ベルトルト「文通以上」ユミル「そして、恋愛未満」(246)

書き方を変えて、三作目です
様々なネタばれあり、アニメ派の方は回れ右!

会話は殆ど無い、そして展開も殆ど無いので読みにくいかもしれません
もにょもにょした展開でも許す、と言う奇特で心優しい方歓迎!


『私は中途半端である

まるで柳の木の先にある、葉っぱのように
高いところにいるくせに、風の指示を受け幹の先からその体を動かす

しなっては、吹かれては戻る柳の葉


強い風にはゆらゆらと
弱い風にはそっと体を揺らす
世界を巡る風を受けて、体を動かす

そんな人生は楽しいものか、私はふと考えを重ねた


そんな私の視線の先に、気になるものがある
綺麗に咲いている路傍の花

中途半端に繋がれている私は、その花が輝いて見えた
私はその身を木から切り離す、そして……』


(紙に書かれた、詩か)

座学の課題をこなす為に立ち寄ったのは、物静かで膨大な資料が集められている図書室
そこで参考資料を探していた時に、ふと思いもよらない物を見つけた


(……なんでこんな物が)

丁寧な文体で書かれている文章は、とても読みやすい
見つけた瞬間に、その文字に引きつけられた

とても女性らしい、繊細な文字

(誰だろ、ついうっかり忘れたのかな)

そう思った後
ベルトルトはその紙と本を持ったまま、荷物を置いていた席に向かった

カタン、と音が鳴って椅子を自分の体に合う位置に収まった
ベルトルトは席について、今一度続きを読み返す


『私は中途半端である

まるで柳の木の先にある、葉っぱのように
高いところにいるくせに、風の指示を受け幹の先からその体を動かす

しなっては、吹かれては戻る柳の葉


強い風にはゆらゆらと
弱い風にはそっと体を揺らす

世界を巡る風を受けて、その体を動かす

そんな人生は楽しいものか、私はふと考えを重ねた


そんな私の視線の先に、気になるものがある
綺麗に咲いている路傍の花

中途半端に繋がれている私は、その花が輝いて見えた

私はその身を木から切り離す、そしてその身を風に乗せた
風は偶然にも、私を花の傍へと導いた

これから私は月日を掛けて雨に打たれ、日差しに照らされ
この身をボロボロにして大地に返す

それが正解かどうかは分からない、けれども私が決めた
これが私の人生である』


「なんだ、これは……後味が悪いな」

自己犠牲の歌か
それとも、運命に抗った事の素晴らしさか

最初はスッと読めていた文章が、今はそうとは思えない


(それともこれは僕自身への警告?)

そう思えてしまうから、嫌なのかもしれない


偶然見つけた文章に、ベルトルトはふとその身を重ねた

柳の葉は僕、幹はライナーで……風は僕たちの使命
そう重ねる事は出来たが、アニを重ねる物が無い


(しいて言うなら、花だけれど)

しっくりとは来ない
何故なら僕は……ライナーや使命に逆らってでも、アニの元へ駆けつける事なんて出来ないからだ


(僕にはそうまでしようと決意する事なんて出来ないし……となると、この詩に自分を重ねる事なんて出来ないな)

そう思いつつ、ベルトルトはもう一度その詩を読み返した


『私は中途半端である

まるで柳の木の先にある、葉っぱのように
高いところにいるくせに、風の指示を受け幹の先からその体を動かす

しなっては、吹かれては戻る柳の葉


強い風にはゆらゆらと
弱い風にはそっと体を揺らす

世界を巡る風を受けて、その体を動かす

そんな人生は楽しいものか、私はふと考えを重ねた


私の視線の先に、気になるものがある
綺麗に咲いている路傍の花

中途半端に繋がれている私は、その花が輝いて見えた

私はその身を木から切り離す、そしてその身を風に乗せた
風は偶然にも、私を花の傍へと導いた

これから私は月日を掛けて雨に打たれ、日差しに照らされ
この身をボロボロにして大地に返す

それが正解かどうかは分からない、けれども私が決めた
これが私の人生である』

期待期待

詩書くとか本格的におばあちゃんじゃねぇか……とりあえず期待


(やはり、この前半はいいな)

ふと自身の事を考えて、そこで終ってしまっている辺りがいい
まるで、自分の非力さを皮肉っている様で面白いのだろうな

そう思って、ベルトルトはペンを手に取った
まるでテストの点数を書くように、少し大きめに気持ちを書き込む


『50点、前半はとても好きです』

その紙を、持ってきていた本にもう一度挟みなおす
そこで気が付いた、これは今回の座学で出た宿題と同じ範囲だ


(しまったな、もしかしたら顔見知りの可能性もあるのに)

だが書いてしまった物はしょうがない、インクはもう消せないのだ

この紙をこのまま本に仕舞っておいた方がいいのだろうか、持ち主を探した方がいいのでは?
そんな考えが、ベルトルトの心によぎる


(だが残念なことに、持ち主を捜すと言う積極性が抜け落ちている自分には無理だろう)

そう自分自身への返答に答えを返した

>>8 ありがとう
>>9 お、おぅ……


おそらく、これを本の中に忘れた人物が紛失に気付いたら慌てているのだろうな
自分の書いたポエムが、他人の手に渡るかもしれないのだから


(僕も見ちゃったけれど……でも、落とし主が悪いんだもんな)

そう思いつつベルトルトは紙を本に挟みながら
このコメントを見て他人に見られた事を知り、少し慌てる持ち主を少し想像してみた

文字からすると女だと思う……少し線の細い、繊細な字
そして切ない舞台に酔いしれているような後半から、やっぱり女性の方が確率が高いと推測する


この持ち主はきっと、コメントを見て赤面をするのかもしれない
そして恥ずかしくて、この事を他人には話さないような……そんな想像を頭の中で描いた


あくまでも想像だが
少しだけベルトルトは、この紙を見て慌てる彼女の様子を笑った


夜の闇も深い時間、閉まっていたはずの扉が開いた
そこには暗闇の中、ライトも持たずに軽やかに歩く者の姿がある

侵入者がもしも猫だったら
瞳の瞳孔がキュッと締まっているかもしれないその瞳で、周りをサッと見まわした

綺麗に浮き出ている月の光が、僅かにだが図書館の中に入っている
僅かなその光を頼りに、その人物はお目当ての本棚の元へと辿りついた

本棚と本棚の間、その隙間に到着してからようやく灯りをつける
その光は天井と本棚、そして壁と床にのみを照らしている為、廊下には漏れなかった

光が漏れていないかをきちんと確認し、その人物はジッと本棚へと視線を向ける


「あったあった……全く、あの馬鹿どもが騒ぎだして本を崩すから」

お目当ての本を見つけ、そう呟きながら忍び込んだ者は本のページを一枚づつ捲ってゆく

自分の手持ちの教科書やノートは調べつくした
あれを紛失したであろう時……教科書以外に、手元にあった本はこれだけだ

だからこの中にきっと……


(よし、見つけた!…………ん?)

お目当ての紙を見つける、そこには己を柳の葉に例えた詩が書き記してあった
しかし今はそれだけではない、詩の横にコメントが書かれている


筆圧の決して強くなさそうな、でも角張りとはらいの丁寧さが出ている文面だった
文字の大きさはそう多くないが、少しだけ縦に伸びている印象があった


(50点、……って!誰だよおい、これを書いたのはぁ!)

恥ずかしさから、ガリガリと頭を掻く
就寝前で風呂上がり髪は、景気良く左右に飛び散った


そこから先は、なんとなく思いついた行動
詩の書いてある紙の端を切り、筆者は軽く筆を走らせた


次の日の朝
その本をもう一度覗いてみようと思い立たせたのは、降って湧いた感情だった

もう一度あの詩を見てみたい、と言う感情と
もしかしたらもう回収されて、自分のコメントを見た人があたふたしたのしもしれない……と、事態を面白がる自分

そんな好奇心がベットから起きあがった途端、ベルトルトの体を駆け巡った


兵士には楽しみが無い
休暇も少なければ娯楽も少なく、色恋沙汰も多忙な毎日の為に勤しむ者はそういない

ましてや自分は周りとの接触を断ち、来るべき時を恐れているのだ
大切な物や名残惜しい物を……いや、その可能性すら作る事をベルトルトは躊躇していた

しかし今回の興味は、たかが紙である
その行方と、持ち主の反応が気になるだけ

そんな状況が、臆病者をつき動かしていた
――これくらいだったら大丈夫だろう、と

(えぇっと、紙は……あれ)

目的の物を探すため、ベルトルトはお目当ての本のページを捲っていたのだが
目的の紙は見つからない

無くなったか、もしくは回収されたのか
少し残念に思いながらも、本を閉じる

……と、閉じた瞬間に小さな物が宙を舞った
とっさにソレを目で追う


「…………ん?」

その声と共に、空中でソレをキャッチする
なんだろう……そうベルトルトは思いながら、その手の中にある物へと視線を走らせた


『お前の後半を教えろ』

そう記された、昨日よりも小さい紙きれ

文字こそは昨日と同じで女性的だが、詩のように回り方がくどくはない
文面は簡潔に、まるで男の様な文章だった


(もしかして、女の人と思っていたけれど男の人だったのかな?)

そう思いながら、ベルトルトは本と紙を持って本棚の前から移動した

席へとついて、思いにも寄らなかった詩の筆者からの返信に、思わず嬉しくなる
その時の表情には少しの思案と、面白げな表情が出ていたのだが

朝の早い時間は少年の周りには誰もおらず、その表情を見た者は居なかったのである

柳の葉、柳の葉ねぇ……
そう思いながら、唐突に出された課題にベルトルトは頭を抱えた

そしてゆっくりと想像をする
朝靄が掛りそうな空気の中、ゆっくりと文面を考えるのは思ったよりも快適だ


僕は柳の葉だとする
だとしたら望むのは……


『柳の葉は揺れる ゆらゆら揺れる』

まるで子守唄の様な文面を心の中で唱え、ベルトルトはその先を考える
そして、ふと思った


(もし男の人だったらどうしよう、男同士で文通なんてなぁ)

そう思うのは一瞬で
ベルトルトは今一度その先にある言葉を探すために、自分の脳内深くへと意識を沈めた

僕の体は柳の葉、幹に繋がれて遠くの花を見つめる


(文面は……そうだな。向こうも分からないんだし、こっちも中性的に書くとしようかな)


『そんな人生は楽しいか、私は考えた


私の体は柳の葉、ゆらゆらと揺れて、風を知る

花になど知らない、幹にだって知らない
ゆらゆら揺れ続ける事の不安定な安心感

そんな私は、たまに強い風を望んでみたりもするが
それは私に、戻れる場所がある事を知っているから

ただそれだけだが、柳の葉の人生
私の傍に、幹と花と風がある幸せ

これが柳の葉である、私だけの人生なのだ』


(これで……いいのかな?)

