ライナー×ベルトルト 〜故郷へ愛をこめて〜(161)

※ アニ×エレン ~私の宝物~の同じ時間軸でのライナー、ベルトルトのお話です。

※ 同性愛はありません。タイトルで誤解させちゃったらごめんなさい。

おっしゃ!ホモスr・・・・

エレンとアニの色恋沙汰を知ったのは、夕食の語らいの時だった。


同期生達の囃したてる冷やかしの声が殺伐とした空間を賑やかにする。

無言のままに色めくアニ。そして居直るエレン。


俺にとってそれは人生最大級の衝撃だった。


想像もできなかった。『あの』アニが恋する乙女の瞳をするなんて・・・


ここは人類が僅かな希望を育む地。第104期訓練兵団。

濃厚なホモスレかと思ったら・・・
いや、エレアニ好きだけど

長テーブルを挟んで鎮座するベルトルトに目を向ける。

どこ吹く風を装ってはいるが、内心は木枯らしが吹き荒んでいるだろう。

俺、ベルトルト・・・そして渦中のアニ。

俺達三人は数奇な運命に、と言うよりは腐れ縁って奴に導かれ此処に居る。

人類の歴史の前に現れた天敵、巨人。

圧倒的な力とその巨大な体躯から付けられた名は形容するに相応しいだろう。

巨人はその力で数え切れない数の人類を喰らった。

辛うじて生き残った人類は険しき壁に囲われた地へ逃げ延びた。

閉ざされた狭き安寧。それが人類の世界になった。

人類は閉ざされた世界で文明と秩序を新たに創った。

そして王の下に『統治する者』『護る者』『挑む者』三つの組織を創り上げた。

年端もいかぬ少年少女は力を、知恵を、特権を。そして巨人と戦う術を求め訓練兵団の門をくぐる。

やがて来るべき時、それらの道を選ぶ為に。

俺達三人はそんな中、ある目的・・・本懐を遂げるべくこの場に居た。

そしてそれはすでに進行していた。

俺と『仲間』は、多くの人類をこの手に・・・

>>2-3
>>5

ごめんなさい。

「ライナー」

自分の名を呼ばれ、意識が現実へと戻された。

声の主であるベルトルトが俺の顔を覗き込む。無機質な瞳が俺を捉える。

古い付き合いだが、こいつの事は未だに分からない事だらけだ。


多数の意見やその場の空気に流される気弱な青年を演じていながら、その胸の内では大局のみに目を向け、謀略をめぐらせている。
つかみどころの無い霞のような男、ベルトルト・フーバー。


