男 「これが終わったら、花火を見に行こうか」(83)



その日も男は、電話をかけても出てくれなかった。
忙しいことは知っている。
迷惑をかけていることも。

でも。私には時間がない。

こんな私に、小さな約束をしてくれた。


残り一週間で、私はなにを見つけられるのだろう。




男 「疲れたぁぁあっぁ」

当たり前のことを口に出す。
人間は結構くだらなくて無駄なことが好きだと思う。
喜ばしくもその一員に入っている僕は、毎日どのぐらいの時間を無駄にしているのだろうか。

男 「そうだ、メールが来てるんだった」

僕は携帯をあまり使わない。
ネットは使うこともないし、特別メールをするほどたくさん友達がいるわけでもないからだ。
この携帯も最後に使ったのは、一週間前。
ある意味久し振りだということだ。
しかし携帯というものは難しい。よくこんなものをあんなに早く操作できるな、と思う。
今一番僕のほしいものは、携帯の操作能力なんて言ったら、みんな笑ってくれるだろうか。


男 「うわぁ・・・」

さすがに一週間はほおっておくのには長すぎたか。
・・・これなんかもう、取り返しがつかないような内容だし。
すっかり忘れてたなんて言ったら、それこそ首が飛ぶだろう。

男 「やっぱり仕事用と分けておくべきだった・・・でもめんどくさいしな」

そんなこんなでメールを読んでいると、ひとつのメールが目にとまった。

男 「女・・・からか?」


メール本文:

いきなりごめん。会って話したいんだ。○○日の午後一時に、いつもの公園で待ってる。



男 「これ・・・一日でも過ぎてたらやばかっただろうな。ちょうど明日だし」

明日は日曜日で、仕事もなかったから暇だったのでかえって好都合だった。しかし問題なのはここからだ。

男「・・・どうして女からメールが来るんだ?」

女は数少ない友人の一人だ。幼馴染に近い関係といったところだろうか。しかし女はメールを嫌ってめったに使ったりなどしない。
何かあったのだろうか。

男「・・・」

男「電話にすら出てなかった」


翌日

男「さて・・・」

男「行く準備はできてるよな」

以外と僕は几帳面なところがある。よくいわれることがあるが、自分ではよくわからない。
それからなん分かして、僕は公園に向かった。

・公園


男「」

男「遅すぎる」

十分前に到着したが、三十分たった今でもまだ女は来ない。電車でもおくれているのだろうか。

そういえばこうして外に友達と遊びに行くのも久し振りだ。
太陽は真夏の日差しをじりじりと僕に届かせ、葉が茂った木々は風でかすかに揺れて気分だけでも涼しくしてくれた。
なによりも空は青く、雲ひとつもなかった。

そんなときに、ちょうどいいベンチが見つかった。
座り心地がよさそうだ。ここで女のことを待っていようか。

・・・


仕事で疲れていたこともあり、僕は眠ってしまっていた。



夢の中のぼくは、誰かと話しているようだった。

「・・・・・・だから・・・きみt・・・そんな・・nんて」

「・・・・じゃ・・・ゆb・・げn・・・」

ところどころ聞こえない。



起きた時、僕は泣いていた。



「…きて……………お…て………起きて…!」

女「起きてよ!男!」

男「………ぅあっ!!」

女「きゃあぁ!?なにっ!?」

男「あ……ごめん」

女が来ていた。僕は思ったよりもずっと熟睡していたらしく、女が必死で起こしても全然起きなかったようだった。
そういえば僕は…大切なものを忘れている気がする。それは、簡単に忘れていてはいけないような気がした。
…でもどうしても思い出せない。

