勇者「独り身だがショタを引き取ろうかと真剣に考えている」(206)


 ここに記すのは、
 私が勇者を辞めるキッカケとなった、とある村での出来事。

 救えなかった、少年の話だ。







 個人名が一つだけある。
 気にしないでくれると助かる。


 十年前。
 冬。

 雪が降っていた。
 村の隅で、小さな人影は小さな雪だるまを作っていた。


勇者「可愛い雪だるまだな」

少年「……………」

勇者(……よく見れば、雪だるまにしては丸々としていない。背中には突起物があるし、)

勇者「--カッコイい雪だるまだな」

少年「……ありがとう。でもこれ、雪だるまじゃない」

少年「竜だよ」

勇者「…………りゅ、竜かぁ……」

少年「…………もう、雪だるまでいい」シュン

勇者「あ、いや、えっと……見えなくもないよ。竜に。か、カッコイいなぁ」

少年「ほんと?」

勇者「うん、ほんと」


少年「えへへ、ありがとう。おじさん」ニコッ

勇者「………………」
勇者(おじさん、か……これぐらいの子からみたら、俺はもうおじさんなのか、)

少年「どうしたの?」

勇者「……………なんでもないよ。気にしないでくれ」

少年「…………、」クスッ

少年「変なおにいさん」クスクスッ



 十年前。
 冬の終わり。

 一面の雪景色は終わりを迎え、
 白以外の色は各段に増えていた。


勇者「……ここにいたのか、」

少年「ぼくを探していたの?」

勇者「ああ」


勇者「もう出発するから、挨拶でもって」

少年「……まだ冬は終わってないのに」

勇者「元々、本格的な冬が来る前に村から出る予定だったんだ。ほらここ、雪凄かったし」

勇者「それが、この村で冬を越すことになったから、急いで戻るってさ」

少年「そっか……おにいさん、商人さん達の護衛だもんね」

少年「……さよなら、おにいさん。話し相手になってくれて、ありがとう」

勇者「さよならじゃないよ」

勇者「また来る。早くて夏の終わり、遅くても秋には。今回からの長期契約だからな、この商人達とは」

少年「…………」

勇者「だから、またね、だ」

少年「うん」

勇者「--あ、そうだ。名前、聞いてなかった」

少年「…………、」

勇者「教えてくれるか?君の名前」


少年「…………」プイッ タタタッ

勇者(……打ち解けたと思ったんだけど、そっぽ向かれた上に逃げられるなんてなぁ……)

少年「…………、」クルッ

勇者(ん?足を止めて、振り返った?)

少年「シキ」

勇者「え?」

少年「名前」

勇者「シキ?」

少年「うん」クスッ

少年「またね。おにいさん!」





 九年前。
 秋。

 紅く色付く山。
 その奥深くに、その村はある。


勇者(また、一人でいる)

勇者「シキ!」

シキ「…………?」

勇者「久しぶり。元気だったか?」

シキ「…………あ、」

勇者「あ、っと……去年の冬、話した事あるんだけど……俺のこと、もう覚えてない?」

シキ「…………ごめんなさい」タタタッ

勇者「え、」
勇者(逃げられてしまった……)

勇者(仕方ないか、ほぼ一年会ってないんだし、忘れられてしまうのも)

勇者(それにしても、あの子……雰囲気変わったなぁ)



 九年前。
 秋。

 久しぶりの再会は苦い物だった。
 姿を見かけても、また声をかける勇気は無い。


シキ「おじさん」

勇者「へ?」

シキ「じゃなかった、おにいさん。久しぶり。また来てくれたんだ」

勇者「あ……うん、」

シキ「ごめんね、忙しそうだったからなかなか声かけられなくて」

勇者「……シキ?」

シキ「なに?」

勇者「俺のこと、覚えてるのか?」

シキ「覚えてなかったら声なんてかけないよ」クスッ

勇者「…………、もしかして」

シキ「?」

勇者「君は、兄弟とか、いたりする?」

シキ「……シキに会ったの?」

勇者「え?シキ?」

シキ「シキとぼくはそっくりなんだ。ぼくより少し、怖がりだけど」


勇者「兄弟?」

シキ「みたいなものだよ。ずっと一緒だから」

勇者「同じ名前なんだ」

シキ「うん」

勇者(兄弟で同じ名前、か。……そういう名付けもあるんだな……)

勇者(にしても、)
勇者「……悪いことしたなぁ」

勇者「知らない人から突然名前を呼ばれてやけに親しげに近付かれたんじゃ、怖くて逃げるのも当然か」

シキ「シキはおにいさんのこと知ってるよ。ぼくが話したから」

シキ「多分、どうすれば良いかわからなくなっちゃたから、逃げたんだと思う」

勇者「……なんせ、村では見ない顔だし、不審者だと思われてないなら良いか」

シキ「ごめんね、」

勇者「いや、いいよ」

勇者「でもな……、兄弟がいたか。困ったな」

シキ「?どうしたの?」

勇者「ちょっと待ってて。すぐ戻るから」タタタタッ

 数分後。

勇者「はい、これ」

シキ「……小さな、袋?何か入ってる、……中から甘い匂いがするね」クンクン

勇者「お土産。っても、そんな期待するようなもんじゃないからな」

勇者「一応、ここでは珍しい部類のお菓子、だと思うけど。……それ、一つしか持って来てなくてさ」

勇者「今回は二人で分けてくれ、な」

シキ「…………、」

勇者「ご、ごめん!俺、気がきかなくて。そうだよな、もし兄弟がいたらって考えてたら」

シキ「ありがとう!」ニコッ

シキ「ふふっ。お土産貰ったの、初めてだ。ぼくら二人になら、シキもきっと喜ぶ」

シキ「ありがとう、おにいさん!」ニコニコ

勇者「そこまで喜んでくれるなら、俺も嬉しいよ」

シキ「----、」
シキ「--シキも、喜んでるよ。今度、逃げないでちゃんとお礼言うって言ってるから」

シキ「シキをよろしくね、おにいさん」ニコニコ


 九年前。
 秋。

 出会った少年には、そっくりな兄弟がいた。
 シキとシキ。同じ姿、同じ名前の。


シキ「…………」ジー

勇者「うおっ!?」
勇者(後ろにいたのか、全く気配を感じなかった)

シキ「……あ、のっ……」

勇者「……………、」

勇者(シキと瓜二つ、だが、雰囲気が違う。--あの時の子か。シキが言っていた、もう一人のシキ)

シキ「………………ました」ボソボソ

勇者「え?」

シキ「っ、」カァァア

勇者「あ、ごめん!聞き取れなかったから、今度はちゃんと聞くから」

勇者「もう一度、言ってくれると、助かる、んだけど……」

シキ「……お菓子、ありがとう、ございました……」ペコッ


勇者「どういたしまして」ニコッ

シキ「………………えっと、その……おれ、……ごめんなさい、」

シキ「要件は、それだけ、です……もう行きますね」クルッ

勇者「あ、待って」

シキ「は、はい……」ピタッ

勇者(……雰囲気どころじゃない、同じ姿で同じ名前だけど、内面はまるっきり違うようだ)

勇者「あのさ、」

勇者「……正直な話、村にいる間は簡単な雑用ばかりで暇なんだ。道中の護衛が商談に混ざるわけにもいかないし」

勇者「だから、君の都合が良い時、時々で良いから俺の話し相手になってくれると助かるかな、」

シキ「……おれ、は、シキと違って、話すのは、得意じゃなくて」

勇者「得意じゃなくても助かるよ」

シキ「……あの、じゃあ……おれ、」

シキ「また、来ます……!」タタタタッ


勇者「うん、待ってるよ」


 九年前。
 秋の終わり。

 冷たい風が吹くようになった頃。
 護衛対象の商団は、拠点の町に戻ることを決めた。


シキ「もう、行っちゃうんだね」

勇者「ああ。去年の事があるから、早めに出発するんだってさ」

シキ「…………、さよなら。おにいさん。ぼく達の話し相手になってくれて、ありがとう」

勇者「さよならじゃないよ。またね、だって」

シキ「!」

勇者「次の夏の終わり、秋にでも。また会おう」

勇者「それに、俺こそ、話し相手になってくれてありがとう」

シキ「うん。どういたしまして」ニコッ

勇者「今度は二人分、お土産持ってくるよ」

シキ「……いいの?僕らは何も渡せないのに」

勇者「いいよ。俺がやりたいだけだから」

シキ「えへへ……ありがとう。お土産、期待して良い?」

勇者「いや、それはやめて。プレッシャーかかる。期待は最小で」

シキ「ふふっ、わかった」

シキ「……本当は、シキと一緒に見送りたいけど、出来なくて、ごめんね」

勇者「……シキに、よろしくな」

シキ「うん」

シキ「またね、おにいさん!」

勇者「ああ。またな」





 八年前。
 夏の終わり。

 その村には、その景色に不釣り合いな建物があった。
 そこで何をしているかは、知らない。


シキ「おにいさん!」タタタタッ

勇者「久しぶり。元気にしてたか?」


シキ「はい」

勇者「シキも。元気?」

シキ「はい、元気です」

勇者「そっか。良かった良かった」

シキ「おにいさんも、変わらず元気そうで。良かったです」ヘラリ

勇者「そりゃあ、変わらないよ。俺は成長しきったからな」

勇者「お前は……背、少し伸びたな」ワシャワシャ

シキ「ほんとに少し、ですけど」ニコニコ

勇者「すぐに大きくなるんだろうなぁ、子供の成長は凄まじいし」

シキ「おにいさんは、大きくならない方がいいですか?」

勇者「へ?あ、いやそんなことないよ。むしろ、成長が楽しみかもしれない」

勇者「何時かは、……よっ、と」ヒョイ

シキ「!」

勇者「こうして持ち上げられなくなるんだろうな。ほら、高い高ーい」

シキ「あ、あの……!少し、恥ずかしい、です……」


勇者「……すまん。もうそんな年じゃないよな」ストン

シキ「…………」
勇者「…………」

勇者「あ、これお土産」

シキ「あ、ありがとうございます」



 八年前。
 秋。

 この商人達が何を扱っているか、その全貌は知らない。
 が、村人達への一般的な物資だけじゃない事には、気付いていた。


勇者「高い高い」ヒョイヒョイ

シキ「……………」

勇者「高い高ーい」ヒョイヒョーイ

シキ「おにいさん、僕だって怒るよ?」

勇者「すまん」ストン

シキ「いきなり、なに?出会い頭に、高い高い、だなんて」


勇者「いや、シキにだけやるのは不公平かなって」

シキ「そんな公平いらないよ」クスッ

勇者「……久しぶりだな、シキ」

シキ「久しぶり。お土産ありがとう。お菓子、美味しかったよ」

勇者「そうか、そりゃ良かった」

勇者「それにしても……」チラッ

シキ「なに?」

勇者「見た目は同じなのに、中身は全然違うんだなって」

シキ「それはそうだよ、僕とシキは同じだけど、僕は僕で、シキはシキなんだから」

勇者「ま、そうだよなー」ワシャワシャ

シキ「やめてよおじさん。僕は繊細なんだから、撫でるなら優しく」

勇者「こんなにそっくりなのに、表情がまるっきり違うからな。多分、お前ら二人が隣同士で並んでても、すぐに見分けられる気がする」

シキ「……実はね、おにいさんだけなんだ。母さん以外に僕らを見分けられるのは」

勇者「マジか。こんなに違うのに」

シキ「誇っていいよ、おにいさん」クスクスッ

期待


 八年前。
 秋。

 検査中だから。そう答えた。
 シキとシキが、一緒にいられないのは。


シキ「俺が起きている時、シキは検査で寝てるんです」

シキ「逆に、シキが起きている時は、俺が検査中で、寝てる」

勇者「検査?って……何で?」

シキ「検査しないと駄目なんです。特にシキは」

シキ「ちゃんとやらないと、いなくなっちゃうかもしれない。だから、」

勇者「…………それ、どこでやってるんだ?」

シキ「あの、建物。村の研究所」

勇者(……山奥の村には不釣り合いな、やけに都会的な建物--研究所だったのか。やっぱりこの村、ただの村じゃないな)

シキ「この村の子は、みんな検査してます。……みんな同じ。だけど、みんな俺達が嫌い」

勇者(嫌い、ね。だからいつも一人ってわけか)

シキ「……ごめんなさい。俺達と仲良くしてるから、おにいさんも嫌われるかもしれない」


勇者「大丈夫。二人がいれば話し相手には充分だ」

シキ「ほんとに?」

勇者「ほんとに」

シキ「……良かった」ヘラリ

勇者「なぁ、寂しくないのか?検査中は、二人で遊べないんだろ?」

シキ「研究所でなら、一緒にいられる。シキが寝てる時は話せないけど、」

シキ「それに、俺達はいつも繋がってるから」

シキ「俺とシキは同じなんです。好きな物も嫌いな物も、全部一緒」

シキ「だから、俺達は、おにいさんのこと、」

勇者「俺の、こと?」

シキ「…………」ジー

勇者「え、あ、何?」

シキ「耳、貸して、ください」

勇者「あ、うん。どうぞ」


シキ「…………、」

シキ「俺達は、おにいさんのこと、」


シキ「大好き、です」





 八年前。
 秋の終わり。

 その時、初めて子供が欲しいと思った。
 家庭が持ちたい。彼女すらいないけど。


シキ「シキ、可愛いでしょ」

勇者「おう。女の子だったらさらにヤバかったかもしれない」

シキ「僕が同じことやったとしたら?」

勇者「お前は自分の顔の良さに自覚があるからな。可愛い以前にあざとく感じる」

シキ「ふふっ、だよね」


勇者「初めて会った時は普通の可愛い子供だったのになぁ、たった一年二年でこんな子供になっちゃって」

シキ「おにいさんはさ、よく、僕に声かける気になったね」

勇者「くそ寒い中雪まみれで一人雪遊びしてる子供がいれば、声ぐらいかけたくなるさ」

シキ「でもこの村、普通じゃないんでしょ?」

勇者「!!」

シキ「母さんが言うんだ。この村は異常だ、ここの人間はみんな、普通じゃないって」

シキ「でも、みんなこれが普通だと思ってる。異常だと思ってる僕らが、異常なんだ」

シキ「だから、この話は絶対に誰かにしちゃいけない。母さんはそう言ってた」

勇者「なんでその話を、俺に?」

シキ「シキが言ったじゃないか。『俺達は、おにいさんのこと、大好きです』って」

シキ「好きだからだよ。おにいさん」

シキ「……おにいさんは、もう僕らに関わっちゃ、駄目なんだ」

シキ「今年は、またね、はいらない」


シキ「さよなら、おにいさん」

どうやっても開眼する未来しか見えない

すごく期待している


 ××年前。
 冬。

 降り積もる雪は、この村をさらに隔絶させる。
 それが嫌で、シキは冬が嫌いだった。


 --もう、会っちゃ駄目なの?

シキ「……お兄さんは知らないんだ。この村で何が行われているのか」

シキ「僕達が何なのか、この村の子供が何なのかを、知らないんだ」

 ………………、

シキ「僕と違って、シキは弱いから」

シキ「知ってしまったおにいさんに拒否されたら、悲しくて泣いちゃうだろ?」

 悲しいは知らない。
 泣くも知らない。
 全部、シキだけが知ってる。

シキ「こんな悲しみは、シキにはまだ早い」

 ……さよならは知ってる。
 もう会えなくなること。
 さよならを言ったシキは、悲しかったの?


シキ「うん。おにいさん、馬鹿みたいにショック受けた顔してたから、余計に」

 シキ。
 俺、強くなるよ。

シキ「……いきなり、なに?」

 シキだけに悲しい思いはさせない。
 俺が強くなれば、俺とシキで、悲しいは半分。

シキ「……………なんだかなぁ、」クスッ

シキ「おにいさんに懐いてから、一気に成長したよね」

 ?