ベルトルトは出来上がった文面をしばし眺めた
その後に少し、顔をしかめる


(思いっきり柳の葉に自己投影をしちゃっているな、中性的に書こうとして少し単語に無理がある気がする)

「人生」「人生」と書きすぎている……完全に駄目だな

そうは思ったが、どこを手直ししてよいかも分からない
分からないとなると、もうお手上げだ


柳の葉はベルトルト、幹はライナー
花はアニで、風は僕たちの周りにある試練だ

僕の事は、しっかりとライナーが繋いでいてくれる
アニは少し離れた所で、愛しい姿を見せてくれている

……と、考えて思わず赤面した
愛しい姿ってなんだよ!と


幸いな事に、早朝の図書館には誰の姿もいない
己の失態を悟られない様に、すぐにベルトルトはその本に紙を挟んで席を立った

一旦ここで落ちます
続きは仕事の合間にでもゆっくり書く予定

仕事しろ!と言う叱咤は受け付けません


溢れ出る文才に嫉妬。続き楽しみにしてる

ドキドキする。続き楽しみにしてます

>>22 がっかりされないよう頑張る!
>>23 気長に待ってて下さい

いいぞいいぞ~

こういうグッとくるの最高ダゾ~

続き楽しみにしてる

乙乙

これは良作の予感
前の二つも知りたいな

>>25 ありがとうございます

>>26 のんびり待っていて下さい

>>27 ありがとうございます

>>28 前作はかなり作風が違います
それでもいいと言うコメントが来たら貼りますね

にしてもタイトルを見る度に「下北以上原宿未満」が流れる

ここのログ内にまだ残ってた

一作目、ユミル「は?人が二人に分裂する薬……?」

二作目、リヴァイ「大人しくしろ」ユミル「嫌だぁ!離せよ!!」

本当はこっちの方が地の書き方なので
一作目は最初がグダグダしてる部分がある、申し訳ない

あと少しでおそらく更新できます

二つとも読んでたわ
あれ書いた人ならここも安心して見れるな
期待

>>33 わー!ありがとう!!

投下します


それから二日、三日と時間が流れた
僕は毎朝、図書室へと足を向けている

その間、僕の挟んだ紙は本の中に残っていた
もしかしたらあの詩の持ち主は、ほんの気まぐれで返事を挟んだだけで……回答する事を忘れてしまったのかもしれない


(今日本の中に紙が残っていたら、回収して終わりにしよう)

そう思いつつ、ベルトルトは誰もいない図書室のドアを開けた

ひんやりとした朝の空気は、図書室と本当にピッタリだ
それでいて、気分がスッと柔らかくなる


周りの友人達が騒がしい……いや、元気がいい故に感じるストレスはこの空気を吸うと不思議と何処かへと消えて行った


(さぁ、今日はどうだろう)

そう思いながら、手慣れた手つきでベルトルトは目的の本を手に取った


結果として、紙はその本に入っていた
ただしそれは、自分の残していた紙ではなく……別の人からのメモ


そこには簡潔に一言
『C20の本棚、絵本「漂流物」の中』と書かれてあった

前回と同じ、とても短い文面
この人物はもしや、詩を書いている癖に文字を書く事は苦手なんだろうか

そんな疑問を抱きつつ本を戻し、メモを片手に指定された本棚の列へと向かう
沢山の人が利用する図書室の、需要の低い絵本のコーナーは……その隅でひっそりとした存在感しか放っていなかった


たぶん目的を持って探す人にしか見えない……そんな影の薄さだった
ベルトルトはその本棚の前に立つと、細い背表紙が並ぶ背表紙を少し目を凝らして見つめる

そして


(……見つけた「漂流物」だ)

そう思い手にとって、描かれているイラストに少し目を止める
繊細で立体的に書かれているイラストは、可愛く優しい絵本を求めてくる人の目には止まらなさそうな気がした

一個人としてはイラストの好き嫌いが殆ど無い為、あくまで主観的な感想だが
紙の状態からも、中を頻繁に見られる事は少ない本であろう事が分かる


中には海と、そこにいる人たちのイラストが描かれていた
文は無い、想像力で情景を思い浮かべる

この人物はもしや、詩を書いているのにこう言った本も好きだったのだろうか
これには、ほんの少し驚いた


絵本のページを読みながら捲っていると、紙を見つける
状況からして、詩の作者からの手紙だろうと予測した

そしてそれは、今まで見て来た文字と同じ特徴を持つことから確信に変わる
あの女性らしい、綺麗な字だ


『詩は好きか?』

たったそれだけの手紙だった


(……え、これだけ?)

期待してしまっていただけに、少し残念に思う
お預けをくらった、犬の気持ちみたいだな……なんて自分の気持ちを少し皮肉り、残念な気持ちにけりを付けてみた物の……

待ちに待っていた返答がこれでは味気ない
自分の詩の評価も、感想も何も書かれていないのだから


(頑張って書いたんだけれどなぁ)

そう思いながら、次こそは自分の望む返事を貰いたいと思案する
そして、その紙に書かれていた問いの答えを質問の下に書き足した


『あなたの書いた、前半の詩が好きです
自分が書いたのは、あまり出来良く無かったので、素直にそう思います』


あえて長めに書いたのは、次の返答が少し長く帰ってきて欲しかったから
そんな打算的な部分も込めての返答だが、まだきちんとした文章が返ってくるか……心配ではある


そしてはたと思い立った
以前、ハンナとフランツがラブレターのやりとりをしていた時の事の事

ペアリングでも、約束でも無く……何か気持ちがある事を証明する物が欲しかったんだよね
そう幸せそうに惚気ていた彼が言っていた

「最後の一文は疑問形で書くと、相手が答えやすい」
と言われたから、僕は疑問形で終わらせるような形にしているんだよね

そう言っていたフランツの言葉を思い出し、もう一文だけ付け足した


『あなたの詩が読みたいので、また書いてくれますか?』


その紙の答えは、意外な事に次の日の朝には届いていた


『まぁいいだろ』

……なんてぶっきらぼうな奴なんだ
そう思うのは、至極当然だと思う


それから手紙のやり取りは、本格的に始まった


ある日は「雨が私の上にだけ落ちて来た」と始まる詩が添えられていた

意訳すると、お前の涙は拭ってやれないのに落とされても迷惑だと言う詩で
天の涙は拭えないので、隣人の涙を拭いて極力空に水分を飛ばさないようにすると書いてある

湾曲した人、と言う印象の詩だった


また、ある日は「小鳥が睦まじくして居る風景を見た」と書いていた

最初は鳥は種類によって、一度決めた伴侶以外を生涯持たないと言う事を踏まえて書かれ
最後はそのルールを破ってでも、片割れには幸せになって貰いたいと言う文で締め括られていた

詩の最後には、鳥類図鑑の名前とページ数があり
その本を開いてみるとそれはオシドリで、その行動から仲が睦まじい夫婦の事を「オシドリ夫婦」と呼ぶ事を知った


ある日は、立体機動装置で空を飛んだ事
雲の形がとても印象的だったと書かれた詩だったが、僕としては少し好みでは無かった

それを指摘すると『お前も書け』と一文だけ寄こされた
ようやく詩以外の文章が2列になったのに……とても残念に思う


お互いに、生活の事を題材に詩を書いた

最も、僕が書いていたのは相手に『書けよ』と指摘された時だけだったけれど
生活を送りながら題材を探す為に周りを見ると、僕の周りは意外と賑やかだと言う事に気付いた

エレンとジャンの喧嘩や、ライナーが理由もなく蹴り飛ばされた時
サシャとコニーがお互いに笑った瞬間、ミカサがひたむきに前を向いている時の表情

アニが友達と笑い合った時の情景、クリスタとユミルの些細な言葉のやり取り
マルコとアルミンが仲間のフォローに奔走している所


どれも相手が生きていて、相手が動いているからこその一瞬のモノ
……やがて僕が、奪うかもしれない時間


『お前さ、人の題材多いな――人が好きなんだな』

そんな指摘をされたのは、もう何ヶ月も手紙のやり取りをした後だった


『そうかな、君も風景が多』

そこまで書いて、ペンが止まってしまう
既視感は唐突に来た、自分は一体……何をやっているのかと


(いけない……、このままでは)


