女神・2 (766)

とりあえず次スレ立てました
投下は可能なら後ほどに

前スレ
女神

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1337768849(SS-Wikiでのこのスレの編集者を募集中!)

「そんなんじゃないよ。部活の後輩」
 僕は戸惑いながらもとりあえず母さんのからかい気味の誤解を解いた。それにしても妹が僕の家を訪ねて来るとは予想外にも程がある。以前からいきなり教室に訪ねて来たりしたことはあったけど、まさか休日に自宅に尋ねてくるとは感がえたことすらなかった。

 母さんが僕の言い訳をどう思ったかはわからないけど、もう僕をからかうのはやめたようで、じゃあ入ってもらうねとだけ言って再び階下に下りていった。

 少しして母さんに案内された妹が僕の部屋に入ってきた。相変わらず気後れする様子がない妹だったけど、かと言って馴れ馴れしい様子もなかった。これなら母さんも彼女に好感を抱くだろう。

「先輩、こんにちは」

「あ、うん」
 僕の返事は自分でも予想できていたようにぎこちないものだった。母さんはそんな僕の反応を見て内心面白がっていたようだった。

「わざわざお見舞いに来てくれてありがとう。もう熱も引いてるしうつらないと思うからゆっくりしていってね」
 母さんは妹にそれだけ言って部屋を出て行った。

「あ、はい。ありがとうございます」
 妹も礼儀正しく返事した。

 母さんが部屋を出て行った後、僕たちはしばらく黙っていた。僕は妹の姿を盗み見るように眺めた。学校で見かける制服姿の妹は守ってあげたいという男の本能を刺激するような、女の子っぽく小さく可愛らしい印象だったから、僕は何となく私服の彼女ももっと少女らしい格好をしているのだと思い込んでいた。いくらリアルの女子のファッションに疎い僕でも、さすがにギャルゲのヒロインのような白いワンピースとかを期待していたわけではないけど、妹なら何というかもう少しフェミニンな、女性らしい服装をしているものだと僕は勝手に想像していたのだった。

 そんな童貞の勝手な思い込みに反して妹の服装は思っていたよりボーイッシュなものだった。別に乱暴な服装というわけではなく、それはお洒落だし適度に品もあってこれなら服装に関しては保守的な僕の母さんも眉をひそめる心配はなかっただろう。そんな妹は僕の方を見てようやく声を出した。

「先輩、具合はどう?」
 それは落ち着いた声だった。

 僕は急に我に帰り、自分のくたびれたスウェット姿とか乱れたベッドで上半身だけ起こしている自分の姿を彼女がどう思うか気になりだした。

「うん。明日からは学校に行けると思う。心配させて悪かったね」

 僕は小さな声で妹に答えた。妹は僕の具合なんか気にしていなかっただろうけど、それでもやはり心配はしていたはずだった。それは僕が実行を約束した作戦がどうなっているのかという心配だったと思うけど。

「突然休んじゃってごめん。一応、メールはしたんだけど」
 そのメールに対して妹は返事をくれなかったのだ。でも僕はそのことを非難しているような感情をなるべく抑えて淡々と話すよう心がけた。

「病気なんだから仕方ないじゃない。先輩が謝ることなんかないのに」
 妹はそう言って改めて僕の部屋を眺めた。

「あ、悪い。そのカウチにでも座って」
 妹を立たせたままにしていることに気がついた僕は、妹に少し離れた場所にある椅子を勧めた。

「うん」
 妹はそう言って、どういうわけかベッドから離れたところに置いてあるカウチを苦労して引き摺って、ベッドの側に移動させてからそこに腰かけた。カウチの位置がベッドの横に置かれたせいで僕の顔のすぐ側に妹の顔があった。

「本当にもう大丈夫なの?」
 妹は僕の額に小さな手のひらを当てた。その時僕は硬直して何も喋ることができなかったけど、胸の鼓動だけはいつもより早く大きくなズムを刻み出したので、僕は額に当てられた彼女の手に僕の鼓動が伝わってしまうのではないかと心配した。

「熱はもうないみたい。先輩のお母様の言うとおりもう風邪がうつる心配はないね」
 妹はそう言った。

 僕の熱を測り終えた妹は、僕の額に当てた手をそのままにしていた。そして不意に小さな身体を僕の方に屈めた。今度は妹の唇は前より少しだけ長い間僕の口の上に留まっていた。

 妹が顔を離して再びベッドの側に寄せたカウチに座りなおした。いつも冷静な表情が少し紅潮しているようだった。

「・・・・・・何で?」
 僕は混乱してうめくように囁いた。「何で君はこんなことを」

「何でって・・・・・・。風邪はうつらないみたいだし。先輩、そんなに嫌だった?」

「嫌なわけないけど、何で君が僕なんかにこんなことを」

「先輩、あたしのこと気になるって言ってなかったっけ?」

 確かに僕は妹にそう言った。恋の告白と同じレベルの恥かしい言葉を僕は前に妹に向かって口にしたのだった。

「・・・・・・でも、君と僕なんかじゃ釣り合わないし、それに君は誰とも付き合う気はないって」

「何で先輩とあたしが釣り合わないの?」
 まだ紅潮した表情のままで妹が返事をした。「あたしじゃ先輩の彼女として不足だってこと?」

 何を見当違いのことを言っているのだろうか。わざとか? わざと僕のことをからかい牽制しているのだろうか。それともこれは、女に対する作戦に僕が怖気づくことのないようにするための言わば餌なのだろうか。

「彼女って・・・・・・。僕は最初に君に振られたんだと思って」

「そうか。そうだよね」
 妹はもう顔を赤らめていなかった。むしろ今まで見たことのないほどすごく優しい表情で僕を見つめていた。

「何であたしに振られたと思ったのに、こんなにあたしのためにいろいろとしてくれてるの?」
 僕はどきっとしてあらためて彼女を見た。これは惚れた欲目だ。僕の心の中で警戒信号が鳴り響いた。

 ・・・・・・妹のような子が僕を本気で好きなるはずがない。これは言わば馬車馬の目の前にぶらさげる人参のようなものだ。あるいはひょっとしたら妹は僕に相談しているうちに、陽性転移を発症したのかもしれなかった。そうであればそれは当初の僕の目的のとおりだった。でもこれまで妹とべったりと時間を過ごしてきて、妹のために無償で、自分を滅ぼしかねない行為を行うことに決めた僕は、今では陽性転移的な妹の感情なんて欲しくなかったのだ。

 それとも彼女は陽性転移的な感情ではなく本心から僕のことを好きになったのだろうか。それはいくら言葉を重ねても答えの出ない類いの疑問だった。僕よりももっとリア充のカップルにも等しく訪れることはあるだろう男女間の根源的な問題だったのかもしれない。

「何でって・・・・・・」
 僕は再び口ごもった。

「先輩はもうあたしには興味がなくなっちゃった?」
 妹の柔らかい言葉が僕の心に響いた。

「女さんとお兄ちゃんのことばっかり気にしてるあたしなんかにうんざりしちゃったかな」

「そんなことはないよ。約束どおり明日から僕は、女さんと兄君を別れさせるために」

「そんなこと聞いてないじゃない」
 突然妹が初めて感情を露わにして言った。「女さんとかお兄ちゃんのことなんか今は聞いていないでしょ」

 妹は僕の方を見つめた。

「先輩が今でもあたしのことを・・・・・・その、好きかどうか聞いてるんじゃない」

「・・・・・・本当に僕なんかでいいの?」
 僕はもう自分自身を誤魔化すことを諦めた。振られて傷付くなら一度でも二度でも一緒だ。僕は心を決めた。一度振られたつもりになっていた僕だけど、ここまで言われたらもう一度ピエロになろう。その結果妹に利用されたとしてもそれはもはや今の僕には本望だった。

「今でも僕は君のことが大好きだけど・・・・・・」

 その時、妹の冷静な表情が崩れ彼女は静かに目に涙を浮かべた。

「先輩って本当に女心に鈍いんだね。あたし、手を握ったりキスしたり一生懸命先輩にアピールしてたのに」

「その・・・・・・ごめん」
 僕は何を言っていいのかわからなくなっていたけど、期待もしていなかった妹の好意への予感は急速に胸に満ち始めていた。

「女の子にあそこまでさせておいて、何も反応しないって何でよ? 先輩って今までいつも女子にここまでさせてtaの?」
 妹は涙を浮かべたままだったけど、ようやくいつものとおりの悪戯っぽい表情になった。

「そんなことはないよ。だいたい僕はこれまでもてたことなんかないし」

「嘘ついちゃだめ」
 妹は見透かしたような微笑を浮かべた。

「先輩、中学時代にすごくもてたって。先輩と同じ中学の子に聞いちゃった」

 それは陽性転移だ。でもこの場でその言葉を口に出す気はなかった。妹がかつて僕が女の子に人気があったと思い込んでいるなら何もそれを否定する必要はない。

「あと絶対副会長さんって先輩のこと狙ってると思うし。この間だって副会長さん、あたしたちに嫉妬してたよね」

「それはない」
 僕は即答した。少なくともそれだけは妹の勘違いだった。

 妹が話を終えたせいで、またしばらく僕たちは沈黙した。

 やがて妹が再び僕に言った。

「先輩、あたしはっきり返事聞いてない」

「君のことが好きだよ。僕なんかでよければ付き合ってほしい」
 僕はもう迷わなかった。例えこれは自分の破滅に至る道だったとしても後悔はしない。

「・・・・・・・うん。これでやっと先輩の彼女なれた」

 僕は思わず妹の手を握った。

「ありがとう」僕はようやくそれだけ低い声で口に出すことができた。妹も僕の手を握り返した。

「ありがとうって、何か変なの」
 彼女は笑った。そして再び僕たちはどちらからともなくく唇を交わした。そのときふと目をドアの方に向けると、母さんが紅茶とお茶菓子を持って部屋の外に立っていた。

 さすがに妹は僕から身を離して赤くなって俯いてしまった。でも母さんはどういうわけか嬉しそうに僕たちに謝った。

「お邪魔しちゃってごめんね。妹さんからお見舞いに頂いたケーキを持って来たのよ。妹さん、お持たせで悪いけど食べていってね」

「はい。ありがとうございます」
 さすがの妹も恥かしかったのだろう。母さんの方を見ないでつぶやくように言った。

「じゃあ、ごゆっくり」
 母さんはそう言って部屋を出て行った。

「紅茶、どうぞ」
 僕はとりあえず妹に勧めた。

 ここまで幸せな展開になるとは思わなかった僕だけど、それでも心のどこかには例え妹が本当に僕のことを好きになったのだとしても、それは女と兄君関係の作戦の同志としての感情から始った恋だという考えは拭いきれなかった。もちろんそれでも僕は充分満足だった。きっかけはどうあれ、妹の僕への気持ちが陽性転移でなければ僕はきっかけがどうであろうとその結果には満足していた。

 でも、この恋のきっかけとなった女関連の作戦は僕のせいでまだ始ってすらいなかった。僕はもう迷いを捨てて妹のために全身全霊でこのミッションをやり遂げる覚悟ができていた。それで、僕は今日くらいは作戦のことは忘れて妹とお互いに抱いている恋愛感情について甘いやりとりを
したいという気持ちもあったのだけど、無理にそれを抑えて作戦の話をしようとした。それが妹の望むことでもあったのだから。

「それでさ、明日のことなんだけど」

「うん」
 いつも活発な彼女らしからぬ大人しい声。

「明日、女さんと兄くんの担任の先生に捨てアドからメールしよう。最初は大人しい方の女神スレの過去ログ、ミント速報のやつだけどそのURLを匿名で先生に知らせよう」

 どういうわけか妹は黙ってしまった。

「妹・・・・・・? どうかした」

 妹はあからさまに不機嫌そうに僕を見上げた。いったい僕の何が悪かったのだろう。僕は妹の希望通りの言葉を口にしただけなのに。

「先輩、あたしたちって今付き合い出したんだよね」

「う、うん」

「何でこういう時にそんな話をするの? そういうのは明日学校ですればいいじゃない」
 妹は可愛らしく僕を睨んだ。

「今はもっと違うお話を先輩としたかったのに」

 不意に僕の胸が息もできいくらい締め付けられた。でもそれは僕がこれまで経験のないほど幸せな甘い息苦しさだった。

「・・・・・・もう一回好きって言って?」
 妹は僕の方を見上げて言った。

「大好きだよ」
 今度は僕の本心だった。妹はようやく機嫌を直したように笑ってくれた。

「あたしも先輩が大好き」

 妹が僕に抱きついてきた。僕たちは再び抱き合って唇を重ねた。

本日は以上です

このスレで何とか終らせたいと思いますが、それでも長くなりそう

おやすみなさい

 その日は遅くなって妹が帰るまで、僕たちはお互いのことを夢中になって語り合った。僕が自分の気持を思い切って彼女に正直に話すのはこれが初めてではないけど、妹が言葉で気持ちを語ってくれたのはこれが初めてだった。

「最初はね、お兄ちゃんのメールを見て女さんがああいうことをしてるってわかったんだけど、自分ではこれ以上どうすればいいかわからなくて、でもこのまま放っておく気には全然なれなくて」

 僕たちは僕と妹の馴れ初めから恋人同士になった今に至るまでの心境を語り合ったのだった。僕が話せることはあまりなかった。妹に惹かれて好きになったこと、そのためにはたとえ妹が僕のことなんかに振り向いてくれなくても妹に協力しようと思ったこと。自分ではもっといろいろ複雑
な想いを抱えて悩んできたつもりだった僕だけど、いざ妹に話すとなるとわずか一言二言で僕の話は終ってしまった。でも妹は別にあきれるでもなく微笑みながら僕の話を聞いてくれた。それから彼女は自分の想いを語ってくれたのだった。

「それで自分でもすごく単純な発想だったけど、パソコンの前で悩んだことを解決するんだからパソコン部に入ろうって思ったの」

「それであの日に君はパソ部の部室にいたんだね」

 僕は彼女と初めて出会った日を思い出した。遠巻きに見守る部員たちに話しかけてさえもらえず、妹にしては珍しく心細そうな姿で俯いて座っていたいたその姿を。それはついこの間の出来事だったのに、僕には遥か昔のことのように思えた。あの時部室で俯いていた大人しそうな、まるで人形のような少女が僕の彼女になるなんて、あの時は夢にも思っていなかったのだ。まあ、知り合ってみると彼女は決して大人しく儚い少女では全然なく、むしろ物怖じしないはきはきとした性格だったのだけど。でも、そういう新たな発見さえも僕を妹に更に惹きつける一因となったの
だ。

「最初はどうしようと思ったよ。誰も話しかけてくれないし、副部長さんも部長が来るまで待っててくださいって言ってくれただけだったし」

「でもそのおかげで先輩と知り合えたんだもんね。パソ部に顔を出してみてよかった」
 妹は微笑んで僕の手を握った。

「うん」
 僕もそれには全く同感だった。人生は偶然の出会いに満ちている。そんなありふれた陳腐な言葉がこれほど真理だと思ったのは生まれて初めてだった。

「正直に言うとね。最初は先輩のことあたしの話をよく聞いてくれて相談に乗ってくれるいい先輩としか思っていなかった」
 彼女はそう言って、今度は僕の手を自分の指でなぞるように撫で始めた。思わずその感覚に心を取られそうになった僕は気を引き締めて彼女の話に集中しようと努力した。

 今でも僕は自分の置かれた境遇を心から信じ切れていなかった。だから僕は自分の心の安らぎを求めるためには妹が今語りだした妹の心境の変化を聞くしかないと思った。それで僕は自分の手に感じている心地よい違和感を半ば無理に意識の外に締め出した。

「でもね。先輩って自分のことはあまり話さないであたしの話ばかりを聞いてくれてたでしょ? あたし、先輩に話を聞いてもらっているうちに自分が本当は何をしたいのかが整理できて、それで先輩には本当に感謝したんだけど」

「そうなの」

「だけどね、自分の気持が整理できたら今度は先輩が何を考えてあたしの話を親切に聞いてくれているのか、それがすごく気になるようになちゃった。ほら、あたし最初に先輩に酷いこと言ったじゃない? 誰とも付き合う気はないって」

 それはよく覚えていた。でももともと彼女と付き合えるなんて期待すらしていなかった僕は、その時は妹のその言葉にそれほど傷付くことはなかったのだ。

「おまえ何様だよ? って感じだよね。あんな思い上がったことを先輩に言うなんて。先輩、あの時は本当にごめんなさい」

「・・・・・・無理はないと思うよ。僕なんかに君が気になるとか気持ち悪いこと言われたら、君だってそれくらいは釘刺しておこうって思うのは当然だよ」

「何で先輩って、すぐに僕なんかとかって自分を卑下したような言い方するの?」
 今までの優しい表情に変って妹は少し憤ったような顔で僕に聞いた。

「何でって・・・・・・」

「先輩はもう少し自分に自信を持った方がいいと思うよ」

 僕は黙って頷いた。妹はもう少し何かを話したそうだったけど結局回想の続きを話し始めた。

「それで先輩にいろいろ女神スレのこととか教わったりパソコンを選んでもらったりしているうちにね、あたし何か、先輩に女さんとお兄ちゃんの話をすることなんかどうでもよくなってきちゃって」

 え? 僕はその時妹の言葉に驚いた。僕のことを好きになったのは本当だとしてもその根底には妹の兄君への執着があることについては僕はこれまで疑ってさえいなかった。一番僕にとって望ましい事態は、妹が兄君を助ける同志としての僕を好きになることであって、僕はそれ以上の
ことを考えたことすらなかったのだ。一番最悪のパターンは妹が僕を利用するために僕を好きになる振りをすることで、次に悪いのは陽性転移だった。そんなことを考慮すれば、たとえ目的を同じにする同志としての愛情であっても僕にとってはそれは充分すぎる答えだった。

「その頃からかなあ。あたし自分でも何を悩んでいるのかよくわからなくなちゃって。お兄ちゃんのことを考えてたはずなのに、先輩ってあたしの話を聞きながら何を考えてるんだろうってそっちの方に悩むようになっちゃった」

 陽性転移を発症したクライアントは傾聴者が何を考えているのか知りたいなんて思わない。彼女たちが傾聴者に恋するのは傾聴者の中に写った自分に恋をしているのだ。その恋はクライアントにとっては自己愛と同義といってもいい。自分を唯一認めてくれ自分に関心を持ってくれる相手としての傾聴者だけが、クライアントにとっての恋愛対象ということになるのだった。

 妹の話はそれを真っ向から崩すものだった。妹は僕が何を考えているのか知りたいという気持ちを抱き、そしてそれが僕への恋愛感情に転化していったようだ。かつて僕の人生の中で唯一僕のことを好きだと言った女でさえ、僕を好きな理由は僕が彼女のことに関心を示し彼女の話をひたすら聞いてくれる相手だったからだった。僕は彼女の承認欲求を満たしてあげる一点だけで、彼女の中で特別な存在でいられたのだった。

 でも妹は僕自身に関心を抱いてくれた。そう言えばさっき、妹に愛情を示された僕が気を遣って女と兄君を別れさせる作戦を披露してあげようとした時、どういうわけか不機嫌になった妹の言葉が心に思い浮んだ。


「何でこういう時にそんな話をするの? そういうのは明日学校ですればいいじゃない」
僕を睨む妹の表情。

「今はもっと違うお話を先輩としたかったのに」


 そうだ。もう勘違いではなかった。僕には今度こそ本当に僕のことを心か愛してくれる彼女ができたのだった。

長くて読めないから
三行でまとめて

 そんな僕の感傷には気がつかず妹は話を続けた。

「この間の朝、副会長さんが先輩を責めてたでしょ? あの時あたし頭が真っ白になって、先輩のことを責める副会長さんが許せなくて・・・・・・あの時にはもう先輩のこと好きになってたのね、きっと」

 僕はもう何も言葉にできず黙って僕の手の上で動いていた妹の小さな手を捕まえてぎゅっと握り締めた。

「多分、あたし副会長さんに嫉妬もしてたんだと思う。それで次の日にお兄ちゃんと女さんがいちゃいちゃしてて」

 やっぱり辛いのだろう。彼女はそこで俯いて言葉を止めた。

「でもその日も先輩は優しくて、あたしのために自分には何の得にもならないことをしようって言ってくれて」

「・・・・・・うん」

「先輩がお休みしている間、とにかく寂しくて仕方なかった。でも、そのおかげで自分の気持に初めて向き合うことができたの」

「それでメールなんかじゃ嫌だから直接先輩に告白しようって思った。あれだけいろいろアピールしたのに先輩何もしてくれないんだもん」

 妹の告白もこれで終わりのようだった。

「先輩、大好きよ。あたしのこと見捨てないでね」

「・・・・・・何を言ってるの。それこそ僕のセリフだよ」

「相変わらず無駄に自己評価が低いのね。あと先輩、あたしのこと過大評価しないでね。あたしは女神でも何でもないんだから」

 僕たちは再び抱き合った。人生の絶頂にいたといってもいいその瞬間、さすがの僕ももう疑う必要は何もなかったのだけど、妹が女神という単語を口にしたことが少しだけ僕には気になった。もちろんそれは考えすぎだったのだろうけど。

「あたしそろそろ帰るね。もう遅いし」

 もう今日だけでも何度目かわからないほどお互いに抱きしめあってキスしあっていたため、思っていたより遅い時間になってしまったようだった。

「あ、じゃあもう遅いから送っていくよ」
 僕は立ち上がろうとしたところで妹に肩を押さえられて再びベッドに座り込んでしまった。

「ずっと学校を休んでいた病人が何言ってるの」
 妹が立ち上がったので、彼女の全身が再び僕の目に入った。やはり可愛いな。僕は立ち上がることを諦めた。

「明日は登校するんでしょ」

「うん。もう大丈夫」

「じゃあ朝、先輩の家まで迎えに来ていい? 一緒に学校行こ」

「ああ、いや。僕が迎えに行くよ」

 妹が笑った。「あたしんちは学校から逆方向だよ。それにお兄ちゃんが出てきたら何て言って挨拶する気?」

 僕は浮かれるあまりいろいろと考えなしに喋ってしまっていたようだった。

「明日は七時半ごろに迎えにくるから。それなら中庭とかで朝一緒にいられる時間があるでしょ」

「待ってるよ」

「じゃあまた明日」

 僕は大声で母さんを呼んだ。これまで邪魔しないでいてくれた母さんが待っていたようにすぐに二階に姿を見せてた。

「もうお帰り? また来て頂戴ね。妹さんならいつでも歓迎するから」

「あ、はい。ありがとうございます。明日、先輩を迎えに来てもいいですか」

 母さんは笑った。「あら。それじゃ、ちゃんと朝この子を起こしておかないとね」

 この話の何がおかしいのか僕にはさっぱり理解できなかったけど、母さんと妹は目を合わせて仲良く笑い合っていた。

今日はここまで

前スレのことはすみませんでした。一応、ぎりぎりまでスレを消費しようとは思ったんですけど、次スレ移行の要望もあったんでスレ立てさせてもらいました
埋まらなければHTML化要望を出すつもりだったんですけど、埋め立てしていただいてありがとうございました

>>26
もはやSSとは言えない有様であることは自分でもわかっていますけど、今さら方針展開もできません。申し訳ないけど忍耐強い方だけお付き合いくださいとしか申し上げられません

ごめんなさい

 翌朝も妹は正確に七時半に僕の家に寄ってくれた。僕は玄関先に出て妹が来るのを待っていた。家の前に立っている僕に気づいた妹はすぐに顔を明るくして僕の方に寄って来た。

「おはよ、先輩」

「おはよう」

 もう僕たちはそれ以上余計なあいさつをせず、すぐにどちらともく手を取り合って自然に同じ歩調で学校に向った。付き合い出してまだそう日は経っていなかったけど、この程度の日常的な行動を取るにあたり僕たちはもうお互いに言葉を必要としなかった。そのことが僕には嬉しかった。沈黙していてもお互いに不安になるどころか心が安らいでいる。そういうことはどちらかの一方通行の気持ちでは成り立たないことだったから、僕はもう僕の隣で沈黙している妹が何を考えているのか悩むことはなかった。そして、それは多分妹も同じだったろう。

 お互いに言葉は必要とはしていなかったけど、僕たちは互いに握り締めあった手の力を強めたり肩をわざと少しぶつけ合ったりという恋人同士ならではのボディランゲージをぶつけ合っていた。手を握るタイミングが偶然一致した時、妹は大袈裟に驚き痛がる振りをしながら僕の方を見上げて笑った。

 そんな言葉すら必要のない会話を重ねながら歩いていくとそろそろ校門に近づいていた。その時、妹は同級生らしい女の子に声をかけられた。

「妹ちゃん、おはよ」
 校門の前で、ショートカットにした黒髪が可愛いらしい一年生の女の子が妹に笑いかけていた。

「おはよ」
 妹は友だちの姿を見つけても僕から離れようともせず、相変わらず僕の手を握りながらショートカットの彼女にあいさつした。

「えーと」
 妹の友人が好奇心に溢れた目で僕の方を眺めた。

「もしかして、妹ちゃんの彼氏?」

「うん、そうだよ」
 妹は少しだけ顔を赤らめたけど別に否定することもなくさりげなく言った。

「彼、三年生なの。生徒会長なんだけど」

 彼女は僕の方を見て人見知りする様子もなく言った。

「あ、あたし先輩のこと知ってます。4月の新入生ガイダンスの時あいさつしてましたよね、まさか妹ちゃんの彼氏だとは思わなかったですけど」

「ああ、うん。そうだね」

 妹が落ち着いて僕のことを自分の彼氏だと紹介しているのに、僕はといえば情けないことにこういう時に何を話していいのか全くわからなかった。これでは妹にも恥をかかせてしまうかもしれない。僕は内心焦った。でも、妹の友だちの女の子に何か気の利いた切り返しをしようと考えれば考えるほど何を話していいのかわからなくなってしまった。それで、結局僕はそれだけ言って自分でも意味不明な笑顔を精一杯浮かべて見せた。

「先輩、この子は妹友ちゃん。あたしと同じクラスなの」

「妹友です。よろしくお願いします」
 妹友という子ははきはきとあいさつした。「でもびっくりー。妹ちゃんって彼氏いると思わなかったよ」

「・・・・・・どういう意味よ」
 妹は軽く妹友を睨みながら言った。「どうせあたしはもてないよ」

「そうじゃないって。妹ちゃんって男の子に人気がある割には誰にも興味なさそうだったじゃん」
 妹友は言った。「今までだって告られても全部断ってたでしょ?」

「それでいつもお兄さんとかお兄さんのお友だちの兄友先輩とかと一緒だったじゃん? あたしさ、ぶっちゃけ妹って兄友先輩狙いなのかと思ってたんだけど」

 この時、妹はどういうわけかちらっと僕の方を覗ったようだった。

「・・・・・・そんなことあるわけないじゃん。兄友さんはお兄ちゃんの親友だから仲がいいだけだよ」

「うん。今日初めて妹のことがわかったよ。あんたって要するに年上好みだったのね」

「・・・・・・何よ、それ」

「同級生の男の子じゃ満足しないから告られても断りまくってたわけか」

「ちょっと、あたしは別に年上だから先輩とその・・・・・・」

 妹は再び赤くなって少しだけ僕の方を見た。

「じゃなくて。あたしは先輩が同級生だったとしてもこの人のこと好きになってたと思うよ」

 僕は妹の言葉に幸福感を覚える反面、何かこの場に存在していることが居たたまれないような感情を持て余しながら無意味な笑みを浮かべていた。妹友と会っても妹は僕の手を離してくれなかったのだけど、僕が妹友の前で狼狽していることを察したのかどうか、妹は再び僕の手を握っていた自分の小さな手に力を込めたようだった。

「うわあ。そこまで照れずに堂々と言われるとからかい甲斐がないわ」

 妹友があきれたように言った。「あんたって本当に自分に自信があるのね。そうでなきゃそんなこと普通は言わないよね」

 それに対して妹は妹友に何も答えなかった。そして妹友の感想にもとり立てて悪意はないようだった。ただ、妹は僕の手を一度離して今度は両腕で僕の左腕に抱きついた。

「邪魔しちゃ悪いみたいね」
 それを見守っていた妹友も悪びれずに妹に言った。

「ごめんね。いつも授業が始まるまでは先輩と一緒にいることにしてるから」
 妹も別に友人に遠慮することなく言った。

「うん。邪魔してごめん、じゃあ妹ちゃんまた後でね。先輩、失礼します」

 妹友が何か颯爽という印象を残して消えていった後、僕たちはいつものとおり誰もいないパソ部の部室に向った。

「先輩、びっくりしたでしょ」
 妹が僕の腕から手を離して椅子に座って言った。「あの子って全然遠慮がないから」

「いい友だちじゃない」
 僕はようやく落ち着きを取り戻して言った。もう妹の僕への好意、いや愛情は疑いようがなかった。それは自分に対して自信がない僕ににも今では理解できた。そして自分の同級生に向って僕のことを恋人だと堂々と公言した妹の言動を考えると、もう僕の中には妹に対する一片の疑いさえ消えてなくなってしまっていた。

「あたしね。先輩と恋人同士だってこと隠したくはないけど、かと言って自分からぺらペら喋って回るわけにもいかないし。そういう意味では今日妹友ちゃんに目撃されてちょうどよかったかも」

 妹は僕の手を引いて自分の隣の椅子に腰掛けさせた。そしてどういうわけか悪戯っぽい笑顔で僕を見つめた。

「先輩、妹友ちゃんって可愛かったでしょ」

「え」

 緊張していたためよく覚えていなかったけど、そう言えば妹友さんはショートカットが似合う活発な印象の女の子だった。

「浮気しちゃだめよ?」
 妹が言った。「あたしってすごく嫉妬深いんだから」

「そうは見えないけどな。それに浮気されるなら僕の方が君に浮気される確率が高いんじゃないかな」
 それは僕と妹との容姿とかリア充率とかそういうことから口に出しただけの何気ない言葉だったのだけど、意外なことに妹はその言葉に過剰に反応した。

「それ、どういう意味?」

「どういうって、別に」

「先輩、あたしのこと信じてないの?」

 僕は意図せず地雷を踏んでしまったようだった。

「そうじゃなくて。君のことは大好きだから信頼もしてるよ。でも、君が変なことを言うから思わず」

「あ、そうだね。ごめん。あの子、男の子に人気があるからつい嫉妬しちゃった」

 妹の嫉妬じみた言葉さえ今の僕には心地よかったので、この少しだけ険悪になった妹とのやりとりにも僕はあまり動揺しないですんだ。

 妹は僕に謝り再び僕に寄り添うように寄りかかった。

「妹友に会ったせいで十分は時間を無駄にしたよね」
 妹は甘えるような上目遣いで言った。「もう授業始っちゃうよ」

 僕はいろいろな想いが心に浮かんで、でもそれを消化できす結局妹を乱暴に抱き寄せたのだった。妹に対してここまで直接的な行為に出たのは初めてだったかもしれない。でも妹は驚きもせずむしろ自分から僕の方に身体を寄せた。僕たちは深いキスを交わした。

「もう行かないと」

 名残惜しげに僕から身を離した妹が立ち上がった。

「今日もお弁当作ってきたから、少し寒いかもしれないけど屋上で待ってるね」

「うん」

 僕も妹を追って立ち上がった。

 それから昼休みまでの間、授業中も僕は妹のことを考えていた。

 その時になってようやく僕は早朝のメールを思い出した。妹友との遭遇があったせいでその件を妹に話すことはできなかったけど、いずれにしても妹にこの僕からのプレゼントを披露するにはまだ早すぎると僕は思った。

 妹の望みは破廉恥な女を兄君から引き離すことだったけど、それはまだ成就していない。鈴木先生が今朝のメールに気がつき何か対応をしているのかもしれないけど、それはまだ成果となって現れてはなかった。僕のしたことは単に捨てアドから鈴木先生にメールをしただけに過ぎない。こんな程度のことを得意気に妹に披露したとしてもそれは僕の自己満足だ。僕のしたことはただ行動を起こしたということに過ぎず、妹の望む結果は出せていないのだから。

 僕は気を引き締めた。妹の僕に対する気持ちは、今朝の偶然の妹友さんとの遭遇によって奇しくも僕にとって完璧に近い形で確かめられた。僕はもう妹の僕に対する気持ちについて不安に思うことはなかった。

 次は僕が妹に対して自分の気持を見せる番だった。それは百万回妹に対して好きだと叫ぶことではない。妹の切ない望みを完璧な形でかなえてあげることこそが僕の妹に対する本当の告白なのだった。

 昼休みになり僕は教室を出て共通棟の屋上に向かった。妹とはそこで待ち合わせをしている。お互いに時間を無駄にせず長く一緒にいるためには共通棟での待ち合わせがいいのかもしれないけど、今度は僕の方から妹の教室に迎えに行ってみようか。きっと妹のクラスメートはざわめいて僕たちの仲を噂するだろうけど、妹はそんなことは気にせずに僕の迎えを喜んでくれるだろう。妹はさっきもこう言ったのだった。


「あたしね。先輩と恋人同士だってこと隠したくはない」


 今日は女は登校しているのだろうか。それともメールの効果が発現するとしてももっと時間を要するのだろうか。僕は妹へのプレゼントのことを気にしながら共通棟の屋上に続くドアを開けた。

短いですが今日は以上

明日は投下予定ですがそれ以降は新章に突入予定です。それに伴い少しプロットの整理をしたいと思いますので明後日以降の投下予定は今のところ未定です

無駄に長すぎる変則SSにお付き合いいただき感謝していいます

またお会いしましょう

 妹はもう先に来て硬い石のベンチに腰かけていた。

「ごめん」
 僕は妹を待たせてしまったことに妙な罪悪感を感じて妹に謝った。妹はそれには答えずにでも優しく微笑んでくれた。

 その昼休みは妹は珍しく寡黙だった。彼女は僕にお弁当を勧めた。そして僕が妹に勧められるままに手づくりのサンドイッチを食べている間、黙ったまま微笑んで僕を見つめていたのだった。それは奇妙なほど静かな時間だった。

 朝、僕が部室で妹を乱暴に引き寄せてキスしたときのような情熱的な感情は今でお互いに収まっていて、それでもお互いをより近くに、まるで自分の分身のように親しく感じている度合いは朝のひと時よりも大きかったかもしれない。妹の沈黙はもう僕を不安にさせることはなかった。

「先輩?」

「うん・・・・・・美味しいよ本当に」
 僕はサンドイッチを飲み込んで答えた。小さい頃から料理をしているだけあって彼女の料理の腕前はお世辞でなく確かなものだった。

「ありがと」
 彼女は言った。「でもそんなこと聞きたかったんじゃないのに」

「うん? 何?」

「あたしね」
 妹は僕の方を見つめた。顔には相変わらず微笑を浮かべていた。

「本当に先輩と出会えてよかったと思う。普通なら一年生と三年生なんか出会う機会って少ないじゃない?」

「まあ、同じ部活とかじゃないと普通はないよね」
 僕は答えた。それに同じ部活だったとしても三年生と一年生のカップルはうちの学校でも珍しかった。ほとんど中学生に近い一年生と大学生に近い三年生ではいきなり恋人同士に至るにはギャップが激しすぎるし、少しづつ長い時間をかけてお互いにわかりあうにしても一年と三年では共に一緒に過ごせる期間は短かかった。部活からの引退や受験を考えると長くても半年くらいだったろう。そう考えると僕と妹のようなカップルが成立したのは一種の奇跡だった。

「兄ちゃんと女さんのことがあって、たまたまあたしがパソコン部に入ろうと思ったから、あたしと先輩って知り合えたんじゃない?」

「うん」
 本当にそのとおりだった。それに僕が学園祭の準備にかまけていて、パソ部に顔を出さなければ彼女と知り合うことすらなかっただろう。いろいろあって偶然に生徒会に居辛くなった僕が生徒会室を避けて部室に避難したからこそ僕は今妹の彼氏でいられるのだ。そう考えると本当に綱渡りのような偶然が積み重なった、危うい一筋の糸の上で僕たちの儚い恋は成就していたのだった。僕は本当に幸運だったのだろう。

「先輩と知り合う前のあたしと、先輩の彼女になったあたしって別な人間なのかもしれない」

 妹は随分と難解な表現で話を続けた。僕との出会いを喜んでくれたのはわかったけど、それにしてもそれは大袈裟な物言いだった。

「いろいろあたしも成長したのかもね」
 妹は言った。「あたしって今までお兄ちゃんが大好きで、今までも他の男の子に告白されたこともあったんだけど、いつもお兄ちゃんのことを考えちゃって」

「うん」
 妹がブラコン気味だということは妹と知り合う前から副会長に聞いていたので、別にそれは僕にとって驚くほどの情報ではなかった。

「だから、女さんの女神行為を見つけた時は本当にあの人が許せなったし、お兄ちゃんの彼女があんなことをしているなんてもってのほかだと思ってたの」

 それは良く理解できる話だった。そして、現に僕はそんな妹のために既に手を打っていたのだから。

「・・・・・・先輩のせいだからね」
 その時、妹は微笑みながら涙を浮かべるという複雑な表情を僕に見せた。

「全部先輩のせいなんだから。先輩、責任とってくださいね」
 彼女は涙を浮かべつつも幸せそう僕に向かってに微笑んだ。

「責任なんかいくらでも取るさ」
 僕は少し驚いて言った。「でも、何が僕の責任なの?」

「これから話すよ。でもその前に一つだけ聞かせて?」

「うん」

「この間、副会長先輩が言ってたこと・・・・・・先輩がお姉ちゃんに振られたって、それ本当なの?」

 まずい。僕はそのことをすっかりと忘れていたのだ。妹はあの時僕と幼馴染さんのことを副会長が話しているのを聞いていた。あの時は副会長に責められていた僕を助けようとした妹は幼馴染さんのことを追及しなかったのだけど、普通に考えればそのことを妹が気にしていない方がおかしかった。

 僕は迷った。本心で答えるならば僕は幼馴染さんのことは別に好きではなかったと答えればいい。でもその場合は、何で好きでもない幼馴染さんに僕が告白したのかということを説明しなければならない。

 本当はそろそろ僕と女のことを妹に告白してもいい頃だったのかもしれない。もう妹の僕に対する愛情には疑いの余地はなかったから、過去の話として僕が女に気持ちを奪われていたことがあったことを告白してもいいのかもしれない。でも、女が妹にとって見知らぬ女性であるならばともかく、女は現在進行形で兄の恋愛の対象らしいのだった。その女に僕までが心を奪われていたことを告白するのは、このタイミングではとてもしづらいことだった。なので、僕はその時まだそこまで割り切れなかったのだ。

「本当だよ。僕は幼馴染さんに告白して振られた。でも、今にして思うと何で僕はそんなことをしたのかわからないんだ」
 それは苦しい言い訳だった。

「先輩、お姉ちゃんのどんなところが好きだったの?」

 目を伏せた妹が小さく言った。

「いや。多分、キモオタで童貞の僕は焦っていたんだろうと思う。このまま彼女すらできないで高校を卒業すると思っていたところに・・・・・・」

「うん」
 妹は僕を責めるでもなく真面目に聞いてくれていた。そのことに僕は胸が痛んだ。

「そんなところに、身近な生徒会で綺麗な幼馴染さんと親しく一緒にいる機会があったから」

「でも今の僕の気持ちはその時とは全然違う。君が僕なんかを好きになってくれたことは今でも信じられえないけど、それでもいい。僕は君を失いたくない」
 必死でみっともない姿を晒したことがよかったのだろうか。妹はゆっくりと頷いてくれた。

「あたしとお姉ちゃんとどっちが好き?」
 妹はからかうように囁いた。

「君に決まってる」
 僕は言った。

「ありがと、先輩」
 妹は僕の言い訳を受け入れてくれたようだった。

「あたし先輩とお付き合い初めていろいろわかったことがあるの」

「わかったって・・・・・・何が?」

「うん。人が人を好きになるって理屈じゃないんだって。正直に言うと先輩みたいなタイプの人とお付き合いするなんてあたし、以前は考えてもいなかったし」

 先輩みたいな人。僕は妹の愛情に疑いは持っていなかったけど、その言葉の持つ意味にはすぐに気づいた。イケメンでもないしスポーツも苦手。得意なことと言えばパソコン関係くらい。妹のような放っておいてもリア充な男から声をかけられる女の子にふさわしい男とは、僕はとても言えないだろう。

「・・・・・・それは自覚しているよ。僕なんかが君と付き合えるなんて普通じゃないことだって」

 そこでまた妹はそれまで浮かべていた優しい微笑を消して僕を睨みつけた。

「またそんなことを言う。何でいつも先輩はあたしに意地悪なこと言うの?」
 妹は今にも泣き出しそうな表情で僕を非難するように言った。

「意地悪って・・・・・・正直な気持ちなんだけどな」

「先輩、あたしのこと好きって言ったよね?」

「うん。君のことは誰よりも好きだ」

「だったらもうそういう、自分を卑下するようなことは言わないで」

 何か不公平な感じだった。僕みたいなタイプと付き合うなんて考えたこともなかったと最初に言ったのは彼女の方なのに。

「先輩のこと大好き」

 不意に再び妹の態度が柔らかくなった。そして彼女は僕に甘えるように寄り添った。僕は自分の肩に彼女の重みを受け止めた。

「先輩も」

「え?」

「先輩も・・・・・・」

「うん。妹のこと大好きだよ」

 妹は黙って僕の肩に自分の顔をうずめた。彼女の細い髪が僕の鼻を刺激したため、僕はくしゃみをかみ殺すのに大変だったのだけど。

「あたし、もう女さんとお兄ちゃんの仲を許せると思う」
 彼女は僕の肩に体重を預けながら呟いた。

「お兄ちゃんもあたしと一緒なのかもね」

「どういうこと?」
 僕は自然に彼女の肩に手を廻しながら言った。

「恋愛って当事者同志じゃなきゃわからないんだよね。あたし、初めて恋をしてよくわかった」

「・・・・・・うん」

「お兄ちゃんが女さんのことを、女さんの女神行為のことを承知していても女さんが好きなら、あたしはそれを邪魔しちゃいけないのかもしれない」

 一瞬で僕の思考は甘い感傷から覚醒した。妹の肩を抱いていた手が震えた。

「・・・・・・先輩?」
 妹がいぶかしんだように聞いた。

「いや。続けて」

「あたしにはブラコンかもしれないけど、それでもお兄ちゃんの恋を邪魔する資格はないと思う。今ではあたしの一番好きな男の人は、お兄ちゃんじゃなくて先輩なんだし」

「うん・・・・・・」

 途方もないほど幸福に思えただろう妹の言葉も、今の僕には全く響いてこまかった。胃の辺りが重く苦しく軋んでいる。

「だから先輩、あたしが前に相談したことは全部忘れて。あたしはお兄ちゃんと女さんのことは邪魔しないし、お兄ちゃんの味方になるの。今ではあたしには先輩がいるんだし、もうお兄ちゃんの恋を邪魔するのは止める」