俺がこいつの敵でなくてよかったと心底そう思う。


狡猾と形容するのが丁度いい位だ。

「あ、ああ。悪い。ちょっと考え事をしてた」

ベルトルトは俺の生返事を気にする事なく続けた。

「そう、ならいいんだ。後でちょっといいかな?」

十中八九、アニの事だろう。

「ああ、わかった」

夕食の終わりを告げる鐘が鳴る。俺は残りのパンとスープを口に流し込むと配膳を下げに立つ。

味気ないスープも固いパンも、これはこれで悪くないと俺は思った。

女子寮へ戻ろうとするアニと一瞬、目が合った。

まあ・・・色々と聞きたい事もあったが言葉を飲み込んだ。

さっさと戻るアニの背中を見送ると俺は外のテラスへ出た。

ぞろぞろと周囲の連中が宿舎へと戻る中、俺はベルトルトと肩を並べた。

「ライナー、どう思う?」

ベルトルトからの問い掛け。
聞くまでもなくエレンとアニの事だ。

「周りに冷やかされて満更でもない態度だったな」

それ以上でも以下でもない、ありのままを言葉にした。

気紛れなアニだが、質の悪い冗談に乗ってやったというのも無理がある。

だとすればあの時、頬を赤らめたのは恋慕と、恥じらいから来たものなのだろう。

「まあ、今度の休暇にゆっくりと聞いてやろうじゃないか。変わった玩具を見つけたんだなってよ?」

俺はそう言いながらベルトルトの肩をポンと叩く。


・・・正直、俺個人としては本来の目的を達成するまでの間に誰かが恋をしようが構わない。
なにより惚れた腫れたと立ち入る程、無粋ではない。

が、今回ばかりはそうもいかないようだ。

エレン。お前は死に急ぎ野郎と言われているが、とんでもない奴に目をつけられちまったな。

俺は内心呟くと宿舎へと戻った。

慌ただしい訓練兵としての日々が続いた。

前日までアニの件をすっかり忘れていた俺はベルトルトにえらく叱られた。

別に構わないじゃないか、取って喰われるわけでもあるまい。

そう思ったが俺は口を塞いだ。返ってくる反応は大方の予想がつくからだ。


そして訪れた休暇の日。俺とベルトルトはアニを人払いの済んだ兵舎の食堂へ呼び出した。


ベルトルトの横に俺が座り、アニが向かいに座る。

日常を共に過ごしているというのに何故か久し振りに顔を合わせた気がする。

そんな能天気な俺を余所にベルトルトが切り出した。

「やぁ、アニ。元気かい?今日、君を呼び出した理由・・・わかっているよね?」

嫌味な位の事務的な態度と挨拶。無愛想な表情のアニは小さく頷いた。

俺は無関心を装いながら内心、ひやひやしていた。

「その・・・君のよからぬ噂を耳にしてね。エレンとの事なんだけど・・・」

エレンの名を聞いた瞬間、アニの長い睫毛がぴくりと揺れた。

まあ、これで決まりだな。もうこれ以上、詮索するのも野暮だろう。

そう思ってベルトルトへ目を向ける。

背筋を冷や汗が伝った。

常時、柔和の表情を張り付けていたベルトルトの表情は固く強張っていた。

思わず目を伏せる。

アニに対する父性的な感情を俺は持っている。

だからこそ『その時』までは好きにさせてやればいいんじゃないかと思っていた。

ま、それが同然だわな。俺も俺で、酒や煙草を始め、馬鹿な奴等との馴れ合いを好み、俺なりに人間としての生活を楽しんでいる。


こいつはそうもいかないみたいだがな・・・

「アニ、君はもう少し戦士としての自覚を持った方がいい」

ベルトルトの説教が始まった。

止めようかと思ったが、焼け石に水だろうと俺は無関心に徹した。

後で矛先を向けられるのもたまったもんじゃない。

ベルトルトの説教の半分は本心なんだろう。成る程、確かに俺達三人は一蓮托生の身だ。

趣味、趣向の自由はあれどその目的に影響するやもしれない行動は慎むべきだと言っているのは尤もだ。

しかし、残りの半分は・・・まあ、この情けない顔を見れば誰だってわかるわな。

嫉妬の色に染まるその表情からは、いつもの諍いを嫌う穏やかな青年の顔はなかった。

まるで別人を見ているような気分だ。
仮面を剥ぎ取られたとするなら、こういう事をいうのだろう。

「言いたい事はそれだけかい?」

俺の思考とベルトルトの詰問を冷ややかに遮ったアニは下らない物を見る目つきだ。

言葉に詰まったベルトルトがたじろぐ。
「だ、だから・・・」

尚も食い下がろうとしたがそれは徒労に終わった。

アニがこちらを睨みつける。

いつかの対人格闘の訓練でエレンと一緒にからかった時に見せた目だ。

張り詰めた空気は氷のように冷たく、触れれば音を立てて割れてしまうのではないかと思えるほどだった。


小さな手をテーブルに叩き付けたと思いきや、アニは俺が瞬きを一度する間にひらりと宙を舞い、ベルトルトの背後に降り立った。

声を上げる隙も無く細い手が蛇のようにベルトルトへ伸びた。

片手は顎へ、もう片方の手は鎖骨の間の窪みに押し当てられていた。

俺達は身動き一つ取れなかった。

下手な素振りひとつで、ベルトルトの首はへし折られかねない一触即発の状況に頭を痛める。

静まり返る食堂に殺気が充満する。

言わんこっちゃない。藪をつつく羽目になったのだ。


「まったく・・・呆れるよ」

アニは溜め息をつきながらベルトルトの耳元で囁いた。

「教えておくれよベルトルト。私は一体、いつからあんたの伴侶になったんだい?」

当の本人は無表情で部屋の隅を見つめたままだ。

「言われなくても私は戦士だよ。そして私は私のやりたいようにするさ」

すっと手を解いたアニは吐き捨てると踵を返していった。

取り残された二人。

少しの間をあけてようやく漂う殺気が霧散した。

それが跡形も無く消え去った後は静寂に包まれた。

「・・・怒らせちまったな」

「うん・・・」

どうにも空気が重苦しい。実際、怒らせたなんてもんじゃない。
あの表情は『相当』に怒っていた。溢れる殺気が何よりの証拠だ。


「しかしよベルトルト、ありゃアニが怒るのも無理はないだろう?呼びつけて開口一番から説教じゃあ・・・」

ベルトルトは溜め息をつきながら肩を落とす。自覚はあるようだ。

「んで、お前はアニに惚れてるんだろう?」

俺が本音を言えるように助け船を出す。色恋に関してはどうにも不器用な奴だ。

少し口ごもった後、その気持ちを確かめるようにベルトルトは力無く語った。

「多分、そうなんだろうと思う。エレンと楽しそうにしているアニを見るとなんだか胸が苦しくて苛々するんだ」

正直な奴だ。
贅沢は言わん。ほんの数十分前にその素直さがあったなら勝負になったかもしれんが、時既に遅し。って奴だろう。

「ま、束の間のままごとなんだ。笑って見守ってやろうぜ」

慰めるような俺の言葉にベルトルトは苦笑いしていた。

どうやら俺達の行き着く先は波乱が多そうだ。



まったく――俺達に安寧ってのが来るのはいつなんだ?――



to be continued

夜にこれそうだったら、また投下しにきます。

(´・ω・`)ノシ

>>17の訂正です。

×ま、それが同然だわな。

○ま、それが当然だわな。

慎んでお詫びします。

~Bertolt side~

あの日を境に僕は、アニと言葉を交わすどころか、目を合わせる事もめっきりと減った。

うだつの上がらない我が身を情けなく思う。

ライナーは僕にアニに対する父性的な気持ちを明かしてくれた。

僕自身、同じような気持ちだった。
はずだった。


心がどうにもコントロール出来ない。
振り払おうとするとその想いはどんどん僕にふしだらな妄想を見せる。

特に眠りにつく寸前『それ』はやって来る。

妄想の中のアニは僕だけに笑いかけ僕だけに甘える。

時にそのアニは淫らに僕を誘う。
クローズアップされる白い首筋。しなやかな腰のくびれ。細い身体と正反対にふっくらと実る乳房。

下腹部に沸き立つ欲望が過ぎ去るまで僕は目を硬く瞑り歯軋りする。

そして猛烈な自己嫌悪に襲われた。

自らに課せられた宿命とその目的を忘れ、怠惰な日常に堕落するなどと・・・

「・・・ライナーに煙草でも貰おうかな」

誰に言うでもなく僕は呟く。窓の外はかすかに明るくなっていた。

僕はそれ以来、自分を律する事に神経を注いだ。


エレンに対するアニの行動にはやきもきさせられたものだったが、ようやくそれも終わりを迎えそうだ。

押し迫る訓練兵団卒団の日。日付が変わる毎に僕の心は奇妙な喜びを感じていた。


エレンは聞くまでもなく調査兵団へ。アニは当初の予定通りに憲兵団へ向かう。

僕がライナーに、アニとエレンの関係は期間限定のままごとだと言われてからずいぶんと落ち着きを取り戻したが、ようやく本調子になれそうだ。


アニには内地の情勢をつぶさに調べあげてもらおう。

来るべきその時の為に順風満帆とも言える展望を僕は期待していた。

その日、僕はライナーと二人、兵舎のテラスでくつろいでいた。

訓練兵団を卒団するまでの残りの僅かな日の出来事だ。


椅子に腰掛け、ゆっくりと流れる時間を漠然と過ごす。
尤もこれまで随分と雌伏の時を余儀無くされてきたのだ。今更、慌てる必要も無い。


何を語るでもなく夕陽を眺めている僕にライナーが声をかけた。

「おい、ありゃアニじゃないのか?」

外出先から戻ったであろう様子だ。そういえば、今日は休暇だったなと思いだす。

軽快な足取りのアニはライナーに声をかけられると、躊躇いがちにこちらへ歩んできた。

無愛想な表情。椅子にもたれる僕に目も合わせず立ち尽くした。

「まあ、座ろうぜ」

ライナーに促されアニは渋々と椅子に座る。

こうして相対するのは以前のすったもんだを後日、謝罪して以来だ。

何か話そうとするが、どうにも言葉が出ない。僕はライナーに助けを求めた。

気まずい雰囲気が漂う。

僕の思考を目で察したライナーは「ところで」も「そういえば」も無しにエレンと別れたのかと切り出した。

それも明るく軽口をたたくような口調で。

あまりの突然な切り出しに椅子から転げ落ちそうになる。

どうして僕が動揺しているのだろうか。気になると言えば気になるが・・・


どうあれ、エレンとの別離は遅かれ速かれ間違いないのだ。
これで三人は元の運命共同体に戻ったわけだ。

これからは戦士としての苛酷な日々が待っている。

僕はアニがそんな考えに一も二もなく賛同してくれるだろうと期待した。

ところが、当のアニから発せられた言葉は僕の考えを根底から覆したものだった。

「エレンとは別れていないし別れるつもりもないよ」

アニはきっぱりと言い切った。一切の迷いの無いその眼差しは清々しささえ感じさせた。

煙草に蝋燭の炎から火を取るライナーがむせかえる。

僕は目を見開いた。信じられないといった表情でアニを見つめる。

哀れなアニ。きっとエレンや人間と暮らすうちに毒されたんだろう。

ライナーへ目配せをする。
「止めといた方がいいんじゃないか?」その目が訴えるが僕は構うものかと口火を切った。

「アニ、君は自分が何を言っているのか分かっているのかい?」

「エレンとの事は僕もライナーも目を瞑ってきた。もう充分、楽しんだだろう?」

アニが僕を睨みつける。構うものか。説き伏せてやろう。

「僕達は戦士だ。そしてその名に恥じない生き方をしなければならない。君も承知しているだろう?僕達は目的の為にその力で多くの命を――」

