Just one day in clover(オリジナル)(65)

ぱっと一日で書けたとかいう最速作。

あまりに嬉しいので投下します。

空が青い。
窓の先で風に揺られている洗濯物が色とりどりで綺麗だ。

そこに短い茶の髪と、長くてふんわりとした銀色の髪が踊っていた。
トーマス・ペレットは彼女の手を繋ぎながら街を歩いていた。
アニーは握られた指を必死で解こうとする。
けれど、やはり男と女の力の差は違った。

彼女は少しばかり嫌がっていた――トムに対してではない。
二人が向かう先の美術館に対してだ。

何が楽しくて休日に仲良く遊びに行かないのか
……ごつごつとした遊歩道の角の取れた石路は
鈍い青や赤、茶色なのかくすんだ白色をまばらに散らしていた。

人々が賑わっている中で大道芸人、
あるいは辻音楽士が帽子の中を寂しそうに芸に勤しんでいる。
歩きながらもアニーはポケットの半ドルを気に入ったやつにだけ放り投げた。

セントの響きで演奏が邪魔されたと怒るやつばかりだった
――そうでない人間を選ぶ気はなかった。
アニーが単に物を投げるのが苦手だっただけだが。

芸術を壊すやつはトムもアニーも手心を加えるつもりはなかった。

そのためにトーマス・ペレットの友人が人だかりの中から出てきて、
彼に「名画に落書きされていた」と聞いた時に、どういった対応を取ったかは想像に容易い。

トムは聞いた。
「誰がやったんだい」

怒りを隠せない様子でアニーは「折角の休日に」と思いながら唾を吐いた。

「それが、どうもよくわからないんだ」
ちらと後ろを向くと見学者――どちらの意味でだろう――たちが追い出された。
「冤罪を押し付けるつもりなのかもしれないけど、署名があってね」

「署名?」トムはサインをする仕草をした。
ジェスチャーは彼の癖だった。

「そう、署名。知っているだろう? ジェラルド・デイビッドだよ」

どっちも名前みたいだな。
トムはそう思った。

「でも冤罪なのでしょ?」
アニーはようやく離された手の指がじんじんするのを擦っていた。
「かもしれない、だけど」

トムは「きっとそうだよ」と言った。

館長は警察を迎え入れて、嘆きに嘆いていた。
「あの絵には、特に思い入れがあったんです」
背の低い、そして痩せがちな男はトムと比べても小さかった。

「さっさと話してくれるとありがたいんだ。ええと、まずは君たちの名前から」

警察官がこんな、ありきたりな質問をする理由はこうだった。
「では、その……容疑者デイビッドの友人たち、であると?」
トムはまた彼女の手を握りしめて、つかつかと開かれた門を潜っていた。
彼の限りなく多い友人の一人の、潔白を証明するために。

館長の名前はダグラス。

警察官の名前はジェームズ。

トムの友人の名前は……どうでもいい。


アニーはトムの理路整然とした説明にうんざりとしながら、
タダで入れた美術館をぶらぶらと練り歩いていた。

デイビッドとは破天荒で知られる街の問題児だ。
 年齢は二十歳前後、
  住所は恐らくメインストリートのどこか、
   噂ではどこかの牧場主の一人息子だろうとのこと。

アニーはトムと出会って間もないが
 ――それもそうだ、毎日あんな風に連れまわされて嬉しいわけがない。
  祝日ではない、毎日だ――毎日出会っていてもお互いのことはあまり知らない。

「ですから、あいつはそんなことをしません」
「どんなことでも理由があるはずです」とトム。

「とはいってもねえ」
二人は暗黙の内にデイビッドが犯人だと決めつけている。

耳を立てていたアニーとしてもトムの友人が一方的に悪く言われるのは気分が宜しくない。
それは彼女として、トムと付き合わなかったら絶対に芽生えない感情だった。
傍若無人なのはアニーも一緒だった。
無論、どこまでも自由であれとは思っていない。