 僕にはもう何も言えなかった。

「それをあたしに気がつかせてくれたのは先輩だよ」

 妹は僕の頬に手を当てた。

「大好き」

 妹に口を塞がれながら、僕はその甘い感触を感じることすらなく自分のしてしまった早まった行為のことを鮮明に思い浮かべていた。

 もう僕には何も考えられなかった。僕は妹のことを思いやる余り先走って女の女神行為のことを鈴木先生にチクってしまっていたのだった。

 僕の感覚と思考は戦慄し、震えた。どうしたらいいのだろう。どう行動するのが僕にとって最適解なのだろう。

 僕にとってはもう女に制裁を加えるとかその巻き添えで兄君が痛めつけれられとか、そういうことはどうでもよかったのだ。最初は僕を虚仮にした女への復讐が動機の一つだったけど、妹に惹かれ信じられないことに妹に愛された僕にとってはもうこの二人のことなんてどうでもよかった。

 ただ、妹の願いをかなえてあげることだけが僕の目的だった。そのために僕は妹に黙って勝手にこの作戦を開始してしまったのだった。

 ・・・・・・今では妹はそれを望まないと言う。この時素直に妹に僕がフライングしたことを白状して謝っていれば、この後あれほどひどい結末にはならなかったかもしれない。でも、自分に自信のない僕にはそれを選択することができなかった。

 結局、僕は妹に自分のしてしまったことを告白しなかった。鈴木先生にメールしただけでは何も起こらないかもしれない。あの画像は本人が白を切ればそのまま通ってしまいそうなほど画質の悪いものだった。現に僕は女がこれだけでは追い込まれないときのための準備をしていたほどっだった。

 今ならまだ引き返せるかもしれない。そして引き返せる可能性があるのなら僕のしでかしたことを妹に告白しなくてもいいだろう。

 僕はようやく掴んだ自分の幸せを壊したくなかったのだった。

「今日はお兄ちゃん、体調が悪くて早退したみたい」
 妹は僕の葛藤には気が付かずに言った。

「お兄ちゃんが心配だから、今日はまっすぐ家に帰るね。先輩と放課後一緒にいられなくてごめんね」

「いや。それは早く帰ってあげないと」
 僕はようやく振り絞るように掠れた声で言った。

 妹はにっこりと笑って僕の方を見てからかうように言った。

「先輩、あたしとお兄ちゃんの仲に嫉妬してる?」

「な、何で君のお兄さんに嫉妬するんだよ」

「冗談だよ」
 妹は再び僕に抱きついて言った。

本日は以上です。プロットの整理ができ次第再開しますけど、とりあえず明日は休載の予定です

ここまで変則SSにお付き合いただいてありがとうございます

おやすみなさい

 放課後、僕は生徒会室に顔を出すことすらせず部室に向った。今日はもう妹に会えない。彼女は早退した兄君を心配して真っ直ぐに帰宅しているはずだった。

 妹ににあそこまではっきりと愛情を示されたのだから普通なら有頂天になっていてもいい状況だったけど、今の僕の心境は全く違っていた。妹の好意はわずかな期間の間に僕が最大限期待していたレベルを簡単に超えてしまったのだ。

 妹の兄君への執着について僕は決して軽んじていなかった。だから妹の僕への愛情を信じた後になっても、兄君と女を別れさせることは妹との約束どおり引き続き僕が果たすべき役目だと思っていたのだ。ただ、これは僕自身にもリスクが生じることだったから、僕のことを気にするよう
になった妹が僕のことを心配してそれを実行するよう僕に催促しづらくなるかもしれないということは考えていた。

 だから僕は妹には事前に何も知らせずに鈴木先生に女のセミヌードが掲載されているミント速報のログをメールで教えたのだった。

 でも、今日の昼休みで事態は一変してしまった。どんなに破廉恥だと思えるような相手であっても、兄君が本当に好きな相手なら妹は許容することに決めたのだと言う。そして皮肉なことに妹が兄君と女のことを認めることに決めたきっかけは僕との交際なのだった。深読みすればこうも
言えるだろう。妹のように可愛い女の子と僕なんかが釣り合わないことは明らかだった。そして僕が自分をそういう風に卑下することを妹は嫌ったけれど、やはり客観的に言えば僕と妹が恋人同士であるということは、世間一般の理解は得づらいだろう。そのことはいくら否定しようが妹に
も無意識にしても理解できているはずだった。

 つまり、ある意味兄君と女の交際というのは、妹にとって僕と妹の交際と同じような意味を持っていたのだろう。妹の頭の中では誰にでも裸を見せる女は兄君にはふさわしくないと考えていたはずだった。そしてそれと同様に妹とリア充でもない僕は世間的には釣り合っていない。それでも
妹は僕のことを好きになった。そして好きになってしまえば他人から二人が見て釣り合っているかどうかなんて彼女にとってはどうでもよかったのだ。

 そしてそれは兄君が考えていることと同じ思考でもあった。自分に釣り合わない僕を本気で好きになった妹は、そういう理由で兄君の気持ちを把握し女との交際を許容したのだろう。もちろん、僕という存在によって兄君への執着が薄れたということもあったのかもしれないけど。

 もう一日早く、妹が兄君と女のことを許容することを僕が知っていれば。あるいはもう一日僕が鈴木先生にメールを出した日が遅ければ。でももうそれを考えても仕方がない。

 僕のしたことが妹にばれたらどうなってしまうのだろう。あるいは、妹は当初の自分の願いに忠実に行動した僕を理解し許してくれるかもしれない。それとも兄君の好きな女を社会的に追い込むかもしれないことを、妹に黙って勝手に始めた僕を怒るだろうか。それは考えても結論の出
ることではなかった。

 僕は部室のパソコンを立ち上げ先日作成した捨てアドへのメールをチェックした。もうこうなったら鈴木先生が僕の送ったメールを悪質な悪戯だと判断して無視してくれることを祈るしかなかった。

 しかしそんな僕の切ない期待を裏切るかのように新着のメールが到着していた。


from :××学園事務局
sub  :ご連絡ありがとうございました
本文『当校の生徒の行動に関する情報についてご連絡いただきましてありがとうございました。頂いた情報につきましては慎重に調査させていただいた上で、必要があれば当該生徒に対して指導を行ってまいりますので、ご理解くださいますようお願いいたします』


 それは鈴木先生の携帯からのメールではなく、学校のアドレスからの正式な回答メールだった。僕の期待に反して鈴木先生は自分の胸に秘めることをせず、僕のメールに対して組織として対応することを選んだようだった。

 でも、そのメールの内容はきわめて事務的なものだった。企業や役所がクレームに対して機械的に送り返す回答のようだったのだ。

 僕はそのことに少しだけ期待を抱いた。鈴木先生、いや学校側はあの画像が女のものだと断定するには証拠に乏しいと判断したのかもしれない。慎重に調査するだの必要があれば指導するだのという表現には学校側の混乱が全く伝わって来ない。つまりひょっとしたら証拠不十分で僕のメールを黙殺しようと考えているのではないだろうか。

 鈴木先生にメールを出したときも、僕はそういう可能性を考えないではなかった。あの時の僕だったら、この学校のメールに対して更に破廉恥でより女だとわかりやすい画像が晒されているミント速報のログを再び学校側に送りつけていただろう。でも今では事情は一変していた。この
まま事が収まってしまえばいい。僕はそう思った。そうすればメールのことはなかったことになり、僕は何も心配せず妹と恋人同士でいられる。もう僕には過去に僕を裏切った女への処罰感情とか、ことごとく僕が関心を持った女の子を奪っていく(ように思える)兄君への恨みは残っていなかった。

 僕はメールに返信しようと思った。前に考えていたような追撃メールではなく火消しメールだ。僕は、僕の苦情メールを学校が気にしすぎて女の行動をより詳細に調査しだすことを防ぎたかったのだ。

 とりあえず僕は自分がしつこいクレーマーではなく、学校から返事をもらえただけで満足し矛を収めてしまうような人物であることをアピールし、学校側を安心させようと考えた。

sub  :Re:ご連絡ありがとうございました
本文『速やかにご対応いただきありがとうございます。もちろんその画像が女さんのものではない可能性があることは承知しておりますので、慎重に調査していただいた方がよろしいかと思います。その上でその画像が女さんの物であると特定できなかった場合は、一人の女生徒の将来
がかかっているわけですから、無理にそれが女さんの画像だと断定することは公平ではないことも理解しております。』

『前のメールで、万一必要な指導をしていただけない場合にはこの事実をマスコミ等の諸方面に通報せざるを得なくなりますと記しましたが、誠意を持って対応していただいているようですので、今後どのような結果になったとしてもマスコミ等への通報はいたしません。このことについては
撤回させていただきます。この後の処理については学校側に一任いたしますので、慎重かつ公平な判断をお願いしたいと思います』


 今の僕ができることはここまでだった。あとは結果を待つしかなかった。同時に自分のした行為を妹に告白出来るチャンスももう失われてしまっていた。ここまで策を弄してしまったら妹には最後まで黙っているしか、嘘をつきとおすしかなかった。仮に女が追い詰められる状況になってし
まったとしても、それが僕のせいであることを妹に告白することはできなかった。

 夜自宅で眠りにつく直前に、僕は妹から混乱してるらしいわかりづらいメールを受け取った。


from :妹
sub  :ごめんなさい
本文『遅い時間にごめんね。さっきお兄ちゃんに女さんがどんな人であってもお兄ちゃんが好きな人ならあたしももう反対しないよって伝えたの。そして、今日女さんが休んでいることをお兄ちゃんから聞きました』

『女さん、事情がよくわからないけど停学になったみたい。何かすごく嫌な予感がする。あたしたち以外の誰かが同じ事を考えていたのかもしれないね。お兄ちゃんは、明日は学校休んだ方がいいと思ったんだけど言うことを聞いてくれないし、何でお兄ちゃんを登校させたくないか自分でもちゃんと説明できないし』

『先輩ごめんね。明日はお兄ちゃんと一緒に登校するから先輩のこと迎えに行けない。お昼もどうなるかわからないけど、またメールするね』

『女さんに何が起きているのかわからないけど、あたし、今はお兄ちゃんの味方に、お兄ちゃんの力になってあげないと』

『本心を言うと先輩と会えなくて寂しい。でも妹としてお兄ちゃんのこと放っておけないから』

『じゃあおやすみなさい。そしてごめんね先輩。またメールするね。本当に愛してるよ』




女神 第三部おしまい

本日はここまで

また明日できれば投下します

おやすみなさい

 一晩がたってあたしはだいぶ心の整理がついてきた。真実は相変わらず闇の中だったけど、自分がすべきことやすべきでないと思われることの仕分けについてあたしはだいぶ確信が持てるようになってきていた。 とりあえず真実はまだ何も明らかになっていないのだから、あたしが偶然に知ってしまった兄友と副会長先輩の会話のことを兄に話すのまだ時期が早いとあたしは思った。

 そして最初はあたしは自分の疑問を直接兄友を捕まえて糾そうと思ったのだった。兄友とあたしは今まで「戦友」だった。結果として全然うまくはいかなかったけどあたしたちには共通の目標に向って協働していた時期があったのだ。そう考えればまわりくどいことはせず直接兄友にこの会話ののことをぶつけてることもできるのではないか。あの直後は兄友に会いたくなくて学校から逃げ出したあたしだったけど、一番直接的な手段は勇気を出して兄友に真実を聞くことだった。

 でもそう考えた瞬間、あたしは手足が震えるような感覚に襲われた。それはまるでPTSDを発症している患者を襲うフラッシュバックのような感覚だった。多分それは自分の好きな兄友の思いがけない行動を知ったことに対するショックだったのかもしれない。時系列の謎を考えると必ずしも女さんと兄を追い詰めた犯人は兄友ではないのかもしれなかったけど、あの会話の兄友の冷静で一種冷酷でさえあった言葉は、それを思い出すたびにあたしの心の中で暴れまわるようにあたしの心のあちこちを傷付け苛むのだった。


『学校だって本人に厳重注意して停学くらいはするだろうけど、犯罪を犯したわけじゃないから、今回はそれ以上はね』

『だからさ、校内の生徒全員に女が何をしていたかを知らせなきゃ意味ないと思う』

『うん。やり方はこれからよく考えるけど。そこまでやれば彼女だって、というか彼女の両親だってこのまま何もなかったことにはできないでしょ』

『少なくとも転校、場合によっては引越しするくらいには追い詰められるんじゃない?』


 こんな心の状態で兄友を冷静に問い詰めるなんてあたしにはできないだろう。真実を知るどころか今やあたしは自分の兄友への気持がどうなっているのかさえ整理できていないのだから。

 次に考えられる手段は副会長先輩に直接この会話の意味を聞くことだった。もともと生徒会長が半ば学園祭の準備を放り出してパソ部に入り浸っていたこともあって、あたしは逐一副会長先輩の指示を仰ぎながら学園祭の準備を進めているところだった。なのであの会話を聞いたからと言って副会長先輩のことを避けてばかりいるわけにはいかなかった。昨日は生徒会をさぼってしまったけれど、自分に課せられた責任を考えればさすがに今日の放課後は生徒会室に顔を出さないわけにはいかなかった。

 その時に何も知らない振りをして学園祭の準備をするのか、それとも副会長先輩にあの会話の真意を聞き出すのか。

 あたしは副会長先輩とは気が合ったしうまくやっていたつもりだったので、昨日は反射的に副会長先輩と顔を合わせるのを避けてしまったけれど、一晩が経って落ち着いて考えると女同士の話として副会長先輩がどんな想いでこんなことをしようと思ったのか語り合える自信はあった。いろいろあるけど、あたしは副会長先輩のことはこれまでお手本にするくらい心酔していたのだった。

 どっちみち副会長先輩とはこの先も一緒に作業をしなければならない。昨日の会話を聞いてしまったあたしには副会長先輩に気取られずにこれまでどおり普通の態度を取る自信はなかった。

 副会長先輩に率直に話しかけてみよう。あたしは結局そう決心したのだった。

 昨日までは隣の家のドアから出てくる兄友と偶然会えないかと期待していたあたしは、今日はそれとは全く反対でなるべく早く兄友の家を通り過ぎた。心配するまでなく以前は兄友と待ち合わせしていた時間には相変わらず兄友は姿を見せなかった。昨日までは兄友に会えなくてあんなにもがっかりしてたあたしは今日は逆にほっとしていた。そして駅のホームに入ってきた電車の中には昨日と同様に兄が一人でつり革に掴まっていた。

「おはよ」
 あたしは無理に明るい声を出すように努めた。あたしが悩みや疑問を抱えていることを、あたしの態度から兄に感づかれてはまずい。でも兄の方もあたしの態度なんかを気にする状態ではないようだった。

「幼馴染おはよう」
 それでも昨日のあたしの注意を気にしたのか一応兄は普通にあいさつをしてくれたけど、相変わらずその目には以前のような生気は感じられなかった。

「・・・・・・女さんからメールとかあった?」
 あたしは遠慮がちに聞いてみた。

「ねえよ」
 兄はもう激昂することもなく淡々と返事をしてくれた。

「そうか」
 あたしももうそれ以上何を言っていいのかわからなかった。「じゃあ、よかったらお昼休み一緒に過ごそう」

「うん。気を遣ってもらって悪いな」
 兄はそう言ってくれたけど、その目は相変わらず虚ろなままだった。

 今度こそあたしは兄に対して何といって声をかけていいのかわからなくなってしまい黙り込んでしまったのだった。

 お互いに沈黙したままで電車は駅を離れたのだけど、そのことを気にしているような様子は兄にはなかった。むしろあたしが黙ってしまったのをいいことに再び兄は自分の思考に閉じこもってしまったようだった。

 いったい兄は何を考えているのだろう。もちろん大切な自分の彼女である女さんを陥れた人物に対する復讐だけを思い詰めているのだろうけど、兄にはその相手を特定できるヒントすら知らないはずだった。兄にはまだ黙っていようと決めたあたしだったけど、今のようにひたすら復讐心だけを持て余していて、でも全くその想いを前進させることができないで苦しんでいる兄の気持ちを考えるとあたしの決心も少し鈍ってきた。やはり、どんなに不確かな情報であっても兄にはあたしが偶然知ったこの事実を伝えるべきなのだろうか。

 一瞬心が弱った。でもあたしは辛うじて思いとどまった。とりあえず副会長先輩に事実関係を問いただそう。せめてそのくらいのことは試みてから兄に対して話をしよう。

 結局兄はあたしの初恋の相手だし大切な幼馴染だった。お互いに違う相手を好きになり、初めて二人きりで登校し出したあの頃からはだいぶ遠いところまできてしまったあたしたちだけど、兄のことを大事に想う気持ちだけは変わっていなかった。そして妹ちゃんまでが兄をあたしに託してこの戦線から離脱してしまっている以上、兄を救えるのはあたしだけだった。

 そういう訳で、兄友に対する自分の今の感情は曖昧になっていたし、兄友の本心すらわからなかったのだけど、あたしは兄の味方になることに腹を決めたのだった。たとえどんなにひどい事実が明らかになってあたしの兄友への恋が裏切られることになったとしても。

 あたしと兄が校門に入って二年生の教室に向っていた時だった。中庭に面した部室等から親密に寄り添っている男女が出てきた。それは妹ちゃんと先輩だった。あたしと同時に兄もその姿に気がついたようだった。

「あれ、妹だ」
 兄は少しだけ驚いたように言った。「一緒にいるの誰だろうな」

「三年生の生徒会長だよ」
 あたしは兄の表情を気にしながら言った。

「何か手繋いでるじゃん。会長って妹の彼氏なのかな」
 兄は驚いてはいるようだけど傷付いていたり反感を持っている様子はなかった。あたしはとっさにあたしの知っている情報を兄に伝えた。それは多分真実だったし。

「先輩ってパソ部の部長もしているんだけど・・・・・・妹ちゃんがパソ部に入部してから、あの二人って仲良くなったみたい」

「妹って三年生と付き合ってるのか」
 兄が言った。「だから最近朝早くでかけたり夜遅かったりしたのかな」

「そうかもしれないね」
 あたしは答えた。

「あいつがねえ。あいつ、俺に依存しまくりだったのにな」
 兄はその瞬間だけ女さんのことを忘れたように、優しい微笑みを浮かべていた。彼は自分の妹に初めて彼氏ができたことを祝福していたのだ。自らはこんな辛い状況にあったのに。

 その時どういうわけかあたしは涙を浮かべた。あたしたちはこれまで妹ちゃんの両親の代わりだったのだ。そのあたしちたちの自慢の娘が堂々と彼氏に寄り添って歩いている。

 そうだ。このことだけは祝福してあげなければいけないのだ。あたしは今まで自分が考えていた会長のあたしへの告白とか副会長先輩の嫉妬とかに囚われすぎていたのかもしれない。兄と女さんとのことには関係なく、今本当に純粋に幸せなカップルが誕生していたのかもしれないのだ。

「こう見るとお似合いだね」
 あたしは寄り添ったまま周囲を気にせず一年生の校舎の方にゆっくりと歩いていく二人を眺めて言った。

「あいつに彼氏ねえ」
 兄が再び微笑んだ。「そんな歳になったんだな、妹も」

「今度、妹ちゃんを問い詰めよう。あたしたちに黙って付き合うなんて水臭いじゃん」

「そうだな」
 兄も微笑んだまま寄り添った二人を眺めてそう言った。

とりあえず少ないけど何とか今日も投下できました
明日どうなるかは業務の状況しだいですけど、できれば話を進めたいと思っています

ここまでおつきあいいただいて感謝しています
おやすみなさい

 あたしたちは会長が妹ちゃんを一年生の校舎に送り届けるところまで見届けた。別れ際に妹ちゃんは名残惜しそうに会長の手を握りながら会長を見上げて笑顔で何か囁いていた。始業前だったので周囲には校舎に駆け込んでいく一年生が溢れていて、そんな中で手を取り合って寄り添っている一年生と三年生のカップルはかなり目立っていたけれども、少なくとも妹ちゃんの方は全くそのことを気にしていないようだった。

 妹ちゃんの関心が兄から生徒会長に変っても彼女自身の持って生まれた性質は全く変っていない。かつて妹ちゃんは兄に対して同じように好意をむき出しにしてぶつけていたっけ。あたしはこれまでの妹ちゃんのことを思い浮かべた。中学に入学した時も高校に入学した時も妹ちゃんは周囲を気にせず兄に抱きつきべったり寄り添っていたものだった。そして妹に甘い兄の方も別にそれを制止するでもなく妹に付き合っていた。そんな実の兄妹の様子に周囲の生徒は最初のうちこそ好奇心に溢れたぶしつけな視線を向けていたものだったけど、妹ちゃんが堂々とそういう態度を取り続けているうちに逆に周囲がそれに慣れてしまいい、つのまにか周囲の噂も収まったのだった。

 相手が兄から会長になっても妹ちゃんは相変わらずだ。そしていつか周りの生徒たちは前と同じくこの人目を引くカップルに慣れて行くのだろう。一年生と三年生のカップルが珍しいといってもあり得ない組み合わせではない。少なくとも実の兄妹がべたべた恋人同士のように振る舞っているよりは当たり前の関係だろうし。

 ようやく妹は会長の手を離し小さな手のひらを会長に向けて振ると、足早に校舎の中に吸い込まれていった。あたしたちもそれを期に自分たちの教室に向った。

「いろいろあってあんたも辛いでしょうけど」
 肩を並べて歩いていた時あたしは思わず兄に話しかけた。

「妹ちゃんのことだけはよかったよね」
 あたしは兄に微笑んだ。「妹ちゃんに初めてあんた以外の彼氏が出来て母親役のあたしも一安心だよ」

「俺はあいつの彼氏なんかじゃなかったって」
 兄が当惑したように言った。

「今さら何言ってんのよ。あんたはずっと妹ちゃんの兄兼彼氏だったでしょうが」

 あたしはそれに突っ込んだけど、まあ今となってはどうでもいい話だった。とにかくあたしは娘を嫁に出した母親のように寂しいながらもほっとしていた。その感情は兄も共有しているに違いない。そう思って改めて兄の方を見たけど、兄は黙ったまま相変わらず当惑している様子だった。

「・・・・・・あのさ」
 兄があたしに言った。

「何?」

 その時あたしは自分が自然に兄の手を握っていることに気がついた。さっきから兄はあたしの言葉にではなく自分の手を握っていたあたしの行動に当惑していたのだった。

「あ、悪い。つい」
 あたしは慌てて兄の手を離した。

「いや」
 兄はそれだけ言ってまた黙ってしまった。

 授業が始ったけど今日もあたしは集中できなかった。いったいあたしはどうしてしまったのだろう。兄友が好きになってあれほど思い詰めていたのに、今日は無意識のうちに兄の手を握っていた。

 多分、あたしは兄とあたしが協力して守り育ててきた妹ちゃんの成長を悟って感傷的になっていたのだ。あたしはそう思いたかった。そしてそうでないならあたしはただの浮気女だ。兄友と副会長の謎の会話を聞いただけですぐに兄友から兄に乗り換えるようなどうしようもないビッチに過ぎない。あたしと兄は共に妹ちゃんの幸せを望んで彼女の成長を見守ってきた同志で戦友なのだ。。あたしが兄の手を無意識に握ったこともそういう意識の延長に過ぎないはずだった。あたしは混乱している自分の気持をそういう風に整理しようとした。

 あたしは先生の目を盗んで兄友の方に目をやった。彼は机に広げていたテキストに目を落としている。彼が考えているのが授業の内容なのか、それとも女さんを陥れる手段なのかはわからなかった。それからあたしは兄を眺めた。兄はもう妹ちゃんのことを目撃した時のような安らかで優しい表情はしていなかった。兄が何を考えていたのかはすぐにわかった。兄の視線はテキストでも黒板にでもなく主のいない机の方に向けられていたのだから。それはもうホームルームで出席を点呼されることすらなくなった女さんの席だった。

 とにかくあたしが浮気性のビッチかどうかなんて今はどうでもいい。あたしは割り切ろうと努めた。自分の気持ちがわからなくなることなんかこれまでだってよくあったことだ。それよりも今は、女さんと兄を巻き込んだこの一連の出来事が、いったい誰によって何のために起こされたのかを考えるべきだ。そしてそのことが明らかにならない限り、兄はもとよりあたしの気持ちさえもが救われなくなってしまっていたのだから。

 あたしは放課後になったら副会長先輩に対して率直に疑問をぶつける気になっていたけれど、それでももう一度あの時の会話を思い浮かべることにした。寝る前にその時の記憶をメモに残していたこともあり、あたしはその話をかなり正確に思い出すことが出来た。



『うん、わかった。とりあえずうまくいったんだね』
 これは副会長先輩の声だった。

『と思うけど。とにかく今朝は女は登校してない。それに、それとなく兄を観察したんだけど、朝のホームルーム前にすごく慌てた様子でどこかに飛び出してったし。学校が動き出していることは間違いないと思うな』
 それに対してこう答えていたのは兄友だった。教室での兄の様子や女さんが登校していないことをいち早く掴めるのは同じクラスの兄友だったから、兄友は自分の知った事実を副会長先輩に報告したのだろう。
 そしてその兄の言葉に副会長先輩は黙ってしまっていたはずだった。


『どうしたの?』
 これは兄友。

『こんなことしてよかったのかなあ』
 この時の副会長先輩は自分たちがしたことを後悔し始めているような口調だった。

『何を今更。自分だって例の下着姿の画像を見た時は、女のこと殺してやりたいとまで言ってたくせに』
 兄友が答える。でも女さんが女神行為とやらをしたことを知って、どうして副会長先輩は女さんに憎しみを抱くような感情を持つのだろう。二人には接点はないはずだった。

『それはまあ、そうは言ったけど』

『当然の報いでしょ。単なるぼっちかと思ったらビッチでもあったとはね』

『・・・・・・それ、洒落のつもり?』

『・・・・・・うるさいなあ。とにかくこれで少し様子見だね』

 この辺の会話からは兄友には女さんへの同情のかけらも覗えない。兄友の女さんへの視線は愛情ゆえではなかったのか。それに先輩である副会長先輩に対して兄友は親しげな溜め口で話しかけ、副会長先輩も当然のようにそれを受け止めていることも気になった。

 このあたりで既にもうあたしには何がなんだかわからなくなってしまった。

『ねえ』

『何?』

『こうなったことはあの人の自業自得だとしてもだよ』

『うん』

『これって、あの二人を別れさせることにはならないんじゃない?』

『うん、多分そうだろうね』

『じゃあ・・・・・・いったい何のために学校にこんなことちくったの?』

 そして副会長先輩の疑問の声。この二人はどういう意図があってのことかわからないけど、兄と女さんを別れさせようとしていたみたいだった。兄友が女さんを独占したいという気持ちならわかる。でもそれにしてはこれはやりすぎだ。こんなことをしていたら兄と女さんは別れるかもしれないけど、兄友自身だって女さんを手に入れられなくなるではないか。そして副会長先輩は何で兄と女さんが付き合うと都合が悪いのだろう。副会長先輩はもしかしたら妹ちゃんと付き合い出した生徒会長のことが好きなのかもしれない。でも、その生徒会長と女さんには何の接点もないのだ。兄と女さんが別れれば、ブラコンの妹ちゃんが兄の元に戻って会長が振られるとでも考えたのだろうか。いや、こんなに頭のいい人がそんな迂遠な、風が吹けば桶屋が儲かるみたいなことを考えるはずがない。

 あたしは考えるのをやめて次のシーンを脳内に再生した。

『これで終わりじゃないし』

『え?』

『学校だって本人に厳重注意して停学くらいはするだろうけど、犯罪を犯したわけじゃないから、今回はそれ以上はね』

『だからさ、校内の生徒全員に女が何をしていたかを知らせなきゃ意味ないと思う』

『まさか・・・・・・』

『うん。やり方はこれからよく考えるけど。そこまでやれば彼女だって、というか彼女の両親だってこのまま何もなかったことにはできないでしょ』

『少なくとも転校、場合によっては引越しするくらいには追い詰められるんじゃない?』

『・・・・・・もう止めようよ。何か怖い』

『あの二人を別れさせたいんでしょ?』

『・・・・・・それは』

『それが兄のためなんでしょ? もう始めてしまったことだし、今更引き返かせないでしょ』

 このあたりの会話には、割りと重要そうな、でも今のあたしには全く意味がわからない会話がやりとりされていた。この会話を偏見なしに受け取ると、


 ?兄友は女さんを破滅に至るまで追い詰めようとしている

 ?副会長先輩はそこまですることに対して恐怖を感じており、もうやめようよと兄友に訴えている

 ?「兄のために」、副会長先輩は「兄と女さんを別れさせたい」と思っている、あるいは少なくとも兄友は副会長先輩がそう考えていると思っている



 ?の理由は前にも思ったとおり意図が不明だ。兄友が純粋に女さんのことを憎悪しているのではない限り理解できない思考だった。そしてあたしは密かに兄友が女さんのことを好きなのではないかと考えていたのだ。そういう視点で考えると兄友の行動の意図は理解しがたい。

 ?はあるいは常識的な性格である副会長先輩が、何らかの動機によって兄友と共謀して始めてしまった行為を後悔していることを意味するのかもしれない。

 ?は・・・・・・。これが一番意味不明だった。副会長先輩はどこかで兄のことを知り兄を好きになったのだろうか。でもそんな話は一度も聞いたことがない。あたしには、副会長先輩が「兄のために」何か行動をする理由なんて何も思いつかなかったのだ。

 結局この時のあたしの推理は無駄に時間を費やしただけで終った。あたしが酷使して疲労した頭を休めようとした時になって授業の終了をチャイムが告げた。

今日は以上ですが、明日以降の投下は今のところ不明です。つまり残業しだいですね

なるべく早く再開したいと思います

無駄に長いSSで本当にすいません。忍耐強く付き合ってくださる方には感謝しています

 あたしはその時相当緊張して生徒会室のドアを開いたのだった。一度決めたこととはいえ、副会長先輩に兄友と先輩が交わしていた会話の意味を問いただすことを考えただけであたしは相当ストレスを感じていた。

 ただ、意味を聞けばいいというものではない。ある程度深いレベルで副会長先輩と会話を交わすためには、兄と女さんの馴れ初めとか今現在二人が陥っている状況とかを説明しなければならないだろう。副会長先輩は兄と女さんのことをどこまで承知しているのだろう。

 あの時の兄友と先輩の会話を考えれば何もかも承知しているのかもしれない。それでも副会長先輩はこれまであたしに対して兄や女さんのことをはっきりと口に出したことはなかったから、あたしが副会長先輩にいろいろと質問するに当たっていきなり核心から話し出すわけにもいかないだろう。

 いったい何をどこから切り出せばいいのか。恐る恐る生徒会室に入ったあたしにはその時になっても、どう切り出していいのか見当もついていなかったのだ。

「幼馴染」
 同じ学年の書記の女の子があたしが入ってきたことに気づいてパソコンの画面から目を離して言った。「遅かったじゃん」

「そうかな。授業が終ってすぐに来たんだよ」

 生徒会室には副会長先輩の姿はなかった。書記の子の他に何人か生徒会役員以外で各学年から学園祭の実行委員に選ばれた数人が二人一組になって学園祭のパンフレットの校正をしていた。あたしはほっとした。早く真実を知りたいという気持ちはあったのだけど、同時に今この
瞬間に副会長先輩と対峙しないですんだことに安心したのだ。

 先延ばししてもどうせいずれははっきりとさせなければいけないことはわかってはいたのだけれども。

「副会長先輩は?」
 あたしは彼女に聞いた。学園祭を直前にして副会長先輩がこの場にいないのはおかしい。本当は生徒会長がこの場にいて陣頭指揮をとっていなければいけないのだけど、彼がこの場にいない理由はあたしにはよくわかっていた。

 でも、副会長がいないなんて。

「副会長先輩は今日は放課後の活動はお休みだって」
 書記ちゃんが言った。「何か妹さんが急病とかでさ。今日は帰らなきゃいけないんだって」

「そうなんだ」
 あたしは先輩から真実を聞く機会が遠ざかったことを知った。残念な気持ちとほっとした気持ちがあたしの中で交錯した。「じゃあ今日は先輩抜きで作業だね」

「うん」

「副会長先輩の妹さんって大丈夫なの?」

「別に命に別状があるとかじゃないみたい」

「そうか、よかった。でも副会長先輩がいないと・・・・・・」

「そうなのよ。先輩がいないとわからないことだらけでさ」
 書記の子の愚痴を聞きながらあたしは今日はどうしようかと考えていた。本来なら学園祭の準備に総指揮を執るのは学園祭の実行委員長を兼ねている生徒会長だったけど、今は会長は良くも悪くも妹ちゃんのことだけしか頭にない状況だった。そんな中で会長の替わりに学園祭の指揮を執っていたのが副会長だったのだ。あたしはその副会長先輩の補佐役だったから、副会長先輩がいないと途方にくれるだけでいったい自分が今日何をしていいのかもわからなかったのだ。

「そういや知ってた?」
 書記ちゃんがあたしに言った。「副会長先輩って三姉妹の長女なんだって」

「そうなんだ」
 あたしは副会長先輩不在の生徒会と実行委員会をどうやって仕切ろうかと考え出していたから、副会長先輩の家族情報にはおざなりに返事をしただけだった。それでもめげずに書記ちゃんは話し続けた。

「三姉妹ってみんな一つずつ年齢が違うんだってさ」
 それはそんなに面白い話題ではなかったけど、これまで一人でパソコンの画面で学園祭の当日のスケジュールを組んでいることに飽きたのだろう。書記ちゃんはあたしが話し相手として現れたことで、少し息抜きをする気になったようだった。

「今日お昼ごろに先輩の妹さんが具合が悪くなったみたいでさ」

「そうか」

「あんた知ってる? 先輩の妹って確かあんたの知り合いの妹ちゃんの友だちで、妹友ちゃんっていう子だけど」

 あたしはその子のことは知っていた。妹ちゃんと仲のいい友だちだったはずだ。たしか妹ちゃんと同じクラスの一年生の可愛い子だったけど、副会長先輩の妹だとは知らなかった。

「その子が三女なんだって。で次女はうちらと同い年だけどうちの学校じゃないみたい」

「そう・・・・・・それでその妹友ちゃんってどうしたの」

「よく知らないけど貧血で倒れちゃったみたいね。副会長先輩、さっき一度ここに来てさ。これから病院に行くけど心配はいらないからって言ってた」

「そうなの」
 あたしは副会長先輩の妹さんのことは気の毒ではあったけど、それよりも先輩の妹さんの病気によってあたしが先輩に問いただそうと思っていたことが延期になったとこの方がより気になっていた。それに先輩の妹さんの症状もそんなに悪くはないようだったこともあったし。

「先輩の妹さん、あ、別の学校に通っている次女の方だけど、さっき先輩を迎えに来ててさ、初めて見たけどすごく可愛いいの。あたしたちと同い年なんだけどね」

 他の学校に通っているという先輩の妹さんが、末娘の運び込まれた病院にお見舞いに行く際に副会長先輩を迎えにここに顔を出していたようだった。そういう書記ちゃんのどうでもいい噂話は続いていたけど、あたしはもう頭を切り替えていた。

 先輩に真実を問い質すことができない以上、あたしは今日はおとなしく学園祭の準備をすることしかできないだろう。でもあたしはこれまで実務担当ではなく生徒会長不在の状態で、学園祭準備の全体指揮を執る副会長先輩のアシスタントのような役割を果たしていたのだった。本当は
副会長先輩がアクシデントで不在な以上、あたしが代わって指揮するべきなのかもしれないけど、あたしが見たところでは事態はそこまで追い詰められている状態ではなかった。二、三日は指揮者不在でもすべきことはあるようで、副会長が不在で本当に困るのはまだ数日先のようだっ
た。

 なのであたしは今日はあたしにすることは何もないと判断した。私的な用件の方は今日は何もできない。生徒会役員としてもまだあたしが副会長先輩の替わりにでしゃばるようなところまで事態は切迫していなかった。

「じゃあとりあえず今日は先輩に指示されたことをやるしかないね」
 あたしは書記ちゃんに言った。

「うん。もうみんなそうしてるよ」

「じゃあ、あたしは今日はやることないなあ」

「何言ってるのよ」
 書記ちゃんが言った。「副会長先輩がいないからってサボろうとするなよ」

「そんなつもりはないけどさ」
 正直に言うとそういうつもりは少しはあった。事態が進展せず、しかも学園祭の準備にも寄与できない状態なら、今頃教室を出て一人で悩みながら帰宅しようとしている兄に寄り添って彼と一緒に帰ろうかという気をあたしは起こしていていたのだ。でも、書記ちゃんはあたしを離すつもりはないようだった。

「スケジュールのチェック一緒にしようぜ。一人でパソコン睨んでるの飽きちゃったよ」
 書記ちゃんはあたしに言った。

「しょうがないなあ。付き合ってやるか」
 あたしは笑ってパソコンのディスプレイを眺めた。その時、ふと思い出したように書記ちゃんが言った。

 あたしは書記ちゃんと二人で気楽にお喋りしながらも何とか学園祭のスケジュールチェックを終えた。書記ちゃんが組んだスケジュールには致命的なミスがあった。展示や模擬店はともかくイベントのスケジュールがあっちこっちで時間が重複していたため、その修正には大分苦労した。

「会場や器材が被ってなくてもさ」
 あたしは飽きれて書記ちゃんに言った。「実行委員の人数は有限なんだから。こんだけイベントを重ねちゃったらスタッフが足りなくなっちゃうじゃん」

「そういやそうか。場所とか出演者が違うから大丈夫だと思ってたよ」
 書記ちゃんが悪びれずに言った。

 こういう細かいところに今年の学園祭の準備の荒さが出ていた。去年はこういう初歩的な間違いは事前に生徒会長がことごとく潰してくれていたため、本番はすごくスムーズだった。副会長先輩は会長不在の中で頑張ってくれてはいたけど、会長の組織化能力やイベントの進行管理能力はやはり別格だった。その先輩がいないだけで既にこういう綻びが見えている。

「これはやり直しだな」
 あたしは言った。

「え〜。最初から全部?」
 書記ちゃんはそこでいかにも嫌そうな表情を見せた。「重なるところだけ時間を離せばいいじゃん」

「それで直るならそれでもいいよ。でもイベントを重ならないように最初から時間を直して行くと、最後のイベントはきっと夜中の開始になるよ」
 あたしは素っ気無く言った。「時間の無駄だから最初から組みなおそう。文句言われるかもしれないけど、少しづつ各部のイベントに割り当てていた時間を削るしかないよ」

「それって文句言われない? 特にコンサート系のクラブから」

「言われるかもしれないけどこのままじゃ成り立たないんだからしょうがないじゃん」

「割り当て時間はもう各サークルに伝えちゃってあるからさ。時間を削ったら苦情が来るんじゃない? 軽音の先輩とかって怖いし」

「それでもそうするしかないでしょ。他に手段があるの?」

「・・・・・・ない」

 結局書記ちゃんは不承不承イベント系サークルへの時間の割り当てのやり直し作業に取り掛かったのだった。

 翌日の放課後、相変わらず元気がなく無口な兄に別れを告げた後、あたしは再び生徒会室に向った。

 今日こそは勇気を出して副会長先輩とお話ししなければならない。そのことを考えるとストレスからあたしは胃に鈍い痛みを感じた。その痛みは午前中からあたしを襲っていて、そのためあたしはお昼ご飯をほとんど口に入れることができなかった。これでは相変わらず食欲がないらしい兄に対して、もっと食べるように叱ることすらできなかった。

 あたしが胃を痛めるストレスを宥めながら生徒会室のドアを開けた時だった。何やら書記ちゃんに詰め寄っている先輩たちとそれに対して一生懸命説明している彼女の姿が目に入った。

 今日も副会長先輩は生徒会室にいないようだった。でもそのことにほっとする、あるいはがっかりする余裕はなくあたしはいきなりあたしが部屋に入ってきたのを知って顔を明るくした書記ちゃんに手を引かれた。

「ようやく来てくれた。この人たち言うことを聞いてくれないのよ」

 書記ちゃんを囲んでいたのは音楽系や演劇系のクラブの部長だった。先輩たちは許可されていた時間を削減されて憤って生徒会に文句を言いに来たらしい。


「おいふざけんなよ。お前らが時間を割り振ったんだろうが。俺たちはそれに従ってプログラム組んだんだぞ。今になって10分減らせとか何考えてんだよ」

「全部組みなおしになるのよ。台本から書き直しになっちゃうじゃない。ありえないでしょ」

「お前たちから言われた時間をさらに各バンドに割り振ってんだぞ。一週間前に今さら構成やりなおせとか部員たちに言えるかよ」

「何とかならないかな。これじゃ学園祭の出し物中止するしかないのよ」

 各部の責任者たちも必死だった。別に生徒会をいじめたいわけではなかっただろう。彼ら自身があたしたちの示した時間を更に区割りして各部員に伝達していたのだろうから、再度の時間の割り振りによって彼らが部員たちに責められることになるのだ。

