小鳥「Case:01 天海春香」 (78)

こんにちは、天海春香です!

17歳、高校2年生。アイドルをやってます!


最近はお仕事をたくさんもらえるようになって、毎日学校とアイドルで大忙しです。

少しだけ大変だけど、自分で決めたことだから。


応援してくれるファンのみんなも……

これからファンになってくれるかもしれない、もっともっとたくさんの人たちも。

み~んな笑顔にするのが私の夢です!


今日もお仕事頑張ります!


 ガチャ

春香「おはようございます!」


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 ── 765プロ事務所 ──


 ズルッ

春香「ぉわっ……とっととと……!」

P「おっと」

 ガシッ

春香「ふわっ!?」

P「大丈夫か?」

春香「プロデューサーさん……」

春香「あ、ありがとうございます! おかげで転ばずに済みました」

P「間に合ってよかったよ」

春香「はい!」

P「……」

春香「……///」

P「そろそろ離れてもらえるか?」

 バッ

春香「わ、私ったら、ごめんなさい!」

P「いや、怪我だけは気をつけてくれよ」

春香「はい、気をつけます」


この人は、私のプロデューサーさん……。

あ! 私のって、別にそういう意味じゃないですよ!?

歌もダンスもまるでダメだった私を、アイドルとしてここまで育ててくれた人。

誠実で、とても優秀なアイドルプロデューサーです。


上手く言葉にはできないけど……。

信頼とか尊敬とか、彼に対する想いはたぶんそういうものだと思う。

うん、それ以上の気持ちなんて……。


P「今日は忙しいから、覚悟しておいてくれよ?」

春香「覚悟ですか?」ゴクッ

P「まず、朝からプロモーションの撮影。終わったらすぐに雑誌のインタビュー」

P「午後はテレビ局で生放送のスポット出演と、歌番組の収録だ」

春香「うわっ、ほんとに忙しいですね」

P「それだけアイドル天海春香に勢いがあるってことだ。頼むぞ」

春香「はい、任せてください!」

P「良い返事だ。今日は一日俺も一緒だから」

春香「は、はい」


プロデューサーさんと一緒かぁ。

一日一緒にいられるなんて、いつ以来だろ?

えへへ、嬉しいな♪

 ── プロモーション撮影終了後 ──


春香「ど、どうでしたか?」

P「ぶっちゃけていいか?」

春香「は、はい……」ゴクッ

P「今度こそシングル1位を狙える」

春香「ほんとですか!?」

P「ああ、今までで最高の出来だ」

春香「ありがとうございます!」

P「喜ぶのは1位を獲ってからだけどな」

春香「もちろんです! 発売まであと1ヶ月、もっと頑張らないと!」

P「ははっ、頼もしいな」

春香「それで、あの……」

P「ん?」

春香「もし1位になれたら……」

P「なれたら?」

春香「……」

P「……」

春香「や、やっぱりなんでもないです!」

P「そうか」

春香「はい……」

P「……春香は頑張ってるからな」

春香「え?」

P「俺のできることなら、なんでもしてやるさ」

春香「あ……ありがとうございます///」

 ── 雑誌インタビュー ──


記者「今回のシングルの手応えは?」

春香「今までになく感じています」

春香「ファンの皆さんや事務所の仲間、たくさんの人たちに支えられて、やっとここまで来て……」

春香「ほんの少しだけど、恩返しができるかなって……思います」

記者「なるほど。天海さんの代表作になりそう?」

春香「そうなってくれれば嬉しいです」

記者「では最後に。天海さんにとってアイドルとは?」

春香「こうありたいという理想はあります。けど……」

春香「今はまだ、とても遠いところにあって言葉にできません」

春香「それはきっと……自分の夢を叶えることと同じ場所にあると思っています」

春香「だから、これからも応援よろしくお願いします!」

記者「ありがとうございました」

春香「ありがとうございました! またよろしくお願いします!」ペコッ

うぅ……インタビューはいつまで経っても緊張するなぁ。

ちゃんとできたかな? 自分じゃ頑張ったと思うけど……。


P「文句なしだ。安心して見ていられたよ」

春香「そうですか? あはは……」

P「春香はよくやってるよ」

春香「そ、それほどでも……」

P「いやいや、最初の頃なんてそれはもう……」

春香「わー! そんなこと思い出させないでください!」

P「ははは、昔の話だろ?」

春香「昔なんていうほど前じゃないですよ、もう……」

P「それだけ成長してるってことだ。自信を持っていい」

春香「あ……はい!」


えへへ……よしっ!

 ── 生放送出演後 楽屋 ──


 コンコン

P「いま大丈夫か?」

春香「は~い、どうぞ!」

 ガチャ

P「悪いな、すぐに次の収録だ。30分も休めない」

春香「へっちゃらですよ。体力だけは自信がありますから」

P「そう言ってもらえると助かるよ」

春香「私より、プロデューサーさんが倒れるんじゃないか心配ですよ」

P「高校生から見たら、俺なんかおっさんか。ははっ」

春香「えぇっ!? そんな意味で言ったんじゃなくて!」

P「わかってるよ。心配してくれてありがとな」

春香「いえ……」


世間一般で言ったら、小さいとは言えない年齢差はある。

プロデューサーさんは社会人で大人、私は高校生。

たぶん、子供……。

春香「プロデューサーさんは……」

P「ん?」

春香「やっぱりその……あずささんみたいな大人の女性のほうが……」

P「なんだ唐突に?」

春香「あ、あはは! なに言ってるんでしょうね、私」

P「あずささんか……俺から見てもたしかに理想的な女性だな」

春香「えっ、あ……ですよね、やっぱり」

P「でも……」

春香「?」

P「うちで一番可愛いと思うのは春香だな」

春香「ヴぁい!?」

P「みんなには内緒な?」

春香「は……はは、はい///」

 コンコン

スタッフ「天海さーん! そろそろスタンバイお願いしまーす!」

春香「あ……」

P「ん、もう時間だな」

春香「……はーい! 今いきまーす!」


やだ……今どこにも行きたくないなんて思っちゃった……。

いけないいけない、大切なお仕事なのに。

気持ちを切り替えないと!


