モバP「遥か時の彼方 まだ見ぬ遠き場所で」柑奈「唄い続けられる 同じ人類のうた」 (59)


・モバマスSSです。
・地の文アリ。
・トライガン、トライガン・マキシマムのセリフパロがあります。


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        不思議な少女に出会った
 
     懐にづかづかと入ってきたかと思えば

      ただただ好きな事をまくしたてた

     伝えようと、伝わろうと、必死だった


       俺はそういうのにも慣れていたが

     だが彼女の中では、どうだったのだろう


 


 その日は、あいにくの雨だった。
 しとしとと、やむ気配のない小雨が残暑の気候と合わさって、絡みつく様な空気を作りだしていた。

「早いとこ帰ろう……どうにもじめじめして、クーラーが恋しいや……」

 昼食を食べに外に出ていたアイドル事務所のプロデューサーが、勤め先に戻るために足早に駆けてゆく。
 道すがらのコンビニで買ったジュース類が、ビニール袋の中で揺れてガサガサと音がなった。

「……ん?」

 ふと、彼は気になる声を聞いて立ち止まる。
 声の出所は、商店街アーケードの片隅で、ギターの弾き語りをしている少女だった。

 軽くウェーブのかかった髪の毛に、ふわふわとした白い服。
 確か、ヒッピーと呼ばれた人達が身に纏っていた服に似ている――そんな風に思いながら、彼はその歌声の方に向かっていった。


――俺達は水のしずく そらから降ってきた雨露

――巨きな傘の下で存えていても 明日はどうなるかわからない

――俺達は砂のかけら だいちに散らばった砕片

――この星の風に吹かれていつの日か 崩れ去って地に染みてゆく


 必死の形相で歌う彼女の観客は、プロデューサー只一人だった。
 
「(へぇ……これは中々……)」

 足早に過ぎ去ってゆく人々とは対照的に、彼は関心した様子でそこに留まった。
 そうして、彼女の単独ライブを観聴していたのだが。

 彼女の歌が、突如止まった。

「……ん?」

 曲が終わったわけではない。プロデューサーが不審げに彼女の様子を窺う。
 その時、彼女が突然、その場にへたり込んだ。


「!? お、おい! 君、大丈夫か!?」

 慌てて少女に駆け寄るプロデューサー。
 件の彼女は、ぐったりとしたまま何事かを呟く。

「はぁ……ラブ……ラブはどこにあるんやろ……」

「うおーい!? マジで無事なの!? 見えちゃいけないものとか見えてないよね!?」

「もうだめだ……私は、ここで干上がっていくんや……」

「……干上がる? もしかして、喉が渇いているのか?」

 プロデューサーは手持ちのビニール袋の中にある、紙パックのジュースを1つ取りだした。

「ほら、君! これを飲みなさい!」

 虚ろな目だった彼女が、彼の手にあるジュースを見た途端、光を取り戻す。
 そしてひったくる様に紙パックのジュースを手に取り、一気に飲み干した。

「……ぷっは! 生き返った~!! あ、えーと、ジュース、どうもありがとうございました!!」

 ジュースを恵んでくれた男に、歌い手の少女はニカッ、っと笑顔を向けて礼を言った。
 と、同時にぐきゅるる~~~……と、地の底から響く様な音が鳴った。

「…………」

 プロデューサーの何の音かと思い呆けていると、目の前の少女の顔がみるみる赤く染まっていった。
 あ、彼女の腹の虫の音か、と気付いたプロデューサーは、懐から名刺を取り出して、耳まで真っ赤になった少女に話しかけた。

