八幡「だから…………さよならだ、由比ヶ浜結衣」 (936)

『やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。』のSSです


時系列的に7巻以降の話なので原作未読の方はネタバレ注意


スレ立て初めてなので何か問題があれば指摘してください


SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1375267813

やっはろー

①彼と彼女はまだそれに気づいていないのかもしれない。


修学旅行後の代休の翌日、つまり学校の通常の授業が再開される日。本来であれば俺は学校にいるはずだった。この際、

いるはずなのにいないもの扱いされるとかそういう細かいことには言及しない。いないもの扱いしないとクラスの人間が

死ぬとかじゃないのにどうしてなんだろうね。いや、むしろそういう扱いを受けてるおかげで死なずに済んでいる人間が

いると考えよう。もしかして俺、救世主?

まぁ、救世主というのは大げさにしても半ば強制的に入れられた部活のせいでこの半年間、色々な人間の「問題の解決を

するための『お手伝い』」とやらをやらせていただいたので、あながち間違った言い方でもないのかもしれない。しかし、

手伝いという割に何故こんなに負担を感じているのか…………そのせい、とは言わないが今の俺は絶賛風邪引き中である。

だるい……そしてまだ熱い。

とりあえず、家にあった市販の風邪薬を飲み冷却シートを額に貼ったので本当にただの風邪ならそのうちよくなるだろう。

まだ、風邪――かどうかは本当はわからないが、をひいて2日目なので医者にかかるのはまだ早い。俺の場合、医院でも

持ち前のステルス能力がいかんなく発揮されてしまいナチュラルに順番が飛ばされ、むしろ体調を悪くすることが多々あ

った。したがってそういう場所に行くのは最終手段である。まだこんなことを考えていられる時点で余裕はある。

本当に体調悪い時って何も考えられないか、同じ考えがループし続けているだけだからね。…………ん?

いや、今俺の中での嘘と欺瞞について考えても仕方ないし。たぶん風邪なんて引いてなくても堂々巡りになるだけだ。

俺がしたことは問題の解決でも手伝いでもなく、ただ時間稼ぎをしただけに過ぎない。そしてあの時点ではそれが一番

良かったのだ。葉山や海老名たちにとっては…………いや、とって”も”なのか…………?

自分としては上手く調節しているつもりだったんだが…………あんな反応返されても困るっつうか。今まで散々相手の考

えを読めずに失敗してきて今度こそは多少は理解してるつもりだったのにね。やっぱりつもりはつもりに過ぎなかった。

相手が自分との距離をどう捉えてるかなんてわかるわけがない。ただ、ひとつ言えるのは今の状態は近すぎて色々と危険

だということ。ここはお互いのためにも少し離した方が良いのだろう…………自分が退くか、相手を退かせるかは後々

検討するとして…………そんなことをベッドの上で考えながら俺は再び眠りに落ちた。

コンコン


唐突に部屋の扉をノックされる音で俺は目を覚ました。

寝転がったまま体勢を変えて窓の外を見やるともう空が紅くなり始める時間だった。近頃はますます日が短くなっている

のでそう遅い時間というわけでもない。ノックした人間が誰かは明らかだ。

「小町、か?」

「うん……お兄ちゃん、入っても……いや入れても大丈夫?」

「ん、大丈夫……入れても?え」

ガチャリ

違和感のある小町の受答えに疑問を持つ間もなく生返事をしてしまったせいで俺の物理的な最終結界は破られてしまった。

期待

「……こんにちは」

「こ、こんにちは」

俺が上体を起こしている間に小町に続いて部屋に入ってきたのは誰あろう、雪ノ下雪乃と由比ヶ浜結衣だった。

いや、おかしいだろ。あんなことがあった後で。

彼女らにどういう感情があるにせよ、しばらくは俺となんか顔も合わせたくないぐらいに思っていたのに。

マズいな、こういう時に来られると。うっかり本当のことを喋ってしまいそうで。

そんなことを考えているうちに小町は二人を俺のベッドの横に来るように促し、自分は再び扉に向かいながらこう言った。

「じゃあ、あとはお三人でごゆっくり~」

「あ、おい小町!俺は二人を中に入れるのを……」

ガチャン

無情にも扉は閉められ、部屋には俺と雪ノ下と由比ヶ浜だけが残された。

「や、やっぱりまずかったよね……ごめんねヒッキー。あたしたちもすぐ出るから……」

最初に口火を切ったのは由比ヶ浜だった。

いや言ってることはすごく真っ当なんですけど、そんな捨てられそうになってる子犬みたいな目で見ないでもらえます?

この子は口調やらも賑やかだが、表情もやたらと雄弁なのであまり無碍にできないので困る。

なにせあの雪ノ下雪乃が拒否できないレベルだからな。

「いや…………どうせ小町のいらん計らいだし」

「それに何かその……用事があったんだろう?ここでさっさと済ましてもらった方が俺にとっても幸いだ」

本音を言えばこんな状態のしかも自分の部屋になんぞ入れたくはなかったが、とりあえず雪ノ下に関して言えばお互い様

みたいなものなのであまり強く拒否することはできなかった。

「あ、あたしは別に……用事がなくても来てもいいけど、さ……」

「だからそういうこと言うのやめろって……」

「え?」

ヤバい。今思ったことがそのまま口に出てたか。いかんいかん。どうも自分の部屋だと独り言の感覚で喋ってるな。

「あ……いや……俺自分の部屋に人入れるのとか……慣れてないから」

微妙にズレた話題にシフトさせつつこれ以上関係ないことを言わせないように牽制した。

「ご、ごめん……」

「……そろそろ本題に入ってもいいかしら?由比ヶ浜さんと風邪引きさん」

「……また変なあだ名つけられるのかと思ったらほんとのこと言われたからビビッたぞ」

「何か期待を裏切ったようでごめんなさい。でも今日は本当に……あまり喋らせるわけにもいかないから、ね」

ふむ。部長さんには部長さんなりの気遣いがあるようだ。

驚くべきはそんな雪ノ下の変化なのか、それともそんな存在になってしまった俺という人間なのか――――

「それで、具合はどうなの?」

「ん、まあ熱も下がってはきてるし明日には行けるんじゃないか」

「よ、良かった……」

ホッとした様子で胸に手をあてて胸をなで下ろす由比ヶ浜。雪ノ下の表情も少し和らいだように見えた。

「それで、その…………この間は……ごめんなさい」

「あ、あたしも……ごめん」

そう言って雪ノ下は長い黒髪をしなだり落としながら俺に向かって頭を下げ、由比ヶ浜は手を胸の前で合わせる。

「…………な、何のことだよ」

“この間”が何のことかは推測できるが、この二人に謝られるという状況が理解できないので訊いてみる。

風邪ひきがや
きたい

「えっと……よく知らずに……ちょっと言い過ぎた、というか……」

「私も……少し言い方が不適切だったと思うので……あなたに謝るわ、比企谷くん」

心の内を素直に吐露する由比ヶ浜と、あくまで表現にのみ問題を絞って謝罪する雪ノ下。実に彼女たちらしい。

しかし、よく知らずに……とはどういうことだろうか。まるで今は知っているかのような言い方である。

「もしかして今日……何か話したのか?その…………海老名とかと」

「い、今もあんまり詳しいことは分からないけど……」

「姫菜に『比企谷くんをあまり責めないであげて。悪いのは全部私だから』って言われちゃって……」

…………なるほど。直接俺と海老名の間に何かあったと言ったわけではないが、それを示唆することを告げたのか。

“内容はわからないが何か事情があってそうなった”。世の中案外それで納得できることも多いのかもしれない。

そして、お互いに踏み込んでいいと思っている領域がわかっているならそれで上手くいくものなのかもしれない。

しかし、他人の事情なんてそもそもあるのかどうかさえも分からないことの方が多い。そして、普通はそんなことは

気にしないで口に出すものだ。それこそ、あの時の彼女たちのように。だから、そこまで気を遣われる必要はない。

「……そんなに気にするようなことでもないけどな。別に間違ったことを言ったとも思わんし」

「うん。あたしも今でも自分の言ったことが間違いだとは思ってないよ。でも、結局それでヒッキーを……」

先に答えたのが由比ヶ浜だったのでいささかたじろぎそうになったが、俺は続ける。

「仮に正論で相手を傷つけるようなことがあったとしても、俺はそういうのには当てはまらない。だから気にするな」

「それは、その相手のことを何とも思っていないからではなくて?」

出し抜けに発せられた雪ノ下の言葉に一瞬胸が止まった気がした。

風邪比企谷期待

だから、だからお前たちのことも何とも思っていないから……俺は傷ついてなんかいない、とはさすがに言えなかった。

俺が沈黙してしまった間に雪ノ下が続けた。

「この際、あなたがどう考えているかは気にしないわ。だから、この謝罪は自己満足と思ってもらって全く構わない」

「……そうですか」

先に向こうからそう言われてしまってはこう返すしかない。

まぁ相手が俺のことなんて気にしていない、という体の方が自分も気が楽でいい。

これはこれでぼっち同士の気の遣い方としては一つの解なのだろう。俺が奉仕部の活動でそうしてきたように。

俺の自己満足で他人を助けてきたんだから、それで自分がどんな目に遭おうともそれは自己責任の範疇だ。

「あ、あたしは気にしてるけど……ヒッキーが……何考えてるのか」

「え?」

「だって最近のヒッキー……思ったことそのまま言ってくれてない……気がするから」


……全くそういうことには相変わらず目ざといのな、由比ヶ浜は。つい最近まで俺自身すら自覚してなかったことなのに

もうお見通しなの?あなたはエスパーか何かですか。絶対可憐とか言い出しちゃうの?

「……それはお前の気のせいじゃないか?というか思ったこと言うかどうかなんて俺の勝手だろうが」

嘘にはならない程度の言い回しで適当に誤魔化してみるテスト。

「それはそうかもしれないけど…………今のヒッキーは……文化祭の時のゆきのんみたいだから……その」

「その程度のことならこの男の場合、別に心配するほどのことではないわ」

「そ、そうだ。心配することのほどではない。俺と由比ヶ浜があの時のお前をどう思っていたかは置いておくにしても」

ここまではいつもの雪ノ下の気を遣わないという気遣いだと思っていたのだが。


「”本当にその程度のこと”だとしたら、ね」

「ゆきのん……」

意味ありげな視線をこちらに向けた雪ノ下の表情は……何故か文化祭後の平塚先生のことを思い出させた。

今まで散々皮肉を言い合ったりあてこすりをしてきた相手だ……その言外の意味するところがわからないはずがない。

しかしその内容を口に出すことははばかられた。認めてしまうのは怖かった。だから俺はまた黙るほかなかった。

「まあそういうことだから……私はそろそろ失礼するわ」

「じゃ、じゃああたしも……あ、あと来る途中でポカリ買ってきたからもしよかったら飲んで」

「小町ちゃんが冷蔵庫に入れておいてくれたと思うから」

「……そりゃどうも」

雪ノ下が向きを変えて扉へ歩いていく中、由比ヶ浜はリュックをおろして何か取りだそうとしている。

「あと、これも」

取り出して掌の上に乗せられていたのはSDカードだった。由比ヶ浜とこういう物の組み合わせってなんだか妙だ。

「……何か由比ヶ浜が俺に渡すようなデータなんてあったか?」

「しゅ、修学旅行の写真だよ……一緒に撮ったでしょ?」

そういえばそうだった。普段写真なんて撮る習慣がないからすっかり忘れて…………いや、珍しいことなら覚えてなきゃ

むしろおかしい。修学旅行は……最後の記憶がインパクト大きすぎだったからだ。それを認めてしまっていいのか俺は。

「そうだったな……これはデータだけコピーして明日にでも返せばいいのか?」

「うん、そうして」

「了解」

俺が受け取ったSDカードを机の上に置いたのを見ると由比ヶ浜もリュックをしょい直して扉の方に向かって歩き出す。

「じゃ、じゃあヒッキーお大事に」

「……お大事に」

「ああ」

扉の前で待っていた雪ノ下は頭を下げ、由比ヶ浜は小さく手を振って部屋から出ていった。



「……ふぅ」

部屋の中が静かになり、また横になると安堵か寂寥か自分でもよくわからない変なため息が出る。

「…………寝よ」

俺は再び視界を暗くした。

夕飯を済ませた後くらいには熱もほぼ下がっていたので由比ヶ浜が渡したSDカードのデータをコピーすることにした。

が、いいのかよ、これは…………俺と由比ヶ浜が写ってる写真だけじゃなく修学旅行中の他の写真もあるんですが。

いや、それだけならまだしも…………由比ヶ浜のデジカメで撮ったものたぶん全部見れちゃうんですけど…………

これってたぶん夏休みに行った家族旅行の写真だよな…………てかそれ以外にも色々撮ってるのね、この子は。

わざと?…………と言いきれないのが由比ヶ浜の所業…………明日返す時なんて言おうか。黙っとけばいいのか?

あ、さすがに良心が咎めたので俺が写ってる写真以外はコピーしてないですよ。ホントですよ。



…………なんだか寝る前にまた熱の上がりそうなものを見てしまった気分だ。

今日はこんなところで終わりです。週末までにはなんとかして続きを投下したいと思います。

乙!

乙です

乙やで!
期待期待!

続きを多少書いたので投下します

②これでも比企谷八幡の学校生活は平穏に過ぎていた。


とりあえず昨夜の心配は杞憂だったようで、熱がまた上がるようなことはなくだるさもほぼなくなり、普段より少し早い

時間に目を覚ますことができた。リビングに向かうともう小町が朝食の準備を済ませたところだった。例によって親二人

はもう出払っている。仕事なのでまあ致しかたないところではある。

「あ、お兄ちゃんおはよう。もう治った?今日は学校行けそう?」

「おはよう小町。まぁほぼ治ったみたいだから今日は行けそうだ」

一緒にテーブルに着くと小町は何やら口元を押さえてニヤニヤし始めた。いくら千葉名物?のシスコンの俺としてもこの

表情はちょっと擁護できないできないレベルでキモい。さすがは俺の妹。

「……どうした小町。何か悪いものでも食ったのか?」

「いいえ?ただ、昨日小町が呼ばせた薬の効果があったのかな?と思いまして」

「……薬は飲ませるもんであっても呼ばせるもんではないはずだが」

「またまた~。みなまで言わせるなど野暮なことをお兄ちゃんは要求しちゃうんですか?」

……何を言いたいのか全くわからん。まぁわざと相手に伝わらないことを言って話を続けさせることは俺も時々やるので

あまり人のことはいえないのだが。とりあえずここは首をかしげておこう。

「昨日はお楽しみだったじゃないですか」

「誤解を招くような言い方をするな」

「まぁ事実としてはお兄ちゃんが美女二人を自分の部屋に連れ込んで……」

「それも事実じゃねえから。連れ込んでないから。あの二人を呼んだのはお前だろうが」

美女二人……というところまでは否定しませんけど。

「まあまあ……細かいことはいいから。それで元気になったのなら結果オーライってことで」

「……むしろ熱が上がるかと思ったけどな」

夜に見た写真のことも頭に浮かんで思わず俺は小声でつぶやいた。

「え?」

「な、なんでもない。それよりさっさと食おうぜ」

「お兄ちゃんのケチ!話したことくらい喋ってくれてもいいじゃん!修学旅行の話もまだ聞いてないのに」

小町はべーっと舌を出して顔をしかめた後トーストを手にとってかじり始めた。

そういえば思い出話をみやげに……なんてことを言ってたっけかな。帰って早々に寝てしまっていたから忘れていた。

「まあ、そういうのは今日以降な」

「むー」

話すとは一言も言っていないけれど、まだ本調子でない自分を気遣ったのかそれ以上はツッコんでこなかった。

朝食を終えて片付けと準備を済ませ、玄関に向かう。

「忘れ物とかないか?」

「大丈夫大丈夫。あっ……お兄ちゃんの修学旅行のみやげ話なら」

「後だ後」

「ちぇー」

「あ」

っと。危ない危ない、俺が忘れ物するところだった。

修学旅行という単語で思い出したが、由比ヶ浜のSDカードを鞄に入れるのを忘れていた。

いったん鞄を下して階段を上がって自分の部屋に戻り、机の上に置いたままだったそれを手に取った。

「やっぱり口に出して確認するもんだな……電車の運転士じゃないけど」

「……珍しいね、お兄ちゃんが忘れ物なんて」

「!」

突然背後から聞こえた声に思わず振り返る。いつの間に俺の部屋に入ったんだよ。

いくら血の繋がった兄妹とはいえこんなステルス能力まで受け継がなくていいから。怖いから。

「ビックリさせんなよ小町」

「むしろ小町がビックリだよ。お兄ちゃんいつも念入りに持ち物確認してるし」

そう。ぼっちにとって忘れ物というのは致命的な問題なのだ。「忘れたから誰かに借りればいいや」というような

甘ったれた考えの持ち主には想像できないかもしれないが。そこ、借りる相手がいないだけとか寂しくなるツッコミ

は控えるように。それに教科書など俺なんかが隣の席の人に見せてもらえたところでどうにも不自然な状態である

ことには変わらず、見せた人が衆目に晒されるのもかわいそうな話である。だから、忘れ物はしないよう最大限の努力

を払ってきた、つもりだった。

「あ~……まだ病み上がりだからかな」

「大丈夫?やっぱり休む?…………ところでそれ何?」

妹なりの優しさを見せたかと思えばさっそく地雷を踏みに来るとは。マインスイーパなら即ゲームオーバーだぞ。

「見りゃわかんだろ」

手に取っていたものを指でつかんで小町に見せる。

「そうじゃなくて…………あっ!もしかして」

「いいから下降りよう、な!」

「はいはい……」

手にSDカードを握ったまま、渋る妹を押しやりながらまた階段を下りて玄関に戻る。

俺が鞄の中にそれをしまい直すと小町が何やら嬉しそうな様子で言う。

「それ、修学旅行の写真が入ってたりする?……昨日雪乃さんか結衣さんにもらっちゃったりして」

何でそんなことまで分かっちゃってるの?この妹は。もしかして探偵だったりする?名探偵コマチ……語呂は悪くないな。

「まぁ……昨日由比ヶ浜から借りたんだよ」

否定したところでどうしようもなく、嘘をつく理由も特にないので事実を簡潔に告げた。

「え~小町も見たいなあ、そのSDカードの中身」

……さすがにそれはマズい。小町がこれの中身を見るということは俺が由比ヶ浜のアレコレの写真を見たことがバレる

のに等しい。しかし、幸いにして断る理由を見つけるのはごく簡単だった。

「先に今日返すって約束しちまったんだよ」

「それにデータはコピーしたから後で見ればいいさ。少なくとも俺が写ってる写真しかないが」

「まぁそれなら後で見せてもらえばいいか…………ん?」

「それよりもう外出よう」

俺の最後の言葉に少々の疑問を感じたようなので、さっさと妹を玄関から外に追い出して扉の鍵を閉めてしまう。

「じゃあいってきます」

「……いってきます」

もうカマクラの他に誰かがいるわけではないが習慣となっている挨拶をしてから家の外に出る。

「お兄ちゃん……写真とみやげ話、忘れないでよね」

「……はいはい」


……なんだか出かける前から疲れてしまった。

自転車通学はこのぐらいの季節になってくると再び辛くなってくる。速く走れば体は温まるが風圧はキツくなるし、

ゆっくり走ればそれはそれで寒いままだ。再び、というのは夏は夏で暑くて辛いからだ。というか温暖化だの異常気象

だの散々言われているが最近はホントに季節的に辛い時期が増えてるような気がする。夏・冬が長くて春・秋が短い。

生きるだけでも充分辛いのに勘弁してほしいです、地球よ。

自然も人間も優しくないのなら、やはり自分で自分を甘やかすしかないな。

あ、でもこの季節に飲む温かいMAXコーヒーは至高だと思います。なんだ、冬もやればできるじゃないか。

そんなことを考えつつ学校の駐輪場に着き、俺は自転車に鍵をかけていた。すると、背後から聞きなれた声がする。


「お、おはよー……」

向き直るとそこには茶髪にサイドを団子にした、いかにもイマドキの女子高生って感じの容姿の由比ヶ浜結衣がいた。

寒くなってきたせいなのか今日はピンクのマフラーを首に巻いている。

どうでもいいがこいつにピンクが似合うのはアホっぽいせいなのか、と余計なことを考えてみたりする。

しかし、風邪というわけでもあるまいにその声はあまり元気な様子ではなかった。

「おはよう…………なんか調子でも悪いのか?」

「え!?い、いや違うし……ヒッキーはもう、風邪大丈夫なの?」

「まぁ熱も下がったし、まだ本調子ではないがほぼ治ったかな」

「良かった…………ところで、……えっと……その……見た?」

胸の前で指で三角形をつくる、恥ずかしがる時にやるいつもの癖で目を逸らしながら彼女はそう言った。

期待期待

「……何を」

“見た”という言葉に心当たりがないわけでもなかったが、俺が先に言うのも負けな気がしたのでこちらから訊き返す。

「しゃ……写真」

「ああ、修学旅行の。見たけど、それが何か」

嘘は言ってないぞ、嘘は。

「そ、そうじゃなくて…………その……他の…………」

どんどん声が小さくなっていき、最後の方は聞き取れなかったが彼女が言いたいことは理解した。

そこまで訊かれては仕方ないので由比ヶ浜の視線から顔を背けつつ、俺は頬を指で掻きながらこう答えるしかなかった。

「ま、まあ……フォルダとかに分けられてなかったから……その……」

見る見るうちに紅潮していく由比ヶ浜の顔に連動してこちらの顔の温度も上がっていく気がした。

「ご、ごめんねヒッキー…………」

てっきり「キモい」「変態」「ストーカー」などと罵倒されるかと思ったのに意外なことに謝罪されてしまった。

「い、いやこっちこそ…………その、知らずに見て…………悪かったな」

「……」

「……」

「「あ、あの」」

沈黙を破ったのが同時だったので、由比ヶ浜がどうぞどうぞと手を差し出す。

「あ、えっと……俺の部屋に由比ヶ浜が入ったことと写真のことで差し引きゼロってことにしないか」

「もしそれでまだ不満があるなら……何か要求してもいいけど、さ」

お互い意図しないところでプライベートな領域に踏み込んでしまったのだ……これでどうにかならないか。

「……わかった。とりあえずそれでいいよ。でも……大丈夫?」

「大丈夫って何が」

「その……写真見てあたしに対する……イメージとか変わったり…………」

……まだそんなことを気にしていたのか、この子は。以前から他人の目を気にしすぎるという特徴はあったのだが、

奉仕部に来てそんなことは意に介さない人間――それはそれで問題あるのだが、を見て多少はそういったものから解放

されたものだと思っていた。ここは俺のような人間を他山の石としてもらって大いに学習してもらうことにしよう。

ちなみに写真自体はイメージ通りのものしかなかったと記憶している。

「あのな、前にも言ったと思うが……俺の他人に対する印象なんてそうそう変わるもんじゃないぞ」

「……それは印象そのものがないか、嫌ってるだけなんでしょ?」

そういえばそんなようなことも言ったっけ。あ、この展開はマズいことになりそう。


「ヒ、ヒッキーは…………あたしのことも……嫌い?」

「…………いや……嫌いではないが……」

そんな頬染めて目潤わせながら、上目使いで訊かれて嫌いなんて言えるわけないでしょう、ほんとに困るからやめて。

「そもそもだな…………自分の他人からの印象をコントロールしようと思う時点で間違ってんだよ」

個人的な感情の話になると収拾がつかなくなりそうなので、無理やり話を一般論に戻す。

「……別に俺だって最初から人に嫌われようと思って行動してぼっちになったわけじゃないからな」

「好かれようと思って嫌われることなんていくらでもあるんだから、そんなこといちいち気にしなくていい」

「自分の他人からの印象はコントロールできない…………か」

人差し指を顎に当てて何か思案している由比ヶ浜。一転して何故かその表情はどこか楽しげだ。

「じゃあその逆もあり得るってことだから…………」

手を下して俺の顔を正面から見据え、彼女は確信めいた顔で力強くこう言った。


「……もしヒッキーがわざと嫌われるようなことしても、あたしのヒッキーに対する印象は変わらないからね」


ダメダメダメダメ!そういうこと言っちゃダメだって!…………いかん、落ちる。何がとは言わないが。

多分これカウントダウン入った。じゃあ落下じゃなくて打ち上げか。俺はロケットか何かか。

大気圏脱出してランデブーに入る前に爆発炎上が関の山、かな…………やっぱり落ちるのか、俺。

「そ…………そうですか」

「うん、そうだよ」

変な汗が出ておそらく目も泳いでたであろう俺は、そう答えるのがやっとだった。

俺の反応などまるでなかったかのように彼女はニコニコしながら話を続ける。

「あ、あとさっき言ってた要求の話だけど…………ヒッキーあの約束忘れてないよね?」

「な、なんでしたでせうか」

頭が回って何のことやらわからない。そういえば宇宙飛行士って平衡感覚を養うために回転椅子に乗せられてたっけ。

「もう…………文化祭の時の!」

そこまで言われてやっとハッキリした。由比ヶ浜にハニトーを奢られたので何かお返しをしないといけないんだった。

もちろん忘れてなんかいないさ。ちょっと今は頭の中が混線していただけで。ジャムってただけで。ハニーではなく。

「わかってる。今はその……色々考え中でして……」

「ふぅん?まあ忘れてないならいいけど……」

「あんまり時間かけ過ぎると自然とハードル上がっちゃうからそこら辺は気をつけてね」

……確かに。人ってあんまり待たせられると期待値が上がっちゃうのよね。俺自身の経験でもそういうことはあった。

長期休載してた漫画が連載再開して、いざ読んでみるとあれ?こんなもんだっけ?と思うみたいな。

「その場合、ハ、ハードルをくぐるというのは……」

「ダメに決まってるでしょ?そんなの」

「……ですよねー」

笑顔であっさりと却下されてしまった。ま、当然ですが。

「じゃあそういうことでよろしくね、ヒッキー」

「お、おう」

「……そろそろ行こっか」

俺が返事をする前に鼻歌交じりに昇降口に向かって歩き出す由比ヶ浜。

「あ、おい!SDカード!」

ステップの軽い彼女と対照的に、その後姿を追いかける俺の足取りは何故か重かった。

病み上がりとかそういう理由ではない。どうすりゃいいんだよ、これから先…………

とりあえず今回はこんなところで失礼。次回は土日あたりを目途に投下したいと思います

乙!

いいね

乙乙

今回は少し短いですが、キリのいいところなので一度投下します

先を行く由比ヶ浜と適当に距離をあけつつ、さも別々に来たかのように彼女の後で教室に入る。するといくつかの

あまり心地よくない視線が俺に刺さる。まるで何か痛々しいものでも見るかのような目だ。ま、別に間違ってるわけ

じゃありませんが。1級拒絶鑑定士だけでなく1級視線鑑定士も取得している自分にはその視線の意味するところが

すぐに理解できた。憐憫と嘲笑――――あぁ、もうクラス内では周知の事実なのね、修学旅行中のあの出来事は。

あれを見たのはごく限られた人間だけだった筈なのにな。まぁ壁に耳あり障子に目ありと言うくらいだしね。竹藪では

それこそ筒抜けみたいなもんだ。おまけに独立してるのかと思いきや地下茎で繋がっていたりもする。俺のような”林立”

しているぼっちなどとはたとえ地面を共有していたとしてもまるで違う世界で生きているのだ、この辺りの住人は。

しかし、この様子だと戸部が海老名さんに告白しようとしたことは公になっていないようだ。そもそもそうでないと俺の

したことにも意味がなくなるしな。葉山や三浦や海老名さんの懸念はとりあえずは解消された。そして、このグループ内

ではひとまずその話題は封印することになったらしい。教室の後ろの方で喋っていることも全然関係のない話のようだ。

そういう意味では文化祭後とは結構状況が違う。トップカーストが話題にしなければ情報の伝播も弱くなるし、今回は

俺が悪人になったということでもない。だから、”クラス内”での俺の立場はそこまで悪くはなっていなかった。

席についてふと、また別の視線が刺さったのでそちらを向くとまたもや目を逸らされてしまった。

川崎沙希。普段も弟とメールしている時以外は、不機嫌そうな表情をしている彼女だが、今は本当に何かに怒っている

ような様子だった。…………俺、何かマズいことでもしたのかな。

身に覚えのないことをいくら考えても仕方ないので、荷物を取り出して机の中に入れロッカーに鞄をしまいに行く。

自分の席に戻り、寝る体勢に入りかけた頃に横から声がかかる。その心地よさたるや思わず昇天するかと思った

レベル。しかし実際問題天使なのだからしかたない。瞼を開けて顔を向けると微笑を浮かべる戸塚彩加の姿があった。

「おはよ、八幡」

「お、おはよう戸塚」

「由比ヶ浜さんから風邪って聞いてたんだけど……もう治った?」

心配そうにこちらを覗きこんでくるその表情を見て思わず言ってしまう。

「ああ……たった今完治したよ。戸塚のおかげでな」

「ええ~それどういう意味?」

少しあきれたような感じで笑って返してくれる。この子はこの子で”林立”している感じなのに地下茎がないわけでもない

不思議な存在だ。ただでさえ俺に話しかけてくれる人間というだけでも貴重なのに。

俺がさっきの質問に答える前に戸塚は話を続ける。

「ところで、その……どうだったの?結局……修学旅行の」

ああ、そういえば戸塚は知ってたんだったな。戸部の好きな相手が海老名さんだということに。立場を変えて考えてみる

と今の状況はいささか変である。何故か彼女に告白したのが俺になっているのだから。

「なんというか……まぁ、その仕切り直しになったというか。ほら、」

そう言って葉山たちの方を指さす。彼らは傍から見れば修学旅行以前と何ら変化がないように感じられる。

「……そっか」

これでとりあえず戸部の告白の件については納得して頂けたようだ。できればこのままスルーしてほしい、俺のことは。

「でも…………大丈夫なの?」

心優しい戸塚大天使様のことだ、そうは問屋が卸さない……わかっていたけど、俺はこう答えるしかない。

「……大丈夫だ。俺のことは気にするな」

「い、いや……八幡もそうだけど……僕はむしろ由比ヶ浜さんの」

「え?」

アレ?今とっさにフォローしてくれたみたいだけど、俺のことじゃないのか……自意識過剰かよ、なんか恥ずかしい。

ハハハ、別に戸塚が見知った相手だからといって俺が心配されるような存在じゃないのは自分が一番よくわかってる

つもりだったのに。……なんか俺、落ち込んでる?

それにしても、何で戸塚が今回の件で由比ヶ浜のことを心配するのだろうか……よくわからないな。

「な、何故そこで由比ヶ浜のことが話題に出てくるんだ?」

「えっ!?…………だってそれは八幡が……ううん、なんでもない。気にしないで」

「お、おう……」

人間見るなと言われたら見たくなるもんだし、気にするなと言われたら気にしてしまうものである。しかし、この場合

相手が戸塚だ…………戸塚が嫌がる姿は見たくないのでそれ以上追及しないことにした。

ごめん、今自分に嘘つきました。戸塚が嫌がる姿も見てみたいです…………が、とりあえずここは我慢します。

「……ところで、八幡は今日部活に行くの?」

「そのつもりだけど」

「ふぅん…………それなら別にいいのかな」

戸塚は軽く頷きながら何か一人で納得したようだった。

「じゃあ頑張ってね、八幡」

「……と、戸塚もな」

部活の事なのか何なのかいまいちハッキリしない激励をし合って戸塚との話を終えた。……そろそろHRの時間か。

他の人も教室に戻ってきたり、席につき始めている。……俺のこの状態もしばらくの辛抱だ。この先良くなるとわかって

いるのなら今悪くてもそんなに憂鬱にはならない。自分の存在がちっぽけ過ぎるとかセカイがつまらないとかそういう類

の悩みではないのだ。だから、ここにいる間はそんなに気分は落ち込んではいなかった。

今回はこんなところで終わりです。上にも書きましたが次回は土日を目途に予定してます。

ちょっと今のところの印象も知りたいので何か感想とかあればレス頂けると幸いです。

とつかわいい

ハッピーエンド希望

おもしろいですぜ

一見穏やかに元通りっぽくなりつつも、今後の展開は穏やかにいかなそうな感じがいいですね。
今後の展開に期待しています。

あと、長編はやっぱり最後までどうなるか分からない方が読む方は楽しめるかな?

続き期待期待

さあ来い!

ヒッキーかわいい

なんか思ってたより長くなりそうので日付が変わるまでにはなんとか投下開始したい

期待

液体

そろそろ投下します。酉つけてみました

きたああああああ

③その均衡を壊すのが誰なのか、彼らはまだ知らない。


特に何事もないまま午前の授業、昼休み、午後の授業と時間は過ぎていった。ただ、いくら教室が俺にとってのアウェイ

で冷たいといっても病み上がりの状態でこの季節に外で昼飯を食べたのは手痛いミスだったような気がする。

教室は冷たく、外は寒い。八方ふさがり。いや、ふさがってるなら暖かそうだな。体調が良くないのなら保健室という手

もあったのかもしれないが、あの独特な臭いの中で飯を食べるのもどうなんだという気がしてやめておいた。

そろそろ他にどこかいい場所を見つけないとな、屋内で。奉仕部部室などは最初から選択肢に入らない。あそこは部長

である雪ノ下雪乃の領土みたいなものだからな。俺のような不審者が下手に近付けば領海侵犯で即射殺されるレベル。

しかし、周りの永久凍土を融かしてまんまと氷の女王のテリトリーの侵入に成功してしまった奇特な方もいないことも

ないですが。彼女は固有の領土こそ持っていないものの持ち前の空気読みスキルと八方美人ぶりを発揮して色々な

ところにしっかりと自分の居場所を確保している。あれで頭が良ければ優秀なスパイになれたんじゃないだろうか。

おっぱいは大きいからハニートラップには向いているかもしれないな。まぁそんなことしなくても彼女の場合、男子に

とっては存在そのものがトラップみたいなものですが。俺も危うく引っかかりそうになったことがある。今でもそうなの

かは知らないけど。


冬場の昼食の場所の候補を思案しながら部室の扉を開けると、そこには件の氷の女王もとい雪ノ下雪乃がいつものように

椅子に座って本を読んでいた。不思議なもので、部屋の体感温度というものは人間がひとりいるだけでもだいぶ温かく

感じられるものだ。たとえそれが彼女であったとしても。

「うす」

「こんにちは、比企谷くん。鬼の霍乱はもう治ったのかしら」

「まぁほぼ治った感じだけどな……だが俺は鬼なんかじゃねぇぞ。ゾンビと間違えられることはあっても」

「……確かにほぼ治ったみたいね」

何か安心した様子でふぅっと息をつき、彼女は続ける。

「案外由来を考えると間違っていないのかもしれないわよ。元々『鬼』という単語は『おんに』つまり陰を表す言葉から

派生したものだそうだから……比企陰くん」

「また、変なあだ名つけやがって……それが病み上がりの人間に対する仕打ちかよ」

「……だったら、大人しく黙っていることね」

「……」

少しは雪ノ下が優しくなってくれることを期待して、俺は黙ることにした。断じて論破されたからではない。どうでも

いいけどダンガンロンパって彼女にこそふさわしい言葉のような気がする。実際のその言葉の使われ方は知らんけど、

なんとなく字面的に。俺が席についた後はしばらくの間、またいつもの沈黙が続く。


「ゆきのん、ヒッキーやっはろー!」

「こんにちは」

「うす」

扉が開いていつもの頭の悪そうな挨拶をして由比ヶ浜が部室に入ってくる。

部員が揃えばもうやることは決まって放課後ティータイムである。軽音部ではなく。

めいめいに机の上に菓子を取り出し、雪ノ下は紅茶を淹れる準備をする。

しばらくしてお湯が沸いた後、慣れた手つきでティーカップとマグカップと湯呑みに紅茶を淹れていく雪ノ下。

……湯呑み?そんなものあったっけか。俺が怪訝な目で前に置かれているそれを見ていると彼女はつぶやいた。

「……これは部活動の備品の支給よ」

「そ、そうなんですか」

「ええ、そうよ」

「……」

そう言われてしまってはあえて反論するのも受け取るのを拒否するのも何かおかしいので、少し冷ましてから手に取り

紅茶を飲む。美味い。季節が寒くなると温かい飲み物のありがたみというのはますます増すというものだ。

雪ノ下は雪ノ下でさっきの会話などなかったようなそ知らぬ顔でティーカップに口をつけ紅茶を飲んでいた。

そんな様子を横目で見ていた由比ヶ浜は少しあきれたような微笑で肩をすくめる。

しかし、部活動の備品ねぇ……その湯沸しポットもティーポットもソーサーもカップも私物にしか見えないんですが。

マグカップはマグカップで由比ヶ浜のものだろうし……

「雪ノ下」

「……何か?」

件の湯呑みを持ち上げて雪ノ下に見せながら疑問に思ったことを訊いてみることにした。

「さっきこれを部活動の備品として支給すると言っていたが……」

「言ったわよ」

「ということは、別にこれは俺のものになったというわけではないよな」

一瞬だけ顔を下げて目を瞑り思案する様子を見せた後、雪ノ下は告げる。

「……そのように解釈してもらっても別に構わないけれど」

「ただ、どのみちもう一度あなたが使ってしまったのだから、これを他の人間が使うことはないと思うわよ」

「……確かにそれもそうだな」

さすがに比企谷菌と呼ばれる実力があるだけのことはある。自分でも納得してしまった。

「そ、そうとも限らないんじゃないかな?」

湯呑みを見ていた由比ヶ浜が唐突に口を挟んできた。

「そういう訳のわからないフォローとか別にいらないから。それとも何?お前この湯呑み使いたいの?……変態?」

「えっ!?そっそういう意味じゃなくて……ばっ、バカじゃないの?ヒッキー」

そう言いながら胸の前で激しく手を振り否定した。カップに当たりそうで危ないからやめろ。

「はいはい、俺は馬鹿ですよ……」

「そ、そうだよ……ヒッキーはバカだよ……」

あ、別にそこは否定とかしてもらえるんじゃないんですね。さっきフォローされたからつい期待してしまった。その程度

のことも予測できないとはやっぱり馬鹿ですね、自分は。

「そうね、比企谷くんは馬鹿ね」

そこ、誰が追い打ちをかけろと言った。しかし発せられた酷い言葉とは裏腹に二人は似た表情で俺のことを見てくる。

ハハハ、そんな目で見ないでくださいよ……まるで俺が可哀相な人間みたいじゃないですか。

何故か修学旅行の時の記憶がフラッシュバックする。

これ以上二人のこんな顔は見たくないので、俺は話題を元に戻すことにした。

「しかし、なんでわざわざこんな湯呑みを?俺は別に紙コップでもよかったのに」

「数える程度にしか飲まないのなら、それでも別に構わないわ。しかし、使い捨てを続けるのは環境的にも……」

「……ま、俺がいる時点で環境的には悪いんですけどね。菌とか言われることもありましたが」

「また出た……ヒッキーの自虐……」

「あら、そんなこともないわよ?比企谷菌」

「フォローしてるのか追い打ちかけてるのかどっちなんだよ、それ……」

「あら、フォローしてるつもりだったけれど?主に菌の方を」

「それ、フォローしてる対象間違っているから……」

俺じゃなくて菌のフォローしてどうすんだよ……雪ノ下はツッコミを無視して続ける。

「別に菌といっても菌糸類など色々あるし、環境的に有害とは限らないわ。比企茸くん」

「俺はキノコか何かか!?ちなみに俺はキノコ派でもタケノコ派でもどっちでもないぞ」

「あ、あたしはキノコ派かな……?」

そういえば由比ヶ浜、キノコ好きそうだもんな。なんかそういうカンバッジを鞄につけてたような記憶もあるし。

しかし、何故キノコ…………初期の彼女の料理の腕前は確かに毒キノコレベルだったが。

雪ノ下は初めて聞いた用語が出てきたせいか、首をかしげて由比ヶ浜に耳打ちしながら尋ねる。どうでもいいけど

誰かの悪口でなければ女の子が耳打ちしてる姿ってなんかいいよね。……なんならされるのも悪い気分しない。

「あ、あの……キノコ派タケノコ派って何のことかしら?」

「え?ああ、きのこの山とたけのこの里のどっちが好きかってだけの話だよ」

「そういえば、前に由比ヶ浜さんが持ってきてたお菓子にそんな名前のものがあったかしらね……」

「そうそう、それそれ!……で、ゆきのんはどっち派?」

「わ、私は特にどっちが、ということは……」

ほう。無派閥が二人、つまりは俺が多数派に属したことになるのか。珍しいこともあるもんだな。……それ多数派か?

「……今回は由比ヶ浜がぼっちということみたいだな」

「むぅ……た、たかがお菓子の好き嫌いくらいで大げさだよ」

「その通りだ由比ヶ浜。お前も少しは世の中の仕組みとやらがわかってきたようだな」

頭にクエスチョンマークを浮かべた顔と怪訝そうな顔で彼女たちはこちらを見やる。

「いいか?世の中の派閥争いなんて大概がくだらんものだ。争うこと自体がすでに馬鹿馬鹿しい」

「やれ犬派だの猫派だの、好きなアイドルはどっちだ、だのそんなもの個人個人が勝手に決めりゃ済む問題だろ」

「……それは確かにそうね。私もよく意味の分からない同調を求められて困惑したことは何度もあったわ」

「そ、それはたぶん……みんなと一緒ってことで安心したいんだ、と思う……」

「「みんな、ね……」」

同時にため息が漏れ、同じことをつぶやく俺と雪ノ下。”みんなと同じ”でいられるのなら、それはそれで安心できたの

かもしれない。しかし、それができなかった人間もいる。そういう人間は、むしろ”みんなとは違う”ということに価値を

見出していき、自分のアイデンティティもそういったところに求めていく。ただ、そういう考えはますますぼっちを加速

させることにもつながったのだが。

「そ、そりゃヒッキーやゆきのんは違うんだろうけどさ…………ところで世の中の仕組みって?」

「ん……話を元に戻さないとな。そうだ由比ヶ浜、ギャンブルで絶対に賭けに負けない方法って知ってるか?」

「え?な、なんで急にそんな話に?……う~ん……ヒッキーの考えそうなことだから……」

腕を組んで唸りだす由比ヶ浜。体の一部分が強調されて、別の意味で俺が負けそう……煩悩的に。

「あ!わかった。そもそも勝負しないんだ!」

自信満々に人差し指を突き出して答える由比ヶ浜。ほう……なかなかこの子もヒキガヤイズムがわかってきたみたい

じゃないか。だが、惜しい。

「……それもある意味正解といっちゃ正解だ。手を出さなきゃ負けることはないわな、確かに」

「しかしギャンブルそのものをしないわけじゃない、はいどうする?」

さすがにもう何も思いつかないのか隣の雪ノ下に助けの視線を送る。するととっくに正解を知っていたかのような素振り

で彼女はこう答えた。

「胴元になること、とでも言いたいのかしらあなたは」

「どうもと…………剛?」

「某アイドルユニットのメンバーじゃねぇよ……体の胴体の胴に元気の元の方の胴元だ」

たぶんここまで説明しても意味わかってないよなあ……由比ヶ浜の場合は。

「由比ヶ浜さん、胴元というのはギャンブルの親や元締めのことよ」

「親、元締め……」

おうむ返しになってるだけだな、わかってませんねやっぱり。

「親なら……ほら、カジノでカード配ったりルーレットで玉転がす人のことだよ」

「元締めで身近なところで言えばパチンコの経営してる人だ」

はっとした様子で手を打つ由比ヶ浜。ようやくピンときて頂けたらしい。

「要するに場所や道具を貸してお金を取っている人のことよ。こういう人たちはギャンブルの参加者が勝とうが

負けようが関係なく儲けられる。それでいいのよね?賭けに負けない方法というのは…………比企谷くん」

「その通り。おまけにこの理論はさっきの派閥争いにも使えるというわけだ」

「……どういうこと?」

またしても首をかしげる由比ヶ浜……さすがに雪ノ下の方は話の結末が見えたようでふんふんと頷いている。

「つまり、争いごとをわざと起こして儲けてる奴がいるってことだよ。きのこたけのこなら製菓会社、アイドル総選挙

ならプロデューサーや芸能事務所。参加者がハマればハマるほどいわば胴元が儲かるという寸法だ」

「な、なんか嫌な話だなあ……」

「だから、そういうものは遠巻きに見てるぐらいでちょうどいいってことだよ。ぼっちでいる限り負けることはない!」

「……結局そういう話のオチになるのね、あなたは」

由比ヶ浜と雪ノ下は微妙に違うニュアンスで苦笑いをした。



「……そう、一人でいるだけなら、つまり孤立しているだけなら他の生態系に影響があるわけじゃない」

「だから、環境的にも悪影響とは必ずしもいえないんじゃないかしら」

「そうですか……」

ぼっちという単語で思い出したのだろう……俺が環境的にどうのこうのという話に戻す雪ノ下。悪影響がない、と彼女

は言っているのだからこれは喜んでいい場面なんだよな?そうだよな?

「あ、あたしは影響あったと思うけど……」

ぽそっとつぶやく由比ヶ浜。まぁ、奉仕部に入って一番変わったのはたぶんお前だろうしな。俺の影響がないと否定

しきれるものでもない、のか……?

「そうか?それは悪かったな由比ヶ浜。素直なお前に色々とひねくれた考えや悪知恵を仕込んでしまって」

「へ?べ、別にそういう意味じゃ…………す、素直?」

困惑した後に笑みを浮かべる彼女。どうやら素直という言葉で褒められたと思ったらしい。

「あ、ここでいう素直ってつまりは馬鹿ってことだからな。勘違いするなよ」

「はぁ?な、なんでヒッキーっていつもそういうこと…………あ!」

「なんだよ?」

なんか由比ヶ浜のこの表情は見覚えがあるな。ああ、小町がロクでもないことを思いついた時の顔とそっくりだ。

「今ヒッキーは素直と馬鹿を同じ意味で使ったって言ったから……これからは馬鹿じゃなくて素直って言ってよ!」

「え~……」

やっぱりロクでもないことだった。そんな改まって言えるかよ、素直とか……

「確かに由比ヶ浜さんは素直だと思うわ。でも、この男にストレートにそんなお願いして聞いてくれるわけないじゃない」

「この男自身が素直じゃないんだから。素直って言えと言ったところでそのまま従うと思う?」

「ん……確かにそれもそうだね。ヒッキーは捻デレだもんね」

「でしょう?だから、ここは素直に諦めなさい」

「わかった……ゆきのんがそういうなら諦めるよ」

おい、なに勝手に二人で笑顔で納得しちゃってんの。あと小町の作った変な造語をこんなところで定着させないでくれ。

だいたい雪ノ下は他人のこと言えた義理なのか?…………いや、やめておこう。それを考え始めるとたぶんドツボに嵌る。

……この湯呑みもただの備品の支給と言っていた。彼女がそういうのなら、おそらくはそうなのだろう。

それならそれで、俺も言うべきことがあったのを思い出す。

「ところで雪ノ下。この湯呑みは部活の備品と言っていたが……」

「ええ、そうね」

「それならそれで、俺はその対価を払う必要があるんじゃないのか?」

「そのことなら気にしなくてもいいわ。この部活にも部費というものが一応あるのだから」

ぶひ?ブヒ?……確かに俺は萌えアニメも見ないこともないが、さすがに「シャルぶひいぃぃぃ」とか言ってないぞ。

心の中では言ってたかもしれないが。……うちの部活に部費なんてものがあったのか。初めて知った。由比ヶ浜も知ら

なかった様子でこちらを見て首を振り、そんな二人の様子を見た雪ノ下はこめかみに指をあててため息をついた。


「あなたたち……今まで夏休みの合宿の費用などはどのようにして賄われていると思っていたの?」

そう言われればよく考えてみると俺、あの合宿のお金とか特に払ってなかったな。由比ヶ浜ははっとした様子で何かを

思い出したようだ。どうやら彼女の方はただ単に忘れていただけみたいだ。

「いや……専業主夫希望の俺としては、直接金銭のやり取りをしていないところだと養われるのがデフォルトだったから

まったく意識しなかったというかなんというか」

「それ言い訳になってないし……それにわざわざクズみたいなこと言わなくても」

「おい由比ヶ浜!お前だってさっきまで忘れてたみたいなのによく言うよ、まったく」

「そ、そんなことないもん!……開き直るよりまだマシっていうか」

「……あなたたちにはもう少し高次元での争いをしてほしいところだわ」

「……」

目を瞑り首を振りながら答える雪ノ下。そう、争いとは同じレベルの間でしか発生しない。ということでここは鞘を

収めるのが吉だ。由比ヶ浜と同レベルと思われないようにするには。向こうも同じことを考えたらしく黙ってくれた。

しかし、あの合宿の費用が部費で賄われているのはいいとしても、葉山グループの分はどういう計算になっているの

だろう?確か三浦あたりがタダとか言ってたような。そっちの分まで部費から支払われていたとするならなんか嫌だな。

小町や戸塚のためならいくらでも使って構わないが。なるほど……そこをツッコむと墓穴を掘ることになるのか。小町

なんて完全に部外者なわけだし。……己の保身のためにもあまり深いことは考えないようにしよう。

「しかし雪ノ下……部費というものがあるんだったら、さ。例えば」

「あなたに平塚先生をだまくらかす能力でもおありとお考えで?」

使途不明金にすることまでしっかり先読みされてました。……怖えよ。

「ありません。何でもありません。部費は正当な目的でのみ使用されるべきですね」

「よろしい」

「……」

意外にも俺ではなく由比ヶ浜が何か釈然としない様子で雪ノ下の方を見た。

「……何か?」

「えっと……ゆきのんは……今日部活終わったあと時間ある?」

「あまり長くならないのなら……それが?」

「ちょっと二人だけで話があるというか……」

「……わかったわ」

次に続く言葉を待っていたのが顔に出てしまったのか、雪ノ下がこちらを向く。

「別に急ぎの用事というわけでもないんだから、あなたが心配するようなことはないわよ」

「え?ああ……」

てっきり今すぐ追い出される勢いだと思ってたぜ。まだ紅茶も全部飲んでないしそれは困る。

……困るポイントはそこでいいのか?

とりあえず話すこともなくなり、ティータイムを適当なところで終わらせた後は相談メールがないかの確認をする。

しかし今日のところはそういったものも特になく、残りの時間は例によって読書をして過ごす。

近頃は日が短いせいか、ますます時の流れが速く感じられた。

部活動の終了の時刻の鐘が鳴ると、ぱたっと本の閉じられる音がする。

「……では今日はこのあたりで。私は鍵を職員室に返しに行くから由比ヶ浜さんは昇降口で待っていてくれる?」

「うん」

皆が帰る支度を済ませ、扉の前に立つと雪ノ下が挨拶する。

「比企谷くん、また明日」

あ、そっか。由比ヶ浜はまだ一緒にいるんだっけか。

「おう、また明日、由比ヶ浜も」

「うん、また明日ね」



こんなルーチンでしかなさそうな挨拶でさえ、1週間しかもたないとはこの時の自分はまだ気づいていなかった。

今回はここまでです。次回は水曜日まであたりを目途に投下したいと思います。感想など
あったらお願いします。

乙!


乙。

乙!

続き気になるなー
乙!!

乙乙

少し続きを書いたので投下してしまいたいと思います。

④彼はまだ、元来た道へ引き返せると思っていた。


それから1週間ほどは、この初冬の寒々しい空と同じく”千葉県横断お悩み相談メール”も寒々しい限りであった。散発的

に無意味なPNのメールが送られてはくるが、まぁその場ですぐ返信できるような類のものばかりだった。というか

メールじゃなくて原稿を書けよ、材木座。もういっそのことメールを小説にしたらどうなんだ。ケータイ小説なんて

ものがあるくらいなんだからメール小説があってもよかろう。スイーツ(笑)な人たちにウケること間違いなし。しかし、

材木座の筆力ではせいぜい『変空』となるのが関の山か……。

今日も三人して机の上のPCを覗き込む。

「また来たわよ、比企谷くん」

「最初から俺に投げること前提ですか……」

「あら?こういうことは経験者に任せるのが一番良いと思ってそうしているのだけれど」

「経験者、ねぇ……」

確かに俺はいわゆる中二病を患っていないこともなかったが、作家病になったことはないんだよな。ちゃんとした小説

を書いたことがあるわけでもあるまいし。しかし、材木座のそれもとてもちゃんとした小説などと呼べるような代物

でもないので、俺程度が相手してればそれでいいのかもしれない。俺が思案に暮れていると、由比ヶ浜がメールを

読み上げていく。

<PN:剣豪将軍さんのお悩み>

『小説で恋愛シーンを書きたいのだが、我は恋愛をしたことがないのでどうやって書いたらいいのか途方に暮れている。

書き方をご教示願いたい』

「何を言ってんだ、こいつは」

思わず、口に出してツッコミを入れてしまった。しかし今回は意外にもこいつに共感した人間がいたらしい。

「え?普段来るメールに比べたら、内容わかるような気がするけど……」

「確かに、未経験なことを書くというのが難しいという意見はわからないでもないわね」

ふむ。どうやら三人とも小説という物を何か勘違いしておられるようでいらっしゃる。読書家の雪ノ下なら気づいても

よさそうなものなのに。俺の密やかな優越感が顔に出てしまったようで、雪ノ下は不満気に言う。

「あなたはこのメールに答えられる用意ができているようね」

「ヒッキーのことだから、どうせまたロクでもないことなんでしょ?」

なかなかストレートに酷いことを言うな、由比ヶ浜は。むしろこのやり取りに関して言えばロクでもないのは大抵が

材木座のような気がするんだが。

「失礼な。確かに俺はロクでもない人間かもしれないが、自分の主張することに関しては一定の正しさがあると思って

いつも発言するように心がけているぞ」

「そもそもその”正しさ”というのが既にロクでもないもののような気がするのだけれど……」

こめかみを指で押さえる雪ノ下を無視して俺は続ける。


「いいか?小説なんてものは伝記とかルポとかを除けば基本はフィクション、つまりはウソだ。だから、作者が経験が

ないからといって書けないなどというのは言い訳にもならない」

「なるほど。小説が想像の産物である以上、現実にそれを体験してなければ書けないというものではないわね」

「で、でもさ~……い、一応小説っていっても何?リアリティっていうか、そういうのも必要なんじゃないの?」

由比ヶ浜にしてはえらくマトモな指摘をしてきたので驚いた。雪ノ下も目を丸くしている。

「確かに、小説のジャンルによってはそういうのも必要だな。医療ものとかはある程度の専門知識が要求されるだろうし

実際の医者が書いているなんてことまである」

「しかし……しかしだな。今回の相談相手は材木座だ。奴の書く小説は基本的にファンタジー要素が強いし、それに

こいつに恋愛経験を積めというのも酷な話だろう」

「……言っていることはかなり酷いのに、それに反論できないのがもどかしいところね」

「中二が恋愛…………姫菜とかなら意外と……いや、やっぱりないか、ないないないない」

全力で首を振る由比ヶ浜と頭を抱える雪ノ下。ほらな、俺は別にロクでもないことを言っているわけじゃない。

「だからそんなものは想像というか妄想して書くしかないんだよ、方法としては。むしろ自由度でいえば未経験者

の方が有利とさえいえるのかもしれん」

「それは過去の経験……つまり現実に縛られなくていい、ということかしら」

「そういうことだ。例えば、海老名さんなんか見てみろよ……BLなんて妄想の極致ともいえる自由さじゃないか。

書いてる本人が女だから経験しようがないし」

そう、あんなものはリアリティの欠片もないし、またそこがいいんだろう。だから、はやはちとか絶対にあり得ない。

「た、確かにそうかも……」

「以前も断片的には聞いたような気がするけれど……それは、その……男性同士の恋愛ものってことでいいのかしら」

「まぁ端的にいえばそうだな。ただ、オリジナル作品でそういう設定というよりは勝手にファンが妄想してカップル

をつくって遊んでるものが多いみたいだが」

「つまり、フィクションの中でまたフィクションをやっているようなものなのね」

そういう言い方もできるのか。なんかほんとに表現の仕方ひとつで印象って変わるもんなんだな。なんだか賢い人間

がやっている遊びのように思えてくる。由比ヶ浜も同じ感想だったのか、何か感心した様子でつぶやく。

「姫菜って普段そんなことしてたんだ……な、なんか凄いかも」

「まぁ凄いことは凄い、か……別の意味で。ともかく、俺が言いたかったのは下手に経験してない方が自由に想像できて

理想を追求できるってことだな。だから、むしろその方が好きなように書けていいはずだ。材木座にとっても」

そうさ。小説なんて一種の願望実現器なんだからそれくらいのことをしてもいいはずだ。

「想像の中で理想を追求…………私にはいまいち理解しがたい発想ね。私は想像して済ませるよりそれを現実のもの

とするべく努力した方が良いように思えるけど」

……そうか。なんで雪ノ下が小説を書く側の発想に立ったことがないのかがわかった。彼女は「人ごとこの世界を

変える」とか言っちゃう子でした。超リアリストなのか誇大妄想狂なのか、もはや俺には区別できん。

「ゆ、ゆきのんみたいに考えられる人は少ないよ……」

「そう……なのでしょうね」

そりゃいくら自分が正しいと思ったとしてもだからといって世界ごと変えようなんて考える奴は稀だよな。ただ、

雪ノ下の周りの世界はこの半年だけでもだいぶ変わったような気はする。それは単に俺が雪ノ下のそれこそ妄想

じみた考えにあてられてしまっているだけなのかもしれないが。

「とりあえず、比企谷くんの考えは概ね理解したわ」

「……じゃあ、返信してしまうけどそれでいいか?」

「あなたに任せる」



<奉仕部からの回答>

『小説は想像の産物なので、経験とは直接関係ありません。むしろ自分のしたいと思う恋愛模様を描写すればよいかと

思います。具体的な描写の仕方は他の恋愛小説でも参考にすればいいでしょう。どうしても恋愛経験を積みたいの

であれば、今はいくらでも擬似的な体験ができるのでそういうものを利用するのも一考です。金銭はかかりますが』

「途中まで良いこと言ってると思ったのにどうして最後にそういうこと書いちゃうのかな、ヒッキーは……」

「もうこれはこの男の習性みたいなものだから修正は困難よ……」

キーを叩く俺の目の前のPC画面を見ながらあきれている二人。もはやこの様子も完全に日常の一部と化してしまって

いる。だから、その反応も無視してメールの送信をクリックする。

送信画面からホームに戻ると、今日はもう1件メールが届いていた。普段はほぼ知っている人間からしか来ないので、

発信元もよく確認せずにそのメールを開いてしまった。その途端、ガタッと椅子の動く音がした。……雪ノ下か?

PCの画面を見るとこんなメールが表示されていた。





<PN: 愛の次 さんのお悩み>

『奉仕部の部長と部員が付き合っているという噂は本当なんですか?教えてください!』

とりあえず今日はここまでです。次回はやはり水曜日くらいを目途に投下できればと思います。

明後日か…
とりあえず乙!


ああ~ん続きが気になる

期待期待

最近の俺の癒しスレ

そして水曜日

Iの次?前じゃなく?

また続きを投下します

おう

「えっ!?これって……」

隣から画面を覗き込んでいた由比ヶ浜が口に手をあてる。雪ノ下は肩をすくめて何故かこちらを向いた。

「……」

「え?何?……なんか俺が悪いとかそういう流れなの?これ」

「……まだ私は何も言ってないわよ」

雪ノ下はふうっと息をついてからそうつぶやく。困った表情、なんだよな……これは。別に怒っているのではないらしい。

「……ゆきのん?」

俺と雪ノ下を交互に見た後、心配そうな顔で彼女に後の言葉を促す由比ヶ浜。

「ん……私のクラスの女子が面白半分に送った、そんなところでしょう。別にあなたが気にするようなことじゃないわ」

「でも…………あれ?ゆきのんどうして自分のクラスの人ってわかったの?」

……そういえばそれもそうだ。見覚えのあるPNというわけでもないし。J組の人にならわかるような言葉なのか?


「簡単な話よ。この『愛の次』の音を読んでそのまま解釈すればいいだけのこと」

「『愛の次』……『アイノツギ』……アルファベットでIの次はJ……ってことか」

「な、なるほど……」

「そういうこと」

「で、でも……なんでこんなメールを直接奉仕部に送ったりしたのかな?」

「それは私にもわからないわ。ただ、こういう噂話が好きな人はどこにでもいるから……」

いや全くその通りだな。ゴシップが好きな人間というのは本当にどこにでもいるから困る。そうじゃなきゃ週刊誌は

こんなに売れてないだろうし、俺の黒歴史もここまで量産されていないはず……いないはず、多分。むしろそういう

話にちょっと興味のありそうな由比ヶ浜は雪ノ下の言葉に少ししょんぼりしていた。J組の人間の仕業というのを聞いて

俺は修学旅行の夜の雪ノ下との会話をなんとなく思い出す。

「雪ノ下……お前もしかしてクラスでも……何か言われているのか?」

「…………そういうことがなかったとは言わないわ」

……どうも歯切れが悪いな。雪ノ下ならたとえそういう噂が流れたとしてもバッサリと否定すればそれで済みそうな気が

するんだが。ただ、噂自体がなくなるかというとそれはまた別問題か。だからこそ、このようなメールという形で真相を

問い質しにきたのかもしれない。

「……なんか悪かったな。風評被害みたいなことになってて」

「い、いえ……あなたが謝る必要は……」

声が小さくなり反対側を向いてしまったので、その表情はうかがい知れない。しかし何故雪ノ下と俺なんかがそんな噂

に巻き込まれるんだ…………彼女の言っていた”文化祭の時”という言葉を考えると、やはり雪ノ下が男子と一緒に

いること自体が珍しいから、ということになるのだろうか。俺も男女二人組を勝手にカップル認定して呪詛を唱えて

いたことがあるから発想としては全く理解できないものでもない。それにJ組の中では文化祭の相模の一件と俺のこと

はイコールで結ばれてはいないのだろう。部活と文実が同じで俺が彼女の補佐をしていたことは事実だ。状況証拠と

しては十分なのか…………。さて、どうしたものかな。

「そ……それで……とりあえずこのメールは……どうするの?へ、返信……する?」

黙ってしまった二人に代わって口を開く由比ヶ浜。

「……いや、たぶんそんなことをしても無駄だろう。その前に噂になっている本人が否定している筈だから」

否定している筈、だよな。……そうであると言ってくれよ、雪ノ下。当の本人は黙ったままなので俺は話を続ける。

「それでもまだこんなことをしているということは、送った本人の中で勝手に事実が積み上げられているんだろう」

「お、思い込みが激しいとかそういうこと?」

「まぁ、そんな感じだろうな」

「じゃ、じゃあ……このまま……何もしないの?」

「まぁ……時間の流れに任せて噂が風化するのもひとつの手ではあるんだろうな。でも、それは嫌だろう?雪ノ下」

彼女は顔を窓の外の方に向けたまま、何も言わずにただ頷いた。

「噂を否定する方法なら他にもある。すぐに終わることだから、俺に任せてくれないか?」

「え?で、でも……」

由比ヶ浜が俺と雪ノ下の方を交互に見ながら不安そうな顔で何か言いかけるので、俺はそれを遮る。

「これは由比ヶ浜や雪ノ下が事前にやり方を知っていると意味がないんだ。だから……」


「……わかったわ。私はあなたに任せる」

今度は俺の言葉が終わる前にこちらに向き直った雪ノ下が口を開く。彼女が俺に何かを託す時のいつもの表情だった。

「……ゆきのんがいいって言うなら……あたしは……いい、けど……」

一方の由比ヶ浜はまだ何か納得していない様子。その顔は明らかにNOと言っていた。しかし俺はそれを無視する。

「じゃあそういうことで。とりあえずこのメールはそのままにして、俺の作戦は今日帰る時にやる。だから、雪ノ下

は鍵を返したら昇降口に来てくれ。俺と由比ヶ浜で待っているから」

「え?あ……うん……」

由比ヶ浜は急に自分の名前が出てきたせいか一瞬驚いたようだが、既に了承してしまったのを思い出したのかそれ以上

は何も言ってはこなかった。

「では、そういうことでよろしく頼むわ」

「ああ」

今日はもう他にメールが来ていたわけではなかったので、ティータイムを適当なところで切り上げると残りの時間は

いつものように読書に費やした。誰か依頼者が来るということもなく、鐘が鳴って部活の時間は終わる。

全員が帰る準備を済ませ、部屋から出ると雪ノ下が部室の施錠をする。その後ろ姿を尻目に俺は確認のため声をかける。

「じゃあ雪ノ下。あとで昇降口に」

「はいはい」

「じゃ、じゃあまた……」

すぐにまた合流するのにもう別れるような挨拶を何故か雪ノ下に向かって言う由比ヶ浜と先に昇降口に行く。

廊下を歩いている途中、後ろから急に俺の制服の裾をつままれたので一度足をとめる。

「……ねぇ」

「なんだよ」

「ゆ、ゆきのんは……本当にあの噂のこと……否定したいのかな」

「はぁ?何を突然言い出すんだお前は」

ほんと突然後ろから吐息がかかるとか胸がドキドキしてハートキャッチされてしまうからやめてほしい。ついでに話の

内容もチグハグなので振り返って訊き返してみる。

「だ……だってさ……ゆきのんだったらこんなことになる前にきちんと否定しそうな感じするし……」

由比ヶ浜もさっき俺が抱いた疑問と同じことを思ったらしい。しかしその言葉を言っている時の彼女の表情は何かもっと

確信があるような感じさえした。まぁ、だから何だというのだ。雪ノ下があの噂を否定したくないなんてことは万が一

にもないとは思うが、仮にそうだったとしてもこれから俺がやることに変化があるわけでもない。

「否定したところで、噂ってすぐやむものでもないしな。それに俺にとっても雪ノ下がそんな噂に晒されているのを

見ていい気分はしない。俺と付き合っているだなんて悪評以外の何物でもない」

「そういうことじゃなくてさ……そういうことじゃなくて……」

由比ヶ浜は目を逸らしてスカートの裾をいじっている。次の言葉がなかなか出てこないので俺が話を切る。

「当の雪ノ下からはもう了承を得たんだ。お前がそんなに気にするようなことでもないだろ」

「そうかもしれないけど……」

「話は後でな。ここで時間つぶしてたら雪ノ下の方が先についちまう」

「う、うん……」

話す予定などないという社交辞令を由比ヶ浜に告げると、彼女も諦めたのかまた足が動きだす。それ以降はお互いに

黙ったままでそのまま昇降口に着いてしまった。この時間帯のこの場所は部活終わりということで授業後の次の混雑の

ピークだ。別れの挨拶をする人や雑談、ロッカーがバタバタいう音や靴を下に落とす音などで少し騒々しい。反対側の

壁際で雪ノ下が来るのを二人で待っていると、ほどなくしてその姿が現れる。J組の女子もいたのかこちらに向かって

くる途中で挨拶を交わしていた。まぁ、その方が俺としても好都合だ。こちらと目が合うと由比ヶ浜の方から

「ゆきのん、やっはろー」

「さっきまで一緒にいたじゃないの……」

「まぁまぁ、いいじゃんいいじゃん」

彼女は先ほどの浮かない表情とは一転して元気に見えるように挨拶した。俺も軽く頭だけ下げる。

「それで……私はどうすればいいのかしら」

「そうだな……とりあえず先に靴は履き換えちゃってくれ。その間に俺が声をかけるから返事をしてくれればそれでいい」

「……了解」

「あ、あたしは…………?」

「俺のそばで雪ノ下との会話が終わるまでただ見ててくれ」

「わ、わかった……」

「じゃあさっそく今から頼むよ」

喧噪のなかで雪ノ下と由比ヶ浜以外には聞こえない程度の大きさの声で指示を出す。雪ノ下が自分のクラスの下駄箱に

向かうと俺と由比ヶ浜があとに続く。ロッカーを開けて靴を取りだし、下に置く雪ノ下のその手の動きに思わず目がいく。

ただ靴を履き替えるってだけの行為にこんなに身のこなしというものが現れるもんなのだろうか。どうでもいいけど

雪ノ下って靴も上履きもいつも綺麗にしてるんだな。俺なんて前にいつ洗ったのか思い出せないくらいなのに。そんな

ことを考えているうちにロッカーの閉じる音がして彼女の帰り支度は整う。なんとなくこちらの雰囲気を察したのか

周囲の喧騒が大人しくなった。それではいきますか――――





「2年F組、比企谷八幡。俺は雪ノ下雪乃さんのことが好きでした。付き合ってください」

さてここで問題です。誰かと誰かが恋仲である、あるいは付き合っているという噂を否定するにはどうしたらよいで

しょうか。本人たちがその噂を否定する、というのはあまり効果がありません。"今"そうでないにしてもこの先の"未来"

にいつそうなるともわからない可能性がある限り。それならばさっさとその"未来"を否定してしまい"過去"のものとすれ

ばいい。つまり、"恋仲にはなれなかった"という事実をもって。少なくともこれで両想いという噂はハッキリ否定できる。

俺が短期間に二人の女子に告白したとかは瑣末な問題だ。元から俺の評判など地に落ちているも同然だし。そして相手は

校内一との呼び声も高い美少女である雪ノ下雪乃。男子に告白されるということ自体が珍しいというわけでもない。した

がって、彼女の評判が落ちるなどということはなくむしろ『また身の程知らずな男子が雪ノ下雪乃に告って玉砕した

らしいよ~ケラケラケラ』と告白した方が馬鹿にされるだけである。何も問題はない。

だから、"いつもの雪ノ下雪乃"らしく。氷の女王らしく。冷めた目で。見下ろすように。突き刺さるような言葉で。もう

希望など持てないような言葉で。ハッキリと断られると思っていたのに。なのに……


どうしてその目に涙を浮かべているんだ。どうして目を逸らすんだ。どうして鞄を持つその手が震えているんだ。

どうして……



「ごめんなさい……」


消え入るような声で一言だけ謝罪の言葉を告げるとすぐに出口の方に向きを変え、雪ノ下雪乃は昇降口から外に歩いて

出ていってしまった。その背中は頼りなげでとても氷の女王などと呼べるようなそれではなかった。


「ハッ」

想定外の反応に俺は自嘲じみた変な笑いが出てしまい、後ろを振り返った。その瞬間


パシッ


左頬に衝撃が走った。痛い。反射的に手を頬にやって向き直ると肩を震わせている由比ヶ浜の姿が見えた。その目から

は今にも涙が零れ落ちそうだった。周囲の目がこちらに来るのを感じていると由比ヶ浜は途切れ途切れに話しだす。

さっきまで噛んでいた唇が離れて無理やり口角を上げようとしているのが見るからに痛々しい。

「確かに……確かにあたしは……あたしの……ヒッキーの印象は変わらないって言ったかもしれない」

「けど…………何もこんなことしなくても…………誰もこんなこと望んでないよ……」

涙をこらえるためか伏していた顔を上げてこちらを真正面から見据え直す。さっきより声が大きくなり


「それに……ゆきのんはヒッキーのこと……」


そこまで言いかけて何か気付いたのか口に手をあてて顔をそむけた。はぁっとため息をついた後、俺に背を向けるとF組

のロッカーに向けて足早に去って行ってしまった。


止まっていた時間がまた動き出したかのように周囲の喧騒が元に戻る。俺にとってはある意味日常のヒソヒソ声も。肩に

かけている鞄がやけに重い。カタオモイ。


終わったな。色々な意味で。……なんか自分の思っていた展開と違うけれど、当初の目的は達成されたのだから良しと

しよう。始まりがあるものにはいつか終りが来る。それがほんの少し早くなっただけのことだ。大丈夫だ、問題ない。

ただ……ただ単に元に戻っただけの話だ。いや、俺の評判はますます落ちるんだろうがそんなことはどうでもいいか。

…………自分も帰るか。明日から部活、どうしようか。行かなかったら平塚先生に無理やり連れ戻されるのかな。そんな

ことになったら他の部員が可哀相だ。何か理由を考えとかなきゃいけないな。


ふぅーっと長い息をついた後、自分のクラスのロッカーの方へ歩き出す。その途中で俺に視線を突き刺す人間の存在

に気づく。こんなところで出くわしたくなかったな……。いや、そもそも俺はこいつのことが嫌いだった。


確かお前もそうだっただろう……………………葉山隼人。

今回はここで終わりです。次回は金・土あたりを予定しています


おもしろいです

乙乙


八幡らしいやり方だな

生殺しやでぇ…

期待して待ってます

まぁ、八幡なら即決でそうやるよなぁ……。
ゆきのんが勢いで「はい」とか言わないかとはらはらしたわ。

らしいな乙

良いね八幡

超期待

はやくゆきのん幸せにしてあげてください

>>147
タイトルはどう考えてもガハマさんルートだろ

これだからゆきのん厨は……

続きを投下します

⑤とうとう彼は選ばないことを諦める。


目で殺す、とはああいう視線のことを言うんだろう。三浦がコブラなら葉山はバジリスクか何かなの?リア充グループの

リーダーになるには自身に蛇でも宿らせないといけないの?

