小鳥「誕生日なんて滅んでしまえー」 (24)


今日はだれかの誕生日

え? 私の誕生日なんじゃないかって?

そんなわけないじゃないですか

私に誕生日なんてありませんよ、

何言ってるんですか……全く

「あっ、小鳥さんおはようございま~す!」

「はい、おはよう」

事務所一番乗りのアイドルは春香ちゃんのようです……ん?

春香ちゃん、スケジュールでは――

「小鳥さん」

呼び出しと同時に突き出される綺麗に包装された中くらいの箱

「お誕生日おめでとうございますっ」

続く春香ちゃんの言葉

「あ、ありがとう、嬉しいわ」

そうですよ、私です

私の誕生日なんですよ……はぁ……。

ちなみに、春香ちゃんのプレゼントが嬉しいのであって、

誕生日なんて微塵も嬉しくはない

だってもうおばさんなんだもの……

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「って、そうだわ春香ちゃん。まさかこの為だけに事務所に来たんじゃ……」

「えへへ……じゃないと今日は。というより今日明日は会えないですから」

今や人気絶頂の765アイドル達は休みが珍しいほどで、

今日も明日も春香ちゃんは撮影で東京都内からですらいなくなってしまう

とはいえ、春香ちゃんだけじゃなく、殆どみんな都内にいない

いるのは今から都外に行く春香ちゃんと、彼女を送りに行くプロデューサーさん。

それと家のことがあるからと離れる仕事は極力受けないやよいちゃんくらい

そのやよいちゃんも、明日は忙しいので会えないんです……と残念そうに言いながら、

1日早く誕生日プレゼントをくれた。ので、

今日は会うことはないだろう

ほかのみんなもそう、今日の午前0時に一斉にメールやら電話やらが飛んできて、

おめでとうのあとに謝罪が入り、

家にプレゼントを送りました――と、残念そうに続く。というやりとりを何回もした

「本当はみんなで盛大にお祝いしたかったんですけど……」

「ううん、良いのよ。アイドルなんて忙しくてなんぼのものでしょ。あなたたちが元気でいてくれればそれだけでいいから」

……言って思う。

なにこれ、私お母さんみたい。と


悲壮感に浸っていると、

春香ちゃんの携帯電話が音を響かせた。

みんなで歌った765プロオールスターズによる曲

何度も聞いているけれど、

聞き飽きるなんてことのない曲

「あ、ごめんなさい。時間みたいです」

残念そうに言う春香ちゃんに微笑み返し、

「いってらっしゃい」

小さく手を振ると、春香ちゃんは笑って手を振ってくれた

「はい、行ってきます!」

春香ちゃんが去ってまた独り

外にプロデューサーさんの車が来る頃、

私は思わず窓の外を眺めていた

「……会いに来てくれたっていいんじゃないですかー?」

ふと呟く。それは無理なことだってわかっているけど……なんかちょっと残念

やよいちゃんの仕事に付き添って、そのまますぐ春香ちゃんを送る

ハードなスケジュールのプロデューサーさんを見下ろしていると、

目があった。ような気がしてすぐに窓から離れた

「……見てたのバレちゃったかしら」

車の音が離れていく

……いってらっしゃい、春香ちゃん。プロデューサーさん


「はぁ……独り」

色々な意味で。

事務所に独り、家でも独り

異性との恋愛的な意味で独り

「……寂しい人生よねぇ」

カタカタと単調な音しか鳴らさないキーボードから手を離し、

小さく伸びをする

誕生日だというのにここまで孤独なのは如何なものか

ふと思い立って鏡を見つめる

「……春香ちゃんのプレゼント、可愛い」

私の小鳥という名前を考えてか、羽ばたく鳥が主役のペンダント

太陽の光に照らされて輝くそれは可愛くも美しかった

「つけてみようかしら」

さすが現役高校生アイドルのくれたペンダントである

こんな私にでさえ似合ってくれた


孤独で寂しい事務員の体感時間はともかくとして、

時間は平等に過ぎ、

仕事が全て片付く頃にはもう夜だった

「……誕生日を迎えた私」

何も変わっていない。

ううん、変わった。

去年はみんなが祝ってくれた

その前だって、さらにその前だって……でも、

「今年はひとり寂しいはっぴぃーばぁすでー」

脱力しきったその言葉に思わず苦笑い

「さっ今日もいつも通り飲むわよっ!」

誕生日なのだ

大奮発して良いわよね?

誰に対して聞いてるのか……多分明日の私

二日酔いになったらごめんね

事務所の戸締りを確認し、私はいつもよりちょっと豪華なお店――に行くことはなく、

いつものお店に向かった


「いつものください」

「はいよ」

「あと、鶏皮塩、ねぎま、鳥モモ――」

いくつか注文し、まずは生ビールをかんぱーい

いや、一人ですけど、ほら。

雰囲気とか……ね?

