アルル「おはよう、キキーモラ」 (122)

・ぷよ魔導のアルル×キキーモラの百合カップリングSSです
・エロ無し

VIPで落ちてしまったのでこっちでのんびり書いていきます

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アルル「今日もいい天気だねぇ、カーくん」

カーバンクル「ぐっぐぐー☆」

ボクとカーくんは今日も午前中の日課である散歩をしている。
散歩は毎日しても全然飽きない、だって少し道を逸れるだけで新しい発見があるから。
綺麗なお花を見つけたり、穴場のおいしいお店を見つけたり、普段なかなか話すことのない人とばったり出会ったり……。


そして今日も、そんな発見を探そうと新しい散歩コースを歩いている時だった。


アルル「……あれ?あそこにいるのはシェゾと…キキーモラ?」


シェゾ「——————!」

キキーモラ「——————!!」


何を言ってるかまでは聞き取れないけど、ふたりとも語気を荒げているのは確かだった。

アルル「……何か、穏やかな様子じゃなさそうだねカーくん」

カーバンクル「ぐぐー……」

アルル「もう少し近づいてみよう…」 コソコソ

シェゾ「うるさい女だな、まったく……カレーを道に少しこぼしたくらいで何を怒ってるんだ」

キキーモラ「今この道は清掃中なんです!だいたいどうして歩きながらカレーなんか食べてるんですかっ!」

シェゾ「闇の魔導師たるオレにはメシを落ち着いて食うような時間は取れんのだ……そして無駄にお前とこうして話す時間もな」

キキーモラ「んなっ、なななな……!」

シェゾ「大体こんな汚れさっさとそのモップで拭けばいいだろうが。
    そんなに怒ると小皺が増えるぞ」

キキーモラ「」 プッツン

シェゾ「おっと、やぶ蛇だったか。
    面倒臭くなる前に退散させてもらうぜ……テレポート!」

キキーモラ「あっ……ちょっと!まだ話は——————」

キキーモラが言い終わるより早く、シェゾの周りを黒い旋風が包み、その姿をくらませた。

アルル「……うわぁ、すごい場面に遭遇しちゃった」

カーバンクル「ぐっぐー……」

少し離れた木の陰でちゃっかり盗み聞きしていたボクたちはどうしようと頭を悩ませた。

このまま出ていってキキーモラと話すべき?
それとも聞かなかったことにしてこのままこっそり帰る?

悩む悩む悩む。
どれくらい悩んでいるかというと、足元の小枝にまったく気づかないくらいに。


パキッ


アルル「あ———」

キキーモラ「えっ?」

アルル(やっちゃったー!)


キキーモラ「あの……誰かいるんですか?」

アルル(はぁ、もう仕方ないか)


アルル「や、やっほー キキーモラ」

キキーモラ「アルルさん……」

キキーモラは驚いた表情をするとすぐにバツの悪そうな表情を見せた。

キキーモラ「あの、もしかしてさっきの……聞いてました?」

アルル「う、うん……ごめんね」

キキーモラ「いえいえ、謝ることじゃないですよ、ただちょっと恥ずかしいとこ見られちゃいましたね」

アルル「あっ、でもでも、キキーモラは悪くないよっ!あのヘンタイが100%悪いんだから!
     まったく女の子に対して失礼すぎるよ、今度会ったらボクのファイヤーで黒焦げにしてやる!」

キキーモラ「……」

アルル「あれ?キキーモラ?」


キキーモラ「アルルさんって……」

そこで一旦言葉を止めるとキキーモラは表情を綻ばせた。


キキーモラ「———面白い人ですね」 クスクス


その瞬間、ボクの心は微かな違和感を覚えた。
しかしそれも束の間、それはすぐに霧散した。

アルル(?? なんだろう、今の……)

キキーモラ「ところでアルルさんはこっちの道に何かご用事ですか?」

アルル「あ、ううん、散歩してるだけなんだ。だから特に目的があるわけじゃないよ」

キキーモラ「そうでしたか、それでもこれ以上お引き留めするのも申し訳ないですね、どうぞお気をつけて」


アルル「んー……」


もっとキキーモラと話したいと思った。
ほら、ボクが散歩する理由ってこういうあんまりお話しない人と話すっていう目的もあるしさ。
誰に言い訳をしているのか、ボクは自分の中で結論付けると口を開いた。

アルル「よっし、決めた!今日のお昼まではキキーモラと一緒にいることにする!」

キキーモラ「え、えぇっ!?」

アルル「あっ、もちろんキキーモラがいいなら……だけど」

キキーモラ「いえ、私は全然構わないんですが……ただ見ていて面白いものでもないと思いますよ?」

アルル「いいのいいの、それにこの辺りの脇道って薬草とか生えてるし、ボクは採集、キキーモラはお掃除。
     それでたまに会話してくれるだけでいいからさっ」

キキーモラ「はい、アルルさんがそれでよろしいのでしたら喜んで」

アルル「よかった、それじゃボクちょっとそのへんでいろいろ探してくるよ!」

キキーモラ「毒草などもあるかもしれませんから、十分に気をつけてくださいね」

アルル「はーい!」

アルル「ふぅ…ここ、思わぬ穴場だったね、カーくん」

カーバンクル「ぐっぐー♪」

キキーモラと会話したり、時折奥のほうまで採集に向かうと時間はあっという間に過ぎていった。
その結果、持ってきたカゴが山盛りになるほどの収穫となった。
こんなことならもっと大きなカゴを持ってくれば良かったかもしれない。

アルル「毒消し草、韋駄天草、剛天草、眼球草、犬顎菊……」

改めて一つ一つ確認していく。
薬草を調達する時は今度からここを利用したほうがいいかも。

アルル「それじゃキキーモラのところに戻ろっか、カーくん」

カーバンクル「ぐー☆」

アルル「見て見て、キキーモラ こんなに採れたよ」

キキーモラ「わぁ、たくさん採れたんですね!」

アルル「うん!すごいよ、この周辺。珍しい薬草とかも生えてて……」 ぐぅぅ〜

アルル「ってわわっ///」 カァッ

絶妙なタイミングで鳴くお腹の虫。
反射的に手でお腹を抑えつけるが何の意味もない。
せめてもう少し空気を読んで欲しかった……。

キキーモラ「ふふっ、もうお昼時ですものね」

アルル「は、恥ずかしい……」

キキーモラ「もしよかったら一緒にお昼ごはん食べに行きませんか?」

アルル「うんっ!行く行く!」

キキーモラ「アルルさんは何か食べたいものはありますか?」

アルル「カレーがいいなぁ」

何を隠そうボクはカレーが大好きである。
三食カレーでも全然問題ないし、それが例え一週間続こうとも喜んで食べるだろう。
……まぁそれだけだと栄養が偏るからそうもいかないのが現実だけど。

キキーモラ「カレーですか……あ、そういえば今日はパキスタカレー出張店がこのあたりに来てるはずですよ」

アルル「わぁっ、ボク一度あそこのカレー食べてみたかったんだ!さぁ行こう、すぐ行こう!」

ボクは反射的にキキーモラの手を握り歩き出す。

キキーモラ「ア、アルルさんそんなに急がなくてもカレー屋は逃げませんよ」

困ったような表情をしつつも、その声はどこか嬉しそうに聞こえるのはボクの自惚れだろうか。
キキーモラはボクの手をしっかり握り返すと「それにカレー屋は逆方向ですよ」と笑いながら言うのだった。

アルル「あ、カレーのいい匂い……♪」

カーバンクル「ぐぐっぐぐー♪」

しばらく歩いて行くと、小さな屋台が姿を見せた。
どうやらこれがパキスタカレー出張店のようだ。


パキスタ「いらっしゃり〜の」

アルル「わぁ、キキーモラ!メニューもたくさんあるよ!」

キキーモラ「これだけあるとどれにするか迷っちゃいますね」

メニューと睨めっこする。
数十種類にも及ぶその品名は、お腹の空いたボクには一つ一つが宝石のように見えた。

アルル「よぉし、決めた!すいませーん、ビーフカレー大盛りにらっきょトッピングでください!」

悩んだ割に普通のオーダーと思われるかもしれない。
でも初めてのお店ってやっぱりまずは基本的なものから頂きたい。
凝ったメニューはそれからでもきっと遅くないはず……。

ちなみにこの店は福神漬はセルフサービスとなっているようだ。


キキーモラ「それでは私はシーフードカレーをお願いします」

パキスタ「かしこまり〜の」

大根のような容姿の店主、パキスタはその姿からはとても想像できないテキパキした動きで仕事にとりかかる。
ただでさえそれほど大きくない屋台に機材が所狭しと並べられているため動きにくそうなものだけど……。
そんなどうでもいいことを考えながらボクは出された水を一口飲み、喉を潤した。

