瀬名詩織「お久しぶりね、ラプラス」 (35)

「居るかしら?」

ポツリと私は海に向かって小さく言葉を投げかける。
すると、辺り一面にじわじわと真っ白な、全てを覆い隠すような霧が現れる。

「しろいきり、ね」

これが合図。
私はカツカツと堤防の端に向かって歩を進めていく。

そして、それは、長い首を傾げて突然現れる。
大量の海水をぶち撒けながら。

「お久しぶりね、ラプラス」

青い巨体は長い首を私の胸の高さまで降ろして鳴く。

『きゅうん♪』

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ラプラスは首をもたげて自身の背中へとやる。

「そう、乗せてくれるの…」

私はテトラポッドに足を取られながらもラプラスに近づいていく。

『きゅー♪』

「きゃっ!?」

体が上に引っ張られる感覚。

ラプラスが服の襟を器用に咥えて持ち上げている。

「乱暴ね…」

ヒョイとラプラスの少しゴツゴツとした背中に乗せられる。

『きゅるー』

はしゃいでいるのかしら。

真っ白の霧の中、少しずつテトラポットと堤防が遠ざかるのが見えた。

「久しぶりね、貴方と海に出るのは」

いつ以来だろう。
海辺で語らうことはあったけどこうして沖に出るのは随分久しぶりな気がした。


『きゅる?』

「…そうね、元気よ」

『きゅー…』

「…そうかしら?」

「…少しだけ、変わったかもしれないけど」

「貴方と会うのもこうして楽しみにしていたわ」

『きゅ、きゅ』

ラプラスは頭を背中の私にも届くような位置へとやる。

「…相変わらず甘えん坊ね」

背中から落ちないように気をつけながらラプラスの頭にそっと手をやる。

……あら。

「少し、大きくなった?」

『きゅるる』

「…時が流れるのは早いものね」

目の前で少し大きな魚がボチャンと音を出して跳ねる。

『きゅー』

「本当に、ね」

さあっ、っと強い海風が私の髪を撫でる。

「私がいつの間にかアイドルになってるくらいだものね」

振り向いたラプラスが不思議そうな顔を浮かべる。
ラプラスの二つの綺麗な瞳が揺れる。

「貴方にアイドルと言ってもわからないわよね」

『きゅるるる…』

「歌にね、込めるの」

「私の中の気持ちを」

『きゅー♪』

辺りにラプラスの綺麗な鳴き声が響く。

「…そうね、貴方とそんなにやってることは変わらないかもしれないわね」

手を伸ばして、真っ白な霧に触れるとじんわりと手が濡れる。

「不思議なものね」

『きゅきゅー』

「変わっていく、人も……」

『きゅ!』

「ごめんなさい、貴方も、だったわね」

本当に世界は不思議で満ちている。

瀬名詩織(19)
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今日のラプラススレです。

詰まなかったらまた書き溜め投げに来ます。

「昔は気づかなかったけど今は思うの」

「私の心の中に仕舞っておくだけじゃもったいないものもあるんじゃないかって」

『きゅ?』

「少し難しいかもしれないわね」

私自身、完全に整理出来た事じゃない。
ただなんとなく、私の周りの人たちは見つけていってる気がする。

「自分自身、自分の芯を見つけるって大変なことね」

ほぅ、と息を吐く。

『きゅきゅー?』

「私の芯はきっと、この海と、貴方と…もう一人」

『きゅぅ…?』

「…気持ちを伝えるって難しいわね」

『きゅ!』

「…貴方のこともいつか紹介出来たらいいわね」

『きゅぅ…?』

ふと、ブルルとエンジン音がどこかから聞こえる。

『きゅー!』

「漁船、ね」

安全旗をはためかせている小さな漁船からおじさんが勢い良く乗り出して何かを叫ぶ。

『~~!!~~~!!』

遠くてよく聞こえない。

「…何かを海に撒いてる…?」

『きゅう!』

「そう、お酒なの、あれ…」

どうやら清酒らしい。

『きゅうきゅきゅう!』

「…そうなの」

お神酒。海の神様への捧げ物。

「信心深いのね」

どうしてこのタイミングだったのか
何を叫んでたのか分からなかったけれど。

「…離れるの?」

ラプラスは少しずつ、少しずつ、漁船から遠ざかっていく。

『きゅ』

「…海の神様に失礼だから?」

少し考えて、思い当たる。

「…貴方を神様と勘違いしていたのね」

『きゅぅん♪』

「それに、あんまり知られてしまっても困るし…ね…?」

いつしか漁船のエンジン音はいつしか完全に聞こえなくなっていた。

「貴方は私を海に連れ出してくれる大切な友達…」

泳げない私を背負って。
私だけじゃ見ることの出来ない景色を見せてくれる。

『きゅううん!』

幻のような。
不思議な友達。

「…私も久々に会えて本当に嬉しいわ」

『きゅうう?』

「ここに来ることは減ったけど、寂しくないわ」

「…大丈夫よ」

掌をぎゅっと握ってラプラスの背中に掴まる。

『……』

「……」

沈黙が続く。
でも不思議と居心地の良い沈黙だった。

『きゅ』

ラプラスは一鳴きしてくるりと反転する。

「帰るの?」

『きゅうきゅ』

「…そうね、もうすぐで夕方になっちゃうものね」

ラプラスはまた一つ、大きく霧を吐くと帰路を進んでいく。

「また、会いに来てもいい?」

私は微笑みを浮かべながら問いかける。

