まゆ「あなたの手のひらの上」 (39)



モバマスSSです。
地の文多めですが、お付き合いいただければうれしいです。




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――― 1年前 仙台駅


雑踏に掻き消されてしまうほど小さなため息を吐く。

近頃、読者モデルのお仕事をしたあとはいつもため息が出てしまう。

撮影が上手くいっても上手くいかなくても、自然と出てしまうから止められない。


「はぁ……」


読者モデルのお仕事が嫌なわけではない。むしろ、好きなのに。

仙台駅のターミナルの雑踏の中で一人、言い知れない虚無感を堪えながらまゆは立ち尽くしていました。


「あの、すいません」


ふと、振り替えると20代前半くらいの男性が立っていました。ヨレヨレのスーツに、とてもおしゃれとは言えないリュック、目の下の隈も酷くて髪の毛もボサボサで、失礼ですけど冴えない人だと思いました。



「なんですか?」


その男性は、まゆと目を合わせようとしません。


「あ、あの……青葉城に行きたいんですけど……」


低くて小さい声で、まゆは二度くらい聞き返したと思います。三度目でやっと、青葉城へ行くための路線を尋ねてるんだと理解しました。


「たぶん、あっちのホームの路線で良いと思うんですけど……駅員さんの方が詳しいと思いますよ?」

「あ、ありがとうございます。すいません」


その男性は、深々と礼をして雑踏の中に消えて行きました。まゆは、今でもその姿を覚えてます。だって、顔を上げると真っ直ぐまゆの目を見て深いため息を吐いたんです。落胆した様な深いため息を。


「手帳?あ、きっとさっきの方の……」


まゆは、その男性が落としたであろう手帳を拾い家に帰りました。

家に帰り部屋に入ると直ぐに、拾った手帳を開きました。

落とし物なら駅員さんに届けるべきだし、中を見るなんてモラル的に絶対にやってはいけないのだけれど、まゆは気になって仕方なかったんです。


――― あの男性がした落胆のため息の意味が


手帳に何か書かれているという保証はないけれど、何か分かるかも知れない。

開いてみると、手帳と言うよりメモ帳の様な使われ方をしていました。

いついつ何処で何をしたと言う様な事から、買い物のメモだったりと他愛ない内容ばかりが歪な文字で書かれています。

それでもまゆは、人のプライバシーを覗き見てる背徳感とあの男性の人柄を窺い知れる事への喜びの様な感覚に支配され、夢中で読んでいました。

自分でも不思議でした。



「ふふ、また電球を買い忘れてる。けっこううっかりさんですね」


まゆは、自分でも知らないうちにあの男性の事に興味を持ち始めてたみたい。

1ページ1ページを食い入る様に読み、文面から"彼"の事を探ろうとしていました。

そんな時に開いた1ページに、簡素ながらまゆをドキッとさせる書き込みがあったんです。


―――――――――――――――――
明日、仙台へ
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社長が是非とも彼女を誘いたいらしい
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正直、僕は彼女になんの見込みも感じ
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ないから気がのらない。
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渋谷凛の様な素質はないと思う。
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だから適当に済ませて青葉城に行き
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ずんだ餅と牛タンを食べて松島へ
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旅行だと思って楽しもうっと。
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あと、電球も買わねば。


