ペトラ「兵長、私は、世界を変える一端を担ったのです」(37)

ハンジ「やあ!みんなおはよう!ハンジさん郵便だよ~」

ペトラ「あ、ハンジ分隊長!おはようございます。郵便、ですか?」

ハンジ「ほら、毎年恒例のアレだよ。はい、エルド」

エルド「分隊長、ありがとうございます。そうか、そういえばもうこんな時期なんですね」

ハンジ「実は私も昨日エルヴィンに言われるまで忘れてたんだけどね。はい、グンタ」

グンタ「ありがとうございます。…俺、なんて書いたんだったかな…そろそろ書き直すか」

ハンジ「はい、オルオ」

オルオ「ありがとうございます、分隊長。…おい、エレンよ、聞け。俺はこれに毎年討伐数を書いてる…フッ、今年も去年の戦績から大幅に更新だ」

エレン「……?」

ハンジ「エレン、どうかした?」

エレン「…あの、その白い封筒はなんですか?」

オルオ「あ?知らねぇのか?」

ペトラ「あぁ、そういえばエレンは調査兵団の入団式に出てないから説明受けてなかったもんね。これはーーー」







リヴァイ「 遺 書 、だ」

ペトラ「あ、兵長。おはようございます。今コーヒー淹れてきますね」

リヴァイ「ああ、頼む」

エレン「…いしょ?」

エレン「いしょってその、遺言とかそういう類の遺書ですか?」

オルオ「あ?それ以外になにがあるってんだ」

エルド「オルオ、そう突っかかるな。エレンは入団時の説明受けてないから仕方ないだろ」

エレン「なんで、そんなもの…俺には遺書なんて、必要ありません」

ハンジ「そうはいってもね、調査兵団は悲しいかな、戦死者が多い。壁外調査ともなればいつなにがあってもおかしくないしね」

エレン「しかし…」

ハンジ「だから何かあったときのためにあらかじめ遺書を書いておく。…ご遺族の方から要望があってこの制度が生まれたんだよ」

ハンジ「本来は兵団本部に集まった兵士達にエルヴィンが直接昨年の遺書を手渡しで返却するんだけど、ここは兵団本部からちょっと距離があるからね。代わりに私が郵便屋さんをやってあげてるんだ」