シキ(でも、まだだ。シキは知らない)

シキ(--いや、知らないではなく、理解していない)


シキ(もう会えない、その本当の意味も)


 七年前。
 秋。

 さよならと言われた翌年。
 また、赤く彩られた道を歩く。


勇者「……………」ハァ

商人「嫌になったか?あの村に行くの」

勇者「嫌ってわけじゃないですけど」

商人「……何で嫌にならないんだよ。おまけに、訊かない、しな」

勇者「勇者といっても、元は傭兵ですからね。依頼主の事情は訊かないのが普通です」

勇者「けど、」

商人「…………」キョロキョロ

商人「……少なくとも、話し声が届く範囲に他の奴らはいない。そして俺は、アンタのことが気に入ってる」

商人「腕は立つし、どこぞの勇者様方と違って高慢ちきで扱い難くない。真面目だし口も堅い」

勇者「口が堅いって、何でわかるんですか。俺、意外とポロッと言っちゃ--」

商人「何年商人やってると思ってんだ。見る目が無いとやっていけんよ、物も、人も」


勇者「……良いんですか?」

商人「おう。ま、その代わりに俺個人に対してのご贔屓、頼むぜ?」

商人「傭兵に支払う賃金で動いてくれる勇者なんてなかなかいないし、な」ケラケラ

勇者「ははっ、わかりました。なんなりとご指名下さい」

商人「交渉成立。んじゃ、早く訊きな。村に一歩でも入りゃ俺は知らぬ存ぜぬ関わらずを通すぜ?」

勇者「…………では、」

勇者「あの村……あの研究所では何が行われてるんですか?」

商人「へぇ、あれが研究所と知ってるのか。嗅ぎまわってる様子は無かったくせに」

商人「--まぁ、それは置いといて」

商人「あの研究所、というか、あの村はな、戦闘奴隷を作ってるんだよ」

勇者「……戦闘、奴隷?」

商人「そ。--俺はあの村に生身でいける分そこそこの魔力耐性はあるが、魔法の方はからっきしでな。原理について詳しくは説明出来ないが」

商人「簡単に言えば人間に魔法を同化させる研究をやってんだよ」

勇者「そんなの、」

商人「出来っこない、ってのは十年以上前の古い知識だ。情報の更新は大事だぜ、今やっておくんだな」


商人「現に成功例は出ている。成功すりゃ魔力、身体能力が跳ね上がるんだとよ。それこそ、人間じゃない、」

商人「あんたら達みたいにな」

勇者「…………」

商人「といっても、成功率は極端に低いって話だ。で、それすらも数年前までの話」

商人「わかっちまったんだよな、低い成功率を上げる方法が。それが--子供」

商人「未発達ってのがイイらしくてな。特に魔力の資質が高い子供なんかは成功率が高い。元が高い分、跳ね上り方も凄まじい、んだってさ」

商人「で、俺も何年か前まではあの村に売られたガキをせっせと運んでいたわけよ」

商人「仲介したガキの顔はみーんな覚えてるが、あの村で見かけた子供の数は両手で足りちまう」

商人「極端に低い成功率、だからな。あがっても百パーで見れば低い数字になる」

商人「はい、一時中断。質問は受け付けんが、」

勇者「…………」

商人「へへっ、俺が綺麗な商売ばかりしてる人間だと思ってたのか?」ケラケラ

勇者「……胸くそ悪い話だとは思いましたが、」

勇者「俺は、例え勇者でも、全てを救えるなんて思ってません。少なくとも、今の話に俺がどうこう出来ることなんてなかった」


商人「……俺、アンタのそんな所が気に入ってるんだよなぁ。実は傭兵あがりの勇者が一番マトモなんじゃねぇの?」ケラケラ

商人「で、続きだけど」

商人「あの村で生きてる子供はさ、全部成功例なんだよ」

商人「ってことで。あの村は化け物育成用の檻だ。もうすでに、完成待ちの予約は多数って話」

商人「あの村自体、お偉いさんの実験施設だからな」

商人「もう何十何百死んだかわかりやしない、どっからどう見ても非人道的なこれが各地でまかり通ってるのは、」

商人「そのお偉いさんが、アンタの方がよく知ってる側の人間だから、だろうな」

勇者(………勇者協会が、こんなことを黙認してる、ってことか)

商人「ま、一応は隠れてこそこそやってる体だからな。大々的にバレたら、そりゃあもう、大変なことになる」

商人「--そんな危険な話をペラペラと話しちまったわけだが、アンタは口が堅いからな」

商人「バレたら、そうだな。あの村だけじゃない、同じ事をやってる全ての場所全ての子供が、どうなっちまうかわからない」


商人「そうやって育てたガキはそうにしかならない。もしかしたら当たりの主人、っていう幸せも奪っちまうことになるかもしれない」

商人「だからアンタは喋らない」

勇者「…………」

商人「どう見てもマトモな目をした人間がいないあの村で」

商人「暇だからって、小さな化け物に肩入れするアンタは、絶対に喋らない」

勇者「……性格、悪いですね。商人さん」

商人「多少悪くないと生き残れないからな」ケラケラ」

勇者「少し嫌いになりました」

商人「え、こんなに細かく話してやったのにそりゃ無いぜ。好意は贔屓に繋がるんだからよ」

勇者「意識はしますから」

商人「ならいいや」

勇者「………………」ハァ

勇者(だから、さよなら、か……)


勇者(馬鹿なこと、やってるのかな。俺は……)


 七年前。
 秋。

 少し考えて、決めた。
 お土産が無駄になってしまうのは、どうしても避けたい。


勇者「みっけ」

シキ「……みっけ、じゃないよ。おじさん」

勇者「久しぶり、シキ。背ぇまた伸びたな。俺に比べたらまだちっちゃいけど」

シキ「おじさんみたいに記憶力が低下する馬鹿になるなら僕は小さいままで良いよ」

勇者「うっ……口悪くなったな、お前」

シキ「おじさんがホイホイ話しかけてこなければ知ることはなかったね」

勇者「……これが反抗期かぁ、」

シキ「悪いけど、もう僕行くから」

勇者「おにいさん、暇でさ。おまけに卑怯だから」

勇者「お前さんが一人で暇そうにしてたら、すぐに声かけちゃうかも。隠れててもすぐ見つけちゃうかも」

勇者「今みたいに」ニコッ


シキ「…………………、魔法、使えるんだね」

勇者「勇者だからな、俺」

シキ「………え?」

勇者「俺の秘密、教えてやる。俺、勇者なんだよ。そこらの傭兵とかじゃないんだな、実は」

シキ「………………」

勇者「吃驚した?」

シキ「…………誰にでもなれるもんなんだね、勇者ってのは」

勇者「みたいだな」ケラケラ

シキ「………………、」

シキ「………僕達が何か、もう知ってるの?」

勇者「うん、知ってる」

シキ「知った上で、一度さよならした事を覚えてる上で、魔法を使って探してまで僕に話しかけたの?」

勇者「いや、だって暇だしお土産渡さないとだし、な」


シキ「………おにいさんって、ほんと、バカ」

なんか救えないってわかってるから切ない

シキ辛いだろうな…


 七年前。
 秋。

 あの時、憎まれ口を叩くシキの顔は、
 泣きそうに、笑っていた。


勇者「なぁ、シキ」

シキ「なに、おじさん。僕今本読んでるから忙しいんだけど」パラリ

勇者「あ、それ俺があげた本じゃん。どうだ?面白いか?」

シキ「勇者が勇者の冒険活劇を書いた本をお土産にするってどうかと思うけど」パラリ

勇者「いや、確かに俺もどうしようって迷ったというか、」

シキ「僕、これ二周目。おじさんにしては合格点じゃないの?」パラリ

勇者「……素直じゃないよなぁ、」ワシャワシャ

シキ「人を犬猫みたいに撫でるよね、おじさん。やめて」

勇者「ごめんごめん」

勇者「で、ものは相談というか」

シキ「なに」


勇者「シキに会えない。もう吃驚するぐらい会えない」

シキ「おじさんが卑怯な手使って探してるって僕が言ったから、隠れてるんだよ。シキは僕よりかくれんぼが上手だから」パラリ

勇者「え、俺嫌われてる?」

シキ「……………」ハァ

シキ「好きに決まってるじゃん。健気に我慢してるの、」

勇者「我慢って、また何で」

シキ「本人にききなよ。見つけるのは大変だろうけど」パラリ

勇者「なぁシキー、頼むよー、挨拶ぐらいはさー」

シキ「…………、ヒントあげるから、今日はゆっくり本を読ませて」

勇者「よっしゃ、わかった」

シキ「視線感じたらすぐに振り返って。多分後ろにいるから」

勇者「へ?なにそれ、」

シキ「ヒント終わり。邪魔したらもう口きかないから」

勇者「………了解」


 七年前。
 秋。

 視線を感じた。
 振り返った。


シキ「!!」ビクッ

勇者「ほんとにいたよ……」

シキ「っ、あ、の……ごめんなさい!」タッ

勇者「待った。挨拶ぐらいさせろよ、シキ」

シキ「…………は、い、」

勇者「…………」ガシッ
シキ「!!」ビクッ

勇者「久しぶり、シキ。背伸びたな、カッコ良くなったじゃんか」ワシャワシャ

シキ「……えへへ、久しぶり、です」ヘラリ

勇者「で、いくら探しても見つからないと思ったらずっと後ろにいたわけか」

シキ「……すみません、声をかけようかどうか迷ってたら、こんなことに」


勇者「また、何で迷うかな」

シキ「……俺はまた、おにいさんに甘えてしまうだけだから。俺は強くならなきゃいけないのに」

勇者(強く、ねぇ……)

シキ「……………、」

シキ「……あのっ!おにいさん、勇者なんですよね!」

勇者「お、おう」

シキ「あの本に出てくる、勇者と同じ、勇者、」

勇者「俺はあの本の勇者みたいに魔物や魔族相手に無双出来ないけどな」

シキ「でも、おにいさんは強い、んですよね。シキが言ってました」

勇者「シキが?」

シキ「はい」

勇者「………まぁ、そこそこの実力はあると思うけど」

シキ「それで、その……お願いが、あるんです」

勇者「お願い?」

シキ「俺に、剣を教えてくれませんか?」


 七年前。
 秋。

 魔法ではなく、剣。
 シキは、はっきりとそう言った。


勇者「魔法の方が合ってると思うんだけど」

シキ「でも、おじさんは魔法より剣が得意なんでしょ?ならそれで良いじゃんか」

勇者「そうだけどさ」

シキ「楽しい?シキに剣を教えるの」

勇者「……正直な所、楽しい。アイツ筋が良い上に飲み込み早いから、剣だけでもかなり強くなると思う」

シキ「……剣だけでいいよ。魔法はいらない。教えてなんて言わないだろうけど、シキに魔法は教えないでね」

シキ「魔法なんて、剣と比べて薄いから。自分が傷付けたっていう感覚が」

シキ「本当は、シキには誰も傷付けてほしくないんだけど、そうは言ってられないでしょ?」

勇者「………………」

シキ「黙らないでよ、おじさん。シキに剣を教えてくれていること、僕は有り難く思ってるんだ」

シキ「ここの人達はみんな、僕らに魔法ばかり使わせようとするから」


シキ「……おじさん」

勇者「……なんだ」

シキ「おじさんには、シキがどう見えてるのかな」

勇者「どうって、」

シキ「正直に言ってよ。シキには絶対に言わないから」

勇者「素直で、良い子だよ」

シキ「それだけ?ちょっとバカなのかなとか思わないの?」

勇者「お前……自分の兄弟にそんなこと言うなよ……」

シキ「素直って聞こえは良いけど要は単純ってことだよね。だからシキは、単純バカなんだよ」

勇者「俺からしてみれば、お前がマセすぎてんだよ。あっちがまだ子供らしい」

シキ「あはっ、子供らしい、なんて……本気で言ってるの?」

勇者「…………、でもさ、」

シキ「剣、教えてたなら気付いてるよね。シキが怯まないって。怖がりのくせに、自分へ向かう脅威には無頓着」

勇者「……ああ、そうだな。もう少しで怪我させる所だった」


勇者「ここの奴らってみんなそうなのか?」

シキ「知らない。けど、そういう恐怖心は早めに壊さなきゃ使い物にならないと思うよ」

勇者「……お前も?」

シキ「顔に出てるよ、おじさん。シキと同じで、すぐ顔に出るんだから」クスッ

シキ「安心してよ、って言うのはおかしいかな。僕は繊細だからね、怯むし驚くし、怖い事があれはどこかの隅で震えてるよ」クスクスッ

勇者「……笑って言うことかよ」

シキ「--それに、シキも」

シキ「足りないだけなんだ。欠落でもない、壊されたわけでもない。最初から存在していないだけ」

シキ「シキは単純だから……純粋だから、足りない物が多すぎて、すぐに歪んでしまう。その歪みは、誰かが側にいて本気で矯正してくれない限り、きっと戻らない」

勇者「…………」

シキ「僕らの未来は決まってるようなものだけど、細部は変えられる。僕はシキに、笑って誰かを殺してしまうようなヒトになって欲しくない」

シキ「--シキはさ、知らないんだ」

シキ「僕が見せなかったから」

シキ「シキは、ヒトの死を、まだ知らないんだよ」

支援


 七年前。
 秋。

 一目でわかった。
 彼女が、シキ達の母親だと。


勇者(……そっくりじゃないか、金髪といい、赤い瞳といい、)

女「…………もしかして、あなたは、」

女「あの子達に良くしてくれている、護衛の勇者様、でしょうか」

勇者「良くしてるというか、こちらが構ってもらってるだけですが、ね」

女「……ありがとうございます」

勇者「へ……?あ、いや、本当に、暇な俺に付き合ってもらっているだけで」

女「あの子達、よく笑うようになりました」

女「二人共、あなたの事をとても楽しそうに話すんです」

勇者「………………、」
勇者(なんだかな、声には感情のってるのに、顔は無表情か)

勇者(綺麗な人なのに、もったいない)


女「…………ごめんなさい。この顔じゃ、感謝なんて伝わりませんよね」

勇者「え、」
勇者(やべ、顔に出てたか)

女「私、もう表情を作れなくて。不気味なだけですよね。無表情に礼を言われても」

女「先に言っておくべきでしたが、ここには気にする方なんていなくて、失念していました」

勇者「……表情が、作れない……」

女「体中、散々いじられてますから。表情を作る機能はもう随分と前に壊れてしまいました」

勇者「………………」

女「勇者様」

勇者「なんでしょう」

女「私もシキと同じ考えだったんです。だから去年、あなたと離れるよう言いました」

女「困ったことに、あなたが離れなかったんですね」

勇者「ははは、すみません」

女「……ふふっ、良いんです。暇つぶし、なんでしょう?あの子達に構うのは」

勇者「……はい」


女「それがわかったから、もう良いんです」

勇者「……怒らないんですか?この現状を見て助けようとしない勇者に」

女「シキは一度でもあなたに助けてと言いましたか?」

勇者「…………いいえ」

女「なら、暇つぶしを続けて下さると私としても有り難いのですが」

勇者「………………」

女「……安心して下さい。あの子達はあなたに助けを求めません」

女「だから、存分に構ってやって下さい」

女「あなたとの交流が、あの子達の思い出になる」

女「人任せ、というのが悔しいですけど。楽しかった思い出一つ無く成長させるのは、あの子達にも、母親の私としても、悲しい事ですから」





 七年前。
 秋。

 表情が無いことを除けば、まともだった。
 この村で、この親子三人だけが、まともな目をしていた。


勇者(それは、大多数の異常から見て異常となる)

シキ「--シキから聞きました」

シキ「おにいさん、母さんに会ったんですか?」

勇者「あ、……お、おう。会った。綺麗な人だな」

シキ「えへへ、そうですよね。やっぱり母さんは綺麗なんだ」

勇者「お前らにそっくりだからすぐにわかったよ。成長したらまたさらに似るんだろ」

シキ「ってことは、俺達って大きくなったら母さんになるんですか?」

勇者「いやいや、お母さんは女性、お前らは男。そっくりっていってもそこまでは……体格差とかも出てくるだろうし」

シキ「?」

勇者「でもなぁ、なんかシキの方はそっくりになる気がする。アイツ、華奢で最近美少女オーラ出てるからなぁ」

シキ「?俺とシキは同じなのに、シキだけ母さんに?」

勇者「お前はすぐ男ってわかるぐらい少年少年してんの。顔の作りは同じなのに中身が違うからなー」

シキ「!シキは……女の子に、なっちゃうのか……でも、なら俺も、いずれ女の子に」

勇者「いやいやいや、そういう意味じゃなくてな、つかならないから。そう簡単に性別の変更出来ないから」


シキ「??………うう、ごめんなさい、今日のおにいさんの話は、ちょっと、わからない、です」

勇者「……なんだかなぁ、シキは皮肉屋の傾向が見えるけど、お前は少し天然だよなー、」ケラケラ

シキ「天然?」

勇者「どこか抜けてるっていうかさ、」

シキ「…………確かに俺は、」シュン

勇者「え?」

シキ「沢山、抜けてると、思います……」

勇者(おいおい、そこまで落ち込むか?)

シキ「俺には、人間として、足りない物が、沢山、ある」

勇者「…………………、」スッ

 ペシッ
シキ「!」

勇者「でーこーぴーんー」

シキ「?」


勇者「ちょっとは驚けよ」

シキ「あ、えと、俺……」

勇者「驚いてたか?」

シキ「驚いた、と、思います」

勇者「あのさ、シキ。お前は」

シキ「?」

勇者「………………、」

勇者(--って、俺は何言おうとしたんだか、)
勇者(駄目だろ、踏み込みすぎるのは)

勇者(暇つぶしなんだろ、これは)

勇者「……悪い、」ワシャワシャ

シキ「え?」キョトン

勇者「何言おうとしたか忘れちまった」ケラケラ

勇者「お詫びに、あの本に出てくる斬撃が飛ぶやつ教えてやるから」

シキ「え!?でもあれ、出来ないって…!」


勇者「頑張れば出来るんだ、実は。ほんとに頑張らなきゃいけないんだけど、俺が」

シキ「…………」キラキラ

勇者「やってみるか?」

シキ「はい!」

勇者(……誤魔化せたよな、これで)




 七年前。
 秋の終わり。

 最初から深入りする気は無かった。
 自分の手が届く範囲は心得ている。


シキ「………………」ジー

勇者「………………」フイッ

シキ「…………僕が何を言いたいか、わかるよね」

勇者「………………」


シキ「おじさんって卑怯だね」

勇者「…………伝わるとは思ってたが、やっぱり、お前は誤魔化せないよな……」

シキ「シキがお馬鹿さんで良かったね」

勇者「…………すまん」

シキ「……いいよ、もう。言わなかっただけ、自分の立場をわきまえてるってことだし」

勇者「………………、」

勇者「全部の感情が必要とは思えないんだ。足りないままの方が幸せかもしれない」

勇者「……全部を受け止めるのも辛いぞ。希薄にしてないと、壊れるのは別の場所だ」

シキ「わかってる。僕らみたいなのこそ、希薄にしなきゃいけないんだ。だから、この村の人間がしていることは間違ってはいない」

シキ「人間らしさなんて僕らには必要ないから」

勇者「……………」

シキ「……おじさんって、変だよね。暇つぶしなんでしょ、これって」

勇者「おう」

シキ「ちょっと深入りしすぎなんじゃないの?」


勇者「……シキには言えないが、お前には言えるって思ったから、つい」

シキ「お土産、良いの期待するよ。それでチャラにしてあげる」

シキ「暇つぶしの相手、必要なんでしょ?」

勇者「……了解。期待しろ」

シキ「…………おじさんがいるとシキも楽しそうだから、僕も友好的に構ってやってるんだ。そこ、忘れないでよね」

勇者「……おー」

シキ「僕だけなら、こうはしてなかった」

シキ「このままだと、最終的に損をするのは僕の方だから、ね」

勇者「………………」

シキ「ほら、もう行きなよ。護衛が遅れたら世話無いよ」

勇者「ああ、そうだな」


勇者「またな、シキ」

シキ「うん。またね、おじさん」


 ××年前。
 冬の終わり。

 冬は嫌いだ。けれど、雪は嫌いじゃない。
 雪が溶けていく様を、シキは寂しそうに見ていた。


シキ「--あ、溶けてる」

 ほんとだ。……せっかく作ったのに、

シキ「もったいない、格好良かったのに」

 また作るよ。
 今度はもう少し、大きくしてみる。

シキ「なんか、悔しいよね。僕の方が作成歴長いのに、シキの方が上手く作る」

 シキのも格好良いよ。

シキ「僕のは可愛いんだよ。おじさんも言ってたし」

 そうなの?