「ちょっと時間いいかな? 俺はこういう者なんだけど……良かったら、話を聞いてもらえないだろうか? えーと……あそこの飯屋で」


「ハムッ、ハフハフ、ハフッ!!」

 凄い勢いで料理を平らげている彼女に目を丸くしながら、向かいの席でプロデューサーはコーヒーをすすった。

「ングッ、ングッ……ぷは~! いや、すみません……こんなに、ごちそうになってしまって……」

「いやいや、いいんだ。ゴハンは基本だからね。しっかり食べておかないと、物事全部裏目に出かねない。しかし……余程お腹がすいてたのかい?」

 どうやら先程歌っていた時の必死の形相は、空腹から来るものだったらしい。
 既に料理のほとんどをその胃に収めた少女は、ポリポリとこめかみを掻きながら答えた。

「あはは……お恥ずかしながら。飛び出す様に実家から出てきたもんで、お金がカツカツになっちゃって……」

「……なにやら複雑そうな経緯がありそうだね……」  

「いえ、単純なものですよ。私は音楽の道に進みたかったんですが、それに父が反対しまして……祖父は賛成してくれてたんですけど。で、半ば強引に飛び出してしまったんです」

 はにかみながら、彼女はそう言った。
 そして、プロデューサーが渡した名刺に眼を落とす。

「CGプロ……知っています! シンデレラガールズっていう、有名なアイドル事務所!」

「そう。で、俺はそこのプロデューサーで……君をスカウトしようと思ってるわけだ」

 それを聞いた途端、彼女はビックリして固まった。
 え? え? と右左を見た後に「私……ですか?」と自分を指さした。

「君で間違いないよ。さっきの歌う姿から、ティンと来るものがあった。どうだろう? アイドルを……やってみないか?」


「…………はっ! す、すみません……予想外だったもんで、少し意識が飛んでいました……」

「……ごめん、ちょっと声が大きい」
 
 他の客が、何事かと見てきている。
 それに気付き、少女は少しだけ俯いた。

「す、すみません……声がでかいってよく言われるんですが……」

「ははは……いや、声量があるのはいいことだよ。まあ……すまないね、いきなりで。で、どうだろう? スカウトの話は?」

「………………あ、あの!」

 しばらく考え込んでいた彼女だが、なにか意を決したようにプロデューサーに向き合う。

「私は、愛と平和を歌いたいんです! このギターは爺っちゃんの形身で……あ、いや、爺っちゃんまだ生きてるから形身じゃないや……」

「さっきの話に出てた、君音楽活動に賛成してくれた君のおじい様だね」

「はい! 歌は世界を救う、by爺っちゃん! そんな風に、私は歌を教えてもらって……そういうのが、大好きなんです!」

「うん。それは良くわかるよ。君の様子と、歌を聞いていれば」

「あ、ありがとうございます! それで……その、私、アイドルの方はあんまり詳しくなくて……」

「ああ、そういう活動ができるか、知りたいってことかい?」

「はい……」


「……ハッキリ言えば、何もかも希望通りにいくとは限らない。特に最初の内は、知名度の問題だったり、単純に実力不足だったりね……」

「……そう、ですか……」

「うん。でも、もし君がアイドルとなって、その想いに向かって頑張ってくれるなら……俺は、それを叶えるために全力でサポートに当たるよ。それがプロデューサーの仕事だから」

「想い……」

「歌に自信がある様だから、それ中心でプロデュース方針は進めて行こうと思う。無論、現状で満足しないで、さらに精進は必要になってくるけどね」

「わ、私……えっと……歌さえ歌えれば大丈夫です! 6本の弦で生み出す平和を……叶えたい! だから……アイドル、やります、やらせてください!」

「そうか。ありがとう……と、しまった! そう言えば、お互い名前を言ってなかったね」

「あ、私は名刺を見たので、貴方の名前はわかります……そうでしたね、私、名乗っていませんでした。私の名前は柑奈……相浦柑奈といいます! よろしくお願いします、プロデューサーさん!」


有浦柑奈 (19)
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有浦柑奈 (19)