避けて来たはずじゃないか
僕は……僕だけは駄目なのに

超大型と言う、業を背負った以上は……リタイアなんて許されない


鎧も、女型もやろうと思えば替えは用意できる
超大型の僕だけは、必ず守るようにとライナーとアニは命じられていた

僕はそれが嫌だった
僕だけが特別なんて嫌だった


だから僕はアニと離れ、ライナーの様に皆と関わらず
僕だけはこの暖かい毒に触れないようにしてきたのに


2人に迷惑は掛らないようにと、僕は僕なりに頑張ってきたのに
僕はなんで、詩なんかを作る為に周りを見ているんだろう

そうなると、もう止まらなかった




『お前さ』『きなんだ』
  『人が』 『』
『人の題材』『多い』


手紙を破り捨てる
自分に向けられた言葉が、細切れになって足元に落ちて行った


そうだ、僕がこんな紙を見つけなければ良かった
僕が感想なんて書かなければ良かった

そして何より、返事なんて来なければ……
そこまで思考が巡ると……随分と久しぶりに、目頭が熱くなった


「…………っ!」

慌てて上を向く

嘘だ、涙なんて流れるはずがない
僕よりも2人が大変なのに……こんなに暖かいぬるま湯の毒に浸かっているのに

――僕が泣く訳にはいかないじゃないか


あぁ、詩だなんてやっぱり嫌いだ
特にあの後半を書いた君の詩は、嫌いだ

だって君は、雨が降らないよう涙を拭ってやるとも詩に書いていたじゃないか
なのに……ここには誰もいない


八つ当たりだと、最低だと分かっている
だけど僕は、この人は文字しか知らない

僕は臆病で、弱虫だから
だから存分に、あなたを罵れるんだ


もう、書かない
たかが紙だと思っていたが、もうしない

ベルトルトは本だけを元の場所にだけ戻し、図書室を後にした


朝の空気は涼しいはずなのに今日は酷く寒いと思いながら、廊下を通り朝食へと向かう

ベルトルトは寒かった
目尻の辺りだけが、異様に冷たく感じる……馬鹿みたいだ、そう吐き捨てた


その日は1日イライラとしながら過ごしていた
詩なんか作れない、いや……もう作る必要なんて無い

日頃みんなと接触をしていない所為か、特に誰に何を言われると言う事は無かった
ただライナーにだけ、目立っているぞと言われた……心外だ、と答える

その後、ライナーだけではなくアニですら人目に付くリスクを冒して「大丈夫?」と尋ねて来た
そこでようやく、自分が他の目から見ても冷静では無いと気が付く

ライナーに謝ると、まだ気付いてない奴は多いがな
そう笑って、許してくれた


故に僕は今、部屋で1人過ごしている
ライナーが病欠の届け出を教官にしておいてくれると言ってくれたからだ

その助言は有り難いので、僕はその言葉に甘えたのである


なのに苛立ちは中々収まらない……いや、むしろ悪化しているのかもしれない
原因は分かっている

紙の向こうの、誰ともわからない誰かに八つ当たりしたからだ
向こうとしては訳が分からないだろう、唐突に連絡が来なくなったのだから


でも、それでも

いつの間にか、あの手紙の主は僕の一番柔らかい場所を抉ったのだ


「――……っ!くそっ!」

反動を付けて、思い切りベットの上から体を上げる
声を出しても苛立ちは全く収まらない、その事に更に苛立つ

考えすぎだ、分かっている
八つ当たりしすぎて、自分が腐っているだけだ

こんな時に対人格闘の授業があればいいのに、そうすればライナー相手に思いっきり拳を振るえる
……でも対人格闘は明後日だ、遠いので考えるだけ無駄だ

あぁ、もう……
そこまで考えて、ふと思い立つ


「とりあえず、謝るか」

ぽつりと呟いた言葉は、意外と心に染みた
苛立っていた気持ちが、少しだけ収まる……逆に何故、思い立たなかったのか


自分でも驚きだ
でもそれと同時に納得した

そうだ、謝ってしまえば、八つ当たりした事に気持ちの区切りがつくかもしれない
こうなれば、善は急げだ

手持ちのノートを取り出すと、端っこを切り取る
ここは相手の礼儀に倣い、文字は短めに


『さよなら』

と一言だけ綴り
ベルトルトはそれだけを持って、図書室へと目指した

自分が思っていたよりも大分進みました
多分全体の五分の一程度になっていると思います

ちなみに絵本で参考にしているのは私の手持ち本です
個人的には「かようびのよる」がお勧めですが「漂流物」も面白いよ!

>>33さんありがとう!そんなコメント貰えるなんてびっくりしました!

乙、ただ図鑑のくだりまで持ち出してオシドリを引き合いに出したのは失敗だったな

オシドリは2羽1セットで行動するけど実は毎年相手を変える鳥なんだ…(-_-;)

>>50 そうだったのか!じゃあ巨人の世界のオシドリは永遠に対になるって事……
は無理か、次はもっとキチンと調べてから書きます

待ってるよ~

なにこれ面白い!

オシドリの件そんなに気にしなくてもいいと思うけどな
鴛鴦の契りって中国の春秋時代の故事に由来する言葉だし
現実に即してないのが残念だけど詩的な表現になってる

うん
壁内世界で鳥類の研究がどのくらい進んでるのかを示すような描写は
今んとこ無いし、多分今後も無いだろうからw
まだまだ図鑑に間違いがあるレベルって事で問題ないっしょ
続き楽しみにしてるぜ

待ってる!

とりあえず正座して待機します!

待ってる

あと少しで投下します
思いの他時間が空いてしまい申し訳ありませんでした

>>55 待っててくれてありがとう

>>56 ありがとうございます

>>57 気持ちが楽になりました

>>58 気持ちが楽になりました

>>60 待っててくれてありがとう

>>61 足は崩して大丈夫ですよ

>>62 待っててくれてありがとう


無事にお別れの言葉を書いたメモを、本の中に入れる事が出来た

おそらくだがあの詩の作者は――消灯時間ぎりぎりか、僕が図書室を訪れる前までの時間に手紙を抜きとったり、入れたりしている事は確実だと思う
返信が気になり、何回か日中に確認しに行った事があるけれど……日中に返信が返ってきた事は無い

そう仮定すると、今日受け取った「返信の紙」それ自体が破り捨てられた事なんて気がついてもいないはず
そこまで考え、ベルトルトはようやく安心して溜息を吐いた


(これで、このやり取りは終わりだ……ここから先はまた、いつもと同じような生活が送れる)

相手には申し訳ない事をしたが……お互いに素性を知らないのだ
ここから先が、あるはずがない


あるはずは……無かったんだ


「おい、ベルトルト!」


些細なやり取りを、僕からの一方的なお別れで終わらせた……その次の日の昼時
ベルトルトは意外な人物から、声を掛けられる

ジャン・キルシュタイン
よくエレンと喧嘩をしている……いわゆる、目立つ人物だ


あくまで相手の気に障らない程度にだが、僕は彼を避けていた

同期との接触を避ける為には、彼の様な目立った人物との接触は出来る限り少ない方がいい
本当の仲間である、ライナーだけを除いて……ではあるが

ここまで伝えたのだ
彼が僕を単体で呼び止めるなんて、酷く珍しい事が分かって貰えると思う


「どうしたの?――珍しいね、ジャン」

僕に声を掛けるなんて……と、続けようとした時だった
とん、と優しい衝撃が僕の胸を揺らす

視線を下げてみると、そこにはジャンの手の甲が当てられており……その手には


「メモ?」
「ん、まぁな……開けてみろよ」

なんだろう、そう思って紙を開ける……そこには


『ふざけるな』

僕が良く見知っているあの文字で、そう一言だけ書かれていた
その瞬間……文面を見ただけなのに、僕は一瞬頭を揺らされたような感覚に陥る

なんで
この文字が、ここに

そんな言葉が浮かび、咄嗟にその紙を持ってきていた人物へと顔を向けた


もしや、ジャン……君が?
君があの詩の作者なの、と声を出そうとしたが喉が動かない

まるで急に、声帯が引き攣った様に感じる

つい、自分の性格上仕方のない事だが……反射的にジャンの顔色を窺った
彼の顔は、怒っている様に見える

もしかしたら見えるだけで、怒ってはいないのかもしれない
なんせ彼の目つきは元々悪い、そうマルコが喧嘩の仲裁をする際に言っていた事だけは知っている

口を閉ざしている時間は一瞬だったが、怒涛に様々な憶測が流れて行った
それでも目の前にいる彼の感情は分からない……何も話さずに顔色だけで表情を読み取れる程、僕たちの中は良くないのだから

その彼の口が、ゆっくりと動いた


「どうしたんだよ、ベルトルト」
「い……いや、なんでもない」

ジャンの眉が、訝しげに動く
まだ、彼の気持ちは読み取れない……僕はゆっくりと、意を決して口を開いた


「ジャン、この紙は……一体?」
「ん?……あぁ、消灯時間の少し前に本の前で」

問いかけた質問を、別の問いで返されて一瞬困惑する
僕の困った顔を見て、声がきちんと届いていると確認できたんだろう……ジャンは踵を返して、食堂を目指す人たちの中へと消えて行った

ジャンが腰かけたテーブルに、マルコやクリスタ、ユミルが座っている
マルコは困ったような顔をして笑い転げているユミルをたしなめ、クリスタは席に座ったジャンに声を掛けていた


(一体、なんだって言うんだ?)

つい苛立ってしまい、手の中に入れたメモがぐしゃりと潰れた
昨日、このメモの主に別れを告げて……収まったはずの感情が蘇る


(……僕が一体、何をしたと言うんだ)

いや、一方的に悪い事をしたのは分かっている
だけど……


(どうして僕だって知れたんだよ……なんで、放っておいてくれないんだよ)

何か不用意な言葉でも残していたのか、それとも昨日苛立っていた行動から推測されたのか
見破られた自身が、酷く恥ずかしい

そんな気持ちを治める方法なんて、ベルトルトは知らなかった




『消灯時間の少し前に本の前で』


ジャンの残した言葉だけが、体の中をグルグルと巡っていく
その言葉を無視をする術も、僕は知らない

だが次にどう言った行動をすればいいのか、それだけは分かった


ごったがえする昼時の食堂の中、僕はライナーを探す
彼はエレンやミカサ、アルミンと共に豪快に笑いながら昼食を取っていた


声を掛ける前に、彼の背中を叩いて知らせようと思っていたのだが
それより前に、エレンが「ベルトルトが来たぜ」とライナーに声を掛けてくれた


「お!ベルトルト、お前もこっちのテーブルで食べる」
「ごめん、午後の授業はちょっと休みたいんだ。だから……」

ライナーの声を遮るように、声を絞り出す
アルミンとミカサが、少し驚いた様に僕の顔を見る……エレンも一瞬だけ遅れて視線を僕に向けた

萎んだ声の先の文章を察してくれた幼馴染は、少し声の音程を落として
そして気遣う様に、声を発してくれた


「まだ体調が悪いのか?」
「うん、そうなんだ」

心配してくれている声だと言うのが分かった、でもそれどころではない
とにかくここから離れたかったので、単調に返す


少なくともこのメモの主は、僕に気がついた
いつどこで、また誰かが僕の隠し事に気付くかもしれない

メモのやり取りをしていたと言う、わずかな秘密の露呈だったが
それ耐えられる程、僕のメンタルは強くなかった

なんて気が弱いんだろう
僕は、戦士の癖に

ここが食堂でなければ、自責の念で潰れてしまいそうだ


縋る様な目で、ライナーの返答を待つ
それを汲んだのか、汲まなかったのは分からないが


「あぁ、分かった。教官に伝えておく」

そう言ってくれた彼に、ありがとうと返答をして僕はその場を去った
この渦巻く感情を、誰にも悟られないようにしながら


消灯前の図書室、その前にベルトルトは緊張をしながらも到着する

今日は月明かりすらおぼつかない、光の少ない夜だ
建物全体の灯りはあるものの……なんだか、不安をあおる様な暗さ

もっともこれは、今の僕が不安なので勝手にそう感じているだけ……かもしれないが


ドアノブに手を掛けると、音を少し立てながら図書室の扉が開く
図書室の中は、廊下以上に暗い

灯りが必要だと判断した僕は、持ってきていたランプへと手を伸ばした

その時
図書室の空気が振動して、僕に音を届けた


「――遅いじゃねぇか」

びくり、と体が震える
暗いので誰もいないと思っていたが、部屋の中には既に人がいたらしい

慌てて声の主を探すが、暗い図書室の中では容易に見つけられなかった


「おどおどしているんじゃねぇよ」

その声に、僕は驚いた
先程は少し低めな、怖い声としか思えていなかったが……改めて聞くと、明らかに女性の声


少し身構えながら、目を凝らし
ようやく、ドアから少し離れた机の上にいる人影を見つけた

僕が、周りを窺っていた動きを止めたからだろう
あちらも僕が見ている事に気がついたのか……その影がゆっくりと揺れ、こちらへと向かってきた


「あぁ――実はジャンには、伝言を頼んだだけだったんだ」

ここでようやく
僕はその捻くれた物言いや声色で、その人物に予想がついた


「なんでそんな事をした、なんて聞くなよ?――なぁに、ほんの嫌がらせさ」

そう呟きながら近づいてきた彼女は、ようやくその顔を確認できる場所にまで来ると
ピタリと、その足を止めた

ややざっくばらんに伸ばした様な印象の髪に、捻くれた言葉遣い
悪戯が成功したとでも言う様に輝いている瞳は、キュッと吊り上がった形をしている

長身の、ひょろりとした体格の女――ユミル
僕が持つ、彼女の印象が良くは無い

サシャに水汲みを押しつけては、ライナーが好意を持っている女の子……クリスタによくたしなめられている子で
僕個人としては苦手な、所謂いじめっ子タイプの女の子である


「ユミルが……なんでここに?」

おそるおそる、そう尋ねる
そう尋ねてから……ふと、自分の胸に嫌な予感がよぎった

いや、でも、まさか

そんな接続詞が蔓延する、僕の心情はお構いなしに
ユミルはまるで悪人の様な……ニヤリとした笑みを浮かべた


「それはお前が良く分かっているんじゃないのか……柳の葉、さん?」


その言葉に
僕は自分の中にあった筆者のイメージが、ガラガラと崩れて行くのを感じた

書きためていた分は一旦ここまで!
もにょもにょした展開でしたが、ようやくユミル出た!

