アムロ「メンタリスト?」 ジェーン「ガンダム?」 (83)

メンタリスト。それは人の心を読み、暗示にかける者。

思考と行動を操作する者のことである。


第××話 『彗星は赤い色』


――深夜

リズボン「良い? ジェーン。被害者のユノア・アスノはあのフリット・アスノ将軍の娘なの」

ジェーン「30代で中将に昇進したエリートだったね。そして改革派のホープ」

リズボン「ええ、そうよ。アスノ家自体も名門で各界と強いコネクションを持っている」

リズボン「ジェーン、お願いだから、絶対に騒ぎを起こさないでよね」

ジェーン「フゥン……考えとくよ」

リズボン「もう……」

――アスノ家近郊の森

チョウ「ボス、お疲れ様です」

リズボン「状況は?」

チョウ「被害者はユノア・アスノ、14歳。この先のアスノ家に両親や兄と居住」

チョウ「頭を鈍器で何度も殴打されています」

リズボン「可哀想に……。犯人は相当な恨みを持っていたみたいね」

チョウ「通報したのは被害者の両親。悲鳴を聞いて現場に駆けつけたところ、逃げる犯人と遺体を見つけたそうで。時間は22時頃です」

チョウ「血液の量から、殺害現場は他にあるようで現在捜索中です」

リズボン「足跡は残っていないの?」

チョウ「犯行後に雨が降った為に消えてしまっています」

リズボン「そう。地道に捜索するしかないわね」

ジェーン「ドラッグをやってたみたいだね」

リズボン「なんですって?」

チョウ「ええ、腕に注射針の痕がいくつも残っています」

リズボン「スキャンダラスね……」

アムロ「失礼します。CBIの方ですね」

リズボン「そうですが、そちらは……?」

アムロ「私はアムロ・レイ大尉です。こちらはマーセナス少尉」

リディ「リディ・マーセナスです。軍よりあなた方のサポートをするよう命じられています」

リズボン「……監視、ってこと?」

アムロ「アスノ将軍とご家族は非常に傷ついておられます」

リディ「これ以上彼らが苦しむことの無いよう、将軍と懇意にさせて頂いている我々を傍につけようという上層部の配慮です」

リズボン「マーセナス少尉……。もしかしてマーセナス下院議長のご子息?」

リディ「……ええ、そうですが」

ジェーン「保守派の大物政治家だね。改革派のアスノ将軍とは政治的に対立してるはずだけど、何でキミは将軍と懇意に?」

リディ「……父は関係ありません。私は私です。軍人として将軍には御恩があります」

リディ「あなた方が将軍を傷つけるようなことがあれば、それを阻止しなければならない」

リズボン「……分かりました。でも、くれぐれも捜査の邪魔はしないで頂戴」

アムロ「もちろんです」

ジェーン「ちょっと良いかな」

アムロ「は?」

ジェーン「……フゥン。良い時計だね。高そうだ」

ジェーン「アムロ・レイと言えばたしかMSパイロットのトップエースで、昔、軍から特別な待遇を受けていたよね?」

アムロ「ああ、まあ色々事情があってね。たしかに一時は田舎の豪邸に軟禁状態だったりしました」

アムロ「この時計もその時に貰った懐柔品だよ」

アムロ「でも、それももう終わって、今は安月給で働かされてるけどね」

ジェーン「なるほど。ボクはパトリック・ジェーンだ。よろしく」

アムロ「こちらこそ、どうか事件を解決してくれ」

アムロ「よし、じゃあ将軍とご家族に会って頂こう」

――アスノ家邸宅

フリット「……よく来てくれた」

リズボン「CBIのリズボンです。こちらは同僚のパトリック・ジェーン」

リズボン「この度は、お悔やみ申し上げます」

フリット「……ありがとう。こちらは妻のエミリーだ」

エミリー「うっ……、うっ……」

フリット「息子のアセムもいるが、今は自室で休んでいる。部下のウルフ少佐がついているから大丈夫だとは思うが」

リズボン「後ほどお話を伺わせて頂くことになるかもしれません」

フリット「……仕方があるまい。こんなことに、なったとあればな」

ジェーン「どうも、アスノ将軍。パトリック・ジェーンです、よろしく」グッ

フリット「ああ、よろしく頼む」

リズボン「犯人を目撃されたそうですが」

フリット「ああ。フードの付いた赤いレインコートを着ていたよ。雨に備えていたのか、顔を隠す為か」

フリット「だが、遠目に逃げる背中を見ただけだから顔も見ていないし、性別や体格すらよく分からなかった」

フリット「あの時、銃を持って外に出て入れば……。ユノアの悲鳴を聞いて、そこまで考えが及ばなかった。情けない話だ」

フリット「それが私たちにも分からんのだ。あの子がなぜあんな時間にあんな場所にいたのか」

フリット「家族の誰に聞いても心当たりがないと言う。我々に隠れて誰かと待ち合わせでもしていたのかもしれない」

リズボン「なるほど。犯人の手がかりに繋がるかもしれません。調べてみます」

ジェーン「あのー、ちょっと聞きたいんですが」

フリット「何だろうか?」

ジェーン「娘さんが妊娠したのはいつ?」

エミリー「……!!」

フリット「……なん、だと?」