シキ「そうなの」

 ……ねぇ、シキ

シキ「ん?」


 竜、っていうんでしょ。
 あの雪だるま。

シキ「うん」

 本当に存在するの?
 この世界に、こんな生物。

シキ「するよ。僕も実物は見たことないけど」

シキ「母さんは見たことあるんだって。おまけに、凄いんだ」

シキ「竜族、っていう種族は、竜に変身出来るんだ」

 !!本当に!?凄いねそれって!
 ……いいなぁ、会ってみたいなぁ、

シキ「会えるよ。この村から出られれば」

 出られるの?
 ……それに、シキや母さんは、村から出て大丈夫なの?

シキ「どうせ、大丈夫なようにするよ。そうしなきゃ使い物にならないから」

 ……………一人は嫌だよ。シキ。

シキ「僕がどうなってしまっても、シキを一人にはしないよ」

シキ「絶対に、ね」


 六年前。
 秋の半ば。

 風が冷たい。
 今年は、随分と遅れている。


勇者「……ふぅ、」

商人「魔物の討伐、お疲れさん」

勇者「皆さんに怪我は?」

商人「護衛が優秀すぎるからな、荷馬車でゆったり談話中だよ」

勇者「緊張感無いですね。一応緊急時に備えてほしいんですけど」

商人「だから、お前が優秀すぎるからだよ」

勇者「……まったく、」ハァ

商人「で、またしても二人きりなわけだが」

商人「無いのか?何か言うことは」

勇者「?」

商人「違うか。何か、訊くことは、か」


勇者「……何を訊くっていうんですか」

商人「俺の商売ルートで手に入れた、そこらではまず手に入らない、やたら質の良い菓子をあげる相手について。とか」

勇者「………………」

商人「大食い野郎なんだな、明らかに一人分の量じゃない」ニヤニヤ

商人「おまけに、知り合い価格で少々お安くしましたが、一つ一つけっして安い品ではないというのに」ニヤニヤ

勇者「……三人分なんです、今年からは」

商人「………は?三人分?」

勇者「三人分です」

商人「……お前……ホント物好きだな。去年までは一人だったろ。いつの間に増やしたんだよ」

勇者「……去年までは二人です。今年からは、二人の子供の母親の分もって」

商人「……………まてまてまて、お前、マジか……母親って、あの金髪の美人だろ?もろ人形な、あの」

勇者「……確かに無表情で作り物みたいに綺麗ですけど、人形は言い過ぎですよ。無表情のわりによく喋りますし」

商人「しゃべ……!?」

勇者「?」


商人「えー、げふんげふん。悪かった、少し取り乱しちまった」

商人「にしても、お前称号通りホントに勇者だな。どうやって口説き落としたんだよ」

勇者「口説いただなんて、そもそも、先に口を開いたのはあちらですし」

商人「へ?」


仲間の商人「おーい!!」


勇者「!」
商人「!」


仲間の商人「どうだー?終わったかー!?」

勇者「はい!安全は確保しましたー!出発しても大丈夫ですよー!!」

商人「話は終わりだな、くそっ」

商人「からかうつもりが、まさか俺の方に訊きたい事が出来てしまうとは」

勇者「ははは………」

商人「仕方ない、またタイミングが合えばまた訊いてやる。知り合い価格はこれでチャラだな」

商人「何勘違いしてるのか知らねぇが、もう一人の子供ってのも気になるしな」


 六年前。
 秋。

 秋はすぐにでも通り過ぎる。
 もう半分もない。


勇者「………………、」

勇者(シキがいない、)

勇者(今日は外に出てないのか。魔法で探すっていったって、建物の内部は流石に範囲には入れられないし)

勇者(…………なんだか、変わったな。この村。去年と違ってさらに空気がおかしくなった)

勇者(嫌な感じだな……)

少女「…………」ジー

勇者(おまけに、女の子が俺を見てる)

少女「…………」ジー

勇者(初めての経験だ。目に光の無い少女が俺をガン見している)

少女「…………」プイッ タタタタッ

勇者(行ったか。……いったい、なんだってんだ……)


 六年前。
 秋の終わり。

 冷たい風が吹く事が多くなった。
 秋は終わる。冬が来る。


勇者(……おいおい、嘘だろ)

勇者(今まで会えない日は会った。けど、こうも連日で会えないなんて、)

勇者(ここに来て、まだ一度も、話すどころか姿さえ見かけない)

勇者(まさか、)


 --おじさん、


勇者(シキの声?)クルッ

シキ「…………」

勇者「っ、シキ……お前……!!」

勇者「何で血だらけなんだよ!どこか怪我してるのか!?見せてみろ!」

シキ「…………」


勇者「服もボロボロじゃないか!……腕は、無事だな、胸は、腹は……!」

シキ「…………」

勇者「……見た所、外傷は無いな。どこか痛い所はあるか?」

シキ「ない」

勇者「じゃあこれ、誰の血だよ……。まだ乾ききってない、そう時間はたってないだろ、これ」

シキ「……俺の」

勇者「え?」

シキ「俺の血」

勇者「な……」

シキ「もう治った。痛くない」

勇者「んだよ、それ。この量、尋常じゃねぇぞ!お前のなら、痛い痛くないの問題じゃないだろ!」

シキ「俺は化け物だから」

シキ「見てて」

勇者(--手に、短剣、っ!!)


シキ「………」スッ
勇者「やめろっ!」

 ザシュ
勇者「…………」ポタポタ

シキ「………刃を掴んだら、危ない」

勇者「その短剣、離せ。今すぐ、」

勇者「お前の首から」

シキ「………血、出てる」

勇者「俺はいい。そもそもな、お前だってちょっと切れてるぞ、首」

勇者「血だって、流れ、……!?」

勇者(傷が、治っていく……!?こんな、一瞬で)

シキ「すぐ治るから、これぐらいの傷、血なんて出ない」

勇者(そしてこれは、魔法じゃない)

勇者「シキ……お前……」

シキ「言ったろ。俺、化け物なんだ」

勇者(何があったんだっていうんだよ、)


勇者「とにかく、短剣は没収」グイッ

シキ「……うん」

勇者「……………ったく、何したかったんだよお前。いや、わかるけどさ」

シキ「傷、すぐに治るから。痛くない、大丈夫だって見せたくて」

勇者「だからって、なんで首なんだよ」

シキ「すぐわかってくれるかな、と思った」

勇者「……ああ、もう!!」

勇者「お前までおじさん呼びなのも気になるけど、最初は、挨拶だろ、」

勇者「久しぶり、シキ」ポタポタ

シキ「……おじさん、」ストン

勇者「え、あ!?どうした膝付いて、やっぱりどっか痛……」

シキ「俺、おじさんを傷つけた」

勇者「何言ってんだ。俺は勇者だぞ。これぐらい治癒魔法かけりゃ一瞬だ」

シキ「おかしいんだ。俺、人を斬れないんだ。斬りたい相手に傷一つ与えられないんだ」

シキ「それなのに、おじさんを傷つけてしまった」


勇者「っ………なぁ、シキ」

勇者「シキは、どうした」

シキ「シキ、は…………」

勇者「なぁ、シキはどうしたんだよ!シキ!」

シキ「…………寝てる」

勇者「寝て、る?……寝てるだけか」

勇者(……前に言っていたアレか。どちらかが起きて……外にいる時)

勇者(片方は研究所で、検査中。眠っていると、)

シキ「……起きないんだ」

勇者「!」

シキ「前は、寝ていても、呼んだらすぐに起きてくれた。すぐに返事をくれた」

シキ「でも、今は違う」

シキ「呼んでも、起きてくれない。返事がない」

シキ「おじさん、俺、どうしよう」

シキ「一人は、寂しい」

今日はここまで。
ほのぼのやりたくて始めたこれも後半入った。もうすぐ終わる。
あと少し付き合ってくれると嬉しい。

ロリにすれば良かったかもしれないとは何度も思った。


個人的にはエロ厨わきそうなロリよりショタで良かった
ラストまで楽しみにしてる


 六年前。
 秋の終わり。

 シキが目覚めない。
 だからシキは、歪み始めた。


勇者「…………………はぁ、」

勇者(……そうだよな)

勇者(ずっと同じなわけないもんな、)

勇者(ちょっと勘違いしてたかもしれない)

勇者(もう少し続くと思っていた。……甘かったな、)


「……ため息なんかついて、どうしたの」


勇者「…………そりゃあ、ため息の一つや二つ、つくだろ」

勇者「……久しぶり、より、おはようが先か?」

勇者「シキ」


シキ「……どっちでも良いよ」


勇者「…………」

シキ「ふぁぁ…………」

勇者「まだ眠いのかよ。つかさ、どんだけ寝てたんだ」

シキ「一週間ぐらいかな。今回は少し長すぎたね。おかげでシキがああなっちゃった」

勇者「……再会、衝撃的ってレベルじゃねぇぞ」

シキ「歪みやすいって言ったじゃん。……まぁ、僕が長く寝過ぎたのが一番の原因だけど」

シキ「……僕がいないからって、派手に虐められたみたいだし」

勇者「……他の子供に、か?」

シキ「僕達、嫌われてるから」

シキ「……言っておくけど、シキに自傷癖なんて無いから。アレ、全部他の子供にやられてる」

勇者「冗談抜きに血だらけだった、下手しなくても死ぬぞ。普通」

シキ「何言ってるのさ。僕らや、この村の人間、この村そのものが普通じゃないって、知ってるでしょ?」

勇者「…………」


シキ「それに、普通の子は自分の首かき切ろうなんてしないよ」

勇者「その件については思いっきり叱った。いくら治るからって、あれはない」

シキ「……シキを、叱ったの?」

勇者「……ちょっとやりすぎたかもしれない。アイツ、お前がいない分弱ってたし」

シキ「ふふっ、叱るだなんて、何様のつもり?」

勇者「……ゆ」
シキ「勇者様、なんて寒い事言う人とは口ききたくないな」

勇者「………………」シュン

シキ「冗談だよ。本気にしないで」クスッ

シキ「叱ってくれてありがとう。僕までよく眠るようになったから、シキに注意する人がいなくなって困ってたんだ」

勇者「シキ、落ち込んでなかったか?」

シキ「そりゃあ落ち込んでただろうけど。今日の様子を見る限り大丈夫なんじゃない?」

シキ「検査の直前まで、口の中が甘い凄く甘いって幸せそうだったし」

シキ「……お土産、期待する、なんて言ったけどさ。あれ、結構な値段するよね」


勇者「合格点?」

シキ「あんなの食べ慣れてたら、僕らはどこかの貴族の子供だよ。少しむかついたけど、合格に決まってる」

勇者「そりゃ良かった」

シキ「……なんか、悪いなぁ。もう、秋は終わるのに」

シキ「ごめんね、おじさん。今年は暇つぶしに付き合ってあげられないや」

シキ「戦闘訓練があるし、なにより僕はよく眠るようになった」

シキ「だから、あと数日はシキに構ってやってよ。もう落ち着いたと思うから」

シキ「……もう、行かないと」

シキ「今更だけど、久しぶり。そして、またね、おじさん」

勇者「………………」

勇者「一つ、訊かせてくれ」

シキ「なに?」

勇者「シキが俺をおじさんと呼びだした。何でだ」

シキ「ぷっ……くくっ」

シキ「なにそれ!別れの挨拶でそれ訊くの?」


勇者「俺としては大問題だ」

シキ「まったく、おじさんってホント面白いなぁ」

シキ「いいよ。教えてあげる。僕が言ったんだ。おじさんはもうおにいさんじゃない、おじさんって呼ぶのが正しいんだよ、って」

勇者「お前……なんてことを……!俺、まだ若いんだからな!」

シキ「僕らからみれば、出会った時からおじさんだよ」クスッ

シキ「ま、百歩譲っておにいさんにしておいてあげたけど。僕らが年をとった分、おじさんも年をとった」

シキ「今は……おにいさんとおじさん、この微妙なラインにいる事、おじさんだって自覚してるんでしょ」

勇者「うっ」

シキ「シキに嘘は教えられないから。ま、おじさんが女性ならずっとおねえさんで通したかもね」クスクスッ

勇者「ったく、イイ性格してるよ。お前」

シキ「ふふっ、ありがと」

勇者「褒めてないよ」

シキ「知ってる!」

シキ「--じゃ、またね、おじさん!シキをよろしく!」

勇者「おー。じゃあな、シキ」


 六年前。
 冬の始まり

 宣言通り、シキは姿を現さなかった。
 そして、秋が終わった。


シキ「おじさん、もう冬だ」

勇者「そうだなー、もうじき、雪が降る」

シキ「……行かないの?」

勇者「……護衛対象がここで冬を越す気だからな、俺だけ村から出るわけにはいかないよ」

シキ「そっか」

勇者「………………」

シキ「…………シキが喜ぶ、今年は一度しか話してないから」

勇者「逆に怒りそうだけどな。何で冬もいること言わなかった、って」

シキ「俺は嬉しいのに」

勇者「嬉しいかー、なら笑えよシキー」

シキ「ひゃめてよ、おひさん」


勇者「使わないと表情筋固まったまま動かなくなるぞー、笑いたいのに笑えないって結構辛いと思うぞー」

シキ「母さんみたいに?」

勇者「……多分、そうかもな」

シキ「わかった。気を付ける」

シキ「……シキにも言われたこと、だし」

勇者「…………」

勇者「…………なぁ、シキ」

シキ「なに?」

勇者「去年は深く訊かなかったけど、何で強くなろうと思ったんだ?」

シキ「……俺、すごく弱いんだ。昔から、今もずっと、シキに守られてる」

シキ「目を閉じて、って、シキが言うんだ。目を閉じれば何も見なくてすむ、感じなくてすむ、から」

シキ「そうやってシキは俺に何も見せない。一人で全部抱え込む。俺はそれがどんなに辛いことか知らない」

シキ「……辛いを知ったのも、最近なんだ。シキがいないのは、寂しい、と……あれが辛いなんだろうね」

シキ「シキが俺に目を閉じるように言うのは、俺が弱いからだ。凄く、弱いからなんだ」


シキ「でも、強くなるのも、難しい」

シキ「剣を習って、少しは強くなっていた気でいたけど」

シキ「全然、ダメだ、俺」

勇者「……なぁ、何で斬れないんだ?治るとはいえ、相手は容赦なくお前をズタボロにしてくるんだろ?」

シキ「加減がわからないんだ。アイツ等は嫌いだけど、斬られたら死ぬかもしれない」

シキ「おじさんがくれた本で知ったんだ。死ぬって、いなくなることなんでしょ」

シキ「この世界からいなくなるのは、俺は嫌だから。シキや母さんがいるし……おじさんも、いるし」

シキ「人にされて嫌なことはしない。シキが言ってた。だからしない、ようにしたい、けど」

シキ「これだと、駄目なんだよね」

勇者「……駄目だな」

シキ「だよね。正当防衛も大事って言ってたから、無抵抗は止めることにする」

シキ「とりあえず、逃げてみるよ。すぐ治るけど、怪我したのばれたらシキが怒る。怒った」

勇者「俺も怒る。攻撃より防御に重点を置いて教えたつもりなんだぞ、剣は」

シキ「おじさんも怒る。のも嫌だな。逃げる、意識しないと」


勇者「痛いのが嫌だからみんな逃げたり防いだり避けたりするんだ」

勇者「意識して、じゃなくて、意識しないでも痛いのを嫌になれば、シキも俺も怒らないよ」

シキ「……おじさんって刺されたら痛いの?」

勇者「え、痛いけど」

シキ「我慢出来るぐらい?」

勇者「我慢はするな。やせ我慢だろうけど」

シキ「シキも痛いよね。お母さんは……もう痛くないって言ってたけど、痛い方が良いって言ってたし」

シキ「おじさん、俺、痛覚が鈍いんだって。だから自分に向かってくる危険がわからないんだって」

シキ「どうやったら痛いってわかるかな。俺、痛いがわからないから加減が出来ないんだ」

勇者「……………」

 ペシッ
シキ「……あ、でこぴん。今の」

勇者「これ、痛い。ほら、痛いって言え」

シキ「……痛い」

勇者「頭ぶつけても痛いし滑って転んでも痛いし足の小指をどこかの角にぶつけたらそれは軽く悶絶するぐらいには痛い」


勇者「痛みを痛いと無意識に変換出来るようになるまで、痛いって思うのを意識しろ。最初はこれだな」

勇者「というかお前、痛覚が鈍いって言うけど、何も感じないのか?」

シキ「ううん。痛みはあるよ。ただ我慢出来るだけ」

勇者「でこぴんと斬られるの、どっちが痛いかわかるか?」

シキ「斬られた方が痛い、と思う」

勇者「なら大丈夫だな、」

勇者「痛みを知らなきゃ加減どうこうは出来ないし。お前ならわかるようになるよ」

シキ「それがわかれば、斬れるかな」

勇者「言葉だけ見れば物騒だけど、まぁ、お前は斬れないとマズいだろ。逃げる防ぐが出来ない相手もいるからな」

勇者「あとさ、」

勇者「加減を知らないから斬れない、今のお前は正しいよ」

シキ「………そうなの?」

勇者「そうだよ。そうなんだけど、」

シキ「…………?」


勇者「なんだかな、俺はお前の今後が心配だよ」

勇者「お前、人なんだからさ。何があっても人でいろよ。そうしてないと、シキのやつは悲しむだろうからさ」

シキ「…………人、」

シキ「……うん、わかった。俺も、シキは俺が人でいることを望んでると思うから」



 六年前。
 冬。

 雪が降っている。積もっている。
 村は白に染まりきっていた。


勇者「寒くないんですか?」

女「そうですね、寒くはありません。……けれど、」

女「あなたの吐く息、私の吐く息は白いから。きっと、寒いんでしょうね」

勇者「……………」
勇者(寒さすら、もうわからないのか、)

