魔王「勇者?なんだそれは」(37)

人間達が住む表世界にひとつの国家がある

それと同様に魔族が住む裏世界にもひとつの国家がある

ふたつの国家はお互いを知らず

知らないが故に侵略行為などもない平和な時を過ごしていた

しかし

それらの平和は突如として乱された

〜魔界・魔王城・玉座〜

側近「魔王様!一大事で御座います!」

玉座の大扉を勢いよく開け、側近が大慌てで飛び込んで来た

魔王「側近が慌てるなど珍しいな、どうした?死者でも蘇ったか」ハハハ

事情を知らない魔王は暢気に笑いながら仕事に励んでいた

しかし側近の青冷めた顔を見ると事の重大さに気付いた

魔王「刺客、か」

側近は静かに頷いた

魔王「刺客なぞ、久しく聞いておらぬ言葉だの」

側近「魔王様の御活躍により、魔界に住む者達からは賛嘆の声はあれど不満の声は聞いた事がありませぬ故…」

側近は涙を流しながら答える

魔王(側近…こやつは元は非戦闘民族だったな。戦を何よりも恐れておるのか)

魔王「…して、我の首を欲する輩はどのような奴だ?」

側近「それが…皆目見当が付きませぬ。魔界各地の町や村を無差別に攻撃しては『俺は勇者だ』と触れ回っているとか」

魔王「勇者?なんだそれは」

側近「さぁ?今、部下達に文献を漁らせております」

程なくして魔界学者が玉座の間に現れた

学者「失礼致します、魔王様」

魔王「おぉ、来たか。では聞かせて貰おう」

学者「はい。古い文献を調べました所『勇者』とは人間側における英雄の事であると判明致しました」

側近「人間の!?」

側近は驚きを隠せなかった…隠す必要は無いが

魔王「人間か…人間とはなんだ?」

学者「は!人間とは我らの住む裏世界の反対側、表世界の住人の事で御座います」

魔王「表世界?…あぁ、お祖父上の時代に和平を取り付けた相手であったな」

魔王「ぬ?しかし和平を結んだ相手が何ゆえ魔界に侵攻するのだ?我ら魔族はかれこれ2千年は表世界の事すら知らなんだぞ?」

学者「こればかりは本人に訊ねる他は解りかねますが、推測としましては…」

学者の推測はこうだった
1、魔界を忘れた人間達が古い文献を整理していた時に先々代魔王が残した不可侵条約の書簡を誤訳した為

2、この『勇者』は偽者の盗賊で魔宝目当てに侵攻してきた
3、人間側で言う『神隠し』にあった者達が魔界に来る事を知らず、魔王の犠牲になっていると勘違いしている
4、真の黒幕は人間側の王族で『勇者』はいいように使われているだけ