パキスタ「おまたせ〜の、ビーフカレーとシーフードカレーあがり〜の」

カウンターに2つのカレーが並べられる。
どちらも具だくさんでとても美味しそうだ。

アルル「お、おいしそう……」 ジュルリ

カーバンクル「ぐー……」 ジュルリ

キキーモラ「早速いただきましょうか」

アルル「うん!いっただっきまーす!」

カーバンクル「ぐっぐぐっぐぐー!」

アルル「モグモグモグモグ……うぅ、美味しいよぉ……幸せだよぉ……」

キキーモラ「アルルさん、そんなに急いで食べると喉につまりますよ」 クスクス

アルル「だってぇ、美味しくて止まらないんだもん」 モグモグ

お腹が空いてたっていうのももちろんあるけど、それ以上にカレー自体が美味しい。
ボクもよく家でカレーは作るけどこの味にはとても敵う気がしない。

キキーモラ「シーフードも美味しいですよ、魚介類の旨みが溶けこんでて……」

キキーモラはボクと違って上品にゆっくりスプーンを口に運んでいる。
同じ女性なのにどうしてこうも違うのだろうか。
でもカレー美味しいんだもん、仕方ないよね。

アルル「確かにキキーモラのも美味しそうだねぇ」

キキーモラ「……よかったら食べてみますか?」

アルル「えっ、いいの!?それじゃ失礼して……」

と、スプーンを持って行こうとした時、目の前に今まさに食べようとしていたカレーが突き出された。

アルル「えっ?」

キキーモラ「はい、どうぞ」

こ、これはいわゆる「あ〜ん」というシチュエーションなのでは……。
あまりに突然の展開に思考が止まる。
だって、これって間接——————

キキーモラ「あ……すいません 恥ずかしいですよね、こんなの」

ボクが戸惑っているのを察したのか、キキーモラはスプーンを置いて皿ごとこちらに突き出そうとした。

アルル「あっ……待って!は、恥ずかしくないよ、突然のことで少しびっくりしちゃっただけだから!」

キキーモラ「そう、ですか?」

アルル「うん、だから———」

キキーモラ「だから?」

アルル「その、さっきの……///」

キキーモラ「さっきのって何ですか?」 ニコニコ

あ、これ絶対気づいてる。
というか遊ばれてる。

アルル「あ、あ〜んって…///」

キキーモラ「ふふっ、はい どうぞ」

再び眼前においしそうなカレーが盛られたスプーンを突き出される。

アルル「……キキーモラって結構いじわる」

キキーモラ「ごめんなさい、アルルさんがあまりに可愛かったから、つい」

アルル「うぅ……それじゃ い、いただきます」

スプーンを頬張るとビーフカレーとはまた違った美味しさが口いっぱいに広がる
……のだけど、正直ドキドキして味どころじゃなかったのが本音。

アルル(な、何でボクこんなにドキドキしてるんだろ……)

そもそも何でボクは恥ずかしい思いまでして食べさせてもらう選択をわざわざ選んだのか。
お皿を突き出された時に素直にそれを食べれば良かったのに。
キキーモラに何となく悪いと思ったから?
それとも本当はボクが———

アルル(むー……)

何となく納得いかなかった。
ボクはこんなにドキドキしてるのに、キキーモラは平然と笑顔をこちらに向けている。

アルル「……キキーモラも、ボクのカレー食べない?」

キキーモラ「あら、いいんですか?それではお言葉に甘えて」

同じようにカレーをスプーンで掬い、キキーモラの口元へと持っていく。
これで少しはボクの気持ちが分かってもらえるだろうか。

キキーモラ「んっ……こっちも確かにおいしいですね、あまり牛肉のカレーは食べないので少し新鮮です」

キキーモラは「ありがとうございます」と言うと再び自分のカレーを口に運んでいった。
……えっ、それだけ?

自分のスプーンに目を落とす。
さっきまでキキーモラが咥えたスプーン……。


アルル(あわわわっ、何考えてるのボク!)

再びキキーモラに目をやる。
今彼女が使っているスプーン、あれもボクが一度咥えているわけで……。
しかしキキーモラはそんなこと意に介していないのか、平然としている。

……何かボク一人ドキドキして馬鹿みたいじゃないか。
ボクは開き直ってカレーをどんどん口に押し込んでいった。
そうだ、別にキキーモラが咥えたからって何が変わるわけでもない。

カーバンクル「ぐっぐー」

しかしそうは言っても未だ心に引っかかりがあるのか、ペースは上がらず
結局残りのほとんどをカーくんが食べてしまった。

アルル「ふ〜、ごちそうさま」

キキーモラ「ごちそうさまでした」

ボクとキキーモラはほぼ同時に食べ終えた。
うーん、それにしても本当においしいカレーだった。
また近くに来たら食べたいな……そんなことを考えながら口をナプキンで拭っているとキキーモラが席を立った。


キキーモラ「すいません、おいくらですか?」

パキスタ「ご一緒でよろし〜の?」

キキーモラ「はい」

パキスタ「それなら——」

アルル「ちょっ、ちょちょちょっと待って!」

財布を開けようとするキキーモラを必死で止める。

キキーモラ「どうかしましたか?アルルさん……あ、もしかしてこれですか?」

キキーモラが指さしたところには『カレーアイス始めました』の文字が。
おお、これはちょっと食べてみたい……じゃなくって!

アルル「自分の分はボクが払うよ!」

キキーモラ「気にしないでください、私が連れてきたんですから」

アルル「でっ、でもボクが食べたいって言ったから……」

キキーモラ「いいから、ね?ちょっとはお姉さんの言うこと、聞くものですよ?」

アルル「あ……うん」

ここまで言われてしまってはもう何も言えない。


キキーモラ「それではこれでお願いします」

パキスタ「ありがた〜な、これお釣り〜の」

アルル「キキーモラ、今日は本当ありがとう」

キキーモラ「私がしたくてしたことですから、本当に気にしなくていいんですよ」

カレー店を後にし、歩きながらボクは考えていた。
キキーモラはこう言ってくれているけどやっぱり何かお礼をしないとボクの気が済まない。


———あ、ちょっといいこと思いついたかも


アルル「……そういえば、キキーモラはいつもお昼ご飯はどうしてるの?」

キキーモラ「最近は主に今日のような外食が多いですね。ですが、どうしてですか?」

アルル「それならさ、明日お弁当作ってきてあげるよ!ボクの分と一緒に。
     それで明日も一緒に食べよう?」

キキーモラ「えぇえっ! そんな、悪いですよ、私の分までなんて……」

アルル「一人分も二人分も作る分にはほとんど変わらないから大丈夫だって!」

キキーモラ「で、でも……」

アルル「それとも何?ボクのお弁当食べたくないの?」

少し意地悪にそう言ってみせるとキキーモラは少し呆れたような表情を見せた。

キキーモラ「ずるいですね、アルルさん。そんなこと言われたら断れないじゃないですか」

アルル「えへへ、さっきいじわるされたお返しだよっ!」

キキーモラ「……誰かに作ってもらうお弁当なんて、随分久しぶりな気がします」

アルル「任せて、すっごくおいしいお弁当作ってくるから!」

キキーモラ「ふふっ、期待してますね」 ニコニコ

アルル「あー……やっぱりそんなにハードルは上げないでもらえると」

キキーモラ「期待してますね」 ニコニコ
    
アルル「……はい」

アルル「それじゃ今日はボク、これから勉強しないといけないからそろそろ帰るね」

キキーモラ「アルルさんの夢は立派な魔導師になることですもんね、応援してます」

午後からは魔導の実技修行をしなきゃいけない。
この辺りにはサタンが戯れで作ったダンジョンがいくつも存在するのでそこで日々鍛錬に励んでいる。
中にいる魔物はもちろん、ダンジョンの構成自体も毎回違っているので訓練にはもってこいの場所だ。

アルル「ありがとう、それじゃまた明日会おうね!」

キキーモラ「はい、それではまた明日」


アルル「よぉしっ!」

気持ちを切り替える。
お母さんのような立派な魔導師になるため、ボクは今日も頑張るよ!

アルル「ただいま〜……」

誰もいないけどいつも家に帰るとつい言ってしまう。
「おかえり」と言ってくれる人がいればどれだけ幸せだろうか。

アルル「う〜ん……お弁当は明日の朝に作るとして……
     今日は疲れたし、お風呂入ってもう寝よっか、カーくん」

カーバンクル「ぐー」

寝る時間がいつもより少し早いけど、明日もいつもより早く起きなきゃいけないんだし、
ちょうどいいよね。
メニューはどうしようかな……好みとか聞いとけば良かったかも。

アルル「んぅ……」

ピピピピッという電子音とカーテンから漏れる日差しで目が覚める。
メニューを考えてる途中でいつの間にか寝てしまっていたようだ。

カーバンクル「ぐっぐー」

アルル「ふわぁ……おふぁよう、カーくん」

時計を確認する。
いつもの起床時間より30分早い。

アルル「これなら間に合いそうだね」

……って、ん?間に合う?
よく考えたら今日の目的は、キキーモラにお弁当を持って行って一緒に食べることなわけで。
わざわざ律儀に昨日と同じ時間に行く必要なんてないはずだ。

アルル「……ま、いっか」

また昨日みたいに近くで採集でもしてこよう。
薬草は多いに越したことはないしね。

アルル「問題はお弁当の中身か……。結局何も思いつかなかったし、今日は無難に作ろうかな」

買い物に最近行ってきたばかりなので幸い冷蔵庫は豊富な食材が揃っている。
これなら何とかなるだろう。

アルル「それじゃ、頑張ろうかな!」

エプロンを付けて気合バッチリ、ボクは調理に取り掛かった。

アルル「……こんなもんかな?」

主菜に鶏胸肉とパプリカの炒めもの、卵焼き
副菜にはひじきの煮物とプチトマト
主食に小松菜とじゃこのふりかけご飯。

我ながら見栄えだけならそれなりに綺麗だと思う。
味は……どうだろう、正直あんまり自信ないかも。
というか自信無いのに何でお弁当作ってくるなんて言ったんだボク……。
あの時はいろいろ必死だったんだよ、うん。


アルル「ええいっ、料理は愛情だぁ!愛情注入!」 むいーん

アルル「……」

アルル「何やってんだろボク、早く支度しよう」

3秒で我に返ったボクは身支度を整えるのだった。

でも……本当に気に入ってもらえるといいな。
おいしいと言って喜んでもらいたい。
また食べたいと言って欲しい。

きっとこういう気持ちなんだろうな、愛情って。

アルル「おはよう、キキーモラ」

キキーモラ「おはようございます、アルルさん」

ボクが着いた頃には既にキキーモラは歩道の清掃に取り掛かっていた。
一体何時からここにいるんだろ?

