こよみ「いかれてないもん。魔女の集まりだから、さばとだもん」

聡史郎「なにが魔女だ。魔女も魔法も、そんないかれたもんこの世にある訳ねえだろ」

こよみ「あるもん。今日来るのはみんな魔女なんだからね！」

ｶﾞﾁｬ

嘉穂「あたしは魔女じゃないから、みんなではないかと」

こよみ「あ、嘉穂ちゃん。早かったんだね」

嘉穂「あたしは早くない。森下が遅刻しただけ」

こよみ「えええっ、ち、ちこくしないように早めに出たのに！」

聡史郎「どうせどっかでまたすっ転んでたんだろ」

こよみ「ど、どうしてわかったの？　もしかして、えすぱー？」

聡史郎「魔法の次は超能力か。ひざに絆創膏つけてりゃ誰にだってわかる」

こよみ「もう！　おぼえてろーっ」

聡史郎「なんだそりゃ？」

こよみ「嘉穂ちゃんに教えてもらったの。てったいじのゆいしょただしいかけ声だって」

嘉穂「森下。それ冗談」

こよみ「嘉穂ちゃあん」

ｶﾞﾁｬﾘ

聡史郎「……話してるだけで疲れるコンビだな」

…

弓子「お邪魔しますわ」

聡史郎「危険人物は帰ってくれ」

弓子「あなたに用があるのではありません。それに危険人物というなら美鎖だって危険でしてよ」

聡史郎「知るか。おれは平穏な日常を過ごしたいだけだ」

弓子「あら。それは素晴らしい。わたくしもそう思ってましてよ」

聡史郎「そいつは奇遇だな」

弓子「わかっているとは思いますが、わたくし美鎖に呼ばれたんですの。新しい魔法の試験だとかで……」

ｷﾞｨｨ

聡史郎「俺の前でそのいかれた言葉を使うな」

弓子「いい加減認めなさいな。その身でわたくしとこよみを助けておいて」

聡史郎「覚えが無いな」

弓子「正直、わたくしもぼんやりとした記憶しかありませんけれど」

聡史郎「白昼夢でも見たんじゃねえか。病院にいくことをおすすめする」

弓子「エスコートしてくれますの？」

聡史郎「もう介護が必要なのか？　大変だな」

弓子「まったく、どこまでも紳士からは遠い男ですのね！」

聡史郎「紳士でなくてケッコウだ」

ｶﾞﾁｬﾘ

聡史郎「……まったく、いかれてやがる」

こよみ「あ、弓子ちゃん！」

弓子「こよみもいるんですの？」

こよみ「いるよう！　だ、だめかな？」

嘉穂「………」

美鎖「今日は機嫌よさそうね、弓子」

弓子「こよみがいれば、どんな魔法もたらい召喚に変換されてしまいますわよ」

美鎖「そうねえ」

弓子「もしかして、こよみそのものに関する魔法、ですの？」

こよみ「え？　あたし？」

美鎖「ううん、いいにくいんだけどね、弓子」

弓子「なんですの」

美鎖「嘘なのよ」

弓子「は？」

——……

弓子「……つまり、ただわたくしを呼ぶためだけに、魔法に関する用件だと嘘をついたと？」

美鎖「そういうことになるわねえ」

弓子「……なぜそのようなことを？」

美鎖「だって、ただご飯を食べるだけっていったら、弓子来ないじゃない」

弓子「………」

こよみ「？」

嘉穂「………」

弓子「わたくしをなんだと思ってますの！？　別に来ますわよ！」

こよみ「ひゃあっ」

美鎖「まあまあ。落ち着きなさいよ。あぁ、お腹すいたからいらいらしてるのね」

弓子「違います！」

美鎖「こよみ、聡史郎を呼んできてくれない？」

こよみ「え？　は、はい」

ﾄﾞﾀﾄﾞﾀ

弓子「弟子使いが荒いんですのね。伝達の魔法を使えばよいでしょうに」

美鎖「聡史郎は最終兵器だからねえ」

弓子「あぁ、そうでした。魔法が通じないんでしたわね」

美鎖「それに、伝達の魔法はコストと精度じゃ、電話に完敗なのよねえ」

嘉穂「ベルは偉大、ということ」

美鎖「そのとおり」

弓子「古くから魔法使いは個人主義的でしたから、他と交流する方法をたいして研究しなかったのでしょう」

美鎖「それは現代魔法使いも同じかもしれないわねえ」

嘉穂「………」

ｶﾞﾁｬ

こよみ「あのー……」

聡史郎「なんだ」

黒猫「なー」

こよみ「あ、かたまりだ」ﾄﾃﾄﾃ

聡史郎「ミルク飲むのじゃますんなよ。怒るからな」

