「エルドと私とお母さんの話」(18)

エルドとその恋人とエルド母の話。
捏造多々。





私とエルドは幼馴染だった。
もともとは隣家に住んでいたが、幼い頃に父母を亡くしてからはエルドの母が私を引き取り面倒を見てくれた。

一人っ子だった私は二つ上のお兄さんだったエルドのことを慕い、甘えた。

ひとつ屋根の下で暮らすようになってすぐ、こっそり私達は恋仲になった。
私はもともとエルドのことが大好きだったし、エルドもその気持ちに応えてくれた。
とても嬉しかった。


そして、エルドは訓練兵になった。

行かないで、とエルドの服の裾を掴んで放さない私の頭を撫で、彼はいってきますと笑った。
昔から私はエルドに頭を撫でられると何も言えなくなる。
だからその時も

そんな不安気な私を見てエルドは、俺は憲兵団になるから、そうしたら家族で内地に移り住もうとエルドは言った。

…言ったのだ、確かに。

蓋を開けてみれば、何もかもが違っていた。

彼は憲兵団を志願せず、調査兵団を選んだ。

調査兵団のジャケットを纏って帰ってきた彼を見て私たちは呆然とした。

ごめんな、とそんな私の頭を撫でながら困ったように笑ったエルドの顔が今でも脳裏に焼きついている。

その夜、エルドは私を抱いた。
破瓜の痛みに呻く私の頭をやはりエルドは優しく撫でた。

私たちの不安とは裏腹にエルドは何度も壁外調査から帰ってきてくれた。

「ただいま」

エルドは壁外調査から帰るたびに家に顔を出した。
休暇が取れずなかなか帰ってこれないときには必ず私と彼の母に手紙を寄越した。

玄関をくぐり笑顔で片手を挙げる仕草や日々のなんてことないことを綴った手紙に、私も彼の母も安堵するのだ。

彼は生きている、と。


「エルド、この靴かわいいね」

いつだったか、休暇でエルドが帰ってきたとき二人で街に出かけたことがあった。

その靴を飾っていたお店はどちらかといえば高価なお店で、私はただ純粋にかわいいと思っただけだった。

あんな高価な靴は地味な私には似合わないと思ったし、いつもぺたんこの履きつぶした靴ばかり履いている私にはこんな踵の高い靴を履きこなせないと思った。

だから、欲しいか?と聞かれて首を振った。
エルドもそれ以上聞いてこなかったから、それきりそのことは忘れていた。

次の休み、エルドは小脇に小包みを抱えて帰ってきた。
家に入るやいなや、私を無理矢理椅子に座らせると小包みからあの赤い靴を取り出した。

「…!エルド…!!」

ぽかんと口を開けて驚く私といたずらが成功した子どものように笑うエルドを交互に見て、あらあらと微笑みながら彼の母が席を外した。

そんな彼の母を視線で追い、慌てる私にはお構いなしにエルドはその靴を私に履かせるべく目の前に跪いた。

「お、似合うじゃん」

そう言いながら、エルドはつま先にキスをした。
まるで、自分がお姫様にでもなったように思えた。

「ありがとう、エルド!」

どう喜びを表現すればいいかわからなくて、ただ勢い良くエルドに抱きついた。
エルドは首筋に顔を埋める私の頭を優しく撫でてくれて、私はとても暖かい気持ちになった。


こんな幸せなことがあっていいのか。

あぁ、エルド!
愛してる!

恥ずかしくて口には出せなかったけど、心の中で高らかに叫んだ。

先月、精鋭班に選ばれたと自慢気に帰ってきた彼は、私を腕に抱きながらいつになく真剣な声で言った。

「次、帰ってきたら結婚するか」

彼の口から結婚、という単語を聞いたのははじめてだった。
でも、その言葉に心踊ったのはほんの数刻。

次?
次の壁外調査が終わったときも、果たして彼は本当に再び帰ってくるのだろうか?

「…うん、待ってるから」

彼の胸板に顔をうずめ、やっとの思いでそう答えた。

不安で、仕方がなかった。

いつも帰ってくるから、大丈夫。
そう何度自分に言い聞かせても心に燻る不安は日に日に勢いを増し、その炎に飲まれそうになったとき、調査兵団の帰還を知らせる鐘が鳴った。

彼の母は鐘の音に表情を明るくしたが、私の不安は消えなかった。

………神様、私がエルドの帰りを疑ったのがいけなかったのでしょうか?

鐘の音が止み、馬の蹄の鳴る音が止み、街頭から人が捌けた。

夜が来て、朝が来て、また夜が来た。
そして、朝が来て。

いつまで待っても、エルドは帰ってこなかった。

数日後、私と彼の母の住む家に「紙」が届いた。


行方不明通知。
戦死通知ではなく、行方不明通知。

永遠に帰ってこない人を待ち続けることを強いる紙だ。

きっとこの紙を送った人は待ち続けることの苦痛を知らないのだ。
だから、こんな残酷な紙を送れたのだろう。

毎日、この紙を握りしめ、祈りを捧げながら泣く彼の母をどんな気持ちで眺めろというのだ。

頭の中にあの鐘の音が響き渡る。
幾度、鐘が鳴れば彼は帰ってくるのだろう。

彼の母の前では涙を流すことも出来ず、夜更けにそっと家を抜け出して街灯も灯らない路地裏を駆けた。
靴を履いてくるのを忘れた足に小石が刺さり、血がでた。

「あぁ…」

痛みに真っ暗な路地裏に座り込む。

寂しいよ、エルド。
帰ってきてよ、エルド。

痛くて、もう歩けないよ。

エルド、
エルド、

どうして、死んでしまったの。
どうして、私を、遺して。
どうして、私たちを、遺して。

ふと、気配を感じて顔を上げると路地の先にぼんやり灯りが見えた。

「おいで、帰ろう」

彼の母が片手に燭台を、そしてもう片方の手に私の靴を持って立っていた。


あの赤い靴だった。

弾かれたように立ち上がると、私は彼の母に縋るようにして泣き喚いた。

「エルド、エルド…」

彼の母も私を抱き締めて涙を流した。

私達は、そこではじめて彼の死を受け入れて泣いたのだ。

これで、私達が彼を待っていた話は終わり。

もう私も彼の母も待つのは終わりにした。

彼の母はあの紙を引き出しの奥に閉まって鍵をかけて、私はその鍵をエルドの部屋の戸棚に隠した。

それで、終わり。

彼は死んだのだ。
二度と帰らない。

受け入れられなかっただけで、わかっていたことだ。
私たちはやっとその事実を受け入れることが出来た。

ただ彼を想って生きることは辛いけれど、生涯愛すのは彼だけ。
そんな陳腐な誓いを胸に、今までと変わらず彼の母とこの小さな家で生きていく。

そう決めた。


愛しい、エルド。
どうか、安らかに。

愛しい、エルド。

…私は、お母さんと二人でこの家で暮らしていくよ。

おわり

アニオリのエルド彼女、幸薄そうな美人でくそかわいかったです

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