練習が充実しm」
紬「お茶とお菓子はみんなで囲んだ方が美味しいものね♪」
梓「」ガーン
律「女子高だし、男がいるのも新鮮だしな。」
梓「ちょっと、もっと練習に向けたお話をしましょうよ!桑田先生も・・」
桑田「美味しいねこのロールケーキ」
唯「軽音部だと毎日お菓子食べられるよー!」
梓「にゃ!?」
梓(せ・・せっかく・・せっかく練習の効率が上がると思ってたのに・・・こんなのって・・こんなのって・・・)

その後、桑田はドラム・キーボードをそれぞれ演奏して見せ、その熟練されたセンスから繰り出されるプレイで軽音部員からの喝采を浴びた。
しかし、笑顔の軽音部の中一人だけ、澪だけが涙を流してしまう事になる。

桑田「いや、さすがにレフティは弾けないなぁ。」
澪「そんなぁぁぁ先生、そこをなんとか・・」
桑田「そう言われても困ったなぁ・・」
律「人間諦めが肝心ですわよ澪ちゅわん。」
澪「・・・う。」
桑田「う?」
澪「・・・・うわあああああん!みんなだけずるいー!!」
桑田「こ、困ったなぁ・・・」



さわ子「・・・」

唯「じゃーねーくわっちょ先生、また明日ー!」
律「ばいばいー!」
紬「さようなら!」
梓「明日もギター教えて下さいね!」
澪「ぐすっ・・」
桑田「明日俺のベース持って来るから。」
澪「!・・本当ですか!?」パアァァ
桑田「あぁ。」
澪「楽しみにしてます!」
律「おーい澪、置いてくぞー。」
澪「い、今行くー!・・それじゃあ先生!」
桑田「ほいほい。」

桑田「・・ふう。」

忙しく帰っていく軽音部員。その後ろ姿を見ながら、桑田は何とも言えない充実感に駆られていた。
顧問という形ではあるが、また高校の軽音部として活動できる事が予想外に嬉しく、楽しかったようだ。

そして彼女達の背中が見えなくなり、そろそろ自分も帰ろうかと校舎に入ろうとした所、桑田はさわ子に呼び止められた。

さわ子「桑田先生?」
桑田「山中先生。」
さわ子「一日で仲良くなっちゃったみたいですね。」
桑田「振り回されっぱなしですけどね。」
さわ子「ふふ・・でも満更でもなさそうですよ?」
桑田「そうですか?」
さわ子「ええ、ふふ・・」
桑田「そうかぁ・・」
さわ子「桑田先生。」
桑田「はい。」
さわ子「あなた、何者なんですか?」

桑田「はい?」
さわ子「今日、あなたの演奏を見せてもらいましたが・・」
桑田「・・・」
さわ子「とても20代の演奏には思えないんですよ。」
桑田「そうですか?」
さわ子「あの子達は純粋に凄いとしか思っていなかったようですけど・・」
桑田「・・」
さわ子「私には不気味に感じました。」
桑田「・・・」
さわ子「演奏技術云々ではなく、まるで何十年も楽器に触り続けて来たかのような熟練された技術。老獪と言っていいくらいの・・・」
桑田「・・・」
さわ子「あなたなら簡単にプロになれるでしょう?どうしてこんな所にいるんですか?」

桑田「うーん、どうしてこんな所にいるのかは、俺が知りたいくらい・・」
さわ子「え?」
桑田(やっぱり夢じゃないのか・・夢だったらこんな事にはならないだろうしなぁ・・)
さわ子「・・・」
桑田「演奏については・・うーん、何て言えば良いのかなぁ・・」
さわ子「・・・」
桑田「うーん・・」
さわ子(本気で考えてる・・・)
桑田「うーん・・・」
さわ子「・・・うふふ。」
桑田「え?」
さわ子「なんか面白い方ですね、桑田さん。変な勘繰りしてたのがバカみたい。」
桑田「はぁ・・」
さわ子「ごめんなさいい。私も一応あの子達の顧問で、担任でもあるんです。少し神経質になってたかもしれません。」

桑田「いや、別に俺は・・。」
さわ子「とにかく桑田先生がいればみんなのやる気も出るの思います。これから顧問として頑張って行きましょうね。」
桑田「そうですね。俺も久しぶりに楽しかったですから。」
さわ子「そうですか。良かった。」ニコ
桑田「それじゃあ、もう帰ります。今日はお世話になりました。」
さわ子「ええ、また明日。」

さわ子「桑田先生・・・」
さわ子「ちょっと素敵な人・・。」

川´3`)「♪雨は夜更けす~ぎ~に~♪雪へと変わる~だ~ろ~」

唯「わぁー!!すごーい本物だぁー!!」

律「でも声と容姿のギャップが・・・」

川´3`)「」

ただいま戻りました!
保守して下さった方々ありがとうございます。10分後くらいに再開します。

次の日。
外から聞こえて来る鳥の囀りと、聞きなれない目覚まし時計の騒音に桑田は目を覚ました。
時計を見ると、普段の生活では考えられないような時間帯。

桑田(あれ、俺はどうして目覚ましなんかセットして寝てるんだ・・・。)

桑田はけたたましく鳴る目覚まし時計を止めると、再び布団に入った。

桑田(今日の予定は・・あれ、そもそもどうして俺はこんな所で寝てるんだ・・スタジオに缶詰だったんじゃなかったか・・飲みにでも行ったかな。そんで酔ったままタクシーかなんかで家まで来ちまったのか・・)

桑田(・・・)

微睡みの中で、頭のどこからか新曲の構想が浮かび上がってくる。同時に、最近耳に入ってきた他のミュージシャンの楽曲が耳の裏辺りでぐるぐると巡る。

桑田(最近、瞬発的に良いと感じるミュージシャンを見ないな・・・)

桑田(ライブに行けばまた違った側面の良さを知れるのかもしれないが・・)

桑田(いかんせんライブに行く気にさせてくれるミュージシャンもほとんどいない・・)

桑田(・・・あぁ、でも、あのバンドはよかったな、ガールズの・・)

桑田(聞いてるこっちまで楽しくなるような・・気付いたら一緒にリズムを刻んでたのは久しぶりだった。)

桑田(なんて言ったっけな。あの曲は・・)

桑田(えーと・・)

‘ふわふわ時間!’

ガバァ!

唐突に頭に響いた声が、桑田の体を一気に起き上がらせた。夢なのか現実なのかわからない、説明しようのない誰に話しても信用されないであろう昨日一日。

布団から出ると、本来の自宅とはかけ離れた、独身男性の匂いのする室内が、目に飛び込んで来た。
鏡を見ると、20代前半に若返ったままの自分の姿が映し出される。

桑田(夢じゃなかったのか・・そうだよな、夢の中でも眠るなんて今時ラジオのネタにもならない・・だけど、じゃあ今、一体俺の身に何が起こっているんだ・・)

ふと時計を見ると、時刻は朝七時を過ぎようとしている頃だった。

桑田(・・俺は教師なんだっけな。そろそろ学校に行かなきゃまずいか・・。)
桑田(今日はベースを持っていかないとな。)

不思議な事に、室内には桑田が以前桑田が所有していた楽器が幾つか置かれている。こういうご都合主義的な感じは、まさしく‘夢’なんだけどなぁと思いながら、桑田は身支度を整え、ベースを担ぎ部屋を後にした。

(昼休み)

不安だった授業も、さわ子がサポートしてくれた事もあり何とか乗り越えることが出来た。昼休みを迎えた桑田は、とりあえず自分が置かれた状況を少しでも理解する為校舎内の見回りをしていた。

桑田(と言っても、校内は特に変わった感じはしないなぁ。妙に校舎が洒落た作りってくらいしか目につかない。)

学校に着く前、桑田はコンビニで財布と自分の預金口座を確認していた。
驚く事に、財布も講座も以前のまま。とりあえず生活していくには充分過ぎる事に多少の安堵はあったものの、その事実は桑田の混乱を余計強い物にさせた。考えれば考える程、頭の中がゴチャゴチャになって行く。

桑田(駄目だな。考えたってしょうがない。ちょっと頭を冷やすか・・)

そう思い、桑田はベースを担ぎ音楽準備室へ向かった。

桑田のベースから発せられる小気味いいリズムが準備室の床に、壁に振動する。楽器を演奏している間は、何も難しい事を考えずに済む。
一見すると、それは響き良く思えるのだが、実の所そうでもない、と桑田は感じていた。

音楽をやっている時は、何もかも忘れている。

若い頃、サザンとしてデビューする前、デビューしてしばらくは‘気付いたらそうなっていた’という感じでいつの間にか極自然発生的にその自覚があり、変に意識してその感覚が生まれている事は無かった。

しかし、いつの頃からか桑田は音楽だけをやっていればいい立場ではなくなっていた。

業界のしがらみ、ルール。その中を生きていく為の、自分のキャラクターの確立、その中を生きていく為の立場の開拓と死守。

どうして自分は、四六時中そんな事を考えているのか。
桑田は答えの出ない問いから逃れる意味もあり、桑田は音楽に没頭した。

その内に、桑田が音楽をする理由、ミュージシャンである理由は、‘音楽が好きだから’とは少し違った物になって行ったように思えた。

‘音楽をやっている時は、何もかも忘れている。’
それがいつの間にか、
‘音楽をやれば、何もかも忘れられる。’

そんな風に、ゆっくりゆっくりと変わってしまっていたのだ。

それが良いことなのか悪いことなのか、それを判断する事にも気がつかないくらい、ゆっくりと、自然に。


ガチャッ

桑田「ん?」

梓「あ、・・失礼します。」

桑田「ああ、梓ちゃんか。」

梓「聞きなれないベースの音がしたので・・」

桑田「ああ、勝手に入っちゃまずかったかな?」

梓「そんな事ないですよ、顧問なんだし。」

桑田(顧問、come on、肛門・・使えるな。)

梓「先生?」

桑田「あ、はいはい。」

梓「先生も、やっぱりバンドとかやってたんですか?」

桑田「あぁ・・大学時代に。」

梓「じゃあ、最近までやってたんですね。」

桑田「あー、そういう事かな」

梓「大学の軽音って、やっぱり楽しいんですか?レベルの高い事も出来そうだし・・。」

桑田「大学の頃は好き勝手やってたからなぁ・・楽しかったけど。」

梓「そうですか・・。」

桑田「レコード一枚買うのにみんなで金出し合って、順番に回しながら聞いたりね。そういうのも楽しかったのかもなぁ。今じゃ考えられないかもしれないけど」

梓(レコードって・・いつの時代の話を・・)「先生。」

桑田「はい」

梓「バンドの・・軽音学部の楽しさって、何だと思います?」

桑田「楽しさ?」

梓「はい。」

桑田「いきなり言われてもなぁー・・今、楽しくないの?」

梓「いえ、楽しいです・・先輩達みんな良くしてくれるし、充実してます。」

桑田「なら、良いんじゃない?」

梓「そうじゃないんです!・・確かに毎日ここで部活して・・楽しいなって思えるんえすけど、それはお茶してお話したり、帰りにどこかで何か食べながら帰ったり・・そういうのなんです。なんか、それって、軽音部の楽しさとは違うんじゃないかって・・・」

桑田「うーん。」

梓「もっとたくさん軽音楽部っぽい事をしないと、本当の楽しさがわからないような気がするんです。私も、先輩方も・・」

桑田「軽音部っぽい事ねぇ・・」

梓「はい・・。」

桑田「けど、ライブもやってるんだろ?」

梓「はい。文化祭とか新歓で・・あと、ライブハウスでもやったりしました。」

桑田「良いじゃん、軽音部っぽいじゃん。」

梓「そ、そういうんじゃなくて!」

桑田は、何となくこの子の言いたい事はわかっていた。要するにもっと練習やライブをこなして実力と場数を踏んで行きたいんだろう。しかし、それに対して気の利いた言葉も特に思いつかず、顎の下に手を置き梓に何と言おうかを考えていた

梓「・・・」

そんな桑田の様子を見てか、梓も何とも言えない表情で何処を見るでもなし、桑田が抱えているベースの辺りに視線を泳がせていた。

桑田は無意識に、思考を円滑にする為適当にベースラインを刻む。すると梓は表情を少し変え、ベースの音色に耳を傾けた。

梓のその様子を見て、桑田は一つ、ある事を思い演奏のスタンスを変えた。アマチュア、少なくとも学生レベルではないレベルの派手なプレイを見せる。梓は、当然瞬時にその演奏レベルに反応。聞き入るというより、桑田の演奏に見入ってしまっていた。