一瞬だけ目が合ったので殺されない程度に睨みかえし、そのまま彼の横を通り過ぎようとする。すると鞄の持ち手が

引かれて肩から落ちそうになった。慌てて引き戻していったん足を止めて文句を言う。

「何すんだよ、いきなり」

「話がある。比企谷、ちょっと来い」

「ちょっ、痛い痛いって!おい!」

今度は服の袖を掴まれて無理やり引っ張られていく。腕を振ってその手を払いのけるとさっきと変わらない目つきで彼は

言う。また周囲の目がこっちに向かっている。勘弁してくれよ、もう。

「じゃあ大人しく俺の後について来い」

「……わかったから……」

俺は潔く諦めてずんずん進んでいく葉山の後を追う。昇降口から遠ざかり、校舎を移動し階段を上り、だんだん人気も

少なくなっていき、とうとう特別棟の屋上に辿りついてしまった。葉山が扉を開けると寒風が吹きこむ。

「……ここなら誰にも話を聴かれる心配もないだろう」

「はぁ……」

女子の間では鍵が壊れていることは割と有名なんじゃなかったっけ?確か川崎がそう言っていた。まぁ、この時間帯なら

他に人はいないんだろうけどさ。というか色々と寒いからさっさと終わらせてほしい。

「……話なら手短に頼む」

「それは君の返答次第だよ」

まるで警察の取り調べでも受けている気分だ。いや、単なるイメージでしかないけど短く済ませようすると罪を認めない

といけないみたいな。それでも僕はやってない。……と、とりあえず犯罪行為はしてないぞ。それともこれから罪を犯す

のかな。マイノリティ・リポートかよ。確かに俺はマイノリティかもしれないけど。

「何を考えている」

「いや、どうでもいいことだよ」

「どうでもいいってことはないだろ」

急に語気が強くなる葉山。あ、これは食い違ってますね。何を考えているってさっきの行動の意図を訊いていたのね。

「どうでもいいっていったのはちょうど今頭の中に浮かんでいたことだよ。さっき下で俺がやったことについてじゃない」

「ん、それは悪かった……勘違いしてしまって。……それで、何を考えてあんなことをしたんだ」

「最近のJ組の間で『俺と雪ノ下が付き合っている』なんて妙な噂が流れているらしくてな、それを否定するためだ」

「俺もそういう噂を耳にしたことがないとは言わないが…………雪ノ下さんがこんなことを頼んだのか?」

「まさか。今日奉仕部に直接それを尋ねてきたメールがあったんだよ。だから俺が対策を立案し、実行した」

「…………また、事前には何も言わず、か」

「そりゃそうだ。あの雪ノ下に演技させるなんて酷な話だろ?」

俺のその言葉を聞いて、下におろしていた葉山の手がぎゅっと握られる。

「その結果があれ、か。君は何も思わなかったのか?二人の反応を見て」

だんだん答えたくない領域の質問になってきたな。俺は頭の向きを少しだけ横に変えて答える。

「何も……………………………ってこともないが」

「まだ認めないつもりなのか。それなら俺が言ってあげよう。雪ノ下さんと結衣は」

「やめろ」

やめろ。それ以上聞きたくない。それを葉山の口からなんて。本人ならまだしも。それを言われてハッキリ否定できる

自信が俺にはもうないのに。






「比企谷のことが…………好きなのに」


扉の横にもたれていた俺は、崩れ落ちた。



もう、戻れない。昨日までの奉仕部には。既にわかっていたことではあった。しかし、まだ自分の中だけなら誤魔化す

こともできたのに。もう、それも叶わなくなってしまった。

「なんで……わざわざそんなこと言うんだお前は…………」

しゃがんだ状態の俺を見下ろしていた葉山は自分も腰を落として目線を同じにして真顔でこう答える。

「君に……幸せになってほしいからだよ」

「ハッ!何を言い出すかと思えば……その白々しさには反吐が出るわ。お前にだけはそんなこと言われたくなかった」

そう。こいつは”みんな”と”自分”が大事で今まで何一つとして選ばなかった男だ。そんな奴に……そんな奴に……

「確かに、今の状態ではそう言われても全然おかしくない。むしろなじられるべきなのは俺の方だ」

「じゃあ、どうして…………」

「君にいつまでもこんなことをさせ続けられては俺としても困るからね…………もはや君の問題はとうに君自身だけの

問題ではなくなっている」

ああ……なんか文化祭後の平塚先生にも似たようなことを言われたっけな。でも、それをただ口に出されても俺としては

どうしようもないんですけど。

「そういう風に思ってくれるのはありがたいお話かもしれないがな……お前が俺のために何かできるわけじゃないだろう」

「今までの俺なら、そうだった。でも、もう決心がついた。このままじゃ、比企谷くんだけじゃなく結衣や雪ノ下さん

まで壊れてしまうから」

別に俺は壊れない、と言おうとしたのにその二人の名前を出されて何故か反論できなくなってしまった。

「俺は選ぶことにするよ」

「……何をだよ」

一度深呼吸をして息を整え、再びこちらを真っ直ぐ見据えて葉山はこう言った。



「俺は、君を選ぶよ」


いやいやいやいや、何言っちゃてんのコイツ。頭イッチャッたのか?君を選ぶとか言われても訳分からんし。同性愛の

趣味でもあったんですか?もしそうだとしたら海老名さんは類稀なる慧眼の持ち主だな。俺が困惑の表情を浮かべて

いると葉山は話を続ける。

「そりゃ今の君にはわからないだろうさ。でも、上手くいけば明日のこの時間にはその意味が理解できるはずだ」

「ずいぶんと持って回った言い方だな。先に何をするか教えてくれてもよさそうなものなのに」

「…………君と同じことをするだけだ」

「そうですか……」

そう言われてしまうとそれはそれでお互い様なので追及のしようがない。しかし、俺が取った方法というのは俺だから

できるのであって普通の人間には……ましてや葉山みたいなトップカーストの人間には無理があるんじゃないのか?

怪訝な顔の俺をよそに葉山はまた立ちあがり、少しだけ屋上の中央側に歩き、こちらに背中を向けてこう語る。

「……君たちはまだやり直せる……いや、もっと先へ進めるといった方が正確かな。それは俺が今までどんなに望んでも

できなかったことだ。結局のところ俺は他人に嫌われるという覚悟があまりにもなさすぎた」

「何を言ってるんだお前。誰からも好かれるのならその方がいいに決まってんじゃねぇか。それはそれでひとつの才能

みたいなもんだろ」

なんか贅沢な悩みを聞いているような気がした。まるで俺が好き好んで他人から嫌われているみたいじゃないか。

「本当に誰からも好かれるのであれば、そうかもしれないな」

似たような言葉をどこかで聞いた覚えがある。奉仕部という部活に足を踏み入れて間もない頃、部長である雪ノ下雪乃

が言っていたな…………しかし、それは嫉妬や恨みを買うとかそういう話だった。それなら、葉山の方はというと?

「本当に自分が好かれたいと思う相手には、絶対に好かれることはないんだ。俺の場合は」

驚いたな。葉山がそんなこと思うような相手がいただなんて。そういえば、好きな人がいるという話を以前夏休みの時

にしていたっけ。でもお前なら、たぶんまだやれることが色々とあるだろうに。

「その相手が今の葉山を嫌っていて、相手に心境の変化が期待できないんなら…………自分が変わるしかないだろ」

「君の言う通りさ。だから、俺は変わる…………ほんの少しかもしれないけど」

「……それはお前の勝手にすればいいが…………例えば、俺なんかのために何か犠牲にしたりするなよ」

「それはこっちのセリフだよ」

「……」

俺が自分で自分を犠牲にしている以上、葉山がそうすることに異議を唱える権利はなかった。

「それにこれは俺が勝手にやることだから、比企谷のためとは言っても君に直接何か関係あるわけじゃない。所詮

は自己満足に過ぎないことは承知している。だから、ただ君は俺の行動を見ていてくれればそれでいい。明日の部活

終わりの時間、君も昇降口にいてくれ」

「えっ?俺はまだ……」

一方的に告げられた待ち合わせに俺が口を挟もうとしたが、葉山はもう向き直って扉の前まで戻ってきた。こちらが

続ける前に彼がまた口を開く。白い歯を見せ爽やかな笑顔でこう言う。



「あとそうだ…………君は君でいい加減に他人から好かれる覚悟をすべきだと思うよ」



ただ呆然とする俺をそのまま残して葉山は扉を開けて階段を下りていってしまった。

「随分とまぁ…………好き勝手に言いやがって……葉山の奴……」

相変わらず寒風の吹く音で扉がガタガタと揺れていたが、その空は曇ってはいなかった。

翌日の俺の状況はというと、まぁ想定内というか予想通りというか案の定というか…………。視線の痛さとヒソヒソ話

が少し増えたくらいのことである。俺なら慣れてる。だから平気。うん、大丈夫。あらかじめわかっていることなら心の

準備というものができているから、それほど辛くはないのである。お化け屋敷だってお化けの出る位置と脅かし方が先に

わかっていたら怖くもなんともないはずだ。お化け屋敷……修学旅行で由比ヶ浜と川崎に服を掴まれたのを思い出す。

何気なく川崎の席の方に視線をやると、またしてもパッと目を逸らされてしまった。……なんかしたか?俺。しかし、

この前の視線とは違う感じがした。何か心配でもされているような…………ま、気のせいだろ。

2週間と経たずして違う女子に告るというなんともはや軽い男になった自分。これ以上軽くなったらヘリウム風船みたい

に浮いちゃうかな。もう存在自体はとっくの昔から浮いてるかもしらんが。

さすがに戸塚ですらこの空気を感じ取ったのか朝に俺に話しかけたりすることはなかった。それよりも何よりあの戸塚に

怪訝な目で見られることの方が自分にとっては衝撃だった。やっぱりある程度近しくなった人間にああいう視線を送ら

れるのはかなりキツイものがある。ああ、そうだ……こういうことが嫌だったから俺は人とあまり関わらないようにして

きたんだっけ。それだけが理由ってわけでもないが。

由比ヶ浜は…………そもそも俺が彼女の方を見れていないので、どんな表情をしていたのかはわかるはずもなかった。

結局その日は誰とも話すことなく――別に俺の場合は珍しいことでもないが、授業の時間はすべて終わった。俺が教室を

出る準備を終える頃には由比ヶ浜はもうそこから出ていってしまっていた。まぁ、俺としてもたぶんその方が好都合だ。

部活か…………とりあえず一日くらいなら体調不良とか適当な理由で誤魔化せるだろう。実際問題、今からあそこに行

ったら胃が痛くなりそうだ。保健室にでも行くか。いや……おかしいな、それだと。部活を休むくらいなんだからさっさ

と帰れという話になる。しかし、今日はこのまま帰るわけにも行かなかった。葉山から一方的に交わされた約束、という

より命令といった方が良さそうな…………とにかく部活が終わる時間に昇降口に行かなければならない。そうなると、

部活を休む口実として体調不良というのも使えないのか。まったく余計なことをしてくれやがって。ここで無視して

帰ろうとしないあたり、律儀というか由比ヶ浜の言う変なところ真面目ってやつなんだろうか。まぁ、俺としても何回

か彼の能力の助けを借りたことがないわけでもないから、あまり無碍にするのもどうかと思うしね。どのみちあの手の

人間に貸しをつくるのも癪だ。だから…………仕方ない。


教室を出て特に行くあてもなく廊下を歩き、人気のない方に進んでいくと、なんとなく昨日拉致された特別棟の屋上に

着いてしまった。やっぱり今日も誰もいないか。時々吹きつける寒風が何故か快く感じられる。そうだ、冷たい目も

冷たい風も自然現象と思えばそんなに辛くないはずだ…………たぶん。無理やりな理屈で自分を納得させていると不意

に上の方から足音が聞こえてきた。…………上?

今回はここまでです。次回は日・月あたりに投下したいと思います

乙!
次回更新楽しみにしています。

おっつん超期待

鳥肌たってきた
ちょっと揚がってくる

ちょろ崎さん登場かな?

めちゃくちゃ面白い
期待

期待期待期待

続きを投下します

足音のする方に振り返るとそこには以前に見たのと同じような光景が広がっていた。青みがかった長いポニーテールの髪。

冷めた瞳。すらりと伸びた長い脚。そして、アングル的にその…………スカートの中が…………幸いにも?今回は黒の

レースではなくて体操服のハーフパンツでした。パンツじゃないから恥ずかしくないもん!いやいや、そういう問題では

なく女子のスカートの中が見えてしまうというのは中身がどうとかいうことではなく気恥ずかしいものである。反射的に

目をそらすと、こちらの視線のことなど意に介せず川崎はもたれていた給水塔から離れて下の梯子を使ってこちらの方に

降りてきた。俺が顔を正面に向ける前に彼女は話し始める。

「何考えてんの?あんたは」

「な、何、というのは……」

こういうのは俺の嫌いなセリフだ。表面上疑問形だが、実態は反語でそのまま答えようとするとたいていの場合怒られる。

先生の言う「何で宿題やって来なかったんだ!」と種類的には同じである。したがって「ごめんなさい」でも「○○を

考えてました」でもなく第三の選択肢を模索した。この場合は”何”というのがそもそもわからなかったのでとりあえず

それを訊くことにする。

キマシタワー!!

「修学旅行の時と昨日あんたがやったこと」

……彼女の場合、別に怒っているわけではないんだろうが無愛想で言い方がぶっきらぼうなのでどうしてもこちらは委縮

してしまう。いや…………やっぱり怒っている?

「お前には…………別に関係のないことだろ」

「確かにね。まったく事情を知らないならたぶんあたしもあんたにこんなこと訊かなかったと思う」

「でも、昨日…………あたしはあんたが葉山と話してるのを聞いてしまったから…………」

「え?」

彼女は少し気まずそうな顔をしてそう言った。おいおいおいおい、昨日俺と葉山が話しているのを聞いたってことは由比

ヶ浜や雪ノ下がどう思っているか、とかも…………いやいや、というかそもそもどこにいたんだっつうの。……まさか。

「お前……もしかして昨日もここに……」

彼女は何も言わずにただ頷いた。う~ん……ぼっちにはステルス機能が標準装備されてでもいるんだろうか。戦闘機か

何かか。いや、雪ノ下みたいな奴もいたか。彼女は存在そのものが爆弾みたいなものだが。

「い、いや……仮にそうだったとして……やはり俺がお前に自分の考えを言う必要性はないように思えるんだが」

「他人の事情には勝手に首を突っ込んでおいて……」

川崎にはそう言われると反論できないな。基本的に奉仕部の依頼は悩みのある本人が直接相談しに来るものだが、彼女の

場合は弟経由でこちらが一方的に家庭の事情を聞きだしたようなものだった。それは彼女からしてみれば知られたくない

ことではあったのだろう。そうなると、こちらも答えなくてはいけないのか?しかし…………何を?

「そちらの家庭のこととかをお前の望まない形で聞き出したのは、その……悪かった」

「あたしが言いたいのはそのことを謝ってほしいんじゃなくて……その…………本気だったの?あれは」

「あれって?」

「だ、だから……あんたが海老名と雪ノ下に…………」

「まさか。芝居だよ。ちょっと色々と込み入った事情があってだな……」

「そう……」

俺がそう答えると、川崎は残念と思ったのかほっとしたのか……何かを悟ったかのような顔をした。その表情はどこか

寂しげで、元々冷たかったというよりは何か熱が冷めて冷たくなったような感じがした。

「どういう事情かまで訊く気はないけどさ…………芝居でも……あまりそういうこと言うもんじゃないよ」

「はい……」

「あんたこのままだと…………たぶん狼少年になる」

……まったく耳の痛い指摘だ。たまたま俺は一人だったから嘘をつく必要性がなかったというだけであって、もう心の

どこかで人間関係を維持するための嘘というものを認めてしまっている気がした。しかし、結局はその嘘によって信頼

関係を失ってしまう。いずれにせよ失うのであれば、やはり本当のことを言った方がいいのだろうか。そういう考えが

浮かんでも、俺の口から出る次の言葉はまた心にもないことだった。

「俺は狼少年というより一匹狼って感じだと思うけどな」

「……あんたのどこが一匹狼なんだか」

「……」

ですよね。これではもはや単なる嫌味でしかない。本当の一匹狼の川崎からしてみれば。俺は否定することができず

に黙り込んでしまった。

「ま……本当のことを言った方が良い時もあるんじゃないの?あんたのためにもその周りの人間のためにも」

「…………そういうものですかね」

「さぁ?元々嘘でつながれた関係なら違うのかもしれないけど」

「……」

……彼女は既に理解している。俺とその周りの人間の関係の成り立ち方について。彼女自身も俺と似た考えを持って

いるせいなのかもしれない。嘘や欺瞞によってつくられた人間関係を嫌悪するという考えを。だから、今現在の俺として

はこう答えるしかない。

「本当のことを言うしかないか。その時が来たら」

「その時が来たら、か」

もうその時は来ていると言わんばかりの川崎の口調に俺も心の中では半ば同意せざるを得ない。しかし……俺にはまだ

考えなければならないことが山ほどある。それに、葉山が何をするかにもよってそれも変わってくるだろうし。だから

これが嘘でない範囲で答えられる精いっぱいだった。

「…………あんまり女子を待たせるもんじゃないよ」

「そうならないように努める」

「そ。…………じゃあさよなら」

「さ、さよなら……」

あきれたような表情の川崎は俺が挨拶を返す前にもう振り返ってしまい、さっさと扉を開けて足早に階段を下りていって

しまった。……思ってもみなかった人間に、着々と退路を断たれていっているような気がする。もうこれ以上人に会い

たくないな。まだこれから葉山に会いに行かなきゃいけないのに。ため息が出て、しばらくして俺は屋上を後にした。



一度誰もいない教室に戻り、あいている時間を適当に宿題などをやりながらやり過ごして部活が終わる時刻を待つ。そう

いえば、もう少ししたら期末試験だな。試験準備期間に入りさえすれば、部活にも行かずに済むんだが。学校の試験を

待ちわびるなんて俺の頭も相当イカれてきていると感じる。葉山みたいにイカしてればいいんだが。

そのイカした葉山に再び会わないといけない時間がやってきたので、やけに重く感じる鞄を肩にかけて俺は昇降口に

向かうことにする。……よく考えたら、というかよく考えなくても部活終わりに昇降口って普通に雪ノ下や由比ヶ浜と

鉢合わせになる可能性があるじゃないか。…………ますます肩の荷が重くなった。

猫背が余計に酷くなりながら、ようやく昇降口に辿りつくと壁際に立っているクールな爽やかイケメンと目が合った。

「やあ。君なら来てくれると信じていたよ」

右手を挙げて笑顔でこちらに手招きする葉山。これが大抵の女子なら喜んで傍にいくのだろう。残念ながら相手は俺なん

ですが。昨日のことと葉山が目立つということで既に周囲からの視線が集まり始めている。なんか嫌だなあ。

「はぁ……あまり信用されても困るんですが」

「……君らしい答えだね」

「そうですか……」


肩をすくめる俺にたいして葉山はまた笑顔を返す。しかし、何かいつもの調子と違う気がした。何だろう……そわそわ

している?動きに落ち着きがないというか……なんかやたら鞄を持ち直したりしているし。誰かが来るのを待っている?




「ところで……俺はいつまでここでこうしていればいいんだ?」

「ん……ちょっと人を待っていてね……たぶんもう少ししたら来ると思うよ。だから悪いけどここで……」

「……わかった」

五分くらいその場で待っていると、葉山のお目当ての人間が来たのかまた手を挙げる。その姿を見て思わず声が出る。


「げ」

「げ、とは失礼ね。今日はあなたがなかなか来ないからずっと待っていたというのに」

「そうだよヒッキー。授業にはちゃんと出てたのに…………どうして?」

「いや、今日はその……体調がちょっとアレで……その」

ロクな言い訳も考えられずにしどろもどろに俺が答えていると雪ノ下と由比ヶ浜は苦笑いをした。ついでに葉山も。

二人はともかくお前にそんな表情をされるのは腹が立つ。俺が怪訝な顔で葉山の方を見ると、

「俺が呼んだんだ。比企谷くんに見てもらうのに必要だったから」

「はぁ……」


俺がため息ともつかないような生返事をしていると雪ノ下が葉山の正面に来る。由比ヶ浜は迷子の子供みたいな顔で

ただ彼女の後ろについているだけで何も事情は知らなさそうだ。葉山のセッティング?が終わったのか彼はいったん

鞄を下に置いた。雪ノ下に用があるのかと思ったのに何故か先に由比ヶ浜に話しかける。

「結衣。事情を事前に話せなくてごめん。先に謝っておくよ」

「え?」


由比ヶ浜は雪ノ下の後ろからこちらを覗き込む。いやいや、俺も何も知らん。首を横に振ると今度は雪ノ下の方を見る。

しかしその視線に彼女は無反応を決め込んだ。由比ヶ浜も諦めたのか、少し顔をうつむかせる。

葉山と雪ノ下が無言で向き合っている様子が、周囲の人間を静かにさせる。既視感のある光景だ。……まさか。

昨日、葉山は俺に「君と同じことをするだけだ」と言っていた。それは、単にやり方が同じというだけの話であって

本当に文字通りの意味だとは思いもしなかった。そういえば、葉山の好きな女子はイニシャルがYって言ってたっけ。

葉山は雪ノ下に向かって頭を下げ、よく通る声で告げた。





「雪ノ下雪乃さん……俺はずっとあなたのことが好きでした。付き合ってください」

「ごめんなさい」


冷たい視線……冷たい声色……雪ノ下のあまりに無碍な反応に、周囲の空気が凍り付く。

あぁ……これこそ俺が彼女に期待していた反応そのものだ。”いつもの雪ノ下雪乃”がそこにいた。


「……そっか。……まぁそうだよね。悪いね、時間取らせちゃって」

「いえ……ただ…………私、あなたのこと……少し誤解していたみたいね」

口調は相変わらずだったが、その表情はほんの少しだけ眉が下がったように見えた。ふっと息をついて葉山が答える。

「いや、たぶん君の印象は正しいんだと思うよ。俺が変わったんだ…………ほんの少しだけだけど」

「……なるほど」

そう言ってこちらの方を見やる葉山。その動きで言葉の意味を理解したのか雪ノ下も顎に手をやりこちらに顔を向ける。

「い、いや……俺は何も……」

何故かこちらを見られたので、なんだかよくわからない言い訳めいた言葉をつい口走ってしまう。俺のその反応を見て

由比ヶ浜までやれやれといった顔をする。何でだよ……。

「葉山くんの用事はこれでもうお済みかしら」

「ああ」


「そう。じゃあ、さようなら」

雪ノ下は髪をかきあげて後ろに振り返り、自分のクラスのロッカーに向かって歩き出す。

「さようなら…………雪ノ下さん」

名残惜しそうに彼女の名前を呼んだ葉山のその後姿は、この俺ですら何か励ましたくなるような気がした。実際には

そんなことしてやらないが。下に置いていた鞄を重そうに持ち直すと、由比ヶ浜と俺に向かって挨拶する。

「じゃあ君たちも。さようなら……由比ヶ浜さんに比企谷くん」

「さ、さようなら」

「……さようなら」

背筋が伸びきらないまま、葉山も自分のクラスのロッカーに向かう。俺と由比ヶ浜だけがその場に残された。周囲の喧騒

は元に戻ったが、その話題はどう聞いてもさっきの告白話だ。由比ヶ浜は片手を胸の前で握りながら心配そうに言う。

「だ……大丈夫かな、隼人くん」

「相変わらず優しいんだな……由比ヶ浜は」

「えっ?」


俺の言葉が予想外だったのか彼女は驚きの声を上げて少し頬を紅潮させた。そうか……まだ由比ヶ浜は葉山の本当の意図

に気づいていない。雪ノ下への告白はそれが本心だったとしてもそれ自体が主たる目的ではない。そういえば、修学旅行

の時も戸部の告白に一番乗り気だったのは彼女だったな。クラスの人間関係に気を遣えるとはいっても、由比ヶ浜はあま

り恋愛がらみでそういうトラブルには遭ったことがないのだろう。だから俺や葉山、三浦が心配していたことに関しては

疎かったのだ。しかし、結局こうなるのかよ。これじゃああの時俺のやったことって…………

「い、今のはどういう……?」

俺がそんなことに考えを巡らせていると由比ヶ浜はこちらをちらっと見ながら訊いてきた。

「いや、なんでもない……」


ここで俺が葉山の意図について話すと結局は俺の考えている問題に行き着いてしまう。だからこうやって誤魔化すしか

なかった。それに、どうせ明日になればわかることだ。今あえて言う必要もない。ただ、由比ヶ浜が葉山のことを心配

することに関して一言だけ言うとしたらこんなことだろう。

「葉山は……たぶんこうなると全部わかっていて……それでも自分の意思でこうしたんだ。だから、まだそれほど心配

する必要はないと思う」

「そういうものなのかな……」

「そういうものだ」

それは、遠まわしに自分の意思以外で結果が左右されることの方が心配であるということが言いたかったが、今の彼女に

はそこまで伝わってないだろうし、また自分としても伝える気はなかった。

「それならいいけど…………ところで……明日はちゃんと来てよ」

「それは無理だ」


即答した俺に、由比ヶ浜は両手を胸の下でいじりながら目をそらし気味にぽそっとつぶやく。

「き、昨日のことならさ……あ、あたしもゆきのんも……もう気にしてないし……だから」

「いや、そういう問題じゃないんだ」

「ね、ねぇ……もしかして昨日のアレって本当は……本気で……」

「いや、それはないな。本気だったらあんな時にあんな場所でしてないだろうよ」

「そ……それもそっか……」

「……」

「……」

お互いが言っても大丈夫だと確信できる内容を探っているうちに沈黙が生まれてしまう。こういう種類の沈黙はあまり

好きにはなれないな。だから、もう話を切ってしまう。

「じゃあ、そういうことで。またな」

俺は由比ヶ浜の顔もよく見ずに先にロッカーに向けて歩き出してしまう。彼女も諦めたのかそれ以上話しかけたり追って

きたりすることはなかった。



葉山は葉山なりの”選択”を俺の目の前で見せてくれた。それならば、その覚悟に俺も応えなくてはいけない。しかし……

葉山の言った”覚悟”が俺にはまだできていない。だから、俺がその”選択”と”覚悟”ができるまで奉仕部には行けない

だろう。由比ヶ浜の言ったように、今の状態の俺でも彼女たちは受け入れてくれるのかもしれない。しかし、結局はその

行為がすべてを失わせることにつながってしまうのだろう。それこそ、葉山のように。

もう戻ることができない以上、留まるか進むかの二つの選択しかない。しかし、今の俺が留まっている場所は薄氷の上で、

じきにその氷も融けてしまうのだろう。それに、進んだところでどうなるのかもわかるものではない。何より、進んだ

ところで上手くやれる自信がとてもじゃないが今の俺にはない。そもそも、どの方向に進むのかもまだ決めきれていない。

戻っても、留まっても、進んでも、いずれは失ってしまう…………それならどうするべきなのか。まだ、俺はその答え

を見つけることができずにいた。

今回はここで終わりです。次回は火・水あたりを予定しています。隔日で投下するのが理想なんですが、なかなか
そこまで書くスピードが上がらないですね……

おつおつ

乙ー



何か最近ゆきのんもガハマさんも小町も
ヒッキーに幸せにしてもらってほしくて葛藤しまくりなんだが


まぁそのためのssなんだけどね!


だが救いのないendというのも原作のタイトルからして間違いではないよ

おつ

追いついた乙

しかし自分のグループの変化を嫌って奉仕部に依頼した葉山が、他人の関係には変化を強要するのには違和感が

ヒッキーは自分で幸せになっちゃいけないって決めてるっぽいからなぁ
普通に攻略しにいくと違和感満載、やはり小町んい養われるしか

>>194
武力、経済力、美貌を兼ね備えた御仁をお忘れか?

まあ、その強迫観念めいたものを紐解くことができたものが八幡を手に入れるわけか。
なんかどこぞの弓兵みたいだな

学生に経済力なんてないし、消去法でやはり先生に貰われちゃう√か・・・

それでも…ガハマさんとの将来が想像できるのがガハマさんのヒロイン力

それはお前の妄想力

>>195
年の功

ゆきのん幸せにしてほしい

京阪神にある国公立を受けて物理的に消えることで縁を断ち切るって方法とりそうだな
だが、二人からは逃れられない

少し書きながらになると思いますが続きを投下します

カモン

⑥彼と彼女はそうやって手がかりを拾い集めていく。


噂というものは、何を原動力にして伝播するものなのだろうか。まずは好奇心とか野次馬根性とかが考えられる。ただ

単純に何かを知りたい、どうなっているか気になる、という気持ちが人に噂の内容を尋ねる動機になる。わたし、気にな

ります!というやつだ。もうひとつは、他人と情報を共有したいという気持ちが人をそうさせるのだろう。同じ情報を

共有することは連帯感なんぞを高めるのに有効な手段だ。葉山も夏休みの合宿で小学生相手にやっていたしな。まぁ、

キャンプのオリエンテーリングや恋愛談義なら情報を共有しないことによる実害などそうそうはないだろうが、これが

業務となると非常に面倒なことになるので注意が必要だ。会社の上司とかが言う「俺はそんなこと聞いてないぞ!」と

いうやつだ。

ただ、いずれにせよぼっちの人間の場合には集団内の人間のことなんて関心が薄いし、他人と情報を共有することも

ないので基本的に噂とは無縁の存在である。自分がその噂の内容に関わらない限りは。

その点、最近の俺の行動はいささかぼっちにあるまじき様相を呈していたわけで、色々事情があるにせよ噂話の台風の目

になってしまっていた。しかし、台風の目というのも少し辛くなってきたかな。自らが無風状態であると自信を持って

言えなくなってしまっている気がする。そんな中、本日新たな台風がこの2年F組にも上陸した模様だ。

容姿端麗、成績優秀、スポーツ万能、温厚篤実と一見非の打ち所がないクラス内トップカーストの人間である葉山隼人。

そして容姿端麗、成績優秀、スポーツ万能、冷酷無比な校内一との呼び声も高い美少女、雪ノ下雪乃。この二人が関わる

噂話があったらどうなるのか。しかも、内容はみんな大好きな恋バナときたもんだ。瞬く間に広まるのは自明の理だった。

おとといの出来事は皆の記憶から見事に雲散霧消した。なにせ話題性が段違いだ。芸能記事でも熱愛している相手が一般

人と芸能人ではだいぶ関心のレベルには差が出る。そこからいけば俺など人間扱いされているかも怪しい存在なので、皆

興味のある情報の方に飛びつくというわけだ。それどころかおとといの話まで葉山が雪ノ下に告ったなどと混同されて

いるレベル。まぁ、その方が俺としてはありがたいことなのかもしれないが。

そんなわけで、今日俺が教室に入った時にはもうその話題で持ち切りになっていて自分の存在などあってなかったような

扱いを、要は無視されていた。ただ、なんというか…………昨日とだいぶ雰囲気違いませんかね?

机に突っ伏して音楽プレーヤーのイヤホンを挿したふりをし、件の噂話に耳をそばだてているとだいたいはこんな感じだ。

「葉山くん雪ノ下さんに告ったんだって!」「葉山くん雪ノ下さんのことが好きだったんだ、なんかショックかも」「でも

雪ノ下さん断ったみたいだよ」「え~!?でもあの二人ならお似合いだと思うけどなぁ~」「あたしだったら即OKしちゃ

うのになぁ」「そもそもあんたじゃ相手にされないよ」「アハハハハ」


なんかずいぶんと和やかじゃありませんか?他にも「葉山くん男らしい」だの「葉山くんカッコイイ」だの「雪ノ下さん

が羨ましい」だの…………俺の時はまるで犯罪の加害者と被害者みたいな扱いだったのに。まぁ、わかってはいたけど。

愛国無罪ならぬイケメン無罪か。かわいいは正義ならかっこいいもまた正義なのである。その理屈からいくと俺は悪と

いうことになるのか?いやいや、現実の世界は異なる正義と正義のぶつかり合いだ…………俺には俺なりの正義があると

声を大にして…………言いたいなんて思ったことなかったはずなのに。自分の正義など自分の中だけで納得できていれば

それでよかったはずなのに。他人から理解してもらおうなんてこれっぽっちも思ってなかったはずなのに。よりによって

あの葉山隼人が。俺とは絶対に相容れることのない存在であるはずの人間が。俺を…………俺だけを助けようとした。

あのタイミングで葉山が雪ノ下に告白した意味。それは、俺を女子両名への告白の噂から解放するのが目的に他なら

ない。ほとんどの人間はその真意についてもその行為の副作用についても気づいていない。みんな噂の内容に夢中に

なっていて、当の本人の様子にはあまり関心がないようだ。しかし、葉山に近しい人間ならその変化に向き合わざるを

得ないだろう。表面上、彼のいる位置は昨日とまったく変わっていない。だが、よく見ると彼は誰とも会話をしていない。

話を聞いて反応はしているが、自分から話すことはない。ちなみに葉山のガチっぽい雰囲気を察したのかグループ内では

ひとまず昨日の告白話は控えるようにしたみたいだ。ただ、そんな気遣いには関係なく葉山グループの時計の針はもう

その動きを止められない。特に葉山と三浦の間なんかは時間が倍速で進んでそうだ。


結局のところ、葉山グループが葉山のためのグループであったのと同じように三浦グループもまた三浦のためのグループ

に他ならなかった。だから、葉山と三浦の関係が壊れればおのずと他のメンバー同士の関わりにも影響する。こうなる

ことは戸部も海老名さんも望んでいなかったはずだ。そんなことは重々理解していたはずで、また自分もそれを望んで

いたはずなのに葉山は自分の手で壊すことにしたようだ。しかも理由が俺のためらしい…………意味がわからない。

いや、ロジックとしてはわからなくもないんだけど。心情的に。というか葉山ってそんなことするような人間だったっけ?

今まで葉山隼人という人物は周囲の期待する”葉山隼人”像を演じていたわけで、本人としてもそうすることに特にため

らいはなかった筈だ。それが何故……やはり結局のところ葉山に関することであっても他人については理解したつもりに

なっていただけに過ぎないのかもしれない。


そんなことを考えつつ、お昼休みに俺はまた例の場所でパンをかじっていると後ろから聞き覚えのある声がかかる。

「……やっぱりここにいたんだね、比企谷くん」

振り返ると、そこには本日上陸した台風の目があった。その目は少し寂しげに笑っていた。

「葉山…………むしろ何でお前がこんなところに」

「俺だってたまには一人になりたい時もあるさ」

そう言いながら階段に近づき、俺の横に腰かけた。戸塚ほどじゃないが距離が近い。思わず、体を少し横にずらす。

「俺の存在は勘定に入ってないんですね……」

「ああ、そうか……でも、君の場合は二人でいてもたいていは一人と一人って感じじゃないか?」

何気に酷いことを言われている気がするが、実際そうなので言い返すこともできない。俺は話題を変えることにした。

「それより…………どうしてここがわかった」

「結衣に訊いた」

「そうですか……」

なんかまた聞きたくもないことを訊いてしまった。別に葉山が由比ヶ浜と何を話そうが俺には関係のないことなのに。

「わざわざそんなことまでして……俺に何か用でもあるのか」

「ちょっと二人で話がしたかっただけだよ。あと、これあげるよ」

そう言いながら爽やかな笑顔で俺にMAXコーヒーを手渡す。俺の好みがわかっているとはこいつもなかなかやる

じゃないか。一体どこから情報を…………いや、それ以上考えるのはやめておこう。

「どうも……」

もう一本持っていた自分の分を葉山が手に取ったところで、二人同時にプルタブを開けて飲み始める。温かい甘さが

体中に沁みわたっていく気がした。一息ついたところでまた葉山が話し始める。

「……何か君の方から訊きたいこととかもあるんじゃない?」

「いや…………別に俺はお前のことそんなに興味あるわけでも知りたいと思っているわけでもないし」

そりゃないとは言わないが、わざわざそれを聞いてどうなんだという感じだし、たぶん俺にとっても不利な結果になる

ことはわかりきっている。おとといの屋上での会話を思い返す限りでは。

「そうか……俺は興味あるんだけどな、君のこと」

「……」

いや、そんなことこっち向いて真顔で言わないで下さいよ葉山サン。なんか色々な意味で怖いんですが。海老名サン的な

意味でも。…………はやはちとかあり得ない、よね?ダメ、絶対。

「俺になんぞ興味持ったところで何の得にもならんと思うけどな」

「そうか?自分の好きな人と仲がいい人間に興味を持つことはそんなに不自然なことかな?」

あぁ……やっぱり嫌だ。今のこいつと話したくねぇ。もう絶対避けられないもんね、話題的に。頼むから黙ってて

くれよ、マジで。俺の無言の拒否は無視して葉山は話を続ける。

「まぁ、こんなことをしたところで君の気持ちがわかるとも思えないけど…………ただ、そんなに悪い気分じゃない」

「そりゃお前のような人間の場合、自分の意思だけで決められることなんて少ないからな。自分の勝手だけで色々と

決められるっていうのもそんなに悪いもんじゃないだろ?」

「はは、まったくその通りだ」

以前にも考えたことだが、ここでさりげなく葉山にぼっちの道へと引きずりおろそうとする自分。このなかなかの策士

っぷりにはもう少し賞賛の声があってもよいのではいだろうか。いや、陰謀というのは明るみになったらダメなものだ

った。やはり日陰者の俺最強。…………最近は少し日向に出過ぎたか。


「俺は周りの人間のことなどどうでもいいから今まで好き勝手にやってきたが…………いいのか?お前がこんなことを

してしまっても。お前は自分の周りの人間の環境をどうしても維持したいものだと思っていたんだが」

それこそ、俺を犠牲にしてでも。そして、それは葉山だけでなく海老名さんや三浦の願いでもあったはずだ。

「確かにね。ただ…………修学旅行後に君と姫菜の噂が流れたときに、さすがにちょっと限界だと思い始めたんだ」

「……どういうことだよ」

「俺の知る限り、あそこにいたのは俺の友達と君と雪ノ下さんだけだった。それで、あんな噂が広がるということは

流したのは俺の友達以外ではありえない」

「……状況証拠的にはそうかもな。でも……それが何でお前の心境の変化につながるのかが俺にはわからん」

「あの出来事はきっかけに過ぎなかったのかもしれない。ただ、俺の中での君への期待はますます天井知らずになって

しまった。このままだと、たぶんまた君を犠牲にするであろうことは容易に想像できた」

「それならどんどん犠牲にすりゃいいじゃねぇか。俺はどうせ他の方法を知らんのだし」

「もう…………それは自分が許さなかったんだよ」

「なんだそりゃ……それじゃあお前、まるでいい奴みたいじゃないか」

俺の言葉が何か癇に障ったのか、葉山がこちらに振り向く。その表情は普段のクールな爽やかイケメンとは程遠かった。

「そんなんじゃない…………俺は、君に嫉妬していた」

「……」

どこから見てもいい奴と思われている人間に、こんな負の感情を真っ直ぐぶつけられるとは思わなかった。伏線らしき

ものがなかったわけじゃないけどね。夏休みの合宿の時に君とは仲良くできなかっただろう、と言われたのを思い出す。

「…………俺なんかのどこに嫉妬する要素があるんだよ」

「雪ノ下さんに惚れられているだけで十分だろ、そんなものは」

「……」

……結局その話題になるのかよ。自分でそのことを認めるのと他人から言われるのはまた違うものだ。俺は、葉山にそれ

を言われることがまだ納得できていなかったのかもしれない。だから、こんな言葉を返す。

「お前に雪ノ下の…………何がわかるんだよ」

「わかるよ。ずっと彼女のことを見てきたんだ。君が、彼女にとって特別な存在であることくらいすぐわかる」

「……」


“ずっと”という言葉の重みに、俺はその場しのぎの軽い言葉など返せるはずもなかった。小さい時から好きだった女の子

は自分には全くなびくことはなくて、ぽっと出の捻くれたぼっちに好意を寄せている。そもそも、そんな状況すら認めた

くもないはずだ。でも、目の前にいるこの男はその現実から目を背けず、認めたうえで彼女に想いを告げて敗れ去った。

そういう人間の発した言葉を無碍になどできるものだろうか。……葉山は俺の言葉を待たずに話を続ける。

「俺は、ずっと彼女のことを見てきてどうにかしてあげたいと思っていた。でも、どうやらそれは無理らしいことが

わかってきた。……君が、雪ノ下さんを救ってあげてくれ」


これは葉山なりの誠意なのだろう。できれば俺もそれに応えたいところではある。しかし、それは間違いをそのままに

していいということにはならない。だから、こう返す。

「そもそも、その認識が間違ってんじゃねぇのか。雪ノ下は”救われる”ような存在じゃない」

「そうか……そうかもしれない。やっぱり俺は…………雪ノ下さんや比企谷のことなんてまだまだ全然理解してない

みたいだ」

……なんでさりげなく雪ノ下と俺がセットになっているのでしょうか?彼女と俺が似た人間だとでも思っているのか?

「そうだな。ただ……俺だって雪ノ下のことなんて全然理解してないぞ。だから、あまり変な期待すんな」

「確かにね。ついおとといまで雪ノ下さんの好意の対象が誰かわかってなかったくらいだから」

「……」

こいつ……俺が認めるまで同じ話題を何度でも出す気だろ……モグラ叩き状態だな。仕方ないので俺は話題を変える。

「ところでお前…………いいのかよ?あんなことして。あれじゃあ海老名さんや三浦は……」

「姫菜には先に事情を説明して謝っておいた。一応納得してくれたみたいだ。彼女も君のことを心配していたよ」

「そうなんですか……」

あ~あ、最初からこうなるってわかってたらここまで無理しなくてもよかったんじゃね?俺。というか無理してたのか、

やっぱり。ただのやせ我慢だったか。武士は食わねど高楊枝って言うしね。材木座曰く、武神らしいから仕方ない。

「で、三浦の方は…………あいつ、たぶんお前のこと……」

「わかってる。だから…………しばらくは以前と同じように接することはできないと思う。ただ……時間はかかるかも

しれないけど俺は優美子と友達に戻れることを信じている。君が心配することじゃない」

「ああ、そう……」

葉山に心配するなと言われたらこう返すしかない。しかし、こいつの言うこともあまり信頼できたもんじゃないけどな。

ただ、俺が葉山の周りの人間関係の修復なんてできるわけがないので放っておくのが一番だろう。

「そもそも君にこれ以上手を煩わせないためにこんなことをしたんだ。こちらの問題はこちらでどうにかするよ」

「それならいいんだが……」

「それよりも、君は自分や彼女たちの心配をすべきだろ?」

「……心配してどうにかなるんなら大した問題じゃないんだがな」

「それもそうだったね」

はにかみながらそう答える葉山。今はこいつの笑顔がなんだか無性に腹が立つ。自分だけ先に言いたい放題言って

スッキリしやがって。俺にどうしろっつうの。表情でこちらの意図をくみ取ったのか葉山はこう続ける。

「君は…………雪ノ下さんと結衣の想いに応えてあげればそれでいいんだよ」

「……何をしたら応えたことになるんですかね」

「それは比企谷くんが考えることだよ。それとも俺がこうしろって言ったらその通りにするの?君は」

「いや……」

「だろ?…………いいじゃないか、君は周りの人間のことなんて気にせず好きなように選択できるのだから」

「……」

その周りの人間の中に雪ノ下や由比ヶ浜が含まれていなかったら、確かにそうだったんだろうな。でも今は…………

俺が黙ったままでいると、葉山は話題を変えつつもまた答えにくい質問を続けてきやがった。

「ところで、君は今日も部活には行かないつもりか?」

「……当分は行けない、と思う」

「気まずくなるのが嫌だから?」

「あいつらに関してはそういう心配はしていない。それに気まずい空気なら俺はもう慣れっこだしな」

「ははっ。まったくそういうところが君の羨ましい限りだよ」

一体今の答えのどこに葉山の羨ましがる要素があるんだか……やっぱり葉山って人間のこともよくわからんな。

「そうじゃないとすると……?」

「……言い方は悪いが、お前と同じ失敗をするわけにもいかないもんでな」

表面上、取り繕って嘘や欺瞞に満ちた関係を続けることは、奉仕部の部員はたぶん誰も望んでいないのだろうし。

「なるほど、そういうことか。その答えを聞いて少し安心したよ」

「……どういうことだ?」


「逃げるわけでも嘘をつくわけでもなく、彼女たちの想いに応える用意があるってことだろ?それは」

「!……」

「その沈黙は肯定と捉えるよ。ただ、あんまり女の子を待たせちゃダメだよ」

「……そうだ、な」

そうだよ

おっそうだな

あぁ、昨日もなんか似たようなことを言われたな。駄目だ自分……早くなんとかしないと……俺が頭を掻いていると

葉山は何かもう満足したのかおもむろに立ち上がる。

「じゃあ、そういうことで。雪ノ下さんと結衣のこと……よろしく頼むよ」

「え……ああ……」

もはや返事なのか呻き声なのかもよくわからない音しか自分の口からは出なかった。ええいああ、もうなんかもらい泣き

でもしたい気分。いや……自分が泣く分には一向に構わないけど……たぶん俺は……

「もうそっちのも空?空なら俺が捨ててくるけど」

「えっ?ああ……じゃあ頼む」

普段の俺なら絶対に遠慮しているところだが、もう頭が正常に働いていなかったせいか反射的にMAXコーヒーの空き缶

を葉山に手渡してしまう。葉山はそれを手に取るとすぐに振り返って校舎の中に入っていってしまった。



一体自分は何をしたら……彼女たちの”想いに応えた”ことになるんだろうか…………

それに、彼女たちへの”俺の想い”は…………

今回はこんなところで。次回は金・土あたりにでも

乙乙
続き期待して待ってる

おっしゃホモやんけ

葉山がヒッキーの飲んだマッカンへしめやかに口を付ける流れですねグ腐腐

どうにもこうにも海老名さん的な流れじゃねえか

海老名さんがスタンバイ入りました

なんだ、1は海老名さんだったのか。

彼女たち(海老名さん他)の想いに応えよう

腐腐腐

葉山が空き缶を捨てにいってあげただけで海老名の妄想の餌食に……

はやはちはよ

海老名さん予備軍の多さに戦慄を覚えつつ、続きを投下します。途中で少し中断するかも

「比企谷、ちょっと今日の放課後に職員室まで来たまえ」

「は、はぁ……」

俺が奉仕部に行かなくなって4日目のことだった。現国の授業の終わりに唐突に平塚先生に呼び出しを食らう。いや、

唐突ではないか。そろそろ来る頃合いかな、とは思っていた。そう言えば俺は受刑者だったんだ。今の俺はいわば脱獄囚

みたいなもので、すなわちプリズンブレイクなわけでむしろ今まで放置されていたことの方がおかしかったのだ。しかも

相手は俺をこの部活に強制的に入れた張本人である。何されるんだろ……また可愛がられるのかな、相撲部屋的な意味で。

ただ、逆に考えると今まで放っておかれたという見方もできるわけで、本当に行動が読めない。考えても仕方のないこと

をいくら考えてもムダなので、また俺は例の思考のループに頭を落とし込む。どうやって奉仕部に戻るべきなのか。


先に自分でループと宣言してるあたり、答えがそんなすぐに見つかるわけもなく早々に放課後になってしまった。どこぞ

の主人公は宿題をやってループを脱出したようだが、俺の宿題はいつ終わるのかな?そんなことを考えつつ職員室の扉を

開ける。

「し、失礼します……」

「おお、来たか。こっちに来い」

いつものパンツスーツに白衣のいでたちの先生がまた例のついたての奥に俺を手招きする。促されるままにソファに座る

とおもむろに煙草を取り出して吸い始めた。ふぅーっと口からはき出された白い煙が上に立ち昇っていく。そういえば、

そろそろ息も白くなる季節だな……。

「ところで先生は煙草やめようと思ったことはないんですか?」

「いや、ないことはないんだが…………しばらくは無理だろう。ここで吸われるのが嫌なら遠慮なく言ってくれて

かまわないが」

「俺は煙草は好きじゃありませんが、吸っている姿を見るのは割と好きだったりもしますよ」

「す、好き……あ、いや」

一瞬、灰皿に灰を落としていた指が止まる……がすぐに動き出す。さすがに二度目となると反応も鈍いか。面白くない。

「おほん……自分で言うのもおかしいが、確かに人が煙草を吸っている姿というのは絵になるものだ。だから、映画でも

よく使われる」

「それもそうですね……某ジブリの映画など実に美味そうに吸ってましたしね」

「おっ、比企谷もそう思うか。あれは禁煙中の人間は絶対見てはいけない映画だな。あんなものを見たら絶対に吸いたく

なってしまうよ」

そりゃそうだろうな。なにせ一度も吸ったことのない自分ですらちょっと吸ってみたいと思ったほどだもの。まぁ、思う

だけでそんな前時代的なものにわざわざ手を出すわけないし、あえて吸う理由もない。

「映画自体はどう思ったかね?比企谷は」

「……映画談議をするためにわざわざ呼び出したんですか?」

俺がそう尋ねると先生は口を開けてはっはっはと笑い、短くなった煙草を灰皿に追いやるとこちらに顔を近づけて今度は

何か見透かしたようにニヤリと口角を上げた。

「まぁ、いいじゃないか。どうせ君は今日も部活には行かないんだろう?」

「それはそうですが……」

「で、…………感想の方は?」

「え?ああ……まぁなんというか……純粋さや美しさは残酷というか……あれをただ感動したというのはちょっと後ろ

めたい気がしましたね」

俺の答えを聞いた先生は得心がいったのかふんふんと頷く。

「確かに。純粋なものや美しいものは残酷だ。逆に残酷なものこそ美しいともいえるんじゃないかね?この私のように」

いや、そんな冗談をドヤ顔で言われても反応に困るんですが。たぶん俺は口を歪ませながら、それに応える。

「先生もキレイだとは思いますよ…………年の割には」

「比企谷……」

またしても先生による”可愛がり”が炸裂するとまずいので俺は腹筋に力をこめた…………が。

「比企谷……」

こちらを恨めし気に見て唸るだけだった。あぁ…………なんかフォローしないと。

「あ、ええとあの主人公も結局は自分の夢が第一で家庭をあまり顧みなかったわけじゃないですか。でも、その生き方

こそ美しく見えたわけで先生もそのように美しく生きられればよいのではないでしょうか」

「つまり、私に仕事以外は諦めろと……」

どんどんか細くなっていく声。いや、もうほんと誰かもらってやってくれ!早急に。美しさは残酷だし。

「こ…………これでも俺は一応先生には感謝してるんですよ」

「ほう……君がそんなことを言うようになるとは……明日は雪でも降るのかな?」

俺が先生に対する偽らざる気持ちを述べると顔を上げ急に声も元気になった。とりあえず良かった…………のか?

「……俺は感謝する機会があまりなかっただけで別に感謝の言葉を言えない子ってわけじゃないですよ」

「そうかもしれないな…………この捻デレくん」

「……」

いや、なんでその変な造語、ここまで広まってんの?小町か?これも小町の仕業なのか?…………とりあえず、先生は

この言葉を言って満足したのかそれ以上追及することはなく、本来の話に戻る。

「ところで比企谷……あと数日で試験準備期間に入るんだが…………まだ君は部活を休むつもりか?」

「それはなんとも…………というか参加させたいのなら、無理やりにでも連れていけばいいじゃないですか。俺は受刑者

でしたっけ?確か…………」

俺がそう答えると、先生は頬杖をついてふっとため息をつく。

「まぁ私としてもそうしたいのはやまやまなんだが…………他の看守からちょっと釘を刺されているものでね」

「はぁ……」

……なるほど。俺が強制的に部活に参加させられなかったのは看守――こんな単語ですぐ連想できるのもどうかと思うが

――雪ノ下の差し金だったか。

「ただ…………このままずっと行かないのであれば例の勝負は君の負けということになってしまうが、それでいいか?」

「あれ、まだ続いてたんですか……」

雪ノ下との勝負――――元々俺は捻くれた根性と孤独体質を”更生”するという依頼で奉仕部に連れて来られた。しかし、

俺がそれを拒否し雪ノ下はそれを逃げと断じた。そしてそれでは誰も救われない、とも。その結果、先生が仲介に入り

どちらが人に奉仕できるか勝負することで自らの主張を通せるのか決めると言った。勝負に勝った方は負けた方に何でも

命令できるらしい。勝負の結果は先生の独断によって裁定される。……そもそもこれってどこがゴール地点として設定

されているんだろう?それに、もう最近は先生も奉仕部の個人の活動を全て把握しているとも思えないし……


「当然続いているさ。双方がやめない限りこの勝負は続いていくよ」

「”双方”?……ということは、例えば俺と雪ノ下が勝負を終わらせようと言ったら先生はそれを了承するってことですか」

「ま、そういうことになるね。ただ、どちらか一方がやめるのであれば言い出した方の負けということになるが」

「……」

……驚いた。たぶんこの時の俺は口を開けたままぽかんとしていたのだろう。この勝負の件はてっきり俺を奉仕部に

引き留めるためのアンカーのようなものだと思っていたから。だから、ただ漠然と終わりのないもののように感じて

いた。それが、自分の手で終わらせることも可能とは…………。この状況で俺が負けを認め、雪ノ下の命令を聞き

――何故かそれを悪くないと思えてしまった、奉仕部をやめることも選択肢としては有り得るのか。ただ、今となって

はもうそれは俺にとっては無理な相談だった。


俺は奉仕部のあの空間、あの仲間、あの空気を――――。


先生はこちらの考えを見透かすように、こんなことを言い出した。

「何故君は今も休んだままなのかね?たぶん今の君でも他の部員たちは受け入れてくれるだろうに」

「仮にそうだとして…………それは先生の考える奉仕部のあり方に沿っているんですか?」

「さぁ……それはどうだろうね」

「……」

いやいやいや、この人絶対わかってて言ってるだろ。以前に由比ヶ浜が部に来なくなったとき、やる気と意志のない者

は去るしかないと口にした。また、奉仕部は自己変革のためのものであってぬるま湯に浸かるのが目的ではない、とも。

今のまま俺が戻ったとしてもどうなるかは目に見えている。それは部の方針とは相容れないものだ。いや、まて…………

俺はいつの間に奉仕部のこの方針を受け入れたのだろう。この俺が…………自己変革なんぞを望んでいたのか?よく考え

るんだ……俺はぬるま湯に浸かるのを否定しているから今の自分のままでは部に戻れないだけだ……”今の自分のまま?”

“戻る”ために”変わる”?なんか矛盾しているようにも思えるが…………なんだかだんだん混乱してきたぞ。俺が黙った

ままでいると先生は微笑を浮かべながら次の言葉を発する。

「君は聡い子だ。私としても今の君が部活を休んでいることは間違っているとは思わないよ」

「"間違っているとは思わない”って…………じゃあ正しいことは何だと言うんです?」

「何も答えを教えるだけが教師の仕事ではないよ。思考の種を蒔いたり、環境を整えたりするのもその中に入るだろう」

「"環境を整えたり”?それって奉仕部のことを指しているんですか?」

俺の質問に先生は顔を少し横に向けてふっと笑みをこぼして答える。


「私はただ、半ば有名無実化していた幽霊部活に約二名……部員を入れただけにすぎないよ」

“部員を入れた”?それって……まさか雪ノ下も?……でも俺のように強制ではなさそうだし……こちらの怪訝な顔を

察知したのか、先生は話の補足をした。

「もちろん彼女の場合は君とは違って本人の意思だよ。ただ、どうにも人ごとこの世界を変えると本人が口にする割

にはそれができていない気がしたものでね。試しに見せてみろと言ってみたら乗ってきた」

おいおい、そのセリフ先生にも言ってたのかよ…………痛々しいってレベルじゃないぞ……いや、俺が奉仕部に強制

入部させられるきっかけになった作文と似たようなものか……しかしまあ、その挑発に乗る姿がありありと想像できて

しまうのがなんかおかしい。あきれなのか笑いなのかよくわからない音が口からふっと出る。

「はは……しかし、ただ見せろと言ったんじゃ本人の問題の自覚につながらないのでは?」

「さすがにこちらとしても彼女にそう指摘した以上、何もアドバイスをしなかったわけではないよ」

「アドバイスした結果がアレなんですか……?」


俺は雪ノ下と最初に会った時の会話を思い出す。……なんか罵倒しかされなかったような。どう考えても素だった

よな……アレは。疑念に満ちた表情に先生は話を続ける。

「私は何も雪ノ下に自分を変えるように言ったわけではないよ。ただ……鏡のままでは世界を変えることはできないと

助言しただけのことだ」

「鏡?……鏡って鏡の法則のことですか?他人は自分の投影だとかなんとかって言う。詳しくは知りませんが」

「ん、今はそういう意味合いでも使われるか、そういえば。私はもっと単純に好意に対しては好意を、悪意に対しては

悪意を返すという意味で鏡という言葉を使った。ただ、彼女の場合は……」

「悪意を返し過ぎる……」

「「はぁ~……」」

俺が先生の言葉の続きを言うと何故か二人同時にため息が出てしまった。

「まぁ、彼女は彼女でずっと一人だったから自分の身を守るためにはある程度は仕方ないことだとは思うんだが……」

……明らかに過剰防衛のこともあったんだろうな。夏休みの時の三浦への対応などを考えると。やられたらやり返す。

倍返しだ!いや、倍返しで済めばいいんだが…………彼女の場合。

「それで……その……少しは悪意を善意に変えるように、みたいなことを言ったんですか?」

「そんなところだよ。ただ、彼女は罪と罰を与えるのも本人のためではないですか、と反論してきたが」

「うわぁ……」

「彼女の言い分も間違ってはいないさ。だから、そういったことに関しては教師である私に任せろと言っておいた」

え、やだなにこの先生カッコイイ。俺が女だったら惚れちゃってるかも。……それ褒めてんのか?さすがに今思った

ことを口に出すことははばかられたので黙っておく。

「……それで雪ノ下は納得してくれたんですか?」

「まぁ、一応はな」

「でも……仮にそうだったとして俺が最初に雪ノ下に会った時に先生のアドバイスに従っていたようにも思えない

んですが」

俺がそう尋ねると、先生はまだわからないのかね?というような顔をしてこう続ける。

「先ほども言ったように、私は彼女に自分を変えるように助言をしたわけではない。善意といっても色々ある。あれは

彼女なりの善意の発露の仕方だよ」

「ああ、なるほど……」

まぁ、別に俺に対して努力しろだの変われだの言ったのも悪意があったわけじゃないしな。たまたま俺が素直に応じな

かっただけの話であって、由比ヶ浜の時みたいに上手くいったケースもある。俺の納得した様子を見たのか先生は目を

細めて穏やかな口調でこう告げる。


「だから、君も君なりの正しさを発揮すればいいのさ。どうにも間違っていると私が思ったらその時は叱ってやる」

「……そうですか」

何故か俺はその言葉を聞いて先生の顔を直視できなくなり、下を向いてしまう。

話が一段落したのか、先生はまた煙草を吸い始めて煙をたなびかせる。

「なに、そう深刻になりすぎることもないだろう。いざとなれば一人に戻るという選択肢もある」

「それって…………最初に先生が雪ノ下に依頼した内容と矛盾してませんか?」

「私はあくまで孤独"体質"の更生を雪ノ下にお願いしたのであって孤独そのものを否定しているわけではないよ」

「どう考えても一緒にいて自分に悪影響しか与えない存在というのも確かにいる。そういった人間と無理に付き合う

必要もないだろう」

また意地悪なこと言うなあ……この先生は。俺がそんなこと思っているはずがないというのをわかっていてあえて

こんなことを……。俺の眉が歪んだところでこの人はさらに追い打ちをかける。

「それに、友達作りに失敗するのも青春と作文に書いたのは君だ。これからも大いに青春を謳歌してくれたまえ」

「どんな嫌味ですか、それ……」


俺がそう言うとまた先生ははっはっは、とおっさんみたいな笑い方で大笑いをし、煙草を灰皿に置いたところでぱっと

両ひざに手を置き、おもむろに立ち上がる。

「さて、今日はこんなところで許してやろうかね、比企谷」

「許すって…………今までのこの時間は刑罰かなにかだったんですか?」


「おや?先生に呼び出しを食らって時間を拘束されるなど学生にとっては罰のようなものだと思っていたのだが……

それとも比企谷は何か?もっと私とお話したいのかな?」

「い、いえ……そんなことは……」

いや……そんな妙に嬉しそうな顔でそんなこと言わないでくださいよ……否定しづらくなっちゃうでしょうが。俺も

立ち上がり、扉の方に向きを変えると先生はばしっと俺の背中を叩く。

「ま、君が奉仕部に戻った時はまたお話を聞かせてくれることを期待しているよ」

「いや……あんま期待しないでください……俺に」

「別に良い結果を知らせろと言っているわけじゃない。ただ、話ができればそれでいいんだよ」

「そうですか……でも悪い結果の方が人には話しづらいんじゃないんですか?」

俺のその返答に何故か先生は意外さを感じたのか顎に手をやる。

「ほう……君も少しは見栄を張ろうという気が起きてきたのか。感心感心」

「!……あ、いや、俺はただ一般論を言っただけで…………な、は、話せばいいんでしょう、話せば」

「……そうだ。……私”も”待っているよ」


「では……失礼します」

その背中に若干のプレッシャーを感じつつ俺は職員室から出る。疲労と安堵の混じり合ったようなため息が、ふぅーっと

口から思わず出てしまう。…………帰るか。いつの間にか部活終わる時間も過ぎているし。昇降口に向かいながら窓の外

を見るともう空は夕焼けを下に追いやって夜が今にも覆わんとしていた。なんとなしに先生と話題になった映画のことを

俺は思い出す。美しさは残酷で、優しさも残酷。純粋さも残酷。でも、そこに自分は惹かれてしまったのだ。それならば、

自分も残酷なままでいるほかないのだろうか。


風立ちぬ いざ生きめやも――――。

風が立つどころの話じゃないな。暴風だよ、誰かさんのせいもあって。今の俺は台風の目じゃないし。

そんなことを考えつつ、人気の少なくなった校内を歩き、昇降口に辿り着くとそこに見慣れた人影を見つける。

こんなところで何やってんだ…………。また何やら風が吹きそうな予感。



そこにいたのは由比ヶ浜結衣だった。

今回はここまでです。時間がかかり過ぎないように冗長にならないように気をつけてはいるんですが、短くまとめようと

思うとまたそれはそれで時間がかかるという…………感想とかあればどうぞ。次回は月あたりにでも。

乙乙、やっとタイトルが絡んできそうな感じかな?

