穏乃「ウルトラマンギンガ?」 (861)


第一話『星の降る町』


―――阿知賀女子学院・麻雀部

憧「はぁ……」


玄「憧ちゃん……」

灼「今日はずっとあんな感じだね……」

宥「しょうがないよ……だって……」


 ガチャッ!

穏乃「こんにちはー!」バーン

宥「あ」

玄「し、穏乃ちゃん」

穏乃「どーしたんですか?こんなにしけちゃって」


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穏乃「憧もさ!暗いぞー?どうかした?」

玄「穏乃ちゃん……もしかして知らないの?」

穏乃「?何がですか?」

憧「新聞くらい読みなさいよ……はぁ……」

穏乃「な、何だよ……」

憧「………」

玄「憧ちゃんの家……新子神社で火事が起きたんだよ」

穏乃「……え?」


憧「ま、母屋の被害は最小限で済んだけど。境内は全滅かな」

穏乃「そ……そうだったんだ。ごめん、無神経なこと言って」

憧「……んーん。私も変にイライラしちゃってごめん」

憧「ま、命があるだけマシと思わないとね。神社も御神体は無事だったし」

穏乃「無事だったの?」

憧「うん。そんで……仮の神社はここの空き教室を使わせてもらえるって話だから、明日にでも運んでくる予定」

穏乃「へえ……。御神体か」


玄「ところで……。家事の原因って隕石だったみたいだね」

穏乃「隕石?」

玄「うん。昨日の夜、隕石が憧ちゃんちの近くに落ちてその影響で火事……なんだって」

宥「でも……隕石は見つかってないとか……」

穏乃「……『見つかってない』?何ですかそれ」

宥「さぁ……」

憧「意味わかんないよね。隕石も焼けて消えちゃったのかな」


―――翌日、阿知賀女子・空き部室

 ガチャッ

穏乃「こんにちは」

憧「あ、シズ」

望「穏乃ちゃん。久しぶり」

穏乃「……。憧が巫女服着てる……」

望「あはは。バイトだからね」

憧「……あんまり見ないでよね。こっちも恥ずかしいんだから」

穏乃「あ、ああ。うん」


憧「それで何しに来たの?」

穏乃「ちょっと気になることがあってさ」

憧「なに?」

穏乃「この祠の御神体って、見させてもらっちゃダメですか?望さん」

望「……?どうして?」

穏乃「いや……興味本意なだけなんですけど」

望「じゃあダメ。大切なものだから」

穏乃「そうですか……」

憧(……?)

望「さて、そろそろ切り上げていい頃合いだね。憧、部活の方に行ってもいいよ」

憧「はいはーい。お疲れさま。穏乃、着替えてくるから一緒に行こ」

穏乃「うん」


―――廊下

憧「何で急に御神体なんか見たいって思ったの?」

穏乃「なに突然」

憧「突然はそっちもでしょ。何でいきなりあんなこと言い出したの?」

穏乃「うーーーん……。言って信じてもらえるかなぁ」

憧「なに?言っとくけど今の私は大抵のこと信じられるよ?」

穏乃「なにそれ……。じゃあ話すけど」

穏乃「私って山の中て遊ぶのが好きじゃん」

憧「うん」

穏乃「それでさ、遊んでたら……何だろう……恐竜?怪獣?みたいな人形が落ちてたんだ」

憧「………」


穏乃「一つだけじゃないよ?何個もいっぱい。あと、人の形の宇宙人みたいな人形もあった」

穏乃「それでここからが謎なんだけど。それを拾ってから、一週間に一回くらい変な夢を見るようになったんだ」

憧「夢?」

穏乃「うん。説明しづらいんだけど……。映画みたいに、その人形たちが戦ってる夢」

憧「それが何で御神体と関係あんの?」

穏乃「分かんない。何となく……ほら、ビビって感覚がくる時あるじゃん。それ」

憧「……変なの」

穏乃「ま……変なのだよね」


―――その日の夜

 カツーン、カツーン……

穏乃(……結局、来てしまった)

穏乃(でも夜の学校ってホント怖いな……)

 ガチャ……

穏乃(良かった、開いてる)

穏乃(望さん、ごめんなさい)

 ゴトッ

穏乃(……これが御神体?)

 祠に納められていたのは短剣のような形をした銀色の物だった。
 穏乃がそっとそれに手を触れたその時――


穏乃(……っ!?)

 彼女の脳裏にあの夢の映像が流れ込んできた。そして、その続きも。
 怪獣や宇宙人が戦っている中で、黒いモヤがかかった巨大な影法師が現れた。
 それの左手が何かを振り下ろす。戦場に紫の光が走り、その波動を受けた戦士たちの動きが急に停止する。

 全ての戦士たちが止まった直後、白い光に包まれた、あの宇宙人たちに酷似した一人の戦士が降り立った。
 彼は銀色の短剣を振りかざしながらその影に走っていき――

穏乃「――ハッ!」

穏乃(……この、御神体。さっき夢で見たのと同じだ)

 御神体をよく確認するために裏返した時だった。
 穏乃は息を飲んだ。自らの左手の甲に光が刻まれていたのだ。
 それは六芒星だとか、その系統の意匠の紋章。目を見張っていると、それは光を失って消えてしまった。


穏乃(いったい何なの……これ)

??「それは、選ばれし者の紋章」

 その時。
 男の声と共に背後に気配が現れた。

穏乃「!?」

??「君だったのだな。選ばれし者は……」

 声のする方を振り向き、懐中電灯の光を向ける。
 そこに人はおらず――代わりに『宇宙人の人形』によく似た小さな人形がひとつ立っていた。

穏乃「うわぁっ!?」

??「落ち着け。私はウルトラ兄弟No.6、ウルトラマンタロウだ」

穏乃「に、人形がしゃべってる……」


タロウ「早速で悪いが君にやってほしいことが……」

穏乃「……スピーカーでも内蔵されてんのかな?」

 不思議に思って人形を掴みあげる。
 懐中電灯に当ててよく観察してみたが、別段変なところは無いただの人形だった。

タロウ「お、おい。やめろっ」

穏乃「もしかして憧や望さんが仕掛けた罠かもな。約束破った私をおどかそうとしてとか……」

タロウ「ハッ!」

穏乃「!?」

 気がつくと、人形は既に手の中から消えていた。
 慌てて周囲を懐中電灯で照らしてみるが、どこにもその姿はない。


タロウ『明日、神社があった山に来てくれ。その御神体を持ってな』

穏乃「『御神体を持って』って……持ってったら泥棒なんだけど……」

 穏乃はそう突っ込むが、ウルトラマンタロウを名乗る人形からの返事はなかった。
 気配もなくなったことを感じ取り、穏乃は手元の御神体に視線を落とした。

穏乃(……望さん、すいません)

 穏乃は内心謝りながら御神体をポーチの中に仕舞い、祠の窓をそっと閉め、教室から出ていった。


―――翌日、山

穏乃「あっ、いたいた」

 山の浅いところ、一本の木の洞の中にその人形はいた。

タロウ「来たか。さて、君に話すべきことがある」

穏乃「本当に、どういう仕組みになってるんだろ、これ……」

タロウ「真面目に聞け!」

穏乃「…………。はい」


タロウ「嘗て、宇宙のある地点で、怪獣と我々ウルトラマンたちの大規模な戦いが起こった」

穏乃「ちょっと待って。ウルトラマンって何?」

タロウ「詳しいことは後ほど話すが……そうだな。君たちが『地球人』と定義されているように、私たちは『ウルトラマン』と呼ばれていると考えると簡単だ」

穏乃「あぁ。宇宙人って説は当たってたんだ」

タロウ「そういえば君は『人形をたくさん拾った』と言っていたな。それは後回しにするとして」

タロウ「その戦いの最中、『ダークスパーク』の力によってそこにいたウルトラマンと怪獣の全てが人形に変えられてしまったんだ」

穏乃「『ダークスパーク』……?」

タロウ「そうだ。我々の故郷『光の国』に伝わる二つの伝説のアイテム」

タロウ「一つは、生きるものの時を止める『ダークスパーク』。それと対をなす存在を私は知っている」


タロウ「それこそが闇の呪いを解く唯一の希望。今、君が持っている『ギンガスパーク』だ」

穏乃「……『ギンガスパーク』」

タロウ「ギンガスパークは選ばれし者にしか使えないとされている。それが……」

穏乃「私ってこと……?」

タロウ「そうだ。君の手に浮かび上がった紋章、それが何よりの証拠だ」

穏乃「………」

タロウ「さて、君にやってもらいたいというのは、私を元の姿に戻してほしいということなんだ」


「シズーー!」


穏乃「!」

 木の向こうに目をやると、憧が駆け寄ってくる姿が見えた。
 咄嗟にポーチにギンガスパークを仕舞おうとする。しかし、焦ったのが悪かったのか手を滑らせ落としてしまった。

憧「久々に私も来ちゃった。まだ浅いところで落ち合えて良かったよ」

穏乃「あ……あぁ!えっと、そうだね!」

憧「と・こ・ろ・で。何でうちの御神体をシズが持ってるのかな?」

穏乃「……ごめんっ!この人形が……!」

憧「……やっぱりタロウが絡んでたんだ」

穏乃「え?」


タロウ「アコか。彼女とはついこの間……」

憧「私も御神体を見たくてさ、お姉ちゃんがいないときに祠を開けてみたんだ。そしたら変な人形がそこに立ってたんだもん。驚いたよ」

タロウ「変な……」ズーン

穏乃「へ、へえ。憧はタロウの言うこと信じたの?」

憧「……まぁ、玄やシズ見てたらこの世界なにが起きてもおかしくないなって思えるようになったからさ」

穏乃「?」

憧「ま、そんなこんなでさ。タロウも元に戻りたいって言ってるし、リクエストに答えてあげたら?」

穏乃「あーーーうん……。わかった」


―――一方、その頃

やえ「………」ウロウロ

 小走やえは駅の前でぐるぐる歩きながら考え事をしていた。
 その駅は阿知賀郡の最寄りの駅。

やえ(あーーーもう、どうしよう。『ねえ、ちょっと話があるんだけど』)

やえ(『あんたらが強くなるために練習試合を組んだげる』……いや、何でこんなに上から目線なんだ)

やえ(『あんたらが無様な戦いをしないように練習試合を』……いや、もっと上からになってる)

やえ(『負けることなんて許さないんだから、強くなるために協力したげる』……ダメだ、変わってない)

やえ(……あぁもうっ!何でこんなに考えなきゃなんないのよ!)

やえ(それもこれもあいつらが私たちに勝つから――)

やえ(……そうじゃないか。私たちがあいつらに負けたからか)


やえ(……はぁ。もっと強ければなぁ)

やえ(もっと強ければ、あいつらなんか……)

??「どうしたんですか?何かお困りですか?」

 若い女性から声をかけられた。
 駅前で悶々としているやえを見て何かに困っていると勘違いしたらしい。やえはあたふたと取り繕った。

やえ「!い、いえっ!別にそんなんじゃないです!」

??「隠さなくったっていいんですよ?力が欲しいんでしょう?」

やえ「は?」

??「自分より上の『力』にジェラシーを感じてるんですね……。そのダークなハート、使わせてもらいますよ」

 そう言うと、彼女の眼が赤く輝き始めた。
 やえは動くこともできず、その光に囚われて――


―――山

タロウ「さて、始めよう」

タロウ「まず、私の足の裏を見てみてくれ」

 足の裏には小さな模様が刻まれていた。

タロウ「紋章があるだろう?ギンガスパークの先端をそれに近づけてみてくれ」

穏乃「わかった……」

タロウ「ふふ。驚くなよ?」

憧「………」ゴク

穏乃「じゃ、行くよ……」

 人形をギンガスパークにそっと宛がう。
 しかし――


憧「………」
穏乃「………」

タロウ「……え?」

穏乃「確かに、ちょっとは驚いたかも」

タロウ「そ……そんな筈は!もう一度、もう一度試してくれ!」

穏乃「はいはい」

 二、三度同じことを繰り返す。
 しかし、何かが起こる気配など微塵もなかった。

タロウ「な、何故だ……!?」

憧「……やっぱり内蔵スピーカーなのか」

穏乃「タチの悪いイタズラだね」


タロウ「ま、待て!もう一度――」

 その時、ギンガスパークから小さな音がした。
 穏乃は不思議そうにしていたが、何かに導かれるように近くの草むらに足を向けた。

憧「シズ?」

 草むらをかき分ける。するとその中から黒い恐竜のような人形が現れた。

タロウ「そ、それは……ブラックキング」

穏乃「この人形はどうかなー?」ピタッ

『ウルトライブ!ブラックキング!』

穏乃「え?」

憧「え?」

タロウ「なに――」

 人形を触れさせたギンガスパークの先から紋章の光が大きく飛び出してきた。
 驚く間もなく穏乃の目の前を光が包んでいき、思わず目を閉じた。


「………」


 そして次に目を開けるとそこは、『空の中』だった。
 いや違う。足はしっかりと地面についている。だが、目線は恐ろしく高く、森がまるで緑の絨毯のように見えた。


タロウ「バカな!なぜ私へはダメだったのに怪獣へのライブはできるんだ!?」

憧「ライブ?」

タロウ「ギンガスパークの力によってその人形の姿に『変身』することだ。本来なら今ごろ私の姿になっている筈だったのだが……」

憧「……あれがシズってこと?」

タロウ「ああ。あれは“用心棒怪獣”ブラックキングだ」

 その怪獣はゴリラのようにドラミングしてみたり、尻尾を振り回してみたりしている。


憧「何やってんのー!シズー!」

ブラックキング「?」

憧「タロウ!早くシズを元の姿に戻してよ!あんなのがシズだなんて……」

タロウ「す……すまない。実は戻り方は知らなくて……」

憧「はぁ!?こっの、役立たず!」ポイー

タロウ「早く大きくなりたーい!」アーレー

憧「シズーー!誰かに見つかる前に何とか元に戻る方法を……」

 ――その時。ブラックキングの背中に痛みが走った。

ブラックキング「グォォォン!?」

 ブラックキングがたたらを踏む。前へ倒れると憧が危ない――穏乃の意識はそう感じ、精一杯のところで態勢を持ち直す。
 そして背後を振り返る。そこにはもう一体、別の怪獣の巨体が立っていた。


憧「あれは……?」

 体躯は黄ばんだ白で、網目のような黒いラインが流れている。
 頭の左右にはアンテナのような角がくるくると低速回転している。そこから背筋に沿って見ていくと、すらりと延びた尻尾がその巨体の終着点だ。

タロウ「あれは……“宇宙怪獣”エレキング!」

 一方で穏乃の意識は、エレキングの中に一人の人間の意識が存在するのを『視認する』ように感じ取っていた。

穏乃(あれって……晩成の先鋒の……?!)

 凶悪な顔つきをしている小走やえの右手にはギンガスパークによく似た物が握りしめられていた。
 それを見た穏乃はハッとした。それは夢の中で見た『大きな影法師が持っていた物』に酷似していた。


 しかし次の瞬間、彼女の意識は現実の風景に引き戻された。
 ブラックキングの体にエレキングの怪光線が命中し、鋭い痛みが走ったのだった。

ブラックキング「グォォォン……!」

 足がよろけ、背後に倒れ込んでしまう。
 穏乃の肝は思わず冷えきったが、背に感覚が無かったことに心底安堵した。憧は安全な場所へ逃げたようだ。

穏乃『こっの!』

ブラックキング「グォォォ!!」

 体全体に勢いをつけ、肩でエレキングの腹にタックルした。
 その衝撃でエレキングは後ずさりしたが、その尻尾がブラックキングの蛇腹に巻き付いた。

エレキング「ピギャァァァ!」

 エレキングの甲高い鳴き声が木霊する。尻尾から電撃が流れ、ブラックキングの体を伝っていった。

ブラックキング「グ、グォォォォォ……」


 エレキングは尻尾をほどき、体を回転させて尻尾をブラックキングにぶつけた。
 ブラックキングは体に走る電流に痺れ、動くことができずに倒れてしまう。

やえ『あっはっはっは!やっぱり王者はこの私ただ一人だけなんだよ!』

 エレキングの閉じた口から半月状の光弾が発射された。
 それはブラックキングに激突し、そして気をよくしたエレキングは周囲に光弾を放ち続ける。

 そして、その内の一発が憧のいる場所へ向かっていった。

憧「きゃぁーーっ!」

タロウ「ウルトラ念力!」

 今にも命中しようとしたその時、憧の前方の宙に虹色の波紋が広がった。
 タロウがその力で光弾の方向を変えたのだ。しかし直前であったため、光弾はすぐ近くに着弾し、その衝撃波で憧の体勢が崩れ、タロウも吹き飛んでしまう。


タロウ「うわーーっ!」

憧「きゃぁぁっ!」

エレキング「ピギャァァァ!!」

 エレキングが憧の方へ光弾を乱射した。
 万事休すかと憧が思ったその時、大きな影がその場所を覆った。

ブラックキング「グォォ、ォォォォ……」

 憧とタロウが目を向けると、ブラックキングが両手を広げて二人を守っていた。
 そしてそのダメージは本体である穏乃に伝わっていた。

穏乃『あ、がは……っ!』

 頭がぐらりと揺れ――意識が遠退きそうになる。
 しかも今なお攻撃は彼女の背中を襲い続けていた。一撃一撃が彼女の肉体と精神を削り取っていく。


憧「シ……ず……」

 地面に倒れる憧がブラックキングの巨体を見上げた。それを見た穏乃は何かに目覚めるように歯を食いしばる。

穏乃(このまま……こいつの攻撃を止めることができなかったら、私も憧も危ない)

穏乃(きっと、そのあとは学校や町だって……!)

 穏乃の脳に仲間たちとの日々が蘇る。
 久しぶりの再開。必死の特訓。そして県予選の試合。

穏乃『みんなの夢を……潰されてたまるかぁっ!!!』

 その時。穏乃の視界が急に開け、ありったけの光に包まれた。
 その中で、右手に握りしめられていたギンガスパークの刃の両端が開き、三ツ又の形状に変化した。


 穏乃は目を見張った。その先端から小さな光が飛び出し、一つの人形を象った。
 それはウルトラマンとよく似た人形。穏乃の頭に彼の名前が刻まれる。

穏乃『ウルトラマン、ギンガ……』

 意を決したように、穏乃はそれを掴んでギンガスパークに宛がった。


『ウルトライブ!ウルトラマンギンガ!!』


 一方、外界ではエレキングが死体のように固まったブラックキングへ間を置かず攻撃を続けていた。
 しかし急にブラックキングの体が光り始めた。エレキングはそれに怯み、攻撃の手が一旦途絶える。

 その光は球体となって空へ飛び上がり、そして地面に衝突した。
 大地が揺れ、土埃が立つ。強い風が吹き荒れ、竜巻のようにその中心へ廻っていく。


憧「……なにあれ」

タロウ「何だ……!?あのウルトラマンは!」

 光が晴れ、風が弾けるように止んだ。
 そこに佇んでいたのは、黄金に輝く瞳を持ち、銀の肌に燃えるような赤のラインを流す巨駆。
 頭にはギンガスパークの三ツ又を思わせる大きなクリスタルが存在し、胸や腕、脚にも透き通るような水色の結晶が取りついていた。

 その蒼き光りの戦士の名は――“ウルトラマンギンガ”!

エレキング「ピギャァァァ……!?」

ギンガ「ハァッ!」

 ギンガがエレキングの懐にボディーブローを入れる。怯んで頭が下がった怪獣の頭を首から掴み、その体を背に乗せる。


ギンガ「ショ……ラッ!!」

 怪獣の巨体が宙に舞い、弧を描いて地面に叩きつけられた。しかしエレキングはそのままの体勢で自らの尻尾をギンガに巻き付ける。
 尻尾から電流が巨人の身体に流れた。ギンガは少し苦しがっていたが、すぐに腕を思いきり広げ、尻尾を撥ね飛ばして解いた。
 ギンガは後方に転がって怪獣と距離をとった。エレキングは攻撃の手を緩めず、半月状の怪光線を放つ。

ギンガ「ハッ!」

 振り向き様に、ギンガが前方に手を翳す。するとそこに渦巻銀河のような見た目の光の盾が現れ、光弾を防いだ。

憧「スゴい……」


ギンガ「シュ……ハァァッ!!」

 大地を蹴り、ギンガが跳躍する。エレキングの光弾を宙で一回転して躱し、すれ違いざまに手刀を繰り出す。
 ギンガがエレキングの背後に着地すると同時に右の角が弾け飛んだ。

エレキング「ピギャァァァ!?!?」

 連続でバク転し、ギンガが怪獣との距離をとる。
 直立したギンガは左腕をゆっくりと空に上げた。それにつれて身体中のクリスタルは青色から黄色に変わり、輝きを解き放っていく。

 憧とタロウは息を飲んで見守っていた。
 エレキングは悲鳴を上げながら痛がっていたが、ギンガの掌から空に向かっていく電気の渦に気づいた。

エレキング「ピギャァァァ!!!」


 全身の力を振り絞り、口から光弾を発射する。猛スピードでそれはギンガへ向かって行ったが、それは巨人が技を発射するのと同時だった。


ギンガ「――ギンガサンダーボルト!!」


 空高くから集めてきた雷撃の渦状光線――“ギンガサンダーボルト”はエレキングの光弾をいとも容易く消し飛ばし、そしてその身体に激突した。
 その衝撃は凄まじく、命中した怪獣の体を宙に浮かび上がらせていく。

エレキング「ピ……ギャァァァァ!!!」

 一際大きい悲鳴と共に青空の中に爆炎が展開された。
 緑の稜線の中に紫色の光の筋が細く落下していく。それを見たギンガは腕を構え、少しの光の中に消えていった。


憧「……シズ!」

 巨人が消えた跡には穏乃がぽかんとした様子で佇んでいた。
 それを見た憧は一目散に駆け寄り、その小さな身体に抱きついた。

穏乃「……憧」

憧「もう……心配させて」

穏乃「そんなに心配した?すっごく……漲ってたんだけど」

 笑い声をあげた穏乃に釣られて憧も笑い出す。
 暫くそうしたあと、二人は紫の光が落ちたところへ歩いた。


やえ「うっぷ……」

穏乃「晩成の……」

憧「小走やえさん!?怪我してる!?」

 小走やえがそこに倒れていた。
 普通の様子ではなく、その顔は真っ黒に煤けており、口が開くたびに煙が吹き出されていた。

穏乃「違う……。さっきの怪獣はこの人だったんだ」

憧「え……?」

穏乃「私は見たんだ。この人も私と一緒で怪獣に変身する力がある……」

 しかしふと、穏乃は気付いた。
 戦闘中に見た『黒いギンガスパーク』が彼女の手に握られていなかったのだ。
 辺りを見回してみるが、見当たらない。

穏乃「……どういうことだ?」

憧「何が……?」


やえ「えほっ、けほっ」

穏乃「!気がつきましたか?小走さん」

やえ「……わ、私は?」

穏乃「覚えてないんですか?」

やえ「えっと、確か私は駅にいて……」

 しかしいくら待っても次の言葉は返ってこず、しまいには頭を抱え込んでしまった。

穏乃(とにかく、私がウルトラマンに変身したことは知られてないみたいだな)

穏乃「憧、とりあえずこの人を病院に運ぼう」

憧「うん」

 ・
 ・
 ・


―――翌日、通学路

穏乃「憧ー!」

憧「シズ」

穏乃「ねえ、あの晩成の小走さんのこと、なんか分かった?」

憧「なんか?何で晩成の小走さん?」

穏乃「え?あの人が怪獣になったことの原因を調べようって話だったじゃん」

憧「……は?何の話?」

穏乃「………」


憧「どうしたの?まだ寝ぼけてるんじゃない?」

穏乃「あ……あぁ。そうかもしんない」

憧「うん。早く学校行こう。練習しなきゃ」

穏乃「うん……」

穏乃(……?)


To be continued...


登場怪獣:ウルトラセブン第三話より、“宇宙怪獣”エレキング
       帰ってきたウルトラマン第三十七話、三十八話より、“用心棒怪獣”ブラックキング


続きまた今度書きます
次からは咲-Saki-っぽく…


第二話『灼熱の復讐』


穏乃(あの日から一ヶ月くらい経った)

穏乃(あの場に居合わせていた憧、そして倒れていた小走さんも何も覚えていないらしい)

穏乃(つまり、私がウルトラマンに変身することができると知っているのは私とタロウだけになった)

穏乃(私たちは記憶が無くなった謎について考えたけど、結局納得のいく説明はつけれなかった)

穏乃(ただ、ひとつ分かったこともある)

穏乃(小走さんのライブが解けた後、そこには『エレキング』の人形が転がっていた)

穏乃(私が見た『黒いギンガスパーク』と合わせて推測すると、恐らく小走さんは何者かの手によって怪獣へライブする能力を与えられたのだろう)

穏乃(記憶が消えていることにも何か関係があるのでは――私たちはそう考え、正体が分からない敵を待ち受けることになった)

穏乃(だけどその後は怪獣は現れず、私は麻雀部の遠征練習に専念することができた)

穏乃(そして八月。私たちはインターハイへ出場するために東京へ来ていた)


―――東京のホテル

穏乃「ふお~……」

晴絵「デラックスツインを三部屋取ってある」

憧「うおっ、豪華!」

晴絵「部屋割り決めてちゃっちゃと休みましょう」

 ・
 ・
 ・


―――玄・宥の部屋

玄「おねーちゃん、外出ない?」

宥「え?何しに?」

玄「コンビニとか探しに。……やっぱり都会のコンビニって違うのかな。田舎と」

宥「おんなじだと思うけど……。じゃあ一緒に行くね」

玄「うん。先生に外出許可とってくる」

宥「うん」


―――灼・晴絵の部屋

晴絵「東京かぁ……」

灼「どうしたの、ハルちゃん」

晴絵「んー……。10年前も来たなぁっていう?おばさんっぽいかな?」

灼「そんなことないよ」

 コンコン

晴絵「はーい?」


 ガチャッ

玄「先生、おねーちゃんとコンビニ行ってきたいんですけど、いいですか?」

晴絵「うん。日がそろそろ落ちるから早めにね」

玄「はい。灼ちゃんも行く?」

灼「いや……今からシャワー浴びるから」

玄「わかった。じゃあ、行って参ります」

晴絵「車に気を付けてね」

玄「はい!」


 バタンッ

灼「じゃあ、先にシャワーもらうね」

晴絵「うん」

 ガチャッ、バタンッ

晴絵(10年前か……)

 晴絵が窓の外の景色に思いを馳せていた中、彼女の携帯が着信音と共に振動し始めた。
 ディスプレイに記されていた名前に晴絵は思わず息を飲んだ。

晴絵「………」

 晴絵は携帯をぱたりと閉じ、カーテンを引いた。


―――ホテルロビー

宥(クーラー効いてて寒い……)

玄「おねーちゃん、大丈夫?」

宥「う、うん。平気」

 ウィィーーン

宥(……やっぱりお外はあったかくて良いなぁ)

玄「あ、なんだ。向こうに見えるね」

宥「そこそこ近くて……便利で良いね」

玄「うん」


宥「そういえば何買うの?」

玄「アイスとかジュースとか。ホテルの中で買うと高そうだし」

宥「うちの旅館でもそうだしね……」

玄「………。そ、そうだね……」

 ウィィーーン

店員「いらっしゃいませー」

宥「っ!」ブルッ

玄(うーん、あんまり変わったところはないかなぁ)キョロキョロ

宥「く、玄ちゃん……」

玄「ん?」


宥「さ、寒いから……私、お店の外で待ってる……」ガクガク

玄「うん。大丈夫……?」

宥「何とか……。それじゃあね」

 ウィィーーン……


宥「……はぁ」

宥(おこたがないからあったまれるところがないなぁ……大丈夫かなぁ私)

宥(それにしても、冷房効きすぎじゃないかなぁ……?こんなに電気使ってたら地球の環境が破壊されちゃうよ)

宥「はぁ……」

??「何かお困りですか?」

宥「え?」


 いつの間にか、宥のそばに若い女性が立っていた。
 ため息を繰り返していた宥を見て何かに困っていると勘違いしたらしい。宥は慌てて取り繕った。

宥「い、いえ……。何でもないんです」

??「隠さなくってもいいんですよ。寒いのが辛いんでしょう?」

宥(え、何で……この人……?)

??「あなたのヒートなハート、使わせてもらいますよ」

 そう言うと、彼女の瞳が赤く輝き始めた。
 宥の心はその光に取り込まれるように囚われてしまい――


―――穏乃・憧の部屋

 東京の空は茜色と黒が混じり、日没が訪れていた。
 部屋の中の浴衣に着替えた穏乃は、火照った体をベッドに押し付けて全身を冷ましていた。

憧「遂に来たね、東京……」

憧「全国大会……」

穏乃「うん……」

憧「和に会いに行く?」

穏乃「いや……向こうが来ないならこっちも行かない」

憧「まず清澄と戦ってみたいね」

穏乃「……うん」


 その時。穏乃は肌から違和感を感じた。

穏乃「……ねえ、憧」

憧「なに?」

穏乃「暑くない……?」

憧「……確かに。エアコン壊れてるのかな?」

 立ち上がり、憧は空調の方を見に行った。
 それを見た穏乃は自分の荷物の中から人形を二つ、そっと取り出す。

タロウ「やっと出てこれた……」

 できるだけ声を絞り、ウルトラマンタロウの人形が声を出した。
 穏乃の右手にはもう一つの人形、エレキングのそれが握られている。


穏乃「……タロウ。何か様子が変な気がする。外の様子を探ってみてくれない?」

タロウ「……分かった。何か異常があったらすぐに知らせる」

穏乃「車に気を付けてね」

タロウ「私は子供じゃないぞ?!」

穏乃「ばっ……!」

 思わずタロウの声が大きくなる。
 憧がこちらに近付いてきたが、既にタロウは少しの光と共に穏乃の左手の中から消えていた。

憧「異常は無さそうだったけど……。さっき……何か、男の人の声がしなかった?」

穏乃「気のせいじゃない……?はは」

憧「……?もしかしたらここのホテル、案外壁が薄いのかもね。あんまり大声出しちゃダメだね」

穏乃「うん……」

 ――その時。けたたましいベルの音が部屋の中に響いた。


―――外

玄「う……わぁぁぁっ!!??」

 コンビニの中は阿鼻叫喚に包まれ、店員と客が揃って逃げ出していた。
 コンビニだけではない。道路にも人が溢れかえり、人々が逃げ惑っていた。

 ビルに火がついていた。そのとき空を裂く轟音がし、それは何かの生物の声にも世界の終わりの音にも聞こえた。
 ビルがひとつ崩れ去った。残った瓦礫は炎に包まれ、その余りの高温にコンクリートが溶けていく。

玄「おねーちゃん!おねーちゃん!どこ!?」

 またひとつ、崩れ去る。崩落の凄まじい音がうねるようにビル群の中を吹き抜け、逃げ惑う人々の恐怖心の火を煽った。
 そして不運なことに、姉を探していた玄は落下してくる瓦礫の雨に襲われてしまった。

玄「きゃぁぁぁぁっ!!!」


タロウ「ウルトラ念力!」

 暫く経っても何も起こらず、玄は恐る恐る逸らした顔を戻した。
 彼女の前方には赤く小さい妙な人形が空に浮かんでいた。その頭上には虹色の波紋が広がり、降り注ぐ瓦礫を撥ね飛ばしていた。

タロウ「ここは危ない!早く逃げろ!」

玄「え……?え……?」

 混乱する玄は足が木になってしまったようにそこから動くことができなかった。
 そして、崩れ去ったビルの炎と埃と瓦礫の向こうに、この凄惨な事態の元凶が現れた。

 四つ足で歩くその巨体は爬虫類のようであり、ゴツゴツとした黒い皮膚に覆われている。
 その背にはヒレ、頭には短く突き出す角が伸びており、それらはそれぞれ燃え盛る炎のような赤色に染められていた。

タロウ「あれは……“灼熱怪獣”ザンボラー……!?」


―――ホテル

 ホテルの中にけたたましい警報の音が絶えず鳴り響いていた。
 人々は一目散に階段を降りていく。
 格好は浴衣であったり、バスローブであったりしたが、それぞれの目的は変わらず『逃げる』というもの以外には何も無かった。

 憧も浴衣姿で慣れない格好に悪戦苦闘しながら逃げていたが、ふと気づく。

憧「シズ……!?」

 廊下までは一緒にいた穏乃が居なくなっていた。
 憧はホテルの中に戻ろうとしたが、激流のように押し寄せてくる人の波に逆らえず押し流されていく。

憧「シズ……!?どこ!?シズーーー!!」


 穏乃は部屋に戻っていた。窓の向こうに見える空が、夜だというのにとても明るい。その下には立ち上る炎と黒煙が見える。
 そして、その中を闊歩する黒い怪獣の姿も、火に照らされて視認できた。

 穏乃はギンガスパークを取り出し、エレキングの人形をそれに宛がった。

『ウルトライブ!エレキング!!』

 窓の縁を蹴り、穏乃は空に身を投げ出した。
 彼女の体は光に包まれ、次第に形が変わり、サイズも巨大になっていく。


ザンボラー「グオォォォン!!!」

 ザンボラーが一声上げる。それに呼応するように炎の勢いが巨大化し、怪獣の周囲はまるで不知火のような景色が展開された。

エレキング「ピギャァァァア!!」

 そこに、少し離れてエレキングが降り立った。

「な、何だよあれ!」

「またもう一体出やがった!」

 群衆が声を張り叫ぶ。
 エレキングは足元に気を付けながらザンボラーに近づいていった。


 ある程度近づいたとき、ザンボラーの中にライブしているであろう人物の姿が見えた。
 怪獣の正体は――

穏乃『ゆ……宥さん!?』

 真夏だというのにピンクのコートとマフラーに身を包む少女は、紛れもなく松実宥だった。
 表情は恍惚としており、瞳は生気が溢れんばかりに輝いている。その手には『黒いギンガスパーク』が握られていた。

 穏乃は宥への攻撃に少し躊躇いを覚えた。
 しかしビル群の破壊によって多くの人の命が奪われたことを考えると手に汗が滲んだ。

穏乃『宥さんがこんなことを……』

 そう呟いた直後、穏乃はハッと我に返った。
 両腕を広げ、ザンボラーの突進を受け止める。――が。

エレキング「ピギャァァァア!?!?」

 ザンボラーの背中に回した手に痛みが走った。手だけでなく、ザンボラーの体に触れている部位に永続的な痛みが襲っている。


タロウ「シズノ!ザンボラーの体温は5000度だ!迂闊に触れると逆にダメージを負うぞ!」

玄「し……穏乃ちゃん?穏乃ちゃんがどうかしたの……?」


 エレキングは尻尾を回してザンボラーの胴体を攻撃したが、逆に焼けるような熱さが痛みに変わって神経に流れた。
 接触攻撃は無理だと判断したエレキングは距離を取り、口から半月状の怪光線を吐き出した。

ザンボラー「グオォォォン……」

 クリーンヒットし、ザンボラーが呻き声を上げる。エレキングは続けざまに光弾を放ち続けた。

晴絵「玄ーーー!!」

玄「先生!」

晴絵「無事だったか――」

 駆け寄ってきた晴絵の視線は宙に浮かぶタロウの人形に釘付けになった。

晴絵「……ウルトラマン」

玄「先生……?」


 ザンボラーがエレキングに突進を始めた。
 エレキングは光弾を浴びせるが、意に介せずザンボラーは突進をやめない。

 触れると危ない――そう思った時には手遅れで、ザンボラーはエレキングの腹に乗り掛かり押し倒した。

エレキング「ピギャァァァア!!!」

ザンボラー「グオォォォン……!グオォォォン!!」

 エレキングが悲鳴を上げる。口から光弾を放つが、ザンボラーは首を抑えているため向きが変えれず、光弾は虚空へ消えていく。
 ザンボラーが鳴き声を廃墟に響かせる。呼応するように炎が起こり、二つの巨体を取り囲む。

穏乃『あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ぁぁ……っ!!』

 エレキングへの攻撃はそのままライブする穏乃に伝わり、彼女の体を焼き尽くす高温で包んでいく。


穏乃(……どうしてこうなったんだ)

穏乃(みんな、ただ夢を追っていただけだったのに……今や宥さんは大量殺人鬼)

穏乃(誰が、こんな、酷い真似を……!)

穏乃(許せない……絶対に!)

 その時、穏乃の視界が光の中に包まれた。
 彼女の右手の甲に紋章が浮かび上がり、ギンガスパークが三ツ又へと形状を変える。

 その先端から飛び出した小さな光はひとつの人形を象り、穏乃は勢いよくそれを握りしめた。

穏乃『お願い、ギンガ!』


 ギンガの人形をギンガスパークに宛がう。


『ウルトライブ!ウルトラマンギンガ!!』


 エレキングの体が光に包まれ、空へ飛び上がった。
 その体を押し倒していたザンボラーは弾き飛ばされ、背中から倒れ込む。

 そして、光が勢いよく地面に衝突し、逆巻く風は煙と粉塵を巻き込んで黒い天の彼方へ消し飛ばした。

 黒煙と極光の螺旋の中から現れた銀と赤の戦士の名は――“ウルトラマンギンガ”!

ギンガ「ハァッ!」

ザンボラー「グオォォォン……!」


 ザンボラーは起き上がり、ギンガへ突進する。ギンガは宙返りしてザンボラーの上空ですれ違い、勢いのままに蹴りを繰り出した。
 ――が。着地したギンガはうずくまり、足に手をやった。

タロウ「ダメだ、触ったら無条件にこちらにダメージが向かう……。それは、どんな姿に変わろうともだ……」

晴絵(どういうことだ……。またウルトラマンが……?)


ザンボラー「グオォォォン!!」

ギンガ「!」

 ザンボラーのヒレが光り出し、ギンガの周囲から炎が立ち上った。
 ギンガの強靭な肉体はその炎によって燃えることはない。だが確実に、ライブする穏乃の肉体から体力を奪っていく。


 蓄積された疲労に耐えきれず、ギンガは膝をついた。
 それを見たザンボラーが突進する。受け止めるギンガの手に高熱が伝わり、怯む。その拍子にザンボラーが首でギンガを撥ね飛ばした。

ギンガ「ハァァッ……!!」

 よろよろとギンガが立ち上がり、首を振った。二、三回バク転し、ザンボラーから距離を取る。
 ギンガは腕を交差させ、そしてファイティングポーズを取った。全身のクリスタルが赤く光り輝いていく。

 それと同時に周囲の炎がギンガの近くに集まっていき、彼の側に現れた六つの隕石に纏った。


ギンガ「――ギンガファイヤーボール!!」


 拳を前へ突き出す。
 導かれるように隕石はザンボラーの体に向かって一直線に向かっていき――ザンボラーのヒレが発光すると同時に消滅した。


ギンガ「ヘァッ!?」

ザンボラー「グオォォォン……!」

 ザンボラーの体温は周囲の気温に絶大な影響を与えている。
 隕石はその温度に耐えきれず、砕け散ってしまったのだ。

 そして、呆然とするギンガの胸の宝石のような装飾が音を立てて点滅し始めた。

ギンガ「ヘァ……?!」

タロウ「それは『カラータイマー』だ!ギンガが我々のようなウルトラマンと同じ存在なら、恐らく地球上では三分前後しか活動できない!」

ギンガ「!」

 気付くとザンボラーの姿がすぐ前にあった。
 頭で腹を殴り、角で突く。ギンガは背後へ倒れ込む。そして、その合間にもカラータイマーは絶え間なく点滅を続ける。


穏乃『く……そ……っ』

タロウ「……シズノ!水だ!ウルトラ水流を使え!」

穏乃『……??』

タロウ「もし仮に――ギンガが我々と同族なら、我々の基本技であるウルトラ水流も使える筈だ!」

 ギンガが力を振り絞り、立ち上がる。
 ザンボラーは炎の中、歪んで見える空間の中で足音を立てながら歩んでくる。

ギンガ「ウルトラ水流!」

 両手を広げ、そして体の前方で両掌を合わせて指を敵に向ける。
 その一連の動作は穏乃の頭の中に刻まれていた。初めから知っていたかのようにその技を出すことができた。


 合わさった指から勢いよく水流が放射され、ザンボラーの身体に降りかかった。
 まさに『焼け石に水』という言葉が相応しいが、怪獣へライブする人間にそのままダメージは伝えられる。つまり――

宥『うわぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!』

 寒がりの宥にとっては、傷口に塩水を当てられているようなものだった。

宥『やめ……っ!うわぁあぁぁ……!やめて!やめてぇぇぇぇ!!寒いぃぃぃ!!』

穏乃『……。宥さんはとばっちりを受けただけかも知れないですけど……』

穏乃『これは罰です。受けてください。ちゃんと』

宥『いやぁぁあぁぁぁぁああ゛あ゛ぁ…………』

 暫く放水とザンボラーの悲鳴が続いたのち、怪獣は力なく倒れ、動かなくなった。
 ザンボラーの体が煙に包まれるように消えていく。それを見たギンガも膝をつき、霞むように消えていった。


穏乃「はぁっ!はぁ……っ!」

タロウ「……よく頑張ったな。シズノ」

穏乃「……。でも……怪獣の正体は……宥さんだった……」

タロウ「ユウ?マツミ・ユウか?」

穏乃「うん……」

タロウ「そうか……。大変なことになるな」

穏乃「せっかく、ここまで来たのに……」


穏乃(その後、私と宥さんは赤土先生に助けられてホテルに帰った)

穏乃(私は――この日に起きた出来事を信じたくなくて、ベッドに倒れ込んだらいつの間にか眠ってしまっていた)


 ・
 ・
 ・


―――翌朝

 ガチャッ

玄「おはようー。二人とも、起きて」

穏乃「………」

憧「ん~~……。おはよ……」

玄「そろそろミーティングだよ」

穏乃「ふぁい……」


―――灼・晴絵の部屋

穏乃「おはようございまーす……」

憧「おはようー」

晴絵「おう。おはよう」

灼「おはよ……」

穏乃「……宥さん、大丈夫ですか?」

宥「?何が?」

穏乃(やっぱり覚えてないのか)


穏乃「いえ、何でもないです……。ミーティングしましょう」

晴絵「今日の予定は抽選会。昨日、地震で手抜き工事だったビルが倒壊するという事故が起きたけど……それは関係なしに予定を進めるらしい」

穏乃「……え?」

晴絵「なんだ知らないのか?まぁ、新聞もニュースも見る時間なかったかぁ」

穏乃「え……?え?地震?」

晴絵「あぁ……そうだ。しずも一緒に避難したじゃないか」

穏乃(え……?どういう……?)