春香「いってきます!」

P「おう、頼むぞ!」


プロデューサーさんの声に背中を押されても……やっぱりダメだ。

どうしちゃったんだろ、私……。

 ── 歌番組収録中 ──


春香「~~♪」


ステージに立てば、私はアイドルになれる。

さっきのはちょっとした気の迷い……。

ステージの上なら、どんな雑音も心に届かない。


春香「~♪」


大丈夫、いつも以上に声は出てる。

体もいつもより動く。


春香「~~~♪」


私の声を、もっとたくさんの人に届けたい。

みんな笑顔になってもらいたい。

もっと、みんなの笑顔が見たい。


春香「~♪」


なのに、どうして?

観客席にはいっぱいファンがいるのに……みんなの顔が見えない?


今日は忙しかったから、疲れてるのかな……。

うん、きっとそうだよね。

 ── 収録後 通用口 ──


P「今日はほんとにお疲れさま」

春香「あはは……さすがに疲れました」

P「今日頑張ったことが、必ず結果につながるさ」

春香「そうですよね!」

 ヒュ~…

春香「うぁ! 風が冷たい!」

P「この時間だと、もうずいぶん涼しいな」

春香「すっかり秋ですね~」

P「中で待っててくれ。こっちまで車を回してくるよ」

春香「一緒に歩きます。そんな寂しいこと言わないでください」

P「春香の体調管理のほうが大切だ」

春香「ご心配なく! 元気と丈夫が取り柄ですから!」

P「……」

春香「……」

P「わかったよ、一緒に行こう」

春香「はい!」

P「おっと、事務所に報告しないとな。ちょっといいか?」

春香「あ、どうぞどうぞ」

P「もしもし、律子か? …………うん、いま局を出るところだ」

P「少し遅くなるから、先に帰ってていいぞ」

春香「?」

P「おう、お疲れさま」

 ピッ

春香「遅くなるって、どこか寄るんですか?」

P「ああ、一緒に飯でも食いに行こう」

春香「え? お夕飯ですか?」

P「時間もちょうどいいしな。春香さえよければ」

春香「え……あ……」

P「どうだ?」

春香「私でよかったら……///」

P「じゃあ、早速行こうか」

春香「はい……///」

やっぱり、私……。

うん、わかってた。自分の気持ちだから。


私は……プロデューサーさんが好き。

これ以上、自分をごまかせない。


春香「……///」

P「寒くないか?」

春香「だ、大丈夫です! むしろ暑いぐらいです!」

P「お、おう?」

 ガサッ

P「ん?」

春香「どうしました?」

P「なにか物音が……いや、気のせいかな」

春香「? それより、早く行きましょう!」

P「やけに張り切ってるな」

春香「そうですか~?」


だって、プロデューサーさんと二人っきりでお食事ですよ。

えへへ、嬉しいに決まってます!

お夕飯……というか、ディナーといったほうがいいのかな?

すごくお洒落なお店で、地中海のほうの料理ってことだったけど……あはは、よくわからないです。

あ、もちろんお料理は美味しかったですよ!

ずっとドキドキしっぱなしだったけど……。


 ── 社用車 車内 ──


今はお店を出て、駅に向かう車の中。

二人とも、いつもより言葉少な。


春香「あの……ごちそうさまでした」

P「どういたしまして」

春香「素敵なお店でしたね」

P「いざってときのために調べておいたのが役に立ったよ」

春香「いざってときって……あはは、相手が私じゃ」

P「いや、春香と一緒に行けてよかったよ」

春香「わたっ……私と一緒で、ですか?」

P「ああ、ありがとな」

春香「い、いえ! こちらこそ……///」


気づいてませんよね? 私の気持ち……。

気づいていたら、きっと受け入れてくれない……。

私がアイドルで、あなたはプロデューサーだから……。

P「お、あの駅だな」

春香「え……あ、はい」


もう駅前……着いちゃった。

もっと一緒にいたいなんて……言っちゃダメだよね。


春香「送ってもらってありがとうございました」

P「いや、お安い御用だよ」

春香「あの、それじゃ……」

P「うん……」


好きなんて……言っちゃいけない。

気づかれてもいけない。

いつもみたいに、笑顔でお疲れさまでしたって……。


春香「……」ポロポロ

P「春香?」

春香「あれ? やだ……どうしちゃったんだろ、私……」ポロポロ

P「……」

春香「なんで……ひぐっ、泣いて……」ポロポロ


なんで泣くのよ、私のバカ……。

車から出るまでぐらい、我慢できたはずなのに……。

P「春香」

春香「え……?」

 グイッ

春香「あ……」


私、プロデューサーさんに抱きしめられてる……。

嘘みたい……こんなの……。


春香「プロデューサーさん……?」

P「待っていてくれるか?」

春香「え?」

P「今はまだ……これ以上は言えない」

春香「……」

P「でも、待っていて欲しい」


なにを?

ううん、言葉なんかなくても……伝わってくる。

私も同じ気持ちだから。

春香「うん……!」

P「……」

春香「待ってます!」

P「ああ」

春香「えへへ……でも、あんまり待たせちゃイヤですよ?」

P「わかってる」

春香「約束です」

P「ああ、約束だ」

春香「あと……もう少しだけこのままで……」

P「そうだな……」

 ギュッ


言葉にするのはそのときまでお預けだけど。

大好きです……。

 ── 数日後 ──


叶わないことだと、ずっと思ってたのに……。

プロデューサーさんと私、同じ想いで繋がってる。

たぶんだけどね、へへっ。


今日のお仕事は午後からだけど、少し早く出てきちゃった。

あれから……お仕事も学校も、毎日がすごく楽しい♪


春香「♪」


シングルが1位になったら、なにをお願いしようかな?