桑田(演奏を終わらせ)「よし!どうだ!!」

パチパチパチ

梓「す、凄い!凄いです!こんな凄いベース・・目の前で見た事ありません・・・!」

桑田「そう?アリガト。」

梓「本当に・・凄いです・・!」

桑田「このレベルの演奏は、確かに仲間と馴れ合ってるだけじゃ出来るようにはならないだろうな。」

梓「はい・・そうですよね。やっぱりお茶してる時間があったらもっと練習を・・」

桑田「いや、そうじゃなくてさ。今のもそうだけど、例えばギターの早弾きなんかもみんなとじゃ出来るようにはならないと思うんだよね。」

梓「・・?どういう事ですか?」

桑田「俺は、‘楽器’の練習だけだったら自分の部屋で、一人でやっちゃう。そっちの方が効率良いし、ていうかこういう細かい技はそうじゃなきゃなかなか出来るようにはならないしな。」

梓「・・・」

桑田「そもそも仲間で集まって練習しようって時は、まぁ少しは個人練の時間はあるにしても大体は合わせたり、アレンジ加えたり、ライブへ向けた話し合いだったりそういうのがメインだろ?」

梓「・・はい。」

桑田「面白いのがさ、俺のバンドのメンバーも、集まって練習って時なかなか真面目にやらないんだけど、集まる度に何かしら新しい技とか練習して来て、それを自慢げに見せてきたりするのね。んで、みんなそれ見て“おー!”なんて言ったりして。」

桑田「それ見ちゃうとね、悔しいもんだから俺も家で練習するんだよ。タブ譜なんてないから無理矢理耳コピして。後でタブ譜見たら全然違うのね(笑)」

桑田「で、そんな風に、集まってる時はバカばっかりやって遊んでるけど、何ていうのかな、対抗心とか、あと“どうだこのプレイ!”みたいな感じで仲間に自慢したいって気持はみんな持ってたから、楽器はそれなりに上手くなって行ったんだよね。」

桑田「でもまぁ、その内それが‘仲間に自慢したい’って気持ちから‘誰か他の人に見せたい’って気持に変わって行くんだよ。それは、誰かを楽しませたいとかそんな崇高な気持じゃなくて、変な話だけど“自慢”の延長線上としてね。」

桑田「で、いざライブに向けて合わせるとグダグダだったりね(笑)それまで覚えた技とか入れる余裕無いの。合わせる事にばっか気取られちゃって。」

桑田「けど、何て言うのかなぁ。練習してなかったとは言っても、やっぱバンドの仲間として一緒にずっとバカやってる集まりだから、チームワークは良かったんだよね。
漠然とだけど、‘コイツらとなら上に行ける!’みたいな気持ちがあったりだとか、いざライブやった時に凄く一体感があって。」

桑田「そんな、ある意味ノリだけで演奏しちゃってた伏もあるから今になって考えると凄く酷いライブになってたと思うんだけど、曲が終わると‘ドワァーッ’と歓声や拍手が押し寄せて来たりしてね。
お客さんそっちのけだったのに不思議なんだけど。」

桑田「けど、考えてみたらライブわざわざ見に来るお客さんってのは、当然なんだけど音楽好きなんだよね。
音楽ってのは演奏技術の高さを楽しむってのももちろんあるんだけど、やっぱ耳で聞いて、感じて、それがそれだけ楽しいかなんだろうなぁって思うんだよ。
それはもう楽器を通してだけじゃ伝わんないよね。ライブやってる俺らが楽しくなきゃ。」

桑田「まぁ俺らみたいな“不真面目な楽しさ”じゃなくて、
もっと真剣に音楽を楽しんでる人たちは当時も今もたくさんいるけど、
少なくとも俺にとってはそれがベストだったんだろうなぁ。
集まった時に、音楽仲間ではあるけど悪友みたいな付き合いして、
で、そのみんなとライブやるってのが凄く楽しくてね。」

桑田「んで、曲が終わって、
感情が高ぶってもうわけわかんない言葉をお客さんに叫ぶんだよ。
そしたらまた“うおー!”って歓声が返ってくるもんだから、
それに対してまた叫んだりして(笑)」

桑田「俺はそれが・・・」

桑田「バンドの楽しさだと思うなぁ。」

梓(・・・!)

桑田「楽器が上手くなって嬉しくて、それを仲間に見せて優越感があって、
最後にそれをお客さんに見せて、それまでの事もそこにいるみんなも一体化して、
それが“演奏”と“歓声”になって。ぶつかり合う瞬間」

桑田「それが楽しいんだよ。」

梓(・・・)

桑田「・・あ、ごめんね、長ったらしくてわけわからないか。」

梓「い、いえ・・凄k」

唯「凄く感動したよくわっちょ先生!!」

梓「にゃ!?」

桑田「いつの間に!」

律「いやー、廊下から覗いたら二人っきりで何か話してたからさぁー。私達も混ざろうってな。」

紬「うんうん。」

梓「ひ、一言くらい声掛けてくれたら良かったじゃないですか!びっくりしますよう!」

澪「わ、悪い、なんか真剣な話で介入し難かったし、それに・・」

唯「凄くタメになるお話だったから邪魔したくなかったの!」

律「そうそう、別に驚かそうなんて思ってたんじゃないぜ?」

梓「律先輩は信用できないです・・」

律「言ったなー、このこの!」

澪「こら!梓をいじめるな!」

ワイワイガヤガヤ

梓「もう・・先輩達本当に先生の話ちゃんと聞いてたんでしょうか。」

唯「聞いてたよ!」

梓「わ!?だ、だから突然来ないで下さいよ唯先輩!!」

唯「確かに私達、放課後にみんなでお茶してあまり練習しなかったりするけど・・・」

梓(自覚あるんだ)

唯「でも、そうやってる時間もみんなの演奏聞くのも凄く楽しいし、ライブやったりしてお客さんから拍手されると嬉しいし・・」

桑田(・・・)

唯「そんな時間をみんなと一緒に過ごすの、私楽しくてだーい好き!!」

梓(・・・!先輩・・・)

桑田(・・・良い笑顔をするな。)

紬「みんなー、お茶が入りましたよー♪」

唯「あ、わーい!」

梓「行っちゃった・・・」

桑田(若いなぁ。)

梓「・・・でも。」

桑田「ん?」

梓「なんか、わかった気がします。軽音楽部の・・バンドの・・・いえ、“音楽”の楽しさが。」

桑田「そかそか。」

梓「私、目先の演奏技術や不安ばっかり気にしちゃって・・・一番大事な事を忘れていたんだと思います。」

‘あー!唯!そのシュークリームは私のだぞー!’
‘だってりっちゃんが中身だけ吸ったの渡してくるんだもんー!’

梓「先生の話を聞いて、気付きました。」

桑田(シュークリーム美味そうだな)

梓「私は、軽音楽部が大好きです。この部で、このメンバーで活動するのはとても貴重で、そして・・・それが、私にとっての音楽の楽しさなんだって。」

桑田(昨日のロールケーキも美味かったしな・・あ、話聞かないと。)

梓「桑田先生。」

桑田「ハイ。」

梓「ありがとうございました!」ニコ

桑田「・・まぁロクな事言えなかったと思うけど、役に立ったなら良かったよ。」

律「おーい二人ともー!早く来ないとおかしなくなるぞー!」

梓「もう、でも、皆さんもう少しだけでも練習に力入れてくれたらいいのに・・」

桑田「ははは。」

梓「・・・でも、きっとその緩い感じもこの部活の良い所なんですよね。きっと、このメンバーだから楽しく演奏出来るんです・・」

唯「おーい!あずにゃーん!くわっちょ先生―!早く来ないと食べちゃうよー!」

梓「うふふ、あんな事言って、絶対私達の分は残して置いてくれるんですよ?先輩達。」

桑田「へぇ。」

梓「本当、良い人たちなんです。みんな・・・」

桑田「・・・」

梓「行きましょうか、先生。紅茶も冷めちゃいます。」

桑田「よし、行くか。」

梓に話た、自らの昔の話。
それは桑田の大学時代の話だった。
後にサザンとしてメジャーデビューする青山学院大学の音楽サークル・・・

桑田はお茶を飲む彼女達の姿を、その頃の自分達と重ね見ていた。
梓に桑田が語ったバンドの姿は、まだ‘陰’を知らかったころの、ただ純粋に音楽を楽しめれば良かった頃の自分達の姿。

桑田(この子達には、ずっとこうして、楽しく音楽を続けて行ってもらいたいな。)

そう思いながら、桑田は‘くわっちょ先生専用席だよー’と唯が用意してくれたイスに座り、軽音部員達とのティータイムを過ごすのだった。

(放課後)

梓に語った、自分なりの‘楽しさ’の話。
それについて、桑田は学生時代いい思い出のない職員室という場所で、
違和感極まりない‘自分’の机に向き合いながら考えを巡らせていた。

桑田(あの頃の事を思い出して、あんなに喋ったのは久しぶりだな・・
自分から話すような事でもなかったし・・)

桑田(・・・)

‘ノリ’だけで活動し、それが成立していた学生時代。
プロ、メジャーへの憧れが無かったと言えばウソになる。
実際、憧れがあったからこそ自分達はメジャーデビューをしたのだろう。
毎日バカ騒ぎをしながら、唯一真面目に見ていたのは、
‘メジャー’という夢だったのかもしれない。

しかし。

夢は、結局眺めていればこそ美しいものだと現実を叩きつけられた。
他の世界は知らないが、夢が大きければ大きい程、煌びやかなら煌びやかな程、
その中身にはうんざりする現実がうごめいている物なのだと知ってしまった。

何より、その夢に対しての憧れが強ければ強い程・・後からじわりじわり、
‘期待’や‘憧れ’と姿形だけ変えて押し寄せてくる、どう対処しようもない現実が、
夢を叶えた者達を蝕んでいくのだ。

さわ子「桑田先生?」

桑田「え?あ、あぁ、はいはい?」

さわ子「どうされたんですか?難しい顔をして・・」

桑田「あぁ、いや、なんでもないですよ。」

さわ子「そうですか、何かありましたら、何でも相談して下さいね?・・・さて、じゃあ、行きましょうか、先生。」

桑田「え?どこに?」

さわ子「放課後のティータイムですよ♪」

桑田「な、何!?」

桑田(こ、こんな美人に放課後デートに誘われるとは・・・しかし・・俺には原坊が・・)

さわ子「行きましょう!」スタスタ

桑田「ハイ。」

桑田(まいったな・・・もしフラ〇デーされたら・・この世界にもフライデーはあるのかな。)

桑田(・・・ん?)

桑田(放課後のティータイムって言ってたのに、なんで音楽準備室に向かうんだ?)

桑田(・・・)

さわ子「着いた着いたー♪」ガチャッ

唯「あー、さわちゃんとくわっちょだー!」

さわ子「ミルクティーをお願い♪」

紬「はーい♪」

桑田(・・・なんだそういう事かぁ)シボーン

紬「桑田先生はどうしますか?」

桑田「うーん俺は・・コーヒーとかないかなぁ。」

紬「はーい♪」

桑田(あるのか!)

紬「お砂糖とミルクはどうしますか?」

桑田「あぁ、ブラックでいいよ。」

紬「わかりましたー♪」

律「あれ、ムギ、コーヒーセット持って帰ってなかったんだな。」

紬「ええ、もしかしたら必要になるんじゃないかと思って。」

唯「くわっちょ座りなよー!」

桑田「・・・あぁ、はいはい。お、マカロンかぁ」

(ティータイム終了、練習中)

桑田「唯ちゃんはなかなか変則的なギターを弾くなぁ。」

唯「えー?そうかなぁ。」

桑田「ちょっとギター貸してくれる?・・・よっと、こんな感じだな。」ギュイイーン

梓「あ、凄い・・唯先輩の感じ再現できてる・・」

唯「おぉ!?私のギターはこんな感じにみんなに聞こえてるんだね!?」

澪「合わせるの大変なんだぞー?」

唯「うう・・」

桑田「このフレーズなら、こんな感じで弾けばいいよ。」ギュイイーン!

唯「おお!」

桑田「すぐには出来ないかもしれないけど少し練習すれば・・」

唯「くわっちょ!ギー太貸して!!」

桑田「え?あぁ、はいはい。」

唯「こんな感じ!?」ギュイイーン!

桑田(・・マジで?一回見ただけで?)