憧「もしかしてシズ、まだ寝ぼけてるんじゃないのー?」

穏乃「……そ、そうかも……な。うん……」

晴絵「………」


穏乃(宥さんは怪獣に変身してたくさんの命を奪った)

穏乃(法で裁くことができないとは言え、私はその事を秘密にしておくことはできないと思っていた)

穏乃(だけど命が奪われたのは『怪獣』のせいじゃなく、『手抜き工事』のせいだという事実が既に作り上げられていた)

穏乃(私は結局、本当の事を胸の中に仕舞っておくという選択肢を取ってしまった……)


―――抽選会

晴絵「じゃあ灼、抽選頼む」

灼「はい」

憧「ぶちかませー!」

玄「灼ちゃん、ファイト!」

灼「ただの抽選におおげさな……」


晴絵「じゃあうちらは観客席行こう」

穏乃「なー。もしぐーぜん和に会っちゃったらどうする?」

憧「それはもうしょうがないんじゃない?」

 コツン……

穏乃「んー……会っちゃうかもなー……」

憧「ホントは早く会いたいからね」

 コツン…………


晴絵「……!」

 晴絵が何かしらの気配に気づく。
 “それ”は前方より歩行してくるセーラー服の一人の少女。
 しかしそれとすれ違う瞬間、凄まじいほどの寒気が、まるで電撃のように彼女の全身を駆け巡った。

晴絵「……っ!?」

穏乃「え?なに……」

憧「……あの制服!」

穏乃「!清澄――」

 穏乃が振り向く。静かに廊下を歩いて行く小さな後ろ姿が見えた。
 そしていつかの、龍門渕の天江衣の言葉を思い出す――


 『衣に土をつけたのはののかじゃない』

 『清澄の嶺上使いだ――』

穏乃(同い年)

穏乃(なんて言ったっけ名前――)

穏乃(たしか――)

 咲……! 宮永咲……!!

穏乃(私の倒すべき相手だ――!!)


To be continued...


登場怪獣:ウルトラマン第三十二話より、“灼熱怪獣”ザンボラー

続きまた今度書きます


第三話『東京大龍巻』


―――開会式終了後、清澄の宿舎

久「今日は抽選会と開会式お疲れ様。取材を受けてた和と迷子になってた咲は特にね」

まこ「あんたもな」

優希「開会式までに見つかってよかったじぇ」

久「うちの初戦は三日目だから明日と明後日は試合がありません」

久「その間にダラけてダメにならないよう最低限の調整は行います……が。明日の午前は休養とします」

久「開幕カードを観戦するも良し、東京見物も良し」

まこ「ここで寝て過ごすも良し」

優希「メヒコ料理屋でタコスランチを食べるも良しだじぇ」


咲「あ……そうだ……。染谷先輩にスカート返さなきゃ」ガタ

久「え……何、どーゆーこと?」

咲「今朝、寝ぼけて急いでたら間違えちゃって」カチャカチャ

まこ「……。それ似おーとるからはいときんさい」

優希「似合うじぇ」

和「アリですね」

咲「んん……そうかな」

 ストン

まこ「じゃけえはいとけゆーとるんに!」

咲「あわわ」

久(……。これが最後の楽しい休息になるのかしら……)

 ・
 ・
 ・


―――翌朝、インターハイ一日目、阿知賀のホテル

玄「おはよー!あと五分でミーティングだよっ」

穏乃「ふぁ」

憧「おわーマジだ……。シャワー浴びらんない」

穏乃「……。何……?ここどこ……?」

憧「ホテルだよ、東京の!」

穏乃「……ああ!」

穏乃・憧「………」


穏乃「インハイだっ……!」ガバッ

憧「忘れちゃダメそれ!」

 シャッ

穏乃「ふおー。夜景じゃなくなってる」

憧「うん」

憧「……朝だからね」


―――灼・晴絵の部屋

晴絵「もう見てると思うけど、昨日の抽選の結果……。今年のトーナメント表」パサッ

穏乃「!これって……。清澄って完全に逆側!」

憧「そうだよ……。昨日玄が『決勝まで行かないとだね!』って言ってたでしょ」

穏乃「でもこれじゃ和のチームと戦う前に……とんでもないのと当たる……!」

穏乃「白糸台高校……日本で一番強い高校……!」

憧「うちらが誰も勝てなかった三箇牧の…………」

玄「荒川憩さん?」

憧「うん。あの人が……」

憧「白糸台の宮永照はヒトじゃない、って言ってた」

一同「………」


晴絵「ま。暗くなったところでどうなるわけでもない。とりあえず最初のタスクひとつずつ!」

穏乃「東京見物!」ビシッ

憧「切り替えはやっ!?」

晴絵「はいはい。それはインターハイが終わってから。今日はホテルの前でテレビの前!」

宥「左上ブロックの一回戦を観戦……でしょうか……?」

晴絵「いや。富山・福島・岡山の地区大会の映像だよ」

晴絵「初戦の相手をチェック。確実に倒せるようにね」

晴絵「それじゃ、朝食を取ったら少し休憩を挟んだ後、この部屋に集合。いいね」

一同「はい!」


穏乃(……今日は缶詰か。外の様子が分かんなくなるな)

穏乃(タロウに頼んでパトロールして来てもらうか……)


―――龍門渕のホテル

透華「は・ら・む・ら、のどかー!」キャー

和「その……二人称がフルネームっていうの変じゃないですか?」

透華「そ、そうですの?」

和「はぁ」

透華「こ、こほん。なら……『原村さん』で良いでしょうか……?」

和「はい。っていいますか、そちらが年上なんですからお好きに……」

透華「……!なら、の、のど……」

透華(い、いや!いきなり呼び捨てとか何を考えているのですか私は?!)

透華(そのまま!これから親交を深めるにつれて呼び方を変えればよろしいのですわっ)

一「……。それにしてもごめんね、原村さん。うちの透華の変な趣味に付き合わせちゃって……」

和「い、いえ。私も楽しいですし」


透華「さ、原村さん!この服も似合うと思いますわっ」

和「わぁ、かわいい服……」


一(………)

 ・
 ・
 ・

和「それでは、そろそろ時間なので」

透華「はいですわっ!」ニコニコ

一「重ねて言うけどごめんね。それじゃあ」

和「はい。それでは」


透華「…………はぁーー……」

一「……。なに?そんなに緊張してたのー?」

透華「き、緊張ですって!?してませんわ、そんなのっ」

一「………」

透華(はぁ……メイド服姿の原村和、めちゃくちゃ可愛かったですわ……。頼み込んで写真とらせてもらえば良かったでしょうか)

透華(は、原村和ではなくて……原村さん。そう、これからは原村さんですわ)

一「………」

一「それじゃ、これから衣たちと合流してファミレスだね」

透華「そうですわね。一、着替えていらっしゃい」

一「はーい」


 ヌギヌギ

一(……全く、透華のヤツ鼻の下伸ばしちゃって)

一(ボクがあんなにアピールしてるのに原村さん一直線は変わんないでやーんの)

一(……。そうだ、この服着て……)


一「着替えてきたよ、行こう」

一(ふふ、この露出度。限りなく黒に近いグレーゾーンな服!必ずや透華を振り向かせて見せるっ)

透華「………」

透華「それでは行きましょうか」クルッ

一(む、無反応……!?)ガーン


―――ファミレス

純「あ、こっちこっちー」

透華「お待たせしましたわ」

一「お待たせー」

華菜「私らも今来たところだし……って何だその服?」

一「ボク?」

華菜「ああ……スゴい露出度だな。多分私がお巡りさん呼べば捕まるレベルだぞそれ」

一「うっ……」

純「国広くんには露出狂のケがあるからな。多目に見てやってくれ」

一「な、なにそれ!」


未春「確かに、目のやり場に困るというか……」

一「ちょっ」

智紀「……冷静に考えると、異常」ボソッ

一「ともきーまで!?」

透華「確かに、今日はいつにも増して露出が酷いですわね」

一「そ、それは……!」

一(ボクは透華を振り向かせるために……)

透華「これから少し矯正を考える必要性がありますわね」

一「こ、衣!衣はどう思う?!」


衣「それも一の個性と考えると然したる問題では無いだろう」

一「ころもぉ……!」ウルウル

衣「だが……」

一「!?」

衣「一が捕まるというのを考えると痛嘆だ。透華の言うように癖の矯正をした方が……」

一「う……うわぁぁぁぁぁぁ!!!」

 ダダダ……

一同「………」

華菜「……誰か追わないのか?」

透華「純、お願いしますわ」

純「はぁ……しゃーねーな」


―――路地

 ダダダダダ……

一「はぁ、はぁ……」

一(何で、何でみんな認めてくれないんだ!露出はボクのかけがえのないアイデンティティーなのに!)

一(このまま露出を減らされ続けたら、透華は……絶対ボクに振り向いてくれなくなる)

一(露出が認められる世界に……そんな世界になれば……っ!)

??「なにかお困りですか?」

一「!?」

 一が振り向くと、路地裏の口に一人の若い女性が立っていた。

一(い、いつから……。全く気配はしなかったのに……)


??「露出が認められないのはね、『みんなが服を着てる』のが普通のことだからですよ」

??「だから……剥いじゃえばいいんです。みんなが露出してれば、露出はみんなから認められるカルチャーになります」

一(な、何でこの人……!)

??「あなたのレボリューションなハート、使わせてもらいますよ」

 そう言うと、彼女の瞳が赤く光り輝いた。
 一はその光に魅入られ、その心も囚われて――


―――龍門渕のホテル

ハギヨシ「……それでは、この辺で少し休憩としましょう」

京太郎「ありがとうございました!」

ハギヨシ「いえいえ、飲み込みが早くて教え甲斐がありましたよ」

京太郎「そうですか?あはは、麻雀はからっきしってみんなに言われてるんですけどね」

京太郎「やっぱりハギヨシさんの教え方が上手なんですよ」

ハギヨシ「いえいえ、勿体ないお言葉です」

京太郎(かっこいいなー……。俺も大人になったらこういう人になりたいな)

京太郎「じゃ、少し出てきます」

ハギヨシ「はい。お気をつけて」


―――エレベーター

京太郎(……すげー。このエレベーターって外の景色が見えるんだな)

京太郎(……って、何だあれ?)

 ビルを二、三、越した先に得たいの知れない物の存在が目に映った。
 形はキノコのようだ。ビルに隠れてよく見えないが、ふわふわと上下左右に揺れていて、空に浮かんでいるようにさえ見える。

 そしてそれの一番異常な点はその色と大きさだった。
 色は深い青。それは銀色のビル群の中に凄まじい違和感を演出していた。
 大きさは、それはもうとてつもなく大きく、縮尺を考えると高層ビルの半分ほどの大きさは持っていそうだった。


京太郎(え……何だあれ――)

 呆然としている内にエレベーターは下に降りていく。
 今にも視界から消えてしまいそうなその時――その謎の物体が、くるりとこちらを振り向いた。

 京太郎は思わず、あっ、と声を出した。
 キノコの柄の部分に大きな赤い目が二つ、ぎょろりとこちらに向いていたのだ。

京太郎(何だよ……何だよあれ……!?)


 チーン、ウィィーーン

京太郎(ぶ、部長に電話を……!)

 Prrrrr...

久『もしもし。須賀くん?』

京太郎「部長!と、都内に――でかいキノコみたいな、せ、生物が!怪獣がいます!」

久『………』


京太郎「部長!?聞いてますか!?」

久『……見間違えじゃないの?』

京太郎「本当にいるんです!エレベーターから見てて、ビルとビルの間に!本当に見たんです!信じてください!」

久『………』

京太郎「部長!」

久『ねぇ、須賀くん。須賀くんはまだ夏休みは取ってなかったわよね。部活の雑用とか押し付けちゃって』

京太郎「は……?」

久『このインターハイの間くらいゆっくり夏休みを堪能してもいいわ。今まで私たちを陰で助けてくれたんだもの。それくらいは』

京太郎「!?違うんです!幻覚とかじゃなくて!」

久『それじゃ』プツッ

京太郎「部長ぉぉぉぉおおお!」


 ロビーに京太郎の声が虚しく響いたその時、ロビーの中に轟音が吹き抜けた。

京太郎「!?」

 その音は外から来ているようだった。
 風が吹く音、そして窓に雨粒が当たる音。それらは段々と荒々しく、大きくなっていく。

京太郎「台風……?」

 ロビーの中の他の客やホテルのスタッフたちも驚いた表情に変わっていた。
 自動ドアの向こうを見ると、雨粒が激しくアスファルトに打ち付けられていた。


タロウ「急にどうしたのだ!?これは……」

 一方で、人目に付かないようにテレポートを繰り返してパトロールしていたタロウもこの事態に直面していた。


タロウ(いや、この現象は知っているぞ。これは恐らく――……)


「ピュララララララララ!!!」


タロウ「!」

 その時、巻き笛のような甲高い声が暴風雨の轟音の中に響き、その主はビル群の中からゆっくりと浮上し、姿を現した。

 深い青に染められた体躯はキノコのような形状で、漁り火のような光を発する赤い点が傘の上に乗っている。
 その傘は二段構造となっており、上段は固定されており、その下の段はぐるぐると急速に回転している。
 傘の下からは多数の触手が伸び、その中の二本は鞭のように太い。
 柄には凶悪に鋭い眼が二つ。その下にはすぼめた唇のような赤く丸い口が閉じられていた。

タロウ「やはり。これは“台風怪獣”バリケーンの仕業だったのか!」


―――阿知賀のホテル

TV『中堅戦終了です。依然、讃甘高校のリードは変わらず!』

晴絵「さて、次は富山の中堅だ」ピッ

 ゴウン、ゴウン……

憧「なんかいきなり風が強くなってきたねー。今日は快晴じゃなかったのかしら」

穏乃(………)

『……ズノ!シ……ノ!』

穏乃(!タロウ?)


『今、ホテルの外からテレパシーで君に話しかけている。大変だ、怪獣が現れた!』

穏乃(また……?!)

『ああ。場所はここから少し遠い。あの怪獣の人形を使う必要があるだろう』

穏乃(わかった。今行く)

穏乃「せ、先生」

晴絵「何だ?」

穏乃「えーー……っと。ちょっと、トイレ行ってきてもいいですか?」

晴絵「いいよ」


穏乃「ありがとーございます!憧、部屋の鍵貸して」

憧「え?」

晴絵「ここのトイレを使えばいいじゃないか。何で部屋に戻る?」

穏乃「あ……えっと……」

晴絵「………」

穏乃「えっと……その……」

玄「どうしたの?忘れ物?」

穏乃「そ、そうです!部屋に忘れて……」

憧「なに忘れたの?」

穏乃「え?っと……それは」


晴絵「……そうか。誤魔化して抜け出さなきゃいけないほど恥ずかしい何かか」

穏乃「え?……はい。そうです!」

憧「何それ?すっごい気になる」

晴絵「憧、詮索せずに鍵を渡してやれ」

憧「はーい」

 チャラッ

穏乃「ありがとう!すぐ!戻ってきますから!」

晴絵「ああ。できるだけ早くな」


―――穏乃・憧の部屋

 ガサゴソ……

穏乃「これか」

 穏乃が取り出したのは今までの敵を倒して回収した人形ではなかった。
 彼女はタロウと出会う前、山の中で偶然にも『スパークドール』を見つけていた。今手に持っているのはその中のひとつ。
 タロウと相談し、東京へ持っていく人形を決めていたのだった。

 窓を開ける。強い風が部屋の中に入り込み、穏乃の髪をなびかせた。
 ギンガスパークに人形を宛がい、窓の縁を蹴って空中に飛び出す。


『ウルトライブ!バジリス!』

 ギンガスパークから放たれた光は穏乃を包み、そして巨大な超獣に姿を変えた。
 その体躯は全身が銀色に美しく輝き、両手は鋭い鎌、背には骨のような銅色の翼が四枚左右に開いている。

穏乃(……すごい)

 全くもってどういう理論で空を飛んでいるかは分からない。
 無重力というわけでもなく、自分の体に何らかの力が加わっているのが分かる。
 そして『翼を広げた』。その行為は無論生まれて初めて行う動作であったが、腕を動かすのと同様にいとも容易くそれは行えた。

 そしてバジリスは、向かい風を突っ切ってそのまま飛んでいった。


―――現場

TV『緊急速報です。14時現在、都内に巨大な台風が発生しています』

TV『北上してきたものではなく、突然都内に出現した模様です。気象庁ではその原因を早急に突き止め――』

 しかしアナウンサーが言い終わらないうちにテレビの電源が落ちた。
 ここは現場にある電器店の中。フロアの照明が消え、子供の泣き声や人々のどよめきが響いた。

次の瞬間、フロアのガラスが一斉に割れた。
悲鳴が上がる。建物の外から、大きな二つの目玉が店の中を覗き込んでいた。


バリケーン「ピュララララ……」

 バリケーンは気配を感じ、彼方から飛来する影の方に目を向けた。

バジリス「キュァァァ!」

 その影は瞬く間に大きくなり、気がつけばバリケーンとすれ違っていた。
 すれ違う際、バジリスは鎌でバリケーンを切りつけた。バリケーンはよろけ、バランスを崩して地上へ落下した。


バリケーン「ピュララ……」

 バジリスも着陸し、翼を下ろした。
 ビルの壁を背景に対峙する両者。そしてこの時も、穏乃の目には怪獣にライブした相手の姿が映った。

 それは一見裸にしか見えないほどの大きな露出をした少女だった。
 左の頬には星のタトゥーが入り、リボンで可愛らしく後ろ髪を留めている。

穏乃『あなたは……龍門渕の!?』

 穏乃たち阿知賀女子のメンバーは、国広一が属する龍門渕高校と練習試合をしたことがあった。

穏乃『な、何でこんな真似を……』

一『うぁぁぁぁああぁあぁ!!!』

穏乃『!?』


バリケーン「ピュララララララララ!!!」

バジリス「キュァアッ!?」

 バリケーンが風に乗って蹴りを繰り出してきた。
 不意を突かれたバジリスはよろけるが、すぐ向き直りバリケーンに対して鎌を振り上げる。
 しかし、バリケーンの口から白い煙が吹き出され、それを浴びたバジリスは苦しみもがき始めた。

バジリス「キュゥゥァ!」

 バジリスは苦しみながらも鎌をぶんぶんと振り回した。
 しかし風に煽られて思うように腕が動かせず、攻撃はバリケーンに容易く躱されていく。

 逆にバリケーンが攻撃に入る。傘の赤い模様がチカチカと光ると空に稲妻が流れた。
 落雷はバジリスを襲い、アスファルトの上に爆発をもたらした。悲鳴を上げ、バジリスが倒れる。

バリケーン「ピュラララ、ピュラララララ」

 はしゃいだ子供のようにバリケーンがぴょんぴょんと飛び跳ね、バジリスに近づいた。
 バジリスは起き上がり、空中へ逃れようとした。しかし、足にバリケーンの鞭が絡まり地上へと引き戻される。


バジリス「キュァァ……」

バリケーン「ピュラララララ!!ピュラララララ!!」

 地上に倒れるバジリスをバシバシと鞭で叩いていく。

穏乃『う……うぅ……ぁぐぅっ』

一『あはははは……!嵐よ巻き起これ!このまま全人類の衣服を剥いでくれるよ!!』

穏乃『……は?』

一『その後に!ボクは透華を振り向かせてみせるんだぁぁぁぁ!!』

一『あはははは!あはははははは!!』

穏乃『くっそぉ……っ!こんな意味の分からない露出魔に、負けてたまるかぁっ!!』

 その時、穏乃の視界が光に包まれた。
 ギンガスパークの刃が三ツ又に分かれ、先端からウルトラマンの人形が現れる。


穏乃『ギンガ……!待ってた!』

 勢いよくそれを掴み、ギンガスパークに宛がう。


『ウルトライブ!ウルトラマンギンガ!!』


 地面に這いつくばっていたバジリスが光り始めた。
 その光はバリケーンを押し退け上空に躍りだし、ビルの壁の狭間で停止する。

 そして光が地面に激突する。その周囲だけ風が竜巻のように吹き荒れた。
 雨を巻き込んだ風は突如爆ぜ、空中に投げ出された雨粒は出現した巨人の光に照らされ煌々と輝いた。

 立体的な星空を纏って立つその光の戦士の名は――“ウルトラマンギンガ”!

バリケーン「ピュラララ!ピュラララララ!!」

ギンガ「シュァッ!」


 ギンガの爪先が地面を蹴った。
 地響きが天にまで届く速さで彼は走っていく。その速度のままバリケーンの顔に拳を叩き込んだ。

バリケーン「ピュラララララララララ……!」

 その衝撃でバリケーンが空に投げ出されたが、風で体を安定させてふわっと浮いた。
 それを見たギンガは――穏乃は、バジリスの時のように宙へ飛び立った。

バリケーン「ビュラララ!」

 バリケーンの赤い模様が光る。
 雷撃がギンガを襲い、ビル群の狭間に身を落としていく。しかし、その度にギンガは宙を蹴り、バリケーンとの距離を詰めていく。

ギンガ「――ギンガスラッシュ!!」

 今度はギンガのクリスタルが光り、紫色に染まった。
 頭部のクリスタルから、それと同じ形状の光弾が翔ぶ。バリケーンの体にヒットして爆発を起こし、怪獣は地上へと落下した。

バリケーン「ピュラ、ピュラララ、ピュラララララ……」


穏乃『国広さん、聞こえますか?国広さん』

一『……誰だ!?』

穏乃『国広さん。あなたの行動は間違ってる点が二つあります』

一『な、なに……!?』

穏乃『まず、あなたは龍門渕さんを振り向かせようとしてるみたいですが……』

穏乃『みんなが露出してる世界になれば、例え露出が認められたとしても、その露出の価値は全く無くなる!!』

一『!』ガーーーン

穏乃『更に!国広さん……あなたは“北風と太陽”というお話を知ってますか?』

一『ま……まさか……!』


穏乃『あなたがいくら風を起こそうとも!それで服を脱ごうとする人はいないし!剥ごうとすればするほど人は着込む!』

 そう言うとギンガはバリケーンに向けて指を向けた。ビシッと。

穏乃『つまり……あなたは言ってることもやってることも……全てがバラバラなんだ!!』

一『う……うわぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!』


バリケーン「ピュラ……ララ……ラ……」

 バリケーンは力なく倒れ伏した。

タロウ「……いったい何を話していたんだ」


バリケーン「ピュラ……ピュラララ……!」

ギンガ「!?」

バリケーン「ピュラララララララララララララララララ!!!!!!!」

 一際大きい、悲痛な程に大きい怪獣の声が響いた。
 むくりと起き上がると、傘の下部が高速回転を始め、それまでとは比にならない強風が吹き荒れた。

ギンガ「シュ……ヘァ……ッ!?」

 その風は憎しみをぶつけるかのようにギンガに激突する。
 彼のそばのビルの窓ガラスが次々と割れ、風に煽られた建物も植物の茎のようにしなった。

 更に、怒り狂うバリケーンの赤い模様全てが光り出した。
 それを合図にするかのように稲妻がギンガ向かって急な湾曲を見せ、その体に襲いかかった。

ギンガ「ハァァァァッ……!」

 ギンガは思わず膝をついた。
 しかしこの落雷攻撃にヒントを得て、ギンガのクリスタルもまた黄色に光り出す。


 左手を天に向かって振り上げると、同じ方向に光の渦が昇り、雷がそれに集まっていく。

ギンガ「――ギンガサンダーボルト!!」

 雷撃を集合させた渦状光線がバリケーンに向けて放たれる。
 しかし――バリケーンは口を向けて迎え撃つ。激突したかと思うと、光線はみるみる内にその口の中に吸い込まれていった。

ギンガ「ヘァッ!?」

 傘の回転の勢いが更に増す。
 ずるずるとギンガの身体は後方へ引き摺られる。彼が通ると同時に両脇のビルの窓ガラスが弾け飛んだ。

 そして追い討ちをかけるように、迫り来るタイムリミットが忍び寄ってくる。
 彼の胸のカラータイマーが点滅を始めた。


ギンガ「シュ……ァァ……!」

『シズノ!回転だ!』

ギンガ「!?」

 突然胸に響いてきたのはタロウのテレパシーだった。

タロウ『レッスン2……!ウルトラマンの基本技だ!回転するんだ!』

穏乃『レッスン1はウルトラ水流のこと!?ウルトラマンの基本って意味わかんないよ!』

タロウ『いいから!時間がなくなる!』

 その間にもカラータイマーは点滅を刻んでいた。その点滅音はまるで血の滴る音のように。


ギンガ「ハ……ァァ!」

 ギンガは最後の力を振り絞り、地面を思いきり蹴りつけた。
 空へ飛び出す。微かに感じる足場を更に蹴りつけて飛ぶ。
 バリケーンの上空へ行くと、ギンガはそこで横の回転を始めた。

ギンガ「ウルトラプロペラ!!」

 その回転は加速し、渦を作っていく。
 バリケーンの回転はそれに釣られ、傘の下部だけではなく、全身が回転し始めた。

 ギンガが回転をやめる。しかしバリケーンの回転と巨大な竜巻の渦は止まらない。
 その勢いのままにバリケーンは竜巻を抜け、更に高く高く飛んでいき――そこで爆発四散した。

 バリケーンの人形と国広一が落ちてくる。
 ギンガはそれらを掌で受け止めてビルの一つの屋上に乗せた。

 いつの間にか黒雲は消え、気持ちのよい日差しが濡れたビルに当たり銀色に輝かせていた。


―――阿知賀のホテル

 穏乃が徒歩でホテルまで帰ってきたときには、腕時計は既に16時を指していた。
 灼と晴絵の部屋のドアを開き、入るや否や穏乃は床に頭を擦り付けた。

穏乃「遅れてすいませんでしたっ!」

憧「……しずっ!!」

 叫び声に背中が吊り上がったが、穏乃は違和感を感じた。
 その声色は叱咤ではなく、どこか安心と感動が混じったものだった。
 そう思った直後、体が起こされ、憧が抱きついてきた。

憧「バカ……!どこ行ってたの!部屋に行っても窓が開いてるだけだったから……もしかしてなんて……!」

憧「警察に言っても……!今、緊急事態でそれどころじゃないとか言われたし……!外は台風とかだったし……!」

 語尾は涙で掠れていた。もう一度、水色が混じった暖かい声色で「バカ」と叫ぶと、憧は穏乃を力強く抱き締めた。


玄「穏乃ちゃん……本当に何をして……」

 みんなが二人の元に駆け寄ってくる。
 憧はふと気づいたように顔を上げ、胸の中の穏乃に目を向けた。

晴絵「……しず!?」

憧「だ、大丈夫。寝てるだけ……みたい」

宥「よかった……」

灼「でも……何をしてたんだろ……」

晴絵「………」


 一方で、後になって到着したタロウは考え込んでいた。

タロウ(やはり16歳の少女にウルトラマンとしての戦いは厳しすぎる……)

タロウ(このままでは彼女もだが、この少女たちの夢まで潰しかねない……)

 ・
 ・
 ・


―――その夜、とある料理店

 ガラッ

晴絵「……こんばんは」

トシ「久しぶり。元気にやってるかい」

晴絵「そういうのいいですよ。あなた方が私を監視してるなんてとっくに知ってますから」

トシ「あらまあ」

晴絵「……今日は何の用件ですか?また私を使って人体実験でもしたいんですか?」

トシ「人聞き悪いこと言うわねえ。今日は別にそんなんじゃないよ」

トシ「あんた今、母校の監督やってるんだって?」

晴絵「おかげさまで」


トシ「そんなことよりプロに戻る気はないのかい?話くらい来てんだろ?」

晴絵「……今度は何が目的ですか」

トシ「もう、だからそういうんじゃなくって――」

晴絵「残念ですが。私は金輪際あなた方を信用しません。覚えておいてください」

トシ「………」

晴絵「でも安心してください。10年前のあの事は、絶対に、誰にも話しませんので」

晴絵「……教え子をあんなことに巻き込みたくないですしね」

トシ「……それなら結構」

晴絵「それじゃあ」

トシ「おごるわよ?何か食べていきなさいよ」

晴絵「結構です。あなた方に借りを作るなんてまっぴらごめんですから」

 そう吐き捨てると、晴絵はピシャッという音を立てて戸を閉めた。


To be continued...


登場怪獣:帰ってきたウルトラマン第二十八話より、“台風怪獣”バリケーン
       劇場版ウルトラマンガイアより、“骨翼超獣”バジリス


ダークスパークウォーズで人形になった怪獣なのに地球産がいるのは大目に見てください
本編にもゴルザとかいましたし…

それ以外にも本編やウルトラシリーズとは設定が違う場合もありますが、目を瞑ってもらえば幸いです

また今度続き書きます


第四話『青春の光と影』


 暗く、黒い天井。
 部屋の中にどこから入ってきたのか、虫の羽音がする。新免那岐は闇の中に小さく溜め息を漏らした。

「部長……起きてるんですか?」

「なに?」

「明日、帰るんですよね。岡山に」

「うん……」

「短かったですね」

「そうだね……」


「もう終わりなんですね……」

「……うん」

 『終わり』、『帰る』。自分たちの青春の終わりをストレートに示す単語が並ぶ。
 しかし那岐の心はどこか浮わついていた。

 那岐は目を閉じた。瞼の裏に光が広がる。
 そこは大会会場の廊下だった。両脇にカメラマンが大勢並び、シャッター音とフラッシュが絶えなかった。

 目を開く。音は一気に深遠に消え去り、目の前に広がるのもまた、虚しい暗闇の中だった。


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―――時間は戻って、インターハイ二日目の朝

穏乃「………」パチ

憧「シズ、起きた?」

穏乃「うん……」

憧「昨日シャワー浴びずに寝たでしょ?早く浴びてきて」

穏乃「うん……。あ、そうだ。昨日、何かあった?」

憧「何かって?穏乃が勝手にいなくなったこと?」

穏乃「それもだけど、他に」

憧「あぁ。都内で竜巻が起きた。けっこうな被害になってるんだって」


穏乃「原因は?」

憧「原因?さぁ、竜巻発生のメカニズムとか知らないから……」

穏乃(またか……)

 穏乃は昨日、ギンガになって怪獣と戦った。
 バリケーンは台風を起こす怪獣であり、当然街には被害が出た。しかしその原因は自然的な竜巻だという。

 つまり、また怪獣に関する記憶が無くなっている。更にはその埋め合わせもされているのだ。

憧「でさ。昨日は帰ってきたらすぐ寝ちゃったから聞けなかったけど、何してたの?」

穏乃「……それは」


 穏乃は口ごもり、何とか誤魔化そうと言葉を探していた。
 そうして暫く沈黙が続いたあと、憧が口を開いた。

憧「……まぁいいわ。ハルエはあんまり問い詰めるなって言ってたし」

穏乃「ごめん……」

憧「なに?謝らなきゃいけないような事をしてたの?」

穏乃「!そ、そんなことない。私はただ……みんなに迷惑かけたことを謝ってるだけ」

憧「それならもういいよ。早くシャワー浴びてきなさいよ」

穏乃「うん。……ありがと」


―――風呂場

 シャァァァ

穏乃「ふー……」

『シズノ……』

穏乃「!?」

 シャワーを浴びている時、突然男の声がした。
 驚いた穏乃は思わずタオルを引き寄せたが、それがテレパシーだと気付いて溜め息を吐いた。

穏乃(タロウ……シャワー浴びてるときに話しかけないでよ……。まさか見てないよね?)

『すまない、君に落ち着いて話せるタイミングが中々見つからなかったものでな。それと、覗きなどしていない』

穏乃(それならいいけど……。そんなに急の用?)

『ああ。落ち着いて聞いてくれ』


『次、怪獣が現れても……君はもうライブする必要はない。戦わなくていい』

穏乃「え……?」

『私が迂闊だったのだ。16の少女がこんな激務をこなせる訳がない』

穏乃「ま、待ってよ……」

『君の疲労はこの二日の連戦で限界に達しているだろう?これ以上戦うと君の命も危ない』

穏乃「でも!」

憧『しず?どうしたの……?』

 ノックの音がし、憧の声がドアの向こうから聞こえてきた。
 興奮して思わず声が出てしまっていた。それが憧に不審がられたのだろう。

穏乃「ごめん。何でもない」

憧『うん……』


穏乃(……タロウ。私はライブしてたら外傷は無くなるんだ。だから大丈夫だよ)

『ダメだ。先程も言ったように、外傷は無くともダメージは内に溜まっていく。昨日、すぐに倒れてしまったのが良い例だ』

穏乃(だからって……!)

『シズノ。私は君のことを心配して言っている。それに君の夢のこともあるだろう?』

穏乃(私の夢……)

『そうだ。君は話してくれたよな?全国大会の舞台で昔の友達と再会するのだと。君が倒れたらそれも叶わなくなるんだぞ』


穏乃(でも……怪獣と戦えるのは私だけじゃないの……?)