女「大丈夫?泣いてたみたいだけど」

男「うん…なんか疲れてたみたいだ。もう大丈夫だよ」

男「それよりも、今日はどうしたんだい?」

女「…男も疲れてると思うし、あっちの喫茶店で話そうよ」


*喫茶店

男「…で」

男「今日はどうしたの」

女「…一週間休み取れないかな」

男「えっ?」

女が頼んだアイスコーヒーにミルクをいれながら、僕はグラスを落としそうになった。

男「どうしたんだい?いきなり…?」

女「…お願い。一週間私に付き合ってくれたらなんでもきくから。」

女「お願い…」

なんだか切羽詰まった様な顔をしていて、こっちが辛くなる様な気がした。
女は何か悩みごとでもあるのだろうか。
とにかく今これを断ったら、このまま女が消えてしまう様な気がしてならなかった。


幸い僕には有給が余るほど残っていた。わざわざ休みをとろうとも思わなかったし、休んだところで何をするわけでもなかった。
消化するのにもちょうど良いんじゃないか、と思いだしてきた。
うん。悪くない。

男「いいよ。女の頼みだし。」

女「・・・やったぁ!」


久し振りに女の笑った顔を見た気がした。


と、同時に、


僕のたった一週間の夏休みが始まろうとしていた。







男「・・・とはいえ」

男「勢いで決めてしまったけれど」

男「さすがにきちんと会社に連絡いれておかないとな」

女「一週間も・・・大丈夫かなぁ」

男「でも君が言ったんじゃないすか」

女「確かに」




そんなことで、会社に連絡を入れることになった。




男「・・・・・・・」

男「ドキドキ」

女「・・・なんでドキドキしてんの」

男「そりゃあ・・・一週間も休ませてくださいなんて言うなんて、
ついさっきまで考えるとも、思ってなかったからだよ」

女「まーねー」

男「軽いな」




こちらは○○株式会社です___

男「あ、もしもし」

男「○○課の○○さんを呼んできていただけないでしょうか」

少々お待ちください___


保留中に流れる音楽を聴きながら、女をふと見つめると、ガッツポーズを決めてきた。頑張れということだろうか。
僕は軽くガッツポーズを返して、音楽が鳴りやむのを待った。



課長「もしもし」

男「もしもし、男ですが」

課長「どうしたんだ?休みの日にわざわざ。なにかあったのか?」

男(まぁ別の意味でもいろいろあったけど)

・・・なんか女のほうから視線を感じる。気のせいであってほしい。

男「・・・それで、一週間休暇がとりたいのですが」

課長「いいんじゃない?」


______ちなみに課長は女性だ。

しえ


男「………え?」

課長「だから、いいって」

一週間休むという行為は、こんなにも簡単に受理されてもいいものだったのだろうか。

男「…えっと…ありがとうございます。」

課長「いいからいいから。…いつも男は仕事しかないような奴だったから。彼女がいて良かったよ。

男「彼女いるの確定!?」

課長はこんな人だ。よくも悪くも楽しく、面白い。
…今でも僕は、この人が上司で良かったと思っている。


課長「じゃあそうゆーことで。私仕事に戻るからな」

男「あ、はい。頑張って下さい」

課長「男も頑張れよー!!」

男「何を!?」


………色々あったけれど、やっといまから僕達の夏は始まるようだ。


男「…で」

男「何するんすか女さん」

女「んーー…」

男「………まさか考えてなかったとか?」

女「」

女「…そんなわけ無いでしょ!?」

男「さーせん」


女「…じゃあ明日の朝、また連絡するから…それでいい?」

男(やっぱり考えて……)

女「…何か言った?」

男「」

女「……じゃあまた明日ね。」

男「おう。じゃあな」


もう空は茜色に染まっていて、雲は紅く色づいていた。
あんなにうるさかった蝉の声も心なしか静まった気がする。

男「…じゃあ帰るか」


男「ただいまー」

僕は一人暮らしだ。
けれどもこうして挨拶をするのは何故だか辞められない。
癖になってしまっているのだろう、多分。

男「……一週間も休みなのか」

男「久しぶりだな、こんな風に明日が待ち遠しいのも」

男「…女の事を、こんなに考えてることも」


不意に窓を開けて空を見上げると、思ったよりも星は見えなかった。
僕がもっと小さいころ、ここら辺はまだど田舎で、高いビルや沢山のひともいなかった。
段々と都会に近づいて来ているのは嬉しい事だけれど、どこかで寂しく思っているのは僕だけなんだろうか。
…まだ、慣れていないだけなのだろうか。