 あたしたちのスケジュール修正は、各部に対して思っていたより深刻な影響を与えてしまったようだ。

 書記ちゃんの側に引き寄せられたあたしは、三年生の部長たちの注目を浴びてしまったようだった。

「あんたが責任者?」
 演劇部の三年生の部長が言った。美人で有名な先輩だったけど今はその表情はきれいというより怖いと言ったほうがいい感じだった。

「何でこんなことになったんだよ」
 軽音部の派手な容姿の先輩も低い声で続けた。「去年まではこんなことなかっただろうが」

「何とかしろよ。今さら全部のプログラムを変えろって言うのかよ」
 これはヒップホップ系のダンスサークルの部長だった。

 あたしは昨日は気軽に考えていたのだった。今の書記ちゃんのスケジュールが成り立たないのは確かだったから、各部の時間を削って各イベントの重複を無くすしかない。そうしなければイベントを裏から支える実行委員会のスタッフが足りなくなる。その辺のシミュレートが今年の時間割には決定的に不足していた。

 あたしは全体の調整をしていた副会長の下で主に全体計画の進行管理とか物品調達を担当していたので、イベントスケジュールがこんな状態になっていたなんて昨日初めて気がついたのだ。イベントの時間割は副会長の承認を得ていたはずだけど、さすがの副会長先輩もここまで細かい問題には気がつかず見過ごしてしまっていたようだった。

 あたしと書記ちゃんは周囲を憤っている先輩たちに囲まれてだんだんと萎縮してしまった。それでもスケジュールを修正しなければいけないことには変りはなかった。各部が独力で部室や教室で実施するイベントならば好きに構成を組めばいいけど、野外のステージや学校のメインホールでのイベントのような、実行委員会が運営するイベントに参加するサークルには、こちらの指示に従ってもらうしかない。イベントの裏方を務めるのが彼らではなく実行委員である以上、どんなに責められてもそこは譲れなかった。

 もっとも、譲れない事情は先輩たちにとっても同じようで先輩たちは厳しく生徒会の不備を突いて当初どおりの時間を割り振るよう要求した。書記ちゃんに代わって先輩たちに対峙したあたしは一歩も譲らず時間の削減を要求するしかなかった。そうしないと学園祭のイベント自体が成り立たない。あたしにはここで譲歩するという選択肢はなかった。それでもやはり三年生の先輩たちの圧力は無視できないほどのものだった。

 今日も副会長先輩が不在なため、気の重い真実を問い質すことが出来なくて複雑な想いを抱いたあたしだったけど、そういうこととは関りなく今はこの場に副会長か会長にいて欲しかった。あたしと書記ちゃんにはこの圧力は重過ぎる。

 その時、生徒会室のドアが開き、突然生徒会長が姿を現した。

 一目でこの場の不穏な様子を理解したのだろうか。生徒会長はやや戸惑ったようにいきり立っている三年生の部長たちを眺めた。

「君たち、生徒会室で何をしてるんだ?」

 生徒会の責任者を見つけた先輩たちは、もうあたしと書記ちゃん何かを相手にせずに直接生徒会長にクレームを付け出した。クレームの内容自体はこれまでと全く同じ内容だった。驚いたことに最近は時たま現れて指示をしていくだけだった生徒会長は、クレームを聞いているうちに問題の根本をすぐに把握してしまったようだった。

 騒ぎが収まるまでにはかなりの時間を要した。生徒会長は不満を述べる三年生たちの話を遮ることをせずじっと耳を傾けていた。一瞬、この人はひょっとしたら三年生の先輩たちの味方なのだろうかとあたしが疑うくらいにていねいに。

 でも、もどかしいくらいに先輩たちの話を聞き彼らの苦労に共感を示していた先輩は、やがて淡々と実行委員会の事情を話し始めた。それはあたしと書記ちゃんだって今まで必死になって先輩たちに訴えていたことと全く同じ話のはずだったけど、会長が一から冷静に状況説明して行くうちに部長たちの興奮も少しづつ収まっていったようだった。


「会長の言うことはわかるけどよ、何でそんなミスするんだよ。ツケは全部こっちに来るんだぞ」

「最初から無理のない時間を割り当てろよ」

「劇の台本って時間を厳密に計ってるんだから、今後は注意してよね」

「各ユニットごとに5分づつ持ち時間を削るしかねえか」


 心からは納得していなかったろうけど、先輩たちは各部への割り当て時間の削減が不可避であることを不承不承了解し、捨て台詞を残して去って行ったのだった。

 何とか自体が収まったのは会長のおかげだった。会長は妹ちゃんとの交際に夢中になって、本来すべき仕事を放棄してその責任を副会長先輩に押しつけていたのだけれど、やはりこういう修羅場を収めてくれる力を持ってはいたようだ。

「先輩、助かりました」
 書記ちゃんが素直に言った。

「イベントの持ち時間の最初の割り振りを間違ったのはまずかったね」
 会長が冷静に言った。「今日はあいつらを何とか宥めたけど、これであいつらは下手すると二、三日徹夜で演目の組み換えになるな」

「ごめんなさい」
 偶然にもあたしと書記ちゃんの声がだぶった。少しだけそのことに会長は微笑んだ。

「副会長はどうしたの」
 その時会長が言った。

「昨日から生徒会に顔を出してません。何か妹さんが具合が悪いとかで」
 あたしは答えた。

 今まで自分の失敗が巻き起こした騒動を反省して元気のなかった書記ちゃんの顔がその時ぱっと輝いた。

「それがですね」
 彼女は嬉しそうに言った。「先輩、中学の時の生徒会の副会長だった次女ちゃんって知ってますよね」

「え?」
 思いがけないことを聞いたというように会長が声を漏らした。

「知ってるけど・・・・・・彼女がどうかしったの?}

「へへ。特種ですよ、先輩。次女ちゃんって子、副会長先輩の妹なんですって」

「あいつが副会長の妹・・・・・・?」

「それだけじゃないんですよ。副会長先輩って妹が二人いて一人が○○高校に通っている次女ちゃんで、一番下の妹がうちの学校の一年生なんですって」

「そ、そう」

「先輩の彼女って一年生の妹ちゃんなんですよね」
 今や書記ちゃんは自分のしでかした大失敗のことはすっかり忘れて、会長をからかうことに夢中になっているようだった。

「先輩の彼女の妹ちゃんの同級生が妹友ちゃんなんですよ」

「・・・・・・」
 驚くかもしれないけど別にそれは悩むほどの情報ではないはずだった。でも先輩は何か考えこんでいるような表情だった。やはり副会長先輩は会長のことが好きなのだろうか。そして会長も副会長先輩の気持ちに気づいているのだろうか。

 そう考えれば妹ちゃんの仲の良い知り合いが副会長先輩の妹だったと知った会長が衝撃を受けるくらいのことはあり得ただろう。

「それでね、次女ちゃんっで昨日ここに副会長先輩を迎えに来たんですけど、その時大変だったんですよ」

「大変って、何かあったのか」

「またまたとぼけちゃってえ。次女ちゃんが会長に会いたいって駄々をこねて副会長先輩が苦労してました・・・・・・会長、次女ちゃんと何かあったんですか?」

「別に。何もないよ」
 会長はもう驚きを克服したようでいつものような冷静な表情と口調に戻っていた。「中学時代に生徒会の役員同志だったってだけで」

 次女さんは先輩のことが好きだったのかもしれないな。あたしはそう思った。

 でも、何年も前にただ好きだったという人の学校を訪れていきなりその人に会わせるよう駄々をこねると言うのも普通ではない。昨日はあまり気にしなかったけど、何となく同い年のその次女さんという子の行動には何か別な理由があるのではないかとあたしは思った。

「あ、そうだ。忘れてたけど次女ちゃんってこんなことも言ってましたよ」
 会長の反応が思っていたより薄かったせいか、少しがっかりした様子で書記ちゃんが言った。





「彼女、会長は今いないって副会長先輩に言われたら、今度は女さんに会いたいって言ってました。『女ちゃん』って呼んでたから知り合いなんでしょうね」
 書記ちゃんは今度はあたしの方に向って言った。

「女さんってあの噂の人でしょ? 幼馴染ちゃんの同級生だよね」

 今度こそ会長の表情は本当に凍りついた。会長は何も言わずに黙ってしまった。

「誰にでも裸を見せるっていう女さんと次女ちゃんってどういう知り合いなのかなあ。そういえば同じ中学だもんね」






 会長はようやく視線を書記ちゃんから外して、あたしの方を見た。

「・・・・・・幼馴染さん、ちょっと学園祭の運営のことで打ち合わせしたいんだけど」

「はい」
 会長がそんなことを話したがっているのではないということを、その時あたしは直感的に理解した。

「じゃあ、お茶を入れますね。それから打ち合わせしましょう」
 書記ちゃんが言ったけど、会長はそれを遮った。「いや。書記さんはもう一度新しいスケジュールを見直してくれるかな。次の失敗は許されないから」

「はーい」
 書記ちゃんは噂話を続けるのを諦めたようで素直にパソコンに向った。彼女も多少は自分の失敗を気にはしていたのだろう。

「ちょっと場所を変えようか」
 会長があたしに言った。

今日は以上です

可能ならまた明日投下したいですが、無理ンならごめんなさい

 帰宅してベッドの中で寝る前に、あたしはさっき屋上で会長から聞かされた話を思い返した。

 生徒会長の話はあたしに兄と女さんを巡って起きている出来事に対する新たな、そして膨大な情報をもたらしてくれた。ただ、その話は断片的で女さんを陥れた本当の原因を明らかにしてくれたわけではなかった。新たに増えた事実はあたしが明らかにしたいと思っている真実からあたしを更に遠ざけてしまったようだった。

 あたしはベッドの上で身体を起こした。このまま考え事をしていたら明日の授業はひどい有様になりそうだけど、こういう状態になると眠ろうとしても眠れないことは自分でもよくわかっていた。

 寝ることをきっぱり諦めたあたしは最初から会長の話を思い起こすことにした。会長は昨日真っ青になりながらこう言ったのだった。


「・・・・・・君たちの担任の鈴木先生に、女の女神行為を知らせたのは僕だ」


 あたしはこれまで犯人を想像しようと無駄な努力を繰り返していた。女さんに横恋慕した校内の男子生徒とか、兄のことを思い詰めるほど好きになってしまった女生徒とか。そして、理由は明らかではないけど最近になって有力な犯人候補として考えざるを得なくなった兄友や副会長先輩
とか。でも、まさか生徒会長が犯人だとは思いもしなかったのだった。

 でもその話はそれだけでは終らなかった。

「僕が女と兄君に酷いことをしたという自覚はある。でも、女さんと兄君をここまで追い詰めたのは僕じゃないんだ。それだけは信じて欲しい」

 とにかくあたしは鈴木先生に女さんの女神行為を知らせた犯人を突き止めたのだった。それは会長だった。その行為は兄をここまで苦しめているのだからその実行犯である会長に憎しみを感じてもいいはずだったのだけど、驚きのあまり感情までが麻痺して機能しなくなったせいか憎し
みや嫌悪よりはこのことの持つ意味が理解できないもどかしさだけがあたしの脳裏を閉めていたのだった。

「意味がわかりません」
 あたしは震える声で聞き返した。「何で先輩がそんなことをする必要があったんですか? それにそれだけのことをしておいて兄と女さんを追い詰めたのは自分じゃないってどういうことなんです?」

「ちゃんと話すよ。迷惑かもしれないけど聞いてくれるか」
 会長の顔は青かったけど、もう口調は大分落ち着いてきていた。

「僕が女・・・・・・さんと付き合っていたことは事実だ。そして次女さんを振ったことも事実なんだ」

「そして、女さんが僕には何も言わずに転校して僕の初恋は終った。正直に言うと僕はそのことに悩んでいた。でも妹がパソ部に入ってきて僕に悩みを打ち明けてきて」

「妹ちゃんが悩み?」

「うん。彼女は兄君から卒業しようとしていたんだ。ただ、彼女は兄君の相手の女が女神行為をしていることに気がついてしまった」

「彼女は悩んでいた。そして僕自身も女さんの女神行為のことを知って悩んだ。あいつは何をしているんだ、僕と付き合っていたらそんな破廉恥なことをして自己実現する必要もなかったのにってね」

 会長の話は途中に飛躍もありわかりやすいものではなかったけど、あたしは何とか会長の話について行ったのだった。

 妹ちゃんが大好きな兄の彼女に対して求める水準を考えると、女神行為をしている女性は論外だったのだろう。あたしは考え違いをしていた。妹ちゃんが部活に入ったのは兄離れをするためだと思い込んでいたのだ。でも妹ちゃんはそんな単純な理由だけではなく、兄にはふさわしくない女さんと兄の関係を何とかしようとしてパソコン部のドアを叩いたらしかった。

 妹ちゃんは何を望んでいたのだろう。兄と女さんを別れさせて、自分は兄離れをする。そして一人になった兄にあたしをくっつけようとしたのだろうか。


『お姉ちゃん・・・・・・』

『もうあまりあたしのことは甘やかさなくていいよ』

『お姉ちゃんももう自分に素直になって』

『でないと本当に女さんにお兄ちゃんを盗られちゃうかもよ』


 あたしは前に妹ちゃんに言われた言葉を思い返した。

「いろいろあったけど僕は妹とお互いに好きあう仲になって・・・・・・これは正直な気持ちなんだけど僕にとってはもう女さんのこととかどうでもよくなって」

 会長は話を続けた。「妹がいてくれれば過去のことなんてどうでもいい、女さんが兄君のことを好きなこととか女神をしていることとかどうでもよくなったんだ」

「じゃあ、何で会長は鈴木先生に女さんの女神行為を知らせるようなことをしたんですか?」

「・・・・・・妹の望みをかなえてあげたかったから。だから僕は妹にも黙ってメールしたんだ。でもそのメールを出した後で妹に言われた」
 会長は苦しそうに話を続けた。その話は意外なものだった。妹ちゃんが兄と女さんの付き合いを認めたらしいのだ。でもそれは会長が妹ちゃんに黙って鈴木先生にメールを出した後だった。



『恋愛って当事者同志じゃなきゃわからないんだよね。あたし、初めて恋をしてよくわかった』

『・・・・・・うん』

『お兄ちゃんが女さんのことを、女さんの女神行為のことを承知していても女さんが好きなら、あたしはそれを邪魔しちゃいけないのかもしれない』

『あたしにはブラコンかもしれないけど、それでもお兄ちゃんの恋を邪魔する資格はないと思う。今ではあたしの一番好きな男の人は、お兄ちゃんじゃなくて先輩なんだし』

『だから先輩、あたしが前に相談したことは全部忘れて。あたしはお兄ちゃんと女さんのことは邪魔しないし、お兄ちゃんの味方になるの。今ではあたしには先輩がいるんだし、もうお兄ちゃんの恋を邪魔するのは止める』



 その時にはもう手遅れだった。女さんの女神行為は鈴木先生に知らされてしまっていたのだ。妹ちゃんに初めてできた彼氏の手によって。

「全ては僕のせいだ。妹にはこうなった原因が僕にあることは言えなかったけど、仮にばれて彼女に嫌われてもしようがないと思っている」
 会長が話を続けた。「でも僕が今日君に言いたかったのはそんなことじゃない」

 会長は相変わらず青い表情で、でもしっかりとした視線であたしを見つめた。

「妹と仲のいい君には話しておきたいんだ。さっき書記さんの話を聞いて、この話はそんな僕たちの単純な行き違いから始ったものじゃないみたいだと気がついたから」

 ここまでの話だけでも混乱していたあたしは、この話に加えて会長が何を言いたいのか予想も出来なかった。そしてそんなあたしを気遣う余裕すらないように会長は続けた。

「誓って言うけど僕がしたのは最初のメールを出したところまでなんだ。その後の名前バレとか裏サイトの掲示板とかの書き込みには僕は一切関与していないんだよ」

 女さんを本当に追い詰めたのは学校側に女神行為が知られたことではなく、広くネット上にその行為が実名付きで出回ったことだった。会長の話が本当だとすると、他に女さんを追い詰めた犯人がいるということになる。

 あたしは兄友と副会長先輩の会話を思い出した。やはり彼らが真犯人なのだろうか。まだ真実はわからないけれど思っていたより複雑な動機が絡み合ってこの事態が生じたことは間違いがないようだった。そして会長は真の犯人ではないのだろうけれども、これを始めた犯人の動機に密接に関与しているらしかった。

「そして、副会長と次女さんと妹友さんが姉妹だったっていうことは、僕はさっき初めて聞いたのだけど」
 会長が顔を上げた。「これまでそのことを僕が知らなかったこと自体が不自然だと思う」

 会長は何を言っているのだろうか。あたしは会長の次の言葉を待った。

相変わらず短いですけど今日は以上です
明日は飲み会なので投下はありません

こんだけ短いと、一週間おきくらいにスレを覗いてまとめ読みした方がいいかも

ではおやすみなさい

「僕は中学の頃それなりに女の子から告白されたことがあるんだけど」
 会長は続けた。「まあ信じてもらえないかもしれないけど」

 こんな時なのにわざわざそういう余計な一言を付け加えたのがいかにも女性関係に自信が無さそうな会長らしかったけど、そのことに可笑しさを感じる余裕はこの時のあたしにはなかった。

「それにもてたと言ってもほとんどみんな勘違いとか思い込みでね。僕が相談に乗っている相手が自分に親身になっている僕のことが気になるようになったとうだけで、まあ、そういう子はみんな自分が好きなんだよね」

「はあ」
 会長の話がどこに繋がっていくのかあたしにはわからなかった。

「そんな中でも次女さんだけはそうじゃなかった・・・・・・生徒会で副会長をしていた彼女は控え目で優しい子だったんだけど、どうやら本気で僕のことを好きになってくれたみたいだった」

「その次女さんの告白を、当時女さんと付き合っていた僕が断ったのは今話したとおりだけど、よくわからないのは次女さんは女さんと同じクラスだったから僕が女さんと付き合っていることは知っていたはずなんだ」

「じゃあ、同級生の彼氏を奪おうとしたってことですか? その控え目で優しいという彼女が」

「そうなるんだ。当時の僕は女、・・・・・・さんに夢中だったから深くは考えなかったのだけど、今にして思えば同級生の彼氏にわざわざ告白するような子には思えないんだ」
 しかし、会長の思考能力はすごく高いなとあたしは考えた。今の今まで何年間も忘れていたことや知らなかったことを書記ちゃんに意外な事実を聞かされただけで、すぐに当時の出来事の矛盾点を思いついたのだから。

 こういう人が味方になってくれると力強いだろうな。現にさっきあたしたちでは宥められなかった三年生の部長たちを納得させてしまったのも会長だった。

 でも、会長が本当に味方になれる立場にいるかどうかはまだわからない。とにかく女さんの女神行為を鈴木先生に言いつけて、兄と女さんの誰にも迷惑をかけていない二人だけの小さな幸せを壊すきっかけをつくったのは会長に間違いないのだから。

「それに次女さんの告白を断った時の女の反応も、今にしてみれば冷たすぎたような気がする。あの当時女に夢中だった僕でさえ違和感を感じたほどに」
 会長は必死になって当時を思い出しそして推理しようとしていたから、女にさん付けする配慮にまで気が回らなくなったようだった。

 会長が少しづつ思い出して語ってくれたその当時の出来事とは。



『先輩、何であの子の告白断ったの?』
 女さんの質問に、当時は女さんにベタ惚れしていた会長が答えた。

『僕は、君のことが好きだからね。副会長と付き合うなんて考えられないよ』

『ふーん。そうなんだ。副会長ちゃん、可哀想』
 女さんはそれだけ言って、もう副会長のことはどうでもいいとばかりに、自分が最近考えていることを話し始めた。

 その時の女さんの反応があまりにも淡白だったせいで、珍しく会長の中に彼女への反発心が湧き出してきたそうだ。

 会長の心の中に副会長の緊張して泣き出しそうな顔を思い浮かんだとか。


 これでは、あんまりだ。僕の気持ちも副会長の気持ちも救われない。


 会長が思い出した事実やその時先輩が抱いた感情とはこういうことだったそうだ。

「でも違和感と言うのはどういうことなんですか?」
 あたしは聞いた。思春期の少女の略奪的な恋愛衝動なんてよくある話だし、女性経験が少ない会長が自分を好きになった次女ちゃんを聖女みたいに祭り上げていたから違和感を感じるだけではないのか。

 女さんの冷たい反応だって、普段から他人に関心を抱かなかった女さんの姿を知っていたあたしには別に意外とも思えなかったのだ。

「ここから先は完全に僕の想像なんだけど」
 会長が話を再開した。

「僕は妹のためなら自ら泥をかぶろうと決心したんだよ。女の女神行為を晒すっていうことは、万一晒した犯人が生徒会長の僕だとわかったら、晒された女ほどではなくても僕の評判だって地に落ちるだろうとは思ったけれど」

「さっきも言い訳したように僕は女の女神行為を徹底的に晒す覚悟は出来ていたけど、結局途中でそれを止めた。妹が今ではそれを望んでいないことがわかったから」

「・・・・・・でも、ほぼ同じタイミングで女さんの実名とか住所とかが晒されて、それに学校裏サイトにもそのことが載ってましたよね」
 それが女さんにとって致命傷となったのだった。女さんの女神行為が学校当局に知られただけなら、広く校内の生徒たちに広まらなかったら、女さんが転校や引越しするほど追い込まれることはなかっただろう。

「そうなんだ。誰か僕の他にそれをしたやつがいる」

「ひょっとしたら学校とか女さんの関係者以外の人かもしれないですね。最初はexifとかっていうデータを解析されたんでしょ? それなら誰でも犯人の可能性はあるし」
 あたしはふと思いついて言った。

「それだけならそうかもしれないけど、その画像の主を女さんに結び付けて実名を晒すなんて、知り合いじゃなきゃできないだろう」

「それはそうか」
 気が重いけどやはり核心にはこの学校の関係者がいることには間違いがないようだった。それに兄友と副会長先輩の会話のこともある。そして副会長先輩と最初に鈴木先生に対して行動を起こした会長の過去とが今繋がったということもあった。

「僕がしたことを知られれば妹にはきっと愛想を尽かされるだろう。今までは黙って忘れようと思っていた。情けない判断だけど僕は妹に嫌われることだけはしたくなかったから」
 会長が続けた。「でも、次女さんとかが登場して僕や女に会いたいって言ったことが本当なら、これは単なる偶然では済ませられないだろ」

「じゃあ、会長の言う違和感って」

「うん。それは女への嫉妬とか全くなかったわけではないけど、基本的には本当に偶然に妹と付き合うようになってこの出来事の関係者になったんだと自分では思ってたんだけど」

「そうじゃないんですか?」

 会長の顔が再び青くなった。

「僕は最初から関係者、というかターゲットの一つだったのかもしれないね」

「それは次女さんが出てきたからですか? 考えすぎじゃ」

「今日まではっきりと僕が妹と付き合っていることを知っていたのは妹友ちゃん、あとは副会長が疑っていただけだ」

「・・・・・・はい」

「妹友ちゃんが僕たちの仲を知った日、つまり僕が鈴木先生にメールを出した翌日以降、女はネット上で実名バレしたんだ」

「今までこんなことをするやつは兄君のことが好きだった関係者が兄君と女を別れさせるためにしたんだって僕は無意識に思い込んでいたんだけど」

 確かにそれはそうだった。あたしもそれ以外の理由は考えたことすらなかった。ぼっちの女さんをこれ以上陥れるためだけに面白半分でこんなことをする人はいないと。

「君もそう考えてたんじゃないかな」
 会長の言葉にあたしはうなずいた。

「でもそうじゃないとしたら。今、女と僕の中学時代の付き合いに密接に関係のあるやつらが三姉妹だとわかった。うち一人は僕に振られた次女さん。もう一人は・・・・・・君も知ってのとおり君に振られた僕が妹と一緒にいるのを見て僕のことをさげずんだように話していた副会長だ」

「そして、タイミング的にはこの出来事が始まる直前に僕が妹と付き合っていることをはっきりと知った妹友さん」

「どういうことです?」

「ターゲットは兄君じゃなかったんじゃないのか。兄君はいわば巻き込まれた被害者なんじゃないのかな」

「じゃ、じゃあ。本当の狙いは誰なんですか」
 あたしの声は震えていたかもしれない。推測に過ぎないことはわかっていたけど、自らに何ら非がないのにあんな風に抜け殻のようになっている兄のことを考えると動揺を押さえ切れなかった。

「最初から女さんを陥れるためだったのか、あるいは僕のこともターゲットだったのかもしれないね」

 先輩は相変わらず顔を青くしてはいたけど、言葉はしっかりとしていて冷静な口調だった。

短くてすいません。今日はここまで

可能ならまた明日再開したいと思います

「腹減ったな」
 あたしの手を引きながら店外に出たとき、緊張感のない声で兄がそう言った。

「あんたねえ」
 あたしは軽く兄を睨んだ。「そんな呑気なこと言ってる場合か」

「何で?」
 兄は答えた。「あいつら仲直りしたんだから別に問題ないだろ」

 無理もなかった。事情を知らない兄には無事二人が仲直りしたように見えたのだろう。妹ちゃんがあたしと会長を目撃して抱いた疑惑は一旦は晴れた。その意味では兄の言うことも間違いではなかった。

 でも会長が妹ちゃんに伏せている秘密は未だに妹ちゃんの知るところにはなっていない。

 会長は突然訪れた危機を乗り切ったのだけど、その実以前から抱えていた火種は相変わらず燻っているのだ。

「どっかで飯食わない?」
 兄が再び空腹であることを蒸し返した。

 そういえば兄が食べようとしていったハンバーガーやポテトは店内のテーブルに置き去りにされていたのだった。

「いいよ。そうしようか」
 もうお昼を過ぎていたけど、あたしも朝起きてから何も口にしていなかったことに気づいた。

「そこのモールが近いな。確かパスタ屋があったじゃん」

「うん。あそこ結構美味しいよ」

「知ってる」

 いつだったか兄友と二人でその店にいるところを兄に目撃されたことがあった。だから兄もあの店で食事したことはあったのだ。

「じゃあ行こう・・・・・・目立つからそろそろ手を離してくれる?」

「ああ、そうだな」

 兄は動じる様子もなくあたしの手を離した。

 以前は確か並ばないと座れないくらい混んでいた店だったはずだけど、今日はすぐに席に案内された。

 窓際の席におさまった兄はメニューを眺めて困惑しているようだった。

「どうしたの」

 あたしは兄に声をかけた。

「いやさ。ミートソースが食べたいんだけど、ここ名前がミートソースじゃないんだよな。どれだったかなあ。写真が載ってないからよくわかんねえや」

「これ」
 あたしはボロネーズと書かれた部分を指差した。

「ああ、そうだった」

 注文を終えると兄は改めてあたしの方を眺めて言った。

「そういやおまえ、本当は会長と二人で何してたの? 妹の味方するわけじゃないけど学園祭の打ち合わせしてるようには見えなかったぜ」

「本当に先輩とは何にもないよ。先輩は妹ちゃん一筋だし、あたしだって妹ちゃんの彼氏とどうこうなろうなんて思ってないよ本当に」

「それはそうだろうけどさ。何かすごく親密そうに顔を寄せ合ってたからさ。妹みたいな嫉妬深いやつじゃなくなってなんかあるんじゃないかと疑ったと思うよ」

「本当に何でもない。あたしの言うこと信じないの?」

 兄は笑った。「俺が信じるかどうかなんてどうでもいいだろ? まあ、妹が納得したんだから別にそれでいいか」

 その時料理が運ばれてきた。さっきまで空腹を訴えていたはずの兄は目の前に置かれたパスタに手をつけずに何か考えているようだった。

「食べないの? 冷めちゃうよ」
 あたしは兄に注意した。それに答えず兄はぽつんと呟くように言った。

「妹と生徒会長、うらやましいよな」

「え」

「俺も彼女から嫉妬されたり誤解されたりしたい。例えば今俺とおまえが一緒に飯食ってるところを、あいつに見られて罵られたり泣かれたりしたいよ」

「・・・・・・どういう意味よ」

「もう喧嘩したり言い訳したりどころか、もうちゃんと別れることすらできなくなっちゃったからさ。俺と女は」

 女さんを陥れた相手に対して激昂したり復讐を誓ったりしていた兄はこれまでこの種の弱音を吐いたことは一度もなかった。暗い顔で悩んでいるところはよく見かけたし、それに対してあたしも胸を痛めたりもしていたのだけど、兄がここまで直接的に切ない心の痛みを他人に吐露した
のは初めてだった。

 あたしも食欲をなくした。そして兄に対してどう返事していいのかももうよくわからなかった。

「どうせ会えなくなるならさ。最期に一度でもいいからあいつと会って直接振られたかったな」
 兄が微笑んだ。「そういやあいつ、前に俺たちが別れる時は必ず俺が女を振った時だって真顔で言ってたんだぜ。あいつの方からは絶対俺を振らないからって」

 それは兄と女さんの短い蜜月の間にやり取りされた甘い会話だったのだろう。兄はこの先ずっとそういう過去の幸せだった思い出を抱きしめて生きていくつもりなのだろうか。

「そういえば前にね」
 あたしは思わず兄の表情に引き込まれて兄友の言葉を思い出した。



兄友『最悪の場合さ、多分兄と女ってもう会えないことも考えられるんじゃねえかなと思うんだ』

幼『・・・・・・いつかは噂だって収まるんじゃないの?』

兄友『いろいろ腹は立つけどさ、女さんって兄のこと本当に好きだったのかもな』

幼『何でいきなりそんなことを・・・・・・』

兄友『女から兄に何の連絡もないだろ? 普通なら電話とかメールとかしてくると思うんだよな』

幼『ご両親にスマホとかパソコンとか取り上げられてるんじゃない?』

兄友『それにしたって家電とか公衆電話とか手段はあるはずだよ。女さんが兄と接触を取らないのは、これ以上兄を巻き込まないようにしてるんじゃねえかな』

幼『兄のことを考えてわざと連絡しないようにしてるってこと?』

兄友『何だかそんな気がする』

 あたしは兄にそれを伝えようと思った。

「女さんはあんたのことが本当に好きで、それでこの事件にこれ以上あんたを巻き込みたくなくて姿を消したのかもね」

 兄はそれを聞いても動じる様子はなかった。

「あいつは身バレしたから姿を消したんだよ。それは間違いない。でも俺に連絡さえしないのはそういうことかもしれないな」
 兄も今までいろいろ考えていたようだった。「本当にもう二度と会えねえのかなあ」

 兄は無頓着そうに言ったけど、その表情は固かった。今度こそあたしにはもう何も言えなくなってしまった。

 兄とあたしをただ寂寥感だけが包んでいた。それはあたしたちだけがこの場所に取り残されたような感覚だった。

 そして今ではあたしにできることは少なかった。

 たとえ兄と女さんを救おうという意思があたしにあったとしても、それはもう不可能だ。仮にこの悪意に満ちた出来事が誰によって何のために起こされたのかを明らかにすることができたとしても。


 ・・・・・・それでもせめて真相くらいは明らかにしよう。

 あたしは改めてそう考えた。それにより別に兄も女さんも救われはしない。協力してくれている会長だって妹ちゃんとの仲が改善されるわけでもない。

 さらにそれは、あたし自身にとっては結果によっては好きになっていた兄友との決別を意味するのかもしれない。それでもこの閉塞感を打破するためには、何の前進にもならないかもしれないけど、あの時何が起きたのかを解明する以外に道はなかったのだ。





女神第四部 おしまい

今日は以上です

次回から第五部です

明日投下できるかは不明ですけどなるべく早く再開したいと思います

あと、ご感想は人それぞれだと思いますけど、?もやもやする、?無駄に長い駄文、?なかなか事態が進行しない、?とにかく暗い! 以上については最後まで変わらないと思います
ですので生意気な言い方ですが合わない方はお読みにならない方がよろしいかと思います

そしてそれでも読んでやるよという方がいらっしゃるようなら頑張りますので最後までお付き合いいただけると嬉しいです

それではおやすみなさい

 二月のある日、午後の最後の授業が終ってしばらくすると、二年生の教室が並ぶ二階のフロアに予想どおり生徒会長が姿を現した。受験期間中は全く見かけなかった会長の姿にあたしは何だかひどく懐かしい感じを覚えた。

 会長が現われるのを待ち構えていたあたしは迷わず会長に話しかけた。少し照れたような微笑みを浮かべて。それは半ば演技だったけど全てがそうというわけではなかった。実際、久しぶりに見た先輩の姿にあたしはどういうわけかどきっとしたのだ。

「先輩」
 あたしは会長に偶然出会った振りをして言った。「もう会えないかと思ってました」

「やあ。久しぶりだね」
 会長はどういうわけかあたしが告白して振られてから見せてくれなかった、いやよく考えるとあたしが生徒会に入って副会長になってから一度も見せてくれなかったような柔らかな表情で答えてくれた。

 胸の動悸が高まっていく。あたしが利己的な動機から会長に告白する前、一時会長のことを本気で意識してそのことに戸惑ったことがあった。あれは兄友がこちらに帰宅する前のことだったけど、あたしの感情はその頃の戸惑いを覚えていたようであたしはこの時一瞬だけ自分勝手な
動機を忘れて顔を赤らめた。

「あの。先輩、今日合格発表だったんですよね?」

「おかげさまで、第一志望校に合格したよ。心配してくれてありがとう」

「おめでとうございます。本当によかったです」
 あたしは優しく微笑んだ。

「じゃあ、僕はちょっと用事があるので」
 でもそんなあたしの感情を考慮する様子もなく会長はあっさりと言った。

 あたしは自分でも思いがけないことに会長があっさりとあたしから去って行こうとすることに寂しさを感じた。

 でも一応これは想定どおりの行動なのだ。そして既に手は打ってある。

「はい。またです」
 あたしは心底名残惜しそうに見えたに違いない。今ではあたしは演技することすら忘れていたのだった。

 でも会長をここに長く引き止めるわけにはいかない。

 あたしに別れを告げた会長は、ドアが開きっぱなしのあたしたちの教室を覗き込んだ。・・・・・・もちろんそこには女ちゃんはいない。

 戸惑っている様子の会長の背中をあたしはしばらく見つめた。

 やめるなら今だった。久しぶりに会長に再会した時のこのときめきが本当のあたしの気持ちだとしたら、こんな卑劣な手を使って会長を絶望させていいのだろうか。

 その瞬間あたしは一瞬躊躇した。自分が本当に好きな相手が十年来の片想いの相手である兄友でなく、女ちゃんごときに夢中なっているこんな男の子だというのは果たしてあたしの本心なのだろうか。

 兄友は自分で言い訳したように酒に酔い妹友ちゃんをからかっていただけなのかもしれない。兄友のその言葉はあたしにとって救いだったけど、あの日の二人きりのカラオケで兄友に謝罪され告白されたあたしはそれを反射的に拒否した。

 そしてその後東北にいる兄友のメールで以前とはうって変わってしつこいくらいに愛を囁かれても、あの日会長に振られたあたしの心には救いや安堵は訪れなかったのだ。

 もうこれ以上迷っている時間はない。こんなことをしているうちに女ちゃんが戻って来てしまう。

 あたしは心を決めた。兄友の告白にも心の平穏や喜びが訪れなかった以上、あたしが好きなのは今では会長なのに違いない。

 あたしは不安そうに、そして未練がましそうに教室内をきょろきょろと覗いている会長に背後から話しかけた。遠慮がちな小さな声で。

「先輩。もしかして、女ちゃんを探してるんですか」

「あ、ああ」
 会長は途方にくれたように答えた。

「あの、先輩。ご存知ないんですか」

「・・・・・・何が?」
 会長は要領を得ないあたしの言葉に少しじれったく感じているようだった。

「女ちゃん、一昨日転校したんですよ。確か、東北の方に転校するって言ってました」

 何を言われているのかわからないという表情のまま会長は凍りついた。

「・・・・・・先輩は女ちゃんとお付き合いされているんで当然ご存知かと思っていました」
 あたしは会長を気遣い遠慮がちな小さな声を出した。つまりそういう演技をしたのだ。

 会長はしばらく沈黙していた。

「そうか」
 しばらくして会長は言った。「君は何か事情を聞いているのか?」

「そんなに詳しくは知りませんけど。お父さんの仕事の都合で東北の中学に転校するとだけしか」
 本当はあたしはもっと詳しい情報を知っていた。あたしの心を掴むためだろう。兄友からメールで詳しい情報を聞いていたから。

 兄友と女ちゃんは面識すらなかったけど、兄友のお父さんと女ちゃんのお父さんは同僚なのだから兄友が女ちゃんの動静を詳しく知っていたのも当然だった。そして女ちゃんの転校先は兄友と同じ学校だったのだ。

「女が転校する学校とか転校先の住所とか君は知っている?」
 会長は信じていた彼女に裏切られたからか余裕のない態度であたしの方を縋るように見た。

「ごめんなさい、知らないんです」
 あたしは嘘をついた。「まだ転居先とか決まってないんで学校も住むところもこれから決めるんですって。だから先生にもわからないそうです」

「・・・・・・こんなことを聞いて悪いんだけど、君は女の携帯の番号とかメアドとか知ってる?」

「本当に会長のお役に立てなくてごめんなさい。あたし、そこまで女ちゃんとは仲良くなくて」

「誰か女と仲がいい子とか知らないかな」
 あたしにも会長の必死さが伝わってきた。でもあたしはもう迷わなかった。決心してついに踏み出してしまった今ではあたしは妙に頭の中が冷静だった。

「・・・・・・言いにくいんですけど、女ちゃんて本当に仲のいい子はいませんでした。だから・・・・・・女ちゃんの携番やメアドを知ってる子はいないと思います」

「・・・・・・そうか」

 女ちゃんに親友がいなかったことは事実だった。この時あたしが会長についた大嘘の中にも真実のかけらはある。女ちゃんの携番やアドを知っている子がいないのは事実だった。会長が心の中でどれだけ女ちゃんを美化していたのかは知らないけど、会長が好きになり大切にしていた
子は、本当はぼっちの女の子だったのだ。それだけは掛け値のない真実だった。

 馬鹿な男。あたしは思った。でも心配はいらないの。卒業までの一月で女さんを失った喪失感や悲しみはあたしが忘れさせてあげるのだから。

 あたしは会長には酷いことをしたのかもしれないけど、結果として会長は女さんよりもっと世間的に評価の高いあたしを自分の彼女にすることができるのだ。

 もうあたしを気にする余裕はないのだろう。会長はあたしに頭を下げると黙ってよろよろと教室から出て行った。

 ぎりぎりのタイミングだった。

 会長が姿を消して数分たったところで女ちゃんが教室に戻って来たのだ。

「ねえ副会長ちゃん」
 不審を露わにして女ちゃんがあたしに聞いた。「先生、あたしのことなんて呼んだ覚えないってよ」

「ええ〜。そうなの? あたし確かに誰かから女ちゃんに伝えてって言われたんだけどなあ」
 あたしは無邪気に不思議そうな声を出した。

「・・・・・・まあいいけど」
 女ちゃんは気持ちを切り替えたようだった。

「それよか女ちゃん、明日の朝には東北に行っちゃうんでしょ?」

「うん。本当は昨日お父さんたちと一緒に行く予定だったんだけど・・・・・・」
 そう答えて女ちゃんは教室内を眺めた。

「どうしたの?」
 あたしは少し不安そうな女ちゃんの表情に何か快感めいた、嗜虐的な快感を覚えた。「もしかして誰か探してる?」

「ええ・・・・・・まあ」

「女ちゃんの転校って急だったもんね。お別れを言えなかった人もいるんじゃないの」

「あのさ、副会長ちゃん」
 普段は人に媚びることのない女ちゃんがあたしに縋るような目を向けた。

「あの。あたしが職員室に行っている間、誰かあたしを尋ねてこなかった?」

「誰かって? 何人も教室を出入りしてたけど」
 あたしはぞくぞくしながら言った。「例えば誰?」

 女ちゃんはしばらくためらった。女ちゃんがこの時何を考えているのかあたしには手に取るようにわかった。

 あたしが会長に告白し振られたことは学内に噂として広まっていた。あたしは随分そのことでプライドを傷つけられたのだ。一時期あたしの兄友へのメールはそのことに対する愚痴で埋め尽くされていたくらいだった。

 そんな時でもこの女は会長に愛されているという余裕があるのかあたしに対してそのことを持ちかけてくることはなかった。当然彼女の耳にもこの噂は届いていたはずだけど。

 女ちゃんは今そのことを気にしているのだ。本当は会長が自分を訪ねてきたのかどうか知りたくて仕方がないのだろうに。

 あたしはそこで助け舟を出してあげることにした。相変わらず女ちゃんに対して優越感を覚えながら。

 あたしが兄友から女ちゃんが転校すると聞いて以来暖めていた作戦。その第一段階はうまく行った。会長は女ちゃんが自分に黙って去っていたことに傷付いた。

 でも仕上げはこれからだった。この二人を別れさせるためにはまだ手を抜ける状態ではなかった。

「まあクラスの人以外だと・・・・・・あ、そうだ。生徒会長が尋ねてきたよ」

 女ちゃんの表情が一瞬明るくなった。

「先輩、志望校に合格したんだって。嬉しそうだったよ」

「それで、何か他に言ってなかった?」

「他にって・・・・・・ああ、そうそう。あんたが転校するってこと会長は知らなかったんだよね。あんたと会長って仲良しなのかと思ってたのに」
 あたしは微笑んだ。

「え? 副会長ちゃんあたしが転校するって先輩に話したの?」

「うん。話したけど、何か都合悪かった?」

「・・・・・・引越しの日を遅らせて自分で話そうと思ってたのに」

 女ちゃんは低い声で言った。その言葉はあたしにはよく聞き取れたけどあえてあたしは聞き取れなかった振りをした。

「ごめん。今何て言ったの? よく聞こえなかった」

「何でもない。それで先輩、それを聞いて何か言ってた?」

「別に何も。そうなんだって言っただけだったよ」

 あたしは自分の一番の微笑みを彼女に向けたのだった。

「あとさ、高校合格祝いに今日からどこかに卒業旅行に行くんだって。しばらく連絡が取れないけど生徒会をよろしくって言われた」

 女ちゃんの表情が青くなった。

「副会長ちゃん、会長の携帯の番号とかメアドとか知ってるかな」
 女ちゃんのいつもような余裕のある態度は今ではどこかに行ってしまっているみたいだった。

「ええ〜。そんなの知らない。女ちゃんこそ会長と仲良しなのに何でそんなことも知らないのよ」

 女ちゃんはそれを聞くともうあたしには話しかける価値がないと判断したようだった。

「じゃあ、あたし帰るね」

「うん。女ちゃん東北に行っても元気でね」

「うん。じゃあ、さよなら」



 ・・・・・・さよなら。もうあんたは二度と戻ってくるな。何なら兄友をあげるから二人でずっと東北で仲良くしてればいい。



 その夜、今まで沈んでいた姿を見せて心配させてしまった姉と妹は、久しぶりにテンションの高いあたしに驚きそれを持て余しているようだった。

本日は以上です

なるべく早く再会したいと思います

ここまで辛抱強くお付き合いいただいた方々には感謝してます

from :姉さん
sub  :無題
本文『今さっき数分前に駅でお別れしたばかりなのにメールしてごめん。あたし、うざいでしょ(笑)面倒だったら返信しなくていいからね』