ぼうっとしていると、会話の続きが耳に入ってきた。

「アリバイを探せばいいでしょう。どうせ、別の人物が犯人に決まっていますよ」

トムは啖呵を切っていた。
すごく大声だ。

「何なら犯人さえも連れてきますよ。そしてあいつの前で謝らせてみせますよ」
「三人ごとね」
館長と警察官とデイビッドの三人だ。

ぷりぷりとしながらも、冷静に背を向けたトムは彼女を忘れて出入口に向かっていった。
おいおい、と思いながらもアニーはその後を追おうとはしなかった。

時刻はだいたい昼前だった。
彼女はその辺の男をひっかけて酒でも煽ろうと思っていた。

「ふう。ね、君の彼氏っていつもああなの?」
ジェームズが好青年ばりの顔を自然体にして話しかけてきた。

「いつも通りですよ。うそもつけないような」
溜息をついてステンドグラスを曇らせる。

こういった輩は二通りだ。事情聴取か、あるいはナンパか。
まったく男とはどうして暑苦しい生き物なのだろう。
もっとスマートに、少しぐらいは機転を利かせた感じであってほしい。

「何だよ。どうかしたか、ポリ」
砕けた口調になってしまえばもう後は早い。
こんな女は面倒だ、やめておこう。
その次に彼氏くんの冥福を祈るぐらいあれば、いい奴と認めてもいいかもしれない。

「いや、別にたいしたことじゃないんだけどさ」
背の高い頭の後ろをぽりぽりと掻いてみせる。

「お前、入館料払ってないよね? 彼氏の分も」
「今ここで告発してもいいんだけどさ」
嫌らしい笑みが、嫌らしくない青年に張り付いた。

「黙っておく代わりに、――ちょっと付き合ってくれませんか」
そして剥がれた。

アニーとは対照的にぴんと伸ばされた背筋が、なんだかあざとく感じられた。
「はっ。よろしくってよ、ジェームズ」

アニーはダミ声で応じてやった。

一方でトムは先の絵を見た瞬間に

「ああ、ないわ」

的な印象から、どうしてああも熱くなれたのだろうと感慨深く感じていた。
彼がアニーの存在を忘れて、しかも膨大なツケを払わされているとは翌日まで思い返しもしなかった。
少しばかりの気遣いが良好な関係を作るのだ。

予言しても仕方ないのだが。

トムは友人が多かったが、決して親友は多くなかった。

仕事上の付き合いがプライベートにまで及ぶことはなかったのだ。
しかしながら、暇人は友人の数と同じだけ存在した。
彼は信用に足る人物であり、そして何よりもおもしろいやつだ、とペスは語る。

ペスとは酒場アウルズを経営しているハーフホワイトの店主だ。

ペス=ルバート・サティと表札にかけている。
実はペスの紹介でトムが仕事をうまくやってこられたと言っても過言ではないのに輪をかけて、
アニーもアウルズにて知り合ったのだ。

トムは今晩にでもアニーと寄るつもりだった酒場を前にして少し変だなと思ったが
「自分に課した仕事」をこなそうという使命感から、雑念を振り払った。

「ビール、それと茹でた玉蜀黍、ついでにジャーキー」
夕方の仕込みをしていたペスは、店番を小僧に任せて
「いらっしゃい」と自分のワインを片手にテーブルについた。

ジャーキーは合言葉だ。“私は口を乾かそうとしている”。

「で、店主がそれを肴にして飲みだす。なんでだろうね」
「情報代じゃねえの?」

彼がツーフィンガーなどと言わず、ジョッキに注ぐ姿ははっきりいって煙たがられるだろう

――不味い酒をちびちび飲んでいる連中からすれば。


「今朝の美術館の騒動、知っている?」
「いんや」そりゃあそうだろう。美術館とは無縁そうだ。

顔を赤らめてゲップを押さえようとしたが、諦めた。
彼の前で気取ってもしょうがない。

「げふ。名画――見栄えのするようなやつに落書きとサインがあったんだ、達筆でね」
「やったの、誰だと思う」

こういう時に、真っ当に返すつもりはないと云わんばかりに、
瓶の三分の一を干した店主は悩んだあげく三杯目を注ぎだしていた。

「“あの”デイビッドの名前が書いてあったんだ」
「ふーん」

トムはやってきた玉蜀黍の熱いうちに齧りつく。
オレンジに混じって所々白い部分がある。「あーそう」と呟くペスを危うく無視しかけた。

「いや。あーそう、じゃなくてさ。友人が疑われているし、そこは助けてあげようと思う訳なんだけど」
「何か知っている? というかあいつ、普段の行いがモノを言うのも知っているのかな」