亀進行ですいません。
けど
まだまだ続きます。


寝てしまおう、とおもった頃にはすでに夢の中だった。




「………わ……s……を………にしt……」
「……った……ぁ!……りが……う……」


この夜もまた、夢をみた。

僕は何か、この子と大切な約束をしていた気がする。

嬉しそうなキミ。笑っていたボク。

一体何を、僕は忘れてきてしまったのだろうか。


*翌日


男「………」

男「ねむい……」

男「女から、連絡まだかな」


…と思ったら、どうやらメールが来たらしい。


本文:

遅くなってごめん。取り敢えず男の家に向かうからー。着いたら連絡する。


男「家に来るのか」

僕の家はマンションみたいなもの。特別高級ではないけど僕は気に入っている。
引っ越してきたのは一年くらい前か。…あれ。


なんで僕、ここに引っ越して来たんだっけ………?


と思った瞬間、
言い表しようのない痛みが、僕の頭を襲った。

男「………うぅ……」

男「…誰………か……」

男「………女……」

と同時に僕の意識は切れて、一人暗闇の中に放り出された。
ひとりぼっちの寂しさと、暗闇の心細さで小さくうずくまって泣いていた。
その時だった。


「男ー!……ぃるよ?」
「…………とこー?」


「………お…こ…?」


「男!!!」


*病院


目を開けた時、最初に飛び込んできたのは女の顔だった。
今にも泣きそうな顔をしている。

女「男!!!!」

いきなり抱きついてきた。いつもの僕なら喜んでいるんだろうが、今はそうはいかない。
・・・何があったんだっけ・・・?

男「僕・・・どうしてここに」

女は黙っている。ちらっと医者のほうを見た。医者はうなずくと、女は病室から出て行った。

女「ちょっと缶コーヒー買ってくる」

いくら鈍感な僕にだって、嘘だということはすぐにわかったよ。


男「・・・それで・・・僕は」

医者「・・・あぁ。・・・あと・・・一年しか・・・」

いきなりだった。だって昨日まで普通に平凡に暮らしてた僕が。
後一年で。死んでしまうらしい。

医者「・・・それに加えて君の記憶は」

日がたつにつれて、どんどん消えていってしまうらしい。

医者「・・・まだ解明されてないだけで、一年と決まったわけじゃない。まだ治る余地も・・・」

もう医者の声なんて僕の耳には届いてこなかった。後一年で死ぬ?自分が?冗談なんじゃないのか?ドッキリの番組にでも仕掛けられているんじゃないのか?