エレン「…去年の遺書を、返す?」

ハンジ「そう。一度返して、また回収するんだ」

エレン「えっと、それは何故ですか?」

グンタ「一年も経てば心境や周りの状況なんかも違ってくるだろ?だから制度としてそうなってるんだ」

ペトラ「毎年新しいのを書くのもよし、一度書いた遺書をずっと使い続けるのもよし。これはひとそれぞれよ」

エルド「俺は入団時に書いたものをずっと使っているぞ」

グンタ「俺もだ。しかし、中にはこいつみたいに毎年書き加えるやつもいる」

オルオ「なっ、遺書に戦績を書くことのなにが悪い」

ペトラ「いや、悪くないけど…それもう遺書じゃなくて武勇伝じゃん」

オルオ「…ま、俺様が巨人ごときにやられて死ぬことはないからな。老後に俺の華麗な戦績が綴られた遺書をゆっくり読み返すのが楽しみだ」

ペトラ「はいはい」

ハンジ「ちなみに、書かないって選択も一応できるからね?あんまり推奨はされてないけど。リヴァイなんて今まで一度も書いたことないし」

エレン「…そうなんですか?」

リヴァイ「………まあな」

エレン「じゃあ、別に俺も…」

オルオ「おい、エレンがたがた抜かすんじゃねぇよ。しきたりだ。書かないなんてのは、リヴァイ兵長が特別に決まってんだろ。新兵はおとなしく従え」

ペトラ「もう、オルオは黙って隅で遺書でも書いてなよ」

エルド「そのセリフだけ聞いたら、物凄い辛辣だな」

ペトラ「エレン、ちなみに誰に書くとか何通までとかそういう決まりはないからね?私はお父さんに向けて書いたよ」

グンタ「ペトラも毎年書き直す派だったな、確か」

ペトラ「うん。でも、一応毎年書き直してるけど、内容はそんなに変えてないんだ」

エレン「…?じゃあどうして毎年書き直しているんですか?」

ペトラ「聞かれると返答に困ってしまうんだけど…まあ…遺書を書く、という行為で自分を見つめ直しているというか…ね?」

エレン「自分を見つめ直す…」

ペトラ「矛盾するかもしれないけど、遺書を書くことで…なんか絶対に死ねないって思ったりもするんだよ。こんなの、お父さんに読ませたくない…とかね」

エレン「………」

ペトラ「だから、エレン。大切な人がいるなら…遺書を書くこと、ちょっと考えてみて?相手のためにも、自分のためにも」

エレン「…はい」

ハンジ「じゃあ、みんな。遺書は明日また私が回収にくるからね?リヴァイも一回試しに書いてみたら?」

リヴァイ「…用件が済んだならとっとと帰れ」

ハンジ「えー、朝食くらい一緒に食べたいじゃん。ケチ」





食堂


オルオ「…おい、ペトラ何してる」

ペトラ「やだ、オルオ見ないでよ」

オルオ「遺書を書いてたのか。…見られたくないなら自分の部屋で書け」

ペトラ「うるさい。いいの、ここで書きたいの。オルオが覗いてこなければ良いだけの話でしょ…って、何よ、オルオもここで書くんじゃない」

オルオ「俺もここで書きてぇんだよ。こんだけ離れりゃ内容なんか見えねぇからいいだろ」

ペトラ「…いいけど」

エルド「お、お前らも居たのか」

オルオ「エルド、どうした。お前もここで遺書を書くのか?」

エルド「まあな、今年は書き直してみようかと」

グンタ「俺もだ。…ほら、茶を淹れてやったぞ。こぼすなよ?」

ペトラ「グンタ、ありがとう。隣りいいよ」

オルオ「おい」

ペトラ「グンタは人の遺書覗き込んだりしないもん」

オルオ「俺も覗き込んだりはしてねぇだろ」

ペトラ「しようとした」

オルオ「でも、してねぇよ」

エルド「はいはい、夫婦漫才はそのくらいにして、書くことに専念しろ。あんまり夜更かしすると明日の任務に差し支えるからな」

グンタ「ははは、相変わらずだな。ペトラとオルオは」

ペトラ「ふん」

オルオ「けっ」




ペトラ「書けた」

オルオ「奇遇だな。俺もちょうど今書き上がったところだ」

ペトラ「ふーん」

エルド「じゃ、ここでお開きにしますか」

オルオ「書き終わったのか?」

エルド「だいたい書けた。続きは明日の朝食前にでも書くさ」

ペトラ「なんかみんなでこうやって集まって何かするっていうの、いいね。書いてるのが遺書っての悲しいけど」

グンタ「まあ、誰かに読ませるようなことにならなければいいだけだ」

ペトラ「うん、そうだね。私、そろそろ部屋に戻るよ…お休みなさい」

グンタ「お休み」

オルオ「寝しょんべんすんじゃねぇぞ」

ペトラ「二度と噛めないようにその舌引っこ抜こうか?」

エルド「ほら、またお前らは…。食堂の灯り消すぞ?とっとと部屋に戻れ」



翌日

ペトラ「おはよう、エレン……どうしたのそんな神妙な顔して」

エレン「…書いてみました。遺書」

ペトラ「…!…エレン」

エレン「父さんと…ミカサとアルミンに書いてみました」

エレン「といっても、父さんは行方不明なので渡せるかどうかはわかりませんが…」

エレン「でも、書いておいてなんですが、これを読ませる気はありません!俺が死ぬのは巨人を一匹残らず殺して
、壁外を冒険したあとです。書きながら、改めて心に決めました」

