綾「私と、付き合って」 (107)

綾「す、好きなの……」

蚊の鳴くようなか細い声。
放課後の、私と陽子しかいないこのひっそりとした教室で、だけど雨の音に紛れてしまったんじゃないかと思うほどに。

ううん、そうだったらどんなに良いだろう。

一度口にした言葉は戻らない。
覚悟を決めたはずなのに、私はすでに後悔の念に囚われそうだった。

陽子「綾……?」

綾「陽子」

それでも、もう後になんて引けない。
私は陽子の顔を見ることもできずに、ただ、震える声で、言った。

綾「私と、付き合って」

陽子「綾、それってさ」

どれだけの時間が経ったかなんて分からない。
私の中ではとてつもなく長く、実際にはきっとほんのわずかな時間が流れた頃、
陽子の声がした。

いつもの陽子の声より、少しだけ上擦っているようだった。

陽子「それって、私を、その、そういう意味で、好きってこと?」

言葉を選ぶように、陽子は私に訊ねた。
そういう答えが返ってくるのは予想していたけれど、やっぱり少しだけ、辛い。

私は、「そう」と頷いた。
陽子は「そっか」と、それだけ言うと。

陽子「あのさ、綾」

綾「な、なに!」

陽子「もうちょっとあとで、決めていい?」



陽子が私にくれた返事は、ベタな「少し考えさせて」だった。

告白したあとの帰り道、陽子は至って普通だった。
いつも通り「お腹減ったー」なんて言ってどうでもいい軽口を叩いて笑ったり。
普通すぎて少し、怖かった。

陽子が私のことを友達以上に思っていないことは知っていた。
分かっていて、伝えたのだ。
だから、どんな結末になったって後悔だけはしたくなかった。
それでも、もしこれがきっかけで陽子が私から離れていったら。
考えるだけで怖くて。

家に着いてまっすぐダイブしたベッドの中で私は丸くなる。

綾「……どうしよう」

そんなこと、今さらどうしようもないのに。

翌朝早く、目が覚めた。
いつのまにか眠ってしまっていたらしく、カーテンの外はまだ日がのぼりきっていないようだ。

綾「……メール」

私はぼんやりした頭のまま、カバンの中に入れっぱなしになっていた携帯に気付いた。
開けると、一件のメール。
陽子からのものだと分かると、私の目は冬の朝冷たい水で顔を洗ったときのように一気に冴えた。

『明日、二人で学校行こう』

と、それだけのメールだった。
二人だけで?どういうこと?
このメールが送られてきたのは昨夜で、明日というのはつまり今日のこと。

私はわけが分からずに、ただ何度も何度もメールを見返した。
もちろん、内容が変わるはずはなかった。

ーーーーー
ーーーーー

陽子「あっ、綾おそーい」

いつもの朝の待ち合わせ場所に着くと、陽子はもうすでに来ていた。
それもそのはず。
何度もメールを見返しているうちになぜか時間が飛んでおり、もたもたしているうちに
家を出るのがいつもより遅くなってしまったのだ。

綾「ご、ごめんなさい」

陽子「珍しいなあ、綾が遅れて来るなんて」

綾「先に行こうとは思わなかったの?」

陽子「なんで?いつも綾は待っててくれるのに」

本当にわからない、というような顔で陽子は聞いてくる。
私は、「べ、べつにっ」と顔を逸らして先に立って歩き出した。

だって。
だって、昨日の今日なのよ。それなのに陽子はよくそんな平気な顔でいられるわね。
先に行こうとも考えないで、私が来ないかもという考えすらきっとなかったんだわ。

そりゃそうよね。
陽子は私を意識なんてしていないんだもの。

そう考えるとじわりと泣けてきた。

陽子「綾、待ってよー」

陽子が私に走り寄って来る。
私は慌てて目もとを拭う。だけどきっと陽子にはバレていた。
陽子は私の隣に並ぶと、「あのさ、綾」と昨日のように。

陽子「私、これでも昨日いろいろ考えたんだ」

横顔をそっと見てみると、いつもの陽子には似つかわしくない困った顔。
ああ、私はまた陽子を困らせてるんだわ。
歩くスピードは自然ととぼとぼとしたものに変わっていく。

綾「う、ん」

陽子「でさ、よく綾の好きそうな少女漫画であるようなの」

綾「なに?」

陽子「ほら、私はまだよくわからないから友達から始めましょうってやつ」

私の足は、そこで完全に止まった。
少し先を行って私を振り返った陽子は、照れたように笑っていた。

陽子「私たちの場合は最初から友達なんだし、まあとりあえず友達以上から始めるのはどうかなって」

綾「友達以上、って」

陽子「そ。付き合うとかコイビトっていうのはなんか照れるし」

私は陽子の言っていることが信じられなくて、バカみたいな顔をして
ただただ陽子を見つめていた。

陽子「綾?」

綾「あっ、あの……」

私の頭はもう爆発寸前で、だからただ「どうして」と
訊ねるので精一杯で。

陽子「どうしてって、だめ?」

綾「そうじゃなくって!」

だって私たちはただの友達なはずで女の子同士だしそんな。
そんな私を見透かすように、陽子は「私、綾のことは全部ちゃんと受け止めてやりたいからさ」

綾「なっ……」

陽子は、これだから。そんなこと平気で言えちゃうから、ずるい。

陽子に告白してしまったことは、やっぱりいつか後悔するかもしれない。
だけど、陽子を好きになったことはきっと私は一度だって後悔しない。
そう思わせてしまうのが、陽子なのだ。