梓「あーあ、また唯先輩の吸収性の早さが・・」

紬「さすが唯ちゃんね♪」

律「そういうのばっかり上手いんだからなぁ唯は。」

桑田(・・・ギタリストには凄くいい能力だと思うけど・・それにしてもこの子、こんな能力があるのに勿体無い。上手く練習すれば一気に成長するだろうになぁ。)

澪「それにしても、なぁ律。」

律「なんだ?」

澪「桑田先生、一回聞いただけなのにふわふわ時間のギターを把握してないか?」

梓「それ私も思いました!」

律「・・・そういえばそうだな。」

桑田「ここなんか、こんな感じのアレンジどう?」ギュイイーン

唯「おお!なんかかっこいい!貸して貸してー!」ギュイイーン

桑田(やっぱり・・この子は見て、聞いて上手くなっていくタイプだな。)

澪「・・・」

梓「・・なんか。」

律「ああ。」

梓「唯先輩と桑田先生って、似たタイプのような気がする・・」

澪「・・だな。」

桑田「それで、澪ちゃんのベースだけど・・」

澪「あ、は、はい!」

桑田の指導により、ただでさえ活気のある放課後ティータイムは更にその勢いを増した。
HTTの全パートを桑田が演奏出来るからという事ももちろんあるのだが、本人にも意外な程桑田は楽器指導が上手かった。
そして、ネガティブで陰気なしがらみを感じないHTTの空気によって、桑田がこれまで気付かずに閉じ込めていた陰の部分が徐々に浄化していた。

(そろそろ帰っても平気かな)

桑田「・・・ん?」

唯「どうしたのー?」

桑田「いや、今誰かに声を・・」

唯「えー?私は何も言ってないよ?」

桑田(他の面子もそうっぽいな・・)

桑田(・・気のせいか。)

(音楽には、いや、どんな世界にも古い固有だがトップスターがいる物だ。)
(そして、それは何時如何なる時も、輝く存在でなければならない。)
(それを目指して、若い力がその世界を目指す。)
(そして、いつかトップスターの座は交代し、また新たな力へと受け継がれていく。)

(しかし。)
(その輝きは、果たして本当に、隅から隅まで輝きで満ちているのだろうか。)

(そうではない。)
(役目を終えたトップスターの末路。)
(それは散々たる物が非常に多い。)
(トップスターが放つ光は、それを見る周囲の人間が作り出した物だ。)
(役目を終え、誰も見向きもしなくなった時。)
(暗い影が、栄光に隠れた部分を覆い出す。)
(それまで‘トップスター’として崇められていたその人は。)
(これまで人々に与えた‘夢’と同じ数だけの‘無’を報酬とばかりに与えられ)
(静かにその役目を終える。)
(・・・・それで良いのだろうか?)

桑田「・・・はっ・・・」

目が覚めると、そこはまた独身部屋。
おかしな夢を見ていたようだ。寝巻がうっすらと汗で湿っている。

桑田(夢か・・・)

やはり今自分がいるこの世界は‘夢’ではないらしい。だとすると、この場所は一体何なのだろう。
カーテンを開けると、寝起きの目に刺すような日の光が飛び込んでくる。この感覚。それはこの状況が訪れる前も今も変わらない、‘生きている’確かな証だった。

桑田(・・まぁ、どうしようもない。考えなくてもいいかな・・。)

この突拍子も無い、非常識な事態が起きてから一週間。
最初は混乱したものの、桑田はこの状況に順応していた。
開放感と表現すれば良いのか、常に等身大の自分でいられる事。
街を歩くのにも、買い物をするのにも何の警戒もいらない。
無意識に求めていたそれが、今の環境は完全に整えられていた。

その為、桑田は混乱を乗り越え非常にリラックスした日々を過ごしていた。
今では、「もう少し、まだしばらくここにいたい」とまで思うようになっていた。

モブ子「あ、桑田先生、おはようございまーす!」
桑田「おはよ。あ、こらー、スカートをもっと・・・」
モブ美「えー、良いじゃんこれくらいー。」
桑田「短くしろー。」
モブ江「・・・出た!くわっちょのセクハラ発言!」

テレビやラジオで‘キャラクター’として発言していた程ではないが、
軽快な下ネタやセクハラ発言も言い放つようになっていた。

必要に応じてではなく、自らの形のしての言論や発言。
ただ、‘教師’の立場として行き過ぎた発言は時々叱りを受ける事もあるが、
それすらも桑田にとっては新鮮で、思わず口元が緩んでしまうのだった。

(放課後)

律「諸君!今日はみんなに知らせがある!」
澪「なんだ?」
唯「なになにー?なんか面白い話―?」
律「うむ。これを見てくれ!」バンッ
桑田「いやらしい私。朝が来るまで固いままでいて・・」
律「そ、そこじゃねぇよ!」パグッ
桑田「うぐん!」
紬「この、ガールズバンドコンテストの事?」
律「そう、そうだよ!全くくわっちょがこんなキャラだったとは・・・って澪も顔真っ赤にしてんじゃねーよ!」

澪「だだだだだだってくわくわくわ桑田先生・・・」

律「だー!もう!」

唯「ねーねー、固いままでってどういう事―?」

律「まだ知らなくてもいい!」

唯「えー?でもりっちゃん知ってるんでしょー?教えてよぉ。」

律「だー!本題に入れねー!!」

紬「あらあらまあまあ♪」

桑田「固いっていうのは・・」

律「オラァ!」ペゴッ

桑田「いぐん!」

梓「え、えっとそれで、コンテストですよね?」

律「はぁはぁ・・そうだ!放課後ティータイムの活動として、これに出場しないか!?」

澪「・・・え!?」

梓「これに・・ですか?」

律「あぁ。なんと優勝すれば賞金は200万!更にプロデビューのお話まで!♪」

桑田(プロデビュー・・・)

唯「えぇ!?す、凄い!」

澪「お、おい率、でもこれ二ヶ月後だろ?今からで間に合うのか?」

律「なに言ってんだ。演奏する曲は三曲だぜ?
今日からライブを見据えた活動をすれば余裕で間に合うさ!」

澪「い、いや、そういう事言ってるんじゃなくて・・」

紬「技術的にって事?」

澪「あぁ・・」

唯「ちゃんと練習すれば大丈夫だよ!」

律「そうだぜ澪ー!」

澪「で・・でも・・なぁ、梓・・・」

梓「・・・出ましょう!」

澪「え!?」

梓「桑田先生が来てくれてから一週間・・・

まだ一週間した経ってないですけど、

でも桑田先生の指導のお陰でみんな見違えるくらい技術は上がってます!

びっくりするくらい・・。

この調子で先生に指導してもらえば、

優勝は無理にしても良い所まで行けると思います!」

澪「梓・・・」
紬「私も・・出てみたいな、みんなと。」

澪「ムギも・・」

律「さぁ、澪以外はみんな賛成みたいだぜ?」

唯「出ようよ澪ちゃん!」

梓「そうですよ澪先輩!」

澪「・・・」

律「澪!」

紬「澪ちゃん!」

澪「し、・・仕方・・ないなぁ・・」

唯「やったー!」
律「よっしゃー!」

紬「うふふ、楽しみね♪」

梓「桑田先生!今日からコンテストを見据えたご指導、よろしくお願いします!」

桑田「・・・」

律「・・・?どうしたんだよくわっちょ。急に静かになって。」

桑田「悪いけど、俺は反対。」

紬「・・え?」

唯「く、くわっちょどうして!?何でそんな事言うの!?」

梓「そ、そうですよ!・・私達何か嫌な事・・・」

桑田「いや、そうじゃないんだよあずにゃん。」

律「じゃあ何でだよ!?せっかくみんなやる気出してたのに!」

澪「り、律落ち着け、・・みんなも・・桑田先生の話を聞こう?な?」

律「・・・わかったよ・・・」

唯「うん・・」

桑田「みんなは・・このコンテストに出て何がしたいんだ?賞金が欲しいのか・・プロデビューしたいのか・・」

梓「そ、それも確かにありますけど・・でも・・」

唯「うん、くわっちょ、それだけじゃないよ?みんなとライブやりたいの!」

桑田「それなら、路上でもライブハウスでも出来るんじゃないのか?わざわざコンテストに出なくても・・方法はたくさんあるぞ。」

唯「それは・・そう、だけど・・」

律「・・・違うよくわっちょ!」

律「私達の目標は武道館なんだ!

今回、優勝は無理かもしれないけど自分達が今どれくらいの実力なのか、

その物差しにもなるだろ!?

・・それに、もし優勝出来れば武道館へも一気に近くなるんだ!

だから、だから出たいんだよ!」

桑田「・・・」

先程までの明るい雰囲気とは打って変わり、、
いまだかつてこの部屋に漂った事がない程の緊張が広まり出した。
HTTのメンバーは、皆うっすらと涙を浮かべている。
桑田が、この事にまさか反対すると思っていなかったのだろう。
増してこんな雰囲気になってしまうとは・・・。

桑田「もし、仮に武道館にまで行けたとして・・・その後はどうするんだ?」

桑田は、もちろん何の考えも無しに反対をしている訳ではない。
桑田自身、コンサートを経てプロデビューをしている。
当時は自分もその栄光に溺れ、周りに言われるがまま夢の世界に飛び込み、
そして、決して逃れられないしがらみの中で生きる事になってしまった。
もちろん、早々にプロを引退したミュージシャンも数多くいる。
しかし、桑田の知る限りその多くは、一般人として生活しながらも
‘元芸能人’としての思い枷を引きずりながら生きる事を強いられている。
・・この子達には、そんな暗い道を歩いて欲しくない。

確かに、優勝するとは限らないし、
駄目で元々で当たるのなら良い経験になり自分達と、
また自分達以外のバンドの実力を知る良い機会だ。

しかし、彼女達は自分達の実力を‘知らな過ぎる’事に問題があるのだ。
優勝関係しなかったとしても、恐らく彼女達の演奏は誰かしらの目に止まるだろう。
それ程の魅力が、彼女達にはあるのだ。

それに、彼女達の魅力はその演奏だけに留まらない。
‘女子校の現役高校生’、加えて彼女達のルックスはとても魅力的だ。
最初は上手く滑り出すだろう。しかし、少しでも人気に陰りが出てきたら・・
どんな使われ方をするかは想像もしたくない。

自分がここで止めなくても、彼女達はいずれ誰かの目に止まってしまうかもしれない。
しかし、それでも桑田は彼女達を汚いしがらみの中に歩ませてしまう事だけは、
なんとしても止めたかったのだ。

律「武道館の後?そんなの決まってるよ!いつまでもみんなと一緒に活動するさ!
なぁ?みんな!」

律の言葉を聞き、HTTのメンバーは一人一人強く頷く。
その目に全く迷いはなく、強い意志が込められていた。

桑田(俺も・・俺もそう思っていたよ。サザンならどこまでも活動して行けるって・・・。)
桑田(でも・・・途中からそれは惰性になって行って・・・今じゃ活動休止だ・・)

自分達の意思だけではどうしようもならない、強くて見えない力。
それにどうしても道は逸らされてしまう。

やはり桑田は、どうしても彼女達に賛成する事はできなかった。

桑田「俺は、やっぱり賛成出来ないよ。悪いけど、コンテストを目指すなら自分達だけで練習してくれ。」

桑田はイスから立ち上がると、出入り口に向かいながらHTTのメンバーにそう告げた。

唯「そんな・・くわっちょ!」

梓「先生!」

律「ああ勝手にしろよ!私達だけで練習して優勝してやるさ!」

澪「お、おい律!」

桑田「・・・」

律「じゃあな!桑田センセイ!!」

桑田「・・・」バタン

部室を出て、何も考えられなくなり重くなった頭を抱えながら廊下を歩く。
彼女達を傷つけてしまった。
自分のした事は正しかったのか・・高校生の、
ささやかで無垢な夢をただむしり取ってしまっただけなのではないか・・
自分も頭を冷やさないとならないかもしれない。
そう思い、桑田はまだ騒がしい学校を出て、アパートへ向かった。

唯「・・うぅ・・えぐっ、くわっちょ・・・」

澪「・・律、気持ちはわかるけど、強く言いすぎだ・・あれじゃあ桑田先生・・」

律「・・・わかってるよ!」

澪「律・・」

律「でも・・でも!私は・・くわっちょが反対するなんて思わなかったんだ!
いつもみたいに笑って・・・下ネタでも言いながら協力してくれるって・・
私達と同じ夢を見てくれると思ってたんだよ!
でも・・でも突然・・突然‘現実を見ろ’みたいにらしくない事言うもんだから・・・
だから・・だからついカッとなっちまって・・本当はあんな事言いたくなかったのに・・うぅ・・・」