でも現実は非情で。

僕の願いなんぞ聞き入れてくれるわけもなく。

女の顔を見たら声をあげて泣いてしまいそうで。

医者が去った後も僕はまだこの「冗談」の理由を探していた。



女「・・・買ってきたよ」

女が帰ってきたようだった。窓から空を見ると、昨日公園で見た茜色に染まった空にそっくりだった。
どうせなら昨日に戻ってしまえればいいのに、なんて思ってしまった。

男「・・・ありがとう」

女は無言で缶コーヒーを手渡すと、病室にある椅子に腰かけた。
女も窓から空を見ていて、何を考えているのかな、なんて思った。

男「・・・あのさ」

男「せっかく休みとってたのにごめん・・・」

女はゆっくりこっちを向くと、微笑んで見せた。

女「大丈夫だよ。まだあと六日もあるんだし。」

女「そういえばね、男も無理なことしなければ明日にでも退院できるって!よかったね!」

女はまるで自分のことのように喜ぶから。僕もそれにこたえるべきだと思った。

男「・・・そっか!じゃあ明日からは遊びにもいけるね。」

女「うん!」


女「じゃあもうこんな時間だし。また明日朝早くに来るから。」

男「わかった。・・・それとさ」

女が病室のドアの取っ手をつかみながらふりかえった。

男「・・・ありがとう」

さっきも言ってしつこいかな、なんて言ってから後悔したときに
女は笑って、

女「・・・どういたしまして。・・・じゃあね!」



病室の扉が閉まってから、僕は気づいてしまったんだ。



女のことが、・・・好きになってしまったことを。




僕に残された時間は。一年しかない。
ある人は「一年も」というかもしれない。

_______たとえば、余命一週間の人とか。


さすがにそれはありえないか。でもさ。


実際に僕が「余命一週間」だとしたらさ。


きっと同じように考えるのだろう。


つまりはきっと、自分におかれた環境の上で、自分の価値観で
人間は事の大きさを判断しているんだろうね。


僕はきっと、こんな状態にならなかったら
一生考えずに死んでいたな。


・・・それもまた、幸せだったのかもしれない。


*朝になって


男「…ふぁああぁあ…」

男「…眠い」

起きた時間は6時。ちょっと起きるのには早過ぎた。

男「……女はいつ来るのかな」

気が早いとは分かっているけれど、はやる気持ちはなかなか収まってはくれない。
小鳥の鳴く声や、朝独特の空気の匂い、風で葉の擦れる音。
全てが、今が夏だということを物語っていた。
僕の一番すきな季節。
僕の誕生日がある季節。

…そんな季節で、僕はいなくなる。


*朝になって


男「…ふぁああぁあ…」

男「…眠い」

起きた時間は6時。ちょっと起きるのには早過ぎた。

男「……女はいつ来るのかな」

気が早いとは分かっているけれど、はやる気持ちはなかなか収まってはくれない。
小鳥の鳴く声や、朝独特の空気の匂い、風で葉の擦れる音。
全てが、今が夏だということを物語っていた。
僕の一番すきな季節。
僕の誕生日がある季節。

…そんな季節で、僕はいなくなる。


女「おはよーう!」

女が来たようだ。

女「もう退院の手続きしちゃったから!あと着替えて荷物まとめるだけ」

…流石と言える。僕あのぐらい出来るひとだったらなぁ。

男「わかった。準備するよ」

女「じゃあ外で待ってるね」


着替え終わって荷物もまとめ終わり、病室のドアの取っ手を掴んだところで、外で話し声が聞こえて来た。

「……男は……っぱり…」
「……あぁ…それ………」


「……君も……もう…」


…聞き取れない。もういいや、と思って僕は病室から出た。


男「ごめん遅くなって」

そこには、女と医者がいた。

女「大丈夫だよー・・・じゃあ、医者さん、」

女はまた手続きがあるとか言って、その場を離れた。
・・・もうわかるんだけどなぁ。

医者「・・・じゃあ、無理は絶対にしないで。薬はこれとこれを。何かあったらすぐに来てください」


男「はい。・・・ありがとうございます」



医者「・・・あと、女さんのことなんだけれども・・・」


男「女のこと…?」

医者は一瞬だけ躊躇って、次の言葉を口にした。


医者「女さんはーー…」

女「ごめんね遅くなって!もう終わったから」

女が駆け足でこちらに向かって来る。

男「おう。こっちももうすぐーーー」

医者「いや、大丈夫ですよ。また今度にしましょう」

女が不思議な目で見つめて来る。…いや、僕だってわからないよ。

男「…?じゃあまた今度来ます」

医者「はい、気を付けて。」

女「ありがとうございました」



医者の言いかけた言葉とは、一体何だったのだろう。

しえ
落ち着いた雰囲気で進行するのは大好物よ


医者「…………」

医者「本当に救われない事ってあったんだな…」




医者「片方は一週間、
片方も一年間、加えて記憶が消えて行くなんて…」



医者「どっからどう見ても無理じゃないか…」


*病院を出て

男「あーーー・・・」

疲れた、と言おうとしてふと女のほうを向くとなんだかやつれているような気がして、やっぱり僕のせいで疲れているのだと思った。
・・・そりゃそうだよな。折角の休みなのに、僕につきあわされて。
・・・やっぱり、少しでも疲れをやわらげてあげたくて。