学者「…以上で御座います」

魔王「ふむ、事態が解らぬ故どれが正解かも皆不正解かも知れぬが、どのみち不可侵条約違反を犯した不届き者だ」

側近「では…処分でしょうか?」

魔王「いや、まずは会ってみる。その『勇者』とやらを連れて参れ!」

魔王の命令により、勇者捕縛作戦が決行された

しかし、勇者側の抵抗は激しく捕縛に向かった騎士級の者達は半数まで減る痛手を受けた

それでも、勇者が登場してから一月ののち、ようやく勇者は魔王城に連行された

〜魔王城・地下牢〜

勇者「出せっ!出せっ!出せっ!」

勇者は鉄格子をグラグラと揺らしている…無意味だが

?「そう騒ぐな喚くな喧しい」

上階から降りて来たのは魔王だった

魔王「貴様が勇者か」

勇者「お前は魔王か」

二人「そうだ」

勇者「これはどういう事か説明しろ!」

魔王「不法侵入だ」

勇者「はぁ!?」

魔王「我が魔界と人間界の境界には不可侵結界が施されていた筈。どうして貴様がここにいる?」

勇者「結界なんざ、ぶっ壊してやったからさ」

魔王は溜め息を漏らす

魔王「結界はいい。何故貴様は魔界にやって来た?」

勇者「そんなもん、お前に話す義理はねぇ!」

魔王は再び溜め息を漏らす

魔王「貴様が話さねば誰がこの状況を説明できるのだ!第一、くちの聞き方がなっとらん!貴様の眼前に居るのは魔界を統べる王なるぞ!」

勇者「魔物の王だろ、偉そうに」

ブチッ

魔王は自白呪文を唱えた

魔王「今一度問う、貴様が魔界に来た理由はなんだ?」

ゆうしゃ「にんげんがわの、りょうちかくだいのため、まおうをころして、にんげんのとちにするため…」

自白の効果が切れた

勇者「」ハッ

魔王「なるほど…どうやら今の王族は我らと対等であると勘違いしておるようだ」

勇者「はぁ?何言ってんだ?」

魔王「貴様の処遇が決まった!」

勇者は息を飲む

魔王「貴様には伝書鳩の代わりをしてもらう」

勇者「へっ!誰がお前の言う事なんか聞くか…」

魔王は催眠呪文を唱えた

魔王「貴様はこれより自国へ赴き、国王に伝令するのだ。内容は…」

暫くして牢から出された勇者はおぼつかない足取りで魔王城を後にした

〜人間界・王国・玉座の間〜

騎士団長「陛下!勇者殿が戻られました!」

国王「おぉ、早かったな流石は勇者殿。さぁ速くお連れしろ」

未だおぼつかない足取りで王の前に辿り着く勇者に国王は激励の言葉をかける

国王「長旅御苦労様であった!すぐにでも休んでもらいたいのだが、その前に少々話を聞かせてはくれぬか?」

国王「おっと!私はこれより勇者殿と積もる話がある。他の者は席を外してくれ」

人払いをする国王

皆が階下に行くのを確認して勇者に訊ねる

国王「して、勇者よ!魔界ではどうであったか」

視点は定まらず表情は虚ろな勇者だったが、ゆっくりとくちを開き…

ゆうしゃ「まかいでむらやまちをおそい」

国王「うむ」

ゆうしゃ「さわぎをきいたれんちゅうをなぎはらうも」

国王「うむうむ」

ゆうしゃ「まおうのつかいにとらわれ」

国王「なんと!」

ゆうしゃ「まおうじょうにつれていかれて、ちかろうにつながれて」

国王「そのような」

ゆうしゃ「まおうにあって、ふほうしんにゅうだとおこられて」

国王「何が不法侵入か!のちのち我らの土地になるのだぞ!」

それでも勇者は続ける

ゆうしゃ「まかいをしんりゃくするりゆうをきかれたけど、こたえてやらなかった」

国王「当然じゃ!あんな奴らに我らの崇高な計画を理解できる訳がない」

ゆうしゃ?「ほう、崇高な計画か」

国王「ん?」

ゆうしゃ?「どうした?国王よ、我の顔に何か付いておるか?」

途端、国王の顔から血の気が引いていく

国王「ま、まさか…まままままままま」ガクブル

ゆうしゃ?「気付いたか裏切り者め」

ゆうしゃ?「催眠呪文の応用によりこやつを通信機代わりにするのは上手く行ったようだの」

ゆうしゃ?「貴様、まさか先々代との不可侵条約を反故にするとはな。我らの恐ろしさを知らぬ世代が現れるとは…世も末か?」

国王は嫌な汗をかきながら不敵に笑っている

国王「ふ、ふふふ、くくく…通信機代わりか。驚かせおってからに!ならば今、貴様は魔界という訳か。勇者のくちを介して会話するなどとは驚いたが、何の事はない!ワシの目の前にいるのは勇者だ!貴様に何ができる筈も…」