『おばさんが見てる前であんたに抱きついちゃってほんとにごめん!自分でもあんなことするなんて思いもしなかったんだけど、またずっと兄友に会えなくなるんだなって考えてたら勝手に体が動いちゃった。あんたも驚いた顔して何も言葉にできない感じだったけど、おばさんも随分びっくりしてたよね。おばさんはあんたと次女ちゃんが好きあってるって前から思ってたみたいだから無理もないけど』

『本当に悪い。あんたを困らせるつもりなんてなかったの。おばさんに何か聞かれたらあんたは好きなのは次女だよって答えておきなさいね。そうすればおばさんはあた
しが一人勝手に兄友に片想いしてるんだなって考えてくれると思うから』

『今、駅中のドトールでメールしてるんだけど、あんたに抱かれた自分の体が自分じゃないみたいでちょっと怖いの。少し落ち着かないと家に帰ってあの子たちに顔を合わす勇気がないんで、もう少しここにいようと思います』

『あんたが次女のこと好きでもいいの。あんたに都合のいい女であたしは十分幸せだから、あんたはあんまり罪悪感を感じなくていいんだよ。あたしはいつまでも兄友の
いいお姉さんだからね』

『・・・・・・いいお姉さんだけど、今度会った時にあんたがまだあたしを欲しいなら。ね?』

『次にメールする時にはあんたにプレゼントするよ。楽しみに待っててね』




from ::次女
sub  :無題
本文『兄友東北で元気にしてる〜?元気なわけないか。せっかくあんたが告ってくれたのに断ってしまってゴメン。うち兄友のこと嫌いじゃないんだよ。これはホント。だか
ら兄友のこと振っちゃって本気で悪いと思ってる。あたしも兄友のこと昔から好きでした。昔、兄友が引越しした日、本気で泣いちゃってお姉ちゃんや妹友をびっくりさせたこともあったくらいに』

『でも兄友には正直に言うけど、うち今は生徒会長のことが忘れられないの。もちろん彼にはっきりと振られたのは事実だから今すぐ彼とどうこうなるってことはないんだけど、この先会長がうちの方に振り向いてくれた時にうちが兄友と付き合ってたらまずいじゃない?それは会長にも悪いしうちの大切な幼馴染の兄友にも悪いことだから』

『だからうちは兄友の気持ちに答えられなかったの。ごめんね。でもあたしたちはいいお友だちではいられるよね?これからもメールするから相談に乗ってね(はあと)』

from ::姉さん
sub  :無題
添付:××.jpg(3.36MB)
本文『またメールしちゃった(汗)前にも言ったけど面倒だったら返信しなくていいからね。最初に言っておこう(笑)』

『あんたの部屋に連れて行かれてあんたに無理矢理抱かれてからもう一週間経つんだね。って、ごめん。あたしは本心ではあんたに虐められたとか無理矢理変なことさ
れたとかって全然考えていないの。本当はあんたに求めてもらえて嬉しかったから。でも兄友ってサドっけがあるみたいだから、年上のあたしを好きなように虐めたんだ
って考えた方があんたも興奮するでしょ(笑)』

『前のメールで約束したプレゼントを添付するね。何かカメラのことも詳しくないし添付したらすごくメールが重くなっちゃったし、ひょっとしたら兄友は画像見られないかも
だけど、せっかく苦労して撮影したんで一応送付しときます。恥かしかったんだからね』

『自分の部屋に鍵をかけて裸になって撮影したんだけど、自分を撮るのって難しいんだね。あと、あんたに最初に抱かれた時のポーズを再現してみようと思ったんだけど
、あの時あんたあたしの両手を床に押さえつけてたでしょ? そのポーズを再現するとシャッターを押せないんだよね。だから単なる横になってるヌード写真になってしま
いました』

『ほんと言うと、こんなものいらねーよってあんたに思われないかすごく不安です。あんたには東北に好きにできる女の子がいるかもしれないし。あたしじゃなくて次女ちゃ
んの画像の方がいいのかもしれないしね。だからいらなかったらあたしのことは気にせずに削除しちゃって』

『じゃあ、またね。あと、あんたとのことはうちの家族には誰にも気がつかれていないから安心してね。じゃあ、またメールするね』




from :次女
sub  :無題
本文『兄友元気にしてる? 返信ありがとね。うちは兄友を傷つけたと思っていたのだけど、メールでうちのことを心配してくれてありがと。うちの方こそいろいろゴメン』

『それでうちは今ピンチなの。もともと先輩に告ったってすぐに会長と付き合えるなんて思っていなかったんだけど、まあ先輩の彼女はしょせんはあの女ちゃん(笑)だか
ら、時間が経てば先輩もうちのことを気にしてくれるようになると思ってたのね』

『そしたらさ、想定外なんだけどうちが先輩に告って振られたっていう噂が流れててさ。今うちってヤバイ状況?みたいな』

『でもうちが先輩に告ったことを知ってるのってうちと先輩と兄友だけじゃん? 多分先輩が女ちゃんにうちに告くられたって話して、それでうちを恨んだ女ちゃんがみんな
に言い触らしたんだと思うんだ。女ちゃんってぼっちだし性格悪そうだからそれくらいしても不思議じゃないし』

『いろいろ辛いよ。兄友がそばにいて慰めてくれたらいいのに。でも兄友のことを振っておいてそんなことを言うのは兄友に残酷だよね。ゴメン』

『とにかくこんな酷いことまでされたんだからもううちは女ちゃんには手加減しないことにしたの。先輩には恨みはないけどね』

『最近、お姉ちゃんも妹友ちゃんも何かよそよそしくてさびしいよ。いつも兄友に頼って悪いけどよかったら返事してなぐさめてね』

from :妹友
sub  :お久しぶりです
本文『兄友君お久しぶりです。兄友君と会ってからもう二月も経つんですね。兄友君は元気にしてますか?』

『いろいろ兄友君にはお話したいことがあります。何であの時兄友君はあたしを抱き寄せて、毎日あたしの夢を見るとか俺のこと嫌いかとか、もう中学生だし付き合って
も大丈夫とか言ってくれたのか、あたしは今でも不思議に思っています』

『ごめんなさい・・・・・・その時に面と向って何も言えなかったあたしが今になってメールでこんなことを言うのは卑怯ですよね。本当にごめんなさい』

『最近、何だかあたしたち姉妹の仲が今までとは違ってきたようでとても不安です。お姉ちゃんは最近自分の部屋にこもっているし、次女ちゃんは何か学校で悩み事を抱
えているみたいだけどあたしたちには以前のようには相談してくれません。今までみたいに夜、姉妹で集まってお喋りすることもなくなりました』

『兄友君には関係のないことなのに愚痴を言ってしまってごめんなさい。あと、あたしはあの夜のことは忘れることにするから、兄友君ももう気にしないでね。あたしは兄友君とぎくしゃくするのが一番嫌だから。じゃあ、元気でね』




from :次女
sub  :無題
本文『兄友元気?うちはあいかわらずです。学校では完全にうちが悪者になってて、生徒会長と女ちゃんの真面目な純愛(笑)を邪魔しようとしたビッチ扱いされてるよ。
まあそういう噂してるのってうちの昔の遊び友だちだけどね。生徒会の友だちはこういう噂をうちに向って話したりしないし。やっぱ友だちは選ばないといけないね』

『兄友のメールにはいつも励まされてるよ。本当にありがと。うちはあの日、兄友に酷いことしちゃったと思うけどそれでも友だちでいてくれてありがとね☆』

『やっぱり兄友はうちの一生の親友だと思う。彼氏なら別れてしまえばそれっきりだけど、親友は一生の付き合いだと思うんだ。だから兄友はある意味あたしにとって彼
氏よりも大切な存在だと思う。←これ本気ね』

『うちが先輩と付き合っても兄友はうちにとって特別な人だからね。これはマジ。だから兄友がそっちの学校でどんな女の子と付き合ったととしてもこれだけは忘れないで
ね』

『じゃあ、またメールしてね。おやすみなさい♪』

from :次女
sub  :無題
本文『メールありがと。兄友も東北で元気そうであたしも嬉しい。いい友だちがいっぱいいるんだね☆お互いに近ければ兄友の友だちとうちの生徒会の友だちで合コンと
かできるのにね。東北と関東じゃ無理か。残念(汗)』

『うちさ、昨日お姉ちゃんと妹友と夜パジャマパーティーしたんだよ。昨日はパパもママも留守だったから、お姉ちゃんもお酒とか飲んじゃって最初は久しぶりにお姉ちゃ
んたちといろいろ話ができてうれしかったんだけど、途中でお姉ちゃんと喧嘩しちゃってさ』

『あのさ。この前兄友が東北に帰るとき、お姉ちゃんが駅まで見送りに行ったってマジ?うちお姉ちゃんからそれを聞いてキレちゃってさ。だって自分だけ兄友の見送り
に行くなんてずるいじゃん?確かにあの時うちは兄友を振ったけど、うちだって兄友のいい友だちとして見送りに行きたかったんだよ』

『それでね、うちが兄友は一番仲がいい男の子で一生の親友だよって言ってあたしと兄友がこれまで毎日やりとりしていたメールをお姉ちゃんに見せたら・・・・・・。そした
らお姉ちゃん、うちが先輩のことまだ好きなんじゃないかって言うの。それは兄友にとって残酷なことなんだよって泣きながらキレちゃってマジで意味わかんないよ』

『お姉ちゃんには関係ないじゃん?でもひょっとしたらお姉ちゃんって兄友のこと好きだったのかなあ。まあ昔からお姉ちゃんって地味だったし兄友のこと好きだったのに
これまで何も言えなかったのかもね』

『うちはお姉ちゃんが兄友を好きでも別にどうでもいいんだけど、兄友ってお姉ちゃんみたいな地味なタイプの女の子駄目じゃない?そう考えたら何かお姉ちゃんのこと
が気の毒になっちゃって』

『もしお姉ちゃんからメールとか来たら優しく返事してあげてね。うちのことは気にしなくていいからね』

『話は変わるけど。最近、先輩が受験勉強で忙しいみたいであまり生徒会で会えなくて寂しい。役員の男の子が誘ってくれるから付き合ってあげてるんだけどやっぱり兄
友とかと比べると話もつまらないし格好も・・・・・・(笑)』

『じゃまたメールするね。東北って寒いんでしょ?風引かないでね(はあと)』




from :妹友
sub  :無題
本文『突然メールしちゃってごめんね。兄友君お元気ですか.ちょっと愚痴を聞いて欲しくてメールしちゃいました』

『昨日、久しぶりに姉妹揃ってお話したの。パパとママが留守だったし久しぶりに夜更かししようかってお姉ちゃんが言い出して』

『それで最初は楽しくお話してたの。お姉ちゃんはママのお酒とか飲み出して次女ちゃんも久しぶりにあたしたちに笑いかけてくれて』

『でも次女ちゃんが先輩のことまだ諦めていないとか、それでも兄友君はあたしの一生の親友だとか話してたらお姉ちゃんが怒っちゃって』

『お姉ちゃんは怖い顔をして、次女ちゃんに先輩のことが好きならもう兄友君に気がある振りをして兄友君を惑わせちゃ駄目って言うの』

『次女ちゃんは友情なんだからいいじゃんって言ってた。そしたらお姉ちゃんが泣き出しちゃって。あたしお姉ちゃんがあたしたちの前で泣くの初めて見たよ』

『東北に帰る兄友君を駅のホームで見送った時、兄友君寂しそうだたってお姉ちゃんが言うの。それは次女ちゃんのせいだって』

『そしたら今度は次女ちゃんが逆に怒り出しちゃって。何で兄友君を見送りに行くのにお姉ちゃんだけ抜け駆けしたのよって』

『その後はもう無茶苦茶でした。次女ちゃんは怒って部屋を飛び出しちゃうし、お姉ちゃんは泣きながら客間で寝ちゃうし』

『今日はお姉ちゃんと次女ちゃんは一言も口を聞いていません。・・・・・・でも、これって全部あたしたち姉妹の問題だよね。兄友君のせいじゃないのにこんなメールしてごめんなさい』

『誰かに話したら少し気が楽になりました。忙しかったら返信はいいです。じゃあ、兄友君元気でね』

from :姉さん
sub  :無題
添付:××.jpg(2.76MB)
本文『兄友。あんたの方からあたしにメールをくれるなんて初めてだね。すごく嬉しかった。あんたの言うとおりだよ。あたしはあんたの日陰の女なんだから日の当たると
ころにいる次女ちゃんとかに嫉妬して怒る権利なんてなかったことは自分でもわかってる』

『あんたに迷惑かけてごめん。でもあたし、あんたのことをオモチャみたいに扱っている次女のことが許せなかったんだ。ごめん。自分の立場もわきまえずに勝手なことしちゃって』

『あんたがあたしのしたことに怒っていることはあんたのメールで理解できました。でもこういう時でもあんたはあたしにお仕置きをするとかってメールに書くんだね』

『今なら本当にあんたにお仕置きされても仕方ないことしちゃったって思ってる。だから少しでもあんたの気が晴れるなら、あんたに呼び捨てにされて乱暴にされてもいい
からあんたに会いたい・・・・・・』

『ごめん、また調子に乗ったこと言っちゃたね。あんたの命令どおりに自分で撮影したヌード写真を添付します。兄友が命令したとおりのポーズで撮影したつもりなんだけ
ど。でもあんたがこの画像に満足できないのなら、今度会えたときにあたしを虐めて罰を与えて。あの夜何度もあたしを弄んだように』

『最近あたしもあんたの命令どおり自分のヌードを撮影することに抵抗がなくなってきたよ』

『こういう画像をネットの掲示板に貼ることを女神行為って言うんだね。兄友に聞いて初めて知ったよ』

『あんたがあたしのことを独り占めしたいと思ってくれてるなら嬉しい。でもあんたは『2ちゃんねるにアップしていろんな男におまえの体を見てもらえよ』ってメールに書い
ていたよね?それ本気なのかな』

『兄友が本気で言っているならあたしはあんたに命令されたとおりに女神になるよ。どういう風にすればいいのか教えて』

『今日のあたしは次女ちゃんと言い合ったことがショックだったのか、少し自暴自棄になっています。あんたのメールが冗談でなければあたしに命令してください』

『あたしはあんたの命令なら喜んであんた以外の人にあたしの裸を見せるから』

『しつこいようだけどあたしはあんたの正妻じゃなくていいんだからね。あんたが興奮して喜びを感じるなら、お姉ちゃんはあんたのどんな命令にも従ってあげる。あんたが興奮するなら兄友の命令どおりにネットの掲示板であたしの裸を晒しものにしてもいい。兄友が、あたしのご主人様が決めたことならお姉ちゃんはあたしのご主人様の命令に従いうからね』

『面倒でなかったらまたメールしてね、おやすみなさい、兄友』

『あなたの忠実な奴隷のお姉ちゃんより(はあと)』

本日は以上です

また投下します

from :次女
sub  :無題
本文『あけましておめでとう。今年もつーかこれからもずっとよろしくね。前にも言ったけど兄友はうちの彼氏じゃないけど、それでもうちにとっては一番大切な男の子なんだからね。だからこないだのメールみたいに男らしくない泣き言とか言っちゃだめ!』

『兄友があたしのことをまだ欲しいって言ってくれるのは嬉しいけど、うちらって何て言うかさ、そういうの越えた関係っていうの? そんな感じでこれからも行きたいんだから兄友があたしに俺の女になれなんて言っちゃ駄目っしょ』

『うちはあの時兄友の告白を断ったんだよ? うちはわざと男の子の告白を断って自分に執着させるとかそういう駆け引きのできる女じゃないの』

『だから兄友には悪いと思うけど、でもうちの一番の親友の席を兄友にあげたんだからいい子にしててね(はあと)』

『それに兄友はどうせ東北の女の子に手を出してるんだろうからそれで満足しなさい』

『まあ、そっちには兄友にとってはうちみたいな女の子はいないかもだし不満かもしれないけどね☆』

『こっちはせっかくの冬休みなのに相変わらずお姉ちゃんとも妹友ともあまり一緒に過ごせていないの。あたしは別に仲良くしてもいいんだけど、姉妹といっても嫉妬とかっていう感情があるのかなあ。別に男の子にもてるのなんてうちのせいじゃないのに』

『でもさ。よく考えればお姉ちゃんは受験勉強中なんだよね。お姉ちゃんが受験失敗するのも嫌だし、兄友もたまにはお姉ちゃんにメールして励ましてやってね。ちなみにお姉ちゃんは公立の頭のいい高校が第一志望で私立の××学園が滑り止めなんだって。××学園って先輩の第一志望らしいんだけど、先輩なら公立の方だって十分受かるだろうに不思議』

『じゃあまたね。兄友、あんまりあたしを待たさないで返信してね♪』




from :姉さん
sub  :無題
添付:××.jpg(3.64MB)
本文『兄友どうしたの? 何で突然あんなに優しいメールをくれるの?』

『あんたはお姉ちゃんのご主人様なんだからあたしの受験なんて気にしなくていいのよ。それにお姉ちゃんは別に何が何でも第一志望に入らなくてもいいの。どこに入ってもあんたと一緒の高校には入れないんだから、高校なんてどこでもいいよ』

『それより新年になったら女神になれってこの前のメールであたしに言ってたけど、本当に受験終るまで女神行為はしなくていいの?』

『あんたがあたしのことを心配してくれるなんて変な感じだね。あたしはいつだってあんたのことを心配して余計なお世話をしてきた。できるだけあんたには気が付かれないように。でも今ではあんたがあたしのことを心配してくれるんだね』

『この話をするとあたしの大切なご主人様に怒られちゃうかもしれないけど。まあ兄友にお仕置きされるならあたしは全然OKだから言うけど、あたし去年のあの夜あんたにああいうことされて本当によかったと思っています。その瞬間は怖かったし痛かったけど、でも今にして思うと今まで生きてきて一番嬉しかった出来事でした。そのおかげでこんなに兄友に近づけたんだし、今のあたしたちの距離感は次女ちゃんにも妹友にも負けていないよね?』

『あたしはご主人様の二番目、いえ三番目とか四番目の女でもいいの。だからあたしのこと見捨てないでね。あたし、ご主人様に抱かれる前は年上振ってご主人様に偉そうなこと言ってごめんなさい。もうあたしは二度とご主人様に逆らわないから、これからもあたしのことを虐めてね。ご主人様の気晴らしや気まぐれでいいから」

『ご主人様はあたしの受験が終るまであたしに裸の写真を送ってこなくていいと言ってくれたけど、それじゃあたしが嫌なので今日撮った一枚を添付します。ちょっと見た目には裸で後ろ手に縛られて誰かに犯されようとしているみたいでしょ?』

『この時のあたしの中ではあたしはご主人様にお仕置きとして縛られて犯されようとしていたの。この画像を見てご主人様があたしのことを少しでも抱きたいと思ってくれたら嬉しい』

『ご主人様が命令してくれるならあたしはいつでもネットにこの画像をアップするからね』

『じゃあ今日はこれで。返信とか気にしないでください。あとあたしの受験なんかあんまり気にしてくれなくていいのよ』

『じゃあおやすみなさい、あたしのご主人様。ご主人様にとって明日もいい一日でありますように祈ってます』

from :次女
sub  :Re:女さんの情報!
本文『ちょっとマジなの? うちそんなの初耳なんだけど。兄友のお父さんと女ちゃんのお父さんが職場の同僚って?』

『おじさんって製薬会社の研究所で働いてるんでしょ? 女ちゃんのお父さんもそうなん?」

『あんた、まさかおじさんと同じ会社の人の娘だからって女ちゃんの肩を持たないでしょうね? うちはまだ先輩のこと諦めていないんだからね』

『まあいいや。とりあえず情報くれてありがと。また何かわかったら教えてね』

『ああ、そうだ。受験勉強中のお姉ちゃんのこと、少しは気にしてやれってどういうことよ? あんたに言われなくてもテレビの音を小さくしたりとか気を使ってるよ。それにあんたがお姉ちゃんのことを気にするって珍しいよね? まさか兄友って本当はお姉ちゃんみたいな地味な子が好みだったの?』

『そうだとしたら、それ、気の迷いだから。たまたま兄友の中学校に気を惹かれる女の子がいないだけじゃない? だからお姉ちゃんみたいな子が気になるんだよ。あとうちのことを俺の次女とかってメールで言うのも止めてくれる? うちは一途な女だから兄友が何と言ってうちのこと口説いても先輩への気持ちを裏切ることはないんだよ』

『あんたさあ、マジで女つくりなよ。学校にいいのがいないならもう少し手を広げればいいじゃん。あんたもてるからって面倒くさがって手を抜いてるからうちとかお姉ちゃんのことが気になるんだよ』

『じゃあこれで今日は寝るね。返事は明日読むからね』




from :妹友
sub  :お元気ですか
本文『兄友君お久しぶり。今日はお姉ちゃんの高校の合格発表日でした。そしてお姉ちゃんは第一志望と滑り止めの両方に合格!』

『一応報告しとこうと思って連絡しました。このメールには別にそれ以外には何の意味もありませんから安心してね』

『当然、お姉ちゃん第一志望の公立に行くと思ってたんですけど、昨日緊急家族会議が開催されました。お姉ちゃんが滑り止めの××学園に行きたいって言い出したからです』

『校風が気にいったとか部活とか課外活動が××学園の方が盛んだからとお姉ちゃんは言ってました。でもパパとママはどうせなら偏差値がより高く進学実績もいい公立に行って欲しかったみたいだけど、結局お姉ちゃんの好きにすることに決めたみたいです。まあ、どっちもそんなに変わらないレベルの学校だしね』

『兄友君は高校はやっぱり東北の学校に行くんですか? こっちの学校に戻ってきてくれればいいのに』

『とりとめのないメールですいません。じゃあおやすみなさい』

from ::次女
sub  :無題
本文『女ちゃんが二月になったら東北に転校ってマジなんでしょうね? 適当な噂だったら兄友のこと許さないから』


from 次女
sub  :無題
本文『わかったよ。要は女ちゃんのお父さんがおじさんの勤めている研究所に転勤になったということね』

『兄友もそんなにすねることないでしょ。一応念を押しただけじゃん』

『おじさんと女ちゃんのお父さんは仲のいい同僚同士ってことだね。それで女ちゃんとは兄友は同じ学校に転校するというわけね』

『情報ありがと、あたしも少し考えなきゃ』

『今日はこれで。またね』



from :お姉ちゃん
sub  :無題
添付:××.jpg(3.64MB)
本文『いろいろ兄友には心配かけたけどおかげさまでやっと受験が終ったよ。受けたところは全部受かったんだけど、あたしは第二志望の××学園に行こうと思います。パパとママも好きなようにしろと言ってくれたし』

『正直、規律にうるさくて自由時間の少なそうな公立よりこっちの方があたしには合っていると思います。それに兄友、ご主人様の命令どおりあたしが女神になるとしたら規律の緩い私立の方がいいと思ったの』

『さああたしはどうすればいい? ご主人様があたしの体を独占したいならあたしはもう生涯ご主人様にしか自分の裸を見せないよ。たとえご主人様が誰と付き合っても誰と結婚したとしても』

『でも、ご主人様の前のメールにあったとおり、不特定多数の男があたしの裸を見ることに主人様が興奮するんなら、あたしはご主人様の欲望にどこまでも従います』

『高校に入学するまでに心を決めて新しい命令やお仕置きをメールで伝えてね』

『あと添付したのは合格記念に発表の夜に自撮りした画像です。こんな恥かしい足を大きく開いている写真を見てご主人様に愛想をつかされなければいいんだけど』

『じゃあまたメールするね。忙しかったら返事はいらないから』

『おやすみなさいませ。あたしの大切なご主人様♪』

from ::姉さん
sub  :無題
本文『メールをくれてありがとう。お姉ちゃんはもちろんご主人様の命令には従います。高校の入学式の夜でいいのよね?』

『その夜にご主人様の命令どおりの画像をネット上にアップします』

『でもごめんなさい。中学も今度入学する高校も紺ブレだから、セーラー服は持っていないの。だからご主人様の命令どおりセーラー服のまま犯されているみたいな写真は撮れません。本当にごめんなさい』

『それ以外は全部ご主人様のメールで命令されたとおりにするね。最初はvip、それから女神板というところにスレッドを立てるんだよね。全部言われたとおりにするからね』

『あと、あたしなんかが。ご主人様の奴隷であるお姉ちゃんなんかがこんなことを言ってごめんね。もうご主人様は次女のことは忘れた方がいい。学校の同級生とか周りにいる女の子とか、あるいは妹友ちゃんもいいから次女以外の子を好きになって、お願い。これ以上次女に執着するとご主人様が傷付くと思うから』

『じゃあ女神になるときは事前にメールします。おやすみなさい、あたしのご主人様』




from :妹友
sub  :本当にごめんなさい
本文『しつこくメールしてごめんなさい。兄友君には迷惑かもしれないけどあたしどうしても誰かに相談したくて』

『昨夜、珍しく次女ちゃんのテンションが高くて、それでパパもママもいなかったんで久しぶりに姉妹水入らずで過ごしました。こういうのって前にお姉ちゃんと次女ちゃんが喧嘩して以来だったから少しだけ嬉しかったけど、何でこんなに次女ちゃんがはしゃいでいるのか、あたしもお姉ちゃんも不思議でした』

『でもすぐにその理由はわかりました。先輩の彼女の女ちゃんがお引越しして東北に転校したそうです。ひょっとしたら兄友君と同じ学校かもしれないね』

『これは勝手に言っていいのかどうかわかりません。でも、あたしはお姉ちゃんと次女ちゃんの会話を聞いていて、あたしも自分の心に正直にならないとって思いました』

『兄友君、あたしも決心して言います。あの時次女ちゃんはあたしにこう言いました』





『で、どうなのよ? 兄友のこと好きなんでしょ? 協力してあげるよ。あたしはもう兄友なんていらないから。あんたに譲ってあげる』





『もし兄友君が次女ちゃんのことを好きだとしたら、こんな酷いことを伝えたあたしのことを兄友君は許してくれないでしょう』

『でもあたしはその瞬間、もう自分を誤魔化すのはやめようと思ったのです』

『兄友君好きです。幼い頃からずっとあなたのことだけを見つめてきました。兄友君はきっと次女ちゃんのことが好きだと思っていたから、あたしは自分の気持をずっと隠してきたのです』

『去年兄友君に抱き寄せられたこと、兄友君には深い意味はなかったと思うけどあたしにとっては狼狽して何も話せなくなるほどのできごとでした』

『あたしは今日は混乱しています。また自分の心を整理してからメールしますね』

『おやすみなさい』

from :姉さん
sub  :無題
本文『ご主人様のメール読みました。お願いあたしのこと嫌いにならないで。あたしなんかが生意気に次女ちゃんとご主人様のことに口を出してごめんなさい。本当に反省しています』

『ご主人様に指図するつもりなんて本当になかったの。あたしはただご主人様が傷付くところを見たくなかっただけです。でも奴隷ごときがご主人様に生意気なことを言ったことは反省しています。今度会えたらご主人様の気の済むまであたしにお仕置きしてね』




from :姉さん
sub  :無題
本文『だめ! お仕置きならあたしにして。どんな酷いことをされてもいいから、妹友ちゃんだけは勘弁して。あの子はまだ子どもなの。ご主人様に責められるには幼すぎるわ』

『ご主人様の言うとおりあの子はご主人様のことが好きだと思います。でもそれは単なる憧れで、ご主人様が前にあたしにしたようなことをされたら、あの子は死んじゃうよ』

『本当に何でもするから妹友だけは許してください。あたしのことが、ご主人様の忠実な奴隷のことが、少しでも気になってくれているなら妹友だけは許してあげて・・・・・・』




from :妹友
sub  :Re:妹友ちゃんお久しぶり
本文『兄友君からあたしにメールしてくれるなんて夢みたいです。正直前にメールしたことを毎日すごく後悔していました。だから兄友君からメールが来たと気づいたとき、あたしは開くのが怖かった。いっそ読まずに削除しちゃおうかと思ったくらい』

『でも勇気を出してメールを開いてよかったです。もちろん来週は大丈夫です。兄友君があたしのために東北から帰ってきてくれるなんて今でも夢を見てるみたいです』

『兄友君が心配してくれていることはわかりました。兄友君の言うとおり、お姉ちゃんと次女ちゃんには兄友君が来ることは黙っています』

『明日隣の駅のスタバで午後二時に待っています。兄友君と恋人同士として会えるなんて今でも夢見ているみたい』

『本当に楽しみにしています、兄友君。ううん、もっとちっちゃいころはあたし兄友君のことお兄ちゃんって呼んでましたね。これからもあたしのいいお兄ちゃんでいてくださいね』

『あ、でもただのいいお兄ちゃんじゃあたしは嫌かも。彼氏兼お兄ちゃんじゃないと(汗)』

『お兄ちゃん、大好きだよ』

今日は以上です

無駄に長い駄文で本当にすいません

もう少しで最初の頃の時間軸に戻る予定なので勘弁してやってください

from :姉さん
sub  :無題
本文『メールありがとね。ご主人様の方からあたしにメールくれるなんて珍しいよね。最近メールが減ってごめんなさい。さすがにお姉ちゃんも高校入学してからいろいろ
忙しかったのよ』

『だからそんなに怒らないで、あたしのご主人様(はあと)。ご主人様も来年高校生になればわかるとおもうけど、入学直後はいろいろ忙しいんだよ』

『とりあえず報告しておくと、あたしは部活には入らなかったけど先輩に誘われて生徒会の役員になることにしました。別に次女ちゃんを意識したわけではないけど高校
の生徒会っていろいろ面白そうだしね』

『それでね、これは次女ちゃんにも話していないんだけど。次女ちゃんが片想いしている会長が高校でも生徒会に入ってきたのね。もちろん彼も新入生だからあたしと同
じで平の役員なんだけど。あたし中学の頃は会長と話したこともなかったんだけど、同じ一年生の役員同士になって普通に彼と話をするとさ、思ってたより普通の人だっ
たな。次女ちゃんの話を聞くと何だか面倒くさそうな人だなあって思ってたんだけどね。まあ、彼がオタクであるのは間違いないみたい。パソコン部にも入ってるし』

『でもあたしの日常なんてご主人様は興味ないんだろうね。それはよくわかってる。じゃあ、とりあえずまずご主人様にお礼を言いますね』

『妹友のこと、何もしないよってメールしてくれてありがとう。あの子はご主人様のこと好きみたいだからあたしが邪魔しちゃったのかもしれないけど、やっぱりあの年のま
だ何の知識もない妹友が、ご主人様が前にあたしにしたようなことをされるのは絶対無理だから。あの子は次女と違って年齢よりもっと奥手なの。それは憶えておいて
ね。あの子は小学生だと思ってもらえばいいと思う』

『正直に言うと、あたしや次女ちゃんに黙ってご主人様が東北から来て密かに妹友を誘ったらどうしようと思っていたんだけど、妹友には別に変った様子はないし安心し
ました。ご主人様が『妹友の幼い体を調教してみたいな』ってメールに書いていたときは本気で動揺したんだけど、きっとあれもあたしを言葉で責めるプレイだったのね』

『じゃあここからが本題です。ご主人様の命令どおり2ちゃんねるの掲示板にあたしは自分の写真をアップしました。あの世界の用語だとうpって言うんだって』

『・・・・・・女子大生を名乗ったんだけど相当無理があったかなあ? スレッドの反応はすごくよくてあたしへの賞賛の嵐だったんだけど、その中におまえ本当に大学生か
? とかって書き込みがあったんで素性がばれていないかちょっと不安』

『うpの途中で『コテつけて』と言われました。固定ハンドルって言うんだけど要は自分のニックネームだね。それであたしは即興で『ユリカ』というコテにしたんだけど、ちょ
っと本名に似すぎているかなあ。まあでも大学生の女神のユリカが高校の生徒会役員の由里子だとは誰も疑わないよね』

『ご主人様の命令にちゃんと従ったよ。あたしのこと誉めてくれるよね』

『じゃあおやすみなさい。あたしのご主人様』

from :姉さん
sub  :Re:ふざけんな
本文『メール読んだ。何でそんなに怒ってるの? クソビッチってどういうこと? あたしが女神行為をしたのはご主人様に命令されたことに従っただけじゃない。何でご主人様が怒ってるのか意味わかんないよ』

『うpしたスレのURLを書き忘れたのは悪かったけど、vipなんだからどうせすぐに落ちちゃって見られないんだって。ご主人様はそんなことも知らなかったの?』

『それに貼った画像は今まで撮っていたやつで全部兄友にメールで送付してるじゃん』

『だからご機嫌なおしてね? あたしのご主人様』



from :次女
sub  :Re:Re:Re:ふざんけな
本文『あたしを殺すってどういうこと? 何でそんなに怒ってるの? 何がそんなに気にいらないのよ。あたし、あんたにレイプされて処女を奪われた時だって、あと次の
日に無理矢理セカンドレイプされた時だってあんたのこと許したじゃない。それはあんたのことが好きだからだよ。裸の写真を撮れとかそれをネット上にうpしろとか、そう
いう無理な要求にも従ってきたでしょ』

『それに、いくら兄友でもこれだけは許せないけど、あたしが高校で浮気してるんじゃないかってどういうこと? あたしがいつ誰と浮気した? 言えるものなら言ってみな
さいよ』

『何であたしあんたなんかの言うなりになって暴力的に犯されたり自分の裸の写真を撮らされたりしてたんだろ。あんたがこんな余裕のない男とは思わなかったよ。イケメンでクールな男の子だと思ってたのに』

『いいよ、わかった。あたしがあんたに合わせてあげるのももうここまで。兄友おまえ、調子にのっていい気になってるんじゃねえよ』

『これまでご主人様(笑)とかお仕置き(笑)とか命令(笑)とか忠実な奴隷(笑)とか、あたしはあんたのキモイ恥かしい趣味にとことん話をあわせて付き合ってあげた。そ
れはあんたが可愛い弟だったから。でもこれ以上妹友を調教したいとか、あたしが生徒会で浮気してるから生徒会止めろとか、あんたが調子に乗って無茶を言うならもうあたしはあんたのいいお姉さん役をやめるからね』

『マジでふざけんな、おまえ。中学生だったあたしのバージンを力ずくで奪っておいてよくそんな偉そうなことが言えるな』

『何か反論したければこのメールに返信してごらんよ。あんたから貰ったメールは全部保存しているから。あんたのご両親にこれを転送したっていいんだよ』

『今日のあんたはすげえうざい。変態の倒錯者の分際でいい気になるな』

『じゃあね。あたしの大切なご主人様(笑)。ご主人様の忠実な奴隷(笑)より』

from 妹友
sub  :お兄ちゃんどうしたの?
本文『メールくれて嬉しいけど、お兄ちゃん何かあったの? すごく不安そうな感情がお兄ちゃんのメールの文章から伝わってきました』

『もしかして、あの日あたしにしたことを後悔しているの?』

『あたしの彼氏になってくれたお兄ちゃんにだから正直に言うけど、あの時のお兄ちゃんはすごく怖かったしお兄ちゃんがあたしの幼馴染でなかったら大声を出して助け
を呼んでいたかもしれません』

『だってひどいよ。あの夜、誰もいないお兄ちゃんの家に呼ばれたあたしはすごく浮き浮きしていました。ようやくお兄ちゃんに会える、それもメールであたしのことを昔か
ら誰よりも好きだったって告白してくれたお兄ちゃんと』

『でも・・・・・・。あたしがまだ子どもなだけかもしれないけど、いきなりお兄ちゃんにあんなことされるなんて』

『今でも後ろ手に縛られた手首には縄の痕が残っているけど、それよりも血は止まったけど両足の間が今でも痛い』

『あの時は本気で怖くて悲鳴をあげたけど、お兄ちゃんに口を塞がれて何も喋ることさえできませんでした』

『しばらくしてあたしに覆いかぶさったお兄ちゃんは苦痛に喘いでいるあたしのことを、まるで人が変ったように優しく慰めてくれました。お兄ちゃんのこと怖くて嫌いになり
かけていたけど、お兄ちゃんに頭を撫でられているうちにやっぱりどんな酷いことをされてもあたしはお兄ちゃんが好きなんだと思ったんです』

『だからあの夜のことでもうお兄ちゃんを責めるつもりはないの。お兄ちゃんはあのことはお姉ちゃんたちに黙っていてくれって言うけど、あんなことお姉ちゃんに言える
わけないでしょ』

『愛しているとメールの中で5回も言ってくれたお兄ちゃんに免じてこの間の夜のことは許してあげる。心配しなくても誰にも言わないよ』

『だからお願い。今度会うときはもっと優しくしてね』



from :次女
sub  :無題
本文『兄友元気〜? うちはへこみまくりだよ。結局先輩が卒業するまで何も先輩に仕掛けられなかったしさ。せっかく女ちゃんが自主的にリタイアしてくれたのにね』

『それよか最近あんた、うちに冷たくね? 前みたいにメールもくれないしさ。うちがメールしたときだけ短い気のない返信すだけってどうなのよ』

『兄友〜、うち寂しいよ。慰めてよ、うちらお互いの恋人よリ仲のいい親友同士じゃん』

『ところで兄友って高校どうすんの? やっぱ東北? こっちに戻ってきてうちと同じ高校行こうよ』

『じゃあ今日はこのへんで。うちも少し先輩をどうやって誘うか考えなきゃ。学校が違っちゃうといろいろ不利だよね〜』

 今考えてもあたしと兄友との関係が長く続くなんてことはありえなかったのだろう。最初から歪んだ欲望から始った恋愛関係だったのだ。

 いや。それは恋愛ですらなかったかもしれない。あたしは妹たちが昔から兄友のことを好きだったことを知っていた。次女は明け広げに自分の好意を示すやり方で、妹
友は恋心を自分の中に秘めるやり方で兄友のことを愛していたのだった。そして、明け広げな想いも秘めた想いも女の子のその種の感情に敏感な兄友にはずいぶん早い段階から悟られていたようだった。多分、妹たちが小学生の頃から。

 そして実は妹たちと同じようにあたしも兄友のことが好きだった。年下の自信過剰なでやんちゃな幼馴染のことが。でも、次女や妹友と違ってあたしの兄友への想いは
完璧にあたしの仲でブロックされていて、その秘めた感情を兄友に気づかれることはなかったのだ。

 兄友は昔から周囲の女の子たちに好意を寄せられることに慣れていたし、次女と妹友が自分のことを慕っていることは承知していただろうけど彼女たちに手を出すことはなかった。彼にとっては本当は恋愛感情より家族的な親密さをあたしたち姉妹に求めていたのだと思う。兄友は昔から自分の恋愛の相手には不足したことがなかったのだから。

 彼は一人っ子な上に両親は留守がちで、そんな彼が本心から求めていたのは全てを委ねられる兄弟的な相手なのだろうとあたしは考えていた。だから兄友のことが
大好きだったあたしは、妹たちのように兄友を自分の彼氏にしようとか考えないようにしていて、むしろ、兄友が遠慮せずに何でも相談できるいいお姉ちゃんであろうとしていたのだ。

 それなのにあの日のこと。

 お互いにお酒が入って本音が出やすくなったということもあるだろう。あたしが意図したわけではないけど無防備に兄友のすぐ近くに寄り添っていたことも原因の一つ
かもしれない。

 それでも、言い訳になるかもしれないけど、一番の原因は兄友の性癖によるものだったとあたしは今でも思っている。

 兄友はおじさんとおばさんに大切に育てられた一人っ子で、望むものは常に与えられてきたのだった。そういう境遇の子は普通なら性格がどこか歪んで周囲から敬遠
されるものだけれど、兄友の場合はその外見や成績も含めた頭の良さや、普段は人に気を遣える性格のせいで普通に男女を問わず人気があったのだ。

 あの夜、あたしは兄友にほとんど強姦されるように抱かれた。お酒を取りに行こうと立ち上がったあたしは突然兄友に抱き寄せられ唇を奪わた。そして兄友は許しを乞
うあたしを裸にして体中にキスマークや噛み痕を付け、最後にはあたしの処女を奪ったのだった。

 この時、必死で兄友の無遠慮で乱暴な手から逃れようとしながら、あたしは兄友の気持ちの動きに気がついたのだ。彼は自分を好きな女の子には余り興味がなく、逆
に自分に関心が無い女の子を自分に振り向かせることへの執着心があるのだった。

 特に、あたしのように自分に対して恋愛的な好意はなく保護者めいた感情を持っている相手を無理矢理自分に従わせるということに対して、彼は歪な快感を抱いていたらしい。

 もちろんそれは兄友の勘違いで、あたしは兄友を単なる可愛い弟としてだけ見ていたわけではない。彼を恋愛対象としないように心がけて振る舞いながらも、結局あた
しは無意識のうちにその行動が兄友の気を惹く最善の行動だと考えていたのだろう。つまりあたしも妹たち同様兄友のことを愛していたのだった。

 その夜、次女も妹友も去っていた二人きりの客間であたしを乱暴に弄んだ兄友は、自分のことを愛してるという言葉をあたしに言わせようとした。兄友の乱暴な行為に
怯え萎縮し混乱していたあたしがそれを拒否すると、兄友はあたしの頬を無表情に平手打ちをした。そして、年下の兄友の行為に戸惑い怯えているあたしの姿にますま
す興奮を深めているようだった。



