私「あれからもう二十年か…」(172)

※ぼくのなつやすみ2のSSです
 >>1の勝手な想像の部分が多々あります

あの夏休み…富海の町での私の夏休みからもう二十年も経っていた。

都会育ちだった私にとって、富海という町は爽やか…というより、新しい場所だった。

コンビニもない。ビルが林立していない。あるのは山、草、木…自然だった。

その光景は、当時小学3年生だったボクを不思議な気持ちにさせた。

母の出産のために一人で親戚の家に行く不安は、いつの間にか興奮に変わっていたのだ。

あの時以上に私を少年の気持ちにさせた時はなかっただろう。

しかし…。

私「…」

あれからもう二十年。私は都会で生き、あの自然とは無縁な毎日を送って行った。

いつしかあの感動を忘れ、学歴社会で生きていく運命に私は生きた。

結果、私は名の知れた国公立大学に受かった。

しかし何か学びたいことはなかった。当時の私には夢もなかったのである。

父からの勧めで、私は政治家になることにした。そこそこの努力をすればなれるらしい。

私はただ父の勧めを受け、政治家になった。

「○○官房長!お話を聞かせてください!」

「○○官房長!例の森林開発について…!」

「○○官房長!」

「○○官房長!」

この世界にあるのは汚れた現実、金の動き、人の欲望だけである。

私を取り囲む人間もそう。みんな欲望にのまれているのだ。

「○○。今日はテレビ局の方から…」

「もっとこの国の為に頑張るんだ、○○」

ああ、家に帰ってもこうだ。

「…あいつは?」

「ダメだ…今日も部屋から出ない。全くあいつは…」

「…」

弟も私と同様。目指したいことが何もなかった。父から道を教えられたが…弟は受からなかった。

弟は次第に生きる事の意味を失い始め、部屋に引きこもるようになった。

「○○。お前には期待しているんだ。頼んだぞ」

「…」

「…さあ。ご飯にしましょう」

「いただきます」

「…」

父と母は無言で箸を進める。この家には『いただきます』がない。

弟と一緒に『いただきます』をした昔が懐かしい。

私たちは無言で食べ、食器を母に預けて部屋に戻る。

これがこの家の日常である。

「あ、○○」

母が私を呼んだ。

「あなたに手紙が来てるわよ。富海のおばちゃん…覚えてるかしら」

「え?」

富海のおばちゃん…忘れるはずがない。おばちゃんがどうしたのだろうか。

「みんながあなたに会いたがってるそうよ。一回会ってみる?」

「馬鹿を言うんじゃない。○○は今大切な時期だ」

「でも…」

父は堅物である。が、言っていることは本当だった。

「…大丈夫だよ。富海だよね」

私は嘘をついた。

「…」

父が無言になった。

「じゃあ行ってあげられる?」

「うん。わかった」

この手紙が私を誘ったのだろうか。それとも、運命が変わったのだろうか。

私はあの夏休みの思い出の町…富海に行くことになった。

~数日後 港~

「忘れ物はない?」

「うん。大丈夫だよ」

父と弟は見送りの場にいなかった。

「お父さんを悪く思わないであげて」

「ううん」

母の口から出たのは父だけ。弟は出なかった。

「じゃあ行ってらっしゃい」

「うん」

プォーーーーーーーー…

船が出る。

私「…」

この船は富海に直行の船らしい。二十年前と同じだ。

そういえば、ここで彼女と出会ったんだ。靖子ねえちゃんと。

彼女は元気にしているだろうか。今思えば、彼女を取り巻く環境は特殊だった。

両親の別居、幼馴染とのつながり、妹の思春期…辛いはずだった。

しかし彼女は前を向いていた。妹、母、父とのつながりから逃げずに。

父親が住む家で暮らしたあの期間はどのようなものだったのであろうか。

筆舌しがたいとはこのことだろう。

そういえば、船頭さんはあの時船を操縦していた。

もしかしてこの船も…と思ったが、あれから二十年も経った今だ。わかるはずがない。

私はそのままこの船が到着するのを待った。

昔の思い出を馳せながら…。

「富海~、富海~」

私「!」

このアナウンスも懐かしい…そう思いながら、私は興奮していた。

こんな人生を送ってしまった今でも、あの頃の興奮は忘れていないようだ。

私…ボクが夏休みを過ごした町…。

…見えてきた。

http://www.youtube.com/watch?v=JoK4Z2So4j8

ああ、見えてきた。私…ボクの思い出の町が…。

富海。

…民宿だ!ボクが過ごしたあの民宿…!

ああ、懐かしい…昔と何も変わらない…!

