男「ダラダラと続いていく」(63)


女「今日からアルバイトとしてここで働くことになりました、女といいます!よろしくお願いします!」


僕のバイト先のペンキ屋に新たなバイトが加わったのは、4月のことだった。

ビー玉のようにキラキラとした瞳が特徴的で、そのハキハキとした喋り方からも明るくて元気な娘という印象を受けた。

小柄な体躯と幼い顔つき、短めのボブカットも相まって、どこか少年のようにも見える。

男(まあ、そんなのはどうでもいいことで・・・)

男(問題は、これからどう接していけばいいかってことだな・・・)


僕がこのバイトを始めたのは去年の夏だった。

有限会社トムソーヤ・ペイント

従業員はバイトを含め十数人。小さな会社だ。

色とりどりのペンキを扱うこの仕事は、灰色の青春を送ってきた僕にとってなんとも皮肉だ。


男(女性とまともに会話したことなんて、ここ数年はねえぞ・・・)

彼女の教育係に任命されたのが昨日。

昨晩は緊張で下痢が止まらなかった。おかげで寝不足だ。

男(コイツはあくまで仕事の後輩、意識するな意識するな意識するな・・・)

男「ぼ、僕は男って言います。えっと、一応君の教育係みたいなもんだから。うん。・・・えー、なんていうか、僕も去年入ったばかりだし、分からないこともこれからたくさん出てくると思いますけど、気軽になんでも聞いてください!」

男(・・・)

男(テンパってしどろもどろになってしまった・・・)


女「はい!」ニコッ

男(あっ・・・)ドキッ・・・

女「男さんですね!よろしくお願いします!」

男「あ、こちらこそよろしくお願いします!」

こうして僕は彼女と知り合った。


男「き、今日はそこの壁塗りますから」

女「はい!」

男「今日使うペンキなんだけど、えっと、溶剤にかなり強いシンナー使ってるから、気分悪くなったらすぐに言ってくださいね」

女「了解です!」

男「・・・」ペタペタ・・・

女「・・・」ヌリヌリ・・・

男(・・・無言・・・)

男(どうしようなんか喋ったほうがいいのか?いや仕事中だし無理にしゃべる必要はないんだがいやしかし)

男(あっちも沈黙に苦痛を感じてるかもしれないしでも何喋ればいいかわかんないし話題ないし)

男(いっそあっちから喋りかけてくれればいいんだがでも新人からグイグイ来ることは普通ないよな)

男(でもこれからも仕事を共にする相手として「こいつ話づれえ」と思われたくもない・・・)


男(・・・無難に行くか。・・・平静を装って・・・)

男「そういえば女さんはなんでこのバイト選んだんですか?」(よし噛まずに言えた!)

女「・・・」ヌリヌリ

女「・・・あっすいません今何か言いましたか?」アセアセ

女「すみません、私集中しちゃうと周りの声が入ってこなくなるタイプで」ペコペコ

男「え、あ、うん、ちょっとなんで女さんこのバイト選んだのかなと思いまして、気になりましてですねハイなんといいますか」

男(・・・台無しや・・・)


女「ここにした理由ですか、そうですね~。私、今年美大に入学しまして」

女「普通のバイトをするよりも、何か勉強になることがしたいなって思ってたんですよね」

女「そんな中、ここの会社の求人を見かけまして。それでですね」

男「へぇ~」

男「・・・」

男(やべっ、会話終わる!何か気の利いた返しをせねば!)


男「び、美大の勉強のためか、すごいですね」

男「僕なんて今年で大学卒業なのに友達一人もいなくてあまりにも暇だからバイトしてるだけだし」

男「ここ選んだのだってコミュ障すぎて接客業無理で、それ以外でバイト探してたらここの求人見つけて、ペンキ塗るだけなら楽そうって理由で選んだだけですし」

男「まあ実際は夏クソ暑いは冬クソ寒いはで、しかも普通にペンキ塗っててもシンナーでラリっちゃいそうになるしww」

男「仕事終わって飯食おうとすれば手に染み付いたペンキの匂いでゲロ吐きそうになるしwww」

男「てか女性恐怖症だから正直今こうして君と話してるのも実は超無理してるっていうかwwww」

男「・・・あっ」


男(またやっちまった・・・)

