栗原ネネ「ブレイブルー」 (363)


モバマス 栗原ネネのSS

※地の文あり

※某アーケードゲームとは何の関係もありません


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赤い夕焼けに照らされて、光る水平線が目の前に広がる
お気に入りのミュールを手に持ち、私は一人足を波にさらしていた
日は落ちたけど、それでもここは南国だと意識させる暑さが身を包む
泳ぐにはもう遅いのかな? 他に人影は見えなかった

私の地元の群馬には海がない
本来、内陸育ちの私には一面に広がる海なんか縁のない場所だ
そんな私は、海に対する一種の憧れみたいなものがあったんだと思う
何気なく綺麗な海が見てみたいと言った、小さなお願いをあの人は叶えてくれた

「これで、もう終わりなのかな……」

その呟きは誰の耳にも届かない
焼けるような日差しも、胸一杯に広がる潮の匂いも
今は全て夢をみていたかのように思える

「…………」

感傷的な気持ちを振り払うように、頭を振り気持ちを入れ替える
これが夢だったら、この時間を全部否定する事になる
それだけは絶対にしたくなかった

(大丈夫……夢じゃないんだから)

自分に言い聞かせるように、真っ直ぐと前を見据える
ここに来てからは何度かこうして海を眺めていた
あの人は「そんなに嬉しいもんか?」と、呆れた顔をしていたけど
咎める事はせずにそばにいてくれた

「あっ、そう言えば……」

さっきから何度も、私の頭の中に現れては今はそばにいない
我儘は言わないって決めていたけど、やはり一緒に居ないと少し寂しい感じがする

どこにいるんだろう?
少し用事があるって言ってたけど何かしに行ってるのかな?

「おーい」

ふと、そんな考えを見透かしたかのように、遠くから声が聞こえる
高鳴る気持ちを気づかれないように、そっと胸に手を当てて気持ちを落ち着け
クルリと身体を翻させて、声の元に振り向くと私の名を呼びながら小さく手を振っていた

「はい、今行きますね!」

裸足のまま私を呼ぶ声のする方へ駆けだす

今どんな顔をしているんだろう?

答えてくれるかな……?


■出会はいつも偶然に

1年前……

ジリリリリ!!

「うっせー……」

カチリ

朝の陽ざしを顔に受けても目が覚めなかったのに
耳をつんざくような爆音にはさすがに耐える事はできなかった
快楽の世界から呼び戻される気分は最悪だ
朝と言うやつは大人になると苦手なものに変わるものだ

「はぁ、用意するか……」

二度寝したいところだけどそうもいかないので
嫌々ながらも勢い良く布団を蹴飛ばして身体を叩き起こす

顔を洗い、ヒゲを剃り、シャツに袖を通して会社に行く準備を整える
何度もやってきた事、と言いたいところだけど久々にやる事だ
こんなピシッとした格好をするのは真面目に就職活動に燃えていた時くらいだしな

高校を卒業してからは、夢も無く、希望もなくただ毎日をボーッと過ごしていて
親には嘆かれ、周りからも諦めの視線で見られるのがうっとうしくて
俺だってやればできるって事を示すために仕事を探し始めた

が、世の中はそんなに甘くない
気合いを入れて色々応募はかけたものの丁重にお祈りされてしまった
それもそうだ、体力もない、頭もよくない、何か技術を持っているわけでもない、おまけに態度も悪い
そんな人間に何かを見出すのは難しいだろう

しかし、そんな中でオレに一生に一度とも言える幸運が訪れた
1つだけ雇ってくれる所があったのだ

アイドルのプロダクション
仕事内容はアイドルをプロデュースする事

正直アイドルなんてテレビで見ている程度の知識しか無い
しかし、できませんのでもっと簡単な仕事は無いですか? とも言えなかった
それがどんなに無茶な要求であろうが引き下がるわけにはいかない
今のオレには選択肢なんて言うありがたいものはない

「うし、行くか!」

普段は出す事はまずないであろう元気な声と共にドアを開ける
外は快晴で、新しいスタートを切りだすにはうってつけの一日だ
これから、無知なオレを待ちうけているのは辛い現実なんだろう
緊張など皆無な自分の性格がこんな時はありがたかった


「プロデューサーの業務についてですが……」

意気揚々と出社してきたものの早くもノックアウト気味だった
勤務初日と言う事で、業務説明を受けたまでは良かったのだが
長い長い呪文のような言葉が右から左に抜けては消える
丁寧に解説をしてくれているトレーナーの彼女には悪いが
正直な所、話している内容は3分の1も頭に入っていないだろう

というより、トレーナーってアイドルの面倒を見るんじゃないのか?
そんな疑問をぶつけてみたが、人手不足という一言で片づけられた

寝るのは流石にまずいので、眠気を紛らわすためにノートにペンを走らせる
しかしそのスピードは緩やかなもので、周りと比べると半分くらいしか書けていないだろう
オレと同じ時期に入ってきた人間は真剣な眼差しをして講義を聞いている
よくもまぁ、こんな風に話を聞けるものだ。人間としての構造からして違うのだろうか?

(……いや、オレが駄目すぎるだけか)

そもそも、この業務説明は変な部分があった
最初の自己紹介から「おや?」と思っていたのだが
説明を受けている人、つまり俺と同時期に入社してきた人達は
年齢、性別、過去の経歴からしてみんなバラバラだ
そして、極めつけは元々この業界に居た人は一人もいないということ
大体が十か五以上は歳が離れていて、オレは一番年下になる

(金の卵でも探しているのか……?)

才能と言うやつは誰がどんな事に秀でているかは分からない
ある程度適当に人を集めて、ふるいにかけていくつもりなのだろうか?
だとしたら、才能の無かった者は不要という事で切り捨てられるってことか

それならば俺がここに受かった理由も説明がつく
今はヘマをして変に目を付けられるわけにはいかない

「と言う感じで皆さんには業務を行って頂きます」

「…………」

度々投げかけられる全体への生存確認に『はい』と元気よく返し
作るのに凄く時間がかかったであろう資料に目を通す
これさえあればこの研修の内容は何とかなりそうだったが、
少々というか、大分と可愛く書かれていて漫画みたいな資料だった

「えっと、じゃあ実際にプロダクションの中を見て回りましょうか!」

パンッと注目を集めるように手を叩き
「お待ちかねの時間が来ましたよ」とアピールしてる
これ以上は話を聞いてられそうになかったので助かった
立ち上がるだけでも頭を支配していた眠気とはオサラバできそうだ


「ここがレッスン場です。仕事の無い日はここでレッスンをするのが基本になります」

(へぇー、立派なとこなんだな……)

よく漫画やテレビで出てくるようなだだっ広い空間に壁一面の鏡
そこで多くのアイドルが汗を流しながら、ダンスや歌を練習している
熱心にレッスンをしているのか、軽く挨拶した後は
まるでオレ達なんていないかのように誰も振り向かない

基本的な事は何となくわかってきた
レッスン、仕事、この二つをメインに活動して行くことになる
他にもアイドルの私生活やメンタル面等々の考慮も必要っと……
メモはあまり得意ではないが、忘れないようにずらずらと書き記す

「ここにいるのは私達の担当するアイドルでしょうか?」

「えっ? いえ、ここに居る子達は違いますね……」

真面目そうな眼鏡をかけた男がオレの聞きたかった事を代弁してくれた
オレと同い年くらいだろうか? こうもあっさりと質問できるのは羨ましい
しかし、その言葉を聞いたトレーナーさんはバツが悪そうだ

「あの、言いにくいんですが……」

彼女の雰囲気を見てると、言いたい事は大体伝わってくる
ここに居る子達はトップアイドルを目指しているわけだ

トップアイドルになるためには自身の実力も必要だけど
同時に優秀なプロデューサーも必要となってくる
自分の実力を理解し、適切な仕事を取ってくる相方

今日初めてプロデューサーになったオレ達に
プロデュースしてもらいたい子はいないだろう


「皆さんの担当するアイドルはここにはいません。担当アイドルはこの方法で探してもらいます」

そっと、一枚の紙をトレーナーさんが配り始める

(プラチナ……オーディション?)

目指せ! アイドル!

一昔前みたいなキャッチフレーズが書かれたチケットを見つめる
街角でスカウトでもするのかと思っていたら意外な方法だった

研修後にこのプロダクションで開かれるオーディションに来る子達の中から
これから仕事するにあたって相棒となる担当アイドルを決める
本来なら街角に出てスカウトするんだろうが、無条件で参加できるらしい
新米プロデューサーであるオレ達へのサービスのようだ

何にせよ余計な手間が省けてラッキーだった
今のオレにはきっとツキが来ているに違いない
他の奴らも同じ事を思っているらしく、心なしか嬉しそうだ

「プロダクションから研修終了後に参加するように連絡がきています」

「皆さんには一人の子をこのオーディションでのその場で合格させる権利が与えられます」

「もちろん、強制ではありませんので利用するもしないも皆さん次第です」

トレーナーさんの目が真剣なものに変わり、淡々とオーディションの概要を伝えられる
告げられる内容をかみ砕いていくと、どうやら研修終了後のサポートは無いらしい
話しが上手すぎると思ったけどそうでも無かったようだ

アイドルの心配は無くなったが、楽観視できるような事態では無い事がひしひしと伝わる
要はこれはオレらに与えられたテストってわけで、自分の相方を見つけこの世界をのし上がって行く
もちろん上がれなければアイドル共々容赦なくサヨナラ

本来ならありがたいはずのこのオーディションも、今は地獄への片道切符に見えてくる
プロデューサーになるというだけで、訓練所にでも放り込まれた気分だ

もっとも、今までこの業界に触れた事もないど素人が仕事をするならば
それくらいはできないとこれから先はお話にならないとも言えるが……

色々とネガティブな考えが浮かんでは消える
むしろ、チャンスを貰えただけでもありがたいと思った方が良いか
オレは未だに整理がつかない気持ちを胸に、踊り続けるアイドル達を眺めていた


「……あの人、辞めたそうですよ」

「ふーん……そうなんだ」

もう朝の研修は始まろうと言うのに、ポッカリと俺の斜め前の席が空いている
隣に座っていた眼鏡の男が、その席を見つめながら残念そうに語りかけてくる

あれから半月、十数人はいた同期と呼べる人達は今や半数になっていた
毎日毎日、名前も知らないお偉いさんに挨拶回りを繰り返しては
それが終われば運転手に雑用。想像以上の肉体労働が連日続いた

華やかな業界に憧れていた人達はすぐにいなくなり
日が変わるまで帰れない日は翌日から来なくなる人もいた

この生活に俺も辞めたくなる時が度々あったが
仕事の後は泥のように眠れる安堵感が気にいっていて
翌日には何にも考える事もなく、事務所に足を運んでいた

残っている人は歳の離れた人が多く
オレは一番年の近いこいつと一緒にいることがほとんどだった
こういうところで仲間意識が芽生えるのも自然の事だろう

オレの方が年下の割にはタメ口で話しても何も言わない
その割に、こいつは敬語というおかしな関係だが
オレとしては気を使わないでいれるのがありがたかった

「……辞めませんよね?」

「……いまのところはな」

投げ出した所で他に何かしたい事があるわけじゃない
少なくとも顔を出しているだけで、根性があると評価はされているわけだ
それならこの我慢大会も続ける価値はあるのだろう

「はい、みなさん! 今日も頑張っていきましょう!!」

トレーナーさんが元気よく挨拶をしながら研修室に入ってくる
しかし、誰が辞めたとかで動揺する様子は無い
きっとこういう事は何度も経験してきたんだろう

でかい会社ってのは残酷なとこも多いもんだな……
オレはどこか他人事のように、自分の置かれている状況を考えていた


それから数日が経ち、長かった研修も終了し
オレは晴れて新人プロデューサーの肩書きを手に入れた
とは言っても、名ばかりなので何かができるわけでもない
そもそも担当アイドルもいないのにプロデューサーとはおかしな話だ

「……いよいよですね」

「ん? あぁ、そうだな」

隣には研修の間にすっかりと仲良くなった眼鏡の男がいた
あの日から来る日も来る日も先輩にどやされる毎日
この業界の上下関係の厳しさを叩きこまれては
失敗がいかに恐ろしい事かと見せつけられ、一人また一人と仲間は減っていった

「ま、結局オレ達しか来れなかったけどな……」

結局、初日に大勢いた同期はオレとこいつの二人しか残っていない
ここまで残ったのも何かの縁なんだろう、今では二人で行動する事がほとんどだ

「頑張りましょう! 僕は絶対このチャンスを逃しません!!」

研修中に何度も聞かされた掛け声をまた叫んでいる
こいつの言うとおりこれは最初の最後のチャンスでもある

オレは特設のオーディション会場を眺める
アイドルを探すにはスカウトかオーディションがベタな方法だ

担当アイドルは研修中でも探していいとの事だったので
こいつと二人で街角スカウトを試みてみたが、仲良く警察のお世話になった
オレ達にはスカウトの才能は無かったようで何度やっても上手くいく事は無かった
ナンパとはまた違ったスカウトのテクというものがあるのだろう

「……行こう、そろそろ時間だ」

プロダクションの予想通り、オーディションに頼らざるを得ない結果になってしまった
このオーディションでスカウトしたアイドルがオレのパートナーとなる
久々に感じた緊張感に驚きながらも、一歩づつ会場に向かっていった


「それでは今からオーディションの概要を簡単にご説明します」

どっかで顔を合わせたと思う、進行役の爺さんと堅物そうなおっさんが隣で説明をしている
そんな二人を含めたオレ達四人は、よくニュースとかで見る簡素な机とパイプ椅子に座り
間延びした声で響き渡る催眠術のような話を続けていた

やり方は進行役の爺さんとおっさんが話を進めてその場で合格、不合格を決めていく
そんな中でオレ達は気になった子がいたら手を上げて質問
確定したのであれば、自分の判断で一人だけ合格と告げて良いらしい

オーディションと言う割にはえらく潔いやり方だ
普通は何日もかけて選考をするはずだが、おそらく合格基準があるのか
とりあえず取っておいてふるいにかけていくやり方のどちらかなんだろう
今のオレ達を考えると、どう考えても後者になんだろうけど……

「どういう子をスカウトするか、基準は考えてるんですか?」

「いや、あんまり考えて無かったな……お前は?」

「僕も正直……女の子を見定める力なんてありませんから」

「だろうね……」

小声で眼鏡の男とどうしたもんかと話し合う
女性とは無縁の生活を送ってきたオレ達に、女の子の魅力が分かるかと言うとまず無理な話だ
せいぜい『あの子可愛いな』ぐらいの感覚しか持ち合わせていない

しかし、進行に関しては問題ないとなればアイドルの選定に集中できる
幸いオレ達は自由にしていて良いようだし、ここは慎重に動くべきだろう

オーディションの開始時間は少しづつ近づいてきている
妙な緊張感に包まれて、手にじわりと汗を滲ませる


「宜しくお願いします!!」

「ありがとうございます。では、おかけ下さい」

オーディションだから凄い子が来るとは覚悟していたが
こんな雰囲気にも物怖じせず、ハキハキと喋る女の子の笑顔はとても眩しく
正直ここまでレベルが高いとは思っていなかったので驚いた

今回は新人発掘オーディションと言う事で
ダンスや歌ができない子でもこのオーディションに来ている
それを差し引いても、今すぐアイドルになってもおかしくない子ばかりだ
だがそれはオレにとって混乱の元でしかなかった

(どの子も良い、じゃあどの子にすれば良い?)

「この度はありがとうございます。今回は残念ですがご縁が無かったという事で……」

「……ありがとうございました!!」

進行役の爺さんが形式的な質問をしていると
突然に終了宣言が告げられて、身体がビクリと跳ね上がる
いつの間にか話は終わっていたようだ。あの短い時間で何を見たのか?

チラリとのぞき見した堅物のおっさんの手元には、走り書きで「不合格」とだけ小さく書かれていた
結構厳しいもんなんだな、素人だから審査基準がきついのか?
しかし、その不合格に関してオレはある一つの事が気がかりだった

(何を基準に落としたんだ……顔……いや、喋り方か……?)

今の子は容姿も声も素人目から見ても良いと思えた
だが話をした内容はアイドルと関係が無くて、不合格にした理由が分からない

隣に座っているあいつも、薄らと額に汗を滲ませて真剣な目をしている
オーディションが始まってからは、互いに声をかける事はしなかった
自信の担当するアイドルを、二人で相談して決めるというのが変に感じたからだ

そもそも、こういうところでは自分の力だけが頼りとなってくる
普段は仲良くやってるが、こいつとはこういう線引きが常にあった
それがオレの気に入っている所でもあったので、こうして一緒に居たのかもしれない


十人程度を過ぎたところで、オーディションの残り人数もわずかとなってきた
合格、不合格、未だに分からない判断基準に頭がグルグルと混乱する
呆けた目で残った履歴書を見てみると、この後五人しかいない

目の前では既に次の審査が始まっている
慌てて該当の履歴書に目を通すが、話の大半を聞き逃してしまっていた

(年齢は27歳、珍しいな……)

アイドルとは若い人ばっかりと思っていたがそうではないらしい
そもそもアイドルという括り自体が曖昧なので、年齢はあまり関係ないか……
今までの少女には無い、女の色気というものがあるのがオレにも分かる

(この人をアイドルにしたら……ありかもな……)

「す、すいません! お話をさせていただけませんでしょうか!!」

その瞬間、急に隣に座っていたあいつが手を上げて立ちあがる
かなりの勇気を振り絞ったのだろう、声は上ずっていて
まるで初めての交際を申し込む高校生みたいだ

「……お前」

「……僕、あの人に決めました。先に行きますね」

それだけ言うとクスクスと笑っている女性に合格と告げ
早速契約の話しをしようと、二人で部屋を出ていった

オーディションに来ているという事はアイドルになりたいという事だ
契約の話となると、余程条件が悪くない限りはオーケーが出る
とりわけうちのプロダクションは、新人でもアイドルを優遇している
金銭面や環境面で文句が出る事はまずない

(あいつの担当アイドルは、これで決定だろうな……)

少し迷った隙に先を越されたらしい
オレも手を上げて、どちらかに決めてもらう事も出来るが
別にあいつと争ってまでどうこうする気は起きなかった


目の前では会話をしているのに、時計の音がコチコチとうるさい
あれから集中して目の前のオーディションを眺めていたが
結局、今までと変わらず動く事は出来なかった

かわるがわる来る女の子の話を聞き、そのまま去っていく背中を見つめる
難しい顔をしてごまかしているが手を上げるタイミングはわからない
徐々に終わりが近づいてくるオーディションに焦りを感じてくる

(どうする? 誰でも良いからとりあえず合格にしておくか……?)

ハッキリとしない視界で、手元にある履歴書に目を通すけど
思考は焼けついてしまい、同じ考えを何度となく繰り返し
身体は氷のように固まったままだ

「どうかしましたか?」

ふと、進行役の爺さんに話しかけられる
気が付けばオーディションは中断されており、手元に置かれた水を飲んでいる
動揺しているオレを気遣ったのか、いつの間にか休憩時間をとってくれたようだ

「いえ、どの子が良いか決めかねてます……」

「はぁ、そう言う事ですか……」

「正直、誰が良いかわかんないっす……」

こんな情けない声を漏らしては、何も考えて無かったのがバレてしまっただろう
しかしもう隠しても仕方ない、自分の気持ちを名前も覚えていない爺さんに話す
爺さんはそんなオレを諭すように「まぁ、よくある事ですよ」と笑っていた

「……それなら、友達になれそうな子を見つける事ですね」

「友達……?」

今まで思いつきもしなかった意外なアドバイスに思わず聞き返す
よく分かってないオレの事を微笑ましく見守るように
「それくらい気楽にいけって事ですよ」と付け加えて説明してくれた

その言葉を聞いたオレは、今までの自分の勘違いを悔いた
落ち着きを取り戻すために手元にあった水を飲み干し頭の中を整理する

今まで顔や声なんかを重点的に見てきたが
そもそもアイドルってどういうもんだ?
可愛くて、歌が上手くて、ステージの上で輝いていて……

でもそれはテレビなんかで見ているイメージでしかない
つまるところ結果であって、そこまで持って行くのがオレの仕事だ

(なら新人のオレでも育てやすい、大人しい子か……?)

(その子をどんなアイドルにする……?)

(オレの相棒にはどんな子が良い……?)

静寂の中、パズルのように理想のアイドル像を組み立てていく
オレは少しづつ見え始めていた光に、全神経を集中させていた


「では、名前を教えてもらえますでしょうか?」

「栗原ネネです。ステージを元気に駆け回るアイドルに憧れて応募しました」

「誰かの憧れになるような、元気を与えられるようなアイドルになりたいです」

「よろしくお願いします」

「ありがとうございます。では、おかけ下さい」

「はい」

休憩時間が終わり、次の子が椅子に座ってお決まりのやり取りが繰り返される
しかし、オレの彼女答える一つ一つの質問を一言一句聞き逃さないようにしていた
彼女には今までの子には感じなかった直感的なもの感じ
自分の持っていたイメージとかなり近い物を持っていたからだ

白をメインとした大人しい服装に、どこか気品を感じる黒髪のロングヘア
前髪は半分だけ垂らしていて、残りは後ろで括っている
おっとりとした性格を表すような愛らしい垂れ目だが
それとは逆の健康的なスタイルをしており、声もハキハキとしている

「憧れているアイドルとは例えば誰でしょうか?」

「私は○○さんがとても凄いと思っています」

「今売り出し中のアイドルですね」

クラスに一人は必ずいそうな、物静かな女の子と言ったところか
でも自分からアイドルになりたいとは言わなさそうだ
そんな子が何故アイドルのオーディションに来ているんだ?
態度を見る限りはアイドルになる決意はあるようだけど……


栗原ネネ(15)
http://i.imgur.com/iVappAI.jpg


「何故アイドルになりたいと思ったのですか?」

今までほとんど喋らなかった、もう一人の進行役のおっさんが質問を投げかける
その質問は彼女を見たらまず思う事だろう、オレも気になっていたので丁度良かった
しかしその言葉を聞いた瞬間、彼女がピクリと身体を震わせたのをオレは見逃さなかった

「妹のためにも……」

「妹の?」

「あ、いえ……」

「宜しければ事情を聞かせてもらえますか?」

「はい……私の妹は生まれつき身体が弱くて」

「そんな妹に元気を与えれるアイドルになれたらいいなって……」

「その妹さんの世話はあなたが?」

「は、はい……」

無意識に反応してしまった理由はこれだったのか
妹の世話をしながらアイドルをするとなると、色々厳しい事もある
考えたくは無いが、妹の容体が急変した場合に仕事に穴を空けたりと
そばにいられない分、こちらも気遣う事も増える

シン……と、沈黙が室内を包む
彼女の重苦しい背景に誰もが声をかける事をためらっている
その中でオレだけ、頭をフル回転させ彼女の可能性を考えていた

(妹のためにアイドルになるという理由……)

(明るい表情をしているが、少し影を潜めた雰囲気は隠せない……)

(妹の世話をしながら……それが簡単じゃないのは彼女が一番分かっているだろう……)

(それでも、ここに来たってことは……)

その特別な理由は分からないけど、きっとアイドルでなければいけない理由があるのか
少し震える身体は頼りなさも感じるが、彼女ならどんな困難にも立ち向かっていける
そんな力強く素直で真っ直ぐな瞳に、オレは今までにない興奮を覚えていた


「私はアイドルも妹の事も精一杯がんばります」

「だから、どうか宜しくお願いします!」

スッと立ち上がり、一寸の迷いもなく頭を下げる
その言葉が、その動作が、その強い意志が、オレの心のモヤモヤは一気に吹き飛ばした
他のプロデューサーから見たら、面倒な事情を抱えている分マイナスだろう
だがオレにとってはここまで動かなくて良かったと思わせてくれる程の逸材だった

(この子なら……)

「……正直、アイドル業と妹さんの世話を両立させるのは難しいと思います」

「なので、今回はご縁が無かったと言う事で……」

「……わかりました」

(お、おい!? 何言ってんだおっさん!?)

せっかく会えたシンデレラに喜びを感じていると
隣のおっさんがあっさり不合格を通告してしまう
すこしゆっくりしすぎていたみたいだ……
事情が事情なだけに適正無しと判断されれるのは当たり前だろう

「ねぇ……落とすんならその子貰って良い?」

室内に響き渡るようにハッキリと喋る。もう成り振りはかまっていられなかった
口調は荒っぽいものに戻ってしまったが、今は気にしている余裕は無い
なるべくオレの意志を伝えるように落ち着いた視線を彼女に向ける

今まで口を開かなかったからか、それともいきなりの失礼な喋りのせいか
爺さんも、おっさんも、彼女もハッとしたようにオレの方を向く
その視線に少し驚いてしまったが、その気持ちがバレないように話を続ける

「栗原っつったっけ? 良かったらオレのとこ来るか?」

今までずっと言えなかった一言が言えて、自然と笑みがこぼれる
本当はちゃんとしたした言葉で聞きたい事を質問していきながら
スカウトをしないといけないのだが、その時間すら惜しいくらいだ

進行役の二人に有無を言わせないように許可を得て、再び彼女を見据える
彼女はいきなりの事にまだ状況が理解できいないのか、口をパクパクさせている
おそらく落ちると思っていたのか、オレを見つめる瞳には動揺が見てとれる


「な、なんで……」

「なんでもかんでもないよ、気に入ったから」

合格したのに納得していないような彼女の言葉をバッサリと切り捨てる
正直、今はオレもちゃんとした説明ができるわけでもないので
合格したという事実が頭に刻みつけられればそれで良い

未だにオレの不可解な行動についていけてないのだろう、周りはシンとしたままだ
今は沈黙など些細な事だったので、無視して彼女の履歴書に再度目を通す

(高校は有名なお嬢様高で頭も良さそうだ、勉強面は心配要らないだろう)

(十五歳で自分の事もこなしつつ、妹の世話をしてしっかりとしている)

(趣味は……テレビに健康作りね、健康を気にするなんて珍しいな)

「というわけで合格ね。連絡はまた今度するからやるかやらないかはそん時に決めて」

まだ彼女のちゃんとした返事を聞いていなかったので
考えていた事だけ適当に伝えて、オレは履歴書の内容を頭に叩き込んでいた
彼女がオレのところでアイドルをやると決まったわけじゃないが
多分断らない、そんな確信めいた気持ちがどこかにあった

結局、その後は進行役の二人が話をしてくれてオーディションは終わりを告げた
こんな態度とってたら後で怒られんだろうな、と少し心配になったが
それ以上の喜びを頭の中が支配していたのでそんな心配もすぐに消えてしまった


「そんな風に言っちゃったんですか!?」

「あぁ、そうだけど」

自動販売機からコトリと落ちてきたカップにアイスコーヒーが注がれるのを眺める
後ろでは先に出ていったあいつが、素っ頓狂な声を上げてオレの行動に対して抗議している

「でも、連絡っていつするつもりなんですか……?」

「明日とかかな」

「はぁ、そんなスカウトの仕方で本当にその子はアイドルになりたがるんですかね……」

「それも明日にケリをつけるよ」

今回で担当アイドルが決まらなければ、街角スカウトに走り回らないといけない
プロデュースしていないプロデューサーなど穀潰しでしかないので、当然立場は悪くなる
こいつはこいつなりにオレの事を心配してくれているんだろうけど
誰に説明したところでこの気持ちは理解してもらえないと思っていたので適当に流していた

「それよりさ、お前の方は大丈夫だったのか?」

「えぇ、アイドルになってくれるって言ってくれました」

「へぇー……名前、何て言ったっけ?」

「兵藤レナさんです。僕はこれから彼女と頑張っていく事になります」

「そっか、こっからが本番だろうからな、お互い頑張ろうぜ」

「えぇ、Pさんも頑張って下さいね。二人で一緒にトップになりましょう!」

「その言葉はお前んとこのレナさんに言ってやれよ……」

オレより年上な癖に気の抜けたやつだ、こういう頼りなさも必要なんだろうけど
こいつはやる気になっているみたいだがオレはどうなんだろうか……
言われるままにここまで来てしまったが、あの栗原という子の望みを叶えてやれるのか……

(頑張ってどうにかなりゃ良いんだけどな……)

スタートラインにはいるものの、まだ踏み出せていない一歩に不安を覚える
いつの間にか注ぎ終わっていたアイスコーヒーを少し飲み
オレはあの時に栗原ネネに感じた不思議な感覚を思い返していた


「おつかれさまでーす」

入口にボーッと立っている守衛に挨拶をして、自動ドアをくぐる
あれから事務所に戻り、明日の予定を少し考えながら定時を待ち
終わりのチャイムと共に一目散にタイムカードを切った

もうプロデューサーとして独り立ちはしているので、好きなように仕事を切り上げていい
裏を返せば、自分で動き、自分で結果を出せ、という事でもある

外に出ると秋らしい少し涼しい風が身体を包む
普段慣れない場にでたせいか、オレは少し疲れていた
そんな沈んだ気持ちに、この解放感は仕事から解き放たれたと認識させてくれるので
病みつきになりそうな程に心地いいものだった

「…………」

ふと、入口の近くに見知った顔の女の子が立っているのに気付く
これが恋人とかならロマンチックなんだろうけど、残念ながら違うようだ
目が合って少ししてから、遠慮がちにこちらに歩いてきたのを見ると
オレに用事があるのは間違いないらしい

「ん? お前は……」

「こ、こんばんわ……」

ペコリと小動物のように頭を下げる。さっきの凛とした態度とは別人のようだ
今はオドオドとしていて、こっちが本来の姿なんだというのがよく分かる
用事があるけど言いだせないようで、口をモゴモゴとさせてはこっちを見ている

「どうしたの? 連絡はするって言ったはずだけど……」

「あの、少し時間を貰って良いですか?」

「別にかまわないけど」

こっちから話を切り出すと、少し緊張が解けたようで返事をしてくれた
どうせ今日のオーディションの事を聞きたいんだろうな……

あの合格の仕方じゃ、しこりが残るのも無理はないか
明日にこっちから話そうと思っていたけど
向こうから来てくれるのはオレにとっても好都合だ


時間は六時を少し過ぎた所、辺りは少しづつ暗くなり始め
二人並んでいつもの帰り道を歩く、しかし彼女の歩はかなり遅いようで
気がつけばオレに追いつくためにたまに小走りになっていた
オレも歩調を合わせるように意識しながらゆっくりと歩く

「家には帰らなくて良いのか?」

「はい、まだ時間の方は大丈夫です」

「そっか、あっ、そう言えば……」

「どうしたんですか?」

「いや、喋り方……すまない、今日初対面なのに偉そうに言ってたなって」

「言われてみればそうですね……でも、大丈夫ですよそのままで」

「ん? そうか、悪いね」

「いえ、そっちの方が頼れる感じで良いと思います……」

「頼れるね……あんまりこういう風に喋りかけられることってないのか?」

「えっと、そうですね。年上の人だと親戚とかじゃなければPさんが初めてです」

「……あれ? オレ、名前言ってたっけ?」

「あっ、あのオーディションの後に他の人から聞きました」

「ふーん、そういや自己紹介してなかったな……」

敬語なんざ、この仕事についてからしかまともに使った事がない
それ以前にちゃんと敬語になっているかも怪しいレベルだ
しかし、その態度がプラスに向いていたようでよかった
彼女の言うとおり、どこか自信にあふれているように見えたんだろう

(ま、自信なんかないんだけれどな……)


「アイスコーヒーを一つ、何か飲むか?」

「えっ……いや、そんなの悪いです」

「いいんだよ、給料が入ったばっかりだから」

「は、はい、じゃあミルクティーを……ありがとうございます」

知り合いに会うと面倒なので、少し歩いた先にあった喫茶店に二人で入る
そこまでの道のりは本題には入らずに、互いの事を自己紹介をしていた
真剣な話は落ち着ける場所の方が良いだろうと、勝手に思っていたからだ

「お待たせしました、アイスコーヒーとミルクティーになります」

ボーっとしていたら、いつの間にか注文したものがきていた
手元にあったミルクとシロップを注ぎながら彼女の姿をジッと見てみる
さっきから視線を下に落したまま、何も喋ろうとはしない
というよりは何を喋ったらいいか分からないという感じだ

「で、オレに何の用?」

このままじゃ埒が明かないので、再度こちらから話題を切り出す
聞きたい事は山ほどあるだろうし、この場で不安を取り除いておきたい
急に話しかけられてハッとしたのか、彼女は意を決したように顔を上げて喋り始める

「なんで、私を合格させてくれたんですか?」

「気に入ったからっていったじゃん」

「でも、私は妹の事もありますから……」

「それも自分で頑張るって言ってたと思うけど?」

伏せ目がちに、オーディションで言っていた妹の話をするが
これ以上、ネガティブな発言をさせないように完結に理由を告げる

彼女にとっての不安要素は色々あるんだろうけど
何も知らないオレが心配していても仕方ない
それがわかってオーディションを受けに来た彼女を合格させた

そもそも、オレはプライベートにどうこう言える立場でもないので
その妹の事もひっくるめて彼女と進んで行くしかない
そう腹をくくってしまえば、気持ちには大分と余裕があった


「妹さんはずっと身体が悪いのか?」

「はい、今もベッドで寝ている事がほとんどです……」

「なるほどな、そりゃアイドル業と一緒には厳しいわ」

「ほとんど我儘は言わないんですけど、やっぱり心配で……」

妹の話をする時の彼女の顔は暗く沈んでしまっている
その妹の前ではこんな顔はしないんだろうけど
今は弱々しく、少しつついただけでも泣きだしてしまいそうだ

(ずっと一人で抱え込んできたんだろうか?)

全部を知っているわけじゃないけど、性格的に見てもその予想は当たっているっぽい
そりゃ、身体の弱い妹の話をされても誰もが戸惑うだけだ
それならばと、その不安な気持ちに蓋をして一人で耐えてきたんだろう

(って、今日初めてあった女の子に何を考えているんだ)

(勝手に予測を立てて同情して、バカじゃないのか……)

今までこんなに女の子に対して真剣に考えた事が無かったので
自分の中で肥大化していく妄想にストップをかけるように自分を蔑む

「ま、そこら辺もわかって合格させてるから大丈夫だよ」

「で、でも……」

「……責任は全部オレが持つ、栗原は自分の好きなようにやればいい」

これ以上は回りくどい言葉はいらないだろう、不安に思うならそれを無くしてやればいい
責任なんて軽々しく口にしたが、新米プロデューサーに取れる責任なんてない

それでも、「お前に決めたんだから前を向け」と
自分の意志が伝わるように、オレは何も言わず彼女の瞳を見つめ続けていた

その気持ちが伝わったのか、驚いていた彼女の表情が徐々に柔らかいものに変わっていく
ようやく見せてくれた笑顔はとても穏やかなもので、安心しきっているようだ
彼女の心の壁は一枚くらいは取り除けたのだろう、それだけでオレも少しホッとしていた

「妹さんを元気にさせるんだろ? まだ始まっても無いのにあーだこーだ考えるのは止めとけ」

「はいっ!」

元気よく答えてくれる彼女の声が、内心嬉しくてたまらなかった
互いにちゃんとした言葉を交わしたわけじゃないが
オレは彼女を選び、彼女はオレをプロデューサーとして認め
そして共にアイドルとして頑張っていく道を選んでくれた

(新人のプロデューサーに、今まで普通に生きてきた女の子か……)

ハンデと言うには余りにも大きすぎて、これからどうなるか想像がつかない
正直、一か月持つだろうか? いや、それ以前に親の承諾も貰わないといけない……
後ろ盾がほぼ無いという状況でまだ残る課題がその不安に拍車をかける
でも、彼女となら……今のオレ達になら何とかなりそうな、そんな気がしていた


「あの……」

「ん?」

「ネネで良いですよ……」

照明が控えめな店内でも、はっきりと分かる程に頬を桜色に染めている
男に免疫がないのか、自分の事をさらけだすのが恥ずかしいんだろう
その初々しい仕草にオレも少し照れてしまい、慌てて窓の方に目を逸らす

「じゃ、そうするよ」

「はい、ありがとうございます」

「オレの事も好きに呼んでもらっていいから」

「えっと、じゃあPさんって呼んでもいいですか……?」

「ん、わかった」

そんな素っ気ない返事ですら、ネネは嬉しそうにはにかんでいた
なんだかよく分からない内に信頼は得られていたようだ

オレもネネに気を使うことがほとんどなさそうなので
偶然にしろ、性格の相性も良かったらしい

「そう言えばさ、近く親御さんに挨拶に行くけど、都合のいい日を後で教えてくれるか?」

「わかりました。両親の承諾も必要なんですよね?」

「未成年だからな、黙ってオーディションを受けにきたりはしてないよな?」

「もちろんですよ、両親もきっと喜んでくれると思います!」

(これなら契約は簡単にできそうだな……)

(にしても、あれよあれよと言う間にプロデューサーになって……)

(そして今はネネという子に出会って……)

(出会はいつも偶然に……どっかで聞いたけどそんな感じだな……)

がむしゃらに走り続けてきた一か月で、今までの生活は一転して
未だにアイドルだのプロデューサーだの、どこか現実離れしている気がする
それでも、目の前にいるネネを見ていると
その先に何が見えるのか、少しづつ興味が沸き始めている自分がいた


「Pさん、私……」

ふと、ネネが意を決したかのように真剣な瞳でオレを見据える
その瞳は、紛れもなくあのオーディションで見せてくれた強い瞳だ
この視線にとらえられると不思議と身体が強張ってしまう

「夢に手が届きました。でも、まだ手が届いただけ……」

「皆の憧れになれるアイドルになるために精進は止めません」

「それにはPさんの力が必要なんです……手を貸してくれますか?」

あの時もそうだったように、意志を持って放たれた言葉は
正体の分からない不安を一瞬で吹き飛ばしてくれる
オレに何ができるか分からないけど、ネネの力になってやりたい
今日初めてあった女の子にそんな事を考える自分がおかしくて、小さく笑ってしまう

「当たり前だろ、言っとくけど一蓮托生だからな」

「私、皆に元気を与えられるかな……?」

「そりゃ、ネネ次第だろうな」

「笑顔で、頑張りますね!」

その日、最後に見せてくれた最高の笑顔は
これから先に待ち受けるどんな困難も乗り越えて行けるだろう
そんな気持ちにさせてくれる、とても素敵な笑顔だった


翌日、オレは初めて訪れた住宅街の中を歩いていた
ネネの実家は群馬県にあり、東京からだと少し遠い

昨日のあの話の後に、オレはネネに名刺を渡して駅まで送った
それから数時間後に電話があって、今日なら両親の都合がいいと言われた
だったらこういうのは早い方がいいと思い、二つ返事でオーケーしたものの
何の準備もなく他府県に出かけるというのは少々無謀だったようだ

「ったく、ネネのやつ。こんなところから来ていたのか」

(今度、車でのルートも確認しておかないといけないな……)

別にネネは何も悪くないが、とりあえず愚痴ってしまう
幸いネネは未成年なので働ける時間は限られており
深夜に送り迎え等はしなくても良さそうだ

交通費と車は会社から支給されるが
この移動にかかる時間は常に頭に入れておかないといけない
履歴書を眺めていた時は何とも思わず流してしまっていたが
東京から遠いということは、それも厄介事の一つとしてカウントされる

普通ならこういうケースは女子寮に住むのが一般的だ
しかし、ネネにはそれができない事情がある
ならそこはオレがカバーしてやるしかないのだろう

「……ここか」

そうこうしている内に、目的の場所にたどり着いた
どこにでもあるような一軒家だが、建てて間もないのか?
綺麗な見た目をしていて、新築のそれとほとんど変わらない

(家庭環境は良さそうな感じがするな……)

仕事で人の家に訪れるなんて初めてなので、少し緊張していた
大体、女の子の両親と面と向かって話をするなんて結婚の時くらいだろう
オレは慣れないネクタイを締め直し、余計なボロが出ないように気を引き締め直した


ピンポーン

『はい』

「あっ、私、本日お伺いさせて頂くとご連絡させて頂いておりました、Pと申します」

『あっ、ちょっと待ってて下さいね』

インターホンを押すとネネの声が聞こえる
自分自身の喋り方が違和感バリバリだったが大丈夫だろうか?
まぁ、出てくれたのがネネで助かったか……

ガチャリ

「Pさん、こんにちわ。遠いところわざわざありがとうございます」

「いや、これくらいはしないとな」

ドアの開ける音と共に、落ち着いた服装のネネが元気よく出てくる
慌てて何かをしていたのだろう、ほんの少しだけ息を切らせていた
しかし、オレは今のネネに少しだけ違和感を感じていた

(元気だな……昨日の雰囲気はなんだったんだ……?)

昨日の喫茶店で見せた少し影を落とした様子は全く感じられない
家ではいつもこうなのか? 普段は笑顔を絶やさないようにしているとか……
だとしたら、オレの推測もあながち間違っていなかったのかもしれない

(誰にも心配をかけないように元気に振舞っているってわけか……)

「どうしたんですか?」

「……あぁ、なんでもない。それより、上がっても大丈夫か?」

「はい、両親も待っていますので」

少し頭をよぎった考えを慌てて振り払う
そういう重要な話は、ネネ本人から聞くべきだろう
オレが余計な手を回しても、ますます殻に籠る事になるかもしれない

悟られないように努めて冷静を装い、ネネの家に挨拶をして入る
ネネは人を家に上げるのは慣れていないのか、鞄を持とうとしたり
オレが靴を脱ぐまで眺めていたりと、やや過剰気味に迎えてくれた


それから居間の方に通されて、ネネの両親と対面する
テーブルを挟んだソファーの向かい側にはネネの両親
こちら側にはネネとオレが座っている
ネネも向かい側だと思っていたのでなんか変な感じだ

優しそうな母親と、少し頼りない感じのする父親
何となくだが、この二人の子供がネネというのが納得できる

「本日はお時間を頂き、ありがとうございます。私、Pと申します」

「ネネの父です。娘がオーディションに受かったようで」

「えぇ、先日弊社のオーディションに来て頂き、そこで合格致しました」

「そうですか、ではすぐにその……アイドルに?」

「いえ、基本的にはレッスンを一ヶ月程受けて頂いた後にデビューとなります」

「すみません、そう言う事には疎いもので……。アイドルとは何をするのでしょうか?」

「そうですね、活動としてはライブやファンとの交流がメインとなります」

「なるほど、そんな大変な事が娘にできるのでしょうか?」

「私はできると信じております。もちろん私達も全力でサポート致します」

両親の反応はまず悪くないと言ったところだ
質問されそうなことは予習しておいて良かった
隣のネネが心配そうにこちらを見ているが
このままの話の流れで行けば了承は得られそうだった


「少し、宜しいでしょうか?」

「はい」

「その、ネネから聞いたと思いますが。ネネの妹の事は……」

渡した名刺を手に持ちながら、今まで黙っていた母親が口を開く
あれだけ心配されていた妹の事だ、話に出てこないはずがない
先程からネネが向けていた不安そうな視線の正体はこれなのかと気づく

(中途半端な答えは許されそうにないな……)

和やかだった雰囲気は、一転して重苦しいものに変わる
全員がオレの回答を待っている、そんなプレッシャーが身体を包む

「…………」

ふと、少し空いたドアの隙間からこちらを覗いている影が見えた
パジャマ姿の女の子、それが噂の妹ちゃんだとすぐにわかった
その目はさっきからずっと真っ直ぐにオレを見つめていたようだ
しかし、確実に警戒しているのが見て取れる

(家族総出で回答待ちってわけか……)

まぁ、これまで大切に育ててきた娘を預ける事になるわけだ
「はい、そうですか」とならないのは最初っからわかっていた
じわりと滲みだす汗を握りしめ、その場の全員に聞こえるように伝える

「……もちろんです。妹さんの件については理解した上で合格を出させて頂きました」

「こちらと致しましても、最大限に考慮させて頂きます」

言い終えた後に、再び沈黙が部屋を包む
大丈夫だ、短い言葉だったがオレの思う事は全て言った
後は結果を待つだけだ、ここは何かを言うべきじゃない

「……わかりました。娘を宜しくお願い致します」

小声で二人が話し合った後にそう言って
ネネの両親は立ちあがりこちらに頭を下げてきた
オレも慌てて立ち上がり、「ありがとうございます」と頭を下げ返す

ずっと身体を包んでいた緊張感はスッと消え去り
これで名実共にネネはオレの担当アイドルになった
オレは初めての自分のパートナーを見つめ、喜びに身体を震わせていた


「なんだか敬語のPさんって変な感じですね」

「失礼なやつだな、オレだってTPOはわきまえてるよ」

「あっ、そういう意味じゃ……」

「わかってるよ。にしても人の良さそうな親御さんだったな」

「はい、とっても優しくて。私の自慢のお母さんと、お父さんです」

その後、サインと判子を契約書に貰ったオレはネネと二人で外を歩いていた
今日の仕事はこれだけと決めていたので時間は有り余っている
「少しゆっくりしていっては?」と言われたが
流石に他人の家でのんびりしていく度胸はオレにはなかった

そのまま帰ろうとすると、ネネに呼びとめられて今はこうして宛てもなく歩いている
道はわからないのでネネに全部任せているが、いつものジョギングコースらしい

「そう言えば、さっきの話の時にドアから見てたのって妹ちゃんなのか?」

「えっ……覗いてたんですか?」

「気づいてなかったのか、ずっと女の子がいたよ」

「だったら、多分そうだと思います」

「ふーん、なるほどね。凄く警戒されてるみたいだったからさ」

「あの子……ごめんなさい。部屋にいるように言っておいたんですけど……」

「いや、別にかまわないよ」

「……Pさん」

「ん?」

「その、良かったら、妹に会ってあげてくれませんか?」

ネネはそう言って立ち止まり、少し思いつめたようにこちらを見ている
妹に会うということはそれほどまでに大それたことなのか?
しかし、これからネネと付き合っていくのであれば避けては通れない道だろう
なら早めにその妹とも交流を持っておいた方が良さそうだ
オレはそんな安易な考えで「わかった」と短く返事を返した


「ここです」

「お邪魔します」

再び戻ってきたネネの実家の二階、階段を上がってすぐそばの部屋
中は女の子らしく人形や可愛いもので埋め尽くされている
だが、普通の部屋と比べると昼にしては少し薄暗い

「あっ、お姉ちゃん!」

「もう、ちゃんと寝てなさいって言っておいたのに……」

ふと、端にあった高級そうな大きなベッドの方から元気な声が聞こえる
ネネはその姿を見ると、表情を柔らかくして歩み寄っていった

(これは……)

だがオレはその光景を前に一歩も動けそうになかった
今まで軽々しく口にしてきた「大丈夫」という言葉は
ネネを支えていくに上で、いかに重たい意味を持っていたのか思い知らされる

「そこの人は……えっと、プロデューサーさん?」

「……あ、あぁ、こうして顔を合わすのは初めてだな。宜しくな、妹ちゃん」

その動揺がバレないようにいつも通りに振るまう。しかしオレはその姿に目が離せなかった
少女の身体は目に見える程に痩せ細っており、少し転んだだけでも折れそうだ
肌は日に当たらないせいか真っ白で、体系も聞いていた年齢と比べると五歳くらいは下に見えるだろう

(まいったねこりゃ……ここまでとは……)

身体が弱いとは聞いていたが、せいぜい風邪を引きやすいとかその程度にしか思っていなかった
しかし、実際はいつ病院送りになってもおかしくないような状態だ

「……Pさん?」

「いや……良かったら少し話でもするか。妹ちゃん」

「うんっ! あたしも話したかったんだ!」

不安そうなネネの言葉を振り切るように、妹ちゃんに話しかける
ここまで来たならネネと妹ちゃんの両方の事を面倒見なければならない
自分の迷いを思い出さないようにと、オレもベッドの近くに腰を下ろした


「へぇー、兄ちゃんってまだ新人だったんだ」

「まぁな、でもバッチリ研修は受けてるから問題ねーよ」

「次のお休みからなんですね……私、少し緊張してきました」

「ネネは初日はオレと一緒に行動だから、何かあったら言ってくれりゃいいさ」

「そうですね、Pさん、頑張りましょうね!」

「うんうん、兄ちゃんもお姉ちゃんも頑張ってね!」

最初に抱いた想いとは別に、終始和やかな雰囲気で会話が弾む
妹ちゃんはオレを信用してくれたようで、年相応の元気な姿を見せてくれる
そんな妹を見るのが嬉しいのか、ネネも嬉しそうな顔をしている

(なんとかなりそうかな……気をつける必要はあるけど……)

聞くところによると妹ちゃんは体調は崩しても、大事に至ることはほぼないらしい
ある程度は自分でもできるらしく、ネネはそこまで付きっきりということでもない
どちらかというと話相手という立場が適切だったんだろう

「ねね、兄ちゃん。レッスンってどんな事するの?」

「ん、先生に見てもらいながら歌の歌い方やダンスを勉強したりするんだよ」

「へぇー、凄いね! でも、お姉ちゃんなら大丈夫だよね!」

「わ、私が……大丈夫かな? 大丈夫ですよね、Pさん?」

「多少失敗したところでレッスンだからな、気楽にいけばいい」

「楽しみだなぁ……あっ、お姉ちゃん。あたしちょっと喉が乾いちゃった!」

「えっ……う、うん。じゃあ何か持ってくるね。Pさんはコーヒーで良いですか?」

「……あぁ、すまんな。オレは何でも良いよ」

会話の内容はアイドルに関する事、正直オレもそこまで知っているわけじゃないが
聞かれる内容も大体想像のつく範囲なので、それとなく答えていた


ガチャリ

ネネが飲み物を持ってくるために部屋を出ていく
傍から見れば妹のために、姉がジュースを取りにいってあげる微笑ましい光景
しかし、オレはさっきベッドの脇にペットボトルがあるのを見てしまった
中身はもちろん入っている。喉が渇いたなんていうのは嘘なんだろう

「ね、兄ちゃん……」

「…………」

案の定、妹ちゃんの雰囲気が一気に変わった
その嘘に気づいて無ければ、いきなりの変化にドキッとしていたかもしれない
今までの元気な姿とは違い落ち着いた冷静な口調
あまり似ていない姉妹だなと思っていたが、変な所で共通点があったみたいだ

「お姉ちゃんは、トップアイドルになれるよね?」

「あったりまえだろ、オレが信用できないか?」

「へへっ、兄ちゃんはちょーっと頼りないかな」

「ま、言ってろよ。その内アッと言わせてやるからよ」

「期待してる! ね、一つ約束してもらってもいい?」

「ん、なんかあるのか」

「お姉ちゃんが頑張っている時に、あたしが体調崩してもお姉ちゃんには黙ってて」

「……どういう意味だ」

「そのまんまだよ。お姉ちゃん、あたしの事ばっかりで自分の事は全然だからさ」

「…………」

「お姉ちゃん、大人しいけど。アイドルになりたかったのはホントなんだよ」

(なるほどね、決意は本物ってわけか……)

「だからさ、今度はあたしがお姉ちゃんの夢を応援してあげたいんだっ!」

「ったく、不器用な姉妹だな……」

「ま、仲が良いから言えないこともあるってことだよ!」

「安心しろ。それも含めてトップは必ず取ってやるよ!」

「うんっ! 任せたっ!」

今まで、ずっとベッドの上で過ごしてきた分
考える時間は沢山あったのか、影ながら姉を支えようとする姿は
大人のオレでも驚かされる程に凛々しくもはかない

スッと、差し出された小さな小指に自分の小指を絡める
指切りなんてしたのはいつ以来だろう、少し照れくさかった
しかしおかげ様で、オレにもハッキリと目標が見えてくる

初めて合った少女にこうもまで言われて、無理だとは言えない
全ての信頼を向けられた瞳に、オレの胸は自然と高鳴っていた


「あれ? 何してるんですか?」

指切りしている最中に、ネネが戻ってきた
後ろから見れば手を繋いでいるように見えるので
そんなオレと妹ちゃんをみて怪訝な顔をしている

「へへっ、兄ちゃんにお姉ちゃんのことを宜しくって!」

「そ、そんな……ごめんなさい、Pさん」

「気にするなよ、妹ちゃんにも応援されてるってわけだからさ」

普段から妹の突飛な行動に振り回されている事も多いのだろう
ネネは持ってきたコーヒーを机に置きながら困ったようにはにかんでいる
そんな姉を見てニコニコと満面の笑みを浮かべる妹

大人しい姉に元気な妹、この二人は本当に仲が良いのがよくわかる
互いに支え合って今まで頑張ってきたが、だからこそ言えない本心もある
そして、その二人の共通の夢となったのがネネがアイドルになるということ

今更ながら、一人の少女の人生を預かる立場なんだと再認識する
こういう風に普段の生活があって、その一部を託されるわけだ
ゲームのように失敗すればリセットとはいかない

そう思うと研修があんなに厳しかったのも納得がいく
中途半端な気持ちでこの仕事を続けるのは、自分自身にもよくない
あの時は思いつきで言ったが、まさに一蓮托生という表現がピッタリだった


ふと、不思議そうな顔でオレを見つめるネネの視線に気づく
いつの間にか長々と考え込んでいたらしい、妹ちゃんもこちらを見ていた

オレを見るネネの瞳は何の疑いもない、素の状態のように見える
今まで彼女の置かれた境遇は家族しか理解者がいなかったのだろう
だからこそ、オレという理解者を信用しきっている。そんな安心した瞳に感じた

「……なんだよ、ジッと見ててもなんもねーぞ」

「いつも、コーヒーばっかり飲んでるんですか?」

「そうだけど、それがどうかしたのか?」

「駄目ですよ、飲みすぎは良くないです」

「いや、でも好きだし、すぐにやめられるもんじゃないんだけど」

「わかってます。でも、これからはPさんも健康には気を使ってくださいね」

「へへっ、兄ちゃんもお姉ちゃんと一緒にいると健康になれるよっ!」

「オレは健康とかそういうのは間にあってるっての!」

「駄目です! Pさん。無理して身体壊しちゃ意味ないですからね?」

感慨深い気持ちだったのに、いつの間にかネネに説教されている
よもや自分より年下の女の子に、生活態度が良くないと指摘される日が来るとは思わなかった
おそらくこれはネネの性格なんだろう、こればっかりはしばらく言われそうだ……


夕暮れ時が迫ってきて、オレは駅までの道をネネと歩いている
別にかまわないと言ったが、送っていくと聞かなかったので
最終的にはオレの方が折れてしまい、ネネは嬉しそうについてきた

「……でも、良かったです。妹もPさんの事が気に入ってくれたみたいで」

「そうか? あの妹ちゃんなら誰とでも仲良くなれると思うけどな」

「いえ、普段は初めての人にあんなに喋ることはないんですよ」

「へぇー、意外だな。そんな感じはしなかったよ」

「私もビックリしています。でも、良かった……」

「……なぁ、ネネが健康にうるさいのは妹ちゃんの影響か?」

「えっ……はい、そうですね……妹のためにって思ううちに……」

「ふーん、なるほどね……」

「あの……迷惑、でしたか?」

「そういう意味で言ったわけじゃないよ。ただオレより自分の身体を心配しとけ」

「わ、私は大丈夫ですし。やっぱりPさんが不健康なのは気になります!」

話を聞いていると、彼女のアイドルになった動機がなんとなく理解できてくる
最初のオーディションで言った通り、アイドルになって誰かを元気にしたい
それが、見知らぬ人であったり、ファンだったり、妹だったり

未だに後ろでやんや言っているネネを軽くあしらいながら、歩を進める
本当に大変なのはここからだ、今日ここに来たことは改めてそれを気づかせてくれた
やっと固まり始めた自分の心に、この原点を忘れないようしっかりと刻みつけておこう


「Pさん、担当アイドル決まったそうですね。栗原ネネちゃんでしたっけ?」

「あぁ、昨日契約の話を済ませてきたよ」

「おめでとうございます。これで二人一緒にスタートラインですね!」

「そりゃそうだけどさ。お前もオレの心配ばっかりもしてられないんじゃない?」

「そ、そうですね……今日はこれから兵藤さんとトレーナーさんに話しに行ってきます」

「トレーナーさんと? これからの練習メニューでも決めるのか?」

「そんな感じですよ、こういうのは先生の意見を聞いた方が良さそうですから」

翌日、事務所の中でいつもと変わらない調子で同期の眼鏡の男と話していた
忙しそうな先輩方に世間話をしても邪魔になるだけだし
席が隣で同期ということもあれば、自然と会話する相手はオレになってくる

とはいえ、こういう話も貴重な時間だ。とりわけ右も左も分からないのであれば
情報源は多いに越したことはない。オレから与えられる情報はまだ何もないが
仕事に慣れたらこいつにもオレの知ったことを話してやらないといけないと思う

「……でも、その栗原さんは本当に大丈夫なんですか?」

「ネネがどうかしたのか?」

「いえ、噂では家庭環境が大変だとか……」

「大丈夫だよ、気にする程のことじゃねーし……」

「そうですか、Pさんがそう言うならきっと大丈夫なんでしょうね!」

「えらく信用されてるもんだね」

既に噂になっている事に少し驚いたが、それ以上にオレは不快感を隠せなかった
その事実が知れ渡ったところで、ネネに手を差し伸べてくれる人はあまりいないだろう
そもそも同情でやっていける世界ではないということはオレもネネも理解している

(しかしまぁ、こいつは色々言ってきそうだな……)

いずれそんな話はみんな忘れていくだろうし、その方が何かと都合が良い
大事なのはオレとネネを動かしている原動力がそれだということだけだ

その内にオレ達を心配しているこいつとも争うことになるだろう
その時にネネが余計なことを言われなけりゃ良いんだがな……
オレは隣で鼻歌交じりで準備をしている同期を少し警戒していた


取りあえず今日はここまで
ボチボチと書いて行きます


それから数日経って、ネネの休日がやってきた
その日はネネがアイドルになってからの初めてのレッスンの日だ

本来ならば平日であろうが、レッスンは行うべきなのだが
学生であるネネは、なるべく本業を優先しなければならない
学校が終わった後にレッスンを受けるという手段もあるが
ネネの実家は東京から遠いため、それも今は難しい

いずれにせよ、何らかの形に決めていかなければならないけど
最初はまずレッスンの感触を掴んでもらい、慣れてもらうのが先だ
ネネ自身がレッスンについていけるか、それを見てみたかった

「お、おはようございます……」

「朝早いのに予定より早く来てるな、さすが真面目ちゃん」

「早寝早起きは体に良いんですよ」

「流石、オレには真似できそうにないよ」

「そんな、Pさんだって私より早く来てるじゃないですか」

時間通り待ち合わせの場所に来て、少しオドオドしている
そんなネネをからかってやると頬を膨らませて抗議してくる
しっかりものだけど、こうやって見せる反応は年相応だ

「Pさん、今日は何をするんですか?」

「ネネの事を見てくれるトレーナーさんに挨拶、後ちょっとだけレッスンだな」

「わかりました、頑張りますね」

「頼もしいな。さ、車に乗ってくれ」

オレはこの日のために条件に合いそうなトレーナーさんを探してきた
会うのは初めてだけど、ネネとの相性が良ければ多くの問題をクリアできる
この選択肢が吉と出るか凶と出るか、少し緊張を感じていた


ネネを助手席に乗せ、車のエンジンをかける
しかしどうにも落ち着かないのか、先程からネネはソワソワしている
窓の外を何度も見たり、そこら辺を触ろうとして止めたり

「なんだ、落ち着かないのか?」

「えっ……そ、そうですね。こういうのは初めてなんで」

「助手席に乗るのがか?」

「あっ、いえ……家族以外の人の車に乗るのがです」

「ふーん……まぁ、すぐに着くからゆっくりしててくれ」

お嬢様なんだろうかと少し思ったが、そういうのじゃなさそうだ
まぁ、今まで自分の事を抑えて暮らしてきたわけだから
ネネ自身も世間に疎いというか、経験不足な所があるんだろう

(……考えてみりゃ、少し天然なところもあるしな)

たまに会話の時に少し考え込んだり
放っておいたらボーッとしている時がネネにはあった
人といる時は意識しているせいか、その様子は見せないが
一人でいる時はいつもそんな感じなんだろう

(でもオレの前でもそんな感じなのはまいったな……)

未だにこの空間に慣れないのか
視線をキョロキョロと泳がせているネネを尻目に
オレはアクセルを踏み込み、目的地へと車を走らせた


「はじめまして! 栗原ネネちゃんですね? お話は聞いています!」

「こんにちは、今日はネネを宜しくお願いします」

「プロデューサーさん、こちらこそ宜しくお願いしますね!」

ネネの地元近くの小さなレッスン場でオレ達は目的の人と会っていた
ルーキートレーナーと呼ばれる彼女は、オレがお世話になったトレーナーさんの妹だ
本来ならば東京でレッスンを受けるアイドル達がほとんどのため
有名なトレーナーは皆、東京の近くに住んでいる