ここが富海なんだ…ああ…。

プォーーーーーーーー…

船が着く。あの港に…夏休みの初めと終わりの地であった港に。

そしてまた始まる。

ボクの夏休みが。

私「どうも」

「お気をつけてー」

私は船頭さんに挨拶をして船から降りた。

ふと頭上を見ると、カモメが飛んでいた。これもまるで昔みたいだ。

カモメの鳴き声を聞きながらここにきて、そして帰ったんだ。

都会では聞くことが少ないカモメの声である。

どこに行こうか。どこから行こうか。

いっぱい行くところがあった…どこへいったらよいのだろう。

「…ボクくん?」

私「!」

ボクくん…久しぶりに呼ばれた。

「!やっぱりボクくんね!久しぶり~!」

私「…おばちゃん?」

おばちゃん「うん!おばちゃんよ!」

そうだ…この声の大きさ、おばちゃんだ…。

おばちゃん「みんなあなたに会いたがってるの!来て!」

私「うん」

そうか…みんな待ってるんだ…。

~民宿~

しばらくすると、私は民宿の前に来ていた。

おばちゃん「ボクくんも大きくなったわね~…いい男ね!」

私「あ、ありがとうございます…」

おばちゃん「うふふ、照れちゃって。うん、大きくなったわね~!」

二十年も経ったせいか、おばちゃんは老けたようだった。それでも元気だ。

私「他のみんなは元気?」

おばちゃん「ええ。うるさいぐらい元気よ全く」

私「そうなんだ」

おばちゃん「そういえば…ボクくん、今の生活はどう?」

私「え?」

おばちゃん「ほら。今まで会ってなかったから。気になっちゃってね!」

私「…まあ、元気だよ」

おばちゃん「…そっか」

そう…おばちゃんは何かを察する能力がある。100円玉の事件の時も、そうだった。

今の私の翳りも察したのかもしれない。

おばちゃん「さて、着いたら小僧たちがいるから。いっぱい話すといいわ!」

私「うん」

~玄関~

おばちゃん「帰ったわよ~!」

??「お帰り…!ぼ、ボクくん?」

この顔…もしかして…

私「タケシにいちゃん?」

タケシ「そう!俺!」

おばちゃん「アンタのことは覚えてたみたいね~」

タケシ「へへへ!そりゃ俺だからな!」

タケシ兄ちゃんは相変わらず元気だな。でも、なんだか成長したっていう気がする。

タケシ「今は俺がこの民宿やってるんだ!すげーだろ!」

私「そうなの?」

驚いた。記憶が正しければ、タケシ兄ちゃんは民宿経営については消極的だった気がする。

タケシ「まあ、なんだかんだでさ…この町、俺好きだからさ」

…カッコいいな。私はそう思った。

タケシ「他のみんなもいるし、行こうぜ!」

私「う、うん」

おばちゃん「全くいつまで経っても子供なんだから…」

タケシ「ボクくんが来たぜ!」

??「おお!男らしくなったじゃねえか!」

??「久しぶりだね!ボクくん!」

??「へー、デカくなったじゃん」

私「ひ、久しぶり…」

??「まあ座ってくれ!」

私「はい」

??「えーと…ボクちゃん。俺のことわかるか?」

私「えーと…おじちゃん?」

おじちゃん「正解!流石ボクちゃん!」

おばちゃんと同様、老けているように見えたけど…どうやら元気そうだ。

??「じゃ、じゃあ僕は?」

私「うーん…シゲル?」

シゲル「!うん!そうだよ!」

昔のような生意気さは少しばかり減ったようだが、やっぱりシゲルだった。

??「ふーん…じゃあ私はわかる?」

私「え、えっと…も、もしかして光?」

光「正解。まあ私のこと忘れるわけないよねー」

この生意気さは相変わらずだった。流石光。

おばちゃん「よかったー。もう忘れちゃってるのかなって思ってたわ~」

おじちゃん「安心しろ!ボクちゃんはこいつらより立派なんだからな!」

タケシ「何だよそれー!」

シゲル「もう大人だぞー!」

おじちゃん「馬鹿言うんじゃねえ!お前たちひよっこが大人なわけねーだろうが!」

タケシ「うるせー!もう大人だー!」

シゲル「そうだそうだ!」

光「…馬鹿みたい」

??「みなさん!写真撮りますか?」

この声は…。

私「サイモン?」

サイモン「はい!久しぶりですボクくん!」

昔と比べて大人びてる気がする。それでもやっぱりサイモンだ。

タケシ「お願いしますサイモンさん!」

サイモン「オーケー!じゃあ撮るよー…」

サイモン「はい、チーズ!」

パシャッ

タケシ「ありがとうサイモンさん!」

サイモン「いえいえー!」

おばちゃん「あら。凪咲さんの所に行かなくていいのかしら?」

サイモン「ミツコさーん!茶々を入れるのはやめてください!」

おばちゃん「うふふ」

おじちゃん「へっへ!全くいつまでも円満な夫婦だねー!」

そうか。サイモンは凪咲さんと結婚したんだった。ということは今年で20周年になる。

それは円満な夫婦だ。

サイモン「写真ができたら渡します!それでは!」

私「サイモンは何処に泊まってるの?」

タケシ「もちろんこの民宿さ!凪咲さんと…子どもと一緒に!」

私「え!?子供?」

タケシ「ああ。今年で…9歳だったかな?」

9歳…つまり、あの夏休みの私と同じなんだ。

光「ねえ。お姉ちゃんたちに会わない?」

私「たち…ってどういうこと?」

光「え、っと…ま、まあ来てよ」

私「わかった」

おばちゃん「じゃあ、遅くならないうちに帰ってくるのよ!」

おじちゃん「行ってらっしゃい!」

タケシ「夕飯作って待ってるからなー!」

シゲル「じゃあねー」

光「行こう」

私「う、うん」

シゲル「…はあ」

タケシ「何だ。まだ光のこと気にしてんのか?」

シゲル「そ、そうじゃないよ!」

おばちゃん「いい加減にアタックしなさいよ!このままだと誰かにとられるわよ!」

おじちゃん「全く根性がねえ野郎だ!」

シゲル「そ、そんなこと言われても…」

光としばらく歩くと、あの公園の前に着いた。

光「ねえ。憶えてる?あの公園」

私「うん。光が僕の占いをしてくれた公園」

光「…そっか。憶えてるんだ」

懐かしい。光が発明した占い…パックンチョに似ているものでやった記憶がある。

光「ねえ。今からやってみない?占い」

私「え?でも何を占うの?」

光「いいから!ちょっと待ってて…」

一体何を占うのだろうか…楽しみだ。

光「…②、6、8、9」

光「はい!じゃあこの中から好きな数字を選んで!」

2には丸がついている…確かこれは光のおすすめだった。

何を選ぼうか。

②  6  8  9


安価一個下

私「8…」

光「…8、ね」

私「それがどうかしたの?」

光「ううん、何でもない」

私「?」

光は私の答えを聞くと、さみしそうに俯いた。

光「…えっと、ね。『富海の里診療所』だよ」

私「診療所?」

光「うん。そこが今日の行った方がいいところ」

私「ふーん…」

光「…ね、行こう。お姉ちゃんたちのところ」

私「わかった」

光の表情を窺いながら歩くと、あの家に着いた。

光「はい、到着」

私「…」

ここも何も変わっていない…あの時と全く同じ…。

光「入って」

私「うん」

光「ただいまー」