アムロ「……!?」

リディ「な、なにを!」

リズボン「ちょ、ちょっとジェーン!?」

ジェーン「遺体を見てすぐに分かったよ。彼女、中絶したでしょ?」

リズボン「本当なの? ジェーン」

フリット「なにを、バカな」

リズボン「将軍。娘さんのご遺体が調べられればすぐに分かることです」

リズボン「もし本当なのであれば、どうか、捜査の為にいま教えてください」

フリット「…………わかった」

エミリー「あなた……」

フリット「どちらにしろすぐに知られることだ」

フリット「君の言う通り、たしかにユノアは妊娠していた。だが一つ間違っていることがある」

フリット「彼女は中絶ではなく、流産した」

ジェーン「……なるほどね」

フリット「妊娠を知った時には驚いたよ……。何とかして相手の名前を聞き出そうとしたが、娘は頑として話そうとはしなかった」

フリット「相手の身を案じてのことだろうな。たしかに相手が分かれば、私はあらゆる手を使いその男を破滅させただろう」

フリット「出産にも当然反対した。だが、娘はどうしても産むと言って聞かなかった。最後には私も折れて認めたのだが……」

フリット「ある日、突然娘が暴れだし、自分の腹を鈍器で殴りつけたのだ。何度もな」

リズボン「それで、流産を?」

フリット「ああ……。我々の反対をおしてまで産みたがっていたはずなのに、なぜあんなことをしたのか、これも一向に話さない」

フリット「気付かないうちに相手の男と接触して、冷たい言葉でもかけられたのか……」

フリット「医者を雇い、ようやく身体が治ったばかりだというのに、こんなことに……」

エミリー「う、うう……」ポロポロ

フリット「エミリー……」ギュッ

ジェーン「フゥン、じゃあ娘さんがドラッグ中毒だったのは知ってた?」

エミリー「え……!?」

フリット「な……!? バカな!! 娘がドラッグなど使うはずがない!」

リズボン「いえ、将軍。残念ですが、事実です!」

フリット「出鱈目を言うな! 娘が、そんな!!」

リズボン「ご息女の腕には多くの注射痕がありました。以前から常用していたようです」

フリット「……ば、かな」

エミリー「……あ、ああぁ、ユノア……ッ」ガクッ

フリット「なぜだ……。なぜ、こんなことに」

フリット「許せん!! どこのどいつが娘にドラッグを……!! 許さん、殺してやるッ!!」

リズボン「……それをこれから捜査します。犯人を逮捕する為に、全力を尽くします」

ジェーン「ねえ、息子さんにも話を聞いて良いかな?」

リディ「おい、いい加減にしないか! これ以上ご夫妻を苦しめるような真似は!」

フリット「いや、良いんだ、少尉」

リディ「将軍! しかし」

フリット「真実を知るためだ。アセムも辛いだろうが、ユノアの為に堪えてもらおう」

フリット「すまないが、アセムの部屋まで案内してやってくれ」

アムロ「……了解しました。では、こちらへ」

ジェーン「どうも」



――アセムの部屋

アセム「CBI、ですか……」

リズボン「ええ。辛いでしょうけど、ユノアさんのことについて聞かせてくれるかしら」

アセム「……分かりました」

ウルフ「大丈夫か、アセム?」

アセム「はい、ウルフさん。ユノアの為ですから」

アセム「でも、何を話せば良いんでしょうか」

リズボン「妹さんが妊娠していたことは知ってた?」

ウルフ「……っ」

アセム「はい……。周りには父さんが手を回して病気だということになっていましたけど。俺には教えられていました」

ジェーン「エニアクル少佐、キミも知ってたんだね」

ウルフ「……ああ、まあな。相手のクソ野郎が分からねえのが今でも残念だ。見つけたらぶっ殺してやる」

ジェーン「フゥン」

ジェーン「キミも相手のことは知らない?」

アセム「はい、俺にもユノアは何も」

ジェーン「じゃあ彼女がドラッグ中毒だったことはどうかな」

ウルフ「はっ!?」

アセム「え……」

ウルフ「お、おいどういうことだ!?」

リズボン「残念ですが、言葉通りのことです」

アセム「そんな、ユノアが……」

ウルフ「なんてこった……!」

リズボン「なにか、彼女におかしな様子はなかった?」

アセム「ありました……。流産してから、いえ、そのずっと前から、ユノアは塞ぎ込んでいました」

アセム「……俺が、もっとユノアのことを気にしてやっていれば。俺は、父さんに認められたいって、自分のことばっかりで」

アセム「全然、ユノアのことを見てなかった……。俺が」

ウルフ「自分を責めるな、アセム。悪いのはユノアを傷つけた野郎だ。そうだろ?」

アセム「……はい」

ウルフ「刑事さん。どうか、犯人を捕まえてくれ」

リズボン「全力を尽くします」

ジェーン「刑事じゃなくて捜査官だけどね」

――CBI本部

リグスビー「妊娠に麻薬中毒か」

チョウ「容疑者の範囲が広そうですね」

ヴァンペルト「家族はどうなんでしょう?」