最近は「きみにしか聞こえない」をベルアニ変換で読み込んでいるどうしようも無い奴ですが
続きが書けたらまた、宜しくお願いします

乙一

君にしか~と、雪の上のやりとりのは良いよね!

乙…一!

君にしか聞こえないだとどっちか死んじゃうじゃないですかー(震え)


君にしか読み返してみたわ
「膝をかかえて座っていると~…」のくだりでワロタ

まだかなー

なんかレスの「乙」の後に伸ばし棒が!
話通じた人がいて嬉しいです

>>85 最初はGOTHEと夏と花火~から嵌りました

>>86 車にぶつかる直前、巨大化してハンジさんの前に……(嘘予告)

>>87 私も小説+コミックス×2を読み返しました、暇人だな自分!


日中に更新できるか、もしくは今日の夜に更新します

書き込みすれ違ってた

>>88 今日中には更新しますね

出来れば一気に更新したいのですが
もしかしたら途中で席を外すかもしれません

投下します


『柳の葉、さん』


――と言われてから、ベルトルトとユミルの間に僅かな時間が流れた
その間に、僕は身動きが取れず……かつ視線を逸らす事も出来ずに体を硬直させる事しか出来なかったが

ここに来てようやく、僕はあの筆者に良いイメージしか持っていない事に気付いた

あの女性らしい手本の様な文字や、ふとした瞬間を切り取る繊細さ――大変申し訳ないが、それらは彼女の持っているイメージとは全く違う印象であり
あぁ、だからこんなにもビックリしたのか……と自覚した瞬間


ユミルが吹き出した


「……ぶ、ふ、あはは!もう駄目だ、限界だ!腹が捩れる、痛てぇえ!ハハハハハ!」

ゲラゲラと、表現するのがピッタリな様にユミルは体をくの字に曲げて笑っていた

呆然とする僕の前で、気が狂ったのかと思う程に笑い転げる
そんな行動を妨げる事も出来ずに、僕は彼女の姿を見つめるしかなかった


「あー、久しぶりにこんなに笑ったよ……ありがとな」
「いや、こちらこそ……?」

何で疑問系なんだよ、と笑って指摘してくるユミルに
そりゃあ疑問系にもなるさ、と僕は心の中で呟く

あの後、ひとしきり笑い転げたユミルは……僕の顔を見てもう一度爆笑した
何がツボに嵌ったのか分からないがーー最終的には落ち着きではなく、腹筋の痛みによって無理やり笑うのを止めたらしい

そして、その笑いが収めた後に言った台詞は


「笑いすぎて喉渇いた、そっちの責任なんだからなんか飲み物くれ」

だった


……この人は、本当に人間なんだろうか
そんな理不尽な事を言われて、従う人間なんていないと思う

それをオブラートに包んで伝えると
いいからいいから、なんて返答しながら再度飲み物を要求される

なので

そんな理不尽に従う人間はいないよ、と
僕ももう一度、今度は「水でふやけた様なオブラート」で包んで要求を拒んだ

するとようやく、冗談通じねぇなぁ……なんて呟きながら
ユミルはいつものユミル、にようやく戻った

そして、十中八九だが
彼女による先程の要求は、冗談なんかでは無かったと思う

僕はいつものユミルなんて殆ど知らないので、どれも憶測に過ぎないが
それでもまぁ、話の通じる状態に戻ってくれたのだからいいとしよう


ようやく落ち着いた彼女と僕は、立っていた場所から一番近いテーブルの椅子へと腰かける
僕の隣には誰も座っていない席が一つ、その席の隣にユミルと……お互いに適度な距離を取った


それにしても……あの詩をこの人が書いたんだよな
改めて思ってみると、不思議な気がした

この人の脳の中に、僕の心に残った文章が詰まっていて
その手が、あの綺麗な文字を生み出したのか

そう思うと緊張した
緊張したのは彼女に対してではなく、その才能に対してではあったが


「…………それはそうと」
「ん……な、なに?」

唐突に声を掛けられ、声が上ずってしまう
そんな僕の反応を見て、一瞬動きが止まったユミルは……とても不機嫌そうな顔をしながら、声を漏らした


「んだよ、そんなに私の顔って怖いか?」

うん、怖いよ――そう言いたい気持ちを堪えて、とりあえず無難な笑顔を作る
その顔のまま「そんな事ないよ」と口にしたが、相手は舌打ちをして頬杖をついた


愛想笑いと言うのには多少の自信があったのだが、この様子を見ると失敗に終わったらしい
少しプライドを傷つけられながらも、とりあえず笑顔は続けた

それにしても
こんな不遜な態度なのに詩を書いて、あんな綺麗な文字を書くのか

【人はみかけによらない】
この言葉をこんなにも具現化された物を見る機会は、もう無いかもしれない

そう思うには、十分な時間だった


「…………なぁ」
「ん、何?」

もう一度、彼女の方から口を開かれる
今度はおどおどせずに返事を返せた


「からかったのは、仕返しだから謝らないつもりだ」
「え……仕返し?」

いきなりの謝らない宣言に、一瞬何の事かと呆ける
そんな僕の状態を見て、彼女は指摘をしてきた


「お前、いきなり連絡断とうとしただろ?」
「…………ぁ」

つい忘れていた、いや
ここに呼び出されたのだから、忘れてはいけなかったのかもしれないけれど

僕は文字しか知らない人物なんだからと高を括り、失礼な文面を送っていたのだった
今はもう文字しか知らない人物ではない……本人が、目の前にいるのだから


あの殴り書きの、メモが頭の中に浮かんだ
それを、彼女に渡し……そう改めて実感したベルトルトは、体を動かした


「ご、ごめんなさい!」

慌てて立ち上がり、頭を下げる
立ちあがった際にぶつかった椅子同士が音を立てて、揺れた

静かな空気の図書室に、カタカタと椅子の揺れる音が大きく響く
頭を下げて瞳を瞑る僕の耳に、ふぅと言う溜息が聞こえたのはその音が鎮まってからだった


「まぁ――メモのやり取りをする事だったら、別に止めてもいいんだ。私も気晴らし程度だったんだから」
「え、あれ?……それを怒っていたんじゃ、ないの?」

意外な言葉に、おそるおそる顔を上げてみる
そこには怒っていると言うよりも、呆れている様な彼女の顔

その顔は視線が合うとすぐに、まるで小馬鹿にした様な表情に変わった


「お前は唐突に相手からこんな事をされて、怒るのか?」
「え、いや……普通は怒る、と思うっていたけど」

そりゃあ、いきなり連絡が途絶えたら怒るよね――と思っていると
小馬鹿にした表情が、次は思案する表情になった


意外な事に、彼女の表情はよく変った
けれど……どれにも共通するのは、その表情は常に不機嫌さも宿しているだと言う事で

出来ればその表情こそ、変わって欲しいのだけれど……用件が用件な為、おそらく消える事は無いのだろう
そう考えて、本当に申し訳ない事をしてしまったと反省をした時だった


「……いや、多分お前が怒っているポイントと私が怒っているポイントは違う気がする」
「え?」

怒るポイントが違うって、どこが?
その疑問は、彼女の言葉が先に出る事で続かなかった


「実はお前は、私と少し似た感覚を持っているんじゃないか……と思ったんだけれどな」

少しがっかりしたよ、と良く解らない事を呟いた後――ユミルは顔をまっすぐとこちらに向けて、正面から僕の顔を捉えた
先程は悪戯っ子の様だと思っていた瞳は、まるで猛禽類の様に僕を捉えている

僕をじっと見つめたまま、彼女が薄い唇が動かす


「私が怒っているのは、理由も書かずに終わらされた……って事だったんだが」

何か一つでも理由らしい理由があれば、何も言わずに放っておいたさ
どうせ理由らしい理由があって、始めた物でも無いのだから

その様な言葉を発したユミルに、僕は思わず疑問を問いかけた


「どんなにくだらない理由でも?」
「あんなに丁寧な文字と文章を書いていた奴が、切り端のノートに殴り書き……しかも一言だけの返答、だぞ?」

くだらない訳無いだろうが、と続けられたその言葉に……僅かだがベルトルトは感動した

彼女は手紙自体から、背景を読み取っていた
それが示す事は、彼女が本当に僕の手紙を読み込んでくれている……と言う事なのだから


自分の返信を読み込んでくれていた
そう思うと、素直に感謝の意を示したくなる


「なんか……嬉しいよ、ありがとう」
「あぁ、そうかい。何も褒めてすらいないって言うのに――お前、頭大丈夫か?」

酷いなぁ、と呟きながら……僕は改めてユミルの方へと向き直る
その時、僕の目はようやく暗闇に慣れて彼女の表情がより見えるようになっていた

その瞳が捉えた表情は、本気で僕の頭の具合を心配している様な彼女の顔で
先程彼女が言っていた「頭大丈夫か?」と言う言葉が、ありありと描かれている様な顔だった


――なんて失礼な奴だ

なんて言葉が、咄嗟に脳裏をよぎって行く


なんと言う事だ
先程感じた嬉しさが、一気に無くなってしまったよ

悲しい程の軽蔑の眼差しを向けられながらベルトルトは、さっきまで喜んでいた自分を本気で抹消したくなった

ごめんなさい、やっぱり時間が足りなかった
もう少しある更新分は、夜にでも更新します

感想を書き込んでくれていた方々ありがとうございます
皆のコメントがエネル源です!


よしっ!今からトマトたっぷりのハヤシライス作るぞー!


期待して舞ってる!