??「お帰りー!」

!この声…まさか…。

??「…あら。その人は?」

光「覚えてないの?会ったことがあるのに…」

??「ふふ、嘘よ。ボクくんは覚えてる?私のこと」

私「おばちゃん…静江さん?」

静江「あら。憶えてくれたんだ。ありがとう」

光「アンタってけっこう物覚えいいのね」

どうしてだろうか…あの頃の思い出が次々と蘇ってくるのだ。

懐かしい。本当にただそれだけの思いだった。

私「どうしてこの家に?」

静江「…私も、もうそろそろ踏ん切りつけなきゃって思ったの」

静江「いつまでも旦那のことを引きずっていられないから」

静江ちゃんもかっこよくなった。それも、愛する人の死からの復帰だ。

みんな強くなろうと思って変わったのだ。そう、この家族も。

私「…そういえば、靖子姉ちゃんは?」

静江「ああ。今は洋くんのところにいるわ。全くいつになったら結婚するのやら…」

私「…結婚?」

光「二人とも、今付き合ってるんだって。そんなの昔からわかりきってたけど…」

…そうか。あの二人は恋人になったのか。

光「今もグダグダ付き合っててさ。まあ、あの二人らしいけど」

光「で?会いにいくの?」

私「…そうしようかな」

静江「じゃあボクくんを案内してあげたら?」

光「いやだ。道ぐらい覚えてるでしょ」

私「覚えてるけど…」

静江「ちょっと光。あんた…」

光「私、部屋に戻るから。行ってらっしゃい」

静江「…もう、あの子ったら」

私は何か彼女を怒らせてしまったのか。それなら謝らなくては…。

静江「まあ光はこっちでどうにかするわ。ボクくんは靖子に会ってあげて」

私「いいんですか?」

静江「ええ。…まあ、あの子の気持ちもわかるし」

私「?」

静江「さ、会ってあげて。あの子もきっと喜ぶから」

私「はい」

静江「じゃあね」

私「…」

あの夏に解放された扉から、泣き声が聞こえたような気がした。

…あの家に行く途中で、あのお地蔵様があった。

懐かしい。ここで占いをしたっけな。そして、3秒ルールというのも…。

この階段を登れば秘密基地も…。

…淡い思い出に浸りながら、私はあの家へ向かっていった。

私「…」

あの家も…変わらずあった。そういえばあそこにある水はおいしかったな。

ガララッ

??「…ん?誰だお前」

私「!」

玄関の前にいると、玄関からバンダナのようなものを頭に巻いている男が出てきた。

私「オオカミじじい!」

オオカミじじい「何!?誰がオオカミじじいか!」

??「どうしたの父さん…あれ?君は…」

片手には何かのパーツ。そして工材…彼は…

私「洋にいちゃん…」

洋「あれ?どうして僕の名前を…!まさか、ボクくん!?」

私「うん」

洋「靖子!ボクくんが来たよ!」

??「え!?ちょ、ちょっと待って!」

…ああ、あの声…やっぱり懐かしい。

??「ボクくん!」

私「靖子ねえちゃん!」

靖子「ボクくん!会いたかった~!元気!?」

オオカミじじい「ボクくん…あ、まさかあの時の小僧か?」

私「はい」

オオカミじじい「へっ。一丁前になりやがって…」

洋「ははは!元気で何よりだよ!」

靖子「とりあえず上がって!」

私「うん」

靖子「…へ~。今は政治家やってるんだ」

私「うん」

オオカミじじい「へっ。政治家なんて嫌な仕事だろうな」

洋「と、父さん!」

私「いいんだよ。それは本当だし、やりがいもないし…」

靖子「…」

こういう空気にはなりたくないな。

私「そういえば、オオカミじじいは炭を焼いているの?」

オオカミじじい「ん?ああ、もうやめちまったよ。こんな歳だから力が入らねえ」

ちょっと残念だ。あの橋を渡った先の小屋で炭を焼いている光景を見たかった。

オオカミじじい「今はこのバカ息子の手伝いだ。全く、俺もおちちまったもんだ」

洋「はいはい、すいませんでした」

靖子「ふふふ…」

よかった。いい空気だ。

洋「そうだ。新しくロケットを作ったんだけど見るかい?」

靖子「またロケット~?いい加減仕事にも力を入れてよー」

洋「いいじゃん。これが僕のやりがいのあることなんだから」

まだロケットづくりをしているのか。それは見てみたい。

洋「それじゃあ見せよう!父さん、手伝って!」

オオカミじじい「チッ、わぁーったよ!」



私「…靖子ねえちゃん」

靖子「なに?」

私「…」

私はその質問をしようか悩んでいた。でも、なぜだかそれが怖かった。

それでも聞きたい。どうしても。

私「靖子ねえちゃん…今、幸せ?」

靖子「…幸せ、か」

…するべきではなかったかもしれない。こんなことは。

靖子「…チビすけ 三毛猫 泣いた 笑った」

私「あ…」

それは、昔聴いたあの歌だった。

靖子「ララララ ランラン ララララ ラ いつも一人♪」

靖子「陽だまり 三毛猫 友達できた」

…その歌を歌う靖子ねえちゃんはどこか昔の面影があって。

靖子「ララララ ランラン ララララ ラ… たのしいな♪」

幸せそうだった。

靖子「じゃ~ん!」

私「…」

ああ、懐かしい。

靖子「どう?わかった?」

私「うん。わかった」

靖子「私がね。今幸せなのはボクくんのお蔭だと思うよ」

私「え?」

靖子「どうしても…彼と距離を置いていた私を引き留めてくれたのがボクくんだった」

靖子「だから今みたいに、洋くんと話すのが普通の生活になっているのはね」

靖子「あなたのお蔭だと思うよ、ボクくん」

…。

洋「準備できたよ~!」

靖子「じゃあ行こうか。ボクくん」

私「…うん!」

少し、心が晴れた気がする。

洋にいちゃんのロケットを鑑賞し、みんなと雑談し終わったころにはもう日が沈み始めていた。

靖子「あ、もうこんな時間だね」

洋「民宿に戻るの?」

私「うん。そこで泊まるから」

オオカミじじい「怪我するんじゃねえぞ。お前はまだ若いんだ」

私「うん」

靖子「それじゃあ、またね!」

洋「またね!」

オオカミじじい「じゃあな」

私「じゃあね!」

この家族は幸せだ。

私「…どこに行くか」

まだ夕飯まで時間があった。どこかで暇つぶしでもするか…。

…そうだ。光の占い…『富海の里診療所』だ。まだおじいちゃんは元気だろうか。

私は診療所へ向かうことにした。

あの坂を上り、診療所に着いた。

…心なしか、ちょっと雰囲気が違っていた。

何か変わったのだろうか。

私「入ろう」

私「ごめんください…」

??「はーい!…どうしました?」

…この声…。

私「凪咲さん?」

凪咲「え?は、はい…そうですけど…」

私「覚えてないですか?ボクのこと」

凪咲「…!ボクくん?」

私「はい」

凪咲「久しぶりね~!元気だった?」

サイモンさんと結ばれた凪咲さん。幸せそうだった。

凪咲「どうしたの?都会に住んでるのよね?」

私「暇ができたので、久しぶりに…」

凪咲「そうだったの…」

…そういえば、おじいちゃんが出てこないな。

私「あの、おじいちゃんは?」

凪咲「…え?」

私「おじいちゃんですよ。靖子ねえちゃんのおじいさん…」

凪咲「…」

…?