リズボン「将軍夫妻は被害者の悲鳴を聞いた時にはには2人でリビングにいたそうよ。兄のアセムは1人で自室にいたからアリバイは無し。けど、怪しい様子はないわね」

リズボン「麻薬がらみの可能性も高いけど、まずは彼女を妊娠させた男を捜しましょう」

リズボン「周辺の不審者は分かった?」

ヴァンペルト「はい、アスノ家の近くにキャスバル・レム・ダイクンという性犯罪者が住んでいました」

ヴァンペルト「23歳の時に当時15歳の少女をレ○プして逮捕。今はシャア・アズナブルという偽名を使っているようです」

リズボン「よし、チョウとリグスビーはそいつのところへ行って頂戴」

チョウ・リグスビー「了解、ボス」

リズボン「ヴァンペルトは周辺の売人について調べてみて」

ヴァンペルト「分かりました」

リズボン「私とジェーンはアスノ家の関係者を当たってみるわ」

リズボン「ユノア・アスノの主治医だった医者、それと、事件前日にアスノ家を訪れていた、マウアー・ファラオという夫人の友人がいるらしいの」

リズボン「行くわよ、ジェーン」

ジェーン「はいはい」



――ジョイス・モレノの家

モレノ「ええ、たしかにユノアさんの主治医をしていました」

モレノ「彼女が完治した1ヶ月ほど前からそれも終わりましたが」

リズボン「でも、契約はまだ続いているんですよね?」

モレノ「はい。彼女は精神的に不安定でしたからね。何かあった場合にすぐ治療にかかれるようにしていました」

リズボン「彼女のドラッグ服用については気がつきませんでしたか?」

モレノ「なにも。少なくとも私が診療していた間にはその形跡はありませんでした」

モレノ「完治した1ヶ月前から使い始めたのでしょうね」

ジェーン「アスノ家からの支払いは良かった?」

モレノ「は?」

ジェーン「良かったでしょ? あれだけ金持ちの家だからね」

モレノ「……まあ、正直に言えば」

モレノ「ユノアさんの妊娠は隠してあったので、口止め料の性質もあったのでしょう」

リズボン「なぜです?」

モレノ「当然ですよ。将軍には政敵が多い」

モレノ「15歳のご息女が妊娠などというスキャンダルが広まるのは好ましくありませんからな」

ジェーン「彼女が死んで残念でしょ? 大口の顧客がいなくなって」

モレノ「……医者として、彼女が殺されたのは非常に残念に思うよ」

ジェーン「フゥン」

リグスビー「止まれ」

シャア「な、なんだ君たちは」

チョウ「CBIだ。キャスバル・ダイクンだな」

シャア「CBI? わ、私に一体何の用だ」

チョウ「この近くで少女が殺された」

シャア「ニュースで見たが、それと私に何の関係がある!?」

リグスビー「15歳の少女をレ○プしただろうが。今回の被害者は14歳だ」

シャア「待て待て待て! 私はレ○プなどしていない!」

チョウ「なら殺しただけか?」

シャア「そうじゃない、15歳の少女をレ○プなどしていないと言っているんだ!」

リグスビー「逮捕されて、有罪になっているだろ」

シャア「良いか? その少女というのはハマーン・カーンと言って当時の私の恋人だ!」

シャア「当然、性行為も同意の上でやっていた」

シャア「つまり、23歳の時に15歳のカノジョと寝たというだけの話だ!」

チョウ「訴えられているじゃないか」

シャア「彼女の父親が被害届を出したからだ!」

シャア「同意の上だったのに法定婦女暴行罪に問われて、それからずっと変質者扱いだ」

シャア「真の被害者はこの私だ! この国の狂った法で不当に裁かれたのだからな!」

チョウ「そうか。なら革命でも起こすんだな。来い」

――アスノ家

フリット「ん、リズボン捜査官、と、ジェーンさん」

ジェーン「どうも」

アムロ「またこちらへいらしたんですか」

リズボン「ええ、アスノ夫人のご友人が来ていると聞いて」

フリット「ああ、ファラオさんのことか」

フリット「先刻までエミリーに付き添ってくれていたが、エミリーが休んでからはユノアの部屋に行くと言っていた。まだそこにいると思う」

リズボン「そうですか。少し彼女と話してもよろしいでしょうか?」

リディ「それなら我々も一緒に」

フリット「いや、良い少尉」

リディ「しかし」

フリット「心遣いはありがたいが、そう付きまとうわけにもいくまい」

フリット「第一、ファラオさんは親族というわけでもないのだから、彼女への聴取に同席する理由はないだろう」

アムロ「……将軍がそう仰るのなら」

リズボン「ありがとうございます。では、少しだけユノアさんの部屋にお邪魔させていただきます」

――ユノアの部屋

リズボン「ファラオさんですね?」

マウアー「はい、そうですが……。警察の方?」

リズボン「CBIのリズボンです。こっちはコンサルタントのジェーン」

ジェーン「よろしく」

マウアー「CBIの方でしたか。もうご存知のようですが、私はアスノ夫人の友人でマウアー・ファラオと申します」

マウアー「この部屋の捜査に来たんですか?」

リズボン「いえ、それはもう終わっています。今日は夫人に?」

