兄「地上最強の武道とは!?」妹「もちろん“妹道”よ」 (153)

道場──

道場の中央で、正座をして向き合う兄妹。

兄「妹よ」

妹「なに? 兄さん」

兄「我が道場が目指した道は、古今東西の武術武道を取り入れた総合格闘技──」

兄「──のはずだった」

兄「しかし、結果的に中途半端になり、今や他の道場におくれを取る始末!」

兄「このままではいかん」

兄「どれもこれも取り入れるのではなく、一つの道に絞らねば未来はない!」

兄「今こそ問おう」

兄「地上最強の武道とは!?」

妹「もちろん“妹道”よ」

兄「“妹道”!?」

兄「なんだ、“妹道”というのは」

妹「文字通り、妹を使って戦うという武道よ」

妹「つまり、兄さんが私を使って戦うわけね」

兄「よく分からんが、分かった」

兄「しかし、肝心の戦い方が分からん」

妹「“妹道”の技を伝える秘伝書なら、ここにあるわ」スッ…

兄「おお」

兄「しかし、なんでこんなものをお前が持っている?」

妹「今、兄さんはこの道場の15代目なわけだけど」

妹「元々、この道場は総合格闘技ではなく“妹道”の道場だったらしいわ」

兄「なんだと?」

兄「いったいどういうことだ? ちゃんと説明してくれ」

妹「つまり、3代目までは“妹道”を教える道場だったのだけど」

妹「4代目から14代目、つまり父さんの代まで当主に妹が生まれなかったから」

妹「“妹道”は継承されず、封印されてしまったってことみたい」

妹「結果、4代目からはとりあえず色んな格闘技を取り入れようってことになって」

妹「方向性がふらふらしたまま、今みたいな微妙な強さの道場になったみたい」

兄「今の話、まったくの初耳だが、だれから聞いたんだ?」

妹「昨日、父さんに聞いたわ」



父『あ、そ~いやお前らって兄妹だから、“妹道”できんじゃん』

父『“妹道”は地上最強の格闘技だぞ、多分』



妹「──って教えてくれたわ」

兄「相変わらず適当な人だ……」

兄「だからまだ若輩者である俺が、道場を受け継ぐはめに……」ブツブツ…

妹「愚痴はみっともないわ、兄さん」

兄「すまん」

兄「まあいい」

兄「せっかくだから、“妹道”とやらを極めてみるか」

妹「そうしましょ」

兄「ではさっそく、秘伝書を──」ペラッ…



かくして、兄妹の“妹道”会得のための厳しい修業が始まったのだった。



─────

───

妹「とりあえず実践してみましょよ」

兄「ああ、そうだな」

兄「なになに、『まず、服を脱ぎます』か・・・・・・」

兄「さすがにこれは・・・・・・」

妹「わかったわ、はい」

兄「!?」

半年後──

兄「ついに、秘伝書にある“妹道”全ての技を極めたな」

妹「ええ、免許皆伝ね」

妹「これで兄さんは“妹道十段”よ」

兄「うむ」

妹「じゃあさっそく行きましょう」

兄「? どこにいくのだ?」

妹「もちろん、他流試合よ」

兄「!?」

妹「この町には柔道、剣道、空手道、合気道、弓道の道場があるわ」

妹「その全てを“妹道”で打ち破るのよ」

兄「しかし、妹よ」

兄「この町では俺たち含め六つの道場が互いに牽制し合い」

兄「絶妙な均衡を保ってきた」

兄「六つの道場の間で他流試合はしてはならぬ、というのが不文律だった」

兄「もし均衡が崩れれば、他の地域の道場の進出を許す恐れがあるからだ」

兄「それを破るというのか?」

妹「そのとおりよ、兄さん」

妹「だって、このままじゃウチの道場はやっていけなくなるわ」

妹「もはや、この“妹道”で強さを示し、門下生を集めるしかないのよ」

兄「たしかに……」

兄「分かった、妹よ」

兄「ゆこう、他流試合に!」

妹「ええ、兄さん」

妹「“妹道”の強さで、道場を建て直すのよ!」

柔道道場──

柔道家「他流試合だと? 威勢がいいな、小僧」

柔道家「この町内では他流試合がタブーなのは、知っているはず」

柔道家「もし挑むのなら、どんな重傷を負わされても文句はいえぬ」

柔道家「なにもかもが中途半端な名無し武道で、私に勝てるとでも?」

兄「中途半端だったのは、昨日までだ」

柔道家「ほう……では、どんな武道を身につけたというのだ?」

兄「妹道!」

柔道家「妹道……だと!?」

兄「ゆえに、俺は妹を武器として使う」

兄「異存はないな」

柔道家「それはもちろんかまわんが……」

柔道家(妹道……いったいどんな武道だ?)