こよみ「うん。かわいいねぇかたまり」ﾅﾃﾞﾅﾃﾞ

黒猫「なー」

こよみ「聡史郎さんって、猫好きなの？」

聡史郎「あ？　いや、別に」

こよみ「そうなんだ。でも、かたまりには好かれてるよね」

聡史郎「さあな」

こよみ「かたまりは野良なんだよね」

聡史郎「そうだ」

こよみ「戦友なんだよね」

聡史郎「なんだそりゃ。なんでおれと猫が戦友になるんだよ」

こよみ「えへへ。ごめんなさい」

聡史郎「なに謝ってんだ？」

こよみ「ううん、なんでもないの」

聡史郎「？　ヘンなやつだな」

こよみ「いいですよーだ」

黒猫「なー」ﾀｯ

こよみ「ねーかたまりー？」

黒猫「なー？」

こよみ「もういっちゃうの？　ばいばい」

黒猫「なー」ﾀﾀｯ

聡史郎「で？　おまえ、何しに出てきたんだ。どっかに出かけるのか？　ひとりで？」

こよみ「え？　あっ！」

聡史郎「……なんだよ」

こよみ「あのあの、美鎖さんが呼んでて」

聡史郎「俺をか？」

こよみ「うう、そうです」

聡史郎「またろくでもねえことを頼まれるんだろうな……」

ｶﾞﾁｬﾘ

聡史郎「ったく姉貴のやつ、めんどくさいことおしつけやがって。なんでおれが料理をお前らに振る舞わねえといけないんだ」

弓子「そしてなぜわたくしが手伝わなければなりませんの！」

嘉穂「弓子が美鎖さんが調理することを拒否したから」

美鎖「そうよお。わたしに任せておけばいいのに」

こよみ「美鎖さんのお料理、すっごく美味しいですよね」

美鎖「ありがと、こよみ」

弓子「ええ、たしかにわたくしはそういいましたが、では聡史郎に任せておけばよいでしょう！」

聡史郎「うるせえな、黙ってじゃがいもの皮を剥け」

嘉穂「あたしはマウスより重いものを持てないから」

こよみ「わたし、料理もへたっぴで、ごめんなさい」

美鎖「それじゃ、嘉穂はあっちでデバッグ手伝ってくれるかしら」

嘉穂「はい」

こよみ「えぇっと、あの、あたしは……」

美鎖「そうねえ。テーブルでも拭いておいてくれる？」

こよみ「はい！」ﾄﾞﾀﾄﾞﾀ

嘉穂「森下。走ると——」

ﾄﾞﾀｯ

こよみ「ふええ、嘉穂ちゃあん！」

嘉穂「スペランカー先生なら死んでいるかと」

こよみ「すぺ……？　センセイ？」

嘉穂「わからないならわからないでいい」

聡史郎「おい、できたか？　って、何やってんだ！」

弓子「めぐれめぐれゆらぎの数無くなるときまで。我もてまわせ、汝が時計———」

聡史郎「阿呆！　杖じゃなくてピーラーで剥くんだ」ｽｯ

弓子「剣と化せ我がコード！」ﾊﾟｼｭｯ

聡史郎「いかれたごっこ遊びは終わったか？」

弓子「……魔法使い殺しは伊達ではありませんのね」

聡史郎「はぁ？」

弓子「失礼。使い方を教えてくださる？」

聡史郎「知らねえのかよ……。これだからお嬢様ってやつは」

弓子「幼い頃から料理は料理人の役目でしたので」

聡史郎「けっ」

弓子「……聡史郎は、料理はできたほうがよいと思いますか？」ｼｭｯｼｭｯ

聡史郎「そりゃできねえよりはできたほうがいいだろ」ﾀﾝﾀﾝﾀﾝﾀﾝ

弓子「そうですか」

聡史郎「ほら、次はたまねぎだ。じゃがいもはこっちによこせ」

弓子「これは、」

聡史郎「あぁもう、こうやって剥くんだよ、簡単だろうが」

弓子「……ふふっ」

聡史郎「なにが可笑しいんだ」

弓子「いえ、なにかを教わる、というのはこんなに楽しいものだったか、と思っただけです」

聡史郎「教わる、ってこれくらい誰でも知ってるだろ」

弓子「そうかもしれません。それでもわたくしは、あまり教わるということがなかったものですから」

聡史郎「そんなもんでいいよ。たまねぎは切るから、鍋に火をつけて油ひいてくれ」

弓子「火を？」

聡史郎「そこだそこ。押せばいいんだ。油はあっちな」ﾄﾝﾄﾝﾄﾝﾄﾝ

弓子「はい」ﾎﾞｯ

聡史郎「よし」

弓子「……あれ。え？」ﾎﾟﾛ

聡史郎「どうした」

弓子「あ、いえ、あの、なんでもありませんわ」ﾎﾟﾛﾎﾟﾛ