しかし、彼女はルーキーと言う名の示す通り、新人でおまけに学生だ
どちらかというとオレ達と同じような立場で、住んでいるところもネネの実家に近い
これほどまでに求めている条件に合致した指導者は他にはいないだろう

(後はネネがこの人とやっていけるかどうかだな……)

指導者として新人であれば、レッスン指導の仕事はほとんどないらしい
そんな彼女にこちらの事情を説明すると快くオッケーしてくれた
提示した条件である、平日でネネの通える範囲でのレッスン場での指導も問題ない

「えっと、栗原ネネです。ご指導よろしくお願いします」

動きやすい服装に着替えたネネがおずおずと頭を下げている
やはり緊張は拭えないようだが、第一印象は悪くはないようだ
ネネのポテンシャルがどれだけあるか、今日はそこを見てもらう必要がある


ルーキートレーナー(19)
http://i.imgur.com/PmuhaKp.jpg


「さぁネネちゃん、レッスン始めるよ! 実力を教えてもらうからね♪」

「は、はいっ!」

元気な掛け声と共にレッスンが始まる
身体の柔軟から始めて、ダンス、歌、後は立ち振る舞い等々
それはルーキーと呼ばれているとは思えない程、しっかりとしたレッスンだった

(オレが詳しく知っているわけじゃないんだけどな……)

こうやってアイドルがレッスンを受けるのをまじかで見るのは初めてだ
ネネの動きが注意されているのを見ても、何が悪いのかは分かっていない
オレも後で少しは勉強しておかないといけないな……

「まだまだだよっ! そこはもうちょっと足を使って!」

「えっと、こ、こうですか?」

「うん、そんな感じ!」

戸惑いを見せながらも、少しづつ練習した内容を吸収していっているようだ
普段からジョギングをしたりと、体力作りはしていると言っていたので
ネネに必要なのは技術的なことがほとんどなのかもしれない

レッスンに関しては滞りなく進んでいるので、心配事は無さそうだ
となると次に不安になってくるのは仕事のことだろう
ネネのイメージに合う仕事を考えて、それを取ってこないといけない

(そして、ネネがオーディションに勝つためにはどうすればいいか……)

仕事を取るために確実な手法と言えばオーディション
ぼんやりと、ダンスの練習を繰り返す二人を見つめながら
オレは次のステップについて考えを巡らせていた


「うん、今日はここまでっ! でも一回だけとは言わずまたレッスンで会おうね!」

「はい、ありがとうございました」

それから数時間、時々休憩を挟みながらレッスンは終了した
オレはというと、何も言わずジッとレッスンを受けるネネを見ていただけだ
今日みたいにレッスン中に一緒にいてやることができない時もある
ネネにはルーキートレーナーさんと二人で過ごす時間にも慣れてもらいたかった

「Pさん、終わりました!」

「お疲れ、じゃあシャワー浴びて着替えてきてくれるか」

「…………」

「……どうしたんだ?」

「あっ……わかりました。行ってきますね!」

息は切らせながら小走りにこちらに向かってきたネネに指示するが
一瞬だけ見せた、何かを望むような表情は何だったのだろう……
それを聞こうと思ったが、ネネは何も言わずに更衣室に向かっていった

「ネネちゃんは運動神経が良い方で、飲み込みが早いですね」

「えっ……あ、あぁ、そうですか」

少し考えていると、今度はルーキートレーナーさんに話しかけられる
同じような運動をしていたにもかかわらず、さほど息は切れていない
ここら辺は流石一流を目指しているという事もあるだろう

「ところで、今日のレッスンはどうでしたか? わたしなりに色々と工夫してみたんですけど……」

「正直凄いと思いますよ、この調子で行けばネネの成長も早いと思います」

「……ふふっ」

「……何か?」

「プロデューサーさんが敬語を使うのはなんか変だなって思ったんです!」

「はぁ……いや、別におかしなことじゃないと思いますけど」

「でも、ネネちゃんには全然使ってませんよね?」

「そりゃ、ネネとはそれで良いって話してありますからね」

「なら、わたしにも敬語は使わなくて良いですよ。歳もそんなに変わりませんから!」

(なんだそりゃ……確かに一歳違いだけどさ……)

「……プロデューサーさん、宜しかったらネネちゃんの指導はわたしに任せてくれますか?」

「わたし、姉たちに比べればまだまだ未熟なトレーナー見習いですが、精いっぱい頑張ります!」

うん、と小さくガッツポーズをしてやる気をオレにアピールしてくれている
彼女にとってネネは育てがいのあるアイドルだと思われたのだろうか、好感触を得られたようだ
ネネも良い印象をもっているようだったので、指導は任せても問題ないだろう
契約の話はまた後日行うとして、レッスンに関しての課題はクリアできたとみて良いだろう


それからオレは契約の話を少しして、レッスン場の外でネネを待っていた
これまではまず順調といったところだ、大きな躓きもなく予定通りに事が運んでいる
とにかくこの流れを保ったまま、仕事にも向かっていければそれが一番かな……

「Pさん、お待たせしました」

「……ネネか、どうだった、初めてのレッスンは?」

「はい、優しい先生で良かったです。でもなんだか、アイドルの自分って照れますね……」

「ま、それは徐々に慣れていくことだな」

ネネは今日のレッスンを思い返しているのか、少し頬を上気させていた
まだ見られることに慣れていないのだろう、そこは仕方ないと言えば仕方ない
しかし、「次が楽しみ」と嬉しそうに言っていたのでレッスンには前向きになってくれている

「今更聞くまでもないけどさ、これからは彼女にネネのレッスンを見てもらうから」

「そうなんですか?」

「あぁ、是非とも育ててみたいって意気込んでたよ」

「わ、私そんなに凄くはなかったと思いますけど……」

自分が褒められているとは思っていなかったのか、ネネは慌てて手を振って否定する
相変わらず自分に対してはあまり自信を持っていないのがよく分かる
別にそれが悪いというわけではないが、弱気すぎるのもよくない

考え込んで、急に黙ったオレに怯えているのか
最初に会った時みたいに口をモゴモゴとさせて、喋れないでいる
何となくその様子をしばらく見ていたが、状況は変化しそうになかった

(どうしたもんかね……こいつは……)

視線をチラチラとこちらに向けて様子を伺っているネネは
まるで見知らぬ地で、一人迷子になったかのような頼りなさを感じる
しかし本当のネネは、芯が強く、誰にも負けない意志の強さを持っている

自分自身でその力をコントロールできないのであれば、何か対策が必要だ
オーディションもそうだが、これから先、ネネの本来の姿を出せるのが必要不可欠になる

「……なに、泣きそうになってんだよ」

「うぅ……そんなことないです。Pさん……」

放っておくと泣きだしそうだったので、声をかけてやるとホッとしている
怒られるとでも思っていたんだろうか? 別にそんなつもりはないんだけど……
そもそもネネがオレに持っているイメージはどんなものだろうか?
オレは今更ながら、怖いと思われてなきゃ良いんだけどと、少し気にし始めていた


レッスンは昼過ぎまでを予定していたので、オレ達は近くの公園で少し休んでいた
喫茶店がいいと言ったけど、ネネが外の風に当たりたいと言ったのでここに来ている
この後オレは少ししたら、プロダクションに戻らないといけないがネネは今日はこれで終わりだ

「じゃあ、平日もレッスンを受けれるんですか?」

「そうだな、週に4、5回くらいを予定しているけど大丈夫か?」

「はい、部活はしていないので時間は調整できます」

先程、打ち合わせた予定をネネに伝える
一ヶ月間は育成期間として設けられているので
その間にできるだけ成長しておかなければいけない

普通よりは少しハードなスケジュールになっているが
ネネは特に問題なさそうに、「うんうん」と一人で唸っている
実家の近くでレッスンが受けれる環境ができたのは大きかったようだ

「……えっと、あの……Pさん?」

「ん?」

ふと、ネネが真剣な目をしてジッとこちらを見ている
その手には朝から何に使うんだろうと気になっていた袋を持っていて
何を思ったか、顔を真っ赤にさせながらその袋をオレの方に押しつけてきた

「Pさん、お弁当作ったので……健康志向メニューですよ」

「…………」

「ど、どうしたんですか?」

「お前はオレの嫁になりたいのか、アイドルになりたいのかどっちだ……?」

「よ、嫁って!? そんなのじゃないです……私はただ……」

予想していた反応と違ったのか、目を渦巻きにしてあうあうとうろたえている
妹ちゃんが心配していた姉の悪い癖をこんなにも早く見ることになるとは……
自分の事よりも他人を優先してしまう、そんな遠慮が染みついてしまっているのだろう


「すいません……私、でしゃばっちゃいましたよね……」

「……貰うよ」

「えっ……」

「丁度、腹が減っていたんだ。ありがとな、ネネ」

「……は、はい! いっぱい食べて下さいね!」

腹が減っていたのも事実だが、せっかく作ってきたものを断る程、オレは外道じゃない
担当アイドルとはいえ、まだ出会って数日しか経っていない
そんな女の子に健康を心配されて弁当を作ってこられるのは変な感じだけど

(こういうとこが天然っぽいよな……)

弁当の蓋を開けると、そこには赤黄緑がバランスよく盛り込まれておりとても綺麗だった
他にも魚や玉子焼き、冷凍食品ではなくちゃんと手作りだ
ネネは不安そうに弁当を食べるオレを見ているが、味も普通に良い

「……美味いな、ネネって普段から弁当は作ってるのか?」

「えっ……作ってますけど……あははっ、なんだか照れちゃいますね……」

「なんか細かいところまでちゃんと気をつけてるのが女の子っぽいよな」

「そうなんですか? 私はよくわからないです……」

オレの食生活はコンビニか弁当屋、ファストフードがメインなのでこんな食事は久しぶりだ
それにしても、朝はかなり早かったはずなのにきちんと弁当を作ってきているのには驚いた
そう言えば、ジョギングもしてきたと言っていたが、何時に起きたんだろう?

(ま、今はそんな事はどうでも良いか……)

弁当を食べているオレをネネは嬉しそうに目を細めて見ている
こうやって誰かのために、何かをしてあげることが心底好きなんだろう
なら、今は弁当を旨そうに食べてあげるのが一番だと、オレは箸を進めていた


「……ふぅ、ご馳走様」

「味は大丈夫でしたか?」

「あぁ、美味かった。正直驚いたよ」

元々それほど大きくなかった弁当箱なので、すぐに食べ終わってしまった
胃の中はいつものようにもたれた感じはせず、良いものを食べたんだと実感する
ネネは食べ終わった弁当箱をオレの膝から回収すると、小さく飛び跳ねていた

「やった!」

「お、おい……」

「あっ、Pさん……嬉しくて舞い上がってしまって」

「なんだよ、大げさすぎるだろ」

「ふふっ、良いんです。私、今とっても嬉しいですから」

「上手に作れたのがそんなに嬉しかったのか?」

「違いますよ。Pさんが、元気になってくれたかなって思えたんで……」

恥ずかしそうに頬を赤らめて、伏せ目がちにネネがそう言った
その言葉で、オレは今日一日ずっと難しい顔をしていたことに気づく
もしかしてそんなオレをずっと心配していたのか……?

今更になって自分の間抜けさに呆れてしまう
オレが難しい顔をしていればネネが不安になるのは当然だ
何か心配事でもあるのか? 私に落ち度はないか? そんな事を気にしていたのだろう

(うかつだったな……ネネは何も悪くないのに……)

「Pさん、笑顔だと寿命は延びるって言いますし、ねっ?」

「…………」

自分の失敗にため息をついているオレを覗き込むように、ネネが語りかけてくる
子供だの、天然だの偉そうに思っていたが、ネネはオレよりずっと周りが見えている
そして、その事を気づかせるように、それとなくフォローを入れてくれていた


「ったく、ネネにはかなわないな……」

「えっ? 何がなんですか?」

「なんでもないよ……それよりネネ、今日のレッスンは凄くよかったぞ。この調子で頑張って行こうな!」

「……は、はいっ!」

プロデューサーとして、大切なことを言い忘れていたので今言おう
オレはそう思い、素直な気持ちでネネの頑張りを褒めた
今なら分かる、レッスンの終わり間際に少しだけ見せた、何かを望む表情はこれが聞きたかったのだろう
その言葉にネネは太陽のような笑顔を見せてくれたので、間違ってはいなかったようだ

(これからは、しっかりと見守ってやらないと……)

今まで、誰かのためにその小さな身体を奮起させて頑張ったとしても
ネネはしっかりしているので、それが当然だと思われていたのか
気がつけば周りには、彼女の頑張りを認識してくれている人はいなくなっていた
ネネ自身も知らない内にその気持ちを隠していたというのもあるだろうけど……

(親ですら、ネネなら大丈夫みたいな感じだったからな……)

推測の域を出なかった考えも今では確信を持てていた
妹ちゃんが心配していたように、ネネはずっと誰かに支えて欲しかったんだろう
まだ十五歳の少女には誰にも認められずに頑張るのは少し重たすぎる

「……ネネ、何かあったら遠慮なく言えよ」

「えっ……そんな、私、ちゃんと言ってますよ……?」

「オレじゃ信用できないか?」

「ち、違いますよ。そういうことじゃないです……」

「だったら、話は簡単だ。隠し事はなし! 言いたいことはちゃんと言え!」

「その、良いんですか……?」

「当然だろ、オレはネネのプロデューサーだぞ。ちゃんとネネの事は見てるっての」

「あっ……」

やや強引に言わないとネネは動かないだろう、だからこそ荒っぽく自分の気持ちを伝える
こんな風に言われるのは初めてなんだろうか? ネネはいきなりの事に目を丸くしていたが
少しづつ表情を綻ばせて、最後には小さく「はい」と答えて頷いてくれた


「すぅ……すぅ……」

「シンデレラはお休みの時間か……」

今後の予定を話しあった後、オレはネネを家に送るために再び車を走らせていた
慣れない運動で疲れたせいか、ネネはすぐに寝息を立てて眠ってしまった
起こさないようにスピードやブレーキを調整しつつアクセルを踏む

(ま、こうやって寝てしまうのも安心してる証拠なんだろうな……)

車内は少し暖かくしておいたので、昼寝をするには丁度良い
快晴の日差しも相まって、何もしていないオレですら眠たくなってくる

普通ならネネは寝ないようにと耐えるのだろうけど
オレが言った言葉を守っているのか、素直に寝てくれている
こういう無防備な姿は、まだまだ少女なんだと改めて思わせてくれる

「……これでお膳立ては揃ったな」

仕事のためのオーディション、ライブ、様々なイベント

この世界に挑むならば、避けて通れない道は山ほどある
そして、これから出会うであろう、多くのライバルと言えるアイドル達も
オレ達と同じか、それ以上の努力を重ね、敵として立ちはだかってくる

「…………」

……やめた、今はそんな小難しい事を考えていても仕方ない
心配の種は無くならないだろうし、またネネを不安にさせるだけだ
どの道どんなやつがこようとも、オレは道を譲ってやるつもりはない
妹ちゃんに、ネネは凄いと証明するためにも、立ち止っている暇などない

(ま、これから一緒にがんばっていきますか……)

あの時、ネネに感じた直感的なものは間違っていない。今はそう思える
この小さな身体に秘めた力は、きっと彼女の望み通り、多くの人を元気づけられるだろう
だったらオレは、その力を信じて全力でサポートしてやるだけだ

後少ししたら、嫌でもオレとネネは前に進んで行かなければいけない
だったら今くらいはその事を忘れてゆっくり休んでくれ……
オレはネネを起こさないように、少し遠回りの道に向けてハンドルを切った


今日はここまで
誕生日までに完結するといいけど正直微妙なところ
ボチボチ頑張っていきます


■運命はきっといたずらに

キーン コーン カーン コーン

「じゃあ、今日はここまで。ここはテストに出すから復習しておくように」

聞きなれたはずのチャイムの音にハッとして、私はペンを置く
いつの間にか授業は終わり、帰りのホームルームの時間になっていた
いけない、ボーッとしてたみたいだ。書き漏らしたことはなさそうだけど
今日の授業はあんまり頭の中に入っていない

(後で見なおしておかないと……)

さっきまで授業をしていた先生が出ていって、交代で担任の先生が入ってきた
教室の中は「この後どこ行こう?」、「今日は部活」とかもう放課後の雰囲気になっている
それも担任の先生の「静かに」という声で一斉に静かになった

私は今日はレッスンがないから、早めに家に帰ってゆっくりできる時間がある
Pさんは勉強もアイドルの仕事の内だと言っていたので
余計な心配をかけないように、成績は維持しておかないといけない

「ネネ! この後遊びに行かない?」

「駅前の店で新作のハンバーガーが出たんだって!」

「あっ、ごめんなさい……私、今日はちょっと……」

「あらら、しょうがないね……じゃあ、また今度行こうね!」

「うん、ありがとう。今度は時間空けておくね」

ふと、目の前で先生が淡々といつも通りの連絡事項を話している時に
一番仲の良い隣の席の友達に遊びに誘われたけど、つい断ってしまった
みんなは私が妹のことであまり遊びに出かけないのを知っているので
無理にとは言わない。それでも、何かと誘ってくれるのが嬉しくて
いつ果たせるかもわからない約束をしてしまう

(でも、これからはこんな時間も減っていくのかな……?)

以前なら、休みの日を使って遊びに出かけたりしていたけど
今は平日の放課後はほとんどレッスンをしているし
休みの日も事務所に行ったりとアイドル活動に専念している

まだ私がアイドルになったことを学校の皆は知らない
先生には話しているけど、友達が知るのはちゃんとデビューしてからになる
私は元々友達が少ない方だ。この間にもまた減ってしまうのかな?
事情を言えない以上、仕方のないことなんだろうけど、やっぱり少し寂しい


「…………」

トボトボと、友達と別れた私は一人で家までの帰り道を歩く
季節は冬に差し掛かっているせいか、空気は少し冷たく感じる
少し早いかなと思ったけど、コートとマフラーをしてきて良かった

私の運命が変わったあのオーディションから数週間が経って
最初はぎこちなかったレッスンも、今では大分慣れてきていた
マンツーマンで先生が優しく熱心に教えてくれるので
私でも一づつじっくりと覚えていくことができた

(そういうのもちゃんと考えてくれてるのかな……)

このスケジュールをたててくれた、Pさんとの出会いを思い返す
私があのオーディションを受けたのは本当に偶然だった
妹にアイドルの私を見てみたいとせがまれて、それに軽く返事をしたら
いつの間にかオーディションに応募することになって
それでPさんと出会って、本当にアイドルになってしまった

もちろん、アイドルになりたかった気持ちに嘘はない
テレビが好きな私は、画面に映る色々なアイドルに元気を貰って
いつしか自分もこんな風に誰かに元気を与えられる存在なれたら良いなって
そんな風に憧れていた気持ちがずっとあった

でも、同時に私には無理だという諦めの気持ちもあった
私は特別可愛かったり、歌が上手いわけじゃない、それに妹のこともある
そんな私がアイドルだなんてとんでもないと思ってた

(あの時、Pさんは私のどこが気に入ったのかな……?)

口は凄く悪かったけど、ハッキリと私を気に入ったと言ってくれた
そんな事を言われたのは初めてで、その言葉に戸惑う私を導いてくれるように
私の不安や取り巻く環境を全部まとめて面倒を見てくれると言ってくれた

「…………」

自然と顔が綻んでしまう。素直に嬉しかったから
今まで誰にも言えなかった私の気持ちを何も言わなくてもわかってくれた
それだけで私は、あの人と共にならどんなことがあってもアイドルとして頑張っていける
そんな自分でも信じられないくらい、強い気持ちを持つことができているのかもしれない


寝てしまっていたので、昨日書けた分はこれだけです


「今日はなにがあるかな?」

いつもの商店街に並んでいる店を眺めていると、今日は果物が安いみたいだ
妹に買って帰ってあげようかな? 冬はみかんや林檎が美味しい季節だし……
財布を片手に晩御飯のメニューを考えながら歩く

両親が共働きで家の夕飯は、ほとんど私が作っている
小さな頃はお母さんが作っていてくれたけど、中学に入ってからは私の仕事だ
それはアイドルとして活動している今でも続けている

幼い頃の妹は、よく身体を壊しては入退院を繰り返していた
二人の子供を養うだけでも大変だけど、病院もタダじゃない
その内にお父さんの頑張りだけじゃ足りず、お母さんも働くようになった

そんな二人を見ている内に、私は妹の世話や家事をするようになり
妹もお父さんたちには我儘を言わず、私の言うことを聞くようになった
自慢じゃないけど、家族の仲は笑顔が絶えなくて凄く良いと思う
それでも、私は両親に負担がかかるような事はできそうにない

そんな私を心配してか、お父さんやお母さんは私のする事に口は出さなかった
アイドルになる事にすんなりと了承してくれたのもそうだろう
私がこんなこと言いだすのが嬉しかったのか
「ネネが決めたならかまわない」と、優しく言ってくれた

「そうだ、お野菜も余ってるしシチューにしよう!」

ずっと夢見てきた皆を元気にできるアイドル、それに少しだけ手が届いた
そして、アイドルになることをみんなが応援してくれていている
その事が嬉しくて、いつもの買い物も何だか楽しく感じる

今日は夜遅くまで、妹と二人で過ごす事になる
だったら、久しぶりにあの子の好きなメニューにしてあげよう
私はそう思いながら足りないものは無いかと探していた


家に帰ってきて荷物置いた後、私は制服のまま妹の部屋に来ていた
目の前では少し苦しそうに息をしながら顔を赤くした妹が寝ている
今日は余り体調がよくないみたいだ、でも今日も私にはなんの連絡もなかった

「大丈夫? 何で電話くれなかったの?」

「別に……これくらい、いつものこと…だよ!」

「いつものって……」

「お姉ちゃんは……ゴホッ……心配しなくて…良いから」

「…………」

その言葉に胸がチクリと痛んで、何を言ったらいいかわからず息をのむ
現実に戻った気がして、今まで浮かれていた自分がバカみたいだ
こんなに苦しんでいる子が目の前に居るのに……

私はいつもレッスンを受ける前に一度家に戻っている
その時に妹の体調を確認して、無理そうならPさんにお休みの連絡を入れていた
そんな事が何度かあったけど、妹はその度「心配しないで」と言ってきかない
私の事を応援するために今まで以上に辛い時は我慢しているんだろう……

(……Pさん……私……)

少し疲れたのか、妹はいつの間にか寝息を立てて眠ってしまった
私は布団を掛け直して、おでこに貼っていた冷却シートを貼り直す
一度眠ってしまえば、しばらくは大丈夫だろう

私がアイドルのオーディションに出たのは、この子が勝手に応募したからだ
妹が行動していなかったら、私はアイドルにはなっていなかったと思う
最近は私の事を心配して自分のしたいことをできるように後押ししてくれている

その気持ちは本当に嬉しいけれど
苦しむ姿を見てしまったら、やっぱり決心は揺らいでしまう
本当に私だけこんな事をしていて良いのかなと、戸惑いが隠せない

(眠ってるから、もう隠す必要はないかな……)

もう誰も見ていないと思い、私はいつもの笑顔をスッとしまって
泣きそうになる気持ちを隠そうともせずに、妹の部屋を後にした


「……ふぅ」

あれから妹の容体は安定して、今は穏やかな寝息を立てている
私はせっかく作った夕飯も食べずに自分の部屋に戻ってきては
そのままベッドに突っ伏して、暗い気持ちを消す努力をする

「どうしたら良いんだろう……?」

そう呟いたところで誰も答えてはくれない
私自身はどんなに大変でも構わないし、耐える自信もある
でも、妹が私のことで辛そうにする姿は耐えられそうになかった

レッスンをお休みした日や、今日みたいな日はどうしても気持ちが暗くなる
せっかくPさんや妹がこんなにも私のために色々してくれているのに
私自身はモヤモヤとした気持ちが晴れない

「…………」

ふと、ベッドに放り投げた携帯電話が目に入る
家族と連絡する以外はほとんど使う事は無いけれど
持っていたら何かと便利なので、一応持ち歩いている

「……出てくれるかな?」

震える手で電話帳を少しづつ移動させて、目的の人の電話番号を見つける
あれから何度か電話をしたことはあるけど、私からかけるのは初めてだ
私から連絡しても、何かがあるわけじゃないし迷惑をかけたくないから
今までかけることをためらっていた

「えっと、三回待って出なかったらやめよう……うん」

あっ、でもこっちからかけたらかけ直してくるかな……
何かあったと思われるだろうし……どうしよう……
私は変に迷ってしまったまま、最後の通話ボタンを押せないでいた


prrr……

『あい、何か用か?』

「…………」

『なんだ、なんでだんまりなんだ?』

「え、えっと……早くないですか、出るの……」

『ちょっと携帯ゲームやってたからな』

意を決してかけた電話は一瞬にして取られてしまい
私はいきなり返ってきた電話の声に何も言えないでいた
電話の向こう側では、Pさんがいつもの調子で私の返事を待っている

『ネネから電話なんて珍しいな、今日はオフのはずだけど?』

「あの、Pさんはもう仕事は……?」

『終わってるよ、育成期間の間はプロデューサーってやることなくてさ』

「そうなんですか、良かった……」

『別に仕事中でも電話の一つや二つくらいはかまわないけどな』

「もう、駄目ですよ。お仕事に集中しないと」

相変わらずのPさんの態度に自然と笑みがこぼれてしまう
さっきまで沈んでいた気持ちも少し楽になっていた
私が言っても中々聞いてくれないし、たまに鋭い意見で言い返される
毎回私の事をからかってくるけど、そんな風にしてくれるのが何だか心地よかった

『……で、わざわざかけてくるってことは悩み事かなんかか?』

「…………」

でも、私の意図も見抜かれてしまっていたみたいだ……
やっぱり今までかけた事がなかったから変に思われたのかな?
少し言葉を詰まらせてしまったけど、私は少しづつ自分の気持ちを喋り始めた


『なるほどね、妹ちゃんの調子が悪くなったのか……』

「はい、今はもう大丈夫ですけど……」

『そっか、何事もなくて良かったよ』

「ですけど、私やっぱり……レッスンもそのせいで……」

『レッスンは気にするな、それはオレもわかってるから』

溜まっていた不安を吐き出すように、弱気なセリフをPさん言い続ける
こんなことを急に言われても困ると思うけど、一度言いだすと止められそうになかった
延々と同じようなことを言っていても、Pさんは大丈夫だと根気よく返事をしてくれる

その相槌に安堵を覚えてしまって、何度も何度も求めてしまう
私はこんな風になってしまった自分が信じられなかった
今まで誰かにこんなに弱音を吐いたことはなかった
例え辛い事があっても、一人で我慢して乗り切ることが出来てたのに

『やれやれ、相変わらず心配性だな』

「本当は分かってるんです、私のためにしてくれてるって」

『…………』

「でも、それが逆に辛くて……なにも言えなくなって」

『……なぁ、ネネ。オレは難しいことはよく分からねーけどさ』

「えっ、は、はい……」

『そう思うなら、ネネも返してやれば良いんじゃない?』

「返すって……何をですか?」

『そりゃ、妹ちゃんが一番喜ぶ方法でだろ』

何を今更という感じでPさんが言ってくれた
多分、電話の向こうではしてやったりって笑ってるんだろうな
でもその言葉は、間違いなく今の迷いに対する一つの答えだったと思う

「Pさん、私にできますか……?」

『何回も聞くなって、手伝ってやるからさ』

「は、はい! ……えっと、あの……あ、ありがとうございます!」

『……別にお礼を言われるようなことはしてねーけど』

「良いんです! 私が言いたかっただけですから……」

何気なく、Pさんに電話をかけてしまった理由が今なら分かる
Pさんは難しく考えることが苦手だと言っていた
私は簡単に考えることができずに、難しく考えてしまう

だからこそ、私はPさんに頼ってしまうんだろう
きっと私が悩んだ時には道を示してくれる
そんな不思議な安心感が私はずっと欲しかったんだと思う


ガチャリ

気分を落ち着けて、再び妹の部屋のドアを開く
妹は起きていたようで、今は何かの本を読んでいた
私はスッと息を吸い込むんで気持ちを入れ替え、彼女に近づいて行く

「……もう起きてても大丈夫なの?」

「うん! 今はしんどくないし、寝すぎちゃったから眠れなくて」

「そう、シチュー温めてきたけど食べるかな?」

「わぁ、食べる! ありがとう、お姉ちゃん!」

シチューのお皿とスプーンを手渡すと、お腹が減っていたのか勢いよく食べ始めた
好きなものということもあるけど、身体も温まるし食べやすいからよかった
「美味しい」と言いながら頬張る妹の姿を見ていると、私も嬉しくなってくる

「……私ね」

「なにお姉ちゃん、改まっちゃって?」

「今までみたいに一緒にいてあげられる時間が少なくなってごめんね……」

「もう! それは良いって言ってるのに!」

「……でも、頑張るから。今はまだ全然だけれど」

「私の事を見てあなたや、ファンの皆が元気になってもらえるように」

「そんなアイドルに絶対なってみせるから……だから、少しだけ待ってて」

「…………」

言葉を選びながら妹に自分の思っていたことを全部話した
そういえばこんな風に言ったことって今までなかったかな……
妹は珍しく驚いた顔をしていて、私の顔をずっと見ていた

沈黙が二人の間を包み、窓に吹き付ける風の音が聞こえる
その時間は十秒か一分か、過ぎる時間の感覚さえ曖昧にして
やがて、止まっていた時間を動かせる合図のように妹が笑った

「……なに、兄ちゃんの入れ知恵?」

「そ、そんなんじゃないよ……」

「へへっ、でもお姉ちゃんがそう言ってくれてあたし嬉しいな!」

「…………」

「……頑張ってね、あたしもずっと応援してるよ」

年下とは思えないような大人びた顔と、いつもとは違う落ち着いた口調
でも、その言葉の一つ一つが、私の事を本当に思ってくれているのが伝わる
私の方がお姉ちゃんなのに、胸が熱くなり、泣きそうになってくる

「それより、明日は兄ちゃんところに行くんじゃなかったっけ?」

「あっ……うん、あしたはお休みだから事務所に」

突然元に戻った妹の雰囲気に、私はハッとなる
目の前の姿はいつもの悪戯っ子のような顔をしている
さっき見せた様子など、まるでなかったかのような感じだ

それでも、この胸には締め付けるような熱い感じが残っていて
きっと少しだけあった壁みたいなのが、崩れたのかな……
おどける妹を窘めるように返事しながら、いつしか私も笑っていた


翌日、私は所属しているプロダクションに来ていた
視界に納めるのがやっとな程の大きさのビルの前に立つ
私はレッスンは地元で受けているし、Pさんもこっちに来てくれるので
ここに来たのは片手で足りる程でしかない

今日はいつもより気温が低くて、耳や手は冷蔵庫で冷やされたように冷たくなっていた
吐く息が白く染まり、吹く風に身体を震わせてはコートをギュッと掴む
そんな冬を感じさせる空気が、私の不安を駆り立てる

(Pさん……私たち本当にここに所属してるんですよね……?)

毎回、このビルを見る度にそんなことを思ってしまう
大きなプロダクションというと、ビシッとした人が多いイメージだけど
Pさんは全くそうは見えないし、本人も「なんで受かったかわからない」と言っていた

私自身もPさんと共に頑張っているけれど、未だに実感はわかない
こんなこと言ったらPさんは怒るだろうけど、私はアイドルには見えないだろう
そんなアイドルとプロデューサーがいるのは何だか可笑しく思える

知っている限り、所属しているアイドルや有名人の数はかなり多く
第一線で活躍している人や、有望株と言われている子
私と同い年の子も何人もいるけど、私なんかより数倍は凄い

「えっと……17階だったかな……」

Pさんからのメールを見ながら自分の行き先を再確認する
忘れないように持ってきた社員証を首にかけて、キョロキョロと辺りを見回す
プロダクションは絶え間なく人が出入りしていて、私のように立ち止っている人はいない

「ちょっと緊張してきちゃった……」

約束の時間まで後少し、あんまりゆっくりもしていられなさそうだ
いつまでもボケっと立っていても仕方ないので、心を決めて中に入っていく
守衛さんに社員証を見せる時、あたふたとしてしまったけどなんとか進むことができた


エレベーター近くの簡単な地図を見ながら、自分の目的地を探す
部屋がいくつもあるのでA~Gくらいまで記号がふられている
数十階あるビルの一つなのにこれだけ部屋があるって凄いな……

こういう場所には縁がないので、間違わないように何度も確認をしてしまう
同い年の子でもこういう経験をしている子は、ほとんどいないだろう
仕方ないといえば仕方ないのかもしれない

(いつまでも弱気なこと言っていたら駄目ですよね……)

自分自身を鼓舞するように言い聞かせて、私は勢いよく歩きだした
しかし、急に視界が真っ暗になったかと思うと軽い衝撃が襲う
振り向いて歩きだした拍子に、誰かにぶつかってしまったみたいだ
幸い、互いに倒れることは無かったけどぶつかったところがちょっと痛い

「す、すいません! 私、うっかりしてて……」

「私は大丈夫、貴方の方こそ怪我はない?」

慌てて頭を上げると、目の前にはいきなりのことにもかかわらず
冷静な顔をしてこちらを心配している女の人がいる
凛としたその姿は、このプロダクションの人なのかな……?

「……私は大丈夫です。本当にすみませんでした」

「あら? あなた確か……」

「えっ……私がなにか?」

「Pさんのとこの子よね、栗原ネネちゃんだったかしら?」

「は、はい……そうです」

不意にあげられた、Pさんと私の名前にドキッとする
この人はPさんの知り合いで、私のことも知っているみたいだ
どこかであったのかな? 記憶を探ってみるけど思い当たる節はなかった

「あの、私を知っているんですか?」

「あぁ、ごめんなさいね。私は兵藤レナ。貴方のプロデューサーとは知り合いよ」

「そうなんですか、ここで働かれているんですか?」

「ふふっ、そうね。私もアイドルなの、貴方と一緒でね」

素直に驚いて「えっ」と口から変な言葉が出てしまう
アイドルというより、妖艶な雰囲気を持った大人の女優という感じがして
私の知っているアイドルとは似ても似つかない

(この人も、アイドルなんだ……)

「どうかしたの? やっぱり変かしら?」

「い、いえ!? そ、そんな事ないです。少し驚きましたけど」

考えを読まれていたのかな、急に言われた言葉に慌てて手を振って否定する
そんな私の姿を見て、レナさんはクスクスと口に手を当てて笑っている
でも、レナさんの鋭い目の前では隠し事などはできなさそうだった


兵藤レナ(27)
http://i.imgur.com/xgMnchA.jpg


「確か、レッスンは地元で受けていたって聞いたけど。今日はPさんに会いに来たの?」

「えっ……そうです。休日なので」

「そう、こうして会えたのも何かの縁かしらね。これから宜しくね」

「……あの、レナさんはPさんの担当アイドルなんですか?」

少し疑問に思っていた事だ、Pさんとは仲が良いみたいだけどどういう関係なんだろう?
私はプロダクションで働いているPさんのことはあまりよく知らない
聞いても、あんまり教えてくれないっていうのもあるけど……
少なくとも担当アイドルは私だけとは聞いていたから、レナさんの立ち位置が気になっていた

「ふふっ、残念ながら違うわよ。私はPさんの自称親友プロデューサーと一緒にアイドルをしてるの」

「自称……親友」

そう言えば、以前に聞いたことがある。Pさんがこのプロダクションに入った頃
同期の人が沢山いたらしいけど、Pさんともう一人の人を残してみんな辞めてしまった
Pさん自身は「人付き合いは好きじゃねーから、丁度良いよ」と言っていたけど
その人とは、同僚として他の人よりは仲良くやっているって

「その内、貴方も会う事になると思うわ。ま、Pさんにプロデュースしてもらうのも面白そうだけど」

「Pさんってそんなに凄い人だったんですか?」

「そうじゃなくて。なんとなく、とんでもない事やってくれるんじゃないかって楽しみにしてるわ」

「こんな事言ってるとプロデューサー君が怒るけど……私、度胸のある人って好きなのよ」

「は、はぁ……」

レナさんの真意はよくわからないけれど、Pさんの事は気に入っているみたいだ
その口ぶりからすると、Pさんはこのプロダクションでも異端な存在なんだろう
思い返してみると、このプロダクションで話した人は数人いるけど
どの人もPさんとは違うと感じがした。レナさんの言う何かがあるというのも分からなくもない

それが良いものなのか、悪いものなのかは私には分かりそうにないけれど
運命はきっといたずらに私とPさんを出会わせたんだと、そんな気がする
こうやってPさんが認められるのは、何だか自分が褒められているみたいで嬉しかった

「あら? もう、こんな時間……ごめんなさいね、引きとめちゃって」

「あっ、そうですね。私もそろそろ行かないと」

「ふふっ、今度またゆっくりお話ししましょうね」

「はい! また、宜しかったらお願いしますね」

話をしていると、いつの間にか結構時間が経っていた
早めに来るために確保していた時間は、もうほとんど残っていない
レナさんが手をひらひらとさせながらエレベーターに乗っていくのを見送ると
私はPさんの待つ会議室へと向かって行った


「し、失礼します……」

「おっ、来たか。そこら辺に適当に座ってくれ」

おずおずと開けたドアの先に見えた会議室の中は凄く広くて
私とPさんの二人だけが話すにはスペースはかなり有り余ってしまっている
Pさんは何故か隅っこの方に座っていて、ノートパソコンをカタカタと叩いていた
私は少し考えた後、とりあえずPさんの隣の席にチョコンと腰を下ろした

「凄く大きな部屋なんですね」

「たまには取ってみようかなと思ったら、こんなとこしか空いてなかったよ」

私達はいつもプロダクションの近くの喫茶店で話をすることが多い
Pさんは会議室の予約が取れなかったからと言っていたけど
こんな広い部屋だと落ち着かないという理由もあったのかな?

「そう言えばPさんは、兵藤レナさんとはお知り合いなんですか?」

「ん? なんだ、レナさんに会ったのか?」

「はい、さっきエレベーターの前で」

「そっか、オレもそんな話したことないけど変わった人だよな」

「そんな、失礼ですよ……」

「ははっ、褒めてるんだよ。正直オレもあの人は気に入ってるしな」

「Pさんがそんなこと言うなんて、意外な感じがします」

「魅力や度胸も申し分にないからな、素人のオレでも惹きつけられるよ」

「…………」

「ん? どうかしたのか?」

「Pさんは……私のプロデューサーですよね?」

「何言ってんだよ、当たり前だろーが」

Pさんが人を褒めるなんて珍しかったので、少し拗ねてしまった
そんな私の気持ちが分かっているのか、Pさんは優しく笑っている

私はPさんに良くしてもらっていて、まだなにも返せていないから
いつか見限られてしまうんじゃないかという不安がいつもあった
そんな時にはキッパリと否定してくれるので
その言葉が聞きたくて、こういう質問をしてしまう時が度々ある


「そんなことより、これを見てもらっていいか?」

「これって、何ですか?」

「ルキちゃんと話してたんだけど、そろそろネネのデビューの時期だからさ」

ルキちゃんというのは、私の先生のトレーナーさんの事だ
ルーキートレーナーだからルキちゃん。Pさんのセンスはしばらく理解できそうにない
Pさんに向けられたノートパソコンの画面には、色々なTVやラジオの局
それに聞いた事もないような雑誌の名前がずらっと並べられていた

「営業先やイベントの情報だ、オレもこんなにあるなんて驚いてたとこだよ」

「えっと、これを全部するんですか?」

「そんなわけないだろ、これから絞っていくんだよ」

「そ、そうですよね……良かった」

「にしても、ある程度知名度がないと門前払いだからな……どうしたもんかね」

画面を見つめながら、二人で「うーん」と首をかしげて考え込む
デビューしたてのアイドルと言うのは、誰にも知られていない
それだけによっぽどのことがない限りは、イベント何かに使いたいとは思わないらしい

「本来なら最初は先輩アイドルについて行って、知名度を稼いでいくらしいけどな」

「私達はその方法が使えないんですよね……?」

「だね、丁重にお断りされてしまったよ」

「…………」

「大丈夫だ、心配するなよネネ」

「はい……」

自分の置かれた状況は特殊なんだって、改めて思い知らされる
プロダクションの中では有名なトレーナーさんや豪華な環境が揃っているけど
それを利用せずに、私は地元の小さなレッスン場で一人練習をしている

先生はとっても素晴らしいけれど、それは誰にも伝わっていない
私は周りから見れば実力が相当低く見られているのだろう
だったら、そんな子と一緒に仕事をしたいとは誰も思わないと思う

「……ふぅ」

「まぁ、その、なんだ。手段が無くなったわけじゃないからな」

「大丈夫ですPさん。私、どんな事でも頑張りますから!」

笑顔でPさんの言葉を遮るように語りかける
Pさんが私を信じてくれているのだから、私はそれに答えるだけだ
歩は遅いかもしれないけれど、今は前を向いて進むしかないと思うから


二人であれこれ相談をしながら、仕事の方向性を決めていく
まず、知名度がある程度ひつような場所には取り消し線引いて
全国ネットやイメージに合わなさそうなところも対象から外す

「いっぱい消えちゃいましたね……」

「しょうがないさ、まぁこんなところだろうな」

「でも候補が残ってて良かったです!」

「前向きで結構、とりあえずアポは入れておくから」

「はい、元気にいきましょうね! Pさん」

「……そうだな」

眉間にしわを寄せながら小さくガッツポーズを作る
デビューの日程が決まって、待ちに待ったアイドルとしてのお仕事
まだどんな事をするのか想像がつかないけれど、胸の高鳴りは抑えられそうにない
Pさんは頬杖をつきながら、そんな私を小さく笑いながら見つめていた

「また訪問する事になったら連絡するよ。平日とかでも大丈夫か?」

「レッスンと変わらないので、時間はありますよ」

「…………」

「あの、どうしたんですか?」

「……やべぇ、忘れてた」

「へっ……?」

「ネネの衣装……」

「あっ……そ、そういえば!?」

口を真一文字に結んで、しまったという顔をしているPさんと
「どうしましょう!?」とPさんのスーツを掴んで慌てている私
言われてみれば、ファンの前に出るのに私服で行くところだった
それが駄目というわけじゃないけれど、衣装は必ずどこかで必要になる

自分のための衣装が無いアイドルなんて聞いた事もないし
アイドルとしてのカラーをハッキリさせる為にも着ていかないといけない
同じアイドルでも衣装を変えるだけで、イメージが180度変わる
普通の子でも衣装を着るだけで煌びやかに見える。それくらい大事なものだ

「ま、まぁ……そっち方面もちょっと急ぎで当たってみるよ」

「うぅ……すいません。私、忘れてました……」

「いや、それはオレの仕事だからな」

これからデビューという時にいきなり躓いてしまった
時間が無いので衣装のことはPさんに全部やってくれるみたいだ
互いに未経験ということが、これからもこんな風に響いてくるんだろう

(私も頼ってばかりじゃいけないですよね……)


それから家に戻った私は、いつものように妹の部屋に訪れていた
今日は休みで、お母さんたちが家にいるから安心して出かけることができた
妹はいつも通り部屋で本を読んでいたが、私が来ると話を聞かせてとせがんできた

「へへっ、衣装忘れるなんて兄ちゃんらしいね!」

「笑い事じゃないよ、でも間に合いそうで良かった……」

「で、お姉ちゃんはいつからデビューなの?」

「正式なデビューは明日からかな」

「まだ雑誌の端っこに小さく書かれるだけだし、何もしてないから友達には言わないつもり」

「へぇー、そうなんだね」

脚をパタパタとさせながら、私の話を聞いてくれる
普段からあまり人と話さない私にとって妹は凄く良い話し相手だ
こうやって何でも言える相手がいるのは、それだけで気が楽になる

今日はレッスンを受けたわけじゃないし、特に目新しい事はしていないけど
プロダクションの中の話や、Pさんと話した事、食べたご飯とかの話をした
そんなどうでもいいような事でも、目をキラキラとさせて聞いてくれるので少し照れる

「あれっ? そう言えば……」

話の最中に急に何かを思い出したように、妹が不思議そうな顔をする
私は何か変なこといったかな? と心配になったけど
自分の喋った言葉の中に、妹の琴線に触れるような事は無かったはずだ

「どうしたの? 私、なんか変なこと言った?」

「ううん……その兵藤レナさんって言う人、どっかで聞いたことあるなぁって」

「えっ!? そんなことないはずだよ、私と同じ時期にアイドルになったのに……」

「……あった、これだと思うよ!」

手元に置いてあった雑誌をパラパラとめくり、ある一ページで止めて
私の目の前に差し出してくる。それは化粧品の広告だった
化粧品なんてそれほど興味の無い私なら気にも止めないページだけど
何度も本を読み返すのが癖になっている妹は覚えていたんだろう

その広告に写っているのは紛れもなくレナさんだった
それはまるでもう何か月もアイドルとして活動してきたかのように
堂々としていて、私はそのページに魅入ってしまっていた

(そんな……もう、こんなに……)

たかだか一か月程度だと思っていた自分の考えは甘かった
仕事を取れるかさえわからなくて、四苦八苦しているうちに
同じ時期にアイドルになった人は立派に仕事をこなしている


「…………」

私は言葉を失っていた。レナさんが特別だったのかも知れないけど
このまま、一か月、二か月後にはどれだけ差がついているのだろう?
他にも同じように努力している人達には、追いつけるのかな……?

アイドルになれただけで安心しきっていた自分が情けなかった
夢が叶って、皆を元気にできると思っていたけど
そう想っているのは、なにも私一人だけじゃないんだ……

これ以上はその広告を見ていられなくて、雑誌を閉じてしまう
仕事を取るためにはこんな人たちの中で目に留まらないといけない
とてもじゃないけど、私にそんな輝きがあるとは思えなかった

「……お姉ちゃん?」

「…………」

「おーい、どうかしたの?」

語りかけてくる妹の声にすら返事をするのが億劫だった
でも、この事実を今の内に知っておいて良かったのかもしれない
オーディションなんかで、目の前で実力の差を見せつけられたら
私はきっと耐えきれなくなって泣いてしまっていただろうから

「ごめんなさい……少しボーッとしてたみたい」

「へへっ、いつもの事だし大丈夫だよ。それよりその人が気になるの?」

「ううん、特別気になるってわけじゃないんだけど……」

「お姉ちゃんと一緒の時期に入った人なんだね」

「うん、これだけ差がついちゃったんだなって……」

「そんなに凄かったんだね……でもお姉ちゃんだったらすぐに追いつけるよっ!」

「私にもPさんや先生がいてくれるから大丈夫かな……」

いつものように顔は笑顔にしたままだけど、言葉は隠すことはできなかった
でも、感傷的な気持ちを振り払うように自分自身に言い聞かせる
Pさんがいくら頑張っても、私がこんな気持ちならどうしようもなくなる

「やっぱり心配事は消えないの?」

「ちょっとビックリしちゃったけど、私も負けてられないから……」

「うんうん、その意気だよ! お姉ちゃんの初仕事、期待してるからねっ!」

アイドルになった私の話を聞く妹は、とても楽しそうだ
今まで見せたことないような笑顔で私のことを励ましてくれる
それだけでも、私はアイドルになって良かったと思っていた


「……準備はできたか?」

「はい、バッチリです! この衣装、とっても素敵ですね」

「気にいって貰えてよかったよ、ネネのイメージにも合ってるな」

あれから数日後、私は地方の小さな会場に来ていた
そこでは地方紙のモデルを決めるための審査が行われていて
合格すれば、特集の何ページかの仕事を貰える

歌はないらしく、見た目や立ち振る舞いを注目されるみたいだ
ステージに立つ衣装に身を包み、審査員の前で話を少しするだけ
少し緊張するけれど、なんとか乗り切れそうだ

「頑張ってね、ネネちゃん! わたしも応援してるから!」

「は、はい! 笑顔で頑張ってきますね!」

「ったく、ルキちゃんは心配しすぎだっての……」

「そんなこと、教え子の初仕事となれば黙っていられませんよ!!」

トレーナーさんも今日は私のためにここに来てくれていた
なんでもこういう場所は他のアイドルを見るいい機会らしい
いつものようにPさんにからかわれて、怒っているけれど
私の周りにはちゃんと応援してくれる人がいるんだって安心できた

「ネネちゃんの衣装ってPさんが考えたんですよね? これ、この時期に寒くないですか?」

「室内だから大丈夫だろ。まぁ……外は知らないけど」

二人が私を眺めながら、衣装について話し合っている
踊り子をイメージしたらしい衣装は露出が多くて、確かに冬には少し肌寒い
それにこんなに肌を見せるのは初めてだったので、ジッと見られると恥ずかしかった

「ネネ、寒くはないか?」

「はい、ここは暖かいから丁度良いくらいですよ」

「そうか、とりあえず開始まで上着貸しとくから羽織っといてくれ」

「あっ、ありがとうございます……」

Pさんの大きな上着を羽織ると、少し感じていた寒気は消えていった
男の人の上着ってこんなに大きいんだな……
私は照れを隠すように、上着をギュッと掴んで身を包ませる

「あの、Pさん……ちゃんと見ててくれますよね?」

「……ん? あぁ、もちろんだよ」

「私、Pさんが見てくれるだけで……力が湧いてきます」

自分で恥ずかしいセリフを言ってしまい、身体が熱くなるのを感じる
でも、その言葉に嘘は無くて、自分でもよくわからないけど
そばにいてくれるだけで、私はこの仕事に挑む勇気が沸いていた

(頑張ろう……私を応援してくれる皆のためにも……)

ここまで来たらもう引き返すことはできない、小さく息を吐いて前を見据える
周りには私と同じように、この審査会に挑むアイドルの人達がいる
私にどこまでできるかわからないけど自分にできることをしよう
久しぶりに持てた強い決意を胸に私は自分の時間が来るのを待っていた


栗原ネネ(15)
http://i.imgur.com/MpoTsdV.jpg


帰りの車の中、重苦しい雰囲気が車内を包んでいる
Pさんも運転をしながら難しい顔をして、さっきからずっと黙っている
後ろではトレーナーさんが申し訳なさそうに俯いている

「……すいません、わたしの認識不足でした」

「もういいって、オレも甘くみすぎてたよ……」

謝る声に、それを返す言葉。さっきから何度も繰り返されたやり取りだ
私はどうしたらいいか分からず、二人を交互に見ることしかできない
結果はまだ来ていないけど、あの審査会に私は受かることはないだろう
それくらい、実力の差がハッキリと出てしまっていた

「Pさん……私……」

「おいおい、ネネまで落ち込んでるのか?」

「で、でも……!」

「失敗したかもしたところで、気にしすぎてても仕方ねーだろ……」

審査会で他のアイドルの審査を見ていた私達は、驚いて何も言えなかった
みんなキャリアが浅いとは思えない程にしっかりとアピールポイントを持っていて
逆に私は自分のアピールポイント、つまり前面に出す部分が何もなかった

「ルキちゃんの言うとおり、ネネの売り出す部分が見えてなかったな……」

「はい、わたしが満遍なくレッスンしてたのが仇になりました……」

審査が進むほどに、Pさんはイラつきを募らせて、トレーナーさんの顔は青ざめていった
私も二人に心配かけないようにと精一杯頑張ったつもりだけど
私達を見つめる審査員の目は、興味がないものだったのが私でも分かってしまった

「Pさん、ごめんなさい……私」

「ネネが謝ることは何もねーよ。ついでにルキちゃんも謝らなくていいから」

「つ、ついでってなんですか!?」

「……初回はこんなもんだ、足りないものが見えただけでもめっけもんだよ」

そう言って、Pさんはハンドルを切る。もう気持ちは切り替えているみたいだ
その目はまっすぐと前を向いていて、でもちゃんと悔しい気持ちは覚えてて

(凄いな……私ならしばらく引きずってしまうのに……)

そんなPさんを見ていると、私も少しづつ前向きな気持ちになれていた
元々、初めてで躓かないなんて保証はどこにもなかったのに
必ず成功しなければならない、そんな強迫観念みたいなものがあったのだと思う
それが解消されただけでも、落ち着くには充分だった


寝ます。とりあえずここまで
思った以上に話が進まなくて焦る
後四日で書き切れるか……


どこにでもありそうなコンビニの駐車場にPさんは車を止める
Pさんがトレーナーさんを家に送る時はいつもここに駐車しているらしい
そこはトレーナーさんの家の近くで、私の家よりも近かったので先にここに来た

私の家の周りとよく似ていて、辺りを見回すとすぐ近くに住宅街が見える
空はもう夕方になっていて、歩いている人達のほとんどが
買い物帰りや、用事の後で今は家路に向かっているんだろう

「ルキちゃん、着いたぞ」

「…………」

Pさんが後部座席に座っているトレーナーさんに声をかけるけど、その返事は返ってこない
ここに近付くにつれて、トレーナーさんは俯き、何かを堪える様にジッと喋らなくなっていた
その理由を口にすることはなくても、私とPさんには痛いほど伝わっていた

周りにおいていかれた私、そのことが見通せなかったと悔しそうにしているPさん
トレーナーさんも指導者として今回の結果にショックに感じているんだろう
「わたしはお姉ちゃん達みたいに……」とポツリと呟いたのを私は聞いてしまった

そんな沈んだ空気が取り巻く中、Pさんだけがいつもの調子を取り戻していたけど
私達はそれに答える気力もなくなってしまったのか、口を塞いでしまっていた

「降りたくないか……」

Pさんがそう言った後は、耳鳴りがしそうなほどの静寂が包み、心臓の鼓動まで聞こえそうになる
私は何も言えないまま、首を少しだけひねらせて後部座席を眺めるPさんを見ていた
何を言うつもりなんだろう? 私には今のトレーナーさんにかける言葉はみつからない

「長々と言うのは得意じゃないから一言だけな」

「…………」

「ルキちゃん。これからもネネをよろしく頼む」

「えっ……」

「オレはネネのレッスンを任せれらるのは、君しかいないと思ってる」

淡々と、それでも強く優しい言葉でPさんは喋った後に優しく笑う
その見覚えのある姿にドキッと心臓が跳ね上がる

あの時に私に見せてくれた、この人とならきっと大丈夫だと
そう思わせてくれるとっても大らかな優しい笑顔だ
その笑顔が再び見れたのが嬉しくて、私の胸は自然と高鳴っていた


「そうだろ、ネネ?」

「はい、私はまだまだですから……これからもお願いします!」

急にPさんがこっちに質問を投げかけてきたけど、私もすぐに反応できた
代わりに言ってくれた言葉は、一言一句違う事がなかった私の本心で
私も迷うことなくPさんの意見に肯定する

「ネネちゃん……Pさん……グスッ……ありがとう…ございます」

「……にしても、ルキちゃんって意外に泣き虫なんだな」

「もう、Pさん! そんな言い方……!」

「良いんですよ……ヒック……本当の事ですから」

溢れる涙を手で覆うけれど、それはとても止められそうになくて
トレーナーさんは子供のように泣きじゃくっていた
Pさんはやれやれと言いながらハンカチを渡して、その姿を見ないように前を向く

人が泣く時って悲しい時だけだと思っていた、自分がそうだったから
でも今、私の後ろで泣いているトレーナーさんは安心して泣いているんだろう
きっと、今回の結果が全部自分の責任だと思って、謝るしかないと思ってたのかな?