ちょっとだけわがままを言っても、いいですよね?


 ── 765プロ事務所 ──


 ガチャ

春香「おはようございます♪」

真美「あ、はるるん……」

春香「真美? どうしたの?」

真美「う、うん……」


真美だけじゃない。律子さんも千早ちゃんも……他のみんなも様子がおかしい。

なにこれ? 私の知ってる事務所じゃないみたい。

それに……プロデューサーさんはどこ?

春香「あの……プロデューサーさんは?」

律子「プロデューサー殿は……あの人はもうここには来ないわ」

春香「え?」

高木「残念だが辞表を出してもらった。彼はもうプロデューサーじゃないよ」


なに言ってるんですか、社長?

あ、わかった! ドッキリですよね、これ。

プロデューサーさん、どこに隠れてるんですか?


律子「春香……あなたにも関わりのあることよ」

春香「私に?」


もう、律子さんまでそんな深刻そうなフリして。

わ、私は騙されませんよ?


律子「これを見て。今日発売された週刊誌よ」

春香「これって……」

律子「ええ、うちも散々お世話になってる、くだらないゴシップ誌」

春香「なんでこんなもの……」

律子「このページよ」

私の写真と……名前?

『天海春香、担当プロデューサーとの熱愛発覚!!』

……え?


これ、あの日の……。

テレビ局を出たところと、二人で食事中の……。

それから、車の中で私とプロデューサーさんが抱き合ってる……写真。


律子「やられたわ……!」ギリッ

春香「ま……待ってください!」

高木「ん?」

春香「この写真は……事実だけど、私たちはなにも!」

高木「もちろん彼からも事情は聞いたよ。おそらく嘘は言っていないだろう」

春香「そうです! プロデューサーさんは、そんな……」

高木「だとしてもだ。これを撮られたら、こちらの負けだよ」

律子「あの人がアイドルプロデューサーを続けるのは……もう無理よ」

春香「そんな……」

高木「辛いだろうが、彼自身が決めたことだ」

律子「最後に、春香のことをよろしく頼むって……私に……」

春香「私の、こと……」

美希「ふざけないで!」

春香「!?」

美希「春香を頼むってなに!? 春香のせいでハニーはいなくなったんだよ!?」

春香「美希……」

美希「ミキにハニーを返してよ! ねえ!」

春香「そんなこと、私に……」

美希「春香がハニーをたぶらかしたんでしょ!?」

春香「ちがっ……!」

美希「そんなことするなら、春香がアイドルをやめちゃえばよかったのに!」

春香「!」

律子「やめなさい、美希!」

美希「……っ!」

 タタタッ…

真「美希! くそっ……!」

 タタタッ…

春香「美希……真……」

高木「運が悪かったとしか言えない。だが……」

律子「アイドルを続けるなら、受け入れるしかないわ……春香」

春香「……」

高木「来月の予定だった新譜も……残念だが発売を見合わせるしかない」

春香「そんな……!」


プロデューサーさんと約束した、大切なシングルなのに。

なにも残らないんですか?

プロデューサーさんも、二人の約束も……。


それほどのことを……してしまった?


高木「今日はもう帰って休むといい。今後の活動に関しては、落ち着いてからまた話そう」

春香「はい……わかりました……」

 ザワザワ…

亜美「りっちゃん! 外にマスコミがいっぱい……!」

律子「早速お出ましね……」

千早「……」

春香「あ……」


千早ちゃん……。

私……。


千早「春香が悪いわけじゃない。それはわかってるわ」

春香「……」

千早「でも……いいえ、ごめんなさい」

春香「え……?」

千早「今は春香と……話したくない」

春香「千早ちゃん……」

千早「……」

春香「……」


私がここにいたら、迷惑にしかならないんだ……。

帰ろう……。

取材に押しかけた記者たちから発せられる、異口同音の追求。

社長と律子さんが、必死に対応に追われてる。


内容は聞き取れなかったけど、遠巻きの人込みからは罵声も……。

そこからどうやって抜け出して電車に乗ったのか……全然覚えてない。


変装はしてるけど……下を向いて、きっとひどい顔で。

なのもしなくても、今の私なんて誰も天海春香だとは気づかない……。


 ── 電車内 ──


プロデューサーさん、どうして私になにも言わないで……。

そうだ、電話で……!


ピッ『おかけになった電話番号は、現在……』

春香「え……」


うそ……?

もう話すことも……声を聞くこともできないの?


ううん! 違いますよね?

だって、待っててくれって……待ってるって、約束したじゃないですか。

嘘だったんですか?


ねえ、プロデューサーさん!