「いい加減にして」

僕の言葉はアニの一言で封じられた。

決して大きな声では無かった。だが、その気迫に僕は気圧された。

お昼にでもきりのいいところまで投下します。

「そんなに自分の行いや、現実から目を背けたいの?」

アニは深く息を吸うと一息に吐き捨てた。それも思いっきり、ゆっくりと。

「ベルトルト。あんたを、見損なったよ」

僕を見るその瞳は憐れみを帯びていた。
「ち、違う!僕は君に戦士としての在り方を――」

言葉は続かなかった。代わりに乾いた音が響いた。

頬に伝わる鋭い傷み。アニへ向けていた視線が隣のライナーへ動く。

頬を張られた事をようやく理解する。

「いい加減にしてっていってるでしょ!」

アニの怒鳴り声にライナーも僕も狼狽を隠せなかった。

たじろぐ心に追い打ちが容赦なく浴びせられる。

「二言目には戦士、戦士って、安っぽく連呼されて私の心が動くと思っているの?」

「そうやって、あんたは自分の弱さを棚にあげて逃げているだけじゃないか!」

「アニ!もう止してやれ!」

ライナーが僕とアニの間へ割って入る。もう何も言えなかった。
アニの言っている事は一言一句が正しかった。

尚も罵ろうとしたアニは、ぽつりと言い放った。


「・・・ベルトルト。あんたは卑怯ものだよ・・・」

それだけ言うとアニは背を向け走り去っていった。

僕は呆けたように張られた頬をさすりながら、その髪を彩る髪飾りに見とれていた。


ライナーの溜め息で我に返る。

お手上げといった様子で両手をひらひらとする。本当に救いのない奴だなと言われた気がした。

・・・僕もそう思うよ。

>>46
アニはベルトルトに自分の考えや行動にあれこれ干渉される事う鬱陶しく思っていた→更に咎められる→いい加減にしやがれ

なんでしょ

おはようございます。

>>47さんの仰る通りです。
またライナーがベルトルトの嫉妬の顔色云々の所でアニはベルトルトからの気持ちに薄々と気付いた。といった流れとなります

沈痛な面持ちで肩を落とす。

本心を伝えようとすればするほど言葉は遠ざかる。

そして本来、伝えるべき事すら有耶無耶にしてしまう。

アニを想うには足りないのだろうか。
こんなにも想い、苦しんでいるのに・・・

僕はあてもなく歩き始めた。

制止しようとするライナーの手を振り払うと夢遊病のように兵舎を後にした。

訓練所を抜け出した僕は、喧騒と雑踏が渦巻く夜の街をさ迷っていた。

軍規違反も気にならなかった。捨て鉢な気分は一向に晴れる様子では無い。

ぽっかりと穴の空いた心。やり場のない虚しさと自分への苛立ちに囚われていた。

気が付くと僕は、裏通りにひっそりと佇む酒場のドアを開けていた。



『もしも』なんてたらればを言うのは嫌いだ。
けど、もしも今日がなければ僕の心は永遠に囚われたままだっただろう。

店内をちらりと見渡す。
カウンターの席は数える程で、後は四人がけのテーブルが二つ。

ダークウッドの材木で床から天井まで統一された店は洗練された空間を醸し出す。
所々に点在する観葉植物が彩を添えていた。

先客は居ない。それもそうだ。時刻は日付をとうに超えているのだから。

カウンターの中でグラスを丁寧に磨く店主が僕をちらりと見る。

長いブルネットの髪を後ろで結んだ細身の壮年の男性。ぴっちりと糊のきいた白い開襟のシャツは清潔感を与える。


口元に蓄えた端整な髭が上品さを伺わせる。

僕は、入口から一番近いカウンターへ向かうとスツールに腰掛けた。

棚に整然と並んだグラスや酒瓶をまじまじと見つめる僕に店主はよく通る声で話しかけてきた。

「酒を飲むにはちょっと早いんじゃあないのか?」

「・・・すみません」

僕は足下に目を落とした。
他に何と答えばいいのか分からなかった。

スツールから立ち上がろうとした僕を呼び止める声がした。

「・・・まあ、いいだろう。酒を飲んだ事はあるのかね?」

片手で足りる程度でしかなかった事を素直に伝えた。

「わかった。こちらである程度、見繕っていいかね?」

店主の勧めに頷いた。

てきぱきと数種類のお酒をシェイカーで小気味良く混ぜ合わせ、最後に果実を絞ったと思うとグラスに注がれたお酒が出された。

ゆっくりと口に広がる優しい甘さと手厳しい辛さを確かめると一息に飲み干した。

喉に染みいるアルコールがささくれだった心を慰めてくれる。

どうして人間の大人達、とりわけ男はお酒を飲みたがるのか、ほんの少しだけわかった気がした。

場違いな僕を追い払う事もせず、あれこれ詮索する事もせず、誰にも晒ける事のない心情を表現するかのように新たなグラスが出される。


この居心地の良い空間に文字通り酔いしれていた。

店主は、ぼそりと呟いた。

「・・・恋に破れたようだね」

思わず顔をあげる。


「分かるんですか?」

核心を突いた一言に心が見透かされたような気がした。

「人生を長くやっていると、何となくね」

店主は口元の髭をさすりながら答えた。

「そうですね・・・自分でもそんな気持ちをどうにも受け入れられなくて、気付けば相手を傷付けるような事ばかりしていました」

自分で発した言葉に内心、驚いた。

零れだす心根は紡いだ口を開けた。それも極々自然に。


だが、不思議と彼には今まで誰にも晒した事の無い僕の心情を語った。

一度吐き出してしまえば後は饒舌そのものだった。

お酒の力ではなかった。行きずりの相手だからでもない。

敢えて言うなら、その人柄と彼の歩んできた人生の経験に裏打ちされた絶対の自信。

それが僕を安堵させたのだろう。

僕は思いきって聞いてみた。

人は悲しみや苦しみをどうやって克服するのかと。

それがナンセンスだとは十分、承知していた。

だが、聞かずにはいられなかった。それだけ彼の語る言葉には重みがあり、僕の心に漂う蟠りをとかす不思議な魅力があった。

「そうだな・・・」

彼は遠くを眺めるような眼差しでゆっくりと話始めた。

「月並みな言葉かもしれんが、目に見えるもの、聴こえるものに囚われず、見えないもの、聴こえないものにこそ、深意があるとしか言えないかな・・・言ってみれば思いやれればって事かな」

僕は噛み締めるようにその言葉を刻み込んだ。

「それを理解し、出来るのが、大人になるって事と言っても差し支えないのかもしれんがな。それが、恋であれ、夢であれ自分の気持ちと折り合いをつける事で新しいものが見える・・・と思うよ」

「・・・何だか途方もない話ですね。僕には難しそうです」

呟きながら思わず苦笑いする。

「そりゃ、そうさ。一筋縄にはいかないのが人生って奴だからな」

彼はにやりと笑うとそう言った。

僕はアニに対する気持ちをようやく受け入れる事が出来た。

その小さな身体と美しい瞳に宿る、凍てつく氷のような気高さに僕は憧れ、惹かれたのだ。

エレンに対する嫉妬は雪解けのように消え去った。

自分の想いが届かぬ物と理解した瞬間、溜飲が下がるような感覚を覚えた。


「あの・・ありがとうございます」

そう言うと僕は彼に深々と頭を下げた。
複雑な感情が入り交じる。勿論、感謝の気持ちが大半を占めていた。

そしてその一方で僕の行いが、今後の彼の命を脅かすであろう事も理解していた。

初めて自分自身を空恐ろしく思った。
これまで人間の命を奪う事に何の疑念も戸惑いも表さなかった。

だがそれは自分の行いを正当化し、目を背けてきただけの事だった。

虫や草を踏み潰す事に罪悪感を覚えながら大地を闊歩する人間がいるだろうか?
僕の行いもそれと同じ事だと。そう自分にいい聞かせてきた。

今は違う。僕は僕の為に誰かの命を奪う。
そしてその業を背負う覚悟がある。

彼は支払いを断った。

若者に好き勝手に酒を勧めたのだから金を貰う筋合いは無いと断られたが、せめてものお礼と僕は財布の中身を全て押し付けた。

店を出て空を見上げる。
ほんの少しだけ明るい群青色の空は僕の心とよく似ていた。

おもむろに煙草を咥えるとマッチで火を灯した。ゆっくりと吸い込む。
身体に毒とは言うが、たまには悪くない。

くゆらせた煙はたちまち風に流される。それを見届けると僕は歩き出した。

帰るべき場所へと。


to be continued

お昼にひょっとしたら続きを投下するかもしれません。

来なかった場合は深夜に争奪戦の方に投下すると思います。

ではよい一日を。

再開します

~Reiner  side~

「強引にでも別れさせるべきじゃあないのか?」

以前、俺にそう言ったベルトルトの言葉を思い返していた。

俺は自らを刺そうとしたアニから懐剣をふんだくっていた。

心臓が爆発してしまうんじゃないかと思うくらいに切羽詰まっていたのだ。

巨人の力に目覚めたエレンの存在。

それは人間達にとっては恐怖の対象でしかなかった。

トロスト区の駐屯兵団を指揮するキッツ・ヴェールマンは無情にもエレンへの死刑宣告を震える声で叫んでいた。

俺やベルトルト、アニは壁上の一角からその一部始終を眺めていた。

それを阻止すべく、エレンを弁護するアルミンは堂に入るその弁舌で駐屯兵団を説き伏せようと躍起だ。

なかなかどうして骨のある奴だと思った。

今にも壁上に聳える大砲から瘤弾が撃ち込まれるやも知れないと言うのに肝が据わっていやがる。


だが、その弁舌はヴェールマンの頭を冷すには至らなかった。

攻撃再開の金切り声が響く。そんな矢先での出来事だった。

このじゃじゃ馬娘は自分が何をしようとしているのか分かっているのか?

ベルトルトはエレンに夢中でこちらには気付いていない。

不幸中の幸いってやつだ。こんな光景をあいつが見ようものなら、どうなる事か。

砲撃の合図を送ろうとしたヴェールマンの腕は、振り上げた所で留められた。

後に知らされるピクシス司令の存在。


敵に回すと厄介な男だと苦虫を噛み潰したような俺の表情をベルトルトが咎める。

だがそんな事は問題じゃあなかった。
俺は逃げるように立ち去ったアニの事を考えていた。

アニはエレンを救おうと自らの力を解き放とうとしていやがった。

度肝を抜かれるとはこの事だ・・・本当に寿命が縮んだ気がした。

あの場で巨人化してどう収集がつくのか。
考えただけでもゾッとする。

俺とベルトルトは平静を装うと、何事も無かったかのように仲間達の元へと引き返した。

さて、どうしたものか・・・

俺はあらゆる思考を巡らせる。
エレンに秘められた巨人の力。募る望郷の思い。そしてアニの突拍子もない行動。

山積する問題が容赦なく俺にのしかかる。
勘弁してくれよ本当に・・・

危惧の念が現実のものとなったのはそれから数時間後の事だった。

エレンに芽生えた巨人の力を利用したトロスト区奪還作戦。

開閉扉に開いた風穴を岩で塞ぐというシンプルな作戦は多くの人員を投入するも、夥しい数の巨人を前に攻めあぐねていた。

エレンの発散する命の迸りに巨人どもは惹かれ、大挙する。

誰もが旗色の悪さに絶望に染まろうとしたその時。


街の一角から、轟音と共に眩い光が溢れた。

つむじ風を纏いながらエレン目掛け、地響きをあげながら大地を駆ける見覚えのあるその姿。


・・・冗談じゃねぇぞ、アニ・・・!