ペトラ「そうだね。…私も、昨日遺書を書きながらいろいろ考えたよ」


ハンジ「おはよう、みんな。遺書の回収に来たよ」

エレン「お願いします」

ハンジ「エレン、書いたんだね。…うん、確かに預かったよ」

ペトラ「分隊長、私たちのもよろしくお願いします」

ハンジ「…じゃあ、ちゃんと預かったからね。また、兵団書庫に来年まで大切に保管しておくよ」



………


…………


………






エルヴィン「………リヴァイ、これを渡しておく」

リヴァイ「………」



ハンジ「…昨日まで、あんなに賑やかだったのに…寂しくなっちゃったな…」

コンコン

ハンジ「…リヴァイ、部屋にいる?入るよ」

リヴァイ「空いてる、勝手に入れ」





ハンジ「…!」

ハンジ「リヴァイ、何してるの?」

リヴァイ「見てわからないのか」

ハンジ「分かるけどさあ。だって、リヴァイ。………今まで遺書なんか書いたことなかったじゃない」

リヴァイ「馬鹿言え。これは遺書じゃねぇ」

ハンジ「じゃあ、なに?」

リヴァイ「誓い、だ」

ハンジ「誓い…」

リヴァイ「お前たちの死を無駄にはしない。巨人を絶滅させる、とだけ書いた」

ハンジ「………」

ハンジ「………リヴァイ、私がリヴァイ班のみんなにこの誓いを届けてあげようか」

リヴァイ「…なんだ?」

ハンジ「いいから。着いて来て」

ハンジ「じゃ、見ててね。いくよ」


ボッ


リヴァイ「おい」

ハンジ「燃えろ~燃えろ~。立ち昇れ~!」

リヴァイ「………」

ハンジ「………」

リヴァイ「………泣いてんのか」

ハンジ「ううん、違うよ。煙が目に染みただけ」

ハンジ「………リヴァイこそ」

リヴァイ「煙が目に染みただけだ」

ハンジ「………うん」

ハンジ「燃え尽きたちゃったね」

ハンジ「中に戻る?」

ハンジ「…私、お茶淹れようか?」

ハンジ「ねぇ、リヴァイってば」

ハンジ「………!…それ…」

リヴァイ「さっき、エルヴィンから手渡された」

ハンジ「……そっか…だから…。リヴァイ、私は先に戻ってるね」

リヴァイ「………あぁ」

リヴァイ「………」

リヴァイ「………まさか、お前たち全員が俺に向けて遺書を書いていたとはな…」

リヴァイ「………」

リヴァイ「お前たちの上司であったことを俺は誇りに思う」

リヴァイ「お前たちが家族や仲間にあてた遺書は必ず届ける。安心して、眠れ」

リヴァイ「…なあ、俺の返事は届いたか?」



リヴァイ兵士長

兵長はお優しい方なので、俺が死んだらリヴァイ班に指名したことを後悔されるのではないかと思い、筆を取らせていただきました。

調査兵団に入って数年、何度も死線をかいくぐってきました。
その度に生きていることに安堵し、けして少なくない仲間の死に恐怖しました。
生き残るために、訓練を重ねました。
俺はそんな臆病な男でした。

しかし、特別精鋭班に指名されたと団長から告げられたとき、身体が震えました。
恐怖からではありません。
喜びからです。

兵士になって、これ以上の喜びはありませんでした。
命をかけて、任務を全うしようと決めました。
その結果死のうとも構わない、と。

だから、兵長どうかお気になさらず。
俺の死を枷ではなく、糧にしていただきたいのです。
おこがましすぎたでしょうか?
最期ですから許して下さい。

リヴァイ兵士長のご武運をお祈りします。
人類に勝利を。


グンタ・シュルツ



リヴァイ兵士長へ

今、兵長がこれをお読みになっているということはもう私はこの世にいないのですね。
これを書いている私は生きているのに、これを兵長が読むときには私はもういない。
不思議な感じがします。

なんて、遺書の出だしとしてはありきたりすぎたでしょうか。

あの、兵長。
私はどのようにして死んだのでしょうか?

人類の役に立てたでしょうか?
兵長のお役には立てましたか?

それとも何の役にも立てず、無様に死を迎えたのでしょうか?

どちらでも、構いません。
私は私の死が無意味なことではなかったと信じています。

きっと、私の死で、奮い立つ人がいます。
誰の死であっても、奮い立つ人は必ずいるのです。

きっと、そんな、誰かの死で奮い立った人が世界を変えるのです。

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