男(自虐ネタ、僻み、ネガティブ発言、ブラックジョーク気取りの勘違い野郎・・・)

男(しかもこういう時だけヒートアップして饒舌になりやがる・・・)

男(これのせいでいつも周りからドン引きされてしまうというのに・・・)

男(終わったな・・・)


女「・・・ぷっ、あはははははは!!」

男(あっ・・・)

女「あはっ、はひっ、ふー・・・・」

女「いやー、男さんって無口な人かと思ってましたけど、めっちゃ喋るじゃないですか!」

男(よかった・・・引かれてないみたいだ・・・)


数日後

男「いやだからさ、僕が元気を失ったのは高校に入ってからだから」

女「えー、じゃあ高校時代の休み時間とか昼食とかどうしてたんですか?」

男「まあ当然友達なんて一人もいないから休み時間は寝たふりだよね。で、昼は便所飯」

女「べ、便所飯・・・?」

男「読んで字のごとく便所で飯食ってました」

女「ぶっwwwwマジですかそれwwwwwwニオイとかでバレなかったんですかwww」

男「だから生徒用のトイレは絶対使わなかったよ。職員室の隣の、職員専用トイレしか絶対に使わなかったね」

女「wwww食堂とかは使わなかったんですかwww」

男「いやいや!食堂なんて言ったら孤独感で精神崩壊おこすし。人ごみにあてられて発狂しますし。」

女「wwwwwwwww」

男(よく笑う娘だな。初日とキャラが違うけど、こっちが本当か。まあ打ち解けられて何より)


彼女は僕の話によく笑ってくれた。僕の話を引かずに聞いてくれる人なんて初めてだった

会話とはこんなに楽しいものだったのか。そういえば2ちゃんで、自分語りをしている時、人間の脳内では性行為時に匹敵する快楽物質が分泌されてるとか書いてあったな・・・


女「はー、お腹痛いww私、男先輩みたいなタイプの人に会ったの初めてですwww正直ツボですwwww」


彼女の笑い方は、なんと言うか愛想笑いじゃなくて、煽りとかでもなくて、心の底から笑っているようだった。

僕の話で彼女が笑ってくれている・・・人を笑わせるというのは、こんなにも満たされることだったのか


男「まさに灰色の青春ですよ。文化祭も体育祭も、出席だけとって図書室でPSPしてたし」

女「wwwでも登校はしてたんですねwwwえらいwwww」

男「真面目というかチキン野郎だったからね。まあ、イベントというイベントには一切出席しなかったんだけど、なぜか無遅刻無欠席で卒業式の時表彰されてしまった」

女「wwwwwwww」

男「なのに高校時代の記憶が全くない・・・記憶に残っているのは、便所飯と寝たふりの記憶だけ・・・」

女「痛い痛い!wwwwwwwお腹痛いwwwwww」ペシペシ

男「!!!!!!」

男(ボディタッチ・・・こいつ、魔性の女か・・・?)


男自宅


男(・・・・)

男(今僕はとても気持ち悪い想像をしている・・・)

男(それはつまり、「あいつ、俺に気があるんじゃねえか?」という、思春期にありがちな想像だ・・・)

男(しかし僕は自分の気持ち悪さを自覚している。僕みたいなやつがあんな可愛らしい女性に好かれるはずがない・・・きっと彼女はもともとああいうフレンドリーな性格なんだろう・・・)

男(でも少なくとも嫌われてはないだろう!?流石に嫌っている奴にボディタッチなんてしないはず・・・)

男(いやいや待て。ここで勘違いなんてして実は嫌われていたとしたら、僕はきっと立ち直れなくなる)

男(好きになってもどうせ裏切られるだけだ・・・いや、こんなこと考えている時点でもう惚れてるのか?ちょっと優しくされたくらいで、惚れやすすぎるだろう僕・・・)

男(そもそも会って数日の僕なんかにボディタッチを仕掛けてくるなんて貞操観念どうなってんだよ!!ビッチか?ビッチなのか?)