おれ馬鹿だから取り敢えずパンツ脱いで待っとくわ

>>103 舞っててくれてありがと!

>>104 いや……わからんな、貴様は何故パンツを脱いだんだ


更新を再開します


「ちなみに、なんだけれどさ」
「あ?」

悲しい気分を振り払う為、僕は少し声を発する
するとユミルは心配そうにしていた顔を、今度は不機嫌そうな表情に変えて返答した


「なんで僕がメモの相手だって気付いたの?」
「んなもん、日誌や提出物と言ったもんに目を通せば分かる」

…………え?


「え、日誌?」

その単語を繰り返すと
ユミルはそうだ、と頷いた


「私は微妙に文字を変えていたけれど、お前そのままだろ」
「…………そんなに僕の文字って特徴的?」

そう尋ねると、ユミルは一瞬考え込み
いや、そんなに特徴的って訳ではない……と答えた


「じゃあ、なんであんな多くの訓練兵の中から僕の文字を見つけられたの?」

至って普通の、ありきたりな疑問を口にすると
疑問を受けた彼女は、今度は表情を変えないままその理由を口にした


「相手の行動を掴んだら面白そうだと思ったんだ、何かの脅しに使えるかもしれないと思うとつい……な」
「ちょ、ちょっと!ちょっと待ってよ!なに、今聞き捨てならない事を聞いた気がする!脅しってなに!?怖いな!」

そんなの堪ったもんじゃない!
そう言う気持ちを込めて、身振り手振りを加えながらも尋ねたら……相手は口角を少し上げた


「いやぁ、そんなの分かるだろ?お前のポエムをバラまくぞってちょっと脅したらさぁ……色々行けると思ってな」

ニヤリと笑ったその女は、先程手紙を読みこんで自分の背景を読み取ったと言っていた人物とまるで別物のようで
その表情に、僕は呆然を通りこして愕然とした


『私は中途半端である

まるで柳の木の先にある、葉っぱのように
高いところにいるくせに、風の指示を受け幹の先からその体を動かす

しなっては、吹かれては戻る柳の葉』

文通期間中に何度か貰っていた為に覚えていた、冒頭の詩が頭を流れる


(この人の、どこが中途半端なんだよ!)

まさか、信じられない――その現実にベルトルトは頭を抱えた

なんだこれ、何だよこれは……完全に悪党じゃないか、どこが中途半端なんだ!
もちろんこの叫びは自身の心にしか響かず、目の前にいる彼女には伝わるものではなかったが


後悔をした

なんで僕は、こんな危険人物と関わりを持ってしまったんだろう
過去に戻れるなら、あの時感想を書き込んだ殴ってでも止めに行くだろうに


「まぁもちろん、やり取りの手紙を回収する為に自分の文面の長さを調節していたりしていたからな……お前の手紙も手元に全て揃っているぞ?」

その言葉に、思わず言葉に詰まる
次に何を言われるか、なんとなく予想が出来たからだ


嗚呼、もうこれ以上……夢を壊さないでくれ
ガラガラと崩れ去った筆者のイメージが、今度はどんどんマイナスに崩れ去って行く

感想なんて、書くんじゃなかった
今一度強く、ベルトルトはそう思わずにはいられない


「まぁこんなネタ使う機会は、殆ど無いと思うけれどな」
「は?」

そう言われて、思わずビックリする
サシャの様に――色々な手伝いをさせられる事を想像していたので、驚いたのだ


「こう言った物は、ここぞと言う時に使うもんだろ?だからとりあえずは弱みを握っていると言う報告だけで、今は許してやる」
「え……でも、サシャは……?」

そう言う問いを受けて、彼女はニヒルに笑う
その笑顔はそこいらの男共でも出せない様な、妖しい魅力を持っていた


「あれは私なりの、愛情表現って奴さ」

言い放つ瞳には、あの悪戯っ子の様な光が戻っていた
それにしてもあの扱いで愛情、ここぞと言う時は別腹の対応か……そう考えると恐ろしい

そう考えていた時だった


「じゃあ早速本題に戻るぞ」

それは唐突に、君の口から放たれる


「何故、このやり取りを止めようと思ったんだ?」
「そ、れは……」

つい、言葉に詰まった
止めたい理由――それは周りと距離を置きたいのに、見たくない物を見てしまうから

だがそんな事が、理由として理解され無い事は知っている為……口を噤んでしまう
その様子に、案の定ユミルは顔をしかめた


「ベルトルト、それは言えない事か?」
「言いたくは無い事、かな」

そう言うと、ユミルは少しだけ思案する様に瞳をずらし……そして、しょがないなと呟いた


「じゃあ、エロい事が理由って思っておくよ」
「いや、なんでだよ!」

つい、大きな声で反論してしまう
それには、少しの笑い声が返ってきただけだったが……なおも彼女はその話を続けた


「この文字を見たお前は、美少女……そうだな、クリスタが相手だと思って文通を始めた。だが相手はブスだったと知る」

そこまで口にし、発言者はベルトルトに視線を戻した


「相手にガッカリしたベルトルトは、メモのやり取りを止めたって事を……噂として広げると言ったらどうする?」
「……勘弁してくれ」

そんな噂を立てられたら、酷く目立つ
そしたらメモのやり取りを止めてしまった事すら、本末転倒だ

周りを見たくない、と同時に見られたくないと……僕はそう思っているのだから


「お願いだから、それはやめて欲しい」
「そんなに嫌なのか?じゃあ、急に素っ気なくなった訳を話して貰おうか」

その切り返しに、思わずぐっと詰まる
表情を察したのか、ユミルは本日何回目かになるか分からない溜息をついた


「そうだな、じゃあ大サービスだ。かなり遠回りの表現で許してやるよ」
「そ、それなら」

まだ大丈夫だろう、そう思って思案し……たった一言だが言う事に決めた


「えっと…………見たくない物が、見えすぎるから」

その言葉を口に出して、自分でも分かる
こんな答えで、納得して貰えるはずなんて無い

きっとすぐに、ユミルの文句が聞こえてくると感じる
――だが、意に反して帰ってきたのは僅かな沈黙と至って普通な回答であった


「それは手紙から見える……と言う意味か?」

その言葉に、驚き眼を見開いた
でも口は考える前に、するりと返答をする


「と、言うよりも詩を見つめるから、詩を書こうとするから……かな」

そう言うと、相手に「見たくない物を見る……ねぇ」と反復される
その間、僕の心臓はドキドキと大きな音を立てていた


もしこれで相手が納得してくれなかったらどうなるのだろうか、と悪い方にばかり考える
しかしそれは杞憂に終わった、ユミルは僕の顔も見ずに席を立つとそのまま扉の方へと歩きだしたから


「え、あ……あれ、ユミル?」

訳も分からず、立ち上がりその後に続く
そんな僕の足音に気がついたのか、ユミルはくるりとこっちの方を向いた


「ま、少しだけ詩的な表現で答えてくれたからな――理解した事にするよ」
「え……、いいの?」

驚いた、それだけの言葉で解放してくれた事に
そう思っていると、ユミルはじーっとこちらの方へと視線を向けてくる


「……そうだな、まぁ言いたくない事の一つや二つはあるだろう」

その言葉に、自身にある重大な秘密を思い出す

自分程に、重要な物でも無いかもしれないが
もしも彼女が秘密を持っていて、それ故にこちらの事を想って質問を止めたのだとしたら……それはとてもありがたい事だ


「そうだよね、あんまり無理を他人に言ったら駄目だもんね」

思わず、満面の笑みでそう答えてしまう
その表情を見て、ユミルはふっと笑った


「あぁそうだ……でも、これで終わらせるには少し面白味に欠けると思わないか?」

その言葉に、ぎくりと足が止まる
顔は一応笑顔のままだが、口の端がぴくりと痙攣した


「一つだけ条件を付けさせて貰うとするか、ベルトルト」

ユミルが出す条件、どんな事をさせられるのだろうか
身構えるように、ユミルの方へと体を向けて立ち止まる


「な……何が?」
「今後、お前の事を……違う呼び名で呼ばせて貰うとするよ」


その発言は、すぐに脳内では処理されなかった
たっぷりと三十秒は悩み、ようやく意味を理解しても僕の頭の中には疑問符が溢れかえる


「な、なんで?」
「他意は無いさ。ただお前の行動が、意外に可愛かったからそう呼びたかった」

そう言いながら、ユミルの手が僕の方へとすっと動く
あまりにも自然な仕草に、僕は避ける事すら思いつかないままその手を受け入れた

その手は頬をさらりと一撫でし、すぐに離れる


「お前、まだまだガキだな」

そう言い残して、ユミルは僕に背を向けて歩き出す
もう消灯時間だから早く戻れよ、とだけ残して

だが僕はと言うと、たった今頬を撫でて行った感触と言葉を理解するのに……たっぷりと三分は要した


「……ガキって」

その撫でられた感触に、一瞬故郷にいた家族を思い出してしまい……思わず赤面する


「ガキって、なんだよ」

何故だか
自分の呼吸とユミルの呼吸がピタリと合い、動けなかった事を不覚に思いながら


ベルトルトはゆっくりとその場にしゃがみ込んで、しんと冷えた夜の空気で頬の熱を冷ますのだった

ここまで!

よくよく考えてみると、あと三日くらいでインターネットが一週間以上使えない事に気付いた
あわわ、一区切りの処までは行きそうだけれど……出来る限り書いてアップはしようと思います
ただ決意と行動が必ずしも伴う物ではない事をご了承ください

ギリギリアウト!
日付が変わってしまった

新刊読んで時間を無くすって、どれだけ巨人好きなんだ自分
出来あがっている文章の区切りをつけたら投稿します

待ってた!


次の日の朝は当然と言うかなんと言うか、落ち着かなかった


普段は、影があるとも無いとも分からない
絶妙な立ち振る舞いで、印象を薄くするよう徹していたベルトルトだったが

今日だけはその振る舞いに徹する自信がどうも持てない


原因はもちろん昨晩の出来事

なんとか顔に集まっていた熱を振り払って、消灯時間前に部屋へと辿り着く事は出来たのだが
部屋に入って開口一番、ライナーに「なんだその顔」と言われてしまった

そこでようやく、まだ自分の表情がオカシイ事に気付く

同室のエレンは分かっていないようだったが
アルミンは……分からない、もしかしたら空気を読んで分からないフリをしていただけかもしれない


ガキだな、と言われて一撫でされた
ただ、それだけの事なのに


(それにしても――ユミルの条件である、僕の呼び名ってなんだろう)

馬鹿とかアホとか、もしかしたら木偶の棒だろうか
それとも、もっと悪い……ジメジメしている奴とか、暗い奴とか?