乙。タイトルに絡むだと?いや、まだでしょ……嫌な予感しかしない……

期待感高まりすぎてヤヴァイ


期待してる


愛してる

由井結衣を幸せにしてっ!

>>251
だが断る

>>252
くっさ

ちょっとキリのいいところまで書ききりたいので投下は火になりそうです

あと10分で火曜日だね(ニッコリ)

鬯シ逡懈揄繧上m縺毆

非常に面白く期待できるのだが
行間区切りがおかしく見えるのは俺だけだろうか
その所為もあって読み進めるのに厳しい部分がある

苦に感じるなら自分が離れるしかないだろうよ

PCで書いて一行分で改行+空白行入れてるんだろ
正直俺も見づらい

我慢

たしかに読みづらいな

まぁ気になる程度だな
文章力高いから少し残念

お待たせしました。続きを投下します。改行の件については申し訳ないですが、慣れてくださいとしか
言えなくてすいません。元々台本形式で書くことを想定していたことの名残と個人的にこちらの方が
見やすいと思うのでこういうスタイルになっています。予定通りにいければもう内容的に後半にさし
かかっているのでこのままいかせてもらいます。見づらいという意見は今後の参考にします。
完結したらもっと見やすくして別のところにUPするかもしれません。

期待

⑦戻るか進むかに関わらず、彼はこの先の道を見定める。


由比ヶ浜は、出入口とは反対側の壁に寄りかかって誰かを待っている様子だった。携帯電話をいじっているせいかこちら

の存在にはまだ気づいていない。さすがに同じクラスのロッカーを通るのに無視するのも不自然すぎるので、仕方なく

こちらから声をかける。そう何日も話してないわけでもないのに、上がりそうになる口角を抑えながら。

「何してんだこんなところで。……靴でも盗られたか?」

「あ……ヒッキー……って、く、靴なんて盗られてないし!ヒッキーが来るの……待ってただけっていうか……」

携帯をパッと閉じて目を見開いてこっちを見たかと思えば、次の瞬間にはまたうつむいてしまった。


「何?あなた、いくら自宅で待ち伏せするのが法律に触れるからといってそれは学校でやっていいという理由には

ならないのよ、このストーカーさん」

「なんかまたゆきのんの物真似うまくなってるし……というか私ストーカーじゃないし」

おお、場を和ませようとあれからも風呂場で練習に励んだかいがあったか、雪ノ下の物真似は。由比ヶ浜は少し緊張の

取れた表情になってこちらもちょっと安心する。

「ストーカーじゃないならなんだ……用事があるならメールでもすりゃいいだろ」

「そ、それはそうかもしれないけど……ええと……サプライズ的な?アレで……」

そう言って視線を斜め上にやって人差し指で空を指す仕草をする……いかにもデタラメな言い訳だったが何故かその話に

乗っかってしまう自分がいた。

「ふぅん…………そういうことやるってことは……お前サプライズとか好きなのか?」

「え?……う~ん……いいサプライズなら好きかな?」

いきなり想定外の質問をされたせいなのか、ちょっと迷いながら彼女はそう答えた。その表情は少しうれしそうに見える。

「そりゃそうだな。むしろ悪い意味で驚くことの方がこの世の中多いからな。俺なんて友達の友達からサプライズ誕生日

パーティやろうって誘われて当日行ったら当の誕生日の奴に『なんでこいつがいんの?』って驚かれたしな。まったく

こっちがサプライズだったよ」

「……」

あれ?いつも通りの会話をしたつもりなのにどうしてニコニコして黙ったままなんでしょうか?何か心の中に混沌が

這い寄ってきそうだったので思わず声が出る。

「あ、あの…………由比ヶ浜さん?」

「え、え?ああ……いつものヒッキーだなって思って安心して……その……」

彼女はそう答えてふっと息をついた。その時自分も一緒に安堵から息をついてしまったので、なんかおかしくてまた二人

してぷっと吹き出してしまう。少しの間のあと、また俺が話を切り出す。

「で、何の用事だよ」

「あ……その……もしよければ……途中まで一緒に帰らない?」

「嫌だ」

「え……?」

自分でも思ってたより語気が強くなったせいか、由比ヶ浜はびくっとしてからオドオドし始めた。い、いや……そんな

大した理由でもないんですけど…………でも口から出たのはもっと即物的なことだった。

「いや一緒に帰るって……俺チャリでお前バスだろ?別に今日俺がバス乗る理由ないし…………」

「あ、あたしが乗るバス停ずらすだけだから。ヒッキーはそのまま自転車でいいよ」

「お前そんなことして道わかるのか?」

「えっ?……もうヒッキー、あたしのことバカにし過ぎだから!真っ直ぐな道くらいわかるから!」

由比ヶ浜は眉をひそめながらそう言った後、ぷいっと横を向いてしまった。


いや、それはそれは失礼いたしました。何せ同じ部活にちょっと方向に怪しい人物がいたものですから…………しかし

先に断る理由を言ったのはまずかったな。こう答えられてしまっては俺からは拒否するのが…………他にも心配事が

ないわけでもないし。……とりあえず校門までなら偶然も装えるだろう。承諾の返事もしないまま俺は次の言葉を言う。

「悪かったよ。俺これからチャリ取りに行くから……」

「あ、あたしも行く……」

「ひゃっ」

靴を履き替えて外に出ると寒風がびゅっと吹いて直接体にあたってくる。思わず手で襟を掴んで服の隙間を塞ぐ。今の

悲鳴はおそらく由比ヶ浜のスカートが…………いやいや、俺の視界に入ってなくてよかったぜ。……ついでに言うと

周りに人もいなくてよかった。なんで俺がそんなこと気にしなきゃならんのだ…………

「さみっ」

「もうすぐ12月だもんね」

「……そうだな」

そろそろコートが欲しくなってくる時季だな。どういうわけか年中コートを着てる頭のキテる奴も俺の周りにはいるの

だが…………そういえば、材木座からはまたメールが来てるんだろうか。もし来ていたとしてもあの二人では……まぁ

無視がいいところだろう。そんなことを頭に浮かべつつ先に歩き始めた俺の後にとてとてとついてくる由比ヶ浜。その後

駐輪場に着くまでは特に会話らしい会話もなく俺は鍵を取り出して自転車の錠を開ける。

前のかごに鞄を入れて自転車を引いて出すと、いつの間にか横にいた由比ヶ浜の視線が俺にぶつかる。

「……なんだ?」

「え?い、いや、なんでも?ない、よ……」

由比ヶ浜はほんのり頬を染めながら、目を泳がせながらそう答えた。正直言って彼女の顔は口よりもよく喋る。黙って

いたとしてもその目が、眉が、頬が、唇が雄弁に語ってくれる。だから、みんなそれを無視することはできないのだ。

あの雪ノ下雪乃でさえもそうだった。当然、俺もそう。

「何か言いたいことがあるなら言えよ。今さら遠慮するようなもんでもないだろ」

「あ……いや……でも……あたしが今それを言うとヒッキーはたぶん困るから……」

由比ヶ浜は遠慮がちに手で髪をいじりながらそう答える。…………あぁ、困るな。確実に。それが何かとはいわないが。

「じゃあ黙っててくれ、というしかない、な……」

「そ、そうだよね……」


二人にまた沈黙が訪れると、そのまま俺は自転車を手で押していく。由比ヶ浜はその斜め後ろをついていく。

校門まで来たところで、一度足を止めて俺はさっきの心配事の話の続きをすることにした。

「それよりお前、いいのかよ…………俺と一緒にいるところを誰かに見られても」

「え?あたしは別に気にしないけど」

やけにあっけらかんとした様子で答えられてしまって、かえってこっちが困惑する。

「え……あ、いや……お前が気にしなくても俺が気にすんだよ」

いつぞやの花火大会の時、文化祭の後の時、あるいは修学旅行から帰った後、それとここ数日間。いつだって彼女は

俺と一緒にいる時には常に周りの人を顔色を伺いながら――気遣いながらと言った方がいいのかもしれないが――俺と

接してきた。それはいくら狭い教室の中とはいえ棲む世界の違う人間が関わる場合には不可避の行動だ。俺のような

カースト最底辺の、最近じゃ底すら抜けてるような人間とトップカーストにいる彼女では尚のことそうである。俺個人

がいくら侮蔑されようが憐憫の目を向けられようが構わないが、彼女がそういう目で見られるのは俺の本意ではない。

だからこそ、距離を取りあぐねているという面も否定しきれない。でもその当の本人は――――

「ねぇ、ヒッキー」

「?……なんだよ」

「ヒッキーが言ったんだよ?自分の他人からの印象をコントロールしようなんてことは無理だって」


……一度口にしたことは取り消すことはできない。そんなことわかりきった話なのに。だからこそ、決定打になるよう

なことは言わないように自制してきたつもりなのに。でも、何気なく言った一言がこんな形で効いてくるだなんて……

黙ったままでいると、由比ヶ浜は俺の前に回り込んできて微笑を浮かべてこう告げる。

「だからね……あたしがヒッキー以外の人間にどう見られているかなんて、ヒッキーが気にすることはないんだよ」

「………………そうか」

「うん、そうだ」

顔が熱くなるのを感じて思わず手を頬にやって撫で付ける。微笑んだままの由比ヶ浜を横目に俺は自転車を押して歩き

出す。遅れて彼女も後をついていく。……とりあえず頭に浮かんだ疑問をぶつけでもしないとやってられん。

「お前アホのくせになんでそんなこといちいち覚えてんだよ……」

「ヒッキーはいつも変なことばっか言うからあたしの頭でも記憶に残りやすいんだよ」

「ああ、そうですか……」

そんな変なこと言ったつもりはないんだがな……しかし、言ったことが変じゃないと仮定したところで由比ヶ浜の言う

ことに変化があるとも思えなかった。だから、また俺は黙るほかなかった。

そしてまたしばらくは沈黙が続く。聞こえてくるのはカラカラと鳴る自転車のチェーンの音と車道のクルマの音くらい

のものだ。この辺りは住宅街なので街灯はあってもそこまで明るくはない。だから、向こうから俺の表情を読み取ること

もできないだろう…………いや、少し後ろを歩いているからどっちみち死角か。


「……ねぇ」

後ろから声がかかるとなんとなくその歩みを止めてしまう自分がいる。

「……なんだ」

「まだ……無理そう?」

“まだ”という単語には二つほど身に覚えがあるので誤魔化しということではなく、ただ単純に訊き返す。

「何が」

「その……奉仕部の」

「まだ無理、だな…………」

「そ、そっか………………顔だけ出すってわけにもいかない?」

由比ヶ浜は少ししょんぼりした後、また顔を上げて少しこちらに近づいて尋ねてきた。その質問の意図をいまいち量り

かねていると、彼女はこう続ける。

「あ、あたしとヒッキーはクラスが同じだからとりあえず学校に行けば顔は見られるけど…………ゆきのんは部活がない

とヒッキーに会えないから……」

ああ、そういうことか。しかしそんな日にちが経ってる訳でもないし俺が来ないからといって寂しがるような人間とも

思えないのだが…………

「ああ見えてゆきのん、ヒッキーが来なくて寂しがってんだからね!」

俺の考えを先読みしたのか少し声が大きくなってこちらへの追及が飛ぶ。しかし、ああ見えてって……

「ゆきのん……たまたまあたしがドアを開けてすぐあいさつしなかったら『比企谷くん?』って言ってたし……」

「おい、それは俺に言っていい情報なのかよ…………」

「いいよ、別に。……もう隠すつもりもないと思うよ。ゆきのんが――――」

以前にも同じような光景を見た気がする。由比ヶ浜が雪ノ下のことで何か言いかけてやめるところは。お前は優しいから

まだ言い切らないでくれるんだよな。中には意地悪にも言い切ってしまう奴もいるわけで。…………あまり彼女の優しさ

に甘え続けるわけにもいかない。拳を口にあててえへん、と軽く咳払いをしてから由比ヶ浜はこう続ける。

「と、とにかく…………奉仕部のことはもうあたしとゆきのんの間では答えは出てるの。だから、今はヒッキーを待って

るだけっていうか…………ヒッキーのいいようにして」

「いいようにしてって…………何でそんなすぐバレるような嘘つくんだよ」

これは由比ヶ浜の優しさからくる嘘だ。でも、それを追及する権利など俺にはない筈なのに、つい癖でそういうことを

言ってしまう。かえって自分の首を絞めるだけだというのに。だから、彼女の後に続く言葉を止められない。

「そ……そりゃ本当のところはヒッキーに早く戻ってきてほしいって思ってるよ。だってあたしは……」

「あ、あのさ……由比ヶ浜……」

ダメだ。この子は感情が溢れると、胸がいっぱいになると――いやこれ以上いっぱいになられては困るけど、別の意味

でも――思ったことを口にせずにいられないところがある。由比ヶ浜にとってはもう待つのも限界か…………しかし、

ただ遮るのでは意味がない…………俺はもう一つ、彼女を待たせていることにタイムリミットをつけることにした。



「ええっと……その……期末試験終わって次の土曜ってあいてるか?もしあいてるなら1日あけておいてほしい」

由比ヶ浜は口をぽかんと開けてこちらを見ている。いや、そりゃそうだろうな。俺も数秒前までこんなこと言うつもり

じゃなかったし。顔を逸らしたくなって横を向いて返事を待っていると、彼女はにっこりと笑ってこう答える。

「今のところあいてるよ。だから…………絶対あけとく」

「い、いや……絶対じゃなくてもいいけどよ……」

「ううん、絶対。後から他の予定入ったら代わりの約束してくれると思えないもん、ヒッキーの場合」

そこまで信用されてないのか俺って…………いや、今までの行いを考えると仕方ないのか。

「その時は振り替えするって…………さすがに、さ」

「そう?ならいいけど」

由比ヶ浜は納得したのか、足取りも軽やかに俺の先を歩き始める。今度は自分が彼女の後ろをついていく形になった。

俺は自転車を押しながら、さっき由比ヶ浜に言ったことを頭の中で反芻していた。彼女の言葉を遮るための方便、とは

いっても…………どういたしましょう、これ。まだ何も考えてないぞ。白紙も白紙、ホワイトペーパー。いや、ホワイト

ペーパーは白書という意味もあるんだったか。なんでこう重要なことを考えるときに限って頭ってどうでもいいこと

ばかり思いつくんだろうか。何やら試験勉強の合間に部屋の片づけを始めるのと似たメカニズムが働いている気がする。


…………どうやって奉仕部に戻るのかも決めてないのに、いいんだろうか?由比ヶ浜と、その…………デ、デート……

まがいなことをしても。……いや、まだ彼女に予定を尋ねただけだ。現段階では約束をしたわけじゃない。いくらでも

どうとでもなる…………とは言えなかった。何でそんな嬉しそうな顔して歩いてるの?果たして俺はアライブできるのか。

「とりあえず今日はここまででいいよ」

隣のバス停に辿り着くと由比ヶ浜はくるっとこちらに振り返ってそう言った。”今日は”という言葉になにか含みがある

ような気がしてならないが、そこは藪蛇っぽいのでスルーすることにする。

「そうか…………じゃあ、また明日な」

「うん……また明日。あの…………ごめんね」

「……何が」

由比ヶ浜は胸の前で手を振った後、ちょっと頭を下げて上目遣いでこちらを見てくる。い、いやそんな目で見られたら

心当たりがなくてもこっちが謝りたくなってしまう…………それどころか心当たりもいくつかあるような。

「この間、あんまり待たせるとハードルが……みたいなこと言っちゃったから……」

「え?ああ…………まぁそれは待たせてる俺が悪いから由比ヶ浜がそう思ったとしても仕方ないだろ。そういう気持ちも

わからんでもないし」

「で、でも…………もしそれでヒッキーが重荷に感じちゃったんなら……その……」

あぁ……なんだろうこの気持ち。ちょっと気を遣いすぎだろう……由比ヶ浜。でもそういう態度を取らせているのは間違

いなく自分に原因がある。しかし、今の俺では彼女を安心させることはできない。もしそれができるとしても…………

「別にそんなこと思ってないから気にするな。それに……ええっと……前にも言っただろ、俺の他人に対する印象なんて

そう簡単に変わらないって。だから、そういうこと言っても俺が特別に何か思うことはない」

「そ……そっか。……そっか。……うん、わかった」

そんな俺の返答を由比ヶ浜は何か噛みしめるようにして頷いた。とりあえずはこれでよかったのか?納得した様子を見せ

た後、彼女はじゃあねと言ってまた手を振る。俺も手を振った後、自転車のハンドルを掴み、サドルに腰を下ろし、ペダ

ルに足をかけてこぎ出す。後ろに由比ヶ浜の視線を感じつつ、俺はペダルをこぐ速度を速める。


俺は……これからもずっと由比ヶ浜にこんな思いをさせ続けるんだろうか?仮に俺に何かしらの答えが出せたとして、

それで彼女を安心させられるようになるとはとてもじゃないが思えなかった。何故ならこの俺自身が不安を抱えたまま

だからだ。結局失ってしまうのなら、はじめから捨ててしまう…………その誘惑が今も頭を離れない。しかしこの時の

俺は、そんな考えですらぬるいというのを思い知らされることに、まだ気づいていなかった。

それからまた数日が過ぎ、あと二、三日で試験準備期間に迫ろうというのにまだ色々なことに答えを出せないまま、俺は

悶々とした思いを抱えつつ昼食のために教室を出た。今日は小春日和なので外で食べるのもそんなに苦にはならない筈だ。

ところで小春日和ってなんか人名みたいだな……あのNHKで季節の擬人化キャラが登場する昨今、そういうキャラが

いたとしてもおかしくないな。後でPixivで探してみるか……そんな益体もないことを頭の中でグルグルさせながら廊下

を歩いていると後ろから魔法陣、ではなく魔法少女でもなく…………戸塚彩加から声がかかった。

「八幡!」

振り返るといつものジャージ姿があった。後から追いかけてきたせいか、少し息が上がっている。

「……どうした?」

「ねぇ……今日の昼休み、時間ある?」

その小首をかしげて上目遣いでこっち見るの、やめてくんない?俺にとっては疑問形ではなく命令形みたいなものだよ

それは。……別の方法で同じようなやり口をする御仁もいらっしゃいますが。まぁ、それはともかく。

「あるけど?何か用か?」

「少し……運動してみる気、ない?」

「え?」

戸塚の話によると、今でも昼休みに時々テニスの練習をすることがあるそうなのだが、いつもペアを組んでいる部員が

休みということでこちらにお鉢が回ってきたらしい。特に断る理由もないし、何より戸塚のお願いということで、俺は

ホイホイついていってしまう。…………俺はゴキブリか何かか。自分をそんなものに喩えるなど卑屈もいいところだが

人に嫌われている割に生命力強いところなんて似てるかもね。何故かいつぞやの雪ノ下雪乃の言葉が頭に思い浮かぶ。


――――いつか比企谷くんのことを好きになってくれる昆虫が現れるわ。


た、蓼食う虫も好き好きっていうし…………とりあえず今このことを考えるのはやめとこう。しかしゴキブリホイホイと

いうのは後から考えるとあながち間違った話ではなかったのだ。…………戸塚彩加は意外と策士だったのだ。

そんなことには全く気づくこともなく廊下を歩いていき、外に出てテニスコートに向かいラケットを戸塚から借り、いつ

かの授業の時のようにラリーを始めたのはいいのだが…………


「ハァ……ハァ……」

なんか…………戸塚、上手くなってね?球速も速くなってるし、スイングする時の重さが違う。そりゃ授業でちょろっと

やった人間と部活を継続してやってる人間じゃ差が出るのは当たり前のことなんだが…………なんだろう…………戸塚が

遠いところにいってしまった気分だよ。体力的なダメージと精神的なダメージを両方受けて息の上がっている俺を見か

ねたのか、戸塚がこちらに駆け寄ってくる。良かった…………やっぱり戸塚は天使のままだった。彩加ちゃんマジ天使。

「八幡…………大丈夫?」

「大丈夫だ……問題、ない。…………続けようぜ」

俺が返し損ねたボールを取りにラインの外に走り、戻ってくると戸塚が横についてきた。……なんで汗かいているのに

こんないい匂いすんの?君は。

「は、八幡は制服のままだし……今日はこれくらいでいいよ。少し話したいこともあるし」

「そ……そうか…………わかった」

そ、そう言われれば仕方ない。べ、別にこれ以上やるのがキツいとかそんなんじゃないんだからね!……そういえば、

ここ数日は挨拶くらいはしてもあまり戸塚とも話していなかった気がする。まぁ、ちょうどいいのか。戸塚が校舎の方に

向かって歩き始めるので俺もその後ろをついていく。戻る間は特に会話らしい会話もなく二人で歩いているだけだった。


ところが、昇降口にさしかかる頃になって戸塚はこちらを振り返ってこう切り出した。

「八幡がいつもお昼食べてる場所、あるでしょ?……そこでちょっと待っててくれない?」

「え?ああ……わかった」

「じゃあ、待っててね!」

そう言って手を振ると、戸塚は先に校舎の中へとぱたぱたと走り去っていってしまった。しかし、わざわざあの場所で

話がしたいってことは…………他の人に聞かれてはマズいような内容なんだろうか?

それから戸塚の言われた通りに例の階段で座って外を眺めていると、不意に右頬に冷気が走る。

「ひっ!」

何が起こったのか、思わず振り返るとそこにはスポーツドリンクを手に持った戸塚彩加の姿があった。あぁ……そう

いえば、この子はこういうイタズラもするんでしたっけ。戸塚はニコニコしながら俺に話しかけてくる。

「冷たかった?」

「そりゃ冷たいにきまってるだろ……」

「これ、八幡にあげる。さっき付き合ってくれたお礼」

い、今、このお方何とおっしゃいましたか?つ、つ、付き合ってくれた?お、俺が戸塚と付き合う…………わ、悪くない

お話だが…………だが、男だ。戸塚彩加は。いやいや、そうじゃなくてテニスのことに決まってるでしょうが、文脈的に。

相手が相手なので思わず変なことが頭の中を高速回転してしまった…………ふぅ。

「そりゃどうも……」

俺がペットボトルを受け取ると、戸塚はもう一本持っていたのを持ち直して俺の横に腰掛ける。だから近いって。

しかし遠ざける理由もないのでそのままのポジションで黙っていると、戸塚はこちらを向いて思わぬことを訊く。

「は、八幡は……最近部活には行ってないの?」

「え?……まぁ……そうだな」

「やっぱりそっか…………」

俺の返答に戸塚は少し伏し目がちになった。”やっぱり”という単語に多少の引っ掛かりを覚える。俺が休んでいる間に

奉仕部に足でも運んだのだろうか?もし、そうなら悪いことをしてしまったな…………。そんなことを思っていたら

さらにキャッチしにくいボールが戸塚から飛んでくる。

「は、八幡は……その……由比ヶ浜さんのこと…………どう思ってるの?」

「え?」

さっきよりも顔をこちらに近づけて、目をじっと見られる。そ、そんな濡れた瞳で見られても困ります…………。

ただ黙ってやり過ごすわけにもいかず、無難な返答をどうにかして頭からひねり出す。

「ど、どうって言われてもな……俺とは部活が同じで……その……いい奴だとは思うが……」

「ふぅん………………わかった」

俺のその場しのぎもいいところな答えを聞いて、戸塚は正面に向き直り膝に手を置いた。そのままの体勢で彼はこう続ける。






「実は僕……八幡に相談があって……その…………僕は……由比ヶ浜さんに告白しようと思ってるんだ」

「…………はい?」

――――戸塚から飛んできたのはとんだデッドボールだった。

今回はここまでです。次回は金曜あたりを予定しています

なんてところで止めてくれたんだぁーー!

キマシタワー

木間市タワーって何だよ
戸塚と由比ヶ浜の性別を考えろよ

キマシタワー

ええええええええええええええええええええええええええええ!!!!???

うえええええええええええええええええええてええええええええええええええててええええええけけえええええけなええええええええええええええええええええええええねなえええええええええええええええええめえええええねやえけえええええへらええええええええええええええええええええてええててねけへえええええけえええええ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!???????????

  ( ゚ Д゚)   …………
  ( つ旦O
  と_)_)

    _, ._
  ( ゚ Д゚)   ガシャ
  ( つ O. __

  と_)_) (__()、;.o:。
          ゚*・:.

なん…だと…

こんな所で寸止めかよぉ!

落ち着けよお前らwww






速報:俺氏心配停止

と、戸塚ぁ・・・

戸塚が八幡に近づいてきたタイミングは結衣が奉仕部に入った後だったり、
結衣の誕生日にプレゼントを用意していたりしてたことから
戸塚は実は結衣を狙っている説もたまに言われていたんだが、まさかね…

作中で一番もてそうなのに不思議と名前ありキャラでいなかったからね
戸部が好きなのがそうだったらどういう話になっただろうとは思ってた
今後そういう爆弾を用意している可能性はあるよね原作でも

あれだけ八幡すきすきオーラ出してたのに戸塚さんマジビッチ。

戸塚ぁぁぁ

戸塚もやっぱりあの乳ヶ浜に硬式ぺニスを挟みたいと思ってたんだな。男の子だね!

タイトルからガハマさんルートだと思ってたのに
まさか戸塚によるNTRとは
さすが>>1だ、おれたちにできないことを平然とやってのけるetc

連投になってすまん
>>295
最新7.5巻ですでに仕込みは済んでるぞ

>>300
アレには一瞬悪意を感じた

7.5読んだのに記憶に無かった

>>302
136から140ページにかけてよく読んでみ

読んだけどあれ仕込みってほどか?
そもそも内容自体ドラマCDの書き直しだしそこまで気にならなかったな

この流れでそう読めるお前らが不思議すぎてならねーんだけど
わざとなの?そういうテンプレでもあんの?

とぼけてんだろ?

7巻で
ゆきのんが八幡に幻滅⇒フラグ消滅
ガハマさんの無理な笑顔に八幡が傷つく=ガハマさんが八幡の中で特別な存在⇒ガハマさんルート確定

ところが7.5巻で
とんでもない時限爆弾が仕掛けてあった

マッチの歌にも「天使のような悪魔の笑顔」ってあるだろ
普段天使って強調しているのはその悪魔の本性を隠すため

八幡みたいなボッチにリア充の戸塚が何の下心もなしに積極的に絡んでくるわけがない
絡んできた時期からしてガハマさんが八幡に接近した時期だし、中学時代の経験もね
戸塚に裏切られ、NTRされて新たなトラウマを植えつけられる


という感じの妄想が浮かんだんだが

これは戸塚によるNTRなの?
戸塚
NTRなの?

今度vitaで出るゲームに雪ノ下√、由比ヶ浜√みたいな個別√がある中で、戸塚√が無かったら戸塚→由比ヶ浜は確定だと思う

戸塚√あるってわたりん言ってただろ

どうせ下らないお友達エンドだろ
ガチホモエンドがみたいんや

何故陽乃√のSSは少ないんですかねぇ

戸塚√あるよ
でもアニメのゲーム化だとアニメの時点でのストーリー構成になるからなんとも言えんのだよ

つまりアニメ化で大部分を削られた川越さんは・・・ウッ

戸塚√あるのか

それにしても戸塚が由比ヶ浜を狙ってるって考えながら原作読み返すと戸塚の行動が怖いと言うか腹黒いと言うか

>>315
ラブリーマイエンジェル戸塚が怖く感じるよな

小町の計略を絶妙のタイミングでつぶしてるから間違いなく
ガハマさん狙いだろうな

ガチ八幡狙いも有り得なくは無い

雑談大杉

小町の計画を潰すんだから、ガハマさんへの好意か八幡への好意かのどちらかか

ガハマさんをNTRさせた後に戸塚を美味しく食べればいいじゃない


おっと、阿部さんに呼ばれてるんだった

少し書きながらになると思いますが続きを投下します。

返事をするのに気を取られて俺は手に持っていたペットボトルを落としてしまう。一度立ち上がり、中腰になって拾う

体勢になったところでようやく次の言葉が口から出た。首筋に冷や汗が流れるのを肌が感じ取る。こちらからは戸塚の

表情はうかがい知ることはできない。

「それは…………本気なのか?」

「……うん」

思わず振り返ると戸塚は真剣な表情でこちらの目を見てきた。俺はその視線に耐えきれず、目を逸らしてしまう。戸塚と

由比ヶ浜が付き合ったらどうなるのか、というイメージが自分の頭の中を高速で駆け巡る。由比ヶ浜は三浦の友人という

ことやその容姿、誰にも優しいことなどが影響してか、クラスでもトップカーストの存在だ。そして彼女はモテる。好き

になる男子がいくらいても全然不思議じゃない。ちょっとアホっぽいところもあるがそれすらも可愛さを引き立てている

ように見える。一方の戸塚は、男子なのに女の子のような可愛らしさでクラスの中ではマスコット的な扱いをされている。

だからカーストなどとは無縁の存在だ。そして彼もまた、とても優しい。モテる、というのとは少し違うがみんなから

好かれていることに変わりはない。そんな二人が付き合ったとしたら…………案外うまくいくのかもしれない。それに

おそらくこの二人のカップルの誕生を祝福できない人はいないだろう……それが本心かどうかは別にしても。



だが、俺はそんな由比ヶ浜の姿を見るのは――――――――――――――――嫌だ。

この時の俺がどんな表情をしていたのか、自分には覚えがない。しかし、戸塚は俺の方を見て何か納得したのかふっと

息をついて少し下を向き、こちらから視線を外した。

「…………やっぱり、ね」

「や……やっぱり……というのは……?」

「もう…………まだ迷ってるの?八幡は。あんまりのんびりしてると、由比ヶ浜さん他の誰かに取られちゃうよ」

「ど…………どういう意味だ?」

本当に意味がわからない。さっきの告白話と相まって俺の頭はとっくに真っ白になっていてまともに思考できるような

状態じゃなかった。戸塚は由比ヶ浜への告白が本気であると言った。その後、何故か俺の顔色を見て由比ヶ浜が他の誰か

に取られてしまうと言った。

…………

何が何だかわからない。

…………

呆然としている俺を見かねたのか、戸塚は話を補足する。先ほどとは違い、あきれ混じりの笑みを浮かべながら。

「八幡……僕は由比ヶ浜さんに告白するって言ったけど……何を告白するのかなんて一言も言ってないよ?」

「え?」

え?普通この状況で告白といったら「あなたのことが好きでした。付き合って下さい」とかそういうのじゃないの?

「それなのに八幡……僕が由比ヶ浜さんのことが好きだと思い込んであんなにショック受けて……わかりやす過ぎだよ」

「と、いうことは……別に戸塚は……由比ヶ浜のことが……好きってわけじゃない、のか?」

ようやく頭の回転が戻りつつあったので、体勢を戻して向き直り、俺は戸塚の隣に座り直すことにした。

「由比ヶ浜さんのことは好きだけど……でも、付き合いたいとか恋人にしたいって意味の好き、じゃないよ」

「そ、そうなのか…………」


安堵から俺は腕を下して脚の上に乗せ、前かがみになってはぁぁ~っと長いため息が出てしまう。ペットボトルを当てて

額を冷やしていると、だんだん頭の冴えも戻ってきた。戸塚が何をしたかったのか、その意味も今ならわかる。

「戸塚は…………俺に……迷いを断ち切らせるために……こんなことを?」

「……そんなところかな。最近の八幡と由比ヶ浜さん…………ちょっと見ていられなかったから」

「そ、そうか…………」

戸塚にそんなこと思われるほど様子がおかしかったのか?俺たちは。”たち”?……いや、そもそもおかしいと思われる

ほどここ数日は彼女とは関わってない…………関わってないから見破られたのか。恐るべし戸塚彩加の人間観察能力。

しかしまぁ…………何もこんなやり方しなくてもよかったんじゃないか?以前から多少思っていたことだが、戸塚って

若干Sの気があるような感じがする。SAICAだけに。……どこぞのICカードかよ。JRさん、いかがですか?

それにしても…………いつの頃からだろうか、俺が自惚れていたのは。どうして、由比ヶ浜が誰とも付き合わないなんて

思いこんでいたのだろう。よく考えたらまだ何の確証もないんだ。由比ヶ浜が俺に好意を抱いているかどうかなんて。

ましてや、俺と付き合ってくれるかどうかなんてことは。でも、もうそんなことは関係ないんだ。由比ヶ浜が俺のことを

どう思っているかなんて。ただ、ただ自分自身がそう思えるなら今はそれでいい。



俺は、由比ヶ浜結衣のことが――――――――――――――――好きだ。



「戸塚は……その…………いつから気づいていたんだ?俺が……」

俺が自分の気持ちを明確にできたところで、素朴に感じた疑問を尋ねてみることにした。

「う~ん…………ハッキリいつって言うのは別にないんだけど……でも修学旅行の時にはもう確信してたかな?」

「そうだったのか……」

……そう考えると、修学旅行後に俺が不可解に感じた戸塚の反応も納得がいく。俺が雪ノ下に告白した次の日に怪訝な

目で見られたのも、そういう意味だったのか。…………雪ノ下とも一度きちんと話をしないといけないな。

「なんか…………すまないな。戸塚にこんなことまでさせて……」

「八幡が気にすることじゃないよ。それに、友達の恋路を応援するのはそんなに変なことかな?」

「へ、変じゃない…………と……友達?」

あぁ……何言ってんだ、自分は。今まで散々勘違いしてきたから戸塚にさえそういうことを確認したくなる気持ちを

抑えられない。俺の発した疑問に、戸塚は目を逸らして下を向いてしまう。

「あ、あれ?…………僕は八幡のこと、友達だと思ってたんだけどな…………」

「ち、違わない!お、俺と戸塚は……と、友達だ……」

「ありがとう!八幡」

「お、おう……」


戸塚は再びこちらを向き、ぱぁっと目を輝かせてニコッと微笑んでくれた。――――守りたい、この笑顔。

な、なんで友達宣言されただけでし、心臓がバクバクいってるんでしょうか?い、イカんでしょ……落としてから上げる

とか…………この先が思いやられるな、こんな調子では。と、とりあえず落ち着くために飲み物でも飲もう。俺はペット

ボトルのキャップを開けてスポーツドリンクを喉に流し込む。さっきテニスをしたのと変な冷や汗を流したせいか、普段

より吸収力が早い気がする。しかしそんな俺の様子など露知らず、戸塚はさらに侵略してくるのだった。

「それで…………八幡はいつ由比ヶ浜さんに告白するの?」

「!ぶふっ……ごっ……げほごほっ……」

「はっ八幡!……だ、大丈夫?」

戸塚の不意打ちに俺はむせかえってしまう。ゼイゼイ言っていると大丈夫?と声をかけながら背中をさすってくれた。

そうしてくれるのはありがたいんだが…………ちょっと今日の戸塚はテニスといい攻め過ぎなんじゃないですかねぇ?

「ハァ……ハァ…………少しは……落ち着いたが……」

「それで…………いつするの?」

ここで「する」とハッキリと言えないところが自分の弱いところで、微妙にはぐらかしつつも戸塚の期待に沿えるような

ことを伝えることにする。


「じ、実は俺…………期末試験の後の土曜日に由比ヶ浜と二人で会おうかと思ってて…………」

「あっ!そうだったんだ…………それは……由比ヶ浜さんとはもう約束したの?」

「い、一応予定をあけとくようには言ってあるんだが……まだ約束とまでは……」

「じゃあ早く約束した方がいいよ!たぶん由比ヶ浜さんにとってもその方がいいと思うし」

「そ……そうか……」

もう俺は完全に戸塚の掌の上で遊ばれているような状態で、いつの間にか由比ヶ浜と会う約束をすることにされてしまっ

ていた。戸塚も俺の言葉を承諾と捉えたのか、満足した様子で自分の分のペットボトルのキャップを開けて飲み始める。

戸塚のその様子に、なにやら目がそちらの方に向かってしまう。かすかに開けられた唇、上下に動く喉……なんか妙に

艶めかしいんですけど。こちらの視線に気づいたのか、一度ペットボトルの口から離し、俺の方に向き直る。

「もしかしてまだ足りなかった?もしよかったら僕の分もあげるけど」

「え?いえいえ……とんでもない……そんな恐れ多い……自分の分もまだ残ってますし」

「なんで突然敬語?八幡は時々言葉遣いが面白いよね」

「そ、そうか?」

「うん」


そう言って戸塚はまたふふっと笑った。い、いやいや……ほんとに恐れ多いんだもの……戸塚が口をつけたペットボトル

に俺なんぞが……。もしそんなことする奴がいたら絶対に許さない。俺に許さない権利あるのかよ。独占欲強過ぎだろ。

俺にとっては特別な人間でも、相手から見たらそうでないことなんていくらでもある。そのことを忘れないようにしない

と行動に自制が効かなくなる。当然それは戸塚以外にも当てはまることなんだが…………さて、どうしたものかな。

告白、ねぇ…………もういい加減嫌だぞ、失敗するのは…………そういえば告白といえば。

「ところで戸塚…………お前が最初に言っていた由比ヶ浜に告白するっていうのは…………嘘ってことでいいのか?」

「う~ん…………まるっきり嘘かっていうとそうでもないんだけど」

「え?」

どどどどどういうこと?や……やっぱり戸塚は由比ヶ浜のことが好きってことなのか?それこそドドドドという擬音が

聞こえてきそうなところで戸塚がまた口を開く。


「由比ヶ浜さんは優しいからね…………僕も……気になったことがないわけじゃない。ただ…………割と早くに僕は

気づいちゃったから。僕が彼女を目で追っている時に、その本人の視線の先は……」

そう言ってこちらの目をじっと見つめられる。数秒間の沈黙の後、俺が耐えきれずに視線を外すと戸塚はふっと息をつく。

「そういうことだから…………早くしないと僕が告白しちゃうよ。八幡は由比ヶ浜さんが好きだってこと」

「戸塚大菩薩様、それだけは勘弁して下さい」

俺が手と手を合わせて拝むようにお願いすると、戸塚はあきれ顔でまたこちらを向く。


「じゃあ、八幡がさっき言ってた次のデートで告白することだね」

あれれ~?おかしいぞ~?俺はただ由比ヶ浜の予定を尋ねただけなのに、いつの間にか彼女に告白することになっている。

コナン君もビックリの誘導尋問。これは逃げられない。ヤバイ。今日の戸塚はヤバイ。YAIBAじゃなくて。


「う…………ぜ、善処します」

「そんなこと言って誤魔化してもダメだよ、八幡。…………はい」

戸塚はそう言って小指だけ伸ばした状態の手をこちらに向けてくる。

「ゆ、指きりしろってことか?」

「そうそう。ほら…………」

今度は自分の手が掴まれて戸塚の指の方へ持ってかれる。仕方ないので俺も小指だけをピンと伸ばす。すると、向こうの

白くて細い小指がこちらに向かってきて俺の小指と絡める。そして手でリズムを取りながら戸塚が例の呪文を唱えだす。

「指切りげんまん、嘘ついたら針千本飲~ます。指切った!」

言い終わるとパッと指が離される。も、もう少しこうしていても…………ま、待て。や……約束させられちまったのか、

俺が由比ヶ浜に告白すると。ど、どうしよう…………。こちらの不安を察知したのか、戸塚がまた声をかける。


「そんなに心配しなくても、大丈夫だと思うけど……」

「あ……いや…………俺が由比ヶ浜に告白すること自体はそんなに問題にはならないと思うんだ。ただ、今回は言いっ

ぱなしというわけにはいかないし…………奉仕部にどうやって戻るのかもまだ決めていない……」

俺の答えを聞いて、戸塚はふむと顎に手をやる仕草をする。少しばかり思案すると、またこちらを向いて言う。

「雪ノ下さんか…………う~ん……でも、僕はどちらにしてもそんなに心配してないよ。八幡ならたぶん大丈夫」

「そ、そうなのか…………?」

戸塚にそう言われると、たとえ根拠がなくても信じたくなってしまう。しかし、それだけでフォローは終わらない。

「まぁ…………もしも、何か悪い結果になったとしたら…………僕のところへ来てよ。慰めてあげるから」

「と、戸塚…………」


微笑んでいる戸塚の顔を一瞬見た後、俺はまた下を向いてしまう。あぁ…………ヤバイ、なんかよくわからないものが

胸にこみ上がってきた。今の言葉は嘘でも欺瞞でもない。でもこれは間違いなく…………”優しさ”というものなのだろう。

戸塚もまた、残酷な真実を受け入れた人間の一人といってもよいのかもしれない。ただ、俺との表面上の関係性を維持

したいならわざわざこんなことをする必要はなかった筈だ。最悪、俺に嫌われるという可能性も否定できなかった。それ

でも、こうすることが俺のためになると戸塚は信じて行動したのだろう。そうであるのならば、やはり俺は俺で自分の

信ずる道を行くしかない。エゴではないか、という自問自答を常に忘れず自分と相手、双方のためになると信じられる

ことを俺はしたい。それがたとえ相手に嫌われるようなことであっても傷つけるようなことであっても…………。

しかし今は、とりあえず――――


「ありがとう…………戸塚」

「……どういたしまして。……といっても僕は八幡をけしかけただけなんだけどね」

「逃げ道があるとどこまでも逃げる癖があるもので…………今となってはむしろ塞いでくれた方がありがたい」

「そう?それならいいんだけど…………」

また戸塚はこちらの顔を覗き込んできた。いや、ホントですって…………今回ばかりはもうどうしようもない。何もしな

ければ他の人にも迷惑がかかってしまう。違う…………もうかけているのか…………。俺の問題で関係のない人間をこれ

以上巻き込めない。当事者同士で早く決着をつけないといけない。そうなると…………

「たぶん雪ノ下とも話をつけないといけないと思う。その結果によっても色々と状況は変わってくるだろうし」

「それもそうか……じゃあ先に雪ノ下さんとお話するんだね」


戸塚はニコニコしながらさらに追い込みをかける。さりげなく日時指定した由比ヶ浜より早くしろと言われてしまったぞ

…………頼む、誰か戸塚を止めてくれ。動画は止まらなくてもいいから。

「ま、まぁ……そうなるな…………」

俺が戸塚の笑顔の威力に勝てるはずもなく、雪ノ下と先に話をすることになってしまった。この追及の仕方は若干私怨が

入ってませんかねぇ?…………戸塚に限ってそんなことはないと信じたい。いや、もう既に追いつめられてるからどう

でもいいことか、そんなことは。俺の反応が何か不満だったのか、戸塚は少し眉を尖らせながらこちらを咎める。

「さっき八幡が言ったんだよ?逃げ道を塞いでくれた方がありがたいって」

「そ、そういえばそうでした…………」

いかん……今の俺は迂闊なことは言えない。戸塚大菩薩様のこれ以上の追及を避けるためには現状で必要なことを潔く

諦めて俺の口から話すしかない。

「お……俺は……雪ノ下と話をつけて…………それから由比ヶ浜と会って告白する…………そういうことでいいのか?」

「うん、今のところはそうなるね」

戸塚の笑顔と頷きをいただけたので、当面のところはこれで良しということになったようだ。俺は安堵と疲労でため息を

ついてしまう。そんな様子をやれやれといった顔で見ていた戸塚はおもむろに立ち上がってこちらを向き、再び口を開く。

「早めに雪ノ下さんに会って…………それから由比ヶ浜さんには約束するんだよ」

「はい……」

「じゃあ…………八幡が奉仕部に戻った時は…………また僕に教えてね」

「…………戻れたら、な」

俺の相変わらずなネガティブな反応に、戸塚はまたポジティブな答えを返す。

「きっと戻れるよ。僕は由比ヶ浜さんと雪ノ下さん…………それに何よりも八幡を信じているから」

「そ、そうか…………」

俺ほど信用のできない人間もいないと思うのだが…………しかし俺が戸塚を信用している以上、その言葉を否定する

ことはできなかった。戸塚の信じる俺を信じろってことか…………。

「うん。じゃあ…………僕はそろそろ戻るよ。頑張ってね…………八幡」

「お、おう……」

戸塚は手を振って校舎の中に戻っていった。俺はペットボトルに残っていたスポーツドリンクを一気に飲み干す。その味

はさっき過ごした時間と同様、妙に濃く感じられたのだった。



まずは一度、奉仕部ではなく奉仕部の部室に戻らないといけないのだろうな…………雪ノ下雪乃と話をつけるためにも。

今回はこんなところで終わりです。次回は日・月あたりを目途に。さっき7.5巻を少し見たら修学旅行の日付が
載ってましたね。後で描写がおかしくならないように確認します。

乙乙

俺もう戸塚でいいや

ちがう、戸塚がいいんだ

奴らがいらん考察をしてしまったせいで
戸塚が真っ黒にしか見えない

ユイ√キタ━━━━(゚∀゚)━━━━!!






そしてやはり戸塚は天使だった

さいちゃんルートはよ!

戸塚ルートとみせかけてはやはちルートですね
わかりまぶー

>>343
豚かな?

いや鼻血です

結局戸塚は由比ヶ浜→八幡だったってことか

う~ん…………どうにかこの夜のうちに投下したいが日付越えるかも

続きを投下します

きたかっガタッ

俺が由比ヶ浜に告白するのを決心……いや、戸塚に決心させられた翌日の昼休み、俺は雪ノ下の居場所を探すべく廊下を

歩いていた。普段は由比ヶ浜とお昼を一緒に食べているはずだから、奉仕部の部室にいるはずだ。放課後に行けば部活に

参加させられることになってしまうだろうし、他の休み時間にJ組の教室に行くのもなんだか気が引けた。俺と雪ノ下の

噂が葉山によって解消されたとはいっても、わざわざ危ない橋を渡ることもあるまい。由比ヶ浜を使って雪ノ下を呼び出

すというのも何かやり方が間違っている気がしたのでやめておいた。何より、このタイミングでメールや電話などしたら

間違いなく俺との約束の話に触れられてしまうだろうし…………。


そういうわけで奉仕部の部室に着いたのはいいのだが、ノックをしても返事がない。部屋の電気は点いているから、誰か

いると思ったのに。しかし雪ノ下はすぐ返事をしないときがあるんだったな。まぁ、とりあえず開けてみるか。ガラッと

という音とともに扉を開けるが、部屋の中には誰もいなかった。窓の脇の机に雪ノ下の手提げがあるということは、ここ

で食べる予定はあるということか。ここで待っていれば確実に彼女は来る。しかし俺はここでお昼を食べる予定はなかっ

たので、自分の分は教室に置いてきたままだ。もしもずっとこのままここに来なかったとしたら…………というよりは、

まだ俺の心の中で雪ノ下と会うことに準備ができていなかったせいもあるんだろうが…………俺はまたF組の教室に戻る

ことにした。


特別棟からの渡り廊下を歩いていると、褐色のコート姿が目に入る。思わず方向転換するが、もう遅い。俺の姿を見るや

いなや指ぬきグローブをした右手の人差し指をこちらにビシッと向けられる。

「ぬぬっ、もしやそこにいるのは…………八幡!?」

「材木座……」

俺は錆びたナットを回すようにぎこちなく首をそちらに向ける。そうしている間にこちらとの距離をどんどん詰めてくる。

「ふむん、最近メールをしても全く音沙汰ないのでな。奉仕部の部室に行っても八幡は暫く来ないとの訓示を賜るし」

「訓示って……お前将軍のはずだろ。その上って帝か何かかよ」

「主も彼奴を氷の女王などと呼んでいるではないか、似たようなものではなかろう?」

「まぁ…………そうかもな。というか急にぞんざいな人称に……」

話しながらとうとう目の前にまでこられたので、また視線を逸らす。あんまりこっちジロジロ見んな。ひとしきり俺の

挙動を見て満足したのか、スチャッと眼鏡の鼻の部分を持ってかけ直した。いや、お前がやっても絵にならんって。

「どうやら異常は認められぬ。それならば、何故…………」

「手短に言え。俺は用がある、もういくぞ」

「ちょ、おま、待ってください八幡大菩薩様~」

材木座は、歩き出そうとする俺の制服の裾を引っ張って止める。うわぁ、こんなこと男子相手にやられても全然嬉しく

ねえ……。そういや葉山にも袖を引っ張られたっけ……。俺、もしかしてモテるのかな?男子に。戸塚以外はお断りだ。

「で、なんなんだよ材木座……」

「は、八幡が悪いんだぞ!部活にも来ずメールを無視するから!おかげで部室に行ってあの帝に話さなきゃいけなくなる

わ、何故か我の姿を見られてガッカリされるわ、」

またこっちを指さし材木座は高速でまくし立てる。唾が飛ぶからやめろ。

「あ~……悪かったよ。それで、早く本題を言えって」

「ふむん…………とうとう完成したのだよ。我の最終奥儀が」

「いや、こんなところでそんなことを言われても困るんだが…………」


残念ながら今の俺に材木座の戯言に構っている余裕は正直あまりなかった。やることがほんの一部決まっただけでまだ

考えなきゃならんことが色々あるし、期末試験の暗記もしなきゃならんし……。面倒そうな顔を見て察したのか材木座

は持っていたタブレット端末を俺に渡してくる。

「いいからこれを見よ。我の新作のプロットであるぞ」

「あぁ…………前メールであった恋愛がどうとか言ってた奴か」

「左様」

「まぁとりあえず見てみるか……」

タブレット端末のパネルを撫で付けるようにスクロールさせていくとだいたいこんな内容であった。

『マイコミライカ』

時間移動を伴う恋愛もの イマ・カコ・ミライのアナグラム My 小未来力という意味も持たせる
狭間 瞬……主人公
後先 巡……ヒロイン

高校生の主人公はヒロインに一度告白するが、玉砕
ヒロインが事故に遭い、昏睡状態に

失意の主人公の元に二人の天使が現れる 一人は未来への時間移動、もう一人は過去への時間移動が可能で
ヒロインを救って欲しいと頼まれる ただし、移動する時間ぶんだけ対価として自分の寿命を渡さないと
いけない その過程で主人公は二人の天使に恋をする

時間移動を繰り返してヒロインの運命を変えようともがく主人公。しかし、事故に遭ったという事象を変える
と次々に出来事が変化して収拾がつかなくなることが判明。ヒロイン一人を救えばいいという問題ではないと
気づく

失敗を繰り返していくうちに、今のこの運命を受け入れるしかないと悟る。自分の力でヒロインを目覚めさせ
ることを決意し、二人の天使に別れを告げる
その数年後、ヒロインが覚醒する

ヒロインが元気になっても二人の天使のことが気にかかっていた主人公。しかし、ある時ヒロインに二人の
面影がある事に気づく。あの天使は自分を救うために生まれてきたヒロインの人格の一部であるということに
そして、ヒロインが覚醒するまでの時間が今まで自分が削ってきた寿命であることに

そして、もう一度ヒロインに告白することを決意するところで物語は終わる

「……」

俺の無言の反応に、材木座は目を輝かせながらこちらを見てくる。いや……何を期待しているんだ、こいつは。プロット

というものは物語の枠組みを記すものだから別に間違ってはいないのだが、これでは…………。

「この話……主人公はヒロインのどこが好きになったんだ?」

「……ほぁ?」

先ほどの瞳の輝きはどこへやら、材木座の目は急速に泳ぎ始めた。その眼球の動きの速さならバルキリーのパイロットに

でもなれそうだな。そういや材木座の声ってロボのパイロットでありそうだな。いや、ないか。

「み……見た目……とか?」

「あぁ…………一目惚れって線もあるか……それならそう書いてもらわんと。というかこれ、一応恋愛メインのつもり

なんだろ?ヒロインと仲良くなる過程とかどうすんだよ」

痛いところを突いてしまったのか、材木座は下を向いてしまう。そして腕を下して人差し指をつき合わし始めた。いや、

その仕草はお前がやってもムカつくだけだから。

「ど、どうやって仲良くなるのかわからないし…………」

「……」

なるほど、そうきたか……。確かにそう言われてしまうと俺としても何を答えたらいいのかよくわからんな。それは何も

恋愛に限ったことではなく友人関係についてもそうだ。少なくとも現実世界の記憶ではサンプルが少なすぎる……今の俺

の状況も偶然に偶然が積み重なってできたようなもんだし……。そもそも自分で言っておいてなんだが、どういう状態を

“仲が良い”というんだ?もう少し別の概念に置き換えないと無理だな……。

「八幡よ」

「……」

「八幡よ!」

「おおぅ!急に大声出すなよ!ビックリするだろうが」

「主が返事をせんのが悪いのである。この質問…………八幡にも酷なことを訊いてしまって真に済まなかった」

「今考えてんだよ……」

いや、そんな改まってお辞儀とかすんな。慇懃無礼って言葉を知らんのか。このまま黙っているのも癪なのでどうにか頭

を回転させて置き換え作業を進める。逆に仲が悪いという場合は、お互いに嫌いあっているということになる。仲が良い

なら好き同士…………結局どうやって好きになるかって話に戻っちまうな。人に好かれる方法……そんなもの俺が一番

知りたいところだが、今必要なのは一般論だ。……相手の喜ぶことをする、とかか?どういうことをされたら嬉しい?

登場人物のキャラが設定されていないから、あまり具体的な話にはできないな。…………やっぱり自分に置き換えない

と実感に欠けるか?俺がずっと一人だったのは打算的にいえばメリットがなかったからだ。俺が人を好きになった時、

というのはどういう場合だ?一緒にいてくれたりとか、話かけてくれたりとか、困っていたら助けてくれたり、とかか?

結局それはどういうことなんだ?それは…………自分にはできないことだ。だから必要なんだ…………その相手が。

「基本的には助け合いで…………いいんじゃないか?特に自分のできないことについて」

「ほぅ……」


俺の回答はごく単純なものだったが、材木座はふむと頷いてくれた。とりあえず納得してもらえたのだろうか?

「やはり我の見立てに狂いはなかったようだな、一人で考えることには限界がつきもの」

材木座はそう言って腕を組んで胸を張る。なんでお前がドヤ顔してんだよ、答え考えたの俺だろうが。

「まぁ納得したんならそれでいいんだが……高校生って設定なら学校の行事とか色々使えそうだし。それで……仲良く

なった後の描写の方は?」

「……は……恥ずかしい……」

「は?」

何故そこで顔を赤らめて目を逸らすんだよ…………。

「そ……その…………我も小説のキャラがイチャイチャするのを妄想しないこともないのだが……結局それは我の頭で

考えたことになるわけで……」

おいおいおいおい、今さら何言ってんだよこいつは…………。そもそも小説なんてものは自分の頭の中を晒してるような

ものだろうに。だいたい何故恋愛描写に限って…………俺は追い打ちなのか慰めなのかよくわからないことを口に出す。

「今までも散々痛々しい妄想晒してんだから、今さら恥ずかしがったってもはや関係ないだろう……お前の場合。それ

に恋愛の妄想が恥ずかしいっていうならリアルでそれやってる奴らはどうなるんだ?」

「た、確かに…………リアルでキャッキャウフフしてる連中などこっちが目を逸らしてしまう、嫉妬と憤怒で」

「いや、そこまでは言ってないんだが…………だいたい俺に見せたところで他に広まりようがないんだから安心しろ。

こんなこと話すような友達もほぼゼロだしな」

“ほぼ”と言ったのはもちろん戸塚が除かれているためです。それに、友達になりたい奴がいないこともないですし。

「そうか…………うむ、そうだな!では主の教えに従って存分に筆を躍らせることに致しやしょう」

「お、おう…………まぁ……プロット自体は俺も嫌いではないしな」

まぁ、正直なところ設定自体はどこかで見たようなものの寄せ集めだが、諦めたからこそ見える希望があるという展開は

悪くない。諦めないというのは同じ方法に固執し続けるという見方もできるしな。それに基本的に時間移動なんてチート

なんだからそう簡単に使われても困る。対価が自分の寿命というのはまぁ妥当なところか。いや…………そもそも、そう

いうものなんだ…………誰かと一緒にいることは、その分だけ自分の寿命を削っていることと同じなんだ。だからこそ、

ぞんざいに扱うことは許されない。ましてや自分が大切に想う相手に対しては、なおさらそのありがたみを忘れてはいけ

ない。それを忘れてしまうと、ただ空間を共有しているだけの関係になってしまう。いつの間にか、それ自体が目的と

なってしまい一緒にいても幸福と思えなくなる。そして、失ってしまう…………。失った過去は、変えられない。勿論、

遠い先の未来も同じこと。結局変えられるのは、過去でも未来でもなく今だけだったってことか。――――そうか。






あぁ…………まったく癪に障る話だ。なんでこうこいつといる時に限ってロクでもないことを俺は思いつくんだろうか。

中途半端なところだと思われるかもしれませんが今回はここで終わりです。なるべく早いうちに次回を
投下したい。木曜あたりまでを目途に

なんと

変なところで改行するのはもう少しどうにかならんの?

>>361
曰わくこれが読みやすいんだとさ、これに慣れて下さいと
>>263とのこと
単語を無理やり千切って余白行つけるのが読みやすいとか何の冗談かと思うけども

変える気ないことを作者が明言してるからしょうがないな

ただ、読みにくい、という意見だけは言っておくけど

読み安い云々の話は地の文のことで、改行はすみません慣れてくださいってことじゃね?

文脈的には慣れて下さいというのもこの改行の仕方のことだろう。最初の方ならまだしも
今さら変えろというのも酷な話だし完結後に改めて要望した方が良さそう

もう慣れた

縦書きの場合この区切り方でも読めるというかこの区切り方で読まざるをえない つまり>>1

ちくわ大明神

縦書きでも文の途中で改行入れたりしないだろ

でもまあ俺らに強制する権利はないよな

もう諦めて自分のPCにコピペして改行調整しながら読んでる
語句の途中で折り返されててイメージ入ってきにくいんで……つっても手前勝手な折り返しだから意味が変わってそうだけど

内容が面白いんで割りと苦ではないが……テキスト量すげー、けどおもしれぇ

乙!良いところで切ってくれますねえ。。続き楽しみに待っています。

戸塚、まさかヒッキ―とガハマさんの同時攻略狙ってやがるのか?

何故そうなるんだよwww

>>372の謎の想像力に完敗

続きを投下します。改行方法については申し訳ないですが、完結後に変更したものをupする予定ですので
それまでお待ちください。

点と点とが一本の線につながるような――――パズルの最後のピースがはまるような――――頭に電撃が走るような、

そんな感覚。たまにあるんだよな、こういうの。これだから考え事をするのはやめられないんだ。ああ、もうダメだ、

自分のこの衝動は抑え切れない。自然と笑みがこぼれる。

「クククク…………」

「は、八幡……?」

そっぽを向いて端末を持ったまま肩を震わせている俺を不審に思った材木座が小声で様子をうかがう。いかんいかん、

このまま自分を客観視できなかったらどこぞのマッドサイエンティストのような高笑いをするところだった。とりあえず

心を落ち着けるために俺は一度深く息を吐く。そうしてから、材木座の方に向き直る。


「悪いが材木座…………俺はお前を裏切ることになるかもしれん」

「……ふぁい?」

材木座はぽかんとして気の抜けた声を出した。まぁ、その反応はわからんでもないけどさ。

「試験が近いからすぐに、というのは無理だろうが…………その小説、さっさと書きあげたほうがいいぞ」

「ぬぬっ!?まさかおぬし、我のこの最終奥儀を窃取せんことを試みようとしているのか!?」

材木座はそう言ってタブレット端末をズビシッと指さす。いや、小説とか書く気ないから安心しろ。俺は手に持っていた

端末を材木座につき返した。


「そういうことじゃなくてだな…………早くしないと……その……お前の妄想じゃなくて俺の……リアルな……あ~と

イチャイチャ話を聞くハメになるという可能性が、ないとも言い切れないというか……」

喋っているうちに妙に恥ずかしくなってしまったせいか、俺はつい頬を指で掻く。というか何を言っちゃてんの?自分は。

まだ思いついた策がうまくいくともわからんのに。だいたい自分で退路断ってどうすんだっつうの。そんなことを思った

が材木座は微動だにしない。あ~…………これはキレられるか泣かれるかどちらかの流れかな?そう思って身構えると、

左腕をこちらに伸ばしてきて俺の肩がポンと叩かれる。


「それはつまり…………主が奉仕部に再び戻る、という解釈で構わないのかね?」

「あ……まぁ……うまくいけば、の話だがな」

俺がそう答えると、材木座はニヤリと笑って腕を戻し、サムズアップをしたかと思ったら次は親指を下に向けてきた。

おい、どっちに解釈すりゃいいんだ?そのジェスチャーは。

「我としても主が部に戻ってもらわぬと困るのでな。正直なところ一人であの者どもを相手にするのは荷が重すぎる」

「お前はどっちかっていうと相手してもらってる立場だろうが…………だいたい俺にとったって軽いものじゃない」

これは材木座の言った”重い”の意味とはまた違うものだ。意図するかどうかに関わらず、自分にとってそういう存在は

つくらないようにしてきたつもりだったが、もうとっくにそんなことは言えない程度には手遅れだ。手遅れなら手遅れ

なりの処置を施すしかないのだろう。

「ともあれ八幡が奉仕部に戻るというなら、それは目出度いことである。ただし、この小説は我一人の独力で書きあげる

ことにしよう。主の惚気話なんぞ聞いたらこっちが死んでしまうわ。フゥーッハッハッハッハッハ!」

…………何故そこで笑いだすのかよくわからん。というか一人の独力って意味かぶってんだろ。漢字が違うのかしら。


「まぁ……なんだ、さっきは俺も血迷ってあんなことを言ってしまったが、よく考えたら材木座にそういう話をするとも

思えないしな。え~と…………小説、また完成した頃に見せに来いよ。その時にはもう試験も終わってるだろうし」

「確かに。今はいかにも試験に注力すべき時期。我としてもまた別の意味で八幡大菩薩のお導きが必要と存じておる」

「いやいや、ちょっと今それどころじゃないんで…………」

本当にそれどころじゃないから困る。たった今、全体の方針が決まったのはいいが、それならそれで細かい予定を立てる

必要があるからな。まぁ結果的に材木座は知恵を貸してくれたようなものなのでありがたい話ではあるんだが。

「試験終わってしばらく経つまでは色々と余裕がない。だから、また今度、な」

「むぅ…………まぁ仕方あるまい。そもそも主が部活に来ていないこと自体が異常であるとも言えなくもない」

あぁ…………もはや材木座にもそういう風に見られるようになってしまったのか、俺と奉仕部の関係というものが。これ

も自分ではどうにもできない問題だ。どうにもできないことをいくら考えても仕方ない。今は早く考えなければいけない

ことがあるのでこちらから話を切る。

「それはともかく…………俺も用事があるからそろそろ退散するわ。ま、なんだかんだ言ってお前のそのロクでもない

小説やら下卑た策やらでも結構役に立ってたりするもんだ。そこは感謝しておく。……じゃあな」

「ほぅ…………」


何か感心した様子の材木座を尻目に俺は振り返り、もともと進もうとしていた方向に足を踏み出す。ある程度急いでいる

のを察したのか、それ以上声をかけてくることはなかった。俺はそのまま歩いて教室に戻り、パンと飲み物を手に持って

改めて奉仕部の部室に向かうことにした。さっき材木座と話していた渡り廊下にまで辿りつくと、なんとなく窓の外を

見たくなってその歩みを一度止める。ここからだと校舎以外に特に見えるものがあるわけではない。空模様はいかにも

初冬という感じの薄い青空だ。ただ、いつもとは違う場所に飛行機雲が何本か浮かんでいる。風向きが変わったせいか?

そういえば、飛行機が離着陸する時は順風より逆風の方が良いんだっけ?そんなことを思い出す。自分がこれからやろう

としていることも似たようなものなのかな。飛ぶためにわざと逆風を吹かせる。はたしてその風に耐えてくれるのだろう

か、自分と彼女は――――――――。

さっきまであんな大口を叩いていたのに、急に不安になってくる自分がいるのに気づく。それを振り払うようにして、俺

はまた歩き出す。でも、その足は何故かいつも昼食を食べる場所に向かっていた。雪ノ下雪乃に会うのが億劫になった

から?いや、違う。むしろ――――――――。



「由比ヶ浜さんの言う通りだったわね。あなた、こんな寒いところでお昼を食べるなんて物好きもいいところだわ」



例の階段に着くと、そこには先客がいた。長い黒髪が風でさらさらと揺れている。俺がいつも座っている場所に何故か

雪ノ下雪乃の姿があった。俺の姿を見て開口一番にそう言うと、立ち上がってこちらに近づいてくる。

「こんなことをしていてまた部員が体調を崩されても困るから…………これからは部室に来なさい。どうせあなたのこと

なんだから、自分の教室にも居場所はないのでしょう?」

「居場所がないのはいまさら否定する気もないが…………俺はまだ奉仕部に戻ることは……」

俺のやんわりとした拒否に対して、雪ノ下はやれやれとも言いたげな顔でこう続ける。

「勘違いしてもらっては困るわ。私はただ、昼食を部室で食べてもいい、と言っただけよ」

「いや、今”来なさい”って……」

「あなたの場合、来いと言わなければ来ないでしょう?」

「そ……そうでしたね…………」


予想以上に自分の思考が読まれていることに戦慄を覚えつつ、先にすたすたと歩き出した雪ノ下の後ろを俺がついていく。

時間が惜しいと思っているせいか、彼女の足取りは速い。時計を見るともう昼休みの時間の半分近くが過ぎていた。あれ?