澪「律・・・」

律「酷いよ・・酷いよくわっちょ・・・
いつもふざけて・・チャラチャラしてる癖にこんな時ばっかり・・
こんな時ばっかり真面目に・・教師みたいに・・」
澪「澪・・・」

澪「澪・・・」×
澪「律・・・」〇

律「うえぇぇぇん・・・!澪・・澪ぉ・・・」

澪「仕方が無いよ・・桑田先生は・・・本当に私達の教師なんだから。
私達の事を本気で考えてくれて・・だからあんなに真剣に言ってくれたんだよ・・
嫌われるかもしれないリスクを背負って・・・」

律「うん・・うん・・・わかってる・・わかってるよ・・わかってるんだよ?澪・・・
わかってるんだよ、そんな事・・でも・・でもぉ・・・うえぇん・・
くわっちょ・・くわっちょごめん・・ごめん・・・」

澪「律・・・」

澪「明日、桑田先生に謝らないとな。」

律「うん・・うん・・・」

澪「そして、もう一回私達の話を聞いてもらおう。」

律「うん・・・」

澪「それが、今の私達に出来る精一杯の事だよ。」

律「うん・・ぐすっ」

澪「・・ふふ、ほら、涙拭け、面白い顔になってるぞ。」

律「うるさぁい、バカ澪ぉ・・・」

澪「ふふ、バカはお前だ。バカ律・・・」

律「ううぅ・・・」

ガチャッ

律「!くわっちょ!?」

さわ子「・・あら、あなた達どうしたの?・・・喧嘩?」

唯「さわちゃん・・・ぐすっ・・えっと・・あのね・・・」

律「・・・唯。」

唯「りっちゃん・・」

律「私が話すよ。」

澪「律・・大丈夫か?」

律「ぐすっ・・・へへっもう大丈夫だ!」

梓「律先輩・・・」

律「さわちゃん・・・実は。」

狭い天井。
日はだんだんと陰り、部屋の中も気付かない内に闇が立ちこめて来ていた。
しかし、今の桑田には起き上がる気力も、電気をつける気力もなかった。
辺りからは響くカラスの鳴き声が聞こえてくる。
時々風が窓を叩き、どこから入って来たのか、小虫が室内を飛びまわっている。

放課後のこと。

他に何か言い方がなかったのかと、桑田は頭を悩ませていた。
ここに来てまだたった一週間。
それなのに、HTTのメンバーは、彼の心の中の大部分を掌握してしまっていた。

明日から、きっと彼女達は自分によそよそしく接するようになるだろう。
そう考えると、憂鬱な何かが桑田の胃の辺りをグッと握り締める。

桑田「・・・そういえば、いつここから帰れるんだろうな・・・」

逃げの考えから、つい桑田はポロッと呟いてしまった。
自分でその言葉を聞き、案外自分は弱く出来ている事を、
思い出したかのように気がついた。

(まだ帰るには早い。)

桑田「・・・!」

どこからか声が聞こえた気がした。桑田は起き上がり、室内を眺める。

桑田(前も聞こえなかったっけな・・・)

室内に何の異常も見られない事を確認すると、桑田は再び布団に転がった。

桑田(・・疲れてるのかもな。)

そう思い、少し眠ろうと瞼を閉じたその時、桑田の携帯が鳴った。

桑田「・・・わ!」

桑田(・・・)

桑田「そういえばこっちに来て始めて携帯が鳴ったな・・・」

桑田「知らない番号だ・・誰だろう。」

疑問に思いながらも、桑田は通話ボタンを押した。

桑田「・・・もしもし。」

さわ子「あ、もしもし、山中ですが・・桑田先生でしょうか。」

桑田(山中先生・・・部活の事か?)

さわ子「桑田先生、今少しお時間ありますか?」

桑田「ええ、大丈夫ですか・・軽音部の子達の事ですか?」

さわ子「うふ、そうです。あの子達がご迷惑お掛けしたみたいで・・では、駅前の〇〇でお待ちしていますね。」

桑田「・・はい、わかりました。」

何言われるんだろうなぁ・・と半ば不安になりながら、桑田は重い足を奮い立たせ指定された店へ向かった。

さわ子「あ、桑田先生、お待ちしていました。」

桑田「どうも、遅くなっちゃって。」

さわ子「いえいえ、大丈夫ですよ。あ、どうぞ座って下さい。」

桑田「はい。」

さわ子「・・・話は田井中さんから聞きました。」

桑田「・・そうですか。」

さわ子「桑田先生・・やっぱり、あなたは普通の人じゃないように思えます・・」

桑田「・・はい。詳しくは言えないですが、俺はミュージシャンとしてメジャーで活動していました。」

さわ子「・・・やっぱり・・・。」

さわ子「・・・やっぱり・・・。」

桑田「なんか隠してたみたいで、すみません。」

さわ子「いえ、良いんですよ。気にしないで下さい。」

桑田「・・・」

さわ子「あの子達ね・・?」

桑田「え?」

さわ子「凄く桑田先生の事庇うんですよ?私は別に何かするつもりはないのに、‘桑田先生をクビにしないで下さい!’って。」

桑田「・・・」

さわ子「くわっちょは私達の為に、自分を犠牲にして憎まれ役を買って出てくれたんだって・・だから、何も悪くないって。くわっちょに誤りたいって。・・・田井中さんが。」

桑田「・・・!律が・・・?」

さわ子「はい。目を真っ赤にしながら。」

桑田「・・・嫌われたと思ってたな。」

さわ子「ふふ、いつも言ってますけど、あの子達本当にいい子なんですよ?」

桑田「・・・」

さわ子「そんな簡単に、桑田先生を嫌いになる訳がないじゃないですか・・・」

桑田「・・・そうか・・・・。」

桑田は、安易に‘元の世界に戻りたい’と思った事を悔やんだ。
自分がそんな逃げの体勢に入っていたのに、彼女達のなんと強い事か。
多少の安堵と罪悪感が、溜め息となって桑田の口から出た。

さわ子「・・・ねぇ、桑田先生。」

桑田「はい。」

さわ子「メジャーって、一体何なんでしょうね・・・」

桑田「・・・」

さわ子「夢や希望を持って・・目指している人はたくさんいるのに、その先にいる人達は、‘来ないほうが言い’って言う・・・。」

桑田「・・・」

さわ子「きっと、私には想像も尽かないような酷いこと、大変なこと・・たくさんあるんでしょうね?」

すみません。ちょっと疲れたみたいです。
今日は休みなので、昼頃また再開します!

よろしければ保守お願いします。

戻りました!保守して下さった皆様、本当にありがとうございます!

再開します。

桑田「・・まぁ、はい。。」

さわ子「・・・けど、どうしてでしょうか・・あの子達ならもしかしたらって思えるんです。・・ふふ、教え子だからでしょうかね?不思議なんですけど・・・。」

桑田「・・・それは・・実は俺も少し感じています。彼女達には暗い影が全く見当たらないし、明らかに他とは違う何かがある。」

さわ子「・・はい。」

桑田「・・・でも・・」

さわ子「・・えぇ、わかってます。あの子達の力だけではどうにもならない事もあるんですよね・・・?」

さわ子「・・どの世界もそうなんでしょうね・・・強い力に、小さな主張は通らない・・それが例え、どんなに正しくてどんなに理想的な事でも・・。」

桑田「・・・」

さわ子「・・・でも。」

さわ子「強い力を持っている人も、そんな不条理な中を生き抜いて来た筈なんですよね。」

桑田「・・・」

さわ子「あの子達だけの力で何とかならなくても、同じ事を思ってる人があつまれば・・強い力を持ってる人達の中に、それに賛同してくれる人がいれば・・・・
若い力が変化を促していけば、きっと世界も変わって行くんじゃないでしょうか・・」

桑田(・・・!)

さわ子「・・なんて都合良すぎでしょうかね?ふふ。」

桑田(他の人達の理解・・・特に上の人間の・・・考えた事もなかった・・・。)

さわ子「・・・なんかおかしなお話をしてしまいましたね。とにかく、あの子達と早く仲直りをして欲しいと思ってお呼びしたんです。」

桑田「・・・」

さわ子「あの子達にとって・・・桑田先生はもう仲間であり、恩師なんですよ。」

桑田「恩師・・・。」

さわ子「うふふ、赴任一週間で、凄いですね。先生。・・・では、私はそろそろ失礼します。また明日、学校でお会いしましょうね。」スタスタスタ

桑田「・・・」

桑田(若い力・・世界を変えて行く力。)

桑田(力を持つ上の人間がそれに力を貸せば・・もしかすると・・)

桑田(・・いや、それでも、そんなに簡単な問題じゃない。そんな簡単に変わるんなら、もうとっくに変わっている筈だ。)

桑田「でも・・・」

音楽を音楽として心から楽しめる世界。仲間で、みんなで笑いながら楽しめる世界。金や力関係に気兼ねすることなく、純粋に音楽に向き合える世界・・・
そんな音楽業界がそんな世界になれば、どんなに素晴らしいだろう。

・・そう。

桜高軽音楽部のようになれば。

忘れかけていた音楽の楽しさ。
心から音楽を楽しむなんて、そんな当たり前の事をどうして忘れていたんだろう。
・・思い出させてくれたのは、紛れも無くHTTのメンバー達だ。

彼女達が、純粋な、本当の気持ちに呼び覚ましてくれた。
当たり前で、一番大事な事を・・・。

桑田(・・・俺は。)

一瞬とは言え、彼女達の笑顔を奪ってしまった。
彼女達は何も悪くないのに、ただ純粋に音楽の道を進みたがっているだけなのに・・・。

自分は、彼女達に礼を、・・そしてお詫びをしなければならない。大きすぎる礼、大きすぎる詫びを・・・。

桑田「・・・」

桑田は何をすべきか思考を巡らしつつ、店を出て自宅へ向かった。

次の日、昼休みの職員室

ガラガラガラ

律「・・・」キョロキョロ・・・

さわ子「あら、田井中さん。」

律「あ、さわちゃん・・・えっと・・その、くわっちょは・・」

さわ子「・・あぁ・・・桑田先生ね、・・・今日、学校休んでるのよ。」

律「・・え!?」

律「・・え!?」

さわ子「私も後で連絡してみるけど・・・」

律「どうしよう・・私が酷いこと言ったから・・くわっちょそれで学校来れないんじゃ・・グスッ」

さわ子(・・・うふ、ほんとに、この子ったら・・)

さわ子「大丈夫よ、田井中さん。桑田先生、多分本当に体調崩してるのよ。だから心配しないの。」

律「・・・でも・・でも・・・」ウルウル

さわ子「田井中さん。」

律「ん・・・何?」

さわ子「桑田先生を信じましょう?きっと来てくれるって。ね?」

律「くわっちょを・・・」

さわ子「それとも、桑田先生の事は信用できない?嫌いになっちゃった・・?」

律「・・・!そんな事ない!」

さわ子「それじゃあ・・」

律「・・・」

さわ子「待ってあげましょう?」

律「・・・ぐすっ」

さわ子「ね?」

律「・・うん・・・」

さわ子「・・・よし♪・・じゃあ、教室戻りなさい?授業始まるわよ?」

律「うん・・・わかった。・・・さわちゃん。」

さわ子「なぁに?」

律「ありがとう。」タッツタッツタッ・・・

さわ子(・・・ふふ、素直になっちゃって・・・。)

キーンコーンカーンコーン・・・

さわ子「・・あ!授業授業!」

さわ子「えーん、もう、桑田先生の穴埋めが私になるなんてぇ!
・・・何か奢って貰いますからね!もう!・・・」タッツタッツタッ・・・

放課後

ガチャッ

梓「・・あ、先輩達・・」

律「おお梓、おはよう。」

唯「あずにゃん、おはよう。」

梓「おはようございます・・あの、桑田先生は・・」

澪「・・あぁ、今日学校休んでるんだそうだ。」

梓「・・・え?」

唯「・・・」

律「・・・大丈夫だ、みんな!」

澪「律・・」

律「明日になればまた来るって!あのくわっちょだぜ?謝りに行けば笑って許してくれるし、大丈夫だよ!な!みんな!」

紬「りっちゃん・・」

律「大丈夫、大丈夫だよ、くわっちょは・・・!」

すみません、一時間ほど外します。
保守お願いします・・・

おお

唯「うん・・うん、そうだよね!くわっちょだもんね!」

律「そう。そうだよ唯!」

梓「そうですね・・桑田先生、優しいから・・・」

澪「もう、仲間だもんな。」

唯「うん!くわっちょがいなきゃもう軽音部は成り立たないよ!」

律「よっしゃ!じゃあみんな!コンテストへ向けて練習するぞー!」

皆「おー!」


しかし、次の日も、その次の日も。

桑田は学校には来なかった。

準備室)

唯「くわっちょ、今日も来ないのかなぁ・・・」

梓「先生・・」

澪「・・なぁ、律、先生一人暮らしって言ってたよな?もしかして、本当に体調崩して動けなくなってるんじゃ・・」

律「そ・・そんなまさか、学校には休みの連絡入れてるだろうし・・」

紬「そ・・そうよね、ふふ・・」

さわ子「それがね?みんな。」

律「わぁ!さわちゃん!?」

梓「先生、どうしたんですか?」

律「わぁ!さわちゃん!?」

梓「先生、どうしたんですか?」

さわ子「今日は、学校に連絡が来てないの・・携帯にも連絡をしてるんだけど、出てくれなくて・・」

澪「そんな・・まさか本当に・・」

唯「くわっちょ・・」

律「・・みんなでくわっちょの家に行こう!