『……この国にも自衛隊というものがあると知った。他国からの支援だってあるだろう。防衛のことは彼らに任せた方がいい』

穏乃(でも……でも……)

『……これでさよならだ、タカカモ・シズノ。君といた日々は短くとも楽しく有意義だった』

穏乃「タロウ!」

 しかし、次の言葉はもう返ってはこなかった。
 シャワーを頭から被る。耳の裏側に水が打ち付けられ、煩わしく中耳に響いていく。流れる水が、頬から滴り落ちていった。

 ・
 ・
 ・


―――夜、千里山女子高校のホテル

セーラ「はーあっついあっつい」パタパタ

 ウィィーーン

セーラ「うはー、やっぱホテルは涼しいなぁ」

「先輩、お疲れさまです!」

セーラ「おう」

泉「園城寺先輩は大丈夫っすかね?」

浩子「観察しに行きましょうや」


―――怜・竜華の部屋

 三人が部屋に入ると、ベッドに腰かける竜華とその膝に顔を埋めて寝転がる怜の姿があった。
 そろそろと音を立てないように近づくが、怜はむくりと顔を上げた。

怜「起きてるで」

セーラ「体調はどうや」

怜「今日はええかも」

竜華「東京見物はどうやった?」

セーラ「それが暑うて暑うて」

怜「学ラン着てるからやろ」

泉「ずっとファミレスでダベってました」


浩子「おばちゃ……もとい、監督が今日あった試合と牌譜を見とけって。サーバーにあげてあるって」

竜華「おわー……。ほな試合までの二日間はホテルでテレビとにらめっこかー」

怜「生きるんてつらいなぁ」ゴロン

セーラ「若くして真理に到達したな」

泉「さっさと見てしもたほうがよくないっすか?すぱーっと」

浩子「おお、前向き精神!」

セーラ「見習いたいわ……」


怜「ほな今から見ようや~」

竜華「今!?」

セーラ「汗かいてるし腹へってるし」

竜華「シャワー浴びたい……」

泉「ほな30分後にここに集まりましょう。食事はルームサービスで」

浩子「仕切るねぇ、下級生やのに」

泉「す、すいません……」


セーラ「でもーそれじゃ一人15分しかシャワーできなくね?」

竜華「?一緒に入ればええやん」

セーラ「……ここバスタブ広いけどさすがに二人はきついやろー」

怜「ん?」

竜華「あわわ……」

泉「……。ほな一時間後で……」

 ・
 ・
 ・


怜「最初はどの試合見るん?」

セーラ「んー」

竜華「トーナメント表でうちに近いとこ!」

怜「じゃあ第六試合やなー。岡山・福島・奈良・富山」

セーラ「えーと、ここで勝ったんは……」

竜華「あー言わんといて!!」

セーラ「え?」

竜華「だって結果わからん方が楽しく見れるやん」

泉「いやーでも次に対戦する相手をはっきりマークした方が……」

竜華「う……」


怜「あ。あの子……」

竜華「なに?」

TV『阿知賀女子学院――先鋒・松美玄!』

竜華「ああああ!高速道路のサービスエリアで会った――!」

怜「あの子たちも出場校やってんな……」

竜華「なんちゅう偶然……すてき……。私この子応援するでっ!」キラキラ

怜「………」

竜華「頑張れー!玄ちゃんファイト!」

セーラ「勝ったら敵になるっちゅうのに……」

 ・
 ・
 ・


穏乃『ツモ!1000オール!』

TV『――大将戦、終了!阿知賀女子学院、二回戦進出です!』

竜華「……お、め、でとーーっ!」キャー

怜「はしゃいでるようやけど、次にこの子たちと戦うんはうちらやで」

竜華「……………」

竜華「どっち応援しよ?!」ガーン

怜「なにゆってんの……?」


セーラ「あの姉妹は厄介そうやけど穴があるな」

竜華「松実姉妹!」

怜「うん。特にドラローさんは手が窮屈そうや」

セーラ「とりあえずこの阿知賀ってのは、うちの敵じゃなさそうや」


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―――朝、インターハイ三日目、讃甘高校の宿舎

引率「起きた起きたー」

那岐「……ん」

引率「ほら、起きて。朝ごはん終わったら駅に直行だよ」

那岐「はい……」ムク

引率「さっさと顔洗ってきなさい。30分後に下のバイキングで集合ね」

那岐「はい……」

那岐(………)

 ・
 ・
 ・


TV『今日のお天気は快晴でしょう。くれぐれも熱中症にはお気をつけください』

TV『さて、この次は麻雀のインターハイの情報です』チャララ~♪

那岐「………」

部員「部長?そろそろ集合ですよ?」

那岐「……ごめん。朝食いらないって先生に言っといて……」

部員「……。わかりました……」

 バタン

那岐(………)


TV『昨日行われた第四試合。中堅戦にて滋賀の富之尾は追い上げを見せますが、埼玉の越谷女子がリードを守りきりました』

TV『第五試合。序盤から劔谷がリードを作ります…… ……』

那岐(………)

TV『第六試合。奈良代表阿知賀女子の先鋒・松実選手が大活躍を見せます』

那岐(……私がテレビに映ってる)

TV『松実選手のドラを生かした高火力攻撃に他校はなすすべもなく、現時点で松実選手は今大会最高得点を記録しています』

TV『この試合は序盤のリードを守りきった阿知賀女子が勝ち抜けました』


TV『そしてこれが今日行われる試合です。第七試合では銘苅選手擁する真嘉比高校、第九試合では南大阪代表の姫松高校が登場です』

那岐「そうだよな……」

 敗者にスポットが当たることはない。
 そして『私は敗者』である。那岐は受け入れ難いその現実を突きつけられた。

那岐「私たちは負けて――」

 テレビに映るのは『次がある少女たち』。
 自分は、負けた自分は、これから故郷へ帰らなければならない。
 受験勉強、進路決定、センター試験……今まで考えてこなかった現実が、これから津波のように襲いかかってくる。

那岐「嫌だ…………」

 体育座りしていた那岐は、膝に顔を埋めた。涙が頬から脚へ伝わっていく。


那岐「まだ……もっと……」

 もっと、ここにいたかった。
 その言葉は声にならず、水気含んだ嗚咽の中に消えていった。


??「――泣かなくたっていいんですよ?」


那岐「!?」

 思わずぐしゃぐしゃの顔のままで振り向いた。
 背後に若い女性が立っていた。ドアの開く音など聞こえなかったのに――

??「あなたのそのブレイクダウンなハート……使わせてもらいますよ」

 そう言うと、彼女の目が赤く光り出した。
 那岐の心は囚われ、そして――


―――阿知賀のホテル、灼・晴絵の部屋

玄「今日は和ちゃんたちの試合だね!」

穏乃「そうですね。見たいですけど……」

晴絵「ああ。もちろん今日も缶詰だ」

憧「だよねー」

晴絵「次の相手は越谷女子、劒谷、千里山女子。特に千里山は全国ランキング二位。ここの対策に時間を多く割く」

晴絵「朝食が済んだらまたここに集合。では、一旦解散」


憧「しずー。今日は下のレストランで食べない?」

穏乃「良いね!……あ、でも財布部屋に忘れてきた」

憧「あー……じゃあ鍵は渡すから取ってきて。私はテーブル確保しとく」

穏乃「りょーかい。じゃ、頼んだ」

憧「うん。またあとで」


―――讃甘高校の宿舎

 ガチャッ

引率「おーい、新免さん!なにも食べないなんて――」

 しかし、部屋に入ってもそこには誰もいなかった。

引率「……どこ行った?せっかくパン買ってきてあげたのに」

 カーテンを開く。その時、目に飛び込んできた光景に彼女は目を見張った。

 そこにあったのは巨大な足だった。
 肌は燻んだ赤で染められており、その先には爬虫類のような鋭く黒い爪が伸びている。
 足首は黒い具足が取り付けられており、その上は窓ガラスの枠の外で見えない。

引率「あ、あわわわ……」


―――阿知賀女子のホテル、穏乃・憧の部屋

穏乃「どこ置いたっけ……?」

 テーブルの上にも財布は無い。
 最後に使ったのはいつだったかと考えを巡らすと、ポーチの中という結論が出た。
 穏乃はポーチのジッパーを開いたが、目に入ってきたギンガスパークを見て動きを止めた。

 『君はもうライブする必要は無い。』

 タロウはそう言っていた。そして、穏乃自身にも迷いがあった。
 一年前からずっと見てきた夢。まだまだ登っている最中だが、『山に登る』ところまで来たことに間違いはない。

 『怪獣』、『被害』、『消えていく記憶』……。
 積み上げてきた彼女たちの夢は今、こんな意味の分からない現実に壊されそうになっている。


 『防衛のことは彼らに任せた方がいい。』

 穏乃は黙ってギンガスパークを握った。
 その時――頭の中に激流のように流れ込んでくるものがあった。
 驚いて手元に目を落とす。ギンガスパークに埋め込まれた宝石が七色に光り、穏乃にあることを伝えていた。

穏乃「……ごめん、憧」

 携帯を取り出し、憧へ謝罪と先に食事してていいという旨のメールを送った。
 それから穏乃はポーチから銀色の人形を取り出し、窓を開けた。
 朝特有の乾いたさっぱりした空気が入り込む。射し込んだ光は穏乃の頬を決意の色に染め上げた。

『ウルトライブ!バジリス!!』

 窓から飛び出した穏乃の姿は白い光に包まれ、怪獣に変わっていく。
 バジリスの銀色の体は太陽の光を受け、鋭い白の反射を解き放ちながら飛んでいった。


 バジリスが飛行している最中、街の中にいたタロウは上空を移動する影に気づいた。

タロウ「あれは……バジリス?!ということは……」

 都市部を抜け、山の緑が少し見えてきたところまで飛ぶ。麓に歩く一体の怪獣がこちらに眼差しを向けていた。

バジリス「キュァァ!キュァァ!」

 翼を畳み、高度を下ろし、加速する。
 近づくにつれて怪獣の姿がよく確認できるようになった。

 一言で言うなら「鬼」。
 肌は赤黒く、耳があるべきところには角が伸び、顔の中央に位置する一つのみの眼と牙が露出した口は凶悪な印象をもたらした。
 裸なのは上半身と足のみで、下半身はふさふさした袴に覆われている。


 更に近づくにつれ、鬼の手に何かが握られていることが分かった。
 それは太陽の光を受けて鈍く輝く細く鋭利な武器――刀だった。

鬼「シャァァッ!!」

 すれ違い様に鎌で切りつけようとしたが、逆に切りつけられた。
 甲殻に包まれたバジリスの体にもダメージが通る。バジリスは悲鳴を上げながら地面へと落下した。

バジリス「キュァァ……」

『シズノ!なぜ変身したんだ!』

穏乃『タロウ……?』

タロウ『ああ。何故だ!君には仲間も夢もあるだろう!それを全て投げ捨てる気か!』

穏乃『……。ウルトラマンの言う台詞じゃないと思うな……』

タロウ『君は……!』


 対峙する怪獣と鬼。穏乃の目にその中にいる人間の姿が映る。
 それは、昨日対戦した相手校の選手だった。

穏乃『そうか……』

 今まで怪獣にライブしてきた人たちは何かしらの欲望を持った人だった。
 それはきっと何者かの手で増幅され、こうして怪獣の姿になってその欲望を果たそうとする。

 恐らく、この人の欲望は――


鬼「グルルルル!!ガァッ!!」

 動物の唸りのような声を歯の間から漏らし、鬼が飛びかかってくる。
 空間に一閃が走る。バジリスは鎌の刃の部分でそれを受け、剣戟が小気味よい金属音を立てた。


鬼「シャァッ!」

 無防備になった腹に蹴りを入れられる。鬼は後ずさったバジリスに斬りかかり、それを受け止められ、そして再び蹴りを入れる。
 二度目に後退りしたバジリスはそのまま地面を蹴り、空中へ身を踊らせた。その下を剣の切っ先が通っていく。

バジリス「キュァァ!」

 空へ飛んだバジリスは赤く丸い光弾を発射した。
 鬼はバク宙でそれを躱し、更に続く連弾をも華麗な側転で避ける。光弾は地面に激突し、爆発と共に土埃が舞った。

鬼「ガルルル……シャァァッ!!」

 鬼の大きく裂けた口が開く。赤い光線が吐き出され、滞空していたバジリスの肩に命中した。
 バジリスは大きくバランスを崩し、高度が下がっていく。


鬼「ガァァッ!!」

 鬼が走り、地面に置いてあった刀を手に取り、大きく跳ねた。
 ふらふらと落ちてくるバジリスの背中に飛び移る。その体重にバジリスは耐えきれず、地面へ無様に落下した。

 そして鬼は、刀を両手で握り締め、バジリスの首に思いきり突き立てた。

タロウ「シ……シズノーーー!!!」

 すると、バジリスの体が光り始めた。

 光球となって宿那鬼の体を突き飛ばし、空中に飛び上がり、地面に衝突した。
 大地が揺れ、土埃が立つ。静かに舞う風はそれを吹き流し、戦場を静寂に満たした。

 静穏の中に立つ神秘な趣をしたその戦士の名は――“ウルトラマンギンガ”!


穏乃『タロウ、私は戦うよ』

タロウ『!』

穏乃『この人はね、きっと……夢に敗れたから、他の人の夢を奪おうとしているんだ』

タロウ『夢に敗れた?』

穏乃『うん。私たちが夢を追い続けられるのは、他の人の夢を潰してきたから』

穏乃『だからこそ私はこの手で倒さなくちゃいけないし、だからこそこの手でみんなの夢を守りたい』

穏乃『だから私は戦う。ごめんね、タロウ』

タロウ『………』

タロウ『その怪獣は二面鬼“宿那鬼”だ。その名の通り二つの顔を持つ。気をつけろ』

穏乃『うん……。ありがと』


宿那鬼「シャァッ!」

 刀を構え、宿那鬼が走り迫ってくる。

ギンガ「ハァッ!」

 ギンガが腕を交差させると、全身のクリスタルが白く光り始めた。
 右腕のクリスタルから矢印のような形が飛び出してくる。そこからクリスタルへ刀身が伸び、腕から伸びる青白い光の剣を形成した。


ギンガ「――ギンガセイバー!!」


 剣を構え、宿那鬼を迎え撃つ。
 宿那鬼は走りながら、刀を袈裟懸けに降り下ろした。それと同時にギンガの剣が刀とは真逆の方向に振り上げられる。


 美しい金属音が辺りの静寂に響き渡る。
 宿那鬼の刀は先が欠け、ギンガの体に届かなかった。切っ先はストン、と音を立て、ギンガの背後の地面に突き刺さった。

宿那鬼「ガァァァ……!」

 宿那鬼の口が大きく開き、ギンガに光線を吐き掛ける。しかしギンガは体勢を落としてそれを躱し、顎を蹴り上げた。

宿那鬼「グフッ!」

ギンガ「ショラッ!」

 体勢を戻し、宿那鬼に向けて突きを入れる。しかし鬼は身軽に宙返りしてそれを躱し、ギンガの背後に着地した。
 ギンガは背を向ける鬼に向けて剣を振り上げる。


タロウ「危ない!」

 その時、宿那鬼の後頭部の白髪が捲れ上がった。
 髪の奥にはもう一つの顔が隠されていた。口から吐き出される白煙を受け、思わずギンガは仰け反った。

 ギンガが怯んでいる隙に宿那鬼が切っ先の無い刀を拾い上げ、構えた。
 すると剣に紫の光が纏っていき、地面に刺さっていた切っ先が浮かび上がり、刀の先にピタリとくっついた。

ギンガ「シュッ……!」

宿那鬼「ガルル……!」


 地上には少し離れて群衆ができていた。
 その中には那岐に力を渡したあの女性もいた。

??(宿那鬼は復讐の鬼。いくら切られてもその怨恨が残る限り、何度でも蘇る)

??(まして『ダークスパーク』で増幅した心の闇を消し去ることなんてできない)

??(これで終わりですよ。ウルトラマンギンガ……!)


宿那鬼「ガァッ!ガァッ!」

 何度も何度も宿那鬼が刀を降り下ろす。
 ギンガも剣でそれを受けるが、刀の強度は上がっているようで弾き飛ばすことはできなかった。


宿那鬼「シャァァアッ!!」

ギンガ「ショラァッ!」

 両者が同時に蹴りを繰り出す。衝撃でどちらともが後ずさりするが、鬼の眼の殺気は消えず、即座に切りかかってくる。

タロウ(まずい、このままでは――)

 タロウが案じたその時、ギンガのカラータイマーが音を立てた。
 肩で息をするギンガ。対する宿那鬼はその怨念によって無限の力を得ている。
 このままいけばギンガの方が先に力尽きてしまう。それは火を見るよりも明らかだった。

タロウ『シズノ!早くトドメを刺すんだっ!』


穏乃(いや……いくら攻撃したって……この人の心は元通りにはならない……)

穏乃(お願いギンガ……。私は、みんなの夢を守りたい……!)

 穏乃がそう願った時、彼女の心に、電流が走るように、風が吹くように、何かが通りすぎていった。


ギンガ「……シュッ」

 ギンガが腕を交差させると、クリスタルの光が元通りの青に戻った。それと同時に光の剣が消滅していく。

宿那鬼「シャァァッ!!」

 宿那鬼が駆けてくる。しかしギンガは微動だにしない。

宿那鬼「ガルルッ!ガァッ!」

 ギンガのクリスタルが緑に染まっていく。
 宿那鬼は気にせず、その刀を力任せにギンガの胸に突き立てた。

タロウ「!」

 傷からキラキラと光る粒子が零れ出す。
 もう一度突き刺すため、宿那鬼は刀を引き抜こうとした――が、寸前、ギンガに腕を掴まれ引き留められた。


ギンガ「――ギンガコンフォート」

 ギンガが差し出した右掌から光が天に昇っていった。
 その柔らかい光の粒は宿那鬼の頭上から降り注ぐ。
 宿那鬼は暴れて刀を引き抜こうとするが、ギンガの腕が離れない。

宿那鬼「……ガァッ!」

 ギンガの顔に光線を当てる。だが腕は離れない。
 宿那鬼が刀を持つ手に力を入れる度、その傷からは血のように光が溢れてくる。

 しまいには肩に牙を突き立てた。凄まじい痛みが次々とギンガに襲いかかる。
 だが彼は、絶対に腕を離さなかった。


穏乃『……目を覚ましてください。確かに誰かの夢の成就には誰かの夢の犠牲が伴います』

穏乃『でも……あなたは本当にこんな形で他人の夢を蹴落としたかったんですか?』

穏乃『正々堂々戦って、その末に自分の夢を叶え、結果的に相手を踏み台にする。あなたが望んだ形はそんな形でしょう?』

 宿那鬼が動きを止め、俯いた。
 降り注ぐギンガコンフォートを受け、その体色が薄くなっていく。

那岐『――でも』

穏乃『?』

那岐『私には、もう――……』

 しかしその言葉を言い終える前に宿那鬼の体は小さな光に萎んでしまった。
 ゆっくりと光が落ちていった場所には倒れた少女の姿が見える。ギンガは腕を構え、変身を解いた。


穏乃「新免さん……」

那岐「……君は、阿知賀の……」

那岐「私、何でこんなところで寝転がってるんだろう……」

穏乃(………)

 やはり、怪獣になっていた時の記憶は消えてしまうのか。
 穏乃がそう落胆した時だった。那岐の顔に笑みが浮かび、頬に涙が流れ落ちた。そして、小さく、こう言った。

那岐「私たちの分まで、頑張ってね……」

 穏乃は目元に腕を擦り付けながら頷いた。
 確かに私の心は届いていたのだ――彼女は強くそう思った。顔全体が熱くなっていくのを感じた。


タロウ(……タカカモ・シズノ)

タロウ(君の行動には勇気と覚悟がある。その二つは、どんな逆境においても絶対に諦めない心の証明だ)

タロウ(少女だからと言って、私は彼女のことを見くびっていたのかもしれないな……)

穏乃「タロウ!」

タロウ「シズノ……」

穏乃「考えてたんだけどさ、唯一ギンガスパークを使える私の協力抜きでどうやって元の姿に戻ろうとしたの?」

タロウ「そ、それは……」

穏乃「タロウは私のことを心配してくれたみたいだけど、タロウだって今大変な状況なんだよ?分かってる?」

タロウ「う……」


穏乃「タロウはさ。ウルトラマンだからって、人間のことを考えすぎなんだよ」

穏乃「私は夢のことを『他人の夢を潰さないと達成しないもの』って言ったけど、他人と協力して達成する夢もある。当然ね」

タロウ「………」

穏乃「だから一緒に行こう。私はみんなの夢も、タロウの夢も、それに自分の夢も守ってみせるから」

タロウ「分かった。君を信頼しよう」

タロウ「これからもよろしく頼む。シズノ」

穏乃「うん!こちらこそ」

 ・
 ・
 ・


―――帰りの新幹線の中

 那岐は帰郷のため新幹線に搭乗していた。

那岐(………)

 列車が動き始めた。
 みるみる内に速度は上がっていき、駅を抜け、景色が次々と変わっていく。
 やがて、銀色に輝くビル群は車窓の隅から消えて無くなった。

那岐「……さようなら」


To be continued...


登場怪獣:ウルトラマンティガ第十六話より、“二面鬼”宿那鬼

続きまた今度書きます


第五話『インターハイ中止!?』


―――朝、インターハイ四日目、宮守女子のホテル

塞「起、き、ろーーーっ!!」

白望「試合無い日くらい寝かせて……」

塞「なに日曜日のお父さんみたいなこと言ってんの!次の試合の対策考えなきゃでしょ!」

白望「………」

塞「………」

白望「……ダルい」ボソッ

塞「……このっ!」


塞「起きろーーーーー!!!」バサッ

白望「あ、布団……」

塞「って!何て格好してんのシロ!?」

白望「ん……。ほら、何だか暑くて……」

白望「でも布団のけたら寒いから……。裸で布団にくるまれば丁度の温度に……」

塞「そういうとこだけダルくないんだ?っていうか風邪引くでしょ?早く服着て!」

白望「んー……」

塞「ほら、さっさと起きる!」

白望「鬼……悪魔……」


白望「蛇……姑……小皺……泥棒猫……」

塞「何かちがくないそれ?!」

白望「……はぁ、ダルい」ムクリ

白望(試合……明後日かぁ……)

白望(雨降って中止になってくれないかなぁ……)


―――阿知賀女子のホテル

穏乃(インハイ四日目。一回戦の最終日ということで今日も私たちの試合は無い)

穏乃(しかし強豪の千里山の対策を考えるため、私たちはホテルに缶詰状態になっていた)


晴絵「これが千里山の大将、清水谷竜華。春や地区大会でもかなりの成績を残してる」

穏乃「めっちゃ強そう!」

晴絵「……見た目?中身も強いぞ」

穏乃「あ、でも見た目なら中堅の江口セーラさんも強そうだったなー」

憧「はいはい、それはもういいから。映像に集中するっ」

穏乃「はいはーい」


玄(なんか穏乃ちゃん、元気だね……?)ボソボソ

灼(いつもどおりじゃ……?)ヒソヒソ

宥(でも何か、昨日一昨日とは違う気がする……)ボソボソ


晴絵「清水谷竜華はとにかく相手の和了牌を抑えるのが上手い。……けど、あまり気にしすぎるのもね。そのバランスが難しい」

穏乃「んーー……」

憧「それって相手の情報収集とかも優れてるってことだよね」

晴絵「ああ。千里山はIT麻雀になってから常勝校になったからな……」

灼「あぁ、『板のようなもの』……」

宥「まな板……?」

灼「クロと同じこと言わなくてもいいから」


晴絵「まな板といえば……いつの間に昼だな。一旦休憩にしようか」

憧「ん~~……ずっとテレビ見てると疲れるね……」

晴絵「午後からは実際に打ってみよう。灼、お昼終わったらフロントに卓頼みに行くよ」

灼「うん」

穏乃「それじゃ、私はちょっと外出てきます」

 ガチャッ バタン

憧「え?ちょっと待ってよシズ!」

 バタンッ


憧「たまには一緒に食べようよ……」

穏乃「たまにはって……昨日のお昼からずっと一緒じゃん」

憧「ずっとってねぇ。その前は全く一緒じゃなかったんだよ?」

穏乃「まぁ、そうだけど……」

憧「それとも、私と食べるの嫌?」

穏乃「?!そ、そんな訳ないよ!一緒に食べようよ!」

憧(よし)

憧「じゃ、今日はどうする?ルームサービスにしよっか?」

穏乃「うん。ちょっとテレビ見たいしね」

憧「あー確かに。まだ一回も生でインハイ見てないよね」


―――宮守女子のホテル、白望・塞の部屋

 どさっ

白望「やっと終わった…………」

塞「午後から練習でしょ?終わってないって」

白望「生きるのって辛い……」

塞「なーに若くして真理に辿り着いちゃってんのよ。花盛りの女子高生でしょ?」

白望「さえ……ご飯買ってきて……」

塞「パシらせる気?」

白望「一生のお願い……」

塞「それ何十回も聞いた気がするけど」


白望「お願いします……動けません……」

塞「……はぁ、しょうがないなぁ」

塞「その代わり、お昼からまた動きたくなくなったとか言わないでよね?」

白望「約束します……」

塞「それじゃ、そこのコンビニで買ってくるから。じゃあね」

 バタンッ

白望「はぁ……ダルい……」

??「……聞いててこっちまで呆れますね」


白望「さえ……?まだ行ってなかった――」

 白望がで寝返りをうって声の方に顔を向けた。しかし、視界に入ってきたのは塞ではなかった。
 それは見知らぬ若い女性。呆れかえった視線をこちらに投げ掛けている。

白望「……どなたですか」

??「ま、別に私も頭が固い人間じゃないですけどね」

 そう言うと彼女は白望のベッドに腰かけた。
 寝転がる白望の頬をなぞる。白望は煩わしそうに、その指を払い除けた。

??「あなたのそのレイジーなハート、使わせてもらいますよ」

 目が赤く輝き始める。
 白望の瞳の奥にその光は忍び込み――


―――エイスリン・トシの部屋

エイスリン「……!」

 何かに感づいたように、エイスリンはパソコンの画面から顔を上げた。

エイスリン「トシサン……」

トシ「!なんか見えたのかい?」

 エイスリンは頷き、手元にホワイトボードを引き寄せマジックのキャップを開けた。
 トシが固唾を飲んで見守る。

 しかし、エイスリンはそれ以上動こうとはしなかった。

トシ「……どうしたんだい?エイスリン」


エイスリン「……ヤメタ」

トシ「は?」

エイスリン「ダルイ……」

 それだけ言うと、彼女はホワイトボードもパソコンも放り出してベッドに飛び込んだ。
 トシは首を傾げてそれを見ていたが、やがて同じようにベッドに倒れ込んだ。

トシ「ダルいわね……」

エイスリン「ダルイ……」

 そしてその窓の外には――黄土色の巨大な何かがのそのそと横切る姿があった。


―――穏乃・憧の部屋

穏乃「………」

憧「………」

TV『………』

憧「これ……何だと思う?」

 部屋に戻ってきた二人はインハイの中継を見るためテレビを付けた。
 まだお昼休みでは無い筈だ。その通り画面には『LIVE』の文字が確かにあり、番組は中継の途中だった。

 だが、何故か全てが止まっていた。
 選手たちは床に寝そべったり卓にうつ伏せたりしている。チャンネルを変えて別の試合を見ると卓の上で寝ている人すらいた。

 そんな異常事態なのに実況や解説、審判の誰もそれを咎めなかった。むしろ審判も一緒になって寝転がっていた。


穏乃「……何だろう。放送事故?」

憧「ふわぁ……何だかこんなの見ると……」

 欠伸を漏らしながら憧が背伸びした。穏乃もそれに釣られて大きく欠伸をする。
 そんな二人の顔には、その整った顔立ちにそぐわない黒子が散らばっていた。

穏乃「眠くなってきちゃうね……」

 そう言うと、穏乃と憧は二人同時にベッドに倒れ込んでしまった。
 そのまま時間が経ったが、頼んだルームサービスもいつまで経っても来る気配すらなかった。

 そしてその後ろ、窓の外には黄土色の巨大な何かが横切っていた――

穏乃「――って、ええ!?」

憧「すぅーー……くーー……」

穏乃(か、怪獣!?タロウの奴、何で報告してくれなかったんだ!?)


―――一方、ホテルの外

タロウ「それでなぁ、全然大きくなれないわけなんだよ」

猫「ニャー?」

タロウ「君にーー君に、この苦しみがわかるかっ!」

猫「フーッ!」ビシッバシッ

タロウ「うわっ、やめろっ!早く大きくなりたーい!」


―――穏乃・憧の部屋

穏乃(は、早くライブして倒さないと――)

 しかしそう思った三秒後には穏乃の顔はすっかり緩んでしまっていた。

穏乃(……でも、まだ何の被害も出てないしなぁ)

穏乃(うんうん。後にしよ……)

 そう思うよりも先に、穏乃はベッドに寝転がっていた。


―――街

 それは道路の上をのそのそと、摺り足のように歩いていた。
 肌は濃い緑色で、上半身は紙袋を被ったように黄土色に染められている。その組み合わせは一見野菜の一種にさえ見えた。

 頭の横からは両方向に大きな耳が広がっている。中央からは細い触覚が二本伸び、放物線状にだらんと垂れ下がっていた。
 目は45度程の角度の下り坂で、その坂から滑り落ちたかのように瞳は目尻にくっついていた。

「ヌオ~~……」

 その怪獣の名は“なまけ怪獣”ヤメタランス。

 スパークウォーズで戦おうとする怪獣ではないのだが、恐らくその性質を活かそうとどこかの宇宙人が持ってきていたのだろう。
 しかし味方にまで影響してしまうその力は結局なんの役にも立たなかったに違いない。


 その力とは、見ての通り『人のやる気を奪う』ことである。

 やる気が強いほどその効力は強くなり、だらけるスピードが上がる。インハイ会場の選手たちが揃ってだらけていたのはその為だ。
 逆に、やる気がなくいつもだらけている人間は『だらけているのをやめ』、『やる気を出す』ようになる。

 この場に小瀬川白望がいれば。きっと顔全体に生気を満たし、きびきびと動く彼女が見られたに違いない。
 しかし悲しいかな、ヤメタランスにライブしているのはその白望本人であった。

ヤメタランス「ヌオ~~」

 近くのビルの中、日々熱心に働いている会社員たちも机に突っ伏したりして昼寝していた。
 道路を走る自動車はなくなり、こんな怪獣が歩いているというのに交通事故は起こらない。
 穿った見方をすると、やる気がなくなったことで世界は平和になっていると言っても過言ではなかった。

 しかしインターハイに夢を馳せる少女たちにとってはただの災難に過ぎないだろう。
 インターハイは僅か四日目にして中止の危機に瀕していたのだ!


―――穏乃・憧の部屋

「ヌオ~~」

 窓の外から怪獣の声が聞こえてくる。
 穏乃はベッドの上で体を動かす。だらける気持ちと、このままではいけないと思う気持ちが彼女の中で争っていた。

穏乃「このままじゃ……でも……あぅー」

 体を起こそうとして腕に力を入れ、即座にだるくなってシーツに顔を埋める。
 いやいやダメだ。そう思って再び体を起こそうとする。それを繰り返しているだけで結局状況は全く好転していなかった。

穏乃「ふぁ~~あ……」


―――外

ヤメタランス「ヌオー」

 ヤメタランスの体はどんどん大きくなっていた。
 奪ったやる気のエネルギーが怪獣の中に蓄えられ、それに伴って体が巨大化しているのだ。

 更にはその体を維持するため、ヤメタランスは巨大になるにつれてエネルギーを摂取しなければならない。
 ヤメタランスは道路に座り込み、近くの小高い建物に目をつけた。

ヤメタランス「ヌオー」

 建物を両手で掴み、地面から引き抜いた。
 跡地から火花が飛び、建物の中から住人が飛び出してきた。流石に身の危険を察したらしい。

 ヤメタランスはその鉄塊を齧り始めた。
 全て口に入れ終わると、ゆっくりと立ち上がった。その体は食べ始める前より一回り大きくなっていた。

ヤメタランス「ヌオ~~」

 ヤメタランスが動き始める。一歩歩くごとに地面が揺れ、地響きを鳴らした。


―――穏乃・憧の部屋

 怪獣の声と地響きが遠ざかっていく。

穏乃(いけない……このままじゃ……)

穏乃(……はぁ。まぁいいか……)

 穏乃がもう何十度目にもなるベッドへの倒れ込みをした時、テレビから陽気な声が聞こえてきた。

TV『では~~これにてインターハイ中継を終了いたします~~』

穏乃「」ピタッ

穏乃(……中止?まだお昼なのに……)

 当然だ。大会の体を為していないのだから。
 テレビの中でもみんなだらけていた。恐らく、実況や解説の人も仕事を放棄してしまったのだろう。


穏乃(このままじゃ……インハイが……!)

 腕に力を入れようとする。だが表向きの情熱とは裏腹に、深層の怠け心は言うことを聞かない。

 ――その時、穏乃の頭に和の顔が流れた。

 穏乃の心に火が灯った。一年前、テレビの中の和を見たときのように。

穏乃「う……あぁぁっ!」

 力を振り絞り、足の裏でシーツを蹴り飛ばした。
 身はベッドの外へ投げられ、近くの壁に頭をぶつけた。鈍い痛みが全身を伝っていく。

 それが奇跡を起こしたのか、痛みに対する本能が現れたのか、穏乃は力を込めて立ち上がった。


穏乃「目ぇ……覚めたぁっ!!」

 振り返ると憧はベッドの上で寝息を立てていた。
 穏乃はポーチからギンガスパークと人形の一つを取りだし、窓を開けて外へ飛び出した。

『ウルトライブ!宿那鬼!』

 穏乃を包んだ光は大きな影となり、地面へ華麗に降り立った。
 前方にはのそのそと歩く怪獣。宿那鬼は刀を持つ手に力を入れ、誰もいない道路を駆け出した。

 ヤメタランスが走り来る宿那鬼に気づく。
 しかしその鈍重な体で攻撃を躱すことなどできる筈もなく、宿那鬼の袈裟斬りをまともに浴びた。

ヤメタランス「ヌオオーー……!」

 ヤメタランスが大袈裟に転び足をばたつかせる。宿那鬼は第二撃を構えたが、怪獣の中に少女を見て動きを止めた。

白望『やめて……わたしはただ……』

穏乃(!)


穏乃(で、でも……倒さないとみんなが……!この人には悪いけど――)

 しかし刀を振り上げた次の瞬間、宿那鬼の腕が力なく垂れ下がり、刀が手を離れた。
 穏乃が情けをかけたのではない。いつの間にか宿那鬼の顔には黒子がぶつぶつと浮かび上がっていた。

穏乃『……やーめた』

 そう言うと、宿那鬼は道路の上に寝そべり始めた。それを見た白望はこう呟く。

白望『私はただダルいだけなんだ……』

 ヤメタランスはそのままのそのそと歩を進めていく。

穏乃(……あぁっ、そうじゃない……!)

穏乃(やらなきゃ……やらなきゃ……!)

 この怪獣を止められなければ、東京に集ったたくさんの人たちの夢が壊れてしまう。
 穏乃は自分が背負っているのが自分の夢だけでないことを思いだし、勇気を奮い立たせる。


穏乃(私がやらなきゃ……!)

 その時、穏乃の視界が開けた。
 顔が思わず良い意味で緩む。現れたギンガの人形を手に取り、ギンガスパークに宛がった。


『ウルトライブ!ウルトラマンギンガ!!』


 宿那鬼の体が光に包まれ、一人の巨人の姿に変わった。

 気怠い空気を弾くような風を纏い立つその戦士の名は――“ウルトラマンギンガ”!

ヤメタランス「ヌオ~~?」

ギンガ「ショラァッ!!」

 側転して一気に距離を詰め、その勢いでヤメタランスを蹴り飛ばす。
 道路に尻餅をついたヤメタランスに乗り掛かり、更に打撃を加えていく。


ヤメタランス「ヌオ~~、ヌオ~~!!」

 ヤメタランスが悲鳴を上げ、ギンガを突き飛ばす。ギンガは難なく体勢を戻したが、まるで大ダメージを受けたかのように膝をついた。
 苦しそうに顔を上げるギンガ。その顔にも黒子がちらほらと浮かび上がっていた。

 その隙にヤメタランスが動く。街路樹を何本も抜き、せわしなく自分の口に突っ込んだ。

ギンガ「ヘァ……!?」

 それらを飲み込んだヤメタランスの体が巨大化した。
 それは――ギンガの全長を悠に越え、そばの高層ビルの高さと同じほど。
 ギンガは自分の二倍ほどの大きさのヤメタランスを見上げ、思わず後ずさりする。


ヤメタランス「ヌオーーー」

 一層野太くなった声を上げ、ヤメタランスの足が上がる。
 ギンガは咄嗟に構えたが、腹に鈍痛が走り、蹴り飛ばされた身体は背後に吹っ飛んだ。

ギンガ「ハ……ハァ……ッ」

 地響きを鳴らしながらギンガは倒れ込む。しかしヤメタランスは攻撃をやめず、足をギンガに振り下ろした。
 自分を取り囲む大きな影にギンガが気づく。地面を蹴り、前方に飛んで躱した。

ヤメタランス「ヌオ~~!」

 空に浮かび上がったギンガ――穏乃は、東京の街を見下ろした。
 銀色のビルが立ち並ぶ中、超巨大な異分子が紛れ込んでいる。

ギンガ「ショラァッ!!」

 ギンガは腕を交差し、右手を前に差し出した。それと同時に全身のクリスタルが緑色に染まっていく。


ギンガ「ギンガコンフォート!」

 光の粒はヤメタランスを襲い、その動きを止めた。
 呆気に取られた表情をするヤメタランスの体が急速に小さくなっていく。

 最終的にヤメタランスは自動車くらいの大きさになり、道路に倒れた。
 ギンガはそれを拾い、少し考えた後、空に思いきり放り投げた。


ギンガ「――ギンガファイヤーボール!!」


 ギンガのクリスタルは烈火のような赤に染まり、周囲に炎弾を浮かび上がらせた。
 ギンガが腕を突き出す。操られるように炎弾は小さなヤメタランスを次々と襲い、ヤメタランスは膨張し、それに耐えきれず爆破された。


―――コンビニ前

塞「……ん?」

 目を開けた塞は顔を真っ赤にして起き上がった。

塞(な、ななな、何で私、道路に寝転がってたの!?何で!?)

 誰かに見られなかっただろうか――周囲をキョロキョロと確認する彼女の目に、違和感ある光景が飛び込んできた。
 道路を挟んだ向こうの歩道によく見知った少女が寝転がっていた。塞は自動車の有無を確認し、白望の所まで走り寄った。

塞「シ……シロぉ!?何してるの!?っていうか怪我してない!?」

白望「……してない」

塞「してるでしょ!?顔真っ黒だよ!?」

白望「どこも痛くないし……ダルいから、救急車とか呼ばないで……」

塞「……わ、分かったわ。じゃあ早くホテルに戻ってシャワー浴びよ」

白望「……うん」


―――エイスリン・トシの部屋

エイスリン「……ッ!」

トシ「ううーん……?」

エイスリン「……シマッタ」

トシ「ど、どうやら……そのようね……」

エイスリン「ミタ……『ビーストガ、アラワレル、ミライ』……」

トシ「ビーストが?」

エイスリン「ハイ……」


 エイスリンがパソコンの画面を見る。そこには折れ線グラフがいくつも並んでいた。

エイスリン「パルスモ、ノコッテマス」

トシ「はぁ……ぬかったわね……」

トシ(ウルトラマンは来たのかしら……?)


 この後――

 謎の集団ボイコットが起きた『インターハイ四日目』の日程は五日目にスライドすることになった。
 しかしこの事件の真相は大衆には明かされることはなく、結局、謎のままで終わってしまった。


To be continued...


登場怪獣:帰ってきたウルトラマン第三十八話より、“なまけ怪獣”ヤメタランス

投下遅れて申し訳ないです
また今度続き書きます


第六話『私はだぁれ?』


―――朝、インターハイ五日目、長野

 インターハイは五日目。スライドした四日目の日程をこなしていた。
 そんな中、長野のとあるマンションにて……


緋菜「東京にいくし!」

城菜「いくしー」

菜沙「いけるの?」

緋菜「おねえちゃんもいけたんだからいけるし!」

菜沙「おかねはどうするし?」

緋菜「ちょきんばこもっていけばなんとかなるし!」

城菜「なるしー」

菜沙「じゃあいくし」

緋菜「いくし!」


―――駅

菜沙「ここどこだし」

城菜「ひといっぱいだし」

緋菜「うーむ」

駅員「ねぇ、君たち?」

菜沙「なんだし?」

駅員「君たち、お母さんかお父さんは?こんな朝から何してるの?」

緋菜「えーと、えーと」


城菜「おかあさんが東京にいるんだし」

緋菜「そう!それで東京にあいにいくんだし」

駅員「あぁ……行き方とかわかってるの?」

菜沙「あんまわかってないし」

駅員「そっか、じゃあ教えてあげるよ」

菜沙「ありがとうだし!」

緋菜「だし!」

菜沙「しんせつなひとにあえてよかったし」

 ・
 ・
 ・


―――列車内

菜沙「おべんとうかってきたし」

城菜「ありがとうだしー」

緋菜「だし!」

菜沙「このままおねーちゃんとこまでいくし」

城菜「いってなにする?」

菜沙「いって……」

緋菜「………」

三つ子「………」


緋菜「……いってからきめるし!」

菜沙「ひなにしてはめいあんだし」

城菜「さんせいだしー」

緋菜「はやくつかないかなー」


 ・
 ・
 ・
 ・
 ・


―――東京

城菜「くー……すー……」

菜沙「しろな!おきるし!」

城菜「むにゃ」

緋菜「ここが東京だし!」

城菜「とおかったし……」

緋菜「これでおねーちゃんにあいにいけるし」

菜沙「……おねーちゃんどこにいるんだし?」

三つ子「………」

緋菜「とりあえずえきからでるし」

城菜「でるしー」


―――街

 ワイワイガヤガヤ

菜沙「ひとめっちゃおおいし」

緋菜「まいごにならないようてをつなぐし!」

城菜「つなぐしー」

菜沙「それでもってどこいったらおねーちゃんいるし」

三つ子「………」

??「君たち、どうしたの?」

 三人が振り向くと、若い女性がこちらを見下ろしていた。
 視線が合うと女性はしゃがみこみ、目線を同じ高さにした。


??「もしかしてお母さんとはぐれたりしてない?」

緋菜「してないし!」

??「そう?でも普通の様子じゃない気がするけど」

城菜「たしかにちょっとまよってるかもだし」

??「やっぱり。お姉さんが一緒に探してあげようか?」

菜沙「しらないひとについてっちゃだめっておねーちゃんにいわれたし」

??「それなら……」

 女性は自分の財布から名刺を取りだした。
 三つ子はそれを受けとるが、漢字が読めずに首を傾げた。


緋菜「なんてよむんだし?」

城菜「えーと、えーと」

??「……私は『戒能良子』。麻雀のプロですよ」

三つ子「!!!」

城菜「それならしんじてもよさそうだし」

緋菜「おねーちゃんのところにいきたいんだし!」

良子「お姉ちゃんはどこにいるの?」

菜沙「それはしらないんだし」


城菜「インターハイにでるっていってたし」

良子「あぁ、選手ってことね……」

緋菜「あ、でもしあいにはでないっていってたし!」

良子「?補欠か付き添いかな。どこの選手かわかる?」

三つ子「ながの!」

良子「長野の宿舎は確か……。そうだね、私が車で連れていってあげる」

緋菜「よろしくたのむし!」

良子「オーケイ。任せてね」


―――白糸台高校

 白糸台高校麻雀部、チーム虎姫の部屋。
 チームメンバーは五人しかいないのだが部屋は広々としていて、大きな窓から差し込んでくる日で白く明るい。

 部屋の隅には天井まで届く巨大なロッカーが五つ並び、それぞれにネームプレートが取り付けられている。
 麻雀部であることの証明のように雀卓が一つ設けられているが、しかし何故だか巨大なモニターが壁に掛かっていたりもしている。

 今、虎姫の五人はテーブルを囲んでインターハイについてのミーティングを行っていた。

照「次は……新道寺のあのコンビ」

誠子「鶴姫とシローズですか」

照「うん」

菫「有名どころだな」

堯深「」ズズ…


誠子「あれですよね。二人の和了りがリンクしてるっていう」

淡「ん~……退屈ー」

菫「ミーティングごときで順番までに退屈するんだったら本番は待ちきれないぞ」

淡「本番は……だってほら、観戦してればいいじゃん?」

菫「ならミーティングも黙って観てろ」

淡「はーーい」

誠子「えーっと、どこまで行きましたっけ」

淡「ツルヒメとかあーだこーだのとこ」

菫(一応ちゃんと聞いてるんだな)


―――一方、戒能良子の車

緋菜「東京もあんまりひといないし」

城菜「だいとかいなのに」

良子「ここらは東京とは言っても田舎の方の東京だからね」

緋菜「なるほどだし!」

菜沙「だし!」

良子「ここは『白糸台』って言うんだ」


良子「……少し確かめたいことがありましてね。ここなら丁度いいでしょう」

三つ子「?」

良子「幼少期にありがちな欲求。ここ最近、心の闇がある人がいなくて困っていたけれど……これで代用できそうですね」

城菜「なにいってるし?」

良子「あなたたちのそのトリックなハート、使わせてもらいますよ」

 そう言いながら戒能良子は後部座席を振り向いた。
 彼女の両目は赤く光り、三つ子の意識はそれに取り込まれ――


―――宮守女子のホテル、エイスリン・トシの部屋

エイスリン「!」

トシ「どうしたんだい?」

エイスリン「……ヘン」

トシ「変?」

エイスリン「ナニ、コノミライ……」

トシ「分かるように説明してくれない?」

エイスリン「トラヒメニ、キキガ、セマッテマス……」

トシ「虎姫に?」

エイスリン「シライトダイニ、ビーストガデテクルミタイ、デス」

トシ「……!」


―――白糸台高校

菫「よし。次は大将だ」

淡「待ちくたびれたぁ……」

照「お疲れ」

誠子「ええっと、次の対戦相手校は……」

菫「新道寺と……」

堯深「………」ズズ…

照「……資料見ればいい」

誠子「あぁ、そうでした。苅安賀と……」


誠子「この……何て呼ぶんでしたっけ」

照「……えっと」

淡「アハハ、二人ともどーしたの?ボケが来ちゃった?」

誠子「う、うっさいな。慣れない漢字が多いんだよ」

照「堯深、菫、読める?」

堯深「いえ、私も……」

菫「恥ずかしいが私も……」

照「……じゃあいいや。A高校と仮定しよう」


淡「ちょっと待って!私に聞かないの!?」

照「……。読めるの?」

淡「いや?まったくもって」

照「知ってたから聞かなかった」

淡「なるほどーテルってば賢い!漢字は読めないけど」

菫「お前が煽れることじゃないぞ」

淡「それを言うならテルだってそうじゃん」

照「む……」

菫「はいはい。とりあえず先に進めるぞ。とりあえずこの学校をXと置いとくぞ」

誠子「はい。えーっと、それで……」

一同「………」

誠子「……何をするんでしたっけ?」


―――阿知賀のホテル、灼・晴絵の部屋

晴絵「よし、とりあえずこれから一時間お昼休憩」

穏乃「ん~~……っ!」ノビッ

憧「シズ、お昼一緒に――」

『シズノ!』

穏乃(!タロウ?)