兄「さあ、来てくれ」

妹「ええ」スッ…

兄「だが、まずは俺だけで戦う。いきなり妹道を披露することもない」

妹「分かったわ」

柔道家「よかろう……来い!」ザッ

兄「でやあっ!」ガシッ

柔道家「おおっ!」パシッ

兄「うおっ!?」ガクッ

ズデンッ……!

柔道家の出足払いが決まった。

兄「まだまだっ!」バッ

柔道家「ふんっ!」ブオンッ

ドザッ……!

さらに、払い腰で倒される兄。

兄「あだだ……っ!」

柔道家(この男、なんという微妙な強さだ!)

柔道家(決して手は抜けないが、本気でやるとほとんど手応えがない……!)

柔道家「さっさと降参しろ! お前の実力は帯に短しタスキに長しで、微妙すぎる!」

兄「まだ背中はついていないから、一本ではない!」

柔道家「ふん、減らず口を」

柔道家「ならば背中から全力で叩きつけて、しゃべれないようにしてやろう!」ガシッ

ブオンッ!

柔道家必殺、一本背負い。

兄「妹よっ!」

妹「ええ、兄さん!」ダッ

ボフッ……!

柔道家(なにいっ! 妹が兄と床の間に滑り込んで、クッションになっただと!?)

兄「これぞ、妹道“衝撃吸収妹”!」

柔道家「おのれぇ! よもや妹にそのような使い方があったとは!」

柔道家「ならばまず、妹から投げ飛ばしてやる!」ダダダッ

妹「来たわ、兄さん!」

兄「ああ、分かってる」

兄「投げ飛ばされる前に──俺が投げる!」

兄「うおおおおっ!」グイッ

柔道家(妹を持ち上げただと!?)

兄「妹道“妹投げ”!」ブオンッ

ピッチャーのようなフォームで、柔道家めがけ妹を投げつける。

柔道家「ちょ、ちょっ、待っ──」

ゴシャッ!

柔道家「うぐ……っ!」

柔道家「実の妹をそこまで武器として使いこなしているとは……みごと……」

柔道家「人を投げることは慣れてるが、人を投げつけられることは初めてだった……」

柔道家「私の完敗だ……」

兄「いや……あなたも強かった」

兄「また試合をしよう」

兄「……妹よ、大丈夫か」

妹「ええ、平気」ボタボタ…

兄「鼻血が垂れてるが」

妹「こんなのティッシュでかめば、すぐ止まるわ」チーン

剣道道場──

剣道家「ほう、他流試合?」

剣道家「面白い。ちょうど刺激が欲しかったのです」

剣道家「しかし、剣道家に挑むとは少々無謀が過ぎますね」

剣道家「“剣道三倍段”という言葉をご存知ですか?」

剣道家「剣道三段であるボクに、剣道家でないあなたがたが張り合うには」

剣道家「なにかしらの武術武道の九段の腕前が必要だという意味です」

兄「ちなみに、俺は妹道十段だ」

剣道家「…………」

剣道家「け、“剣道四倍段”の間違いでした」

兄(即座にサバを読むとは! この男、あなどれん!)

剣道家「それにしても、妹道とは初耳ですね」

剣道家「いったいどんな武道なのです?」

兄「妹を武器として使う武道だ」

兄「あなたも竹刀を使うんだ。文句はないな」

剣道家「もちろんです」スッ…

正眼の構えを取る剣道家。

兄「よし……まずは俺だけで戦おう」

妹「分かったわ、兄さん」

剣道家「キエェェェーッ!」ブンッ

バシィッ!

兄「おごぉっ!」

剣道家「メェェーンァッ!」ビュアッ

ドゴッ!

兄「ぎゃうっ!」

剣道家「イャアアーッ!」ブオッ

ベシィッ!

兄「あが……っ!」

剣道家(避けてるんだか、避けてないんだか……なんという微妙な反応速度!)

剣道家(ならば、使わせてもらいましょう……突きをね!)

剣道家(ノドを突いて、一撃で仕留めてあげましょう!)

剣道家「キェアアァーッ!」ビュバッ

兄「妹よ!」

妹「うん!」バッ

ドスッ……!

剣道家の竹刀が、妹の腹に突き刺さった。

兄「間一髪、妹道“妹之盾”が間に合ったな」

剣道家(なっ……! 妹を使って突きをガード!?)

剣道家(ならもう一撃……)グッ

剣道家「──ん?」グッグッ

剣道家(竹刀が──抜けない!?)