「ただ今戻りました~」

 プロデューサーは柑奈を連れだって、事務所に戻った。
 そうして、ドアを上げたその時。彼に突貫する小さな影が一つ。

「喰らいやがれ、プロデューサー! フライングボレーカニばさみ!!」

「ぐわあああああああ!!??」

 その少年……いや、少女にカニばさみをかけられて悶絶するプロデューサー。
 後ろに付いてきた柑奈は、驚き過ぎて声すら出なかった。

「てめぇ、オレはカッコイイ感じにプロデュースしてくれっていったじゃねーか! なんだよ、あのウサギ衣装! 小学生に着せるもんじゃねーよ!」

「あだだだだだだ! は、晴! しかし、これは先方の都合でもあるんだ! それに、あの可愛い衣装、とても似合うと思うぞ!」

「なっ……! あのキワドイ衣装着せといて喜ぶなんて……や、やっぱお前、ろ、ロリコ……」

「それを言うのはヤメテ! 早苗さんにシメられちゃう!」

「あれ、お姉さんのこと呼んだかな?」

「ホワァーーッ! 噂をすればなんとやらーーーッ!!」

「あーらら、これはタイホしなきゃいけない案件? ……て、あら? 貴方は?」

 少女にカニばさみかけられて悶絶する男、そこに駆け付けた童顔の女性。
 目の前で繰り広げられるドタバタイザコザに、柑奈はただただ目をぱちくりさせるだけだった。


「えーと、始めまして。オレは結城晴。なんの因果か、アイドルやる羽目になったんだ……はぁ」

「あたしは片桐早苗! 同じくアイドルやってるわ」

「始めまして! 相浦柑奈といいます!」

 先程のひと悶着は、新人さんの柑奈を、これ以上困惑させるわけには! とのプロデューサーの訴えにより一旦収拾した。
 そして、今はアイドル同士で自己紹介タイムと相成ったわけだ。

「へえ、柑奈ちゃん、彼にスカウトされてきたのか。あたしと同じだね!」

「早苗さんもスカウトされたんですか。何か音楽活動を?」

「うんにゃ。あたしの前職、婦警よ? 仕事中にスカウトされたのよね」

「警察官!?」

 まさかの答えに、驚愕する柑奈。
 晴が「まあ、驚くだろーな」と溜息混じりに答える。

「アイツ、見境ねーからな……とんでもない所からスカウトしてきてるって聞いてるぜ……」

「えーと、晴くん、だったかな? 君もスカウトされたの?」

「いや、オレはオヤジが勝手に応募して、なんの間違いか受かっちまったのさ……」

 その晴の言葉の途中、事務所のドアが開き、金髪で細目の美女が入ってきた。

「ただいま戻りました」

「あ、お帰り、クラリス姉さん。柑奈さん、あのクラリス姉さんも、プロデューサーの毒牙にかかった一人だぜ」

「? なんのお話でしょうか? それと、そちらの方は……」

 首をかしげるクラリスに、柑奈は改めて自己紹介をする。


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結城晴(12)

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片桐早苗(28)

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クラリス(20)


「まあ、貴方もあのお方に導かれたのですね。これから道を同じくする者同士、ともに参りましょう、柑奈さん」

「はい! よろしくお願いします! クラリスさん!」

「それから、晴さん。私は別に、あのお方に唆されたわけではありませんよ? 私は教会の立て直しのため、何か出来ないかと思っていたところに、あの方の助けがあったのですから」