『ああ。君に伝えたいことがある』

穏乃(なに?)

『………』

穏乃(………)


『えーっと……何だったか……』

穏乃(忘れたの?)

『いや、ちょっと待ってくれ。ええっと……』

穏乃(……タロウには外のパトロールを頼んでた。伝えたいことがあるってことは、何かあったってことだ)

憧「……シズ?お昼一緒に……」

穏乃「ごめん、用事あるから出てくるね」

憧「え?」

 ガチャッ バタンッ


憧「……おかしい」

玄「やっぱり最近、何か変だよね……」

晴絵「……二人とも。変に勘繰るのはやめろ。しずにはしずの用があるんだろ」

憧「でもさ、東京だよ?初めて来たのに『用がある』って……おかしくない?」

晴絵「それでもだ。詮索するのもやめといた方がいい」

憧「何で?ハルエはシズが心配じゃないの?」

晴絵「………」

憧「前も『詮索するな』って言ってたよね。もしかしてハルエは何か知ってるんじゃないの?」

宥「あ、憧ちゃん……」

憧「……ごめん。でも私は納得できない」


晴絵「私から言えるのは『勘繰るな』『詮索するな』だけだ」

憧「……っ!」

 憧はドアを乱暴に閉め、出ていってしまった。

晴絵「……はぁ」

灼「ハルちゃん……」

晴絵「お昼休み無くなるよ。ちゃんと昼ご飯食べときな」

灼「……。うん」

晴絵(……考えるだけ無駄なことなんだけどな)

晴絵(どうせ全部、忘れてしまうんだから……)


―――穏乃・憧の部屋

憧(あぁもう!何でハルエはあんなに呑気なのよ!都会なんて、何が起きてもおかしくないでしょ!)

 ガチャッ

憧「……!」

 部屋に入った憧は思わず息を飲んだ。
 窓が開けられ、カーテンが靡いていた。
 あの『謎の竜巻の日』のように。

憧「……シズ?」

 窓に近づいてよく見てみる。そこにあったものに気付くと同時に憧の肝は冷えきった。
 窓の縁にあったのは、白くぼんやりと残されている靴の足跡だった。

 咄嗟に窓から顔を出して目を細める。
 その下に広がっていたのは人々が歩行する他愛ない光景だけで、憧は心から安堵した。
 しかしそれと同時に疑問も浮かび上がる。

憧「何で、こんなとこに足跡が……」

 それは勿論、この場所を靴で踏んだからだろう。だがこんな所を踏む場面というのはどんなものだろう?
 考えれば考えるほど、憧は気分が悪くなるのを感じた。

憧「………」


―――外

 バジリスが空高くを飛んでいた。

 怪獣の居場所は分かっていた。
 穏乃がギンガスパークに触れたとき、以前にもあったように、怪獣の出現とその場所が頭の中に刻まれたのだ。

 それが一体どういう理屈で起こっていることなのかは見当もつかなかったが、穏乃はその啓示に従っている。

バジリス「!」

 そうしている内に怪獣の姿が見えてきた。
 その怪獣はまるで栗のイガのような黒い球状で、三体いた。

 一つきりの大きな目が存在し、球体の下部からは頼りないくらいに細い紐のような脚が二本伸びている。
 その内の一本は山菜のゼンマイのようにぐにゃりと丸まっていた。


 その怪獣の名はそれぞれ“宇宙化猫”ミケ、タマ、クロ。
 白黒黄の尻尾が生えているのがミケ。
 球体の後部に猫の足があるのがタマ。
 そして、黒い猫耳が小さくついているのがクロだ。

ミケ「フニャア゛ァァ~~?」

タマ「ニャーー」

クロ「フッシャアァァ!」

 三体は飛来するバジリスを見て驚いたり、尻尾の毛を逆立てて威嚇したりしていた。

 降り立ったバジリス――穏乃の目に怪獣にライブした人間が映る。
 それはとても小さな、まだ幼稚園児くらいの女の子たちだった。

穏乃(こんな小さな子たちまで利用するのか……)


穏乃(ごめんね。痛いかもしれないけど、私は――)

 そこまで思ったが、何故だか次の言葉が出てこなかった。神経が遮断されているかのように、急に言葉に詰まった。

穏乃(……あれ?私、何するんだっけ?)

 目の前には三体の不気味な、変な生物がいる。だが――こいつらに対して何をするつもりだった?

クロ「ニャオ゛ォォォン……」

 一つしかない目(というより瞳)を細めてクロは欠伸のような声を漏らした。
 ミケもタマも呑気そうに立っているだけだ。

穏乃(……そもそも何で私、変身してるんだ?)

 穏乃がそう思った途端、バジリスの体が霞がかって消え、穏乃は街路に降り立っていた。

穏乃「……あれ?」


―――白糸台高校

『Scramble!Scramble!Point1-4-1!Point1-4-1!』

 サイレンが鳴り響く。
 虎姫の五人は顔を見合わせ、ロッカーへと駆け寄った。

 ロッカーを開き、その側のボタンを押すと――突然、その中身が昇降機のように上がっていき、下からその代わりが上がってきた。
 鞄などが納められていた女子高生らしいロッカーは鳴りを潜め、浮上してきた中身は『黒いジャケット』、『大型銃』、『ヘルメット』……と、とても女子高生とも麻雀部とも結び付かない物だらけだった。

 五人はジャケットを身に付け、大型銃を取り出す。
 ……が。

照「……これ、どうやって使うんだったっけ」

誠子「えっと……」


淡「この穴から弾が出てくるんだよね」

菫「おい、そこの……。銃口を覗き込むな。危ない」

淡「はーい……って、それは覚えてるんだ」

菫「……ああ。しかし妙だな」

堯深「記憶障害が起きてるみたい……」

 その時、巨大モニターが点灯した。
 五人が顔を向けると、そこには金髪の少女の顔が映っていた。

菫「イラストレーター……」

 “イラストレーター”と呼ばれた少女が英語で話し出す。
 何らかの機器を介してそれは日本語に翻訳され、モニターから英語と日本語の二重音声が流れてきた。


『どうやら、妙なことになってるみたいです』

菫「妙なこと?」

『はい。私が見た未来でも妙でしたけど、これで確信しました』

誠子「……記憶が曖昧になっていることですか?」

『そうです。Point1-4-1、そこはどこか覚えていますか?』

一同「………」

『やはり覚えていないんですね。学校のすぐ前です』

菫「学校?まさかここのことか!?」

『はい。窓の外を見てください』


 五人が一斉に窓に目を向ける。
 そこにあったのは――黒い球体のような怪獣が三匹立っている光景だった。

菫「!」

『どうせ忘れているでしょうから、聞いてください』

 少し嫌みったらしい語り口でその少女が話す。

『倒すのはあの“ビースト”。ディバイトランチャーの使い方はこのあとモニターに送ります』

菫「す……すまない」

『あのビーストはかなり大人しいです。凶暴なら今ごろあなたたちは全滅していたでしょうし』

菫「大人しいビーストなんて存在するのか?」

『活動休止期間であったりするかもしれませんから注意は忘れないでください』


『しかし本体が大人しくとも、都内に現れたビーストというだけで駆逐対象です。どころか……』

菫「どころか?」

『恐らく、奴らが発する放射線は有機生命体の“記憶能力”に影響を及ぼすものだと思われます』

『現に、ビーストから半径1km内で交通事故が多発しています。恐らく運転の方法を忘れたのでしょう』

『記憶を奪う……こんなビースト、倒すのが勿体ないんですけどね。あ、日本には“猫の手も借りたい”なんて諺がありましたね』

菫「……作戦は?」

『チェスター搭乗は危険すぎるので地上より攻撃、殲滅してください』

菫「了解。通信を切っても大丈夫だ」

『はい。それでは、ディバイトランチャーの使い方をそちらに転送します』

 画面は暗転し、彼女たちが抱えている大型銃――ディバイトランチャーの使用法の図解が映った。


誠子「やった。これで使える」

照「……それにしても、あのビースト呑気だね」

 窓の外に目を向けていた照が口を開いた。

タマ「ニャア゛ォォン……」

 怪獣の足元には逃亡していく人たちの姿が見える。

菫「しかし、どうして最近はこんなにも立て続けに都内にビーストが出るんだ?」

誠子「ポテンシャルバリアーは効いてないんですかね?上は何も話してはくれないですけど……」

一同「………」

菫「まぁいい。とりあえず私たちの仕事は、目の前のビーストを殲滅することだ」

淡・誠子「はい!」


―――路上

 人が道に溢れ返っている。
 その背後に立つ怪獣から逃れるためであるが、その波の中にいる穏乃はぼうっと立ち尽くしていた。

穏乃(何か……何かしなくちゃいけないんだけど……思い出せない……)

 腕を組んで怪獣を眺めていたその時。突然、その体に火花が弾けるのが目に入ってきた。

穏乃「!?」

 何が起きたかは分からない。しかしその数秒後、再び怪獣の体に何かが衝突し、火花が飛んだ。
 クロが思わず地面に倒れ込む。それによって、目の前で起きている現象が何であるかを穏乃は理解できた。

穏乃「誰かが……怪獣を攻撃してる……」

 タロウが言っていた通り自衛隊や他国の支援が来てくれたのだろうか。
 そして、『攻撃』――この言葉で穏乃は自分の為すべきことを思い出した。

穏乃(そうだ。私は……怪獣を倒さなきゃいけないんだ!)


 そう思うと同時に足が動いていた。
 近くの小高いビルに入り、階段を駆け上がる。幸い、避難していたからか人は出払っていた。

 屋上に出て、ポーチからギンガスパークと人形を取り出す。
 ……が。

穏乃(どうやって変身するんだっけ……?)


ミケ「フシャアァァァ!!」

 攻撃に怒ったのか、三体が攻撃に入った。
 ミケの口から青色の光線が放たれた。それはレーザーのように地面を沿い、奇しくも穏乃がいるビルを襲った。

穏乃「うわぁっ!!」

 ビルの壁に爆発が起き、建物が崩れていく。
 体勢を崩した穏乃の手から人形が飛び出し、そして――

 幸運にも、その紋章がギンガスパークの先端に宛がわれた。

『ウルトライブ!スキューラ!!』


―――一方、虎姫サイド

 ピッ

菫「イラストレーター。怪獣が反撃してきた。作戦の指示に変更は」

『ありません。そのまま攻撃を続行し、殲滅してください』

菫「了解」ピッ

 怪獣たちの悲鳴と怒号が聞こえてくる。
 菫は機を伺い、建物の物陰から出て銃を構えた。

菫「……!?」

 その時、菫の目の前が光に包まれた。
 少しすると光は弱まり、彼女は翳していた腕をどけた。


菫「なんだと……」

 目の前には、何の脈絡もなしに巨大な怪獣がもう一匹出現していた。

 その怪獣は魚を平たくしたような体躯を持ち、ヒレのような四足が地面についていた。
 体色は上部が肌色で、頭には髪のような緑色のヒレが生えている。

菫「イラストレーター。ビーストがもう一匹出現した」

『もう一匹?』

菫「ああ。魚のようなビーストだ。作戦の指示を」

『……どのように現れました?』

菫「突然、辺りが光ったと思ったら目の前にいた。今、距離をとっている」

『なら……そうですね。それについては様子を見てください。攻撃対象は初めに現れた方で変更ありません』

菫「了解」


スキューラ「シェァアァァ!!」

 スキューラが滑るように地面を走っていく。
 それに気付いたクロは目を丸くしたが、その細い足に体当たりを受けて倒れた。

クロ「フーッ!」

 尻尾を震わせるが効果はなく、スキューラはクロの体に乗り掛かり、ヒレで叩き始めた。

ミケ「ニャア゛ォォン!!」
タマ「フッシャアァァ!!」

 離れていた二体もまた尻尾を震わせ、口から電撃光線を発射した。
 スキューラに攻撃がヒットするが、スキューラはその口でクロの脚を噛み、スイングして二体の方へ放り投げた。

クロ「ニ゛ャッ!?」

タマ「シャギャニュァアア……」
ミケ「ニギャア゛ァァァ!!」


 勢いよく投げられたクロは二体にぶつかった。
 よろよろと立ち上がる三体へスキューラが突っ込んでくる。

ミケ「ニャアォォン!」
タマ「シャァアァ!」
クロ「フーッ!」

 三体が同時に、それぞれ青・黄・赤の光線を放った。
 流石に耐えきれず、スキューラは体勢を崩した。

 更になお、三体の光線は続いた。その勢いに押され、遂にスキューラは背後に弾き飛ばされた。

スキューラ「ウ゛ルルルル……」

 頭を振り、敵の方へ目を向ける。
 しかしそこに三体の姿はなくなっていた。

穏乃(……?)


 次の瞬間、身体中に激痛が走った。
 両脇腹、背中。そこに光線が命中していた。

 三体は軽い身体を活かしてビルの上に乗り込み、三方向から攻撃していたのだ。
 光線の包囲に縛られるように、スキューラは身体を動かすことができずに苦しむ。

穏乃『はぁっ……はぁっ……!』

 ――しかしその時。衝撃が急に止んだ。痛みはまだ残っていたが、急激に安らいだ。
 またどこからか怪獣へ向けて攻撃が加えられていたらしかった。

 穏乃は姿も見えぬ存在に勇気付けられ、立ち上がる。
 視界が開け、ギンガの人形が現れた。それを握りしめ、ギンガスパークに宛がった。


『ウルトライブ!ウルトラマンギンガ!!』


 スキューラは光になり、地面に衝突して街を揺らした。
 援護していた虎姫のメンバーも揃って目を見張った。

 光の中から現れたその戦士の名は――“ウルトラマンギンガ”!

菫「……イラストレーター。この目で確認した。ビーストがウルトラマンになった」

『……作戦変更します。全員に繋いでください』


ギンガ「シュワッ!」

ミケ「フゥゥゥ……!」
タマ「ニギャアァァァ……!」
クロ「シャァアァッ!」

 ギンガが構えを取りながらゆっくりと包囲網から移動していく。
 それに感づいたミケが青色の光線を発射した。ギンガは体の前に手を翳す――が。


ギンガ「ハァァッ!」

 現れるはずの『光の盾』は現れず、ギンガはまともに光線を浴びた。

菫「あいつも……戦い方を忘れているのか……?」


 ギンガは様々なポーズを取るが、クリスタルの色が変わることはなく、必殺技を出すことができない。

ギンガ「……。シュワッ!」

 必殺技は諦めたのか、ギンガは近くのビルに陣取っているタマに向けて走り出した。
 しかし、三体は光線を放ってギンガを近寄らせない。

ギンガ「ハァ……ッ」

 しかしこの時も、三体の攻撃はどこからともなくやって来る援護に断たれた。
 ギンガが顔を上げて攻撃の元へ目を向ける。


 それは一つのビルの上からだった。
 そして驚くことに、その主は親指を立ててこちらへ来るようジェスチャーをとっている。

穏乃(……!?)

 躊躇いもあったが、今まで援護をしてくれたということもある。ギンガはジャンプし、そのビルの前へ降り立った。

菫「……ウルトラマン。私の言葉が理解できるか?」

穏乃『……!』

 菫はヘルメットを被っていたため、穏乃はその正体がどんな人物なのかは分からなかった。
 だが大体の外見は見てとれた。白いスカートと、黒いライフジャケットのようなものを着ている。声は低かったが、それは女性の格好だった。

 そして、彼女は『ウルトラマン』を知っているのだ。
 ということは、タロウ以外にも意思を持つウルトラマンのスパークドールが存在し、彼女に力を貸しているのだろうか。

 謎は多かったが、穏乃は信用できる相手と思い、ギンガは頷いた。
 それを受けて菫は言葉を続けた。


菫「恐らくお前には活動限界時間があるだろうから手短に話すぞ。一度で聞いてくれ」

菫「あのビーストは半径1kmほどの生物に記憶障害を引き起こす。その範囲の外に出れば記憶は蘇るだろう」

 『ビースト』――穏乃はその呼称に違和感を覚えたが、ただでさえ記憶能力に攻撃を受けているのに集中を切らしてはいけないと思い、疑問を頭から振り払った。

菫「今からお前の活動限界時間が訪れるまでに上空1000メートル以上へ行くことはできるな?」

 正直なところは分からなかったが、ギンガは首を縦に振った。

菫「よし。今、あのビーストどもは私たちが相手している。そのまま引き付けて……そうだな、あのビルの前に三体を誘き寄せる」

菫「お前の雷の光線が一番範囲が広そうだ。あれを叩き込んで仕留めろ」

 『雷の光線』?それが意味するのは“ギンガサンダーボルト”のことだったが、穏乃の記憶からは消えてしまっていた。


 首を傾げるギンガを見て、憮然とした声を出して菫は言う。

菫「まぁいい。一番範囲が広そうな攻撃を出してくれ。信号弾を合図に出す。遠いが、お前なら見えるだろう?」

 それもよく分からず、ギンガは今度は首を縦に振らなかった。
 しかし菫は諭すような口調でこう言った。

菫「……できるだろう?なんたってお前はウルトラマンなんだから」

 それを聞いて、穏乃の心に火が灯った。
 元気よく頷くと、勢いよく空へ飛び立った。

菫「全員へ。聞いた通りだ。作戦は上手くいっている。第二段階へ入る」

淡『りょーかい!』

誠子『了解!』

堯深『了解しました……』

照『了解』


 上空1000メートル超。
 雲を突き飛ばし、ギンガはそこで止まった。それと同時に、遮断されていた回線が復活するように記憶が蘇った。

ギンガ「ハァァ……!」

 右腕を上げると、全身のクリスタルが黄色に染まっていく。
 周囲から雷が集まり、彼の右手が指す宙に渦巻いていった。


 一方、地上。

 虎姫メンバーのうち四人は地上で三体の怪獣を攻撃していた。
 怪獣の行動は、虎姫は知るよしもないが、園児らしく分かりやすい。攻撃を加え、走って逃げるだけで簡単に誘導できた。

淡『識別01の誘導、成功っ!』


誠子『識別02、成功しました!』

菫「……えっと、残り二人!03は!」

照『オッケー。今、完了した』

堯深『離脱します……』

菫「よし」

 菫は銃を宙に向け、引き金を引いた。
 白い煙が空高くへ飛んでいく。無論、高度1000メートルなど到達するわけもない。


 だが、高度1000メートル。ギンガはその超人的な視力を以てして煙弾が上がったのを確認した。

ギンガ「――ギンガサンダーボルト!!」

 右手を思いきり振り下ろす。
 放たれた渦状光線は大地に向かって凄まじい速度で落ちていく。


ミケ「ニャアァ!?」

タマ「フニャァッ!?」

クロ「シャァァ!?」

 地上の三体は、天から向かってくる何かに動物的な勘で気付いた。
 尻尾の毛が逆立ち、その場から逃れようと脚を伸ばす。

菫「みんな、伏せろ!」

 その直後、空を裂いて雷が落ちてきた。三体の体を貫き、地面に大きな爆発が起きる。
 そして地上の爆発音と同時に、どこまでも届きそうな大きな雷鳴が轟いた。


ギンガ「シュアッ!」

 ギンガは決着がついたのを見届けると、自分の帰るべき場所へ飛んでいった。


―――地上

菫「作戦終了。ホワイトスイーパーを寄越してくれ」

『はい。ご苦労様です』

 そう言うと、回線はプツンと切れた。
 菫はヘルメットを脱ぎ、一息ついた。恐らくだが、記憶はもう戻っている。感覚としてそう感じていた。
 そんな時、通信の通知が告げられた。彼女は手首の通信機を顔に寄せた。

菫「こちら弘世」

淡『菫先輩?なんか……ちょっと変なことが起きてる』

菫「変なこと?」


淡『うん。ビーストが死んだところに……怪我してる女の子が三人倒れてる……』

菫「!まさか、巻き込まれたのか!?」

淡『そんなわけない!私たち、ちゃんと周りに人がいないのを確認してから連絡したし……』

菫「ということは……ビーストに囚われていたということか?何にせよ、もうすぐ援軍が来るはずだ。彼らに任そう」

淡『はい。切ります』

 ピッ

菫「………」


To be continued...


登場怪獣:ウルトラマンマックス第十六話より、“宇宙化猫”タマ・ミケ・クロ
       劇場版ウルトラマンガイアより、“巨大顎海獣”スキューラ

また今度続き書きます


第七話『銀色の風(前編)』


穏乃(あのヘルメットの女性と出会った日の翌日)

穏乃(私たち阿知賀女子麻雀部は二回戦に挑み、一位の千里山に大差をつけられたものの何とか二位通過を果たした)

穏乃(しかし次の対戦相手は北九州最強の新道寺女子、全国一位の白糸台)

穏乃(このままじゃいけない……そう思った私たちは、長野から清澄の応援に駆けつけていた風越、鶴賀の人たちと対戦したのをきっかけに、その翌日、三箇牧の荒川憩さんたちと特訓をした)

穏乃(その間、怪獣は現れず、私は特訓に集中することができた)

穏乃(しかし、『記憶がなくなっている』中で、『ウルトラマンを知っている人』の存在については……謎が深まるばかりだった)


―――準決勝前夜、穏乃・憧の部屋

穏乃(……興奮覚めてないのかな。寝れない)ゴソゴソ

タロウ『寝れないのか?シズノ』

穏乃(うん。明日……先生が越えられなかった準決勝だからね……)

タロウ『そうか……。邪魔が入らないように祈っているよ』

穏乃(うん……)

タロウ『……なぁシズノ。少し話をしてもいいだろうか』

穏乃(ん?いいけど……なに?)

タロウ『私はここのところ、ウルトラマンギンガの正体について考えていたんだ』

穏乃(ギンガの正体?)

タロウ『ああ。私も知らないウルトラマン……その正体を』


タロウ『彼は、君が怪獣へのライブをすることで力を貸してくれる。そして、何も語ってはくれない……』

穏乃(ダークスパークウォーズの参加者なら、タロウに話しかけてきてもおかしくないもんね)

タロウ『ああ。そして……その意味を考えてみたんだ』

タロウ『ウルトラマンギンガとは、ギンガスパークに封印されているウルトラマンではないか?と』

穏乃(封印……?)

タロウ『ああ。そして、封印されているのはギンガの“体”だけだ』

穏乃(どういうこと?)

タロウ『ギンガが何も語ってくれないのは、元よりギンガスパークには“ギンガの意思”が存在しないからではないだろうか』


穏乃(でも……ギンガは私に力を貸してくれてるよ?)

タロウ『そこだ。君がギンガへのライブを可能にするタイミング。それが彼の正体に繋がると私は考えた』

タロウ『君がギンガへのライブを可能にするのは、君が“ギンガの精神”に近づいたときではないだろうか?』

穏乃(……?)

タロウ『つまりだ。君が“ギンガの精神”を持ったとき、ギンガスパークに封印されていた“ギンガの体”が反応する』

タロウ『そのことによって君はギンガへ変身することができるのでは……と私は考えた』

穏乃(なるほど……。でも、どうしてギンガは肉体だけ封印されたの?)

タロウ『それはギンガスパークに宿るスパークエネルギーが関係していると思う』

穏乃(スパークエネルギー……?)


タロウ『ああ。ウルトラマンは嘗て、人間とよく似た姿だったんだ。だが人工太陽が発するスパークエネルギーによって今のような姿に変わっている』

穏乃(へえ……)

タロウ『そして大昔――それこそ私も生まれるずっと昔、人工太陽が一度だけ暴走したことがあった』

タロウ『溢れ出すスパークエネルギーは逆に危険を及ぼしたが、このギンガスパーク、そしてダークスパークの二つの力によって事態は収束した』

穏乃(……??)

タロウ『その二つのアイテムに溢れ出したスパークエネルギーを封印したんだ』

タロウ『どうやって封印したか……私の推測通りなら、生前のギンガがその身を挺したのだろう』

穏乃(身を挺して……?)

タロウ『ああ。それによってギンガスパークには“ギンガの身体”が、ダークスパークには“ギンガの精神”が封印された……と思う』


穏乃(ダークスパークにもギンガの一部が……)

タロウ『ダークというくらいだ。恐らく、スパークエネルギーの負の部分をその精神で封印したのだろう』

穏乃(ねえ。ってことはさ……ダークスパークを操ってるのは……)

タロウ『ああ。考えたくはないが……ギンガの精神が反応する、“ギンガに似た身体”の持ち主』

穏乃(つまり……敵はウルトラマン……?)

タロウ『あくまでも推測だが……』

穏乃(ウルトラマンって宇宙の平和を守ってるんでしょ?どうして……)

タロウ『ウルトラマンにも闇の部分を増幅させる者はいる。過去に一度だけ例があった』

タロウ『そもそも光と闇というのは表裏一体の関係なんだ。少しバランスが崩れるだけで一気に傾いてもおかしくはない……』


穏乃(でもこの推測なら、ギンガの顔をタロウが知らなかった理由も説明できるね)

タロウ『そうだな……』

 タロウの声(テレパシーだが)は少し曇ったように聞こえた。
 推測が当たってしまえば、敵の正体は自らの同胞となってしまうのだ。それを考えると当然だろう。

穏乃(……タロウ)

タロウ『なんだ?』

穏乃(悪いけど……もし敵がタロウの顔見知りだったとしても、私は絶対にそいつを叩きのめすよ)

タロウ『……シズノ?』


穏乃(もし全てが終わったとしても、私は宥さんのことを誰かに喋るつもりはない)

穏乃(確かに宥さんがあの事件を起こしたから沢山の人の命が奪われた)

穏乃(でもそれは全部……それを仕組んだ奴が悪いんだ。私は絶対、そいつを許さない……)

タロウ『………』

 夜。彼女のその言葉の強さや意志も、部屋の中のように真っ暗闇に塗り潰されているようだった。


 ・
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―――インターハイ八日目

恒子『ついにこの時が来た準決勝……ッ!』

恒子『ベスト4を賭けた戦いが今始まる……!!』ビシィッ!!

健夜『何その動作……』

恒子『んじゃ対戦校の紹介いっちゃう?』

健夜『……。いかない手はないよね……』

恒子『奈良県代表・阿知賀女子学院10年ぶりの全国出場!』

恒子『初出場となった前回と同様準決勝まで駒を進めてきました!』

恒子『福岡県代表・新道寺女子!北部九州最強の高校、今年も見参!』


恒子『北大阪代表・千里山女子!インターハイでは昨年4位でしたが春の大会の成績から全国ランキング2位!』

恒子『そして――白糸台高校!』

恒子『言わずと知れた昨年と一昨年の優勝校です!インハイ史上最強のチームとの呼び声も!』

恒子『っちゅーことは小鍛冶プロの20年前より強いってことですか?』

健夜『え……いや、それは比べられないので……』

健夜『って、20年前じゃなくて10年前だから!』


玄「よし――行って参ります!」

憧「玄、がんば!」

宥「玄ちゃんふぁいと!」

玄「おまかせあれ!」


―――一方その頃、姫松高校の宿舎

TV『さあ!Aブロック準決勝、先鋒戦スタートです!』

恭子「………」

良子「グッドモーニングですー」

恭子「あ……戒能プロ!おはようございます」ペコ

良子「観戦?でもそろそろ練習スタートですよ」

恭子「はい。大丈夫です」

良子「………」ジー

恭子「?か、顔になんかついてます?」


良子「いえ……。末原さん、貴方なかなか面白い方ですね」

恭子「?」

良子「善野監督に今までお世話になってきたから赤阪代行が認めらない……」

良子「でも今の力じゃ善野監督に恩返しすることができない。だからトッププロを連れてきた代行には素直に感謝しなくちゃいけない……」

良子「でも何となく認めたくなくて、一人で悶々としている。面白いですよ」

恭子(え……何でこの人)

良子「『何でこの人私の考えてることを?』」

恭子「!?」


良子「というわけで。あなたのそのアンバランスなハート、使わせてもらいますよ」

良子「思い出に想いを馳せるあなたには、こんな怪獣がいいかもですね」

 そう言うと、彼女の目が赤く光り始めた。
 恭子はその光に囚われ――

恭子「……戒能プロ。練習始めましょう」

良子(あらら。心強い子だったな)

良子(まぁいいか。駒の目処は立ってるし)

 ・
 ・
 ・


―――インターハイ会場

恒子『先鋒戦決着ーーッ!』

恒子『チャンピオンがこんなに大きく振り込んだのは何十年ぶりか!』

健夜『二年ぶりかな……』

恒子『え?そうでしたっけ?』

健夜『私も高校生の頃……ハネマン以上のダメージを一度だけ受けたことがあります。それも想定を超える打ち筋からの一撃でした』

健夜『今でもそのことは、強く心に残っています……』


玄(やっぱり削られちゃったけど……二回戦の時よりずっと多い点数でおねーちゃんに繋げることができた……)

玄「おつかれさまですっ!」

照「お疲れ様でした……」

煌「すばらでしたよ」

照「!」

照「千里山……」

 宮永照がいつもの無表情を少し歪めた。
 その視線の先には――椅子の背もたれに身を預けて憔悴している園城寺怜の姿があった。

玄「……園城寺さん!」


怜「あ、お疲れ様……」

玄「大丈夫ですか……!?」

怜「んっ……よい、しょっ。大丈夫……仮病やから……」

怜「心配せんとって……」

 ふらっ

玄「!」

 ・
 ・
 ・


 ガララララ

怜「うわわ、大げさ大げさー」

竜華「万が一があるから!」

怜「申し訳ないわ。あんなに点離された上にこんなことになって……」

泉「うちらが頑張りますんで」

セーラ「俺たちにまかせとけよ」

怜「次鋒戦……行って、泉……!」

泉「……っ!はい!任せてください!」


玄「園城寺さん大丈夫かな……」

憧「あれ仮病じゃなかったんだ……」

穏乃「……!」

憧「しず?どうしたの」

穏乃「なんでここにいるんだ……?」

憧「え?」

 穏乃の視線の先には――

憧「和……」

和「穏乃……憧……玄さん……」

和「お久しぶりです……」


―――一方、会場の外

 ワアアアアア

咲(終わったのかな……)

 和のチームメイト、宮永咲は会場に入らず外で時間を潰していた。

咲(………)

 照を介して、彼女の脳裏にある映像が想起される。

 炎に包み込まれた病室の中で、彼女は佇んでいた。
 目の前に現れる黒い影法師。その足元に横たわる、ピクリとも動かない少女の体――

咲(………)


―――街中

 とある服屋。
 二回戦敗退してしまった永水女子のメンバーは宮守女子の皆と共に海へ遊びにいくことになり、水着を買いに来ていた。

霞「小薪ちゃん、この水着なんてどうかしら」

小薪「いいですね……!」キラキラ

巴「霞さん、あんまり選びすぎると決められなくなりますよ」

霞「えー……でもねぇ」

小薪「迷っちゃいますよね!こんなに多いと」

春「………」ポリポリ

巴「あー、春ちゃん!お店の中で飲食は駄目ですってば」

春「………」コク


巴「そういえば、はっちゃんはどこに?」

初美「ここですよー」ヒョコッ

巴「迷子にならないでくださいね。東京は人も多いし、はっちゃんは見つけにくいし……」

初美「なんですかそれは。私が視界に入らないほどのチビ助だとでも言いたいんですかー」

巴「別にそうじゃないですけど……。はっちゃんは水着決めたの?」

初美「そっちはどうなんですかー?」

巴「私と春ちゃんは決めました。霞さんと姫様は……まだまだかかりそう」

初美「そうですかー」


初美「で、私の方は候補を二、三絞ったので巴さんに見てもらおうかなーと」

巴「あぁ、そうだったんですか。で、どんなのを?」

初美「まず、これですー」

巴「……殆ど紐じゃないですか。公然猥褻で捕まりますよ」

初美「捕まるもの売るわけないじゃないですか」

巴「うーん……」

初美「じゃあこれはどうですかー?」

巴「肌色……!?それは犯罪だよ!」

初美「また犯罪云々ですかー巴さんはビビりですねー」

巴「いやいや、はっちゃんが度胸ありすぎるだけですよ……うん……」


初美「じゃあこれなんかどうですかー」

巴「ちょっと待って、それは水着じゃない。水着に似て非なる何かです」

初美「そうですかー?」

巴「いやだって……首輪つけるスペースとかあるじゃないですか……これってあれがあれするやつですよ……」

初美「?」

巴「というか何でそんなに露出好きなんですか。普通の着ればいいじゃないですか普通の」

霞「はっちゃんは露出くらいしないと……ほら、ねぇ?」

初美「!?」

巴(私にも刺さったんですけど、その言葉)


霞「でも別に露出しても、そんなにじゃない……?普通の着た方が……」

初美「な、な……なんですかその理屈!ナイスバディじゃないと露出しちゃいけないんですか!」

霞「別にそうじゃないけど……。はっちゃんは過度な露出するよりは可愛い系を……」

初美「おんなじことじゃないですかー!子供扱いしてるってことでしょー!?」

霞「そんな……」

初美「もう、霞さんなんて知りませんー!」


 ダダダ……

春「………」ポリポリ

 シャッ

小薪「?なにかありましたか?」

霞「わあ、よく似合ってるわ……!」

小蒔「そ、そうですか?じゃあこれにしようかな……」

巴(……しょうがない。私が連れ戻しにいくか)ハァ


―――路地

 ダダダ……

初美「はぁっ、はぁっ……!」

初美(何で……どうして認めてくれないんですかー!露出は全人類に与えられた平等なアピールなのに!)

初美(誰であろうと露出が認められるような世界……そんな世界になれば……!)

??「……。はっちゃん……」

初美「!あれ、戒能さんじゃないですかー」

良子「何かデジャヴ感じますけど……まぁいいや」

初美「?」


良子「あなたのそのレボリューションなハート、使わせてもらいますよ」

 そう言うと、良子の目が光り始めた。
 初美の心はその光に囚われ――

良子(……よし。これで四人目)

良子(今度こそ……ウルトラマンギンガを……!)

初美「ミンナ……平等ニ……露出……」

 朧気な意識の初美の手には一つの人形と、ダークスパークによく似た『ダークダミースパーク』が握られていた。
 人形をダミースパークの先端に宛がう。紫色の雷が放射状に走り、彼女を闇に包んでいく。

『ダークライブ……デガンジャ!』


―――インターハイ会場、阿知賀の控え室

憧「うっし」パタン

憧「じゃあ、行ってくるかね」

灼「引き締めて気……」

穏乃「頼んだ!」

晴絵「憧っ」

憧「ん?」

晴絵「江口セーラは二回戦より強いから」

憧「うん。わかってる」


 バタンッ

タロウ『シズノ!怪獣だ!』

穏乃(うわ……来ちゃったか)

タロウ『すまない……試合中なのに』

穏乃(大丈夫。すぐ倒して戻ればいい)

タロウ『ああ……。怪獣の場所は』

穏乃(それも大丈夫。ギンガスパークが教えてくれる)

タロウ『わかった。とりあえず……遅くなるかもしれないが私も現場へ向かう』

穏乃(わかった。またあとで)

タロウ『ああ』


穏乃「ちょっと、トイレ行ってきます」

晴絵「憧の試合までには帰ってこいよ」

穏乃「はい!」


 穏乃は部屋から抜け出すと会場も出て、人目の付かなさそうな場所へ移動した。
 ギンガスパークを手に取ると、怪獣の場所が頭の中に刻み込まれた。

穏乃(タロウの話が当たってるなら……これは私の力ってことになるのかな。それともスパークエネルギー関係かな)

 まぁいいや、とポーチから人形を取り出し、ギンガスパークに宛がった。

『ウルトライブ!バジリス!』

 穏乃の体は光に包まれ、空高くまで昇った。昇るにつれ光の形は変わっていき、最終的に銀色の怪獣に変身した。
 バジリスは翼を広げ、敵のいる場所に向けて飛んでいった。


―――現場

 その周囲は風が吹き荒れていた。
 歩道には車が横転し、巻き上がるゴミや砂で辺りの視界は悪く、まるでピンぼけしているかのようだった。

 飛行するバジリスは、その中心に怪獣の姿があることに気付いた。
 この場所は商店街のようで、広く開いた道路の両脇には店が立ち並び、道路の中央に怪獣は陣取っていた。

 その姿は人の形をした鰐のようであり、その顎や腕は強い茜色に染められている。
 他の部位は黒く、一見では赤と黒の大雑把な縞模様のように見える。

 穏乃がそう観察していたとき、怪獣の方角から緑色の光球が猛スピードで飛来してきた。
 不意を突かれたバジリスは避けることが出来ずにそれと激突する。それでも何とか空中でバランスを立て直すと、もう一撃光球が向かってきているのが見えた。

バジリス「キュァア!」

 バジリスが口から赤い光球を放つ。
 緑と赤は宙で相殺され、バジリスは翼を折り畳んで滑空を始めた。この隙に距離を詰め、腕の刃で攻撃する算段だった。


 しかしバジリスの目に、光球の姿がもう一つ飛び込んできた。
 それは向こう側の宙から飛んでくる白い光。猛スピードでこちらに向かってきている。

 躱すことができず、勢いよくバジリスと白い光は激突した。
 この時、穏乃は違和感を感じた。白い光は消えず、まるで意思を持っているかのような動きで着地したのだ。

バジリス「キュァ……」

 広い道路には、倒れ込むバジリス、そして降り立った白い光。その奥には疾風を巻き起こす怪獣が位置している。
 そして、白い光がうっすらと消えていった。

 顔を上げた穏乃は目を見張った。
 そこにいたのは――銀色の体躯を持つ巨人だった。

 ウルトラマンに酷似していたが、胸にはカラータイマーが無く、代わりに弓を寝かしたような形の発光体がついている。
 両腕には赤と青が少し混じった手甲を装備しており、穏乃が持ち合わせていたウルトラマンの人形ともまた違う雰囲気を漂わせていた。


デガンジャ「ヴォォォォ!」

 怪獣――デガンジャが声を上げ、爪から緑の光球を打ち出した。

巨人「シュアッ!」

 巨人が地面を蹴って飛び立つ。
 外れた光球はバジリスの周囲に着弾し、爆発が起きた。

バジリス「キュァア……」

 それを見た巨人は左腕を胸の前に翳し、そのまま振り下ろした。
 彼の周囲の景色が一瞬ぼやける。青白い光が彼の頭の先から包んでいき、そして消えていく。

 光の中から出てきたその体はさっきまでとは違うものになっていた。
 銀一色だった体躯は青を基調としたものに変わり、胸にはカラータイマーが現れた。

 次に彼は、身体の前方に半円を描くように右腕を水平に回し、そのまま腕を天高く突き上げた。
 掲げた拳の先から金色の光線が空に放たれ、そしてそこから滝がなだれ落ちるように降り注いでくる。
 その光の雨は彼の身体と、二体の怪獣を包みこんでいき――


―――メタフィールド

 穏乃が目を開けると、周囲の景色が全く違うものになっていた。
 大地は赤く、空は赤と黒が混じる中に青いオーロラが揺れている世界。
 穏乃――バジリスはゆっくりと立ち上がり、周囲を見渡した。

穏乃『なんだこれ……』

 全く意味がわからず、穏乃の頭は混乱しきっていた。
 タロウは来ていないのだろうか――と考えたところで、昨夜のタロウの言葉が胸を過った。

 その時突然、バジリスの首に打撃が加えられた。
 驚く間もなく地面に叩きつけられる。目の前にはあの青い巨人が立っていた。

穏乃(敵は……ウルトラマン……)

 ということは、このウルトラマンが黒幕ということになるのだろうか。
 そう考えると、穏乃は自分の頭が熱くなるのを感じた。宥さんや、他の皆を利用した敵――


バジリス「キュァァッ!!」

 バジリスが口から赤い光球を吐き出す。
 それはウルトラマンの胸に命中し、彼の体は背後に吹っ飛んだ。

巨人「ハァァッ……!」

バジリス「キュァア!キュァア!」

 仰向きに倒れるウルトラマンの胸を踏みつける。痛がる素振りに情けもかけず、バジリスはウルトラマンの脇腹を思いきり蹴り飛ばした。

巨人「シュァァァッ……」

 獲物を追い詰めるように、バジリスはウルトラマンの方へゆっくりと歩き出した。
 ウルトラマンはよろよろと体を持ち上げると、膝を地面につけたままバジリスの方へ顔を向けた。


 バジリスが両腕の鎌を振り上げ、ウルトラマンに振り下ろす。彼は咄嗟に、鎌の付け根に手をやって攻撃を止める。
 両者の力は拮抗し、どちらの腕もそのまま動かない。

 ――その時。バジリスの背中に痛みが走った。

バジリス「キュァア……!?」

 腕の力が思わず緩み、その拍子にウルトラマンに撥ね飛ばされる。隙を突かれ、腹に蹴りを入れられた。

穏乃『くそっ……!』

 背後を振り返る。
 デガンジャが疾風と砂塵を纏って立っていた。両手がこちらに向けられ、爪先から再び光弾が放たれた。

 バジリスは翼を広げ、空中へ逃げる。
 目の前に広がる退廃的な色使いの空は終末感を思わせ、先程までの澄みきった青空とはまるで対照的だった。


 地上に目を向けると、躱した光弾がウルトラマンの近くに着弾しているところだった。
 デガンジャの中に、ライブしている人の姿が見える。

穏乃(そうだ。ウルトラマンの中には誰が……?)