剣道家「くそっ……抜けろっ! ──抜けんっ!」グッグッ

妹「私が本気で腹を固めたら、もう抜けないわ」

兄「これぞ、妹を利用して敵の武器を奪う、妹道“妹盗り(いもうとり)”!」

兄「そして──」ガシッ

妹の足首を掴む兄。

ブオンッ! ブオンッ!

剣道家(まるで、妹を剣のように振り回している……!)

兄「たっぷりと遠心力をつけた妹を、相手に叩きつける大技──」

兄「妹道“妹之剣”!」

ブオワンッ!

剣道家(白刃取り──できるわけないっ!)

ドゴォンッ!

剣道家「ぐはぁ……っ!」ドサッ…

剣道家「ふふ……やはり……三段では十段には勝てません、でしたか……」

剣道家「ウソなどつくものでは……ありませんね……」

剣道家「やはり突くのは、竹刀に限る……」

兄「いや……いい突きだったよ」

兄「おかげで、妹がトイレから出てこない」

ジャ~……!

兄「全部出たか?」

妹「うん、すっかり便秘が治ったわ」

妹「剣道家さん、お手洗い貸してくれてありがとう」

剣道家「いえいえ」

空手道場──

空手家「押忍ッ!」

空手家「ガッハッハッハッハッ! 他流試合!?」

空手家「いいだろう、受けて立つ!」

空手家「ただし──」ブンッ

ドガッシャアンッ!

積まれていた瓦二十枚を、手刀で砕く空手家。

空手家「こうなることは覚悟の上だろうなァ!?」

兄「もちろんだ」

兄「妹を武器と化す妹道にて、あなたの空手道に挑む!」

空手家「ガッハッハ、かかってこい!」

兄「おおっ!」ザッ

ガッ! バシッ! ドッ! パシッ! ガッ!

兄が拳でラッシュを仕掛ける。

空手家(空手、ボクシング、ムエタイ、中国拳法の要素が微妙に混ざった──)

空手家(なんて微妙なラッシュなんだ!)ガッ

空手家(なんか微妙に捌きづらい!)パシッ

空手家「だが、微妙じゃオレは倒せねえぜっ!」

ベシィッ!

空手家の下段蹴りで、兄がよろめく。

兄「ぐおお……っ!」ヨロヨロ…

空手家「だりゃあっ!」ビュッ

ベシィッ!

兄「あぎゃっ!」

空手家「どうりゃあっ!」ブオッ

ドゴンッ!

兄「おぶっ!」

空手家「せいやぁっ!」ブンッ

バキィッ!

兄「あがふっ!」

空手家「効いてはいるが、倒れねえ。微妙にタフなヤロウだ……」

空手家「さあ、とっとと使ってみろ! 妹道ってのをよ!」

兄「妹っ!」

妹「はい、兄さん!」ダダダッ

空手家「来たか。さあお手並み拝見──」ニィッ

妹「空手家さん……」

妹「好きです」ニコッ

空手家「えっ」ポッ…

兄「チャンスッ!」ダダダッ

ガシィッ……!

空手家を背後から羽交い締めにする兄。

空手家「し、しまった!」ググッ…

空手家(しかもコイツ……力はけっこう強い……!)ググッ…

兄「妹を目くらましにして背後を取る、妹道“妹くらまし”!」

兄「今だぁっ! 妹よ、やれぇーっ!」

妹「ええ、兄さん」

妹「兄が動きを止めた敵を、妹である私が狩る……」

妹「これが、妹道“妹狩人”!」

空手家(ぐっ……通常の武術では武器はあくまで武器、自分で動くことはない)グッ…

空手家(だが、妹を武器にする妹道は、武器である妹が自分で動く!)ググッ…

空手家(つまり、二対一で戦うことができる!)ググッ…

空手家(これが妹道の、本当の恐ろしさってわけか……しくったぜ!)グッ…

妹「はああああっ! 妹道“妹掌底”!」シュッ

ズドンッ!

空手家の腹に、掌底がめり込んだ。

空手家「ぐはぁ……っ!」ガクッ

妹「“妹掌底”の衝撃は内部へ浸透し、打撃箇所より離れるほど威力を増す!」

妹「──あ」

兄「ごふぅぅぅぅぅっ!!!」ブバァァァッ

空手家「ぐっ……効いたぜ……」

空手家「まさかオレを打撃で倒すとはな……先が楽しみなお嬢ちゃんだ」

妹「大丈夫ですか?」

空手家「オレはしばらく休めば、平気だ……」

空手家「問題は……オメーの兄ちゃんだな」

兄「うげぇぇぇっ!」ゴロゴロ

兄「うごぉぉぉぉっ!」ゴロゴロ

兄「あがっ! あがぁっ! 胃が、内臓がぁぁぁ!」ゴロゴロ

妹「大丈夫です。兄は丈夫ですから」

妹「私だって、投げられたり、剣や盾にされましたし」

空手家(実は仲悪いんじゃ……この兄妹)