男(どうせ彼氏がいて、今頃もベッドでよろしくやってんだろ?「あなたの白ペンで私のアソコをタッチアップして!!」とかやってんだろ?)

男「・・・虚しい」

男(手の届かないものを貶す癖は相変わらずだな。すっぱいブドウ、ってか)

男「・・・寝よう」


社長「えー、女くんが来てからそろそろ1ヶ月だ。少々遅くはなってしまったが、どうだろう。今夜にでも歓迎会をするというのは」

上司1「いいですねー」

上司2「最近飲み会やってなかったっすしねー」

女「ありがとうございます!私もぜひお願いします!」

男(歓迎会か・・・)

男(僕の歓迎会の時は、酔った僕が調子に乗って「洋物AV女優の手コキのモノマネ」をやって周囲からドン引きされたんだよなー・・・)

男(女さんもいるし、今日は控えめでいこう・・・第一、女さん未成年だしシラフだろうからな・・・)


男「はいはいはーーいwwwwww次は僕の鉄板ネタ「洋物AV女優の手コキのモノマネ」やりまーーすwwwwww」

男(金剛力士像のような表情で右手を高速ピストンさせながら)「シーハーシーハ―シーハーシーハ―・・・ィエス!!カミン!ンォーウ!カミカミカミン!!」シュコシュコシュコシュコ

男「イェア!!オォーウィエスッ!!シーハーシーハー・・・ォウ、ュアカミン?カミン?カミン!?カミン!?ォオーーーーーーゥマイガッッ!!!!!!」バサァッ!!!