男「今からさ・・・遊園地に行かないか」

思わず口をついて出てきたのは「遊園地」。
・・・ベタだなぁ、なんて一人で突っ込んでいる。さみしい。


女「・・・・・!」

女「やったぁ!!!!」

どうやら大成功だったらしい。
さっきまでの心配していた顔とはまるで変わって、こっちが幸せになるような笑顔。
どうであれ僕は、女が喜んでくれたならそれでいいんだ。

男「じゃあさっそく行こう!」


・・・僕は君のために、僕で居続けたい。

・・・記憶が消えてしまわないうちに。


14 36

コメありがとです。
これからもよろしく。


*遊園地



男「うおおおおぉ・・・・」

女「・・・どうしたの変な声出して。」

女は不思議そうな眼でこっちを見つめた。
何を隠そう、僕は全く遊園地などに行ったことがない。
・・・仕事が友達、といっても、仕事は一緒に来てくれるわけでもないし。


男「じゃあいこー!」

女「うん!」


・・・何はともわれ、やっとこ休みっぽくなってきたなぁ。
最初はどこへ行こうか。次はどこへ行こう?

君となら、どこへ行っても楽しめる。そんな気がした。



男「わーーーー!!」

女「男、女の子みたいw」

男「えww」


僕たちは最後に、観覧車に乗ることにした。


男「すげーなぁ、景色」

女「そうだね」

丁度一番上に差し掛かった頃だった。
人は点のようで、まるでミニチュアの世界をみているようだ。

女「………ねぇ」

少し俯いたままの姿勢で彼女はつぶやいた。
表情が見えない分、何を話すか分からず、僕は黙っていた。

男「…どうしたの?」


女「…もしさ、……もしもだよ?
……私が、後一週間で、いなくなったら…」

女「男は…どうする?」


男「・・・え?」

いきなりだった。いきなりすぎて、僕はものすごく間抜けな声を発していたのだと思う。

女「・・・冗談だよ?真に受けないでよね!」

冗談、と言われてやっと僕はまともな顔ができた。・・・きっと見るに堪えないような顔をしていたのだと思う。

男「あ・・・はい」

と言われても、考えたことがないような話題だな。
「いなくなる」なんて。

あ。でも僕も「いなくなる」のかな?一年後には。
そうすると案外身近なものに考えられる。

男「いやだよ」

女「・・・え?」

男「女がいなくなるなんて絶対にいやだ」

・・・・あ。なんか愛の告白みたいになってんじゃない?これ。
いまさらながらに恥ずかしくなっていた。

女「・・・ありがとう」

彼女は僕の大好きな笑顔で、そう言って笑った。


*帰り道

男「あーあ…」

一日が終わってしまった。寂しい気分になった。

女「ねえ今日さ」

女「男の家に泊まってもいい?」

男「えっ!?」

僕はびっくりし過ぎて手に持っていたペットボトルを落としてしまった。

女「なによ」

男「いや…別に」

女「じゃあいいよね。このまま行こう」

男「はあ…」


ということで、女が家に来ることになった。


*家

男「着いたぞ」

女「はーい」

帰って来てすぐに女は冷蔵庫を開けた。…たいしたもの入ってないぞ。

女「何もないねー」

男「悪かったな」

夕飯は外で済ましてきたから、後は風呂だけだった。

男「早く風呂入ってこいよー」

女「了解」

女が風呂に入っているころ、僕は急激に眠気に襲われた。

男「…うーん」

男「少し寝るか」

そのまま横になり、目を瞑ると
今日の楽しかった出来事が映し出された。

ここからよく、覚えていない…


僕はどうなったんだろう。
なにも思い出せなくなって。
真っ暗やみの世界の中で。
一人でうずくまっている僕。

「どうしたの・・・?」

さしのばされた手に、手を差し出すこともままならないような僕は。
自分にかけられた言葉にどう反応すればいいかなんてわかるはずもなく。
ただじっと。周りに誰もいなくなるのを待っていた。