そこまで考えて、立ち止まる
人と大して話していないせいだろうか、自分の中に悪口のレパートリーが少ない……と言うよりは幼稚な気がした

そんな時浮かんでくるのは、やはりあの二人
僕と会話した数が多い、沢山の語彙を教えてくれた幼馴染だ


(ライナーはあんまり悪口とか……面と向かっては言えるんだけれど、陰口って言わないよな
アニは口数が少ないのに、意外とスラスラと悪口が言えそうだよね……子供の頃にはよく言いすぎたって良く仲直りをしに来ていた、その印象かもしれないけど)

よくよく思うと、僕がついさっきまで考えていた悪口だって昔アニに言われた言葉ばかりだ
その結論に達すると、心の中がふわりと暖かくなる

僕の中には、アニの言葉が詰まっているんだと


(い、いや……でもアニの言葉だけじゃないよ!ライナーの言葉だってたっぷり詰まっているし!)

そう思いながら食堂への道を歩いていると
アニと――廊下で会ってしまった

お互い、角を曲がろうとしているところだったので、僅かに向かい合う様な形でお互いに足を止める


「なんだ、あんたか」
「……あぁ、おはよう」

そこで普段なら話が止まり、お互いに距離を取る……はずだったが
直前までアニの事を考えていたベルトルトは、ほんの少しだけ躊躇った

それに気付き、アニはグイッとベルトルトの上着を引っ張る


「…………どうした」
「大丈夫、何にもないよ」


コソコソ、声を小さくして最小限の私情を挟む
僕も周りから見て不自然じゃない程度に、背を屈めながら彼女の声を聞いた


「そうかい、でも最近……あんたの表情が浮かないから心配してた」

思いにも寄らない言葉に、つい目を見開いて凝視する
え、といつの間にか漏れていた言葉に――アニが続けた


「分かりやすいんだよ」
「え、そんなに分かりやすい?」

少なくとも私には……ね
そう言ってアニは手を放すと、少し強めに僕の上体を起こさせる


耳の奥に少し残る声が、名残惜しいと言う感情を呼び起こす
でもここで長々と話を続ける訳にはいかない……彼女に従い、僕は体を起こした


すると


「アニー!食堂行かない」

元気な少女の声が、僕と彼女の間に割って入った
声を発した人物はそのボリュームのある髪の毛を弾ませて、彼女をギュッと抱きしめる


「行くけど、あんたとは行かない」

「つれないなぁ」と言いながらも、そう言われる事を予測していただろう
彼女の同室の子――ミーナの事を、僕は少しだけ羨ましく見つめた

一方でそんな彼女は
僕の存在に気付くと、あれと言いながら少女はアニと僕を交互に見つめる


「二人ともお話してたの?」
「いや、こいつが人ごみの中で私の足を踏みやがってさ」

胸倉を掴みながら、注意をしてた
と顔を変えず淡々と喋るアニに、ミーナは「胸倉掴んじゃ駄目でしょう」と指摘する

相手に指摘される様な事でも、躊躇いもなく口にする様子に
普段からお互いにこう言った会話をし、お互いにその行動を了承している事が見てとれる

それに、僕は少しだけ心配した
いい友達が出来ると言う事は、あの柔らかな毒の中に身を浸すと言う事だ


――アニは、大丈夫だろうか

つい、いつも以上に心配して彼女を見つめると
タイミング良く、目線が重なった

彼女は瞳の奥で少し驚きの色を浮かべ、そしてキュッと眼光を強くする


「あ、えっと……アニ」
「まぁ、私はそんなに軟じゃないよ」

僕の心情を知ってか知らずか、アニはこちらの方を見つめながら言い放つと歩き始める
そして後ろから、待ってと言いながら黒髪の少女がついていった

僕はその場で立ち尽くす


傍から見たら、影の薄い男が女の子に怒られて困惑している様にしか見えなかっただろう態度と言葉
そんなんじゃないのに、否定をしたいと僕は場違いに思う

でも今現在の、僕たち戦士の立場では追う事は出来ない
その歯がゆさに、ベルトルトは少しだけ己の爪を掌に食い込ませた

>>124 ありがとうございます

きたー(゚∀゚ 三 ゚∀゚)

>>133 きたよー!



「おい、そこの二メートル級巨人」


その声に、ついに捕まったのはお昼の中ごろにある――技巧術が始まる直前だった
ひらひらと軽やかに手を振りながら、その親しげな行動とは正反対の悪戯っ子の様な瞳

ユミルが、ライナーの半歩後ろに立っていた僕に声を掛けて来た
その手には既に次の授業で使う筆記用具が握られており、このまま教室に向かうつもりである事が分かる


「…………ユミル」
「おう、嫌そうな声だな」

ニヤニヤと笑いながら、僕を見上げる表情はまるでネコジャラシでも狙っている猫の様な表情だ
周りの事は考えず、爪を立てて玩具を取りに掛る表情


「ライナー、悪いけど先に行ってて」
「あぁ……ユミル、こいつを虐めるなよ?」

ライナーもまた、僕と似た様な物を感じ取ったのかもしれない
ユミルに軽い忠告をしながら、少し心配そうにその場を離れる


「仲がいいんだな」
「同郷だし、付き合いが長いからね」

ところで、と僕は早速本題を切りだす
僕の脳裏には、先程呼び止められた際の呼び名が頭の中に残っていた


「僕のあだ名は、それにするの?」
「あ?いいや、あんな長いのは私もごめんだね……たまに使う程度だろ」

たまには使うんだ、と言う反応は口にしない
良く話すようになったのは昨日の夜からだが、口で勝てない事は十二分に理解できている

でもまぁ、まだ良かった
普段から巨人、などと呼びかけられるなんて心臓に宜しくない


そんな考えなど露知らず、ユミルは悪戯っ子の瞳のまま僕へと話しかけた


「お前の事は、今度からベルトルさんって呼ぶわ」


…………ん?

なんだか……考えていた物とは全く別の呼び名が、僕の耳から反対側の耳へと駆け抜けて行った
もしかしたら、聞き間違いかもしれない――そう思いながら僕は口を開く


「え、聞き間違いだったらゴメン――ベルトルサン?」
「聞き間違いじゃねぇよ」

寝ぼけてんのか?と疑問を口にしながら、彼女は少しだけ得意そうな顔をする
やはり昨日の思い違いではなく、ユミルの表情は意外と変わりやすいらしい

それにしても、本名よりも長くなっているし……何より、さん付けをされるなんて予想外だ
もっとこう、悪意のある呼び名かと思っていた

目を白黒させている僕に気がついたのか、相手が今度は怪訝な顔になる


「それともベルちゃんとかベル坊とか、ベルサイユ宮殿とかの方が良かったか?」
「い、嫌だよ」

咄嗟に否定した言葉に、一つ年上の女の子は意地悪そうに笑う
だったらまだ「ベルトルさん」の方がましだと思った僕は「じゃあベルトルさんでいいよ」肯定の意を伝えた

それにしても
最初は凄い単純なのに、最終的にはベルサイユ宮殿って長いな――なんて思いながら


「ちなみにお勧めは、ベトベトさんだよ」
「いや、それ今の選択肢の中に無かったよね」


まるでツッコミを入れてくれ、とでも言う様に告げられた二の句に
僕は普通の会話をするように、返答する

そんな僕に、彼女は「ベトベトさんお先へお越し」と言った
意味は分かんないけれど、おそらくからかわれたんだろう……それだけは分かる

案の定、どう言う意味かと聞くと「気にするな」と返された


酷いなぁ、と
――僕の口から、ようやく言葉と共に笑みが零れる

どうやら
呼び名の選択からしても、彼女は僕を積極的に害そうと言う訳ではないらしい

その事を汲みとり、僕達は技巧術の教室へと歩き出すのを再開した
僕よりも少し前を歩きながらも、適度な距離を保っている彼女は――少しだけ笑っている様な声を漏らす


「ようやく、私に対する緊張が取れた様で安心したよ」
「緊張……僕、してた?」

と言うか、僕の緊張を取ろうとしてくれたのか?
驚きながらもユミルを見つめると、彼女は呆れた様な顔を作る

ここでようやく気がついたが
今日出会ってからは、昨日の様な不機嫌さが表情に紛れ込んでいる事は無くなっていた


「あぁ、ガチガチだったぞ」
「そんなにわかりやすく?……それを故意的に取ってくれるなんて、君は優しいの?それとも、意地悪?」

立て続けに出てしまった質問に、ユミルは面倒臭そうに頭を掻いた
勢いが良かった為、豪快にその髪型が乱れるのを僕は見ている


「疑問系とは心外だな、ベルトルさん」
「あ、その呼び方は続けるんだ」

もちろんだよ、条件だからな
そう彼女が言うのと同時に、技巧術の教室の前が目に入る

元々目的地までは近かった、あと少しでこの子との会話が終わるらしい
そう思うと、先程まで嫌々だったはずなのに――少し名残惜しく感じるから不思議だ


「なぁベトベトさん」
「だからその……ベトベトさんって何?」

呼び名を決められた直後に別の呼び名を呼ばれ、一瞬困惑する
君が呼ぶと言った呼び名は、ベルトルさんだろうに


「ベトベトさんってのは東洋の妖怪でな、帰り道を後ろにぴったりくっついてくる奴だ……お前にピッタリ」
「妖怪って、酷いよ!」

そんな物と一緒にされたら、たまったもんじゃない
そう思ってベルトルトは僅かに後ろだった立ち位置から、ユミルの一歩前へと足を進めて歩き出した

これで、後ろを歩く妖怪だなんて言われないだろう
そう思っていたのだが、彼女はその妖怪談義を続けて口にした


「実物は知らんが案外可愛い容姿をしているらしい」
「……ほんとに?」

可愛い妖怪、だとしたら確かに図体の大きい僕とは似ても似つかない物なんだろう
そう思って尋ねる


「丸に足が生えて、大口を開けて笑っている様な妖怪なんだが」
「えっ何、ソレの何処が可愛いの!?」


頭の中に、丸の中に大口を開けた
随分とシュールな生命体が、浮かび上がる

そうこうしている間に、僕らは教室の前に辿りついた


「目や鼻や口は無い所が、可愛いかな」
「君の美的センスはおかしい」

仮にも女の子なので、僕はその扉を開ける為に扉に手を掛ける
力を込める直前に、ユミルは礼を言う為に口を開いた……と思ったら違ったらしい


「失礼な、クリスタが天使の様に可愛いと思っている私のセンスを何だと思っているんだ」
「――センスのおかしい君にすら、愛されるクリスタが凄いんだよ思うよ」

少し体を逸らし、ユミルが入りやすいようにして扉を開ける
先には言っていいと言う意思を読み取り、彼女は扉の前に足を進めた


「それは光栄だな」
「褒めてないよ」

僕達の会話はここまで
僕が扉をを開けて、ユミルがその扉をくぐる瞬間に漏らした言葉が最後


「まぁ滅多な事が無いと、話しかけないようにするから安心しな」

そしてポンっと僕の肩を叩いて、彼女は友人――クリスタの座っている席の近くへと歩を進めた
その言葉以降、彼女と言葉を交わした事は殆ど無い
.