マウアー「はい。友人として心配でしたし、カウンセラーをやっているものですから、何か少しでも心のケアが出来ればと思って」

マウアー「娘を失った直後の母親にかけられる言葉なんて、本当のところは無いのかもしれないけれど……」

ジェーン「……」

リズボン「……事件当日も、こちら来ていたそうですね」

マウアー「はい、ここ最近ユノアちゃんが療養していると聞いたので、彼女を見舞いに」

マウアー「妊娠、していたことまでは知りませんでしたが……」

ジェーン「良い部屋だね、ここ」

マウアー「え? ええ、そうですね。……ただ」

ジェーン「ただ?」

マウアー「いえ、どこか少し、歪な感じもして」

ジェーン「歪、ね」

ジェーン「キミはどうして被害者の部屋に?」

マウアー「……ユノアちゃんを、少しでも感じられないかと思ったんです」

マウアー「おかしいと思われるかもしれませんが、彼女の魂が、まだ、どこかを彷徨っているような気がして」

ジェーン「フゥン、信心深いんだね。でも、彼女の魂が彷徨っているとしたら、殺害現場じゃないかな」

マウアー「……そう、かもしれません」

マウアー「遺体があった場所は現場ではなかったと聞きましたが、本当の犯行現場は見つかったんですか?」

リズボン「いえ、まだですが、現在全力で捜索しています」

マウアー「そうですか」

ジェーン「ねえ、鞄から見えてるそれは何かな?」

マウアー「え? あっ」バッ

ジェーン「着せ替え人形だよね? キミの?」

マウアー「は、はい。仕事の、カウンセリングに使うやつで。鞄の中に入れっぱなしにしていたみたいです」

ジェーン「フゥン」



――CBI本部

リズボン「どうだった?」

チョウ「ダイクンはシロでした。事件のあった夜は恋人と食事しています」

リグスビー「店にも確認をとったので確かです」

リズボン「そう……。こっちも収穫無しよ。ヴァンペルトはどう?」

ヴァンペルト「はい、ドラッグ関係で探っていたところ、それらしい人物を見つけました」

ヴァンペルト「コウ・ウラキという売人で自身も重度のジャンキー。今日、アスノ家近郊の町で目撃されています」

リズボン「怪しいわね」

ヴァンペルト「さらに、このウラキという男、元は軍のMSパイロットでした」

リズボン「なんですって?」

ヴァンペルト「婚約者に浮気されたショックからドラッグに手を出し逮捕されたとかで」

ジェーン「面白いね」

リズボン「分かったわ。このウラキという男を確保しましょう」



――路地裏

コウ「……これがブツだ。へへ、上物だが、いつもの値段で良いぜ」

ヤク中「なんだ、太っ腹じゃねえか」

コウ「仕事が一つ台無しになっちまってよォ。これをとっとと売らないと俺の懐がヤベェんだ」

ヤク中「へっへっへ、そういうことならありがたく頂くぜ」

コウ「毎度あり」

リグスビー「コウ・ウラキだな」

ヤク中コウ「!」

リグスビー「CBIだ、そこから動くな!」

コウ「チィッ」ダッ

チョウ「止まれ!」

コウ「!!」

チョウ「ふんっ」バッ

コウ「うわぁっ」ドサッ

チョウ「一緒に来て貰うぞ」

コウ「ち、ちくしょうっ」

ヤク中「ひ、ひい」

リグスビー「とっとと失せろ」

ヤク中「ひいいい!」ダダッ



――CBI

チョウ「ユノア・アスノにドラッグを売っていたな?」

コウ「し、知らないよ」

チョウ「おい、良いか? 俺たちも貴様がやったとは思っていない」

チョウ「仲間がいるんだろう? そいつを吐け」

コウ「……」

チョウ「またムショに行きたいか? MSパイロットとなればさぞ歓迎されただろうな」

コウ「……む、ムショは嫌だ」

チョウ「俺たちがしているのは殺人の捜査だ。素直に吐けば更正施設で済むようにしてやる」

コウ「わ、わかったよ」

コウ「たしかに、アスノの娘にドラッグを売ってた……。でも、俺は町までヤクを運ぶ係で、直接彼女に会うのは別の奴だ」

チョウ「そいつの名前は?」

コウ「……リ、リディ・マーセナス」

チョウ「なんだと……!? 確かか!?」

コウ「ああ、そうだよ……」


リズボン「リディ・マーセナスですって……!?」

リズボン「リグスビー! すぐに確保に向かって!」

リグスビー「了解!」

――――――
――――
――

リズボン「自宅もアジトももぬけの殻、か。出遅れたわね」

リグスビー「実家のマーセナス家にもいないようです」

リグスビー「ただ、屋敷の捜索を拒まれたので匿っている可能性もありますが」

リズボン「どうかしら。マーセナス家も独自に息子を探しているようなの」

リズボン「捜索を妨害する圧力もかけていて、警察より先に息子を見つけ出そうと躍起になっているみたい」

チョウ「息子が起訴されれば父親の政治生命も終わりでしょうからね」

リズボン「かといって、こちらにも手がかりはもうないし……」

ジェーン「よし、じゃあ行こうか」

リズボン「どこによ?」

ジェーン「リディ・マーセナスのところだよ」スタスタ

リズボン「え? ちょ、ちょっと待ってよジェーン!」