女「……慣れているから、そう思って下さい。私の方が、あなたより寒さに慣れている。だから、寒くないんです」

勇者「…………はい」


女「お土産」

女「私の分まで、ありがとうございます。……あんなに高いもの頂いてしまって、申し訳ないです」

勇者「いえ、好きでやっているので」

勇者「その……お口に合いました?」

女「……とても質が良くて、美味しいものだとはわかります」

勇者「……すみません」

女「謝るのはこちらの方です。……ごめんなさい」

勇者「………………」

女「……お礼に、といってはなんですが、笑える話をしようと思います」

勇者「は、い……?」

女「私、望んで産んだわけじゃないんです。どこの誰とも知らない--まぁ私と掛け合わせるぐらいですから、魔力面では良い血統だと思います--その子種で無理やり孕まされて、産まされました」

勇者「……え、」

女「もちろん、シキの話です」

勇者「…………」

女「今まで全て流してきたのに、シキだけなんです。しぶとくこの世に生まれてきてしまったのは」


勇者「…………」

女「私の子とはいえ、経緯が経緯ですから。そもそも私に母性愛など存在しないと思ってましたし」

女「愛せるわけないですよね」

勇者「…………、」

女「愛せるわけないんです、普通は」

女「………………」
勇者「………………」

女「……あの……あの子達、可愛いと思いませんか?」

勇者「……は…………?」

女「あの子達、滅茶苦茶に可愛いんですけど、もう吃驚するぐらい可愛いんですけど、あなたはそう思いません?」

勇者「あ、いや、可愛いとは思いますけど、はい」

女「ですよね、可愛いですよね。私、あの子達のこと大好きなんです。愛してます。これが母性愛なんですかね」

勇者「……………」

女「……えっと、笑えませんか?」

勇者「……すみません、笑い所がちょっと……」


女「……ごめんなさい。私のような女が我が子に愛情を感じているという、このおかしさが、」

女「笑えるかな……と、考えて……」シュン

勇者(天然、というか……)
勇者「…………やっぱり、親子ですね。シキに似ている」クスッ

女「!そうですか?ふふっ、嬉しいです」

女「シキも、私は自分よりシキに似ているって言うんです」

女「私に似たんですね、あの子。可愛いです」

勇者(…………表情は変わらない。けど今、彼女は確かに笑った)

勇者(無くしちゃいけないものは無くしてないのか、)

女「ここ最近は、毎日考えています」

女「あの子達がどんな大人になるのか、とか、どんな人を好きになるのか、とか」

女「ふふっ、考えるだけなら自由ですから、ね」


 六年前。
 冬。

 そういえば、と思い出す。
 初めて声をかけたあの日も、シキは一人で雪遊びをしていた。


勇者「竜か?」

シキ「正解」

勇者「………………」
シキ「………………」

勇者「……あのさ、機嫌悪い?」

シキ「冬もいるなんて聞いてない」

勇者「今年は到着が遅くなるからって、この村で冬を越すことが決まってたんだ」

シキ「この村に来た時点で?」

勇者「……来た時点で」

シキ「…………」

 ボフッ
勇者「うおっ!?--ぶへっ、雪が口に!」


シキ「これで許してあげる」クスッ

勇者「素直におにーさんが冬もいて嬉しいとか言ってくれないのかね」ケラケラ

シキ「言われたいの?僕に全力で媚び売られたいの?」

勇者「なんか怖いからいいや」

シキ「でしょ?」クスクスッ

勇者「……しっかし、普通の雪だるまは作らないんだな。好きなのか?竜」

シキ「うん。本物は見たことないけどね」

勇者「ドラゴンの方じゃないのな」

シキ「嫌いじゃないけど、分類上魔物のドラゴンよりは竜の方が憧れるかな」

勇者「実は俺、竜族に知り合いがいたりする」

シキ「それ、シキに詳しく話してあげてよ。凄く喜ぶと思う」

勇者「お前は?」

シキ「喜ぶよ。聞きたいと思う」

シキ「でも、僕達半分繋がってるみたいなものだから、初めて聞くわくわく感はシキに譲るよ」


勇者「そっか。…………よいせっと、」

シキ「おじさんくささに磨きがかかってるね。しゃがむだけでそれ?」

勇者「いいじゃねぇか。お前も年とれば勝手に口から出るんだよ」

シキ「ふふっ、気を付けることにするよ」

勇者「……絶対言うんだからな、見てろよ……」コロコロ

シキ「なに?おじさん雪だるま作るの?」

勇者「スタンダードなやつをな。お前のソレはそろそろ雪像の域に達する」

シキ「おじさんは一度シキ制作の竜を見るべきだね」

勇者「凄いのか」

シキ「凄いよ」

勇者「じゃあ次会った時にでも見せてもらうか」

シキ「そうしてよ」

勇者「…………」コロコロ
シキ「…………」ペタペタ

シキ「…………おじさんってさぁ、」


勇者「ん?」

シキ「兄弟とかいるの?」

勇者「いや。一人っ子」

シキ「そうなんだ。下に兄弟がいるからこうなんだと思った」

勇者「俺も俺って案外子供好きだったんだなーって思ってる」

シキ「子供好きならさくっと子供作ればいいのに」

勇者「簡単に言うよなー」

シキ「彼女は?」

勇者「………………」コロコロ

シキ「ごめん。僕、簡単に言っちゃったね……」

シキ「っ……一人で小作りはっ、流石に出来ないね……」フルフル

勇者「……お前、俺が寂しい独り身だからって馬鹿にしてるな?」

シキ「してないよ?ただ、いないんだぁ、って」フルフル

勇者「笑いこらえて震えてるくせにこの野郎」

シキ「……ぷぷっ、まずは彼女からだね。おじさん」


勇者「おー、作ってやるわ可愛い彼女。全力でノロケてやるからな」

シキ「ふふっ、待てる間は待っててあげるよ」クスクスッ

勇者「目標は半年以内」

シキ「現実を見なよ。そんなすぐに出来るんだったらもう出来てるでしょ」

勇者「真顔で言うなよな……」



 六年前。
 冬。

 それは、雪だるまの域を大きく越えていた。
 白い竜の側に、シキはいた。


勇者「…………」

シキ「シキに褒められた。今年はさらに凄いって」ペタペタ

勇者「雪だるまってレベルじゃねーぞ……」

シキ「でも、まだ本物を見たことはないから、よくわからない所が沢山ある」

勇者「大きさ的に子供の竜、っていうかお前……器用だな……!滅茶苦茶カッコイいぞ……!!」


シキ「ほんと?」

勇者「本当。シキが凄いって言った訳がわかったわ……」

シキ「……嬉しい」ペタペタ

勇者「雪でここまで作るか……あ、その竜の足元の。俺の雪だるまとシキの竜だよな」

シキ「うん。……春が来るまで、コイツが二人を守れるように」

勇者「そっか。いや、マジで守ってくれそうだわ」

シキ「…………あの、さ、おじさん……」

勇者「おう、何だ?」

シキ「竜族の人と知り合いって、シキから聞いたんだけど、」

勇者「詳しく聞きたいか?」

シキ「うん!!」キラキラ

勇者(お、ちょっと表情が戻ったな)

勇者(前みたいに笑えるようになりゃいいんだけど、)

勇者(……どっちが良いのか、どっちが楽なのか、それはコイツ等が決めることで)

勇者(俺は口出し出来る立場じゃないと、口出し出来る立場にはならないと、わかってるはずなのに)


勇者(…………シキも、彼女も、俺に、未来を求めているわけじゃない)

シキ「……おじさん?」

勇者「--あ、悪い。どうだったかなって思い出してた」

勇者「で、何から訊きたい?」



 六年前。
 冬。

 これは暇つぶしなんだと、
 そう考える事が増えてきた。


シキ「人間と、竜族と、魔族。これだけ?」

勇者「ああ。……一応天使なんて呼ばれる奴らも存在するが、アイツ等は上に引きこもってるし」

シキ「空の上にも、世界がある、」

勇者「広いよなぁ、この世界は」

シキ「…………いつか、俺も、冒険してみたい」

シキ「あの本の、勇者一行みたいに」

勇者「…………」

シキ「おじさんも勇者。なら、魔族や、魔王を倒しに行くの?」

勇者「……俺は行かないな」

シキ「何で?」

勇者「魔王は強くて勝てるわけないし、魔族を倒しにわざわざ行くってのも気がのらないし」

シキ「魔族は敵なんだよね。何で気がのらないの?」

勇者「……魔族は敵だが、なんというか、その……」

シキ「俺達、魔族を殺すために作られた」

勇者「…………、俺はさ、弱虫なんだ」

勇者「だから、あんまり戦うのが好きじゃないんだ。殺すのも好きじゃない」
勇者「まぁ、自分の命を守る時や、あと仕事の時は別だな。好きじゃないとか言ってられないし」

勇者「……幻滅したか?」

シキ「うん」

勇者「………………だよな、」

シキ「でも、」

シキ「俺は、おじさんみたいな勇者の方が、好きだ」


 六年前。
 冬の終わり。

 シキの作った竜はもうほとんど溶け、
 唯一原型を残したシキの小さな竜が静かに寄り添っていた。


勇者(そりゃ、雪も溶けるよな。もうこんなに暖かくなってきたわけだし)

勇者(……………………、)

勇者(出発前に顔見たかったけど、今日もいそうにないな)

勇者(いるとしたら……研究所、か)クルリ


少女「………………」


勇者(さっきからずっと、後ろについて来てるんだよな、この子)

勇者「えっと、何か用?」

少女「シキを探してるんでしょ」

勇者「え?」

少女「あなたは、シキを探してる」


少女「あなたも、シキを特別扱いしてる」

勇者「…………、」

少女「みんな不公平だって言ってる。アイツだけ、特別扱いして」

勇者「……嫌い?」

少女「みんな嫌い。シキが嫌い」

勇者「……仲良くしてやってくれとは言わないけど、アイツ等をそう苛めないでくれよな」

少女「アイツ等?」

勇者「?」

少女「アイツ等って言ったね。今」

勇者「……言ったけど」

少女「同じだ、やっぱりあなたも、あの女と同じ!」

少女「頭がおかしい!異常なんだ!!」

少女「シキは一人なのに、二人だって言う!!」

勇者「!」

少女「お父さんの言ってた通りだ!お前は頭がおかしい!!」


勇者「………………」

少女「シキを探してるんでしょ?私達も探してた。チャンスだったのに逃げられた」

少女「今度こそ殺そうとしたのに。きっともう回復してる。むかつく」

少女「お前も、むかつく。早く出てけ。村から出てけ!」タタタタッ

勇者「………………、」

勇者(そういえば、シキ達以外で話したのって初めてだな)

勇者(この村で、この村の人間と)

勇者「…………」

勇者「ついに目をつけられた、ってことか」

勇者(…………もう少し、歩いてみて)

勇者(会えなかったら、それで終わりだ)



