とある魔術の禁書目録 再構成 (857)

上条さんが頭でも運動能力でも原作より強い状態での再構成です。

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七月二十日、夏休み初日。

「良い天気だし、布団でも干すか」

上条当麻が思わずそう呟いてしまうくらい、天気は快晴だった。
夕立などがなければ、三時くらいにはふかふかだろう。
そんな事を考えながら開いた網戸からベランダに向かうと、手すりには既に、白い服を着た人間が干してあった。

「は?」

意味不明だった。
上条は冷静になる為に一旦深呼吸をして、一応警戒しつつ、その人間に近付いて観察してみる。
長い銀髪に白い修道服、女の子のようだ。
修道服と言えば黒、というイメージがあった上条は、物珍しそうに観察を続ける。
修道服の要所にはティーカップのように金糸の刺繍が織り込まれている。

とそこまで観察したところで、少女の綺麗な指先が微かに動いた。

「うわ!?」

思わず、ほんの少し後ずさりする上条をよそに、少女のだらりと下がった首が、ゆっくりと上がる。
前髪が左右に分かれて、その可愛らしい顔が露になる。
雪のような白い肌に、エメラルドのような緑色の瞳。すなわち、外国人。

「……えっと」

非常にまずいことになった。
上条の英語の成績は悪くない。寧ろ優秀な方だ。リスニングも割と得意だ。だから聞くだけなら何とかなるかもしれない。
だが、会話するとなると話は違ってくる。
筆記が出来たって会話は出来ない、なんて人はザラにいる。
例に漏れず上条もその一人だった。
そもそも、話す言語が英語とも限らない。

と、そんなことを危惧している内にその時は訪れる。
少女は、緑色の瞳で上条を見つめながら薄い唇を動かして、

「おなかへった」

「……え?」

聞き間違いでなければ、日本語だった気がする。
聞こえていないとでも思ったのか、少女は繰り返した。

「おなかへった」

間違いない。彼女が話している言語は日本語だ。
まだ状況を掴みきれないが、日本語なら何か返答すべきだろう。

「えっと、とりあえず、目玉焼きぐらいならすぐ作れるけど」

すると少女は威勢よく、

「おなかいっぱいごはんを食べさせてくれるなら、何でもいいんだよ!」

まあ、目玉焼きぐらいなら良いか。
言った手前もあるので、とりあえず彼女を部屋にあげることにした。

三十秒で作った目玉焼きを五秒で完食された。
しかし上条は、その驚異的な捕食速度に驚く事もなかった。
頭に疑問が浮かんでいたからだ。

なぜ外国人である彼女がここにいるのか。
ここ学園都市は東京西部を一気に開発して作り出され、一部を神奈川や埼玉に及ばせながら東京都の中央三分の一を円形に占めていて、『記憶術』や『暗記術』という名目で超能力研究、即ち『脳の開発』を行っている。
さらに、あらゆる科学技術が最先端であり『外』より数十年ほど文明が進んでいる。この進んだ科学技術を外部に漏洩させない為に、基本的に学園都市外の人間、ましてや外国人の侵入を簡単に許すとは思えない。
もっとも、自分の知らないところで交換留学などやっているのかもしれないし、九月の下旬ごろに一週間ほど行われる大覇星祭などで一般開放される例外もあるから、一概には何とも言えないが。

とそこで、目玉焼きを平らげて満足そうな少女が口を開いたために、上条の思考は断ち切られた。

「まずは、自己紹介をしなくちゃいけないね。私の名前はね、インデックスって言うんだよ」

「インデックス?」

『目次』ということだろうか。少なくとも本名ではないだろう。
ニックネームなのかもしれない。それはそれで珍しいが。

「うん。見ての通り教会の者です。バチカンの方じゃなくて、イギリス清教の方だね。魔法名はdedicatus545『献身的な子羊は強者の知識を守る』だね」

意味が分からない。
しかし、嘘をついているようにも見えない。
ひょっとしたら、『どっきり』だったりするのだろうか。
『肉体変化』(メタモルフォーゼ)なら、外国人に化けることも容易ではある。

しかし、そうとは考えにくい。

『肉体変化』が銀髪碧眼のシスターに化けて、自分に対してどっきりを仕掛ける意味を見出せない。
そもそも友人や知り合いに『肉体変化』はいない。

武器を扱えるだけの頭があるぐらい頭がいいと見ても良かろうか

「黙りこんでいるけど、どうかした?」

少女に危険性は感じない。ここは直接問い詰めた方が早い。

「で、本名は何?」

なぜベランダに干されていたのかを聞こうと思ったのに、気になっていた事をつい口に出してしまった。

「だから、インデックスって言ってるんだよ」

「だからそれ、本名じゃないだろ。目次ってなんだよ」

「目次じゃなくて『禁書目録』のほうなんだよ。Index-Librorum-Prohibitorumのほう」

「いやだから、俺は本名が知りたいのであって」

「だーかーらー、インデックスって言ってるんだよ!」

会話にならない。
目の前のシスターさんは少々憤慨しているようだが、辟易しているのはこっちの方だ。
まあ、そこまで本名を教えてくれないなら、それでもいい。
名前が分からないのは大きな問題ではない。

「じゃあ、なんでベランダに干されていたんだ?」

「干されていたんじゃなくてね、落ちたの。本当は屋上から屋上へ跳び移るつもりだったんだけど」

「跳び移る?」

この辺りは安い学生寮が立ち並ぶ一角で、八階建ての同じようなビルがずらっと並んでいる。
ベランダから見れば分かることだが、ビルとビルの隙間は二メートルほどなので、走り幅跳びの要領で跳び移ることは可能だが、ここは八階。
修道服なんて動きにくい恰好で跳び、失敗して地上に落下すれば、ただではすまない。とてもではないが無謀とも思える。
現にこうして、ベランダに引っかかってしまっている。

「なんでそんな危ない事したんだよ」

「仕方なかったんだよ。あの時は、跳び移ろうとする他に道がなかったし」

「逃げ道?」

一体どういう事だ。
上条が思わず眉をひそめると、

「うん、追われていたからね」

少女は笑って、そう言った。

>>4
武器は使わないです

「本当はちゃんと跳び移れるはずだったんだけど、跳んでる最中に背中を撃たれてね。
 ごめんね。落っこちて途中で引っかかっちゃったみたい」

「撃たれたって……」

見た限りでは、背中に弾痕なんてない。完全に無傷にしか見えないが……。

「あ、背中に傷がないからって疑ってる?でもそれは当然なんだよ。
 私が着ているこの修道服『歩く教会』は『防御結界』の役割もあるからね」

「『歩く教会』?『防御結界』?どういうことだ?」

「言った通りだけど、『歩く教会』はこの修道服の名称。『防御結界』も言葉の通りなんだよ。
 強度は法王級(ぜったい)だから、撃たれてもこうして無傷ってわけ」

もういちいち突っ込んでいては話が進まない。
正直、虚言だと決めつけて追い出す方が楽だが、一つだけゆるぎない事実がある。

彼女が、ベランダに引っかかっていた事だ。

仮に、彼女の言う事が全部本当だったら。
一体、誰に撃たれたのだろう。

上条は、なぜだか彼女の事情を聞かなければならない気がした。

「誰から追われて撃たれたんだ」

「何だろうね。『薔薇十字(ローゼンクロイツ)』とか、その手の集団だとは思うんだけど、名前までは分からないの」

「その手の集団って、どの手の集団だよ」

「魔術結社だよ」

「……」

「あ、あれ?日本語がおかしかったかな?マジックだよ。マジックキャパル」

無反応の上条を見て不安になったのか、わざわざ英語で言い直したインデックスだったが、

「ん、いやごめん。で、その魔術とやらは一体何なんだ」

上条は軽く流して、インデックスの話を促した。

「原理から説明するとなると、結構長い時間が必要かも……」

「別に原理からじゃなくても良い。どんな事が出来る?」

「それはもういろいろだよ。たとえば、炎を操ったりして攻撃も出来れば、治癒も出来たりするんだよ。
 私は、魔力がないから使えないけど」

最後の方は消え入りそうな声だった。
魔術はあると言っておきながら、実演の一つも出来ないことで説得力がないことを分かっているからだろう。

しかし、上条は実演も出来ない眉唾ものの魔術とやらを、頭ごなしに否定する事はできなかった。

学園都市の外の人間から見れば、超能力だろうが魔術だろうが眉唾ものだろう。
しかし、ここ学園都市では正式な手順を踏めば、誰でも『開発』できてしまう。
ここでは一切合切が科学で説明できてしまう。不思議なものなんて存在しない。
超能力の存在が常識である学園都市の住民にとっては、だからこそオカルトを信じられない。

けれども、たった一つ。
学園都市の科学力でも説明できない力が、自身の右手に宿っている。
その事実があるから、魔術とやらを頭ごなしに否定は出来ない。

そもそも、世界は広い。
今まで当然の事だったから深く考えた事もなかったが、学園都市という狭い空間の常識だけで、世界を語るのはおこがましいことではないのか。

「あの、どうしたのかな?」

またしても反応のなかった上条に不安を抱いたらしいインデックスは、おそるおそる問いかけた。

「ああ、ごめん。どこまで話が進んでたっけ」

「魔術はあるけど、私には使えないってところまで」

「ああ、そっか。じゃあ、何でそんな連中に狙われているのかは分かるか?」

「多分だけど、私の持ってる一〇万三〇〇〇冊の魔道書が狙いだと思う」

「は?」

魔道書というのは、おそらく本の事だろう。
そして本らしきものは、一〇万三〇〇〇どころか一冊も携えてないように見える。

怪訝な上条の反応を、インデックスは敏感に感じ取ったのか、

「今の『は?』は、お前本なんて一冊も持ってないだろと思ったからだよね。
 でもね、違うんだよ。勝手に見られたら意味ないから、見えるようなところにはないの」

「どういうことだ?その魔道書とやらを保管している図書館の鍵を預かっているとか?」

「ううん。ちゃんと一〇万三〇〇〇冊、一冊残らず全部ここに持ってきてるよ」

この少女と会話するのは本当に疲れる。何が何だかわからない。いくら頭を捻っても分からない。
うーん、と上条は唸って、

「……結局、どこに魔道書があるって言うんだよ?」

「私の頭の中だよ」

即答だった。

「頭の中?」

「うん。私には完全記憶能力があってね。一〇万三〇〇〇冊の魔道書を読んで覚えたんだよ」

「……へぇ」

感嘆の声をあげるしかなかった。
しかしそうなると、新たな疑問が浮上してくる。

「待てよ。それじゃあお前は、魔術結社とやらに追われるリスクを負ってまで、一〇万三〇〇〇冊の魔道書を記憶したってのか?」

まさか、誰かに無理矢理記憶させられた、なんてことはないだろう。
リスクを分かっていなかった、とも思えない。

「……それは」

なぜか彼女はバツが悪そうな顔をして、口を閉じてしまった。

「……何か、話せない訳でもあるのか」

どうしても話したくないと言うのなら、これ以上関知する気はない。が、

「どうしても話したくないならいい。でも、そうじゃなかったら、話してくれないか」

ひょっとしたら、彼女が抱えている事情はとんでもないことなのかもしれない。
右手に特殊な力が宿っている事以外は、ただの高校生でしかない自分にできることなんて高が知れている。
事情が深刻なものなら、解決できないかもしれない。

だが逆に。

もしかしたら力になれる可能性だってある。
なれなかったとしても、事情を聞いてあげるだけでも違うはずだ。

「……別に話したくない訳じゃないんだよ。話せないの」

「……へ?」

「私ね、一年ぐらい前から以前の記憶がないんだよ」

上条は、驚きで目を見開いた。

記憶がない。
間違いなく、右手以外は一介の高校生にすぎない自分には解決できない問題だ。

「だからね、私自身にも今の状況が把握しきれてないんだよ。最初に路地裏で目を覚ました時は、自分の事も分からなった。
 なのに、魔術師とか禁書目録とか『必要悪の教会(ネセサリウス)』とか、そんな知識ばかりぐるぐる回って、とにかく逃げなきゃと思って、ずーっと逃げ続けて、最終的にここのベランダに引っかかった次第なんだよ」

「なん、だよ、それ」

またしても、ネセサリウスなどという訳の分からないワードが出てきた。
しかし、そんな事はもう問題じゃない。

彼女が抱えている事情は高校生どころか、大人にだって解決できそうもない。
それなのに、彼女は――。

「ごめんね。突然こんな話されても混乱するだけだよね。
 でも、もう大丈夫。私は出ていくから。目玉焼きおいしかったんだよ」

矢継ぎ早に言って、立ち上がり、玄関の方へ向かっていく。

「おい、ちょっと」

待てと言いかけて、上条は言い淀んだ。

冷静に考えて、これ以上彼女にかかわる義理はない。
学園都市の人間という立場から見れば『風紀委員(ジャッジメント)』や『警備員(アンチスキル)』に通報すべきですらある。
それに彼女の言っている事が本当だとしたら、巻き込まれる可能性だってあるかもしれない。

だけれども。

「待てよ」

上条は、もうドアノブに手をかけていたインデックスに言った。
ぴたりと、インデックスは動きを止めて首だけを上条の方へ向けて、

「私がいつまでもここにいると、連中ここまで来ちゃうかも。それでもいいの?」

「いいわけない。けど、お前はどうするんだよ。このままじゃ連中に捕まっちまうんじゃないのかよ?」

上条がそう言うと、インデックスはわずかに微笑んで、

「私の事心配してくれているのかな?でも大丈夫だよ。
 これでも一応、一年弱連中から逃げ続けてきた訳だし、君を巻きこむ訳にはいかないからね」

そう言って、ドアノブを回すインデックスに上条は、

「だから待てって!」

少々大きい声で引きとめられたインデックスは、肩をびくりと震わせた。

「ここから出て行ってどうするんだよ。行くアテでもあるのかよ?
 はっきり言ってお前が抱えている事情を把握しきれていないけど、連中が外をうろうろしているって言うのなら、ここに隠れていたほうがいいだろ」

その言葉に彼女は何を思ったのか、驚いたように目を見開いて、やっぱり薄く微笑んで、

「気持ちはありがたいけど、やっぱり私は出て行くよ。遅かれ早かれ、連中ここまで来ちゃうから」

「さっきも、ここまで来るって断言したよな。
 それはやっぱり、このベランダに引っかかったのを目撃されているかもしれないからとか、そういう理由か?」

だがもし、ベランダに引っかかっている事が分かっているなら、すぐにでも攻めてくるべきではないか。
攻めてこないという事は、まだ分かっていないのではないか。
もっとも、今は外が明るいので目立つから、などの何かしらの理由があって攻めるに攻められないだけかもしれないが。

しかし、インデックスの返答は上条が考えていたような事とは違うものだった。

「それもあるかもしれないけど、一番の理由ではないかも。
 この修道服『歩く教会』は魔力で動いているんだけど、連中はこの修道服の魔力を探知できるんだよ」

だったら何でそんな発信機に等しい服を着ているのかと問いたくなったが、ちょっと考えて答えは分かった。

まだ百パーセント信じた訳ではないが、彼女の言う事が本当だとしたら、背中を撃たれても無傷で済むような一品だからだろう。
ならば学園都市製の防弾ジャケットでも着ていた方がマシかもしれないが、撃たれた、というのが銃器とは限らない。
魔術で出したビームかもしれないのだ。
防御力のメリットと位置が探知されるデメリットを比べて、メリットの方が大きいと踏んだのだろう。

上条が閉口している間に、インデックスは言う。

「行くアテもないわけじゃないんだよ。日本にもいくつかあるはずのロンドン教会の支部に行けば、匿ってもらえるから」

「……だけど、教会に辿り着く前に捕まる可能性もあるし、連中が教会に行くことを見越しての待ち伏せの可能性もあるだろ。危険じゃないのか」

「そんなこと言い出したら何も出来ないんだよ。
 今は捕まる危険性があろうが待ち伏せの可能性があろうが、行動するしかないもん。
 それにさっきも言ったけど、今まで一年弱逃げてきたから、行く途中で捕まる心配はないかも」

彼女の言う事は至極もっともだ。でも、だったら、

「ならやっぱり、ここにいろよ」

わざわざ危険を冒してまで行動しなくてもいい。
とりあえずここに残って、その間に対策なりなんなり考えればいい。

「俺は大丈夫だから」

言い切った上条に対して、インデックスはいよいよ真面目な顔になって、

「……分かってないよ。君が大丈夫でも他の人が大丈夫じゃないんだよ。
 連中はね、その気になればこの部屋に侵入するどころか、この寮ごと爆破だってできるんだよ」

「そんなことしたら――」

お前だって死ぬじゃないか。と言いかけて気付いた。
彼女は歩く教会があるから平気ということだろう。

「だからもう、出て行くね」

要するに彼女は、もう自分と関わるな。と言外に言っている。
自分にかかわれば、自分がいるだけで、周囲に迷惑がかかってしまうから、と。

でも、だとしたら、

「お前自身は――」

「え?」

「――お前自身はどうするんだよ!」

「な、何が?」

突然の怒声に、インデックスは少々怯えた様だったが、上条の言葉は止まらなかった。

「お前が周囲を巻き込みたくない気持ちは痛いほど分かる。
 俺がお前の立場だったら、周囲を巻き込まんと他人となるべく関わらないと思う。
 でも、それでも俺は、お前を放ってはおけない!」

彼女の目が、おそらく驚愕で見開かれた。

「いいか。お前が俺を巻き込んでるんじゃない。俺がお前の問題に勝手に首突っ込んでるんだ。
 だから、お前は何も気にする必要はない」

滅茶苦茶なことを言っているのは自覚している。
それでも、どうしても彼女を放っておけない。

「な、んで……」

呟く彼女の唇は震えている。
まるで、泣くのを堪えているかのように。

「な、んで、君は、そうやって、人の心に、土足で、踏み込んで……」

もう目尻には、涙が溜まり始めていた。

「私は、誰も巻き込みたくなくて……」

「でも、もう話も聞いちまったし、現時点で半ば巻きこんでるようなもんだろ。今更気にすることじゃないさ」

と、上条が言った直後に、インデックスは泣きながら上条の胸に飛び込んだ。

きっと彼女は、今まで誰にも頼ることが出来なくて、記憶喪失の状態から逃げ続けて、心身ともに参っていたのだろう。
それでも他人を巻き込まんと気丈に振る舞って、なのに自分がしつこく食い下がるものだから、ついに堰が切れて、今まで溜めこんで来たモノが溢れだしてきたのだろう。

「うわああああああん!」

胸のところで泣きじゃくる彼女を、しかし上条は軽く抱きしめる事も出来なかった。
何せ右手には、異能の力なら問答無用で打ち消してしまう『幻想殺し(イマジンブレイカー)』があるからだ。

『歩く教会』は魔力で動いていると言っていた。
つまり、この右手で触れてしまうと効力は確実に失われてしまう。
それどころか、最悪服が木端微塵に四散するかもしれない。
間違っても右手で修道服に触れるわけにはいかない。

上条は、インデックスが泣きやむまで、左手だけで彼女の頭を撫で続けた。

「ごめんね。みっともないところ見せちゃったかも」

数分で泣き止んだインデックスは、ぺこりと頭を下げた。

「別に良いって。それより、これからどうするかだな」

正直、放っておけないとか勢いだけで啖呵を切ってしまった。
つまり、具体的な案は何一つない。

「そんなの決まってるよ。私が出て行くしかない。結局はそうするしかないかも」

「それは駄目だ」

「気持ちだけで十分かも。ここまで迷惑かけて、これ以上は甘えられないよ」

「まだそんなこと言ってんのか。さっきも言ったけど、これは俺が勝手に首突っ込んでるだけで」

「じゃあ、私と一緒に地獄の底までついてきてくれる?」

「……っ」

とんでもないことをさらっと言うので、上条は思わず言葉を詰まらせた。

「……じゃあ、ね」

そう言って出て行こうとするインデックスの左手を上条は掴み取って、

「……駄目だ。外に行かせるわけにはいかない」

「……さっきも言ったけど、巻き込んでしまうのは君だけじゃない。この寮にいる人皆が危険なんだよ。
 そこのところ分かってる?」

「俺も一緒に出て行けばいいだけの話だろ」

「……なんで分かってくれないの?」

「それはこっちの台詞だ」

「……偽善者」

きっとこの揶揄は、自分をあえて遠ざけるための最終手段なのだろう。本音でもあるだろうが。
所詮は偽善使い(フォックスワード)にすぎないことなんて、十二分に自覚している。

だからこそ、上条に対して偽善者などという揶揄は意味をなさない。

「んなこと分かってる。とにかく、俺はお前を放っておけない」

「……はぁ」

もはや何を言っても無駄だと思ったのか、インデックスは溜息をついてから、

「危険だと分かっていることに自ら突っ込んでいくなんて、ひょっとして君はおばかさん?」

「今頃気付いたのか」

「……ふふっ。そっか」

上条の冗談に対して、インデックスは軽く微笑んだ。
今までのものとはどこか違った、柔らかい頬笑み。

「そういえば、まだ名前を聞いてなかったね」

「そういえば、まだ言ってなかったな。俺は上条当麻。今更だけど、改めてよろしく」

「うん。よろしくね、とうま」

二人は軽く握手を交わした。

学園都市に住む、右手に異能の力を打ち消す能力を宿す少年――上条当麻。
完全気記憶能力を持ち、頭の中に一〇万三〇〇〇冊の魔道書を記憶している少女――インデックス。
本来交わることのなかった少年と少女が交差するとき――学園都市を舞台に物語は始まる。

握手を交わした後、上条とインデックスはテーブルを挟んで向かい合わせに座った。

「で、とうまには結局、具体的な案はないんだよね?」

「……ま、まあ、ないな」

「……それでよく、私を放っておけないとか啖呵切れたよね」

「……仕方ないだろ。感情に理屈なんてないんだよ」

「うんうん。大体さっきまでの会話で、とうまの人となりは分かった気がするかも。
 とうまはきっと、自身の内から湧く感情に従って真っ直ぐに進んでいるだけなんだろうね」

「分かっていて『具体的な案がないくせに啖呵切れたよね』なんて煽ってくるのかお前は」

「私の名前はお前じゃなくて、インデックスなんだよ」

やはりどう考えても偽名だと思うが、記憶喪失のために頭の中に残っていた知識だけでインデックスと名乗っているだけで、本名は彼女自身知らないのだろう。
そして、どんなものであっても呼び名が一つしかないのなら、それが彼女を示す名前だ。
ともすれば、

「そりゃあ悪かったな、インデックス。今度からはちゃんと名前で呼ぶよ」

「素直でよろしいんだよ。それで話を戻すけど、どの道ここからは出て行かなきゃいけないかも」

「俺と一緒に、だよな」

「もう一度聞くけど、覚悟はあるのかな?私と一緒に地獄へ行く覚悟」

「それは出来ていない。地獄へはついて行かない。ただ、お前を地獄から引きずりあげる」

言い切った上条に対して、インデックスは両手で顔を覆って俯く。
どうした?と上条が問いかける前に、

「……お前じゃなくてインデックス」

インデックスが訂正を求める。

「あー悪い。インデックスを地獄の底から引きずりあげて、連中からも守ってみせるよ」

インデックスは俯いたまま、

「……ものすごくかっこつけで恥かしいこと言ってる自覚はある?」

的確な事を言われた気がした。

「……そういうこと言うなよ。自覚はあるよ。でも、あれだ。助けたいって気持ちを言葉で表すとこうなんだよ!」

「……そんなこと分かってるんだよ。でも、私だって、面と向かってそんなこと言われたら、その、照れるかも」

つまり、照れ隠しのために両手で顔を覆ったり、的確な突っ込みを入れてきたりしたのか。

数十秒経過してから、インデックスは両手を戻して顔をあげて、

「……ところでとうまは、妙に自信にあふれているところがあるよね。感情以外にも、何か根拠があるような気がするかも」

インデックスは意外と勘が良いというか、直感が鋭いというか、観察力があるというか。
さっきも自分の本質を見抜かれたような気もするし、とにかくよく気付くものだ。

「まあ、全く根拠がない訳じゃない。
 俺の右手には『幻想殺し』って能力が宿っていて、それが異能の力ならば、神様の奇跡(システム)でも打ち消せるって代物なんだけど」

「……ふーん」

「……なんか反応悪いな」

「うーん。だって、神様なんて信じてなさそうなとうまの口から、神様の奇跡だって打ち消せますとか言われても、いまいちピンとこないんだよ」

「神様の奇跡を打ち消せるって文句は、あくまで例えであって深い意味はないんだけど」

「そんなこと分かってるんだよ。分かっててあえて突っ込んだんだけど」

「……スルーしていいか?」

「まあ、とうまの持論について今聞く必要はないしね。でも、いまじんぶれいかーについてピンとこなかったのは本当なんだよ」

言われてみれば、神様の奇跡なんて抽象的な対象では、あまりに現実味がなさすぎる。
とはいえ、凄さを表現するのに「神様」を持ち出す事は、昨今ではよくある事だと思う。
日本語としては問題があるだろうが、神○○なんて表現は、周囲は愚か自分でもたまに使ってしまうほどだ。

それでもいまいちピンとこないとなると、実演するしかない。
しかし幻想殺しは受け身の能力。
異能の力を出せる相手がいないと能力の有用性どころか、本来なら存在すら認めてもらえなくても仕方ないものだ。
そしてその絶好のデモンストレーションになるような知り合いが一人いるが、巻き込みたくないので相手に指定する訳にはいかない。
それはきっとインデックスだって同じだ。
けれどこのままでは、自信の根拠を示せない。インデックスを少しでも安心させることが出来ない。
ならばどうするか。

上条は、その知り合いの名前だけ拝借することにした。

「簡単に言うと、俺の右手は異能の力ならば何でも無効化(キャンセル)できるんだよ。
 具体的に言うと、約一八〇万人の学生を抱えるこの学園都市でも七人しかいない超能力者(レベル5)の一人、御坂美琴の十億ボルトの雷撃とか、戦略級の『超電磁砲(レールガン)』とかでも打ち消せる」

「れべるふぁいぶ?れーるがん?」

しきりに首を傾げているが、分からなくて当然だろう。
もちろん、説明はここで終わりではない。

「ここ学園都市では、脳をいじることで誰だって開発できちまう。つまり、人工的に能力者を量産できる訳だ。
 俺を除く約一八〇万の学生全員、何らかの能力を宿している。俺が学園都市製の能力を宿していない理由は分かるよな?」

「いまじんぶれいかーがあるから?」

「そうだ。そして学生達能力者にも種類やレベルの違いがある。
 種類は把握しきれないほどたくさんあるが、レベルは六段階に分けられている。無能力者(レベル0)から超能力者までだ」

「分かってきたんだよ。それで、カーストの頂点が超能力者なんだね」

やっぱり、インデックスは察しが良い。

「そうだ。さっきも言った通り、一八〇万分の七だ。数字だけでも、その貴重さが分かると思う。
 でも、本当にすごいのはその強さの定義だ。『貴重さ』という言葉を使ったが、レベル分けは能力の珍しさやレア度ではなく、能力の強大さによる。
 無能力者なら、正直言ってほぼ無能力と言ってもいい。『発火能力(パイロキネシス)』で言うなら、ライター程度の火しか灯せない。
 だが大能力者(レベル4)なら、最大で一般的な家屋ぐらいの火炎の塊を出せるし、火炎放射みたいな応用もできる」

「レベルが高いのと低いのじゃ、天と地ほどの差があるんだね」

「ああ。それで肝心の定義についてだ。さっきも言った通り、無能力者はほぼ無能力、ぶっちゃけ普通の人間と大差はない。
 でも大能力者なら、武装している人間数十人相手だって余裕だ。そして超能力者の定義は、単独で軍隊と戦える、だ」

「それって実際に基づいた訳じゃなくて、客観的に考えて、だよね?」

「そうだけど、まあ概ね妥当だと思うぞ。
 偉い人が適当にじゃなくて、外より二、三十年は進んだ科学力を持つこの街で、実験とか試験をして計測した結果に基づいて分けているから、結構正確なはずだ」

「ふーん」

やっぱり、あんまり反応が良くない。
そんなに大げさなリアクションをする程の事ではないと思うが、いくらなんでも反応が薄すぎやしないか。
だが、まだ根拠を説明し終えた訳じゃない。

「つまり俺が言いたい事は、そんな軍隊に匹敵する超能力者、御坂美琴の能力を軽く受け流せる幻想殺しを俺は宿していて、実際に何度も受け流しているのが自信の根拠の一つだ」

「そのみことの能力って、雷を出すってこと?」

「ああ。『電撃使い(エレクトロマスター)』って言って、まあ能力自体はそこまで珍しい訳じゃないけど、御坂の場合はその威力と応用の幅がすごいんだ。
 さっきも言った通り、十億ボルトの雷撃の槍、メダルゲームのコインを音速の三倍以上のスピードで撃ち出す超電磁砲、他にも、磁力を応用して砂鉄を使役する事も出来る。
 言い方は悪いが、まさに化け物の彼女を、俺は止めることが出来るんだ」

「それはすごいかも。そこまでみことのことを知っているという事は、それだけ相手にしてきたってことだもんね」

ようやくお褒めの言葉だけは頂いたが、その表情は未だに変わらない。

上条の根拠説明は締めに入る。

「それだけの力を使いこなす彼女は、七人しかいない超能力者の中でも第三位だ。俺は学園都市で三番目に強い人間に無傷で勝てるわけだ」

もっとも、実のところ超能力者の序列は『強さ』じゃなく『能力研究の応用が生み出す利益』によって決められている。
だから御坂が本当に三番目に強いかは分からないが、それをインデックスに言っても不安にさせてしまうだけだし、結局は序列=強さだと、自分は考えている。
その根拠は超能力者第五位『心理掌握(メンタルアウト)』だ。

電撃使いはさして珍しい能力ではない。どちらかと言えば、研究はされつくされている方だ。
『能力研究の応用が生み出す利益』という観点から見れば、心理掌握が精神系能力者であり、この系統の能力者も珍しくないとはいえ超電磁砲が心理掌握より上とは、とてもではないが思えない。
それに御坂と心理掌握が一対一の真っ向勝負をした場合、どう考えても戦闘面において分があるのは御坂だ。
心理掌握が勝てるとすれば、それは御坂の親しい人や家族を操り、人質にするなどしかないだろう。
よって上条は、序列=強さだと考えている。
もっとも七人いる内の二人だけ、しかも心理掌握について詳細は知らない状態での持論なので、もはや憶測の域だが。

まあ順位なんて大した意味はない。『強さ』でも『能力研究の応用が生み出す利益』でも、御坂含む超能力者達が、学園都市の中でベストセブンであることは明白だ。
そして自分は、ベストセブンの一人に打ち勝つ事が出来る。その事実で十分だ。

とにもかくにも完全に自慢になってしまったが、これで長い根拠説明は終了だ。
これで少しは安心してくれるだろうか。

「見たところ傷を負っている様子もないし、無傷で勝てるって言うのも事実なんだろうね。
 何より、とうまが嘘をつくようには見えないし、嘘の為に今までの長ったらしい説明をしてきたとも思えないしね」

どうやら実演なしに『幻想殺し』を信じてもらえたらしい。

「でもね、それでもいまじんぶれいかーを過信することは避けた方が良いかも」

もしやインデックスは『幻想殺し』の弱点に気付いたのだろうか。

「まず一つ。いまじんぶれいかーは右手にしかないんだよね。それだと、多角的な攻撃には対処しきれないんだよ」

図星だ。が、

「けど俺は、多角的な攻撃なんていくらでも出来る御坂を何度もやり過ごしてきた」

精一杯の反論。しかしインデックスは、

「でも結局、殺し合いではないんだよね?とうまもみことも、手加減しながらなんだよね?
 残念ながら、魔術師達はそうじゃないんだよ。魔術師は戦闘のプロであって、殺すことにもためらいはないんだよ」

十四、五歳の少女の口からすらすらと流れ出る物騒な言葉。
上条が押し黙っている間に、インデックスは続ける。

「二つ目は、そのいまじんぶれいかーって異能の力にしか対応できないんだよね。
 銃器とか、体術には何の意味も持たないんだよね?」

これも図星だ。
自分の能力を知り、実際に何度か見れば気付く事ではあるが、話を聞いただけの今の時点でこれに気付き指摘してくるあたり、分析力も高い。

しかしこれにも、反論材料がない訳ではない。

「銃器に対して絶対の生身の人間なんているかよ。銃器を恐れるなら盾や防弾チョッキを用意すればいいだけだし、そもそも連中は銃器を使ってきたり、体術が得意だったりするのか?
 仮に銃器を使いこなし体術が得意だとしても、異能の力を防げるのはアドバンテージだと思うし、体術にもちょっとした自信はある」

「……もっともかもしれないけど、仮に銃器を使いこなす魔術師がいたとして、とうまが言うところの盾とか防弾チョッキは用意できるの?」

「出来ない。けどまあ、盾や防弾チョッキとかは例えだ。
 実際問題盾なんて持っていても動きにくいだけだし、防弾チョッキもガードしきれないところはあるからな。
 銃器を使いこなすなら、体じゃなく頭を狙ってくるだろうし。ま、俺は銃弾も避けるよ」

「……そこまで言うんだから、とうまはきっと強いんだと思う。確かに右手だけとはいっても、異能の力を防げるのはアドバンテージだね。少なくとも、ないよりは圧倒的に。
 多角的攻撃が出来るみことに無傷で勝てるなら、反射神経とか運動能力とかもすごいのかも。右手だけでも何とかなってしまうぐらい。それでもね」

その先は何となくわかった。だからあえて口は挟まない。

「やっぱり相手は戦闘のプロなんだよ。私を捕まえるために日本まで来るぐらいだから、きっとエリートだと思う。
 この街で言うところの超能力者とは言わずとも、最低でもそれよりワンランク下、超能力者未満大能力者以上ぐらいの猛者が来てると考えた方が良いかも」

そうだろうな、と思う。
それも日本の、というより世界の中でも最高峰の科学力を誇る学園都市に乗り込んでくるほどだ。
侵入については実力じゃないとは思うが、自分の想像をはるか越えた形で学園都市に侵入した可能性もゼロではないし、裏で学園都市と繋がっていたら、それだけのコネクションがあるという事、最悪魔術師と学園都市の二つを敵に回すかもしれない。
今はこうして話すことが出来ているが、事態は思ったよりも深刻と言ってもいいだろう。

それでも。

「でも、大丈夫さ。俺は死なない」

「……何の根拠があって?」

「インデックスが捕まっていないからだ」

「へ?」

「だってそうだろ。魔術師が実力で侵入してきたとしても、学園都市と繋がっていたとしても、本来ならインデックスは捕まっているはずだ。逃げ切れるはずがないんだよ」

「それは私を馬鹿にしてるのかな?」

「でも現に、魔術師の一撃を背中に喰らって俺の部屋のベランダに引っかかっただろ」

その一言で、インデックスは沈黙した。
上条は構わず続ける。

「ずっと疑問だったんだ。明るいうちは目立つからって、背中を撃つなんて大胆な事をする連中が襲撃に来ないのはなぜか。
 仮に俺の部屋のベランダに引っかかったことが分からなくても、魔力サーチで結局場所は分かるはずだろ。
 つまりだ、連中が本気を出せば、インデックスは捕まっているはずなんだ。学園都市と繋がっていたとしていたらなおさら」

「……じゃあ何?私達は見逃されているって訳?」

「そうなる。まあその、なんだ、『歩く教会』だっけか?
 それがあるから、捕らえにくいってのはあるだろうが、すごい修道服を着ている以外はいたいけな少女にすぎないインデックスが実力で逃げ切ってきたとは、とてもじゃないが思えない」

「『歩く教会』だけじゃないもん。一〇万三〇〇〇冊覚えてるもん」

「ああ、悪い。でもそれって、逃亡に何か役に立ったのか?知識だけあっても意味ないだろ。
 逃亡に必要なのは体力とかだと思うんだけど」

「……でも、じゃあ何?私達をあえて見逃すことに何の意味があるの?」

「そこまでは分からない。でも、そう考えれば俺達のところに襲撃が来ないとか、おかしな点のいくつかは説明がつく」

「……じゃあ私は、これからどうすればいいの?」

確かに、自分達は見逃されている、という結論を出したところで何が解決したわけでもない。
それにインデックスは気付いているのか、いないのか、気付いていてあえて指摘していないのか、見逃されている、という結論には一つの不自然な点が浮上してくる。

インデックスが背中を撃たれているという点だ。

見逃す気ならば、わざわざ撃たなくてもいいはずだ。
動きを少しでも止めるとか牽制の意味もあるのかもしれないが、どうせ見逃すのなら、やはり攻撃を加える必要性は薄い。
自分と遭遇することがハプニングであって、インデックスはやっぱり捕獲対象なのであって、自分と遭遇したからこそ様子見で見逃している、という可能性もなくはないが、
インデックスから聞いた魔術師のイメージからすると、様子見などせず実力行使で強引にインデックスを奪いそうなものだ。
そもそも、約一年も一人だけで逃げ続けるのは普通に考えて無理だ。自分は関係ない。インデックスが見逃されてきたのだ。
自分と遭遇してしまったことはハプニングだとしても、見逃すことに変わりはない。というのが妥当だろう。

そこまで考えたところで、マナーモードだった携帯電話が震えた。
上条は床に置いてあった携帯を手に取り確認する。相手はクラスメイトの土御門だったが、おそらく遊びの誘いだろう。
今はそんな場合ではないので、上条は携帯をそっとテーブルの上に置き、申し訳ないと思いつつ無視を決め込んだ。

そして数十秒経って携帯の震えは止まったが、すぐに再び震えはじめた。
もちろん、着信があったからだ。
確認するまでもなく、ディスプレイに表示されている文字は『土御門』だった。

「……ねぇ、なんかそれブゥ~って鳴ってるけど、大丈夫なの?」

インデックスが元気のない声で、携帯を指差しながら上条を促す。

「……ん、いや、ちょっとな」

電話に応答しない、つまり出られる状況ではないか、気付いていないかを分かっていて、それでも気付いていないだけの可能性に懸けて、留守電にメッセージも残さず時間を空けずに再び電話をかけてきたという事は、それだけの急用があるという事。
こっちもよろしくない状況とはいえ、無視するのも気が引ける。もっとも、これでも遊びの誘いという可能性もない訳ではないが。

迷ったが、インデックスに促された事もあって、結局電話に出る事にした。

「もしもし」

『何で一度目の電話無視したのかにゃー?』

「なんで無視前提なんだよ。ちょっとトイレにな」

土御門に今の事情を話してもどうにかなるわけではないし、寧ろ巻きこんでしまう可能性も考えると話すべきではない。

『嘘はいけないぜい。どうせカミやんのことだし、女の子部屋に連れ込んでイチャイチャしてたんだろ?だから出られなかったんだろ?』

イチャイチャはしてないが、女の子絡みで電話に出られなかったことは確かだ。
何となく、このままだと万が一ボロが出ないとも限らない気がしてきた。
ここは強引に話題を変える。

「で、用件はなんなんだ?しょうもないことだったら忙しいから切るぞ」

『禁書目録』

「……何?」

どう考えたって、日常会話で『禁書目録』なんて単語は出てこない。
自分の目の前に座っている少女の事を指しているとしか思えない。

『いやー、カミやんの鋭さや分析力には恐れ入ったにゃー。インデックスがあえて見逃されているという結論に辿り着くなんてな』

結論を出した事を知っているという事は、何らかの方法で盗聴されていたのか。
隣人にして親友である土御門を部屋に招いたことは、しょっちゅうではないが何度かあった。
その隙に盗聴器を仕掛けるのは不可能ではないし、そもそも自分がいない時に勝手に侵入して仕掛けることも不可能ではない。
さらに言えば、盗聴器などなくとも隣人の土御門なら、周りを静かにして耳を澄ませば聞こえないこともないだろうし、聴診器のような、壁一枚程度なら問題なく声を拾える機械ぐらい学園都市にはある。

ただ、そんなことよりも問題なのが土御門の立場だ。
インデックスの事を知っているなんてレベルじゃない。
土御門は間違いなく核心にいる。

「……お前は一体、何者なんだ?」

『何者って言われても、カミやんと同じ高校のクラスメイト、無能力者の土御門元春ですとしか言えないにゃー』

「下らない冗談はやめろ。このタイミングでこの電話、もうお前がただのクラスメイトじゃないってことは決定したんだ。何が目的だ?」

『目的なんて決まってる。インデックスの保護だよ』

「保護だと?」

『ああ。結論から言おう。インデックスにかかわる問題、カミやんには荷が重すぎる。あとは俺達に任せるんだ』

「俺達、ね」

これまでの事を総合して考えると、

「お前達は、魔術師ってことでいいのか?」

びくっ、と言葉に反応したのはインデックス。
一体何が、と聞きたそうな顔をしているが、空気を読んでいるのか口を挟んでこなかった。

『まあ、その辺の詳しい話はあとだ。まずは彼女を置いて、俺の家に来てほしい』

「めちゃくちゃだな。俺がその命令を聞く必要がどこにある?」

百歩譲って行くとしても、インデックスに留守をさせておくわけにはいかない。

「そりゃそうなるのは分かるけどにゃー。来てくれないと話が進まないんだぜい』

「さっきから情報が小出しすぎてよく分からない。もっと簡潔に、最終的に俺達をどうしたいのかを言えよ」

『……分かったよ。このままじゃ話が一向に進まないしな。よく聞けよ。
 今俺の家には、イギリスからインデックスを捕らえに来た魔術師が二名いる。
 ただし、カミやんが出した結論通り、現時点ではあえて見逃している。その理由を俺の家で説明したい』

「……だからか」

その『理由』とやらが、インデックスに聞かれてはいけないから連れてくるなと言うことか。

「なるほどね。でもそれじゃあ、お前らの罠の可能性もある」

『言いたい事は分かる。確定しているのは、俺がこの問題について核心にいるという事だけ。
 魔術師が二人いるってとこから嘘かもしれないし、どこからか不意打ちを仕掛けてくるかもしれない、って思ってるんだろ?』

「……そうだ」

『でもよく考えてみろよ。
 俺の話を信じずに俺の部屋に来なかったとして、カミやんたちはどうするつもりなんだ?
 カミやんたちだって八方塞がりだろ』

そう言われてしまうと、返す言葉もない。
この閉塞しきった状況を打開するには、罠の可能性を考えても土御門の要求に乗るしかないところはある。

上条が沈黙を続けていると、土御門は畳み掛けるように、

『じゃあ今から、魔術師に電話を替わる。とりあえずそれで魔術師の存在を信じてもらおう』

替わると言ったって、イギリスから来ているなら英語じゃないのか。
じゃなかったとしても、電話越しの声なんて機械でいくらでもごまかせる。口調なども演技で変えることは容易だ。
そんなことは土御門だって分かっているはずだが――、

『ゴチャゴチャ文句垂れてないで、黙ってこっちに早く来い』

「な――」

男の声で、日本語だった。
そして一瞬で悟った。
機械で声を替えたとか、演技で口調を変えたとかではない。完全に土御門じゃない。
インデックスが言っていたような魔術師像にぴったりの人間。

上条が一瞬動揺した間に、電話の主が再び替わった。

『もしもし』

またしても日本語で、今度は女性の声だった。
たったの四文字で、これも土御門や先程の男とは違うことを、上条は理屈ではなく悟った。

「……もしもし」

『先程のステイルの暴言については失礼しました。
 彼も悪い人ではないのですが、インデックスの事となると少々頭に血が上りやすくなりましてね』

余計な事を言うな、という声が電話と壁の向こう側から聞こえた。
一瞬、インデックスがびくっ、と震えたが、やはり空気を読んで黙ってくれている。

しかしこれで、土御門の部屋に魔術師が少なくとも二人いる事は決定した。
ステイルは黙っていてください、という注意の後に女性の声は続いた。

『ですが、こちらに来ていただきたいというのは私も同じです。
 私達はインデックスの保護をしたいのですが、できれば話し合いで何とかしたいと思っています』

電話越しの彼女は、物腰の柔らかい雰囲気で丁寧な言葉遣い、インデックスから聞いた魔術師像とは正反対の人間だ。

「アンタらと何を話し合うって言うんだ」

『私達がインデックスを追う理由ですよ。それを聞いてもらえれば、いろいろ分かってくれると思います』

「ふざけんなよ。どんな理由があったって、女の子を追いかけまわして捕まえていいはずがないだろ」

『ですから、何度も言っている通り、その辺りの事情を説明したいのです』

駄目だ。会話にならない。

「土御門と替われ」

その要求を彼女はあっさりと受け入れたようで、電話からは再び土御門の声がし始めた。

『ああもう面倒くせーや。今からそっちに行くわ』

「何!?ちょっと待て!」

上条の制止を振り切る形で、通話は終了した。
そして直後、

「よーカミやん。おはよう……って、その女の子は誰ですかにゃー?」

金髪にサングラスとアロハシャツの土御門が、ベランダから上条家に侵入してきた。

「え?な、何、この人」

今まで沈黙を続けていたインデックスは慌てふためき、上条の後ろにちょこんと隠れた。

「おいおい。遊ぶ約束をしていた親友との約束をすっぽかして、ロリシスターさんとイチャイチャとはどういう了見?」

何も知らずにここに遊びに来た設定か。
インデックスをひとまず安心させるために、無理矢理この設定に乗っかるか。
それとも、インデックスと共にここからいち早く脱出するべきか。

「とうま……」

後ろにいるインデックスが不安そうに呟く。
その一言で、上条は決心した。

「ちげーよ馬鹿。この子はついさっき知りあった子で、ちょっと複雑な事情があんだよ。だから、この子を頼めるか土御門」

上条が下した決断は、土御門の設定に乗っかることだった。

仮に逃げようとしても、土御門が妨害するだろう。
その場合、騒ぎを察知して魔術師連中まで来たら、状況は厳しくなる。
自分が土御門を止めて、インデックスだけを逃がそうとするのも駄目だ。
『歩く教会』を探知できる魔術師には意味がない。
あえて見逃しているのだから見逃す可能性もなくはないが、自分の下にいるぐらいなら、いっそのこと捕らえてしまおうと考えるかもしれない。
ベストは土御門を静かに素早く倒す事だが、それは難しい。
彼はモテたいという理由で見た目や体つきを気にしての筋トレなどの結果、しなやかで柔軟な筋肉質の体になっている。
見た目が見た目なので不良に絡まれる事もあり、その度に不良達を退けてきた。
だからこそ、なまじ能力に頼らないからこそ地力があり、超能力者の御坂を何度も退けてきたからといって、そう簡単には倒せない。

だから、設定に乗っかるほうに上条は懸けた。

「何か知らんけど、親友の頼みとあっちゃ仕方ねーにゃー。よっしゃ。この土御門さんに任せるにゃー」

「恩に着るよ」

「え?ちょっと待ってほしいかも。え?え?」

勝手に話が進んで混乱している様子のインデックスに、上条は諭すように言った。

「インデックス。こいつは俺の親友の土御門元春。信頼できる人間だ。少しの間、ここで土御門と大人しくしていてくれ」

「な、何で?とうまは?」

「俺は今から、魔術師達と話し合ってくる」

「え?何で?どうしてそんなことになったの?」

「さっきの電話で、そう決まったんだ」

「さっきのって……とうまがなんか喋ってた時の事?」

「そうだ」

「駄目だよ、とうま!魔術師達と話し合ったって何も解決しないかも!とうまもここに残って!」

「でも、このままでも何も解決しない。前に進むためには、どの道魔術師との接触は避けられない」

「でも……!」

「大丈夫さ。俺は死なない。絶対に帰ってくる。約束だ」

上条は右手の小指だけを出して、

「インデックスも、俺と同じように小指を出して、俺の小指と絡ませてくれ」

「こ、こう?」

インデックスは上条に言われた通りに小指を出し、上条の小指と絡めた。
直後、上条は絡めあった指を上下に振った。

「わ、わ」

「指切拳万、嘘ついたら針千本呑ーます、指切った」

インデックスは少々驚いたみたいで、何度か瞬きをした。

「やっぱり知らなかったか。これは指切りって言って、約束の厳守を誓う時にするんだ。風習みたいなもんだけど」

「……風習」

インデックスはぽつりと呟いた後、

「うん。いいかもこういうの。
 こんな口約束いくらでも破棄できるけど、こういったおまじないみたいなほうが、私は好きかも」

どうやら気に入ってくれたようだ。

「ちなみに、指切拳万の『げんまん』は『握り拳で一万回殴る』って意味で『針千本呑ます』っていうのはそのままの意味なんだにゃー。
 つまり、カミやんが約束を破った場合、一万回殴って針千本呑ませてもいいんだぜい」

なんか土御門が余計な補足を入れてきた。

「そうなんだ。勉強になったんだよ。もとはる」

インデックスもインデックスで、素直にお礼を言ってしまっている。

「いえいえ、どういたしましてマドモアゼル」

「ふふっ。もとはるってば、なんか変」

インデックスと土御門は早くも馴染み始めているのか。
土御門は比較的人懐っこい方だとは思うが、こうも早いとは。
さすがに彼がインデックスに危害を加えるようには見えない。
きっとインデックスもそう思ったから、こうも早く土御門に心を開きかけているのだろう。

土御門は魔術師でもあるのか、それとも魔術師連中とつながりがあるだけなのか、どちらにせよ彼は無闇に暴力を振るうような人間ではなくて、そんな彼とつながっている人間が、真っ黒だとは思わない。
インデックスは背中を撃たれたと言ったが、それが逆に特例中の特例だったのかもしれない。何かやむを得ない事情があったのかもしれない。
無論、どんな事情があるにせよ背中を撃つなんて殺人未遂が許されるはずないし、電話の男の方は危険な感じもするが。

と、そんな上条の思考は、インデックスが口を開いたことで断ち切られた。

「でも、今更なんだけど、もとはるを巻き込む訳にはいかないんだよ。私達の問題、じゃなくて私の問題は、私で解決しなきゃ」

「まだそんなこと言ってんのかよ。ここまで来たらやるしかないだろ。というかここまで来て見て見ぬふりする方が、罪悪感で辛いっつーの」

「そうそう。いや俺はまだその事情とやらを知らねーけど?『ダチ』ってのは、迷惑かけてかけられて、助けて助けられて、持ちつ持たれつの関係だろ?
 申し訳なく思うなら、今回の問題が解決した後お礼をしてくれるとか、俺達が困った時に助けてくれれば、それで良いんだにゃー」

「とうま……もとはる……とうまは分かってたけど、もとはるも優しいんだね」

「よく言われるぜい」

「ふふ。もとはるって面白いね」

上条は確信した。
土御門なら、魔術師だろうがなんだろうがインデックスを託せる。
何と言っても、もともと彼は親友だ。
彼がどう思っているかは知らないが、少なくとも自分はそう思っている。
仮に彼が悪の魔術師で、裏切られたとしても後悔しない。

「ところで『だち』って何?」

「ダチってのは、友達の事だぜい」

「ともだち……」

「そう、友達だよ」

上条を置いてきぼりにして、二人の会話は弾んでいる。

「そっか。じゃあもとはるが、私の初めての『ともだち』だね!」

「え?俺が友達一号でいいのかにゃー?カミやんは?」

「あ……」

しまった、といった感じでインデックスが口籠ると、土御門はなぜかにやりと笑って、

「あ、そっかー。カミやんは友達じゃなくて恋人ってことかにゃー?」

「な、何言ってるんだよ!とうまはそんなんじゃなくて、その、あの」

頬を少しだけ赤く染めて、あたふたするインデックス。

「そ、そうだぞ。いきなり何言いだすんだ。ぶん殴るぞ」

上条も上条で物騒な事を言っていた。

「そうやって慌てふためくところが怪しいにゃー。あとカミやん、照れ隠しとはいえ暴力はなしですよ?」

「……俺にはいいけど、インデックスにはそういう冗談やめろよな」

「分かった分かった。でも結局、インデックスにとってカミやんは何なわけ?」

「お、恩人なんだよ。とうまは私の恩人」

「おい、もういいだろ」

上条が少し強めに言うと、土御門は渋々と言った感じで、

「へいへい分かりましたよー」

「はぁ。じゃあ、もういくわ」

これ以上こんな調子でふざけ続けるわけにもいかない。
痺れを切らして魔術師連中が来るとも限らない。
上条は切り替えて玄関へ向かう。

「……絶対に、帰ってきてね。約束したんだから」

「ああ」

「なーんか、やりとりが夫婦かその一歩手前の同棲している恋人のそれにしか見えないんだけど」

「「うるさい!」」

上条とインデックスに突っ込まれた土御門は、今度こそ口を閉じた。

インデックスとは徴兵によって戦争に行くようなテンションで別れたが、実際は隣の土御門の部屋に行くだけなので五秒もかからない。
向こうから提案してきたのだから鍵は開いているはずである。というか、開いてないと困る。

「いよいよか……」

上条はインターホンも押さずにドアノブに手をかけ、ゆっくりと開けた。瞬間、

「遅いぞ」

男の声が飛んできたが、上条は無視して、小さめの四角いテーブルのところで正座している日本人の女の前に座る。
男の方はと言えば、赤く染めた少し長めの髪に漆黒の修道服を身に纏い、両手の指にはめられている銀の指輪はメリケンサックを想起させ、極めつけに右目の下にはバーコードの刺青という異質な出で立ちだった。
おそらくイギリス人だろう。土御門のベッドにふてぶてしく座っている。

「よくぞ来てくれました上条当麻。私は『必要悪の協会』所属の神裂火織と申します」

神裂と名乗る女性は、長い髪をポニーテールに括り、Tシャツに片方の裾を根元までぶった切ったジーンズという格好こそ奇抜であるが、インデックスが言う魔術師像とはとことん違う。
傍らに置いてある二メートルほどの日本刀が気になるところではあるが。

「『必要悪の教会』?インデックスもそんなこと言っていたような……」

「『必要悪の教会』はイギリス清教第零聖堂区にあります。私達はそこからインデックスを保護する為に駆り出され――」

「ちょっと待て」

神裂の言葉を遮って、男の方が口を挟んだ。

「僕は話し合いなんてまだ認めていない。そんなことせずとも、今ここでこいつを殺してインデックスを取り返した方が早いだろ」

「ステイル」

彼女は男――ステイルを宥めようとするが、彼は無視して、

「土御門はコイツが僕より強いとかほざいていたが、にわかに信じられない。
 本当に土御門の言う通りなら、これぐらいの一撃はやり過ごせるんだろうね」

ステイルの右手に携帯電話ほどの炎が灯る。

「ステイル!」

「死ね」

神裂の制止を振り切り、ステイルの炎が上条の顔面へ放たれ――上条は右手を振るうことで、ステイルの炎を消し飛ばした。

「へぇ。幻想殺しとかいう能力、本当だったんだね。ま、今の小さい炎を消した位で調子に乗ってもらっては困るけどね」

言いながらステイルは、再び炎を右手に灯す。が、

「ステイル」

その声は先程までとは違い、静謐さの中に威圧感を伴っていた。

「調子に乗っているのはステイル、あなたの方です。少し黙っていてもらえますか」

「……分かったよ」

軽く舌打ちをしつつ、ステイルは炎を消した。

「電話の時と言い、今の威嚇行為と言い、ステイルが度々すみません」

そう言って神裂は上条に頭を下げた。

「……分かったから、話し合いとやらを始めようぜ」

正直、神裂にいくら丁寧に謝られたところで、顔を焼かれそうになった事をそう易々とは許せない。
だが、今は喧嘩をしに来た訳ではない。話し合いに来たのだ。

「では、本題に入ります。私達がインデックスを追いかけ、にもかかわらずあえて見逃していることについて。
 これについて話すには、インデックスの完全記憶能力について補足する必要があります」

補足と言ったって、何を補足することがあるのだろうか。

「インデックスの頭の中には一〇万三〇〇〇冊の魔道書があります。すると頭の中はどうなると思いますか?」

どうなると思うと言われても、

「凄い事だとは思うけど」

としか言いようがない。

「それだけですか?」

「それだけだよ。というか、俺に考えさせるような質問はいいから、要点だけを淡々と話してくれよ」

「いい事言うじゃないか。君」

ステイルが茶々を入れてきたが、神裂は無視して、

「分かりました。一〇万三〇〇〇冊の魔道書を覚えるということは、それだけ脳の容量を圧迫するという事です。
 数字で言うと、脳の八五パーセントを魔道書が占めています。そして完全記憶能力は、見たものを瞬時に記憶するだけでなく、忘れる事も出来なくなります。
 つまり、常に脳の八五パーセントが埋まっているわけですから、残りは十五パーセントということになります。
 その十五パーセントは一年間、生命活動をしていれば埋まってしまいます。その十五パーセントを消すために私達が――」

「もういい、分かった」

上条は神裂の説明を遮った。

「今の説明で一体何が分かったと言うのですか?」

「アンタらの言いたいことに決まってんだろ。もう大体の説明は終わったはずだ。
 それとインデックスから聞いた情報を照らし合わせれば、分からないなんてことはない」

神裂とステイルが怪訝な顔をするが、上条はそんな事を気にせずに、

「おかしいとは思っていた。完全記憶能力を持つインデックスが、どうして記憶を失っているのかが。
 一年ごとにアンタらが消してきたんだ。違うか?」

「そこまで察してくれたのなら話は早いです。私達はインデックスを傷つけるつもりはありません。
 寧ろ助けに来たのです。ですから、インデックスを返していただけませんか」

「その前に二つ聞かせろ。
 まず一つ目。思い出の記憶を消すくらいなら、一〇万三〇〇〇冊の記憶を消すことはできないのか」

「二つの意味で出来ません。一つは私達の実力的に、もう一つは教会の利益を考えて、です」

ということは、仮に実力的に消せたとしても、教会の利益を考えた場合、結局消せないのか。
この時点で答えは決まっていたが、一応尋ねる。

「もう一つ。インデックスを捕縛したままにせず見逃しているメリットは?
 どこかに留まらせておいて、時期が来れば記憶を消す、でいいはずだ」

「見逃していると言ってきましたが、実際のところインデックスは天才です。扱い方を間違えれば、天災となるレベルの。
 誰もがインデックスの反乱を恐れています。ですから、教会に留まらせておくわけにはいかないわけです」

「筋が通ってないな。天災レベルの人間を野放しにしておく方がいろいろ危険だろ」

その疑問に答えたのは、ステイルの方だった。

「分かってないな。君みたいな一般人(パンピー)と遭遇することで、インデックスの行動は制限される。つまり、足枷になるのさ」

「理解しかねるし答えにもなっていない。
 足枷になるとかどうとか以前に、一か所に留まらせて時期が来れば記憶を消す方が、安全で確実だろ」

そこで魔術師達が言い淀み、数秒の沈黙の後、

「……仕方がないですね。私達とインデックスの関係を教えましょうか」

「……それは駄目だ」

「しかし、そうした方が分かってもらえると思うのですが」

「……僕達はもともと敵同士だ。馴れあう必要なんてない。
 大体さっきから、ただの一般人のくせに生意気にも言い返してくるが面倒だ。もう焼き尽くした方が早い」

「何を血迷った事を言っているのですか。ここで争っては近隣住民を巻き込みますし、目立ちすぎます」

「そんなこと関係あるか。最後通牒だ、上条当麻。大人しくインデックスを引き渡すか、今ここで灰になるか、選べ」

右手に炎を灯しながら、ステイルは立ち上がる。
対して上条も立ち上がりつつ、

「インデックスは渡さないし、灰にもならない。実力行使に訴えると言うのなら、受けて立つ」

二人の間に一触即発の空気が流れるが、

「いい加減にしてくれませんか。ステイル、私に魔法名を名乗らせるつもりですか」

その声の威圧感は先程の比ではなかった。
いよいよ神裂も、傍らに置いてあった二メートルほどの日本刀を持って立ち上がる。
威圧感にたじろいだのか、少し落ち着きを取り戻したのかは分からないが、ステイルは舌打ちして、

「……じゃあ神裂はどうしたいんだ」

「ですから、私達とインデックスの関係を教えた方が早いと言っているのですが」

「……勝手にしろ」

「ということになりましたので、座っていただけませんか」

神裂はあくまで話し合いで済ませたいらしい。
上条は血が上っていた頭を冷やすために、深呼吸してから座った。

「それでは、私達とインデックスの関係についてですが、私達と彼女は、同僚であり親友でした」

「……は?」

「ですから、私達と彼女は、同僚であり親友だったんですよ」

同僚だと言うのはそうだったのかという話で済むが、親友だったとは聞き捨てならない。

「正直に言いましょう。彼女を必要悪の教会に留まらせても、彼女の為にも私達の為にもならないんですよ。
 なぜなら、彼女は記憶を失っているからです。記憶を失った彼女の目には、私達はどう映るでしょう。
 十中八九、一〇万三〇〇〇冊を狙う敵です。必死に私達から逃げようとする彼女を、無理矢理拘束したままになんかできません。
 一年間も、誰も知らない敵だらけの教会に留まらせておくことなんて、できませんよ。私達にとっても、見るに堪えません」

「聞きたい事がもう一つできた。同僚――いや、親友だったと言うのなら、なんで敵として追いまわす?」

「ですから、彼女の目には私達は敵として」

「だから、それなら全部説明して誤解を解きゃいいだけの話だろうが。私達は敵じゃありませんって。
 大体、何で敵として拘束を前提としてんだよ」

上条の中で、わだかまっていたものが溢れる。

「だって言うのに、何で敵として追い回してんだよ!何で誤解のままにしてんだよ!何勝手に見限ってんだよ!インデックスの気持ちを何だと――」

「――うっせぇんだよ、ド素人が!」

「な……」

ヒートアップした上条の叫びを、神裂の咆哮が塗り潰した。
先程までの丁寧な言葉遣いがまるっきり取り払われた別人としか思えないような咆哮に、さすがの上条も一瞬たじろぐ。
その間に神裂の怒声が紡がれる。

「知ったような口を利くな!私達が今までどんな気持ちであの子の記憶を奪っていったと思っているんですか!?
 あなたなんかに一体何が分かるんですか!私達がどれほど苦しんで、どれほどの決意の下に敵を名乗っているのか!
 大切な親友の為に、泥をかぶり続ける私達の気持ちが、あなたなんかに分かるんですか!」

「落ち着け神裂!」

先程までとは立場が逆だった。ステイルが神裂を宥めようとしている。
しかし彼女はステイルなど意に介さず、

「私達だって頑張った、頑張りましたよ!教会の利益なんて知った事かと魔道書の記憶を削り取ろうとか、どうにか脳の容量を増やせたり出来ないだろうかとか、記憶を肩代わり出来たりしないだろうかとか、記憶を失わずに済む方法を試行錯誤しましたよ!それでも駄目だった!
 だからせめて、春を過ごし、夏を過ごし、秋を過ごし、冬を過ごし、思い出を作って忘れないように!たった一つの約束をして、日記やアルバムを胸に抱かせて!」

「神裂!」

ステイルが叫んだ。
それで我に返ったのか、少し落ち着いた様子で神裂は続けた。

「結局全部、駄目でした。日記やアルバムの写真を見ても、あの子はね、ごめんなさいって言うんですよ。
 一から思い出を作り直しても、何度繰り返しても、家族も親友も恋人も、全てゼロに還る」

そして最後に、燃え尽きたように神裂は告げた。

「私達は、もう耐えられません。これ以上、彼女の笑顔を見続けるなんて不可能です」

「チッ」

ステイルが舌打ちした。本当は知られたくなかった事を知られたからだろう。

そして沈黙が訪れた。
誰もが口を開けない中、上条は思う。

あの性格のインデックスにとって『別れ』は相当な苦痛だろう。
それを何度も繰り返していく、地獄のような在り方。
死ぬほどの別れと、直後にそれを忘れて再び決められた別れへ向かっていく無残な姿。
だから魔術師達は、残酷な出会いより出来る限り別れの辛さを軽減する方法を選んだ。
最初から失うべき『思い出』を持たなければ、いざ失う時のショックも減る。
だから、親友を捨てて『敵』なる事を選んだ。
インデックスの思い出を真っ黒に塗り潰すことで、彼女の地獄を少しでも軽くしようとした。

「ふざけんな……」

「……は?」

「そんなの、テメェらの勝手な理屈だろうが!インデックスの事なんざ一瞬も考えてねえじゃねぇか!
 テメェらの臆病のツケを、インデックスに押し付けてんじゃねぇぞ!」

元々丁寧な言葉遣いではなかったとはいえ、荒々しく粗暴になった上条の口調に、今度は神裂達がたじろいだ。

「テメェら言ったよな!?インデックスにとっては敵だらけに見える教会に留まらせておくことは出来ないって!
 百歩譲ってそうだとしても、記憶を失った状態で外の世界に放り出して誰にも頼ることが出来ない状況で逃げ続けさせてきたことが正しいって言うのかよ!
 それが一番正しかった選択だって、胸を張って言えるのかよ!」

うっ、と魔術師達は一瞬言葉に詰まったようだが、神裂が振り絞ったような声で呟く。

「じゃあ……他にどんな方法があったと言うんですか……」

「だから言ってんだろ!誤解を解きゃ良いだけの話だって!それを何だ!泥をかぶり続ける私達の気持ち!?
 笑わせんな!一番辛かったのはインデックスだろうが!」

今度こそ完全に言葉を詰まらせた魔術師達に、上条はさらなる言葉を叩きつける。

「テメェらがもう少し強ければ!テメェらが嘘を貫き通せるほどの偽善使いだったら!一年の記憶を失うのが怖かったら、次の一年にもっと幸せな記憶を与えてやれば!
 記憶を失うのが怖くないくらいの幸せが待っているって分かっていれば!誰も悲しまずに済んだんじゃねぇのか!」

これだけ言われて、魔術師達は顔を伏せていた。
表情が見えない為、彼らがどんな思いでいるかは推し量れなかった。

そして上条は、告げる。

「……アンタらにインデックスは任せられない」

「……ふざけるなよ」

上条の言葉に反応したのは、ステイル。

「君の言っている事が分からなくはない。でもね、世の中綺麗事だけじゃない。
 こっちにだっていろいろ事情がある。単純な感情論だけでは、どうにもならないことがね」

「だから言ってんだろ」

上条は一瞬の間も空けずに言う。

「綺麗事や偽善を貫き通せないようなアンタらには任せられないって。安心しろよ。インデックスは俺が助ける」

「どこまでも生意気な……」

もう三度目だろうか。
ステイルが右手に炎を灯すが、神裂が手で制して、

「インデックスを救う?どうやって?あなたの言い分は間違ってはいないと思います。
 ですが私達が記憶を消さなければ、あの子は死んでしまいます。任せられないと言われても困ります」

冷静だった、というよりは元気がないという感じだった。

「まずそこが間違いなんだよ。記憶が増えすぎて脳がパンクする事なんてあり得ない」

は?という視線を向けられる。
とそこで、ポケットの中の上条の携帯が震えた。
しかし上条としては、電話に出ている場合じゃない。
それはステイルも同じらしく、

「今は電話なんていい。話の続きを」

促すが、そこへ神裂が、

「いえ、待って下さい。もしかしたら土御門かもしれません。
 私達が騒ぎすぎたことで、隣にいるインデックスを怯えさせてしまったのだとしたら、それを気付かせるために電話をかけたのかもしれません。
 土御門だったら、とりあえず出て話を聞いてみてください」

言われて、はっとした。
騒ぎすぎたとかいうレベルじゃない。
ほとんど叫ぶように紡いだ言葉の数々は、詳細に聞こえていてもおかしくない。
やばいかもしれない。
ディスプレイを確認すると、土御門の文字が表示されていた。神裂の推測は当たっていた。
上条はおそるおそる電話に出る。

『ようやく話がまとまったみたいだな』

思ったより快活な声だった。
だが土御門の言い分だと、やはり先程までのやりとりは聞こえていたのか。

「その、インデックスは大丈夫か?」

『大丈夫だぜい。今インデックスは夢の中だからな』

「疲れて眠っちまってるってことか?」

『いいや、俺が睡眠薬を飲ませて眠らせたんだにゃー』

「何だと!?」

『そんな怒るなって。ちょっと運びやすいように眠らせただけだから』

「運ぶだと!?どういうことだ、説明しろ!」

『まあまあ落ち着けって。今俺はインデックスと共に三沢塾ってところに居るんだけど、今からステイルとねーちんと一緒に来てくれ。そこで説明してやるよ。じゃあな』

「おい、ちょっと待て!」

しかし通話は無情にも終了した。
すぐにかけ直そうとしたら、再び土御門から電話が来た。

「何なんだよ、お前!」

『言い忘れていた事があってさ。
 今カミやんの頭の中には一つの仮説があると思うんだけど、おそらくそれは正しいから、ステイルやねーちんに説明してやってほしい。もちろん、脳の構造について説明してからな』

確かに、脳がパンクして死んでしまうという有り得ない現象について、それが起こりうるかもしれない仮説はある。
あるが、それは妄想に近い。

「ちょっと待てよ。お前の言い方だと、脳がパンクして死ぬなんてあり得ない事、知っているみたいじゃねぇか」

その言葉に反応したのは魔術師。が、通話の邪魔をするようなことはしなかった。

『まあその辺の話は後々説明する。つーわけだから、よろしく』

そして通話は切れる。
よっぽどかけ直そうかと思ったが、どうせ無視されるか、電源を切るだろう。
嘘とも思えない。こんな嘘をつくメリットはない。

「何か知らんけど、アンタらと一緒に三沢塾まで来いってさ。インデックスもそこにいるらしい」

個人的には一人で行きたいところだが、彼らをここに残しても仕方ない。

「運ぶ、とか言っていたね。どういうことかな」

青筋を浮かべながら、ステイルは尋ねた。

「さあな。俺にもよく分かんねぇ。三沢塾に来たら説明するってよ」

「ならば、早く行きましょう」

そうして神裂は玄関へ向かう。しかしステイルが、

「ちょっと待て」

神裂の肩を掴んで止めた。

「何ですか。急いだ方が良いと思うのですが」

「おかしいとは思わないか。土御門は何で僕達にまで黙ってインデックスを連れ出したと思う?
 学園都市の出入り口とかならともかく、三沢塾とかいう訳の分からない場所に連れて行く理由は何だ?」

「さあ、それは分かりません。今はそんな事を論じている場合じゃないでしょう。急ぐべきです」

「違うな。僕らがやるべきは三沢塾に行く事ではない。ここで上条当麻を、後に土御門元春を燃やし尽くす事だ」

「はい?」

神裂はステイルが何を言いたいのか分からないようだった。

「上条当麻、土御門元春、こいつらはグルだ」

「……どういうことでしょうか」

「そう考えた方が自然じゃないか。だって土御門は、上条当麻の親友なんだろ?
 僕達を裏切る事はあり得ると思わないかい?」

「それは……」

神裂は戸惑っているようだった。
ここで迷う辺り、魔術師達が異様に疑い深い性格なだけなのか、土御門に信頼がないだけかは分からない。

「迷うってことは、神裂にも普段のアイツの様子から心当たりがあるんだろ。アイツは胡散臭い奴だからな」

そしてステイルは上条を睨みつけて、

「君もやけに冷静じゃないか。下手に言い訳すると怪しまれると考えて、あえてそうしているんだろうが、無駄だよ。僕の目は誤魔化せない」

ステイルはまたも右手に炎を灯す。
どれだけ喧嘩っ早いんだと、上条はもう呆れ始めていた。

「遺言を聞いてやるよ」

笑って告げる彼からは、もはや神父の要素を欠片も感じなかった。
上条は溜息をついて、

「それ、本気で言ってんのかよ?」

「本気だけど?」

「だったら、土御門が俺の部屋に来た時点で、俺と土御門でインデックスを連れて逃げるだろ」

「だから君が、囮になって来たんだろ」

「だから囮になる必要がないだろ。仮に土御門と俺がグルでインデックスをうまく逃がしたとしても、俺がお前らに捕まれば、インデックスと俺を交換で終了。
 そのリスクを考えれば、インデックスと俺と土御門の三人で逃げた方がいいだろ」

「でも君は、戦闘に置いてある程度自信があるようじゃないか」

「だとしても、逃げた方が安全で確実だろ」

「君が来ないと分かれば、僕達は君の部屋に行き、逃げた事に気付くことになると思うが?」

「それは何分後だ?五分もありゃあ、それなりの距離逃げられるぞ。それにここは俺達にとってホームであり、アンタらにとってはアウェイだ。
 アンタらは学園都市とある程度グルなのかもしれないが、俺達が本気で逃げて、学園都市にある治安維持の機関を使えば、普通に逃げ切れるだろうよ」

「本当に君は口が減らないね。大体、グルじゃないというのなら今の君は冷静すぎる。
 今すぐにでも、三沢塾に行こうと言いだすのが普通だろうに」

「呆れているだけだ。それに、行こうって言ったってどうせアンタが止めるだろ。
 それと理由はもう一つある。アンタらがムカつくってことだ」

上条は右手を固く握り締めて拳を作り、

「はっきり言って、俺はアンタらの事が嫌いだ。
 土御門から電話がかかって来なかったら、実力行使で俺を葬って強引にインデックスを取り戻すつもりだったろ。
 だからさ、受けて立つよ」

作った右拳をステイルの顔面の前に突き出す。

「ははは。それいいね。僕もね、君の事が大嫌いなんだ」

「ちょっと待って下さい」

止めたのは神裂。
もう何度目だろうか。ステイルが先走り、神裂が止める光景。

「ステイルの言い分も、上条当麻の言い分も分かります。ですから、三沢塾に行って確かめる。
 それで良いじゃないですか。今はインデックスの安全を確かめる事が最優先です」

「神裂、インデックスの安全を確かめるのは、上条当麻を殺してからでもいいはずだ。
 別に良いのさ。土御門と上条当麻がグルじゃなくてもね」

「いよいよ本性見せやがったな。殺人狂が」

神裂はその時、上条の獰猛な笑顔を見て思った。
上条当麻は少しも怯んでない。それどころか、本気でステイルをぶちのめそうとしている。
しかし神裂としては、ここで争ってもらっても困る。
こうなったら仕方ない。

「私に魔法名を名乗らせるつもりですか。いい加減に落ち着いてください二人とも」

「名乗りたいのなら名乗ればいい。僕としてはもう、その程度の脅しで止まる理由はない」

「俺としては二対一でも構わない」

脅しではもう止まらない。とはいえ実際に実力行使で止めるのは論外だ。
神裂に二人を止める術はもうなかった。

が。

「……一体何だよ、こんな時に」

ポケットの中にある上条の携帯が震える音が周囲に響き、上条は呟いた。
だが一触即発のこの状況、上条は電話に出なかった。もちろん、ステイルも促さない。

しかし、神裂としてはチャンスだった。
この着信で気をそらせるかもしれない。

「……誰からですか?」

神裂は尋ねるが、上条は電話に出るつもりはないようだった。
確認すらしなかった。

くっ、と神裂は内心で歯噛みする。
このままでは無意味な戦闘が始まってしまう。

「さて、始めようか。安心してくれ。一瞬の苦痛も与えずに消し炭にしてあげるからさ」

「やれるもんならやってみろ」

そして二人は、いよいよ表へ出ようとする。
携帯の着信も途切れ、

二秒も待たずに、再着信により上条の携帯の震える音が響き始めた。

「……しつけーな!」

もういっそのこと電源を切ろうとでも思ったのか、上条は携帯をポケットから取り出して、彼の動きが止まった。

「土御門……」

「何だと?」

「出るべきです!そこでインデックスのことを詳しく聞いてください!」

チャンスとばかりに電話に出る事を強めに促す神裂。
相手が相手なので、上条もさすがに無視する事はためらわれたのか、渋々電話に出て、

『何モタモタやってんだにゃー!早く来ないとインデックスぶち殺すぞ』

その声は大きく、ステイルや神裂にも聞こえるほどだった。

「土御門、テメェ自分が何言ってんのか分かってんのか?」

『だから早く来いって。そしたら危害は加えないさ』

その声はそんなに大きなものではなかったが聞こえていたのか、ステイルはドアを蹴破り走って行った。

『ステイルが飛び出して行ったな。アイツ三沢塾の場所分かってねーだろ。追いかけて案内してやってくれ』

「私が連れ戻してきます」

どうやら土御門の声が聞こえたらしく、神裂は飛び出して行った。

「土御門、お前ひょっとして、この部屋に監視カメラの類を仕掛けてんのか?」

一度目と今の電話のあまりに良すぎるタイミング、ステイルが出て行った事が分かったのは、土御門の能力が千里眼ではない以上、それしかないだろう。

『自分の部屋に監視カメラつけちゃいけないなんて法律はないんだぜい』

「そうかよ。ところで一つ気になってたんだけどよ、インデックスを連れて行こうとしても、『歩く教会』がある以上、魔術師が探知できるよな?
 なのに俺の目の前にいた魔術師は気付かなかった。とてもじゃないけど、単に気付かなかったってことはないだろう。ということは、つまり」

『ああ。カミやんが考えている事で間違いないぜい。着替えさせたのさ。眠らせてからな』

「……義妹に欲情するようなシスコンだけならまだしも、ロリコンまで患ってるとはな」

『その言い草は心外だにゃー。俺は高一でインデックスは一四、五歳だから、年齢的には分相応でロリコン呼ばわりされる筋合いはないぜい。
 シスコンは悪い事じゃないし、義妹とは結婚だってオーケーなんだぜい。それにインデックスを着替えさせたのはステイルやねーちんを欺くため。
 他意はないし、そもそも俺が着替えさせたわけじゃない』