アルル「約束通りお弁当作ってきたから一緒に食べようね」

キキーモラ「ありがとうございます……ですがお昼にはまだ早いですよ?」

アルル「あ、ボクは今日も薬草採集してるから」

そう言って持ってきたカゴを見せる。
今日は昨日持ってきたカゴより一回り大きいものだ。

アルル「お昼時くらいになったら戻ってくるから、その後食べよ!」

キキーモラ「分かりました、気をつけてくださいね」

一旦休憩します
ここまで見てくれた人、いればありがとう

レスありがとうございます
今から眠くなるまでゆっくり投下していこうと思います

アルル「大漁♪大漁♪」

今日もたくさんの薬草を採集することが出来た。
これだけあれば当分は薬草を採集する必要はないだろう。
というかこれ以上採ると使いきれずに腐らせてしまう可能性もある。
ウィッチならこれらを調合して薬にすることもできるんだろうけど、残念ながらボクには出来ない。
多いに越したことはないとは言ったけど、やっぱり限度があるよね。


アルル「ただいま、キキーモラ」

真剣な目で汚れを落としているキキーモラだったが、
ボクに気づくとすぐに表情を緩ませた。

キキーモラ「おかえりなさい、アルルさん。ふふ、今日も豊漁ですね」

アルル「うん!そろそろお昼だよね、ご飯にしない?」

キキーモラ「そうですね、私もちょうどお腹が空いてきたところです」

アルル「どこで食べよっか?」

この辺はベンチや他に座れるような場所が無い。
どうしようかな、と悩んでいると

キキーモラ「アルルさんアルルさん、実は私こういうものを持ってきました」

そう言ってキキーモラはどこから取り出したのか、約3メートル四方のビニールシートを道端の草むらに敷いた。

アルル「さすがキキーモラ!気が利くね〜」

キキーモラ「やっぱり野外でお弁当と言ったらビニールシートですよね」

しかし同時にこういうことに全然気が回らない自分に少し自己嫌悪。
お弁当のことで頭いっぱいだったからなぁ……。

キキーモラ「アルルさん?どうかなさいましたか?」

アルル「あ、ううん、何でも無いよ」

アルル「それじゃ……はい、キキーモラの分」

キキーモラ「ありがとうございます、楽しみです」

アルル「あはは……本当あんまり期待しないでね……」

キキーモラ「あら、昨日は『任せて』、と言っていたような気がしますけど」

アルル「もー、キキーモラの意地悪……」

キキーモラ「ふふっ、それじゃ失礼して……」

キキーモラがお弁当の蓋を開ける。
……うん、型崩れはしてないね、よし。

キキーモラ「あら……」

アルル「えっ、何?何か変なとこあったかな?」

キキーモラ「いえ、逆です。失礼な話ですけど、想像してたのより彩りも良くて……おいしそうでびっくりしました」

アルル「そ、そっか。良かった……のかな?」

でもやっぱり一番の問題は味だよね。
気に入ってもらえるかな……。

キキーモラ「それではいただきます」

アルル「はっ、はい どうぞ」

キキーモラは卵焼きを一切れ摘むと上品に口へ運んだ。

アルル「ど、どうかな……?」

キキーモラ「……うん、とってもおいしいですよ、アルルさん。もっと自信持ってください」

ボクの緊張と裏腹に、キキーモラは笑顔で答えてくれた。
その言葉でボクの緊張が一気にほぐれる……というかいくらなんでも緊張しすぎでしょボク。

アルル「よかったぁ……正直味はあんまり自信なかったんだ」

キキーモラ「私にとっては外食よりよっぽどおいしく感じますよ」

アルル「いやいやいや、それはいくらなんでも褒めすぎだよ、キキーモラ」

ボクだって自分の力量くらいは自覚しているつもりだ。
カレーに関しては確かにそれなりに上手に作れる自信はあるけど、
それ以外の料理はあまり作らないこともあってそんなに自信は無い。



キキーモラ「だって、このお弁当には————愛情が入ってますもの」



アルル「うええぇぇええっ!あ、愛情って……///」

あまりの不意打ちに心臓が止まるかと思った。
出かける前に冗談でやった愛情注入、あれが一瞬バレたのかと。

アルル「愛情……なんて……」

キキーモラ「あら、入ってないんですか?」

アルル「……ます」

キキーモラ「聞こえません」

アルル「……ってます」

キキーモラ「わんもあ!」

アルル「入ってます!ごめんなさい!」

あーやばい、絶対今顔真っ赤だ、ボク。
顔上げれない……。

キキーモラ「くすっ、どうして謝るんですか。嬉しいですよ、私は。
       アルルさんの愛情が感じられて」

アルル「あー暑い!暑いよ!今日は暑いから顔が赤くなっちゃったよ!」

キキーモラ「ふふっ、確かに今日はポカポカしたいい天気ですもんね」

明らかに苦しい言い訳だがキキーモラは察してくれたようだ。

キキーモラ「アルルさんも食べましょうよ、一緒に食べる約束なんですから」

アルル「う、うん、そうだったね……」

キキーモラに倣い、お弁当を摘む。
もしかしたら今日は特別美味しく出来たのかな?

……やっぱり味はいつも通りだった。

食後、キキーモラはお弁当箱は洗って返すと言い出したので丁重にお断りした。
本当にしっかりしているというか、礼儀正しい娘だなぁ。

食後のお茶(もちろんこれもキキーモラが用意したもの)を飲みながら寛いでいると、
ふと疑問に思っていたことを思い出した。

アルル「……そういえば、カレーの時も気になってたんだけど」

キキーモラ「何ですか?」

アルル「その、人が口つけたものとか、人が作った料理とか食べるのは平気なの?
     確か……潔癖症?っていうんだっけ?」

キキーモラ「あぁ、大丈夫ですよ。私は潔癖症では無いので」

アルル「そっか、じゃお弁当も全然問題ないんだね」

キキーモラ「はい、そもそも駄目だったら提案された時に断りますよ」 クスクス

アルル「あはは、それもそうだー」

キキーモラ「アルルさん、もうこんな時間ですが修練のほうはいいんですか?」

アルル「あっ……本当だ、いつの間にかこんなに時間が経ってたんだね」

キキーモラと話している時間はとても心地が良い。
いつまでもこの感覚に溺れたいと思うけど……。
ボクには一人前の魔導師になるっていう目標があるんだから。
そのための修練をサボる訳にはいかない。

アルル「……明日も」

キキーモラ「えっ?」

アルル「明日もお弁当持ってくるからさっ、一緒に食べようよ!」

キキーモラ「そんな……2日もさすがに悪いですよ」

アルル「だっ大丈夫、昨日も言ったけど一人分も二人分も変わんないし、それに———」

あれ?
なんでボク、こんなに必死なんだろう。
まるで断られるのを恐れているみたいだ。

アルル「えっと……」

キキーモラはじっとボクを見ている。
透き通るような青の瞳はまるで動揺するボクの心を見透かしているようで若干の居心地の悪さを感じる。



キキーモラ「……アルルさん、いいことを思いつきました」

アルル「え?」

ボクが言い淀んでいるとキキーモラが先に口を開いた。

キキーモラ「明日は、私が作ってきます」

アルル「えっ……作ってくるって……」

キキーモラ「もちろんお弁当です、アルルさんにばかり作ってもらっては申し訳ないですから」

キキーモラ「なので……明日も来てくれますか?」

アルル「う、うん!絶対行くよ!ありがとう、楽しみにしてるから!」


そうか、お弁当なんてのはただの口実で。
結局のところボクは


——————ただキキーモラと一緒にいたいだけなんだ。

次の日、ボクは今日も同じ時間に待ち合わせ場所に来ていた。
挨拶もそこそこにボクは木の陰に腰を下ろし、体を預ける。

キキーモラ「アルルさん、今日は薬草摘みに行かないんですか?」

アルル「あ、うん。もう昨日で十分採集できたからね」

アルル「だから、今日はただキキーモラと喋りたいんだ」

キキーモラ「私と……ですか?」

アルル「うん、キミと一緒にいたい気分なの」

キキーモラ「な、何だか照れちゃいますね。そう言われちゃうと……///」

キキーモラは目線を外し、少し俯きながらそう呟いた。
た、確かに正直に言いすぎた……?
何かこっちまで恥ずかしくなってきたよ。

キキーモラ「ですが……そうですね、私もアルルさんと一緒に話すのは好きなので
        今日はずっとお話をしましょうか」

そう言うとキキーモラはいつも持っているモップを木に立てかけ、
昨日も出していたビニールシートをボクが座っている位置より少しだけ前に広げ、そこに腰掛けた。

キキーモラ「さ、アルルさんも」

アルル「う、うん ありがとう……でもキキーモラ、掃除はいいの?」

キキーモラ「えぇ、せっかくアルルさんが私と話したいと言ってくださったんですから、
       私も今日だけはお掃除のことは忘れることにします」

アルル「別にキキーモラは掃除しながらでもいいんだよ?」

キキーモラ「ご心配なく!」

アルル「ま、まぁそこまで言うなら……」

でも掃除好きのキキーモラがこう言ってくれるなんて。
それだけボクとの時間を大切にしてくれようとしてるってことなのかな?
もしそう思ってくれるならちょっと……ううん、かなり嬉しいかも。

アルル「——それでウィッチがさぁ」

キキーモラ「……はい」 ジー

アルル「——とか言っちゃって!」

キキーモラ「……はい」 ジー

アルル「……キキーモラ?」

キキーモラ「あっ、はい 何ですか!?」


まぁ何というか予想通りというか。
少し残念だけどちょっと安心したような。


アルル「……あそこ汚れてるもんねぇ、気になるよねぇ」

キキーモラ「うぅ……ご、ごめんなさい」

アルル「あーあ……ボクの話への関心ってあんな小さな汚れに負けちゃうのかぁ……」

キキーモラ「ごめんなさいっ、ごめんなさい! 違うんです!その、えっと!
       アルルさんのお話のほうが当然大事なんですけどっ、その、本能には逆らえないといいますかっ!」