そもそも雪ノ下はなんであんなところにいたんだ?まさか……

「もしかして、お前俺のこと探していたのか?もしそうなら…………悪かったな、手間取らせて」

「私が勝手にやっていることだから…………あなたが謝る必要はないわ」

雪ノ下はそう答えてから、いったんその歩みを止める。そして、長い髪をたなびかせながらこちらに向き直る。真っ直ぐ

自分の方に目を向けられたので、思わず視線を外してしまう。美人は三日で飽きる、という諺があるがあれは絶対嘘だな。

全然慣れたりするもんじゃない。まぁ雪ノ下の場合、眼光鋭いから別の意味で慣れないというのもあるのかもしらんが。

「比企谷くん」

「は、はい……」

名前を呼ばれたのでとりあえず返事をすると、今度は向こうが目を逸らす。雪ノ下は右手を軽く握り、胸の前にあてて

ふっと息をつくとまたその瞳がこちらに焦点を合わせる。この雰囲気……どこかで…………。

「比企谷くん。その…………期末試験の最終日の午後、あいているかしら」

「えっ?あぁ……まぁ……あいているといえばあいているが」

その日は試験だけで学校は午前だけで終わるから、午後に何か特定の予定があるわけではない。しかし、由比ヶ浜との

約束の日が迫っているから色々と準備しないといけないだろうし…………いや、待てよ?

「あいているのなら…………あけておいて頂戴。私、あなたと話さなければならないことがあるから」

「なるほど、そういうことか。俺も……実はそう思ってて……さっきすれ違いになったのはお前を探してて…………」

俺の言葉が意外だったのか、雪ノ下の目がさっきより見開かれる。そして何故かその口元が少し緩んだように見えた。

「……そうだったのね。それならちょうどいいし、よろしく頼むわ」

「お、おう……」

「それと…………これを」


雪ノ下は制服の胸ポケットから何かを取り出し、俺の両手がふさがっているのを見るやいなやこちらに向かってその腕を

伸ばしてくる。思わず一歩後ずさりするが、そんな挙動は無視して強引にこっちの制服の胸ポケットにそのものを入れて

しまった。

「え?あ、ちょっと……なんだよ、いきなり……」

俺が雪ノ下の行動に困惑していると、彼女はこちらを一瞬見た後ほんのりと頬を染めてぽそっとつぶやく。

「…………連絡先」

「え?」

「今渡したメモに……私の携帯の番号と……アドレスが書いてあるから…………もし何かあれば、そこに……」

「あぁ……そういう…………わかった」

それはわかったが…………何もこんな渡し方しなくても。なんか髪が触れそうになったし、いい匂いがしたし、無駄に

胸がドキドキしてしまった。そして、今俺の制服の胸ポケットには…………いや、深く考えるようなことでもない。

そんなことより、訊かなきゃいけないことがあるだろうが。

「ところで、お……俺のは…………教えなくてもいいのか?」

「その必要はないわ」

……ですよねー。また自分の自意識過剰ぶりが炸裂してしまった。まぁ、必要になる場面が出てくるとも思えないし緊急

の用事なら他の人を経由させれば済む話だしね。しかし、次に彼女の口から出た言葉は意外なものだった。

「わ、私は……あなたのは……もう……知っているから……」

「え?」


ど、ど、どういうこと?おっかしいなー。俺が雪ノ下に自分の連絡先を教えたことはなかったはずなんだが。さっきの

他の人を経由、という考えから俺はひとつの仮説が思い浮かぶ。

「ま、まさか…………ひょっとして小町の奴が……」

「こ、小町さんにも悪気があったわけではないと思うわ。わ……私としてもそれをあえてあなたに言う必要が今まで

なかったから…………」

珍しく雪ノ下の声がどんどん小さくなっていった。いや、まぁ確かにそれをわざわざ俺に言う必要はないよな。それは、

嘘をつくとかそういう次元の話ではない。俺が黙っているとこちらをチラチラ見られるのでさっさと言葉を返す。

「別に俺がそれを知らないからどうって話でもないしな。小町も同じ部活の人間ってことで渡しただけで、そんなに深い

意味はないだろうし気にすることもない」

「そ、そう…………」

雪ノ下は何か安堵した様子でふっと息をつく。とりあえずこの話はそれでいいだろう。

「まぁそれはそれとして…………早いとこ飯行こうぜ。ここで話していると時間がなくなっちまう」

「え、ええ……そうね」


今度は先に俺が歩き出し、その後を雪ノ下がついてくる形となった。歩いている途中で、また後ろから声がかかる。

「歩きながらでいいから…………聞いてほしいことがあるのだけど」

「なんだ?」

「試験が終わった後の週末に…………あなたは由比ヶ浜さんと会う予定なのでしょう?」

「……俺はそのつもりだ」

雪ノ下の言葉に、歩くテンポが少し遅れる。……彼女がそれを知っていたとしても別におかしくはないのに。

「だからなのよ…………私が試験終了日を指定したのは。おそらくその方があなたにとっても都合が良いと思って」

「……そういうことか。……まぁ……そう、だな」

確かに元々俺は雪ノ下と二人で話をしてから由比ヶ浜に会うつもりでいた。しかし、いざそれが確定事項のようになって

しまうとそれはそれで不安に感じなくもない。だが、それもまた今に始まった問題ではなく俺のような人間が不安を解消

するのならば、それを現実のものとするほか方法はないのだろう。俺はそんなことを考えつつ、歩き続ける。先ほどの俺

の返答の後は、雪ノ下が話しかけてくるようなことも特になかった。


「比企谷くん」

特別棟の階段を上りきったところで、再び後ろから声がかかったので振り返る。先ほどとは違い、雪ノ下の表情はどこか

物憂げに見えた。その様子は、いつか雪ノ下のマンションに行った時のことを俺に思い出させた。何故だか妙に胸がざわ

つく気がする。彼女は普段は強気だから、こういうのもギャップ萌えとでもいうのだろうか?庇護欲をそそるというか。

「……比企谷くん?」

「あ、はい……なんでしょうか」

俺が黙ったままだったせいで雪ノ下の目つきは怪訝なものに入れ替わる。

「試験が終わる日のことについて言っておきたいことが…………」

「予定ならあけとくからそんなに心配しなくてもいいと思うぞ」

「そういうことではなくて…………その……私と話をする時に……叶えられるかどうかはわからないけれど、できるだけ

あなたの希望していることを言ってほしい」

話している間に雪ノ下は下の方を向いてしまった。い、今さりげなく凄いことを言われたような気がするぞ。まるでそれ

だと俺が何かお願いしたらそれを雪ノ下が聞いてくれるみたいじゃないか。いやいやいやいや、あまり自分の良いように

解釈するもんじゃない。

「ええっと、それはつまり…………俺にあまり遠慮するなってことで……いいのか?」

「そ……そういう解釈でも構わないわ」

相変わらず雪ノ下はうつむき加減のままだ。俺はこの空気をなんとかしたかったので、それにふさわしいと思われる言葉

を彼女にかける。それは俺が希望していることでもあるのだし。

「まぁ……その…………雪ノ下の方も何か言いたいことあったら……遠慮しなくていいからな」

「そ……そうね」

俺の言葉に雪ノ下は顔を上げてくれた。ただ、その表情は少し驚いているように見える。あれ?そういえば、いつから俺

は雪ノ下が自分に対して遠慮なんてするようになったと思うように…………?俺の疑問を感じ取ったのかはわからないが、

雪ノ下は部室の扉の方に歩いていく。

「中で由比ヶ浜さんを待たせているから…………」

「そ、そうだな……」

俺は彼女の後ろについていく。雪ノ下は扉の前に立ち、ノックをした。すると、中から由比ヶ浜の声が聞こえてきた。

「どうぞ~」

そして、奉仕部の扉が開かれる。まぁ…………まだ部活に戻れたわけじゃないが、冬場の昼食場所を新たに確保できたと

いうことで今はよしとするしかないのだろう。

今回はここまでです。次回は土日くらいを目途に。

乙乙

乙乙乙

切ない

おつ


ゆきのん覚悟を決めたね

乙乙!
更新、楽しみに待っています。

少し区切るところに悩んでますが、続きを投下します

雪ノ下が扉を開けると、そこにはもう既に机の上に弁当を広げていた由比ヶ浜結衣の姿があった。雪ノ下と俺の姿に

気づいてパッと表情が明るくなったように見えた。

「ゆきのん、ヒッキーやっはろー!…………あんまり遅いから一度電話しようかと思ったし」

「ごめんなさいね、由比ヶ浜さん。この男が何故かいつもの場所にいなくて探すのに手間取ってしまったのよ」

雪ノ下は部屋に入るやいなやそう言って由比ヶ浜に謝る…………のはいいんだが、何?これ俺が悪いの?

「わ、悪かったな…………俺も雪ノ下を探してたのと、途中で材木座に捕まっててだな……」

「……そういうわけだから、別に比企谷くんが悪いわけではないのよ」

「そ、そうなんだ…………ならしょうがないね」

由比ヶ浜は今の雪ノ下の言葉を聞いて、なんだか妙に嬉しそうな顔をする。なんでだよ。というか、雪ノ下は俺を責め

たいのか庇いたいのかハッキリしろよ。……どう反応していいかわからなくなるだろ。当惑しているのを見て、由比ヶ浜

は俺と雪ノ下を促す。

「ま、まぁ……それはともかく、二人とも早く食べちゃおう!今日はあんまり時間ないし」

「そうね」

「そうだな」

俺と雪ノ下は返事をして、各自いつも座っている席に着く。別にそう長い期間離れていたわけでもないのに、妙に懐か

しい感じがしてしまう。俺が感傷に耽っているのを横で見ていた由比ヶ浜がこちらを覗き込んでくる。

「ねぇ、ヒッキー…………もしかして泣いてるの?」

「ハァ?バッカお前、俺がこんなところで泣くわけないだろう?……もし泣くとしてももっと先の話だ」

「え?それって……」

俺の含みを持たせた返答に、由比ヶ浜の眉が歪む。雪ノ下まで怪訝そうにこちらを見てきた。ここでこれ以上追及されて

も困るので、状況の説明に終始して逃れようと思う。

「え~と、だな……今の俺はただ部室に戻ってきただけだ……それ以上でもそれ以下でもない。でも、俺はこれから先に

いくつか行動を起こすことを決めてしまった。だから……」

「私はこの男がこれから先、どの場面で泣くことになるかなんて興味ないわ。それよりさっさと食べましょう」

助け舟?なのかどうかはよくわからないが、雪ノ下は俺の話を途中で遮ってしまった。まぁ、そうしてくれた方が自分と

してもありがたい。食べる体勢に入らせるために、俺は机の上に置いたパンと飲み物を前にして手を合わせる。

「いただきます」

「え……あ、いただきます」

「……いただきます」

由比ヶ浜はまださっき言っていたことが気になっていたようだが、俺の挨拶で諦めたのか自らも食べる体勢に入った。

雪ノ下はいつものすまし顔といった感じだ。この”いつも”もなんだか久しぶりだな。食べているところじゃなかったら

頬が緩むのを誤魔化しきれなかったぜ。

別に特にこれといって何かがあるわけではない。むしろ何もなかったという方が正しいのかもしれない。部室で三人で

昼食を食べて過ごした。ただ、それだけのことだ。でも、”ただ、それだけのこと”を回復させるだけでもこんなに時間が

かかってしまった。そして、今こうして過ごしていることもどれだけ貴重なことなのかも自分はまだ完全には理解して

いないのかもしれない。それでも、俺はここに戻れて……………………良かった、と思う。

とりあえず部室に戻ることはできた。次は部活に戻る番だな。ただ、俺の方法はというと――――――――。

⑧ようやく比企谷八幡は彼女との約束を果たす。


12月に入ってますます日は短く、空気は寒々とするようになったが、幸いにも俺は部室で昼食を食べることを許される

ようになったため、以前のように外にいることはなくなっていた。初日こそ時間がなく何も話すことはできなかったが、

それ以降は依頼をこなすという行為以外は普段の奉仕部の様子とそう変わらない雰囲気に戻っていた。最近になって、

やっと雑談というものがどういうものなのかわかった気がする。ほとんどの人間はそんなに深く考えて喋ってはいないん

だよな、たぶん。でも、自分の場合はそれは許されなかった。話せば話すほど向こうから離れられるのが常だった。

だから、いちいち内容を頭の中で整理しないと話せなかった。ただ、いつの頃からか無視されるのも嫌悪されるのにも

慣れてしまったので、あえて自分を出すようなこともしてみたりした。案の定、ドン引きされるか話したことをなかった

ことにされるか、避けられたりした。

でも、そうはならなかった人間がここにはいる。…………しかも二人も。


おそらくもうこんなことは二度と起こらない。だからこそ、このままの状態が続けばいいと、ついそう思ってしまう。

だが、それももう許されない状況になってきた。進まなければ、現状を維持することすらできない。しかし、進んだ

ところで上手くいくかどうかなんてことはわかるはずもない。だから、それは自らの手でわかるようにしなければなら

ない。そうすることによってたとえ全て壊れることになったとしても。わからないでいるままよりはいい。どちらにせよ、

壊れる時は必ず訪れるのだから。

期末試験直前の日も、お昼休みは奉仕部の三人で過ごしていた。普段より早く弁当を食べ終わった雪ノ下は自分の荷物を

片付けてこう言った。

「私は少し教室ですることがあるから、今日は先に戻るわ」

「あ……そうなんだ。じゃあまたね、ゆきのん」

「ええ……」

雪ノ下は立ち上がり、部室の前の扉の方へ歩いていった。扉の取っ手に手をかけたところで体の向きは変えずにこう切り

出す。こちらからはその後ろ姿しか見ることはできない。

「比企谷くん」

「は、はい」

「試験終了日のことについてなのだけれど……」

「お、おう……」

このタイミングでその話をされるとは思っていなかったので、俺の口からはそんな言葉しか出てこなかった。俺は雪ノ下

の方を見ていたので由比ヶ浜がこの時どんな反応だったのかは知る由もない。

「学校が終わったら、あなたは一度家にまっすぐ帰りなさい。後で私の方から連絡を入れるから」

「そ、そうか…………わかった」

俺のその返事を聞いて、雪ノ下は安堵からなのかふっと息をついた。同時に自分も息をついてしまう。実のところ、少し

心配していたのだ。雪ノ下の指定した時間の方法について。今の彼女がそういうことに無頓着でなくなっているというの

はある程度は予想していたが、もし学校から直接一緒にどこかに行くとかいう話だったら俺としてはちょっと気が引けた

のだ。だから、雪ノ下の方から家に帰ってから出直してこいということを言われてそういう懸念はひとまず解消された。

「では、そういうことで…………よろしく」

「ああ……じゃあ連絡、待っているよ」

雪ノ下は振り返ることなく、扉を開けてそのまま部室から出ていった。俺と由比ヶ浜だけが部屋に残される。今の話の

流れで切り出した方がいいのだろうか。さすがにあれから何も言わないままというのもアレだし。


「あ、あのさ…………由比ヶ浜」

「ん?なになに?」

由比ヶ浜は椅子をこちら側に引き、少し身を乗り出してきた。近い近い。俺は彼女の方には顔を向けずに話を続ける。

「試験終わった後の土曜日のことなんだが……その……今も予定、大丈夫か?」

「うん、あけてあるよ。で、どうするの?当日」

「え~と…………とりあえず、朝の8時にお前ん家の最寄り駅で待ち合わせってことでいいか?」

「……わかった。それで、その後は?」

会話が進むたびに由比ヶ浜の顔が接近してくる。もうこれ俺が顔の向き変えたら…………って何を考えているんだ自分は。

落ち着け。というか由比ヶ浜がまず落ち着け。

「と、とりあえず体勢を元に戻してもらえませんか?…………ち、近い……」

「えっ?あ…………ごめん……」

今の行為は無意識だったのか、由比ヶ浜はハッとして乗り出した身を引っ込めた。そしてみるみるうちに顔が赤くなる。

いや、もうこっちはさっきから頭が熱っぽくて大変だったんですけど……。俺は頬を撫でつけながら、また口を開く。

「それで、その後は……と、当日の……お楽しみ、と言いますか…………」

「え?あ、あ…………そうなんだ…………なるほどね」

由比ヶ浜は一瞬怪訝な顔になった後、こんどは何故かニヤニヤし始めた。なんでだよ。顔の向きをこちらから前に戻すと

何やらブツブツ呟いている。あんまりよくは聞きとれない。


「ふ~ん……ヒッキーが……へぇ……そういう……」

何回かふんふんと軽く頷いてまた俺の方を見ると、由比ヶ浜は人差し指を顎に当てて何か尋ねてくる。

「それはわかったけど…………あたしの方は……何か準備しなくても……いいの?」

「準備、ねぇ…………特にこれといって必要な持ち物はないと思うが……むしろ荷物は軽くした方がいいかもな。あと、

なるべく動きやすい格好で来てほしい。それなりに歩くことになると思うから」

「…………わかった」

由比ヶ浜は俺の言葉に何か納得した様子を見せたと思ったら、今度は口に手を当ててふふっと笑う。

「俺なんかおかしいこと言ったか……?」

「い、いや?…………ヒッキーがこんなことするの……珍しいと思って」

「一応お前との約束だったしな…………でも、確かにそうかもしれない。たぶん二度目はないと思うぞ」

「え?……」

俺が何気なく言った一言に、由比ヶ浜の表情が固まった。あ~……やっぱりスルーしてもらえなかったか。

「あ、え~と……だな……二度目はない、くらいに考えていた方がたぶん楽しめるんじゃないかと思って、だな……」

「出た……いつものネガティブ発言…………でも……うん、それもそうかもね」

……とりあえずこの場はなんとかしのげたか。危ないな…………。あまり勘ぐられるようなことを言ってしまうと、それ

こそ当日に楽しんでもらえなくなるだろうから。

「ま、だから土曜日もあまり期待するんじゃないぞ。あとでガッカリされるのも嫌だしな」

「うん、ヒッキーのことだし期待しないでおくよ」

「あぁ、そうしとけ」

由比ヶ浜はその言葉と裏腹に、その表情は期待に満ち満ちていた。……ちょっと今日は色々と喋り過ぎたか。これからは

もう少し気をつけないと。失敗するにしてもタイミングというものがあるからな。特にこれ以上喋ることはなかったので

その後は昼食の残りを食べるだけとなった。


昼休みの終わりを知らせる予鈴が鳴ったので、俺と由比ヶ浜は教室に戻る準備をする。昼にここに出入りする時はいつも

二人で時間をずらしているので例によって今日も由比ヶ浜が先に扉に向かう。扉の前で彼女はくるりと俺の方に向き直る。

「ヒッキー、ありがとね。約束…………守ってくれて」

「いや、まぁ……約束しちまったものは仕方ないからな…………ずいぶん待たせたが」

「……それはもういいよ。その代わり、え~と…………そこそこ期待してるからね」

「あぁ……そこそこ、な」

俺の相変わらずの受け答えにも関わらず、由比ヶ浜はニコッと笑いかけてくれる。今はその笑顔に対して何も返せないの

がどうにももどかしく、胸がチクリと痛む。いや、それどころか俺のやろうとしていることは――――。

「じゃあ、また教室でね」

「おう……」

笑顔のまま踵を返して扉を開け、部屋を出ていく由比ヶ浜の姿を見て、俺の胸の痛みはますます強くなるばかりだった。

光陰矢のごとし。英語で言うとTime flies. まさに飛ぶようにして、それからの日々は過ぎ去ってしまった。

鐘が鳴って先生が「やめ」と言い、試験の解答用紙が集められる。この科目で期末試験ももう終わりだ。普段から勉強は

しているので、試験勉強自体はそれほど負担にはならないのだが、今回はちょっと他に考えることと準備しなければなら

ないことが多すぎた。そのおかげで今回の試験の結果はあまり自信がなかった。そういう意味でも、由比ヶ浜に今度の

土曜日の予定を教えなかったのは正解だったような気がする。今の俺みたいなことになられても困る。最近は少しは良く

なったとはいえ、由比ヶ浜の成績が悪いことには変わりないからな。周りを見渡すと、試験が終わってほっとしたのか

伸びをしていたり、答えを教え合ったりしている人たちが見える。葉山もいつもの男子の取り巻きに囲まれて、答えを

訊かれたりしているようだ。ただ、話を振られたら答える程度で自分から話しかけるような様子はもう見られない。最近

はもうずっとこんな感じだ。話しかけている方はそれで繋ぎとめているつもりなのかもしれない。もう葉山の心はそこに

はないというのに。心が近くにないのに、ただ距離が近いなんて俺にはとても耐えられないだろう。諦めが悪いというの

も考えものという印象だ。むしろ、諦めた先にしか見えないものだってある筈なのに。

そんなことを考えているうちに今日のSHRもさっさと終わってしまい、周りの席でも帰り支度が始まった。俺も帰る

ことにするか。雪ノ下からもそうするように言われているのだし。鞄を取りに行く途中で、ふと由比ヶ浜と目が合う。

俺は軽く会釈をし、彼女は胸の前で小さく手を振った。教室での俺と彼女もここのところはずっとこんな感じだ。葉山

が雪ノ下に告白して以降、三浦と葉山がつるむことが少なくなっていたため、必然的に由比ヶ浜と葉山の関わりも少なく

なっているようだった。まぁ、だから何だというのだ。いずれにせよ今の俺にそんなことまで感知している余裕はないの

だし、俺が自分の選択をすることが葉山の望んだことでもあるのだ。…………結果いかんに関わらず。


それから教室を出て、昇降口で靴を履き替えて駐輪場へ向かう。コートを着るようになっても寒いものは寒い。ただし、

試験期間中は昼には終わるのでいつもより気温が高い時に帰れるのは幸いだった。今日は薄曇りで日差しがほしいところ

ではあった。今のところ天気予報では土曜日も晴れになっていたが…………。

自転車に乗って学校を出て住宅街の横を走っていると、ちらほらとイルミネーションを飾っている住宅が見える。そう

いえば、もうすぐクリスマスもあるのか。…………まだ何も考えてないな、そういえば。クリスマスに何か考える必要が

あること自体が俺にとっては驚愕の事実なのだが、しかしそれも今日の午後と今度の土曜日と来週の月曜日次第だな。

状況によっては何も考える必要がなくなるという可能性も充分ありうる。今は午後のことに集中しよう。

ほどなくして家に着き「ただいま」と形式上挨拶はするものの、カマクラ以外には誰もいない。小町とは微妙に試験の

日程がズレているため、今日は通常通りの授業らしい。そういえば、ここのところあまり妹の勉強も見てやれてなかった

ような気がする。結果がどうなるにせよ、今の問題が片付いたら少しは付き合ってやろう。そんなことを考えつつ、俺は

昼食を適当に済ませた。


一休みしてから、俺はPCの前に向かう。今度の土曜日の参考にするためだ。しかし、こういうものは調べても調べても

キリがないように思えてくる。ある程度の準備は必要だが本人の要望もあることだろうし、あまりガチガチに予定を組め

るものでもない。時期が時期だし小町に助言を求めることもできない。それに、中途半端にこちらの状況を知られると

後々やっかいなことになりそうだ。……うんうん唸り始めたところで唐突に俺のスマホが鳴る。いや、電話というものは

いつも唐突に鳴るものではあるんですが、ぼっちの自分にはなかなか慣れないものでして…………。

「もしもし」

「もしもし、比企谷くん?雪ノ下です」

「比企谷です…………それで…………自分はこれからどうすればいいですか?」

「………………………」

沈黙が15秒ほど続く。沈黙が好きな俺でもさすがに電話でこれは長いので、待ちきれずに口を開いてしまった。

「雪ノ下?」「あの」

「あっ……すまん。ど、どうぞ……」

同時に喋ってしまったので反射的に謝ってしまった。すると、雪ノ下が息をすっと吸う音がかすかに聞こえた後、

「比企谷くんは…………今から私の家に来なさい」

「え?」

どこかに呼び出されることは想定していたが、まさかそれが自宅だとは思わなかった。……しかもあの雪ノ下が。

「え、じゃなくて…………あなたは来れるの?来れないの?どっち?」

「い、いや俺は行けるけど…………むしろお前はその……いいのかよ」

「何が」

俺の動揺が声に出ていたかはわからないが、雪ノ下は相変わらずのいつもの冷然とした声色で答える。

「何がって……その……お前の家、今誰かいるのか?いないんだったら、さ」

「いるわけないでしょう。話の内容を他の人に聞かれたくないから、私の家を指定しているのに。それとも何かしら?

ただの部活仲間の家に行くというだけで変な想像でもしておいでで?」

「そ、そんなことしてねぇよ…………ただ、お前が嫌なんじゃないかと思っただけだ」

ごめんなさい、雪ノ下さん。また嘘つきました。ホントはちょっとだけしました。しかしそんなこと言えるわけないし、

声がうわずったのもたぶん気のせいです。俺の反応はまるで無視して雪ノ下は話し続ける。

「今さらそんなこと思わないわよ…………それより…………早く、来てね」

「えっ?……お、おう……」

俺の答えを聞いて、雪ノ下は電話を切った。最後にぽそっと言われた言葉に俺の動揺はさらに大きくなった。心臓の鼓動

が向こうに聞こえてないか心配になったほどだ。あ、あんな喋り方もするんだな…………雪ノ下って。

胸の音が収まるまで、俺はさっきの調べものの続きをすることにしたが…………全然集中できねぇ。仕方ないのでPCの

電源を切り、また出かける準備をすることにした。ほら、あれだ。早く来いと言われたし、なんか今は体が熱いから外に

出てもそんなに寒く感じない筈だし。珍しく絡んできたカマクラを適当にあしらいつつ、俺はまた玄関の扉を開けた。


「マンションに自転車置くところあったか覚えてないし…………たまにはバスで行くか」

誰に言ったわけでもないよくわからない独り言をつぶやきながら、俺は雪ノ下のマンションへと向かうことにした。

バスに乗って十数分、雪ノ下のマンションの最寄りのバス停に着く。建物はすぐ見えているのに、ここからまたちょっと

歩くんだよな。敷地内の庭園を横目にしながら数分後、ようやく入口に辿りついた。自動ドアの前に立って中に入ろうと

するが…………開かねぇ。どうやら俺は機械にも認識されていない存在の模様。周りに誰もいなかったので、何度か立つ

場所を変えたらやっとドアが開いた。まったく…………高級マンションならドアセンサーも高度にしてもらいたい。

無駄な疲労をしつつ、これまた広いエントランスホールを進む。平日の昼間ということもあって人気もしない。それに

しても綺麗なマンションだな。この床なんてピカピカで映り込みが凄いし、もう少し頑張れば…………って何を考えて

いるんだ自分は。ともあれインターホンの前まで来たので、部屋番号を押して雪ノ下を呼び出す。以前訪れた時とは違い、

今回はすぐに反応した。

『比企谷くんね。……上で待っているわ』

中扉があき、俺はエレベーターに乗って15階を目指す。今は誰も使っていないせいか待たされることもなくすぐに来た。

ほどなくして15階に着き、雪ノ下の部屋の前まで来てもう一度インターホンを押す。

『比企谷だ』

『はい……少し待ってて』

複数の鍵が開く音と重厚そうな扉の音が聞こえて、雪ノ下の部屋の扉が開かれる。わざとなのかどうかよくわからないが、

以前文化祭前に俺と由比ヶ浜で彼女の家に行った時と同じような格好をしていた。単にこういう服装が好きなだけなの

かもしれない。俺が立ちっぱなしでいるのを見て、手招きする。彼女の表情はいつも通りといった感じだ。

「どうぞ、入って」

「お邪魔します…………」

用意されていたスリッパを履いて、雪ノ下の後に続く。さすがに今は暖房が入れられているようで部屋の中は暖かかった。

相変わらず生活感のないリビングに通されて、以前と同じようにソファへと促される。

「そこに座っていて。飲み物は……紅茶でいいかしら」

「……いいよ」

俺の答えを聞いて、雪ノ下はキッチンに向かった。その間に部屋を見回してみるが、前に俺と由比ヶ浜で来た時と様子は

ほとんど変わってないようだった。せいぜい加湿器が置いてあるのが見えるくらいのもので、TVの下に置いてあるDVD

コレクションの内容までは俺は覚えてないからな。増えていたりするのかどうかはよくわからない。

しばらくして、プレートの上にソーサーとカップを乗せて雪ノ下が紅茶を運んできた。彼女は俺が座っている二人掛けの

ソファの前にあるリビングテーブルの上にそれを置く。そして俺の隣に腰を下ろしたところで、彼女は口を開いた。

「……どうぞ」

「……どうも」

俺がカップに手を伸ばしたのに続いて、雪ノ下もそれを手に取る。まだ熱いので、口でふうふう言いながら冷めるのを

待った。何故かつい雪ノ下の唇に視線がいってしまう。チラチラ見ていたのがバレたのか彼女は怪訝な顔をする。

「何か」

「い、いえ……なんでもありません」

「…………そ」

俺が視線を元に戻すとそれ以上追及することはなく、雪ノ下は紅茶を飲み始める。俺もそれに続く。……美味しい。

「雪ノ下は紅茶を淹れるのも上手だよな」

「…………普通に淹れているだけだと思うのだけれど」

「その普通ができない奴が多いんだよ、案外。世の中そういうものだ」

「そう…………かもしれないわね。そして、それは私とあなたにも当てはまることではなくて?」

そう言いながら雪ノ下はこちらに視線をチラッと向けた。何故だかその表情はどこか得意げに見える。

「ま、俺とお前はそもそも普通じゃないしな…………」

「そうね…………ねぇ、比企谷くん」

雪ノ下はそう言いかけて、カップをいったんプレートの上に置き直した。そして、こちらの方に身を乗り出してくる。

そんな状態で紅茶を飲めたものではないので俺もカップを戻す。

「な、なんだ?…………雪ノ下」

「…………そろそろ本題に入ってもいいかしら」

視線はそのままで乗り出した身を少し戻しながら、雪ノ下は俺に尋ねてきた。彼女とは色々と話すべきことがあるのは

重々承知だが、あえて本題といわれても思い当たる節が多すぎる。

「それが何かは色々あると思うんだが…………まずは雪ノ下が話したいことからで……いいんじゃないか?」

「そう…………それはありがとう、比企谷くん」

そう言って雪ノ下はニッコリと微笑んだ。これが並の男子ならコロッとやられちゃうな。しかし、俺はその笑顔にほんの

少しだけ毒が含まれていたのを見逃さなかった、いや見逃せなかった。…………もう、戻れないな。これは。

「比企谷くん…………あなたもこちらを向きなさい」

「は、はい…………」

彼女にそう言われて拒めるはずもなく、俺は雪ノ下の方に顔を向ける。その途端、さっきまでの毒は消えて今度は憂いを

帯びた笑顔になった。そして、雪ノ下は小さくつぶやくようにこう言った。






「私…………あなたのこと、好きよ」

今回はここまでです。次回もちょっと切るところに悩みそうなので時間かかるかもしれません。週末までを目途に投下
したいと思います。

乙うわぁぁぁあぁああああぁぁ


こうきたか…


続きが気になって夜も眠れない・・・

雪乃ルートきたか

この場合どちらの√もあり得そうな状況
のように思える
続きがきになるなぁ…
きょうのところはでもまぁとりあえず
は乙!
よかった次も頼んだ!

ゆきのんでお願いいたす

どちらも振る
葉山ルートへ

ゆきのんルート期待だけどハーレムでもいいんよ

ゆーきーのん
ゆーきーのん

ゆきのんルートって言ってる人は戸塚との約束は破っちゃえってこと?

ここにきてゆきのんルートは無いわ

>>425
いつもの奴だから無視しとけ

くーー

ゆいゆいかわいいなぁ

めぐめぐルートは?

一度も出てない先輩は絶望的なのでこのスレでは諦めましょう

ゆきのんかわええのぅ

ゆきのんもフラれるって分かってて告白してるんだろーな
切ない

結衣とは上手くいかないフラグ立たせまくってるから怖いよう

ゆきのん1番好きのん

プリティーリズム・オーロラドリーム・ディアマイフューチャー・レインボーライブ

春音あいら
第一属性=太陽属性
天宮りずむ
第一属性=月属性
高峰みおん
第一属性=太陽属性
上葉みあ
第一属性=月属性
大瑠璃あやみ
第一属性=太陽属性
ヨンファ
第一属性=星属性



彩瀬なる
第一属性=月属性


あん
第一属性=星属性

りんね
第一属性=星属性

プリティーリズム・レインボーライブ

蓮城寺べる

第一属性=太陽属性

小鳥遊おとは

第一属性=星属性

森園わかな

第一属性=地球属性

荊千里

第一属性=太陽属性
DJ.Coo

第一属性=月属性


りんね
第一属性=太陽属性

彩瀬なる (プリリズ・レインボーライブ)
第一属性=月属性


福原あん (プリリズ・レインボーライブ)
第一属性=星属性

涼野いと (プリリズ・レインボーライブ)
第一属性=太陽属性


りんね!(プリリズ・レインボーライブ)
第一属性=月属性

蓮城寺べる(プリリズ・レインボーライブ)

第一属性=太陽属性

小鳥遊おとは(プリリズ・レインボーライブ)

第一属性=星属性

森園わかな(プリリズ・レインボーライブ)

第一属性=地球属性

続きが気になる!

続きを投下します。冒頭の部分で違和感を覚える方もいるかもしれませんが、後で補完します

それから雪ノ下のマンションを去るまでの間は、たぶん俺が今まで生きてきた中で一番密度の濃い会話をした時間だった

と思う。まぁ、俺が他人としてきた会話などたかが知れているのかもしれないが、今日のこの時間のことはこれから先も

ずっと忘れないだろう。少なくとも、現段階においては俺にとっても雪ノ下にとっても最善の選択肢を取れたと思う。

嘘や欺瞞ではなく、また妥協でもなく。ただ、未だに自分の考えていること全てを話せたわけではない。雪ノ下は、あと

は俺と由比ヶ浜の問題だと思っているかもしれないがそう首尾よくいくともわからない。俺の考えが明らかになる前に、

今度こそ完全に失望される可能性も充分ある。しかし、それでも俺は自分のやり方を通したい。現時点で俺が考え得る

最善の方法を。


マンションの建物から出て、敷地内の庭園から空を見上げるともう星が見え始めていた。風が吹くと庭園に植えてある木々

の葉がかさかさと音を立てる。落葉樹はもうほとんど葉が落ちているものも何本か見受けられる。その光景を見て、俺は

最後の一葉の一部分を思い出す。確かその短編小説では、あまり状態の良くない肺炎で入院している画家が窓の外の木の

葉を見て「最後の葉が落ちたら自分も死ぬ」みたいなことを思っていた筈だ。話の流れはともかくとしてもどうにもこの

登場人物の心情は理解できなかった。病気で弱気になり、自分の境遇をその木の葉っぱに重ね合わせていたのは理解でき

ても、だからといって葉が全部落ちたら自分も死ぬというのはいきすぎだ。どのみちいつか葉は全て落ちるのだし、それ

でいつ落ちるか不安になるよりもさっさと全部落ちてしまった方が気が楽になれると思うのだが。ただ、まぁ由比ヶ浜

なんかは最後の一葉を描き足す方のタイプの人間なんだろうな、たぶん。だが、残念ながら自分はそうではない。


だから、俺はこれから最後の一葉を落としに行くことにする。

土曜日の朝7時前、俺は由比ヶ浜の家の最寄り駅のコンコースで彼女が来るのを待っていた。時間が繰り上がっているの

は俺が予定の時刻を勘違いしていたせいだ。後から電話して変更してもらったから大丈夫だとは思うのだが……。まぁ、

まだ15分前だしな。そう焦る話でもあるまい。土曜日だから、平日に比べれば人通りは少ないが行楽と思しき格好の人と

幾度かすれ違う。……大丈夫だよな。いや、万が一そうなったとしても……今さら心配するようなことでもあるまい。

由比ヶ浜もそう言ってくれたのだし。ただ、来週の火曜日まではなんとか秘匿しておきたいよなぁ…………今日の出来事

については。あ~…………昨日はあまりよく眠れなかったな。遠足前の小学生かと思われそうだが、楽しみというよりは

不安の方が実際のところは大きかった。でも、そのおかげでテンションが上がり過ぎずになんとか平常心を維持できて

いるような気もする。不意にあくびが出てしまい、開いた口に手をあてていると後ろから声がかかる。

「おはよ~ヒッキー…………大きなあくび」


振り返ると由比ヶ浜が少しあきれたように肩をすくめて微笑んでいた。黒のタートルネックのリブセーターの上に赤い

ダッフルコートを着こみ、デニムのパンツに低めのショートブーツといういでたちは普段の彼女から考えるとむしろ大人

しめな印象を受ける。ただ、髪型はいつも通りで手袋がピンクというのがいかにもといった感じだ。

「お、おはよう……」

私服姿を見るのも久々だったので、返事をするタイミングが若干遅れる。ついでに服装についてコメントするのも遅れて

しまう。電車が遅れると後ろの電車がさらに遅れる、みたいな。俺が沈黙していると向こうから目を逸らされてしまった。

頬を指で掻きながら、なんとか次の言葉を紡ぎだす。

「あ、えっと、その……服……似合ってるし…………か、可愛い、と思うぞ」

「か、か!?……あ、……ありがと」

俺の言葉に目を見開いた後、由比ヶ浜の顔はかーっとコートとおそろいの色になった。そりゃ驚きもするだろうさ。心の

中ではいくら思ってもそれを口に出すことなんてなかったんだから。でも、もうそれもやめだ。俺はもう彼女への好意を

隠しはしない。相手がどう思っているかに関わらず、俺は自分の想いを彼女に告げなければならない。だから……

「あ、あのさ…………俺、由比ヶ浜に大事な話が……あ、あるんだけ」

「ちょ、ちょーっと待って!ヒッキー」

俺が言い終わる前に由比ヶ浜が両手をバッと前に出して制止の体勢を取る。彼女が急に大声を出したせいで周囲の通行人

の視線がこちらに突き刺さる。痛い。由比ヶ浜もその視線を感じたおかげでまだその顔は赤いままだ。今度はその自分の

顔の熱を冷ますように、手でパタパタと扇ぎ始めた。ふ~っと息をついて少し落ち着いた様子を見せると、今度はこちら

に一歩近づいた。そして俺をチラチラ見ながら小声でそっとつぶやく。

「こ、ここだと……恥ずかしいから…………ちょっと……来て」


こちらが返事をする前に由比ヶ浜は外の方をちょいちょいっと指さし、小さい歩幅で歩き始めた。仕方ないので、俺は

彼女の後ろについていく。いったん駅舎から外に出て、通路からは植栽で陰になって見えないところにまで来て由比ヶ浜

は立ち止まった。ゆっくりと振り返って体をこちらに向け、視線は斜め下にやったままで彼女は言う。

「ここで、なら…………いいよ」

「そ、そうか……」

「……」

俺も彼女の方を見れないまま、沈黙が続く。由比ヶ浜は前髪をいじったりセーターの首の部分を触ったりしている。

早く言わなければいけないと思うほど、体はうまく動いてくれない。口を開けても声がすんなりと出てこない。そのまま

だとただの間抜けなので、いったん口を閉じてそれから息をふぅーっとゆっくりと出した。もう何も考えるな。結果は

もはやどうでもいいのだ、この期に及んでは。俺が今思っていることを口に出せばいいんだ。簡単なことじゃないか。

普段の自分がやっていることと何も変わりはしない。俺は由比ヶ浜の方をまっすぐ見据える。すると彼女もそれに応じて

こちらと視線を合わせてくれた。俺はすっと息を吸い、


「俺は……由比ヶ浜結衣のことが……………………好きだ。だから……もしよければ……俺と……付き合ってほしい」


言い終わってすぐ俺は思わず下を向いてしまう。へ……返事は……?おそるおそる前を見上げると、由比ヶ浜は何故か

泣きそうな顔をしていた。その潤んだ瞳の意味が俺にはまだわからないまま、彼女は眼を細めて唇を開け、


「はい……」


とだけ、噛みしめるようにしてその一言だけを俺に聴かせた。こ、これは…………OKということでい、いいんだよな?

ど、ど、どうなんだ?俺の拭いきれない不安が顔に出てしまったのか、由比ヶ浜は肩をすくめた。そして、


「あ、あたしも……ヒッキーのこと…………好き……だよ」

「そ、そうか……」

何故か他人事みたいなセリフが出てしまった後、俺は安堵から前かがみになり両膝に手を置いてため息をついてしまう。

ようやく安心できた筈なのに、なんだか疲れがどっと噴き出してくるような感じがした。現時点でこんな調子で今日一日

俺の身はもつのだろうか?…………そんな不安が頭をよぎる。このペシミスティックな思考…………いつもの自分だな。

大丈夫だ、問題ない。頭の中が元通りになったところで顔を上げると、やれやれといった感じで由比ヶ浜は俺を見てきた。

「な……なんだよ」

「い、いや?えっと……ヒッキーは相変わらず心配性だな、と思ったっていうか……」

「正直なところ、今の告白でさえ振られることを想定してたからな…………なんか今は拍子抜けしてるみたいだ」

「……さすがにこれで断ったらあたし悪い子だよ」

逆に俺のあまりに悲観的な思考に恐縮したせいなのか、由比ヶ浜はてへへと照れ笑いをした。


「いや……まぁ……お前は良い子だけど悪い子だからな、言っとくけど」

「……どういう意味?」

「由比ヶ浜は誰にでも優しいけど、そのせいで男子を勘違いさせるから悪い子ってことだよ」

俺なりにわかりやすく説明したつもりだったが、由比ヶ浜は首を傾げている。まさかこいつ…………。


キター

「お前さぁ…………もしかしてモテてるって自覚なかったりする?」

「えっ?あ……え……う~ん……よくわかんない。告白とか…………そんなにされたことあるわけじゃないし」

“そんなに”って言ってる時点で充分モテてると思うのは私だけなんでしょうか……。今さらこんな話したところで別に

何かメリットがあるわけでもないのに、つい話を続けてしまう自分がいる。

「そりゃお前…………人気あるから最初から諦めてる奴が多いってだけの話だろ。釣り合わないとも思うだろうし」

「そ……そうなんだ……。っていうか何でヒッキーがそんなに詳しいの?」

由比ヶ浜は不思議そうな顔をする。いや…………俺も心の中はごく普通の男子高校生なんですよ?だから、

「そんなの……自分の好きな子がモテるかどうか気にするのは当たり前だろ?それに……俺だって……正直なところ、

分不相応なことしてるな、と今でも思ってる」

「そ、そんなことないよ!分不相応なんて思わないし…………それに本当はあたしの方から自分の気持ち……言わないと

いけないと思ってたし……」

「へぇ、意外だな。由比ヶ浜が分不相応なんて言葉知ってるとは思わなかった」

「意外って……え?も、も~ヒッキーあたしのこと馬鹿にし過ぎ!」


俺の言葉が唐突だったためか一瞬怪訝な顔になった後、由比ヶ浜は膨れっ面になって俺の胸をぽかぽか叩き始めた。

俺は由比ヶ浜といるとぽかぽかするし、由比ヶ浜にもぽかぽかして欲しいが、今彼女がやってるような意味ではない。

そんなどうでもいいようなことを考えつつ彼女を適当になだめて、俺は鞄から帽子を取りだしてそれを目深にかぶる。

「……どうしたの?急に帽子なんてかぶったりして」

「え~と…………だから……困るだろ?俺と一緒にいるところを知ってる人に見られたら」

俺がそう言うと由比ヶ浜は少しむっとした表情になり、ヒュッと俺の帽子のつばを掴んで奪い取ってしまった。

「おい!何すんだよ」

「あたし、もう気にしないってこの間言ったじゃん。ヒッキーと一緒にいるところを他の人にどう見られてもいいって」

「いや、お前が気にしなくても俺が気にするんだが…………そんなことで自分の立場悪くしてもらいたくないし」

「自分の立場のこと全然気にしない人に言われたくないかも。それに、あたしが前より自分の立場を気にしないで済む

ようになったのは、ヒッキーのおかげだから」

「……」

以前からその片鱗はあったが、ちょっと最近の由比ヶ浜は口が上手くなり過ぎなんじゃないだろうか?そういう風に言わ

れてしまうとこちらは何も反論できない。俺が黙っていると彼女はさらに追い打ちをかける。

「ヒッキーがあたしを変えたんだよ…………だから……その責任、取ってよね」

「そ、そう…………なのか?」

「うん、そう」

「……どうしたの?急に帽子なんてかぶったりして」

「え~と…………だから……困るだろ?俺と一緒にいるところを知ってる人に見られたら」

俺がそう言うと由比ヶ浜は少しむっとした表情になり、ヒュッと俺の帽子のつばを掴んで奪い取ってしまった。

「おい!何すんだよ」

「あたし、もう気にしないってこの間言ったじゃん。ヒッキーと一緒にいるところを他の人にどう見られてもいいって」

「いや、お前が気にしなくても俺が気にするんだが…………そんなことで自分の立場悪くしてもらいたくないし」

「自分の立場のこと全然気にしない人に言われたくないかも。それに、あたしが前より自分の立場を気にしないで済む

ようになったのは、ヒッキーのおかげだから」

「……」

以前からその片鱗はあったが、ちょっと最近の由比ヶ浜は口が上手くなり過ぎなんじゃないだろうか?そういう風に言わ

れてしまうとこちらは何も反論できない。俺が黙っていると彼女はさらに追い打ちをかける。

「ヒッキーがあたしを変えたんだよ…………だから……その責任、取ってよね」

「そ、そう…………なのか?」

「うん、そう」

なんか二重投稿になってますね。>>449は無視してください

由比ヶ浜は笑顔でそう答え、強い意志を持った瞳で俺を真っ直ぐ見つめてきた。俺は彼女のその想いを無碍にもできず、

目を背けることはためらわれた。由比ヶ浜は俺が視線を合わせてくれたのに満足したのか、いったん帽子を俺の胸の前に

差し出してきた。

「そういうことだから…………今日はかぶらなくていいよ。この帽子は」

「…………わかったよ」

俺は帽子を受け取って鞄の中に戻す。その様子を見て由比ヶ浜は一度視線を外してはにかみながらこう言う。

「それにヒッキーもさ……その……えっと……モテる女子をゲットしたんだからもっと堂々としなよ」

「俺は基本的に堂々としてると思うけどな。欠点を隠そうともしないし、人から嫌われても平気だし」

「そういうことじゃなくてさ…………わかるでしょ?ヒッキーなら」

いや、由比ヶ浜の言うことは理解はできるが…………要は卑屈になったり自虐したりする必要はもうないってことなんだ

ろうが…………そう簡単に思考回路を変えられるとも思えない。理解するのと実践するのは全くの別問題だ。


「それはわかるが…………急にそんなこと言われても、な…………」

「ちょっとずつでいいから…………ね?」

「まぁ…………ちょっとずつなら、な」

由比ヶ浜に諭すように声をかけられて俺も渋々それに応じざるを得ない。それに、彼女は自分が変われたと言っていた

のでそれを理由に俺にもできると説得されたらまた反論するのに困ってしまう。だから、ここは仕方ない。

「じゃあそろそろ…………行こっか?」

「ああ」

由比ヶ浜が早めに来てくれたおかげで、ちょうど今ぐらいに待ち合わせ本来の時刻になっていた。彼女は行き先を全く

知らないので、俺が先に歩き出す。最初にいたコンコースに戻ったところで、俺は由比ヶ浜に必要なことを尋ねる。

「ところで由比ヶ浜…………今Suicaどれくらいチャージしてある?」

「え?……ちょっと券売機で確かめないとわからないけど…………千円以上はあるかな」

「……それなら大丈夫か。じゃあ行こうぜ」

さっさと改札の中に入ろうとするが、由比ヶ浜は俺の服の裾を引っ張って止める。

「あ、あの…………あたし、まだ何も知らないから……その……お金とかもいくら必要とか……」

「ああ、その心配はいらない。今日は基本的に全部俺が持つから。あんま高いもの買い物されると困るかもしれないけど」

「ぅええ!?」

急に間近で叫ぶもんだから、耳が……。周囲の視線を感じて由比ヶ浜は少しうつむいてしまった。そしてこうつぶやく。

「ほ、ほんとに?…………だ、大丈夫なの?」

「もともと奢ってもらったもののお返しなんだから、ある意味当然といえば当然だろ」

「そ、それはそうかもしれないけど…………」

「まぁ、いいからいいから」

少し申し訳なさそうな表情のままの由比ヶ浜を促して、改札の中に進む。それから電車に乗るまでは、特に会話らしい

会話をすることもなかった。

ほどなくして東京行きの電車がホームに入線して、二人してそれに乗り込む。車内はそれなりに混んでいて、仕方ない

ので吊革に手を伸ばした。電車が動き出してしばらくすると、横から小さく声がかかる。


「ねぇヒッキー…………ちょっと学校では言いづらかったんだけどさ……」

「なんだ?」

「その…………ゆきのんとは…………うまくいったの?うまくいったって言うのも変かもしれないけど」

話の内容が内容なので、俺は思わず隣に立っている由比ヶ浜の方を見る。すると、それまでこっちを見ていたのか彼女は

パッと視線を逸らした。そして、自由になっている方の手で由比ヶ浜は頬を人差し指で触りはじめた。

「まぁ、とりあえず…………現時点で必要なことはだいたい話せたのかな。俺と雪ノ下の間で考え方にそんなに違いが

あったわけでもないし、由比ヶ浜が心配するようなことは何もないよ」

「そ、そっか~…………よかった」

由比ヶ浜はふぅっと息をついて胸をなで下ろした。そうか…………由比ヶ浜はあれから俺とも雪ノ下ともその話について

何も聞いてなかったから今の今までずっと不安に思っていたのか…………なんか悪いことしちゃったかな。

「今まで話してなくて、その…………悪かったな」

「い、いいよいいよ!うまくいったんなら…………あたしは、別に……」

そう言って由比ヶ浜は手を胸の前で細かく振った。そうした後、彼女の表情は少し憂鬱そうなものに変わる。友達思いの

優しい由比ヶ浜のことだ、結果を知ったが故にそれはそれで雪ノ下の心配をしているのだろう。だが、それは筋違いだ。

「俺と雪ノ下は…………現時点において最善の選択をしたつもりだ…………だから、お前は何も気にする必要はない」

「う、うん……」

どうも表情が晴れないな…………ここはもっと優先して考えるべきことがあると教えてやらねばなるまい。

「そんなことよりもだな、由比ヶ浜…………お前はこの俺を恋人にしたんだぞ、今はもっと俺のことを心配しろ」

「ふふっ……そ、それもそうかもね。じゃあ今はヒッキーの心配をするよ」

「あぁ、そうしとけ」

由比ヶ浜は普段見るような、あきれ混じりの笑顔になって俺は少しほっとする。その後はまたしばらく沈黙が続く。


電車に乗り始めて20分ぐらい経った頃、さすがに目的地が気になり始めたのか由比ヶ浜がまた話しかけてくる。

「ね、ねぇ…………まだ着かないの?」

「あともう少しの辛抱だ。降りる駅になったら言うからさ」

「う、うん……」

それからまた数分経ち、やっと今日の目的地の駅に近付いてきた。アナウンスが流れるより先に俺が口を開く。

「次で降りるからな」

「えっ?……ほ、ほんとに?」

由比ヶ浜は目を丸くしてこっちを見つめてくる。なんかさっきまでと目の輝きが全然違うぞ、おい…………。

「ほんとにほんと」

「そ、その駅で降りるってことは…………そういうことで……いいのかな?」

「まぁ……お前の考えてることで合ってるんだろうけど……ただ、二つある選択肢のうちどちらを選ぶかまでは自由に

させてあげられなかったけどな」

「い、いいよ!どっちでも…………えっ……でも……」


その後は声が小さくなってこっちに聞こえるかどうか微妙な感じで何かぶつぶつ言っていた。「もしかしてド、ドッキリ?」

とか「いや、ヒッキーのことだしまだ……」とかさり気なく失礼なことを言われた気がするが、たぶん気のせいだ。まぁ、

普段の行いが悪いからな…………仕方ない。しばらくすると車内からも目的地の風景がうかがえるようになり、由比ヶ浜

は窓の方に少し身を乗り出す。着く前からこんなテンションだとなんか逆に申し訳ない気持ちになってくる。いや、これ

は先回りした罪滅ぼしみたいなものだからな…………今日一日は楽しんでもらうしかない。

電車が駅に到着してドアが開くと、俺と由比ヶ浜以外にもそれなりに人がホームに降りていく。前の人に続いてぞろぞろ

と歩いて改札を抜け、コンコースを過ぎて駅の外に出る。駅に着いた時点で色々と演出はされているのだが、その間は俺

は黙っていた。ペデストリアンデッキにまで来たところで、俺が口を開くより先に由比ヶ浜が興奮気味に尋ねてきた。

「ねぇヒッキー、そ、それで今日はど、どっちに行くの?」


「…………ランドの方。東京ディスティニーランド」


「ほんとに?ほんとにディスティニーランドに?し、しかも……え?ヒッキーの……お、奢りなんて……」

由比ヶ浜は目を爛々と輝かせながらこちらに迫ってきたかと思えば、一歩退いてもじもじし始めた。忙しいやっちゃな、

お前は。人差し指を突き合わせながらこちらを時々チラッと見ては黙っているので俺が話を続ける。

「ここまで来て嘘つく必要もないしな。まぁ、かなり待たせてしまったし…………これがハニトーのお返しってことだ」

俺はチケットを取りだして由比ヶ浜に渡そうとする。が、すんなりと受け取ってくれない。……何故だ。

「わ、悪いことしちゃったかな、あたし…………あ、あたし……実は……」

「年間パス持ってる、とか言うんだろ?どうせ。それ使わせたらお返しにはならないし、サプライズにすることも無理

だったし…………それに日程が試験の直後だったからな。試験前からそわそわされて勉強どころじゃなくなるのも困る」

だから…………と言いかけようとしたら、由比ヶ浜はチケットを俺の手からさらってあっという間に距離をつめて、


「ヒッキーありがと~、ほんっとうにありがとう!ヒッキー大好き」


そう言って飛びかかるようにだ、抱きつかれちゃったんですけど…………あ、い、色々なものが、その……あたってるし、

いい匂いはするし、は、恥ずかしいし…………周りからの視線が…………。し、しかし肩の後ろをがっちり掴まれている

ので抵抗しようにもできないし……いや、するつもりもないんだけど…………。しばらくそのままの体勢で由比ヶ浜は

何度かありがとう、と繰り返して言うと回していた腕を離して正面で向き合う形に戻った。衝動的にやった行動のせい

なのか、今になって由比ヶ浜の頬が染まった。もう俺なんかさっきから顔が熱くてたまらないんですが。このまま黙って

見つめあっていてもしょうがないので、次の行動を促すために俺は口を開く。


「そ、それはどういたしまして…………えっと…………とりあえず入口に行って…………並ぼうか」

由比ヶ浜は声を出さずにコクリと頷く。それを見て先に俺が足を踏み出すと、片方の腕が引っ張られる。

「こ、こことか…………人多いから……ね?」

上目遣いで手をつなぐことを要求されて拒める筈もなく、俺は手の体勢を変えて由比ヶ浜の指と絡めた。ほ、ほら……

あれだ、今由比ヶ浜は手袋してるから俺の手汗を気にする必要もないしな、うん。別に問題はない。



こうして、俺と由比ヶ浜のディスティニーランドでの最初で最後のデートが始まったのだった。

今回はここまでです。次回は月曜あたりを目途に投下したいと思います

最初で最後とかやめてくれよぅ
結衣の涙見たくない、でも読まずにはいられない


本当に皆幸せになって欲しいわ

比企谷は顔は割とイケメンって設定だし他人から見たらかっこいいんだよな?

続きが気になる
早く月曜日にな~れ

できちゃった婚で新婚旅行になるとかだろ

自称だし顔立ちが整っているとしても目が腐ってるから格好良くは見えないんだろう

続きが待ち遠しい!