恐らく鳥のジャーキーだろう

――豪快に歯で毟っていながら、黙って目を閉じているペスは瞼を開かずに言った。

「まあ、あいつ字が汚いもんな」

「そうだね。んで、アリバイとかは?」
「ないね」彼の瞳は澄んだ青緑だ。「最近は会ってないからな」

引き際を考えて、トムは玉蜀黍の芯を厨房の屑箱に放り投げた。
入ってなくてもきっと入れ直すだろう。
「困ったなあ」
それだけ言ってビールには口をつけずに席を立つ。

「おいおい、それは?」分かりきった口調でペスは尋ねてくる。
「君だって濁ったやつは嫌だろう、サティ」だからそう返す。

「水で薄めたのを運んできた日には、二度と来てやらないからな」

文句は飛んでこなかった。
代わりに、興味深いことをペスは口走った。

「例の美術館ってさ、空き巣に入られたって噂。お前知っているか」
扉を潜ったまま、トムは僅かな矜持を振り払うように叫んだ。

「知っているよ!」
真っ直ぐに右折して北へと、つまり美術館とは正反対の方へ歩き出した。

具合の悪いことに入れ違って、しかもお互いが気づかないままアニーはやってきていた。

客は多ければ多いほど良し。
今回の直情的なトムの行動に一番喜んだのは酒場だろう。


そして二番目はジェームズだろう、恐らくそれが恋ならば。

トムの友人――最初に美術館の人込みからやってきたやつはアダム・オールド。

辻占い師とでも呼ばせる彼は羽振りが良い。
トムにとっての友人、というよりもペスにとっては唯一無二のカモであった。

客を喜ばせるような言葉しか言わない占い師を、逆にカモ呼ばわりするとはどういうことか。
サティと呼んでも嫌な顔をされない唯一の人間は、ようするによく食う客だったのだ。

しかも注文の多い客でない。
そしてこいつは今日もいたのだ。

「ビール、それと茹でた玉蜀黍。皮肉はいらない」

アダムはどちらかというとサービス精神旺盛の人間だった。
友人の前以外では無愛想で暗い顔のまま、ちびちびと、それでいて気づけば大量の酒を干している。
どれぐらいの店主が彼を欲しがるだろうか?

「デイビッドの噂は俺も聞いたことがある」酒場では平坦な声が響いていた。

静かだ。
アダムも、時に自分と店主しか世界にいなくなったと勘違いしてしまいそうになる。

列車に乗って、優しい嘘を振り撒きたくなる。

「聞くところによると、北部辺りの田舎――の牧場主の息子だとか」
「でも、噂を鵜呑みにして調べたのに、そこは無人だった。そんなところでしょう」

どちらも聞き覚えのない声だ(アニーは一言も発していなかったのだから)。

「ああ。無線でそう聞いたよ。実際にあいつが嘘をついているとは思えないからね」
「で、あたしから聞きたいことって何」

険悪な雰囲気ではない。
けれど、さっさと退散した方が良さそうだ。

アダムは星占いを主にしていた。
けれど、実際は星なんか見ていない。
見ているのは星よりもずっと下の空気だ。
天狗に警告を与え、代金を貰わずに貧窮の者に信用を持たせ、
どちらでもない友人とは陽気な会話に興じる。