梓「で、でもいきなり行ったら・・」

律「こんな時に迷惑も何もないだろ!もし、くわっちょが本当に病気で苦しんでたら・・・・くわっちょを見捨てておけるか!」

澪「律・・うん。そうだな。」

唯「みんなで行こう!くわっちょを助けなきゃ!」

さわ子「・・・本当に、あなた達は・・・。ちょっと待ってなさい。職員室で桑田先生の住所聞いて来てあげるわ。」

唯「ありがとう!さわちゃん!」

さわ子「いいのよ。それじゃあ、行ってくるわね。」スタスタスタ

紬「それじゃあ、支度しましょう?」

梓「そうですね。さわ子先生が来たらすぐに出発できるように!」

律「よし!行くぜみんな!」

唯「ギー太の音聞いたらくわっちょ元気になるかなー?」

律「おぉ!演奏聞かせたら元気になるかもな!」

澪「いや、それは迷惑だろ・・・」

ガチャッ

律「おお、さわちゃん!早かったなって・・えぇ!?」

wktk

梓「・・・先生・・・!」

唯「くわっちょ!?」

澪「桑田先生!!」

紬「先生・・・!」

桑田「おー。みんな相変わらず校則に逆らったスカート丈だなぁ。もっと逆らっていいぞ。」

澪「・・・」カァァ

唯「くわっちょ!身体、大丈夫なの!?」

梓「先生!頭、大丈夫なんですか!?」

桑田「ん?身体?どうして?」

桑田「澪ちゃん相変わらずエロい髪してるねぇコレ」

澪「ななななな!見、見ないで下さい!」

紬「あらあらまあまあ。」
梓「それで、先生、一体どうしたんですか・・・?学校にも連絡入れずにお休みしてたなんて・・」

桑田「・・あぁ、ちょっとスタジオ借りて篭っててね。」

唯「スタジオに!?」

澪「ど・・どうしてそんな・・」

桑田「・・いや、少し集中したくてな。」

唯「集中?」

桑田「・・・ああ。実は・・・」

律「・・・ふ、ふざけんなよっ・・・!」

澪「り、律・・・」

桑田「・・・」

律「が・・学校に三日間も来なくて・・連絡も取れなくて・・・それで何してるのかと思ったらスタジオに篭ってたって・・そんな・・心配・・心配するじゃんかよぉ・・心配したんだぞぉ・・何か一言連絡くれれば良かったじゃんかぁ・・ぐすっ・・・くわっちょぉ・・」

唯「りっちゃん・・・」

桑田「・・・そうだな、律。ごめんな。」

律「うるさい、バカ、バカァ・・・」

梓「律先輩が一番心配してたんですよ?」

桑田「律・・・」

律「・・・」グスグス

桑田(ここは律を慰めないと・・教師らしく・・・えっと、教師らしい慰め方は・・)

桑田「律・・ごめんな。」ギュ

桑田「お前の言う通り、連絡くらい・・・でも、悲しくなったらいつでもこの胸に飛び込んでおいで。」

律「な、な、な・・・」プルプル

桑田「ん?」(決まった・・照れてるな?)

律「な に し や が ん だ ぁ ぁ - ! !」パァァン!

桑田「どびゅう!!」

唯(このりッちゃんの‘パアアン!’っていう音。)

澪(これはビンタの音ではありません。」

紬(桑田先生のセクハラに激昂したりっちゃんの拳・・・)

梓(それが音速を超えた音なんです・・・)

桑田「ほ、本当に学校来れなくなっちゃうよ?大怪我する所だったよ?ボク・・・」

律「自業自得だ・・・!」

支援

(ティータイム中)

さわ子「びっくりしましたよ。戻って来たら桑田先生がKOされてるんだもの。」

桑田「ええ、これが軽音楽部でKO・・なんちゃって!」

唯「あはははははははは!なにそれくわっちょおもしろーい!!」

桑田(・・・ウケた!)

唯以外(・・・・・・)

桑田(唯にだけ!極端に!)

紬「紅茶が冷めちゃったわ。」


澪「・・それで、律。」

律「ん。」

澪「桑田先生に言わなきゃいけない事、あるだろ?」

律「う、うん・・・」

桑田「告白なら澪ちゃんの方が・・・好みなんだけど・・」

律「・・・」ポグ!

桑田「いふん!」

澪「こここここ告白告白告白・・・」

唯「あはは澪ちゃん顔真っ赤だよー?」

梓「最近桑田先生のセクハラが激しくなってきた気がします・・・」

律「・・・はぁ、それで、くわっちょ、話ってのは、アレだよ、アレ!」

桑田「アレ?」

律「下ネタじゃないぞ!」

桑田「何も言ってないだろぉ。」

律「・・その、コンテストの事・・・くわっちょは私達の事本気で考えてああやって言ってくれたのに、それなのにあんな言い方して・・悪かったよ・・ごめんなさい・・。」

澪「でも、私達、やっぱりコンテストに出たいんです。

唯「うん!ここにいる、軽音部のメンバーと一緒に・・!」

澪「それで・・桑田先生。」

桑田「・・・」

律「その・・協力はしてくれなくて良いから、時々練習見に来てくれたりとか・・
後、本番も見に来て欲しいんだ。」

澪「まだ、出会ってから間もないけど・・」

唯「くわっちょは、もう放課後ティータイムのメンバーなんだよ!仲間なんだよ!」

律「・・・だから、せめて一緒に・・見るだけでも、・・・そう、見ていてもらえないかな。」

桑田「・・・」

紬「桑田先生・・・」

桑田「・・・なんだ、見てるだけでいいのか?」(視姦か?)

律「・・・え?」

桑田「全く、俺が先に謝ろうと思ってたのに・・・ブツブツ」

澪「え?」

桑田「俺も、なんか否定し過ぎたよ。みんなの事、もう他人に思えなくてな。
つい、熱くなっちゃったよ。」

澪「・・・」

桑田「でも・・・あの時言った事は、俺のエゴの押し付けなんだよな・・・
自分が、駄目とわかっていながらそれに対して何も改善させようとしてなかっただけなのに、
偉そうに現実論語ってみんなの夢を奪おうとしていた。」

律「くわっちょ・・そんな事ないよ。」

桑田「実は今日は、やっぱり協力させてもらえないかと思って来たんだよ。」

梓「・・・!先生・・・!」

桑田「今更そんな事言っても駄目かもしれないけど、やっぱり・・・」

唯「駄目な訳・・・駄目な訳ないよ!くわっちょ!」

澪「そうだよ!桑田先生が協力してくれれば・・!」

紬「桑田先生に、これからの私達を見守ってもらいたいです!」

桑田「みんな・・・」

律「・・・よし!そうと決まれば、放課後ティータイム、再活動だぜ!」

全員「おー!!」

ほんとに終わりかと思った

唯「・・・あ、そういえばくわっちょ。」

桑田「ん?」

唯「スタジオに篭ってたって、くわっちょ何やってたの?」

紬「そういえばそうね。」

律「なにやってたんだよー?」

桑田「あぁ・・それも言わなきゃならないな。」

澪「?なんですか?」

桑田「これ。」

梓「・・・?これ、CDですか?一体何の・・」

桑田「コンテストでやる曲って、もう決めちゃった?」

澪「いえ、まだ決定はしてないですけど・・・」

唯「文化祭とかと同じのやる感じかなぁ?」

紬「まぁ、そんな感じよね?」

桑田「実はさ、この三日間、これを作ってたんだよ。」

梓「・・・これ、ですか?」

澪「・・・先生、まさか・・」

桑田「あぁ、俺の曲、みんなにやってもらいたいと思ってスタジオに篭ってたんだよ。
俺楽譜はちゃんと書けないから耳コピしてもらう事になっちゃうけど・・」

梓「先生・・・!」

紬「凄い、桑田先生の曲を?」

桑田「ああ、もし良かったらだけど・・・」

律「そんなの・・そんなの良いに決まってるだろ!?なぁ!?みんな!」

唯「うん!」

梓「私達の為に・・先生・・」ウルウル

澪「うん、やろう!みんな!」

紬「やりましょう!」

律「よっしゃ!じゃあ聞いてみようぜー!」カチャカチャ

全員「・・・」

律「スタート!」ピッ

‘女呼んで揉んで抱いていい気持ちー♪’

梓「・・・」

澪「・・・」

律「・・・」

紬「・・・」

唯「あははー♪なんか面白い曲―♪」

さわ子(歌謡調・・ポップ・・?・・・いえ・・この歌詞は・・ロックだわ・・)

桑田「・・あ、しまった、この曲は息抜きで録っちゃったヤツで・・・」

律「そんなもん一曲目に入れておくなよ!」

桑田「いや、息抜きは大事だぞ。ヌくのは大事。ヌくのは。」

澪「女・・呼んで・・抱いて・・揉んで・・・あははははははは」

梓「み、澪先輩!大丈夫ですか!?」

唯「あははは!私も息抜き好きだよー!」

桑田「お、唯ちゃん一緒にヌく?」

唯「うん!抜こう抜こうー!」

桑田「じゃあまずおじさんのから・・・」

律「ドルァ!」ドギュ!

桑田「でふん!」

律「・・・それで?二曲目はまともな曲なんだろうな?」

桑田「いだだだだ・・・あぁ、二曲目が本番。」

さわ子(一曲目は前戯だったのね)

支援

梓「はぁ・・・じゃあ、聞きましょうか。」

律「次はまともな曲なんだろうなぁ、全く・・・」ポチッ

澪「・・・!」

紬「・・・まぁ・・」

梓(こ、これ、本当にさっきの曲と同じ人が作った曲なの!?)