凪咲「…亡くなったの」

私「…え?」

凪咲「十年くらい前に…この診療所のベッドで」

私「…」

おじいちゃん…元気だったのに…。

凪咲「今はお墓にいるわ。時間があったらお墓参りに行ってあげて」

凪咲「先生、ボクくんのこと気に入ってたから…」

私「…は、い」

…ここは、変わってしまったみたいだ。

凪咲「…それで、どうしたの?」

私「あ、その…二人に会いに」

凪咲「そっか。今私がこの診療所の先生なの。先生から頼まれてね」

今は凪咲さんが先生なのか。

凪咲「わたしは診療室にいるから、何かあったら呼んでね」

私「はい」

凪咲「うん。それじゃあね」

…どうしようか。おじいちゃん…。

「うふふふ…」「あははは…」

私「…?」

今の声は何だろう。…あの病室からした。

…あの、病室は。そうだ。あの夏休みで会った女の人がいた病室だ。

私は即座にその病室に入った。

??「…あら?懐かしい子ね」

??「おお…久しい顔じゃ…」

私「…おじい、ちゃん…」

おじいちゃん「覚えてくれてたのか…うれしいのぉ、ボクくん」

そこにいたのは、ベッドの上で楽しそうに話す二人の姿…おじいちゃんとあの女の人の姿だった。

??「久しぶりだね…ボクくん」

私「ねえ、二人は…」

当時小学三年生だったボクでも、想像はできていた。

おじいちゃん「そうじゃ…ここにいる彼女は、わしの家内じゃ」

??「えへへ、なんだか恥ずかしいな」

私「…」

あの肩たたきの時にくれた50円玉…あれは古い時代の硬貨だった。

それに、おじいちゃんたちが昔話していた会話…二人はそういった仲なのだろうと思っていた。

おじいちゃん「わしが死んだあの日…わしは彼女のことを思っていた」

おじいちゃん「『ここにいる彼女はどうなるのか』『わしと一緒にいれないのか』…」

おじいちゃん「わしはそればかり気にして、孫たちに囲まれながら死を迎えたんじゃ」

??「…でも、私への思いが強かったのかな。成仏しないでここに残っちゃった」

おじいちゃん「ははは。お前といられるならいいんだ」

??「…もう」

私「…」

おじいちゃん「なあ、ボクくん」

私「なに?」

おじいちゃん「昔みたいに、肩たたきをしてくれないかのぉ。お願いじゃ」

??「私もやってほしいな。キミの肩たたき」

私「…うん、やるよ」

おじいちゃん「駄賃はやれんが…頼むぞ」

??「お願いします」

私「…」トン トン トン

おじいちゃん「うん、気持ちいいのぉ」

私「…」トン トン トン

おじいちゃん「…なあ、ボクくん」

私「何?」トン トン トン

おじいちゃん「またお願いじゃが…あの子たちを見守ってくれんか?」

私「え?」トン…

おじいちゃん「ああ、続けてくれ」

私「う、う

>>65 訂正
私「う、う
  ↓

私「う、うん…」トン トン トン

おじいちゃん「わしはのぉ…孫たちが大好きじゃった」

おじいちゃん「靖子は洋くんと一緒になったが…光はまだ一人じゃ」

おじいちゃん「光はああして気丈を振る舞っておるが、本当は寂しいんじゃ」

おじいちゃん「あの子を一人にしないでくれるか?」

私「…」トン トン トン

おじいちゃん「我儘ばかりだったわしの未練じゃ…頼む」

私「…わかったよ、おじいちゃん」トン トン トン…

おじいちゃん「…ありがとう、ボクくん」

私「…」トン トン トン

??「ねえ、ボクくん」

私「何?」

??「私からもお願い。聞いてくれるかな?」

私「うん」

??「この診療所の近くにある森の奥に…骨があるの」

??「その骨を、この人のお墓と同じお墓にいれてくれるかな?」

…その骨は、一度見たことがある骨だった。

??「体が完全に朽ちる最後まで…この人と一緒にいたい…」

私「…約束する」トン トン トン…

??「ありがとう。ボクくん」

私「…」

おじいちゃん「ああ…だいぶ楽になった…」

??「そうだね。とても楽」

おじいちゃん「ありがとうボクくん。最後までわしたちのお願いを聞いてくれて…」

??「ありがとう」

私「…うん」

おじいちゃん「さて、未練が残るまでここにいよう」

??「そうだね」

おじいちゃん「それでは、元気での」

??「じゃあね」

私「…うん」

私はこの病室を後にした。

~民宿~

おばちゃん「あ、ボクくん!ごはんできてるわよ!」

私「…うん」

おばちゃん「?どうしたの?」

私「いや、なんでもないよ。行こうよ」

おばちゃん「うん」

おじちゃん「それじゃあ、いただきます!」

「「「「いただきます!」」」」

…これも、ボクが見た光景だ。

「いただきます」から始まる食事…何年ぶりなのだろうか。

…。今の私の家にはない光景だ。

おじちゃん「ごちそうさまでした!」

「「「「ごちそうさまでした!」」」」

そう、この光景も。

…そろそろ風呂に入ろう。おばちゃんに聞いたところ、あの風呂場は変わらずあるらしい。

この時間帯は男湯だ。

でもほかに入る人がいないようなので、僕の一人風呂になりそうだ。

風呂に入るとしよう。

…。

私「…」

この静けさ…懐かしい。ここでもいろんなことがあった。

タケシやシゲルとの話、サイモンとの話、怖いおじさんとの話。

昔の思い出が想起される。

…。

私はどうしたらいいのだろうか。

おじいちゃんたちの未練を解き放った方がいいのだろうか。

あの二人が幸せに逝くのなら、私は喜んでそれをしたい。

…でも、私にそれができるのだろうか。

今の私は昔のボクとは違う。社会に染まってしまった社会人なのだ。

そんな私ができることなどあるのか?

…どうしたらいいのだろうか。

泊まる部屋だが、私の希望であの夏休みと同じ部屋にしてもらった。

この部屋は私の思い出でもあるからだ。

私はこの部屋以外の部屋で寝泊まりしたくなかった。

…おや?何かカバンに入っている。

…!あの夏休みの日記だ。もしかしたら無意識に持ち出したのかもしれない。

どうしても捨てられなくて、机の引き出しにしまっていたのだ。

しかも、数ページ空きがあった。富海での夏休みが8月から始まったので、空きがあった。

…。

8月1日 土曜日 ☼

二十年ぶりの富海。
昔とほとんど変わらずそこにあった。

しかし、変わってしまったものもあった。

私はどうしたらいいのだろうか。
おじいちゃんと彼女のお願いを叶えられるのだろうか。
私は…。

…。

今日は寝よう。続きは明日だ。



~一日目 了~

ちょうどいいので今回はここまでにします。


ぼく夏2が1番ハマったなぁ…

あと>>1さんはageないんですか?