応えて……応えてください……。

春香「やだよ……もう、こんなの……」

少女「お姉ちゃん、どうしたの?」

春香「?」


女の子……小学校の低学年くらいの。

じーっと、私の顔を覗き込んでる。


少女「お姉ちゃん、アイドルの春香ちゃん?」

春香「え……あの……」

少女「私ね、春香ちゃんのファンなんだ!」

春香「そ、そうなんだ。応援してくれてありがとう……」

少女「いつもニコニコ優しく笑ってる春香ちゃんが大好きだよ!」

春香「笑って……」

少女「でも、今の春香ちゃんは嫌い」

春香「嫌い……?」

少女「そんな顔してる春香ちゃん、見たくない……」

春香「あ……」

この子と私、今たぶん同じ顔してる……。

胸が痛い……。


そんな顔しないで。

私を見ないで、お願いだから……。

私はただ、みんなの笑顔が見たかっただけなのに……。


春香「やめて……」

少女「嫌い……」

春香「イヤ……」

少女「春香ちゃんなんか嫌い!」



春香「イヤァァァァ……!!」



───

──


今日はここまで
残りは近日中に投下します
たぶん次で最後まで行きます

では

もちろんあるよ
まだ半分ぐらいだし

では再開
最後まで投下します

 ── Case:02 如月千早 ──


如月千早、16歳です。

高校2年生ですが、アイドルをやっています。


アイドルなんてただの手段。歌さえ歌えればいい。

ずっとそう思っていました。


今は……たぶん違います。

私には歌しかないけど、私は独りじゃないってことを……

みんなが教えてくれたから。


そうですよね、プロデューサー……。

 ── 765プロ事務所 ──


春香「おはようございます! ……ぉわっ……とっととと……!」

P「おっと。……大丈夫か?」


春香ったら、またなにもないところで転びそうになって。

プロデューサーが近くにいたからよかったけど……。


P「そろそろ離れてもらえるか?」

春香「わ、私ったら、ごめんなさい!」


別に故意じゃないのはわかってる。

でも……。


千早「……」


こんな気持ち、言葉にしたくない。

春香は大切な親友なのに、私はなにを……。


春香「あ! 千早ちゃん、おはよー!」

千早「おはよう、春香」

春香「今日は一日プロデューサーさんが一緒だって♪」

千早「そ、そう。よかったわね」

春香「うん!」


春香は、ほんとにわかりやすい。

私みたいに人を見る目がない人間に対しても、プロデューサーへの好意を隠せていない。

これでバレていないと思ってるんだもの……話を合わせるのに苦労するわ。


P「千早、ちょっといいか」

千早「あ……はい」

春香「じゃ、またあとでね」

千早「ええ」

P「話してるところ悪いな」

千早「いえ、なんでしょうか?」

P「来月、春香のシングルが発売されるのは聞いてるな?」

千早「はい、本人から」

P「その次は千早のシングルの予定だ」

千早「私のシングル……ですか?」

P「ああ、具体的に動き出すのは、来週からになるけどな」

千早「あ……はい、わかりました!」

P「ははっ、嬉しそうだな」

千早「い、いえ、そんな……」

P「朗報なんだから、それでいいんだよ」

千早「そうですね……」

P「でな、今の千早の実績なら、こちらの要望を通せると思う」

千早「要望?」

P「そうだ。今回のシングルで、セルフプロデュースに挑戦してみないか?」

千早「セルフプロデュース……私が?」

P「もちろんプロモーション関連は、今までどおり俺がやる」

P「曲の方を千早に任せたい」

千早「私に……できるでしょうか?」

P「できるかどうかじゃない。歌手として一段階上を目指すなら、今やるべきだ」

千早「わかりました。自信はありませんが、やってみます」

P「ん、頼むぞ」

千早「はい、こちらこそよろしくお願いします」

P「今日はレッスンだったな」

千早「はい」

P「入れ込みすぎるなよ」

千早「言われなくてもわかってます!」

P「ははは、千早なら心配いらないか」

千早「もう……。ふふっ」

千早「あ、ひとついいでしょうか?」

P「なんだ?」

千早「春香の新譜……聴かせてもらうことはできますか?」

P「ああ、ほんとはよくないんだが……用意するからちょっと待ってくれ」

千早「ありがとうございます」

P「発売前のものだから、注意はしてくれよ?」

千早「わかってます」


今まで他人の歌には興味なんてなかったのに。

春香の歌が……なぜだかすごく気になる。

興味を持つのは良いこと……なのかしら?


聴いてみれば、それがわかるような気がする。

春香が、私に無いものを持っているのは確かだから。


私にしか無いものだって、あるはずだけど……。


千早「セルフプロデュースか……」


私が、私の歌を……。

出来るかどうかなんて、わからない。不安だって少なくない。

でも……心が踊る。これがワクワクするっていうこと?


うん、頑張ってみよう!

 ── レッスン中 ──


千早「~~~♪」


今日は歌のレッスン。

最初の頃は、歌以外のことはやりたくないなんて駄々をこねてたけど……。

最近はむしろ、歌のレッスンこそただの確認作業になってる。


千早「~♪」


アイドルの仕事は……楽しい。

今では心からそう思える。


歌以外は不要なものと決め付けていた、かつての自分。

そんな自分の世界の狭小さを思い知らされるのは、今でも少しだけ怖い。

でも、心を開けば世界は広がっていく……。


千早「~~♪」


それを教えてくれたのは、春香たちみんな。

……あなた。


千早「~~~~~♪」


私には歌しかない。それは今でも変わらない。

歌でしかこの想いを伝えられないから。


みんなに。

あなたに。

千早「ふぅ……」

トレ「如月さん、なにかあった?」

千早「え?」

トレ「最近はレッスンにはあまり身が入ってなかったようだけど」

千早「……」

トレ「今日は……上手く言えないけど、少し圧倒されたわ」

千早「自分では、わかりません……」


うそ。ほんとはわかってる。

現金な自分を認めたくないだけ。


トレ「そう……。いつもこうだと、私も張り合いがあるんだけどね」

千早「気をつけます……」

トレ「責めてるわけじゃないから、そんなにかしこまらないで」

千早「はい、ありがとうございます」


歌は嘘をつけない。

臆病で嘘つきな私には、だから歌が必要なんだ。

 ── レッスン終了後 765プロ事務所 ──


律子「あ……しまった」

千早「どうしたの、律子?」

律子「プロデューサー殿に書類を渡し損ねてた……」

千早「書類?」

律子「企画提案用の資料よ。今日テレビ局で使うって言われてたのに」

千早「私でよければ届けるけど」

律子「いいの?」

千早「今日はもう予定はないし、構わないわ」

律子「助かるわ! ありがとう、千早」

千早「気にしないで」

律子「ちょっと待ってて、今プロデューサー殿に連絡するから」

千早「ええ」


そうだ、春香の新譜。

移動中にでも聞いてみよう。

律子「ああもう、繋がらない! 電源切られちゃってる」

千早「それは困ったわね」

律子「ん~……しょうがないか」ペラッ

千早「?」

律子「はい。いつもの番号で繋がらなかったら、こっちに連絡してみて」


メモ書き……電話番号?