「『空間移動能力者(テレポーター)』か」

『そうだ。やっぱりカミやんは冴えてるにゃー』

土御門はきっと今の状況を三沢塾でモニタリングしている。
三沢塾の詳しい位置は分からないが、少なくともここ第八学区ではないことは分かる。
どんな公共機関を利用したって、一番近い違う学区に行くにしたって、今までの話し合いの時間だけでは、移動してモニタリングをするなんて通常できっこない。
しかし、それを可能にする方法がある。
それが空間移動能力者。
レベルが高ければ、インデックスと土御門、それと本人合わせて三人同時に数百メートルを数回移動する事など造作もない事だ。

「そいつは女子か?」

『おう。だから安心していいぜい。俺は何も見ちゃいない』

「服はそいつに持って来させたのか?」

『いんや、カミやんのワイシャツを拝借した』

「何で持って来させなかった」

『そんな時間なかったし面倒くさかったから』

「……後でぶん殴ってやるから、首を洗って待ってろよ」

それだけ言って、上条は電話を切った。
と同時に、丁度良く神裂がステイルを連れて戻ってきた。

「早くしろ上条当麻!あの子の身に何かあったら、土御門の後で焼き尽くしてやるからな!」

「勝手に飛び出しといて何言ってんだか!」

ようやく三人は、三沢塾へ向かって動き出す。

三沢塾の位置を調べてから念の為上条の部屋をのぞくと、綺麗に折り畳まれた『歩く教会』があった。
それを見てステイルは発狂しかけ、神裂は顔を紅くして俯いたが、上条が「お前らがインデックスの移動に気付かなかった時点で分かり切っていた事だろ」
と冷静に突っ込むと、ステイルは「うるさい!尚更早く行くぞ!」と言って、神裂は「あの男、絶対に斬ります」とか物騒な事を言った。

しかしながら、公共機関は利用できなかった。理由は単純で、目立つからだ。
ステイルはギリギリセーフだとしても、神裂の日本刀が銃刀法違反で完全にアウトだった。
だから走るしかなかった。
走るにしたって目立つ訳だが、それはしょうがない。
あまり人通りがないところを通って行けば、大分緩和されることだ。

「土御門にも言われたし今のうちに説明しておく。記憶の増えすぎで脳がパンクして死ぬなんてばかげた話についてな」

走りながら、上条は切り出した。

「そうだよ、それだよ。その根拠は一体何だ?」

「つくづく思うんだけどよ。アンタらインデックスの事を本気で救いたかったのか?
 記憶に関して、普通脳について調べるだろ」

「下らない煽りは良いから、見解だけ淡々と聞かせろ」

「……やっぱり俺は、アンタらの事嫌いだぜ」

「……私も、ですか?」

「当たり前だろ。アンタだって脳について調べなかったんだから」

そう言うと、神裂はほんの少しだけ落ち込んでいるようだった。
もともと敵なのに、嫌いと言われて落ち込むものだろうか。
そりゃあまあ、人に嫌われるメリットなんてないとは思うが。

「い・い・か・ら!早く話せ!」

ステイルがキレながら叫ぶ。
短気だ。

「……神裂だっけか。アンタ言ったよな。一年間生命活動をしていれば脳の一五パーセントが埋まるって。
 それだと魔道書とやらを覚えなくても、六、七年で脳がパンクするってことになるが、そこに疑問は抱かなかったのか」

上条は神裂に問いかけたが、何故かステイルが答えた。

「だから、完全記憶能力とはそういうものなんだろ。これだけの特殊能力だ。リスクがあっておかしくない」

「だったら、もう少し有名になっていると思わないか。ある意味不治の病として」

「……」

「だが実際のところ、そんな事例は聞いたことがないだろ?生憎、俺もないさ。
 そもそも人間の脳は元々、一四〇年分の記憶が可能だしな」

さらに、と上条は続けて、

「人の記憶は一種類じゃない。
 言葉や知識を司る意味記憶、運動の慣れを司る手続記憶、思い出を司るエピソード記憶、それぞれ独立したものだ」

何かのショックで記憶喪失になった人でも、歩き方とか話していた言語までは忘れないだろ?と上条は付け加えて、

「つまり、知識である魔道書とやらを覚えて意味記憶をどれだけ増やしたところで、思い出を司るエピソード記憶を削らなきゃいけないなんて事は、絶対にない」

「……でも実際、一年ごとに彼女は苦しむ。起き上がれないほどの頭痛で!」

苦々しい顔で、ステイルは言った。

「まあそうだろうな。それだけのギミックがないと、一年ごとに記憶を消さないと死ぬなんて、アンタら信じないだろ」

たとえば、風邪をひいていると自己申告している人間がいたとする。
その人が鼻水を垂らして咳でもしていれば、風邪をひいている事を誰も疑わないだろう。
しかし逆に、鼻水も咳も一切見せず普段と変わらず元気でいれば、嘘をついているようにしか思えないだろう。
もちろん、それだけでその人が風邪をひいていないと断言することはできない。
鼻水や咳を我慢しているだけかもしれないし、心配をかけまいと普段通りに振る舞っているだけかもしれないからだ。
だがやはり、それは本人にしか分からない。
第三者視点から見れば、風邪をひいているというのは嘘だと思うのが普通だ。

インデックスについても同じだ。
いくら具体的な数字を出され脳がパンクして死ぬと言われたところで、実際にインデックスが苦しまなければ、
脳がパンクして死ぬなんて話、誰が信じるだろう。信じたくないという思いがあれば尚更だ。
無論、心配性な人ならば話だけでも信じるかもしれない。しかしながら、信じない人の方が大半だろう。
その心配性の人間だって元気な姿を見続ければ、やっぱり大丈夫じゃん、と思い始めるかもしれない。
だからこその、ギミック。
脳がパンクして死ぬのは、冗談ではないという証として。

「では、彼女が苦しんでいても記憶消去を我慢して放っておけば、もう思い出を失う事はない、という事ですか」

「いや、そうとも限らないと思う。
 アンタらの魔術ってのがどこまで便利なのかによるが、たとえば、望んだ相手を苦しめるだけという『呪い』のようなものをかける事は出来るのか」

「僕達には出来ないけど、出来る奴もいるかな」

「その『呪い』は、一年ごとに記憶を失わなければ死ぬ、みたいな事も可能か」

「可能か不可能かで言えば、可能でしょう。ただそうなると、よほど高度な魔術なので出来る人は限られるでしょうが」

「……つーことは、おそらくは魔術的ギミックは『脅し』だけの可能性も、本当に死ぬようにできている『呪い』のような可能性もある訳だ」

「待って下さい。本当に死ぬようにできているなんて、そんな馬鹿げたこと……インデックスが万が一死ねば私達は当然悲しみますが、教会だって大損失なのに……」

「逆だろ。『脅し』だとしても『呪い』だとしても、インデックスが苦しむようなギミックを仕掛けた奴らだぞ。
 いっそのこと死んだら死んだで構わないと考えていても不思議じゃないと思うけどな、俺は」

「トチ狂っている、と言いたいところだが、あの女狐の事だ。あり得ない話じゃないな」

何か良く分からないが、珍しくステイルから同意を得られた。
これっぽっちも嬉しくはないが。

「しかし、だとすると疑問が残る。
 そんな魔術的ギミックがあれば僕はともかく、体の隅々まで調べたであろう神裂が気付くはずだが」

言いながら神裂を一瞥するステイル。
対して神裂は、一秒の間も開けず迷いなく返答した。

「彼女の体に変わったところはありませんでしたよ」

「いや、普通に考えてギミックは気付かれちゃいけないんだから、気付かせないようになっていたと考えるのが妥当だろ。
 ギミックは見えないところに仕掛けられる事はないのか?たとえば臓器だったり、骨だったり、要するに体の内側って可能性だ」

「そう、ですね。可能か不可能かでいえば可能……だと思います。
 ですがギミックが魔術的なものなら、魔術が使われたという痕跡が残り、それに気付くはずなのですが」

「だから、その痕跡すら辿らせないようになっているんだろうよ」

「っ……」

そこまで言われて、神裂は言葉を詰まらせた。

「……正直、ギミックがもし臓器や骨なんかの体の内側に仕掛けられているなら、どうしようもない。
 だが、そうじゃなければ助けられる。俺の『幻想殺し』で、ふざけた幻想はぶち殺せる」

「……体の内側でもないところに仕掛けられたギミックを、私が見逃すとでも?」

「臓器や骨じゃなく、内側と呼べる部分でその気になれば触れることができるにもかかわらず、アンタが気付かなくてもおかしくない箇所がある。それは――」

「よう。待ちくたびれたぜい」

第七学区にある、十字路を中心に一二階建てのビル四棟からなる三沢塾到着の三分前ぐらいに土御門から電話がかかってきて、
北棟の最上階にある校長室に来いと言われ、言われた通り校長室に入っての土御門の第一声がそれだった。

「インデックス!」

ステイルは、窓際にある大きな机の上で、ワイシャツ一枚で横たわっているインデックスのところへ駆け寄る。

「どうですか?」

「ああ。特に異状はない。本当に寝かされているだけのようだ」

尋ねた神裂にステイルはそう返答しつつ、さらに口の中を覗く。

「どうですか?」

「ああ。あったよ。上条当麻の言う通りだったようだ」

言いながらも、インデックスの顔を机から少し離れている神裂の方へ向けて、口をわずかに開けた。

「……確かに、ありますね」

「え?俺には何も見えないけど」

「それはまあ、一般人では見えないと思います。私は視力が八・〇ありますから、鮮明に見えます。
 数字の二と四を合わせたような、禍々しい刻印が。一見シンプルではありますが、相当レベルの高い魔術です」

つまりそれは、並の魔術師では解除できないという事だろうか。
しかしまあ『幻想殺し』の前では関係ないだろうし、それより気になる事があった。

「八・〇?アンタ、野生の中で生きているどっかの民族じゃなくて、日本人だよな?」

「ええ。ですが私は『聖人』でもあるのです」

「は?アンタ、俺をおちょくってんのか?」

「おちょくってなどいませんが、何か癇に障りましたか?」

「いやだって、成人って、そんなこと最初に見た時から分かっていたけど、二十歳越えたら視力が八・〇になるなんて聞いたことないし……もしかして魔術ってのは、視力を良くする事も出来るのか?」

「あなたは一体、何を言っているのですか」

「ああー、ちょっと良いかにゃー」

会話が噛み合っていない上条と神裂に、土御門が割って入った。

「会話聞く限り、カミやんが盛大な勘違いをしているみたいだにゃー」

「勘違い?俺が?何を?」

「勘違いは二つ。一つは『聖人』について。ねーちんがいう『聖人』は、二十歳以上の成人じゃなくて、聖域の聖に人と書く『聖人』なんだにゃー」

「何じゃそりゃ」

「世界に二十人といない、生まれた時から神の子に似た身体的特徴・魔術的記号を持つ人間のことなんだけど、そう言われても良く分からないっしょ?
 だから簡単に言うと、物凄く強い人間ってことですたい」

「はあ。それで、俺の二つ目の勘違いってのは何だ?」

「ねーちんはピッチピチの十八歳だにゃー」

「え……」

上条は愕然としたニュアンスで思わずそう漏らしてしまった直後、横にいる女性から殺気を察知して後方へ飛び退いた。

「……えーっと」

フォローの言葉が見つからなかった。
十八歳の女性に対して二十歳を超えていると思っていた超本人が、どんな言葉をかけたところで火に油を注ぐだけだろう。

「……まあ、いいです。今はそれより、インデックスです」

神裂さんはステイルと違って寛大な心を持ち合わせているようだ。
殺気には少々焦ったが、魔術的ギミックは喉の奥にあるのではないか、という仮説は当たったのはほっとした。

「上条当麻、あなたの右手の力で、あの子を救えるのですか」

「おそらくは。ステイルの炎が消せたということは、魔術も消せるってことだ。
 つまり、その刻印とやらが魔術的なものなら、消せるはずだ」

「刻印はもちろん魔術によるものだ。そうだね。僕の炎を消せたんだから、これぐらいの刻印は消してもらわないとね。
 それと、馴れ馴れしく呼び捨てにしないでくれるかな」

「じゃあなんて呼べばいいんだよ」

「僕の名前さえ呼ばなければ、なんでもいい」

「あっそ。分かったよ。ところで土御門、お前の一連の行動は結局何だったのか。
 インデックスを救う前に、そろそろ説明してもらおうか」

上条の一言に、ステイルと神裂も土御門に視線を向ける。

「詳しく説明すると果てしなく長くなるから簡潔に説明するが、それでも長くなるから覚悟してくれ」

そんな前置きをしてから、土御門は続ける。

「ここ三沢塾は乗っ取られた場所なんだ。乗っ取った人物はアウレオルス=イザード。
 ステイルやねーちんと同じ、魔術サイドの人間だ」

学園都市のセキリュティは、侵入を簡単に許し、あまつさえ施設の一つを乗っ取られる程甘いものだと言うのか。
でなければ、そのアウレオルスとかいうのが単純にとんでもないチカラを使って侵入し乗っ取ったか。

「魔術サイドの人間が、どうしてわざわざ学園都市に侵入して施設の一つを乗っ取ったか。
 それは全て、インデックスを救済する為だ」

言っている意味が分からなかった。
インデックスを救うというのもそうだし、学園都市に侵入して施設の一つを乗っ取ることが、インデックスの救済にどう繋がるのか。

「なるほど。そういうことか」

どうやらステイルには合点がいったらしい。
こっちとしては、何が何やらさっぱりだが。

「ステイルは分かったみたいだな。ねーちんはまだ分からないか。実のところアウレオルスは、かつてインデックスのパートナーだった。
 一年ごとに記憶を消去せざるを得ないインデックスは、一年ごとに人間関係をバッサリ更新しなきゃいけなかった。
 そのためパートナーが一年ごとに代わってきたが、末路は皆同じ。インデックスの記憶消去を食い止めようと必死に足掻き、失敗してきた」

土御門はそこで区切って、ニヤつきながら上条の方を見て、

「だが、結局イギリス清教の犬である事を選んだステイルやねーちんと違って、アウレオルスはそこで諦めはしなかった。
 不屈のスピリットを持つアウレオルスは、たった一人の少女を救うために、所属していたローマ正教を離反して魔術世界を敵に回した」

土御門の言葉は、ステイルと神裂を挑発するようだった。
一体そこにどれだけの意味が込められているのか。それともただからかっているだけなのか。
後者だとしたら、この状況でからかう必要があるのか。

余計な事ばかり考える上条の思考を断ち切るように、土御門の言葉は続く。

「とはいえ覚悟をいくら決めたところで、魔術世界を敵に回してただで済むわけがない。
 だからアウレオルスは、科学に逃げ込むことにしたのさ」

逃げ込むと言ったって、それはそれで大変じゃないのか。
それとも学園都市が中心である科学世界など、魔術世界に比べれば甘いのか。
現にステイルや神裂が侵入しているし、土御門がのうのうと学園都市に暮らしているが。

「そして幾多の困難を乗り越え錬金術の究極『黄金錬成(アルス=マグナ)』を完成させ、
 学園都市の超能力でもなければ魔術でもない異能の力の持ち主『吸血殺し(ディープブラッド)』を宿す姫神秋沙を篭絡し、
 半端に能力開発を知ったせいで『これを知る自分達は選ばれた』と思い込みカルト宗教もどきと化した三沢塾を乗っ取り、
 インデックスを救う準備を整えたのさ」

「……何だって!?」

過剰な反応を示したのはステイルだった。

「そんな馬鹿な話があるか。
 『黄金錬成』は理論上存在しうるが、呪文が長すぎるゆえに一〇〇や二〇〇の年月で完成させられるはずもないし、だからって呪文を短くする事も出来ないし、
 親から子へ、子から孫へと作業を分担しても、伝言ゲームのように儀式が歪んでしまい、どうやっても完成に辿り着かないはずだ……」

「そうだな。じゃあカミやん、どうやって完成させたと思う?」

「え?俺?」

突然話を振られても困る。振った意味も分からない。
それも魔術の話なのだから、何とも言えないというのが本音だが、一つの仮説はあった。

「そう、だな。よく分かんないけど、その呪文を唱えるのは一人じゃなきゃ出来ないのか?
 たとえば、十人で並行して唱える事が出来れば、単純に十倍速じゃないのか?」

「正解だよ、カミやん。アウレオルスはな、二〇〇〇人もの人間を操り呪文を唱えさせ、呪文と呪文をぶつけることによる相乗効果によって一二〇倍もの速度を追加し、
 二〇〇年を費やしても完成できない『黄金錬成』を、わずか半日で完成させたんだ」

「マジかよ……」

考えが当たっていたのもそうだが、話のスケールの大きさにも驚くしかなかった。

「ちょっと待て」

ステイルは険しい表情で、

「君の話はやはり信じられない。
 『黄金錬成』が本当に完成しているのなら、君はもちろん、僕や神裂だってアウレオルスには勝てないはずだ」

プライドの塊にしか思えないステイルが自ら『勝てない』とまで申告するとは、アウレオルスのそれはよほど強力なものなのだろうか。
まあ今の話を鑑みるに、相当強くてもおかしくないとは思うが。

「馬鹿みたいに真正面からやりあえばな。だが、不意打ちならそう難しくない。
 インデックスを渡して後ろを向いた直後、延髄に一発ぶち込んだだけさ」

「そんな簡単にいくものか」

「だが現時点で、ステイル含むお前らがこうやって俺と会話できているだろ。
 現状が、俺がアウレオルスを出し抜いたことを示している」

「……確かに、そうだが……」

「まあ信じられないのも無理はないか。だったら、俺の目の前にあるノートパソコンを見ればいい」

ステイルは言われた通りに土御門の前のノートパソコンの画面を覗く。

「……確かに、いるな」

上条も気になって勝手に画面を覗く。

「椅子に縛り付けてあるのがアウレオルスか?」

「そうだ」

ノートパソコンの画面は左右に二分割されていて、左には土御門の部屋、右には椅子に縛り付けてあるアウレオルスと、その隣に巫女服の少女が映っていた。

「この巫女服の女の子が、さっき言っていたディープなんとかの姫神ってやつか?」

「そうだ」

「じゃあ疑問なんだけどさ。
 さっきの言い草だと、姫神って奴はアウレオルスに捕まった感じなのに、何でそのアウレオルスに連れ添っているんだ?」

「アウレオルスと姫神の利害は一致していた。姫神の能力『吸血殺し』は、自らの血を吸わせて吸血鬼を殺せるのさ」

「吸血鬼?そんなの本当にいるのかよ?」

「俺も実際には見たことないが、『吸血殺し』という能力が存在している以上、どこかにいるとしか言えない。
 それに姫神は、過去に大量の灰に覆われた村から発見された経歴を持つ。その灰を調べた結果、まったく未知の灰であることが判明した。
 その事実と彼女の証言から、灰は『死んだ吸血鬼の灰』という結論に至った。このことからも、吸血鬼はやはりいるとしか言えないだろうな」

にわかには信じ難い話だが、実際既に魔術師や自身の幻想殺しという、世間の常識の例外をいくつか知っている。
それと土御門の話を鑑みれば、絶対あり得ないとまでは言い切れない。

「話を戻すぞ。姫神の『吸血殺し』には、吸血鬼を殺す以外に、吸血鬼を呼び寄せるという性質もある」

「吸血鬼を呼び寄せるようなフェロモンが出ているってことか?」

「そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない。
 ぶっちゃけた話、学園都市の科学力を持ってしても姫神の『吸血殺し』の詳細は分かっていない。
 カミやんも聞いたことぐらいはあるだろ?姫神はいわゆる『原石』って奴だ」

「ここで開発したとかじゃなく、天然で超能力を発現させた異能者だろ。でもこれって噂じゃなかったのか?」

確か他にも、偶発的に周囲の環境が超能力開発と同じ効果をもたらした場合に発生するとか、
総数は現在判明している限りで世界に五十人ほどだとかいう噂も聞いたことがある。

「学園都市では一般的に噂の域を出ていないが『原石』は実際にいる。一般人と俺達で違うのは、実際に存在していることを知っているかどうかだけ。
 さっきも言った通り、能力の詳細は俺達でも分かっていない。だからどういう原理で姫神が吸血鬼を呼び寄せているかは分からない。
 ただ『「吸血殺し」とはそういうものだ』という事実があるだけだ」

「ふうん。なら上条当麻も『原石』なのかい?」

「いや、おそらくカミやんの『幻想殺し』は『原石』ではない。
 今分かっている『原石』の定義では、能力は基本的に後天的に得ることになるだろう。
 しかし、カミやんの場合は先天的、生まれた時から右手に『幻想殺し』を宿していた。
 もっとも、母親の胎内で『原石』になる条件がそろえば、生まれながらの能力者が誕生する可能性もあるかもしれんが」

「ふーん」

自分から聞いたくせに、ステイルの態度は素っ気なかった。

「ま、『幻想殺し』や『吸血殺し』のルーツを探っても、推測と憶測の域を出ないから意味はない。
 そもそも『原石』の定義だって一応そうなっているってだけで、それが正しいかどうかまでは分かっていない。
 今この場で分かっているのは、姫神は吸血鬼を呼び寄せ殺してしまうという事だけだ」

「ちょっと待ってくれ。吸血鬼を呼び寄せてから、殺すっていう事に直結する意味が分からない。
 呼び寄せられたところで、血を吸わなきゃいいんだろ?」

「言葉が足りなかったな。『吸血殺し』は、吸血鬼を呼び寄せ、血を吸わせたいと思わせ、
 吸血鬼はその欲求に耐えられず姫神の血を吸い、死んでいくのさ」

「……マジかよ」

「ああ。でも姫神は自身の意思に関係なく吸血鬼を殺してしまう『吸血殺し』がたまらなく嫌だった。
 吸血鬼は人じゃない。化け物だ。それでも殺したくはなかった。
 だからこそ、三沢塾に幽閉されてまで、吸血鬼と出会わないようにしたのさ」

「……出会わないようにって、こんなところに閉じ込めたぐらいで何とかなるもんなのか?
 そもそも、呼び寄せるっていったいどこまで?」

「だから詳細は分からんと言ったろ。呼び寄せられる範囲は知らない。
 吸血鬼が本気を出せば、この程度の施設の侵略ぐらい容易いかもしれない。
 でも実際問題、吸血鬼は来ていないし、この施設も学園都市も無事だ」

「ちょっと待ってくれないかな」

ステイルがいきなり話の腰を折ってきた。

「訳が分からない。土御門、さっき君は『吸血殺し』とアウレオルスの利害が一致していると言ったね?
 でも今の話だと、利害が一致しているどころか正反対も良いところじゃないか」

「アウレオルスが出した条件は、普段は吸血鬼から遠ざけるが必要な時には呼び寄せてもらう、というものだった。
 姫神としては手放しでは飲み込めないものだったが、呼び寄せた吸血鬼を彼女には殺させないし、自分も何もしないし、
 周囲にも一切の被害を及ばせないということで、交渉は成立した」

「……なるほど」

「何がなるほどなんだよ。アウレオルスには吸血鬼が必要だったって、どうしてだよ?」

「吸血鬼ってのは、血を吸うだけの生き物じゃない。
 永遠の命があり、無限に記憶を蓄え続ける事ができ、そして、噛んだ者を同類にする事が出来る。
 これで言いたい事は分かっただろ?」

「……それじゃあアウレオルスは、姫神との約束も守らず、インデックスを吸血鬼にするつもりだったってのか?」

「そうなるな」

「アウレオルスも、記憶で脳がパンクするなんてアホな話を信じたのか」

「まあ、それだけイギリス清教の嘘が上手かったってことだろ」

「でも土御門、お前は分かっていたんだろ。脳が記憶でパンクするなんてあり得ない事を」

上条の一言に、ステイルと神裂も土御門を睨みつける。

「その話はインデックスを救ってからでいいだろ。もう喋り疲れたっつーの」

「意味の分からないことで話を濁さないでください。事と次第によっては、一閃しますよ」

神裂がものすごく冷静に物騒な事を言ったが、土御門は普段と変わらない調子で、

「だーから終わってからつってんだろ。まずはインデックスを救うのが最優先だろ」

「……もういい。上条当麻、インデックスの喉の奥に刻みつけられている印を君の右手で消し去ってくれ」

「……始めからそのつもりだ。けどよ」

「何だ」

「インデックスって、かなり重要な存在なんだよな」

「それが?」

「だったら、保険を二重三重に張っていると思うんだけど」

「何が言いたいのですか?」

「魔術的ギミックは、全身を目で見て調べる程度では見つからないようになっていた。
 それは、記憶を消去しなきゃいけないという嘘を見破って、魔術的ギミックを探そうと思った奴に対して機能する。
 次に、神裂の発言から、見つかったとしても簡単には解除できないようになっていたと思われる。
 今俺達は、その二重の保険を打ち破れる状況にある。けどさ、見つかって解除できるような状況を想定していないなんてことあると思うか?」

「刻印を消した時に、何かしらの罠が発動するとでも言いたいのですか?」

「あり得そうだ、ってくらいの考えだ。
 俺は魔術に詳しくないから、アンタら魔術師達からの見地を聞きたいだけだ」

「そうですね。
 人に仕掛けられた『呪い』の類を解除した場合の罠は、その『呪い』の類をかけられた人間が暴走するとか、それぐらいでしょうか」

「だがインデックスには魔力がない。暴れようがないはずだ」

「いやでも、魔術とか関係なしに、じたばたするという意味で暴れたりはしないのか」

「だとしても、所詮は女の子の力さ。
 君は右手で『歩く教会』を壊すだろうから羽交い締めにしてはいけないが、その場合は僕が止める」

そんなものなのか。
魔術的ギミックが見つけられ解除する術がそろえば、それで救う事が出来るのか。

「……そもそも、何でインデックスには魔力がないんだ?というより、魔力って何だよ?」

神裂の『聖人』とやらは体質らしいが、魔術自体は練習して習得した後天的なもののはずだ。
つまりその元であろう魔力とやらも、誰でもあるはずだ。

「魔力は、基本的にはまず生命力を魔力に変換することで生まれる」

「つまり、インデックスは生命力を魔力に変換できないってことか」

「そうだ」

「土御門、お前は何か分からないか?」

「仮に罠があったとしたら、救わないのか?」

「そんなわけないだろ」

「だったら何も迷う必要はないだろ。早く刻印を右手で消して、インデックスを救ってやれよ。
 不安なら準備を整えれば良い。ステイル、ねーちん、準備しとけ」

「土御門、お前なあ」

「もういいでしょう。土御門はこういういい加減な人間です。それはあなたも十分わかっているでしょう」

「そうだね。僕も神裂に同意だ。土御門なんかほっとけ。そんなことよりインデックスを一刻も早く救うべきだ」

二人が言う事は一理ある。
土御門からはあとでゆっくりと話を聞かせてもらうとするとしよう。

「分かった。それじゃあインデックスの刻印を消すぞ。準備は良いか」

「無論だ」

「ええ」

返事はするものの、二人は特に構えなどをしなかった。
まあ、それで準備完了というのなら何も言うまい。
罠などない可能性だってある。
上条は横たわっているインデックスの前に立ち、左手で唇を少し開ける。

「これか……」

神裂の言う通りの形をした刻印が、喉の奥に確かにあった。
上条はいよいよ右手の中指をインデックスの口の中に入れて、その刻印に触れた。
直後、

「おわっ!」

上条は、衝撃によって右手はおろか体ごと大きく弾き飛ばされた。
それでも無様に尻餅などつかなかっただけ、上条の運動能力は称賛に値するだろう。

「大丈夫ですか」

「ああ」

衝撃は右手中指が刻印に触れた瞬間、つまり『幻想殺し』が発動し刻印が破壊された瞬間に走った。
やはり、罠が仕掛けられていたのだ。

だがこれはチャンスだ。
おそらくインデックスは、この後暴走する。
しかしその前に止めてしまえば。
『幻想殺し』で触れてしまえば――!

上条は駆けだした。インデックスまではたったの四メートル。
上条にとっては二歩半で行けるような、わずかな距離であった。
時間にすれば二秒にも満たない。
そんな刹那の時間の中で、上条は確かに見た。

横たわっていたインデックスの両眼が勢いよく開き。
フラットな状態の操り人形のように、両手や頭をだらりと下げて動き出したのを。

「う、おおおおおおおおおおお!」

思い切り右手を伸ばすが、動き出したインデックスが後退したために、距離にしてあと十センチほど届かなかった。

「くっそ!」

勢い余って机に激突した上条の前には、やはり操り人形のように、上から糸で吊られているかのように宙に浮かび上がっているインデックスがいた。

「――警告、第三章第二節。Index-Librorum-Prohibitorum――禁書目録の『首輪』、第一から第三までの全結界の貫通を確認。
 再生準備……失敗。『首輪』の自己再生は不可能、現状、一〇万三〇〇〇冊の『書庫』の保護のため、侵入者の迎撃を優先します」

まるで機械のように抑揚のない冷たい声で放たれる言葉。
大きく開かれている眼は、血のように真っ赤に染まっていた。
眼球の色ではなく、眼球に浮かぶ魔法陣の輝きによるものだった。

「『――書庫』内の一〇万三〇〇〇冊により、防壁に傷をつけた魔術の術式を逆算……失敗。該当する魔術は発見できず。
 術式の構成を暴き、対侵入者用の特定魔術を組みあげます」

インデックスの両目にある魔法陣が拡大していく。
このままだとまずい。
上条は机を踏み台にしてインデックスに跳びかかる。
が、インデックスはさらに後退して上条の追撃を軽くあしらう。

「くそっ!」

上条は着地直後に再度インデックスへ跳びかかるが、インデックスはすいすいと宙を舞って上条から距離を取る。

「――侵入者個人に対して最も有効な魔術の組み込みに成功しました」

何らかの攻撃がくるまで、もう時間がないだろう。
上条は焦るが、インデックスを捉える事はできなかった。

「何ぼけっとしてんだ、ステイル!ねーちん!」

叫ぶ土御門は上条とは違う方向から、インデックスの後ろから彼女に跳びかかった。
上条に集中していたインデックスは、土御門に反応出来ずあっさりと彼に捉えられた。
が、

「うおっ!」

インデックスは体にしがみつかれている土御門ごと勢いよく後退した。
狙いは分かった。土御門も分かっただろう。

「ごはっ!」

壁まで後退したインデックスにより、土御門は背中を強打した。
インデックスの背中からずり落ちてしまうには十分な威力だった。
せめて自分が間に入る事が出来れば、土御門がインデックスから離れる事が出来れば良かったのだが、
両方とも間に合わなかった。分かっていて間に合わなかった。
それだけインデックスの後退は速かった。

地上を走っているのならともかく、あれだけの速度で宙を自在に飛びまわられたら捉えようがない。
無策でがむしゃらに向かったところで、簡単に避けられて、いたずらに体力を消費するだけ。
だからと言って放っておけば攻撃が来る。
無論、それが魔術的なものなら『幻想殺し』で無効化はできるし、きっと魔術的なもののはずだ。
だからそこまで焦る必要はない。
攻撃が来る前に止められればそれがベストだけれども、攻撃が来たって無効化すればいい。
最終的にインデックスを救えればいい。そう思っているところもある。
しかし、そんな問題じゃないと上条は何となく感じていた。

何かヤバいのが来る。
科学の産物で例えるなら、核兵器級の何かが。

だからどうしても、攻撃が始まる前に止めたかった。
だから上条は、無駄だと知りつつもインデックスに再び跳びかかった。
そして当然のように避けられ背後に回り込まれ、

「これより、特定魔術『聖ジョージの聖域』を発動、侵入者を破壊します」

とてつもない悪寒が背筋に走った上条が空中で身を捻り反射的に右手を突き出したのと、
インデックスの眼前から光線が噴射されたのは同時だった。

「――っ!」

優劣は明らかだった。
光線の勢いに上条は突き出した右手ごと押され、

「――がっ!」

壁に激突して背中を強打した上条の意識が一瞬だけとんだ。
それでも右手は光線を受け止めていた。
しかしそれは、なおも光線と壁に挟まれて万力で圧し潰されるようなものだった。

「ご、おお……!」

右手で受け止める事が出来たという事は、光線はやはり魔術的なもの。
だが、消えない。打ち消していない訳じゃない。
単発ではなく継続的に光線が出続けているからだ。
しかも光線自体の威力も相当だ。
異能の力なら問答無用で打ち消せる『幻想殺し』ならば右手は無傷で済むはずなのに、掌が痛む。
光線が喰い込んできているのだ。
このままでは一分も保たない。

「おい魔術師!俺も長くは保たない!どうにかして光線を止めてくれ!」

「『竜王の殺息(ドラゴン(ブレス)』……!む、無理です!
 伝説にある聖ジョージのドラゴンの一撃と同義であるアレを止めるなど……」

「そもそもなぜ、生命力を魔力に変換できないあの子が魔術を……!」

激しく動揺している魔術師達に、切羽詰まってイラついている上条は叫ぶように、

「……んなもん決まってんだろ!アンタらの教会がアンタらを騙してたんだろうよ!少し考えれば分かるだろ!
 インデックスにこんな仕掛けをするような連中だぞ!いいから無理とかほざいてないで光線を止めろ!
 じゃなきゃ皆ここで死ぬぞ!」

それでも動かない魔術師達を見て、ついに上条の感情が爆発した。

「――いい加減にしろよ、テメェら!テメェらのインデックスを助けたい気持ちは、そんなもんだったのかよ!」

目の前のインデックスを見て動揺していた魔術師達の注意が、上条に向いた。

「テメェらずっと望んでいたんだろ!インデックスの敵に回らずに、記憶を奪わずに済む、誰もが幸せになる最高のハッピーエンドって奴を!
 ずっと思い描いていたんだろ!インデックスを救って、ヒーローになって、インデックスと共に過ごす幸せな未来を!
 そんな未来が、夢がすぐそこにあるんだぞ!それなのに、こんなところで諦めちまっていいのかよ!」

もう声を出すのも辛いぐらい限界が近いにもかかわらず、上条は一際大きな声で、

「インデックスの笑顔を取り戻したいんだろ!?だったらまずは光線を止めなきゃ話になんねぇ!
 だけど俺だけじゃどうにもなんねぇ!だからテメェらの力が必要なんだよ!全員の力を合わせなきゃ駄目なんだよ!」

「カミやんの言う通りだ……!」

上条に呼応したのは土御門だった。
気絶などはしなかったようだが、まだダメージは残っているはずだ。
しかし上条にも他人を心配している余裕はない。

「何かあるのか、土御門!」

上条の問いに対して、土御門は少々大きな声で、

「いいか皆、よく聞け!今から俺がインデックスの背後に回り飛びかかってしがみつく!
 そしたらねーちんはワイヤーで俺を引っ張って俺ごとインデックスを地上に落とせ!
 するとおそらく俺から逃れるために光線は一旦止まる!
 それでもねーちんと俺でインデックスを固定し続けることができれば、仕方なく光線を再び出すだろう!
 その時だ、ステイル!光線を『魔女狩りの王(イノケンティウス)』で止めろ!おそらく数十秒保つ!
 そしたらカミやん、あとは分かるな!」

「おうよ!」

「じゃあ……行くぞ!」

その言葉には誰も反応しなかった。
上条の場合は単純に、声すら出せなかったからだ。
一方、魔術師は、

「Fortis931(我が名が最強である理由をここに証明する)!」

ステイルが叫ぶのと同時に、彼が使いこなすラミネート加工されたルーンのカードが校長室内中にばらまかれる。

「今だ、ねーちん!」

インデックスの背後に飛び付いた土御門の言葉が響き渡り、

「Salvere000!(救われぬ者に救いの手を)!」

土御門と共にインデックスの背後に回り込んでいた神裂が叫ぶと、七本のワイヤーが瞬く間に土御門の腕や足や身体に巻き付き、
その内の一本は咥えられるように口の前に放たれ、彼はそれを躊躇わずに咥えた。

「ふぇーひん(ねーちん)!」

声を合図に、神裂が思い切りワイヤーを引く。
『聖人』の腕力を前に、さすがのインデックスも地上に落とされる。
直後、このままではいけないと判断したのか、インデックスの光線が止まった。

「ふふぇひふ(ステイル)!」

「世界を構築する五大元素の一つ、偉大なる始まりの炎よ。
 それは生命を育む恵みの光にして、邪悪を罰する裁きの光なり。
 それは穏やかな幸福を満たすと同時、冷たき闇を滅する凍える不幸なり」

ステイルが呪文を紡いでいる間、上条はすぐには動けなかった。
背中を強打し、光線と壁の挟み撃ちのダメージが残っていたからだ。

「――警告、第六章第十三節。敵兵に捕獲。戦闘思考を変更、戦場の検索を開始……完了。
 現状、最も難度の高い敵兵、上条当麻の破壊を最優先します」

土御門の予想通り、インデックスの両目の魔法陣の亀裂から光線が再び噴射される。
狙いはもちろん、上条当麻。

「――っ!」

一直線に向かってくる光線に対して、上条は右手を前に出し受け止める姿勢を取り、

「その名は炎、その役は剣。顕現せよ、我が身を喰らいて力と為せ!『魔女狩りの王』!」

上条の一メートル手前に膨大な炎が渦巻く。
それはすぐに人の形になり、上条を守るように立ち塞がった。

「行け、上条当麻!」

重油のような黒くドロドロしたモノを芯とした人型の巨大な炎は、確かに光線と拮抗していた。
しかしながら、リミットはおそらく数十秒。悠長にしている暇はない。
痛む体をおして、上条は『魔女狩りの王』と光線がぶつかり合っているところを迂回してインデックスに向かって行く。
対してインデックスは首を動かし、眼球の動きと連動している光線を上条に向けようとするが、

「させやしない!」

ステイルに呼応して炎の巨人は光線を包み込むようにして、上条の方に逸れるのを妨害した。

「ここまでお膳立てしてやったんだ!さっさと決めろ」

「言われるまでもねぇ!」

全ては土御門のシナリオ通りだった。
この時点では、誰もがインデックスの救済を確信していた。
しかし、そうは問屋が卸さなかった。
誰もがインデックスの発言を甘く見ていた。
捕獲されているにもかかわらず、上条当麻の破壊を最優先するという事を。
すなわち、

「な――」

「駄目です上条当麻!一旦退いてください!」

神裂の忠告など初めから無意味だった。
なぜなら、インデックスが一旦光線を止めてから上条に照準を合わせて再び噴射するまでが約二秒という、退くには短すぎる時間だったからだ。

「おおおおおおおおおおお!」

だが上条には元より退くつもりはなかった。
光線に少しも臆することなく、真っ向勝負の如く右拳を繰り出し――激突した。

「ここまでとは……」

光線と右拳は拮抗していた。
先程の光線を受け止めていたのとはわけが違う。
光線を受け止めるという事は、すなわち防御態勢であり受け身。
矛を盾で止めるようなもの。
しかし、今は違う。
光線を防ぐのではなく、右拳で貫こうとしている。
矛に対して矛で向かっている。

「ステイル!『魔女狩りの王』で何とかならないんですか!」

「無理だ!ぶつかり合っているところにどうやって挟みこめと言うんだ!」

「くっ……退きなさい、上条当麻!このままではジリ貧です!」

しかし上条は神裂の忠告を聞かなかった。
力を少しでも緩めたら光線に飲み込まれ消し飛んでしまうので、単純に退こうにも退けないというのもあるが、
一番はやはり、そもそも退く気がないからだ。

「上条当麻!このままでは死んでしまいます!
 どうにかして一瞬でも光線をやり過ごせば『魔女狩りの王』が防いでくれます!」

そうかもしれない、とは思う。
だが既に、炎の巨人は光線を十秒ほど受けている。たった十秒とはいえ消耗しているはずだ。
土御門の話では数十秒は大丈夫らしいが、それはあくまで希望的観測だろう。
土御門を信じていない訳ではないが、鵜呑みにして退くには危険すぎる。

「う、おお……!」

それに、もう十分だ。
皆、もう十分やってくれた。
ステイルは炎の巨人で光線を一時的に受け止めてくれたし、神裂はワイヤーで土御門と共にインデックスを地上に引き留めてくれている。
おかげで踏ん張りがきいて光線と拮抗する事が出来ている。それもこれも、土御門の作戦がなければ出来なかった事だ。
三人とも、ここまでやってくれた。
インデックスを救うには、全員の力を合わせなければならない。
ならば残るは自分の役目であり、次は自分の番だ。

「おおおおお……!」

もう策も体力もない。これが最後の攻防。
負ければ自分だけでなく、土御門達も皆殺しにされるだろう。
限界の今の自分にあるもの。
それは右手に宿る『幻想殺し』と、皆を殺される訳にはいかないという使命感と、

「おおおおおおお……!」

――インデックスを救いたい!

「おおおおおおおおお!」

上条が一歩踏み込んだ。
それは拮抗の崩れを意味するもので、

「おおおおおおおおおおお!」

拮抗が崩れてからは早かった。
上条は一歩一歩前進し、右拳はどんどん光線を押し返していく。

「これで終わりだ!」

インデックスの眼前に迫った上条の右拳は光線を押しのけ、魔法陣が生み出した亀裂と魔法陣自体をあっさりとぶち抜いた。
そして魔法陣があったところとインデックスの頭までのわずか数センチメートルの間に上条は右手を開き、彼女の頭に触れた。

「――警、告。最終……章。第、零……。『首輪』、の……致命的な、破壊を確……再生、不可……消」

そこでインデックスの声は途切れた。
同時にがっくりと項垂れた。
操り人形の糸は断ち切られた。

「よくやったな、カミやん」

ワイヤーを咥えていたために切ったのだろう、唇の両端から血を流しながら、土御門は笑って上条を労った。

「……へっ」

微かな笑みだけを返して、上条は倒れて気絶した。
正真正銘全身全霊の力を振り絞ったためだった。

「ようカミやん、おはよう」

何で土御門が寝起きの自分の前にいるのか。
一瞬疑問に思ったが、周りを見渡してそれはすぐに解決した。
真っ白な壁と床と天井とカーテン、病室だ。

「……あれからどうなったんだ?インデックスは?魔術師は?三沢塾は?」

「まあ落ち着けって。その説明をするために、カミやんが起きるのを待っていたのさ」

「……そうか。じゃあまずは、インデックスはどうなったのか聞かせてくれ」

「インデックスは、カミやんのおかげで『首輪』は破壊され命を失う事はなくなった。
 つまり、記憶消去を施す必要もなくなった。今はステイルやねーちんと共に俺の部屋にいる。一応誤解も解いたぜい」

「……そっか」

なぜかは分からなかった。
なぜかは分からなかったが、これでインデックスとの関わりがなくなってしまうかと思うと、一抹の寂しさがあった。

「それでだ。誤解は解いたんだけども、イギリス清教に置いとくのも何だから、出来ればカミやんにインデックスを保護してもらいたいんだ」

「……へ?」

「だから、インデックスの保護をしてほしいんだにゃー。平たく言うと、インデックスと同棲してほしいって訳ですたい」

「いや……は?」

「いやだから、イギリス清教に置いとくのも何だから、保護してほしいつってんの」

「で、でも、保護って何するんだよ。経済的に、高校生である俺に出来る事なのか?」

「その言い方だと、インデックスを保護するのが嫌とかではないってことだな」

「そりゃあ、別に嫌な理由はねぇよ。何だよ。何が言いたいんだ」

土御門はにやにやしながら、

「いやあ、別に。経済面については心配しなくていい。イギリス清教からカミやんの口座に必要な費用は振り込ませる。
 口座番号を教えるのが不安だったら、俺がイギリス清教から費用を貰って、それを俺から直接キャッシュで渡してやる」

「そ、そうか。それじゃあ経済面は良いとして、でも保護なんて本当に出来るのか?
 そっちにもなんかいろいろ事情があるんじゃないのか?そもそも、学園都市で保護なんて出来るのか?」

「それも大丈夫。イギリス清教にも学園都市にも話は通してある。インデックスのIDもある」

言いながら、ポケットからIDを出して上条の前に出す。

「な、なんで、どうして……」

「俺さー、多角スパイなんだよね。だからいろいろな組織のいろいろな事を知っているって訳。
 でもこのIDは一応正式というか、統括理事長公認のものだから安心していいぜい」

「ちょ、ちょっと待て。衝撃的事実が次々に飛び出してきて、何が何やら……」

「混乱するのは分からんでもないけどにゃー。とにかくまずは、インデックスを保護するかどうか答えてもらおうか。
 保護するなら、俺も全力でサポートするし」

「だ、だけどそれなら、お前がインデックスを保護すりゃいいんじゃないのか?」

「俺は無理。いろいろ忙しいし、部屋に女の子連れ込んでると舞夏がキレる」

土御門が義妹である舞夏を溺愛しているのと、舞夏の方も土御門に異様に懐いているのは知っているため、
発言の後半は本気なのかふざけているのかは分からない。

「そういうわけだから、カミやんに頼んでいるわけ。さあ、答えを出してもらおうか。
 保護するなら、IDを受け取ってくれ」

ここまで言われて、お膳立てされて、答えなんて強制されているようなものだった。

「もしも俺が保護を引き受けなかったら、どうするつもりだったんだよ」

上条はIDを受け取った。
だが上条としては選択させられているつもりはなかった。
あくまで自分の意思でインデックスを保護する事を選んだ。

「別に。泣く泣くイギリス清教で保護するだけだったさ」

「……本当に何なんだよ、お前。考えてんのか、適当なのか分かんねぇな」

「多角スパイは、簡単に本心を悟られたり考えを読まれちゃ勤まらないからな」

多角スパイというのも本当かどうか怪しいものだ。
本当なら、自分にバラしていいはずがない。
だが、インデックスの事を始め、核心的な情報を持ち、行動が自分達より先んじていた事も確かだ。

「ステイルとねーちんについては、さっき言った通りインデックスと一緒にいる。
 カミやんも決心してくれた事だし、じきイギリスに帰るけどにゃー」

「……そっか」

「三沢塾はアウレオルスの死により学園都市の管理下に戻ったが、一度魔術の手に堕ちたからという理由で取り壊すことに決定した。
 もっとも、公式で発表されたのはそんな理由じゃないがな」

「ちょっと待て。アウレオルスが死んだってどういうことだよ?」

「それを説明するには『黄金錬成』について説明しなきゃならないにゃー」

『黄金錬成』。
真正面から立ち向かえば、プライドの塊であり炎の巨人を出せるステイルでも、
インデックスを傷つけないように土御門にだけワイヤーを巻きつけるという神業をする神裂でも勝てないらしい魔術。
言われてみれば、詳細は一切聞いていない。

「『黄金錬成』ってのは、頭の中で考えた通りに世界を歪めてしまうという魔術だ。
 たとえば、死ねと念じればそれだけで人を殺せるし、逆に死んでいる人間を蘇らせる事も出来る」

確かにそれでは、真正面からではまず勝てないだろう。

「あれ?でもそれならおかしくないか?それだけの事が出来て、お前に出し抜かれたのは不意打ちっぽいからまだしも、
 椅子に縛りつけられた程度で脱出できないなんて……いや、そもそも、それだけの事が出来てなんで吸血鬼にインデックスを噛ませて、
 永遠に記憶できるようにしようなんて回りくどい事をしようとしたんだ?」

「強力な異能ってのは、得てして発動条件とか反動とか副作用とか、もろもろ厳しいものだ。
 アウレオルスの場合は発動条件だな。考えた通りに世界を歪めるには、歪めたい事以外の雑念の一切を排除しなければならなかったのさ」

「なるほどな。インデックスを救えずに回りくどい事をしようとしたのは、インデックスを救えると思いきれなかったからって訳か。
 にしても、不意打ちで一回ぐらい出し抜かれたからって、椅子から脱出できないってのはどうなんだ?」

「落差ってのは大きいもんだぜい。勝てると思った奴に負けた時、普通に負けた時より精神的なショック度が違う。
 不意打ちとはいえ『黄金錬成』という絶対的な魔術を有しているのに負けて捕獲されたという事実に揺らいだ。
 さらに言えばアウレオルスは、『黄金錬成』を行使する時は雑念を消すために首に医療用の鍼を刺していた。
 それが出来なかったって言うのもある」

「椅子から脱出できない理屈は分かった。けどそれがアウレオルスの死にどう繋がるんだ?まさか、魔術師が殺したのか?」

ステイル辺りなら、何かと難癖つけて殺しそうなものだが。

「いや、今回は違う」

今回は、ということは、やはり殺す事もあるということか。

「じゃあ、何で?」

「事故が起こった。アウレオルスにもインデックスを救うところを見てもらおうと思って、俺達が校長室で戦っているところをモニタリングしてもらっていた。
 それが仇になった。どうやらあのインデックスを見て強烈に『死』をイメージしてしまって、『黄金錬成』が発動してそのままお陀仏したみたいなんだ」

確かにあのインデックスには恐怖も感じたし死ぬかもしれないとも思ったが、思考が『死』のみに塗りつぶされる程ではなかったと思うが。

「まあ、あり得ない話じゃない。人間溺れている時は、ただひたすらに助かりたいと思うだろ?
 一瞬でも、頭の中が百パーセント『死』で塗りつぶされてしまえば、アウレオルスの死は十分あり得る」

そう言われればそんな気もする。

「とまあこれで、カミやんが知りたい事は全部教えられたかな」

「姫神って奴はどうなったんだ?」

「ああ、忘れてた。姫神は小萌先生に預かってもらってるぜい。詳しい事情は説明してないけど」

「そっか」

確かにあのお人好しの先生なら、詳しい事情をきかなくとも、困っている人間の為なら手を差し伸べるだろう。
居候ぐらい許可するのも頷ける。

「これで今度こそ、カミやんに教えられる事は何もないかな」

土御門はそうやって話を切り上げようとしたが、

「いや、まだだ」

上条がそれを引きとめた。

「まだ何か?」

「まだ何か、じゃねぇよ」

上条は今までより少々真剣な表情を作り、

「お前が核心的な情報を知っていたりしたのが、多角スパイだからというのは分かった。問題はその先の話だ。
 たとえば今回の場合、インデックスに魔術的ギミック、インデックスとお前が『首輪』って言うから、
 これからはそう呼称するが、それを仕掛けられている事を知っていて、なぜお前はインデックスを救わなかった?
 なぜ魔術師達に事情を説明しなかった?」

「簡単な事さ」

土御門は上条に対してあくまで笑顔を浮かべながら、

「無意味だったから、出来なかったから、だよ。ねーちんも言っていた通り『首輪』は超高等魔術。
 俺ごときが解除できるはずもないし、ステイル達に『首輪』を説明したところで、やっぱりどうすることもできなかった。
 だから俺はチャンスを待った。それが今回だっただけの話だ」

「でも、説明だけでもしていたら、魔術師達がインデックスを敵として追う事はなかったんじゃないのか?
 お前らだけで出来ないなら、もっとたくさんの人を募ってインデックスの『首輪』を解除すれば良かったんじゃないのか?」

「無意味だって。仮に人を募ったところで、協力してくれる奴なんてほぼゼロさ。
 教会に進んで逆らいたいやつがいるわけがない」

「やる前からそうやって決めつけやがって。実際にやってみないと分からねぇだろ」

「カミやん」

喰い気味に言って、真剣な表情になって土御門は続ける。

「いい加減気付け。無理なんだよ。俺達じゃ。はっきり言おう。俺は人より情報に強い位置にいるが、だからと言って全てを知っている訳じゃない。
 むしろ分からないことだらけだ。今回インデックスを救えた事に俺は満足しているが、それだって掌の上で踊らされていただけにすぎない可能性だってある。
 なぜなら今回インデックスを救えたのには、それだけ舞台が整えさせられたってことだからだ」

「……何が言いたいんだよ?」

「カミやんも頭の片隅にはあるだろ。都合よく事が進み過ぎだって」

「それは……」

「今回なぜインデックスを救えたか、それは彼女が『幻想殺し』を持つカミやんと出会えたからということに集約される。
 じゃあ何で出会えたかって話だ。ねーちんはインデックスを教会内に置くことについてゴチャゴチャ言ってたけど、
 カミやんの言う通り、どう考えたって教会内に置いとく方がリスクは少ない。そしてその気になればねーちん達の意見なんて無視して置いておける。
 なのにインデックスを野放しにする理由は何だ?それもわざわざ学園都市がある日本に、だ。答えは俺にも分からない。
 ただ言えるのは、まるでインデックスを学園都市に逃げ込ませるようだとは思わないか?」

「……」

「そして学園都市側も、あっさりとインデックスの侵入を許した。言っとくが俺が手引きした訳じゃない。
 IDはインデックス侵入後に急いで作らせた」

「……いや、それはおかしいだろ。
 イギリス清教がおかしいのは分かる気がするが、インデックスが日本にいると分かれば、俺に救わせるためにお前は手引きするのが普通だろ」

「もちろん、俺だってそうしたかったさ。でも学園都市にインデックスを招いたってトラブルが起こるだけだと思ったから何もしなかった。
 正確には出来なかった。そしたらこれだ。インデックスが侵入し、それを敢えて見逃す学園都市。
 意味が分からなかったよ。統括理事長に問い質しても黙秘するだけ。仕方ないからID作成の許可だけもらって、
 あらかじめやってくれと言われていたアウレオルスを学園都市から退散させる事を絡めて、今回のインデックス救出作戦を実行したんだ」

「……でも、その割には準備が良すぎやしないか?」

「カミやんの部屋を盗聴出来たのは、盗聴できる機械を持っていただけだし、
 俺の部屋には元々いろいろ仕掛けてあるし、三沢塾にはアウレオルスを拘束した後に、他の奴に仕掛けさせただけだ」

上条はここまで言われて、もう何も言えなかった。

「要するにだ。今回の一連の出来事には、俺達が知らない様々な事情と思惑があったってことだ。
 だからインデックスを救えたのも、そうさせられただけかもしれない」

だが、と土御門は一旦区切って、

「さっきも言った通り、インデックスを救えた事自体には満足している。
 たとえそれが思惑通りでも、計算通りでも。カミやんはどうだ?」

「……俺も、インデックスを救えた事は誇りに思っている」

「今回はとりあえずその結果だけで良いだろ」

「……俺は」

「言っとくが統括理事長に会おうとしても無駄だぞ。
 カミやんには窓のないビルに入る手段がないから、まず会うことすら出来ない。
 イギリス清教に乗り込むのもやめろよ。殺されるのがオチだからな」

「俺はまだ何も」

「顔で分かるっつーの。いいかカミやん。時には耐える事も必要だ。
 俺だってこのまま踊らされて使い潰されて終わるつもりはない。
 ただ今は、いつか訪れるであろうその時まで、準備だけして待機しておく。それで我慢できないか?」

「……分かったよ」

正直、土御門も結局権力には逆らえないのかと思った。
だが違った。
土御門は自分よりずっと大人だった。
方法が回りくどかったりして手放しで褒められるようなものではなかったが、結果も出した。

「分かってくれたらいい。じゃあ、俺はそろそろ帰る」

そう言って土御門は上条の病室を後にした。

幻想殺し以外の能力は使いますか?

一人きりの病室で、上条は静かに決意する。
イギリス清教や学園都市に何らかの思惑があり、それにインデックスを巻き込むというのなら、
そんなふざけた幻想はぶち殺さなければならない。
そして、インデックスを絶対に守ってみせる――と。

とりあえずこれで一巻二巻の再構成は終了です。
ぶっちゃけ書き溜めはここまでですが、これからモチベーションが続く限り、順次再構成して行くつもりです。

>>56
すみません。質問の意味が分かりません。

アウレ君ェ……
しかしこの上条さんどこか危なっかしく感じる。
あとミコっちゃんとの面識は原作通りでおk?

>>59
そうですね。不良に絡まれている御坂を助けて、そこで御坂に目を付けられた上条が喧嘩をふっかけられるって言うのは、三巻再構成で、少しだけ描くつもりです。

それと書き忘れましたが、基本的にわがままなキャラは少しだけ謙虚にしていくつもりです。
このSSのインデックスも、多少は謙虚にしたつもりです。

>>1です。
少しだけ投下します。

七月二十五日。
午前中はインデックスに携帯の操作をレクチャーするも、覚えてくれなかった。
そのくせ「おなかへった。外で何か食べたいかも」と喚きだした。
だがまあ退院してから二十三日までは安静にするために碌に外出しなかったし、
昨日の二十四日も買い物で終わったようなものなので、娯楽という意味では外出していない。
そう考えると、インデックスの気持ちも分からなくはなかった。

「分かった。ただし、あまり食べすぎるなよ」

「うん!」

インデックスは元気良く返事すると、その場で着替えはじめる。

「……はあ」

男子の前で堂々と着替えるのは今でもどうだろうと思う。
一度インデックスに注意してみたが、「とうまは私に変な事しないから何の問題もないんだよ?」
と屈託のない瞳で言われてしまって何も言えなかった。
ここまで言われたものだから、こちらが退散するというのも逆に意識しているみたいで出来なくなってしまった。
その代わり、一応後ろを向くという抵抗をしている。

「とうま、溜息ばかりついていると、幸せが逃げちゃうかも」

誰のせいだ、というのは心の中に留めておく。
インデックスについての悩みはもう一つある。大食いという点だ。
小さい体のわりには、というレベルではなく、成長期の食べ盛りの男子より食べるから困る。
これも何かの仕掛けかと思い土御門に問いかけたら、それはおそらく仕掛じゃない。
多分、魔道書の維持に高カロリーが必要なんだと思う、という回答が返ってきた。
人間運動すればお腹が減るが、頭を使ってもお腹が減る。それと同じ要領だ。と言われた。
納得できない理屈ではないが、その仮説が正しければ、結局は魔道書を覚えさせた教会が悪いと思う。

「俺は元々不幸体質だから、逃げるような幸せなんてないっつーの」

「む。それはどういう意味なのかな、とうま。私みたいな可愛い女の子と一緒にいるのに」

「あーあー、そうですねー。あなたみたいな可愛い女の子と一つ屋根の下で一緒に暮らせて、俺は幸せ者ですよー」

「むー。とうまぁ!」

床を蹴った音が聞こえたため、上条は振り返らずに横に数歩ずれる。

「うにゅ!」

上条が横にずれたことにより、噛みつきを空ぶったインデックスは顔面から敷いてある布団に落ちた。

「とうまぁ!」

懲りずに振り返ってこちらを見据えて、飛びかからんとしゃがむ姿勢を見て、上条は右手でインデックスの頭頂部を抑えた。

「みゅっ!?」

どうとでもあしらえるので悩みではないのだが、インデックスには怒ると噛みつこうとする悪癖があった。
まあ頭を何回か撫でてやれば、大抵宥めることに成功するが。

「ほらほら、早く着替えて早く行かないと混むぞ」

そう言って軽く頭を何回か撫でると、

「……うん。分かった」

やっぱり大人しくなった。

「ちょっと待っててね、とうま。今すぐ着替えるから」

自分から言っといて何だが、ぶっちゃけ今すぐ出ようが少し遅れて出ようが、
夏休みのランチタイム真っ盛りでどの道混んでいるから、ゆっくりでも構わない。

「うん。準備完了かも。早く行こう、とうま!」

「はいはい」

こんな平和な日常が、いつまでも続いてほしいと切に願い、上条は玄関の鍵を閉めた。

ファミレスで適当にランチを済ませた後、
学園都市を見て回りたいというインデックスの要望に応え二時間ほど見て回ったら、疲れた。もう帰ろう。
となって帰路について部屋に戻ってきたのが十五時。

「晩御飯が出来たら起こして」

上条が鍵を開けてドアを開けたあとのインデックスの開口一番がそれだった。

「分かったから、せめて手洗いうがいをしてからにしろ」

「ふぁーい」

インデックスは指示通り手洗いうがいを済ませた後、布団を敷いてその上にダイブして、二分後には寝息を立て始めていた。
そんなに疲れているなら、もっと早く帰ろうと言ってくれれば良かったのだが。
きっと昨日の疲れもまだ残っているのだろう。もっとも、それは自分もだが。

「さーて、行きますか」

肋骨のヒビが完治するまでの安静期間の数日で、冷蔵庫と冷凍庫にある食料はインデックスにより八割方なくなっていた。
よって今から、買いものに行かなければならない。
その気になれば今日の晩御飯くらいは何とかなるが、食糧でも貯金でも何でも、蓄えには余裕がないと落ち着かない性分なのだ。
それにインデックスは眠っているから、勝手に外出することはまずない。
仮に起きて自分を探そうとしても、メモさえ置いておけば済む事だ。
こういう時のために、携帯の操作を早く覚えてほしいものだ。

「よし」

メモを書き終わった上条は、エコバッグを持って買い物に出かけた。

買い物を終えて帰路につく上条は、今後どうするかを考えていた。
インデックスと外出したとき、知り合いに会った場合どうするか。
一応IDもあるので不法滞在者にはならないが、同棲しているというのがバレたらヤバい。
なぜなら自分が住んでいる学生寮男子寮であり、女子は禁制だからだ。
もっとも、土御門はその制約を破り堂々と舞夏を招いている辺り、その辺は結構緩いのかもしれないが。
しかし寮の方が緩いからと言って、世間体の方は甘くない。
クラスメイトの青髪ピアスにバレたら、同棲しているという情報が学校中に速攻で拡散され、茶化されるだろう。
同じくクラスメイトの吹寄制理にバレたら、規則を重んじる彼女にボコボコにされ、ゴミを見るような目つきで見られ、
というかなんやかんやで退学に追い込まれるかもしれない。

「うーん……」

知り合いとあって何か突っ込まれても、どうとでも誤魔化せる。
そもそも、そう簡単に知り合いとは出会わない。
と思っていたのだが、今日学園都市を見て回っただけで知り合いをちらほら見かけたし、
実際に何か突っ込まれた場面に直面したら、誤魔化しようがない気もする。
一番良いのはインデックスに外出してもらわない事だが、外出したいのにできないというのは寂しすぎる。

「うーん……」

それともう一つ心配なのがお金だ。
今のところ生活用品をそろえるためのお金は貰えたが、いくらまで貰えるのか上限が分からない。
これから相当かかるであろう食費を請求しても良いものだろうか。

「はあ……」

結局、解決策も何も思いつかないまま部屋についた気苦労の絶えない上条であった。

八月十日。
上条の心配をよそに、割と問題なく平和に暮らせていた。
インデックスは引きこもりではないが無類のテレビ好きで、お出かけはそんなにしなくてもいい人種だった。
それには完全記憶能力があるにもかかわらず、道に迷うほどの方向音痴というのもあるようだ。
経済的な問題についても、土御門に相談したところ、億とか法外な金額じゃなければ遠慮なく請求してもいいと言われ、
試しに三十万程請求したら問題なく貰えた。
逆に少し申し訳ないぐらいだった。
経済面の問題は、クリアされたと言っていいだろう。

「じゃあ行ってくる」

「いってらっしゃいなんだよ」

テレビに釘づけのインデックスの言葉だけの見送りを聞いて、上条は玄関の鍵を閉めた。

外出の目的は買い物。
その道中、

「久しぶりね」

「おう」

肩まである茶色い髪に整った顔立ち、半袖の白いブラウスにサマーセーター、灰色のプリーツスカートという装いの少女、
御坂美琴と遭遇した。

「ひょっとしてアンタもマネーカードを探しているわけ?」

「ここ数日、第七学区のあちこちで落ちていると噂のやつか?」

「そうそれ。何だ、アンタ意外とミーハーなのね」

「お前が疎いだけじゃねぇの。俺は買い物に行く途中なだけなんだけど」

「そう。じゃあ買い物行く前にひと勝負しましょうか」

「はあ。またそれか」

六月の中旬ぐらいに不良に絡まれているところを助けてから、出会うたびに喧嘩を吹っ掛けられるようになった。
なぜかはよく分からない。

「ほんじゃま、どっか広いところを見つけなきゃね」

「あのー、俺の都合は」

「いいじゃない。ひと勝負くらい」

普通は駄目だと思う。
断ろうと思えば断れない事もないが、断固として嫌という訳でもないから、結局流されるままに勝負してしまう。

「ところでさ、マネーカードをばらまく理由って何だと思う?」

確かに、一体全体何の目的があるのやら、噂を知ってから気にはなっていた。

「うーん、お金持ちの贅沢な遊び、ではないだろうし、正直分からねぇな。お前はどう思うんだよ?」

「私はついさっき知ったばかりだし分からないわ。
 あと私には、お前じゃなくて御坂美琴って名前があるんだけど、そこんところ分かってる?」

デジャヴだ。

「そいつは悪かったな、御坂」

「分かればよろしい」

ただまあ、そんな彼女は一応目上の立場である自分をアンタ呼ばわりするし、敬語も使わない。
それらを気にした事は特にないので、注意などはしないが。

「あ」

と、御坂が何かに気付いたみたいだった。

「どうかしたのか?」

「え?いや、なんでもないなんでもない」

どう見てもなんでもあるときの反応だが、深く突っ込むつもりはない。

「さいですか」

適当な雑談をしながら、二人は戦う場所を探す。

「もういいよな」

「……仕方ないわね」

戦える場所を見つけてから数分で、能力の出所である前髪に触れられ、またしても負けてしまった。

「じゃあな」

「今度会ったら、また勝負だからね」

「忙しくなかったらな」

とか何とか言いつつ、結局毎回勝負を受けてくれる辺り、意外と優しいというか、器がでかいと思うところもある。

「くっそー」

もう二、三十回は勝負してきたが、一度たりとも勝てた事はない。
どころか、一撃ヒットさせたことすらない。
あの少年には右手に自分の電撃すら打ち消せる謎の力が宿っているみたいだが、
それにしたって無様な結果しか出せていない事は屈辱だ。
だからこそ、どうしても勝ちたい。
だから、何度も何度も勝負を吹っ掛ける。
その度に、もう決着ついているだろ。と言われるのだが、
こっちも一撃も喰らってないから負けじゃない。引き分けだ。と言い張れば、
じゃあお前の勝ちで良いよ、もう。と言って、適当にはぐらかす。
そして次回の勝負で一撃加えるなどはしないのだ。

どこまでもカッコつけで鼻につく。
いっそのこと一撃加えてくれれば、こっちも引っ込みがつくかもしれないのに。
一撃加えられなくとも、能力が封じられた時点で負けだという事は分かっている。
引き分けだなんて屁理屈だと分かっている。
だけど、あしらうだけで終わらせるから、こっちもつい屁理屈を言って甘えてしまう。
あっちにも用事などがあるかもしれないのに、それを考慮せずにムキになってしまう。

「はあ……」

いつか――いつかあの少年に勝利することが出来れば、その時に謝ろうと思う。
おそらくそれは、まだまだ先の話だけど。

「……帰るか」

御坂が所属する常盤台中学校は名門女子校であり、生徒は寮で暮らすことになっている。
門限もあるので、いつまでもぶらついている訳にはいかない。

八月十五日。
相変わらず平和な日々が続いていた。
インデックスとはこの五日間、二回ほど外出したが、幸い知り合いと会うことはなかった。
正確には見かけた時点で、迂回して避けたからだが。
しかし、このまま危ない橋を渡り続けるわけにも行かない。
どうにか部屋の中にずっといてもらってほしい。
考えた上条は、インデックスが最近ハマっている、超機動少女(マジカルパワード)カナミンのDVDを買って、それを見てもらうことにした。
外出を制限するのではなく、部屋の中にいた方が楽しいと思わせるのだ。
その作戦は功を奏して、インデックスは一日中DVDに釘付けになっている。
というか、寝ても覚めてもDVDになりつつあり、逆に不安でもあるが。

「じゃあ行ってくる」

「いってらっしゃい。今日は帰ってくるの遅くなっちゃだめだからね」

先日の御坂と会った時、戦ってから買い物をしたものだから、帰宅がちょっと遅くなったのだ。

「おう」

上条は軽い返事をして、玄関の鍵を閉めた。

最近外出する理由が買い物だけなのが寂しい。
遊びに誘われる事もあるし誘う事も出来るのだが、インデックスに何かあった時の緊急事態のことを考えると、どうにも遊びに踏み切れない。

なんて事を考えながら歩いていると、

「お」

オープンカフェで女の子と仲良くランチしている御坂を見つけた。
ただその相手の女の子が、どう見ても御坂と瓜二つだ。双子なのだろうか。
ちょっと気になるところではあるが、姉妹水入らずに割って入るのもアレだし、話しかけたことで勝負を挑まれたら面倒くさい。
そう決意した時に限って、

「……あ」

たまたま御坂と目があった。
これはアウトかな、と思うも、このまま無視して歩く。

「ちょっとー、何で無視するのよ」

案の定、御坂に呼び止められた。
これで無視するのは気が引けるので、諦めて彼女達に近付く。

「どうも」

一応、御坂の双子に挨拶した。

「どうもです。とミサカはフランクに挨拶を返します」

「お、おう」

随分と変わった口調の女の子だ。
中でも一番気になるのは、一人称がミサカなところだ。
自分の名前が一人称な人はいるが、名字を一人称にするのはなかなか珍しいと思う。
まさか御坂ミサカではないだろうし。

「にしても、御坂に双子がいるなんて初めて知ったよ。ここまで瓜二つってことは、一卵性双生児か?」

御坂にそう尋ねると、

「ちょっと来て」

御坂に手を引かれ、双子からある程度距離を取ったところで、

「その……」

深刻な様子で何かを切りだそうとしている。
何か様子がおかしい。

「何かあるんなら、気にせず相談してくれよ」

「……あの子ね、双子の妹でも何でもないの」

「……どういうことだ?」

「あの子は、私のクローンなの」

「く、クローン?」

「ええ。遺伝子が全く同じなんだもの、似ているのは当たり前ってこと」

「な、何でクローンがいるんだよ?」

「それは……」

そこから御坂は淡々と話し始めた。
幼いころにDNAマップを学園都市に提供したこと。
それが原因で超電磁砲量産計画『妹達』(シスターズ)が水面下で進んでいた事。
しかし学園都市が誇る世界最高のコンピューター『樹形図の設計者』(ツリーダイアグラム)の予測演算の結果、
能力的には劣化コピーしか作れないことが判明し、計画は中止したらしい事。

「でも、中止になったんだからクローンがいるのはおかしいし、そもそも人間のクローンは国際法で禁止されているはずだろ」

「そんなこと分かってるわよ。
 だから私も凄く動揺して……とりあえず朝からあの子を尾行してるんだけど、ああやってなんか妙にくつろいでいて……」

「何であの時は放っておいたんだ?」

「え?何のこと?いつのこと?」

「マネーカードの話をしながら歩いていた時の事だ」

「あ、ああ、あの時ね。あの時はあの子を見たんじゃなくて、ちょっと友達を見かけただけ。
 ……マネーカードを探していたのか、地面を這いつくばっているところを」

「あ、ああそうか。何か悪かった」

「いや、いいんだけど……」

そりゃあ、そんな友人の姿を見れば、声をかけにくい気持ちは分かる。

「だから、さ。ちょっとお願いがあるの。いつもお願いするのは私の方だけど、今回だけは本当にお願い」

「そこまで頼まれなくても、困っているなら、俺が出来る範囲で助けるぞ」

「……ありがとう。それじゃあお願い。あの子を尾行してほしいの。私は私でちょっと調べたい事があるから」

「分かった。何かあったら連絡したほうがいいか?」

「そうね」

「じゃあ赤外線」

「う、うん」

そうして御坂と赤外線をして、一旦別れることとなった。

「あなたはお姉様のボーイフレンドか何かでしょうか、とミサカは分かり切っている事をニヤニヤしながら尋ねます」

クローンがリラックスしながら紅茶を飲んでいるテーブルに戻ると、開口一番そんな事を言われた。
しかもニヤニヤしながら、という割には完全な無表情だった。

「御坂との関係性は俺自身よく分からないな。少なくともボーイフレンドではないけど」

「そうですか。とミサカは適当に相槌を打ちます」

その口調どうにかならないのかと思う。

「ところで、ミサカに一体何の用でしょう、とミサカは警戒しつつ尋ねます」

御坂の話だと直接クローンかどうか尋ねたらしいし、隠しても意味ないだろう。

「御坂から話は聞いた。お前がクローンという事とか『妹達』計画の中止とか。
 俺がここに居るのは、御坂にお前の監視を頼まれたからだ」

「なるほど。ZXC741ASD825QWE963’とミサカは念の為パスの確認を取ります」

「は?」

「やはり実験の関係者ではないようですね。
 ミサカの監視を勝手にするのは構わないですが、何か質問されても答えませんし、いずれ撒かせてもらいます、
 とミサカは宣戦布告してみます」

「……そうすか」

「……」

「……」

会話がない。
会話をする必要はないが、どうにも気まずい。

「……お前は御坂と違って、大人しいな」

「それは暗にお姉様がうるさいと言っているのでしょうか、とミサカはあなたの皮肉について指摘します」

「いや、そういうつもりはないけど」

「ということは、ミサカが落ち着いた大人の女性であるという意味で褒めたという解釈でよろしいですか?
 とミサカは否定的な意見を言わせない雰囲気で尋ねます」

「お、おう。その解釈で間違いないよ」

「それは嬉しいです、とミサカは社交辞令に対して社交辞令で返します」

「……」

会話が疲れる。
やはり口調もそうだが、妙にとぼけているというか、何も考えずに脊髄反射で喋っている感じがする。

「ところで一つだけ言っておきたい事があるのですが」

「何だよ?」

「ミサカは財布を持ち合わせていないので、代わりに払ってほしいのです、
 とミサカは猫撫で声でかつ上目遣いでお願いしてみます」

例の如く猫撫で声でもないし無表情だし上目遣いでもないが。

「何で持ってないんだよ」

「どうせ実験があるので。本当はお姉様に支払ってもらうつもりだったんですが、とミサカは言い訳をします」

「分かったよ。払えばいいんだろ、払えば」

「ありがとうございます。とミサカは感謝の言葉を述べます」

「そのかわり、監視は続けさせてもらうぞ」

「勝手にどうぞ。ですがミサカは絶対に逃げ切りますがね、とミサカは改めて挑発します」

そんな感じのやりとりをした後に上条はランチ代金を払い、ミサカと共にオープンカフェを後にした。

「お前はさ、オシャレとかしてみないの?姉の方は寮則だからとか言って年中制服みたいだけど」

「実験がありますしお洒落などする必要がありません。
 大体、それを言うならあなたも制服のようですが、とミサカは逆に聞き返します」

「俺はあんましオシャレとか興味ないからな。それに制服の方が、服を買うより経済的にも良いし」

「そうですね。多分、ミサカも経費削減なのでしょう、とミサカはあなたの意見に乗っかります」

「そっか」

「一つだけ尋ねてもいいでしょうか」

「別に良いけど」

「なぜそんなに親しい感じで話しかけてくるのでしょうか。ましてや初対面なのに、
 とミサカは出会ってからの疑問を口にします」

「沈黙が何となく気まずいから」

「ミサカは別に沈黙でも平気です。それにミサカとあなたの関係は赤の他人でしかありません。
 そんなミサカと話して楽しいですか、とミサカは尋ねます」

「そこまで楽しい訳じゃないけど、沈黙よりは」

「随分適当なんですね、とミサカはある意味で感心します」

「お前ほどじゃないけどな。黙れって言うなら黙るけど」

「いえ、雑談ぐらい構わないです、とミサカはあなたに対してわずかに心を開きます」

なんて雑談を交わしていた、その時だった。

「悪い。電話だ」

「いえ、構いません」

着信は御坂からだった。

「もしもし」

『勝手なこと言うようで悪いんだけど、もう監視は止めて、家にでも帰って』

「え?何で?」

『ちょっと色々分かってさ。とにかくお願いだから、もう監視しているその子や私にかかわらないで』

「……そっか。分かった」

『うん。本当にごめん』

それで通話は終了した。

「誰からだったんですか」

「お前の姉から。なんか知らんが、お前の監視はもうやめてくれだって」

「そうですか。ミサカは一向に構いませんが、とミサカはあなたを振り切る手間が省けたことが嬉しくて顔を綻ばせます」

「おう。つーことで、じゃあな」

上条は踵を返して歩き始めた。

先程の電話の御坂は、他人を巻き込まんとするような様子だった。
だから電話では下手に抵抗しなかった。
しかし、だからと言って御坂を放っておくことはできなかった。
とはいえ無闇にクローンを監視し続けても意味がない。
タイマンなら逃がさない自信はあるが、なにせ『妹“達”』。クローンが一体なわけがない。
何らかの方法で別のクローンに連絡を取り、監視の邪魔をさせてくるのは明白だ。
だから一旦帰るフリをして、こっそりと監視をすることにした。

不安点は二つ。
一つは監視しているクローン自身に監視がばれないかということ。
御坂は自身の体から常に電磁波が出ている。
その反射波で、妙な動きをするモノを察知できる。
ただし、御坂の場合は超能力者。御坂の話ではクローンは異能力者(レベル2)程度。
御坂ほど敏感じゃない可能性もある。

二つ目は、クローン計画が発生している事を学園都市は分かっているはずなのに、黙認している事だ。
学園都市は絶えず人工衛星で監視されている。
何者かが侵入した場合はもちろん、学園都市内のイザコザだって分からないわけがない。
つまり、学園都市がクローン計画を見逃し、詳細不明の実験の手助けをしている可能性がある。
人工衛星によりクローンを監視している事がばれれば、学園都市から邪魔が入るかもしれない。学園都市を敵に回すかもしれない。
もとより、それは夏休み初日にインデックスを助けると決めた時に覚悟した事ではあるが。

不安を抱えつつも、秘密裏に監視し始めてから二時間。
監視されていることに気付かないフリをしているのでなければ、ばれていないはず。
二時間も監視している以上、さすがに学園都市にはばれているはずだ。
それでも何のモーションもないのは、クローンが監視されていることなど取るに足らないと考えているか、何か別の目的でもあるか。
どちらにせよ、このままクローンを放ってはおけない。