『姉さん、俺のこと愛してるって言えよ。ちゃんと俺の目を見て言うんだ・・・・・・、これ以上俺に虐められたくなかったら』



 そして、今考えても暗い気持になるのだけど兄友の保護者としてのあたしのプライドを、興奮して理性を失った兄友に踏みにじられたあたしは、ついに兄友の命令に従ったのだった。

「ごめん。姉さん、本当にごめん。俺どうかしてた。姉さんがあんまり可愛かったから」

「何か喋ってくれよ・・・・・・姉さん。俺のこと嫌いになった?」

 行為の終った後、さっきまでの無慈悲なまでの嗜虐的で残酷な行為とは裏腹に、兄友は卑屈なほどにあたしの許しを得ようとした。

「ならないよ。兄友のこと嫌いにならない」

 あたしはその時反射的に兄友を許容した。彼に酷いことをされたという自覚はあった。でもこれまで彼のいい姉として生きてきた過去の自分の感情が、その時感じてい
た自分の心身の痛みを駆逐したのだった。

「あんたはあたしの大切な弟だから・・・・・・。たとえあんたにどんな酷いことをされてもあたしはあんたを嫌いにならない」

 あたしは混乱しながらも兄友の女になる道を選んだのはその時だった。

 ・・・・・・その時はまさかあいつがここまで調子に乗るとは思ってもいなかったけど。

 殊勝で後悔し反省している様子の兄友に、あたしは精一杯優しくした。そして、翌日次女に謝り告白することさえ勧めたのだ。

 この時のあたしは本当に矛盾していたのだ。兄友が本性では自分に振り向かない女、この場合はあたしだったけど、そういう女を求めていることを理解したのだから、
兄友に尻尾を振るように人目をはばからず甘えや好意を垂れ流しにするようにしていた次女には兄友は食指を動かさないだろうとあたしは思った。

 あたしはここまで兄友に酷く蹂躙され傷つけられた今こそ、逆説的だけどあたしが彼に対して長年秘めていた想いを成就するチャンスだということも気が付いていた。

 あたしは兄友を許したうえで、彼のことを次女に譲るような言葉を口にしたのだけど、その言葉によってますます兄友があたしの心と体への執着を深めるだろうと思っていたのだった。

 そのあたしの判断は正しかったようだ。

「姉さん、ごめん」
 兄友は次女の話はスルーして横向きに横たわっているあたしの方に身体を寄せてきた。

「酷いことして本当にごめん」

 謝る兄友の言葉と裏腹に兄友の手が再びあたしの裸身に振れ、そしてあたしは兄友に抱き寄せられた。

「何かうまく言えないけど。俺、姉さんのこと大好きだ。こんなことされた後では信じてもらえないかもしれないけど・・・・・・」

「・・・・・・よしなさい。今ならまだなかったことにできるんだよ」

 その時あたしはもう落ち着きを取り戻していたけど、彼の乱暴に怯えて狼狽する演技をした。

「俺、好きでもない女にこんなことしないよ。姉さんは俺のこと弟としてしか見れない?」

 あたしは兄友に裸身を強く抱き寄せられた。あたしは半ばは本気で半ばは演技から兄友を拒絶しようともがいた。

「・・・・・・ばか! 次女ちゃんはどうなるのよ」

「わかんねえよ。でも今は姉さんと繋がっていたい」

「ばか・・・・・・。後悔しても知らないから」

 あたしはそれだけ言うと自ら兄友に抱きつき口付けしたのだった。長いキスを。

 兄友はあたしを押し倒してあたしの裸身を手でまさぐったけど、今度は前のように乱暴な愛撫ではなかった。あたしはその手に敗北した。今度は演技ではなくあたしは
喘ぎ声をあげた。

 それを聞いた兄友はこれまで以上に興奮したようで、彼はこれまでで一番強くあたしを抱きしめた。


 これがロマンティックでも何でもないあたしと兄友の馴れ初めだった。

 兄友はその短い滞在期間中に次女に告白して振られ妹友とのことは曖昧にして、そして別れ際の駅でおばさんが見ている中であたしに抱きつかれたことに顔を赤くしながら東北に帰って行った。

 結局それからあたしが兄友を振るまでの間、兄友とは実際に会うことはなかったのだ。あたしと兄友はメールでお互いの気持ちをやり取りした。兄友に抱かれる前は
あたしは滅多に兄友にメールしたことはなかったけど、実際に兄友と深い関係になりメールか電話以外には彼と意思を伝え合うことができなくなるとそうも言っていられ
なくなった。

 最初は初めて恋人同士になった初心な男女のようなメールのやりとりだった。あたしはそういう異性との甘いやりとりをしたのは初めてだったからそれに夢中になって
しまった。兄友に会いたいとか愛してるとかメールで囁かれるたびにあたしは胸が高鳴り顔を赤らめた。

 この頃になると昔ほど姉妹で集まってお喋りをすることもなくなっていたし受験勉強もあってあたしは夕食後は自分の部屋に閉じこもっていた。そして受験勉強の合間
に、たとえ自分のメールにまだ兄友からの返信がなくてもいそいそと彼への愛を綴ったメールを送るのがあたしの新しい習慣になったのだった。

 そういう日々が続いているうちに、兄友は普通の恋人同士のやりとりに飽きてきたようだった。実際に会って抱き合えないということもその原因の一つかもしれない。兄
友はこの頃になるとあたしを言葉で責めたり辱めたりするようなメールを送りつけてくるようになった。

 普通の恋人同士のようなメールのやり取りで十分満足していたあたしは、兄友の変化が怖かったけどそれを拒否して兄友に捨てられることが怖かった。別に三姉妹の
中であたしが選ばれたからといって、兄友の東北の学校の女の子たちにまで勝ったというわけではないのだ。

 兄友に飽きられることが怖かったあたしは、兄友のメールに調子を合わせた。

 まず、あたしはメールの中では兄友君のことをご主人様と呼ぶように命令された。そして、次に自分のことはご主人様の忠実な奴隷と呼ぶように強いられた。

 兄友はあたしのことを相変わらず姉さんと呼んでいた。そう呼び続けることが彼にとっては快感を感じる呼び方だったようだ。時々彼を怒らせると、兄友はあたしのこと
をおまえと呼んだり由里子とあたしを呼び捨てることもあった。メール以外では今まであたしは兄友に由里子と呼び捨てにされたことはなかったのだけど。

 おまえとか由里子とか呼び捨てにされることは兄友が一方的に考えていたようにあたしの中で被虐的な快感を呼び起こすことはなかった。でも あたしは兄友の愛情を失うことが怖かったのでこの程度の彼のプレイに従うことは仕方がないと考えていた。いずれにせよメールだけのことで実際に自分の体に苦痛や屈辱を味わうわけでもなかったし。

 ところがある日、それは受験を数週間後に控えていた日のことだったけど、そんなことにはお構いなくご主人様からメールが来たのだった。


from ::兄友
sub  :命令
本文『姉さん元気か? 前に命令したとおり毎日俺に虐められることをイメージしてオナニーしてるんだろうな。命令に背けば俺にはすぐにわかるんだからな』

『ところでさ、俺も姉さんの裸が見られなくてもう限界なんだ。姉さんを裏切りたくないけどこのままじゃこっちの学校で俺を誘ってくれてる女の子たちと浮気しちゃいそうで
自分でも怖いんだよね。もちろん俺が一番好きなのは姉さんなんだけど』

『だから俺に浮気されたくなかったらこの命令には絶対従えよ、姉さん。おまえは自分のヌード写真を撮影して俺に送れ。できればいろんなポーズでさ。必ず最初は俺に押し倒されて犯された時のポーズの写真を撮影しとけよ』

『俺に浮気されたくなかったら今夜中に裸になって写真撮って俺に送れ。わかったな』



from :兄友
sub  :無題
本文『いい写真だったよ。姉さんって一見地味だけど実はすげえ可愛いよな。確かに体は細いし貧乳だけど可愛い顔してるし結構もてるんじゃねえの? 俺に抱かれる
までも結構男にもてただろ?』

『姉さんの身体って男に結構需要あるんじゃねえの? 俺一人が見てるだけじゃもったいないから、今度ネットに姉さんのヌードをアップしようよ』

『何か姉さんを抱きたくてむらむらしてきちゃったよ。愛してるよ姉さん』



from :兄友
sub  :無題
本文『おまえ、ふざけんな。誰に向って口聞いてると思ってるんだよ。俺がネットにおまえの裸を晒せと命令したら、おまえは黙って言われたとおりにするんだよ』

『由里子はまだ自分の立場をわかってないのか? おまえは俺の奴隷だろ? 俺が由里子をレイプした時おまえは怒ったり反抗したりしないで俺を受け入れたよな?』

『それが全てなんだよ。おまえは俺に逆らえないんだ。それを理解しろよ由里子。今はおまえも受験中だから許してやるけど、俺がしろといったら黙っておまえののクソ汚い裸をネットに晒してみんなに見てもらうんだよ』

『次のメールで俺に謝れ? いいな』

from :兄友
sub  :無題
本文『ようやく自分の立場がわかったようだな。由里子がそこまで謝るなら許してやる。あと俺に次女とのことを指図するな。次女なんかに俺が傷つけられるわけねえだ
ろ。いらん嫉妬するくらいなら俺のいい奴隷になれるようにもっと色っぽい服買うとかメークを研究するとかしろ』

『俺の奴隷の分際で生意気な口を聞いた由里子にはお仕置きが必要だよな。おまえに俺に逆らったお仕置きをすることにしたよ』

『妹友ちゃんって今十三歳だっけ? あいつ俺のこと慕ってるんだよね。由里子が俺に逆らったお仕置きとして、由里子が俺にされたのと同じことを妹友の体にすること
にした』

『ビッチの次女だと逆に喜んじゃいそうだし、俺も十三歳の妹友ちゃんの幼い体を調教してみたいしな。由里子と一緒で妹友ちゃんだっていつかは女にならないといけないんだしよ、ちょっと早いけど俺があいつを女にしてやるよ』

『妹友の泣き騒ぐ様子を想像するとわくわくするな。妹友も最初はちょっと痛いかもしれないけどすぐに慣れるって。あいつ俺のこと好きみたいだしな』

『今夜中に由里子のいやらしい大股開きの写メと妹友のスナップ写真を俺に送れ。妹友のは普通に服着てるやつで勘弁してやるから』



 あたしは兄友の歪んだ性癖を含めて彼のことを受け入れてきたのだけど、そろそろそれも限界のようだった。ぎりぎり匿名でネット上に自分のヌード写真をアップすると
ころまでは彼に従ってもいいとあたしは考えていたのだけど、まだ中一の妹を犯したいとか平然と言うようになった兄友にはもう付いていけなかった。

 残念だけどそろそろ潮時だった。兄友にあたしのご主人様(笑)にはそろそろお引取り頂くタイミングかもしれない。あたしはそう思ったけど、一応ネットに自分の写真を貼るくらいまでは兄友に付き合ってあげようと思った。自分の体が不特定多数の男の子たちにどう評価されるのか気になったし、正直に言うと知らない人たちにヌードを見られるということに何か不思議な興奮の様な感覚を覚えてもいたからだった。

 兄友に奴隷とかおまえとか由里子とか呼び捨てにされても今のあたしは少しも興奮しなかった。あたしは義務的に兄友にご主人様とか呼びかけ、ご主人様の実な奴隷
とか兄友に返信していたけど、こういうプレイが始った頃のような快感は今では少しも感じなくなっていのだ。

 妹友を汚されるのだけは阻止しよう。あたしは思った。でもネットで自分の裸を公開するくらいなら匿名なんだし試してみてもいいなとあたしは考えたのだった。

今日は以上です

また投下します

 あたしはこの時自分以外の女神と初めて直接スレで親しくなったのだった。これが雑談スレでなければいくら女神板でもここまでの馴れ合いは許されなかったろう。

 最初は少しぎこちないやり取りだった。女神と住人とのレスの応酬には慣れていたあたしも女神同士の会話は初めてだったから。それでもモモは戸惑う様子もなくあた
しに話しかけてくれた。まるでクラス替えの後に隣に座った初対面の同級生のように。

 モモと話しているとあたしの戸惑いもいつの間にか消えて、まるで学校の友だちとお喋りしているような感じで、スムースにレスをやり取りできるようになったのだ。

モモは高校を卒業したばかりで四月になると大学に入学するそうだ。年齢を詐称していないとすれば、彼女はあたしより大分年上だった。でも、十八禁のこの板ではあ
たしは大学生を名乗っていた。それももうすぐ二回生になるという設定だったから、設定上はあたしの方が年上になるのだった。

 コテトリを付けてやり取りをしている以上、設定を破綻させるわけにはいかないかったのであたしはやむを得ずモモより年上の振りをしなければならなかった。





【女神様も住民も】女神板雑男女【大歓迎】


ユリカ◆/NX7uuwBWIYS『モモ、今度大学生になるんだ〜。あたしより一つ年下かな』

モモ◆ihoZdFEQao『そうですね。実はあたし、ユリカさんがリアルタイムで貧乳スレに光臨しているところを見たことがあるんで、ユリカさんの年齢は知ってたんですけど
ね』

ユリカ◆/NX7uuwBWIYS『おお〜。じゃああたしの恥かしい貧相な体を見られていたのかああああ!!!orz』

モモ◆ihoZdFEQao『ユリカさんの体綺麗だったよ〜』

ユリカ◆/NX7uuwBWIYS『あたしもモモのレス見っけたんだけどさ画像には間に合わなかったよ。即デリ市ね』

モモ◆ihoZdFEQao『あはははは。ユリカさんのほうが画像サクるの絶対早いって』

ユリカ◆/NX7uuwBWIYS『モモっていつも貧乳スレにいるの?』

モモ◆ihoZdFEQao『そこが多いかな。あと最近では緊縛スレとかでもうpしてるけど』

ユリカ◆/NX7uuwBWIYS『え、マジで??』

モモ◆ihoZdFEQao『うん。そうだけど何で? 別に他のスレとそんなに違わないよ、縛られてる振りとかちょっと面倒だけど』

ユリカ◆/NX7uuwBWIYS『そうかあ。じゃああたしも今度そこでうpしてみようかな』

モモ◆ihoZdFEQao『ユリカさんなら絶対行けますよ。あたしだって数十レスくらいは普通に付くし』

ユリカ◆/NX7uuwBWIYS『自慢かよwww モモなら可愛いからそうだろうけど』

モモ◆ihoZdFEQao『可愛いって。ユリカさんあたしのうp見たことないくせにwww』

ユリカ◆/NX7uuwBWIYS『そういやそうだったw でもモモって絶対可愛いと思うな』

モモ◆ihoZdFEQao『ええええw 何でわかるの?』

ユリカ◆/NX7uuwBWIYS『勘だけど。今度絶対モモの裸見てやる、そしてDLして永久保存してやる』

モモ◆ihoZdFEQao『見つけられたらねw あたし予告はしないし』

ユリカ◆/NX7uuwBWIYS『モモの投下パターンなんかもう分析済みだよw モモっていつもうpするの夜の十一時くらいじゃん』

モモ◆ihoZdFEQao『何で知ってるのよおおおおおお! でもユリカさんになら裸見られてもいいかw あたし下着脱がないしw』

ユリカ◆/NX7uuwBWIYS『半端なことをwww でもまあうpなんて人それぞれだしね』

 あたしとモモの雑談スレでも文字どおりの雑談も普段は女神には寛容なこのスレの住民たちからも文句を言われても無理はなかったのかもしれなかった。それくらいあたしとモモはいつもひたすらこのスレで雑談するほど仲良しになったのだった。




名無し@18歳未満の入場禁止『チャットでやれ。お前らウザイよ』
名無し@18歳未満の入場禁止『雑談ばっかで全然うpしねえじゃねえか。ユリカもモモももう来なくていいよ』
名無し@18歳未満の入場禁止『おまえら百合なん? いっそ二人で絡んでるとこうpしろよ』
名無し@18歳未満の入場禁止『ミクソでやれ』
名無し@18歳未満の入場禁止『PINKで馴れ合ってんじゃねえよ。死ね』
名無し@18歳未満の入場禁止『女神が雑談してもいいっていうスレなんだからいいんじゃねえの?』
名無し@18歳未満の入場禁止『それにしても二人だけの世界を作るなks。住民のレス無視すんなや』




 まあこの頃のモモとあたしはこの雑談スレで二人だけでチャットしているような感じになっていたから、これくらいは叩かれても仕方なかったろう。むしろこの程度で済んだ方が意外なくらいだった。

 モモはどうだったかわからないけど、あたしはこの頃は兄友とも別れていたし妹たちとも疎遠になっていた頃だったので、スレの住民たちとのやりとりは結構心の安定
につながっていた。そしてモモのような女友だちが女神板にできたことも嬉しかった。

 もしモモが年齢を詐称していないのならモモはリアルではあたしより大分年上のようだったけど、スレの上ではリアルの年齢差なんかあまり意味を持たない。あたしは
この頃モモのことを自分のリアルの二人の妹以上に年下の可愛い妹として見るようになっていた。

 そしてモモの方もこの頃になると雑談板であたしのことを見つけると嬉しそうに話しかけてくるようになっていた。

 あたしはだんだんとモモに興味を抱くようになっていった。レスの応酬だけがあたしとモモの交流の場所だったのだけど、モモの他人に対する洞察力や他人の悩みを見抜いて相談に乗れる能力が群を抜いていることにあたしは気づいた。

 あたしはスレの中ではモモのお姉さん役だったのだけど雑談を重ねるうちにいつのまにかモモにリアルの悩みを相談してしまっているような時があった。そんな時、モ
モはあたしが話しやすいように適度に質問したり同意したりしてくれて、あたしはいつのまにか意図していた以上に自分の悩みを彼女に語ってしまうようにもなっていたの
だった。

 こうなったら場所を移動して直接モモとやりとりすればよかったのだけど、あたしは自分からモモにそれを言い出すほどの勇気はなかった。もともと女神同士の雑談所
でのやりとりに過ぎないのだ。真面目な顔でチャットルームとかに誘うのも何か気恥ずかしかったのだ。

 そういうわけで女神には寛大な雑談スレの住民たちのあたしとモモのスレの私物化に対する批判レスも次第に目立つくらいに増えてきたのだった。

 それは三度目くらいに住人たちに馴れ合いを非難された直後だった。



ユリカ◆/NX7uuwBWIYS『モモ、何かごめん。もうこのくらいでモモに相談とかやめないとスレチになってるかもね』

モモ◆ihoZdFEQao『そうですねえ。これ以上叩かれるのもやだし、投下もしづらくなりますよね』

ユリカ◆/NX7uuwBWIYS『残念だけどモモとここで話すのもやめにするか』

モモ◆ihoZdFEQao『ええ〜? ユリカさんともうお話しできないの?』

 不覚にもこの時あたしはすごくモモのレスに萌えを感じてしまったのだ。あたしには女の子にその種の関心を抱く趣味はなかったはずなのだけど。

ユリカ◆/NX7uuwBWIYS『でもここじゃまずいよね。みんながスレチって言うのも無理ないし』


名無し@18歳未満の入場禁止『あのさ。横で割り込んで悪いんだけど、これ以上はもう同性愛板かレズ・百合萌え板でやったらいいんじゃね? 別に二人の関係に
文句を言う気はないけど』


 その名無しは言うにこと欠いてあたしとモモのことを同性愛者のように断定したのだった。でもモモはそのレスに特段の動揺をしていないようにレスした。


モモ◆ihoZdFEQao『ユリカさんどうする?』

ユリカ◆/NX7uuwBWIYS『どうするって?』

モモ◆ihoZdFEQao『ユリカさんさえよければ他の板にうつりましょうか? それともチャットかメールでもいいけど』

 あたしはモモのそのレスに狼狽した。何でモモはこんなに普通にさらっとあたしとモモの関係を揶揄するような名無しのレスに対応できるのか。モモはひょっとしてレズ
であたしのことを好きなんだろうか。

ユリカ◆/NX7uuwBWIYS『他の板って?』

 あたしはとりあえず時間稼ぎのレスをした。



モモ『だから、同性愛とか女同士の愛でも叩かれないところ? ですかね。あたしユリカのこと大好きだし』

ユリカ◆/NX7uuwBWIYS『愛してるとか同性愛板って、あんた何ふざけてんだよ』

モモ『ふざけてないよ。あたしユリカが大好きだから、ユリカのこと抱いて虐めて滅茶苦茶にしたいの♪ 駄目・・・・・・かな?』

 あたしは狼狽した。何を言ってるのこの子。まさかこの子はあたしのことが好きなのだろうか。でも、その時あたしの胸の中に兄友に一方的に虐められて興奮を感じた
時の感覚が蘇ったのだった。

 ・・・・・・あたしはもしかして年下の子に虐められ征服されるのが好きなのだろうか。それがたとえ同性の女性からであっても。

 年下で同性のこの子があたしのことを抱きたいとか虐めたいとか言い出したせいで、あたしは混乱した。いやこの子というかリアルではあたしより年上の可能性が高い
のだけど。

 その時、本物のモモがレスした。ほっとした気持ちと少しだけ残念な気持ちがあたしの中で錯綜した。

モモ◆ihoZdFEQao『鳥付いてないぞ、なりすましやめろ。ユリカさん今のレスあたしじゃないからね』

 危ないところだった。同性のあたしを抱きたいと言ったモモのレスにあたしは本気で萌えたのだけど、多分自分のレスを無視された名無しが成りすましてした仕業だっ
たのだろう。こんな程度のことに騙されるなんてあたしはどうかしている。でもそのレスがモモのものではなかったことにあたしは少しだけ残念に思っている自分を不思議
に思った。

 いずれにしてもここではもうモモと会話はできない。

 それにしてもモモにこんなに執着するなんてあたしはどうかしている。

 成りすましが沸いてくる前のモモの言うとおりここ以外でモモと話せるようにしたい。でもすればいいのか。ここで一方的にあたしの捨てアドを晒したってそれを見た住民
たちがモモを名乗ってあたしにフェイクをかけてくるだろう。

 あたしとモモがトリップが付いているこの場で同時に捨てアドを晒しあえばいいのだ。あたしはそう思いついたけど、それを提案する前にモモは事情があったのかこの
場から落ちたようでもはやレスしてくれることはなかった。

 本当に偶然だったのだけど次の日の夜の十一時頃、貧乳スレであたしは初めてリアルタイムのモモの光臨に出会ったのだった。

 その日あたしも久しぶりに自分の最近撮った画像を貼ろうと考えて貧乳スレを開いたのだけど、画像をロダにアップしたところでスレを更新するとモモのレスが新たに
目に入った。



モモ◆ihoZdFEQao『誰かいるかなぁ』


 モモにとっては気の毒なことにしばらくレスがつかなかった。予告投下でない限りこういうこともある。女神板は女神が光臨していない普段は基本的には過疎板といって
もいい。あたしにもこういう経験はあった。意気込んで画像を貼ろうとしても誰もいないというのはテンションが下がるものだ。

 モモも気の毒だな。スレでのやり取りだけで彼女がいい子だと断言するのが愚かなことだとはあたしにもわかっていたけれど、それでも最近のあたしはモモと雑談スレ
で世間話をするのが楽しみになっていたのだ。こういう友だちが学校にもいればいいのにと思えるほど。

 じゃあ本来は禁じ手だけどモモのことを助けてやるか。あたしは住民に成りすましてモモにレスすることにした。



名無し@18歳未満の入場禁止『いるよ。早くうp!』


モモ◆ihoZdFEQao『人いた。じゃあ写真貼ります。十五分でデリっちゃうけど』


 モモ可愛いな。あたしはふと何か暖かい感情が芽生えてくるのを感じた。彼女はその名無しのレスがあたしだとは全然気づいていないらしい。

 あたしのレスの後、しばらくして本当の住民たちのレスが続いた。モモはあたしほど長く女神をしているわけではないようだったけど、少なくともモモのことを知っている
人は思ったより多かった。

 あたしはもうレスすることなくモモの画像を待つことにした。既に十レス近い期待の言葉が続いていたので、もうあたしが成りすましてレスする必要はない。まあもともと
最初から不要だったのかもしれなかったけど。



モモ◆ihoZdFEQao『この間まで着ていた高校の制服です』


 その日あたしは初めて、これまでレスの応酬でだけ親しくなっていたモモの肢体を実際に見ることができたのだった。

 モモは高校の制服を少し乱していた。ブラウスの胸元が開かれていて少しだけ綺麗な白い肌を覗かせている。実際、モモの体はほとんど露出がないにも関らず綺麗だった。同性のあたしでも思わず目が釘付けになるくらいに。

 モモ自身が言っていたとおりモモの画像は露出は控え目なものだった。モモは高校を卒業したばかりで大学入学を目前にしていると言っていた。でもモモの肢体は中学生かせいぜい高校生のようのもののようにあたしには見えた。

 あたしは同性のモモの肢体にときめきを感じていることに戸惑いながらモモの次の画像のアップを待った。

 次の画像は前のものより多少過激というくらいの画像だった。

 でもあたしはその画像を目にした時。

 その目を細い線だけで隠しているモモの顔を目にした時、あたしは別な意味で動揺した。

 この子は。

 このスレの女神のモモは。

 目を隠しているけど多分間違いはない。あたしがネット上でだけ知り合って、自分では認めたくないけどあたしが百合的なときめきを少しだけ感じてしまったモモ。

 本人の自己申告を信じればあたしより年上のはずの女の子。

 でも目だけ隠されたいるモモの顔は、どう見ても中学時代の生徒会長の彼女で次女の恋愛を邪魔した女さんのように見えたのだった。

本日は以上です

お付き合いありがとうございます

 翌日の放課後、あたしは一年生の校舎に初めて足を踏み入れた。校舎内はこの間まで一年生だったあたしには見慣れていたのだけど、周り中にはまだ幼い表情の下級生たちが溢れていた。そのせいでもあって、あたしにはまるで懐かしいという感情は沸かずあたしは何か敵地に赴く兵士のように緊張していた。

 自分たちの校舎に上級生が現われることが珍しいのだろう。あたしは一年生たちの視線を感じて更に感情が萎縮していくようだった。

 階段を上って二階の教室の前であたしは立ち止まった。兄友に指示されたとおりにここまで来たけれど、いざ教室のドアを前にするとあたしらしくなく足がすくんでドアを
開けることができなかった。下級生の教室の前で立ちすくんでいるあたしに対して、更に下級生たちの好奇の視線が突き刺さるのをあたしは感じた。

 モモを守るためなら兄友の言うことを聞くしかない。あたしは昨日そう決心したのだけど、いざ兄友と会う直前になるとあたしはこれまで考えないようにしていた恐怖心
に襲われたのだった。

 あたしは兄友と別れる過程であいつの高いプライドをずたずたにしたはずだった。それくらいしなければ別れてもらえないと思ったからした行動だったけど、兄友があ
たしのことをどれだけ恨んだのかは想像に難くない。変態的な性癖をあたしに見せた兄友に対して優位に立っていたから、これまであたしはそのことはこれまで余り考えなかったのだ。

 でも。立場が逆転した今、あたしは年下の兄友のことが怖かった。ただでさえ嗜虐的な兄友の嗜好にあたしへの恨みが加わった今、あたしはいったい兄友にどんなこ
とをされるのだろうか。

 あたしが立ちすくんでいた時、内側から教室のドアが開いた。

「ああ姉さん、待たせちゃったかな。呼んでくれればいいのに」

 兄友が教室から顔を覗かせてあたしに言った。

「あ、うん」

 あたしは兄友の顔を直視できずに俯いた。

「わざわざ来てもらって悪かったね」

 兄友がさわやかな声で言った。

「じゃあ悪いけど俺は今日は帰るから」

 その時兄友の背後に隠れていて姿が見えなかった女の子たちの声が響いた。

「えええ。兄友一緒にカラオケ行かないのぉ?」

「何だ。兄友が来ないなら今日はやめにしようか」

 それから自然に彼女たちの視線があたしに向けられた。

「ねえねえ兄友。この人誰?」

「もしかして彼女!?」

「二年生じゃん」

 兄友はあたしから目を離して女の子たちに笑いかけた。

「彼女じゃないって。俺の幼馴染で実のお姉さんみたいな人。ね? 姉さん」

 あたしは兄友が怖かったので相変わらず俯いて兄友には返事しなかった。それが女の子たちに無用な誤解を与えてしまったかもしれない。

「何か怪しい」

「ひょっとして年上の幼馴染と付き合ってるの?」

「兄友、彼女いないって言ってたくせに。嘘つき」

「彼女じゃねえよ・・・・・・行こう姉さん」

 兄友はあたしの手を掴んで女の子たちを振り切るように歩き出した。

 あたしはそれに抵抗せず、黙ったまま兄友に手を引かれて一年生の校舎から外に連れ出された。

 そのまま兄友は無言であたしの手を引いて学校の外に出たのだった。今日も生徒会に顔を出さなければならなかったけど、それを兄友に言う勇気はなかった。あたし
と兄友の立場は少し前と完全に逆転し、あたしが兄友をご主人様と呼んでいた頃に戻ってしまっていたようだった。

 兄友の顔にも今では同級生の女の子たちに見せていたようなさわやかな笑顔はなかった。彼は無言のままあたしの手を引いて駅前の方に足早に歩いて行ったのだった。そして、一年生の男の子に手を引かれて俯いて黙って付いて行く二年生の女子の姿に興味を引かれた下校途中の生徒たちの好奇の視線をまるで気にせず、駅前のスタバにあたしを連れて行ったのだった。

 兄友の新しい転居先の家に連れ込まれたらどうしようと心配していたあたしは少しほっとした。少なくとも今すぐ兄友に体をどうこうされる危険はないみたいだった。

「姉さん、あまり俺のこと警戒するなよ。言っただろ? 前みたいに俺の姉さんに戻って欲しいだけだって」

 向い合わせで席に着いた時、兄友が優しい口調であたしに言った。

「別に・・・・・・警戒なんかしてないし」
 あたしは精一杯強がって見せた。でも震える小さな声があたしの精一杯の威勢を裏切っていたようだ。「それよりこれからあたしをどうするつもり?」

「そんな可愛く震えた声を出すなよ。気の強い姉さんらしくない」
 兄友はあたしに向って微笑んだ。「別に何もしないよ。ぶっちゃけ、今好きな子がいるんでさ。姉さんなんかに興味ないんだよね」

「え?」

「あ、ごめん。傷付いちゃった? でもはっきり話したほうが姉さんも安心するだろうと思ってさ」

 あたしは思わず声を上げてしまった。姉さんなんかと言われたのは今では別に気にならないけど、好きな子がいるってどういうことだろう。気の多い兄友のことだから気
になる女の子がいるなんて別に不思議ではないけど、わざわざ脅迫してまであたしを呼び出して何でそんなことをわざわざあたしに告げる必要があるのだろうか。

「勘違いしないでくれよ。」
 兄友は微笑んだ。「今日は姉さんに謝って仲直りしようと思っただけだから」

「いい加減にして」
 あたしは低い声で言った。「それなら何であんなに酷い脅迫メールをあたしに送ったのよ」

「だって姉さんが警察に言うとか言い出すからさ。俺だって自分の身は守りたいし・・・・・・それにぶっちゃけ女をどうこうするとか書かなかったら姉さん、今日来てくれなか
ったでしょ」

「当たり前でしょ? あんた自分があたしに何をしたのかわかってるの?」

「わかってるよ。それは謝ったじゃん」

「あんた、あれが謝れば許されるような程度のことだって本気で思ってる?」

「・・・・・・さっきまで借りてきた猫みたいに大人しかったのに急に強気になったね、姉さん」

 兄友は端正な顔を少し歪めた。いけない。兄友はモモの生殺与奪の手段を握っていることをあたしは忘れていたのだった。

 兄友はあたしが再び俯いて黙ってしまった姿を見て表情を戻した。

「そんなに怖がるなよ。俺だってこれ以上姉さんが嫌がることをする気はないよ」

 あたしは黙っていた。

「たださ、怒らないで聞いて欲しいんだけど。俺、ぶっちゃけそんなに姉さんに酷いことした?


 あたしが抗議しようと顔を上げたのを無視して兄友は強引に話を続けた。

「まあ聞いてよ。俺は確かに姉さんを虐めたかもしれないけど、あれはもともと姉さんだって承知のうえで始めたプレイだったんじゃないのか」

「あんたねえ・・・・・・」

 あたしは平然とそう言う兄友に唖然とした。

「だって実際姉さんだって喜んでたじゃん。あと、最初に姉さんを抱いた後だって俺になら何されても俺のこと嫌いにならないって言ってくれたでしょ? もう都合よく忘れ
ちゃったの」

 別に忘れたわけではなかった。そう言われれば兄友の言うことも嘘ではない。あたしはあの当時は彼のことが好きだったから、自らすすんで彼の嗜好にあわせた行動を取ったのだ。

 なので冷静に考えれば兄友の言うことにも一理あった。

「最初はそうだったよ。でもあんたの酷い命令に耐えかねてあたしがもう許してって言った時、あんたはどうした?」
 それでもあたしは勇気を振り絞って反論した。「奴隷の癖に反抗するなんて生意気だとか、言うことを聞かなかった罰にお仕置きだとか命令をエスカレートさせたんじゃ
ない」

「そのことなら悪いと思ってるよ。姉さんが嫌だと言うのもドMの姉さんのプレイだと思ったんだよ。まさか姉さんが本気で嫌がってるなんて思わなかったんだ」

「・・・・・・あんたって人は」

「俺だって姉さんが本気で俺の命令に従うのを嫌がってると知っていたらあんなメールは出さなかったよ。俺としては虐められるのが好きな姉さんを喜ばせてるつもりだ
ったんだ」

 ふざけるな。あたしはそう思ったけど、その時あたしの脳裏にモモを装った成りすましのレスを見た時の奇妙な興奮が思い浮んだ。

 あたしのことを抱いて虐めて滅茶苦茶にしたいというそのレスを、あたしは最初モモ自身のレスだと信じて狼狽しそして興奮したのだった。

 あたしはやはり兄友の言うように被虐的な快感に溺れる体質なのだろうか。

「それにしてもまだ小さかった妹友を調教したいとか、そんな酷いことを言われてプレイだとか信じられると思うの?」

「あれは悪かったよ。ごめん。姉さんが興奮するかと思って思わず書いちゃったんだけど、本気じゃなかったんだ」

「・・・・・・」

「とにかくお互いに誤解や行き違いはあったみたいだけど水に流そうよ。俺も好きな子ができた以上、これ以上姉さんに付きまとわないよ」
 そこで兄友は少し嫌らしい笑みを浮べた。「それに姉さんにも好きな女の子ができたみたいだしね」

 あたしはモモへのあたしの同性愛的な興味を嫌味のように指摘した兄友の言葉を無理に無視した。

「あんたの好きな子って、まさか次女か妹友じゃないでしょうね」

「違うって。姉さんも知ってる子ではあるけど」

「誰なの」

「俺のが誰を好きなのか姉さんは気になるの」

 あたしはそれには返事をしなかった。

「まあいいや。もったいぶるほどのことじゃないし。姉さんが俺と仲直りしてくれるなら俺、姉さんには何も隠さないよ」

 あたしはため息をついた。本気で兄友にはもうあたしへの執着がないというなら、兄友と仲直りしてもいいのかもしれない。それに何といっても兄友はモモの女神行為
の証拠を押さえているのだ。別にあたしにはモモを守る義務なんかないのだし、モモだってあたしにそこまでは期待していないだろう。モモとはスレの中でだけで多少親しく世間話をするようになったにすぎないのだし。

 それでもあたしはモモのことが気になっていた。彼女に破滅して欲しくはなかった。

「わかったよ。もうあんたとは恋人同士にもならないし、ああいう変態的な遊びにも付き合わないけど。それでもいいなら仲直りするよ」

 兄友はにっこりと笑った。それは女の子に人気があるのもうなずけるようなさわやかな笑顔だった。

「ありがとう。姉さん」

「それであんたの好きな子って誰なの? あたしも知ってる子?」

「まあ、少なくとも今は知ってると思うよ。昨日生徒会役員の面接で会ったでしょ」

「もしかして幼馴染さんとかいう子?」

「うん。彼女、俺の友だちに惚れてるみたいだから今のとこ俺の片想いなんだけどね」

「そう」

 あたしは昨日面接したその子のことはよく覚えていた。何より兄友の脅迫メールで生徒会役員に合格させろと迫られたのだし。実際は兄友なんかに命令されるまでも
なく普通に面接しても彼女は間違いなく合格していただろう。それだけ好印象の女の子だったのだ。

「何でかなあ。俺って姉さんの時も次女の時もそうだけど、自分に振り向いてくれない女の子ばっか気になるんだよね」

 兄友はそう言った。

「幼馴染ってさ、この学校に入ってからできた俺の親友のことが好きみたいなんだよね、ずっと昔から」

 兄友の嗜好はやはり以前と変わっていないようだった。

本日は以上です

もうすぐ最初の頃の時間に追いつきます

駄文長文にお付き合い感謝です


 その朝起こったことを俺は休み時間に幼馴染に呼び出されて聞かされたのだった。こい
つは相当動揺しているようだった。

 でも話を聞いて俺は飽きれた。妹に悪いと思わないのかなんて言って兄を責めるとかっ
てこいつはバカか。

 女のことはともかく兄がもし幼馴染のことを気にしていたとしたら、それも俺と行動を
共にしていることを気にしていたとしたら、その幼馴染に妹のことを思いやれとばかりに
女との仲を責められたらそれはいくら温厚な兄だって怒るだろう。

 いっそ素直に告ってしまえばよかったのだ。俺は幼馴染を落とそうと考えていたことを
棚に上げて思った。

 まあでもこれは幼馴染にとってはいいことではある。

「ああ、よかったじゃん」

 俺は落ち込んでいる幼馴染に言った。

「よかったって・・・・・・最悪だよ。あんたの誘いになんか乗らなければよかった」

 幼馴染は八つ当たり気味に言った。でも幼馴染を騙していることには変わりないのでそ
う言われても俺には抗議する資格はないのだろう。

「いや、予想どおりじゃんか。兄のやつ、俺と仲が良いおまえに嫉妬してるんだろ?」
 とりあえず俺は解説してやった。「要はさ、兄は自分はおまえへの気持ちを、俺への遠
慮とか妹ちゃんへの遠慮とかで自分の中に押さえ込んじゃってるんだと思うよ」

「え?」

「それなのに、自分がクラスメートの女さんと少し話をしただけで、おまえや妹ちゃんか
ら責められたんだろ? そりゃおまえへの気持ちを我慢している兄としては切れたくもな
るし、嫌味の一つや二つは言いたくなるだろ」

「どうしたらいいの」

 半信半疑だった幼馴染が次第に俺の話に縋りたいような様子を見せ始めた。俺は畳み掛
けた。

「このまま怒ってる振り、つうか振りじゃないかもしれないけど、とにかく始めたことを
最後までしようぜ。とりあえず、今日は兄を昼休みにぼっちにしちゃえよ。そんだけおま
えも妹ちゃんも怒ってるんだということを兄に気がつかせようぜ」

「・・・・・・よくわからないよ」

「ああ、説明するのも面倒だな。とにかく、昼休みは妹ちゃんと二人で過ごしな。妹ちゃんも兄と
おまえの朝の話を知りたがってたしさ。兄には俺からうまく伝ええておくから」


 ・・・・・・俺は何をやっているのだろう。

 幼馴染に指示しながらも俺はふと考えた。姉さんが俺への好意らしきものを示し始めた
今となってはもう幼馴染を落とす必要はないということを、俺は改めて考えて見た。常識
的に考えればもう幼馴染を構うのは止めにして姉さんを落とすことだけに集中した方が効
率がいい。

 でも幼馴染に偽装カップルの話を持ちかけたのは俺の方だった。今さら全てなかったこ
とにするのはいくら俺でも気が引けた。

 こうなったら早めに兄と幼馴染をくっつけてしまおう。

 俺はそう考えた。それに女と兄のことも少しだけ気になる。女つまりモモが俺の恋のラ
イバルだとしたらモモと兄が付き合いだすことは望むところとも言える。姉さんが知った
らモモのことを諦めるかもしれない。

 でも俺はそれほどはモモのことは気にしていなかった。彼女が女神でいようがリアルで
誰かと恋をしようが、姉さんがモモと結ばれることなんてありえないから。

 モモは同性愛者ではない。中学の頃生徒会長と付き合っていたことがそれを証明してい
る。それに姉さんの性格ではリアルの女に対してモモと呼びかけることなんてできないだ
ろう。だからモモは俺の姉さんに対する恋愛感情の障害にはなりえないのだ。

 そういうことで兄とモモとが付き合い出すことは俺へのメリットでもないんでもないの
だから、俺は安心して幼馴染を応援することができた。

 ただ一つだけ誤算があった。それは俺自身の魅力についてだった。俺はまさか幼馴染が
本気で俺にほれ始めるとは夢にも思っていなかったのだ。






 もちろん兄と仲違いした幼馴染がいきなり俺に告白してきたとかそういうことではない。
むしろその頃の幼馴染は俺に不信感を覚えているようだった。

 何となく感じ取っていたそれを幼馴染から直接ぶつけられたのは、休日に一緒に食事を
しながら今後の作戦を相談しようということになった時だった。

 最近開店したそのパスタ屋は幼馴染の指定した店だった。一緒に窓際の席に着いた幼馴
染は自分からこの店をどうでもいいというようにメニューも見ずに何だかよくわからない
パスタを注文してから、俺がじっくりとメニューを眺めているのを苛立った様子を隠しき
れずにいた。

 俺がようやくオーダーを済ますと間髪を入れずに俺を睨むように話し出したのだ。


「正直に言いなよ。あんたは兄に彼氏ができさえすれば、その相手があたしでも女さんで
もどっちでもいいんでしょ」

「何言ってるの・・・・・・俺は幼馴染と兄をくっつけようとしてこんなことしてるんだろう
が」

 こいつはいったい何を言ってるんだ。一瞬俺には幼馴染の考えていることがわからなか
った。ただ、俺が当初考えていたように幼馴染を助ける振りをしながら、幼馴染の心を自
分に向けさせようとしていたことに気がつかれた訳でもないようだった。