>>80
別にいいかなーってことで

続きは13:00からで

…。

朝だ。そろそろ起きるとしよう。

夏休みだったらラジオ体操へ向かう時間だったが、朝食だけでいいのである。

ちょっとさみしい。

おじちゃん「いただきます!」

「「「「いただきます!」」」」

今日はみりん干しだ。懐かしい。あの夏休みではおなじみだった。

都会では食べることもなかったメニューだ。食べたい。

…おいしい。やっぱりあの味だ。

おばちゃん「どう?何か変じゃない?」

私「ううん。とてもおいしいよ」

おばちゃん「ふふ、ありがとう」

そう、おばちゃんの笑顔も楽しみだった。

おじちゃん「ごちそうさまでした!」

「「「「ごちそうさまでした!」」」」

タケシ「そういえば、ボクくん今日どうするの?」

私「え?」

タケシ「昨日はみんなに挨拶してたと思うけどさ、今日はどうするのかなーって」

あの二人の願いの為に動こうと思っていたが…どうしようか。

タケシ「もし暇ならさ、あの秘密基地に行かない?」

私「え?まだあるの?」

タケシ「うん。昔と変わらずね」

そうか…あの秘密基地は残っているのか。

どうしようか。

タケシ「ボクくんと俺とシゲルと光で行こうかなって思ってるんだけどさ」

私「光も?」

光も来るのか。

タケシ「ああ。昨日秘密基地の話をしてたら、私も行きたいって」

タケシ「あいつも仲間だったからさ。どう?」

…光、か。

私「わかった。行くよ」

タケシ「よし!それじゃあ今から行こうぜ!」

二人のことはまだいいだろう。

シゲル「…」

タケシ「行くぞシゲル!」

シゲル「わ、わかってるよ!」

どうしたのだろうか。シゲルは悶々としていた。

まあいいか。行くとしよう。

神社の階段を上ると見えてきた…。

私「…」

感無量…いや、どの言葉も合わない。それほどまでに大きな感動だった。

あそこはボクの夏休みの思い出の中でも大きい…。少年時代の象徴だった。

私「…あれ?光?」

よく見ると光がいた。私たちに気付いて、手を振ってきた。

光「おっそーい!早くー!」

タケシ「今行く!」

…ああ、懐かしい。

昔のように木でできた梯子を上ると、彼女がいた。

光「私を待たせるなんてどういう神経してるの?」

シゲル「う、うるさいな!」

タケシ「ああ…だめだこりゃ」

そうだ。シゲルと光の喧嘩もあったな。

でもシゲルの一方的な吹っかけから始まった喧嘩だったけど。

タケシ「はいはい。喧嘩はそこまでだ」

光「ふんっ!」

シゲル「…うう」

どうやらこの二人の関係は変わっていないようだった。

私「そういえば、今日は何をするの?」

タケシ「ん?昔みたいにどっかに行くんだよ」

光「森に行ったり、トッテン山に行ったり…っていう感じ」

シゲル「で、でもあの洞窟だけは勘弁だね…」

あの洞窟…間違いなく、暗闇洞窟のことだろう。

タケシがあの穴に落ちた時は大きな騒動になったものだ。家族の絆というものがわかった時でもあるが。

…そういえば。

私「ねえ。あの洞窟にあった金塊ってどうなったの?」

タケシ「あれ?ボクくん知ってたの?」

周りには言ってなかったな。知っているのは私の日記を見た人だけである。

私「実はあの夏休みの時…見つけてさ」

シゲル「えぇ!?こっそり持って行ってもよかったのに!」

光「馬鹿ね!アンタみたいな馬鹿じゃないんだからそんなことしないわよ!」

シゲル「な、何だとー!?」

…本当は、それがなんなのか知らなかったからなんだけどね。

札束とかだったらちょっと目が眩んだかも。

タケシ「芳花さんと保田さん覚えてる?」

芳花さん…あの海の音と共に聞こえるギターのことは今でも覚えている。

なんだか女の人らしくないなあって思ってけど、あの時の芳花ねえちゃんの顔はちょっと怖かった。

刑事だったんだろうな。それも、怖いおじさんを探していた刑事。

保田さんはどうしているんだろうか。芳花ねえちゃんと怖いおじさんを探していた人だ。

それ以上に、芳花ねえちゃんとどうなったのかが気になるけど。

私「うん。憶えてる」

タケシ「あの二人ってさ…実は、刑事だったんだ」

やっぱりそうだったのか。『捜査』とか『明日おさえる』とか言ってたし。

タケシ「あの時にあった金塊事件を捜査していたんだって。犯人は…まあ、知ってるよね」

怖いおじさんだ。

いつも無口だったけど、会うにつれて仲良くなれたおじさん。

おじさんが連れて行かれる前日に防波堤で言った『年貢の納め時』という言葉。

それを言ったおじさんの顔を今でも覚えている。

…ある意味この夏休みの中でも、おじさんがボクにとって大きな存在だった。

タケシ「取り調べで、あの洞窟に金塊があるって自供したらしいんだ。それで捜査したら…っていう感じ」

私「…」

シゲル「馬鹿な犯人だよね~。欲に目がくらんで盗むなんてさ」

シゲル「それをこっちに隠すなんて大迷惑だよ~!」

私「シゲル!」

シゲル「!」

私「…あ、いや…そこまで悪く言わないでよ」

…私らしくない。

タケシ「まあ、どんな事情があったのかはわからないけど、そこまで言わなくてもいいだろ」

光「そうよ。全く」

シゲル「え、ご、ごめん…」

タケシ「…で。これからどうしようか」

光「森を通ってトッテン山に行けばいいんじゃない?」

シゲル「それでいいと思う」

タケシ「ボクくんはどう思う?」

問題はなかった。…でも、森を通るということは…。

私「何か袋とかない?」

タケシ「袋?…ああ、秘密基地で余った袋ならあるよ。これ」

これなら十分だ。

私「ありがとう。これ貸してもらっていいかな?」

タケシ「別に古いやつだから持って行ってもいいけど…どうしたの?」

私「ううん。何でもない」

これは話すべきじゃないな。

光「…」

タケシ「それじゃあ行こうか。探検隊スタートだ!」

シゲル「オー!」

光「オー!」

懐かしい。あの時は唐沢探検隊だったかな。

私「オー!」

森を歩いていくと、大きな木の前にきた。

タケシ「…お!シゲル!フジミヤマクワガタだ!」

シゲル「え!?捕まえようよ!」

光「ちょ、ちょっと!私虫嫌い…!」

…実は私も嫌いに近い。昔はどんどん触っていたが、年をとるにつれて嫌いになってしまった。

タケシ「…とらっ!」

ボトッ

光「きゃああ!!!」

光の悲鳴…貴重だ。夏休みでは一回も聞けなかった気がする。

シゲル「よかったー。虫かご持ってきてて…よいしょ」

タケシ「ゲットだ!」

光「き、気持ち悪い…」

なんだかおもしろい。愉快な気分というか…。

私「あっはっは!」

光「な、何笑ってんのよ!」

私「あっはっはっは!光って虫嫌いなんだ!」

光「う、うっさいわねー!」

楽しい。昔みたいだ。

…しばらく歩くと、あの場所に着いた。

タケシ「着いた。ここが奥沢の始まりの場所!」

…あれ?唐沢じゃなかったっけ?