ちなみにクローンのここまでの行動は、ただ学園都市内を徘徊するだけ。
それが実験だとは思えないから、おそらくは実験はまだ始まっていない。

と、そんなことを考えていた時だった。
ポケットの中の携帯が震えた。
出してみると、ディスプレイには御坂の文字が表示されていた。

「もしもし」

『もしもしじゃないわよ。家に帰れって言ったのに、そんなところで何やってんのよ』

「え?」

上条は周囲を見回す。
何かの邪魔をされても対応できるように、周囲には気を配っていたつもりだったが。

『周り見回したっていないわよ。大体、そんな人混みで私がアンタを視認できる距離にいたら、アンタだって気付くでしょ』

もっともだった。
彼女が言うほど人で溢れている訳ではないが、現在位置は裏路地でも何でもない普通の街道。
それなりに人はいるし、大した隠れ場所もない。地上なら近くにいれば気付くはず。
となると――上条は無言で上を見た。

『ようやく気付いた?』

「ようやくって、普通気付かないっつーの」

御坂は数多く建っているビルの内の一つの壁に直立していた。

「お前こそ、そんなところで何やってんだよ」

『答える筋合いはないわね。いいから、家に帰りなさい』

「無理だ。絶対帰らない」

『……降りるからちょっと待ってなさい』

言うが早いか、御坂はビルの壁を駆けて裏路地方面に回ってから、降りてこっちまできた。

「とりあえず移動するわよ」

御坂に手を引っ張られて、人が少ないところに移動した。
話の内容が他人に聞かれてはまずいからだ。

「で、何を意地になって帰らないとか言っている訳?」

「法を犯してまでクローンを使った何らかの実験。裏に何かある。だから放っておけない。それだけだ」

「……あのさ、元はと言えば動揺してとはいえアンタに相談した私が言うことじゃないんだけどさ。
 私はアンタを巻き込みたくないの。私の問題は私で解決する」

「そんな事分かってる。分かった上で放っておけないって言ってんだよ」

「……何でわかってくれないの?私の立場になって考えてよ。そしたら分かるでしょ」

「分かるよ。でもそれはお前の理屈だ。逆に聞くが、お前が俺の立場なら、この状況を黙認できるのかよ?」

「それは……屁理屈言わないでよ」

「とにかく、俺は帰らない。それよかなんか調べてきたんだろ?電話の様子からして、何か掴んで来たんだろ?
 それを教えてくれ」

「……ああもう!」

御坂は少しキレ気味で、

「いいわよ。教えてあげるわよ。話を聞いてブルってもらった方が早いわ!」

そうして御坂はキレ気味のまま話し始めた。

話の内容はこうだった。
中止となった『妹達』で生み出されたクローンは、超能力者第一位の一方通行(アクセラレータ)を
『絶対能力者』(レベル6)へと進化(シフト)させるために利用されることになった。
どう利用するかと言えば、一方通行を全部で二万体の妹達と戦わせて殺させる。

「本当は私を一二八回殺せれば、一方通行はそれで『絶対能力者』になれるはずだったんだけど」

「御坂を一二八人確保は不可能だから、中止になった『妹達』を流用したって訳か」

「そういうことよ。実験内容は要するに一方通行による二万通りのクローンの虐殺。
 そしてそれを黙認している学園都市。黙認している以上、風紀委員や警備員への相談も無意味。
 そもそも物的証拠がない。最終手段で証拠としてクローンを連れて行こうとすれば、邪魔が入るのは明らか。
 ね?今回の件がヤバいことは分かったでしょ?」

「なおさら放っておくわけにはいかなくなった。つーか、だったらその一方通行って奴をぶっ飛ばせばいいだけじゃねーか」

「話聞いてた?一方通行も私と同じ超能力者で……ってそっか!アンタは超能力者である私に勝ち続けているんだもんね!」

「声が大きいって……」

上条の指摘に御坂はブンブンと頭を振って、両手で顔を挟むように叩いて、

「けど、一方通行は別格よ。能力は『ベクトル操作』。
 運動量・熱量・光・電気量といったあらゆる種類の“向き”を皮膚上の体表面に触れただけで自在に操る事が出来る。
 正体分かったって突破口が見つからないような反則級の能力なの。
 あっちの攻撃は全部有効なのに、こっちの攻撃は無効どころか全部反射されるのよ。
 そんな怪物に、一体どうやって勝つって言うのよ」

「能力の理論なんて関係ない。俺の右手は、それが異能の力なら無効化できる。お前も散々見てきただろ。
 俺なら右手のみ、攻撃が届く」

「あ、アンタの右手にはそんなトリックがあったの?」

「ああ。つーことで、実験場所を教えろ。俺がそいつを止める」

「ちょ、ちょっと待ってよ!何でアンタは怯えないの?
 下手に実験にかかわれば、関係者に消される可能性だってあるかもしれないのに!
 仮に実験場所に行ったりしたら、一方通行本人に殺されるかもしれないのに!」

「大丈夫だって。俺だって御坂に何度も勝っているし、死にはしないさ」

「何の根拠があってそんな!アンタの右手が一方通行に届くかもしれないという事は分かる!
 けどそれは、どうにかして近付いて殴れる距離に入った場合の話!一方通行が簡単に近付かせてくれると思う!?」

「寧ろ近付くのは簡単だと俺は思う。
 今まで全部の攻撃を反射してきたってことは“避ける”という考えがないということだ。
 反射があるのに、殴りかかってくる人間に対してわざわざ何らかのアクションをするか?もちろん可能性の話だけど」

「理屈は分かるけど……じゃあいいわ。仮にそれで一発ぶち込めたとする。でもそれ以降どうするのよ?
 アンタの右手に警戒を示して遠距離から戦われたら?仮に近距離戦を挑んできたとしても、
 やつの能力でアンタに触れた瞬間、生体電気か血流を逆にされて、内側から弾き飛ばされるのよ」

「マジか。そんなことまで出来るのか」

「感心してる場合じゃないでしょ!……とにかく、アンタを一方通行と戦わせるなんて言語道断よ!」

「落ち着けって。俺はそんな長期戦を挑むつもりはない。むしろ超短期決戦、というか一撃で沈めるつもりだ」

「はぁ?」

ここまで言ってもまだ分からないのか、という感じだった。

「お前が言ったこと、不意打ちかつ一撃で沈める事が出来れば、全部解決できる」

「それは……そうかもしれないけど」

御坂は顔を伏せて、少しだけ間を空けて、

「やっぱり駄目。アンタを一方通行と戦わせるわけにはいかない」

「ならどうするんだよ?そんな非人道的な実験を放っておくって言うのか?」

「そんなわけないでしょ。手がないわけじゃないわ。だからアンタは、大人しく家に帰りなさい」

「じゃあそれを聞かせてくれ。じゃないと安心して帰れない」

「~~!あー、もう!」

御坂は髪を両手でグシャグシャしながら、

「こんなイカれた実験を手伝っている研究所や研究機関を片っ端から潰して行く。
 いくら学園都市が黙認してようが、物理的に不可能にしてしまえばどうしようもないでしょ?」

「……悪くない手だとは思うが、実験は現在進行形だよな?その間に何人のクローンが殺される?
 それに、潰していっても他の研究機関が実験を引き継いだら?」

「それなら……」

御坂は少しだけ逡巡してから、

「『樹形図の設計者情報送受信センター』からハッキングをして、『樹形図の設計者』に嘘の予言を吐かせる。
 この計画は『樹形図の設計者』の予測演算(シミュレート)に依存しているから、おそらくそれで一旦計画は止まる。
 それどころか、上手く行けば計画が中止になるかもしれない」

「そんな小細工、いつかはばれるだろ。それに――」

「分かってる。でも間違いなく最低でも混乱はするはず。その間に計画を破綻に追い込んでみせる」

「それじゃあ結局、破綻に追い込むまでのクローンについての問題が解決してないだろ。
 それ以前に、そんな重大犯罪をしようとしているお前を見過ごせない」

「犯罪とか言っている場合じゃないでしょ!
 私は……私が不用意にDNAマップを提供したせいでクローンが生まれて、一方通行のために殺されるようになった!
 ある意味私が殺しているようなものよ!そんな私が、もう道を選ぶ資格はないの!」

「それはネガティブに考えすぎだ。
 お前は筋ジストロフィーの子供達の事を考えてDNAマップを提供したんだろ?
 その善意を悪用している研究者達が悪いのであって、間違ってもお前のせいじゃない」

「だとしても!そもそもの原因は私!私が責任を取らなきゃいけないの!」

「違う!」

突然大声を出したせいか、御坂はびくっとした。

「何度も言わせんなよ!悪いのはお前じゃない!大体、お前の言った方法で計画を中止に追い込んでクローン達を上手く救えたとしても、
 そんな方法でお前が犯罪者になってまで救われたクローン達は嬉しいと思うか!?お前の友人はどう思う!?少なくとも俺は嫌だ!」

「じゃあ……じゃあどうすればいいのよ!?」

「だから、俺がやるって言ってんだろ。俺が一方通行をぶっ飛ばせば、それで済む話だろ」

「……もう、何なのよ……」

御坂は両手で顔を覆って、

「……そうね。分かったわ。考えたら単純な話よ。一方通行を倒せばいいんだもんね」

「そうだ」

「でも、それはアンタの役目じゃない」

「え?」

「私がやる」

言って御坂は上条の横を通り過ぎようとしたが、

「ちょっと待て」

上条は御坂が通り過ぎようとしたのを右手で制した。

「お前、まさか馬鹿なこと考えているんじゃないだろうな」

「何が?」

「自分があっさりと死ぬことで、一二八回殺しても、絶対能力者になんか辿り着けない。
 研究者たちに、価値がないと思わせようとしているんじゃないかって聞いているんだ」

「まさか。誰が進んで死にいくような真似するかっつーの」

「いや、もっと単純に、二万通りの戦闘シナリオに二万一通り目が介入することで混乱させようとしているとかか?
 どっちみち負けるつもりの奴に戦わせる訳にはいかないけどな」

「だから何言ってんの?勝ちに行くって言ってんでしょ」

「バレバレの嘘つくなよ。さっきまであれだけ一方通行の肩を持って、勝気のお前が回りくどい方法ばかり提案していたくせに」

「……鬱陶しいわね」

御坂はわなわなと震えて、

「だからさあ!残された道は限られてんのよ!どうしようもないのよ!もう私が死ぬしか!
 それしか今すぐにでも実験が中止になる可能性はない!」

目尻に涙を浮かべながら、御坂は叫んだ。
しかし上条は至って冷静に、

「何言ってんだよ。そんなの『樹形図の設計者』に再演算されたら終了だろ。
 それに、たとえ上手く行ったとしても、お前が死んで救われたクローン達や友達はどう思う?少なくとも俺は嫌だ」

「しつこいのよ!綺麗事ばっかり!だったらどうすればいいって言うのよ!」

「しつこいのはお前だ。再三言ってきたけど、俺が戦ってぶっ飛ばせばいいだけの話だろ。
 これほど単純で、実験を中止に追い込む可能性が高い方法はない」

御坂は何も言わない。いや、もう何も言えないのかもしれない。
上条は続けた。

「この実験は『樹形図の設計者』の予測演算に依存している。
 だったら、その演算に狂いを生じさせれば良い。ここまではお前も分かっていた事だ。
 けど、お前の言った方法じゃお前自身が救われないし、狂いを生じさせるにはちょっと弱い。
 その点俺なら、無能力者が超能力者をぶっ飛ばすという結果ほど、混乱を招くものはないだろ」

御坂は俯きながら小さな声で、

「……百歩譲って、アンタが一方通行に勝てたとする。
 でも、それこそ『樹形図の設計者』に再演算されたらおしまいじゃない」

「だったら、何度でもぶっ飛ばすだけだよ」

少しの間も開けずに宣言した上条に驚いたのか、御坂は顔をあげて涙目で上条を見つめ、

「……もう、何でアンタって、そんな理屈っぽいのにバカなの?」

「困っている人を助けたい。皆が救われるためなら手を貸したい。
 それがそんなにバカなことか?それでもバカって言うなら、俺はバカでいいさ」

「……そっか」

御坂は目尻に溜まっている涙を拭って、

「分かった。もう私にアンタを止める方法はない。その代わり、約束して。
 そこまで啖呵を切ったんだから、絶対に死なないで、一方通行をぶちのめしなさいよ」

「もちろん」

そして上条と御坂は作戦を練り始めた。

どうやらクローンは無計画に学園都市を徘徊していた訳ではなかったらしい。
一方通行との戦闘に備えて下見していた。というのが御坂の予想だ。
自分と御坂が再会した場所は、二一時ジャストに実験が行われる場所に近かった。
だとすると下見をしていたという御坂の予想は当たっているだろう。

肝心の実験がおこなわれる場所は、何の変哲もない路地裏。隠れられるような場所は、残念ながらない。
実験場所の路地裏につながる廃墟ビルの窓から飛び降りるぐらいしか、不意打ちは出来ない。
クローンにも協力してもらえば多少やりやすくなるのだが、
クローン達はあくまで、自らの事を実験動物だと強く自覚しているらしく、
実験の完遂を第一としているクローン達に協力を求めれば、却下されるどころか邪魔されるという結論に至った。

現在時刻は十七時。実験開始まであと四時間。
それは自分と御坂が出会ったクローン、九九八二号の実験開始時刻だ。
クローンの総数は二万体。殺すのが一日一人ずつでは約五五年かかる。さすがにそれでは時間がかかり過ぎる。
となると、一日に平均数十人は殺していると考えるのが妥当だ。
別の実験がどこかで行われていてもおかしくない。
が、学園都市が隠蔽している以上、おそらく今以上の情報はつかめない。
心苦しいが、九九八二号を救うことに専念した方が良い。
とはいえやはりあと五時間。作戦も決めたし、正直言って時間を持て余している。
ということで、

「ただいまー」

買い物をして、一旦帰宅した。
これから血みどろの決戦になるかもしれないのに、我ながら呑気なものだと思わなくもないが、
同居人に余計な心配をかけたくなかったのだから仕方ない。

「ただいまじゃないよ!朝から買い物に行って帰りが夕方って遅すぎるかも!」

ここで連絡の一つでもくれれば良いのにと言わないあたりが、機械音痴のインデックスらしい。

「ちょっと野暮用が出来てさ。ご飯作ったらまた行かなきゃいけない」

一応、何かトラブルに巻き込まれたらとかいろいろ考えて、念には念の精神で、出かけるときは作り置きをしておくのだが、綺麗に完食されていた。

「優等生のとうまが、夜遊びしようなんて珍しいね」

「夜遊びじゃなくて、野暮用だって」

「……ふぅん。ま、ちゃんと早く帰ってきてね」

「ああ」

上条は晩御飯を作ってインデックスと一緒に食べて、一七時四〇分に家を出た。

作戦は至ってシンプル。
実験場所の裏路地に通じる廃墟ビルの窓に隠れて、チャンスがあれば不意打ちを仕掛ける。
それが位置などの関係により出来ずに立ち往生し、クローンが殺されかけた時は介入する。
そして決戦になった場合、他のクローンや学園都市から介入があるかもしれない。
それは御坂が全部引き受けることになった。

二〇時二〇分から廃墟ビルの窓の近くにしゃがんで待機しているが、現在時刻は確認していないため、
というか携帯の光で位置バレの危険性を考慮して出来ないため分からない。
自分の感覚的には、二〇分ちょいくらいだと思うが。
なんて事を考えていたら、外からコツコツと足音が聞こえてきた。
ここで身を乗り出して確認して、一方通行であれば絶好の不意打ちのチャンスであるが、
クローンだった場合、身を乗り出すのは無駄になり、それどころか身を潜めているのがばれてしまえば、作戦の遂行は難しくなる。
よって二人が集まったとき、細心の注意を払って二人の位置などを確認し、チャンスとなれば不意打ちを仕掛ける。

「現在時刻は二〇時四八分です。
 第九九八二次実験開始まであと一一分四〇秒ですので、指定のポイントへの移動をお願いします」

少しだけ遠くから、クローンの声が聞こえた。
もう少しで実験が開始される。

今日はここまでです。
三巻の再構成と言うより、妹達編の再構成になってしまいました。
一応、一週間以内に投下が目標ですが、書き溜めはもうほとんどないので、いつ投下するかは分かりません。

>>1です。
『妹達』完結まで投下します。

「二一時になりました。これより第九九八二次実験を開始します」

その宣言から、おそらくは五分も経っていないはずだった。
しかし上条は、不意打ちを仕掛けるどころか、二人の位置を確認することすら出来なかった。
宣言直後から、ゴン、ガァン、ドン、ガギィン、ドガシャアと何かがぶつかったり壊れたりする音が響き渡り、
一応申し訳程度に明るかった裏路地が、突然真っ暗になったからだ。
おそらくはクローンが能力を使って電力系統に干渉したのだろう。

そして何も出来ずに身を潜めていると、サブマシンガンの音が響きガラスが割れるような音がした後に、走り去る足音が聞こえた。
走り去ったのは当然、クローンだろう。
一方通行が追いかける足音が聞こえないのは、それだけ余裕がある証拠だろう。

「……やばいな」

これで不意打ちプランは出来なくなった。
決戦するしかなくなった。
正確に言えばクローンの逃げた先によっては不意打ちのチャンスが訪れるかもしれないが、そんな都合よくチャンスが訪れる気はまったくしなかった。

「……ふぅー」

上条は一度だけ深呼吸して、足音がした方向へ駆けだした。

裏路地には投げ捨てられているサブマシンガン、一部分が割れているゴーグルがあった。
わずかではあるが血痕が残っていたため、クローンが逃げた方向も分かった。
そしてわずかな血痕を辿っている途中に、大きい爆発音が聞こえた。

「っ!」

血痕を辿っていたため割と慎重に走っていたが、もうそんな必要はない。
爆発音は近い。
全力疾走で駆けつけた先の操車場で見た光景は、

クローンの左足を掴んでいる一方通行だった。

「やめろ!」

不意打ちも何もなかった。
クローンはもうボロボロだったから。
殺されかけていたから。
真正面から挑むしかなかった。

「あァ?」

一方通行は怪訝そうな顔をしてこちらを見てきた。
クローンの左足から手を離しながら。

「おいおい、この場合、実験ってのは、どうなっちまうンだ?」

「あ、なた、は……」

「あァ?オマエ、アイツの知り合いかよ?」

一方通行がクローンのほうにわずかに体を向けて尋ねていた時、上条は鉄橋から操車場に飛び降りて、

「このやろう!」

落ちている砂利の一つ、大きめなものを一方通行へ投擲した。
砂利は一方通行の肩へ直撃して――反射されて上条の顔の横を切った。

「なンなンですかァ、あの野郎は。なンか気合い入ってるみたいだけどよォ、結局どうすンだよ?
 実験の秘密を知った一般人は口封じのために殺す、みてェなお決まりの展開かァ?
 勘弁してくれよ。人形ならまだしも、マジモンの人間殺すのは後味悪すぎるっつーの」

『ベクトル操作』。
聞いた通りの化け物のような能力だ。
投げられた砂利を跳ね返す方向も速度も自由自在。
投げた時の速度より速く、まっすぐに向かってきたものを変化して跳ね返す事も出来る。

「つーかよォ、実験の関係者とかオマエらの片割れとかがさァ、一般人を近づけさせないようにするもンじゃねェのかよ?
 ましてや昼ならまだしも、完全下校時刻を過ぎた、お子様は寝るような時間なンだからよォ。
 セキリュティぐらいしっかりしてくれや。どンだけ体たらくなンだっつーの」

真正面から殴りに行けば、馬鹿かコイツと油断する可能性はある。
か、一方通行が繰り出す一撃一撃が致命傷クラスなのは想像に難くない。
賭けに近い方法を試すには危険すぎる。

「……あーあ、クローンは答えないし、一般人も石ころ投げてから手は出してこねェし。
 おい一般人、石ころ投げたのは特別に許してやる。だから帰れ」

近付くのが駄目なら、挑発なりして近付けさせるのはどうか。
人が人を殺すためには、凶器も何もなければ、結局は身一つ。
一方通行も例外ではない。何もなければ、近付いて殴る蹴るなどしなければならない。
もっとも、実際問題一方通行相手では転がっている砂利ですら致命的な凶器になり得る。
挑発したところで遠距離からの攻撃を選択する可能性も十分ある。
どちらも可能性としては分が悪い。
だったら、

「なんでだよ」

「あァ?」

「お前は既に学園都市最強の超能力者だろ?クローン達を殺してまで絶対能力者になる必要がどこにある?」

言葉をぶつけるしかなかった。

「まァ、素人なら湧いて出る疑問だろうな。簡単な事だ。『最強』じゃあ喧嘩を売ってくるバカがいる。
 だがその先の絶対能力者、『無敵』になっちまえば、手の届かない存在になっちまえば、もう俺に挑もうなンてアホはいなくなる」

「かもしれないけど、それはクローン達を殺してまでなる事じゃないだろ。
 絶対能力者になりたいのなら、まっとうな方法でなれよ」

「偉そうに説教ですかァ?
 つーか実験に割り込ンでくるぐらいだから詳細知ってンのかと思ったら、案外そうでもねェみてェだな。
 よォーく聞けよ。この実験は『樹形図の設計者』通りにやっているだけだ。
 つまり、絶対能力者になるにはこれしかねェわけ。誰が好き好んで二万回も戦うかよ」

「ということは、クローンを殺す事自体はあまりよく思ってないってことだろ。
 だったらやめろよ。強制されている訳はないだろうから、大方口車に乗せられているだけだろ?
 これ以上続けると、本当に取り返しがつかなくなっちまうぞ」

「しつけェな。どうしてそこまでこだわる?別にオマエには何の害もねェだろ」

「害ならある。クローンが死んだら悲しい。御坂も悲しむ。だからやめろ」

「一つ一八万の模造品に慈悲の心を抱く方がおかしいンだよ。そンな理由じゃあ、実験を中断する訳にはいかねェな」

「本気で言ってんのか?」

「当たり前だろ」

「お前さっき言ったじゃねぇか。クローンならまだしも、マジモンの人間殺すのは後味悪いって。
 『まだしも』ってことは、積極的に殺したいとは思ってないってことだろ?
 それに普通の人間を殺すのも嫌なんだろ?お前は快楽殺人者でも何でもないんだろ?
 だったら、こんな馬鹿な事やめろよ」

「確かに俺は、クローンを殺すのが楽しい訳でもねェし、人間殺すのが好きな快楽殺人者でもねェ。
 喧嘩を売ってくるような馬鹿でも、命狙ってくるようなアホでも、気分が良ければ見逃す事もある」

だがなァ、と一方通行は区切って、

「人を殺すのに躊躇いはねェし、絶対能力者になるためならクローンを殺す事にもなンら躊躇はねェ。
 俺は善人じゃねェ。いい加減、的外れな説教は止めろ。これ以上続けると言うのなら、オマエを殺す」

月を背にしている一方通行は、ゆっくりと両手を水平に挙げて行く。

「もう一度だけ言ってやる。今ここで帰るなら見逃してやる。
 もっとも、逃げた先で実験関係者とかに殺されないのは保証できねェがな」

「……だったら、どうしてさっさと殺さない?」

「あン?」

「今の俺だってそうだけど、もっと疑問なのはクローンとの戦闘だ。
 その気になれば、三秒もあればお釣りがくるぐらい速攻で殺せるはずだ。
 なのに、そこにいるクローンも俺も生きている。お前はきっと、そんなに悪人じゃない。
 だから、お願いだから止めてくれ」

「……仕方ねェ。殺すしかねェか!」

地面を蹴った一方通行が、上条へ向かって発射された。
その速度は秒速にして二〇〇メートルに達していて、到底避けられるものでも、防げるものでもない。
一方通行はそう確信していたのだが、

「!?」

意味が分からなかった。
まず顔面に痛みがあって、月が見えて、何で月が見えるのかと言うと、
地面に仰向けに転がっているからであって、なぜ転がっているかと言うと、

「い……てェ」

痛み。
そんなものは超能力者になって以来、味わわなかった感覚。
なぜ痛いかと言うと、

「ま、さか……」

ぶっ飛ばされたから?なぜ?
あの少年を殺すのに意識が集中しすぎて、無意識に能力を切った?
いや、あり得ない。そんなことは、あり得ない。

「クソが……」

一方通行は右手で鼻から出ている血を拭いながら、ゆっくりと立ち上がった。
その直後だった。

追撃を加えんと接近していた上条の右拳が、一方通行の顔面に直撃した。

「ゴブァ!?」

殴られたことにより仰け反り数歩後ろへ下がる一方通行へ、上条はさらに、二、三発拳を顔面へ叩きこむ。

「が……!?」

拳が直撃する意味は相変わらず分からなかった。
が、とにかくヤバいと確信した一方通行は、脚のベクトルを操作して後方へ大きく跳んだ。
そして高く積まれているコンテナの上に着地する。

「もういいだろ。こんな馬鹿な実験止めろ」

散々殴っておいて何を言っているのか。
それはさておき、なぜ拳が直撃するのか。
こちらが能力を切っているというのはあり得ない。
だとしたら、あの少年側に何かあるとしか考えられない。
それは何か。

「……くそっ!大丈夫か!」

「ミサカ、は、だいじょう、ぶです。それより、なんであなたがここに……」

少年がクローンの下へ駆けより介抱している。
そこへどういうわけか、オリジナルである御坂美琴までやってきていた。

「御坂、お前、なんで……」

「特に妨害とかもないみたいだから、増援に来ただけよ。というか驚いたわよ。一方通行を何発かぶん殴れるなんて。
 しかも初撃は突っ込んでくる一方通行に対してカウンター決めるなんて、大金星でしょ。
 まあ何より、お得意の言葉責めが始まったのが一番だけど」

そうか。
あの少年一人でここまで辿り着いたのではなく、第三位のオリジナルの手助けがあって、
いや、あの少年にある謎の力に期待して、助けを求めて情報をリークしたのか。

「言葉責めって……お前、どこから見ていたんだ」

「アンタが鉄橋から飛び降りて一方通行に砂利を投げたとこぐらいからよ。
 支援したかったけど、言葉責めが始まるし、そしたら唐突に戦闘開始だしで手が出せなかったの」

そういえば、最近聞く噂で『第三位を軽くあしらえる人間がいる』というのがある。
いい勝負なら、第四位でも第七位でも、もしかしたら大能力者でもできるかもしれない。
しかし軽くあしらうことが出来るのは、第一位である自分か、第二位ぐらいだろう。
だが、自分はあしらった記憶なんてないし、第二位もおそらく自分と同じ『闇』に身を置く者。
噂になるほど表だって第三位とじゃれていたとは考えにくい。

「とりあえず、この子は私が安全な場所まで運ぶ。だからそれまで死なないでよ。
 まあ説得ができるものならしてもいいけど、基本はぶちのめすこと。分かった?」

「ああ。頼む」

となると、信じ難いがあのパッとしないツンツン頭のどこの高校かも分からない制服の少年が、第三位をあしらっていた張本人なのだろう。
現に親しげに会話していたし、そういえば『能力を打ち消す男』なんて都市伝説を聞いた事もある。
噂は所詮噂。都市伝説は所詮都市伝説。そう思っていたが、それが全部本当なら。
能力を打ち消せるなら、第三位の攻撃を流して『ベクトル操作』の自分の反射膜をも打ち破れる?

「……」

少年は無言で構えるだけで、こちらには何もしてこない。否、出来ないのだろう。
能力を打ち消すことししかできないから、手出しが出来ない。
では能力を打ち消す条件は何か。おそらく打ち消せる制限はない。
第三位の電撃を打ち消し、自分の反射膜も破れるのだから。
どうしたら打ち消されるか。半径数メートル以内に居る人間は問答無用でとか、おそらく距離の問題じゃない。
さっきまでゼロ距離で殴られていたのに、脚のベクトルを操作する事は出来たのだから。
そうだ。
よくよく思い出してみれば、殴られている顔面だけ、殴られている時だけ、反射膜が破られた。
それも考えてみれば、右手だけで殴られた。左手を使われなければ、蹴りもなかった。
『能力を打ち消す能力』があるのは右手だけか。ブラフではないのか。おそらくブラフじゃない。
あそこで左手や両足でも追撃できるのなら、それをフル活用してでも追い込みをかけるはずだ。
とはいえ、この仮説が正しければ右手は脅威であり、近距離戦は得策じゃない。
となると――、

「殴られた分、やり返させてもらうぜェ」

遠距離から攻撃する。
一方通行は、コンテナから飛んで電車のレールが走っているところに着地して、

「ふっとべ」

地面を一度だけ踏んで、いくつかのレールを強引に浮かせる。
それらを少年に向かって蹴り飛ばす。
一、二、三、四、そして五本、連続で発射したレールは、右に左にサイドステップしたりジャンプしたり伏せるなどして、あっさりと避けられた。

「やるじゃねェか」

驚きはしたが、最初の特攻をカウンターされた事を考慮すれば、想定の範囲内ではある。
ならば。

一方通行は後方へ跳び、今度はコンテナの裏に回り込んだ。
そして、

「これならどうだァ!?」

一方通行の蹴りによって、高くたくさん積まれているコンテナの一つが発射された。
縦横高さ約三メートルの立方体のコンテナ。
レールは形が形なので『向き』によっては避け易かったかもしれないが、
コンテナは良くも悪くも『向き』によって避け易かったり避けにくかったりはない。
ジャンプするには少し高いだろうし、伏せるスペースがあるほど小さくはない。
もちろん後退することによって避けられるはずもない。
しかし、まだ左右というスペースがある。
現に少年は、左に大きく跳ぶ事によって回避した。

「限界が見えてきたかなァ?」

コンテナでは左右に避けるスペースがある。
逆に言えば、それさえ潰せば。

「いくぜェ」

今度は両手を使って、コンテナを一気に二つ押し飛ばす。
縦と高さは約三メートル。しかし横は約六メートル。
無論、右寄りにも左寄りにもではなく、丁度中心にいくように発射した。
つまり、右に避けるにしても左に避けるにしても、約三メートルの移動が必要。
先程の攻撃の回避は余裕のあるものではなかった。これは避けられるはずがない。

「へェ」

避けられるスペースは、左右後方上下だけではなかった。
つまりは、前。
あの少年は前進することによって、斜めから発射されたコンテナが地面に到達するまでのスペースを潜り抜けたのだ。
しかし、理論上は可能な事でも、実際に高速で迫るコンテナの“圧”を前にして、
前進するという選択をとって避けきるなど、並の精神じゃできないだろう。
もっとも、これは上段にあるコンテナを飛ばしたからこそ。
下段にあるコンテナを飛ばせば、鋭角の隙間に潜り込むのも困難、一番下のコンテナを飛ばせば不可能となる。
しかし、

「いいねェ」

少年の瞳。
絶望や恐怖なんて微塵も感じていない。
ダメージを受けていないとはいえ、これほどの猛攻を受け続け、反撃する手段はない。
それなのに。
あの瞳は、負けないと、諦めないと語っている。
あれを見ていると、コンテナを飛ばすぐらいでは倒せない。
そう思ってしまうほど、強気な瞳。
だからこそ、必要になる。
あの少年を確実に倒せる、圧倒的な力が。

「今のうちに言っておこう。多分、オマエが人類で一番俺を追い詰めた。
 そして俺相手に一番しぶとく長く息をしている。
 だからこそ俺は考えた。オマエを確実に殺せる方法を。
 感謝するぜェ。俺はオマエのおかげで、新たな力の使い方に気付けた。その新たな力で、オマエを葬ってやる」

一方通行が両手を水平に広げる。
その直後から、彼を中心に風が渦巻き始める。

「くそっ!」

少年はこれからすることに勘づいたのか、背を向けて逃げ出したが、

「遅ェ」

風は一気に巨大化して、コンテナや砂利やらレールやら、とにかくなんでもかんでも巻き込んで、

「終わりだ」

風の向きを調整して、渦巻いていたコンテナやらの物体全てを、少年に向けて放った。
それは一瞬で少年や、彼が走っていた地上にぶつかり、全てを削り取った。

操車場にある全てのコンテナと幾千の砂利と数十本ものレールを飛ばし地面を削り取った結果、莫大な煙が巻きあがっていた。

「は」

やはり少年には感謝するべきかもしれない。
風を使った攻撃は、思った以上に強力だった。
しかし、まだだ。
こんなものは、学園都市にある風をそれなりに操った程度。
もっともっと、東京中、いや日本中、さらには世界中の風をかき集めて操作すれば。

「ははは……」

笑いが抑えきれない。
これだけの力があれば、もう絶対能力者などどうでもいい。
世界は、この手にある。

と、

「ごほっ、ごほっ!」

煙が晴れて、その中から少年が咳き込みながら出てきた。

「ははははは……」

笑いが抑えきれなかった。
ただし、これは手に入れた力に対する喜びではない。
避けられるはずもない必殺を受けてなお、少年が立ち上がったことに対するものだ。

「はぁ、はぁ」

「感服するぜ。そのしぶとさ」

少年は今度こそ無傷ではなかった。額と口の端からは血を流している。
だがそれだけ。死んでいないどころか、気絶すらしていない。
おそらくは、コンテナとレールは何とか避けて、どうしても避けきれない砂利は背中で受けたのだ。

「お前……それだけの力があって」

「まだ喋れンのか」

「それだけの力があれば、何だって誰だって守れるのに、誰だって何だって救えるのに」

「また説教か」

一方通行は両手を水平に広げる。
そして彼の頭上に風が集まる。

「何だって、そんなことしかできねぇんだよ」

「ふン」

一方通行の頭上で風が圧縮される。
その結果、眩い白い光が発生して――高電離気体(プラズマ)となる。

「答えてやるよ。何だってそンなことしかできねェ、か。それは、俺の能力が、破壊することにしか向いてねェからだ」

一方通行の頭上にある高電離気体は、摂氏一万度を超える。
下手に近付けば、直撃しなくても溶ける。
だから上条は、一見隙だらけの一方通行に近づけない。
だから一方通行は、余裕綽々で語り続ける。

「俺の能力は自らを守る事は出来ても、その他の一切合切には触れることすら出来ねェ。
 だから誰も守れねェし、何も救えねェ。それが答えだ」

言って、一方通行は高電離気体を放った。

「っ!」

少年は走った。後方へ。
しかしそれ以前に、高電離気体は速度が遅いうえに、制御化から離れると、たった数秒で空気中に溶けて消えた。

「今までの攻撃を耐えてきたオマエに、今ので仕留めるなんて百年遅ェな。オーケー。次だ」

一方通行は地面を思い切り蹴って数十メートルほど垂直に跳んだ。

「いくぜェ!」

そこから超高速で落下して行く。
当然、足を下にしたキック。
動体視力的にはカウンターを決められるとしても、物理的に受け止められはしないだろう。
その判断は正しかったらしく、少年は左へ跳んで避けた。
結果として、一方通行は地面に減り込み、

「アッヒャ!」

「!?」

一方通行は背中に風を集めて飛んだ。
ただし、地面を掴み上げながら。

「いくらなんでも、めちゃくちゃすぎんだろ!」

初めて少年がテンパった声をあげたと思う。
少年は浮かび上がる地面から、地上へ跳び下りる。

「――今度こそ」

一切の隙間がないため避けるのは不可能な“面”と受け止めきれいない“圧”。
今掴みあげている地面は、そういうものだ。

「――終わりだ」

しかし、そこで一方通行の計算外の出来事があった。
投げようとしていた地面が、唐突に砕け散ったのだ。

「コイツは……」

一方通行のすぐ横に、オレンジ色の直線の残像があった。
その答えは、

「御坂……!」

「ったく。めちゃくちゃするわね、あのモヤシ野郎!」

今のが噂に聞く、第三位の能力名にもなっている『超電磁砲』。
おそらくはレールか何かを殴って飛ばしたのだろう。
とにかく、掴んでいた地面はそれに貫かれて崩れ去った。
崩れ去ったと言っても、それは降り注ぐ瓦礫になるのだが、

「そこで大人しくしてなさいよ、アンタ!」

彼女の操る砂鉄が、降り注ぐ瓦礫から少年を守り切った。

一方通行は背中の風を解除して、ゆっくりと地上へ降り立った。

「助かったよ、御坂」

言葉だけは少女に向けられたものの、視線はずっとこちらを向いていた。

「全然。むしろ遅れて悪かったわ。……説得には失敗したみたいね」

「いや、まだだ」

「はぁ?」

「一方通行、お前さっき、何も助けられないし救えないとか言っていたけど、そんなことないだろ。
 そんなの、お前の考え方や気持ち次第だ」

少年を遠距離から攻撃すれば、少女が能力を駆使して守る。

「確かに、お前の能力では何かに触れることは出来ないかもしれない。
 けど、守りたいモノの盾になって、身を挺して守ることぐらいはできるだろ」

身を挺して守る。
つまり、少女を近付いて殺そうとすれば、少年がでしゃばる。

「結局、お前の心掛け次第なんだよ。だから、もうやめよう。こんな戦いに意味なんてないだろ」

「意味ならあるだろ」

「え?」

「オマエは実験を止めたくて、俺の前に立ち塞がっている。
 そして俺は、そンなオマエが邪魔だから、こうして殺しにかかっている。
 この戦いは、そォいう戦いだ」

「だからお前が、自発的にやめてくれればいい」

「出来ねェ相談だ」

「何でだよ!?何でそこまで意地を張る必要が……」

「ここまで、俺のためにクローンが一万弱死ンでいる。そのために俺は、実験をやめるわけにはいかねェンだ」

「それが本音か。でも、だったら、そんな考えは間違っている。だからもう」

「お互い、譲れねェンだ。だから、決着をつけようじゃねェか」

「何でそうなるんだよ!?」

「オマエが俺を倒せたら、俺はこの実験から手を引いてやる」

「な」

「だから、もう甘ったれた考えは捨てろ。ここにあるのは、勝つか負けるかだ」

「ちくしょう!何でそうなん」

「もういいわよ!ハナっから話が通じる相手なんかじゃなかっただけよ!」

御坂が上条の肩に手を置いて止める。
その時、一方通行も発射されていた。

「御坂!」

上条は御坂を突き飛ばす、のではなく、むしろ手繰り寄せた。

「え、ちょっと」

「俺から絶対離れるな!そして俺に身を委ねろ!」

「ひぇぇぇぇ!?」

上条は御坂を左半身で抱きしめるようになった。
その間一方通行は、上条達の回りを飛んだり跳ねたりしていた。

「やっぱ面白ェ。面白ェよ、オマエ!」

一方通行の狙いはシンプルなもので、二人とも『触れて』殺すことだ。
最初の攻防は、直線でいったからカウンターを貰った。
ならば話は簡単。動き回って惑わせ、ここぞというところで特攻を仕掛ける。
無論、最終的には直線的な特攻になってしまうが、ただ闇雲に真正面から突っ込むよりは、ずっと効果があるに決まっている。
そしてそれは、おそらく少年側も気付いている。
だからこそ少女をフリーにしないのだろう。
上等だ。二人まとめて殺す。

「これだけの速度で動きまわる俺を、捕らえられるかァ!?」

その直後に、一方通行は上条達の真後ろから特攻した。
左手を御坂の頭へ伸ばし、

上条が御坂と共にしゃがむことによって、左手は空を切る。
ならばと追撃の右手を繰り出すが、それも振り返りざまの裏拳気味の右手に阻まれる。

「クソが!」

一方通行は一旦退いて、再び縦横無尽に空間を駆け抜ける。

弾かれた右手がジンジンと痛む。
失敗した、と一方通行は思う。
右手側からの攻撃を、右手で止めるのは当たり前だ。
とはいえ左手で少女を抱えている以上、左手はあっても意味がない。ということだろう。
だとすれば、『能力を打ち消す能力』は右手にしかない事はほぼ確定か。
つまりは、右手さえどうにかすればいい。

一方通行は、今度は上条達の左側から特攻する。
当然、右手を左側に振ってまで何らかの対処をしてくるものだと考えていたのだが、

上条達は、無反応だった。

「なに!?」

もともと左側にはフェイントだけ入れて、すぐさま右側に回り込んでジ・エンドの構図を浮かべていた一方通行は、
何もしない上条達に対しても右側に回り込んでしまう。

「ご苦労さん!」

「ふざけ……」

上条の右拳が、一方通行のガードとしてクロスした両腕に直撃した。

「ク、ソが……」

ジンジンと痛む両腕を振りまわしながら、一方通行は再び動きまわる。

「まさか反射に慣れた一方通行が“ガードする”とはな……」

「に、人間としての、ぼ、防衛本能が出たんじゃないかしら」

「かもしれないな……。けど、だとするとヤバい。長期戦になるかもしれない」

ヤバいのはどっちだ。
左側からのアクションに対して、敢えて何もせず回り込んだ右側にカウンターを仕掛ける。
予知でもしていなければ無理なはず……。
いや、違う。
むしろ当然な反応かもしれない。
動くとは言え右側に『絶対の防御』があるのなら、左側から攻めるのは当然だ。
そして左側に誘導された『動く絶対の防御』を迂回され、右側から攻められる。という予見をしてもなんらおかしくない。
すでに『右手に何らかの能力がある』と看破されたのを考慮したのなら、先程の一連のやりとりは予知でも何でもなく、当然なものであるとも言える。
とはいえ、それを超高速で実行されているうえに、そのまま左側から攻められる可能性だってあった。
にもかかわらず、無視を決め込みカウンター。単に勝負強いだけだったのか。
それとも――。

「クソがァァァ!」

上条達の左斜め後ろ。
そこからスライディングで彼らの足を砕こうとするが、

「ひゃっ!?」

御坂をお姫様抱っこした上条のジャンプによりあっさりと回避される。

「おらァ!」

スライディングで彼らの下を潜り抜けた直後に無理矢理止まって、蹴りを放つ。
それを、既に御坂を下ろして自由になった上条の右拳が迎え撃った。

「ぐ……!」

声を出したのは一方通行。
痛かったのだ。
こっちは脚であっちは拳。力ならどう考えたって脚力の方が上なのに。

「おらぁ!」

「ぐあ!」

押し負けた。
だが、

「ざけンなァ!」

両手を振って風を上条達に叩きつけた。
彼らは一〇メートル強吹き飛ぶが、それでも地面をスライドして踏ん張った。

「チッ」

一方通行は舌打ちした。
絶大な威力を誇る風も、ろくにチャージもせず咄嗟に放ったものだから、あの程度。
それにしても、女一人を抱えてあの拳の威力。
体重移動やらがしっかりできた本物の威力はどれほどだと言うのか。

「ちくしょおォ……」

この状況を、それぞれの人物の詳細を知った第三者が見ればどう思うだろうか。
一方通行が有利だと思う人もいるかもしれない。
だが当の本人は、全然納得できていなかった。
これだけの力があるのに、おそらく右手に『能力を打ち消す能力』しかない少年相手に、ここまで苦戦している事を。

「大丈夫か御坂」

「あ、アンタこそ……」

結局だ。
結局、風なら何とかなるだろう。
あの少年も打ち消せない。少女が能力を駆使して強固な盾を作っても吹き飛ばせる。二人を一気に吹き飛ばせる。
だが、

「まだだ……」

まだ試していない手がある。
先程は有効だった手で。

一方通行は地面を蹴って垂直に跳ぶ。
そして、隕石の如く上条達目がけて落下する。

やはり少年達は大きく跳んで避けるという選択を取った。
しかし跳んだことに加えて落下の衝撃で大地は震える。
つまり、少年達の体勢もさすがに崩れて――、

「これで正真正銘、終わりだァ!」

倒れている上条達に、地を這うように超高速で特攻する一方通行。
本当に、本当に純粋に一方通行はこれで終わったと思った。

が、

「おおおおおおお!」

「な――」

少女を抱きかかえたまま転んで体勢を崩された。
それまでにもダメージを蓄積しているはずだし、神経をすり減らしていたはずだ。
それなのに。

すぐさま起き上がった少年も、地を這うように真っ向から突っ込んでくる。

「あァァァァァァァ!」

超高速というのは、相手にしてみれば脅威だろうが、こちらも咄嗟の反撃に小回りや機転が利かない。
もっとも、これまではその反撃を気にする必要などなかったのだが。

結局、一方通行も小細工なしの真っ向勝負に挑んだ。正確には挑むしかなかった。

しかし、やむを得ず真っ向勝負を挑むしかなかった者と、最初から真っ向勝負するしかなく、それを貫き通した者。
その差か、あるいはもっと単純に、運動能力とか動体視力とか筋力とか、そういう部分か。
あるいはそれら全ての要素か。

とにかく、上条の右拳が一方通行の出した左拳を押しのけて、そのまま顔面へと突き刺さった。

つまりは。

「終わっ……た?」

「ああ。終わった」

上条当麻の勝利という形で、激闘が決着した。

八月十六日。九時。

意識こそ失わなかったが重傷は重傷だった。
そのためまたしても『冥土帰し』と呼ばれる凄腕の、カエルによく似た顔をしている医者の厄介になり、一夜を病院の個室で明かした。

なかなかの重傷を負ったつもりだったが、医者にとってはこの程度軽傷だったのか、君の治療は退屈だと言われてしまった。
もっと酷い重傷を負えとでも言うのか。
そうなると人体を一部欠損しなければいけない気がするが。

御坂とはほんの少しだけ話して別れた。
現在はホテルに匿っているらしい逃がしたクローンと一緒にいるのだろう。
実験はストップするだろうか。
一方通行は、負ければ実験は降りると言っていたが、果たしてどうか。
でも、信じたい。あの局面で、嘘をつく必要などない。メリットなどない。
ということは、咄嗟の本心から出た言葉……のはずだ。
都合よく考え過ぎだろうか。
仮に降りなければ、またあの化け物と対峙することになる。
実際、戦ってみたら想像以上で、御坂がいなければ地面の持ち上げ攻撃を防げずに死んでいた。
そして今回は辛くも勝利したものの、一方通行には、勝つ手段があったはずだ。
例えば風。
あれを連発しているだけで良かったと思う。
もしかしたら、演算が複雑すぎて連発出来ないなど、事情があったのかもしれないが。
もしも次また戦う羽目になって、瀕死になったら、今度は医者の期待に添えられるかもしれない。

なんて冗談を考えていた時だった。

ドアのノックもされず、個室に一人の人間が飛び込んで来た。

「とうまぁ!」

白いワンピースに身を包んだインデックスだった。

「お、おはよう」

「とぉうむぁー」

物凄い巻き舌で迫ってくる。

「随分と激しい夜遊びだったんだね」

ベッドに寝ているところに跨られ、鼻先がくっつきそうな距離で、ものすごい棒読みで言われた。

「ま、まあな。でもなインデックス、男には、たまにはこういう危険な夜遊びも必要なんだよ」

我ながら意味不明な言い訳だった。
かといって真実を伝えたところでどうにもならないし、余計な心配は負わせたくない。

「さすがのとうまも、この状況なら噛みつきをかわせないよね?」

「いや、それはちょっと違うんじゃないかな。怪我人に対して噛みつきはないんじゃないかな」

「十分間頭を噛みつかれるか、一時間全身の至るところを噛みつかれるか、どっちがいい?」

いけない。
どうにもインデックスはかなりお冠のようで、宥めるにしても、今のコンディションではちょっと厳しい。

「どうしたら許してくれるんですかね?」

「なんで嘘ついたの?」

「え?」

いきなり真剣な瞳と語調になったインデックスを見て、思わず動揺する。

「う、嘘?」

「とぼけたって駄目なんだよ。夜遊びって何さ。とうまは、誰かを助けるためにここまでになったんでしょ?」

「な、なんで」

分かったんだ、と言う前に、

「分かるに決まってるんだよ。とうまの眼を見れば。だって、私だってそうやってとうまに救われたんだから」

「……で、でも」

「でも、本当の事を言ったら、巻き込んじゃうかもしれないとか思った?
 そうかもね。そうかもしれないんだよ。だから、詳しい事情までは聞かない。
 けど、夜遊びなんて嘘つかれたのは心外なんだよ。
 せめてそこだけは、俺は今から大切な人を助けに行くんだ、って。
 そこだけは本当の事を言ってほしかったかも」

「……ごめん。それは謝る。でもさ、そう言ったらやっぱりお前、気になって出てくるだろ?」

「行かないよ。私はとうまを信じているもん。どんなになっても、最終的には帰ってきてくれるって」

「……そっか。ごめん」

「分かればよろしいんだよ」

正直、インデックスに余計な心配をかけたくないとか、そんな言い訳をして、どこかで彼女を侮っていたのかもしれない。
彼女の言う事はもっともだ。
大切な人が頑張っている中、夜遊びなんて嘘をつかれて家で呆けていたら、真実を知った時、自分は何をしていたんだろうと思ってしまうだろう。
だが、人を助けにいったと分かっていれば『信じて待つ』事が出来る。
たとえそれが、心労にしかならないとしても、騙されてピエロになるよりはマシだ。
ここは考え方の違いかもしれないが、少なくともインデックスと自分はこのタイプらしい。

「ところで、私はおなかが減ったんだよ」

「見ての通り、今は料理できるコンディションじゃない。お金渡したらコンビニ、行けるか?」

「ば、ばかにしないでほしいかも!といいたいところだけど、一人では心細いんだよ……」

「うーん、そもそもインデックス、ここまでどうやってきた?」

前回の入院時は、ステイルや神裂と一緒にいたため、この病院に来ていないし位置も知らないはずだ。
機械音痴かつ方向音痴のインデックスが、ここに来れるものだろうか。
そもそもどうやって、この病院に自分が入院しているという情報を知ることが出来たのか。
人が入院すれば、まず始めに連絡がいくのは配偶者や家族だろう。
一人暮らしの人間が入院すれば、保護者や両親に連絡がいくだろう。
学校に行くような未成年なら、学校の担任の教師にも連絡がいくかもしれない。
上条の場合に当てはめると、まずは両親に連絡が行くのが順当だ。
ただ学園都市は、子供の入院をあまり親には伝えない傾向がある。
なぜかといえば、安全安心を謳う学園都市のイメージが悪くなる事を恐れているからだ。
さらに上条の場合、小さいころから病気や怪我での入院を繰り返していて、それが日常茶飯事だったため、連絡がいっても一々来ない可能性がある。
というより、来るなと言った事もある。
そんなたいしたことじゃないからと。来てほしいときは連絡すると。

要するに、親が来る事は、おそらくない。
となると次に可能性が高いのは、高校の担任の月詠小萌だろう。
少なくとも現時点では来ていないが、ひょっとしたら来るかもしれない。

さて、インデックスは結局どうやってきたのか。

「もとはるに連れてきてもらったんだよ」

「土御門が?」

「うん」

担任の先生から親しいであろう同級生へ、そしてインデックスへ、ということもあるかもしれないが、
多角スパイであるらしい土御門の場合、何かしらで自分が入院している事を知ってインデックスに伝えたのだろう。

「じゃあ土御門と少し話をさせてくれないか?」

「もとはるなら、私をここに送ってくれたあと、帰っちゃったよ?」

「え?何で」

「さあ。別に聞かなかったし、分からないかも」

「そうか……」

まあ、居ないのなら仕方ない。
あとで電話でもして聞くだけだ。

「それで、おなか減ったんだけど、どうしたらいいの?」

「どうしたらいいってなぁ」

一緒にコンビニ行ってくださいって、その辺歩いているナースにでも頼めばいいんじゃないか?
という冗談をかまそうとした、その時だった。

コンコン、と個室のドアがノックされた。

「すみません。どちら様ですか?」

下手にクラスメイトとかだったりしたら、インデックスとの邂逅は面倒なことになりかねない。
その場合は、インデックスに布団の中に隠れてもらうしかない。

「小萌先生と姫神ちゃんなのですよー」

先生と姫神。
姫神は、モニター越しでインデックスを知っているはずだ。
小萌先生は、基本的に人畜無害でお人好し。
判断に迷うところではあったが、

「どうぞ」

「大丈夫ですか上条ちゃん!」

「はじめまして」

園児服にしか見えないピンクの服と、ピンクの髪が特徴的な、どうみても小学生六年生にしか見えない合法ロリ教師、月詠小萌。
長いサラサラの黒髪に巫女服という出で立ちの姫神秋沙。
よくもまあこんな人間が患者との面会を許可されたものだ。

「大丈夫ですよ。それと姫神、はじめまして」

高校の担任の教師に連絡が行って、ここに来るのは何らおかしくない。
前回来れなかったのは、姫神関連でゴタゴタしていたのだろう。
だからこそ今回、姫神を連れて来たのかもしれない。

「む。いったいこの幼児体型のお子様と、黒髪ロングはどこの誰なのかな?」

「お、おい!失礼だろ、インデックス!」

「あなたこそ、一体どこの誰なのですか!」

「小萌。落ち着いて」

「この小さい人は俺の高校の担任の月詠小萌先生で、巫女服の人は姫神秋沙。どっちも俺の知り合いだから」

「む。そうなの?それならそうと早く言って欲しかったかも」

「まさかいきなりそんな失礼なこと言うとは思わなかったんだよ」

「上条ちゃん!この銀髪女の子は誰なのですか!?」

「小萌。この人はインデックスと言って。ここにいる上条君の知り合い。だから。少し黙っていて」

「ひ、姫神ちゃんはこの子の事を知っているのですか?」

「私、あなたの事知らないよ?」

「……この子は姫神ちゃんを知らないと言っているのですよ?」

「それは当然。それにはいろいろ。理由があって」

「あー。ちょっと待った」

このままだと話がカオスな方向へ流れかねないので、強引に割り込んで、

「とりあえず、小萌先生にお願いがあるんです」

「な、何です?」

「この子、インデックスと一緒に買い物に行って、料理を振る舞ってあげてくれませんか?お金は渡すので」

「え?どうしてですか?別にいいですけど」

一応理由は尋ねるが、既に了承してくれている辺り、お人好しが滲み出ている。

「インデックスはおなかが減っているみたいなので。インデックスも、それでいいよな?」

「ごはん食べさせてくれるなら、何でもいいんだよ!」

「そんなトントン拍子に!?……まあいいです。
 それじゃあ行きましょうか、姫神ちゃん、インデックス、ちゃんでよろしいです?」

「うん!それでいいんだよ、こもえ」

「ちょっと待って下さい」

「え?まだ何かあるです?」

「姫神と少しお話をさせてください」

「それは姫神ちゃん次第ですが……どうするです?」

「私も。お話してみたかったから。丁度いい」

「そうですか。では、今度こそ行きましょう。インデックスちゃん」

「うん!」

「ちょっと待って下さい。お金をまだ渡していませんが」

「構わないのです。先生の懐は、生徒にお金を出させるほど冷えていないのですよ?」

いや、その子はちょっと特殊で滅茶苦茶御飯を喰らうので、懐に余裕があってもヤバいかもしれません。
と言う前にそそくさと出て行ってしまった。

「ま、まあいいか」

「……改めまして。姫神秋沙です」

「え?あ……どうも。上条当麻です」

なんというか、マイペースな娘だなと思う。

「まず言っておく。どんな形であれ。アウレオルスから私を解放してくれたことは事実。だから。ありがとう」

ぺこりと、頭を下げられた。

「い、いや別に、俺のおかげというか、インデックスのおかげと言うか……。それより、『吸血殺し』は大丈夫なのか?」

「うん。私の首にかかっている十字架。イギリス清教から貰ったんだけど。
 あの子の修道服『歩く教会』の効果を一部抽出したもので。私の能力を。封印してくれているの」

「へぇー。便利なもんもあるんだな」

「そうだね。私も。驚いた」

「小萌先生には何か言ったりしたのか?」

「ううん。何も。小萌には。魔術師とか。知る必要ないもの」

「そうだな」

「小萌は優しい。何も言わない私を。居候させてくれる」

「先生は俺が知るなかで一番のお人好しだからな」

「私が知る中でも。一番のお人好し。だから。そんな小萌を泣かせないでね」

「もちろん」

「……多分。私の言っている意味。正確に理解してないと思う」

「え?」

「小萌はね。あなたのこと。息子ぐらいに思っているから。入院なんかして。あんまり心配かけるのも。駄目だからね」

「まあ、今後は入院しないように頑張るよ」

「……そう。じゃあ。お礼もしたし。小萌についても忠告はしておいたし。私はこれで」

「おう」

姫神が去ってやることがなくなってしまったので寝ていたら、個室のドアがノックされる音で目が覚めた。

「……どうぞ」

いつも通り常盤台の制服を着た、御坂美琴だった。

「えっと、一応、お見舞い。これ、クッキー」

「おう……」

こちらが眠そうな様子を見て悟ってくれたのか、

「ひょっとしたら寝てた?だったらごめん。起こしちゃったわね」

「いや、別に良い。それより、クローンはどうなった?」

「無事よ。そして、実験も中止に向かっているみたい」

「それは本当か?」

「ええ。私自身が何か情報を掴んだ訳じゃないんだけど、あの子たちにはミサカネットワークっていうのがあってね。
 脳波が同じだからこそできる芸当なんだけど、とにかくそのネットワークで実験中止が決まったという情報が、あの子たちの脳内で交換されたらしいわ」

「その情報って、どれだけ信頼できるんだ?」

「あの子たちの中には、まだ研究所とかにいる子もいる。そこから情報が漏れたみたい」

ならばそれなりに信頼できる……のだろうか。
いまいち判断ができない。

「御坂が匿ったクローンは?」

「もう出て行ったわ。
 あの子たちは、体を無理矢理急成長されたものだから、調整が必要になるの。
 でも学園都市だけじゃ調整する施設が足りないから、『外』にある協力機関にも送り出すみたい」

「……そうか。一方通行は?」

「分からないわ」

「そっか」

「それと……」

「それと?」

「あ、あり」

「あり?」

「ありが、とう」

「どうたいたしまして」

「っ……。じゃあっ!」

「ちょい待ち!」

「ま、まだ何かっ!?」

「何テンパってんだよ。御坂らしくない」

「あ、アンタのせいでしょーが!」

「えぇ?何が?」

「う、うるさい!」

それだけ言って、こちらの制止を振り切って御坂は出て行ってしまった。

何が悪くて御坂を怒らせてしまったのか。
謝りたくても、相手が何に怒っているのか分からなければ謝りようがない。
あとで電話かメールでもして聞くしかないか。

まあ、それはさておき。
実験中止は、本当に信頼していいものなのだろうか。
普通に考えて、いくらなんでも展開が早すぎやしないか。
絶対能力者の誕生は、研究者たちにとっては魅力的だったはずだ。
中止させるように最善を尽くしたつもりで、それが狙いどおりに言ったのは喜ぶべきことだが、こんなに早く中止になるのか。
何せ昨日の今日だ。
御坂に言えば余計な不安を募らせるだけだと思い言わなかったが、彼女はそこに違和感を抱いているだろうか。
抱いているとしたら、どう考えているのだろうか。
学園都市が実験を隠蔽していた事を考えると、学園都市には何か大きな野望があって、それが関係しているのか。
考えても、分からない。

「はあ……」

考えると疲れる。
ただこの溜息は、疲れと言うより、御坂に一つ言いそびれた事があるのが大きな理由だ。

実験は、色々歪んでいた。
もとの原因は、御坂がDNAマップを提供したことによる。
だから御坂は、自分のせいで『妹達』が一万弱死んだと気に病んでいた。
でも、御坂がDNAマップを提供したからこそ、『妹達』は生まれた。
笑って、泣いて、喜んで、悲しんで、怒ることができるようになった。
それだけは、誇っていいと思う。

それだけ言いそびれたのが、ちょっと残念だった。

これで三巻と言うか、『妹達』編の再構成は終わりです。
御坂と上条の出会いについて少しだけ掘り下げたものは、この三巻の再構成でやる予定でしたが、
ぶっこむタイミングを失ってしまったので、五巻の再構成でやりたいと思います。
あと白井黒子の登場は、おそらく六巻の再構成になるかと。
現状、書き溜めは四巻の六割ぐらいなのですが。

そして一つだけ。
このSSの再構成は、原作を超えるハッピーエンドをテーマにしています。
たとえば、上条が記憶を失っていなかったり、助かる妹達が若干多かったりします。
じゃあアウレオルス何で死んでるんだよ、という話ですが、一応理由はあります。
アウレオルスについても当初は、上条に助けられたインデックスを見て、目的を見失って自暴自棄になるのではなく、
寧ろ感謝して、イギリス清教に入って味方展開にしようかなぐらいに思っていたのですが、
いかんせんアウレオルスは強すぎるので、味方にしたら無双しちゃうし、敵のままじゃ敵わないし、
ということで原作同様退場させた方が良いかなと判断しました。
そして退場のさせ方についてなのですが、原作同様命だけは何とか助けようかとも思ったのですが、
どうも自分が書いたSSの流れからは、顔を変えて記憶を失わせるのは無理かなと思いまして、
自然な流れで退場させるには、自動書記状態のインデックスを見て恐怖して死んだ、しかないかなと思いまして、こうなりました。

次回の投下についてですが、上記のとおり『御使堕し』編の書き溜めは六割ぐらいあるのですが、結構短めになる感じなので、完成してから投下したいと思います。

>>1です。
エンゼルフォール編を投下します。

医者の治療がすごかったのか、重傷を負ったとはいえこれぐらいが妥当なところなのか、入院からたった三日で退院した。

退院してからは、まず電話で御坂に怒っている原因を聞いた。
何も怒ってないと言われた。
仕方ないので『妹達』が生まれた事だけは誇っていいと思う、と言った。
小さい声で、ありがとうと言われた。
どういたしまして、と言ったら電話を切られた。
その後電話やメールをしても一切出てくれないし、返信もなかった。
しつこいのもどうかと思うし、何か思うところがあるのだろうと判断して、あるタイミングで電話とメールを止めた。

次に電話をしたのは土御門。
まずインデックスを病院に送り届けてくれてありがとう、と。
その後、核心を尋ねた。

俺が入院した事を知っていたという事は、お前は、『妹達』を利用した実験を知っていたのか、と。
その問いに対する答えは簡潔で、

知っていた。

というものだった。
ではなぜ止めなかったのかと言われたら、止める力がなかった。と言われた。
ならば俺を利用してでも、と言えば、巻き込みたくなかったから。と返答された。
インデックスの時は俺を使ったじゃないか、と言えば、それはそれ、これはこれ。
そう何度もカミやんを利用するばかりじゃいけないから。と言われた。
そこからは堂々巡り。
それでも俺を、いや無理だ。このやりとりを何度続けたことか。
折れたのは向こうだった。
分かった。そこまで言うなら、次からはどんどん利用させてもらうぞ。と言われて、通話は終了した。
通話を終わらせたいだけの嘘の可能性は十分あり得たが、そう言われてしまうとどうしようもなかった。
というより、結局どれだけ駄々をこねたところで、舞い込んでくる情報量は土御門の方が多く、こちらに助けを求めるかどうかは彼次第なのだ。

ならばどうするか。
こちらが動いていくしかないだろう。
どう動けばいいかは、まだ分からないが。

八月二七日。
天気は快晴。
上条当麻とインデックス、そして上条の両親と従妹は海に居た。

こうなったのは、八月二六日にあった、雲川先輩からの電話がきっかけだった。

『ちょっとね。海に行ってほしいのだけど』

雲川先輩とは連絡先を交換していた。
だから電話が来る事自体は不思議じゃない。
ただ、内容がおかしい。

「海、ですか?」

『そう。海だけど』

ここ学園都市は東京西部にある。
当然、海に面していない為、海に行くには学園都市の『外』に行く必要がある。
しかし、学園都市は『外』に情報を洩らしたくない為、生徒が『外』に出る事を好まない。
その為に学園都市は、『外』に行くためには、三枚の申請書にサインして、血液中に極小の機械を注入して、保証人を用意しなければいけない。
という制約を生徒に設けている。
それなのに海に行けと言われ、それを雲川先輩に言われるのだから不思議だ。

「な、なぜですか?」

『一方通行を無能力者が倒したことにより、それが噂となって、この街に妙な混乱が生まれ始めている。
 その混乱を招いた本人に、とりあえず一旦「外」に出てもらって、その間に情報統制で混乱を治める』

「え?今なんて……」

なぜ。
なぜ雲川先輩がそれを?

「先輩、あなたは一体な」

『海の近くにある宿のチケットは送る。保証人となる両親にも。それじゃあ』

「ま、待って下さい、先輩!」

『何?』

「海から帰ってきたら、話しあいましょう。サシで」

この発言のどこにスイッチが入るきっかけがあったのか、未だに皆目見当がつかないのだが、
とにかく雲川先輩は、この発言から突如テンションが上がったようで、

『そうかそうか。そうだな。海から帰ったら話し合おう。二人きりで。私の部屋で。
 何なら、私のおっぱいを触ってくれても』

何なら以降の意味が分からなかったので、通話をこっちから切った。
その二時間後、二泊三日のチケットが来た。

来たチケットは二人分。
インデックスも連れて行けという事だろうか。

「どういう状況だよ、これ……」

電話をかけ直して聞けばいいのだが、なんかあのテンションの雲川先輩とは話したくない。
それに彼女の言っている事が本当だとしたら、とりあえずは従うべきなのだろう。
確実に本当とは言えないが、嘘だと完全否定することもできない。

「どうしたらいいんだか……」

仮に海に行くとして、そこにインデックスを連れて行っていいものだろうか。
とりあえず土御門にいろいろ相談してみると、雲川先輩が言う噂は聞いたことがない。
しかし嘘とも言い難い。ここは従っておいた方が良い。
もちろん、インデックスを一人にする訳にはいかないから、連れて行け。
ただし、海で泳いだりはしゃいだりする時以外は、『歩く教会』を常に着用させろ。
という回答を頂けた。

電話越しで聞いた感じでは、雲川先輩と土御門がグルとは思えなかった。
嘘をついているようにも感じなかった。
が、彼は多角スパイ。
彼にとっては嘘をつくことなど、息をするより簡単なことかもしれない。
つまり、真偽は分からない。
こうなるともう自分の判断しかない。
ということで、インデックスに海に行きたいか尋ねると、

「いきたい!ちょうどいきたいと思っていたところなんだよ!」

何でそんなテンションだったのかと言うと、どうやらテレビで海特集を見たらしかった。
ということで、その日にインデックスの水着を買い、二七日に、実は持っているだけで一度も使った事がなかったIDを初めて使い、海に向かった。

これが八月二七日に、上条達が海に居た経緯である。

上条には危惧している事があった。
両親にインデックスの事をどう説明したらいいか、である。
考えたが、碌な言い訳が思いつかなかった。
だからと言ってインデックスを置いて行くわけにもいかないので、半ばヤケクソで、
この子は留学生で俺の家にホームステイしているインデックス、と紹介しようと思ったのだが、

「おらっ、おらっ」

「冷たいよ、おとひめ。……やり返してやるかも!」

両親が自腹で連れてきた従妹とインデックスが、なぜか意気投合して海で遊び、父親に、あの子は誰か尋ねなくていいの?
と聞けば、別に良いんじゃないか。という適当な返答で済まされた。
インデックスとの邂逅を心配していたのが馬鹿らしい。

さて。

幸か不幸か、今年はクラゲの大量発生ということで、客足はほぼゼロだった。つまり、海はほぼ貸し切り状態だった。

「おにーちゃーん!一緒に泳ごうよー!」

ベリーショートの髪の毛に、胸の辺りに『たつがみ』と書かれたスクール水着を着てはしゃいでいるのは、従妹の竜神乙姫。

「泳ごうって言われてもなあ……」

別に泳げない訳でもないが、泳ぐ事が特別好きな訳でもないし、クラゲが大量発生しているというのに、海に入る気なんて起こらなかった。
そのため、砂浜にビーチパラソルを適当に立ててシートを敷いてくつろいでいた。

「もういいよ。とうまの意地っ張りなんて放っておいて、私達だけで遊ぼう」

そんな事を言っているのは、可愛らしいピンク色の水着を着たインデックス。

「……うん。そうだね。分からず屋のおにいちゃんなんて、大嫌いだ」

そうして再びはしゃぎ始める少女二人。
こちらとしてはむしろ、クラゲがいるかもしれない海でそこまではしゃげる意味が分からない。

「あらあら、当麻さん的には、泳ぐ姿を見せるのが恥ずかしいお年頃なのかしら?」

「ぶふぉ!?」

水着に着替えてやってきた母親の姿を見て、思わず噴き出してしまった。
セミロングの茶髪に、三十代には見えないほどの瑞々しい肌。
しかし一番驚くべき事は、着ている黒の水着。
イルカか何かをモチーフにしているのか、股間にあたる部分が尾ヒレのようで、胸にあたる部分の布の面積が極端に小さい。
極めつけに、紐が透明なビニールでできている。

「か、母さん!その水着はいくらなんでも際どすぎるだろ!」

「あらあら、当麻さん的には、母さんまだまだイケるってことかしら?」

今の発言をどう解釈をすれば、そうなるのだろう。
しかしそんな母親、上条詩菜を調子づかせる男が一人。

「いやあ母さん。物凄く似合っているよ、その水着。父さんも厳選した甲斐があった」

父親である、上条刀夜だ。

「この水着はテメェのセンスか!」

「コラ当麻!父さんに向かってその口の利き方は何だ!」

「いや、それについては謝るけど……この水着はないだろ!」

「あらあら、当麻さん的にはこの水着、似合ってないという事かしら……」

「そ、そんなことないよ、母さん!コラ当麻!母さん、少ししょげちゃっただろ!」

「別に良いわ!というか、クラゲ大量発生だって聞いてんだろ!?
 そんな水着で海に入ってクラゲに刺されたらどうすんだよ!
 つーか、保護者としてあそこではしゃいでいる女の子二人を止めるべきだろ!」

「あらあら、当麻さんてばひょっとして、母さんの事を心配してくれていたのかしら」

「コラ当麻!母さん、ちょっと嬉しそうだろ!」

嬉しそうなら、コラ当麻!と言われる筋合いはないと思うのだが。

「でも、あの子たちも大丈夫だし、せっかく着替えましたから、母さんも入ってきますね」

「え、ちょっと、おい!」

「まあまあ落ち着け当麻。そうそうクラゲに刺されることなんてないさ」

それはそうかもしれないが、入らない方が確実に安全なのに。
ちなみに乙姫にもインデックスにも注意はした。
それを承知で、彼女達は海ではしゃいでいるのだ。

「皆楽観的すぎなんだよ」

「せっかく海に来たんだ。楽しみたいと思う事の何が悪い?」

「悪くはないけどさ。ていうか、だったら父さんは何で海に入らないんだよ?」

「父さんは、母さんの水着姿をカメラに収めることに集中しなきゃいけないからな!」

「あっそ……」

もう勝手にしてくれ、と上条は不貞腐れてシートの上に寝っ転がった。

その後、クラゲを持ったインデックスに追いかけられ、天真爛漫な従妹と砂浜でプロレスごっこすることになり、
インデックスと従妹と母親の連合軍とビーチバレーをし(父親は審判、連合軍贔屓目)、
一日の締めくくりに父親から、ロシア土産だ、と言われてマトリョーシカをもらった。
そして母親も、インデックスについて特に言及はしなかった。
まとめると、割と愉快な一日を過ごした。

そんな風に散々遊びつくした後、海の家『わだつみ』で晩御飯を食べ、お風呂に入り、二四時になるころにはヘトヘトだった。

「うへぇ~」

さすがに疲れた。
だが、こういう疲れも悪くない。
なんやかんやで、久々に両親や従妹と再会して会話したり遊んだりしたのは楽しかったし、良い思い出になるだろう。

「……」

ボスン、と布団の上に倒れて、何とか布団にくるまってから五分もしないうちに、上条は寝入った。

八月二八日。天気は快晴。
上条は、首から下の違和感によって目を覚ました。

「あれ?」

「おにいちゃん♪」

上条はまず、これは夢だと思い、二度寝を決行した。しかし、

「あ、何で可愛い従妹とドキドキイベントの最中なのに二度寝するかな!?」

そう言われて、両方の頬を引っ張られた。

「ひ、ひふぁ、はふぇ?ふぉへはふへははい?」

「何言ってるか分からないから、ほっぺ引っ張るのやめたげる」

「これは、夢じゃないのか?」

「うん。もちろん現実だよ?」

「……いやいや、おかしいって」

とりあえず目覚まし時計を見て時刻を確認する。セットした時刻は七時。現在時刻は六時。
普通なら寝ている時間。よって、

「これは夢だな。おやすみ」

「だから夢じゃないってば!」

怒ったらしい彼女から、フライングボディプレスを喰らった。

「ぶへっ!ごほっ!」

「ご、ごめん!強かった?」

そんなに強くない。が、寝起きで意識がはっきりしていないところに喰らうとなかなかのものだった。
同時に、おかげで逆に意識がはっきりしてきた。

「けほっけほっ……オーケー。これは現実なんだな」

「うん」

「分かった。それじゃあ質問するぞ。お前は乙姫か?」

「当たり前じゃん」

「そっかそっか。何で俺の布団にいた?」

「従妹は朝になると、デフォで従兄の布団に居るものだよ。知らないの?」

「生憎聞いたことないな。そして拳骨していいか」

「やだ」

「じゃあ大人しく部屋に戻れ」

「やだ」

「オーケー。尻叩き一〇〇回の刑だな」

「何で刑が変わるの!?」

「ここにはインデックスもいるんだ!出てけ!」

「あーん、分かったよー。おにいちゃんのばかー!」

とりあえず威圧で従妹は追いだした。問題は、

「うーん、何か騒がしかった気がするかも」

目をこすりながら、白い修道服『歩く教会』を着ているインデックスが起きた。

「悪い、起こしちまったみたいだな」

「一体何だったの?」

「いや、ちょっとな」

インデックスはインデックスだった。この事から察するに、この状況は。

『わだつみ』の一階で、朝ごはんを食べるために上条とその両親、従妹、インデックスの一同が会した。
そこで上条は、驚愕の光景を目にした。

母親が、青髪ピアスになっていたのだ。

「か、母さん?」

青い髪の毛にピアスをしている男に、上条はそう呼んでみた。

「何かしら、当麻さん」

世界三大テノールでもびっくりするような低い声で返事された。

「……何でもない」

「あらあら、当麻さんは、意味もなく母さんを呼んでしまうほど、母さんが恋しかったのかしら」

そんな声で言われると、むず痒くて仕方ない。

「コラ当麻!母さん、嬉しくて困っているだろ!」

父さんは父さん、刀夜のまま。

「何でぇ。私には冷たいのに、詩菜おばさんにはお熱ですかい」

江戸っ子みたいな口調になっているのは『御坂美琴の姿をした』従妹の乙姫。

「もしかしてとうま、マザコン?」

軽蔑するような眼差しでこちらを見てくるのは、インデックス。

「インデックス。母さんの事、母さんに見えるのか?」

「え?」

質問の意味が分からないのだろう。インデックスは目を点にしていた。

「母さんの見た目について、どう見える?」

「そんなの、茶髪のセミロングの、いかにもマダムという感じの淑女だよ」

「本当に?」

「……どうしたの?」

「……いや、別に」

「本当にどうしたの?朝からおかしいよ、おにいちゃん。まだ寝ぼけてるんじゃないの?なんならもう一度ボディプレスを」

「それはいいから。もしやったら頭グリグリするぞ」

「わかったよう。やらなきゃいいんでしょ、やらなきゃ」

若干拗ねたようになる御坂、ではなく乙姫。

「まだ昨日の疲れが残っているのかもしれないな。今日はゆっくり休みなさい、当麻」

「……そうさせてもらうかな」

他にもおかしい事はたくさんあった。
『わだつみ』のおっさんが姫神になっていて、
仲居みたいなおばさんが御坂のクローンのようになっていて、
テレビを見れば、カエル顔の医者がニュースキャスターをやっていて、
中継先のレポーターが小萌先生になっていて、
気分転換でちょっと郊外を散歩すれば、女子高生の制服を着たおじいちゃんがいて、
杖をついてゆっくりと歩いているマッチョがいて、
交番に居る警官は小学校低学年ぐらいの子供で、
その辺のベンチでは、赤ちゃんが漫画を読んでいて、
その異様な状況を、誰も指摘していなくて、
まるで、皆の『中身』と『外見』が『入れ替わった』ようで。

これら全て夢じゃないとすれば。
こんなファンタジーな世界観が、リアルタイムで起こっているとすれば。
こんな中学生の妄想のようなことを可能にする現象に心当たりがあるとすれば。

「魔術……なのか」

魔術だとして、いくらなんでも規模がでかすぎやしないか。
数人が『入れ替わった』ようになるのはまだ分かる。
だが街中の様子と、テレビの中にまで影響があるという事は、少なくとも日本中で『入れ替わり』が発生していると考えられる。
さらにタチが悪いのは『入れ替わっている』自覚がないという事だ。
自分が『入れ替わり』の影響を受けていないのは、おそらく『幻想殺し』のおかげ。
インデックスがインデックスに見え、しかし彼女自身は他人が『入れ替わって』いる事には気付いていない事を鑑みると、『歩く教会』ですら、その影響を完璧には防ぎきれなかった。といったところか。

『歩く教会』は凄い防御力と聞いたが、実際のところその強度を垣間見た事がない。
防御力は『ぜったい』なんて言われてもピンとこない。
だがもし、それが科学で例えるなら、核兵器級の攻撃をも耐えうる性能で。
にもかかわらず、それを完璧にではないとはいえ打ち破る魔術だとしたら。