――夜
――アスノ邸近辺の森小屋

リディ「くそっ、コウのバカ野郎が! あれほどすぐに町を出ろと言っておいたのに!」

??「今更言っても仕方がないだろう」

??「とりあえずお前は親父さんに国外へ逃がして貰え。接触は俺がしてやる」

リディ「はぁ!? 冗談じゃない!」

リディ「良いか!? 俺がこんな副業をやってんのは、そもそも親父に頼らずに金を作るためだぞ!?」

リディ「それにしくじったからって、親父に縋るなんてゴメンだ!」

??「頼るんじゃなくて利用すると考えれば良いだろう」

??「それとも何か? ムショに入りたいってのか?」

リディ「だけど……」

??「お前が捕まればマーセナス議長だって終わりなんだ、全力で助けてくれるさ」

??「もちろん、俺も終わりだ。良いから四の五の言わずにさっさと」

チョウ「動くな、CBIだ!!」

リディ「え!?」

??「な……!?」

リグスビー「リディ・マーセナス、そしてアムロ・レイ、両手をゆっくり挙げて地面に跪け!」

リディ「う、うあ、あ」

アムロ「こ、の」

アムロ「間抜け野郎が!! つけられやがったな!?」

リズボン「いいえ、私たちがつけたのは貴方よ、大尉」

アムロ「は? ば、バカな! なぜ僕を」

ジェーン「その腕時計、最新のやつだろ? 少なくとも、軟禁時代に貰ったものじゃないし、普通の軍人の給料で手が出る値段でもない」

アムロ「あ……」

ジェーン「そして、人は一度覚えた贅沢を忘れることはできない……余程のことでも無い限りは」

リズボン「…………」

アムロ「だ、だからと言って」

ジェーン「それに、最初に顔を見た時から分かった。キミには守るべき人も守るべきものもない」

アムロ「なに?」

ジェーン「キミの中には家族も故郷もない。そうだろ?」

アムロ「……だ、だからどうだって言うんだ!」

リズボン「連れて行きなさい」

リディ「は、放せ! 貴様ら、俺の親父が誰か分かっているのか!?」

リディ「連邦議会の下院議長だぞ!?」

チョウ「ああ、そうだな」

チョウ「だが、すぐに辞めることになる」



ヴァンペルト「ボス! ちょっと」

リズボン「どうしたの?」

ヴァンペルト「小屋の中を見て下さい」

リズボン「小屋?」ギィィィ

リズボン「……これは」

ジェーン「うわあ、血塗れだね」

リズボン「ここが殺害現場だったの……」

ヴァンペルト「あの2人が殺したようですね」

ジェーン「どうだろうね。……フゥン、床は土が剥き出しなんだ。随分質素な造りだね」

――CBI

アムロ「何度も言っているだろうが! たしかにアスノの娘にヤクは売ってたさ!」

アムロ「だが、殺しちゃあいない!」

チョウ「ユノア・アスノとの取り引きに使っていた小屋が犯行現場だったんだ。いい加減しらばっくれるのはやめろ」

アムロ「たしかにあの夜は小屋の近くまで行ったが、灯りがついていなかったからそのまま引き返したんだよ」

アムロ「灯りをつけておくのが取り引き可能の合図だったからな。あの日は来られなかったと判断したんだ」

チョウ「信じられんな」

アムロ「僕があの女を殺して一体何のメリットがあるって言うんだ!?」

アムロ「金蔓を失うだけだし、それどころかこんな目にあっているのは全てあの女が死んだからなんだぞ!?」

チョウ「取り引きを止めようとした、秘密を暴露しようとした、痴情の縺れ。色々考えられる」

チョウ「被害者を妊娠させたのもお前じゃないのか?」

アムロ「バカな! ボクをどっかのロリコンと一緒にするんじゃない!」

アムロ「……だけど、まあ、リディならありえるかな」

チョウ「そうなのか?」

アムロ「あいつがこの商売を始めたきっかけも、年下の女に惚れて振られてからだからな」

チョウ「だとすれば、組む仲間を間違えたということだな」

チョウ「刑務所仲間は良く選ぶことだ」

アムロ「……」



リズボン「どうだった?」

チョウ「駄目ですね。認めたのは麻薬取引だけです」

リグスビー「こっちもです。女の名前を叫んだり、弁護士の制止も無視して喚き散らしはするんですが、殺人は頑として認めない」

リズボン「そう……。凶器が出てきてくれれば良いんだけど」

リズボン「私はこの件を将軍に報告しに行くから、引き続き尋問を続けて」

チョウ・リグスビー「了解」

ジェーン「あ、待った。ボクも行くよ」

リズボン「あなたも? まあ、良いけど」

リズボン「……ところで、その袋、中に何が入っているの?」

ジェーン「うん? 良いものだよ」

――アスノ家

フリット「まさか、あの2人が下手人だったとは……!!」

リズボン「お嬢さんへの薬物提供は認めていますが、殺人についてはまだ否認しています」

フリット「決まったようなものだろう! そもそも、娘に麻薬を売りつけていた時点で許し難い!」

フリット「おのれェ……!! リディ少尉はマーセナス議長への牽制の為に付き合っていただけだが、アムロ大尉はXラウンダーの素質ありと見て本気で目をかけてやっていたのに!」