聡史郎「たまねぎ切ってるからな。しっかし子供じゃねえんだから泣くなよ」

弓子「な、泣いてませんわ！」

また明日くらい

聡史郎「よし。あとは煮込んでルウを溶かすだけだ」

弓子「ちょっとだけ関心しましたわ。貴方の手際の良さに」

聡史郎「そうか」

こよみ「あのー」

聡史郎「なんだ」

美鎖「聡史郎、ちょっとお願いがあるんだけど」

聡史郎「姉さんまでどうしたんだ」

こよみ「あのあの、テーブルは拭き終わったんだけど、次はなにすればいいかな？」

弓子「やっと終わったんですのね」

美鎖「秋葉原にちょっと買い物に行ってほしいのよねえ」

聡史郎「自分で行けよ」

美鎖「いやよ。買う物は嘉穂がわかってるから、ついていってあげてくれない？」

聡史郎「なんで俺も」

美鎖「やあねえ。そろそろ日も暮れるかもっていうのに、女の子ひとりで行かせる気？」

嘉穂「……あたしは別に、ひとりでも」

美鎖「だめよお。最近はなにかと物騒なんだから」

弓子「美鎖がいう台詞ではありませんわ」

こよみ「聡史郎さん？」

聡史郎「ちっ。しかたねえな。おい！　ちょっとこいつと鍋見ててくれ」

こよみ「え？　あたし？」

弓子「ちょっと。わたくしひとりでは頼りにならないと？」

聡史郎「ならねえだろどう考えても」

こよみ「ええっと、あたしもお料理は得意じゃなくて……」

聡史郎「灰汁すくってルウ溶かすだけだ、メモしといてやるから参考にしろ」

美鎖「優しいわねえ」

聡史郎「うるせえ。よし、行くぞ。秋葉原だろうが関ヶ原だろうが」

嘉穂「奪われたバナナを取り返すのは任せた」

こよみ「バナナ？」

嘉穂「あたしは魔法使いでも僧侶でもないから、遊び人かと思われ」

聡史郎「わけわかんねえこといってねえでさっさと行くぞ」

美鎖「いってらっしゃーい。それじゃわたしまたあっちにいるから。お料理がんばってねえ」

こよみ「………」

弓子「………」

ｶﾞﾀﾝｺﾞﾄﾝ

聡史郎「なに買うんだ？」

嘉穂「バリスタ」

聡史郎「なに？」

嘉穂「非直線性抵抗素子。洗面所にあいてる穴みたいなもの」

聡史郎「穴を買いにいくのか？」

嘉穂「役割の話。電子回路に組み込まれる」

聡史郎「電気の部品なのか」

嘉穂「そ」

聡史郎「そんな部品なんてうちにごろごろしてるんじゃねえの」

嘉穂「知らない」

聡史郎「……それは、そうだな」

嘉穂「………」

聡史郎「どうした」

嘉穂「選択肢が出てこないことが、この状況が現実であることの証明かと」

聡史郎「なにいってんだ？　これは現実だろ」

嘉穂「胡蝶の夢。どちらが夢でどちらが現実かはその内側からは判断できない」

聡史郎「おまえ、いつもそんなこと考えてんのか？」

嘉穂「現実でフラグの解析ができれば楽だと考える程度」

聡史郎「旗の解析？」

嘉穂「友好度や親愛度が数字で記述されていれば少しはやりやすいということ」

聡史郎「どんだけ仲がいいかなんて、見てりゃわかるだろ」

嘉穂「そうでもない」

嘉穂「実際、いま計りかねてる」

聡史郎「おまえが？」

嘉穂「そう」

聡史郎「誰と誰の仲だよ」

嘉穂「………」ﾋﾞｼ

聡史郎「おれ？　おれと、……おまえか？」

嘉穂「どちかというと大反対。相手は森下」

聡史郎「……それこそ、見ればわかるだろうが」

嘉穂「確信は持てない」

聡史郎「べつに仲良くなんかねーよ、ったりまえだろ」

嘉穂「そ」

聡史郎「だいたいな、おれがあのチビと仲いいはずないだろ」

嘉穂「？」

聡史郎「あいつはいかれたことをする姉貴のいかれた弟子一号だぞ」

嘉穂「そのわりには親密かと思われ」

聡史郎「んなわけねえだろ」

嘉穂「ツンデレ？」

聡史郎「はあ？」

嘉穂「わからないならわからないでいい」

聡史郎「なんなんだ……。ほら、降りるぞ」

嘉穂「手は？」

聡史郎「は？」

嘉穂「森下とは手をつないでた。それで親密でないなら、あたしとも手をつなぐのが自然」

聡史郎「い、まは、関係ねえだろ。それに、」ｸﾞｲｯ

嘉穂「おお」

聡史郎「もうひとつの可能性もある」