 そう思い、ウルトラマンの方へ目を向ける。
 しかしいくら目を凝らしてみても、その中に人の気配を見て取ることはできなかった。

穏乃(ってことは……あのウルトラマンはライブしたものじゃなく、『本人』ってことか)

 つまり――これで間違いない。
 あのウルトラマンはダークスパークで操られているものではなく、黒幕そのものなのだ。

バジリス「キュァア!!」

 空中からウルトラマンに向けて光弾を放った。
 しかし彼は避けようとせず――むしろ、突っ込んできた。


バジリス「!?」

 バジリスは一瞬戸惑ったが、光弾を打ち続けた。しかしウルトラマンは肘で飛来する光弾を弾き飛ばしながらそのまま突っ込む。

 そして一定まで距離が詰まったところで、ウルトラマンは宙を力強く蹴り、大きな曲線を描いてバジリスの背後へ回り込んだ。
 背後に顔を向けようとするが、それよりも先に、ウルトラマンが勢いのままにバジリスを踏みつけた。

巨人「シュ……ハァァッ!!」

 バジリスが地面へ墜落していく。その速度と勢いにバジリスは落下から逃れられない。

巨人「シュッ!」

 ウルトラマンが右腕を前に、左腕を横に構え、両手を合わせた。
 それを開くと、掌同士を繋ぐように雷が現れる。それを振りほどき、刀を抜くように右腕で前方の空間を切り裂き、両腕を十字に交差させた。


巨人「シュァアッ!!」

 垂直に立てた右腕の先から金色の光線が放たれた。
 煌めく流星のようなそれは宙を墜ちていくバジリスへまさしく一直線で向かっていく。

穏乃『――うわぁぁぁっ!!』

 穏乃が悲鳴を上げた。次の瞬間、光線はバジリスの腹を捉え、更に速度を上げさせて怪獣の体を落としていく。
 バジリスの体が地に衝突し、砂埃が大きく舞い上がった。そこから爆発が起き、更に炎の手が上がった。



穏乃「く……うぅ……」

 ライブが解かれ、穏乃はその妙な大地に倒れ伏していた。
 体全体が痛み、指一本すら動かせない。熱と痺れが爪先から髪の一本まで突き通り、口の中をカラカラに渇かした。


 その時、穏乃の髪が無秩序に靡いた。風が近づいてきていた。懸命に顔を上げると、デガンジャの巨体がそこにはあった。

デガンジャ「ヴォォォォー……」

 デガンジャが穏乃に迫っていた。しかし体が動かせず、彼女は逃げられない。

デガンジャ「ヴォォォォ……」

 ゆっくりと、デガンジャが足を上げる。穏乃の周囲が大きな影に包まれていく。

穏乃「やめ……ろ……」

デガンジャ「ヴォォォ……」

 しかしそんな願いは聞き入れてもらえるはずもなく。デガンジャは無表情に足を振り下ろす。

穏乃「やめろぉぉぉぉぉぉ!!!」

 渇いて裏返った声が悲痛に、亜空間の中に響き渡った。
 しかし外の世界には届かない。そしてタロウはこの空間の中にいない。この中にいるのは、穏乃の敵だけだ。

 そしてデガンジャの足裏が、地面をしっかりと踏みしめた――


To be continued...


登場怪獣:ウルトラマンG第四話より、“風魔神”デガンジャ


デガンジャは設定的に流石に無理がありすぎますが、風の神様ってことでこれ以上がなかったので……

あと、「人型の鰐」って書きましたが、デガンジャのデザインモチーフはタスマニアデビルです
個人的に鰐に見えたのと、「タスマニアデビルのような」と書いても伝わりにくいかな、と思ったので……

続きまた今度書きます


第八話『銀色の風(後編)』


『誰ひとり私のことを知らない場所へ行ってしまえば、私は自分の未来を忘れていられる』

『そう思って私はあの日……オークランド発大阪行の飛行機に乗った』

『ここは……とても居心地がいい』

『私は……会う人みんなを好きになる』

『それでも……私は時々考える』

『私の命は……どこから来たんだろう』

『そして……私の命は……どこへ行くんだろう……?』


〔高三・7/11・千里山女子高校〕

竜華「とーきー!」

怜「ん?」

竜華「おっはよー!」

怜「はいはい。何かええことでもあったん?」

竜華「へへーやっぱわかってまうかー」

怜「で、何?」

竜華「私の今日の運勢、最高やって!ほらこれ!」

怜「おお……おめでと!」


竜華「何かええことあるかなぁ~?」

怜「……ほら、こうやって幸せに浸れてることがええことなんちゃう?」

竜華「ええー!?そんなんつまらんやん」

セーラ「はいはい。朝からテンション高いなお前ら」

怜「セーラ。おはよ」

竜華「おはよー」

セーラ「ああ。で、どうしたん?」

竜華「これこれ!私の今日の運勢が最高なんやって」

セーラ「……えっ、くだらなっ」


竜華「くだらなくないわー……ね、怜」

怜「うんうん。こーいうの甘く見とったら痛い目遭うで」

セーラ「え~~?でもこんなん書いとる奴も殆ど適当やろ?」

怜「本物の超能力者ってこともあるやん」

セーラ「んなわけあるか。そもそも超能力なんてもんが眉唾……」

竜華「うーわ、セーラも船Qにあてられたかつまらん人間になったもんやなぁ」

セーラ「だ、誰がつまらん人間や!ロマンのありようは人の好き勝手やろ!」

怜「まぁそうやなぁ」

竜華「って身近に超能力者おるやん」

セーラ「怜のは……まあ、なんというか」


竜華「……ところでセーラの運勢結構ええで」

セーラ「え!?マジ!?」

怜「………」
竜華「………」

セーラ「あ……ちゃ、ちゃうって!これは」

怜「……ぷっ」

竜華「あははは!」

怜「もう……セーラどっちなん……?くくくっ……」

セーラ「わ、笑うなって!ったく……」


〔放課後・麻雀部部室〕

セーラ「むむ……」

泉「卓の上に勉強道具広げるとは監督に喧嘩売ってますね」

セーラ「うるさい……監督から勉強しろ言われたんやし……」

泉「え?」

竜華「追試なんやって。生物」

泉「あー……」

セーラ「な、なんやその憐れみの目は!」

泉「ほな頑張ってください!私は打ってきますんで~」


セーラ「くぅ……生意気な奴になりやがって」

浩子「泉は最初からあんな感じでしたよ」

セーラ「マジか……」

浩子「っていうかどこ分からないんですか?」

セーラ「ああ。ここのDNA云々が……」

セーラ「って学年違うやろ!」

浩子「ピンチの中でもノリ突っ込みを忘れない。関西人の鏡ですわ」

セーラ「うっさいわもー……集中できひん……」

浩子「じゃあ何でここでやってるんですか」

セーラ「……終わったら麻雀しようって」

浩子「そういう考えだから捗らないんですよ」


浩子「インハイ前の合宿に一人だけ行けないなんてならないように頑張ってくださいね」

セーラ「……おう」

浩子「ほな私も打ってきますんで」

セーラ「うう……後輩が冷たいわ」

怜「DNAのところ?」ヒョイッ

セーラ「怜?お前生物取ってないやろ?お前に聞いても……」

怜「遺伝暗号が3種類の塩基で構成されとるんは、タンパク質を作るアミノ酸の数が20種類あるから。アデニン、グアニン、シトシン、チミンの4つの中から2つの塩基を使って組み合わせてみても4の2乗で16通りやから、アミノ酸の数に対応できひんやろ?でも3つの塩基を組み合わせれば、4の3乗で64通り。これなら十分ってわけ」

セーラ「……えっ?」


怜「これがガモフの仮説。わかった?」

セーラ「………」

竜華「怜すっごーい」

竜華「そういえば怜ってめっちゃ頭ええよね。この前のテスト12位とかやっけ」

セーラ「……俺な!ずーーっと聞こうと思ってたんやけど……お前一体何者?」

怜「私?私は……三年くらい前に川原で寝袋で寝てたのを監督に拾われて」

怜「今は監督の家の離れに住まわせてもらってる千里山女子高校麻雀部員やけど?」

セーラ「それは分かっとるんやけどさぁ……」


セーラ「とにかくさ、そろそろ親に居場所くらい知らせた方がええんやないの?心配しとるで?きっと」

怜「大丈夫!心配しない。っていうか心配できひんし」

竜華「できひん?って何で?」

怜「私の親って……DNAやから」

セーラ「はい?」

怜「見た目こういうの」ビシッ

セーラ「………」
竜華「………」


 タン、タン……

セーラ「怜はさあ。何か将来の夢とかってあるん?」

怜「夢?……私の夢は、もう叶ったから」

竜華「叶った?」

セーラ「んー……そんじゃ希望とか望みとかは?」

怜「私の望みは、ここで打ってるみんながずっと笑顔でいられること」

セーラ「へえー……そんで、怜は?」

怜「私は、見てる」

竜華「見てるだけ?」


怜「うん。ずっとここで、幸せな人間を見ていたい」

竜華「いやいや卒業するやろ」

セーラ「何か……変わった奴やなぁお前って」

怜「そう?」

セーラ「そうやろ」

竜華「うんうん」

怜「ふふっ」


〔その夜・愛宕宅離れ〕

 ピッ、ピッ、ピッ……

怜「………」

 怜の腕には血圧計のような機械が取り付けられていた。
 機械の数字盤に記録される数字を見て、彼女はため息をついた。

怜「……マイナス1.05」

 コンコン

怜「!はーい!」

洋榎「怜ー?晩ご飯できたでー」

怜「今いくー」


 ガチャッ

洋榎「はよ行こ。今日のおかずはできたての唐揚げやで」ジュルル

怜「おお、ええな――」

怜「!?」クルッ

洋榎「ん?」

怜「………」

洋榎「……どしたん?怜」

怜「……いや。何でもない……」

怜(今確かに、誰かの視線が……)


〔愛宕宅〕

洋榎・絹恵・怜「いっただっきまーっす!」

洋榎「おお美味いわぁ……流石うちらのオカンや」

雅枝「突然誉めても何も出んで」

洋榎「やろうな」

怜「二人の方はどうなん?部活」

絹恵「えーっとな、今日は……」

洋榎「絹、ストップ!」

絹恵「え?」


洋榎「……怜、言っとくけどうちらとお前たちは敵同士やからな?」

怜「バレたか」

洋榎「ったり前や。この愛宕洋榎の前にそんな誘導尋問が通用するかい」

雅枝「怜。相手校の情報をこんな形で聞き出そうとするなんて千里山の……」

怜「だーもう!そこまで考えとらんわ!冗談に決まっとるやろ!?」

雅枝「それならよし」

怜「ったく監督は家でも監督やなぁ」

洋榎「それはお前がおるからやろ、怜」

怜「……ん」


雅枝「こら洋榎。あんたら二人も怜も、私にとっては同じ娘たちや」

洋榎「そ、それはうちらも納得しとるって!そんな意味で言ったんやなくて!」

怜「……これでお返しやな」ニヤ

洋榎「……むぅ」

絹恵「してやられたなお姉ちゃん」

洋榎「……へへっ、この借りは全国で返すで」

怜「もちろん」


雅枝「えーー青春しとるとこ悪いけど……ご飯が冷めるからさっさ食って」

洋榎「お、忘れとった!」

絹恵「……あ!いつの間に唐揚げが半分くらいに!」

洋榎「怜ぃ!?」

怜「……ふふっ、おおきに~♪」

洋榎「うわぁぁぁぁぁ!!!」

雅枝「はぁ……近所迷惑な娘たちやわ……」


〔7/13・病院〕

怜「『ときシフト』……?」

セーラ「うん」

怜「何それ」

竜華「怜をサポートできるようなスケジュールをみんなで組むちゅうことや」

セーラ「それを条件に合宿の許可も取り付けたんや。お医者さんにも」

泉「最初は校内からですけど」

浩子「合宿中なんかの料理のレシピは完全に考慮検証済みです。許可も貰いました」

竜華「実際の料理はうちも手伝うで。結構得意やねん」

セーラ「体力いるところはおまかせ!」


怜「んー嬉しいけど申し訳ないな……。やってくれるにしても他の人に頼んだ方がええんちゃうかな」

竜華「監督も補欠にやらせろって言うてはったけど……」

浩子「私もその方が効率的かつ一般的やとは思います。……でも」

浩子「私たちがやりたいことなんで」

怜「……フナQ」

泉「一緒にいることで何か良い効果があるかもしれないですしね!」

浩子「それは非科学的」

泉「ええーそんな実も蓋もないような……」

怜「……みんな。ありがとう」

竜華「うんっ」


〔7/25・夜、合宿所のベランダ〕

怜「そんなところにいたら蚊に食われんで」

竜華「んー」

竜華「なんや寝るんがもったいなくて」

怜「………」

竜華「あかり見てた」

怜「えっ、何?」

竜華「ほら」

 竜華が指を指す。その先には夜景が粛々と広がっていた。


竜華「川の向こうにあかりがちらほら見えるやろ?」

竜華「あそこにそれぞれ家庭があるわけやん。人の営みっちゅうか……」

怜「ああ……そうやな」

 怜は――食い入るように、じっくりとその景色を目に焼き付けた。
 二人で暫く風情を楽しんだあと、しっとりとした空気の中、竜華が口を開いた。

竜華「……そういえばな。セーラが言ってたんや」

竜華「去年のインハイで負けて戻った時、飛行機の窓から地元の街のあかりがたくさん見えて」

竜華「その中に一人くらいは自分を応援してくれてた人がおったんちゃうか――」


竜華「そう思たらもう……申し訳なくて、悲しくて、悔しくてアカンかった……って」

怜「らしくない……」

竜華「せやな……でもらしくなくなるんがインハイなんちゃう?」

怜「……何言ってんの?」

竜華「うわ!冷たっ!!」

怜「まあでも……私もこの合宿の帰りに見てみるわ」

竜華「うん」

 空から見た夜景は――


〔8/10・インターハイ準決勝先鋒戦〕

怜「……!」ハッ

照「ツモ。4100オール」

怜(……またか)

 点数を確認する。一位の宮永照は213800、二位の怜は80900。その差は13万点。

怜(次に来るんは18600以上――……)

怜(やるしかない……!)グッ

怜(ここから先は……みんながくれた一巡先や……!)


〔中三・6/25〕

セーラ「俺はな、今年のインターミドルで良い成績を残して特待でどっか行こうと思うんや」

怜「ふふっ」

セーラ「おいー笑ったやろ怜」

怜「笑ってない笑ってない。でもセーラが行く学校決まったら私も一般でそこ受けることにするわ」

竜華「私もー」

セーラ「なんじゃそりゃ」

怜「あははっ」


〔高一・4/5・千里山高校〕

雅枝「えー私が麻雀部監督の愛宕雅枝や」

怜(おお……)

セーラ「本物や……」

雅枝「一年生の頃からレギュラーになった例も少なからずおる」

雅枝「一年生も積極的に練習に参加するように!」

全員「ハイッ!」


〔6/12・夜、麻雀部〕

 キュッキュッ

怜「………」

 ガチャッ

セーラ「ときー?何しとん」

怜「三軍の私でも部に貢献できることしたいなーって……」

竜華「私らも手伝うで」

怜「ダメやーそれやったらまた貢献度に差がついてまう」

竜華「なんやそれ」

セーラ「怜がそれでええんならそれでいいけど……」

セーラ「俺たちが手伝うんも、怜の力やで?」

怜「……!」


〔高校二年・9/15・麻雀部〕

 タン、タン……

怜(……よし、やるか)

 昔のように、あの力を使おうとする。
 しかし何故か、怜の身体から一気に力が抜けていった。それに伴って思考も薄れていく。

怜(……ああ、来たんか)

 彼女の脳が辛うじて絞り出したのはそれだけだった。
 しかしその『予感』は間違っていたらしく、まだ彼女には目を開く機会があった。


〔10/9・夕方〕

セーラ「ときー!」

怜「!」

怜「ごめん、今日は遅れて」

竜華「メールで聞いてたから別にええよ」

怜「看護師さんがミスって検査長引いてしもて……」

怜「てか何で二人ともここにいんの?部活もう終わってもうたん?」

竜華「今日はな、秋季予選のスタメン発表があったんや」

怜「おお。私は?」

 二人は顔を見合わせ、にやっと笑った。


セーラ「エースやで」

怜「え……マジで?だってエースはセーラやん」

セーラ「監督が近頃の怜を見て決めたんや」

怜「嬉しい……けど、プレッシャーあるなぁ。セーラにも悪いし」

セーラ「アホ!こちとら全く気にしてへんのに気ィ使われると逆にイヤやわ。俺は自分自身のポジションよりもチームが強くなる方が嬉しい」

セーラ「今年はやられたけど来年は白糸台にも勝ちたいからな」

竜華「うん」

怜「ほな私をあんなバケモンに当てる気なんか……」

セーラ「怜がさらに強くなればええねん」


怜「………」

 怜は自分の胸が疼くのを感じた。

 その日、彼女は二人に『一巡先』が見えることを話した。
 何故だか、二人はすんなり受け入れてくれた。

 本当に、何故なのだろう。
 今まで怜は『予知』は自分が異端の証だと思っていた。自分は人とは違う証なのだと。

 しかし二人は怜の言葉を受け入れ、そのあともずっと変わらず友達で居続けた。
 今までこの力を使わなかったのが馬鹿馬鹿しく思えてきた。

 どうせ残り少ない人生なら、みんなと一緒に――


〔???〕

怜「ここは……?」

 辺りを見回してみる。知識でのみ知った定義だが、ジャングルという言葉が相応しい。
 熱帯の雰囲気を持つぐったりとした空気の中、何かに惹かれるように怜の足は進んだ。

 そしてジャングルから出た先は、遠いところまで見渡せる高台だった。
 怜は発見する。黄昏色に染まった空の下に聳え立つ、石造りの奇妙な遺跡の姿を。

怜(一体……)


〔高三・8/7・二回戦先鋒戦終了後〕

怜「………」パチッ

竜華「……怜?」

怜「……夢」

泉「え?」

怜「夢、見とった……」


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―――メタフィールド

 恐る恐る瞼を開くと、そこは光の中だった。
 つい一瞬前、自分の体は怪獣に踏み潰されようとしていたはずだ――穏乃はそう思ったが、目の前の景色は一瞬にして変わってしまっていた。

穏乃「……え?」

 光が消えたとき、目の前に広がったのは『空の中』だった。
 奇妙な赤と黒の世界。しかし穏乃は『座り込んでいた』。飛んでいるのでも、巨大化したのでもない。

 穏乃が座っていたのは、銀色の足場の上だった。滑らかな銀色には温もりがあった。
 顔を上げる。白く光る二つの瞳が彼女を見下ろしていた。

 穏乃の体は、あのウルトラマンの掌に乗せられていたのだ。

穏乃(何で……?)

 穏乃の体は再び光に包まれた。ウルトラマンは掌から光のロープを伸ばし、穏乃を地上に下ろした。

穏乃(このウルトラマンは……敵じゃないの……?)


巨人「シュアッ!」

 ウルトラマンは体勢を低く構え、デガンジャと対峙した。
 デガンジャが纏う風が戦場を流れていく。砂塵を巻き込み、怪獣と巨人の体を包み込んだ。

デガンジャ「ヴォォォー」

 爪をウルトラマンに向ける。爪の先が緑の光に包まれると同時に、ウルトラマンが右手を胸のコアに翳した。
 すると右手首の手甲から光が伸びた。先端が尖り、光の剣が形成される。

デガンジャ「ヴォォー!」

 光弾が放たれる。ウルトラマンは襲い来るそれを次々と剣で弾き落としたが、両指十発には対応しきれない。

巨人「シュアァッ!」

 一撃ヒットすると、二発目三発目が立て続けに命中し、ウルトラマンは背後に吹っ飛ばされた。
 地響きを立てて地面に倒れ込む。デガンジャは彼の元へ歩き、立ち上がろうとする巨人の首を絞めた。


巨人「ハァ……アァッ……!」

デガンジャ「ヴォォォー」

巨人「シュ……アッ!」

 逆に自ら体勢を崩し、ウルトラマンは怪獣を巴投げした。
 悲鳴を上げてデガンジャが倒れる。

デガンジャ「ヴォォー……ルルル……」

 ウルトラマンは先に立ち上がったが、起き上がろうとするデガンジャの爪に気づき、バク転して距離をとった。
 起き上がってウルトラマンを睨み付けるデガンジャ。その爪には緑の光がスパークを起こして纏わりついていた。


穏乃(来る……)

 恐らくは、さっきより強力な光弾が放たれるだろう。さっきの剣でも防御しきれなかった。ここは回避に専念するだろうか――

 しかしウルトラマンは、穏乃の予想とは全く違う行動に出た。

巨人「シュアァッ!」

 掛け声をあげ、ウルトラマンは走り出した。
 穏乃は呆気にとられた。真っ直ぐ向かって行くなんて、格好の標的になるだけに決まってる。

デガンジャ「ヴォォォーー!!」

 まずデガンジャの右爪から二発、雷光の軌道を空に残して光弾が撃たれた。
 ウルトラマンは地面を横に蹴り、方向を変えることで光弾を躱す。


 だがまだ攻撃は続く。デガンジャは手を地面に水平にし、三発の光弾を放つ。
 横三方向への弾幕は方向を変えるだけでは逃れられない。ウルトラマンは今度は地面を垂直に蹴りつけ、跳躍する。

 左手五発の標準を、ジャンプして空中に飛び出したウルトラマンに合わせる。
 彼はそれを察知し、更に宙を蹴りつけようとする。同時に光弾が三発放たれた。

巨人「シュ――ハァァァッ!!!」

 ウルトラマンが全速力で飛び上がる。その下を光弾が通過していく。しかし、不意に現れた二発の光弾が彼を襲い、空中に爆炎が展開された。
 残りの二発は既に撃ち込まれていた。ウルトラマンの動きを予測して、その場所に撃たれていたのだ。

穏乃「……!」

 しかし、薄れた爆炎の中からウルトラマンは現れた。
 右腕を胸のコアに翳す。寝かされた弓のような形をしたコアから光が手甲に投影され、光の弓が彼の腕に現れた。


巨人「ハァァ――……」

 腕を地上のデガンジャに向けた。そして弓を引き絞るように添わせた左手を引く。それに伴って虹色の光が弦となって弓に帯びていく。

デガンジャ「ヴォォォー!!」

 それを見ていたデガンジャも、爪から光弾を放つ。十発だ。それらが一斉に、空中のウルトラマンに向かっていく。

巨人「シュアッ!!」

 勇猛な掛け声をあげ、左手を離す。同時に手甲に展開されていた光の弓が飛び出した。
 光の弓――“アローレイ・シュトローム”は唸りを上げて空を裂き、デガンジャへまっしぐらに進む。
 邪魔する光弾は全て切り裂さかれる。しかし、光の弓は何の損傷もなくその美しい形を為したまま、怪獣の背後の地に着弾した。


デガンジャ「ヴォ……ルルル……」

 力なくデガンジャが前に倒れた。その体には光の弓が貫いた跡が縦に走っていた。
 地面に落ちたところで、爆発が巻き起こる。同時にウルトラマンがふわりと舞い降りた。

巨人「シュッ」

 右手をもう一度胸に翳した。光の弓は回転し、コアへ帰っていく。
 十数秒の死闘に想いを馳せているのか、彼は空を見上げていた。そんな中、空間の壁が泡のように崩れ始めた。


―――商店街

 妙な大地も、前衛的な空もが消え去った。
 穏乃は、商店街の道路の真ん中に座っていることに気がついた。

穏乃(いったい、何が……)

 辺りを見回してみる。あの異空間に引きずり込まれる前と変わっておらず、ひとけも全く無かった。
 その時、穏乃は全身の毛が逆立つのを感じた。悪寒が体幹を貫いていき、筋肉が強ばる。

 気配があった。自分の後ろに。
 それも物柔らかなものでは決してない。冷たく、そして刺々しい気配がそこにあった。

??「手を挙げろ」

 しかし、穏乃は拍子抜けしたのを感じた。
 その声は明らかに少女のものだった。それも威圧感や快活さは感じられない、大人しそうな少女の声だった。


??「聞こえとるんか!手ぇ挙げろや!」

 後頭部に何か固いものが当てられた。穏乃は慌てて両腕を上げた。

??「よし。早速聞くけど……」

 少し間があった。声の主は何かを考えているようだった。

??「あんた、高鴨穏乃やろ?阿知賀の」

 完全に想定外の言葉だった。
 穏乃が言葉を詰まらせていると、後頭部に何かがぐりぐりと当てられた。彼女は唾を飲み込んでから、漸く言葉を出す。

穏乃「……知ってるんですか?」

 しかし、声の主は後頭部への感触を更に強めた。張り詰められた空気が吐き出されたのが分かった。


??「質問すんな。あんたは高鴨穏乃、イエスかノーで答えろ」

穏乃「……はい」

??「よし。もう一つ聞く。あんたは一体何もんや?」

穏乃「………」

 本格的に困った。この声の主は一体何者なのだろう。
 自分の敵か、それとも味方なのか。それが分からない限りは返答ができない。

??「聞き方が悪かったか?じゃあ端的に聞くわ。あんたはビーストか、人間か?」

穏乃「……人間です」

 後頭部の感触が離れた。何を疑われているかは分からないが、疑いが晴れたのだろうか。
 そう思った瞬間、頭頂に重い痛みが走った。

穏乃「っ……!?」


??「ざけんな……ほな、何でビーストに変身しとった!答えろ!」

 『ライブ』を知らない?
 ということは、この人は何の関係もない人なのだろうか?

 いや、鎌をかけているという可能性も捨てきれない。
 穏乃がライブの事に言及すれば、ギンガの正体と確定され、即座に殺しにかかってくるのかもしれない。

穏乃(やばい……)

??「早く……答えろや……」

穏乃(……?)

 このとき、穏乃は違和感を覚えた。
 その声は弱々しく頼りなかった。まるで憔悴しているかのような――


「ウルトラ念力!」

??「!?」

 その時突然、タロウの声が響いた。
 頭の後ろの感触が消える。穏乃はそれを感じとり、横に転がった。

??「っ!」

穏乃「……あなたは」

 目の前に広がる光景。

 虹色の波紋が声の主だろう少女の前方に広がり、白い銃のようなものが宙に浮かんでいる。
 驚いた表情を向ける少女の顔に穏乃は見覚えがあった。


穏乃「千里山の……園城寺さん……?」

 短く切り揃えられた柔らかい黒の髪と、少し物憂げな表情を見せる少女は紛れもなく千里山女子の園城寺怜だった。

タロウ「シズノ!大丈夫か!?」

穏乃「タロウ……ありがとう、助かったよ」

タロウ「彼女は……?」

穏乃「この人は……」

 言葉を繋げようとして怜に顔を向けたその時だった。
 彼女の体が力なく揺れた。まるで糸を切られた操り人形のように、彼女は崩れ落ちる。

穏乃「っ!」


 アスファルトに落ちそうになるところで穏乃が彼女を抱き止めた。その体はやはりというべきか軽かった。

穏乃「だ……大丈夫ですか……?」

 しかし返事がない。咄嗟に口元に手をやったが、呼吸はしていた。穏乃はほっと息をついた。

穏乃「よかった。でもどうしようか……」

タロウ「……一体何が起きていたんだ?話してくれ」

穏乃「うん」

 ・
 ・
 ・

穏乃「ってことなんだ」


タロウ「……『謎のウルトラマン』、か」

穏乃「うん……。あれが黒幕なのかは分からない。私を助けてくれたのも事実だし……」

タロウ「………」

穏乃「とりあえず……そうだね。救急車を呼んで私は会場に戻るよ。タロウは救急車が来るまで園城寺さんのことを見てて」

タロウ「ああ。わかった」

 携帯電話で119をコールしてポーチに仕舞い、代わりに怪獣の人形を一つ取り出した。


『ウルトライブ!ドラゴリー!』

 紋章の光が大きくなって穏乃を包んだと思うと、その光は巨大な蛾の姿へ変わった。
 “蛾超獣”ドラゴリー。蛾への擬態能力を持つ超獣だ。

 バジリスだと、着陸して元に戻ろうとするとどうしても人目につきやすい。
 怪獣の姿のまま会場へ近づくとインハイの進行に差し障る恐れがある。ドラゴリーで蛾に変身すれば比較的安全に移動できると踏んでの選択だった。

 蛾は身を翻し、鳥のような速さで彼方へと飛んでいった。
 そして、物陰からその光景を見ていた眼が二対あった。


良子(……なるほど、ウルトラマンギンガの正体は高鴨穏乃ですか)

良子(それにしても……あのウルトラマンは一体……?)


 別の物陰には――

菫「……イラストレーター。確認した。ビーストになったのは高鴨穏乃。『適能者』は園城寺怜だ」

『オンジョウジ、トキ……』


To be continued...


登場怪獣:ウルトラマンA第七話、八話より、“蛾超獣”ドラゴリー


ドラゴリーの擬態能力はメビウスからです。あまり深い描写はされてなかったですけど
あと、書き溜めが殆ど無くなってきたので更新間隔空くかもしれません。申し訳ないです…

すいません、ミスです
>>331>>332の間です


怜「……くくっ」

セーラ「……ったく!人がマジな話しとる時によぉ!」

セーラ「もう何なん?からかうなよ怜ぃ!」

怜「あははははっ」

セーラ「ああーもう!やめたやめた!」

竜華「ええ!?」

セーラ「家帰ってやる!こんなところで勉強なんてできるか!」バサッ

セーラ「今は麻雀や!打つで!」

怜「おっけ!」

竜華「やっぱこうなるんかー」


第九話『いつか見た未来』


―――インハイ会場、阿知賀の控え室

 ガチャ……

灼「!」

穏乃「すいません……遅れました」

玄「穏乃ちゃん!もうそろそろ前半戦終わりかけだよ」

穏乃「憧はどうですか?」

玄「すっごく調子いいみたい。それより穏乃ちゃん……大丈夫?顔色も悪いけど」

穏乃「……大丈夫です」


 穏乃はそう言ってソファに腰を下ろした。
 宥が心配そうに様子を伺う。額には汗が浮かんでおり、息のリズムも荒れていた。

晴絵「……灼、しずに冷たいもの買ってきてくれないか」

灼「うん」

晴絵「しず、お前は少し横になっていた方がいい。少し休め……」

穏乃「はい……」


 ・
 ・
 ・


―――姫松のホテル

良子「」タン

恭子「ロン。3900です」

良子「ベリーグッドです。なかなか上がってきましたね」

恭子「ありがとうございます」

郁乃「じゃ、そろそろお夕飯の休憩にしよっか~」

良子「そうですね。また一時間後くらいに」

郁乃「ねぇ戒能さん、末原ちゃんはどう~?」

良子「考え方が柔軟ですし将来にも期待できますよ。調子も上がってきましたし」

郁乃「よかった。それじゃ、私もご飯食べに行ってきます~」


郁乃「末原ちゃん、一緒に行かへん?」

恭子「少し戒能プロと話したいことがあるんで……」

郁乃「うわ~嫉妬するわぁ。ほな、先行っとくで~」

良子「はい。ごゆっくり」

 バタンッ

良子「……さて、末原さん。少し考え纏めておいたんで、作戦話しますね」

恭子「はい」

良子「あなたは『過去の世界に行く、人を連れていく能力』を持ってます。それを使って高鴨穏乃を殺してください」

恭子「………」

良子「ん、オーケイですか?」


恭子「あの、タカカモって誰ですか……?」

良子「……あー」

良子(しまった。今から写真……持ってこれないし持ってないし。どうしよう)

良子(ウルトラマンを殺せって言っても、ウルトラマンの過去には忍び込めないだろうし)

恭子「あの……」

良子「そうですね……ならまず、『園城寺怜の過去』に行って彼女を抹殺してください」

恭子「わかりました……」

良子「それじゃ、時間も迫ってますしディナーを……」

良子(……って、あ。この時間、大将戦やってるんじゃないかな)


 ピッ

TV『前半戦終了ー!それでは、前半をハイライトで振り返ります!』

良子「あ、見てください。これが高鴨穏乃です」

恭子「はい」

良子「これがウルトラマンギンガの正体です。ギンガは分かりますか?」

恭子「はい」

良子「それじゃあ復習。作戦、言ってみてください」

恭子「園城寺怜の過去に高鴨穏乃を連れ込んで、園城寺怜とウルトラマンギンガを抹殺します」

良子「思考が柔軟ですね。流石です」

良子「それじゃあ私も少し出てきますね」


 バタンッ

良子(よし、作戦は上々。昼間は失敗だったけど、今度こそ)

郁乃「戒能さーん」ヒョコッ

良子「うわっ!?」ビクッ

郁乃「な、何、どーしたん?大声だして」

良子「……驚きました。何か用ですか」

郁乃「うん。思い出したことがあって……」

 そう言うと郁乃は周囲をきょろきょろと見回し、良子の耳元に口を近づけた。

郁乃「戒能さん。『ラファエル』の完成はどうなってる……?」

 ・
 ・
 ・


―――病院

恒子『試合終了ーー!!』

恒子『準決勝第一試合ここに決着ーーッ!!』

淡『そんな……』

恒子『トップ通過はダークホース、阿知賀女子学院!高鴨穏乃ーー!!』


泉「あ、あの……」

泉「なんて言うたらええか……」

 泉は涙混じりに声を出した。ベッドの怜に顔を向けると、彼女は静かに寝息を立てていて、泉はほっと息をついた。
 しかし怜の目尻には涙がうっすら溜まっていた。呼吸で顔が少し揺れ、僅かにバランスを崩した滴は頬を静かに伝っていった。

怜(悲しいな……。りゅーかのとこに行きたいわ……)

怜(今やったら、フトモモに雨が降るかな……)

 ・
 ・
 ・


―――帰り道

 準決勝を一位で通過した阿知賀女子の面々は、それぞれの想いを語らいながらホテルまでの帰路についていた。

憧「今のしずなら玄のドラ支配も破れるかもしんないね」

穏乃「えー?」

灼「決勝、どんなところでやるんだろ」

晴絵「なんか特別ステージらしいよ。防音とか電波遮断とかも徹底されてるとか」

宥「寒くないかな……」

玄「あはは、暖かいといいね」


穏乃「……?」

 ふと、穏乃が足を止めた。背後を振り返る。何かが聞こえた気がした。
 耳を澄ますと今度ははっきりと聞こえた。

 それは生まれて初めて聞く『海鳴りの音』だった。
 だがおかしい。海どころか、波が立つ場所すら近くにはない。

穏乃「……?」

 疑問に思った直後、周囲の景色が変わり始めた。
 夜の闇が白い光に塗り潰されていく。穏乃は思わず瞼を下ろした。

 次に眼を開けた時には――そこは全く別の場所になっていた。

穏乃(またか……)

 これで一日に二度目だ。穏乃は大きく溜め息を吐いた。
 辺りを見回してみる。今度は人間の尺度で測れる世界のようだ。しかし、さっきまで一緒にいた仲間たちの姿は一人残らず消えてしまっていた。


 そこは学校の廊下のようだった。
 長い廊下が伸び、その左手側には教室がたくさん並んでいる。
 しかし、昼のようだったが、それらはどれも閑散としていて、その空気は廊下の果てまで伝染していた。

穏乃(見覚えは無いな……)

 ポケットに手を突っ込んでぶらぶらと廊下を歩いていく。
 少しすると、人の気配を感じて足を止めた。教室の一つに目を向ける。女の子が一人、窓の外を眺めていた。

??「お前、鳥ばっか見てんだな」

 そこにもう一人登場人物が現れた。教室の入り口から窓際の彼女の元へ歩いていく。

??「いっつもその窓から、飛んでく鳥ばっか見てる」

 穏乃は呆然としてその光景を見ていた。
 現れた少女は――間違いなく千里山女子の園城寺怜だったからだ。

 そして彼女の話す言葉は英語だった。穏乃の耳では聞き取れないし理解もできない。
 怜の言葉を受けて窓際の少女も口を開く。その言葉もまた英語だった。


少女「鳥は自由でいい……なんてつまらないこと考えてる訳じゃないよ。第一、鳥は自由なんかじゃない」

少女「飛ばなければ餌も取れないし、渡りもできない。飛ばなきゃいけないから、飛んでるだけ」

怜「そ!鳥は別に自由なんかじゃない!ただ飛んでるだけの鳥の中に、勝手に自由を見てる」

怜「自分が自由になりたいから。私はそうだよ」

少女「………」

怜「名前……お前の名前、なんて言ったっけ?」

少女「……エイスリン・ウィッシュアート」

怜「へえ。『夢』ってところ?私たち、能力に因んだ名前つけられるけど、お前の能力は?」

エイスリン「予知だよ。たくさんの未来を見るだけ」

怜「なるほどね。絵を描くように、望んだ未来に繋げるってことか」


エイスリン「君の名前は?」

怜「私は、園城寺怜(レン)。よろしく」

穏乃(レン……?)