 幼馴染に最初に声をかけたときの意図は確かにそうだったから、それを指摘されたら俺
も少しは動揺しただろう。今では原点回帰して再び姉さんのことを何とかしようと思いつ
いた俺だったけど、最初は暇つぶしと言っては悪いけど、その程度の軽い気持ちで幼馴染
を何とかしてしまおうと考えたのは事実だったから。

「でもあんたにとっては、妹ちゃんが兄離れすればいいんだから、その相手は誰でもいい
はずじゃない。その証拠に昨日はどうよ? あんたの言うことに従ったばかりに兄と女さ
んが前より接近しちゃったじゃないの」

 ここで俺はようやく幼馴染の考えていたことが理解できた。

 正直俺は少し幼馴染の思考力に感心した。ここまで論理だって物事を推察する能力があ
るとは考えもしなかったからだ。彼女だって今は兄に冷たくあしらわれて感情的には相当
落ち込んでいていいはずだったけど、こういう状態でここまで考えつけるとは思わなかっ
た。

 もちろんこの推理は全く事実とは違っていた。でも俺と違って幼馴染には情報がない。
幼馴染は俺が妹に一目ぼれしたという嘘を前提に推理するしかなかったのだから。

 とりあえず俺は反論することにした。

「それは俺のせいじゃねえだろ。おまえが兄のこと過剰に気にするからこうなったんだ
ろ? 俺は兄はおまえにヤキモチを焼いてるだけだって話したのによ」

「じゃあ、何であたしと妹ちゃんと二人きりで食事させようとしたのよ」
 幼馴染はついに声を荒げて俺に詰め寄った。

「それも俺のせいじゃねえだろ。おまえが妹ちゃんを炊きつけようとしたんだろうが。妹
ちゃんがいるのに兄は何を考えてるだの、妹ちゃんは兄を甘やかせ過ぎだのって」

「・・・・・・それは」

「それはじゃねえよ。おまえは兄のこと気にし過ぎなんだよ。一々兄の行動に一喜一憂し
てんじゃねえよ。だいたい、百歩譲っておまえが兄のことを気にするのはわかんねえでも
ねえけど、何で妹ちゃんまで炊きつける必要があるんだよ。おまえのライバルは女さんじ
ゃなくて妹ちゃんだろうが。履き違えてるんじゃねえよ。兄のこと好き過ぎて、不必要な
ほど気にしてるんだろうけど」

 そう言いながら俺はパスタ屋に連れ立って入って来た兄と妹のカップルに気がついた。


 俺はそれでもその時最善をつくしたのだ。幼馴染との会話をコントロールして俺たちに
気がついてこちらの会話に聞き耳を立てていた兄をさりげなく刺激することすらした。

 でも結局幼馴染を宥めることができず、彼女は席を立って出て行ってしまった。俺はた
め息をついて後を追った。

 何とか幼馴染を捕まえた俺は兄に仕掛けたことの意味を説明してやったけど、それでも
幼馴染は納得しなかった。

「もうやめる」
 彼女が言った。

 こうなったら仕方がない。ここまで来たらもう無理に幼馴染を引き止める必要もなかっ
た。

「いいよ、わかった。無理に勧めることじゃないしな」
 俺は言った。「でも兄に謝りたいんだろ? せめて最後にその手伝いだけはさせてくれ
よ」

「・・・・・もう、あんたの助けは借りないよ」

「でもさ、さっきの俺たちの会話を聞いて兄が少しはおまえのことが気になってるとして
もだよ、おまえから兄に話しかけるのって辛いだろ?」

 最後に少しだけ余計お節介をしてやろう。俺は思った。とりあえず幼馴染と恋人の真似
事をしたおかげで姉さんの気持ちを自分に向けられそうなのだ。感謝の意を込めて幼馴染
のフォローをしてやろう。俺としては兄が誰と付き合おうが今となってはどうでもよかっ
たし。

「俺が週明けに兄におまえと二人で昼休みを過ごしてくれって頼むから」
 俺は幼馴染に言った。「もうこれで最後のお節介だからさ。幼馴染に迷惑なことをした
つもりはないけど、おまえにそんなに嫌な思いをさせたのならせめてそれくらいはさせて
くれよ」

 幼馴染は戸惑った表情を浮かべた。俺に対する怒りはだいぶ収まってきたようだった。

「つうか、謝るくらいならいっそ告っちゃえよ。そこまでおまえが思い詰めてるならいっ
そ」

 無言で考え込んでいる幼馴染に俺は畳み掛けた。

「これはマジで言うんだけど、妹ちゃんのことは気にするな。誓って俺がケアするから」


 幼馴染は結局俺に同意した。週明けに兄を説得して幼馴染の話を聞くようにさせよう。

 幼馴染についてはもう今日はここまで。ここからが本番だ。

 俺はらしくなく少し緊張しながら姉さんにメールを送った。


from:兄友
sub :無題
『幼馴染に振られちゃったよ。俺もうだめだわ』


 一瞬ためらって、それから深呼吸して送信ボタンを押した。たかが女にメールするのに
ここまで緊張したのも初めてだったかもしれない。

 それから無理に返事のことは考えないようにして俺は場所を移動した。駅から少し歩いた
繁華街の真ん中に小さな公園があった。繁華街の中心という場所柄あまり雰囲気のいい公
園ではないけれど、振られたばかりの男がしょんぼりとしているにはこういう場所の方がいい
だろうと俺はとっさに考えたのだ。それに万一うまく行った場合には周囲にはそういう場所が
いくらでもあるということも、頭の片隅に浮かんだのかもしれない。


from:姉さん
sub :Re無題
『今どこ?』


 それほど待たずに短い返信が姉さんから帰って来た。

 俺は返信しなかった。返信したい気持ちはあったけど無理にそれを押さえつけた。そし
て姉さんが決断するまでの間、落ち着かない気持ちを逸らすために幼馴染たちのことを考
えていた。

 あいつには情報がない。あいつの世界は兄と妹と幼馴染自身、それに俺がいるだけだ。
でも今では俺には見えていた。今起こっていることは、もはや兄たちの間だけの狭い世界
の恋愛感情の葛藤だけではなくなっているのだ。

 あいつらの小さな世界は今では中学時代の女や会長、それに姉さんたち三姉妹と俺が繰
り広げた恋愛の葛藤に侵食されつつあった。もはや兄と妹と幼馴染の単純な三角形ではこ
とは収まりそうもない。そしてその原因は幼馴染たちにはなかった。期せずしてそのきっかけ
を作ったのはこの俺だ。そして多分次にこの三人の世界に干渉するのは女だろう。もうすでに
偶然に出会った兄と女はお互いに惹かれあっているのかもしれなかった。


 携帯が鳴った。電話に出ると姉さんの声が響いた。

『兄友あんた今どこにいるの』

「・・・・・・何でそんなこと聞くんだよ」

『幼馴染さんに振られたって本当?』

「まあね・・・・・・変なメールしちゃって悪かったね。もう姉さんの邪魔はしないからさ。
じゃあおやすみ」

『待ちなさい。電話切らないで』

 それまでの余裕が崩れ姉さんの必死な声が耳に響いた。

「俺・・・・・・これ以上姉さんに迷惑かけたくねえから」

 その時電話の向こうで姉さんの泣き声が聞こえた。

『今さら迷惑なんて言うなバカ。あんたは・・・・・・あんたは』

 俺は黙って姉さんの乱れた泣き声を聞いていた。

『中学生のあたしの処女を奪ったり、変な写真を撮らせたり、ご主人様とか呼べって言っ
たり、挙句の果てに幼馴染さんとの恋愛の相談に乗れって言ったり』

「悪かったよ。もう二度と姉さんには話しかけないから許してくれよ」

『うるさい、バカ。どこにいるか言え』

 姉さんが泣きながら怒鳴った。


 三十分ほどした時姉さんが駅の方から小走りに公園に入ってくる姿が見えた。冷静にし
なければいけない場面なのに、姉さんの姿を見た時、電話で動揺していた姉さんと同じく
俺も心が締め付けられるように震えるのを感じた。

「よかった・・・・・・いた」

 姉さんが涙の残る顔で笑った。

「そりゃいるよ」

 この時は俺も涙を抑えることができなかった。冷静に駒を進めていたはずの俺が泣くな
んて。

 でも俺の涙を見た姉さんは迷うことなく俺を抱きしめてくれた。

「ばか。女をとっかえひっかえのあんたが幼馴染さんに振られたくらいで泣くんじゃない
よ」

 姉さんが言った。顔は涙でぐしゃぐしゃだ。

「姉さん、顔ひどいことになってるよ」

「誰のせいだよ。あんな―――あんな今にも自殺しそうな暗いメール送ってさ。あんただっ
て情けない顔で泣いてるじゃん」

「自殺なんてするわけねえだろ。それにもう俺は姉さんに迷惑かけないことにしたんだ」

「あんたねえ。今まで散々あたしに迷惑かけてきて今さら何都合のいいこと言ってるんだ
よ」

「だって」

「何よ」

「このまま姉さんに甘えてるとまた迷惑かけそうだし」

「・・・・・・どういう意味」

「意味って」

「どう迷惑かけそうか言ってみなよ。今まで見たいなお芝居とか仕掛けとかじゃなくて」

「幼馴染に振られてショックだったのは嘘じゃねえよ。でも今姉さんを見たら」

「見たら・・・・・・どうしたの」

 姉さんの声が震えた。

「見たら・・・・・・その、やっぱあんたのことが好きっていうか」

 ここは正念場だった。俺はざわめく心を無理に押さえつけて姉さんを見た。

「あんた全然反省してないな」

「俺が本当に好きなのは姉さんなの! でもあれだけ酷いことしちゃって今さらそんなこ
と言えねえだろ。だから幼馴染と付き合って忘れようと思ったけど忘れられなくてさ。せ
めて相談に乗ってもらうだけでもいいから、あんたと一緒にいたかったんだよ。何か文句
あるか」

 その時その恥かしい告白を聞いた姉さんは俺を抱きしめていた手を離して真面目な顔で
俺を見た。

「ほんとバカだよね、あんたもあたしも」

 姉さんが俺にキスした。それは随分久ぶりの姉さんとのキスだった。

「あたしもあんたのこと好きだよ、兄友。あれだけ酷いことされても結局あんたのこと忘
れられなかったみたい・・・・・・ちゃんと責任取れよ」

 俺は姉さんを抱きしめた。公園灯がぼんやりと周囲を滲ませている。どういうわけか普
段は夜でもカップルで賑わっているこの公園も今日は静まり返っていた。

「あんた、あたしみたいな地味な女で本当にいいの?」

 最後に姉さんはそっと付け加えた。

本日はここまで

もう少しで終らせたい


「こんなところで何してるの。いつもは幼馴染さんと一緒に学食にいるのに」

 妹友は無邪気な声で言って中庭のベンチに座ってぼうっと考え事をしていた俺の隣に座
った。

「いや、別に何にもしてねえよ」

「そうなの。幼馴染さんは一緒じゃないの? というかお兄ちゃんご飯食べたの?」

「別に付き合ってるわけじゃねえから。いつもあいつと一緒にいるわけじゃないし」

 俺は恐る恐る妹友に答えた。姉さんとのことがばれるよりはましなのだろうけど、かつ
て俺が好きだとか愛してるだとか適当な甘い言葉を駆使して自分のものにした妹友から冷
静な様子でこういう言葉をかけられると、俺は体中から嫌な汗が浮かんでくるのを感じた。

「幼馴染さんと付き合っるんでしょ」

 妹友は俺の顔を見上げるようにしてにっこりと笑った。

 俺はこの時一刻も早く妹友と別れてこの場から逃げ去りたかったけど、逃げ出すことは
おろか、どういうわけか妹友が微笑みながら俺を見つめている視線から自分の目を離すこ
とすらできなかった。

 妹友を自分のものにしたときとは完全に立場が逆転しているようだった。俺は以前中学
一年生だった妹友のまだ幼かった肢体を抱いたことがあった。それも結構手荒いやり方で。

 それは俺が姉さんたちには内緒で東北から自分の家に戻った時のことだった。最初から
妹友を抱くと決めて興奮していた俺は、彼女をメールで自分の誰もいない家に呼び出した。

 その時の行為は妹友の俺への好意に付け込んだものだった。妹友は泣いて抵抗したのだ
けど俺は「愛してる」とか「本当に好きなのはおまえだ」とか適当な言葉を並べながら、
結局彼女を抱いたのだった。自分のベルトで後手に縛って抵抗できなくするようなことま
でして。

 そのことが終ってひとしきり泣いたあと、妹友は俺を許してくれた。普段の俺ならその
後に少なくとも最小限のケアくらいはしただろう。でもその時の俺は東北にいたことをい
いことにその夜以降ろくに彼女には連絡を取らなかった。

 今の高校に転校してきた時も、いつあの夜のことやその後の冷たい仕打ちに対して妹友
から責められても不思議ではないと思っていたのだけど、結局彼女は俺を責めるようなこ
とはせず連絡すら滅多にすることはなかった。そしてそれは妹友が実力相応校を蹴ってう
ちの学校に入学した後も変わらなかった。

 その後幼馴染や兄たちとのこととか姉さんとのこととかにかまけていた俺は、都合よく
黙っているままでいてくれる妹友のことを次第に悩まなくなった。

 そうして俺は少しづつ妹友に対する罪悪感や危機感を忘れていったのだ。


 だから妹友に校内で話しかけられ幼馴染のことに言及された俺は本気で狼狽した。

 それでも今までの俺なら相当遅ればせながらということになるけど、このときあらため
て妹友を宥めることはできたと思う。適当に機嫌を取って彼女の態度が柔らかくなったと
ころでキスするとか、進展によってはホテルに連れ込むとかそういう対応をすることはで
きたはずだった。

 でも今の俺は自分でもどうかしていると思うほど姉さんのことだけを考えていた。以前
ならばれなければ数人の女と同時進行するなんてよくあることだったけど、どういうわけ
か今ではそういうことをする気にはなれなかった。

 もちろん妹友とそういう関係に戻ったことを姉さんにばれたら、今度こそ永遠に姉さん
との仲が終ってしまうだろうという危惧も心中にはあった。

 でもそれだけじゃない。仮に姉さんにばれずに妹友を誘って彼女を宥める保証があった
としても、俺にはもうそういう姉さんを裏切るようなことをする気がしなかったのだ。

 俺らしくないけど姉さんにばれるとかばれないとかではなくて、俺自身が姉さんの信頼
を裏切りたくなかったのだ。

「お兄ちゃんって幼馴染さんと付き合っているわけじゃないのか」

 心中ではどう考えていたのかわからないけど、少なくとも表面上は穏やかに妹友が言っ
た。俺に裏切られたとか体を弄ばれたとか、そういう恨みは微塵も感じられないような言
い方だった。

「お、おう。兄とか妹ちゃんとか幼馴染とか、そいつらみんなと仲がいいだけだからな」

「・・・・・・そうだったんだ」

「そうだけど。何か言いたいことあるの、おまえ」

 本当はそんなことを言える立場じゃないけど、こういうときは落ち着いて少し強気なく
らいな態度に出た方がいいというのが東北で俺が女たちから学んだ教訓だったから、俺は
思わず今まで散々してきたようにそうした。

 でも昔と違うのは俺が当時の女たちのことなんか少しも恐れていなかったのに対して、
今の俺は妹友を恐れていたということだ。

「お兄ちゃん、顔真っ青だよ。どうかした」

「どうもしてないけど」

「で、お昼ご飯は食べたの?」

「いや。何か食欲なくてな」

「そう。でも意外だなあ。あたし妹ちゃんからお兄ちゃんと幼馴染さんが付き合ってるみ
たいだよって聞いてたのに」

 そういえば妹ちゃんはこいつと同じクラスだった。そんな話をしてたのか。

「意外だったな」

 再び妹友が繰り返した。


「意外って何がだよ」

 俺は相変わらず虚勢を張って言った。

「うん。あたしももう昔みたく子どもじゃないから。男女のことだからこういうのって
仕方ないと思ってたんだよ」

「それってどういう意味だ・・・・・・?」

「お兄ちゃんはもともともてる人だから、あたしなんかがいつまでも独り占めできるなん
て思ったことなかったんだ。だから、内心は寂しかったけどお兄ちゃんのこと好きだから
しつこくして困らせるのはやめようと思ってたの」

 俺はこの辺で耳を塞ぐか逃げ出すかしたかったけど、どういうわけか体が動かない。

「だから妹ちゃんから幼馴染さんのことを聞いたとき、あの綺麗で人気のある人ならいい
かとも思って諦めもついてたんだけど」

 何か不穏な空気が流れてきた。俺はこの時はもう黙って妹友の話を聞く以外にできるこ
とはなかった。

「でもお兄ちゃんの好きな子が幼馴染さんじゃないなら」

 このとき初めて妹友の目に涙が浮かんだ。

「ずるいよ、お兄ちゃん。それはだめだよ」

 一瞬顔を下げた妹友は再び俺の目を真っ直ぐに見た。相変わらず涙を浮べたままで。

「暗かったから目の錯覚だと思ったけど、家のまでお姉ちゃんにキスしてたのはやっぱり
お兄ちゃんだったのね」

 言い訳しようとしたけど何も言葉が浮かばない。俺は青くなって凍りついたままだった。
再び妹友の言葉が俺の耳に届く。

「次女ちゃんが言ってた。お兄ちゃんがあたしたち姉妹の中から彼女を選ぶなら次女ちゃ
んかあたしのどっちかだって。お兄ちゃんは地味なお姉ちゃんは趣味じゃないからって」

「幼馴染さんならよかったのに。何でお姉ちゃんなのよ」

 俺は全てがばれてしまったこのときになってようやく声を出すことができた。

「悪い・・・・・・俺だってびっくりしたんだけど。俺、姉さんが一番好きなみたいだ」

 ここまできたらもう誤魔化すことは考えられなかった。俺の無分別な行為が仲の良い姉
妹を引き裂いたことに今になって俺は気がつき後悔した。

「・・・・・・もういい」

「妹友」

「幼馴染さんだったら祝福して身を引こうと思ってたけど、お姉ちゃんだったらそうもい
かないね」

「・・・・・・妹友」

「あたしお姉ちゃんと話し合うから。お兄ちゃんのことを責めるつもりはないけど、ここ
まで来たらもう姉妹の問題だし」

 もうお終いだった。姉さんがこれを知ったら俺に愛想を尽かすだろうし、そもそも妹思
いの姉さんは自分から身を引きかねない。

「お兄ちゃん、顔真っ青だよ」
 妹友が言った。「お兄ちゃんは気にしなくていいよ。これはあたしとお姉ちゃんの問題
だから」

 もう俺には何を言っていいのかもわからなかった。

「じゃあまたね、お兄ちゃん。まだ時間あるし学食で何か食べた方がいいよ。本当に真っ
青だし」

 そう言って妹友はもう俺の方を振り返らずに中庭を去って行った。


 俺が混乱しながら中庭を出て薄暗い校舎内に入ったところで幼馴染と出くわした。兄に
告白した帰りなのだろう。

「・・・・・・屋上で妹ちゃんとお昼食べてたんじゃないの?」
 幼馴染はずいぶんと冷たい声で俺に聞いた。

「いや」

 でもそんなことを気にしている余裕は今の俺にはなかった。俺にとって今一番気になる
のは幼馴染の告白ではなかったのだ。

「体調でも悪いの? 顔が真っ青だよ」

 幼馴染は少しだけ冷たい態度を改めて心配してくれたようだった。

「あ、あんた。まさか屋上で妹ちゃんに迫ったんじゃないでしょうね」

 幼馴染は見当違いの心配をしていたようだけど。俺は心を取り直した。

「違うよ。今日の昼は妹ちゃんとは会ってさえいねえよ」

 とにかくけしかけた以上結末くらいは聞くべきだった。

「・・・・・・どうだった?」

「はい?」

「兄に告ったんだろ? 兄は何と答えたんだよ」

「保留された。少し考えさせてくれって」

「そうか・・・・・・。まだ脈はあるようだね。よかったな」

「よかったなじゃないよ」
 幼馴染は再び恐い顔で俺を睨んだ。

「あんたと仲のいい振りなんかしない方がうまくいってたんじゃないかな。兄はあんたの
こと気にして返事を保留したようなもんだよ」

「そうか。やっぱりそうだよな」

「やっぱりって・・・・・・あんたまさか、知ってて」

「んなわけないだろ。でも結果的におまえの邪魔をしたなら謝るよ」

 それでも保留なら幼馴染にはまだ可能性はある。俺の場合は今日妹友が姉さんを問い詰
めた段階で、俺の恋は永遠に終ってしまうのだ。

「もう邪魔はしねえから。もう二人でベタベタするのも終わりだし」

 これ以上、幼馴染の相談に乗れる気力は残っていなかった。俺は幼馴染をその場に残し
て教室の方に歩いて行った。

 幼馴染は当初の俺に対する怒りを忘れてあっけにとられたように俺の方を眺めているよ
うだった。

短いけど今日は以上です

また投下します


 いつものように姉さんを家まで送って行く勇気はなかった。幸いなことに生徒会のミー
ティングがいつもよりだいぶ遅くなるので今日は先に帰ってというメールが放課後に姉さ
んから送られてきた。

 正直俺はほっとした。姉さんを家まで送っていけば姉さんはいつものように自宅前で俺
に抱きついてキスをねだるだろう。妹友が自室の窓からそれを見ていたことがわかった今、
素直に姉さんに応じられる自信はなかった。

 それに姉さんは俺が思い悩んでいるとすぐに気がついてしまう。これは昔からそうだっ
た。さっきの妹の会話の後で姉さんに何も気がつかれずに平静な振りをする自信なんて俺
にはなかったのだ。

 もちろんこれは単なる逃避に過ぎないことはわかっていた。今日姉さんが帰宅すれば妹
友は俺との仲を姉さんに対して問い詰めるだろう。それがわかっているのだからせめて俺
の口から姉さんに事実を話して謝罪すべきだ。理性では俺にもそのことはよく理解できて
いた。

 ・・・・・・でも、絶対無理だ。俺が姉さんと復縁できたのだって奇跡のようなものだ。あれ
だけ嫌っていた俺を姉さんは許してくれたのだけど、それだって自殺しかねないような演
技まで駆使した結果なのだ。

 姉さんは昔自分を性奴隷のように扱った俺のことは許してくれたかもしれない。そして
最近では改めて俺に惚れ直してくれたような態度を、俺を甘やかし俺に甘える態度を素直
に見せてくれるようにもなっていた。

 でも、妹友を抱いてしまったことを知ったら今度こそ姉さんは俺のことを許さないだろ
う。まして、あれは半ば無理矢理してしまったことなのだ。

 妹友が姉さんに事実を語ったら姉さんは二つの理由で俺から身を引くだろう。姉さんと
付き合いながら幼い妹友に手を出した俺への嫌悪と、もう一つは自分の妹の気持への遠慮
からと。

 姉さんは昔から世話焼きで妹たちのことを大切にしている。妹友の俺への気持ちに気づ
けば自分から身を引くくらいのことはしかねないのだ。

 つまり自分で事実を告白して謝っても妹友から事実を聞かされても、姉さんが取るだろ
う行動は想像できた。だからこの日、俺はせめて姉さんに振られる瞬間を先送りにするこ
とにして、一人で家に帰ったのだ。

 胃が痛い。体調不良を理由にして夕飯をパスした俺は自分の部屋でベッドで横たわった。
女の女神行為を人質にとるようなことまでして、そして幼馴染に振られたような様子まで
見せてやっと再び俺の方を振り向かせることができた姉さんは、今頃俺に愛想を尽かして
いる頃だ。全部自業自得であることはわかってはいた。

 姉さんの最近の言葉が繰り返し俺の胸中に浮かんでくる。



「よかった・・・・・・いた」

 夜の公園で涙の残る顔で笑った姉さん。

「ばか。女をとっかえひっかえのあんたが幼馴染さんに振られたくらいで泣くんじゃない
よ」

 その時の姉さんの顔は涙でぐしゃぐしゃだった。

「ほんとバカだよね、あんたもあたしも」

 そう言って姉さんは俺にキスしてくれた。

「あたしもあんたのこと好きだよ、兄友。あれだけ酷いことされても結局あんたのこと忘
れられなかったみたい・・・・・・ちゃんと責任取れよ」

 抱きしめた姉さんの柔らかな感触。公園灯のぼんやりとした灯り。静まり返っていた夜
の公園。

「あんた、あたしみたいな地味な女で本当にいいの?」

 あの時、俺に抱かれた姉さんは涙がうっすらと残った瞳で俺を見上げながらそう言った
のだ。


 突然携帯にメールが届いた。姉さんからだ。

 俺は恐る恐る本文を読んだ。


『今日は一人で帰らせちゃってごめん。寂しかった?』

『ばか生徒会長が生徒会をサボりやがってさ、この忙しいのに大変だったんだよ〜』

『だからあんたも機嫌なおしてね。あたしだってあんたと一緒に帰れなくて寂しかったん
だよ』

『今日は放課後に一緒にいられなかったから、明日は一緒に登校しようよ。あんたの好き
な遅い時間の電車でいいからさ』

『じゃあおやすみなさい、あたしのご主人様(ハート)』

『あ、今のは別に嫌がらせじゃないからね(汗)。でも、何か少しだけあの頃が懐かしく
なっちゃった。あ、でも勘違いしないでよね! あたしはあの頃のことなんか懐かしくな
いんだからね!(← ツンデレ)』


 普段の俺だったらこれほど俺を喜ばせるメールはなかっただろう。でも今日はいろいろ
と無理だ。

 このメールが俺にとって意味するのは、今は単に執行猶予中だということにつきる。妹
友がまだこの時間には姉さんを問い詰めていないというだけのことだった。その死刑執行
の予定時間はもちろん俺にはわからない。今この場で行われているかもしれないし、ひょ
っとしたら今夜は見送られるかもしれない。

 明日の姉さんとの待ち合わせを考えると俺の気分はさらに暗く落ち込んできた。

 妹友が自分の宣言したとおりの行動を実行したら、明日は多分姉さんは姿を現さないだ
ろう。何らかの事情で妹友が今夜は姉さんとは話さないことになったとしても、俺はすぐ
に訪れるだろう姉さんとの別れに怯えながら姉さんと過ごさなければならないのだ。

 とにかく姉さんに何か返信しなきゃ。重い気持ちを励まして俺は姉さんのメールに返信
しようとした。

 姉さんに振られる最後の瞬間まで、俺は姉さんを大切にしようと心を決めた。いろいろ
と姉さんにひどいことを強要したり彼氏としては不誠実に振る舞ってきた俺だけど、たと
え姉さんからどんなにひどい言葉を投げかけられたとしてもその原因を作ってしまったの
は俺なのだ。

 東北にいた頃から姉さんとやり直すことができたとしたら。俺は姉さんに最初に振られ
てから何度となく考えていたことを久しぶりにまた考えた。中学時代の愚行を何とかカ
バーできたと思っていたけど、やはり相応の報いというのは逃れられないらしかった。

 その時姉さんのメールが画面が切り替わり電話の着信画面が表示された。それは幼馴染
からの電話だった。


 こいつのことをは正直忘れていた。今日、幼馴染は兄に告白して答えを保留された。あ
いつはそのことを俺のせいだと言って怒っていた。

 また嫌味を言うために電話してきたのだろうか。最初は幼馴染を落とそうとして始めて
ことだけど、それは結果的に俺と姉さんのよりを戻すことに結びついた。ある意味で俺と
幼馴染はお互いを利用しあったといってもいい。俺はケアするつもりで幼馴染の兄への告
白の場面をセットしたのだった。

 もうこれで俺のすべきことは十分にしただろう。俺はそう思った。今は姉さんのことだ
けでも俺の手に余るというのに。でも幼馴染の現在の悩みだって全部がとは言わないけど
俺が原因となった部分もある。

 俺はため息をついて電話に出た。これまで自分勝手に生きてきた俺がぎりぎりの瞬間に
なって、姉さんや幼馴染など自分以外の他人の気持ちを優先せざるを得ない心境に陥って
いる。いったいこれは何の皮肉か罰なのだろうか。


「・・・・・・何だ幼馴染か」
 俺は幼馴染の電話には出たけれど自分からはそれ以上話す気力もなかった。

『迷惑だった? それなら電話切るし、もう二度とあんたには電話しないけど』

 幼馴染はそんな俺にむっとしたように言った。

「別にそんなこと言ってねえじゃん。何突っかかってるんだよおまえ」
 とりあえず俺は無難に返事した。「おまえ兄友の返事待ちなんだろ。俺なんかと話して
ていいのかよ」

『・・・・・・そんなの兄にはわからないでしょう。つうかあんたマジで落ち込んでる?』

 幼馴染はきっと兄友の気持ちに対する不安や俺への不満を話したかったのだろう。でも
俺の落ち込んだ様子は電話越しに幼馴染にも伝わってしまったようだ。幼馴染は少しだけ
声を和らげた。

「ああ。割とマジでな」

『あたしもさっきは言い過ぎたよ、ごめん。あたしだって納得した上でしたことだったの
に、全部あんたのせいにしたのはフェアじゃなかったよ』

『本当にごめん。あたし自分のことだけ考えてた。あんただって妹ちゃんのとことは全然
進展していないのに、あんたはあたしと兄のことだけを考えてくれてたのにね』

「・・・・・・別にそんなんじゃねえよ。で、どうした?」

 妹のことを幼馴染に言及されて俺は一瞬戸惑ったけど、すぐに俺が妹に惚れたいたこと
になっていることを思い出した。とにかくこいつの話をきちんと聞くしかないなと俺は改
めて覚悟した。


 意外なことに、このときの幼馴染の悩みは兄のことではなく今日突然自分に告って来た
男を振ったことだった。

『あたしは先輩のこと尊敬はしているけど、恋愛の対象とかには全然考えられないし』

 今日の放課後、突然幼馴染は生徒会長に告られたのだと言う。兄のことを好きだった幼
馴染は会長の告白を断った。会長はいかにもあの偽善者らしくすぐに引き下がったのだと
いう。

 あの偽善者ならそうするだろうなと俺は思った。あいつのことはそんなによく知ってい
るわけではない。でもぼっちの女なんかに固執して次女のことを断ったことだけは誉めて
やってもいい。もちろん俺は会長の存在のせいで次女への告白は不発に終わったのだけど、
そのせいであの夜俺は姉さんを再び抱くことができたのも事実だった。

 会長が次女のような世間的に評判の女の子を断って、見た目はまあまあだけどいかにも
複雑そうで暗い性格の女を選んだのは男としては上出来だと俺は考えていた。

 姉さんを選んで好きになって以来、俺は見た目だけで女を選ぶバカどもにうんざりとし
ていたから。

 それはともかく会長はすぐに幼馴染の拒絶を受け入れたのだけど、幼馴染の好きな相手
を俺だと決め付けたのだと幼馴染は言った。

 まあいいや。会長がどう思おうと俺にはどうでもいいし、幼馴染だって好きでもない相
手が身を引いてくれればそれでいいはずだ。

「だったら悩むことなんてないだろ? 先輩だって納得してくれんだから」
 俺は幼馴染に言った。「おまえはもう普通にしてろ。俺と演技でベタベタすることもね
えし、先輩のことも気にするな。そんで兄のことを信じて待つしかねえだろ」

 幼馴染は再び黙ってしまった。やはり兄の反応が気になっているようだった。兄のやつ
はどういうわけか俺のことを気にしているのだ。俺の幼馴染への恋を気にして返事を保留
したらしいのだから。

「悪かったと思うよ。兄がそんなにおまえと一緒にいる俺のことを気にしてるとは思わな
かった」

『それはもういいよ。あたしだって納得してしたことだし・・・・・・』

 幼馴染に責められることを覚悟していた俺にとっては意外なことに、幼馴染は柔らかい
口調で言った。

「俺、とりあえず俺のことを兄が気にしないように、兄に働きかかけてみるわ。具体的に
どう言えばいいのかはわからんけど」

『・・・・・・だからそういうのはもういいって』

「わかってる。もうお前の邪魔になることはしない。でも、これは俺と兄の間の話だか
ら」

 幼馴染はそれ以上は俺に反論しなかった。

『あたし、先輩のこと傷付いたかな?』

 兄に関する以外の悩みを俺に相談することなんて初めてだと思うけど、その時幼馴染は
そっと俺にこう言ったのだった。

「そりゃ傷付いてるだろ。先輩、今夜は眠れないかもな」

 俺ははっきりと言ってやった。この辺だけは誤魔化しても仕方ない。さっき姉さんは
メールで今日会長が突然生徒会をサボったと言っていたけど、こういうことがあった後な
ら無理はない。あの会長も今頃は久しぶりの失恋に悩んでいるだろう。

「でもそれはおまえのせいじゃねえし、おまえが先輩の告白にOKする気がないなら、こ
れ以上考えたってどうしようもねえことだな」

『・・・・・・うん、わかった。ありがとう』

 幼馴染は俺に礼を言った。俺にはそんなことを言われる資格なんてねえのに。その時俺
は姉さんと明日の登校を約束したことを思い出した。

「じゃあな。明日はおまえと一緒に登校しねえから、俺の家に迎えに来なくていいから
な」

「え?」

 幼馴染は一瞬戸惑ったようだった。

 でも俺は幼馴染の様子には構わずにそう言って電話を切った。


 翌朝の混み合った電車の中で姉さんを見つけた俺は、戸惑っている姉さんの手を引いて
一番後ろの車両に苦労して移動した。姉さんに振られるにせよ罵られるにせよ、兄や幼馴
染の目の前でそれをされるのはまずい。

 半ば姉さんのことは諦めるしかないかと思い込んでいる俺だったけど、悩んでいる幼馴
染をこれ以上混乱させたくはなかった。

 変な話だなと俺は自嘲的に考えた。俺にとっては破滅が目の前に迫っていいる今になっ
て、ようやく俺は他人の心情を忖度することができるようになったらしい。きっと今まで
の俺は性格的に破綻していたのだろう。そしてようやく普通の人並みに配慮できるように
なったこの時が俺の恋の終わりのときなのだった。

「いきなりどうしたのよ」

 姉さんが俺に手を引かれながら最後尾の車両に着いた時に戸惑ったように言った。

「兄や幼馴染たちと同じ車両にいたくなかっただけだよ」

 俺は目を伏せて言った。今朝のこの瞬間だけは姉さんと目を合わせることができなかっ
た。

「なんだそうか」
 姉さんが笑って言った。「そんならそうと言えばいいのに」

 その時、電車が急停止した。姉さんは迷わず俺に抱きついて転倒を回避した。姉さんの
柔らかい体が俺に押し付けられていた。

「そういやさ」

 姉さんが俺に抱きついたままで俺の方を見た。

「昨日の夜、妹友に怒られちゃったよ。全部話も聞いた」

 もう俺は目を逸らしているわけにはいかない。いろいろと覚悟した俺は思い切って姉さ
んと目を合わせた。

「あんたさあ、やっぱり妹友に手を出してたのか」

「・・・・・・うん」

「全くさ。もうあたしには嘘をついていないのかと思ってた。あんたのこと今度こそ信頼
してたのに」

「ごめん」

「ごめんじゃないでしょ。何で嘘ついたのか姉さんに話してごらん」

 何か様子がおかしい。姉さんとの破滅はこんな柔らかなかたちで起こるわけがない。

 姉さんは相変わらず俺に抱きついているし、自分のことを姉さんとも呼んでいる。姉さ
んがショックを受ければこんな余裕はないはずなのだ。それとも俺にあきれ果ててわざと
嫌がらせでしているのだろうか。

 それがどうあれ俺は姉さんの怒りや不信をありのままに受け止めなければならない。そ
れだけのことを俺は姉さんにはしてきたのだから。

「俺、あの頃調子の乗っていて。その・・・・・・」

「そんなんじゃわからないよ。あともうちょっと声を低くしなよ。周りの人に聞こえちゃ
うでしょ」

 姉さんは冷静にそう言った。

「悪い」

「全くあんったって子は・・・・・・って何泣いてるのよ!」


 姉さんに手を引かれるようにして俺は途中の駅で電車を降りた。

「登校中に泣かれるとは思わなかったよ」

 姉さんはそう呟いて俺を駅の外に連れ出した。ぎりぎりの電車に乗っていたので途中下
車した時点で遅刻は確定だったけど、俺の立場で今そんなことを姉さんに言えるわけがな
かった。

「お互い制服だしこんな時間にヤバイかなあ」

 姉さんはそう言いながら俺の手を引いたままで駅前のファミレスに入って行った。

 住宅地の駅前のその店は随分空いていた。モーニングのセットの他はカフェバーくらい
しかメニューにない時間だ。

「カフェバーを二つお願いします」

 姉さんは案内された席につくとウェイトレスにそう言った。姉さんは注文した後も飲み
物を取りに行く様子はなく俺の目を見つめた。

「あんたさあ。もしかしたらあたしに別れ話をされるとでも思ってる?」

「うん。そうされても文句は言えないって覚悟してた」

「あんたあたしと別れたい? つうか妹友の方があたしより好き?」

 俺は姉さんの口調に驚いて姉さんを見た。今まで柔らかい口調で姉さんは俺の妹友への
行為を問い詰めていたのだけど、今の姉さんはむしろ縋りつくような目をしている。俺の
ことをからかうまでもなく自分の方が泣き出しそうだ。

「ここまで来ると信じてもらえないかもしれないけど、俺は姉さん以外には好きな女なん
ていないよ」

 俺は湿った声でようやく姉さんに言った。そんな余裕のない返事を聞いて姉さんは俺の
手を握った。

「今度こそ本当? あたし、あんたのこと本当に信じてもいいの?」

「うん」

 俺はようやくそれだけ答えた。

「わかった。あんたのこと信じるよ」

「姉さん?」

「もともと公園であんたとよりを戻してからはもうあんたとは離れられないと思ってたんだもん」

 姉さんはあっさりと俺にとっては重要なことを言った。胸の鼓動が高まっていった。

「昨日ね、あたし妹友と本気で喧嘩しちゃったよ。大人気ないにもほどがあるけどさ」

 俺の中でこれまで考えたことすらなかった希望が芽生えた。

「あんたが妹友を無理矢理レイプしたんだったら、あたしはあんたのことは許せなかった
と思うよ」

 姉さんが意外なことを言った。


 ・・・・・・あれはレイプとほとんど変わらなかったのではなかったか。俺は混乱しながら思
った。でも、姉さんはそんな俺の様子には構わず話を続けた。

「あたしね、妹友と次女には昔からコンプレックスを感じてたのね。ほら、妹友はいかに
も可愛らしいって感じでしょ? よくおまえの妹って守ってあげたい感じだなってあたし
の同級生にも言われてたし。あとさ、次女だってすごくもてたじゃない」

 確かに二人の妹のいいお姉さんだった姉さんは見た目は地味だった。そして自分のこと
は後回しにして妹たちの面倒を看ていたのだ。

「妹友はね、あんたのことが大好きだからあたしに身を引けって言ったの。お姉ちゃんみ
たいな地味な女の子はあんたの好みじゃないし、あんたにはふさわしくないって」

「それを聞いてあたし思った。今度だけは妹たちに遠慮するのはやめようって。あんたは
昔からもてるしその気になればいくらでも可愛い子と付き合えるのに、それでもあたしの
ことしか好きじゃないって言ってくれたじゃない?」

「それに妹友はあんたのことが大好きみたいだから、あんたは妹友を無理矢理何とかした
わけじゃないみたいだし」

「う、うん」

「だから許すよ、あんたのこと。あたしはあんたのことが大好き」

 でもそのとき、突然の僥倖に戸惑っていた俺の様子を姉さんは誤解したみたいだった。

「あ。勝手に盛り上がっちゃったけど、あんたが本当は妹友とかみたいに可愛い子の方が
いいというならあたしはあんたから身を引くよ?」

「姉さん」

「うん」

「姉さんごめん」


 謝罪する俺の言葉を聞いて何か勘違いしたらしい姉さんの顔が青くなった。俺が姉さんを振るのだと勘違いしたみたいだ。

 今までもこの女のことが一番いとおしいと思っていた俺だったけど、このときの姉さん
は今までで一番俺を萌えさせてくれた。そして姉さんにふられるという不安から解放され
た俺は、思わず姉さんの腕を乱暴に掴んだ。

「姉さんを悩ませちゃってごめん。俺、姉さんと別れたくない。頼むから俺の彼女でいて
くれよ」

 突然俺に腕を痛くされても姉さんはそのことには触れず、俺に向かって泣き笑いの表情
を見せた。

「うん。あんたのこと信じるよ。もうあたし誰にも遠慮しないね。妹たちにも幼馴染さん
にも」

「ありがとう姉さん。愛してる」

「うん」
 姉さんは突然顔を赤くして言った。「・・・・・・今日学校休んじゃおうか」

「別にいいよ」

「あたしよくわからないんだけど、ラブホって朝からでも入れるの?」

「え?」

「抱いてよ兄友」

「・・・・・・俺、今日金持ってねえんだけど」

「あたしが持ってるよ」

 姉さんがテーブルの伝票を掴んで立ち上がった。

「行こう」

「うん」

 完全に姉さんに主導権を握られていたけど俺は幸せだった。もうこれで俺と姉さんの間
には何の障害もないのだ。

 ・・・・・・よく考えたら注文して料金を支払っただけで、そのファミレスでは何も飲んでい
なかったな。そうぼんやりと考えていた俺の腕にレジで支払いを済ませた姉さんが抱きつ
いた。

「で、ラブホってどこにあるの?」

姉さんがのん気な声で、でも甘えるように俺に聞いた。


久しぶりに更新できた。

今日は以上です。

間隔があいてしまってすみませんでした。


 その日の昼休み、俺は久し振りに幼馴染を誘った。幼馴染との偽装カップルを解消して
からは幼馴染と一緒に昼を過ごすことはなくなっていたので、俺の誘いに幼馴染は怪訝な
様子だった。それでも彼女は昼になると俺の誘いに応じて肩を並べて屋上についてきた。
幼馴染の表情が緊張しているような照れているような赤みを帯びていたことに俺は気がつ
いていた。