唯「綺麗な曲―・・・」

澪(桑田先生の歌声・・そういえば初めて聞いたけど・・・)

律(しゃがれ声で何言ってるかよくわからないのに・・何だろう、この感じ・・)

さわ子(絶対にこの綺麗な曲調と合わないような声なのに・・この組み合わせしかないってくらいに調和してる・・)

澪「・・・あ。」
唯「いつの間にか最後まで聞いちゃってた・・あれ?みんなも?」
律「・・・あ、あぁ、なんか聞き入ってたみたいだ・・」
梓「・・・はっ、本当だ、終わってる。」
紬「素敵な曲・・」
さわ子(本当、何者なのかしらこの人・・・)

桑田「新しく書き下ろした曲ではないんだけどさ、前に作った曲をHTT仕様に編曲してみたんだけど・・」

唯「・・・良い!凄く良いよ!くわっちょ!」

梓「はい!なんか、上手く言葉が見つからないですけど・・!」

紬「うん・・」

律「とにかく!最高だよ!くわっちょ!」

桑田「そうか、良かった。」

澪「で・・でも、私達に上手く演奏出来るかな・・こんな凄い曲・・」
梓「・・それは・・・」
桑田「出来るさ。」唯「出来るよ!」

桑田「あ。」唯「あ。」

桑田「・・・はっは、大丈夫。みんななら出来る。・・ちゃんと練習すればな。」

唯「うん!そうだよ!みんな!練習しよう!」

紬「うん・・・!」

梓「そうですね、どっち道、この曲ができないようでは優勝なんて出来ません!」

澪「みんな・・・・うん・・そうだな・・!」

律「よし!じゃあ早速練習始めようぜ!」

全員「おー!」

律「目指すはコンテスト優勝!」

全員「おぉー!!」


コンテストへ向けた練習が始まる前に迎えた、大きな問題。
それを乗り越えた放課後ティータイムにはより強い結束が結ばれた。
そして。
桑田は正真正銘、名実共に放課後ティータイムのメンバーになったのだった。

fin

ってことはないよな?まだ終わるなよ

(一ヵ月後、練習中)

桑田「律!またドラム走ってるぞ!周りをもっとよく見ろ!バンマスなんだから!」

律「おう!」

桑田「あずにゃんはプレイが堅実過ぎる!その歳で小さくまとまるな!」

梓「はい!」

コンテストを一ヵ月後に控え、練習には一層熱が入っている。
みんなみるみる腕を上げて行く。若さゆえの伸び白。
桑田はそれを目の当たりにし、
そんな彼女達と活動できる事を誇らしくさえ思うようになっていた。

紬「みんなー!お茶が入ったわよ。」

桑田の方針は単純だった。練習をする時は一気に。
その前後は必ずこうして雑談の時間を取る。
‘結束力’という面でこのメンバーにもはや心配は要らないのだが、
それでもやはりこういう時間は必要だと桑田は考える。

紬「今日はういろうでーす♪」

桑田「おお!名古屋名物!」

決してお菓子とお茶が目当てな訳ではない・・・
そう自分に言い聞かせながら、桑田は主に唯と律と三人でういろうを奪い合うのだった。

(桑田自宅)

充実。
思えば、元の世界での活動も、充実はしていたのかもしれない。
日々仕事に追われ、人の目に寝る時間すら奪われる。

・・充実の、質が違う。

桑田はそう考えた。
今、自分にとっての音楽は仕事ではない。だが、趣味とも違う。・・もっと不確かで、しかし絶対的な物。

カテゴライズが変わっただけで、
音楽とはここまで印象が変わってしまう物なのかと桑田は驚いていた。

放課後ティータイム。
この一ヶ月で、彼女達は一気に上手くなった。
元々非凡な物を持っていた事に加えて、
今は桑田の指導により知識が技量も伴い始めている。

(・・・優勝、してしまうかもしれない。)

この世界のガールズバンドがどの程度のレベルなのか、
それは詳しくわからないが、
少なくとも自分の世界であったなら彼女達を放っておくプロデューサーはなかなかいないだろう。

稚拙な部分も多いが、それを補って余りある長所。
そして各魅力の絶対値の高さは桑田の目から見てもバカに出来ない。

しかし。

やはり桑田はどうしてもメジャーに行った後の彼女達を憂いてしまう。
実際、桑田はメジャーに上がった後、
現実を突きつけられた夢の死骸をいくつも目にしてきているのだ。

(それが、ここに来た理由のもう一つ。)

桑田「!」

まただ。
また、何かの声が聞こえた。
今度ははっきり、鮮明に・・。

桑田(・・・理由?)

この世界に来させられた事に、何かしらの意図があるのだろうか。
そんな月9ドラマのような考えが脳裏を過ぎる。

桑田(そう言えば、ここに来る前は音楽の楽しみ方なんて忘れてたけど・・
ここに来てからはそれも忘れるくらい毎日が楽しいよな・・・。)

桑田(・・・!)
桑田(ここに来た理由・・・・・?)
桑田(・・・なんか・・モヤっとした物が・・・喉に何か痞えているような・・
なんだ、この感覚は・・)

(理由・・・新しい、若い力を守る事・・・それに気付く事・・・机の上ではなく、互いに楽器を持ちながら、共に新しい世界を作り出せる存在・・)

桑田(・・・)

(それが誰なのか・・・)

桑田(・・・)

漠然と、霞ながらではあるが、桑田は自分が何故この状況に置かれる事になったのか、
何の為にここにいるのか・・・理解する寸前の所まで来ていた。

桑田(・・・しかし・・・・。)

それを理解したら、取り返しのつかない事になってしまうのではないか。
何となく、しかし強烈に、桑田はそう思った。

桑田「・・今はみんなの事だけを・・・」

そう呟くと、桑田は頭まで布団を被り眠りに落ちるのだった。

(一週間後、練習中)

ジャジャ、ジャーン!

唯「ふうー!」

梓「今、凄くいい感じでした!」

澪「あぁ!まさかこんなに早くこの曲が出来るようになるなんて・・!」

律「くわっちょ!どうだった!?」

桑田「・・・・ん!?あ、あぁ・・」

桑田は正直驚いていた。
もちろん、演奏出来るようになるとは思っていた。
曲も原曲より簡単なアレンジにしてはいるのだが・・

桑田(それにしたって、元はプロの、それも有能なサポメン仕様に作った曲だぞ・・)

単純なコピーをしているだけだったなら、そうは驚かない。
しかし、彼女達が演奏するとどうだろう。まるで彼女達の曲なのではないかという錯覚まで起きてくる。

桑田(・・こりゃ、優勝しちまうだろうな・・よっぽどの事がない限り・・・)

紬「桑田先生?」

桑田「・・・あ、あぁ、うん驚いた。
まさかこんなに早い段階でこれだけ弾けるようになるとは。」

唯「へへー!」

律「当然だぜ!」

梓「桑田先生のご指導のお陰ですよ!」

澪「そうです。私達だけだったら、絶対にここまで出来てません。」

桑田(もちろんそれはあるが・・飽くまで俺はきっかけを与えてるだけだからなぁ・・
元々、この子達にはこれくらい出来る力があったって事だ。)

桑田(わからないもんだよなぁ・・こうやって見えない所に才能ってのは埋もれてんだから・・)

桑田(・・・!)

桑田(埋もれるような世界を作ったのは、俺達なんじゃないのか・・・?)

不意に、そんなニュアンスの考えが頭の何処からとも無く桑田の感情を揺らす。)
何があっても、何が起きても、それが降りかかるミュージシャンの一人一人を、
自分も含めて桑田は‘被害者である’と考えていた。
しかし音楽の世界に足を踏み入れて30年。そんな長い期間、
俺はずっと被害者面をしてなにをやっていたんだ・・・
‘おかしい’‘不条理だ’と思いつつも、その世界の中で上手く生きていく事だけを考え、
結果偏った形に思想は歪められ、自分の保守保身を第一に置くようになった・・・。
30年間も。

桑田(俺は・・何か出来たんじゃないか・・音楽業界を変えていく何かが・・
それなのに俺は、言い訳ばかりして、‘変えていく’んじゃなくて‘変わっていく’事を選んで・・)

桑田(結果・・・この子達のような存在が埋もれる世界を作ってしまったんだ・・
この子達は・・俺達が表舞台で活動する為の影に埋められていたんだ・・)

桑田(・・・だから、彼女達は光を求めるんだ、表舞台を・・昔の俺と同じように・・。)

桑田(30年間、それは何も変わっていないのか・・。)

桑田(・・でも。)

桑田(今の俺の立場なら・・‘サザンの桑田佳祐’の力なら、
それをどうにか出来るきっかけを作り出す事が出来るんじゃないか・・?)

桑田(影を作らない世界を・・・。)

桑田(ここに来た理由、か。)

一体誰が、どんな不思議な力が俺をこの世界に呼び出したのか。
そんな事はわからない。
しかし、この世界を・・
この音楽業界を憂う誰かが、何かが俺をここに連れてきたのではないか。

まず一つ、俺に音楽の楽しさを思い出させる為に、・・・そして、音楽が楽しかった頃、
その頃の自分と同じように活動している若者が、今もまだいるんだという事にも気付かせる為に・・

桑田(そして・・・)
桑田(そして・・・・・・)

この先を、桑田は考えたくなかった。
この世界では、桑田はただの高校教師。何の力もない。
・・しかし、元の世界、‘サザンの’桑田佳祐であれば、力も人脈も、
30年間培ってきた物がある。

桑田はこの世界に来て、音楽の楽しさを思い出し取り戻した桑田は、
今も自分の若い頃と同じように夢を追っている若者がいる事を、
‘教師’という近い場所で目の当たりにした。

・・桑田がこの世界に来させられた最後にして最大の理由。

それは若き日の自分を取り戻し、
しがらみで満ちた世界に改めて向かい合った桑田が、
その世界を変えていくきっかけを作り出す事。

・・・元の世界に戻って。

桑田(・・・違う。)

桑田(俺にはこの世界全体を変えていく事なんてできない・・・!)

桑田(しかし、しかしこの子達だけだったら・・)

桑田(この子達だけなら、俺は守っていける。・・・守ってやりたい。)

桑田(でも、俺はこの世界では何の力もない・・)

桑田(俺の力では・・・見守る事しかできない・・・)

桑田はこの世界に来て初めて、‘一般人’となった自分を呪った。
サザンの名前さえ取り戻す事が出来たなら・・・彼女達をこの先も守っていけるのに・・

(・・・そろそろ戻ろうか。)

またあの声が聞こえる。
嫌になる程、はっきりと頭に響く。

・・意識が少し遠くなり、
桑田は薄く目を閉じた。

車のエンジン音が聞こえる。
自分は車の後部座席で眠っている。
これから青山へ行って、アルバム制作の作業・・
・・なんだ、俺はやっぱり夢を見ていたのか。
それもそうだよな。俺が高校の教師で、女子高生に囲まれて・・
エロい事ばっか考えてるからこんな事になるんだ。
あと10分程で到着だ。

そろそろ起きて、新曲の構想を・・

(・・い!)

(・・・くわ・・せんせい!)

どこからか声が聞こえる。
俺はまだ夢の続きを見ているのか。
そう思いながら何となしに伸びをし・・・

桑田(・・違う!)

桑田(俺にはまだ、やり残したことがあるんだよ!)

桑田(頼む・・・!頼む!まだ・・まだ向こうにいさせてくれ!)

桑田(せめて・・せめてあいつらのコンテストまで・・・)

(くわっちょ!くわっちょったらぁ!)
(先生!どうしたんですか!?)

桑田「ん・・・」

律「起きてよ・・くわっちょぉー・・・!」

桑田「・・・ここは・・」

戻ってこれたのか、見知った音楽準備室。
周りでは女子高生が5人、自分を取り囲んでいる。

唯「くわっちょ!」

紬「桑田先生!」

意識が戻った自分を見て、不安そうな面持ちだった生徒達の顔に笑顔が広まり出す。
・・そうか、俺は練習中、急に意識がおかしくなって・・・

律「うぅ・・うぅ・・くわっちょぉ・・・」

生徒の一人・・そう田井中律が目を真っ赤にして、
今にも流れそうな涙をいっぱいに溜めてこちらを見ている。
・・最初は、俺がただ居眠りをしているだけだと思ったんだろう。
手にはイタズラに使ったと思われる猫じゃらしが握られていた。

所で何で>>1のIDが変わってんの?