「もしかしてこの状況、かなりヤバいのか……」

現状、少なくとも周囲では『入れ替わり』しか起こっていないようだが、これが何かの前兆にすぎないとしたら。

「俺に出来る事は……」

なにかないのか。
そもそも、誰が何の目的でこんなことを……。

「すぅー、はぁー」

上条は一旦冷静になるため、一度だけ深呼した。
まずは整理してみよう。
自分の外見について、他人と自分の意識が一致していて、他人が『入れ替わった』事にも気付いている、上条当麻タイプ。
自分の外見について、他人と自分の意識は一致しているものの、他人が『入れ替わった』事には気付いていない、インデックス、父親タイプ。
自分の外見について、他人と自分の意識は『入れ替わった事に気付いていない』状態で一致していて、他人が『入れ替わった』事にも気付いていない、詩菜、乙姫、その他大勢タイプ。
今のところはこの三つに分類されるか。

とそこで、二つ確かめていない事がある事に気付いた。
どう『入れ替わって』いるのか、ということと、記録などはどうなっているか、だ。

AがBに、BがAに、という単純な『入れ替わり』が複数起こっているのか。
それとも完全ランダムにバラバラに『入れ替わって』いるのか。

上条はまず、青髪ピアスに電話をかけた。

『もしもしカミやん。何か用?』

「無能力者が第一位の超能力者ぶっ倒したっていう噂、聞いたことあるか?」

『あー、そうやね。女の子と話すと、大概その話になるかな。女の子って、噂や都市伝説好きやから』

「そっか。まあ用はそれだけだから。それじゃ」

『なんや、最近付き合い悪いと思ったら、電話もそっけないな』

「悪いな」

『ええけど。それじゃ』

電話してみて、聞こえてきた声は詩菜の声だった。
だが、一例だけでは何とも言えない。

「もしもし」

『も、もしもし』

御坂に電話をかけたつもりだが、声はおっさんだった。
ということは、完全ランダムで『入れ替わって』いて、青髪と詩菜はたまたまだったか。

「オーケーそういうことね。それじゃあ」

『ちょ、ちょい待ち。せっかくの電話なのに、それだけ?』

「まあな。声を聞きたかっただけだから」

『えぇ!?そ、それってどういう――』

「悪い。切るぞ」

御坂には悪いが、おっさんの声を聞き続けるのは趣味じゃない。

上条は気分転換のため散歩していた郊外から、父親達が遊んでいる海へ移動していた。

「あれ?おにいちゃん、休んでいるんじゃなかったの?」

乙姫は上条を見つけた途端、上条の下へ走りだした。

「どうしたの?もしかして寂しくなっちゃった?何なら、添い寝してあげてもいいんだよ?」

御坂の声でそう言われると、ちょっと違和感がある。

「添い寝は要らない。それより、乙姫か父さんや母さんが写っている画像が携帯とかにないか?」

「去年おにいちゃんと初詣に行った時の画像ならあるけど、それでもいい?」

「おう。頼む」

「了解しました!」

元気良く返事をして、携帯を取ってきた乙姫が見せてくれた画像には、鳥居を背にして乙姫をおんぶしている自分の画像だった。乙姫は、乙姫だった。

「ありがとう。助かった」

「よく分からないけど、感謝しているなら頭なでなでして」

「分かったよ」

言われた通り、乙姫の頭を右手で撫でてやる。

「えへへ」

そうして十回くらい撫でてやって、

「よし。行って来い」

「まだ!」

「あとどれくらいやればいいんだよ」

「あと七分!」

「それは無理だ」

「じゃあ今夜一緒に寝る!」

「それも無理」

「じゃあ、じゃあ」

「あとでお菓子かなんか買ってやるから」

「そんなのいらないもん!私はおにいちゃんと少しでも長く一緒にいたいの!」

「分かった。じゃあ今度の大覇星祭の時、一般開放される学園都市に来ればいい」

大覇星祭は一週間続けて行われる。土日は来れるはずだ。

「何で今は駄目なの!?」

「海にクラゲがいるから」

「昨日私たち刺されなかったもん!」

もうどうすればいいのか。
苦悩する上条の下へ、失念していたことが訪れた。

「もしかしてとうまって、シスコン?」

「……俺はシスコンでもマザコンでもない」

『歩く教会』から水着へ着替えた弊害か、インデックスが一方通行になっていたのだ。

「どうだか」

ジト目かつ低い声で言われた。姿かたちは一方通行で。
そのくせインデックスは、勘が鋭いから困る。
もう少し挙動不審になってしまえば、何か起こっている事に勘づかれる可能性はある。
一切遊ばずに『歩く教会』を着用してじっとしていろ、と言うこともできない。

しかし、その杞憂がどうでもよくなるほどの衝撃が、上条に襲い掛かる。

「あらあら。当麻さん、本当に大丈夫?『わだつみ』まで一緒に行きましょうか?」

母さん、もとい青髪ピアス。
つまり、女性でも際どすぎるあの水着が、青髪ピアスで再現されて――。

「うわああああああああああああああああああああああああああああああああ!」

乙姫なんて良かったほうだった。スクール水着の御坂なのだから。
インデックスから、正直つらかった。ピンク色の女ものの水着を着ている一方通行。
そのうえに、これだ。

これ以上彼女達を見ると、発狂して砂浜に彼女達を埋めてしまうと判断した上条は、叫びながら海から走り去った。

『わだつみ』の二階の自分の部屋に帰ってきた上条は、とりあえず布団を敷いて寝っ転がっていた。

「もうやだ……」

さっきの出来事は、多分人生史上一番衝撃的だった。
もう疲れた。

記録上までは『入れ替わり』が及んでいなかった。
『幻想殺し』で乙姫に触れたが意味なかった。

だが、それがどうしたというのだろうか。
よくよく考えて、発生しているのは『入れ替わり』だけだ。
それだけであって、誰かが死んだとか、災害が起こったとかいうわけではない。
それに大多数は『入れ替わり』に気付いていない。
つまり、いつもと変わらない日常を送っているのだ。
もしかしたら、時間で『入れ替わり』は終了するかもしれない。
だとしたら、この状況に自分が慣れればいいだけだ。

「寝るか……」

ひと眠りすれば、このふざけた幻想(せかい)も夢と消えているかもしれない。
そう願って、上条は目を閉じたのだが、

ポケットの中にあるバイブレータ設定の携帯が震えた。

「何だよ……」

寝る気満々だったので、若干不機嫌気味で携帯を取り出し、誰からの着信か確認すると、

「土御門……!」

そういえば土御門に確認するのを忘れていた。
何かと言えば土御門に電話をかけて相談していたため、無意識に避けていたのかもしれない。
それはともかく慌てて電話に出ると、

『へいへいカミやん、今どこにいる?』

「土御門、お前……」

その声は、土御門のままだった。

「お前は『入れ替わってない』のか?」

『その辺を説明する為に会いたいからさ、場所を教えてくれ。
 すでに行くと聞いていた海までは来ているんだが、どうにもカミやんが見当たらない』

「『わだつみ』って海の家にいるからな」

『オーケー。そういうことなら、今から俺とねーちんで行くから、待っていてくれ』

「ねーちん?ひょっとして神裂も?」

『まあな。じゃ、今から行くんで』

それで通話は終了した。

電話から五分もしないうちに、土御門達はやってきた。
誰にも『入れ替わっていない』金髪にサングラスにアロハシャツの土御門と、
長い黒髪をポニーテールに括り、Tシャツに片方の裾を根元までぶった切ったジーンズ、腰のウエスタンベルトには日本刀という格好の神裂が。

『わだつみ』の二階、上条とインデックスの部屋で、話が始まった。

「もうカミやんも異常に気付いているだろうが、その原因は、世界規模でとある魔術が展開されていることにある」

やっぱり魔術だったのか。
だがそれ以上にインパクトがあったのは、

「世界規模!?」

「ああそうだ。『入れ替わり』は世界中で起こっている」

「マジかよ……」

「だが残念なことに、現在展開されているこの魔術、英国図書館の事件簿にも記載されない未知の現象で、詳しい術式・構成も一切不明。
 仕方ないから、起きた現象の特徴から取って、便宜的に『御使堕し』(エンゼルフォール)と名付けたんだけどにゃー」

「『御使堕し』?」

「ねーちん、後は説明よろしく」

「はい」

慣れているのか、土御門の唐突なフリに一つも嫌な顔をせず、神裂が説明係を引き継いだ。

「『御使堕し』にはカバラの概念にある『セフィロトの樹』というものが関わっています。聞き覚えはありますか?」

「さあ」

実際には、ゲームで聞いたことあるかもしれないぐらいなのだが、それは魔術師にとっては聞いたことないのと同だろうから否定した。

「『セフィロトの樹』というのは、簡単に言えば身分階級表です。
 神様・天使・人間などの魂の位を十段階評価したピラミッド、と考えてもらえれば結構です」

「はあ」

「人や天使の数はあらかじめ決められているため、通常、人間が天使の位に昇ることはできません。逆もまた然りです」

「どこの位も満席状態ってことだぜい」

後は任せたと言ったくせに割り込む土御門。
しかし神裂は相変わらず嫌な顔一つせず、

「ところが、その天使が人間の位に落ちてきた訳です」

「その結果が『外見の入れ替わり』。このトチ狂った世界の現出ぜよ」

「天使ねぇ」

「ま、いきなり言われてもピンとこないだろうけどにゃー。
 だからまあ、天使なんて信じても信じなくてもいい。理屈なんてどうでもいい。
 要は『不思議な事が起こっているから止めなきゃいけない』と思ってもらえれば」

「土御門、面倒だからといって説明を放棄しないでください」

「いやいや、やっぱし必要ないっしょ」

「……つかやっぱり、この状況はどうにかしなきゃいけないものなのか」

「あれれ?珍しく弱気だな、カミやん」

「だって、実際『入れ替わり』だけで特に実害ないし、時間が経過すれば戻るのなら、もう放っておこうかなって思い始めたところだったから」

まあ精神的には実害だらけなのだが。

「カミやんにしては随分『読み』が甘いな。時間が経過すれば戻るかもしれないなんて、希望的観測をするとは。悪いが、時間経過で戻る事はないぞ」

「マジかよー」

「でも『やっぱり』ってことは、薄々放ってはおけないものだと覚悟もしていたんでしょ?」

「まあな。『入れ替わり』は単なる前兆で、その先に何かあるのかもと最初は思っていたんだけど」

「その考えの方向性は間違いではありません。『入れ替わり』は『本題』ではなく、単なる『副作用』にすぎません」

「じゃあその『本題』ってのがヤバいのか?」

上条の質問に対して、神裂は溜息を吐いて、

「やはり説明が足りないのです。天使が落ちてきたことの重大さを、まるで分かっていません」

「そりゃ分からないのが普通だぜい」

「どれだけヤバいんだよ?」

「たとえば、今回人の位に落ちた天使を捕獲して使い魔に仕立てれば、その天使を使役して町の一つを壊すぐらいは、朝飯前で出来てしまいます」

「……マジかよ。それはまずいな」

「そうそう。まずいんだよ。『入れ替わり』だって終わらないし」

「要するに、今回の事件を解決するには、天使を元の位に返さないといけません」

「そのために必要なのが、カミやん、お前の右手だ。数日前、どんどん利用させてもらうと言ったが、早速利用させてもらうぞ」

「それは構わないけど。だからわざわざ俺のとこに来たのか」

「ここに来たのは、何もカミやんの右手の為だけじゃない。というか、むしろ右手がついでくらいの勢いだ」

「インデックスを守りに来たとか?」

「それもあるが、もっと重要な問題があってここに来たのさ。
 今回の『御使堕し』による『歪み』、どうやらカミやんを中心に世界中に広がっているみたいなんだが、それでいて本人は影響を受けてないと来た。
 この意味、分かるか?」

「……俺が『御使堕し』を起こしたと?」

「その通り」

「けど俺は魔術なんて使えないし、影響を受けていないのは『幻想殺し』があるからだろうし」

「そうだろな。俺とねーちんは『幻想殺し』の存在を知っているから、カミやんが魔術を使えないのも知っているし、影響を受けていなくとも不思議じゃないと思える。
 そして実際、この目でカミやんを見ても、痕跡は見当たらない。つまり、カミやんは犯人じゃない。
 と、俺達は判断できるが……」

「……なるほど。分かってきたかもしれない。俺が今どんな状況に置かれているか」

「さすがに察しが良いですね。では聞かせてください。あなたが今、どんな状況に居るのか」

「土御門と神裂、俺にはお前達が、俺の知っている土御門と神裂に見える。つまり『入れ替わってない』ってことだ。
 どうして『入れ替わってない』のかというと、何とか防御したんだろ。
 現に、『歩く教会』着用時のインデックスは他人が『入れ替わった』事には気付いていないみたいだったが、本人は誰とも『入れ替わっていなかった』からだ。
 話を戻して、他にも何らかの防御によって『入れ替わっていない』魔術師は、犯人捜しをする。
 そこで浮かび上がってくるのが俺ってこと、なんだろう?」

「そうだにゃー。要するにカミやんは今、『御使堕し』の難を逃れた魔術師達から命を狙われているって訳ですたい」

「不幸だ……」

その時、神裂の眉がぴくりと動いたのに、上条は気付かなかった。

「でもまあ世界中て言ったって、大半の魔術師は影響をモロに受けて、『御使堕し』が発動している事にすら気付いていないから、そんなに多くはこないさ」

「……本当かよ?」

「本当だって。というか俺とねーちんだって、完璧に防げた訳じゃない。
 カミやんがさっき言ったインデックスとは逆のタイプ。
 影響下の人間には、俺はアイドルの一一一に、ねーちんはステイルに見えるらしい」

つまりは、自分の外見について、他人と自分の意識が一致しておらず、しかし他人が『入れ替わった』事には気付いているということか。

「じゃあ、何でお前達はその程度で済んだんだ?」

「一言で言うと、運が良かったんだぜい。
 あの『歩く教会』と同等かそれ以上のレベルの結界が張ってあるウィンザー城に出頭していたからにゃー。
 『距離』と『結界』。その二つがあってようやくこの程度で済ませる事が出来たってわけですたい」

「え?お前達、外国から来たの?」

「当たり前だろ。イギリス清教の人間なんだから」

だとしても、土御門は普段学園都市に住んでいるはずだ。
まあでも、一々言及することでもない。

「あれ?でも、そっか。朝の六時には『入れ替わって』いたしなあ。
 発生時刻によっては、もう日本に居てもおかしくはない……のか?」

「そんなことよりだ。やっぱり『御使堕し』から逃れた魔術師もいる訳で、そいつらは一目散にカミやん目掛けて遅かれ早かれここにやってくる。
 その魔術師達の誤解を解き、カミやんを守るためってのが、ここに来た二番目の目的」

「二番目かよ。じゃあ一番は?」

「魔術が発動できなかろうが影響を受けていなかろうが、結局のところ、あなたを中心に『御使堕し』が発動しているという事実は変わりません。
 つまり、あなたの近くにいる人が犯人である可能性が高いです」

この時点で。
少し嫌な予感がしていた。

「事態の深刻さは分かった。要するに『御使堕し』を止めて、天使を元の位に返せばいい訳だな。じゃあその具体的手段は何だ?」

「正確な術式は不明だが、これほどの魔術、単体ではできないと考えるのが妥当だ。
 となるとおそらく、結界なり魔法陣なりを使った『儀式場』を築いている可能性が高い。
 よって『御使堕し』を止める方法は二つ。『儀式場』を壊すか、術者を倒すか」

止めるには『儀式場』を壊すか、術者を“倒す”。

「なるほど。それでさ、影響を受けていない奴が犯人って、どうして断定できるんだ?」

「世界中にコンピュータウイルスをばらまくクラッカーがいたとして、そいつは自分のパソコンにウイルスを流すか?」

「あえて被害者を装う可能性は?」

「あり得ない訳じゃないが、メリットが少ない。術者は天使を落としたくてこの魔術を発動したと思われる。
『入れ替わり』は副産物であり想定外だろうし、大多数は『御使堕し』に気付いていない。
 わざわざ被害者を装うとは思えない」

「じゃあ、ただの素人が魔術って使えるものなのか?」

「一朝一夕では使えない。
 が、魔術とは本来ただの素人、才能のない人間のために生まれたものだ。鍛錬すれば使えるようにはなる」

「……そうか」

「どうかしたのですか?」

「いや、別に」

まだ、分からない。
断定するには早すぎる。
父親が『入れ替わっていない』とはいえ、この『御使堕し』を起こした犯人とするのは。

一応、狙われている立場のため待機命令を出された。いろいろ調べるのは主に神裂。
土御門はアイドルに見えてしまうので、その辺を歩くと人だかりが出来て調べるどころではないらしい。
そのため、土御門も護衛として近くに居る。

「なあ土御門」

「何だ」

「『御使堕し』が俺を中心に展開されているからって、俺の近くだって断定できる理由は何だ?」

「カミやんにしては随分とバカな質問だな」

「いいから答えてくれよ」

「ねーちんも言ったが、可能性が高いってだけだ。一〇〇パーセント身近の人間ってわけじゃない。
 要は上条当麻というパーソナリティを知っている奴が、カミやんを対象として魔術を展開したんだ。
 それは近くの人間の可能性の方が高いだろ?」

「そんなもんかな」

「そんなもんだ」

「『儀式場』っていうのは、どんなもんなんだ?」

「色々あり得る。きちんとした手順さえ踏めば、その辺の道路でもできるし、ビルまるまる一つを『儀式場』とすることもできる」

「じゃあ道路やビルが『儀式場』になった場合、壊すというのはどういうことだ?」

「そりゃあ規模によるが、たとえば道路に半径三メートルの魔法陣を描いて『儀式場』を作るとする。
 その場合、その魔法陣ごと道路を抉らないと壊したことにはならない。ビル全体が『儀式場』だったら、そのビルを倒壊させなきゃいけない」

「そうなると『儀式場』を壊すより、術者を倒す方が楽だな」

「そうだな」

「術者を倒すって、どういうことだ?気絶でもさせれば良いのか」

「それで済めばそれでいいが、それでも魔術が途切れないなら、術者自身を脅して魔術を止めさせるか、もしくは殺すかだな」

「そうか」

「ああ」

「時に土御門、お前、多角スパイなんだよな」

「ああ」

「記録までは『御使堕し』は干渉しないみたいだな」

「そうだが、一人でも随分調べたんだな」

「別に。ということは、お前もう気付いているんじゃないか?」

「何に?」

「俺の近くにいる人間が犯人とすれば、スパイという立場を利用して、既に調べたりしているんじゃないか」

「調べたが、それが何だ」

「結果は出たか」

「ああ、出ている」

「じゃあ、気付いているんだろ」

「刀夜氏が『入れ替わっていない』ことか?」

「やっぱり気付いていたんじゃねぇか。とぼけやがって」

「だが不自然な点がいくつかある。
 一つは、本人は『入れ替わっていない』が、他人が『入れ替わった』事に気付いていない事」

「ちょっと待て。お前親父と既に接触したのか?」

「してないが、ここからでも青髪がいるのが分かるが、それを指摘していない時点で気付いていないことは明白だろ。
 さっきも言った通り、今の現象は副産物であって、わざわざ『入れ替わり』に気付いていないフリをする必要もない。
 カミやんとしたことがそれぐらいも分からないとは、よほど動揺しているんだな」

「うるせえ。他の不自然な点って?」

「二つ目は、天使を落とす目的がないこと。三つ目は、魔術を使った痕跡がない事。
 とはいえ、ただの素人が『御使堕し』の影響で『入れ替わっていない』ところをみると、やはり刀夜氏が犯人である可能性は極めて高い」

「じゃあ何で放っておくんだよ?」

「誰が親友の親父を倒したいと思うんだよ。できれば『儀式場』を壊したい。
 不自然な点もあるしな。万が一間違いだったら、シャレにならない」

「……神裂は知っているのか?」

「教えていない。ねーちんは殺人が嫌いだから、滅多なことでは術者でも殺さないだろうが、何せ今回は規模が規模。
 個人の感情だけでどうにかなるレベルを超えちまっている。
 『儀式場』が見つからなくて切羽詰まれば、やむを得ず殺すかもしれない」

「でも、このままだとヤバいんだろ?」

「そう思うなら、何か手掛かりになるようなことを刀夜氏から聞いていないか思い出すか、今から直接聞きに行ってくれたらありがたい」

「……そういや先月、賃貸マンションから新築の一軒家に引っ越したらしい。こんな情報、何か役に立つか?」

「役に立つどころじゃない。そりゃあいきなりヒットかもしれない。地図はあるか?あれば早速そこへ行くぞ」

地図はあった。
だから親から鍵を借りて、徒歩では日が暮れる距離なので土御門と共にタクシーに乗って、引越し先の一軒家にやってきていた。
余談だが、運転手はおっさんだった。おっさんとおっさんで『入れ替わった』のかもしれない。

「なるほど」

家の中をくまなく見て回った後の、土御門の最初の一言がそれだった。

「間違いない。ここが『儀式場』だ」

ということは。

「やっぱり、親父が犯人だったって言うのか」

「そうなるな」

「でも不自然な点についてはどう説明するんだ?」

「それは多分、刀夜氏が『主犯』ではなく『共犯』かつ偶然だったからだ」

「は?」

「この家には様々なお守り、民芸品、オカルトグッズがある。
 もちろんここにあるのは、姫神が首からぶら下げているような十字架とは違い、所詮お土産レベルのものだ」

だが、と土御門は続けて、

「それらが風水的、陰陽的に正しい位置に重なると相乗効果が生まれてくる。
 たとえば、南向きの玄関には赤いポストの置物があった。
 『南』の属性色は『赤』。風呂場には『水』の守護獣たる『亀』のオモチャがあった。台所には『金』の守護獣の白い虎が。
 他にもこの家には、軽く三〇〇〇を超えるお守りが配置されている。
 これだけあれば、相乗効果で一つの大きな力になる。この家は、一つの神殿と化しているんだ」

土御門の言い分だと、正しい位置に配置されていなければ、相乗効果は生まれないと言うことになる。
ということはおそらく、お守りの位置が一つでも違えば何もなかったはず。
それなのに、現実『御使堕し』は発動している。

「何だよ、それ。つまりは何か。『御使堕し』はたまたま発動したって言うのか?」

「そうだ。『御使堕し』は意図せず発動したもの、だから刀夜氏は半端に影響を受けて、他人が『入れ替わった』ことに気付けなかった。
 天使を落とす目的がないという点についても、これで解消された」

「でも、父さんには魔術を使った痕跡がなかったんだろ?」

「今回の場合、魔力は必要ない。風水ってのは、大地の『気』をエネルギーにして式を動かすからな」

「じゃあ、父さんが完全に犯人……」

「まあそんな深刻になる必要もないぜい。この『儀式場』を壊せば、今回の事件は解決。『幻想殺し』は使えないけどにゃー」

「な、何で『幻想殺し』が使えないんだ」

「『幻想殺し』で『儀式場』を半端に壊すことにより、別の大魔術が発動するからだ」

「それはどういう?」

「お守りをずらしたところで『回路』が切り替わるだけで『失敗』はないんだ。
 お守りをどう配置したところで、必ず何かの大魔術が発動するようになっている」

「そんなことありえるのかよ?」

「俺も初めてみたよ、こんな状況。とにかく、お守りをずらしたりするなよ」

「でも、じゃあどうやって『儀式場』を壊すんだよ?」

「この家ごと全てのお守りを吹き飛ばす。それしかない」

「……そうか」

人の命と家一軒。
どちらが大切かなんて決まっている。

一旦外に出た上条と土御門。

「で、家ごと吹き飛ばすって、どうやって?」

「ねーちんの力を使う」

そう言って土御門は携帯を取り出し、電話をかける。

「あれ?」

土御門が神裂と通話している中、上条は異様な人間を視界に捉えた。
緩くウェーブのかかった長い金髪、ここまではいい。
問題は服装。
ワンピース型の下着にも似たスケスケの素材と、黒いベルトで構成された拘束服の上から赤い外套を羽織っていて、その上首にはリード付きの首輪という出で立ちの少女。
ステイルにしたって、神裂にしたって奇抜な服装だった。
つまり、経験則上、

「魔術師か……!」

そして今置かれている自分の立場。
上条刀夜が術者で、家が『儀式場』だと知っているのは自分と土御門のみ。
ということは、

「待て!そいつは術者じゃ――」

土御門の制止が合図だった。
赤い少女は、上条まで八メートルは空いている距離をたったの一歩で縮め懐に潜り込み、腰に差した鋸を抜いて左から右へ一閃する。

「――このやろうっ!」

思い切り屈むことで首を刎ねるための一閃を回避しつつ、足を払う蹴りを繰り出す。
しかし、赤い少女は後退することによってそれを回避し、上条から距離を取って、

「水よ、蛇となりて剣のように突き刺せ」

赤い少女の背後から、周辺に水気などないにもかかわらず、水が噴水のように飛び出す。
それは蛇のように何回かのたうった後、槍と化して上条に向かっていく。

対して上条がやる事は一つ。
右手を突き出して水の蛇を打ち消す。

その間に上条には、

タン、タン、という小気味いい足音が聞こえていた。
視界の左端には、わずかに赤い残像を捉えていた。
背筋には、悪寒が走り抜けていた。

上条の背後に回り込んだ赤い少女が、L字型のバールを振り下ろした。

「――っ!」

裏拳では間に合わない。
そう判断した上条は、とびこみ前転をする勢いで前方へ転がった。
赤い少女は道路上を一回転した上条の背後から、追撃を加えるために地面を蹴る。

「んなろ!」

上条は背後を一切見ないでその場でバク宙をした。
なまじ高速だった分、赤い少女は上条と道路に出来た空間を抜けてしまう。
これで逆に背後は取った、と上条は考えていたのだが、

バク宙から道路上に着地したころには、赤い少女は体勢を立て直していて、こちらへ特攻してきていた。

「上等だ!」

右手に鋸を逆手に持って突っ込んでくる少女に対して、首を刎ねる一撃だと読んだ上条は、身を低く沈めて右拳をアッパー気味に繰り出そうとする。
対して赤い少女は、

くるり、と時計回りして上条のアッパーを避けつつ、
逆手の鋸を、首を刎ねるために一閃――。

「く、そやろぉぉぉおおお!」

とにかく無理矢理体を捻り、赤い少女から見て右手側に倒れ込み一閃を回避する上条。
しかし、赤い少女は左手にバールを持って、既に振り下ろそうとしていて、

パァン!という銃声によって、赤い少女の振り下ろしたバールが中空で止まった。

「いい加減にしろ。それ以上彼に手を出すようなら、イギリス清教の魔術師として見逃すわけにはいかなくなる」

バールを避けるために道路上を数回転がっていた上条は、すぐに起き上がって銃声の源である土御門の方を見た。

「土御門、お前……」

土御門の手には、拳銃があった。
どうやら真上に向かって発砲したみたいだった。

「どこの所属の魔術師か知らないが、今お前が襲撃した彼は『御使堕し』を引き起こした犯人ではない」

「私はロシア成教『殲滅白書』のミーシャ=クロイツェフ。
 ところで問一。彼が『御使堕し』を起こした犯人ではないとする根拠は?」

「さっきお前の水の魔術を打ち消ししていただろ。それが功を奏して『御使堕し』の影響から免れただけだ」

「……賢答。少年、誤った解の為に刃を向けた事をここに謝罪する」

そう言ってミーシャは、ほんの少しだけ、会釈するように頭を下げた。

「……あ、ああ」

正直、殺されかけたのに明らかに言葉だけの謝罪で許せるわけないが、魔術師が横暴なのはインデックスの話とステイルから証明されているところだ。
これで怒るのは、もはや馬鹿らしい。

「問二。しかし、彼が犯人でないならば『御使堕し』は誰が実行したものなのか。
 騒動の中心点は確かに彼の周辺のはずなのだが、犯人に心当たりはあるか」

「心当たりどころか、すでに判明している」

「な、おい、土御門!」

こんな女に犯人を素直に教えれば、迷わず殺しに向かうに決まっている。

「大丈夫だって。下手に嘘つくよりは、ここは真実を教えた方が良い」

「私見一。いいから早く術者を教えなさい」

「落ち着け。術者も分かっているけど『儀式場』も分かっている。
 人を殺すよりは、『儀式場』を壊す方が精神衛生上良いだろ?」

「解答一。それはそうだが、術者を殺す方が時間的に速い。
 どちらも分かっているなら、術者を殺した方が効率的ではないか」

「て、テメェ!」

「落ち着けってカミやん。ここは俺に任せて」

「……っ」

「問三。なぜあなたがそこで憤慨する必要がある?」

「簡単な事さ。術者は、お前が襲った彼の父親だから」

ついに、言ってしまった。
本当に大丈夫なのか。

「私見二。彼が憤慨した理由は分かった。しかし、だからと言ってやる事は変わらない。
 この現象を放っておくわけにはいかない。よってやはり、術者を殺すべきではないか」

「だから、『儀式場』も分かっているんだって」

言って土御門は、上条の家を親指で指して、

「そしてその『儀式場』がこれ。術者である彼の父親は、ここから遠く離れた場所にいる。
 時間と効率を求めるなら、こっちを壊した方が早いと思うが」

「問四。『儀式場』はこの家の中にあるのか、それともこの家自体か」

「家自体だ」

「私見三。ならばやはり、術者の下へ行き殺した方が早いのでは」

「ここにはもう少しで『聖人』である神裂火織が来る。
 彼女の力を使えば、近隣住民に悟られることなく家を破壊する事が出来る。
 それでも意固地になって術者を殺すと言うのなら、俺とそこにいる彼と神裂が力づくで止めることになる」

「問五。これだけの現象を前に感情を優先で動くなど、正気か」

「正気も正気。術者が分かって『儀式場』が分からない場合は、お前の言い分は至極真っ当だが、
 今回はどちらも分かっていて、なおかつどちらも壊す手段がある。それでも従えないか」

「……解答二。分かった。それに従おう」

全ての話が丸く収まった、その時だった。

「無事ですか、上条当麻!」

神裂火織がいきなり目の前に飛び込んで来た。
視界に、ではなく、本当の意味で。
まるで、あらゆる災厄から身を盾にして守るように上条の前に立ち、

「上条当麻を狙う魔術師は……あなたですか!」

二メートルはある日本刀の切っ先をミーシャに向けてそう言った。

「おうねーちん、早かったけどちょっと遅かったな。話は既に丸く収まった」

「え……」

と漏らした後、

「す、すみません。戦意のない相手に刃を向けるなど……」

神裂は慌てて刀を腰に差して、

「……では、早速『儀式場』の破壊に取りかかりましょう」

「ちょ、ちょっと待てよ。こんなところで家を破壊したら、周囲にも被害が出たりしないのか」

「その心配はありません。この家だけをピンポイントで破壊します」

「で、でも近隣住民に気付かれて、通報とかされるんじゃ」

「さっきあれだけ派手にバトっておきながら、今更それはないっしょ」

そう言われると、ぐうの音も出ない。

「え?まさか、戦ったのですか?」

「戦ったってほどじゃない。殺されかかったもんだから、つい反射的に反撃しただけだ。正当防衛しただけだっつーの」

「別に責めているわけではありません。ただ、魔術師相手にまともに戦えたことに驚いただけです」

「だから言っただろ。カミやんは強いって。つーか、インデックス救う時に光線に打ち勝ったんだ。
 魔術師相手に戦えてもおかしくない。カミやんは戦闘において天賦の才がある」

「んなことねーよ。さっきの戦いも、防戦一方だった」

「私見四。雑談に花を咲かせず、さっさと『儀式場』を壊すべきではないか」

「そうですね。申し訳ありません。では早速、準備に取り掛かります」

「いやだから、準備って」

「大丈夫だってカミやん。
 ねーちんには『禁糸結界』っていう『認識を他に移す』魔術があって、それを使えば、家を壊したって近隣住民人にバレはしない。
 要するに、こっからはねーちんにおんぶにだっこでいいんだよ」

「土御門の言うとおりです。どうか私を信じて任せてください」

そう言われて、頭を下げられた。
そこまでされるとこちらとしても、

「分かった。よろしく頼むよ」

と言うしかなかった。

それから一〇分くらいだろうか。
ワイヤーで蜘蛛の巣状に包まれた我が家を破壊された。
具体的に言うと、一瞬で粉々に爆破された。

「すみません。実家を爆破することになってしまって」

神裂に、頭を下げられてそう謝られた。

「『御使堕し』を止めるには、家を破壊するか父さんを倒すしかなかったんだろ?
 じゃあ仕方ない。神裂はむしろ、『御使堕し』を止めたって誇るべきなんじゃねぇの」

「……あなたは優しいのですね」

「別に。それより、『御使堕し』は本当に止まったのか?」

ここいるメンバーはもともと『入れ替わっていない』から、いまいち実感が湧かない。
タクシーに乗っても、来た時のようにおっさんからおっさんパターンもあり得るから、
確かめるには影響を受けた青髪や御坂に電話をかけるか、海に行って母や従妹の様子を確かめるかのどっちかだ。

「本当に止まったか気になるなら、知り合いに電話をかけるのが手っ取り早いぜい」

「やっぱそうするか」

しかし、青髪と御坂には先程電話をかけてしまった。
青髪には付き合い悪いと言われ、御坂に対しては一方的に電話を切ってしまった。
何となく電話をするのは躊躇われる。
そうなると残されたのは、

「もしもし」

『もしもし、どうしましたか、上条ちゃん?』

『御使堕し』は『距離』と『結界』、二つがあってはじめて、ある程度影響から逃れることが出来る。
ならば『距離』も『結界』もない日本にある学園都市なら、おそらく全員が影響を受けていたと考えられる。
しかし、今電話に出た小萌先生は、小萌先生の声をしていた。

「いえ、特に用事などはないのですが、先日インデックスが世話になったことについて、お礼をしていないなと思いまして」

『そんなこと、全然気にしなくていいのですよ。……まあシスターちゃんの食べる量には驚きましたけど』

「本当にすいません。ましてや電話でなんて。本当は直接言うべきだって分かっているんですが」

『いえいえ、大丈夫なのですよ。それよりも上条ちゃんは、もっと自分の体を大切にしてくださいね』

「はい、分かりました。気遣ってくれてありがとうございます。それでは」

『はーい』

通話を終えた上条が携帯をポケットにしまうと、ミーシャを抱えた土御門が尋ねた。

「どうだった?」

「どうやら止まっているらしい。つか、お前こそミーシャ抱えてどうしたんだよ。舞夏が泣くぞ」

「よく分からないが気絶したみたいだ。あと人の義妹呼び捨てにしてんじゃねーよ」

「はいはい。そんじゃあ、俺は戻るわ」

「ちょっと待て」

そこらへんでタクシーを拾って帰ろうと思っていたのに、土御門が制止してきた。

「何だよ」

「せっかくだから、ねーちんと一緒に行けよ」

「え?何で」

「まったくです。意味が分かりません」

「あれれ?ねーちんてば、そんなこと言っていいのかにゃー」

「な、何がですか」

怪訝な顔をする神裂に土御門は近付いて、彼女の耳元で囁く。

「(ねーちんってば、先日カミやんがインデックスを命がけで救った件についてお礼の一つも言ってないっしょ?)」

「そ、それは……タイミングを失していただけであって」

「(だからこそ、これからタクシーの中の二人きりの空間の中で、お礼を言えばいい。
 まあ別にタクシーじゃなくても、ねーちんがおんぶして行くとか、そっちの方が早いし、経済的にもありがたいし、恩返しになるわな)」

「い、いえ、それはちょっと、どうなんでしょう……」

「(ねーちんが感じている恩ってそんなもんなの?インデックスを救っただけじゃないよ?
 インデックスを救ったことによりステイルやねーちんだって救われたっしょ?
 それだけじゃない。インデックスを救いたいと思った人間すべてを、カミやんはある意味救ったわけだ)」

「そ、それはそうですが、それを全部私に押し付けなくても」

「(さらに言うと、現在進行形でインデックスを守ってもらっているわけで。
 これからもインデックスを守ってもらうわけで。そんなカミやんにおんぶの一つもできないと?)」

「で、できないなんてことありませんよ。彼の方が了承してくれれば……。
 だ、大体ですね、私だって、出来れば自分の手で守りたいですよ。ただ、今は彼の下に居るだけで」

「(あー、そう言うこと言うんだ?出来たら私が守っていた。
 だからカミやんが現在進行形でインデックスを守っている事なんて知らんこっちゃないと。
 現在まで守ってきた事なんて関係ないと、そう言いたい訳だ)」

「そ、そんなこと言っていませんよ」

「あのー、帰っていいすか」

「ねーちん、帰って良いかって聞かれてるけど」

「ここで私に丸投げですか!?」

「あとはねーちんの気持ち次第だから。ほんじゃ」

そう言って土御門はミーシャを抱えたまま去って行った。

「……土御門に何言われたか知らないけど、あんなテキトー野郎に言われた事なんて気にしなくていいと思うぞ」

「分かっています。ですが、今回の場合は……」

「もしかしてなんか、俺が関わっていて、俺のせいだったりする?」

「め、滅相もないです。あなたのせいではなく、あなたのおかげでこうなってですね」

「やっぱ俺のせいか」

「ち、違います!私何か、日本語間違っていましたか!?」

「ぷ、はは!」

「……何がおかしいのですか?」

「いや、神裂ってきっとものすごいピュアなんだろうなって、土御門に耳打ちされている時と今のリアクションとか見て思っただけだよ」

「え、えっと」

「そのあたふたする感じ。
 正直、初めて会った時の神裂はあまり好きじゃなかった。
 というか、確か嫌いって言ったような気もするけど。
 まあ、あの時は少なくとも好感は抱いてなかった」

けど、と上条は続けて、

「土御門から聞いた話とか、今までのリアクションとか見て、ちょっとだけ見直したって言うか、勘違いしていたのかなって思った。
 機械みたいに、冷徹で無感情な人間だと思っていたけど、普通に動揺したり困ったりするんだなって。
 何かそれが嬉しくて、つい笑っちまった」

「つ、土御門が何か言っていたのですか?」

「殺人が嫌いだって話を聞いただけだよ。
 神裂なら、切羽詰まらない限りは『御使堕し』を起こした術者でも殺さないだろうって」

「それはまあ、そうですね。殺人が嫌だなんて、人間として当たり前だと思いますが」

「当たり前だよ。当たり前だけど、ステイルなら迷わず術者を殺しそうだし、あのミーシャってやつも、術者を殺すことに固執していた。
 インデックスの話からも、魔術師は横暴な奴って聞いていたから、魔術師なんて乱暴な奴しかいないと思っていたけど、神裂みたいな奴もいるんだなって、改めて思った」

「改めて?」

「本当の第一印象。土御門の部屋で神裂と向かい合った時は、丁寧な奴だなって思った。厳密には電話の時か。
 まあでも、話を聞いて行くうちに、親友を追いまわして記憶を奪おうとしている連中って分かって、印象が最悪まで落ちたけどな」

「……すみません」

「俺に謝られてもな。インデックスには、俺が入院している時に謝ったのか?」

「はい。泣いて頭を下げて謝って、許してもらいました」

「そっか」

「はい」

「……さっきは守ろうとしてくれてありがとうな。それじゃ」

「ま、待って下さい!」

「見送りなんていらないし、俺の事は何も気にしなくていいから。じゃあな!」

「あ……」

走り去っていく上条を、神裂は引きとめられなかった。

上条はその辺でタクシーを拾って三〇分以上かけて、海に戻ってきていた。

「おう当麻。戻ってきたのか。どうだった、新しい家は?」

「立派だったよ。けど、一つだけ聞きたい事がある」

「ん?何だ」

「何であんなにお守りやらなんやらがたくさんあったんだ?」

上条の問いかけに、刀夜は少しだけ黙った後、

「当麻、覚えているか。お前が幼稚園時代、何と呼ばれていたかを」

「疫病神、だろ」

覚えていないわけない。忘れるはずがない。おそらく右手のせいだが、とにかく不幸な人生を送ってきた。
鳥のフンがピンポイントで頭上に落ちてくる、のような小さな不幸から、通り魔に襲われる、歩道を歩いていたら車に突っ込まれる、大病を患う、などの大きな不幸まで。
鳥のフンなら自分にしか被害はないが、通り魔や車に突っ込まれるなどは、周囲に他人がいれば、その他人をも否応なく巻きこんでしまう。
病気なら、感染させてしまうこともある。
だから、周囲の子供やその保護者、ましてや自分の不幸武勇伝を噂で知った程度の大人たちですら自分を疫病神と呼び、避けたのだ。

「そうだ。それを、子供たちだけならまだしも、大人までもがお前をそう呼んで、避けた。
 それだけじゃない。疫病神は排除しなければと、陰湿な暴力までもがお前を襲った」

刀夜はあくまで無表情だった。その仮面の裏に隠れる、押し殺す事も出来ないほどの激情。
それだけは、我が子には見せたくない、という気持ちの表れだと思う。

「私は恐かった。お前の側にいると不幸になるなんて噂を信じて、お前を避けるどころか暴力を振るう人間が。
 だからこそ、迷信のない学園都市へ、幼稚園を卒園と同時に送った」

小学校時代から学園都市へ子供を送る大人は少なくない。
が、親の気持ちになって考えたらどうか。
親としては、少しでも長く子供と一緒に過ごしたいだろう。
それでも子供が行きたいと言った場合、その意思を尊重するか、もしくは親の方が学園都市で教育してほしいと願わない限り。
しかし、上条の場合はそのどちらとも違う。
上条が学園都市へ行きたいと願った訳でもなかった。刀夜や詩菜だって、上条を自分の手で守りたかったはずだ。
それでも、自分達では充分に守りきることが出来ないと判断して、泣く泣く学園都市へ送り出した。我が子を守りたいがために。

「しかし、科学の最先端である学園都市でさえ、お前の不幸は解明されなかった。
 お前の不幸は止まらなかった。以前のような陰湿な暴力がなくなっただけだった。
 私は、それだけでは満足出来なかった。お前の不幸を、根本から打ち破りたかった」

学園都市でも解明できなかった不幸を、どうしても打ち破りたいと思ったから。

「残された道は一つ、私はオカルトに手を染めた」

全ては、上条から始まった事だった。

「なんてな。お守りをちょっと買い漁ったぐらいで打ち破れる不幸じゃないことは分かっているさ。気味が悪いなら、全部捨てる」

上条が不幸じゃなければ、刀夜がお守りを買い漁る事もなく、偶然に『儀式場』ができて『御使堕し』が発動する事もなかった。
だからこそ、言わなければならない。二度とこんな間違いは起こらないように。

「いや、別に。気味が悪いなんて事はないよ。でも今後はいらない」

「当麻……」

「疫病神なんて呼ばれていたのは昔の事だから。
 今は、最高の友達と先生に出会えて、最高の学校生活を送れているし、こうして、家族と共に最高の夏休みの思い出が出来たし」

「当麻、お前は今、幸せなのか」

「ああ。だからもうお守りなんて買わなくていい。あんなの買うぐらいなら、母さんを温泉にでも連れてってあげろよ」

「……そうか。そうだな。今後はそうさせてもらうよ」

「おう」

そうして、ひとしきりの対話が終わった後、

「あらあら。男同士で何を語っていたのかしら」

「刀夜おじさんとは仲良さげにして、私とはお話ししてくれないのは何で!?」

「とうま、もしかしてファザコン?」

母親の詩菜。従妹の乙姫。そしてインデックス。
上条当麻の日常が戻ってきた瞬間だった。

これでエンゼルフォール編の再構成は終了です。
記録は入れ替わらない、火野神作は出てこないなど、基本的にはアニメ版を踏襲しました。

次回の投下は、早くても2月1日の深夜以降となります。

「にしたって、その体力は異常でしょ」

「普通の男子高校生よりは体力あるつもりだけど、異常ではないだろ」

「いいや、異常よ!この私が疲れたのに、アンタは疲れてないんだから」

「どんだけ自分を高い位置に置いているんだ」

「アンタ、能力は?」

「あるにはあるけど、身体検査(システムスキャン)では無能力者判定」

「はぁ?どういう意味よ?」

「さあね。俺自身もよく分かってない」

「……ますます言っている意味が分からないんだけど」

「別に良いだろ。それじゃ、俺はこれで」

「待って!」

「何かあるのか?」

「……アンタ、名前は?」

「上条当麻だけど」

「私は御坂美琴」

「……じゃ、今度こそお別れだな」

「待って!」

「……まだ何か」

一度ならず二度までも引き止められて、さすがの少年も怪訝な顔になっている。

「私と勝負して」

「はぁ?何で」

「アンタが強そうなのと、アンタの能力に興味があるから」

「それ俺にメリットある?」

「経験値が手に入るじゃない」

「ゲームじゃないんだから」

「いいから、勝負するったらするの!」

前髪からバチバチと電撃を漏らす御坂を見て、これは言っても聞かないタイプで、
反論して説き伏せるより、一回付き合って満足させた方が早いと考えた上条は、

「分かった。分かったよ」

「オッケー。盛り上がってきたじゃない」

この時点で盛り上がっていたのは、彼女だけだったりする。
とにもかくにも、これが御坂美琴という少女と上条当麻という少年の出会いであった。

>>1です。
白井黒子の登場、六巻になると言いましたが、やっぱり今から投下する海原編で出ます。

八月三一日。
ここ二日間『御使堕し』や両親の家がなくなったことの心労や、肉体的にも疲れがあったため無気力に過ごした。
だが、何も考えていなかった訳ではない。
むしろ、この夏休みでいろいろなしがらみが増えて、いろいろなことを考えてばかりだ。
そのしがらみの一つ、と言っていいかは不明だが、とにかく片付けなければいけない問題がある。

雲川芹亜。

通っている高校の先輩だが、先日の電話でそのポジションが正しいかどうかは分からなくなった。
学園都市は『妹達』実験を見逃すなど『何か後ろめたいこと』を抱えている。
その実験を知っている彼女が、学園都市の『裏』と繋がっていてもおかしくはない。
学校で対話するのは危険かもしれない。
だとすれば、今日決着をつけるしかない。

幸い、電話には出てくれたし、テンションも高かった。
約束は取り付けてある。

「いってくる」

七時四〇分。
同居人はまだ寝ているために返事が返ってこない事を分かっていながら、上条はそう言って雲川芹亜がいるマンションへ向かった。

八時〇五分。
常盤台中学女子寮の荘厳な食堂で朝食を終えた御坂美琴は、習慣になっている漫画の立ち読みに行こうと立ち上がった。

「みさかー」

声をかけられた。
その声の主は藍色と白のメイド服姿の給仕の少女。
名は確か、土御門舞夏。
彼女は繚乱家政女学校に在籍しているメイド見習い。
実習と称して女子寮の中で働いている中学生だ。
ちなみに常盤台の女子寮に送られてくるのは、ほんの一握りのエリートらしい。

「何よ」

「これから立ち読みしに本屋かコンビニに行くんだろー。
 だったら、いかがわしい漫画を買ってきてほしいー。
 少女向けで一八禁ではないものの妙に艶めかしいヤツー」

メイドのくせにタメ口で使い走りを頼み、しかもその内容も酷い。
こんなのがエリートだと言うのだから、メイドというのはよく分からない。

「あーあー、気が向いたらね」

よろしく頼むぞー、という声を背に、御坂は食堂を出て、長い廊下を歩いて玄関から外へ出る。
石造りの洋館みたいな学生寮のすぐ正面に、道路を隔てて二四時間営業のコンビニがある。
あとは信号が青に変わるのを待つだけ。

「あっ、御坂さんじゃないですか。おはようございます」

げっ、と嫌な気持ちを御坂は心の中だけで、何とか表に出すのをとどめた。

海原光貴。
年齢は自分の一つ上だっただろうか。
常盤台中学の理事長の孫にして、成績も良く体型もスマートで、イケメンと言える容姿を兼ね備えている人間だ。
その上理事長の孫という権限を振りかざしもしない。性格も良いのだろう。

「お、おはようございます」

「これからどちらへ?よろしければ、自分もご一緒してよろしいですか?」

「あー」

御坂は彼の事を嫌いではない。ただ、苦手なのだ。
地位も容姿も兼ね備えているのに傲慢にならず、あくまで『大人』として接してくるのが。

「どうしました?気分が優れないのですか?」

「べ、別にそんな事はないけど」

おかしい。
一週間ぐらい前から毎日毎日目の前に現れるようになった。
今までは街中でぱったり会えば少し立ち話をする程度だった。
夏が男を変えたのか。
今は積極的にアプローチをしかけられているような気がする。

「御坂さん?本当に大丈夫ですか?」

「だ、大丈夫、大丈夫。それで、何の話だっけ」

「これからどこかへ行くんでしょう?」

「あ、あーあーそうだったわね」

さて、ここで素直に立ち読みにいくとは言えない。
彼なら立ち読みに付き合った後に何か仕掛けてくるかもしれないからだ。
よって、この時点で理由を付けて何とか撒かなければならない。


「特にお急ぎの用事でないのなら、これから食事に行きませんか?近所に魚料理のおいしい店があるんですよ」

朝食の後に食事に誘うんかい、と御坂は心の中だけで突っ込む。
ともあれこの調子だと、やっぱり立ち読みのあとに何か言われるだろう。

「えーっと、誘ってくれるのは嬉しいけど、これからちょっと用事があって、
 下着売り場に行かなきゃいけないんだけど、ほら、男の人には厳しいでしょ?」

「いえ、全然。ご一緒しますよ」

寸分の狂いもなく、キラキラ笑顔で即答された。
素で突破された。

「いやー、でも、ほら」

やばい。
誤魔化す方法が何も思いつかない。
いや、思いついているには思いつているのだが、実行できる気がしない。
その辺の誰かを友達に仕立て上げて、その人と用事があることにして乗り切る。
これができない。
なぜなら学園都市の夏休み最終日は一般的に『先送りにしてきた宿題を消化する為引きこもる日』だからだ。
つまり子供達が主な学園都市では、人間があまりいないことを意味している。

「ほら、何ですか?」

「えーっと……」

無言の圧力。
これから五秒以内に何とかしないと断れる雰囲気ではなくなってしまう。
押し切られてしまう。
誰か、と御坂は周囲を見回して、

あの少年を発見した。

八時一二分。
上条は雲川芹亜のマンションへ行くために、常盤台学生寮の前を通るところだった。

「ごめーん、待ったー?」

甲高い声は正面から。
考え事をしながら、若干伏し目がちに歩いていた上条は、声の主を見定めるために顔をあげた。
直後。

ガバッ、と御坂美琴に抱きつかれた。

「お、おい、何の真似だ!?」

問いかけに対して、御坂は耳元で、

「(お願い。ちょっと付き合って)」

それだけ言われて手を取られて、

「ごっめーん海原さん!私、この人と用事があるの!」

大声で、一〇メートルほど離れているさわやかな男にそう言って、

「じゃ、行くわよー!」

走り出した。

八時二七分。
手を取られた状態で走りだされたので当然引きずられた訳だが、一〇分ほどで御坂は息を切らした。
おそらくは全力疾走だったので、当然と言えば当然だろう。

「さて、わけを説明してもらおうか」

「ちょっと待って。まずは、座れる場所に行きましょう」

もうこの時点で面倒くさいことに巻き込ませるんだろうなと直感した上条は、
雲川へ、午前中は無理かもしれません。午後からでお願いします。とメールを送った。

八時四三分。
街路樹が屋根のようになって日光を遮っているところにベンチがあった。

「さて、わけを説明してもらおうか」

そう言うと御坂にしては素直に説明を始めた。
海原光貴というさわやか男に付きまとわれている事。
何となく断りづらい事情がある事。
この一週間毎日のように誘われて辟易していた事。
友達と用事があることにして、あの場を乗り切ろうとした事。
目につく範囲には自分しかその対象がいなかった事。

「なるほどね」

大体事情は分かった。

「でも、とりあえずその海原って奴から離れる事は出来たんだろ。なら俺はもう行っていいか。俺にも用事があるからさ」

「アンタが用事あるなんて珍しいわね」

「失礼すぎるだろ」

「どうせ買い物かなんかでしょ。あとでも出来るじゃない」

「今日は違う。人と会う約束をしている」

「それってどうにかしてずらせない?」

「何でそこまでして俺を縛り付ける必要がある?」

「今回海原を撒いたのは『とりあえず』なのよね。
 もう二度と付き纏われないように、アンタと私の仲睦まじい様子を海原に見せつける」

「つまりは何か。カップルのフリをして、海原を諦めさせるってことか」

「そ、そういうことになるわね」

まあ理には適っている。
女友達とつるむだけでは、その場凌ぎは出来ても海原を諦めさせる事は出来ない。
いっそのこと、女が好きですという手もあるが、そんな嘘をつくのは世間体など考えて躊躇われるのだろう。
しかし、だからと言って、

「悪いけど、俺には無理。他を当たってくれ」

「な、何で!?」

「お前、卑怯だとは思わないのか?」

「卑怯?何が?」

「話を聞く限り、その海原って奴は多分、お前の事が本気で好きだろう。
 そんな真摯な奴を、偽装カップルで騙すなんて俺には出来ない。付きまとわれるのが嫌なら、はっきりそう言えよ」

「そ、そりゃそうだけど、説明したでしょ。はっきりとは断りにくいの。
 だからこうして、苦肉の策を取ろうとしているんじゃない」

「だからそれが卑怯だって言ってんだよ。大体、偽装カップルだって一時凌ぎだろ。
 一緒に居る所を定期的に見せつけないと、別れた可能性とか考えて、時間が経過すればまた積極的に来るかもしれないし」

「かもしんないけど……アンタ以外に心当たりがないわよ」

常盤台中学は女学校だ。学校内にいる男は、男性教諭ぐらいだろう。
しかし、それを恋人にするのは無理がある。
そうなると、学校外の男に頼るしかいない訳だが、学生は基本的に学校でのコミュニティが大半を占める。
上条だって学校外のコミュニティと言えば、インデックスにステイルに神裂に御坂に姫神に舞夏くらいだ。
しかもその内の四人は、魔術なんてものにかかわらなければ生まれなかった関係。
男に心当たりがないというのは、気の置けない相手という意味ではなく、物理的にだろう。

「なら俺の友達を紹介してやる。もちろん、乗ってくるかどうかは分からないけどな」

「な、何でそこまで意固地になって……私の事が嫌いなの?」

「ちょっと嫌いになったかもな。真剣な人間を平気で騙そうとするなんてどうかしている」

それだけ言って、上条はベンチから立ち上がり、

「どうする?俺の友達に協力を仰ぐか?必要ないって言うなら、俺に出来る事は何もない。帰らせてもらう」

「ま、待って」

御坂は立ちあがって上条の手を取って、

「ごめん。アンタの言う通りだと思う。紹介はしなくていい。けど、お詫びだけさせて」

上条は御坂の手を優しく引き剝がして、

「いいよ。用事があるから」

「それじゃ、後日埋め合わせだけでも」

「それもいいよ。じゃあな」

立ち尽くす御坂を置いて、上条は走り出す。

九時〇二分。
上条は走りながら、やっぱり今から行くので話し合いは俺が到着次第始めましょう。
と雲川先輩にメールを送った。
返信は二〇秒もしないうちにあった。
いちいちメールなんてしなくていいけど。来るのはいつでもいいし、学校でも気軽に話しかけてくれて構わない。
というか、休み時間になるたびに話したいけど。
みたいな感じだった。
なんかよく分からないが、今から行ってもいいという事だろう。
まあ駄目と言われても行くつもりだったが。

「すみません!」

具体的に名前を呼ばれた訳じゃない。
だが、明らかにこちらにかけられた声のように思えるし、そもそも、皆宿題をやるために引きこもっているので、人は少ない。
よって上条は、一度止まって声をかけられた方を向いた。

「御坂さんとの用事は終わったんですか?」

御坂に抱きつかれた時に奥に見えたさわやか男、海原だった。

「ああ、まあな」

「そうですか。いきなり失礼かもしれないですが、あなたは御坂さんの友達ですか?それとも、恋人ですか?」

「前者かな、どちらかと言えば。正確には友達ってわけでもないけど。少なくとも恋人じゃない」

「ならば、自分が御坂さんにアタックしても問題ないという事ですね?」

やっぱり、海原は本気で御坂が好きらしい。
上条当麻という人間は、男女問わず真っ直ぐな人が好きだ。
だから、海原の事を鬱陶しがっている御坂との恋はまず実らないであろうことが残念だ。
とはいえ、ここで自分が真実を伝えて諦めろというのは違う。
ここは素直に、今の自分の気持ちを言うべきだろう。

「問題ないだろ。俺が知る限りでは、恋人らしき人物はいないみたいだし」

「それは貴重な情報です」

「お前、恋人がいるかどうか分からないのにアピールしていたのか」

「ええ。だって、恋人がいるかもなんて考えて、尻込みしたって仕方ないですから。もちろん、本当にいた場合は身を退きます。
 仮にその恋人から御坂さんを奪う事が出来ても、彼女が幸せにならなければ、何の意味もないですから。
 彼女が笑っている事が、一番大事ですから」

これは思ったより真剣だ。
言動や雰囲気からは、御坂は彼のどこが気に入らないのかよく分からない。
無論、御坂に強制するつもりはないが。
相手がいくら真剣だろうが、好きでもない人と付き合うのは間違っている。
むしろ、それこそ相手に失礼だ。

「まあ、頑張れよ」

それだけ言って、上条は踵を返したが、

「待って下さい」

引き止められた。

「まだ何かあるのか。一応、俺にも用事があるんだけど」

「すみません。でも、どうしても一つだけ聞きたい事があって」

「何」

「御坂さんから自分の事で何か相談されたりしませんでしたか?
 されていたとしたら、彼女から自分の気持ちの答えを聞いていたりしていませんか?」

「相談されたし、答えと思われるような事も聞いた。
 でも、それを俺の口から言うのは違うだろ。どうしても教えてほしいって言うなら、教えるけど」

「いえ、それはあなたの言う通り、答えは本人から聞きたいので結構です。
 ただ、あなたが答えを知っているのかどうかが気になったので」

「そうか。じゃあ、今度こそ、もういいよな」

「ええ」

上条は再び踵を返して、走り出そうとして、

「さようなら」

ぞくっ、と背筋に悪寒が走った上条は反射的にサイドステップしてから振り返る。

「チッ」

舌打ちをして右拳を突き出しながら顔を歪めている海原。
サイドステップをしていなければ、延髄あたりに拳を喰らっていただろう。

「お前、何しやがる!」

上条の問いかけを無視して、海原は走り去る。

「待て!」

上条は、交差点の角を曲がっていく海原を追いかけて、同様に角を曲がった。

「のおっ!?」

海原は数メートル先でこちらを向いていた。
右手には黒い石でできたナイフのようなもの。
その切っ先が向けられている。
だがそれだけ。決して刺さる距離じゃない。
にもかかわらず、危険を感じ取った上条は右手を突き出していた。

キュイーン!と、甲高い音が響き渡った。
幻想殺しが異能を打ち消した音。

「チッ」

海原はまた舌打ちをして、再び背を向けて逃げ出す。

「逃がすか!」

上条は追いかけながら考える。
一体何が目的なのか。黒い石のナイフは何なのか。右手は一体何を打ち消したのか。

目的。
特定の誰かから恨みを買った覚えはないし、自分が狙われる要素など、インデックスぐらいしかないはず。
だとしたら、今追いかけている男は、海原の変装をした魔術師か。
だが、狙いがインデックスなら、わざわざ自分を狙う必要はない。
変装が出来るのなら、自分がどこかにでかけたところを見計らって、寮に押しかけて自分のフリをしてインデックスに近付けばいいはず。
ということは、狙いは自分か。

と、そこまで考えたところで、海原が走りながら黒い石のナイフの切っ先をこちらに向けてきた。
先程の打ち消しのやりとりから鑑みるに、あのナイフの切っ先からは『見えない異能の何か』が出ているのだろう。

上条は咄嗟に右手を突き出す。
しかし、今度は何も打ち消す事はなかった。
代わりに、車道の脇に駐車されていた車のドアが外れた。

「何……だ?」

おそらくは『見えない異能の何か』を外した結果だろう。
車のドアはへこんだりガラスが割れたりして壊れたのではなく、外れた。
車からドアという『パーツ』だけが綺麗に離れた。
単純な『破壊』じゃない。言うなれば『分解』か。
あれが人体に当たれば、おそらくは、その部分が抉れたようになくなる。

「やべえな」

逃げている海原と追いかけている自分の距離はそう離れていない。
にもかかわらず外したという事は『分解』の精度は相当大雑把だ。
それはある意味でとても危険だ。
『狙い』と『結果』が大きく違ってくるのだから。
闇雲に追いかけるのは、危険すぎるか。

と、その時だった。
ポケットの中の携帯が震えた。
誰だよ、こんな時にと思いつつ、上条は誰からの着信かを確認する。

「御坂……」

まず思ったのは、何だ御坂か。今構っている暇はない。無視しよう。だった。
そして携帯をポケットにしまいかけて、一つの可能性に気付いた。

狙いは自分じゃなく御坂なんじゃないか、と。

自分を狙うならば、土御門や青髪ピアス、吹寄制理などのクラスメイトに化けた方が油断を誘えるはず。
それなのに海原に変装したのは、彼が常盤台の理事長の孫であり、常盤台生が強く出られない事を利用して常盤台生に近付くためなのではないか。
だとしたら――、

上条は携帯の通話ボタンを押して、

「おい御坂!緊急事態っぽい!まだ外をほっつき歩いているなら、とにかく今すぐ寮に戻れ!」
『やっと出た!いい?落ち着いて聞いて!アンタは今狙われている立場なの!だから、今すぐ寮に戻りなさい!』

「え?」

御坂と言葉が被ってしまい、何を言っているのか聞き取りにくかった。

『え?じゃないわよ!いいから、アンタは学生寮に戻りなさいって言ってんの!』

「何で俺が!狙われているのはお前だろ!」

『馬鹿言ってんじゃないわよ!狙われているのはアンタ!
 私にここ最近接触してきていたのは海原じゃなく、海原に変装した男だったの!
 本物の海原はこっちで保護したから、街中で海原を見かけたら、とりあえず逃げて!』

「逃げても何も、今そいつと鬼ごっこの最中だよ!」

『えぇ!?アンタ今、逃げながら電話してんの!?』

「正確には俺が追いかけながら、だけどな」

『はぁぁぁ!?何やってんのよ!いいから大人しく逃げなさいよ!』

「野放しにしとく訳にはいかないだろ!」

『んなもん、風紀委員や警備員に任せときゃいいのよ!何でアンタは、自分の危険は顧みないのよ!』

「んなこと言われたって、別の人物に変装されたらおしまいだ!今ここで捕まえるしかないだろ!」

『だからそれはアンタの役目じゃないって言ってんでしょーが!
 ああもう分からず屋の熱血馬鹿!今から行くから待ってなさい!』

そこで電話を切られた。
待ってなさいと言われたって待てるわけない。
現状は流動的に変化していくのだから。
実際、

「ぬお!?」

電話に気を取られたせいか、上条は唐突に躓き前方につんのめりながらも、何とか転ばずに前を見据えた時には、

「死ねぇ!」

振り返って足を止めていた海原の右手の黒い石のナイフから『分解』が放たれ、それが顔の右を横切った。

「……やべえ、かな」

海原はこちらを睨みつけていた。
いきなり強気になったようだった。
じりじりと、こちらへ迫ってくる。

「ちくしょう!」

上条は背を向けて逃げ出す。
追跡者と逃走者が逆転した。

上条と海原の追走劇が始まる少し前。

上条に置いてきぼりにされた御坂は、揺らいでいた。
少年に軽蔑されたという事実。
その事実が、御坂を大きく揺さぶっていた。
少年に軽蔑されたのが、どうしてこんなにもダメージになっているのか、理解できない。
この正体不明の痛みから逃げてしまいたかった。
けれど、できない。
この痛みから逃げたら、さらに大きな痛みを伴う気がするから。

「……あーあ」

もう、漫画を立ち読みするような気分じゃなかった。
気分じゃなかったが、先は気になるし、数日後に立ち読みされつくしてよれよれになった週刊誌を読むのは嫌だ。
迷う。
こんな気分じゃ立ち読みしても楽しくないかもしれないし、逆に立ち読みすることによって少し元気が出るかもしれない。

「……これで決めますか」

御坂は灰色のプリーツスカートのポケットから、コインを一枚取り出し、親指で上に弾いた。
それを左手の甲で受け止めて、右手で覆った。
表なら立ち読みに行く。裏なら行かない。
御坂はそっと手をどけた。

「御坂さん!」

背後から大声で名前を呼ばれた為、びっくりしてコインを落としてしまった。
もっとも、驚いたのは声が大きいからだけじゃなかった。
その声が聞き覚えのある声だったからだ。
海原光貴。
早速本音を伝える機会がやってきてしまった。

御坂は意を決し、海原の方を向いて、

「逃げてください!御坂さん!」

唾でもかかりそうな勢いで言われた。

朝会った海原とは色々違った。
髪は乱れ、服は汚れ、顔には大量の汗が浮かんでいて、左腕には包帯が巻いてある。
とてもじゃないがさわやかとは言い難い。

「な、何、どうしたの!?」

「御坂さんやその周囲の人達が危険かもしれません!」

「何を……」

言っているのかと思ったが、一つの可能性に思い至った。
『肉体変化』能力者が、海原に化けて何かをしようとしている?

「その話、詳しく聞かせて!」

海原は若干錯乱していて、話を聞き出すのに少々手こずったが、大体事情は分かった。
海原を襲った人物は、褐色の男で『肉体変化』能力者ではない事。
名はエツァリとかいう外国人である事。
どうやって変装したのかというと、海原の左腕の皮膚を一五センチほど剥いで、それを使って変化していったのを目の前で目撃した事。
殺されそうになったので、『念動力』(テレキネシス)で体の動きを分子レベルでガチガチに固め、一種のコールドスリープ状態になって事なきを得た事。
そして、パソコンと携帯端末のモニタ表面に『念動力』で作った薄い膜を貼り付けて画面の内容を逆算して、様々な情報を盗んだ事。
ここまでは約一週間前の出来事である事。
盗んだ情報によって、御坂とその周囲の世界に危機が迫っている事を知り、ようやくこうしてここまでなんとかやってきた事。
そしてそのメインターゲットが、あの少年である事。

「そういうわけなので、逃げてください、御坂さん」

そういうわけにはいかなかった。

「そのエツァリとかいうのが、あなたに変装したのを一週間も見抜けずに野放しにして、上条当麻を危険にさらしている私が、ここで退く訳にはいかないのよ」

「変装を見抜けなかったのは仕方ない事です。そんな過ぎ去った事を考えていても仕方ない。あなたは、自分の身を――」

その言葉は最後まで続かなかった。
御坂が海原の首筋に触れて、スタンガン程度の電流を当てて気絶させたからだ。

「ごめんなさい」

独り言のように呟いて、救急車を呼んでから、その場を離れて少年に電話をかける。

『分解』の精度は大雑把だ。
つまり、ジグザグに走って逃げるのは意味がない。
海原としては真正面を狙って『分解』を放ったとしても、実際は右に左に上に下に、逸れる可能性があるのだから。
ならば小細工は無用。ひたすらまっすぐ最高速度で逃げるのが最良の道。

「くそっ!」

だが、真っ直ぐ逃げれば『分解』が当たらないというわけではない。
依然危険な状況であることに変わりはない。
『分解』は何より、見えないのが厄介だ。
対抗しようにも、もう少し詳細が分からなければどうしようもない。

「こうなったら……」

以前説教された事だし、ここは一つ頼るしかないか。

「出てくれよ……!」

上条は左手で携帯を操作して電話をかける。
コール音が一、二、三、四、五、六、七、八、九、

『も、もしもし、とうま!?な、なに!?』

「良かった。出てくれたか」

ひょっとしたら海原は囮で、本命はやっぱりインデックスの可能性も考えていたが、少なくとも今のところは無事のようだ。

「いいか、インデックス。前から何回も言ってきたけど、インターホン鳴らされても不用意に出るなよ」

『とうま、私には完全記憶能力があるんだよ。
 もう分かっているから、そんな口酸っぱくして言わなくてもいいかも』

「そうか。それじゃあもしも危機に陥ったら、ベランダから土御門の部屋に行けよ」

『……もしかしてとうま、追われているの?』

勘の鋭いインデックスの事だ。ここまで言われれば何かを感じ取ってもおかしくはない。

「ああ。今、黒い石でできたナイフのようなものから見えない光線みたいなのを出してくるやつに追いかけられてピンチだ」

そう言うと、二秒ほどの沈黙ののちに応えがあった。

『それは多分、黒曜石かも。鏡で星の光の反射によって放たれる槍……トラウィスカルパンテクウトリの槍だと思う』

「そのトラウィスなんたらの槍の対抗法は?」

『その「槍」は金星の光を黒曜石のナイフによって反射されたものだから、屋内に入るか、「鏡」たる黒曜石のナイフを汚して反射を遮るかだね。
 まあ、とうまの右手なら壊すのが早いかも』

「屋内に入ったら、その建物を外壁から『分解』されて生き埋めになる可能性は?」

『人間の使う「槍」はあくまでレプリカだから、そこまでの威力はないかも。
 といっても、何十発も「槍」を建物に当てれば、崩れるだろうけどね』

「つーことは結局、完全に誘いこまなきゃ意味ないってことか」

しかし、槍を使う海原本人が、弱点を分かっていないわけがない。
屋内に逃げ込もうものなら、一緒に屋内に入ってくる訳などなく、時間がかかろうとも屋外から生き埋めにしようとするはずだ。

「オーケー。大体分かった。ありがとうな。インデックス!」

『礼には及ばないかも。そんなことより、ちゃんと無事に帰ってきてよね』

「ああ!」

力強く返事をして電話を切ったところで、背後からガンゴン!と金属がぶつかる音がした。
ガードレールに『槍』が当たったらしく『分解』されたようだった。
それを見る限り、やはり精度は大雑把なうえ、連射も出来ないみたいだ。
あとは、どうやってあの『槍』を無効化するか。

九時二三分。

最終的に上条が逃げ込んだ場所は、建設途中のビルの工事現場だった。
まだ鉄骨で骨組みされているだけの状態の。

「終わりですね」

互いの距離は約五メートル。
きっと海原は、追い込んだと判断してそう言ったのだろう。
しかし、こちらとしては、

「何言ってんだ。こっからが始まりだろ!」

上条は手近にあるシャベルを掴み取って、近くにあったセメント袋に突き刺す。
そして思い切り振り回した。袋の中に入っていた灰色の粉末が辺り一面に撒き散らされる。

「チッ!」

この灰色の粉末は視界を奪っただけではない。
ナイフの反射による『槍』を防ぐためのものでもある。
と即時判断した海原は、灰色の世界から脱出する為に後退しつつ、ナイフについた粉末を拭う。

だが当然、人間後ろに下がるより前へ向かう方が速くなるようにできている。
海原が後退して灰色の世界から脱出しきる前に、前進した上条の右拳が唸りを上げる。

「くっ!」

灰色のカーテンを引き裂いて飛んでくる右拳を、海原は屈んで回避する。
顔面に来る一撃だと読んでの行動だった。
だが上条の攻撃はそこで終わらない。上条の右脚が、屈んだ海原に向かって放たれる。

咄嗟に両腕をクロスして何とかガードしつつ後ろに転がった海原は、同時に灰色の世界から脱出できた事を知り、ナイフを軽く拭ってから角度を調整する。
灰色の粉末の中、シルエットが見える。
それだけで十分。

「終わりです!」

『槍』が放たれた。
調整された角度によって放たれた『槍』は、上条の下半身のどこかを貫くはずだった。

「な……に?」

しかし、それは叶わなかった。
上条が、左手で持っていたシャベルを縦にして、擬似的な盾にしていたからだ。
『槍』はシャベルに直撃し、その効果によりシャベルの先端だけが柄から分離する。
直後に柄だけのシャベルを投げ捨てた上条が、灰色のカーテンを突き破ってくる。
狙いはもちろん、ナイフだろう。

「くっ!」

『槍』は連射出来ない。
よって海原は、回避行動するしかなかった。

「逃がすかよ!」

上条は深追いしてくる。
おそらくは、微調整が必要な事も見抜かれている。
そう判断した海原は、回避に徹する。
徹しつつ、『槍』での反撃のチャンスを窺う。

「やめろよ。その『槍』はもう通じない。タネは全部分かっている」

ハッタリだ、と海原は言いたかったが、言えなかった。
今までの上条の行動が、『槍』を避けるために的確だからだ。
海原はヤケクソで、互いに動き回っているため『狙っていては』当たるはずもない『槍』を放つ。
たまたま当たる事を願って。
しかし、そうそう都合よくあたるはずもなく、上条には鉄骨の影に隠れられてしまう始末だった。

「車に『槍』を当てた時、ドアが外れたけど、それだけだった。
 向こう側の、もう片方のドアは外れなかった。
 そこから考えられる事は、『槍』には貫通性がない事。
 だから、ただのシャベルですら、盾にする事が出来た」

海原は、それを黙って聞くことしかできなかった。

「俺が鉄骨の影から影に動きまわっていくとしたら、お前はどうする?
 鉄骨に当ててしまえば『分解』が作用して骨組みが崩れるぞ」

「だから何ですか?」

「そうなると、戦いどころじゃなくなるだろ。
 それどころか、最悪鉄骨に押しつぶされて二人とも死ぬ。
 そんな狙いが不安定な武器だと、アクシデントがいつ起こってもおかしくない」

「だから、このナイフを封印しろと?」

「そうだ」

「随分素直ですね」

「昔から嘘はつけないタイプだからな」

「残念ですが、あなたの理論には穴があります」

「自分は逃げて遠距離から『槍』を放ち、この工事現場ごと俺を潰します、ってか?」

「……そうです」

分かっていて、なんでこんなにも堂々としているのか。

「残念ながら、それは上手く行かない。今度俺に背を向けようものなら、俺は確実にお前を仕留める」

自信満々の宣言が嘘だとは思えなかった。
彼が昔から嘘をつけない正直者とか、そういう部分ではなく、雰囲気からそう思ってしまう。

「……そうですか。分かりました。では、こうしましょう」

海原はナイフを上に掲げて『槍』を放った。

「な、にを……」

「始めましょうか、デスマッチを!」

『槍』を受けて『分解』が作用したのだろう、鉄骨の一つが落ちてきた。

「さあ、出てきてくださいよ!このままだと二人とも死にますよ!」

「正気じゃねぇな、この野郎!」

上条は早期決着の為、鉄骨の影から飛び出して一直線に海原へ向かう。
が、

「――ちくしょう!」

上条は海原まであと一メートルと言うところで、無理矢理止まって左へ跳ぶ。
直後、上条が二秒前までいた座標に鉄骨が落ちてきた。
その二秒後には、また別の鉄骨が海原の背後二メートルの位置に落下し、大地を震わす。
もはや戦いどころじゃない。
ここは一旦、この場から脱出することに専念しなければ。

「逃がしませんよ」

海原は上条を逃がさないように殴りかかっていく。
さすがの上条も回避が精一杯で、逃げる余裕がなくなる。

「ばかやろう!このままだと俺もお前も死ぬぞ!」

「そう思うならあなたがさっさと死んでくれればいい!そしたら自分は助かります!」

「ふざけんな!」

叫ぶ上条の下に、彼の不幸体質が作用しているのか、やたらと鉄骨が降り注ぐ。
鉄骨を避けることに集中すれば海原の攻撃の回避が疎かになるし、逆もまた然り。
だがどちらを避けることに集中するかなんて決まっている。
鉄骨は一発でも当たれば少なくとも致命傷、最悪即死。
海原の攻撃は打撃にすぎず、何発か食らったところで致命傷にはならない。

よって上条は、鉄骨を避けることに専念して、一、二、三本、ステップを駆使して避けたところで、

海原の反時計回り飛び蹴りが襲い掛かった。

「――くそっ!」

咄嗟に両腕をクロスしてガードを敷いてクリーンヒットだけは免れたものの、
回転飛び蹴りの衝撃は相当なもので、一メートルほどぶっ飛ばされて鉄骨に背中を強打する。

「か、はっ」

背中を強打したことによって、肺から息が吐き出される。
しかし息を整えている暇などない。海原は出口へ向かっている。
狙いはきっと、安全圏から『槍』を放ち鉄骨の骨組み完璧に崩壊させ、自分だけを生き埋めにする事。

「させるかよ!」

駆ける。
海原へ、ではなく、先程投げ捨てた柄だけのシャベルへ。
下手に追いかけて鉄骨に阻まれるより、柄だけのシャベルを投擲した方が確実と判断したからだ。

「おらぁ!」

上条が思い切り投擲した柄だけのシャベルは、海原の背中を射抜くコースだった。
海原もそれに気付いたが、回避動作をしても間に合わない速度だった。
しかし、

投擲の軌道上に落下してきた鉄骨によって、柄だけのシャベルは弾かれ海原を射抜く事はなかった。

「マジかよ――」

そして安全圏に達した海原は、角度を調整して『槍』を放つ。
上条にではなく、鉄骨の骨組みの上部分に向かって。
無論、上条に『槍』を止める術などなかった。
結果、『槍』は骨組みへ直撃し『分解』が作用する。
つまり、決定的な倒壊。

ズッドォォォォォン!と、上条は落下してきた大量の鉄骨群に呑みこまれた。

「終わりましたか」

目の前には莫大な煙が渦巻いていた。
さすがにあの鉄骨群に呑みこまれて無事なはずがない。
海原はそう判断して踵を返す。

ズシン!という音が聞こえた。
きっと積み重なった鉄骨がずれて地面に落ちただけだろう。
そう判断したから、海原は振り返る事もなく悠々と歩いていた。

続いて、カン、カン、という、まるで鉄骨の上を歩いたような音が木霊した。
ここで初めて違和感を覚えた海原は振り返ろうとして、

後頭部に何かがぶつかり痛みを感じた。

「何が!?」

海原は今度こそ振り返る。
直後に顔面に飛来してきた何かを避けられずに喰らって仰け反る。

「が……!」

海原が怯んでいる間に、既に彼の懐へ潜り込んでいた上条は、

「言ったはずだぞ。今度俺に背を向けようものなら、確実に仕留めるって」

上条の右拳が海原の顔面へ放たれた。
それはこれ以上にないクリーンヒットで、右拳を受けた海原は数メートルほど吹っ飛んだ。
同時に、彼が右手に持っていた黒曜石のナイフは解き放たれ、上条の足下に転がった。