「う……そ、それはわかってるよ、クラリス姉さん。ただ、アイツが持ってくる最近の仕事、オレの要望からどんどん離れてってる気がしてさ……」

「あっはっは! はるちんってば、あんまりプロデューサー君に話を聞いてもらえないみたいで、寂しーのかな? お姉さんが慰めてあげよっか?」

「な! さ、早苗姉さん、何言ってんだよ!? ち、ちげーし! そんなことねーし!」 

 口ごもる晴を見て、早苗がにんまりと笑ってからかいを口にする。その様子を、クラリスが優しげに見守る。
 なんだか、いい雰囲気だな……と柑奈は思った。

「……そういえば、クラリスさん、教会っていってましたよね? もしかして、シスターさんなんですか?」

「ええ、柑奈さん。いかにも、私はシスター……私の属している教会の金銭難を救うために、アイドル活動を始めました」
 
「へえ……本当に、色々あるんですねぇ……」

 たった4人だが、アイドル活動の動機も何もかもが違う4人を見て、柑奈は自分でもよくわからない感心を持った。


「あー、そういえば柑奈ちゃんは音楽やってるんだっけ……弾き語りしてた所をスカウトされたって聞いたし」

 自己紹介の時の発言を思い出しながら、早苗が柑奈に質問する。

「はい! 私は愛と平和を歌うんです! 合言葉は、ラブ&ピース!!」

「まあ、それは素敵ですね! 愛は世界を救います。世界を愛で満たせるなら、それほど素晴らしいことはありません」

「わかってくださいますか! クラリスさん!」

 なにやら意気投合し始めた2人を見ながら、晴は早苗に話しかける。

「……あのさ、柑奈姉さんも愛と平和っていってるけど、聖歌を歌うのかな?」

「あー……たぶん違うわね。柑奈ちゃんの方は、たぶんヒッピー関連ってやつね……」

「ヒッピー?」

「元は反戦運動から始まった、愛と平和を訴える運動で、そこから色々芸術とか音楽に派生していった……そんな感じだったかしらね」

 早苗は「菜々ちゃんなら、もっと詳しく知ってるかなー」と呟く。そこに、書類を抱えたプロデューサーが戻ってきた。

「おお、皆早速仲良くなってるみたいだね。クラリスも、お帰り……そして、お疲れ様」

「はい。素晴らしい仲間ができました。歌に愛を込め、それを世にひろめる……神よ、この出会いに感謝します!」

「そうですね! 愛こそすべて! です!」

「ははは……それは何より。で、盛り上がってるところ悪いけど、柑奈、アイドルとして活動するにあたって色々手続きがあるから……ちょっと、来てもらえる?」

「ああ、そうですね。では、皆さん。ちょっと失礼しますね!」

「はーい、契約って結構たくさん書類があるから面倒なのよね……頑張って来てねー」

「じゃあな、柑奈姉さん。オレみたいに変な恰好させられないように注意なー」

「だから悪かったって、晴! ちゃんとカッコいいヤツも検討するから!」

 和気あいあいとした、事務所の空気。柑奈は、すっかりこの場所が気に入っていた。
 ここでなら、きっと頑張っていける……柑奈は自分の胸の内に、希望が広がっていくのを感じとっていた。

すみません。今日はここまでにして、書き溜めタイムに入ります。後、念のためトリップつけておきます。

……あくまでトライガンのセリフパロなので、柑奈さんが紅コートの凄腕ガンマンだったり、
クラリスさんが超兵器パニッシャーを振り回すような展開にはなりません。ご容赦ください。

>>7の10行目、一応修正しておきます……

×「さっきの話に出てた、君音楽活動に賛成してくれた君のおじい様だね」

○「さっきの話に出てた、音楽活動に賛成してくれた君のおじい様だね」

 


      ずっと昔、人々に愛を説いた男がいた

    彼は蔑まれ磔にされ、命を落とすことになった


         彼を祀る人々は言う

      我らのために罪を受けてくださったと


        だけど、彼は言ったんだ

       何故、私を見捨てたのですかと


    救世主となる前の、一人の人間の悲痛な叫び


            かみさま

       悲痛に苦しむ人がいるならば

      救いたいと思ったのは、本当なんだ


  



 柑奈がクラリスと共に廻ることとなった教会関連の施設。
 普通の教会もあったが、多くは老人ホームや児童養護施設が併設されている所だった。

 洗濯物を干す、料理の配膳等の雑用から、老人たちや子供たちの話し相手をしたり。 
 
 また、レクリエーションという名目で、歌を披露することもあった。

 柑奈の明るい人柄は、大抵の場所で受け入れられた。
 
 だが、全てではない。
 老人達に披露した歌が、いまいち受け入れられず、微妙な反応をされたこともあった。
 両親に捨てられた子供たちの中には、頑なな心のまま、構わず敵意を振りまく子もいた。

 現に、最後に訪れた児童養護施設の場でも、まったく周りと打ち解けようとしない少年がいた。
 柑奈もクラリスも、気をまわして懸命に語りかけたり、歌に誘ったりする。

 だが最終日に至っても、ついぞ彼が柑奈達に心を開くことはなかった。

 背をそむけ離れて行く彼を見て、柑奈は心の中でひとつ、溜息をついた。


「お疲れ様です、柑奈さん。どうでした? この数日間は?」

「あ、お疲れ様です、クラリスさん。ええ、大変だけど、充実していましたよ!」

 全ての仕事を終え、控室で帰り支度を整えながら、柑奈とクラリスは今までを振り返る。
 言葉には出していなかったが……柑奈がわかりあえなかった人々の事で、気を揉んでることにクラリスは気付いていた。