みんなどこかに不安を持ってて、それに気づいた時にどうしたらいいか分からなくて
でも、そんな時に「大丈夫だよ」って言ってくれる人がいれば、怖くなくなる
技術が凄いとか、お話が上手とか、そういうのとは全然違うもの
その人だけが持てる特有の安心感。それをPさんは持っているんだと思う

「Pさん……」

「ん?」

「私、Pさんを信じて良かったなって思えます……」

「今更気づいたのか、見る目が少し成長したみたいだな」

いつか、私もこんな風にアイドルとして誰かを元気にさせてあげたい
おぼろげだった目標は少しづつ形になっていき、私の胸に刻まれていく
いつの間にか沈んでいた気持ちも、どこか晴れやかなものになり
私とPさんは二人黙って、目の前のコンビニの放つ淡い光を眺めていた


トレーナーさんと別れて、再び走り出した車の中でラジオから聞き覚えのある曲が聞こえる
さっきまではつける雰囲気じゃなかったので、Pさんは自粛していたみたいだ
ちゃんと聞いているわけじゃないけど、たまに流れる懐かしい曲が好きらしく
Pさんは車を走らせる時はCDじゃなくてラジオをつけていた

「Pさんって、よくあんな時に話せますね……」

「それって褒めてくれてるの?」

二人きりになれたので、私はさっきの思っていたことをPさんに聞いてみる
重苦しい雰囲気の中でも、それをものともせずに自分の言いたいことを言える
私には到底できそうにない事だったので、少し羨ましかった

「……特に何も考えてないだけだよ」

「そうは見えないですよ……信じられないです」

「ま、オレにできることはそれくらいだからな」

「そんなことないです、Pさんはいっぱい頑張ってくれてますし……」

「……なぁ、ネネ。今日のこと、悔しかったか?」

唐突に、Pさんの表情が真剣なものに変わる。でもそれは少しだけ悲しそうで
赤信号で車が止まったのと同時に、私のことを見つめて何も言わないままだ
いつもみたいに冗談を言われるのかと思っていたけど、そんな雰囲気は一切ない

「オレは凄く悔しかったんだよ」

「確かにそんな感じはしてました……」

「あぁ……でもな、どっかで仕方ないかとも思ってたんだ」

「…………」

「正直に言うと、オレはプロデューサーなんかに興味は無い」

「そ、それってどういう事なんですか!?」

Pさんのいきなりの発言に、思わず驚いて声を張り上げてしまった。
プロデューサーに興味がないって……? 私のこと見てくれているのに……?
たった数秒の間に私の頭の中は焼けついてしまって、まとな答えが出てこない

「怒るなよ、実際にたまたま受かったのがここってだけだからな」

「でも、そんなの……」

「勝手な話だよな……」

「Pさん……その、言ってることがよくわかりません……」

「オレは経験もなければ、人付き合いも良いわけじゃない」

「そんなオレにはネネをすぐに輝かせることはできないかもしれない」

「Pさん、止めてください……そんなの聞きたくないです!」

否定的な感情が聞きたくなくて、耳に手を当てて聞こえないようにする
それでも大きめの声で喋っているせいか、嫌でも聞こえてきてしまう
その先に続く言葉が怖くて、身体が小さく震え始めていて
Pさんが弱気になっていると、私はどうしたらいいのかわからない


いつの間にか車は路肩に止まっていて、ハザードのチカチカという音が鳴り響く
ラジオは切られていて、今日二度目の静寂が私達を包んでいた
しかしそれは私に襲いかかり、静けさにこれほど恐怖を感じたのは初めてだった

「……なぁ、ネネ。そんなオレでもお前の夢は叶えてやりたいとは思っているんだ」

「どういう……ことなんですか?」

「プロデューサーには興味無いけど、ネネがアイドルになることには興味がある」

「…………」

「それくらい、初めて合った時のネネに衝撃を感じてたってわけだよ」

Pさんの言っていることは、さっきから繋がりがなくて混乱してしまう
きっと、私のために言葉を選んでくれているのだろうけど
さっきの否定的な感情が尾を引いていて、まだ気持ちの整理がつかない

「だからこそ、今回の事態が読めなかったのが悔しいし」

「ネネのことをちゃんと見ていなかったから、仕方ないかとも割り切れた」

「それだったら、期待に答えられなかった私だって……」

「ネネは充分やってくれたよ。気にすることはない」

「そんなこと言われても、そうは思えないです……」

「……前を向け、オレが魅せられたアイドルはきっと誰にも負けないくらい輝いてくれるさ」

「わ、私がですか……?」

「あぁ、違うか? オレはこれでも本気で思ってるんだ。失敗なんざ次にいけばいい」

「誰に言われたわけでもないのに、自分で勝手に無理だと思いこむなんてバカバカしいだろ?」

「でも、私は……」

「あんまり考え込むな、ネネだってちゃんとここでは分かってんだろ?」

不意に、Pさんは親指で私の胸の間をトンと叩くと
いつも私をからかう時のような、悪戯っ子のような顔で私を見ていた
その姿に少しだけ安堵をおぼえて、Pさんの言いたいことが少しづつ伝わってくる

突かれた部分が少し熱くなってきて、自然とはにかんできてしまう
興味は無いんだけど、私のために全力を尽くしてくれると言ってくれた
少し捻くれた、でも私の心に響くPさんらしい励まし方で……

「ま、オレも明日から対策を勉強しとくさ、今はまだ焦る必要はない」

「は、はい! 私もレッスン頑張りますね!」

「結構結構……にしても、ネネもツイてないな。オレみたいな新人に捕まって」

「……だったら、Pさんも私みたいなのんびりした子を捕まえて、ツイてないと思いますよ」

「言うようになったね」

「Pさんにいつも言われてますから」

お互いに、おかしくなってしまってプッと吹き出してしまう
時間がかかったけど、やっと二人揃っていつものように笑えるようになった
今では失敗して良かったとすら思える。失敗していなかったらこうして
Pさんの本心を聞けなかっただろうし、私自身も大切なことに気付けなかっただろうから


寝ます、ひとまずここまで


「ネネの家にも到着だな」

「あっ、本当ですね」

Pさんと二人で話していると、いつの間にか自分の家の前に着いていた
仕事に絡む重要な話していたわけじゃない、他愛もない学校で話すような話
でもそれが楽しくて、時間が過ぎていくのも忘れていたみたいだ

「ご苦労様だったな、疲れたか?」

「んっ、ちょっとだけですけど。疲れちゃいました」

「なら今日はゆっくり休んで、また明日から頑張って行こうぜ」

普段は感じることの無い緊張の連続だったせいで、素直に疲れたと言ってしまった
でもその疲れはどこか心地よくて、目を瞑ればそのまま眠れそうな程だ
すっかり暗くなっていた外の中で、家の放つ明かりが少し眩しく感じる

「どうした、降りないのか?」

「……Pさんはやっぱりいじわるですね」

「はぁ? 何言ってんだ」

「プロデューサーに興味無いって言われると、私は不安になります」

「……悪いな。あんまり上手い事言えなくってさ」

「わかってます。ちゃんとその後に励ましてくれましたから」

少しだけ、さっきのことに思いだして拗ねてしまった。怖かったのは確かだから
でも本気で怒っていたりするわけじゃないから、顔は笑ったまま
そんな私に、Pさんは困ったような表情でポリポリと頬をかいている

「ま、オレに足りない分は頭を下げてでも補うさ。それにルキちゃんもいてくれるしな」

「駄目ですよ、Pさんばっかり頑張っても!」

「なんだよ、別にそんなことないって」

私のために頑張ってくれるのは凄くうれしいけど、そのために無理はして欲しくはない
それだけは覚えておいて欲しくて、ついついうるさく言ってしまう
結局、私はすぐに車を降りることはなく、しばらくPさんを叱っていた


それから私とPさんは色んなところに営業に回ってみたけど
結果はどこも惨敗で、惜しいと思えるような結果すら残せないままだった
Pさんは「仕事は山ほどあるんだから次に行けばいい」と毎回のように言っている

トレーナーさんも色々考えてはくれているけど、まだコレと言った具体性が掴めずに
毎回Pさんに頭を下げては、申し訳なさそうにしていていた
それでも、二人の目は諦めの色は無く、私もあの時みたいな不安は感じない

「へぇー、あの子新曲出したんだね」

「…………」

ふと、垂れ流していたカーオーディオから、聞いたことの無い曲が聞こえ始める
私の好きなアイドルで、少し暖かい車内に心地よい優しい感じのする曲だ
きっと、この曲も沢山の人に聞かれては、私のように聞きいってしまうんだろう

「素敵な歌ですね……」

「ネネはこういうのが好きなのか?」

「はい、元気な歌も好きですけど。こういう落ち着いた歌も好きですよ」

普段からテレビをよく見ているせいか、音楽には詳しい方だ
意外とは言われるけど、アイドルの新曲は大体覚えている
元々好きだというのもあるし、何度も聞き返してしまうからだ

「……そういや、ネネって休みの日には何してるんだ?」

「私ですか? 用事がなかったら、家にいることがほとんどですけど……」

「インドアなんだな、外に遊びに出かけたりとかは?」

「友達と出かける時は、買い物とか、お茶したりしてます」

急に、Pさんが私のことについて色々と聞いてくる
それは私の私生活だったり、好きな物とか今まで聞いてこなかったプライベートだ
Pさんは他人のプライベートに興味なんてなさそうだったのでちょっと驚いた

「Pさんはお休みの日は何をしているんですか?」

「……聞いても面白いことなんてなんもないぞ」

「良いんですよ、私が聞きたいだけですから」

「……休みはそうだな、寝てるか、日用品を買いに行ったりとかかな」

「そうなんですね、遊びに出かけたりとかはしないんですか?」

「ないね、ここには知り合いがいないってのもあるけど、大体は家でゲームしてるよ」

Pさんは地元を離れて東京に来てから、ずっと一人で暮らしていたみたいだ
散々自分のことを聞かれてしまったから、私は逆にPさんのことが気になってしまっていた
Pさんは普段どんな事して暮らしているんだろう? 想像がつかないな……


延々と宛てもなく車が走っていって、流れる風景を眺める
今日はもう予定はなにもないのだけれど、私がドライブをしたいと我儘を言ってしまった
Pさんも時間はあるのでかまわないと言って付き合ってくれている

今日は今更互いのプライベートを聞きあって、何だか変な感じだ
私は自分のことをこんなにも人に話したこともないので、少し恥ずかしい
でも同時に、人のことをこんなに聞いたことがなかったので嬉しくもある

ラジオからはさっきから色んな曲が流れていて、今はラブソングが流れている
それはちょっと前に流行った歌で、私もすぐに好きになってCDを買った歌だ
そんな流れてくる懐かしいメロディにのって、私は無意識の内に口ずさんていてしまっていた

「…………」

「あっ、ご、ごめんなさい……好きな歌だったんで」

「いや……ネネってさ。好きなやつとかはいるのか?」

「えっ!? き、急にどうしたんですか!?」

「別にネネくらいの年なら一人や二人いてもおかしくないだろ?」

「……い、いませんよ!!」

「ふーん……なるほどね」

何がなるほどなんだろう? いきなりのPさんの質問の意味が全く分からなかった
私に好きな人なんて……、考えたけど思いつくことはなかった
そもそも男の子と話したことなんてほとんどなくて、好きとかそういうのが分からない

(わ、私何考えてるんだろ……?)

Pさんの質問に動揺してしまって、真っ赤な顔がバレないように俯かせるしかなかった
別にいないならそれだけの事なのに、頭の中をさっきの一言が何でも繰り返される
今までそんな事を意識したことなかったので、どう反応すれば良いか分からない

「ど、どうしてそんなこと聞くんですか?」

「んー、ネネがラブソングを歌う時、誰を想って歌うのかなって思ってな」

「そういうのって……わからないです」

「ほら、漫画とかであるじゃん。誰かを想ってやると普段の何倍も力がでるってやつ」

「もう、それだけのことで聞いてきたんですか……」

「そうだよ、あながち間違ってもないだろ」

Pさんがケラケラと笑いながら理由を教えてくれたけど、またからかわれたのかな……
でも、『誰かのために』……その言葉が心の中に引っかかる
アイドルになって目の前の仕事のために必死になってたけど、本当は何がしたかったんだろう?

(私はなんで……アイドルになりたかったんだろう?)


『……グスッ……』

『大丈夫だよ、すぐにお母さんが帰ってくるから』

小さな女の子が二人でソファーに座っている
一人の子は泣いていて、もう一人の子がそれを慰めて
元気づけようとしている女の子も凄く困っている感じがする

『ほ、ほらテレビ見ようよ! 大好きなアニメ始まるから!!』

『……いらない』

『じ、じゃあ何かして遊ぶ? お姉ちゃんなんでも付き合うから!』

『……遊ばない』

さっきから、泣いている女の子を元気づけようと色々提案するけど全部断られている
取りつく島もない様子に元気づけている女の子の表情も徐々に曇っていって
これ以上拒否されると、今にも泣き出しそうなくらいだった

『…………』

『……グスッ……』

やがて思いつく言葉もなくなったのか、二人は黙りこんでしまって
女の子の泣き声だけが、夕暮れ時の部屋の中に響き渡り
そんな辛い時間が無意味に過ぎていく

『ごめんね、ごめんね……』

『どうしてあやまるの?』

何もできないが悔しくて、でもどうすることもできなくて謝り続ける
泣いていた女の子はその姿に戸惑ってしまって、問いかけてくるけど
女の子は涙を堪えるように顔に手を当てて謝るばかりだった

『お姉ちゃん……お歌』

『歌……?』

『歌って……あたし、お姉ちゃんが歌うの好きだから』

『う、うん!』

自分にもできることが見つかったのか、泣いていた女の子のために精一杯歌い始める
その歌声が響き渡る度に少しづつ二人の顔は笑顔になっていって
それがとても嬉しくて、いつしか私は彼女のために歌うことが日課になっていた


「……ネネ?」

「えっ……は、はい! どうしたんですか?」

「いや、ボーっとしてたからさ」

時間にしてはそれほどだったけどPさんの言うとおり、ボケっとしてたみたいだ
その間に何度かPさんが話しかけてくれたみたいだけど、耳には入っていなかった
懐かしいことを思い出しちゃったな……あれって何歳くらいの話だったかな……?

ふと、アイドルを憧れるきっかけになった出来事を思い出していた
あれから私は歌に興味を持って、色んなアイドルを見てその歌を聞いて行くうちに
自分もこんな風になれたらと密かに憧れを抱くようになっていった

「ごめんなさい……少し、考え事をしていて」

「気にするな、楽にしてて良いから」

Pさんは軽く笑いながら運転を続けているその姿を、横目で見続けてしまう
まだステージとかで歌えるほど立派になったわけじゃないし、仕事の一つすら取れていない
でもいつかきっと、私のステージを見て元気になってくれるのかな?

「Pさんは……楽しみですか? 私のステージ」

「いきなりなんだよ」

「ちょっとだけ聞いてみたくなったんです」

「……楽しみだね、ネネを見て、今までネネのことを知らなかった奴らが驚いて言葉も出なくなる」

「それだけでオレは笑いが止まんねーだろうな」

「えっと、そうじゃなくてPさんはどうなんですか?」

「オレがか?」

「はい、Pさんは私のステージどう思ってくれるのかなって」

「……そうだな、楽しみだよ。いつか大舞台で立派に歌うネネを考えるだけでもな」

その言葉を聞いて嬉しくなってしまって、無意識の内にはにかんでしまう
私が頑張ってみんなの前で歌うことは、Pさんにとっても嬉しい事で
知っていたはずなのに、それがちゃんと聞きたかっただけかもしれない


それから一時間くらいは経っただろうか? 辺りは少しづつ暗くなり始めていた
冬のせいか日が落ちるのが凄く早くて、まだ六時にもなっていないのに
このまま数十分経てば、あたりはきっと真っ暗になってしまうだろう

「Pさんはそろそろ事務所に戻らなくて良いんですか?」

「……ん? まぁ、別にかまわないけど……」

最近はずっと一緒にいたせいか、他の人には分からないくらいのPさんの変化に気付く
何気なく聞いた事だけれど、Pさんが少しだけバツが悪そうにしていたのを見逃さなかった
その様子を見て、すぐに原因が分かった私はハッとなり顔が青ざめていた

「…………」

今日一日ドライブに付き合ってくれてたように、私のためにほとんどの時間を割いていくれている
でもまだ結果は出ていなくて、それでもゆっくり頑張って行こうと言ってくれる
もちろん私はそれでかまわないと思っていた。だけどPさんはそれじゃダメなんだ

会社に結果を求められる側のPさんにとって、何の成果もないというのは大事だと思う
それはじわじわとプロダクションでのPさんの居場所を奪っていってるのだろう
私がアイドルになってから二カ月が経とうとしているのに、未だに希望は見えていない

そして、Pさんの同期の人とレナさんは仕事を順調にこなしている
そんな人達と比べられてしまうと、Pさんの状況はさらに悪くなっていく
プロダクションのことはわからないけど、それくらいは容易に想像がついた

「どうしたんだ? 急に黙り込んで」

「…………」

ここ数日、Pさんは私を事務所に呼ばずに、連絡も携帯で済ませている
その理由はきっと、事務所に行くと私も同じような目で見られるからだろう
今まで何の疑問も抱いてなかったけど、ずっと私のことを守ってくれていた

「Pさん……ごめ……」

「ん?」

謝罪の言葉を口にしようたけど、慌ててそれを止める
Pさんは私に謝って欲しくてそうしているんじゃない
だったら、謝ったところでさらに気を使わせてしまうだけだ

拙い頭で必死に考える、こんな時に私は何を言うべきだろう?
皆を元気にするアイドルを目指しているのに、目の前のたった一人の人にすら
気を使われてしまっている。その人のために私ができることってなんだろう……?

「……Pさん」

「なんだよ、何回も。何かあったのか?」

「私、Pさんと一緒にいると、心が元気になります」

「…………」

「だから……いつも、ありがとう」

「あ、あぁ……」

震える言葉で、自分なりに必死に考えた言葉を紡いでいく
きっと、今はとても穏やかな顔をしているのが自分でもよくわかる
Pさんが影ながら頑張ってくれているのを問い詰めることはできない
ただそれでも、この胸を締め付ける感謝の気持ちだけは伝えておきたかった

「なんだよ、変なやつだな」

「ちょっと、言いたかっただけです……」

「……でも、今ので少し希望が見えたよ」

「えっ……」

そう言いながら、Pさんは何か思いついたように笑っていた
いきなりの事に今度は私の方が驚いてしまったけど
Pさんが元気になってくれたなら、理由は何でも良かったのかもしれない


「……ネネちゃんのイメージですか?」

「あぁ、今まで何が良いか悩んでいたけど。やっとこさ固まったよ」

「私のイメージ……」

それからPさんはすぐにトレーナーさんに連絡を入れて、今は三人で喫茶店きていた
急に呼ばれて状況が飲み込めていないトレーナーさんと、言われるままについてきた私
そんな私達にニヤニヤとしながら説明したのは私のイメージについてだった

「固まったって、ネネちゃんに何かさせるつもりなんですか?」

「……ネネ、少し笑ってみろ」

「えっ……こ、こうですか!?」

Pさんはトレーナーさんの質問を急に私に振ってきてビクリとしてしまい
言われるままに少し笑ってみたけど、むずかしくて口元がヒクヒクしてしまった
そんな私を見てトレーナーさんは「うーん」と手を顎に当てて考えている

「ま、いきなりだと少し硬くても仕方ないわな」

「あの、Pさん……私が笑ってなにかあるんですか?」

「これからは、ネネにはこの路線でいってもらう」

「この路線?」

「そうだな……癒しの女神ってところか」

Pさんがそう言ってニッと笑うと、トレーナーさんも何かに気がついたようにハッとしていた
私だけが二人の感じたことが分からなくて、交互にキョロキョロと見てしまう
「癒しの女神」ってなんだろう……? 女神ってそんな感じじゃ……


「確かに、ネネちゃんの雰囲気ってそう感じるところがありますね……」

「だろ、ルキちゃんもわかってくれたか!」

「えぇ、わたしも早速それに向けてレッスンメニューを考えてみます!」

「あぁ、悪いけど急ぎで頼むよ」

トレーナーさんはその言葉に元気にうなづくと、可愛らしいノートに何かを書き始める
唖然としている私を尻目に、Pさんもコーヒーを飲みながら嬉しそうにしている
その理由が知りたくて、さっきからソワソワしてしてるけどまだ教えてくれそうにない

「Pさん……その、癒しの女神ってなんですか?」

「さっきさ、ネネが笑った時に思ったんだよ」

「私が……?」

「ネネのことは元気に踊ったり歌ったりするのが合っていると思ってたけど」

「本質はそうじゃない、ネネの作りだす空気は人を落ち着かせるんじゃないかなってな」

「そ、そんなこと。私はできませんよ!」

「今はまだそうだろうな……ま、できるかできないかはやってみてからだ」

伝えられた私の可能性は、自分で考えていたのとは全く違っていて
慌てる私を落ち着けるようにPさんは優しい顔で私のことを見ていた
私が人を癒すなんてそんなことできるのかな? どうしたら良いのかも分からない

「……あの、私はどうしたら?」

「レッスンはルキちゃんに任せるから大丈夫だ、ネネは今はそれに従っていればいい」

「わたしもネネちゃんのためにちゃんとレッスンメニューを組んできますよ!」

「は、はい……お願いします」

「さっきは冗談で言ったけどさ、今度は少し誰かのためにって考えてやってみろよ」

「誰かのためにですか?」

「あぁ、それだけで変わってくるものもあるだろうよ」

未だに想像がつかないけど、Pさんもトレーナーさんも凄くやる気だ
そんな二人の姿を見ていると、私もなんだか大丈夫だと思えるようになってくる
私にできる事なら精一杯やってみよう。Pさんが言うならきっと間違っていないだろうから


それから今までやっきになっていた営業は少しお休みして、私のレッスンの始まった
考えられたレッスンの内容は今までのような運動をするものじゃなくて
鏡に向かって笑顔の練習や、立ち振る舞いを徹底的に見直すことだけ繰り返していた

「ネネちゃん、まだ少し笑顔が硬いかな。なるべく柔らかくなるように意識してみて」

「は、はい! わかりました!」

トレーナーさんの指示に従って、何時間も笑顔の練習をする
Pさんがあの時、私に見たという雰囲気が自分自身で出せるようになるまで
これを繰り返していくんだとPさんは言っていた

「うん、歩き方とかは大分身についてきたね」

真剣な顔をしたPさんとトレーナーさんが見守る中、私はずっと考えていた
元気になるということは、身体が元気になるっていうことだけじゃなくて
穏やかな気持ちになることもそうなんじゃないかなって

毎日のように練習を繰り返して、私自身もその意味を何度も考えて
レッスンの中で少しづつ、自分なりにも動いてみていた
立ち振る舞いには合格点は出たから、後はそのPさんの言っていた雰囲気だけだろう

「…………」

「ネネちゃん、どうしたの?」

ふと、立ち止ってみて、あの時Pさんにありがとうと言った時の気持ちを思い出す
視線は前を向いているけど、視界には何も入ってこなくて
自分でも凄く集中しているのがハッキリと分かる

(あの時の私はどんな気持ちだったんだろう……?)

(申し訳なかったけど、それでも何かを伝えたくて……)

(そのために何か言わないとって精一杯になって……)

戸惑うトレーナーさんや、少し心配そうにしているPさんが見ているのはわかるけど
今の私にはその姿は認識していても、気に留めることはできない
それよりも大事なことが、頭の中いっぱいに広がっていたからだ

(あの時の気持ちを少しだけでも出すことができたら、変われるのかな……?)

大きく息を吸い込んで気持ちを落ちつけて、全身の力を抜く
Pさんやトレーナーさん、そして妹の顔を思い浮かべてみては想いを募らせて
今まで何度も言ってきたことだけど、改めてこれだけは言っておきたかった

「……Pさん、トレーナーさん! 私、頑張りますね!」

弾けるような笑顔で私の本心を二人にしっかりと伝える
Pさんが教えてくれた、私の雰囲気が今なら少しだけ分かる気がした
何度も練習してきた中で芽生えたこの気持ちは、きっと誰かを元気にできる
私にはそんなアイドルになって欲しかったんだと……


「ふんふふーん♪」

妹がチョキチョキと雑誌にハサミで切りこみを入れている
雑誌が何回も読み直すのが癖なので、こんな事をするのは初めてだ
それでも楽しそうに、一つの記事を切り抜いていく

「もう、そんなことしなくても良いのに……」

「えーっ、だってお姉ちゃんの初めての記事だもん! ちゃんと保存しとかないとっ!」

妹は頬を膨らませて抗議するけれど、そんなことされても恥ずかしいだけだった
切り抜かれているのは、ローカル雑誌に載った私の写真とインタビューの記事だ
初めて取れたお仕事、緊張しながらも何とかこなせたのが印象に残っている

あの時、Pさん達に宣言をした後、二人は驚いたように「それだ!」と叫んでいた
私はいきなりの事にあたふたとしてしまっていたけれど
明確なゴールが見えたことで、少しづつ笑顔の出し方がわかっていった

それが身についてからというもの、営業でも少しづつ成果は出始めて
時間はかかってしまったけど、初めての仕事を取ることができた
大きな仕事じゃないけれど、私やPさんにとってそれはどうでも良かった

「へへっ、かんせーい!」

「はぁ……なんだかこういうのって恥ずかしいね」

大きなルーズリーフに切りぬいた記事をぺたぺたと貼り付けて、記事のスクラップを作っている
鼻歌を歌いながら何かを書き込んでいるみたいだけど、見るのは家族だけだろうし
妹が喜んでくれているなら好きなようにしてもらってかまわない

私もサンプルで何冊か貰った、切り抜いてない方の雑誌を手に取り、自分の記事を見てみる
お化粧や衣装を着ているせいか、普段の鏡で見る自分とは別人みたいだ
でも記事の中の私は幸せそうな顔をして、本人見ても微笑ましい

(Pさんも……見てくれてるのかな……?)

導いてくれた私の可能性はとっても素敵なもので、喜ぶ妹の姿を見ていると
Pさんには感謝してもしきれないくらいに、一緒に頑張ってきて良かったと思える

「お姉ちゃん、次の仕事は決まってるの?」

「ううん、まだかな……でもこれからはライブやオーディションもやっていこうって」

「お姉ちゃんの歌、また聞けるんだ! 楽しみだなぁー!」

アイドルとして遅くなったけど、一歩を踏み出すことができた
その歩は遅くとも、Pさんとトレーナーさんが私のそばにいてくれる
今ではそれだけで、これから先の未来も明るいものだと信じられていた

(Pさん、私の活躍……皆にも届いてますかね?)

多くの人の目に触れるのはもっともっと先のことだけれど
今はこの記事を見て、元気になってくれる人が少しでも多くいてくれたらいいな
私はそんな事を考えながら、何度も何度も自分の記事を読み返していた


章区切り、ひとまずここまで

投下乙でした
ネネちゃんが自分の可能性に気付いて
光り輝き始めた瞬間…良いですねぇ(*´∀`*)
続きにも期待


>>95
ありがとうございます
読んでいてくれる人がいるとモチベーションが上がります!


■想いはもっとひたすらに

パシャりパシャリとポーズをとる私をカメラマンさんが撮り続ける
真新しい服に身を包み、その服が映えるように意識する
今日はファッション雑誌の撮影の仕事で私は撮影所に来ていた

「これくらいで大丈夫ですかね、お疲れ様でした」

「はい、ありがとうございました!」

何枚か撮り終えた後に、撮影の終わりが告げられると
私もぺこりと頭を下げて、お礼を言う。最初は緊張していた仕事も
今では少し慣れて、自然にこなせるようになってきていた

「お疲れネネ、今日はこれで終わりだよ」

「お疲れ様です。Pさん」

スタッフの人達にお礼を言ったとに、Pさんの方に小走りで近付くと
Pさんも満足そうに仕事のことを褒めてくれた
今日みたいな仕事を何度か繰り返して今、私は順調にアイドルを続けている

「えっと、次の仕事は来週だな……」

「握手会ですよね? 私まだ緊張しちゃいます」

「あぁ、でもファン交流はアイドルの一番の仕事だからな」

「はい、笑顔で頑張りますね!」

「その意気だよ。さ、着替えてきてくれ」

まだまだ有名とは言えないけれど。私の事を知ってくれる人は少しづつ増えてきて
学校の友達もアイドルをやっていることを知ると、初めは凄く意外そうな顔をされたけど
今ではみんなが応援してくれていて、私の周りが少しづつだけど変わっていった

妹もそんな私を見て喜んでくれている。私の出た雑誌は何度も読み返した後に
スクラップにして残していて、いずれはテレビにでた時のために
普段は読まないようなテレビの雑誌とかも頻繁に読むようになった

私はまだまだこれからだろうし、アイドルとしての本業であるステージは
ミニライブの中でカバー曲を一曲歌ったりする程度だ
でもいつかは大きな舞台で歌えることを夢見てトレーナーさんと頑張っている


仕事が終わって時間も空いたので、Pさんといつもの喫茶店にきていた
季節は春になっていて、店内は空調をつけていないのに少し暖かい
お決まりの窓際の席には春を感じさせる柔らかな日差しが差し込む

「なんか私達って、いつもここですよね」

「良いんじゃない? プロダクションの中はかたっくるしくて嫌いなんだよ」

Pさんと仕事の話や、仕事上がりにゆっくりする時はここに来ていた
プロダクションの中は色々と言われるからと、そんなに帰りたくないみたいだ
幸い担当アイドルと一緒に仕事をしてるから、こうしていても何も言われることはないらしい

(Pさんって本当に人付き合いが嫌いなのかな……?)

Pさんがプロダクションの人と仲良くしている話を聞いたことがない
知り合いは同期の人かレナさんくらいしかいないと言っていたのは本当なんだろう
そう言う私も、事務所の中にほとんど知り合いはいないけど……

所属しているわりには名前だけみたいな感じになっていて
私達は少し離れた場所にいるんだなって実感する
でもそれは、私のことを考えてくれているからそうなっているわけで
その事に不満があるわけじゃないし、それで構わないと思っていた

「そう言えば、Pさんと仲の良い同期の人はどんな感じなんですか?」

「あいつね……調子は良いみたいだよ」

「何だか凄いですね、レナさんこの前も大きなライブに出てましたし……」

「なんだ、ネネも出たいのか?」

「あっ、そういうわけじゃないですけど……」

「遠慮するなよ、出たいって思うのが普通だからな」

そう言うと、Pさんは物憂げな表情で窓の外を眺めている
Pさんは同期の人のことをどう思っているんだろう? 他の人から話は聞くけど
Pさんの口からその人の話を聞いたことは一度もなかった

(仲が良いって聞いていたけど……)

気にはなるけど黙っているのはきっと何かあるからなのかな……
それなら今は無理に聞かないでおこう、きっといつかPさんからその話をしてくれた時
その時に私がちゃんと聞いて上げればそれでいいと思うから


「……でもネネの言うとおりライブに力を入れていかないとな」

「そうですね、やっぱりファンのみんなに歌を聞いてもらいたいですから」

「ネネ、オーディション……出てみるか?」

「オーディション……?」

「あぁ、今のネネなら実力も充分だと思うよ」

アイドルになって数カ月、今までオーディションは受けては来なかった
普通のお仕事とは違って、オーディションは敷居が高くて
生半可な実力では惨敗するのは目に見えているからだ

それにある程度の知名度がないと、参加資格すら貰えない
私は出遅れていたせいか、最近になって少しづつ知られるようになってきた
今までは参加資格はなかったのでほとんどのオーディションが出れなかった

「だ、大丈夫ですよね……Pさん?」

「ったく、こういう時は相変わらずだな」

オーディションに出るという事は、他の人達と歌やダンスで競うということだ
もちろん今まで競ったことがないわけじゃないけど、それはオーディションとは違って
アイドルとしてのライブで誰かと比べられるのは初めてだった

私は落ち着かなくなって、目の前のミルクティーをぐるぐるとかき回す
いずれ、こういう時が来ることはどこかで分かっていた
夢を叶えるためには、時には誰かと争わないといけないという事も

でも、いきなり言われてしまうと。やっぱり決心が固まらなくて
そもそも私なんかが、他の頑張っている人達に勝てるのかな?
考えだすとキリがない不安が顔をのぞかせ始める

「……Pさん、オーディションってどんな人達が来るんですか?」

「そういや、ネネは他のアイドルとあんまり交流ってなかったよな」

「はい、プロダクションに行くことがほとんどなかったですから……」

「今度一緒に覗いてみるか、レッスン場をさ」

Pさんの言うとおり、私は他のアイドルの人に知り合いはいない
一人でレッスンをしている影響で会うこともなかったからだ
仕事や事務所に居る時は、Pさんにくっついているだけだし
私のことを知らないからか話しかけきてくれる人もいない

(事務所にはどんな人達がいるんだろう……?)

何気ない話から急に決まったことだけれど
私はレナさん以外にもどんな人達がいるのか気になって
初めて覗くレッスン場にあれこれと想像をしていた


とりあえず今日はここまでです


「ここだよ……」

「これが……レッスン場なんですね」

プロダクションに戻った私達は、来客用の大きな覗き窓からレッスン場を眺める
中では多くの人達がレッスンを受ける姿に、窓越しからでも熱気が伝わってきて
私は初めて見たその光景に思わず息を飲んでは、視線を外すことができなかった

「こんなにも凄いんですね……」

「そうだな、ここは特別って言うのもあると思うけど……」

「特別って、どういう事なんですか?」

「あぁ、オレもいくつかレッスン現場を見学させてもらったんだけど」

「そこで見てきた中でもうちの環境はかなり厳しい方なんだ」

「そうなんですね……」

少し遠い目をしているPさんと二人でアイドル達を見ていると
きつく叱られたのか、泣きながらレッスンを受けている子もいる
だけど、誰もその子のことを気にも留めずに何事もなかったようにしている
みんな自分のことで精一杯なのかな? Pさんの言う厳しいってこういうことなのかな……

「Pさん、あの子……泣いてますよ?」

「泣きながらでもレッスンを受けている以上は、止めることはできない……」

Pさんはその子のことを見ると、苦虫を噛み潰したような顔でそう答えた
きっとこういうのがあまり好きじゃないんだろうというのが伝わってくる
手を差し伸べてあげることは簡単だろうけど、それはきっとあの子の望むことじゃない

学校がお休みの日だと、私もここでレッスンを受けることはできる
だけど、Pさんはそれをせずに仕事が無い日はオフにしてくれたりしていた
私がプロダクションに近付かないように気を回していたのくれていたのは
この中でレッスンを受けていたら、きっと戸惑いを感じると分かってくれていたんだ

「私もこんな風にレッスンを受けた方が……」

「いや……月並みな言葉だけどネネにはネネのペースがあると思う」

「…………」

「それに、この環境にネネを放り込むのはちょっとな」

私が見て思ったことは、Pさんもこの光景を見て思ったことと同じなんだろう
それに、のんびり屋の私がこのペースについていけるか疑問に感じる
レッスンに慣れてきた今でもそう感じるのだから
アイドルになりたての頃だと、それだけで心が折れていたかもしれない


レッスンを一通り見た後は、他の施設や今まで訪れる事の無かった場所を回った
所属してから数カ月経つのに、こうやって内部まで見るのは初めてで
改めて自分のいるプロダクションが凄いところなんだと思い知らされる

「ミルクティーで大丈夫?」

「は、はい……ありがとうございます」

ぐるりと一周するだけで足が疲れてしまった私達は、再び喫茶店に来ていた
でも今度はプロダクションの中にある喫茶店で、こんなところもあったんだと驚く
今まで外の喫茶店で話をしていたのもきっと理由があるんだろう

「どうだった? 一通り見て回った感想は?」

「なんだか凄いです。未だに信じられません……」

「その気持ちはわかるよ、オレも未だに慣れないところも多いからさ」

プロダクションの豪華さに驚いていたのもそうだけど
ここに来てから私には、Pさんのことにずっと違和感を感じていた

(なんだろう、いつものPさんと違う……)

普段、私やトレーナーさんと一緒にいる時の荒っぽい口調は完全に消え失せて
そしてどこかぼんやりとしていて、ずっと心ここにあらずといった感じがする
いつものPさんと、今のPさんはどっちが本当の姿なんだろう?
どちらが良いというわけじゃないけれど、私には言えない何かがあるのかな……?

「あの……」

「どうしたんだ?」

「今まで、私がここに来ないように気を使ってくれてたんですか……?」

「……来ないようにさせていたのは確かだけど、気を使っていたわけじゃないよ」

「それは、どういう……」

「さっきも言った通り、ネネにはネネに合った環境が一番かなって」

「それは多分……ここじゃない。今はまだ……」

「今は……ですか」

「オレの思い込みだけど、そう思っているよ」

所属しているのに、私達には合わない環境……
トップアイドルになるためには、一番近道とも言えるものが揃っているけれど
あえてそれを使わないで、自分達で決めた道をひたすら進んで行く

それがどれだけ困難だったとしても、Pさんがそうする事を決めたんだったら
私は何も言うことはなくて、それが一番正しいんだって思えてくる

(そう言うなら……私は信じてますから……)

Pさんの考えていることが、全て理解できているわけじゃない
さっき見た必死でレッスンを続けるみんなより優れているかわからない
私は頭の中を整理するように、夕暮れ時に染まる外の景色を眺めていた


寝ます、ひとまずここまで

別口で書いたSSで、このSSのPの態度がエラそうってあったんですが
実際そこはどう感じるか、不快に感じるなら軌道修正した方が良さそうか
ちょっと迷ってしまったので、よろしかったら意見をお願いします……

投下乙でした
個人的な印象ですが、ネネPの態度が鼻に付く程エラそうと感じた事は無いですよ?
このプロダクションの一般的なP達とは毛色が異なっていて社風に馴染めてはいないけれど
己なりの手段でネネをトップアイドルにする方法を模索している…といった感じで
彼の態度はネネPの個性だと思っています
猫のエラい人が言っていた「みくは自分を曲げないよ!」という格言通り、
外野の声に流されず、作者さんの望む物語をブレる事無く紡いで下さると嬉しいです
完結まで楽しみにしてますね?

>>105
ありがとうございます。そう言って頂けると励みになります
ネネの話なのに、あんまり意識していないところで
不快感を与えてしまって、ネネの印象まで悪くならないか心配だったので
拙い文章ですが最後まで頑張ります


「あれ、Pさん。来ていたんですね」

「あ、あぁ……今日はこっちに用事があってね」

ふと、私の後ろから聞き覚えのない声がPさんに向かってかけられる
振り向くとそこには眼鏡をかけた真面目そうな人が立っていた
口ぶりからするとこの人が、あの同期の人なんだろうと私は瞬間的に理解できた

「その子は……」

「こうして会うのは初めてだったかな、彼女が担当アイドルの栗原ネネだよ」

「は、初めまして……栗原ネネです」

「君があの栗原ネネちゃんなんですね。僕はPさんの同期です、宜しくお願いします!」

満面の笑みで握手を求めてきたので、慌てて立ち上がって答えると
掴まれた手はブンブンと少しきつめに上下されてしまい身体がよろけそうになる
この人なりの挨拶なんだろうけど、少し強引で……でも悪い人じゃなさそうだ

(なんだか想像してたイメージと違う……もっと怖い人かと思ってたのに……)

目の前の人は人柄が良さそうで、喋りかけてくる言葉も丁寧なものだった
普通のプロデューサーってこういう人達が多いのかな……

(でも、Pさん……どうしたんですか?)

ここまで感じてきたPさんの違和感は最高潮に達していて、もう普段の面影は残っていない
その目は鷹のように鋭くなっていて、普通の人なら気づかない程度に睨みつけているのが分かる
しきりになにかを警戒しているように、話す言葉の一つ一つを聞き逃さないようジッとしている

初めて見るPさんの姿に、自然に身体が強張ってしまう
Pさんになら荒っぽい口調で喋りかけられても、こんな風にはならなかったのに
今のPさんから出ている雰囲気に余計なことは話すなと命令されているみたいだった

「どうかしたんですか?」

「あっ……いえ、なんでもないです」

「それより……今日はどうしたんだ、オレとネネになにか用があるのか?」

「いえ、僕は通りかかっただけなんですけど、先輩がPさんを探していましたよ?」

「オレを? なんだろう……」

「さぁ、要件までは聞いてませんけど、急いでいるって言ってましたよ」

「……わかった、行ってくる。ネネ、すまないけどここで待っててくれるか?」

「は、はい、わかりました。待ってますね」

Pさんは少し躊躇した後に、立ちあがってエレベーターの方に向かっていた
一人でポツリと取り残されてしまい、急激に孤独感が押し寄せてくる
それにさっきからPさんの同期の人は動こうとはせず後ろに立ったままだ
まるで、この状況を作り出すのを想定していたみたいな……


「どうですか? アイドルは順調ですか?」

「えっと、そうですね。Pさんもいてくれますし、頑張れています」

「へぇー、そうなんですね。それは良かったです」

Pさんがエレベーターに乗り込んだのを確認すると、途端に私に話しかけてくる
想定して身構えてはいたけれど、声をかけられると反射的に身体がビクリとしてしまう
男の人と話すのに慣れていないとかそういうのじゃなくて、純粋に怖かったのかもしれない

「Pさんなら、きっとあなたを売れっ子にしてくれるでしょうね」

「Pさんなら……?」

「よくわかりませんけど、そんな気がするんです」

この人もレナさんと同じことを言っていて、それは私も感じていたことだ
でも、前と違って私は何故か素直にその言葉を受け入れられなかった
その言葉はきっと、本心から言ってるんじゃないんだろうなって……

昔から周りに気を使ってきていたせいか、人の気持ちには人一倍敏感だった
そして、私の記憶の中でこの感覚に該当するのはたった一つだけ……
私の事を見ているんじゃなくて、私の境遇しか見ていない人の目によく似ている

「あなたも頑張っているみたいですし、きっとすぐですよ」

「……私も、ですか?」

「えぇ、なんでも妹さんの世話をしながら、続けているんですよね?」

「は、はい……そうですけど」

「アイドルだけでも大変だと思いますけど。頑張ってくださいね」

淡々と告げられる励ましの言葉も心に響かなくて、とりあえず言ったみたいだった
もちろん、この人は私のことに気を使って言ってくれてんだろうけど
その先で私がどうなろうかまでは興味がない、そう告げられている気がした

(Pさん……やっぱりみんな……)

この人が特別なわけじゃないし、悪いことを言っているわけでもない
大半の人がこういう反応をするのは、今まで何度もあったことだ

オーディションの時に言ってしまったので、妹のことはみんな知っているんだろう
そして、Pさんはみんなに私の境遇を哀れんでもらって、アイドルとして注目を集める
絶対にそんなことはないのに、そう思われてしまうのは少し覚悟していた

しかし面と向かってその雰囲気を感じとってしまうと、悔しくて唇を噛みしめてしまう
それだとみんなは私を見ているんじゃなくて、私の後ろにある不幸を見ているだけだって
今になってわかったけど、Pさんが警戒していたのはこのことだったんだ……


胸に手を当てて気持ちを落ち着ける。昔の私だったら酷く狼狽していただろう
アイドルになれたのに、アイドルになれたのは私自信の力じゃなかったって
でも、今の私にはちゃんと私のことを見てくれる人達がいるから

「大変だけど、へっちゃらです! 私、頑張りますね! ありがとうございます!」

頑張ったレッスンやお仕事の事を思い返すと、笑顔になるのは簡単だった
例えどんな風に思われていても、私のことを見てくれている人が必ずいる
共に過ごした日々は勇気を与えてくれて、泣き虫だった私を変えてくれたから

「……えぇ、期待してますよ」

彼は私を見て、少しだけ驚いた顔をしていたけれどすぐに小さく笑っていた
その目は細くなって冷めた目をしていたけれど、どこか嬉しそうな……そんな目だった

「あの……一つだけ、聞いてもいいですか?」

「はい、僕に答えられることだったらかまわないですよ」

一通りの山を乗り越えて気分が落ち着いたので、今度はこちらから話を切り出す
それはこの人からしか聞くことはできなくて、私がずっと気になっていたことだ
知っていなきゃいけないと勝手に使命感を感じていたことだ

「ここでのPさんはどんな感じなんですか……?」

「ここで……どういうことでしょうか?」

「いえ、その……みんなはPさんのこと、どう思っているのかなって……」

「面白いこと聞きますね、気になりますか?」

「はい、Pさんは話してくれませんから……」

私がずっと気になっていたこと、それはプロダクションの中でのPさんのこと
話してくれなかったのにはなにか隠していることがあるんだろう
それが私のためでだったら、それがどんなことであろうとも受け止めないといけない


「……まぁ、あまり良くはないですね」

「良くない……」

「僕はそんな感じしないんですけど。ほら、Pさんってぶっきらぼうなとこありますから」

「それが先輩達にとってあんまり気に入らないとこみたいですよ」

「それだけ……ですか?」

「……なんとなくわかっているなら言いますけど。あなたの育成についても問題視されてます」

「…………」

「わざわざ、個別で場所をとってレッスンするのは効率が悪いって」

「そのことは何度も指摘されてますけど、Pさんも譲らないのでもめる要因になってますね」

「……そうですか、ありがとうございます」

努めて冷静に、真実を語ってくれたことに頭を下げてお礼を言う
一戦引いているところはあるけれど、この人はPさんの味方みたいだ
それがわかると信用できる人なんだなって思える

でも聞かされた現実は、私の考えていたこととほとんど変わらなくて
どこかで燻っていた不安が確信に変わると、身体は少し震えはじめる
誰かに迷惑をかけるのは大嫌いだけど、今はPさんのためにも堪えないといけない

ズキズキと痛む心は、Pさんも同じだから。私だけが弱音を吐けないですよね……


「っと、こんな時間か……じゃあ、僕はそろそろ行きますね」

「は、はい。すみません、長々と話してしまって」

「いえ、こちらこそ。引きとめてしまってすみませんね」

チラリと腕時計を見て別れの挨拶をされたので、慌てて私も返す
話していた内容は少ないものだったけど、時間はそれなりに経っていた
同期の人は床に置いていた鞄を手にすると、エレベーターの方へ歩いて行った

「……栗原さん。僕はこれでもPさんの事は結構気に入ってるんですよ」

「ど、どういうことですか……?」

そのまま歩き去っていくのかと思うと、唐突に振り返って私の名前を呼ぶ
その顔は心底楽しそうで、まるで新しいおもちゃを見つめる子供みたいだった
私はその姿に言いようのない恐怖を覚えてしまい、身体が凍りついたように動かない

「そのPさんが惚れ込んでいるあなたにも興味があるってことですよ」

「私に……」

「Pさんとは親友ですけどライバルとも思ってますから……」

「…………」

「いつか、あなたが大舞台に立つ日を楽しみにしてますよ」

それだけ言うと、エレベーターの中に入りドアが閉まっていく
叩きつけられた挑戦状ともとれる言葉に、私の頭は混乱していた
自分の育てたアイドルが他人のアイドルより優れていることが嬉しい
それは多分プロデューサーとしては正常な感覚なんだろう

(Pさん……アイドルってなんですか……?)

ランキングに、ファンの数。アイドルとして誰かと争うことがないわけじゃない
でもそれは、誰かを蹴落とすためにしていることじゃなくて
誰かのために頑張った結果なんですよね……

Pさんのことにアイドルのこと、一度に色々ありすぎたせいで整理が追いつかない
みんなを元気にするためにアイドルになったのに
ここではそんな考えを持っている人の方が少ないのかもしれない
私は小さくため息をつくと、まだ帰ってきてくれないPさんのことを想って項垂れていた


今日はここまでです
ペースダウンして申し訳ない
ちょくちょく書きますのでたまには覗いてあげてください


疑い始めた疑念は尽きることがなくて、知り合いのいないこともあるせいか
落ち着かなく視線をキョロキョロと泳がせてしまうけれど
不安や寂しさ、戸惑いは消えなくて、より一層強くなっていくだけだった

「ネネ、すまない。遅くなった」

私への呼びかけにハッとして、声のする方に視線を向けると
急いできてくれたせいか少し息を切らして近づいてくるPさんが見えた
その姿を見た瞬間に、私は親と再会した迷子の子供のように瞳を潤ませる

「……Pさん」

「ん? どうしたんだ……」

「ううん、なんでもないんです。ちょっと安心しちゃって……」

「……そっか」

Pさんは向かいの席に腰を下ろすと、大好きなコーヒーをまた注文していた
たったそれだけの事なのに、目の前に見えたいつものPさんに安心を感じて
眉間にしわの寄せながら硬くなっていた表情も、少し柔らかくなった気がした

「……ネネ、あいつからなにか言われなかったか?」

「えっと……」

「何でもいい、不安に思うことがあったら隠さずに教えてくれ」

椅子に座って一息つくと、Pさんは懸念していたことをストレートに聞いてくる
言っていることは有無を言わせない感じだけど、さっきまでの鋭い表情じゃなくて
私に「大丈夫」と語りかけてくれているような優しい顔をしていた
きっと、プロダクションの中に触れたことで、私が受ける戸惑いを予想していたんだろう

「……Pさんのこと、聞きました。あんまり良く思われてないって……」

「…………」

「ごめんなさい、聞くつもりはなかったんです。でも、どうしても……」

「隠しておいてもいずれわかることだろうし、かまわないよ」

「ネネのことだから、自分が迷惑をかけていないかって気にしていると思ってたからさ」

「はい、やっぱりPさんは大変だったんですね……」

>>116はペーストミスしましたのでこっちでお願いします

周りには仕事の話をしている人達や、雑誌を読みながら一休みしている人
そんなプロダクションで働いているの人達の中で、一人疎外感を感じていた
この人達の望むアイドルは、私の考えているのとは違うのかなって

疑い始めた疑念は尽きることがなくて、知り合いのいないこともあるせいか
落ち着かなく視線をキョロキョロと泳がせてしまうけれど
不安や寂しさ、戸惑いは消えなくて、より一層強くなっていくだけだった

「ネネ、すまない。遅くなった」

私への呼びかけにハッとして、声のする方に視線を向けると
急いできてくれたせいか少し息を切らして近づいてくるPさんが見えた
その姿を見た瞬間に、私は親と再会した迷子の子供のように瞳を潤ませる

「……Pさん」

「ん? どうしたんだ……」

「ううん、なんでもないんです。ちょっと安心しちゃって……」

「……そっか」

Pさんは向かいの席に腰を下ろすと、大好きなコーヒーをまた注文していた
たったそれだけの事なのに、目の前に見えたいつものPさんに安心を感じて
眉間にしわの寄せながら硬くなっていた表情も、少し柔らかくなった気がした

「……ネネ、あいつからなにか言われなかったか?」

「えっと……」

「何でもいい、不安に思うことがあったら隠さずに教えてくれ」

椅子に座って一息つくと、Pさんは懸念していたことをストレートに聞いてくる
言っていることは有無を言わせない感じだけど、さっきまでの鋭い表情じゃなくて
私に「大丈夫」と語りかけてくれているような優しい顔をしていた
きっと、プロダクションの中に触れたことで、私が受ける戸惑いを予想していたんだろう

「……Pさんのこと、聞きました。あんまり良く思われてないって……」

「…………」

「ごめんなさい、聞くつもりはなかったんです。でも、どうしても……」

「隠しておいてもいずれわかることだろうし、かまわないよ」

「ネネのことだから、自分が迷惑をかけていないかって気にしていると思ってたからさ」

「はい、やっぱりPさんは大変だったんですね……」


Pさんが抱えていた見えない苦しみを、あの人に聞いてしまったことを素直に話す
最初は誤魔化そうと思っていたけれど、私にはそんな器用な真似ができそうになかったからだ
約束を破ってしまったみたいで申し訳なくなってしまい、自然と俯いてしまう
でもそんな私を、Pさんは咎めることはせずにそっと語りかけてくれた

「……ネネ、ちゃんと聞いておいてくれ」

「は、はい……」

「前にも言った通り、オレに足りない部分は頭を下げてでも補うつもりだ」

「ネネはそれに恩義や申し訳なさを感じる必要はない」

「でも、そんな風に思えないです」

「いや、本来なら誰にも文句を言わせない程にオレが動けてれば良かったんだしな」

「……どうして、言ってくれなかったんですか?」

「すまないな、ネネに余計な心配はかけたくなかったんだよ」

「やっぱり……Pさんは意地悪です」

身体がカッと熱くなっていくのが分かる、理由は聞かなくても分かっていた
Pさんは人に弱みを見せようとしないから、きっとそうなんだろうなって……
でも私はこの時、そんなPさんに対して本気で怒っていたんだと思う

「……Pさんは」

「ん?」

「……Pさんは私じゃ信用できませんか?」

「えっ……いや、そんなことはないけど」

「だ、だったら、話は簡単です! 隠し事はなし! 言いたいことはちゃんと言ってください!」

「ネネ……」

「当然です、私はPさんの担当アイドルですから。ちゃんと見てるんですよ!」

「……そうだな」

息を荒げて、自分でも信じられない程の大声を出してしまった
周りの人達はそんな私を見て何事かと様子を窺っていたけれど
私にはそんなことはどうでもよくて、顔を真っ赤にしながらPさんを見据える
そんな余裕をない私に、Pさんは最初は驚いていたけれどすぐに安心した顔をしてくれた

いつか、私に勇気をくれたあの言葉をPさんに返してあげたかった
そのことだけは、共に頑張っていくなら知っておいて欲しかったから


「ははっ、それにしてもネネには怒られてばっかりだな」

「もう! 怒られるような事をしてるのはPさんです!」

それからいつもの調子に戻って、Pさんにクドクドとお説教をしてしまう
相変わらずのらりくらりとかわされてしまっているけれど
今まで感じていた迷いなんかは消えて、私の気分はどこか晴れやかだった

「でも、あいつ。そんなこと言っていたんだな」

「はい、Pさんの事はライバルだって。Pさんもそう思っているんですか?」

「まさか、オレが表立って何かするわけじゃないし、ライバルなんていないよ」

私が言いたいことを一通り行った後は、またさっきの話に戻る
今までにない私の勢いにPさんも覚悟を決めてくれたのか
ずっと教えてくれなかったプロダクションの事を包み隠さず私に教えてくれた

それは、このプロダクションはみんな同期の人と近い考えを持っていること
その中でも私達の立場は良くはなくて、何かと批判の対象になっていること
さっきは簡単にしか言われなかったけど、詳細を聞くと気持ちはどんどん沈んでいく

「頭を下げても協力してくれる人がいなくてさ、ここが辛いところだよ」

「そんなに悪かったんですね……」

「とりあえずネネは気にするな、そこをどうこうするのはオレの仕事さ」

「でも、やっぱり寂しいです。皆がそんなにPさんにきつく当たらなくても」

「面と向かって言われることはないけど、空気的にはそうだな」

「やっぱり私がちゃんとお仕事できていれば……」

「それを言ったらオレもそうだし、自分の事を悪く言うのは止めよう」

「Pさん……そうですね!」

「今はオレ達なりに進むしかないだろう。後で見返してやればいいさ」

苦しい現状も恐れることなく真正面から受け止めて、前に進もう
私一人じゃ挫けてしまっていたけれど、私にはPさんがいてくれるから
二人なら、いつかみんなに認めてもらえる日が来るのはそう遠くないと信じれた


「この先にさ、ネネに会ってもらいたい子がいるんだ」

「私に……ですか?」

「あぁ、肩っ苦しいプロダクションだけど、まだまだ捨てたもんじゃないって」

「それを知るためにはうってつけの相手なんだよ」

「は、はぁ……」

少し話した後に私達は喫茶店を出て、見覚えの無い通路を歩いていた
こっちはミーティングルームが密集している場所で
真っ直ぐ続いている道はどこまで進んでも同じようにしか見えないけど
ここをもう少し進んだ先にある部屋で、その人と会う約束をしているらしい

とっても大きなプロダクションだから、色んな人がいるのは知っている
中には私やPさんみたいに型にはまらない人がいてもおかしくない
今から会いに行く人はそんな人なのかな……?

「Pさん、その人って誰なんですか?」

「そこは会ってからのお楽しみだな。多分、ネネは知っている人だよ」

「私の知っている人……」

「それにオレはネネに近い感覚を持っていると前々から思ってたんだ」

少しだけヒントを与えられたけれど、思い当たる人はいなかった
前に見せてもらった、このプロダクションに所属しているアイドルは
元気が良かったり、ダンスや歌に秀でていたりと私には共通点がない人ばっかりだ

「うぅ……P、Pさん。そこまで言われると気になります」

「心配しなくても、もうすぐ会うことになるから嫌でもわかるさ」

「なんだか、緊張しちゃいますね……Pさんはお知り合いなんですか?」

「いや、オレも二、三回話したことがある程度だよ」

そう言うとPさんはピタリとあるドアの前で足を止めた
私も合わせて足を止めて、ドアに貼られているプレートを見たけれど
番号が書かれているだけで中に誰が待っているかはわからない

「さて、行くとしますか」

「は、はい! 頑張りますね!」

「……話をするだけだから、気楽にいこう」

意気込む私に呆れながらも、Pさんは慣れた手つきで使用中の札をかけると
ノックをした後、躊躇することなくドアを開けて中に入っていく
私も遅れないようにその後についていった


「あっ、こんばんはPさん!」

「こんばんは、急に呼び出してすまない」

「ふふっ、大丈夫ですよ。私も休憩したかったんで」

部屋の中は少し広くて、前に見た会議室みたいにスペースが余っている
その中にポツリと座っていた女の人が、入ってきた私達に反応する
その笑顔は凄く優しそうで、私よりもずっと頼りになるお姉さんみたいな人だ

レッスンの途中で抜け出してきたのかな? 服装はライブの衣装のままで
ほんのりと頬を上気させているから、急いでここに来たんだろう

(この人、新田美波さん……)

Pさんの言う通り、私はこの人のことテレビで何度も見ていてよく知っていた
こうして面と向かって会うのは初めてだけど、新田美波さんに間違いないと思う
憧れていたアイドルとの対面に、私は身体は自然と緊張し始める

「その子がネネちゃんなんですか?」

「あぁ、そうだよ。彼女がオレの担当アイドルの栗原ネネ」

「えっと、よ、宜しくお願いします!」

「新田美波です。よろしくお願いしますねっ?」

求められた握手を返すと、眩いほどの笑顔を私に向けてくれた
たったそれだけのなのに本当のアイドルってこんなに凄いんだなと思える
この人の雰囲気に比べたら、私の努力なんてまだまだと感じるほどだ

「あの、Pさんって新田さんとお知り合いだったんですか?」

「彼女は先輩の担当アイドルだからだよ、少し話す機会もあったんでさ」

「Pさんとは何度か会うことあったんで、私から思い切って話しかけちゃいました!」

「そういうわけさ、三人で雑談でもしようかなって」

「そ、そうなんですね……」

「ネネちゃんも美波って呼んでくれて良いですよ?」

「はい、わかりました。えっと、美波さんって呼ばせてもらっていいですか?」

「ふふっ、それで大丈夫です」

少し話しただけなら、売れっ子の美波さんを呼び寄せるのは無理だと思う
気づいていないだろうけど、Pさんは意外なところで人脈を作るのが上手みたいだ
私は警戒心を持っていない美波さんを見ていると、何となくそう感じていた

(でも、美波さんと私の共通点ってなんだろう……?)