…そうだった、唐沢は母の生まれの地だった。何を間違えてるんだ私は…。

タケシ「それじゃあ進もうか」

おっと。本命を忘れる所だった。

私「ごめん、みんな先に行ってていいよ」

シゲル「え?何で?」

私「その…」

光「いいんじゃない?好きにしてあげれば」

タケシ「…わかった。じゃあちょっと先の所で待ってる」

ナイスフォロー。

タケシ「それじゃあ先に行ってるから!」

シゲル「早く来いよー!」

私「うん!」

…さて、早くしないと。

私はみんなが行ったことを確認して、裏の森へ行った。

…あった。あの骨だ。

鎖を解き、走ったケン坊を探して見つけた先にあった裏の森。

そこであった骨は…恐怖というか、悲しさというか…そんなものが渦巻いていた。

きっとケン坊は、愛する家族の骨を見つけてほしくて走っていたのだ。

唯一、お墓にいれてもらっていない彼女の骨を…。

…さて、とにかくこの骨を袋に。

光「…それ、何?」

私「…光」

光「…」

…言うべきだろうか。本当のことを。

私「…今から言うこと、信じてくれる?」

光「…うん」

…。

光「…本当?」

私「うん」

光「…おじいちゃん、そんなことを…」

私「だから、おじいちゃんたちの願いを叶えてあげたい。だからこの骨を…」

光「…」

光「手伝う」

私「え?で、でも…」

光「今までみんなに甘えきってた私ができる親孝行だもん…それぐらいしたい」

私「…光」

そうか。彼女も…変わってたんだ。

私「ありがとう。光」

光「…うん」

…。

光「この骨を…おじいちゃんのお墓に入れればいいの?」

私「うん。それがあの人…おばあちゃんの願いだから」

光「…」

私「行こう。二人が待ってる」

光「うん」

私たちは二人に合流し、各所へ行った。

各所で虫を探し、捕まえるタケシとシゲル。

それを見て気味悪がる光。

それを眺めて昔を回想する私。

そんな昔懐かしい光景が、私はとても愛おしかった。

大好きだった。

タケシ「…そろそろ帰るか。日が暮れてきたし」

タケシ「どうする?」

一回二人に会ってこようかな。

私「ボクはここで終わりにするよ」

光「じゃあ私も」

タケシ「それじゃ解散だな。じゃあな~」

…。

それでは、行くとしよう。

光「待って」

私「?」

光「…私も行きたい」

…おじいちゃんの為にも会わせた方がいいのかもしれない。

私「わかった。それじゃあ行こう」

光「うん…」

二人で行くことにした。

~診療所~

凪咲「…あら?ボクくんと…光ちゃん」

私「どうも」

光「…」

凪咲「…ふふ、積極的ね」

光「!ちょ、ちょっと凪咲さん…!」

私「え?」

凪咲「それじゃあごゆっくり…頑張ってね」

光「…うう」

なんだろう。何かあったのか。

私「何かあったの?」

光「な、何でもない!早く行こう!」

光「…あ」

おじいちゃん「…おぉ。光じゃないか」

??「大きくなったね」

光「…お、じいちゃんっ…!うわぁあああああん!」

おじいちゃん「おぉ…ほほ、泣き虫なのは変わらないのぉ」

光「おじいちゃぁんっ…ひっぐ…うわぁああああん!」

おじいちゃん「よしよし。いい子じゃ…」

私「…」

いい家族だな。そう思った。

…。

??「…見つけてくれたんだね。私の骨」

私「はい…」

??「ケン坊…頑張ったね」

…思えば、あれから二十年だ。ケン坊はもう他界したのだろう。

あの時のケン坊の行動は死ぬ前の未練だったのかもしれない。

おじいちゃん「あと残るのは…わしの未練じゃな」

光「…」

おじいちゃん「それで晴れて、わしたちは残すことなく逝ける…」

私「おじいちゃん…」

…二人はもう逝かなくてはならない。それが二人の願いだからだ。

おじいちゃん「ボクくん頼む。わしの未練も…」

光「…いやだ」

おじいちゃん「?」

光「いやだよぉ…おじいちゃん…!離れたくないよぉっ…!」

おじいちゃん「…光。もう、わしはいいんじゃ」

光「いやだ!いやだいやだいやだ!一緒にいたいよ!」

おじいちゃん「…」

光「家に行ってもお母さんしかいない…おじいちゃんがいないもん…」

光「おじいちゃんがいない家になんか帰りたくないよぉ!!」

おじいちゃん「光!いつまでも甘えるんじゃない!!」

光「!」

おじいちゃん「…光。お前はもう強い。わしがいなくても生きられる」

おじいちゃん「現にお前は今生きているじゃないか。そうじゃろう?」

おじいちゃん「お前はわしの孫じゃ。そんな簡単に負けるわけがない!」

おじいちゃん「だから光…お願いじゃ」

光「…そんなの…そんなのわかんないよぉ!!」

ダッ

私「光!」

おじいちゃん「…」

??「…しょうがないよ。大好きだったあなたがいなくなったら…」

おじいちゃん「大丈夫じゃ。あの子はわしとお前の孫じゃ。挫けずに生きる」

おじいちゃん「…ボクくん」

私「…うん」

おじいちゃん「あの子を一人にしないでくれ…あの子にはまだ必要なものがある」

私「必要なもの?」

おじいちゃん「あの子の傍にいたわしはこの身…靖子は一人立ちを始めている」

おじいちゃん「そして、母親の静江を許していないあの子には家族がいないんじゃ」

…そうだ。光は今は一人なのだ。

おじいちゃん「あの子の支えになってくれ…頼む」

私「わかった。ボク、頑張るよ」

おじいちゃん「…ありがとう」

??「私からもお願いする。あの子を助けてあげて」

私「うん。約束する」

??「ありがとう、ボクくん」

私「行ってくるね」

おじいちゃん「頼むぞ…」

??「行ってらっしゃい」

…さあ、光の所に行かなくては。

~秘密の砂浜~

…いた。

光「ひっぐ…うっ…えっぐ…」

私「…光」

光「!」

私「…隣、いいかな」

光「…う、ん」

光「…どうしてここがわかったの?」

私「秘密の場所、だから」

光「…」

私「…」

光「…」

私「…ボクさ」

光「うん」

私「ここに来るまで、生きる意味とか全く考えてなかった」

光「…」

私「家族も今じゃボロボロだし、生きがいとか全然わからなかった」

私「そんなとき、富海からの手紙が来たんだ」

私「昔みたいに楽しい思い出に浸れたらなって、僕は来たんだ」

光「…」

私「変わってないものがあった。でも変わってしまったものもあった」

私「でもどんなものだって、昔みたいな思い出があったんだ」

光「…何よ。死んだら思い出もないじゃない」

私「思い出はある。だって、光はおじいちゃんのことを忘れなかったじゃん」

光「…」

私「…消えちゃうのは悲しいけど、それを乗り越えなきゃいけない」

私「それがおじいちゃんたちの願いだから」

光「…」

私「おじいちゃんがいなくなって光は一人じゃないよ。みんながいる」

私「靖子ねえちゃん、静江さん、タケシ、シゲル、みんな…みんなが光を支えてくれる」

私「だから、頑張ろう。光」

光「…」

光「…バーカ。何かっこつけてんの。馬鹿みたい」

光「私より一つ上だからって大人ぶっちゃってさ、何よ」

光「本当、馬鹿。馬鹿みたい」

私「…」

光「本当、ばか…ばか…」