「……心残りが、あるようですね、柑奈さん」 

「……わかっちゃいますか……」

 苦笑しながら「クラリスさんが、シスターだからかな?」と柑奈は呟いた。


「……やっぱり、ラブ&ピースを伝えきれなかったな、って感じると、どうにもへこんじゃいますね」

「それでも、沢山の人に貴方の歌は受け入れられたではないですか。彼らの助けになったことは、私が証明します」

 ありがとうございます、と感謝を告げながら、それでも、と柑奈は言葉を続ける。

「笑うだけの元気がない人が居るなら、その人に元気を出してほしい。そうなる様に、歌っていきたいのですが……私も、まだまだですかね」

 少しだけ力が抜けたように笑う柑奈を、クラリスは黙って見つめ続ける。

「父ちゃんも言ってました。歌じゃ食っていけない、救えないって。歌はあくまで娯楽……愛と平和の歌で世界を救うなんて、綺麗事、ガキの戯言だって」

 遠くを見つめるように、柑奈は少しだけ顔を上げた。

「でも……私は現に、歌に支えられてきました。聞くのも、自分で歌うのも、その好きという気持ちが、私の中心になっていったんです」

 綺麗事を唄う事を、嫌う人がいるのもわかっている。
 頑なな心を変えるだけの力は、まだ自分にはないのかもしれない――柑奈は、それを痛感していた。

 だが、それでも――

「……聖書には、このような言葉があります。“敵を愛し、迫害する者のために祈れ。天の父は、悪い者の上にも良い者の上にも、太陽をのぼらせ、正しい者にも正しくない者にも、雨を降らして下さるからである”と……」

 不意に、柑奈の言葉を聞いているだけだったクラリスが、口を開いた。


「柑奈さん。歌の技術的な部分は、私も精進の途上。あまり気のきいたアドバイスは出来ません」

 ゆったりと、クラリスは柑奈に語りかける。

 
「ですが、貴方の真心から発せられる歌は……きっと人々を照らす太陽に、人々を潤す雨となるでしょう。そのような確信が、私にはあります」 

「……ありがとうございます、クラリスさん! ……あっ! いけない!」

 と、柑奈が慌てた声を出す。「どうしました?」と尋ねるクラリスに、柑奈は苦笑しながら答える。

「ごめんなさい、ちょっと忘れ物が……たぶん、礼拝堂に。ちょっと、取ってきますね!」

 そういって、柑奈はパタパタとかけてゆく。その様子を見ながら、クラリスは「少し……言葉が過ぎたかもしれませんね」と呟いた。


 礼拝堂の扉はしまっていた。今は、この教会の神父の説法の時間だからだ。
 柑奈は「終わるまで待った方がいいのかな……」と少し迷ったが、そっと中に入ってみることにした。

「“人は皆、罪人である。父よ、彼らをお赦しください。自分が何をしているか知らないのです”……あの方は、そう仰いました……」

 ほのかな光が暗がりを散らす礼拝堂に、セロのような神父の声が響く。
 柑奈はふと、幾重にも並んだ座席の中に、見知った背中を見つけた。

 以前の意趣返しと言う訳ではないが、気配を消して彼に近づく……が、彼は途中で彼女の接近に気がついたようだ。
 深く沈みこむように座っていたプロデューサーはそっと振り返ると、人差し指を唇の前に立て、静かにしていよう、というゼスチャーを柑奈に向けてきた。

 柑奈はコクリと頷き、黙ったままプロデューサーの隣に座った。
 神父の話は佳境に入った様だ。そろそろ終わりだろう。

「人々が心の底から罪を悔いてひざまづき、赦しを願う気持ちと共に告白すれば、父は必ずあなた方を許されるでしょう……遥か彼方の地であの方は、その私達の罪のために、父なる神の前で罰を受けてくださったのです……」