エイスリン「……能力は?」

怜「おんなじ。予知だよ。でも、未来は一つしか見えないけどね」

エイスリン「名前の由来は?アジア系の名前みたいだけど」

怜「名前の由来は……園城寺が『全てをなげうつ』、怜は『賢い』とか」

エイスリン「なげうつ……?」

怜「……そういえばさ、鳥で思い出したことがあった」

エイスリン「突然だね」

怜「日本には『トキ』って鳥がいるんだって。野性動物としては絶滅したらしいけど」


怜「その鳥、野生はもういないから人工的に卵から育てられてるらしいよ」

怜「……まるで、私たちみたいだよね」

エイスリン「………」


穏乃「………」

 何を言っているのか全く分からなかったが、その会話の中に出てきた『レン・オンジョウジ』という言葉に穏乃は引っ掛かった。
 あの少女は園城寺怜ではないのだろうか。よく見ると少し身長も低い気がする。服も千里山の制服ではないし、他人の空似なのだろうか。

 その時、穏乃の体が勝手に動いた。バランスを崩し、何者かの手で口を塞がれ、そのまま近くの教室に引きずり込まれた。

穏乃「んむ……!?」

怜「……お前」

 そこにいたのは、園城寺怜だった。
 制服は千里山のものだ。ということは、あそこにいたのはやはり別人だったのだろうか。


怜「これはお前の仕業か?」

穏乃「な……何のことですか」

怜「………」

穏乃「さっき園城寺さんに似た人を……あっちの教室で見かけましたけど……あれは……」

怜「……くそっ」

穏乃「?」

怜「高鴨。ここは……たぶん過去の世界や」

穏乃「今度は過去ですか……」

怜「本当に、お前のせいやないんやな?」

穏乃「だから違いますって」


怜「……だったら、どうしてビーストに変身してた?」

穏乃「怪獣に変身して怪獣と戦うんです。ウルトラマンにもなれますし……」

怜「……そう。こんな状況やし、ここはお前を信じとくわ」

穏乃「はぁ……」

 むしろ不審に感じていたのはこちらの方だったと愚痴りたかったが堪えた。
 それでも、この人が敵でないということは確定しただろう。

穏乃「園城寺さん。ここが過去の世界って、どういう意味ですか?」

怜「……。ここは、私が昔いた場所なんや」

穏乃「だったら……」

怜「うん。だからさっきの教室にいたのは昔の私ってことや」

怜「あの場所であの子と話したことも、よく覚えてる……」


穏乃「でもどうして、私たちは過去の世界に……?」

 穏乃がそう言った直後――その答えを示すように、外の景色の森の中に一体の怪獣が出現した。
 突然だった。二枚の写真を連続したかのように、怪獣は現れた。

 それはカタツムリやウミウシのような形状の体を持つ怪獣だった。
 青色と黄色という派手な外見で、頭部と思われる場所には二本の触角が蠢いている。

 その怪獣の名は“時間怪獣”クロノーム。
 末原恭子がダークダミースパークの力で変身した姿だ。

穏乃「……っ!?」

 間を置かず、怪獣は触角から赤い雷撃を放った。二つの光線は怪獣の近くで衝突して赤黒い光球に変わり、その影がどんどん大きくなっていく。
 穏乃が驚く一方、窓に背を向ける怜は全く気付いていないようだった。穏乃は咄嗟に床を蹴りつけ、怜に体当たりする。


怜「痛――」

 怜がそう言った瞬間、教室内に破壊音が巻き起こった。爆風が荒れ、机や椅子の木片を凶器のように飛ばしていく。

怜「……高鴨!?」

 少し放心していたが、怜は穏乃が自分にした行動の意味を理解した。
 覆い被さる穏乃の体を起こす。破片や爆風を受けてか、彼女の顔は苦痛に歪められていた。

怜「おい!……私を助けるために?!」

穏乃「まだ……まだ、あいつは……」

 穏乃が割れきった窓の向こうへ目をやる。
 怪獣はまだ窓の外の景色にいた。そしてその触角からは赤い雷がほとばしっていた。

穏乃「逃げて……!」

怜「っ!」

 しかし怜は、ポケットに手を突っ込み、窓の向こうの敵と対峙した。
 雷がぶつかり合い、光球が放たれる。怜がポケットから手を出す。その手には、白い銃のようなものが握られていた。


 怜はそれを構え、ショットガンのポンプアクションのように、銃の上部をスライドさせた。
 すると銃口から青い光球が放たれた。窓の外には迫り来る赤い光球。二つはぶつかり合い、きらびやかな光子を散らして相殺された。

穏乃「……!」

 怜が銃で続けざまに光球を撃つ。それが命中するたび、怪獣は物がぬめる音と木が擦りあう音が混じったような悲鳴をあげた。
 穏乃はよろよろと立ち上がり、ポーチからギンガスパークと人形を取り出した。怜が驚いて彼女を見る。

 『見ていて』とでも言うように、穏乃は視線を返した。
 そのまま窓の外に飛び出し、ギンガスパークに人形を宛がう。紋章の光が大きくなり、彼女を包み込んだ。

『ウルトライブ!ドラゴリー!』

 そしてその光は、全身が淡い緑に染められている超獣へ変貌した。
 深い緑色の眼は大きく、鱗粉が存在しそうな肌といい、この超獣が蛾から作られたことを顕著に示していた。

怜「……!」

 怜はドラゴリーに銃を向けた。しかしドラゴリーは怪獣にまっしぐらに走っていく。その様子を見て怜は銃を下ろした。

怜「あれが高鴨……なんか」


ドラゴリー「グオルルルルル!」

 ドラゴリーが地面を震わし走っていく。

クロノーム「キュゴッキュルルルルル」

 クロノームの頭部の両脇の穴から触手が伸びてきた。それに赤い電撃が纏い、近付くドラゴリーに叩きつける。

ドラゴリー「グォルルル……」

 クロノームが滑るように歩を進め、鞭でドラゴリーを追い込んでいく。

ドラゴリー「ゴアッ!」

 よろけたドラゴリーは向き直り、口から火炎を吐いた。思わずクロノームは後ずさりし、触手を暴れさせた。
 炎に弱いのか、と穏乃は推測を立てた。ドラゴリーは一転攻勢に入り、炎を吐きながら距離を詰めていく。


クロノーム「キュゴッキュゴッ」

 触手の下に連なる小さな穴から白煙が飛び出した。怪獣の周囲に纏っていき、クロノームがその中へ逃げていく。

ドラゴリー「グォルルルルル!!」

 足を速め、逃げ込むクロノームの触角を掴んで引き寄せた。そのまま投げ捨て、更にその柔らかな体に打撃を加えていく。

クロノーム「キュルルルルル……」

 ――その時。クロノームの体の周辺に金色の円が現れた。

怜「!」

 そして次の瞬間にはクロノームは姿を消していた。
 更には周囲の景色がぼやけ、ぐにゃりと曲がった。閃光が辺りに発され、怜は目を瞑る。次に目を開けたときには――


怜「……夜?」

 日の光が完全に消え、代わりに満月の青白い光がドラゴリーの淡い緑を照らしていた。
 同時に怜は気付いた。教室の中や窓が元通りに直っていた。さっきまでのことが何事もなくなってしまったかのように。

 こちらに顔を向けていたドラゴリーの姿が忽然と消えた。
 怜は少したじろいだが、向こうの空から何かが飛んできているのが見てとれた。
 蛾に変身したドラゴリーは教室の窓の外まで飛んできた。巨大な蛾に怜は顔を顰めたが、窓を開けて入れてやった。

穏乃「よっと」

 蛾が少しの光になって消え、その代わりに穏乃が飛び出してきた。

怜「……今さらやけど礼言うわ。ありがとう、助けてもらって」

穏乃「はい。……ところで、園城寺さん」

怜「うん?」


穏乃「園城寺さんって、あの青いウルトラマンなんですか?」

 薄々勘づいていたことだった。怜が敵ではないと判断し、自分の能力も明かしたこのタイミングで言葉を出した。

怜「……うん。すまんかったな。お昼は」

穏乃「いえ、先に喧嘩売ったのは私の方でしたし、誤解されやすい外見だって気づいてなかった私も悪かったんです」

怜「そんな……。でもまぁ、おあいこってことにしとこうか」

穏乃「はい。それにしても……時間が夜になったようですけど、元の世界に戻ったんですかね?」

怜「いや、月見てみ。元の世界は満月やなかった。ってことはここはまだ別の時間ってことや」

穏乃「あっそうか」

怜「……少し、心当たりがある。そこに行ってみよ」

穏乃「はい!」


―――一方、元の世界

晴絵「どうだった!?」

玄「見つかりませんでした……」

穏乃「シズ……いったい何やってんのよ……!」

 阿知賀女子の面々は、突然姿を消した穏乃を探していた。
 何度目かの集合でも手がかりは見つけられていなかった。今まで静観していた晴絵の顔にも流石に動揺が見えていた。

灼「ハルちゃん……。もう、警察呼んだ方がいいとおも……」

晴絵「……ああ、わかった。私が呼ぶ。みんなは部屋に帰ってて」

宥「え?でも……」

晴絵「事件に巻き込まれてる可能性もあるだろ!早く部屋に戻れ!」

憧「!わかった。みんな、行こう」


 皆がホテルに入ったのを見て、晴絵は携帯を取り出した。
 しかし彼女は110はコールせず、代わりにある人物へ電話を掛けた。

トシ『もしもし』

晴絵「熊倉さんですか?赤土です」

トシ『あら。……あんた、よく電話してこれたわねぇ。手元に秘密を持っておきながら』

晴絵「!やっぱり……やっぱりあなたたちがしずを捕らえたのか!」

トシ『え?』

晴絵「しずがいなくなってるんです!あなたが手を回して捕らえたんでしょう!?しずに何するつもりですか!」

トシ『ちょ、ちょっと待ちなさい。落ち着いて。話が見えてこないわ』

晴絵「……え?」


トシ『捕らえた?まさかいなくなったの?』

晴絵「……あなたたちじゃないんですか?」

トシ『ええ。よくわからないけれど』

晴絵「……しずが消えました。ふっと、突然。ビーストが絡んでる可能性もあります」

トシ『イラストレーターはパルスを捉えていないようだけど……』

晴絵「それでもです。ナイトレイダーかメモリーポリスを呼んでください!しずに危険が迫ってるんです!」

トシ『……わかったわ。何とかするから落ち着きなさい』

晴絵「……頼みます。本当に……」


―――クロノームの世界

 校舎を出て少し歩くと、白い壁のアパートのような建物があった。

怜「ここはな……私が住んでたアカデミーの宿舎なんや」

穏乃「アカデミー?」

怜「私たちはここで生まれ、そしてここから出ることはできんかった……」

穏乃「そもそも、ここってどこなんですか?」

怜「ここは……」

 その時、窓のひとつのブラインドが上げられた。
 二人は口を閉じ、物陰に身を潜める。その部屋の中には過去の怜と、過去のエイスリンがいた。


エイスリン「何をするつもり?」

過去の怜「ちょっとした探検。ここから少しの間だけ脱走しようってね。一緒に行く?」

エイスリン「本気なの……?」

過去の怜「うん。ここから西へずっと行けば朝までには海岸に出られる」

 少し間を置いて、エイスリンが忠告を口に出す。

エイスリン「……やめといたほうがいい。私たちはここから出られない。途中で捕まる……」

過去の怜「……それって、いくつもある未来のうちの一つなんだろ?」

エイスリン「………」


―――元の世界、宮守女子のホテル

エイスリン「………」

 『園城寺怜』が適能者だった――エイスリンはそれを聞いてからずっと彼女との過去に想いを馳せていた。
 自分の手に目を落とす。そこには貝殻が握られていた。
 特別綺麗なわけでもなく、月並みなただの貝殻。だがそれは、エイスリンにとって本当に大切なものだった。

 それは、怜がアカデミーを脱走しようと試みた翌日の朝のことだった。
 門から現れた、警備員二人に挟まれて肩を落としながら帰ってくる怜。

 やはり失敗したのか――そう思った時、怜がエイスリンの元に駆け寄ってきた。
 そして手を取り、何かを握らす。急いで追いかけてきた警備員たちに捕まり怜は連れられていった。

 その姿が見えなくなったとき、手を開くとその上には貝殻が乗せられていた。
 それを握りしめてみると、エイスリンの頭の中に音が反響した。それは、生まれて初めて聞く『海鳴りの音』だった。

 エイスリンはその日から、『未来とは決められたものだ』とは思わなくなった。予知を超えた怜の行動によって。
 世界が変わったことによりエイスリンの顔には笑顔が浮かぶようになった。同時に、秘められていた才能が次々と開花していった。

 しかしそれと反比例するように、怜の表情はどんどん影が濃くなっていった。
 そして怜は――その一ヶ月後、アカデミーから姿を消してしまった。


エイスリン「………」

 ガチャッ

トシ「……はぁ」

エイスリン「!ナニカ、アッタンデスカ?」

トシ「例のビーストに変身する高鴨穏乃がいなくなったそうよ。事件性があるからナイトレイダーかメモリーポリスを動員してほしいと」

エイスリン「……パルスハ、カクニンサレテナイ、デスケド」

トシ「まぁほっとくのもね……。メモリーポリスはお昼のビーストの件で動いてるし、ナイトレイダーで手が空いてるチームはある?」

エイスリン「イマ、ウゴケルノハ……」

トシ「あら、虎姫だけか……」

トシ「まぁいっか、虎姫に捜索を願うとするか」


―――クロノームの世界

 部屋の中で話し込んでいる二人の少女。
 穏乃と怜は姿を隠しながらそれを眺めていた。

穏乃「なに話してんですかね……?」

怜「………」

 その時。二人の耳は海鳴りの音を捉えた。
 瞬時に身構える。アカデミーを取り囲む森の中にクロノームが現れた。

クロノーム「キュゴッキュルルルルル」

穏乃「園城寺さん、ここは過去の空間みたいですけど……好き放題やっていいことにはなりませんよね?」

怜「うん……いや、どうやろ?あの怪獣が移動する先は私たちが過ごした過去と繋がってるんやろうか?」


怜「まぁでも、とりあえずは倒すことが先決や。今度はうちが――」

穏乃「待ってください。園城寺さんは休んでて。今日倒れてた人を戦わせるわけにはいきませんから」

 そう言うと、取り出した怪獣の人形をギンガスパークに宛がった。

『ウルトライブ!ザンボラー!』


ザンボラー「グォォォォン!」

クロノーム「キュゴッキュルルルルル」

 降り立った黒色の怪獣は“灼熱怪獣”ザンボラー。宥がライブしていた怪獣だ。
 ザンボラーが突進した。クロノームの歩行速度でそれを躱すことなどできるはずもなく、灼熱の体当たりを浴びて倒れ込む。

クロノーム「キュルルルルル……」


ザンボラー「グォォォォン!」

 ザンボラーが夜天に叫び声を響かせる。するとそのヒレが赤く発光し、クロノームの周囲から炎が立ち上った。
 火の手は木々を伝い、たちまちクロノームの全身を火炎で包んでゆく。

クロノーム「キュルルルルル、キュルルルルルル……」

 好機と見てザンボラーが突進する。倒れるクロノームに乗り掛かり、前足で打撃を加える。

クロノーム「キュゴッキュルルルル」


怜「よっし、いける……!」

 しかし次の瞬間――再びクロノームの周囲に金色の円が現れた。
 次の瞬間にはクロノームの姿が消えていた。そして更に、周囲の風景が水面を通して見るようにぼやけていく。

怜「またか……!」


 次の過去も夜だった。
 森の中のザンボラーは小さな光を伴って消え、その代わりに大きな蛾が暗闇の中を飛んできた。

穏乃「また逃げられましたね……」

怜「ああ……」

穏乃「どうすればいいんでしょう?いくら拘束しててもあの光の輪っかには何の効果もなさそうです」

怜「………」

穏乃「そんで……ここはいつの時間なんでしょうかね?」

怜「あの怪獣は……何が目的なんやろう?」

穏乃「?」

怜「たぶん私かお前の抹殺やと思うんやけど……。私の過去の記憶に引きずり込んで何がしたいんやろ?」


穏乃「……タイムパラドックスとか?」

怜「!過去の私を殺そうとしてるんか……!?」

穏乃「最初の時も今も、あいつは昔の園城寺さんがいるところに出現した……」

怜「……でもたぶん、殺す対象はどっちでもええんやろうな。最初は私を狙ってきたし」

穏乃「ってことは、二回阻止された次は……」

怜「まぁ、戦闘力が無い方を殺しにかかるわな」

穏乃「この時代の園城寺さんが危ないってことか!園城寺さん、昔のあなたはこのときどこに!?」

怜「ん、んなこと言われても分からんわ!ここがいつなのかも知らんのに……」

穏乃「……でもあいつが見つける前に私たちが探さなきゃ」

怜「そうやな。とりあえず手がかりを探すで。今がいつか分かったら何とかなるやろ」

穏乃「はい!」


 このとき穏乃はある不安を胸に宿していた。
 今まで戦ってきた怪獣はライブした人の欲望を何らかの形で叶える為に暴れていた。

 しかし今度は違うだろう。『園城寺怜を殺したい』――そんな欲望を持つ人がいるなんて考えられない。
 つまり、背後にいる『黒幕』に完全に操られているのだ。

 自分の推測が外れていたのか、もしくは人を操れるほどに敵の力が強大になっているのか。
 理由はよく分からない。だがそれは間違いなく不安要素であった。しかし――

 穏乃は、自分の胸が僅かに高揚しているのも感じていた。


怜「……!高鴨!」

穏乃「はい!」


怜「この机のノートに日付書いてた。多分この日の授業の日付やろ。20XX年6月25日」

怜「……!」

穏乃「……園城寺さん?」

怜「わかった。この日、私がおったところ」

穏乃「本当ですか!」

怜「うん。急ぐで」


 校舎に入っていた二人は廊下を駆け、階段を下りて外へと急ぐ。
 校庭らしき場所へ出て、怜は息を切らしながら口を開いた。

怜「あいつの倒し方やけどな、不意打ちで即死させんといかんと思う」

穏乃「不意打ちで……」

怜「うん。やから私とお前が一緒に変身することはできひん。すぐバレるからな」


怜「……悪いけど、高鴨。頼むで」

穏乃「……はい!」

怜「うちはこの銃で昔の私を守って、ついでにあいつの気を引く。お前はそこを突いて倒してくれ」

穏乃「わかりました。……でも、昔の園城寺さんはどこに?」

怜「……満月がちょうど真上。深夜0時」

穏乃「?」

怜(この日は、私がアカデミーから脱走した日……)

 怜は思い出す。自分が嘗て体験したこの日のことを。

 満月の夜だった。夜の森でも道が分かりやすく、彼女はただひたすら走り続け、辿り着いた道路でヒッチハイクをした。
 オークランドの空港で降ろしてもらい、そこから大阪行きの飛行機に乗った。

 追っ手が来るかもしれないと思ったが、どうしてか計画は順行し、彼女は日本へ逃れることができた。
 だが結局――怜は『一つの未来』から逃れられなかったことを知った。


怜「行くで」

穏乃「……わ、分かりました」

 そう言って怜は裏門の方へ回り、穏乃もそれについていった。
 別段、アカデミーの周囲の塀は高くない。だが電流が通っていそうな鉄線が張り巡らされており、刑務所のように外への脱出を妨害していた。

穏乃「ここに来るんですか……?」

怜「しっ。静かに」

 暫く待つと、影がひとつ、月に照らされて現れた。小さなリュックを背負うその少女は紛れもなく怜だった。
 穏乃と怜は顔を見合わせ、頷き合った。過去の怜の方は塀のある地点で足を止め、穴を掘り始めた。予め脱出用の道を作っていたようで、彼女はすぐそこに飛び込み、塀の内側から姿を消した。

怜(追うで)

穏乃(はい)

 二人も、できるだけ音を立てないようにして穴に潜り込む。出口は塀のすぐそばで、過去の怜は既に森の方へ抜け出ているようだった。
 森へ出て、彼女の後を追おうとしたそのとき――


穏乃「!」

 海鳴りの音がした。そう思うや否や、森の中にクロノームが出現した。
 過去の怜はそれに気付かず、一目散に走っていく。怜は銃を取り出し、怪獣と過去の自分に交互に視線をやりながら走る。

 一方、穏乃は少し離れた場所でギンガスパークを取り出す。しかしその時、予想だにしないことが起きた。
 ギンガスパークを握った瞬間、その形状が三ツ又に分かれ、先端から小さな光が飛び出したのだ。それは呆気に取られる穏乃の前で一つの人形を象っていく。

穏乃「……!」

 現れたのはウルトラマンギンガの人形だった。
 いつもは怪獣にライブしてからじゃないと変身できないのに――そう疑問に感じたが、これは好機だと思った。ギンガなら一撃で怪獣を倒せる。

穏乃(ありがとう。いくよ、ギンガ!)


『ウルトライブ!ウルトラマンギンガ!!』


怜「こっちやこっち!」

クロノーム「キュゴッキュゴッ」

 光弾でクロノームを攻撃し、アカデミーの方角へ誘き寄せる。
 遠くなっていく過去の自分の背中を見て怜は、何か不思議な感覚を覚えていた。

 その時、背景に小さな光が昇っていくのが見えた。怜はその全景を見ることはできなかったが、穏乃が変身したのだということは理解できた。

 暗く静かなの森に佇む蒼き光りの戦士の名は――“ウルトラマンギンガ”!


ギンガ「ハァァ……」

 ギンガが腕を交差させると、クリスタルが赤く光り始めた。
 炎弾が彼の周囲に出現し、浮遊した。クロノームは気付かず、怜を追っている。


ギンガ「――ギンガファイヤーボール!!」


 六つの炎弾が一斉にクロノームへ向かっていく。クロノームの背中に全弾が命中し、爆発音と悲鳴が張り詰めた空気に響いた。

クロノーム「キュルルルルル……」

 クロノームは動かず、煙が立ち上る音だけが静穏な夜に流れていった。

怜「やったか……?」


 しかし穏乃は唇を噛む思いだった。仕留め損なった。まだ、怪獣の中の人が見える。
 動いていないのはむしろこの状況に困惑しているからのようだ。

クロノーム「キュゴッキュルルルルルルル」

怜「……!」

 クロノームが体を回転させ、背後を振り返る。ギンガは思いきってクロノームに走っていった。

クロノーム「キュルルルルルルッ」

 クロノームの頭部の両脇から二本の太い触手が現れ、電撃を纏ったそれで近付いてきたギンガを叩いた。

ギンガ「ハァ……ッ」


クロノーム「キュルルルルルルル」

 鞭がしなる。ギンガは痛む体を動かしてそれを躱し、背後に下がった。
 しかしクロノームは即座に触覚から電撃を放った。怪獣の近くでそれは衝突し、赤い光球となってギンガを襲った。

ギンガ「シュワァ……ッ!」

クロノーム「キュゴッキュゴッキュルルルルル」

 倒れ込むギンガとの距離を詰め、触手を振り上げる。
 怜は銃を構え、光球を撃った。クロノームの背中に命中して火花が散る。怯んだ隙を突いてギンガはクロノームと距離をとった。

 クロノームは怜の方に体を向けた。触角から電撃を放とうとするが、ギンガが飛びつき触角を掴む。


クロノーム「キュルルルルルルキュルルルルルル」

 クロノームが悲鳴をあげると同時に体の穴から白煙が飛び出してきた。その勢いにギンガは撥ね飛ばされ、地面を揺らして大地に倒される。
 怪獣の青い体は白煙の中に消えていく。ギンガは急いで引き止めようとしたが――腕が空を切った。

怜「逃げたんか……?」

 煙が薄れても怪獣の姿は無かった。黒い空に切れ間がいくつかでき、柔らかい光が降り注いできた。
 雲の切れ間から日が差し込んできたのではない。クロノームが時空の狭間へ身を隠し、攻撃の機会を伺っているのだ。

ギンガ「シュワ……?」

 辺りを見回すギンガ。その時、背中に痺れる痛みが走った。

ギンガ「ヘァ……!?」

 振り返るも触手の影も形もない。そうしていると再び背中に痛みが襲った。しかし今度も触手の姿はなかった。
 空の切れ間が時空の狭間への出入り口であり、クロノームはそこから攻撃を繰り出していた。


―――アカデミー

 一方、アカデミーの敷地内では、職員や子供たちが森の中に立つ二つの巨体に目を向けていた。
 その中には――紫色の髪に、曇った瞳を持つ少女、十代の頃の戒能良子がいた。


―――森の中

 神出鬼没の敵に苦戦するギンガ。その胸のカラータイマーが点滅を始め、活動時間の限界を知らせようとしていた。

怜「……まずい、このままやったら」

 しかし怜は気付いていなかった。空間の切れ目がいつの間にか消え、辺りはすっかり元の暗闇に戻っていた。
 彼女の背後。すうっと、クロノームの姿が現れる。その触角から赤い雷がほとばしり、光球が怜に向かって放たれる――

怜「――ッ!?」

 怜が振り返る。前方に赤い光が迫ってきていた。スローモーションのように遅く感じられる。しかしその光は止まることはなくどんどんと大きくなっていく――


ギンガ「――ショラァッ!!」


 ――しかしその時。ギンガの叫び声が、迫り来る光球の唸りを掻き消した。
 怜の体はギンガの手の中に。怜を救い、更にその勢いのままにクロノームに体当たりして倒し、その向こうへギンガは降り立った。

怜「……また、助けられたな」

 ゆっくり頷き、ギンガは怜を地上に下ろした。己の体を持ち上げようとするクロノームに顔を向け、ギンガは腕を交差させた。

ギンガ「シュアァ――……」

 乗せた左腕を上側に、右腕を下側に、体の前方に円を描くようにゆっくりと回していく。
 それに伴い、ギンガの全身のクリスタルが白く、それでいて重厚な青の輝きを夜の闇に解き放っていく。


クロノーム「キュルルルルル……キュルルルルル……」

 両腕が横一直線となったところで体の前に右腕を垂直に立て、左拳をその肘に打ち付ける。
 電流が通った回路のように両腕が光り輝き、右腕には虹色の光が纏った。


ギンガ「――ギンガクロスシュート!!」


 虹色の光の帯が流れ星のように空間を裂き、クロノームの体に激突する。
 唸り声を上げてクロノームが倒れ、夜の森の中に爆発の光が巻き起こった。

怜「おっし……!今度こそ」

 周囲の空間が歪み始めた。ギンガは腕を交差させ、小さな光となって穏乃に戻った。


―――元の世界

 移り変わった場所は、人通りの少ない道だった。
 というより、穏乃と怜、そして倒れている末原恭子がいるのみだった。

怜「……戻ってこれたみたいやな」

穏乃「そうみたい……ですね」

 倒れている少女の元へ歩み寄る。

怜「こいつは……姫松の末原恭子や。何でこんなとこに……」

穏乃「この人があの怪獣に変身していたんです。私のギンガスパークの対のダークスパークっていうのがあって、それを操ってる悪い奴がこの人を利用したんです」


怜「……高鴨。気を付けんといかんな」

穏乃「はい、そりゃもちろん……」

怜「いや、今まで以上にや」

怜「私はさっきのビーストがどうしてウルトラマンの前からは逃げんかったのか不思議に思ってた」

穏乃「え……?」

怜「それは多分、『ウルトラマンを倒せ』って指令を受けてたからや。ビーストが逃げたんは『新しいビーストが自分を襲ってきたから』」

穏乃「……えっと」

怜「つまり、予定外やったってこと。ウルトラマンを倒せと言われててもビーストを倒せとは言われてなかったんやな」

穏乃「あぁ、なるほど」


怜「それに、過去に連れられたのが都合よく私と高鴨ちゅうのもな。相手は高鴨がウルトラマンやってことは知ってるわけや」

怜「だからこれまで以上に警戒した方がええ。生身のお前を襲ってくる可能性もあるんやから」

穏乃「……はい。でも、それは園城寺さんもですから。そっちも気を付けて」

怜「うん……」

穏乃「それにしてもこの人どうしよう。姫松の宿舎とか知らないし……」

怜「うちの監督が姫松と関係あるから、それで何とかするわ」


怜「高鴨は?早く帰らんといかんとちゃう?」

穏乃「は、はい。みんな心配してると思うし……」

怜「じゃあここでお開きやな。帰り道は分かるか?」

穏乃「たぶん、何とか……」

怜「うん。ほなな」

穏乃「園城寺さんは大丈夫なんですか?先鋒戦のあとに倒れてましたし……」

怜「だいじょーぶ、だいじょーぶ。心配ないって」


穏乃「……分かりました。それじゃあ」

怜「うん」

 そうして彼女たちは別れた。
 しかし、双方ともに隠していたことがあった。疲労が溜まり、穏乃はもうライブもできそうにないこと。怜も目の前が霞むほどに憔悴しきっていること。

 穏乃は徒歩で通りに出た。こんな夜だが人が多く行き交い、活気がある。
 そしてそんな中、一対の赤い瞳が、彼女のことをじっと見つめていた。


To be continued...


登場怪獣:ウルトラマンメビウス第23話より、“時間怪獣”クロノーム


補足。
「レン」っていうのは、ウルトラマンネクサスに出てきた「千樹憐」が元ネタです。
また、「怜」は「レン」とも呼ぶみたいなので、それを踏まえて偽名ってことにしました。

色々と酷い原作レイプにはなってますが(始めからですけど)、
それなりには理由があるってことは伝えておきます…

今度また続き書きます

ひょっとして、以前に
淡「遊星より愛をこめて」 を書かれた方?


第十話『夜襲-ナイトレイド-』


―――街中

穏乃「はぁっ、はぁっ……」

 穏乃は道端に腰を下ろし、建物の壁にもたれ掛かった。
 その息は荒れ、顔には汗が垂れている。身体中が痛み、目の前の景色がぼんやりと暗くなっていく。

穏乃(……くそっ)

 こんなところで倒れちゃダメだ――穏乃は自分にそう言い聞かせ、ポーチから携帯を取り出した。
 電話帳から『赤土晴絵』の名を探し、通話ボタンを押す。コール音が中耳に響き、まるで鐘の鳴る音のように反響した。

穏乃(先生に……迎えに来てもらお……)

 コール音が鳴る中で、穏乃は意識を保とうとポーチに手を突っ込みギンガスパークを握った。
 その時、もう一種類の音が繰り返すのが穏乃の耳に入ってきた。

 驚いてギンガスパークを見る。埋め込まれている宝石が七色に光り、穏乃に何かを伝えている。
 穏乃には理解できた。これは以前ブラックキングの人形を発見したときと同じ――つまりこの近くにスパークドールがあるということだ。


穏乃(嘘だろ……)

 それはつまり、敵がまだいるということを示していた。
 ダークダミースパークと人形を持つ敵がすぐ近くにいるということだ。

穏乃(まずい……!)

 その時。コール音が破られ、晴絵の声が通話口から聞こえてきた。

晴絵『しず!?』

穏乃「せんせ……」

晴絵『どうした!?どこにいる!?』

穏乃「ちょっと……やばいかも……しんない」

晴絵『しず……!いいから、今どこにいるか教えろ!すぐ行くから!』

穏乃「すいません……。迷子になっちゃってるみたいで、場所がわかりません……」


晴絵『……わ、わかった。なら周りに目印になりそうなところはある?』

穏乃「周り――……」

 目印を探そうと周囲を見回した穏乃は視界の端に何か引っ掛かるものがあるのを見た。
 黒い帽子に黒い制服。スカートは脚を完全に隠し、その人の姿は顔の肌以外は完全に夜の闇と同化していた。
 そしてその身長は異様に高かった。人混みの中、一際大きい存在感を出している彼女はこちらに一歩、近づいてくる。その一対の赤い瞳は、確かに穏乃を捉えていた。

穏乃「……!」

 彼女の手にそれまた黒い物が握られているのが見えた。
 ギンガスパークが反応しているスパークドールは黒い彼女のもう一つの手の中にあった。

 歩を進めながら、彼女はその人形をダミースパークに宛がった。その先から紫電が放射状に発され、体を包んでいく。
 穏乃は目を逸らすことができなかった。全身の筋肉が強ばり、動くことができない。携帯が汗で手から滑り落ちた。

晴絵『しず!?どうした!?』


『ダークライブ……ブラック指令!』


 通行人も彼女に目を向けるが、すぐに前を向いて歩いていってしまった。
 そんな中で闇の中から出てきた彼女の身体は――別段変わらず人型を保っていた。

穏乃(……!?)

 黒い帽子に白い肌の顔と赤い瞳。
 変わったのは服装だけで、スカートはズボンになり、マントが羽織られていた。

 しかし、その雰囲気はまるで別のものになっていた。
 まだ距離があるのに穏乃の肌に突き刺さる敵意。それを感じ取った穏乃は急いで腰を上げた。

穏乃「くそ……っ」

 携帯を拾い上げるのも忘れ、穏乃は歩きだした。
 ポーチの中に手を突っ込みギンガスパークを握りしめながら道を行く。

 しかし穏乃は気付いていなかった。ポーチの開いた口から怪獣の人形がこぼれ落ちていることに。


―――宮守女子のホテル

エイスリン「………」

 コンコン

エイスリン「!ハイ」

 ガチャッ

塞「ねぇエイちゃん、トヨネ来てない?」

エイスリン「トヨネ?キテナイケド……」

塞「そか……。朝に試合見に行くって言ってから帰ってきてないんだよね」

エイスリン「………」


塞「あ、そうだ。エイちゃんの分の水着も買ってきたよ」

エイスリン「ドンナノ!?」ズイッ

塞「お、おおう……一気に目の色変わったね」

塞「私と胡桃とシロで相談して、白いのでフリルが付いてる感じ。きっと似合うよ」

エイスリン「サンキュー」ニコ

塞「うん。楽しみだね、海」

エイスリン「ウン!」

 そう言ってエイスリンは手の中の貝殻をぎゅっと握りしめた。
 頭の中にさざ波が打ち寄せる音が静かに反響した。ようやくその音を初めて生で聞くことができる。

 しかし、さざ波の音に何かの音が混じった。塞もそれに気づいて不思議そうな顔をする。
 その音は背後から。エイスリンのパソコンから発されていた。

 それを聞いたエイスリンの表情が引き締まった。ホワイトボードに何かを描き、塞にそれを見せる。


塞「これは……迷ってるトヨネと熊倉先生?伝えてくれるってこと?」

エイスリン「ウン」

塞「わかった、助かる。それじゃあ、トヨネから何か連絡来たら教えるね」

エイスリン「マタネ」

塞「うん」

 塞が部屋を出ていったあと、エイスリンはパソコンの画面を確認し、トシに電話した。

トシ『もしもし、エイスリン?』

エイスリン「ビーストパルスガ、カクニンサレマシタ」

トシ『……!わかったわ。こっちから虎姫に追加指示を送る』

エイスリン「オネガイシマス。ソレト、トヨネガカエッテコナイッテ、サエガイッテマシタ」

トシ『豊音が……?わかった。そっちも手を打つわ』


―――穏乃サイド

穏乃「はぁ、はぁ……」

 懸命に足を動かす。しかし思うように動かず、焦りと疲労だけが穏乃の中に積もっていった。
 後ろを振り向くと大きな影が追ってきているのが見える。しかし彼女は一定の距離を保ち、穏乃との距離を縮めようとはしなかった。

穏乃(おちょくってるのか……?)

 しかし、逃げなければならない。止まれば何をされるか分からない。
 朦朧とした意識の中、穏乃はそれだけを念じて足を動かしていた。

 そして、ブラック指令の中の意識。戒能良子に操られている姉帯豊音は、屈託のない笑顔を浮かべながら穏乃の背中を追っていた。

豊音『追いかけっこだよー』


―――宮守女子のホテル

エイスリン(これ……次元の褶曲か)

 エイスリンが見ているパソコンの画面。
 並ぶ折れ線グラフの中の一本が、十分ほど前、都内で何らかの変化が起きたことを示していた。

エイスリン(ウルトラマンがメタフィールドを発動した時も似た変化をしてる。ビーストが位相を変化させた……?)

エイスリン(高鴨穏乃が失踪したのはこれの影響があるかも)

 更に前の記録に遡ると、次元の褶曲を表している所がもう一つあった。

エイスリン(これが『行った時』。さっき見つけたのは『戻ってきた時』か)

 その時、エイスリンはあることに気づいた。
 『戻ってきた時』の記録は一つの地点のみで記録されていたが、『行った時』は二つの記録があったのだ。

 まさかと思いつつ、その地点がどこなのかを表示させる。そこは――


エイスリン(病院……と、阿知賀女子のホテルの近く……!)

エイスリン(この病院、レンが運ばれた場所……!しかも阿知賀のホテルの近くってことは……間違いない……!)

 急いで『戻ってきた時』の地点も調べる。
 そこは、先程ビースト振動波が確認された場所の付近だった。

エイスリン「……!」

 エイスリンは急いで通信機で菫に連絡を入れる。

エイスリン「ヒロセリーダー!」

菫『はい、こちら弘世。イラストレーター?』

エイスリン「ビーストパルスガ、カクニンサレタバショ……チカクニ、タカカモシズノト、オンジョウジトキガイマス!」

菫『高鴨穏乃と園城寺怜が?』

エイスリン「ハイ!フタリヲ、タスケテクダサイ!」

菫『了解。切るぞ』


―――戒能良子サイド

 良子は物陰に隠れながら園城寺怜の姿をビデオカメラに収めていた。
 怜は携帯で電話をした後、末原恭子の側でじっとしていて、たまにポケットから変身アイテムを取り出して眺めたりしていた。

良子(それにしても皮肉なもんですね。私が助けようとしていた園城寺怜が倒さなきゃいけない相手になるなんて)

 その時――誰もいなかったこの場所に人が現れた。良子は息を飲んで身を隠す。
 ただの通行人ではない。あの三つ子を利用した日にも現れた白糸台高校チーム虎姫だった。

 何故か彼女たちが武力を持っていることはあの日に確認済みだ。
 良子はビデオカメラをバッグに放り込み、静かに路地裏を抜けた。


良子(……?)

 通りに出ると、良子は足元に何かが落ちているのを発見した。
 それは怪獣の人形だった。足裏を確認すると、紋章が刻まれている。間違いなくスパークドールだ。

良子(姉帯さんが高鴨穏乃を追って、慌てた彼女が落としていったってところでしょうか)

 拾い上げた人形は、銀色で鋭利なフォルムをした超獣だった。
 それをバッグに入れ、左右を確認する。右の道にもう一つ人形が落ちていた。

良子(ヘンゼルとグレーテルみたいですね)

 近づいてそれを拾い上げる。今度は魚のような怪獣の人形だった。

良子(これは……使えそうですね)


―――虎姫サイド

菫「大丈夫か?」

怜「ああ、なんとか……って、何でそんな格好してんの?コスプレ?」

菫「こっちも人目につかないように必死なんだ。変なこと言わないでくれ」

怜「………」

 虎姫の五人が現場に到着すると、そこには園城寺怜と倒れている末原恭子の姿があった。
 高鴨穏乃とビーストは誠子と淡に追わせ、菫はトシに連絡を入れた。

菫「管理官。弘世です。園城寺怜と末原恭子を保護しました」

トシ『……それは本当?』

菫「?はい。今から二人を帰したいと思うんですが、手が空いてるメモリーポリスはいないでしょうか」


怜「お、おい待て。今から監督が来るって話になってるから、送りとかいらんで」

菫「あ、そうなのか?……すいません、その必要は無かったようです」

トシ『いえ、あるわ』

菫「は?」

トシ『末原恭子は別に渡してもいい。でも園城寺怜はこちらに連れてきなさい』

 それを聞いて、菫は怜たちと距離を取った。

菫「……何のために?」

トシ『園城寺怜は…………限界なのよ。ウルトラマンとして戦うには。倒れる前にその光の謎を解明しなくちゃならない』


菫「人体実験をする……と?」

トシ『ええ。連れてきなさい』

菫「……分かりました。切ります」

 ピッ

照「菫……?」

菫「……おい、園城寺。質問がある」

怜「……。なに?」

菫「今私は、お前をうちの基地に運ぶように命じられた。お前を人体実験にかけるつもりらしい」

怜「……は?」


菫「何故かと訊くと、お前がウルトラマンとして戦うには限界を迎えているからと言われた」

怜「なっ……」

菫「確かにお前は病弱そうだが、『限界』とは一体どういう意味だ?」

怜「……その前に聞きたいんやけど。あんたら一体なにもんなん……?」

菫「私たちは地球解放機構『TLT』に属する対ビースト殲滅部隊。『ナイトレイダー』だ」

怜「意味わからんわ……。何で女子高生、しかも麻雀部の連中がそんなことを……」

菫「お前が言ってくれたら、私たちも答える」

怜「………」


―――一方

穏乃(くそ……なんなんだ、あいつ……)

 止まれば捕まる――穏乃は信号で止まって休むことも許されず、道という道を歩き続けていた。
 後ろを振り向くと、変わらずこちらに歩いて来る黒づくめがいる。

 棒になり軋む足を感じながら、穏乃は「このままじゃ捕まる」と思い始めていた。
 ギンガスパークをぎゅっと握る。ライブして敵と戦う体力は残っていないが――もしかすると逃げるだけならできるかもしれない。

 そう思って穏乃はポーチの中をまさぐった。しかし――

穏乃(……え?)