それだけでマントの下の「アナセマ」という謙虚な占い師は人気を博していた。


ある意味で夢のような話。

「あの美術館には何かある」
「お前らはよくあそこに行くようだけど、変わったことや気づいたことはないか?」

「トムに聞いた方が良かったんじゃないの?」
「あたしなら口から嘘八百飛び出ると思うけど」

「御託はいい」

アダムは既に会計を支払い終えていた。
見習いさん――彼を小僧という勇気はなかった――は珍しく少ないと驚いていたが、
気に留める暇も自らに与えず、そそくさと扉を潜った。
ちょうど、先のトムのように。

大通りにて、お得意さんの姿が見えないことを確認すると、
さっとフードを下ろして息をついた。
よって続きの会話の詳細は彼に知らされることはなかった。

その夜の後のドンチャン騒ぎが始まるまでは。

ダグラス・ポンドはカエル顔であることを除けば、
いや背が低いことも加えて見積もっても、その悪知恵の詰まった体には余りある賞賛を贈ることができると
妻――ミセス・ポンドは常々感心していた。

美術館の経営をしていると窃盗などの被害は覚悟しているものだ。

そう据わった目で話す姿には冷淡な印象だけを与えるだろうか?

お互いの利益関係のみで結婚を考えるようになったのは、パブリックの頃からだ。

ミセス・ポンドは本心から彼を愛していたし、子供のような感情を持ち続けていた。

だからこそ、弁護士になれたとつくづく思う。
詭弁では正義どころか悪をも為しえないと夫は、齢十歳を超えた辺りから既に公言していた。

本を愛し、勉学を怠らず、「信念」のために手を抜くことなどなかった。
その道に近づくためならば幾らでも身長を縮められてもいいし、いっそ酷くなれと顔にイボをつけようと工夫をしたものだ。
今までうまくやってきたのだ。

息子はいなかったが、養子を取るべきか悩んだ末に断った。
それは一人の人間がどれほど猜疑に満ちていることを知っているからだ。

彼女は扉をノックする。一つの懸念が重い口を開かせた。

「ねえ、確か一週間ほど前に、牢屋から脱走した泥棒がいたわよね」
ダグラスは妻を見上げながら向かい合い「ああ」と口火を切った。

「たしかお前が抗議した末に放り込まれた屑だな」
「詭弁のせいで、自分はさらに罪が重くなったとほざいた」

「彼女は悪くないわよ」それはミセスの窃盗行為に対しての容認でもあった。
「家庭環境も、対人関係も、全てにおいて完璧だったわ」
「悪いのはわたし。せめて、罪が軽くなるように配慮するべきだった」
「わたしは無罪の二文字だけを主張したのですから」

男にも不器用だが情はあった。「ああ、それは、私たちの観念のせいでもある」

「ええ、次はしくじらないわ」しかし問題は解決していない。
「話は戻るけど、もしかして最近になくなったっていう作品、もしかして彼女が……」

「いや」ダグラスははっきりと首を振った。

「恐らくは別人だ。しかも価値のあるものだけ盗まれている」
「そんな目利きが泥棒の才能まで持っているとは限らない」

淡い慰めだったのかもしれない。希望的観測だった。

「そして、公にうちで被害に遭ったのは落書きされた絵画一点のみ」
「いやそれさえも揉み消すつもりだ。信用問題に関わる」

今朝になって、しかも開館するまでは普通だった絵がいきなり変わり果てていたのだ。
その衝撃は推し量れるものではない。
だが彼は気丈に振る舞い、午後の休館になってしまった時間も必死に自室で作業を進めてきた。

自分は、自分のできることをしよう。
そう思ってミセス・ポンドは部屋を出る。
窓越しの美術館を想って、夕食の支度にとりかかった。

ジェラルド・デイビッドの特徴とは。

まず、金髪である。
そして爺さんのようなベイビーブルー(とんだ皮肉である)である。

髭はない。次に腕っ節が強い。次いで口が達者である。どっちの喧嘩も負け知らずだ。

そしてデイビッド家を探そうとして、ジェームズ警官は徒労に至った。
これは間違いではない。デイビッドは卑怯なことはしないから。
トーマス・ペレットからの情報はこれだけだった。
正確には他の人間からも伺った、当たり前の対応だった。

それでいて無駄足だったのだ。

デイビッドはマイスという女性と親しくしていた。
これはペスの持っていた情報。
しかしジェームズの手元には渡っていない。

もったいないことをしたものだ。店番を任せてペスとトムは「同時に」大通りに出向いたのだから。

そしてもう一つ。ジェラルド・デイビッドと呼ばれる人物はいない。

少なくとも本人は、そう呼ばれることを嫌がっている。

それが原因で喧嘩になることは、筋が通ったことなのだろうか?