陽子「おー、真っ赤」

綾「もうっ、からかわないで!」

陽子「ああ、そっか。これは綾が私に照れてるのか」

綾「なに観察してるのよっ!」

陽子「いやもっと綾のこと見たほうがいいのかなと」

綾「もう、そんなのいいからぁっ!」

恥ずかしくて、だけど陽子がちゃんと私のことを考えてくれているのが嬉しくて。

陽子「あ、やっといつもの綾だ」

綾「……へ?」

陽子「良かった」

そう言って笑顔を見せる陽子に、私の胸はきゅっと締め付けられる。
ばか、と呟いた声は、陽子に届いたのか届いていないのか、
「あっ、やばい遅刻!綾、ちょっと急ぐぞ」
陽子は先に駆け出して。それを追いかける私の心の内は、昨日よりずっとすっきりしていた。



なんとか遅刻寸前で学校に滑り込んだ私たちは、着くなり二人ともが椅子に座り込んで大きく息を吐いた。
そういえばしのたちは、と教室を見回すと、机にカバンはちゃんとあるから来てはいるようだ。

綾「陽子、今日しのたち待たせちゃってたんじゃ」

陽子「あれ?メール見てない?二人で行こうって」

綾「見たけど……」

陽子「だからしのやカレンたちには先に行っててって連絡してたんだよ」

後ろに座ってもう体力回復したらしい陽子が得意そうに言う。
それから少しいたずらに「二人で登校ってのもそれっぽいじゃん?」と。

すまん充電ない
充電回復したらまた書きます
それまで保守ってくれたら嬉しい

遅くなった
保守ありがとうございます

>>30

綾「そ、それっぽいって……」

陽子「他にはどんなことあるかなあ」

陽子は心なしか少し楽しそうだ。
私はもういっぱいいっぱいだって言うのに。

綾「知らないわよ……」

陽子「綾は、どんなことがしたい?」

綾「へ!?」

突然話を振られて焦る。
もちろん、陽子に告白する前はいろいろ考えた。
たとえばどこそこに行きたいなとか、一緒にあれこれをして、って。
だけどそんなの、陽子には言えない。

綾「な、なんでもいいわ」

陽子「ほんとに?」

綾「……えぇ」

頷くついでに俯いた。
これ以上陽子とこういう話をするのは、なんだかいたたまれなかった。

陽子「そっか」

陽子もそんな私を知ってかしらずか、その話題を切り上げた。
ちょうどしのやアリスが教室に戻ってきて、チャイムが鳴った。

ガラガラと音を立てて教室の戸が開いた
入ってきたのはカレン
「うるさいでーす」
ヴヴヴッヴッヴヴィーンというけたたましい機械音を響かせている
手に持っているのはチェーンソウだ
綾は驚き「か、カレン?それは何?」と質問をする
カレンは「これはチェーンソウ」と分かりきった答えをする
突然陽子が「何でそんなもん持ってんだよ!」と綾がカレンに聞きたかった事を代弁した
カレンは激しい音を発しながら綾に近付いた
次の瞬間綾の首にチェーンソウをあて、一気に押し込んだ
ヴィーンヴィヴィヴィギュルルヴィッギュルヴィッヴィヴィイ
肉を巻き込みながら回転刃が機能する音が聞こえる
「んぎっんっあぁ、ぁああ」綾は言葉にならない声を出す
数十秒後には骨まで切り割かれ
首から斜めに切断され
頭と右胸右肩右腕が胴体から分離され
頭がある部分か、胴体や足がある部分か
かどちらが綾の本体なのかわからない様相を呈していた

そこからはいつもの日常だった。
授業を受けて、隣のクラスのカレンも交えて(カレンには私と陽子がなにかあったんじゃないかって疑われた)お昼を食べたり。
その間は特別変わったことはなくてただ陽子は変わらず隣にいてくれた。
それが何より私を安堵させた。

だけど、陽子が答えを出したときーー
もしかしたら、傍にいられなくなるかも知れない。

どこかにそんな思いもあるから、きっとよけいに。

陽子「綾ー、帰るぞー」

綾「あ、待って」

帰り支度を調えて、私は慌てて席を立った。
しのたちも教室の外で待っている。

陽子と連れ立って教室を出て、昇降口でカレンと合流し、みんなで帰路につく。

綾「……」

もちろん、朝は先に行ってもらって帰りも二人なんて私の心臓が持たないし
みんなにも申し訳ないはずなのに、しのの世話を焼きアリスをからかいカレンと一緒になってはしゃぐ陽子を見ていたら、
もやもやとした気分になってくる。