フリット「恩を仇で返しおって!! 絶対に刑務所で安穏と暮らさせはせん……!!」

リズボン「……現在、彼らの犯行だという証拠を集めている最中です。凶器が見つかれば」

ジェーン「ちょっと良いかな」

リズボン「……なによ?」

ジェーン「あの2人は殺人犯じゃないよ」

リズボン「え? ちょ、ちょっと」

フリット「なに……? なぜそう言えるんだ」

ジェーン「見れば分かりますよ。戦場ではどうか知らないが、日常で人を殺せるような奴らじゃない」

ジェーン「ドラッグの売買だって小規模だったしね。殺人を犯す度胸なんてないよ」

フリット「あの2人ではないというのなら誰が犯人だと言うんだ!?」

ジェーン「それはもうすぐ分かると思うよ」

ジェーン「そう言えば、ファラオさんがまた来てるって言ってたよね。ちょっと挨拶してこようかな」

ジェーン「あ、コーヒーもらっていくね」スッ

リズボン「あ、ちょ、ちょっとジェーン!」

リズボン「もう……っ」

フリット「何なんだね、彼は!」

リズボン「……申し訳ありません」


――ユノアの部屋

ジェーン「どうも、ファラオさん」

マウアー「あ、えっと、ジェーンさん。どうしてここに?」

ジェーン「ユノアさんを殺した犯人が捕まったからね。それを将軍に報告に来たんだよ」

ジェーン「キミも来ていると聞いたから、挨拶しておこうと思って」

マウアー「……聞きました」

マウアー「まさかアムロ大尉とリディ少尉だったなんて……」

マウアー「あまり話したことはありませんでしたが、この屋敷で何度かお見かけしたこともあったのに……」

ジェーン「悪党と言うのはそうやって平気な顔で親しげに近づいてくるのさ」

ジェーン「ところで、被害者が殺された現場も見つかったよ」

マウアー「ああ、隣の森にある小屋なんでしたっけ?」

ジェーン「うん、そうそう。かなりボロボロだったよ。床板も無くて土が剥き出しでさ」

ジェーン「しかも、大したものは出なかったみたい」

ジェーン「もう現場の捜査も終わって、警察も全員引き上げたってさ」

マウアー「……そうなんですか」

ジェーン「おっと、そう言えばコーヒーを持ったまま来たんだった」

ジェーン「持ちっぱなしだから腕が疲れて来ちゃったよ……あっ!」ツルッ

マウアー「あっ」

バシャッ

ジェーン「あちゃー、スーツにコーヒーが……」

マウアー「だ、大丈夫ですか!?」

ジェーン「ボクにかかっただけで、キミや部屋が汚れなかったのは良かったけど……」

ジェーン「悪いんだけど、何か拭くものを借りてきてくれない?」

マウアー「わ、分かりました」タタッ



ジェーン「……」ソーッ

ジェーン「……」ガサゴソガサ

――アスノ家の外

リズボン「全くもう。犯人を捕まえてないだなんて言い出すわ、コーヒーは零すわ、あなた一体何しに行ったのよ」

ジェーン「そんなに怒るなよ、リズボン」

ジェーン「せっかく殺人犯を捕まえる為のお膳立てをしたんだから」

リズボン「え? 犯人が分かったの!?」

ジェーン「その為に、やってほしいことがあるんだ」

ジェーン「CBI本部に集めるという名目で、みんなを殺害現場に連れ出してほしい」

ジェーン「ある人を除いてね」

――夜、森小屋

「おい、一体どれだけ待たせるんだ! こんな場所に灯りもつけずに!」

「すみません、どうか堪えてください。犯人を見つける為です」

「そうそう、もうすぐ現れるはずだから」

「犯人がやってくるってのか? 一体どういう根拠があって」

「シッ! 来たみたいだよ」

「……!?」

ガサガサガサ

「ハァ……ハァ……ハァ」

ガサガサガサッ

「ハァ……。ここが……」ガチャッ

パッ


マウアー「え!?」

ジェーン「やあ、ようこそマウアー・ファラオさん」

マウアー「な、え? ジェ、ジェーンさん!? 皆さんも、なんで、ここに!? 捜査は終わったはずじゃ」

ジェーン「ごめんね。あれは嘘だったんだ。キミにここまで来てもらう為の」

マウアー「う、嘘!?」

フリット「マウアー・ファラオ……」

ウルフ「この女がユノアを殺したってのかよ!?」

エミリー「そんな……。どうして……」

マウアー「え、ち、違っ」

ジェーン「その通り。一目見たときからすぐに分かったよ」

ジェーン「だから、彼女がここに来るよう仕向けた」

ジェーン「殺害現場から警察が引き上げたことを漏らし、アスノ家の人達を全員CBIに呼び出したことにする」

ジェーン「そのうえで、彼女を使用人達と留守番させれば、すぐに来るだろうと踏んでね」

ジェーン「捜査の終わった殺害現場。証拠を隠すのにこれほど適した場所もないからね」

フリット「証拠だと?」

ジェーン「そう、彼女の持っているこの鞄の中」パッ

マウアー「あっ!?」

ジェーン「これに見覚えありませんか、将軍」ガサガサッ

リズボン「それって……!?」

アセム「レインコート?」

マウアー「え!?」

エミリー「ま、まさか……」

ジェーン「そう、この赤いザク模様のレインコートに見覚えがあるんじゃないかな?」

フリット「……そうだ! 逃走する犯人が来ていたレインコートじゃないか!」

エミリー「そ、そんな……」

ウルフ「なんだと!?」

マウアー「わ、私は……」

リズボン「間違いありませんか、将軍?」

フリット「ああ、間違いない!! 赤い色という印象だけ残っていたが、思い出したぞ! 犯人が来ていたレインコートはそれと同じ赤ザク模様だった!」

フリット「なんと言うことだ……。マウアー・ファラオ、貴様が」

フリット「貴様が娘を殺したのか!?」

ジェーン「いいや、違うよ。殺したのはあんただ」

フリット「やはりそうか!」

フリット「………………」

フリット「………………?」

フリット「……は??」



ウルフ「なに……!?」

アセム「え……?」

ジェーン「彼女が証拠を埋めに来たってのは本当さ。この人形」チラッ

ジェーン「ただ、彼女はここに追悼に来ただけだよ」

ジェーン「これ、ユノアさんのだよね?」

マウアー「……は、はい。事件の、当日、ユノアちゃんと話をしに行った時に、見つけて。思わず持ち帰ってしまったんです。ジェーンさん、これは一体……」