桑田「律・・・」

律「あ・・あんまり心配させんなよ・・バカァ、心配・・したんだぞ・・」

桑田「・・・すまんな・・。」

律「この・・バカエロ教師・・・ぐすっ・・・」

桑田「ごめんな・・・」

どうやら自分は戻って来れたらしい。・・・いや、再び来させられたと言った方が正しいのか・・

桑田(・・・はは、どっちが俺の本当の世界なんだかわかんないな。)

少なくとも、自分にとっては掛け替えのない物となってしまったこちらの世界。
再びHTTのメンバーと会話が出来る安堵。

>>623
回線がプチプチ切れるのが原因かと

原「戻ってきて…私を一人ぼっちにしないで…!」

澪「先生いかないで…」

どっちを選ぶかは、すでにきまっている

その中で、桑田は一つの事を確信した。

桑田(俺がここにいられるのはコンテストの日まで・・・そう、あと三週間だ・・・三週間しかない・・・。)

桑田(自分が与えられる物・・教えられる事・・・この三週間で、出来る限り彼女達に託そう・・)

桑田(今の俺には、もうそれくらいしか・・)

ま、まてよ、桑田が若いということは
大森も毛がにもまだ現役…

桑田「・・・よし!練習するか!練習!」

唯「・・・え?でもくわっちょ、休んでた方が・・」

梓「そ、そうですよ!」

桑田「大丈夫大丈夫。ビンビンよ。」

唯「びんびん?」

いつもの律の激しい突っ込みが来ない。
あれ、おかしいな・・・そう思って律の方に顔を向けた瞬間。
時間差でやって来た律の後ろ回し蹴りに、桑田は悶絶するのだった。

律「このエロ魔神が!」

梓「女の敵・・・」

唯「びんびんー?憂に何のことか聞いてみようかなぁ・・」

桑田(ははは・・・やっぱ良いな、ここは・・・)

痛みに堪えながら、桑田は笑みを浮かべる。
その姿は、女子高生に蹴られて喜ぶドMのそれだった。

それからの三週間。

練習のスタンスは変わらず、集中して練習し、その前後はティータイム。
ただ違う事は、
自分が持っている技術や考えを各メンバーに少しづつ伝授するようになった事だ。

例えば、唯と梓にはスライドギター。澪には詩の世界観と自分なりの理論。紬には作曲法。
律にはリーダーとしての心構えや考え方。
彼女達は自発的にそれを家で復習し、着実に自分の技術として取り込んでいく。

今出来る事。伝えられる事。
それを余すことなく彼女達に・・・
今、自分に出来る事はそれしかないのだから。

とあるパーティー会場。
コンテストを三日後に控えたHTTのメンバー達に、
桑田は労いの意味も込めてパーティーを用意していた。

桑田(俺は多分、打ち上げにも参加は出来ないだろうからな・・・)

今日で未練は全て断ち切ってしまおう。
そんな意味も込められた、桑田からメンバーへの贈り物だった。

律「こ・・・こりゃあすげぇな・・・」

唯「う、うん・・広いし豪華だし・・・」

紬「あらあらまあまあ♪」

澪「ムギは普通だな・・」

梓「ムギ先輩ですから・・」

さわ子(桑田先生、どこにこんなお金が・・)

憂「ね・・ねぇ、おねえちゃん。」

唯「何?憂―。」

憂「わ、私達も来て良かったのかな?こんな凄い所・・・」

和「そうよ、唯、ファミレスとかかと思ったら・・」

桑田「大丈夫大丈夫。」

憂「あ、先生!」

和「招待して頂いてありがとうございます」ペコリ

桑田「いいよ、そんなにかしこまらなくても。それに招待したのは唯や律だしな。」

憂「でも、すっごく豪華・・・」

最後になるのだ。
いくら豪華にしてもやり過ぎという事はない。これでも物足りないくらいだと桑田は感じていた。

聡「・・・ほえー・・・」

澪「中学生には刺激が強すぎたみたいだな。」

律「私達にも強いって!・・全くくわっちょ何者なんだよ本当に・・・」


純「私もいるよー。」

桑田「よし、律!パーティーの音頭任せた!」

律「え?」

桑田「頼みますよ、バンマス!」

唯「いけいけりっちゃん!」

紬「りっちゃーん♪」

律「・・・よーし!みんな今日までお疲れ!そして三日後のコンテスト、絶対に優勝するぞー!」

全員「おおー!!」

パーティーが始まった。
周りでは笑顔、笑顔、笑顔。
音楽業界全体をこの笑顔で埋め尽くすには、一体どれだけの会場が必要なんだろう・・
と桑田は久しぶりの酒を飲みつつ思いを巡らせる。

唯がエアギターをしている。こんな時までバカな奴だ。
紬は慣れた感じだ。この子には謎が多い。
梓は唯や律に振り回されて目を回している。この子はこのバンドのマスコット的存在だな。
澪はメンバーを気遣いつつパーティーを楽しんでいる。
大人びた良い子だ。主観的に見ると、この子が一番バンマス向きなのではと思える。

・・しかし。

律。

やはりこの子が引っ張ってきたから、このバンドは成立しているのだ。
破天荒で非常識なのに、何故か周りはついて行ってしまう不思議な求心力。
自分も、それに惹き込まれた一人だ。30年間、
常に音楽業界の第一線を走り続けてきた自分が・・・。
何となく、大学時代の自分と律の姿が重なる。
リーダーとしての振る舞い、気遣い。
そんな律だから、俺はここでこんなに楽しく笑っていられるのだろう。
そんな律だったから、自分は・・・こんなにこの世界に未練を残しているのだろう。

桑田「楽しんでるか?」

律「お、くわっちょー!もう最高だよ!ありがとな!こんな凄い所に招待してくれて!」

桑田「あまりハメ外すとお持ち帰りするからなー(笑)」

律「まーたそんな事言いやがって。まぁもう慣れたけどさ。」

桑田「お、じゃあもっとスゴいのを・・・」

律「調子に乗るな!」バシャ

桑田「あー!お前コーラなんてかけやがって・・・」

律「殴られなかっただけありがたく思えっての!」

桑田「教師を敬わない奴だなぁ・・・ったく・・」

律「へんだ!」

桑田「あのな、律。」

律「なに?」

桑田「俺さ、お前たちと出会って、久しぶりに音楽が楽しいと思えたよ。」

律「?なんだよ?突然。」

桑田「ありがとな。」

律「・・・へへ、よくわからないけど、私達も楽しかったよ?
なんかさ、毎日‘音楽してる!’って感じでさ。」

桑田「そうか。」

律「・・・」

桑田「これから色々あるかもしれないけどな、何があっても、今のメンバーを大事にしなきゃ駄目だぞ。」

律「なんだよくわっちょ、なんか今日変だぞ?」

律の声がユースケで再生される

律「全くー。なんかもう二度と会えなくなるみたいな言い方じゃんかよぅ。
くわっちょだってメンバーなんだからさ、ずっと仲良くやって行こうぜ!」

桑田「・・・」

律「くわっちょ?」

桑田「・・あぁ、そうできたら良いよな。」

律「そうなるんだよ!」

本当にそうなれば良いのにな。
隣で微笑む、自分の息子よりも幼い少女の横顔をチラリと見て、桑田は心からそう願うのだった。

桑田「あのな、律。」

清原「なに?」

桑田「俺さ、お前たちと出会って、久しぶりに音楽が楽しいと思えたよ。」

清原「?なんだよ?突然。」

桑田「ありがとな。」

清原「・・・へへ、よくわからないけど、私達も楽しかったよ?
なんかさ、毎日‘野球してる!’って感じでさ。」

桑田「そうか。」

清原「・・・」

桑田「これから色々あるかもしれないけどな、何があっても、今のメンバーを大事にしなきゃ駄目だぞ。」

清原「なんだよくわっちょ、なんか今日変だぞ?」


この後ついに 運命のドラフト会議

>>662
お前のせいで

清原「全くー。なんかもう二度と会えなくなるみたいな言い方じゃんかよぅ。
くわっちょだってメンバーなんだからさ、ずっと仲良くやって行こうぜ!」

桑田「・・・」

清原「くわっちょ?」

桑田「・・あぁ、そうできたら良いよな。」

律「そうなるんだよ!」

本当にそうなれば良いのにな。
隣で微笑む、自分の息子よりも幼い少年の横顔をチラリと見て、桑田は心からそう願うのだった。



第一回選択希望選手

読売 桑田真澄


清原「・・・・・え」

桑田「よし・・・みんな!」

澪「はい、なんですか?」

唯「くわっちょイェーイ!」

紬「イェーイ!♪」

桑田「三日後のライブに向けてな。応援になるかはわからないけど、曲を用意してきた。」

梓「歌ってくれるんですか!?」

桑田「ああ。」

澪「そういえば、桑田先生の歌って直接聞いた事なかったよな。」

唯「わーい!歌って歌ってー!」

桑田「よし!」

桑田は持って来たアコギを抱き、あぐらをかいて座る。
取り囲むようにして、HTTのメンバーその関係者達が座った。

桑田「じゃあ、聞いて下さいー!YaYa(あの時代を忘れない)!」

‘胸に残るいとしい人よ’

唯「・・・わぁ・・・」

紬「凄い・・」

‘飲み明かしてた 懐かしい時・・・’

梓「・・・」ポォォォ

澪「・・・・」(本当に、凄い・・)

憂「お姉ちゃん達・・こんな上手い先生に教わってたんだ・・」

‘互いにギター 鳴らすだけで わかりあえてた 奴もいたよ’

律「・・・くすっ」

澪「ん、どうした?律。」

律「・・いや、なんか今の歌詞、私達みたいだなって思って。

澪「・・・互いに・・ギター・・ふふ、そうだな。」

律「パートは違っても・・みんな楽器を鳴らせば・・」

澪「あぁ・・。」

律「なぁ澪。」

澪「なんだ?律。」

律「音楽やってて・・・良かったよな。」

澪「・・あぁ。」

律「・・そして・・・」

澪「ん?」

律「くわっちょと出会えて、良かったよな・・」

澪「・・・」

律「・・・」

澪「・・・あぁ・・・。そうだな・・・」


そして。

コンテスト当日の朝。

桑田(・・・朝か・・)

桑田(今日であいつらともお別れなんだな・・)

桑田(・・・)

桑田(最後になるのか・・・)

桑田(考えてみれば、あいつらのライブを見るのは最初で最後なんだな。)

桑田(・・・)

桑田(行くか。)



会場

澪「わ・・・・わ・・・・」

紬「どうしたの?澪ちゃん?」

澪「だだだだだって・・・・・こ、こんな広い会場で」

律「リハでも来たじゃんか。」

澪「い、いざ本番だと思うと足が竦むんだよ!」

梓「大丈夫ですよ澪先輩!今の私達なら!」

唯「そうだよ!絶対優勝だよ!」

澪「う・・うん・・・」

さわ子「あら、みんな揃ってるわね。」

桑田「遅刻者はいないな。」

律「一番遅刻しそうな人がよく言うぜー!」

桑田「なんだとこのデコスケ!」

律「変態パーマ!」

桑田・律「ぬぅぅぅぅー!」

紬「本番当日まで変わらないわねぇあの二人は♪」

澪「ムギもいつもと変わらない気が・・」

唯「わー!出店があるみたいだよー!凄いー!」

澪「唯も・・・。」

梓「・・・」ゴォォォォ

澪「梓はなんだか燃えてるし・・・」

澪「・・・私も、気合入れないとな。」

(控え室)

さわ子「みんな、今日の出番表よ。」

律「おー!どれどれ・・え!最後じゃん!」

澪「え!!」ガクガクブルブル

桑田(生まれたての小鹿のようだ)

梓「盛り上がるも盛り上がらないも・・私達次第って事ですね!」

紬「燃えてきた♪」

唯「熱い!熱いよムギちゃん!」

紬「そーれボォー、ボォー、♪」


キャッキャッツ

桑田(・・そう、この感じ。)

桑田(この緩い雰囲気が、お前たちの最大の持ち味なんだよ。)

桑田(他のバンド、全体が緊張している。)

桑田(そんな張り詰めた控え室で、お前らだけはいつもの、素の姿でいられているんだ。)

桑田(プロになるよ。お前らは。俺じゃあ止められん。・・俺が手を貸さなくても、いずれ、絶対上に行くんだろうな。お前たちは。)

彼女達のポテンシャル、才能。
それを見ていられるのも、もう今日一日だけ・・・。
ここまで来て、桑田が祈るのはただ一つ、これだけだった。



桑田(絶対優勝しろよ!みんな!)

コンテストが始まった。
各バンドの演奏は三曲ずつ、ライブ形式で行われる。実践での実力を見る意向のようだ。

憂「凄い・・みんな凄く上手いよ・・」

純「うん・・本格派って感じ・・・」

憂「大丈夫かなぁ・・お姉ちゃん・・」

和(唯・・・)


桑田(・・・)

桑田は、少し離れた場所でコンテストの様子を見ていた。
寸感では、ガールズのアマチュアにしてはなかなかレベルが高い。
しかし。
客席を眺めてみると、各バンドの演奏毎に、
恐らくそれぞれのファンであろう集団しか盛り上がっていないのが伺える。

澪「たぶん本当の未来なんて知りたくないとアナタは言う♪・・・・」

桑田(魅力・・・か。)

歌唱力、演奏力。
各バンド、確かにHTT以上の能力はある。
・だが、初めてビートルズを聞いた時のような、初めてディランを聞いた時のような・・
そして何がなんだかわからない内にこの世界に連れて来られたあの日。HTTの演奏を聞いた時のような・・・

桑田(・・・ん?)