>>464
なるほど「由比ヶ浜」とはお別れですね

ゆいゆい可愛過ぎ微笑ま悶え死に

ヒッキーはこんな可愛くて良い子をこれ以上泣かせるようなことしたらアカンよ、マジで

この流れでさよならしたりとかしたら血の涙出るわ

目が腐ってるから夢の国に入国拒否

>>462
ヒント…目を隠すための帽子

少し急用ができたので投下は明日に回します

ウイッス

お待たせしました。続きを投下します

⑨どうやら由比ヶ浜結衣は初デートを楽しんでいるらしい。


ディスティニーランドでデートしたカップルは別れる、というジンクスがある。そんなジンクスが流布するようになった

理由として考えられるのは主に二つある。まず、その母数の多さである。ディスティニーランドは千葉を代表する、いや

日本の代表的なテーマパークといっても過言ではないが、当然のことながらそこを訪れるカップルは多い。そうなると、

その中から別れるカップルというのも必然的に数が多くなる。そして別れたカップルがその理由として押し付けるのが、

ディスティニーランドというわけだ。もちろん、そこでデートして上手くいくカップルも大勢いるのだろうが、そんな

カップルのことはそもそも話題に上ることがない。だから、別れたという話ばかりが広まってあたかもディスティニー

ランドのデートが原因であるかのようにいわれてしまうのだ。もう一つは、以前俺が由比ヶ浜に指摘した理由だ。つまり

待ち時間が長いことによって話す話題がなくなってつまらなく感じたり、イライラしたりするのが積み重なって一緒に

いる相手をも不快に感じるようになるというパターンだ。幸いにして、由比ヶ浜は修学旅行中に俺に向かってそのことを

否定してくれた。今、こうして入口で待っている間も彼女はルンルン気分といった感じだ。

しかし、結果的に由比ヶ浜が喜んでくれたのはいいものの、俺がデートの場所にここを選んだのはあまり前向きな理由

ではなかった。まず、俺と由比ヶ浜の接点の少なさが理由として挙げられる。俺と彼女では、残念ながら趣味や嗜好に

ついてかなりの隔たりがある。由比ヶ浜は付き合う相手にある程度は合わせられる性格の人間だとは思うが、あまり

そうしたことで負担をかけるのは俺としても本意ではない。したがって、興味の重なっているであろうディスティニー

絡みの場所でデートをすることに決めた。それにここなら、どちらが主導権を握ってもたぶん問題ない筈だ。由比ヶ浜は

年間パスを持っているユーザーだし、知っている場所ということで安心感もある。俺が上手くリードできなかったとして

も相補性が期待できるというわけだ。また他の理由として、仮にデートそのものが失敗に終わったとしてもその原因を

ディスティニーランドに押し付けることができるというのもある。ジンクスは当っていた、というわけだ。そこまでして

自分の責任を回避したいのか、と思われるかもしれないが本当は違う。そうやって考えでもしないとやってられない、と

いうことだ。今日の俺の行動は全て自分の責任だ。誰のせいにもできない。何故なら――――。

「ヒッキー?…………もうそろそろゲート開くみたいだよ?」

「え?ああ、そうだな」

不意に話しかけられて、生返事を返す。というか入る前に色々と訊いておかないといけないことがあるのを思い出す。

「由比ヶ浜ってアトラクションでこういうのはダメっていうのあるか?乗り物酔いするのは無理、とか」

「う~ん……お化けとかの怖い系は苦手だけどダメってわけでもないし…………それ以外は特にないかな?」

「そうか…………あとお前ってガイドツアーって使ったことある?」

「何それ?」

きょとんとした表情でそう答えられてしまった。こいつ、本当に年間パス持ちなのか?いや…………いつでも行けると

思っているからかえって効率良く回ろうという発想が出てきにくいのかもしれない。俺はスマホでサイトの画面を見せる。

「ほら、こういうのがあって…………これならあまり待たずにアトラクションにもいくつか乗れるみたいだし、お昼に

やるパレードも専用の場所で見れるらしいぞ」

「へぇ~。でも、これお金かかるんじゃないの?」

「まぁな。でも、今日はどのみち俺が出すから由比ヶ浜が気にする必要はないぞ」

「それはそうかもしれないけど…………でも、せっかくの機会だし……う~ん……わかった」

お金がかかると聞いて少し逡巡した様子を見せた由比ヶ浜であったが、普段できないことをできるというのもあって了承

してくれた。こちらとしてもそうしてくれた方がありがたい。

「じゃあガイドツアーは決定な。あと、パレードの時間から計算するとこのツアーが始まるまでしばらくは時間がある

みたいなんだ。由比ヶ浜、何かそれまでに乗っておきたいアトラクションとかあるか?」

「やっぱりパンさんの奴は乗っておきたいかも」

「なるほど。まぁ確かにアレは人気あるみたいだし、ツアーの申し込みしたらまずはそっちに行くか」

「うん!」

お昼までのだいたいの予定が決まったところで、入口のゲートが開き始める。さぁ、ここから先は夢と魔法の王国だ。

由比ヶ浜には良い夢を見てもらって、俺にも何か良い魔法がかけられるといいかな、なんて。そんなことを思いながら、

俺と彼女は手を繋いだまま中へと入っていったのだった。

ガイドツアーの申し込みを済ませた後、さっそくパンさんのバンブーハントの方へ歩きはじめる。もう目的地はわかって

いるので、今度は由比ヶ浜の方が先を進む。そしてその手はずっと繋がれたままだ。クリスマス仕様の園内を眺めつつ

歩いていくが、彼女の足取りはやけに軽い。こっちが男なのについていくのに精一杯といった感じだ。そんな歩幅の違い

に由比ヶ浜も気づいたのか、いったん手を離して足を止めてこちらに振り返る。

「……どうしたの?」

「いや…………ずっと手を握ってないといけないのかなーと思って、さ」

「い、嫌だった?もし、そうなら別に無理にとは……」

いえ、決してそんなことはないんですけどね。その……まだなんか恥ずかしいし、この流れだと屋内でも手を握ったまま

ということに……。しかし、捨て犬が元飼い主を見るような由比ヶ浜の濡れた瞳を見てそんなことを言える筈もなかった。

「や、そ、そんなことは……ないんだけどよ……まだ慣れてなくて……悪い」

「じゃあ早く慣れるためにも……ほら」

そう言って由比ヶ浜はまた俺の方に手を伸ばしてくる。まぁ、慣れるためだからね。仕方ないね。俺が彼女の手を手袋

ごしに握ったところで、再び足を踏み出す。先を行く由比ヶ浜は、こちらをチラッと見てぽつりとつぶやく。

「なんか……手を握ってないと今日のヒッキーは……勝手にどこかにいっちゃいそうな気がしたから」

一体どこからそんな発想が出てきたのか皆目見当もつかないが、俺は自分の心を見透かされているような気がして、胸が

チクリと痛んだ。悟られるのを避けるためか、俺は冗談交じりにこう答える。

「お前ん家の犬じゃあるまいし……せめてどこかにいってしまう時には先に一声かけるよ」

「そういう問題じゃないし」

「わかってるよ…………今のは冗談だ。由比ヶ浜がこうしていたいのなら、今日はずっとそれに付き合うよ」

「ほんと?」

「ほんとほんと」

俺がそう答えると、手を握ったまま由比ヶ浜はぱぁっと笑顔になった。ま、そりゃいつ自分の元を去ってもおかしくない

ような相手だしな。俺も今日くらいはこんなことを言ってみたりもするさ。

――――それにしても。

俺が由比ヶ浜と恋人同士になって、ディスティニーランドにデートに来て二人で手を繋いで歩いているというこの状況。

なんだか現実感があまりない。場所が場所だからだろうか…………まるで夢の中にでもいるみたいな気がしてしまう。

そんな感情が顔に出てしまっていたのか、由比ヶ浜に怪訝な目で見られる。

「え?あ、いや…………俺の方から告っておいてこんなこと言うのもアレなんだが、なんかまだ実感が湧かないというか」

「そう?あたしはそうでもないけど」

俺の言葉に由比ヶ浜はハッキリとした口調でそう答えた。

「そうか…………まぁ、それなら別にいいんだけどな」

「ヒッキーが……その……す、好きでもない人にわざわざこんなこと…………しないと思うし」


あぁ、なるほど。俺が普段から屑人間アピールをしてきたせいで、甲斐性のある人間みたいな行動をするとそのギャップ

にプラス補正がかかるという仕組みか。……そんなんでいいのか、自分は。それで過剰評価されるのもなんか嫌だな。

ただ、そうは言っても由比ヶ浜が今言ったことに間違いがあるわけではないので、そこは肯定しておくことにする。

「まぁ…………好きな人にしかこんなことしないのは、確かにそうだな」

「う、うん……」

“好き”という単語が俺の口からさらっと出てきたのに由比ヶ浜は一瞬驚いたような顔を見せ、次の瞬間にはまた彼女は

頬を染める。こちらまで気恥ずかしくなる前に、今度は俺の方から手を繋いで再び歩き始める。


しばらく二人とも黙ったままで中を進んでいると、後ろからまたぽそっと声がかかったので俺は少し歩を緩める。

「さっきの話の続きなんだけど……」

「お、おう……」

「あ、あたしに先に告白したのも…………そういうことなんでしょ?その……ちゃんと恋人同士になってから……ここに

入りたかったっていうか……」

「それは違うな。なんか…………そんなまともな理由じゃない」

俺の返答が意外だったのか、由比ヶ浜は一度その歩みを中断した。自然と自分の足も止まり、後ろに向きを変える。

「えっと……今になってこんなこと言うのは……逆に由比ヶ浜のこと信じきれてないみたいで言うのが少しはばかられる

ような気もするが…………告白とデートの件は切り離しておきたかったというか」

「切り離す?」

「そう。可能性の話として、俺が告白して拒否されるということだって充分考えられた。だからむしろ、成功率を上げる

ならここで告白した方が良かったのかもしれない」

「じゃあなんでそうしなかったの?」

由比ヶ浜は俺の案を聞いて納得しかけたが、実際はそうしなかったことについて顔にはてなを浮かべた。

「俺は……ただ、純粋に由比ヶ浜の気持ちがききたかっただけだから。だから、デートの場所とかで左右されるような

ことはしたくなかったんだよ。それに、あの時点なら後腐れなく断ることもできただろうし」

「やっぱりヒッキーはヒッキーだ……」

由比ヶ浜は少し肩をすくめてそうつぶやいた。その言葉は褒めているわけでも貶しているわけでもなく、ただ俺の有り様

について素直に感じたことを口にしただけのことだったのだと思う。でも、そのことが俺にとっては何故かとても嬉しく

感じられた。俺の表情が緩んだのを見て、由比ヶ浜はふふっと笑った。そして、こう言う。

「とりあえずそれはわかったけど…………じゃあ、何か……その……恋人になった実感が湧くことしない?」

「えっ?」

彼女の唐突な言葉に俺の声は裏返ってしまった。瞬間的に何かイケナイ妄想が頭の中で広がった気がしたが、そんなもの

はすぐに投げ捨てる。男ってほんとバカ。俺の頭の中など知る由もなく、由比ヶ浜は目を逸らし気味にこう続ける。

「た、例えば、さ…………名前……で、呼んでみるとか」

あぁ、そういう…………以前も自分にあだ名をつけてほしいと言っていたあたり、彼女は人の呼び方に色々とこだわりが

あるのはなんとなく伺える。普段の俺なら絶対に断っているところだが、まぁ今日のところは致し方ないか。


「わかったよ……結衣」


「ぅえ!?」

「ぅおう……急に大声出すからビックリしたぞ、おい」

「だ、だって…………ヒ、ヒッキーが……そんな……素直に……」

結衣は驚きながら照れるという器用なことをした。まぁそういう色々な表情を見たいから呼んでみたのも否定できないが。

しかし何もそこまで驚かなくても…………。俺の顔が少し曇ったのを見てすかさずフォローに入る。

「あ、いや、ごめん……少し驚いただけだし……うん…………ありがと」

「それはどういたしまして」

「ねぇ…………これからは、その……二人の時は……そう呼んで……くれる?」

「……わかった」

二度目の承諾にはもう驚きの顔を見せることもなく、彼女はこちらからは少し視線を外して頬に手をあててえへへと

はにかんでいた。俺の方は今になって恥ずかしくなってきたのか指で頭を掻いてしまう。結衣は満足げな表情を浮かべた

後で、俺の正面に向き直る。そして上目遣いでこう尋ねてきた。

「あ、あたしも…………そうした方が……いいのかな?」

「……何が」

「な、名前で呼ぶの……」

由比ヶ浜に名前で呼ばれるのを想像して、それも悪くはないと思ったがそれだと他の人間とかぶるんだよな…………。

「由比ヶ……結衣、は……そのままでいいと思うぞ。俺のことそうやって呼ぶのはお前だけなんだし」

「そ……そっか。うん……わかった、ヒッキー」

「ああ……」

呼び方談義が終了したところで、また二人で手を繋いで歩き出す。しばらくして、目的のアトラクションの入口が見えて

きて結衣のテンションも上がってきた。最後の方はほぼ走るようにして辿り着くと、もう結構な人の行列ができていた。

「人気アトラクションは開園直後でもこんななのか……」

「う~ん…………でも今は空いてる方だから、もう普通に並んじゃおうよ。たぶんその方が早いと思うし」

「そ、そうか」

彼女に促されるままに、列の後ろに並ぶ。しかし、これでも空いている方なのか……さっき待ち時間を見たら一時間近く

あったような気がするんだが。まぁ、とりあえず午前はこれ以外はガイドツアー使うんだし間が持たないという心配は

あまりしなくてもいいのかしら。一応暇つぶしグッズもいくつか持ってきてはいるし、たぶん大丈夫だろう。


その後、しばらくは適当にパンさんの話だとかディスティニー作品の話だとかを結衣としながら列を進む。とはいっても

雪ノ下じゃあるまいし、そう何十分も話し続けられるものでもない。時々沈黙が訪れることは何度かあった。ただ、結衣

もさすがにそういう沈黙も奉仕部で慣れていたのか、特に気まずい空気になることもなくお互いの時間を過ごす。幾度か

の沈黙の後で不意に結衣がこんなことを尋ねてくる。少し手を握る力が強くなったような気がした。

「ねぇ、ヒッキーは……その……あたしの……ど、どこが……好きになったの?」

「えっ!?」

まさかこんな列に並んでいる最中にのろけ話を要求されるとは思っていなかったので、俺は思わず彼女の顔を見る。俺の

反応を見て自分の言ったことの意味を自覚したのかポッと赤くなった。いや…………言いだしっぺに照れられても困るん

ですけど…………。

「ま、まぁ……ここで言うのもアレだし…………乗り終わってから、な。そういうのは」

「ご、ごめん……あ、あたし…………周り見えてなかったみたいで」

あれ?それって今は俺以外は眼中になかったってこと?結衣の言葉の言外の意味に気づいてしまった自分は、思わず頬を

手で撫で付ける。その仕草を見て結衣は目を逸らした。おい、こいつまた無自覚にそういうことを…………。

こんなやり取りをしていて話が続くわけもなく、二人ともうつむき加減になって列を進むほかなかった。う、嬉しいこと

は嬉しいんだけどね、まぁ…………。


しばらくして屋内に入ってますます熱くなってきたので、俺と結衣は来ていたコートを脱ぐ。上着を着ている間は特に

何も感じなかったが、セーター姿の彼女には自然と目が吸い寄せられてしまう。ほら、その……結構セーターって体の線

が出るでしょ?それで…………。クソッ、万乳引力の法則はここでも健在なのか!目が泳いでいるのを悟られまいとして、

俺は視線を反対側に頑張って向ける。幸いにも結衣もこちらを向いていたわけではなかったのでここは何事もなく済んだ。

それからまた十数分が過ぎ、ようやくアトラクションに乗る場所に到達した。営業スマイルなんて月並みな表現をはるか

に超越したキャストの笑顔に戦慄を覚えつつ、案内に従って俺たちはライドに乗り込む。このライドにはレールも車輪も

見えないのだが、調べてみるとどうやら電磁誘導で決められたコースを動かしているらしい。夢を売るのにもまた技術は

必要なのである。というか、そもそもディスティニーランドをアメリカで最初につくった人が鉄道マニアだったとか。

それで、園内に電車だのモノレールだの走っているのね。そんなことを思い出しているとライドが進みだした。


実際にアトラクションが始まるとそこからはあっという間に時間が過ぎてしまった。一応設定とかストーリー的なものは

あるんだろうが、ライドが回転して結衣と体が触れるのが気になってそれどころではなかった。なんか夢の中って設定

だったとは思うが、まるで途中からヤク中の頭の中でも見てるような気分だった。しかしまぁ、本日の主役である結衣は

満足げな表情で「面白かったね」と小学生並みの感想を何度かつぶやいていたので、これはこれで良しとしよう。

待ち時間で結構時間を使ってしまったので、今からガイドツアーのスタート地点に戻るにはちょうどいい頃合いになって

いた。そのため、他のアトラクションには乗らずに再び歩き出す。しばらくすると、結衣がさっきの話を蒸し返してくる。

「ヒッキー……それで……さっきの話の……答えは?」

「答えって?」

彼女の質問の意図はわかりきっていたが、俺はわざととぼけたふりをしてみた。すると、結衣は少し膨れ顔をしてから、

「も~……わかってるくせに…………だから、その……あたしの……す、好きなところ」

だんだん声が小さくなりながらそう言った。まぁ、単に俺がその質問を言わせたかっただけなのかもしれない。これ以上、

誤魔化しようも何もないので俺はなるべく平静を装いながらさらっと答えることにする。

「優しいところ、かな?」

「な、なんかそれって今適当に考えたみたいな感じ、するんですけど……」


再び不機嫌な様子になる結衣。まぁ「優しい」って言葉は社交辞令的にもよく使われるし、彼女がそう思うのも無理は

ない。というか、わざとそういうことを答えてみた。でも、この返答は決していい加減な意味ではない。

「それは違うぞ、由比ヶ……結衣。お前は基本的に八方美人で、その……みんなに対して優しいんだが……でも、それは

……どっちつかずってわけでもない。いざという時には選ぶこともできる強い優しさだ」

「……選ぶ?」

結衣はまだ何やら納得できていないような表情をする。というか、俺の言いたいことがイマイチ伝わってないような感じ。

俺はもっとわかりやすく説明するために、ある例を挙げることにする。

「まだお前が奉仕部に入って間もない時に、三浦や葉山とテニス勝負になったことがあっただろ?」

「う、うん……」

「正直なところ、三浦に悪く思われないようにするためだったら別にお前が無理に勝負に参加する必要もなかったと思う」

「そ、そうかな…………で、でもその時はもうあたしも奉仕部に入ってたわけだし……」

「そうだな。でも……それで筋を通せる人間もまた、なかなかいないと思うんだよ……俺は。わざわざ三浦に嫌われると

いうリスクを冒してまで、さ」

結衣は思い出話を聴いて、理解してくれたような雰囲気にはなったが、何故か少し申し訳ないような顔をする。

「そ、そんなんじゃないと思うけど…………あたしはたぶん…………ゆきのんにもヒッキーにも嫌われたくなかっただけ

だと思う。だから、リスクを冒して選ぶとか……そんな大げさな……」

「俺は大げさだとは思わない。結衣が…………この俺を恋人に選んだって時点でな」

「そ、そうなのかな……」

「……そうなんだよ」

結衣は基本的には”みんな”とうまくやっていける人間で、彼女自身が大切だと思える人の数もまた多い筈だ。だからこそ、

人から嫌われる恐怖は増すし、そう考えて身動きが取れなくなることだってあるだろう。現にそういう状況になっていた

奴を俺は見ていたわけで。そういう、誰とでも仲良くできる人間が恋人として俺のような人間を選んだ。その選択の意味

がとてつもなく重いことを、彼女はまだ自覚していない。はじめから周りの人間を全部切り捨てているような俺や雪ノ下

が誰かを選ぶのとはわけが違う。ぼっちが自分に好意を寄せてきた人を――まぁ、それも今までは勘違いだったわけだが

――好きになるのとは全く意味合いが異なるのだ。彼女の場合、別に恋人が俺でなくても大抵の人間とはたぶんそれなり

に付き合えただろうと思う。おまけに結衣はモテるから好意を寄せてくる人間も多いわけで、選択肢は多い。なのに、

それにも関わらず――――。


「…………どうしたの?ヒッキー。黙り込んじゃって」

俺が勝手に思索を始めてしまったせいで、結衣は心配そうにこちらを覗き込んできた。

「いや、なんでもない…………まぁ、とにかく結衣が俺のことを好きになってくれたのは…………本当にありがたい話

ってことだよ」

「あ、あたしも…………そう思ってるよ」

不意に発せられた彼女の言葉に、なんだかまた顔が熱くなるのを感じる。俺はポットか何かかよ。照れるのを誤魔化す

ために、今度は俺が質問を投げかける。

「そういうお前はどうなんだよ…………一体俺の……どこが、その……好きに……」

「カッコ悪いところ」

自分から先に訊いてきた手前、その返答はもう準備してあったようで満面の笑みで彼女はそう言った。なんだその答えは

…………リアクションに困るんだが。俺が眉間にしわを寄せていると、結衣の笑みが穏やかなものに変わる。



「ヒッキーはね…………人からどう思われるかとか全然気にしないし、カッコつけたりしないんだけど…………。でもね、

そんなことは関係なく人を助けちゃうところが…………あたしは好き」



「そ、そうか……」

その一言だけを発して俺は思わず彼女から背を向ける。この瞬間にこれ以上たたみ掛けられたら、たぶん俺の涙腺が崩壊

してしまうから。さすがにこんなところで泣くのは、その…………カッコ悪いし。

「ヒッキー?…………あ、あたし何か……気に障るようなこと……言っちゃったかな?もし、そうなら……」

後ろから結衣の声が小さく聞こえてきて、その間に俺は空を向いてどうにか感情があふれ出すのを堪えきった。上げた顔

を戻して俺は結衣の方に向き直る。胸の前で手を握って心配そうな表情を浮かべる彼女を見て、俺はこう告げる。

「気に障ってなんかいない。むしろ…………嬉しかったぞ、俺は。ただ、お前は俺のことを少し誤解しているようだ」

「……どういうこと?」

安堵から疑問の顔に変わった結衣を見ながら、俺は話を続ける。

「俺にだって…………カッコつけたい時くらいあるってことだよ。実は、俺がさっきそっぽ向いたのは……嬉しくて泣き

そうになったからだったりする」

「え~?そうなの?でも、それを言っちゃうのがヒッキーらしいというか……それに……いいじゃん、別に泣いても」

目を見開いて驚いた様子を見せた後、あきれたのかと思えば今度は照れ出した。まぁ、よくこんな瞬間瞬間で表情を

変えられるものだと何故か感心してしまう自分がいた。

「いや、さすがにこんなところで…………それに……今日くらいはカッコつけたいかな、なんて」

こんな公衆の面前で泣くのはさすがにはばかられるし、たぶん結衣の前で涙を流す時はいずれ来るのだ。だから、その時

まではどうにか…………。

「ふぅん?…………まぁ、ヒッキーがいいならそれでいいけど」


俺の言葉に何か含みがあるのを読みとったのか、結衣はそれ以上追及してくることはなかった。話が一段落したところで、

また二人は歩き出す。もちろん、互いの手はしっかりと握られたままで。

ストーリー的にはあまり進んでいませんが、今回はここまでです。次回は金・土あたりを目途に

ウィー!!!!!!!ウィー!!!!!!!!!

なんだこいつは…

胃が痛くなる

なんか不穏な空気だぞおい

甘いけどこの不安はなに?

上手いこと書くなあ

不安すぎる…

もうこのままずっと二人でイチャイチャしてればそれでいいじゃないか……いいじゃないか……

キリのいいところまで書いてしまったので続きを投下します

それから昼過ぎまでは、ガイドツアーに参加することにほぼ時間を費やした。結果的にこの選択は正解だったように

思う。アトラクションに乗るまでの間はキャストの人が話しながら案内してくれるので、二人きりで喋っていて話題に

困るみたいな事態にはならずに済んだ。待ち時間も少なめで定番のアトラクションに三つも乗れたし、時間効率的な面

からも良かった。それと、副産物的な効果として結衣がこれ以上ベタベタしてくるようなこともなく、俺が恥ずかしい

思いをしなくて済んだというのもある。まぁ、見てる方が恥ずかしいんだよね…………ああいうのって。一緒にガイド

ツアーに参加していたカップルの一組は俺たちよりも周囲の目を気にしないタイプの人たちだった。しかしまぁ……俺も

だいぶ変わってしまったものだとしみじみ思う。以前の俺だったら絶対に「リア充爆発しろ」などと心の中で思っていた

筈だ。それが今や…………確かに過剰にイチャイチャしているカップルは気になりはするが、それが羨ましいとか全く

思わないし、それより何よりも今は結衣のこと以外は割とどうでもいいと感じている自分がいる。だから、ガイドツアー

が終わって思い出すのもアトラクションやパレードの感想というよりは、結衣と話したことだったり、ちょっとした仕草

だったり、表情の豊かさとかだったりする。下の名前で呼ばれ慣れるまでは、いちいちピクッと反応するのが小動物的で

可愛いとか、パレード中にキャラクターたちに全力で手を振って楽しんでいる様子とか――――。

俺がベンチに座ってそんなことを考えていると、手にチュロスを持った結衣がこちらにやってくるのが見える。トイレ

って言っていた筈なのに、何故そんなものを持っているのでしょうか。

「おいおい…………まだ食べるつもりなのかよ」

「ダ、ダメ?」

「いや……なんでもない」

別にダメじゃないけどさぁ…………どうせまた先に結衣が半分食べてからこっちに渡すパターンでしょ、これは。ガイド

ツアーが終わった後、結衣が方々でポップコーンだのホットドッグだのを勝手に買って食べるので、昼食はそんな感じで

済ませることになってしまった。まぁ、いいんだけどね。当の本人は実に美味しそうに頬張っていたから。それに、彼女

が先に口をつけたものを食べるという行為を今さらそんな気にする必要もないのだ、本来なら。もう恋人同士なんだし。

そんなことを思いながら、横目でチュロスを食べている結衣を見ているとこちらとふと目が合った。

「ヒッキーにもあげる」

案の定、半分くらいの長さになったチュロスをこっちに差し出してきた。

「俺ももう結構お腹いっぱいなんだけどな……」

「まぁまぁ、そんな遠慮しないで」

ほらほら、と言いながら結衣はニコニコしながら半ば強引に俺の手にチュロスを収めてしまう。その笑顔に俺が勝てる筈

もなく、仕方なく食べかけのそれをかじり始める。すると、

「またヒッキーと間接キス、しちゃったね」

「!……ぶふぉ、ごほっ……うっ……」

「ヒ、ヒッキー!?大丈夫?」

俺が盛大にむせてしまったのに驚いて、結衣が背中をさする。それはありがたいのだが、こうなった原因は…………。

少し落ち着いたところで、俺はチュロスを持ったまま不機嫌そうに彼女の方に顔を向ける。

「お前な……」

「あっ!」

「今度はなんだよ」

「今こっち見た時にチュロスのチョコが口の横に…………」

意地悪をされて、なんだか仕返しがしたい気分だったので何を血迷ったのか俺はこんなことを口走ってしまう。

「じゃあ、結衣が拭いてくれよ」

そう言えば、結衣は少し照れながら紙ナプキンで唇の横についたチョコを拭いてくれる…………みたいなことを俺は想像

していたのだが。次の瞬間、結衣は俺の頬に指を滑らせる。そして、

ペロッ

という音こそ聞こえなかったものの、そんな感じで結衣はその指を自分の口に入れてチョコを舐め取ってしまった。

「……」

俺が絶句したまま硬直していると、結衣は頬を紅潮させてささやくようにこう言う。

「ふ、拭いたよ……」

こいつ…………。ガイドツアー終わって二人きりになってから、またスキンシップのリミッターが外れかかっている気が

するぞ。こんな調子ではスピード違反で捕まってしまうな、俺が。ここで感情的になると互いにさらにドツボに嵌るのは

確実なので、理性的な、即物的な対応をどうにか模索する。

「いや……拭けてねーから。指で完全に取れるわけないし、お前もその指これで拭いとけよ」

そう言ってから俺は投げるようにして紙ナプキンを結衣に渡す。結衣はそれを両手で受け取ると、俺のそっけない態度に

不満なのかむすっとした顔になった。

「そんな……怒るみたいな言い方……しなくても……」

「お前が俺に期待した通りのリアクションをすれば、ますますエスカレートしかねないからな。時と場所をわきまえろよ」

「……ふぅん?」

俺の返答に、何故か結衣は不満顔から一転してその目に笑みを浮かべる。そして、口角を上げながら、

「じゃあ、時と場所をわきまえればそういうことしても…………いいんだよね?」

「わ、わきまえれば、の話だぞ…………さっきのはわきまえてるとは言わない」

「なら……ヒッキーが教えてよ…………いつだったらそういうことしてもいいのか。あたしわかんないから」

ねだるようにこちらに顔を近づけながら、結衣はそう言った。チュロスがお前の顔につきそうだからいったん離れてくれ、

頼む。というか、なんだこの状況は。もともと結衣の行動を抑えるために言った筈なのに、いつの間にか俺の方からそう

いう行為をしなければいけないことになっているぞ?こういうところが本当に結衣は怖い。ああ、この怖いはまんじゅう

怖い的な意味じゃないですよ、ほんとですよ。俺は顔がこれ以上近づかないように引っ込めてなんとか答えを絞り出す。

「わ、わかったから……」


その言葉に一応結衣は満足したのか、体勢を元に戻して正面に向き直った。それにしても、まだこれ初日なんだよな。

俺と結衣が恋人同士になって。少し飛ばし過ぎなんじゃないだろうか。というより、焦り?まさか…………な。それと、

今の結衣の態度を見ていて俺は心配の種がまたひとつ増えてしまう。

「あ、あのさ…………今は二人きりだから、俺もそんなにとやかくは言わないが学校とかでは……」

「わかってる。今までどおりに接してほしいってことでしょ?」

「わかってるなら……別にいいんだけどよ」

理解しているのなら、それでいい。むしろ、今日の結衣の態度は普段抑えていたものの反動って見方もできなくもないか。

もしそうであるのならば、今日は結衣の好きにさせたほうが良いのかもしれない。もともとそういうつもりだったのだし。

俺と結衣が学校内での互いの立場は気にしないとはいっても、それがそのまま二人の関係を大っぴらにするってことに

直結するわけでもない。そのことは知っている人が知っているだけでいい。もっとも、そんな事態が訪れることになるの

かどうかさえ今の俺にはわからないのではあるが。まぁ、あまり先の心配をしても今の俺には意味がない。それからは、

俺は黙ったままチュロスの残りを片づけることにした。


間食のような昼食を済ませてベンチから立ち上がろうとすると、まだ座っていた結衣が俺の服の裾を引っ張ってきた。

「……どうした?」

「あ、あのねヒッキー……今まであたしも忘れてたし、ちょっと言い出しづらかったんだけど……」

裾を引っ張ったまま迷子の子供みたいな瞳でこちらを見つめてきた。……なんかマズいことでもしたのかな?俺。いや、

“忘れてた”ってことは何かをしていない…………はて。俺が首を傾けると、結衣がその先を続ける。

「写真…………まだ一枚も……撮ってない」

「あ……」

思わず開いた口から間抜けな声が出てしまった。なんという失態。…………やっぱり慣れないことはするもんじゃないね。

普段、他人と遊びに出かける習慣はないし、出先で写真を撮る習慣もない。だから、ここに来てもそんなことはまったく

考えていなかった。まぁ、初デートで浮かれていたというのもあるのだが。しかし、よく考えてみると園内でカメラを手

に持っている人は見かけた筈だし、何よりあのガイドツアー中も例のベタベタカップルが写真を撮っていたではないか。

…………なんで気がつかなかったんだろう。


「悪い……あんまりそういう習慣、なくてさ……」

俺は自身の至らなさに申し訳なくなって、顔を逸らして頭を掻いてしまう。そんな様子を見て、結衣は手を横に振る。

「い、いいよいいよ。別に……あたしが気づいてすぐ言わなかったのも悪いんだし……」

「結衣はいつから気づいてたんだ?」

「ガイドツアーの時にカップルの人たちが撮ってたでしょ?それで…………でもヒッキーは嫌なのかな、と思って」

「……なんで?」

そもそも写真を撮ること自体を失念していたのに、写真を撮るのを嫌がるような行動でもしていたのだろうか、俺は。

「だってその時のヒッキー……そのカップルを睨んでたというか、怖い目で見てたというか……」

…………あぁ、なるほど。そういうことか。

「いや……たぶんそれは人目を全然気にしないでイチャイチャしていたのに嫌悪感があっただけだ。写真は関係ない」

「そうだったんだ…………良かった」

俺の答えにほっとした様子で結衣は胸をなで下ろした。そもそも、もし結衣の思っていたことが本当なら修学旅行の時

だって断っていた筈であって。ただ、彼女の考えがまるっきりあてはまらないかというとそうでもない。

「まぁ、とはいえ俺が写真を撮る習慣がないのは…………」

そう言いかけて途中でやめる。今さら過去に写真がらみで嫌な思いをしたとか、そんなこと喋ってもしょうがないのに

ついいつもの癖で言葉が出てしまう。俺が急に黙ったので、結衣がはて?とこちらを見やる。

「……なんでもない。確かにこういう場所で写真を撮るのも楽しみのひとつではあるよな。特にお前の場合なんかだと

写真に撮られ慣れてるみたいだし、可愛く写るだろうからいいよな」

「可愛く……あ、うん…………ありがと」


自虐ネタではなく彼女を持ちあげるという方向にどうにか軌道修正できた。結衣も不意を突かれてさっきまでの気分を

どこかにやってしまえたようで、少し上気した顔がなんとも可愛らしくて思わず写真に収めたいと思ってしまった。

「俺も今はスマホしか持ってないから道具は仕方ないが…………まだ、キャラクターと一緒にも撮ってないからこれから

ニッキーマウスの家に行くっていうのはどうだ?そこなら確実に撮影できる筈だし」

「うん……じゃあ、そうしよう」

うつむき加減のままで結衣も立ち上がり、また手を繋いで二人は進みだしたのだった。

「結衣はパンさんだけじゃなくてニッキーも好きなのか?」

無事に写真撮影を済ませた後、スマホで撮ったニッキーと彼女の記念写真を見ながら俺はなんとなく訊いてみる。

「好きだけど?なんで?」

そんなことはさも当然であるかのような口調で結衣はこちらに問い返してきた。

「いや、あまりにも嬉しそうに写ってるもんだから…………」

「そうかな?うーん…………ヒッキーが撮ってくれたからかな?」

「そんなこと言ってみても、何も出ないぞ」

「あたしは思ってることをただ口にしただけだよ?」

「……」


もうなんか今日はずっとこんな調子である。俺はプラスの感情の応酬には慣れていないので、あまり会話が長く続かない。

俺の方が褒めても、向こうが照れて黙ってしまうし。まぁ、ありがたいことではあるんだが…………。

「ねぇ、ヒッキー」

「……何だ?」

「もっとこう…………別にいつも通りでもいいっていうか…………」

俺が自らに会話の内容に制限を課していることは彼女にはバレバレなのであった。自虐ネタと過度に現実的な、悲観的な

ことを言うのはなるべく避けていたのだが。

「いや、ほら……こんなところで、その……あまり夢を壊すようなことを言うのもアレかな、と思ってさ」

「大丈夫。別にあたし、ヒッキーに夢とか見てないから」

「それ、俺は喜ぶべきなのか悲しむべきなのか、困る言葉だな…………」

俺が口を歪ませていると、並んで歩いていた結衣がこちらの前方に回り込んできて正面から見つめてくる。

「あたしは夢見てないけど、でも……ヒッキーが見せようとして気、遣ってくれたのはすごく嬉しいと思ってるよ」

「そ、それは…………どうしたしまして」

俺は顔を逸らして頬を掻きながらそう答えるのがやっとだった。結衣は猫なで声でこうたたみかける。

「でも、ヒッキーが思ってることそのまま聞かせてくれるのもあたしは嬉しいかな?」

「そ、そうですか……」

「うん、そうだ」

結衣は俺の返答に満足したのか頷きながらそう言って、また俺の手をひいて歩き始めた。

「まぁ、大した話じゃないんだけどな……」

「うん」

「俺は別にニッキー自体は特に好きでも嫌いでもないんだが…………キャラクターの成り立ちの話を考えると、素直に

好きにはなれないというか」

「成り立ち?」

首をかしげる結衣。

「これも噂の範疇を出るものではないが……このキャラクターのデザイナーはわざと人間に嫌われがちなネズミという

動物を選んだらしい」

「ふ~ん…………何で?」

「何でネズミだったのかまではよく知らないが……まぁ、嫌われ者ということで何か思うところがあったんだろうよ。

それで、もっと誰からも愛されるような存在になってほしいということで目や耳を大きくしたりとかして、みんながよく

知るニッキーマウスの誕生と相成ったわけだ」

「…………なるほどね」

そこまで話を聴いて、結衣は何か含みのある笑みを浮かべた。もうオチがわかったとかそんな感じか?彼女はまたこちら

の目をじっと見つめてこんなことを言う。


「ヒッキーは別にヒッキーマウスにならなくても…………あたしは好きだよ。だから、安心して?」

「あ…………うん……」

もうなんか俺が予想していた反応の三歩先くらいのことを言われ、とっさに返す言葉が思いつかなかった。まず、ネズミ

本人が人間に愛される存在になりたいと思ったわけではないということ。次に、姿かたちを変えたそれはもはやネズミと

呼べるような存在とはいえなくなってしまったということ。そして、ネズミそのものが愛されるようになったわけでは

ないということ。それらを踏まえた上で、結衣は俺に「そのままでいい」という趣旨のことを言った。一体どうなって

いるんだ、彼女の頭の中は。これじゃあとてもじゃないがこれから先、アホとか言えなくなっちまうだろうが。いや、

まぁそれはともかくとして。


「とは言っても、可愛いのもある意味生存戦略だからある程度は致し方ないとも思うけどな」

「生存戦略?」

生存戦略、しましょうか。俺のピングドラムはどこにあるんですかね?いや、もう場所はわかっているんだ。問題なのは、

その方法。俺だけで完結していても意味はない。

「例えばそうだな…………結衣は犬が好きだけど、その中でも特に犬の赤ちゃんって可愛いと思わないか?」

「うんうん、そうだね~。テレビとかでやってるとつい見ちゃうし」

「でもそれは、別に人間を癒すためにそんな見た目をしてるわけじゃない。もっとシビアな理由があるんだよ」

犬の赤ちゃんの話をされてにへらっと間抜け顔になっていた結衣の表情が少し曇った。悪いな、こんな話しかできなくて。

「犬に限らず、哺乳類というのは総じて子育てに時間がかかる。親が子に構う時間が長いってことだな」

「えっ……じゃあ……」

「そう。親に愛されるために犬とかの赤ちゃんは可愛いってことになるな。外部からの攻撃を避けるためでもあるが」

答えを言うと結衣は完全にうつむいてしまった。いかんな…………ここはちょっとからかって乗り切ることにするか。

「だから、俺は結衣にはなるべく冷たくあたることにする」

「あたし、赤ちゃんじゃないんですけど……」

むすっとした表情で俺の方を見てきた。もうそこに悲しげな顔はなかった。

「赤ちゃんであろうがそうでなかろうが、可愛い存在ってことには変わりはないだろ。だからお前の場合、絶対甘やか

されてるって。間違いない。最近じゃ、あの雪ノ下でさえお前には甘いしな」

「そ、そんなことないよ……」

と、口では否定しつつも妙に嬉しそうなのがまたなんとも可愛らしくて憎いくらいだ。だから、また憎まれ口でも叩こう

と思ったら先に結衣が口を開く。

「でも、ヒッキーがそんなこと言うのもあたしのことちゃんと考えてくれてるからなんでしょ?」

「えっ?ま、まぁ…………」

なんかやりづれぇ……。俺のネガティブエネルギーは彼女に吸収されてポジティブに返されてしまった。結衣が魔法少女

だったらグリーフシードなしでもソウルジェム浄化できそう。俺の反応を見て笑みを浮かべ、彼女はまた足を踏み出した。

その後、また別のアトラクションに乗り、次にシンデレラの城の中にあるガラス工芸の店に行き、名前入りのグラスを

ねだられるが恥ずかしいといってそれを断り、また他のアトラクションに乗って――――。

道を歩く人やその脇に植えてある樹木、アトラクションの構造物から影が伸び始め、その角度がキツくなる頃には俺の体

も相当キツくなってしまっていた。普段遊び慣れていないことや、ここ数日の準備の疲労、前日の睡眠不足がたたって

彼女よりも早く疲れてしまった。今の自分はワールドバザー内のカフェで一人で夕日を見ながらコーヒーを飲んでいる

という体たらくである。常識的に考えればデートのホストとしてあるまじき行動だが、何やら結衣は一人で買いたい物が

あるそうで約一時間は別行動ということになってしまった。お土産を買うにしては早すぎるのではないかという指摘を

したが、遅くなると混むからという理由でこの時間になったようだ。買った物はコインロッカーに預ければいいという

ことらしい。紅くなった空を屋内から眺めながら、今はただ時間が流れるのを感じているだけであった。


しばらくして少しは体の調子も回復し、目も冴えてきたので俺もカフェを出て少しショップを見て回ることにした。小町

へのお土産も買わないといけないことだしな。お菓子などを売っている店で適当なものを見繕って買っていると、不意に

後ろから声がかかる。


「やっはろー。ヒッキーもここにいたんだ」

そこには手に袋をいくつも提げた結衣の姿があった。

「ん?ああ、結衣も買い物か…………なんか、多くないか?」

俺はあいている方の掌を上にして手招きをするが、彼女は微笑を浮かべたまま「ん?」と小首をかしげる。あまり直接的

に言うと遠慮されると思ったのでこんなジェスチャーをしてみたが、どうやら伝わらなかった模様。

「ひとつかふたつなら、俺が持つぞ」

「え!?あ、いいよいいよ。ずっと持ってるわけでもないし」

「そ、そうか……?」

何故か結衣の声は大きくなって、首を激しく振って断られてしまった。何もそんなに強く拒否しなくてもいいのに……。

俺の表情が曇ったのに気付いたのか、彼女は慌てて言葉を繋げる。

「あ、いや、別に嫌とかそういうことではなくて…………ちょっとこれは自分で持っていたいっていうか……」

「……わかったよ」

ふむ。まぁ、確かに気持ちはわからんでもない。何か他人には預けたくない大切なものでもその袋の中には入っているの

だろう。それがなんなのか、まったく気にならないかといえば…………それもまた嘘になるんだろうけど。これ以上追及

されるのを避けたかったのか、先に結衣が口を開いた。

「待ち合わせの時間より少し早いけど……ヒッキーはまだ、買い物する?」

「いや、俺の方はもう必要なものは買ったからな。結衣の方こそどうなんだ?」

「あ、あたしも一通り見て回れたから、とりあえず今はいいかな…………」

「そうか…………じゃあ、いったん荷物を預けにいくか」

「うん」

結衣の方が荷物が多いので、俺はゆっくりめのペースで足を進め始めた。

コインロッカーに買ったものを一度入れた後、結衣と買い物前に別れる時に話をしてあらかじめ優先席権を取っておいた

レストランに向かう。彼女も行ったことがないという店だったのでちょうど良かった。


そのレストランに入る頃には、もうすっかり日も落ちていて入口にいるキャストの人も「こんばんは」と挨拶をしていた。

しかし、どうやらここに限っては一日中その挨拶をしているらしい。設定としてこのレストランの中は”ずっと夜”という

演出とのことだ。確かに中に入っても結構薄暗い雰囲気で、結衣も感心した様子で「へー」とか「ほー」とか思わず声に

出てしまっていたくらいだ。少し待ってから二人席に案内されるが、ラッキーなことに水辺側の方に通される。二人とも

席に着いたところで、結衣が水辺の方を指さしてはしゃぐようにこう言う。

「ねぇねぇ、ヒッキー舟だよ、舟!」

「俺は舟じゃねぇ……」

「へぇ~、ここってアトラクションの舟が見えるようになってるんだ。面白いね。ヒッキーは知ってたの?」

「まぁ、一応はな。でもこっち側の席に案内されるかわからなかったから、あえて言わなかったんだよ」

「ふ~ん……なるほどね」

何がなるほどなのかよくわからないが、なんかニコニコしながらこちらを見ているのでとりあえずは良しとしよう。

俺が少しウンザリするほど結衣が「美味しい」を連発していた夕食も終わりを告げ、いよいよ今日の最後の予定となる

夜のパレードを見るため、俺たちは場所取りに向かっていた。事前に調べておいたところに近づくにつれて、人の数も

増えてきているような気がする。先に何も言ってなかったせいか、結衣が不安そうな顔になってこう言う。

「ね、ねぇ……この近くで見るの?もうベンチとか埋まっちゃってるみたいだけど……」

「さすがに今日はレジャーシート持ってきてるから、そう心配すんな」

「あっ……そっか……そうだよね」

いつぞやの花火大会の時と同じ轍は踏むまい。少しほっとした様子になった結衣を見て俺も一安心といったところだ。

お目当ての場所に到着して俺は周囲を見渡す。事前の情報通り、ここからなら城も見えるしパレードコースのカーブ地点

にあたるからフロートもよく見える筈だ。しばらくして、キャストの人が合図をして場所取りOKとなるやいなや周囲の

人たちもシートなどを広げ始める。自分たちもそれに合わせてシートを出して無事準備完了した。しかしそうはいっても

まだパレードが始まるまで一時間近くもある。今日はこの季節の割には気温も高く比較的風も穏やかだったが、さすがに

場所が場所だけに夜は冷える。しかもじっと座ったままなので、体が温まるということもない。そのせいか、さっきから

やたらと結衣に手をさすられる。

「……寒いのか?」

「え?だ、大丈夫大丈夫」

結衣は慌てて首を振るが、手の動きはそのままだ。俺は彼女の手を握り返す。

「じゃあ、この手はなんだ?」

「……」

「そう無理すんなって。君には良いものをあげよう。さぁ、手を出したまえ」


「何今の口調……もしかして平塚先生の真似?あんまり似てないし」

結衣があきれ混じりに笑っている間に、俺は鞄からあるものを取りだして彼女の掌にそれを置く。

「貼るのも貼らないのもあるから好きに使え」

「あっカイロか!ありがとうヒッキー」

パッと結衣の表情が明るくなって何故かこちらまで体が温まるような感じがした。

「ちょっと貼るやつ使いたいから…………しばらく席離れても大丈夫かな?」

「え?ああ、そういうことか。まぁ、そのためのシートだからな。俺はここで待ってるから」

「うん!じゃあヒッキー待っててね」

俺がそう答えると、結衣はおもむろに立ち上がり小さく手を振ってから鼻歌交じりに雑踏の中に入っていく。その後ろ姿

が小さくなるにつれて急に自分の体に冷えが襲ってくるような気がした。だ、大丈夫さ。まだ他にも防寒用具はある。

…………そういう問題なのか?

“しばらく”と彼女が言った通り、結衣はすぐに戻ってくることはなかった。待ち時間の半分近くが過ぎた頃にようやく

彼女の姿が見えてきた。待たされたイライラとは違う感情が自分の中に渦巻いている気がするが、その気持ちがなんなの

かまだわからずにいた。そんな俺の様子に気づいたせいなのか、結衣の足取りが少し速くなった。よく見ると両手に何か

持っている。俺のシートの横まで来て、彼女は少し申し訳なさそうな顔でこう言う。

「ごめんね、ヒッキー。これ買ってたら遅くなっちゃって」

「……飲み物かなんかか?」

「そうそう。はい、ホットココア」

白い息をはきながら結衣が容器を手渡してきたので、俺はそれを受け取る。

「そりゃどうも…………悪いな」

「いいのいいの……さっきのカイロのお礼ってことで」

そう話しながら、俺のすぐ隣に座り直す。そうした後、何故か結衣は俺の顔を見てニヤリと笑って

「あたしがなかなか戻らないから、ヒッキー……もしかして寂しかった?」

「ハァ?そんなわけ…………いや、…………そうなのかも」

「えっ?あっ……うん……」

結衣の方からしかけてきたのに、俺がそれを否定しなかったら今度は彼女が赤くなって下を向いてしまった。少し沈黙が

続いた後、少し話題を変えるのも兼ねてこちらから話しかける。

「買い物の時は…………悪かったな。一人にさせてしまって」

「え?いや……まぁ、それはしょうがないよ。ヒッキーは予定立てたり準備してたんだし、あの時はほんとに疲れてそう

だったし……。それに、一人で買いたいものがあったっていうのも本当だし」

「まぁ……お前がそう言ってくれるなら俺としては助かるが…………」

安堵からふっと息をつくと、結衣は心配そうにこちらを覗き込んでくる。俺の表情を確かめると彼女は正面に向き直った。

「ほんとのことを言うと…………今日のデートね、あたし、ちょっと後悔してるんだ」

「えっ?」

思わぬ発言に、俺は飲み物の容器から手が滑りそうになってしまった。な、なんかマズいことでも……してしまったの

だろうか?や、やっぱり夕方のことか?俺の頭が混乱しかけていると、自由になっている方の手を握られる。

「ヒッキーに何か問題があるわけじゃないの。むしろそれはあたしの方で……」

目を逸らし気味にそんなことを言う結衣に俺はますますはてなマークを浮かべていると、彼女はこう続ける。

「今日はあたしの好きなようにさせてもらったけど……その……ヒッキーにだいぶ無理させちゃった、から」

…………なんだ、そんなことか。それは最初から織り込み済みの話だ。むしろそんなことを悟られる方にこそ、問題が

ある。何故なら、いや…………まだ言うわけにはいかない。俺はまた嘘にならない程度の話のすり替えをして答える。

「もともと俺がそういう予定を組んでたんだ。結衣が気に病む必要はない。それに、今まで色々とお前のことを傷つけて

しまったからな。その謝罪という意味もある」

「そ、そんな謝罪なんて…………」

…………どうもいかんな。話が重くなり過ぎる。彼女には今はあまり何も考えずにただ楽しんでほしいだけなのだが。

「今の俺にとって一番嬉しいことは、結衣が楽しんでくれることなんだ。だから、あまり俺のことは気にしないでほしい」

「ヒッキーがそういうなら……」

まだ完全に納得したわけではなさそうだったが、一応の着地点を見出したので今はこれで良しとする。結衣もまた笑顔に

戻り、俺に飲み物を勧めてきたので一緒に飲むことにした。


実際にパレードが始まってからは、こちらの心配も杞憂だったようで結衣はただただ楽しんでいる様子だった。薄暗い中

を大量の電飾をつけたフロートが目の前をゆっくりと通って行く。そのたびに、結衣の頬や瞳にその光が映り込む。その

様子はパレードそのものよりもよほど美しかった。俺はそんな彼女の横顔を見て思わず小声でつぶやいてしまう。

「綺麗だ……」

俺の声が聞こえたのか、結衣はこちらをチラッとだけ見てまた視線をパレードに戻した。どうやら何を言ったのかまでは

聞こえずに済んだらしい。俺もパレードの方に顔を向けると、不意に頬に何か柔らかいものがあたる。あたった方に俺が

向くとそこには至近距離で顔を真っ赤にした結衣の姿があった。おい、今のまさか…………。



「ちゅー……しちゃった」



彼女はささやくようにそう言って、両手で顔を覆って目以外を隠す。視線だけはまだこちらに向いたままだ。

「いや……しちゃったってオイ……」

突然の出来事にそれ以上の言葉が口から出ず、俺の顔も熱くなるのを感じていると彼女はそのままの体勢でこう続ける。

「さっきあたしのこと綺麗って言ってくれたから…………ね?」

ね?って…………。やっぱりさっきの聞こえてたのかよ。硬直したままの俺に結衣はさらに攻勢をかけてくる。

「ヒッキーも…………して?」

上目遣いの潤んだ瞳でそう言うと、彼女はいったん両手を顔から離した。そしてパレードの方に向き直ってから自分の頬

をちょいちょいと指さす。え?なに?これ俺もやらないといけないの?さすがにそこまでは…………。逡巡している間に

結衣は指を頬から離して下ろしてしまい、むすっと膨れてしまう。不機嫌そうな顔の結衣は俺にこんなことを尋ねる。

「ヒッキーはさ、…………ディスティニーランドのこういうジンクス知ってる?」

「……こういうって?」

「初デートで夜のパレード中にキスしたカップルは別れないっていうやつ」

「いや……知らんけど…………お前、そんなこと信じてるのか?」

俺の少々無遠慮な発言に、結衣はこちらを見て少し口を歪ませながらこうつぶやく。

「別に信じてないけどさ…………こうでも言わないと……その……キスしてくれないのかなって」


そう言いながら、少し悲しげな顔になる結衣を見て俺は自分の臆病さを恥じる。今日は、今日だけは向こうが踏み込んで

ほしいところまでこちらも踏み込むと自分は決めたのだ。せめて今だけは、彼女を不安にさせるようなことはあっては

ならない――――。

「ごめん…………すぐ行動できなくて。さっき俺のことは気にしなくていいって言ったばかりなのにな」

俺は覚悟を決めてこちらに向いたままの結衣の肩に手をかける。すると、顔を少しこちらに近づけて彼女は目を閉じた。


「い、いいか?」

俺の問いかけにほんの少しだけ首を上下させて肯定の返事をする結衣。俺は彼女に顔を近づけつつ、周りを見やる。周囲

は薄暗いしゲスト同士ではあまり顔もよく見えないくらいだった。でも、結衣の顔はよく見える。もう鼻と鼻がくっつき

そうだ。上気した頬やリップを塗った唇がやけに色気を感じさせる。目を閉じたままなので睫毛の一本一本がくっきりと

見える。俺はさらに近づいて顔を少し傾けて、そして――――



唇と唇が、触れた。



その感触を味わうまでもなく、ほんの二秒くらいで俺は唇を離してしまう。数秒は結衣もそのままだったが、終わったの

がわかるとその目をゆっくりと開く。薄目のまま、彼女はうっとりとした顔で吐息が混じったような声を俺にかける。

「…………もっかい」

そんな誘惑にもはや俺が勝てる筈もなく、再び顔を近づける自分がいたのだった。

個人的にはやっとここまで来たか、という感じですが今回はこれで終わりです。次回は日・月を目途に。



こういうときのひらがなの破壊力はヤバい

マッ缶が飽和しておる

どうじでざよならなんでいうんでずがあ''あ''あ''ぁぁぁぁぁぁぁ

先行き不安な感じもあるし初々しさも感じる

何にせよ引きがうまいねー・・・ほんと・・・

はわわわわわわわわわ
こんな幸せなカップルの行く末に不幸があるわけがないだろおおおおおおおお

意味深なコメント……これはそろそろタイトル回収来るか?

うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあうらやまぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあきゃわぁぁぁぁぁぃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあたいとるぅぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあおつぅぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ

二人のイチャイチャぶりに2828が止まらないけど、先行きが…………

ここから叩き落されたら首吊るまである

スレタイが結衣じゃなくてフルネームなんだよなぁ

ほんとこれで落ちるようなら人間不振になるな…

>>1がゆいゆいENDにしないと刺されそうな件

なんだこいつくっさ

少し続きを投下します

⑩ついに彼と彼女の終わりが始まる。


帰りの電車の車内、ディスティニーランドの袋を抱えて幸せそうに眠る結衣の寝顔を俺は吊革に掴まりながら眺めていた。

ついつい、視線がその唇に向かってしまう。あれから結局五回くらいねだられて、その…………キスしてしまった。今頃

になって何やら罪悪感のような寒気が全身を襲う。これが夢から現実に還るということなんだろうか。肩がかすかに上下

に揺れている彼女はたぶんまだ夢の中にいるのだろう。もう少ししたら、目を覚まさせてやらないといけないのが辛い

ところだ。そう、俺は結衣を醒めさせないといけないのだ。今日の今までがむしろ夢みたいなものだったのだから。


電車は幾度か駅に停まるのを繰り返し、次が結衣の家の最寄り駅になった頃に俺は肩をぽんぽんと叩いて結衣を起こす。

左右にゆっくりと頭を揺らしながら、むにゃむにゃと何かつぶやいているようだがその内容はわからない。しばらくは

結衣はそんな様子で俺が起こすのを諦めかけたその時、彼女の頭がピタッと止まりハッとしてその目が見開かれた。パチ

パチとまばたきをした後、顔を上げて申し訳なさそうにこちらを見た。

「ご、ごめん…………あたしだけ寝ちゃって……」

「疲れてるんだからしょうがないだろ、そんなことでいちいち謝らなくていい。それよりそろそろ着くぞ」

「あっ……うん……」

返事をしてから彼女はまだ眠そうなその目を手で擦り、あくびが出そうになった口を手で隠した後、拳を胸の前で握り

しめて「よし!」と小声で言って立ち上がる。俺は邪魔にならないように脇に移動し、結衣と一緒に網棚の上に置いた

袋を下におろした。

電車が駅に着き、結衣の後に続いて俺も一緒に降りる。土曜日の夜で帰宅ラッシュの時間を過ぎたとはいっても、俺たち

のように行楽帰りの人もいて駅はそれなりに混雑している。先に続く人の歩調に合わせて自分たちも外の方に向かう。駅


から出ると、冷たい空気が顔や手にあたる。しかし、俺と結衣の手が繋がれるようなことはない。俺がひとつ袋を持つと

言ったので、今は二人とも両手に袋を提げた状態だ。今の彼女の歩みのテンポは遅い。それは疲労とか寝起きとかだけで

説明できるようなものとはまた違う理由があるような気がしないでもなかった。横に並んで歩き、半歩だけ先を進む彼女

は時々こちらに視線をやる。

「……どうした?」

「え、う、ううん……なんでもない……」

……わかっててそのセリフを言っているのかねぇ?君は。人がそう言う時は大抵は何かあるんだよ。それに、彼女の顔に

も何かあると書いてある。実にわかりやすい。

「……何か言いたいことがあるなら遠慮しなくてもいいぞ」

「えっと……その……こんなこと言ってもどうしようもないというか、なんというか……」

「お前が口にすることって割と言ってもどうしようもないことの方が多いような気がするけどな」

俺がそう言うと、結衣はむすっと顔を膨らませて「ひどい」とつぶやいた。仕方がないじゃない、だって本当のことなん

だもの。彼女が言うことというのは基本的には何か目的があるというよりは、感情の発露みたいなことが多い。だから、

それによって何か新たな知識を獲得したりだとか問題が解決したりだとかそういうことは直接的にはない。だが、それが

肯定的なものだったらそれは人を元気づけたり、傷を癒したりする効果がある。どうしようもなくてもそれが直接無意味

な行為を意味するかというとまたそれも違うのだ。


「ま、この世の中どうにもならないことの方が多いからな。だから、そういうことを言うお前が悪いとかいう話ではない。

口にしたら気が済むってこともあるしな、今さら躊躇することもない」

俺の言葉を聞いて、結衣の膨れ顔は元に戻ってふっと少し笑みをこぼす。

「うん……だから……今からあたしが言うことも別にヒッキーに何かしてほしいってことじゃなくて……ただあたしが

そう思ってるってだけだから」

「お、おう……」

「帰りたく……ないな」

「は?」

俺に何か要求するわけではないと先に断っていたにも関わらず、結衣の言葉に俺は間抜けな声を出してしまった。こちら

の反応は織り込み済みだったのか、彼女は無視して話を続ける。

「今日のことは本当にヒッキーに感謝してて…………今のあたしは……今まで生きてきた中で、一番幸せだよ」

「さすがにそれは大げさなん……」

「大げさなんかじゃないよ」

俺が言い終わる前に、結衣は俺の正面に回り込んできてこちらを真っ直ぐ見て目を細めた。その微笑はさっきの言葉を

これ以上ないというくらい裏付けるかのような幸せそうなものだった。俺は何故か彼女から視線を逸らしてしまう。

「だから…………この時間が終わってほしくない」

「そうか……」

「うん…………ヒ……ヒッキーは?……その……」

もちろん、俺もそう思っているさ。だからこそ、それが意図しないところで、自分の意思とは関係ないところで終わって

しまうのはとてもじゃないが耐えられるものじゃない。しかし、そのことは…………まだ…………。


「まぁ、俺なんかそもそも人と一緒にいられたことが少なかったし、いられたところで幸せだと感じたことなどあまり

なかったからな。今まで生きてきた中で俺も、今が一番幸せだ」

「……そっか……」

俺のいつも通りのセリフに、結衣もまたいつものように少しあきれるように笑って肩をすくめた。二人で想いを共有して

満足したのか、彼女はまた振り返って俺の隣に戻って前に進みだした。

「あたしもまた…………お返ししないといけないね」

「何を?」

「今日のこと。さすがにハニトーとディスティニーランドじゃ、釣り合ってないでしょ」

「二か月以上も待たせてしまったんだから……これは利子みたいなものだと思ってくれればいい」

結衣は俺がそう言ってもまだ何か納得していないような表情でこちらに視線をやる。まぁ、仕方ないよな。彼女はまだ

知らないのだから。今日、俺が多少の無理をしてでもあそこに行った理由を。いや……待てよ?向こうからそう言って

くれているというのは…………もしかしたら、これは使えるのかもしれない。


「じゃあさ、ちょっとこれから…………俺のわがまま、というかお願いをひとつ……聴いてくれよ」

「お願い?」

小首をかしげる結衣。

「そうだ。それでチャラってことで……どうだ?」

「ヒッキーがそれでいいなら、あたしは別にいいけど…………」

……一応、これで言質は取れたな。まぁ、俺には最初から言うとおりにしてもらう以外のシナリオは考えていないのだが。

「で、そのお願いって?」

「ん……歩きながらというのもなんだし、ここで言うのもちょっとな……」

そう言って俺は両手に提げている袋を少し持ち上げる。すると彼女の歩みが止まり、ぽそっとこんなことをつぶやく。

「じゃ、じゃあ…………うちで話す?」

「え?」

彼女を見ると頬を染めて少しうつむいていた。……さすがにそれはマズい、色々と。恥ずかしいだとか、もしも家族に

会ったらどうしようだとかそういう理由も挙げられるのだが、何よりもたぶんこのまま家に上がってしまったら俺の考え

ていることがうまくいかなくなる。それだけはなんとしても避けたかった。断る理由を適当に考えながら俺は口を開く。

「いや、たぶんすぐに終わるし…………別に立ち話じゃダメってわけでもない。だから……」

「す、座る場所があればいいってこと?」

「そんな感じかな……」


俺がそう答えると、彼女は「ふーん」と言ってまた先に歩き始めてしまった。これはついて来い、ということでいいの

だろうか?さっさと先に行ってしまいそうな感じの足取りだったので、仕方なく俺もその後に続いた。しばらくは俺も

結衣も黙ったまま道を進む。二人の歩く音以外は、たまに通る車の音か風の吹く音くらいのもので静かだった。しかし、

夏休みの花火大会の帰りの時と通っている道がまったく同じなのは気のせいだろうか?もうそろそろ彼女のマンションも

見えてくる頃だ。さすがに俺も気になってきたので、結衣に声をかけることにした。


「あの……今向かっているのって……」

「あたしの家だけど?」

「いや……そういうことじゃなくてだな……」

「大丈夫。家の中には入らないからヒッキーが心配するようなことはないよ」

そう言って彼女はマンションの裏口の方へ進んでいく。敷地内にはもう入ってしまっているのですが……。通路を進んで

いくと、途中で左右の生け垣がなくなり小さい遊び場のようなところに出る。砂場の隣には滑り台とブランコが設置して

あった。そして、その遊び場の隅にはベンチがひとつだけぽつんと置いてある。近くに街灯があったのでその場所は周り

よりも明るくなっていた。その光に連れられるように、結衣はそちらに向かっていく。

「ここなら、座れるしちょうどいいと思って。……ダメだったかな」

「ダメじゃない…………ここで話そう」


二人ともベンチに辿りついたところで、手に提げていた袋をその上に置く。結衣は先に腰掛けて、手で横をぽんぽんと

叩いて俺にも座るように促した。立っている理由も特にないので、俺もそこに座ることにする。腰を落ち着けると、疲労

のせいかふぅ~っとため息が出てしまった。結衣は隣でそんな俺を見てふふっと笑う。

「ヒッキーもさ……疲れてるなら、うちで休んでいってもいいんだよ?」

「それは断る。この時間にいったん落ち着いたらそれこそ本当に帰れなくなるし、好きな子の家に初めて入るんじゃ緊張

して休憩どころじゃなくなるわ」

「そ、そう……」

少し意地悪そうな顔をして誘ってきた彼女だったが、俺の返答にそれ以上は何も言わなくなってしまった。今さらこんな

セリフで照れられてもなぁ…………まぁ、可愛いからいいんだけど。俺はふと彼女の隣に置いてある袋を見てあることを

思い出す。

「ところでその袋の中身……友達へのお土産とかも入っているのか?」

「……そうだけど?なんで?」

「あ、いや……できればそのお土産を渡すのは……来週の火曜日以降にしてもらえないかな、と思ってさ」

「それは別にいいけど…………今のがさっきヒッキーが言ってたお願いってこと?」


あ。マズいな……確かにこれもお願いといえばお願いか……う~ん……後々色々とトラブルになるのは避けたいから、

思わず言ってしまったが……。結衣は俺の顔を見て何か理解したのか、こちらが答える前に口を開く。

「いいよ、それくらいのこと……さっきのお願いとは別でも」

「そうしてもらえると助かる……結衣」

「わかった……」

お土産の話が済み、また二人の間には沈黙が流れる。俺はどうにも次の話を切り出せずにいた。俺が地面の方を見ている

と、不意に片方の手に生温かい感触が走る。いつの間にか手袋を外していた結衣の手が俺の手の上に覆いかぶさっていた。

そちらの方に頭を向けると、結衣はこちらに少し身を乗り出してきていて顔が触れそうになり、俺は思わず顎を少し引く。

結衣はそのままの体勢で、こちらをじっと見つめる。そして耳が溶けるかと思うくらいの甘い声でこうささやいた。


「ねぇ……これからは……ずっと……一緒、だよね?」


ああ…………ダメだ、俺は…………。やっぱりそのような質問には…………まだ、肯定の返事ができない。結衣の言った

言葉は、別に恋人同士なら普通に交わせる類のものだ。もしも俺がもっと平凡で、素直で、楽観的で、人と自分を信じる

ことができて、失うことを恐れず、表面上の人間関係を取り繕うことのできる人間だったのなら、いとも簡単に同じ答え

を彼女に返せていたのだろうに。そうできたのだとすれば、結衣も安心できるし喜んでくれたのだろう。だが、今の俺に

とってその言葉は嘘であり、欺瞞に他ならない。だから、ここでYESと言うのは俺の考える誠意ではない。しかし、これ

から先も同じようなことは訊かれ続けるのだろう、おそらくは。その誘惑に、自分は耐えられる自信がなかった。そして、

その瞬間から真実は失われ始める。お互いがお互いのためを思って嘘をつく。それが優しさであると勘違いをして。いつ

の日にかそれが日常となり、お互いの本当の気持ちがわからなくなっていることに気づきもしない。恋人というレッテル

に安住し、真に関係を続けるための努力をしなくなる。仮に途中で自覚することができたとしても、十中八九そんな関係

は破綻する。俺はそんな将来は絶対に見たくない。そんなことにならないように、俺は”今”をも捨てる覚悟をしたんだ。

はよ

俺が黙ったままなのを見て結衣は心配そうな視線をこちらにやる。ワンクッション置くために他に言っておくべき言葉を

自分はとっさに考える。

「ヒ、ヒッキー?」

「あ、あのさ……俺……来週の月曜日から……また奉仕部に……行くつもりだ」

「あっ……う、うん……」

直接返事をしてもらえなかったことに結衣はガッカリしたのか、俺から視線を外してうつむき加減に前の方を見る。俺は

結衣に握られている方の手を持ち上げて、彼女から離した。彼女の手の横に自分の手を置き直し、俺はこちらを見るよう

に言った。結衣は顔をこちらに向けてくれたものの、その視線はさっき離れてしまった手の方にあった。一度、深呼吸を

して息を整えてから、俺はこう切り出す。

「由比ヶ浜。俺はお前に、ひとつ聴いてほしいお願いがある」

「え……や……やだ……」

由比ヶ浜は、俺の表情と呼び方で何かを察知したのか声を震わせながら、首を何度か振った。俺は彼女の制止を無視して

先の言葉の続きを言う。



「俺と、別れてほしい」



俺の彼女――いや、彼女だったその女の子――は、崩れ落ちた。

今回はここまでです。次回は水・木を目途に

ぬおおお

乙です

いやぁああああ……

うああああああ…

うわああああああああああああああああああああああああああああああああああああくぁwせdrftgyふじこ

ぎゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ

ショックすぎる

うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ
俺と葉山のダブルラリアットを食らわせてやりたい

吊れ

この八幡屑すぎる

濡れ場の後に言えばいいのに

がはまん風呂場でリスカ

八幡罪悪感に耐えきれず後追い

ゆきのん精神崩壊

エンディングが…見えた!

こんなのってないよ
あんまりだよ
結衣が何をしたっていうんだよぅ

>>566
それじゃあ余計にタチ悪いじゃねぇかwww

八幡としては最善を尽くしたかもだけど、第三者から見たら今時点では最悪ですね 絶望的です

マジかよ…

いやまだだ、まだ物語は終わっていない!
きっとハッピーエンドの道があるはず!

なんでやボス!なんでこういうシーンだけあんたのスタンドは発動しないんや!

元ネタがわからんから誰か>>573の解説求む

>>574
ジョジョのスタンド、キングクリムゾン
時間を吹っ飛ばす(なかったことにする)力から、SSではしばし過程をすっ飛ばす、過程を語らないことを比喩する時に使う

エロいシーンを描写しない時などによく使われるぞ

エロいシーンで過程を飛ばす……よく考えてみるとこのSSでも……ゲフンゲフン

続きを投下します

「やだ……そんなの……やだ……」

由比ヶ浜は俺の方にしなだれかかり、子供が駄々をこねるみたいな言い方でそんなことを口に出し続ける。彼女の顔が、

自分の胸に触れて俺の鼓動は速くなり、そのたびに突き刺すような痛みが胸に走る。それに耐えきれず、俺は彼女の肩を

掴んで少し体を引き戻させた。由比ヶ浜は口を半開きにしたままこちらをじっと見つめた。街灯に照らされているので、

彼女の顔はよく見えた。しかし俺が顔をしかめているせいなのか、彼女の目が潤んでいるせいなのか、由比ヶ浜の瞳に

映った俺の姿は酷く歪んでいたのだった。俺が黙ったままでいると、由比ヶ浜はまた声を震わせる。

「ねぇ……ヒッキー……嘘、だよね?こんな、こと……」

「……ジョークでこんなタチの悪いこと、言えるかよ」

「ジョークじゃない方が……タチ、悪いよ…………」


彼女は再び体を俺の胸に預け、嗚咽を漏らしだした。俺は自分のコートが湿るのを感じていた。今度は体を引き戻させる

ようなことはせず、由比ヶ浜が落ち着くまで俺はただ虚空を見上げるだけだった。

しばらく経っても由比ヶ浜の様子は変わりないので、俺は体勢はそのままでポケットから使っていない方のハンカチを

取り出して彼女の頬を流れる雫を撫でるように拭いた。すると、俺の胸に預けていた頭を彼女はいったん離した。

「これ…………使え」

俺がハンカチを由比ヶ浜の手に渡すと、彼女は何も言わずにこくんと頷いた。手に持ったそれで自分の目を隠すような

感じで涙を抑えると、彼女は途切れ途切れに言葉を紡ぎだす。

「わかんないよ……ヒッキー、が何……考えてるのか……あたし……」

「……今はそれでいい……わからなくても……」

俺の慰めとも諦めとも突き放しとも取れるような返答に、由比ヶ浜はハンカチを目から離して濡れたままの瞳でこちらを

じろっと見やる。怒りや悲しみ、困惑がごちゃごちゃに混ざった瞳だった。彼女が口を開くとき、またその目から雫が

流れ、頬をつたっていく。


「あたしは、ヒッキーのこと……わかりたいのに……」

「そうだな。由比ヶ浜はそういう人間だ。だが、知るにもタイミングってものがある。結局のところ、俺は人の気持ちを

わからずに、いやわかろうとせずにきて、意図しないところで知ってしまって失敗したといってもいい」

「…………どういうこと?」

また自分の悪い癖、わざと相手に伝わらないような言い方をして話を続けさせるという行為を俺は無意識にやってしまう。

ここは…………まぁ、具体的にいっても問題にはならないか。俺は慎重に言葉を選ぶためにゆっくりと話し出す。

「正直なところ、俺は奉仕部というぬるま湯にもう少しダラダラと浸かっていたかったのかもしれない。部員二人との

関係ももっと緩やかに進展させることもできたのかもしれない。でも、俺は意図せずその状況を自分で壊してしまった。

二人の気持ちを読み切れてなかった。そして自分で期限を決めてしまった。二人との関係をどうするかについて。だから、

進む以外の選択肢はなかった」

「それは…………ヒッキーが……その時は嘘だったけど……ゆきのんに告白した時のこと?」

俺は声を出さずにただ首を上下に動かして返事をする。話の内容に神経が向き始めたのか、彼女の目からもう涙は流れて

いなかった。


「そして俺は自分の気持ちに整理をつけ…………由比ヶ浜結衣に告白をした。でも、俺はこの先お前と普通に恋人として

うまくやっていけるとはとてもじゃないが思えない。たとえ由比ヶ浜が俺にずっと一緒にいようと言ってくれたとしても、

俺はその想いに応えられない。もしも俺がお前の言葉を信用したとしても、俺は何よりも自分のことを信用してないから

お前にずっと一緒にいようなどとはとてもじゃないが言えない。お前にそんな嘘はつけない」

思わぬところで自分の発言が引用されたのに驚いたのか、由比ヶ浜は一瞬ハッとした顔をした。そしてすぐにこちらから

目を逸らして下を向き、申し訳なさそうな顔に変わる。彼女のそんな表情が、また俺の胸を締め付ける。


「ごめんなさい……あたし、ヒッキーがそんなことを考えてるとは、おも、わなくて……」

再び潤んでいく由比ヶ浜の目を見て俺は居たたまれなくなり、思わず少し身を乗り出してしまう。

「お前は何も悪くない。別に恋人同士ならそんな言葉を交わしたくなるのは不思議でもなんでもない。悪いのは…………

そんなごく当たり前の言葉でさえ返せない俺の方だ……」

そんなことを口に出している間に、俺の頭は自然と下に下がっていってしまう。俺の言葉が途切れると、今度は由比ヶ浜

が頭を上げてこちらを向いてあきれ混じりにこう言う。

「それは…………わかった、から……だから……あたしが……勝手に言うだけにする。ヒッキーが同じ言葉を返してくれ

なくても、別にあたしはいい」

「いや、それじゃあ駄目だ」

「え?」

「俺はあくまで由比ヶ浜結衣とは対等な立場でいたい。それに…………一方的な関係はやはりいつか破綻する。俺は……

お前との関係を……そんな形で壊したくはない」

俺の言葉に対し由比ヶ浜は怪訝な顔になり、当然湧く筈の疑問を口にする。

「壊したくないって…………今、ヒッキーが……自分から壊そうとしてるんじゃん……」

「……そうだよ」

「だから…………どうしてそんなこと、するの?」

俺を上目遣いで見た後、彼女は両手をこちらの肩に置き、また自分の頭を俺の胸に預ける。俺は手を肩の方に持っていき

彼女の手首を掴んで元のポジションに戻させる。そして両肩を掴んでこちらに預けた頭も離させた。由比ヶ浜は俺の行動

に諦めたのか、少し俺から引いて体全体を正面に向き直した。俺も同じように正面に直り、二人とも前の地面を見つめる

ような体勢になったところで彼女の疑問に答えることにした。


「正直なところ……今の幸せは……俺の手に余る……余り過ぎる」

俺はそう言って、両手を前に出して水を掬うようなジェスチャーをした。両手で椀をつくりながら、俺は話を続ける。

「俺は今のこの幸せを絶対に逃したくはない。でも、この手からはどうしても零れてしまう。それはたぶん……自分の

意図とは関係ないところで、だ。そうなるのはとてもじゃないが耐えられない。だから、まだ自分が納得できるような

方法でそれを零すことにする。つまり――――」

俺は手でつくっていた椀の形を崩し、両手を広げて見せる。


「自分の意思で…………それを手放すことにする」


俺の出した答えに対し、由比ヶ浜はこちらとは反対側を向いてしまう。だから次の言葉を言った時の表情はうかがい知る

ことはできなかった。

「そんなの…………おかしいよ……」

小声でそうつぶやいた後、彼女はこちらに向き直って俺の手の上に両手をかぶせてきた。そして、何か決意をしたような

表情で俺の目をじっと見つめる。


「……わかった。あたし、もうヒッキーにこれ以上期待したり何かしてほしいとか思わないから…………だから…………

別れよう、だなんて言わないでよ…………。あたし、ヒッキーと恋人でいられるなら何でも……するから……」

彼女がいったん見上げた顔は、言葉を発するたびにどんどん下の方に向いてしまう。俺は彼女の肩に手を置き、首を横に

振ってこう答える。

「俺はお前にそういうことを言ってほしくはないし、してほしいとも思わない。俺と一緒にいるために無理をするな。

それに、そのために自分を曲げたりするな」

俺の言葉に、由比ヶ浜は頭を半分だけすっと上げて肩に置かれた俺の手を振り払い、こちらを睨むような視線を送った。

そして、少し語気を強めてこう言う。

「曲げるのが……あたしだもん。あたしは…………一緒にいたい人のためなら、多少の無理もする。ヒッキーも…………

あたしがそういう性格だっていうこと、知ってるよね?ヒッキーは知ってると思ったから…………だからこそ、ヒッキー

があたしのこと好きって言ってくれた時、本当に嬉しかったんだよ。今日の告白は……」


これ以上彼女に話を続けさせないために、俺は途中でそれを遮る。

「もちろん、知っている。知った上で、由比ヶ浜のことを…………好きだと言った」

「じゃあ、どうして……」

「逆にお前に尋ねる。俺のことを好きだと言ったのは、どういう意味だ?残念だが、俺は”こういう人間”なんだ。だから、

俺がさっき下した判断をお前があくまで拒否するなら、俺は由比ヶ浜の告白を嘘だと解釈するか俺に対する認識不足だと

思うだけだ」

「そんな………」

由比ヶ浜は目を逸らし、拳を胸の前で軽く握って次に言う言葉を考えているような仕草をする。俺は今伝えるべきことを

さっさと全部言ってしまおうと思い、彼女が口を開く前に話を続ける。

「由比ヶ浜。お前は俺と恋人になれさえすれば、それで満足だったのか?そういう関係になって、たとえ嘘や欺瞞だらけ

になったとしても……いくらすれ違っても……俺に対して”恋人”というレッテルを貼れるのなら、それでいいのか?」

「そんなの……いい、なんて思わないけど……」

最初から肯定の返事をさせない疑問を突き付けるあたり俺もだいぶ卑怯だとは思うが、こうでもしないと現時点での自分

の主張は通しきれない。今ここで折れるわけにはいかないんだ。


「単に恋人というレッテルを貼れる相手が欲しいのなら、別にそれは俺でなくてもいい。お前はモテるからな。俺は……

嘘や欺瞞ではなく本当の意味で互いの存在を認めあえて、心を通わせられる…………そういう相手が欲しい。俺にとって

由比ヶ浜結衣は…………それができる相手だと信じたい」


「心を通わせるって…………でも、ヒッキーは……言ってくれないじゃん……何を考えてるのか。ヒッキーは……あたし

のこと……信じてくれないの?」

「…………」

もちろん俺は、由比ヶ浜のことを信じている。むしろ、信じているからこそこんなことができてしまう。全く人を信じる

にしたってこんなやり方しか思いつかないのか?俺は…………。つくづく自分の捻くれっぷりに嫌気がさす。ただ、それ

ももうおしまいにする。

「俺の考えは…………俺は由比ヶ浜と恋人かどうかということに関わらず、俺はお前との関係をこれから先もずっと続け

たいと思っている。それができるように、現時点での自分なりの答えは出したつもりだ。それを、来週の月曜日の放課後

に話す。その答えについてお前が納得してくれるのかどうか、期待に添えるものなのかどうかは正直なところわからない。

ただ、それ以上お前を待たせるようなことはもうない。だから…………」


そこまで言いかけて、俺は言葉につまった。途中で沈黙したのを見て、由比ヶ浜は小首をかしげてこちらに視線をやる。

あんなことがあった直後なのに、彼女の顔は街灯に照らされて何故かとても綺麗な気がしてしまった。それを見て、俺の

心の中のもやもやがストンストンと言語化されていくのを感じる。

そうなんだよ…………ずっと日陰者だった俺にとって由比ヶ浜結衣という存在は眩しくてとても直視できるものじゃない。

まともに見たら、それこそ目が焼けてしまう。まったく、恋は盲目とはよく言ったものだ。このまま感情のおもむくまま

に、恋に溺れてしまうというのも一つの手ではあるのだろう。でも、俺は自分自身を見失いたくない。だから向こうの側

から近づいてこられても、俺はそちらの方を見ることができない。でも、それでも近づきたいと思った。そうするには、

たぶん後ろ向きに手さぐりに進むしかない。傍から見れば、後退しているように受け止められても仕方ない。いや、傍

だけならまだしも当の由比ヶ浜にもそう思われる可能性もある。だが、これが俺のやり方だ。どうか言葉を尽くして理解

してもらえるように努めることとしよう。だから今は、どうか今だけは――――。



俺は正面に向き直っておもむろに立ち上がり、自分の分の袋を手に持った。そして、由比ヶ浜に背中を向けて、






「だから…………さよならだ、由比ヶ浜結衣」

ようやくタイトルの回収ができたところで、今回は終わりです。次回は日・月あたりを目途に

うまく説明ができなくて、もどかしいけど、この八幡のやり方、とても嫌い
続きはよ

この四苦八苦してる八幡結構好きだけどな

リア充かと思ったら八幡だった

つまり…どういうことなんだぜ?
基本原理ははがないのクソ主人公と同じってことでいいの?