 手のひらどころか、指の先にまで、何の感触もなかった。素っ頓狂な声を上げてポーチを掴み、中を覗き込む。
 ここで穏乃は漸く気づいた。ポーチの口を開けて歩いていた。中身を落としていたことに気づいていなかった。


穏乃(も、戻って……)

 しかし背後を振り返ると、黒づくめが歩んでくるのが見える。これまで以上の恐怖を感じた。もう奥の手も使えない。

穏乃(迂回して、元の道に戻れば……)

 穏乃はそう考え、路地へ入った。黒づくめもそれについていく。
 しかし、山育ちの穏乃が見たこともない都会を自在に歩くことは不可能だった。

 気づけば――目の前に広がっているのは巨大な壁。
 穏乃は行き止まりに辿り着いてしまっていた。

穏乃(しまっ……!)

 急いで引き返そうと体を反転させる。しかし、黒づくめは既に行き止まりの口を塞いでいた。

穏乃「……あ」


ブラック指令「鬼ごっこは終わりだ」

 一歩、黒づくめの靴が前へ進んだ。同時に穏乃の足は後退する。
 黒づくめが腰に手を掛ける。すらりと、月光に照らされ、サーベルが抜かれた。

穏乃「……!」

 唾を飲んだ。カラカラの喉を滑り落ち、痛みが喉と胸を襲う。
 一歩後退する。目の前にはサーベルを掲げる巨大な黒づくめ。
 月光の元に曝されたその顔には、満月のように丸く赤い瞳が一対、そして、吸血鬼のような牙を覗かせた口が不気味に笑っていた。

 更に一歩。しかし、背中に固く冷たい感触が広がった。踵を動かしても、もう後ろへは動けない。

穏乃「やめろ……っ!」

 その時、握りしめていたギンガスパークを思い出した。
 さっきの時間怪獣との戦いの時のようにギンガの人形が出てきてくれれば。


穏乃(お願い、ギンガ……!)

 しかし、何度念じても、ギンガスパークはうんともすんとも言わず、ギンガの人形も出てくる気配がなかった。

穏乃(なんでなんでなんでなんでなんで!!!)

 もどかしさと焦りで胸がいっぱいになる。しかし、今自分が置かれている状況を思い出すと、身体中にぞわっと寒気が走った。
 目の前には迫り来る黒づくめとサーベル。しかし私にはなすすべがない。
 このままだと――

ブラック指令「ハァッ!!」

 金属の鈍い煌めきが一閃した。腕を咄嗟に翳す。瞬間、苛烈な痛みが腕から全身へ駆け巡った。
 焦点が定まらない目を向けると、腕はパックリと口が開き、血が溢れだしていた。

穏乃「あ……ぁ……」


 ぺたりと座り込む。背中だけじゃなく、脚や腿にも冷たい感触が伝わっていく。
 流れる血は温かく、しかし、外界が彼女に与える感覚は全てが冷たい。傷口からもその冷たさは滲んでいく。それはまさしく、死の感覚だと、穏乃は思った。

 黒づくめがサーベルを振り上げた。
 口から声にならない声が漏れだす。視点は迫り来る刃から離すことができず、意識は全身を動かそうと、しかし、この刹那にそんなことをできるはずもなく、彼女はその刃を甘んじて受け入れ――

 ――その時。金属の軽妙な音が、夜の静寂に響いた。

??「そこまでだっ!!」

 もう一度、金属の音が鳴った。視界の端に、何かが落ちてきていた。油を差されていないブリキ人形のように首を動かす。
 そこに落ちていたのは、先程まで穏乃を襲おうとしていたサーベルだった。

 更に、頭の上から、ドラムのような音がリズムを刻んで聞こえてきた。
 目の前の黒づくめが呻き声を上げて背後に倒れる。黒い滴がその全身から弾かれ、ライブが解かれた。


穏乃「はっ……はっ……」

 そして、その代わりに――再び黒い影が目の前に現れた。
 頭がショートしかかっていた。怒濤のように出来事が押し寄せ、穏乃の脳の許容量を軽くオーバーしていた。

??「あんたは私に倒されるためにいるんだから。何でこんなところで負けそうになってんの」

 目の前の影が口を開く。不満げな声色は少女のもので、しかも、どこか聞き覚えのあるものだった。
 彼女はこちらを振り向くと、ヘルメットを外した。その中から長髪が解き放たれ、露になった瞳は穏乃を見下ろしていた。

穏乃「大星……さん……?」

淡「大丈夫?怪我ない?」

 淡が身を屈めて訊いてくる。
 穏乃は胸の奥から込み上げてくるものを抑えきれなかった。顔が熱くなり、嗚咽が喉を遡ってきた。


淡「ちょっ……」

 気づけば、穏乃は淡の胸に飛び込んで泣きじゃくっていた。
 許容量を越えた現実は穏乃の体を突き破り、安心感を求めていた。彼女も16歳の少女であり、それも無理ないことだった。

穏乃「うっ……ひぐっ……ぐすっ……」

淡「ま、亦野先輩……?交代してくれない……?」

誠子「少し空気読めって。それにしてもこの人、宮守女子の姉帯豊音だな。何でこんなとこで……」

淡「前の三つ子みたいにビーストに囚われてたんじゃない?」

誠子「っていうか、さっきのビースト完全に人型だったよな。姉帯豊音がビーストヒューマンになってたってわけか?」


淡「でも、血とか流れてないよね。……まさか外した?」

誠子「いや、確かに命中した。でも意識を失ってるだけみたいだ」

淡「……?」

誠子「とりあえず報告を上げよう」

 ピッ

誠子「弘世先輩、亦野です。ビーストを倒して高鴨穏乃を保護しました。あと、ビーストの正体は姉帯豊音でした……」

菫『……そうか、お疲れ。園城寺怜のところにいるからこっちまで連れてきてくれ』

誠子「分かりました。切ります」

 ピッ

誠子「ほら、行こう。立てるか?」

穏乃「うっ、ぐすっ……すいません……」


淡「あのーそろそろ離れてほしいんだけどー?」

穏乃「ご、ごめんなさいっ」バッ

淡「はあ。早く帰って休もー」

誠子「そうだな。試合終わってすぐなんて疲れる……」

穏乃「………」

 穏乃はこれまでの会話から、淡たちの正体を察していた。
 あの宇宙化猫との戦いの日に出会った『ウルトラマンを知っている人』。彼女たちがそれだったのだと理解した。

 しかし、それと同時に疑問も浮かび上がった。
 どうして女子高生である彼女たちが武器を持ち、戦っているのだろう。

 そう考えることができたのは穏乃が安心したからだった。
 ついさっきまでは命のやり取りという張り詰めた空気の中で、思考はそれだけに集中されていた。
 安心したことで周囲の事情などに思慮を及ぼすことができたのだ。

 しかし次の瞬間――空から降る轟音が、その安寧を切り裂くように耳をつんざいた。


穏乃「!?」

淡「何の音……!?」

 三人が天を仰ぐ。黒い夜空に金色の円盤が浮かんでいた。
 呆気にとられる中、円盤から光弾が地上に向かって放たれる。瞬く間に光弾は着弾し、閉塞された路地裏の三人を襲った。

誠子「……っ!」

淡「亦野先輩……!?」

 誠子が脚に手をやって倒れていた。淡が駆け寄ると、汗が額に滲んでいるのが見てとれた。しかし誠子は手を払い、淡を促す。

誠子「大星、行け!あいつを誘導するんだ!」

淡「!了解っ!」

 天に向けられたディバイトランチャーが火を吹く。円盤の底部に弾丸が命中し、円盤が回転を止めた。
 淡は攻撃の手を緩めず、走って行き止まりから出ていく。円盤はそれを見て彼女の方へ光弾を撃っていった。

穏乃「大星さん……!」


―――菫サイド

 ディバイトランチャーの銃撃の音が響いて聞こえてきた。
 四人は一斉に顔を向け、その上空に金色の円盤が浮かんでいるのを発見した。

菫「なんだ……!?」

 ピピッ

菫「!はい!こちら弘世」

 通信機を見やる。画面にエイスリンの顔が現れ、日本語と英語の二重音声が流れ出した。

『新たなビースト振動波をキャッチ。場所は変わらず、すぐ近くです!』


菫「ああ、こちらからも見えている。金色の円盤のようなビーストだ」

『チェスターに搭乗、攻撃を開始してください』

菫「了解。照、お前はαで。私はβで出る」

照「うん」

菫「堯深、お前は園城寺を安全な場所へ。終わったら淡と亦野と合流して連絡しろ」

堯深「はい……!」

 そう言って菫と照は走り出した。
 通信機を操作すると、月光の元に青と黒の戦闘機が照らし出された。
 “オプチカムフラージュ”というシステムにより、ナイトレイダーの主力戦闘機『クロムチェスター』は透明になって姿を消すことができるのだ。
 照はスタンダートな――といっても一般的な戦闘機とは大きく掛け離れているα機、菫はジャイロが特徴的なβ機に搭乗し、二つの戦闘機は垂直に離陸した。


―――β機コクピット内

 ピピッ

菫「淡、応答しろ」

淡『はい……!』

菫「イラストレーターからの指示は受けたか?空から援護する」

淡『了解。私は亦野先輩と高鴨穏乃と姉帯豊音を回収しま…………できるかな』

菫「亦野に何かあったのか?」

淡『足を負傷して動けない状況です』

菫「そうか……なら、ビーストをもっと引き離そう。ポイントGまで誘導する」

淡『了解っ!』


 ビーストの上にまで昇ると、円盤の全形が見えた。
 金色の円盤の表面には突起がゴツゴツと突き出ており、その中央には龍を模したオブジェが乗せられている。

菫「攻撃、開始!」

照『スパイダーミサイル、発射』

 α機の両翼のミサイルが発射され、円盤の上部へ命中し、火の手が上がる。
 それを見て菫も操縦桿のボタンを押す。β機の機首下の砲台からビームが放たれ、円盤を攻撃した。

円盤「ギヤァァァア!!」

 円盤が金属音のような叫び声を上げた。
 驚いて円盤に目を向ける菫と照の前で円盤はその形を変形させていく。

 円盤は『とぐろを巻いた龍』だった。
 全身を金色に輝かせる東洋龍のロボット怪獣――“宇宙竜”ナースは、荒川憩がダミースパークで変身した姿だ。

ナース「キュゥウウウア!!」

 ナースが海蛇のように身をくねらせ、β機へ突進してくる。菫は操縦桿を思いっきりに倒し難を逃れたが、ナースは即座に身を翻した。


―――地上

「なんだあれ!」

「映画の撮影とかじゃねえのかよ……?」

 ナースとチェスターの空中戦を発見した地上の人々は、空を見上げて放心したり、はたまた悲鳴を上げながら逃げたりしていた。
 β機がナースの突進を躱す。しかしナースは即座に身を翻し、背後から追撃した。
 β機が煙を吐き出しながら墜ちていく。墜落した地点に爆発の炎が上がったのを見て、絶句していた人々も足を動かした。

「うわぁぁぁぁ!!」

「逃げろーーーーっ!!」

 群衆が散り、走り去っていく、そんな中で、怜は変わらず立ち止まって空を見上げていた。
 暗くてよく見えないが、空中にパラシュートが見える。菫か照かは分からないが、無防備なのは見るからに明らかだった。

 急いで路地に入り、ポケットから変身アイテム“エボルトラスター”を取り出した。
 白い短刀のようなそれを腰に構え、鞘を抜き、体の前にそれを翳す。

 淡い暖色がその軌跡を描き、中央の深い緑のコアから放たれた光が怜を包んでいった。


―――α機コクピット内

照「菫!」

 空中で無防備な菫にナースが目をつけた。
 α機はミサイルを放つが、それよりも先に凄まじいスピードでナースが空を切り裂いていく。

照(間に合わない――!)

 思わず目を瞑ったその時、瞼の隙間から白光が潜り込んできた。
 目をゆっくりと開く。菫がいた場所に銀色の巨人が浮かび、ナースの首を抱き抱えていた。

照「園城寺さん……?」

 巨人は左手を地上に向け、ロープのような光線を放った。巨人が菫を救出し地上に戻したのだ。

菫『すまん、心配かけた』

照「……よかった。引き続き、ウルトラマンを援護する」


巨人「シュッ」

 左手を胸のコアに翳し、振り下ろすと、ウルトラマンの銀の体躯が青のものへと変わった。
 ウルトラマンはそのままメタフィールドを展開した。空から降り注ぐ金色の雨は彼とナースを包み、姿を消していく。

 暗闇の都市に小さな光が舞い降りると、先程まで展開されていた光景は完全に姿を消してしまっていた。

「消えた……?」

「幻覚だったのか?」

「でも、こんな人数が一斉に幻覚見るって……」


 一方、地上の菫はトシに連絡を入れていた。

菫「夜、人通りも多かったので目撃者はかなりの数です。メモリーポリスでも対応しきれるかどうか……」

トシ『……園城寺怜は変身したのかい』

菫「……はい。申し訳ありません」

トシ『……っ。なら、メタフィールドから出てきたら、即。拘束しなさい。園城寺怜が息絶える前になんとしてでも連れてくるのよ』

菫「息絶える?」

トシ『!……何でもないわ。それより、記憶消去については“レーテ”を使うわ』

菫「分かりました。切ります」

 ピッ

菫(園城寺……何を隠している……?)


―――メタフィールド

巨人「シュアァッ!!」

ナース「キュアァァア!!」

 ウルトラマンの右手甲から伸びた光の剣“シュトローム・ソード”が空を切った。
 ナースは体をうねらせ、巨人の更にその上へ飛び上がった。彼が見上げる。赤と黒の空を背景に、ナースは突進してくる。

巨人「ハァァッ!」

 その首を叩き切ろうと光の剣を振るうが、ナースの素早い動きを捕らえられず、するりと躱されてしまう。
 逆にナースは、その長い胴体をウルトラマンに巻き付けた。

巨人「ハァ……ハァァッ……!」

ナース「キュアァァア!!」

 ナースの締め付けの圧迫が巨人の体を軋ませる。
 特に、腕の剣を振らせないようにがっちりと絞めていたため、ウルトラマンは身動きが取れず、逃れられない。


ナース「キュアァァァア!」

 ナースはそのまま猛スピードで降下し始めた。何とか抜け出そうとするが、疲労の所為なのか力が入らない。
 そして地上間際。ナースはするりと巨人の体躯から抜け出し空中へ躍り出た。それとは反対にウルトラマンは地面へ叩きつけられる。

 地面は衝撃で小さく凹み、ウルトラマンが埋め込まれていた。
 全身がじんじんと痛み、背中に焼けるような感覚が走っている。ウルトラマンは仰向けのまま、指先すらも動かせなかった。

ナース「キュゥウウウン」

 空中で器用にとぐろを巻き、ナースが円盤形態に戻った。
 円盤の底部から光弾が降り注がれ、動かないウルトラマンに立て続けに命中する。

巨人「……シュ……ア」

 胸のカラータイマーが点滅を始めた。小気味よい点滅音の狭間に、心臓の拍動のような音が混じる。
 ウルトラマンの中の意識――怜はその音を聞きながら、いつか見た未来のことを思い出していた。


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 アカデミー時代。

 海岸まで到達できた怜は、『予知』というものの不確かさを痛感していた。
 彼女もまたエイスリンと同じく、海岸まで辿り着けないという未来を見ていた。だが、その未来は変わった。変えられたのだ。

 ある時、怜はもっと先の未来を見ようと思い至った。
 一日、一週間、一ヶ月。そして一年、二年と。

 怜が見た未来は――『自分が死ぬ』という未来だった。
 かいつまんだ情報によると、どうやら彼女の体細胞は17歳から18歳に至るまでに壊死を起こしてしまうらしかった。

 怜はすぐ行動を起こした。アカデミーから脱走する計画を立て、日本へと逃亡した。
 彼女が見た未来は、『アカデミーの中の怜』だった。そこから逃げてしまえば未来は変わると思ったのだ。

 しかし日本に来てすぐの頃だった。怜は予知ができなくなった。
 厳密に言うと可能ではあるのだが、予知はほんの数分後が限界となり、しかも体力の消耗が激しくなっていた。

 嫌な予感を胸に、彼女は17歳の誕生日を迎えた。
 それから毎日、自分の体の調子を入念にチェックした。
 そして、その結果――

 怜は、『自分が死ぬ未来』からは逃れられないことを知った。


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巨人「………」

 点滅音と拍動。それらのリズムは時間が経るごとに遅くなっていき――
 ウルトラマンの光が、消滅した。

 瞳、カラータイマー、コア。全てから光が消え、それに連動するようにメタフィールドも消滅していく。

ナース「キュアァァア!!キュアァァア!!」

 再び夜空に解き放たれたナースは身悶えるように躍り狂い、円盤形態に戻ると、地上を光弾で攻撃し始めた。
 一方、ウルトラマンの存在を知る者は、彼の敗北した姿にショックを隠せなかった。

穏乃「嘘……」

照「園城寺さん……」


―――宮守女子の部屋

 パソコンの画面に映るウルトラマンの姿。
 彼の正体が怜だと知っているエイスリンもまた、衝撃を受けていた。

エイスリン「レン……」

 しかしエイスリンは唇を結び、貝殻をぎゅっと握りしめ、念じ始めた。

エイスリン(……レン!レン!聞こえる?)

『……エイス、リン……?なんか……?』

 掠れ、今にも消えてきそうな声がエイスリンの頭に響いた。

エイスリン(レン……光を信じて)

『光を……』

エイスリン(うん。お願い……死なないで……)

『………』


―――現場

照『……くっ』

 円盤がチェスターを追跡していた。放たれる光弾をからくも躱し、攻撃に転じようとするが、中々ナースは隙を見せない。
 淡と堯深はγ機に搭乗し、同じくナースを追っていたが、そのスピードと小回りの利く動きに翻弄されていた。

淡『くっそ、ちょこまか鬱陶しい!』

堯深『宮永先輩、頑張ってこらえてください……』

照『うん……』

 その時。地上に倒れているウルトラマンの胸のコアが光り始めた。

照『……?』

淡『なに……』


 信じられないことが起きた。身体中から光や生気が感じられずとも、ウルトラマンが立ち上がった。
 今もなお、今にも途切れそうな鼓動がコアを流れ、それによって彼の命は支えられていた。

ナース「ギャアーーーン!!」

 ナースが叫び声を上げ、地上のウルトラマンへ向かっていく。
 瞳では捉えていたが、それを躱すこともできず、彼は無抵抗にナースの締め付けを浴びた。

巨人「ハ……アァ……」

 力ない声が細々と虚空に投げ出され、消えていく。
 彼の命もまた消え去ろうかと思うところで、虎姫メンバーはまたもや目を疑う光景を目撃した。

ナース「キュウ……アァァァ……!」

 ナースが突如苦しみ始めたのだ。そして、それにつれてウルトラマンの各部位に光が戻っていく。
 果てには、巻き付いている体躯から火花が飛び、ナースは悲鳴を上げてウルトラマンを解放した。


巨人「シュアッ!!」

 艶のある銀色を輝かせ、力強い声を上げてウルトラマンが構える。胸に翳した右腕には光の弓が投影された。

ナース「キュアァァア!!」

 ナースが突進を始めた。ウルトラマンは光の弓の照準を合わせようとはせず、そのまま身構えて迎え撃つ。
 接近してナースは身をくねらせた。そのままウルトラマンの体に巻き付く算段で、素早く首を巨人の腰に回す。

 しかしウルトラマンは、その巻き付きをも躱す速度で跳躍した。
 腕を自分の真下に向け、跳ぶと同時に添わせた左手を引く。虹色の光が弦となって弓に纏った。

巨人「シュアッ!!」

 その掛け声と共に弓形の光弾“アローレイ・シュトローム”を放つ。
 巻き付こうとして躱された――その体勢から回避へ移行することはナースでも不可能で、光の弓は見上げたその顔を両断した。


ナース「キ……ギギ……」

 機械がショートする音がし、ナースの体は爆発の中に消えていった。
 ウルトラマンは少し離れた場所に降りたって弓をコアに戻し、少しの光の中に身を消した。


照『やった……』

穏乃「よっしゃー!」

 その逆転劇に穏乃や虎姫、更には何の事情も知らない群衆も揃って歓声をあげた。
 しかし、そのムードから少し離れ――ウルトラマンが消えた場所には、怜が苦悶の表情を浮かべて倒れていた。


To be continued...


登場怪獣:ウルトラセブン第11話より、“宇宙竜”ナース
       ウルトラマンレオ第40話~第51話より、ブラック指令

また今度続き書きます

>>433
そうです


第十一話『勇士の証明』


―――白糸台高校、チーム虎姫の部屋

エイスリン『まずこの映像を見てください』

 スクリーンに映し出されたエイスリンの顔が消え、代わりにウルトラマンとナースの戦闘の映像が流れてきた。
 光を失ったウルトラマンにナースが巻き付く。しかし次の瞬間、ナースは突如苦しみ始め、ウルトラマンの瞳に光が戻っていく。

エイスリン『ウルトラマンがビーストに巻き付かれ、接触した時。ビーストが放つ振動波が急に減少しています』

エイスリン『逆にウルトラマンから放たれているビースト振動波の波長は一気に強くなっています』

エイスリン『さっき高鴨さんに聞いた話と合わせると、ダークスパークの闇を光に転換したということでしょう』

穏乃「あのウルトラマンにそんな力が……」


 タロウは、ダークスパークのエネルギーはスパークエネルギーのものと言っており、ウルトラマンの原動力もそれだという。

穏乃「ってことは、園城寺さんが変身するウルトラマンもタロウと故郷が同じなのかな」

タロウ「私はこのウルトラマンを知らないが……ギンガの例もあるし、その可能性は十分にあるな」

 穏乃の肩に乗っているタロウが答えた。
 彼女の隣に座る淡は未だに信じられないという表情でタロウを見ている。

怜「う、ううーん……?」

 ソファに横になっていた怜が目を覚ました。起き上がろうとするが、堯深が彼女を制する。

堯深「まだ横になっててください……」


怜「……ここはどこ?」

菫「ここは白糸台高校。私たちチーム虎姫の部屋だ」

 壁に背をもたれかけ、腕組みした菫が答えた。
 寝たまま体をそちらに向ける。菫の横の窓にはカーテンが引かれていたが、部屋の中の雰囲気から怜は今は夜だと推測した。

 しかしそれと同時に、菫の隣に置かれた椅子に腰かけている人物が目に入ってきた。
 黒い制服に身を包んだ体の大きな女性は姉帯豊音――ではあったが、怜はその格好を見て驚いた。

豊音「んー!んー!」

 彼女は椅子に縛られ、口に布が巻かれていた。要するに拘束されているのだ。
 怜にはこの状況がいったい何なのか理解できなかった。

怜「……あかん。一から説明して」

菫「言われなくてもそのつもりだ。亦野」

 誠子は頷き、豊音を部屋の外へ運んだ。


 彼女が戻ってくると、画面が切り替わり、エイスリンの顔が大画面に映った。

怜「エイスリン……?!」

エイスリン『久しぶり、レン』

怜「……お前もこの……なんとかちゅう組織に入っとるんか?」

菫「彼女はナイトレイダーの参謀だ。『プロメテウス・プロジェクト』は元よりこれが目的だったようだな」

怜「え……?」

エイスリン『私から説明します。私と怜は“プロメテウス・プロジェクト”という計画により生まれました』

エイスリン『プロメテウス・プロジェクトは、優秀な遺伝子同士を掛け合わせることで天才児を人工的に誕生させる計画でした』


エイスリン『しかしこの計画には裏があった。プロジェクトメンバーはTLTと繋がりがあって、次世代の“コンタクティ”を作り出すのが隠された本当の目的だったんです』

怜「コンタクティ……?」

エイスリン『“来訪者”と交信ができる者。さっき私が貴方に送ったテレパシーと同じ』

怜「あぁ……。でも、来訪者って……?」

菫「ここからは私が話そう。高鴨もよく聞いてくれ」

 神妙な面持ちをして、穏乃は頷いた。

菫「今から24年前。アメリカのとある無人地帯に隕石が落下した」

菫「その隕石には遥かM80蠍座球状星団からやってきた宇宙の難民……“来訪者”と呼ばれる不定形生命体が乗っていた」

菫「意思疏通が図れなかった人類は、超能力を持つ少年を使ってコンタクトを取ろうとした。それが成功したんだ」

怜「……その後継者を作ろうってこと、か」

エイスリン『ウン』


穏乃「来訪者っていうのは、何を語ったんですか?」

菫「スペースビーストによる、来るべき地球の破滅……だ」

穏乃「!」

菫「……だが、さっき高鴨とウルトラマンタロウから聞いた話によると、最近都内に出現したビーストは私たちが思っていたビーストとは違うらしいな」

怜「ウルトラマンタロウって……その変な人形のこと?」

タロウ「変な……」

穏乃「はい。彼はM78星雲から来たウルトラマンで、ダークスパークの力でこんな姿にされてるんです」

淡「さっきの現場に来てたみたいで、合流してここにいるの」

 それから穏乃は、タロウが何故地球にやってきたのか、ウルトラマンギンガの正体は何なのかを怜に話した。


怜「ふぅん……ウルトラマンは宇宙人やったわけか」

穏乃「まだ園城寺さんの方はわかりませんけど……」

タロウ「とりあえず、今までの話を聞くに、君自身が光の国のウルトラマンということではなさそうだな」

怜「ああ。私はれっきとした人間――」

 そこまで言って、怜は口をつぐんだ。

エイスリン『……レン』

怜「………」

穏乃「……大丈夫ですよ!生まれが少し特殊なだけで、園城寺さんは私たちと何ら変わらない人間じゃないですか!」

怜「………」

 ふと、脳裏に竜華やセーラたちの顔が浮かんだ。
 自分に異端の力があると知っても普通に接してくれた彼女たち。その存在がある限りは、自分は人間だと思った。


怜「……そうやな。私は人間。もちろんエイスリンも」

 画面の中のエイスリンはにっこり笑って頷いた。
 彼女にも信じられる仲間がいた。二人の道は分かれていたが、歩いてきた中で得た物は同じだった。

菫「話を戻すぞ。とりあえず、ダークスパークの力で変身したのを『怪獣』、私たちが追ってきたのを『ビースト』と呼ぶ」

菫「来訪者からの預言があり、国際連合は破滅を防ぐ組織『TLT』を秘密裏に設立した」

菫「来訪者は、彼らの発達した文明を人類に伝えた。ナイトレイダーが持つオーバーテクノロジーの武器や戦闘機がそれだ」

菫「そして今から10年前――ここ東京に最初のビースト、“ザ・ワン”が出現したんだ」

穏乃「10年前……」

菫「流石に阿知賀女子の生徒は察しがいいか」

穏乃「えっ?」


菫「ザ・ワンと戦ったのは、宇宙から飛来したウルトラマンと融合した赤土晴絵だった」

穏乃「……え?」

菫「ザ・ワンは……当時のインハイに参加していた女子高生の一人と融合し、その体を乗っ取っていた」

 何を言っているのか穏乃には理解できなかった。
 10年前、テレビで見ていた。晴絵が準決勝の舞台で敗れるその姿を。

穏乃「そんなっ……嘘でしょ!だって私は……」

菫「これが真実だ。その為の記憶消去、そして記憶改竄だ」

菫「“レーテ”はウルトラマンの力を持つ者には通用しないらしい。お前も違和感を感じていただろう?」

 確かに、今まで怪獣が出ても、翌日には怪獣のカの文字も出なかった。
 それどころか真実に反した事実がでっち上げられ、何も悪くない人が怪獣の罪を被ったりもしていた。


怜「……“レーテ”って?」

菫「来訪者による記憶消去装置。消去というよりは掃除機のようなものだ。消去した記憶はレーテに蓄えられている」

穏乃「……赤土先生は」

菫「ああ。10年前、ウルトラマンと初めて融合した赤土晴絵はザ・ワンと戦い、そして勝利した」

菫「その際、ザ・ワンの体を構成する粒子は世界中にばら蒔かれ、ビーストの種となっている」

穏乃「何で赤土先生は……惨敗したなんていう嘘をついたんですか……?」

菫「……恐らく、それが一番周りに迷惑がかからなかったから、だろうな」

穏乃「え?」


菫「彼女は唯一ウルトラマンと融合した人間だ。TLTは彼女を捕らえて人体実験を繰り返し、ウルトラマンの光の謎を解明しようとした」

穏乃「!」

菫「更には四六時中TLTによる監視がついた。ウルトラマンに繋がる手がかりが他になかったからな……」

菫「だから惨敗したと捏造したんだろう。傷心して、そっとされていれば、周囲に迷惑がかからなかっただろうから」

穏乃「………」

菫「そして――次代の“適能者”。ウルトラマンの光を継ぐ者。それが園城寺、お前なんだ」

怜「……まだ解せんとこがある」

菫「なんだ?」

怜「どうして人々の記憶を奪った?確かにパニックは起こるかもしれへん。でも、そこまでひた隠しにする方がリスクが大きいんやないんか?」

菫「……その必要があったから、だ」

怜「必要?」


菫「スペースビーストとは……高度な知性に宿る『恐怖』を餌とする生命体」

菫「ビーストに恐怖し、更にビーストが増える。この負の連鎖によって来訪者の星は滅びてしまった」

菫「だから人々にビーストの存在を認識させてはならないんだ。その為に記憶消去のシステムを作る必要があった……」

怜「……。大体は分かった。で、今のこの状況は何なん?」

菫「さっきも言ったが、お前は今、熊倉管理官に狙われている。だから私たちはこうして人質を取って立て籠っている」

怜「人質って……」

菫「熊倉管理官は宮守女子の監督だ。姉帯豊音を実の娘のように可愛がっていたらしい」

菫「園城寺怜に手を出そうとすれば姉帯豊音がどうなっても知らない……そう脅して今に至っている」


怜「……すまんな。迷惑かけて」

照「気にしないで」

菫「ああ。目の前で同年代が死なれるなんてまっぴらごめんだからな」

怜「……え」

菫「お前の体のことはイラストレーターから聞いた。17から18歳になるまでに寿命が来ると」

菫「お前が生まれたのは9月2日。本当に限界じゃないか」

怜「………」

菫「……園城寺。お前はもう変身しなくていい。怪獣、ビーストの退治は私たちに任せてくれ」

怜「でも……あんたらもただの女子高生やろ……。そんな奴らに任せるなんて」

菫「ナイトレイダーは私たちだけじゃない。日本支部にも他に何チームかあって、それぞれがビースト殲滅に当たっている」

菫「だから気にするな。必ず私たちが出るというわけでもないんだから」


穏乃「………」

 その会話を聞いて、穏乃はインハイ三日目の朝を思い出していた。
 穏乃はタロウに「これ以上戦うな」と言われた。だが彼女は、自分でやらなくてはいけない理由を見出だし、戦う事を決意した。

 穏乃は薄々予感していた。怜もその理由を見つけたならば、戦う道を選ぶだろうと。
 自分はそれを止めなくてはならない。怜はもう変身に耐えきれる体ではない。

 だが穏乃自身も戦う力が殆ど残ってはいなかった。
 人形は予備にホテルに残してあったものが一つあるのみで、しかもそれは今、手元にはない。
 ギンガもどうしたら力を貸してくれるのかが分からない。そのため、この時点で穏乃は完全に無力だった。

穏乃「……タロウ。ごめんだけど、ホテルの部屋からブラックキングの人形を取ってきてくれない?」

タロウ「分かった。できるだけ早く戻れるよう尽力する」

穏乃「うん。頼んだよ」

タロウ「ああ」

 ヒュンッ

淡「うわっ、消えた!」


怜「そういや、もう一つ聞きたいことがあった。何で女子高生のあんたらがこんな仕事やってんの?」

菫「初めてビーストが現れたのがインハイ会場だったから……だから全国一の力がある高校のチームに武力を持たせたのかもしれない」

怜「何が起きても、その場におれるようにか?」

菫「……だが腑に落ちない点もある。白糸台がナイトレイダーとしての仕事を始めたのは二年前のことなんだ」

怜「……そっか。妙やな」

穏乃「何がですか?」

菫「高校生のチームに防衛力を持たせるという目的なら、もっと早く実施してもよかった筈だ」

怜「最初のビーストは10年前にはもう出てきてたからな」

穏乃「はぁー……なるほど」


菫「しかも、人口密集地には来訪者の超能力による“ボテンシャルバリアー”というものがある」

菫「それによって市街地にはビーストが出現できないようになっているんだ」

穏乃「……何か、変ですね?わざわざビーストが出てこない場所を徹底するなんて」

菫「ああ。……もしかすると、上はまだ隠してることがあるのかもしれないな」

エイスリン『………』

穏乃「あの、赤土先生に電話してもいいですか?今日は帰れないって連絡しとかないと」

菫「ああ」

 礼を言って、穏乃は晴絵に電話を掛けた。


 コール音はすぐに破られた。聞こえてきた晴絵の声は、鬼気迫り、荒んでいるようだった。

晴絵『しず!?無事か!?』

穏乃「はい。……心配かけました」

晴絵『よかった……本当に……』

穏乃「それで、今日はもうそっちに帰れないので、その連絡をって」

晴絵『帰れない?どうして!?』

穏乃「お、落ち着いてください。私は……誰かに狙われてるからここを出ちゃいけないって言われてて……」

菫「高鴨。赤土晴絵はレーテの力が通じないようになっている。ぼかす必要はないぞ」

穏乃「え?……先生?あの、ナイトレイダーって分かりますか?」


晴絵『まさか、捕らえられたのか!?嘘をつくよう脅されてるとか……』

穏乃「違いますよ!逆に……私を守ってくれてるんです。安心してください」

晴絵『本当に?』

穏乃「本当です」

晴絵『……。分かった。お前は嘘が苦手だもんな。ついてたらすぐ分かる』

穏乃「先生は……初めから私のことを知ってたんですか?」

晴絵『初めからって訳じゃないけど……。宥と一緒に倒れてた日に勘づいた。あのウルトラマンが穏乃なんじゃないかって』

穏乃「……ごめんなさい」

晴絵『なに謝ってんの。お前はたくさんの人を守ってきたんだ。私の方こそ、何もしてやれなくてごめんな』

穏乃「そんな……」


晴絵『……とにかく、みんなには適当に取り繕っておくよ。決勝までには戻ってこいよ』

穏乃「はい。そうなるように頑張ります」

晴絵『うん。じゃ、切るよ』

穏乃「おやすみなさい」

晴絵『……おやすみ』


 ・
 ・
 ・


―――翌朝、インターハイ九日目

 新道寺女子のホテル。
 部長の白水哩は外のベンチに座り、ぼーっと物思いに耽っていた。

姫子「ぶちょー、なんばしよーとですか?」

哩「姫子……。ただん考えごと」

姫子「……」

 それきり、姫子は黙り込んでしまった。
 周囲には誰もいなかった。哩も口を開かず、乾いた静寂だけが二人の間に流れた。

姫子「……部長!」

哩「ん?」


姫子「こん夏が終わっても……その……」

哩「大丈夫。分かっちょるよ」

姫子「……はい!」

 二人は顔を見合わせて、笑顔を交わした。
 哩は三年生、姫子は二年生だった。新道寺女子は昨日の準決勝にて敗退を喫してしまったため、この二人が高校の団体戦で組むことはもう無くなってしまった。
 だが二人は、ただのチームメイトという間柄はとっくに越えていて、お互いに離れたくないという想いを強く持っていた。

 来年になると哩は大学生。インハイに向けて一直線だった彼女はどこに進学するのかもまだ決まってはおらず、こんな状況になってから姫子はそわそわと、彼女の行く末が気になりだしたのだ。
 だが彼女は「分かっている」と言ってくれた。その一言だけで、姫子の胸のつっかえは取り除かれた。
 きっと、来年も、そのまた来年も一緒にいてくれる。未来への展望など何も持ってはいないが、哩が約束してくれた未来は覆ることはないだろう。


哩「部屋に戻ろう」

姫子「ですね」

 二人が立ち上がった時だった。二人きりだったこの場所に、誰かが侵入してきた。
 しかもその人は歩みをまっすぐこちらに向けてくる。姫子はその姿を見て思わず動きを止めた。

姫子「……あの人」

 どんどんと大きくなっていくその姿に姫子は見覚えがあった。
 哩も同じだった。二人はぽかんと口を開けながら立ち尽くし、その人が目の前に来るまでずっとそうしていた。

良子「グッドモーニングです」

姫子「か……戒能プロ!?」

良子「イエス。ちょうど会えて良かったです」

姫子「え……?」


良子「あたなたちのパッショナートなハート、使わせてもらいますよ」

 そう言うと、彼女の瞳が赤く光り始めた。
 哩と姫子はその光に魅入られ、心の中に闇の侵食を許してしまった。

 二人の手の中にダークダミースパークと人形が一つずつ現れる。
 しかし、二人はそれですぐ変身しようとはしなかった。どころか、まるで何事もなかったかのように会話を続けた。

姫子「えっと……ちょうど会えて良かったとは?」

良子「ちょっと、白水さんに用がありまして。お借りしてもいいですか?」

姫子「えっ……」

 姫子は驚いて哩の方に目を向けた。哩の方はそんな彼女の視線に驚いたようだったが、「すぐ戻るから」と諌めて良子に近づいた。


哩「何のお話ですか?」

良子「プロ入りの件でお話がありまして」

姫子「!?」

哩「プ……プロ入り?そんな話まだ全然聞いたことも……」

良子「ええ。ですから、今からそのお話を、と」

哩「は、はあ」

良子「それでは、行きましょうか」

 良子は哩の手をぎゅっと握って引っ張り、そのまま道の向こうへ姿を消してしまった。
 姫子は呆然としながら立ち尽くしていたが、二人の姿が見えなくなってから我に返った。

 もし哩がプロ行きになったならば。全国のあちこちを飛び回って仕事をすることになり、当然会うことも少なくなるだろう。
 姫子は不安な表情を隠しきれないまま、とぼとぼとホテルの中へ戻った。


―――喫茶店

良子「じゃあ単刀直入にいきますね。白水さんはプロ入りに興味はありますか?」

哩「無いわけじゃなか……無いわけじゃないです。でも、出来れば地元の大学を出てから行きたいなと」

良子「なるほどです。でも、一つ忠告しておきます」

哩「?」

良子「大卒でプロへ行けば、その分プロ歴が減ります。つまり、より高いレベルの場所でプレイできる期間が減るわけです」

哩「………」

良子「実際、大学に行ったことによりドラフト指名を回避された人もいます」

良子「大卒でプロへ行くにはキャンパスライフなんて目もくれずに鍛錬し続ける覚悟が必要なんです」


良子「というより、大学へ行く人は自分の青春に未練を残している人が多いんです。だから、高卒プロよりレベルが下がってるケースが多い」

良子「あなたはどうですか?何のために大学へ行くんですか?」

哩「……それは」

良子「そこらをよく考えておいたほうがいいです。それじゃ、また連絡しますね」

 突き放すようにそう言って、良子は席を立った。
 残された哩は自分の将来について思考を巡らせていた。

哩(確かに、私は姫子と一緒にいるために大学へ行こうとしよった)

哩(そんまま就職するんも一つん道や。ばってん……私は麻雀ば続けたい)

哩(……大卒プロ行きは難しい、か)


哩(……姫子)

 『姫子と一緒にいたい』、『麻雀を続けたい』――ダークスパークによって増幅された心の闇は彼女の中で更に増大し、光を求めて彼女の皮膚を突き破ろうとする。
 虚ろになった哩の瞳には、黒い雷をほとばせるダミースパークが映っていた。


『ダークライブ……ウェポナイザー1号!』


―――新道寺女子のホテル

姫子(部長……)

 ベッドに倒れこんで、悶々と思考を繰り返す姫子。
 哩のライブに感応するように、姫子のダミースパークもまた妖しく黒光りした。


『ダークライブ……ウェポナイザー2号!』


―――宮守女子のホテル

 ピピッ

エイスリン「……センセイ!」

トシ「ビースト?」

エイスリン「ハイ。Point1-6-9。シカモ……」

トシ「二体……!」

トシ「……ナイトレイダーで動けるのは?」

エイスリン「イマノトコロハ、トラヒメダケデス」

トシ「……しょうがないわね」


 ピピッ

トシ「ナイトレイダー・チーム虎姫?応答して」

菫『こちら弘世。どうしましたか?』

トシ「都内にビーストが出現したわ。今すぐ出動して」

菫『断ると言ったら?』

トシ「変身さえさせなければ、今のところは園城寺怜を逃がしてもいい」

菫『根本的な問題解決になっていません。彼女に対する人体実験はもう諦めると約束してください』

トシ「……都内でビーストが暴れようとしているんだよ?それを黙って見過ごすのかい?」

菫『私たちが出なかったら……園城寺怜はどんな行動に出るでしょうか?』

トシ「……っ!」

菫『それに、その条件なら姉帯豊音を返すわけにはいきません。最悪の場合、二人とも任務に連れていきます』

トシ「あんたたち……!」


エイスリン「……トシサン」

トシ「……なんだいエイスリン」

エイスリン「ワタシハウミ、イキタイデス。トヨネト」

トシ「………」

 少しの間トシは考え込んでいたが、ビースト振動波のグラフを見て、ため息を吐いた。

トシ「……私の負けだよ。園城寺怜は諦めるわ。その代わり豊音は解放して」

菫『了解です』

エイスリン「ヒロセリーダー、ハヤクシュツドウヲ」

菫『ああ』


―――虎姫の部屋

『Scramble!Scramble!Point1-6-9!Point1-6-9!』

菫「出動準備!」

 五人は一斉にロッカーを開け、そばのボタンを押した。するとロッカーの中身が昇降機のように上がっていき、下からその代わりが出てきた。
 中身のジャケットを身に付け、ヘルメットと大型銃を手にする。それは『女子高生』から『兵士』への転換の瞬間だった。

怜「どこにビーストが?」

菫「都心近くだな。そうなると『ビースト』じゃなくて『怪獣』だろう」

 それだけ告げると、彼女は穏乃と怜に近づいてこう言い放った。

菫「お前たちは戦うな。私たちで何とかする」

怜「………」


菫「行くぞ!」

誠子「了解!」
淡「了解っ!」

 返事をしていない残り二人も頷き、菫に顔を向けた。それぞれが視線をやり取りした後、彼女らはロッカーに入り、ボタンを押した。
 今度は昇降機が下がり、一瞬にして彼女たちの姿は見えなくなった。

 虎姫メンバーはそのまま白糸台高校地下へ到着した。
 コンクリートに囲まれた灰色のこの場所には、ナイトレイダーの主力戦闘機『クロムチェスター』が納められ、発進ゲートへと直結している。

菫「私と堯深はα。淡と亦野はγ。照はδに搭乗」

 了解の合図がコンクリートに反響した。
 彼女たちが戦闘機に乗り込むと、それぞれは発進ゲートへと配備されていく。

 白糸台高校付近の山。何の前触れもなしにぱっくりと割れ、その中からチェスターたちが飛び立っていった。


―――現場、β機コクピット内

 現場に到着すると、街中を闊歩する怪獣の姿が見えた。

 怪獣は恐竜のような頭部と鉤爪を持っていたが、姿勢は恐竜のような前傾ではなくしっかりとした直立だった。
 全身には鈍い銀色の鎧が纏われており、背中の部位は青い。体の中央には赤い球とそれを取り巻くパネルが埋め込まれていた。

菫「目標捕捉。攻撃開始」

 まず照のδ機がミサイルを放った。そのままδ機は怪獣の背中を抜け、右折する。
 それを見て菫は操縦桿のボタンを押した。機首の下から細いビームが放たれ、怪獣の首に命中する。
 α機の右折を見て、γもミサイルで攻撃をした。怪獣の首にそれは激突し、その部位に爆発が巻き起こる。

 しかし怪獣は攻撃などどこ吹く風といった様子で、チェスターに目もくれず歩き続けていた。

照『……?』

菫「妙だな……」

淡『全然手応えがない……』


 再び三機が編隊を取って攻撃する。しかし今度も変わらず、怪獣は何の興味も示さず歩きをやめなかった。

菫「なんなんだ、こいつ……?」

照『みんな、前見て』

菫「え?」

 その連絡を聞いて、δ機の更に向こうに視線をやった。
 そこには――

淡『二体目……!?』

 この場所にいる怪獣とよく似た姿を持つ怪獣がこちらに歩いてきていた。その怪獣もまた胸に赤い球が埋め込まれている。


菫「イラストレーター。二体目が出てきた」

『一体目をαとγが、二体目をδが攻撃してください。分断するのが得策です』

菫「了解。照、二体目の方を頼むぞ」

照『了解』

 冷静沈着な返事があり、δ機は二体目の方へ直進していく。ミサイルが放たれ、怪獣に命中し、戦闘機は華麗にその場から離れる。
 しかし、その怪獣も全く反応を見せなかった。歩行をやめず、そのまま直進していく。

 まるで機械のプログラムのような一心不乱ぶりだ。
 分断どころか、このまま行けば二体はぶつかってしまうのではないか。菫はそう思っていた。


―――現場

 キキーッ!