たぶん、知らない番号……。


千早「これは?」

律子「プロデューサー殿の私用の番号」

千早「私用の?」

律子「いちおう、うちの子たちには教えない決まりになってるから、そのつもりでね」

千早「そんなの……いいの?」

律子「千早なら信頼されてるから大丈夫でしょ」

千早「そう……それなら」


信頼されてる? 私が?

そんなこと考えたこともなかった。


他のみんなが……たぶん春香も知らない番号。

私だけが知ってる、プロデューサーの……。

 ── 電車 ──


春香の新譜、聴いてみよう。

ここからまだ30分はかかるから、何度かは聞けるわね。


春香は自信があったみたいだけど……。

少し厳しく意見してみようかしら? ふふっ。


 カチッ

『~♪』


ポップチューンの、明るく軽快なイントロ。

とても春香らしい曲。


『~~~♪』


歌い出し……うん、自然に曲に乗ってる。

ほんとに上手くなったわね。


『~~~♪』


ううん、技巧とかじゃない……のかな。

どう言えばいいのか、上手く言葉が見つからないけど。


歌の中に溶けていくような……私にはない、不思議な感覚。

これが春香……?

Cメロ……サビ。

オーソドックスだけど、心が沸き立つような展開。

いい曲……。


春香「~~~~~♪」

千早「!」


春香!?

いや、気のせいだ。そんなわけない。

でも、一瞬だけ……春香が目の前で歌っていると、そう感じてしまった。


トレーナーの言ってた圧倒されるって、こういうことなんだろうか。

こんなこと、初めてだ……。


千早「……」


春香の歌には、春香にしか歌えない世界がある。

それはもちろん私だけではなく、他の誰とも優劣をつけられるものじゃない。

そう思っていた……けど。


私は、心のどこかで春香を見下していたのかもしれない。

そう思わないと説明がつけられないから。

この醜い感情に……。


ごめんなさい、春香……。

結局一度だけ聴いて、それ以上はリピートできなかった。

また、大切な親友を裏切ってしまうような気がして……。


元より自分を歪な人間だとは思っていたけど……

親友に対する醜い感情を暴かれるのは……耐えられない。

聴かなければよかった……。


 ── テレビ局 楽屋 ──


守衛さんに『如月千早』と名乗って、用向きを伝える。

すぐに顔見知りのスタッフの方が来て、春香の楽屋に案内してくれた。

プロデューサーは今、局側のディレクターと打ち合わせ中で、すぐには要件を伝えられないそうだ。

先に春香が戻ってくるかもしれない。


そうだった。今日は一日、プロデューサーは春香と一緒にいる。

今更悔やんでも遅いけど、いま春香と顔を合わせるのは辛い……。


 ガチャ

春香「ん~疲れた~」

千早「?」


たしかに春香の声が聞こえたのに、この部屋には誰も入ってきていない。

たぶん隣の楽屋。私のほうが間違って案内されてしまったんだろう。

ここの楽屋は薄い間仕切りがあるだけだから、小声でなければ隣の声が聞こえる。

ここにいてもしょうがないし、隣に……。

でも、いま行ったら春香と二人っきり……。


春香「すぐに次の収録だし、早く着替えないと……」


耳を澄ませているおかげで、衣擦れの音も聞こえてくる。

私が同世代の男子だったら、なんとも悩ましい状況なんだろうけど……。

と、とにかく、着替え終わるまでは待たないと。


春香「よし! これで……うん、バッチリ!」


着替え終わったのかしら?

うん、私のほうももう大丈夫。いつものように振る舞える。


 コンコン

P「いま大丈夫か?」

春香「は~い、どうぞ!」


ん? プロデューサーも来たみたい。

二人の話し声が聞こえてくる。


春香「私より、プロデューサーさんが倒れるんじゃないか心配ですよ」

P「高校生から見たら、俺なんかおっさんか。ははっ」

春香「えぇっ!? そんな意味で言ったんじゃなくて!」


ほんとに鈍感で朴念仁で罪作りな人……。

心配してるのは春香だけじゃないですよ?

春香「プロデューサーさんは……やっぱりその、あずささんみたいな大人の女性のほうが……」

P「あずささんか……俺から見てもたしかに理想的な女性だな」


千早「……」


私から見ても、とても素敵な大人の女性。

私にはないものを……くっ。


P「でも……うちで一番可愛いと思うのは春香だな」

春香「ヴぁい!?」


千早「……!」


P「みんなには内緒な?」

春香「は……はは、はい///」


プロデューサーが春香を……?

う、ううん! 別におかしなことじゃない。

同性で同学年の私から見ても、春香はとても素直で朗らかで可愛らしいもの。

可愛げのない私なんかとは……。


でも……。

あなたの口からは、聞きたくなかった……。

 コンコン

スタッフ「天海さーん! そろそろスタンバイお願いしまーす!」

春香「あ……はーい! 今いきまーす!」


千早「……」


春香「いってきます!」

P「おう、頼むぞ!」


春香……行ったみたい。

あ、そうだ。プロデューサーに書類を届けに来たんだった。

早く渡して……帰ろう。


 ガチャ

P「ん? おう、どうしたんだ千早?」

千早「プロデューサー……律子から書類を預かって……」

P「書類? ああ、これか!」

千早「どうぞ……」

P「そういえば受け取るの忘れてたな。助かったよ、千早」

千早「いえ……それと」

P「ん?」

千早「携帯の電源、切れてるみたいですよ」

P「え? うわっマジだ。また律子にどやされるなぁ」

千早「……」

P「早めに連絡入れて謝っておくか」

千早「では、私はこれで」

P「ああ、千早」

千早「はい?」

P「なにかあったら遠慮なく言ってくれよ」


なにかあることだけは、すぐに気づいてくれるんですね。

肝心なことは、なにもわかってないくせに……。


千早「別になにも……」

P「そうか?」

千早「プロデューサーこそ……」

P「え?」

千早「なんでもありません。失礼します」

P「お、おう。気をつけて帰れよ」


言われなくてもそうします。

お仕事頑張ってください、春香のプロデューサーさん!