上司’S「「「・・・・・・・・」」」シーン

社長「・・・・・・・・・・」シーン

――――――――シィーーーーーーンッ――――――――

男「・・・・ありがとうございましたー・・・」

女「・・・プッ・・・ぶふぉっwwwwwwwww」


男「またやっちまった・・・」

女「wwwまたってwww前にもやったことあるんですかwww」

男「・・・もう終しまいだぁ・・・」

女「wwwwwwww大丈夫ですってwww男さん最高でしたよwwwww」


そして数十分後、凍りついた空気も元に戻り、僕もまたへべれけへと戻っていた・・・


男「え???彼女???いるわけないじゃないですか見ればわかるでしょwwww彼女どころか友達一人すらいないっすよwwww」

男「過去にいたこと??んなもんねえっすよwwwwwどーてーどーてーwwwww僕チェリーボーイwwwww」

上司「(うわこいつめんどくせえ・・・)女ちゃんはどうなの?女ちゃんかわいいし、そりゃ彼氏とかいるっしょ?」

男(!!)ドクン


女「えーそれ聞いちゃいますー?」

上司「いいじゃん、勿体ぶらないで教えてよー」

男(ヤバイヤバイ聞きたくないでも気になるてかなんだこれ動悸が収まらねえ・・・)ドクン・・・ドクン・・・

女「あはは、ちょっと焦らしちゃいましたww」


女「はい、いますよ」

男「――――――」

女「遠距離恋愛ですけどね。いますよ、彼氏」


そこから、家に帰るまでの記憶はない。


それから僕は、普段と何も変わらず生活した。

翌日も普通に三回食べたし、普通にバイトに行ったし、普通に彼女と話した。

いつも通り僕は自虐ネタを話、いつも通り彼女は笑った。

気持ちを気づかれるのが恥ずかしかった。勘違いした自分が恥ずかしかった。

僕は平静を装った。


男「ははっ、ほらな、やっぱり彼氏持ちのビッチだよ。僕みたいなのをからかって楽しんでたんだ」

男「どうせ僕のことを気色悪い勘違い野郎って思ってたんだ・・・」

男「・・・・」

男「・・・うっ・・・ぐっ・・・ううっ・・・・」


そして、彼女を貶して自分を正当化している自分が、一番恥ずかしかった。

僕は声を殺して、気持ちを殺して、ただ泣いた。


それから数ヶ月が経ち、夏が来た

僕はずっとバイトを続けていたし、以前と何も変わらず彼女に接していた。彼女も変わらず僕に接してきた。

その中で、やはり僕は彼女のことが好きなんだなぁ、と再確認した。

会うたび、彼女を好きになった。話すたび、彼女に恋をした。


女「私、8月いっぱい実家に帰ります。男さんには迷惑をかけますが、よろしくお願いします。」

男「おっけーおっけー。ゆっくり休んできておくれ」


女さんの彼氏というのは、地元の同級生らしい。幼稚園からの幼馴染ということを、最近聞いた。

彼女の心に僕が立ち入る隙はなく、彼女にとって僕はただのバイト先の先輩なのだ。

彼女はきっと今、地元に帰って彼氏と過ごすことに心躍らせているのだろう。

それでもいい。僕にはただのバイト先の先輩で十分。それだけでも、今までただのモブキャラだった僕には、十分すぎるほど大役だ。


7月末


男「明日だっけ?実家帰るの」

女「そうですねー、明日の朝には出ようかと」

男「8月の太陽の下で男どもに囲まれて仕事・・・体溶けますわ・・・」

女「すいませんw私は1ヶ月ほど消えますのでwwww」

男「唯一の清涼剤の女さんが・・・もし僕が死んだら、君を末代まで祟るとしよう」

女「なんでですかwwwwひどいwwww」


男「そうそう、今日だけどさ、この壁を全部塗り終わるまで帰ったらダメだってよ」

女「えええええ!?これどう見ても二日に分けてどうにか終わるくらいの面積じゃないですか!」

男「僕もそう思ったんだけど、明日から雨の予報続くからって。時給プラス上乗せするから、どうにかして今日中に片付けろって」

女「社長も無茶なこと言うなー・・・」

男「まあまあ、そこは女さん、明日から休みなんだからいいじゃん。僕は明日も仕事ですよ・・・」

女「ご愁傷様です・・・」


数時間後


男「うへぇーー、もう日が暮れてきた・・・」

女「うわ、もう7時なるじゃないですか!」

男「アトスコシダーガンバレー」

女「疲れすぎて完全に目がイってるじゃないですかwwww」


男「良しっ・・・と・・・」

女「これで・・・最後・・・」

男・女「「やっと終わったーーー」」

女「あ”あ”ーづがれだー」

男「疲れた・・・疲れ果てた・・・」


男「今から片づけて、結局帰るの8時頃か・・・」

女「最速で片付けましょう・・・」

男「・・・」カチャカチャ

女「・・・」カチャカチャ

男(・・・・無言・・・)

男(いつからかな、無言が苦痛じゃなくなったのは)

男(最初の頃は沈黙が嫌で、無理してでも何か話そうと思ってたけど、いつの間にか気にしなくなっていた)


男(僕はこれから、こんな人と出会うことができるだろうか)

男(いつかこのバイトを辞めて、彼女と会わなくなったとして)

男(こんなにも誰かを好きになることが、これから先あるんだろうか)

男(・・・いや、やめよう。納得したじゃないか、これで十分だって)

男(想いを打ち明けたとして、結局彼女を困惑させるだけだ)

男(・・・・・)


女「終わった・・・やっと帰れる」

男「お疲れ様。もう今日は帰ってゆっくり休んで。明日も早いんだろうしね」

女「はい!お言葉に甘えます!それでは、また1ヶ月後に会いましょう!」

男「うん、またね」

男(1ヶ月後か・・・)

男(1ヶ月間、女さんは彼氏の下で・・・)

男(当然、いろいろヤるわけだろ・・・)

男(女さんの・・・唇が・・・胸が・・・そして・・・・・・・・・・・・・・・・・・!!!)



男「女さん!!!!」


女「・・・は、はい・・・」

男「あ・・・えっと・・・」

男(しまった、何だ僕は、何なんだ)

男(なんかこう、感情が溢れ出してつい呼び止めてしまったけど・・・呼び止めて、いったい僕はどうするつもりなんだ・・・?)