「さて、お前の正体を聞かせてもらおうか」

足下まで転がってきた黒曜石のナイフを右手で触れて壊しつつ尋ねる。

「……っ」

切り札の黒曜石のナイフを壊されたからか、海原は逃げだそうとするが、

「な――」

唯一の出口には、少女が立ち塞がっていた。
茶髪のショートカットの前髪から、電撃をバチバチさせている少女が。

「御坂、さんが、なぜここに」

動揺する海原の顔面にはヒビが入っていた。

「答える必要ないわね。あと気安く名前呼ばないでくれる」

「諦めろ。もうお前に逃げ場はない」

「……そのようですね」

「つーことで、教えてもらおうか。お前の正体と目的を」

「その必要はないわ」

なぜか返答は御坂からあった。

「え?」

「私が全部あとで教えてあげるわよ。そして聞かせてもらう。魔術師とか禁書目録の事とかをね」

「な……」

一体どうやってそれらのことを、と上条は驚嘆するが、

「まさかあの男……自力で脱出して……だから御坂さんがここにいるのか……」

海原は合点がいっているようだった。

「でも、どうやって自分の情報を盗み得たというのですか?
 あの男は『読心能力者』(サイコメトラー)ではないはず……」

「『念動力』の力を見誤ったようね。あれは応用すれば、パソコンや携帯端末のモニタからも情報を読み取れるのよ」

「……まさか、そこまでとはね。さすがに大能力者と言ったところでしょうか」

二人が勝手に話を進めている間、上条は考える。
今の会話から鑑みるに、本物の海原はこの男に捕まるも、どうにかして脱出して情報まで盗んだ。
その情報を御坂にリークした。
その情報には、魔術師やインデックスの事も書かれていた。
だから御坂は、魔術師や禁書目録について聞かせてもらうなどと口走った。といったところことか。
だがそれでも、目の前の男の目的が見えてこない。
御坂の電話や今の話を聞く限りでは、やはり狙いは自分だったと考えるのが妥当だ。
ならば自分に近しい人間に変装するのが普通だ。
海原光貴なんていう知り合いの知り合いに変装するなんて回りくどすぎる。
御坂を篭絡して、彼女に自分を殺させようとしたのか。

「ということで、一発ぶちかまさせてもらうわよ」

「待て、御坂。どうするつもりだ」

「どうするつもりって、一発電撃浴びせて拘束する以外にある?」

「駄目だ。俺はまだこの男から聞いていないことが多すぎる」

「だからそれは、私が全部教えるって言ってんでしょーが」

「盗んできた情報を事後報告気味に御坂から教わるより、ここで本人から聞いた方が早いだろ」

「このクソ野郎が、嘘をつくかもしれないじゃない」

「その時はお前がフォローを入れてくれれば良い」

上条がそこまで言ったところで、御坂はギリッ、と歯噛みして、

「一体何なのよ、アンタは!アンタ、この男に殺されかけたのよ!
 恩を着せるつもりはないけど、私が電磁力で介入しなければ、鉄骨に押しつぶされて本当に死んでいたかもしれないのよ!
 それを……何でアンタは、そんな平然としてんのよ!」

今にも雷撃の槍を放ちそうな御坂に、上条は諭すように言う。

「……別に平然としている訳じゃない。
 ただ、ここで暴力を振りまいてこの男を一時的に退けたところで、根本的な解決にはならない。
 根本的な解決をする為には、冷静になって情報を聞き出し、それを分析する必要がある」

「んなこと……分かっているわよ。けど、その情報が私にはあるって言ってんでしょ。
 この男と話すことによるメリットって何?電話でも言ったけど、この男の標的はアンタ。
 隙を見てアンタを相討ち覚悟で殺しにかかる可能性だってあるのに」

「要するに、この男とこれ以上話すのは危険かもしれないからやめてほしいってことか」

「……そうよ」

思ったより心配をかけてしまっているのだろうか。
エツァリにおそらく黒曜石のナイフ以上の切り札はない。
あれば使っているだろうから。
二対一なら、まず負けないとは思うが。

「……分かった。ここは御坂に従う。けどその前に一つだけ聞きたい事がある」

上条は目の前の男を見据えて言った。

「御坂が好きだってことも、嘘だったのか」

その言葉にいち早く反応したのは御坂だった。

「ちょっと、アンタ、何言って」

「御坂、少し黙ってくれ」

「っ……」

「俺には今一つ分からない事がある。
 俺を狙うなら、俺のクラスメイトとかに化けた方が早いのに、御坂の知り合いに化けた事だ」

「それは私が『上条勢力』にカウントされていたからであって」

「御坂、俺は今、海原と話しているんだ。口出しするな」

「……なんで、なんでよ」

不満そうではあったが、御坂はそれ以上騒がなかった。

「御坂の知り合いに化けたのは、御坂に近付きたかったからじゃないのか」

男は沈黙を続ける。
それでも上条は、最後にたたみかけた。

「どうなんだよ、海原」

上条の目の前にいる男は海原ではない。
それでも上条は敢えて、彼を海原と呼ぶ。

「……いけませんか」

「あん?」

「自分が御坂さんを本気で好きになっちゃいけないんですか」

「それが本音か」

「ええ、そうですよ。自分だってこんな真似はしたくなかった。
 自分は、この街が好きだったんです。一月前、ここに来た時からずっと。
 たとえこの街の住人になれなくたって、御坂さんの住んでいるこの世界が大好きでした」

海原の本音はそこで止まらない。

「でも、やるしかなかった。『上』があなたと『上条勢力』を危険だと判断したから!あなたが全部壊したんだ!
 あなたがもっと穏便でいてくれたら、問題なしで報告して、静かに引き下がれたのに!」

上条には海原の言っている意味の半分も理解できなかった。
何となく分かるのは、海原はどこかの組織に属していて、上司に命令されたから仕方なくやった。
ということと、御坂とその周囲の世界が本当に好きだった事くらいだ。

だが、それだけ分かれば十分だった。

「結局、お前は魔術師ってことで良いんだよな?」

「何を今更」

「どうして魔術師ってのは、自己中心的で悲劇のヒロインぶっているアマちゃんしかいないのかね」

「……分かっていますよ。すべては自分が弱いせいだってことぐらい。でも、もう遅いんですよ。自分にはもう……」

海原は拳を握り締める。
それは悔しさによるものでもあるし、上条に一矢報いるためでもある。

「コイツ……!」

海原がまだ戦う気があるのを敏感に察知した御坂は、電撃を迸らせたところで、

「手を出すなよ、御坂」

上条に制止された。
御坂にとっては、制止を大人しく受け入れる必要はなかったが、妙な強制力を感じて電撃を引っ込めた。

「もう遅いから、御坂や俺に手をかけるしかない、ってか」

上条も右手を固く握り締める。

「そんなことねぇよ。そんなもんは思い込みだ。そんな幻想、ぶち殺してやる」

その言葉が合図だった。
上条と海原は同時に地面を蹴る。
そして二秒もしないうちに、互いの右拳は交錯して、互いの左頬に突き刺さった。

ピキリ、と海原の顔面のヒビが広がり、ボロボロと崩れていく。
そこから浅黒い肌が見え始めたところで、海原は仰向けに倒れた。

「アンタ、大丈夫なの!?」

殴られた上条の身を案じて、御坂が駆けよってくる。

「大丈夫だ」

上条がそう返事をしたところで、

「負けました、ね」

倒れている海原が呟いた。

「負けたってことは、自分はここで止まれたってことですね。
 御坂さんも傷つけずに、その周囲の世界を壊す事もなかった。そういうことですね」

そんな言葉を聞いて、上条は思う。
きっと海原は、本気で自分を殺すつもりだったのだろうけど、無意識のうちに実力をセーブしていたのではないか。
殺すつもりなら、背中からの不意打ちの初撃。あれは『槍』の方が良かったはずだ。
いくら狙いが大雑把でも、あの至近距離なら当たるだろう。
比べて拳なんて、直撃したところで致命傷にはならない。
背を向けて逃げているときだって、もう少し『槍』をちゃんと狙えたはずだ。せめて掠らせるぐらいは。
本気は出せなかったから、鉄骨が降り注ぐデスマッチを仕立てあげた。
そこまでしても、敗北した。
つまり、海原にしては退く為の大義名分が出来たのだ。

「きっとね。攻撃は、今回限りでは終わりません。
 自分みたいな下っ端が一回失敗した程度で『上』は退かないでしょう。
 むしろ、余計に危険視するかもしれません。
 あなたや御坂さんのところには自分以外の者が向かうでしょうし、最悪、自分にもう一度命令が下るかもしれません」

海原はそこで一旦区切って、問う。

「守ってもらえますか、御坂さんを」

その問いに、御坂が何かを言いかけたのを上条が制止する。

「いつでもどこでも誰からも何度でも。
 このようなことになる度に、都合のいいヒーローのように駆けつけて、守ってくれると約束してくれますか」

問いかけに対して、返事は即答だった。

「ああ。任せろ」

「……頼みましたよ」

海原はそれだけ言って、眠るように気を失った。

「……さて、あとは海原をどうするかだな」

通常なら風紀委員や警備員に通報すれば済む話だが、魔術師の身柄とはどうなるのだろう。
彼は悪者であって裁かれるのは当然なのだが、魔術の存在が明るみに出れば、科学世界は混乱するのではないか。

本来はただの一般人である上条が、そんな事情を鑑みる必要はなかった。
そういう事情を把握してどうにかするのは、プロの世界に身を置く者の役目だ。

「うーん……」

上条は唸りつつ、とりあえず海原の後頭部と顔面に飛ばした靴を拾って履いたところで、ポケットの中の携帯が震えたのを確認した。

「お」

電話ではなくメールだった。送り主は土御門。内容は、
海原は俺が回収しておくから放っておいていい。それとあとで『御使堕し』編の事後報告メールもしてやる。
というものだった。

「マジでどうなってんだ。アイツの情報量……」

思わず呟いてしまう。
メールから鑑みるに、この状況もリアルタイムで見られているのだろうか。
もしそうなら、プライバシーどこいったという感じだ。
……まあ、それは一旦置いておくとして。
本当に海原を放っておいてもいいものだろうか。土御門の回収より先に、一般人が見つけたりすれば……。

「あれ?」

違和感に気付いた。
建設途中のビルが崩れたという大事故が起こったのに、御坂しか来ていない。

「まさか……」

情報統制でもされているのだろうか。そうじゃなければ、野次馬の一人や二人来ないと逆におかしくないか。

「御坂」

「え?な、何?」

「何ぼーっとしてるんだよ」

「ぼ、ぼーっとなんてしてないわよ!私がアホの子みたいな言い方やめてよね!」

「そんなつもりはないけど。ていうか、そんなことよりだな。御坂、ここまでどうやってきた?」

「ど、どうやってって、何でそんな事聞くのよ?」

「これだけの騒ぎで人がまったく来ないのっておかしいと思わないか?」

「な、なるほど。言いたい事が分かったわ。
 でも、人が来ないのは、宿題を消化する為に学生が引きこもっているからじゃないの」

「……なるほど」

言われてみれば、そんな気もしてくる。
それでも野次馬が一人も来ないというのは珍しいだろうが、まったくあり得ないとまでは言い切れない。

「私がここまで来たのは、まず高い所に登って、俯瞰によってアンタと海原の追いかけっこを発見して、急いで駆け付けただけ。
 私が到着したタイミングは、アンタが鉄骨群に潰されそうになった時。ホント危機一髪だったんだから」

「分かっている。助かったよ。サンキューな」

「~~!え、ええ」

なんか言葉遣いが御坂らしくないが、まあ気にするほどの事でもないだろう。

「……で、こいつはどうする訳?」

「知り合いが回収するって」

「そ、そう」

何か突っ込まれる可能性も考慮していたが、意外と何もなかった。

「それじゃあ、少し落ち着ける場所にいきましょう。できれば、人の少ないところへ」

そうか。と上条は悟った。
きっと御坂がぼーっとしていたのは、海原について何も突っ込まなかったのは。
自分に対して魔術師やインデックスについて尋ねることで頭がいっぱいだったからだ。と。

九時四六分。

自販機が近くにあるベンチに、上条と御坂は腰掛ける。

上条は緊張していた。
結局、流れのまま海原を放っておいてしまうくらいには。
これから根掘り葉掘りいろいろ聞かれるのだろう。
巻き込みたくないと思っていたが、知られてしまっては仕方がない。
真実を話すしかない。その上で、なるべく巻き込ませない。
嘘をつくのは苦手なのだ。

「聞かせて、もらいましょうか。これまでの事を」

上条は知っている事とこれまでの事を話した。
魔術師はその名の通り、魔術という得体のしれない異能を扱う人間のこと。
インデックスという少女を巡って、魔術師が学園都市に侵入したこと。
インデックスを救うことにより、魔術師と和解したこと。
インデックスを救った時に、姫神秋沙という少女を間接的に救ったこと。
救ったインデックスは、自分の部屋で保護していること
『御使堕し』についてはまだまだ分からない事が多いため割愛した。

「と、いうことなんだけど」

直後だった。
御坂の右の平手が顔面に向かって飛来してきたのを、右手で受け止めた。

「な、何でビンタ?」

「アンタが何もかも一人で抱え込んで誰にも頼らない馬鹿だから」

「誰にも頼らないって、インデックス救出の時は、頼る暇すらなかったし」

「うるさいわね。そんな正論知らないわよ」

どうやら相当お冠のようらしい。

「大体、その時頼る暇がなくても、こうして事後報告は出来るでしょーが。何で教えてくれなかったのよ」

「いちいち聞かなくても分かんだろ。巻き込みたくなかったからだ。御坂が俺の立場なら、素直に話したか?」

「話さないわよ、多分。けど、それはアンタの理屈。
 逆に聞くけど、アンタが私の立場なら、何で黙っていたんだと思わないわけ?」

「それは……」

かつて同じような事を御坂に言った身としては、今の言葉は重かった。

「もういい。分かったわ。私は寛大で器が大きい人間だから許してあげる」

「お、おう」

御坂の右手から力が抜けたのが分かったため、上条は右手を放す。
直後だった。

「んなわけないでしょーが!」

再び飛来してきた右の平手を、今度は左手でガードすることによってダメージを免れる。

「一発ぐらい受けなさいよ」

「ふざけたこと言うな!大体、左頬は海原に殴られたから痛いんだよ!せめて右にしろ!」

「分かったわ、よ!」

「本当にやるんじゃねえー!」

叫びつつも、左の平手もしっかりと右手で止める上条。

「あー、ムカつく!」

「……もう絶対手を放さない」

呟く様な宣言に深い意味はない。
ただ、平手をいちいち受け止めるのが面倒だから、そもそも平手を放たせないためだ。

「?」

顔を真っ赤にして俯く御坂に対して、どうしたんだという疑問を上条は持つが、大人しくなってくれたのはいい事なので、無理に突っ込まない事にした。

一〇時〇三分。
俯き始めてから約五分。
見た感じ、落ち着いてきたようなので、

「よし。次はこっちの番だ。本物の海原が盗んで来たという情報について、教えてもらおうか」

言うと、御坂はこくりと頷いて、淡々と語り始めた。

海原だった男――魔術師の目的は、上条とその周囲の世界を壊すこと。
周囲の世界とは、具体的には禁書目録の少女やイギリス清教の魔術師、常盤台の超能力者、吸血鬼に対する切り札であること。
それはもはや『上条勢力』として危険視されていたこと。
変装することによって内部腐敗を狙っていたこと。
魔術師の本名はエツァリで、彼が所属する組織は、アステカ方面であること。

「アステカ、か」

上条は魔術についてはほんの一端を知っているだけにすぎず、アステカと言われても詳しい事は何一つ分からないのだった。
でも、そんな些事はどうでも良かった。

「結局、御坂を巻き込んだのも、俺のせいだな」

巻き込ませないどころか、むしろ自分のせいで巻き込んでしまったようなものだった。

「アンタ、それ本気で言ってんの?」

「冗談に見えるのかよ。俺がお前と関わらなければ、勢力として看做されず平和に過ごせたってことだろ」

「――ふざけんじゃないわよ!」

怒号と共に飛んできた頭突きを、今度こそ上条は避けることが出来ず、鼻っ柱にまともに受けた。

「な、にを」

「悪いのはアンタじゃなくて襲ってきた魔術師でしょーが!そんな簡単なこともわっかんないわけ!?」

「それは……」

「それにさっき、アンタあの男と約束したじゃない!
 私を守ってくれるって!だったら約束を守り通せばいいだけでしょ!
 アンタが原因で私が巻き込まれても、アンタが立ち上がって救えばいいだけの話じゃない!
 いい!?巻き込んでしまうかもしれないとかいう憶測で私を遠ざけるなんて真似したら、絶対に許さないから!」

そこまで言われて――そこまで言わせて、上条は申し訳ない気持ちでいっぱいになった。

「……悪い。お前の言う通りだ。俺がバカだった」

「……分かればいいのよ」

掴んでいる両手を通して、御坂の全身から力が抜けて行くのが分かった。

「……もう叩かないから、手を放して」

「あ、ああ」

素直に手を放す。

「……」

「……」

訪れる沈黙。
上条はそれが気まずかったので、

「一方通行の時と言い、鉄骨に押しつぶされそうになった時と言い、今と言い、御坂には助けられっぱなしだな」

「……別に、たいしたことはしてないわよ」

素っ気ない。

「……まあ、魔術については他言無用で頼むぞ」

雰囲気的に、話を切り上げるしかなかった。

「うん。分かってる」

「……じゃあ、俺はこれから用事があるから、これで」

「うん」

その時だった。

「お姉様」

声は後ろから。
上条は振り返ったが、誰もいなかった。

「ありゃ?」

と、上条が間抜けな声をあげた時には、一人の少女が上条と御坂の間に割って入っていた。

「な、なん、誰だ?」

「初めまして殿方さん。
 わたくし、お姉様の唯一無二のパートナー兼『露払い』を務めております、白井黒子と申しますの」

「は、はあ」

白井黒子と名乗る少女は、御坂と同じ常盤台の制服を纏い、左肩の下辺りには風紀委員の腕章、茶色い髪をツインテールにしていた。
おそらく中学一年生ぐらい。

「ちょっと黒子」

「お姉様は黙っていてくださいですの!お姉様に手を出そうとする不埒な輩は、風紀委員として見逃せませんの!」

そう啖呵を切った白井は、手を握ってきた。

「……おかしいですわね」

「黒子、まさかとは思うけど、アンタ今『空間移動』(テレポート)しようとしなかった?」

白井はテレポーターだったから、気配もないうちに間に割って入られたのか。

「そうですけど、なぜか出来ませんの」

「ああ、それ多分、俺の右手のせい」

「はぁ。右手に何かあるんですの?」

「それよりも」

割って入った御坂の声が若干怒りめに聞こえるのは気のせいだろうか。

「あー・んー・たー・はー、空間移動でコイツをどうするつもりだった?」

笑顔だったが、どう見ても作られたもので怖かった。

「もちろん、空間移動で脳天から地面に落下してもらおうと――」

「黒焦げの刑じゃあーっ!」

バヂィ!と超至近距離で電撃が放たれるが、白井は空間移動で避けたようだった。
空を切った電撃は何とか右手で処理した。

「お、おね、お姉様の電撃を……」

自分達より数メートル離れた位置で、白井が口をパクパクさせていた。
右手で電撃を打ち消したところを見て驚いたのだろう。

「で、でで、ででで、でも、そ、そんなことより、お、おお、おね、おねえ、お姉様が」

いくらなんでも動揺しすぎだろ。

「お姉様が、こ、この殿方を、か、かか、庇ったのはなぜですかーっ!」

後半は雄叫びと言っても良かった。
それぐらい大きい声でうるさかった。

「うっさーい!」

御坂も同様の感想を抱いたようで、前髪から白井に向かって電撃が繰り出される。
しかし、先程と同様に電撃は空間移動であっさりと回避された。

「コイツとは色々事情があんのよ!」

「じ、事情って一体なんですのーっ!」

「だからうるさーい!」

三度放たれる電撃に、それを空間移動で避ける白井。

「用事があるんでしょ。アンタはもう行きなさい」

「お、おう。とりあえず大変そうだけど、頑張れよ」

「ええ」

「二度とお姉様に近付くなですの!」

「黒子ーっ!」

御坂の絶叫を背に、上条はいよいよ雲川芹亜のマンションへ向かう。

一〇時一二分。

「と、ところで、しょ、少々真剣に尋ね、尋ねるの、ですが、あ、あの殿方は、ガチで何、何なんですの?」

上条が去ってから一分後、黒焦げになった白井は、息も絶え絶えになって尋ねた。

「えーっと……」

さて、どう答えよう、と御坂は困った。
二週間前ぐらいまでなら、知り合い、またはライバルと言っても良かったかもしれない。
だが今は、恩人へとクラスチェンジしてしまっている。
ここで素直に恩人と答えてしまえば、じゃあ何で恩人なの?という話になり、『妹達』について触れなければいけなくなってしまう。
黒子には『妹達』について教えていないから、それはまずい。

「お姉様?」

「いやー、だから、それはね」

というか、自分は何を返答に困っているのだろう。
恩人と言っては駄目なのなら、恩人と言わなければいいだけだ。
知り合いでいいのだ。
それなのに、何をこんなに――

「あのー、もしかしてあの殿方が、件の『アイツ』さんですの?」

「はっ、へっ、えっ、件のって、ど、どういうことよ?」

「ものすごく動揺していらっしゃるようですが、お姉様、事あるごとにアイツが~、アイツが~、って呟いていますの」

「え?ま、マジで?」

「マジですの」

「……アンタの言う通り、アイツって言うのは、あのツンツン頭の男の事よ」

「やはりそうですか。
 ところでお姉様、今朝八時ちょい過ぎくらいに、あの殿方に抱きついたのは何だったんですの?」

「なっ、何故それを……っ!?」

「他の方々は知りませんが、わたくしは見ていましたの。寮の眼前でのあの出来事を」

「にゃろぉ……」

噂になるのを恐れて、あの場からさっさと立ち去ったと言うのに、よりにもよって一番見られたくない奴に見られるとは。
……いや、正確には二番か。寮監に見られて罰を受けるよりはマシかもしれない。
もっとも、黒子に気付かれている以上、寮監に気付かれている可能性も十分あり得るのだが。

「あー……」

寮監にばれているかもしれないと思い始めると、どんどんテンションが下がっていく。

「一応言っとくけど、あれは海原を撒く為の苦肉の策。他意はないわ」

寮監を一緒に説得する為に、黒子には事情を分かってもらった方が良い。

「あー、そういえばいましたわね。あのカンニング野郎、ちょっと権力があるからってお姉様に近付きやがって」

黒子が海原の事をカンニング野郎と呼ぶのは、彼がアステカの魔術師から情報を盗んだように、
テスト問題を作るパソコンから情報を盗み取るという卑劣な行為をしているからだ。
もっとも、それだけの図太さ、ずる賢さがあったからこそ、アステカの魔術師に捕われても生還し、なおかつ情報を盗むという荒業が出来たのだろう。

「ですがお姉様、海原を撒くためなら、わたくしを誘ってくれれば良かったですのに」

「女じゃ一時凌ぎで意味ないでしょ。アイツとカップルのフリをして、二度と寄せ付けないようにしようとしたのよ」

「ですから、わたくしとカップルになっていただければ」

「私はアンタと違ってノーマルなの。というかむしろ、アンタと噂になる方が、海原と噂になるより嫌よ」

「なぁーんでですのーっ!黒子は……黒子はこんなにもお姉様を想っているのにーっ!」

「だー・かー・らー・うるさいっつーの!」

「あっぴゃーっ!」

黒焦げの白井に、さらなる電撃が叩きこまれた。

「あー、何発もぶっ放したら喉渇いた」

なんてことを呟きながら、御坂は自販機に向かっていく。

「お、お姉様、もしかして、またジュースを失敬するつもりですの?」

「当たり前でしょ」

御坂は自販機をバンバン叩きながら、

「コイツは私が新入生の時、一万円を呑んだポンコツなのよ。まだその分のツケは残りまくっているし」

「……」

そう言われると、敬愛補正もあって、白井としては強く出ることができない。

「さーて、いくわよー」

御坂はその場でトントンと、軽いステップを刻み、

「常盤台中学内伝、おばーちゃん式ナナメ四五度からの打撃による故障機械再生法!」

ちぇいさーっ!という掛け声とともに、反時計回りのハイキックが自販機の側面に叩きこまれた。
直後に、ガタゴトとジュースが落下する音がした。

「ヤシの実サイダーとかラッキー。さっすが私、強運ね」

プルタブを指で開けて、ごくごくと飲み始める。
白井はそれを見て、間接キスがしたいという欲望にかられるが、それ以上に気になる事が出来た。

お姉様にとって『アイツ』――ツンツン頭のあの少年は、間違いなく特別な存在として彼女の心に居座っているという事だ。
少なくとも、無意識に呟き、偽装カップルの相手として選んでしまうくらいには。

「ちっくしょー!あの類人猿めがー!」

「ぶふっ!ま、またアンタはうるさいわね!」

奇声を上げて仰向けに倒れていた白井が立ち上がるのを見て、
飲んでいたヤシの実サイダーを噴き出しつつ電撃を放とうとするが、白井にとってはそんなこと関係なかった。

ツンツン頭の少年、もとい類人猿。
はっきり言ってめちゃくちゃムカつくが、男に対して免疫がないままだと、後々碌な野郎に引っかからないとも限らない。
その点、あの人畜無害なお猿さんならば心配ないだろうし、ついでにそのヘタレぶりを見て男性全般に幻滅してくれれば、
そこに付け込んで慰めて、お姉様を篭絡できる可能性があるかもしれない。

と、高速演算したところで御坂の電撃が叩きこまれて、白井は完全に気を失った。

一〇時一六分。

「あのさ」

『何ですかにゃー』

上条は雲川のマンションまでの道中、土御門に電話をかけていた。

「何で俺には、自分がスパイだってことばらしたんだ?」

上条がこう質問するのにはわけがあった。
実は御坂には、一つだけ話していない事があった。
土御門がスパイということだ。
これは、御坂とベンチで話す数分前に、土御門から、
俺がスパイである事はばらすな、というメールが来た事による。
メールが来たということは、監視されているだけじゃなく会話すら聞かれていたと考えられる。
本格的にプライバシー侵害だ。
……まあ、それは一旦置いとくとして、いや、本当は置いておけないが、話を進めるために一旦置いておく。

御坂にばらすなと言ったのは、単純にスパイという立場上の問題もあるのだろう。
だからそれは納得できる。
ではなぜ自分にはばらしたのか。
成り行き上、というのはあるだろう。だがいくらでも誤魔化す事は出来たように思える。
それなのに、教えてくれた。

『簡単な事だよ。カミやんの事を信じているからさ』

「……それだけ?」

『それだけっつーか、まあ誤魔化すのも大変そうだし、
 ばらしたほうが逆に動きやすいかなとも思ったからっていうのもあるけど、一番は信じているからかにゃー』

「それなら、御坂に教えても良かったんじゃ……」

『いやいや、俺と第三位は顔見知りでも何でもないし、ばらすことにメリットはない』

「……そんなもんかね」

『そんなもんっすよ』

「……もう一つ質問なんだけど、結局お前は雲川先輩と繋がってんのか?」

『繋がってねーけど。あのさ、もしかしてカミやん、これから雲川先輩の部屋行くつもり?』

「行くつもりだけど。お前どこまで知ってんだよ」

『カミやん、きっと勘違いしているだろうから言っとくけど、俺が監視していたのは海原に変装していた魔術師だぞ』

「……え?マジで?」

『マジだにゃー。その反応だと、自分が監視されていると思っちゃってたかー』

ふざけんな、と思ったが土御門の言い分は確かに通る。

「つーか、それなら助けに来いよ。それ以前に、学園都市から追い出しておけばよかったじゃねぇか」

『こっちにもいろいろあるんだよ。でも、助けに行けなかったことについては済まない』

もっと飄々と何か言ってくると思っていたら、案外素直に謝罪されたので、逆に拍子抜けだった。

「……まあ、いいけどよ。海原は回収したのか?」

『ああ。まあ俺が回収した訳じゃないけど』

「インデックスの時のテレポーターか?」

『そうそう。先輩系巨乳女子高生のテレポーターに回収してもらいました』

「……はあ」

『何その呆れた感じ。言っとくけど、俺は舞夏一筋だから』

聞いてねーよ。と思いつつ、話を本題に戻す。

「俺を監視していない事は分かった。けど、それなら何で雲川先輩のところへ行くことが分かった?」

『簡単な推理だ。先日、雲川先輩から電話が来た。と俺に相談したな。
 カミやんならその時点で疑問を抱くはずだ。何で「妹達」のこと知っているんだ、ってな。
 それとチケットが二人分来たというところから、魔術についても何か知っているんじゃないかと思ったはずだ。
 そうだろう?』

「……ああ」

なんか心理がすごく見透かされている気がする。

『土御門と話し合おうとしても何かはぐらかしてきそうだ。じゃあ雲川先輩と話し合おう、と思ったはずだ。
 そして雲川先輩は、カミやんのお願いを絶対聞くと思った。
 だから近々、話し合いが設けられるかなと薄々思っていた。
 まさか、それが夏休み最終日だとは思わなかったけどな』

「ちょっと待てよ。今の推理で疑問が二つある。
 一つは、雲川先輩が俺のお願いなら絶対に聞くと思ったって言うのと、もう一つは、夏休み最終日だとは思わなかったってところだ」

『雲川先輩については自分で考えろ。
 夏休み最終日だとは思わなかったってのは、『御使堕し』での心労があるだろうし、学校で聞くと思っていたからだ。
 いやー、でもよかった。歩きながら電話しているのは分かっていたが、家路についているんじゃなく、
 雲川先輩のトコ行こうとしているのに気付けたってのは助かった』

「助かったってどういう意味だよ?」

『カミやんは頭いいんだからさ、少しは考えてみようぜ』

「なんだよ」

不満げに呟くも、上条は考える。
二〇秒ほどの熟考ののち、

「もしかして、俺が雲川先輩に余計な事を言う可能性があったからか」

『正解。では、カミやんが考える、余計な事とは?』

「お前がスパイってこと」

『半分正解。俺と雲川先輩は“本当に繋がっていない”。雲川先輩には俺がスパイだってことは知られていない。
 だからカミやんが下手打って、俺がスパイだってばらされていたら面倒だった』

「半分正解って、もう半分は?」

『ま、もう半分は分からなくても仕方ないな』

そう言って、土御門は続ける。

『雲川先輩は、魔術についても詳細を知らない』

「え?」

『正確には、全く知らないわけじゃないけどな。
 “学園都市の能力者とは全く違う法則の異能を扱う連中がいる”ことを知っているぐらいだ。
 今のカミやんの知識と変わらないぐらいしか知らない』

「でも、俺のところにチケットは二人分来たぞ」

『そりゃあ、カミやんが“謎の女の子と同棲している”ことぐらいは掴んでいるさ』

「……結局、雲川先輩は何者なんだ?」

『それは、雲川先輩本人に聞くといい。念を押すが、俺がスパイってことと魔術については聞くなよ。
 科学サイドの事なら、俺より詳しいだろうから「妹達」については、存分に聞けばいい』

そこで電話を切られた。
同時に、雲川先輩がいるマンションの前に着いた。

一〇時二一分。

インターホンを押した。
「ちょっと待ってほしいけど」とインターホン越しに言われ一〇分ほど待たされた。
そして出てきた雲川は、

「えっ……と……」

目のやり場に困った。
肩より少し黒い長髪と体は濡れていて、淡いピンクのバスローブに身を包んでいたからだ。
頬は桜色に上気し、大きい胸の谷間が見えるためなおさらに。

「どうした?」

「どうしたじゃないですよ。なんですかその恰好」

「シャワーを浴びただけだけど」

「何も俺が到着した途端に入らなくてもいいじゃないですか」

「私がシャワーを浴び始めたのは、インターホンが鳴らされる一〇分前くらいだけど。
 で、お前がバッドタイミングで来たのを一回お風呂から出て答えて、こうして今出てきたわけ」

「……じゃあ、俺が悪いんすかね」

「そうなるけど」

はっきり言われてしまうと、こっちが悪い気がしてくる。

「なんかすみません」

「別にいいけど。まあ立ち話もなんだから、上がると良いけど」

「……お邪魔します」

そうしてリビングへ招かれた直後だった。

「お前もシャワー浴びる?」

「ぶふっ!?」

思わず噴き出した。

「な、何を言って……」

「だって、制服は汚れているし、汗ばんでいるようだし、左頬は少し腫れているし、例のごとく『不幸』によって不良にでも絡まれたか?」

どうやらアステカの魔術師と戦った事までは知らないらしい。

「まあ、そんなところですけど、別にシャワー浴びるほどじゃないです」

「そうか。なら言い方を変えるけど。
 そんな汚い恰好で歩かれるとフローリングが汚れるし、ソファーに座られればソファーが汚れる。
 要するにこの部屋が汚くなる。それは困るから、シャワー浴びてこい」

「で、でも、汚いのは服であって、シャワーを浴びる必要性は」

「汗臭いけど。それだけ汗臭いと、この部屋に汗の臭いが移る。だから入れ。制服は洗濯してあげるから」

意地でもシャワーを浴びさせたいらしい。

「洗濯した制服はどう乾かすんですか。着替えの服だってないでしょう」

「制服を乾かすのなんて学園都市製の洗濯乾燥機でイチコロだけど。着替えの服もあるから、安心していい」

「着替えって、どんなのですか?」

「心配性だなあ。普通のTシャツにトランクスに男物のズボンだけど。
 ボクサーパンツの方が良いなら、それもあるけど。どっちがいい?」

「……トランクスでいいです」

ここまで言われると、反論する材料はなかった。
なんで男物の下着と服があるのか疑問だが、もう質問するのも面倒くさい。

「……分かりました。では、お言葉に甘えさせてもらいます」

「うんうん」

上条は雲川に案内されてバスルームへ向かう。

一〇時四五分。
さっきまで雲川先輩がシャワーを浴びていたと思うと、少しドキドキしないでもなかったが、
シャワーを一〇分ほどで済ませて上がり、用意された着替えを着てリビングに戻る。

「上がりましたー。……っぶふっ!」

二度目の吹き出し。
理由は単純。
ソファーに寝そべってくつろいでいる雲川が、淡いピンクのネグリジェ姿だったからだ。

「せ、先輩、その恰好……」

近付いて改めて見ると、ネグリジェは生地が薄いのか、透けてブラジャーやパンティーまで見える始末だった。
率直に言うと直視できなかった。

「ただの寝間着だけど。ここは私の部屋なのだから、どんな格好をしようが自由でしょ?」

「そ、そうですけど、俺と話し合いを設けるって分かっているんですから、何もそんな恰好じゃなくても、もっと別のがあるでしょう……」

「いいじゃない。これが楽なんだもの。私と上条の仲でしょ?」

「仲でしょ?て言われても、ただの先輩後輩関係だし、親しき仲にも礼儀ありって言うじゃないですか」

「だからこれが、私なりの最大の礼節だけど」

疲れる。

「そんなことより」

雲川はおもむろに立ち上がって、上条の左頬に右手で触れる。

「せ、先輩?」

雲川先輩の右手は、ひんやりとしていて柔らかくて気持ち良かった。
腫れて熱を持った左頬にだからなおさらだ。

「大丈夫?痛くない?」

「だ、大丈夫です……」

なんだろう。
いつもクールだった雲川先輩が、上目遣いで猫撫で声ほどあざとくない、優しく暖かい声をかけてくるのは、とんでもなく破壊力が高い。

「そう。大丈夫ならいいのだけど」

「は、はい」

右手が引かれた。

「こう言っちゃ酷いかもしれないが、お前にとってはそれぐらいの怪我、日常茶飯事かな」

「かもしれません」

「まったく。私としては、お前にはなるべく傷ついてほしくないのだけど」

「俺だって傷つきたくないですよ。ところで」

ここが雑談から話し合いへの転換点にする、と上条は本題を切りだす。

「先輩は、どうして『妹達』計画の事を知っていたんですか?」

「突然だな。まあいい。とりあえずそこへ座るといいけど」

「はい」

答えて、上条はソファーに座る。雲川も寝そべるではなく足を組んで座る。
若干偉そうだが、話し合いをする気はあるようだ。

「なぜ知っているかを説明するには、まずは私の立場から説明した方が分かりやすいだろうけど」

やはり、ただ者じゃない。

「私は、一二人いる学園都市統括理事会の一人に、ブレインとして雇われている」

「な、え?」

学園都市統括理事会といえば、学園都市の運営に携わる、トップの一二人で構成されている委員会で、
学園都市の司法や行政、軍事から貿易まで掌握する学園都市において最も重要な人物達ではなかったか。
その内の一人に、ブレインとして雇われているとはどういうことか。
そもそも、ブレインとは何か。まさかそのままの意味で『脳』だとでも言うのか。

「先輩は、学園都市統括理事会とコネクションがあるってことですか?」

様々な疑問点の中で、まず一番知りたい事を質問する。

「そう言ったつもりなのだけど」

「じゃあ、学園都市統括理事長については何か知っていますか?」

「知らない、というのがこの場合適切かな。
 ここに住んでいる学園都市に居る住人と同程度の認識しかないけど。
 学園都市統括理事長は、この学園都市を築いた人で、窓のないビルに籠城しているってことしか知らない。
 お前が聞きたいのは、こんなことじゃないでしょ?」

「え、ええ」

「では話を戻すけど。ブレインというのは、そのままの意味で『頭脳』ってことだ。
 私は統括理事会の一人の頭脳を務めている」

「それは、具体的にはどういうことですか」

「そいつの職務を代わりに担っているだけだけど」

ついに雲川先輩は、統括理事会の一人を『そいつ』呼ばわりした。
雇われの身というが、これでは彼女の方が偉そうではないか。

「それと職務以外に、『原石』の研究というのもやっている」

「それはどういったことですか」

「話し合いというよりは質疑応答だな。ま、こうなることは想定済みだけど」

なんてことをいってから、雲川先輩は続ける。

「『原石』はどうやって生まれるのかとか、『原石』には一体どんな能力があるとか、そういったことの追究だけど」

「……」

上条はここで迷った。
姫神について何か聞くかどうかだ。
姫神は学園都市にいるが、もとは魔術師アウレオルス=イザードに匿われていた存在だ。
土御門に魔術については言及するなと釘を刺されている。
姫神の事を聞けば、間接的に魔術に触れなければいけなくなる。

「そうですか。じゃあ雲川先輩が学園都市の裏について知っていたのも統括理事会と繋がっていたからですね」

結局、姫神の事は何も聞かないことにした。

「そうだけど」

「『妹達』計画を実行する前に止める事は出来なかったんですか」

「出来なかったけど」

あっさりと放たれた言葉に、上条は反射的に言葉を紡ぐ。

「出来なかったってどういうことですか!?統括理事会は学園都市のトップじゃないんですか!?
 まさか、統括理事会はクローンを複製するどころか虐殺するなんて非人道的な実験を支援していたんですか!?」

少し興奮気味の上条に対して、雲川は至って冷静に、

「落ち着け。私は支援なんてしちゃいないけど。だがな、統括理事会は一つじゃない。
 私とお前が通う高校の数学教師、親船素甘の母親、親船最中という善人もいるが、大半は学園都市の『闇』に染まった者で構成されている」

そもそもが、愚問だったのだ。
『妹達』計画が、自分達が介入して一方通行を倒すまで見逃されていた時点で、上が腐っているのは明白だったのだ。

「……くそっ」

思わずそう漏らした。
先輩のニュアンスからして、先輩は止めたい側だった。
だが、止められなかった。止めなかったのではなく、止められなかった。

「先輩達ではどうしようもなかった事は分かりました。
 でもそれなら、俺に相談してくれればよかったじゃないですか。
 現に俺が一方通行を倒したことで実験は止まったんですから」

次にくる言葉が分かりつつも、言わずにはいられなかった。

「理由は二つ。
 一つは、単純に巻き込みたくなかったから。もう一つは、お前が一方通行に勝てる確信がなかったから」

巻き込みたくなかったから。
やはりお決まりの言葉だった。

「じゃあ、勝てる確信があったらば、巻き込んでくれましたか」

「どうかな。私としては可愛い後輩に傷ついてほしくないから、それでも最後まで言わなかったかもしれないけど」

「……そうですか」

これ以上先輩を責めたって仕方ない。

「俺が一方通行を倒した後、実験はすぐ中止になりましたよね。それは、一方通行が自主的に実験を降りたからですか?」

「違うけど」

「え?」

予想外の返答に、一瞬動揺してしまう。

「お前という無能力者が、一方通行を倒したという事実が実験関係者を惑わせたから、
 というのと、もう一つ、『樹形図の設計者』が大破したからだけど」

「え?」

『樹形図の設計者』が大破とは、どういうことか。

「大破と私が言うのは違うかな。私がミサイルをぶっ放して『樹形図の設計者』を撃ち落としたけど」

「それはつまり、実験のための再演算が出来なかったのが致命傷となって」

「そう。実験は中止になった。一方通行の意思は関係ないけど。
 そもそも彼は、君にボコボコにされたために丸一日ほど眠っていたようだしね」

「ただ何発か殴っただけなのに」

「一方通行は『反射』で生きてきたから、素の肉体は貧弱だった。
 お前の拳を数発も食らえば、そりゃあグロッキーにもなるけど」

言われてみれば、彼は華奢だった。下手すれば、御坂よりも。

「っていうか、聞きそびれそうになりましたけど、ミサイルぶっ放して『樹形図の設計者』撃ち落として良かったんですか?
 確かあれには、いろんな役割がありましたよね?天気予報とか」

返答は一秒も待たずにあった。

「良かったに決まっているけど。私が実験を止めるためにできたのはこれぐらい。
 お前がやった功績に比べれば、微々たるものだけど」

先輩は実験を止める為だけに、学園都市の利益とか損失とかを無視してミサイルまで放って、実験の中核を担っていた『樹形図の設計者』を撃ち落とした。

「先輩……」

先輩を責めていたのは、お門違いもいいところだった。
彼女は敵だらけの統括理事会の中で実験を完全に止める事は出来なくても、なんとかしようと精一杯の努力はしていたのだ。

「すみません。さっきは少し興奮して、先輩を責めるような事を言ってしまって」

「……ちょっとこっちに来てほしいのだけど」

「……はい」

拳骨でもされるのだろうか。
立ち上がって、先輩の側まで行く。
すると先輩はソファーの上に立って、

「上条……」

ギュッ、と抱きしめられた。

「ふぇ、ふぇんはい?」

丁度先輩の大きい胸の辺りに顔面が埋まり、上手く喋る事が出来ない。

「ふ、ふへはははっへはふ(む、胸が当たっています)!」

このでたらめな言葉を、果たして理解してくれているか。

「知っているけど。今の私は、いわゆる『ばかっ。当ててんのよ』という状態だけど」

「おふっ!?」

理解したうえでからかってきている。
上条はじたばたと暴れる。

「こら、暴れるな。胸が痛い」

「ふっ(うっ)……」

どうすればいいのか。
思春期真っ只中の男子高校生上条当麻としては、これ以上は理性が崩壊しないとも限らないのだが。

『これ、悪ふざけはそこまでにしないか』

謎の声はテーブルの下から。
直後に、雲川先輩の抱きしめから解放された。

「今日はいろいろとお話を聞かせてくださってありがとうございました!もう俺はお暇します!」

解放されてから開口一番そう言い放って、

「今日借りた服は後日洗って返すんで!それじゃあ!」

急いで先輩の部屋から飛び出した。

「あーあ、逃げられちゃったけど」

独り言のような呟きに、テーブルの下から応答があった。

『どう考えても、君のせいだがね』

「制服も渡しそびれちゃったし」

『そこが疑問なのだが、どうして彼がシャワーを浴びている間に洗濯してあげなかった?
 着替えなど用意しなくとも、その間に洗って乾かせただろう?』

「女心が分かってないなあ。彼の事だ。衣服を貸し渡せば、洗って返すというだろう。
 そうすれば、もう一度ここに来ることになるけど」

『……それは長期期間中や土曜日ならそうかもしれんが、今日は夏休み最終日だぞ。
 借りた衣服など、学校で返すことになると思わんかね』

テーブルの下にある携帯端末から、統括理事会の一人である貝積継敏の指摘を受けて、雲川は一〇秒ほど沈黙したのち、

「……恋は盲目というが、鈍らせるのは目だけじゃないようだけど」

『つまり、そこまで考えが回らなかったと?』

「だが待ってほしい。私が『学校での衣服のやりとりは目立つから、私の部屋に来てほしいのだけど』
 とか適当なメールを送れば、私の部屋に自然な流れでもう一度招く事が出来はしないか?」

『……まあ、どっちでもいいんだがね。与えられた職務をしっかりとやってくれれば。そんなことより』

「そんなことよりとは何だ」

『そんなことより』

雲川の不満げな反応を無視して、貝積は続ける。

『彼と同棲しているらしい少女や、学園都市の超能力とは違う謎の異能を扱う連中について尋ねなくて良かったのかね?』

「簡単なことだけど。彼も所詮、巻き込まれただけの被害者にすぎない。どうせ彼も大した事情は知らないだろう」

『だとしても、同棲している少女については、聞かなくても良かったのか?』

「いいよ。
 そんなこと詳しく知ったってイラつくだけだろうし、彼の事だから、ヘタクソな嘘をつきつつも、意地でも真実は教えてくれないだろうし」

『ふむ。まあ、君がそれでいいなら構わんが』

「構わんがじゃないけど。大体、お前が『原石』を調べたいというのに付き合って忙しいというのに」

『そこを突かれると痛いが、君も嫌々ではなく、興味があるから付き合ってくれているのだろう?』

「それは『原石』の研究が、彼の右手について繋がるかもしれないと考えているからだけど」

『だが君の考えでは、彼の右手は「原石」というカテゴリにまとめられるものではなかったのかね?』

「だが全く関係ないとも思わないけど。というか、そんなことはどうでもいい」

『どうでもよくはないと思うが』

「どうでもいいんだよ、そんなことは。今一番大きな問題は、私は彼に嫌われていないかどうかということだけだけど」

『……おそらく大丈夫なのではないか。
 「樹形図の設計者」を撃ち落とした事によって実験を止める一要因を作った事は、好感度アップにつながったと思うが』

「そうか?お前もそう思うか?」

『だが先程の君の行為は行き過ぎだ。襲わせて既成事実でも作らせたかったのか?』

「そんなわけないけど。そんな強引な手で篭絡するつもりは毛頭ない」

『ならばなぜあんなことをした。思春期の男子は簡単に理性を崩壊させるぞ』

「さすが、男の意見は貴重だけど。しかし抱きついたことに裏はない。
 ただ単に、しおらしくしていた彼が、どうしようもなく愛おしくなっただけだ」

その言葉に、貝積は若干呆れた調子で、

『……そうか。まあ青春するのは構わんが、やることはしっかりやってくれよ』

「分かっているけど」

一一時〇二分。
勢いのまま先輩の部屋から飛び出して、制服を忘れたことに気付いた。
しかし飛び出した手前、戻るのは気まずい。

「……どうしようかなー」

制服の予備はあるし、置いてきた制服については、
明日学校に持ってきてくれませんか。
とでもメールを送れば済む話だから、そこまで気にする事はないのだが。

「にしても……」

あの先輩の抱きしめは何だったのか。
健全な男子高校生としては、理性があと一歩で崩壊しかけるぐらい興奮はしたが……。
もしかして、もしかすると、先輩は自分のことを好きだったりするのだろうか。
そう考えれば、話し合いを絶対に受けてくれると思ったという土御門の言い分に説明がつく。
バスローブ姿で出迎え、風呂上がりにはネグリジェ姿でいたことも、アピールだとしたら……。

「……なーんて、あるわけないか」

自意識過剰だろう。
先輩とは学校ですれ違えば挨拶をする程度の中で、良くも悪くもない。
連絡先も知っているが、ほとんど電話やメールもしたことない。
今日が出会ってから一番喋ったと思うくらいだ。

「あ」

冷静になって気付いた。
制服は、自分がシャワーを浴びている間に洗って乾かせたはずだ。
にもかかわらず、なぜわざわざ着替えを用意してくれたのだろうか。

それに、テーブルの下から聞こえてきた、おそらくは老人の声。
あれは何なのか。
タイミングからして、その老人は部屋の中の様子を知っていたと思えるが、だとしたら恥ずかしすぎる。

「まあ……いっか」

恥ずかしいが、今更気にしたって仕方ない。
そう割り切って、上条は買い物をして帰路についた。

一一時五五分。
上条がスーパーの袋を引っ提げて部屋に戻ると、インデックスがいなかった。

「おいおい……」

どこかに出かけた訳ではないはず。
普段から不用意に出歩くなと口を酸っぱくして言っているし、出かける用事もない。
御坂の話だと、アステカの魔術師は単体で潜入していたはずだから危機はないため、土御門の部屋に避難する理由もない。

「どういうことだ……」

海原の言っていた通り、早くも新たな敵が来たのか。
にしたって、いくらなんでも早すぎやしないか。

「待てよ……」

アステカ系じゃなければ、全く違う系統の新たな魔術師がインデックスを攫ったのか。
よくよく見ると、部屋は荒れていないが、ベランダの網戸が開け放たれていた。

「……くそっ!」

買ったものをその辺において、上条はインデックスの携帯を探す。

「……ない」

ということは、おそらくはインデックスが持っている。
だったら簡単だ。GPSで位置を割り出せる。

「待っていろよ、インデックス!」

携帯を操作して、インデックスの位置を検索する。

一二時一〇分。
とあるビルの屋上。

「その修道服を脱いでもらおうか」

そう告げたのは、全身を黒のスーツで包み、右手には梓弓を備えた男――闇咲逢魔。

「おとなしくその指示を聞く必要はないかも」

告げられて、反論した少女はインデックスと呼ばれる。
修道服『歩く教会』を身にまとい、頭には一〇万三〇〇〇冊の魔道書を蓄えている。

「では、少々痛い目を見てもらうぞ」

闇咲は梓弓を備えている右手をインデックスへ向けて、

「――衝打の弦」

容赦なく放たれた衝撃波をまともに受けて、インデックスの体が数メートルは吹っ飛んでコンクリートの床を転がった。

「けほっ、けほっ、こ、こんなことをしたって、私にダメージは通らないんだよ」

法王級の防御力を誇る『歩く教会』の前では、よほど強力じゃない限り、あらゆる物理も異能も通さない。

「そんなことは百も承知。
 だが、直接的なダメージはなくとも、今のように吹っ飛ばし、地面を転がせることくらいはできる。
 それには多少なりとも痛みは伴うだろう。少なくとも、むせるくらいにはな」

「だからって、私は絶対にこの『歩く教会』は脱がないんだよ」

「……ここに来るまでの道中、説明したはずだ。私には魔道書の知識がいる。
 それが欲しいだけで君自体に用はない。傷つけはしないと」

「私も、ここに来るまでの道中、説明したかも。
 魔道書は、並の人間に耐えられるものではないって。
 私の頭の中の魔道書の知識を盗もうとするなら、なおさら退く訳にはいかないんだよ」

「魔道書が並のモノではないことも分かっている。その上で欲しいと言っているのだ。
 別に良いだろう。苦しむのは君ではなく、私だ」

「苦しむのが私じゃなく、あなただからいいって理屈は意味不明かも。
 とにかく、絶対に魔道書の知識は渡さない!」

「賢い選択とは思えないな。大人しく従っていれば、痛みを伴う事はないのだが。
 まあ、仕方ない。はいと言うまで続けさせてもらおう。――衝打の弦」

放たれた衝撃波により、インデックスの体が数メートル宙を舞い、貯水タンクに激突した。

「かはっ、ごほっ」

「辛いだろう」

コツコツ、という足音。吹き飛ばされたために開いた距離を、闇咲はゆっくりと詰める。

「最後の忠告だ。
 ここで私の指示に従わなければ、自発的に、『魔道書の知識は渡しますので、やめてください』というまで、これまでの事を繰り返す」

インデックスに逃げるという選択肢はなかった。
闇咲の機動力の前では逃げ切れずに簡単に捕まってしまうからだ。

「無理、なんだよ」

「残念だ」

再び衝撃波が放たれ、インデックスの体が宙を舞った。

一二時二〇分。

「インデックス!」

上条はビルの屋上へつながる扉を開け放ちながら叫んだ。

「だいぶん早かったな」

そう告げる黒いスーツの男の傍らに、インデックスが横たわっていた。

「テ、メェ……」

上条の頭が一瞬で沸騰しかける。

「だ、いじょうぶ、なんだよ、とうま……」

インデックスの弱々しい声を聞いて、上条は完全にキレた。

「クッソやろおおおぉぉぉがぁぁぁあああああ!」

叫び、コンクリートを蹴って駆ける上条。
対して闇咲は、梓弓を備えている右手を上条の方へ向けて、

「断魔の弦」

見えない空気の刃が放たれた。
それは何の対策もしなければ、鉄筋コンクリートであろうとも容赦なく両断する圧縮空気の刃。
それに対して、上条はただ、拳の形を作った右手を突き出す。

「な、に――」

驚愕したのは闇咲。
ガラスが割れるような甲高い音と共に、空気の刃が打ち消されたためだ。

「――風魔の弦!」

闇咲は地面にビーチボールほどの空気の塊を放ち、それを斜め四五度の角度で踏んだ。
直後に、彼の体が一〇数メートル後退する。

「インデックス!大丈夫か!」

闇咲に距離を取られた上条は『歩く教会』に触れないように、左手だけでインデックスを起こす。

「大丈夫って、言っているんだよ?」

確かに目立った外傷や出血はない。しかし汚れてはいるし、声は弱々しかった。

「すぐに終わらせるから、少し待ってくれ」

「違う。違うの、とうま」

何が違うのか知らないが、それ以上インデックスと話すつもりはなかった。
一刻も早く、目の前の男をぶちのめして帰ることしか考えられなかった。

「なるほど」

イギリス清教がわざわざ保護させるぐらいだから何かはあると思っていたが、まさか魔術が打ち消されるとは思わなかった。

「何がなるほどだ」

「こちらの問題だ。何も気にする事はない」

しかし、魔術が通じないとなると、取れる手段は一つしかなかった。
闇咲は右手から梓弓をはずしてコンクリートの床に置いた。

「肉弾戦はそれほど得意ではないのだが、仕方ない」

一方上条としては、この展開は願ったり叶ったりだった。
おそらくは一撃目で魔術を打ち消されたことにより、魔術は通じないと考えたのだろう。

「速攻でぶっ潰す!」

まず駆けたのは上条。
一〇メートル以上はある距離を五歩、時間にして三秒弱で詰め、懐に入ったところで顔面へ向かって右拳を放つ。
が、

パシィ!と闇咲の左手によりあっさりとキャッチされた。
それどころか、反撃の右拳が放たれる。

「くっ」

バシン!と、上条も左手で右拳をキャッチした。

――何が肉弾戦は苦手だ。めちゃくちゃ力強ぇじゃねぇか!

焦る上条。
しかし闇咲の体つきから考えれば、肉弾戦もそれなりにできるのは不思議なことではなかった。

「ふっ」

闇咲の右脚が、上条の腹部を蹴るために動く。振り子のように後ろに振られる。

「させるかよ!」

前方に振られた闇咲の蹴りを、右足で太腿辺りを蹴って勢いを殺した。
直後に、上条と闇咲は同時に両手を振り払って、バックステップして距離を取る。
ゼロだった二人の距離が、五メートルほどに開く。

「もうやめて、とうま!」

インデックスの声で一瞬気が逸れた上条の下へ、闇咲が仕掛けた。
闇咲は五メートルもの距離を一瞬で詰めて連続でジャブを繰り出す。
上条はそのジャブを回避といなしによってやり過ごしながら後退する。

「とうま!」

やめてとでも言いたのかもしれないが、生憎あちらが攻めてきている以上、こちらも手を抜いている余裕はない。

「ふん!」

掛け声とともに顔面に向かって飛来してきた左拳を、顔を右に振って避ける。
闇咲の攻撃はそこで終わらない。
意識を刈り取るための右脚のハイキックが、側頭部を狙って放たれる。

――受けたらヤバい!

そう判断した上条は、ガードはせず屈むことによってハイキックを回避して、バックステップを数回して後退する。

「とうま!」

「何だよ!今まともに対応できる状況じゃねぇんだ!」

インデックスが叫び、上条が叫び返している間にも、闇咲は詰めより拳や蹴りを繰り出してくる。

「とうま!その人は悪い人じゃないの!」

「ああ!?」

闇咲の攻撃を何とかやり過ごしながら、無理矢理言葉を放つ。

「そりゃ、どういう意味だ!?お前をボコボコにしたやつの何が悪くないってんだ!」

「その人は、ある女性を助けたいがために、私の魔道書の知識を欲しているみたいなんだよ!」

「何!?」

「違う!断じて違う!」

突如、闇咲が大きな声を上げた。それに伴い、攻撃も若干大振りになる。

「その人、私を梓弓で打ちながら言っていたもん!」

梓弓というのは、さっきこの男が右手から外したものだろう。

「『私はただ、魔術師は何でもできる事を証明したかっただけだ。二度と挫折したくなかっただけだ。
 女一人救えないがために、この夢を諦めるわけにはいかない』って!」

「違う!」

一際大きな声をあげて、闇咲の右ストレートが飛ぶ。

「――いまいち、よく分からねぇけど」

大振りの右ストレートを左手でいなして掴み取り、

「とりあえずテメェには少しだけ大人しくなってもらおうか!」

左前隅に崩しながら、前回りさばきで踏み込み体を沈め、右手で闇咲の背広の襟を掴んで、そこから背負い上げて投げた。

「ごはっ!」

豪快な背負い投げをされてコンクリートの床に強く体を打ちつけた闇咲は、間もなく意識を失った。

「気絶させるつもりはなかったんだけどな」

「とうま!」

インデックスが駆けよってきて抱きついてきた。

「大丈夫?」

「そりゃこっちの台詞だ」

「私は大丈夫なんだよ。何せ『歩く教会』があるんだもん」

「そういう問題じゃないだろ。衝撃とかは完全に殺し切れないんだろ?
 後ろから撃たれてベランダに引っかかったこともあるんだから。そしたら、痛みだって多少は伴うはずだ」

「そうだけど、そんなのとうまの直接的ダメージに比べれば微々たるものなんだよ」

「……本当に大丈夫か?」

「うん。それよりも、この人のことなんだけど」

「要するに、こいつはなにがしたいって?」

「女性を救いたいって思っているんだと思う」

「女性を救うのに、インデックスを連れ去った理由は?」

「私の頭の中の魔道書の知識を欲しているみたい。
 おそらくその女性は、魔術的な『呪い』か何かに苦しめられているんだよ」

「……よく分からねぇけど、だったら俺の右手でどうにかなるんじゃないのか」

「……かもしれないね。
 でも感情を昂ぶらせて漏らしただけの断片的な情報だけじゃ何とも言えない。
 しっかりと話を聞いた方が良いかも」

「そうと決まれば、と言いたいところだが、このまま起こして暴れられたら困るな」

よって拘束するためのロープか何かをどこかから調達したいところだが、
その間に魔術師が目を覚まして暴れられては、インデックスでは抑えられないだろう。
逆にインデックスに調達させるのも難しい。

「どうするの、とうま」

調達するにしても暴れられた時に抑えるにしても、あと一人必要だ。
魔術師が絡んだ事例において、頼れる人間は二人しかいない。

「土御門を呼ぶか」

いつ魔術師が目覚めるかも分からないので早速土御門に電話をかけたが、
おかけになった電話は電波の届かないところにあるか電源が入っていない為かかりません的なアナウンスが流れ、かからなかった。

「肝心な時に出ないな」

「じゃあもう暴れられるのを覚悟で起こしちゃう?」

「待て。もう一人、いるんだ」

「え?」

「御坂美琴。会ったばかりの時に説明しただろ。超電磁砲の」

「ああ。とうまに負けてばっかりの娘だね。でもみことを巻き込む訳にはいかないんじゃないの」

「さっき、魔術師に追いかけられているって電話で言っただろ?
 実はその魔術師の狙いは俺と俺の周囲の皆を殺す計画だったから、御坂も巻き込まれて、魔術について知ることになったんだ」

「そうなんだ。でも、だからってみことを巻き込む訳にはいかないかも」

「そうしたいのは山々だが、拘束する為のロープか何かを調達してもらうだけだし、協力してもらわないと仕方ない」

「……仕方ないね。分かったんだよ」

「かけるぞ」

上条は御坂へ電話をかける。

一二時三五分。

「これでよかったわけ?」

御坂は早かった。
まともに走ってきて階段を使って昇ってきたわけではなく、磁力を使いこなして飛んできたからだ。

「おう。サンキュー」

御坂からロープを受け取ると、

「私に任せて」

インデックスがにゅっ、と手を出してきた。

「本当に大丈夫か?」

「大丈夫なんだよ。信じて任せて」

「……分かった」

インデックスにロープを渡した。直後、

「(ちょっと来なさいよ)」

小声でつぶやかれて、首根っこを引っ張られる。
そしてインデックスと数メートルの距離が開いたあと、

「あのシスターが禁書目録って娘?」

「禁書目録でも間違いはないけど、俺はインデックスって呼んでいる」

「ふーん。あの娘がねぇー」

「……何だよ、その反応」

「別に。アンタがあの娘に手を出さないか心配なだけよ」

「ばっ、何言ってんだよ!」

「大きい声出さないでようるさいわね。冗談よ、冗談」

「下らない冗談言うんじゃねぇよ。特に用がないなら戻るぞ」

「待って、待って。今のはほんの冗談だって言っているでしょ」

「……まだ何か聞きたい事が?」

「あるに決まってんでしょ。ていうか、人をパシっておいてその態度はないんじゃない?」

そう言われると弱いところもある。

「すみません。どうぞなんなりとお申し付けください」

「わけ分かんないキャラ演じなくていいから。あの男も魔術師ってやつ?」

「ああ。名前まではまだ知らないけど」

「拘束する意味は?追い出すか風紀委員か警備員に通報すればいいじゃない」

「いやちょっとな。
 インデックスによるとあの男、ある女性を助けるためにこの学園都市に乗り込んで、
 インデックスの頭の中にある一〇万三〇〇〇冊の魔道書のうちの一冊を盗もうとしたらしい」

「……うん。よく分からない」

「俺も自分で言っていてよく分かってない。
 だからあの男を拘束したのち起こして、詳しい事情を聞こうと思ったんだけど」

「ていうか、私がいれば拘束なんてしなくとも電撃で麻痺らせたりとか出来なくもないと思うんだけど?」

「舌も麻痺らせたりしないだろうな」

「あ……」

「あ、じゃねぇよ。大体、なるべく傷つけたくないだろ」

「そう言えばアンタは、そういう男だったわね」

とそこで、

「とぉーまー」

インデックスが不機嫌そうに後ろに立っていた。

「何みこととイチャイチャしているんだよ」

「ばっ、馬鹿言ってんじゃないわよ!誰もイチャイチャなんてしてないわよ!」

過剰な反応を示したのは御坂の方だった。

「ちょっと話しあっていただけだ。それより、ここにいるってことは、拘束終わったのか?」

「……終わったよ。手首だけだけど」

相変わらず不機嫌そうだったが、とりあえず今は闇咲をどうするかが先だ。

一二時四〇分。

「おい、起きろ」

上条は胡坐の状態で座らせている闇咲の肩を揺さぶる。

「んん……」

「目を覚ましたみたいね」

闇咲は動こうとして、手首を縄で結ばれてどうしようもない事を悟った。

「……何のつもりだ」

「そりゃこっちの台詞だ。アンタの目的を詳しく教えろ」

「教える必要がない」

「あるんだよ。またわけの分からない理由でインデックスを狙われたらたまらないからな」

「わけが分からなくはない!私は、夢を諦めない為に魔道書が必要だと言っているんだ!」

「じゃあ、その夢ってのを詳しく聞かせろよ」

ここまでのやりとりで、闇咲は思った。
わざと挑発するような事を言って、言葉を引き出させたのではないか、と。

「説明して何になる?」

「救えるかもしれないんだよ。その女性を」

「何?」

「あなたも見たでしょ。とうまが魔術を打ち消したのを」

そう言えば、と闇咲は思わず瞠目した。

「そういうこと。俺の右手は、それが異能の力なら、超能力だろうが魔術だろうが何でも打ち消す。
 その女性が『呪い』らしきもので苦しんでいるっていうなら、問題ないはずだ」

「だから、詳しい事を説明してほしいんだよ」

「……ふっ」

闇咲は呆れた。
目の前にいるお人好し達にも、女一人助けるのに理由を求めていた自分自身にも。

「詳しい事など何もない。私はただ、魔術的な『呪い』で苦しめられている一人の女性を救うために魔道書を欲しただけ」

「じゃあ」

「君の右手なら何とかなるかもしれない。だから、手を貸してくれるか」

「お安い御用だ。だが、その前に、インデックスに謝ってもらおうか」

「分かった」

闇咲はインデックスの方を向いて、

「すまなかった」

会釈するように頭を下げた。

「ううん。いいんだよ。魔道書に毒されることもなくなって、本当に良かった」

あれだけ梓弓の攻撃を喰らっておいて攻撃した張本人を気遣えるなんて、なんという聖女だろう。

「よしっ。それじゃあ行きますか。その女性を救いに」

「ちょっと待って」

ここで今まで黙っていた御坂が口を開いた。

「えーと、そちらの魔術師さんは、『外』から来たのよね?
 じゃあその救いたい女性も、『外』にいるってことにならない?」

「その辺は問題ない。私には魔術がある。
 少年は私の手首に紐を解いて、お嬢さんか禁書目録のどちらかに梓弓を持ってきてもらいたい」

「私が取ってくるんだよ」

「透魔の弦」

闇咲が唱えると、彼の体が透けて見えなくなった。

「すげーな、おい」

「でも、電磁波の反射波では探知できるから、姿が見えなくても赤外線レーザーとかサーモチェックでアウトになるはずなんだけど……。
 黒子からは建設途中のビルが倒壊したことによる第三級警報(コードイエロー)が発令しているとしか聞いてないわよ」

「侵入者がいたとすれば、第二級警報(コードオレンジ)になってもおかしくないのに、って言いたいのか?」

「うん」

「それはそうだ。私は風魔の弦を駆使して外壁の上に立ってから、今の魔術を使ったのだから」

「なるほどね。確かにそれなら、少しの間監視衛星には映るかもしれないけど、侵入と脱出は可能そうね」

「海原に至っては、変装があったから堂々と侵入と脱出を繰り返していたのかもな」

「……学園都市のセキリュティって、案外たいしたことないのかもしれないわね」

「かもな」

「そもそも、今の状況だって監視衛星があるから“異常”があることぐらい明らかなのに、そこはどうなってんのかしら」

「いろいろ事情があるっぽいな」

「そんなことより」

科学一色の話題でついていけなかったインデックスが、いよいよ割って入った。

「これでこの人は難なく脱出できるってことになったんだから、
 あとはとうまと私の外出手続きを済ませるのと、『外』での待ち合わせ場所を決めないと」

「あん?お前はいかなくてもいいだろ、インデックス」

「何言ってるんだよ。私はとうまがいないとごはんも食べられなくて困っちゃうかも。それに『外』のごはんにも興味あるし」

「悪い、御坂。インデックスを俺が帰ってくるまで預かってくれないか」

「……しょうがないわね。今日はどれだけ私に貸しを作るのかしら」

「いつか埋め合わせは必ずするよ」

「分かったわ」

「ちょ、え、何勝手に話進めているんだよ!私はとうまと」

「はいはーい。いい子だから私と一緒に行きましょうね~」

インデックスは御坂に首根っこを引っ張られてフェードアウトしていく。

「さて、じゃあいろいろ決めて、諸々の手続き済ませて、行きますか!」

上条当麻と闇咲逢魔は、いよいよ女性を救うために動き出す。

これで五巻の上条サイドは終わりです。

>>1です。
ようやく一方通行サイドの書き溜めが終わったので投下します。
しかしながら、展開は原作と同様で再構成の意味がない感じになってしまいました。
それを踏まえたうえで、どうか温かい目で読んでいただけると幸いです。

八月三一日。
〇〇時〇〇分。

とある路地裏で、コンビニで大量の缶コーヒーを購入した帰りの一方通行は、合計一〇人もの不良達に襲撃されていた。
襲撃されていたが、

「ぐああ!」

攻撃を『反射』され地面をのたうちまわって苦しんでいたのは不良達の方だった。

「ち、っくしょおおお!」

不良の一人が、往生際悪くナイフを持って一方通行へ向かう。

「ぎゃああ!」

しかし、響いた悲鳴は一方通行ではなくナイフを突き刺した不良の方だった。
それもそのはず、不良のナイフの全体重を乗せた一撃はあっさりと『反射』され、手首の骨を折ったのだから。

結局不良達一〇人の襲撃は、一方通行を殺すどころか、傷一つつけることすらできなかった。

「あン?」

一方通行は、いつのまにか自分を取り囲む喧騒が沈黙している事に気付いた。
ふと後ろを振り向くと、不良達が地面にのたうちまわっているのが見える。

「ふン」

一方通行にとって、不良達の襲撃は少しうるさい通行人とすれ違った程度でしかない。
襲撃されたことに、これといった感情は抱かない。トドメを刺そうなんて思わない。
一方通行は、再び前を向いてゆっくりと歩きだす。

「……牙剥いたバカ見逃すなンて、俺の人格じゃねェンだけどな」

一方通行は歩きながら首を捻る。
不良達を見逃したのが、自分でも分からなかった。
以前までも、不良達を見逃す事は気まぐれでたまにあったが、今は気まぐれで見逃した訳じゃない。
どうしようもない無気力感があるのだ。

「やっぱ、何かが変わったンだろうな」

独り言をつぶやきながら、一方通行は考える。

「……分っかンねェな。一体何が変わったってンだ?」

ただ、変わったきっかけは分かる。
それは間違いなく、二週間ほど前にツンツン頭の謎の少年に敗北したことによるだろう。
さらに言えば、敗北したことに加えて、『樹形図の設計者』も撃ち落とされて実験が中止になった事だろう。

あれから自分を取り囲む世界も変わった。
具体的には、不良が頻繁に襲撃を仕掛けてくるようになった。
以前からあったが、ここ最近は酷い。
だからと言って、困るような事は全くないが。
襲い掛かってくる不良達は、決まってこう言う。

『へへっ。テメェ、無能力者に負けたんだってな。学園都市中で噂になってんぜ』

つまり、これが頻繁に襲われるようになった原因。
相対したからこそ分かるが、実際のところ少年は無能力ではなかった。
少なくとも第三位を軽くあしらい、自分の『反射』を無効化できる右手を持つ超人だ。
それなのに無能力者という事は、おそらく身体検査で反応が出ないのだろう。
炎を出すなど、分かりやすい能力ではないから。
もしくは情報統制で、わざと自分に馬鹿どもを襲わせるように仕向けているか。
まあ、どっちでもいいのだが。
ただ言えるのは、負けたからといって『反射』がなくなった訳ではない。
よって、あの規格外の右手以外では、何人たりとも自分の体に傷一つつけることすら出来ないことに変わりはないのに。

「なァーンなーンでェーすかー?」

自分の無気力感と、襲ってくる馬鹿どもの馬鹿さ加減に対する、疑問と呆れ。
一方通行は腕を組んで歩き続ける。

「わわっ!これはとんでもない現場に遭遇してしまったかも、ってミサ」

なんかだいぶ後ろでやけに響く甲高い『声』が聞こえたので、空気の振動を『反射』して余計な音を全てシャットアウトした。
そして路地裏を抜けて大通りに出る。

しばらくは考えながらかつ余計な音を反射して歩いていたからだろう。
背後で、頭から汚い水色の毛布を被っているだけの、見た目一〇歳前後の少年か少女が、自分に向かって何か言っているのに気づくのが遅れたのは。

一方通行は一旦止まって空を見上げてから、試しに音の反射を切ってみることにした。

「――いやーなんというか、ここまで完全完璧無反応だとむしろ清々しいんだけど、
 歩くペースとか普通っぽいから、悪意を持って無視しているわけではなさそうだし、
 もしかして究極の天然なのかなー、ってミサカはミサカは首を傾げてみたり」

マシンガントークとはこのことかというぐらい言葉を並べたてられた上に声は甲高いため、まず抱いた感想は、鬱陶しい、だった。
よって一方通行は、(声の高さからおそらく)少女を置いて歩き出した。

「あれれ、ひょっとしてなかったことにされている?ミサカのことは見えていない妖精扱いなの?
 ほらほら、ミサカはここにいるよー、ってミサカはミサカは自己の存在を猛アピールしているのに存在全否定?」

あまりにもうるさいので、もう一回音を反射しようとも思ったが、

「待て……ミサカだと?」

一方通行は足を止めて、小走りで自分を追いかけてきた毛布少女に向かって、

「オマエ、その毛布取っ払って顔を見せろ」

「え?ぇ、えっと、まさかこんな往来で女性に衣服を脱げというのは些か大胆が過ぎるというか、要求として無茶があるというか……ほんき?」

「毛布は衣服じゃねェし、こンな往来つっても今は深夜。人なンてまともに歩いちゃいねェンだよ。分かったら顔見せろ。
 さもなきゃ無理矢理剥ぐぞ」

「わ、分かったからそのマジな目やめて、顔見せれば良いんだよね、ってミサカはミサカは確認を取ってみる」

「分かってンなら早くしろ」

「う、うん、ってミサカはミサカは返事してみる」

少女は、フードのように被っている毛布を右手でめくった。

「こ、これでいい?ってミサカはミサカは尋ねてみる」

「……あァ」

間違いなかった。
『妹達』の顔にそっくりの少女、ただし見た目は体の大きさと同じで一〇歳前後。
『妹達』の“残り”か。

「おい」

「何、ってミサカはミサ」

口調が終わる前に、一方通行は食い気味で、

「オマエ、何でこンなところに一人でいやがる」

「ようやくまともな会話が出来そうだ、ってミサカはミサカは歓喜に震えてみたり!」

「大体、何でそンなにうるさくてチビでガキなンだ?」

「と思ったら、一方的に罵倒されるだけで会話のキャッチボール成立まではまだまだ遠い道のりかもしれない、ってミサカはミサ」

「いいから、余計な事は一切喋らずに、俺が聞いたことだけ答えろ」

「は、はい、ってミサカはミサカはアナタの睨みに恐れ慄きながら首を縦に振ってみる」

「ミサカの検体番号(シリアルナンバー)は二〇〇〇一号で『妹達』の最終ロットとして製造されたの。
 コードもまんま『打ち止め』(ラストオーダー)。
 本来なら実験に使用されるはずだったんだけど、途中で中止になっちゃったから、ミサカはまだ調整が終わってないのね。
 製造途中で培養器から放り出されちゃったから、こんなにチンマリしちゃっているの、ってミサカはミサカは事情を説明」

よく喋るというのはうるさいが、情報を聞き出すのは楽だ。

「オマエのことはよォーく分かった。それで、俺にどうしろってンだ?」

「実験の要であったアナタなら、研究者と繋がりがあると思うから、コンタクトを取ってもらいたいの。
 今のミサカは肉体も人格も不安定な状態なので、できればもう一回培養器に入れて『完成』させてほしいわけなの、
 ってミサカはミサカは小首をかしげて可愛らしくお願いしてみる」

「他ァ当たれ」

「いえーい、即答速攻大否定、ってミサカはミサカはヤケクソ気味に叫んでみたり。
 でも他に行くアテもないので、ミサカはミサカは諦めないんだから」

このガキはどういうつもりなのか。
『妹達』は脳波リンクによって記憶を共有させていたはずだから、自分が一万人弱の『妹達』を殺しているのは知っているはずなのに。
それとも、製造途中の彼女には脳波リンクの機能がなかったのだろうか。

〇〇時五一分。
一方通行は我が家である五階建ての学生寮の階段を昇っていた。
打ち止めも付いてきていた。

「うぉあー、ステキなところにお住まいだったのねー、ってミサカはミサカは感心してみたり」

「どこが。一般的などこにでもあるごく平凡な学生寮だろォが」

「自分の部屋、自分の空間があるって素晴らしいもの、ってミサカはミサカは瞳をキラキラさせながら補足説明してみたり」

「あっそ。どうでもいいけどよォ、オマエどこまでついてくる気?」

「さっき言ったよ?ミサカは諦められないって。だからお世話になります、ってミサカはミサカは頭をぺこりと下げてみたり」

「はァ?」

「御馳走になります、ってミサカはミサカへ三食昼寝オヤツ付きを希望」

屈託のない笑みで言われたが、こちらとしては面倒以外の何物でもない。

「他ァ当たれ」

「だからさっきから諦められないって言ってるじゃん、ってミサカはミサカは念を押してみたり」

もう口を動かすのも面倒なので無視することにした。

「あ、待って。アナタの部屋ってどこ?ってミサカはミサカは質問してみたり」

無視。

「むむ……。――電磁性ソナー起動、周波数三二〇〇メガヘルツにて発振、
 現状、当フロアの一室に不審物を手にした人影を五人確認、ってミサカはミサカは報告してみたり。
 これはひょっとするとアナタの部屋なのかも、ってミサカはミサカは助言してみる」