勇者は国王の首を緩やかに締め付ける

国王「…ぇ!?な、んで!?」ギリギリ

ゆうしゃ?「貴様らの技術水準がこちらと同程度と侮った結果だな!」

ゆうしゃ?「催眠、と言った筈だが?」

国王「ま!まさか遠隔操作を!?」

ゆうしゃ?「先代の頃に既に完成しておるわ!愚か者めが」

国王の顔色が徐々に赤紫に変わる

ゆうしゃ?「このまま絞め殺しても構わんが、質問に答えたら解放してやってもよいぞ?」

国王「な、何を…?」

ゆうしゃ?「まず、貴様は不可侵条約の事を知っていたのか?答えよ」

国王「し、知って、いた…」

ゆうしゃ?「その目的は?」

国王「わ、れらの人口が、増えすぎたた、めに」

ゆうしゃ?「植民地として侵略する、か」

ゆうしゃ?「ならば条約を結べば良かろう?何故侵略などと不可能な道を選ぶ?」

国王「に、千年も音沙汰が無ければ、戦闘能力を失っているかと…」

ゆうしゃ?「愚かな…確かに戦闘能力は衰えてはいる、が!代わりに魔戦闘能力が強化されているのだ」

ゆうしゃ?「初代は知に長けた魔王だった。先代は武に長けた魔王だった。そして我は魔に長けた魔王だ」

ゆうしゃ?「我らは元より戦争を、武力を、戦いを拒み平和を模索する者だ!貴様らの方が野蛮で、原始的な、不必要な存在であると解れ!」

ゆうしゃ?「貴様らは、生きているのではない、生かされているのだと!何故察し、そのように立ち回らない!?戦力で覆すなぞ、愚の骨頂!」

ゆうしゃ(魔王)は国王の首から手を離した

国王「ぐ…げぇほっ!げほげほごほ」

ゆうしゃ?「…そうだ、そうすれば良かったのだな。お祖父上様」

ゆうしゃ?「」スラァー…

勇者は腰に据えた聖剣を抜き、国王の眼前に突き出した

国王「…」パクパク

国王は言葉を発するちからが出なかった

ゆうしゃ?「この国はもう終いだ。貴様を殺し、我が統治する!」

ズシャッ
ブシャァァァァ…

催眠の効果が切れた

国王の玉座の間は鮮血に彩られ、意識を取り戻すも立ち尽くす勇者。

白髪が紅く染まった国王の亡骸

様子を見に来た侍女がこの光景を目撃し、勇者が処刑されるのは時間の問題ではなかった

〜王国・広場〜

大臣「我らの希望!勇者殿は逆賊と成り果てた!非力であった国王をその手にかけたのである!」

ザワザワ…
ガヤガヤ…

大臣「しかし見よ!我らが崇拝する女神様は新たな勇者を選出して下さった!こちらにおわすのが新たな勇者!女勇者様である!」

ワイワイ…
ガヤガヤ…

大臣「今こそ、我らは勇者様を中心に悪しき魔王が住まう魔界へと進軍し、討ち滅ぼし、皆の者に平和を約束するものである!」

ワーワー!
ワーワー!