女「・・・あの・・・」

男(どうしよう・・・すごい怪訝そうな顔してる・・・やばい・・・)

男「あ・・・えっと・・・」





「「「「「どんっ」」」」」




男・女「!!!」


ヒュルルル・・・・「「「「どんっ」」」」パララララ・・・・


女「・・・花火・・・」

女「男さん!花火ですよ!!」

男「う、うん・・・」

男「さ、さっき今日花火大会があることを思い出してね、それで呼び止めたんだけれども」

男「ちょっ、ちょうど今始まったみたいだね」


女「やっぱり都会だと花火も大きいですね」

女「私の地元は結構田舎なんで、花火大会なんて公園と市役所のぐらいで」

女「打ち上げる花火も、結構小さかったんですよね」

女「だから、こんな大きい花火を見るのは・・・初めてです」

男「・・・うん」

男「・・・あのさ、」

男「ちょっと自分語りしてもいいかな」


男「知ってのとおり、僕って卑屈なやつなんだけどさ」

男「自分に自信がないから、直ぐに自虐に走っちゃうし。自分の意見がないから、ずっと流されて生きてきたんだよね」

男「小中の時はさ、まだ友達はいたけど、習い事ばっかやっててさ。お祭りとか、そういうのには一度も行かなかった」

男「ただ親に言われたことだけやって、反抗期もなくて、手のかからない良い子なんて言われてた」

男「高校からは部活もバイトもやってなくて、人と会話することすら少なくなってさ、誰からも否定も肯定もされないから、自分の存在ってなんなんだろうって、よく考えてた」

男「大学に入ってからも、そもそも友達のつくり方を忘れてたから。高校の時と何も変わらなかったよ。就職も、このままここの正社員だ。はは、ペンキなんて全く興味ないんだけどね」

男「僕には、自分ってものがわからないんだよ。主義も主張も信念もない、これからやりたいこともない、自分が折れそうになった時に支えてくれるような、そんな思い出もない」

男「人と会話しなくなって、人から評価されなくなって、存在価値がわからなくて。自己嫌悪だけで生きてきた」


男「だからさ、女さんがバイトの後輩に来てくれて、なんていうか本当に救われたんだよね」

男「最初は知らない女性と会話するなんて本当に嫌だった」

男「先輩後輩って立場の違いがなければ、僕はきっと君に話しかけることすらなかったと思う」

男「僕が初めて君に自虐ネタを話してしまった時、絶対に引かれると思って本当に後悔したよ」

男「いつもアレをやって、周りから人がいなくなっていったから・・・」

男「でも君は、普通に笑ってた」

男「あの瞬間、大げさかもしれないけど、あ、僕ここに存在してもいいんだ、って思った」

男「ここにいてもいいよって、肯定された気がして、なんだか救われた」


男「・・・女さん、さっきこんな大きな花火を見るのは初めてって言ってたけど」

男「僕はさ、家族以外の誰かと花火見るの、これが初めてなんだよね」

男「・・・あのさ、今からすっごく気持ち悪いお願いをするんだけど、どうか我慢して聞いてくれないか?」


男「今、君と花火を見ているこの瞬間を、僕の思い出にさせてください」


男の自宅


男(・・・・・)

男(女さん、すっげえ戸惑ってたな・・・悪いことをした・・・)

男「・・・ってか僕気持ち悪すぎだろ・・・。なんだよ、「今、君と花火を見ているこの瞬間を、僕の思い出にさせてください」って・・・」

男「うわわわ、思い出したら鳥肌立ってきた・・・」

男(ていうか、完全に僕の気持ちバレただろうな)

男(しかも普通に「好きです!付き合ってください!!」とか言うならまだしも、何倍も何十倍も遠まわしで気持ち悪いし・・・)

男「女さん、地元でも僕のあの気持ち悪い姿を思い出してないだろうか・・・」

男(そうだとしたら、本当に悪いことしたな・・・)