握り拳に力を込めながら固唾を飲む俺とベルトルトは顔面蒼白だった。

エレンに群がる巨人達はアニの手により息をもつかせぬ隙もなく屠られた。
電光石火の早業に思わず拍手をしてやりたい位だ。

俺は皆が歓声に沸き立つ中、煙草に火を着けるとベルトルトへ一瞥を送る。

まったく・・・くそったれだよ。

太陽がその身を地平線の彼方へ沈めようとする頃、俺はベルトルトを横目に壁上でアニと向き合っていた。

ベルトルトは口を閉ざしたままアニを見つめていた。
どうやら主導権は俺に委ねられたようだ。

腹を括ると俺は静かに口を開いた。

「・・・で、何故だ?」

言わずもがな理解しているだろう。

返事はない。聞くまでもなく解っていた。
アニはエレンを選んだのだ。

俺達に裏切り者と見なされようが、どんな制裁を受けようともだ。

その覚悟の程が知れる。

ひとしきりの質問に無言の返答。

俺は溜め息まじりに言い放った。

「・・・それがお前の答えなんだな?」

アニはこくりと頷いた。険しい茨の道だと自覚した上でそれを選んだのだ。

そう思った途端、アニは俺とベルトルトに自らの白刃を手渡した。
戸惑う俺達を余所に、淡々と述べた。

「言い訳をするつもりは無いよ。好きにしな」

言いたい事だけ言うと、くるりと背を向けた。

俺達に斬れという意味だ。正気かと言ってやりたくなる。

反目と決別。命を賭したエレンへの想いの表明に他ならなかった。

最早、俺達に立ち入る余地は無い。

斬るか、否か。

凍りついたこの状況を打破したのはベルトルトだった。

俺の肩をその大きな手が掴む。
思わず振り替えるや無言で首を横に振る。

結論から言うと、俺達はアニを斬らずにその場を後にした。

いや・・・斬れなかったと言った方が正しいのかもしれない。

臆した訳ではない。

俺達は目的の為ならどんな事でもやってきたし、その手を血で汚してきた。

非道と言われようが構うものか。それが行いに対する責任というものだ。

以前の俺なら、意に介さずアニを斬っていただろう。

だが、結果は違った。俺はアニに血生臭い戦いや、その背負った宿命から開放してやりたいとさえ思っていた。


例え次に出会う時は刃を交える形になったとしても・・・

立体起動で壁を降り立った俺はベルトルトに煙草を勧めた。

ベルトルトは素直に応じた。


二人して黄昏る中、ベルトルトは俺がアニに抱いた感情をそっくりそのまま言いやがった。

悪い気はしなかった。


「てっきり、嫉妬に狂って斬りかかるんじゃないかと思ったぞ」

冗談めかしてベルトルトに言ってやる。
言って俺は激しく後悔した。

ベルトルトは泣いていた。涙は流さず、俺の悪ふざけに苦笑いを見せるだけだった。

だが、その背中は泣いていた。そりゃそうだよな。恋焦がれた女は強大な敵になるやもしれん男の為に命を捧げようとしていやがるんだ。

何時、自分達の正体が露見するやもしれぬ日々の中で生まれた想いは儚く散ったのだ。

悲しまない男などいるはずがない。

「・・・すまん」

俺は自分の軽口を恥じるとベルトルトに頭を下げた。

「やっぱり辛いね。覚悟はしてたけど、自分の気持ちに折り合いをつけるのは難しいや」

ベルトルトはそう言いながら俺に背を向け煙草を吹かした。

微かに震えるその肩が、哀愁を帯びていた。

俺とベルトルトは調査兵団の門を叩いた。
推考と再考の果ての結論だった。

アニは当初の予定通りに憲兵団へと兵籍を置いた。

あいつと肩を並べる事はもう無い。だが俺達は悲願へまた一つ駒を進めたわけだ。

懸念すべきはエレンの存在だった。

『俺達』にとって僥倖か奇禍か。
それを見極めなければならない。


だがそれは同時に死と隣り合わせの日々だった。

命の危機に、巨人の力を使うわけにもいかず、俺とベルトルトは何度も何度も死を肌で感じさせられた。

エレン。お前の底抜けのくそ度胸には恐れ入ったよ。

相も変わらずこの『死に急ぎ野郎』は他の人間と一線を画した。

壁外調査と言う名の死地への行進に、こいつは何の躊躇いもなく馬首をすすめる。

命を一瞬の眩い火花のように散らす兵士達。

俺やベルトルトに背後を託すエレン。
丸腰の背を預けるに値する人間だと思っていやがる。

凱旋の度に、屈託のない笑顔で杯を交わそうと首ったまに引っ付いてきやがって。


「ライナー、今回も俺の背中を護ってくれてありがとうな」

――違う。俺はそんな男じゃあない――

「ほら、久しぶりの酒だ。今日は腰が抜けるまで飲もうぜ」

――俺はお前の信頼に値する奴じゃあない――


「ベルトルト、もっと飲もうぜ」

――俺やベルトルトは、お前の大切な人を奪い、尚もお前を人柱に――

俺とベルトルトが歩んできた道のりは常に登り坂であり、足元も覚束ない畦道だった。

繰り返される命を賭ける日々。疲弊する心。

どれだけ心をすり減らそうとも、どれだけ身体を駆け巡る痛みに襲われようとも俺達は挫けなかった。

故郷への一念だけが俺達を支えていた。


俺はよく夢を見るようになった。
三年間。たった三年間を共に過ごしてきた奴等との何気ない日々。

穏やかで暖かな、春の木漏れ日が射し込む原っぱで俺とベルトルトはエレンやジャン、マルコやコニーといった物好きどもとばか騒ぎに明け暮れていた。

そして深い夢から目覚めると決まって涙の跡が頬に残る。


ああ、全くもって糞だよ。何もかもが狂っていやがる。
本当に『夢のあとさき』って奴は俺に棄てた筈の涙を突っ返しやがる。

朝焼けが窓から射し込む。
そして、俺とベルトルトはこの日の壁外調査で一つの転機を迎えた。

更新乙です。哀愁や葛藤する気持ちが描かれてる。原作のライナー達は、どんな気持ちだったのだろう・・。

>>83
前作から読んでいただいてくださっていますね。
いつも乙をありがとうございます。

どれだけ達観していようと年相応の少年少女にほかならぬと思っていますのでご理解いただけ感無量でございます。
至らぬ所が散見されるやもしれませぬが精進いあたします故、よろしくお願いします。

さて、お昼にこれたら続きを投下したいと思います。

出来なかった場合はまた夜に争奪戦の方に顔を出しにきます。
では(´・ω・`)ノシ

バットエンド?