すたこらさっさと陽も落ちてきた頃に、トムとアニーはすれ違った。
お互いが何をしているのかを了解しあうと、一言も声を交わさずに離れていった。

アダムはボヘーとしながらも水晶や手相や適当に作ったクジを売っていた。

ジェームズはとりあえず被害届を掲示板に張ると、そのまま見回りというサボりの口実を胸に押し当てていた。

ダグラスの仕事っぷりには頭が下がるが、さすがに潮時だった。
ミセス・ポンドが頭の片隅で安否を気にしていた泥棒は、デイビッドに思いを馳せていた。

ペスは店に戻ると、小僧が不正を働いていないと知って大喜びだった。
デイビッドは自宅に飾られた絵を見て、うっとりとしていた――わけがなかった。

月が顔を出す頃になって、ようやく「ブスリ」と刺す段階まで舞台が整っていた。

「ええとですね。被害者の館長さんや、ミスター・ポンドさんでしたっけ?」

「あ、ああ。好きに呼んでくれていいよ……」
閉まった美術館のどでかい門の前で、
月明かりに照らされたトムとダグラスはもともとあった身長差をさらに広げていた。

「それと、ミスター・ジェームズもとい無能警官さん」

コメカミを引きつらせながら暗闇に隠れていたノッポは歩み出してきた。
「俺のことも好きに呼んでいいと、館長さんは言ったのかい?」

トムはこれを無視した。

「まずは館長さんからですけど、あの、贋作とかはどこに消えたのですか?」

「な、何のことでしょう」事情を知らぬ者にとっては大した演技だ。

「名画が数点盗まれていったでしょう?」
「僕たち――僕と彼女はけっこう頻繁にここにやってきていたんですけど。ないんですよ」

ジェームズがそれに言及した。「そんなこと、聞いたことがないな」

ダグラスはイボなのか汗玉を垂れ流していた。
「何かの見間違えじゃ……」

「いや、いや。僕の――というか画廊様を騙そうなんて人が悪い」
「近所じゃワリと有名ですよ、僕」

「ついでにジャーキー、じゃなくてジェームズさん」
「最近脱獄したマイスとかいう泥棒猫、いやMICEだから鼠か……に聞き覚えありますか」
「まあ、牢屋を調べたら一発ですけど」

「これは僕の友人から聞いたことですけどね」
「マイスさんって渦中のデイビッド氏と仲が宜しかったようで……そこのところきっちり伺いたいのですが」

「違うなあ」

ジェームズはそれを一言でばっさり切り捨てた。「違うって」

「今だからはっきり言うけどさ。そこの――黙りこくっている――おっさんには失望しているわけよ」
「第一、俺はデイビッドじゃないし、マイスは一週間前に自分で脱獄したんだ」
「知ったことじゃない……いや、もちろん見つけたら捕まえるけどな」