 六年前。
 冬の終わり。

 魔法は使わなかった。
 探すつもりはなかった。

勇者「………………、」

 けれど、見つけた。
 衣服は赤く染まっていた。
 膝に顔をうずめ、震えていた。

勇者「…………よう」

シキ「…………魔法使ってもわからないようにしてたんだけど」

勇者「使ってない。多分直感ってやつ」

シキ「……今のおじさんが一番持ってちゃいけない能力だね、それ」

勇者「……なぁ、シキ」

シキ「先に警告するよ。今の僕は自制がきかない。何言うかわからない」

シキ「だから行って。お願い……」

勇者「…………」

 さらに小さくなった身体の、その隣に腰をおろす。
 シキはびくりと大きく肩を震わせた。

シキ「……………馬鹿なの?」

勇者「……ホントに、どこかの隅で震えてるんだな、って思って」

シキ「………………」
勇者「………………」

シキ「…………ばか。ばかばかばか」

勇者「半泣き声で罵倒されてもなぁ」

シキ「…………もげろ」

勇者「どこで覚えたんだよ、そんな言葉」ケラケラ

シキ「………………」

勇者「………傷、痛むなら見せてみろ。治癒魔法かけてやる」

シキ「いらない」

勇者「遠慮するなって」

シキ「きかないんだ。治癒魔法」

勇者「……難儀な身体だな。いくら自己治癒が早いからって」

シキ「……そうだね。僕も、シキと同じだから、怪我してもすぐに治る。治ってた。今までは」

勇者「!」

シキ「今は、どうかな。治るけど、前と比べて格段に遅くなってる」


シキ「わかるんだ。もう、治らなくなるって」

勇者「………………」

シキ「シキだけは治る。ちゃんと治る。これだけが救い」

勇者「………………」

シキ「……おじさん、僕、ちゃんと未来が見えてた」

シキ「シキと一緒ならどうとでもなったんだ。僕らは奴隷だけど、奴隷なりに未来はあった」

シキ「僕は子供だから、この弱い身体じゃ、弱い心じゃ、何も出来ない。大人になれば、今よりもっと強くなれば、」

シキ「逃げ出せる、母さんと一緒に。僕らだけの力で。そう考えてた」

シキ「なのに、これだよ……ふざけんな、こんなの、アリかよ……」

勇者「………………」

シキ「……本当は、母さんは、もう長くない。母さんの身体は、生きてる方がおかしいぐらい、壊れてるんだ」

シキ「僕の身体も、村から出ればまともに機能しなくなる。僕の魔力に、身体の成長が追いついてないんだ」

シキ「この土地は空気中の魔力濃度が高いから、普通の人には毒だけど僕にとっては最高の抑制力となる」

シキ「でも村の外は、僕の魔力を抑える外側からの力があまりにも小さい。……ふふっ、内側から破裂したりして。風船みたいに」


シキ「だから、薬で、無理やり抑えるようにしてる。副作用は……長い、眠り」

シキ「薬が身体に慣れる内に、眠りが深く長くなって」

シキ「傷さえ、治らなくなった」

シキ「母さんは死ぬ。でも、僕にはシキがいる。シキには僕がいる。だから、大丈夫なんだ」

シキ「でも、僕が消えたら」

シキ「一人残されたシキは、どうなる?」

シキ「シキは、僕と一緒じゃなきゃ、きっと、生きてくれない」

シキ「シキなら治る傷も、僕が消えればきっと治らなくなる。治さなくなる」

シキ「シキだけなら、シキ一人だけなら逃げ出せるんだ。けど、そうしないのは」

シキ「僕と母さんが、ここにいるから。この村の人間の言うことをきくのも、僕と母さんが消えてしまうのが、怖いから」

シキ「でも、この先、必ず、シキは一人ぼっちになってしまう」

シキ「怖いんだ。母さんが死ぬより、僕が死ぬより、」

シキ「シキを、シキと呼ぶ人がいなくなってしまうことが」

勇者「……………、っ、」


シキ「--おじさん、頼みがあるんだ」

勇者「……なんだ」

シキ「お土産はいらない。もう話してくれなくていい、会ってくれなくていい」

シキ「この村に、来てくれなくて、いい」

シキ「だから、お願い。シキの事を忘れないで」

シキ「シキを覚えておいて、」

シキ「そうすれば、きっと」

シキ「シキはシキでいられるから」




 六年前。
 冬の終わり。

 それ以上、シキは何も言わなかった。
 またな、とは言えなかった。


商人「……今年限りだな、お前も」

勇者「護衛の仕事、ですか?」


商人「ああ。なんせ、あちらさんに目をつけられちまった」

商人「……今まで、あの村で、あの村の子供サマに構うお前が何で放っておかれてたかはわかるよな」

勇者「はい」

商人「お前、案外性格悪いって思われるぐらいあからさまだったからなー。構うのは暇つぶしだって感じが」

勇者「……………」

商人「構われてる側も全く様子を変えなかったみたいだし、」

商人「でも、目をつけられた。変わったって事だ。どちらかなのか、どっちもなのかはわからんが」

商人「なぁ、どうしちゃったんだよお前」

勇者「……ほんと、どうしちゃったんですかね、俺」

勇者「気付かない間にほだされちゃったんですかね……」

商人「……お前が構ってるあの子供は、あの村で一番の上物だ。売却先も決まってる」

商人「この村に投資した貴族様が、人一人が一生豪遊出来る額で買うんだよ」

商人「母親も、研究材料としての価値は、他の子供様につけられた値段を上回る」

勇者「…………」

商人「無いとは思うが、馬鹿な事考えてるわけじゃないよな」


勇者「無いです。そんなの、考えるわけない」

勇者「俺の手は、そう遠くまでは届かない。自分だけで精一杯なので」

商人「…………それならいいんだ。いいんだ、けどよ……」

商人「お前さ、大丈夫だよな」

勇者「?何がです?」

商人「頭」

勇者「……は?」

商人「いや、だってお前、三人って言ったよな」

勇者「言いました」

商人「お前とは、これから先も仲良くしていたいのに、おかしくなられちゃ困るんだよ。俺は」

商人「何かの勘違いだと思うんだけど、さ」

商人「お前が構ってるのは、金髪赤目の、母親にそっくりな子供だよな」

勇者「はい」

商人「一人しかいないぞ」

勇者「…………」

商人「二人はいない。一人しかいないはずだ。子供は」

勇者「………………」

商人「何かの勘違い、だよな」

勇者「……そうですね。俺の勘違いみたいです」

商人「だよな、」

勇者「…………商人さん、一つ、お願いがあるんですけど」

商人「なんだー?」

勇者「来年、あともう一度だけ、護衛の仕事やらせて下さい」

商人「やめとけって、下手したらお前、上の貴族様にも目つけられるぞ」

勇者「さよならぐらい言わせて下さいよ。それぐらいの義理はある」

商人「……………」
勇者「お願いします」

商人「……いいぜ。一度だけ味方になってやるよ」

商人「でも、これっきりにしろよ。これ以上は無理だからな」

勇者「はい。ありがとうございます」


 ××年前。
 春。

 春が来た。
 一人で迎える、初めての春。


シキ「シキ」

シキ「……シキってば」

シキ「…………………」

シキ「まだ寝てるんだね」

シキ「…………、母さんも、シキも、よく眠る。長く深く眠る」

シキ「その間、俺は一人」

シキ「寂しいし、退屈だけれど」

シキ「…………、なぁ、シキ。覚えてるよな」

シキ「俺を一人にしないって」

シキ「そう、シキが言ってくれたから、俺は待てるよ。ちゃんと。シキが目覚めるまで」

シキ「少しは成長しただろ、俺」


シキ「だから、」

シキ「俺だけを心配するのはやめてよ」

シキ「なんでも、俺ばかりを優先するのも、やめて」

シキ「シキが何か隠してるのも、俺、知ってる」

シキ「…………」

シキ「俺が存在するのは、シキのおかげなんだ」

シキ「シキがいるから、俺は存在するんだよ」

シキ「だから、だからさ、シキ」

シキ「……………………、」

シキ「もし、いなくなるのなら、」

シキ「……絶対、って言ったんだから、絶対」

シキ「俺も一緒に、連れてってよ、な」


 五年前。
 秋。

 赤く彩られたこの道を歩くのも、これで最後。
 そう考えると、やはり感慨深いものがあった。


商人「転移魔法ってあるじゃん」

勇者「はい」

商人「あれ、使いこなせると楽だよな」

勇者「制限多い上に、どこでも飛べるってわけじゃないですけどね」

勇者「少なくとも、あの村へは使えません」

商人「へぇ、やっぱりか。あそこ色々おかしいもんな」

商人「で、その口振りだと、お前使えるのか?転移魔法」

勇者「少しは」

商人「どんだけ使い勝手良いんだよ。お前」

勇者「ははっ、どうも」

商人「……………、」


勇者「?なんですか?」

商人「やらかさないか心配でさ」

勇者「だから何も考えちゃいませんて」

商人「なんか、目つきがさ、怖いんだよ」

勇者「え?」

商人「でも、それが素なんだろ」

勇者「まぁ、はい」

商人「ホントに、自分だけなんだな、お前。仕事以外で本気で守ろうと思った奴なんているのか?」

商人「俺はいるぞ。美人の嫁さんと可愛い娘がいる」

勇者「………独り身仲間だと思ってたんですけど」

商人「見る目無いな。だから彼女が出来ないんだよ」

勇者「出会いが無いんです。誰か紹介して下さい」

商人「適当な女ならいくらでも。上物は駄目だな、お前には勿体無い」

勇者「…………キツいなぁ」


商人「やっぱ勇者は駄目だな。どいつもこいつも普通じゃない」

勇者「………………、」

商人「でもさ、お前は改善の余地アリっていうか、なんとかなるよな」

勇者「そうですかね」

商人「ああ。もう少しまともになったら、俺が本気で良い女だと思う女、紹介してやる」

勇者「それは楽しみだ、」

商人「だからさ、間違えるなよ」

勇者「何をですか?」

商人「選ぶ相手だよ」

商人「あの村の奴は、絶対やめとけ。必ず後悔する」

勇者「馬鹿な考えはしてないって、言ってるじゃないですか」ケラケラ

商人「今回ばかりは、何度も会うなよ。俺がこき使ってやる」

勇者「はい」

勇者「といっても、こき使われてるのに毎年暇だったわけですが」


商人「お前が有能すぎるんだよ」

商人「………………はぁ、ったく」

商人「マジで、勘弁してくれよ、最後にやらかすのは」

勇者「大丈夫だって言ってるじゃないですか」

商人「………………、一応言っといた方が良いのかね」

勇者「?」

商人「……あの村はな、本当は、」

勇者「!!」ピクッ
勇者「近くに魔物がいますね、しかも大型」

商人「…………」

勇者「他の皆さんを集めて、一塊になってて下さい」

勇者「適当にあしらってきます」タタタタッ

商人「……ほんと、使い勝手いいよな」

商人「…………………」

商人「……それだけに、勿体無い、」


 五年前。
 秋。


勇者「久しぶり」

シキ「久しぶり、おじさん」

勇者「袖、赤いぞ。また怪我したんだな」

シキ「俺のだけじゃないよ」

シキ「おじさんに言われた通り、ずっと意識してたんだ。痛いって」

シキ「そしたら、ちゃんと加減がわかるようになった」

シキ「もうやられっぱなしじゃないよ、俺」

勇者「強くなったんだなー」

シキ「一人になることが多かったから、もう強くなるしかやることがなくて」

勇者「そっか」

勇者「なぁ、シキ。闘うの好きか?」

シキ「嫌いじゃないよ。剣振ってる時とかは、余計な事考えないですむから」


勇者「そっかー」

シキ「………………」


 少し無言になって、口を開いた。
 今年はそう何度も会うつもりはない。


勇者「今年で、最後なんだ」

シキ「最後?」

勇者「護衛の仕事」

シキ「そっ、か」

シキ「……寂しくなるけど、いつかまた、どこかで会えると良いね」

勇者「…………………、」

勇者「……なぁ、シキ」

シキ「何?」

勇者「お前、どうするんだ?これから」

シキ「これから?」


勇者「将来だよ。ずっとこのままじゃないことは知ってるだろ?」

勇者「お前は戦闘奴隷だから、お前を買った主人の命令で戦わされる。嫌でも、誰かを殺すことになる」

勇者「もっと嫌なこともさせられるだろうな。お前が知らないだけで、嫌な事は腐る程ある」

シキ「……………」

勇者「未来が、怖くないか?」

シキ「怖くない」

シキ「シキがいてくれるなら、怖くない」

勇者「…………」

勇者(もし、)

勇者(もしも、シキがいなくなったら、お前は、)

シキ「それに、」

シキ「また会えるって思えば、俺は頑張れる」

シキ「だからさ、おじさん。さよならじゃなくて、またねが良い」

シキ「会えないかもしれない。けれど、会えるかもしれない」

シキ「そう考えれば、もう寂しくなんてないよ」


勇者「シキ」

シキ「?」

勇者「俺さ、性格悪いって自覚あるんだ」

勇者「勇者だけど、世間が思う勇者像からかけ離れてるって知ってる。本の中の勇者の、足元にすら及ばない」

勇者「少しばかり強い一般人が、利権欲しさに勇者になったんだ」

勇者「正義感なんて、無いようなものだ。あるのは、一般人のちっぽけな良心」

勇者「その、ちっぽけな良心は、一度だって、」

勇者「……一度だって、お前等を救おうなんて考えなかった」

シキ「………………」

勇者「その場限りの、この村だけの関係でいようとしてた。本当に、暇つぶしだったんだ」

勇者「それでもお前は、そう言うのか」

勇者「また俺と会いたいなんて、言うのか」

シキ「うん」

勇者「……何で」

シキ「おじさんが好きだって、俺、言った」

勇者「何で、だよ……村の外で、俺が、ここと同じだと思ってるのか?」

勇者「もしかしたら俺は、もうお前らに関わろうともしないかもしれない」

シキ「いいんだ。暇つぶしでもいい。……もう、関わらなくてもいい。それが、おじさんを辛くさせるなら」

シキ「でも、俺に、俺達に笑いかけてくれたことは変わらない」


 シキは、不安定な少年だった。
 知らない事が多すぎた。
 だから、弱かったんだろう。だから、すぐに歪んでしまう。

 シキは純粋だった。素直だった。
 好意を、真っ直ぐにぶつけてきた。

 それでも、馬鹿ではない。

 知らない事はある。理解も及んでいない。
 その自覚は、彼にもあったはずだ。

 けれど、もし、俺という人間が全部わかっていたとしても、彼はきっと、


シキ「好きになるには、それだけで十分だよ」


 俺を好きでいてくれたんだろう。

 五年前。
 秋。

 --その責任は、重い。

 例えば俺が結婚して。
 可愛い嫁さんとの間に、子供が生まれたとする。
 結婚するぐらいだ、俺は愛する彼女を守る覚悟は出来てるんだろう。

 その彼女との子だ。
 俺の血を引いた子だ。

 守る覚悟もその子に対する責任も、生まれた瞬間自然に出来るんだろう。
 その瞬間でなくても、実感と共に、必ず。

 俺は子供もいないし結婚もしてないから、そんな覚悟や責任とは無縁だ。

 それでも出来ると思うのは、それが世界の普通だからだ。
 出来る事が異常でないからだ。
 俺は人並みだから、出来る。と考えている。
 出来ないとは思わない。
 実際、家庭に憧れている。

 俺の手はそう遠くまで届かない。
 守れる範囲はわかっている。どこまで届くかは、充分わかっている。


勇者「選ぶ相手を、間違えるな。言われたじゃねぇか」

勇者「……責任は重い。背負う覚悟なんて、俺にはないだろ……」


 他人だ。血の繋がりは無い。
 ずっと、毎日じゃない。定期的に会っていただけだ。
 暇つぶしの相手だ。
 ……届かない相手だ。

勇者「…………、」

 同情なんて、最初から望んではいないだろう。
 じゃあ何を、望んでる。
 望んでないだろ。何も。
 弱いくせに、求めはしなかっただろう。
 自分でなんとかしようとしていただろう。

勇者「何、考えてるんだよ、俺」

 これは馬鹿な考えだ。
 答えたはずだ。馬鹿な考えはしてないと。
 --嘘だろ、それは。
 いつからだ、いつからあった?
 存在はしていた。馬鹿な考えは、ずっと。
 自覚したのは、今この時。

勇者「……………、」

勇者「…………どうして、言わない、んですか」

勇者「助けてって。ここから連れ出してくれって」

女「…………、」


勇者「どうして……、」

女「逃げ出すことの難しさを、知っていたから」

女「あの子は、脆い。誰かの助けがなければ、外では到底生きていけない」

女「まして、子供だけでは。……死ぬだけです」

勇者「頼れば、いい、でしょう」

女「…………、」

女「そして、なにより、責任の重さを知っている」

勇者「……………」

女「あなたが考えなしに助けるようとする相手なら、シキは離れていました」

女「もし、上手く逃げ出せたとしても、その後は。半端な覚悟で連れ出され--死ぬだけの未来を、あの子は望まない」

女「暇つぶしの相手でも、良かったんです。助けようとしないあなたで良かったんです」

女「この場だけの関係で、良かった。あの子は賢いから、ちゃんと気付いて、あなたから離れなかったんです」

女「母親の私を除けば、あなただけだから。シキと呼んで、一人の人間として扱ってくれるのは」

勇者「………気付いたんです、俺」


勇者「好きなんです。アイツ等のこと」

勇者「アイツは、頭が良いから、気付いてたはずなんです。俺に自覚が無くても」

勇者「言えば、言ってくれれば、俺はきっと、」

女「言ったじゃないですか。あの子は、責任の重さを知っている。あなたにその責任を負わせたくないから」

女「……好きだから、あの子は言いません。助けて、連れ出して、なんて、絶対」

勇者「………………、」

女「いいんです、悩まないで下さい。勇者様」

女「あなたは間違ってない。選ばないことが正解なんです」

勇者「……俺は、」

女「もう、いいんです」

女「勇者様、」

勇者「………………」

女「あの子達を好きになってくれて、本当にありがとうございました」

もう少しで終わり。予定より長くなった上に時間もかけすぎた。


読んでくれた方にはモロバレだろうけども、もし似たような世界観に覚えがあっても関係は無いと考えてくれると助かる。


三人と母ちゃんの行く末が気になる
時間かかっても良いから完結してくれ
待ってる


 五年前。
 秋。


シキ「……………」

勇者「………………、」

シキ「去年と逆だ」

 確かに、去年と逆だった。
 うなだれている方が俺で、わざわざ隣に腰を下ろす方が、シキ。


シキ「……僕のせい、だね」

勇者「……警告はしたろ。これは自業自得ってやつだ」

シキ「……そうだね」

勇者「………………」

シキ「あのさ、」

シキ「大丈夫だから。僕達」

勇者「……大丈夫じゃないだろ。大丈夫だったら、お前に包帯はいらない」

シキ「目ざといなぁ、服で隠してたのに」


勇者「…………、俺さ、」

シキ「うん」

勇者「お前等のこと、好きだわ」

シキ「うん」

勇者「…………去年限りにするつもりだった。護衛の仕事も辞めることになったし」

勇者「去年限りとか思った口で、すぐに理由つけて今年もここに来れるようにしたけど」

勇者「一応俺も、さよならとか言うつもりで山に入ったんだ」

勇者「なのに、なぁ……顔見なきゃ良かったわ」

シキ「わかってたくせに、バカなんだから」

勇者「おー、馬鹿だよ俺は」

勇者「やっぱどこかで考えてたんだな。なんとか出来ないか」

勇者「俺は、そう出来た人間ではないのに」

勇者「…………俺、」

シキ「そういえば、おじさん。彼女出来た?」

勇者「………、」


シキ「目標は半年以内、だったはずだけど」

勇者「…………駄目でした。半年とか無理でした」

シキ「ふふっ、達成の見込みが無い事を目標って言うのはいけないね」

勇者「ははっ、だよな」

シキ「今度の目標はもう少し長めに期間をとろうか」

勇者「……おー」

シキ「子連れだとモテないよ。だからさ、僕らのことは諦めて」

勇者「さらっと言うなよ」

シキ「言うよ。そりゃあ、ね。母さんからも言われたはずなのに」クスッ

シキ「僕は助けなんか求めない。絶対に」

勇者「俺が好きだから?」

シキ「…………………」プイッ

勇者「俺が好きだから?責任を負わせないように?」

シキ「赤の他人に人生かける責任は負わせられないでしょ」

勇者「……他人じゃなくて、友達だろ」


シキ「年に見合った友達作りなよ」

勇者「………………、」

勇者「……………ったく、なんだよ、言ってくれよ、連れ出してくれってさ」

シキ「言わないよ。死んじゃうじゃん」

勇者「死なせないよ。お前の症状は魔法具で抑えられる。専用の薬が必要なら盗むし、現物があれば複製は可能だ」

勇者「強行手段をとれる実力も、それだけを出来るツテある。伊達に勇者はやってない」

勇者「…………一時だけ、住んでた町があるんだ。人間領の隅の、小さな国の小さな田舎町」

勇者「何もない、ここみたいに自然には溢れてるけど……静かで、穏やかな町でさ。養生するには最適だと思う」

勇者「そこで、お前と、シキと、女さんと……俺の、四人で、」

シキ「…………………、」

勇者「……………」

シキ「死んじゃうのは、おじさんの方なのに」

シキ「やけに、楽しそうな未来を語る」

勇者「上は貴族か、」


シキ「よほど強い後ろ盾が無い限り、例え勇者でもすぐに消されるよ」

シキ「なんせ僕らは、貴重な実験体だ」

勇者「…………」

シキ「いいんだ。本当に」

シキ「僕らは僕らで上手くやる。おじさんの助けは必要ない」

シキ「だからさ、いつか、いつの日か」

シキ「外の世界で、また会おう」

勇者「………………、」

シキ「……頷いて、また会おうって言ってよ。おじさん」

勇者「……今から冗談言うぞ」

シキ「え?」

勇者「……右手でシキの手掴んで、左手はお前等のお母さん抱えて、」

シキ「…………」

勇者「お前は担げばなんとかなるかな、って、思い始めてるんだ」


シキ「……僕は担ぐの?扱い悪いなぁ」

勇者「女さん置いてくわけにはいかんだろ、お前は軽そうだし」ケラケラ

勇者「それに、」

勇者「こんだけ近けりゃ、届くと思うんだ。俺の手も」

シキ「………冗談だよね」

勇者「………自分でも驚いてるけど、本気で言ってる、冗談だ」

シキ「おじさん」

勇者「--シキ、」

勇者「俺、もう目をつけられてるみたいでさ、そう何度も会えないんだよ」

勇者「だから、出発前に答えを訊きにお前等を探すよ。答えをきくまで村から出ない」

勇者「冬が終わって、春になったら。俺がお前等を、攫いに来ていいか」

シキ「……何、言ってんのさ」

勇者「何言ってるんだろうな。自分でもわかってないかもしれない」

勇者「でも、本気だ。本気なんだよ、俺」


シキ「……連れ出してくれ、なんて言わないって……言えないって、言ってるのに」

勇者「考えておいてくれ。……言ってくれないのなら、俺は、いつかまた、って言おう」

勇者「言ってくれたのなら、俺は、」

勇者「お前等の人生を背負う。後悔はしない。絶対に」





 五年前。
 秋の終わり。


商人「…………、」

商人「……お前、目つき変わったな」

勇者「……そうですか?」


 秋は終わる。
 出発の準備は始まっていた
 あれから、三人には一度だって会っていない。


 だが、指摘されるぐらいには変わってしまったらしい。
 それがわかるのが、三人以外でこの人だけであればいいのに、と思う。


商人「………………、」

商人「変わったよ」

勇者「…………」
商人「…………」

勇者「……ご迷惑はかけません」

商人「迷惑かけられる前に関係を切るから、安心しろよ」

勇者「…………はい」



 ××年前。
 秋の終わり。

『私の事は気にするな、といっても気にするだろうから。
 これだけは、せめて、あなたの意志で決めなさい。

 私は、そうね、あの人のことは、』

 母さんは、そう言って、


『馬鹿な人だけど、信じても良いと思う』

 呆れたように、嬉しそうに、笑った。


シキ「何が背負うだ、」

シキ「馬鹿なの?自分の人生棒に振る気なの?」

 ……………、

シキ「これじゃ、おちおち寝てらんないじゃんか。まったく、余計なことばっかり考えて」

シキ「おじさんって言ってもまだ若いし、顔は良い方だし性格も悪くないんだから、さっさと彼女作って幸せ家族計画実践すればいいのに」

シキ「ほんと、何言い出すかな。おじさんは」

 えへへっ、

シキ「……なに笑ってるのさ」

 シキ、最近はそればっかりだ。

シキ「……秋が終わるまでに、考えて、決めなきゃいけないのに、……まったく、答えは決まってるんだから、出発前にまた会うなんて、」

 決まってるなら、そうして悩まない。


シキ「…………」

 だろ?