でも。目を開けたそこにはさ。
まだ君は手をさしだして


くれていたんだよ。


簡単なことだったんだ。
手をつかむことなんて。

手を伸ばせば今ならまだそこにいたのに。

今この瞬間、君はいたのに。



次の瞬間に君がいない、なんてわかっていたら。

僕は死に物狂いで君の手をつかんでいたのに。


女「男ー!おとこ!!」

僕は彼女の近所迷惑だろうな・・・レベルの声の大きさで、目が覚めた。

女「早く風呂入っちゃいなよー」

どうやら彼女はとっくに風呂からあがっていたようだ。
僕はどうやら熟睡していたらしい。

男「・・・うーん」

なんだか今日、疲れているのかなぁ、なんて思ったときに
僕は妙な感覚を覚えた。

男「・・・あれ・・・僕」

男「今日、・・・何してたんだっけ・・・?」


台所にいたはずの彼女が、ワンピースをひらつかせて僕に駆け寄る。
ふわっとシャンプーの香りが漂う。

女「・・・え?」

その時の彼女の顔は思い出したくないほど悲痛なもので。
僕は「今日」行ったであろう場所に。
そのまま時間ごと戻ってしまえたら、なんて
もう戻れない世界の中で、一人考えていた。

おもしろ支援
節目がそこできちゃうのか……



女「・・・」

女「・・・ねぇ、本当に覚えてないの?」

彼女は今にも泣き出しそうな悲しい目で、僕のことを見つめた。

男「・・・うん」

僕も泣きそうだった。

だって僕には。

思い出すら残っていてはくれないんだ。



女「・・・今日はね、病院を出てから遊園地に行ったんだよ」

彼女はぽつぽつと話しだした。


女「・・・それでね、男がすごいはしゃいでて・・・」


今日一日あったことを話してくれるみたいだ。

女「私もすごく楽しくて・・・」


女「それで・・・」




そこまで話した時、彼女はないていた。
すごく我慢していたのだろう。あふれんばかりの涙で顔がぐしゃぐしゃだ。

女「ごめんね・・・」

女「私よりも男のほうがずっと辛いのに・・・」


この一週間。楽しいものになるはずだったのに。
どこで僕たちは道を間違えたんだろう。


それとももともと
こういう運命だったのだろうか。


思わず僕は彼女を抱きしめていた。

どうしようもないことは分かっていた。


昔から僕はすぐにあきらめる癖があった。
それは今だって変わっちゃいない。

・・・でも今は。

今だけは。

「あきらめたくない」「忘れたくない」。


男「君のこと・・・忘れたくないよ」


こんな気持ちになるなら。

彼女に出会わなければよかった。

病気になることが決まっていたならば、

僕はそう思ったんじゃないか?



・・・確かにそうかもしれない。
いっそ「全て」忘れてしまえれば楽なのかもしれない。



でもどうしてもさ。
それを「僕」が許してくれないんだよ。

君を忘れたい、なんて「僕」じゃないような気がして。



その後は二人で泣いて。
涙が枯れるほど泣いて。

涙が出なくなった頃、そのまま僕たちは寝てしまっていた。



今日は怖い夢を見なかった。

・・・つないだ手から感じる君の体温が、一人ぼっちだった僕を救ってくれたんだろう。


*4日目


男「・・・うーん」

目が覚めると、彼女はまだ寝ていた。
安心しきったような顔で。

僕は今日、病院に行こうと思う。

・・・きちんと話をきくためにも。


*病院


医者「・・・あぁ、すまない。待たせたね」

男「いえ、大丈夫です。・・・それより」

医者「わかってるよ。安心してくれ」

僕は一人病院を訪れていた。彼女には手紙を置いておいたから大丈夫だろう。

朝の日差しが僕を照りつける。これでもかと言わんばかりにセミたちは合唱を始める。
こんなごく普通の夏の一日でも、今の僕には幸せに感じる。

医者「君の病は、解明されていないんだ。
これから先も、・・・おそらくはないだろう」

医者は淡々と話し始める。

医者「ただ分かっていることは、記憶が消えていくということ。・・・個人差はあるがね。
たとえば、五年前のことを忘れることもあれば、ついさっきの事を忘れることもある」