寂しいからせめて騒ごうなんて思ってないですよ?

必死な言い訳を聞く人はいないし、

無駄に心を痛めながら、私はペンダントを握り締めた

「誕生日おめでとう、私」

一人でそう言うのはつまらない

一人で祝うのもつまらない

いつもの飲みだと思うことにしよう、そうしよう

「……あ、メール」

飲もうとした私を邪魔する振動

送り主はプロデューサーさんだった


『事務所はもう閉めちゃったんですか……もう家に帰っちゃいましたか?』

「……いつもの飲み屋ですよー」

言葉では意味がないので文字を打っていく

……って、あれ?

もう閉めちゃった?

「もしかして、もうこっちに来てるんですか?」

来て……くれるかしら

一抹の希望。というか、

願いを載せてメールを打つ

【いつもの飲み屋にいますよ。来ますか?】

完全に誘っているけど気にしない

えいっと送信し、ビールで喉の渇きを癒す

「来てくれるかしら……来て、欲しいなぁ」

そんな不安をかき消すために今度は残ったビールを一気に飲み干す

「生、追加で!」

たからかに叫んだ私の声は、

既に酔いを感じさせるものだった


「うぅ……」

結果的に言うと……酔った

数分単位で追加を頼めばそりゃ酔いますよ……

「……小鳥さん、飲み過ぎじゃないですか」

「ふぇ……?」

気づけば隣にプロデューサーさんが着ていた

「プロリューサーさん?」

「そうですよ。俺です……一緒に飲もうと思ったんですけどね。これはもうお帰りですよ」

苦笑するプロデューサーさんに自分の飲みかけを押し付けて、笑う

品性の欠片もないニヤケ笑いだけど。

「な、なんですか?」

「飲んれいいんですよぉ?」

「いや、頼みます……って、いやいやいや帰りましょう小鳥さん」

プロデューサーさんの催促に対して首を振る

「今日は私のたんじょーびなんれーすよぉー」

「そ、そうですけど……」

プロデューサーさんが困ってる……ふふふっ

なんだか楽しくなってきた


「まぁ……」

ふと冷静に近い声がもれ、

プロデューサーさんはさらに戸惑って私を見つめた

「誕生日なんて嬉しくないんれすけどねぇ……」

「そうなんですか?」

押し負けて頼んだビールを目の前に、

プロデューサーさんは訊ねてきた

「そうですよぉ?」

クスッと笑い、両手をバッと広げる

「誕生日なんて滅んでしまえー」

子供みたいに高い声で叫ぶ私に対して、プロデューサーさんは首を横に振った

「それはダメですよ」

「どうしてれすぅ?」

「……誕生日がなかったら、小鳥さんがいなくなっちゃうじゃないですか」


「え……?」

酔いが急激に冷めてしまうほど、

その言葉は私にとって衝撃的なものだった

「プ、プロデューサー……さん?」

「だから、ほろばれたら困ります」

真面目に言うプロデューサーさんは仕事モードみたいだったけれど、

言うのが恥ずかしかったのか、少し紅くなっていた

「……じょ、冗談ですよ。冗談」

「でも、誕生日が嫌いなんですよね?」

プロデューサーさんの追求

デリカシーがないですね……全くもう

心の中で悪態を付きながら、首を縦に振る

「年を取るってことはおばさんに近づくわけなんですよ? おめでたいわけないじゃないですか」

「なら、誕生日おめでとう。ではなく、誕生日ありがとうって祝うのはどうですか?」

「はい?」

唐突な申し出

今度は私が困惑する番らしい


「小鳥さんが生まれてくれた事に感謝するんですよ」

「……えっと、つまりどういうことですか?」

なんとなくわかっているのに、

私は確信したくて訊ねた

5分5分……いや、

2分8分くらいで私の希望の方が小さいけれど、

プロデューサーさんは微笑んだ

「春香達もそうだろうけど、俺だって小鳥さんに出会えて嬉しかったんですよ」

「……………」

「大人だからこそ綺麗で、でも性格は正反対に可愛くて……優しいし、面白いし」

思い出し笑いを浮かべるプロデューサーさんを、

私は黙って見つめていた……

気恥ずかしくて喋れないだけだけだったりするけど……気づかれてないわよね?