男「・・・・。まあ、このままってわけにはいかないよな・・・」

男「・・・いいさ。どのみち、そうするつもりだったんだ」




1ヶ月後


女「お久しぶりです!」

社長「おう、久しぶり。どうだい、休みは満喫できたかい?」

女「それはもう!」

女「・・・あれ?そういえば男さんは今日休みですか?」

社長「あー・・・、あいつか・・・」

女「?男さんがどうかしたんですか?」

社長「男は辞めたよ、ちょうど女ちゃんが地元に帰ってすぐくらいかな」

女「え・・・」

社長「あいつ、ここの就職も決まってたんだがな。「他にやりたいことが出来た」とか言って、辞めちまったよ」

女「・・・」

社長「最初は仕事もひどかったし、ちと絡みづらいやつだったが。見所がある奴だと思っていたんだが・・・」


女「・・・社長。男さんの通ってる大学って、どこでしたっけ?」


男の通う大学


男「はぁ・・・・」トボトボ

男(就職先また見つけないとならないのはしんどいなぁ・・・)

男(今からでも授業サボりまくって、就職留年でもすっかな・・・)

男「・・・逃げてばっかりだな、僕・・・」トボトボ


???「全く、その通りです」



男「え・・・」

???「何逃げちゃってるんですか。私を思い出の中だけのキレイな存在にでもしようとしちゃってるんですか?そうはいきませんよ。今は男さんは先輩でもなんでもないんですから。私だって、言いたいこと言わせてもらいます」

男「な、なんで・・・」

女「私、今すごく怒ってるんです。逃げようったって、そうはいかないんだから」



近くのファミレス


女「社長から聞きましたよ、やりたいことが見つかったから辞めたって」

男「・・・」

女「私、うぬぼれてました。男さんとは仲良かったと思っていたんですけど、なんの連絡もせずに辞めるだなんて。」

女「私は相談するに値しないですか?私が男さんと仲が良いなんて思い上がりですか?」

男「・・・やめてくれ」

男「もういいよ。気づいてるんだろ?やりたいことなんて何もないよ。僕がバイトを辞めたのは君から逃げるためだ・・・」


女「私から逃げるって、どうしてですか?私、男さんになにかしましたか?」

男「何も。君は何もしてない。僕がしたんだ。僕が勝手に自爆して、勝手に逃げた。それだけ」

男「僕が全部悪いんだよ。今までみたいに。だから、もう僕に関わらないでくれ」

女「・・・なに達観しちゃってるんですか?」

女「男さんは今、子供みたいにいじけてるだけです。思い通りにならないからって、拗ねてるだけですよ」

男「・・・うるさい、君に僕の何がわかる・・・」

女「わかりませんよ。あなたが何を考えているのか、そんなの言葉にしてもらわないとわかりません」

女「でもわかりますよ。男さんは、察して欲しいんですよね。言葉にしなくても、理解して欲しいんですよね。だけど、それは無理です。私とあなたは違うんですから」


女「私は、男さんのこと好きですよ。人間として。」

女「それは、男さんがなんでも打ち明けてくれたから。私は、自分の弱い部分を人にさらけ出せるのは、すごいことだと思います」

女「人は誰でも自分をよく見せようと虚勢を纏うものです。でもそれは心が触れ合うことを拒む壁になってしまう」

女「でも、男さんには壁を感じなかった。1ヶ月前のあの時も。あれは、剥き出しの男さんの心でしょう?」

男「・・・心をさらけ出すのは、怖いし恥ずかしいよ」

男「剥き出しの心は痛みにも恐怖にも敏感で、自分で触れただけでも傷つけてしまう」

男「でもね、それしかできないんだよ。僕には自分がないから。」

男「自分がない僕の心には、不安しか入ってないんだ。だから僕は自虐しかできない」

男「僕はきっと、誰かに踏み込んできて欲しいんだ。消えない足跡を刻みつけて欲しいんだ」


女「なら男さん、あなたはいつ踏み出すんですか?」

男「!」

女「私の心だって、踏み込まれなければ、なんの痕だって残りませんよ」

男「・・・僕は・・・」

男「・・・怖いんだ。踏み込んだ先で傷つくのが。踏み込まれて傷つくのはいい、でも・・・」

男「いや、違う。僕は、拒絶されるのが怖いんだ。大丈夫だと思った先に壁があったら・・・」

男「壁なんてないと勘違いしていたら・・・それに気づいてしまったら・・・」

男「僕は耐えられ「男さん」

女「・・・」

女「男さん、踏み出そうとするあなたの足を引っ張っているのは、紛れもなくあなたの手ですよ」


男「・・・」

男「・・・女さん。今から僕が言うことを、どうか最後まで黙って聞いて欲しい。」


男「僕は君が好きだった」


男「君に会ってすぐ、僕は君に恋をした」

男「でも、告白なんてする気はなかった。君が僕のことを好きじゃなくても良かった。僕なんてどうやっても手が届かないと思ってた。僕はただのバイトの先輩で十分幸せだった」