ここに来る前に言っていた私と近い感覚を持っている人
でも目の前にいる美波さんは、私が到底及ばない程に魅力あふれる人で
技術や立ち振る舞いのどこをとっても、似ているところなんか一つもない気がする


新田美波(19)
http://i.imgur.com/Tmov928.jpg


寝ます。今日はここまで


「新田さんは大学生なんだよね?」

「はい、最初は学業に響かないかなって心配してましたけど、今は両立できてますよ♪」

「凄いです……私、勉強だけでも精一杯なのに」

「勉強もスポーツも、大好きですからっ!」

「へぇー、オレはどっちも苦手だったからなぁ……」

それからPさんと美波さん三人で机を囲んで話を始める
内容は本当に雑談で、私生活や趣味とか仕事に絡むような話はほとんどない
Pさんが質問をして、それに美波さんが答えて、私は相槌を挟むくらいだ

(これって、インタビューみたい……)

美波さんとPさんは楽しそうだけれど、私はあまり話に集中できなかった
このプロダクションでこうやって誰かと時間をとって話したことがないのと
さっきの共通点という単語がずっと頭に引っかかっていたからだ

「Pさんって勉強が苦手なんですか?」

「学校を卒業してからは教科書を開いてないからね、おかげ様で今は苦労してるよ」

「良かったら資格の勉強とか一緒にどうですか?」

「資格ね……まぁ、何か必要になったらお願いするよ」

「私ならお手伝いしますから、いつでも言って下さいね!」

(えっと、どうしたら良いんだろう……)

段々と相槌を打つのも忘れて、一人で考え込んでしまっていた
それを気にせず二人は話しているので、この場にいるのが心苦しい
なんだか私一人だけ置いていかれているみたいで少し寂しかった


「……ところでさ、新田さんはなんでアイドルになったんだい?」

「私ですか? そうですね、人生経験の一つと思って初めてみたんですけど」

ふと、Pさんが質問の切り口をいきなり仕事の話題に切り替える
アイドルになった目的……みんなそれぞれの理由があるのだろうけど
他の誰かからその動機を聞いたことがなかった私は、ジッと耳を傾けていた

「いざ初めてみると、この世界って奥が深くて……毎日が新しいコトだらけで」

「でも良い家族に、良い友達に応援してもらえるから、もっと新しい私に挑戦してみたいなって思うの」

「…………」

「もっともっと私を知ってもらって、元気になってくれる人が増えたら嬉しいなって!」

「あっ……」

そう答えた美波さんの笑顔はとっても眩しくて、見ていた私は惹きつけられていた
この人は誰かと争うとか、そういうことは全く意識していなくて……
常に応援してくれている皆のために頑張ることだけを目標にしてるんだ

「新田さんならすぐにできるんじゃないかな、家族も今は応援してくれてるんだっけ?」

「はい、家族にアイドル応援されちゃって、弟が学校で自慢してるみたいだし……」

「ちょっと恥ずかしいけど、やっぱり嬉しいです♪」

そんな美波さんの話を聞いている内に、自然と私の顔は綻んでいた
家族の雰囲気が似ているというのはあるけれど、確かに近いものを持っている気がして
技術とか人気とかじゃなくて、応援してくれる皆が元気なって欲しい

このプロダクションの中で見てきた、アイドルとしての辛い部分
その中でも私と同じ理由でアイドルを頑張っている人達もちゃんといる
それがわかっただけでも、どこか一人じゃないって安心できたのかもしれない

「美波さん……その、ありがとうございます」

「えっ……ネネちゃん、急にどうしたの?」

「私、美波さんの話が聞けてよかったなって思ってます」

「ふふっ、よく分からないけれど参考になったみたいで良かった」

「新田さんも年下の子にはちゃんとお姉さんしてるんだな」

「お姉さんっぽい……って、変だった? 笑わないで下さいよ、もぉ!」

(Pさん……美波さんに会わせてくれて、ありがとうございます)

今日ここに来て、色んな現実を見てその度に迷いを感じていた
アイドルを続けることで誰かに迷惑をかけてるんじゃないかって
私のなりたかったアイドルは皆が考えてるのと違うんじゃないかって

でもPさんや美波さんの言葉で、私はその迷いを振り切ることができた
みんなの笑顔が見たくてアイドルになりたかった、その想いはもっとひたすらに持つべきで
それがいつか私や私の周りを変えていくことになる。今ははっきりとそう思えていた


寝ます、ちょっとだけ投下


それから話は弾んで、終始楽しい時間を過ごすことができた
特別な話をしていたわけじゃないけど、時間を忘れてしまうほどで
予定していた一時間はあっという間に過ぎてしまっていた

「新田さん、そろそろ一時間だ。戻らないとまずいんじゃないか?」

「本当、そんなに時間が経っていたんですね」

「残念です……三人でもうちょっとお話してたかったな」

「嬉しいけれど、何度も忙しいスケジュールに穴を空けるわけにはいかないよ」

みんな名残惜しそうな雰囲気だけど、美波さんは人気があって忙しい
本来ならこんなに時間をとるのも大変だったはずだ
Pさんの言う通りいきなり時間をとるのですら難しい話だと思う

「あの……美波さん、最後に聞かせてもらっていいですか?」

「えっ、私に? かまわないよ、なにかな?」

ふと、最後に疑問に思っていたことだけ聞いておきたかった
美波さんは意外そうな顔をしているけれど、普通に考えたらおかしなことだ

「なんで、今日はこうやって時間をとってくれたんですか?」

「なんでって言われても……なにかおかしかったかな?」

「お、おかしいってわけじゃないんです……」

「ネネ、あんまり新田さんを困らせるなよ」

「Pさん……そうですね、すいません。変なこと聞いてしまって」

「良いんですよ、Pさん」

何故、私達のために時間を割いてくれたのか……私はずっと気になっていた
Pさんと知り合いと言ってもそれだけならまず来てくれることはないだろう
でも今日は、元々のスケジュールがあってそれを止めてまで来てくれている


「……ネネちゃん、私はね」

「は、はい!」

「ネネちゃんに頑張ってほしいなって思ってたの」

「わ、私にですか……?」

「うん、プロデューサーさんから色々と大変だって聞いていたから」

言葉は濁していても、それが私の妹と私達の事を言っているんだと伝わってくる
でも、私を見る美波さんの目に哀れみはなくて、見守ってくれるような優しい目だ
真正面からそんな視線を向けられると、不思議と安らぐような気持ちになれていた

「だから、私にもネネちゃんになにかできないかなって……」

「今日の話はさ、新田さんの方から声をかけてきたんだよ」

「そ、そうだったんですか!?」

「あぁ、さっき先輩に呼ばれて上がった時があっただろ?」

「その時に丁度会って、今日はネネが来ているから今から話でもしようかってね」

「そんなことがあったんですね……」

Pさんが遅くなった理由はそれだったんだろう、そんなことがあったなんて……
このプロダクションにも、今の私達の事を心配してくれる人は何人もいるんだろうけど
こうして行動に移してくれる人は本当に珍しくて、素直に驚いてしまった

「……こっちにかまってたら口うるさく言われるぞって言ったんだけどね」

「良いんですよ、Pさんには優しくしてもらってましたし、ネネちゃんの事も気になってましたから」

「オレはあんまり噂にはなりたくないんだけどね……」

「どうしても目立ちますから……でもPさん、ネネちゃん、またこうやってお話してもらえますか?」

「こちらこそ、頻繁にとはいかないけどまたお願いしたい。な、ネネ?」

「はい! そうですね、私もお話ししたいです!」

その日、このプロダクションで初めてPさん以外に信用できる人が出来た
その出会いは私にとって凄く大きな出来事で、それだけで元気になれる
これから先も多く人に出会うんだろうけど、こうして仲良くなれたら良いな……


美波さんと別れた後はもう時間も遅いので、Pさんに車で家まで送ってもらっていた
まだ六時前だと言うのに、辺りはもう真っ暗になっていて夜みたいだ
家までの道は車が少なくて、前を照らすライトがどことなく幻想的に見える

「……どうだった、プロダクションを見てみた感想は?」

「驚くことも多かったですけど、行けて良かったなって思います」

「そっか……」

今日の事を思い返して、少し疲れてしまったのか小さく息を吐く
嬉しかったこと、悲しかったこと、怖かったこと、色んな気持ちが渦巻いて
今まで触れたことのない世界、その中に私はいるんだって

「……Pさん、アイドルって大変なんですね」

「まぁ……そうだな、しんどい仕事だとは思うよ」

「でも私、良かったです。アイドルになれて」

「ん、ネネがそう思ってくれているならオレも安心だよ」

このタイミングでプロダクションを訪れたのは正解だったと思う
アイドルを始めた頃なら、私は良いイメージを持てるとは思えなかったし
今より遅すぎてもきっと何も得られるものはなかった

本当なら、沈んでどうしたら良いか分からなくなっていたんだろうけど
今の私は複雑な気持ちとは裏腹に、自分でも驚くほどに落ち着いていた

「Pさん、私、オーディション頑張りますね!」

「えっ、頑張るって……出るつもりなのか?」

「はい、どうなるか分からないですけど、やる前から諦めたくはないんです」

「……わかった、ネネに合ったオーディションをルキちゃんと探してみるよ」

私がはっきりと自分の意志を伝えると、Pさんは珍しく驚いた顔をしていた
それもそうだ、今までPさんに言われるままに活動を続けてきたけれど
今回は私から強気な言葉を口にして、オーディションに望む気持ちを伝えている

誰になにを言われても、私は自分のなりたかったアイドルを目指そう
たったそれだけのことなのに、私は周りのことを気にしすぎて迷っていた
でも私の中にある芯とも言える部分は、きっとこれから先も揺らぐことないから


いつものようにラジオから色んな曲が流れ始める
でも今日は、流れる曲に耳を傾けることなく私はPさんをジッと見つめていた
その視線に気づいたPさんは、かける言葉を考えているのか黙ったままだ
そして先に頭の中が整理し終わった私はゆっくりと口を開く

「Pさん、私がアイドルになったのは……」

「どうしたんだ、急に?」

「何度も言いましたけど、病弱な妹の為だったんです」

「あぁ、それだけはオレもちゃんとわかってるよ」

「私の頑張っている姿を見て欲しくて……でも今は、Pさんの為でもあるんですよ!」

「……オレの?」

「はい、Pさんを元気にしてあげられたらってそう思いますから」

言い終えると恥ずかしさがこみ上げて、赤くなった顔がバレないように前を向く
こんなことを言われると思ってもいなかったのか、Pさんも少し困ったように笑っている

「ネネって、たまに突拍子のないこと言うよな」

「えっ、そんなことないですよ」

「ま、自分じゃ気づかないだろうけど」

「うぅ……なんだかそう言われると恥ずかしいです」

「……オーディション、頑張ろうな」

「……はい」

互いに多くの言葉を交わさなくても、言いたいことはきっと伝わっている
その感覚は今までに感じたことはないけれど、どこか心地良くて
二人きりになると、他の誰にも見せないような穏やかな顔をしていた

(Pさん……私、きっと期待に答えてみせますね……)

恥ずかしくて言えそうにない強い決意を胸に、私はギュッと手を握りしめていた


家に帰ると、私はいつものように妹の部屋に来ていた
今日は事務所に行った事もあったせいか、いつもより話を期待されている
今まで他のアイドルの人の話はほとんどしなかったので、気になっていたんだろう

「お姉ちゃん、新田美波さんに会ったんだ!!」

「う、うん……でも、少しお話ししただけだよ」

「うわぁー、良いなぁ! あたしも会ってみたいなぁ……」

やっぱり美波さんの人気は凄くて、妹も美波さんの事は好きなアイドルだった
でもここまで好きだとは知らなかったので、サインくらい貰ってきてあげれば良かった
サインとか美波さんに迷惑かな……今度、Pさんに相談してみよう……

「そう言えばお姉ちゃんのプロダクションって他にも色んな人がいるよね?」

「そうだね、私はほとんど会ったことはないけど……」

「ね、ニューウェーブにはもう会ったの?」

「ニューウェーブ……」

ふと、嬉しそうな妹の口から聞きなれた単語を耳にする
ニューウェーブと言えば今をときめく三人組のユニットの事だ
言われてみれば、同じプロダクションなのにまだ会う機会はなかった

「まだ会ったことはないかな、接点がないから」

「そうなんだ、また会ったらお話聞かせてね」

「うん、その時はね」

「へへっ、他にどんな人がいたかなぁ……あっ、サインは貰えるの?」

「もう! そういうのはやりすぎると迷惑だからダメ!」

美波さんに会ったことで、今まで意識できていなかった他のアイドルの人達
いつかは会うんだろうけど、その時は美波さんのように壁を感じない人達であって欲しい
その人達ともライバルじゃなくて一緒に頑張れる。そんな関係でいたいと思うから


寝ます、今日はここまで
連休中には次章にいけるはず……


数日後、私はPさんとトレーナーさんの三人でレッスン場に座りこんでいた
みんなが見つめている一枚の紙は、私の出るオーディションについて書かれた概要だ
プリントアウトされた資料を囲みながら、互いの意見を交換させる

「ラジオのゲスト枠……出れるのは50人中3人だな」

「初めてとしてはこの辺りが丁度良いですね、今のネネちゃんなら可能性はあると思います」

「なんだか緊張します……。Pさん、これは歌だけで良いんですよね?」

「あぁ、ラジオは姿は見えないからな。歌だけが評価点だから目標も立てやすい」

初めて参加するオーディションにみんな慎重になっているみたいで
私を含めて、いつもと違った静かな空気がレッスン場に流れている
その緊張感に何もしていないのに息を飲んでしまっていた

「でも、Pさん。なんでネネちゃんにこの仕事を?」

「ん、今のネネを一番表現できるのは歌かなって……」

トレーナーさんの質問にPさんは少し考えた後、曖昧な答えを返していた
歌か……歌うのは好きだけど、それが私を表現するってどういうことなんだろう?
Pさんの言ったことは、私も理解できなくて次の答えを待ってしまっていた

「……ネネ、歌うのは好きか?」

「はい、好きですけど……それがどうかしたんですか?」

「だったら何も考えずに歌ってくればいいさ。今回の目標はそれだと思う」

「何も考えずに……」

「ちょっとオレも上手く言えないけどな、そんな感じがするんだ」

「……わかりました。Pさんがそう言うなら、精一杯歌いますね!」

私とPさんのやり取りにトレーナーさんは不思議そうな顔をしていたけど
きっと、歌っている私を見てPさんはなにかを思うことがあったんだろう
なら私はそのなにかが確信に変わるまで頑張ってみるしかないんだ


トレーナーさんは決まった方針に対してあれこれと考えていて
私もこれから猛練習に励もうと意気込んでいたけれど
Pさんだけ、今一つ浮かない顔してジッとしていた

「……Pさん、どうしたんですか?」

「ん? なにか変だったか?」

「はい、ちょっとだけ難しい顔してました」

その様子が気になって思わず声をかけてしまう
Pさんがこんな顔をする時は決まってなにかある時だ
良い事、悪い事、どちらかなんだろうけど、雰囲気を見ると悪い方かな

「このオーディションにな。レナさんも出るんだよ」

「レナさんって、ネネちゃんと同じ時期に入った兵藤レナさんですか?」

「そうだな、オレが応募したのを聞いて後追いで応募してきたんだ」

「変な話ですね……わたしも詳しくは知らないですけど、わざわざ応募してくるのは……」

トレーナーさんが少しの違和感しか感じていないはずだけど、私は動揺を隠せなかった
こんなにも早く争うことになって、今のPさんも同じ気持ちなんだろう

レナさんならテレビとか、もっとレベルの高いオーディションに出ることもできるはずだ
それなのにわざわざこちらの動きに合わすかのように応募してきたなら
Pさんの同期の人が、私達と争うようにするためにしたことなんだろう……

「なんで……こんなこと……」

「さぁな……、でも好かれてしまったみたいだなオレ達」

Pさんに問いかけてみても、その答えは返ってはこない
私はやるせない気持ちが溢れだして服の袖を掴むことしかできない

レナさんは今でも私よりもずっと先を進んでいて
歌だけとはいっても、到底敵う相手じゃないだろう
でもそれが悔しいんじゃなくて、面と向かって争うことが悲しかった


「ネネ……」

「はい……」

「誰がいても関係ない、それだけは忘れるな」

不安そうな私を安心させるように、Pさんが私の肩を軽く叩いた
俯いていた顔を上げると、そこにはいつもの優しい笑顔があって
その顔を見れて私の不安はあっという間に消え去っていく

「……そうですね、変に考えちゃってました!」

「ま、とにもかくにも練習あるのみだ! レッスン任せた、ルキちゃん」

「よぉーし、わたしも全力でネネちゃんを鍛え上げますよ!」

少し陰りを見せていた空気は一転して明るいものに変わっていく
ふつふつと迷いが浮かんで消えていくけれど、その度に大切なことに気づいて
私の気持ちはアイドルになった頃よりずっと強くなったような気がする

誰かの暗い部分を見るのは好きじゃない、でもそれは永遠に変わることはないと思う
それなら私が精一杯頑張る事で明るい気持ちを示して、その影を消してあげたい
それが多分、私のなりたかったみんなを元気にするアイドルだと思うから

「じゃあ、早速ボイスレッスンから始めましょう!」

「はい、今日もお願いします!」

トレーナーさんの声に元気良く返事をして、背筋をピンと伸ばす
力が入りすぎてロボットみたいな私をPさんが笑っていたけれど
私もその笑い声につられてしまって、いつの間にか笑っていた


そして、来る日も来る日も練習を重ねてあっという間に数日が経ち
待ちに待ったオーディションの日がやってきて
私はPさんと二人でオーディション会場の控室で休憩していた

「ルキちゃん、今日は来れないの悔しがってたな」

「関係者以外は立ち入り禁止って、厳しいところなんですね」

「でも普通はそうだよ、ルキちゃんは関係者とはまたちょっと違うからな……」

トレーナーさんは個別に契約しているので、プロダクションでは部外者になる
そのことが原因で今日はこの会場に来ることができなかった
残念そうにしていたけれど、朝は応援のメールを送ってきてくれて
影ながらでもちゃんと私達を応援してくれているのが嬉しかった

「Pさん、私達の出番はもう少しなんですよね」

「そうだな、運の悪い事にレナさんの後だよ」

「あの、挨拶に行かなくて良いんですか?」

「……止めといた方が良いだろうな」

やっぱり二人には、同じプロダクションでもどこか距離があるみたいだ
でもPさんが警戒していたように、同期の人が私を見る目が何かが違う
それが私にとって悪い影響を与えるのを心配してくれているんだろう

「…………」

私はボーッと、視線を天井に向けて何も考えないようにする
ここにきてから酷く緊張すると思っていたけれど
そんな事はなくて、今の私は怖いくらいに集中する事が出来ていた

頭の中は雑念がなくて、どこまでも広がる空のようにクリアで
手足は震えることもなく全身の力が抜けたようにリラックスできている

(いつか、あの子にも聞かせてあげたいな……)

何度かミニライブを繰り返してきて、ずっと思っていたことだ
アイドルとして歌うのなら、妹が一番望む形でまた私の歌を聞かせてあげたい
固執やしがらみのないその純粋な想いが、このオーディションに挑む原動力だった


時間が来た私達はオーディションが行われている部屋の前で待っていた
中ではドアを一枚挟んでレナさんの歌声が聞こえてくる
その歌声は凛々しくて、力強く、私でもレベルが高いと分かるくらいだ

「レナさんの歌……凄いですね」

「オレもこうやって聞くのは初めてだけど、驚いたな……」

Pさんが素直に感嘆のセリフを漏らすと、ドアを見つめている
驚いていたのは私も同じで、二人で流れてくる歌声に耳を傾ける

「やっぱり、こうして歌うのは気になるか?」

「気になります。大丈夫かな……?」

「そうだろうな、でもネネなら大丈夫だよ」

「どうして、Pさんはそう思うんですか?」

「理由なんてないさ、ネネだからだよ」

「わかりました……じゃあ、私、信じちゃいますね」

励ましにしては全く具体性はないけれど、その真意はちゃんと伝わっている
誰よりも私の事を見てくれていると分かっているから、その言葉を信じられた
そう思ってしまえば、今この空間もどこか過ごしやすくて
流れてくるレナさんの歌に合わせるように口ずさんでいた

「……でも嬉しそうだな、ネネ」

「えっ? そう見えますか?」

「さっきからずっと笑ってるからさ」

「なんだか、今は歌いたいなって思いますから」

そう言いながら、私はPさんに自然と笑顔を向けていた
Pさんはいきなりの事で驚いたのか目を丸くしていたけれど
すぐにいつものように自信溢れる表情に戻って小さく笑っていた


「……ふぅ」

曲が終わって、少ししてからドアが開いて中からレナさんと同期の人が出てきた
全力で歌ってきたせいか、レナさんは額に薄らと汗を滲ませていて
緊張から解き放たれた安堵の息を漏らしていた

「……お疲れ、終わったみたいだな」

「お、お疲れ様です……」

「Pさんに栗原さん! 次はPさん達ですね、頑張ってください!」

同期の人は私達を見ると、満面の笑みを浮かべて歩み寄ってくると
Pさんは慣れた動作で立ち上がり、求められた握手に応じている
私はその光景より、後ろにいる一人の人に視線を向けていた

「お疲れ様、次はネネちゃんの番か。頑張ってね」

「はい、あの……レナさんの歌声、とっても凄かったです」

「あら、褒めてくれるのは嬉しいわ」

レナさんはその言葉に驚いた様子もなくクスクスと笑っていた
いつもの余裕のある雰囲気だけど、でも素直に喜んでくれているみたいだ
その凛とした態度に、言った自分の方が恥ずかしくなってはにかんでしまう

同期の人は私達の事をライバルだと言っていたけど、レナさんは違う気がしていた
この人も多分、私や新田さんのように近い考え方を持っているんだって
私は会う機会はほとんど無かったけれど、きっと心は許していたんだと思う

「37番、栗原ネネさん。お願いします!」

和やかな雰囲気を一蹴するように、ドアの向こうから私を呼ぶ声が聞こえる
慌ててPさんに視線を向けると、私を見つめ何も言うこともなく軽く頷いて
私もその想いに答えるように力強く頷きを返す

「……よし、行こうか。ネネ!」

「頑張ってくださいね、Pさん達の活躍を僕達はここで聞かせてもらいます!」

「ネネちゃん、しっかりね」

「はい、私達も頑張ってきますね!」

ここまできた私にはもう迷いなんてなくて
二人がくれた応援の言葉に嬉しさを感じ、笑顔で元気よく返事をする
そんな私を見て、レナさん達は珍しく驚いた顔をしていた

(できたら……一緒に受かれると良いな……)

このオーディションに3人が受かれるのなら、きっとその可能性もあるだろう
だったら、レナさんに負けないように私も精一杯やるだけだ


「栗原ネネです。本日は宜しくお願いします」

「本日は弊社のオーディションに来て頂き、ありがとうございます」

ぺこりと挨拶をした後に、簡素なパイプ椅子に腰を下ろす
Pさんは少し離れた後ろの方で同じように座って私を見てくれている
そこからだと互いの視線は交わらないけれど、私は不思議と安心できていた

目の前にはラジオ局の番組担当の人、歌を審査する人の二人が座っている
その真剣な眼差しは、心まで見透かされそうなほど鋭いものだったけど
特に動揺する事もなく、形式的な質問に元気よく答えていく

(今日だけで50人も見るなんて……大変なんだな……)

緊張している室内には似つかわしくない考えが頭に浮かんでは消える
こうしてオーディションを受けるのはアイドルになった時以来だけど
その時とは違って、少し出される威圧感にも物怖じする事はない

「今日はラジオのゲストの応募ですが、活躍によっては別番組でメインでもと考えています」

「栗原さん、あなたはもしメインでパーソナリティをするならどんな事をしてみたいですか?」

「私が……ですか?」

「はい、これは興味本位なので、気楽に答えてくださって結構です」

「……そうですね、えっと、健康ラジオなんかしてみたいです」

「健康……?」

「はい、聞いてるみんなが元気になれるようなそんな感じの……」

そんな回答が返ってくるとは思わなかったのか、面接官は反応に困っている
割と真面目には答えたつもりだけど、どこか間の抜けた答えになっていたみたいで
また後でPさんに「ネネらしい」って言われるんだろうな……

「……いや、失礼。少し意外だったんで。じゃあ、歌を聞かせてもらえますか?」

「えっと……わかりました!」

いよいよに迫った時間に、私は勢いよく立ちあがり後ろにいたPさんを見据える
Pさんはラジカセを手にこちらを見て、手でいつでも大丈夫と合図をしてくれていた
その合図に力強く頷くと、全身の力を抜いて歌う気持ちに頭を切り替える


ラジカセから流れ出る曲に目を閉じて意識を集中させて
流れてくるメロディを感じながら、両手を軽く広げる

今日歌う曲は、元気な曲じゃなくてゆっくりと優しい曲を選んだ
静かな歌は身体で表現できることが少なくて、歌声だけで全てを伝えないといけないので
アイドルが歌う歌としてはかなり難しい部類に入る

それでも、私は今日のオーディションでこの曲を歌ってみたかった
それは私が初めて妹に歌ってあげた曲で、思い出の曲だったから
スタートを踏み出すならうってつけの曲だと思っていた

(振り付けは必要なくて……歌声だけで魅せるんですよね……)

胸に片手を当てて、自分なりに精一杯歌い始める
オーディション会場にいたはずなのに、意識は昔の光景にシンクロして
妹を喜ばせるために歌っていた、あの頃の私に戻ったみたいだ

(拙くてもいい……私の想いが伝わるように……)

声の波とか、音程に合わせた強弱の付け方、私はいつも難しい曲を歌う時
失敗しないように、聞いている人が変に思わないように意識して歌っていた
でも今はそんなことはどうでも良くて、伸び伸びと歌声を紡いでいく

ミニライブの時のような歓声はなくて、静かな部屋で一人歌っているように
放つ声の一つ一つが室内に響き渡っていき、緊張した空気が柔らかく変わっていく
オーディションだけどここは私のステージで、見てくれている人もいる

「…………」

歌の審査員の人が真剣な眼差しでこちらを見ているのが分かるけど
いつか、Pさん達と一緒に練習した時のように私の意識に入り込んでくる事はない
身体を押さえつけでもしない限りは歌うことは止めないだろうし……

あの人の目には私はどう映っているんだろう?
どんな事を思われていても、この歌を聞いて晴れやかな気持ちになって欲しいな
そう考えると顔は自然と綻んでいて、歌うことが楽しいと素直に思えていた


「…………」

やがて曲が終わって、メロディが流れ終えた後にラジカセの停止ボタンが押される
そのカチッという小さな音に反応して、私の意識は現実に戻ってきていた
精一杯歌いきった気分は今まで感じたことの無い程に心が満たされていて
未だに冷めない熱気に、心臓の鼓動をドキドキと早まっているのがわかる

「……これで、終わりです」

誰もが口を開かなかったから、穏やかな顔で私からそう告げる
すると面接官の二人はハッとしたように、慌てて頭を下げていた
面接してもらっているのは私なのに頭を下げられるのは変な感じだ

「……えっと、良い歌でした。ずっと歌は練習していたんですか?」

「あ、いえ、練習し始めたのはアイドルになってからです」

「そうですか、でも惹きつけられる感じがとても良かったと思います」

歌の審査をしていた人が素直に褒めてくれてなんだか恥ずかしかった
でも面接をしていた二人の顔は、きっと私の歌を聞いて元気になってくれた
そう感じ取れただけでも私はこの場で歌えたことに満足していた

「アイドルとして、栗原さんが活躍する事を楽しみにしています」

「オーディションは以上です。本日はありがとうございました」

「はい、ありがとうございました!」

二人は立ちあがってお辞儀をしてくれたので、私もそれを返す
いつの間にかPさんも隣に来ていてお礼の言葉を言っていた
まだ結果は分からないけど、このオーディションに出れて良かった……

(アイドルとして……活躍……)

何気なく聞かされたその言葉が凄く嬉しかったのかもしれない
今までPさんとトレーナーさんと頑張ってきて、その頑張りが認められてみたいで
私は隣で真剣な顔をして頭を下げているPさんも、そう思ってくれていると良いな


ガチャリ

オーディションを終えてドアを開けたその先に、レナさん達が待っていた
レナさんは私の顔を見るなり「お疲れ様」と、優しく語りかけてくれた

「ネネちゃん、やるじゃない。聞き惚れちゃったわ!」

「そんな、そこまでじゃないですよ……」

「ふふっ、そうやって謙遜しててもアレを聞かされちゃったらね」

レナさんがまるで自分のことのように私の歌の事を褒めてくれたけど
でもやっぱり恥ずかしいのは変わりなくて両手で手を振り否定してしまう
その仕草が可笑しかったのか、レナさんはずっと笑っていた

でも、そんな私達の和やかな雰囲気とは全く別のモノが私の隣に渦巻いていた
それは今まで感じたことの無いようなピリピリとしたもので
二人の間だけ、明らかに異質な空気が取り巻いているのがわかる

「……Pさん、隠していたんですか?」

「何のことか知らないけど、隠すことなんかないよ」

「そうですか……でも、面白いものを見せてもらいましたよ」

「おいおい、なに言ってるんだ……」

厳しい目で問い詰める同期の人に、Pさんは困ったような表情をしている
Pさんは私と同じ考え方なので、誰かと争う気なんて最初からないはずだ
それでも周りはそれを許してくれなくて、真正面から敵意を向けられる

「もう! 私達もそろそろ行くわよ」

「そうですね……Pさん、栗原さん。僕達はこれで」

「あぁ、またな……」

「はい、お疲れ様でした!」

そのまま嫌なことが起こるのかなと心配していたけれど
見かねたレナさんが一括してくれた事でその場は何事もなくおさまって
私はやっと訪れた平穏な時間にホッと胸をなでおろしていた


「……ふぅ、参ったねホントに」

「あの人、なんであんなに冷たい感じだったんですか?」

「オレにもよくわからないよ、ネネの歌は凄かったけどさ……」

「別にそれを隠していたつもりはないんだけどな……」

二人きりになれたことで、Pさんは緊張から解き放たれたように力を抜いていた
自身も問い詰められた真意が分からなくて、返答に困っていたみたいだ
でも、あの様子だと私の歌に何かあったのかな……?

(Pさんも……最初は私に何かを感じたって言ってたけど……)

みんな、私に感じたモノの影響で、こうして繋がりを持つきっかけになって
でも私自身はそれがなにか分からなくて、未だに言われても困るだけだ
それにはっきりと敵意を向けられると、どうしたらいいか分からなくなる

(こんな風に思う人もいるんだな……)

快晴の空に一つだけ雲があって、日差しを遮るようにモヤモヤとしてしまう
元気になる人もいれば、快く思わない人もいる。単純にそれが悲しかった
考え始めて、少し俯いてしまっていたけど、すぐに肩を叩かれてハッとする

「なんにせよ、今日はお疲れさまだったなネネ」

「Pさん……」

「良い歌だったよ、オレも正直驚いてた」

「……うん、ありがとう」

私を見つめながら褒めてくれたその言葉に嘘偽りはなくて
この場で精一杯歌えてよかったと、胸が熱くなるのを感じる
与えてくれえたこの気持ちを噛みしめながら、私ははにかんでいた


少し日が落ち始めた夕暮れ時、私はPさんと二人で宛てもなくブラブラと歩いていた
時間があったので、Pさんが息抜きに散歩でもしようと提案しくれたからだ
初めて歩く場所だけど、都心から離れているせいか喧騒とは無縁の場所だ

「今日の結果は一週間後に発表だってさ」

「一週間ですか、なんだか緊張しますね……」

「ま、後は神様に祈るだけだな」

今日のオーディションは仕事を貰うよりも、大切なことがわかったから
口では緊張すると言ったけど、実際はそれほどでもなかった
Pさんも同じ気持ちだったのか、適当な返事を返しているみたいだ

「Pさん……私の歌、どうでしたか?」

「……ネネってあんな風に歌えるんだなって思った」

「オレは歌の事はよく分かってないけど、純粋に惹きつけられたよ」

「んっ、良かったです……ちょっと色々考えながら歌ってましたから」

「でもあれだけできるんだったらレッスンでもな……いきなりやられるとビックリするだろ」

いつもからかわれてるPさんをビックリさせられて、私は逆に嬉しかった
こうして流れる時間はとても穏やかで掛け替えのないものになっていって
この人から貰える元気は私を勇気づけてくれて、それを返すために頑張れる
それがアイドルとして輝ける力になっている気がしていた


「……にしても、今日は風がきついな」

「本当ですね。少し冷えてきました……」

「やれやれ、外を歩くのも辛い季節だな」

「Pさん、風邪には気をつけてくださいね?」

「それはオレじゃなくて、ネネの方がだな……」

「体調管理も仕事のうちですし」

気遣った気持ちに反論を続けるPさんを突っぱねるように
プイと頬を少しだけ膨らませて、横を向いて視線を外す
そんな私にPさんは困ったように「わかったよ」と言ってくれた

「……そういや、ここって海に近いのに海が見えないんだな」

「海……見えるんですか?」

ふと、Pさんが言った言葉にピクリと身体が反応してしまう
海が見える、たったそれだけの事なのに思わず聞き返してしまう

「もうちょっと近くまで行かないと無理だな。ほら、潮の匂いもしないしさ」

「潮の匂い……Pさん、それってどんな感じなんですか?」

「えっ、もしかしてネネって海に行ったことがないのか?」

「えっと、そうですね。ないです」

私は内陸育ちなので、今まで海に行ったことがなかった
妹の事もあったので家族でどこかに行ったこともない
だから、一般的な人が知っている海を私は知らなかった


「……そっか」

Pさんは少し考えた後に、事情を察してくれたのか
「何故?」と聞いてくる事はなかった
でも、テレビでしか見たことない海に対する興味は募っていく

「Pさん、海ってどんなところなんですか?」

「そうだな……こうさ、目の前いっぱいに水平線が広がって」

「息を吸い込むと潮の匂い胸いっぱいに広がってだな」

「綺麗なとこは何時間見ていても飽きないくらい凄いんだよ」

「…………」

「えっと、すまん。オレのイメージってこんなもんだ……」

「ううん、とっても素敵なところなんだなって思います」

身体全体を使って、まだ見たことない海を表現してくれるPさん
私はその話の一つ一つを聞くたびに、頭の中で海を思い描いて
いつか見ることができたらと、想像するだけでワクワクとしていた

「……なんだか、シャングリラみたいですね。ほら、昔の小説にあった」

「シャングリラって理想郷みたいなニュアンスだよな……」

「でもそんな大したもんじゃないだろう。今からでも電車ですぐだし」

「今じゃなくて、そんなに素敵な場所なら大事な時に行きたいです」

「はぁ……そういうものなのか?」

「はい、いつかPさんの教えてくれた綺麗な海を見てみたいですから」

「ネネも結構ロマンチストなんだな」

「もう! 私も普通の女の子なんです!」

Pさんが導いてくれたアイドルの道は、私を変えてくれるものばかりで
これからもいろんな経験をしていくんだろうけど、その全てが楽しみに感じてくる
その先に、綺麗な海のように心を奪われる素敵な景色が待っていそうで


キーン コーン カーン コーン

「はい、今日の授業はここまで。宿題は忘れないようにな」

チャイムが聞こえ、先生が終わりの宣言と共に日直の人が号令をかける
起立、礼、着席を終えると、すぐに担任の先生が入れ替わりで入ってきて
みんながこの後の事を話しあっている中、終わりのホームルームが始まった

(宿題、今日は少し多いな……)

私は一人ボーッと、外を見ながら出された宿題の消化方法を考えていた
昔から宿題を忘れることはなかったけど、今回出された量は多くて
少しばかり寝る時間を削ってやってしまわないと間に合いそうにない

ため息をつきながら、鞄に教科書を詰め込んでいると
ふと、鞄の奥底でチカチカとなにかが点滅しているのが見えた
手に取るとそれは学校では鞄にずっとしまっていた携帯電話だ

(着信……Pさんから)

学校にいる時間はかけるのを避けてくれていたので、電話はないと思っていた
それでもかけてきたってことはきっと急ぎの用事があったんだろう
だけど、その急ぎの用事に思い当たる節がなかった

「ネネ、今日は時間あるの?」

「えっ!? えっと……今日もちょっと無理そうかな……」

「んー、そっかぁー。ネネのアイドル話聞きたいのになぁ」

「じゃあ、今度のオフは時間あるから。その時でも良いかな?」

「おっ、やった! 楽しみにしてんね!」

本当は1時間くらいなら大丈夫だったけれど、電話が気になって断ってしまった
悪いことしちゃったな……今度オフは時間をとるようにしないと……
私はホームルームが早く終わることを願い、携帯を握りしめていた


『もしもし』

「Pさん、どうしたんですか!?」

『っと、大きな声出すなよ。ビックリするだろう』

「あっ、ごめんなさい……」

学校が終わると慌てて少し離れた場所まで移動して、Pさんに電話をかける
気になっていた連絡はどんどん膨れ上がって、大事があったみたいに思えて
はやる気持ちが声に出てしまい、Pさんを驚かせてしまう

『そんなに慌ててかけ直してこなくても大丈夫だよ』

「でも、学校にいる時にかけてくるのって初めてでしたから……」

『言われてみればそうだったな……』

「私、なにかあったのかなって……」

『あぁ、なにかあったのは間違いない。この前のオーディションの結果が来たんだ』

瞬間的に身体が強張る、最初の予定通りに一週間ピッタシで結果が来た
Pさんと結果は気にしないでその時を大人しく待とうと言い合っていたのに
いざ連絡が来ると、やっぱり緊張してしまっている自分がいた

『……結論から言うと、オレ達は駄目だった』

「そうなんですね……でも、私達ってことは」

『あぁ、レナさんとこは受かったみたいだな』

小さく息を吐いて落胆を示すけど、緊張から解放された事にどこか安心を感じていた
ダメだったらダメでそれで良かったし、レナさんは受かってて良かった
本当ならもっと残念がっていないといけないのに、何故か気持ちは穏やかだ


「……わかりました。Pさん、私達も負けないようにまた頑張りましょうね!」

『もちろんそのつもりだけどな、今日は別の話があるんだよ』

「別の話ですか?」

どこかでそうだと思っていたせいか、落ち込むことはなかったけど
Pさんが言ったもうひとつの話というのが引っかかってしまって
向こう側で楽しそうにもったいぶっているPさんに、少しヤキモキしてしまう

「あの、それってなんですか?」

『オーディションには落ちたけどさ、別の放送でネネを使いたいってさ』

「えっ……」

『ほら、あの時の審査員がいたろ? その人の目に留まったんだよ』

『ネネの歌声は、その番組とはまた別で使いたいってさ』

「Pさん……それって……」

『……おめでとう、ネネの歌が伝わったんだよ』

「…………」

気がつけば、ボタボタと大粒の涙が頬を伝って首筋に流れていく
大丈夫だと虚勢を張り続けていた心は解きほぐされて
Pさんの優しさが私の中の最後の壁を壊していった

オーディションは残念だったけど精一杯歌えて良かった
その気持ちは本物で、私はそれで終わりにするつもりだった
でもこうして誰かにその頑張りを褒められたことが素直に嬉しい

『おめでとう』

たったそれだけの言葉だけど、それは今まで聞いたどんな言葉よりも
私の心の中に深く染みわたっていって、それが涙になって溢れ出てくる

自分でもよく分からない感情を処理できずに黙ってしまったけど
Pさんはそんな私を怪訝に思うことなく黙っていてくれている

「今の私の姿、見てくれた人はどう思うかな……ねぇ、Pさん」

「なに言ってるんだ、アイドルの栗原ネネ、だろ?」

「……はい、そうですよね!」

涙を拭うこともせずに、必死に紡ぎだした言葉にPさんは迷うことなく答えてくれて
それは私の聞きたかった答えで、その言葉に元気よく返事を返すことができた


章区切り、ひとまずここまで


■輝きは苦しくもその先に

「……ここにするか」

照りつける日差しが暑い夏、クーラーの効いた社内で
オレはパソコンのモニターに映し出される画面を眺めながら
ネネに合ったの次の仕事を探していた

アイドルの仕事を探すというのは、本来足を使うものだが
うちのプロダクションではシステム化を率先して進めてきた結果
社内ネットワークを見るだけで仕事がどれくらいあるか把握できる

しかもネームバリューというおまけつきのため、面倒な話はいらない
クリック一つでメールが飛んで返事が返ってくる
およそ営業とは言えないような、サルでもできる簡単な作業だ

(もう仕事をとるのに苦労することも少ないな……)

ネネがオーディションに受かってからというもの
徐々に上がってきた知名度と共に、加速度的に力をつけて
ネネはアイドルとして、多くの人に知られることになった

その頑張りも相まって、オレのプロデューサー業務は楽だった
ネネに合っているなと思ってアポをとっておけば、大体OKが出る
仕事の内容としては大きなものではないが今のオレ達には充分だ

「…………」

コーヒーを飲みながら騒々しい周りの人達を見つめる
電話をしていたり、難しい顔をしながらパソコンを見ていたり
その忙しそうな光景にオレはいつも疎外感を感じていた


昔から人との距離感を掴むのが苦手だったオレは
このプロダクションに居てもその悪い癖が治ることがなかった

誰かと話をしようにも、何を話していいか分からない
ネネやルキちゃんとは出会い方が自分優位だったせいか
特に気を使う事もなく、友達と話すような感覚で接することができる

だけど、上下関係の厳しい社内ではそうもいかない
ボロが出ないように気を使うほど、逆に話さない方が良いと思ってしまい
気がつけば、このプロダクションでオレの知り合いはほとんどいない

ここでの話し相手と言えば同期のあいつくらいだが
あいつは要領が良いので、オレとは違い先輩に可愛がられている
それが羨ましいわけじゃないが、他の人の協力を得られる能力が無い
それはプロデューサーとしては無能とも言える

稀に新田さんみたいにあちらからアプローチしてくれる人もいるが
そんなことがなければ、オレは自分から誰かに話しかける事はなかった

(結局、ネネやルキちゃんに助けられてるってわけか……)

普段からネネやルキちゃんには偉そうなことを言っているが
ネネは実力をつけ、ルキちゃんはそれを見事にサポートしている
現状は三人の中で一番役に立っていないのはオレだろう

今までは何気なく言った言葉が、ネネの琴線に触れていたのか
ネネ本来の力を出せるきっかけになっていたが
ただそれは、ネネが迷っているという条件下の話なので
迷いの無い今のネネには、オレから助言できることなど何もない

レッスン、仕事での立ち回り、プロデューサーとしての必要なスキルは
必死に頭に叩き込んできたけど、ずっと勉強をしてきたルキちゃん
それに経験豊富な先輩方の助言を得られているあいつなんかには敵わない

それを補うためにと、頭を下げる覚悟はしていたけれど
頭を下げただけで全てが上手くいくならみんなそうしている


今でこそネネとオレは安定した立場にいれるようになったけど
当初はみんながネネをプロデュースする事に関して否定的だった
それもそうだ、個人の特別待遇など非難の的でしかない

もちろん、ネネの事情を考えたらそれは仕方ないのことだし
ネネの性格を考えると、やみくもに猛特訓をさせるのも違う気がした
その責任はそれを承知の上でネネをアイドルにしたオレに全てある

しかし、初めは協力的だった先輩のアドバイスを跳ねのけて
そんなことをしてしまった以上は溝ができてしまうのも仕方ない

安定するまで時間がかかったのもあるけど
それまでは失敗の連続で、周りにはずっと言われ続けていた
そんな人間が今になって助けを請うなんて虫が良すぎる
今まで貯め込んでいた負債は、もう取り返しはつかないのかもしれない

だけどオレは諦めるわけにはいかなかった
ネネは必ずトップアイドルになれる輝きを秘めた子だと思う
自惚れかもしれないけど、そのネネがオレを信用してアイドルを続けてくれている

だったらオレからギブアップ宣言だけはしたくなかった
明らかに実力不足なオレに全てを託してくれた妹ちゃん
そして、ネネのためにも何かしらの道は開いてやりたかった

(なんで、オレはこんなことを考えてるんだろうな……)

昔は誰かのためになんて考えるのも馬鹿らしかった
そんなオレが今はネネをトップアイドルにしてやりたいと思っている
でもその心境の変化は、どこか心地良くて自然とやる気が湧いてくる

いつか聞かされた、ネネの誰かを元気にしてあげたいという言葉に
オレもいつの間にか影響を受けていたのかもしれない


「しかし、どうしたもんかな……」

社内に追い風が吹いていない状況のままでは
ネネは辛い思いをするだけで、得られるものはなにもないだろう

新田さんという理解者ができてくれたのは幸運だったが
そもそも、担当アイドルでも無い彼女の厚意に甘えるわけにもいかない

「プロダクションでのイベントは……」

プロダクションマッチフェスにアイドルサバイバル、アイドルプロデュース
社内ネットワークには様々なプロダクション単位でのイベントが載っている

オレ達は今まで個人での活動を続けていたが、プロダクションでのイベントは豊富にある
プロダクションでのネネの立場を良くする、多くの人の目に触れてファンが増える
他のアイドルと関わりを持つ事で刺激を受けるといったように
大きなイベントはアイドルとして成長をするには欠かせないものだと聞いたことがある

しかし、プロダクション単位でのイベントとなると他の人達の協力は必要不可欠だ
周りの協力を得られないオレには、参加しようにもどうしても決心がつかなかった

(オレは別に一人でも良いんだけど、ネネはそういうわけにはいかないからな……)

いずれ、プロデューサーとして実力不足でこの世界から消えることになっても
ネネにはアイドルは続けていて欲しい。だったらオレが足を引っ張って
彼女の未来を潰すことだけはしてやりたくなかった

(そうは言ってもどうすればいいんだろうな……)

(そんなこと考えてても、それができれば苦労はしないのに……)

細かく書かれたイベント概要を見ながら一人項垂れる
こういうイベントに参加するために、どうしたらいいのか未だに分からない
参加させて下さいと叫べばいいのか? それで、できたらいいのに……

馬鹿げた考えだけど、それくらいしか方法が思いつかない
オレはここに来て完全にプロデューサーとして行き詰っていた


今日はここまで、今回は視点がP視点に変更になっています


「お疲れ様です。Pさん」

「お疲れ様、今日はデスクワークなのか?」

「えぇ、今日一日はレッスンで予定を組んでますからね」

ボケっとしていると、いつの間にか同僚が隣の席に戻ってきていた
雑談しながら、オレと同じように仕事を探しているようだ
今日一日デスクワークとなるとこいつと一緒に過ごすことになりそうだ

「そういえば、Pさんと栗原さんは何か大きなイベントに参加したりはしないんですか?」

「んー、そこを丁度考えていたんだけどさ、何が良いかなって」

「……ですよね、担当アイドルが一人となると限られてくる部分もありますから」

「そっちは何かに出る予定は考えているのか?」

「僕は……プロダクションでのライブイベントに参加しようとしてますけど」

二人してあれこれと大イベントについて話し合うが
状況が違うだけに同期の参加するイベントにはオレ達が参加する事は無理そうだ
担当アイドルを増やす……それも一つの突破口だけど
ネネ一人ですら満足に育てれていない現状では、中途半端になってしまうだけだろう

「……難しいところだな、人数が多いだけに滑り込むだけでも一苦労だよ」

「そうですか? 僕はPさんと栗原さんならどんなイベントでも成功を納めれると思いますよ」

「買いかぶり過ぎだって、ネネもそこまで有名なわけじゃないからな……」

「でも、案外そう言うのはやってみてからわかることも多いですよ」

理由は知らないけれど、こいつはいつもオレの事を過大評価している節がある
その真意はわからないが、実際の実力は全く逆なので違和感しか感じない
最初に合った時にできるやつだとでも思われていたんだろうか……

(でもレナさんが出れたって事は少しは希望はあるのかもしれないな……)

しかし、わざわざそんな事を言われるのであれば可能性はゼロじゃないんだろう
今は無理にでも進んで突破口を開かなければ何も変わりはしない


頭を入れ替えるために席を立ったオレは、プロダクションの中の休憩所に来ていた
休憩所はいくつもあるが、この場所は少し離れた場所にあるので
利用者が少なく、いつ来ても誰もいないのでオレのお気に入りの場所だ

(……そろそろ、時間か)

時計を見ていつもの約束の時間が迫っているのを確認すると
オレはポケットから携帯電話を取り出して、履歴からお目当ての相手に電話をかける
人のいないこの場所に来ているのは、これをするためでもあった

「……もしもし」

『もしもーし、兄ちゃん?』

「あぁ、元気にしてるか? 妹ちゃん」

『へへっ、今日は大丈夫だよ!』

電話の向こう側から元気な声が聞こえてくる。今日は調子は良いみたいだ
ネネがアイドルとしてレッスンを受け始めて一ヶ月ぐらいした頃から
オレは決まった時間にネネの妹に電話をかけるようにしていた

ネネはこの時間は学校に行っているし、両親も仕事のためこの事は二人だけの秘密だ
かけ始めた理由は単純なもので、仕事をするにあたってネネの動きを予測するために
妹ちゃんの体調を先に把握しておく必要がある

これは前にネネの家に行った際に、妹ちゃんと二人で話し合って決めた事で
妹ちゃんは電話をかけると、自分の体調を包み隠さずに教えてくれる

姉の考えもわかっているのか、体調の悪い日は「今日は多分休むかな?」と言った
情報まで教えてくれるので、オレとしても非常に助かっている

時間にしたら10分20分程度のものだが、妹ちゃんも暇な時間を潰せるのが嬉しいのか
電話を待ち望んでくれていて、かけ遅れた日にはブーブーと文句を言われる始末だ

「元気そうで安心したよ」

『兄ちゃんは元気じゃないの?』

「ん、オレはいつも通りかな……」

『えー、そうは聞こえないけどなぁ。どうせまた仕事がって、悩んでんじゃないの?』

しかし、それは良いことばかりでもなくて、毎日電話をしているせいか
妹ちゃんはオレの知り合いの中では一番オレの事に詳しくなっていた

ネネもそうだが姉妹揃って鋭いところがあって、微妙な感情の変化を読まれている気がする
しかもネネと違って遠慮が無いせいか、ストレートに痛いところをついてくる
こうやって、気持ちの沈んだ日にはあっさりと見破られるのはよくあることだ


「……相変わらず鋭いな、まぁそんなところかな」

『ふーん……ね、良かったら相談してよ。あたしも一肌脱いじゃうから!』

年下にこうもまで言われては立つ瀬がないのだが、これも珍しいことじゃなかった
普段から強がりを言って、気がつけば一人になってしまっていて
いつの間にか自分の弱みを誰かに見せないのが癖になってしまっていたが
妹ちゃんの裏表ない態度の前では自然と素直になれる

『大きなイベントかぁ……。難しいんだね、プロダクションって』

「今までそこを蔑ろにしてきたツケが来てしまったって感じだな……」

ポツリポツリと今の気持ちを呟くと、茶化すことなく真剣に聞いてくれる
もちろん、妹ちゃんは仕事の事など知っているはずがないけど
こうして話を聞いてくれる相手がいるだけでもありがたい

『んっ……でもあたしは大丈夫だと思うな』

「みんなそう言うよな、あんまりそうは思えないけどさ」

『兄ちゃんは少し自分の事を低く見過ぎだと思うよ?』

「実際低いと思うけど……」

『そっかなぁー? でもさ、周りに散々無理だって言われてた事を続けられてるんでしょ?』

「…………」

『だからみんな言わないと思うけど、あたしは凄いなぁって思うよ♪』

そうは言っても所詮は子供の意見だ、小難しいことを考える大人はそうもいかない
言ってしまえばそれだけの事だけれど、彼女の言葉には不思議な説得力があって
気がつけば沈んだ気持ちも楽になり、前向きになることができる

ネネも普段からこうやって妹に励まされることが多いのだろう
自分の方が辛いことも多いはずなのに、それでもその事は微塵も感じさせずに
本当にオレの事を想って言ってくれているのが伝わってくる

ここ最近では、ネネが妹を大切にする理由が痛いほど良く分かってきて
オレになにかできるわけじゃないけれど、彼女には元気になって欲しい


席に戻ったオレは、なんとしてもきっかけを掴もうと注意深く周りを見守っていた
そして、監視していた相手の手が空いたのを確認すると、その人に近づいて行く
相手は新田さんのプロデューサー、少し面識があるのでまだ話しやすい方だ

(……落ち着け、オレが尻込みしていたら何も変わらない)

どう声をかけるべきか? 失礼の無い言葉は? 必死に頭をフル回転させて
大事な第一声を絞り出すために息を吸い込んで気持ちを落ち着かせる
人と話すと言うことだけでこれだけ緊張したのは久しぶりかもしれない

「……先輩! 今、時間はありますか?」

「ん、Pか。どうかしたのか?」

「いえ……少し、教えて欲しいことがありまして」

「珍しいな、何かあるのか?」

(よしっ、食いついてくれたっ!)

恐れていた結果とは違い、こちらの話を聞いてくれる姿勢になってくれた
いつもなら「忙しいから自分で何とかしろ」と言われることがほとんどだが
今日は運が良い事に、時間がある時に声をかける事に成功したみたいだ

「実は、ネネ……あ、いや栗原をですね。プロダクションのイベントに出そうかと思いまして」

「栗原……あぁ、Pの担当アイドルか。」

「はい、今の時期で手頃なライブイベントとかってありますか?」

「……難しいな、そのライブイベントに栗原一人で出すつもりか?」

「えっ、そう考えてましたけど……」

「だとしたら、人気や注目度を考えると、どのイベントも無理だと思うぞ」

「そ、そんなに厳しいんですか!?」

「あぁ、イベントのために人気アイドル同士がユニットを組むと言うのも珍しくない」

「…………」

「逆に言えばそうでもしないと、今時は出るのも難しいって事だよ」

現実の厳しさを目の当たりにしてしまい、身体の力が抜けていくのを感じる
言われてみれば、あいつもユニットを組んで出るつもりだったみたいだし
参加するのであれば、一番の近道は人気アイドル同士が力を合わせることだ

ネネがいくら輝きを持っていると思っても、まだそれは全てじゃない
それに数多くの実力派ユニットの中で注目を集めるのは正直厳しい
そして、ユニットを組むとなると今度はオレの立場が足かせになる……

光が見えて進んだと思えばそこは袋小路だった気分だ
その先はどこにも繋がっていないような、そんな絶望感に包まれていた


とりあえずここまで、遅筆で申し訳ないです


ちょっと訂正します

×ここ最近では、ネネが妹を大切にする理由が痛いほど良く分かってきて
 オレになにかできるわけじゃないけれど、彼女には元気になって欲しい

○ここ最近では、ネネが妹を大切にする理由が痛いほど良く分かってきて
 オレになにかできるわけじゃないけれど、彼女には元気になって欲しい
 そんな気持ちを抱くようになっていた


焦りすぎた……
>>165>>162 の修正です


「……あの」

「ん?」

「例えばですけど……新田さんと栗原をユニットを組ませるとか……」

すがるような気持ちで必死に声を絞り出す
それが無茶苦茶なことを言っているんだと自分でも自覚していたけど
今のオレはその微かな希望に頼るしかなかったのかもしれない

「…………」

「ほ、ほら……栗原も経験は積んでいますし、足を引っ張るような事はしません!」

「……無理だな」

「そ、そうですか……」

案の定、冷静な表情をピクリとも動かさないまま、拒否を言い渡される
わかっていたことなのに、それでも落胆を隠すことはできない
悔しさ、情けなさ、よくわからない感情が込み上げて息がつまりそうになる

「……なぁ、なんで無理だと言ったか分かるか?」

「いえ、それは……オレのせいだと思います……」

「Pのせいね……まぁ、まちがってはいないけどな」

先輩はデスクに向いていた身体をこちらに向けて、ジッと見つめてくる
こうして真面目に向き合ってくれているのは本当に珍しいことで
助言とも取れるような問いかけをしてきてくれているのに
オレは情けないことに自分が悪いと答えてしまう

(でも、それぐらいしか思いつかない……)

オレがもっと先の事を見ていれば、こうしてイベント一つに苦労する事もなかった
先輩に迷惑をかけることもなかっただろうし、また違った未来が見えたのかもしれない
自分を責めてそれでどうにかなるわけではないのに……


「お前はさ、新田をどうしたいんだ?」

「……新田さんをですか?」

黙ってしまったオレに先輩がさらに問いかけてくる
しかしその質問は全く予想をしていなかったことで
何故オレに新田さんのことを聞いてくるのか理解できなかった

(新田さんをどうする? ユニットを組んで一緒に歌うだけじゃないのか?)

実力も充分だし、オレよりもずっとしっかりとしている
プロデュースは先輩がしっかりとしていて、人気も凄いものだ
そんな彼女をオレがプロデュース……とてもじゃないけど無理だと思う

「その栗原を目立たせる為のダシに使うつもりか?」

「そ、そんなつもりは!」

「ない、と言いきれるか? 実際にお前は栗原の事しか見ていないだろう」

「…………」

「いいか? 俺はPがどう思われていようが気にはしていない」

「最近は頑張っているようだし、これでも評価はしてる方なんだ」

「ただ、新田の事を踏み台にしか見ていない今のお前に任せることはできないよ」

沈んでいた気持ちに加えて、頭をハンマーで殴られたような衝撃を感じる
一つ一つの指摘が確信をついていて、ぐうの音も出ない

イベントに固執するあまり、オレは新田さんの事をなにも考えちゃいなかった
ネネがイベントに出るためだけに手伝って欲しい、そう言っているのと変わらない
ただでさえオレの手に余る実力を持っているのに、なんて失礼なことをしてしまったんだろうか

(くそっ……バカかオレは……)

ユニットを組むと言うことは全体を見る力がないといけない
ネネと新田さんが組んでどんなステージを演出していくのか
そのビジョンすら見えていないのに……

そもそもオレは新田さんのことについて知らないことも多い
普段はどんな風にレッスンをしているのか、どんなことが得意なのか
こんな簡単なことにすら気付けないとは情けない話だ


自分の浅はかさを見抜かれてしまって、自然とため息が漏れる
でもそれは落ち込んでいた心を表すため息じゃなくて、どこか気が抜けたような
はっきりと誰かに言われたことで、足りないものが見えてきた気がする

「……先輩、ありがとうございます!」

「あぁ、頑張れよ」

気がつけば、オレはこのプロダクションで初めて全力でお礼を言っていた
常に逆境だと思っていたこの状況でも、味方してくれる人はいてくれて
直接的ではなくてもこうして助言を得ることもできる

妹ちゃんの言った通りみんなは言わないだけであって
自分から進んで行けば、変わることもあるのだと気づかせてくれた

(みんながみんなと言うわけじゃないけどな……)

まだまだ状況的には苦しいことには変わりないだろう
それでも、少しづつオレとネネを後押しする風は吹き始めている
そう感じ取れただけでも収穫はあったのかもしれない

「……で、どうするつもりだ? イベントには出るのか?」

「えぇ、それはもちろん。だけど、今度はちゃんと考えてみるつもりです」

「そうか……」

「ユニットも視野に入れて、自分なりに色々とやってみます」

「……サマーライブだ」

「えっ?」

「それなら、可能性はあるだろう」

それだけ言うと、先輩は再びパソコンの方に向かって仕事を再開していた
サマーライブ……確かイベントの一覧に載っていたはずだ……

(可能性がある……どういうことだ……?)

大きいイベントだったはずだし、スルーしていたけどいったい何があるんだろうか?
しかし、こうして教えてくれている以上、オレ達にもチャンスはあると言うことか
オレは無言のまま頭を下げて、早速そのサマーライブについて調べることにした


「あの、Pさん……この格好は?」

「ん? せっかく貰ったからネネにはその格好でレッスンしてもらおうと思ってな」

次の休日、オレはレッスンの前にネネにある服を着るように指示していた
その服はサマーライブのグッズとして作られたTシャツで、うちのアイドルなら無条件に一枚貰える
この暑い夏にレッスンを行うには、涼しくて丁度良さそうな感じだ

「ふふっ、でもなんだかプレゼントが貰えたみたいで嬉しいです」

「ま、これはまだ第一段階さ。ネネには今からみっちりレッスンしてもらってイベントに出てもらう」

「い、イベントにですか?」

「あぁ、サマーライブっていうイベントさ。ネネも聞いたことがあるだろう?」

「はい、でもそれってすごく大きなイベントですよね?」

「そうだな、うちのプロダクションも力を入れているからな」

「私が出るんですよね……」

ネネは未だに自分が出れるか半信半疑のようだが、実際にまだ出れると決まったわけじゃない
ただ、あの時に教えてもらったようにオレ達にも出れる可能性は充分にあった

(ファンの数か……)

サマーライブに出る条件は単純明快で、ファンの数が一定数いることだ
どんなアイドルでも既定のファンの数さえ満たせば参加することができる

この前見積もったネネのファンの数は、その既定数の半分くらいだった
普通に考えたら足りないのだが、サマーライブは特別な判定基準がある
それはユニットでも個人でもファンの数が合計で既定数以上ならオーケーということだ

ユニット化することは避けることはできないが、可能性はあることは間違いない
そうと決まれば、オレはネネをサマーライブに向けて調整していくことにした


栗原ネネ(15)
http://i.imgur.com/z3lQDXi.jpg


真夏特有の照りつける日差しが容赦なく降り注ぐ中、オレ達はベンチに腰をかけていた
ネネには早めに来るように言っておいたので、レッスンまではまだ時間がある
これからユニット化に向けてレッスンを始めていく前に、ネネの気持ちだけは確認しておきたかった

「今日は暑いな……」

「そうですね、でももう夏なんで仕方ないですよ」

「日差しが強いから日焼けには気をつけてな」

「あまり日焼けってしないんです」

と、意気込んだのはいいものの、なかなか本題に入れず適当な話でごまかしてしまう
ネネには今までとは違う道を進んでもらうことに、少し尻込みしていたのかもしれない
そんな明らかに様子がおかしいオレを、ネネはなにも言うこともなく楽しそうに見つめている

「…………」

「……Pさん、私のことを気にしているなら大丈夫ですよ」

「いや、別にそういうわけじゃないんだけどさ」

「大丈夫です、きっとやり遂げて見せますから!」

そう言いながら微笑むネネの瞳はとても強い意志を感じることができる
最近ではこうして出会った時に見せてくれた、あの輝いているネネを目にすることが多い
きっと、様々な体験をしてきたことでネネは成長していったんだと思う

オドオドしていた時とは大違いだな、今ではオレの方が驚かせれる事がほとんどだ
そんなネネを見ていると、今まで頑張ってきて良かったと不思議な満足感を感じる

「どうかしたんですか?」

「すまない、ボーッとしてたよ」

「はいっ、Pさんも日射病に気をつけてくださいね?」

ネネは手に持っていた水筒から、ドリンクを少し分けてくれる
なんでも自作のハチミツレモンジュースで、ネネはレッスンの時によく作っていた
ジュースなんて飲むことはほとんど無くなったが、このジュースだけはオレもよく飲んでいた


とりあえずここまで、続きはまた明日にでも


時間が経って落ち着いたオレは本題を切りだすために、ネネの顔に視線を合わせる
その視線にネネは驚く様子もなく、ずっとオレの言葉を待っていてくれたようだ
ジュースを渡してくれたのも落ち着かせる為なんだろう、おかげ様で気は楽になっていた

「……実はさ、ネネには誰かとユニットを組むことを予定しているんだ」

「ユニット……それって、誰かと一緒にって事ですよね?」

「そうだな、まだ誰と組むかは決めていないけど……サマーライブに出るには必要なんだ」

「そうなんですね……」

今から新人をスカウトしてきても、サマーライブまでにファン数を増やすのは間にあわない
となると、プロダクションの誰かと組むことになるというわけになるのだが
新田さんやレナさんが無理となった以上は、ネネの知らない誰かと頑張っていくことになる

「やっぱりいきなりだと、変に思うか?」

「ううん、そんなことないですよ」

さっきの言葉である程度は察してくれたのか、オレの問いに力強く頷いてくれた
ソロとユニットではレッスンの仕方や相性とか色々と問題は出てくるだろう
ネネの状況を理解して、共に歩んでくれるアイドル……そんな子はいるのだろうか?