 こいつは今日は随分しおらしいというか可愛らしい表情をしていた。気の強い幼馴染ら
しくない。そのことが少しだけ俺には気がかりだった。これから幼馴染にとっては辛い話
を報告しなければならないのだ。

 それでも言わなければならないことには変わりはない。俺は覚悟して兄と女のことを幼
馴染に話し出した。

 「話してくれてありがと」
 幼馴染が微笑んだ。「そしてあたしのために兄に怒ってくれてありがとう。でも、もう
平気だから、あたし」

「あのさあ。俺の前でまで無理するなって」

 こいつが無理をしているのは見え見えだった。

「ありがとう」
 そうして幼馴染は何か言おうとしたけど、それは嗚咽に飲み込まれて消えていった。両
目には涙が浮かんでいる。

「・・・・・・それでいいよ。今は好きなだけ泣いてればいいさ」

 とりあえず俺は泣きじゃくる幼馴染の肩を抱き寄せた。姉さんに見られたら誤解される
な。一瞬そう思ったけど、さすがにここでこいつを突き放そうとは思わなかった。

「・・・・・・離して」
 しばらくして泣き止んだらしい幼馴染みが小さく言った。

「悪い。つい」

「本当に女に慣れてるんだね」
 少しだけ笑顔を作って彼女が続けた。「でもありがと。もう平気だし兄のことも割り切
れると思うから」

 俺は幼馴染みのためとか口では姉さんに言いながらも本音では姉さんのために、いや、
もっと言えば自分自身のために兄と女を別れさせようとしていた。だけどこのとき幼馴染
の泣き声を見た俺はそのことを後悔した。こいつはこんなに苦しんで、しかも無理をして
こんな俺に気を遣わせまいと笑顔を作ろうとしている。

 姉さんと自分のことだけを考えて兄と女の仲を引き裂こうとしていた俺は、どこかで幼
馴染の気持を軽視していたのだろう。これまで彼女を自分のための駒と見なしていたこと
は否定できなかったのだし。


 俺が取ろうとしている行動に、利己的ではない目的が追加されたのはこの瞬間だった。
今にして思えば、このときから俺は躊躇することなく行動できるようになったのだ。

「おまえ、絶対に兄を許そうなんて思うなよ。そんなのあいつらの思いどおりになっちま
うだけだからな」
 俺は俯いたままの幼馴染に言った。「兄に何て言われても納得するなよ。あんなぼっち
のコミュ障女なんかに負けることはねえんだからさ」

 それでも戦意を失ったかのように幼馴染は俺の話に乗ってこなかった。

「もういいよ」

 本当にもうどうでもいいと言うように小さな声で彼女が呟いた。

 何とか彼女にファイティングポーズを取らせたい。兄が女に愛想を尽かせば幼馴染には
十分すぎるほどチャンスはあると俺は思っていた。もちろんそれを達成するためには単に
兄に幼馴染の気持を力説したってもう手遅れだろう。兄とあのぼっちのビッチ女は既に人
前で手を繋いで一緒に過ごすところまで行ってしまっているのだ。

 だけど俺には考えがあった。女に対しては卑劣で残酷な行為をすることになってしまう
のかもしれないけど。ただ、その手段を取るにしても幼馴染をその気にさせないといけな
い。彼女が勝手に兄のことを諦めてしまったら、これから彼女のためにしようとしている
ことの意味が半減してしまう。

 それにそんなこと以前に、失恋したことを身を縮めるようにして耐えようとしている幼
馴染がかわいそうだった。これだけ校内で日の当たる場所を歩いてきたこいつなのに。

「妹ちゃんの気持ちはどうなるんだよ。妹ちゃんはおまえになら兄を任せてもいいって、
ようやくそこまで思えるようになったんだろ? 兄と女が付き合うなんておまえが納得し
ても妹ちゃんが納得しねえだろ」
 俺は弱りきっている幼馴染を真剣に説得した。「だから、妹ちゃんの気持ちとか考える
とあっさりとおまえが手を引かない方がいいって。だいたいおまえ好きなんだろ? 兄の
ことが。生徒会長の告白だってそれで断ったんだろうが」

 このとき幼馴染が俺の方を見た。何か言いたげな表情だ。でも俺はそれに構わずに畳み
掛けた。

「兄もそのうちあのコミュ障女と付き合うなんて馬鹿げてると気がつくよ。友だちすら一
人もいない女なんかとあの兄が学校で付き合えるわけがねえよ」

「だからおまえは兄のこと諦めるな。それが兄のためだし妹ちゃんのためだ」

 必死な説得が功を奏したのか、ついに幼馴染はもう少し諦めないで様子をみることに同
意した。でもその表情には全積極的な様子は覗えず、彼女がずっと浮べていたのはむしろ
浮かない表情だった。


 兄の行動は思ったよりも早かった。せっかく幼馴染を何とか諦めない気持にさせたにも
関わらず、あの大バカはその日のうちに幼馴染を呼び出してそれまで保留していた幼馴染
の告白を正式に断ったのだ。俺はその夜、幼馴染から電話でその報告を受けた。

「他に好きな子ができたって言ってたよ」

 事前に承知していたせいか、思ったよりも平然とした口調で彼女は言った。

「好きな子っていうのが女だってことも言ってたか」

「うん。あとさ、女さんのことを好きになる前は昔からずっとあたしのことが好きだった
よって言ってた」

 何かおかしい。いくら事前に情報を得ていたとはいえ直接兄から振られたのだから、幼
馴染だってもっとショックを受けていてもいいはずだ。それなのに幼馴染の声はしっかり
としていて震えてさえいない。俺から兄と女のことを聞いたときには泣き出してしまいそ
うだったのに。幼馴染はこんなわずかな時間でもう立ち直ったとでもいうのだろうか。

「・・・・・・おまえさ。兄のこと諦めるんじゃねえぞ」

 俺は念を押した。

「うん。一応、兄のこと諦めない、好きでいることはあたしの自由でしょってあいつに言
っておいた」

「それならいいんだ」
 俺は安心して言った。「絶対に大丈夫だから諦めちゃだめだぞ」

「わかってるよ。あんたの言うとおり妹ちゃんのためだもんね」

 妹のためでもあることを強調したのは俺の方だったけど、自分の兄への恋心については
何も言わずに妹のためと淡々と話す幼馴染に再び俺は違和感を覚えた。

 翌朝、登校するために二階にある自分の部屋を出ようとした俺は、本当に偶然に窓から
外を見下ろした。俺の家の前で制服姿の幼馴染がスクールバッグを持ってたたずんでいる
姿が目に入った。以前の元気そうな様子と異なりそれはずいぶん寂びそうな様子に思えた。

 最近は姉さんと登校するためにこいつらより時間の遅い電車に乗っていたので、この時
間に家の前で幼馴染を見かけるのは久し振りだった。

 駅の方に向かう様子もなく俺の家の方を眺めている幼馴染の意図は明白だった。彼女も
振られたばかりだし、その兄は女と一緒に登校し出したはずだった。

 幼馴染もきっと一人でいるのが寂しいのだろう。あれだけ炊きつけておいてここで幼馴
染を突き放すわけにもいかないだろう。俺はため息をついて姉さんにメールした。姉さん
に浮気を疑われなければいいのだが。今の俺にとってはそれが一番心配だった。


「よう」

「おはよ」

 幼馴染が俺を見て微笑んで言った。

「おまえが迎えに来てくれるのって久し振りだな」

「だって兄友って最近あたしと一緒に登校してくれないじゃん」

 拗ねたように幼馴染が言った。こういう言葉や整った外見とか可愛らしい仕草を見ると、
やはり幼馴染はレベルの高い女の子だった。多分人気投票をすれば姉さんでは全く敵わな
いだろう。並んで駅まで歩いている間、俺は何となくそんなことを考えていた。並んで歩
く俺と幼馴染は他人から見ればきっと似合いのカップルなのだろう。俺自身だって一時は
そう思っていたくらいだし。

 でもこのとき俺の心を占めていたのは姉さんのことだった。突然のメールに姉さんは不
信感を抱かないだろうか。幼馴染の失恋のことは姉さんにも見当がついているはずだから、
彼女を慰めるために今日は姉さんと一緒に登校できないということには理屈が通っている。
でも男女間の感情は理屈で割り切れるものでもないだろう。それでも姉さんから返事がな
いことが俺を不安にさせていた。

 俺と姉さんは中学時代からいろいろあってようやくお互いの気持を理解しあったところ
だった。こんなことで姉さんに嫌われるのはごめんだった。いくら幼馴染が美少女だろう
と一緒にいてお似合いだろうと、俺にとって一番大切なのは姉さんなのだから。

 それでも兄の心変わりに泣いていた幼馴染を今放置するわけにはいかない。まして諦め
るなと彼女をけしかけているのは俺自身だった。

「兄友と一緒に学校に行くのって久し振りじゃない?」

 幼馴染が微笑んでいった。この様子だけ見るとあまり昨日兄に振られたことを悩んでい
るような素振りはないようでもある。

「そうだね。それにしてもおまえと一緒だと男の視線がうざいよな」

 それは事実だった。駅前に差し掛かっていたこともあってうちの生徒も含めて高校生た
ちが駅を目指して集まって来ていたけど、そいつらの好奇心というか羨望に満ちた視線が
煩わしかった。特に男の視線が。姉さんと一緒にいてもあまりこういうシチュエーション
には至らないので、こういう感じを受けたのは久し振りだった。

「ふふ。誤解されたらごめんね」

 別に自分が人目を集めることを謙遜するでもなく幼馴染は楽しそうに言った。


 いつもは俺は姉さんと一緒に最後尾の車両に乗っていた。学校の最寄り駅の出口から遠
いこともあってその車両には同じ学校の生徒が少なかったからだ。でもこの時間のその車
両には姉さんが乗っている可能性が高い。無用な誤解を受けないために俺は幼馴染を促し
て一番前方の車両に乗り込んだ。・・・・・・その車両はうちの生徒だらけで、何人かの知り合
いに挨拶までされる始末だ。結果としてそのために俺と幼馴染が怪しいという噂が再び流
れ出すことになってしまったのだけど。

 幼馴染が何を考えていたのかは知らないけど、彼女は以前演技をしていた頃のように再
び俺と行動を共にする気になっているようだった。もともと学校にいる間は俺と姉さんは
あまり一緒に過ごしていなかったから、俺は再び幼馴染と二人で校内で過ごすようになっ
た。そうして休み時間に幼馴染と一緒に校内を移動したりしている間に、俺たちはよく兄
と女のツーショットを見かけるようになった。二人は付き合い出したばかりの恋人にあり
がちな典型的な行動を、誰に遠慮することもなくとることにしているようだった。

 この二人は常に二人きりの世界に浸っていて他を全然気にしない様子だったせいで、俺
は女に注目して観察するようにしていた。こうして見ると女は普通にお洒落な可愛い女の
子のように見えた。誰も彼女が女神スレの有名人だなんて思いもしていなかっただろう。
このときの俺は熱心に女のことを観察し過ぎたせいで、幼馴染からあらぬ誤解を受けそう
になったくらいだった。

 兄と付き合い出したことがきっかけなのかもしれないけど、女は次第にクラスの連中と
打ち解けていった。俺は兄と女には近寄らないようにしていたけれど、眺めていると女は
クラス女の子たちと普通に喋るようになり、それから男たちも何かに惹かれるように女の
周囲に集まるようになっていた。中には兄のことを無視して女を口説こうとした奴までい
たらしい。

 それならそれでいいのにと俺は思った。兄よりも格好いい奴なんていくらでもいる。女
がぼっちではなくなったことにより、他の男に口説かれてそちらに走ってくれるなら俺も
余計なことをしないで済む。女の様子を覗いながら俺は密かに期待した。

 でもそういうわけにはいかないようだった。どんなに人気が出ても女が常に一緒にくっ
ついているのは兄だけだったのだ。

 正直この頃になると、女を陥れることに対してだんだん気が重くなってきていた。姉さ
んのためにも幼馴染のためにもするしかないことはわかっていたのだけれど。兄に女の秘
密を何らかの方法で知らせるくらいならまだいい。でも、それでも兄が女を諦めない場合
は次の手段が必要になる。そしてそれをすることより、せっかくクラスに溶け込み出して
いる女はもとのぼっちに戻るくらいでは済まないくらいのダメージを受けることになるか
もしれないのだ。


 幼馴染と一緒に行動するようになってからしばらくは姉さんと連絡が取れなかった。
メールの返信は来ないし、放課後は姉さんと幼馴染は一緒に生徒会活動をしていたから姉
さんだけを待って一緒に帰るわけにもいかなかった。多分姉さんは学園祭の準備で忙しい
のだろう。俺は不安を押し殺しながら無理にそう考えようとした。

 そんなとき、ようやく姉さんからメールの返信があったのだった。

『あんたがしたいようにしていいのよ。あたしのことは気にしないで。あたしも最近生徒
会が忙しいし、逆にあまり一緒に帰れなくてあんたに悪いなあって思ってたくらいだから
ちょうどいいよ。でも寂しいから会えるときは会ってね』

 姉さんからの返信は、俺をいてもたってもいられない気持にさせてくれた。そのメール
を受け取ったのは幼馴染と再び行動を共にし出した日の昼休だった。俺は食べかけの昼食
の皿が載ったトレイを持ち上げて学食のテーブルを立った。

「どうしたの? どこか行くの・・・・・・まだ食べかけじゃない」

 幼馴染が驚いたように俺を見上げた。

「悪い。ちょっと用事を思い出しちゃってさ。また後でな」

「・・・・・・メール来てたよね? 誰からなの」

 どういうわけか居心地が悪い。俺の意図を探ろうとするような幼馴染の視線のせいだ。
自惚れかもしれないけどその視線には何か嫉妬じみた匂いがする。こいつが好きなのは兄
だというのに。東北にいた頃、俺は二股をかけていたことがあった。まるでその頃感じた
ような、浮気しているときの独特な焦燥感のようなものを俺は久し振りに感じた。

「ダチからだよ。ちょっと約束して他の忘れちゃっててさ」

「女の子?」

「違うって。じゃあな」

 俺はトレイを返却場所に戻してから学食を出て行こうとした。ふと思いついて幼馴染の
方を振り返った。

 幼馴染はその場に凍りついたように動きを止めて俺の方を目で追っているようだった。
俺と視線が合うと彼女はそのまま俯いてしまった。

 ・・・・・・その姿はどういうわけか彼氏の浮気に気がついていて、でもそれを彼氏に言い出
せない健気な女の子の姿のようにも見えた。


 姉さんは教室も含めて三年生の校舎には見当たらない。屋上と中庭にもいない。

 俺は思いついて生徒会室に向った。人気のないその部屋を空けると中には姉さんが机に
突っ伏して座っている姿があった。部屋には他には誰もいない。俺は部屋の中に入り姉さ
んの方に向って歩いて行った。

 ドアを空ける音が聞こえたはずだけど姉さんは微動だにしなかった。寝てしまっている
のだろうか。俺は隣に座って突っ伏している姉さんを揺すってみた。反応がない。

 そのとき俺はすごく小さな声で姉さんが嗚咽をあげていることに気がついた。

「姉さん?」

 俺は返事をしない姉さんを抱きしめて顔をあげさせた。姉さんが濡れた瞳で俺から目を
逸らした。

「どうしたの兄友。あんた幼馴染さんを慰めてなくていいの・・・・・・あ」

 抵抗しようともがく姉さんに俺はキスした。

 最近の姉さんは何でも俺の言うことを聞いてくれていたし、俺も同じだった。それなの
にこのとき姉さんは俺の腕から逃れようと暴れ出した。ここで離してたまるか。俺は姉さ
んの口の中に舌を侵入させた。それが拒否されたとき、俺は本気でもう終わりかと思った。

 でもしばらくすると姉さんの身体から力が抜け独りよがりに侵入していた俺の舌に絡み
付いてくるものがあった。

「悲しませてごめん」

 五分くらいして俺は口を離して姉さんに言った。俺に抱かれたまま再び姉さんは泣き出
した。

「ごめんね。あんたのこと信じているのに何か不安になっちゃって。本当にごめんね。あ
たしのことは気にしないでね」

「俺、もう絶対に姉さんを悲しませないって決めたてたのにな」

「あんたのせいじゃないよ。たかが朝すっぽかされたくらいで泣き出す女の方が悪いに決
まってるじゃん。あんただって正直うざいでしょ?」


 これでは本末転倒だ。姉さんの心の平穏のために女を別れさせようとしているのに、か
えって姉さんを不安にさせてどうするのだ。俺は本当にばかだ。幼馴染の寂しそうな様子
が気にならないと言えば嘘になるけど、自分にとってどっちが大切かは自問するまでもな
いのだ。

「うざくなんてねえよ。姉さんこそ俺を嫌いにならないでくれよ・・・・・・頼むよ」

 姉さんを抱きしめながら泣いているのは今度は俺の方だった。こと姉さんに関しては俺
は昔から後悔してばかりだ。

「ごめんね。ごめんね。兄友のこと嫌いになんてならないから。あんたこそあたしを嫌わ
ないで」

 それからしばらく俺たちは泣きながら抱き合っていた。

「姉さんを悲しませるくらいならもう俺、幼馴染をフォローするのやめるから」

 俺は本気で姉さんに言った。

「ううん。もう大丈夫。抱きしめてくれて嬉しかった。あんたが泣いてくれて嬉しかった。
これだけで何年だってあんたのこと待っていられるよ」

「姉さん」

「あんたのしていること間違ってないよ。最近、幼馴染ちゃんって生徒会に来ても元気な
いもん。あたしは平気。ちょっと悲しくなっただけだから。あんたは幼馴染さんを慰めて
あげて」

 俺は心を決めた。姉さんのことだけを考えていればよかったのに、最近いろいろ雑念が
入りすぎていたのかもしれない。

「・・・・・・わかった。もうすぐだよ。姉さんのこと長くは待たせないから。兄と幼馴染をく
っつけてすぐに姉さんと一緒にいるようにする。もう周りに遠慮するのもやめよう。昼も
夜もいつも一緒にいようぜ。もういっそ俺、姉さんと校内中の噂になりたいよ」

「・・・・・・ばか」

 姉さんが赤くなった。

 ・・・・・・だけど、今にして考えれば心が通じ合っているようでいて、このときの会話はお
互いに欺瞞に満ちていた。俺と姉さんの恋人同士の他愛もない感情の行き違いのせいで、
俺と姉さんは暗黙のうちに目標を不明瞭して方向を逸らしてしまったのだった。

 本来の目的は兄と女を別れさせることだった。でも今ではそれは手段として卑小化され、
いつのまにか可愛そうな幼馴染のために兄と彼女を恋人同士にすることが姉さんと俺の共
通の目標になってしまっていた。

 とにかく急がなくては。俺はそう思った。でも意外なことに自分では何も手を下さなく
てもよくなってしまった。それは数日後の朝、俺が始業前に佐々木先生に職員室に呼び出
されたときのことだった。


今日は以上です。投下が遅れてすいません

この先もきっとこんなペースだと思います

すいませんすいません


 俺は混乱した思考を持て余しながら佐々木の説得をぼんやりと聞き流していた。

「二年のこんな時期になって理系クラスとかって言われてもなあ」

「いや。だからクラス替えとかいいっすよ。受験する学部を理系にしたいだけで」

「それは絶対無理。二年で文系クラスにいるやつは三年も文系クラスだし。数3を独学で
勉強なんて、いくらおまえでもできないだろ」

「・・・・・・多分、大丈夫です」

「あのなあ。おまえは確かに理系科目も得意だけど、数3は数2Bとは全然難易度が違う
ぞ」

 進路指導の佐々木の言葉なんかまともに頭には入ってこなかった。でも、一語一句とま
ではいかないが佐々木が来るまでの間の鈴木の言葉の方ははっきりと覚えている。担任の
鈴木は電話で誰かに話していた。狼狽しているような慌てた様子の早口で。



『当校としてもネット上の誘惑や危険に関しては、これまでも専門家を招いたりして生徒
たちには注意喚起してきましたけど、最近の風潮からして多少のことは見逃してきました。
でも、さすがに今回の件は許容範囲を超えています。他の生徒たちに与える影響が大きす
ぎるんですよ』

『高校生の女子が自分の卑猥な写真をネット上で公開していたわけですから。女さんは学
校では友だちこそ少ないようでしたけど、これまで成績も素行も何も問題はなかったのに。
もちろんいじめられているということもなかったし。いったい何でこんなことをしたんで
しょうね』

『とにかく、ニ通のメールをそちらにお送りします。ご自分の目でお嬢さんかどうか確認
してみてください。まあ、誰が見ても女さんであることは間違いないと思いますが』

『はい。当然校長には報告してあります。ここ数日で続けてニ通も投書メールが来たんで
すから報告しないわけにはいきません。特に二番目のメールが問題です。一通目のアドレ
スはまあお嬢さんの下着姿程度の画像なんですけど、二通目の方はそれどころではない画
像が公開されているページのアドレスが記されていたんです』

『誰が投書したのか? それはわからないですね。というか、私の携帯のメールに投書し
てあったのでうちの学校の関係者、おそらくは生徒だと思いますけど、WEBメールから
のメールだったし、二通とも異なる捨てアドから送信されているし、その生徒を特定する
のは無理でしょう。まあ、特定する必要もないでしょうしね』

『はい。会社のアドレスでいいですか? ああ、携帯に。わかりました。そろそろ女さん
も家を出る時間だと思いますけど、今日は自宅で待機するようにお伝えください。頭ごな
しに怒らないようにしてください。事情を聞く前ですし、何か無茶な行動をされても困り
ますし』



「しかし、なんでおまえいきなり志望を変えたの? 法学部を受験するんじゃなかったの
か」

「・・・・・・親父がメーカーの研究者なもんで」

「そんなのは志望調査をした頃からそうだっただろうが」

 姉さんが理系クラスだからなんて言えるわけはない。それに今はそれどころじゃない。
佐々木の話なんてどうでもいい。正直に言うとこのときの俺はひどく混乱していたのだ。

「もう少し考えてみます」

 俺の言葉に進路指導の佐々木はあからさまにほっとしたように答えた。

「そうしろ。自分が何で法学部を目指していたのかもう一度よく考えるといい。それでも
どうしても理系に行きたいならまた相談にのってあげるよ」

 俺は一礼して席を立った。職員室を出て行くとき再び佐々木の声がした。でもそれは俺
に話しかけているわけではないようだった。

「あれ? 鈴木先生いたんですか。ずいぶん早いですね」

 どうやら佐々木は鈴木の電話に気がついていなかったようだった。あれだけでかい声で
俺に説教していたのだから無理はないかもしれない。

「非常事態なんですよ」

 鈴木の落ちつかない声がした。


「どうしたんです?」

「どうもこうも。嫌だなあ。もし彼女の身元がばれでもしたら苦情電話が鳴りまくりです
よ、これは。考えただけでも憂鬱になりますよ」

 佐々木の問いかけに担任の鈴木が苦い声で答えた。

「だからいったい何があったんですか」

 俺は職員室の外で耳をすました。佐々木は俺がまだ立ち去っていないことに気づいたよ
うだった。

「用は終ったんだから早く教室に行け」

「はい」

 これで鈴木の携帯に寄せられた二通のメールのことはこれ以上は聞けなくなってしまっ
た。それでもさっき盗み聞きしだけでも相当の情報は得ている。俺はその内容を思い出し
ながら整理しようとした。幸いにも朝早く呼び出されたせいで、教室にはまだ誰も登校し
ていない。少なくとも三十分くらいは静かな環境で考えることができるだろう。

 佐々木のせいで今朝は姉さんと一緒に登校できなかったけど、その損失に見合うだけの
メリットはあったようだ。でもそれが俺にとって、俺と姉さんにとっていい情報なのかど
うかはまだわからなかった。

 鈴木の電話相手が女の親であることは確かだった。あの会話の中で鈴木ははっきりと女
の名前を出していた。

 間違いなく女の女神行為がばれたのだ。それも誰かが担任に送付したちくりメールによ
って。

 最近の俺が考えていたこと。

 姉さんの同意を得た俺がしようとしていたことは、女を退学、あるいは転校させること
だった。そのために取ろうと考えていた手段は、女の女神行為を学校に通報すること、そ
れが第一段階。そしてそれでも退学や転校にならないなら、第二段階は女神行為の証拠、
つまり女のヌードの画像を生徒たちにばらまく。俺が考えていた筋書きはそういうことだ
った。

 姉さんの女への不健全な執心を逸らすためには、女を姉さんの前から排除するしかなか
った。それも姉さんの承認の元で。そして、その過程で結果として兄は女と別れることに
なる。

 とは言っても女神行為をした女に対して、兄がショックを受けて自発的に女と別れるな
んてことはあまり期待していなかった。そんなことは不用意にもミント速報に残されてい
る画像のexifデータを眺めればわかる。

 最初の頃のスマホ画質の画像にも、きわどくも美しい女の画像のデータにも入力機器等
の情報が残されていた。

 そのexifデータには、不用意にも女自身のスマホの情報が開示されてしまっていた。

 女のスマホの機種名称、実名、自局電話番号、メアド、それに撮影情報。極め付けにG
PSの位置情報まではっきりと。誰かがそれに気がつくのも時間の問題だろう。


 そして、誰が見てもスマホ画質ではなく、わかる人間には撮影者の技術まで他の画像と
全く異なるとわかる質の高い画像がある。共通点としては女のヌードが被写体だというこ
と。その画像にもexifデータが消去されずに残っていた。それによるとそれらの画像は兄
がいつもカバンに入れていたデジカメによって撮影されていた。妹を撮るためだって、そ
ういう恥かしいことをあいつは以前真顔で言っていた。

 つまり兄は女のヌード写真を撮影していて、女の女神行為には兄も加担していたという
ことだ。なんで兄みたいなどこから見ても普通としかいいようのない男がそんな大胆なこ
とをしでかしたのかはわからない。今となってはどうでもいいことだ。問題は、そんなこ
とを女と二人でしていた以上、女の女神行為が公になったくらいでは兄は女のことを諦め
ないだろうということだった。

 別に兄の恋愛を邪魔するために始めたわけじゃないけど、兄と女がはっきりと別れた方
が姉さんの気持はすっきりするだろう。姉さんは幼馴染のためだと自分に言い訳している
だろうけど、本心では女に恋人がいることには我慢ができないはずだ。

 だから、女が学校から追放されるだけでなく、女を兄と別れさせなくてはならない。姉
さんの心の平穏のために。女がこの学校から姿を消せば姉さんは女に対して何もできなく
なる。せいぜい今までのように想像の中で女に抱かれるくらいしか。

 それに加えて女と兄が別れれば、姉さんのしょうもない嫉妬心も消えるかもしれないの
だ。ただ女が消え去るだけでなくはっきりと兄と別れさせる方が望ましいというのはこう
いう理由からだった。

 そこまでできれば姉さんのことは俺が引き受ける。姉さんは女と俺との間で揺れ動いて
いるはずだけど、女が兄と別れて姿を消してしまえば、その先はもう二度と俺のことしか
見ないだろう。それくらいの自信は俺にもあった。

 ただ、それを俺が一方的に仕掛けてはいけない。女を失った姉さんの思考を万一にでも
俺への憎しみに転化させてはいけない。だから俺は姉さんを説得して共犯者にすることに
したのだ。

 それにしても鈴木にメールを出したのはいったい誰なのだろう。鈴木の緊急連絡用のメ
アドを知っているということは俺のクラスメートなのだろうか。

 誰がメールを出したのかはわからない。俺がわかったことは鈴木の携帯に時間差で二通
のメールが届いたということだけだった。鈴木の話から推察するに、一つ目には多分ミン
ト速報でまとめられている「貧乳女神」のURLが、そして二通目にはもっとハードな
「緊縛女神スレ」のURLが記されていたのだろう。



 ふと気がつくと教室には登校した生徒たちの話し声が溢れていた。考え事をしている間
にいつのまにかこんな時間になっていたらしい。

「おはよう」

 幼馴染が俺の隣に来て言った。

「・・・・・・ああ」

「ああじゃないでしょ。ちゃんとあいさつしなよ」

「ああ」

「・・・・・・どうかしたの」

 幼馴染は俺に密着して俺の顔を覗き込むようにした。

 こいつは本当に俺に惚れているのだろうか。俺は近くに寄ってきた幼馴染の華奢でいい
匂いのする肢体を身近に感じた。でも、今はそんなことを考えている場合ではない。

「何でもねえよ」

 視界の端に一人で登校してきた兄が教室に入ってきたのが見えた。女は一緒ではない。
近くの席の女たちが兄をからかっている声が聞こえてきた。


「今日は女さんお休みなの?」

「いや、どうなんだろ」

 兄が同級生の噂好きな女に答えた。

「どうなんだろじゃないでしょ。いつも一緒に登校してるのに」

「いや、今日は俺、遅刻しちゃってさ。女とは会ってないんだ」

「まさか、女って駅で兄君のこと待ってるんじゃないでしょうね」

「それはないだろ。あいつ、待ち合わせ場所にはいなかったし」

「じゃあ体調でも悪いのかな」

「う〜ん。あとでメールしてみる」

「つうかメールすんなら今しろよ」

「だってもうホームルーム始るじゃんか」

「本当に使えないなあ兄君は」

「何でだよ!」

「あ、先生来ちゃった。ちゃんと女に連絡しておきなよ」



 鈴木が教室に入ってくるのを見て幼馴染は俺を問い詰めることを諦め自分の席に戻って
行った。何か言いたげな表情を残して。

 二通のメールによって鈴木に女の女神行為をちくったやつが誰なのかはわからない。俺
は犯人探しをする気はなかった。女はぼっちだしそんな女を陥れたいやつなんて山ほどい
るだろう。そういうやつが偶然に女神板かミント速報を見てそれが女だと気がつけば、こ
れくらいの嫌がらせをするやつだっていても不思議はない。自分の匿名性に自信がもてれ
ば、面白半分に、それこそ受け狙い程度の目的で卑劣なことを仕掛けるやつなんて、クラ
スの中には山ほどいるに違いない。俺はこの学校の生徒たちの人間性を性善説で捉えたこ
となんか一度だってなかった。

 初心に帰って考えればこれでは不完全だった。学校側に知られても事の性質上隠匿され
てしまうのは確かだ。俺の作戦はこんなところで終る予定ではなかった。女を退学や転校
に追い込むにはこれでは不十分なのだ。俺は決心した。

 続きをやろう。出鼻はどこの誰かわからないやつにくじかれたけど、こんなことで計画
を邪魔されるわけにはいかない。

 休み時間。とりあえず俺は何か言いたげに俺の方を眺めている幼馴染を放っておいて、
久し振りに兄に話しかけた。


「あ、兄友・・・・・・」

 俺が話しかけると少し戸惑ったように兄は答えた。喧嘩中なのだから無理もない。

「ちょっと話があるんだけどよ」

「話って何だよ」

 兄は反抗的で不機嫌そうな態度だった。

「ここじゃちょっとな」

「・・・・・・おまえ、俺とは話しないんじゃなかったのかよ」

「俺だっておまえなんかと話なんかしたくねえよ」

「何が言いたいの? おまえ」

「いいから喧嘩腰になるなよ。大事な話なんだって」

「今まで俺のこと嫌ってたおまえが何でそんなに必死なんだよ」

「話聞きゃわかるよ。屋上行くぞ」

「屋上って、昼休みじゃねえんだぞ。そんな時間あるか」

「授業なんてどうだっていいよ。とにかく一緒に来い」

「おい」

 兄は本気で戸惑っているようだった。

 短い休み時間なので屋上に予想どおり他の生徒たちの姿はなかった。

「おまえ、来るの遅せえよ」

「てめえ、ふざけんな。何日も無視してたくせにいきなり声をかけて授業までサボらせや
がって」

「そんなことはどうでもいいんだよ」

「何言ってるんだよ」

「・・・・・・俺さ、今朝授業開始前に佐々木に呼び出されてさ」

「またかよ。おまえ前から佐々木に何注意されてるんだよ」

「うるせえよ。俺と馴れ合ってるような口きいてんじゃねえよ」

「・・・・・・いったい何なの? おまえ」

「おまえが勘違いしないように言っておくけどよ。俺は幼馴染の気持ちをあれだけひどく
弄んだおまえのことを許したわけじゃねえんだぞ。だからおまえと女のことなんかどうな
ってもいいって思ってたんだけどよ」

「今日、朝の結構早い時間に佐々木に呼び出されてよ。そしたら担任が職員室の片隅でひ
そひそ電話してたんだけどよ」

 俺は鈴木の盗み聞きした電話の内容を兄に説明した。ただし、より過激な画像をちくっ
た二通目のメールのことはなかったことにして。これは重要なことだった。最初からあれ
だけのヌード画像が学校にばれたとわかってしまうと、兄は本気で女と接触しようとする
かもしれない。こんな初期の段階で二人が打ち合わせをして、心が通じていることを確認
されるのは面白くない。むしろ、最初は下着姿程度が学校にばれているだけだと兄に考え
させておく方がいいだろう。兄はこの事態を甘く見るだろうし打つ手だって後手に回る可
能性が高くなる。

 それに少しだけ安心したところに更なる爆弾を投下する方が、兄にショックを受けさせ
るにはいい。

「今日、朝の結構早い時間に佐々木に呼び出されてよ。そしたら担任が職員室の片隅でひ
そひそ電話してたんだけどよ」

 俺は鈴木に匿名のメールが届いたことを兄に話した。そしてそれに女の下着姿の画像が
掲載されているサイトのURLが記されていたことを。


「そんで、教室に戻ったら女が来てないじゃんか。いったいあいつ何をしでかしたんだよ。
下着姿ってまさか・・・・・・」

「ああ」

「ああじゃねえよ。俺はおまえらなんか大嫌いだけど、でも何つうかよ。女も大変なこと
になりそうだから」

「・・・・・・悪い」

「おまえらのしたことを、別に許したわけじゃねえぞ。それにまあ、ネットとか下着とか
ってだけでも、何が起こってるのか察しはつくけどな」

「今は俺の口からは言えねえけど」

「別に聞きたかねえけどよ、そんなどろどろしてそうな話。でも、おまえら何馬鹿なこと
やってんだよ」

「悪いな、兄友。俺、女の家に行くから」

「え?」

「今日は学校サボるから」

 ようやく兄も女が危機に陥りそうだと感じたようだった。てめえは気がつくのが遅えよ、
何もかも。今さら慌てたってもう遅い。今夜には俺が行動を起こすのだから。

「じゃあ、俺はこれで」

「・・・・・・しょうがねえなあ」

「何だよ」

「しょうがねえから担任にはおまえも体調が悪くなったって話しといてやるよ」

「・・・・・・兄友、悪い」

「うるせえ。黙って早く行けよ。きっと女も悩んでると思うぜ」

「ありがとな」

「俺に礼を言うな。助けたくてしてんじゃねえよ。でも、おまえが落ち込むと幼馴染とか
妹ちゃんが悲しむんだよ。察しっろよクズ」

「ああ。じゃあな」

 でも今さら察したって遅い。てめえが幼馴染や妹ちゃんじゃなくて、よりによって女な
んかに手を出したせいで姉さんはぐちゃぐちゃなんだぞ。幼馴染はてめえを見限って俺に
色目を使い出すし、迷惑なんだよいろいろと。今さら女に訪れるだろう不幸や女との別れ
の予感にびびったってどうしようもないんだよ。

 でもそう言いたい気持を押さえつけて俺は兄に声をかけた。

「おう。気をつけて行けよ」


 放課後になると、俺はこちらをちらちら見ている幼馴染を無視し、本当なら生徒会の終
了を待って一緒に帰るべき姉さんのことすら放置して、真っ直ぐに帰宅して自室のパソコ
ンを起動した。ブラウザにブクマしてあるミント速報を開き、女の緊縛姿のスレのログが
保存されているページのURLをコピーする。

 次に2チャンネル用の専ブラを起動して、俺は久し振りにVIPにスレを立てた。



スレタイ:『高校2年の女の子が女神行為で実名バレwwwww』

『ちょwwww。ミント速報に貼られてた女神画像のexifを見たら、女神の個人情報だだ
もれwwwwwww』



 ここまでしないと計画は完結しない。

 さすがにVIPのスレの反応は早い。しばらくして自分で立てたスレを更新してみるとも
うレスがついていた。



『通報した』
『まじなら晒せ』
『画像もなしにスレ立てとな』
『exifってどうやって見るの』
『情弱乙』
『とりあえず魚拓とれ』



 俺はexifの内容とミント速報の画像のURLを貼ってレスした。



『ミントのウラル貼るwwwww』
『画像はここねwww』

『釣りだと思ったらマジだった』

『exifの内容。機種名称:○○のスマートフォン、実名:女、自局電話番号:090-×
××―○○○○、メアド:×××.ne.jp』

『この子かわえええええ』
『実名携番キタああああ』
『けしからんおぱーいだな』
『これは全力で祭りだな』
『よく気がついたな>>1超乙』
『お前ら全力で凸するぞwwwwwww』


 これでいい。流れの早いスレを時々監視しながら俺は久し振りに買い置きの酒を取り出
して口にした。やることはやった満足感はあったのだけど、隣に姉さんがいないことが何
だか無性に寂しかった。でもこれで放置しておいても女の身元特定とか学校凸とかの流れ
になるのは確実だった。

 明日、学校の裏サイトにここのURLを貼ってやろう。それでうちの生徒たちにも女の女
神行為が知れわたるのだ。緊縛スレの方だってすぐに探し出されて晒されるだろうし、同
時に女はVIPで特定されるだろう。うちの悪気のない野次馬根性丸出しの生徒の誰かによ
って。


 翌日、自宅を出たところで俺は家の前で待っていた幼馴染に捕まった。

「おはよ」

「よ」

 寝不足だったことや昨日は姉さんに会えていなかったこともあって、俺のテンションは
だださがりだった。スレ立てしたときの興奮は既に俺の中から消え去ってしまっていた。
自分のしたことを後悔はしなかったけど、妙に興奮したせいか何だか寝不足で頭痛がする。
今はとにかく姉さんに会いたかった。

「何で昨日は勝手に帰っちゃったのよ」

「別に」

 俺の素っ気ない返事に幼馴染が俯いた。こいつうざい。これまで俺と幼馴染は戦友だっ
たし、演技にしてもこいつと二人でいることは不快ではなかった。でも今は違う。俺が一
緒にいたいのは姉さんだけなのだ。幼馴染のような美少女ではないし妹のように守ってあ
げたいというタイプでもないけど、俺が会いたいのは細身で背の高い地味な姉さんなのだ。

 俺たちが電車の車内に入ったとき、既に車内にいた妹の声がした。

「あ、お姉ちゃんおはよう」

「妹ちゃんおはよう」

「よ、よう」

 久し振りに妹と一緒に登校していた兄が掠れた声で誰にともなくあいしつした。

「よう、じゃないでしょ。やりなおし」

 幼馴染が兄に言った。

「お、おはよ」

「それでいいのよ。おはよう兄」

 今度は笑顔を兄に見せて幼馴染が言った。こいつマジで何考えてるかわかんねえ。兄に
見せた幼馴染の笑顔は可愛らしかった。ひょっとして、こいつ俺に当てつけてるつもりな
のか。

「兄友さんおはようございます」

 そんなどうでもいいことを考えている俺に妹が挨拶してくれた。

「おはよう妹ちゃん」

 それからしばらく沈黙が続いた。

「あんたたちさあ」

 幼馴染が呆れたように言った。

「二人ともあいさつくらいしたら?」

 妹も俺と兄を軽く睨んだ。

「そうだよ」

「・・・・・・よ、よう」

「・・・・・・お、おう」

「あんたたちはまた。・・・・・・ちゃんとあいさつしなよ」

 幼馴染が怒ったように口を挟んだ。

「まあいいじゃん、お姉ちゃん。照れ屋の男の人なりの精一杯のあいさつなんだよ、きっ
と」

 妹の取りなしに幼馴染が少しだけ微笑んだ。


 校内に入って妹と別れた俺たちは教室に入った。

 何か教室内の反応がおかしかった。

 昨日、兄に女がいないことを親しげに責めていた女の子たちが兄のあいさつを無視した。
そして俺と幼馴染には普通におはようと声をかける。

 俺が裏サイトにチクる前に校内の誰かが、俺がVIPに立てたスレに気がついて裏サイト
に広めたのだろうか。どう考えてもこいつらは兄のことあからさまにをディスっている。
そして相変わらず女の姿は教室にはなかった。

 まさか授業中に裏サイトを覗くわけにもいかない。とりあえずクラスのこの雰囲気の悪
さが持つ意味を兄に教えてやろう。親切な俺はそう決めた。やると決めた以上はもうとこ
とんやるまでだった。俺は幼馴染に捕まる前に昼休に兄を中庭に誘った。

 兄は俺が昼飯に誘うと腑抜けたようについて来た。俺たちは中庭のベンチに並んで腰か
けた。この時期の屋上や中庭はリア充ご用達の場所なので、カップルじゃなく男二人で並
んでいると結構目立つ。声を少し潜めた方がいいのかもしれない。