千早「……」


我ながら子供みたいね……。

このまま帰っても気が滅入るだけだし、気分転換にCDでも見に行こう。

どれだけ試聴をしても、心に響くような音楽には巡り会えなかった。

ううん、耳に入ってさえこなかった。

春香の新譜が頭から離れないから。


次は私のシングル。セルフプロデュース……。

頭を切り替えるきっかけが欲しかったのに。


想いを伝えるために歌があるのなら……

いま私の歌うそれは、きっと歪で醜いものになってしまう。

こんなことなら、今回の話は断るべきなのかもしれない。


でも……どうすればいいか、自分では決められない。

決めてくれるのは、いつもプロデューサーだ。


千早「……」


やめよう。考えたって答えなんか出ないんだから。

 ── カフェ ──


すっかり遅くなったので、カフェで軽く食事を済ませる。

夕飯としては軽すぎるけど、どうせ食欲なんかないしちょうどいい。


 ヒュ~…

この時間だと、テラスは少し風が冷たい。

頭なんて、とっくに冷えてるのに……。


 ブオン…

あら? あの車、うちの事務所の?

あ、プロデューサーと春香が中から……。

通りの向かいにあるレストランに、二人で入ったみたい。


そう、仕事が終わってからも二人で……。

こんなところを目撃するなんて、私もつくづく間が悪いわね……。


千早「!?」


二人に遅れて店に入った男……。

名前は忘れたけど、たしか週刊誌の記者だ。

私も、身に覚えのない中傷記事を書かれたことがある。


ここからでは店内の様子までは伺えないけど……。

もしかして……。

向かいの店を伺いながら、テラスに居座り続ける客。

……というのも、傍から見たら不審だとは思うけど。

二人が出てくるのを待っていたら、案の定あの記者もすぐあとに出てきた。

たぶん間違いないだろう。


プロデューサーか春香に連絡して……。

連絡して、この状況をどう説明すればいい?

偶然居合わせただけなのに、まるで私のほうがあとをつけてるみたいじゃない……。


千早「あ……」


自分のほうの会計を済ませている間に、記者の姿は見失ってしまった。

どこかに身を潜めているのかもしれないけど……。


アイドルとプロデューサーが二人で食事をしただけなら、それほど問題にはならない。

あの記者がスキャンダル狙いだとしても、なにもなけれなそれまでのこと。

そう、春香とプロデューサーがそんなこと……。


千早「……」


信じるしかない、二人を。

 ── 数日後 765プロ事務所 ──


現実は残酷だった。

事務所に入ってまず目に飛び込んできたのは、電話対応に追われる律子。

深刻な表情で社長室から出てきた、社長とプロデューサー。


真「千早……これ……」


先に来ていた真から、週刊誌を渡された。


 ドクンッ

真っ先に心臓が反応する。

あの記者が記事を書いている写真週刊誌だと、すぐにわかったから。


そこには、私が見かけたあのレストランの二人と……

私が知らない春香とプロデューサーがいた。


P「すべて自分の責任です。どうか春香のことだけは……」

高木「うむ……」

P「律子……春香のことをよろしく頼む」

律子「わかりました……」


理解した。できてしまった。

プロデューサーは、もうこの事務所にはいられない。

もし、あのとき私が二人に連絡していたら……結果は変わっていた?

変わったはずだ。少なくと、人目につく場所であんなことは……。


こうなったのは……私のせい?


P「千早……」

千早「プロデューサー……」

P「千早のシングル……もう俺はなにもしてやれないが……」

千早「……」

P「千早自身のために、セルフプロデュースはやり遂げるんだ」

千早「はい……」

P「春香のことを、よろしく頼む……」

千早「あ……」


行ってしまった……。

たぶんもう、ここには戻ってこられない。二度と会うことも出来ない。

なのに……。


最後まで春香のことですか?

あなたは、それほどまでに春香のことを……?


だったら、なぜこうなることが……

最悪の未来を招くかもしれないことが、考えられなかったんですか?