 神父の説法が終わった後、柑奈は忘れ物を受け取って控室に戻る。
 その道すがら、プロデューサーと一緒に歩いて行った。

「そうか。心残りが出来てしまったか……」

「ええ。クラリスさんにも励まされちゃいました。えへへ……」

 先程のクラリスとの会話を交えて、プロデューサーに簡単な報告をする。
 プロデューサーは、それをいつもと変わらぬ調子で聞いていた。

「もうちょっと時間をかければ、もっと打ち解けられたかもしれないですけどね……」

「はっきり言っておくけど、スケジュールの関係上、この活動を続けることは難しい。それに、柑奈へのデビューに至る計画も進んでいる。ここにかまけるわけにはいかない」

「……そうですね。本末転倒になりかねないですもんね……」 

 声が沈んだ調子になる柑奈に、プロデューサーは「不満かい?」と問いかけた。


「……正直にいえば、少しだけ。私はラブ&ピースを多くの人たちに伝えたい……その気持ちで、歌ってますから。伝わらないままになるのは……やっぱり、つらいです」

「でも、時間は有限だ。仕事は決められた時間内でない遂げなければいけない。絶え間なく続く問題集を、制限時間内に解ききらなけらばならない」

 いつになく真剣で饒舌なプロデューサー……柑奈は、その雰囲気につられるように、言葉を返す。

「ええ……だから、私はもっと力を付けたい。私が支えられた、ラブ&ピースの歌。それを、皆に届けることができる、たった一つの歌で届けることができる、アイドルに……なりたいです」

 そう、これが柑奈の芯から溢れる、本当の心根。変えられない生き方。
 ――人に伝えきるには、きっと私の歌ではまだ足りない。だから、進む。私が歌える限り。

 そんな様子の柑奈を見て、プロデューサーは……朗らかな、笑みを浮かべた。

「……そうか、うん……それは良い」

 噛みしめる様に言われた彼の言葉に、柑奈は何故か安心を覚えた。
 同時に……もしかして、彼が私にこの仕事をさせた真意はこれなのかな、とも心の中で思った。


「あの!」

 その時、いきなり別の人物から声をかけられた。
 柑奈が振り向いた先にいたのは少年――この施設で、最後まで心を開かなかった男の子だ。

 何事かと思っていると、少年はつかつかと柑奈に歩み寄り「これっ」と乱暴にあるものを取り出し、柑奈に押し付ける様に手渡した。

「……人形……?」

 この施設の子供たちに配った菓子の一つに、食玩付きのモノがあった。そのおまけの人形だった。

「……フンバリット人形、赤はレアなんだ」

 そういって、踵を返し去っていこうとする少年に、柑奈は「待って!」と叫ぶように言った。
 少年が足を止め、振り返る。すかさず柑奈は、声を張る。

「人形、ありがとう! 大切にするね!」
 
 それを聞いた少年は、少しだけ顔を俯けながら、小さな声を上げた。

「……歌を、ありがとう。お姉ちゃん」

 そういって、今度こそ背中を見せて少年は走り去っていった。
 彼の置き土産の言葉は、本当に小さな声だったが、柑奈にははっきりと聞こえた。
 
 胸から溢れ出る感情をとどめられず、柑奈は涙を流しながら、その赤い人形を抱きしめるように胸の前で握る。

 その様子を、プロデューサーは、ただただ静かに見守っていた。

 
 

       父ちゃん、爺っちゃん

        友達が、できたんだ


  


  
「ひ、人が多……ひゃあ~、都会はこわか~」

 柑奈の実質上のデビューライブ。
 同事務所の先輩であり、人気としてはトップクラスの「ニュージェネレーション」の前座として彼女は呼ばれた。
 事前の説明、リハを通して知ってはいたものの、今まで見たこともないほどの客数に、柑奈はすっかり委縮していた。