シキ「誰に似たかなー、口が回るようになって、むかつく」

 えへへへ、

シキ「ったく……言っとくけど、僕が寝てる時はシキが代わりに答えなきゃいけないんだからね」

 シキはおじさんと一緒の方が嬉しいだろうから。
 俺は、連れ出して、って言っちゃうかもしれない。

シキ「………………」

 もちろん、僕もおじさんが好きだし、
 母さんも嫌いじゃないって言ってたから。

シキ「…………シキの手を掴んで、母さんは抱えて、僕を担ぐ、なんて言った人なのに」

 重いなら、俺がシキを運ぶよ。

シキ「僕は重くないし、担がれなくても一人で走れるよ。ちゃんと」

 シキ、やっぱり連れ出してほしいんだね。

シキ「……あんな未来、僕に言うおじさんが悪い」


シキ「あんなこと言われたら、想像しちゃうじゃないか。幸せすぎる未来を」

 俺さ、

 シキと母さんがいれば、それで良かったけど。

 おじさんがいたら、もっと良いかもしれない。
 凄く、幸せかもしれない。

シキ「…………」

 って、言えって。母さんが。

シキ「え?」

 シキはシキに甘いから。
 俺のおねだりならきくよ、って。

シキ「…………母さん、」

 でも、本心だ。
 シキも、俺と同じだってわかる。

シキ「……君と僕は半分繋がってるから、そりゃあ、バレるだろうけど」

シキ「…………危険だよ、もしかしたら、おじさん、死ぬかもしれない」

シキ「僕や、母さんも、……シキだって、消えるかもしれない」


 おじさんは死なないし死なせないって言った。
 それを、俺は信じるよ。

シキ「……おじさんは、」

シキ「僕らの秘密を知らない。けど、問題無く受け入れるだろうな、ってすぐに思う自分がむかつく」

 吃驚するかな。嫌われたらどうしよう。

シキ「そんなこと思ってないくせに」

 うん。思ってない。
 だっておじさんは、俺をシキって呼んでくれたから。

シキ「ああ、もう。わかった、決めた」

シキ「……おじさんも考え直してるだろうし。もし、本気で、もう一度同じ事を言ってくれたら、」

シキ「その時は、」





 五年前。
 秋の終わり。

 この日が、最後だった。


シキ「おじさん、」

勇者「よう、シキ」

シキ「魔法、フル活用しようとでもしてたわけ?」

勇者「使える手は使おうと思ってな。魔法使ってる事をバレない自信もあるし」

勇者「下手に感づかれたら厄介だもんな」ケラケラ

シキ「……………、」

勇者「ま、長くお喋りするわけにはいかないし。答えを訊こうかな」

勇者「春、迎えに来て良い?」ヘラリ

シキ「むかつく」

勇者「?」

シキ「微塵も揺らいでない事とか、無駄な頼もしさとか」

勇者「それは、オーケーって事か?」

シキ「答えはまだ言ってない。それに、先に確認したいことがある」

シキ「僕らは重いよ。追っ手がかかる。逃避行ってやつになる。危険だよ、おじさんがね」

勇者「俺、強いから平気。実はさ、お前が思ってる以上には有能だぜ、俺」ケラケラ


シキ「僕としては、シキを覚えてくれるだけで充分恩に感じるんだけど、」

シキ「こんな大きな借り、どう返せって言うの」

勇者「……寂しい一人の老後生活にならなくてすむとか?

勇者「ずっと一緒は嫌だろうし、一人立ちしたらさ、時々会いに来てくれよ」

シキ「……それだけ?」

勇者「おう。それだけでいいや」

シキ「……………、」

シキ「--僕らには、まだ話していない秘密がある」

シキ「おじさんも薄々気付いてるだろうね。それが、僕らの秘密」

勇者「ああ、うん。気になってることはあるけどさ」

勇者「別に命に関わるような秘密じゃなければ、そこまで気にしないかなって」

シキ「けろっと言うのがむかつく」

シキ「むかつくけど、おじさんは、きっと」

シキ「もし僕が一人の人間で無かったとしても、変わらず受け入れてくれるんだろうね」

勇者「人間じゃなきゃ駄目というわけでも無いからな」


勇者「俺も勇者だから、化け物ーだなんてよく言われるし」

シキ「………」

勇者「不満?」

シキ「なわけ、あるもんか。ばか」

勇者「一つ、そうじゃないかな、って考えてることはある」

シキ「おじさんの目に、僕は僕で、シキはシキだって映ってくれるなら、それでいい」

シキ「秘密、教えてあげる」

勇者「当てていいか?」

シキ「駄目。肯定も否定もまだしたくない」

勇者「ってことは?」

シキ「--春。僕とシキが一緒にいる所を見せてあげる。春に、僕らの秘密を教えてあげる」

シキ「これは、僕だけの意見じゃないから。シキはおじさんのこと好きだし、おじさんったら母さんにも取り入るから……」

勇者「ほんと、素直じゃないよなー。お前」ワシャワシャ

シキ「………ってる、」


勇者「え?」

シキ「待ってる、から。春」

勇者「…………了解」ヘラリ


 口が悪くて、素直じゃなかった。
 けれど、優しい少年だった。

 俺が出会った人間の中で、一番優しく、

 残酷な事を言う、少年だった。


 シキにとっての一番は、シキだ。

 だから、言ったのだろう。

 だから、言った。

 それが、どんなに辛いことでも、

 シキは未来を信じて、言ったのだ。

 それを、俺は信じたい。



 --五年前。
 --秋の終わり。

 この年が、最後だった。
 女さんと話せたのは。

 --この日が、最後だった。

 俺が、シキと話せたのは。


 俺がシキ呼んだ少年と話せたのも、

 この年が、最後。



 秋が終わり、
 五年前、冬がきた。


 五年前。
 冬の半ば。

 外は、一面の雪景色。
 ここでこうなんだから、あの村も一面真っ白で、


勇者(また、竜でも作ってるのかな、)

勇者(シキは可愛いやつを、シキは……あの、やたらクオリティの高いやつを)


勇者「…………、」

勇者(--気になった事は、ある)

勇者(シキとシキが一緒にいるのを、一度だって見たことはない)

勇者(シキは一人らしいこと、商人さんも言っていた)

勇者(それに、シキはシキが兄弟だとははっきり言わなかった。二人は、よく似た双子の兄弟ではない)

勇者(女さんも、シキ達二人を産んだとは言わなかった。それでも二人を我が子として愛していた)

勇者(……二人の、シキ)

勇者(違うのは、表情、雰囲気。体質を含めた中身は違うだろう。だが、外見は全く同じだ。驚く程に差違は無い)

勇者(もしや、と考えたことはある)


勇者「……二重、人格……か、」

勇者(そうかもしれないし、俺の勘違いで、そうじゃないかもしれない)

勇者(でも、俺にとって、シキとシキ、二人が存在することは事実だ)

勇者(三人を背負う覚悟はある。--驚いた。まるで自分じゃない)

勇者(変わったよな、俺。……簡単に、変わってしまった。おまけに、楽な選択はしなかった)

勇者(馬鹿だと言われても、正しい選択をしたと、思っている)

勇者(春。雪解けを待って、迎えに行くことは)


 この日ですでに、半分以上の準備は終えていた。
 誰かに--あの商人以外には気付かれていないだろう。

勇者(あの人は、わざわざ誰かに言うような人間じゃない)

 数年の付き合いでわかったことだ。
 気付いたあの人は、宣言通り、俺との関係を切るだろう。
 もう仕事の依頼を持ってくることは無い、
 気付いた今、ただ、話すために会いに来るなんてこと、


商人「……よお、勇者」

勇者「……仕事の、依頼ですか?」


商人「いいや、違う」

商人「……話があるんだ」


 無いはずだった。


 --五年前。
 --冬の半ば。

 準備して、待つだけだった。
 待っているだけだった、冬の終わりを、雪解けを、春を、

 俺は、何で、


商人「迷ったんだが、言うことにした」

勇者「……………何を、」

商人「上が、村を取り潰すことを決めた」


商人「あの村は、春の訪れと同時に抹消される」


 ××年前。
 冬の半ば。


村の人間「--大変だ、村の取り壊しが決まった!」

村の人間「何で今更!今まで黙認してきただろう!」

村の人間「どっかの馬鹿が戦闘奴隷の存在を公にしたんだよ、それで勇者協会が動くことになった」

村の人間「雪解けの頃に協会の人間がこの村に来る。目的は、奴隷の保護と、関係者の捕縛……」

村の人間「だからといって、早すぎる。奴隷を育てる村は腐るほどあるはずだ。何で、真っ先にここが狙われる」

村の人間「あと一年、半年もあれは完成するってのに…………」

村の人間「私達は、切られたんだ……」

村の人間「バレてたのかもな、……わかってた上で泳がしていたのかもしれない」


村長「…………、」

村の人間「どうする?」

村長「この村を、放棄する」

村の人間「奴隷は?もう少しで、完全な兵になる、」


村長「殺せ。ここまで育てた奴隷をみすみす渡してやるものか」

村長「我々を亡き者にし、奴隷だけを手中に入れようなど……これだから貴族は」

村の人間「貴族の命令など聞きやしませんよ。アレらは」

村長「どうだかな。洗脳は完全ではない。……もう少し、もう少しだったのに、くそっ……」

村長「村を出るぞ。持ち運べない研究資料は全て……村ごと、燃やせ」

村長「奴隷はまた作ればいい。技術はすでに我らの手の内にある」

村の人間「あの女と、ガキは?殺すには惜しい」

村長「アレは奴隷というより研究資料だ。女は、まぁ保たんだろうが、死ねばそこで捨てればいい」

村長「だが、子供は生かして連れて行く」

村長「アレさえいれば、国を変えての再建はすぐにでも可能だ」

村長「--時間がない。異論が無いなら、すぐに動くぞ」


 物陰。

女「………………、」

支援

遅れるだろうけど完結させる気はある。からちょっとあげとく。

待ってるよー

保守しとこうかな



 数十分後。
 研究所の一室。


村長「--このクソ女!!」


 怒声と共に、頭部に衝撃。
 元々長くは動けない身体が、呆気なく地に伏した。
 殴られたのだろう、
 見上げれば村長が顔を真っ赤にさせ震えていた。


村長「せっかく、生かしておいて!やったのに!」


 蹴られる、二度、三度、四度目、


村長「なんてことを……お前は……!!」


 五度目に、息が詰まる。
 これは私には致命的かもしれない。
 口から零れたのはどちらだろうか。
 味覚がない、から、わからない。
 痛覚も無い、から、楽ではある。


村長「くそっ……くそっ……!!」


 若くは無い身体でこの運動は辛いらしい。
 息を荒げた村長は、もう一度この現状を見回した。

 この村の研究資料が集まる、無惨にも破壊された最重要施設が、燃えている。

 破壊し燃やしたのは私だ。


女「ふふ……」

村長「……何がおかしい、」

女「燃やせと言っていたじゃないか」

女「何を怒っているのか、荷物を軽くしてやっただけだろう」クスクスッ

村長「……笑ったな、今」

女「おや、わかるのか。ああ、そうだよ、笑ってやった」

女「ははっ、あはははははは!お前達は終わりだ!!終わりな--」
村長「黙れ!!」

村長「黙れ!黙れ!黙れ!!黙れ!!!」


 --少し、意識が飛んだ。
 何度も蹴られ続けているのはわかる。
 動けない無防備な身体は、ただそれを受け続けるだけだ。


村長「お前はここで死ね!こんな資料などなくてもガキさえいれば……!!」

女「…………二人は渡さない」

村長「渡さない!?馬鹿かお前は!どうせガキもお前も我々の助けなしでは生きられない!!」

女「…………生きる、あの子達は」フォン


 魔法を発動。
 現れた小さな刃は村長へと向かう。


村長「--っわああああああああああ!!?」


 驚き見開いた左目へと深々と突き刺さる--役目を終え、消えた。


女「………ざまあ、みろ、」ゴポッ


 こんな簡単な魔法を使っただけで、身体は悲鳴をあげる。


 いや、断末魔か。これは。
 こうも何度も蹴られれば、脆弱な私は長くは保たない。


村長「…………よくも、やったなああ!!!!」


 そのままショック死すれば良いのに、残った右目はさらなる怒りに染まっていた。
 血濡れた手が握りしていたのは何だろうか。
 視界が霞んで確認出来ない。

 だが、アレで私は終わるのだろう。

 無駄に長く生きてしまった。
 辛い人生だった。

 --いや、辛いだけではなかったか。
 そうだ。辛いだけでは、無かった。

 ああ、何故だろう。
 ずっと死にたかったはずなのに、
 やっぱり、私は、

女(…………シキ、シキ。あなた達が生きるには、私の存在は重すぎる)

女(この身体は、もう駄目なの。次の春を迎えられないことは、わかってた)

女(大丈夫、二人なら生きられる。この村から逃げられる)



女(すぐに勇者様が見付けてくれる。だから、お願い)

女(生き)



村長「お前は餌だ」

村長「お前がいれば、ガキはこの村から出ない」

村長「何が、渡さないだ……くそっ、やっぱり生かしておくべきだったなぁ!!」

村長「死体じゃガキの行方に希望を持つしかないからな!!」







 ××年前。
 冬の半ば。


シキ(………………、)

 怒号が飛び交っていた。
 泣き叫んでいるのは誰だろう。


 血のにおいがする。
 怖い。
 母さんはどこだろう。
 シキは、寝ている。


村の人間「探せ!」
村の人間「こんな時に、どこに隠れた!」

村の人間「あの身体じゃ外には出れん!とにかく、他のガキ共に見つかる前に捕まえろ!」


シキ(…………、母さんを探して、シキを起こさないと、)

 何時までも隠れているわけにはいかない。
 何が起こっている、まずはそう考えた。

 僕を起こしたのは母さんだ。
 意識は半分沈んでいた。
 完全に眠っていれば、いくら母さんやシキでも、僕を起こすことは出来ない。
 それ程までに深く眠るようになっていた。

シキ(こんな騒がしい中、眠ってたりなんかしたらどうなってたことやら、)

 覚醒に時間がかかって、目覚めた時にはもうそこに母さんはいなかった。

 何か大事な事を言っていた気がする。
 けれど、思い出せない。


シキ(…………何か、燃えている?焦げ臭い、)

 --耳を澄ませば、村の大人達の会話をいくつも拾えた。

 どうやら僕を探しているようで、どうにか村の子供より先に捕まえなきゃいけないらしい。
 その理由は--、

シキ(嫌われてるのは知ってたし、あわよくば殺そうなんて思ってるのは知ってた)

 この村の子供達も僕を探し、見つけ次第全力で殺そうなどと企んでいるらしい。

シキ(首謀者はあの女の子かな。……外部の人間であるおじさんにまで接触したみたいだし)

 対して、村の大人達は僕らを殺そうとはしないだろう。
 僕らは貴重な研究資料だからだ。

シキ(……シキは、……まだ眠っているみたいだな……)

 元々僕の分を肩代わりしているだけだけど。
 眠っているなら、安全な場所にいるだろう今なら、わざわざ起こしてまでこの現状を見せたくはなかった。

シキ(こんな、汚い世界、)

シキ「…………あはは、ほんとに、タイミングが悪いなぁ、」

シキ(春が楽しみになっていたのに、)

シキ「……………」


 --考えよう。
 何でこんなことになっているのか。

 どうして、子供達が殺されることになっているのか。

 殺されることがわかっていて、
 兵として作られた奴隷の子供は、
 何故村から逃げ出さないのか。

シキ(僕らを殺すために残った?)

シキ(奴隷のくせに、あれだけ嫉妬していたんだ、自分達だけ死んで僕らが生かされるなんて知ったら、)

 そもそも何故子供を殺すようなことになったのか、

シキ(まさか、出資していた貴族様に切られたのか?この村、)

シキ(そりゃあ、奴隷って言うより兵士を作っていたわけだし、切られるのもわかる)


村の人間「--いたか?」

村の人間「いない。おまけに、何人かまだ隠れてる」

村の人間「あの女、この騒ぎを見越して子供を解放したのか」

村の人間「馬鹿だよな。怯えて逃げ出しても、どうせすぐに見付かって殺されるのがオチだってのに」


村の人間「……あの女も馬鹿だ、おとなしくしてりゃもっと長く生きられただろうに」



シキ「---、」



村の人間「死体はどこに?」

村の人間「確か--」


シキ(……そんなはずは、ない)

シキ(だって、僕らは、三人で春を迎えるんだ)

シキ(三人そろって、連れ出してもらって)

シキ(それで--、)




 研究所の一室。


 そうだった。
 僕だって初めてだ。大切な人の死なんてものは。


 立っていられなかった。
 動かない母さんを前に、座り込むしかなかった。

シキ「…………、」

 頭から広がる血溜まり。衣服の乱れ。
 色濃く残る暴行の痕。

 触れるのが怖かった。
 目の前にあるのは母さんのはずなのに、まるで別の何かに見える。

シキ(……母さん、…………母さん、)

 けれど、触れたい。
 触れれば目覚めてくれる気がした。
 シキと、呼んでくれる気がした。

 震える指先が、母さんの手に触れた。
 まだ、温かい手を握る。

 --生きて、シキ。
 私を置いて、シキと二人で。

シキ「………っ、」

 流れ込んできたのは、間際の感情だ。
 死の間際。母さんの、最期の声だ。


シキ「そう簡単に、割り切れる、わけ、無いじゃないか……」

 知ってた。
 母さんはずっと死にたかった。
 実験されつくした身体は--もう壊れた身体は、すぐにでも活動をやめていたのに。
 僕らのために、生きようとしてくれていた。
 僕らと一緒にいるために、辛くても生きてくれていた。

 そして、母さんがいたから僕らはこの村から逃げ出さなかった。
 もし逃げ出したとしても、三人での逃避行はすぐに終わる。
 村から出れば、母さんはすぐにでも死んでしまうから。

 ずっと考えていたのだろう。
 自分さえいなければ僕らは村から逃げられるかもしれないのに、と。

 でも、僕も、逃げ出すには弱すぎる身体になってしまった。


シキ「……………、ねぇ、」


 --背後から近付く気配に訊いた。


シキ「あんたが母さんを殺したの?」

村長「……ああ、そうだ。この女は、悪いことをしたからな」


 振り返れば、村長がいた。
 左目を押さえ、いつものように笑っていた。


村長「悪いことはいけないことだ。だから、罰を受けた」

シキ「……………、」

村長「君は違うだろう?君は悪い子じゃない、良い子だ。私の言うことを訊いてくれる、良い子だ」

村長「そうだろう?」

シキ「……ずっと、あんたのこと胸糞悪い奴だと思ってた」

村長「……………、汚い言葉を使うと、悪い子になってしまう」


 赤く濡れた鉄の棒が振り上げられる。
 この動きだけで、村の子供は怯えて動けなくなってしまう。
 そういう教育をされていた。


シキ「悪い子で良い」


 僕は違う。


シキ「あんたの良い子になってたまるか!!」


 相手はただの人間だ。
 棒を叩き落とすなんて容易い。
 倒して、その身体に馬乗りになるのも、

村長「!!!」
シキ「殺してやる……!!」


 魔法で形成したナイフでその首を切り裂くのも、容易い、

 はずなのに、何故こうも手が震える。


シキ(何で震えるんだ、何を迷ってる!)