男「けど、君に彼氏がいるって知って。最初から手なんて届かないと思っていたくせに、僕は心の中で君のことを、貶して貶して貶しまくった。グリム童話のキツネみたいに」

男「本当は、もしかしたら、僕でも手が届くんじゃないかって、期待してたんだ。だからそれが勘違いだったって気づいたとき、僕はひどく恥ずかしかった」

男「勘違いして浮かれていた自分が恥ずかしかった。そして君を「あのブドウはどうせ酸っぱくて食べれない」と貶める自分が、何より恥ずかしかった」


男「それから僕は、自分の存在がひどく恥ずかしくて、いたたまれなくて、感情を隠して平静を装って過ごすことにした」

男「君に嫌われるのが怖かった。ならば嫌われる前に僕から嫌ってしまおうと考えた」

男「でも無理だった。いくら心の中ですっぱいブドウだって言い聞かせても、僕は会うたび君のことが好きになっていた」

男「そして1ヶ月前のあの日、君が実家に帰る前日」

男「君が彼氏のもとに帰ってしまう、本当に僕の手の届かない所に行ってしまう・・・」

男「そして君と花火を見上げたあの時僕は」

男「完全に諦めることを決めた」


男「僕はね、人は誰しも、思い出すだけで心が折れそうになったとき自らを支えてくれるような、永遠の瞬間を持ってると思うんだ」

男「でも僕にはそれがなかった」

男「女さん、君は些細なことだったって思うかもしれないけど」

男「君と花火を見上げながら、僕の心を打ち明けたあの瞬間」

男「あの瞬間が、僕の永遠だった」



男「僕はもう、君がいなくても大丈夫」

男「だから、もう君と会うことはしない。今までありがとう」




男「・・・・」

女「・・・・」

女「・・・言いたいことは以上ですか?」

男「・・・え、あ、はい」

女「じゃあ次はこっちの番ですね」

男「・・・え?」


女「まずは謝罪からさせてもらいます。あなたから本音を引き出すためにわざと焚きつけるような発言をしました。申し訳ありません」ペコリ

女「では本題に入ります。男さん、あなた話している途中で自分に酔っていましたね?あなたがしているのは自己嫌悪ではなく、自己憐憫です。自分への同情は、自己愛そのものですよ」ニコリ

女「それと男さん、あなた本人を目の前にまるで過去の事のように語って、あくまで過去と決別したような物言いでしたが、あなたの出した結論は、私との思い出を糧に生きていくとのことであって、全然過去と決別できてないですよね?」

