女王「わたし以外の人間が『恋』という言葉を使うのを禁じよう」 (34)

家臣「は?」

女王「だから、今日からあなた方は『恋』という言葉を口にしてはなりません」

家臣「女王様のご命令、我々としても喜んで従いたく存じますが……、
   それを民に守らせるのは残念ながら不可能に近いかと」

女王「別に皆に守らせなくてもいい。そうだな、この城の中だけでも。
   わたしの周りで『恋』という言葉が使われなければそれでいい」

家臣「かしこまりました。では皆にそのように」

――数日後 城内

「じゃ、俺はそろそろ上がらせてもらうぜ」

「何だよ早いな。こ……、女か?」

「そ、そうだな。悪いな」

「ったく、女王は何考えてんだか」

「自分がアレだからって俺たちまで巻き込むのやめてほしいよな」

「先代が早くに亡くなられたから、子どものうちから即位した。そんな女王ももう二十歳」

「それなのに未だ浮いた話の一つもねーとはな」

「彼女自身が王だから政略結婚なんてものも彼女が望まない限りない」

「ヴァージンクイーンかよ」

「あれだって愛人はいたぜ」

――謁見の間

家臣「大変申し上げにくいことですが、例のご命令は評判がよろしくないようです」

女王「そうなの? 別に恋愛を禁じたわけではないのに」

家臣「僭越ながら申し上げますが、命令の内容自体より、そのような命令をなさる女王陛下のお人柄に疑問をもっているのかと」

女王「それはあなたの本音ではなく?」

家臣「ははは、まさか」

女王「ふーん……。ま、でも取り消さないよ。この命令に従うことは、彼らにとっては何の苦でもないはず」

家臣「……?」

家臣「恐れながら、ひとつ質問をしてもよろしいでしょうか」

女王「どーぞ」

家臣「なぜそのような命令をなさったのですか?」

女王「……不快なんだよ。周りで『愛』だの『恋』だの語られると。
   『恋』なんて言葉を使う資格があるのはわたしだけなのに」

家臣「陛下だけ、とは? 陛下こそ色恋沙汰からは遠い方であるように思われますが」

女王「無礼だぞー」

家臣「申し訳ありません」

女王「ま、とにかく不快なんだよ。命令は続行」

家臣「(恋愛に関して何かしらのコンプレックスがあるのか……?)」

家臣「(単純に考えるなら)」

家臣「(自分は恋愛に縁が無いのに周りが恋の話をしているのが癪に障る、といったところだが)」

家臣「(『恋』という言葉を使っていいのはわたしだけ?)」

家臣「(うーん、陛下が生まれたころからお仕えしているが、思い当たる節がない)」

――女王の寝室

女王「う……」

女王「っ!」バサッ

女王「……夢か」

女王「もう顔も思い出せないのに、夢だけは鮮明に見るな」

女王「……気持ち悪い」

――数日後 謁見の間

女王「ご用件はなんでしょー」

家来「この城に勤める者を代表して、女王陛下に申し上げたいことがあります」

女王「はい」

家来「『恋』という言葉を使うな、とのご命令、あれには全く正当な根拠が見当たらないように思われます。
   恐れながら、我々はそのような意味の分からぬ命令に従いたくはないし、そのような命令を下す女王にもついてゆきたくはない」

女王「お、おう」

家来「命令の取り消しを願います」

女王「それは、駄目」

家来「では説明して頂きたい。あの命令にどのような正当性があるのか」

女王「いいよ」

家来「……!」

女王「ひとことで言うと、わたしが不快に感じるからです」

家来「いくら臣下の身とはいえ、女王のわがままにいちいち応じることはできない。
   恋愛に縁のないあなたが『恋』という言葉を不快に感じるのは無理からぬことではあるが」

女王「だって、おかしいのは、糾弾されるべきは君らだよ」

家来「ほう?」

女王「断言しよう。あなたたちの誰も、『恋』などしていない」

家来「そんなことはないでしょう。城の者の中には恋人のいる者、家族のある者、大勢います」

女王「……さっきからバンバン『恋』って言ってくれちゃってるね」

家来「従う気はございませんので」

女王「……おほん。いいや、誰も恋などしていない。あるのは人間関係上の駆け引きだけ。
   わたしは、それ自体が目的となるような、価値そのものである『恋』について語っているのですよ」

家来「つまり女王はこう仰るのですね。我々が『恋』と呼ぶものは打算的な人間関係にすぎない。
   誰も本当の『恋』などしていない、と」

女王「何だか馬鹿っぽい言葉でまとめられてしまったけど、その理解でとりあえずはいいよ」

家来「ならばわたしが反例です! わたしは妻を心から愛している!」

女王「……ひゅー」

家来「わたしだけではありません。わたしの友の中にも恋人や妻を心から愛している者は大勢いる」

女王「じゃあ聞いてあげよう。あなたは今の奥様といつ、どのように出会った?」

家来「妻はわたしがよく買いに行くパン屋の娘でした。通って何度か話しているうちに惚れこんでしまい、
   わたしの方からアプローチしたのです」

女王「自由恋愛か」

家来「誇れるものです」

女王「胸糞悪い」

家来「……?」

女王「あなた方は何故そうやって自分たちの"恋愛"を美しいもののように語れるのか。そんなに汚い心で」

家来「???」

女王「ほんとうに好きな人だったら、恋人になんてなれるはずがないのに」

家来「仰る意味が分かりません。好きだから恋人同士になるのでしょう?」

女王「あなたは本当にその人のことを好きだったか?
   その人を見ていると眩暈がしたか?
   その人の前では呼吸ができなくなったか?
   その人はあなたの風景をぶち壊したか?
   その人はあなたの世界を作り変えたか?
   その人はあなたの人生そのものとなったか?
   その人のためにあなたは理性のうちにどれほど苦しむことができる!?」