一方通行は例の如く無視して自分の部屋の前、三一一号室のところまで歩いたところで、

「どうやらオマエのハッタリ、案外的を射てたみてェだぜ」

まずドアがなかった。
そして部屋の中はぐちゃぐちゃだった。

「うわっ、ってミサカはミサカは絶句してみたり」

一方通行は目の前の光景に、ほんの一瞬、息をとめた。
結局はこれが自分の能力の本質。
自分は徹底的に守り抜くが、逆に言えば自分以外は何一つ守れない。

「くだらねェ」

一方通行は土足のままで自分の部屋に入り込んだ。
特に感慨はなかった。自分を取り巻く現状を考えれば、別段不思議なことではない。

「あ、あの」

「何だ」

一方通行はひっくり返されたベッドを、
足のベクトルを操作して軽く蹴りあげることによって器用にひっくり返した。

「風紀委員や警備員に通報しなくてもいいの、ってミサカはミサ」

「面倒臭ェ」

通報によってここを襲撃した犯人は捕まるかもしれない。
だがそれで自分に対する襲撃が終わる訳ではない。
明日は別の、明後日はそのまた別の人間が襲撃してくるだけだ。

「で、オマエどうすンの?勝手に寝泊まりする分には構わねェが、はっきり言ってここより路上の方が安全かもしンねェぞ」

ダメもとだったが、布団部分が多少引き裂かれているぐらいだったため使えると判断し、一方通行はそのままベッドの上に転がりこむ。

「それでもお世話になります、ってミサカはミサカは決意表明してみる」

「何で?」

「誰かと一緒にいたいから、ってミサカはミサカは即答してみたり」

一方通行はベッドの上で少し黙りこんだ。
ぼんやりと天井を眺める。

「勝手にしろ」

「それじゃお邪魔します。
 うーん、綿が飛び出しているけど、このソファーで我慢するしかないか。
 一応宣告しておくけど、寝込みを襲うのはNGなんだからね、ってミサカはミサ」

「寝ろ」

「むむ……」

一方通行は目を閉じた。暗闇の中、もそもそと打ち止めが動く音が聞こえる。
埃っぽい空気に慣れていないのか、こほっこほっと咳のような音も聞こえた。
それらの音もやがてなくなり、完全な静寂が訪れた。

一四時〇五分。
一方通行は空腹で目が覚めた。
辛うじて壁に引っかかっている時計を見て、昼食の時間を過ぎている事に気付き、
とりあえず起きて何か食べようと思いベッドから体を起こした直後、

「あ、ようやく起きた。
 おはようございますってかもうこんにちはの時間なんだけど、とにもかくにもお腹がすいたので何かごはんを作ってくれたりすると、
 ミサカはミサカは幸せ指数が三〇程アップしてみたり」

ベッドにもたれかかっていた打ち止めが超至近距離で言ってきた。

「朝からうるせェな」

「もう昼過ぎだよ、ってミサカはミサカは的確なツッコミを入れてみる」

「つか、何でこンな近くにいるンだ。オマエはソファーで寝てたンじゃねェのかよ」

「一一時半くらいからアナタを起こそうと思っていろいろしていたんだけど、
 まったく起きなかったから疲れてベッドにもたれかかっていたの、ってミサカはミサカは苦労をアピールしてみたり」

「そりゃあご苦労さン」

『反射』は睡眠中も適用される。
安眠用に『音』も反射してしまえば、外部刺激によって一方通行を起こすことは不可能だ。

「そう思うならごはんを提供してほしいな、ってミサカはミサカは懇願してみる」

一方通行は打ち止めを無視してベッドから出て玄関へ向かう。

「あれー?台所はそっちじゃないと思うんだけど、ってミサカはミサカは正しい台所方向を指さしてみたり」

「何で俺がメシ作らなきゃなンねェンだ。俺がそンな事する人間に見えンのかよ」

「そこは意外性を出すためにエプロン装備の家庭的一方通行を期待して、ってあれ?」

冗談を無視して歩いていく一方通行の後ろを、待ってーと追いかける打ち止めであった。

一五時〇五分。
とあるファミレス。

「いらっしゃいませー。二名様でよろしかったですか?」

「よろしかったですー、ってミサカはミサカは元気よく返事をしてみる」

「では、こちらへどうぞー」

ウエイトレスは若干笑顔をひきつらせていたが、どうやらこんな汚い毛布少女でもがミレスで昼食は摂れるらしい。

一方通行と打ち止めは窓際の席に案内された。
このブザーを押せばウエイトレスさんが飛んでくるのね、とか言ってそわそわしている打ち止めをよそに、
一方通行はなんとなく窓の外を眺めて、

背を丸めて通りを歩いている男と目があった。

「アイツ……天井亜雄」

目があったからか、天井は慌てて駐車場に停めてあった青いスポーツカーに乗ってどこかへ走り去った。

天井亜雄という男は、二〇代後半の研究員で、絶対能力進化実験を最後まで推し進めていた人間だった。
しかし実験は中止になったため、スーパーコンピュータの予測演算は狂っているとされ、
実験推進派は、今でも膨大なデータの山に隠されたバグを探すために連日格闘しているはずだが……。

「なになにどうしたの、ってミサカはミサカは聞いてみたり」

「オマエの探し人がいたンだよ」

「探し人?ってミサカはミサカは首を傾げてみる」

研究員を探しているのではなかったのか。
とはいえ、ここで下手に研究員を見つけた事を言ってしまえば、じゃあ追いかけよう!なんて言われて面倒なことになりかねない可能性もある。
むしろ今の状況の方が、楽と言えば楽か。

「……いや、何でもねェ」

「そう。ならいいけど、ってミサカはミサカは内心では何かあるだろと勘繰ってみる」

特に言う事はないので何も言葉を返さなかった。
それでも打ち止めは、一人で喋り続ける。

「ここ最近寝ても疲れが取れない、ってミサカはミサカは愚痴ってみたり」

そりゃあ未完成だからじゃねェの。と思ったが、下手に会話につながったら面倒なので、特に反応は示さなかった。

「もう無視するのはデフォなのね、ってミサカはミサ」

そのタイミングでウエイトレスが水を運んで来たので、一方通行は適当に注文を済ます。
それに倣い打ち止めも注文を済ました。

「あ、あの、今更なんだけど、ミサカの分も払ってくれるんだよね、ってミサカはミサカはおそるおそる確認を取ってみる」

「あァ」

これ以上騒がれると面倒なので、初めからファミレスの料理代くらい払ってやるつもりだった。
奨学金と実験協力でお金は腐るほどある。
なんなら打ち止めに数百万くらい分け与えてもいいぐらいだ。
二度と付き纏わないでくれるなら。

「ありがとう、ってミサカはミサ」

「感謝してンなら、少し閉口してくンねェかな」

「分かった、ってミサカはミサカはしょげてみたり」

何を落ち込む必要があるのか、よく分からない。

しかし打ち止めは、二分もしないうちに再び口を開いた。

「アナタでも普通に食事をしようとするのね、ってミサカはミサカは感心してみたり」

「あァ?」

「アナタの場合は店のドアを蹴破って、食べるものを食べたら窓を破って悠々と食い逃げしそうなイメージがあったので、
 ってミサカはミサカは正直に言ってみる」

「俺はそこまで非常識じゃねェよ。金にも困ってねェしな」

別に打ち止めの言う事を実行できない訳ではない。
ただ、実験も中止になってバックに居る組織もないから、派手に動くと色々面倒になる。
それでも無理矢理『社会』に歯向かうことは可能だ。
そして最終的に全人類を敵に回したって勝てる。核ミサイルの雨でも平気だ。
だがその後に待っているのは原始人のような洞穴の生活だけ。
人間として最低限の営みをするためには、結局は集団の中で生きなければならない。
という説明が面倒くさかったので、適当に『俺は常識と金がある』の一言で済ませた。

「分かったら黙ってろ。今度勝手に喋ったら、オマエの分の金払わねェぞ」

その言葉が案外効いたのか、打ち止めはそこから喋る事はなかった。

一五時一五分。

「お待たせしましたー」

打ち止めが黙り始めてから数分後、ウエイトレスが打ち止めの分の料理を運んできた。
が、いつまで経っても料理に手を出さない。
一瞬、猫舌で熱いものは食べられなくて冷めるのを待っているのかとも思ったが、うずうずしている様子を見ると、そういうわけでもなさそうだ。

「食わねェのか、それ」

問いかけに、打ち止めは答えなかった。
何度か瞬きをして、こちらの顔色を窺っているようだった。

「あァ、別に俺の質問には答えていい。答えたくないなら、答えなくてもいいけどよォ」

「こ、答えなかったら、お金払わないとかない?ってミサカはミサ」

「ねェよ」

「……誰かとごはん食べるの初めてだから、一緒にいただきますっていうのをやりたいから、
 ってミサカはミサカは希望を言ってみたり」

「あァそォ。けど、俺の料理が運ばれてくるまでに冷めるかもしンねェぞ」

「それでもいい、ってミサカはミサカは微笑んでみたり」

結局、一方通行の前に料理が運ばれて来たのは、打ち止めの料理が運ばれてから一五分も後だった。
打ち止めの前に置かれた料理は、すっかり冷めていた。
それでも少女は、嬉しそうに笑っていた。

「美味しい、ってミサカはミサカは評価してみたり」

「こンなもン、冷凍レトルトフリーズドライのオンパレードじゃねェか。しかもそっちは冷めてンだろォが」

「けど美味しいものは美味しいし、ってミサカはミサカは満足してみたり。
 それに、誰かと食べるごはんは一味違うって、ミサカはミサカは精神論を述べてみる」

「……あのさァ、本当なら昨日の時点で聞いておくべきだったと思うけどよォ、オマエ、どういう神経してンだよ。
 俺がオマエ達に何やったか覚えてねェのか?」

「ミサカは残ったすべてのミサカと脳波リンクで精神的に接続した状態だから、もちろん覚えてる」

即答だった。

「でも、だから何って話。
 ミサカ達は『ミサカネットワーク』という巨大な大脳を支える脳細胞のようなもの。
 単体が死亡したって、ネットワークそのものが消滅する事はない。
 ミサカの最後の一人が、消えてなくなるまでは」

淡々と述べる少女に、一方通行は嫌悪感さえ抱いた。
人間とは全く異なる構造をした宇宙人のように見えてしまって。

「――って、ミサカはミサカは考えていたんだけど、気が変わったみたい」

「……はァ?」

「ミサカは教えてもらった。一人一人の『ミサカ』の命にも価値があるって。
 他の誰でもない、この『ミサカ』が死ぬことで悲しむ人もいるんだって」

一方通行の頭の中で、あの少年の言葉が反芻される。

『害ならある。クローンが死んだら悲しい。御坂も悲しむ。だからやめろ』

「だからもうミサカは死なない。これ以上は、一人だって死んでやる事は出来ない、ってミサカはミサカは考えてる」

宣言。
それは、一方通行の行ってきた事を決して許さないという、一生あの時の事を忘れないという恨みのもの。

「ァ……」

一方通行は、思わず背もたれに深く沈みこんだ。
そのまま天井を見上げて、息を吐く。
知らなかった。
今まで、そういった感情を抱かれている事には気付いていても。
目の前で、面と向かって本人に糾弾された事がなかったから。
だからこそ、その痛みを知らなかった。
そして、今まで人形のように扱ってきた『妹達』が、
そういった痛みを与えてくる人間だったなんて事に、全てが終わるまで気付く事が出来なかった。

「でも、ミサカはアナタに感謝してる。アナタがいなければ実験は立案されなかった。
 命なきミサカに魂を吹き込んでくれたのは、アナタなんだから」

先程とは正反対の言葉だった。
まるで、自分を受け入れるかのような。
それが、とてもイラついた。

「論理的じゃねェな。産んでも殺したら、プラマイゼロだろォが。どういう神経していたら、それで納得できンだよ」

「だってアナタは、本当は実験なんてしたくなかったんだと思ったから、ってミサカはミサカは推測を述べてみる」

「はァ?」

「だってアナタは、すぐにはミサカを殺さなかった。その気になれば、三秒もかからないで殺せるはずのに」

またしても、あの少年の言葉が反芻される。

『今の俺だってそうだけど、もっと疑問なのはクローンとの戦闘だ。
 その気になれば、三秒もあればお釣りがくるぐらい速攻で殺せるはずだ』

「だから何だってンだよ」

「ミサカ達の恐怖心を煽って、ミサカ達の実験に参加する意思を刈り取ろうとしていたんじゃないかな、
 ってミサカはミサカは解釈したり」

「はン。そりゃあ都合のいい解釈すぎンだろ」

「そうかな。
 お姉様と話した九九八二号からの情報だと、アナタは少年もお姉様もその気になれば殺せたはずなのに殺さなかったって聞いた。
 それはアナタ自身、ここで実験を止めてほしいって無意識に願っていたからじゃないの、ってミサカはミサカはアナタに問い詰める」

「なわけねェだろ」

自分を擁護するような意見を、自分を貶める方向で否定する。
自分は一体何をやっているんだろう、と思う。

「でもミサカの推測が正しかったとしたら、ミサカにも非はある」

今自分が否定したばかりなのに、でも推測が正しかったとしたら、とはどういうことだろうか。

「ミサカ達はアナタのサインに、たったの一度も気付いてあげる事が出来なかった、ってミサカはミサカは後悔してみる。
 でも、もしも、あの日、あの時、ミサカが戦いたくないって言っていたら、ってミサカはミサカは終わった選択肢について語ってみる」

「くだらねェ」

長々と持論を展開した打ち止めを、一方通行は一蹴した。

だってそうだ。
素早く殺せるのにさっさと殺さなかったのは、恐怖心を煽って実験に参加する意思を奪うなんて解釈に至るのは普通じゃない。
恐怖心を煽るだけ煽って最終的にはトドメを刺すサドの変態ならいそうなものだが、
それは殺す側が楽しんでいるだけなのであって、殺される側に拒否させるためのものではないだろう。
少年に負けたのも、実力的に劣っていただけだ。
風を使っていても、第三位が磁力を駆使して吹き飛ばされても助かっていた可能性だってある。

と、なんで自分は、こんなにも自分を貶める意見を必死に考えているのだろうと思ったところで、

ごとん、という鈍い音が響いた。
打ち止めがテーブルに突っ伏した音だった。

眠いとか疲れたとかいう理由ではないのは一目で分かった。
額には珠のような汗が浮かび、呼吸はだいぶ荒い。

「オイ」

「こうなる前に……研究者とコンタクトを取りたかったんだけど……ミサカはまだ……肉体的に未完成な状態だから……
 本来なら培養器の中から出ちゃいけなかったんだけど……それでも……騙し騙しでやっていけたんだから大丈夫かなって……
 ミサカは考えていたんだけど……見通しが甘かったかなぁ……」

意識が途切れ途切れになるのか、打ち止めはやけにゆったりとした口調だった。
しかし、自分にはどうする事も出来ない。
『ベクトル操作』という能力では、誰も守れないし何も救えない。
生き残るのは自分一人だけ。

一方通行は伝票を取って席を立つ。

「あれ、どっか行っちゃうの?まだごはん余っているのに」

「あァ、食欲なくなっちまったからなァ」

「そっか……ごちそうさまっていうのも言ってみたかった、ってミサカはミサカは溜息をついてみる」

「そりゃあ残念だったな」

一方通行はそれだけ言って、レジの方へ向かった。
打ち止めを残して。

「何でこンなとこに来ちまったンだァ?」

一七時一五分。
一方通行の目の前には、実験を立案し『妹達』を製造した研究所。
ここならば、未完成の打ち止めを今からでも調整する為の培養器がまだ残っているかもしれない。

あの場で出来る事は何もないから、あの場から立ち去った。
出来る事を探して、ここまでやってきた。
一方通行は研究所の敷地へ一歩踏み出す。
たった一人の少女を救うために。

一方通行はドアを蹴破って堂々と研究所内に侵入した。
自分のIDが生きているとは思えなかったからだ。

研究所内は計算室といった感じの内装だった。
四方の壁を埋めるように業務用冷蔵庫のような量子コンピュータがあるが、型遅れの実験品を流用しているようにしか見えない。
少なくともこれで『樹形図の設計者』の代わりは担えないだろう。
窓のない部屋の中を無数のモニタが照らし出していて、大量のデータ用紙は床が見えなくなるほど機械から吐き出され、冷却用のファンの音だけが室内に満ちている。
部屋の真ん中で、白衣の女性がテーブルの上に座って機械から蛇のように吐き出されるデータ用紙を手にとって、赤ペンで何かをチェックしていた。

「あら、お帰りなさい、一方通行。ドアは壊さずとも、キミのIDはまだ九〇日ほど有効だったのに」

ドアを蹴破ったことは、音などで分かっていたからだろう。
白衣の女性は、特に驚いた様子もなく平然としていた。
芳川桔梗。
二〇代後半の彼女は、特に化粧などはしておらず、服も色の抜けた古いジーンズに擦り切れたシャツ、綺麗なのはシャツの上から羽織っている白衣だけだった。

「なァ、妹達の検体調整用マニュアルってどれだ?培養装置と学習装置(テスタメント)の両方だ。
 あと、検体調整用の設備を一式借りンぞ。理由は聞くな。
 実験の凍結で未払いのままになっている契約料だと思ってくれりゃあいい」

「少し待ちなさいな。どうしてキミが知っているのかしら?
 わたしですらも、つい三時間前にやっと気がついたというのに」

「あン?」

「だから、これの事でしょうに」

言って、芳川は持っているデータ用紙をひらひらと振った。
よくよく見ると、それは学習装置のスクリプトだった。
妹達は特殊な培養装置によって、およそ一四日で製造される御坂美琴のクローン体だ。
その人格も普通の『学習』では形成できない。期間が短すぎるからだ。
よって、妹達は人格と知識を学習装置、実質的には洗脳マシンによって電気的に入力される。
つまり今、芳川が持っているものは妹達の心の設計図である。

「何だ、『樹形図の設計者』のバグを探してンじゃなかったのか。
 いつになったら終わるか分からねェ途方もねェ作業ご苦労さンと思っていたのによォ」

「ええ。『樹形図の設計者』のバグ探しなんかよりも、重要な問題だもの」

「はァ?何言ってンだ?」

「そういう反応も無理ないかもしれないわね。キミには説明していなかったものね。
 最終信号(ラストオーダー)と呼ばれる特別な個体の事を」

芳川の言葉に、一方通行の眼が見開かれる。

「その様子だと、やはり接触したのかしら。となると、あの子はまだこの街の中にいるのね」

芳川は手の中の赤ペンをくるりと回し、

「わたしが今やっているのは、妹達の人格データの中にあるバグの洗い出し。
 正確には人為的な命令文だから、ウイルスとでも呼ぶべきかもしれないけど」

そう言って、テーブルから降りて椅子に座り直す。

「そもそもあの子は、実験のために作られたものではないの。それはご存知?」

ここで一方通行は、打ち止めの発言を聞いてからのかねてよりの疑問を口に出す。

「おかしいとは思っていた。俺が実験で殺す検体は二万ジャストなはず。
 それなのにあのガキは、二〇〇〇一って言いやがった。
 予備なのかとも思ったが、それなら一体しかいないのは釈然としねェし、そもそも普通の妹達と人格と肉体も違うのに、予備が務まるとも思えなかった。
 だからと言って、自分は実験のシナリオに必要な個体ですって言い張るガキに問い詰めても仕方なかったから放置していた。
 あのガキの存在意義は何なンだ?」

「あの子はね、言ってしまえば安全装置のようなものなの」

「安全装置だァ?」

「ええ。思い浮かべて御覧なさいな。
 二万人もの能力者を用意したうえで、仮に彼女達が反乱を起こしたらどうなるか。
 能力者でも何でもないわたし達スタッフでは手に負えないでしょう?」

「そのための切り札が、あのガキだってェのか」

「ええ。ミサカネットワーク、という言葉に聞き覚えはあるかしら?」

ミサカネットワーク。
妹達の間で繋がっている脳波リンクのようなもの。
ネットワークそのものが巨大な意思を持っていて、各『ミサカ』を操る術もあるらしい。

芳川は、自分から質問しておいて一方通行の返事もないうちに言葉を続けた。

「あの子の脳に一定の電気信号(パルスシグナル)を送ることで、
 ミサカネットワークそのものを外部から操作することによって、
 非常時には二万すべての『ミサカ』に対して停止信号を送る事を可能とする。
 これによって、妹達は絶対にわたし達を裏切れなくなる」

故に、と芳川は一旦息を吐いてから、

「全ての妹達の司令塔となる最終信号は、自由であってはならない。
 そのために、あの子は敢えて未完成な状態に留めてある。
 本当は意識もない植物状態が望ましいのだけれど、ミサカネットワークに接続する為には、一定以上の自我がなければならなかった」

「つまりは、呼吸をするだけのキーボートってわけか」

さすがに、劣化コピーしか作れず凍結した計画を実験に流用するような連中だ。

「で、あのガキについたバグ、っつーか、ウイルスってェのは?」

「実験終了後も最終信号はここの培養器で秘密裏に預かっていたのだけど、一週間ほど前に異常な脳波が計測されてね。
 慌てて培養器のある建物に行ってみれば、もう設備は内側から破壊されてあの子は逃亡した後だった、という訳」

芳川はデータ用紙を指先で撫でながら、

「その時は何が起きたか分からなかったわ。原因不明の暴走という方向で、とりあえずウチのスタッフ達が捜索する事になったの」

風紀委員や警備員に通報しなかったのは、実験がいくら上層部に黙認されているとはいえ、大っぴらに公表していいものではないからだろう。

「いくらインドアなオマエらでも、あンなチビクソガキを一日二日、百歩譲って三日程度なら分かるが、一週間も捕まえられないなンて、体たらくにも程があンだろ。
 まして、あのガキは一万の妹達を統括する管理者なンだろ?危機感なさすぎだろ」

「そう言われるとぐぅの音も出ないのだけれど。
 作ったシステムの完成度に自信があった故に油断していたのね。
 まさか逃げ出すなんて思っていなかったのよ。
 元々あの子は培養器の外では生きてはいけないはずだったから、甘く見ていたところもあったのかもしれないわね。
 ……まったく、この七日間を生き延びていたというのが既に誤算だわ。
 そんなに強く作ったつもりはないのだけれど、情が移ってしまったのかしらね」

「……」

「今にして思えば、暴走はあの子の一種の防衛反応だったのでしょうね。
 何者かが最終信号の頭に不正なプログラムを上書きした。
 それを防ごうとした行為が、研究所からの逃亡。
 おそらくあの子自身は自分がなぜ研究所から離れることになったのか、その理由に気付いていないのでしょうけれど」

「けどあのガキは、逃げるどころか研究者とコンタクトを取りたがっていたぞ」

「何ですって?」

「だァからァ、あのガキが、アナタには研究者と繋がりがあるからコンタクトを取ってほしいとか言って付きまとってきたンだったつーの」

「……どういうことなのかしら」

芳川は顎に手を当てて何かを考え始めた。

「で、その不正なプログラムってのは何なンだ?どうせロクなモンじゃねェだろうけどよォ」

「まだ調べている途中だから確実ではないのだけれど、今のところ分かっていることからの予測できる症状は、
 人間に対する無差別な攻撃、ってところでしょうね」

「そりゃあつまり」

「ええ。キミの予測している通りだと思う。
 ウイルス起動は九月一日午前〇〇時〇〇分〇〇秒。
 定刻と共にウイルス起動準備に入り、以後一〇分で起動完了。
 ミサカネットワークを介して現存する全妹達へ感染、そして暴走を開始。
 そうなったらもう誰にも止められないわ。
 それが原因で、三度目の世界大戦だって起こるかもしれない」

現在、一万強もの妹達は学園都市の『外』――世界中で体の再調整を行っていると聞く。
学園都市に残っているのは、一〇から二〇だったか。
学園都市に残っている妹達の暴走は風紀委員や警備員で何とかなるかもしれないが、
世界中に散らばっている妹達の暴走を止めるのは時間的にも距離的にも量的にも不可能だろう。
妹達は体格こそ女子中学生にすぎないが、彼女らには能力と銃器がある。
学園都市では能力が、風紀委員や警備員にとっては銃器を相手にするのだって当たり前だろうが、『外』の一般人にとっては、脅威以外の何物でもないだろう。
つまり、妹達による一般人の大量虐殺。
それによって、妹達は粛清され学園都市は糾弾されるだろう。
世界中から侵攻されるかもしれない。
しかし学園都市もただ滅ぼされるのを待つわけがない。きっと対抗するだろう。
結果、芳川の言う通り、三度目の世界大戦に発展する可能性もある。
その先に待っているのは、世界の終わり。

「すげェなァ、オイ。
 そンなことになるって分かっていて、今の今まであのクソガキを放置か。
 今からでも風紀委員や警備員に通報した方が良いンじゃねェの?」

「キミも分かっているでしょう?通報が出来ない事は」

「そりゃあ通報することによって、クローンがいたことがばれて、最終的には学園都市“内”でちょっとしたパニックが起きるかもしれねェ。
 一万強もの妹達は、暴走するかもしれなかったという可能性だけで処分されるかもしれねェ。
 だがそれだけだろ。世界の終わりと、一万強と一人の命。
 天秤にかけた結果どっちが良いかなンて、小学生でも分かるだろォが」

「そう言われると、返す言葉はないのだけれど。
 あの子に逃げている自覚はないのでしょうけれど、基本行動パターンに、ミサカネットワーク内にある『実験中の証拠隠滅マニュアル』でも使っているのでしょうね。
 あの子、基本的に路上生活らしいから、お金のやりとりはないし、IDを使用する事もないから、データが残らないのね。
 衛星の死角になるゾーンもあるし、警備ロボットも迂回ルートさえ避ければ映像にも引っかからない。
 ああ、キミがあの子と別れてからどれくらい経っているのかしら?
 まさかロリコンに誘拐とかされていないでしょうね」

一見して自分の都合しか考えていないようなセリフだが、純粋に打ち止めの事を心配しているような声色でもあった。

芳川桔梗という女性は、甘い人格の持ち主であった。
遺伝子レベルで同じ顔をしているため見分けがつかないのが当然の妹達を必死になって覚えようとし、
彼女達に検体番号ではなく人間らしい名前をつけようとしていたこともあった。
しかし、結局それは甘さであって優しさではない。
本当に優しい人間ならば、あの少年や第三位の少女のように、実験を止めようと立ち上がるはずだから。

「でも『逃げろ』という無意識下の命令はわたし達『研究員』にしか適用されないようね。
 現にキミには警戒心を見せていないようだし。キミを使えば、存外何とかなるかもしれないわね」

誰がこんなやつらの駒になるかとばかりに、一方通行は話題を変える。

「で、そのウイルスをあのガキにぶち込ンだ愉快な馬鹿は誰なンですかァ?」

「天井亜雄」

「……何だと」

天井が犯人ならば、学園都市をうろついている意味が分からない。
事件発生から一週間も経っているのだから『外』に逃亡してしまえば良いのに。

「事件直後のタイミングで姿を消した研究員は一人だけ。有給を使うというメールは届いているけれど」

「それだけで?」

「彼は頓挫しかけていた量産型能力者(レディオノイズ)計画の元研究員で、実験に妹達を代用する際にウチへ転属したスタッフ。
 その専門は学習装置を用いた人格データ作成。彼以上に妹達の精神に詳しい者はおらず、
 管理上の問題から彼の目を盗んであの子の頭に追加コードを書き加える事はほぼ不可能だし、
 失踪直前には彼が学習装置を使っている姿を目撃している人がいるの。
 何故か、使用ログは消されていたのだけれどね」

「成程ねェ」

要するに条件的には天井しか打ち止めに細工は出来ない訳だ。
一つ疑問として、ウイルス発動まで一週間待つ理由は何かというのがあるが、それを芳川に問い詰めても仕方ない。

「で、結局オマエはここでデータを眺めているだけで何か意味あンのか?
 ガキの頭ン中にあるウイルスはどう止めンだ?」

「それを今調べているのでしょう」

わずかに焦燥しているのが分かる。
それもそうだろう。
打ち止めの頭の中身は学習装置さえあればいくらでもいじくり回せるが、リミットまであと数時間という今の状況で、
ワクチンプログラムを作り出し打ち止めを見つけて注入出来る可能性は、五分五分かそれ以下だ。
ならばどうするか。

「まァ、いざとなりゃああのガキを処分するのが手っ取り早く安全で確実な手段だわなァ」

「そうならないよう努力するしかないわ。もちろん、キミもね」

「随分愉快なこと言うンだな、オマエ。俺ァ妹達を一万人弱殺してきた張本人だぜ。
 俺みてェな悪人に、人助けなンかできやしねェよ」

「そうかしら。
 キミはあくまでわたし達が仕向けた実験を機械的に行っていただけでしょう。
 『妹達を殺さずに絶対能力になる方法』があったら、キミは誰も殺さなかったでしょう?」

芳川の核心を突くような言葉に、一方通行は押し黙る。

「でも、だからと言ってキミに強制はできない。わたしにはそれだけの力がないから。
 キミの人生はキミのもの。キミがやりたいようにやるべきだもの」

内心では猫の手も借りたいはずだろうに平然と言ってのける芳川の目を、一方通行は見つめる。
それでも芳川は、一切顔色を変えることなく告げる。

「ただ言えるのは、研究員であるわたしには、あの子は捕まえられない。
 けどわたしとキミが組めば、何とか道は開けるかもしれないの」

芳川は企画書でも入っていそうな大きな封筒を二つ手にして、

「今キミに出来る事は二つ。
 一つは街な中に潜伏している天井亜雄を捕獲してウイルスの仕組みを吐かせる事。
 もう一つは起動前のウイルスを抱えた最終信号を保護する事。
 好きな方を選びなさいな。もちろん強制ではないけれど」

芳川は二つの封筒を一方通行に手渡す。
一方の封筒には、天井のここ最近の動向をまとめたレポートが、
もう一方の封筒には、データスティックと超薄型の電子ブックのようなものが入っていた。
データスティックには『検体番号二〇〇〇一号・人格要綱/感染前』と書かれたラベルが貼ってある。
おそらくは打ち止めの人格データが詰まっているのだろう。

「まァ、どっちをとりゃ良いかなンて、誰でも分かるわなァ」

一方通行と呼ばれる少年の能力は『ベクトル操作』。デフォは反射。
その力は、彼自身は守り抜くが、それ以外は何も守れない。
むしろ壊すことに向いている。
一方通行はそれを弁えたうえで、

人格データの収まったデータスティックと電子ブックの入った封筒を選びとった。

「笑えよ。どうやら俺は、この期に及ンでまだ救いが欲しいみてェだぜ」

「ええ、大いに笑って差し上げましょう」

芳川は、真っ直ぐに一方通行を見据えて、

「キミの中にまだそんな感情が残っているとすれば、それは笑みをもって祝福すべき事よ。
 だから安心して証明なさいな。キミの力は、誰かを守れるという事を」

一方通行は返答の代わりに宣言する。

「俺はオマエ達、研究者のために働く。だからそれに見合った報酬は用意してもらうぜ」

「ええ。あの子の肉体の再調整ならわたしに任せなさい」

芳川の言葉を背に、一方通行は研究所を後にする。

一八時〇〇分。
誰もいなくなった研究所で一人、芳川桔梗は息を吐いた。
この土壇場で一方通行が訪ねてきてくれた事は奇跡だった。
彼がここにやってこなければ、為す術もなく世界は崩壊していただろう。
もっとも、最終信号が力尽きる可能性もあったが。

一方通行が最終信号を探しに行った以上、自分の役目は『天井を捕らえてウイルスコードを吐かせる事』だが、この場に留まることにした。
慣れない追撃戦に奔走するより、自分でコードを解いた方が早そうだと踏んだから。
しかし。
実際問題、膨大な人格データの中から、いくつあるかも分からないウイルスコードを一つ残らず探し出す作業は相当に骨が折れる。
間違って正常なコードを削除しても駄目。
記憶系コードなら思い出を失う程度で済むが、自律神経系コードを傷つければ命を落とすことになる。

「……ふう」

芳川はデータ用紙から顔をあげて、一方通行の決意について考える。
彼は己がやってきたことと向き合う覚悟を決めて一人の少女を救おうとしている。
それを踏みにじりたくない。

「結局甘いのよ。わたしは決して優しくない」

そう。一方通行の決意を踏みにじりたくないなんて、結局は言い訳に過ぎない。
『甘え』にすぎない。
本当に優しい人間なら、一方通行に協力を仰いだりしない。
たとえどれだけ不利だろうとも、一人で決着をつけるだろう。
芳川は、そんな甘い自分が大嫌いだった。
だからこそ、一度でいいから、優しくなってみたかった。

「さて、わたしもわたしで自分を壊す時がやってきたのかしらね」

芳川は再びデータ用紙と向き合う。

一八時一八分。

一方通行は街を駆ける。
行き先は打ち止めと別れたあのファミレス。
あの状態で移動できるとは思えない。
もっとも、追い出されている可能性もあり得るのだが。

そしていよいよファミレスの前に到着した一方通行は思う。
何かが変わろうとしている。
否、何かを変えられるかもしれない。

一方通行はファミレスへ一歩踏み出す。

一方通行は店内に入り店員を無視して、広くない店内を見回して、打ち止めがいないことを確認した。

「マジで追い出されたのかァ?」

そりゃああんな汚い毛布少女を残しておくのは営業的にまずいだろうが、人道的に追い出すのはどうかと思う。
自分が人道を語れる立場ではないのは分かっているのだが。
それとも、救急車でも呼んだか。
いずれにしても情報を収集しなければ始まらない。
追い出すにしたってこのファミレスで一時的に保護するにしたって救急車呼ぶにしたって、店員の印象には残っているはずだ。

「オイ」

一方通行は店員の一人を捕まえて、

「空色の汚ェ毛布を被った一〇歳ぐらいの茶髪のアホ毛が生えている女の子どうした?」

「え、えーと」

「昼過ぎに俺と一緒にいたガキの事だ」

自分の見た目も、白髪に真っ赤な眼という、我ながらインパクトはある方だと思う。
こんな自分と汚い毛布少女、印象に残っていないはずがないはずだ。

「あ、あの、それなら、白衣の男性が身内だからとおっしゃったので、引き渡しました」

白衣の男性。
きっと天井亜雄だ。
昼食時、この辺りをうろついているのを目撃したし、打ち止めに身内はいない。

「それは何時頃だ?」

「四時半過ぎぐらいだったと思います」

「チッ」

舌打ちして踵を返してファミレスから出て行く一方通行に店員は少々怯えたようだったが、彼にとっては知った事ではなかった。

空はもう夕暮れから夜に変わりつつあった。

一方通行は顎に手を当てて考える。
天井が打ち止めを攫った理由。
放っておいてもウイルスは起動するはずなのに、わざわざ攫う意味とは何か。

「待てよ……」

確か芳川は言っていた。
あの子が一週間も生きている事自体誤算、と。
もしも打ち止めが勝手に力尽きれば、それはそれで妹達へウイルスが感染する事はなくなる。
そして別れ際の打ち止めの様子。
虫の息だった。
天井にとって打ち止めに死なれては困るはずだ。
だからと言って培養器がなければどうしようもないと思うが、精神的に手元に置いておきたかったとも考えられる。

「違ェな」

今考える事は攫った理由ではない。
打ち止めを攫った天井がどこにいるかだ。
だが生憎と、天井のここ最近の動向のレポートは研究所。
ともすれば、やるべき事は一つ。

一方通行は携帯を取り出して芳川に電話をかける。

「天井があのガキを四時半過ぎに連れ去ったらしい。まだ学園都市に居ると思うか?」

『何ですって?なぜ最終信号を連れ去る必要が』

「今の論点はそこじゃねェ。天井がまだ学園都市に居るかどうかだ」

その一言で、芳川は冷静を取り戻したようで、

『……そうね。今は六時半過ぎだから、既に二時間弱経過している。
 よって学園都市に残っている可能性は少ない、と言いたいところだけど、今回ばかりはわたし達に運が向いているようね』

「どういう意味だ?」

『キミは知らないでしょうけど、正午前に第七学区の建設中のビルが倒壊したおかげで第三級警報が発令されたの。
 それと今日の明朝ごろと一時過ぎぐらいに、学園都市の外壁の上で、わずかな時間だけど怪しい人影が確認されてね。
 さらに言えば、一二時から一時までに白い修道服を着たシスターを攫った怪しい人影も確認されて、二時ごろには第二級警報が発令されたの』

「何言ってっかよく分かンねェンだけど、要するに『テロリストの侵入の可能性がある状態』の第二級警報が発令されたから、
 学園都市への出入りは完全に禁止されて、天井はまだ学園都市から抜けてねェって言いてェのか」

『そういうことになるわね。さらに言えば、検問を恐れているのなら、その学区からも逃れられないはず』

「ふゥン、ならよ」

一方通行は、一つの建物の名を告げる。

『……確かに、そこには一度も行ってないようね。天井亜雄なら、真っ先にそこへ行きそうなのに』

「真っ先に思い浮かぶような場所は避けて通るモンだ。
 だが人間、切羽詰まれば詰まるほど、行動はドンドン単純になっていくモンだろ」

それだけ言って、一方通行は電話を切った。
向かう先は、一つの研究所の跡地。
かつて、超能力者『超電磁砲』の量産型能力者の開発を行っていた施設。

「くそっ!」

とある研究所の跡地の側に停めたスポーツカーの中で、天井亜雄は思い切りハンドルを叩いた。

失敗した、と天井は思う。
本来ならば最終信号の頭にウイルスを注入した時点で、速やかに学園都市の『外』へ逃げている手はずだった。
『外』には学園都市の『敵対勢力』のメンバーが待っている。
なのに……。

「くそっ!」

切羽詰まった現状の元凶は最終信号だ。
最終信号にウイルスを注入したら、彼女は逃げだした。
培養器の中でないと長生きできない肉体なのに、だ。
死なれては、ウイルスが妹達に感染する事もなく、破壊工作は失敗し、それを許さない学園都市の『敵対勢力』は、
自分の逃亡の手助けを断るどころか、粛清してくるだろう。
だからせめて、最終信号の命を救うために捕えたのだが、培養器がないと何もできない。

「頼む!あと少しだけでいい!ウイルス起動まで保ってくれ!」

結局、天井に出来る事は祈る事だけだった。
現状、彼はただでさえ切羽詰まっている。
それなのに。

「あ、れは……」

天井にさらなる災いが降りかかろうとしていた。

「な、んで」

天井が見ているのはルームミラー。
そこに反射して映っているのは。

「一方……通行」

何であんな化け物がここにいるのか。
分からない。何が目的かは分からない。
分からないが、何かをしようとしているのは分かる。
狙いは自分か最終信号か。
どっちにしたって譲れない。
だからと言って、何が出来るという訳でもない。
懐に拳銃はあるが、そんなもの『反射』の前では意味をなさない。
ならば、残された選択肢は一つ。

「逃げるしかない……!」

震える指でエンジンキーを挿して、勢いよくスポーツカーを発進させる。

「ふン」

乱暴に発進するスポーツカーを見て逃げられている事が分かっても、一方通行は至って冷静だった。

一方通行は軽く地面を蹴った。
それだけで彼の体は砲弾のような速度で発射されて、スポーツカーを追い越し、その前に立ち塞がった。

運転席の天井は慌ててハンドルを切ったようだが、時すでに遅かった。
スポーツカーは曲がり切る前に一方通行へ突っ込む。
常人ならばぐちゃぐちゃに潰れているところだが、反射がある一方通行には傷一つない。
潰れたのはスポーツカーの方だけ。

「い、ぎ、く……」

スポーツカーではもうどうにもならないと悟ったのか、天井は運転席から飛び出して逃げ出す。

「落ち着けよ、中年。みっともねェっつの」

一方通行は開きっぱなしだった運転席のドアに手をかける。
ベクトルを操ってドアだけを車体から強引に引きちぎると、背を向けて走っている天井に向かって投げた。
野球の投手のようなオーバースローではなく、
道端に空き缶を投げ捨てるような動作で投擲されたドアは一直線に天井に向かって、彼の背中にクリーンヒットした。

「あ、が……」

天井はそのまま前方に倒れた後、ドアの下敷きになった。

「手間ァかけさせやがって、クソガキが」

最初から打ち止めを研究所につれていっていれば、こんなことにはならなかった。
もっとも、研究所につれて行かなかったのは、打ち止めがどういう位置にいるか分からなかったからなのだが。
何はともあれ、こうして打ち止めに辿り着く事が出来た。
汗だくではあるが、息はある。
携帯で時刻を確認すると、二〇時〇三分。
ウイルス発動までのリミットもあと四時間ある。

とりあえず芳川に報告をする事にした。

「ガキを保護した。顔に電極がついてンだが、これは剥がさねェ方が良いのか?」

『それならおそらく、妹達の身体検査用キットだわ。
 肉体面と精神面の健康状態を表示しているだけのものだから、剥がしてしまっても問題ないわね』

「電極から伸びたノートパソコンにあるBC稼働率ってのは何だ?」

『それは最終信号の脳細胞の稼働率ね。ブレインセルでBC』

人間の脳細胞の動きを一つ残らず監視しているなんて尋常じゃない。
この小さな機械だけで出来るとは思えない。

「なァ、この機械を使ってガキのウイルスを駆除できねェのか?
 ここからガキを連れ帰るにしても、結構時間がかかるしよォ」

『無理ね。それはあくまで表示するだけのモニタにすぎないもの。
 書き込みをするには、専用の培養器と学習装置が必要になるのよ。
 でも大丈夫。わたしは今、培養器と学習装置を持ってそっちに向かっている最中だから。
 キミが研究所へ引き返すよりは、時間を短縮できると思ってね』

研究員は逃げられるんじゃなかったのかと一瞬思ったが、この状態の打ち止めがまともに動けるわけないし、
万が一逃げられても、自分が捕まえれば良いだけだ。

「ウイルスコードの解析は終わってンのか?」

『八割方と言ったところかしらね。
 解析が終わった後に駆除用のワクチンコードを書かなければならないから、
 正直なところ結構ギリギリなのだけど、間に合わせて見せるから安心して』

「本当に大丈夫なのかよ?」

『何とかするわ』

と、芳川にしては力強い返事だなと思った、その時だった。

「み、サ――――――」

不意に、ぐったりとしている毛布少女の口が動いた。

「み、さか、は……みさ、ミサカ、は――――――」

目を閉じたまま、唇だけが動いている。
だが専門家である芳川がやってこない限りはどうしようもないのだが、

「み、さ―――カ、ミサ、カはミサ、カはミサカはミサ、カはミサカはミサカは
 ミサミサミサミサミサミサミサミサミサkdnsveamteloazlitspoei」

「オイ芳川!ガキが何かおかしい!」

『落ち着いて。一から順に説明して……まさか』

「どうした!?何がまさかなンだよ!」

『……ウイルスコードかもしれないわ、それ。もう起動準備に入っているんだわ』

「はァ!?ウイルス起動は午前零時じゃ――」

言いかけて、気付いた。
考えられる可能性は一つ。
天井がダミー情報を流したのだ。

「オイ、どうすりゃいい!?」

ウイルスは起動準備から一〇分で起動完了する。
残り時間は九分強と言ったところか。
それだけの時間では、ウイルスコードを調べ終わりワクチンを組むのは絶対不可能だ。
そもそも、芳川はまだ到着すらしていない。

『残り時間ではどうしようもないのは分かるでしょう?キミの手で最終信号を処分するしかないわ』

結局、それしかないのか。
ここまでやってきて、よりにもよって、結局は壊すしかないのか。

『もうどうしようもないわ。
 ここで殺さずに暴走したら、それはそれで処分されるし、処分しなくても力尽きるかもしれないわ。
 だったら、せめてキミの手で処分してあげなさい』

芳川の言う事はもっともなのだろう。
どの道打ち止めは死ぬしかなくなる可能性の方が高い。
だったらせめて、世界を救った方が良い。
世界中の人間と一人の命。
天秤にかけるまでもなく、どちらを取るかなんて、小学生でも分かる。

「クソッタレがあああああああああああああああああああああああ!」

結局最強なんて言ったって、何かを壊す事は出来ても、何かを守る事は出来ない。
『ベクトル操作』なんて、運動量・熱量・電気量などの力の『向き』を変換することしかできない。
思いつく事なんて人の皮膚に触れて、生体電気や血液の流れを逆流させるぐらい――

「……待てよ」

何かに引っかかった一方通行の頭の中で、思考がめまぐるしく回っていく。

制限時間は九分強。助けは呼べない。手元にはデータスティックと電子ブック。
収まっているのはウイルス感染前の人格データ。『ベクトル操作』。
必要なもの。学習装置。電気的な方法で脳内の情報を操る装置。電気信号の制御。
ワクチンプログラム。膨大な人格データの中からウイルスコードを見つけ削除する。
時間内にウイルスを削除できない場合。打ち止めを殺すしかない。
殺さない為には。ウイルスを削除するしかない。その為にやる事は二つ。
一つ目は、打ち止めの膨大な人格データの中から、ウイルスコードだけを検出。
二つ目は、打ち止めの脳内の電気信号を操り、検出したウイルスコードを削除する事。

そこまで考えて、引っかかった何かは確信へと変わる。
生体電気の逆流。
これを応用すれば。

「質問があるンだが、脳内の電気信号さえ制御出来りゃあ、学習装置がなくてもあのガキの中の人格データをいじくる事は出来るよなァ?」

『……キミ自身が、学習装置の代わりをするとでも言いたいの?無理よ。いくらキミでも、人の脳の信号を操るなんて」

「俺の能力は『ベクトル操作』だ。反射はデフォなだけで、操作だってできンだよ。
 実際、そうやって妹達を殺した事もあったしなァ」

とはいえ、実際に他人の脳の信号なんて操った事はない。
絶対に成功する自信も確証もない。
だが、やるしかない。
打ち止めを殺したくないのなら、この場にあるものだけでどうにかするしかない。

『できっこないわ。
 仮にキミの力で最終信号の脳内を操る事が出来ても、ワクチンプログラムが完成していない以上、ウイルスを完全に駆除することは不可能』

「そンなもンは、データスティックと今のガキの頭の中の人格データを照合して、浮き彫りになった余計な部分を消しちまえばいい」

『理論上は可能かもしれないけど、制限時間はあと数分なのよ!
 できっこないわ!無謀な事はやめなさい!最終信号を処分しな』

「できるさ」

発言の途中に割り込んで来た力強い言葉に、芳川は思わず息を呑んだ。

「俺を誰だと思ってやがる」

『一方通行!』

携帯が何かを言っていたが、一方通行はもはや聞いていなかった。
一方通行はデータスティックを電子ブックへと差し込む。
画面に表示される膨大な量のテキストを読破するのに五二秒。
頭の中で反芻するのに四八秒。自分の記憶と画面を照らし合わせるのに六五秒。
準備は整った。
ぐしゃり、と手の中にある電子ブックを握りつぶす。
そこで一方通行は、ほんの数秒目を閉じた。

感染前の人格データを使って、余分なデータをすべて上書きするこの方法では、感染後に得た記憶や思い出も、全て修正用データに上書きされてしまう。
つまり、自分と出会った事は忘れてしまう。

一方通行は目を開けて、デフォルトの『反射』を解除し、助手席に沈む打ち止めの額に触れる。

「このクソガキが。人がここまでやってンだ、今更助かりませンでしたじゃあ済まさねェぞ」

ウイルス起動時間は二〇時一三分。タイムリミットは残り五二秒。

「コマンド実行!削除!」

始まった。

「alaiaijeanteutcweyuブルーをイエローへ変換」

感染前と感染後のデータを照らし合わせた結果、上書きすべき修正データは、三五万七〇八一。
ここまででわずか六秒。

「コード21を波形■■■■■■■■へ変換した後にルート13を通り■■■■――」

凄まじい速度で『危険度が高い』とされるコードが、片っ端から塗りつぶされていく。
残りのコード数は、十七万三五四二。
残り時間は、二六秒。

「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■」

いける。
ウイルス起動準備の方に先を越されていた分は、最早完全に追いついた。
これならばギリギリで修正が完了できる。
残りコード数は五万九八〇二。
残り時間は一五秒。

しかし、ここで不測の事態が起きた。

「邪魔を、するな」

倒れていたはずの天井が、いつの間にかここまでやってきていて、手には拳銃が握り締められていた。
普段の一方通行なら何も恐れる場面ではないが、今は違う。
脳内の信号を操るために全力を注いでいるので『反射』はできない。
残りコード数は二万三八九一。まだ手は放せない。

残りコード数はわずか一〇二。
残り時間もわずか二秒。
それでも完了するまでは手を放せない。
反射も避ける事も出来ない。

「邪、ばを、す、ぐなっ」

無情にも、拳銃の引き金が引かれた。
一方通行に出来たことと言えば、ほんのわずかに頭を引く事だけだった。

パァン、という銃声の直後には、弾丸が一方通行の眉間に突き刺さっていた。
弾丸を受けた衝撃で一方通行の体は大きく仰け反り、打ち止めの頭から手が放れて、

「Error.Break_ code_No000001_to_No357081.
 不正な処理により上位命令文は中断されました。
 通常記述に従い検体番号二〇〇〇一号は再覚醒します」

危険なコードの全ての上書きが完了された。

「はは、やった?」

どういう訳かは分からないが、一方通行は反射を使わなかったようだった。
半ば自暴自棄になって放った弾丸だったが、殺せるとは思わなかった。

「最終信号は……」

一種の錯乱状態だった天井は、ようやく少しだけ冷静さを取り戻して、

「コード000001からコード357081までは不正な処理により中断されました。
 現在、通常記述に従い再覚醒中です。繰り返します――」

その言葉を聞いて、天井は再び錯乱状態に陥り、

「う、あああああああああああああああああああ」

少女に銃口を向けた。

「――させるかよォ、クソッタレがァ!」

起き上がった死体が少女を庇うように手をかざしたのと、天井が引き金を引いたのは同時だった。
弾丸は少年のかざした手に当たり反射して、綺麗に銃口に吸い込まれた。
その衝撃で拳銃は爆発し、手の皮膚は裂けた。

「が、ああ!く、くそ、何で……」

一方通行が生きていたのは、銃弾が眉間に直撃するまでのわずか一秒にも満たない誤差の間に打ち止めの治療が完了し、
土壇場で『反射』を取り戻したからに他ならないが、今の彼にはそれを説明する余力も気もなかった。

「今更、お前みたいな人間が、何を……」

「分かってンだよ、俺達がクズだってことぐらい。
 だがなァ、それがこのガキを殺していい理由にはならねェだろうが!」


叫ぶ一方通行は、内心焦っていた。
天井を殺さなければ、打ち止めを救ったことにはならない。
しかし現状では、もうあと数秒も保たない。

「あァァァ!」

触れれば血流を逆流させて体を内側から爆発させる悪魔の手が天井に伸びるが、天井はそれをギリギリで避けた。
避けた、というよりは、恐怖のあまり咄嗟に横へ跳んだために、幸運にも一方通行の手が空を切ったにすぎないのだが。

そしてそこで、一方通行は倒れた。

二〇時二〇分。
天井亜雄はしばらく放心状態だったが、道路に倒れてから立たなくなった一方通行を見て、立ち上がり、倒れている一方通行の頭を軽く小突いた。

「『反射』は切れているか」

ウイルス起動に失敗し、学園都市と敵対勢力の板挟みになっているので、一刻も早くここから逃げるべきなのだが、危険な芽は摘んでおいた方が良い。

「死ね」

左手で、予備の拳銃を一方通行に向けて、引き金を引こうとしたところで、

「そこまでよ」

背後から声が聞こえた。
そう思った時には、銃声がして、直後に腹部から痛みを感じて、

「芳川、桔梗」

何とか首だけで女性の姿を確認したところで、天井は膝から崩れ落ちた。

二〇時二五分。
意識を失っていた天井は目を覚ました。
ゆっくりと周辺を見回すと、ステーションワゴンがあって、その後部ドアのところで、培養器の操作をしている芳川桔梗の姿を確認した。
自分のスポーツカーの助手席を見ると、最終信号はいなかった。
おそらくは培養器に移されたのだ。

「あぁ、くっ」

呻き声をあげて何とか上体だけを起こす天井に芳川は気付いたようで、
ステーションワゴンの後部ドアを閉めて、スタスタと天井に近付いていく。

「ごめんなさいね。わたしってどこまでも甘いから。
 急所に当てる度胸もないくせに見逃そうとも思えなかったみたい」

「どうやって、この場所を……?」

「一方通行の携帯電話、まだ通話中なのだけれど。携帯電話のGPS機能が、こんなところで役に立つとはね」

「何故だ?」

カタカタと震える左手で、天井は芳川へ銃口を向ける。
それでも芳川は一切怯まず、天井へにじり寄る。

「何故って、何が何故なのかしら?」

「お前は常に、リスクとチャンスを天秤にかけてきたはずだ。それなのに、何で……」

「わたしはね、本当は研究者になんてなりたくなかったの」

「は?」

「学校の先生になりたかった。
 生徒の顔を一人一人覚えていて、困った事があったら何でも相談を受けて、たった一人の子供のために奔走できるような、優しい先生に」

もっとも、と芳川は区切ってから、

「こんな甘いだけのわたしが何かを教える立場に立ってはいけないと自覚しているから、断念したけれど」

それでも、と言いつつ、天井の前に立った芳川はゆっくりと地面に片膝をついて、地面に座り込んでいる天井と目線を合わせる。

「きっと、未練が残っていたのでしょうね。
 わたしは一度でいいから、甘いのではなく優しい事をしてみたかった。それだけよ」

言って芳川は、右手に持っていた拳銃の銃口を天井の胸へ押しつける。
一方天井も、左手の拳銃の銃口を、芳川と同じように胸へ押しつける。

「一人で死ぬのが怖いのでしょう?ならば道連れにはわたしを選びなさい。
 子供達に手を出す事だけは、わたしが絶対に許さない」

「……やはり、お前に『優しさ』は似合わない」

互いの拳銃の引き金にかかっている指に力が加わる。

「お前のそれは、もはや『強さ』だよ」

そして、銃声が二つ鳴り響いた。

九月一日。
〇〇時〇〇分。

「手術完了。うん、皆御苦労さまと言ったところだね?」

その声で芳川は目を覚ました。目の前にいるカエルにも似た顔をしている手術衣の男性を見て、芳川は施術されたことを自覚した。

「……わたし、生き残ったのね」

「当然だね?誰が執刀したと思っているんだい?」

冥土帰し。芳川は彼以上の医者を知らない。

「といっても、正直危なかったんだけどね。生きている以上は何が何でも助ける僕でも、死者を蘇らせる事は出来ないからね。
 なにせ至近距離から心臓に直結する冠動脈を撃たれたんだから。あの白い少年に感謝するといい」

「どういうこと?」

「さあね。彼には血流操作の能力でもあったんじゃないかな?
 まるで見えないホースでもあるかのように、破れた動脈の口から口へ行ってきも漏らさず血を通していたよ。
 君が手術室に向かうまで意識のない状態にもかかわらず、能力を使い続けたみたいだね?」

「じゃあその彼と、ラストオー……少女はどうなったのかしら?」

実は芳川は天井を最初に撃った直後に、救急車を呼んでいた。

「少年の方は、脳に深刻なダメージを負ったようだね。少なくとも、計算能力には影響が出るね?」

「それじゃあの子はもう……」

ベクトルを操作するどころか、一番簡単な反射すら出来ないかもしれない。

「まあ、問題ないだろうさ。僕は患者に必要なものは何が何でも揃えるのが信条でね。
 “一万ものクローン体を作った並列演算ネットワーク”を使えば、少年の脳の欠損部分を補わせる」

「待って。あのネットワークは同じ脳波の波長を持つ者だけで作られているわ。
 波長の違う一方通行が無理にログインすれば、波長の合わない彼の脳は焼き切れるはず」

「もちろん、その辺も考えている。双方の波長を合わせる変換器、デザインとしては内側に電極を付けたチョーカーと言うところかな?」

そんな簡単にいくものなのか、と思う。

「ラストオーとかいう少女の方も心配しなくていい。幸い、ウチでも似たような子供を預かっているからね。検体番号九九八二号を始め、何体かね」

「培養器まで用意しているの?」

「言ったはずだよ。僕は患者に必要なものなら何が何でも揃えるってね」

飄々と言ってのける冥土帰し。

「さて、と。僕はもう行くけど、君はどうするんだい?」

「どうする、とは?」

「今回の件は『上』に知られたみたいだね?研究所は解体、実験は完全に中止、つまり君は解雇。無職という訳だね?」

研究者としても生きていけないという事は、今の話を聞く限り分かる。
もっとも、研究者なんて頼まれたってごめんだが。しかし、そうなると、

「他に、どんな道があるかしらね?」

「道なんていくらでもある」

それは投げやりな言葉じゃない。何せ、何かを壊すことしか出来なかった少年は、人間を二人も救ったのだから。

「ねえ」

「なんだい?」

「彼を助けてあげて。できなかったら、わたしはあなたを許さないわ」

人間、その気になれば変われるという事を、体を張って証明した少年に、絶対に助かってほしいから。
対して、一見プレッシャーにしかならないような言葉を受けた冥土帰しは、余裕綽々で告げる。

「誰に向かって言っているんだか。あそこは僕の戦場だよ?
 そして僕は必ず戦場から帰還してみせるね。今までずっと一人で戦ってきた患者を連れて、さ」

そうして冥土帰しは、手術室から出て行く。
その後ろ姿を見て、芳川は眠るように目を閉じた。

これで一方通行サイド終了です。

>>1です
>>181
エツァリにおそらく→海原にはおそらく
>>187
御坂を巻き込んだのも→御坂が巻き込まれたのも
>>225
毛布少女でもがミレスで昼食→毛布少女でもファミレスで昼食

まだ六巻再構成終わっていないのですが、もうそろそろ一か月になりますので、とりあえず少し投下しておきます。

九月一日。早朝。

「疲れた……」

学生寮で一言、そんな事を呟く上条当麻。
彼が朝っぱらから疲弊しているのには理由がある。

八月三一日に、闇咲逢魔という男と戦ったのが発端だった。
成り行きで、学園都市の『外』にいる闇咲が助けたいという女性を助けるために、雲川先輩から借りた服から制服に着替えて昼過ぎに学園都市を出た。
順調にいけば夕方には戻れるはずだったが、第二級警報が発令されて、出入りできなかった。
つい先程、その警報が解除されたのだが、いつ解除されるか分からなかったので、徹夜で学園都市の情報をチェックし、ようやく学園都市に戻ってきた次第だった。

情報をチェックしたところによると、学園都市の外壁の上で怪しい人影が二度も確認されたことと、
学園都市の中で白いシスターが黒い背広の男に攫われているのが確認されて、第二級警報が発令されたらしい。
要するに闇咲の事だった。

外壁の上でわずかな時間とは言え、侵入者の痕跡が残れば、警備強度(セキリュティコード)が上がるかもしれないと考えた上条は、
学園都市からは自分が先に出て、その後に『外』で闇咲と合流した。
この順序が逆なら女性を救う事は出来なかったが、おかげで寝不足だ。
洗濯をしていないので雲川先輩に衣服を返せそうもない。
そこまで気にしてもいないが、土御門から『御使堕し』についてのメールも来ない。
闇咲を拘束した時の電話の着信の履歴から、かけ直してくる事もなければ、メールの一つもない。
本当に携帯のバッテリー残量がゼロで、未だに充電していないのなら仕方ないが。

第二級警報が発令された後、御坂から電話があった。
アンタ学園都市に入れないかもだけど、このシスターどうすんの?

御坂に預かってもらえたら楽だったのだが、学生寮とは大体、基本的に部外者の寝泊まりを禁止している。
しかし学生側としても、寮則なんて厳格に守っている方が少ない。
自分もインデックスを居候させているし、土御門もよく義妹を招いている。
だが常盤台は名門校だけあって、寮則は厳しいらしく、どうにも誤魔化してでも預かる事は出来ないらしかった。
それ以前に、常盤台の寮は二人一部屋で、しかも白井黒子とペアなので、どの道預かることは不可能らしかった。
他に知り合いがいないインデックスは、小萌先生の家に厄介になるしかなかった。

学校が始まるまで、あと約二時間。
下手に仮眠をとると寝過ごす危険があるし、夏休み明けなので始業式とホームルームで終わる午前授業なので、帰ってきてから昼寝の方が無難だろう。
それに小萌先生が、インデックスをここまで送ってきてくれると電話で言ってくれたので、迂闊に寝ていられないのだ。

学校開始まであと約一時間というタイミングで小萌先生はインデックスを連れてやってきた。
小萌先生から『ちょっとお話したいので、先生の車で一緒に学校へ行きましょう』と事前に言われていたので、
朝ごはんを食べ終えていた上条は、宿題などを持ってインデックスと入れ違いで学校へ向かう。
インデックスの朝食は作ってあるし、準備は万端……なはずだ。
寝不足だから、何かポカをやらかしている可能性もあるが。

明るい緑色の、丸っこいデザインの軽乗用車の中で、運転中の先生は切り出してきた。

「先生としては、上条ちゃんや姫神ちゃんが自ら話してくれる事を期待していたのですが、どうにもシラを切り通すつもりっぽいので、ここで尋ねておきます。
 あのシスターちゃん、もといインデックスちゃんは一体何者なのですか?」

話があると言われた時点で、ひょっとしたらと覚悟はしていたが、まさか本当にこういう展開になるとは。
どう答えるべきか。

「……すみません。今は言えないです。
 でも決して疚しい事があるとかじゃなくて、事情を話してしまうと、先生が巻き込まれるかもしれないんです。
 名前も知らない赤の他人なら、何も気にせず巻き込めますけど、先生には傷ついてほしくないから、言えません。」

迷った挙句、本音で隠し通すことにした。
インデックスや御坂には事情を話さなすぎて説教された事があるが、誰でも彼でも事情を話せばいいというものではない。
インデックスは当事者、御坂はある程度までかかわったからこそ、だ。

小萌先生の性格は分かっているつもりだ。
こちらが断固として黙秘を貫けば、折れてくれるはず。

「上条ちゃんが入院したのは、インデックスちゃんが関わっているのですか?」

「それにインデックスは関わっていませんが、その件についてもお話はできません」

「……そうですか」

小萌先生は、左右にボタンが付いている少し特殊な形のハンドルを操りながら、

「上条ちゃんは本当に嘘が下手ですね。
 上条ちゃんは先生の事を分かっているつもりかもしれませんが、先生だって上条ちゃんの事は分かっているつもりなのですよ。
 赤の他人だろうが親しい人だろうが、巻き込ませないってことくらいは、です。でも、いいです。
 上条ちゃんが先生を想ってくれているのは本当の事だって分かりますから。
 先生は信じて待ちます。ですから、いつかきっとお話ししてくださいね?」

「……はい」

「ところで話題はすっぱり変わるのですが、実は今日、姫神ちゃんが我が校に転入してくることになったのです」

「あ、はい」

正直、どういうリアクションをとればいいか分からない。

「あれ?全然驚きませんね。まあ、いいです。
 先生が言いたい事は、現時点で既に知り合いである上条ちゃんは、姫神ちゃんがクラスに馴染めるように上手くやってほしいという事なのです」

「ああ、そういうことですか。もちろんですよ」

「良い返事なのですよ。まあ先生としては、一抹の寂しさもあるのですが」

「どうしてですか?」

「学生寮に入ってしまうからなのですよ」

「ああ、なるほど」

「姫神ちゃんはですね。霧ヶ丘女学院に所属していたのですが、ある時を境に能力が検知されなくなったので、霧ヶ丘を追い出されたのです。
 そこで先生が、我が校へ転入するのを勧めたのですよ。だから寂しいって言っても、原因は先生なのですよ……」

聞いてもいないのに語り出す先生。
まあそれだけ、姫神の事を気にかけていたのだろう。

「それにしても分からないのが、能力が検知されなくなったことについてなのですよ。
 姫神ちゃんは特に困っているようではないのですが、一体どういうことなのでしょうか」

多分それは、姫神が首からかけている十字架の効果により、能力が封印されているからだろう。
姫神が何も言わないのだから、自分が勝手に言ってしまっては駄目だろう。

「でも、能力が検知されなくなったからって追い出すなんて、霧ヶ丘も酷いですね」

「まったくなのです。能力ばかりに注目して、生徒の事をまるで尊重していないのです。
 ……って、他校の校風や方針に憤っても仕方ないのですけどね」

確か霧ヶ丘は、単純に能力開発分野だけなら常盤台に肩を並べる名門学校で、
常盤台が汎用性に優れたレギュラー的な能力者の育成に特化しているのなら、
霧ヶ丘は再現するのが難しいイレギュラー的な能力者の開発のエキスパートだと聞く。
確かに姫神の能力は珍しいだろう。何せ世界に数十人といない『原石』だ。

「ま、ウチには生徒の事を重んじてくれる小萌先生がいるから大丈夫ですね」

「おだてても何も出ないのですよー」

そうは言うものの、車を運転する小萌先生が照れたように微笑していたのは一目で分かった。

一方、朝食を食べ終えたインデックスは、ある事に気付いた。
昼ごはんがない。

「ど、どうしよう。未曾有の大ピンチかも」

実は大ピンチでも何でもなく、始業式の為、昼には帰宅出来る上条が意図的に作り置きをしなかったのだが、
一般常識が欠落しているインデックスには、そんな事は分からない。
上条にミスがあるとすれば、今日は始業式という日で昼には帰れるから昼飯の心配はするな、とインデックスに忠告しなかった事だろう。
彼が寝不足でなおかつ小萌に話があると言われ、少なからず動揺していなければ、こんなことにはならなかったかもしれない。

「……やるしかないかも」

上条から何度も何度も何度も、勝手に出歩くなと釘を刺されているが、昼ごはんがないから仕方ない。
修道服姿のインデックスは意を決し玄関を開け放ち、外の世界へ踏み出す。
上条がどこに行ったかは分かる。
ガッコーだ。
ただ、そこまでの道順が分からない。
闇雲に歩けば、迷いに迷って道端に野垂れるのが関の山だろうし、それこそ上条に迷惑がかかってしまう。
だが誰かに案内してもらい、一直線にガッコーに行って上条と再会し、ずっと一緒にいれば上条が心配する事もないし、昼ごはんの心配もなくなる。
万事解決だ。

そうと決まれば、案内してもらう誰かを探さなければいけないのだが、上条以外に知り合いなんて、ほんの数人しかいない。
ただ幸運にも、数人しかいない知り合いに、有力な人物がいる。
隣人、土御門元春。
上条当麻の親友であり、通っているガッコーも同じらしい。
八月十六日には、上条が入院している病院にも案内してもらった。
彼ならば、ガッコーへ連れて行ってくれるはず。

インデックスは、土御門家のインターホンを押す。
数秒してから出てきたのは、

「どうしたー」

藍色と白を基調としたメイド服を着た、土御門舞夏だった。

「もとはるはいないの?」

「いないぞー。何故かは知らないけどなー」

「まいかはもとはるの妹なのに、兄の居場所を知らないの?」

「妹だからって、兄の事を全て知っている訳じゃないぞー。
 逆に聞くけど、インデックスは上条当麻の事何でも知っているのかー?」

「それは……知らないけど……だって、私はとうまの妹じゃないし」

「でも同棲しているよなー」

「ど、同棲って言うか、同居かも」

「顔を真っ赤にして照れ気味で言われてもなー」

「て、照れてなんかいないかも!」

「分かったってー。そんなにムキになるなー」

「むぅ~」

「で、結局何のようだー?兄貴と連絡を取りたいのなら、取ってやらない事もないけどなー」

「ほんとに?実はね、とうまのガッコーに行きたいんだけど」

「上条当麻の学校に?何で?」

「とうまがね、お昼ごはんの作り置きをしていかなかったんだよ。
 だからね、ガッコーに行って、とうまのキョーシツに行って、ずっととうまと一緒にいて、お昼になったらごはんを一緒に食べようと思うんだよ」

「お、おおー……すばらしいなー」

ここで舞夏は、インデックスの発言に対して二割の謎の感動と、自身の八割の悪戯心によって、ある提案をする。

「よし分かったー。上条当麻の学校なら兄貴に聞かずとも、私が案内してやるぞー」

「ほんとに!?ありがとうなんだよ!」

「ただし」

と言いながら、舞夏はインデックスを指さして、

「そんな目立つ修道服では、上条当麻の教室どころか学校にすら入れないだろうから、着替えるぞー」

「それぐらい分かっているんだよ。今着替えてくるから、ちょっと待っていてほしいかも」

そう言って部屋に戻ろうとするインデックスを、

「待ちたまえー。私服に着替えたって、制服だらけの学校では目立つに決まっているだろー」

舞夏は引き止めたが、インデックスはきょとんとして、

「じゃあどうするの?」

「ふふん。心配はいらないさー。すべてこの舞夏様に任せたまえー」

そう言って胸を張る舞夏に、インデックスは相変わらずきょとんとしつつ、

「分かったんだよ」

とりあえず返事だけはする。その直後、

「ではでは、一名様ご案内ー」

舞夏はインデックスの手を引っ張って、土御門の部屋に招き入れた。

学校に到着した。
先生は分厚いクリアファイルを持って運転席から降りる。
上条も薄っぺらの学生鞄を持って降りる。

「そのクリアファイルの中身は何ですか?もしかして抜き打ちテストとかじゃないですよね?」

「予習復習をしっかりする上条ちゃんならば、たとえ抜き打ちテストがあっても問題ないと思いますよ」

しかし夏休みをドラマチックかつアクロバティックかつファンタスティックかつエキセントリックに過ごしてきた上条は、
夏休み後半は予習復習などやっておらず、やったのは宿題だけだったりする。

「もっとも、先生は学生時代にやられて嫌だと思った事はやりません。これは学校のお仕事とは違うのです。
 大学時代の友人から論文の資料集めをお願いされていまして、そっちのお手伝いなのですよ」

どうやら抜き打ちテストではないらしい。

「これはですね、AIM拡散力場についての文献なのです」

AIM拡散力場。
AIMはAn_Involuntary_Movement、つまり無自覚ということであり、能力者が無自覚に発してしまう微弱な力のフィールド全般を指す言葉だ。
たとえば、電撃使いの微弱電波や念動力による圧力、発火能力の熱量などだ。
もっとも、精密機器を使わなければ人間には観測できないレベルらしいのだが。
研究が進めば、能力者の気配や種類、強さまで分かるようになるらしい。

「先生って忙しいんですね。姫神の事気にかけたり、資料集めたり」

「おまけに誰かさんには、詳細不明の大食いシスターちゃんを押しつけられますしね」

そこを突かれると痛い。

「……すみません」

「冗談なのですよ。でも、先生の事を大変だと思うなら、先生に心配事をさせないでくださいね?」

そこで小萌先生と別れた。

教室に入ろうとしたが、引き戸の前に青髪ピアスが立っていて入れなかった。
彼の身長は一八〇センチもあり、体格も割とがっしりしているので、無理には通るのは少しきつい。
仕方ないのでもう一つのドアから入ろうと、横を向いて歩き出そうとしたところで、

「おいカミやん!小萌先生の車で一緒に登校とはどういう了見や!」

「うげ!うるせぇな!」

青髪の声は物凄く低いので、頭に響くという事はないが、かわりに重くのしかかられた印象があった。

「うるさいやないで!夏休みやたらと付き合い悪いなと思ったら、小萌先生とイチャイチャしてやがったんか!」

胸倉を掴まれてぐわんぐわんと前後に揺さぶられる。

「ま、待て!ご、誤解だ!と、とりあ、とりあえず、落ち着いて、話そう!」

強い力で前後に揺さぶられ酔いそうになったので、どうにかして話し合いに持ち込もうとする。

「仕方あらへんな」

意外にも一発で大人しくなってくれた大男。とりあえず窓際の後ろの方にある席に着く。青髪は隣の席なので、隣に座って、

「で、どういう事情が?」

さて、話し合いに持ち込んだのは良いが、小萌先生の車で一緒にここへきた経緯を説明するには、インデックスについて触れなければいけない。
そうなると魔術についても触れなければいけない。だが、それは駄目だ。どうしたものか。

「実は今日、ウチのクラスに転入生が来ることになっていてだな。その転入生と俺が知り合いだったから、クラスに馴染めるようにって話を車の中でしたんだよ。
 朝って時間ないだろ?だから先生の車の中で話し合いする事になったんだよ」

「それだけ?たったそれだけの事で、小萌先生に送ってもらったんか?というかそれだけの内容だったら、電話でええやん」

「先生も今朝思いついたことだから」

「いやだから、電話でええやん。そもそも、小萌先生から送ってあげますよーって、電話があって送ってもらうことになったんやろ?」

「電話より口頭の方が間違いないし、小萌先生は優しいから、どうせだから話しついでに送ってあげますよってことになったんだよ」

「電話より口頭の方が間違いないってほどの話ではないと思うけど、まあ小萌先生は優しいから、そういうこともあるかもな。しかも小萌先生は、カミやんにお熱だし」

どうやら穏便に済みそうだ。

「まあ小萌先生については不問にするけど、転入生と知り合いってことは、転入生についてある程度は知っているってことやろ?どんな人なん?」

「そりゃ来てからのお楽しみだ。どうせあと数分もすれば先生と一緒にやってくるだろ」

「何で勿体ぶるんや!教えてくれや!」

「うるさいな。もう少し声のボリューム下げて話してくれよ」

「このやろう!小萌先生と一緒に登校というハッピーイベントを満喫しておきながら、そのテンションの低さは一体――」

「うるさーい!」

一喝によって青髪の言葉を遮ったのは、肩甲骨くらいまである黒髪に巨乳の吹寄制理だ。
彼女はこちらへずんずんと近寄ってくると、

「小萌先生小萌先生って馬鹿じゃないの!大体貴様、小萌先生に現をぬかしている割に授業を真面目に聞いている訳でもないし、
 提出物は碌に出さないし、それらがたたって補習を受けて、先生の期待に添えないことばっかりしているじゃない!」

正論を吐く吹寄だったが、こと青髪に対しては、その正論は無意味である事を上条は知っている。なぜなら、

「何言うてんねん!小萌先生はなあ……賢い生徒より手のかかる生徒が好きなんや!
 事実、吹寄みたいな優秀な生徒より、僕の方が先生に構ってもらえているし!例外はカミやんだけや!」

この通り、構ってもらえれば何でもいいという、独特の考え方をしているからである。
まあ、賢い生徒より手のかかる生徒の方に情熱を注いでいるというのは、分からなくもないが。

「貴様、アホじゃないの?」

呆れる吹寄に対して、青髪はさらにヒートアップして、

「アホで結構!僕の人生の一番の楽しみは、小萌先生との絡み!授業を真面目に聞かなければ注意されるし、提出物を出さなければ叱られるし、成績が悪ければ補習になる!
 けどそれは、小萌先生と過ごす時間が増えることを意味している!だから夏休みの宿題も、やってきたけど敢えて全部忘れてきた!
 怒られて、補習を受けるという流れ狙いで!宿題やってきたことで褒められることと迷ったけど、一時の至福と、
 補習時間の至福、天秤にかけた結果、補習時間の至福で決定し――」

「もう黙れ、ド変態!」

もはや似非関西弁すら忘れて熱弁する青髪に、吹寄が広めのおでこで頭突きをかました。と同時に、チャイムが鳴った。

チャイムが鳴ってから約五分。小萌先生がこない。
どうでもいいが、土御門の席も空席だ。

「カミやんさー、小萌先生こないんだけど、どういうことや?」

俺に聞かれても、と思うが、教室にいるクラスメイトの中では、自分が小萌先生と最近一緒にいた人物だ。
上条が何か関係あるかも、と邪推されても仕方ないかもしれない。
事実、静まり返っていた教室の中で響き渡った青髪の一言により、クラス中の視線を集めてしまっている。
先程のやりとりはなかなかの大声だったため、あの時教室にいたクラスメイトは、自分が小萌先生と一緒に来た事は知っているからだ。
だが、知らないものは知らないので、

「分からねーよ。大学時代の友人のためにAIM拡散力場についての資料がどうのこうのって言っていたから、それ関係かも」

「本当にぃ~?」

「何を疑っているんだよ」

「そういやさっき、転入生がどうのこうのって言ってなかった?」

という、席は割と離れている吹寄の突っ込みに、青髪は乗っかって、

「そっか。転入生連れてくるのに遅れているんやな」

その一言によりクラス中に『転入生がいる』という失念されていた事実が思い返され伝播し、

「転入生って誰だろうなー。女の子なら良いなー」

「たとえ女の子だとしても、アンタなんかには関係ない話じゃない」

「なんだとこのブス!テメーだって、転入生が野郎でも、縁なんかねーんだよ!」

「なにおう!?」

なんて、クラスで良い感じの男女がそんなやりとりをして、

「はいでましたー。恒例の痴話喧嘩ー」

「はぁ!?だ、誰がこいつとなんか……!」

「そ、そうよ!私だってお断りだわ!」

と、いい感じの二人を茶化す奴もいれば、

「ちっ。イチャイチャしやがって。リア充爆発しろ」

「イチャイチャすんのは良いけど、ここですんなって話だよな」

とぼやく奴もいて。
そんな感じで、教室中が軽く沸いたところで、

「うるさいわよ、貴様ら!先生だっていろいろあるんでしょう。少々遅れているぐらいで騒いでんじゃないわよ!」

吹寄の一喝により、軽く沸いていた教室が静まり返る。

「(さすが吹寄やね。あれだけ騒がしかった教室が一瞬で静かになってしもうた)」

「(元はと言えば吹寄から始まった騒ぎだけどな)」

まあ、その責任を感じて一喝したのかもしれないが。

「遅れてすみませんなのですー」

吹寄の一喝から一分後。
小萌先生がガラッとドアを開けてやってきた。
後ろには、この学校の制服を着た姫神もいた。

お、おい誰だあれ、まさかあれが転入生?
などと軽くざわめく教室の中、小萌先生が教壇に立って構わず話しだす。

「軽くサプライズ気味の紹介をしたかったのですけど、時間が押しているので仕方ないのです。
 上条ちゃんから聞いている人もいるかもしれないですが、このクラスに転入生が入ることになりましてですねー。
 先生の隣にいる女の子がそうなのです。
 見ての通り薄幸美少女なのです。おめでとう野郎ども、残念でした子猫ちゃん達。では姫神ちゃん、自己紹介を」