光「ばっかみたいっ…!」

私「…」

光「何で…死んじゃうの…おじいちゃんも…おとうさんも…」

光「何でみんな離れちゃうの…」

私「光…」

光「…わかってる。もうおじいちゃんから自立しなきゃいけないって」

光「それでもいやだよ…大好きなおじいちゃんから離れるなんて嫌だよ…」

光「ねえ…どうしたらいいの?」

私「…」

答えが出なかった。

光「…昔に戻れたらいいのに」

私「…」

あの頃は私の家族は今ほど荒んでいなかった。

昔ほど私にとって美しい瞬間はなかったのだ。

それはきっと、光にとっても同じ。

私「…おじいちゃんはボクに頼んだんだ。光の支えになってくれって」

光「え?」

私「どんな形の支えになったらいいかはわからない…でも、ボクは光の支えになりたい」

私「これはおじいちゃんの願いだけじゃない、僕の本心だ」

光「…う、うそばっかり。どうせ嘘なんでしょ」

私「嘘じゃない」

光「もういい…もういいよ…」

私「聞いてくれ!」

光「…」

私「もう夏休みは戻ってこない!だからボクたちは前に進まなきゃいけない!」

私「それがおじいちゃんの願いならそれを叶えてあげようよ!それがおじいちゃんへの親孝行だ!」

私「ここで恩返ししてあげようよ!それができるのは今しかないよ!」

私「光…おじいちゃんの願いを叶えてあげよう」

光「…」

光「…ねえ」

私「…うん」

光「泣かせて」

私「わかった」

…。

…。

光「…あーあ、泣いた。泣きまくった」

光「こんなに泣いたの、おじいちゃんが死んじゃった時以来」

私「…」

光「…うん。私頑張る。頑張ってみる」

私「…うん」

光「おじいちゃんのためにも、おばあちゃんのためにも…私が頑張らなきゃ」

光「そうだよね」

私「うん。そうだよ」

光「…帰る」

私「送ってくよ」

光「別にいい」

私「送ってく」

光「…その強情な所、相変わらずだね」

私「そうかな?」

意識してなかった。

光「…ま、それがアンタのいいところなんだけど」

私「え?」

光「あー何でもない!どうせ聞こえてても意味わかんないでしょ!」

私「?」

…帰路の中、光はずっと前を向いていた。

涙を目に浮かべず、何か決意を秘めた目でじっと、ただ前を見つめていた。

そんな彼女を見つめる私の目線に気付くと、光は目を逸らした。

何故目を逸らすのかと聞いても、うるさいとしか返事をしてくれない。

私はそこまで気づくことはできないようだ。

光「…ありがとう」

私「どうってことないよ」

光「…」

私「…ごめんね。光の気持ちを察するべきだったよね」

光「いや、そんなことない。アンタのお蔭で前を向けそうだし」

光「ありがと」

私「う、うん…」

…この気持ちはなんだろうか。もやもやするというか…。

光「?どうしたの」

私「い、いや何でもないよ」

光「そう?」

光「それじゃあ…また明日」

私「うん、また明日」

光「じゃあね」

私「じゃあね」



私「…」

光「…帰らないの?」

私「…」

…帰りたくなかった。

私「光…」

光「…うん」

私「…」

光「…」

私「…」

ぼーっとした気分で部屋に戻った。

…この気持ちはなんだろう。どんな気持ちなんだろう。

ただ、幸せだということはわかる。

…。

8月2日 土曜日 ☼

おじいちゃんの奥さんの願いのために唐沢…じゃない、奥沢へ。
ケン坊、ありがとう。お前は設楽家の誇りだ。

光の願い、おじいちゃんの願い…どちらも強いものだった。
だからこそ、光にはおじいちゃんの願いを受け入れてほしい。
それがおじいちゃんの願いだからだ。

…今日の光との思い出は、忘れられそうにない。
この年になって初めてだったから…。

…。

ああ、もう寝よう。もう寝る。


~二日目 了~

今回はここまでで。

>>131 訂正
8月2日 土曜日 ☼
     ↓
8月2日 日曜日 ☼

投稿始めます。

…。

朝か。

…今日で、いろんなことが終わる。

悲しいことだ。嫌だ。終わってほしくない。

でも…僕たちは前を向いて歩きださなければならない。

もうあの夏休みは戻ってこないのだから。

行こう。おじいちゃん達の所へ。

夏休みを終わらせるんだ。

…。

私「…来てたんだ」

光「…まあ、ね」

…目元が赤い。

私「…」

光「…」

光「…なーに変な顔してんのよ。さっさと行くわよ」

私「…うん」

一番辛いのは私ではない。…彼女だ。

光「もう、進むしかないんでしょ?」

私「…うん」

光「行こう。…決心したから」

…決心。

私「わかった。それじゃあ行こうか」

光「…うん」

おじいちゃん達が待つ診療所へ…。

ドアの前に立った。

この先に一歩でも進めば、おじいちゃん達がいる。

光「…」

私「…大丈夫だよ。僕がいるから」

光「…」

私「無理しなくていい。僕がいるから」

光「…うん」

光「手、離さないで」

私「わかった」

そして、一緒にドアを開ける…。

二人がいた。

おじいちゃん「…来たか。二人とも」

光「…」

おじいちゃん「…そうか。どうやら、お前はもう一人じゃないんじゃな…光よ」

光「…うん。もう、私は一人じゃないよ」

光「こいつがいるから…私を一人にしないって約束してくれたこいつがいるから…大丈夫だよ」

光「おじいちゃん…光、もう大丈夫だよっ…!」

おじいちゃん「…そうか。そう、かぁ…!」

光「…お、じいちゃん」

おじいちゃん「ほほほ…年甲斐もなく、涙が出おったわ…」

光「おじいちゃんっ…!」

??「ボクくん。ありがとう。私たちの未練を消してくれて…」

私「…うん」

??「なんだかね。今までも一緒にこの人と話してたのに、今はもっと近くにいる気がするんだ」

??「この人とね…一緒に、逝ける気がして…」

おじいちゃん「お前…」

??「ありがとう…ボクくん」

私「…うん」

??「…光」

光「…な、に?」

??「いい?その人を離しちゃだめだよ。その人は光にとってとっても大事な人なんだから」

??「私みたいに、早く別れちゃうようなことがあったらだめだよ。大好きな人と一緒に生きて、笑って、泣いて、怒って…」

??「そんな一日一日を幸せに生きるんだよ。大好きな人がそばにいるっていうことは、とても幸せなことなんだから」

??「たとえ辛いことがあっても、大好きな人が一緒にいればへっちゃらなんだよ。一緒にいれば悲しみも消えちゃうんだから」

??「だから、私たちの分まで幸せに生きてね。私の大切な孫…光」

光「…う、ん」

光「私…幸せになるよ…おばあちゃんたちの分まで…!」

??「…うん。それでいい」

おじいちゃん「…ボクくん」

私「何?」

おじいちゃん「ありがとう…ボクくんのお蔭で、わし達の心残りもなくなった…光も大丈夫そうだ」

おじいちゃん「この部屋に入った時…二人が手をつないでいるのを見て確信したんじゃ。この二人は切っても切れない二人…」

おじいちゃん「そう、まるでわし達のようだった」

??「うん。強い絆で結ばれた二人、っていう感じかな」

おじいちゃん「感謝しても足りない…本当にありがとう、ボクくん…」