>>85

もしお時間に余裕がございましたら、前作の アニ×エレン~私の宝物~を見ていただければ。
200レス程でアニとエレンの性と愛を書かせていただきました。(地の文主体)
今作は同じ時間軸の中で、ライナーとベルトルトの視点から描いたものです。

完結作をまとめるスレに依頼していたので見れるハズ・・・
ご興味を持っていただけて嬉しいです。

では今度こそおやすみなさいノ

その日の壁外調査は好天に恵まれていた。

じめじめとした雨季を越え、大地に根をはる木々が生い茂る暑い季節の到来を迎える直前といった頃だった。


索敵部隊の任を渡された俺とベルトルトは巨人を視認するや煙弾を空に放つ。

撃退か回避か。同じ部隊の先輩方が的確に判断し、それを実行する。

多くの役割や作業を分担する部隊の作戦にしては単純明快な筈だった。

蒼天は突如、暗転し横殴りの豪雨が強風と稲妻を運んだ。

火薬はあっという間に湿気り使い物にならない。

尤も、この吹き荒れる風と真っ黒な空に煙弾が昇ろうが誰一人として気づかないだろう。

悪天候の行進。ましてや巨人の領域への進入は愚行に他ならない。
あっという間にあの世行きだ。

調査兵団の壁外調査の進路は当てずっぽうで決まるんじゃあない。

予め季節からの風や雲の動きを正確に観測し、はじき出された天候を緻密に計算した上で構築される。

だが、経験と知識をもってしても、自然というやつは悪女のように気紛れだ。

悪天候時は速やかに退却。その定石に俺とベルトルトは迷わず則ろうとした。

巨人どもは待ちわびた獲物に歓喜の雄叫びを挙げていやがる。

腹立たしい程の乱痴気騒ぎだ。

じりじりと俺達と巨人の距離は縮まる。俺は二つの骸へ眼差しを向けた後、ベルトルトに話しかけた。

「ベルトルト・・・戦いたくても戦えない奴と、戦いたくないのに戦わなきゃならない奴は、どっちが悲しいんだろうな」

「・・・戦う事自体が、きっと悲しいとおもうよ・・・」


「・・・だな」

俺はベルトルトの返事に答えると、自らの腕を手にした刃で切り裂いた。

>>90の前に以下を

「ベルトルトよ、こいつは絶体絶命だな」

俺はマントの裾で雨から顔を防ぐとそう言った。

「そうだね。けど、ここで死ぬ気は毛頭無いよ」

横殴りの雨が煩わしい騒音をたてる。俺はベルトルトと馬首を並べた。

傍らに崩れ落ちた物言わぬ亡骸。

そして前後を三体の巨人が囲む。生き残りは俺達二人だけだった。

部隊の先輩方二人は俺達を逃がそうと囮を買って出た。

その結果がこの有り様だ。
立体起動装置を活かす事の出来ない平原。それが敗因だった。

俺はやるせない怒りを力任せに振るった。

拳で巨人のうなじを打ち砕き、踏みにじる。

やがて俺達を囲んでいた巨人達は燻るようにその身を崩しゆく。

立ち尽くす俺に下馬したベルトルトが近付き称賛の声をあげる。

「見事だったよライナー」

命を繋いだというのに俺の心は後味の悪さに苛立ちを覚えた。

俺は滴る雨を振り払いながら呟いた。

「ベルトルト、俺達はいつまでこんな事をしなきゃならないんだろうな」

すり減らされる心。消えゆく命。
繰り返される戦いと流れる兵士達の血。

俺達が築いて来た何千、何万の屍の山。その上に何があると言うんだ?