あなたが思いとどまっていれば、こんなことには……。


私は卑怯だ……。あなたを責める資格なんてない。

私だって、未来を変えることができたかもしれないんだから……。

 ガチャ

春香「おはようございます♪」


春香……。

たぶん、まだなにも知らない……。


春香「あの……プロデューサーさんは?」

律子「プロデューサー殿は……あの人はもうここには来ないわ」

高木「残念だが辞表を出してもらった。彼はもうプロデューサーじゃないよ」


あらためて思い知らされる。

あの人はもう、私のプロデューサーじゃないこと……。

私が歌うどんな歌にも、隣にあの人はいないということを……。


春香「ま……待ってください! この写真は……事実だけど、私たちはなにも!」

高木「もちろん彼からも事情は聞いたよ。おそらく嘘は言っていないだろう」

春香「そうです! プロデューサーさんは、そんな……」


それでも、彼が選んだのは私たちではなく、春香ひとりということ。

裏切られた、見捨てられたという思いしか、私たちには残らない。


美希「そんなことするなら、春香がアイドルをやめちゃえばよかったのに!」


心をえぐる言葉……。

美希は間違っていない。

間違っているのはプロデューサーと春香……そして私。

千早「……」

春香「あ……」


言葉が見つからない。

春香の顔を見るのも辛い。


千早「春香が悪いわけじゃない。それはわかってるわ」

春香「……」

千早「でも……いいえ、ごめんなさい」

春香「え……?」

千早「今は春香と……話したくない」


悪いのは私だと、ありのまま打ち明けることができれば……。


いいえ、綺麗事で自分をごまかしてもしょうがない。

私が悪いなんて、本当は思っていないんだから。


春香「千早ちゃん……」

千早「……」

春香「……」


ごめんなさい、春香……。

私はもう、あなたの親友ではいられないかもしれない。

ずっと、一人で生きていけると思っていた。

歌さえあれば、他になにもなくても……と。


とんだ思い上がりだ。

歌さえあれば? 私には歌しかない?

誰よりも一人ぼっちが怖いくせに……。


プロデューサーがいなければ、私は歌えない。

歌っても意味がない。

私が歌うのは、この想いを伝えるためだから。


千早「プロデューサー……」


懐に入れたままになっていた、小さなメモ書き。

春香でさえ知らない電話番号……。

そういえば、結局一度も掛けなかった。


この番号なら、まだあなたに繋がっている?

 ── 屋上 ──


千早「……」

『prrrr…prrrr…ピッ』


繋がった。

まだ途切れてはいなかった。


P『もしもし』

千早「あの……」

P『千早か? なぜこの番号を……』

千早「それは……」

P『いや、それはいい。だが、もう二度と掛けてくるんじゃない』

千早「イヤです……」

P『俺はもう、お前たちのプロデューサーじゃない』

千早「イヤです」

P『わかってくれ。俺は、これ以上お前たちに関わっちゃいけない人間なんだ』

千早「それでも私は……!」

P『……』

千早「私は……あなたが隣にいてくれなければ、歌えません……」

P『千早……』

P『俺は、アイドルプロデューサーとして絶対に許されないことをしてしまった』

千早「それほど、春香のことを……?」

P『……』

千早「答えてください」

P『そうだ。だから、千早の気持ちを受け入れることはできない』

千早「構いません」

P『?』

千早「私にそんな資格はないから」


親友を裏切ることより、あなたに見捨てられることが耐えられない。

こんな私には……。


私を愛してくれなくてもいい。

歌を歌うだけの機械だと思ってくれてもいい。

あなたが隣にいて、私の歌を聴いてくれれば……。


千早「春香の代わりでも、なんでもいいんです! だから……!」

P『……』

千早「……」

P『すまない』


やめて……聞きたくない。

お願いだから、それ以上は言わないでください!

P『これで最後にしよう。この電話も番号を変える』

千早「そんな! 待ってください、私は……!」

P『元気で』

 プツッ


プロデューサー……私は……。


あなたがいたから……。

あなたがいれば……。




千早「プロデューサー!!」

 ツー……ツー……

 バンッ!