医者「そして・・・」

医者は一呼吸間をおいてから口を開いた。

医者「一度消えた記憶は、もう戻ることはないんだ」


分かっていたよ。

…そんなこと。

ふむ


分かってはいたけれど。

僕はどこかできっと。


・・・ゆめのまた

夢みたいな幻想を、

どこかで信じていたかったんだ。


男「・・・そうですか」


もうそれしか言う言葉なんて見つからなかった。
だってそうだろう?
「記憶は消えて戻らない」。

楽しかったあの日も、あの日も。



全部、消えてなくなっちゃうんだ。

医者「・・・酷なことを言ったと思う。
こんなこと、伝えなくたって別によかったんだよ。
聞いたって、・・・辛いだけだからね」


俯いたままの姿勢で医者は続ける。

医者「・・・でも、僕は伝えるべきだと思ったんだ」


僕の方に振り返る。決意が込められたような、・・・そんな顔をしていた。



医者「君と女さんの、過ごせる時間は・・・」



医者「もうあまりにも、短すぎたから・・・」



・・・え?


この人は、何を言ったのだろう?

確かに僕は、後一年しか生きられない。
そんなことはもう知っている。

なのにこの人は、
「女さんと過ごせる時間は」

「短すぎたから」

って言ったんだよ。

・・・なんか不自然じゃないか?



まさか、僕と彼女が一緒に過ごせる時間は、
もう残されていないのか・・・?


医者「これは女さんから止められていたのですが・・・」

小さい声で、でもしっかりと僕に届くように、話す。

医者「女さんは、」






医者「後、三日間の命なんです」


男「・・・は?」

今度は何の冗談だ?
・・・おいおい、いいかげんにしてくれよ。
ぶっ飛びすぎてこっちはついていけねえよw



なんて、頭の中で必死に考えていても。

医者の目を見たらさ。わかっちゃったんだよ。


・・・あぁ、この人は本当のことを言ってるんだな、・・・って。



なんかさ、ここまで来るとお話の中の出来事みたいじゃん?

・・・でも僕たちにはさ。

けして変えることのできない「現実」なんだよ。

何度も嘘だと思った。

何度も冗談だと願った。

でもまぎれもなく僕に突き付けられた現実で。

こんな世界から、消えてしまいたいだなんて、

思ってしまって。



なんかさ、ここまで来るとお話の中の出来事みたいじゃん?

・・・でも僕たちにはさ。

けして変えることのできない「現実」なんだよ。

何度も嘘だと思った。

何度も冗談だと願った。

でもまぎれもなく僕に突き付けられた現実で。

こんな世界から、消えてしまいたいだなんて、

思ってしまって。


医者「・・・女さんは少し前に病気が見つかってね」

医者「その時すぐだったら、いくらか延命できたのかもしれなかったが」

医者「・・・受け入れなかったんだよ」


医者「・・・大切な人と、会える時間が少なくなるぐらいだったら、




医者「無理やり延命治療を受けて空白の時間を過ごすよりも、

・・・短い時間を、精一杯生きられればそれでいいって。」


帰り道に僕は、
最初の日に出会った公園に来ていた。
昼下がりの公園は、思ったほど混んではいなかった。

幸せそうに手をつなぐ家族。
笑顔で通り過ぎる子供たち。

全てが、今の僕とかけ離れているようだった。




「・・・ねぇ」

後ろから、声をかけられた。


そこには、複雑そうな、・・・今日何があったか知ってるような顔をした彼女がいた。


女「・・・もう知っているんでしょ?」

震える声で、消えてしまいそうな声で紡ぎだす言葉。

女「・・・医者の言ってることはあってるよ」

僕は何も言えない。今口を挟んでしまったら、もう二度と口を開いてくれないような気がして。


女「・・・それでも君と、一緒にいたかったんだ」


僕の目を見る。


女「約束、・・・したから。」


やくそく・・・

僕は何を約束したというのだろう?