合気道道場──

合気道家「妹道とやらで小生と勝負したい、と?」

兄「ああ」

兄「受けてもらえるだろうか」

合気道家「知ってのとおり、この道場は護身術を教える道場だ」

兄(やはり無理か……)

合気道家「他流試合……大歓迎だよ」ニコッ

兄「えっ?」

合気道家「中途半端道場の挑戦も退けられずして、なにが護身術だからねえ」

兄「む……!」

合気道家「さあ、来たまえ」ス…

兄「行かせてもらうっ!」ダッ

兄「だりゃっ!」ブンッ

合気道家「よっと」ヒュッ

手首を掴み、四方投げにて兄を床に叩きつける合気道家。

ドダンッ!

兄「あがが……っ!」

兄(くっ……俺の突きの威力を、完全に返された! ──強い!) 

合気道家「微妙な突きだったので、投げの威力も微妙だったねえ」

合気道家「さあ立ちたまえ」

兄「妹よっ!」

兄「二人で仕掛けるぞ!」

妹「分かったわ!」ザッ

兄「でりゃあっ!」ビュンッ

合気道家「はいっ」ヒョイッ

ドサッ……!

妹「えーいっ!」シュッ

合気道家「ほっ」クルンッ

ドザッ!

兄「はいやぁっ!」ブオンッ

合気道家「とうっ」チョイッ

ドデッ……!

妹「はああっ!」シュシュッ

合気道家「ほいっ」ポイッ

ドダンッ!

合気道家「妹道……妹を武器とするとは、実に画期的な発想だ」

合気道家「特に通常の武器術とちがい、武器が自分で動くというところが素晴らしい」

合気道家「しかし、小生には通用しない」

兄「ぐっ……!」ハァハァ…

妹「どこから攻めても返されちゃうね」ゼェゼェ…

合気道家「いずれ君たちは、小生を攻撃する無駄を悟るだろう」

合気道家「こうして敵を敵でなくする──制することが、合気道の極意なのだよ」ニッ

兄(なるほど……敵のままじゃこの鉄壁は崩せない!)

兄(だったら──)

兄「あの技を使うぞ、妹よ!」

妹「分かったわ、兄さん」

兄「合気道家さん、あなたの強さは本物だ!」

妹「これからは兄さんと呼ばせて下さい!」

合気道家「兄さんだって!?」

兄「はい、俺はあなたの弟になります!」

妹「私は妹になります!」

合気道家「おお……」ポロッ…

合気道家「そうか、そうか。ならばこの兄の胸に飛び込んできたまえ!」バッ

兄「兄さぁぁぁんっ!」ダッ

妹「兄さん……っ!」ダッ

兄&妹「妹道“兄妹殴打”!!!」ブンッ

ボゴォンッ!

合気道家「がはぁ……っ!」ドサッ

兄「これぞ、敵の弟妹になりすます妹道“偽妹”……合気道、敗れたり!」

合気道家「な、るほど……」

合気道家「小生の敵のままでは、小生を倒せない、と……」

合気道家「あえて弟や妹になったフリをしたわけ、か……」

兄「いえ、フリじゃありません」

兄「あなたは強い。ぜひ本当に兄弟になりませんか」

合気道家「ふふ……遠慮しておこう……」

合気道家「将来、我が父が死んだ時、遺産の取り分が……減ってしまうからね……」

兄(この人、結構黒いッ!)

弓道道場──

ストンッ……

矢を的のど真ん中に命中させる、女性弓道家。

弓道家「何用か?」

兄「妹道の使い手として、ぜひあなたと手合わせを……」

弓道家「貴様らのことは聞いている」

弓道家「すでにこの道場を除く、四道場の手練を破ったとな」

弓道家「受けて立とう」スッ…

兄「では勝負!」ザッ

すると──

ダダダッ!

兄(走って逃げた!? ──いや、ちがう! 相手は弓道!)

弓道家「弓の使い手が近接戦闘の間合いで戦うと思うか?」

弓道家「これでもう、貴様の勝利はなくなった!」ギリッ…

ビュッ! ビュッ! ビュッ!