「姫神秋沙です。よろしく」

「ということなので、皆姫神ちゃんと仲良くしてあげてくださいね。
 それでは、この後始業式もあるので、廊下に移動してくださいなのです」

先生の指示通り、皆席を立って廊下へ向かって行く。
青髪も立ちながら、

「カミやん、あんな美人な女の子と知り合いって何があったん?」

「錬金術師に監禁されていたところを間接的に助けただけだよ」

「はぁ?何を電波なこと言うとんねん。真実を教えてほしいんやけど」

「ありのままの真実を話したんだけど」

「ほーん。教える気はないってことやな。ほんなら仕方ない。姫やんと仲良くなって直接聞くわ」

「ご勝手に」

馬鹿正直に教えられないと言っても、しつこく食い下がられそうだから、あえて非現実的な事を言って呆れさせる。
面白がって掘り下げられる危険もあったが、どうやらうまく呆れてくれたようだ。
もっとも、今言った非現実的な事は、非現実的ではあるが真実なのだが。

と、そんなやりとりをしつつ廊下に並んだところで、

「上条ちゃんは先生と一緒にちょっと来てもらうところがあるので、こっちへ。皆さんは始業式へ行っていてください」

「な……カミやん、お前はまた……小萌先生とイチャイチャする気か!」

上条は大声で叫ぶ青髪の胸倉をつかみ上げて、しかし小声で言い返す。

「(廊下でそんな事大声で口走んな!俺だって分からねーよ!むしろ説教でもされるんじゃないかと内心ビクビクしてんだよ!)」

「説教って……ご褒美やないかーっ!」

「うるさいわね!いいから黙って始業式に行くわよ、この恥さらし!」

なぜか吹寄が割り込んできて青髪に頭突きをかまし、彼を物理的に黙らせた。

「さあ行きなさい。上条当麻」

「お、おう。とりあえず助かったわ」

ひとまず落ち着いたが、一体小萌先生は自分に何の用があるのだろうか。

とりあえずここまでにします。
続きは完成次第です。

>>1です。
ようやく完成したので、投下します。

>>138
俺の近くだって断定できる理由~という文の前に、『御使堕し』の犯人が、を挿入

>>144
近隣住民人の、人を削除

>>250
行ってきも漏らさず→一滴も漏らさず

インデックスは舞夏に案内されて上条が通う学校へやってきていた。
しかし教室には辿り着けなかった。
月詠小萌に見つかって、帰るように言われたからだ。
タクシー代として二〇〇〇円札も貰った。
だが強制送還はされなかった以上、ここで帰る気は毛頭ない。
毛頭ないが、おなかがへった。
昼ごはんがないどころか、正直朝ごはんもおざなりだったせいだ。
よってインデックスは、食堂にやってきていた。

「む、あれは……」

丸テーブル一つにパイプ椅子四脚をワンセットとしたものが一〇〇セットほどある食堂の隅にあったのは、食券販売機。
確か、お金を入れてボタンを押すと食べ物の引換券が出るやつだ。
漫画で読んだ事がある。

インデックスは、小萌から貰った二〇〇〇円札を販売機に躊躇なく突っ込む。
そしてボタンを押そうと手を伸ばしたが、

「……あれ?」

ボタンがない事に気付いた。
液晶のモニタには、商品の値段表が表示されているだけ。

「ど、どうしよう……」

モニタがタッチパネルになっているだけなのだが、機械音痴のインデックスは気付かない。
液晶の端っこに『取り消し』ボタンがあるのも気付かない。
お金を飲み込まれた事実に打ちひしがれて、呆然と立ち尽くすインデックス。
と、そんな彼女の肩が、指先でトン、と叩かれた。

小萌先生曰く、この学校の制服を着たインデックスが、この学校に侵入してきたらしい。
昼ごはんがない事に気付いて、それを指摘する為にここまで来たらしい。
一応タクシー代として二〇〇〇円を渡したものの、それで本当に帰ったか怪しいものなので、保護者である自分に協力を求めたらしい。
具体的には、インデックスを見つけて、強制的に送り返してほしい、ということだった。

「そういうわけなので上条ちゃん、インデックスちゃんなのですけど、どこにいると思うです?」

「まずはお腹を満たすために、食堂にでも行ったんじゃないですかね」

それよりも、何でこの学校の制服を着ているのかが気になる。
先生に聞いたところ、むしろ先生が聞きたいのです、と言い返された。
となると、本人に聞くのが一番早いだろう。

「まったく。上条ちゃんはインデックスちゃんにどういう教育をしているのですか」

「再三にわたって勝手に外出するなとは言ってきたんですがね。
 何がどうなってここにいるか、俺にも分かりませんよ。
 インデックスは一人じゃここに来られないはずだから、多分誰かに案内されたってところが妥当な線ですかね」

それが誰かと言えば、心当たりは一人しかいない。土御門だ。
なぜか教室にもいなかったし、何かを企んでインデックスをここへ招いたのかもしれない。

「土御門がいなかったんですけど、やつは一体どうしたんですか?」

「そう言えばいませんでしたね。でもお休みの連絡は受けていないのです。ひょっとしたらお寝坊さんなのかもしれないです」

ますます土御門が怪しい気がしてきた。
上条は食堂への歩を早める。

インデックスは振り返った。

「あの……ボタン、押さなきゃ」

控え目な様子で言ってきたのは、太腿くらいまである茶色の混じった黒い髪のストレートに、フレームの細い眼鏡をかけた少女。
ちなみに胸の膨らみ具合はなかなか大きく、全然控え目じゃなかった。

「ボタンなんてないかも」

「えっと……」

少女は少し困ったような顔をして、

「モニタを直接指で触ればいいの……」

「そんなことしたって、意味ないんだよ。テレビに触ったって、中の人には何の変化もないもん」

「……」

少女は無言で販売機の前に立って『取り消し』ボタンを押す。
するとモーターの音がした後、呑みこまれた二〇〇〇円札が吐き出される。

「どういうことなの、これ」

「えっと……モニタを指で触ればいいだけなんだけど……」

「もしかしてこれ、テレビじゃないの?」

「うん。これはテレビじゃなくて、食券販売機だよ」

「それは分かっているんだよ。そうじゃなくて、何で画面を触っただけでお金が戻ってきたかを知りたいんだよ」

「あの……もしかして……タッチパネルを知らない、の?」

「たっちぱねる?」

「うん」

そうして少女は、タッチパネルという機能が存在する事を説明し、
じゃあさっきのもう一回やってというインデックスのお願いを素直に聞き入れ、
目の前の食券販売機にお金を入れて、取り消しボタンを押して戻すという行為を実演した。

「すごいんだよ!かがくはここまで進歩していたんだね!」

「タッチパネルなんて、珍しくもないと思うんだけど……」

「そうなの?
 でも私は初めて知ったし、あなたがいなければ、こもえから貰った二〇〇〇円を無駄にするところだったかも。
 だから、ありがとうね」

「えっと……どういたしまして」

少女は少しだけ照れたように笑った。

「そう言えば名前を聞いていなかったかも。私の名前はインデックス。あなたは?」

「……風斬氷華」

インデックスと風斬は特になにも注文しないまま、食堂の席の一角を勝手に陣取って世間話をしていた。
というよりは、インデックスの愚痴を風斬が聞いているという構図なだけだった。
インデックスは愚痴に夢中で、空腹であることなど抜け落ちていた。

「それでね、なぜだか分からないんだけど、今日に限ってお昼ごはんの用意がされていなくってね。
 だから、とうまに会うためにここまでやってきたんだけど」

「やってきたんだけどって……学校は基本的に、部外者は入ってきてはいけないところだから……勝手に来たらその、とうまって人も困っちゃうんじゃあ……」

「でも、ひょうかだって入ってきてるよ?」

「私は……大丈夫なの。転入生だから、制服を持っていないだけだし……」

「じゃあ私も転入生になる」

「……えっと」

そんな簡単になれるものでもないので、風斬は眉を寄せて困った顔をする。

「それで、転入生になるにはどうしたらいいの?」

「……少なくとも、今すぐになれるものじゃないんだけど……」

「じゃあどうすればいいの?」

ここで押しが強くツッコミに慣れている御坂美琴のような人間なら『いや帰れよ』の一言で終了させられるだろう。
しかし、押しが弱い風斬は、その一言を言えず、

「ま、まあ、制服はこの高校のものだし、何とかなるかもしれないね……」

「転入生にならなくても大丈夫なの?」

「う、うん」

多分、とインデックスが聞こえないような非常に小さな声で付け加える。

「あ、いんで――」

食堂の入口で、インデックスの名を呼ぼうとした小萌を上条は、右手で口を塞ぎ、左手を腰にまわして引き止める。

「(先生、ここはちょっと様子を見ましょう)」

半袖の白いセーラー服に紺色のスカートを穿いているインデックスは、見慣れない少女と一緒に、ここから二〇メートルは離れている席に座っていた。
角度も関係しているのか、あちらの少女達はこちらには気付いていない。

「(いきなり何するのですか上条ちゃん!早いとこインデックスちゃんを保護しなければいけないのですよ!)」

とか言いつつ、なんだかんだ小声になってくれている。
まあ、体の方はがっちり固定していないと今すぐにでも動き出しそうだが。

「(先生、あれ、インデックスの向かいに座っている眼鏡をかけている女の子、霧ヶ丘女学院の制服だと思うんですが、どう思います?)」

眼鏡の女の子は、半袖の白いブラウスに赤いネクタイをしていて、スカートは青色。
確かあれは、霧ヶ丘女学院のものだったような気がする。
自称『女生徒制服評論家』の青髪か、かつて在学していたという姫神なら分かるかもしれない。
だから、そんな姫神と暮らしていた小萌先生ならば、知っているかもしれない。

「(ええ。確かにあれは、霧ヶ丘女学院の制服ですね。でも、なぜでしょう。
 彼女のような部外者がふらふらと入れるはずはないのですが)」

制服こそこの高校のものだが、見た目はどうしたって目立つインデックスの侵入を許している時点で、説得力に欠けている発言だと思う。

「(転入生は姫神だけですか?)」

もしかしたら、他のクラスや学年にも転入生がいるかもしれない。と思い尋ねるが、

「(はい。この学校全体を通して、転入生は姫神ちゃんただ一人だけです。
 ですから、あの眼鏡ちゃんは侵入者で間違いないのです)」

侵入者なのは確定。
となると、あの女の子はインデックスを狙って変装した悪人か。
それとも、たまたまこの学校に迷い込んだ霧ヶ丘女学院の生徒が、インデックスとおしゃべりしているだけか。
どっちも考えにくい。
インデックスがここに来たのはたまたまだ。
インデックスを狙うのなら、予知でもしない限り、この学校にやってくることはまずあり得ない。
だからと言って、霧ヶ丘女学院の生徒がここに迷い込むなんて、方向音痴なんてレベルじゃない。
それともやはり、予知と変装が出来る魔術師がインデックスを狙ってやってきたのか。

「(上条ちゃん?心臓がバクバク鳴っているのですよ?)」

先生とは密着している状態だから、鼓動が聞こえていてもおかしくない。
あの女の子は敵なのか。ただのアホな一般人なのか。
人がここまで神経をすり減らしているというのに、インデックスときたら――

「あ」

とうのインデックスは親しげに眼鏡少女と話し込んでいる。
インデックスの方は完全に心を開いているように見える。
ということは、安全なのかもしれない。

「(行きますか、先生)」

「(もちろんなのですよ。インデックスちゃんも眼鏡ちゃんも保護して、然るべきところに還さないといけないのです)」

「インデックス!」

「あ、とうまだ!」

インデックス達のところまである程度近付いて名前を呼ぶと、インデックスは満面の笑みで席から立ち上がってこっちへ小走りで来た。

「えへへ。ねえとうま聞いて。私ね、『ともだち』が出来たんだよ!」

「そこの女の子の事か?」

「うん!」

一方小萌先生は、その少女に名前を尋ね『風斬氷華です』という返答を貰っていた。彼女の事は小萌先生に任せておけばいいだろう。

「で、お前がここに来た理由は何だ?」

一応確認のため、聞いてみた。

「こもえから聞いてない?昼ごはんがないことに気付いて、これはピンチかも、と思ったからなんだよ」

「あのな、インデックス。今日は始業式とホームルームで終わるから昼前には帰れるんだ」

「そんなの知らないもん」

開き直られたら、もう呆れるしかない。

「ここに来た手段は何だ?」

「まいかに案内してもらったんだよ」

「……なるほどね」

土御門が怪しいとは思っていたが、犯人は妹の方だった。

土御門舞夏は、学園都市の繚乱家政女学校に通う中学生だ。
当然、魔術やインデックスなんかとは縁がない……はずだったのだが、魔術にも精通していて自分達の事情を把握している土御門に近しい人間と言うことと、
舞夏自身も勘が鋭い事も手伝って、インデックスと同居している事がばれてしまっていた。
ばれてからは、作り過ぎた料理のおすそわけや、客観的な料理の評価を得るためと称して料理をインデックスに食べさせるために、頻繁に自分の部屋を訪ねてきていた。
どうやらインデックスの味覚は確からしく、的確なアドバイスを貰えると、舞夏は喜んでいた。
こちらとしても膨大な食費の一助になるので、ギブアンドテイクで非常に助かっていたのだが、ついに舞夏はインデックスを外に解放するという暴挙に出た。
魔術については伏せて、不良に絡まれたら危険だからとか適当に理由を付けて、とにかくインデックスはなるべく外出させたくない旨は分かっているはずなのに。
これは後で問い詰めなければいけない。

「その制服はどこから調達した?」

「まいかから借りたんだよ」

何で舞夏がここの高校の制服を持っているのか。
少し考えて、あの変態兄貴がコスプレでもさせようとしたのかもしれない。
という結論に至る。
これも舞夏に直接問い詰めれば解決する話だ。
舞夏には、あとでいろいろ尋問するとして、

「大体事情は分かった。でもさっきも説明した通り、今日は昼前には帰られるから帰れ」

「えぇ~。せっかくガッコーまで来たのに、帰るなんて勿体ないかも」

「勿体ないじゃねぇよ。あれだけ勝手に出歩くなって言ってきたのに、昼ごはんがないからって、ここまで来やがって」

「ふ、ふざけてなんかないもん。ごはんがないのは餓死につながる由々しき問題なんだよ!」

「由々しくねぇよ。昼ごはん抜いたくらいで餓死なんてする訳ないだろ!」

「うぅ~。とうまの分からず屋!ひょうかも何か言ってやってよ!」

インデックスは風斬に支援を求めるが、

「あの子なら、小萌先生に連れられてどっかに行ったよ」

「むぅ~」

「小萌先生からお金は貰ったんだろ。タクシー拾って帰れ」

「帰れない。『たくしー』なんて乗れないもん」

「分かった。俺が拾って住所言うから、インデックスは寮に到着したらお金を運転手に渡して、お釣りを貰うだけでいい」

「嫌だ!帰りたくないもん!」

「わがまま言うな!お前がここにいるとややこしくなるだろ!」

上条はインデックスの手を引っ張って強引に学校から追い出そうとするが、

「嫌だ!痛いんだよ!」

喚くインデックス。
このままだと誰かが駆けつけて、いたいけな女の子に暴力を振るおうとしている暴漢にされかねない。

「こらーっ!何をやっているんですか上条ちゃん!」

恐れていた事態が早速起こった。
風斬を追い出したのか、それともどこかに匿ってきたのか、
とにかく食堂に戻ってきた小萌先生は、自分の手を掴みインデックスから放して、

「先生はインデックスちゃんを送り返せとは言いましたが、暴力に訴えろとは一言も言っていないのですよ!」

「誤解です先生!インデックスが、帰りたくないってわがまま言うから、とりあえず連れだそうとしたまでです!」

「でもインデックスちゃんは痛がっているじゃないですか!もっと穏便には出来なかったのですか!」

どうすりゃいいんだよもう、と目の前の幼女二人に、上条は心の中で頭を抱える。

「分かりました。もう帰れなんて言いません。
 だから校外で昼まで大人しく待っているか、小萌先生がどこかに匿ってください」

「それでいいですか、インデックスちゃん」

「……うん。分かったんだよ」

話し合いの結果、インデックスは校門周辺で待つ、ということになった。

始業式はもう終わりそうなのだが、とりあえず小萌先生と体育館へ向かう。

「あの風斬とかいう女の子はどうしたんですか?」

「それがですね。
 先生が先導して保健室に招き入れようとしたのですが、保健室のドアを開けて振り返った時には、もういなかったのですよ」

「それはつまり、逃げられたって事ですか」

「何なのですかその棘のある言い方は。
 いくら先生でも、すぐ背後にいる人間が逃げ出したら、気配が消えた事や足音などで分かるのですよ」

「でも先生が気付かないうちにいなくなったんですよね」

「だから先生も疑問なのですよ。まるで『最初からいなかった』感じなのです。
 少なくとも、気配なく先生の背後から消えたのは確かです」

「風斬は空間移動能力者だったとか、そういうオチかもしれませんね」

それならば、学校への侵入も容易だろう。

「かもしれないのです。あとで彼女の身元を調べなければいけません」

インデックスに風斬の事を聞けばと思ったが、インデックスには超能力とか、どうせよく分かってないだろうから聞いても無駄だろう。

インデックスは、校門近くの金網のフェンスに寄りかかって上条を待っていた。

「どうしたの……そんな暗い顔して」

か弱い声が聞こえた方を向くと、そこには小萌に連行されたはずの風斬が立っていた。

「聞いてくれる?」

「うん」

そうしてインデックスは話し始める。
先程の上条とのやり取りを。

「とうま、かなり怒ってた。いつもは優しいのに。もしかして、嫌われたのかな」

どころか、もともと自分の事なんて嫌いだった可能性すらある。
視線を落として沈み込むインデックスに、しかし風斬は告げる。

「そんなことないと思うよ。やりとりを聞く限りでは、あなたのことを真剣に思っていると思う」

「私の事を大事に思ってくれているってこと?でもそれなら、ケンカにはならないと思うんだよ」

「そうかな。ケンカできるってことは、逆に言えばケンカするほどの仲だってことだと私は思うな」

「どういうこと?」

「ケンカしないってことは、逆に言えば自分のやりたい事を我慢して、相手の事だけを考えてってことでしょ。
 それでもケンカしちゃったら、それっきりで、仲直りも出来ないままその人との関係が終わっちゃう。
 そんな薄氷みたいな関係、良いと思う?」

「そんなの、嫌だよ。私は、とうまとずっと一緒にいたい」

「そう思えるなら、きっと大丈夫だよ」

風斬が優しく言うと、インデックスは、無言で風斬の胸に飛び込んだ。

学園都市には、いくつか門(ゲート)がある。
その内の一つに、通行許可証が提示されていない為の不法侵入者の反応があった。

『これより先は関係者以外の立ち入りは認められていません』

のアナウンスのあと、同じ旨の警告が英語で繰り返される。
しかし不法侵入者――ボサボサの金髪に褐色の肌、服装は漆黒のゴシックロリータの二〇代後半と思しき女は、警告に構わず闊歩する。

『通行許可証を提示の上、所定の手続きを――』

警告のアナウンスは最後まで続かなかった。
ゴスロリ女が白いチョークのようなオイルパステルを取り出し無造作に振った直後に地面が盛り上がって、
数分後には、その周囲がめちゃくちゃに破壊し尽くされたからだ。

学園都市には窓のないビルがある。
ドアも窓も廊下も階段もないそのビルは、空間移動系の能力がなければ出入りも出来ない。
そんなビルの中心に、巨大なガラスの円筒器が鎮座している。
直径四メートル、全長一〇メートルを超す強化ガラスの円筒の中は赤い液体で満たされている。
広大な部屋の四方の壁は全て機械類で埋め尽くされ、そこから伸びる数十万ものコードやチューブが床を這い、中央の円筒に接続されていた。
そんな円筒の中には、手術衣のような緑色の衣服を着て、足下まである銀髪をなびかせている『人間』が逆さで浮かんでいた。
学園都市統括理事長、アレイスター。
その『人間』は男にも女にも、子供にも大人にも、聖人にも囚人にも見える。
その『人間』は自身の生命活動を全て機会に預けることで、計算上ではおよそ一七〇〇年もの寿命を手に入れていた。
脳を含め全身はほぼ仮死状態で、思考の大半も機械によって補助していた。

「そろそろかな」

アレイスターが呟いた直後、円筒の正面に二つの影が現れた。
一人は空間移動系能力『座標移動』(ムーブポイント)を操る少女。もう一人は、金髪にサングラスをしてアロハシャツを着ている男。

「警備が甘すぎるぞ。遊んでいるのか」

「遊んでなどいないさ。プランを短縮する為に――」

「ふざけるな」

言って男――土御門元春は、手に持っていたレポートを円筒へ押しつける。
レポートには、隠し撮りの写真がクリップに留められていた。写真に写っているのは、侵入者のゴスロリ女だ。

「シェリー=クロムウェル。こいつは流れの魔術師ではなく、イギリス清教『必要悪の教会』の人間だ。アウレオルスの時とはわけが違うぞ」

土御門は苛立った調子で続ける。

「魔術師は魔術師が裁かなければいけない。アウレオルスの時は、流れの魔術師であることとステイルと神裂がいたから何とかなったが……」

「なったが?」

アレイスターは挑発するように先を促す。

「十時教所属の魔術師を科学サイドの人間で討てば、波風が立つ。情報の漏洩を恐れているのは、何も科学だけじゃない。魔術側もそうだ。
 情報が漏洩する危険があるから、ということを口実に、イギリス清教、いや、魔術サイド全体が攻め立ててくるかもしれない。
 下手をすれば、戦争に発展するかもしれないんだぞ」

「先に仕掛けてきたのはあちらだ。こちらに非はない」

「非ならあるだろ。警備にもっと力を入れれば、シェリー程度ならどうとでもなった。わざわざ侵入を許して、お前は一体何を考えている?」

土御門の問いに、アレイスターは何の返答もしなかった。土御門は舌打ちして、

「俺はシェリーを討つ。魔術側の人間が魔術師を討てば、立つ波風も少しは小さく」

「君は手を出さなくていい」

「何だと!?」

アレイスターの発言に、土御門は正気を疑った。

「お前は一体、何を考えて……」

「プラン二〇八二から、二三七七までを短縮できる。それだけだ」

アレイスターがプランという単語を口にする場合、該当するものは一つしかない。

「虚数学区・五行機関の制御法か」

虚数学区・五行機関。
学園都市が出来た当初の『始まりの研究所』と呼ばれているが、今ではどこにあるのか、そもそも本当にあるのかも分からない幻のような存在。
噂では、現在の工学でも再現不可能な『架空技術』を抱え、また、学園都市の裏側からその全権を掌握しているとさえ言われている。

「制御法を早いところ掴む為だけに、今回、シェリーの侵入を許したってことか」

「世界を引き裂くほどの暴れ馬だ、手綱は出来るだけ早く掴まないといけないだろう?」

そう言って淡く笑うアレイスターの感情を土御門は理解できなかった。
喜怒哀楽が感じられないわけではない。喜怒哀楽全てが入り混じっているのを感じたからだ。
感情は理解できなかったが、理屈は分かった。その上で、土御門は問いかける。

「お前、本当に戦争を未然に回避する自信があるのだろうな」

「その自信は君が持つべきだろう。舞台裏を飛び回るのは君の仕事だ。その為のスパイだろう」

ちくしょうが、と土御門は吐き捨てる。この場でコード類を抜いたり、円筒をぶち抜いたりしたって、何の意味もないだろう。
謀反を起こされたらあっさりとやられてしまうほど、目の前の人間は甘くない。
つまるところ土御門は、アレイスターの言う通りにするしかなかった。

始業式とホームルームを終えた上条は、急いでインデックスが待っている校門へ。

「待たせたなインデックス。って、どうも」

小萌から逃げおおせた風斬までいた。
上条は咄嗟に会釈して、風斬も会釈し返した。

「とうま……」

インデックスは、ほんの少しだけ暗い顔をしていた。
それを見た上条は、

「悪い。さっきは言い過ぎた」

インデックスへ向けて、軽く頭を下げて謝った。

「私の方こそごめんなさいなんだよ」

インデックスも、頭を下げて謝ってきた。
それを見た風斬が、

「仲直りできて良かったね」

「うん!」

パァ、とインデックスは明るい笑顔を浮かべた。
その笑顔が向けられているのは、自分ではなく風斬だ。

「そんじゃ、帰りますか」

「え、帰るの?」

「帰る以外にどうするんだよ」

「だ、だって……」

「言いたい事は、言わなきゃだめだよ」

風斬がインデックスに優しく言う。

「もっとひょうかと一緒にいたい。ひょうかと一緒にどこかに遊びに行きたい」

「あ、私……あの……」

オロオロしているところをみると、事前に打ち合わせたとかではなく、本当にインデックスにアドバイスをしただけらしい。
それは置いといて、さて、どうしようか。
ここまでのインデックスの風斬に対する態度を見る限り、インデックスは完全に風斬の事を信頼しているようだ。
インデックスが信じたのなら、それを否定したいとは思わない。自分が見る限りでも、悪い人間とは思えない。

「分かったよ。それじゃあ三人で飯でも食いに行くか」

「うん!」

満面の笑みは、今度こそ自分に向けられた。
まあ、この笑顔が見られたのは、素直に嬉しい。

「でもその前に、まずは寮に帰ってインデックスの着替えだ」

「えー、めんどうくさいかも」

「面倒くさいじゃねぇよ。そんな恰好していると、青い髪の毛にピアスしている変態に馴れ馴れしく絡まれるかもしれないぞ」

「……どういうこと?」

「要するに、その恰好じゃややこしいから、私服に着替えようってことだ」

「もうおなかが減りすぎて、それどころじゃないかも」

「そ、それは……わがままがすぎるんじゃないかな」

「……ひょうかがそう言うなら、とうまの言う通りにする」

助かった風斬。と思うと同時に、自分の言う事は聞かないのに、風斬の言う事は一発で聞いたことが、
何か釈然としないというか、なんというか……、

「とうま?どうしたの?」

「あ、いや、なんでもない。それより、どうしてもおなかが減っているんなら仕方ない。コンビニでおにぎりでも買って帰るぞ」

インデックスの事だから、多少の買い食いで満腹になるはずがない。

コンビニに入って、上条はおにぎりが並べられているところへ行き、インデックスと風斬はお菓子コーナーをうろついていた。
インデックスは基本好き嫌いがないので、おにぎりの具は何でもいいはずだ。
だったら、経済的には安いものを買う方が良い。
上条は適当に、ツナや具なしの塩むすびなどを手に取った。
その時だった。
服の端を軽く引っ張られる感触があった。

「どうした?」

インデックスかと思って振り返ってみれば、いたのは姫神だった。

「あれ?どうした、姫神。お前も買い食いか?」

「ううん」

姫神は首を横に振った。
じゃあ何でここにいるんだ、とさらに尋ねる前に、姫神が切り出した。

「小萌から話は聞いた。風斬氷華が私達の学校に入ってきたって。それでちょっと。気になる事があって」

「気になる事?」

「上条君も。小萌から話は聞いているはず。転入生は私一人なのだけど。小萌曰く。風斬氷華は。自らを『転入生』と名乗ったらしい」

そうだ。小萌先生から、転入生は一人しかいないと聞いた。
だから、風斬は転入生なわけがない。それなのに転入生と名乗ったという事は、

「風斬が、嘘をついているってことか」

確かに、風斬については未だに詳細が不明瞭なところが多い。
でも、彼女が嘘をつくような人間には見えない。

「そういうことになってしまう。でも。私はもっと。そういう次元の話じゃないと思っている」

「……どういうことだ?」

「小萌から聞いたと思うけど。私はかつて。霧ヶ岡女学院に通っていた。そこで風斬氷華の名前を見た事がある」

同じ学校に通っていたのだから、名前ぐらい見た事があっても不思議ではない。
結局何が言いたいんだ、という前に、

「でも。名前しか見たことがないの。彼女の名前はテストの上位ランカーとして。学校の掲示板に張り出してあっただけ」

「……別におかしいことじゃないだろ。何が言いたいんだ」

「風斬が何年何組に在籍していたか。どんな容姿をしているのか。ましてや能力なんて。誰も知らないの」

「……意味が分かんねぇんだけど」

「私も。分からない事だらけだったから。気になって先生に聞いたことがあるの。
 そしたら。こっそりと教えてくれた。風斬氷華は『正体不明』(カウンターストップ)と呼ばれていると」

そして、と姫神は続けて、

「いわく。風斬氷華は。虚数学区・五行機関を知るための鍵だと」

その一言に、上条は眉をひそめた。
虚数学区・五行機関。
学園都市最初の研究機関だとか、現在の最新技術でも再現できない『架空技術』を抱えているとか、
学園都市の運営を影から掌握しているとか、いろいろ噂になっている奴だ。
でも所詮、噂は噂。
存在しているかも分からない眉唾ものの虚数学区・五行機関を、知るための鍵もクソもない。

「にわかには信じ難い話だな」

「うん。私もどこまでが本当かは分からないから。だからこそ。忠告で済ませている」

ただ、と姫神は続けて、

「風斬氷華について。名前しか知らなかったというのは。それだけは事実。
 私だけではなく。大半の生徒が。小萌から聞いた話によれば。
 先導する小萌の背後から。音もなく忽然と消えたらしいし。だから。気をつけてね」

それだけ言って、姫神は立ち去った。
結局彼女は、忠告をする為だけに、ここまで来たのだろうか。

駅前の大通りは、大勢の中高生でごった返していた。
それもそのはず、今日は九月一日で、どこの学校も夏休み明け一発目で始業式だけで学校が終わる為、昼過ぎの街には学生達が一斉に解放されるからだ。
とりわけ、大手デパートが集中する駅前の一角には多くの人々が殺到する。
常盤台中学の一年生、風紀委員でもある白井黒子は、そんな雑踏の中を歩いていた。
風紀委員とは、対能力者用の治安部隊である。彼らは全員能力者かつ学生で構成されている。
これに対して、次世代兵器を手にした教職員による治安部隊を警備員と呼ぶ。
そして治安を維持する部隊なのだから、その責務は当然、学園都市の内側でのイザコザを治めるだけでなく、『外』からやってくる侵入者の撃退などもしなければいけない。
つまり、白井黒子が雑踏の中を歩いているのは、そういう理由だった。

「いましたわね」

白井は一〇メートルほど先にいる人影を見て、それから携帯電話の画面に映る顔写真を確認した。
ターゲットを確保する為には、通常なら応援を呼んで、人払いを済ませてからだが。

白井はポケットから、信号弾が込められている銃身の太さが直径三センチ以上もある拳銃を取り出し、真上へ向けて発砲した。
直後、七メートル上方で、閃光が瞬いた。

「ひ、避難命令だー!」

悲鳴や怒号を上げながら、学生達は近くの建物へ逃げ込んでいく。
そんな中で一人、ターゲットの外国人の女だけが突っ立っていた。
日本語が通じるか分からないが、面倒なので日本語で言う。

「自身が拘束される理由は、わざわざ述べるまでもないですわよね?」

外国人の女までの距離は約一〇メートル。
そんなに余裕のある状況ではないはずなのに、女は気だるげにしているだけだった。
面倒くせぇな、いちいち手間かけさせやがって、という雰囲気が見て取れる。
やっぱり日本語が正しく通じていないのかと思った、その時だった。

白井の背後で、地面が勢いよく爆発した。

「がっ……!」

爆発の衝撃により、白井は地面を数メートル転がった。
しかし呑気に倒れている場合ではない。
白井は即座に起き上がるが、

「……っつ」

足首に痛みが走った。
見ればアスファルトが『顔面』の形に隆起していて、そこの『口』にあたる部分に噛まれるように、足首が挟まっていた。
それを見て、白井は思わず戦慄した。してしまった。

白井の能力は空間移動。
三次元的な制約にとらわれず、自在に虚空を渡ることのできる力だ。
しかし、この能力には弱点がある。
空間を移動する。言葉にすれば簡単だが、
それを実行するには、一一次元上にある自分の座標を計測し、そこから移動ベクトルを計算しなければいけない。
要するに、頭の中でする計算が、発火能力などの比較的メジャーな能力より桁違いに難しいのだ。
それゆえに、激痛・焦燥・不安・混乱などで計算能力が少しでも鈍ってしまうと、まともに力を使う事が出来なくなってしまう。
今の白井は、それらの要素をほとんど満たしてしまっていた。

「くっ……」

能力も使えず、だからと言って地力だけでは縫いとめられた地面から抜け出せず、白井は絶体絶命のピンチだった。

「私に反逆される理由は、わざわざ述べるまでもねぇよなぁ」

外国人の女は、外国人なのに意外にも日本語でそんな事を言った。

「あんな目立つ避難命令なんて、私を捕まえに来ましたって自己紹介しているようなものじゃない」

避難命令の事を知っていた?
知っていた上で、こっちが避難命令をした時点で、外国人の女は何らかの力を使って反撃してきたということか。

「不意打ちじゃない時点で、テメェの負けは決まっていたのよ。ツインテール」

何か言い返したいところだが、そんな余裕もなかった。
爆発した地面。そこから、二メートル以上の長さの『腕』が生えている。
アスファルトや自転車やガードレールなど辺り一面のにあったものを寄せ集めて、
粘土のようにこねまわして形を整えたような『腕』は、容赦なく白井に向かって振り下ろされる。
それでも白井は、諦めて目を閉じるなんて事はせず、アスファルトから抜け出そうと足掻いて、

ズドドドド!と、どこからともなく飛来してきた数本の黒い鞭が、振り下ろされた『腕』を中空で縫いとめた。

「これは……!」

驚きで目を見開く白井の前で『腕』に突き刺さっていた黒い鞭は、内側から『腕』を引き裂いた。
それだけに留まらず、黒い鞭は、白井の足首が挟まっている付近のアスファルトも綺麗に砕いた。
枷から脱出した白井は、即座に空間移動を実行して、距離をとる。

黒い鞭からは、蜂の羽音を数百倍大きくしたような不可思議な音がしていた。
その理由は、黒い鞭の正体が、砂鉄を磁力で集めて振動させたものだからだ。
こんな芸当が出来るのは、白井が知る限りでは、一人しかいない。

「お姉様!」

黒い鞭の出所を見つつ叫ぶ。
それに応えるように、コインが弾かれたような小さな金属音と、

「私の大切な後輩に、手ぇ出してんじゃないわよ、クソアマ!」

叫びの直後、御坂の親指を起点として、コインが音速の三倍で射出された。
それはもはやオレンジ色のレーザーと化して、砂鉄のチェーンソーによって大雑把に引き裂かれた『腕』を木端微塵に吹き飛ばした。

「チッ」

これだけの戦果をあげておきながら、御坂は舌打ちをした。

「逃げられたか。でもまあ、もう大丈夫よ、黒子」

御坂は白井の下へ歩み寄って、

「ごめんね、黒子。
 もうちょっと早く駆けつけられたら、怖い思いもさせずに済んだのに――って、いきなり抱きつくんじゃ――」

いきなり胸に飛び込まれたので、引き剥がしそうとしたが、震えている事に気付いて、そのまま胸を貸すことにした。

「アンタは何でもかんでも一人で解決しようとしすぎんのよ」

「ごめんなさいですの。チンタラやっていると捕まえる機会を逃すかと思いまして。
 自信もありましたし、どうしても自分で捕まえたいという思いが先行してしまいましたの」

「そっか。まあ、自信をもつことはいいことよね。
 でも、何でもかんでも全部抱え込む必要ないんだからね。
 もっと私を頼っていいんだから。
 頼ってくれるってことは、それだけ信頼してくれているってことにもなるから、迷惑かけるとか、巻き込ませたくないとか、考えなくていいんだからね」

そう言って、黒子の頭を撫でる御坂だったが、

「(ぐへ。ぐへへ。今日の黒子は震える子羊ですの。
 さすがのお姉様でも、弱った黒子を引き剥がそうとは思わないみたいですわね。
 これぞ千載一遇のチャンス!お姉様の慎ましい胸の谷間を思う存分――)」

なんかブツブツ言っているのが聞こえた。
変態はどこまでいっても変態だった。
御坂は丁重に白井を引き剥がして、軽く電撃を浴びせた。

インデックスが着替えている間に、舞夏から携帯を通して事情聴取をすることにした。

「インデックスを解放した理由を簡潔に述べろ」

『本気で聞いているのかー?』

「当然だ」

『あの子がどうしても上条当麻に会いたいって言うからなー。
 私はあくまでも、その一助をしたにすぎないー。あとはまあ、面白そうだったからなー』

「インデックスの気持ちに応えたかった気持ちと、面白そうって気持ち、割合は?」

『二対八』

「……ウチの高校の制服を持っていた理由は?」

『兄貴が、私にコスプレをさせようと発注したからだなー。
 まあ私としては、メイドはコスプレじゃないからと、一発ぶん殴って黙らせたけどなー』

「お前の美学とかはどうでもいい。言ったはずだよな。インデックスはなるべく出歩かせたくないって」

『でもずーっと家で一人は可哀想だろー。たまにはいいじゃないかー』

舞夏は魔術などを知らない。
傍から見れば、自分は過保護に見えるのかもしれないが、

「あとで拳骨な」

『いいけど、そんなことしたら兄貴が切れるぞー』

「その場合は、兄貴ともどもぶん殴ってやるよ」

『もうただのドメスティックバイオレンス宣言だよなー』

「とにかく、拳骨制裁決定な」

『じゃあ上条当麻と会わないようにするー』

と、そこで電話を切られた。

「……いつか絶対拳骨ぶち込む」

決意して、上条はインデックスの着替えが完了するのを待つ。

黒子から事情聴取した結果、外国人のゴスロリ女が学園都市に侵入している事が分かった。
しかもその侵入者は、正面から『門』を突破したらしい。
『第一級警報』(コードレッド)も発令されているらしい。

「結局、あの女が扱っていたチカラは何なのでしょう?」

「……さあね。ロクなもんじゃないってことだけは確かみたいだけど」

適当にはぐらかす御坂だったが、彼女には心当たりがないでもなかった。
学園都市の超能力とはまったく違う種類の異能を、御坂は知っている。
魔術。
魔術を扱う人間を、魔術師と呼ぶ。
魔術師がここへ来たのはおそらく、禁書目録、もしくは上条当麻を狙ってきたのだろう。
昨日、つまり八月三一日に、上条を狙ってアステカの魔術師が暗躍していたし、
上条の話によれば、禁書目録と呼ばれる少女も、頭の中に一〇万三〇〇〇冊の魔道書とやらを記憶しているらしく、魔術世界から狙われやすい存在らしい。
と、ここまで思い返して、何だか少しだけ腹が立ってきた。
狙われやすい存在とはつまり、守ってもらえるような対象になりやすいという事だ。
インデックスという少女は、常に上条に守ってもらえるということ。

「あー……」

「どうしましたの、お姉様?」

なんで私がこんな事でイラつかなきゃいけないのよ。と御坂は自身の前髪をいじくる。

「別に何でもないわよ」

イラついても仕方ない、と御坂はここまで考えた事を整理する。
外部からやってきた異能を扱う連中は魔術師だと思っていいだろう。
まさか学園都市の『外』で、超能力開発が成功しているとは思えない。
そして魔術師がやってきた理由。
それもやはり、あの少年か禁書目録の少女を狙ったものとしか思えない。
となると、やる事は一つ。

御坂は携帯を取り出して、上条に電話をかける。

「これが噂の地下世界なんだねー!」

白いワンピースに着替えたインデックスは、初めて見る光景にはしゃいでいるようだった。

「地下街な」

上条、インデックス、風斬の三人は、地下街にやってきていた。
ここにきた理由は、何となくである。

「さて、まずは地下世界のごはんを堪能するんだよ!」

「さっきおにぎりを五個も食べたのに……お腹壊さないの?」

「何言っているんだよ。あんなのは前菜かも。これからメインディッシュを頂くんだよ!」

「飯食うのは良いけど、高いところは駄目だぞ」

「そんなところは希望してないんだよ。質より量かも!」

「風斬は何か希望とかあるか?」

何気なく聞いたつもりだったのだが、風斬はビクッと肩を震わせて、インデックスの陰に隠れて、

「わ、私は、どこでもいいです……」

「どうしたの、ひょうか?とうまは恐くないよ。優しいよ?」

「そ、それは、分かっているんだけど……」

「いるんだけど?」

「私にも分からない……どうしてこんなことをしているのか……」

理由は分からないけど何となく避けられる、というのはなかなかに辛い。
とポケットの中にあるマナーモードの携帯が震えた。
取り出してディスプレイに出ている名前を見て、電話に出ようとしたが、
ここは地下街なので近くにアンテナが設置されていないところではまともに使えないので、

「悪い。そこにある『学食レストラン』にでも入っていてくれ。
 先に頼んでいてもいいけど、あんまり高いものは頼むなよ。出来れば一〇〇〇円以内で頼む」

「先にって、とうまはなんで一緒に入らないの?」

「電話に出るためだと思うよ……」

「そういうことだ。まあすぐ戻ってくるよ」

幸い、地下街には入ったばかりなので、すぐに地上へ戻る事が出来る。
逆もまた然りだ。

「じゃ、ちょっと行ってくる」

上条は地上へ向けて走り出す。

シェリー=クロムウェル。
イギリス清教の対魔術部隊『必要悪の教会』のメンバーにして、カバラの石像の使い手でもある彼女は、口元に笑みを浮かべながら街を練り歩く。

シェリーが歩いた後の近くにある自販機、ガードレール、街路樹、清掃ロボット、風力発電のプロペラの支柱などには、白のオイルパステルによって落書きが施されていた。

「さて」

ある程度落書きを終えたところで、シェリーは一度だけ拍手した。
それを合図に、落書きの全てからピンポン玉くらいの『眼球』が発生する。
さらにシェリーは、葉書サイズの黒い紙を取り出して、

「自動書記。標的はこいつで良いか。……何て読むんだ、こりゃ」

黒い紙に書かれた人物の名前は読めなかったが、そんなことはあまり関係なかった。
シェリーは黒い紙を適当に放り投げる。
放り投げられた黒い紙はひらひらと地面に落ちる。
直後に、幾千もの眼球が黒い紙に一斉に押し寄せ、喰らいついた。
そうしてものの数秒もしないうちに、『風斬氷華』と書かれた黒い紙は跡形もなく喰いつくされた。
黒い紙を収めた無数の眼球達は、四方八方へと散っていく。
理由はもちろん、標的を見つけるためだ。

「あまり待たせんなよ、エリス」

上条はすぐさま地上へ出て、だいぶ待たせたであろう小萌先生からの着信に出る。

『もしもし上条ちゃん。ようやく出てくれましたね』

「すみません。地下街にいたもので」

『そうでしたか。なら仕方ないですね』

「それで、一体何の用ですか?」

『今からお話することは、大事なことなのでよく聞いてくださいね』

と、小萌先生は前置きをしてから、語り始めた。

『カザキリヒョウカさんについてなのです』

上条は思わず眉をひそめる。姫神からの忠告。
そして小萌先生がわざわざ電話してきて、前置きまでして、やはり風斬には何かあるという事だろうか。

『結論から言うと、カザキリヒョウカさんは人間ではない可能性があります』

「え?」

思いもよらない一言だった。

「それって一体、どういうことですか?」

『カザキリさんは転入生ではないので、彼女が我が校に入ってきたのは侵入者扱いなのです。
 よって先生は、カザキリさんの身元を調べようと思い、まずはいつどこから侵入したのか、学校の監視カメラを確認したのですが、どこにも映っていませんでした』

確かに不可解ではあるが、空間移動系能力者なら、いとも簡単になせる業だ。
小萌先生の背後から唐突に消えたのにも、説明がつく。

『それと、先生の背後から突如消えた事を鑑みると、やはりカザキリさんは普通の人間とは思えません』

たったそれだけのことで、人間じゃないと断言できる小萌先生が分からない。

「今言った事、空間移動系能力者ならできるじゃないですか」

『上条ちゃん、姫神ちゃんから話は聞いたのですよね』

なんでこのタイミングで姫神の話がと思ったが、直後に、小萌先生の言いたい事が分かった気がした。

「風斬は霧ヶ岡女学院では『正体不明』と呼ばれていたからってことですか?」

『です。空間移動系能力は希少な部類ではありますが、この街の住人なら大半は説明できる能力を持つ人間が、
 誰にも知られていなかったなんて、考えにくいですよね』

「でも、まったくあり得ない訳ではないじゃないですか」

自身の右手に宿る能力、幻想殺しも、この街ですら解明・説明できない能力だ。

『もちろん根拠はそれだけではないのです。
 空間移動系能力者は、学園都市でも数人しかいないってことはないですが、それでも希少な部類の能力です。
 書庫(バンク)を知り合いの警備員に調べてもらったところ、空間移動系能力者にカザキリヒョウカさんの名前はありませんでした』

「じゃあ風斬は、一体何者なんですか?」

『AIM拡散力場の集合体だと思うのですよ』

またしても思いもよらない返答に、上条はやはり眉をひそめるしかなかった。

「それって、どういう……」

『AIM拡散力場、簡単に言えば、能力者が無自覚に発する力のフィールドのようなものですね』

「知っています。ですが、風斬がそれの集合体だっていう意味が分かりません」

『学園都市には一八〇万もの能力者がいますよね。
 AIM拡散力場は、一人では微弱なものですが、それが一八〇万も集まれば、大きな力になると思えませんか?
 人間一人を「そこにいる」と錯覚させるぐらいには、です』

一つ一つは弱い力でも、それらが集まれば大きな力になる、という理屈は分かる。
だがそれが、人間をいると錯覚させる、ということに繋がりはしないと思う。

「……すみません。よく分からないです」

『上条ちゃん。人間って、機械で測ったらいろんなデータが採れますよね?』

「……はぁ」

先生が何を言いたいのか、さっぱり分からない。

『熱の生成・放出・吸収。光の反射・屈折・吸収。生体電気の発生と、それに伴う磁場の形成。
 酸素の消費と二酸化炭素の排出。質量や重量……などなど、あげればキリがないと思います。
 そこでです。あくまで推測なのですが、今挙げた人間らしいデータが全て揃った時、そこに「人間がいる」ことになりませんか?』

「……」

『人間らしいデータと簡単に言っても、それはとても膨大です。
 ですが、一八〇万もの力が一つに集まり重なり合えば、一つの意味をなすかもしれません。
 体温は発火能力者の、生体電気は電撃使いの、肌の感触を念動使いの、声を音波能力者のAIM拡散力場が作っているとしたら』

「人がいたから体温を感じたのではなく、体温を感じたから人がいると錯覚したってことですか」

『そんな感じです』

「……でも、風斬は至って普通の人間にしか見えないですよ」

『生まれた時から自分が人間だと思い込んでいれば、彼女は自分の存在に何の疑問も持たないはずですよー?』

あっさりと言われた一言に、上条は何も言えなかった。

『それでですね。一つだけ、問いたいのです。カザキリヒョウカさんを、どう思いますか?』

小萌先生の質問の意図はよく分からなかった。
なんとなく分かるのは、自分を試しているということだけだ。

「風斬は」

小萌先生が今まで言ってきた事は、あくまで仮説だ。
仮説だが、正しかった場合は、風斬は人間ではなく物理現象の一つと言うことになる。
それを弁えたうえで、上条は告げる。

「インデックスが初めて自力で構築した関係です。
 そしてインデックスは、そのことについて喜んでいます。
 俺はそんな関係を見守っていきたいです。
 人間か人間じゃないかなんて、問題じゃない。
 大事なのは、インデックスがどうしたいか、俺がどうしたいか、風斬がどうしたいか、だと思います」

『……そうですね。先生も、それが良いと思います。一つだけ言っておきます。
 くれぐれも、カザキリヒョウカさんを泣かさないようにしてくださいねー』

そこで、電話は切れた。

上条はインデックス達のところへ戻り、給食みたいなランチを食べた後、ゲームセンターへ寄っていた。
地下街にはもともとゲームセンターが多く、インデックスも外観を見ただけで、入りたいと言ったからである。

「ねぇひょうか。『ぷりくら』ってやつやろうよ。とうま、お金ちょうだい!」

お金を渡すと、インデックスはどこに機械があるかも知らないくせに、風斬の手を引っ張って走っていく。
そんなほのぼのとした光景を見て思う。風斬は人見知り気味の普通の人間にしか見えない。
昼食をすませた『学食レストラン』でも、インデックスと仲良さげにしていた。普通の女の子だった。

しかし小萌先生の仮説が正しければ、風斬は右手で触れれば消えてしまうかもしれない。
迂闊に右手で触ったらとんでもないことになるかもしれない。

「……気をつけないとな」

呟きながら、上条はインデックスが走って行った方向へ歩いていく。

プリクラを撮るための筐体の中で、インデックスが切り出した。

「さっきも言ったけど、とうまは悪い人じゃないよ?何をそんなにびくびくしているの?」

「あ……うん。違うの。あの人が嫌いとか、怖いとかじゃないの。
 私もよく分からないけど、なにか、静電気がいっぱい溜まっているセーターに触ろうとしているみたいな感じで……」

「……ふぅん」

『せーでんき』というのがよく分からないし、上条の事が嫌いではないと分かったので、インデックスはそれ以上追及しなかった。

電話をかけたが話し中だった為、俯瞰で上条当麻を見つける作戦に変更した。
御坂は一旦白井と別れて、とあるホテルの給水タンクの上から、学園都市製の双眼鏡を使って三六〇度見回したのだが、上条当麻の姿を発見できなかった。

「……これでもダメか」

街中に歩いているのを見つけられないとなると、考えられる可能性は二つ。
学生寮やレストランなど、とにかく屋内にいるか。もしくは、地下街にいるか、だ。

「どうしよう……」

もう一度電話をかけるか。
上条の事は諦めて、黒子についてあげるべきか。

「……決めた」

御坂は黒子の下へ戻るために、磁力を操って街中を飛び回る。
ただしそれは、上条に危機を伝えるのを諦めたわけではない。
危機を伝えるという考え自体を根本から改めたからだ。
つまりは、白井黒子と共に、侵入者のゴスロリ女を迎撃すればいい、と。

ゲームセンターでひとしきり遊んだ後、今日はもう解散するか、ということになった。

「楽しかったんだよ、ひょうか!またね!」

「う、うん、じゃあ、ね……」

疑問があった。風斬は一体どこに帰るのだろうか。霧ヶ岡女学院の学生寮だろうか。

「ねーねーとうま。今日は楽しかったんだよ!」

隣で歩いているインデックスは、とても嬉しそうにそう言った。

「よかったな」

そして、インデックスが浮かべるその笑顔を、絶対に壊したくない。
風斬は、インデックスの友達だ。

「これがガッコー生活かぁ。楽しいかも」

「普段は、午後も授業があるからこんなに遊べないし、期末にはテストもあるし、
 学校行事の準備とか練習とか大変だし、いろんな人と付き合って行かなきゃいけないし、いいことばかりじゃないぞ」

「でも、一人よりはずっと楽しいと思うかも」

少し切なげに、インデックスはそう呟いた。

「……かもな」

改めて思う。インデックスには風斬が必要だ。今日の様子を見る限りは、風斬だってインデックスの事を嫌いではないはずだ。
と、慌ただしい様子の風紀委員の腕章を付けた女子高生とすれ違った。

「あれ?今の何?誰の声?」

「どうした」

「今、声が聞こえたんだよ。女の子の声」

「……もしかして」

上条は振り返る。予想通り、風紀委員の女の子はこちらへ歩いてきて、

「そこのあなた!人が呼び掛けているのに何をそんなにのんびりしているの!」

「すみません。もしかして、念話能力(テレパス)ですか?」

風紀委員が出張ってくる場合は、学園都市に何らかの異常が起こっている時だ。たとえば、侵入者がいる場合などだ。
しかし口頭で避難命令をすれば、侵入者に『避難命令をしている』というのを悟られてしまう。
ここは地下街でゲームセンターが多く雑音も多いので、口頭では効率も悪い。
侵入者に悟られず、なおかつ的確に効率よく避難命令をするには、念話能力が最適だろう。

「そうです。分かっているのならさっさと避難してください!」

しかし自分には『声』は聞こえなかった。
それはおそらく、彼女の念話能力が見えない『糸』を通すタイプだからだ。
多分、その見えない『糸』を右手で打ち消してしまったから『声』が聞こえなかったのだ。
だが、それをいちいち説明する気はなかった。

「あ、いや、避難って、何が起こっているんですか」

聞くと、少女はいらだった様子で、

「ですから、念話能力で聞こえているでしょう!?現在、この地下街にテロリストが紛れ込んでいるんです。
 第一級警報も発令されています。九〇二秒後には捕獲作戦も始めるために、隔壁を降ろして地下街は閉鎖します。
 これから銃撃戦になるのでさっさと逃げてください」

早口でそんな事を言われた。

「テロリスト……」

侵入者と聞くと、思わず魔術師を浮かべてしまう。

「そうです。当のテロリストに捕獲準備を知られるといけないので、音に頼らない念話能力の私が入り用になったんです。
 だからあなた達も騒ぎを起こさないで、自然に退避してくださいね」

「てことは、テロリストの顔やらは分かっているってことですか」

「それは一般人のあなたが知る必要はないことです。とにかく、自然な感じで迅速に避難してください」

言って、少女は引き続き避難勧告をする為に立ち去った。

「結局、危ないから出て行けってこと?」

「そうなるな」

ただ、一つだけ危惧する事がある。
今は非常事態なので、警備員辺りが、地下街の出入り口で検問を敷いているだろう。
インデックスにIDはあるが、果たして銀髪碧眼少女が何の問題もなく通れるだろうか。
海に行った時は通れたが、不安で仕方ない。
とはいえ、これから銃撃戦が始まる地下街に居続けるわけにもいかない。
結局は、避難を選択するしかなかった。

「……待てよ」

少々強引なやり方になるが、御坂を経由して空間移動の白井を呼んでもらえば、インデックスを穏便に避難させる事が出来る気がする。
空間移動系能力者には、一度にテレポートできる質量や移動距離に個人差はあるが、
風紀委員を務めるぐらいだし、女の子一人を地下街から脱出させることぐらいはできるはずだ。
その場合、白井に何か勘繰られる可能性があるが、そこはどうにかして誤魔化せばいい。
なんなら御坂にも頼みこんで、彼女からも誤魔化すのを手伝ってもらえばいい。
地下街のため通話は困難だが、アンテナが設置されているところの近くならば、なんとかいけるはずだ。

そうと決まれば、とアンテナを探そうと思った、その時だった。

『――見ぃっつけた』

女の声だった。
声の聞こえた方を見ると、そこには壁があった。
しかし壁が喋っている訳ではない。
壁から眼球が出現して、そこから声が出ているのだ。

『禁書目録に、幻想殺しか。どちらにしようかしら。迷っちゃうわね』

「こ、れは……」

上条が少し引いている中、インデックスは冷静に眼球を見つめていた。

『――ま、全部ぶっ壊しちまえば手っ取り早いか』

「こいつ……」

この感じ。
魔術師だ。きっとこいつが侵入者なのだろう。と直感する。
それを裏付けるように、インデックスが口を開いた。

「土より出でる人の虚像――そのカバラの術式、アレンジの仕方がウチの教会と似ているね」

ウチの教会とは、必要悪の教会の事だろうか。

「ユダヤの守護者たるゴーレムを無理矢理に英国の守護天使に置き換えている辺りなんか、特に」

何を言っているかさっぱりだ。

「これは亜種だけど、神は土から人を創り出したという伝承から、探索・監視用に眼球部分のみを特化させた泥人形を作り上げたんだと思う。
 本来は一体のゴーレムを作るのでも大変なはずだけど、これは一体あたりのコストを下げることで、大量の個体を手駒にしているんじゃないかな」

と、インデックスの口上がひとしきりした直後だった。
水風船が割れるような音と共に壁にあった眼球が内側から弾け飛び、

「――っ!」

「きゃあ!」

ガゴン!という轟音と共に、地下街全体が大きく揺れた。

「インデックス!」

上条は叫びながら、インデックスを抱き寄せる。
その間にも、天井からは粉塵がぱらぱらと落ちてきて、全ての照明が消える。
数秒遅れて、非常灯の赤い光が周囲を照らし出すが、あまりにも心許ない。
さらに数秒遅れて、低く重たい音が響いてきた。
おそらくは隔壁が降ろされた音だった。
それが、これは危険と判断した警備員が自発的に降ろしたものなのか、先の震動により意図せず降りてしまったものなのかは定かではない。
確かなのは、

「……閉じ込められたかもしれないな」

ということだけだった。

念のために他の出口を探したが、徒労に終わった。
階段やエレベーターは隔壁で封鎖され、ダクトは元より人が通れるようなサイズではない。

「なあインデックス。今回の襲撃者の女って、必要悪の教会の人間なのか」

「アレンジの仕方が似ているだけってことだから何とも言えないかも。
 でも、イギリス清教の可能性も否定はできないんじゃないかな」

「イギリス清教だったらおかしくないか。俺はともかく、何でインデックスを狙うんだ?」

「分からないかも……。でも多分、教会の命令とかではないだろうから、個人の意思でここに来たと思う」

じゃあもう、本人に聞くしかないだろう。
土御門に聞きたいところだが、ただでさえ電波状況が悪い地下で、
アンテナが震動によって少なからずダメージを受けているだろう今は、まず電話なんて出来ないだろう。
正直、インデックスの身内である必要悪の教会のメンバーとは戦いたくないのだが、襲ってくるのなら仕方ない。
迎え撃つしかない。

「あ、あの、とうま?」

「何だよ」

「そろそろ放してほしいかも……」

顔を真っ赤にして小さい声のインデックス。
一方上条は、そこでようやく自分がインデックスを抱き寄せていた事を思い出した。

「あ、ああ、悪い」

上条は優しくインデックスを解放する。
なんてことをしていた時だった。

カツーン、カツーン、とローファーで歩いた時のような足音が暗闇から聞こえてきた。
上条は念の為インデックスを庇うように彼女の前に出る。
その間にも、音はどんどんと近付いてきて、音までの距離約二メートルで、ついにその姿が露になった。

「あ」

先に気付いたのは上条の方だった。
常盤台の制服の少女が二名、こちらへ近付いてきていた。

「あ」

次に気付いたのは御坂。
その直後に、白井もあまり気にくわない存在である上条当麻に気付いた。

「御坂。ちょっと話がある」

「奇遇ね。私もアンタに話があるのよ」

「え?何ですの、お話って。わたくしとそこの銀髪碧眼娘はどうすればいいんですの」

「まったくなんだよ」

「「すぐ終わるから」」

なんて言って、愛しのお姉様と類人猿は端っこの方でこそこそ会話し始めた。
なぜだかはよく知らないが、隣にいる銀髪碧眼娘も少し不機嫌そうだった。
しかし銀髪碧眼娘の事など、どうでもいい。

「(おいおいおいおい、冗談じゃねぇですのよ。
 お姉様の唯一無二のパートナーであるこの白井黒子を除け者にして秘密を共有しようなどとは、たとえお天道様が許しても、このわたくしが許さないですの。
 ていうか、何なんですのあの類人猿は。お姉様の心に居座りやがって。羨ましいんだよ、コノヤロウ)」

なんかブツブツ言っているツインテールに対して、何もツッコめないインデックスだった。

白井が恨みのオーラを発している中、端っこでは、

「(魔術師が攻めてきたっぽい)」

「(何でアンタがそれを?)」

「(ついさっき、宣戦布告のようなものをされた。
 俺とインデックス、どちらを壊すかで迷うみたいな事を言っていた)」

「(やっぱり狙いは、アンタかあのお嬢ちゃんってわけね)」

「(御坂のほうこそ、何で魔術師が侵入してきている事を知っているんだ?)」

「(実際に対峙したから。逃げられちゃったけどね。外見は金髪にゴスロリ、褐色の肌の外国人女だったわ。
 使っていた魔術は石の『腕』。分かるのはこれぐらいかしらね」

インデックスの話では、ゴーレムがどうのこうのと言っていた。
ゴーレムと聞いてイメージするのは、石で出来ている無骨なやつだ。
御坂と対峙した時は、その『腕』部分を特化させて出現させたという事だろうか。

「(情報ありがとう。魔術師とは俺がやる。御坂は、インデックスを頼む)」

「(いやいやいや、相手の狙いはアンタとあの子両方なんでしょ?だったら、アンタも避難するべきでしょ)」

「(じゃあ誰が魔術師を止める?)」

「(風紀委員や警備員でしょうよ。アンタが馬鹿正直に魔術師とやるのはリスクが高すぎる)」

「(……いや、そんな理由じゃ俺は退けない。
 狙いは俺とインデックスなんだろうが、俺達のせいで周囲にも被害が及んでいる。
 今地下街に閉じ込められた人たちがそうだ。
 だったら、その責任を取って、魔術師と決着をつけるのは俺であるべきだ)」

「(またアンタは一人で抱え込もうとしている訳?
 確かにアンタの理屈は分からなくもないけど、悪いのはあっちでしょ。
 アンタが気負う必要なんてどこにもない)」

「(魔術師は弱くない。警備員や風紀委員で止められるとは限らない。
 でも俺の右手は、異能の力を扱う連中にとっては絶大な効力を発揮する。
 ましてや今回の、おそらく相手はゴーレムを操るだけだろうから、ゴーレムさえ崩せば勝機はある)」

「(……どうあっても私の言う事を聞く気はないのかしら?)」

「(悪いな。代わりに、お願いがある)」

「(私の言う事は聞かないくせにお願いがあるですって?)」

「(ああ。御坂にしか頼めない事だ)」

学園都市では超能力開発を授業に盛り込んでいる。
そのため、学園都市では能力が高ければ高いほど、頭が良いということを意味している。
つまり、超能力者第三位の御坂は、学生の中では三番目に頭がいいということになる。
その聡明な頭で、御坂は上条が言いたい事を理解した。

「(黒子を使って、あの子を地下から脱出させるのね。そのボディーガードを私に、ってことかしら)」

「(そうだ。
 俺には幻想殺しがあって白井の空間移動を受け付けないから、地下から脱出する事は出来ない。
 だから、インデックスを地上に逃がしてやって、さらに御坂に守ってほしい)」

「(冗談抜きで、今私に『借り』がいくつあるのかしらね)」

「(いつも勝負を受けて立ってやっているんだ。それでチャラにしてくれ)」

「(んなもん、とっくにチャラになっているわよ)」

「(冗談だよ。埋め合わせはいつか必ず。とにかく、頼んだぞ)」

「(はいはい)」

そうして上条と御坂は解散して行動を開始する。

白井黒子の一度に空間移動できる距離、質量の限界は、それぞれ八一・五メートルと一三〇・七キログラムで、
御坂とインデックスを同時に地下から脱出させることが可能だった。
もっとも、インデックスは最初『とうまが行くなら私も行く!』とかなんとか喚きいていたのだが、『大丈夫だ。俺を信じろ』の一言で強引に黙らせた。
その後、怖い顔をしている白井と渋い顔をしている御坂と共に地下街から空間移動で消えた。
あとは、魔術師を止めるだけ。

「っていっても……」

どう動くべきか。
正直見当もつかない。
しかも心配事が二つあった。
一つは、相手が自分の事を幻想殺しと呼称した事だ。
このことからおそらく、相手は幻想殺しが異能を打ち消す事を知っている。
それだけでも厄介なのに、よりにもよって相手が使う異能はゴーレム。
御坂から聞いた話だと、その辺にあるモノを無理矢理合体させて『腕』はできていたらしい。
となると、幻想殺しでその『腕』を殴った場合、消失するのではなく合体が崩れるだけだ。
規模によっては倒壊に巻き込まれる危険がある。

二つ目は、相手が『全部ぶっ壊しちまえば手っ取り早い』と言った事だ。
狙いが自分とインデックスなら『全部』ではなく『どっちも』などがふさわしいはずだ。
では『全部』とは何か。
学園都市の街と住人の事を示している、というのはおそらくない。
それなら、自分達を『見つける』必要はないからだ。
何もかも壊してしまえば、それで自分達も壊したことになるのだから。
となると、考えられるのは、自分達以外の特定の個人、または集団がいた場合か。
個人ならやはり、学園都市統括理事長辺りが怪しいか。
御坂に興味がない辺りを見ると、超能力者が狙いではない、か。
なぜか身内のインデックスを狙っている事だし、土御門も案外標的だったりするかもしれない。
集団ならば、統括理事会辺りか。
もっとも、侵入者は外国人らしいから、日本語のニュアンスを正しく使いこなせていないだけかもしれないが。

と、ここまで考えたところで、再び地下街が揺れた。
数秒遅れて、暗闇の先から銃声や人の怒号らしきものも聞こえ始めた。

「へっ……」

上条は思わず笑っていた。
それはインデックスと別れた事によってインデックスと自分、地上か地下、どちらを狙うかで自分を選んでくれたからだ。
インデックスの危機が去ったので幸か、代わりに自分が危険なため不幸か。
もっとも『眼球』は消えていたため、インデックスが脱出した事を知らないだけかもしれないが。
そして、どう動けばいいかも分かった。
上条は銃声や怒号のする方へ向かって走り出す。

シェリー=クロムウェルは銃声と硝煙の渦巻く戦場を優雅に歩いていた。
彼女の前方には、巨大な石像があった。
石像は地下街のタイルや看板や支柱などを無理矢理丸めて粘土のように形を整えたもので、高さは四メートルにも達していた。
そんな石像に相対するように、漆黒の装甲服に身を固めた警備員が並んでいた。
彼らは近くの喫茶店のテーブルやソファなどでバリケードを作り、そこから顔を出してライフルを撃つ。
装填の隙を見せないよう三人一組になって、一方のチームが装填している間は他のチームが射撃をする。
要するに、銃弾の雨が途切れる事はない。

のだが。

「品がないわね」

シェリーは呟きながら、右手に持っているオイルパステルを振るう。
それが命令文となり、巨大な石像がゆっくりと歩を進める。

もともと地下街の通路が狭いせいもあるが、石像は移動する隔壁のようなものだった。
石像の後ろにいるシェリーには、一発の弾丸も通っていなかった。
そして弾丸を一身に受けている石像は削られていくものの、決定的な倒壊はしない。
なぜなら、削られたところから自動的に補修されていくからだ。
石像の近くにある壁のタイルがひとりでに剥がれ、削られた個所へくっついていく。
削られた個所からは、磁場でも発生しているのかもしれない。

「くそっ!」

業を煮やした警備員の内の一人が、手榴弾のピンを抜いた。
もちろん、石像の股下をくぐるように投げるためだった。
しかし、

「エリス」

その様子を見逃さなかったシェリーがオイルパステルを振るった。
それに呼応して、石像――ゴーレム=エリスは大地を踏み鳴らす。
震動によって、投げようとしていた手榴弾が警備員の手から零れおちる。
無論、ピンが抜いてあるものだ。

「――」

悲鳴どころか、息をつまらせる暇すらなかった。
警備員の手から落下した手榴弾が爆発し、周囲に血飛沫が舞った。

一足遅かった。
二〇人弱の警備員が重傷を負っていた。
ゴーレムの規模がどれほどのものかは知らないが、仮にこの地下通路の高さや幅を埋め尽くす大きさぐらいのものなら、
警備員の武装程度では太刀打ちできないのも頷ける。
警備員と言っても、その正体は『教員』だ。
一応訓練は受けているものの、本物の戦闘のプロである魔術師に勝てないのも無理はない。

「そこの少年……ここで何してんじゃん……」

どこかで聞いた事のある声だった。
声の主、額から血を流している髪を後ろで束ねている女性は、壁にもたれかかっていた。
そんな彼女に近付いてみると、

「黄泉川先生!」

通う高校の体育担当の先生だ。普段は緑色のジャージを着ている。

「お前は……確か、月詠センセのとこの……上条だったか。一体ここで、何してんじゃん?」

まさか魔術師とタイマン張ろうとしています、とは口が裂けても言えない。

「友達が……まだこの地下に残されているかもしれないんです。そいつを探しているんです」

「心がけは大変立派だが、今はそんなこと言っている場合じゃないじゃん。まずは自分の命を大切にするべきじゃん……」

言って黄泉川先生は、ヘルメットをこちらに投げつけ、

「気休めにしかならないと思うが、ないよりはマシじゃん」

「……すみません!」

気遣いはありがたかったが、黄泉川先生含む警備員達が傷ついたのも、ある意味自分のせいだ。
責任をとらなければいけない。決着をつけなければいけない。

「おい!待て、上条!」

黄泉川の制止を振り切って、上条は走り出す。
おそらくは、魔術師が向かった方へ。

「くそ!誰かそこの少年を抑えろじゃん!」

しかし、周りの警備員は重傷で歩く事さえ困難だったため、上条を止めることは不可能だった。

二分ほど走って曲がり角を曲がったところで、ついにその姿を発見した。
漆黒のゴシックロリータにボサボサの金髪、チョコレートみたいな茶色の肌の外国人の女性。
側には、ゲームで見るようなゴーレムが鎮座していた。

「あらこんにちは。テメェは幻想殺しね。禁書目録は一緒じゃない、か」

「狙いは何だ?」

どう攻めるべきか。
魔術師を殴りにいけば、間違いなくゴーレムがそれを阻むだろう。
それでは駄目だ。
幻想殺しで打ち消しても、倒壊した岩石などが危険だ。
だからこそ、考える時間稼ぎと、もしかしたら何か答えてくれる事を願って聞いた。

「簡単な事よ。火種が欲しいのよ。戦争を起こす火種が。
 そのためには、人を殺したり、街を壊したり……だからまあ、まずは死ね。幻想殺し」

意外にも目的が聞けたが、それはあまりにも危険すぎるし、時間稼ぎの意図は失敗した。
魔術師のオイルパステルが振るわれ、直後にゴーレムが大地を踏み鳴らす。

「おおおおお……!」

相当震動したが、それでも上条は二本の脚で踏ん張り切った。
ゴーレムの左ストレートが飛んでくる。
本来は震動で体勢が崩れたところを、左ストレートで潰すつもりだったのだろう。
だが踏ん張り切った。
あとは飛んでくる左ストレートを、右手で迎え撃つだけ。
振り下ろされたものなら打ち消した直後に岩石に潰されただろうが、正面からの攻撃なら、大した被害は出ない。

――いや、違う!

魔術師は自分の事を幻想殺しと呼称している。
異能を打ち消す力が右手にある事を知っているはずなのだ。
知っている以上、これでは決定打にならない事も分かるはずだ。
まずは幻想殺しがどの程度か測る、ではない。
魔術師は『死ね』と言っていた。これは決めにきている。

「弾けろ!」

シェリーの掛け声に呼応して、ゴーレムの左ストレートは、上条の一メートル手前で爆発した。

「ぐあっ!」

決めにきていると直感した瞬間両手で顔と胸をガードしながら後ろへ跳んだが、遅かったのかもしれない。
爆発によって飛んできた数個のバレーボール大の石を、身体中に食らった。

「一発限りの騙し打ちは、そんなもんで終わっちまったか」

そんなもんというが、致命傷は避けたもののダメージはかなりのものがあった。
それに一発限りとは、致命傷を与える機会、という意味ではそうかもしれないが、これからの戦闘においては、まだまだ有効だ。
警戒して今以上に距離をとる事は出来る。
しかしそれでは、こちらも攻められず、勝つ事も絶対にない。
近付けば、地面を揺らされ体勢を崩されたところに爆発する『腕』が飛んでくるだろう。
分かっていても、ノーダメージでやり過ごせるとは思えない。
このままやってもジリ貧だ。

「お前……」

「お前でなくてシェリー=クロムウェルよ。イギリス清教、必要悪の教会の魔術師。
 ま、禁書目録が術式のアレンジが似ているとか言っていたから、必要悪の教会所属というのは分かっていたかしら?」

「なんでインデックスと同じ協会に所属する魔術師がインデックスを狙う?」

「さっき言ったわよ。戦争の火種が欲しいって。
 頭がなかなかにキレるって聞いていたけど、そんなこともないのかしら?
 それとも、時間稼ぎのつもりかしら?」

やはり、シェリーは自分の事をある程度調べてきているようだ。

「戦争の火種ってどういうことだ?」

「これ以上教えるのはあまりに無意味ね。テメェはどうせここで死ぬんだし。
 本当に時間稼ぎなら、それに付き合う義理もねぇしなぁ!」

シェリーがまたしてもオイルパステルを振るった。
直後にエリスが大地を踏み震動させ、その場で左腕を振るった。

――どういうことだ?

今、ゴーレムまで大体八メートルはある。
いくらゴーレムの腕が大きくて爆発があるとはいえ、そこからではまともにダメージを与えることなんて出来ないはずだ。
だが、無駄なアクションを取らせたとも思えない。
ならば、答えは。

「こ、のっ!」

震動により体勢が崩れたとは言わないまでも、直立不動ではいられなかった上条は、ほとんど転がるように右へ大きく跳んだ。
直後、ゴーレムの左腕から拳だけが分離して放たれ、上条が二秒前まで居た座標に直撃した。
跳んでいなければどうなっていたかなど、言うまでもなかった。

「へぇ。勘も鋭いって聞いていたけど、どうやらそれは本当のようね」

あらかじめ適当なタイミングで拳だけが分離するようにセット。
そして腕を振るわせ、遠心力によって岩という凶器を放たせた、というところだろう。
爆発が出来たのだから、これぐらいはできても不思議ではない。
そして、これでは遠距離戦も臨めない。
もともと広くない地下通路。両腕を使って放たれれば、食らってしまうかもしれない。
しかも拳は既に修繕されている。もう次が来るまで時間もない。

――やるっきゃねぇ!