「渋谷凛って誰?」


言い知れない不安が、恐怖に似た何かが一気にまゆを包み込む。

頭の中で"まゆは彼に期待されてない"なんて台詞が反響したりして。


「何故まゆは彼に期待されたいの?何故まゆは"彼女"と自分を重ねたの?何故まゆは渋谷凛に嫉妬したの?」


まゆは、自分でもおかしくなったのかと思うほどに自問自答を繰り返してました。

翌日、朝起きた時のまゆの気分は最悪でした。


「見なきゃよかった……なんでこんな気持ちになっちゃうんですか……?」


ほんの少し言葉を交わしただけで、通りすがりの人と変わらないくらいの関係でしかないのに、というか関係すらないに等しい。

なのに些細な仕草が気になって、そのせいで拾った手帳を見ちゃって、そしたら彼に興味をもって、勝手に怖くなって不安になって、まるで良いように弄ばれてる。

通学の間もずっと考えてました。

友達が話しかけてくれてるのに上の空で生返事をして、不安や恐怖を取り除こうと必死に考えてました。


「ねぇねぇ、見て!この娘ちょー可愛くない?」

「本当だ!え、やばいんだけど。なんて娘なの?」

「渋谷凛ちゃんだって!年下だよヤバくね!?ちょー大人っぽいんですけど」


驚きました。だって、まゆが必死で考えている事のキーワードに"渋谷凛"の名前があって、クラスメイトが雑誌を広げての会話の中にも同じ名前があったんですから。


「あの、少し見せてもらっても良いですか?」

「ま、まゆちゃん!?いいよいいよもっていって!!」

「ありがとうございます」


まゆは、雑誌のグラビアに齧り付く様に見ていました。


「可愛い子……この娘が渋谷凛……」


――― 新進気鋭のアイドル事務所から女子高生アイドルがデビュー


『アイドル』このたった4文字に強く惹かれたのは、この時がきっかけです。

強い嫉妬と憧憬を覚えたのもこの時

現役女子高生アイドル。

まゆも読者モデルとして華々しい世界にいるという自負はあったけれど、比べ物にならないくらい渋谷凛という女の子は輝いていて、少なくともまゆが読者モデルという活動に抱いていた葛藤みたいなものの影は見えません。

まゆと渋谷凛ちゃんとの差は歴然で、もしあの男性が渋谷凛ちゃんに関係のある人で、何らかの理由があってまゆに品定めじゃないけれどそういった事で会いに来たのであれば、あのため息の意味は、そのまま落胆のため息。

考え過ぎだと言われればそうだけれど、まゆの思考は支配されて掻き乱されてしまっていたんです。


「苦しい……なんでまゆはこんな思いをしなくちゃいけないの……?」


放課後、ぐちゃぐちゃの頭の中の答えを出したくて、まゆは仙台駅に足を運んでいました。

もちろん、あの男性に会うために。


「いない……もう、帰ったんですか?まゆをこんなにも惑わせて帰ったんですか?」


何故か涙が溢れそうになり、迷子の子供の様に駅のターミナルを右往左往。

随分、長い時間を駅のターミナルで過ごした様な感覚でいました。

もう諦めるしかない。

頭の中と心を掻き乱されたまま、しばらくモヤモヤするのを堪えて忘れるのを待つしかない。

手帳も捨てるしかないと思っていた矢先でした。


「あぁ、居た……居た……」


あの男性は、駅のカフェでのんびりお茶をしていたんです。

まゆの心を掻き乱しておいて、なんて多少の苛立ちはありましたけど、それ以上に安堵しました。


「いらっしゃいませーお一人ですか?」

「いえ、待ち合わせです」


どうしようもないほど情緒不安定だったのに、彼を見つけると不思議なほど落ち着いていたんです。


「あのぉ……ま、私のこと覚えてますか……?」

「はい?どなたでしたっけ?」

「昨日、あなたが青葉城への」

「あー…昨日はどうも。助かりました」


彼は、淡々とまゆの相手をするんです。

まゆは、手帳のことを切り出す前にまゆに興味を抱いてほしいという思いに駆られました。



「ご一緒しても良いですか?」

「え?あぁ、構いませんけど……」

「ありがとうございます」


彼は、相変わらずまゆと目を合わせようとせずに、外を眺めながらコーヒーを飲んでいたんです。


「あのぉ、旅行で仙台にいらっしゃったんですか?」

「えぇ、まぁそんなところです」

「青葉城はいかがでした?もしかして、歴史がお好きなんですか?」


会話を交わしてるという自覚はないですよ。

彼は一方的に話すまゆに対して嫌悪も好意も抱かずに、メールで定型文を送る様に淡々と応えるばかり。


「まゆは……迷惑ですよね……」


迷惑に決まってる。

突然、目の前に現れて馴れ馴れしく同席したら誰だってそう思う。

きっと、たいして面識も無いのに親しげに話し掛けてるまゆを変な女と見ているに違いない。

だけど、彼はハッとして首を横に振り、申し訳なさそうに頭を掻きながら始めてまゆに対して感情がこもった言葉を紡いでくれました。


「ああ、いえ。迷惑なんて事はないですよ?ただ、あなたをどこかで見掛けた様な気がして何とか思い出そうと……」


「あ、あの……実は、読者モデルの活動をしていて……もしかしたら」


「ああ、そう言えば!確かに雑誌で拝見しましたよ。モデルさんでしたか」


嬉しかった。

彼が少しまゆに興味をもってくれただけで舞い上がりそうになるほど、嬉しかった。


「あまり有名とは言えませんけどね?」

「それでもモデルさんでしょ?凄いですよ」


それからは自然と会話が続く様になって、話してみたら手帳を読んでまゆが感じた印象と一緒のところがあったり、違ったりするから会話が楽しくて仕方なくて。

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