周囲を気にするも、住民は眠りについている。
街灯なのか月光なのか、仄かに道が温かく照らされているだけだった。

「そ、それにわたくしだって! あ、あれは偽物と分かって、すぐに焼却しただけです」

どこからか酒の音頭が聞こえてくる。それは恐らく未来のもの、きっともうすぐ。

「言質が取れたな」そう言って現れたのはアニーだった。

カツラを取った姿で、澄んだ川のような瞳が光を反射して。
真っ先に反応したのはジェームズだった。
何かが儚く砕けた音がした。

「お前は――」
忘れる筈もないその名前は間違いなく指名されたものだった。

「ジェラルド・デイビッド!?」

トムの彼女は、何の感慨も覚えずに両手で抱えるような紙袋を片手で持ち上げて中身をがさがさと叩き落とした。
ついでにその短いブロンドも中空に揺れる。

「ジェラールだ。そんな語呂の悪い名前でよく覚えていられたな」

「アニー」そう呼んだのはトム一人だった。

「お疲れさま。本当は君の家に僕が取りに行きたかったけど、あのお義父さんが怖くってさ」

渋い顔で「デイビッド」は答える。
「これが、あんたが焼却したはずの『贋作』じゃなかったのかい?」

小男は必死になって、嘘だ、違うなどと口走って頭を抱えていた。
「塩をかけてみたくなるね」とデイビッド。
ナメクジだよ、それは。無視されてもなおトムは茶々を入れた。

しかし、そんな中を掻き乱すやつはどこにでもいた。
ジェームズだ。

「ちょっと待った。なんだ、じゃあそれはお前が盗んだものなのか? 愉快犯!」

トムは眉をしかめた。
「最初に反撃したいと考えたのはマイスだよ」
「二番目に僕が手心を加えて、ラストにアニーの好きにさせたんだ」

「で、僕も彼女も平気で嘘をつくからね」
「落書きもサインも彼女のもの、GERARDをジェラルドと読み間違えたのはあなたたち」
「ちなみに贋作は彼女の家にずっと飾られていたよ」

つまり、ほとんどの悪行の責任をマイスに押し付けた結果だね。そうトムは言った。

それとさ、竦んでしまったカエルに追い打ちをかけるように言葉を重ねる。

「あなたの奥さん。ミセス・ポンドは実はマイスが変装したものなんだ」
「ヒントはあちこちにあったんだよ?」

本物は今頃、マイスに連れられてお詫びの一杯でも振る舞っているだろう。
女って単純だからね、そうデイビッドが言った。

男が単純だ、と罵った艶やかな唇で。

ジェームズは公職を忘れ、茫然としていた。

「俺は一体……」

トムも手心は加えたのだ――目の肥えた奴らに見つかってしまう前にとっぱらってやるか、と思うぐらいには。
ダグラスが芸術を食い物にする奴だとは思っていなかったから。
その一点のみは見抜けなかった――ふりをして。

そして、星空にヒントを散りばめようとしている。

まだ、足りない。

たった一日(ワンデイ)だけの物語なのだ。

「あんたは怠慢、あんたは虚偽、ついでにあたしらはそれらの隠蔽に付き合ってやろうって言っているんだよ」
デイビッドは吐く。

「まあ、マイスもミセス・ポンドと特訓しながらそっくりの変装をキメたようだし」
「――悔いはないから牢に戻ってあげると言っているから……」
トムはなあなあの手を作る。

「全ては白紙に戻るわけだ。『あんたらは寿命を食われたんだよ』分かる?」

「僕らも恨み辛みがあってこんな『役』をやっているわけじゃないんだよ」

トムとデイビッド――ジェラールは二人で偽の名画を丁寧に館長に渡してやる。

「仲直りには酒が一番だろう? 奢ってあげるよ。僕じゃなくて、きっと店主がね」

そして四人はどことなくぎこちない足取りのまま、キツネに化かされたように車のない遊歩道を歩いて行く。

酒場につけば、一人も欠かさずに揃っているに違いない。


空気を読んで「嫌われ者の占い師」はフードを脱いでしまう。

それに驚いた「画商の息子」はどさくさに紛れて「破天荒な彼女」に抱きつく。

「泥棒鼠」は「カエル」に酌をし、「池の婦人」と顔を真っ赤にしている。

肉を貪っているのは「無能な警官」と「犬みたいな名前の店主」、

そして「小僧」も隠れているかもしれない。

エンドロールの最中、「あなた」は騙されたことにようやく気づく。

 Just one day in clover(一日限りのお楽しみ)
――引用「Rogues in clover/P.W」悪党どものお楽しみ:TT訳

オワリデス。

作品を短編でもいいから、完結させる癖をつくるべしとあったのでやってみました。

本当は各キャラクターたちが動物の名前や位置づけを決めていたのですが中途半端でした。

ね。

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