お前に相応しい男になるまで待ってくれ!を捻りに捻った結果

この「俺はこんな奴なのにどこ見て好きって言ったの?」理論は高二病から厨二病に逆戻りしてるなww
持てない中学生がよくやる妄想パターンの一つ。ソースは俺

っていうかだったら付き合うなよ八幡ww

誠実に捻くてるなぁ...

キンクリはよ!(覚えたて)

振られたくないから振るって言ってるようなもんだろ

さよならだ、由比ヶ浜結衣
そしてこんにちは、比企谷結衣

というのを想像してたのに

>>598
それ本人がイエスと言わないとどうしようもないんだから、会話の流れ的にありえなくないか?www
モノローグならまだしも

>>598
この書き方だとそういう展開があるっぽく見えるんだけど
そう繋がるロジックがまるで想像つかないのよね・・・
一旦付き合ってデートした直後に振るという極悪プロセスが必要になる理屈が
うまく付けられないとただのクズ野郎で終わっちゃうよな
作者さんの手腕に期待ですね

ディスティニーランドデートもうしないってことはもう付き合うことはないのか……

豪快に断って

>>602
なんか言いかけた?

>>594
> この「俺はこんな奴なのにどこ見て好きって言ったの?」理論
お前が好きと言った相手はこんな奴だって知ってるんだろ?って意味だろ
全然違う

このことを雪乃は知ってたのかな

>>604
そういう無理矢理な『難癖』の付け方がってことだろ
頭悪いなあ

>>605
何も知らないのか全て事情を理解した上で黙認したのかどっちかって気がするな八幡のモノローグ見る限りは知らなさそうに思えるが

>>606
はいはい言い訳乙

付き合うことによって起こることに責任持ちたくないってことだろ。要するにヘタレ。

今までに読んだ俺ガイルSSでダントツ一番の面白さだわ
八幡の捻くれ具合が実にいい
なんとか頑張ってハッピーエンドにしてくれ

お前ら!
ハッピーエンドまで…持ちこたえるよ!!

本格的に壊れる前にあらかじめ自分で壊せばまた直せるかもしれない

前進してるようで後退してるようにしか見えない
本人も自覚があってそれでもどちらかには進んでいる
うごごご...

こういう展開良いね
八幡らしさが出てるわ

>>611
ニコ厨みたいで超きもい。すっげえキモい。めちゃくちゃキモイ
あと、きもい

>>615
お前の口調も大概やないかいwwww

>>616

615的にはガハマの口調を真似たものではないかと……あんまり似てないけど

そりゃ似てないだろ
メール見たときの八幡じゃんそれ

感想のカキコありがとうございます。励みになります。遅れ気味で大して量もありませんが続きを投下します

パシッ


俺の視界のすぐ下で、乾いた音が響いた。頬を叩かれた勢いで、俺の顔は正面から逸らされてしまう。正面?俺が頬を手

で押さえながら、向き直るとそこには目に涙を浮かべた雪ノ下雪乃の姿があった。彼女は怒りと悲しみの混じった表情で

俺を睨む。…………ああ、そうか。もう俺の行為が雪ノ下にも伝わったのか。俺が部室の後ろの方を見やるとうつむいた

まま椅子に座っている由比ヶ浜がいる。……結局、彼女にあの言葉を告げて別れてからどうやって自分が過ごしていた

のかよく覚えていない。俺がぼんやりしたままでいると、雪ノ下は歪んだままの口を開いてゆっくりと言葉を紡ぎだす。

「約束と…………違うじゃない。あなた、言ったわよね?由比ヶ浜さんとのこと……決着をつけるって。彼女の想いに

……応えるって。それなのに、どうして、こんな…………」

「いや、それは…………だから……そのことで、これから話が……」

「話?あなた、まだ由比ヶ浜さんを傷つけるつもりなの?もし、そうなら……」


そうじゃない、と言いかけて俺は口をつぐむ。今の言葉を否定しようとしても、それはただの言い訳にしかならないから。

俺が由比ヶ浜結衣を傷つけたのは、紛れもない事実だ。今さらそれをどうこう言っても仕方ない。それについては俺は

ただ謝るほかない。俺は由比ヶ浜の方を向き、頭を下げる。

「すまない…………由比ヶ浜……」

「い、いいよ……あたしは、……別に……」

彼女は少し顔を上げて、手を横に振った。声が震えているのが、全然よくないことを明白に表していた。言葉に詰まると、

由比ヶ浜は俺から顔を逸らす。その動きで、端的に俺を拒否しているのがすぐに理解できた。だから、今までそうして

きたのと同じように俺は後ろに振り返る。……何も、無理に理解してもらう必要はない。俺の考えは、俺ただ一人がわか

っていればそれで充分なのだから。とうの昔に俺は、彼女らに甘えすぎた。彼女らに期待しすぎた。……一般的な常識に

照らし合わせて考えれば、俺のやっていることが最低なことは明らかなのだから。拒まれても致し方ない。それに……

誤解が解けないのは何より俺が一番よくわかっていたことじゃないか。もう、いい。別に…………。俺が黙ったままで

いると、後ろからまた声がかかった。


「…………比企谷くん?」

「ん…………今まで、悪かったな。色々と迷惑をかけて……色々と傷つけて……。安心しろ、雪ノ下も……由比ヶ浜も。

これからは、もうそんなことは起きないだろうから。俺は…………もうここには来ない」

「え?…………そ、それじゃあ私との勝負の件は……」

彼女らが期待したであろう俺の返答に、何故か雪ノ下は困惑ぎみの声で俺に尋ねてくる。

「そんなの……俺の負けでいいだろ。平塚先生によれば、途中棄権もできるらしいから」

「で、でも…………平塚先生が、あなたが奉仕部を抜けることを容認するとは……」

雪ノ下は俺のほうに一歩近づいたのか、彼女の声が少し大きく聞こえるようになった。……何故、そこであたかも引き

留めるようなことを言うんだ。こっちは未練が残らないようにさっさと済ませたいのに。

「もう今は強制ってわけでもないらしいからな。……お前が先生に言ってくれたとはいえ、俺が部活をしばらく休んで

いたのも認めていたわけだし」

「あの……私は……あなたに……」

「ああ、何でもひとつ命令できるっていう奴……あれは平塚先生経由で伝えといてくれ。じゃあな」

俺は彼女の言葉を遮り、扉の方に向かって歩き出す。後ろでガタッと椅子の動く音が聞こえる。

「……ヒッキー……」

由比ヶ浜が、子犬が飼い主を引き留めるような声を出すが俺はそれを無視して進み、部室の扉を開ける。


「今までありがとうな……雪ノ下……由比ヶ浜……」

「比企谷くん!」

「ヒッキー!」

語気の強くなった二人の声を後ろに反響させながら、俺は部室を出て後ろ手で扉を閉めた。廊下を進んで階段の方に歩い

ていく。…………まぁ、仕方ないさ。しょせん俺みたいな人間がまともな人間関係を構築しようとしたのが間違いだった

んだ。だって俺自身がまともでないのだから。俺が、俺自身の理屈だけで納得していたって相手もそう思ってくれなけ

れば、相手も理解してくれなければ何の意味もない。それに、俺も相手に絶対に理解してもらおうとまでは思わなかった。

だから…………仕方ない。仕方のないことなのに……何故俺の視界は歪んでいるんだ…………何故こんなに足が思うよう

に進んでいかないんだ…………。俺は顔を少し上げ、足を引きずるようにして無理やり階段まで自身を辿りつかせた。

あとは……ここを下りればいいだけだ。この時、ますます歪んでいく視界に俺はまだ気づいていなかった。


一瞬、体が浮遊するような感覚に飲み込まれる。


次に襲ってきたのは激しい頭の痛みだった。


何故か俺の前の視界には階段の踊り場の床が広がっている。

…………はて?俺はさっきまで階段を下りていて…………足を動かそうとするが何故かぴくりともしない。というより、

何で床が垂直になってるんだ?俺が痛みから小さく呻くと、視界に見慣れた顔が二つ、見える。雪ノ下と、由比ヶ浜。

ああいうのを、顔面蒼白と言うのだろうな。そんな暢気なことを頭に思い浮かべていると、二人は何かを口にしている。

しかし、その内容がよくわからない。俺の視界が暗くなるにつれてその声が大きくなるような気がしたが、俺は自分の目

を開けていることができず、次第に意識が遠のいていった。


…………名前を呼ばれている?


…………体を揺すられている?


再び自分の意識がハッキリしてくると、俺はその声の主を判別できるようになった。それは、由比ヶ浜と雪ノ下のどちら

でもなかった。

「お兄ちゃん!お兄ちゃん!起きて!」

「…………小町、か」

「ねぇ…………大丈夫?さっきから何かうなされてたみたいだけど。あと、これ……」

そう言って心配そうにこちらを覗き込んできて、何故か小町はティッシュを手に持って俺の頬を拭いた。

「…………な、何だ?」

「何だって……だってお兄ちゃん……泣いてるから……」

「え?」

目が覚めた直後で自覚はなかったが、自分の手で頬を撫でつけると確かに何やら濡れていたのだった。小町が持っている

ティッシュを自分の手に取り、俺はその雫を全て拭き取ってしまう。正直なところ、まだ頭はぼんやりしていたが俺は今

無理やり起こしに来た妹に言うべきことがあるのを思い出す。俺は寝た体勢のまま、頬とは逆に乾ききった口を開く。

「ところで…………今日は……たぶん疲れてるから起こさなくていいって言った筈なんだが……昨日……」

俺はじろっと小町を見ると、片手を空手チョップみたいな格好にして顔の前に出して申し訳なさそうな表情をした。

「小町もそうしたかったのはやまやまなんですがね…………ちょっと今家にお兄ちゃんに会いに人が来てしまっていて

……玄関で待たせたままになってるんですよ」

「ハァ!?」


いやいやいやいや、何故そんなことになっている。そもそも今日、つまり日曜日は色々な意味で疲れていることが事前に

わかりきっていたのでどこかに出かける予定も誰かと会う予定もなかった。それが、何故…………。しかも、小町がわざ

わざ起こしに来たということは、居留守を使うにはマズい相手ということになる。そんな人間は今の俺には二人しか思い

浮かばなかったのだが、しかしどうしてなのか俺はすぐにその相手が誰か確かめようとはしなかった。とりあえず、俺は

その来訪者に伝言を頼むことにする。


「あ~…………事情はえ~と……わかったから……その……来た人にあと五分か十分か待っててもらうように伝えて

もらえないか?着替えたりするから……」

「ラジャー!」

小町は元気よくそう答えて左手でビシッと敬礼をしてから、振り返ってパタパタとスリッパの音をさせながら俺の部屋

から出ていった。…………俺は死人じゃないぞ。さっき夢の中で死にかけたかもしれないけど。

どうにもさっき見た夢の内容が頭から離れずに憂鬱な気分のまま、俺は顔を洗ったり着替えたりして件の来訪者に会う

準備をした。正夢にならないように手すりに掴まりながら、階段を慎重に降りていくとそこには意外な人物の姿があった。

俺の姿を見るにつけ、その人は玄関に腰かけたまま笑顔で片手を上げてこう挨拶をする。


「やっはろー」

「お……おはようございます……」


俺も軽く会釈をして挨拶をする。それにしても、何故この人が…………。

今の俺が会いたくない人間ランキングをつけたとしたら、まずこの人がダントツで一位だろう。それは、雪ノ下雪乃でも

由比ヶ浜結衣でもない。



そこにいたのは雪ノ下陽乃だった――――。

今回はここまでです。次回は金・土を目途に

なんか想像より遥かに情けない八幡だった
ここからage展開はあるんでしょうか・・・

俺対人関係でどこまでも卑屈なこういう八幡大好き
なにげに対人以外は優秀な子なんからこれくらい豪快に情けないところがあってもいい
まあ、致命的なところなんですけど

続きはよ

それらしいのかは知らんが、化物語の主人公以上にイラつく八幡だな

>>631
もしかして原作読んでなかったりする?

らしくはないね。
延々と逃げ続けるとか告白されて断るとかならまあ八幡らしいかなと思うけど
一回付き合った上で速攻で振るってのは個人的にイメージと違うわ
振った後でも関係が続くかも、って思ってるあたりが一番違うけど。
取り返しが付かないと思ってるからこそ極端に慎重になってるのが原作の八幡のスタンスだし

変わるまいとしてたら周りが勝手に変わって自分も変わろう決意して盛大に失敗してるのが今なんだろ

肝の部分だし賛否あるのは仕方ないね

デートする時に後で振るのも織り込み済みだったとすると、この八幡は本当に変わる気があるのかまだ疑問だな
2巻末で結衣に対してやったことをさらに過激にしたとでもいえばいいのか

>>634
もしかして原作読んでなかったりする?

アゲインしたかと思ったぜ

アゲインするって何ぞや

向かい風とかでアイアンの飛距離が押し戻されたりするアレじゃん?

[ピーーー]

>>638
モテキの作者が連載してる漫画
何もせずに高校生活をなにもないバッドエンドで終えた主人公が階段から落ちる
目を覚ますと高校入学式の朝だった

その時間跳躍をアゲインっていうのよ

続きを投下します

どうしてこうなった…………。


数十分後、自宅の最寄り駅にあるカフェのカウンター席に俺と雪ノ下陽乃は隣同士に座り、二人してコーヒーをすすって

いたのだった。わけがわからないよ。よりにもよってこのタイミング…………。偶然なのだとしても謀ったのだとしても

こんなことってできるのか?今ここでこの人間に向かって話をするのは色々とマズいことになりそうだ。彼女が何を企ん

でいるのか、そして何を知っているのかはサッパリわからないが、向こうに主導権を握られる前にとりあえず今回のやり

方について文句を言っておくことにする。


「アポもなしに突然家に来るのは…………どうなんですかね」

「あれ~?私、一応妹ちゃんには先に連絡しておいたんだけどな」

「そ、そうなんですか……」

おい、小町!…………何故そんな重要なことを俺に伝えていないんだ!どうでもいいことはいつもペラペラ喋るくせして

…………いや、待て。よく考えると”先に”とは言ったが、いつ連絡したのかは言及していない。もしかすると、あまり間

がなくて話すタイミングを逸してしまったのかもしれない。受験生だし、時期的にもアレだし…………。ほんと俺って妹

に“は”甘いな。MAXコーヒーばりに甘い。甘くすりゃ本人のためになるかといえば、そういうことでもないのに。いや、

もっと単純に自分に甘くしてほしいからそうしているだけなのかもしれない。…………そう考えると、俺が彼女にああ

いう形で甘えるのももう終わりということになるのかしら。

ともあれ、今そんなことを考えてもしょうがない。もう現に本人に会ってしまったのだから。余計なことを話さないよう

に神経を集中させた方がいい。あまり頭も働いている状態ではないのだし…………。俺が黙りこむと、陽乃さんが意地悪

そうな笑みを浮かべて少し顔をこちらに寄せて口を開いた。

「それに、呼び出すだけだと君のことだから来てくれないかもしれないと思ってね」

「ははは…………そんなこと、しませんよ」

俺の口から乾いた笑いが出て、またもや心にもないことを言ってしまった。相手が相手だから、嘘をついたところですぐ

にバレてしまってあまり意味はないのに。むしろ、バレるとわかっているからこんなことを言ってしまえるのだろうか?

「ふ~ん…………まぁ、別にいいんだけどね。もうこうして会えたから」

顔を逸らす俺に対し、彼女は微笑みながらすべてを見透かすような目でこちらを見つめてくる。その視線に耐えきれず、

俺はまた口を開いてしまう。

「ところで…………何の用ですか?俺に。少し疲れているんで……できれば手短にお願いしたいところなんですが」

「それは、比企谷くん次第だよ」

「はぁ……」


…………この展開はなんか身に覚えがあるぞ。ああ、葉山に屋上に呼び出されて尋問された時か。あの時は、自分が認め

たくないものを無理やり認めさせられて、退路を断たれて釘を刺されたのだった。そう考えてみると、心配するような

ことはもうあまりないのかもしれないな。どのみち既に認めてしまって、とうの昔に退路はなくなっていて、刺される

ような釘もないのだから。

「手短にって言われたから、単刀直入に訊くけど…………比企谷くん、雪乃ちゃんのこと振ったっていうのは本当?」


最初からあまりに核心に迫られたので手許が狂いそうになり、持っていたカップのコーヒーに波が立つ。中身が零れない

ようにしてどうにかソーサーに置き直すと、俺は直接返答せずにこちらも質問を返す。

「…………何故あなたがそんなことを?」

なるべくこちらが話さなくて済むように、わざと曖昧な訊き方をする。これなら「何故そんなことを知っているのか?」

とも「何故そんなことを尋ねるのか?」ともどっちにも解釈できる。ちなみに、俺は最初の質問に対して本当とも嘘とも

答えていない。陽乃さんが俺のはぐらかしに気づかない筈もなく、少し声音が冷たくなって彼女はこう答える。

「ん~…………雪乃ちゃんにきいたから」

「……雪ノ下があなたにそんなことを言うとはとても思えないんですが」

「まぁ、普段の雪乃ちゃんならそうかもしれないけど…………今はひとつ、貸しがあるからね。私に対しては」

「それで…………ああ……」


まさか文化祭の時の雪ノ下姉妹のあのやり取りを、こんなところで思い出すことになるとは…………。文化祭実行委員長

の相模を捜す時間を稼ぐために、雪ノ下がバンドの手伝いを姉にお願い――いや、命令――した。この私に一つ貸しを作

れるというメリットがあると言って。…………陽乃さんからしてみれば、そのメリットは十二分にあったのだろうな。

しかし、そのことに関して俺まで巻き込まれるなんて。まぁそういう事情なら十中八九雪ノ下本人が話したとみて間違い

はないのだろう。この人間が、どんな手練手管を用いて雪ノ下の口を割らせたのかも気になるところではあるが、もう

起こってしまったことをどうこう言っても意味がない。ただ、何をどういう風に話したのかまでは俺にはわからない。

陽乃さんは本当のことをわかっていてわざとこんな質問をしたのかもしれない。まぁ、いずれにせよここで嘘をつくこと

もないだろう。どうせバレるのだし。


「俺は…………雪ノ下雪乃を振った覚えは……ないんですがね。むしろ振られているのは自分の方ですよ」

「そうなの?でも、おかしいな…………比企谷くんは由比ヶ浜ちゃんと付き合うんでしょ?」

別に今さらこの人にそれを知られたところで何か不都合があるわけではないが、どこからボールが飛んでくるのか相変わ

らず想像ができないので、仕草でものを言わないために俺はソーサーに置いていたカップから手を離す。それから、一度

すっと息を吸ってから質問に答える。

「もう…………別れましたけどね」

「えっ」

「……」

さすがに俺の返答が意外だったのか、陽乃さんは計算ではない素のリアクションをした。彼女は俺の言ったことを反芻

するためか、しばらく沈黙する。周囲の空気が止まり、冷気が襲ってくるような気がして俺はもう一度カップを手に取り

コーヒーを一口飲む。ソーサーに置き直したところで、陽乃さんは怪訝な目でこっちを見てこう尋ねる。

「比企谷くんは…………雪乃ちゃんも由比ヶ浜ちゃんも……どちらも選ばないつもりなの?」

「選ぶとか選ばないとか…………そもそも俺に、そんな贅沢を言う権利はありませんよ」

「そう?でも仮にどちらも選ばないとして…………例えば、私が比企谷くんと付き合ってほしいって言ったら……あなた

はOKするの?」

「それは、…………というか、冗談でそういうこと言われても困ります」

またしても想定外の質問に俺が答えをはぐらかすと、陽乃さんは深海のように吸いこまれそうな瞳でこちらを見つめる。

その目に溺れてしまう前に、俺が顔を逸らすと彼女は少し哀しげな微笑を浮かべて口を開く。


「半分くらいは…………本気だったんだけどな」

「それは本気とは言わないのでは…………」

「うわ~ん、比気谷くんの意地悪~」

一瞬しおらしくなったのかと思いきや、今度はまたニッコリと笑って俺の肩をポカポカと叩き始めた。彼女の普段通りの

計算づくの行動に、何故かほっとしている自分がそこにいた。…………さっきのアレを本気とか言われても困るしね。

しばらく叩いて満足したのか、彼女は拳を俺の体から離して正面に向き直り、目を合わさずに質問をし直した。

「それで……もしもの話として…………OKするの?選ぶ権利のない比企谷くんは」

「…………しませんよ。それに選ぶ権利がないといっても、拒否する権利がないとは言ってませんし」

「……なるほどね」

俺の相変わらずの屁理屈に、陽乃さんは安堵ともあきれともとれるような笑みをふっとこぼす。そして、再びこちらの顔

を見て小首を傾げ、目をすっと細めて彼女はこう尋ねる。

「それは…………雪乃ちゃんのことも?」

「……いいえ。あなたが雪ノ下と……何を話したのかは知りませんが…………そもそも俺と彼女はそんなことにはなって

いませんよ。というか当人同士ではほぼ既に解決を見ているんです。あなたが心配するようなことはないと思いますよ」

「そう…………雪乃ちゃんに関しては……そうなのかもね。じゃあ、…………比企谷くんは?」

「はい?」


またしてもなんだかよくわからないところからボールが飛んできて俺は当惑する。彼女が――といっても真意を理解して

いるわけでもないが――彼女なりに妹である雪ノ下雪乃のことを気にかけているのはなんとなくわかる。そして、俺が

心配する必要はないと言ったら一応納得した。それで、「じゃあ」って…………それではまるで陽乃さんが俺のことを気に

かけているみたいじゃないか。どういうことなんだ?

「いや、ね?例えば……もう別れちゃったとは言ってたけど……下手に由比ヶ浜ちゃんなんかと付き合って、比企谷くん

が普通になっちゃったら面白くないなぁ、と思って」

「面白くないって…………俺は陽乃さんのおもちゃじゃないんですが」


…………やっぱりヤバいな、この人。今の発言でさりげなく由比ヶ浜のことを牽制し、俺に対しては変化することへの

疑義を呈してきやがった。俺の答えに対し、何がおかしいのかわからないが彼女はケラケラと笑っている。なんか不愉快

だなぁ。でも、なんだろうか…………俺の一連の行動の理由が…………自分でも何故そうしたのかわかっていなかった面

があるような気がするのもまた事実だ。もう少しで腑に落ちそうな説明ができそうなのに……。俺は頬杖をついて思案

しようとしたが、その時彼女は再び話し始めた。

「ま、別に比企谷くんは今のままでもいいとは思うけどね」

「陽乃さんにそういうことを言われると、むしろ変わりたくなってしまいますね。天の邪鬼なもので。あなたの望み通り

になるのもなんか癪な気がしますし」


俺がそう答えると、彼女は少し目を見開いて嬉しそうな顔をする。あっ……これはまたマズいことを言ってしまったか。

「本当?私、実際のところは比企谷くんには変わってほしいと思ってたんだ。それで雪乃ちゃんのことを守ってくれたら

いいなあ、なんて…………」

「さっきと言ってることが真逆じゃないですか……」

ああ…………俺は彼女が本心でないことを平気で口にできるような人間であることを失念していた。しかし、さっきと逆

のことを言っている筈なのに何故かその時の口調や表情はまったく変わることがなかった。ということは、どちらも嘘?

もしくは――――?

「ま、人間誰しも真逆のことを同時に考えてはいるんじゃない?そうでなかったら、悩む必要なんてないのだし」

「それは、……そうですね…………」

それはまったくその通りだ。最初からどちらかに結論が決まっているのなら、悩んだり迷ったりすることなんてない。

俺自身も散々それでどうするのか決めかねて…………。

「それで…………比企谷くんは変わるつもりがあるのかな?それとも――――」

――――それに対する俺の答えはもう決まっている。しかし、それは単純にYESともNOともいえないようなものだ。

今ここでその具体的な方法を陽乃さんに言うわけにもいかない。ただし、スタンス的なものなら伝えられるだろう。彼女

にそれを理解してもらうのに、うってつけの例もたった今思いついたことだし。


「人間、そうそう簡単には変わりませんよ。それこそ、”あなたの妹さんのように”」


「ああ……そういう…………わかった。今はそれ以上は訊かないよ、私も」

「……そう言っていただけると、助かります」

どうにか追及から逃れることができたようで、俺は安堵の吐息を漏らす。それを見て陽乃さんはふふっと笑う。いつもは

その笑みに裏があるように感じるのに、今だけは何故かそれがないもののように思えてしまった。

「まぁ、比企谷くんには比企谷くんなりの考えがあるだろうしね。もし、それで守ることができるのなら……雪乃ちゃん

を守ってあげて」

「いや、俺は雪ノ下を守るとは一言も…………」

「それとも何?もしかしてあれかな?守るべき対象ができるのが怖い、とか?」


――――ああ、そうか。そういうことか。俺の今考えている方法は、そういう意味もあったのか。確かに、さっき自分で

言ったように人間そう簡単に変われるものではない。そんな状況の中でどうにか捻り出した現時点での俺の答え。自分の

頭で考えたものにも関わらず、そのアイディアを採用する理由が自分でもまだ完全に明確になっていなかった。このまま

だと、中途半端な説明を彼女にすることになっていたのかもしれない。でも、もう今の陽乃さんの言葉でハッキリした。

俺のやり方では彼女らの”あるもの”は絶対に守ることができない。だから、今のところはこんな方法しか思いつかない。

だが、先に限界を示しておくのは重要なことだ。際限のないものは苦しみの元になる。それこそ、昨日の――――。


「そうですね。正直なところ…………怖いです。でも、俺はその感情を隠そうとは思いませんよ。誤魔化してもいずれは

露呈してしまうものなので」

「そう…………本当に強いなぁ、比企谷くんは」

何故か感心した声を出されてしまった。彼女の真意が掴めず、俺は首をひねる。

「一体俺のどこが強いんですかね?むしろ弱いところ見せまくってるような気がするんですが」

「だから、そういうところだよ。本当に強くなければ、人に弱いところは見せられない。私には無理だもん、そういうの」

「あなたのような人に弱いところなんてあるんですか?」

よくよく考えると失礼な質問だが、俺が思わず発した問いに陽乃さんはハハッと笑ってからこう答える。どこぞの鼠かよ。

「も~……比企谷くん、私を何だと思ってるの?私も人間だよ?弱いところくらいあるよ~」

「全然そんな風には見えないんですが…………」

「ま、ここで何か具体的に言ったところで信じてもらえないだろうからそれは言わないけど…………でも、人に弱みを

見せられないということそのものがある意味弱点とは言えるんじゃないかな?」

「ああ、なるほど。そういうことならわかります」


ベクトルは違うといえど、やはりこの人は雪ノ下雪乃の姉なんだと実感するような回答だった。俺は”あの日”の雪ノ下と

の会話を思い出す。しかし、その理屈でも俺はやっぱり…………。

「そういう意味だとしても、俺も…………強くないですよ。結局のところ、見せる部分を選んでいるのは自分なわけで」

「でも、それも限界にきた…………みたいな?」

「そんな感じですかね……」

俺が今の偽らざる気持ちをつぶやくと、陽乃さんは頬杖をついてふっとため息をつく。その時の彼女は、珍しく何か憂い

を帯びているような感じがした。表情を変えずに、陽乃さんはこちらに顔を向ける。

「あ~あ…………私、雪乃ちゃんにちょっと嫉妬しちゃうかも」

「……はい?」

「ほら、なんというか……いつの間にか追い越されちゃったみたいでね。私もほとんど友達のいない身だからさ~」

「またまたご冗談を」

こんなリア充の権化みたいな人が友達がいないだって?それは何か、俺や雪ノ下に対する嫌味か。俺が怪訝な顔になると、

逆にこちらに向かって彼女の自嘲の視線が降り注がれる。


「本音を明かせないような人間に、友達なんてできるわけないよ」

「それは……今言った内容も、嘘ってことですか?」

「あれ?君がわざわざそんなことを言うとは…………もしかして比企谷くん、私と友達にでもなりたいのかな?」

「い、いえ……さすがにそれはちょっと……」

「あら、それは残念。また振られちゃったか」

陽乃さんはそう言ってから「あ~あ」とため息をついて両手で頬杖をついた。その後は、彼女は特に何か話すということ

はなく、しばらく沈黙が続く。陽乃さんはいったん片手を顔から離して、カップを手に取りゆっくりと液面を回転させて

いた。その様子がなんだかワインのテイスティングみたいに見えたのと、”また”という言葉が喉に引っかかったような気

がして俺は柄にもないことを口にしてしまう。

「えっと、なんというか……まあ……アレですよ。ワインをつくる時のように、熟成に時間を要する人間関係もあるって

ことですよ」

「何それ?もしかして、私を慰めてるつもりなの?」

「いえ、というよりは…………俺の遭った状況を喩えたものと考えてもらった方が正確かな、と」

「あら、そう。じゃあ…………雪乃ちゃんと比企谷くんのワインは?もうできそう?」

じゃあ、死になさい。とか言われなくて俺は胸をほっとなでおろした。しかし、今の質問に答えるには肯定か否定かと

いうことに関わらず、必要不可欠な別の要素について言及しておかねばならない。


「それは……俺にもまだわかりません。それに、これは二人だけの問題ではないんで。俺と由比ヶ浜の問題が解決しない

限り、俺と雪ノ下とのことも構造的に決着しないんですよ」

俺の返答が意外だったのか、陽乃さんは目を丸くしてこう訊き返してくる。

「え?でも、もう由比ヶ浜ちゃんとは別れたって…………」

「……」

「ふ~ん……そう。でも…………ま、いいか」

何がいいのかはよくわからないが、今はこれ以上尋ねても無駄と判断したのか陽乃さんはそれ以降は何も話さず、カップ

に残っていたコーヒーを飲み始めた。それにつられるようにして、俺も自分の残りの分を飲み干してしまう。二人とも

カップが空になってしばらくは、そのまま静かな時間が流れた。カウンターの上の壁に掛けてある時計の針がカチッと

動いて正午を指すと、それにタイミングを合わせるかのようにして彼女はおもむろに伝票を持って立ち上がる。


「比企谷くんは比企谷くんで色々考えているみたいだし、今日はこの辺にしといてあげる」

「”今日は”って…………まだ会う予定でもあるんですか?」

「あれ?前に言わなかったっけ?比企谷くんが雪乃ちゃんの彼氏になったら三人でお茶しようって。私、期待してるよ」

陽乃さんはそんなことを言ってニコニコしながら、俺の方を見下ろしてくる。その視線が嫌だったのか、自分も椅子を

引いて席から離れた。

「そんな期待、しなくていいですよ……」

「別に私が勝手に期待してるだけだから、いいんじゃない?それを裏切るのもあなたの自由だし、あなたはそもそも私に

どう思われるのかなんて気にしていないのだし」

その物言いは彼女本人のことというよりは、暗に別の誰かがしている期待について同時に言及しているようだった。陽乃

さんの真意を俺がはかりかねていると、彼女はそのまま言葉を続ける。

「どのみち、比企谷くんが気にすることじゃないと思うな。それに、もともと期待を裏切ったら切れる程度の関係なら、

あなたは欲しいとは思わないでしょう?」

「それは、……まあ……」

「なら問題なし!今日は私がいきなり押しかける形になっちゃったし、ごちそうしてあげるよ」

陽乃さんは伝票をヒラヒラさせながら、俺が口を開く前に方向転換してレジの方へ歩き始める。ちょ、ちょっと待った!

この人間に貸しをつくらせるとロクなことにならないぞ。それこそ、雪ノ下雪乃のように。俺は思わず手を前に伸ばして

彼女を呼び止めようとする。

「い、いえ……結構です。自分の分は自分で払いますので」

俺がそう声をかけると陽乃さんは振り返り、人差し指を顎に当てて何か思案する様子を見せる。

「う~ん…………じゃあ、こうしようか。さっき言ったでしょ?比企谷くんが雪乃ちゃんの彼氏になったら三人でお茶

しようって。もしその時が来たら、今度は君がごちそうする」

「い、いや……だから…………そんなことは当分の間はあり得ないですって」

「あら、意外。絶対とはいわないんだ」

「未来のことなんてわからないですし…………あなたの前で絶対、なんて怖くて言えないですよ」

そんな答えを返すと、陽乃さんはまたお腹を抱えてケラケラと笑う。……周囲の視線が集まってくるのでやめてほしい。

ひとしきり笑ったところで満足したのか、一度片目をこすってからこちらを真っ直ぐに見据えてくる。

「まぁ、先のことなんてわからないよね。だから、”その時”が来るまではあなたは奢る心配をする必要はないし、”その時”

が来ないなら来ないでやっぱり奢る必要はない」

「……意外ですね。さっきはいつか来るみたいな言い方だったのに」

「いや、私としては来てほしいんだけどね。でも、比企谷くんも雪乃ちゃんもある意味自立しちゃってるから……」

「俺はまだ学生ですし、思いっきり親の脛かじってるんですが」

「そういう意味じゃなくて、精神的にってこと。孤独ともいえるけど」

「孤独……」


何故か彼女の口調にはそれほどネガティブな印象は感じられなかった。孤独という単語と、さっきのワインの比喩から

俺はある一節を思い出し、少し下を向きながらそれを諳んじる。

「……孤独に歩め。悪をなさず、求めるところは少なく……」

「……林の中の、象のように」

全て言い終わる前に、陽乃さんが後に続く言葉を先に口に出した。俺が顔を上げると、彼女は微笑を湛えていた。

「ブッダの言葉だったっけ?」

「あー……確か……そうらしいですね」

俺は一次資料からその節を知ったわけではないので、自信のなさが声に現れてしまう。そんな様子を見て、陽乃さんは何

やら意味深な笑みを浮かべる。

「比企谷くんがどこでこの言葉を知ったのかはわからないけど…………でも、君がそれを言うとはね」

「……どういうことですか?」

「今の言葉の直前に、もう一つ別の節があるって…………知ってる?」


俺が首を横に振ると陽乃さんはこちらに近づき、そっと耳打ちする。不意にされた行動と、彼女の話した内容に俺は全身

の汗が噴き出るような感覚に襲われる。

「ま、そういうことだから…………もし、比企谷くんがそう思える人がいるのなら、ね?」

俺が固まっていると、陽乃さんは肩をポンと叩いてから方向を変え、またレジに向かって歩き出した。


……やっぱり叶わないなぁ、この人には。今回は俺の無知が原因とはいえ。

結局、自分の分を払うタイミングを逸してしまい彼女の後ろに続いてカフェを出ることになってしまった。

「なんか……すいません。俺の分まで……」

「いいのいいの。また今度そういう時が来たら、奢ってもらうから。雪乃ちゃんの分も」

「はぁ……」

俺が生返事を返すと、陽乃さんは顎に手を当てて何か見定めるような視線をこちらに送る。そんな目で見られて居心地が

悪くなりそうになったところで、彼女はまた口を開く。

「ちょっとは…………元気になったのかな」

「え?」

「疲れてるとは言っていたけど、単に体がってわけでもなさそうだったし」

もしかして、俺のことを心配して言っているのか?今のセリフは。この人がそんなことを?俺の表情がそれを語ったのか、

陽乃さんはこんな言葉を返す。

「比企谷くんが元気なくなると、雪乃ちゃんにも影響出ちゃうからね。だから……頼んだぞ、この捻デレくん」

終わりかね
結局部活辞める云々は夢だったってことかな

そう言ってこちらの後ろに回り込み、背中を軽く叩かれる。俺の頭の中は陽乃さんの言葉によって驚きとか嬉しさとかで

混乱していたが、ちょっとの間を置いてどうにか口を開くことができた。

「頼まれませんよ、そんなこと。俺が勝手に決めて、勝手にすることです。もちろん、雪ノ下に関することも。だから

…………あなたはあなたで好き勝手にやっててください」

「そう…………じゃあ好き勝手にやってる。比企谷くんも、……ね」

「ええ」

互いに好き勝手なことを言い合った後、陽乃さんは口角を上げて意地悪そうな笑みを浮かべていた。今は何故かその表情

にすら安心感を覚えるのだった。彼女は俺の顔を見てふむと頷いた後、手を胸の前で振って別れの挨拶をする。

「じゃ、またね。比企谷くん」

「また……陽乃さん」

俺も手を上げてそう言うと、彼女は振り返って背中を向けて駅の改札の方に歩き出していった。



まぁ、後は元々決めていたことをやるだけなんだ。今日、いくつか明確になったことがあるのは事実だが、結局のところ

自分のエゴを最後まで通すしかないことに変わりはない。もう変に諦めて悟ったふりをするのはやめよう。途中で理解

されるのを諦めるのもやめよう。ちゃんと伝わるまで…………言い続けよう。もう、信じると決めたのだから。

今回はここで終わりです。次回は火・水を目途に

>>660
わかりにくかったのならすいません。そこの部分は夢であってます


ゆいゆいが心配だ…

結衣も心配だが八幡も大丈夫かねえ……少しは元気になったようだが。
もうこれ以上の自爆行為は……

結衣をこれ以上泣かせないで心臓が張り裂けそう

八幡は雪乃とはもう話ついてるみたいなこと言ってるけど本当に大丈夫なのか?これ

本当はゆきのんが好きだけど~って展開にみえるんだが

>>667
おいやめろ

ゆいゆい好きって言ったけどゆきのんより好きとは言ってないっていう叙述トリック?
でもそれだとここの八幡はガチクズになってしまうからそれはない…と願いたい

陽乃さんとの問答でもし彼氏になったら~
いや、だから当分の間はありえないとは言ったものの

八幡「まて、当分の間とはいったが別に期間を限定してるわけでない(キリッ

>>669
というかそんなことしたらまず誰よりも雪乃が怒りそうな気がするけどな。
しかし肝心の雪乃と八幡の二人の会話がまだ描写されてないんだよなあ……
ここを後回しにしてるってことはその時にはもう八幡の選択は決まっていた
という見方もできるが……

夢の中とはいえ雪乃にビンタされるようなことって自覚してるんだろ
あの夜にどこまではなしてるんだか

はるのさんって呼ばないで雪の下さんって呼んでた気がするんだが

ゆいゆい支援

続き

上のはミスです、すいません。続きを投下します

きたぁぁぁぁぉ

⑪思わぬところで彼の行為は彼女らに伝播する。


幸いにして日曜日の夜は昨日のような夢を見るようなこともなく、月曜日の朝はいつも通りに目を覚ますことができた。

土曜日以降のことについては俺の様子を見て何か察したのか、小町がそれについて尋ねてくるようなこともなく、今日の

朝は本当にどうでもいいルーチンの会話をするだけに留まった。ただ、出かける途中で「落ち着いたら、小町にも教えて

ね。待ってるから」とだけ告げられる。妹の心遣いに感謝の意を伝えてから、俺と小町は曇り空の下でそれぞれの道へと

向かった。


今日は放課後まで誰とも話すつもりはなかったので、俺は自前の光学迷彩と話しかけんなオーラを身にまといつつ、学校

で過ごすことにした。いや、むしろそれが本来の日常に近いものだった筈だ。今日は学校に着くタイミングをずらしたの

で、由比ヶ浜と鉢合わせになるようなこともなく、朝のHRや休み時間に戸塚に話しかけられるようなこともなかった。


何事もなく午前の授業は終わり、昼休みに入る。さすがにこんな時に奉仕部の部室で昼食を食べるのははばかられたので、

俺は以前のお決まりの場所である駐輪場脇の階段へ向かうことにした。どうやら由比ヶ浜は先に部室に行ってしまった

らしくその姿を見ることはできなかった。まぁ、その方が俺にとっても好都合だ。自分も教室から出て歩いて行き、渡り

廊下に差し掛かろうとした時に不意に後ろから声がかかる。



「ヒキオ、ちょっと待ちな」

俺はその声の主が誰かはすぐにわかったが、ヒキオなんて人間はここにはいないし自意識過剰と思われるのも嫌なので、

ただ立ち止まるだけにした。しかし、周囲を見ても他の人間がいるわけでもなく勘違いのしようもないことはすぐ明白に

なったので、俺は渋々声のしてきた方向にじりじりと向きを変えた。

振り返った先で腕を組んで軽く脚を開いて立っていたのは、うちのクラスのトップカーストでまたの名が獄炎の女王――

といっても俺が勝手にそう呼んでるだけだが――である三浦優美子であった。彼女と俺には直接の接点はなく、接点があ

るのは一人の人間のみで、そうであるが故に今ここで俺に何の用事があるのかは火を見るより明らかだった。三浦は獄炎

の女王らしからぬ冷たい目で俺を睨めつけた後、少し哀しげな表情で口を開いた。


「あんたさぁ…………結衣に何かしたん?」

「何かって……」

昨日会って話をした雪ノ下陽乃と同様、三浦も事情をどこまで知っているかわからないので俺は迂闊なことは口に出せず、

オウム返しをするしかなかった。というか口調が怖くてそれしか口から出なかった。俺の意味のない返答に、三浦は怪訝

な顔でこちらを見て言葉を続ける。

「昨日あーしが電話した時から様子がおかしかったんだけど…………でも、あーしがいくら訊いても結衣は何も言って

くれないし。ヒキオ…………結衣とデートしたんでしょ?土曜日に。だから、あんたなら何か知ってるんじゃないかと

思って……」


……ああ、なるほど。三浦は俺と由比ヶ浜がデートしたこと自体は知っているが、――たぶん由比ヶ浜が土曜日以前に

彼女に話したのだろう――それ以降のことは何もわからないという状態か。三浦の案外世話焼きな気質から鑑みて、今の

状態はとても彼女にとって耐えられるものではないのだろう。友達の様子がおかしいのに、それについて何も話してくれ

ないというのは。だから、わざわざ俺なんぞに――――いや、当事者なんだから当たり前なのか。

「由比ヶ浜の様子がおかしいのは…………俺のせいだ。もしそのことで、三浦の手を煩わせたのだったら申し訳ない」

俺は頭を下げて、あくまで自分と三浦の間に起こっていることのみに焦点を絞って謝罪をした。しかし、そんなことを

三浦が望んでいるわけではないのは薄々わかっていた。だから、彼女が次に発した言葉にも別段驚きはしなかった。

「別にあーしはあんたにそんなことして欲しくてこんなこと言ってるんじゃないんだけど。あーしが訊きたいのは……

結衣の……結衣とヒキオのこと。あんたは結衣のこと…………どう思ってんの?」

ここで俺が嘘をつく必要はなく、別に気恥ずかしさも感じなかったが、まだ三浦に伝えていない自分のした行為について

俺は後ろめたさを感じたせいか、彼女から少し目を逸らしてこう答える。


「俺は由比ヶ浜結衣が…………好きだ、……と思っている」

「だったら!」

語気が強くなり、眉をひそめて三浦は俺を睨んだ。そして、少し声を震わせながらこう続ける。

「だったら…………何で……結衣は……今あんな状態なん?あーしは正直、あんたのことよく知らないから結衣がヒキオ

のことをどう思うかとか何も言わなかったけど……でも、こんなことになってて黙っているわけにもいかないと思った。

結衣が……何かマズいことでもした?もし、そうなら――――」

「いや、由比ヶ浜は何も悪くない。問題があるとすれば、それは俺の方だ」


三浦が最後まで口にする前に、俺はそれを遮った。しかし、そんなことを言ったところで彼女が治まる筈もなく、

「あんたの問題は…………もうあんただけの問題じゃない。今も結衣を……巻き込んでる」

「そうだな。それは…………否定しない。……すまない」

「謝るんなら、あーしじゃなくて……」

望むか望まないかに関わらず、俺は、俺の問題について既に他の人間を巻き込んでいる。それは否定しようがない。いく

らそれを本人の意思だと突っぱねたとしても限界というものがある。俺はその人たちに対しては謝らなければならない。

それは重々承知しているつもりだ。


「当然…………由比ヶ浜にも謝るつもりだ。俺自身の問題に付き合わせていることについては……」

「それで、仮に結衣があんたの問題につき合ったとしても…………結衣は大丈夫なの?もし、結衣がこのまま……」

「いや、それはない。今の状態は一時的なものに過ぎない。そもそも結衣にすら、俺はまだ自分の問題を全部話したわけ

でもないからな。それで今日…………そのことについて彼女と話すつもりだ」

事実と予定を並べて話すことで、俺は三浦の不安をなるべく取り除こうとする。そのかいがあったのか、彼女の表情は幾

分硬さが取れたように見えた。しかし、こちらの表情が緩む前に三浦は再び牽制をしてくる。


「だとして…………。結局のところ、あんたは……結衣の気持ちに……応えるつもりがあんの?それともないの?」

その質問に対する答えはもうとっくに決まっている。たとえその応え方が、由比ヶ浜結衣の望むものすべてを満たすもの

ではなかったのだとしても。

俺は逸らしていた目を戻し、三浦を真っ直ぐ見据えてハッキリ聞えるように一度息を吸った。そして、


「俺は…………ある。由比ヶ浜の気持ちに応えるつもりが」


「そ。なら、いいんだけど」

三浦は少し声のトーンを上げてそう言い、少し安心したのか横を向いてふぅっと息をついた。彼女の反応に、俺も肩が

少し下がる。もうこのままさっさとお引き取り願いたかったので、俺はダメ押しとばかりに三浦への説得を続ける。

「とりあえず明日まで…………いや、今日の夜でもいいんだが……待っていてくれないか?その時になれば、たぶん由比

ヶ浜は話してくれる筈だ。もし本人が話さないようなら、その時は俺が直接話す」

「ほんとに?そんなすぐ…………解決するような……話せるような問題なわけ?」


三浦の反応は俺が思ったようなかんばしいものではなかった。むしろ、さっきの怪訝な表情に後戻りしてしまった。よく

考えてみたら、そもそもそんな簡単な問題ならば俺も由比ヶ浜に対してこんなことをしてはいないわけで、三浦がそういう

心配をするのも別に不思議な話ではなかった。しかし、今彼女にその問題のことを直接話すわけにもいかない。何か

わかりやすく伝える方法はないものだろうか。



「……問題そのものがすぐに解決するわけじゃない。俺の問題は、その……なんというか……海老名さんが抱えている

ものと似ていると言えばいいのかな。ただ、彼女と事情が違うのは…………俺の場合は最初から諦めるようなことはもう

しないってこと。だから……」

「ああ、もういい。喋んなくて。わかんないけど、わかったから」


俺が言い終わる前に三浦は組んでいた腕を離して手を上げ、掌をこっちに向けて制止のポーズを取る。彼女の短くも矛盾

したフレーズに俺が怪訝な顔を向けると、三浦は半ばあきれたようにこう話す。

「どっちみちあんた、今これ以上詳しく話すつもりないんでしょ?もういい。諦めた。あーし明日まで待つわ」

「そ、そうしてもらえると助かります……」

「別にあーし、あんたのこと信用したわけじゃないかんね。もし明日になっても結衣が……」

「…………わかってる」


正直なところ、まだ俺には三浦が満足する――つまりは由比ヶ浜が満足する――答えを用意できているのか不安があった。

いや、それ以前に答えを聴いてもらえるのかさえも…………ああ、いかんいかん。こればっかりは自分で蒔いた種だ。俺

一人でなんとかするしか方法はない。というより、そもそも俺が出した答えというのも答えらしからぬものだ。どちらか

というと方法論に近い。だから答えがわかってハイ終わり、メデタシメデタシという話にもなりにくい。むしろ終わりと

いうよりは――――。


「ちょっと」

「……はい」

俺が悶々としていると、不意に三浦に声をかけられて返事に間が空く。俺の様子を不審に思ったのか彼女の顔が少し曇る。

「なんか不安なんだけど…………とにかく……結衣のこと頼んだよ」

「……はい」

「結衣の問題は、あーしの問題でもあるから。わかった?」

「俺は由比ヶ浜には何も問題ない、とさっき……」

そう言いかけて彼女の真意に気づいた時にはもう遅く、またジロッと睨まれてしまう。

「だからさぁ…………結局それはあーしの問題になんの。さっきも言ったでしょ?」

「そ、そうでしたね……」

少しイライラしていそうな三浦の様子を見て、俺は何か機嫌の取れそうなことがいえないか思案する。しかし、結果論で

いえばわざわざ地雷を踏みに行くようなものだった。

「ゆ、由比ヶ浜は……いい友達を持ってるな」

「それはヒキオも同じでしょ」

「え?」


思いがけない三浦の返しに俺の声は裏返ってしまった。三浦が俺の交友関係を把握しているとは考えにくいし、自分に

とってそんな人物がとっさに思い浮かぶわけでもなかった。それで推測するなら戸塚か由比ヶ浜のことなのか…………?

しかし、次に彼女の口から告げられた人物はそのどちらでもなかった。三浦は嫉妬と寂寥の混ざったような眼差しで俺の

方をチラッと見る。

「隼人のこと。修旅の後に隼人が雪ノ下さんに告白したのって…………あんたを庇うためためだったんでしょ?」

「な、何故お前がそれを……」


俺のこめかみから冷や汗が流れる。さっき彼女が言っていた俺の問題が巡り巡って三浦の問題になるという話。それを

端的にわかりやすくここで披露されてしまった。そういう事情をわかっていたからこそ、今回俺に対してここまで踏み

込んだことを尋ねてきていたのか。しかし結局これも自分がきっかけを作っていたことに、俺は申し訳ない気持ちになる。

しかも彼女の立場からしてみれば、葉山は三浦より俺を選んだようなものなのだ。そんな俺に対して良い感情を抱く筈が

ない。そのことが、流れる冷や汗をさらに増やした。


「すまない…………結局それも……俺があんなことをしなければ、葉山も……」

「それは隼人が自分で決めたことっしょ。ヒキオは関係ない。それに、修旅のことを考えるとお互い様みたいなものだし」

「そ、そうか……」

“お互い様”という言葉がかろうじて自分の行為に対する慰めになっている気がしたのか、俺の頭から出ている変な汗が

どうにか止まる。こちらの生返事を聞いて三浦はさらに話を続ける。もう俺に対して意味ありげな視線を送ってきたりは

せず、自分の言いたいことをただ喋るような感じに口調が変わる。

「ま、薄々気づいてはいたんだよね。あーしが雪ノ下さんのこと嫌いなのってそういう理由もあったんだと思う。だから、

むしろハッキリわかって良かったかもしれない」

「でもお前、そのせいで今は葉山と……」

「確かに今はビミョーかもしれない。でも、あーしは……少し時間はかかっても隼人と元通りに戻れるって信じてるし、

別に隼人のこと諦めたわけじゃない」


ああ、少なくともこの二人の関係に関しては元通りに修復できる。何故ならまったく同じことを互いに想い合っているの

だから。もし仮に元に戻ったとして、それよりも先に関係が進展するのかはわからないが、彼女の決然とした表情はそれ

を自分の意志で成し遂げようとする強い熱情が感じられた。そんな三浦を見て俺は思わず、こんなことを口にしてしまう。

「なんか……カッコイイな。未来のこと真っ直ぐ見据えてて」

「じゃあ、あんたも早く結衣との未来なんとかしろよ」

「ま、まったくおっしゃる通りで……」


俺が顔を少し引きつらせながらそう答えると、三浦は両手を広げて「やれやれ」とジェスチャーをして、あきれたように

肩をすくめた。とりあえずお互いに言いたいことも尽きたのか、しばらく沈黙が流れる。しかし、こういう沈黙に慣れて

いないであろう三浦に早々にそれは破られる。


「じゃ、そゆことで。結衣のこと……よろしく」

「あ、はい……」

「もし明日になっても結衣がああだったらその時は……」

三浦は一瞬笑顔になったのかと思ったが、今度は脅すような視線をこちらに向けてくる。カツアゲでもされるような圧力

に気押されて、俺は少し後ずさりしながらこう答えるしかなかった。

「た、たぶん……だ、大丈夫です…………」


俺の返答はどうにか彼女を満足させられたようで、三浦はまた元の笑顔に戻った。落差がある分だけ怖さが増している気

がする。ある意味雪ノ下陽乃と同じテクニックを使っているともいえる。やはりトップカーストに君臨できるのにもそれ

なりの理由というものがあるものだとしみじみ思ってしまった。

俺が黙っていると三浦はいつの間にか振り返り、「また」とだけ言ってこちらが言葉を返す前に歩いていってしまう。挨拶

をするタイミングを逸してしまい、俺は遠くなっていく彼女の後姿を見ながら「また」とつぶやくほかなかった。



完全に一人きりに戻ったところで渡り廊下からふと外を見ると、空模様は朝の時のようにどんよりと曇ってはおらず、ほん

の少しだけ薄日が出始めていた。

今回はここまでです。次回は金・土を目途に。

話を区切る場所を考えるとあと四、五回程度で完結できるかと思います


がんば

俺あーしさんになら童貞捧げられるわ

陽乃もそうだけど、あーしさんとか出てくる必要あったのかなあこれ
なんだかなあ……

>>691
テンポ悪く感じるね

これ読んでると胸が苦しくなってくるわ……
さすがにここまで濠を埋めまくってぼっちENDなんてことはないよな?大丈夫だよな?

八幡の糞さ加減客観的に表すためだろ

あーしさんかっこいいよなぁ

このノリあれだ、最終巻の全員集合のノリだ

>>696
なにそれ燃える

単純な描写不足や持って回しすぎた表現、どうでもいい部分なのに過剰に勿体ぶる文章、
なんではまちにはこういうナル気質な勘違い八幡主人公が溢れてるんだろうな

嫌なら見るな勘違い評論家君

>>698
ははっじゃあお前が完璧な文体の完璧な八幡を書いたらいいじゃんか

他人の感想にキレて噛み付く馬鹿がいるスレは大抵完走できずに終わる

あともうちょっとで終わるみたいなんだし穏やかに済むことを願うわ、色んな意味で

頼むからいい加減に八幡は由比ヶ浜を幸せにしてやってくれよ……

男を見せろ

ここまできたら、はよ完結させろ

wktk

wktk

区切るところを探すのと見直すのにちょっと時間かかってしまってるので投下は明日にします

期待

>>709
[ピーーー]。
ゴミクズ

続きを投下します

!