『……』

ラプラスは答えない。

ただ、ただ沈黙を保つだけ。

「ね、ねぇ…」

自然と声が震える。

「なんで……」

何で、何も答えてくれないの。

私の問いかける強い口調を無視してラプラスは進む。
そしていつしか私たちはあの堤防に着いていた。

『きゅー……』

降りて欲しいと促すラプラスを無視して私は尋ね続ける。

『…きゅ』

ラプラスはまたしても私の襟首を咥えて
今度はゆっくりと堤防に降ろす。

「待って…!」

追いかけるにも堤防から届く距離にはもうラプラスは居なかった。

「…ジャンプで‥」

でも、きっと届かない。
今、海に飛び込んでも、私は泳げない。
きっと溺れる。

「どうして…」

呆然とする私に、きゅるると既に姿の小さくなったラプラスの鳴き声が届く

「どうして今更お別れなんて……」

どうして今なの…?

ラプラスの姿が完全に見えなくなった夕暮れの堤防で私は呟くだけだった。



「詩織、いきなり沖縄に帰りたいって言うから付いてきたがそろそろ限界だぞ」

「もう少しだけ…」

あれから何日経っただろう。
私はひたすら海に呼びかけ続け、ラプラスを呼んだ。

しかし、帰ってくる鳴き声も無く、しろいきりが出る事もなかった。

「…仕事の都合もある、限界があるってことだけ覚えておいてくれ」

「…ありがとう」

プロデューサーさんは憔悴する私を見て、気を使ってくれてるみたい。

「…沖縄はいい所だな」

「…えぇ」

「そういや、この間泊まってる民宿の近くのご老人たちとお茶飲んでた時に聞いた話なんだけどな…」

「この辺りの海には神様が居るんだと」

プロデューサーさんとしては何の気なしに話したことなんだろう。
もちろん、私は完全に地元に馴染んでいるプロデューサーさんにも驚いたけど…。

神様、ラプラスの話……。

そんなに広まっていたのね。

「それがちょっと妙というかへんちくりんな話でな」

「神様は人の言葉を解す海獣で子供を乗せてくれるんだと」

「そのご老人も子供の時は乗せて貰ったとか…」

「えっ?」

…私の話じゃない…?

「おっ、興味ありか?」

ありどころの話じゃない。

「神様は子供を乗せて海を守ってくれるんだけどな」

「その子供の成長を見届けたら別の子供の所に行くんだと」

「こういう子供の頃だけってやつは定番だけど面白いよな」

「って何で泣いてるんだ詩織!?」

「……そう、そうなのね…」

私が話したからだ。

「寂しくないわ…なんて…」

もう会えないなんて、やっぱり寂しいに決まってる。

「おい、俺が泣かせてるみたいだろ!?」

慌てたプロデューサーさんがハンカチを私の目に当てる。

「…ごめんなさい」

「一体どうしたんだ?」

プロデューサーさんは私の目から落ちる雫を受け止め続ける。

「大切な友達とお別れしたの…」

「…大人になるって寂しいものね」

プロデューサーさんは少し困ったような微笑みを浮かべる。

「そうか、そうだな…」

「大人になったからお別れしたのか?」

「えぇ、ずっと私が大人になるのを待っててくれたの」

あの堤防で。ずっと。

「きっと詩織が大好きだったんだな」

「……私も子供の頃からずっと…大好きだったわ」



「…私一人じゃ行けない所に連れて行ってくれたの」

「沢山の綺麗なものを一緒に見たの」

「……沢山冒険を…したの……」

「そうか」

「…頑張ったな」

プロデューサーさんはただただ涙を掬い取り続ける。

「少し長い話になりそう……」

「話したいことが沢山……」

「じゃあもう一泊取ってゆっくり話すか?」

ニカッとプロデューサーさんは太陽みたいに笑う。

「そうね、もう一泊、泊まって…」

「海に向かって一緒に歌いましょう?」

「…あんまり歌は得意じゃないんだけどなぁ…」

「大丈夫よ、きっと、気持ちは…届くわ…」

「なんのことだか分からないが……そうかもな」

いつの間にか涙は止まっていた。

私は海に背を向けて歩き出したプロデューサーさんを追いかける。

「…きっと私の友達は他の子のお世話焼きに行ったの」

「とっても面倒見の良い子だったから」

「良い友達じゃないか」

「…とっても綺麗な目をしていたの」

「そうか」

「…不思議な…友達だったの」

「そうか」

「…もう、ちょっとだけ…泣いていい…?」

返事を待たないで私はプロデューサーの袖を掴んで涙で濡らした。

「明日までに俺も歌の練習しないとな」

「そうね」

「こっちは料理の量が多いから太ってなきゃいいな」

「そうね」

「……事務所に帰って俺がちひろさんにドヤされるの、擁護してくれよ?」

「嫌よ」

「参ったなぁ……この空気ならいけると思ったんだが…」

「ふふ…」

私の心の中にある小さな海からあの子が小さく鳴いた気がした。


END

これで終わりです。
見てくれた方に感謝。

何の気なしに『ラプラスにのって』を聞いてたら
瀬名さんを乗せたラプラスが浮かんだので。
ありがとうございました。

結局、ラプラスって何だったの?

>>29
そんなに深く考えてないです。
普通にポケモンのラプラスでも海の守り神でもなんだったら子供の頃しか見れない夢の象徴でもいいです。

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