俺は思わずベルトルトに思いをそのままに吐露する。

「ライナー、君は間違いなく戦士だよ。今日も多くの命が生まれ、失われた。ただそれだけさ」

言われた俺は更なる苛立ちに震えすら覚えた。

「ベルトルト、失われるんじゃあない・・・殺されるんだ」

吐き捨てる俺にベルトルトは歯牙にも掛けず、諌めるように続けた。

「いずれは壁の中の人達も、エレン達もこの手にかけなきゃならない。人の命は儚いものさ、潰えるのが速いか、遅いか。それだけさ」

頭に上った血が噴き出しそうだ。俺は歯軋りすると、振り向きざまにベルトルトの顔を殴りつけた。

俺の力によって掘り返された草むらに投げ出されるベルトルト。

窪みに溜まった泥水がはねあがる。

「お前も・・・」
沸き上がる感情に歯止めがきかない。

「・・・人間だろうがぁっ!!」

誰かに対して怒鳴り声を挙げたのは初めての事だった。


よろよろと起き上がるベルトルト。

俺はその顔を見るや、激しい狼狽に襲われた。

「・・・わかって、いるよ・・・ライナー・・・」

雨に顔を濡らそうとも解る。
ダークグリーンの瞳からは大粒の涙が溢れていた。

「僕達はこれまで、多くの命を奪った・・・自分達の為に、身勝手に・・・」


「・・・そして、これからも、僕達は命を奪わなくちゃいけない・・・なのに・・・」

心臓が抉られたような気分だった。

「嫌なんだよ・・・すごく・・・気になるんだよ・・・皆の事が・・・」

俺はベルトルトの両肩をありったけの力で掴んだ。

こいつは抗えない宿命を受け入れ、人を殺し、最後には自分の心さえ殺した。

俺もそうだった。形は違えど、その運命に身を委ねる事を選んだ。

なのにどうしてこの瞳から涙が溢れるんだ。神様って奴がいるなら教えてくれ。

どれだけ思おうとも最後に奪い殺すのが宿命ならば、何故、俺達は人を愛しく思うのか。

心さえなければどれだけ楽になれるだろうか。どれだけ望んでも、それはついぞ叶う事は無かった。

俺とベルトルトは朽ち果てた亡骸の上で、嗚咽を押し殺し泣いた。


雨はいつしか衰え、涙雨となっていた。


to be continued

~Bertolt  side~

僕とライナーは戦いと、雨に打たれ疲労した身体をなだめながら帰還した。

交わす言葉は一言もなかった。ライナーの真意は聞くまでもなく理解している。

エレンを始め、ジャンやコニーが僕達の帰りを心から喜んでくれた。それが尚更、胸を締め付ける。

エルヴィン団長への報告を済ませると僕達は泥のように眠った。

深く落ちる意識。薄れる感覚。これが死の間際だったらどれだけ素晴らしいかと思ってみる。

すくなくとも、死ねば友達をこの手にかける事もないのだから。

深い眠りの中で僕は僕と向き合っていた。この目に広がる世界は見渡すかぎり、雪のように白く塗りつぶされている。

明晰夢と知りつつも初めての体験に些か戸惑いを覚えた。
鏡に映る姿のように寸分違わぬ自分をまじまじと見る。

注がれる視線を感じた『僕』はにこやかに話しかけて来た。
「やあ、こうして向き合うのは初めてだね。警戒する必要はないよ」

思考をそのまま声に出され咄嗟に思う。ひょっとして・・・

「そう、君は僕で、僕は君。お互いの心は断ち切ることの出来ない意識で繋がっているんだ」

「そんなに怖い顔しないでよ」

『僕』は屈託のない笑顔を見せてきた。

頭で理解はしているが、思っている事が筒抜けだというのは正直、気分が悪い。

「あんまり世間話をしても仕方ないね。じゃあ、本題に入ろうか。君はどうしたいんだい?」

耳が痛い。脆い心の核心を臆面もなく突いてくる。

一呼吸置いて僕は静かに考えを整理し始めた。

僕は忌むべきはずのこの世界が好きになっていた。


誰もが私利私欲に走り、強い者が弱いものを喰らう世界。

時にそれはあざとく、醜く、えげつなく。

だからこそ僕は人の命を奪えた。自然の摂理と僕達の目的は合致していた。

清々しいほど穢れた生き物を蹂躙する事に躊躇いなど不要だった。


シガンシナから始まった僕達の人類への攻撃。
そしてトロスト区での僕の行い。

彼等との出逢いは僕達の、とりわけ僕を少しずつ変えていった。

彼等は時にぶつかりあい、時に人間らしからぬ程の慈しみを見せる。

迷い、傷つけあい、最後には赦し合う。馴れ合いのような日々。そんな甘さをはねのける事もできたはずだった。

だが、打算も下心も無く命を支え合う彼等の無垢な心に触れる度、僕の心はゆっくりと浸っていった。

いつしか僕はそんな毎日が好きになっていた。皆と、皆が暮らすこの世界が・・・

見開いた目から涙は音をたてず静かに流れ落ちる。

「一緒に過ごした三年間は君を変えたんだね」

『僕』は迷子をあやすように語りかけた。形を変えようとする心は僕に苦しみを与えた。

今更、どんな顔をして皆と生きていけようか。僕は頭を激しく横に振った。

自分の中途半端さに激しい怒りがこみ上げる。

皆と共に生きるには僕の罪はあまりにも大きすぎる。ならば屍に屍を積み上げて行くしか道は無い。

運命を残された者達に託して自らの命を投げ打つ事も頭を過った。

自問自答に頭を抱えたくなった。

「本当はわかっているでしょ?」

懊悩する僕を救ったのは皮肉な事に『僕』自身だった。

背中を押すその声に心は少しだけ軽くなった。

前を見据え、胸を張る。僕は慟哭にも似た叫びをあげた。望む道は・・・

飛び起きるように目を覚ましたのは夜明け前だった。

調査兵団の本拠である古城の一角にある寝室のベッドへ先輩方の荒々しい目覚ましの声が響く。

虚ろな意識を現実へ戻すと僕は隣のベッドからもぞもぞと這い上がるライナーと目を合わせた。

「・・・よう」

寝ぼけ眼のライナーがかすれ声でぼそりと呟く。

「おはよう・・・」

気まずい雰囲気が漂う。どうしたものかと考えるが寝起きの頭が働くはずもなく言葉に詰まる。

むくりと起き上がったライナーは僕にいつもと変わりなく寝起きの煙草を勧める。

空が白み始めた頃、中庭に生い茂る落葉樹に身を預けながら煙草をゆっくりと吸い込む。

新兵が朝から随分なご身分と思われるかも知れないが、そこは要領と言うものだ。

僕は夢の一幕をライナーに語った。
普段ならとりとめの無い与太話と笑えるが、この場合に限っては冗談にもならない。

僕はそれらを話し終えると古城へと目をやった。

「・・・あいつがどうして俺達と袂を分かったか今更だが、わかる気がするな」

アニの事だ。名前を言わなかったのは彼なりの気遣いなのだろう。

ライナーの洩らした力無い一言。
以前の僕ならすぐさま反発していただろう。

僕もまた、成長したのだ。戦士としてではなく人として。

「あいつらと出会わなければ、俺達は戦士としていられただろうな。どうせなら、もっと早く出会いたかったよ」
その一言で全てを察した。


五里霧中の中、堂々巡りする思考を今は追いやろうと提案した。

エレンと行動を共にし、その力を見極めてからでも遅くは無いと言ったのだ。
「そうだな」
そう言うとライナーは乱暴に煙草を踏み消した。内心、呆れているだろう。彼も僕の思惑など把握している。

一先ず結論は保留となった。
だが僕も、ライナーも、既に望む道は決めていた。

だが、その言葉だけは口に出せなかった。全てを理解し、全てを受け入れる気になろうとも、言えない言葉がある。


――アニ、君がどうしてエレンに惹かれたのか分かったよ――

俺は馬に鞭を打つと脇目もふらずに疾駆した。

背中から断末魔の雄叫びが響く。
歯軋りをしながら前だけを見据えた。

もし、後ろを振り向いていたのなら、俺は自分の正体をさらけだしていただろう。

ウォールマリアへの行進は一転、壊滅の危機にのまれかねない退却戦へと姿を変えた。

俺は馬を潰しかねない勢いで走らせる。愛馬の脚を気遣うがなにもしてやれない。

歯痒さに苛立ちが沸き立つ。

前線部隊は一転、巨人を本体へと阻む殿となった。

俺は殿を見捨てる形で先鋒へと姿を変えた後衛へひた走る。

道中、馬の脚が馬車の車輪によって出来た轍にとられる。

がくんと揺れる馬体。落ち着け。馬の脚を折ろうものなら俺もここで終わる。
鐙からずり落ちそうな足を戻すと、元の体勢へと位置を直す。

馬を失うだけではない。落鉄と落馬にも気をつけなければ。

下手を打つわけにはいかない。今がまさに正念場って奴なんだ。

頭に上った血を静めようと自らに言い聞かせた。

落ち着き払う俺は地平線の彼方を見据え馬の手綱へ、その意思を伝えた。

愛馬は俺の意思を敏感に察知し、疲弊した身体に鞭を打ってくれた。

その健気な働きに比喩ではなく、思わずキスしてやりたいくらいだ。

交戦中の仲間達を尻目に俺はやっとこさ退却の前線へとたどり着いた。

そこからは無我夢中で宙を飛び交い、刃を振るった。俺に課せられた任務の成否に調査兵団の明日が懸かっている。

多くの仲間達と共に血みどろの戦いへ身を投じる。

ある者は巨人に頭から齧られ、またある者は己の命を引き換えに巨人と刺し違えた。

俺は返り血に顔を赤く染め、雄叫びをあげながら巨人を屠る。

やがて俺は自分が涙を流している事に気付いた。

皮肉なもんだと思った。
俺達が奪った命の重さをここにきて、ありありと感じていやがる。

自らの命を生と死の狭間に置く事で生きている事を実感する。

刃の切っ先に伝わる手応えがヒリつくような生死の分かれ目を選ぶ。

「生きたい。そして願わくば皆の命を救いたい」

生への渇望が俺に死への恐怖を凌駕する力を与えた。

呻き声と共に大地へ突っ伏す巨人。
犠牲の血を代償に活路は切り拓かれた。

雄叫びと共に退却路の確保を告げる煙弾を空に撃ち上げた。続くよう幾重もの煙弾が上る。

だが、まだ勝負はこれからだ。
後衛に位置するエレンの生還が絶対条件のこの戦いは依然として苦しいものだった。

俺は馬首を返すと一片の迷いもなく後方にて交戦中のリヴァイ班の元へとんぼ返りをやってのける。

進路に立ちはだかる獲物は3m級が二体。

面倒だ、うなじごと切り落としてやる。

そう思った俺は馬速を落とし、蛇行させながら馬上からの一撃を冷静に打ち込む。

討伐数など今回の戦いで数えきれない戦果を上げただろう。
尤もそんな数字など生き延びてこそだろう。

死ねばそれで全ての事柄は潰えるのだから。

奮闘するリヴァイ班は無用の戦いを避け、逃げに徹してはいたが、異様な速度で迫る奇行種の群れに満身創痍の有り様だった。

エレンは荷馬車の上で肩で息をついていた。馬鹿野郎が無茶しやがって。


仲間の窮地を救うため、何度も巨人の力を使ったのだろう。

その血の気の引いた顔色と痩けた頬、目の隈を見ればそんな事は明白だった。

エレンの元へ飛び付くように駆け寄る。
万一の事があるなら、俺が担いで逃げるつもりだった。

「エレン!お前・・・動けるのか?」
声をかける事すら躊躇う程にエレンは消耗していた。

「よう・・・ライナー・・・まだまだ、いけるぜ・・・」

横倒しのエレンは俺の存在にようやく気付いたのかにやりと笑う。

だが、その力無い笑顔は明らかにやせ我慢だととれる。

自分の命をなんだと思っていやがるんだ。誰が本当に『死に急ぎ野郎』になれっていうんだ。

「少し休んでいろ。俺が活路を拓いてやるからな」
俺はエレンを仔犬の頭を撫でるようにポンと叩いてやった。

「わ、悪ぃな、ライナー・・・」

擦れた声を搾り出すや、がっくりと項垂れるエレン。
任せておけよ。多くの兵士達がそうするように、命に代えてでもお前は俺が護ってやるからな。

残された僅かな刃と尽きかけのガス。迷いを振り払うように俺は虚空へ飛び上がった。

俺はリヴァイ班の面々と死力を尽くし戦った。

そしてそんな思いが形となり、最後尾の殿を除き、周囲の巨人を全滅させる事に成功した。

不意に前衛から不測の事態を告げる煙弾が見えた。

周囲に動揺の色が走る。それは俺も例外ではなかった。冗談も休み休み言えよ!カラネス区まで後僅かだっていうのに・・・

頭を抱えたくなる俺はリヴァイ兵長へ目配せする。

その目は行けとサインを出す。・・・くそったれ。俺に前衛で死ねとのご命令だ。

ほんの少しだけ小さく動いた兵長の唇。

頷いた俺は馬を潰しかねない勢いでまたも前衛へ駆けだす羽目となった。
馬も俺もとうに限界を超えていた。馬の背から流れる異常なまでの発汗と不安定な歩様。俺の身体の脱力感と疲労。


「・・・すまんと詫びる位なら、俺にも馬にも、もう少し楽をさせてほしいぜ」
俺は皮肉たっぷりに呟くと決死の覚悟をきめた。

待ってました。あの戦いの裏側ですか?乙。

>>122
そうです。終わりが近いという事です。
今作は前作以上に読んでくださっている方は少ないと思われる作品ですが折角なので最後まで楽しんでいただければ何よりです。