?「誰が悪しき魔王だと?」

空には暗雲が立ち込め、大臣の遥か頭上から物々しい声が響く

とても遠くからの声のようで、拡散する声は怒気が込もっているかのような重低音を響かせている

誰もが口々に『魔王』だと騒ぎ出す

事態の収拾に奮闘する騎士団を他所に、大気を揺るがす声は続く

?「我は第3代魔王!魔界を治め、統べる者なり…」

魔王の声「貴様らの国王は我が術中に息絶えた。貴様らが言う旧勇者こそ、我が放った刺客!」

魔王の声「我が魔界に進軍するようだが、時既に遅し!我が魔界軍団は既に貴様ら人間の町を幾つか滅ぼしておる!残るは、貴様ら王国の者のみだ!」

騎士団長「な、なんだと!?」

魔王の声「降伏か、戦争かは知らぬが、貴様らが反撃したとて鹿の角を蚊が刺す程度…」

民「蜂じゃないんだ」

魔王の声「死が訪れるその時まで、せいぜい身の振り方を考えるがいい」フゥーハハハ…

暗雲は散り、魔王の声は聞こえなくなった

呆然と立ち尽くす女勇者を含む民達

〜魔界・魔王城・玉座の間〜

側近「戦争…でしょうか?」

魔王「臆する事は無い、赤子の手を捻…いや、赤子をあやすような物だ」

側近「あやす?」

魔王「動物で言う所の躾だな」

四天王・火「しかし、魔王様!奴等は新たな勇者を迎えたと聞きます。」

四天王・水「しかし火よ、魔王様の演説を前に魔界に攻め入るような輩は愚者以外の何者でもないぞ」

四天王・土「流石は魔王様!啖呵を切って奴等が臆している間は平和であるという訳ですな」

四天王・風「念のため、不可侵結界は以前より強固にするよう準備を整えております」

魔王「うむ、皆の者、苦労をかけるな」

四天王・水「何を仰います、初代様との約定を違えたのは奴等。我等に非はありませぬ」

側近「それにしても、人間側は国王と勇者が亡くなったのに何故我等に矛先を向けようとするのでしょうか?」

魔王「ふむ、勇者のくちを介して国王と話をしたが、我が魔界を植民地にすると言っておったが…」

四天王・土「しかし、それを成そうとしたのは国王の独断である筈、と?」

四天王・風「恐らくは、大臣も一枚噛んでいたか、もっと大きな存在か。ですか」

魔王(人間達が崇拝する女神、か)ポツリ

学者「どうかなされましたか、魔王様?」

側近「おや、学者殿。そちらこそどうされました?」

学者「こちらでも人間側の進軍する理由を考えていたのですが、古い文献に…」

魔王「光の魔王!?」

学者「はい、人間側では光を正義、闇を悪とする風潮があるようです。そして我ら魔族を『闇の者』と呼んでいるとか」

魔王「なるほど…その『光の魔王』が人間側でいう女神であるとすれば」

学者「女神の命令で我らを滅ぼせとお告げをするだけで」

側近「疑うことなく我らを目の敵にする」

四天王・水「しかし、魔王様。『光』の魔王など聞いた事がありませぬ」

学者「話を遮って申し訳ないのですが、それは無理もないかと」

側近「それは、どういう」

学者「『光』の魔王は天界に住んでいるからなのです」

魔王「地下に我らの魔界、地上に奴らの人間界、ともすれば人間界から近い天界か」

側近「魔界様」

魔王「決まりだ!天界に攻め込むぞ!」

四天王・火「待ってました!」

四天王・水「お供致します」

四天王・風「腕が鳴りますな」

四天王・土「魔王様を含めた壁はお任せを」

魔王「うむ、期待しているぞ!しかし学者殿、ちと頼みたい事があるのだが…」

〜天界・光の魔王城・玉座の間〜

魔王「まさか、魔王城以外に何も無い上に、光の魔王以外誰も居ないとはな」

魔王「四天王を城に残して正解だったな」

−−−−−
−−−


火「えっ!?俺達は留守番ですって!?」

魔王「まずは様子を見てくるだけだと言ったのだ。地理を把握できてなくては伏兵に討たれるやもしれぬ」

風「確かに、魔王様は我ら四天王と違い小柄ですし、単独潜入なら捕まる可能性も低いですが」

土「いざ、攻め込むのだと息巻いていたのにお預けをくらうとは」

水「行ってらっしゃいませ、魔王様。どうかご無事で」

側近「それ、私のセリフ!」


−−−
−−−−−

魔王「う〜ん…どうしたもんかな?四天王が活躍する場が無いのに呼んでもなぁ」

独り言をぼやきながら大扉を開くと白銀に輝く玉座に眠りこける者がいた

それは一見すると美しい少女であるが魔王はこれが光の魔王(♂)であると解った

光の魔王「ふぐぁ?誰が来たのだ?」

寝起きで焦点の定まっていない目を擦り再び前方に立つ男を確認すると

魔王「」ゴゴゴゴゴ…

纏った怒気がオーラとなって視認できるほど大きく天を衝く闇の魔王の姿があった

闇の魔王「いい身分だな。貴様が我に何をしたか解っておるのか、光の魔王とやら?」

光の魔王「…あるぇ〜?何で闇のがここにいるの?人間供が討伐した筈じゃ…ま、無理だよなそりゃ」

ボグォオオオ…!!!

一瞬だった

光の魔王はまさか自身が逆鱗に触れた事など気付かず、闇の魔王の怒気を纏った拳に貫かれた

光の魔王「…ぃ、…たい!…痛い!痛いいたい!痛いぃぃいい!!」

闇の魔王「貴様は我より千も年下らしいではないか。ならば目上の者に対してタメグチとはどういう了見だ!?」

光の魔王は痛み苦しみもがいている

何故ならば今も闇の魔王の腕が光の魔王の腹を貫いているからだった

闇の魔王「我は穏やかに暮らしていただけだったのだぞ?それを人間共をけしかけ、何を考えておるのか!答えよ!光の魔王」

光の魔王「」

光の魔王は答えなかった
いや、答えられなかった
光の魔王は闇の魔王の腕に貫かれたまま死んでいたのだ

〜魔界・魔王城・魔術研究棟〜

闇の魔王は光の魔王の亡骸を巨大な試験管に投げ入れた
これより、禁忌とされていた蘇生魔術の実験が開始される

−数百年後

天界、人間界、魔界は統合され闇の魔王が統治する新世界となった

あれから、光の魔王こと少年魔族は一命を取り止め、闇の魔王に忠誠を誓っている

あんな真似をした理由は単純に『寂しかったから』だという。

少年魔族の思惑としては悪くない闇の魔王討伐に疑問を抱く者(=本物の勇者)が自身を討ってくれる計画だったらしいが、闇の魔王の魔戦闘能力が計算違いに高く

闇の魔王が勇者になったと話している

闇の魔王「勇者?なんだそれは」

今日も魔界は平和です

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