兄「おわっ!」チッ

兄「とっ!」チッ

兄「ひいっ!」チッ

弓道家「ほう、加減しているとはいえ、私の矢をかすりながらもかわすか……」

弓道家「微妙にやるではないか」

兄「くっ……」ササッ

妹を待機させていた物陰に隠れる兄。

妹「兄さん、大丈夫?」

兄「どうにかな……」

弓道家「どうした、臆したか!?」

弓道家「いっとくが、もう手加減はせんぞ!」

弓道家「次そこから体を出したら、即射抜かれるものと思っておけ!」

弓道家「それがイヤならば、負けを認めろ!」

妹「どうする、兄さん?」

兄「俺たちと弓道家の距離は、目算でおおよそ30メートル」

兄「これでは“妹投げ”も届かない」

兄「走って近づこうとしても、二人とも矢で射抜かれるだけだろう」

兄「こうなったら──」チラッ

妹「え?」

弓道家「さあ、射抜かれるか、降参するか、選べ!」ギリッ…

妹「ああ~っ、やめて、兄さん!」

弓道家「!?」

妹「ダ、ダメ……そこは……ああっ!」

妹「ダ、ダメだってば……いやぁっ!」

妹「いやぁぁぁっ! あ、あぁんっ! ……ひゃんっ!」

弓道家(ま、まさか……あの兄め、自暴自棄になり妹に暴行を──)

弓道家(止めなければっ!)ポイッ

弓を捨て、二人がいる物陰に向かう弓道家。

弓道家「やめんか!」

弓道家「実の兄妹が、そういうけしからんことをしてはならん!」

妹「かかりましたね」

弓道家「え」

兄「兄と妹の禁断の愛を演じ、敵を誘い込む!」

兄「これぞ、妹道“誘い妹”!」

弓道家(しまった……! 妹道、なんという戦略性の高い武道なのだ!)

妹「はああああっ!」ダンッ

兄「待った」

妹「兄さん、なぜ止めるの?」ピタッ

兄「弓道家さんがここまで近づいてくれたのは、演技をしてたお前を助けるためだ」

兄「その弓道家さんに、拳をぶつけるのは武道家として後味がよくない」

妹「たしかに……そうね」

弓道家「くっ……私の負けだ……」

弓道家「他流とはいえ、私を負かした男は貴様が初めてだ」

弓道家「これからは貴様と武術についての情報交換をしたい」

弓道家「だがあいにく、私は携帯電話を持っていない」

弓道家「どうか、交換日記をしてもらえないだろうか」スッ…

兄「いいだろう」スッ

兄「さて、これでこの町の五道場の実力者を全員下した」

兄「きっと明日からは、俺たちの道場に入門志望者がわんさか来るはずだ」

妹「やったね、兄さん!」

道場──

シ~ン……

兄「あれから一週間経ったが……だれも来ない」

兄「なぜだ……」

兄「柔道、剣道、空手、合気道、弓道、全て倒してみせたというのに!」

妹「兄さん」

妹「調べによると、この町は一人っ子がほとんどで」

妹「まして妹がいる世帯となるとほとんどないみたいよ」

兄「これが少子化というやつか……」

すると──

弓道家「おはよう」

兄「おお、弓道家。交換日記を届けに来てくれたのか」

弓道家「それもあるが……大変なことになった」

兄「大変なこと?」

弓道家「総合武道ジム『エンターテイメント武道』が──」

弓道家「近くこの町に進出するつもりらしい」

兄「『エンターテイメント武道』? なんだそれは?」

妹「一言でいうなら、柔道や空手を始め色々な武道を教えるジムよ」

妹「ものすごい巨大企業で、世界中に支部を出しているの」

兄「なんだと……」

弓道家「他の四人はすでに、町の集会場に集まっている。二人も来てくれ」

集会場──

柔道家「ふざけるな!」

バシィッ!