⑫彼と彼女はもう一度始めることができるのか。


昼休み以降は、また誰と話すこともなく時間は過ぎていき、帰りのSHRも終わっていよいよ部活の始まる時刻が迫って

きた。俺は修学旅行後に起こった出来事に思いを巡らせる。一か月程度しか経っていないのにその間にずいぶんと色々な

ことがあったように思える。脳裏には自分に対してかけられた言葉の数々が浮かび上がってくる。


――――もしヒッキーがわざと嫌われるようなことしても、あたしのヒッキーに対する印象は変わらないからね

まったく……いくらこんなことを言われたからといって実際にそれをやる奴がいるかっつうの。もし、いるとし
たらそいつは愚か過ぎる。まぁ、自分のことなんですが。


――――あとそうだ…………君は君でいい加減に他人から好かれる覚悟をすべきだと思うよ

とりあえず、好かれる覚悟はもうできたと思う。あとは自分が好く、好きでい続ける覚悟をするだけだ。


――――ま……本当のことを言った方が良い時もあるんじゃないの?あんたのためにもその周りの人間のためにも

多少時間はかかったが、ようやく本当のことが言えそうだ。たとえそれが自分にとって、あるいは相手にとって
少しばかり都合の悪いことであったのだとしても。


――――だから、君も君なりの正しさを発揮すればいいのさ。どうにも間違っていると私が思ったらその時は叱ってやる

一応、自分なりの正しさというものを考えてはみたんですがね…………果たしてそれは先生のお眼鏡に適うもの
なのかどうか、俺にはまだよくわからないです。


――――なに、そう深刻になりすぎることもないだろう。いざとなれば一人に戻るという選択肢もある

どうやら、もうその選択肢はなさそうです。あるいは、最初から最後まで一人は一人、という言い方も無理やり
しようと思えばできないこともない。


――――あんまりのんびりしてると、由比ヶ浜さん他の誰かに取られちゃうよ

ああ、わかっているさ。だから、ずっと自分のことが好きだと、何をしても自分のことが好きだなんて自惚れた
ことはもう金輪際考えないようにする。


――――我としても主が部に戻ってもらわぬと困るのでな。正直なところ一人であの者どもを相手にするのは荷が重すぎる

正直なところ、俺にとっても荷が重い。だが、もう背負わないということは許されなくなった。だからどうにか
して、その荷を少しでも軽くする方法を考えてはみたんだ。


――――もしも思慮深く聡明で真面目な生活をしている人を伴侶として共に歩むことができるならば、あらゆる危険困難
に打ち克って、こころ喜び、念いをおちつけて、ともに歩め

ともすれば、彼女は浅慮で愚昧で不真面目な生活をしているようにも見えるかもしれない。でも、本当はそうで
ないことくらいあなたならわかるでしょう?ねぇ、陽乃さん。


――――じゃあ、あんたも早く結衣との未来なんとかしろよ

その“未来”をなんとかするために、今はそのことを考えたり口にしたりすることが俺にはできない。未来が今と
して積み重ねられるようにする方法しか自分には思いつかなかった。



そんなことを考えつつ、これから彼女に伝えるべきことを整理していると、いつの間にか教室に残っているのは自分だけ

になっていた。

…………俺もそろそろ行くか。机から鞄に荷物を入れ直し、教室から出た。

廊下を歩き、渡り廊下を通って特別棟に向かう。

昼休みに三浦に会ったのと同じ場所から窓の外を見ると、空がピンクがかった夕焼けになっていて思わずその足を止める。

天気が良くなったとはいっても快晴になったわけではなく、空の半分くらいは濃い灰色の雲で覆われていた。

だが、それが明暗のコントラストを際立たせており、情感のある景色になっている。

その美しさ故か、夕焼けに感じる独特の寂しさ故か俺の口からはため息が出る。

そのまま少し立ち止まったまま空を眺めた後、また奉仕部部室に向かって俺は歩き出した。


しばらくして部室の前まで辿りついたが、何故か今日は人の気配がしない。中の電気も点いていないようだ。

一応、ノックをしてみるが何も反応はない。仕方ないので、俺はそのまま扉を開けて部室へと入る。


中には由比ヶ浜結衣一人がぽつんと椅子に座っていた。

俺が電気を点けて挨拶をすると、うつむいていた彼女はゆっくりと首を動かして笑顔でこちらを見る。

その表情は痛々しくてとても直視できたものではなく、思わず目を背けてしまう。

反射的に「ごめん」という言葉が喉まで出かかるが、それをどうにか引っ込める。今謝ってしまうと、また誤解を招き

かねない。謝罪するにしても、何に対しての謝罪なのかハッキリさせるのが先だ。

俺は机の横まで歩いていき、鞄を下に置いた。

二人の間に沈黙が流れるが、先にそれを断ち切ったのは由比ヶ浜の方だった。

「えっと……今日は……ゆきのん、遅いね…………いつもは一番先に来てるのに」

「雪ノ下は……少し教室で待たせている。俺と由比ヶ浜二人だけで話がしたい、と先に連絡しておいた」

「え?あっ……そうなんだ……」

俺が雪ノ下の居場所を知っているのが意外だったのか、少し驚いた様子を由比ヶ浜は見せる。一瞬だけ俺と目が合うが、

それもすぐ互いに逸らしてしまった。


さっき見た濃い灰色の雲が覆う空のように、重い空気が流れる。俺としても珍しく沈黙が怖くなったのか、あまり間を持

たせずに立ったままでまた口を開く。そして、彼女に向かって頭を下げる。


「由比ヶ浜。今日は、ここに来てくれて…………本当に……ありがとう。お前には感謝してもしきれない」

「え?あ……いや……そんな大げさなもんでもない、と思うけど……」

俺が頭を上げると、由比ヶ浜は横を向いてこめかみを指で掻く動作をする。それを見てほんの少しだけ空気が軽くなった

ような気がした。俺は一歩彼女に近づいてこう続ける。

「ちょっと由比ヶ浜も立って…………机の前に来てもらっても……いいか?」

「う、うん……」

俺は由比ヶ浜を促して席から立たせ、机の前まで移動させる。そうして、俺と彼女が正面で向き合う形となる。由比ヶ浜

の視線はこちらには向かず、目が泳いでいる。脚の震えを抑えるためなのか、彼女は太ももに片手をやる。

今は自分の心臓の鼓動の音しか聞こえない。俺は一度、由比ヶ浜の方を真っ直ぐ見据える。すると、それに彼女も応じて

体も視線もこちらに向けてくれた。

俺は胸に手をやって一回深呼吸をして息を整えた。そして、


「俺は由比ヶ浜結衣のことが、好きだ。俺ともう一度、恋人として付き合ってほしい。ただし…………一日だけ」


「え?……ど…………どういうことなの?」


俺の告白を聴いて一瞬表情が緩んだように見えたが、すぐにそれは困惑へと変わる。……そりゃそうなるよな。

「理由は今から説明する。とりあえず、最後まで話を聴いてもらっても……いいか?」

由比ヶ浜は俺に聞こえるかどうか微妙なくらいの小さい声で「うん」と言って頷いてくれた。俺は彼女の返答に感謝を

しつつ、話を続けることにする。


「俺は土曜日に、お前と恋人としてうまくやっていく自信がないと言った。そして『ずっと一緒にいよう』という由比

ヶ浜の気持ちには応えられない、とも言った。それは、俺の自分に対する信用のなさが原因であって、お前には嘘をつき

たくないからこんなことを口にした。それなら逆に、どういうやり方だったら自分は由比ヶ浜の気持ちに応えられるのか、

それを俺は考えた。その結果がこれだ。俺が口にできるのは“今”由比ヶ浜結衣のことが好きで、“今”お前と恋人でいたい。

それだけのことに過ぎない。ただし、それを今日だけで終わりにするつもりはない」


そこまで一気に言い切って、俺はいったん息をふっとつく。由比ヶ浜はまだ状況が飲み込めないのか、ぽかんとした表情

で口を半開きにしたままこちらの方を向いている。その口が動いてしまう前に、俺はある誓いの言葉を彼女に告げる。


「俺は……お前のことが好きで……二人でいることが、互いの幸福になると信じられる限り、俺はこれから…………

“毎日”由比ヶ浜結衣に告白し、お付き合いのお願いをする」


「え?……ま、……まいにち?え?……告白?…………え?」


由比ヶ浜は目を見開いて皿のようにしながら、こちらをじっと見つめて幾度か「え?」とつぶやいた。しばらくして俺の

言ったことを理解し始めると、彼女の顔はだんだんと外の夕焼けの色に同化していった。顔色が変わると、由比ヶ浜の

視線はこちらから逸れていく。少し横を向いて床の方を見るような状態になって由比ヶ浜はぽそっとつぶやく。

「い、今の…………本気、なの?……ヒッキーは……」

「……ジョークでこんなこと言えるかよ。本気だ、本気」

「ヒッキーって本当に…………タチ、悪いなぁ……」


俺と由比ヶ浜は、土曜日にしたのと同じようなやり取りをする。でも今の彼女は泣き顔ではなく、苦笑いとあきれが混じ

ったような表情だった。俺はそんな彼女の表情に少し安心しつつも、言うべきことを先に全部伝えてしまおうとする。

「由比ヶ浜の言った『ずっと一緒にいたい』という想い……俺もどうにかしてその想いに応えたい。でも、まだ自分は“今”

のことについてしか口にできない。だから、由比ヶ浜の想いに応えるには実際の態度で示し続けるしかないと思っている。

お前に信用してもらえるまで、そして俺が自分を信じられるまで…………俺は毎日お前に告白し続けたい。あ、いや……

ちょっと違うか……」

「え……?」

俺は話している途中で、後で言うことと整合性が取れないのに気づいて訂正しようとする。すると、由比ヶ浜の顔色が

みるみるうちに不安そうなものに変わっていったので、俺は慌ててまた口を開く。

「あ……えっと……その……俺が毎日告白し続けるのは、別に由比ヶ浜に信じてもらえるまでに限定するわけじゃない

っていうことが言いたかったんだ。好きって気持ちは常に言葉にしてちゃんと伝えないといけないと思っているから」

「そ、そういうこと……」


俺の言葉を聴いて、由比ヶ浜は手を胸に当ててほっと胸をなで下ろす。自分もまた息を整えて、このアイディアについて

考えていることをとりあえず最後まで言い切ってしまう。


「なんというか、その…………悪い意味で慣れてしまいたくないんだよ。自分が由比ヶ浜結衣と一緒にいられるという

ことに。一番最初に何かを話した時とか……一番最初に何かをもらった時とか……一番最初にどこかに出かけた時とか

……一番最初に、その……キスした時とか……そういう経験の最初に感じた喜び、というか胸のト、トキメキ、とでも

いうのか……そういう気持ちをこれから先もずっと忘れないように、俺はしたい。だから、常に“最初”で“最後”でいたい

んだよ、自分は。それで…………恋人として付き合うのも期間を区切ることを考えてみた。そうやって、最初の気持ちを

持ち続けられれば…………恋人としての関係も続けられんじゃないかと、そんな風に自分は思っている」

どうにかこうにか、これから先の二人の関係についての提案を話し終わり、俺の口からは安堵の息が漏れた。

由比ヶ浜はある程度納得しているようにも見えるが、案の定この質問が自分に向かって突き刺さってくる。


「……ヒッキーとあたしが一日限定?で恋人になるって話は……まぁ、だいたいわかったつもりだけど…………。でも、

そういうことなら……どうして土曜日の時にそれを言ってくれなかったの?あたし、今の今までずっと…………不安で

不安で…………やっぱりヒッキーは一人に戻りたいんじゃないか、とか……ほんとはゆきのんのことが好きなんじゃない

か、とか…………」

そう話しているうちに彼女の声は震え始め、目に涙が溜まっていく。そんな姿を見て俺は、由比ヶ浜を抱きしめたくなる

衝動にかられるが、先に伝えるべきことがあると自分に言い聞かせてそれを思いとどまった。

俺はもう一度、由比ヶ浜に向かって頭を深く下げた。

「そればっかりは本当にもう…………俺がどうしようもなくおかしくて、捻くれていて、悲観的で、人と自分を信じる

ことができなくて……失うことが怖くて、人間関係を表面だけ取り繕うなんてことができないのが原因で……由比ヶ浜を

こんなことに付き合わせてしまって…………本当に申し訳ない」


俺はお辞儀をした状態でそのまま言葉を続けようとするが、それは由比ヶ浜に遮られる。

「頭…………上げて?ヒッキー。ちゃんとこっち見て…………話してほしい」

「…………わかった」

終りに近づいてる感じがするな

俺は顔を上げて由比ヶ浜を見ると、彼女とまた見つめ合うような体勢になった。由比ヶ浜は怒っているようでも悲しんで

いるようでもなく、その顔からどんな感情かを読み取ることはできなかった。普段は表情や仕草などが饒舌なだけに、

そんな彼女の様子に違和感を覚える。唯一感じられたサインは、“話を聴く”ことただそれだけだった。

俺も由比ヶ浜の瞳に視線を真っ直ぐ合わせたまま、また口を開く。


「何を言っても言い訳にしか聴こえないだろうし……まぁ、実際そうなんだけれども…………。でも、俺は由比ヶ浜と

恋人として付き合う前に……もう全部曝してしまいたかったんだ。自分の良いところも悪いところも。俺は今まで、人

とうまく関わることができずに……多少仲良くなったと自分がそう思っても、結局どこかで失望させて去っていかれて

しまうことが何度もあった。もちろん、それはどちらか一方が悪いということではないし、そもそも相性が合わないと

いうこともある。だから、いつからか自分は他人に期待したり信用したりすることはなくなったし、自分にとって替え

のきかない大切な存在というのもつくらないようにしてきた……つもりだった」


そこまで一気に話してふっと一息つくと由比ヶ浜は俺の方に一歩近づいてきて、腕を伸ばしてきて何故かこちらの片手

を握った。俺が首をかしげると彼女は微笑を浮かべてこうささやく。

「言い訳でもいいから…………でも、ちゃんと……全部、話してね」

「……ああ」


俺は、視線をさっき握られた手から由比ヶ浜の目に戻して再び話し出す。

「でも、いつの間にか……俺にとって由比ヶ浜結衣は“そういう”存在になっていて……俺は、これ以上距離を詰められる

のが……怖かった。そういうこともあって……俺は修学旅行の時にあんなことをして……結果的に由比ヶ浜を傷つける

ようなことをしてしまった。俺は、俺が……臆病だったせいでお前を傷つけた。だから、もうこんなことはしたくない

……ちゃんと……自分の気持ちと由比ヶ浜の気持ちに向き合おうと思った。それで…………俺はお前に告白をした。

ただ、俺は由比ヶ浜と恋人として付き合っていくにあたってどうしても心のどこかで信じきれない気持ちがあった。

やはり彼女もいつか俺に失望して去って行くのではないのか、と。先に……」

「そ、そんなことは!」


由比ヶ浜は俺の不安に思っていることを否定するため、語気を強めてもう一歩こちらに近づいた。俺は自由になっている

方の手を前に出して制止させてから、そのままの距離で俺は言葉を発する。


「わかってる。先に言っておきたいが、これはあくまでお前の事を信じきれない俺の心の弱さに問題があるってことだ。

普通の人ならとっくの昔に由比ヶ浜のことを信じられただろう。もういい加減、俺もこの悪癖を治したいと思っている。

だからこそ、表面上取り繕ったり誤魔化したりするようなことはしたくなかった。俺はちゃんとこの問題と向き合った上

でそれをなんとかしたかった。それで、わざとそれを表に出すようなことをした。しかも由比ヶ浜にも見えるような形で。

つまり、後で失望されるのが怖いなら先にそういうことをしてしまえ、と」

「それで……土曜日に……『別れよう』って……そう、言ったってこと?」

「そうだ。さすがに今回ばかりは先に由比ヶ浜が悲しむということはわかっていたし、本当に失望されて離れられても

おかしくないと思っていた。そういう別の意味でも怖かったといえば怖かった。もうその時にはどうしようもなく俺は

由比ヶ浜のことが好きになってしまっていたから」

「す……う、うん……」


“好き”という言葉に反応して由比ヶ浜の頬がまた染まり、握られていた手の力が少し緩んだ。今度は俺の方からその手を

握り返し、少し声のトーンを上げて話を続ける。


「でも、それでも由比ヶ浜は今日…………ここに来てくれた。お前の立場になって考えてみれば、あんなことの後で何を

言われるかわかったものではないのに。俺だったら怖くて無理だっただろう。わざと由比ヶ浜を不安にさせるようなこと

をしてしまって本当に申し訳なかった。そして……ありがとう。由比ヶ浜にはなんというか……人を信じきる強さがある。

そういう人を信じきれるところは自分にはとても真似できない美点で、それに関して俺は本当に由比ヶ浜を尊敬している。

だから、今すぐには無理かもしれないがこれからは俺もそこに少しでも近づけたらいいと……そう、思っている。


これで、もう俺はこれから先どんなことがあってもお前を信じるし、俺の方から関係を絶つようなことは二度としない。


とりあえず…………土曜日にああいうことをしたのは……今言ったような理由だ」

八幡めんどくせeeeeeeeeeeeee

言いたいことを言い終わって、俺は少し下を向いて安堵のため息を漏らしてしまう。顔を上げて由比ヶ浜の方を見ると、

瞳が少し濡れているのがわかった。俺がまた話しかけようとすると、手がほどかれて後ろを向かれてしまう。由比ヶ浜は

俺に背中を向けたまま何やらぶつぶつ言っていた。何をつぶやいているのかまでは聞き取れない。


「ゆ……由比ヶ浜…………あの……」

「なんか…………ほんっとうにもう!」

叫ぶようにそう言って振り返ると、キッと睨んで俺の方に飛びかかるようにして両手を伸ばし、俺の頬を強くつねった。

「どうしてもう……こんなに……ヒッキーは……」


痛いという間もなく由比ヶ浜は涙目のまま俺を上目遣いで見つめ、ぱっと手を離したかと思うと今度は顔を俺の胸にうず

めてくる。手が俺の背中に回されたので、俺の手もそれに応じることにした。髪の匂いが鼻孔をくすぐり、鼓動の音が

彼女に聞こえるような気がしてそれがますます心臓に早鐘を打たせる。そんな状態で何も言えない俺をよそに、由比ヶ浜

は俺の胸の中でまたぽそっとつぶやく。

「あたし……別に……強くないし……ここに来る時も、ずっと、不安だったし……」

「ごめん……」

「……」

二人の鼓動と息の音以外は何も聞こえない状態がしばらく続き、少し落ち着いたのか由比ヶ浜は両手を俺の体から解き、

顔も離して元の距離に戻す。正面に向き合う状態になって由比ヶ浜は両手を後ろに回し、ほんの少し毒のあるような笑顔

で小首をかしげて俺の方を見てこう尋ねてくる。

「それで、その…………もう一度……最初のヒッキーの告白とお願い……言ってもらってもいい?確認のために」

「え?あ、ああ……」

俺は彼女の表情からその意図が読め切れずに少し不安になるが、由比ヶ浜に応じることにする。


「改めて言う。俺は、由比ヶ浜結衣のことが好きだ。もし一日だけでもよければ…………俺と付き合ってほしい」


言い終わると、何故か由比ヶ浜はくるっと回って俺に背中を向けてしまう。彼女の表情などわかる筈もなく、スカートに

触れながら組んでいる手をちょこちょこと動かしている様子しか、俺からは見えない。声をかけようとしたその時、



「やだよ……そんなの。そんなの…………やだ」

今回はここまでです。次回は火・水を目途に

このスレ見てから原作読んでみたけど、可愛いというか、いじらしい主人公だよな。
おっさんがラノベ読んでるのも変だけど。

ざきやまが?
俺ガイルのスレに?

来ない

乙。やっと八幡の考えがわかってスッキリしたわ。捻デレを突き詰めた感じで良い

>>728
へぇ~中にはそういう人もいるのか。ちなみにどこまで読んで原作に手出したの?

>>731
前回の投下まで読んでから、昨日今日で原作一気読みしたわww
静ちゃん可愛すぎ!

毎日告白するってことは一応日ごとにリセットされるんだよな……
どうにも俺には、その気になれば明日にでも関係を断てる都合のいい関係にしか見えない……

大変に面倒くさい奴だなあと思いつつ、納得は出来た
このままハッピーエンドになってくれ

八幡がめんどくさすぎる
結衣言いたいことはハッキリ言ってやれ
あとこんなの雪乃は容認してたのか?

ざきやまが?
はまちスレに?

>>736
こねーよ

>>736
こいつほとんどのはまちスレで[ピーーー]っていってるキチガイやん

黙って透明あぼーんしよう

とりあえずぼっちENDにはならなさそうで一安心

まあ、思ってたより全然マシな進行でホッとした

続きを投下します

ある程度は覚悟していた返答だったが、いざ実際に言われてしまうと瞬時に反応を返せない自分がいるのに気づく。答え

となる言葉を考えながら、俺はもう一度由比ヶ浜の後ろ姿に呼びかけようとする。

「由比ヶ浜。俺は……」

「あ~!もう……ほんとになんか……もう!」

そうやって唸りながら、彼女はまた振り向いてこちらに視線をやって睨む。それから、両手で自分の髪を掻きむしった。

「嫌に決まってんじゃん。一日だけの恋人なんて。そんなの……」

「そ、そりゃ……そう、だよな……」

突き刺さる視線と申し訳なさから、俺は少し目を逸らしてしまう。すると、由比ヶ浜はこちらにずいっと迫ってきた。


「もう……どうして『毎日告白する』なんてことが言えるのに、『ずっと一緒にいよう』とは言えないの!?」

「すまん……」

「それにヒッキーもさ……あんまりあたしのこと、言えないよね」

「え?」

唐突に言われた彼女の言葉に、つい疑問の声が漏れてしまう。な、なんかお互い様みたいなことって俺と由比ヶ浜の間に

あったっけか?人として、タイプ的には全然違うと思うんだが。俺の反応に彼女はあきれ混じりにこう続ける。

「ヒッキー、土曜日の時にあたしにこう言ったでしょ?『由比ヶ浜は優しいけど、男を勘違いさせるから悪い子』だって。

でも、ヒッキーも相当だよ。捻くれてほんとのこと言わなかったり、向き合ってくれたのかと思ったら逃げられたり、

上げたと思ったら落とされたり…………そういうことされたら“勘違い”しちゃうよ、あたしも……」

「すみません……」

彼女の指摘はまったくもって正しいので、俺はただ頭を下げるほかなかった。


「それにさ……ヒッキーは自覚してないんだろうけど……あたし、気分的には……ヒッキーに対してもう四回失恋してる

んだからね!」

「え?よ、四……」

次々にたたみかけられる由比ヶ浜の言葉に、俺はもうオウム返ししかできなかった。

「そう。あたしの誕生日の前の時と、修学旅行の時と、ゆきのんに告白した時と、この間の土曜日で四回」

「ごめん……」


最初の誕生日の時は由比ヶ浜の勘違いではないかとも思ったが、現に自分は勘違いさせるようなことをしてしまっている

ので、そんなことを指摘する資格などある筈もなく俺は頭を垂れて謝るだけだった。

由比ヶ浜はとりあえず言いたいことを言い切ったのか、一歩下がってまた後ろに振り返ってしまった。俺はどうにか彼女

に次々に言われたことを咀嚼して、返す言葉を考えあぐねていると先に向こうが小声でつぶやいた。

「とりあえず今は…………これでおあいこ、ね」

「え?」

由比ヶ浜は体は後ろを向けたまま、顔だけ横に動かして片目で俺の方をチラッと見る。

「さっきヒッキーが…………言ったでしょ?恋人になる前に、自分の良いところも悪いところも全部見せておきたいって。

だからね、あたしも…………あたし、普段は人の顔色うかがってることの方が多いのに……肝心な時ほど、その……自分

の感情を優先して……それを口に出しちゃうから……。それは、その……あたしの悪いところだと思うから……見せて

おいた方がいいんじゃないか、と思って……」


「そ、それで…………さっきあんなこと言ったのか?」

「う、うん……」

「い、いや…………でも、さっきのは……言って当然のことだと思うし、悪いのは俺で……」

「うん、だからね……。別にヒッキーに謝ってほしいとかじゃないんだ。ただ、あたしがそう言いたかっただけ」

「そ、そうか……」

なんだろう、この気持ちは…………。さっき俺は由比ヶ浜に怒りの感情をぶつけられた筈なのに、何故か全然悪い気が

しなかった。いや、俺が悪いのは確かなんだが……。その時の素直な感情をぶつけてもらえるって…………なんだか……

嬉しい。俺が嘘や欺瞞に満ちた人間関係を嫌っていたせいで余計にそう思うのかもしれないが。そんなことを考えると、

自分の体温が上がる気がして、つい額を指で掻きながら俺も思ったことをそのまま口にすることにした。

「いや、なんだろう…………俺としても……そうしてくれた方が嬉しいというか……。別にどういう感情でもいいんだ。

それを素直にそのままぶつけてくれればいいと思う。今さら由比ヶ浜に何を言われようが俺がお前を嫌うなんてことは

もうないだろうしな。それに、感情が昂ったらつい口に出るのは誰でもそうだと思うし」

「あたしもそう思ってるよ。だからね…………もうね……今回のことはしょうがないと思った。だってそれはヒッキーが

言いたいこと言うためには必要なことだったんだから」

「ごめん……」

「いいよ、もう謝らなくても。ちょっと話がズレちゃったけど…………さっきの返事、改めて答えるね」


由比ヶ浜は正面に向き直って、俺の方を澄んだ瞳で真っ直ぐ見据える。自分も視線でそれに応える。

「それに、本来はこれはあたしが先に言うべきだったんだ…………だから、言わせてください」

彼女は胸に手をあてて目を瞑り、一度深呼吸をしてから俺の方に目を見開き、ハッキリとした口調で告げる。


「あたしは、ヒッキーのことが……好きです。あたしと……恋人として、付き合ってください」


「一日だけなら、な」


「もう……」

相変わらずの俺の返答に、由比ヶ浜はあきれたように笑う。とりあえず、その表情から了承は得られたようなので俺の口

からは安堵の息が漏れる。少しだけ間のあいた後、由比ヶ浜はまたこちらに腕を伸ばしてきて俺の手を取った。

「あたし、まだヒッキーに色々話したいことがあるんだけど…………ちょっと座ってもいい、かな?」

「あ、う……うん……」


俺は彼女に手を引かれて机の後ろに回り込み、いつものポジションに腰を落ち着ける。二人とも椅子に座ると、由比ヶ浜

は椅子をこちらに寄せてきて肩がもう少しで触れ合うような距離にまで近づく。そして、改めて俺の左手が握られた。

手汗が気になるのを紛らわすために、俺の方から話しかけてしまう。


「そ、それで……由比ヶ浜……話って……」

「あっ……そうだ!」

「な、なんだ……?」

「とりあえず……今はもう……恋人に戻ったってことでしょ?だったら、また……その、名前で……」

声が小さくなるとともに、その頬に朱が差した。俺がその表情に見とれていると、彼女は顔をこちらに向けて上目遣いで

俺の方を見る。彼女の求めに応じるために、自分も少し顔を近づけて小さめに声をかける。

「わかったよ、結衣」

結衣はえへへと照れ笑いをして、左手で頬を撫でつけていた。土曜日に何度も名前を呼んでいる筈なのに、そんな彼女の

反応になんだか自分も恥ずかしくなって顔を背けてしまう。しかし、そんな甘い空気は早々に断ち切られる。

「ヒッキー、ちょっとこっち向いて」

「は、はい」


振り向くと、結衣は口角を上げてこちらを見つめてきた。でも、その目は笑っていなかった。

「ヒッキーもわかってるとは思うけど…………別に、あたし土曜日のこと許したわけじゃないからね」

「そ、そんなすぐ許してもらえるなどとは……」

「だから、その代わり……」


結衣はそう言いかけて、俺の方にどんどん顔を寄せてくる。鼻と鼻とが触れそうになる直前で、俺が顔を少し横に向ける

と彼女は吐息混じりにこう耳打ちをする。

「『好きって言う』約束…………ちゃんと、守ってね」

「も、もちろんです……」

顔と手に変な汗をかきながら、俺がたじろぎながらそう答えを返すと結衣は満足したのか、顔の位置を元に戻してから

ニッコリと妙に凄みのある笑顔で俺に微笑みかけてくれた。どうにも手汗が気になって俺は握られた手をほどこうとする

が、かえってそれが向こうの握る力を強めてしまう。俺は思わず結衣に話しかける。


「い、いいのか?たぶんベタベタしてるのに…………」

「いいよ、あたしは……。あたし、ヒッキーともっとベタベタしたいもん」

「そ、そうですか……それなら、まぁ……」

彼女の言った“ベタベタ”という音の響きになんだか変な気分になりつつ、俺と結衣は手を握り合っているのだった。


二人とも無言のまま時計の針を進めさせて、しばらく経つと結衣がまた口を開いた。

「ところで、さっき言ってた話なんだけどね……」

「お、おう……」

「実は……あたしもヒッキーと同じようなこと、考えてたんだよね」

「えっ?」

結衣の唐突な告白に、俺は困惑して首をかしげる。“同じようなこと”というのは具体的には何を指しているんだろうか?

俺がそのことを尋ねようとして口を開きかけると、先に結衣が続ける。


「あのね…………あたし、土曜日にデートしてた時はその……浮かれてて、ヒッキーのことをあんまり気にかけてあげ

られてなかったんだと思う。だから、別れるって言われた時は正直ショックだったけど…………でもヒッキーが心配性な

こと、甘く考えすぎだったなって後で思い直した。今日、もしヒッキーがまた付き合おうって言ってくれなかったら……

……あたしはあなたにもう一度告白するつもりだった。それでもダメだったら、また明日も…………それこそ、ヒッキー

が本当に安心できるようになるまで」


自分は自分で結衣にそこまで気を遣わせていたことに、申し訳なくなりまた頭が下がっていってしまう。

「安心させられるようにって……それ本来は男が言うべきセリフなんじゃ……」

「それはそうかもしれないけどヒッキーは言ったじゃん、あたしと対等な関係でいたいって。それでヒッキーがあたしを

安心させようと頑張るならあたしも同じように頑張りたいと思う。だから、ヒッキーがあたしに一方的に告白することは

ないんだよ」

「由比ヶ浜……」

目頭が熱くなり、俺は彼女の心遣いに思わずそうつぶやく。すると、由比ヶ浜は何故か首を横に振る。

「ゆ、い」

「あっ……悪い…………結衣」

俺が名前を言い直すと、結衣はふふっと微笑みかけてくれた。その笑みに自分もつられて頬が緩んでしまう。しかし俺の

緊張の糸は、まだどうにか切れずに済んでいた。結衣は目を細めて話を続ける。


「あたし…………土曜日にデートしてる時にね……普段とは違うヒッキーをたくさん見ることができたと思ってたんだ。

そのことがとても……嬉しかったし、楽しかった。まぁ、あんなことがあったから無理してた、という言い方もできる

のかもしれないけど…………。だから、別れようって言われたのは嫌だったけど…………でも、それでヒッキーのことが

嫌いになるというよりは……もっと知りたかった。ヒッキーの考えを。好きとか嫌いとかいう前に、ヒッキーの考える

ことってちょっと普通ではありえなくて、変わってて……面白いから。だから、その……今日……まぁ、ずっととは言わ

なくてもヒッキーがこれからもあたしと一緒にいたいって言ってくれて……良かった。だって、一緒にいなかったら知る

ことさえできないでしょ?」

「結衣……」


同情でも憐憫でも気休めでもなく…………ただ、ただただ純粋に自分の存在に興味を示してくれていることに、俺は感嘆

の声を上げざるを得なかった。結衣が気遣いではなくそう言ってくれたことが、俺の感情をさらに揺さぶる。自分が平静

を保ちたいが故に、俺はこんなことを口にしてしまう。

「でも……その、なんというか…………もう、結構なんだ……お互いのこと知ることは、できてはいるんじゃないか?」

「“今”のあたしとヒッキーに関しては、そうかもね。でも、これから先のあたしたちのことはまだわからないでしょ?」

「そ、そうだな……」

今まで散々自分が心の中で思って、また口にしてきた“先のことはわからない”というセリフをこう使われるとは…………。

「あたし、楽しみにしてるよ。恋人同士になったあたしたちのことを。それで、もっとヒッキーがあたしのことを知って、

あたしがヒッキーのことを知ることができるのを…………」

「……」


これ以上感情の波に飲まれたくないので、俺は下手なことは言えずにただ黙るしかなかった。結衣の言っていることが

間違っているわけでもないのだし。俺と結衣が恋人同士という関係になって…………たぶん、その過程で由比ヶ浜結衣も

比企谷八幡も少しずつ変わっていくのだろう。でも、何だろうか……自分はもはやそういう“変化”というものに嫌悪を

感じなくなっていた。たぶん、それは――――。

「ヒッキー?」

少し間があいてしまったので、結衣に顔を覗き込まれる。あ、あんまり今近寄らないでくれよ…………目が潤んでいるの

がバレるから。


「ああ、悪い…………俺も……楽しみにしてるよ。自分と結衣とのこれからについて。少し怖いとも思うけど、な」

「そ、そっか…………でも、大丈夫だよ」

「……何を根拠にそんなこと言えるんだよ」

「あたしが大丈夫だと思ってるから」

「……そうか。なら、…………大丈夫だな」

「……うん」


俺と結衣は何やら曖昧でふわふわした会話を交わすが、でも何故か現時点でこれ以上とないくらい確実な言葉の応酬で

あると自分には感じられてしまった。何の混じり気もない澄みきった、ただただ純粋な感情のやり取り。なんだか胸が

ぞわぞわして、自分の中にある澱んだものが浄化されるような感覚に俺は襲われる。しかし、結衣の言いたいことはまだ

これで終わらなかったのだった。

「ねぇ、ヒッキー?」

「ん?」

「土曜日の別れ際に…………あたしに言ったこと、覚えてる?」

「え?」

あの時も結構色々なことを口にしていたし、思い当たる節が多すぎて一体何のことか判然としない。結衣は俺の反応を

見て少し眉根をひそめる。

「ヒッキー言ってたでしょ?今の幸せは自分の手に余りすぎるって。それで、それを逃したくないって。でも、どうして

も自分の手からは零れてしまうって。それで、ちょっと考えてたんだ。ヒッキーの言ったことを……」

「ああ、うん……」


確かにそんなことを言った気はするが、だからどうしたらいいとかそこまで考えて口にしたことではなかったので、結衣

が今その言葉を発したのが少々意外に感じられた。まぁ、結局は臆病だったからそんなことを自分は言っただけだと思う

のだが。しかし、頬を緩めて微笑を浮かべる結衣が次に告げたのは予想外の内容だった。


「それでね…………なんでヒッキーの手から零れちゃうのかっていうとね……それは、ヒッキーの手がボロボロだから」

「!」

「そうなったのはたぶん、人と関わって傷ついたり……自分の手のことは無視して困ってる人に手を差し伸べてきたから

なんだよ」

「ゆ、由比ヶ浜……もう、それ以上は…………」

なんとなく次に言うことが予想できてしまって、俺は反射的に“由比ヶ浜”と呼んでしまう。だが、彼女は俺の制止を無視

してそのまま続ける。



「でも、あたしは…………“そういう”手をしているヒッキーのことが、好きになっちゃったんだ」

そう言って結衣は握っていた手をいったん離し、両手を前に出すように促す。こちらがそれに応じると、彼女は俺の両手

を組ませる。そして、結衣に撫でるようにして触れられて俺の手が包み込まれる。

「だからね…………ヒッキーの手から幸せが零れなくなるまで、こうするんだ」

「こ、こうするって……」



「あたしがヒッキーを……“手当て”するよ」

「!!!」



――――ああ、いかん。もう…………ダメだ。抑えきれない、この感情は。

そんな言い方をしたら、“今”の俺の存在そのものを認めてしまったようなものじゃないか。

しかも、その“今”の自分というのは“過去”の出来事の積み重ねによってつくられたものだ。

人間関係がうまくいかなくて一人ぼっちだった自分。

斜に構えたり、捻くれたものの見方をするようになってしまった自分。

でも、いつもどこかで自分の“影”を他人に見出して、自身のことは無視してそれに手を差し伸べてしまう自分。

そういう過去の積み重ねを否定しないで、結衣はそのまま受け入れてしまった。

“今”の俺によって、結衣には色々と迷惑をかけたり、傷つけたりしてしまったのに。

それなのに、そんな自分を差し置いて俺を“手当て”するだって?

結衣は俺と一緒にいることで起きる悪いことも、不都合なこともすべて飲み込んでしまったかのようだ。

俺は今まで、自分の存在は自分が認められていればそれでいいと思っていた。

でも、今は違う。俺の一番好きな人が、俺の存在そのものを――――

今までずっと自分の中に溜めていた心情が、奔流のように襲ってくる。

俺の中の“引き出し”が、開け放たれてしまう。

感情の緊張の糸が、すべて切れてしまう。

溢れ出してくる思いに、俺は耐えきれなくなって手をふりほどき、椅子から立ち上がり、結衣に背中を向けてしまう。


「ヒ……ヒッキー……?」


少し不安げな声を出す彼女を無視して、俺は虚空を見上げる。でも、もう間に合わなかった。

堰を切ったように俺の目から涙が溢れ出した。

さっと制服の袖で拭き取ろうとするが、そんなことをしても次から次へと流れ出てくる涙に動きが追いつかない。

嗚咽が漏れてしまい、ガタッと音がして結衣の足音が近づく。


「な……泣いてるの?ヒッキー……」

「お、俺は……な、ないて……っ……なんか……」

そんなバレバレの嘘をつく俺に、結衣は後ろから優しくささやくように声をかける。

「ねぇ……こっち……向いて?」

「や、だよ…………こんなっ……カッコ悪いところ……好きな子、に……見せ……」

俺は往生際の悪い抵抗をするが、次の彼女の言葉にそれも無駄だと思い知らされる。

「ヒッキーはあたしの泣き顔を見たのに?それってなんか…………ズルくない?」


結衣の言ったことに反論できる筈もなく、俺は渋々彼女の方に振り返った。結衣は困ったような、ほっとしたような表情

で俺の方を見る。そして、ポケットからハンカチを取り出して手を伸ばして涙の流れる俺の頬を撫でた。

「い、いいよ……結衣……俺……自分のっ……あるし……」

「このハンカチ、ヒッキーのだよ」

「え?」

「土曜日の時、あたしに渡してそのままだったでしょ?だから……」

「ああ……そ、そうか……」


俺は結衣から自分のハンカチを受け取り、涙を拭く。自分がそうしている間に、彼女にはさらに距離を詰められてしまい

そのまま両手を背中に回されて抱きしめられてしまった。その行為が、俺の涙をさらに増やしてしまう。

俺はしばらく、結衣に「ごめん」とか「ありがとう」とかしか言えずに泣き続けるほかなかった。

その間、結衣は俺の頭をぽんぽんと触ったり、「大丈夫だよ」などとあやすように声をかけてくれた。

どうにかこうにか、流れてくる涙が収まってくると俺はいったん彼女から体を離そうとする。結衣も状況を理解したのか

それに応じて回していた手を戻して、再び二人で立って正面で向き合う形になる。

「……少しは落ち着いた?」

「ま、まあな……」

そう答えると、結衣は微笑んで少し首を傾けて涙の流れた痕のある俺の頬を指で優しく撫でる。俺は彼女に言うべきこと

があると思っていたのでそれを口に出そうとするが、泣いた後のせいなのかなかなか声が出てこない。先に口を開いた

のは結衣の方だった。


「ヒッキーもずっと…………辛かったんだね。なかなかあたしには……見せてくれなかったけど」

「やめろ、今そんなこと言うんじゃない。また泣きたくなっちゃうだろうが」

「いいじゃん、泣けば。良いところも悪いところも全部…………見せておきたかったんでしょ?」

「お前な……」

ちょっと意地悪な気遣いに、俺は苦笑いを返す。結衣は相変わらず微笑んだままだった。今度こそ俺は自分が伝えるべき

ことを言うため、ハンカチをしまって彼女の肩に手を置いた。結衣は少し驚いたような表情をする。

「ヒ、ヒッキー?」

今度は自分の方から近づき、手を回してそのまま結衣を抱き寄せる。

片手を頭の後ろにやって、彼女の髪を撫でる。

くっついた体で、彼女の柔らかい感触をその肌に感じる。

少し鼻で息を吸い、彼女の匂いを嗅ぐ。

俺は全身を使って由比ヶ浜結衣という存在そのものを味わう。


もういい加減、年貢の納め時か――――。


今の俺はこの子のためなら何だってできると、そう思える。

何を口にしたっていい。

何を実行したっていい。

何を犠牲にしてもいい。

自分のくだらないポリシーなんて投げ捨ててしまってもいい。

俺は自分で、お互いに対等な関係でいたいと、そう彼女に告げた。

その彼女は、俺が直接口にはしていないけれども、でも俺が心の奥底でもっとも望んでいたことをしてくれた。

そうであるのなら、俺もこの子が今一番望んでいることをするべきなのだろう。

今こそ、今をおいて彼女が一番に望む言葉を言わないで――――いつ言うというのか。


もう、覚悟は決めた。俺は一度深く息を吸ってから、由比ヶ浜結衣にこう告げる。



「これからは、ずっと一緒にいよう…………結衣」



今回はここまでです。次回は金曜あたりを目途に

エンダァァーー!!

ありがとう。
凄く良かった。
本当に泣きそうになった。

乙。
なんかカタルシスがヤバい。あとなんでかよくわからんけど今回は凄いエロく感じたわ、
勿論良い意味で

きたかきたか
ぅれしいぞ

もうこれが八巻でいい

>>765
蜷梧э

とても素晴らしい

>>767
[ピーーー][ピーーー][ピーーー][ピーーー][ピーーー][ピーーー][ピーーー][ピーーー][ピーーー][ピーーー][ピーーー][ピーーー][ピーーー][ピーーー][ピーーー][ピーーー][ピーーー][ピーーー][ピーーー][ピーーー][ピーーー][ピーーー][ピーーー][ピーーー][ピーーー][ピーーー][ピーーー][ピーーー][ピーーー][ピーーー][ピーーー][ピーーー][ピーーー][ピーーー][ピーーー][ピーーー][ピーーー][ピーーー][ピーーー][ピーーー][ピーーー][ピーーー][ピーーー][ピーーー][ピーーー][ピーーー][ピーーー][ピーーー][ピーーー][ピーーー][ピーーー][ピーーー][ピーーー][ピーーー][ピーーー][ピーーー][ピーーー][ピーーー][ピーーー][ピーーー][ピーーー][ピーーー][ピーーー][ピーーー][ピーーー][ピーーー][ピーーー][ピーーー][ピーーー][ピーーー][ピーーー][ピーーー][ピーーー][ピーーー][ピーーー][ピーーー][ピーーー][ピーーー][ピーーー]バーーーローー[ピーーー][ピーーー][ピーーー][ピーーー][ピーーー][ピーーー][ピーーー][ピーーー][ピーーー][ピーーー][ピーーー][ピーーー][ピーーー][ピーーー][ピーーー][ピーーー][ピーーー][ピーーー][ピーーー][ピーーー][ピーーー][ピーーー][ピーーー][ピーーー][ピーーー][ピーーー][ピーーー][ピーーー][ピーーー][ピーーー][ピーーー][ピーーー][ピーーー][ピーーー][ピーーー][ピーーー][ピーーー][ピーーー][ピーーー][ピーーー][ピーーー][ピーーー][ピーーー][ピーーー][ピーーー][ピーーー][ピーーー][ピーーー][ピーーー][ピーーー][ピーーー][ピーーー][ピーーー][ピーーー][ピーーー][ピーーー][ピーーー][ピーーー][ピーーー][ピーーー][ピーーー][ピーーー][ピーーー][ピーーー][ピーーー][ピーーー][ピーーー][ピーーー][ピーーー]

いいねぇ

コレジャナイ八幡だったなあ
まあ乙

後は雪乃がどうなるか、か

ゆきのんはぼきゅのものなんだな

なんかいいなこういうの
八幡マジヒロイン

個人的にゲーガイルの結衣ベストエンドに近しいものを感じた

本当に····なんて遠い回り道....

>>768
くたばれよ
あとよく見ると一個だけバーーーローーまざってるな

>>768
ID大文字多いな

ガマハさんまじで天使

さすがの八幡もここまでされたら落ちるしかなかったか
やっぱりヒロインは八幡だった

?(

ちょっと中途半端なところで区切ることになると思いますが、続きを投下します

「ヒ、ヒッキー…………」

結衣は震えるような声で俺をそう呼ぶと、その後はちゃんとした言葉にならずに今度は彼女が嗚咽を漏らし始める。俺は

いったん抱き寄せていた体を引き離し、涙を流している結衣を見てポケットからハンカチを取り出そうとする。すると、

さっき自分が言ったのと同じ言葉を返される。

「あたし、自分の、ある……から……」

「そ、そうか……」

結衣はそう言って自分のをポケットから出してハンカチを頬に当てる。手持ちぶさたになった俺が考えあぐねていると、

先に彼女から声をかけられる。

「また…………ギュッて……して?」

「……わかった」

結衣の求めに応じて、俺は再び彼女を抱き寄せる。そうすると、嗚咽がより激しくなったように聴こえる。さっきと違って

俺はなかなか結衣に声をかけられずにいた。しばらくして、どうにか一言だけ口に出すことができるようになる。

やっときた
うれP

「もう……大丈夫、だから……」

「あ、ありがと…………その、……ヒッキーは?」

「え?」

彼女の思わぬ質問に、俺は思わず困惑の声を上げてしまう。その反応に、結衣は泣いたまま少し笑ってこう返す。

「ちょっと……さっき言ったこと……その、無理して言ったんじゃないかと、思って……」

「こんな時まで俺の心配かよ…………まぁ、正直なところ……ちょっと無理、というか……背伸びはしたかもな」

「そっか……」

「でも、それもお互い様……だろ?結衣がこのタイミングで泣いたってことは…………お前も背伸びしてたってことじゃ

ないか?本当はまず自分が安心したかったのに、俺のこと気遣わせて…………悪かったな」

「いいよ……それは、あたしが勝手に思ってしたことだし……」

「だから、俺も自分で決めて口にしたことだ。結衣が気にする必要はないよ」

そんなやり取りに、俺と彼女の口からは思わずふふっと笑いが漏れる。お互いがお互いのことを想って自分のことを差し

置いて少し背伸びをしてしまう。それで、また互いに心配し合う。そういうことは、本当は長続きしないから良くはない

のだろうけど、でも…………今はその状態が何故かとても心地よく感じてしまった。

しばらくそんな状態に身をゆだねていると結衣の嗚咽も収まってきた。彼女が俺の背中に回していた手を引っ込めたので

自分もそれに応じて抱きしめていた結衣から体を離す。正面で向き合うようになって、また彼女から話しかけられる。

「ヒッキーもあんまり……無理しないでね。さっき言ったことも……別に、あたしは……」

「いや…………俺は一度口にしたことはちゃんと……その責任は取るつもりだ」

「ヒッキーは…………変なところで真面目だもんね」

「“変”は余計だ……」

さすがにもう互いに言うことも尽きてきたのか、ただ黙って見つめ合うだけになった。結衣の表情もさっきの笑顔に戻り、

俺の頬も緩む。もうこのままずっとこうしていたいとも思ったが、俺は彼女に言っておくべきことがあるのを思い出す。


「あ、あのさ…………とりあえず、俺は言いたいことはだいたい言えたが……お前は?」

「あ、あたしも言えたと、思う……」

「そうか…………じゃあ雪ノ下を呼んでくる。かなり待たせちまったし、早いとこ……」

「あ、あたしが行くよ!」

結衣は一瞬ハッとするが、すぐに俺の言ったことを理解して勢いよく手を挙げて叫ぶようにそう言った。彼女の反応の

良さに、俺はふっと息が漏れてこう返す。

「じゃあ……頼むよ」

「うん!」

元気よくそう返事をして結衣は歩き出し、扉を開けて外に出るといったん振り返ってこっちを見て胸の前で手を振った。

俺も手を振って返事をすると、彼女はニッコリと笑ってからぱたぱたと足音をさせながら部室から遠ざかっていった。


一度に色々なことが起こり過ぎて自分の頭の処理が追いつかないせいなのか、倒れ込むようにして椅子に座り、俺の口

からは長いため息が出る。

これで…………良かったんだよな、たぶん。

少し自分が予定していたのとは違ってしまったが…………とりあえず、俺と由比ヶ浜結衣とのことはどうにかこうにか

答えを出すことができた。

あとは…………雪ノ下雪乃とのことだけだ、答えを出すべきなのは。



俺は、先週の期末試験終了日に雪ノ下の家で二人だけで話し合ったことを思い出していた。


「私…………あなたのこと、好きよ」


既にほぼわかっていたことではあったが、いざ本人から直接言葉にされるとなるとやはりそのインパクトはケタ違いの

ものがあった。俺は彼女のその言葉の重みをどうにか受け止めて返事を返そうとする。


「雪ノ下。すまないが……」

しかし、俺が言い終わる前に雪ノ下は憂いを帯びた笑顔のまま再び口を開く。

「でも、私は今のあなたをそのまま受け入れることはできないわ。だから、私の恋人になることは諦めて頂戴」

「いやいや、今お前の方から告白してきただろ。なんで俺が振られたみたいになってるんだ」

「あら、先に告白してきたのはあなたの方でしょ?私はそれに対して『ごめんなさい』としか言ってないわ。それとも何?

あなたごときに私を振る権利があるとでもお思いで?」

「お前……」


ああ…………これは“いつもの”、そして“俺が望んでいる”雪ノ下雪乃という像そのものだ。彼女はそれをわかっていて、

今わざとそう演じてみせたのだ。そして、その行為に対して心地よく感じてしまっている自分がいる。そのことが、俺と

彼女がこのまま恋人としては付き合えないことを端的に表していた。彼女は彼女なりのやり方で、今それをハッキリさせ

てしまったのだ。俺の返事を聴くまでもなく。

だが、それはそのまま俺が黙っていていい理由になるわけではない。俺は俺で彼女にきちんと言葉で伝えなければなら

ないことがある。もちろん、それは雪ノ下も理解している。だから、彼女は俺から顔を背けてこう尋ねる。

「比企谷くんは…………私のこと、好き?」

懇願するような彼女の声色に、胸の内が波立つような感覚に襲われる。しかし、その質問に対する答えはもう決まって

いた。俺は、雪ノ下の横顔に向かってこう告げる。


「俺は雪ノ下のことが、好きだ。でもそれは……………………恋人にしたい、という意味の……好き、ではない」


「そう…………そうね。そう……わかっていたわ」


雪ノ下は落ち着いた声でそう言った後、ふっと息をついてカップに手を伸ばす。少しうつむいた状態で、顔の近くまで

カップを引き寄せるとそこで動きが止まる。一瞬間を置いて、カップの液面に波紋が広がった。

「雪ノ下……」

「ごめんなさい、今……話しかけないで。こっちを…………見ないで頂戴」

「わ、悪い……」

雪ノ下は声を震わせながらそう言って、カップをテーブルに戻した。勢いよく置いたので、液面が波打って紅茶が零れ

そうになる。俺は彼女のお願いを聴いて、反対側に顔を逸らした。ソファがギッと音を立てて雪ノ下が立ち上がる。


「比企谷くん。私の方から呼びつけておいて、悪い、とは思うのだけれど…………少し……十分、いえ……十五分だけ

…………ここで座って待っててもらえるかしら。必ず…………もど、るから……」


途中から嗚咽が漏れ、声も途切れ途切れになりながらどうにかそこまで言い切ると、雪ノ下は俺の返事を待たずしてその

ままリビングから走るように出ていってしまった。俺は彼女の言葉が途切れる前に、手を伸ばして引き止めたくなる衝動

にかられるが、“必ず戻る”というフレーズを聴いてどうにかそれを思い留まった。

足音が止まり、部屋のドアがバタンと閉められる音がした後は、しばらく何も聞こえなくなった。

何度か、部屋に様子を見に行こうかとも思ったが、さっきの彼女との会話を思い出してその気持ちを胸の内にしまう。

俺はただソファに座ったまま、窓の外を眺めて時が過ぎ去るのを待つほかはなかった。


しばらくしてドアの開く音と足音が何度かするが、彼女はそのままリビングに戻るということはなかった。


俺が時間を確認しようとスマホを取り出そうとすると、後ろから声がかかる。

「……待たせたわね」

「もう…………いいのか?そっち向いても」

「……いいわよ」

俺が振り返ると、穏やかに微笑を浮かべて立っている雪ノ下雪乃の姿があった。今日俺がここに来て彼女の様子を見た時

と同じ状態に戻っているかのようだった。雪ノ下はこちらに近づいて、また俺の隣に座り直した。最初に何を話すべきか

考えあぐねていると、ふっと息をついて先に彼女の方が口を開く。もう声が震えるようなことはなかった。


「比企谷くんが優しくなくて屑であるおかげで助かったわ。部屋に様子でも見に来られていたらどうなっていたことか」

「相変わらず反応に困る言い方だな…………とりあえず、その……大丈夫なのか?お前」

「大丈夫なふりができる程度には大丈夫……といったところかしらね」

雪ノ下はそう答えると、少し毒のある笑顔でこちらを見つめてきた。その目は「大丈夫でないのはお前のせいだ」と

言わんばかりで俺が返す言葉に窮していると、彼女はいったんこちらから視線を外す。

「大丈夫よ、私は。さっきあなたが放っておいてくれたおかげで。これで私はあなたにこれ以上の好意を持たずに済んだ

のだし、自分を見失うようなこともなくなった。そして、おそらくあなたの……その……これからするであろう選択を、

鈍らせるようなことにも……ならずに……」

雪ノ下の声はだんだんと小さくなり、言葉に詰まる。さっきの俺の行動を彼女が肯定している以上、気休めの言葉や一見

優しく見えるような行為をするわけにもいかず、俺は雪ノ下が言葉を続けるのをただ待った。


「ありがとう…………比企谷くん。さっき私のことを好きと言ってくれて。たとえそれが……恋人にしたいという意味で

なくても。私は……それでも嬉しかった」

そこまで言い切って、雪ノ下は俺の方を見て微笑んだ。隠しきれない影のある笑顔が、俺の心を突き刺す。しかし、嘘

偽りのない彼女の言葉には自分も相応の言葉を返さなければならない。俺も雪ノ下の目に視線を合わせる。


「俺も…………嬉しかったぞ。雪ノ下が俺のことを好きと言ってくれて。それがどういう意味であっても。だが……」

「……あなたには今、他に恋人にしたい人がいる」

「ああ」

「それに、たとえ今の私とあなたが恋人同士になったとしても……うまくいくとは思えない」

「……ああ、そうだな」

このスレ見てると、ゲス幡スレ書き始めた自分が恥ずかしいわ

俺が二度目にした肯定の返事は、少し声がうわずった。嘘を言ったわけではないのだが、うまくいくとは思えないのは

別に相手が雪ノ下だからという理由ではない。どちらかというと俺の方に問題がある。だから、誰であっても似たような

返事にならざるをえないのだろう。それこそ、今週末に会う予定になっている人に対してでさえ。そんなことを考えて

いると、視線を外して前に向き直った雪ノ下がまた話し始める。


「私……あなたにはどうにかして幸せになってもらいたいと、心の底からそう思っているわ。だから私と同じ轍は踏んで

ほしくない」

「……同じ轍?」

「そう。自分本位の考えでこんなことを言うのも少しはばかられるけど……まぁ、仕方ないわね。私のクラスの人から

変なメールが来た日に、比企谷くんが私に告白をして……」

「あれは……本当に……悪いことをしたと思っている。俺はお前の……」


彼女の話が終わる前に、反射的に俺がそう答えると雪ノ下はこちらを向いてジロッと一瞬だけ睨む。

「比企谷くん。そういうのは私の話が終わってから。ね?」

「は、はい……」

「よろしい。実際のところ、問題があったのはほとんど私の方だわ。あの時まで自覚が薄かったという言い訳もできるの

かもしれないけれど……でも、私は自分の気持ちに正直に答えることができなかった。周囲の目を気にして……臆病に

なって…………変なプライドなんて捨ててしまってあそこでOKするということだってありえたかもしれないのに」

不毛なことだとは思いつつも、俺と雪ノ下は過去の可能性について話を続けていた。まぁ、仕方ないさ。“今”は“過去”の

積み重ねによってつくられているのだから。“未来”のために、前に進むために、人が何かを諦めたり納得したりする必要

に迫られることはさして珍しい話でもない。そのためにはこういう行為も時には必要なのだろう。“諦める”ことに慣れて

いない人間にとっては尚更そうであると俺は思う。


「いや…………OKされていたら今度は俺の方が困っていたぞ、おそらく」

「ええ、それはわかっているわ。だから自分本位の考えだと言ったのよ。由比ヶ浜さんの気持ちだって無視しているの

だし。私が言いたかったのはたとえOKしていたとしても、その瞬間だけは良くてもたぶん長続きしない…………いえ、

それだけならまだしも……今よりももっと悪い状態になっていた可能性が高いということよ」

「それは、その……まぁ、そう……なんだろうな」


俺の立場からしてみると、最初から断られることしか想定していなかったので、雪ノ下の言うifの話がどの程度当たって

いるのか正直なところよくわからない面もあった。しかし、今彼女がこれを話しているのは“希望を捨てる”のが目的で

あることは明白だったので、俺は反論する気にもなれなかった。


言葉が途切れてしばらく沈黙が訪れた後、雪ノ下から唐突に質問を投げかけられる。

「比企谷くん。その……これは、あくまで参考までに訊きたいのだけれど…………あなたは……その……わ、私のどこが

……好きに…………」

「え?」

思わず彼女の方を見ると、少し下を向いて頬をほんのりと染めていた。いや、その様子は可愛いんだけど何故急にそんな

話題に……?話題を転換するにしても雪ノ下らしくないような。…………そういう考え方はなるべくしないようにして

いるつもりなんだけどな。やっぱりどこかで俺は彼女に何かしらの幻想を見ずにはいられないのだろうか。これから答え

なければいけないのは実際の雪ノ下についてのことなのに。別に今からすぐ俺と彼女の関係が変化するというわけでも

ないのだが、そういうことを言うのはどこか照れくさいもので、俺は思わず頬を指で掻く。


「俺が好きなのは、え~と……その……強く、あろうとしているところ、とでも言えばいいのかな」

「…………そう」

俺の答えを聴いて、雪ノ下は少しだけ口角を上げてただそれだけを口にした。その表情を見るにつけ、俺の言った言葉は

一応彼女の期待したものの中に収まっていたようだ。俺は安堵から、雪ノ下に聞こえないようなくらいの大きさで一息

つく。少しの沈黙の後、雪ノ下はこちらを向いてまた質問をしてきた。

「あなたの方は…………その……訊かなくても、いいのかしら」

「え?」


催促するような彼女に対して俺が思わず困惑の声を上げてしまうと、雪ノ下はむすっとしてしまった。ああ、最初から

それが言いたいがために先に俺に質問してきたのね。彼女の機嫌をこれ以上損ねないために、言い方に気を遣いつつ、

俺は口を開いた。

「ええと……雪ノ下さんが俺のどこを好きになったのか…………教えてください」

改めて俺がした質問に、彼女はうつむき加減で唇をかすかに動かしてこうつぶやく。


「……弱いところ」


「それ、素直に喜んでいいのか困る答えだな……」

「当然、喜んでいいわけないでしょう?もっとも、あなたが素直でないことくらいはわかっていたつもりだったから、

喜ばないのは想定内だったけれど」

「なんで俺の好きなところを言ってもらう話で俺の心がえぐられているのでしょうか……」


ある意味正常運転の雪ノ下に、安心とあきれで変なため息が出てしまう。そんな俺の様子に彼女はふっと笑みをこぼして

さらに言葉を続ける。

「比企谷くんは自分の弱いところをはっきりと認めてしまっているし、そうであるが故に人の弱いところも認めてあげる

ことができる人だと私は思っていた。そういう面においては私もずいぶんと救われた部分があると思うわ」

「そ……そうですか……」

「ええ、そうよ」


落として急に持ち上げられたので、俺は戸惑いを覚えると同時に体が熱くなるような感覚に襲われる。しかし、彼女の

言ったことの理解が進むにつれ、俺の心にはまた影が忍び寄ってきていた。案の定、微笑んでいた雪ノ下の表情が曇り、

少し哀しげな顔に変わってこう告げられる。


「でもね…………そういう意味では正直に言って、最近のあなたの行動に私は失望していた」

今回はここまでです。ちょっと>>786に章番号を入れ忘れたのでつけたレスを次に入れておきます
次回は火・水を目途に

>>786

⑬雪ノ下雪乃が見つめる先にあるものとは。


「私…………あなたのこと、好きよ」


既にほぼわかっていたことではあったが、いざ本人から直接言葉にされるとなるとやはりそのインパクトはケタ違いの

ものがあった。俺は彼女のその言葉の重みをどうにか受け止めて返事を返そうとする。


「雪ノ下。すまないが……」

しかし、俺が言い終わる前に雪ノ下は憂いを帯びた笑顔のまま再び口を開く。

「でも、私は今のあなたをそのまま受け入れることはできないわ。だから、私の恋人になることは諦めてちょうだい」

「いやいや、今お前の方から告白してきただろ。なんで俺が振られたみたいになってるんだ」

「あら、先に告白してきたのはあなたの方でしょ?私はそれに対して『ごめんなさい』としか言ってないわ。それとも何?

あなたごときに私を振る権利があるとでもお思いで?」

「お前……」


ああ…………これは“いつもの”、そして“俺が望んでいる”雪ノ下雪乃という像そのものだ。彼女はそれをわかっていて、

今わざとそう演じてみせたのだ。そして、その行為に対して心地よく感じてしまっている自分がいる。そのことが、俺と

彼女がこのまま恋人としては付き合えないことを端的に表していた。彼女は彼女なりのやり方で、今それをハッキリさせ

てしまったのだ。俺の返事を聴くまでもなく。

だが、それはそのまま俺が黙っていていい理由になるわけではない。俺は俺で彼女にきちんと言葉で伝えなければなら

ないことがある。もちろん、それは雪ノ下も理解している。だから、彼女は俺から顔を背けてこう尋ねる。

ドヤノォン

先の展開がわかっているとはいえ、切ないなあ……

今あなたの後ろにいます
     △
    (´・ω・)
     ( ∪∪)
     )ノ
     (

おつかれ

>>794の続きを投下します。予定より回想が長くなってますが今回含めて後3回で終わるので
もう少しだけお付き合いください

雪ノ下の“失望”という言葉が俺の肩に重くのしかかり、自然とうつむきがちになってしまう。しかし、次の瞬間彼女は

俺の方を向いて顔をこちらに少し近づけてから、頭を下げた。どんな表情かはうかがい知ることができない。

「……ごめんなさい。私も反省しているわ。文化祭以降、あなたに過剰な期待を抱いていたことに。そして、結果的に

それがあなたを追いつめていたことに」

「いや、そう言われてもな…………俺もそういうところはあるし、期待するのも失望するのもお前の好きにすればいいん

じゃないか?」

つい口からそんな言葉が出てしまう。それがいけないことだとは自分でも半ば承知しているつもりなのに。俺の言葉を

聴いて雪ノ下は頭を上げ、眉をひそめる。


「それよ、それ。そういうことを言うところよ。本当はそんなこと思っていないくせに」

「……」

「比企谷くん……例のメールが来てあなたが私に嘘の告白をした時、本当に私を助けるつもりであんなことをしたの?」

「それは……」


改めてそう尋ねられると、俺は肯定の言葉を返すことができなかった。確かに、建前として雪ノ下を噂から解放すると

いうことがいえなくもないが、この件に関してはこれしか方法がなかったというわけではない。緊急性があるというもの

でもなく、自然消滅に任せることだってできた筈だ。俺は自分の行動にうまく説明をつけることができずに黙るしかなか

った。そんな俺の濁った目を、雪ノ下は何かを見透かすようにじっと見つめた。そして、俺の心を撫でるかのような声で

彼女はこうささやく。

「本当に助けてほしかったのは…………何よりもあなた自身だったのではなくて?」

「!」


俺が反射的に雪ノ下の方に頭を振ると、こちらの反応は織り込み済みだったためか、彼女は穏やかな表情で目を細めて

そのまま言葉を続ける。

「そうでなければわざわざあんな行為をする必要がない。私にも責任の一端がなかったとはいえないわ。修学旅行の後、

私があなたにきちんと自分の気持ちを伝えていたら……」

「い、いや……あれはお前が何かしていたからといって……」


よく頭も回らないままに適当な言葉を返そうとするが、そんなことはお見通しに決まっていて俺が言い終わる前に彼女

は自分の言葉を話し続ける。

「あなた……私や由比ヶ浜さんに失望されて自分の元を去られるのが怖かったのでしょう?それこそ…………かつての

私のように。それであなたはあえて私たちを失望させるようなことをした。……違う?」

彼女の言葉は、まるで潤滑油のように頭の中の歯車の隙間に流れ込んできた。俺は修学旅行後に、彼女らとの関係をどう

するべきか考えていたのを思い出す。さっきとは違って口からすんなりと言葉が出始める。


「……たぶんそうだったんだと思う。俺はあの時、雪ノ下や由比ヶ浜にこれ以上距離を詰められるのが怖かったんだ。

親しくなればなるほど、その分離れていった時のダメージは大きいから。だから、お前たちと距離を取るという意味合い

もあってあんな方法を取ったんだ。……実際はうまくはいかなかったけど。むしろお前の言うように、俺はこんな自分で

あるということを、雪ノ下や由比ヶ浜に見てほしかったのかもしれない。そういう弱くて臆病な自分の姿を。でも、それ

はなんというか……ちょっと甘えてるよな」

急に饒舌になった俺の姿を見て雪ノ下は少し目を見開くが、それも一瞬のことで終わる。俺はどうにも情けなくて彼女

から顔を背けるが、それについては何も触れずに雪ノ下は優しくこちらに声をかける。

「別にいいのよ、甘えたって。ただ、もう少し方法を考えてほしいというか……」

「それは…………その通り、だな」

「もう私も弱くて臆病なこと自体をどうこう言うつもりはない。私だって……あまり人のことは言えないのだし」

「そ……そうなのか?」


俺がぽかんとして彼女そう訊き返すと、雪ノ下は不機嫌そうな顔になる。

「あなた、人の話を聴く能力くらいは人並みにあると思っていたのだけれど。さっき言ったでしょう?私もあなたと同じ

だったって。私もあなたに失望されるのを恐れていたから…………夏休み明け、事故の件を黙っていたことで……」

「……ああ、そういうことか」

「だから、あなたの気持ちもわからないでもないの。でも、だからといってわざと失望されるようなことをして……

おまけにそれで自分は平気な顔をして……それはもう……ただの強がりよ。比企谷くんは自分の弱点を曝せるところが

強みなんだから、ちゃんと弱いところも見せなさい」

「そ、そうですね……」


次々と他人に自分の心の内を暴かれていくのでどうにもむず痒く感じるが、だがそんなに悪い気分ではなかった。そして

雪ノ下はいかにも彼女らしい言葉を俺に投げかけるのであった。

かつて「人ごとこの世界を変える」と言った彼女らしい言葉を。

「むしろそういう……失望されるのが怖いということは、認めてしまった方がいいと私は思うわ。そして、その上でその

ような弱い部分を変えられるのであれば、変えた方がよいのではないかと…………」

「……相変わらず雪ノ下は、雪ノ下だな」

あきれと安堵からふっとため息が出ると、雪ノ下はニッコリと笑ってこんな言葉を返す。

「あら、これも……あなたの期待に応えてみただけよ」

「そうかい……」

「ねぇ、比企谷くん」

「……なんだ?」

「もうこれからは、何かに理由をつけて私たちから遠ざかろうとするのはやめてもらえないかしら。私もあまり人のこと

を言えた義理ではないのかもしれないけれど、これからはありのままのあなたときちんと向き合っていきたいと思って

いるわ。たとえそれが私の中の幻想を壊すものであったとしても」

「…………わかった」


たぶん俺と雪ノ下は今でもほぼ同じ場所に立つことはできているのだろう。だから、距離自体はそれほど離れてはいない

のだ。でも、互いの姿を直接見ることはおそらくまだできていない。背中合わせになって見ているのは、自分の前にある

幻想という名の鏡だ。二人とも振り返って直接向き合うのには、おそらくまだ時間がかかる。しかし、現時点ではそれが

確認できただけでも充分だろう。俺もまだ、自分の中にある雪ノ下雪乃の幻想を見ているところがあるのだし。彼女の

そんな言葉を聴いて、自分も言わなければならないことがあるのを思い出す。

「それはたぶんお互い様だ。俺もお前に嘘の告白をした時、期待していたのは“いつもの”雪ノ下雪乃だったしな。まぁ、

結局それも幻想に過ぎなかったわけだが」

「……そうね」

話が一段落つくと、再び沈黙が流れる。俺はその間にカップに残っていた紅茶をすべて飲み干してしまう。それを見て

雪ノ下がつぎ直すと言い俺は一度遠慮するが、彼女にまだまだ話したいことがあると言われてしまい、結局大人しく

従うことになってしまった。


しばらくして、再びテーブルに熱い紅茶の入ったカップが二つ並べられる。俺と雪ノ下が一口だけ口をつけたところで、

また彼女は話し始めた。

「比企谷くん。あなたは、その…………由比ヶ浜さんと付き合いたいと思っているのでしょう?」

「ま、まあ……それは、そうだが……」


一度話したこととはいえ、こうも直球で来られるとそうなかなか自信を持って返せない自分がいる。ああ、情けない。

しかし、たじろぐ俺の反応は予想通りだったようで、雪ノ下はふっと息をついてこんなことを尋ねてくる。

「でも、今のあなたはそれを躊躇している。もし私に遠慮しているというのなら、その必要はないと先に断言しておくわ。

さっきも言った通り、もし今の私とあなたが付き合ってもおそらくお互いのためにはならない」

「そ、そう……だな」

「そして、今のあなたが由比ヶ浜さんとこれ以上距離を詰めるのを恐れているということも確認できた。それについては、

まあ……あなたに勇気を出してもらうしかないとして……」

「……」

「もしこの二つの障害がなかったとして、あなたが彼女と恋人として付き合うことを躊躇わせるものは、もう何もない?」

「……いや、それは…………違うだろうな」

俺には思い当たる節がないわけでもなかったが、しかしそれをこちらから口にしてしまうのはなんとなくはばかられた。

だが、彼女にはあっさりとそれを言い当てられてしまう。

「それはもしかすると…………あなたの……人助けの方法、かしら」

「……ああ。このまま同じようなやり方を続ければ、必然的にお前や由比ヶ浜を巻き込むことになってしまう。ただ……」

「自分にはそれしかできないって?」


俺は声を発することができずに、ただ頷くしかなかった。すると、雪ノ下はこちらを向いて少し身を乗り出した。彼女の

手が近づき、俺の小指の先に触れる。手の脈打つ動きが激しくなったように感じると、雪ノ下は俺の方をじっと見つめて

少し強い口調でこう話す。

「それは違うわ。確かに、自分の身を顧みず人を助けられるのはあなたの美点であることは認めるし、私自身もそこに

惹かれてしまったことは否定できない。でも、濫用していいような方法ではない。もはやあなたはあなた一人の身では

ないのだから」


“あなたはあなた一人の身ではない”、か…………。まさか雪ノ下にこんなことを言われるようになってしまうとは、な。

今まではぼっち同士の気楽さというものが互いにあった筈だが、いつの間にこんなことに…………。しかも、そうなった

理由のひとつが“ぼっち”にしかできない方法で人助けをしたこと、なのだからもう笑うしかない。俺の口からはため息

とも失笑ともつかない変な声がふっと出る。そんな自分の反応を見て、何故か彼女は頬を緩ませて話を続けた。

「それに、こんな方法をあなただけに押しつけるのは明らかに間違っているわ。いい加減、私も葉山くんもあなたの自己

犠牲に甘えすぎたと思う。だから彼もあんなことをしたのではなくて?」

「そう……そうだったな」


彼女が言っているのは、葉山が雪ノ下に告白して俺の噂を解消したことについてだ。結果的には自分の行動が引き金と

なって葉山グループが崩壊したといっても過言ではない。さすがにこんな状況になってしまっては俺のやり方も本末転倒

と言わざるを得ないだろう。しかし、そこまで言われても俺は最後の切り札を封じることに対してすぐに承諾の返事を

することは躊躇われたのだった。

「まぁ、すぐに変われというのもあなたには酷な話ではあるし、今は濫用しないでほしいとだけ言っておくわ。それに、

私がさっき言ったことは確かにあなたの大きな武器ではあるけれど、何もそれだけがあなたの取り柄ということでもない

でしょう。他にも色々と美点はあると思うわ」

「へぇ、お前が俺の美点について話すようになるとはな。ちなみにそれって例えば何があるんだよ」

俺は照れ隠しの意味もこめてそんなことを雪ノ下に尋ねてみるのだった。彼女はそう訊かれて、指を顎に当てて思案する

様子を見せる。しかし、少し自分が期待した様子を見せたのが失敗だったらしい。


「……何かあったかしら」

「おい!今お前があるって言うから訊いてみたのに…………いや、いいよ別に……ないならないで」


俺はツッコミを入れつつ、少し拗ねてみると雪ノ下はこちらを見てふふっと笑う。何がおかしいんだよ……。

「例えば、今みたいなあなたとのそういうやり取り、私は好きよ。それと…………まぁ、ロクでもないけど自分だけの

正しさを持っているところとか。単に人に流されているだけの人よりはよほどマシだわ」

「また、そういう俺が反応に困るような褒めてるんだか貶してるんだか微妙な言い回し……。それに、最近の俺は人に

流されてないとはいえなくなっている気もするな」

「それもそうかもしれないわね。ただ、私もあなたに変わってほしいと言ったのは事実だし、もし変わることによって

そういうあなたの美点が失われるのだとしたら、その責任は私が持つわ」

「責任を持つって…………一体何するつもりなんだ、お前は」

「私が『あなたには色々な美点がある』と言った以上は、比企谷くんがもしも変わってしまっても私があなたの美点を

探してあげる、ということよ」

「雪ノ下……」

「……そういうこともあるから、これからは私たちから勝手に離れるようなことをしては、その……駄目よ」

「……わかったよ」

俺は目頭が熱くなるのを誤魔化すために、また手を伸ばしてカップを取って紅茶を一口飲んだ。一応の承諾の返事が得ら

れたことで、雪ノ下も満足げな笑みを浮かべてくれた。


一息ついて再び沈黙が訪れたところで、俺は自分が変化することについての思索を巡らせることにした。


結局のところ、俺は変わらないと思い続けてそれを言い続けてきたわけだが、何故そうしてきたのかというとそれは自分

自身を守るために他ならなかった。どれだけ他人から否定されようが、自分が変わらないことで自分で自身の価値をどう

にかして守ってきたつもりだった。だから、他人から見た自分などどうでも良かったのだ。でも、今ようやく初めて他人

から見た自分というものに価値を見出せそうな気がしてきている。それは、その人本人が俺にとってもとても価値ある

存在であることに他ならないからだ。その人から見た自分を守るために、変わってもいいかもしれない、と思えるよう

な気分になった。実際にはそう簡単には変わらないのだろうが、そう思えた時点でもう変化は起こっている。今はその

思いをなんとかして後退しないように努めなければならないのだろう。それがたとえ、自分やその人を一時的に傷つける

ようなことであったのだとしても。

しばらく俺が黙ったままでいると、再び横から声がかかる。

「比企谷くん」

「……なんだ?」

「あなたがそう簡単には変われないのは私も重々承知しているし、たぶんまたあなたは同じような方法で人を助けてしま

うのでしょうね。もし、それであなたが謂われのない非難を受けるようなことがあれば…………その時は、私が奉仕部の

部長として責任を持って“対処”してあげるつもりよ」

「い、いや……そんなことしなくていいですから…………勘弁してください、雪ノ下さん」


妙に凄みのある笑顔で彼女にそう迫られてしまい、どもりながら自分はそんな言葉しか返せなかったのだった。俺の反応

を見て、雪ノ下はまた表情を変える。一転して今度の笑顔は穏やかだ。そして、彼女は手を置き直して俺の手の上にかぶ

せてきてこんなことを言う。

「ま、さっきのは半分冗談みたいなものだけれど…………本当に……無理、しないでね」

「あ、ああ…………わかったよ」

「それなら、いいわ」

もはや何がいいのかなんだかよくわからないが、とりあえず雪ノ下は鞘を収めてくれたようでほっと一息つく。しかし、

彼女は話したいことがまだまだあるらしく次にはこんなことを言い出した。

「ところで、さっき比企谷くんは『自分も人に流されてきている』と言っていたけれど、あれは…………」

「ああ、それはまあ…………ダラダラとぬるま湯に浸かっているような人間関係を自分も認めてしまったってことかな。

そんなことはただの時間稼ぎにしかならないのはわかっている筈なのに……」

「それもまた、あなたらしい優しさの発露の結果なのかもしれないわね」

「えっ?」


嘘や欺瞞を嫌う雪ノ下のことだから、てっきり非難ないしは窘められるくらいのことは言われるかと思ったのに。おまけ

にそれを認めてしまったのは自分自身が臆病なせいだ。決して優しさなどではない。俺が困惑の表情を浮かべると彼女は

こう返す。

「あなたは他人の弱さを認めてあげられるから、修学旅行の時にあんなことをしたのでしょう?それは、あなたなりの

優しさといってもいいと私は思うわ」

「それはちょっと過剰評価だろう。それに、俺がああいうことをしても結局あいつらは…………」

「……そうね、それも理解している。だから……だからこそ、私たちに対してそういうことをするのはやめて頂戴」

「ああ…………わかっている」


そう。だからこそ、俺たちの関係を嘘や欺瞞に満ちたものにしてはいけない。そうなってしまった関係は、結局のところ

壊れてしまうものだから。そこで、俺はあることを思い出す。

「ああ、そうだ。あのさ…………俺が部活を休んでいる時、先生に無理やり連れて来させないようにお願いしてくれたの、

あれ雪ノ下なんだよな?そのことに関しては本当にお前に感謝している。ありがとう」

俺がそう言うと、雪ノ下の頬が少し紅潮する。俺の手の上に置かれていた彼女の手はさっと置き直されてしまう。

「あ、いえ……それも私が勝手にしたことで、その…………あなたには、多少時間がかかっても本当のことを言ってほし

かったから……」

「じゃあ俺にも勝手に言わせてくれ。ありがとう、とな」

「まったく、あなたは…………」


俺がたたみかけるようにしてそう言うと、雪ノ下はそっぽを向いて一人で紅茶を飲み始めてしまったのだった。

今回はここまでです。次回は木・金を目途に

ε

この信頼関係はいいな
これこそ八雪って感じ

このSSは結衣と八幡が隣同士とか正面に向き合ってるとするなら八幡とゆきのんは背中合わせって感じだね

なんかいいなぁ

一応このSSのメインは結衣なんだろうけど、ちゃんと雪乃とのことも書いてくれてるのが
雪乃ファンとしてはありがたい。なんか胸がキュンキュンする。多少長くなろうが全然OK!