私「…ううん。そんなことないよ」

私「ボクは、ここで過ごした夏休みの思い出がとても美しくて…大事だった」

私「人だったり、環境だったり、関係だったり…変わってしまったものもあった」

私「それでも変わらないものがあったんだ。この町に来てそれがわかった…」

おじいちゃん「変わらないもの…」

私「…思い出だった」

私「どこに行っても、そこに在った思い出は変わらずにそこにあったんだ。昔と全く変わらない思い出…」

私「"ぼくのなつやすみ"と同じ思い出が」

おじいちゃん「…そうか。君は憶えていてくれたんだな。この富海での思い出を…」

??「君が過ごした、小学3年生の夏休みを…」

光「…そっか。アンタは本当に憶えてたんだ」

忘れるわけがない。

だって、"ぼくのなつやすみ"は私…ボクにとって、一番美しいものだったから。

いろんな人との出会い、初めて見るいろんな虫や魚、熱い日差しの中の遊び、子供たちで集まった秘密基地、そして出来事…。

それはもう手に入ることはない、思い出だったんだから。

私「ボクはこの思い出をくれた人…三人に恩返しがしたかった」

私「だからボクは助けたかったんだ。苦しみ続けていた三人を…」

おじいちゃん「ボクくん…」

??「…そっか」

光「…」

…?おじいちゃんたちの体が…?

光「…え?な、なんで…?」

二人の体が…透けていく…?

おじいちゃん「…もう、迎えの時間のようじゃな」

??「とうとう、か」

光「そ、んな…もう、いっちゃうの?」

おじいちゃん「…すまんの。光」

私「二人とも…」

…わかっていた。だけど…別れは避けられない。

光「…」

光「…私、泣かないから」

おじいちゃん「!」

光「二人が逝くまで…私、泣かないから」

光「だから…安心して、お別れしよう?」ニコ

おじいちゃん「!…」

おじいちゃん「ひ、かりぃっ…ここまで…ここまで立派にぃ…!わしは果報者じゃぁ…!」

??「…私たちの孫は強い子だね」

おじいちゃん「う、む…ほんとうに…わしにはもったいないくらいじゃ…」

光「…おじいちゃん、おばあちゃん」

おじいちゃん「…なんだい?」

??「どうしたの?」

光「…光は、二人の孫で本当に幸せでした」

光「大好きです…おじいちゃん、おばあちゃん!」

おじいちゃん「…うむ」

??「うん」

おじいちゃん「…光…わしからもお礼を言うよ。光のおじいちゃんで本当に幸せじゃった…大好きじゃ」

??「光のおばあちゃんで本当に幸せだったよ。大好きだよ、光」

光「…うん!」

おじいちゃん「それじゃあ、さようならじゃ…逝こう」

??「うん、一緒にね」

…ついにお別れだ。

おじいちゃん「二人とも…」

??「二人とも…」

光「…うん」

私「…うん」

おじいちゃん・??「「ありがとう…」」



…それが、最後の言葉だった。

光「…」

私「…」

光「…もう、いいよね」

私「うん。もう、我慢しなくていい」

光「…ぅ…ひっぐっ…うわぁあああああああああん!!!」

光「おじいちゃあああああんん!!おばあちゃああああんん!!」

私「辛かったよね。よく頑張ったね」

光「うわぁあああああああああんん!!!!」

…こうして、この出来事の幕は閉じた。

懐かしい思い出と、別れを残して…。

~数年後~

あの富海での出来事から数年して、私は政治家を辞めた。

政治家でいることが馬鹿らしくなった。それ以上の理由はない。

当然両親から反対されたが、私は両親に今までため込んでいたものを吐き出した。

「やりたい事ができた」「これはボクの人生だ」「ボクの行きたい道を行きたい」

…今思えば、こんなことはもっと早く言えたんだ。だけど、私にはそうする理由がなかった。

憤慨する息子の訴え…それは初めて見せる反応だった。二人は衝撃を受けていたようだった。

こんな喧嘩をしたこともなかったんだ。

両親にすべてを話し、富海に行くことを打ち明けた。

…もう、決めたことなんだ。そう言って頑として譲らなかった。

そして、私は富海に戻り…今に至る。

今は民宿の食堂の前…アイスがある方の所に漣の音を聞きながら立っていた。

ここはボクのお気に入りの場所だ。

ここにいると、芳花ねえちゃんのギターの音色が聞こえるような気がするから。

…漣の音が聞こえる。カモメたちの鳴き声と共に…。

??「…えいっ!!」ピタ

私「冷たっ!!!」

な、何だ…!?

??「あっはっはっは!何驚いてんのよ!」

私「…ひ、光!びっくりしたよ!」

そこには、チューチューアイスを持った光が。

光「はい。アイス」パキッ

私「ありがとう」

光「…本当に、よかったの?」

私「え?」

光「政治家やめて…富海に来るなんて」

私「別に後悔してないよ」

光「…別に離れ離れでも、私はつらくないし」

私「ボクが光のそばにいるって決めたんだ。だから後悔してない」

光「ば、バカ。…でも、ありがと」

これは本当だ。

私「それじゃあ行く?」

光「うん。行こう」

…花を供えた。

光「…おじいちゃん、おばあちゃん。元気?」

『相楽家之墓』と刻まれたお墓の前で、光が目を閉じて手を合わせながら言う。

光「こいつがね。私と一緒にいてくれるんだって。自分の仕事捨ててまで、バカみたいだけど…」

悪いか。

光「…でも、だから今幸せだよ。もう絶対に一人じゃないから」

光「だから…天国から私たちを見守っててね。おじいちゃん、おばあちゃん」

私「光…」

光「…さ、アンタの番」

私「うん」

私「…おじいちゃん、おばあちゃん」

私「ありがとう。僕に思い出を…"ぼくのなつやすみ"をくれて。本当にありがとう」

私「…約束は絶対に守るよ。光は一人にしない。幸せにする」

光「…」

私「たとえどんなことがあっても、ボクは光を生きる。約束する」

私「ボク達を天国で見守っててね、おじいちゃん、おばあちゃん」

私「…」

光「…」

光「…男なら、約束守ってよ」

私「うん、絶対に」

光「…」

私「ボクと一緒に生きよう、光」

光「…うん」

私「絶対に幸せにする」

光「うん」

私「…大好きだよ」

光「私も…大好き」

私「…行こうか」

光「うん」

私「…」

『『ありがとう…』』

私「え…!?」

光「?どうしたの?」

…確かに、聞こえた。

私「…」

光「?」

私「…もう、夏だね」

光「もう8月だし、夏休みの始まりかな」

私「…そう、か」

まだ、思い出は続いていくんだ。

私「まだ続くんだ」

光「そうね。まだ終わらない…」

私「"ぼくのなつやすみ"は…まだ終わらないんだ」

この町の思い出の中で、ボクはそう思った。



~終わり~

お目汚し、失礼しました。

このSSまとめへのコメント

1 :  SS好きの774さん   2014年06月08日 (日) 00:20:07   ID: uQrJnQA7

ぼく夏2やりこんでいましたがもう一度やり直そうと思います!
読んでてめっちゃ泣きそうになりました。

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