ジェーン「ごめんね、後で謝るから」

ジェーン「彼女は信心深くてね。なるべくユノアちゃんの無念を晴らせるような場所にこれを置いておきたかった」

ジェーン「しかも、ここは土が剥き出しで、警察も引き上げたと思ってた。隠すのには最適だ」

フリット「……ま、待て」

フリット「待て! だったとして、どうして私が犯人になる!?」

ウルフ「そうだ! その女が犯人じゃないってんなら、どうして犯人が着ていたレインコートを持ってたんだよ!」

ジェーン「これはボクが今日適当に買ったレインコートだよ。それを昼間、こっそりファラオさんの鞄の使われてなさそうなポケットに入れておいた」

ウルフ「は?」

フリット「……!!」

ジェーン「だから、犯人のレインコートではありえないんだ」

ジェーン「いや、そもそも赤いレインコートを着ていた犯人なんていないんだよね? だって、あなたがユノアさんを殺したんだから」

フリット「ち、違う……。私は」

リズボン「では、ジェーンが買ったレインコートを犯人のものと断定した理由を教えてもらえますか?」

フリット「うっ」

アセム「ま、待てよ! 父さんはユノアが死んだ時母さんと一緒にいたんだぞ!? 殺せるわけないじゃないか!」

ウルフ「そうだ、出鱈目言ってんじゃねえ!!」

ジェーン「それは簡単だ。夫人も共犯、というか将軍を庇っているだけだからね」

エミリー「……っ」

マウアー「え!?」

アセム「う、嘘だ……」

ウルフ「ありえねえ! どうして2人がユノアを殺さないといけねえんだ!? 実の娘だぞ!!」

ジェーン「将軍がユノアさんにセックスを強要して妊娠させたから。そうでしょ?」

マウアー「……!! ま、まさか」

ウルフ「は……?」

ウルフ「……てめえ、いい加減にしろよ。それ以上、ふざけたことを言ってみろ、ただじゃおかねえッ!!」

ウルフ「フリット! てめえも何か言ってやれ!」

フリット「……わ、私は、私は……」

ウルフ「……フ、フリット?」

ジェーン「実の父親に妊娠させられ、出産を強要されたユノアさんはそれを拒絶し、胎児を手に掛けた」

ジェーン「で、それからセックスも拒絶するようになり、おまけに世間にバラすとまで言った。だから殺したんじゃない?」

ジェーン「そして、そんな夫を夫人は庇っている」

エミリー「…………」

リズボン「どうなんですか? 将軍、夫人」

フリット「…………ふ」

フリット「はっはっはっはっはっは!!」

アセム「……父、さん?」

フリット「よくもまあ、そんな妄想ができたものだ」

フリット「貴様等、分かっているんだろうな。この私をここまで侮辱した報いがどうなるのかを」

フリット「実の娘を妊娠させたうえ、殺した? ふざけるな!!」

フリット「よくもそんなことを!! 貴様等のクビでは済まんぞ!!」

フリット「この私に向かって妄言を吐いたことを一生後悔させてやる!!」

ジェーン「なら、さっきのレインコートの件はどうなの?」

フリット「あれはただ、見間違えただけだ。本当に犯人も似たような柄のレインコートを着ていたからな」

ウルフ「……」

ジェーン「フゥン」

フリット「あんな揚げ足取りで証拠のつもりか!? 馬鹿げている!」

フリット「あんなもの法廷では何の役にも立たんぞ!」

フリット「私も妻も、リビングにいた。そして、ユノアの悲鳴を聞き駆けつけ、犯人を目撃した!」

フリット「これが全てだ! これを打ち破れるような証拠でもあるというのか!?」

ジェーン「いや、無いよ」

ジェーン「ただ、それはまだ夫人が同じ証言をしてくれるなら、の話でしょ」

エミリー「……!」

フリット「するさ!! なあ、エミリー。そうだな?」

エミリー「…………あ、あなた」

フリット「そうだな、エミリー!?」

エミリー「……そ、そうです。主人の言うとおり、です」

フリット「どうだ、みろ! エミリーもこう言っている!!」

マウアー「……エミリーさん」

ジェーン「フゥン、なるほどね。でも、夫人にちょっと見て貰いたいものがあるんだ」

エミリー「……私に?」

ジェーン「これ。ファラオさんが持っていた人形だよ」ヒョイ

ジェーン「ユノアさんの部屋から持ってきたんだよね?」

マウアー「は、はい……」

ウルフ「そうだ、それもおかしな話じゃねえか。なぜその女は事件当日に人形を盗み出したんだ?」

マウアー「そ、それは……」

ジェーン「答えは人形に書かれているものにある」パッ

ウルフ「なんだ、こりゃ」

アセム「落書き……?」

リズボン「全身にびっしりメチャクチャなメイクが描いてあるわね……」

ジェーン「マウアーさんはこれを見つけて思わず持ち帰った」

ジェーン「その夜に被害者が殺されたので隠すしかなくなった。そうだよね」

マウアー「……はい。エミリーさんをこれ以上傷つけたくなくて、それで……」

エミリー「……え?」

ジェーン「ファラオさん、人形ってのは子供が自分を投影しているものだよね?」

マウアー「……はい」

ジェーン「その人形に、こういう落書きをしているケースは何が原因だと考えられる?」

マウアー「……性的虐待を受けている子供のSOSです」



マウアー「『私は穢れている』という思いの表れ……」

エミリー「…………あ、あ、あぁぁ」

フリット「エミリー!!」

ジェーン「聞いたよね、エミリーさん。お嬢さん、ユノアさんはずっと助けを求めていた」

ジェーン「普段の振る舞いではそうは感じなかった? だけど、彼女は確かに手を伸ばしていたんだ。今にもかき消えそうな声で泣いていた」

ジェーン「貴女は、彼女の叫びから耳を塞いで逃げた。助けを求める手を振り払い、彼女を地獄に置いてけぼりにしたんだ」

エミリー「ああぁァァァ……」

フリット「聞くなエミリー! こんな奴の言葉など!!」

ジェーン「彼女が死んだ今もまだ逃げるの? ここにある、この、彼女の叫びに、まだ聞こえないふりをして、夫を庇う?」

ジェーン「娘を犯し、殺した男を」

エミリー「…………殺、しました」

フリット「待て……待て待て待て言うな!!」

エミリー「夫が……いえ、私たちが、ユノアを殺しました……ッ」

エミリー「あああアアアァッ!!」