冗談でいじけてみせるとキキーモラは肩を掴んで必死な様子でボクに訴えかける。

キキーモラ「あの……その……うぅ」

あ、少しだけ目が潤んでる。
まるで親にしかられてる子供の表情みたいで……。
やばい、何この子すっごいかわいい。

……そろそろいいかな、これ以上やると何かに目覚めちゃいそうだよ。

アルル「ごめんごめん、冗談だよ。怒ってないよキキーモラ」

表情を和らげるとキキーモラは安堵の溜息を吐いた。

キキーモラ「でも……本当にすいません、自分で掃除はしないと言っておきながらこの体たらく……」

アルル「だから気にしなくていいってば、ボクもちょっと意地悪しすぎちゃった、ごめんね」

それにしても普段お姉さんのように思ってた人が
さっきみたいな子供の表情を見せるのはなかなかこう、クるものがあるね。
ギャップ?っていうのかな、新しいキキーモラの一面が見れて嬉しいかも。

アルル「やっぱり掃除しながら話そうよ、ボクはそれでも全然大丈夫だからさ、ね?」

キキーモラ「はい……お気遣いありがとうございます」

彼女は木に立てかけたモップを手に取るとすぐにさっきまで見ていた汚れの清掃に取りかかった。
うーん、ちょっと悔しいけど仕方ないか。

でもいつか……掃除よりボクとの時間に夢中になってくれる日が来るといいな。

キキーモラ「あ、そろそろお昼ですね」

アルル「待ってましたぁ!」

楽しい時間はすぐに経つもので、気づけばもうお昼の時間になっていた。
この周辺の道やポスト、街灯といった公共物はキキーモラのお陰でピカピカになっている。
……それにしても、昨日はこの辺もキキーモラがすごく綺麗に掃除したはずなんだけど。
意識してなかったけど一日経つだけでこうも汚れって簡単についちゃうんだね。

アルル「……」

キキーモラ「アルルさん、どうかしました?」


キキーモラはイヤにならないんだろうか?
毎日掃除してるのに翌日にはまた汚されて。
また掃除して、汚されて。


アルル「———ううん、何でもないよ」


それを彼女に聞くのは何だか少し躊躇われた。

アルル「……キキーモラってシェフか何かやってるの?」

キキーモラ「あはは、まさか、そんなわけないじゃないですかぁ」

キキーモラが作ってくれたお弁当のハンバーグを食べた第一声がこれである。
それほどまでに彼女の料理は美味しかった。
ちなみに余談だけど、ボクはハンバーグがカレーライスの次に好きだったりする。

アルル「いや、でも本当においしいよ、これ。いくらでも食べれそう」 モグモグ

キキーモラ「ふふっ、よく噛んで味わってくださいね」

冷めてなおこの美味しさなんだし、作りたてはきっともっと美味しいんだろうな。
いつか食べる機会があるといいなぁ。

キキーモラ「……」 ジー

アルル「♪」 パクパク

キキーモラ「……」 ジー

アルル「……あ、あのキキーモラ?」

キキーモラ「はい、何ですか?」

アルル「そんなに見られるとちょっと食べづらいなぁって///」

キキーモラ「あっ、そうですよね、すいません」

キキーモラは慌てて目線を外すと自分の分のお弁当に手を付け始めた。

キキーモラ「アルルさんがあまりに美味しそうに食べるものですから、つい」

アルル「他に食べた人もみんなこんな感じじゃない?」 モギュモギュ

キキーモラ「……私、誰かに料理を振る舞うのって初めてなんですよ」

アルル「えっ!そうなの?」

キキーモラ「はい、なので少しだけ不安だったんですけど……喜んでもらえて良かったです」

アルル「そうなんだ……お店に出せるレベルだと思うよ、ホントに」 ムグムグ

キキーモラ「もし、本当にそうだとしても……私は好きな人にこうして食べてもらうだけで十分ですから」

アルル「んぐっ!? ……けほっ、えっほ!」

キキーモラ「わわっ!アルルさん大丈夫ですか!?」

キキーモラにお茶を差し出される。
ボクはそれを慌てて飲み干し、事なきを得た。
まぁ、ちょっと大袈裟かもしれないけど。

アルル「んっ……ふぅ、ありがと、キキーモラ」

キキーモラ「いえ、こちらこそ……その、変なコト言ってしまって……」

キキーモラは顔を赤くして挙動不審に視線を泳がす。
何を言うべきか言葉を探しているようだ。

キキーモラ「っ……あの、好きっていうのは深い意味はなくてですね。その、えっと……」

アルル「う、うん!大丈夫、分かってるよ」

……まぁ、ボクも顔が何だか熱いからきっと真っ赤になってるんだろうな。
何だかキキーモラと会うようになってからドキドキさせられっぱなしだよ。

キキーモラ「あの、アルルさん 明日のことなんですけど……」

昼食を終え、ビニールシートを片付けながらキキーモラは俯加減に、少し遠慮がちに口を開いた。

アルル「明日……」

ボクとしては明日もここに来て喋っていたいけど、さすがに何日も連続だとキキーモラに迷惑かな……。
———しかしそんな心配はボクの杞憂に終わった。

キキーモラ「もしよろしければ……明日も来ていただけますか?」

アルル「……え?いいの?」

キキーモラ「はい、私がお願いしたいんです」

キキーモラが顔を上げ、まっすぐボクを捉える。
その表情はとても穏やかだ。

キキーモラ「……アルルさんといると不思議と心が落ち着くんですよ。
       たまに落ち着かなくなる時もありますけど、ね」

キキーモラ「でも不思議とそれがまた心地よかったりするんです」

アルル「ボクも……ボクも同じだよ!キキーモラすごく聞き上手だから話してて楽しいし、
     近くにいるといい匂いもするし、一緒にいるとすごく安心できるもん!」

そしてたまに落ち着かなくなるというのも同じだった。
ついさっきそれを体験したばかりだ。

キキーモラ「に、匂いって……少し恥ずかしいですね///」

アルル「大丈夫、爽やかな匂いだよー。香水とか使ってるの?」

キキーモラ「いえ、香水は使ってませんが……ポプリの小物をクローゼットに入れてるので
       それの匂いが服に少し染み付いているんだと思います」

アルル「おお……キキーモラも女の子してるねぇ」

キキーモラ「くすっ、どういう意味ですか、それ」

アルル「それじゃボクはそろそろ帰るね……あ、そうだ。明日はボクがお弁当作ってくるから」

キキーモラ「はい、嬉しいです。期待してます」

いつも一度は遠慮するキキーモラが何のためらいも無く受け入れてくれた。
ちょっとした壁が崩れたみたいで少し嬉しい。

キキーモラ「そ、それでは明後日は私です、ね……」

アルル「交代で作ってこようよ!」

少し不安げな表情をする彼女に笑顔でそう答える。
するとすぐ笑顔を見せてくれた。

キキーモラ「……!そ、そうですね」

明日だけでなく、明日以降の約束まで取り付けることが出来た。
キキーモラのほうから言ってくれるとは思ってなかったので素直に嬉しい。

最近完全に散歩の時間がキキーモラと過ごす時間にすり替わっちゃってるけど……。
でももう少しだけ、この心地いい時間を味わいたい———。

アルル「おはよう、キキーモラ」

キキーモラ「はい、おはようございます アルルさん」

キキーモラとこうして毎日会うようになって一週間が過ぎた。
最初のほうこそ、別れ際に明日の約束をいちいちとりつけたものだけど、
今となってはそれが『また明日』の一言で済ませられるほどの日常になっていた。
うーん、通じあってるね、ボクたち。

キキーモラ「よっ……と」

キキーモラはいつも通り、掃除に取り掛かる。
ちなみに前に一度、掃除を手伝おうかと言ったことがあるんだけど、やんわり断られてしまった。

キキーモラ「これは私が勝手にやってることですから、何も手伝うことはないんですよ。
       私としては手伝ってもらうより、お話をしてもらえるほうが嬉しいので」

それが彼女の言い分だった。
確かにボクは何か一つのことに集中するとそればっかりに気がいってしまう性格だ。
掃除しながら話すと手か口、どちらかが止まってしまうことは明白である。

キキーモラ「あ———」

アルル「ん?どうしたの?」

キキーモラといつも通り、談笑をしていると彼女の手が止まった。
彼女の視線は一点に集中している。

キキーモラ「はぁ、また同じ場所が汚れてる……。こんなとこ、普通にしてたら汚れるはず無いのに」

キキーモラはあからさまに落胆した表情を見せた。

アルル「……連日続きなの?」

キキーモラ「そうですね、屋外である以上汚れるのは仕方ないことだと割り切ってはいるんですが……
       必要以上に汚されるのはちょっと悲しいです」

アルル「そっか……」

キキーモラ「あっ、こんなこと言われても困りますよね。ごめんなさい、ナーバスになってしまって……」

アルル「あ、ううん。それは全然いいんだけど……」

アルル「ねぇ、キキーモラはさ———」

キキーモラ「はい?」

アルル「その、気を悪くしたら謝るんだけど……」

キキーモラ「構いませんよ、アルルさんなら何を聞かれても大丈夫ですから」

アルル「イヤにならないのかなぁって。毎日毎日せっかくキキーモラが綺麗にしても
     次の日になったらすぐ汚れがついて、それをまた綺麗にして———」

以前から気になっていたことだった。
掃除というものはそういうものだ、と言われればそれまでだが、彼女は仕事でやっているわけじゃない。
あくまで彼女の意思のみでやっていることだ。
ボクならそんなイタチごっこはとても耐えれない。

キキーモラ「……そうですね、アルルさんの言うことはもっともだと思います」

キキーモラ「説得力無いかもしれませんが、私って特に掃除が好きなわけじゃないんですよ」

アルル「えっ、そうなの?」

キキーモラ「私は綺麗な場所が好きなだけなんです。だからその手段として掃除をするんです」

アルル「そうだったんだ……」

キキーモラは視線を逸らしながら言葉を続ける。
その様子はどこか過ちを告白する人のそれに似ていた。

キキーモラ「掃除をし終わったその瞬間だけは、その場所は確かに綺麗な場所になるんです。
       だから……汚れると分かっててもその瞬間のために掃除せずにはいられないんです」       

キキーモラ「……その、やっぱり変ですか?」

アルル「ううん、驚きはしたけど、全然そんなことないよっ!」

キキーモラ「……自分でも分かってるんです、難儀な性格だって」

フォローも虚しく、キキーモラは自嘲気味に呟いた。
ボクが変な質問をしたせいで彼女の表情を曇らせてしまった。
どうすればいいんだろうか?