『エンターテイメント武道』のパンフレットを叩きつける柔道家。

柔道家「レインボー道着にファッション黒帯だと!?」

柔道家「武道をバカにするにも程がある!」

空手家「“これで君も空手も達人だ! 簡単瓦割りセット”だと……笑えねえ」

剣道家「スターウォーズのコスプレで剣道とは……嘆かわしいですね」

合気道家「武道が廃れ、スポーツ性や娯楽性に特化していくのが時代の流れとはいえ」

合気道家「こんな連中に次世代を明け渡すのは、小生としても絶対ゴメンだ」

ガチャッ……

弓道家「妹道の二人を連れてきたぞ」

パンフレットを読む兄。

兄「……なんだこれは」ペラッ…

兄「想像していたより、ずっとひどいジムのようだな」

妹「そうね、兄さん」

弓道家「武道を冒涜するにも程がある!」

空手家「こうなったら直談判しかねえ!」

柔道家「うむ!」

剣道家「そうですね、この武道の町にこんな輩を進出させるわけにはいきません」

合気道家「しかし、相手は大資本」

合気道家「下手に手を出せば、小生ら全員が叩き潰される可能性があるね」

シ~ン……

兄「提案がある」

合気道家「なんだ?」

兄「……この直談判、俺たちに任せてもらえないだろうか」

兄「おそらく『エンターテイメント武道』とやらがこの町に進出を決めたのは」

兄「俺たちが五人を倒し、勢力の均衡を崩してしまったのが原因だろう」

兄「この機会に進出して、この町の門下生を一気に奪い取ろうという魂胆だ」

兄「その責任は俺たちが妹道で、きっちり取る」

兄「妹、かまわないな?」

妹「もちろんよ」

兄「というわけで、俺たちに任せてくれ!」

柔道家「敗れた我々に、引き止める権利はない」

剣道家「武道を遊戯に貶めた連中に、武道家の意地を見せてやって下さい」

空手家「頼むぜ!」

合気道家「君たちにお任せしよう」

弓道家「気をつけるのだぞ、二人とも……」

『エンターテイメント武道』本社──

女社長「オ~ホッホッホ、ついてるわ!」

女社長「あの町は昔から目をつけてたけど古くからの道場がいくつもあって」

女社長「なかなか進出しづらかったのだけど……」

女社長「“妹道道場”が他の道場を倒してくれたおかげで、勢力図が乱れて……」

女社長「一気に進出しやすくなったわ!」

秘書「これも社長の日頃の行い、ということでございましょう」

ガチャッ……

幹部「社長!」

女社長「ノックもしないなんて下品ねえ、どうしたの?」

幹部「社長に直談判したいという武道家二人が来ておりますが……」

女社長「あら、そろそろ来ると思ってたわ。いいわ、通しなさい」

女社長「──なるほど?」

女社長「つまりアタシたちがやってることは、武道への冒涜だといいたいワケ?」

兄「そうだ! あんなふざけた鍛錬では健全な精神は身につかないし」

妹「強くだってなれないわ!」

女社長「健全な精神?」

女社長「そんな堅苦しいもの、武道には必要ないわ」

兄&妹「!」

女社長「それと、もうひとつ」

女社長「強くなれない? はたして本当にそうかしら」

女社長「なんだったら、勝負してみる? このアタシと」

女社長「もしアナタたちが勝ったら、アナタの町への進出は取り止めにしてもいいわ」

兄「……受けて立つ!」

『エンターテイメント武道』武道場──

ワァァ……! ウォォ……!

派手に飾られた武道場に、大勢の観客が詰めかけている。

兄(こんな場所……とても武を競い合う舞台ではない!)

妹(絶対に勝たなきゃ……!)

女社長「アナタたちの相手は──彼よ!」ヒュッ

ピシィッ!

女社長が鞭を振るう。

格闘家「コイツらを叩きつぶせばいいのかい、姉さん」ズイッ

女社長「そうよ」

兄「姉さん!? まさか、お前たちは姉弟……!?」

女社長「そう、奇遇ね! アタシもまた、“弟道”の使い手なのよ!」

“妹道”対“弟道”──試合開始。

女社長「さあ、アンタの力を軽く見せてやりなさい!」ヒュッ

ピシィッ!

格闘家「おお、姉さん!」ドドドッ

ドゴォッ!

格闘家のショルダータックルで、兄が車にはねられたようにふっ飛んだ。

兄「ご、はっ……!」ドザァッ

女社長「オ~ッホッホッホッホ!」

女社長「弟はね、生まれた時からアタシが英才教育をつけた格闘技のエリートよ!」

女社長「プロテインを混ぜたミルクを飲ませ」

女社長「おしゃぶりの代わりにマウスピースをくわえさせ」

女社長「ガラガラの代わりにダンベルを持たせたわ!」

女社長「弟はあらゆる武道を超越した、最強の格闘家!」

女社長「そしてそれを自在に操るアタシこそが、地上最強なのよ!」

女社長「次はラリアットよ!」ヒュッ

ピシィッ!

格闘家「どおりゃあっ!」ブオンッ

ドゴォンッ!

格闘家のラリアットが、兄と妹を丸ごとふっ飛ばした。

兄「ぐふっ……! ケタ違いのパワーだ……!」

妹「どうする……兄さん?」

兄「心配するな、妹道にはこういう時の技もある」

兄「兄妹二人で前後から挟み打ちする、妹道“妹挟み”を使う!」

妹「分かったわ!」ダッ

兄が正面から、妹は背後に回り込んで、格闘家を攻める。

女社長「オ~ッホッホッホ! 無駄よ!」ヒュッ

ピシィッ!

格闘家「ぬああっ!」

ガシッ! ガシッ!

格闘家は兄と妹を同時にわしづかみにすると──

ガゴォンッ!

持ち上げて地面に叩きつけた。

兄「が……は……っ!」ピクピク…

妹「ぐえ……っ!」ピクピク…

女社長「あらあら、あっけないわねえ」

女社長「さあ、トドメよ!」ヒュッ

バシィッ!