女「男さんには長々と悦に入りながら語っていただきましたが、これではっきりわかりました。」

女「あなたは、つらつらと言い訳を連ねながら、結局は自分の都合の悪い事全てから逃げているだけなのですね」





男「・・・・・」

男「・・・うっ・・・ぐっ・・・ううっ・・・・」

女「あら、泣いているのですか?」

男「なっ・・・何なんだよ君はっ・・・ぼっ・・・僕をいじめてそんなに楽しいのかよ・・・」

女「あら、いじめるだなんて心外」

男「だっ、大体なんだよ、いつもと全然キャラが違うじゃないか!今までのは演技だったのかよ!僕を騙してたのかよ・・・」

女「男さん、思い出の中の私をキレイなままにしていたいのはわかります。でも、そうはいきませんよ」


女「漫画の登場人物じゃないんです。私は場面によってキャラを使い分けもします。でも、それは男さんだって同じことでしょう?」

女「確かにあなたはそういうことが苦手かもしれない。でも、アルコールの力を借りたとはいえ、飲み会の席の下品な男さんも、潜在的なあなたですよ」

女「結局、自分の中にいない自分は出せないんですよ。普段の男さんも、下品な男さんも、悦に入ったポエマーな男さんも、あなた自身に変わりはありません」

女「バイト中に男さんと話す私も、今男さんをいじめてゾクゾクしてる私も、私に変わりはありません」

男「おい!さっき「いじめるだなんて心外」とか言ってたじゃねーか!」


女「それに男さんがあのまま姿を消したとして」

男「無視すんな!」

女「県外に引っ越すお金はあるんですか?大学はどうするんですか?」

男「っ・・・」

女「このままここで暮らすのでしょう?世界は狭いですよ。どうせそのへんのコンビニでばったり出会って気まずくなったりするんです」

女「この世に都合のいい最終回なんてないんです。自分では終わったと思っても、この日常はダラダラと続いていくんですよ」

女「あ、日常つながりで思い出しましたけど、男さん仕事はどうするんですか?こんなことで内定を棒に振ったわけですけど、4月には大学卒業するんでしょう?」

男「・・・・」シュン

女「まさかとは思いますが、就職留年なんて考えてないですよね?先送りは逃げてるのと変わりませんよ」

男「・・・うっ・・・うっ・・・ううっ・・・・」ポロポロ

女「・・・・・」



女「そ、そういえば社長が、求人出しても一向にバイトがこないって嘆いてましたよ」

女「来年4月の正社員としても、ぜひ男さんに戻ってきて欲しいと・・・」

男「・・・ほんと?」グスッ

女「・・・・」ゾクッ

女「嘘です」

男「えっ」

女「だから、嘘です」



男「・・・」

男「・・・・・」

男「ウボァアアアーーーーーーーー!!!!!」ジュルビシャァアアアア

女「・・・ぷっ・・・」

男「おでででええええおででででえええええええええ」シャバババジャビャァアアアア

女「・・・ぶううーーーっ!!!あは!!あはははははは!!!!!あはははははっははははっははは!!!!!」

男「・・・はっ、あまりのショックに正気を失っていた・・・」

女「ひっひっひーっwwwwwお腹痛いwwwwww」


女「すいません、社長の話、本当ですww」

男「え?嘘なのが本当なの?本当なのが嘘なの?なんなの?」

女「だから、社長がバイトとして戻ってきて欲しいし、4月からの社員にもなって欲しいとwww」

男「ほんと?」

女「はいww」

男「ほんとのほんと?」

女「だから本当ですってwwwww」

男「・・・よかったぁ~」ヘナヘナ

女(本当は私が社長に頼み込んだのですがw恩着せがましいのはやめておきましょうww)



女「これでわかりましたか?日常ってもんは、どこまで行ったって金魚のフンみたいについてくるんです。逃げようったてそうはいきませんよw」

男「わかりました・・・」

男(そういえば、女さんキャラ戻ってる・・・。)

男「女さん、怖いからあのキャラもうやんないでね」

女「えww私に怯える男さんも面白いんで、忘れかけたころまた使いますよwww」

男「ええええーーー!!」

男(あれ?何か女さんより立場下になってるような・・・)


男「まあ、いいか」




あれから僕はバイトに戻り、以前の生活に戻った

女さんには頭が上がらなくなったが・・・

大学の単位も無事取得できたし、4月からは晴れてここの正社員だ

女さんは相変わらず彼氏と付き合っていて、正月にも地元に帰っていた

僕は、初詣で賽銭箱に諭吉を放り込み、二人が別れることを祈願した

・・・そう、僕は未だ彼女に恋をしている。以前より強く惹かれていると言ってもいい。

やはり僕は、彼女の笑顔がたまらなく好きなのだ。



去年の4月から本当にいろいろあって、それもとりあえずはここで一区切りだけど。

これから先も、

成功したり、失敗したり、

うまくいったり、いかなかったり、

打ちひしがれたり、

恋をしたり、

恋に敗れたり、

少しだけいい事があったり。


かっこ悪くて、痛々しくて、気持ち悪くて、みっともなくて。

漫画の主人公みたいにはいかないけど、

そうやって日々を積み重ねて


僕たちの日常は―――――


ダラダラと続いていく。





おしまい

諭吉…

乙っす
ラストで二人がくっつかなかったのは良かった

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