桑田(・・はは、何を俺は、ビートルズやディランと並べて考えてるんだ。)

・・しかし。
きっと陽の目を見ないままで・・見えない力に翻弄され、日替わりの運命に左右され、誰にも知られないまま消えてしまった才能あるミュージシャンやバンド・・・
・・そう、ビートルズやディランは、きっと知らないだけで本当はどこにでもいるんだ・・。

・・元の世界に戻ったら・・・・

桑田(・・うん、そうだな。そうだよな。)

全ては、もう決まった。
後は。彼女達を最後まで見守るのみ・・

プルルルル

桑田「ん?」

携帯が鳴っている。
こんな時に誰だ・・と思いながら桑田は通話ボタンを押す。

桑田「はいはい?」

唯「あー!くわっちょやっと繋がった!今どこにいるのー!?」

桑田「どこって、客席でライブ見てんの。」

律「唯、ちょっと変われ!・・・くわっちょ!」

桑田「デカい声出すなデカい声を。」

律「今すぐ控え室に集合!」

桑田「え?」

律「部長命令だ!・・・じゃあな!」ガチャッツー・ツー・・

桑田「なんなのよあいつは・・・」


呼び出された手前、無視する事も出来ず桑田は控え室へ向かった。

桑田「来たぞー、みんな。」

紬「あ!お待ちしてました♪」

梓「遅いですよ先生!!」

桑田「何よ何よ。」

唯「えへへー・・・」

澪「せーの!」

全員「じゃーん!」

桑田「・・・え?」

桑田が渡されたのは真っ白なアコースティックギター・・・
それにマジックで書かれた全員からの寄せ書きだった。

桑田「これを俺に・・・?」

律「へへー、なんかくわっちょには世話になりっぱなしだったからさぁ、
何かお返ししなきゃなーって。」

桑田「律・・・」

唯「くわっちょ、今日までありがとうー!」

澪「先生には・・ほんと、何て言って良いのか・・」

梓「安物ですけど、みんなでお金出し合って買ったんです。真っ白なギター・・
なかなか見つからなかったですけど。」

紬「先生に、何かお返ししたくて・・」

桑田「みんな・・・」

寄せ書きとは言っても、ぐちゃぐちゃに色んな言葉や絵が描かれていて、
一つ一つ読むのには時間がかかりそうだ。

律「まぁ、なんつーか・・これからもよろしくな?くわっちょ?」

桑田「・・・全く、バカ共が、コノー・・・」

澪「桑田先生?」

唯「あははー、くわっちょ照れてるー!」

せっかく、せっかく気持の整理がつきはじめていたのに。
こんな事をされたら・・・
こんな事をされたら何が何でもこの世界にいたくなってしまうじゃないか・・・

・・話そう。
この子達に本当の事を・・
もう、二度と会えなくなるかもしれない事を・・

桑田「・・・みんな。」

律「なんだ?くわっちょ。」

桑田「信じられないかもしれないが・・」

スタッフ「放課後ティータイムさん!そろそろ準備お願いします!」
澪「あ・・・」


律「なんだよ、くわっちょ?話なら早く・・」

桑田(みんな・・・)

桑田「・・・信じられないかもしれないが!お前たちなら絶対に優勝できる!さっさと演奏して来い!バーカ!」

梓「なんですかそれ(笑)」

唯「うん!頑張る!」

澪「うん・・・行こう!先生!聞いてて下さいね!」

紬「行って来ます!」

律「・・はは、まぁ、よくわかんないけどさ、話ならこの後でもゆっくり聞けっからさ。また後でな?くわっちょ。」

桑田「・・・」

律「じゃ、行ってくるわ!」

桑田「・・律。」

律「何?」

桑田「客席・・・ぶっ飛ばして来い!」

律「・・・」

桑田「・・・」

律「・・ふふ、わかったよ、センセ!!」

タッタッタッ・・・

桑田「本当に・・・バカ共が・・・・」

ステージ袖でスタンバイに入ったメンバーを目に焼き付ける。
そして寄せ書きのギターを握り締めながら・・桑田は客席に向かった。

運命の、最後のライブが始まる。

アナウンス「次は桜高軽音楽部・・・放課後ティータイムの登場です!」


憂「おねえちゃーん!!」

和「唯―!」

純「梓―!」

唯「こんにちわー!放課後ティータイムですー!」

ワーワー

‘なにあれ、なんか地味じゃない?’
‘ねー。大したことなさそう・・’

桑田(・・・)

桑田(・・・行け!お転婆ビートルズ・・・!)

唯「では一曲目・・・カレーのちライス!!」

‘カレーのちライスだって、変な名前・・’
‘コミックバンドじゃね?’
‘あはははー!’

そんな聴衆の声も、ムギのキーボードにかき消され・・・
唯のボーカルによりライブ終盤で下向き加減だった客席のテンションが徐々に復活していく。
曲の中盤、それぞれの楽器に調子が訪れ、いよいよHTT本領発揮という頃・・・
聴衆一人一人の耳をつんざくかのような歓声と、HTTの演奏が空中で正面衝突を起こした。

桑田「それだ・・それだよみんな。その力が・・・お前達なんだ・・」

桑田「見る者を惹き込んで味方にしてしまう・・そんな、どっから来るのかどっから来てるのかわからない魅力・・・」

桑田「もう誰も、曲名の事も演奏技術の事も何も考えていない。」

桑田「ただお前達の生み出す空気に夢中になって・・一つになってる。」

桑田「それがお前達・・HTTなんだ。」

いつの間にか、ライブは二曲目の私の恋はホッチキスが終わり、三曲目・・・

桑田が彼女達の為に用意した曲の演奏が始まる。

桑田「・・・最後・・か・・・・。」

色々な事があった。混乱から始まり、忘れかけていた気持ち、自分がやらなければいけない事・・・たくさんの事を受け取った。
・・HTTのメンバーから。
・・・ありがとう。
桑田は呟いた。
時間は無常にも過ぎて行き・・

唯「最後の曲です!曲名は・・・せーの!」

唯「I Love Youはひとりごと!」

HTT「明日晴れるかな!!」

ゆっくりと、柔らかな紬のキーボードの音色が会場を包み込む。



唯『熱い涙や恋の叫びも』

澪『輝ける日は何処に消えたの?』

桑田「・・・」

桑田「・・あぁ、最後・・本当に最後なのか・・・」

唯『明日もあてなき道を彷徨うなら』

唯・澪『これ以上もとには戻れない』

桑田(・・・意識が・・・なんだ、おかしいな・・まだ曲は終わってないのに・・)

桑田(・・はは、やっぱり俺は戻るんだな・・向こうの世界に・・)

桑田「みんな、もう会えないかもしれないけど・・」

桑田「最後にもう一度、騒ぎたかったなぁ・・・」

桑田「本当の事を話したら、みんな何て言うんだろうな。」

桑田「律あたりは・・信用しないかもな・・・」

桑田「みんな・・あ、寄せ書き・・・」

唯『誰もがひとりひとり胸の中でそっと』

唯・澪『囁いているよ』

桑田(・・・)

HTT『明日晴れるかな・・・』

桑田(じゃあな・・ありがとう・・楽しかったよ、みんな・・)

唯『遥か空の下・・・・』

ライブ終了後

律「うはー!終わったぜー!!」

唯「凄く気持ちよかったね!!」

紬「プロになったみたいだった!♪」

憂「おねえちゃーん!!」

唯「あ、憂―!」

和「みんな!お疲れ様!凄く・・凄く良かった!」

澪「へへ・・なんか楽しかったな。」

律「あれ、くわっちょは?どっかで迷ってんのかな?ったく。」

唯「ねぇねぇ、憂達一緒に見てなかったのー?」

憂「・・・くわっちょ・・・?」

和「くわっちょって・・・何?」

梓「・・・え?」

梓「・・・え?」

澪「な、なに言ってんだよ和、私達の顧問の桑田先生だよ!」

和「桑田先生・・・?」

憂「顧問は山中先生でしょ・・?」

律「な、何言ってんだよ、冗談やめろって!桑田佳祐だよ!あのエロ教師の!」

純「桑田佳祐?桑田佳祐って、サザンのですか・・・?」

紬「サザン・・・あれ、そういえば・・」

梓「サザンの桑田佳祐・・」

律「ちがうよ!サザンの桑田とは別人だよ!なぁ?澪!」

澪「・・・律、なんか私、今までサザンがこの世に存在してないみたいな感じだったけど・・」

紬「・・私も・・今唐突に思い出したみたいな、そんな・・」

律(・・・!そういえば・・・!)

梓「どうしてだろう・・‘明日晴れるかな’って凄く有名な曲なのに・・」

「桑田先生・・・」

律「どういう・・・どういう事だよくわっちょぉぉぉ!」ガコォォォン!

紬「り、りっちゃん落ち着いて!」

律「うるせぇうるせぇうるせぇーーーー!!!」



数年後


律「・・・」

私達は、あのコンテストで優勝した。
くわっちょが指導してくれたんだ。当然だろう。
・・しかし・・・
くわっちょの事を・・・正確には、くわっちょとの日々を覚えているのは、今は私だけだった。
あれから日が経つにつれて、HTTのメンバーは順番にくわっちょの事を忘れて行って・・
私も忘れてしまうんじゃないかと毎日毎日泣いたけど・・
私だけは、くわっちょの事を忘れなかった。

律「・・・くわっちょ・・・・」
ところで、私達はと言うとあのコンテストを皮切りにプロデビュー。
私達の世代から、若手ミュージシャンの受け入れと待遇が凄く良くなり、
今音楽業界は‘若手最盛期’と呼ばれるまでになっていた。
もちろんそうなるとライバルは多い。しかし私達放課後ティータイムの活動は凄く順調だった。
みんな覚えていないだけで、くわっちょとの練習が今でも糧になってるんだ。

マネージャー「みんな!次のMステの出演決まったぞー!」

唯「やったー!」

梓「頑張りましょう!」

マネージャー「これが出演者リストな。先輩にはちゃんと挨拶に行くんだぞ。」

紬「はーい♪」

澪「・・あ!凄い!!今回は桑田佳祐が出演するみたいだぞ!」

唯「え!?本当!?」

律「なんだって!?」

澪「わ!なんだ律、お前ファンだったのか?」

律「お前達は覚えてないだろうけど・・・私達は高校時代、桑田佳祐と会ってるんだぞ?」

澪「え?何言ってんだ?」

律(・・・)

あれ以来、くわっちょには会ってない。
・・そもそもそう気軽に会える立場でもなかったし、・・・何よりくわっちょも私達の事を忘れてるんじゃないかと考えると・・会うのが怖かった。

律(でも・・・でも・・・)

こうして共演する以上、絶対に顔を合わせなければならない。楽屋挨拶は・・・この世界では鉄即だ。

・・まぁくわっちょは気にしなさそうだけどな。

おまえら全然減速しないから
保険で立てちゃったぞ
必要なさそうだったらこのまま落とすが

>>947
ありがとうございます。多分そっち持ち越します。



律(くわっちょ・・覚えてるかな、私の事・・私達の事・・・)

不安、期待。それらが胃の中でぐるぐると回る。

そして、忙しく仕事をこなしながら・・・

Mステの本番の日が訪れた。

“桑田佳祐様楽屋”

私は今、くわっちょの楽屋の前にいる。
本当は、もう少し後にみんなと一緒に挨拶に来る予定なのだが、
私はその前に一人で、・・私だけで確かめたい事があるんだ。

・・くわっちょが、私の事を覚えているのか。

しかし、ドアの前まで来たは良い物のノックをする勇気が出ない。
そもそも、最初に何て言えば良いのか。
“久しぶり”“初めまして”
どれもしっくりこない。
不安で胸が潰れそうになる。
上手く息ができない。

‘コツッコツッコツッ’

律「・・・!」

誰かの足音が近づいてくる。
この足音・・・懐かしい、この感じ・・忘れる訳がない、
あの人の・・・あの人の足音だ。トイレにでも行ってたのか・・
身体が動かない。振り向いたら・・振り向いたらあの人が・・くわっちょがいる。
‘コツッ’
足音が止まった。
私の後ろにくわっちょがいる。
私の事を覚えていたならそれで良い物の、覚えていなかったら、
楽屋の前でこんな事をしている私はただの不審者だ。

意を決して、後ろを振り向く。

律「・・・!!」

くわっちょだ。

くわっちょがいる。

私達と一緒にいた時くわっちょは何故か若返ってて、今はかなり老けてるけど間違いない。
この人は・・この人はくわっちょだ・・・。

桑田「・・・」

私はすぐに下を向いてしまったので、今くわっちょがどんな表情をしているのかわからない。
でも、黙ってる・・・やっぱり、やっぱり私の事覚えていないんじゃ・・

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