では暑い日が続きますが皆さまよい一日をノ

陣形の中央に位置するエルヴィン団長の部隊を追い越し、前衛へ差し掛かろうとした所で俺は遥か前方より立ち込める砂煙を視認した。

遠眼鏡を覗くも西日に遮られどうにもその正体を見極める事が出来ない。

突風やつむじ風の巻き起こす砂煙かもしれない。だが巨人の可能性が否定出来ない以上、最前列の部隊が打ち上げる煙弾次第で全てが決まる。

ごくりと喉を鳴らす。もしもの時は、いよいよ腹を括らねばなるまい。

手綱を緩め、馬速を落とし煙草を懐から取り出す。くしゃくしゃになってはいるが十分だ。

火を着け、人生最後になるやもしれぬ煙草の煙を肺に吸い込む。

刃の柄で火を押し消すと吸殻をブーツに押し込み鐙を蹴った。
こんな人生も悪くはない。そう思った俺の耳に届いたのは歓声の雄叫びだった。

前衛を駆ける兵士達は挙って勝鬨をあげるように刃を天めがけ高々と向ける。

困惑する俺を余所に最前列から左右真っ二つに陣形が切り開かれる。

援軍の報せを告げる煙弾が一斉に空へ上った。

溜め息をつくと同時に、ぶるっと震えた。畜生、寿命が縮んだじゃねぇか。

一角獣と薔薇の軍旗が風に靡く姿はさながら救世主だ。

駐屯兵団と憲兵団が合わせて俺達を救いに来るなど、いよいよもって喜劇か、夢幻のようだ。

援軍を陣頭で率いるアニをすれ違い様に見るや俺は口をあんぐりと開けた。

呆気にとられたというのはこの事を言うのだろう。他の場面なら大笑いの元だったに違いない間抜けな表情だ。

その勇壮な姿に思わず続こうとするも愛馬と自身の疲労の激しさに断念した。

尤も、替え刃も使い果たし、なまくらのみの俺に出来ることなど身代わりに餌食になってやるか、正体を晒して一暴れするかしか無い。

晒した所で彼等に恐怖を与えるだけだ。邪魔にこそなれ、どう考えようと力にはなれない。

草原を抜け、巨人の屍が横たわる焼け野原を過ぎ、遂に俺はカラネス区の門をくぐった。

凱旋を果たした俺達に待ち構えた兵士達は惜しみない賛辞の言葉をあげる。


俺は下馬すると愛馬を出迎えの兵士に預けた。
革袋の水を浴びるように胃へ流し込むと門の傍で仲間達を。そしてアニの帰りを待ちわびた。

次々と生還を果たす調査兵団の面々を見送る。皆が息を吹き返したように精彩に溢れている。

少しの時間を空けて駐屯兵団と憲兵団が帰還した。


「ライナー・・・もう戻ろう」躊躇いがちにベルトルトが俺に声をかけた。

辺りを静寂と闇が包む中、俺は煙草を燻らせながら石畳に腰を下ろしていた。

アニは帰って来なかった。

開閉扉が閉ざされた後も俺はその場で帰らぬあいつを待ち続けた。見落としたわけではない。全ての神経をこの目に傾注しアニの姿を捉えようとした。

ふと、これは夢なんじゃあないかと思ってみる。

幾度となく死線をさ迷い、生き抜いてきたんだ。いつのまにか俺は眠りこけていて、目が覚めればアニがひょっこり顔を見せるんじゃあないかと思う。

どれだけそう思っても、俺の頭はこれが現実だと冷徹に告げる。

現実は残酷だった。ああ、解っているさ。けど、一縷の望みすら奪わないでくれよ。

俺は力なく空を見上げた。
ちりばめられた星屑は眩しく、純色の空を貫く程に光り輝いていた。

とりあえず今日はここまでです

それから幾日が過ぎ、定例の戦果報告で内地滞在の折りに目にした掲示板。

戦死者の名が列ねられたちっぽけな紙切れの中に、アニの名を見つけた。

涙を堪える事が出来たのは意地だった。
一度流れてしまえばもはや止まらないであろう事は容易に想像できる。

俺は審議所で威風堂々と立ち回るエルヴィン団長の姿を見届けながら大理石の床を見つめた。

敗戦の弁明と言えば聞こえが悪いが、それでも最小限に抑えられた損害の数字を見れば戦に疎い者ですらそう非難も出まい。

勿論、それは指揮官の上策と兵士達の決死の戦働き・・・そして喪われた命があっての事だ。

団長はそれらを全て踏まえた上で弁舌を振るった。
幾つかの波紋を呼ぶも、やがてその声も止んだ。

街外れの原っぱに腰を下ろした俺はおもむろにポケットからブリキの缶を取り出す。

箱を開け煙草を取りだし、マッチを擦る。りんの匂いが立ち込めた後に煙が辺りに広がる。

雑念を捨て彼方を見つめる。

そよ風が汗ばんだ身体に心地よい。

「僕もいいかな」

ベルトルトは俺の隣に座ると呟いた。

「ほらよ」
俺は愛想もなくブリキの缶とマッチ箱をひょいと渡した。

二人して何をするでもなくのらくらするのも悪くない。

とくにこんな塞ぎがちな日には。

「・・・ねぇライナー」

ベルトルトが煙草を揉み消す俺に話しかけてきた。

「アニはさ・・・幸せだったのかな?」
人で在りながらも、人の手に余る力と宿命を背負い、それでも尚、人として生きようとした事がどうかは俺なんぞには測りかねる。

唐突な問いかけではあったが、俺は素直に思った事を口にした。

「撤退戦の時だったか。すれ違い様に顔を合わせただけだったが、目がギラギラしていたな。なんかこう・・・決意を秘めたって感じでな・・・」

「そういう意味合いでは刹那的な生き方になったんだろうが、後悔はしてないだろうよ」

俺は項垂れるベルトルトへ思いのままに語った。

「アニの生き方を準えるわけじゃあないけど・・・」

「・・・僕はエレンに全てを話すよ」
ベルトルトは引き締まった顔つきで俺にそう言った。

「奇遇だな。俺もどっかの大馬鹿野郎に感化されたみたいでな。」

俺の言葉を聞くやベルトルトは驚いた顔でこちらを見る。

どうやら、未だに俺が故郷への想いに囚われていると思っているようだ。
そんな思いはとうに霧散していた。

在るのは・・・責任を全うする事だ。俺なりのやり方で。

「あの死に急ぎ野郎が言う『世界の果て』って奴を一目拝みたくなった。その後で斬られたら本望だ」

エレンよ。やっぱりお前とは違う形で出会いたかったよ。
ああ、本当に最低の気分だってのに、最高の気分だよ。命すら霞んじまう。

俺達はシガンシナへの出立の前日、エレンと向かい合っていた。
忙しない前線を離れ、人気の少ない裏通りへやって来た。ここなら果てようとも空を見上げながら逝けるだろう。
薄ら寂しい路地裏での最期というのも俺達のような日陰者には相応しい。