シキ(仇だろう、コイツは母さんの仇なのに……!!)

村長「ははっ……はははははははは!!」

シキ「……笑うな、」

村長「誰かを傷付けただけで吐いてしまうような不良品が!!人を--私を!殺せるわけないだろう!!」

シキ「うるさい、」

村長「そういう面に関してはもう片方が優秀だな!!お前もそう思ってるんだろう!?なぁ、シキィ!」

シキ「黙れぇえええええ!!!」


 振り上げたナイフを全力で振り下ろ、

 --横からの衝撃、まともに受けた身体が吹き飛び、壁に叩きつけられた。


少女「お父さんに、何をしてるの?」


シキ「……っ、」
シキ(くそ、頭打った……から、か、意識が、)


 近付く気配。
 村で一番厄介な女の子が、そこにいた。


少女「ねぇ、シキ。何をしようとしてたの?」

シキ「…………」


 胸ぐらを掴まれ引きずり起こされた、が、すぐに床へと叩きつけられる。


シキ「くぅっ……」

少女「馬鹿なシキ。お父さんを傷付けようとしたんでしょ。そんなの出来るわけないじゃない」


シキ「…………」


 魔法を使、


少女「だって私がいるんだもん!!」


 おうとした身体は蹴り上げられ、強制的に止めさせられた。
 一度だけではない、二度目が来る。


シキ「う、ぐっ……」


 三度目、四度目、


少女「お父さん!ほら見て!私、コイツより強いよ!」


 五度目、
 ああ、まずい。
 痛みで、気が遠く、


少女「ずっとずっと強い!!そうでしょ!?」


村長「もうやめろ。それ以上は死ぬ」


 六度目はこなかった。


少女「どうして?コイツ、悪い子でしょ?お仕置きしなきゃ駄目でしょ?殺さなきゃ駄目でしょ?」

村長「殺すな。さがれ。シキは生かして連れて行く」

少女「どうして?どうして?私の方が良い子なのに、どうしてコイツを連れて行くの?」

村長「必要だからだ。コレには価値がある」

少女「あ、あ、じゃあ私は?私は?私は連れて行ってくれるよね!だって私はこんなに役にたってる!お父さんの役にたってる!!

村長「……命令が聞こえないのか。さがれ」

少女「…………」フォン

村長「!!……そのナイフは何だ、何をする気だ!」

少女「こうするの」

シキ「----!!」


 痛みより先に熱さを感じた。
 悲鳴は出ない。悲鳴より先に溢れた血が口内を満たす。
 刺された。柄まで深々と。


少女「私より、コイツの方が価値があるなんて、お父さんは言わないよね?」

村長「……なんて、ことを……」

少女「言わないよね?」

村長「!!あ、ああ。言わない。お前の方が価値がある。シキよりずっとだ。だから、もうさがりなさい」

少女「やっぱりそうだ!私には価値がある!だから、ね?私も連れて行ってくれるよね!?みんな殺しても、私だけは連れて行ってくれる!」


 ずるりと引き抜かれた、その傷口から血が溢れ出す。
 服が赤く染まっていく。


村長「ああ、そうだ。連れて行ってやる。だから、な?落ち着け」

少女「良かったぁ……!そうだよね、だって私が、お父さんの一番だもん!」


シキ(あ、あ……どうしよう、どうしよう)

シキ(止まらない、血が止まらない。お願い、止まって、早く治って、)


村長「そうだ。お前が一番だ。だから、シキから離れろ。治療しなければならない」

少女「どうして?」


シキ(……頼むよ、お願いだ。止まって、止まってよ!)

 傷口を強く押さえても、指の間から血は流れ出していく。 


村長「シキが出来損ないなのはお前も知っているだろう?治療しなければ死んでしまう」

少女「お前じゃないよ。お父さん、名前を呼んで」


シキ(死ねない、こんな所で、僕は死ねない……!!)

 視界が滲む。
 これは、涙か。
 泣いてる場合じゃないのに。


村長「名前……?なんだ、それは、」

少女「え……?」


 --シキ、どこ?


シキ(!!--だめだ、だめ、シキ)
シキ(こっちに来ちゃ……いけない……)

 --怖いんだ、シキ、どこ?


少女「名前、私の名前だよお父さん!私も特別だから、いつも名前を呼んでくれたじゃない!」

村長「……何を、言って……」


 --シキ、シキ、怖い、怖いよ、

シキ(だめだ、シキ。来ちゃ、だめだ)
シキ(見ちゃ、だめだ)

シキ(来てしまったら、見てしまったら、君は壊れてしまう、)


少女「----私は、お父さんの特別だもん」

少女「いらないのは出来損ないの方だもん!!」


シキ(シキ……お願い、隠れてて)


村長「や、やめろ!!ナイフを置け!!」


シキ(ここには、来ないで)

シキ(おじさんが見付けてくれるまで、君は、)


少女「やだ、やだ!!私が特別なんだもん!!どうして意地悪するの!!私は良い子なのに!!コイツは出来損なのに!!悪い子なのに!!悪い子は死--!!」

村長「やめろ27番!!!」

少女「私はニーナだよおおおおお!!!」


 ドスッ


シキ「  、」


 --シ、キ?

 シキ「   あ 」


シキ(……ああ、あ、シキ、来ちゃだめだって、言ったのに、)


 --シキ、が、シキが、

 シキ「 う  あ   」



シキ(…………、だめだ、だめだよ、やめて)


 --シキ、母さん、が、あ、


 シキ「  あ  ああ あ」


シキ(シキ……!!)


 シキ「      」パキン



 うわあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!





 その瞬間、シキが壊れてしまうのを、感じた。



 ××年前。
 冬の半ば。


 雪が、降っていた。
 ひらひらと落ちる、それが、指先に触れても。

 もう、冷たくは、感じない。


シキ「--シキ、」


     、


シキ「駄目だよ、シキ。記憶を見ちゃ駄目。何も見ないで」


シキ「僕だけを、見て。シキ」


  シキは、 ぬの ?

 母さんは ん の?

   、俺 、ヒトを、殺 た、


シキ「大丈夫、大丈夫だから。僕を見て。何も見ないで」


 --あ、あ、怖、 、よ、シキ、

  い、なんで、な だ、ろう、俺、怖 よ、


シキ「…………、」


 こ、 い、こわい 、おれ、シ 、


シキ「……シキ、怖くないよ。大丈夫だから。僕の声を、よく、聞いて」


  、  き、く、


シキ「あのね、シキ。--全部、忘れるんだ」

シキ「僕のことも、母さんのことも、自分のことも、ここであったことも」

シキ「今まであったことも、全部、全部。忘れるんだ」


 忘れ、る?


シキ「うん。忘れよう。忘れてしまえば、もう怖くはないだろ?」


   忘れ、る


シキ「全部、何もかも忘れて、…………生きていこう」


シキ「忘れてしまえば、僕らを縛るものは、もう何もない」

シキ「僕らは自由なんだ、シキ」


 --自、由、


シキ「ねぇ、シキ、これからどうしようか。どこに行きたい?何がしたい?」

シキ「二人でいろんな所に行こうか。それで、二人でいろんな景色を見るんだ」

シキ「いろんなヒトと出会って……ああ、そうだシキは人見知りを直さなきゃね」


 ……………、


シキ「…………シキ、目を閉じて」


シキ「次に目を開ける時、君はもう何も覚えていない。……もう……怖くないから、ね」


 わかった、


シキ「………………」


 ……シキ、


シキ「……なに?」


 シキは、俺も一緒に連れて行ってくれるよな。

 シキは、俺を一人にしないよな。


シキ「…………ふふっ、」

シキ「何言ってるの?そんなの、今までも、これからも、決まってる事じゃないか」


 そうして僕は、笑ってみせた。


シキ「僕らはずっと、一緒だよ」



 五年前。
 冬の、あの日。

 雪が降っていた。
 まず、それだけ、わかった。

 寒さは感じない。何も感じない。

 目の前に広がる光景が理解出来ない。


勇者「…………、」


 その村は、もう村では無くなっていた。

勇者「……なん、で」


 所々にある崩れ落ちた石壁が、そこに家があったのだとわからせる。

 山の奥。開けたこの場所には、小さな村があった。

 今は、朽ち果てた村の跡地だ。


勇者「……誰か、いないのか、」


勇者「シキは、女さんは……!」


 ヒトはいない。誰一人、いない。
 見ればわかることだ。
 遮蔽物など存在しない、一面白に染まった更地に、どうやって隠れる、


 もう、自分の意志で歩いているとはいえない。
 ただ、さ迷った。村では無くなった村を。


勇者(--ああ、そうだ、)

勇者(村が、こうなっただけだ)

勇者(落ちつけ。死体はない。こんなに歩いたのに、一人だって見てない)

勇者(村がこうなった、だけ。死んでない。連れて行かれただけだ)

勇者(言ってたじゃないか、商人さんも)

勇者(シキ達には、高値がついていると)

勇者(だから、……見付けて、)


 気付けば、研究所があったであろう跡地の前にいた。


 そこで俺は、見付けてしまった。


勇者(約束通り、連れ出して、)


 白に埋もれる、金色を。


勇者「----、」


 見つけたくなった。信じたくなかった。
 勝手に動く足が、もつれながらもそこへたどり着いてしまう。
 ほとんど倒れるように膝をついた。
 雪をかきわける。すぐに、


勇者「……女、さん……」


 冷たくなってしまった、彼女を、見付けてしまった。


勇者「っ、女さん!」


 抱き抱えても、反応がない。


 あるわけがない。

 もう彼女は、雪と同じぐらい、冷たいのに。


勇者「…………、」


 ヒトの死に触れたのは、これが初めてじゃない。

勇者(……慣れて、いるだろう、俺は、)

勇者(俺なんかより、母親を亡くした二人の方が、悲しいんだ)

勇者(泣くなよ、助けられなかった俺には、泣く権利なんてない、)


 抱き抱えた彼女の身体を、ゆっくりと横たえた。


勇者(村を見て回ったら、女さんを連れて、山を下りよう)

勇者(そして、シキ達を捜すんだ。どんな手を使っても、必ず捜し出してみせる)


 おじさん、


 呼ばれた気がして、顔をあげた。


 その視界には、雪の上に横たわる小さな身体が映っていた。
 子供だ。白が混じったその中に、見覚えのある金髪があった。


勇者「…………うそ、だろ、」


 立ち上がる事が出来ない。
 今度は、自らの意志で進んでいた。
 手足を引きずり、ふらふらと近付く。



勇者「…………シキ、」



 シキだ。
 シキだった。


勇者「……なぁ、シキ、起きろよ」


 小さな身体を、抱き起こした。
 とても軽い、身体だった。


勇者「……なに、寝てんだって。あんまり長く寝てると、またシキが心配するだろ?」


 手が震えていた。
 声も、震えているのがわかる。

 認めたくはなかった。


勇者「目を、覚ませよ……シキ、なぁ、」


 抱きしめると、少しだけ体温を感じた。
 雪より少しだけ温かい、


勇者「……っ、ぐ……うう……」


 少しだけ、だ。


勇者「……春、に、なったら、」


 春を待っていた。


勇者「迎えに行くって、俺、言ったろ……」


 迷いはなかった。
 雪解けを待った。春を待った。
 春が来たら、


勇者「待ってる、って、お前……言ったじゃ、ないか……」


 三人を連れ出して、一緒に逃げるんだ。

 --大変かもしれない、けど、必ず、絶対に、護ってみせる。


勇者「……だって、さ……俺、届くと、思ったんだよ……」

勇者「頑張れば、俺の手は、届くって、」

勇者「お前ら、三人ぐらいは……護れるって……!」


 助けられなかった俺に、泣く権利は無い。
 涙を流す資格なんかない。

 けれど、止められなかった。


 ぽたぽたと落ちる水滴が、シキの顔に落ちる。
 赤く染まった手を、握りしめた。


勇者「……信じ、させてくれ、」

勇者「お前らはさ、二重人格とかじゃ、ないんだよな、」

勇者「シキは、どこかに隠れてるんだろ……?」

勇者「それで、お前は、シキを残して、死んだりなんかしない。……そうだろ?」


 シキの身体が、淡く光る。
 治癒魔法だ。まだ間に合う。
 間に合わないわけがない。


勇者「--シキ!」

勇者「なあシキ!どこにいる!?」

勇者「ちょっと早いけど、迎えに来たんだ!みんなで一緒に、外の世界に行こう!」

勇者「シキ……シキっ!!っ、く……返事を、してくれ……!」

勇者「……頼む、頼むから……!!」

勇者「なぁ……シキ……!!」


 治癒魔法さえ使い続けていれば、


 体温は戻る、すぐに温かくなる。
 呼吸だって、きっと、すぐに戻る。

 すぐに、次の瞬間にでも、目覚めて、そして。

 呆れと照れが混ざる、素直じゃない笑みと、逆に素直な、人懐っこい笑顔を見せてくれる。

 だから、だから、だから--


勇者「……っ……う……うう……」


 --わかって、る、

 遅かったんだ、俺は。
 覚悟を決めるのが遅かったから、こうなった。
 なにが、勇者だ。
 勇者のくせに、俺の手は、何にだって届きやしない。


勇者「っぐ……うあ………ああ、」


勇者「うああああああああああああああああああああああ!!!!!」


 俺には、誰も、護れないんだ。

長らく間をあけた。ごめん。
次、エピローグみたいのやって終わり。

乙、待ってる

!?悪い、上げちゃった



 シキを捜した。
 結局、見付ける事はできなかった。

 シキと女さんは連れ帰った。
 綺麗な湖の側の、小さな丘に墓を作った。
 滅多にヒトが来ない場所だから、きっと静かに眠っていられる。


 あれから、数年。


 俺は--私は、勇者として得た伝手と権限を使い、あの村の真実を追った。
 関わった人間は全て協会に告発した。
 同じ実験を行う施設は発見次第潰してきた。

 そのかいあってか、勇者協会も本格的に動き出した。
 子供を使った実験が黙認されていたのは、過去の話となった。

 勇者として正しい事をしている。
 私の名は広く知れ渡った。
 勇者として当然の行い。これが勇者としての正義。

 --全部、私の自己満足だ。

 解放された戦闘奴隷達がどうなったか、私は知らない。



 とある町。


商人「お前、変わったな」

勇者「………………」

商人「昔はほいほい敵作るような真似はしなかった」

勇者「…………、」

商人「だから、殺し屋と追いかけっこする羽目になる」

商人「やめときゃいいのに、裏ボスの貴族様にまで手を出すから」

商人「その様子だと、今回で決める気だな。お早いことに、協会じゃお前の死亡届けが出されてる」

勇者「………はは、まだ、生きてるのに」

商人「まだ、だろ?明日はどうだかな」

勇者「………………」

商人「--毒か?治癒魔法効きにくいみたいだな。……そりゃ、おとなしく回復に専念してりゃ治るだろうが」

商人「あーあ…………何で俺んとこ来ちゃったかな、お前」

勇者「……すみません、」


商人「謝るなよ。……今でも、あの時、あの村の事を言うべきじゃなかったとか後悔してるんだからさ」

商人「まぁ、どっちに転んでもおかしくなっちまってただろうけど」

勇者「…………私は、有り難いと思っています。せめて、墓は作れた」

商人「……護衛の仕事、依頼しなきゃ良かったわ。お前があの村に行かなきゃ、こうはならなかった」

勇者「……………、私も、後悔はしてます。この数年、ずっと」

勇者「でもそれは、彼らに出会った事に対してではありません」

商人「………あーあ、やだやだ。お前なんか気に入らなければ良かった」

勇者「すみません、」

商人「謝るなって。お前の居場所は貴族様に伝わってるのに」

勇者「---、」

商人「追っ手はすぐにでも来るぞ。もちろん、この場所をリークしたのは俺だ」

商人「こっちにも手が回ってるに決まってるだろ」フォン

勇者「…………魔法?商人さん、何を、」

商人「こうするしかないんだよ、」ザシュ

勇者「!!!」


商人「いっ……てぇな、畜生。深く切りすぎたか?」

勇者「……何やってるんですか、自分で自分を傷付けるなんて馬鹿な真似、……とにかく、治癒します、」

商人「うっせぇ馬鹿はお前だろ。これは保身のためだ。俺みたいな善良な一般人が勇者相手に勝てるわけないだろ」

勇者「……善良な一般人?」

商人「うるせぇ。くそっ、二度も言わせんな、お前がここにいる事は俺がリークしたんだって」

商人「さっさと行けよ。目の前で人死になんざ御免だ。目に毒だっての」

勇者「…………はは、」

商人「何笑ってんだ、」

勇者「追っ手を呼ぶ時間稼ぎをするなら、こうして話しをするだけで充分なのに」

商人「……………、」

勇者「ご迷惑かけました。お言葉に甘えて、逃げさせてもらいます」

商人「……………、」

商人「……絶対、無理だと思うけどさ」

勇者「?」


商人「もしお前がちゃんと逃げ切って、生きてたら、」

商人「……今度は、最後までお前の味方してやるよ」

勇者「…………、商人さん」


勇者「……今まで、ありがとうございました」


勇者「さよなら」





商人「……だよな、」

商人「だってお前、もう死ぬ気だもんな」





 手負い相手に、よくやる。
 人気が無い路地に移動したら、すぐに襲ってきた。
 簡単に蹴散らせるわけもなく--今は、もう戦える状態ではない、といった所か。

 ふらついた足取りで橋の下へと逃げ込んだ。
 深夜だ、おまけに今日は新月。
 街灯の光すら届かないここは、真っ暗だ。
 ただでさえ視界が霞み始めた私には、ほとんど何も見えなかった。
 壁を伝い進む、ちょうど中間付近で、限界がきた。