キキーモラ「あ、また……ごめんなさい、負のオーラ全開に漂わせちゃって……。
       こんな面倒な性格ですから、もらってくれる人もいないんでしょうねー、なんて……」


アルル「そっ、その時はボクがもらってあげる!」


キキーモラ「えっ……」


気づいたら言葉が出ていた。

とんでもないことを言ったのは分かっているし、心臓はドキドキしっぱなしだ。
でも不思議と後悔は無かった。

アルル「っ……///」

キキーモラ「……でも、そうですね」

一分か、数十秒か、あるいは数秒かもしれない。
キキーモラは顔を背けると沈黙を破った。

キキーモラ「確かにアルルさんと一緒なら毎日が楽しそうです」

少しだけ強い風が木々を揺らす。
それは火照った体に心地よく、少しだけボクを冷静にさせてくれる。

アルル「……ふふっ」

その後は特に変な雰囲気になることなく、ボクたちはいつものように歓談するのだった。

アルル「ごめん、キキーモラ ちょっと早いけど今日はそろそろ行くね。
     ちょっとこれから買い物に行かなきゃいけないんだ」

少し早めにお弁当を食べ終わると、ボクは立ち上がった。

キキーモラ「あら、食材の買い出しですか?」

アルル「ううん、ちょっとダンジョンで使うアイテムを買わなきゃいけなくて……」

キキーモラ「そうでしたか……何だか大変そうですね」

アルル「確かに大変だし、ちょっぴり危ないこともあるけど……でもとってもやりがいあって楽しいよ!」

アルル「キキーモラもダンジョン行ってみる?」

ボクがそう言うとキキーモラは慌てて首を横に振った。

キキーモラ「いえいえいえいえいえ、私なんてとてもとても……そういう柄じゃないですから」

アルル「まぁ確かにそうかもね……それじゃまた明日ね」

キキーモラ「はい、また明日」

アルル「おいっす」

カランコロン、と軽快な鈴の音がボクを出迎えてくれる。
すると一拍置いて気だるそうな声が返ってきた。

ウィッチ「おいっす、アルルさん……真似しないでもらえますこと?」

アルル「へへー、ウィッチ久しぶりだね」

ここはウィッチが経営している魔法店。
調合薬やダンジョンに便利なアイテムは大体ここで手に入るので重宝させてもらっている。

ウィッチ「……で、アルルさん何をご所望で?」

アルル「えっとね……」

ボクは紙に書いたリストを読み上げる。
ウィッチはそれを聞くと後ろにある棚を漁り始めた。

ウィッチ「……ところでアルルさん」

アルル「んー、何?」

ウィッチ「最近キキーモラさんとよくご一緒におられるようですわね」

アルル「あれ?ウィッチ知ってたの?」

ウィッチ「前に来た客が言ってましたわよ、何でもお弁当まで一緒に食べてるとか」

アルル「あ、うん。毎日交互に作ってね、お昼まで過ごしてるの」

ウィッチ「……あなた方そこまで仲良かったかしら?」

アルル「ちょっと前にいろいろあってね……えへへ」

ウィッチ「そうですか……っとこれで全部ですわね」

ウィッチはカウンターにボクが言った商品を並べた。
種類もバラバラでそれなりに数もあったのに一切の間違いなく、メモも取らずに提供できるのはさすがだと思う。

眠気が限界なので中途半端ですがここで一旦終わります
続きは多分夕方くらいに

ちなみに大きな変更が無ければ後半分くらいで終わります

レスありがとうございますー
続き投下していきたいと思います

アルル「うん、ありがと!」

持参した袋に商品を詰め込んでいると、ウィッチはふと思い出したかのように呟いた。

ウィッチ「……あぁ、そういえばもうすぐキキーモラさんの誕生日ですけれど、何かご用意なさってるので?」

アルル「……え?」

ウィッチ「まさか知らないんですの?キキーモラさんの誕生日、5月30日ですわよ」

アルル「……今日、何日だっけ?」

ウィッチ「5月28日ですわね」


アルル「えええええええええええええええええええ!!!!」

アルル「ちょちょちょ、ちょっと!後2日しかないじゃん!」

ウィッチ「だからもうすぐだと言ったじゃありませんの……」

アルル「何でもっと早く言ってくれないの!」

ウィッチ「無茶苦茶ですわ、アルルさん。とりあえず落ち着きなさい」

ウィッチの冷静なトーンにボクも落ち着きを取り戻す。
年齢的には年下だが、精神年齢は彼女のほうが遥かに上だろう。

アルル「うぅ……ごめん」

ウィッチ「その様子ですと、何も用意してないどころか誕生日すら知らなかったと……」

アルル「おっしゃるとおりです……」

ウィッチ「まぁ、でも2日もあれば十分でしょう。
      明日にでも市場に出て、彼女の欲しいものでもプレゼントしてみてはどうですか?」

アルル「キキーモラの欲しいものなんて知らないよぉ……」

ウィッチ「今から聞きに行けばいいじゃありませんの」

アルル「……誕生日に欲しいプレゼントを聞くの?」

ウィッチ「えぇ」

アルル「何か、それイヤじゃない?やっぱ誕生日プレゼントってサプライズ的な何かさぁ……」

ウィッチ「私でしたらサプライズで変なもの送られるより、
      欲しいものを聞かれてそれを貰うほうが何倍も嬉しいですけど」

アルル「うぐっ……た、確かにそうかもしれないけどさ……」

ウィッチ「……そういえば前に雑誌で『女性がプレゼントされて嬉しいものランキング』みたいなのを見ましたわ」

アルル「えっ、教えて教えて?」

これは参考になるかもしれない。
サプライズでもらってイヤな気持ちになる可能性は限りなく低くなるだろう。

ウィッチ「1位は現金ですわね」

アルル「生々しいよ!夢がないよっ!!」

ウィッチ「そう言われましても……自分の好きに使えるわけですから、まぁ仕方ないですわ」

アルル「でもプレゼントに現金って……」

ウィッチ「もちろん現金をそのまま渡されると引いてしまう方も少なくありませんわ。
     キキーモラさんの性格ですとまさに厳禁……あぁ、これは別にギャグじゃなくてよ?」

アルル「じゃ駄目じゃん……」

ウィッチ「少しは突っ込んでくださってもいいんですよ?」

アルル「えっ?」

ウィッチ「コホン、まぁこれはあくまで誕生日プレゼントではなく、ただ『貰って嬉しいもの』ですから。
     よく考えたらアルルさんの求めるランキングとは違いますわね」

アルル「ちなみに2位は?」

ウィッチ「ジュエリーですわ、指輪ですとか、ネックレス、イヤリング等ですわね」

アルル「それならキキーモラも喜ぶかな?」

ウィッチ「まぁ喜ばれるとは思いますが……
      こういうプレゼントは、その、友達同士というより恋人同士のほうが適切かと思いますわ」

アルル「こ、恋人……///」

ウィッチ「アルルさんはキキーモラさんと恋人になりたいんですの?」

アルル「えっ、いや、そんなまさかぁ……」

ウィッチ「顔がニヤけてますわよ……はぁ、だーめだこりゃ」

アルル「?何が?」

ウィッチ「……こっちの話ですわ」

アルル「でもまぁよく考えたら宝飾品なんて高くて買えないよね……」

ウィッチ「宝石なら持ってるじゃありませんの」

アルル「え?ボクが?どこに?」

ウィッチ「アルルさんの肩に乗ってるその子の額に」

カーバンクル「ぐ!?」

アルル「わわっ!これは駄目だよ!」

ウィッチの言うとおり、カーくんの額にはルベルクラクという小さな宝石が付いている。
でもサタンの話だと、それはカーくんの命の源とも言える宝石で、これを外すと死んでしまうらしい。

アルル「はぁ……どうしよう」

ウィッチ「サプライズなんてものは諦めて、大人しく本人に聞けばいいでしょう」

アルル「すごく今更だけど、なんとなく物欲とかあんまり無さそうな気がするんだよね……。
     冬なら手作りマフラーとか手袋あたり無難なのがあるんだけどなぁ」

ウィッチ「アルルさん裁縫出来るんですの?」

アルル「……出来ない」

ウィッチ「はぁ……」

それからもあれはどーだ、これはどーだといくつかアイディアを言い合ったものの、結局しっくりくることは無かった。
これといった解決法も出ないままカウンター前の椅子でダラダラと過ごす。
今思うと営業妨害この上ない行為だが、幸いお客さんはボク以外に来なかった。

アルル「ちなみにウィッチ、今欲しいものあったりする?」

ウィッチ「特にこれといって思いつきませんが……強いて言うならそうですわね」

そう言うとウィッチは棚の奥からいかにも怪しい小瓶を取り出した。

ウィッチ「昨日作った新薬なのですけど、これの被験者を探してまして———」

アルル「!! ごめん、用事思い出したからボク帰るね!相談乗ってくれてありがとう!バイバイ!」

反射的に立ち上がり、荷物を乱暴に掴む。
ウィッチの新薬はロクなことにならないことをボクは身を持って経験している。


ウィッチ「アルルさん!」

ドアに手をかけようとした時、ウィッチに呼び止められた。

ウィッチ「誕生日のプレゼントですが……何も物をあげなくてはいけないということはありませんわ」

アルル「……どういうこと?」

ウィッチ「時間、ですわ」

アルル「時間?」

ウィッチ「相手が楽しかった、と思えるような時間を提供してさしあげるのもまたプレゼントですわ。
     物と違って形には残りませんが……思い出にはきっと残りますから」

ウィッチ「……まぁ、それもアルルさんしだいですけど」 クス

アルル「——————!」

時間、か。
その考えは無かった……けど、確かにいいかも。
キキーモラも言ってくれたよね、ボクと一緒にいると楽しいって!
あれ?でも最近午前中はずっと一緒にいるし……何も変わらない?
となると、一緒にどこか特別な場所にお出かけしたほうがいいのかな?
というかそもそもその日に用事とかあったらどうしよう?