もちろん先輩に言われた通り、ネネのためだけのユニットになってはいけない
その子もネネと組むことで強く輝いて、一段と成長できないと意味が無い
こちらからお願いする以上はプロデュース件はオレになることは間違いないだろうし
オレ自身も担当アイドルが二人に増えたと思って、今まで以上に頑張らないといけないな

悩みどころは多くても、サマーライブという大きなイベントに出れるチャンスは今しかなくて
この時期を逃せば、次に大きなイベントに出れる機会はいつになるかわからない
それに、これを乗り切ることができればきっと、オレもネネも大きく変わることができるはずだ


「ネネ、ちょっと前に明日の日曜日はプロダクションに来るように言っておいたと思うけど」

「あっ、もしかしてそのためだったんですね!」

「こういうのは当人が直接話したりした方が早いだろうと思ってな」

「そうですね、私も他の人達とお話ししてみたいです」

「…………」

ネネは「頑張りますね!」と意気込んでくれているが、オレにはまだ心配事は残っていた
それはやはりオレ達の状況のことで、ネネやオレを快く思ってくれてない子は少なからずいる
今までそれを避けるためにネネにはプロダクションに近寄らせないようにしてきたけれど
今回ばかりは真正面からその事実を受け止めていかなければならない

みんな大人だし面と向かって言うことはないだろうが、その空気はどこかで感じることになる
オレもネネのそばにはいるつもりだけど、それだけでは防ぎきれないこともあるだろう
わかっていても、負の感情をぶつけられる辛さはオレもよく知っているだけに
ネネには同じ気持ちを感じて欲しくなかったのかもしれない

「……Pさん」

「どうかしたのか?」

「さっきも言いましたけど、私のことは気にしないで下さい」

いつの間にかオレの手の上にネネの手が重ねられていて、ネネは穏やかな顔でこちらを見ている
その手は女の子らしくオレの手より小さいけれど、ほんのりと温かくサラサラとしていて
少し力を込めて握られると、それだけで胸の内の不安が安らいでいくのを感じた


「Pさんがそうするって決めてくれたなら、私も精一杯頑張りますから」

「…………」

「一緒に……頑張っていくんですよね?」

「……あぁ、当たり前だ!」

いつか感じた時のように、迷いが無く、強い意志を持ったネネの姿に身体が震える
それは少し弱気になっていた自分がバカらしく感じるほど、元気づけられるもので
気がつけば、いつもより大きな声で返事をしてしまって少し恥ずかしかった

「もうそうするって決めたんだ、悩んでいても仕方ないな……」

「そうですよ、Pさんはいつも私にそう言ってくれてますし」

「ま、それをネネに教え返されるとは思わなかったけどな」

「……あの」

「ん?」

「でも、私が寂しくなった時は……あの、その、励まして……くださいね?」

「……わかったよ」

そう言うと、顔を真っ赤にして俯いてしまい、いつもの頼りないネネに戻ってしまった
オレより凄いと思うことがあったかと思えば、すぐにいつも通りになってしまう
だけどそれはどこかネネらしくて、オレは苦笑しながらネネを見つめていた


翌日、オレ達はプロダクションに来て、ネネとユニットを組むアイドルを探していた
レッスンを受けるアイドルを細かく調べながら、ネネと意見を交換し合い
ユニットの方針が固まったなら迷わずプロデューサーと交渉する

お願いする立場であり、まだまだレッスンを受けるアイドル達との
実力差があるオレ達にはユニットを組んでくれるだけでも御の字だ

そこからさらに、ネネの環境を理解して合わせることができる
サマーライブでネネとステージをするにあたって、雰囲気の合う子となると
人の多いプロダクションといえども、ほとんど該当する子はいなかった

「……悪いけど、Pのところとは組む予定は無いよ」

「……そうですか、お忙しいところありがとうございました!」

「ありがとうございます!」

当てはまった数人も、そもそもイベントに出る予定がなかったり
露骨に嫌そうな顔をむけられたりしたりと、結果が実ることはなく
粘り強く交渉を進めてみても、その決意を揺るがすことはできなかった

「……ここも、駄目だったな」

「はい、残念です……仲良くできると思ってたんですけど……」

「…………」

今の人はハッキリとオレと組む予定は無いと言い切った
つまり、原因はネネじゃなくオレの方にあったんだろう
さっきから数人はそういうもの言いをする人がいた
だとすれば、残っていたわずかな可能性の芽はオレが摘み取ってしまっているようだ

「……すまないな、今のはオレが悪かったみたいだ」

「そんなことありませんよ、たまたまその予定が無かっただけですから」

ネネはさっきから笑みを絶やさず、交渉に付き合ってくれているが
中にはネネに対しても苦言を漏らす人が少なからずもいた
そんな人達の言葉にも動じることなく、真剣にお願いするネネは
いつの間にか、オレにとってとても頼りになるパートナーになっていた

(ったく、ネネにはかなわないな……)

その視線は真っ直ぐに前を向いていて、何度断られても曇ることがない
そんなネネを見ていると、今まで断られて心が折れそうになったとしても
後少しだけ頑張ろう、そう自然と思えるようになっていた


「今日いるアイドルは全部当たってみたけど、成果は無しか……」

「でもまだ1日目ですよ、Pさん」

「初っ端から上手くいくことの方が珍しいか」

一通り当たってみたけれど、結局誰も首を縦に振ってくれることはなかった
しかしまだ始めたばかりで今日はここに居ないアイドル達も数多くいる
諦めるのは後数日してからでも遅くはないだろう

「……それよりPさん。今はどこに向かってるんですか?」

「あぁ、今日は頑張ったネネにオレの秘密の場所を教えてやろうと思ってさ」

「秘密ですか、なんだか人が少ないですね……」

「こっちに用事がある人は少ないからな」

帰る前に少し休憩してからと思って、オレはいつもの人のいない休憩所に向かっていた
前みたいにプロダクションの中の喫茶店だと、落ち着かない気がしていたからだ
ここなら誰もいないだろうし、ゆっくりリフレッシュする事が出来るだろう

「Pさんはいつもここに来ているんですか?」

「そうだな、一人で考えたい時はしょっちゅう来てるよ」

一番の目的は妹ちゃんとの電話だが、妹ちゃんに口止めされているので言うことはできない
それにネネは妹のこととなると気を使うことは目に見えている
隠し事はしないとは言ったが、これだけはネネにはバラすつもりはなかった

「静かな場所ですね、本当に誰もいなくて……」

「珍しいだろう。怖くなったか?」

「ううん、そうじゃないんです。騒がしい場所だと思ってたけど、こんなところもあるんだなって」

廊下を進んで行くにつれて人の声はだんだんと聞こえなくなってきて
今ではオレとネネの足音と、空いた窓から吹き込む風の音がするくらいだ

人が通らない場所のわりには、壁はガラス張りでできていて景色が良い
窓の外から見える町並みを見ていると、自分は今ゆっくりしているんだと感じることができる
ネネも気に入ってくれたのか、さっきからキョロキョロとしているが嬉しそうだ


ネネと他愛もない話をしながら目的の休憩所にたどり着く
ドアを開けたその先は誰もいないと思っていたが、ピコピコと聞きなれない音が聞こえてきて
珍しいことに先客がソファの端っこにいるのが見えた

「よっ……いまだ、えいっ! あー、やられちった……」

(子供……誰だ……?)

よく見ると、10歳くらいの子供が仰向けになりながら携帯ゲーム機で遊んでいる
来るとしたら会社関連人間のみだと思っていたので、子供がいたことに驚いてしまう

「ん……?」

その子はオレ達が入ってきたのをチラリとだけ見ると
すぐに視線を戻して、何事もなかったのようにゲームを再開している
自分のことは気にするなと、無言で言っているみたいだった

「あれ? Pさん、お知り合いなんですか?」

「いや……邪魔はしないようにオレ達もゆっくりさせてもらうか」

見たことのない子だったが、ここに入れるということはこの子もアイドルなんだろう
ならプロデューサーもいるだろうし、特に気にする必要もない

オレはコーヒーとミルクティーを自動販売機で買うと、ネネと二人で別の場所に腰をかける
ゲームの音を大きめにしているせいか、さっきからピコピコと鳴り響いているが
我慢できない程じゃないので、オレ達はオレ達でゆっくりさせてもらうとしよう


「ここ落ち着くには素敵な場所ですね」

「そうだろ? オレも一日一回はこないと集中できなくってさ」

「あっ、そういうのわかる気がします」

それからオレ達は今日一日の交渉の整理や、明日からの予定を話し合った後
特になにをするわけでもなくのんびりと過ごしていた
ネネはこういう時間が好きらしく、こうして仕事やレッスンの後は
どこか落ち着ける場所で話をするのが恒例になっていた

(にしても、あの子のしているゲームって新作だよな……)

さきほどからゲームをしている子は、たまにオレ達をチラリとみているが
基本的には気にすることなくゲームに没頭している
そしてそのゲーム機から流れる音楽は、オレが好きなゲームの音楽で
最新作をやっているんだろうと、すぐにわかってしまった

(また買いに行かないとな……)

自分より先にプレイされていることに少し羨ましさも感じてしまったが
ここ最近はゲームどころじゃなかったので、それも仕方ないのかもしれない


「Pさん、気になりますか?」

「えっ……あの子のゲームのことか?」

「そうです、さっきからチラチラ見てるのバレてますよ」

「ま、まぁ、気になると言えば気になるかな……」

二人にしか聞こえない程度の小声でネネが語りかけてくる
ネネはオレがゲーム好きなのを知っているから、気になると思っていたんだろう
新作を目の前にして、ソワソワしていたのは傍から見ればバレバレだったのか……

「……ねぇ、そのゲーム。お姉ちゃん達にもちょっと見せてくれるかな?」

「……なに、お姉ちゃんもゲーム好きなの?」

「えっ……お、おい、ネネ!」

「ううん、私はしたことないけど、私のプロデューサーさんが好きなの」

ネネは立ちあがると、止める間もなくその子の元に近寄り声をかけていた
妹がいるせいか、おそらく年下であろう女の子に話しかけるのは慣れたもので
話しかけられた子もいきなりのことなのに警戒している様子はない

(ったく、せめて話しかける前に教えてくれよ……)

こうなってしまったら、オレが出ていかないわけにもいかない
初対面でも苦手なのに、相手は子供の女の子だ
どっちかというと苦手な部類に入るので、できれば放っておきたかったけど……

「……それって、この前に出たばっかりのやつだよね。面白いかい?」

「あれ、お兄さんはこれやったことないの?」

「残念ながらまだなんだよ、前作はやりこんだんだけどな」

「えっ、ホントに!? ねね、これすっごく面白いからお兄さんもやろうよ!!」

前作の経験があると言うだけで、食いつきは異常なまでに良くて
さっきまでボーッと画面だけ見つめていた瞳は、キラキラと輝いている
その変化に驚くオレと、ニコニコとそのやり取りを見つめているネネ
どうやらネネに一杯喰わされたみたいで、思わずため息が漏れてしまった


「そこは剣でいくと良いよ、横から切りつける感じで」

「へへっ、無理ゲーだと思ってたけどこんなやり方があったんだね!」

「うぅ……画面が早すぎてついていけないです……」

「ま、ハイスピードアクションがウリだからな。慣れるまで俺も苦労したよ」

結局、オレ達は三人で寄り添って一つの画面を見ながらゲームをしていた
新作とは言え基本的なシステムは前作と一緒なので、その経験は活きていたようだ
アドバイスしてやると、女の子はすぐに理解してテンポ良く先に進んで行く

「ゲーム上手なんだね、えーっと……」

「あっ、あたし? あたしは三好。三好紗南だよ!」

「えっと、私は栗原ネネ、こっちはプロデューサーのPさん。よろしくね、紗南ちゃん」

「…………」

「うん、よろしく! ネネさん、Pさん!」

三好……三好紗南……頭の中でその名前がリフレインする
オレはつい最近その名前をどこかで聞いたことがあって
普段なら覚えていないような事だったけど、何故か記憶にこびりついていた

「ここ難しいな……。Pさん! ここの攻略法とかないの……?」

(そうだ……確か……)

「……Pさん、どうしたんですか?」

「……あ、すまん。いや、それより紗南ちゃん」

「うん? どうかしたの?」

「君……レッスンはどうしたんだ?」

オレがそう言った瞬間に、紗南ちゃんは顔はしまったという表情に変わる
間違いない、オレはこの子の名前をつい最近聞いたことがある
確か別のプロデューサーの担当アイドルだけど、最近レッスンをサボりがちだと……
このプロダクションにそんな子はほとんどいないので、印象に残っていたんだ


三好紗南(14)
http://i.imgur.com/xcHuxg1.jpg


「Pさんは、誰かに言われてあたしのことを探しに来たの?」

「違うさ、ここに来たのは偶然だ。それにオレはここによく来るからな」

「……紗南のこと、怒ってる?」

「そ、そんなことないよ! そうですよね、Pさん?」

「…………」

「きっと、紗南ちゃんも何か理由があって……」

「……アイドルが嫌になったのか?」

何とかこの場を納めようとするネネを振り切って、オレはストレートに聞いてみた
ネネの言う通り何か理由があるのかもしれないが……学校と違ってここは会社だ
まだ幼いとはいえ、サボり一つでどれだけ迷惑がかかるかくらいは知っているだろう

この世界が嫌になって止めるのはかまわないし、仕方のないことだと思う
しかし、オレはそのどっちもつかずのまま燻っている姿を見るのは
どこか自分の事と重なってしまい、この子がそう思う理由が知りたくなっていた

「今は……嫌になってきたかな」

「……なんで、嫌になってきたんだ?」

「そ、そんなのPさんには関係ないよ!!」

「P、Pさん! そんなことまで聞かなくても!」

「……別に怒ったり、無理に連れ戻したりはしない。ただ、それだけは聞かせてくれないか?」

「…………」

少し怯えた様子を見せる紗南ちゃんに、ネネは珍しく強い口調でオレを非難していた
確か、14歳だったはずだからネネよりは年下のはずだ
そんな子が責められている姿を見ていられないのだろう

それでも、オレは彼女の姿から視線を外すことはしない
まだはっきりとはしなかったが、彼女を他人のように思えなかったせいだろうか


シンとした重苦しい空気が、三人を取り巻いていて
ネネはオレから紗南ちゃんを庇うように二人の間に入っている
オレと対立するなんて考えたこともなかったのか、その身体は明らかに震えているのに

「Pさん、もう止めましょう。私達が聞くことじゃないと思います」

「確かにそうだけどな、だけどこのまま放っておくのはいけないだろう?」

「そ、それは……」

「…………」

凛とした態度で言ってきたとしても、こういう場合はオレの方が場数を踏んでいる
向けたことの無い冷徹な態度で言い放つと、ネネはすぐに押し黙ってしまった
その状況に自分が悪いことをしたと自覚したのか、紗南ちゃんがようやく口を開く

「……つまらない」

「つまらないって、アイドルとしてやっていくのがか?」

「うん。最初はさ、新しいゲームを毎日しているみたいに楽しかったのに」

「人気が出てくる度に、周りのみんなは変わっていって……」

「好きなゲームしてても、みんなすっごく冷たい目で見てくるんだもん……」

「紗南ちゃん……」

「そうか……」

真面目な空気の中でゲームをしていたらそれは遊んでいると思われるけど
それが彼女のモチベーションであり、アイドルを続けることに繋がっている

(そういやそんなことを言ってたな……)

紗南ちゃんのプロデューサーはサボりと同時にそのことを苦言してたのを思い出す
最初は良き理解者だったはずのプロデューサーも、いつしか彼女を責める立場に変わった
それが彼女にとっては一番のショックだったのかもしれないな……

サボりは褒められたことじゃないが、彼女なりのアラートを鳴らしているのに誰も気づかない
だったら、もっとも非難すべきは彼女を取り巻く大人達の対応だろう
こんな小さい子を責めたてても良くなるわけがないじゃないか……


「……ありがとう、そのことが聞けて良かったよ」

「……紗南のこと、怒らないの?」

「だから最初っから怒るつもりはないって言ってるだろう」

自分達とは別の理由で苦しんでいる子がいる。それが知れただけもオレは勇気づけれていた
座っている彼女に目線を合わせるようにかがんで微笑むと、紗南ちゃんは少し安心したようだ
その様子を見たネネも、ホッと胸をなでおろしている

「良かったです。なんだか、さっきのPさん……凄く怖くて」

「ネネもそこまで身構えなくてもな……怒らないって言ったろうに」

「で、でも……!」

「わかってるよ、驚かせてすまなかったな。二人とも」

緊張を解いていつもの調子に戻ると、重苦しい空気もすぐに消え去っていった
ここで紗南ちゃんのことを怒らないのはプロデューサーとしては失格だろうが
なんとなく、彼女のそうしてしまう気持ちが理解できていた

(しかし、どの道は後で怒られるんだろうけどな……)

結局問題を先送りにしてしまっただけで、紗南ちゃんは怒られるのは間違いない
しかし、そうしてまでも気づいて欲しいことがあるからこそ
彼女は気づいてもらうまで、こうして反抗を続けるかもだろう

「じゃあ、ゲーム再開! Pさん、ネネさん、サクサクいっちゃうよ!」

「あっ、オレちょっとパスね。ネネ、代わりに見てあげてもらっていいか?」

「えっ……わ、私、全然わからないですよ!?」

ネネは全然分からずあたふたしているけど、こうして二人で遊ぶ姿は姉妹みたいで微笑ましい
紗南ちゃんは妹ちゃんにどことなく似ているところもあるせいか、ネネも楽しそうだ
こうしてのんびりした光景をこのプロダクションで見れるとは思えなかった

(余計なお世話かもしれないが……やってみるか……)

本来なら他人のことに踏み込む余裕なんてないはずなのに、紗南ちゃんのことが気がかりだった
おそらく紗南ちゃんがこのまま苦しむのは、ネネも悲しむことになるだろうし、オレも嫌だ
聞いてしまった以上は、力になることはできなくても何かしてやるべきだろう


しばらく休憩所で遊んだ後、オレ達は紗南ちゃんと別れてネネの家路へと車を走らせていた
ネネは帰る前にコンビニで買ったゲーム雑誌を読みながら、理解できない単語に一人唸っている
なんでも紗南ちゃんとしたゲームを、次はちゃんとできるように予習しておきたいそうだ
お姉さんの威厳を見せたいのかもしれないが、相変わらず力の入れどころがどこかずれている

「Pさん、このコンボってなんですか?」

「繋がりだな、簡単に言うと続けざまに攻撃を当てていくことを言うんだよ」

「なるほど……そうなんですね」

とはいえ、今までゲームをしたこともない子が雑誌を見ても参考になることなど無いだろう
妹ちゃんは暇なときやってるって言ってたし、彼女も夜に付き合わされるんだろうな

「ネネ、紗南ちゃんのことが気に入ったのか?」

「えっ? そうですね。とっても元気な子で私も一緒にいると楽しいです!」

「そうか、仲良くできた子ができたみたいで良かったよ」

「そういうPさんも楽しそうだったと思いますよ?」

「まさかこんなところでゲーム仲間ができるとは思ってなかったからさ」

「あっ、私にも今度ゲーム教えてくださいね?」

ネネの凝り性にもまいったもんだ、さっき少しやっているのを覗いたが
見当違いの方向に攻撃したり、敵の前でボタンの配置がわからずタコ殴りにされたりと
おっとりとしたネネにはアクションゲームは合わないのはすぐにわかった

(ネネのいない所で進めていくか……となると、決戦は明日だな……)

未だに雑誌に書いてあるものを質問してくるネネに適当に答えながら
オレは明日の動きについて考えていた

本当なら大事な今の時期にギャンブルみたいなことはしたくないのだが
紗南ちゃんにはオレと同じ気持ちは味わって欲しくない
その非難の目をこちらに向けることができたら、彼女はきっとまた輝けるだろうから


そしてその翌日、オレは今度は紗南ちゃんのプロデューサーに向けて目を光らせていた
何人もそれなりに人気のあるアイドルを抱えていて、紗南ちゃんもその一人だ
しかしながら、言うことを聞かなくなり始めた紗南ちゃんにいつも文句を言っている
直接話したことはないが、声は大きい方なので嫌でもその情報は耳に入ってくる

「……先輩、ちょっと良いですか?」

「ん、なんだよP。忙しいから手短にな」

お目当ての相手の手が空いたのを確認すると、すぐに席を立ち近づいて声をかける
オレを見る目は鬱陶しそうで、話すことなどないといった態度だ
この人もオレのことは快く思っていないので、この反応は予測できた

(落ち着け……話の方向を有利に持って行くんだ……)

昨日、何度もこの人との会話を頭の中でシミュレーションをしていた
性格からして、クドクドと回りくどい話が好きじゃないのは知っている

「……三好は今日はレッスンに来ているんですか?」

「三好? なんでお前が三好を気にするんだ?」

「前から思ってたんです。面白い子だなって」

「へぇー、お前さんが興味を持つとは珍しい。自分とこのアイドル命だと思ってたよ」

自分の担当アイドルに興味を持ってくれて悪い気のするプロデューサーはいないだろう
普通なら勘ぐるところだが、同じプロダクションの人間ということで素直に喜んでくれた
ここまでは想定通りだが、後は本来の目的にどう持って行くかが鍵になってくる

「ま、お前の言う通りレッスンには来てないよ。最近反抗的でな」

「……そうなんですか、先輩も忙しいんであまり三好に時間も割けませんしね」

「そういうわけだ、俺も三好には手を焼いているんだよ……」

理由は知る由も無し……いや、多分周りの折り合いが取れないと言ったところか……
担当アイドルが増える程に、相性の問題はどうしても出てくる
プロデューサーとしては悩みどころだが、女の子の問題は非常に難しい


「先輩はどういう風に三好を育てていくか考えてるんですか?」

「……ん、そうだな」

紗南ちゃんのことを質問をした途端、威勢の良かった言葉は急に歯切れが悪くなる
この反応を見るだけで、紗南ちゃんの処遇はある程度決まっているのがわかった

(自分の評価にも直結するから、そうだと思ってたがビンゴだったな……)

口には出さないが、いずれは紗南ちゃんのことは別プロデューサーに託すつもりなんだろう
それもそうだ、頻繁にサボるアイドルが手元にいたら自分の立場も危うくなる
ここまで確認できたなら、後はこの人に「うん」と言わせるだけでいい……

「ま、Pには関係ない。さっ、帰った帰った!」

「三好は誰に担当させるつもりなんですか?」

「……お前、何考えてんだ?」

「まだ決まっていないなら、オレに担当させてもらえませんか?」

全てを知っている、そんな雰囲気を出しながらハッキリとこちらの目的を告げる
正直、憶測が混じっている部分も多かったがこの人を驚かせるには充分だ

「……なんのつもりだ、三好を横からかっさらおうってつもりか?」

「いえ、そんなつもりはありません」

「だったら、どういうつもりなんだ?」

「彼女を担当して見ることで、先輩の育て方って言うのを学びたいと思って」

「……後は、個人的な興味が強いですね」

「興味ね……変なこと言うんだな」

オレに担当アイドルを預ける。その提案には悪い気はしていないようだ
そこまで紗南ちゃんのことを厄介者と思っていたのが少し気に入らないが
逆にそう思っていてくれたことで、話はスムーズに進みそうだった


何度か似たような質問に、オレはなるべく失礼の無いように答える
紗南ちゃんのことを誰かに託そうとしたけれど、本当なら一度のサボりでも大問題だ
それを今まで守ってきたけれど、限界が来てしまっていただけで
そう思うと凄い人だなって不思議と尊敬の気持ちが沸いてきた

「なるほどね、三好が気に入ったってのは本当ってわけだ」

「えぇ、必ずトップアイドルにしてあげたいと思います」

「……ライバル宣言とは恐れ入ったね。やっぱり誰にも媚びないやつなんだな」

「い、いえ、そういうつもりじゃないんですけど」

「ま、俺の方は三好が良いっていったならそれでかまわんよ」

「じゃ、じゃあ……」

「……お前に任せてみる。頼んだぞ」

そう言うと、先輩は深く頭を下げて俺にお辞儀をしてきた
まさか、こんなに真剣に託されるとは思っていなかったので
オレも慌てて深々とお辞儀を返し、大きな声で「任せてください」と叫んでいた

(よし、これで……)

後は紗南ちゃんを説得するだけだ……
一番気にしていた第一関門はクリアできた
それだけで胸につかえていた不安は楽になっていくのを感じる

そして、今では先輩の目は話しかけた時のように不信感を持つものでなく
オレのことを応援してくれるような、力強いものに変わっていた

ずっと、誰かに敵意を向けられることが怖かった
だけど自分で失った信頼は、自分でしか取り戻すことはできない
怖がっていたら、いつまでも何も変わらないんだと

ネネや妹ちゃん、そして紗南ちゃんとの出会いが
オレに立ち向かう力を与えてくれたんだと思う

(それがわかったなら、後は返してやるだけだな……)


とりあえずここまで、週末には一気に進める予定です


普段聞くことの無いような爆音が鳴り響く店内の中を歩く
オレは紗南ちゃんを探すためにプロダクションから近くにある
ここら辺で一番大きなゲームセンターに来ていた

今日は休憩室に紗南ちゃんはいなかった
アイドルを続けることがつまらないと感じていたのは確かだけど
それでもプロダクションに顔を出しているということは
心のどこかでやめたくないという気持ちがあったはずだ

(ここにいるとは思うんだが……)

それなら、きっとプロダクションの近くにいるのは間違いない
オレはそう決め込んでここまできていた

ゲームセンターなんて最近はご無沙汰だったけど
このプロダクションに入った頃は息抜きに何度か来ていた
懐かしい雰囲気に少し遊んで行こうかという気持ちにすらなってしまいそうだ

「……あれは」

店内を軽く回ってみると、紗南ちゃんはすぐに見つかった
人気のゲームで、誰かと対戦しているようで忙しそうにレバーを動かしている
熱中しているようで、声をかけるにはタイミングが悪そうだ

「…………」

勝負は紗南ちゃんの方が優勢で、このまま行けば勝ちは確定だろう
相手は年上なのに、やり込みの差が出ているのか大したものだ……

しかし熱中しているはずなのに、その目はどこか冷めていて淡々と勝負をしている
やがて勝負は決まって、紗南ちゃんは勝ったにもかかわらず
彼女は少しも喜ぶこともなく、レバーから手を離して伸びをしていた

「……上手いもんだな」

「ん? あっ、Pさん!」

「オレが前にこれやった時は、すぐにボコられたよ」

「んっふっふー、あたしこれずっとやりこんでるからね!」

手が空いた時に声をかけると、オレが来たことに驚きもせずに笑っていた
その笑顔はゲームを楽しむ子供そのもので、さっき見せていた憂鬱な面影はない


「Pさんもやろー♪ あたしが相手になってあげるよ!」

「オレは今は仕事中だから後でな」

流石にアイドルと一緒にいるとはいえ、遊んでいるのがバレるのはまずい
こんなところに来ていたら言い訳はできないので、あまり意味はないけど

人気のゲームなので、対戦が終わってすぐに新しい挑戦者が乱入してきた
紗南ちゃんは対戦が始まると「よーし!」と意気込んでレバーを握りしめる
その戦いをボーッと眺めているとすぐに勝負は決まり、また勝利をおさめていた

「へへへっ、やったーっ!!! 今の見た見たっ!?」

「見てたよ、あんな風に繋がるもんなんだな」

「このコンボ、前から練習してたんだよねっ! クーッ、決まると気持ちいいーっ!!」

先程とは違って、心底楽しそうな顔でオレに語りかけてくる
最近のゲームってのは一人でできるものも多いが、やっぱりこうして誰かとするのが一番だ
オレも久々にゲーセンでゲームを見てて楽しいと思えていた

「にしても、どのゲームもできるんだな」

「ふっふーん! あたしはガチのゲーマーなのね!」

「へぇー、オレは対戦は苦手だからな」

「Pさんはどんなゲームが好きなの?」

「最近は一人でやるRPGとかそんなのばっかだよ、紗南ちゃんはどうなんだ?」

「あたしはアクションと、RPGと、あとー……」

「……あっ、やられてるぞ」

「えっ!? わわっ、ホントだ!?」

話している最中に新しい挑戦者が来て、いつの間にかボコボコにやられていた
オレが話しかけなければ多分勝っていただけに悪いことしたな……

紗南ちゃんは「悔しい!」と手足をジタバタさせて怒っていたけれど
その仕草が少し可愛らしく感じて、オレは笑ってしまっていた


「Pさんはよくこのゲーセンに来るの?」

「いや、最近はあんまりだな。入社したての頃はたまに来てたけどさ」

「じゃあ、今度一緒にいこ! あたしと協力プレイ!」

ゲームに負けた後は外にあるベンチで紗南ちゃんと一休みしていた
ゲーム仲間が増えたことが嬉しいのか、しきりにオレを誘ってくる
まぁ、昔とは状況が違うのでそう簡単にとはいかないんだが……

「紗南ちゃんは本当にゲームが好きなんだな」

「へへっ、あたしとゲームは切っても切り離せないからね!」

「だったら、うちのプロダクションはゲームするやつが少ないのが残念だな」

「そーなんだよね、みんなあんまりしないのかな?」

「堅物が多いからな、それにみんな別の趣味があるんだろう」

そう言うと、紗南ちゃんは足をパタパタとさせながら残念そうに項垂れていた
オレの仕事仲間にもゲームをしている人はそんなにいなかった
もうそんな歳じゃないという人もいるけれど、結局は時間がとれないのが一番の理由だろう

「……でもさ、Pさんは今日なんでここにいるの?」

「あぁ、紗南ちゃんを探しに来たんだよ」

紗南ちゃんは今更のことを不思議そうにオレに聞いてくる
わざわざこんな所に来るということは、理由は大体分かっているはずなのに
その目には特に警戒した様子はなく、むしろ少し嬉しそうだ

「あたしを連れ戻しに来たとか……?」

「ま、今回はそんな理由かな……」

「そうなんだ、プロデューサー怒ってるよね……」

オレの問いかけにも驚きもせずに、舌を軽く出して苦笑している
怒られるのはわかっているんだけど、今回も何も変わらなかった
彼女にとってそれが残念だったんだろう


ベンチは影にあるのに、高い気温とムワッとした熱気に汗が滲み出てくる
つい先日、ネネとこうして座っていた時と変わらない夏を感じさせる空気だ
その時と違うのは隣に座っているのが紗南ちゃんということだけだろう

「……紗南ちゃん、君のプロデューサーと少し話しててさ」

「あたしのプロデューサーと?」

「君は近い内にプロデューサーが別の人に変わる予定なんだ」

「…………」

まだ確定したわけじゃないけど、決まっている真実を彼女に告げる
本来ならオレの口から言うべきことじゃないが、この際は問題ない

そして、宣告された事実は彼女にとって予想外だったようで
さっきまで余裕のあった顔が、見る見る内に青ざめていくのがはっきりとわかる
ただでさえうちは厳しいのに、他の人になるとどんなことを言われるか想像もつかない

「Pさん……あ、あたし……そ、そんなつもりじゃ……」

「……そうは言っても、サボりってのは一大事だからな」

反抗的な態度をとった理由はわかっているが、どうしようもなくなっていた
元々はあの人が担当して、ここまでアイドルとして頑張ってきたんだ
解決はしないままこんな結果になってしまい、捨てられたという気持ちが強いのか

「ど、どうしよう!? Pさん、謝った方が良いよね!?」

「でも謝ったところで、紗南ちゃんはまたあの場所に戻りたいと思うか?」

「うぅ……そんなこと言われても……」

その質問にはYESと答えることはできないはずだ
本当ならみんなでゲームでもしながら仲良く……しかし、それは無理だった
変わってしまった環境は、彼女にとって受け入れることができなかったのだから

「……ど、どうしたら良いの……Pさん、あたしこれ以上は無理だよ……!」

「…………」

オレのスーツの袖を掴み、見捨てないでと懇願するようにボロボロと涙を流していた
その姿を見ると、紗南ちゃんがアイドルを続けたいと思っている気持ちは本物だと感じる
だからこそ自分の反抗してきた結果が招いた事態に、酷く狼狽しているんだろう

いつか、誰かが気がついて手を差し伸べてくれると思っていたのに
気が付けば突き飛ばされて、もっと辛い場所に行くことになっていた
彼女にとって、それはアイドルをやめろと言われているのと変わらない


「……ほら、泣くなよ。まだ終わったわけじゃないさ」

「だって……グスッ……」

「なぁ、紗南ちゃんさえ良ければ、オレと一緒にやって行かないか?」

「P、Pさんと!?」

「今日その話はしてきた、君が良ければかまわないと了承を貰ってある」

ハンカチを渡して、泣きじゃくる紗南ちゃんに対して今日のことを伝える
担当アイドルが二人に増える、それにオレ自身も大して影響力の無い人間だ
それでも、彼女をこのままにしておくことはできそうにない

「で、でも……Pさんにはネネさんがいるんでしょ?」

「そうだな、紗南ちゃんにも負担をかけることになるだろう」

「…………」

「ネネは実家を離れることができない理由があるんだ……」

担当する以上はネネの境遇を知ってもらっておかなければならない
オレは初めてネネのことを包み隠さず紗南ちゃんに伝えた

前に会った時はそんな雰囲気などないネネが重い事情を抱えていた
紗南ちゃんは驚きながらも、黙って俺の言うことを聞いてくれている

「……というわけで、レッスンはここを離れることになる」

「ネネさんって大変だったんだね……」

「本人はそうも感じて無いさ」

「なんでなの? プロダクションに行っても知り合いが全然いないのに?」

「多分、ネネはアイドルが好きだからだよ」

まだ項垂れている紗南ちゃんの頭に手を乗せて、ニッと笑ってやる
ネネはきっと紗南ちゃんのことを温かく迎えてくれるだろう
だからもう一人で悲しむ必要はないと、それだけは知っておいて欲しかった


少しの沈黙が二人を包んで、少し早い蝉の声がミンミンと響き渡る
紗南ちゃんはジッと押し黙ったまま俯いていたけれど
やがて頭に乗っているオレの手に自分の手を重ねて口を開いた

「Pさん……あたしもアイドル好きだよ」

「ん?」

「ほらっ、アイドルしてるとゲームショーとか出れるし!」

「ははっ、確かにそうだな。そんな仕事もあるよ」

「あたしさ、徹ゲーするけどPさんならわかってくれるよね?」

「その歳で徹夜か? 随分と気合入ってんだな」

「Pさん! 徹ゲーは息抜きなんだよ! だから許して!」

「翌日ちゃんとしてるなら好きにすればいい」

貯まっていたダムが決壊したように溢れ出てきた紗南ちゃんの言葉は
やっぱりゲームのことばっかりで微笑ましく思える
でも、陰りを見せていた表情はだんだんと明るいものに変わっていき
いつしかゲームを語る声も大きなものになっていった

「Pさん、あたしもう一回頑張ってみるね……」

「ん、ということは……」

「うん! Pさんになら私のコントローラーを預けられるなっ!」

「コントローラーってな……ま、それなら宜しくな!」

「任せて! Pさんとの協力プレイなら誰にも負けないねっ!」

「あははっ、このまま二人プレイでランキングトップを狙おっか!」

未だに二の腕を掴まれたまま、紗南ちゃんは笑顔で答えてくれた
その顔はネネと出会ったオーディションの時のネネによく似ていて
この子も秘めた何かがあると思わせてくれるような不思議な感じがした

色々あったが、オレ達にも新しい仲間が増えたんだ
この出会いはネネが休憩所で話しかけなければ無かったし
一緒に歩んで行く仲間がネネじゃなければ、紗南ちゃんは動かなかった

(ネネには人を集める力があるのかもしれないな……)

思えばオレもルキちゃんも、ネネだからこそ頑張れてきた
それを何かの縁というのであれば、紗南ちゃんとの出会いもそうなんだろう


「ここだよ」

「へぇー、ちっさなところなんだね」

「うちがでかすぎるんだよ。紗南も今日からここで頑張ってもらうからな」

その翌日、オレ達はネネのレッスンをしているレッスン場に来ていた
あれから紗南を連れて、紗南のプロデューサーと話をして
正式に紗南はオレの担当アイドルになった

紗南の話はみんな知ってただけあって、周りには驚かれてしまったけれど
サボりのイメージが先行していた分、誰も欲しがらず、みんな胸をなでおろしていた
そこに理由があるとは誰も知らないので、仕方ないと言えば仕方ない

「ふぁ~……ゲームし過ぎた……」

「車でずっと寝てたから少しは目が覚めてるだろう?」

「やっぱり徹夜だとキツいよ!」

「ったく、紗南はまず徹夜癖から治さないといけないな」

いつの間にか呼び捨てになっているが、これは紗南から言われたことだ
なんでもネネと話す時は敬語の「け」の字もない態度だけに
自分だけちゃん付けは背中がムズ痒くなってしまって嫌らしい
ルキちゃんにしろ、紗南にしろ変なところを気にするもんだ

「これから毎日ここに通うんだよね?」

「いや、基本的にはネネと同じ日だから週に4、5日ってとこかな」

「あう~、ハードだよ~!」

「ま、そういうなよ。レッスンは優しい方さ」

紗南はネネと違って、実家を出てきている女子寮組だ
学校の方も芸能生活をメインに据えているので平日でも融通は利く
当分はオレと一緒にこのレッスン場に通うという生活を続けることになる

(だけど、紗南って絶対勉強嫌いだよな……)

口を尖らせている紗南の生活は、学生時代のオレにそっくりだ
となると勉強が好きなわけじゃないのも、共通しているんだろう
紗南には勉強を教えてやれるほどにオレも頭を鍛えとかないといけないな……


「お疲れ様、ネネ、ルキちゃん」

レッスン場のドアを開けて、柔軟をしていた二人に挨拶をする
ルキちゃんには昨日の内に話しておいたから、元気良く返してくれたが
ネネには話すのを忘れていたので、後ろにいる紗南を見て目を丸くしている

「Pさん……紗南ちゃんがなんでいるんですか?」

「……悪い、話すの忘れてたけど紗南も今日からネネと一緒にレッスンするんだ」

「えっ!? ど、どういうことなんですか?」

「紗南はオレの担当アイドルになったんだよ」

「へへっ、宜しくね! ネネさん!」

突然のことにあたふたとしているネネにゆっくりと経緯を説明していく
つい最近出会った子が、いつの間にか自分と同じ立場になっていたんだ
驚くのは当たり前だろうし、ネネには悪いことをしてしまった……

「その子が紗南ちゃんなんですね、今日からよろしくお願いしますね」

「うん、ルキちゃんも宜しく! ガンガンレベルアップして行こうね♪」

「……Pさん?」

「あ、あははっ……オレの呼び方覚えちゃってさ……」

なんにせよ、紗南はオレ達の中に違和感なく溶け込んでいった
紗南は楽しそうだし、紗南を見つめるネネも優しい瞳をしている
これから二人でレッスンをしていくのに何も問題はなさそうだ


「もう、Pさん。そういうことはちゃんと言って下さいね……」

「すまないな、手続きって色々面倒でさ。つい連絡が漏れてたんだ」

「わかってます。でも、やっぱりPさんって優しいんですね」

「オレが? なにかの間違いだろ?」

「……だって、ちょっと会った子のためにここまでするなんてPさんくらいですよ」

「それだったらネネも同じだと思うけど……」

「私は違いますよ……あっ、紗南ちゃん!」

「ん? どうしたのネネさん」

「私、コンボできるようになったんですよ!」

「えっ!? ホントに? じゃあ早速やろうよ♪」

「それより、ネネちゃんも紗南ちゃんも先にレッスンです!」

妹ちゃんの電話でわかったことだが、ネネは家でこっそり練習していたみたいだ
付き合わされた妹ちゃんに愚痴られて間接的にオレも被害を受けたけど……

レッスン前に一回だけと、二人でゲームをしている姿は本当の姉妹のようで微笑ましい
しかし、多少練習したところで今までやり続けてきた紗南にネネが勝てる訳がない
また後でオレにも特訓してくれって、泣きつかれるんだろうな……

「なんだか、急に騒がしくなりましたね」

「あぁ、ルキちゃんもすまないが紗南のことも頼むよ。契約の話はまた今度しよう」

「わたしはいつでも良いですよ。頑張りますね!」

「……なぁ、ルキちゃん。あの二人、ユニットとしてどうだと思う?」

「ネネちゃんと紗南ちゃんが……ですか?」

紗南を自身の担当アイドルにするにあたって、少し考えていたことだ
偶然にしろ、紗南はネネとの相性も良く、多くの課題をクリアできている
参加条件であるファン数も、紗南のファンを足せば満たすことができる

二人がどんな風にステージを演出していくかはルキちゃんと決めないといけないが
この二人ならサマーライブで素敵なライブをすることができる
オレはそんな確信めいた気持ちを一人抱いていた


ひとまずここまで、続きはまた夜にでも

投下乙でした
ネネちゃんの相方が紗南になるとは…意外な組み合わせで今後が楽しみ


オレの意見にルキちゃんは顎に手を当てながら考え込んでいる
普段は見せないトレーナーとしての真剣な表情をしながら
小声でブツブツと呟いた後に、オレの方に向き直る

「……レッスンをしてから答えさせてもらっていいですか?」

「かまわない、ルキちゃんもしっかりと見てから答えて欲しい」

「わかりました。じゃあ、メニューを二人での動きをメインにしてみます」

その提案に頷くと、ルキちゃんは早速二人を呼び寄せてレッスンを開始した
柔軟の後にダンスや歌。紗南は心配していたがいざレッスンに入ると活発になっていて
ネネもそれに触発されてか、いつもより力が入っている感じだ

(一緒にレッスンを受けることに関しては問題ないな)

紗南はサボってはいたものの、それはレッスン場の雰囲気が嫌だっただけであって
本来は真面目にアイドル活動に取り組んでいる素直な子だ
性格は違うもののネネとの相性は良くユニットとしても問題ないような気がする

(しかし、ルキちゃんは何を気にしていたんだ……)

ルキちゃんが素直に首を縦に振らなかったのは何か理由があるのだろう
オレにはさっぱりわからないが、ネネを見てきた指導者の勘で何か気付いたのか?
それを言葉で説明するのは難しいから、実際に見て気付けって事か……

それを裏付けるように、ルキちゃんは度々視線をこちらに向けている
オレを見るその視線はいつものように明るい感じの瞳とは程遠くて
口には出さないが「どうですか?」と問いかけられているようだ

「それじゃあ、次は曲に合わせて二人で踊ってみましょうか!」

「わかりました!」

「よーし、一気に決めちゃうよ!」

(別におかしなところはないはずだけど……)

ルキちゃんの掛け声に合わせて、明るいポップな曲に乗って二人が歌って踊る
元気な紗南の動きとネネの落ち着いてしっかりとした歌声
初めてとは思えない程に息が合っている二人にオレは驚いていた

(なんだ? 別に悪くない、むしろ良い方じゃないか)

紗南の落ち着きの無さと、ネネの控えめな部分を互いがカバーするように動けている
ルキちゃんの指導を素早く吸収していて、目立ったミスもないし普通にライブを見ているようだ


やがて曲が終わり、ルキちゃんが手をパンと叩くと二人は力を抜いてその場に座り込む
一曲だけだが、初めての一緒にやったレッスンは想像以上に体力を消耗したのか
二人とも肩で息をしながら、終わったことに安心しているようだ

「……うん、そんな感じかな。初めてにしてはネネちゃんも紗南ちゃんも良い感じだったね」

「ちょっと緊張しちゃいました、こんなこと初めてだったんで」

「でも、ネネさん凄いよ! あたしついてくだけで精一杯だったもん!」

「紗南ちゃんも凄く元気で、私、こんなに動いたのは初めてでしたよ」

「じゃあ、わたしはちょっとPさんと話してくるから二人は少し休憩しててね」

唐突に自分の名前が呼ばれてしまってビクリと身体が跳ね上がる
元気良く「はい」と答える二人を置いて、ルキちゃんはオレの元に近寄ってくると
二人には聞こえないように小さく「外へ行きましょう」と語りかけてきた

「……なんだ、なにかあるのか? ルキちゃん」

「んっ、そうなんですけど……ここではちょっと言いづらいんです」

「ネネと紗南に聞かれるのはまずいか……」

「それもそうですけど、まずはPさんに判断してもらいたくって」

さっきからルキちゃんの言葉はどうにも歯切れが悪い
その真意を理解できていないオレに、ルキちゃんは少し困ったような顔をしている
そこまでして伝えたいこととは一体なんなのだろうか?

「……わかった、ちょっと出ようか」

「はい、お願いします」

しかしこのままオレが考えていてもその答えは見つかるわけもなく
素直にルキちゃんの話を聞いておいた方が良さそうだ

ルキちゃん自身もどうしていいかわからない感じで
これから聞かれる質問は、きっと今後を左右する程に重要な事だと
そんな決断を迫られているようで、オレも息苦しかった


「ルキちゃんはスポーツドリンクで良かったっけ?」

「わ、わたしは大丈夫ですよ! 自分のお手製ドリンクがありますから!」

「とは言っても買ってきちゃったしさ、助けると思って飲んでもらえるか……?」

「ふふっ、わかりました。ありがとうございます。Pさん」

自動販売機で買ってきたコーヒーを手に、ルキちゃんと二人小さな段差に腰を下ろす
レッスンも終わりの時間が近づいてきているせいか、外は既に夕方になっていて
焼けるような日差しが無い分、昼間より外にいることが苦痛に感じることはない

「で、どうしたんだ。ルキちゃんは何が心配なんだ?」

「んっ……そうですね」

「なんでもかまわない、気になることがあったら言ってくれ」

「…………」

「指導者として、アイドルの実力が一番わかっているのはルキちゃんなんだ」

「……Pさんは、ネネちゃんと紗南ちゃんが息が合っていると思いますか?」

「それは……初めてにしては、合っていると思うけど……」

「……わたしはそうは思わないです」

オレが考えていたことを真っ向から否定することになるんだけど
ルキちゃんは初めに二人を見たときからそう感じていたのだろう

彼女がそう感じるということは、この業界に身を置くものなら大多数は同じ意見になる
だから二人のユニット化は絶望的だと、ルキちゃんは少し怯えた目でオレにそう告げた
そして驚くオレの顔を見るのが悲痛なのか、唇を噛みしめてオレの反応を待っている

「合わないって……どういうことなんだ?」

「初めからなんとなく思っていたんです。でも、レッスンをしてみてはっきり分かりました」

手に持ったスポーツドリンクを口にしながら、ルキちゃんは遠い目をしている
どこか諦めを含んだようなその表情は、見ているオレが心配になる程寂しげで
初めての審査会で失敗した時のように弱々しく縮こまってしまっていた


「……ネネちゃんは落ち着いていて力強く歌えますし、紗南ちゃんはとっても元気です」

「あぁ、確かにそうだな」

「でも、その二人は決してユニットとして合うことはありません」

「ユニットとして……」

「タイプが合わないとでも言った方がいいでしょうか、二人の個性は互いに邪魔し合っています」

「…………」

淡々と、ルキちゃんの感じていた不安を教えられていく度に心臓がドキドキと早まっていく
二人が合わさることで倍増すると思っていた力は逆にマイナスにしか働かなかった
そんな状態でサマーライブに挑むなんて、恥を晒しに行く以外なにものでもない……

「で、でも、さっき合わせた時はそう感じなかったけど……」

「ネネちゃんは紗南ちゃんに合わせるためにいつもより声を控えめにしていました」

「紗南ちゃんはネネちゃんのことを気にして、時折動きが硬くなっています」

「…………」

「Pさんは思いませんでしたか? ネネちゃん一人で歌った時の方がインパクトが強かったって」

言われてみれば思い当たる節が多々あった……
あの時の二人は良くできていたと思うけど、ネネが本気で歌った時のように引き込まれなかった
例えるなら、教科書通りに歌って踊るのが上手くできている。そんなところだろう

そんな二人のステージを見て誰が感動したり盛り上がったりできるんだ?
現に見ていたオレですらユニットとしてちゃんとできてるくらいにしか感じなかった
大舞台で歌うのであれば、立ち上がって我を忘れるくらい反応しないといけないはずだ

「確かに、ルキちゃんの言う通りだな……」

「二人の魅力は真逆ですから……、合わせるのは難しいと思います」

派手な動きはなくとも、心に響く歌声を持ち味にしているネネと
元気にステージを駆け回って注目を集める紗南では、ステージの構成が異なる
そんな単純なことにすら気付かず、舞い上がっていた自分が恨めしい……


空を仰ぎながら、小さく息を吐いて自分のネガティブな考えを消すようにしていた
問題が一つ解決できたのに、また新しい問題が出てきてそれがみんなを悩ませる
どうやらオレには安心してネネ達を見守っている時間はないみたいだ

(いいさ、そんなことは今更なんだから……)

ルキちゃんも気づいていたし、他の人ならレッスンなどしなくても見抜けていたことだ
こうして気を使わせてしまっているのも、オレが単純な考えで事を進めてしまったせいだ
またもやオレの未熟さが、ルキちゃんに迷惑をかけてしまっていたのか……

「……すまないな、ルキちゃん」

「な、なんでPさんが謝るんですか!?」

「いや、このことはオレもちゃんと気づいておくべきだった」

まだサマーライブの申請はしていないし、今からでもこの話は白紙にできる
だけどオレは二人のユニット化を諦めたくはなかった
二人には揃って大きな舞台で立派に歌って欲しいという想いが強くあったからだ

ネネと紗南がオレを信じてくれている以上は、オレもそれに答えてやらないといけない
ユニット化が絶望的というならば、別の抜け道はきっとあるはずだ……

「Pさん、サマーライブ……諦めてませんよね?」

「あぁ、もちろんそのつもりだよ」

「……ごめんなさい、本当は」

「ん?」

「ほ、本当はわたしにもっと指導力があれば、気にすることじゃなかったんです!」

「えっ……お、おい泣くなよ!?」

「お姉ちゃん達なら、きっと相性なんか乗り越えていけるはずなのに……」

「わたしにはどうしたらいいか思いつかなくて……!」

「い、いや、ルキちゃんもちゃんとやってくれてるからな?」

「そんなことありません! わたしが力不足なばっかりに!」

スーツの二の腕の部分を掴まれながら、泣きじゃくるルキちゃんに叫ばれる
この光景はつい最近見たことがあるのだが、オレは何でこんなに泣きつかれるんだろう?

まさかルキちゃんがそこまで責任を感じているとは思っていなかったが
オレはひとまずハンカチを渡して、わんわんと泣くルキちゃんを慰めていた


「……落ち着いたか?」

「はい……グスッ……すみません」

少し時間が経って、ようやくルキちゃんの涙もおさまったようだ
前もこんなことがあったが、オレは誰かに泣かれるのは得意じゃない
でもそれは責任感が強いだけの感情であって、逆に信頼はできるとも言える

「でもさ、お姉ちゃん達ならってことは、そのお姉ちゃん達からアドバイスは貰えないのか?」

「指導者の勉強って、その人の持つスタイルが強く影響されるんです」

「だから基本的なことは教えてもらっても、そこから先は経験を積んで見つけるしかないんですよ」

「……難しいもんだね」

トレーナーにはトレーナーなりの苦悩があるんだろう
人教える立場というのは、机上の知識よりも経験がものを言う
実際にネネや紗南といった全然違うタイプの子を教えていくなら
その子に合った指導方法をみつけるまで、四苦八苦していくことになるってことか……

「でも、Pさん。さっきも言った通り問題は残ったままですけど……」

「諦めるならいつでもできるさ」

「確かにそうですけど……」

「頭がパンクするほど悩んで、走り回ってそれでも無理なら諦める。それでいいんじゃないか?」

「…………」

「残念ながらオレは天才じゃないからさ、これくらいしかできないってわけだ」

「……でも、それだけなら誰にも負けるつもりはない」

「あの二人なら大丈夫だ、絶対にネネと紗南をサマーライブで活躍させてみせるさ」

「……ふふっ、そうですね! 頑張りましょうPさん!」

さっきまで曇っていたルキちゃんの表情は、やる気の満ち溢れた物に変わっていく
その極端な変化に驚きつつも、一緒に頑張ってくれると言ってくれたことを嬉しく思う

今はまだ、ルキちゃんの言う通りなにも解決策は見つかっていない
でもネネと紗南はアイドルとして輝いていく素質は充分に秘めている
その二人が組んでステージを繰り広げるなら、全てがダメというわけじゃない

きっとどこかにあるはずの抜け道を、オレは見つけ出してやらなければならない
今のオレにできることはそれだけしかないはずなのだから……


今日はここまで、続きはまた近い内に

>>203
いつもコメントありがとうございます
読んでいてくれる人がいるんだって、かなり励みになっています

たまにはage
エタらないか心配だ…
せめて生存報告を!

>>213
なかなか更新できず申し訳ないです
とりあえず、エタらせるつもりはないので
近々一気に更新する予定です


「あっ、お帰りなさい。Pさん、トレーナーさん」

「……ネネ、紗南、今日はこれで終わりにしようか、二人とも着替えてきてくれ」

「えっ!? もういいの? やったー、Pさん。帰りにゲーセンいこ~よぉ~!」

「わかったよ、時間が余ったらな」

レッスン場に戻ったオレ達は休憩していたネネと紗南にレッスンの終わりを告げる
少し早いレッスンの終了に二人は驚きつつも更衣室の方に向かっていった
勘の良いネネのことだから感づかれたかもしれないが、今は気にしていていも仕方ない

「Pさん、これからのレッスンはどうしましょうか?」

「今はいつも通りレッスンを続けることにしようか」

「そうですね、私も何か方法は無いか探してみます」

「すまないが頼む……」

問題点が早めに見つかったおかげか、サマーライブの受付まではまだ時間はある
ネネと紗南、アイドルとしては合わない二人をどうするべきか……

頭をかきながら思考を巡らせる。何か良い方法は無いのかと
こんな時、今まで頑張ってきた人や頭の良い人ならすぐに答えが見つかるんだろう
諦めるにしろ、そのまま突き進むにしろハッキリとその理由を示すことができる

でもそれは今の俺には到底できそうにない。諦めたくは無いが、どうしたら良いかわからない
あれをすればいい、でもここは気にしておくべきだという曖昧な考えしか浮かんでこない

「……ふぅ」

「Pさん? どうかしたんですか?」

「いや、なんでもないよ」

幸か不幸か、こうして問題を共有できるルキちゃんが隣にいてくれるのは心強い
一人なら自分を追い詰めて苦しむだけで、勝手につぶれてしまっていただろうから


「……すぅ……すぅ」

「紗南ちゃん、疲れて寝ちゃってますね」

「ま、徹夜でゲームしてたから仕方ないだろうな」

帰りの車の中、後部座席で寝息を立てている紗南をネネが助手席から見守っている
さっきまであんなに元気だったのに、車に乗った瞬間に紗南は寝てしまった
シートベルトもせずに寝っ転がっているから転げ落ちないようにゆっくりと車を走らせる

「…………」

「……Pさん、今日のレッスン」

「ん?」

「私と紗南ちゃんのこと、トレーナーさんと話してたんですか?」

こうして紗南が眠っているのはネネにとっては好都合だったんだろう
前置きやオブラートに包むことなどはせずに、ストレートに疑問をぶつけてくる
ある程度予想はしていたが、ネネ自身も何かを感じ取っていたんだろう

「……ネネ、紗南とのレッスンはどうだった?」

「私は……いつもと違って凄くレッスンが楽しかったです」

「…………」

「あっ、今までのレッスンがつまらなかったとかそういうのじゃなくて……」

聞いてきた割にはチラリと横目で見ただけでネネはあたふたとしている
どうもネネはオレが黙っているのが苦手なようで視線だけだと固まってしまうみたいだ
普段からそんなに喋っているわけじゃないけど、話さないだけで怖い感じがするんだろうか?

「ま、ネネと紗南はユニットとしてはまだ課題がいっぱいあるってだけさ」

「私と紗南ちゃんがですか?」

「あぁ、そうだよ。とは言っても、今日初めて合わせたなら仕方ないけどな」

「んっ、そうですよね。私、これから二人で頑張っていきますね!」

ネネも紗南と合わせた時に違和感は感じていたんだろうが、そのことは言わなかった
きっと、その違和感もいずれは解消されるものだと信じているのかもしれない
それが例え絶望的な問題だったとしても、今までのように……

なにが楽しいのかわからないけど、ネネは目を細めて嬉しそうにオレをずっと見ていて
この先の道には不安など何もないと思っているのがひしひしと伝わってくる

期待、願い、オレの身に託されているのは、考えているよりもずっと重いものなんだろう
だったらそれができなかった時はどうなる? できると思わせてできなかった時は?
オレのことを嘘つきと言って蔑むんだろうか? 他の人ならできるのにって……

いくら言い訳してもそれはオレの事情であって、他の人にはそんなこと関係ない
ネネはそんなことを思う子じゃないっていうのも痛いほどにわかっている
でも、オレはこの希望に満ちた瞳が軽蔑の眼差しに変わることに恐怖を感じていた


それから数日が経ち、オレはいつものようにノートパソコンでアイドルの情報をチェックしていた
ニュージェネレーションズを代表するように、イベントとなると新たなユニットが生まれてくる
衣装のイメージを合わせたり、雰囲気で合わせたり……どれも個性がしっかりと結びついている

「……最初はどうやったんだろうな」

先輩達のイベントレポートに目を通して見るが、どうにも解決の糸口は見当たらない
ファンが望むユニットの形というのは考えてみると凄く難しくて
闇雲に人気者同士をユニット化すれば良いというわけではないのがよくわかる

ましてやネネと紗南はアイドルとしてはまだまだこれからなんだ
そんな二人が有名なアイドル達にも負けないようにするならば
それ相応のイメージというものが必要になってくる

「なにやってんだよオレは……」

以前、新田さんの先輩に言われたことが頭の中にリフレインする
せっかくオレのためを思って助言してくれたのに、オレは何もわかっちゃいなかった

毎日こうして無駄に時間を過ごしては、徐々に迫る期限に焦りを募らせる
周りから調子はどうだと聞かれても、自分の限界を認めたくなくて
進む道が間違っているはずなのに大丈夫だと虚勢を返してしまう

(くそっ……いったいどうすりゃいいんだよ)

同期はイベントや仕事一つとっても難なくこなしている
要領の良さや理解の早さはオレとは段違いに良くてその差は広まるばかりだ

その差を埋めようと、何度か先輩とイベントに関して話を試みてみたが
あっちの考えていることと意見が食い違って呆れられる始末だ
オレの話す言葉は具体性が無くて、浅はかな考えだとすぐにわかってしまうんだろう

「…………」

放っておくと思考が焼けついて手が止まってしまうので、無理矢理にでも身体を動かし続ける
しかし無理に動かしたところで目標の無い行動などすぐに止まってしまい
オレは気分を入れ替えるためにいつもの休憩室に向かう事にした


誰もいない休憩室のドアを開け、慣れた手つきで自動販売機からコーヒーを買って
カップに注がれたコーヒーを手に持ち、ドサリとソファに腰を下ろす
妹ちゃんとの電話の時間まではまだ少し余裕があるしそれまではここで休憩しよう

「んっ……」

(ん、誰かいるのか……?)

オレが腰を下ろして項垂れていると、向かいのソファから眠たげな声が聞こえる
誰もいないと思って油断していたけど珍しいことに死角に先客がいたようだ

まだ仕事の時間なのに眠っているのはあんまりよろしくないんだが
寝ているところを起こしてしまったのは悪いことをしてしまった

(……こんな時間に誰だろう?)

「うぅん……」

(新田さんか……)

起きていたら謝ろうと思い近づいてみると、幸い起きてはいなかったが
オレはその意外な先客の姿に思わず息を飲んで固まってしまっていた
視線の先には新田さんが普段着で無防備にソファに寝転がっていて
疲れているのか、寝息は深くてちょっとやそっとじゃ起きそうにもない

(……なんで寝ているんだ?)