出番の量的には雪乃のほうが多いくらいだ

てs

しっかりした長編結衣SSって少ないからねぇここはすごく良いな

もっとはるのんとか海老名さんとかの長編ssも増えて欲しいものだ

とつかわいい

遅くなってすみません。回想シーンにかなり手こずってしまいました。
少し書きながらではありますが続きを投下します

しばしの沈黙の後、何気なく外を眺めると俺が出かける頃には薄曇りだった天気はいつの間にか回復していた。しかし、

この季節らしく陽が傾くのは早かった。リビングの中は少し薄暗くなってきていて、部屋に伸びる影も徐々に長くなる。

雪ノ下は紅茶をつぎ直した後、部屋の明かりを点けた。俺の隣に座り直すと、彼女はため息をついてからこうつぶやく。

「やっぱり私は…………あなたのことが好き。自分ではどうしようもないくらいに」

「……」


雪ノ下の理屈を超えた“どうしようもない”という一言に、自分には返す言葉が見つからなかった。俺が黙ったままでいる

と、彼女はこちらに顔を向けてきた。仕方ないので自分も視線で応じることにする。雪ノ下は深海のような瞳で真っ直ぐ

俺の方を見据えて少し強い口調でこう言う。

「私……私のあなたを想う気持ちは……他の誰にも負けるつもりはないわ。――――それこそ、由比ヶ浜さんにさえも」

「……」

「でも、でもね……」


そこまで口にして、雪ノ下は言葉に詰まって俺から視線を逸らす。正面に顔を向き直して彼女は虚空を見つめる。

「雪ノ下……?」

「だからこそ、あなたには……本当に……幸福になってほしいと思っている。私は何も、あなたを幸福にできるのが自分

だけだなんて傲岸不遜なことは考えないわ。そういうわけで…………今回は由比ヶ浜さんに譲るつもりよ」

彼女の重みのある言葉にきちんと答えたいとも思ったのだが、今の俺はどうにも軽口をたたかずにはいられなかった。

「お前ほど傲岸不遜な人間もなかなかいないと思うんだけどな」

「あら、あなたほどじゃないわよ」

雪ノ下はまたこちらを向いてニッコリと笑ってそう答えた。守りた……くないな、この笑顔は。怖いです、雪ノ下さん。

おまけに自分は自分で最後までエゴを通すつもりでいるので、彼女の言ったことに反論するのも不可能なのだった。ただ、

雪ノ下の言葉には疑義を呈したい部分があったので、とりあえずはそこを指摘することにする。


「ま、それは置いておくにしても……俺自身も別に由比ヶ浜に幸福にしてもらおうなんて考えてはいないしな」

「どういうことかしら」

雪ノ下は小首を傾げる。

「結局のところ…………幸福に感じるかなんて自分の気の持ち方次第だろ?まあ、せいぜい他人の気を変える手伝いが

できるのがいいとこだ」

「……あなたらしい考えね。じゃあ、その手伝いを私は由比ヶ浜さんにお願いした、とでもいえばいいのかしら」

「……どういうことだ?」


今度は俺の方が尋ねる番となった。それを聴いて、彼女は待ってましたと言わんばかりにニヤリと口角を上げる。なんか

嫌な予感しかしないぞ、オイ。

「比企谷くん、私が奉仕部の部長として平塚先生にお願いされた最初の依頼…………覚えている?」

ああ、ここでその話題を持ち出されるのか。元々俺は捻くれた根性と孤独体質を更生するという目的で奉仕部に強制入部

させられたわけだが、俺がそれを認めなかったために雪ノ下と自分のどちらが人に奉仕できるか勝負することになった

のだった。勝負に勝った方は負けた方になんでも命令できるらしい。勝負の裁定は本来、顧問である平塚先生がする筈

だったのだが、この前に先生と話した限りでは別に当事者同士で決着をつけてもいいことになっているようだった。現状

において俺はもうあまり勝負の結果についての関心が薄かったので、ついこんなことを口走ってしまう。


「アレ、まだ続けるつもりなのかよ。もう個人的には俺の負けってことでもいいような気もするんだがな」

「それは駄目よ。まだあなた、更生したとは全然言えないじゃない」

「確かにそうかもしれないな。それに、よく考えたら俺は更生するのを認めたというわけでもなかった」

「……やっぱりね。それと、比企谷くん。勝負に勝った方は負けた方になんでも命令できるのよ。本当に今、あなたは

私に対して負けを認めてもいいと…………そう、思っているの?」

「……思っていません」

「それならよろしい」


眼光鋭くなる彼女の目つきに、とてもじゃないが俺は迂闊に肯定の返事など返せる筈もなかった。そして、雪ノ下の立場

からもこの答えで正解だったらしい。少し笑みを浮かべて穏やかな目に戻り、彼女は正面に向き直った。そりゃあ、俺と

しても今ここで雪ノ下に「私の恋人になれ」とか言われても困るしな。今のは自分の蒔いた種とはいえ、当面の危機が

回避されて俺は安堵の息を漏らす。しかし、まだ話が終わったわけではなかったらしく雪ノ下は再び口を開く。


「ところで比企谷くんは…………私が由比ヶ浜さんとあなたに言った奉仕部の理念、覚えているかしら」

「え?飢えた人に魚を与えるのではなく、捕り方を教えて自立を促すって奴だろ。それがどうかしたのか?」

「そう。でも、今の私にとってのあなたは…………いわば魚そのものなのよ。だから無闇やたらと近づくと、おそらく私

はあなたのことを喰い尽してしまうでしょう」

「喰い尽すって……」


……相変わらず言い方が物騒だなあ、この子は。好きなものを喰うってあんたは有頂天家族の弁天様かよ。布袋さんの

ように転向して喰うのをやめてくれればありがたいのだけれど。眉間にしわを寄せる俺の様子は無視して彼女は追い打ち

をかけるかのようにして話し続ける。

「たぶん今の私でも、今のあなたをそのまま受け入れることももしかしたらできるのかもしれないわ。ただ、その場合は

“今の比企谷くん”以外のものはすべて犠牲にしてしまうのでしょうね。そして、あなたは私の熱で茹でガエルになって

しまうんだわ」

「……」


さっきから魚にされたりカエルにされたり忙しいな、俺。化け狸じゃあるまいし。反応に困っている自分をよそに楽しげ

に話していた雪ノ下だったが、今度は一転して物憂げな表情になる。ああ……そういうギャップも俺が茹でられる原因の

ひとつになりそうだぜ。

「でも、だからこそ…………私には無理なのよ。あなたを変えることは。私は由比ヶ浜さんのように器用ではないから、

今の比企谷くんを受け入れたらたぶんあなたはそのままになってしまう。ましてや更生させることなどできない。その

二つを両立できるのは、彼女だけ」

「……雪ノ下が自分で無理だというのはわからなくもないが…………由比ヶ浜にならそれができる、というのは何が根拠

になっているんだ?」


単純に由比ヶ浜が雪ノ下にとって大切な友達で、信頼が厚いという答えでもたぶん俺は充分に納得できたのだろう。でも、

実際に彼女が告げた回答はもう少し違ったものだった。雪ノ下はほんのりと頬を染めてこう答える。

「それは…………私自身がそうだったから」

「……そういう、ことか。それはなかなか…………説得力のある……根拠だな」

「ええ。そういうわけで……彼女にお手伝いをお願いしたわ。私に最初に来た依頼のお手伝いを」

「……そうか」


俺も雪ノ下も、由比ヶ浜には頭が上がらないなあ…………こりゃ。おまけに彼女が今言ったことだけではなく、これから

俺と雪ノ下がきちんと向き合えるようになるためにもおそらく由比ヶ浜の存在が必要なのだろう。俺と由比ヶ浜が、また

雪ノ下と由比ヶ浜が向き合っているのと同じようになるためにも。

自分がこれからやろうとしていることを考えると、こんなことを思うのはおかしいのかもしれないが、でも……そんな

友達を持つことができた雪ノ下を……俺は少し羨ましいと感じてしまった。友達、か……。俺は何かを思い出そうとした

が、それは雪ノ下の次の言葉で遮られる。

「それで、比企谷くんはその……“変わる”つもりは…………あるの?」

「……」


“変わる”か……。俺は今まで、現状から逃げるための変化というものを否定してきた。でも、今の自分に求められている

変化とはそういうものではないのだろう。むしろ、現状にきちんと向き合い続けるために変わる必要があるといった方が

正しいのかもしれない。過去の自分も今の自分も否定することなく、変化する目的がそうであるのならば自分はそうする

こともやぶさかでない。でも、今それをハッキリと口に出すのは依然としてはばかられた。それはたぶん、自分が“変化

すること”そのものに対して二の足を踏んでいるのと、雪ノ下が俺に見ている幻想を壊すのではないかという懸念がある

からだろう。それに、今の文脈で“変わる”ということを肯定するのはたぶん雪ノ下が受けた依頼の内容そのものを肯定

することになる。そう解釈されると自分としてはちょっとマズい。揚げ足取りみたいで申し訳ないが、まあ致し方ない。


「“変わる”つもりがないとは言わん…………だが、俺が“更生”することはたぶんこれからもないと思うぞ」

「……なるほど。確かに更生というと間違っているものを正すというイメージがあるわね。私も今のあなたを否定する

つもりはないから更生しろとは言わないわ。というか、そもそも無理なのよ。あなたに更生なんて。そう……あなたには、

無理。更生するのは諦めなさい。それに、もしもあなたが生まれ変わったりなんてしたら、ますます気持ち悪いもの」


立て板に水でまくし立てる雪ノ下に俺まで流されてはたまらないので、なんとかしてこちらも言い返す。

「自分で言った手前、こういうのもなんだがそんな何度も無理って言わなくてもいいだろ?そんなこと俺が一番よく理解

してますから。それに“ますます”ってどういう意味だ?元から気持ち悪いってことかよ」

「えっ?違ったかしら?」

「いえ、いいです…………もう……」

結局彼女に押し切られてしまった。しかし、今まで諦めた経験などないような雪ノ下にそんな風に断言されるのは妙に癪

に障った。俺は口を歪ませながら彼女に向かってこんな嫌味を言う。

「『人ごとこの世界を変える』なんて大言壮語を言う割に、俺の更生は諦めるんだな。お前なんて他に諦めたことなど何

一つなさそうなのに」


「私にだって諦めたことくらい…………あるわよ」


「えっ?」


さっきとは一転して雪ノ下の声は弱々しくなった。俺の声に反応して、彼女は少し寂しげな笑顔でこちらを見る。

「私も生まれ変わりたいと思ったこともあったけれど…………結局無理だったもの」

「お、お前が……そんなことを……?」

また一つ、俺の彼女に対する幻想が壊されてしまった。雪ノ下雪乃という人間は、元来持っている能力が高かったり才能

があったりするのを考慮したとしても、自分が望むことは努力ですべて叶えてきたものだと思っていた。そうではないと

なると――――まさか。


「比企谷くん、文化祭で私と二人で見回りをしていた時のこと…………覚えている?」

「もちろん、そりゃ覚えてるが……」

「その時に言ったでしょ?姉さんみたいになりたかったって。あれは単に勉強や芸術関係のことだけではなくて、対人

関係についてもそう思っていたのよ」

「……」

……にわかには信じられなかった。雪ノ下雪乃の言った言葉が。対人関係についても姉のようになりたかった。つまり、

人とうまくやりたかった。俺は今まで勝手に、彼女にはそれをやる能力があるものだと思い込んでいた。でも、それより

も自分のポリシーを優先するためにあえてそれをしないものだと――――。

だが、本当はそうではなかった。はじめから、彼女に選択の余地などなかったのだ。彼女がそれを望んだところで不可能

だったのだ。それぞれアプローチの仕方は違うとはいえ、陽乃さんと葉山が雪ノ下を気にかける理由がようやくわかった

気がする。雪ノ下は強いから、いや強くあろうとしているから自分でそれを選択したという体裁を取っているというだけ

のことに過ぎなかったのだ。俺は彼女にかける言葉が思いつかずにいると、向こうが先に言葉を続ける。


「もちろん私だって最低限の社交辞令は身につけているつもりではあるし、多少のことなら…………。でも、結局は我慢

しきれなかったみたいね。悪意を受け流すとか、本音と建前を使い分けるとか、周囲に合わせるとか……」

雪ノ下が吐露したことに対する慰めになるのかはわからなかったが、彼女の澄んだ瞳を見て俺はこんなことを口にする。

「……水清ければ魚棲まずとも言うしな。まぁ…………お前の場合は清すぎて、魚が棲めなかったってところだろ」

「ありがとう……比企谷くん」

雪ノ下はそう答えて、ソファの座面に置いていた俺の片手を掴む。そして、両手で胸のあたりまで持ち上げると彼女は

目を少し潤ませて微笑みながら、こう続ける。


「だから、あの時…………あなたがそのままでいいって言ってくれた時、私は……本当に嬉しかった」

「ま、まぁ……あれは半分自分に言い聞かせるみたいなところもあったけどな」

俺は片手を雪ノ下に握られてどうにも気恥ずかしくて、照れ隠しにそんなことを口走る。

「それを考えると…………結局のところは生まれ変わることができなくて良かったのかもしれないわね。できなかった

からこそ、今の私はこうしてあなたと一緒にいられるのだから」

「そ、そう……だな…………」

もうなんだか体は熱いし、まともに彼女の顔も見られたものではなく俺はそう答えるのがやっとだった。


とりあえず話が一段落ついたのか、ようやく握られていた手が離されてほっと一息つく。しばらくの沈黙の後、再び彼女

の方から声をかけられる。

「とりあえず、比企谷くんに変化するという意思があることが確認できて良かったわ。そのついでといってはなんだけど、

その意思を後押しするために、私なりに屁理屈を考えてみたのよ」

「あえて理屈ではなく屁理屈と言ったのは何か意味があるのか?」

「……あなたのために考えたことだから」

「そういうことかよ……」

相変わらず反応に困る微妙な言い方をする雪ノ下に俺は苦笑しながらそう答える。彼女は何故か満足げな顔をしてまた

口を開く。

「あなたは自分が変わってしまうことを恐れるというか、どこか嫌がっているようだけれど…………でも、そもそも自分

にとっての自分そのものがブラックボックスみたいなところもあるでしょう?」

「ああ、確かに俺の中には黒歴史がたんまり詰まっているが……ってやかましいわ!」

そういう意味で言っていないのはわかっているのに、何故か俺はいつもの自虐ネタを口にしてしまう。すると、雪ノ下は

何か可哀想なものを見るかのような目をして、こう続ける。……そんな目で見ないでください。


「いえ、私はそんなことは一言も……中身が隠蔽、封印されているものの比喩として挙げただけのことであって」

「わ……わかってるよ、それくらい。それに、本物のブラックボックスは目立つようにオレンジだしな。日陰者の俺とは

無縁の存在だろ」

「……話を元に戻してもいいかしら。いくら比企谷くんがずっと一人でいたからといっても……でも、自分自身のことを

何から何まで知り尽くしている、なんてことは……ないでしょう?」

「要所要所で俺の心がえぐられているのはこの際スルーするとして……まぁ、そりゃそうだな。自分で自分のわからない

ところだっていくらでもあるだろう。後から振り返ってなんであんなことしたのか、って後悔することもよくあるし」

今度は彼女は俺の自虐には反応しなかった。俺に対する配慮なのか、単に面倒になったのかはまではわからない。


「だから……変化した、というよりは…………その……自分の新しい面が引き出された、と考えてみるのはどうかしら」

「……表に出ていなかっただけでそういう因子が元々あった、みたいなことか」

「……そんな感じかしらね」


なるほど。確かにそういう考え方もできなくはない。いや、むしろもっと早くに思いついていてもおかしくはなかった。

でも、今までそういう発想が何故自分になかったのかもなんとなくはわかる。それは俺がぼっちだったからだ。だから、

自分が自分に見せている面しか頭の中になかったのだ。普通の人間はそうではない。周囲の状況や人間に応じて自分の

見せる面は使い分ける。だから、複数の自分がいても特に違和感はない。それを突き詰めると、雪ノ下陽乃みたいなこと

になるのだろう。まぁ、人に合わせて見せる面を変えるかはともかく、人には色々な面があるのは確かだろう。それこそ、

自分が知らないような面であっても。

だから、この考えなら今の自分や過去の自分を否定するということにもならないわけか。俺が黙ったまま納得しかけて

いると、雪ノ下はこちらを覗き込んでくる。


「でも、今のあなたの心の引き出しはかなり歪んでしまっていて、その……なかなか開けられないのよ」

「……そういう話の展開をされるのか。お前の引き出しこそ、どうなっているのか訊きたいところだ」

「私のは、気密性が高いだけよ」

「気密性?気密性が高いのならタンスとしては高性能かもしれないが、お前の場合は機密性の間違いじゃないのか」

「字面を見ないとわからないような表現をするのはやめなさい。それに、私の引き出しの機密性はそんなに高くないわよ。

だって…………もう……由比ヶ浜さんやあなたに引き出しを開けられてしまったもの」

雪ノ下はそう言って顔を背けてしまった。こちらからは少し上気した頬しか見ることはできない。彼女が口にした内容

とその表情のせいでなんだか妙な気分になりかけていると、雪ノ下の方からまた声が聞こえてくる。

「それに、あなたは…………自分でそういう意図がなかったとしても……他人の引き出しをかなり開けてしまっている

のよ。私以外にも……由比ヶ浜さんや、葉山くん……」

「……」


俺は彼女の言葉を否定することができなかった。今挙げた人たちの、少なからずの変化に自分が無関係だと言い切る自信

はとうにない。そして、引き出しを開けた自分に対する次の言葉もなんとなく察しはつく。

「それで、雪ノ下は俺の引き出しを開けさせるために――」

「――由比ヶ浜さんにお願いした。そんなところね。彼女も引き出しを開けるのは上手だと思うから」

「……そうだな。しかし、他人に引き出しを開けられるのはあまりいい気分じゃない」


たぶん今言ったことも強がりと照れ隠しの混じった半ば嘘みたいな言葉なのだろう。雪ノ下はあきれ混じりに笑って話題

を一番重要なところに転換する。

「だったら、自分で開けるしかないでしょう。…………開けられそうなの?」

その答えは自分の中ではすでに決まっていた。しかし、その前にそれに関して俺は雪ノ下に伝えておかねばならないこと

があるのを思い出す。


「それは――――――――今は待っていてほしいということしか俺の口からは言えない。俺は来週の月曜日から奉仕部に

行くつもりでいるが、その日は俺が連絡するまで少し教室で待っていてもらってもいいか?」

「え、ええ……………それは別に構わないけれど」

突然、連絡事項を伝達されて少し驚いた様子を見せた雪ノ下だったが、すぐに元の表情に戻る。彼女がこちらの方を見つ

めてきたので、俺もそれに目で応じる。そして、一度深呼吸をしてから、


「俺はこの土曜日に由比ヶ浜に告白して恋人として付き合ってもらうことをお願いするつもりだ。でも、それでメデタシ

メデタシということにするつもりはない。その状態が二人にとって幸福でなければその関係を維持する意味はない。まぁ、

俺は由比ヶ浜と一緒にいたいからそうするための努力は惜しまないつもりだ。だが、そうするために……俺には俺なりの

考えがある」


俺がそう言い切ると、雪ノ下は少し寂しげな目で俺の方を見てぽそっとつぶやく。

「そして…………今回も先に教えてはくれないということね」

「悪いが、そういうことだ」

俺の答えに、彼女は正面に向き直って頬杖をついてふっとため息をついた。俺は雪ノ下に向かって頭を下げる。


「すまない…………雪ノ下。先にお前に教えると止められる可能性があるということもあるが、この考えに関してはまず

最初に由比ヶ浜が聴くべきだと思っている。だから、今のお前には教えられない。ただ、ちゃんと由比ヶ浜の気持ちには

応える意思があるということだけはここでハッキリ言っておきたい。そして、その方法は今の自分を否定せず、これから先

の自分を変えていくためだ。そのために、一時的には彼女を傷つけることになるかもしれない。でも、それはこれから先も

彼女と一緒にいられるようにするためにどうしても必要な過程なんだ。だから今は…………信じてほしいとしか言えない。

由比ヶ浜にも…………雪ノ下にも」

「…………わかったわ、比企谷くん。顔を……上げて?」

彼女の言う通りにすると、少しあきれ顔で雪ノ下は俺の方を見つめてきた。彼女が感情を表に出さなかったことが、

かえって俺の胸を締めつける。気休めにしかならないとは思うが、俺はこんなことを口にする。

「ただ、結果がどうなろうとも先に教えないのはもうこれで最後したいと俺も思っている。これからは、たぶん部の活動

でも先に二人に方法を教える。そうすることで、自分自身に対する枷としても機能するんじゃないかと……」

「枷?」

「そうだ。先に方法を教えなければならないんだったら、そうそう自分の身を捨てるようなことはしないと思ってな」

「……なるほどね。とりあえず…………来週の月曜日の放課後までは待っててあげるわ」

「ありがとう…………雪ノ下」


俺が感謝の意を伝えると、何故か雪ノ下の目つきは一転して鋭くなった。え?なんかマズいこと言ったか?

「でも、その代わり…………それ以上経っても由比ヶ浜さんの様子がおかしければ……」

「……煮るなり焼くなり鍋にするなり、好きにしてください」

「ええ、遠慮なくそうさせてもらうわ」

雪ノ下は満面の笑みでそう答えた。その目は完全に獣が獲物を見つけた時のそれだった。怖い。目つきはそのままに、

彼女はまだ話を続けようとする。

「比企谷くんはきちんと由比ヶ浜さんのことを幸せに…………いえ、そういう言い方は良くなかったわね。それでは、

ええと…………比企谷くんはきちんと由比ヶ浜さんに枷をはめてもらいなさい」

雪ノ下の目つきと口にした内容に俺は戦慄を覚え、頭から変な汗が出そうになる。


「な、なんだか前半と後半でずいぶんと言っている内容に差があるのは気のせいでしょうか…………?」

「あら、そんなこともないわよ。なんでも、“幸”という漢字は手枷をはめられた人の形を表しているらしいから」

「なんでそんな形の漢字が幸せを意味するようになったんだ?」

「それは確か……その程度の刑罰で済んだ、あるいはその刑罰から逃れることができたと解釈するもののようよ」

「へぇ……」


雪ノ下さんの相変わらずのユキペディアっぷりに俺は思わずそうつぶやく。銀の脳くらいならもらえそう。しかし、後者

の解釈はたぶんないだろうな。切れた鎖が足についている自由の女神じゃあるまいし。そう考えてみると、昔の人もずい

ぶんとペシミスティックな思考をしていたものだと感心する。だが、幸福というものの本質とは案外そんなものなのかも

しれない。現に、俺自身にも枷がはめられようとしているのだし。なんでも自分の自由に好きなようにできて、それを

相手も支持してくれる。そんなすべてに都合の良いことがいつまでも許されるわけではない。そういう意味でもやはり

“答えを出さなければ”いけないのだ、いい加減に。

「とりあえず、それはわかったが…………お前はいいのかよ?その……俺に枷をはめなくても」

「私もそうしたいのはやまやまなのだけれど…………先に由比ヶ浜さんにガッチリと枷をはめてもらってからでも遅く

はないのではないか、と思って……」

「そうですか……」

今は自分から言い出したとはいえ、いつも通りの物騒な言葉の応酬に俺はため息まじりに答えを返す。雪ノ下は何故か

こちらを覗き込むようにして俺を見つめ、催促するような表情でつぶやく。

「私は、むしろあなたの方こそ――――」

そこまで言いかけて、ハッとして彼女は目を逸らして前に向き直り、うつむき加減になってしまった。俺は少しだけ思案

して、彼女の真意を理解すると自然に口から言葉が出始めていた。


「雪ノ下。俺はお前に改めて言いたいことがある――――」


次の瞬間、俺の唇に雪ノ下の白くて細い人差し指が触れられ、続きの言葉を封印されてしまう。そして、彼女は笑顔で

こう言葉を返した。


「比企谷くん。そういうことは由比ヶ浜さんとの関係に決着をつけてからにしなさい」

――――そこまで思い出して、俺は意識を外界に戻した。


外を見ると、いつの間にか空はもうかなり暗くなっていた。


耳をすますとかすかに足音が二つ、近づいてきているのがわかる。


もう、“答え”はすぐそばにまで迫ってきているのだった。

今回はここまでです。予定通り、次で完結します。月・火あたりを目途に

乙。雪乃も結衣も可愛いSSは良いものだ

これ完全に八雪ですわ

いいよ
続きが気になるね(つд⊂)ゴシゴシゴシ

なんというか…
結果的には八結なんだけど、内容の濃さは八雪な感じが

それはともかく葉山が少し気になる

葉山ェ………

葉山は三浦が拾ってくれるから大丈夫。というかあのスペックなら
友達も恋人もどうとでもできるだろうさ

予定通り、今回で完結です。今から投下を始めます。

⑭だから、俺の青春ラブコメはこれからもまちがっていける。


コンコン、と扉をノックされる音が聞こえる。

俺が「どうぞ」と返事をすると、ガラガラという音とともに扉が引かれる。

ほぼすべて扉が開いた状態になり、さっきの二つの足音の主が確認できる。

雪ノ下雪乃と、由比ヶ浜結衣。

「……こんにちは、比企谷くん」

「や、やっはろー」

「こ、こんにちは……」

毒のある笑みと、少し困り顔の彼女らに先に挨拶をされてしまい、自分も挨拶を返すがその口が歪んでしまう。


「……この私をここまで待たせるなんて、あなたもいい度胸してるわね」

雪ノ下はこちらから少し顔を逸らして、ふぅっとため息をついた後、俺の方に向かって歩き始める。反射的に俺は椅子

から立ち上がって彼女に向かって頭を下げる。

「すみませんでした。それと…………長いこと部活を休んでいたことも。ご心配とご迷惑をおかけしまして……」

雪ノ下は自分の席の前まで来て、肩にかけていた鞄を下におろした。そして、頭を上げた俺に向かって笑顔でこう返す。

「……別にいいわよ。部活を休んでいたことは私が許可したのだし、特に心配も迷惑もかかっていないわ」

「ゆきのん……」

“いつも通り”の俺たちの言葉の応酬に、由比ヶ浜はほっと胸をなで下ろしてこちらに駆け寄ってくる。

三人ともいつもの自分のポジションまで来たところで、雪ノ下はまた口を開く。

「……とりあえず座りましょう」

「そ、そうだね」

「……おう」

「……」

昼休みにここで昼食を食べていたのに、なんだかこうして部室で三人で座っている構図というのがずいぶんと久しぶりの

ことのように思えてしまった。他の二人もそう考えたのかはわからないが、少しばかり無言で時が過ぎる。


最初に沈黙を破ったのは由比ヶ浜だった。彼女は俺の方を向いて、頭を掻いて少し照れながらこう話す。

「ご、ごめんね、ヒッキー。あたしたちも待たせちゃって。ここに来る間にその……ゆきのんに……」

「由比ヶ浜さん、こんな男に謝る必要なんてないわよ。彼があなたにした仕打ちを考えれば」

途中で言葉に詰まった由比ヶ浜に、間髪入れずに雪ノ下が助け船を出す。俺を見る彼女の目はあきれかえっていた。

そんな視線に耐えきれず、俺は自然とまた頭が下がっていってしまう。


「すいません……」

「い、いいよ、もう……。ヒッキーにはさっき謝ってもらったし……その……」

「……最後はさすがの比企谷くんも由比ヶ浜さんの情に折れたみたいね。私もあなたの泣くところ、見てみたかったわ」

「……」

そんな素敵な笑みでそんな内容のことを言わないでもらえますかねぇ?雪ノ下さん。まだ俺の心を折るおつもりなんで

しょうか?おまけに本当のことだから反論もできやしない。

そう、俺は…………折れてしまったのだ。

臆病だから、ずっと踏み出すことができなかった。

でも、それを言い訳にするのも限界に来ていて臆病者なりの考えで告白して付き合う方法を考えてはみた。

しかし、その相手は思っていた以上に強くて、自分も強くなる必要があると思った。この人と並び立つためには。

だから、自分の考えを折ってしまった。

何故なら、自分は臆病だから。

でも、後悔はしていない。

その人は、“今”の俺という存在を認めてくれたから。臆病な俺でさえも。

だからこそ、踏み出すことを決めることができた。“過去”も“今”も否定することなく――――。


俺がそんな捻じれに捻じれた考えに思いを巡らしていると、またしても雪ノ下の声でそれは遮られる。

「由比ヶ浜さんも、ちょっと比企谷くんに優し過ぎるんじゃないの?」

「い、いや~……ヒッキーのあんなところ見ちゃったら、もうあんまり怒る気にもなれなかったというか…………それに、

最後はあたしとずっと一緒にいようって言ってくれたし……」

由比ヶ浜はそう話すうちに、だんだんと顔が紅潮していく。彼女の話す内容とその表情に自分も体が熱を帯び始める。

雪ノ下は掌を上に向けて「やれやれ」とジェスチャーをしてから、クールダウンを試みる。

「まぁ……由比ヶ浜さんがいいなら、私も今ここでこれ以上追及する気はないわ。ただ、これだけは言っておきたいの。

比企谷くん、あなたのせいで土曜日の夜は大変だったのよ。電話口での由比ヶ浜さんのあの取り乱しぶり……」

「わ、わ~!ゆ、ゆきのんそれ今言わないでよ~!」

慌てて由比ヶ浜は手を振って雪ノ下の口をふさごうとする。が、ひょいと向きを変えられてそれは阻止されてしまう。

かわされた由比ヶ浜は、机に突っ伏す格好になってしまった。こちらからはどんな表情かはうかがえない。


「一応その時は、『比企谷くんのことを信じましょう』と言ってどうにかこうにかなだめたのだけれどね」

「ゆきのん……」

由比ヶ浜はそのままの状態で、唸るように低い声で名前を呼ぶだけだった。どうやらもう諦めたらしい。雪ノ下もそれ

以上は口にすることはなかった。今の言葉を聴いて、俺はもう一度彼女たちに向かって少し頭を下げた。

「自分がここに戻って来られたのも、雪ノ下と由比ヶ浜が俺のことを信じてくれたおかげだ。本当に……ありがとう」

「比企谷くん……」

「ヒッキー……」

頭を上げると、少し心配そうに俺の方を真っ直ぐ見つめる二つの顔があった。どうにもそんな目で見られるのは気恥ずか

しくて、つい目を逸らしてしまう。そして、俺はさっきの雪ノ下の言葉を思い出して柄にもないことを口にする。

「あ、あと……そうだ。別に、その……なんだ?優しいのは由比ヶ浜だけじゃなくて雪ノ下もだろ?方向性は違うけど」

「え?」

唐突な俺のフォローに雪ノ下はきょとんとする。由比ヶ浜はそんな彼女の反応を見て笑みを浮かべた。

「駄目なことはハッキリ駄目だと伝えるところとか…………本人のためとは思っても、なかなかできる奴は少ないんだ

よな。嫌われたりするのが怖かったりして」

「い、いえ……そんなことは……。むしろ、私は人を遠ざけるためにそんなことをしていたと……否定しきれるものでも

なく……」


今度は雪ノ下の方が紅くなって下を向いてしまった。俺と由比ヶ浜が顔を見合わせて笑みをこぼすと、彼女はむすっと

して不機嫌そうな顔になる。そして、俺の方をチラッと見てこう返す。

「そ、そんなこと言ってご機嫌取りしようなんて思っても無駄よ。それに……あなたもあまり人のことは言えないのでは

なくて?」

「え?」

「それもそうだね。ヒッキーもわかりにくいけど……うん、すごく優しいと思う」

「……」

由比ヶ浜はうんうんと頷いてニコニコしながらそう言った。急に同時に二人から矛先を向けられて、俺は言うべき言葉が

見当たらずに黙ってしまった。俺が沈黙するのを見るや、雪ノ下は追い打ちをかけにくる。

「ああ、それとたぶん…………私は、またあなたに“そういう”優しさを発揮する時が来るのでしょうね」

「……どういうことだ?」

「つまり、さっきあなたは私たちに心配と迷惑をかけたと謝っていたけど…………今後そういうことが起こらないのか?

と訊いているのよ」

「……なるほど、そういうことか」


それは、例えば俺が自己を犠牲にして人を助けたりすることを指しているのだろう。そして、彼女の立場からはそれは

止めたい、と。しかし現時点では、何も保証できるものがあるわけでもない。それと、俺はこの件に関して由比ヶ浜に

伝えておかねばならないことがあるのを思い出す。日曜日に陽乃さんが言っていたように、今の俺には守るべきものが

できてしまった。それは雪ノ下と由比ヶ浜本人であったり、その二人の中にいる比企谷八幡という存在であったりする。

彼女らは俺のやり方を半ば追認するような形で認めてしまったが、しかしそれはこの二人を自分のやり方に巻き込んで

いいということではない。だから、自分は由比ヶ浜との表面上の繋がりをいつでも切れるような方法を取ったのだ。


「今のところはなるべく避ける、としか言いようがないな。まぁ万が一その時が来たら由比ヶ浜には悪いが、恋人という

ラベルは一時的に剥がさせてもらうことになるんだろうな」

「ぅえええ!?」

思わぬところから自分の名前が出たのと、その内容から由比ヶ浜はそんな声を出して俺の方を見る。驚愕と心配が入り

混じったような表情だった。彼女は胸の前で手をいじりながらぼそぼそと話し始める。

「ヒ、ヒッキー……さっきあたしに言ったじゃん。ずっと一緒にいようって。あ、あたしはもう別にヒッキーがそういう

ことするの気にしないっていうか、そりゃもちろんやめてほしいけど……それでヒッキーのこと…………嫌いになったり

しないっていうか……」

そんな彼女をよそに俺の口から出てきたのは、まぁ…………相変わらずな内容だった。

「確かに、さっき由比ヶ浜には『ずっと一緒にいよう』と言った。しかし、恋人としてずっと一緒にいようなどとは一言

も口にしていない。それに、俺の自分勝手な行動でお前やその周りの人間まで巻き込んだら悪いしな。だから……」

「まったく…………この男はこの期に及んでまだそんな屁理屈を……」

「……」


案の定、雪ノ下はこめかみを指で押さえて首を横に振りながらあきれていた。由比ヶ浜にも怒られると思ったのだが、

何故か彼女は黙ったまま少し下を向いて思案している様子だった。無言の間に俺は少し怖くなって声をかけようとする。

「ゆ、由比ヶ浜……?い、いや……まだそうすると決まったわけでもないし……あの……」

「いいよ!別にあたしは……」

「え?」

「ヒッキーが今言った…………ずっと恋人として一緒にいるわけではないっていうの」

顔を上げてこちらを向いてそう口にした由比ヶ浜の表情は、笑顔で何故か少し頬を染めていた。俺が彼女の予想外の反応に

戸惑っていると、向こうから「ハッ」と何かに気づく声がした。雪ノ下の方を見ると口に手を当てている。

「由比ヶ浜さん、あなたまさか……」

「えへへ~……」

「……さすがにここまでいくと由比ヶ浜さんの楽観的思考にも感心せざるを得ないわね。比企谷くんにはそんな意図は

まったくなかったのだろうけど。彼が折れるというのも頷ける話だわ」

「ど、どういうことなんだよ。二人だけで納得して……なんで由比ヶ浜はニヤニヤしてるんだ」

「べっつに~」

由比ヶ浜は顔が火照ったのか、頬を手で撫でつけたり、顔を手でぱたぱた扇いだりしながらそう答える。

「まぁ、あなたは…………由比ヶ浜さんが彼との恋人のラベルを剥がすことに同意している、という事実だけわかって

いれば充分なんじゃないかしら?」

「……」


雪ノ下は、また小憎らしい意地悪そうな表情になってニッコリと笑って俺に向かってそう言う。これ以上追及すると、

どうもドツボに嵌りそうな予感がしたのでもう黙っていることにした。

それに、自分は自分で独断専行で秘密裡にことを進めるきらいがあったので、あまり二人のすることに抵抗する権利も

なかったのだった。俺が沈黙すると、また彼女らは顔を見合わせてふふっと笑い合う。なんだか居心地が悪くて、二人

から顔を逸らすと不意にまた名前を呼ばれる。

「比企谷くん」

「は、はい」

「先週も言ったとは思うけれど…………これからは、なるべく先に相談してね。たとえ他に方法が見つからなかったと

しても……」

「はい……」

俺がまともに雪ノ下の顔を見れずにいると、今度は横からも視線が刺さる。

「ヒッキー……あたしにも、ね?」

「はい……」


もう嬉しさなのか恥ずかしさなのか、よくわからない感情がない交ぜになって俺はここから逃げたしたいくらいの気分

だったが、彼女の話はまだ終わらなかった。雪ノ下の眼光が少し鋭くなる。

「比企谷くん、由比ヶ浜さんのこと…………頼んだわよ。彼女は私の大切な友人なのだから。彼女を幸福にしろ……とは

いわないけれど、でも、もしあなたが原因で不幸になるようなことがあったら……」

そこまで口にして、彼女は俺の目をじっと見つめた。目を光らせるって表現がまさにぴったりな視線だった。今回ばかり

は目を逸らすわけにもいかず、俺は雪ノ下の光った目を見て膝の上で拳を握りながら、どうにか口を開く。


「わ、わかってます……」

俺の返事に満足したのか、今度は同じ視線を由比ヶ浜の方に送る。思わず、由比ヶ浜は顎をすっと引いた。

「由比ヶ浜さんも…………ね?」

「わ、わかってます……」

「それなら、いいのよ」

雪ノ下が元の笑顔に戻ると、俺と由比ヶ浜は揃って安堵のため息を漏らす。それを見て彼女もふっと息をついた。話が

一段落して、再び部屋の中は静寂に包まれた。



しばらくして、由比ヶ浜がパチッと胸の前で手を叩いて何かを思い出したかのような動きをする。

「あっ……そうだ!実は今日…………ゆきのんとヒッキーに渡したいものがあるんだった」

「「え?」」

唐突な彼女の言葉に、俺と雪ノ下は思わずそう口にしてしまう。そんな反応は無視して、由比ヶ浜は鞄とは別に持って

いた手提げから何かを取り出し始める。そうして机の上に置かれたのは、三つの箱だった。ラッピングされた赤い箱と

青い箱が一つずつ、何も包装されていない白い箱が一つ。由比ヶ浜はまず、赤い箱を雪ノ下の元に移動させてこう言う。


「これはゆきのんへのプレゼント」

「あ、ありがとう……」

そして青い箱を俺の元にやって、

「これはヒッキーに……」

「ど、どうも……」

「……」

突然の出来事に、自分も雪ノ下も状況がよく把握できずにただ自分の前に置いてある箱を見つめるだけだった。由比ヶ浜

は、俺と雪ノ下のそんな様子を見てから説明をし始める。

「えっと……これは、その……ヒッキーが奉仕部に戻った記念というか……あと、あたしの誕生日の時のお返し?みたい

な意味もこめて……奉仕部の備品にでもできれば、と……」

「由比ヶ浜さん……」

「由比ヶ浜……」

雪ノ下と俺は思わず、彼女の名前を同時につぶやいた。二人の視線が一度に注がれて、その視線の熱が彼女に移ったかの

ように由比ヶ浜の顔が赤くなる。照れ隠しのためか、彼女はすぐ両手を二つの箱の方に伸ばして掌を上に向けて「どうぞ

どうぞ」というように催促する。


「と……とにかくっ!早く開けちゃって!あ、あんまり今日は時間もないし……」

「そうね」

「そうだな」

急かすように言う彼女とは裏腹に、俺と雪ノ下は箱の包装紙を丁寧に剥がし始める。二人とも一度もラッピングの紙を

破らずに箱を出すと、どうやら由比ヶ浜と同じものであることがわかる。タイミングを見計らったのか、由比ヶ浜も同じ

ように箱を開け始める。

緩衝材を取り除いて、中から出てきたのはガラスのコップだった。

側面にはディスティニーのキャラクターがあしらわれている。雪ノ下に渡されたのは、当然パンさんだった。

俺がディスティニーランドの城の中のガラス工芸の店で彼女にねだられて、恥ずかしいと言って一度は断ったものだ。

由比ヶ浜のやつ、これを買うために俺と別行動をしていたのか。移動する時や帰る時に、俺が荷物を持つのを拒否したの

もそういう理由からだったのか。さすがに、これを中身が何か知らない他人に預けるわけにもいかないよな、そりゃ。

おまけに、このコップよく見ると…………。


「……由比ヶ浜さん」

「ん?なに?」

雪ノ下も同じことに気づいたのか、由比ヶ浜を少し怪訝な目で見てこう尋ねる。

「プレゼントしてもらったのは本当にありがたいと思っているのだけれど…………どうしてこのコップにはローマ字で

YUKINONと彫られているのかしら」

「え?だってそれはゆきのんのものだから」

「……は……恥ずかしい……」

由比ヶ浜のあっけらかんとした答えに雪ノ下はそう口にするしかなく、下を向いてしまった。

しょうがないから俺がフォローしてやるか。俺は彼女にコップの側面が見えるように置き直す。

「おい雪ノ下。お前なんてまだマシだぞ?俺なんてほれ……見ろ、HIKKYだぞHIKKY。引きこもりじゃねーっつの。

それにコップにニッキーマウスがついているから間違えて彫ったみたいになってんじゃねーか」

俺が言いたい放題言ってしまったので、由比ヶ浜は顔を膨らませてぷいっとそっぽを向いてしまう。俺のフォローが効いた

のか、雪ノ下はまた顔を上げてくれた。そして、次に疑問に思って当然のことを口にする。


「ところで由比ヶ浜さん…………あなたのは?」

「あ、確かにそれは…………ってお前だけ普通にYUIって彫ってあんのかよ、なんかズルくね?」

「だ、だってゆきのんもヒッキーもあたしのこと名前以外で呼ばないじゃん!だから……」

由比ヶ浜は少し声が小さくなり、寂しそうな顔になってしまった。慌てて雪ノ下がフォローしようとする。

「ま、まあ……確かにあなたの言うことにも一理あるし…………この部屋だけで使う分には特に問題もないでしょう」

「ゆきのん!」


由比ヶ浜は笑顔に戻って身を乗り出すようにして腕を伸ばして、雪ノ下の手を取った。何故かこっちに助けの視線を送ら

れるが、それは無視する。すると雪ノ下の表情が少し曇るが、今度は何故か由比ヶ浜が俺の方に向いてこう言う。

「ねぇ、ヒッキー?」

「な、なんだ?さ、さっきはちょっと俺も言いすぎたというか……」

「ううん、それはもういいの」

「そ、そうか……」

俺が少し安心してふっと息を漏らすと、由比ヶ浜は雪ノ下から手を離してさらにこちらに顔を近づける。そして、上目

遣いで俺を見ながらこう続ける。

「ヒッキーもやっぱり…………このコップ使うの、恥ずかしい?」

「恥ずかしくないと言ったら嘘になるが……」

「じゃあ、いい方法があるよ!」

「ほんとか?」

ここで食いついたのが失敗だった。彼女は口角を上げてニヤッと笑って自分のコップを差し出す。


「ヒッキーがあたしのを使えばいいよ!ほら…………ちゃんとあたしのはYUIって名前だし」

「いや、それはますます恥ずかしいんで勘弁してください。HIKKYで大丈夫です、HIKKYで」

「そう?ならいいけど」

由比ヶ浜は少し残念そうな表情をして、自分のコップを元の場所に引っ込める。

まったく、この子は…………油断も隙もありゃしない。もともと恋人同士でペアグラスなんて恥ずかしいと言って断った

筈なのに、もっと恥ずかしい目に遭うところだったぜ…………ふぅ。


とりあえず、三人とも由比ヶ浜が渡したコップを使うということでどうにか落ち着いた。しかし、部の備品として使うに

あたってもっともな質問を雪ノ下は由比ヶ浜に投げかける。


「これを使うのはとりあえずいいとしても…………ガラス製だから、温かい飲み物は入れられないわね」

「あっ……そ、そっか。ごめん、そこまで考えてなかった……」

「まぁ由比ヶ浜の頭がそこまで回るとは思えないし、それを責めるのは酷というものだろう」

「なに、そのフォローしてるのかバカにしてるのかわからない言い方!」

由比ヶ浜はこっちを向いて叫ぶようにそう言って、いーっと唸った。もうなんか最近はこういう反応が見たいがために

自分もわざとそういうことを口にしているような気がする。俺の頬が緩んだのを見て、彼女はそっぽを向く。雪ノ下は

やれやれといった表情で俺と由比ヶ浜を眺めた後、こうつぶやく。


「あまり気にすることでもないわ、由比ヶ浜さん。年が明けて、もう少し暖かくなるまで待つというだけの話よ」

「まぁ、その時に全員揃ってるかどうかはわからないけどな」

「ま~た、ヒッキーはそういうことを……」

由比ヶ浜はまた俺の方を向き、あきれながら笑って肩をすくめた。そして、彼女は思わぬことを口にする。

「ねぇ、ヒッキー」

「……なんだ?」

「壊さないでよ?…………このグラス」

「え?い、いや……俺そんなことするつもりないし、ちゃんと大事に……」


不意にされた質問に、そんな当たり前のことしか自分は答えられなかった。しかし、何故かそれを見て彼女は安心した

様子を見せた。俺の疑問は由比ヶ浜の次の言葉ですぐに氷解する。

「……良かった。じゃあ、あたしたちのことも…………そうしてね?」

「……そういうことか。それは…………うん、重々承知しているつもりだ。由比ヶ浜、雪ノ下」

俺は彼女らの方を向いてそう答える。俺の言葉に、二人とも安心した顔になって微笑み返してくれた。

由比ヶ浜がグラスに喩えたのは、俺たちの関係性のことだろう。このグラスのように、いつ壊れるかなどわかったもの

ではない。だから、それを扱うのは少し怖かったりもするのだ。でも、だからといって自分から壊すようなことをしては

いけない、と彼女はそう言いたかったのだ。しかしその理屈からいくと――――。


「ただ、俺があんなことをしたのは絶対に壊れないと信じていたから、なんだけどな」

「もう、ヒッキーズルいよ…………」

「そうね。本当にこの男は卑怯で狡猾で陰湿極まりないわ。……私だったら正々堂々と負けるのに」

あぁ、と呻きながら虚空を見上げる由比ヶ浜と、俺を睨めつけてそう言い放つ雪ノ下。含みを持った言葉に、俺が首を

傾げると彼女はこう続ける。

「どうしても今日、あなたに言っておかねばならないことがあるのを思い出したのよ。先週に少し話したでしょう?私と

あなたの勝負の結果について」

「それは確かに話したが…………」


正直なところ、今の雪ノ下が何を考えているのかよくわからなかった。結果についてと言われても、先週は俺が負けを

認めようとしたら彼女に断られて、でも雪ノ下がそんな簡単に負けを認めるとも考えにくいし…………結果の先送りでも

するんだろうか?ふと由比ヶ浜の方を見ると、もう何か彼女から話を聴いたのか、頬杖をついて微笑んでいるだけだった。

俺が沈黙しているのを見て、雪ノ下はすっと息を吸ってからまた話し出す。

「今回の勝負は、完全に私の負けよ。そもそも、平塚先生の依頼を比企谷くんが拒否したところから私とあなたの勝負は

始まったわ。私とあなたでどちらが人に奉仕できるか、とね。それであなたは相変わらず、更生することを認めていない。

それなら、おのずと勝負としてはどちらが人に奉仕できたのか?ということになる。その結果は火を見るより明らかよ。

私よりもあなたの方がずっと人に奉仕していた。だから、この勝負は私の負け。異論反論は一切認めません」


そこまで一気に言い切って、彼女はふっと息をついた。

俺は勝負の裁定そのものがどうであるかよりも、単純に雪ノ下が負けを認めてしまったことが気に入らなかった。だから、

ついこんなことを口走ってしまう。

「雪ノ下が負けをあっさり認めるってなんか…………お前らしくないな」

すると、彼女は少し下を向いて寂しげな目で俺の方を見つめてきた。なんだか悪いことをした気分に自分もなってしまい、

頭が下がってしまう。雪ノ下はちょっと不機嫌そうな声を出す。


「なにも、私だってただ負けを認めるって目的でこんなことをしているわけではないわ」

「えっ?」

俺の頭の上に浮かぶはてなマークがますます増えて思わずそんな声を出すと、雪ノ下はやれやれといった表情で話すの

を再開する。

「比企谷くん」

「は、はい」

「比企谷くんは、その……“らしくない”私とは…………向き合ってくれないのかしら」

「!……い、いや……違う……」

少し声が小さくなって、頬を朱に染めながらそう口にする雪ノ下を見て、俺の疑問は解消した。…………そういうことか。


「むしろ、そういう私とも向き合うという意思表明をあなたにはしてほしいから私は負けを認めたのよ。あなたが私に

ずっと前から言いたかった言葉がある筈だわ。今ならそれを私に断られる心配も必要ない。だって、勝負に勝った者は

負けた者になんでも“命令”できるのだから。これは、臆病なあなたに対する私なりの格別の配慮のつもりよ」


…………なるほどね。彼女は最初からこうするつもりで、先週の俺の“答え”を拒否したのか。先に由比ヶ浜との“答え”を

出させるために。それで今はその“答え”を出せる状態にある、と。俺が雪ノ下に対して望んできて、でも一度も叶えられ

なかった願いが今、実現しようとしている。心臓の鼓動が速くなるのを感じながら、俺が黙ったままでいると再び雪ノ下

から声がかかった。


「比企谷くん……それで…………どうするの?」

「……わかった。俺が勝者だということを、認めるよ」

「そう……」

俺の返事に雪ノ下と、何故か由比ヶ浜もほっとして胸をなで下ろした。

しかし、雪ノ下の言う“命令”というやり方に、抵抗がないわけでもなかった。だから、俺は彼女にこんなことを尋ねる。

「でも…………いいのか?雪ノ下は俺がこれから言うことは把握しているとは思うが……こんなこと、命令しても……。

命令するような類のお願いじゃないし、それにもしお前がそれを望まないのであれば……」

「その心配はいらないわ。命令というのは形式上のことであって、たぶん今の私なら普通にお願いされても肯定の返事を

返せる。だから、あなたがそれを気にする必要はないのよ」

「そ、そうか……」


“形式上”という言葉に、俺の抵抗感も幾分和らいだ。そして、彼女はダメ押しとばかりにこう続ける。

「私は比企谷くん……あなたのことを愛している。だから、私は今あなたが一番望むことをしてあげたいと思っているわ。

そういうわけで、…………大丈夫よ」

雪ノ下の告白と、俺に向けられる彼女の微笑にこっちの心臓が大丈夫じゃなくなりそうになるが、どうにかそれを堪える。

何回か深呼吸をして自分を落ちつかせた後、俺は椅子ごと雪ノ下の方を向く。彼女もそれに応じてくれた。

…………やっと俺はこの言葉が言える。

一度目は単なる拒絶。

二度目は今から思えば…………あれも照れ隠しだったんだろうか?

今は…………二人で“同じ答え”を出すことができる。

俺と雪ノ下の目が合う。

そのままの状態で俺はすっと息を吸ってから、



「では、勝負の勝者として敗者に以下のことを命じる。雪ノ下雪乃――――――――俺と、友達になってください」






「――――――――もちろん、いいわよ」






彼女はそう応えてくれた――――――――冬なのに、春に咲き誇る満開の桜のような笑顔で。

――――これで、ようやく“答え”を出すことができた。

とはいえ、実際にやったことといえば人間関係に適当なラベルを貼り付けただけのことなのかもしれない。

でも、それはとても意義のあることだと俺は思う。何故なら、俺と彼女がずっと避けてきたことなのだから。

俺は今まで正解を選んできたつもりで色々とまちがえて、取り返しのつかない失敗をしてきて、一人になって…………。

おそらく俺はずいぶんと前から諦めていたのだろう。まちがえることさえも、失敗することさえも。

そもそも、答えを出すことそのものから俺は逃げていたのかもしれない。

でも、今ようやくそれができるようになった。

正解でもまちがいでも俺が答えを出すことを尊重してくれる人たちが、ここにはいる。






――――――――だから、俺の青春ラブコメはこれからもまちがっていける。


                                                   了

乙!!

乙!
すごい楽しかった!!

乙!
大満足です!

とりあえずこのSSはこれで終わりです。感想とか、まあ野暮だとは思いますが質問とかあったら、それも含めて。

ちょっと1時間くらい席外します。

乙!
一時はどんな展開になるかと心配したが素晴らしいまとまりだった

おまえはグレートなやつだ。誇っていいぞ

乙!乙!乙!
物凄く面白かったです。

乙。面白かった。これは一応結衣√なんだろうけど、ヒロインの扱いが
対等な感じなのが良かった。


とても面白かったです

最高でした!
少し涙腺が・・・
また新しい作品を書くことがあったら拝見したいです

すっきりとした終わり方でよかったです

ゆいゆいおめでとう

感想ありがとうございます。

さっき書き忘れていましたが、改行などを修正してpixivなどにupする際はここに
リンクなどを張った方が良いのでしょうか?
もし、そうならこのスレはしばらくそのままにしておきます。

これ途中はともかくオチは原作のネタバレになってるんじゃないかってくらい見事だな
雪乃も八幡もすっげー成長してる
お願いを友達になろうで使うのは予想外だったわ

支部に保管することになるのか
移動報告だけでもいいんじゃないかな

わたりんのネタ奪っちゃったんじゃね?

乙です。
二人のヒロインを平等に扱っていて良かったです。
これこそ原作での理想的なエンディングだと自分は思います。

凄いよかったけどここ最近の日々の楽しみだったから終わっちゃったのが残念でもあるわ
短編でもいいから次回作も書いてください

わたりんは「これネタうばっちゃったねwwwwww」みたいなのはあんまり好きじゃないみたいだな、自分も素直に楽しみたいとかなんとかTwitterで言ってたぞ


このSS渋にあげるなら、最後に少しでも由比ヶ浜をだしてあげてほしいな…
でも最高に面白かった!珍しい長編由比ヶ浜SSでありながらどちらのヒロインも立てるとは素晴らしいな!!
そして最後の話のタイトルがすごく好き

ないわー

>>886
ageたお前がな

超野暮を承知で疑問点を上げるとしたら、
「こうして、俺と由比ヶ浜のディスティニーランドでの最初で最後のデートが始まったのだった。」
はやっぱり、“由比ヶ浜”結衣とのディスティニーランドデートはこれが最後だったということですかね。
“由比ヶ浜さんの楽観的思考”的に。

日本語でOK

付き合い始めたら一気に燃え上がっちゃってデキ婚したから以降ディスティニーランドへは比企谷結衣と行くことになりました

完結乙です。面白かった(小並感)

ところで>>888はいいところに気づいたな。これは2828せざるを得ない

ラベルをはがすってそういうことだろ

速報のガイルSSではこれとブラシスが歴代双璧になったなあ

そんなssよりこっちのほうが出来がいいぞ
雪ノ下「比企谷君、今からティーカップを買いに行かない?」 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1377016024/)

>>893
そのブラシスについてkwsk

>>894
お前はその作品を好きなのかもしれんが、だからといって他人の作品をそんなの扱いするのはいただけないな。

ゆきのんの友達拒否は、最終的に友達にはならないけど。。。的な伏線だと思ってたけど、これ読んで勝負に勝った権利で友達になるというのは、意外とありそうな気がしてきたorz

>>895
同じく保管目的で支部に移ったサキサキSS
八幡誕生日の日から続編と言うか後日談的なものが今書かれてるけど、メインは速報時にやってた内容らしい

八幡が納得するまで毎日告白する結衣も見たかった

☆×4 アルティメットレア排出者!!!!
ヒーローズGM7弾
3/26 5回目坂上あゆみ(5月7日以降お楽しみ)アルティメットレア 孫悟空 HG7-41(3月17日以降お楽しみ)
4/1 21回目谷口翔子(9月29日以降お楽しみ)アルティメットレア 孫悟空 HG7-41(4月1日以降お楽しみ)

>>898
見てくる

>>896
ここ見れば分かるがssスレで人気の高い作品だぞ

>>902
読んだ。お弁当対決は良かったな。すげー面白かった。そのあとは蛇足だと思っちゃったけどな、ガハマ大好きの俺としては。

「面白い作品」と「好きなキャラ」は別モンだしな

超絶スレ違い

>>905
すいません。

1人で何度も書き込みすぎ

ID:+vtyiC4xoうざすぎ
荒らすなボケ

>>881
まだ、1章だけですがupしてみました。タイトルは同じままにしてあります。

>>888
正直なところそのセリフに引っかけて書いたわけではなく、言われてはじめて気づいたという……
というわけでそこはご想像にお任せします

土曜になるくらいまでにhtml化依頼します。

1000いくまで置いといてもいいかもしれないね
評判聞いて読みにくる人いるだろうしそしたら感想書き込めるから

軽音のキャラクターが好きなドラゴンボールのキャラクター


平沢唯好き:悟空、フリーザ、クウラ、コルド大王,, 神龍・ポルンガ,,
秋山澪好き:クリリン、ヤムチャ、ガーリックjr.
琴吹紬好き:トランクス、スラッグ、ネイル
田井中律好き:悟飯、人造人間13号、ブロリー
中野梓好き:ベジータ、ピッコロ
平沢憂好き:天津飯、亀仙人、ハッチヒャック、究極神龍・ウイス・超17号
喜多希好き:ビルス

以上軽音のキャラクターが好きなドラゴンボールのキャラクター7名分!!!!!でしたーーーー!!!!!!!。

なお、軽音のキャラクターが好きなドラゴンボールのキャラクターは、!!!!!!!!!!!!変更ができませんんン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッッッッッッッッ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

軽音のキャラクターが好きなドラゴンボールのキャラクター


平沢唯好き:悟空、フリーザ、クウラ、コルド大王,, 神龍・ポルンガ,,
秋山澪好き:クリリン、ヤムチャ、ガーリックjr.
琴吹紬好き:トランクス、スラッグ、ネイル
田井中律好き:悟飯、人造人間13号、ブロリー
中野梓好き:ベジータ、ピッコロ
平沢憂好き:天津飯、亀仙人、ハッチヒャック、究極神龍・ウイス・超17号
喜多希好き:ビルス

以上軽音のキャラクターが好きなドラゴンボールのキャラクター7名分!!!!!でしたーーーー!!!!!!!。

なお、軽音のキャラクターが好きなドラゴンボールのキャラクターは、!!!!!!!!!!!!変更ができませんんン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッッッッッッッッ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

なお、軽音のキャラクターが好きなドラゴンボールのキャラクターは、!!!!!!!!!!!!削除や変更、追加が!!!!!!!できませんんン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッッッッッッッッ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

乙でした。
ヒロイン二人の捌き方も見事でしたが、原作の伏線を丁寧に拾っていたところが良かったと思います。

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ゆきのんssならティーカップのやつ
ゆいゆいssならここ
さきさきssならぶらしす
がすごく良かった
他のキャラもなんかないかな

ギャグ風味ならでれのんと馬鹿にしすぎだからぁが個人的に大好き

いくらなんでもティーカップはねーよ
徒然があるのになぜわざわざそっちww

八雪は大体長すぎて終わらないからなぁ…
ティーカップより俺も徒然派だけど、更新さえあればアイドルプロデュースとかもいいし、支部にもタイムトラベルシリーズとかあるもん

義輝?誰それ

これ見れば分かるけどティーカップだっていい所あるだろ
39 名無しさん@お腹いっぱい。 sage 2013/10/21(月) 03:18:04.86 ID:vx73eepE
あれ言われてるほど悪くないよ。すごく面白い
目つき任意で変えることができたり、目つき変えるとスーパーマンに変身したりするところなんて笑いが止まらなかったし、
雪乃が膝掛け出しちゃどこでも広げてメンヘラみたいに擦り寄ってくるのなんて超ホラーで背筋ゾクゾクしたし、
付き合ってるの発表するとか言い出してから全然関係ないことしかしてなくていつ発表するんだよって緊迫感尋常じゃなかったし、
いざ発表したらなーんにもしない結衣の心情とかまったく分からなくて推理小説みたいな難解さだったし、
一つの物語で読者を楽しませる要素がこれでもかと散りばめられたサービス精神旺盛な意欲作だと思う

>>918
八雪作品って完成させられないほどの作者が多いのがなあ
八結のほうが数少ないけどレベル高いよな

>>920
だよなぁ…

八幡と雪ノ下が恋愛っていう未知の領域というか、すごく実力試される組み合わせなのに
主人公とメインヒロインなもんだから理解してない人や原作読んでない人や単純に下手な人やSS自体の素人さんなんかが
取りあえず勢いで始めちゃうんだけど、書けば書くほど難しいし、周りの反応は醒めてくし、原作から膨らませ辛いシチュだから模倣もできないし、
そもそも特に書きたいテーマとかあって始めてるわけじゃないから段々書くのがめんどくさくなって、
テキトーなまとめ方で終わらせたり更新滞ったりほっぽり出して逃げちゃったり

個別ルート入りしたアフター作の八幡が普通にコミュ障克服して
初対面の人とも楽しく会話するとか違和感あり過ぎて、もういいやってなるんだよなあ
特に八雪
まあSSだしありなんだけどアレだけ中2拗らせた人間は大人になっても中2消せないから

いくらなんでもここで言う事じゃないだろ

ここは>>922が高レベルの八雪小説を書いてくれることに期待

いい加減スレ違いだぞ、他作品のことはSS語るスレにでも行け

やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。のSSを語るスレ2
ここでやれ

エピローグで葉山フォローしてあげてくれ

葉山のフォローってこの場合、何したらフォローしたことになるんだ……?

いらんいらん
そんなの蛇足以外のなにものでもない
せっかく綺麗に終わったのにエピローグとか馬鹿じゃね?

徒然も好きだけど記憶に新しい分ティーカップが

スレチすまんもうやめる

はがないのキャラクターが好きなドラゴンボールのキャラクター
三日月夜空好き:パン,,ウイス,,セル,,フリーザ,,ベジータ,,ピッコロ,,ウーブ
柏崎星奈好き:セリパ,,究極神龍,,ビルス,,ハッチヒャック,,孫悟飯,,DR.ライチー,,DR.ミュー..ジャネンバ
楠幸村:なーーし...!!!!!!!!!!!!!!!!!!!


以上はがないのキャラクターが好きなドラゴンボールのキャラクター2名分!!!!!でしたーーーー!!!!!!!。

なお、はがないのキャラクターが好きなドラゴンボールのキャラクターは、!!!!!!!!!!!!変更ができませんんン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッッッッッッッッ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

はがないのキャラクターが好きなドラゴンボールのキャラクター
三日月夜空好き:パン,,ウイス,,セル,,フリーザ,,ベジータ,,ピッコロ,,ウーブ
柏崎星奈好き:セリパ,,究極神龍,,ビルス,,ハッチヒャック,,孫悟飯,,DR.ライチー,,DR.ミュー..ジャネンバ
楠幸村:なーーし...!!!!!!!!!!!!!!!!!!!


以上はがないのキャラクターが好きなドラゴンボールのキャラクター2名分!!!!!でしたーーーー!!!!!!!。

なお、はがないのキャラクターが好きなドラゴンボールのキャラクターは、!!!!!!!!!!!!削除や変更、追加が!!!!!!!できませんんン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッッッッッッッッ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

以上はがないのキャラクターが好きなドラゴンボール




なお、はがないのキャラクターが好きなドラゴンボールのキャラクターは、!!!!!!!!!!!!削除や変更、追加が!!!!!!!できませんんン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッッッッッッッッ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

作品はいいのに他のSSsageたり主観で八結の方がレベル高いとか言ったり周りが態度悪くてなんだかなぁ

でも実際に八雪のほうが出来悪いし

このSSまとめへのコメント

1 :  SS好きの774さん   2014年11月04日 (火) 20:07:08   ID: AFsrD51l

SSの完成度じゃない……
もしかして「ブラコンめ、シスコンめ」の人かな?
選ばれなかったヒロインを粗末しない展開も好きです
ゆきのん派閥の自分も楽しめました
感動したっ……!
乙です!

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