格闘家「おう、姉さん!」バッ

ズドォォンッ!

格闘家のダイビングプレスをかろうじてかわした兄妹。

兄「あ、危なかった……」

妹「ねえ、兄さん」

兄「ん?」

妹「私に……考えがあるの」

妹「次、あの女がアレをやる瞬間を──狙うわよ!」

兄「アレ? ──そうか! ……分かった!」

格闘家(次の姉さんの指示で決めてやる!)

女社長「今度こそ、フィニッシュよ!」ヒュッ

兄「うおおおおおおおおおっ!!!」

妹「ひえええええええええっ!!!」

格闘家(鞭は、まだか……?)

女社長(しまった! 鞭の音を大声でかき消すなんて!)

兄「これぞ、妹道“兄妹わめき”! 今がチャンスだ!」

ガシッ……!

抱き合う兄妹。

ギュルルルルルル……!

そして、高速回転。

兄「兄と妹、二人分の体重に遠心力を加える!」

妹「これが、妹道“兄妹竜巻”!」

ギュルルルル……! ズドゴォンッ!

竜巻が、格闘家を直撃した。

格闘家「ぐおわぁっ……!」ドサァッ…

兄「よし!」

妹「でもまだ倒しきれてないわ、一気に攻めるわよ!」

女社長(ま、まずい! こうなったら──)

女社長「みんな、出番よぉ~っ!」

「待ってましたぁっ!」 「ヒャッホーッ!」 「リンチだぜぇ!」

ザザザッ……!

観客たちが次々に武道場に降りてきた。

兄「なにい……!?」

女社長「オ~ッホッホッホ! あの観客たちはね、全員ウチの生徒だったのよ!」

女社長「アタシらは弟や妹を武器にしてるんだから」

女社長「当然観客を武器にするってのもアリよねえ?」

女社長「さあ、やっておしまい!」

兄「くっ……!」サッ

妹「こうなったら力の限り、戦うまでよ!」サッ

すると──

ドゴォッ! バキィッ! ドカッ!

乱入した観客たちがみるみる倒されていく。

柔道家「敵が助太刀を使うなら、我々も助太刀させてもらうぞ!」

剣道家「念のため、様子を見に来ていてよかったですよ」

空手家「ガッハッハッハッ! こいつらはオレたちに任せておけい!」

合気道家「にわか武道家どもに、真の護身術というものを教えてあげよう」

弓道家「手足を射抜かれたい者だけ、かかってこい!」

ブオンッ! バキィッ! ズドッ! ヒョイッ! ストンッ……!



兄「みんな……かたじけない!」

妹「あの五人が揃ったら、まさしく無敵だわ」

兄(これで俺たちは女社長と格闘家だけに集中できる……!)

女社長「まったく使えないんだから……! こうなったら最後の手段よ!」

プスッ……!

格闘家の首筋に、注射器を刺す女社長。

兄「なにを!?」

女社長「オホホホ……ちょっとピンチだから、クスリでパワーアップしてもらったわ」

女社長「こうなったらもう、だれにも止められないわよ!」

女社長「オ~ッホッホ、これが弟道の真髄なのよ!」

格闘家「グオオ……ッ!」ビキビキッ

格闘家「グワオォォォォォッ!」メキメキッ

兄「…………」

兄「ゆ、許せん……」ワナワナ…

兄「実の弟を道具のように扱う非道な武道……断じて許すわけにはいかん!」

兄「いくぞ、妹!」ガシッ

妹「ええ!」

兄「妹道“妹之剣”!」

ブワオンッ!

格闘家「ガアアアアアアアアッ!」ブオンッ

バチィンッ!

格闘家の強烈な張り手が、剣と化した妹を弾き飛ばす。

妹「きゃああ……っ!」ガクッ

兄「妹っ!」

兄(くっ……妹が動けなくなったら、妹道は使えない!)

兄(妹道がなければ、俺は所詮ただの中途半端武道家……ここまでか……!)

妹(私が……動かないと……兄さん一人じゃ……)ググッ…



父「なにやっとんじゃあああ、お前たちいっ!!!」



兄「親父!?」

妹「父さん、どうしてここに!?」

父「お前らにいっとくがな」

父「妹道ってのは、兄が妹に頼り切る武道じゃねえぞ! もちろん逆でもねえ!」

父「兄と妹が信頼し合って、互いを高め合うって武道だ!」

父「どっちかが動けなくなったぐらいで、使えなくなる脆い武道じゃねえんだよ!」

兄&妹「…………!」

妹「分かったわ……父さん」

妹「私、もう動けないけど……私、兄さんを応援する!」

妹「新妹道“兄さん頑張れ”!」

兄「!」ピクッ

兄「うおおおおおおおおっ!」

兄「兄さん、頑張る!」シャキンッ

兄の全身に気力がみなぎった。

格闘家「ガアアアアッ!」ブオンッ

兄「うおおおっ!」シュッ

妹「兄さん、右よ右! いいわよ、その調子!」

ドゴォッ! バキィッ! ベキィッ!