家来「陛下……!?」

女王「わたしは――!」

家臣「お話中に失礼致します、陛下」

女王「!」

家臣「A国の使いの方が、至急陛下にお会い申し上げたいと」

女王「……分かりました。家来、悪いけれどこの話の続きは後日にしましょう」

家来「では、また改めて伺います」

女王「全く、君があんまりムカつくから、変なこと口走りそうになったじゃないか」

家来「は?」

女王「何でもない。さ、どいたどいた」

――

女王「分かりました。では、前向きな方向でお返事させていただくということで……」

使者(女)「ありがとうございます」

女王「さ、堅苦しい話はここらにして……。今夜泊まってくでしょ?」

使者「そうさせていただけると……」

女王「久しぶりに色々話したいよ。卒業以来だもの」

使者「そうですね。わたしの方も積もる話が」

――夜 女王の私室

使者「いいんですか? いち使節を女王が一人でおもてなしって」

女王「わたしとあなたの仲じゃないか」

使者「そういえば、何やら城内に変な命令を出したそうですね。『恋』は禁句だとか」

女王「うん」

使者「それはまた……。どうしてそんなアホな真似を?」

女王「ア、アホかなぁ……」

使者「アホだと思いますよ」

女王「確かに、さっきも家来が直訴しにきたし」

使者「当然でしょ」

使者「何ですか。モテないのも度を過ぎると周囲に迷惑かけ始めるんですか」

女王「あ、あなたまでそういうこと言う?」

使者「それは冗談としても、まだそういう話ないんですか」

女王「相変わらずですよ~」

使者「女王陛下におかれましては、学生時代から男性とは無縁の生活を送っていらっしゃいましたからね」

女王「事実だけど……」

使者「当時から不思議だったんですよね。何でこんなにもモテないのかって」

女王「そこまで言う?」

使者「容姿は美しく、人柄も優しく穏やかだというのに」

女王「照れるね」

女王「まー、モテなかったしモテないことは認めよう。身分差し引いてもさ、これだけ言いよられないって異常だよね」

使者「まったく」

女王「最近思うのは、人って意外と鋭いんだなーって」

使者「……」

女王「どっか、わたしがアレな人間だと見透かされてるんじゃないかなー」

使者「それはあるかも。やっぱ、まだ気にしてるんですね」

女王「気にしてるどころじゃないさ」

使者「そういえば彼、ご結婚なされたそうで」

女王「……は?」

使者「あれ、まだ聞いて」

女王「聞いてない聞いてない聞いてない!」

使者「あちゃー……」

女王「え、何前振りもなく爆弾落として……、え、え?」

使者「お相手はどっかの実業家の令嬢だとか」

女王「そうか、結婚か……」

使者「ヘコみますか?」

女王「いや、いつかこんな日が来るとは分かってたよ……」

女王「彼と初めて会ったのが、わたしが十三のときだから、もう八年目か」

使者「そんなになりますか」

女王「しかもその中で繋がりがあったといえるのは十五までの三年間だけ。
   わたしを病気だと言ってよ」

使者「……」

女王「十三の初恋を今でも引きずっているなんて。もう縁が切れた人を五年も好きでいるなんて」

使者「正直、こんな惨状になるとは思っていませんでしたね」

女王「惨状。あはは」

使者「時が解決してくれるだろうなんて無責任なこと言っちゃってすみません」

女王「わたし自身、しばらくはそう思ってたよ。だけどさー」

女王「まあいいや。この話は長くなるしつまんないから。時間は限られてるしね」

使者「ではわたしの方の近況報告を」

女王「うん。それ聞きたい」

――翌朝

女王「じゃ、宜しくお伝えください」

使者「はい。ではわたしはこれで」

女王「さよーならー」

女王「……さて」

女王「妻を愛するおっさんとの戦いに戻るか……」

家臣「ずいぶんと暗いお顔を」

女王「あ、聞かれてた?」

家臣「こう申してはなんですが、そんなお顔をされるのならば、命令を取り消すという手もあるのでは?」

女王「いいえ、彼らの主張は断固認めません。人には辛くともやらねばならないときがあるのです」

家臣「そこまでするほどのことなのですか?」

女王「それほどのことですよ。わたしは小さな小さな国の暇な女王。
   家をちょっと大きくした程度の小さな城で少ない家来とともに暮らしている。
   大きな生きがいも目標もない。そんなわたしこの世界で成し遂げるべき最後のこと」

家臣「(それが、こんなくだらない……?)」

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