「緊張するぅ……声だそう、あー!!」

「待ってェ! ここで大声出したら迷惑になるでしょ!」

「はっ! そうでした! すみません、プロデューサーさん!」

 野外に設置されたステージわきでコントに様な一面を繰り広げる柑奈とプロデューサー。
 ニュージェネレーションの三人も、苦笑気味にそれを見ている。 

「後、緊張のあまり、ギターをステージわきまで持ってきちゃったのか……」

「す、すみません……ギターが無いと……お、落ち着かないんで……」

 
「あはは! 大丈夫だよ、柑奈さん! ほら、リラーックス、リラーックス!」

 ニュージェネレーションのメンバーの一人、本田未央が柑奈の緊張を解こうと明るく話しかける。
 残りのメンバー、島村卯月や渋谷凛も励ましの言葉をかけてくれる。

「初めてのステージって、緊張凄いよね。私もあの時は、心臓壊れちゃうかと思ったもん」

「そうなんだ。卯月は結構、落ち着いて見えたんだけどね」

「いやいや、しぶりんのくーるっぷりにはかないませんよー」

 柔らかな談笑のお陰で、柑奈の調子もだいぶほぐれてきた。
 その様子を見ながら、プロデューサーは声をかける。

「よし! それじゃあ、最終チェックだ! 柑奈、ギターは俺が責任もって預かっておくからね」


 そうして、ライブが始まる。
 まずは柑奈の出番から。
 
 司会のMCが、軽快な調子で新人アイドル、相浦柑奈の名を告げる。
 それに応え、彼女はステージ上に躍り出た。

「はじめまして! 私は相浦柑奈! 皆さんにラブ&ピースを届けに来ました! よろしくお願いします!!」

 ニュージェネレーション目当ての客が多いこともあり、歓声は僅か。
 だが、彼女は気にせず曲のスタンバイに入る。

 そして、ステージの機器から、彼女の歌うべき曲が流れて……こなかった。


「なんだ……トラブルか?」

 すぐに異変を察したプロデューサーが、まわりのスタッフに確認をとる。

「だ……ダメです! 機器のトラブルで……音楽が流れません! マイク類の調子も悪く、音量を拡大しきれない!」 

「復旧には時間がかかります……申し訳ないのですが、柑奈さんには一度引いてもらって……」
 
「そんな! ニュージェネのライブが控えてるんだ! 迂闊に中断出来るはずないだろ!」
 
 互いに叱咤し合いながら、このトラブルに対応するスタッフたちの様子を見ながら、プロデューサーは歯噛みする。
 確かに機器のトラブルなら、ここは一旦引いて仕切り直す方が得策なのかもしれない。
 だが、これは柑奈の事実上のデビューライブ。既にMCの紹介がすみ、舞台に出てしまっている。ここで引いては、彼女の印象が悪くなりかねない。

 数秒の内に様々な考えを巡らせるプロデューサー……その視線の端に、一つの機械を見つけた。

「すみません! この予備の集音機……これは、使えますか!?」


 柑奈は固まっていた。
 流れるべき音楽が流れない。ステージは無音のまま、時が過ぎてゆく。

(え……なに……? なにが……?)

 ニュージェネレーションの3人に緊張をほぐされたとはいえ、初めての大人数を目の前にしての披露目の場。
 さらに予定外の事態が重なって、柑奈の精神は恐慌しはじめる。
 不自然な空白に戸惑い始める観客が、得体のしれない蠕動に見えてきて、彼女はぴたりとも動けなくなった。

(そんな……わ、私……ど、どうしたら……ぷ、プロデューサーさん……へ、ヘルプ……!)

 その時だ。ギターの音色が、どこからか流れてきた。
 このステージの大きさに対しては、小さめの音量……だが、確かに聞こえている。

(……プロデューサーさん!)