嘉穂「バルス」

聡史郎「あ？　まぁなんだ、あいつは小中学生にしか見えないからな。手をひいてやらねえと危なっかしい」

嘉穂「保護者？」

聡史郎「そうだ」

嘉穂「そ。あたしはもうひとつの可能性に賭けるとする」

聡史郎「おまえ、実はおれのことキライだろ」

嘉穂「そうでもない」

こよみ「ううーん」

弓子「………」

こよみ「あれえ？」

弓子「………」

こよみ「ねえねえ弓子ちゃん」

弓子「なんですの」

こよみ「ぜんぜんおいもさん柔らかくならないね」

弓子「そうですわね」

こよみ「まだかなーまだかなー」

弓子「火力が弱いんじゃありませんの？」

こよみ「ええっ、でもでも、メモには何も書いてないよ」

弓子「………」

弓子「……鍋を炎に包まねばならない」

こよみ「えっ？」

弓子「一之瀬弓子クリスティーナの友、森下こよみ。ひさかたぶりだな」

こよみ「も、もしかして、ジギタリスさん、ですか？」

弓子「そうだ。あまりにまどろこしいので、弓子の身体を一時借りている」

こよみ「ええと、弓子ちゃんは？」

弓子「今はわたしのなかにいる。なにか……ずいぶんと立腹の様子だ」

こよみ「それで、ジギタリスさんが料理、するんですか？」

弓子「任せるがよい。魔女のライブラリとは知識の集積体。わが力は、世界を滅ぼすだけの物ではないことを見せてやろう」

こよみ「へえー！　すごいですね、さすがしじょうさいきょうの魔法使いですね！」

弓子「ふふふ。さて、では料理を完成させるために、この鍋を炎で包まなければならない」

こよみ「やっぱり火力が大事なのかなあ」

ﾎﾞｳｯ

こよみ「わぁ、すごい！」

弓子「この程度、造作もない。魔女のライブラリを使えば一国を滅ぼすことも出来るぞ」

こよみ「そ、そんなことしちゃだめだよう」

弓子「今はせぬ。森下こよみ、おまえがいる限り、わたしは世界を滅ぼしはしない」

こよみ「よかったあ」

弓子「当然だ。おまえはクリストバルドの呪い、魔女のライブラリを鎮める唯一の解。わたしはおまえを守り、おまえはわたしを守るのだ」

こよみ「うんうん、弓子ちゃんとはいつもそうだもんね！　弓子ちゃんがこうえいであたしがぜんえい」

弓子「その通りだ。見よ、おまえを守る力が解放される瞬間を！」ﾌﾞﾜｯ　ﾎﾞｵｵｵｵｯ!

こよみ「わわっ！　火、火が！」

弓子「燃やし、沸き立ち、すべてを煮溶かすがいい！」ｸﾞﾂｸﾞﾂｺﾞﾎﾞｺﾞﾎﾞ!

聡史郎「ただいまー……ってなんか焦げ臭くねえか？」

嘉穂「……」ｺｸﾘ

聡史郎「おいおいあいつら、ルウを溶かすだけなのに何やらかしやがった？」

ﾄﾞﾀﾄﾞﾀ

こよみ「聡史郎さん！　嘉穂ちゃん！　弓子ちゃんが！　あ、じ、じゃなくて、ジギタリスさんが、火！　鍋が！」

嘉穂「日本語でおk」

聡史郎「とりあえず落ち着けよ」

こよみ「ふええん！　とにかく、キッチンまで来てよう！」

聡史郎「……そうするか」

嘉穂「それがいいかと」

弓子「炎よ！　すべてを灰へと還し、闇をもたらせ！」ﾎﾞｵｵｵｯ!

こよみ「ジギタリスさあん！」

聡史郎「おいバカ、なにやってる！」

弓子「……魔法使い殺しか」

聡史郎「あ？　おれの前で、」

弓子「一ノ瀬弓子クリスティーナに代わって伝えておくが、わたしはおまえのことを憎からず思っているぞ」

聡史郎「なにいかれたことをいってやがる」

こよみ「ジギタリスさん！　火！　火とめて！」

弓子「さらばだ、森下こよみ。また会おう」

こよみ「え？　ジギタリスさん？」

弓子「………」

嘉穂「……」ﾋﾟｯ

弓子「………」

こよみ「弓子、ちゃん……？」

聡史郎「とりあえず火を止めるぞ」ｶﾞﾁﾝ

弓子「……こよみ」

こよみ「う、うん」

弓子「次にジギタリスが勝手に外に出てきたら、遠慮なくたらいをぶつけてくださいまし」

こよみ「え、い、いいの？」

聡史郎「おい、おまえな、火力を強めろなんてメモしてなかっただろうが」

弓子「わたくしではありませんわ！」

聡史郎「おまえ以外の誰だっつうんだ！」