張り詰めた空気を破るようにベルトルトが口火を切る。

「エレン、急に呼び出してすまないね」


「あぁ、気にすんなよ。それで俺に話ってどうしたよ?」
重々しく話すベルトルトと対照的にあっけらかんとするエレン。


「僕とライナーは今まで君に隠し事をしてきた・・・すまないと思っている」

人に言えない後ろめたい事の一つや二つなんぞ誰にだってあるだろうと諭すエレンは俺達の気持ちを知る由もなくさばさばしていやがる。

「僕もライナーも自分達がしてきた行いから目を背ける訳じゃあないんだ。ただ皆と共に生きるこの世界を・・・今更とは解っていても、傷つけたくないんだ」

思考と言動がおっついていないだろうが。思わず内心で悪態をつく。

当のエレンからすりゃ支離滅裂で何を言ってるのかさっぱりだろうに。

だが、エレンはそんなベルトルトの思いを汲み取るように口を開いた。

まるで全てを理解しているかのように。

「なんか要領を得ないけど、俺はお前等が誰に後ろ指を指されようとも変わらねぇよ」

二人してどきりとする。

「この世界の中でどれだけの人が生まれも育ちも違う他人に命を預け合えるんだ?俺はお前等と仲間っていう間柄以上に、深い何かで繋がっていると思っているぞ」

臆面も無く他人の心に手を突っ込んで来やがる。

「だからこれからも俺はお前達と杯を酌み交わしたり、皆で馬鹿騒ぎをしたり・・・戦場で命を預けられる」

心が締め付けられる。

「二人からすりゃ、俺の行動は破天荒で気が気じゃないかもしれないけど、これからも頼むな。・・・って悪い悪い、俺が言いたい事ばっか喋って話せないよな」

照れくさそうに破顔するエレン。
ああ畜生。お前って奴は・・・

・・・天性の人たらしだよ。命を奪い合う筈の俺達は奇妙な運命で結ばれていた。

そして俺とベルトルトはそれを痛感していた。もはや逃げ場など無い。

言葉を失った俺達は思わず敬礼の姿勢をとった。それは帰順とも言えた。

左の胸に当てた拳に力が籠る。

選んだ道の先にエレンに斬られるという結末が待っていると知っていようとも、後悔など一片すらなかった。
笑って斬られてやれるだろう。

エレンの本心から発せられたであろう言葉は俺達の心を捉えるには十分だった。

赦しを乞うつもりも無ければ赦されようという気も無い。

ただエレンが見せるその素っ裸の信頼に応えるにはもう、こうするしかなかった。

俺は俯きながら呟いた。

「時機が来れば全てを話す。・・・だからいざっていう時は、真っ先に俺達の命を使ってくれ」

戸惑いを隠しきれないエレンに敬礼の姿を解くや俺は涙を見られまいと努めた。

乾いた大地にぽつりと落ちた涙はしみを作ったと思うとあっという間に消えた。

ベルトルトはくるりと背を向けた。
震える肩が何を言わんとするかは誰の目にも明らかだ。

俺達が平静さを取り戻すまでの間、エレンは不思議そうに立ち尽くしていた。


俺達にとって最も長い一日が終わった。

そして出立の朝が訪れた。
俺達は朝から目まぐるしく駆けずり回った。目の回る忙しさというのはこの事だろう。

先の戦いの功労者たる俺の愛馬は、今回もその背に俺を乗せてくれた。

当時は激しい裂蹄と脚の至る箇所に炎症を起こしていたが治療の甲斐あって戦列に舞い戻った。
パートナーに似て、丈夫なのが取り柄なんだなと笑う仲間達の言葉が何とはなしに嬉しく顔を綻ばせる。

そして僥倖は舞い降りた。
俺とベルトルトはエレン護衛への志願を許された。

戦功と能力からいえば陣頭が望ましいのだろうが、今回ばかりはシガンシナと言う未知の領域に突っ込むわけだ。
石橋を叩いて渡るに越したことは無い。

「エレン!俺達が護衛についているからって居眠りしてんじゃねぇぞ!」

俺は馬上で物思いに耽るエレンに発破をかけてやる。

きっと、アニの事を想っていやがるんだろう。

その役割から友人を持たず、誰にも心を開かなかったアニを弔ってやれるのはエレンしかいない。
アニもそう望んでいるはずだ。

だからこそ俺は茶化してみせる。空元気でも構わない。生きてこその未来なのだから。


「まあまあ、ライナー。今回はエレンの生家まで向かう長旅なんだ。少しでも体力を温存してもらわないと」

空気を読んだベルトルトの諌める声に肩を竦ませる。

俺達は三人で目を合わせ、互いに頷きあうと鐙を蹴った。

勇壮な兵士達が逞しい馬を駆り次々とカラネス区の開閉扉を飛び出す。

人々の歓声が心を昂らせる。愛馬はまとわりつく熱気を切り裂くように駆ける。

決意に眉をひそめる。この旅路の果てに俺は迷うことなく故郷へ刃を降り下ろそう。

・・・この地より、愛をこめて。


――エレン、俺達が命に代えてでもお前を導いてやるからな――


「ライナー!なんだって!?」

エレンが疾駆する馬に揺られながら俺に叫ぶ。

「何でもねぇよ!喋ると舌を噛むぞ!」
俺は思わず聞かれてしまったんじゃあないかとひやひやした。


――こいつといると本当に退屈しないものだ。
お前が目指す自由な世界はさぞかし死と隣り合わせの安寧とは程遠い物だろう。

そんな生きるも死ぬも自由に溢れた世界も悪くない。
最期の瞬間はこの命をくれてやる・・・その時まではせいぜい、いい夢を見させてもらうぜエレン――

夏の熱風が緑の大地をそよぐ。
俺達の想いを乗せて。

以上で終わりです。

夕方位に後日談を投下します。
ダラダラで申し訳ないですが今回で最後ですので大目に見てやってください。

―ten years later―

海の彼方へ沈もうとしている太陽は打ち付ける波間を赤く染め上げる。

押し寄せは引いてゆく様はゆりかごを連想させる。

柔らかな砂浜で三人の幼子達は賑やかな声をあげながら戯れていた。
取っ組みあう姿がいつかの自分と重なる。

浜から少し離れた白い煉瓦で造られた家。流木で拵えたウッドテラスから俺は子供たちを眺めていた。

「一人で黄昏てどうしたの?」

背中から聞きなれた声が聞こえた。
振り向くと彼女は陶器で作られたトレイを両手に抱えていた。

番いのカップとソーサーが傍らの小さなテーブルにそっと置かれる。作法には疎いが、その静かな佇まいが心を和ませる。

「なあに?そんなに難しい顔をして」

彼女はこちらを見てくすりと微笑んだ。

「別に。人生の深淵って奴を考えていただけさ」

言い返した俺に彼女はくすくすと笑いだした。気取った態度など似合わないと言いたげだ。

口元に添えられた左手の薬指から指輪がちかりと光る。


俺達は血で血を洗う戦いに終止符を打った。

そして壁の無い場所へと飛び出した。
人で在りながら人で在らざる者達の暮らす彼の地へと。

待ち構えていたのは苛烈を極めた残酷な世界。
だが阻む物無き自由そのものの世界は見るもの触れるもの、全てにうち震える程の感動があった。

信頼を寄せあった者達から告げられた真実。

明かされる真実に一度は増悪に身を焦がそうとも思った。

流されてしまえば鬼にも悪魔にもなれただろう。

だが俺は全てを受け入れる事を選んだ。当然、言うほど簡単なものでは無かった。

それは己の生涯を通し、莫大な労力と、途方もない時間を積み重ねて今際の際に果たされる道のり。
苦行ともいえるだろう。それでも構わないと思った。

『彼等』が俺に心臓を捧げた思いと流した涙に嘘偽りなど無かった。

だからこそ、今も俺は俺のままでいられたのだろう。

『彼等』が俺と共に生きる事を望んだように、俺もまた、『彼等』と共に生きる道を望んだのだから。

朱色の空に一等星が輝く。かつての仲間達の顔を浮かべては、再会の時へ思いを馳せる。

今頃は新たな旅に出ているのだろう。そう思いながら差し出されたカップに口を付ける。

彼女はまじまじとこちらを見つめっぱなしだ。
感想を心待ちにしているその表情は、まるで少女のようにあどけない。

鼻腔に広がる香気。程よい熱さの紅茶が潮風に冷えた身体に暖かさをくれる。
「・・・!また腕をあげたんだなぁ」

俺の世辞では無い素直な言葉に彼女はにっこりと笑った。

「でしょ?クリスタの受け売りなんだけど、ちゃあんと自分なりに
工夫を凝らしたの」

軽くウインクをしながら屈託のない笑顔を見せる。

彼女の肩甲骨まで延びる髪が潮風に揺れる。

透き通るような黄金色の髪も今は、夕陽の色に染まる。
アイオライトの髪飾りは一層、主の髪を映えさせる。

「そういえばさ、子供達に格闘術を教えるって言っていたけど、見込みはあったの?」

俺の質問に彼女は誇らしげに語る。

「当たり前でしょ?私とあなたの子よ。教え甲斐があるものよ。」

「誰かさんみたいに『死に急ぎ』なんて言われない位に成長してるわよ」

どこか誇らしげな表情に思わずたじろぐ。母は強しと言うが本当だ。

訓練兵時代の互いが今の二人を見たらどう思うだろう。
陳腐な想像だが、つい可笑しくなる。

そろそろ子供達を迎えに行こうと思ったその時だった。

「・・・ねえ」
おもむろにカップの残りを飲み干す俺に彼女は優しげな瞳で呟いた。

「愛しているわ、エレン」

意表を突いたその一言に飲み干そうとした紅茶が反旗を翻す。
噎せるその姿に不満を露にする。

「んもう、仕方のない人ね」
彼女は膨れっ面を見せながらもハンカチで俺の口元を優しく拭う。

「ん、まあ、何度聞いても馴れない言葉だからな。胸が高鳴って仕方ないんだよ」
弁解ではなく本音だという事は彼女も重々把握している。

だからこそ彼女は夕陽に負けじと頬どころか耳たぶまで赤く染めているのだ。

傍らの彼女はそっと身体をこちらへ預けてきた。


腰に腕がまわされると小さな顔をこの胸に埋めてくる。
器用なように見えてその実、不器用な彼女の愛情表現だった。

小さな顔をこわれものを扱うようにそっと両手で覆う。
ぴくんとした彼女は潤んだ瞳でこちらを見上げる。

俺は彼女の形のよい耳へ唇を近付けると、吐息と共にありったけの愛を言葉にのせた。


――愛しているよ、アニ――



以上で終わりです。

支援と乙をくれつつダラダラとした物語を最後まで読んでくださってほんとにありがとうございました。

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