悩みは尽きない、でも不思議と気持ちは軽かった。

アルル「ありがとう、ウィッチ!その案もらったよ!」

再び扉を開けようとするボクをウィッチが慌てて制止する。

ウィッチ「ちょっとちょっと待ちなさいな……これ、差し上げますわ」

ウィッチは2枚のチケットをボクに手渡した。
チケットには『ぷよにーらんど』の文字と有効期限等、注意事項が書き記されている。

アルル「これって……」

ウィッチ「先月サタンさんが大規模なテーマパークを作ったのはご存知ですわよね?
      それのペアチケットですわ……しかもプレミアチケットですから入場で並ぶ必要もないですわよ」

アルル「えぇ!?あの大人気テーマパークのプレミアチケット!?こ、こんなのタダでもらえないよっ!」

ウィッチ「アルルさんって変なとこで律儀ですわね。
      気にしなくていいんですのよ、たまたま福引で当たっただけですし」

アルル「で、でも……」

ウィッチ「いいからもらっておきなさい、それともここ以上にいい場所を考えてるんですの?」

アルル「う……全然考えてないけど……」

ウィッチ「キキーモラさんにもきっと喜んでもらえますわ。あなたも楽しめて一石二鳥でしょう?」

アルル「それなら……うん、本当にありがとう、ウィッチ。でも誰かと行くつもりは無かったの?」

ウィッチ「……本当は誘うつもりだったんですけどね、いざ会ってみれば別の誰かにお熱だったようですので諦めました。
     それによく考えれば私は忙しくて遊ぶ暇なんて無いですし」

アルル「そうなんだ……次は誘えるといいね」

ウィッチ「アルルさん……わざとですの?」

アルル「え?」

ウィッチ「はぁ……なんでもありませんわ、私今ちょっと機嫌が悪いですからさっさと帰ってくださいませ」

アルル「?? うん、またねウィッチ」

若干の消化不良を残しつつ、ボクはウィッチの店を後にした。

何はともあれ、ウィッチのお陰で誕生日のプレゼントは決まった。
後はキキーモラの予定を聞かないとね……。

アルル「まだいるといいんだけど……」

来た道を早足で戻る。
すると途中で運良くキキーモラと会うことが出来た。

アルル「よかった、キキーモラ!」

キキーモラ「あら?アルルさん、何か忘れ物ですか?」

アルル「ううん、そういうわけじゃないんだけど……ところでキキーモラって明後日暇だったりする?」

キキーモラ「明後日ですか?はい、特に予定はありませんが……どうかしましたか?」

アルル「……その、さ キキーモラって明後日誕生日でしょ?」

キキーモラ「明後日……あぁ30日、そうですね。でも私アルルさんに言いましたっけ?」

アルル「ううん、人づてに偶然聞いたんだ。ギリギリ間に合ってよかったよ。
     それでさ、キキーモラって何か欲しいものあったりするかな?」

少しだけ考えるような素振りを見せたキキーモラだが、
すぐに手をひらひらさせながら予想通りの返答をした。

キキーモラ「……いえ、正直思いつきません。なので別にプレゼントとか気にしないでいいんですよ」

アルル「本当に?遠慮しなくていいんだよ?というかむしろしちゃ駄目」

キキーモラ「や、本当ですって。特に何かに不自由してるわけでは無いですし……」

アルル「……うん、分かった。でもさ、余計なお世話かもしれないけど
     せっかくの誕生日だからキキーモラに何かしてあげたいんだ。だから———」

ドキドキ。
もし断られたらどうしよう……。
誕生日という記念すべき日を、ボクに預けてくれるだろうか?
……ええい!考えるな、言ってしまえ!

アルル「明日ボクと付き合ってくれないかな?きっと楽しんでもらえるような時間をプレゼントするから!」

キキーモラ「はい、喜んで」

キキーモラは間髪入れずに笑顔でそう答えてくれた。
あまりにあっさりと了承され少し拍子抜けしてしまう。

アルル「……えっと、本当にいいの?」

キキーモラ「えぇ、楽しみにしてます」

アルル「はぁ、良かった……」

ようやく胸をなでおろす。
その様子を疑問に思ったのか、キキーモラは不思議そうな表情を浮かべた。

キキーモラ「もしかして断られるかも、とか考えてたんですか?」

アルル「……ちょっとだけ」

キキーモラ「くすっ、でも確かにアルルさんでなければお断りしてたかもしれませんね」

アルル「え……?」

キキーモラ「私って誰かと遊びに行ったりすることって滅多にないんです。
       そんな暇があるなら掃除してたほうがいいって思っちゃう変な人ですから」

キキーモラ「でも……アルルさんとなら話は別です。誘われたら嬉しいし、喜んで行きたいって思っちゃって。
       こんなこと初めてで……自分でもちょっと戸惑ってます、なんて……えへへ」

アルル「そ、そっか……///」

なんだかすごく照れくさい。
でも、それ以上にその言葉がすごく嬉しかった。


———いつだったか、思っていたこと。

『掃除よりボクとの時間に夢中になってくれる日が来るといいな。』

少しだけ達成、できたと思っていいのかな?

キキーモラ「それで、どこへ行くんですか?」

アルル「えっと……着いてからのお楽しみってことでもいいかな?当日は待ち合わせで一緒に行く感じで……」

キキーモラ「ふふっ、またそんなもったいぶって……ハードル上げて大丈夫なんですか?」

アルル「うん、きっと喜んでもらえると思うから!あ、ただちょっとだけ距離があるんだけど……いいかな?」

キキーモラ「えぇ 構いませんよ、楽しみにしておきますね」

誕生日を祝うサプライズは出来なかったけど、ボクが出来るせめてものサプライズ。
アイディアとその手段を提供してくれたウィッチには足を向けて寝られない。

アルル「それともう一つなんだけど……ごめん!明日朝からちょっと用事ができちゃって行けそうにないんだ」

キキーモラ「あら、それは残念です……。でも用事なら仕方ないですね」

アルル「ごめんね、それで明後日なんだけど、○時に××××に待ち合わせでもいいかな?」

キキーモラ「ちょっと待って下さいね……○時に××××……と、分かりました」

キキーモラはポケットから可愛らしいチェック柄のスケジュール帳とペンを取り出すと復唱しながらメモを取った。

アルル「それじゃ、突然ごめんね!また明日……じゃなくて明後日!」

キキーモラ「はい、それでは」

ボクは手をぶんぶん振りながらかけ出した。
慌ただしい子だと思われてるだろうなぁ……。

アルル「とりあえず今日はこれから魔導の修行をして……明日は早起きしないと。
     ちょっと面倒だけど下見は大事だもんね」

明日の用事というのは下見のことだった。
ぷよにーらんどはここから離れた場所にあり、馬車を乗り継いで行かなければならない。
大体の場所は分かっているものの、万が一迷ったりすれば最悪だ。

まぁ今から行ってもいいんだけど……もうお昼も大分過ぎてるし、明日でもいいよね。
その後ボクはいつもの通り、魔導の練習をしたり、一晩置いたカレーに舌鼓を打ったりしながら一日を過ごした。

アルル「おやすみなさい……」

アルル「寝過ごしたあああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーー!!!」

カーバンクル「!?」

時計を見て思わず大声を上げてしまった。
最初は寝ぼけてたこともあって時計の針は逆L字を示していると思っていた。
だが朝日の眩しさに眼を細めることも無ければ、そもそも目覚ましを止めた覚えもない。
そうして改めて時計に目を向けると———

アルル「3時……ありえないよ……」

よくよく思い出せば確かに昨日は目覚ましをセットした記憶がない。
でもいくらなんでも3時まで寝るとか……自覚がないだけで疲れが溜まっていたんだろうか。

アルル「……でもま、明日じゃないだけ大分マシか」

今日はあくまでぷよにーらんどの下見だ、誰かと約束してるわけでもない。
ボクはお得意のプラス思考でそう考えると、身支度を整えた。

アルル「はぁ、でも結局昨日とあんまり変わらない時間になっちゃったなぁ……」

カーバンクル「ぐぐー」

アルル「そうだね、悲観しても仕方ないし早いとこ行こっか、カーくん」

ボクは地図を片手にぷよにーらんど目指して歩きはじめた。

アルル「ここがぷよにーらんど……さすがに大きいなぁ」

歩いたり馬車に揺られたりしながら約1時間。
ボクはぷよにーらんどの入り口付近で呆然とその建物を眺めていた。
『世界最大級!』をウリにしているだけあって建物の全貌はとても視界に収めることは出来ない。
見上げると首が痛くなりそうなほどの高さだ。