一旦ここまで!
もしかしたら次の更新は一週間以上空くかもしれない

ちなみに次の更新の初めの一文は
「どんな放置プレイだ」だし、まぁ丁度いいかと思う自分がいる

ちなみに、こんな展開になる訳が無いと思いつつ
パラレル未来で、ユミルとエルヴィンとハンジとリヴァイがなんだかんだ仲良くやっている文章だったり
ベルトルさんを無残にするような短編だったり
巨人組がラスボスになるならどうするよー対談が開催されていたり
あちこちに文章のかけらが散らばっているんだが

仕事しろよ、と思う毎日だが
まぁ新刊読んだ日だから許して下さい(長いな)

乙!
やっぱり>>1の書く文章はいいなあ
のんびり待ってるよ


>>146 あわわ、なんて素敵な褒め言葉を!ありがとう

おあえり~

文章のレスから10以上を消費して申し訳ありません
一区切りまで一気に書いたので投下していきます

>>159 俺だ!>>1だ!帰ってきたぞー!


――どんな放置プレイだ


ベルトルトの脳裏に、普段使わない様な――そんな単語が柄にもなく浮かんでくる
でも浮かんでくるのも、仕方のない事だ

そして、仕方がないと思いつつも
本当にしょうもない事を気に掛けているな、と我ながら思う

だって気に掛けている事、と言うのは
「ユミルがあの日以来、本当に話しかけてこなくなった事」……なのだから

なんで僕は気に掛けても仕様がない事を、考え続けているんだろう

僕は、ただ彼女の気まぐれに付き合わされただけなのだと
そう思うには十分な時間を、彼女と僕は言葉を交わさずに過ごした

いや……言葉を交わさない、言うと語弊があるかもしれない
話はするのだ、無視はしないし返事も返してくれる

ただ雑談をしなくなった

まぁ今までに、彼女と会話をした事なんて殆ど無かったが
それでも――そう思ってしまうくらいに、彼女と僕の間には言葉のやり取りが殆ど無い


例えば授業の際に行う会話で、些細な言葉のやり取りを行った際

必要な会話以降に、多少なりとも言葉を繋げる事が出来るにも関わらず……彼女はその言葉を続けようとはしない
それどころか足早に立ち去って行ったり、すぐに視線を逸らしてしまったりする


――なんでこう、君は詩を書く癖に言葉が続けてくれないんだろう

立ち去るその背中を見送りながら、何度そう思ったかは分からない
確か……五回程数えた辺りで、数えるのを辞めてしまったから

ほんの少しだけ
彼女を恨めしく思う感情を持て余しながら、僕は思案を続ける


自分は彼女に、何か悪い事でもしたのだろうか
いや、悪い事は十二分にしたのだが……それは彼女は許してくれていたはずだ


(なのに、何故)

僕の意向を汲んで、話しかけないと言うならば
そうしようと言う意思があったのならば


(何のために、彼女は僕の呼び名なんて決めたんだろう)


これは見事な責任転嫁だが――主に彼女の所為で不安な時間を過ごす際、頭をよぎって行く物がある

それはメモのやり取りした際の女性らしい文字や、「ガキだな」と笑われた時の表情
「もう話しかけないようにするからな」と言う言葉に、その際に撫でられた感触

彼女との交流はそれが全てで、それ以上でも以下でも無い


だが

流石に僕でも、それ以上の交流のある人はいると言うのに
何故かユミルだけが気になってしまうと言うのは、どう言う事だろう


(あぁ、もう……頭の奥で、ものすごい量の糸がこんがらがっている様な、そんな感覚がする)

訳が分からない、と
そう思いながらも……ベルトルトはその疑問を解消させる為の行動を、何も起こしていなかった

いや、むしろ起こせない
何故なら――今の現状は、彼が望んでた最善な現状だから


意識的に、人との接触を最小限に断ち
好意も反感も持たれず、その毒に触れないようにする生活

万が一にも、僕が「兵士」に堕落しない生活を送る事
それが僕の役割であり、使命であるはず


自分も納得しているし
強制されていると言う訳ではない、僕の事情


――なのに、それなのに


(彼女と話したい理由なんて……単純な事だから、僕自身は分かっている)

理由は簡単
ユミルと会話をする事が心地よかったから、もう一度話してみたい

……ただ、それだけ


アニやライナーと話すのも、もちろん楽しい
でも彼女との会話はそれとはまた別の、妙な新鮮さと感動が共に心に残された事を――ベルトルトは認識していた


あの、自分の緊張を和らげる為だと話していた――あの一瞬の会話が
何故か、胸を締め付ける程に恋しい

彼女との会話が心地よかった、だから
――自分は彼女と、もう一度話をする事を切望している


そこまで自分の望みを理解しても、ベルトルトはその望みを口にせず飲み込んだ
その感情は蓋をして、気付かない振りをしなきゃいけないモノだから


例え、無意識の内に目で追ったとしても
ふとした寂しさに、彼女を頼りたいと考えそうになった時も


僕の弱い心を簡単に蝕んでしまう毒だと、分かっているから


でも……それでも
心から寂しいと思ってしまう瞬間は、僕にだってある

君と僕が、ただの訓練兵同士の間柄だったら
きっと僕たちは、お互いに良い友人になれていただろう

いや、もしかしたら――僕の方から、友人になりたいと申し出ていた可能性だってある気がする

友人になれなくても、あの手紙のやりとりはしていたのだろうか
彼女はまた、僕の筆跡からこちらの素性を暴きだして話しかけてくるかもしれない

そこから、友人同士に発展できたなら
図書室でお互いにノートを覗きこんで、様々な情景を指し示す語彙を探していたりするのだろうか


僕は慌てて、得る事は出来ない未来の可能性を――頭から振り払った

戦士でなければ、なんて状況はある訳が無い
何故なら僕は僕として、今此処に存在するのだっから


でも
ユミルの事を、無意識の内に目で追っていたからからこそ気付いた事もある


――実はお前は、私と少し似た感覚を持っているんじゃないか

僕は以前、彼女にそう言われた事がある
その時こそは、どう言う意味かは分からなかったが


僕なりの解釈ではあるが、少しだけ理解する事が出来た


ユミルと言えば――

クリスタにくっつきまわっている事や、口や素行の悪さによって周囲に嫌煙されている
そんな印象を持った生徒が大半だろうが――実は、そうではないらしい

もちろん、周りに嫌煙されていると言うのもあるが
他でもない、ユミル自身が一線を引いていると言う事が見てとれた


それはなんとなく、僕自身に似ていると思えるモノだった


そこまで、自分なりの彼女の解釈が進み
ふと、思考が現実に戻る


――なんだよこれ、まるで野鳥の観察みたいじゃないか

こんなにも彼女を見ていたのか、と思うと
自分の心の中でだが、思わず赤面しそうだ

自身でも、十分に深入りしすぎている事は自覚が出来たが
もう深入りしてしまっているならいっその事――この衝動が収まるまで、彼女を目で追ってみるのも一興かもしれない


(そうしたら、彼女と友人になりたいと言う感情は収まるのだろうか)

そう思い至り、ベルトルトは軽く目頭を押さえた
この決断は後で、自分の首を絞めるかもしれないと言うのに……僕は何を思っているんだか


でも

ほぼ一年間、他人と率先的に関わらない生活をしてきたのだ
少しくらいは許されるだろう

そう自分にいい訳をして
ベルトルトはまた「自身に似ていると感じた彼女」を探す事を、少しだけ意識的に継続する


集団への立ち振る舞いが、自分と似ていると感じたユミルだったが
僕とは決定的に違う、彼女の交友関係がある

彼女の、唯一と言ってもいい交友関係
クリスタ・レンズへの関わり方が、かなり変わっていると――ベルトルトは思っていた


最初の頃のユミルは、クリスタの行動を咎めはしない物の
棘を含めた――まるでその人間性を値踏みをするかの様な、質問をする事が多かった

実はその当時、多くの男性訓練兵は
「クリスタの綺麗な心根を、ユミルが僻んでいるのでは」と推測していた事を、僕は知っている

一部はユミルへの風当たりを強くしたが、そんな事気にしていとでも言う様に
彼女は常に、飄々としていた物だったが


とは言っても
入隊をしたばかりの頃のクリスタも、本音や批判を剛速球で投げこんでくる彼女には正直戸惑っていたのだろう

当時は他の女性訓練兵――サシャや、ミーナ、ハンナと言った面々――と授業を受ける事が多かった

そんな時のユミルは、彼女達の交流に割って入らず
少し離れた所から視界の端にクリスタを留め、絶妙なタイミングで補佐や助言を行う事に徹する


実はそれは、場面によっては「白馬の王子様みたい」と形容される程に完璧な物だったのだが
残念な事に、その白馬の王子様は同姓――しかも口や素行、態度も目付きすらも悪い女性――だったので、誰にも理解されなかった様だ


何故なら――その助言が「自身への善意によって行われている」と言う事に、クリスタが気付けるまでの時間すら
当事者とは言えど、かなりの時間を要したのだから


ユミルとクリスタの関係性は、時間を掛ける毎に少しづつ変化した


最初こそユミルの態度は……行動をひたすら観察して行うと言う、機械的な補助だったが
徐々に愛情のある、保護者的なモノへと変わってきた

どんなにきつい言葉を言われても、くじけないクリスタと
例え相手を気遣っていても、口が悪いユミルは――自他共に認める、いい関係を現在進行形で築いている


いや――もしかしたら、クリスタがユミルに甘えている訳では無くて
口の悪いユミルを、クリスタが受け入れているのかもしれない

どちらにしても、相も変わらず周りとは一線を画している彼女の懐に
あの金髪の少女は、しっかりと入りこんで笑い合っている


――僕にとってそれは、とても羨まししいモノだった


僕と似ていると言った彼女が、自分をしっかりと出して友人関係を作って行く事も
友人になりたいと思える彼女と、友人になれている少女を見る事も

その全てが羨ましかった


(…………でも、もうお終いにしよう)

クリスタと楽しそうに話しこむ彼女を見て、僕は心を決めた


あの詩を始めて読んだ時から、半年以上の時間が流れているし
交流を殆ど持たなくなってから三カ月以上が経過していた

あの表情をくるくると変える彼女は、少なくとも僕と関わる気持ちなんて無い
だから僕も、彼女の行動に期待する必要はないと

僕の気持ちは、その様な形で決着がついていた

いい形で心の区切りが出来たと
自分の事ながら、ようやく肩の荷が下りた様な心地だ


――もう彼女を目で追う事は辞めにしよう

そう決めた


「…………なのに、なんで」


君はそう、タイミングが悪いんだ

脱力するついでに、ベルトルトは体を少しだけ屈めてその人物の様子を窺ってみる
その視線の先には――ここ何ヶ月も気になっていた長身の少女、ユミルが図書室の机に額をくっつけた状態で動かないでいた

顔はおそらく見えないが、あの切れ長の瞳は閉じられているのだろうと推測しつつ
その僅かに上下する背中を見降ろしてみる

彼女が眠る机に広がった、沢山の書籍は数冊ページが開かれたままで並べられていて
ノートの上には、ペンを握られたままの手が置かれていた


(もしかして、また詩でも書いていた……とか?)