 倒れるまでにはいかないが、もう立てそうにない。

 今襲われたら、何も出来ず殺されるだけだ。

 それで良い気がした。


勇者(…………、あれから、ずっと、自分ばかりを責めて、)

勇者(もう、死んで、楽になりたいとか……思っている、)

勇者(生きたくても生きられなかった三人がいたから、自死だけはしなかった)

勇者(他に上手いやり方はあったはずなのに、こうなったのは、こうなることを私自身が望んでいたからか)


 俯いていた顔を上げれば、目の前に人影。
 青年というよりは、まだ少年に近い年に見えた。
 そうして、思わず目を凝らしてしまったのは、少年が赤い目をしていたからだ。

 同じ赤い目を持つ少年達が重なり、次の瞬間には目をそらした。
 引きずられるように思い出した記憶が、なによりも辛い。


男「--お、見つけたか」

少年「……」コクン


 新たな気配。顔をあげる気力は無かった。
 現れた男も、この少年も、追っ手であることに間違いはない。


男「こりゃ、ご褒美もんだ。ちょうど死にかけ。楽な仕事だな」

男「ふらふら勝手に動いてると思ったら、やるじゃねーか。お前の働きは、ちゃんとご主人サマに伝えといてやるよ」

少年「…………」コクン

男「……相変わらず、喋んねぇし」ハァ

男「まぁ、いいや。--んじゃ、おっさん。死んでもらうぜ?見苦しいから抵抗すんなよなー」

勇者(……どうせ、もう、身体は動かない)


 --剣が振り下ろされる、

 これで、私は死ねる。


勇者「…………ごめんな、シキ」



少年「…………」グイッ
男「--お?」ピタッ


 剣は、寸前で止まり、引かれた。


少年「……殺さなきゃ、駄目か?」

男「お前、初めて喋ったと思ったらソレかよ」ハァ

少年「…………」

男「なに?コイツに恩でも感じてるのか?言っとくけどな、逆だぞ逆。俺達みたいのはコイツに恩じゃなく恨みしか無いんだ」

男「そりゃあ、戦闘奴隷になる前に解放されたガキ共は良いだろうよ。けどな、俺達はどうだ?」

男「戦闘奴隷を売買する市場ごと潰されて、俺達はどんなに肩身の狭い思いをしたよ」

男「普通の奴隷じゃない、俺達には高値がついていた。それなりに金を持った主人に買われて、上手く当たりを引きゃ、普通の奴隷より格段に上の待遇を受けてたかもしれないんだ」


男「それだってのに、コイツが俺達の存在を黙認してた協会を動かすから、一番の当たりの貴族サマが手を引くことになった」

男「戦闘奴隷は戦闘奴隷としか生きられない。普通の人間どころか、普通の奴隷にもなれない」

男「……コイツは、すでに戦闘奴隷として作られた俺達のチャンスを全部ぶっ潰しやがったんだ」

男「だから俺達は、馬鹿みたいな金額で買われて、クソみたいな扱いを受けて--どんなに優秀だろうが、外れの主人の下で惨めに死ぬしかない」

男「戦闘奴隷の解放に尽力した勇者?世間様の英雄だろうが、俺達には疫病神以外の何者でもない」

男「……恨みしか、ないだろ。な?」

少年「…………」コクン

男「……なんだかな、俺がよく面倒見てやったからか?先に殺せばお前の手柄なのに、一番大きな手柄は必ず俺に譲る」

少年「……面倒見てくれたこと、感謝してた」

男「……そっか。俺も感謝してるぜ。あのクソボケ勇者を、この手で……ぶち殺せる機会をくれたんだからよ!!」

少年「………………」

男「今度は止まらないぜ……」


男「じゃあな!死ねよ!勇者ぁ!!」

少年「さよなら、死ね、先輩」フォン


 今、大量に降りかかるこれは、ただの水ではないのだろう。
 べちゃべちゃと落ちる肉片、ぐらりと傾ぎ、男は倒れた。


勇者(なんで………、)


 男が死んだとわかった。
 発動した魔法が男を殺した。
 魔法を発動したのは、男の仲間であるはずの、少年。

 男を見下ろす赤い目に、感情は無い。
 彼は、生きてはいない、人形のような目をしていた。


少年「………ごめん、先輩」フォン


 発動した魔法が、淡い煌めきとなって男を包んだ。
 暗闇に浮かび上がった、男の絶命した顔が、私の顔へと変化していく。


勇者「……君、何を、して……!」

少年「先輩の死体が、あなたの代わりになる」

少年「逃げて下さい。追っ手は来ない。全てあなたが殺して、最後の一人が、ここで相討ちになったことにする」

勇者「…………、どうして、私を、助ける……?」


少年「………………、シキを、忘れて」

勇者「!!!」

少年「あなたも、シキを、忘れて、下さい」

勇者「……あ、あ……まさか、君は……!」フォン


 なけなしの力で使った魔法は、小さな光源となり少年を照らした。


少年「………………、」


 母親譲りの金髪と、赤い瞳。
 あれから、数年。
 その少年は、見覚えのある面影を充分に残し成長していた。


勇者「…………シキ、」


 二重人格などではなかった。
 生きていた。シキは、目の前でちゃんと生きていて、存在していてくれていた。


勇者「っ……シキ……お前、生きてたんだな……!」


少年「--違う。俺は、シキじゃない」

勇者「……え、」

少年「シキは、死んだ」


 死んだ、と言った瞬間、赤い目が泣きそうに歪んだ。


少年「シキは死んだんだ、もういない」

勇者(--ああ、そうか、)

勇者「……俺は、シキも、お前等のお母さんも、助けられなかったから、」

勇者「俺を……恨んでるだろ、シキ……」

少年「……違う、」

勇者「ごめん……ごめんな、シキ……!」

少年「違、う……シキは、恨んでない、」

少年「シキは、シキは……」

少年「…………、」


少年「……シキは、死んだんだ。おじさん、」

勇者「!!」

少年「あの、日、母さんは死んでた。シキは……血が止まらなくて、」

少年「シキ、は……俺、は、何も、わからなく、なって、死んでた、母さんが」

少年「シキも、死ん、じゃ……俺、は、俺を、制御、出来なくなって、それで、」

少年「死んだ、殺した……俺が、沢山、村の、村にいた人間、全部、俺が」

勇者「シキ……っ、シキ!落ちつけ、」

勇者「生きてる、お前は、お前だけは、生きて……」

少年「--おじ、さん、シキは死んだんだ」

少年「あの日、シキは死んだ」

少年「俺は、シキじゃない」

少年「……シキは……俺は、」


 ゆらりと、シキの姿が揺らめいた。


勇者「……シキ……?」



  俺は、さ、おじさん、


 その声は、声というより、音に思えた。
 声は、確かにシキの声だ。だが、誰かが話しているとは思えない、強い違和感があった。


  ヒトじゃないんだ、


 シキの方から、シキの声が聞こえる。
 どうしても、今、シキが話しているんだと認識出来ない。
 それが何故なのかは、すぐにわかってしまった。

勇者(……そんな、こと、って……)

 シキの身体そのものが、淡く光り始めた。
 その輝きと同質の物を、俺はよく知っていた。


  ヒトじゃない、化け物ですらない、
  生きてすらいない、

  俺は--魔法なんだ。


 その輝きは、魔法を展開発動した時に発生する光と、全く同じだった。


シキ〈俺は、シキに同化した魔法だ。俺はシキを媒介に生まれた魔法〉

シキ〈シキの身体は特別だった。魔力の耐性が凄く高くて、魔法を同化させる実験は問題無く成功した〉

シキ〈成功しただけではなく、……シキ自身が意図したわけでもなく、シキに同化した魔法は何故か意志を持ってしまった〉

シキ〈みんな、シキが俺を造ったと思ってる。シキは否定していたけど、俺はどっちでも良かった〉

シキ〈シキも母さんも、俺をシキと呼んでくれたから〉

シキ〈……シキと母さんがいれば、それで良かった、のに〉


勇者「シキ……、」


シキ〈……おじさんも、俺をシキって呼んでくれる〉

シキ〈俺が魔法だって知った今も。……おじさんなら、って俺達、思ってた〉


シキ〈……ありがとう、おじさん〉

勇者「……………っ、」

シキ〈でも、忘れてほしいんだ〉

シキ〈俺達のこと……シキのことを、忘れてほしい〉


勇者「--え?」

シキ〈おじさんが俺をシキと呼ぶから、俺はシキを思い出してしまう〉

シキ〈忘れなきゃいけないのに、俺はシキを……忘れなきゃ、〉


シキ〈……生きて、いけないんだ……〉


シキ〈今も、この時も、もう、存在することが、怖くて、辛くて、もう、もう、俺……消えて、しまいたいのに、〉

シキ〈シキは、俺に、忘れようって……全部忘れて、生きようって、言っ、た……のに……〉

シキ〈……ヒトは、凄い、な〉

シキ〈……俺は、こんなもの背負って、生きていけない……〉

シキ〈おじさん……俺、嫌なんだ、シキがいないんだ、怖いんだ……辛いんだ、〉

シキ〈シキがいないなら、俺は、シキじゃない、〉

シキ〈俺は、シキがいない、この世界に、存在したくない……!〉

シキ〈連れて行ってくれるって、ずっと一緒だって、俺を一人にしないって、言ったのに……!!〉

勇者「……シキ……、ごめん……俺が、俺がもっと早く、迎えに行ってれば、」

勇者「俺が……悪いんだ、俺が……!!」


シキ〈……おじさんは、悪くない〉

シキ〈自分を責めるのは、やめてよ……おじさんにまで、死なれたら、俺……〉


勇者「………………あ、」

シキ〈忘れ、て……〉

シキ〈お願い、おじさん……シキは死んだんだ……忘れて、〉

シキ〈全部、忘れて……シキも母さんも、俺も、あの村であった事、全部……〉

勇者「いや、だ……忘れたくない、俺は、お前と……」

シキ〈忘れるって、頷いて、くれなきゃ……俺は、俺の記憶を呼び戻す、おじさんを……〉

シキ〈殺さなきゃ、なら、ない……!〉

勇者「---!!!」

シキ〈で、も……おじさんを、この手で、殺してしまったら……俺、耐えられない……、〉

シキ〈シキが……生きろって言ったから、俺は……生きなきゃいけない、から、お願い……!!〉

シキ〈忘れるって、頷いて……!!〉

 --シキが、言っていた。
 シキの事を覚えていてと。

 今、この時、俺が忘れると頷いたら、この世界にシキを知る者はいなくなってしまう。
 シキをシキと呼ぶ者がいなくなってしまう。

 ヒトではないシキは、それが怖い。
 自覚はあるのだろう、自分の存在は有り得ないのだと。
 意志を持つ魔法は、きっと、その名前を核に自己を形成した。

 それを忘れると、俺が頷けば。

勇者(お前は、今度こそ、壊れてしまうんじゃないのか、)

勇者(だから、忘れたくない、)


勇者「俺は……、」


シキ〈……おねがい、〉


勇者「………っ、」
勇者(--馬鹿か、俺は……忘れない、と言うのは……俺を救う言葉なのに、)


勇者「……ごめん、ごめん……俺、」

勇者「忘、れるから……お前のこと忘れるから、」


シキ〈------、〉パキン


 音が、した。
 それは、魔法陣に亀裂が入る音によく似ていた。


勇者「頼む……生きて、くれ……」

シキ〈………………、〉


 そう言うと、彼は、へらりと笑った。
 その目は光が消え、暗く、淀み。

 やはり、あの音は壊れてしまった音なのだろう。

 今ので、彼の、シキとしての心は、壊れた。


シキ〈……わかった、ありがとう、 じさ 〉

シキ〈…………あの時、も、 さんと、シ を、連れ 帰 てくれて、あ がと 〉

勇者「!!!」


 揺らめく身体に、手を伸ばす。


 掴めたはずの彼の手は掴めず、俺の手は空を切る。


  〈さよなら〉


勇者「…………、あ、」


 人影はない。
 小さな光が、暗闇を照らすだけだ。


勇者「……いたのか、あの場に、お前は……」

勇者(シキと、女さんを見つけた、あの場に、お前は……存在していた)

勇者(あれは空耳なんかじゃない。あの時、俺を呼んだのは……お前だったのか、)

勇者「俺は、どこまでも………!!」


 --探せば、もっと探して、俺がシキを見付けていれば、間に合ったかもしれないのに。
 あの時、俺がシキの手を掴んでいたら、シキはシキとして、生きられたかもしれないのに、


勇者「何でだよ……、何で、どうして……、俺は……」


 小さな光も力無く消え、世界は暗闇に包まれる。

 このまま、消えてしまえれば、どんなに楽だろう。そう思った。

 そう思って、


勇者「----」





 その日、勇者だった俺は死んだ。
 元々半分死んでいた。

 残った私も、勇者を辞めた。
 私自身、すでに死んでいる。公式上で私はもう存在しない。

 それでも、生きろと言った手前、本当に死ぬわけにはいかない。

 そして、私は、忘れなければならない。

 忘れると、言ってしまった。
 忘れなければ、彼は消えてしまうからだ。



 現在。



 だから、ここに記そう。
 私が忘れても、彼が彼であったと証明するために。


 --彼は彼に忘れろと言った。
 それは、彼にとっても辛い選択だっただろう。

 一人で存在するには、彼は弱すぎる。
 それこそ、消えてしまった方が楽と言えるぐらいに。

 だが、彼は共に連れて行くことはしなかった。
 彼が生きる道を選んだ。
 忘れさせたのは、例え彼の心を壊しても、彼自身が完全に壊れることを避けるため。

 賭けたのは未来。

 私も、その未来に賭けよう。
 私は、その未来に賭けるしかない。
 私には救えなかった、掴めなかった、彼の手を。
 これから彼が出会うであろう誰かが、掴んで、決して離さず--救ってくれる、そんな未来に。



 ここに記すのは、
 私が勇者を辞めるキッカケとなった、とある村での出来事。

 救えなかった、二人の、少年の話だ。


 ××年前。
 冬の始まり。


 冬は始まったばかりだ。
 けれど、春が待ち遠しい。

 シキも、そう思ってる。
 俺と同じように。


シキ「……なに、ニヤニヤしてるの」

 --シキ、嬉しそうだな、って思って。

シキ「……シキのくせに、生意気」

 ペシッ

 ……痛い。……これ、知ってる。でーこーぴーんー、ってやつ。

シキ「言い方までおじさんの真似しないの」クスッ

 えへへ、

シキ「……おじさんのおかげかな。また、ちゃんと笑えるようになったね、シキ」

 シキも。
 俺を心配させないように、ただ笑って見せることが少なくなった。

シキ「!」

 おじさんのおかげだね。

シキ「~~~、シキのくせに、シキのくせに!」

 ペシッ ペシッ
 痛いってば、やめてよ

シキ「笑ってるくせに、」

 ふへへへ、

シキ「--まったく、笑ってないで、話すのもちゃんと練習しないと駄目なんだから」

シキ「おじさんは……どうせシキがヒトじゃないってわかっても、変わらず接してくれるだろうけど」

シキ「これから出会うヒト達は、そうやってシキが話すと吃驚しちゃうから」

 …………、

 シキ「うん、気を付ける」

 シキ「でも俺、喋るの上手くなったよね?」

シキ「上手くなった。むかつくけど、これもおじさんのおかげか」

 シキ「おじさんといっぱい話せたからだね」ヘラリ

 シキ「……ねぇ、シキ」

シキ「なに?」

 シキ「春がきたら、」

 シキ「俺達、ずっと一緒にいられるよね」

シキ「……うん。こうやって、面と向かって話すことが多くなる」

シキ「君が僕の代わりに眠らなくても済むし、雪遊びも一緒に出来る」

 シキ「ふへへ、そっかー。……ってことは、母さんやおじさんと四人で遊ぶってのもアリなんだね」ヘラリ

シキ「……懐いてるよなぁ、」クスッ

 シキ「シキも好きでしょ?」

シキ「……そうだね。ちょっと馬鹿だけど、おじさんのことは」

シキ「君と、母さんと、同じぐらい……大好きだよ」





 あの日、俺達は、春を待っていた。




 おわり。

田舎町でほのぼの暮らす四人の話は思いつくのに、どうしてもその流れに行き着かなかった。

ここまで付き合ってくれてありがとう。
明るい話じゃないけど、少しでも楽しんでくれたら嬉しい。

乙、良かった

このSSまとめへのコメント

1 :  SS好きの774さん   2014年01月11日 (土) 00:14:44   ID: w6eXdfVL

乙、結構前のだけど感動したぞ、またこういうの書いてくれると嬉しいな。

2 :  SS好きの774さん   2014年03月14日 (金) 00:23:30   ID: cmQdgchu

やばい、胸を撃たれた。好みすぎる

3 :  SS好きの774さん   2015年05月01日 (金) 01:43:36   ID: Ao_aKnm-

乙、感動したよ。

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