入り口には今もなお、長い行列が出来ており、
パーク内には聞いてるだけで楽しくなりそうなBGMが程よい音量で流れている。

アルル「うわぁ……楽しそう、入りたくなっちゃうけど……我慢だよね。
     どうせ明日には入るんだし、うん」

少し出てきたイケナイ好奇心を抑えこむ。
……というかそもそも今チケット持ってきてないしね。

アルル「よっし、とりあえずここに来るまでにかかる時間、経路はオッケーかな」

ボクはここまで来る道中にメモした紙片を確認しながら呟いた。
そこには細かな経路や、歩く時間、馬車の時刻表等が細かく記されている。

アルル「それにしてもすごい人……プレミアチケットで良かったぁ。
     普通のチケットだと入場までに何時間待ちになったことやら……」

カーバンクル「ぐー」

アルル「ん?どうしたの、カーくん」

カーバンクル「ぐぐっぐー?」

アルル「え?これからどうするのかって?」

アルル「……」

カーバンクル「……」

アルル「……どうしよう」

今日の目的は目的地までの道のりを確認したり、かかる時間を体感することだ。
それが終わった今、ボクがすることは———。

アルル「……帰ろっか、カーくん」

カーバンクル「ぐー」

来てすぐに帰るというのもなんだか勿体ないような気もするが仕方ない。
予定通り朝に来ていたらもう少し近くを散策するのもいいかなと思ったりもしただろうけど、
ボクが寝坊したせいで気づけばもう夕方になってしまっている。

更に言えば何だか天気が怪しくなっている。
ついさっきまで晴れてた空は、少しずつ雲に覆われ始めていた。

アルル「天気予報では雨は降らないって言ってたけど……」

しかし天気予報も100%的中するわけではない。
ボクは最後にぷよにーらんどを熟視した後、帰ることにした。

アルル「はぁっ……はぁ……何でこうなるかなー」

嫌な予感というのは的中するもので、ぷよにーらんどから少し離れたところでポツポツと雨が降りはじめた。
それはやがて激しく、大きな雨粒となり、ボクの体を容赦なく叩く。

アルル「とりあえずあの大きな木の下で雨宿りしよ、カーくん!」

カーバンクル「ぐー!」

ボクは大きな一本杉を見つけるとそこへ身を潜めた。
バッグからハンカチを取り出し顔や体を軽く拭う。
しかし小さなハンカチは少し拭うだけでぐっしょりと水分を吸収し、すぐに意味を成さなくなってしまった。

アルル「うぅ……最悪だよ……」

アルル「これ……止むのかなぁ」

幸い葉の密度が高く、木の下にいる限りほとんど雨に打たれることはない。
時折葉っぱから大きな雫が落ちてくるのにびっくりするけど……。

アルル「……くしゅんっ!」

季節は初夏に入ったとはいえ、雨にここまで打たれるとやはり寒い。
濡れた衣服のせいで体温が少しずつ奪われていくのが分かる。

カーバンクル「ぐぐー……?」

アルル「ん、大丈夫だよ カーくん。とりあえず……少しここで様子を見よう」

アルル「あ———」

大体30分くらい経った頃だろうか。
雨が先ほどに比べ大分マシになっていた。
このまま完全に止むのを待つべきか、それとも今のうちに馬車乗り場まで突っ切るか……。

アルル「……よし、行こう!」

これ以上待って、もしまた勢いが強くなってしまったら目も当てられない。
ボクは一度大きく深呼吸すると走りだした。

—————————
——————
———

アルル「ただいま……」

あれから約1時間後、ボクはようやく家に帰ることが出来た。
雨は結局ボクがもう少しで家に着く、というタイミングでピタリと止んだ。
なんて意地悪な雨なんだろう、とボクは本日何度目になるか分からないため息を吐く。

アルル「うぅ、服が張り付いて気持ち悪い……」

馬車に乗せてもらう時、ボクがあまりにびしょ濡れだったことに驚いた御者さんが大きなタオルを貸してくれたとはいえ、
一度濡れた服はそんな簡単には乾かない。
だからといって服を脱ぐわけにもいかず、ボクは寒さに身を震わせながら帰るはめになってしまった。

アルル「寒い……とりあえずシャワー浴びなきゃ……」

ボクは靴を乱雑に脱ぎ捨てると少しおぼつかない足取りで浴室に向かった。

アルル「あー……ちょっとこれ、何かヤバいかも……」

温かいシャワーを浴び、体は温まったものの、まるで寝起きのように頭がぼーっとしている。
食欲も無く、いつもならご飯の準備にとりかかる時間だというのにまったくする気が起きない。

カーバンクル「ぐぐー?」

カーくんが心配そうに声をかけてくれる。
カーくん自身も雨に大分打たれてしまったけど、どうやら大丈夫みたいだ。

アルル「うん、大丈夫……でも食欲が無いとはいえ少しは食べたほうがいいよね、カーくんの分もあるし……」

ボクは冷凍庫に保存してあるご飯を取り出し、レンジで温める。
そしてその間にレトルトのカレーを沸騰した湯に放り込んだ。
あっという間にカレーライスの出来上がりである。
大好きなカレーなら、なんとか食べられるんじゃないかという判断だ。

アルル「レトルトでごめんね、カーくん」

カーバンクル「ぐっぐー」

しかし結局ボクは3分の1ほどしか食べれず、残りはカーくんに食べてもらった。
大好きなカレーが食べれないとは……これは想像以上にまずいかもしれない。

アルル「まだ寝るには大分早いけど……もう寝よう」

明日は大事な日だし、今回こそ遅刻は許されない。
それにボクの今の症状は……あまり考えたくないけど風邪だと思う。
暖かくして寝て、何としても治さないと……。

カレーを食べ終わるとボクは歯を磨き、春に仕舞っておいた薄手のカーディガンを羽織る。


アルル「目覚ましのセットはおっけー……これだけ早く寝ると目覚ましより早く起きちゃいそうだけど」

ボクはしっかり確認すると布団を首元までかけ、目を閉じる。
それほど眠気は無かったはずだが意識はすぐに沈んでいった。

一旦休憩します
多分今日中には終わる予定ですのでもう少しお付き合いください

ちょっと寝坊してしまいました
完結まで一気に行きます

ピピピ、ピピピ、ピピピ。
目覚ましの音が部屋に鳴り響く。
ボクはだるい体をゆっくり起こして目覚ましを叩いた。

アルル「けほっ……ごほっ……」

頭が痛い。
喉が痛い。
咳が止まらない。

体温計で測るまでもない、風邪だ、それも重症の。

アルル「やっちゃったかぁ……」

声もいつもと違う、すこし掠れた声。
ボクはベッドに座る体勢をとり、立ち上がろうとした……が、体が立ち上がることを拒否しているのか動かない。

アルル「げほっ……よいしょっと……」

それでも何とか壁に手をつきながら立ち上がると今度は目眩が襲ってくる。
こんな状態では当たり前だが遊びになんて行けるわけがない。
でも———

カーバンクル「ぐー!ぐー!ぐぐー!」

カーくんが無理に動くボクを慌てて制止する。

アルル「はぁ……はぁ、うん、分かってるよ……。こんな体じゃ遊びに行くなんて無理だって。
     でもね、せめてキキーモラに一言言わないと……あの子はきっとずっと待ってる」

今までほとんど誰の誘いも受けなかったキキーモラ。
そんな彼女がボクに大切な時間を喜んで預けてくれた。
今日の日をきっと楽しみにしてくれていたはずだ

そんな彼女の期待を裏切るようなことは絶対にしたくない。
1年に1度しかない大切な誕生日、そんな日を無駄にさせたくない!

でも現実は非情なもので。

アルル「あ———」

ボクはバランスを崩すとそのまま床に倒れ込んだ。
思考が鈍くなり、視界もぼやけてきた。

アルル「床……冷たくて気持ちいいなー……」

的はずれなことを口にする。
倒れてる場合じゃないのに、今度こそ体が動かない。

カーバンクル「———!——————!」

カーくんが横で何かを言っている。
しかし何を言っているのか理解するより先に再びボクの意識は途絶えた。

Side キキーモラ


最近の私は少しおかしい。
掃除をしていても、ご飯を食べている時も、お風呂に入ってる時でさえ
気づけば彼女のことを考えてる私がいる。

こんなに誰かのことを意識するようになったのは私にとって初めての経験だ。
それ故に不安ではあったが、同時に嬉しくもあった。

話すこと、ただ一緒にいることがこんなにも楽しいということを彼女は私に教えてくれた。

キキーモラ「……少しくらい、お洒落したほうがいいのかな?」

クローゼットをガラリと開け、呟く。

クローゼットにはいつも愛用している赤いワンピースがずらりと並んでいる。
私はその中の一つを手に取った。

いつもこれに白いエプロンを組み合わせ、エプロンドレスとして着用している。
特に掃除に向いてるわけでもないけど、物心ついた時からずっとこの格好でしているので一番しっくりくるのだ。

キキーモラ「今度アルルさんと服でも見に行こうかしら……」

今日はアルルさんとのお出かけの日。
いつも身だしなみには気を使っているつもりだけど、今日は特に念入りに。

ついでに、準備をしている間にお湯を沸かす。
日課で朝に飲んでいるお茶を作るためだ。

キキーモラ「今日はハーブティーにしようかな」

ハーブはリラックス効果のあるカモミールを何となく選んだ。
自覚はないけど、もしかしたら無意識に高揚しているのかもしれない。

でも無理も無い。
私が誰かと2人だけで遊びに行くのはこれが多分、初めてだ。
それに相手は私が一番心を許せる人、安心できる人……大好きな人。
どんな話をしようか、どこに連れて行ってくれるのか……そんな考えが膨らみ、高揚してしまうのも仕方ないというものだ。

荷物はOK
身だしなみもOK
お茶も飲んで落ち着いた。
さて、待ち合わせの時間までまだ少し時間はあるけど……どうしようかな?