「……すぅ……すぅ……」

いつもは真面目に仕事をこなしている彼女の寝ている姿を見れるとは思ってもみなかった
オレと同じく誰も来ない場所だと思って油断していたのか、幸せそうな顔をして寝息を立てている
本来なら起こしてやるべきだろうが、何故だかオレはこのまま寝かせてあげたいと思っていた

(邪魔をするのも悪いか……)

暖房が効いているとはいえ、少し冷えるので自分の上着を布団代わりに被せてやると
起こさないように少し離れたソファまで移動して、再びソファに腰を下ろす

いつもステージの上で見る彼女は、煌びやかでみんなを魅了していて……
でもこうしてステージを降りると普通の女の子と変わりは無い
そんな姿がなんだか可愛らしく思えて、オレは一人で小さく笑っていた


とりあえずここまで
生存報告がてらにちょっとだけ
続きはまた後日


「じゃあ、兄ちゃんはまだ悩んでんだね」

「そうだな、未だに解決策は見つからないよ」

「あたしもお姉ちゃんが他の人と話してるとこって、あんまり見たことないからなぁ……」

少しして、オレは寝ている新田さんを起こさないように休憩室の外に出ると
いつものように決まった時間に妹ちゃんに電話をかけていた

ネネには言っていないが、ユニット化についての問題は彼女に全て話してある
オレの知らないネネの生活を教えてもらうことで、何かひらめくことがあればと思ったからだ

「でも大丈夫だよ、お姉ちゃんのことは兄ちゃんが一番よく分かってるから!」

「そんなわけないだろ、ネネとはまだ半年程度の付き合いだぞ」

「へへっ、それはまぁ~。お姉ちゃんを見てればわかるもん」

「なんか含みのある言い方だな……」

「その内わかるよ……ゴホッ……ゴホッ……!」

「お、おい! 大丈夫なのか?」

「んっ……今日はあんまり調子良くないみたい……」

「あ、あぁ……電話のことは気にしなくていいからゆっくり休むんだ」

「ちょっと残念……でも、仕方ないかな……」

「また明日電話するからさ、今日は我慢してくれ」

「わかった、ごめんね……兄ちゃん」

「気にするなよ、じゃあまたな」

電話を切ると、オレは小さく息を吐いて天井を見つめていた
悪いことは重なるものなんだろうか、妹ちゃんの体調はここ最近あまりよくない
三日に一回は咳込んでしまってその度に電話を中断することになっている

今まではこんなことはなかったが、夏の暑さにやられたのか
電話越しでもはっきりとわかるくらいに声に元気がなくなっていた

ネネには隠しているんだろうが……妹ちゃんの体調も放ってはおけない
そうなれば、サマーライブという大舞台で歌うネネを見てもらうことで
少しでも気持ちが元気になってもらわないといけないな……


電話を終えて休憩室に戻ってくると、いつの間にか新田さんが目を覚ましていた
しかし先程起きたばかりなのか、眠気眼のまま状況を理解できていないようで
入ってきたオレと身体を覆っているスーツの上着を交互に見つめている

「……起きたのか」

「あ、あれっ!? Pさん……?」

「気持ちよさそうに寝ていたけど、風邪を引くのはよくないからさ」

オレは上着を指さすと彼女はそれがオレの物だと気がついたようで
ソファから起きあがり、顔を真っ赤にして上目遣いにオレを見ている

「も……もしかしてずっと見てたんですか? Pさんったら……」

「人気アイドル新田美波の寝顔が見れるなんて得した気分だよ」

「はぁ……あの……寝顔とか……お恥ずかしいところ見せちゃってすみません」

「……でも、いつから見てたんですか?」

「オレがここに来た時からだから30分前くらいからかな」

「もうっ! Pさんったら……見てたなら声かけてくれたらいいのに……」

頬を膨らませて抗議する新田さんを笑って窘める
話して数分も経っていないけど、彼女の作りだしてくれる雰囲気は
沈んでいたオレの気持ちを優しく包み込むように癒してくれていた

「それにしてもぐっすり寝てるなんて珍しいね。夜更かしでもしたのかい?」

「昨日は資格の勉強で遅くって……」

「へぇー、忙しいのに眠りこける程に勉強するなんて偉いもんだな」

「寝顔なんて、誰にも見せた事ないのに……Pさんに見られちゃいました」

「…………」

「……なんだか、妙に恥ずかしいです」

彼女はトスンとソファに腰を下ろすと、髪をかき上げる
その一つ一つの仕草がまるで映画を見ているように艶めかしく映る
彼女の膝の上にあるオレのスーツだけが安っぽくて場違いに感じる

(そう言えば、こうして二人で話すのは初めてだな……)

改めて感じる彼女の魅力に驚きを隠すことができなかった
たった数秒で見るものを引きこむこの力は天性のものなんだろうか?
今のオレにはこの魅力がどうしたら出せるのか到底わかりそうにない


「あの……」

「ん?」

「座らないんですか?」

新田さんは自分の隣をトントンと叩いて、隣に座れと合図してくる
別に隣に座る必要は無いので少し躊躇してしまったが、観念するしかなさそうだ
オレは自動販売機で二人分の飲み物を買い直すと彼女の隣に腰を下ろした

「はい、紅茶で良かったかな?」

「Pさん、私の分までなんて悪いです」

「気にしなくてかまわないよ、目覚まし代わりに飲むと良い」

「それなら……ありがとうございます」

「にしても、こんなところで新田さんに会えるとはね」

「……Pさん、前から思っていたんですけど」

「なにかあるのかい?」

「美波……で良いですよ。それと喋り方も崩してもらって大丈夫ですから」

「いや、そういうわけにはいかないさ。先輩のアイドルだしね」

「そういうのはあまり気にしなくてもいいと思います」

拗ねてしまったのか、口を尖らせてオレに抗議する新田さんの姿は子供の様で
さっきまで見せていた大人びた雰囲気とは正反対のように見える
そのいきなりの変化に、見ていたオレの方がドギマギさせられてしまう

しかしルキちゃんといい、紗南といいオレが丁寧な言葉を使うのは気になると言っていたが
彼女もその一人のようで、気を使った喋り方をするのが嫌なようだ

「なんでそんなこと、喋り方なんてそこまで気にしなくてもいいと思うけど?」

「……私、Pさんとネネちゃんって凄く仲が良いと思うんです」

「オレとネネが……?」

「はい、単なるプロデューサーとアイドルっていう関係じゃなくて……」

「そう言う風に意識したことは無いんだけどな」

「でも口には出さないけど、お互い凄く信じあってるんだなって感じれますから」

「信じてるね……」

「だから私もそんな輪の中に入りたいなって。それだけなんです」

「…………」

「ダメ……ですか?」

「わかったよ、美波……これでいいか?」

「ふふっ、はい♪」

新田さん……いや、美波に聞かされたことでようやく疑問が解けた
ネネには遠慮なく喋ってるのに自分だけというのは疎外感を感じるものか
正直、先輩の担当アイドルである美波を呼び捨てにするのは気が引けるが
名前を呼ばれただけで嬉しそうに微笑んでる彼女を見るとそれもいいかと思えていた


「サマーライブに出るんですか?」

「いや、まだ決まったわけじゃない。課題が残ってるしな」

「それにしても今はネネちゃんと紗南ちゃんが一緒にレッスンしてるんですね」

美波は今日はもうオフらしく、オレの他愛もない話に付き合ってくれている
話すことと言えば今はサマーライブのことしかないのだが
退屈そうなそぶりは見せずに真剣に話を聞いてくれていている

「美波はどう思う? ネネと紗南の組み合わせってさ」

「うぅん……私もそのトレーナーさんの言うとおりかなって思います」

「やっぱりそう思うか、美波でもタイプの違う子と合わせるのは難しいものなのか?」

「できなくはないと思いますけど……一朝一夕じゃ難しいですね」

ルキちゃんと同じように、アイドル歴の長い美波も反応はよくない
確かに時間をかければ違和感を解消するのはできなくはないだろう
しかし、今回は時間が無いことと大舞台であることがネックになっている

先輩達に聞いても誰も肯定することはなかったんだし、美波も同じ意見なんだろう
せっかく大きなチャンスが手が届くところまで来ているとは言え
やはりオレの考えていることは無謀だったのかもしれない……

「でも、私はPさんが言う事なら大丈夫かなって思っちゃいます♪」

「オ、オレなら……?」

「はい、きっとなんとかしてくれるって、そんな気がしますから」

「……悪いけど、オレはそこまで凄い人間じゃない」

みんなが口を揃えて言ってくれる信頼の言葉に、今のオレは答えることはできなくて
サマーライブには関係の無い美波には、素直に弱音を吐いてしまっていた

「……それなら、ネネちゃんにも相談してみたらどうですか?」

「ネネに?」

「はい、ネネちゃんならきっとPさんの知りたい何かを知っているかもしれませんから♪」

暗い空気を醸し出しているオレとは対照的に、美波はニコニコとオレを見ている
そして彼女から提案された意見は、オレが今まで考えつかなかったことだ

ネネにだけは弱みを見せてはいけないと思っていたのに、逆にネネに相談する……
無理かもしれないと呟くオレを見てネネはどう思うのだろうか?
オレは美波の考えていることが理解できずに考え込んでしまっていた


とりあえず今日はここまで
続きはまた後日に


「……わかった、ネネに話してみるよ」

「結果、期待してますねっ!」

悩んでいたところで視線を外してくれそうにないので素直に観念した
オレはこの瞳には弱くて、見つめ続けられると反論できずに折れてしまう
時折、ネネが見せる有無を言わせない目によく似ている気がする

「さて、オレはそろそろ行くとするよ。休憩しすぎたみたいだ」

美波のペースにハマっていたせいか、ここにきてから随分と時間が経っていた
今日は急ぎの仕事があるわけじゃないのでこのまま居ても問題は無いのだが
この心の底まで読まれてしまいそうな空気から逃げたかったのかもしれない

「……あの」

「ん?」

「Pさんって今、時間ありますか?」

「あぁ、大丈夫だけど……」

帰ろうと腰を上げたオレは再び美波に呼び止められる
先程までとは違い、珍しく遠慮するような表情を浮かべてオレを見ている
その雰囲気に少し怪訝に思ったが、オレは続く美波の言葉を待つことにした


「良かったら、私のレッスン……見てくれませんか?」

「オレが? なんで? トレーナーさんがいるだろうに」

「たまには違う人に見てもらいたいなって思うの」

「でも、指導とかそういうのはできないけど……」

「良いんですよ、見てくれるだけで」

「それって意味なくないか……?」

「かも……しれませんね♪」

戸惑うオレをからかうように、美波はオレにレッスンを見るように勧めてくる
寝顔を見られた仕返しでもしたいのだろうか、うんと頷くまでは解放してくそうにない

「……わかったよ、見るだけだからな」

「うん、頑張っちゃう!」

オレが了承すると、美波は張り切って腰を上げて伸びをはじめる
しかし、オレはそんな彼女の様子に違和感が拭い去ることができなかった
ネネのことにしろ、レッスンのことにしろ誘導されているみたいで……

(美波に限ってそれは無いかもしれないけど……)

彼女が何かにつけて手を貸してくれているのは鈍いオレでも気づいている
今回も美波なりの考えがあっての提案なんだろう……

でも何故オレ達にこうもまで手を焼いてくれているのか?
ネネのため……それだけというにはあまりにも……

(今は考えていても仕方ないか……)

その理由を知ることはできないが、悪意があっての行動では無いはずだ
気を使ってくれているなら無下に断るのも悪い気がする

「Pさん、いきましょう! ちょうど空いているレッスン場があるの!」

色々な考えが浮かんでは消えて、モヤモヤと頭の中を漂い続ける
目の前では急かすようにもう休憩室出た美波がオレのことを呼んでいる
その戸惑いが読まれないように、彼女の後をついて行くことにした


『美波さんのレッスンを見てたんですか……』

「そうさ、見てくれって頼まれてさ」

『どうでした、やっぱり凄かったですか?』

「どこがどう凄いって上手く言えないけど、惹きつけられたよ。正直な」

『そうなんですね、私も見てみたかったです……』

美波のレッスンに付き合った後に会社を出たオレは、早速ネネに電話をかけていた
ネネには今まで仕事でしか電話をかけたことはなかったが、今回は仕事は関係ない
それに今日は家のことで忙しいだろうから要件は完結に済ますつもりだった

「まぁ、レッスンのことは良いんだ……ところでネネ」

『はい、どうかしたんですか?』

「次の日曜日はオフだったはずだよな、何か予定はあるのか?」

『いえ、別に何も考えていませんでしたけど……』

「そうか、だったら少しオレに付き合ってもらっていいか?」

『かまいませんよ! お仕事ですか?』

「違う、個人的にだ。仕事は関係ない」

ネネと二人でいる時間は長かったが、なるべく自由にして欲しくて
休みの日の予定には今まで口を出すことはしなかった

それが今回はオレのために時間を取ってくれとお願いしている
まるでデートにでも誘っているようで変に緊張してしまう
ネネが変に捉えてくれなければ良いんだがと、心配に感じていた

『……あの、それってどういうことですか?』

「深い意味はないよ、行き先はどこでも良い。ネネはどこかいきたい所はあるか?」

『わ、私ですか!?』

「あぁ、オレで良ければどこでも付き合うよ」

我ながら誘い文句にしては落第点も良いところだ
考えてみればこうして女の子をどこかに誘ったことなんてなかった
ましてや、ネネと一緒に休日を過ごすなんて考えたことも無い

しかしレッスンの後だと紗南もいるし
ネネと二人きりになるにはこうやってオフに連れ出すしか方法は無い
落ち着いて話をするためにも、なんとしてもネネには出てきてくれないと困る


『…………』

(駄目か……?)

電話越しでもネネの息遣いがかすかに分かるくらいに二人して静かになってしまう
流石のネネも戸惑っているんだろう、オレがこんなことを言い出すとは思ってなかっただろうし
この話を電話にしたのは失敗だった、直接顔を見れないだけで不安が込み上げてくる

『……わかりました、良いですよ。ちょうどお買い物に行きたいなって思ってたんです』

少し間が空いた後、いつもの調子で答えるネネにホッと胸をなでおろす
心配していたけどネネもオレに何か意図があると感じ取ってくれたみたいだ

「そ、そうか、わかった。じゃあオレがそっちに行くようにするよ」

『そんな、悪いですよ。私が東京まで行きますから』

「良いんだよ、これくらいはさせてくれ!」

『えっと……わかりました』

これ以上気を使われるとボロが出そうなのでネネの意見を無理矢理遮る
とりあえず、後はネネとしっかり現状を話をするだけだ……

それにしても、今までネネに何か言う時は緊張とは無縁だったはずなのに
自分の弱音をさらけ出すということだけでこうもまで調子が狂うとは思わなかった
ネネはどういう顔をするんだろうか? そればかりが頭の中をぐるぐると回っている

『Pさん』

「どうかしたのか?」

『私、楽しみにしてますね』

「そんな大げさな、今まで二人で出掛けることなんてよくあっただろう」

『ううん、そうじゃないんです。なんだか、嬉しくって……』

「嬉しくね……そう思ってもらえるなら良かったよ」

何かあるのは勘づいているはずなのに、今すぐその理由は聞こうとはしない
そのネネの気づかいが今はどこか心地良く感じて
胸の中につかえていた不安が少し和らいでいくような気がしていた


真夏特有の強烈な日差しが降り注ぐ午後、オレは駅で人を待っている
日々というのは過ぎてしまえばとても早く感じて
あれからいつものように毎日を過ごし、ネネと会う日まで来てしまった

この日のことは自分から口に出すことはしなかったが、ネネも誰にも言うことはなかった
ルキちゃんも紗南もオレとネネがこうして会うことは知らない
別に秘密にすることじゃないが、あえて言う程のことでもない

(……少し早く来すぎたか)

遅刻はまずいとはいえ、30分近く早く目的地に到着してしまって暇を持て余す
この駅には座ってゆっくりする場所も無ければ、日陰になっているところも少ない
分かりやすい場所だけど待ち合わせにはよくない場所だなとオレは一人愚痴っていた

「…………」

すっかりぬるくなってしまった缶コーヒーを握りしめて、壁にもたれかかる
そしてふと視線を前に向けると、オレのことを見つめている少女と目が合う
項垂れていて気がつかなかったが、少し前からそこにいたみたいだ

強い陽の光によく映える白いワンピースを着て、手には小さなハンドバックを持っている
サラサラした黒髪が軽く吹き付ける風になびいて、キラキラと輝いている
この真夏の熱気の中でも涼しげなその姿はどこか神秘的にすら感じる

一言で言えば絵になるといったところだろうか、夏の風景によく似合う
いつもとは違うその雰囲気に、思わずかける言葉を迷ってしまう
でも少女はいつかの時のように頬を桜色に染めてオレの言葉を待っている

「……随分早いんだな、ネネ」

「……えっと、遅刻したらPさんに悪いですから」

やっとのことで絞り出した一言に、安心したようにネネは微笑む
パァッと明るい笑顔にガラにもなくドキリと胸が跳ね上がるのを感じた
それはまるでアスファルトに咲いた花のように華やかなものだった

ただ声をかけただけなのに、緊張がとけたのか小走りでオレの方に近付いてくる
その姿にいつものネネだと感じ取るとオレも肩の力が自然と抜けていた


とりあえずここまで
大分間が空いてしまって申し訳ない


「でも驚きました、もう来てるなんて……」

「遅刻したらネネに悪いと思ってな」

「もう、それはさっき私が言った事です!」

特に予定は決めなかったので、二人並んで近くのショッピングモールに来ていた
ここなら何かするにも大抵の物は揃っているし、時間を潰すにしても色々ある
オレは初めて来たところだが、ネネの地元では遊ぶといえばここらしい

「それにしても今日はオシャレしてきたんだな、普段とは全然違うじゃないか」

「こ、これはその……妹が……着て行けって」

「妹ちゃんが?」

「は、はい……私も、よく分からないんですけど」

ネネも友達と遊ぶ時は大抵ここだと聞いていたが、今日はどこかぎこちない
慣れない服装のせいか、心なしか周りの視線を気にしているように見える
そこまで誰かに見られているわけじゃないのに、さっきから落ち着きがない

にしても妹ちゃんに言われて服装を決められたとはね……
大喜びの妹にアレコレ言われてあたふたするネネが容易に想像がつく
大丈夫だと思っていたが、妹ちゃんには勘違いされていたみたいだな……

「Pさんはどうしてスーツなんですか?」

「ネネもアイドルなんだから男と一緒に歩くのは気を使った方が良いぞ」

「でも、Pさんはプロデューサーですし……」

「私服のオレをプロデューサーと見抜ける人がいたらいいんだけどな」

「なるほど、言われてみればそうですね」

今日は休日な上に人の集まる場所に来ている
変装させてるとはいえ、ネネがアイドルと気づく人もいるだろう
だったら隣に歩いている男がスーツなら仕事関係だと思われやすい

しかしネネはオレが私服で来ると思っていたみたいだ
相変わらずこういうところは少し抜けている
変装のことも言わなければ、ネネはきっと何もせずに来ていただろう


宛てもなく、ブラブラと二人でショッピングモールの中を歩く
オレは何も言わずにネネの気になった場所があったら軽く見て回る
やっていることはデートそのものなのだが、あまりそういう気はしなかった

相手がネネというのもあるが、頭の中で本来の目的がちらついていたからだ
ネネはそんなオレを疑うことなく自分から仕事の話はしてこなかった
小さなことに大きな喜びを示しては、この時間を楽しんでくれているようだ

「わぁ、見てくださいPさん。色々ありますよ!」

「へぇ、こんな店まであるなんてな」

そうこうしている内に、オレ達は一つの店の前で足を止める
そこは有名な輸入雑貨の店で、東京でもこれ程大きな店舗は中々お目にかかれない
ネネはその一角のキーホルダーのコーナーでキラキラと目を輝かせている

(海の生き物ね……)

そこには子供が喜びそうな可愛い感じにデフォルメされた
魚やクジラ、ペンギンなど様々な海の生き物のキーホルダーが並べられている

「……そういうの好きなのか? ネネ」

「可愛くないですか、ほら、お魚さん……!」

手に取られたキーホルダーはやっぱり子供っぽい感じがして少し吹き出してしまった
ネネはそんなオレに頬を膨らまして怒っていたが、でもどこか嬉しそうで
キーホルダーをブラブラと揺らしながら、いつしか微笑んでいた

「どれか気に入ったのはあるか?」

「えっと、このカメさんとかカワイイです」

「……これか」

「あっ、Pさん」

指さされたカメのキーホルダーを手に取ると
驚いて追いかけてくるネネを窘めながら、そのままレジの方向に歩いて行く

(そう言えばネネに何かあげたことはなかったな……)

ネネには世話になっている割には、オレから感謝の気持ちを示したことはない
礼を言うタイミングを逃してしまっていたというのもあるのだが
なんだか改めてネネに何かするのは少し照れくさかったのもある

この前、ネネは海を見たことがないと言っていた
キーホルダーに惹きつけられたのも、その影響もあるんだろう
せめて感謝の気持ちとしてこれくらいはしてあげたい。なんだかそんな気持ちになっていた


会計を済ましてレジで店員から包装された袋を受け取ると
それをそのまま後ろでどうしたらいいかわからず慌てているネネに渡す

「ほら、いつもお世話になっているネネにプレゼントだ」

「そんな……悪いですよ!」

「気にしなくてかまわないよ、キーホルダーの一つくらい」

「……うん、ありがとうございます」

未だに受け取ろうとしないネネに笑いかけてやると、やっと受け取ってくれる
なんだか無理矢理渡してしまった気がするが、胸に当ててはにかんでいる姿を見ると
こんないきなりのプレゼントでも喜んでくれているようでホッとしていた

「……でも、どうしたんですか? いきなりこんなこと……」

「…………」

しかし、続けざまに不思議そうな顔をするネネの問いにオレは答えることができなかった
言われてみれば、何故オレは今になってネネにこんな事をしているのだろうか?
今まで共に頑張ってきてくれたネネへの感謝の気持ちか……それはもちろんだけど

もしかして、力になってやれないことへの謝罪の意味を込めてか……
こうしてネネに気を使ってやることで、許してくれと願っているのか
だとしたら、他の事で誤魔化そうとする何て浅ましい考えなんだろうか……

「…………」

「ど、どうしたんですかPさん……?」

押し黙ってしまったオレにネネが不安そうに覗きこんでくる
今までもそうだったが、ネネはこの空気が心底苦手なみたいで
オレが喋らなくなるだけですぐに泣きそうな顔に変わってしまう

(いつまでもこうしてるわけにもいかないか……)

「なんでもない、気まぐれみたいなもんだよ」

「は、はい……そうだったんですね。でも、嬉しいですっ!」

あまりネネに心配をかけ続けるわけにもいかないので、無理矢理言葉を捻りだす
ネネもその言葉に安心してくれたようで、すぐに笑顔で答えてくれる

何かあるとどこかで勘づいているはずなのに、オレが言うまでは聞いてこない
自分もその何かに不安で押しつぶされそうな筈なのに、何でも無いように振る舞っている
そんなネネを見ていると、そろそろ本題に入るべきなんだろうと思い始めていた


少し歩いた後にオレ達はショッピングモールの中の喫茶店に入っていた
休日のせいでいつものように空いてはいないが落ち着くには丁度いい
歩き疲れたのもあるし、小休止がてらに二人でくつろいでいた

「Pさん、コーヒーってどう飲めばいいんですか?」

「なんだ、いつもみたいにミルクティーにしなかったのか?」

「今日は、なんとなくです……」

「紅茶と一緒だよ、ミルクと砂糖を好きなだけ入れればいい」

「でも、Pさんはそんなに入れてないですよね」

「甘過ぎるのはちょっとな」

目の前ではネネが頼んだコーヒーをどう飲もうか頭を捻っている
飲めないのであれば頼まなければいいのに、今日は気が変わったらしい
砂糖とミルクを調節しながらちょびちょび飲んでは苦いと言って
オレに意見を求めてくる姿を見ると、飲むのは本当に初めてのようだ

「……飲むの、無理なんじゃないのか?」

「ううん、もうちょっと甘くなったら大丈夫そうですよ」

「そんなに無理して飲まなくても……」

「…………」

「……ネネ?」

唐突に、呆れるオレの言葉が聞こえていないかのようにネネが素の表情に戻る
その視線はオレに向けられているけれど、オレ以外の何かを見ているような
この目をする時のネネは、間違いなく何かを考えている時だ

「……Pさん」

「えっ……」

「同じものを飲んだら、少しは気持ちがわかるかなって……それだけなんです」

それだけ言うと物憂げな視線を窓の外に向けてそのまま黙ってしまう
一言だけだが、ネネの全ての想いが詰まったかのような言葉は
オレの気持ちを揺さぶるには充分な物だった

(我慢してたんだな……ネネも……)

きっと、オレがこうしてネネを呼び寄せた理由は初めから気付いていたんだろう
そしてそれを言うか言わないかで未だに迷っていることも……

ただ、受け入れるつもりではいたけれど
オレがどうして伝えて良いか迷っている姿を見て
ネネなりに話しやすいようにしたかった、それだけなのかもしれない


「なぁ、ネネ……」

「はい、なんですか、Pさん?」

「ネネはさ、紗南と一緒に歌ってみてどう思った?」

「どうって……楽しかったですけど……」

「歌いにくかった、そんなことはなかったか?」

「…………」

図星を突かれたように、息を飲むネネの反応はその言葉を暗に肯定していた
歌いにくくて、紗南に合わせて意識してセーブしていたのは間違いないようだ
全体としての完成度を下げないために自分自身を抑えていたんだろう

「ずっと、悩んでいたのはな。そのことなんだよ」

「そのことって、私と紗南ちゃんのことですよね……」

「あぁ、二人は合わない。そして、このままじゃサマーライブは出れない」

「でも、それはPさんやトレーナーさんが考えてくれて……」

「……今回ばかりは手詰まりなんだ。何も思いつかない」

美波に言われた通り、オレは全てのことを包み隠さずネネに話した
反応が怖くて思わず驚くネネから目を逸らしてしまう

完全に解決策が無いこと、そしてサマーライブは出れないこと
ネネにとってその事実がどんな影響を及ぼすか。それを知るのが怖かった

「…………」

(何も、言わないか……)

今までのように、ネネのことを引っ張ってやれたらどんなに良いか
しかし今はオレの力不足のせいで、どうしようもなくなってしまっている

それはプロデューサーとしてネネのためにしてやれることは何もない
そう言っているのと違いがなくて、歯がゆい思いだけが募っていく


周りの喧騒がどこか遠くに感じる程の沈黙がどれくらい続いただろうか
ネネはショックを受けたのか、それともオレに呆れてしまったのか
何も言わずに、ボーッとした表情のままオレのことを見つめ続けている

「……Pさん」

「ん?」

ふと、ネネが意を決したように口を開く
非難の一つでも言われると思ったが、顔は笑っていて
予想していた反応とは逆に、むしろ喜んでいるみたいだ

「良かったです」

「良かったって、どういうことなんだ……?」

「もう、忘れてしまったんですか?」

「忘れて……」

「隠しごとはなし、言いたいことはちゃんと言う!」

「…………」

「それだけです」

そう言うと、ネネは手を口に当ててクスクスと笑い始めた
大舞台への道が閉ざされてしまったというのに、全く気にしていなくて
戸惑うオレのことを見るのが楽しくて仕方がない、そんな感じだ

「……お、おい、笑うことはないだろ」

「楽しいですよ、だってPさんがこんなに慌ててるなんて初めてですから」

「はぁ……まさか笑われるとは思って無かったよ」

「……それに、良いんです。Pさんが気負う必要は無くて」

「いいのか? せっかく手にしたチャンスを潰してしまったのに……」

「はい、だってPさんのせいじゃありませんし」

「オレのせいじゃないって?」

「私の力不足のせいだと思うんです……だから、済みません」

申し訳なさそうに、ペコリと頭を下げるネネを慌ててやめさせる
それでもネネは下げた頭を上げることはせずに下を向いている
ずっと自分のせいだと思ってきたのに、まさか逆に謝られるとは思っていなかった


色々あって頭の中の整理はついていなかったが、ネネは対照的に終始落ち着いている
なんだか心配していたのが自分だけだったのかとバカらしく思えるほどで
胸につかえていた重い楔が取れ去るような、そんな気分になれていた

「にしても、なんでネネが謝るんだ……」

「だって、私がもっとちゃんと歌えていたらそんなに悩まなくて済んだと思うんです」

「いや、そういうわけじゃないだろう……」

「違いますか?」

「何か間違ったこと言ってますか?」とでも言いたげなネネに思わず言葉が詰まってしまう
無理矢理ユニット化を進めたのはオレなのに、ネネは自分に責があると思っているみたいだ
それについてオレに気負う事は何もない、口数は少なくてもハッキリとそう言っている

「それに、Pさんなら。大舞台に連れていってくれますし」

「でもな……」

「今は急がなくてもいいと思うんです。無理なら無理で、私は次に向けて頑張りますから!」

サマーライブに出れないことなどまるで気にしていない、そう言いたいんだろう
もちろん残念に思う気持ちはあるのだが、次に向けて頑張っていく
この短い間に、ネネの言いたい事や考えていることがどんどんと伝わってきて
それを感じ取れるだけで、オレは自分が急ぎ過ぎていたことに気づいていた

(美波が言っていたのはこのことだったのか……)

いつの間にか、サマーライブで大成功を納めなければいけない
オレの中でその事実だけが大きくなっていって、失敗は全てが終わりだと思っていた

ネネはライブに出れなかったらまた次のチャンスを待つ
次がどんなに遠くなろうとも、諦めることなく待ち続ける
そう、オレに言いたかったんだろう

「……なんだか、心配していた自分がバカみたいだよ」

「そんなことないですよ、私のためにそんなにも悩んでくれて……」

「…………」

「えっと……上手く言えないですけど、それも嬉しくて……」

心の重しが取れたオレにまた赤くなって俯くネネ
気持ちに余裕がでてきたせいか、いつものように照れるネネが可笑しくて仕方なかった

(恥ずかしいなら言わなきゃいいのにな……)

今度はクスクスと笑っているオレに対して逆にネネが拗ねている
久しく忘れていたこの時間にどこか安堵感を覚えていた


とりあえずここまで
続きは近い内に


「Pさん、この話って紗南ちゃんにはしたんですか?」

「いや、まだだ。紗南にはまた時間を取って話すつもりだよ」

「そうですね、その方が良いと思います」

「とは言っても、紗南にはサマーライブに関しては知らないはずだけどな」

紗南にはネネとのユニット化の話はチラッとしたが、サマーライブに関してはまだ言っていない
ルキちゃんは何となく気づいているとは思うが、まだ企画段階で止めていた影響で
サマーライブの話を知っているのはオレ達の中ではオレとネネだけになる

しかし、担当アイドルになって一緒に頑張っていってくれているのだから
方針やこれからの目標については紗南にはきちんと話しておかなくてはいけない
多分、面倒だからオレに全部任せるって言ってきそうだけど……

「でも、紗南ちゃんならPさんに任せるって言ってくれそうですね」

ネネも同じ考えのようで、寝転びながら答える紗南を想像して笑っている
でも隠し事をしていたという事実は変わらないので
最初はそのことだけで、ぶぅ垂れて文句を言ってきそうな気もする

紗南にネネ、二人を抱えて走りだしたのはかまわないが
ネネ一人ですら満足に育ててやれていない状況は変わっちゃいない
それでも、二人がこんなオレのことを信じてくれているなら
今までの倍以上に頑張って成果を出さなくちゃいけない

「…………」

「P、Pさん……そんなにジッと見られると恥ずかしいです……!」

改めて見つめるネネの顔は、やっぱりどこか頼りなくて
いつものようにちょっと小突いてやるだけで、あうあうと目をクルクルさせそうだ
でもネネが時折見せてくれるアイドルの片鱗は、多くの人を魅了させる

ネネや紗南、そして美波にしろ、アイドルってのはよく分からないものだ
普段の姿を見ている限りはステージで歌っている姿なんて想像もできないが
いざステージに立って見ると人が変わったように振る舞っている

いつか、オレが頭の中に描いていたファンが視界を埋め尽くすようなステージで
ネネや紗南が立派に歌って、多くの人達に応援されている

オーディションの時にオレが考えていたアイドルの姿を見せてくれるのは
きっと二人が叶えてくれるんだろうと、オレはなんとなく感じていた


それからぼんやりとした時間が少し経ち、手元にあったコーヒーはすっかり冷めてしまっていた
ネネはと言えば、頑張って調節した砂糖とミルクのおかげで何とかコーヒーを飲めたらしく
「これからは慣れていきたいです」と苦笑いをしながら答えていた

「……Pさん、コーヒーはお代わりしないんですか?」

「あぁ、もう大丈夫だよ。ネネはもう一杯飲まないのか?」

「私ももう大丈夫です。それに、砂糖とか一杯入れちゃいますから」

「あんなに入れると味もよく分からないだろうに」

「でも、私にはちょっと苦すぎて……甘くなるとコーヒー牛乳みたいで美味しいですよ」

「感覚的にはそうだろうけどな……」

ネネが使ったシュガーポットを見ると目に見える程に量が減っている
甘党ではないはずだが、それくらい入れないと飲めないとはよっぽと苦かったんだろう
健康を気にしているから勧めてもお代わりはしないだろうけど

(にしても、ネネでも飲みやすいコーヒーなんてあるのかね……)

色々なコーヒーの種類を考えてみたけれど、カフェオレなんかぐらいしか思いつかない
ミルクティーやレモンティーはほとんど砂糖無しで飲めるところを見ていると
オレはあんまり気にならないが、純粋に苦いのがネネには合わないみたいだ

(砂糖……ミルク……)

ふと、交互にポットを見つめるオレのことをネネは不思議そうな顔で見ている
でもなぜか、頭の中であることがひっかかってネネの手元から目が離せなかった

単体で飲めなくて、でも他の何かを加えてならネネにも飲むことができる
コーヒーという土台があって、そこに新しいものが入っていって
それはずっと頭の中を支配していたユニットという言葉にリンクしているようで

「え、えっと……Pさん?」

「ネネ、コーヒーは好きか?」

「は、はい……ちょっとお砂糖とミルクを入れすぎちゃいますけど」

「そっか、じゃあ聞き方を変えよう。砂糖とミルクの入ったコーヒーは美味いか?」

「美味しいと思いますよ、これなら私にも飲めますから」

その言葉にオレの考えていたことは徐々に確信に変わっていった
今まで、自分たちの力だけでどうにかしようと思っていたけれど
それ自体が可能性を狭めてしまっていたのかもしれない


「でも、それがどうかしたんですか?」

「……少し、サマーライブのことについて考えていたんだ」

「それって、私のコーヒーと何か関係が……?」

オレの考えていることを頑張って理解しようとしているネネに説明するため
自分の思っていたことをポツリポツリとネネに話し始める
最初は断片的だった言葉も、口に出していくことで具体性を持ち始めて
最後には自分でも納得のいく説明をネネにできていたと思う

ネネはオレの話を真剣な顔をしてジッと聞いてくれている
サマーライブに出るため、ネネだけでは不足している部分を補うために
新たにネネと共に頑張ってくれる人を探していて、紗南に出会った

しかし、それで満足してこのまま行こうと思っていたけれど
本当はそう縛り付ける必要などどこにもなかったんじゃないかって

考えてみれば簡単なことだった、苦いコーヒーを飲めるようにするために
足りないのであれば別の要素を足すことで飲めるようにすればいい
ネネと紗南、そこに誰か一人が加わることで調和がとれるようになるんじゃないかと

「それはそうですけど……そんなに簡単な話なんですか?」

「ま、それもそうだ。元々、紗南が来てくれたのも偶然だしな」

「ですよね。私は全然思いつかないです……」

「一つだけ宛てがあるんだよ」

「宛て……」

「……心配そうな顔するなよ、きっと大丈夫さ」

「はい……Pさんがそう言うなら、私は何も言う事ありません」

要領を得ないネネを安心させるように軽く笑いかけてやると、ネネも微笑む
足りない要素を足していく、傍から見れば安易な考えだろうが悪くは無い
ユニットの人数に制限などないのだし、諦めるにはまだ少しだけ早い

(今度はきっと……)

確実に決まったわけじゃないが、少なくとも足踏みしている状況は打破できる
目の前にいるネネのためにも、もう一度、やってみる価値はあるだろう

「オレの方でもやるだけやってみるよ、ネネ」

「わかりました。でも、無理はしないで下さいね?」

やることを全て伝えたわけじゃないが、ネネはオレのことを応援してくれている
またできるかわからないことに過度な期待を持たせたくはなかったが
全てが終わったわけじゃないと、ネネにそう思って欲しかった


「で、Pさんはあたしに何してくれるのかなぁ~?」

「……わかった、ゲームに付き合うよ。それで勘弁してくれ……」

「やったー! 丁度、二人プレイじゃないときついとこがあったんだ!」

翌日、オレははしゃぐ紗南と二人で事務所の休憩室で話をしていた
初めて具体的にサマーライブのためにユニット化のことを紗南に話した
もちろん、その可能性が今にも崩れ落ちそうなことも

しかし、紗南はサマーライブに関してはさほど意識はしていなかったし
逆にこれは好機ととられたようで、許すために色々と条件をつけられた
紗南にはしばらくは頭はあがることはなさそうだ……

「あ、それからさ! 今日は終わったら一緒にゲーセン行こうねっ!」

「ったく、前にも付き合ってやったろうに……」

「じゃなくて、今日からロケテがあるの! ロ・ケ・テ!!」

「わかったよ、終わったらな」

ネネとは違い、紗南はプロダクションの近くに住んでいるので
平日はこうして一緒にいることが多かった
というよりは事務所で仕事している時以外はほとんどだ

仕事やレッスンの時は真面目にやってくれるので助かっているが
どうにも懐かれてしまったみたいで、こうやってペースに流されることが多い
まさかネネより年下にいいように扱われるとは夢にも思っていなかったが……

「でも、Pさん。なんでさっきから休憩室でじっとしてるの?」

「……さっきも言ったろ、人を待っているんだよ」

あっけらかんとしている紗南とは対照的に、オレの心臓はドキドキと高鳴っていた
最近人と話す時はいつもギリギリの感じがしていて、じわりと手に汗が滲むこの感覚も
喉に何かが引っ掛かるような感覚も珍しいことじゃない

自分の発言一つで、その子やオレの周りのみんなに大きな影響を与えてしまう
責任のある立場ってのは本当に厄介なもので、オレはいつまでも慣れることはないだろう
でもそれがオレがみんなのためにしてやれることだと思うと、どこか心地良くもあった


やがて、ガチャリと扉から音がしたかと思うと目当ての人が入ってきたのに気付く
紗南は入ってきた人物に驚いた顔をして、オレにどういう事かと言いたげにこちらを向いている
オレはいつもと同じように落ち着いた雰囲気を見せる彼女に声をかけた

「急に呼び出して済まないな、美波」

「あれ? 今日は紗南ちゃんと一緒なんですね」

「……こんにちは美波さん!」

「こんにちは、こうして会うのは久しぶりだね」

紗南の腰を軽く叩いてやると、紗南はすぐにいつもの調子で美波に挨拶をした
美波は特に驚いた様子もなく、軽く微笑みながらとオレ達の前に腰を下ろす
たったそれだけの事なのに、これから話すことを思うと自然と空気が重く感じる

そう、オレはネネと紗南とユニットを組む一人として美波に声をかけた
以前は一度断られているが、あの時、ネネの手元のコーヒーを見て
曇り続けていた視界がやっと晴れて、明確なビジョンを見つけることが出来た

オールマイティにステージをこなせる美波をメインに据えて、ネネと紗南にフォローさせる
まだ見たことはないが、今まで考えていたことよりはずっと希望があるような気がして
その事を美波のプロデューサーに話すと、「新田が良いといったらいい」と言ってくれて
流行る気持ちを抑えて美波を呼び出し、ようやくここまでこぎつけることができた

「それにしても、Pさんから呼び出すなんて珍しいですね。一体話ってなんですか?」

全てを知っているかのように問いかけてくる美波に、言葉を詰まらせてしまうオレ
そんなオレ達を見ながら紗南はこれからどうなるのかと期待するようにキョロキョロとしている

改めて美波と紗南を交互に見据えて、自分の考えが間違っていないか再度確認する
紗南の時のように単純な組み合わせで失敗するわけにはいかないので
頭の中で美波や紗南、そしてネネがどう動いてステージを盛り上げるか、そればかりを考えていた

「…………」

「Pさん、どうしたの? 美波さん困ってるよ?」

「紗南ちゃん……きっと、Pさんは何か考えてくれているんだと思うよ」

ジッと押し黙ったままのオレの態度に、やきもきした紗南が急かしてくるが
オレの意識には響いてこずに、ずっと離れた場所から言われているように感じる

考えてみれば今までこれだけ多くのことをしてきたことはあっただろうか?
最初はネネのためと思って走り始めたこのサマーライブへの挑戦も
いつしか紗南、そして美波を巻き込んでの大事になり始めている

色んなことがあったが、きっとこの苦境を乗り切ることができれば
オレとネネにもまた違った景色が見え始めるのか?
なんとなくだけど、最近はそう感じることが多かった


未だに口を開かないオレに対して、二人は少し戸惑いを見せ始める
そんな空気を壊すように深呼吸をして、気持ちを入れ替えるとオレは一気に頭を下げた

「……美波、オレに……オレ達に力を貸してくれないか?」

「えっ!? P、Pさん? 急にどうしたんですか!?」

「わっ、Pさんが頭下げるなんて初めてみたかもっ!」

突然のオレのお願いに対して、驚く美波と嬉しそうな声を上げる紗南
考えてみれば紗南を誘った時はこんな風に下手に出ることはなかったので
紗南からすれば珍しいものを見れて楽しくて仕方ないのだろう

紗南がネネやルキちゃんに言いふらすのは目に見えているが
緊張したこの空気を払拭してくれる、彼女の陽気さは今はありがたい
決心を固めるのが思ったより早くできたのも紗南が居てくれたからだろう

「あの……Pさんに力を貸すってどういうことなんですか?」

「前に話したサマーライブにさ、ネネと紗南と三人で出てみないか?」

「私が、ネネちゃんと紗南ちゃんと一緒に……」

「美波さんも一緒に来てくれるの!? やった、それなら楽勝だよね!」

考えていたことを伝えると、美波はぼんやりと押し黙ってしまった
それもそうだろう、まさか自分が誘われるなんて予想はしていなかったはずだ
でも、オレの思い描くステージに合うのは彼女しかいない

前に見た彼女のレッスンを思い返すと、ネネや紗南を引っ張っていける程の力は充分にある
ネネと紗南がぶつかり合って上手くいかないのであれば、美波に合わせるようにすればいい
そうすればきっと、ユニットとして完成度の高いものになるとオレは思っていた


少しの沈黙が続き、紗南はもう既に美波が入ると思ってオレの袖を掴みながら喜んでいる
しかし美波は考え込んだ表情のまま、ずっと口を閉じたままでいたが
言いたいことがまとまったのか、オレに視線を合わせると顔をほころばせる

「Pさん、新しいコトを始めるときって胸がザワザワしますよね……」

「えっ……あ、あぁ、そうだな」

「私、Pさんに応援してもらえるから、もっと新しい私に挑戦してみたいなって思うの……」

言葉を選んでいるのだろうか、ポツリポツリと美波が呟き始める
その姿はいつもの様な凛としたアイドルの姿ではなく、新しいものに目を輝かせる一人の女の子で
美波はこんな顔もできるのかと、オレは素直に驚かされていた

「だから、頑張りますね♪」

「じゃ、じゃあ……」

「はい、宜しくお願いしますね!」

「へへっ、Pさん! 美波さんとネネさんがいれば、みんなの力でワンチャンあるよ!」

スッと、美波の手がオレの手の上に重なって心臓がドキリと跳ねあがる
歳が近いせいかネネとは違って同じ事をされても変に緊張してしまう
紗南もそんなオレの状況も知らずに、さっきから腕をグイグイと引っ張ってくるので少し痛い

でもこれでまた一つのヤマを越えることができて、オレの身体から不思議と力が抜けていた
美波や紗南がいなければ今頃ソファに寝っ転がってひと眠りしてるくらいだ

今までネネだけだったけれど、紗南が来て、そして今度は美波を見ることになって
正直、みんなオレの手には余るほどに力を持ったアイドル達だと思う

でも、サマーライブに挑む前に思っていた弱気な心はどこかに消え失せていて
三人ならきっとやってくれると、オレも興奮に身体を震わせていた


それからオレは、美波と紗南を連れていつもの様にレッスン場に車を走らせた
紗南の事を呆れたように見ていたが、実際に一番舞い上がっていたのはオレなわけで
早く三人の力が合わさったところを見てみたくて居てもたってもいられなかったからだ

「はぁっ、夏の日差しはお肌にきますね。火照っちゃいます……」

「よぉーし! 目指すはパーフェクトパフォーマンスだね!」

「ふふっ、Pさん、このイベントTシャツお揃いだとカワイイですね」

美波と紗南にもネネと同じようにサマーライブのTシャツに着替えてもらいレッスンを待つ
こうして並んで見ているところを見てると、姉妹を見ているみたいでなんだか微笑ましい
でも、三者三様それぞれ個性がしっかりとあるんだなというのがよくわかる

「今度は新田さんも新しくメンバーに加わったんですね……」

「あぁ、ルキちゃん。すまないが今日から美波も一緒にレッスンを受けることになるんだ」

「わかりました。私なら大丈夫ですよ!」

「それに、今回は……間違いないと思う」

「私も、そう思いますよ……」

ワイワイと柔軟をしているネネ達を見ると、相性は全く問題ない
ネネとルキちゃんには美波を誘う事は事前に話しておいたので
今回のレッスンが重要な意味を持つということは二人とも分かっているだろう

ルキちゃんの方をチラリと見ると、いつになく真剣な顔でブツブツと呟いている
でもその顔には、前の時のような戸惑いや不安は感じられなくて
この三人での可能性を必死に考えている。そんな感じに見えた

「Pさん、私の顔に何かついてますか?」

「いや、別に。真剣な顔のルキちゃんって、ちゃんとトレーナーしてるんだなってさ」

「……もう、からかわないください!」

「ははっ、まぁそう怒らないでくれ」

あんまり力を入れすぎるのもよくないと思い、少しからかうといつも通りの反応を見せてくれる
きっと彼女が気にしていた、指導者として自分が彼女達に何を教えてあげられるか?
その壁に向きあうにはかつてないチャンスに、ルキちゃんも自然と力が入っているんだろう

(さて、どうなるか……?)

何度も想像でのシミュレーションを繰り返しては、理想のユニットを思い描いてきた
それが今、こうして目の前で答えが出るところまで来ている

ネネはもちろんだが、紗南や美波にとってもこのユニットはきっと実りのあるものだと
散々迷って出した結論は正しいのかどうか、オレもプロデューサーとして試されているみたいで
今まで感じたことの無いような焦燥感や期待感に苛まれていた


[サマーライブ]新田美波(14)
http://i.imgur.com/eA1lHHs.jpg

[サマーライブ]三好紗南(14)
http://i.imgur.com/wYwVp3L.jpg



とりあえずここまで
この章は短くやるつもりだったのに長くなってしまった
もう少しで終わりです


「じゃあ、早速始めますね。まずは簡単に合わせてみましょう!」

ルキちゃんの掛け声に合わせて三人が真剣な顔になり小さく頷く
今まで和気あいあいとしていた雰囲気は一瞬にして消え失せ
ピリピリとした空気が少しづつ部屋の中に少しづつ漂い始める

「…………」

やがて曲が流れ始めてネネ達がステップを踏み始める
流れているのは曲はテレビを見ている子なら誰でも知っているような有名なものだ
激しいダンスもなく、三人に息を合わせるならうってつけだろう

美波がセンターに立って、二人を引っ張るように歌いステップを踏む
ネネも紗南も実力はもちろんあるけれど、こうして並べて見てみると
今のところは美波について行くのがやっとという感じが拭いきれない

それでも、ネネと紗南が二人で合わせていた時と比べると
三人で歌っている時の方がネネも紗南もより自分の魅力が出ているように見える
その差は一目瞭然で、ルキちゃんの言っていた事がよく分かる

「凄い……これならいけますよ! Pさん!」

曲がサビに近付くにつれて三人の繰り広げる光景も盛り上がりを見せる
ルキちゃんもまさかこれほどとは予想していなかったのか
三人が歌っているにもかかわらず、興奮を抑え切れないようだ

「初めて合わすのに、こんなにできるなんて……」

「…………」

「……Pさん?」

この狭いレッスン場の中で、ネネも紗南も美波もとても綺麗に輝いていて
まるで大きなステージの上で大勢の観客に囲まれているような錯覚に陥る
オレの事を不思議そうに見つめるルキちゃんの視線に答えることすら忘れるほどに

ネネ達のステージを見ていると、目の前に写る光景が段々と遠くに感じてきて
今は観客にでもなったかのように食い入るように三人の動きを目で追っていた
惹きつけられるというのはこういうことなんだろうと体感できていた

あの時、ネネに見た輝きは間違っていなかった今なら思える
アイドルとして成長を続けていくネネの姿はとても眩しくて
きっとこれからもこんな風に強く人の心を惹きつけていくはずだと


天井を仰ぎながら小さく息を吐いて、込み上げる安堵感を噛みしめていた
行き当たりばったりで皆を引っかきまわしてしまっていた自覚があっただけに
これがダメだったら……とそんな恐怖感から解放されたおかげだろう

「……ルキちゃん。悪い、少し席を外すよ」

「まだ曲の途中ですけど、ど、どこに行くんですか?」

「ちょっとだけ外の空気を吸ってくるよ、ネネ達を頼む」

「で、でも感想とか言ってあげないと!」

「……凄く良かった、それだけ伝えといてくれ」

席を立ってドアに近付いて行くと、ネネ達の視線がこちらを向いたが
軽く笑いかけて指で丸印を作ってやると、三人とも安心したように笑っていた

ルキちゃんは主導権をいきなり渡されて慌てていたけど
しっかりものだから後は任せておいて問題ないだろう

(……良かった、本当に)

重圧から解放された疲労感か、オレは今までにない程の疲れを身体に感じていた
身体はずっしりと重く、頭の中はボーッとしていて思考は停止している状態だ
しかし、その疲れはどこか心地良くて、不思議と笑みが込み上げてくる


人目も気にせず廊下に備え付けてある腰かけに豪快に寝転がる
安物のせいか、寝心地はよくなくて少し硬い感じがするが
今のオレにはそんなことは気にならない

「……ふぅ」

ネネをサマーライブに出してやりたい……その想いだけを目標に
今日までオレのできることを一心不乱に頑張ってきたけれど
オレ自身にも実りの多いイベントだった

それはちゃんと協力者がいてくれたことだ
紗南に美波、二人がいなければここまで来れなかったし
ルキちゃんや先輩、助言をくれる人はしっかりと周りにいた

ネネと出会って、二人で頑張っていくと心に決めて
いつしか周りはオレ達のことを遠ざける敵ばかりだと思いこんできた
でも、そう思うこと自体がそもそも間違っていたんじゃないかって

「難しく考えてもわからないか……」

ネネが輝きを増すにつれて、オレ自身が何をしたいのかずっとモヤモヤとしてた
流れに任せてプロデューサーになって、色んな人に出会って……

いつか、立派に育ったネネの歌を聞いた時にその答えは見つかるだろうか?
今のオレには到底分かりそうにはないが、きっと何かが見えるんだろうか?

……やめよう、どの道それを深く考えたところで何かが変わるわけじゃない
オレにできることは、ネネが働きやすいようにネネの環境を考えることだ
それにこうして上手くいっているのであれば、無理に変える必要はない

ネネに紗南、それに一時的ではあるけど美波がオレのそばにいてくれる
ここまで来たなら彼女達の力を信じて、やっと手が届いたサマーライブに向けて
全力でサポートに徹することだけに今は集中しておけばいい

一人でこうしているとグルグルと色んなことが頭を巡っていたが
疲れ切った身体に考え事はよくなかったのか、気がつけばオレの意識は闇の底に消えていった


「……んっ」

頭が重い……少し休むつもりが深く眠ってしまっていて
こんなところで寝てたが、誰かに起こされることは無かったようだ
しかし、身体を起こすと何かがオレの上に被さっていたのに気づく

「毛布?」

「あっ、起きたんですね」

「……ネネか」

「こんなところで寝ていると風邪引きますよ」

「悪い、他にいい場所が無くってさ」

腕時計を見ると一時間くらい眠ってしまっていたみたいだ
その間に見つかったみたいで、オレの頭の方の空きスペースにネネが座っていて
夏場でそれほど寒くはないのだが、風邪を心配して毛布をかけてくれていた

「レッスンはもういいのか?」

「今は休憩中なんです」

「そうか、オレのことは放っておいても良かったのに」

「ううん、そういうわけにはいきませんよ」

こういうときは身体を起こして話すべきなんだろうけど
ネネの目がそのままで良いと言ってくれているような気がして
オレは顔だけネネに向けて、ネネはそんなオレを楽しそうに見ている

別に何か特別な会話をするわけでもなく、時間だけが流れていく
クーラーがあまりきいていないこの場所ではムワッとした熱気が少し渦巻いていて
室内でも今は夏なんだと強く意識に刻まれていく

久々の投稿乙でした!
ネネとネネPの努力が徐々に実を結んで
進むべき道が開けてきている感が良いなぁ
ろそろ物語も終盤、更新が楽しみな半面
終わってしまうのが惜しくもあります…
最後まで頑張って下さいませ


どこかで窓が空いているのか、廊下に蝉の鳴き声が響き渡り
ミンミンとリズム良く流れ続けるその音は再び眠気を誘う
自分でも気付かないが、かなり疲労は溜まっていたようだ

「Pさん」

「ん、どうかしたのか?」

「疲れているのなら、もう少し休んで下さい」

眠たそうな目をしていると、あっさりとネネに見破られてしまう
いつも人のことを気にしているネネのことだ
今回もオレが走り回っていたことに心配していたんだろう

それにしても、ネネ自身は今回のことはどう思っているんだろう
いきなりユニットを組んで大きなイベントを出ることになったが
オレは肝心のネネの意志についてはちゃんと聞いてはいなかった

「……なぁ、ネネ」

「はい、なんですか?」

「ネネはサマーライブに出れて嬉しいか?」

今更ながらこんなことについて聞く自分が間抜けに感じる
出れる、出れない、出れるとここまで二転三転してしまって
思い返してみれば一番オレに振り回されていたのはネネだ

彼女にとってこのイベントはどんな意味を持つんだろうか?
プラスになる事は間違いないはずだけど
ネネがどう思っているのかだけは、今ここで確かめておきたかった

自分でも自信がないせいか、不安そうな雰囲気がでていたんだろう
ネネはそんなオレを見て驚いた顔をしていたが
すぐに目を細めて、口に手を当てて小さく笑いだす


ネネが笑うということは、悪いことを言うつもりはないんだろうが
いつもネネのことをからかっているせいか
自分より優位に立たれるとどうにも反応に困ってしまう

ひとしきり笑い終わった後、ネネはオレのおでこに手を当てて、優しく何度か撫でる
少し暖かいその手に触れられていると、不思議と不安な気持ちが消えていくようで
ポツリポツリと喋りはじめたネネの言葉を聞かなくてもネネの言いたいことが分かってしまう

「……Pさん、私」

「今までアイドルを続けてきましたけど、紗南ちゃんや美波さんに出会って」

「それで、こんなLIVEが出来て本当に嬉しいです、Pさん」

予想通りの言葉をネネの口から聞けると、身体の力が抜けて
硬い腰かけにさっきよりより深く沈みこむ様な感じがする
このまま眠ってしまえたら、さぞ安眠できるだろうな……

「…………」

ふと、ここまで頑張ってきてくれたネネに
「ありがとう」と言いそうになって慌てて口をつぐむ
今はまだ言うべきじゃない……全てが終わったら、改めてネネにそう伝えよう

「Pさん、お疲れ様です。ここからは私を頼ってください」

「そうだな、期待してるよ」

「きっと、Pさんも笑顔になるようなLIVEにして見せますね!」

「……あぁ、頼んだ。ネネ」

オレはそれだけ伝えると、また一眠りするために目を閉じた
今のネネならサマーライブを立派に盛り上げてくれるだろう
それに今回は紗南も美波もいるし、ネネは一人じゃない

(心配し過ぎだったみたいだな……)

参加申請は明日にすれば間に合うだろうし、本番まで時間はある
三人での練習もルキちゃんに任せておけばいい
オレは少し余裕ができたわけだし、今は何も考えずに少しだけ休むとしよう


それから数日が経ち、照りつける日差しが眩しい夏の朝
オレ達は待ちに待ったサマーライブの会場に来ていた

まだ開始まで時間はあるというのに視界には多くの人が埋め尽くされて
過去のライブ映像を見て知っていたのに生で見るとやはり凄いもんだ

今まで何度かライブは経験してきたが、これ程までに大きなライブは初めてで
会場のスタッフの熱気や、いつもとはケタ違いの準備作業に振り回されて
慌てて対応する姿を皆に見られてしまい、なんとも情けない出だしになってしまった

「ふぅ、Pさん。これ冷たくて気持ちいいですよ? はいっ!」

「美波、それはオレのドリンクだよ」

「あはっ、ごめんなさいっ! そうでした♪」

「Pさん、見て見てー! みんなに協力してもらって、やっとラスボス倒せたよ~」

「まだやってたのか、紗南……」

「へへっ、これで心おきなくリハに集中出来るね。あ、でもこのあと裏ボスが出るからそのあとでいいかなー?」

「30分後にリハだからそれまでにな」

美波も紗南もこんな雰囲気に飲まれず、いつもの通りマイペースだ
アイドルになると鋼鉄のハートでも一緒に備わるんだろうか?