春香「!?」

千早「!?」

小鳥「妄想(ゆめ)は見れたかよ?」

春香「小鳥さん……?」

千早「ここは……事務所?」

春香「え? なんで千早ちゃんが?」

千早「春香こそ、どうして……?」

小鳥「ふふっ……」

 ── 765プロ事務所 ──


春香「私は……? なにが……?」

千早「これは……いったい……」

小鳥「ただの……悪い妄想(ゆめ)よ」

春香「ゆめ?」

小鳥「そう、私がみせた妄想(ゆめ)……」

春香「小鳥さんが……みせた?」

千早「……?」

小鳥「ええ、私が2週間前に得た力……邪眼によってね」

春香「邪眼!?」

千早「は?」

小鳥「私の思うまま、他の誰かに妄想(ゆめ)をみせる能力よ」

春香「そ、そんな能力を2週間前に!?」

小鳥「ええ、忌まわしいあの日に……」

春香「あの日……?」

千早「え……あっ」

小鳥「春香ちゃんも千早ちゃんも、この話はまだ早いわ」

小鳥「そう……13年ほどね」

春香「13年も……」

千早「……」

春香「小鳥さんが、こんなことを……?」

小鳥「ええ、そうよ」

春香「ひどいですよ、こんなの……」グスッ

千早「春香……」

小鳥「ひどい? それだけ?」

春香「え?」

小鳥「まだわからないの? これは現実に起こりうることよ」

小鳥「春香ちゃんにも、千早ちゃんにもね」

春香「それは……」

千早「現実に……」

小鳥「春香ちゃんの想いが報われたとしても、誰も幸せにならない……」

春香「……」

千早「……」

小鳥「そんな未来が待っているかもしれないということ」

春香「そんな、こと……」

春香「わかってます……。私がアイドルである以上、許されないことだって……」

小鳥「そうね。大切な仲間も、支えてくれたファンも……すべてを裏切る」

小鳥「アイドルがアイドルであるまま誰かと結ばれるって、そういうことよ」

春香「はい……」

小鳥「千早ちゃんも」

千早「私が、なんですか?」

小鳥「プロデューサーさんが、春香ちゃんではなく千早ちゃんの想いに応えてくれたら……」

千早「……」

小鳥「春香ちゃんと同じ過ちを犯さなかったと、言えるかしら?」

千早「わかりません……。でも、春香の気持ちはわかります」

春香「千早ちゃん……」

小鳥「あなたちの年頃の女の子が恋に憧れる……それは仕方のないこと」

小鳥「でも、あなたたちはアイドル。普通の女の子にはなれない」

春香「普通の……」

小鳥「まして相手がプロデューサーでは……ね」

春香「はい……」

千早「そう、ですね……」

小鳥「事務員なら問題ないけどね」

春香「え?」

千早「はい?」

小鳥「事務員なら問題ないけどね」

春香「……」

千早「……」

春香「わ、わかりました! 私、事務員になります!」

小鳥「春香ちゃんのバカ!」

 ペシッ

春香「きゃあ!? な、なんでおっぱ……胸にビンタするんですか!?」

千早「!?」

小鳥「アイドルの顔を叩けるわけないでしょ!」

春香「え……ええぇ?」

小鳥「春香ちゃんはなにもわかってないわ!」

春香「わけがわかりませんよ!」

小鳥「あの女の子の顔が見えなかったの!?」

春香「女の子の……顔?」

千早「?」

小鳥「春香ちゃんの今のランクは?」

春香「……Bランクです」

小鳥「そう、今では天海春香といえば、誰でもその名を知るほどのアイドルになった」

小鳥「わずか半年でBランク……これは誇っていいことだわ」

春香「……」

小鳥「それで満足?」

春香「え?」

小鳥「どうしてアイドルになったのか……忘れちゃった?」

春香「それは……」

小鳥「天海春香! あなたはその程度のアイドルなの!?」

春香「!」

千早「私は……」

小鳥「なに、千早ちゃん?」

千早「春香のように、アイドルとしてなにかを達成しようとは……」

春香「……」

小鳥「千早ちゃんのバカ!」

 スカッ

千早「……」

春香「……」

小鳥「……」

千早「……なんの真似ですか?」

小鳥「なんでもないから気にしないで!」

千早「72も……ない?」

小鳥「言ってない言ってない! そんなこと!」

春香「そ、それはひとまずおいといて」

小鳥「え、ええ」

千早「そうです。なにが言いたいんですか?」

小鳥「春香ちゃんのアイドルとしての夢も……」

春香「……」

小鳥「千早ちゃんの歌に対する情熱も……」

千早「……」

小鳥「どちらも等しく尊いものよ。そこに甲乙はつけられない」

千早「……そうですね」

小鳥「でも……千早ちゃんの夢の先に、プロデューサーさんはいない」

千早「……!」

小鳥「あの人はアイドルプロデューサーだから、歌手・如月千早の隣にいることはないわ」

小鳥「それでも夢を追える?」

千早「それは……」

小鳥「誰かのために歌うこと……それが悪いことだとは言わない」

千早「……」

小鳥「でも、それを一番喜ばないのはあの人」

千早「あの人……?」

小鳥「千早ちゃんが、歌手として世界に羽ばたくことを誰よりも望んでいる……」

小鳥「それがプロデューサーさんでしょ?」

千早「!」

小鳥「それは他の誰にもできない、千早ちゃんにしかできないことよ」

千早「私にしか……」

春香「わ……私……」

千早「春香……」

春香「私が……間違ってました……」

小鳥「……」

春香「私は……自分のことしか考えてなかった」

春香「あの女の子の顔……あんな顔させちゃいけなかったのに……」

小鳥「そうね」

春香「みんなを笑顔にしたいから、私はアイドルになったんです」

小鳥「ええ」

春香「今はアイドルとして……それだけを考えて頑張ります!」

千早「……」

春香「千早ちゃんも、ね!」

千早「そうね。私も目が覚めたわ」

小鳥「……」

千早「初めて優の前で歌ったときの……あの気持ちを忘れかけていた」

千早「それを、もう一度取り戻したい」

春香「できるよ、千早ちゃんなら!」

千早「春香……ありがとう」

春香「えへへ、これからも一緒に頑張ろうね!」

千早「ええ、よろしくね春香!」

小鳥「二人とも、よく言ってくれたわ」

春香「小鳥さん……」

千早「音無さん……」

春香「小鳥さん……ありがとうございます」

小鳥「?」

春香「私たちのために、こんな……」グスッ

小鳥「それは違うわ、春香ちゃん」

春香「え……」

小鳥「私も春香ちゃんから笑顔をもらってる、ファンの一人なんだから」ニコッ

春香「小鳥さん……」

小鳥「千早ちゃんも……」

千早「え?」

小鳥「千早ちゃんがいつか世界の歌姫になるって、プロデューサーさんだけじゃなく私も信じているわ」ニコッ

千早「音無さん……」

春香「へへっ、私もだよ!」

千早「春香……ええ、必ず!」

小鳥「私も、春香ちゃんたちみんなのことを全力で支えるわ」

小鳥「これからもよろしくね」

春香「はい、こちらこそ!」

千早「よろしくお願いします、音無さん」

春香「だって私たち……」


「「「仲間だもんね!!」」」





小鳥「……」

小鳥「まずはふたり……」


───

──


 ── エピローグ ──


P「ただいま戻りましたー」

小鳥「赤屍P……」

P「は? なんですか?」

小鳥「いえいえ、なんでも! おかえりなさい」

P「?」

小鳥「なんだかお疲れですね?」

P「わかりますか。春香と千早の様子がおかしくて、変に気疲れしましたよ」

小鳥「春香ちゃんと千早ちゃんが?」

P「ええ……なにか聞いてますか?」

小鳥「さあ……あの年頃の女の子はいろいろありますから」

P「そういうものでしょうかね……」

小鳥「ふふっ、私もかつては女の子でしたから」

P「音無さんなら、今でもそれで通用しますよ?」

小鳥「またまた~本気にしちゃいますよ?」

P「ははは」

小鳥「あ、私お茶淹れてきますね」

P「お願いします」

小鳥「はい」

 スタスタ…

P「ふぅ……」

小鳥「あなたは……最後ですよ?」

P「え?」

小鳥「いーえ、なんでも」

P「?」

小鳥「うふふ♪」



おわり

うっつーなのは苦手なんで、こんなオチでごめんなさい
やっぱり事務員さんが正妻ですね

次は我那覇くんの誕生日で

では

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