「とりあえずよ」

「ああ」

「おまえが幼馴染にした仕打ちは腹立つけど」

「・・・・・・ああ」

「でもよ、幼馴染も妹ちゃんもおまえのこと悪く思ってないようだし、このままじゃ俺だ
け馬鹿みたいだからよ」

 俺は兄を懐柔するように話しかけた。

「・・・・・・それで?」

「だから、とりあえず休戦にしようぜ」

「・・・・・・おまえはいったい何と戦ってたんだよ。俺は別におまえと戦ってたつもりはねえ
よ」

 兄は生意気なことを口にした。俺だっててめえなんかと本気で戦っているつもりなんか
あるか。俺はただ姉さんのことだけを考えているのだ。

「とにかくそういうことだから」

「ああ・・・・・・わかった」

「そんで本題なんだけど」

「本題?」

「何か教室の雰囲気、変じゃねえか? みんながっつうわけじゃねえけど」

「変っていうより、俺が話しかけても無視するやつが結構いたな。全員に無視されたわけ
じゃねえけど」

「それだよ」

「朝は気のせいかなって思ったんだけどよ。休み時間中もずっと無視されていたような」

「絶対、女の停学と関係あると思うぜ」

「女がああいうことして停学になったっていうのは、学校側しか知らないはずだろ?」

「ああいうことって一体何をしたんだよ。女さんは」

 兄は少しためらうように俺の方を見た。


「・・・・・・ここだけの話だぞ?」

「ああ」

「女神行為をしてた」

「何だって?」

「だから女神行為だよ。おまえ、ネットとかそういうのに詳しいだろ?」

「女神って、あの2ちゃんねる的な意味の女神か?」

 やっぱり兄は女の秘密を知っていたのだ。というか加担していたに違いない。

 俺もかつて半ば無理矢理抱いた姉さんに女神行為を強制したことがあった。主に自分の
性的な興奮を高めるためだ。でもあのとき俺は、姉さんが自分にとって本当に大切な存在
だと気がつく前だった。兄が女を性的な道具として見ているとは思えない。それなのにこ
いつは女の女神行為を容認するばかりか撮影者という立場でアシストしていたのだ。今の
俺には、姉さんに純愛を捧げている俺には兄の行動は全く理解できなかった。

「ああ」

「・・・・・・鈴木が女の親に話してたのってそういうことだったのか。そういや下着姿がどう
こう言ってたもんな」

「まあ、そういうことで、女は多分停学で自宅謹慎になったんじゃないかと」

「ないかとって、おまえ女さんと連絡取れてねえの?」

「あいつ、電話もメールにも返事しねえよ。女の家に行ったけど、誰もいないっぽい」

「そうか・・・・・・。まあ、おまえも女さんのことは心配だろうけどさ。でも、女さんの停学
が何日間かわかんねえけど、停学期間が終ったらまた女さんと会えるさ」

 実際は二度と女には会えないんだけどな。下着じゃなくて裸の画像をここの生徒たちに
知られたら。


「うん。俺も自分にそう言い聞かせてる」

「それにしても変だよな」

「変って何が?」

「おまえは昨日のホームルームの時、教室にいなかったから知らねえだろうけどさ、鈴木
は女さんは家庭の事情でしばらく学校を休むってみんなに説明したんだよ」

「うん、そりゃ鈴木だってとても本当のことは言えないだろうからな」

「そんでみんな一応は納得してたみたいなのによ、今日になっておまえと話をするのを避
けるやつが出てくるって、おかしいだろ」

「まあ、そう言われりゃそうだな」

「何か嫌な予感がするな」

「どういうことだよ?」

「・・・・・・どっかから女の女神行為の噂が流れてるとしか思えねえじゃん」

「まさか・・・・・・いったい誰が」

「鈴木にチクったやつじゃねえの。そいつくらいしか、真実を知ってたやつはいないはず
だし」

「どうしよう」

 兄が今日初めて本気で狼狽した表情を見せた。

「俺が探ってみる。俺はおまえと違ってシカトされてるわけじゃねえし」

「兄友、悪い」

「女子高校生の女神行為とかって、正直俺には理解できねえけどよ。女が傷付くとおまえ
も傷付くだろ。そうすっと幼馴染とか妹ちゃんも辛い思いをするからな」

「・・・・・・悪い」

「だからおまえとか女さんのためにするんじゃねえよ」

 そこまで話した時にはもう昼休は終りそうだったので、俺たちは急いでパンを飲み込む
ように片付けて教室に戻った。兄は昼休前とは一変して深刻な表情をしていた。ようやく
事態の深刻さに気がついたようだった。

 ・・・・・・今さら気がついてももう遅い。もっとショックなことが待ち受けているのだし。


本当に久し振りに更新しましたけど今日は以上です


 ようやく放課後になった。俺は急いで教室を抜け出すと、中庭の隅の人目につかない場
所で自分のスマホを取り出し、ブラウザのブクマから裏サイトを立ち上げた。やっぱりだ。
予想どおりそこにはミント速報の女のことがいち早く話題に上っていた。結局、このとき
も俺は自分の手を煩わせるまでもなかったようだ。



『××学園の生徒集まれ〜』


『おい・・・・・・2年2組の女のやつ、ミント速報ってとこで裸の写真をアップしてるぞ』
『マジだ! これ、女子大生とか言ってるけど、どう見ても女じゃん』
『釣りだと思ったらマジじゃんか!』
『これはアウトだろ』
『つうか、うち2組だけど今日担任が女はしばらく休みだって言ってた』
『学校にばれたんじゃねえの?』
『ぼっちかと思ったらびっちだったでござる』
『これはきついわ。兄もショックだろうな』
『変な女だと思ってたけど、ここまで酷いとは』
『前にさあ、援交がばれたやついたじゃん? あれより酷いよね』
『しかも何、この媚びたレス』
『手っ取り早くミントの女のレス張っておくね』


モモ◆ihoZdFEQao『こんばんわぁ〜。誰かいますか』
モモ◆ihoZdFEQao『人いた。最近恋に落ちたせいか痩せてますます貧乳になりました
(悲)』
モモ◆ihoZdFEQao『画像は15分で削除します。ごめん』
モモ◆ihoZdFEQao『あと乳首はダメです。需要ないかなあ』
モモ◆ihoZdFEQao『リクに応えてみました。乳首はダメだけどM字です。15分で消しま
す』
モモ◆ihoZdFEQao『ほめてくれてありがとうございます。じゃ最後は全身うpです。乳首
なしですいません。15分で消します』


『うわぁ・・・・・・』
『・・・・・・きも』
『まじかよ・・・・・・俺、結構あいつのこと好きだったのに』
『兄もかわいそうだよね。初めてできた彼女がこれじゃさ』
『だから幼馴染にしときゃよかったのに』
『幼馴染には兄友がいるからなあ』
『うち、もう女と普通に話す自信ないよ』
『あたしも。つうか目も合わせられない』
『俺もそうだな』



 これで今朝の教室の雰囲気の説明はつく。この段階に至るまで、俺はVIPにスレ立てを
した以外は自分の手を汚さずにいたのだけど、これで終らせるわけにはいかなかった。こ
れも全ては姉さんのためなのだし。

 学校の連中とか教師たちに関してはこれだけでも十分だっただろう。この噂が拡散すれ
ば、いくらぼっちとか陰口に耐性のある女でも間違いなく登校できなくなるに違いない。

 でもこれだけで十分ではないかもしれない。校外の不特定多数の人間たちにこの情報が
拡散していることを、生徒や教師たちに知らせる必要はやはりある。この地方の公立上位
校に進学実績で勝って志願者数を伸ばそうとしているうちの学校にとっては、生徒の不名
誉な情報が拡散することは望ましくないはずだ。学校の不名誉な噂を恐れる教師たちなら
女の行為を隠匿し、結果として女は退学までには追い込まれない可能性がある。

 それにこの程度の噂であれば女は兄と別れないかもしれない。もともと兄は女神行為を
承知のうえで女と付き合っていたらしいのだから。女に兄との別れを決意させるにはもう
一押しが必要だと俺は考えた。

 ここからはVIPのスレの盛り上がり次第だった。ここで拡散すれば学校がこの事件を隠
匿することができなくなるし、女にとっても兄とこれまでどおり付き合うなんていう選択
肢は消えるはずだった。俺はVIPのスレをチェックした。

 思ったとおり俺が立てたスレはもう1000に達してDAT落ちしていた。検索してみると俺
の立てたスレは勝手にパート化されていて、現在は三スレ目が賑わっている状態だった。

 これで勝利だ。俺の手を煩わせるまでもなく祭りは勝手に拡大し継続している。スレを
開くと随分と盛りあがっているようだ。

 俺は迷わずに裏サイトにコメントした。


『おい。女のことでVIPにスレ立ってるぞ』



 放課後だったせいもあるけど裏サイトを見ている生徒たちの反応は早かった。まるでVI
Pのスレのような勢いだ。

『マジで? URL貼ってくれ』

 裏サイトにURLを貼って誘導した三スレ目の内容はこんな感じだった。



『【祭りに】高校2年の女の子が女神行為で実名バレwwwww3【乗り遅れるな】』

『今北用ガイド』
『女神板にjk2が緊縛画像をうp』
『即デリ安心(はあと)って思っていた情弱()なjkの甘い考えを裏切り、この子のレス
と下着緊縛画像がミント速報に転載』
『暇なやつがその画像のexifデータを解析』
『携帯に登録されていたプロフィール情報がexifに記録されているのを発見、vipに
スレ立て』
『流出したプロフィールは次のとおり』
『機種名称:○○のスマートフォン、実名:女、自局電話番号:090-×××―○○○
○、メアド:×××.ne.jp』
『その後現在までに判明した女のプロフ:××学園2年2組』
『××学園のホームページに、問い合わせ用の電話番号とメアドが乗ってるな』
『学校に電凸していいか』
『今日はもう遅いからな。明日朝一斉にやろうぜ』
『女のメアドにもメールしたけど反応なし』
『女の携帯電話もつながんねえな』
『誰か、××学園の関係者いねえのかよ』
『いるぞー。俺、××の3年だけど。こいつ知ってるよ。この前までぼっちだったけど最
近彼氏ができたんだぜ』
『スネーク発見。自分が実名バレしてること、こいつもう気づいてるのか?』
『つうか女休んでるみたいだ。もう学校にバレてるんじゃね?』
『おい、まずいぞ。学校がこのことを知ってるとすると、もみ消しに走るぞ』
『これって最終目標は? 停学に追い込むでおk?』
『甘い。こんな破廉恥なことをしてたんだ。退学に追い込んでこそメシウマ』
『情弱ってだけで別に犯罪をしてた訳じゃないんだし、凸る必要なくね?』
『確かにな。飲酒喫煙とかじゃねえもんな』
『黙れ。こういう破廉恥な行動で未成年に衝撃を与えた影響は大きいだろうが』
『おまえらって、自分たちは女神を煽ってなるべくうpさせようとするくせに、こういう
時だけ態度変えるのな』
『彼氏がいるリア充jkに嫉妬してるんだろ。このスレの童貞どもは』
『まあ、彼氏が可愛そうだから、女を追い詰めて別れさせてあげるのが俺たちのジャステ
ィス』
『明日一斉に学校に抗議メールと抗議電話で凸るでおk?』
『おk。それで行こう。急がないともみ消されるぞ』
『××学園のやつ、スネークよろ』



 裏サイトにVIPのスレへのリンクを貼り終えた俺の肩に、突然誰かが手を置いた。こん
な親しげな行動を取る女なんて姉さんしかいない。そう期待して振り向くと、幼馴染が俺
の肩に手を置いて俺を見つめていた。

「何だ。おまえか」

 俺は思わず心無いことを口にしてしまっていた。

「誰だと思ったの? 妹ちゃんじゃないかって期待しちゃった?」

 幼馴染が少しだけ笑ってそう言ったけど、その表情は暗かった。

「そんなんじゃねえよ」

 少なくともそれだけは嘘じゃない。

「本当かなあ」

「本当だって」


 俺はそのときこの一連の出来事を彼女に説明しておいた方がいいということに気がつい
た。女はともかく兄のその後のケアは必要だ。そして幼馴染の気持も兄の方へ誘導してや
らなければいけない。幼馴染は今は俺のことが気になっているのかもしれない。でも冷静
に考えれば、それは吊橋効果のようなものだ。彼女の俺への想いは兄と女の関係を何とか
しようと互いに協力して気にし合っているうちに生じた泡のような恋なのだ。

 兄なんかどうだっていい。だけど、協力者である幼馴染のケアは必要だ。昔の俺と違っ
て姉さん一筋と決めた今、幼馴染と兄をくっつけてやるのがベストなのだ。

「見てみるか」

 俺は幼馴染に自分のスマホを見せた。

 裏サイトのログを読み終わった幼馴染は身体を震わせるようにした。女の緊縛裸身を見
た幼馴染はちょっとごめんって言ってトイレの方に走っていってしまった。優等生っぽい
幼馴染にはちょっときつい画像だったのかもしれない。

「わずか数分でこれだよ。見るか・・・・・・?」

 涙目で戻って来た幼馴染に俺は追い討ちをかけた。VIPのスレを直接彼女に見せたのだ。

 VIPのスレを見終わった幼馴染は放心しているようだった。

「大丈夫か」

 俺は幼馴染に問いかけた。

「うん・・・・・・何とか」

 幼馴染みの様子は全然大丈夫そうには見えなかった。

「冷たいようだけど、女のことは自業自得としか言いようがない」

 幼馴染は俯いて震えたままだ。

「でも兄は純粋に被害者だろ、これは」

 兄が女の女神行為に加担したことを伏せて俺は言った。

「うん」

 相変わらず俯いたままだけど、ようやく小さな声で幼馴染が返事をした。

「俺たちまでうろたえている場合じゃねえよな。おまえや妹ちゃんは、女に巻き込まれて
悩んでいる兄を支えてやらねえと」

 幼馴染の目に光が戻ったようだった。どうやら食いついたらしい。

「・・・・・・うん。そうだよね。女さんが自分のバカな行為で破滅するのは、あんたの言うと
おり自業自得だけど、巻き込まれた兄には何の責任もないもんね」

 多分兄は女の女神行為を知っているばかりか、むしろそれに積極的に加担しているであ
ろうことを、俺は幼馴染に黙っていた。

「それだよ。明日から俺とおまえと妹ちゃんは兄を守ってやらなきゃいけないと思う。俺
たちは兄の友だちなんだからさ」

「わかった。兄友の言うとおりにする」

「妹ちゃんにも連絡して言っておけ。明日からはまた四人で登校するぞ」

 明日の朝も姉さんを放っておくことになるけど、俺にとってそれは払うべき犠牲だった。

「うん」

「どうせ校内じゃ兄はハブられると思うけど、俺たちは兄のそばにいてやるんだ。できる
よな?」

「もちろん。兄友になんか言われるまでもないよ。あたしはあいつの幼馴染なんだから」

「悪い。そうだったな」

「・・・・・・兄友も協力してくれるんでしょ?」

「ああ」

 俺はそう言って幼馴染の目を見た。意志の強いしっかりとした視線で彼女は俺の方を見
返した。


 大丈夫だ。これは今までみたいに俺に恋しているだけの腑抜けた目じゃない。自分の大
切な幼馴染である兄を守ろうとする決意がその眼差しには現われていた。

 出だしは完全にイレギュラーで計画外のところで始まったけど、今のところは俺はうま
く予想外の状況をコントロールできているようだった。

「じゃあ、俺はちょっと用があるからこれで」

「うん。明日は兄友の家に迎えに行ってもいい?」

「もちろんだ。兄と一緒に登校してやらねえとな」

 幼馴染は真面目な表情で俺の方を見た。

「ちょっとあんたのこと誤解してたかも」

「・・・・・・何だよ、いきなり」

 少し微笑んだ顔で幼馴染は怪訝そうな俺に答えた。

「あんたってやっぱいいやつだよね。あたし、こういう状況になったらあんたは兄なんか
見捨てて、妹ちゃんを口説きに走るかと思ってたよ」

「そんなことしてる場合かよ」

「うん。ちょっと誤解されてるかもしれないけど、あんたって本当は友だちのことを大事
にしてるんだね」

 何か勘違いされているらしい。幼馴染の気持を兄に向けることが目標なのだから、ここ
で俺がいい子になってどうする。でもこれ以上幼馴染との会話に深入りすべきじゃないと
いう気もした。

「んなわけねえだろ。俺は女みてえなぼっちの癖に勝手なことして、周りの人間を巻き込
んで傷つけるようなやつが大嫌いってだけだって」

「女さんってそこまでひどい人には見えなかったけどなあ」

「変な同情は禁物だぞ。女より兄のことを考えてやらねえと」

「わかってるよ。じゃあ、明日またね」

「おう」

 俺は幼馴染の姿が消えたことを確認してから兄にメールした。



from:兄友
sub:人に聞かれるとまずいからメールで
『やべえよ。女さんの女神行為もろにばれてるつうか、どんどん知ってるやつが増えてる
ぜ』

『まとめサイトの画像の場所がみんなに知られちまってるぞ』

『おまえ、うちの学校の裏サイト知ってるか? URL貼っておくからとりあえず見てみ
ろ』

『いいか、落ち着けよ。慌てたって何の解決にもならねえんだからな』

『また、家に帰ったら電話する』



 兄からの返信はなかった。今頃は裏サイト経由で緊縛スレの女の画像に辿り着いている
頃だろう。

 そして兄はその後、3スレ目に入ったVIPのスレも最初から見ることになるだろう。そ
して今や学園の関係者のみならず不特定多数のチャネラーにまで女の個人情報が流出して
いることに気がついて狼狽することになるのだ。


 翌日の登校時間から俺は幼馴染と妹と一緒に兄のそばを離れなかった。登校中の無口で
青い顔で何かを考えている兄の手を、久し振りに一緒に登校する妹は片時も離そうとしな
かった。そして兄の手こそ妹に譲ったものの、幼馴染もいつもより兄に密着して寄り添っ
ていた。そんな三人を俺は間近で見ながらも、主に周囲の生徒の反応の方を探ろうとして
いた。

 そう言えば兄が女と二人で登校したりしていた頃、妹はどんな思いで過ごしていたんだ
ろう。幼馴染に対しては妹が好きなことにしていた俺だけど、本気で妹のことなんか気に
していなかった俺はこれまであまりそのことを考えたことはなかった。兄が女と付き合い
出してからしばらく、俺は幼馴染と二人で登校していた。姉さんを放っておいて。

 その頃の妹は一人で過ごしていたのだろうか。今、目の前で以前のようにしっかりと兄
の手を握って寄り添う妹の姿を見ていると、妹が兄と女の交際に騒がなかったことが不思
議に思える。

 そのときの俺は少しだけ妹の態度に悩んだのだけど、すぐに忘れてしまった。今はそれ
どころではなかったからだ。

 校門をくぐって二年生の校舎の前まで来たとき、妹は名残惜しそうに兄の手を離してそ
の手を幼馴染に託した。

「お姉ちゃん、お願い」
 幼馴染もためらうことなく妹に譲られた兄の手を取った。「うん、わかってる。任せ
て」

「じゃあ、あたし行くね。兄友さんもお願い」
 妹はそう言い残して一年生の校舎に向かって去って行った。

「じゃあ行こうぜ」
 俺は、幼馴染が兄の手を握っていることに言及せずにさりげなく言った。

 一時限目の授業が始まる直前に学年主任が息を乱して教室に駆け込んできた。

 先生は教室の無秩序ぶりに一瞬苛立ったようだったけど、特に声を荒げることもなくみ
んな席につけと言った。慌てた生徒たちが自分の席に戻ったころを見計らって先生は出席
を取り始めた。途中で、女の名前が呼ばれずに飛ばされたことに俺は気づいた。

「鈴木先生はちょっと急な仕事があるので、先生が代わってホームルームに来ました。あ
と、そういうわけで一時限目の鈴木先生の授業は自習になります。みんな真面目にやれ
よ」
 慌しく事情を説明すると、学年主任は質問を受け付けずに再び早足で教室出て行ってし
まった。

 昼休みになると俺は幼馴染と一緒に兄を中庭に連れ出した。あらかじめ幼馴染と打ち合
わせしていたのだろう。少しすると妹が兄の分の弁当を持ってそこに姿を見せた。四人揃
って昼を過ごすのは久し振りだった。こんなときだけど少しだけ感慨深い。

 とは言っても兄はいつも以上に無口だったし、購買のパンを食っている俺が見てもうま
そうな妹手づくりの弁当にもあまり関心がないようだった。機械的に口に運んではいたけ
れど。

「お兄ちゃん、食欲ないの?」

「いや、そんなことないよ。おまえの弁当久し振りだけど、やっぱりおまえ料理上手だ
な」

 棒読みのようなセリフもいいところだ。

「今更何言ってるの。妹ちゃんは今すぐ結婚して奥さんになっても大丈夫なほど昔から料
理は上手だったじゃない」

 幼馴染がフォローした。

「お姉ちゃん、やめてよ」

「・・・・・・いや、それは本当にそうだし、俺も前からよく知ってるけど。何か、最近妹の弁
当とか食ってなかったから新鮮で」

「妹ちゃんに惚れ直したか」

 嫌がらせには取られなかっただろう。俺は場の雰囲気を読めない人を装って無邪気に口
を挟んだのだから。でも俺の言葉で三人は再び沈黙してしまった。

「あんたはこんな時に・・・・・・ばか」

 幼馴染が顔を赤くして言った。受け取ろうと思えば兄に対する愛情の発露の照れ隠しと
も受け取れるような口調で。いい傾向だった。


「悪い。変な冗談言ってすまなかった。今はそんなこと言ってる場合じゃねえよな」

「いや、俺は別に」

「謝るよ兄。悪かった」

「もうわかったって」

「気にしないで、兄友さん」

 妹がそう言ってくれた。それは思ったより淡白な口調だった。兄好きな彼女ならもっと
顔を赤らめるとかしても不思議ではないのに。今朝の彼女からは兄を守ろうとしている意
思は十分に感じていた。今朝だって兄の手を握って離そうとしなかったし。それでもこの
ときの妹の様子を見て、俺はふとついに彼女にも兄以外に好きな男ができたいるのではな
いかという気がしてきた。それなら兄と女の交際に取り立てて異議を唱えなかった妹の行
動も理解できる。

「ああ。もう言わねえよ。それよかさ、女さんのことだけど」

「兄友、それは・・・・・・」

 幼馴染が曇った声で言った。

「うん。そんなに気にしてくれなくていいよ。みんな知ってるんだろ?」

 兄は無理をしていることが丸わかりな口調で言った。

「・・・・・・うん。裏サイトに書かれてたし。2ちゃんねるでも」

 妹がはっきりと兄に答えた。

「あたしも読んだ」

 幼馴染もそれに続いた。

「っていうか今日の教室の雰囲気だと、大部分のやつらが既に知ってそうだな」

 俺は何気なく付け加えた。

「・・・・・・言い難いんだけど、一年生の教室でも噂になってる。というか女さんの、その」

 妹が気まずそうに言った。

「お兄ちゃんごめん。女さんの下着だけの写真とか」

「妹ちゃん・・・・・・」

「女さんが縛られてるみたいなポーズの写真とか、男の子たちが携帯で見せあっ
て・・・・・・」

「・・・・・・妹ちゃん、泣かないの」

「・・・・・・ごめん」

 このとき幼馴染と妹のやりとりを無視するように兄がうめくように言った。


「・・・・・・ちく」

「兄?」

「・・・・・・ちくしょう。どうして女だけがこんな目に会わなきゃいけないんだよ」

「・・・・・・お兄ちゃん」

「あいつは誰にも迷惑なんてかけてなかったんだよ。何も悪いことなんてしてなかったの
に。何で女がここまで追い詰められなきゃなんねえんだよ」

「兄、落ち着いて」

 幼馴染が小さな声で言った。

「あいつの生活を・・・・・・あいつの人生を壊す権利なんか誰にもねえはずなのに」

「おまえの気持ちもわかんないわけじゃねえけどよ」

 俺は兄に言ってやった。欺瞞と作戦で兄同意してやろうとか考えないでもなかったけど、
このときの俺の言葉は本心からのものだった。

「・・・・・・え」

「女さんが何にも悪いことをしなかったっていうのは、おまえの惚れた欲目じゃねえか
な」

「・・・・・・何だと」

「ちょっと兄友、何言ってるの」

「ここの生徒の大半は、特に一年生の女子は、女さんがしていたことを知ってショックを
受けたはずだぞ。女さんがしたことは普通の高校生のすることじゃねえよ。どうしておま
えはそこを考えねえんだよ。女さんの女神行為でトラウマになるほど傷付く子だっている
んだぞ。女さんのことを心配するのはいいけど、女さんのしたこと矮小化しようとするな。
女さんはそれだけのことやらかしたんだってことをちゃんと見つめろ」

「・・・・・・それは」

「・・・・・・あたしもね」

 幼馴染も静かに口を挟んだ。兄は驚いたように俺から彼女に視線を移した。

「女さんと兄のことすごく心配だし気の毒だけど」

「お姉ちゃん・・・・・・」

「本当はあたしも兄友の言うとおりだって思う。っていうかあたし自身今だに信じられな
いし、最初に女さんのああいう姿を見た時、トイレで吐いちゃったくらいショックだっ
た」

「・・・・・・お姉ちゃん、何で今そんなこと」

「ごめん妹ちゃん。でも、あたしも兄には嘘はつけない」

「そういうことだ。厳しいこと言ってるみたいだけど、それくらいのことを女さんはやら
かしたんだよ」

 俺はそう言ったけど、同時に自分が姉さんに女神行為を強いていたことも思い出した。
俺と違うのは兄は女に女神行為を強いてはいないということだけだ。俺が姉さんにしたよ
うには。それでも女を制止しないばかりか、自ら女の女神行為を撮影と言う形で後押しし
たのは兄だった。

 多分兄だって女のその行為に興奮したはずだ。そういう感情がなければ普通なら独り占
めにしたいだろう恋人の裸身を露出させる行為になんか加担するはずがない。そういう意
味では兄も俺と同じ穴の狢なのだ。

「それをちゃんと認めたうえで、どうするか考えないと、おまえらまた間違うぞ。こんな
時に厳しいこと言って、悪いとは思うけどよ」

「お兄ちゃん?」

「・・・・・・すまん」

 ようやく兄はぽつんと言った。


 教室に戻ると、主を失った女の机に、何かの文字がマジックのような物で黒々と記され
ていた。

『モモ◆ihoZdFEQao(笑)』

 その文字を見て俺が呆然としてクラスの連中を眺めた時、どこからともなくクスっと嘲
笑うような悪意のある声が俺の耳にも届いた。そのとき兄があざ笑いしたらしいやつの方
に向おうとしたことに俺は気がついた。怒っているからか悲しかったからなのか、そのと
きの兄は無表情だったのでよくわからなかった。とにかく兄は笑ったらしいやつのところ
に向おうとした。俺は兄がそいつを殴る前に兄の体を羽交い絞めにして制止することに辛
うじて成功した。

「落ち着け。こんな低級な嫌がらせに反応するな。おまえが反応するとこいつらますます
いい気になるぞ」
 俺を大きな声でそう言って、周囲の生徒を睨みつけた。教室内の生徒たちは一様に下を
向き、俺と目を合わせないようにしていたが、その時でもまたクスクスという笑い声がど
こからか小さく響いた。

 どこかからか雑巾を持ってきた幼馴染が、女の机の文字を拭き取り始めた。油性のマジ
ックのような物で書かれたらしく、その文字は汚れを広げるだけで一向に消えようとはし
なかった。それでも、一生懸命に女の机を拭き続けている幼馴染の目には、涙が浮かんで
いた。ようやく兄の体から力が抜けた。

「すまん」
 兄は掠れた小さな声で俺に言った。

「俺、今日は家に帰る。これ以上ここにいると自分でも何をしでかすかわかんねえし」

「・・・・・・その方がいいかもしれねえな。わかった。鈴木には俺から話しておくから」

「一緒に付いていってあげようか?」
 幼馴染が目に浮かんだ涙をさりげなく拭きながら言った。

「おう、それがいいよ」
 俺もそれに同意した。「気分の悪くなった兄を幼馴染が送って行ったって、鈴木には言
っておけばいいな」

「・・・・・・いや、いい。家に帰るだけだし、お前らを付き合せちゃ悪いしな」

 兄が幼馴染の付き添いを断った。

「大丈夫か」

「ああ。平気だよ。じゃあな」
 兄はカバンを取り上げた。

「二人ともいろいろありがとな」

 兄が教室を出て行く時、再び小さな嘲笑めいた声が教室の中から響きだしたけど、俺が
教室内を睨みつけるとその嘲笑はいつのまにか静まっていた。

 そろそろ幼馴染を煽って本格的に追い込みをかける時期だった。女のことはもう大丈夫
だ。VIPのスレがあそこまで盛り上がればもう俺自身が何かをする必要はないだろう。ネ
ットの恐いところはこれだ。放っておいても情報は拡散していく。多分、今では女の名前
で検索してみれば数多くのサイトがヒットするだろう。まとめサイトやアンテナサイトだ
って、女のことを取り上げているであろうことはもはや疑いようはない。

 これから俺がすべきなのは幼馴染や姉さんに対しての「仕上げ」だった。


 そのための舞台は期せずして放課後に訪れた。

 兄が途中で帰宅してしまったことを、俺は鈴木に報告しようとした。でも鈴木の姿は職
員室にも見当たらなかったので、とりあえず学年主任に兄のやつが気分を悪くして中退し
たことを伝えた。俺が兄の早退を報告したのは放課後だった。逆に言うとそれまでは誰も
兄の早退のことなんか気にしていないということだった。女と一緒にハブられている状態
とはいえ、同級生はともかく教師たちまで俺が報告するまで兄の早退のことなんか気がつ
いてさえいないようだ。

 俺が職員室を出ると幼馴染が廊下に立って俺を待っていたようだった。

「帰るか?」

「うん」

 俺と幼馴染はそのまま二年の校舎を出た。そこに妹が立っていた。彼女もまた浮かない
表情だった。

 俺は妹に、兄が途中で帰宅したこととその原因を説明した。それを聞かされた妹は何も
言わずに節目がちに下を向いて唇を噛んでいた。

 このままここにいても好奇の視線に晒されるだけだった。そう思った俺たちは校舎を出
て校門のところまで来た。

 今がそのときなのだろう。俺は校門の前にたたずむ幼馴染と妹に向って口を開いた。何
度もシミュレーションしていたせいで、言いたいことは滑らかに伝えられたと思う。。

「あのさ、ちょっと話が、つうか頼みがあるんだけどさ」。

「・・・・・・うん」

「最悪の場合さ、多分兄と女ってもう会えないことも考えられるんじゃねえかなと思うん
だ」

「・・・・・・いつかは噂だって収まるんじゃないの?」

「いろいろ腹は立つけどさ、女さんって兄のこと本当に好きだったのかもな」


「何でいきなりそんなことを」

「女から兄に何の連絡もないだろ? 普通なら電話とかメールとかしてくると思うんだよ
な」

「ご両親にスマホとかパソコンとか取り上げられてるんじゃない?」

「それにしたって家電とか公衆電話とか手段はあるはずだよ。女さんが兄と接触を取らな
いのは、これ以上兄を巻き込まないようにしてるんじゃねえかな」

「兄のことを考えてわざと連絡しないようにしてるってこと?」

「何だかそんな気がする」

「・・・・・・兄がそれを知ったら余計に苦しむね」

「あいつにはとても話せねえよ」

「それで頼みって?」

「おまえ、兄のそばにいてやってくれ」

「そんなことは言われなくたってそうするよ」

「そんで、兄の気持ちをおまえの方に向かしちゃって、女のこと忘れさせてやってくれ」

「・・・・・・どういうこと?」

「女さんから兄を奪っちゃってくれってこと」

「・・・・・・何でそんなこと言うの?」

「女さんはもう兄の前には現れねえと思う。あんだけ意志が強くて頭のいい子がそう決心
したら、必ずそれを貫くよ」

「兄が女のことを忘れるには新しい恋人ができる以外にはないと思う」

「兄には、妹ちゃんがいるのよ」

「もちろん、妹ちゃんの存在が兄の心の安定に繋がっていることは間違いないけど」

「女さんと付き合う前は、兄はおまえのことが好きだった」

「おまえが兄のこと好きだったのも間違いないよな」

「兄友・・・・・・待って」

「そのおまえなら兄の気持ちを惹きつけられるよ。兄だって弱ってるし、女の記憶だって
薄れていく時だって来るし」

「正直、俺だって辛いんだぞ」

「・・・・・・兄友」

「俺さ、おまえのこと好きだ」

「けどさ、今、兄に必要なのはおまえなんだよ」

「お姉ちゃん・・・・・・あたしからもお願い。お兄ちゃんを救ってあげて」

 驚いたことに妹までが俺に同調した。


 やれるだけのことはやった。あとは放置しておけば勝手に事態は進行していくだろう。
もうすることはあまりない。

 自宅に帰って放心したままベッドに横たわって俺はそう思った。明日からすべきことは
二つだけだった。一つは兄と女の状況確認。そしてもう一つは姉さんへのケア。特に姉さ
んのことは今の俺にとって最重要事項だった。こんなことを始めたのだって姉さんのため
なのだ。それなのにここ数日、兄のことにかまけたせいで姉さんのことを放置してしまっ
ている。姉さんのため、自分のために俺はここまで頑張った。誰だかわからないやつから
鈴木にメールされて出鼻をくじかれたけど、何とか俺は流れを取り戻して思うような結果
を出せた。少なくとも今のところは。

 今日はこれから姉さんと会おう。

 少し用事があると言った俺を幼馴染は未練ありげに眺めたけど、結局妹と連れ立って下
校して行った。だから今の俺には行動の自由と時間があった。俺は生徒会室の方に向った。

 生徒会室のドアをそっと開けると、室内には姉さんが一人でぶつぶつ言いながらパソコ
ンに向っていた。姉さんの他に役員の姿はなさそうだ。俺はそっと室内に入って背後から
姉さんに抱きついた。

「きゃあ・・・・・・え、何々?」

 姉さんは文字どおり飛び上がって振り向いた。

「悪い。そんなに驚くとは思ってなかったよ」

 姉さんは驚いたように俺を見ていたけど、すぐには言葉も出なかったらしい。どうやら
俺は本格的に姉さんを驚かせてしまったみたいだ。口をぱくぱくしていた姉さんはやがて
振り絞るように声を出した。

「あ、あんたねえ。何すんのよ。びっくりしたじゃん」

「ごめんな。あんまり姉さんが可愛かったんで少しだけ驚かせようと思ってさ」

 本心からそう言ったのだけど、姉さんは俺が期待していたような可愛らしい反応を見せ
てくれなかった。

「ふざけんな。ああ、ただでさえむかついてんのにあんたまであたしを苛々させるのね」

「悪い。ちょっとした悪戯のつもりで・・・・・・。姉さん、本気で怒ってる?」

 俺は姉さんの真面目な顔に少しびびって言った。

「・・・・・・まあ、あんたのせいばかりじゃないけどさ」

 ようやく少しだけ姉さんの表情が柔らかくなった。

「何か嫌なことでもあった?」

 姉さんはため息をついた。

「まあね。学園祭の前だって言うのに幼馴染さんも書記ちゃんも無断でサボるし、生徒会
長のアホにはむかつくし」

 幼馴染が今日いないのは俺のせいだ。あいつは俺に示唆された言葉を受け入れて兄のケ
アをしに帰ったのだから。今日はどうせ女に対して仕掛けたことを姉さんに報告するつも
りだったから、幼馴染が無断でサボったという誤解も解けるだろう。

 でも、俺がその話を切り出す間もなく、姉さんは話を続けた。


「まあ、幼馴染ちゃんは真面目な子だし、来なかったのには何か理由があるんだろうけど
さ」

「そうなんだよ。実はさ」

「そんなことより会長のアホだよ、アホ」

 姉さんは俺に喋る暇を与えずに話を続けた。ここしばらく俺は姉さんのことを放置して
いたのだけど、姉さんにはそんなことよりむかつく出来事が訪れていたようだった。とり
あえず俺の報告は後回しだ。姉さんの彼氏として姉さんの悩みを聞いてあげよう。

「いったい会長がどうしたんだよ」

「ああ〜、思い出すだけでもむかつくわ」

「今日先輩と何かあったん?」

「今日じゃないけどさ」

 姉さんが話し出した。どうも誰かに聞いてもらいたかったみたいだ。最近、俺が姉さん
のことを放っておいたせいで、愚痴の聞き役がいなかったせいかもしれない。

「会長のやつさ。こないだ幼馴染ちゃんに告って振られたんだけどさ」

「ああ」

 俺はその話は幼馴染から相談されていたので知っていた。だから俺の反応は淡白なもの
だった。でもそれがいけなかったみたいだ。

「ああって。ああそうか。あんたは幼馴染ちゃんをフォローしてたんだもんね。とっくに
彼女から相談されていたのね」

「相談されただけだぞ。変な意味に取るなよ」

 俺は慌てて言いわけした。

「誰もそんなこと言ってないでしょ」

 姉さんが冷たく俺に言った。

「・・・・・・で?」

「そしたら会長のやつ、拗ねちゃってさ。生徒会に顔を出さなくなっちゃったのよ。情け
ない。振られるなんて誰にだってあることだし全然恥ずかしいことじゃないじゃん?」

「まあ、そうだね」

 俺にはあまり告った女に振られた経験はなかったけど、ここは姉さんに無難に同調して
おく方がいいだろう。

「でもさ、振られたことを根に持って生徒会活動をサボるとかどうなのよ? 幼馴染さん
に会いづらいんでしょうけど、責任放棄もいいとこじゃん」

「それで姉さんがいらついてたわけか」

「そんだけじゃないよ」

「まだ、あるの」

「あのアホ、幼馴染ちゃんに振られたら早速女を乗り換えやがった」

「え?」

 あの真面目な会長にそんな甲斐性があるとは思わなかったので、俺は少し驚いた。それ
にしても、浮気とかではなくちゃんと振られたあとに次の相手に乗り換えているのだから、
姉さんが怒るほど生徒会長が不誠実だは思わなかったけど。

「何で姉さんがそんなことを知っているの」

「それがさ」

 姉さんはもう全部俺に話して気晴らしをすることにしたようだった。


 その朝、始業前に一人で登校している生徒会長を見つけた姉さんは会長に説教を始めた。

『こら。あんた何で昨日話の途中で生徒会室から逃げ出したのよ。あの後、幼馴染が落ち
込んで大変だったんだよ』

『悪い。部活があったから』

『本当に情けないなあ、あんたは。別に生徒会の役員の子に告るのは自由だけど、告られ
た幼馴染さんに生徒会をやめるとか言わせるなよ』

『僕はそんなつもりは』

『じゃあ何で生徒会室に来ないのよ。何で幼馴染さんをあからさまに避けて彼女に気を遣
わせてるの? あんた彼女が好きなんでしょ。振られたとしても彼女の気持ちを考えてあ
げなさいよ、先輩なのに情けない』

『君には悪いと思っているけど・・・・・・』

 そのとき一人の下級生の女の子がいきなり会長の片腕に抱きついた。そして、会長を更
に責めたてようと意気込んでいたらしい姉さんに、落ち着いた口調で話しかけたらしい。

『先輩は何も悪くないです』

『あんたは・・・・・・たしか、幼馴染さんの知り合いの妹さんだっけ』



 妹だって? 姉さんの話に俺は混乱した。あいつはずっと兄だけを想い続けてきたので
はなかったのか。混乱はしたけど、姉さんの話が気になった俺は表情を押さえて話の続き
を待った。

「妹って、兄友も知っているでしょ」

「兄の妹だろ? よく知ってるよ。そんで妹は何だって? つうか会長と妹って付き合っ
てるの」



『先輩は悪くないです。あたしがパソ部に入部して、それで何もわからないでいることを
心配してくれて面倒見てくれてるだけで』

 妹は堂々と姉さんに反論したそうだ。

『あんたさ・・・・・・』
 姉さんはとりえず妹を相手にせず会長に向かって吐き捨てるように言った。

『やっぱり女を乗り換えてたのか。幼馴染さんに振られたからって、すぐに下級生に言い
寄るとか最低だね』

 会長は姉さんの詰問に対して何も答えなかった。

『言い訳もなし? あんたいっそもう生徒会長やめたら?』

 その時、会長の腕に抱きついていた妹はそのままの姿勢で姉さんに言った。

『副会長先輩って、もしかして会長のことが好きなんですか』

『あ、あんた、何言って』


「姉さん、まさか」

 俺はそのとき本気で狼狽した。会長にはかつて次女を取られた因縁がある。まさか、姉
さんの心まで奪われたのだろうか。

 そう口にした結果、俺は姉さんに本気で殴られた。非力な姉さんのパンチも無防備な状
態でまともに受けると結構痛い。

「んなわけねえだろ。兄友、あんたあたしを信用できないの?」

「ごめん。そんなことはない」

 姉さんは疑り深い目で俺を睨んだけど、結局続きを話し出した。



『あたしに嫉妬してるんですか? だったらお姉ちゃんのことを心配してるような振りを
するのはやめて、先輩に「あたしとこの子とどっちか好きなの?」ってはっきり聞けばい
いんじゃないですか』

『あと、副会長先輩は勘違いしてますよ』
 妹は平然と続けた。『先輩はお姉ちゃんに振られたからあたしに乗り換えたわけじゃな
いですよ』

『先輩があたしのことを好きだとしても、それはお姉ちゃんとは関係ない先輩の純粋な気
持ちでしょ。そのことを非難する資格が副会長先輩にあるんですか』

 妹は堂々と会長が自分のことを好きだと匂わすようなことを言った。姉さんは頼りなげ
な外見の、か弱そうな一年生の女の子に言い負かされそうで、このときは本気で狼狽した
そうだ。だから、普段の姉さんなら言わないようなことまでつい口走ってしまったらしい。

『・・・・・・あんたさあ。調子に乗ってるんじゃないわよ、ブラコンの癖に』

 追い詰められた姉さんの言葉がそれなりに効果があったようで、妹はそれを聞いてこれ
までの元気を失ったようにうつむいてしまった。

『・・・・・・それこそ、君には関係ないよな』

 会長が妹を庇った。会長の援護に元気を取り戻したのか、妹が再び姉さんに反撃し出し
た。

『とにかく、先輩が生徒会に出ないことと、先輩がお姉ちゃんに振られたこと、それに』

『・・・・・・それとあたしと先輩の仲がいいことを一緒にしないでください。もし先輩とあた
しが恋人のように見えるとしたら、それは先輩じゃなくてあたしのせいですから』

『そんなことを言ってると、それこそ副会長先輩があたしに嫉妬してるようにしか見えな
いですよ』

『もういい。あたしはこれからはあんたのことには関らないから』

 姉さんはもう妹とは目を合わせず、会長に向かって捨て台詞のような言葉を吐き捨てて
去って行ったのだそうだ。


今日は以上です

もう少しこちらの投下を続けたいと思います

「ビッチ」の再開はその後になります

ご愛読感謝です

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