エミリー「ごめんさい……っ、ユノア……ごめんなさいいぃぃぃ……」ガクッ

アセム「……母、さん」

マウアー「……そんな」




フリット「……この」

フリット「この馬鹿女がああああああ!!」

フリット「貴様! 出来損ないの欠陥品のうえに、この私を裏切るとは!!」

フリット「この! 役立たずがああアァァッ!!」



エミリー「う、う、うぅぅ……ユノア……ユノアァァァ……」

フリット「ハァ……ハァ……」

ウルフ「……フリット、お前」

アセム「父さんが、ユノアを殺したの……?」

フリット「」ハッ

アセム「なんで、どうして……、どうしてだよっ!!」

フリット「…………」

フリット「……」フゥー

フリット「良いか? お前達は勘違いをしている」

リズボン「勘違い?」

フリット「そうだ。たしかに私は娘を孕ませた」

ウルフ「……!」

フリット「だが! それは決して自身の欲望の為などではない!」

フリット「ここにいる、貴様等の為なんだぞ!?」

ジェーン「はぁ?」

リズボン「何を言ってるの……?」

フリット「良く聞け! 我々連邦は反連邦主義勢力との戦いのさなかにある!!」

フリット「その戦いに勝利するには、Xラウンダーの力が必須だ! だからこそ、この私の力を後世に継承していく必要がある!」

フリット「だが、私が凡夫と結婚してしまったばかりに、我が子らはXラウンダーの力を受け継がなかった」

アセム「……っ」

エミリー「うっ……うっ……」

フリット「では、他の女に子を産ませるか? しかし、そもそもXラウンダーとしての強い素質を持つ女の数が少ない。……ユリンさえ生きていれば」

フリット「Xラウンダーを産む可能性を持った女がいない、私は頭を悩ませた。そして、ある時気がついたのだ!」

フリット「我が娘ユノアは確かに自身はXラウンダーではない。だが! その身に流れる血の半分は私のものなのだ!!」

フリット「ならば! 他の有象無象共に比べれば、優秀なXラウンダーを産む可能性を秘めた母胎であると言える!!」

フリット「さらに! 私の血が半分流れる母胎に、この私の純血が合わさることになれば、Xラウンダーが生まれる可能性は飛躍的に高まる!!」

フリット「理解したかね!? つまり! この私がユリンと性行為を行い孕ませたのは欲望の為などではない!」

フリット「全てはXラウンダーを生み出し、連邦を守る為にやったこと、すなわち! 君たち連邦市民の為の行為だったのだ!!」

リズボン「……」

ウルフ「……」ギリッ

エミリー「う、うっう……」

アセム「…………なんで」

フリット「ん?」

アセム「なんで、ユリンを、殺したの?」

フリット「……それは、その男が言ったことで概ね合っている」

フリット「せっかく宿した希望を殺し、そのうえもう私の子は孕みたくないなどと言いだしたのだ。しかも、全てバラすと脅迫してきた」

フリット「重大な使命を忘れ、しかも、この私を脅すとは。思わず激高し、殺してしまったのだ」

フリット「愛しい娘であり、優秀な母胎であっただけに、残念でならないよ」

アセム「……こ、の」

ジェーン「キミが優秀なXラウンダー? 笑えるね」

フリット「……なんだと?」

ジェーン「さっき説明しただろう。ユリンさんはキミを拒絶し、助けを求めていた」

ジェーン「それに気づきもしなかったような鈍い男が、優秀なXラウンダー?」

ジェーン「違うね。キミはただ、娘を襲い、殺した、鈍感で最低の、ただの人間の屑だよ」

フリット「……き、さ、ま」

フリット「この私を侮辱するかああああああ!!」

リグスビー「ふんっ!」バキッ

フリット「げほー!」ドサッ

リズボン「……連れていきなさい」

リグスビー「了解です。さあ、来い」

フリット「や、やめろ! 貴様、この私を誰だと思っている!? フリット・アスノだぞ!!」

フリット「フリット・アスノなんだああぁぁぁ」

チョウ「さあ、立って」グイ

エミリー「う、う……」

アセム「母さん……」

エミリー「ごめんなさい……ごめんなさい、アセム……」

エミリー「ごめんなさい……」



リズボン「終わったわね……」

ジェーン「……そうだね」

――少し後、CBI本部

ウルフ「リズボン捜査官、ジェーンさん」

リズボン「エニアクル少佐? と、ファラオさん」

マウアー「お久しぶりです」

ジェーン「やあ、久しぶり」

ウルフ「……あのときは、世話になったな」

リズボン「いいえ、私たちの仕事をしただけです」

マウアー「ユノアさんの主治医も起訴されるとか……?」

リズボン「ええ、虐待の事実を知っていながらフリット・アスノに金を貰ってそれを隠していましたから」

ウルフ「そうか……」

リズボン「……それで、その後アセム君は?」

ウルフ「俺が引き取った」

リズボン「そうですか……。様子はどうです?」

ウルフ「すぐに立ち直れはしないさ。だが、ユノアの分も生きようという決意は既に持っている。……強いやつだ、あいつは」

マウアー「私も、彼のために出来る限りのことはやっていきます」

リズボン「ファラオさんも……」

ウルフ「ああ、俺1人だと仕事もあるからな。マウアーが家事だのをやってくれて助かってるよ」

リズボン「そうですか……ん?」

リズボン「……あ! ああ、そうなんですね」

ウルフ「……ジェーンさん」

ジェーン「なに?」

ウルフ「あんたは、人の心を見通す不思議な力を持っている」

ウルフ「そんなあんたから見て、どうだ? 俺は、良い父親としてやっていけそうか?」

ジェーン「……フゥン。ボクは、あまり良い父親ってものを知らないから分からないけど」

リズボン「……」

ジェーン「それを自分に問い続けている限りは、大丈夫だと思うよ」

ウルフ「……そうか。ああ、そうだな」

ウルフ「ありがとう、ジェーンさん」グッ

ジェーン「どういたしまして」グッ

ジェーン「……それじゃあね」クルッ

リズボン「あ、ちょっと!」

マウアー「……ありがとうございました! 私、頑張ります!」

ジェーン「……」

ジェーン「……」フリフリ



おわり

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