どれだけ人がいて、その前に立っていたとしても緊張する事はない
それは多分、何度もステージを繰り返してきた成果ってわけか

「イベントは準備の時さえワクワクしますね、Pさん!」

「ネネもはしゃいでる場合じゃないぞ」

「……えっ?はしゃいでる、ですか?」

「そんな顔見たのは久しぶりだよ」

「すみません、このライブに出られるのが嬉しくってつい……」

ここにも一人、この熱気に飲まれずむしろやる気を出してくれている子がいた
ネネに関しては少しは緊張すると思っていたけど、そんなことはなかったみたいだ
となると、オレ一人だけが慌てていたことになる

(オレの仕事も後少しだけど……)

腕時計を見つめると、リハの時間まではそれほど時間が残っていない
リハが始まればスタッフ達がライブまでネネ達を案内してくれるので
オレの仕事はリハに送り出すまでということになる

とは言え、今日はここまでネネ達を連れてくるくらいしかまともなことはしていない
元気づけるにもネネ達は元々元気だし、飲み物なんかはスタッフが全て準備してくれている
プロデューサーってこんな時は何をすればいいんだろうな……


[サマーライブ]栗原ネネ(15)
http://i.imgur.com/6ykcA97.jpg

[サマーライブ]新田美波(19)
http://i.imgur.com/JezoblI.jpg

[サマーライブ]三好紗南(14)
http://i.imgur.com/W9GJCK4.jpg


ボーッと走り回るスタッフたちや他のアイドルを見つめていると
頬にヒヤリとした何かが押し当てられて、思わず身体が飛びあがってしまう

「冷てっ!?」

「Pさん、はいどうぞ。こっちは私の飲みかけですっ!」

「いや、それが欲しくて言ったわけじゃなくてさ……」

振り向くといつの間にか隣に美波が立っていて、オレにジュースを押しあてたみたいだ
さっきオレのジュースを飲んだお詫びのつもりか知れないけれど
自分の飲みかけのジュースを渡されたが、別に喉が渇いていたわけじゃない

「まぁでも……ライブは問題なさそうだな」

「そうですね、でも今日のLIVEが楽しみで、ちょっと睡眠不足なんです……えへっ」

「ははっ、まぁリハまで時間はあるから少しでも休んでいるといいよ」

「大丈夫ですよ! それにしても、紗南ちゃんもネネちゃんもカワイイですねっ♪ ふふっ♪」

妹でも見つめるように美波は二人のことを優しく見守っている
そう言えば弟がいると前に言っていたことがあったっけ
普段もこんな感じでお姉さんとして、年下の面倒を見ているんだろうか

「今日は美波の家族は来てくれているのか?」

「えぇ、もちろんです。応援に来てくれてますよっ!」

「なるほどね、そりゃ頑張らないとな」

「あの、それでPさんに聞きたいんですけど……私だけ露出多くないですか……?」

「あ、あぁ……それはだな」

美波の衣装を考えた時は、彼女の魅力を引き出すためにと露出の多い衣装をチョイスしたが
家族のことまで頭が回っていなかったのは失敗だったのかもしれない
実の娘がこんな水着みたいな格好で歌っていたら家族に怒られたりはしないだろうか……

「Pさん! ドコ見てるんですか、もうっ!」

ジロジロ見ていると美波が手で身体を隠してしまったので慌てて目を逸らす
似合うはずなのに、美波はこういう格好は苦手みたいで
勝手に用意してしまった手前、オレは苦笑いで返すしかなかった


「紗南、そろそろゲームは終わりにしておけ」

「あーん、良いとこなのに~。ねぇPさん、リハをクリアする裏ワザないかなー?」

「あったらオレが教えて欲しいよ」

紗南が持っていたゲーム機の電源を落とすと、途端にオレに文句を言ってくる
ゲームを途中で止めるのが残念みたいだがオレに文句を言われても困る
紗南は退屈さを体で表現するように足をパタパタさせて、周りを見つめ始める

「ね、Pさん」

「ん?」

「こんな舞台に立てるなんてさ、あたしもアイドルとしてレベルアップしてるよね、Pさん!」

「レベルアップね……」

まぁ、紗南は元々ネネよりアイドルとしての経験は長いわけであって
燻っていた期間がなければ、ネネとの実力差はかなり開いていたはずだ
そうなれば共にステージに立つこともなかっただろうし、奇妙な巡り合わせを感じる

少しスタートは遅れてしまったが、本来なら才能を秘めたアイドルだけに
こうして再びやる気になってくれたことは素直に嬉しく思える

「にしても、騒がしいもんだな……」

「Pさん! な、なんか落ち着かないからゲームでもしようよ!」

「さっきまでやってたじゃないか」

「んー、そうなんだけどさ……」

「紗南なら大丈夫だ、しっかりやってこいよ」

女の子に触れるのは苦手だけれど、紗南にはそんな遠慮はあまり感じなかった
小さな頭を手でわしわしと撫でてやると、紗南は犬のように喜んで
さっきまでの緊張感などすぐに一蹴してしまったようだ

「ありがと! でも今のあたしは一人じゃないから大丈夫だよ、Pさんっ♪」

「そっか……」

すっかりいつもの調子に戻った紗南にもう心配はいらないだろう
こうして切り替えが早いのも紗南の魅力のひとつなのだから
それをステージの上で存分に披露してくればいいだけだ


「Pさん、お弁当作ってきたので、どうぞ」

「ネネ、こんな時にまで作ってこなくてもいいのに……」

「なんだか、今日ライブがあるって思うと落ち着かなくて……」

予想通り、一番緊張していたのはネネだった
最初は期待を込めた気持ちの方が強かったけれど
リハが近づくにつれて伝わってくる熱気に、緊張感を感じているんだろう

「いつも通りやればいいさ、ここまで沢山練習してきたんだ」

「そうですね……本当ならここまで緊張はしないんですけど……」

「ん、何か心配事でもあるのか……?」

「Pさんには言っておこうかな? 実は妹がLIVEを見に来てくれるんです。だから最高のLIVEにしたくて!」

「へぇー、妹ちゃんがね」

「あの、良かったら後で会ってあげてくれませんか? あの子、Pさんに会いたいって……」

「かまわないよ、後で顔出しておくさ」

わざと驚いたふりをしてみたが、実はネネの妹が見に来ることは事前に知っていた
毎日電話をしているんだ、話題に出てこないわけがない
もちろん、ネネに言うわけにはいかないので知らないということで通していた

わずかなこととはいえ、ネネに隠し事をしていることに罪悪感を感じる
彼女にとって、妹が見に来るという事は大きな意味を持つことを知っているだけに
おいそれと他人のオレが触れてはいけない部分だからだ

「……それなら、しっかりと歌ってこないとな」

「はい、今日のLIVEは自信ありますよ!」

「頼もしいな、オレもしっかりと見てるよ」

「ファンの皆さんがみんな元気になっちゃうような、笑顔の溢れるLIVEにしますね!」

「私、このLIVEは絶対成功させたいから!」

ネネの笑顔を見ると、本当に妹のことを大切にしていることが伝わってくる
そして、妹の前でのステージならネネにとって失敗するわけにはいかない
今は緊張していてもステージに立てば、いつも以上に力を発揮してくれる


「……さて、そろそろリハの時間が始まるな」

「LIVE本番ですね! Pさんのプロデュースの成果、ファンの前でばっちり見せてきます!」

「Pさん、フルコンしてくるから、ちゃんと見ててね! 行ってきまーす!」

スタッフに案内されて、紗南と美波がリハの場所へと向かっていく
リハといっても本番のステージで調整するわけにはいかないので
ステージの構成や演出の最終確認をするだけだ

それでも、多くのアイドルが待機している場所まで行ってしまうと
そこからはオレの手の届かない場所になってしまう
まぁ、歳の近い美波がいるのでそれほど心配はしていないけれど

「Pさん……」

「ん、ネネ。どうしたんだ?」

「Pさん、このLIVEステージは私の夢見たステージです!」

「……まだまだだよ、これより凄いステージはいっぱいある」

「……そうですね。私、そのステージにも立てるように頑張りますね」

一番ではないが、夏の目玉イベントの一つに出れるというのは大きい
今まで大きく目立たなかったネネや紗南の存在を多くの人に知ってもらう
このサマーライブは一つの転機と言っても過言ではない

「……ネネ」

「どうしたんですか?」

「……いや、なんでもない。頑張ってな」

「はい!」

これで今のオレにできることは全て終わった
後は帰ってきたみんなにお疲れ様と言って迎えてやるだけだ

このまま関係者専用の席でライブを眺めていたいところだが
皆を見送った後、オレはもう一つの仕事をするために逆方向に歩きだした


「へぇー、お姉ちゃんのライブまでは少し時間があるんだね」

「そうなんだけどな……」

何でこんなことになってしまったのか、頭を抱えたまま人の波をかき分け歩く
今、オレはネネの妹と腕を組んでライブのグッズが並ぶ露店の通りを歩いている
人が多いこの場所ではぐれるといけないからとはいえ、こういうのは正直苦手だ

オレはネネ達と別れた後、もう一つの仕事、つまりネネの妹に会いに行った
ネネの両親に軽く挨拶をしてそれだけの簡単な用事だと思っていたが
妹ちゃんが急にゴネだして、今は二人でこうして会場を回る羽目になった

もちろん、仕事中のオレと身体の弱い妹ちゃんを連れ回すのはよくないというのもあり
ネネの両親も最初はゴネる妹ちゃんを窘めていたけれど
こんなに我儘を言うのは珍しいのか、結局妹ちゃんの勢いには勝てず

『少しだけで良いので、お願いできませんでしょうか?』

と、両親に頭を下げられてしまい。オレも断ることはできなかった
そして、そのまま腕を引っ張られて今はライブのグッズを見たいとこの周辺に来ている

「ねぇねぇ、お姉ちゃんのグッズは無いの?」

「んー、そうだな……まだグッズは作ってないな」

「ちぇっ、残念だなー」

「ネネが慌てるからやめといた方がいいと思うけど……」

はしゃぐ妹ちゃんに見えないように、ポケットの中のピルケースを握りしめる
ネネの両親に妹ちゃんの体調が悪くなった時にと渡されたものだ
これがあるという事は、妹ちゃんには発作的な症状があるということになる

(何も起きなければいいんだが……)

妹ちゃんがこんなに人の多い場所に来るのは指で数えるほどしかないはずだ
調子が良くて楽しんでいる今は大丈夫だろうけど
もし何かあったら全部の責任はオレの手にかかっていることになる

両親を含め、それだけ信頼されていることになるのは結構だけど
さっきからその事が頭にちらついてしまっていて
素直に妹ちゃんが元気にライブ会場に来れていることを喜ぶことができなかった


「ん、兄ちゃん。さっきからノリが悪いね」

「そんなことないよ……」

「お姉ちゃんみたいに可愛くはないけど、デートなんだから楽しんでくれないとっ!」

「デートってな……」

姉妹だけあって、妹ちゃんの容姿はネネと似ている部分が多く、可愛いとは思う
しかしまぁ、今考えているのは別の事なので思わず呆れた反応を返してしまう
オレの心配の種の当人は、どうしてこうも気楽にいれるのだろうかと

「でもせっかく外に出れたんだよ?」

「分かってるけど、こんなに歩きまわっても大丈夫なのか?」

「うっ……ダメかも……ゴホッ……!」

「お、おい!?」

「……なーんてね、冗談だよー!」

なんとなく冗談だと気づいていても、もしかしたらという気持ちが拭えなくて
こんな見え透いた手にも過剰に反応してしまう
そんなオレをからかうように、妹ちゃんはケラケラと笑っている

「あんまり大人をからかうなよ!」

「ん、いつもはこんなことしないよ? お姉ちゃん怒るし」

「オレだったらいいってこともないだろうに」

「へへっ、だって兄ちゃんだもん」

ネネ以上にからかいやすい対象にロックされてしまったのか
電話の時もたまに彼女に手玉に取られることは多い
他人に左右されるタイプではないオレが、彼女だけにはよく振り回される

でも、本当に調子の悪い時には彼女は包み隠さず話してくれるだけに
こうして冗談を言っているということは調子の良いのは間違いないだろう
それが分かればオレとしても安心して付き合うことができる


熱気あふれる会場に、妹ちゃんは目を輝かせてキョロキョロとしている
この真夏の日差しの中、スーツをフル装備で着ているので
正直、くっつかれると暑くて仕方ないのだが、離してくれそうにはない

「こんなに人がいっぱいなんて……お姉ちゃん、ホントに出るんだよね?」

「そうだよ、もうすぐ見れるから」

「これも兄ちゃんの力のおかげだよね?」

「まさか、ネネや他のみんなが頑張った成果だよ」

「謙遜しなくて良いって! あたしが褒めてあげるね! 兄ちゃん、頑張ったね!」

「あ、あぁ……ありがとう」

自分自身でも納得のいく仕事ができただけに、誰かに認めて欲しかったのは正直ある
でもまさか妹ちゃんに褒められるとは思っていなくて
面と向かって言われてしまうとやっぱり照れくさくなってしまう

「そ、それより暑さは大丈夫か?」

「んっ……大丈夫だけど、日差しがちょっと強いかも……」

照れを隠すように、妹ちゃんに問いかけると妹ちゃんは少し嬉しそうな顔をしていた
オレが慌てている姿を見るのが楽しくて仕方ないんだろうが
それはネネも同じなので、困った共通点を持ってしまったことになる

それにしても、妹ちゃんの言う通り、この日差しの強さはまいっていた
妹ちゃんは普段は家に引きこもっているだけに、普通の人よりはキツいだろう
体調のことを考えると、あまり炎天下を歩きまわるわけにはいかない


「兄ちゃん、立ち止ってないで先に行こうよっ!」

「……なぁ、これとか似合うんじゃないか?」

足を止め、小さな露天にあった麦わら帽子を掴んで被せてやる
つばが広めになっていて、赤いリボンが巻いてあって
小柄な妹ちゃんにはこのアンバランス差がよく似合っている

「えっ……これって?」

「麦わら帽子だよ、まさか知らないのか?」

「知ってるよ……」

いきなり帽子を被せられて、目をパチクリとさせていたけど
自分に被せられた帽子を確かめるように備え付けの小さな鏡に映しながら
つばを触ったり、方向を気にしてみたりと結構気にいってくれてるみたいだ

「日差しが強いからさ。被ってるだけでもマシになるだろう」

「そ、そうだけど……」

珍しく歯切れの悪い妹ちゃんをおいて、さっさと麦わら帽子を買ってしまう
ライブ会場といだけで少しお高めになっていたけれど
これくらいの出費で日差しを遮れるなら安いものだ

「ははっ、よく似合ってるじゃないか」

「兄ちゃん、いいの……?」

「かまわないよ、オレからのプレゼントだ」

「うん……ありがと」

そう言うと、妹ちゃんは顔が見えないように
麦わら帽子を前に深く被ってオレの腕を掴んできた

帽子一つでこんなにしおらしい反応をされるとは予想外だったけど
喜んでくれているのはなんとなくわかるのでそれだけで充分だ
それに、妹ちゃんに一矢報いただけでもオレは上機嫌だった


それから会場を一通り回って、ネネ達のライブの時間も近づいてきた
中央に設置されたステージではもう初めの方のグループが歌っていて
少し離れたこの場所からでも地鳴りのような歓声が聞こえてくる

「そろそろ、時間だな。席に戻るか」

「……はぁ……はぁ……」

「……ん?」

ふと、さっきから照れて離さなくなったと思っていた妹ちゃんの異変に気づく
いつの間にか息が荒くなっていて、顔はあきらかに青くなっている
オレの視線に気づくと、もう隠しても無駄だと悟ったのか、腕を掴む手に力がこもる

「だ、大丈夫か!?」

「……うん、なんとか大丈夫だよ」

「調子が悪くなったんだな、なんで言わなかったんだ!?」

「ちょっと……楽しすぎたから……それにいきなりだったし……」

どこかに休める場所はないかと辺りを見回してみても
人が多すぎて座れそうな場所も全て誰かが座ってしまっている
何とかしないとと考えていると、あることを思い出した

「そうだ、薬……待ってろ、すぐに出すから!」

「ううん……薬は駄目……眠くなるから……ゴホッ……」

「そんなこと言ってる場合じゃないだろ!?」

素人目で見ても、妹ちゃんの容体は一刻を争う程に悪化している
調子が良いと思って連れ回していたのが迂闊な行動だった
真夏のライブ会場なんて、彼女にとってはそう長くいれる場所じゃない

薬を飲めば容体が回復するのかどうかは分からないが
今の妹ちゃんに薬を飲む意志はない
無理やり押し込んでも、吐き出してしまうだろう


妹ちゃんの咳の間隔が徐々に短くなっていくのに焦りを感じる
周りの人達もライブの勢いにかき消され、オレ達のことに気づく人がいない
ここは両親の元に戻るべきだ……両親の言うことなら聞くだろうし

「兄ちゃん……一個だけ……我儘言っていい……?」

「これ聞いてくれたら……薬……飲むから」

「本当だな? 何でも聞くから言ってくれ!」

「うん……」

歩を進めようとしたところで、前に進まないようにと引き止められる
その力はか弱いものだけど、今の妹ちゃんの全力なんだろう
こんな時に我儘なんて聞いてられないが薬を飲んでくれるなら何でもいい

「あたし……お姉ちゃんのライブ……見たい」

「……ネネの?」

「うん……できたら、よく…見える場所で……」

腕時計がさしている時間はネネのライブまであと20分といったところだ
それまで妹ちゃんをこの状態で放置して大丈夫とは思えない……
今すぐ医務室にでも運んで、誰かに診てもらった方が……

「……ちょっと我慢しろよ」

「えっ……きゃっ!?」

こうして悩んでる時間も惜しいので、とりあえず動くために妹ちゃんを抱えあげる
持ち上げてみると華奢な身体は驚くほど軽くて、変に力を入れた分必要以上に持ちあがってしまう
いきなりのことに妹ちゃんは驚いていたが、暴れることなく腕の中で大人しくしてくれている

「へへっ……お姫様抱っこなんて……ゴホッ…ニクイ事するね……」

「緊急事態だからな、とりあえず薬は飲んでくれ」

「でも……眠くなるって……」

「後20分くらいだ、気合いで起きろ!」

関係者専用の場所でも何でもいい、人が少なくて会場がよく見えて
今日一日歩きまわって該当する場所を必死に思い返し
そして、その場所が思いついたと同時に、オレは妹ちゃんを抱え走り出していた


『太陽が眩しくて、こんなに肌出してたら日焼けしちゃいそうですね。でも私たち、がんばります!』

関係者用の観覧席から少し離れた場所、木陰の下でオレ達はライブを眺めていた
こんなに体調の悪そうな妹ちゃんを誰かに見られるときっと止められるに違いない
そう判断した結果、極力誰にも見つからないようにここまで走ってきた

そして、美波の掛け声とともに、音楽が流れ始めてファン達の掛け声も大きくなっていく
真夏の日差しに三人の姿はとても映えていて、ステージに対する期待が高っていく

「……ねぇ、兄ちゃん……あたしさ……」

「どうした?」

「……最近……どんどん……短くなってるんだよね……」

「それって、もしかして……」

「誰にも……言わなかったけど……兄ちゃんにだけ……ゴホッ……教えてあげるね……」

その言葉にどう答えたらいいか分からなくて、思わず黙り込んでしまう
妹ちゃんは何故そのことをオレに伝えたんだろうか……
少し考えてみたが、思い当たる節はなかった

「……歌、始まるぞ」

静かなオレ達の目の前にはネネ、紗南、美波の三人が全力で歌っている
何度か見た練習の時よりも、完成度はずっと上がっていて
他のユニットと比べても見劣りしない程に素晴らしいものだ

「お姉ちゃん……凄い……」

「この日のために頑張ってきたからな」

「うん……お姉ちゃんなら……きっと、トップアイドルになれるよね……?」

「なれるさ、ネネも紗南も美波もな」

「へへっ……ありがと……兄ちゃん……」

「お、おいっ!?」

「……すぅ……すぅ……」

(……眠ったか)

なぁ、ネネ……今日のことを言ったらネネは怒るか?
大事にしている妹を連れ回して、苦しんでいるのにバカなことをって……

正直、こうしてここにいることは褒められたもんじゃないと思う
一歩間違えば最悪の事態も考えられたんだ、いくらなんでも軽率すぎる

それでも、その事が分かっている妹ちゃんはこうしたいって望んだんだ
オレにはそんな彼女の願いを断ることはできなかった

これから先、ネネにとってどんなに辛いことが待ち受けているか想像はつかない
でも、こんなにも想ってくれている人がちゃんとそばにいるんだ

オレは妹ちゃんとの約束を果たすために
必ずネネのことをトップアイドルにして見せる
だから頑張ってくれ、輝きは苦しくもその先にきっとあるんだから……


「お疲れ様です、Pさん!」

「お帰り、ネネ」

ライブが終わり、眠ってしまった妹ちゃんを両親に預け皆を待っていると
美波や紗南よりも早く着替え終わったネネが、オレの元に駆け寄ってくる
その顔はライブの興奮はまだ収まらないといった感じだ

「素晴らしいステージだったよ、よく頑張ったな」

「はい! ステージを観た妹も喜んで元気になったって聞きました!」

「……そっか」

「アイドルって本当に素敵なお仕事ですね。Pさん、私アイドルが大好きです!」

「…………」

真夏に咲くヒマワリのような笑顔は、ネネの今の気持ちを表しているんだろう
だけどオレはそんなネネの姿を直視することができなくて、思わず顔が引きつってしまう
妹がどんな状態だったか、ずっと傍にいたから知っていて、でもそれはとても言えなくて

「……ネネがそう感じたなら、このライブは成功だろうな」

「Pさん、私……この夏で一番の思い出ができました」

「思い出……」

「だから、これからも……その、私のこと……導いて下さい」

「あ、あぁ……」

ズキズキと痛む胸は、ネネに真実を告げなかったことへの罪悪感のせいだ
できれば、このことは誰にも知られないままに終わって欲しい
だけど、終わりはどこなんだろう? いつまで黙っていればいいんだろう?

オレのしてきたことが最悪の結果を招いて、そのことをネネが知った時
ネネはそれでもオレのことを信用して、アイドルを続けてくれるのか……
とてもじゃないけど、そう思う事はできそうになかった……


章区切り、今日はここまで
やたらと長くなったサマーライブ編も終わりです

>>256
すみません、章の終わりって意味で言ったので
本編自体はまだまだ続く予定です
ここから終盤に向けて話が進んでいくってのはその通りです


■別れはふっと唐突に

夜の9時を過ぎたくらい、真暗な部屋の中に私はいた
さっきからマナーモードにしていた携帯が机の上で震えている
多分、かけてきたのはPさんだと思う

こんな時間に私に電話をくれるのは、Pさんしかいないから
でも、私は布団の上に体育座りをしたまま動くことはなかった
そのまま10秒くらい待っていると携帯は動かなくなる

「…………」

Pさん、紗南ちゃん、美波さん、トレーナーさん、亜子ちゃん、泉ちゃん、さくらちゃん
こんなに沢山の人が私のことを心配して連絡をしてきてくれたけど
私はまたあの場所に戻ることはきっとないんだと思う

Pさんもそんな私の気持ちを分かってくれているのか
一日の決まった時間に数コールだけかけてきてくれる
こんな時でも気を使ってくれるなんて、Pさんらしい

「……Pさん」

電話が来る度に、あの楽しかった思い出が鮮明に浮かび上がってくる
毎日必死に練習して、それをみんなの前で披露して
見てくれているみんなが笑顔になって喜んでくれて

Pさん、私はアイドルになれて本当に嬉しかったんです
最初は妹のためにって思ってたんですけど、それだけじゃなくって
色んな人に出会って、私自身も変われたんだなって思えて

でも、楽しかったあの日々はもう二度と帰ってこない
私はアイドルをやめてしまったから
信じていたPさんと共に歩んでいくことができなくなってしまったから


きっかけは本当に些細なことだったと思う
何も起きなければ、私も『そうだったんですか』と軽く流していただろうけど
一番起きて欲しくない事が起こってしまった

「…………」

溢れだす涙を何度も手首で拭っても、枯れることがない
こんな風にして夜を過ごすのは何日目になるんだろう?

いきなりの引退宣言に周りのみんなは凄く驚いていて
そんなみんなに心配をかけないようにと笑顔で振舞っていた反動で
私は夜になって自分の部屋で一人になるとずっと泣いていた

込み上げてくる悲しさはどうしようもなくて、それを解決する方法もない
これからまたアイドルになる前の私と同じ生活に戻っていくんだから
いつかはこんな風にメソメソ泣き続けることもやめないといけない

大勢の人達の前で元気に歌っていた私は夢の中にいたんだって
そう思いこんで少しづつでもいいから忘れていかないといけない
そうでもしないと、私はいつまでも泣き続けてしまうから

「……ごめんなさい、Pさん」

時計の針の音がはっきりと聞こえる程の静寂の中
ただただ時間だけが過ぎていくのをジッと待っている

朝になればまた元気な私に戻らないといけないから
誰にも邪魔をされることないこの時間だけは
本心のまま過ごして気持ちを整理しておく

少し肌寒い部屋の中にいると、怖くて身体が震えてしまうけど
我慢して眠くなる時間までは耐え続けないといけない
そのいつ来るかわからない終わりの時間までずっと……

別れはふっと唐突に、私とPさんの間を引き裂いていった
ずっと私のことを導いてくれたあの背中は
今はもう霞んでしまって、目を閉じても見えることはない

Pさん、私はもうあなたの期待に答えることはできません
でもPさんなら絶対大丈夫だって私は信じてますから
Pさんには紗南ちゃんもいてくれますし……

だから、もう私のことは忘れてください
もうあの場所に戻ることはありませんから……

さようなら、こんな私に優しくしてくれた人達……

さようなら、アイドルだった頃の私……

さようなら、Pさん……


とりあえず、今日はさわりの部分のみ
また近い内に投下します

おいおい……(涙
一体何があったんだ……(悲嘆


------

数週間前、私はトレーナーさんの家に来ていた
その日はPさんと紗南ちゃんはお仕事で二人で出掛けていて
私だけレッスンだったけど、サマーライブの後ということもあって
今日は身体を休める意味を含めて勉強をしようということになった

「あははっ……ごめんなさい、ちょっと散らかってるけど……」

「あっ、大丈夫ですよ」

今まで色んなレッスンをしてきたけれど、こうして勉強というのは初めてだ
それにトレーナーさんの家に来るのも初めてで、私は凄く緊張していた

慌ててトレーナーさんが部屋を片付け始めるけど
人の部屋に上がるのはほとんどなかった私は珍しくなって
思わずキョロキョロと部屋の中を眺めてしまう

小さな本棚にはトレーナーの参考書なんかの色んな本が並んでいて
ほとんどの本から付箋がはみ出していたり、折れた後あるのを見ると
何度も読み返して勉強しているんだなってよくわかる

「はいっ、ネネちゃんはそこに座ってもらえるかな?」

トレーナーさんに促されて可愛いクッションの上に腰を下ろす
クッションだけじゃなくて、部屋の隅々にある小物なんかは可愛いものが多くて
堅苦しい雰囲気だけじゃなくて親近感も感じる素敵な部屋だと素直に思える

「こ、このクッションはあの、ちょっと……可愛いなって……」

「はい、私も可愛いと思いますよ」

「ネネちゃん、Pさんには内緒だよ? あの人絶対笑うから」

「ふふっ、大丈夫ですよ。きっとルキちゃんらしいって言うだけだと思います」

「それがわかってるから言ってるの……すーぐわたしのことからかうんだから!」

口を尖らせるトレーナーさんには申し訳ないけれど
その光景を想像するのは簡単で、その中でPさんは笑っている
何度も目の前で見ているからこそPさんの反応はすぐに予測できる

でも多分、トレーナーさんも言われることが嫌なんじゃなくて
女の子として扱われるのがこそばゆいから苦手なんだって
それだから、私も不思議と止めなくていいのかなって何も言わなかった


「でも勉強って、何をするんですか?」

「うん、それなんだけどね。今日はライブ映像とか見てもらおうかなって」

「ライブって、他の人のライブとかですか?」

「そうそう、見てるだけでも参考になることも多いんだよ」

テレビ台の下にあるDVDの中から今から見るものを決めているトレーナーさん
その姿を後ろから眺めていると、あるものが私の目に入ってきた

それはコルクボードに中央に貼られた私とトレーナーさん、それにPさんの写真だ
私は写真なんて慣れていなかったからぎこちなくはにかんでいて
そんな私の肩に手を置いて楽しそうに笑うトレーナーさん
写真に撮られるのが苦手だと言ってたから、不貞腐れて明後日の方向を見ているPさん
初めてのレッスンの後に撮った、私にとっても素敵な思い出の写真だ

それだけじゃなくって、この前のサマーライブの後に撮った美波さんと紗南ちゃんを含めた5人の写真もある
でも、大きなコルクボードにはその二枚しか貼られていなくてスペースが不自然に余ってる

「あの、トレーナーさん。あそこコルクボードに貼ってある写真って……」

「あぁ、あの写真のこと? あれは思い出の写真だから」

「思い出……でも、それだとすこし少ないような」

「それはこれから積み上げていこうかなって思ってるの」

トレーナーさんがDVDを選ぶ手を止めて、コルクボードの前に立つ
貼られている写真を見ている目はとても楽しそうで
何かを思い返すように顔を綻ばせている

「お姉ちゃん達もね、こうしてレッスンした子達と写真を撮ってずっと持ってるんだ」

「それで、サマーライブの後に写真を撮ろうって……」

「うん、だから私もレッスンした子との写真を残していきたいなって。だからネネちゃんはその第一号なんだよ!」

「……でも、こういうのって辛いこともあるんじゃないですか?」

全く考えていなかったのに、反射的に否定的な言葉が出てしまう
教え子との写真を残す、それはとても素敵なことだと思う
でも学校の先生と違ってアイドルのトレーナーだとまた状況も違ってくる

アイドルを続ける子もいれば、志半ばで諦めてしまった子もいるはずだと思う
だったらこの一緒に笑っている写真を見て、辛いことも思い出しちゃうんじゃないのかな?
その時、トレーナーさんは貼っている写真を剥がしてしまうのかな……


トレーナーさんが私の言葉に悲しそうな顔に変わってしまったのにハッとなって
自分自身がふいに言ってしまったバカな言葉に思わず口に手を抑えてしまう

(私、なんてことを……)

この写真はそんなつもりで撮ったわけじゃないし、私ももちろんそう思っている
でも私がいつかトレーナーさんと別れる時が来た時、ちゃんと私のことを覚えててくれるのかなって
私にはその時、こんな風に写真を見るだけでも辛いんだろうなと考えてしまっていた

「…………」

「ご、ご、ごめんなさい! 今のはその、わ、忘れてください……」

「……ネネちゃんは、この写真は嫌いかな?」

「い、いえ! そんなことないです! 絶対に!」

慌てて頭を下げる私に驚くことなく、トレーナーさんは私の前に腰を下ろす
悲しんでいるのか、怒っているのかその表情は読み取れなくて視線が泳いでしまって
なんでもネガティブに考える自分の悪い癖を改めて後悔してしまう

ずっと抑えようと思っていたのに、Pさんはどんなことを言っても受け止めてくれるから
それにトレーナーさんも凄く頼りなる人で、気が緩んでしまったのかもしれない

でも本当に悪いのはそんなことを考えてしまう私で
いつか直さないといけないと分かっているのに、未だに直せない自分が情けない

「ネネちゃん、わたしがネネちゃんの先生になった時のこと覚えてるかな?」

「は、はい……ちゃんと覚えてます。初めてだけど、凄く楽しくって」

「じゃあ、初めてオーディションを受けた時は?」

「それも……覚えてます」

「ふふっ、あの時はみんなして暗い雰囲気になっちゃったね」

項垂れる私を気にすることなく机の上に置いてあった手帳を楽しそうにめくるトレーナーさん
可愛いシールの貼ってある手帳は、いつも打ちあわせの時に何かを書き込んでいる手帳だ
トレーナーさんはとあるページで手を止めると、その中身を私に見せてくれた


○月×日 (日) 晴れ

明日は初めてのネネちゃんの初仕事!

Pさんは心配いらないって言っていたけど、わたしは少し心配かな?

ネネちゃんはきっと凄いアイドルになれる素質を持っている子だと思う

Pさんは初めてネネを見たとき凄く衝撃を受けたとだけ言っていたけど

まだまだ駆け出しのわたしにでもネネちゃんは凄い子だってすぐにわかった

歌が上手、運動神経が良い。そんな目に見える才能じゃなくて

普通の女の子にはない強い気持ちを奥底に秘めているんだって

だから、レッスンをする度にわたしのワクワクした気持ちが止まらない

机の上や、お姉ちゃん達のレッスンの補助をしていた時には感じなかった

レッスンをする度に次に何を教えてあげよう? どういう風に育てていこう?

そんな楽しい気持ちが毎日怖いくらいに湧き上がってくる

そして、今までネネちゃんが頑張ってきた成果が人目に触れるんだから

わたしは先生としてネネちゃんの頑張りを褒めてあげよう

今から明日の仕事の現場が楽しみで仕方ないな♪

ネネちゃんの初めてのお仕事が上手くいきますように……


小さな手帳の中にはレッスンした内容、たまにトレーナーさん日記
それに私や紗南ちゃん、美波さんの体調とかビッシリと文字が書かれている
もうすぐ最後のページに到達しそうだけど書きたいことは納まりきらない
そんなトレーナーさんの気持ちが伝わってくる

「これって、今まで全部……書いていたんですか?」

「全部ってわけじゃないけど、思いついたことは書きとめてたかな」

「凄い、こんなに細かいことまで……」

「あははっ、わたしは要領がよくないからこうして忘れないようにね」

思えば私はアイドルを始めてから、トレーナーさんのように積極的に思い出を残そうとはしなかった
自分が載った雑誌とかすぐに妹にあげてしまったし、写真は持っているけど写真立てにいれてあるだけ
無意識の内にその思い出が悲しいものに変わってしまうのが怖かった

それは子供の頃の癖だった、思い出すものはいつも泣きそうな顔をしている私ばっかりで
見たくなくて昔を思い出すものを排除していく防衛反応みたいな感じだ
そうでもしないとPさんに出会う前の私は笑顔一つ出せなかったと思う

「ホントは、最初はネネちゃんの先生の話断ったんだ」

「そ、そうなんですか……!?」

「うん、ほら、わたしまだ学生だし経験もなかったから」

意外な話だった、Pさんは心配事は私とトレーナーさんが上手くやっていけるだけだって言ってたから
てっきりこの話は快く了承してくれたものとだけ思いこんでいたけど
本当はトレーナーさんとPさんの間にも色々あったんだって、思いもしていなかった

「でも、Pさんは快諾してくれたって……」

「そこはまぁ……上手く丸めこまれたって言うか……」

机の上のレモンティーをグルグルとかき混ぜて、バツが悪そうにトレーナーさんが呟く
困ったように笑うトレーナーさんにとってその時の話は恥ずかしいものなのかな?

でも、最初の内はPさんとトレーナーさんは敬語で話し合ってたんだし
今みたいにからかいながら丸め込まれたのとは思えない
だったら、Pさんはどんな言葉でここまでトレーナーさんを動かしたのか興味が沸いていた


「Pさんと会って、ネネちゃんの話を聞いた時はずっとわたしには無理って断ってたの……」

「そんな! トレーナーさんは凄い先生なのに……」

「ううん、お姉ちゃん達に比べたらわたしはまだまだだから」

諦めたかのように、静かにトレーナーさんは目をつむって首を小さくふる
何かあった時、トレーナーさんは決まったかのようにお姉さん達に比べたらと言う
深く追求する事はなかったけど、それが大きなコンプレックスになっているのかな?

「これは初めて話すけど、わたしには3人のお姉ちゃんがいてみんなトレーナーをしてるんだよ」

「み、みんななんですか?」

「うん、みんなトレーナーの4姉妹。珍しいよね? 玄関に写真が飾ってあったと思うけど」

「あっ、それ見ました!」

お姉さんがいるのは聞いていたけど、わたしが知っているのは確か4つ上のお姉さん1人だけだ
会ったことはないけどプロダクションに雇われているし、Pさんの知り合いだと言うのは聞いていた
でもトレーナーさんの言う通り、玄関にあった家族の写真には4人の女の人が並んでいたのを覚えている

「最初はね、ネネちゃんがレッスンを受けられるっていう条件だけでわたしを選んだのかなって思って……」

「私の……」

「だから、わたしがネネちゃんを育てて、ちゃんと一人前のアイドルにしてあげられる自信がなかったの」

「…………」

「おかしな話だよね、トレーナー目指してるのに誰かに教える自信がないなんて」

弱々しい言葉の連続に、思わず息を飲んで聞きいってしまう
私もアイドルとしての自覚が少ない時も会ったし、Pさんもプロデューサーに興味が無いって言っていた
だけどそんな中でトレーナーさんだけは違うと思っていたけど、そんなことはなくって
三人で進み始めたスタートは誰もがゴールをイメージできずに歩き始めたことになる

だけど私は順調にアイドルとしての道を歩み続けることができるのは
紛れもなくPさんやトレーナーさんがいてくれたお陰だってずっと思っている
この二人がいてくれなければ、私はきっとアイドルをやめていた


自分の言ったことが発端になったのに、重苦しい空気が落ち着かなくてソワソワしてしまう
急にトレーナーさんがこんな話をし始めたのは怒っているからなのかな……?
でも、何を考えてこの話をしてくれているか分からない以上は黙って聞くことしかできない

「そんな時にPさんはね、『オレ、よくわかんないですから。ネネを見て決めてくれませんかって』って言ったんだよ?」

「そ、そんな言い方したんですかPさん……!?」

「そうだよ、なんて適当なこと言うんだろうって思ったけどね」

Pさんがそう言っている姿が簡単に思い浮かんで、言葉を失ってしまう
レッスンをお願いしている立場だから、熱心に勧誘したのかと思っていたのに
それだけしか言わずに快諾してくれたと私に言っていた自信はどこから来たんだろうって……

「まぁ……でもね、その後に……」

「『お姉さん達に追いつきたいって思うなら、足踏みしてても仕方ないと思いますけどね』って」

「他人事みたいに言ってきたの、人の気も知らずに……」

黙りこんだ私に語り続けるトレーナーさんは怒りに震えていて
右手で握りこぶしを作っている姿を見ると、その時は本当に怒ってたんだろう
それもそうだ、Pさんの言ったことは流石に失礼だと私でも思う

「レッスンは全部わたし任せ、おまけに色々条件をつけられて絶対断ってやるって最初は思ってたけど」

「……でも、Pさんに言われたことは図星だったから悔しかったのかなって思えて」

「初めて会った人にそこまで見抜かれるなんて初めてだったから……」

確かに話を聞いていると、お姉さん達との差に悩んでいるなんてPさんは知らないはずだ
だったら、どうしてPさんはトレーナーさんにそんなことが言えたのかな?
未だにPさんの考えていることは理解できない時が多くて謎ばかりだ

私のことを勇気づけてくれた時もそうだけど、もし人の悩みに気づいたとしても
その人の領域に踏み込むことは凄く勇気のいることで、一歩間違えば溝が深くなってしまう
それでも誰かに言ってもらえると、話を聞いてくれるんだって思えて心のつかえが取れる時もある

私なら気を使ってしまって、そんなことは言えなくてトレーナーさんを連れて来れなかった
悔しそうにでも嬉しそうに思い返しているトレーナーさんが言っていた丸め込まれたということは
きっと、トレーナーさんも言われて嬉しかったんだと私は勝手に思っていた


溜まりにたまっていた怒りを吐きだせたのか、トレーナーさんは小さく息をつくと
いつものような優しい笑顔に戻って、「今はもう怒ってないけどね」と言ってくれた
でもさっきまで怒っていた雰囲気に飲まれた私は、思わず苦笑いを返してしまう

「それから、実際にネネちゃんを見て、ネネちゃんのことを育ててみたいって思えて……」

「あの、どうして私のことをそう思ってくれたんですか?」

「んー、これだけは直感かな……ネネちゃんなら、凄いアイドルになってくれるって感じたからかな」

そう言って、子供のように舌を少しだけ出して笑うトレーナーさんを見て
この人も私に何かを感じて、力を貸してくれる人なんだと改めて思えて嬉しくなる

それに今までこんなにトレーナーさんと昔のことを話す機会がなかったからか
トレーナーさんの気持ちを聞けるだけでも驚くことが多い
あの時こう思っていたって、全然想像もつかないことばかりだったし

「それから二人でレッスンしていって、私が始めて失敗した時」

「これからもネネちゃんのことを頼むって言われた時は本当に嬉しかったなぁ……」

「あっ、このことは絶対にPさんに言っちゃ駄目だからね!」

「ふふっ、わかってます。二人だけの秘密にしておきますから」

「こんなこと知られたら……まーたPさんにからかわれるに決まってるし……」

硬いと思っていた空気は、段々と柔らかいものになっていって二人して昔話に花を咲かせていた
Pさんやトレーナーさんと出会って、私がアイドルを始めてから二回目の秋が来て
気がつけば、私もアイドルになって1年経っているんだ

その中で私はレナさんに出会い、紗南ちゃんや美波さんにも出会えた
みんな素晴らしいアイドルでこれからもこんな風に出会いが増えていければと
これからのことを考えて胸が高鳴っていくのを感じていた


一通り思い出を語った後、二人でお茶を飲みながら仕事とは別の話を続けていた
それは趣味のことだったり私生活のことだったりだけど、それだけでも凄く楽しい
でも、ふとした時に私はあることが気になって思わず問いかけてしまう

「あの、どうして急に昔話を始めたんですか?」

「……ネネちゃんは今まで頑張ってきたのは辛かったかな?」

「い、いえ、そんなことないです」

「……じゃあ、もしアイドルを辞めたとしてもそう思う?」

「絶対に……思いません」

「わたしが言いたいのはそういうこと、例えその時は辛くても、後できっと掛け替えのない思い出になるから」

「…………」

「楽しかったこと、辛かったこと、全部ひっくるめて忘れないようにこうして残しておくの」

「…………」

「写真も手帳も、わたしにとっては大事なものだから……」

「ごめんなさい、私……そんな大事なものに酷いこと言ってしまって!」

「大丈夫、そんなに謝る程の事じゃないよ」

改めて、今日ほど自分のこの軽率な癖を悔いたことはなかった
トレーナーさんにとって、私達と撮った写真はとても大切なもので

そして、トレーナーさんが出会う多くのアイドルのことを忘れないように
思い出として積み上げていくようにコルクボードにスペースは空いていたんだ
そんな強い想いに気づけなかった、自分はなんてバカなんだろう……

「それより、ネネちゃんもみんなと頑張ったことは忘れないで欲しいな?」

「……はい」

そっとうしろから肩に手を置かれて、トレーナーさんが私のことを励ましてくれる
ずっと、悲しいことを思い出すのは怖くて、その度に自分が笑えなくなることが怖かったけど
こうして逃げないで向き合うことも大事なんだって、教えてくれているみたいだった


とりあえずここまで


「ところで、ネネちゃんは何か気にしていることでもあるのかな?」

「えっ、気にしていること……ですか?」

「うん、さっきから浮かない表情してるから悩み事でもあるのかなって」

何度かおかしな行動を見せてしまったせいか、トレーナーさんにも怪訝に思われたみたいだ
悩み事というほどではないけれど、ずっと気になっていたことがあったのは事実で
それは楔のようにアイドルとして活動していく中で、すっきりとしないままに残っていた

「良かったら話してみてくれるかな? わたしも力になるから!」

「…………」

その言葉に思わず不安気な視線を向けてしまったけど、優しい笑顔で微笑んでくれて
口には出さなくても「大丈夫」って言ってくれてるみたいで
安堵を覚えた私は、気がつけばポツリポツリと思っていたことを喋りはじめていた

「……私、昔から思い出を残すのってできないんです」

「思い出を残せない……?」

「はい、楽しいことも辛いこともいつか消えてしまうのが怖くて……」

「…………」

昔のことを思い返すだけでも身体が自然と強張ってしまう
その記憶が楽しければ楽しい程、失った時の反動は大きくなってしまう
いつか消えてしまう、そのフレーズだけが頭の中に焼き付いていた

こればかりは誰にも言わないでおこうって思っていただけに口をつぐんでしまう
それでも、その先を告げることをためらう私をジッと待ってくれていて
勇気を出して感じていた不安をトレーナーさんに吐き出していく


「でも、この前はアイドルのことが大好きだって言ってたよね?」

「それは嘘じゃないんです、だからこそ今の毎日が無くなったら私はどうなるんだろうって……」

「…………」

「やっぱり、駄目ですよね。こんな風に考えてちゃ……」

その時、私は前みたいに笑えるのかな? 多分、無理だと思っていた
そんな私にトレーナーさんは最初は驚いて少し考えたような顔をしていたけれど
やがて何かに耐えきれなくなったのか、口に手を当ててクスクスと笑い始めた

「あ、あれ? 私、何か変なこと言いましたか?」

「ううん、そうじゃなくて。ネネちゃんって本当に心配性なんだね」

「うぅ……心配性とかじゃないと思いますけど」

「まぁ、わたしはネネちゃんの言うことは別におかしくないと思うよ」

「そ、そうなんですか?」

心にしこりを残したまま、揺れている私と違って
冷静にその言葉を真正面から受け止めたかのような意見だった
でも、おかしくないってことはトレーナーさんも同じように思ってるのかな……?

戸惑う私を尻目に、トレーナーさんは何かを思いついたかのように立ち上がると
普段は勉強に使っているだろう机の棚の中を掻き回し始める

やがてお目当てのものが見つかったのか、笑顔で私の前に戻ってくると
私の手を取って一冊のノートを手渡してくれた
それはいつもトレーナーさんが何かを書きとめる時に使っているノートと同じものだ

「これって……いつも書いてるノートですよね?」

「うん、今使っているやつがそろそろ無くなりそうだから買ったんだけど、ネネちゃんにあげるね」

「…………」

「わたしからの宿題。今日からネネちゃんは毎日日記をつけてくれるかな?」

「に、日記ですか!?」


いきなりの宿題に驚いて、手に持ったノートとトレーナーさんを交互に見てしまう
私の反応が予想していたのかトレーナーさんはニコニコ笑っている

でも日記なんて書いたことない私にとってはこの宿題は凄く難しい
まず何を書いたらいいか分からないし、それを毎日続けるなんて考えただけでも頭がいっぱいになりそうだ
日記を書くために毎日何かを無理矢理しないといけないとかそんな生活になりそうで

「あの私、日記なんて書いたことなくて……何を書いたらいいんですか?」

「難しく考えなくて良いよ。一行でもいいし、思ったことだけでもいいから」

「でも、一行だけって日記になるんですか……?」

「誰に見せるわけでもないからそれでもかまわないと思うよ」

「あれ? でもさっき宿題って……」

「うん、宿題は宿題だよ」

噛み合わない話に頭の上にはてなマークがいくつも浮かんできてしまう
誰にも見せることのない宿題って何か意味があるのかな……?

私はそれ以上は特に何も言わないトレーナーさんに困ってしまって、ノートに視線を落としてみる
厚みは思った以上にあるけど、小さなクマが表紙にプリントされていて可愛らしいノートだ
どっちかというと小さい子供が好みそうなデザインだけれど、私もなんだか気に入ってしまっていた

「……とりあえず、少しづつでも書いてみますね」

「うん、頑張ってね!」

日記を進められるのは初めてだったけど、提案された条件は簡単なもので
不思議と書いてみようという気持ちが少しづつ湧き始めていた

トレーナーさんが今まで教えてくれたことは私にとってずっと糧になってきてたし
きっと、今回もなにか意味があるのは間違いないと思う
それに思い出に怯えた私を変えるためにも、私自身も何かしないといけないと思うから


『へぇー、日記か。いいんじゃないか、後々役に立つかもしれないしさ』

「Pさんは日記は書かないんですか?」

『オレか? オレは毎日仕事のレポートを書いてるからそれだけで充分だよ』

「えっ、レポートを書いていたんですか」

『……オレだって一応プロデューサーなんだぞ』

「ふふっ、ごめんなさい。そういうつもりじゃないんです」

トレーナーさんと一緒に勉強をした後、私は家に帰ってPさんと電話をしていた
丁度、部屋に戻って日記を書いていた最中にPさんからかけてきてくれた
いつもみたいに私のことを見れなかったから、どんなレッスンをしたかの確認のためだ

紗南ちゃんが来てからPさんも私に付きっきりというわけにもいかなくなったけど
こうしてちゃんと気にかけてくれるので、特に不安を感じることもない

話の内容は最初は仕事のことだけど、大体は関係ない話に脱線してしまって
男の人と電話をするのはPさんとが初めてだったはずなのに
今はもう緊張することもなく、友達と話すように話せていた

『で、今日はどんな内容を書いたんだ?』

「……秘密です」

『こそっと教えてくれるとか……?』

「ありません。これだけは私だけの秘密にしようと思ってますから」

『はぁ……人の日記って気になるんだよなぁ……』

手に持ったペンをクルクルと回しながら、さっきまで書いていた内容を眺めてみる
そこには自分でも驚くほど色々なことが書いてあって、でもまだまだ書き足りない

でもその内容は一貫性がなくて、まるで出来そこないのポエムみたいだ
Pさんことや紗南ちゃん、トレーナーさんとのことを考えはじめて
整理がつかないままペンを走らせたんだからしょうがないのかな

このペースがいつまで続くか分からないけれど、少なくとも今は楽しい
とてもPさんに見せれるような内容じゃないものだし、書くことは楽しいことばかりじゃないと思う
それでも、未来の私が悩んだ時、これを見て元気になれるよう書きつづっていこう


Pさんから電話をしてくれた日は、こうして話しているのが楽しくて
たまにPさんがあくびを噛み殺しているのに申し訳なく感じつつも
私はどうでもいい話題をふって今日も長電話をしてしまっている

『もうそろそろ10時だけど寝る準備はしなくて大丈夫なのか?』

「大丈夫です。もう済ませてます」

『そうか、妹ちゃんとお話タイムとかは……』

「今日はもう寝てますから」

『なるほどね、でもあんまり夜更かししていると身体に良くないぞ?』

「じゃあ、寝ながらお話しますね」

『そうきたか……』

呆れるPさんの声も聞かずに携帯電話を片手に持ちながら、ベッドに寝転がる
ベッドの脇にはトレーナーさんの部屋のコルクボードに貼ってあった写真と同じものがあって
その横には昔に一度だけ家族と旅行に出かけた時に撮った写真が立ててある

「……Pさん」

『ん、どうかしたのか?』

「前にみんなで撮った写真ってどうしてます?」

『あぁ、あれか……写真立てに入れて飾ってあるけど』

「そうですか、それなら良いんです」

『いいって、なにが……?』

私は写真の話を聞いてからPさんが写真をどうしているかずっと気になっていた
でも、ちゃんと大事にしてくれているって聞けた瞬間、ホッとしていた
Pさんもみんなで過ごした日々はちゃんと大切に思っていてくれてるんだって

それがわかっただけでも、私と過ごした時間を覚えててくれたと思えて嬉しくて
私はそのまま目を閉じて、意識は自然と夢の中へと引き込まれていった


翌日、私はPさんと二人、車でライブ会場に向かっていた
今日は大きなライブの前座として歌って場を盛り上げるお仕事だ
でもPさんは朝から凄く不機嫌で、私は苦笑いで場を誤魔化し続ける

「あの、Pさん……のど飴、あるんですけど食べませんか?」

「食べない」

「じゃ、じゃあ喉は乾いて……ませんか? ませんよね、あははっ……」

「……昨日はぐっすり眠れてよかったな。ネネ」

「あうぅ……」

露骨な嫌みを言われて身体が小さくなってしまう
Pさんが怒るのは無理もない。電話中に熟睡してしまって
その後、しばらく声をかけてくれたみたいだけど全く反応しなかったらしい

朝起きたらPさんから「お・や・す・み(怒)」というメールが来てるのを見て青ざめてしまい
誰かと話している最中に寝るなんて今までなかっただけに、朝から情けなく妹にどうしようと泣きついていた

妹は「兄ちゃんのことだから、そこまで気にしてないって」と笑っていたけど
迎えに来てくれたPさんの顔は怒っているのがはっきりとわかって
その顔を見るなり妹は目を逸らしてしまい、私はそのまま車に乗るしかなかった

「それに、朝からこんなにラブコールをもらうとも思ってなかったよ」

「そ、それは……悪いと思って……」

「へぇー、それで20通以上も謝りメールをくれたわけだ」

「うぅ……もう言わないで下さい」

私は両手の人差し指をツンツンと合わせながら項垂れていた
こんな時に紗南ちゃんがいてくれたら空気を変えてくれるんだろうけど
昨日とは逆で紗南ちゃんは今日一日レッスンを受けている


「えっと、Pさん……」

「んー、どうしたんだ?」

「き、今日も、その、お弁当作ってきたんです……」

「…………」

「えっと、Pさんの好きなタコさんウインナー入れ……ましたよ?」

「オレをウインナー1つで釣るつもりか……」

流石にタコさんウインナー1つで機嫌が良くなるとは思ってなかったけど
時間もなかったし、他に良い方法が思いつかなかったので
健康的には良くないけど、Pさんの嫌いなお野菜は少なめにして
いつもよりPさんの好きだと言っていたメニューを多めに入れていた

言うまでもなく、こんなことで機嫌は直るわけもない
苦し紛れにお弁当を作ってきたところで失敗は消えない

でも本当は責められることが辛かったわけじゃなくて
例え自分のせいだったとしても、Pさんが怒っているのを見たくなかったんだと思う

「…………」

「……あんまりしょげるなよ、怒ってないからさ」

「ほ、本当ですか!?」

「そんなに大げさに驚かなくても大丈夫だよ」

「だって……Pさんが怒ってたら、私どうしたらいいかわからないです……」

「心配性だな。相変わらず」

ホッと胸を撫で下ろす私を見て、Pさんは今日初めて小さく笑っていて
やっと見せてくれたいつものその姿に私も自然と顔が綻んでいた


ひとまずここまでです


いつもの調子に戻ったおかげで、ライブ会場までのドライブは楽しいものに一変し
それに歌えることが楽しみで、流れる景色を見つめているだけでもウキウキとしてくる
アイドルになってから車に乗る機会は増えて、私のお気に入りに感じている時間だ

「今日のライブさ、ニューウェーブと一緒に仕事だけど緊張してるか?」

「ううん、大丈夫ですよ。そう言えば、ニューウェーブのみなさんもPさんのお知り合いなんですか?」

「いや、知り合いじゃないよ。ネネと同年代の子達だからオレよりネネの方が話しやすいと思うけど」

「でも私なんかよりずっと凄いし、きっと話す暇もないと思います……」

「まぁ、あっちは忙しいからな。でも、話をするのに凄い凄くないは関係ないよ」

Pさんの話を聞いて改めて今日の仕事の概要が書かれた資料を見てみる
私や他の人達は一曲歌うだけで、大半はニューウェーブのステージになる

ニューウェーブ……それはプロダクションの中でも上位を争う程の人気ユニットだ
元々親友の3人がデビューからずっと一緒に活動してきて
驚くほどに合ったそのチームワークは、ユニットとはこういうものなんだと思い知らされる

本来は私なんかが一緒に仕事する事はできなかったのだけど
以前のサマーライブで成功を収めたおかげで了承を貰えたらしい

でも、前回は美波さんや紗南ちゃんがいてくれたおかげで成功できたわけだし
私一人だけでこのお仕事が務まるのかは内心心配だった

そのことをPさんに言うと「1名だけって言われたから、ネネに頑張ってもらう」と言っていた
紗南ちゃんはPさんの担当になってから日が浅いし、美波さんは担当じゃない
そうなると残りは私だけになるわけで、その時は酷く驚いたのを覚えている

「今日のライブのパンフレット凄いですね。こんなに力が入ってるなんて」

「人気ってのは恐ろしいもんだね。一緒に仕事するだけでも一苦労だ」

1ページの4分の1くらいしか紹介記事のない私と違って
ニューウェーブは何ページも使って特集記事が組まれている
それだけでどれくらい力を入れているユニットかというのが一目でわかる

前に妹にサインを貰ってきて欲しいと言われたけど、この様子だととてもじゃないけど無理そうだ
でも私は会えるかどうかさえ分からないのに、こんなにも凄い人達と一緒に仕事できると思うだけで
自然とワクワクした気持ちが抑えきれなくて会場に着くまでの時間が待ち遠しかった


そして、会場に着いた私はいつものライブ衣装に着替えて1人舞台裏で時間を潰していた
Pさんはライブの最終打ち合わせに出かけてしまったので、終わるまでは時間が余っている
慌ただしく走り回るスタッフの人達や、鏡に向かって最後の練習をしているアイドル
もうすぐライブが始まるんだって熱気が徐々に周りを包み始める

(私も練習しておいたほうが良いかな……)

ボーッと周りを眺めてみても、こうしてポツンと座っているのは私一人だけで
まるでいることすら気付かないように誰も私のことなど見ていない

今回はサマーライブの時みたいに、紗南ちゃんや美波さんのような知り合いはいない
今は本当に1人なんだということを実感しても、不思議と心細さは感じなかった

(私は私なりに、見てくれた人を元気になるようなステージを……そうですよね? Pさん)

Pさんが言っていたサマーライブに出ることが重要な意味を持つという言葉を思い返す
あの時はPさんの真意がわからなくて、出れなくてもしょうがないという気持ちはあったけど
今ならその言葉の意味が何を示したかったのかがよくわかる

真夏の太陽が降り注ぐステージの上に立ち、全力で歌った時の興奮は今でも焼き付いていて
視界に収まりきらない程のお客さん1人1人の歓声を聞く度に
自分の歌を聞いてくれて元気になってくれたんだって、嬉しくて飛び跳ねてしまいそうだった

それに、私一人じゃなくて美波さんや紗南ちゃんと一緒に歌うことで
大きな波はどんどん伝染していって、まるで夢を見ているかのような素敵な時間だった

まだまだ私の力は足りないかもしれないけれど、いつかはまたあの時みたいなステージに立ってみたいと思う
そのことに気づかせてくれただけで私にとっては大きな意味を持つイベントだった

「……うん、今日も頑張ろう!」

私の歌が、妹を、Pさんやみんなを、数え切れないくらいの多くの人を元気にさせる
そうしたいって思う気持ちが芽生えた今は迷う事は何一つない

膝に置いた手をギュッと握りしめて気持ちを落ち着ける
今の私に必要なことはこうしてその想いを再認識することだと思った


(あっ、ライブの前に喉を潤しておかないと……)

緊張感のせいか喉が渇いたので備え付けのウォーターサーバーの方に向かう
ライブ前に飲みすぎは良くないけれど乾いたままだと喉によくない

他の人達は自分で持ってきたスポーツドリンクなんかを飲んでいるし
ライブ前にウォーターサーバーを利用する人はあまりいない
私もたまたま水を飲もうという気分になっただけでこうして飲むのは始めてだったりする

「……ふぅ」

先客がいたので、紙コップを手に取り後ろに立ってしばらく待ってみたけど
前に立っている人は何かを考え込んでいるみたいでその場から動こうとはしない
小さく首を振り、私と同じくらいの長さの黒髪をキラキラと揺らしている

「…………」

なんだか声をかけるのをためらってしまい黙ったままその後姿を眺める
後ろから見ているだけなのにその子の周りにいるだけで周囲の喧騒が無縁に感じられて
まるで別世界にでもきたみたいに錯覚すら覚えるほどだ

「……ん? あっ、ごめんなさい。並んでたんですよね?」

「あっ、い、いえ……大丈夫です」

突っ立っている私に気づいたのかその人は振り向くとペコリと頭を下げてくれた
その仕草すら堂々としていて鮮やかで、こっちの方が逆に委縮してしまう
そして、初めて会ったその人を私はよく知っていた

(大石……泉さん)

間違いない、この人はニューウェーブの大石泉さんだ
後姿を見た時にまさかとは思っていたけどこんな所で会えるとは思っていなかった
心構えができていなかった分、全身に緊張が走ってしまう

「どうしたんですか? 私の顔に何かついてます?」

「ち、ち、違いますよ……そう言うわけじゃなくって……!」

珍しいものを見るかのようにマジマジと見てしまい不思議そうな顔をされる
せっかく会えたからなにか話さないとと思っても、思考が全然追いつかなくって
しどろもどろになりながら答えてしまっていた


大石泉(15)
http://i.imgur.com/438Q5iw.jpg


「……今日のライブ、頑張りましょう。それじゃあ……」

「あっ、ちょっと待って下さい!!」

「えっ……!?」

慌てる私を気にした様子もなく、クールな表情を保ったまま私の言葉を待っていてくれたけど
やがて、一向に口を開かない私に、話が進まないと思ったのかひらりと踵を返して
応援の言葉と共に私の横を通り過ぎようとするその腕を反射的に掴んでしまっていた

「なにか私に用なんですか?」

「え、えっとですね……少し時間を貰っていいですか?」

「はぁ……」

多分、この機会を逃したら次はいつになるか分からないと思った私は
申し訳ないと思いつつも急いで自分の鞄を引っかきまわして
あるものを取り出しそれを大石さんに手渡す

「すみません。こんなことお願いするのは本当に申し訳ないんですけど、これお願いできますか?」

「これ……色紙?」

「はい、できたら、その、サインが欲しいなって……」

「…………」

大石さんは渡された真っ白な色紙と私の顔を交互に見比べて、困ったように溜息を吐く
その反応を見て、私は瞬間的にまずいことをしてしまったことに気づく
話をしたいとなんとかしようと思ったのに、忙しい中でとても厚かましいことをしてしまったんだって

時間が止まったように、大石さんは動かなくて、私も身体が固まってしまっていた
慌てて謝罪の言葉を口に出そうとしても、いつの間にか大石さんの視線が私に向けられていて
その冷静な瞳が何も言うなと私に言っているようだった


「…………」

「……こんな所じゃなくてもサインくらいならいつでも良いですよ。栗原ネネさん」

「あれ? 私の事、知ってるんですか?」

「うん、同年代だし、この前のサマーライブに出てましたよね? それで覚えてましたから」

「あ、ありがとうございます! えっと、話し方、そんなに丁寧にじゃなくても大丈夫ですよ!」

「……わかった。私のことも泉でいいよ、ネネ。 これでいい?」

「はい! 泉ちゃん!」

泉ちゃんに言われて思い出したけど私とニューウェーブの3人は同い年だ
さっきまで仕事の資料に書いてあったことすら忘れてアッとする私を見て、泉ちゃんは小さく笑っていた
その笑顔につられて私もついつい噴き出してしまい、互いに笑い合う

「……はい、サイン。これでいいかな?」

「ありがとう。バッチリです!」

「でも、同じアイドルなのに私のサインを欲しいってなにかあるの?」

「泉ちゃんのサイン。妹が欲しいって言ってたんで」

「妹……そうなんだ」

今回は泉ちゃんの優しさに助けられたけど、本来なら怒られてもおかしくない行為だ
厚かましいお願いだと分かっていてもこれだけは叶えてあげたかった

でも、こうして泉ちゃんと話すきっかけができたのは間違いなくあの子のお陰で
サインを欲しいと言われなかったらこうして話すことはなかったんだろう
そう考えると、本当に助けられているのは私の方だと思う

「これって、亜子やさくらのサインはいらないの?」

「そ、そんな……みなさん忙しいから悪いですよ」

「大丈夫。サインくらい書く時間もあるから」

泉ちゃんのサインだけでも凄く価値のあるものなのに
ニューウェーブ全員のサインなんてみんなに迷惑がかかると思って慌てて手を振って断ったけど
慌てふためく私のことを引っ張るように、泉ちゃんは優しく笑って私の手を取り、スタスタと歩きはじめる


「へぇー、いずみがサイン書くなんて珍しいなぁー」

「別にそんなことないと思うけど……」

「えっへへー♪ ネネちゃん! 何枚書けばいいんですかぁ? さくら頑張りますよぉー!!」

「あっ、一枚だけで充分です」

あれよあれよと連れてこられた休憩室で、私はガチガチに固まってしまっていた
目の前には今日のライブのメインで活躍するニューウェーブの3人が勢ぞろいしているんだ
まさか三人一緒に話す機会ができるなんて思いもしなかった

泉ちゃんは珍しいことをしたのが楽しいらしく、ニヤニヤとしている亜子ちゃん
からかわれて、まいったという顔をしつつもどこか嬉しそうな泉ちゃん
自前のサインペンを用意して、どんなサインにしようかメモ帳に試し書きしているさくらちゃん

楽しそうに話をしている泉ちゃん達はステージの上のビシッとした雰囲気とは違って
本当に仲の良い友達が話している様子を見ているのとほとんど変わらない

「ほいっ、アタシらのサイン。レアもんやでー♪」

「あ、ありがとうございます!」

「でも、タダっていうわけにもいかないね……百円でどう?」

「ひ、百円ですか? ちょっと待って下さいね……」

「亜子……」

「んふふ、冗談やっていずみ。ネネやしタダでえーよ」

「むぅ……アコちゃんが言うと冗談に聞こえませんよねぇ? ネネちゃん!」

「あははっ、確かにちょっと払っちゃいそうになっちゃいました」

この独特の空気に始めはたじろいでしまったけど、みんなと話していると自然と笑顔がこぼれてくる
泉ちゃんの紹介があったおかげで、亜子ちゃんもさくらちゃんも優しく話しかけてくれて
緊張して固まっていた私を仲良しの輪の中に入れてくれた

そのことが嬉しくて、私はみんなと話している内にいつもの自分に戻れていた
Pさんやトレーナーさん達と話している時とは違う、どちらかというと紗南ちゃんと話している時に近い
お仕事をしていると素の自分を出せるのは限られていると思っていただけに、今の時間が凄く楽しい


土屋亜子(15)
http://i.imgur.com/kHLfVfA.jpg

村松さくら(15)
http://i.imgur.com/fhy6gWL.jpg


今日はとりあえずここまで
新年を迎えたことでペースアップしたいけど先は長そうです


最初は邪魔をするのも悪いので、サインだけ貰って帰ろうと思っていたけど
亜子ちゃんに窘められ、四人でテーブルを囲んで話をすることになった
私の隣には泉ちゃん、向かい側には差し入れのおせんべいを食べている亜子ちゃんとさくらちゃんが座っている

「なんや、ネネは一曲しか歌わんの?」

「はい、今日は最初の方に少し歌うだけですから」

「じゃあじゃあ! ネネちゃんも一緒に歌いましょーよ! ね? イズミン!」

「予定があるんだから、そういうわけにもいかないわ」

「うーん、残念だなぁ……」

私が亜子ちゃん達の中に入ったところで、輪を乱すだけでなんの役にも立たないし
ニューウェーブのステージを見たなら一緒に歌わせてほしいなんて、とてもじゃないけど言えない

それに、こんな大きな舞台だと緊張して声が上ずってしまいそうな気がしていた
考えてみれば、こんなに上がり症の私がよくアイドルを続けられているが不思議で仕方ない

「予定もそうですけど、私はもっと練習しないとさくらちゃん達に迷惑かけちゃうだけですよ」

「ふっふっふ……聞いた、いずみ? 練習やって、謙虚やなぁー!」

「そうですぅ。ネネちゃんのこの前のライブ、さくらすっごいなぁって思ったもん」

「私もそう思うかな、ネネは私達とそんなに変わらないと思う」

「け、謙虚……? か、変わらない……ですか?」

呆然とする私に、みんなは笑いが堪えれないと言わんばかりに私のことを見ている
落ち着かなくて視線を泳がせていると、泉ちゃんが仕方ないといった感じで
鞄の中からノートパソコンを取り出し何かを探すようにマウスを動かし始めた


「泉ちゃん、何をしているんですか……?」

「まぁまぁ、こういうのはイズミンにまかせておくとバッチリなんだからぁ!」

泉ちゃんのパソコンを動かす速度は、ほとんど触らない私とは大違いで
画面を目で追っているだけでも目が回ってしまいそうなくらい早い
急なことについていけない私とは違い、亜子ちゃんとさくらちゃんは特に気にしていない様子だ

「いずみはね、得意なんよ。パソコンとかそーいうの」

「凄いですね、私、パソコンは全然ですから」

「触ってる時は無口になってまうのが玉にキズやけどね。ちょっとの間おらんことにしといたって」

「そうなんだ……。あっ、そ、そう言えば、亜子ちゃんは関西の方なんですか?」

「ん、アタシの喋り方、気になる?」

「は、はい、初めてなんでやっぱり。あっ、変とかそういうことじゃなくて!」

「あれぇ? ネネちゃんは知らなかったんですかぁ? アコちゃんの……んぐっ!?」

「アタシの喋り方にはちょーっと深いわけがあんねんなぁ……」

「えっ!? そ、そうなんですか……?」

何かを言おうとするさくらちゃんの口を抑え、亜子ちゃんが急に暗い顔になる
さっきまでの明るい雰囲気は影を潜め、今にも泣きだしそうな感じだ

ジタバタと手をバタつかせているさくらちゃんが少し気になるけど
私はどんなことがあってもちゃんと聞いてあげられるよう、息を飲み、続く言葉を待つ

「……親が関西出身なだけだよ」

「あー、オチを言ったらアカンて! いずみ!」

「…………」

目はパソコンの画面は向けたまま、泉ちゃんが本当のことを教えてくれてハッとなる
亜子ちゃんやさくらちゃんのペースは独特で、周りを一瞬で巻き込んで自分のペースに変えてしまう
泉ちゃんが言ってくれなかったら、私は何の疑いも持たずに信じ切ってしまっていただろう


「……亜子、ネネのスケジュールだけど、どう思う?」

「ん……ネネってこんな風に活動してるんだね」

話をしていると、泉ちゃんの調べ物が終わったみたいでパソコンの画面を向ける
その画面を見ながら亜子ちゃんが顎に手を当てて何かを考え込んでいるみたいだ

未だになにをしているかわからない私は、さくらちゃんに助けを求めて視線を送ると
さくらちゃんもいつの間にかパソコンの画面を見ながら、今度は差し入れのお饅頭を食べていた

「なぁ、ネネは次のライブとかの予定は考えてるの?」

「ライブですか? えっと、Pさんからはまだ聞いてませんけど……」

「へぇー、なるほどなぁ……」

「な、なるほどって……どうかしたんですか?」

「ネネのスケジュールを調べてたけど、近い内になにか大きなライブに出るつもりだと思う」

「うっわぁー、ホントですねぇ。レッスンがいっぱいですぅ」

見せてもらったパソコンの画面には、私の活動記録や今後のスケジュールが全部映っている
お仕事の量は控えてあって、泉ちゃんの言う通り何かを予定してレッスンメインで組んであるんだろう
Pさんからはまだ何も聞かされていなけど、サマーライブの時みたいに考えてくれてるのかな?