 柑奈が音の出所を探し……ふと舞台袖を見ると、何かの機械の前でギターをかき鳴らすプロデューサーの姿が見えた。
 助けが、来た――その事実に、柑奈の心は落ち着いた。

 もうすぐ前奏が終わる……柑奈は少しだけ上を向いた。澄み渡る様な青空が広がっていた。
 そうして、目線を観客に戻す。晴天だから、皆の顔がよく見える。
 ギターの音色に耳を傾ける者、このまま続くのかと不安げな者、はやくニュージェネ出てこないかなと言わんばかりに退屈そうな者――

 そうした一人ひとりを前にして。
 柑奈は――心を届けるべく、歌いはじめた。


――お願いがあるんだ

――それはとっても簡単で とっても難しいこと

――忘れないでほしいんだ

――多くの場合 俺達は圧倒的に相手を知らないこと


――知る事で変わることも あると言うのに

――伝わらないまま 世界は廻ってゆく

――そんなの 寂しいと思わないかい


――だから 見限らないで

――色々一緒に見ようよ 歩こうよ

――人も世界もゼッタイ 馬鹿にしたもんじゃないからさ


――お願いがあるんだ

――あっさり手放さずに 仕切り直してほしい

――忘れないでほしいんだ

――手渡された未来への切符は いつだって白紙だってこと


――大事なのは 良いとか悪いとかじゃない 

――伝えること 伝わること 

――相手が隣で 息をして存在していると 知ることだ


――大事なのは とてもシンプルな希望なんだ

――幸せを掴もう 夢を語ろう

――何度だって 何度だって 笑って理想を掲げよう

 



            Love&Peace 
       地には平和を、そして慈しみを



 



 歌い終わった柑奈は、決して少なくない拍手をもらいながら退場していった。
 予定通り、このライブのメインであるニュージェネレーションのメンバーと交代、ライブは続く。

「お疲れ様! ありがとう、柑奈……急なトラブルで、あんな対応を取ることになってしまって。マイクも本調子じゃなかったから、随分大変だったろう?」

 迎えてくれたプロデューサーは、労いと謝罪の言葉を口にした。
 柑奈はかぶりを振りながら、それに応える。

「いえ……もしかして中止!? とも思ったんですけど……続けさせてくれてありがとうございます! それに声のでかさには自信がありますから! 大自然に鍛えられたので喉のパワーが違いますよ! ふふふ!」
 
「いやー! 凄かったよ、かんちゃん! まさかトラブルをモノともせず、ばっちり歌いきっちゃうなんて!」

 そこに出番を控えたニュージェネの3人が称賛を発しながらやってきた。

「うん……凄かったよ。あの声量と真摯な歌……とても場が温まった……」

「これは、負けてられないよ! 凛ちゃん、未央ちゃん!」

「そうだね……ニュージェネレーションの力、全力でぶつけよう!」

「機器のトラブルは徐々に直りつつある。それに合わせて演目を少し入れ替えた。頼むぞ、ニュージェネレーション!!」

「「「はい!!」」」

 プロデューサーの激励をうけ、3人はステージに駆けてゆく。


 光り輝くニュージェネレーションのステージを、柑奈は舞台袖で見つめ続けていた。
 今だ機材は本調子ではないと言うのに、それをモノともせず、3人は煌めきを示し続ける。

「スゴイ……」

 たったの一言。それが柑奈が抱いた先輩方への想い。その全て詰まっている。

「……柑奈、今日の君は本当によくやってくれたよ。十分に、合格点ものだ」

「……でも、まだまだです。私は……あのステージの上に皆みたいに……もっと輝きを持ちたい」

 心根は、変わらない。それを貫き通す力が欲しい。
 多くに人々に、未来への切符を届けたい。

「うん……なら、駆けあがろう。これからも」

 そのプロデューサーの言葉に……柑奈は、深く頷いた。


 柑奈は、すっと目を閉じる。

 今までの歌ってきた場所を、そこにいた人達を、しつこく思い出す。
 
 そして……まだ見ぬ遠き未来、歌と共に平和を実現する人々を夢想する。

 夢物語のような綺麗事の未来に、柑奈はまっすぐに進み続ける。

 それは、彼女がどうしようもなく彼女だから。

 それから……こんなにも青い空の下で、歌う事が出来たからだろう。




                           ―終―

途中一週間以上放置しちゃってすみませんでした……これで終わりです、html依頼出してきます。
セリフ元ネタのトライガンは、すごく面白い作品です。もし興味を持った方、ぜひ手にとって見てください(ステマ)

……ああ、終わってから気付いたけど、雪美チャン出せばよかったかな……(黒猫的な意味で)

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