女「・・・忘れてるのが普通だと思うよ。
病気のことを抜きにしても。
・・・ずいぶん昔の話だもんね」

彼女が地面を見つめながら続ける。

女「・・・忘れられなくて、男に会って・・・
今はもう、約束よりも、」


女「ただ、男と一緒にいられればそれでよかったの」


女「でも、もうそれすらかなわないね」

こっちを向いた彼女は、涙はあふれてるのに無理に笑おうとしていた。

僕の胸に鋭い痛みが走った。

目から何かあふれそうだ。痛みのせいで。

女「どうして早く、気付けなかったんだろう・・・」


女「君のことが、大好きだってことを」


大好きだよ。

大好き。

僕だってそうにきまってるじゃないか。

君のそんな顔は見たくないんだよ。

ずっとそばにいよう。

君とともにあるこう。





・・・だから、僕の前から消えないでくれよ・・・


それから僕らは
二日間、いろんな場所に行った。

昔二人で遊んだ公園。
二人で作った秘密基地。
夏に行った海。
林や森で駆け回った。
動物園だって行ったし、遊園地は・・・もう行ったか。
水族館だって行ける。

行こうと思えば、「今」なら行けるんだ。
そこであきらめてしまったら、・・・もう終わりなんだから。

「今」というくくりで、存在はしているけれど。
「今」なんて本当は、ないのかもしれない。

この瞬間も、過去へと移り変わっている。
誰にも止めることはできないんだ。


・・・あぁ、そういえばホタルは知ってるかい?
短い命で、小さな光をともす。
きっとホタルは知っていたんだよ。
自分が短い命だということを。

・・・知っていたんだよ。
限られた時間の中で、一生懸命生きることができれば
・・・それでいいって。


*7日目


今日僕たちは、家でゆっくり過ごすことにした。
朝起きて、窓を開ける。
もうすでに太陽は照りだしていて、
青々と茂った木の葉は揺れる。
気持ちのいい風が入ってきたかと思うと、
セミの鳴く声、小鳥が鳴く声も聞こえる。


幸せなんだな。今きっと。

彼女に聞くと、短くそうだね、と返ってきた。

その言葉で十分だった。


朝ごはんも昼ごはんも忘れて、ただ二人で肩を寄せ合って
座っていた。

この時間を共有できてよかった。
君と笑いあうことができてよかった。
君と会えてよかった。



男「・・・なぁ、女」

隣で僕の肩に寄りかかっている彼女に話しかける。

男「そろそろ僕も肩が疲れてきててさ。
このテレビが終わったらさ、」


男「花火を、見に行こうか」



ここから彼女の顔は見えない。

微笑んでいるのかもしれないし、
目をつむってるのかもしれない。



・・・君との約束、思い出せたよ。



僕の肩で眠る彼女を横目に、
僕も目をつむった。


僕が君と過ごした一週間は、

今まで生きてきたどんな時間よりも、

これからの一年間で過ごす時間よりも、




…幸せなものに違いない。



微睡みながら、記憶が消えて行くのがわかった。

あぁ、僕は忘れてしまうのか。


あんなに、幸せだった日々も。

悲しかったひびも。

うれしかったひびも。


でもぼくは、



いつまでも
君の幸せを願うよ。



あの日みた茜空は、
ひとつも変わらずに
窓から僕らを
照らしていた。


おしまい。

救いはないけど、静かな作品だった

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