今の私は、陽子の「友達以上」なはずなのに、って。

陽子にとっては、些細な違いなのかも知れないけれど。
私は。

綾にもう息はない
驚くほどの早業だった
「な、なんだよ、何してんだよお前!!」
陽子は震えた声でカレンに問う
「うるさかったからでーす」
カレンは綾だった肉を見ながら答える
チェーンソウはエンジン音を響かせたままだ
陽子はその場を離れようとはしない
綾がもう生きては居ないと分かっていても
見捨てていくという選択肢はなかったのだ
ヴヴッヴヴヴヴヴ
カレンは綾から目を離し、陽子の方を向いた
「ひっ」陽子は短く悲鳴を上げ膝を震わせている
カレンは一歩一歩陽子に近付いてくる
「く、くるなぁ!」目に涙を溜めながら椅子を振り回して
どうにかカレンを遠ざけようとする

カレンと別れ、しのたちとも別れ直後。
陽子は突然少し遅れて歩く私を振り返った。

陽子「綾」

綾「な、なに?」

陽子「今日これから時間ある?」

綾「えっ、あるけど……」

陽子「じゃあどっか寄ろうよ」

陽子はいつも唐突だ。
まるで名案とでも言うような曇りのない笑顔で、そう言うから。
私も「仕方ないわね」なんて、本当は嬉しいくせに、そっぽを向いて答えた。

椅子がカレンの頭に当たる、カレンは転倒した
転倒した拍子にカレンは自分の持っていたチェーンソウに覆いかぶさる形になり
自分のチェーンソウによって肉を切り刻まれる事となった
「うぐっうぐぐぐうぐっあぁっああ!!」
その様子は上から見ていた陽子にはカレンが小刻みに揺れているように見えた
必死にどうにかチェーンソウから体を離したカレンは仰向けになる
「くっんっぁっあぁぁあ」苦悶の声を上げ息を切らしている
陽子はその時やっとカレンの負傷を目撃した
陽子は
綾が殺されたという悲しみ
綾を殺したのはカレンだという苦しみ
友達だったカレンが重症をおってしまったという悲しみ
色々な思いが交錯し錯乱してしまった

しかし場所が場所だったために、どこかお店に寄るということはできなかった。
だったらと、陽子は近くの公園に入っていった。

夕方の時間帯だというに、あまり小さい子の姿は見当たらなくて、静かな場所。
そこの公園のベンチに陽子は腰掛けて、私を手招いた。
恐る恐る隣に座ると、陽子は「遠いなあ」と苦笑した。

陽子「もっと近くでもいいんだよ」

綾「だ、だって……」

「おい、カレン」
冷静な声で重症を負っているカレンに声をかける
「くっうっ、ぅう」カレンは苦痛に悶えながら陽子の方に顔を向ける
「苦しいか?」陽子は落ち着いた声で聞く
「くっぐぁあっ」カレンは答えない
陽子はそっと地面に落ちているチェーンソウを手に取った
ヴヴィヴィッヴィヴィヴィ
「苦しいだろ?楽にしてやるよ」
カレンは陽子の行動に気付き
「んにぃ!?んぎぃ!んぎぃい!」
急いで腹ばいになりほふく前進で逃げ始めた
陽子はゆっくりしっかり歩きほふく前進で逃げるカレンの横を一緒に歩いた
「おー逃げろー早くしないとミンチにしちまうぞー」
陽子は抑揚のない声で言った
「んっひっ!あぁ!のおおああああ!!!」
カレンは必死に腕だけで前進して逃げている

陽子「でもそっか。これが今の綾と私の距離なのかな」

心臓がズキリと、痛みを覚えた。
これが今の私と陽子の。
いつもと変わらない日常のその延長。
その延長で、私と陽子は少し逸脱していた。誰より近くなったはずなのに、だけど実際には。

私は怖がりだ。
いつもよりほんのちょっとだけ遠い、陽子との間。
それを埋めることはできなくて。

陽子も、埋めてはくれなかった。

陽子「……」

綾「……」

妙な沈黙が降りてきた。
陽子はベンチの背にもたれかかって空を見上げ、私は俯き茶色い地面をじっと見つめた。

綾「陽子」

ついに耐えきれなくなって、陽子の名前を呼んだ。
「ん?」と陽子が私を見る。

綾「あ、っと、その……」

かあっと頭が熱くなってくる。
うぅ、なにも考えないで声をかけるなんて私は。
「なんでもないの」と私が小声で言うと、「なんだそれ」と陽子は笑った。

陽子「そういえば、聞きたかったんだけど」

それから陽子は私から顔を逸らして言った。

陽子「綾はいつから、なの?」

質問の意図が分からずに「いつからって?」と返すと、
陽子は「だからさ」と言い淀んだ。

陽子「いつから私のこと、好きだったのかなって」

綾「っ」

陽子「なんか気になって」

いつから?
私は真っ赤になったまま考える。
だけどきっかけなんてわからなくて、気が付いたら好きだと思っていた。

綾「そんなの……わからないわよ」

用事が出来て昼間など書けないので落としてください
保守してもらったのにすみません
また書けそうなら立て直します

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