「……そんな人と一緒に働けることが凄く嬉しかった」

私も、嬉しかったですよ。プロデューサーさん。

若い男の人が入ってきてくれた――なんて不純な理由だけど

言いながらプロデューサーさんは困ったように頬をかき、

首を横に振った


「そんな出会いからもう1年半近く経って……アイドル達がトップアイドルと呼べるほど人気になって」

私の話はどこへ行ったのだろう

そんな寂しい気持ちを知ってか知らずか、

プロデューサーさんは私を見つめた

「ようやく、俺も一人前になることができたのかな……なんて思います」

「1人前なんて枠はもうとっくに過ぎてますよ」

やっぱり、私の希望なんて淡く砕かれてしまったらしい

残念に思う気持ちを押し隠して苦笑する

「十数人ものアイドルをトップアイドルにしたんですよ?」

「あずささん達は律子ですけどね……まぁ、小鳥さんに認めてもらえて嬉しいですよ」

「ふふっ、私はずいぶん前から認めてますよ」

社長によって連れられてきた初日

みんなとの交流も欠かさずに営業で走り回っていたプロデューサーさんを。

徐々に人気が出てきて、忙しくなって、

それなのに文句も愚痴もなく、「みんなの笑顔が見れるなら疲れなんて関係ありませんよ」と、

言えてしまうプロデューサーさんを。

認めないわけないじゃないですか


私との出会いの話は過去の話の前座でしかなかったみたいだ

このまま話は現在に移って、いつのまにか世間話にすり替わって

何事もなかったように終わって、解散して。

また明日気怠い体を起こすんだろうなぁ……

そこまで行った私の思考を中断させる彼の瞳

「プロデューサーさん?」

何か言いたげだった

だから訊ねたのに、

返ってきた、というか渡されたのは誕生日プレゼントとは言い難い指輪

「え、あ、え?」

「だから……俺と結婚を前提に付き合ってくれませんか?」

続いた言葉は、砕かれたはずの希望だった


話が一気に飛躍したとかどうとか考える余裕もなく、思考は真っ白になってしまう

そこに追撃するプロデューサーさんはやっぱりデリカシーがない

「決めてたんですよ。みんなをトップアイドルにできて、小鳥さんに認めてもらえたら……告白しようって」

気恥かしそうに彼は苦笑し、また問う

「小鳥さん……駄目。ですか?」

飲み屋という雰囲気もへったくれもないのが、実にプロデューサーさんらしい

そう思いつつ、私は小さく笑った

「良いんですか?私なんかで」

ちょっと犯罪チックな気もするけれど、

美希ちゃんやあずささん、春香ちゃんとか、律子さんとか

「私より若くて素敵な女性はたくさんいるんですよ?」

「知ってますよ。それでも、俺は知り得る女性の中から小鳥さんを選んだんですよ」

「……ちょろそうだから?」

「一目惚れ……したからです」

プロデューサーさんはそう言うと、私をまっすぐ見つめてきた


それはきっと返答を求めているのだろう。

でも、私だって女だ。

女の子じゃないかもしれないけど、女性だ

もうちょっとムードとかを大切にしたい

「プロデューサーさん、ここじゃ嫌かなって」

「あ……そ、そうですよね」

とたんにションボリとするプロデューサーさんを尻目に会計を終え、

私達は揃ってお店をあとにした

「………………」

「………………」

だんまりの私達

肌寒くなりつつある夜の街で、

並んで歩く姿はもう……そういう関係にしか見えないのかな?

時間も時間で人通りも少なく、私は少しだけあたりを見渡して彼の腕を引き、止めた


「小鳥……さん?」

「……黙ってるなんてずるいですし、こういうのもいいんじゃないかって思いますから」

私は多分、恥ずかしくて赤くなってると思う。

プロデューサーさんはドキドキしていると思う。

また少し沈黙が訪れ、意を決した私の声が、

私たちしかいない街道に響く

「プロデューサーさん」

「は、はい」

緊張した彼をまっすぐ見つめて私は微笑む。

品性の欠片もない笑いではなく、一人の女性としての笑み。

息を吸い、言葉を紡ぐ

「私の答えはですね――」

そこから先はプロデューサーさんの中へと消えていく

暗い街道、唯一の光は街灯の光

それが照らし出す私たちの影は――綺麗に重なっていた


「――えへへ」

「小鳥さん……」

離れた私は紅潮した顔を背けて、微笑んだ

「私の誕生日……滅んじゃ絶対にダメですね」

「……おめでとうが良いですか? ありがとうがいいですか?」

彼の問いに、私は満面の笑みで答えを返した

「どっちもですよ、プロデューサーさんっ」

今日は私の誕生日。

そして、プロデューサーさんと婚約した記念日。

誕生日、ありがとう

記念日、おめでとう

だからどっちも。

「ふふっ……私、プロデューサーさんのこと好きです! 大好きです!」

今日という日は、

もう二度と嫌いとは言わない。言えない――大切な日


短いですが、終わりです

なんかちょっと変になったきがするような……

書き溜めてちゃんとしたのを出したかったんですが、ごめんなさい小鳥さん


改めてお誕生日ありがとう、小鳥さん

歳を取ることがめでたくなくても、生まれたことはありがたいですからね

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