そう思いながら、ほんの気まぐれでノートに描かれていた文字へと視線を向ける
しかしその予想は外れた

開かれたノートの上には「鏡像」や「ラカン」と言った単語「不眠」や「ストレス」と言った症例が書かれている
意外な言葉の羅列に、少しだけ体が揺れてしまったのか自身の体が僅かに――机に接触してした


「…………ぁ」
「んっ」


思わず漏らしてしまった声にか、それとも僕と距離が近かったので気配を感じたのか
彼女は声を漏らしてから、その体をむくりと起こした

その瞳が不機嫌そうに目の前のノートを捉えて、次いでこちらへと視線を向けてくる
そんな彼女と、僕の視線が重なった


「なんだ、あんたか」

なんて言いながら、ユミルは自分の額に手を伸ばす
少しだけ跡の付いた前髪を払いのけ、その指は目的の場所をそっと抑えつけた

彼女の額には、真っ赤な跡がくっきりと残っていたので少しだけ痛いのだろう
細い指先が、額を三度ほど往復する

そして人目も憚らずに声を漏らして欠伸をすると、少しだけ眠そうな瞳で僕の存在を射抜いた


「……寝顔観察の趣味でもお持ちで?」
「そうじゃないよ、ただの偶然」

なんて事ない、普通の会話をしながら彼女は手元の本を片付け始める
目線は僕に向けたままの、さりげない仕草

手品師が行うミスリードの様に思えるそれに、僕は気が付いた


「本を読んでたの?」

あえて、その部分に触れる様な会話が僕の口から零れ出る
彼女の手が、ピタリと止まった

掌の動きと連動していなかった瞳は、少しだけ思案するように伏せられる
おそらく、次の言葉を探しているのだろう


「まぁ普通だったよ」
「その本、面白い?」

なんだろう、今日の僕は意地悪だ
すらすらと、彼女が嫌がっている話題の方へ話題を動かす


「なんて事ない、ただ本さ――面白味は無い」
「でも収穫はあったんでしょ」

僕の言葉の影響か、彼女の視線は言葉を探すように机の上を一瞬彷徨う
その一方で、彼女の掌は先程から殆ど動かせていない

僕はチャンスとばかりに、言葉を重ねた


「心理学の専門書なんて目的が無いと手に取らない物だし、それにノートも…」
「もういい、言うな」

ピシャリと、彼女の声が飛んだ
伏せられていた彼女の視線が、ゆるゆると僕の方へと戻ってくる

ついでに、その口から零れた「まいったな」と言う言葉が、降参する意思を僕に伝えた


「実はあまり、触れて欲しい事じゃないんだが」

そう言いながらも彼女は、いくつかの本を閉じてその表紙を僕に見せた
触れて欲しくないと言いながらも――咎める事なく本を見せて来た彼女の行動が、妙に男らしく感じる

カッコいいな、と僕は素直に思いながら
僕は指し示された本の表紙へと、視線を落とす

その表紙には「臨床心理」や「精神分析」と言った堅苦しい単語が、硬質な印象を持つ文体で書籍の名前を主張していた
僕がその本のタイトルに視線をやったのを認めた後、彼女はとりあえず――と言う言葉と共に口を開く


「この本のタイトルだけで納得してくれるとありがたい……それと、これ以上の推測は許さないとだけ伝えておくよ」
「君にも弱みがあるんだね」

僕の言葉に「酷いな」と言う呟きが返って来た


初めて聞く、彼女の少しだけ弱々しい声
ちなみにその声を聞いて、僕が少しだけ嬉しくなったなんて事は秘密だ


「…………私だって、人間だよ」
「そう言えばそうだったね」

この返答は少しだけ不服だったのか、相手は半眼になって僕を睨みつけてくる
その様子に、僕はごめんと言う意を込めて少しだけ笑ってみせた


その会話が、一段落した後
ユミルはゆっくりと黒味の強い瞳を閉じて、開ける

その目が閉じられていたのは、ほんの数秒だったと思うが
でもその数秒で己を切り替えて――もう一度目を開けた時は、いつものユミルになっていた


「もう一度言うが、これ以上の邪推はするなよ」

ユミルの、強い意思がこもった声が僕の心に届いた
そんな言葉をに反抗する人なんて、そう多くはいないと思える程の――心の籠った声

それに対する答えなんて、僕は是しか持ち合わせていないが
けれども肯定の言葉だけを指し示すのには、少しだけ癪だったので


「わかった……ただ、同期として一つだけ質問してもいい?」

肯定をした後に、それに反する小さな質問を一つ含ませる
でも、そんな言葉に


「あぁ、答えられる物ならな」

なんて、その質問をする権利を許してくれた君は
やっぱり優しいのか憎らしいのか、分からない人だ――と僕は思いつつ

ベルトルトは、そんな彼女の「優しさ」に甘えて疑問を口にした


「何か……自分を治す為に、調べたの?」


この本の数々は、主に心の病を治す為の書籍
それを調べていたと言う事は、何か身近にこう言った症状を発症している者がいるのかもしれない

例えばそれは……クリスタか、もしくは彼女自身かは知らないが


僕はユミル自身が心の病に掛っている事を危惧し、質問を投げかけたが
質問を投げかけられた者は、ゆっくりと首を振った


「別に、私には必要のない知識だ……まぁ今後は何があるかわからんから、一応な」

私らは兵士なんだから、近い将来にこんな知識が必要になるかもしれないだろ?

そう言った意味を含めての言葉に、僕は少しだけ緊張を解いた
彼女が、心を患っている訳ではないと知れたから――つい安心したのだ


そんな感情伝わったのだろうか

ユミルは頭を動かして、不思議そうにこちらの顔を見上げた
ちなみに彼女の額は、まだ赤く染まっている

その額を、僕は見降ろしつつ
先程の安心感からか、つい……少しだけ表情を緩ませた


次いで、口を開いたのはユミルだった


「なぁ――お前、人と関わり合わないようにしているんじゃないのか?」

今、私に話しているが大丈夫なのか?
と言う疑問も含められた問いかけに、僕は返答する


「でも、君との言葉のやりとりは好きなんだ」

その言葉は意外だったのか、相手の目が見開かれ
ぱちくりと言う言葉が適切な様に、目を瞬かせてから……ちょっとだけ吹き出した


「…………ふはっ、意外だな」
「だよね、僕もそう思うよ」


お互いに、少しだけ笑顔で向き合う

よくよく考えると……笑い合った機会なんて、彼女とは殆ど無いと言う事に気付きつつ
それがまた新鮮で、同時に酷く安堵した


(あぁ、予想通りだ――彼女との会話は何故か酷く心地よい)

なんと言う、心地よい毒なのだろう
砂漠の真ん中でほんの一口分だけ与えられた水の様に、彼女との会話が己の心に溶け込んで行くのを感じる

――もっと欲しい、もっと食べたい

その感情に酔わされる様に、ベルトルトはほんの些細な会話を続けさせていた


「でも僕は――手紙のやり取りをしていた時から、話をしたいと思っていたんだ。だからきっと、これは必然なんじゃないかな」
「そう言えばお前、言葉のやり取りを長くしようと頑張っていたな」

手紙の文面を引き伸ばそうとしていた事に、彼女が気付いていたと言う事よりも
僕は、その前の言葉に意識を引かれた


「お前って、酷いなぁ――僕には、君が付けてくれた呼び名があるんじゃないか」

僕はこの数ヶ月間待ち望んでいた呼び名が、その名付け親の口から出てくるのを期待する

この言い回しの中に、あえて含めせなかった呼び名に思い当ったのか
初めてこの図書室で話した時の様な、悪戯っ子の様な瞳をして僕を見た――僕にとっては、どちらかと言うと不得意な表情と共に


(そう言えば此処は、彼女が初めて「詩の作者」として僕の目の前に現れた場所だ)

なんて、ふと頭に過ぎる
僕の前に姿を見せたその時と、同じ瞳を持つ彼女が……今、僕の目の前に立っていた

よくよく思い返せば、あの本に挟まれたメモを見つけた場所も図書室だ
なんだか、奇妙な縁を感じるその場所で――僕は彼女に、友達になって欲しいと伝える事を決めた

――もういい、紆余曲折させて自分の感情を誤魔化そうと今までしてきたが
無理なのだ、この感情は


「なんだ、呼んで欲しいのか?」
「そりゃあ――お前とか、二メートル級巨人とかよりはそっちの呼び名の方が好きだな」

ユミルが、笑ってくれる気がする
そう僕が思うのとほぼ同時に、彼女はくすりと笑った



「ベルトルさん」


――波長が合う


まさに、その表現がぴったりな声


本当に残念だよ、ユミル
僕がこんな、人付き合いを抑制させている場面じゃなければ――君とは心から向き合える親友になれていたかもしれない


でも

僕が壁を壊すまでの、訓練兵の生活は――まだ二年以上の時間が残っている
なのに、こんな人を見つけてしまうなんて……あぁ、本当に

この温かい毒は、本当に厄介だ



「ねぇユミル、お話しをしようよ。友達になって欲しいって言う、僕から君への話もあるから」


でもユミル、僕は頑張るよ

君と話をしながら、友達をやりながら
僕は君を裏切っても、大丈夫なメンタルを育てて行く事にする

だからお願いだ、今だけは



「友達でいて欲しいんだ」




【文通以上...end】


【ベルトルト視点】はこれにて終了!
そして【ユミル視点】へと続きます(このスレの中でやります)

にしてもプロットは10行だったのに不思議と延びてしまった心理描写
それはベルトルさんとユミルさんの関係等が、どんどん私の中で膨張して行っているからです

ので多少の伏線をつけちゃいましたよ、自己満足で!
回収するつもりはありますが、私の好きな言葉「予定は未定」が発動しているのでご注意ください


本当に本当に!
こんなスローペースかつ、だらだらした展開をも許して、読んでくださった皆さんに心からのお礼を申し上げます!
そしてコメントと言う名のエネル源を下さった方にも、更なる感謝を申し上げます!

まだ完結はしていませんが
読んでもらった恩返しに少しでも投稿できるよう、頑張ります! ___φ(。_。)ノシ

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