妹の声援と指示を受け、格闘家と互角に渡り合う兄。



柔道家「どうして一人では微妙なはずの兄が、あの怪物と戦えているんだ……?」

父「あの二人のうち、どっちがセンスが上かっていうとまちがいなく妹だ」

父「だが、兄もまがりなりにも色んな武道武術を取り入れ、練習し、経験してきた」

父「その証拠に、お前らとも多少は戦えただろ?」

剣道家「たしかに戦えていましたね……多少は、ですが」

空手家「単純な腕力やタフネスは及第点だったしな」

父「兄の微妙な強さに、妹の応援が加われば、強敵とも戦えるってワケだ!」

敵だった者たちからも声援が飛ぶ。

合気道家「一度は小生の弟となったんだ、負けるな!」

弓道家「勝て! 貴様は町一番の武道家だ!」



格闘家「ガアアアアッ!」ブオンッ

兄「うおらぁっ!」シュッ

バキィッ!

兄の拳が、格闘家の顎をとらえた。

格闘家「グオォッ……!」ヨロヨロッ…



父「あの格闘家、考えなしに突っ込むから顎にカウンター喰らいやがった」

父「クスリを打ったのは、大失敗だったな……女社長!」

女社長「うぐっ……!」

妹「兄さん、ファイトォーッ!」



兄「うおっしゃああああっ!」ダッ

格闘家「グオオオオッ!」グワッ

兄「新妹道“兄貴パンチ”!!!」



ドゴォンッ!!!



兄の渾身の拳が、格闘家の巨体をふっ飛ばした。

格闘家「グオオッ……!」

女社長「きゃああっ! 来ないでぇっ!」

ドズゥ……ン……

格闘家と女社長は、姉弟仲良く気絶した。

勝負あり。

格闘家「うぅ……俺は負けた……のか……」

格闘家「姉さん……すまない……」

女社長「いえ、アンタのせいじゃないわ……全て私のせいよ」

女社長「メチャクチャ強いアンタを、わざわざ鞭やクスリで操ったりしたから……」

格闘家「一からやり直そう……姉さん……“弟道”を」

女社長「うん……」

兄「ならば……この町からは手を引いてくれるな?」

女社長「もちろんよ」

女社長「本当の武道家の強さってのが分かったし……経営方針も見直すわ」

兄「そうか……」

兄「もし、また武道を体験したいというなら、いつでもこの町に来てくれ」

女社長「……ありがと」

格闘家「ありがとう……!」

柔道家「すばらしい一撃だった」

剣道家「妹の応援を己の強さにする……これこそ真の妹道ですね」

空手家「兄一人になら勝てると思ってたが、オレもうかうかしてられねえな」

兄「こちらこそ、皆には感謝してもしきれない」

妹「ありがとうございました!」

弓道家「フッ……今後も貴様との交換日記、続けていくぞ」スッ…

兄「ああ、もちろんだ。次は俺の番だな」パシッ

兄「…………」

兄「──あれ? 親父は? さっきまでいたのに……」キョロキョロ

合気道家「酒を飲みに行くって、どこかに消えてしまったよ」

兄「相変わらず適当な人だ……」

妹「しょうがないんだから……」

妹「じゃあ帰りましょっか、兄さん」

兄「そうだな」

妹「でも、道場はどうする?」

妹「この少子化のご時世、妹道は流行らないわ」

兄「たしかに……」

兄「結局いままでどおり、総合格闘技の方向を目指すしかなさそうだな」

妹「流派の名前はどうしようか?」

兄「……せっかくだし、俺たちで編み出した“新妹道”を名乗ろう」

妹「そうね!」

その後──

ワイワイ…… ガヤガヤ……

入門志望者A「ここに入ると妹さんに応援してもらえると聞いて!」

入門志望者B「ぜひ、微妙に強くして下さい!」

入門志望者C「入門すると、応援してもらえて、しかも微妙に強くなれると……」

ワイワイ…… ガヤガヤ……

兄「いや……なんだか変な風に伝わってるんだが──」

妹「とりあえず、しばらくは私、門下生の応援を頑張るわ!」

兄「じゃあ俺も門下生を微妙に強くできるよう、頑張ろう!」



かくして武道家たちの誇りは、封印されし武道“妹道”によって守られた……。

そして今まさに、新たな武道“新妹道”の伝説が始まろうとしている!



                                   < 完 >

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