「ま、ここからは私達が首を突っ込む問題じゃないかな」

「でも、こうしてPさんが組んでくれるスケジュールなら、きっと大丈夫だと私は思います」

「Pさんがねぇ……ネネ、アタシらにも後で紹介してよ」

「あっ、わたしも会ってみたいですぅ! ネネちゃんのプロデューサーさんに!」

「はい! みんなのこと、話しておきますね!」

まだPさんに聞いてないけど、事情を話せば付き合ってくれるだろうと思って私は頷いていた
亜子ちゃんやさくらちゃんと一緒に泉ちゃんに窘められたりしたりなんかして
Pさんならみんなときっと仲良くなってくれると思うと、私は一人小さく笑っていた


それからライブの時間が迫ってきて泉ちゃん達と別れた私は、Pさんと合流していた
打ち合わせで伝えられた直前の変更点や、ライブの簡単な最終確認をした後
ライブの時間がくるまで二人で椅子に座り出番を待っている

「どこに行ってるかと思ったらニューウェーブに会ってきたのか」

「はい、Pさんも今度一緒にって言ってくれましたんで、行きましょうね!」

「オレと会ってどうするんだろ……」

「面白そうな人だって言ってましたから、興味をもたれたとか……?」

「なぁ、変なことは言ってないよな?」

「い、言ってませんよ! ……多分」

会ってくれるみたいだけど、今一つ乗り気じゃないPさんを頑張ってその気にさせる
自分の知らないところであれこれ言われるのが嫌いだから、亜子ちゃん達に何か言われないか心配しているだろう

その心配は必要ないけれど、きっとみんなのペースに頭を抱えるのは間違いないと思う
なんだかそんなPさんが見れると思うと、ある意味みんなと会うのも楽しみになってくる

「そっか、ニューウェーブとどんな話をしていたんだ?」

「えっと、関西のお話とか聞きましたよ」

「関西ねぇ。あんまり知らないけど、どんな感じなんだろう」

「な、な、なんでやねん!!」

「……ネネ、オレはなにもボケてないからな」

「で、ですよね……すみません」

「はぁ……、そろそろ出番だし行こうか」

私が同じような空気を出してみようと頑張ったけど、テレビの知識だけじゃ亜子ちゃんには程遠い
呆れてさっさと行ってしまうPさんの後をチョコチョコと着いていって
流石にこれは失敗したなと、少し痛む頭を抱えていた


今日はここまでです


大分間が空いてしまったので生存報告を……
書き溜めてるので連休最後の日に投下予定です


暗闇の中で星のように輝く、数え切れないほどのサイリウム。歌声に合わせて響き渡る歓声
中央の特設されたステージの上で、さくらちゃん達が声をあげると
お客さん達が飛び跳ねたり、手を振ったりして、大きな波が動くようにうねりをあげる

ステージに立つ前はすごく緊張していたのに、いざ歌い出すと私の出番はすぐに終わってしまい
続けて他の人達が会場を盛り上げていき、最高潮に達したステージに向かってみんなは駈け出していった
その姿を見送った後、私はPさんと舞台の裏から遠目に歌って踊るニューウェーブの三人を見つめていた

「凄いですね。みんな」

自然とそんな言葉が漏れてしまう。私がサマーライブに出た時と、お客さんの数に大きな差はないけど
あの時は沢山のアイドルがいて、その一人一人のファンの数が来ていた
でも、今回はみんなニューウェーブのステージを見に、ここにやってきているんだ

亜子ちゃんも、泉ちゃんも、さくらちゃんも話していた時とは別人のようにアイドルの顔をしている
そして、たった三人だけで、視界に収まりきらないくらいの大勢の人達を別世界に連れていって
周りの人達は誰一人として、三人の姿から目を離せなくなってしまっている

「…………」

「Pさん?」

「ん、どうかしたのか?」

「ちょっと、ボーッとしてたみたいなんで」

「あぁ、ステージを集中して見てただけだよ」

返事が返ってこなかったのを不思議に思って、声をかけてみるけど
返された言葉と今のPさんは一致していなくて、すぐに嘘だとわかってしまった
興味が無いのかな? そういう感じじゃないと思うけど……

生返事で返されて、その視線の先がステージを見ているのかさえもわからない
でも、今のPさんの気持ちが、なんとなく私にも理解できていた

「Pさんは、みんなのことを凄いと思いますか?」

「どうだろうな、オレにはよくわからないよ」

舞台裏の人達も感じたその興奮を口々に叫んで応援しているけど
今の私とPさんは他の人達と隔離されたみたいに立ちつくしたままだ

喜ぶわけでも、驚くわけでもない。ただただ、垂れ流されるテレビを見ているような、そんな感覚
多分……ううん、間違いなくPさんも今の私と同じことを考えている
あの場所にたどり着くためには、どうすればいいのかなって……

「……また、何か心配事でもあるのか?」

「えっ!? あっ、い、いえ、なんでもないですよ!?」

いつの間にかPさんが私の方を向いて、呆れた顔をしている
思えば、少し暗い気持ちを浮かべたらすぐにPさんに指摘される

私がPさんの考えていることがわかるようになった時はその逆もありえる
だからこうして、互いに深みに嵌らないようにPさんが空気を変えてくれていた


何曲かのアンコールに応えた後、あっという間にステージは終わりを告げ
ファンのみんなの残念な声を背に、泉ちゃん達が舞台裏へと戻ってくる

無意識に、握りしめた手が震えていた
何度もテレビで見たその光景は、生で見てみると全然違っていて
私もどこか残念な、もっとステージを見ていたいという気持ちで一杯だ

「さて、オレ達も帰る用意をするか」

「そうですね、戻りましょうか」

ニューウェーブのステージは、私のものとは違うと直感で感じていた
でも、何が違うんだろう? 歌い方? トークの内容かな?
どれだけ考えても、明確な違いは分からないままだ

「ネネ、どこ行くん?」

控室に戻ろうとする私達に、後ろから誰かが声をかけて呼び止める
振り向かなくても、関西弁の知り合いは一人しかいないのですぐにわかった

「もう帰るの? なにか用事があるの?」

「泉ちゃん。ううん、別になにもないですよ」

「ネネちゃん! なにも言わずに帰っちゃうなんて寂しいですよぉ!」

「あ、えっと、そういうつもりじゃなかったんですけど」

少し話しただけなのに、今日の主役に声をかけられるて慌ててしまう
Pさんも珍しく驚いた顔をしていた。こんなに早く話す機会が来るなんて思っていなかったんだろう
説明して欲しそうに私の方を見てるけど、私にもどうして呼びとめられたか分からなかった

「お疲れ様だったね。ネネになにか用事かい?」

「おっ、ネネのプロデューサーさんやね。 まいどー、亜子でーっす!」

「大石泉、よろしく、プロデューサー」

「さくらでぇす♪ えっへへー♪」

「あ、あぁ……Pです。よろしく」

今日の主役の三人に囲まれて、Pさんは少したじろいでいた
亜子ちゃん達は物珍しそうに私達のことを見ていて、Pさんは困り顔をしている
私も、まさかステージから戻って真っ直ぐ私達のところに来るなんて、心の準備ができていない


「オレ達はこの後は帰るだけだよ。土屋さん達はどこかに寄っていくのかい?」

「んー……」

「どうかしたのか?」

「ね、先生みたいでこそばゆいから、亜子でお願い!」

「あぁ、わかった。オレのことも好きに呼んでもらっていいよ。敬語も気にしなくていい」

「OK! Pちゃん、シクヨロ!」

「P、Pちゃん!?」

「よかった、私もそっちの方が話しやすいからPって呼ばせてもらうね」

「呼び捨て!?」

「優しそうなプロデューサーさんでよかったでぇす!」

「あっ、君は普通なんだな」

「むぅ~! どういうことですかぁ!」

「い、いや、悪い意味じゃないんだけど……」

早くもみんなの雰囲気に飲まれてしまっているPさんにおかしくて吹き出してしまう
でも、Pさんや亜子ちゃん達も笑っていて、みんな楽しそうにしている

さっきの雰囲気から、Pさんはニューウェーブにどんなイメージを持っていたのか心配したけど
そんなことは全然なくて、私や紗南ちゃんと話す時みたいに警戒はしていない
この誰とでも打ち解けられる裏表の無い態度が、ニューウェーブの大きな魅力なんだなって思う

「なぁ、ネネと話した時もこんな感じだったのか?」

「はい、泉ちゃん達とお話していると凄く楽しいですよ」

「ネネちゃん、プロデューサーさん! さくら達とご飯行きましょーよぉ!」

「わぁ、いいですね! Pさん、私もよかったら行きたいです!」

「ネネもか? 構わないけど、亜子達は大丈夫なのか?」

「ん、アタシもかまわんよー」

「今日は打ち上げの予定はないから、私達は大丈夫」

「わかった。じゃあ準備が終わったら出口の前で集合しようか」

「は~い! 行きましょ、アコちゃん! イズミン!」

「やったー! 晩ごはん代浮いたで!」

「…………」

「あ、あははっ、Pさん。私はちゃんと払いますから」

「ネネ、そこまで女々しくないから大丈夫だよ……ちょっとキツイけどな」


それから私達はすぐに帰る準備を終えて、従業員用の廊下で亜子ちゃん達を待っている
もうすっかり秋になっているせいで、少しだけ廊下も肌寒さを感じる
朝は温かいと思って、薄着にしてきたのは失敗だった

「ほら、いつもは健康にうるさいのに、自分のことは全然だな」

「そ、そんなことないです! それに、これだとPさんが風邪引いちゃいますよ!」

「気にするなよ、ネネの方が大事だ」

「うん、ごめんなさい。Pさん」

さっきまで時計を見ていたPさんが、いつの間にか後ろに回って私に上着をかけてくれた
ずっと一緒に過ごしてきて、こんなことも今じゃそんなに珍しいことじゃない
昔は遠慮して何度も断ってその度に押し付けられたけど、今では素直に頷くだけだ

私は昔から遠慮がちで頑固な所があるって自覚しているところがある
誰かに気を使ってもらっても、ついつい癖で断ってしまうけど
いつの間にか、Pさんには不思議と壁を感じなくなっていた

「それにしても、亜子達は遅いな」

「本当ですね。でも、みんな忙しいから仕方ないですよ」

「違うよ。どうせ、亜子がスタッフの用意したお菓子が勿体ないから貰っていこうとして時間喰ってるんだよ」

「Pさん。失礼ですよ」

「ははっ、それにしてもネネにまた友達が増えたみたいでよかったよ」

「友達……」

Pさんに言われた『友達』というフレーズに妙な違和感を感じる
確かに、さくらちゃん達とは友達になれたんだと思う
それがよかったって、Pさんが言ってくれて

ここ最近のPさんは、アイドルのことばかりを教えてくれるんじゃなくて
私の周りや、プライベートのことも気にしてくれているみたいだ
遠回しにしてくれているみたいだけど、不器用なせいか私にはすぐにわかった

でも、だからこそ私はPさんのことを信頼していたんだと思う
誰かに甘えるつもりはないけど、こうして見ていてくれる人がいるんだって
今までになかった安心感みたいなのが、私の不安を消してくれる

「P、ネネ、お待たせ。遅れてごめんなさい」

「もぉ、アコちゃんがお菓子全部貰っていこうって言うからですよぉ~!」

「うー、ごめん。せっかく用意してくれたんやから、貰っとかないともったいないよ」

「……ほらな」

(当たってる……。Pさん、どうしてわかったんですか……)

呆れ顔で時計を見つめるPさんに、私は苦笑いで応えていた
少し感傷的な気持になってしまっていたけど、珍しくこんなに大勢でご飯に行くんだ
今は精一杯楽しむことにしようと、亜子ちゃん達を笑顔で迎えることをした


生存報告
復旧したみたいでよかったです
また明日にでも投下します


「ネネ、オレは電話をしてくるからみんなを連れて先に車に乗っててくれ」

「はい、わかりました」

Pさんは私に車のキーを渡すと、そそくさと外に出ていってしまった
時間は六時を少し過ぎたところ、きっとお母さんに連絡するんだろう
私がもう連絡はしてあるけど、Pさんの口からも説明がいるはずだから

「じゃあ、行きましょうか。私が案内しますね」

「なぁ、ネネ。Pちゃんって彼女でもおるん?」

「えっ!? そ、そんな話は聞いたことはないですけど……どうしてなんですか?」

「だってぇ、今から電話するなんて怪しいですよぉ~!!」

みんなを先導して歩きだそうとすると、何気ない亜子ちゃんの一言に歩が止まってしまう
慌てて振り返ると、さくらちゃんと亜子ちゃんがPさんが出ていったドアを見つめている
泉ちゃんは興味無さそうに、目を閉じてため息を吐いている

彼女……、Pさんの口からそんな言葉は一度も聞いたことはない
一度その言葉を意識してしまうと、色々考えてしまって顔が赤くなってしまう
でも、どうして怪しいと思ったんだろう? 別におかしなところはなかった

「多分、お母さんに連絡してくれてるんだと思います。急にご飯に行くって決まったんで」

「へぇー、なるほどねぇ……」

「でもでもぉ、きになるなぁ~!」

「……さくら、ネネに聞いても仕方ないと思うよ」

話を全く理解できていない私に、泉ちゃんが助け船を出してくれると
二人は渋々私への追及を止めて、それ以上は聞いてこようとはしなかった
言い方から泉ちゃんも気がついているはずだけど、それをあえて口には出さないみたいだ

自分だけ蚊帳の外にいる感覚が、よくわからない気持ち悪さに変わっていく
誰かが自分の知らないところで何かをしている。普段なら、他人なら、気にはならない
だけど、Pさんが私に隠し事をしているんだと思うと、それが何かを知りたくなってしまう


いつまでも考え込んでも仕方ないので、四人揃って従業員用の通路を通り、駐車場に向かって歩き出す
駐車場までは少し距離があり、なんとなく雑談する空気だったので
私は思い切って泉ちゃんの隣並んで、さっきのことを聞いてみることにした

「泉ちゃんは、Pさんのこと、変だと思ったんですか?」

「……時間、みんなでご飯行くのは知っていたのに、それを遮ってまでってのが少し気になっただけかな」

泉ちゃんは表情を変えずに言う。私は意味が分からずに沈黙してしまう
会話が途切れてしまい、せっかくの話せる空気なのに、何を言っていいか思いつかない
さくらちゃん達は先に歩いていて、二人で話しているので私達が話しているのには気づいていないみたいだ

「今日はプロダクションでのイベントだから、事務所に電話する必要はないと思う」

「それにPから決まった時間に電話するってことは、誰か約束してる人でもいるのかなって。急いでたし」

「もちろん、仕事の電話が無いわけじゃないから。あくまでも推測だし、亜子達もネネに聞いてみただけだよ」

「別に電話する事が変じゃない。私達もまだPやネネのことはよく知らないし、興味本位ね」

納得のいく理由を『二人はそう言う話好きだしね』と付け加えて説明してくれた
今までなにも疑問に思うことはなかったけど、確かにPさんは決まった時間に電話している
一緒にいた時のことを思い返してみると、記憶にある限りは13時と18時の1日に2回

意外だった。Pさんにとって、それだけ大事にしている人がいるんだって
それが誰なのかは今は分からなくても、Pさんが話してくれる時は来るのかな?
私から聞くのは踏み込むみたいで失礼な気がして、いつまでも聞けそうにないから

「……ネネは気になる? というか、知らなかったの?」

「し、知らなかったです」

「ま、そういうことはあんまり話すこともないか」

「ですね。Pさんは知り合いのこと、話してくれませんから」

「そっか……。それより、今日の行くところってどこか知ってる?」

これ以上はこの話はやめよう。泉ちゃんが言っているような気がした
私もこれ以上、この話をしても仕方ないと思い、受け取った紙を見てみる

夜景の見えるレストラン、料理を見ているだけでも凄く高そうだ
行く場所はみんなに任せていたから、Pさんもまだどこに行くか知らないはずだ
今月は苦しいって言っていたけど大丈夫なのかな……?


「えっへへ☆ 見てください、このお肉すっごく美味しいですよぉ♪」

「へぇー、こんなところがあったんだな」

「どう、Pちゃん? ええトコでしょ?」

「あぁ、うちのプロダクションの名前ってこんなところでも使えるんだな」

「使えるもんは使う! これ基本ね? Pちゃん!」

遠い、名前も聞いたことはない夜景の見下ろせるレストランだ
私達がここに来た時はもう既に予約がとられていて、席まで案内された
お店は亜子ちゃんが選んだみたいで、普通よりかなり安く済んでいた

「みんなはいつもこういうところで食べてるんですか?」

「ううん。ここは学生の私達だけじゃ来れないから。今日はPがいるし、いつもとは違うところを探してみたの」

「ネネもいずみに頼めばすぐに探してくれるで!」

「そんな、探してってお願いするなんて悪いですよ」

「すぐにできるから。私は構わないよ」

「ネネが頼まないなら、オレが今度お願いしてみるかな」

「おっ、そん時はアタシらも連れてってなぁー!」

「やったぁー、またさくらも連れってってくださいねぇ~!!」

「なぁ、泉に手伝ってもらう手数料みたいなもんかコレは?」

「……そうだね。Pからのお願いなら私も連れて行ってもらおうかな」

「ふふっ、Pさん。私もお願いしますね!」

「それだったら、結局このメンツでしか行けないじゃないか……」

Pさんは不満をもらしながら、料理を食べているけど、内心は嫌じゃなさそうで
私もみんなとならまた遊びに行きたいな、と次の機会が楽しみで仕方なかった

学校の友達とは違う、アイドルの世界での友達
できれば、もっともっと他の人達ともこうして会ってみたい
私の狭かった世界をどんどん広げていきたいと、そんな風に感じていた


鏡の前に立って、心を落ち着けるために息を深く吸っては深呼吸を繰り返す
まだ、頬は燃えるように熱いままで、火照りはしばらく冷めそうにない
時間が立つにつれ、いつもより弾んでいた心はまた、深い海の底へと沈んでいく

「…………」

――どうしていつもこんなに悲しい顔をしているんだろう?

まるで、今までずっと悲劇の中で生きてきたような
他の子にはある当たり前のことをどこかで忘れてきてしまって
面白いことなんてなにもないと、悟っているみたいだ

どうしてもっと楽しそうに笑おうとしないの? せっかくみんなといるのに?

どうしてもっと素直にならないの? せっかくPさんがこんなにも助けてくれているのに?

(仕方ないですよね。これが私なんですから……)

これが今の私の顔で、笑う事も、とりかえることもできはしないんだから
亜子ちゃんや、泉ちゃんやさくらちゃんのように魅力があるわけじゃない
みんなと話していると、ふと一人になった時、こんなことを考えてしまう

私が持ちきれなくなって捨ててきたものをみんなはちゃんと持っていて
一緒にいるだけで、その差はどんどん大きく感じてしまって
それが、たったそれだけのことが純粋に羨ましいと思えてしまっていた

多分、Pさんは私がこんなことを考えているのは薄々気づいているんだろう
私は人が思っているよりも、ずっと根が深い暗さを抱えてるんだって

ただ、口には出さない。それを責めることも追及する事もしないでくれているだけで
でも、いいんです。私はそんなPさんだからついて行こうと思えますから

「なにしてるの?」

ふと、誰もいないと油断していたところに声を掛けられてしまい目を見開く
鏡に映った私の後ろには、いつの間にか泉ちゃんが立っていて
難しそうに考え込んでいた私のことを心配してくれているみたいだ


「あっ、ごめんなさい。少し考え事をしてたんです。すぐに戻りますね」

私は、いつもの笑顔に戻って、泉ちゃんの脇を通り抜けみんな所へ戻ろうとした
だけど、泉ちゃんの手が私の腕を掴んで、それを制止する
強硬手段だと驚いたけど、泉ちゃんは冷静な表情のままだった

「Pが遅いなってぼやいてたから、様子を見に来た」

「…………」

「で、ネネが泣きそうな顔してたから、なにか言おうかなって」

「な、なにかって、私にですか?」

「うん。今、全力で言葉を考えてるから少しだけ待って」

私の腕を掴んでいる反対の手で困ったように頬をかく泉ちゃん
その様子を見ていると、嘘はついていないのはわかるけど
本当に考えてるのか、それとも、とぼけているのか、私には判断がつかなかった

(泣きそうな顔……)

いつも親の前では『良い子』でいて、先生の前では『優等生』でいつづける
そんな生活を続けていると、いつしか、本当の自分に戻る時間を失っていく
そして、その内どこへ行っても自分だけ場違いな気がして、1人になりたくなってしまう

出来あがった引っ込み思案な性格は、どう頑張っても変えることはできなかった
本当のことを話してしまうと、暗い言葉しか出てこなくて
話すくらいなら、いっそのこと口を閉じてしまえばいいと思うようになっていた

それくらいなら、私にとっては大した問題じゃない。むしろ簡単だった
意識して、後はできるだけ人とのかかわりを避けていけばいいんだから

でも、泉ちゃんは私がずっと演技をしているように見えたのかな?
生まれつき、臆病で、小心者な、いつもなにかに怯えていていて
すぐに気付かれるような演技しかできない、不器用さが出てしまっていたのかもしれない


「ネネが心配してるのは妹さんのこと?」

「心配……」

いきなり痛いところを突かれてしまって、言葉に詰まってしまう
妹になんの罪もない。私にとってはすごく大切な存在で、切り捨てることができないものだと思う
妹を蔑ろにしてまで人付き合いをすることなんてできなかった

紗南ちゃんやトレーナーさんは、事情を知っていてそれでも私のことを見てくれている
でも、今回はなにも話していない泉ちゃん達と一緒にいて、このことを知ったらどう思うだろう?
それを考えると、どうしても暗い気持ちが出てしまっていたことは自覚していた

「……そうですね、ちょっと妹のことは考えちゃったんで」

「Pから聞いたよ。ネネは妹がいて、身体が弱いって」

「Pさんが?」

「私もね、ネネの妹と似たような弟がいるから気持ちはわかるよ」

「…………」

「あんまり言うことはしないけど、ネネには言っておこうかなって」

弟がいて……。私は泉ちゃんの言葉に驚いて何も言えなくなる
こんな気持ちを抱えているのは自分だけだと思っていたけど、泉ちゃんも同じだったことに

目を逸らす泉ちゃんを見ると、自分の口からは言いたくなかったのが伝わってくる
逆に私にはその気持ちは痛いほど伝わってくる。だって、私もそうだから
私も同じことを話す時はきっと、自分から言いたくはないと思うから

弟さんのことは、泉ちゃんも凄く勇気を振り絞って言ったことだと思う
私は自分のことばっかりで全く周りが見えていなかった。自分だけってどこかで思っていた
そんなことを考えている自分が恥ずかしくて、情けなくて俯くことしかできなかった


とりあえずここまでです


泉ちゃんはなにも言わずにずっと私の隣に立っていてくれていて
そのお陰で沈黙が二人を包んでも、弱気になっていた気持ちが幾分か落ちついてくる

「……泉ちゃんは私の妹のこと、初めから知っていたんですか?」

「ううん。最初は顔を知ってるくらいだった」

「ネネが席を離れてる時に、ネネのことを話してもらう前に、Pに私や二人のことを話したんだ」

「そうしたら、Pがネネのことを話してくれたから」

「どうして、Pさんにその、弟さんのことを?」

「ネネと友達になりたかったから、Pにも私達のことを知っておいてもらおうと思って」

「と、友達ですか?」

「って、あんまり言わせないで。これでも恥ずかしいんだから」

照れを隠すように、泉ちゃんが私の手を掴んで優しく笑いかけてくれる
ここまでほとんど笑うことがなかった彼女が見せてくれる笑顔は本当に素敵で
握られた手の温もりから、言いたいことが伝わってくるみたいだった

でも私はまだ自分がどんな状況にいるか分からなくて、慌てて泉ちゃんに視線を合わせる
だって、こんな風に言ってくれる人がいるなんて、まるで漫画の世界のお話みたいだったから

「言い訳をするような弱い人間ではないと思っていたのだけど……私も最初はそんなに強くなかったよ」

「そんな風には見えないですよ。今の泉ちゃんは凄く堂々としてますから」

「私には亜子とさくらがいてくれた。二人は私の自慢の友達だから」

「ふふっ、亜子ちゃんとさくらちゃんがいてくれると元気になれそうですね」

「こういうの、キャラじゃないけどね」

心配、同情、それとも私に昔の自分が面影が見えたのか、私には分からない
頭では何か言わなくちゃと考えていても、言葉が上手く出てこなくて
私は、泉ちゃんの友達になりたいと言う言葉には小さく頷き返すのが精一杯だった


「……いつまで青春しとるん?」

「亜子。来てたんだ」

「そりゃね。様子見に行くって言ったいずみまで遅いんやから」

いつの間にか入口に立っていた亜子ちゃんが呆れた顔でこっちを見ている
さっきからのやり取りは見られてたみたいで、恥ずかしくなってしまったけど
泉ちゃんは全く気にしていなくて顔色一つ変えていなかった

「ネネ、いずみの話、聞いたん?」

「はい、弟さんの話は聞きました」

「で、感想はどう?」

「感想ですか……えっと、上手く言えないですけど……」

「泉ちゃんは泉ちゃんですし、弟さんのことも私なんかでよければ力になりたいです」

期待された答えは分からなかったから、私は自分が言われて嬉しい言葉を口にする
泉ちゃんはきっと、自分のことを大変だとは思っていないだろうし
それにこれから先、みんなと仲良くしたいのは私の本心だったから

たったそれだけのことだけど、それがどんなに難しいことかも私は知っていた
ただ私は誰かと仲良くする時は気を使わずに普通にいて欲しくても
その欲しかった普通なんてものはどこにもないってことも

「んふふ、良かったやん! ネネが仲良くしてくれるって!」

「亜子とさくらも入ってると思うけど」

「もちろんですよ。亜子ちゃんもさくらちゃんも私の友達です!」

「ま、今更言わなくてもアタシもさくらもそう思ってるよ」

言葉が足りないかなと、心配していたけどそれはとりこし苦労だったみたいで
亜子ちゃんの言う通り今更の友達宣言に、二人は安心したように笑ってくれていた
私は自分の拙い想いが二人に伝わったみたいで、ホッと胸をなでおろす


「……いつまで青春しとるん?」

「亜子。来てたんだ」

「そりゃね、様子見に行くって言ったいずみまで遅いんやから」

いつの間にか入口に立っていた亜子ちゃんが呆れた顔でこっちを見ている
さっきからのやり取りは見られてたみたいで、恥ずかしくなってしまったけど
泉ちゃんは全く気にしていなくて顔色一つ変えていなかった

「ネネ、いずみの話、聞いたん?」

「はい、弟さんの話は聞きました」

「で、感想はどう?」

「感想ですか……えっと、上手く言えないですけど……」

「泉ちゃんは泉ちゃんですし、弟さんのことも私なんかでよければ力になりたいです」

期待された答えは分からなかったから、私は自分が言われて嬉しい言葉を口にする
泉ちゃんはきっと、自分のことを大変だとは思っていないだろうし
それにこれから先、みんなと仲良くしたいのは私の本心だったから

たったそれだけのことだけど、それがどんなに難しいことかも私は知っていた
ただ私は誰かと仲良くする時は気を使わずに普通にいて欲しくても
その欲しかった普通なんてものはどこにもないってことも

「んふふ、良かったやん! ネネが仲良くしてくれるって!」

「亜子とさくらも入ってると思うけど」

「もちろんですよ。亜子ちゃんもさくらちゃんも私の友達です!」

「ま、今更言わなくてもアタシもさくらもそう思ってるよ」

言葉が足りないかなと、心配していたけどそれはとりこし苦労だったみたいで
亜子ちゃんの言う通り今更の友達宣言に、二人は安心したように笑ってくれていた
私は自分の拙い想いが二人に伝わったみたいで、ホッと胸をなでおろす


連投してしまったので、>>337はなしでお願いします


「ただいま」

「あら、おかえりなさい」

それからさくらちゃん達と別れた私は、Pさんに車で送ってもらって家に帰ってきた
いつもより少し遅い時間に帰ってきた私をお母さんが玄関まで来て迎えてくれる

メールで「友達とご飯に行ってきます」と伝えてあったし
この時間に帰ってくるのは初めてだったけど特に心配されることもなかった

エプロンで手を拭いている姿を見ると、ご飯はもう済ませてるみたいだ
今日はお父さんが帰ってくるのが遅いから妹と二人で食べていたんだろう

「ネネがこの時間に帰ってくるなんて珍しいわね」

「そうかな? レッスンがある時はこれくらいの時間だったと思うよ」

「友達と一緒にっていうのがね」

「あっ、それだったら初めてかも」

わざわざ強調して言ってくるのはこんなことは初めてだったからだと思う
アイドルになってからお母さんは私のことを目に見える形で応援してくれて
少し遅くなったところで、怒られるどころか逆に気を使われるくらいだ

それにPさんもマメに連絡を入れてくれているおかげで
両親もPさんと一緒ならと安心しきってくれている

「お母さん。あの子はもう寝たの?」

「ご飯を食べた後に部屋に戻ったけどまだ起きてると思うわ」

「じゃあ、ちょっと顔見てこようかな。あっ、手伝うこととかなにかある?」

「もう全部やっちゃったから、ネネもゆっくりしてて大丈夫よ」

靴を脱いで、来ていた上着を脱ぎながらお母さんと並んでリビングに向かう
とにかく少しでも早く妹に会いたかった。今日は聞いて欲しいことが沢山あるし
それに欲しがっていたニューウェーブのサインも貰ってきたんだ
それだけで喜んでくれる顔が目に浮かんできて、気持ちが抑えられそうにない


寝ていたら起こすわけにはいかないので音をたてないようにドアを開ける
少しできた隙間から差し込む光はなくて、部屋の中の電気は消えている

音も全くしないので、今日は早めに寝たみたいで少し残念だった
それなら明日にでも聞いてもらおうと思って、ドアを閉めようと思った時
奥で丸まっていた布団がもぞもぞと動きだした

「んっ、お姉ちゃん……」

「ごめんなさい。起こしちゃったかな」

「……気にしなくていいよ。電気つけてもらっていい?」

こっち側から漏れた光が眩しかったのか、妹が目を覚ましてゆっくりと体を起こす
寝起きは大体機嫌が悪くて、目を覚ましてもそのまま寝てしまうことがほとんどだったけど
今日は珍しく眠たい目をこすりながら私の話を聞いてくれるみたいだ

「眩しっ! いきなりつけると目がシバシバするよぉ」

「起きてて大丈夫なの?」

「今日は体調もいいし大丈夫だよ」

うんと伸びをしている妹は熱っぽい様子もないので、体調は問題なさそうだった
私がベッドのそばに腰を下ろすと、いつものように話を聞く体制になってくれる

「今日はニューウェーブと一緒のライブだったんだよね。どうだった?」

「うん。凄かったよ、私なんかまだまだだなって思ったから」

「私はお姉ちゃんならニューウェーブにも負けないと思うけどな」

「勝つとか負けるとかじゃないよ……あっ、そうだ! みんなからサイン貰って来たの」

「ホントに!? やったぁー!」

手に持っていたカバンから取り出したサインを渡すと、妹は凄く嬉しそうに笑ってくれる
欲しいって言ってた時はいつだったかもう覚えてないけど、随分と待たせてしまった
でもあの時のお願いがなければ、私はみんなと仲良くなることもなく別れていたと思う


「ねね、ニューウェーブのみんなはどんな人達だったの?」

「うん。みんな楽しい人達だったよ。泉ちゃんも亜子ちゃんもさくらちゃんも」

「いいなぁー、みんなとご飯も行ったんでしょ? 羨ましいよっ!」

「…………」

「どうしたの?」

「う、ううん。なんでもない」

「夜景の見えるレストランだよね。一回でいいからあたしも行ってみたいなっ!」

「ふふっ、じゃあ今度お父さんにお願いしてみようか」

ライブのこと、ニューウェーブのみんなのこと、話し始めると言いたいことは尽きなくて
私は夢中になって今日のことを伝えると、妹は自分のことのように喜んでくれる
それだけで私はアイドルを頑張って良かったなって思えていた

泉ちゃん達もきっと、こうしてアイドルになったんだろう
最初は亜子ちゃんにのせられてって言っていたけど、続ける内に喜んでくれる人が増えて

紗南ちゃんはゲームより楽しいことを探してって言っていたし
亜子ちゃんは最初はお金が稼ぎたくってって言っていた
始める理由や続ける理由は色々あって、なにかを抱えながらも頑張っている

そう考えると、私は必要以上に臆病になっていたのかもしれない
私が迷惑だと思って空けていた距離なんて、本当はなくて

「お父さんだとなかなか許してくれないから兄ちゃんにお願いして見ようかなぁ」

「Pさんはなんでも屋さんじゃないんだから。迷惑かけちゃ駄目だよ」

「ちぇっ、お姉ちゃんは厳しいんだから」

でもまだ一人の時は、そんな勇気は沸いてきそうにはない
私が自分のことを考えれば考えるほど、妹との距離が離れていく気がしていたから
もう子供じゃないって分かってても、私がいなくなったらこの子は一人になってしまいそうで

その気持ちを知ってか知らずか、妹はPさんと遊びに行けないことを不満そうに
携帯をパカパカと開け閉めしていて、私はそれをずっと眺めていた


今日はここまでです


地元で一番大きな駅前で、私はなにをするでもなく、ただぼんやりとたたずんでいた
人混みの中特有の淀んだ空気に、都会の喧騒が加わって目眩に誘われそうだった

広場の柱に寄りかかって、街を眺める。休日だからか私と同い年くらいの子がいっぱいいる
その姿はみんな楽しそうで、笑顔で友達と語らいながら通りを行き来している

「遅いね、あたし待ちくたびれちゃった」

隣でゲームをしている紗南ちゃんに呼びかけられて腕時計を見る
約束の時間まであと10分はあるから、予定が遅れているわけじゃない
私達はさらに10分前からここにいるから、少し早く集合したのが裏目に出たみたいだ
もしかしたら、もう来てるかもと周囲を見回してもまだここには来ていない

「早く来ちゃったから、もう少し待たないと駄目ですね」

「だよねー……ふぁ~……ねむいなぁ」

「ふふっ、紗南ちゃんまた徹夜しちゃったのかな? あっちのベンチで休みますか?」

「ううん。寝ちゃうとまずいから我慢する!」

ここに来るために朝早く出てきただろうから、睡眠時間が足りていないんだろう
昨日はキリのいいところまでって決めていたけど、ついついやりすぎてしまったらしく
紗南ちゃんは大きな欠伸をすると、またゲームを再開して必死で眠気と戦っている

(紗南ちゃん。大丈夫かな……?)

数日前、私はある人から連絡を受けて、今日一緒に三人で出かけないかと誘われた
まさかその人から誘われるなんて思っていなかったから驚いてしまったけど
思えば今までゆっくり話す機会もなかったので、是非にとお願いすることにした

紗南ちゃんは会ったことがないみたいで、最初は戸惑っていたけど
私が行くことを知ると、一緒なら行ってみたいと言ってくれた


「そろそろ時間ですね」

「んー、でもまだ来てないみたいだよ。ネネさん」

紗南ちゃんがゲームの電源を切って、辺りをキョロキョロと見回し始める
その時、腰の辺りでなにかがモゾモゾと動く感触がした。携帯電話が着信を知らせて
電話を取り出してディスプレイを見ると、目的の人からの名前がそこにあった

「……もしもし」

『もしもし。ネネちゃん? もう着いてるかしら?』

「はい、駅前にいますよ」

『そう。じゃあ近くの駐車場まで来てくれるかしら』

「わかりました。すぐに向かいますね」

『ふふっ、ゆっくりでいいわよ。じゃ、待ってるわね』

用件だけ手短に伝えると、レナさんからの電話はすぐに切れてしまった
携帯を閉じると、紗南ちゃんが隣で期待に目を輝かせていた
身体を動かさずに、待つのは限界に近かったんだろう

「ねっ、レナさんから電話?」

「うん。近くの駐車場にいるって言ってました」

「よしっ、行こう! あたしスイッチ入ったよ!」

「あっ、ちょっと、走ると危ないですよ!」

私の言葉を聞くと同時に紗南ちゃんは駈け出し、慌てて後を追う
元気になった紗南ちゃんはとても楽しそうで
妹と一緒に出かけているみたいで、見てる私まで楽しくなっていた


近くの駐車場に着くと、レナさんが車の近くに立って手を振っていた
何度か会ったレナさんは、今日はラフな感じの私服を着てきていて
いつものピシッとした格好も素敵だけど、こっちも凄く魅力的に見える

それに、レナさんの乗っている車もそこにあることに違和感を全く感じなくて
車の車種は全然分からないけど、レナさんの車は凄く高そうだ
こんな車に乗るなんて、それだけで緊張してきてしまう

「お待たせ♪ さぁ行きましょうか」

「こんにちわ。今日は宜しくお願いします」

「ネネちゃんは真面目すぎるのよ。肩の力抜きましょ!」

「うわー、レナさんの車ってレースゲーに出てきそうだね!」

「初めまして、紗南ちゃん。私の車、気に入ってくれたかしら?」

「こんにちわ、レナさん! ねぇねぇ、この車って何キロぐらい出るの? 絶対早いよね!」

「ふふっ、それはもう凄いわよ。今日は安全運転だけどね」

紗南ちゃんは、車の周りをクルクルと回って物珍しそうに眺めている
今日の行き先とか予定は全部レナさんに任せてしまっていたけど
車で行くなら遠いところなのかな? そもそも、何をするかもちゃんと聞いてなかった

それに、今日は3人だけで会っている。レナさんがいてくれるから心配することはないけど
Pさんが知らないところでこんなことをしていてもいいのかなって、気持ちは少なからずあった
もちろん、レナさんは純粋に私達と遊びに行きたいと思って誘ってくれたのはわかっている

アイドル同士で遊びに行くなんて、とりたてて珍しいことじゃない普通のことだ
最近の私はトレーナーさんに言ってしまったことを気にして、過敏になっているかもしれない
一度こうなってしまうと、しばらくはどんなことでも勘ぐってしまうのは悪い癖だと思う

「レナさんの知り合いってみんなこんな車に乗ってるの?」

「そうでもないわよ。でも知り合いに同じような車に乗っている子はいるわ」

「へぇー、その人もアイドルなの?」

「残念ながら違うわよ。また今度にでも紹介してあげるわ」

「レナさん。今日はどこに行くんですか?」

「それは着いてからのお楽しみ♪ ネネちゃんもきっと気に入ってくれると思うわ」

「そう言われると、なんだか凄く気になります」

「さっ、そろそろ行きましょうか」

レナさんが車のロックを外すと、紗南ちゃんが乗りこんでシートの感触に感嘆の声を漏らしている
私も傷をつけないように気を使いながら車に乗り込み、深く沈みこんだシートに驚く
それに良い香りが漂ってきて、車の中なのに凄く居心地がいい空間だった


兵藤レナ(27)
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それから20分くらいで目的の場所に到着した。紗南ちゃんは少し残念そうにしていたけど
もうお昼に近かったので、レナさんのお勧めのお店に先にご飯を食べに行くことになった
そうして今、少し薄暗い階段をみんなで並んで降りている

「少し暗いから気をつけてね」

「レナさん。ここってどんなお店なの?」

「夜はバーだけど、お昼は普通のレストランなの」

「こんなところにレストランがあったんですね」

「分かりにくい場所よね。美味しいのもあるけど、ここを選んだ理由もあるのよ」

「理由ですか。少し、ドキドキしてきました」

「でも、ネネさん。あたしはダンジョンに潜ってるみたいで面白くなってきたよ!」

「ダンジョン……」

紗南ちゃんは見たことない場所に好奇心が掻き立てられたのかどんどん階段を下りていく
それほど長くない階段をあっという間に降りていって、お店の扉の前で誇らしげに胸を張っていた
今の紗南ちゃんはどこかの洞窟の最奥まで到達した勇者のような気持ちになっているんだろう

一番下までいくと、そこは地下2階くらいの場所で壁に点々と取り付けられたライトや
少し湿ったような空気で、映画の中で見る洞窟の印象と全く一緒で
どこか幻想的な空間は、地上にいた時とまるで別世界にいるみたいだった

お店の前には、美味しそうな料理が並んだディスプレイや、壁掛けのメニューがあって
外からでも微かに漂ってくる美味しそうな匂いに、自然とお腹が空いてくる

「ネネさんみてみてっ! メニューが全部英語だよっ!」

「本当ですね。日本語のはないのかな」

「うーん。これだと食べたいのを探すのは無理ゲーだね……」

「わからないことは聞いてね。私が教えてあげるわよ」

「えっ、レナさん英語わかるの?」

「もちろん。こう見えても実は英語、得意なのよ」

「凄いですね。留学とかしていたんですか?」

「前の職業のおかげでね。ま、この話は後で聞かせてあげるわ」

そう言うと、レナさんは先にお店の中に入っていって、私と紗南ちゃんも後に続く
レナさんがお店の人に軽く挨拶をすると、私達は奥の席に案内される

少し早めにきたせいか、お店の中は空席が多かった。夜はバーの方がメインなので
みんな来る時は夜に来るみたいで、昼は割と空いているとレナさんが説明しくれた
ゆっくり話すなら人は少ない方がいい、聞かれて困るような話をするわけでもないけれど


今日ここまで、着地点は見えているのに
過程を書くのに少し苦戦していますので
ペースが落ちてますが、ぼちぼち進めていきます


小気味好い音楽が流れる店内で私達は丸いテーブルを囲んで腰を下ろす
注文を終えた後、紗南ちゃんはレナさんに色んなことを聞いていた
今まで話す機会がなかったレナさんのことが気になって仕方なかったんだろう

「レナさんって、そういうところで働いてたんだね」

「そうよ、これでも昔は美人ディーラーとしてちょっとは有名だったのよ?」

「じゃあじゃあ、なにかできるの? あたし見てみたいなっ! マジックみたいなの!」

「紗南ちゃん。マジシャンじゃないから、そういうのは違うと思いますよ」

「いいのよ。まぁ、論より証拠よね。ちょっと待っててね」

「トランプ……いつも持ち歩いてるんですか?」

「今は違うけど、昔の大事な商売道具だからね。触ってると落ち着くの」

そう言うと、レナさんがカバンから取り出したトランプを手に取り切り始める
私も紗南ちゃんが凝視しても、その速さはとても目で追いきれるものじゃなくて
目まぐるしくシャッフルされるカードはまるで手品を見ているみたいだった

「うわっ……凄いよ、レナさん!」

「ふふっ、まだカードを切ってるだけよ」

紗南ちゃんが目が輝かせると、レナさんは面白がって色んな切り方を見せてくれる
片手でできるものから、テレビなんかでよく見るシャッフルまで
目の前で見えるレナさんの姿はカジノのディーラーそのものだ

「これだけできるようになるまで凄く大変だったんじゃないですか?」

「そうでもないわよ。好きでやってたからね」

「あははっ、あたしもゲームやり続けてれば、こんな風になれるんだね」

「私も四六時中触ってたから。紗南ちゃんもきっと同じじゃない?」

店内に流れる音楽に合わせて、鼻歌を歌いながらトランプを切るレナさんは楽しそうだ
仕事中のしっかりとした姿とは違って、こっちが普段のレナさんの姿なんだろう
それに、私達と一緒にいることを楽しんでくれているみたいでなんだか私まで楽しくなってくる


「さってと、どのカードを引くか指定してからカードを引いてね」

「じゃあ、ハートの7にしよっかな!」

(そんなに簡単に当たるのかな……?)

目の前に広げられたトランプに、紗南ちゃんは真剣にどれを引こうか厳選している
その表情からはレナさんの裏をかこうと必死に模索しているのが見てとれた
でも、そんな紗南ちゃんを見てもレナさんは余裕の雰囲気を崩していない

紗南ちゃんの手が広げられたトランプの端から端までを何往復かした後、一枚のカードを引く
手に取ったカードをめくると、そこにはハートの7が描かれていて
それを見た私と紗南ちゃんは状況が理解できずに驚いて目を見開く

「えっ!? レ、レナさん! いまのどうやったの!?」

「それは企業秘密。でもちゃんと種はあるのよ」

「す、すごいです! 私、全然分かりませんでした」

「そんなに喜んでくれると、ちょっとくすぐったいわ」

どこにもおかしな動きはなかったし、紗南ちゃんがカードを指定したのは引く直前だった
レナさんは種があるとはっきり言っていたから、私達の見てる目の前で
なにかを仕掛けたことになる。それが何かも気づかせない程、繊細に

聞かされたディーラーがどんなお仕事なのかは私はほとんど知らない
でも、こんな状況でもレナさんは凄く冷静に私達を欺いて見せてくれた
アイドルを始めた時、レナさんと私にすぐに差がついてしまった理由がわかった気がする

逆にこれだけ凄いことを見せられると、私は不意に別のことが気になってしまった
どうしてレナさんはそれだけ好きなことをって思うと、自然と口を開いていた

「レナさん」

「どうかしたの、ネネちゃん」

「レナさんはどうしてアイドルになろうと思ったんですか?」

「私がアイドルなんて、似合ってないかしら」

「そうじゃなくて。その、ディーラーのお仕事を辞めてまでどうしてと思ったんで」

そこまで言うと、お店の人が注文の品を持ってきてくれてテーブルに並べてくれる
紗南ちゃんが並べられたピザを見て、大きな喜びの声をあげると
レナさんは小さく笑って「まずは食べましょうか」と、私にも勧めてくれた


ベーコンとキノコがのったシンプルなピザと、和風のミックスピザの良い匂いが食欲をそそる
紗南ちゃんがピザカッターでピザをとりわけてくれようとしてくれるけど
溶けたチーズがどこまでも伸びていって切るのに凄く苦労している

「はい、切り分けたよ! もう食べていいよね? ネネさん!」

「ありがとう、紗南ちゃん。みんなで食べましょうか」

「いただきまぁす!」

レナさんの話が気になったけど、ひとまず紗南ちゃんの切ってくれたピザを口に運ぶ
一口食べると、気になっていたことなど遥か彼方に飛んでいってしまった
お勧めのお店だけあって、今まで食べたピザの中でも上位を争う程の美味しさだ

自分でもいつもより食べるペースが少し早いなと思って頬張っていると
紗南ちゃんはもう既に二つ目に手をつけていて、すぐにでも食べきってしまいそうで
ここに連れてきてくれたレナさんには後で改めてお礼を言っておかないと

「ネネちゃん。実は特に理由は無かったりするの。私がしたいと思ったから。ただそれだけ」

突然の言葉に、私は下を向きピザを口にくわえた体制のまま、微動だにできなかった
とろけるチーズが、私の指へと流れていって、熱い感触が指に絡みつく
紗南ちゃんが「どうしたの」と問いかけてきたけど、首を振って返すのが精一杯だった

「それに、一度きりの人生よ。やりたいことは全部やっておかないとね!」

顔をあげると、レナさんは食べる手を止めて優しく私のことを見つめていた
私はピザをお皿に置いてから、指についたチーズと油を紙ナプキンで拭う
聞かされた言葉は大胆なものだったけれど、レナさんらしい理由だと私は思った

「レナさんはアイドルにもなりたかったってことですか?」

「アイドルにって言われると違うけど、まぁ似たようなものかしら」

「そうなんですね……。でも、レナさんならアイドルでも女優でもなんでもできる気がします」

「それだと嬉しいけどね」

「へへっ、レナさんはなんだか楽しそうだね。でも、あたしも負けてないよっ!」

「あら、言うわね。紗南ちゃん」

いつの間にかピザを食べ終えた紗南ちゃんが、手に持ったコーラを飲み干し、レナさんを見据える
思い返してみれば、紗南ちゃんはレナさんと考えが似ているところがある
紗南ちゃんは直感的に、レナさんの言うことや気持ちが理解できていたんだと思う

元々、好きなことがあって、その中で過ごしていく内にアイドルになって
今の二人の目はアイドルとして過ごしていくのが楽しみでしかたないみたいだ


「私も紗南ちゃんもネネちゃんもまだまだこれからよね。お互い頑張りましょうね」

「もっちろん! そうだよね、ネネさん!」

「えっ、いや、私はその……」

いきなり話を振られてドキッとしてしまう。自分は蚊帳の外だと勝手に思っていたけれど
紗南ちゃんが頑張っていくっていうことは言いかえれば私達がってことと変わりはない
そんな単純なことも考えられない程に私はボーッとしてしまっていた

この前のニューウェーブのステージを見てから、私はずっと考えていた
私と泉ちゃん達、それに紗南ちゃんやレナさんとの差は一体なんだろうって
目には見えないけれど、ハッキリとした違いがそこにはある

迷いと言える程に悩んでいるわけじゃないけれど
その差がある以上、私はこれ以上先に進むことはできない気がしていた
でも、そんな浮ついた気持ちは知られたくないから、私は無意識に場を誤魔化す

「そ、そうですね。私も頑張っていかないといけませんから」

「だよねっ! ネネさんとあたしが組めば最強コンビだしっ!」

私の言葉を聞くと、紗南ちゃんは満足気にまたピザを頬張り始める
レナさんは上機嫌な紗南ちゃんを見てクスクスと笑っていた

「仲がいいのね。そう言えば、今は二人で活動してるんだったかしら?」

「別々の時もありますけど、紗南ちゃんと一緒にお仕事してる方が多いですね」

「でも、二人で歌ったりはしてないわよね? ライブは別々なの?」

「うーん、そこはまだルキちゃんがOKしてくれないんだよね。なんでだろ?」

「私達はまだまだ課題が多いってことだと思いますよ」

黙っているとどんどん深みにはまってしまいそうになりそうだったから
レナさん達の話に耳を傾けて、下らないことは考えないようにする

言われた通り、私がまだまだなだけで、もっと精進していかないといけない
そして、紗南ちゃんと一緒に歌えるようになった時には
Pさんや沢山の人達も安心させることができると思えるから


とりあえずここまでです


それから、あっという間に運ばれてきた料理を食べ終えてみんなで一息つく
お昼を食べるだけのつもりだったけど、ついつい話し込んでしまっていた
時計を見ると時間はもう三時を回っている

「もう三時ですね。楽しくて時間を忘れてました」

「あら、本当ね。私もうっかりしていたわ」

「こんなにずっといて、お店の人に迷惑かかっちゃったかな」

「気にしなくて大丈夫よ。今日は長くいるかもって言ってあるから」

他の席はまばらだったけど、居座り続けるのは気にする私を心配して
最初の内にレナさんがお店の人に断っていてくれたみたいだ

朝から色々と準備してくれていて、なにかと私達のことを気にしてくれている
凄く頼りになる人だから、私自身も自然と甘えてしまっていた

「ねねっ、次はどこに行くの?」

そろそろ出ようかという雰囲気を感じ取って、紗南ちゃんがテーブルに身を乗り出す
その目はキラキラと輝いていて、レナさんの言葉に凄く期待しているのが分かる
ゲーム以外で紗南ちゃんがここまで興味を示すのは珍しいことだ

「そうね、どこかにと言いたいところだけど……今日はここまでかしら」

「ええっ!? もう終わりなの!?」

「今からだと遅くなっちゃうから仕方ないわ」

「紗南ちゃん。今日は我慢しましょう」

「うーん……」

「また今度、色んなところに連れていってあげるからね」

少し残念な気がしたけど、レナさんの言う通りゆっくりしすぎていたみたいだ
私も今日は早めに帰らないといけないから、あまり遅くまでは付き合えない
紗南ちゃんは不満げな声を漏らしていたけど、渋々了承してくれた


「それじゃあ、また連絡するわね」

「はい、今日は本当にありがとうございました!」

「またねっ、レナさん!」

「帰りは気をつけてね」

駅前まで送ってもらい、私達はレナさんとそこで別れることになった
空いた窓から手をひらひらと振り、そのまま大きなエンジン音と共に
走り去っていくレナさんの車を二人で眺める

「さっ、私達も帰りましょう」

「そうだね、あたしも帰ってちょっとねよっかな」

完全にレナさんの車が見えなくなるのを確認すると
私は紗南ちゃんを促して駅に向かって歩き出す

レナさんと別れたことで緊張の糸がとけたのか、紗南ちゃんは欠伸をしている
昨日は遅くまで起きていたみたいだから、きっと今は眠くて仕方ないんだろう
その姿が可愛らしくて、私はチラチラと見てしまっていた

「涼しくなってきたから、この時間は眠たくって仕方ないよね!」

「駄目ですよ、また夜に眠れなくなっちゃいますよ」

「ネネさんはいつも何時くらい寝てるの?」

「特に用事がなければ十時には布団に入ってます」

「うわっ、早いねぇ~」

吹き付ける風が心地良くて、どこからか漂う金木犀が秋を感じさせてくれる
気温も丁度涼しい感じで、歩いているだけでも気分が良くなってくる
時間があればこのまま紗南ちゃんと散歩に出かけてもいいくらいだった

でも、これだけ涼しかったら紗南ちゃんもPさんもきっと家で寝てしまうだろう
紗南ちゃんの徹夜癖はPさんが嘆いていたけど、Pさんもそんなに変わらない
いつか、二人ともちゃんと夜には寝るようにさせないといけないかな


近くまで送ってもらったから、駅にはすぐについてしまった
時間は少し早いせいか、まだ帰る人は少なくて
これなら帰りの電車が混雑せずに済みそうだ

そのまま改札を通ると紗南ちゃんとも別れることになるけど
時間が空いていたこともあって、私達は近くのベンチに腰を下ろしていた
紗南ちゃんも同じ気持ちでいてくれたのか、なにも言わずに隣に座ってくれている

「少し、お話してから帰りましょうか」

「んっ、そだね」

歩いている人を眺めていると、みんな早足で目の前を通り過ぎていって
こうして座ってその姿を眺めているだけで、ここだけ時間が止まっているみたいだ
なんとなくだけど、私はここで座っているのがあっていると思っていた

「ねぇ、ネネさん」

「はい、どうかしたんですか?」

「ネネさんってさ、レナさんと同じ頃に入ったんだよね」

「そうですよ。紗南ちゃんは同じ時期にはどんな子がいたんですか?」

「あたし? んー、あたしもネネさんとそんなに変わらないからなぁ~」

Pさんが前に紗南ちゃんと私はアイドルになった時期はそんなに変わらないと言っていた
スカウトされて、それで東京までやってきて、私なんかじゃとてもできそうにない
本人はあんまり意識してないけれど、その決断は大人でも戸惑うことだと思う

でも、そんな紗南ちゃんでも悩んでいた時期があって、一時はどうしようかって迷っていた
私も同じようにあの環境で活動を続けていれば、同じようになっていたのかと思うと
なんとも言えない寂しい気持ちになってしまう

「でも、時期は違うけどニューウェーブのみんなとか美波さんとかは知り合いだよ」

「あれっ? 紗南ちゃんってみんなと知り合いだったんですか?」

「そんなに会ったわけじゃないけど、同じプロダクションだもんね」

広いとはいっても、同じ所にいるから顔を合わす機会は何度も会ったんだろう
共通の知り合いがいるだけで、なんだか嬉しく思える
だったら今度はさくらちゃん達とも一緒にお仕事や遊びにいけるといいな


「そう言えばさ、今度またライブがあるよね」

「Pさんが言っていたライブのことですか?」

「うん、ネネさんと別々なのはちょっと寂しいけど、あたしは楽しみっ!」

前に泉ちゃんから聞かされた大きなライブ、それについてはPさんに詳しく教えてもらった
ニューウェーブやレナさんはもちろん、別のプロダクションの人達も大勢参加する
サマーライブに似たお祭りみたいなライブが近々あることを

ただ、この前と違うのは私や紗南ちゃんがソロで出ることだった
それを聞かされた時はただただ不安で、Pさんに「どうしましょう」と言い続けていたのを思い出す
今でもその気持ちは消えなくて、思い出す度に心がモヤモヤとしてしまう

「私も……ライブに向けてがんばらないといけないですね」

「よしっ! ネネさんとあたしもパワーアップしないとね!」

「また明日からライブに向けてレッスンだから」

「よしっ、レナさんや他のみんなをアッと言わせてみせるからねっ!」

紗南ちゃんの言葉に思わず息を飲んでしまう。そう、レナさんや泉ちゃん達もそのライブに出る
順位がつけられるわけじゃないのに、それを考えるだけで息苦しくなってしまう
ずっとPさんの同期の人に言われた言葉が頭に引っかかっていたからだ

誰かより優れているとかそんなことのためにアイドルになったわけじゃなくて
たった一人、妹が喜んでくれること。私がアイドルになったのはそのためで
そんなことですら、他の人の前では霞んでしまって消えてしまうんじゃないかって

「ん? どうしたのネネさん?」

「……なんでもないですよ」

意気込む紗南ちゃんとは対照的に私はずっと答えが出ないままだった
妹や色んな人を元気づけたくて私はアイドルになった
でも、私は本当に妹や多くの人を元気づけられるアイドルになれているのかな?

Pさんに言ったら「バカなこと」って怒られるだろうけど、私は怒って欲しかったんだと思う
今日の夜に電話して聞いてみようかな……。そうすればまた気分が落ち着くから
不思議そうに私を見る紗南ちゃんの視線に答える事もなく、私は遠くを見つめていた


今日はここまでです。

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