キキーモラ「……慣れない場所だし、念のため早めに行ったほうがいいかもね」

冷めきった残りのハーブティーを飲み干す。
私は椅子から立ち上がると玄関前に立てかけているモップを———

キキーモラ「……っと、今日はいらないよね」

今日の目的は掃除ではなく、アルルさんとのお出かけなのだから。
思えばモップを持たずに外出するのは初めてかもしれない。

キキーモラ「んー……」

手をニギニギさせる。
いつも外出時はモップを握りしめていたせいか、何となく手が寂しい。
常に持っているものが手元にないというのは思った以上に落ち着かないみたいだ。

キキーモラ「もしアルルさんの手……握ったらどんな反応するかな……なーんて」

ふふっと笑みをこぼす。
「行ってきます」と誰もいない部屋に挨拶をした後、私は家を出ることにした。

天気は快晴、絶好のおでかけ日和。
昨日は夕方からすごい勢いで雨が降っていたので少し心配していたけど、
水たまりも無く、湿った空気も感じられない。

キキーモラ「待ち合わせ場所は……ここで会ってるよね」

一昨日メモしたスケジュール帳を開いて確認する。
うん、間違いない。

キキーモラ「時間は———」

時計を確認する。
……約束より30分も前に着いてしまった。
もちろんアルルさんの姿はまだ見えない。

キキーモラ「ま、遅刻するよりはマシよね」

幸いここにはベンチがある。
座ってのんびり待つことにしよう。

キーモラ「そろそろかな……」

時計は待ち合わせ時刻を指し示した。

それにしても本当に心地よい天気だ。
ぼーっとしてるとついつい眠ってしまいそうになる。

……そういやカモミールには安眠効果もあるんだっけ。
今更ながら思い出す、出かける前にこのチョイスは失敗だったかもしれない。

まぁでも大丈夫。
きっとアルルさんの顔を見れば眠気なんてすぐに吹き飛んでしまうだろうから。

それまでの辛抱。
私は眠気という思わぬ敵と戦いながらアルルさんの到着を待つこととなった。

待ち合わせ時刻から10分が過ぎた。
———もしかしたら準備に手間取ってるのかな?

待ち合わせ時刻から20分が過ぎた。
———もしかしたら寝坊しちゃったのかな?

待ち合わせ時刻から30分が過ぎた。

キキーモラ「……さすがにちょっと心配になってきたなぁ」

念のため再度スケジュール帳をチェックする。
時間、場所共に間違いない。
もちろん私が記載した内容が間違えてた可能性がないってわけじゃないけど、
わざわざ復唱しながらメモしたのだからその可能性は限りなく0に近いだろう。

キキーモラ「アルルさんの家も分からないし……
       下手に動いて行き違いになっても困るし、やっぱり待つしか無いかな」

いろいろネガティブな憶測が頭をよぎるが、私は頭を振ってそれらを必死に追い出した。

キキーモラ「アルルさん……大丈夫、ですよね?」


と、その時———


?「ぐっぐー!ぐー!」

キキーモラ「? あれは———」

悶々としながらベンチに座っていると、草むらから見覚えのある黄色く小さなウサギのような生き物が姿を現した。
確か名前は———

キキーモラ「カーバンクルさん……?」

カーバンクル「ぐー!」

間違いない、アルルさんがいつも肩に乗せている子だ。
ということは近くにアルルさんもいるのだろうか。

キキーモラ「あの、カーバンクルさん アルルさんも一緒……ですよね?」

カーバンクル「ぐー!ぐー!ぐぐー!」

カーバンクルさんは必死な表情で何かを訴えかけているように見えた。

キキーモラ「ごめんなさい、何て言ってるのかサッパリ分からないわ……」

アルルさんには理解できるみたいだけど、残念だが私にはただ『ぐーぐー』言ってるだけにしか聞こえない。
相変わらずカーバンクルさんは跳ねたりくるくる回ったりとその小さな体を激しく動かし、何かを伝えようとしてくれている。

キキーモラ(もしかしてアルルさんに何かあった……?)

近くにアルルさんがいない、かつ言葉は理解できないけどとにかく慌てた様子のカーバンクルさん。
この2点を考慮すると答えはそれしか思いつかない。
考えを終え顔を上げると、カーバンクルさんはこちらを振り返りながら来た道を戻ろうとしていた。

カーバンクル「ぐっぐー!」

キキーモラ「着いてこい……ってことかしら」

私は小さな体を見失わないよう、注意しながら早足で後を付いていった。

30分ほどすると一軒の家が前方に見えた。
家の周りは緑に囲まれており、鳥の囀りや木々の葉を優しく風が撫でる音しか聞こえない、とても落ち着いた場所だ。

カーバンクルさんは開けられていた窓から家の中に入ると『ぐー!』と声を上げた。
おそらくここがアルルさんの家で、今の声は『入れ』という意味だろう。

コンコン、と念のためノックした後ドアノブを捻り、ゆっくりと引く。
顔を少しだけ覗かせて部屋の中を伺った。

キキーモラ「すいません、失礼しま———アルルさん!?」

そこにはうつ伏せで倒れているアルルさんの姿があった。
私は人様の家ということも忘れて部屋の中に上がり込み、慌てて彼女を抱き上げる。

顔が赤く、呼吸が荒い。
額や頬に触れた時に手のひらに伝わる熱はとても高く、アルルさんが平熱ではないことを示していた。

キキーモラ「アルルさん!しっかりしてください!」

必死に呼びかけながら軽く体を揺する。
するとゆっくり、少しだけ目を開き、たどたどしい声で反応が返ってきた。

アルル「あ……れ?キキーモラ……なんで……ここに……」

よかった、とりあえず意識はあるみたいだ。
私はアルルさんに『もう大丈夫ですよ』と微笑みかけると対処に取りかかった。

—————————
——————
———


キキーモラ「ふぅ……」

約1時間、ようやく一段落ついた。
アルルさんはベッドの上で寝息を立てながら眠っている。
まだ熱はあるものの、表情は先程に比べ大分良くなっていた。
……しかし対照的に私は疲労を隠せずにいた。

キキーモラ「光魔法≪ピュリファ≫なんて久々に使ったからなぁ……はぁ」

意識が朦朧とするほどの病状から短時間で今のような落ち着いた状態になったのはもちろん理由がある。
対象の体の異常を和らげるピュリファという魔法のお陰だ。

私が扱える数少ない魔法の一つ……なのだが、魔法の訓練や勉強などほとんどしていないため、
一回あたりの効果も薄ければ疲労も大きい。
結果、何度も重ねがけすることとなり今に至る。

キキーモラ「……少しアルルさんを見習って魔法の勉強も始めようかしら」

改めてアルルさんに目を向ける。
いつも明るく、元気いっぱいで太陽のような彼女。
それだけに、静かに安らかに眠っている姿はまた違った印象を与える……なんて、不謹慎かな。

さて、特にすることも無くなったので勝手だけど散らかってる洗い物でも片付けようか、などと考えていると

アルル「んっ……キキ……モラぁ……」

寝言だろうか。
うなされる……とまではいかないが、少し落ち着かない様子でアルルさんは私の名前を呼んだ。

キキーモラ「———」

私はテーブルに備えられた椅子を一つ拝借するとベッドの横に置き、座る。
そして布団から無造作に放り出された彼女の手をそっと握った。

キキーモラ「……大丈夫ですよ、アルルさん」

握った手を優しく両手で包み込む。
手が触れ合った箇所からアルルさんの体温が伝わり、私の心を穏やかにさせてくれた。



キキーモラ「あなたが望む限り、私はずっと一緒にいますから」

私の言葉が伝わったのか、手を握られたことで安心したのか、
アルルさんは再び落ち着いた様子で可愛らしい寝息を立てている。
心なしか、顔も安らかになったように見えた。

カーバンクル「ぐぐー?」

キキーモラ「私に知らせてくれてありがとうございます、カーバンクルさん
       もう後は安静にしていれば大丈夫のはずなので安心してください」

未だ心配そうなカーバンクルさんにそう言うと、言葉が伝わったのか『ぐー!』と元気ないつもの声をあげてくれた。
それにしてもアルルさんは何故この子の言ってることが分かるんだろうか……。


キキーモラ「ふわぁ……」

一安心すると私まで眠くなってきた。
慣れない魔法を使った疲労が睡魔となって私を眠りへと誘う。


こんな状態で寝るのはマズいと思いながらも、瞼の重さはだんだんと増していって——————


—————————
——————
———

Side アルル


アルル「ん……ぁれ?ここは……」

まず目に写ったのは見慣れた白い天井だった。
続いてカーテンから洩れる赤い夕陽、どうやら今は夕方のようだ。

アルル(えっと……確かボクは倒れて……)

記憶を手繰り寄せようとした時———ふと、左手に温もりを感じ顔をそちらに向けた。

キキーモラ「——————」

私の手を両手で包むように握ってくれている主は、こっくりと頭を少し上下させていた。

アルル(そうだ、ボクはキキーモラに介抱されて……そこからまた気を失ったのか、記憶が無いけど)

ってそういえば……あれ?
歩くことすらままならないほど辛かったはずなのに、今は随分と楽になっている。
もちろんまだ体はちょっとだるいし、少しボーっとしてるけど……あの時に比べれば雲泥の差だ。

アルル(ずっと……握っててくれたのかな)

起き上がり、ベッドに腰掛けるとボクの顔はキキーモラの顔と同じ高さになった。

長い睫毛。柔らかそうな頬。淡い桜色の唇——————
普段見慣れているはずのキキーモラのパーツひとつひとつがとても魅力的に見える。

あぁ、頭がなんだかくらくらする。
きっとこんなことを考えるのは熱のせいだ。
彼女にもっと触れたいと思うのもきっと、熱のせい。

アルル「……」

ボクの顔は無意識のうちに彼女の顔に近づいていく。
鼓動がとてつもなく早く、大きくなるのを感じた。


———そしてそのままボクの唇はキキーモラの頬に少しだけ触れた。

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