パターンは決まっている。
まず、本命の攻撃の前に体勢を崩すために大地を揺らしてくる。
そりゃそうだ。
自分だってシェリーの立場なら、ワンパターンと分かっていてもそうする。
だがそれは、とてもシンプルな方法で、ある程度は回避できる。

例の如く、大地が揺らされた。
その直前に、上条はジャンプしていた。

「その程度でどうにかなるとでも!?」

確かに、ジャンプで体勢を崩されるのを回避できる程度など、わずかなものだ。
せめて最低でも三、四秒の滞空時間はないと震動の完全回避は出来ない。
当然、ジャンプの着地後も大地の揺れは収まっていなかった。
しかし上条にとっては、一瞬でも揺れを回避できれば充分。
揺れている地下通路を、上条は駆ける。

「――身体能力が高いってのも、本当みたいね!」

だがゴーレムを爆発させれば終わり。
おそらく爆発される前に触れる算段なのだろうが、そうはさせない。
そう考えて、シェリーはオイルパステルを振るおうとしたが、

ヘルメットが飛んできた。
それも顔面を狙うように。

「チッ!」

オイルパステルを振るう前に、シェリーは顔を振ってヘルメットを避けた。
その一瞬の隙に、上条は右手でゴーレムに触れた。
能力を打ち消した音が響いて、ゴーレムは崩れ去っていく。
ヘルメットを投げてシェリーに一瞬の隙を作らせたのは当然、上条だ。
上条は止まらず、シェリーを殴るために駆け抜ける。
しかし、

「残念でした」

上条の足はシェリーまであと一メートルというところで、ガクン、と唐突に止まった。

「が、あっ……!」

白井黒子の時と同じように、上条の足は『顔面』の『口』に当たる部分に噛まれるようだった。
シェリーは万が一ゴーレムを突破された時のために、罠を張っていたのだ。

「今度こそ死ね」

上条の背後で『腕』が建造され、振り下ろされる。
上条は右手で地面を殴り『口』から解放された後、横に全力で跳んだ。
直撃は避けたものの『腕』が振り下ろされた余波に煽られて、上条は一メートルほど転がる。
そうしてうつ伏せになってしまったところに、

「そらよっ!」

避ける事もガードする事も出来なかった。
為す術もなく、走ってきたシェリーに思い切り頭を蹴られた上条は、額から血を噴き出しながら地面を転がった。

「体を動かすのはあまり好きじゃないけど、今のクリーンヒットは快感だったわね」

言いながら、シェリーは上条の頭を踏みつけた。
が、

「いっ……つっ……」

唐突に足首に痛みが走ったシェリーは、思わず目線を自分の足首にやろうとしたところで、

「おおおおおおおおおおお!」

上条が力を振り絞って頭を一気に振り上げ足ごとシェリーを押し倒して、彼女の体の上に馬乗りになった。

「形勢逆転だな」

「押し倒してしまうぐらい、私に興奮してしまったという事かしら?」

この状況で、シェリーは減らず口を叩いた。

「まずは、どうして戦争を起こしたいのか、聞かせてもらおうか」

「事情聴取はわたくし達の仕事ですの」

いつの間にか、白井黒子が上条の隣に立っていた。

「まさか、お前の仕業か、ツインテール」

シェリーは白井を睨む。

「ここにいる人間がわたくしと殿方さんとあなたの三人だけのこの状況を考えれば、わたくし以外にあり得ない事は、聞かなくても分かりますわよね?」

「生意気なクソガキ」

「生意気なクソババアよりはマシですの」

「そんなことより」

女の口喧嘩に上条は割って入って、

「俺の質問に答えろ、シェリー」

「だからそれは、わたくし達の仕事ですの。そもそもまず、馬乗りを止めてくださいまし。
 わたくしは不純異性交遊を促したつもりはありませんのよ」

「悪いな、白井。それはできない。お前はまだ地下に閉じ込められている人達の避難を優先させてくれ」

言い切る上条に、白井は溜息をついて、

「殿方さんも重傷じゃありませんか。早くそこのアマからどけて、警備員から治療でも受けてくださいですの」

「仕方ないわよ。こいつ、私に興奮してしまっているんだから」

「この期に及んでまだ減らず口ですの?どう見ても、あなたごときに興奮しているようには見えないのですが」

「お前さっき不純異性交遊がどうのこうのと言っていたじゃない」

「言葉の綾というものですの」

「いい加減にしてくれないか」

額から流す血で、左目の視界がほぼ潰れてしまっている上条は少し怒ったように、

「白井は未だ地下に閉じ込められている人の避難を手伝ってくれ。そしてシェリーは俺に質問に答えろ」

「だとさ。これから私とセックスしたいから二人きりになりたいんだろ。察しろよ」

もっとも、日本には性行為を見られて興奮するとかいう変態もいるらしいけど。
でもこいつはノーマルらしい。安心したよ。とシェリーは相変わらず減らず口をやめない。

だが確かに、シェリーと二人きりになりたいという感じは白井にも何となく分かった。
もちろんエロ目的ではなく、何か、もっと違う意味で、だ。
だからと言って、重傷者の類人猿も、テロリストの確保も放っておくわけにはいかないのだが……。

「白井、俺を信じてくれないか」

信じてくれないかと言われても困る。
実際そこまで追い込まれたのだし、最悪再び逆転されるかも分からない。
しかし、類人猿に空間移動は使えないからどけさせることはできない。
物理的に羽交い締めにしたら、それこそ逆転する機会をゴスロリに与えてしまう。

「仕方ありませんわね。人を呼んできます。テロリストの確保をすれば、避難をする必要もなくなりますし」

「そうだな。頼む」

白井がここまで来たのは、たまたま鉢合わせした後ろで髪を束ねている女性警備員に、『とある少年があっちにいったじゃん。避難させてやってくれ!』と言われたからだ。
その女性警備員と出会ったところに戻り、何人か警備員を連れてくれば、馬乗りになっている類人猿を物理的にどかせて、テロリストを拘束する事が出来るはずだ。

「くれぐれも、油断して取り逃がしたりはしませんように」

「ああ」

上条の返事を聞いて、白井は空間移動でその場を去る。

「いよいよ私とセックスできるな」

「何で戦争を起こしたいんだ?」

オイルパステルは右手で触って壊した。
おそらくこれでゴーレムの召喚は出来ないはず。
出来たら、今すぐにでも召喚しているはずだ。

「私を解放してくれないかしら。そうじゃないと服も脱げない」

「何で戦争を起こしたいんだ?」

「もしかして脱がしたいのかしら?」

何だ、この余裕は。
こちらの動揺を誘うために強がっているだけか。

「……まさか、オイルパステルに予備があるのか?」

「気になるなら、私に体をまさぐればいいじゃない」

この余裕。予備がなければできない芸当ではないか。
だが、本当に予備があれば、こんなにあっさりと身体中を調べていいなんて言うだろうか。
もちろん、駄目なんて言えば自分が怪しいと勘繰る事を考えて、あえて強気に出たのかもしれないが。

「……予備があるなら、どこにあるか答えろ。答えなきゃぶん殴る」

「胸の間に挟まっているわ」

「……本当か?」

「本当よ」

どうにも胡散臭い。
さっきから無理矢理下ネタ方向に持っていこうとするところが、特に。
それに、オイルパステルを壊されれば、おそらくゴーレムの召喚は出来ないはずだ。
それではこの状況から抜け出せても、何も出来ないではないか。
だったら、とりあえずは殴られた方が、逆転の芽はあると考えるのが普通だ。
しかし、シェリーの胸は小さくはない。挟めるか挟めないかで言ったら挟めるだろう。

「あ、あの……」

遠慮がちな弱々しい声。
この声の主は。

「風斬!何でここへ!」

「あ、だって……」

風斬の登場で、上条はほんの一瞬動揺して力が抜けてしまった。
その一瞬の機会を、シェリーは逃さなかった。

シェリーは右腕に渾身の力を込めて、抑えつけている上条の左手ごと地面からわずかに浮かせる。
その状態から仰向けだった腕を一八〇度回転させて、袖口に隠しておいた予備のオイルパステルを滑らせて右手へ。
手首のスナップだけで刹那の時間で魔法陣を書き上げゴーレムの『腕』を召喚。
上条へ振り下ろす。

「――っ!」

上条は振り下ろされた『腕』をシェリーから飛び退く事で回避。
『腕』は勢い余ってシェリーを潰す、なんて間抜けな展開にはならず、ぴたりとシェリーの鼻先数センチの位置で止まる。
だが、チャンスだ。
このまま右手で触れて『腕』を壊せば、シェリーは『腕』を作っていた岩達の下敷きになる。
そう思って、上条は特攻しようとしたが、

ズズン!と地下通路が揺れたことにより、それは叶わなかった。

「くぅ……」

今までのゴーレムが踏み鳴らしたものとは違う震動だった。
短い大きな揺れではなく、長く大きくはない揺れ。
理由は明白だった。今まさに、目の前で、ゴーレムが地面から出現したのだ。
今の揺れは、ゴーレム出現に伴う余波による揺れだった。

「まさか、虚数学区の鍵がわざわざ出向いてきてくれるなんてねぇ」

虚数学区の鍵。
それは、姫神が言っていた――

「風斬、逃げろ!」

上条は風斬に向かって叫ぶが、当の本人はきょとんとするだけ。

「二人仲良く地獄へ送ってやるよ」

その間にも、ゴーレムの右手が地面を殴って瓦礫にして、その瓦礫を掴んで風斬に投擲する。

「ちくしょう!」

上条は回避で精一杯だった。
風斬を庇う余裕などなかった。
その結果は如実にして現れた。

ゴッシャア!と壮絶な音と共に、風斬の体は大きく後ろへ吹き飛んだ。

「風斬ぃ!」

上条は思わず風斬の下へ走っていた。
そして側まで駆けよって、その足が止まった。

「ぁ……」

傷口を見て、上条は絶句した。
頭の左半分がなかった。ただ、上条が真に驚いたのは、そこではない。
なくなっている頭の左半分は、空洞になっていた。
肉も骨も脳髄も何もなく、血は一滴も流れていなかった。

そんな光景を見て、上条は小萌先生の仮説を思い出す。
カザキリヒョウカは、AIM拡散力場の集まりなのではないか、ということを。

「う……」

風斬は呻き声のようなものをあげて、静かに起き上がった。
彼女の頭部から、正確には頭部の中にある小さい長方形で構成された三角柱からは、
カチャカチャとキーボードを叩いているような音が流れていた。

「あ……れ……私……」

風斬はゆっくりと左手で、空洞になっている頭の左半分の縁に触れた。

「あ、れ……何、これ……」

何か違和感に気付いた風斬は、そのまま縁を触り続けて、

「きゃっ」

風斬の左手を押しのけて、頭の左半分が再生し始めた。

「い、や……いやぁ!」

違和感が一瞬にして爆発した風斬は、錯乱状態になってシェリーの方へ走りだしていた。

「待て!風斬!」

再生の一部始終を見て動揺した上条は、風斬が走り出したところでようやく我に返った。
が、風斬を引き止める事は出来なかった。
風斬は普通の人間ではない。小萌先生の仮説は現実味を帯びた。
小萌先生の仮説通り、AIM拡散力場の塊ならば、右手で触れてしまえば打ち消してしまう。
そう思って逡巡したため、完全に出遅れた。

一方、上条と同じく風斬の一部始終を見てさすがに動揺した硬直したシェリーも、
これまた上条と同じく風斬が走り出したところで我に返って、エリスに命令を送った。
命令を受け取ったエリスの腕が唸る。

ゴーレムに殴られた風斬の体がピンポン球のように地下通路を跳ねまわった。
その結果左腕は半ばから捻じ切れ、脇腹もぐちゃぐちゃに潰れていた。
それでも、

「ぅ……ああ……」

風斬氷華の体は、蠢いた。

「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」

その事実に発狂した風斬は、シェリーに目もくれず、通路の奥へ走り去っていった。

「面白い。まずは虚数学区の鍵から沈めるか」

シェリーがそう言ってオイルパステルを振るうと、ゴーレムは天井を殴りつけた。
そうして崩れ去った天井の建材の一部は、上条達の追撃を阻むバリケードとなる。

「風斬……」

呆然と立ち尽くすことしかできない上条の下へ白井が警備員を連れてやってきたのは、それから数分後の事だった。

>>309
上条と同じく風斬の一部始終を見て→上条と同じく再生の一部始終を見て
動揺した硬直した→動揺して硬直していた

薄暗い地下とは異なり、地上は太陽が眩しいくらいに照りつける炎天下だった。
しかも廃墟ビルの屋上に立っているために、その暑さはなおさらだった。
廃墟ビルの上にいるのは、インデックスと御坂だ。
理由は単純で、地下からの不意打ちを受けないようにする為だ。
廃墟ビルが下から破壊される事もあるかもしれないが、その場合は磁力を駆使すればどうとでもなる。

「あっついね」

傍らにいるインデックスが、そんな事を呟いた。

「そうね」

御坂もそれに同調する。

「みことは、とうまのこと、心配?」

「……まあ、心配していないと言ったらウソになるわね」

かつて最強の超能力者やアステカの魔術師を退けた彼なら、きっと大丈夫だとは思うのだが、今回も絶対に勝てる保証はどこにもない。

「そっちは?」

「大丈夫だと思う。とうまは信じろって言っていたもん。それに、なんだかんだでいつもちゃんと帰ってくるしね」

その言葉は嘘ではないのだろう。
ただ、その割にはどこかそわそわしている様子が窺える。
決して矛盾ではない。心配するのが当たり前なのだ。

にしても、だ。帰ってくるとは言ってくれる。
上条の話とインデックスに食事をおごった時に聞いた話から、馴れ初めと同居しているらしいのは聞いた。
正直ショックだった。
なぜショックかは分からない。
ショックと言えば、地下での上条とインデックスのやりとり。
信じろ、と上条は言って、喚いていたインデックスは、その一言で大人しくなった。
そのやりとりが示すものは、絆や信頼だ。
よくもまあ見せつけてくれたものだ。しかもそんなインデックスを守るのは自分。
なんかちょっとだるい、という気持ちが、ひょっとしたら顔に出ていたかもしれない。
無論、それでインデックスを守ることに手を抜くつもりは毛頭ないが。

「きゃあ!」

地下通路をがむしゃらに走っていた風斬は、足がもつれて派手に転んだ。
そこへ、

「よお」

ゴーレムの左手に乗った褐色の肌の女が、いびつな笑みを浮かべながらやってきた。

「ひ……」

風斬は、殴られた時の激痛を思い出して反射的に逃げだそうとしたが、恐怖と焦りのあまり、足が動かない。
そんな風斬に向かって、ゴーレムは右拳を振るう。

「いやああああああ!」

叫ぶ風斬は倒れたまま転がって拳のクリーンヒットだけは免れたものの、拳が地面に直撃した余波だけで、地面を何メートルも転がった。
眼鏡は割れ、衣服は剥がれ、皮膚が削れた。

「う、ぐう……」

うめく風斬の体は、やはり例の如く再生していく。削れた皮膚はもちろん、衣服や眼鏡といったものまで。

「まあ、致命傷ですら再生したのだから、今程度のダメージで絶命するわけないよなあ」

平然と言ってのける女。まるで、どれくらいで壊れるのか試してみよう、みたいな調子だった。

「どう……して……こんな……酷い事を……」

「私が標的とする人間の中で、あなたが一番手っ取り早そうだったから。それだけよ」

「何……それ……」

「あら失礼。人間ではなかったわね。あなたはただの化け物だものね」

「化け……物……」

「何その反応。あなたが化け物じゃなければ、何が化け物だって言うの?
 致命傷受けたのに即再生して走り回るやつが、普通の人間な訳ないでしょう?」

「あ……なたは……どうして……そんなにも……」

「おいおい何だ、その顔は。化け物を殺そうとする私の何が酷いって言うの?
 大体、テメェみたいな化け物の居場所なんて、存在するのかしら?」

決定的な一言を言われて、風斬は何も言えなくなった。
こんなにも自分の命を軽く扱われ、化け物呼ばわりされて、屈辱のあまり涙が流れ止まらなかった。
こんなにも悔しいのに、この事態を打開できない自分の弱さが情けなくて、流れる涙に拍車がかかった。

「ついに泣きだしたよ、コイツ。
 あなたみたいな化け物が、一丁前に死ぬのが怖いとでも思っているのかしら?」

「う。うぅ……」

「こんな訳の分からないモノを抱えているなんて、本当、科学ってのは狂っているよなあ」

褐色の女性の言葉なんて最早耳に入っていなかった。
風斬の中で、今日の思い出が走馬灯のように思い出される。
今日初めて学校へ行った。だから、自分が転入生だと思い込んでいた。初めて他人と喋った。だから、インデックスと仲良くなれた。
初めて。そう、何もかもが初めてで、今日より過去の記憶がなかった。
なんでその事に気付かなかったのか。分からない。分かりたくもない。
ただ一つだけ言えるのは、自分は化け物であるという事。
そしてこんな化け物がインデックスと仲良くする事は、もう二度と出来ないという事。

風斬はインデックスと撮ったプリクラを胸に抱きながら、背中を丸めて泣き続けた。

「ま、なるべく一瞬で楽にしてやるように努力はしてやるよ。とりあえずはミンチだな」

風斬は絶望の中、思った。死にたくない。と。
だが、それ以上に、この先誰にも必要とされなくて、
顔を合わせただけで皆から石を投げつけられるような存在として生き続けるぐらいなら、
いっそのこと死んだ方がマシかもしれない。と。

オイルパステルが振るわれ、ゴーレムの拳が風斬に向かって繰り出された。
風斬はこれからくるだろう地獄のような激痛に身を固めていたが、覚悟していたような激痛はやってこなかった。
その代わり、

風斬を潰すために放たれたエリスの右拳が内側から弾け飛び、その衝撃がビリビリと伝わってきた。

「あぁ?」

命令によってエリスをあえて爆発させる事はあるが、今はそんな命令はしていない。
虚数学区の鍵をプレスする為に拳を放らせたはずなのに。

「また会いましたわね。テロリストさん」

いつの間にか、ツインテールが虚数学区の鍵の隣にいた。
という事実に気を取られたからか。背後から迫る一つ影に気付くのが遅れた。

ガラスが割れるような甲高い音が響いたと思ったら、エリスが崩れ去った。

「これ、は――!」

幻想殺し。
が、もう遅い。
エリスの左手に乗っていた事が仇になった。
エリスが崩れ去るのと連動して、シェリーも落下して地面に叩きつけられる。

「く……そがぁ!」

エリスが崩れたことにより舞う粉塵の中、シェリーは倒れ伏したまま一瞬でエリスを召喚する魔法陣を書く。
震動と共に、エリスが召喚される。
煙が晴れる。

「どう……して……」

「あん?」

「どう……して……私なんかを……助けたんですか……」

風斬の疑問は、シェリーも同様に抱いた。

「ったく。そうだよ。なんでテメェらは、そんな化け物を助ける?
 そいつが死んだところで、誰も悲しまねぇだろうが!」

二人の疑問に、風斬を守るように彼女の前に立っている上条は、シンプルな答えを告げる。

「インデックスの友達だからだ。風斬に何かあったら、インデックスや俺が悲しむ」

上条の言葉に、シェリーは数秒間絶句した後、

「冗談だろ?テメェは化け物に感情移入するのかよ?
 それとも、女の形を成しているのなら何でもいい変態なのかテメェは!」

煽るようなシェリーの言葉に対して、上条は一秒の間も空けずに、

「馬鹿じゃねぇのか、お前」

「ああ?」

「そういう問題じゃねぇんだよ。
 風斬はインデックスの友達だ。普通の人間じゃないからって、その事実に変わりはない。
 だから何かあったら悲しいし、守りたいと思う。
 大事なのは、風斬という『存在』と、そこから派生する『繋がり』だ!」

「……気持ち悪いわね。もういいわ。テメェら全員、ここで死ね」

シェリーがオイルパステルを振るい、ゴーレムが動き出す。

「……に、逃げてください!あの人の狙いは私です!二人を巻き込む訳には――」

「何をおっしゃっていますの?学園都市の治安を守るのが風紀委員の務めです。
 学園都市の治安を脅かし、あまつさえ住人を傷つけようとしている輩を放っておくわけにはいきませんの」

「そもそも、二人じゃねぇしな」

「え?」

風斬が疑問の声を上げた、その時だった。

「きゃっ」

視界が潰されるほどの閃光が、シェリーと自分達を照らし出した。

「これ……は……」

「警備員」

上条の言葉通り、閃光の正体は三〇人ほどの警備員が構えている銃に取り付けられたフラッシュライトだった。
彼らの中に無傷な者はいなかった。頭や体には包帯を巻いて、腕や足は引きずっていた。
病院のベッドにいてもおかしくない人達ばかりだ。
側にいる少年もそうだ。
身体中は傷だらけで、着ている制服はボロボロで、頭には包帯が巻いてあった。
ツインテールの風紀委員の少女は、特に目立った傷はなかったが、足に包帯が巻いてあった。
それでも、皆が皆、立ち上がってくれた。
誰のために、何のためにかなど、言うまでもない。
だからこそ、疑問だった。
何でこんな自分を、助けようとしているのか。
自分が普通の人間でない事は、少年が説明しているはずだ。
自分を利用して囮にでもしていれば、今頃あの女は捕まっていたかもしれないのに。
余裕もない状況でわざわざあんな危険な女の前に躍り出てきたのか。

「どうして……」

呟くような風斬の一言に、上条が反応した。

「何度も言わせんな。お前という存在が大切だからだよ」

「私が……大切……」

「そうだよ。ここにいる全員が、お前を助けたいと思っているんだ。
 分かったらその涙を拭って前を見ろ。胸を張って誇りに思え」

「私……この世界に……いていいんですか……」

「ああ。あいつを捕まえたら、またインデックスと三人でどこか遊びにいこう」

「気持ち悪いわね本当に。鳥肌が立ったし吐き気もする。
 そんなに仲良しごっこがしたいなら、まとめて地獄に送ってやるわよ!」

「鼻息荒くしているところ悪いのですが、すでにチェックメイトだと思いますの」

「何?」

「挟み撃ち」

上条は簡潔に事実を述べた。

「俺達にゴーレムをけしかければ、警備員がお前を撃ち抜く。
 警備員にゴーレムをぶつければ、俺達がお前をボコボコにする」

幻想殺しの言う通り、確かに現状挟み撃ちをされていた。
前方には幻想殺し、ツインテール、虚数学区の鍵、後方には警備員達。

「おとなしく降参したらどうですの?降参の証は、その石像から降りて両手をあげてくださればいいですの」

「違う」

白井の提案を、上条は否定して、

「降参するなら、右手のオイルパステルを地面に落とせ」

上条の宣告を受けて、シェリーは無言でゴーレムの手から飛び降りる。
その行為に危機を察知した上条はシェリーに向かって駆けだすが、遅かった。
シェリーが迅速に書き上げた魔法陣を中心として、地面が崩落したのだ。

「くそっ!」

崩落に巻き込まれないように急ブレーキをかけた上条は、
崩落に巻き込まれて闇の中に溶けていくように消えるシェリーを見つめることしかできなかった。
後に残ったのは、崩れ去るゴーレムと、何メートルあるかも分からない空洞だけだった。

「やられましたわね」

駆け寄ってきた白井がそんな事を言った。

「下には地下鉄の線路が走っているみたいだな……」

だが、危険を冒してまで地下鉄の線路に降りざるを得なかったところを見ると、それなりに追い込まれていたと考えるのが妥当だ。
ゴーレムも二体以上の召喚は出来ないのだろう。
出来ていれば、挟み撃ちにだって対応出来るのだから。

「おい、上条!」

黄泉川先生が空洞の向こう側から、大声で名前を呼んできた。

「何ですか!?」

「お友達はもう助けたんじゃん!だったら、お前はもう避難するじゃん!」

そう言えば友達を助けるとかいう嘘をついた気もする。
もっとも、その嘘は今となっては真実となったが。

「そうですわね。そろそろ民間人のカミジョーさんはお暇するべきですわね」

「……そう、だな」

禁書目録は一緒じゃない、か。
という発言から鑑みるに、シェリーが自分達の動向を完璧に把握していた訳ではないのは明らかだ。
だが再び『眼球』を使用され、インデックスの位置が補足されないとも限らない。
そのための保険として御坂にお願いしたのだが、任せっぱなしにする訳にもいかない。
これからシェリーが地下でどれだけ暴れても、自分だって生き埋めになるだけだろうから、おそらく、インデックスを仕留めに地上へやってくるはずだ。
警備員達や、シェリーの足に金属矢で擦過傷を付けたり手榴弾を空間移動することによってゴーレムの右腕を吹き飛ばした白井がいるなか、
自分や風斬を狙うとは考えにくい。
もっとも、それを言い出したら一度シェリーを退けたらしい御坂がいるところを狙うとも限らないのだが。
しかし、これ以上黄泉川先生や白井の忠告を無視して地下に残り続けるのもきつい。
それに自分達も地上へ出てインデックスと合流すれば、シェリーとしては標的が一か所に集まった事になる。
その機を逃さない手はないだろう。
一か所に集まるのはまとめてやられるリスクもあるが、代わりに守り合うことができる。
とにかく、地上で最終決戦だ。

暗い地下鉄の構内を、エリスが歩いていた。
エリスの左手には、シェリーがいた。
なぜ地面を歩かないのかと言えば、幻想殺しに触れられたことにより地面から数センチ浮遊する術式を壊されたからだ。
術式がないと、震動をまともに受けてしまうからだ。

構内でゴーレムを作り上げる前に、眼球を放ち標的の位置は掴んだ。
標的の側には茶髪の超電磁砲もいたが、戦術次第では充分勝機はある。
あるが、とにかく忌々しい。
脳をいじって人工的に開発された能力者。
致命傷を受けても再生する化け物。
そんな化け物を守るとかほざく人間ども。
皆この街が、科学世界が悪い。憎い。

「潰すぞ、エリス」

エリスとは、元々はゴーレムの名前ではない。
二〇年前死んだ、一人の超能力者の名前だった。

風斬氷華は人間ではない。
一〇年前のある日。
彼女は気がつけば『街』に立っていた。
『街』と言っても、学園都市ではない。
しかし、座標的には学園都市と全く同じ位置に存在する。
学園都市に住む一八〇万人もの能力者達が放つAIM拡散力場によって作られた、見えざる『陽炎の街』だ。
『陽炎の街』には影や重さ、空気の流れがなく、どこまでも薄っぺらだった。
時折風に吹かれた蝋燭の火のように、ビルも街路樹も人間も揺らいで、ノイズを散らす。
もしもAIM拡散力場を視認できる人間がいたら、『陽炎の街』は学園都市にぴったりと重なるように存在しているのが分かるだろう。
風斬氷華はAIM拡散力場が作り上げた街の中にすむ、AIM拡散力場で作られた人間だった。

風斬はなぜ自分が『陽炎の街』に立っていたのかは、未だに分からない。
自分の持ち物の中から名前などの個人情報を知った。
『陽炎の街』にいる人々は、その場その場の役割に応じて人の姿形から性格・記憶までが適した形に変化していく。
たとえば、風斬が道行く女子高生に話しかけると、その瞬間に彼女の姿は警察官へと変貌する。
『風斬氷華の疑問に答える』という役割を果たすために姿形が変わっていく人達。
それを見て風斬は恐くなった。自分の行動が『陽炎の街』に居る人間の心や体を塗りつぶしているような気がしたから。

何故自分だけがそうした『変化』に巻き込まれないのか。
最初は分からなかったが、少しずつ予想は固まっていった。
『陽炎の街』の人々は『役割』に応じて姿形変えて行動する。
つまり、誰かが『役割』を与えない限りは、誰も動かず『街』の機能が停止してしまう。
自分はゼンマイだ。
たとえば風斬がコンビニでジュースを買おうとすると、コンビニの店員が動き、
ジュースの配送業者が動き、冷蔵室に電気を通す発電所が動き、
ジュースを作る工場が動き、ペットボトルの回収業者が動く。
『陽炎の街』の住人たる『歯車』達は、風斬という『ゼンマイ』によって作用される。
『陽炎の街』の住人は、命のない人形ではなく、れっきとした命を持つ人間だ。
自分がどう行動しても別の誰かの人生を狂わせてしまうのが怖かった。
怖かったから、風斬は『陽炎の街』から逃げ出したかった。
しかし、下手に動けば他の人々を巻き込んでしまう。
だから、何もせずに立ち尽くして見ていることしかできなかった。
同じ座標にあるのに、決して触れられないもう一つの街――学園都市という『外』を。
自分の存在は、学園都市の人々には気付いてもらえない。
学園都市の学生達の目の前に立っても彼らの視界には映らないし、手を伸ばしても体はすり抜けてしまう。
それでも風斬は、薄々無理だと分かっていても、学園都市の住人とコンタクトを取ろうとすることを諦めなかった。
だからこそ、食堂で銀髪少女の肩に触れられた時は驚いた。

「風斬、お前はどこか安全なところへ行け」

風斬の知らないところで何かの偶然が重なって、ようやく皆と笑いあえるようになった。
自分が化け物であるという記憶を封じてでも守りたいと思える、大切な宝物になった。
だけれども、これからやろうとしている事は、その宝物を手放すことになる。
それ以上に大切な、決して失いたくないモノを守るために。

「嫌です……」

「じゃあ、あのゴーレムと一緒に戦うって言うのか」

「はい。こんな私でも……囮くらいにはなれます。私、どうしても『あの子』を助けたいんです」

少年から話は聞いた。
『あの子』が狙われているという事を。

「……分かったよ。ただし、囮じゃ駄目だ。一緒に戦って、インデックスを守ろう」

「はい」

そうは言うが、自分の正体を知れば『あの子』は絶対に引くだろう。
それでも、自分の力を一二〇パーセント、化け物の力をいかんなく発揮しなければ、あのゴーレムには太刀打ちできない。
それでいい。たとえ『あの子』に拒絶されることになっても、その笑顔を守れるなら。

黒子から電話があった。
これから地上に出てくると思われるテロリストを地上で迎撃したいので、場所を教えてほしいと。
つい先程までとある廃墟ビルの屋上にいたのだが、今はインデックスの『喉が渇いたかも』の一言で、
廃墟ビルを降りてまで自販機を探している最中だ。
つまり、現在進行形で動いているので、正確な位置は分からない。
とはいえ大体の住所は教えられるし、まあゴーレムが出てきて争いになれば、その騒ぎを察知して駆けつけられるはずだ。
という旨の返事をしておいた。

「ねぇみこと。何がお勧めなの?」

学園都市で売っている缶ジュースは、基本的に大学や研究所でなどで作られた『試験品』で、普通とは異なるジュースが多種多様に売っている。
しかし、ほとんどが地雷ばかりで、純粋なお勧めは正直ない。
『ガラナ青汁』と『いちごおでん』の二大地獄を始め、九割はまずいジュースしかない。
よって消去法でお勧めするのは、

「私はヤシの実サイダーが好きかな」

あとは『スープカレー』が味的には悪くないが、夏に飲むものではない。

「じゃあそれ飲んでみる!」

インデックスは自販機のボタンを押して、落ちてきた音を確認すると、缶ジュースを取りだして、

「見て!私、一人でジュースを買えたんだよ!」

「そう。よかったわね」

自販機で缶ジュースを買うなんて、小学生でもできることだ。
ましてや完全記憶能力があるのなら、できないほうがおかしいくらいだ。
それなのに彼女は、基本的に機械類の操作が致命的に出来ないらしい。
その辺のメカニズムは分かっていない、と上条から聞いている。
でもまあ、笑顔が可愛くて癒されたから、もうどうでもよかった。

「ありがとうね。みこと」

「うん。どういたしまして」

お礼を言われたのは、ジュースが奢りだからだろう。
インデックスはプルタブに一五秒ほど悪戦苦闘した後、何とか開けて無事に飲むことに成功したようだ。

「ぷはーっ!ごちそうさまなんだよ!」

三秒で缶ジュースを飲みほしたインデックスは、ゴミ箱を探し始めた。
その時だった。

ゴトゴトと、足下にあるマンホールが揺れ出した。

「――まずいかも!みこと!」

インデックスは空き缶を放り捨てて御坂に飛びつく。
直後だった。

御坂がついさっきまで立っていた場所が爆発した。
爆心地からは、岩の『腕』が伸びていた。

「きやがったわね……!」

敵はこちらを狙える術があると聞いて、どこでも戦場になってしまう可能性を考慮して、なるべく人通りが少ない場所を選んだつもりだ。

御坂が好戦的な笑みを浮かべる中、インデックスの眼が音もなく細まっていた。
イギリス清教第零聖堂区『必要悪の教会』禁書目録としての膨大な知識が意識の底から浮上する。
一瞬で情報は整理され、目の前の敵の正体を浮き彫りにする。

――基本理論はカバラ、主要用途は防衛・適性の排除、抽出年代は十六世紀、ゲルショム=ショーレムいわく、その本質はと無形と不定形。

ゴーレムと聞くと、石や土で出来た無骨なものを想像しがちだが、実際のカバラでは、
神様は土から人を作ったとされていて、その手法を人間が真似た不完全な代物がゴーレムである。
つまりゴーレムとは、もともとは『できそこないの複製人間』なのだ。

――応用性あり、オリジナルにイギリス清教術式を混合、言語系統はヘブライから英語へ変更、人体各部を十字架に照合。

ただし、目の前のゴーレムはただのヒトガタとは違う。
一つ上の存在――人とよく似た天使を組み立てようとしているみたいだ。
頭部、右手、左手、脚部をそれぞれ十字架の先端に見立て、各部に対応する四大天使の力を配分して、
より戦闘に特化した泥と土の人形を作り上げようとしたのだろう。
しかし、人間程度では天使の力を操り切れなどしない。完璧な天使などは作れないのだ。
それでも、充分危険な存在であることに変わりはないのだが。

ズドン!と、ゴーレムの足踏みにより大地が震動する。
上条ですらギリギリ体勢を崩し切らなかったレベルの震動により、インデックスは愚か御坂までふらついてしまう。
その間に、ゴーレムの右拳がインデックスへ向かって繰り出される。

「やっば――」

御坂は能力名にもなっている『超電磁砲』を放とうとしたが、コインは震動で落としてしまっていた。
雷撃の槍ではどうにもならないだろう。
やはり『超電磁砲』や砂鉄などの物理を伴う攻撃でない限り、ゴーレムをどうにかすることはできない。

「こんのっ!」

砂鉄の盾では貫かれてしまうし、磁力で金属類を寄せ集めた盾でも盾ごと押しつぶされてしまう。
そもそも、磁力で金属類を寄せ集める暇もない。
すると出来る事は、黒子を助けたように砂鉄で拳を縫いとめるぐらいだ。
御坂は砂鉄をゴーレムの拳目がけて放つが、

「TTTL(左方へ歪曲せよ)」

一言。
インデックスが言っただけで、ゴーレムの右拳が大きく左へ逸れた。
そのせいで砂鉄は空を切り、何もない空間を薙ぎ払ったゴーレムは、しかしその勢いを逆に利用して、左拳を放つ。

「CFA(上方へ変更せよ)」

だがその左拳も軌道を曲げて、インデックスの頭上を通り過ぎる。

「PIOBTLL(左脚を後ろへ)」

バランスを無視してゴーレムの左脚がいきなり後ろへ動いた。
拳を振り上げたところで重心を失ったゴーレムはそのまま後ろへ倒れてしまう。

「ちょっと、すごいじゃない……」

御坂が舌を巻く中、インデックスは後方へ数歩跳びながら周囲の状況を確認する。
術者は見えるところにはいない。
となると、術者はどこか見えるところから遠隔操作しているか。ゴーレムの五感を介して遠隔操作しているか。
どちらにせよ、遠隔操作であることに変わりはない。
そこに付け入る隙がある。
強制詠唱(スペルインターセプト)。
原理は単純。魔術の命令とは術者の頭の中で組み立てられる。
ならば術者の頭を混乱させることができれば、その命令の妨害も可能だ。
たとえば、頭の中で暗算をしている人の耳元で、デタラメな数字を囁いて暗算を妨害するように。
インデックスに魔術は使えない。
しかし、敵の魔術を逆手にとって自爆をさせる事は出来る。
無論、それはインデックス並の知識があってこそ。
ただのド素人が彼女の真似をしてアルファベットを囁いたって、何の意味もない。
インデックスが放つアルファベットには、頭文字のみ発音することで詠唱の暗号化と簡略化の意味がある。

しかし、これでは攻撃をやり過ごす事は出来ても、ゴーレムを壊す事は出来ない。
通常、この手のゴーレムには『シェム』と言われる、暴走の時のために『指先で軽く拭っただけで全機能を停止させる』安全装置がついている。
が、そんなものをおいそれと他人が触れられる場所に設置をしているわけはない。
『シェム』はおそらく、体内にある。
では、どうやってゴーレムを止めれば良いか。
答えは単純。壊せばいい。

「みこと!あのゴーレムの体の九〇パーセントを二秒以内に吹き飛ばす事は出来る!?」

「……なかなかの注文、つけてくれるじゃない!」

しかし、御坂は出来ないとは言わなかった。
彼女は地面に両手をつけたあと、万歳をするように一気に振り上げた。
その軌跡に合わせて、黒い鞭のようなものが現れる。

一方、倒れていたゴーレムも起き上がって、右拳を大きく後ろへ振るう。
それを見たインデックスは強制詠唱で割り込みをかけようとしたが、

いつの間にか遠隔操作から自動制御に変更されていた。

「まずいかも――!」

強制詠唱は術者がいなければその効果を発揮しない。
強制詠唱で騙すのは、人間であって、心の無い無機物には一切通用しない。
ゴーレムの右拳が、インデックスへ向かって振るわれる。
インデックスには完全記憶能力や膨大な知識はあっても、ゴーレムの拳を真正面から受け止める力や、避ける術はない。

「――私の事、無視してんじゃないわよ!」

御坂の親指から、彼女の能力名にもなっている『超電磁砲』が放たれる。
それは音速の三倍でゴーレムの右拳へ一直線に向かって、撃ち抜いた。

「助かった――けど、それじゃあ九〇パーセントには程遠いかも!」

「それが助けられた人の第一声!?普通は『ありがとう』でしょうが!
 ていうか、今のは拳をぶち飛ばすためのもの!
 ちゃーんと作戦は考えているから、美琴センセーに任せておきなさいって!」

御坂はインデックスを庇うように、彼女の前に立つ。
大量の砂鉄を渦巻かせながら。
ゴーレムと少女達の距離は五メートルほど。

「さっきのアルファベットでゴーレムの攻撃を逸らしていたのは、もう使えないの?」

「うん。遠隔操作から自動制御に切り替わっちゃったからね」

だが、その分複雑な行動もできなくなる。
『操作』なら右拳で殴れ、とか、まずは足踏みして震動させる、とかできるが、自動制御では、基本的な命令しか実行できない。
とにかく攻めろ、とか、慎重にいけ、などだ。
それでも割り込まれるより自動制御にした方がいいと判断して、自動制御に切り替えたのだろう。

「あ、遠隔操作に切り替わった!」

何が狙いなのかは知らないが、切り替わった以上は強制詠唱の餌食だ。
ゴーレムの左腕が真上に上がる。
インデックスは言葉を紡ごうとするが、すぐに再び自動制御に切り替わった。

「え?」

ゴーレムの左腕が振り下ろされる。
しかし、この距離では体が大きいゴーレムでも届かない。
そう思っていたのだが、

ゴーレムの左拳が、腕から分離してロケットパンチのように放たれた。

――なんで!?

『拳を飛ばす』のは『操作』に値するほどの複雑な操作にカテゴリされる。
ゴーレムが行うには、術者の命令が必要なはずだ。
自動制御では、出来るはずもないのに。

「みこと!遠隔操作が自動制御に――」

「大丈夫!こういう時のための私でしょーが!」

御坂はインデックスに適当に叫び返すと、飛来してくる拳へ砂鉄を放つ。
ただし、切り裂く為ではない。拳にこびりつかせるためだ。

「ちぇいさーっ!」

砂鉄がこびりついた状態で飛んできたゴーレムの右拳を、掛け声とともに反時計回りハイキック。
瞬間、砂鉄でコーティングされたゴーレムの右拳は巨大超電磁砲となって、ゴーレム本体へ蹴り返された。
音速の三倍のそれを鈍重なゴーレムが避けられるはずもなく、まともに喰らって轟音と共に崩れさる。

「す、すごいかも……」

インデックスは素直に驚嘆した。
敵の攻撃をただ防ぐだけではなく、逆に利用して火力不足を補う反撃。
しかし、それでもゴーレムの体の九〇パーセントの破壊には至らず、再生を始めていた。

「今のうちに逃げるべきかも!」

あの一撃でも破壊できなかったところを見ると、これ以上やったってこっちが消耗するだけだ。
再生している隙に逃げるのが吉だ。

「その必要はないわ。アンタも見たでしょ?砂鉄でコーティングすれば、あらゆるものは私の超電磁砲の媒体と化す」

つまり、と御坂は続けて、

「あのゴーレムの本体を砂鉄で覆ってぶん殴れば、それで終わりなのよ」

つまり、これが御坂の作戦だった。
単純明快だが、御坂レベルの地力があってこそのものだ。

「さあて、決めるわよー」

御坂はいまだ再生途中で下半身と胴体しかないゴーレムを砂鉄で覆いつつ駆けて行き、懐に入った。
直後だった。

ゴバッ!と、ゴーレムが爆発した。

「みことー!」

爆発の衝撃によって吹き飛ばされ地面を転がった御坂の下へ駆けよろうとするが、

「こないで!」

命に別状はないみたいだが額からは血を流し、制服に覆われていない部分は擦り傷だらけだらけの御坂は叫び、インデックスの動きを止めた。

「大丈夫……私は大丈夫だから……」

『れーるがん』の弾丸にされるくらいなら、と考えて自爆させて道連れを狙ったのだろう。
自爆は複雑な操作にカテゴリされる。
実際、御坂がゴーレムの懐に入る直前に、自動制御から遠隔操作に変わっていた。
タチが悪いのは、完全な自爆でない限り、自爆作戦は何度でも行える事だ。
端的に言って『さてつでコーティングしてれーるがん』作戦は、もう使えない。

「もう逃げよう!みこと!」

このままやってもこちらが消耗していくだけだ。
ゴーレムの再生が完了するまでの間に、逃げるのが吉だ。

「いや、あれぐらいなら――!」

破壊しきれる。
既に巨大電磁砲と自爆によって、見た目体の七〇パーセントを失ったゴーレムに向かって、御坂は右手と左手、それぞれコインを真上に弾いた。
しかし、それが超電磁砲となって放たれる事はなかった。
ゴーレムを中心として風が渦巻き、コインがゴーレムへ吸い込まれていったからだ。

「いきなり何!?」

「ゴーレムの再生機能を限界まで引き上げたのかも!
 でも再生が終わればこの風はやむはずだから、とりあえずはそれまでの辛抱なんだよ!」

「……そう」

御坂は四つん這いになりながらゴーレムに吸いこまれないようにしつつ、

――でも、このままじゃいけないわね。

自爆によって砂鉄コーティングアタックは無理。
物理を伴わない雷撃の槍でも無理。
一〇〇パーセントの状態からでは、コインでの超電磁砲も火力不足。
砂鉄で切り裂くのも、決定打は与えられない。
超電磁砲の連射も、風の吸いこみによって不可能。
ならば、周囲のあらゆる金属類を集めて放つぐらいか。
しかしそれも、あえて自爆することで避けられるかもしれないし、その後の再生の風によって金属類を集める事も難しいかもしれない。

インデックスの言う通り、逃げるべきなのかもしれない。
少なくとも自分達の安全という点では。
しかしそれでは、この街の住人達が危ない。
標的がいくらインデックスやあの少年とは言え、道行く住人達には一切危害を加えないとは限らない。
いや、あの図体で歩かれるだけで、完全な無害であるはずがないのだ。
ここは退けない。

「……とりあえず、アンタだけでも逃げて」

「アンタだけって……みこと一人でこの化け物とやり合うつもりなの!?」

「そうよ。せめて、アイツとの約束だけは守りたいし」

ゴーレムは多分、二体以上は出せない。
出せるなら、さっさと自分達の位置を捕捉して、少年のところにも自分達のところにもそれぞれ向かわせていれば良いのだから。
出し惜しみをしているとも思えない。
黒子からは、挟み撃ちにされた状態では逃亡を図ったと聞いた。

「……それはできないんだよ」

「はぁ?何でよ!?」

「だって、私が一人で逃げたのを術者が確認したら、それこそゴーレムを一旦崩して再び作って、私を仕留めようとするだろうから」

「……それもそうね」

それ以前に、このゴーレムを自分の足止めにすることによって、術者自身がインデックスをボコボコにする可能性だってある。

「二人で勝とうよ。みこと」

「あれ?二人で逃げるっていう選択もあるけど?」

「それじゃあこの街の人達を巻き込むから駄目って気付いたんだよ」

「そう。ならいいけどさ。勝とうよって言うぐらいなんだから、何か秘策でもあるんでしょうね?」

「ないよ」

即答だった。

「アンタねぇ……じゃあどうするわけよ」

「秘策なんて大げさなものはないけど、突破口なら見つけたんだよ」

「突破口?」

「自動制御なのに『拳を飛ばす』なんて複雑な動作をしたトリックが分かったんだよ」

御坂としては、ちょっと何言っているか分からない、という感じだったのだが、

「どういうことよ?」

「一瞬だけ遠隔操作に変わったのがずっと疑問だったんだけど、きっとその一瞬の間に『拳を飛ばせ』って命令が出たんだよ。
 その命令が完了するまでは、たとえ途中で自動制御になっても関係ないんだよ」

そこまで言われても、正直よくわからない。

「で、それが分かったからどうだって言うの?」

「自動制御から遠隔操作に変わる一瞬で、強制詠唱で隙を作って戦いを有利に進めるんだよ。
 上手く割込められれば、すぐに自動制御に切り替わったって、強制詠唱の効果が完了するまでは適用されないから」

「……もう全然ついていけないんだけど、スペルインターセプトってのは、アルファベットの羅列をしていた、あれ?」

「うん」

「それで隙を作るっていうのは分かった。けど、結局勝ちきれなくない?」

「うん。勝ちきれないよ」

「アンタは本当に何なのよ……」

「根競べだよ。私達とあのゴーレムの」

「根競べ?」

「とうまが来たら、あんなの右手で一発なんだよ」

「そういうことか。でもそれって、二人で勝つとは言わなくない?」

「勝つってことは、何も相手を倒すってことだけじゃないんだよ。今回の私達の『勝ち』は、とうまが来るまで粘る事」

「オッケー。分かったわよ。その勝負、乗ったわ」

そうして、再生が完了したゴーレム達と二人の少女が向かい合う。

学園都市の一画がとても騒がしい。
どう考えたってゴーレムと御坂達が抗戦しているせいだ。
しかし、上条はその現場に向かう事が出来なかった。

「あなたは絶対に通さない」

シェリーが立ち塞がっているからだ。
白井と風斬は先に行った。
何の変哲もない路上で、シェリーまでは六メートルほど。
走って殴りにいくのは簡単だ。
しかし、シェリーの足下に魔法陣らしきものが書いてある。
ぶん殴りにいけば、その魔法陣が発動するのだろう。
どんな罠が仕掛けられているかは分からない。
落とし穴かもしれないし、石柱が飛び出してくるのかもしれない。
魔法陣を消そうと足下に右手を伸ばせば、隙が生じてしまう。

――別ルートからいくか?

無理にこのルートからという必要はない。急がば回れということわざだってある。
だが、回りこまれれば無駄になるし、問題を根本から解決するには、どの道シェリーをどうにかするしかない。

上条は無言で地面を蹴って駆けだす。
シェリーの足下にある魔法陣を狙って。

シェリーの足下の魔法陣に右手で触れると、甲高い音と共に消滅する。
しかし、シェリーの思惑通り、隙が生じる。

「ハッ!」

シェリーの全力のキックを、上条は何とか両腕をクロスしてガードすることによってクリーンヒットは免れる。
ゴロゴロと後ろに何度か転がりつつも、その勢いを利用してすぐに立ち上がり、果敢にシェリーへ向かっていく。

しかしながら、シェリーの速記と上条の足では、前者の方がやや速い。
シェリーがトラップの魔法陣を書き終えた直後に、上条の右手がそれに触れて打ち消す。
その隙に今度はストレートではなく横合いからのキックが襲い掛かる。

「――ッ!」

左腕で敷いたガードに、顔面狙いの右足のキックが直撃する。衝撃により横合いへ転がる上条へ、

「そぉらよ!」

追撃のキックが襲い掛かる。
まだまともに体勢を立て直していない上条は、もはや四足歩行のようになりつつ、とにかく前方へ転がった。

「チッ!」

結局キックを空振ったシェリーが舌打ちをしている間に、上条は起き上がって拳を放つ。

「クソが!」

両腕のガードにより顔面ヒットは免れたシェリーは、しかし拳の勢いに負けて仰向けに倒れる。
だがそれはわざと。
あえて倒れることによってチャンスだと思わせたところへ、仰向け状態で書いた魔法陣トラップの餌食にするためだ。

「誰がそんな手に引っかかるかよ」

シェリーの意図は見透かされていた。
それもそのはず、シェリーの速記と仰向け状態でも魔法陣を問題なく書ける事は、地下で露呈してしまっている。

「さすがに簡単にはいかないか……」

意図は見透かされたが、不利になった訳ではない。状況は五分五分だ。

「うふふふふ。あなたはここで大切な人達が死んでいくのを待つだけよ」

――ちくしょう。

足りない。
シェリーを倒すにはあと一手足りない。
人でもいい。武器でもいい。とにかくあと一手何かがなければ、倒し切れない。
もう頭の中に勝利の方程式は出来上がっているのに。
遠距離から攻撃して、隙を作るか、オイルパステルを落とさせればいけるのに。
それを実行する道具がない。

戦況は五分五分でも、精神的にはシェリーが優位に立っていた。
上条は立ち尽くし、シェリーは微笑む。
時間が刻一刻と過ぎていくなか、一つの異変があった。

突如として、シェリーの右肩からゴスロリの服が千切れ舞った。

「が……ああ……」

呻き声をあげながら、シェリーは右腕を垂らしオイルパステルを落とした。
彼女の右肩からは、赤い液体が溢れ出ていた。

「もしかして……」

一つの可能性に気付いた上条は、次の声でそれを確信に変える。

「いけ!カミやん!」

シェリーの背後から土御門の声。
姿はシェリーで見えないが、彼が銃を撃ったので間違いないだろう。

「行け!って、シェリーを倒すだけではゴーレムは消えないのか!」

大声で尋ねると、大声で返答があった。

「ああ!だから早く行け!」

地上に出た時、まず土御門に電話した。
そしたらお決まりのアナウンスが流れ繋がらなかったのは、あとで聞くとして。

「分かったよ!あとは頼んだぞ!」

それに対する返答はなかったが、まあ大丈夫だろう。
上条は全速力で騒がしい方へ向かっていく。

シェリーが倒れた時点でゴーレムは自動制御オンリーになってしまうのだが、
遠隔操作と自動制御が頻繁に切り替わっていたため、インデックス達はその事実に気付いていなかった。

「ぶっち抜けぇぇぇえええ!」

通算八発目の超電磁砲をぶっ放し、ゴーレムの四分の一を破壊する。
もちろんそれでは致命傷にはならず、風を渦巻かせてゴーレムは再生する。

「まだ来ないの、アイツ……!」

超電磁砲の媒体となるゲームセンターのコインだって無限にある訳じゃない。
残りは数枚程度。超電磁砲がなくなれば、粘ることすら困難になる。

「大丈夫だよ。とうまはきっと来る!」

再生が完了したゴーレムは、少女達へ向かって拳を放つ。
自動制御であるためインデックスは何もできず、御坂は九発目の超電磁砲を放とうとして、

風斬氷華の隕石のような両足飛び蹴りがゴーレムの顔面へヒットした。
その反動で、ゴーレムは真後ろへ倒れ、風斬は大きく弧を描きながらインデックス達の前に立った。

「ひょうか!?」

ゴーレムに蹴りを喰らわせたのもそうだが、さらに驚くべき事があった。
風斬の右脚が、膝からなくなっていたのだ。
あんな石の塊にあれだけの勢いでぶつかっていったのだから当然なのだが、傷口からは血も流れていなければ骨もなく、ただの空洞だった。

「何……」

御坂も驚きの声を上げる中、風斬の右脚は再生されていく。
普通の人間では到底あり得ない光景だ。

「ひょうか、それは一体何……?」

インデックスの頭の中には死者をも扱う魔術の技術・知識が山ほど入っている。
それでも、目の前の状況を説明する事は出来ない。

と、ヒュンという風を切るような音と共に、白井黒子がインデックスと御坂の背後に現れた。

「ちょ、ちょっと、この子は一体何なの!?」

出現したばかりの白井に、御坂は早速疑問をぶつける。

「よく分かりませんの。ただ、そこの白い……インデックスさんでしたっけ、それと、カミジョーさんのお友達らしくて」

「友達!?アンタ、この子の友達なの!?」

御坂は風斬の背中を指さしながら、インデックスに尋ねる。

「うん……でも……」

インデックスが言葉を詰まらせていると、

「ごめんね」

風斬はそう切り出して、

「今まで騙していて、ごめんね」

風斬本人だって、自分が人間じゃない事はつい最近自覚した事なので悪意があって騙した訳ではないのだが、それでも彼女は続ける。

「もう分かったと思うけど、私は、人間じゃないの。傷ついたって、すぐに再生するような化け物なの。
 だから、囮ぐらいにならなれるから、あなた達は逃げて」

「私が囮になるから逃げてですって……?」

わなわなと震えながら、御坂が叫ぶ。

「ふざけんじゃないわよ!それで逃げ仰せられたとしても、何も嬉しくないわよ!」

御坂に続き、インデックスも、

「そうだよ!『ともだち』を見捨てるなんて出来ないんだよ!」

「何、で……」

風斬は肩を震わせながら、震えた声で、

「私は……あの石像と同じなのに……何で……」

「どうでもいいわよ。そんなこと」

風斬が、人間じゃない事で悩んでいるのを、御坂は『そんなこと』と切り捨てて、

「アンタがアイツとインデックスの友達だってんなら、なおさら置いて逃げるわけにはいかないでしょーが」

御坂に続いてインデックスも、

「そうだよ。ひょうかが普通の人間じゃないとしても、ひょうかが私の『ともだち』だっていう事実は変わらないんだよ」

風斬の中で、あの少年の言葉が思い出される。

『風斬はインデックスの友達だ。普通の人間じゃないからって、その事実に変わりはない』

「あなた、カザキリさんでしたっけ?少々卑屈に考えすぎじゃないですの?
 地下でもカミジョーさんに言われたじゃありませんか。いい加減、囮がどうとかいう考えはやめませんと」

最後に、白井はこう締めくくった。

「誰一人欠けてはいけませんの。皆で勝って、皆で笑ってハッピーエンドを迎えましょう」

「……ありがとう、ございます」

ツインテールの子はともかく、インデックスはショックを受けているはずだし、茶髪の子に至っては、そもそも今の状況を全然把握できないはずなのに。
皆、化け物の自分に優しい言葉をかけてくれた。こんな優しい人達を、あんな石の塊に殺させはしない。

「いきます!」

風斬は思い切り地面を蹴って、既に立ち上がっていたゴーレムへ向かう。
ゴーレムはただ『標的を倒せ。邪魔者はすべて排除しろ』の簡単な命令を実行する。
向かってくる風斬に、その大きな拳を振るう。

「危ない!」

「ひょうか!」

叫んだ時には、時すでに遅し。ゴーレムの拳は風斬にモロにぶつかった。
普通の人間なら、その時点でただの肉塊と化していただろうが、風斬は違う。
ゴーレムの拳を、彼女は真正面から受け止めていた。

「すごいかも……」

「でも、あのままじゃあ……」

風斬は確かに拳を受け止めていた。
ただ、余裕が全くないのは見ただけで分かる。
拳を受け止めている両腕と両脚、踏ん張っている地面にヒビが入り、今にも押しつぶされそうになっている。
もう片方の拳を振るわれれば、風斬は粉々に砕け散ってしまうだろう。

「みこと!」

「分かってる!とりあえず超電磁砲を――」

「大丈夫ですわよ」

焦るインデックスと御坂を、白井が自信ありげに言った。

「実はですが、携帯を繋ぎっぱなしにしていたんですの。
 お相手はカミジョーさんなのですけれども――もうすぐ、こちらに到着するみたいですから」

その言葉の直後だった。
少女三人の横を、上条が駆け抜けていき、

「これで終わりだ!」

風斬に止めを刺そうと振るわれていた拳に、上条は右拳をぶつける。
一歩間違えれば複雑骨折にもなりかねないのに、決して臆さず、一瞬のためらいもなく。

拳と拳が激突した瞬間、上条の拳から血が噴き出した。
しかしそれは、キザキザの岩肌を殴ったためにすぎない。
ゴーレムの拳自体は、幻想殺しによって完璧に勢いを殺されていた。
それだけにとどまらず、拳を起点としてゴーレムに亀裂が入っていき、最終的にはガラガラと音を立てて崩れ去った。

今回の上条と御坂のダメージは、冥土帰しにとってはかすり傷を治すようなもので、二人とも入院するような事はなかった。

「悪いな、御坂。そんな怪我を負わせちゃって」

「今回私が怪我しちゃったのは、単純に私の実力不足。アンタが悪いと思う事じゃないわ。
 むしろ、アンタとの約束守れなかったらどうしようと焦ったくらいよ」

一通りの治療を受けた上条と御坂は、夕暮れの病院の屋上で今日一日の事を振り返っていた。

「約束なんて大げさなものじゃないだろ。もとはといえば俺が無理言ったんだ。
 たとえインデックスが危ない目にあっても、御坂を責めるはずないだろ」

「そう言ってくれると、助かるんだけどね。ところで、聞きたい事がいろいろあるんだけどさ。
 まず聞いておきたいのは、アンタ、黒子と連絡先の交換した?」

「したよ。白井が御坂とインデックスのところに一番早く辿り着くと思って、連絡取れた方が、戦況が分かったりして便利かなと思ったし」

「……そうね。なら仕方ないわね」

「仕方ないってなんだよ」

「知らないわよ」

逆切れ気味で言われたが、意味が分からない。

「聞きたいことの二つ目。アンタらの友達だって言う、眼鏡のあの子は何?明らかに人間じゃないわよね?」

「……彼女は、AIM拡散力場の塊なんだ」

「……マジ?」

「ああ。彼女自身がそう言っていた」

地下から地上に出てくる間に、自らの正体を自覚した風斬から、話を聞いた。
小萌先生の仮説は当たっていたのだ。

「まあ、それならあの光景も説明できるかもね」

御坂が言う『あの光景』とは、風斬の右脚が再生したシーンの事だ。

「聞きたいことの三つ目。魔術師はどうなったの?
 ゴーレム崩した後に、魔術師は俺が倒したから大丈夫だとか言っていたけど」

それは土御門に聞かないと分からないのだが、土御門に、自分がスパイであることはばらすなと言われているので、説明のしようがない。

「いやまあ……知り合いの魔術師が引き取ってくれたよ」

「知り合いの魔術師って誰よ?」

「ステイルとか、神裂とか?」

「何で疑問形なのよ。つーかそいつら、インデックスの記憶を消そうとしていた奴らじゃなかったっけ?」

「でも和解したし、そいつらも必要悪の教会のメンバーだし、今回の襲撃者の魔術師も、同じメンバーだし」

「何それ。確かインデックスも、必要悪の教会のメンバーなのよね?じゃあ何で、同じメンバーを狙ったのよ?」

「戦争を起こしたかったらしい。何で戦争を起こしたかったのかまでは聞けなかったけど」

「……なーんか、さっきからアンタにしては言っている事がちぐはぐね」

「……仕方ないだろ。俺だって全知ってわけじゃないんだから」

「まあいいわ。じゃあ聞きたい事の四つ目。
 今回の件で、黒子はある程度魔術に関わってしまったけど、それでも魔術の事は隠し通す?
 それとも、いっそのこと話した方がいい?」

「……白井が追及してくるようなら、話しても構わない。追及してこないなら、わざわざ話す事はないだろ」

「分かった。そういう方向性でいくわ。そっちは聞きたい事とかある?」

「そうだな……『樹形図の設計者』が撃ち落とされたのは知っているか?」

「うん。一応ね。むしろ、アンタがそれを知っている事に驚いたわ」

雲川先輩の事は言っていいのかどうかよく分からないので、ここは一旦誤魔化すべきだろう。

「色々調べたんだよ。正直、実験中止決定があまりにも早すぎたんじゃないかと思ってな」

「私もそう思って、あれから色々調べたのよ。そしたら、『樹形図の設計者』が撃ち落とされたって分かってね」

何でそんな事まで分かったのか疑問だったが、御坂レベルなら能力を応用した電子的ハッキングができるのかもしれないし、
下手に聞いていって、こっちがどうやって調べたのか掘り下げられたら困る。

「そっか。安心したよ。これで実験が再開される事はまずないって分かっているってことが分かったから」

「……私の事、気遣ってくれていたのね」

「そりゃあな」

「……」

何故か黙りこくる御坂。

「……どうした?疲れが出てんのか?」

「……違うわよ。それより、実験って単語で思い出したんだけど、マネーカードがばらまかれていた理由って知ってる?」

「知らないな。なんだ、実験が関係していたのか?」

「うん。実験を止めようと尽力していた人がいてね。その人が、マネーカードをばらまいていたの。
 マネーカードをいたるところにばらまく事で、普段人目のつかない路地や裏通りに意識を向けさせる。
 それで学園都市の監視カメラの穴を人の目で埋めるつもりだったのよ」

「へぇー。実験を止めるためにそこまでした人もいるんだな。
 学園都市は比較的腐っているみたいだけど、住人はまだまだ捨てたもんじゃないな」

「そうね。他に質問は?今日のことで何か聞きたい事は?」

「ない……かな」

「そう」

話が一区切りついたので、

「じゃあ、俺はインデックスと風斬のところへいくよ」

インデックス達は病院のロビーにいるはずだ。

「私は、もう少し風に当たっているわ」

「そうか。それじゃあな」

「うん」

御坂の返事を聞いてから、上条は病院の屋上を後にする。

「はぁ……」

御坂は病院の屋上の手すりにもたれかかりながら、溜息をつく。

今回、上条や黒子やカザキリさんが来なければ、インデックスを守り切れなかったかもしれない。
今回のような事がまたあれば、インデックスどころか、自分の命まで落としてしまうかもしれない。
そうならないためにはどうするか。
強くなるしかない。
しかしそれは、未知なる敵との戦いに身を置くことが前提だ。
平穏な日常を送るのに、黒子の風紀委員の手伝いをするのに、これ以上の力は必要ない。
でも、少年やインデックスが再び狙われる時が来る可能性は充分ある。
けれども、自分に彼らを助ける義務も必要もない。
だが、その時自分はどうしたいと思うだろうか。
きっと、彼らの力になりたいと思うだろう。
その時、このままの自分で後悔しないか。

「……つーか、何をこんなに深刻に考えているんだか」

ネガティブに考え過ぎだ。
今回は相性が悪かったと言っても過言ではない。
自信を失ってはいけない。
それに、一人で戦わなきゃいけないルールなんてない。
力になるという事は、一方的なものではない。
少年やインデックスの補助で良い。
出来ない事を、互いに補い合えばいいのだ。
アステカの魔術師との『あの約束』もあるし、彼はきっと自分を守ってくれる。

「あぅ……」

なんか『あの約束』を思い出したら、妙に恥かしくなった。
顔が真っ赤になっているのが自覚できる。心臓の鼓動が速くなる。
これは一体、なんなのか。
分からないと言えば、黒子と連絡先を交換したと聞いた時に、ちょっとイラついた事や、
実験が早急に中止になった事を気遣ってくれていたのを知った時、嬉しかったことも、なぜなのかが分からない。

「……疲れた」

考えると疲れる。
そうじゃなくても昨日と今日いろいろあって、肉体的にも疲れている。

「……帰るか」

上条が去ってから数分して、御坂は病院の屋上をあとにする。

「上条ちゃん?先生に何か言う事はありませんか?」

インデックス達の下へ行こうとしたら、小萌先生と姫神の二人に捕まって、病院の廊下で尋問を受ける羽目になった。

「えーっと……」

小萌先生は顔こそ笑っているが、目が笑っていない。
選択を少しでも間違えれば、お叱りされるに決まっていた。
まあ多分、テロリストと真っ向勝負を挑んだ事が、黄泉川先生辺りから報告され、
一歩間違えれば死んでいたかもしれないのに上条ちゃんは馬鹿なんですかなんでいっつも先生を心配させるんですか!
みたいなことを言われるだろう。
言われない為にはどうすればいいか。
まさか魔術について説明して、しかも狙われていたから正当防衛したまでです、なんて言えない。

「黄泉川先生から聞いてないですか?友達を助けるために、どうしてもですね……」

「気持ちは分かりますが、それは上条ちゃんの役目ではないのです!
 何のために警備員や風紀委員がいると思っているのですか!
 一歩間違えれば死んでいたかもしれないのに上条ちゃんは馬鹿なんですか!なんでいっつも先生を心配させるんですか!
 上条ちゃんはお勉強こそ出来ますけど、どうにもどこかネジが緩んでいるみたいですね!」

予想通りの台詞にプラスアルファでありがたいお言葉。

「小萌。ここは病院。気持ちは分かるけどもう少し落ち着いて」

小萌先生のヒートアップを止めてくれたのはありがたいが、気持ちは分かるのかよ、と思わず突っ込みを入れたくなるのをこらえる。

「……まったくもう」

小萌先生は腕を組んで、頬を膨らませていじけたようになった。

「……では、俺はこれで」

「ま、待って下さいなのですよ!」

インデックス達のところへ向かおうとしたら、先生に引き止められた。

「な、何でしょうか先生。できればもう説教は勘弁願いたいのですが……」

「それはもういいのです。いつか先生との個人授業をぶち込むことで許すのです」

「小萌。それは職権濫用じゃあ」

姫神に完全同意だ。

「いいのです!先生を心配させた罰なのです!」

「……まあ。それも仕方ないかもね」

そこで折れるなよ!とまたしても突っ込みを入れたくなったが、入れたら入れたでさらに話がこじれそうなので止めておく。

「でも。それって罰というよりは。小萌の個人的願望が含まれている気がする」

「にゃにをバキャなこちょを!」

おそらく、何を馬鹿な事を、と言おうとしたのだろう。

「というか、個人授業とか、そんなことよりですね。分からないことがいくつかあるのですよ」

「分からない事?」

思わず聞き返す。

「はい。分からない事は考えても分からないので口に出す必要はないのですが、
 胸に抱えたままでは気分が悪いので、上条ちゃんに聞いてもらいたいのですよ」

先生の言う通り、分からない事は確かにあった。
御坂に聞いても仕方ないから、彼女には聞かなかったが。

小萌先生は人差し指を立てながら、

「まず一つ目。
 件のカザキリヒョウカさんは、どうして上条ちゃんの近くに『出現』したのでしょうか?
 AIM拡散力場は学園都市中に満たされているので、街の中ならどこに出現したっておかしくないのに、です。
 それにも拘らず、上条ちゃん達の近くに現れ続けたのは何故なのでしょうか。
 まあ、偶然と言われればそれまでなのですけどね」

続いて、と小萌先生は中指を立てて、

「二つ目。
 姫神ちゃんの言う『カザキリヒョウカは虚数学区・五行機関の鍵を握る』とは結局何だったのでしょうか。
 これもあくまで霧ヶ丘の先生の話であって、そもそも眉唾ものの虚数学区・五行機関の鍵なんてなくて、
 ただのデマだったと言われれば、それまでなのですけど」

最後に、と小萌先生は薬指を立てて、

「三つ目。
 テロリストさんは何故、今日『出現』したばかりのカザキリヒョウカさんを狙ってこられたのでしょう。
 学園都市に居る私達ですら、今日初めて知ったのに、です。
 とはいれ、これも因果のない偶然と言われれば、それまでなのですけど」

小萌先生と同じ疑問を持っていた。
特に疑問なのは三つ目。
そもそも、なぜ標的の中に風斬がいたのか。
警備員などは退けただけなのに、風斬に対しては『虚数学区の鍵』と呼称し、殺すことに軽い執着を見せた。
このことから、風斬は自分やインデックスと同格扱いで標的だったと思われる。
一体なぜなのか。

「しかして実際、こんなにも偶然が重なるってあるんですかねー」

きっと、偶然じゃない。
学園都市には、深い闇が巣食っている。
その闇が、今回の事件を引き起こさせたのかもしれないと考える方が、まだ自然だ。

「先生の話はそんなところなのですよ。
 上条ちゃんも今日は疲れていると思うので、個人授業とか、詳しい事は後日話しましょう」

「これで満足か?」

窓のないビルの中枢。
液体で満たされた円筒の中で逆さに浮かんでいるアレイスターに向かって、土御門は吐き捨てるように言った。

「かくして人間は駒のように操られ、また一つ虚数学区・五行機関を掌握する為の完成に近づいたという訳だ」

虚数学区・五行機関。
その正体はAIM拡散力場そのもの。
学園都市にいる一八〇万の学生が無自覚に発している力が織りなすモノ。
五行機関は有害か無害か、それすらも分かっていない。
分かっている事は、不安定である、ということだけ。
不安定だから、普段は機械で計測しなければ分からない程度の力であるのだが、一定の衝撃を加えれば、爆発的に力を増してしまうかもしれない。
そして『一定の衝撃』を、どの程度にすべきかも分からない。
つまり、虚数学区・五行機関に対して、どこまで踏み込んでいいのかも分からず、何が起こるのかも分からないのだ。
では、分からない事だらけの虚数学区・五行機関を制御するためにはどうすればいいか。
その答えは単純。鍵を用意すればいい。
そして、その鍵こそ。

「風斬氷華。
 彼女だって虚数学区の一部分とは言え、人為的に自我を植え付けて実体化の手助けをするなど、正気の沙汰じゃない」

食欲などの生命体の本能が生み出す欲求は『生きるための』『死を遠ざけるための』シグナルとして生み出される。
つまり、生死を知らない、概念がない存在には、本能や自我といったものは芽生えない。
風斬がまさにそれだ。いや、それだった。
今は『幻想殺し』という存在を知ってしまっている。
虚数学区にとって唯一の脅威となり得るモノ。
『幻想殺し』という『死』を教え込めば、心を持たぬ存在に自我を受け付ける事が出来る。
それこそが、風斬が上条を無意識に避けていた理由だ。

「無自我状態より自我がある方が御しやすい」

「そのために、世界が緩やかに狂い始めた事は分かっているのか」

常軌を逸しているのは、何も風斬に自我を植え付けた事だけじゃない。

「今回の一件、理由はどうあれイギリス清教の正規メンバーを警備員や風紀委員、あまつさえ超能力者の手を借りてまで撃退した。
 聖ジョージ大聖堂のお歴々はこれを黙って見過ごすとは思えない。
 まさか、この街一つで魔術師達に勝てるとは思っていないだろう?」

「魔術師どもなど、あれさえ掌握できればとるに足らんよ」

アレイスターの発言に、土御門は眉をひそめる。
なぜそこまでして、虚数学区・五行機関にこだわるのか。

「……まさか」

土御門は、ある一つの結論に至る。
虚数学区・五行機関は、赤外線や高周波のように、そこにあるのに見る事も聞く事も出来ない。
人間とは別位相に存在する、ある種の力の集合体によって構成される生命体。
その存在を、魔術用語で言うとすれば。

「天使……だと言うのか?」

そして、虚数学区の住人――風斬が『天使』と表現されるならば、彼女達が住んでいる『街』とは、

「お前は、人工的に『天界』を作り上げるつもりか!?」

「……」

土御門の問いに、アレイスターは無言だった。

人工的に『天界』を作り上げる……と言っても、
科学的な力のみで作られるなら、それは『天界』や『魔界』などの既存の言葉では表現できない。
カバラにも仏教にも十字教にもヒンドゥーにも表記されていない、まったく新しい『界』が生まれるだろう。
そして『界』の完成は、あらゆる魔術の破滅を意味している。
今のところは未完成の虚数学区の鍵が完成し虚数学区が制御されれば、魔術師は学園都市の中では魔術を使えなくなる。
いや、能力開発がさらに発展し世界中に拡大して、あらゆる人々が能力者になってしまえば、世界はAIM拡散力場で覆われる。
そしたら、世界中の魔術師は一切機能しなくなる。

「待てよ……」

違う。
準備は、とうの昔にできている。
上条の手によって救われた一万強もの『妹達』は、治療目的で世界中に点在する協力機関に送られている。
学園都市に残っているのは、三〇体いないぐらいだろう。
虚数学区のアンテナたる能力者は配備された。
あとは虚数学区を制御して、新たな『界』として起動すれば。
魔術師は魔術が使えないただの人間と化し。
科学サイドはその気になれば世界を征服できる。

と、ここまで考えたところで、アレイスターが口を開いた。

「君が何を考えているのかはよく分からないが、私は教会世界を敵に回すつもりなど毛頭ない。
 『天使』や『天界』などと言われても、私には何が何やらさっぱり」

「ぬかせ。お前以上に魔術に詳しい人間がこの星にいるか」

土御門はアレイスターを睨みながら、

「魔術師、アレイスター=クロウリー」

二〇世紀には、歴史上最大の魔術師が存在した。
彼は世界中で最も優秀な魔術師であると同時、世界で最も魔術を侮辱した魔術師とも呼ばれていた。
魔術の侮辱とは、極めた魔術を捨てて、一から科学を極めようとした事だ。
何を思ってそうしたのかは、誰にも分からない。
ただ、理由なんて関係ない。
世界一の魔術師とはつまり、魔術文化の代表と同義だった。
そんな存在の彼が魔術を捨てて科学に頼った事は、科学文化へ白旗を挙げたようなものだ。
つまるところ、魔術より科学の方が優れていると言っているようなものだった。
故に、アレイスター=クロウリーは魔術に誇りを持っている全世界の魔術師を敵に回した。

「……駄目だ。俺にはお前の考えていることなど分からない。
 いや、まったく予想がつかない訳じゃないが、そこから考えうるあらゆる可能性を考えた場合、真相が見えてこないと言った方がいいか」

新たな『界』を創り出そうとしているのは、きっと間違いじゃない。
ただ、それが最終目的だとは限らない。
そこまでやって、ようやく『大きな何か』の下準備が整うだけかもしれないし、やっぱり『界』を創り出して、魔術師を不能にするのが目的かもしれない。

「まあどれだけ理屈を並べ立てたところで負け惜しみにしかならないが、一つだけ忠告しておく」

「ほう」

「幻想殺しを利用するというのなら覚悟しろ。
 生半可な信念で立ち向かえば、あの右手はお前の世界(げんそう)を喰い殺すぞ」

土御門が告げた直後、空間移動能力者が現れる。
彼女は土御門をエスコートして、窓のないビルの中から空間移動で脱出する。

誰もいなくなった部屋の中で、逆さに浮かぶ人間は呟く。

「私の信じる世界など、とうの昔に壊れているさ」

風斬は病院のロビーにあるソファの上に正座させられていた。
その理由は、同じくソファの上で正座しているインデックスから説教を受けていたからだ。
説教の内容は、なぜ『普通の人間ではない』という理由だけで自らを化け物と言って、自分や上条を遠ざけようとしたのか。
自分達が、普通の人間じゃないというだけの“つまらない理由”で、風斬を見限ると思ったのか。
思ったとしたら、それは怒るべき事でもあるし、悲しむべき事でもある。
普通の人間じゃないということだけで、見限るような人間だと思いこんだ風斬にとても腹が立つし、
見限るような人間だと思われた事がとても悲しかった。
そして何より、自分達が風斬の『ともだち』であることに揺るぎはないという事を。
おおよそこんな感じで十数分説教されたのち、

「ひょうか、何か言うことない?」

「……ごめんなさい」

「分かればよろしいんだよ。
 次何かふざけたこと言ったら、いくらひょうかといえど、噛みつかなきゃいけないかも」

噛みつくとはどういうことか。
ゴーレムと真正面から相対した風斬でも、若干の恐怖を覚える。

と、その時、風斬の輪郭がぶれた。

「え?何?大丈夫?」

心配そうに聞いてくるインデックスに、風斬は微笑みつつ、

「うん。私は、超能力の塊みたいなものだから、不安定なの」

会話の間にも、風斬のぶれは酷くなっていく。

「不安定って……ひょうかはどうなるの?」

「少しの間だけ、見えなくなるだけだよ……」

その言葉に、インデックスは泣きそうになる。

「大丈夫。本当に、見えなくなるだけだから……死ぬわけじゃないんだよ。
 私は、一八〇万もの人達によって支えられているんだよ。
 皆が生きている限り、私だって存在し続けられる。
 姿が見えなくなっても、触れ合う事が出来なくても、私は、あなたを見守ることが出来るから」

「そんなぁ……」

もはや大粒の涙を流しながら、インデックスは弱々しい声をあげる。

「泣かないで……私、あの人に言われたの。また三人で遊ぼうって。
 だから、その時まで、ここは、笑ってお別れしたいの……」

風斬はインデックスを抱き締めつつそう言った。

「分かった。約束だよ?また三人で、とうまと私とひょうかの三人で遊ぼうね?」

インデックスは無理矢理笑って、風斬も笑って答える。

「もちろん」

これで六巻再構成は終了です。

八月三一日から九月一日にかけてはなかなかにハードだった。

九月二日には、雲川先輩から借りていた衣服を返却し、学校に登校してきた土御門と色々な話をした。

まずは、シェリーが戦争を起こしたかった理由について。
一言で言えば、それは復讐のようなものだった。
シェリーにはかつて、エリスという友達がいた。エリスは超能力者だった。
なぜ超能力者であるエリスと魔術師であるシェリーが友達だったのかと言えば、
二〇年前、魔術と科学が手をつなぐ、という動きがあり、とある施設で出会ったからだ。
お互いの知識や技術を使い、超能力と魔術を組み合わせた新たな『異能使い』を生み出そうとした。
そこでシェリーは、エリスに魔術を教えた。
超能力は、大前提として脳を開発しなければどうしたって使う事は出来ないが、魔術は、やり方さえ分かれば誰でも出来る。
もちろん、高度な魔術を使用するには鍛錬を積まなければならないが、簡単なものならすぐに出来る。
だからエリスは、シェリーに教わった簡素な魔術を試してみた。
その結果、エリスは体中から出血しだした。悲劇はそれで終わらなかった。
魔術知識の漏洩を恐れて『騎士派』の人間が施設を襲撃した。
科学と手をつなごうなんて考えていたのは、イギリス清教の中でもほんの一部署だったからだ。
エリスは、騎士達からシェリーを逃がすために傷つくと分かっていながらもさらに魔術を使い、挙句騎士達から棍棒(メイス)で殴られ死んだ。

エリスが体中から出血しだしたのはなぜか。
問うと、土御門はこう答えた。

超能力者に魔術は使えない、と。
魔術とは才能のない人間のために生み出されたもの。
だから、超能力という才能のある人間が魔術を使うと、体に過負荷がかかる、らしい。
エリスの犠牲よって判明した事実だ。

だが、それなら逆恨みではないか。
エリスが傷ついたのは、話を聞く限りでは事故に思える。
むしろ悪いのは、止めを刺した『騎士派』とやらではないのか。
そう言ったら、カミやんの言う事はもっともだが、シェリーなりに現状を危惧したのさ、と言われた。

シェリーは悲劇を体験したからこそ、現状を危惧した。
科学サイドの人間である上条と、魔術サイドの人間であるインデックスが同じ空間に住んでいる事。
これではまた悲劇が起こるかもしれない。
だからこそ、上条かインデックス、またはそのどちらも殺すことによって住み分けをしなければと考えた。

しかし、それじゃあ話が噛み合わない。
悲劇を起こしたくないからって、戦争になったら、それこそ悲劇だ。
そう言ったら、人間そう簡単には割り切れないのさ、と言われた。
要するに、シェリー自身、迷っていたらしい。
戦争を起こしたいと思っていた。でも、戦争になって魔術師や超能力者が死ぬのも嫌だった。
最初から、シェリーの気持ちは、ぐちゃぐちゃだった。
だから、手っ取り早く学園都市を壊したりはしなかったのかもしれない。
シェリーの学園都市侵攻の動機は大方分かっ