穏乃「……っ」

怜「すまんな、車の運転は久しぶりで」

穏乃「は……はい。でもまぁ、無事に着いて良かったです……」

 怜はナイトレイダーの車を勝手に拝借し、穏乃と共に現場まで来ていた。

1号「キュオォオン!!」

2号「ギャオォオン!キュオォオン!」

 車から出て戦況を観察する。怪獣は二体現れているようで、ナイトレイダーの攻撃を意に介さずに歩いている。


怜「変やな」

穏乃「そうですね。全然反応がないというか……」


??「あの怪獣はウェポナイザー」


怜「!」

 背後を振り向く。そこには――怜にとってよく見知った顔が立っていた。

良子「お久しぶりです、園城寺さん」

怜「戒能先輩……!?」

穏乃「……知り合いですか?」

怜「この人は――……」


 しかし怜が言い淀んでいる間に良子が口を開いた。

良子「ウェポナイザーの胸の赤いコア。あれはある条件を満たすと起動する爆弾なんです」

穏乃「え……」

良子「その条件とは、二つのコアを重ね合わせること」

良子「お互いに離れたくないと強く願う二人を使ったですけど、上手くいきました」

穏乃「……まさかあなたが!」

 良子はくすっと笑うと、バッグの中に手を突っ込んだ。
 取り出した手の中には――黒いギンガスパーク、即ちダークスパークが握られていた。

穏乃「……!!」

良子「そう。私が今までたくさんの人を怪獣にしてきた張本人ってことですよ」

怜「何で……戒能先輩が……」


良子「……ま、それはそれとして。このままだと大変なことになりますよ?あの爆弾は地球上の生物の半分は消し去るパワーは持ってます」

怜「なに!?」

良子「それがダブルで……地球上の生命は全滅ってとこですね」

怜「……!」

良子「ちなみに、ウェポナイザーはあんな戦闘機ごときに負けたりはしませんよ?あなたがたが行かないとヤバイんじゃないですか?」

怜「……っ!」


―――α機コクピット内

 ウェポナイザー1号にはαとγの二機が攻撃をしていた。しかし全く反応はなく、豆腐にかすがいを打ち込んでいる気分だった。

菫「くそ……ストライクフォーメーションさえ使えればな」

堯深(弘世先輩がβを落っことしちゃったから……)

 そうしている間にも怪獣はその距離を詰めていく。
 何が狙いなのかは分からないが、このままだと大変なことになると菫の勘は囁いていた。

菫「照!『クアドラブラスター』で敵の足下を狙え!とりあえず前進させるな!」

照『了解』

 δ機の後方部の四つの砲門から青白いビームが放たれ、2号の足下を削った。

2号「キュオォオン……!」


 足を踏み外し、2号が前に倒れる。それを見て、菫はγ機にも同じ指令を送る。

菫「淡、こちらも足下に集中砲火だ」

淡『りょーかいっ!』

 α機とγ機のミサイルが同時に乱れ飛び、地上に爆発と粉塵を舞い上がらせ、1号の体がぐらりと揺れた。

菫「よし……!」

 しかし――1号は完全には倒れず、煙の中で胸のパネルを開いた。そこには多数の砲門が隠されていた。
 それに気付かずに悠々と怪獣の前を通りすぎようとするα機。1号の砲門が一斉に火を吹き、機体を襲った。

菫「うわっ……!」

堯深「きゃ……!」

 操縦席内に火花が飛び、ガタガタと揺れが走った。
 操縦桿を両手で握りしめ何とかバランスを取ろうとするが、叶わず、機体は菫の支配下を離れて墜ちていく。


菫「堯深!脱出するぞ!」

堯深「了解……!」

 脱出管を引き、二人は席ごとコクピットから飛び出した。α機は煙を上げながら地上に向かっていき、墜落と同時に火の手を上げた。
 菫と堯深は咄嗟にパラシュートを開くが、1号は彼女たちの方を振り向いていた。

照『菫!堯深!』

誠子『淡、気を逸らせろ!』

淡『やってる!』

 1号の背中にミサイルが激突した。しかし、今までと同じく怪獣は興味を示さず、二人の方から体を逸らさなかった。
 砲門が開く。ふわふわと降りていく二人は無防備で、躱す手段を持たない。目を強く瞑り、運命を覚悟したその時――

巨人「シュアッ!!」

 目の前に光の壁が昇った。と思うや否や、その中に現れた銀色の巨人は怪獣の顎をアッパーで殴り付けた。


1号「キュオォオン……」

 不意を突かれた1号は背後に倒れた。
 ウルトラマンは驚く菫と堯深を光のロープに包み、地上へと下ろした。

菫「園城寺……!」

 ウルトラマンはその言葉には答えず、起き上がる1号と対峙した。

巨人「シュアッ!」

1号「キュオォオン!」

 しかし――怪獣はそっぽを向き、足を動かし始めた。その先にはこちらに向かってくる2号。
 ウルトラマンは1号を引き戻そうと、その背中に飛びかかった。

1号「キュオォオン!キュオォオン!」

 蚊を追い払うような仕草で1号はウルトラマンを引き剥がす。
 彼はすぐさま起き上がり、体の横で両手を合わせた。右腕で前の空間を裂き、両腕を十字に構える。
 放たれた金色の光線“クロスレイ・シュトローム”は背中にクリーンヒットし、怪獣はそのまま前のめりに倒れた。


―――穏乃サイド

 良子はウルトラマンと怪獣の戦いを観戦していた。時おり独り言を呟いたりしている。
 倒れた1号が立ち上がり、ウルトラマンが驚く。その様子を見て良子は目で笑っていた。

良子「くすっ」

 一方、穏乃は彼女に目を向けたまま動けなかった。
 じっとりと汗ばむ手を握りしめ、荒い呼吸を何とか落ち着かせようとする。今の穏乃には、怨敵を目の前にして怜を止める余裕などありはしなかった。

穏乃「……お前は」

良子「はい?」


穏乃「何で……何で、こんな酷いこと……」

良子「そりゃもう、楽しいからですよ」

穏乃「楽しい?人の夢を壊そうとするのが楽しい?」

穏乃「ふざけんな……そんな意味わかんないことでみんなの夢を!」

良子「落ち着いてください。私は、皆さんが幸せにしてるのが楽しいと言ってるんですよ」

穏乃「は……?」

良子「ほら、私は人がそのハートに宿してる欲望とかを解放してあげてるんです。幸せそうな顔してるじゃないですか」

 良子はそう言って、二体の怪獣をあごで指した。
 穏乃もその方角を見るが、この姿のままでは怪獣の中の人までは見ることができない。


穏乃「人の夢とか幸せとかをぶっ潰してまでそんなことする必要ないだろ!」

良子「あなたがそれ言えるんですか?『自分の夢は、他人の夢を踏み台にしないと成就しない』んじゃなかったんですか?」

穏乃「な……っ」

良子「それに、欲望をそこまで増大させたのはライブした本人ですよ?私はそれを助けただけですし」

穏乃「屁理屈だ!そんなの!」

良子「……へえ」

 良子は穏乃の心を見透かしたようにニヤッと笑った。
 穏乃は心臓が鷲掴みにされたような感覚を覚えた。体が一瞬震え、冷や汗が肌を滑り落ちていく。


良子「あなた……完全に私への怒りだけで動いてますね?」

穏乃「……!」

良子「もしかしたら、私が怪獣を完全にコントロールした時、あなたは嬉しかったんじゃないですか?昨日の夜の怪獣の時ですよ」

 ギクリとした。心臓が更に収縮したような気がした。今にも意識が後頭部から抜けて消えてしまいそうだった。
 良子の言う通り、怪獣が操られているのではと予測した時、穏乃は胸を踊らせていた。
 彼女自身はそうは感じていなかったかもしれない。だが確かに彼女は嬉しかったのだ。

良子「そりゃそーですよね。『コントロールしてる奴が全部悪い』ってことになったんですから」

穏乃「そ……それがどうした!私は絶対、お前を……」

良子「倒せるんですか?」

穏乃「!」


良子「持ってるスパークドールも無しで……戦えるんですか?」

穏乃「う……うるさいっ!」

 ギンガスパークを取り出し、穏乃は念じ始めた。

穏乃(ギンガ、お願い!来てよ!)

 だが、またしても、ギンガスパークは何の反応も示さなかった。
 うんともすんとも云わず、穏乃の中に焦りだけが募っていく。

良子「あは……それじゃ、また今度お会いしましょう」

 良子は背中を向けて歩き出した。遠くなる後ろ姿に穏乃は更に焦燥感を高め、ギンガスパークをもっと強く握りしめる。
 しかし結局、ギンガの人形は現れなかった。良子の姿は消え、穏乃の全身から力が抜けていった。

穏乃「……。くそっ……!」


―――怜サイド

1号「キュオォォオン!!」

 1号はウルトラマンに向き直り、その胸の砲門を開いた。
 咄嗟に横に転がり、銃撃から逃れる。膝をついたまま体勢を整え、右手を左手甲に当て、1号の方へ突き出した。手の先から光刃が翔び、怪獣の胸に命中する。

巨人「シュアッ!」

 怪獣の胸から火花が散ると同時にウルトラマンは跳躍し、怪獣の顔に飛び蹴りを入れた。
 倒れる1号に乗り掛かり、続けざまに首にチョップを当てていく。しかしその時、そんなウルトラマンに銃弾が襲いかかった。

巨人「ハァァッ……!」

 照のδ機を攻撃していた2号がいつの間にかこちらを向き、その砲門を開いていた。
 1号は怯んだウルトラマンをはね除けて立ち上がる。2号はもう目と鼻の先にいた。


巨人「……シュッ!」

 よろよろと起き上がったウルトラマンは、その体躯を銀から青の物へと変貌させた。
 左手甲に右手甲を宛がい、体の前方に半円を描くように右手を回す。

菫「あいつ……メタフィールドに怪獣を引きずり込むつもりか」

 亜空間の中ならば爆弾が起動しても、自分の犠牲と引き換えに外界への影響はゼロで済む。怜はそう考えていた。
 しかしそうは問屋が下ろさず、1号が振り向く。腕を天に掲げようとするウルトラマンに銃撃を浴びせた。

巨人「シュア……ハァッ!」

1号「キュアオァォン!!」

2号「ギャルルルル……」


―――穏乃サイド

穏乃「園城寺さん……!」

 1号の攻撃にウルトラマンはメタフィールドの生成に失敗し、膝から崩れ落ちた。
 チェスターたちの攻撃も虚しく二体のウェポナイザーはその距離をどんどんと詰めていく。

タロウ「シズノ!」

穏乃「!タロウ!」

タロウ「やはりここにいたのか」

 小さな光と共にテレポートしてきたタロウはブラックキングの人形を連れてきていた。
 穏乃はそれを掴み、礼を言うのも忘れてギンガスパークにそれを宛がった。

『ウルトライブ!ブラックキング!』


 地響きが鳴る。漆黒に身を包んだ怪獣が降り立ち、その巨体をウェポナイザー向けて一直線に揺らす。

ブラックキング「グオォォン!!」

 今にも手が触れ合いそうな二体。ブラックキングは2号へ勢い任せに体当たりした。
 二つの巨体は同時に横に倒れ、またもや地響きが鳴り響いた。

淡『あれって……』

菫「高鴨か……?」

タロウ「済まない、遅れた」ヒュンッ

菫「ウルトラマンタロウか。あの怪獣は……」

タロウ「あれは“恐竜兵器”ウェポナイザー。二体のコアが重なりあったとき、壮絶な威力の爆弾になる」

菫「!重なりあったとき……なるほどな」

堯深「それってまずいんじゃ……」


ブラックキング「グオォォン!!」

 倒れる2号に対してブラックキングは覆い被さり、身動きを取れないようにした。
 しかし今度も、もう一方が援護に入った。1号の砲門が火を吹きブラックキングの背中を襲った。

ブラックキング「グオォ……」

 その時、δ機のクアドラブラスターが1号に発射された。
 照は砲門が開いた瞬間を狙っていた。怪獣の内部から火花が飛び散り、1号は悶え苦しみ始めた。

2号「ギャォオオン!!」

 1号の悲鳴を聞いて怒りに震えたのか、2号はブラックキングを撥ね飛ばし、砲門を開いた。
 δ機のブースターが唸りを上げる。機体は急速で上昇し、襲い来る銃撃は空を切った。


1号「キュアオァォン!!」

2号「ギャルルル」

 地にうずくまるブラックキングには目もくれず、再び向き直った二体が近づき始めた。
 手を伸ばし、その鉤爪が特徴的な短い指を絡ませ合う。胸の爆弾は終焉へのカウントダウンを刻むように、連動して点滅する。

穏乃『……っ!!』

 穏乃には、目を見開いたままその光景を眺めることしか出来ず、ブラックキングはよろよろと立ち上がるものの、今にも繋がりあいそうな怪獣たちに立ち向かう気力は無かった。
 ――しかしその時。視界の端に光が走った。

巨人「シュアァッ……!!」

 ウルトラマンが光のロープを繰り出し、1号の首に巻き付けていた。
 しかし引っ張ろうとも、逆にウルトラマンが引き摺られる。足元のアスファルトは木片のように軽く砕け散り、粉塵を撒き散らす。


怜『高鴨っ!!』

 穏乃はその声にハッとして、その光のロープを掴んだ。
 掌に焼けるような痛みが滲んだ。まるで刃物を握っているかのよう。腕から力が抜けていき、ブラックキングも引き摺られていく。

巨人「シュ……ハァァァ……!!」

ブラックキング「グオォォ……!」

 思いきって、指と、掌に全ての力を結集させた。その瞬間、痛みをも忘れるその刹那に、二つの巨躯の叫びがシンクロした。

巨人「シュアッ!!」
ブラックキング「ゴァァッ!!」

 遂に1号は引き摺られ、ウルトラマンとブラックキングに投げ捨てられた。
 1号は軽く浮かび上がり、慣性のまま飛ばされ、ビルの一つに突っ込んだ。


1号「キュオオ……ン」

 ウルトラマンはそれを見て、再び手甲を重ね合わせた。
 メタフィールドを張らせてたまるかとばかりに2号は即座に攻撃体制に入る。しかしブラックキングがその前に立ちはだかり、仁王立ちする。
 発砲音が響く。全弾命中してはいたが、ブラックキングはそこを離れようとしない。

2号「ギャォオオン!!」

 埒が明かないと判断したか、2号はブラックキングに向けて歩き出す。二体は取っ組み合い、そして、ブラックキングは後方へ押されていく。
 後ろではウルトラマンがメタフィールドを展開する光線を打ち上げたところだった。天に届いたそれは、光の雨を地上に降らせていく。

2号「ギャァァァァア!!!」

 その中に入ろうと、2号はブラックキングを押す。ブラックキングは何とか耐えきろうとするが、獰猛なそれを抑えきることができない。
 光の雨が地上に達した。後は雨が消失すれば、別位相への移動は完了する。しかし、ブラックキングの尻尾がその中に入ってしまう。


穏乃(……何で)

穏乃(何で園城寺さんは、自分が死ぬかもしれないっていうのに、戦ってるんだろう?)

 時が、スローモーションのように感じられた。早くメタフィールドが完成してほしい。
 だが時間が異常なほど遅い。全身の筋肉が疲れている。でも、一瞬でも気を抜けば全てが終わる。

穏乃(そりゃ……ほっといたら地球上の生き物が全滅するって言われれば……嫌が応でも戦わなきゃいけなくなる)

穏乃(でも、何でそんな勇気があるんだろう。自分の命をなげうつような真似が、どうしてこの人はできるんだろう……)

 ブラックキングの背中が半分、光のカーテンに埋まる。2号は更に力を強め、その壁を突き破ろうとする。

穏乃(勇気と……覚悟……)

穏乃(まるで、自分の星を守るために自分の命をなげうったギンガみたいに――)


 ブラックキングの体は完全にメタフィールドに入り込んでしまった。2号の体も半分は光の壁の中に侵入していた。

穏乃(私が戦うのは、みんなの夢を守るため――)

穏乃(タロウは言ってた。私が『ギンガの心』を持ったときこそ、私はギンガに変身できるようになるって)

 光の雨が天上から徐々に消えていく。

穏乃(そうだ。『私がやらなきゃいけない』……)

穏乃(私が『ギンガ』にならなきゃいけないんだ)

穏乃(自分の命をなげうってでもみんなを守ろうとしたギンガの心――その強さと、意思と、勇気を持って!)

 その時、穏乃の視界が開けた。
 眩き光の中、彼女の持つギンガスパークが三ツ又に変形し、飛び出た光がギンガの人形を象っていく。

穏乃「私は守る!この世界と、みんなの夢を!」


『ウルトライブ!ウルトラマンギンガ!!』


 光の雨が消えていくそんな中――ブラックキングの体が輝き始めた。
 漆黒の怪獣の形は消え、代わりに大きな白光となったそれは、2号を凄まじい勢いで光の雨の中から追放した。

2号「ギャォオオン……!?」

 その光は2号と共に外界へ飛び出す。
 ちょうどその直後、光の雨は完全に消滅した。

2号「グオルルルル……」

 ウェポナイザーが悔しさに全身を震わす。
 その視線の先には、白光の中から現れた巨躯が聳え立っていた。

 赫焉たる光を全身に纏うその勇士の名は――“ウルトラマンギンガ”!


タロウ「……そうか。別位相とで分断してしまえば起爆する可能性は無くなる」

菫「照!お前はメタフィールドに突入して園城寺を助けろ!絶対にあいつを死なせるな!」

照『了解。ハイパージェネレーター、フルドライブ!』

 δ機はチェスターシリーズの中で唯一単独での別位相突入が可能な戦闘機だ。
 ある地点でδ機は壁を突き破るようにして虚空の中に消え、怜と1号を追っていった。


2号「キュオオォン!!ギャォオオン!!」

ギンガ「シュワッ!」

 ギンガは2号に向かって突進する。2号は砲門を開けて迎え撃つが、その時には既にギンガは宙に飛び出していた。
 宙返りをして怪獣の背後に降り立つ。そのまま背中に飛び掛かり、首周りをチョップする。


2号「ギャォオオン!」

 怪獣は体を回転させてギンガを引き剥がす。尻尾を振り回すと、胸にそれを受けたギンガが吹っ飛ばされていった。

ギンガ「ジュワ……」

 立ち上がろうとするギンガを見て、2号は砲門を開いた。火花と硝煙が飛ぶが、ギンガは手を翳し、光の盾を形成して身を守る。
 そうしている内に、突如飛来したγ号から放たれたビームが砲門に命中した。

2号「グォルル……」

ギンガ「シュワッ!」

 怯む怪獣にギンガは走り寄り、回転しながらその顔を蹴りつけた。


ギンガ「ジュワッ!」

 一回転し、次は拳を叩き込み、殴り抜ける。

ギンガ「ショラァッ!!」

 もう一度回転し、その勢いに任せて脚を出す。
 鎧が砕ける感触が、蹴り抜けて下げた足に伝わった。

2号「グルルル……ギャォオオ……!」

 砲門を潰されたため、遠距離攻撃はもう無い。ギンガはバク転して距離を取り、腕を交差させた。
 全身のクリスタルが燃えるように赤く光り、それに伴って彼の周囲に炎が纏っていく。

 ――しかしその時。ギンガの背中に鋭い痛みが縦断した。

ギンガ「ヘア……ッ!?」


 慌てて背後を振り向く。と、同時に今度は胸に斬撃が加えられた。
 不意の事態と焼けるような痛みにギンガは思わず倒れ込む。

 ギンガが振り向いた先には――割れた窓ガラスのような景色が、空中に浮かび上がっていた。
 その中から鉤爪が姿を覗かせていた。やがてその空間の裂け目から亀裂から伸びた。次元の壁を突き破り、1号が戻ってくる。
 その背景には、膝をついて倒れているウルトラマンの姿があった。

菫「照、どうした?!」

照『……。体力が限界だったみたい。メタフィールドが消滅した』

菫「まずい……!」


 ギンガが1号の尻尾に撥ね飛ばされるが、すぐさま回転して体勢を整える。
 しかし、二体の怪獣は既にその距離を詰めていた。今から走っても、もう間に合わない――


ギンガ「ショ……ラッ!」

 ギンガが両腕のクリスタルを交差させた。
 それは目が眩むほどに白く輝き、右腕のクリスタルに光の剣が形成される。

ギンガ「――ギンガセイバー!!」

 しかし、その刀身では到底届くはずもない距離に怪獣たちはいた。
 そして彼らは、互いの再会を喜ぶように、その身を重ね合わそうとする。

 ギンガは剣を掲げ、地面に振り下ろした。
 そのエネルギーにより、突き刺さった地点から地面に亀裂が走る。猛スピードで怪獣の元へ駆け走っていく。

 その亀裂が到達した所で、ギンガはエネルギーを更に送り込む。
 大地の深く、深くに伝わったそれは――マグマとなって怪獣の足下から噴き出した。

1号「キュアオァォン……!!」
2号「ギャァァァァアン……!!」

 悲鳴を上げる二体。しかし彼らは、どんな苦境でも繋がり合おうと、ゆっくりと一歩を踏み出す。


ギンガ「ジュワッ!!」

 剣を構え、ギンガが走り出す。
 それを見た怜も、一歩目はよろけたが、勢いをつけて足を動かす。胸に翳した右の手甲にシュトロームソードが投影された。

 腕を寄りかからせ、2号が1号の胸に飛び込もうとする。
 その瞬間――二人のウルトラマンの勇ましい声が響いた。

ギンガ「ショラッ!!」
巨人「シュアァッ!!」

 光の剣に切り裂かれた怪獣はそれぞれきらびやかな粒子に分解された。
 二体分の粒子は空中で混じり合い、風に飛ばされ消えていく。

 怪獣たちが消えた場所には、哩と姫子が抱き合って倒れていた。


巨人「……ハァ……ハァッ」

 巨人が倒れ、膝から崩れ落ちた。霞がかって消えたと思うと、代わりに怜が地上に倒れそうになっていた。

穏乃「……園城寺さん」

 元の姿に戻った穏乃が怜を抱き止めた。
 今にも消えてしまいそうな微弱な呼吸。蒼白な顔と、焦点が定まっていない虚ろな瞳。

 それらはまさしく、怜に訪れようとする限界を示していた――


To be continued...


登場怪獣:ウルトラマンティガ第17話より、“恐竜兵器”ウェポナイザー1号・2号


今度また続き書きます


第十二話『超時空の大決戦』


 頭の中に弦楽器のような音が響いた。
 とても澄んだ、綺麗な音色。しかし私は、その音が何を意味するかは理解できなかった。

「戒能、彼らの言っていることが分かるか?」

 目を開けると、白衣に身を包んだ大人が目の前に立っていた。
 背景は、まるで水族館のようで(自分の足で行ったことはなかったが)、クラゲのような生き物が巨大な水槽の中で身を踊らせていた。

「……わかりません」

 その時、白衣の彼は明らかに落胆した。
 表情も口調も何も変わらない。だが私には他人の心を読み取る能力が生まれつき備わっていた。

 私の存在意義とは一体なんなのだろう。
 私は次世代の“コンタクティ”として期待されていたはずだ。そして、その為に生まれてきた命。

 だが私には“来訪者”の心は読めなかった。コンタクティにはなれなかったのだ。
 その為だけに生まれてきた命は、この時完全に、意味も価値も失ってしまった。


―――朝、インターハイ十日目

 ピピピピピピ……

良子「んー……」

 バンッ

良子「ふぁ……」

良子(まだ五時か……流石に眠い)

 そんなことを思いつつも、布団をはねのけ良子はベッドから降りた。
 シャワーを浴び、Yシャツを羽織る。散らかって物置のようになっている洗面台で髪を乾かし、それが終わると化粧をした。

良子「……よし」

 シャツのボタンを留め、スーツを着込んだ。一気に気が引き締まり、今日も頑張ろうという気になれる。
 リビングに戻り、入念にバッグの中身を確認した。とはいっても、必要な物は数個のみではあるのだが。

 銀色で鋭利なフォルムをした怪獣の人形。
 アザラシと魚を融合したような気味の悪い怪獣の人形。
 群青色のスマートな体躯を持つ怪獣の人形。
 そしてダークスパークと、ウルトラマンへの変身アイテム。

 彼女はダークスパークをもう一度手に取ると、洗面台に戻った。
 鏡の前に立ち、ダークスパークを顔の前に出す。彼女の目は赤く輝きだし、鏡に映る光はその瞳の奥に帰っていった。


―――病院

 瞼をあげると、白い光が目の中に入り込んできた。

怜(……ここは)

「怜ぃ!!」

怜「……竜華?」

竜華「よかった……目、覚めたんやな……」

怜「……。そうみたいやな」

セーラ「全く、心配かけさせやがって」

怜「セーラもおったんか……。ここは……?ホテル……?」

セーラ「病院や。昨日……怜が倒れた後ここに運ばれて、昨日いっぱいはICUにおった」

怜「……そっか」

竜華「怜……怜……」

 竜華はすがりつくようにベッドの怜の手を握った。
 その様子は明らかにおかしかった。いつもならこんなことはない。


怜「竜華……?」

竜華「うっ、うっ……」

セーラ「昨日な。白糸台の奴らが……お前の素性を教えてくれたんや」

怜「!」

セーラ「信じたくはないけど……本当なんか……?お前の寿命があと少しやってこと……」

怜「……ごめん。マジの話」

竜華「あぁぁぁぁ……!!」

怜「竜華……」

竜華「怜、怜ぃ……なんで……」

怜「……ごめんな竜華。でもほんまに楽しかった。みんなとおれた時間……」

セーラ「アホやろ……死んだら意味ないやん……」

 竜華は泣き崩れ、セーラも顔を背けて肩を震わしていた。


―――宮守女子のホテル

 豊音が帰ってきた宮守女子は、永水女子の選手たちと行く海への準備を進めていた。
 今日がその日。まだ時間は早いが、白望以外ははやる気持ちを抑えきれないようだった。

エイスリン「ホラ、シロ!オキテ!」

白望「ダルいよ……まだ寝かせて……」

エイスリン「ダメ!ウミシーズン、マッテクレナイ!」

白望「別にそこまで寝るわけじゃないけど……」

 全員が白望と塞の部屋に集まり、笑顔で準備を進める。
 しかしエイスリンの笑顔が突然消えた。適当に理由を捏ね、彼女は引き攣った顔で自分の部屋へと戻った。

エイスリン「……レン」

 未来が見えた。エイスリンの予知は電気をつけるように自由には使えず、こうして突風のように脳を横殴りするのだった。
 彼女の視る未来は十数個の映像だった。そこには沢山の可能性が指し示されたり、場合によると全ての映像が同じだったりする。

 今回は全てが同じ――つまり、未来が一つに決まってしまっているパターンだった。

 その映像の中で群青色のスマートな体型の怪獣と青と銀のウルトラマンが戦っていた。
 それは怜が変身するウルトラマンだ。彼女はその敵と戦い、そしてその命を全うするのだろう。


エイスリン「………」

 予知は絶対じゃない。エイスリンはそう怜に教えられた。
 しかし今、彼女の中に逆巻く感情は紛れもなく絶望だった。

 きっと、どんな手を以てしてもこの未来は変えられないのだろう。
 今までだってそうだ。戦うなと言っても怜は変身して戦った。止められない。彼女の破滅への歩みをやめさせることは、決して。

 ふと、エイスリンは怜のことを想った。
 自分は沢山の未来を視て最善の未来に繋ぐようにする。だが一つの未来しか視れない怜はどう思うのだろう?
 『自分が死ぬ』というたった一つの未来を視て、彼女は何を思ったのだろう?

 もしかすると、それが原因なのかもしれないとエイスリンは思った。
 『どうせ自分は死ぬのだから』という投げ遣りな心。怜が忠告を無視するのはそれに起因しているのかもしれない。

 だが、その心はどうやって癒せばよいのだろうか。
 彼女の死は避けられない未来なのだ。そんな彼女に『投げ遣りになるな』などという言葉がどうして掛けられようか。


エイスリン「ハァ……」

トシ「どうしたんだい?浮かない顔だね」

エイスリン「……トシサン。キョウタブン、ウミイケマセン」

トシ「海に行けない?どうして?」

エイスリン「『カイジュウ』ガアラワレマス。ソレモ、トテモツヨイ……」

 両校には個人戦に出場する選手もいて、海水浴は団体決勝戦の日に行くという予定になっていた。

トシ「……どうする?決勝戦を延期にするかい?」

エイスリン「オネガイシマス……」

トシ「分かった。ちょっと上と相談してくるわ」


―――阿知賀のホテル

穏乃「すー……すー……」

憧「ほらシズ起きて。朝だよ」

穏乃「………」ボー

穏乃「!決勝戦だっ……!」ガバッ

憧「だから忘れちゃダメそれ!……ってことで。ようやく辿り着いたね。和のとこに」

穏乃「うん。楽しみ」

憧(?もっと喜ぶかと思ったのにな)

憧「私はシャワー浴びたから、シズも浴びてきなさいよ」

穏乃「ありがと」


 シャワーを頭から被る穏乃は、昨日の出来事を思い出していた。


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―――白糸台高校、チーム虎姫の部屋

 お昼時。ウェポナイザーとの戦闘が終わって戻ってきた穏乃と虎姫の五人はエイスリンの話に耳を傾けていた。

エイスリン『戒能良子は……私たち“プロメテの子”の第一子です』

菫「第一子?」

エイスリン『はい。第一回のプロジェクトでは試験段階ということで作られたのは一人だけだったんです』

エイスリン『超能力の道では名が知れた日本の巫女の家系と、少年の遺伝子を掛け合わせて生まれた子』

エイスリン『それが戒能良子です。彼女はアカデミーの中で、プロメテの子を纏めるリーダーの地位にありました……』

穏乃「それで先輩って……」

エイスリン『はい。でもどうして戒能先輩がダークスパークなんかを……』


菫「何か……企んでる様子とかは?」

エイスリン『確かに寡黙な人でしたけど……心当たりは全く……』

菫「そうか……」

穏乃「あの、もしかしたら……敵の黒幕に乗っ取られてるのかもしれません」

エイスリン『え?』

穏乃「私とタロウで、敵の正体はウルトラマンかもしれないって話になったんです」

タロウ「その戒能良子という人物の体を乗っ取っている。その可能性は十分ある」

菫「なるほどな」

エイスリン『ともかく、敵が姿を現したということは何か理由があるんでしょう。気を付けてください』

照「………」


エイスリン『それと怜の体のことですが……』

穏乃「どうだったんですか?」

エイスリン『臓器の機能が全体的に低下しています。もしまた変身すれば……恐らくそれが彼女の最後の戦いになるでしょう』

穏乃「………」

菫「……くそっ。私がちゃんとしてれば」

穏乃「……いや。私が止めればよかったんです。あの時、敵が目の前に出てきて頭が回らなかった……」

照「二人とも、自分を責めないで」

エイスリン『はい。もう過ぎてしまったことは仕方ありませんから……』

穏乃「……。でも、どうすればいいんでしょう……」


エイスリン『……放っておいても……怜の命の灯は近い内に消えてしまうでしょう』

菫「だが友人たちも知らない場所で知らない理由で死んでしまったら……悔いが残るんじゃないか?」

穏乃「清水谷さんたちに伝えますか……?信じてもらえるかは分かりませんけど」

菫「私はそうした方がいいと思う」

照「私も賛成」

エイスリン『そうするなら、くれぐれもTLTに関する情報は漏らさないでください』

菫「ああ。彼女は余命宣告を受けて日本に来た、そしてその命はもうすぐ潰える……とだけ伝えておく」


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穏乃(……ともかく、今日は決勝戦だ)

穏乃(今はそれだけに集中しなきゃ。やっと私たちの夢が叶ったんだから……)


―――灼・晴絵の部屋

 Prrrrr...

晴絵(……熊倉さん?)

 ピッ

晴絵「はい、もしもし?」

トシ『熊倉です。おはよう』

晴絵「はい。どうしたんですか、こんな朝っぱらから」

トシ『ちょっとあんたに伝えておくことがあってね』

トシ『まだ発表はまだだけど、今日のインハイ決勝戦は中止になる可能性があるわ』

晴絵「中止?」

トシ『ええ。理由は……わかるだろう?』

 晴絵はシャワールームの方に目をやった。シャワーの音が聞こえる。まだ灼は浴びている最中のようだ。

晴絵「ビースト……ですか」

トシ『ええ。イラストレーターの予知によると朝……まだ試合も始まらない内に出現するらしい』

晴絵「……そうですか。賢明な措置ですね」


トシ『それでね、そっちの高鴨さんを貸してほしいのよ』

晴絵「戦力としてですか?」

トシ『ええ。相当強力なビーストが来ると予知されていた……。現時点で使える戦力は集めておかないといけない』

晴絵「残念ですけど、お断りします」

トシ『!どうして?』

晴絵「そうやってシズを連れ出して人体実験にかける罠なのかもしれないじゃないですか」

トシ『……随分と信用ないんだねえ』

晴絵「当然です。自分がしたことを忘れたんですか」

トシ『……。まぁ、そう言うとは思っていたわ。迎えには信頼に足る人物を出したから』

晴絵「?」

 ピンポーン

晴絵「失礼します……。はーい?」


 ガチャッ

郁乃「おはようございます~熊倉管理官の命により参りました~」

晴絵「……もっと胡散臭い人が来たんでけど」

郁乃「ええ~……」

トシ『気に入らなかったかい?』

郁乃「お願い。穏乃ちゃんを戦力にするんは最後の手段やから……。何もなかったらすぐ会場にお連れするし……」

晴絵「本当なんですか?」

トシ『本当よ』

郁乃「うん~」

晴絵「……分かりました。でももし嘘ならそちらの秘密を世間に公表しますから」

トシ『ええ、構わないわ』

晴絵「じゃあ、切ります。赤阪さん、私は穏乃を迎えに行ってきますね」

郁乃「おおきに~」


―――穏乃・憧の部屋

 コンコン

憧「はーい?」

 ガチャ

晴絵「憧。しずは?」

憧「まだシャワー浴びてるけど……どうしたの?シズに何か用?」

晴絵「ああ。今日、しずだけ私たちと別ルートで会場入りすることになったから」

憧「は?」

晴絵「……色々事情があってな」

憧「ねえ、そろそろ教えてくれてもいいんじゃない?突然いなくなったり帰ってこれなくなったりシズは何をしてるの?」

憧「それに……ハルエは何を知ってるの?教えてよ。私だけ除け者にされてるなんて」

晴絵「………」


 ガチャッ

穏乃「お風呂でたよー……って、あれ」

憧「シズ……」

穏乃「どうしたんですか?先生」

晴絵「お前に来てもらいたいって」

穏乃「え、それって……」

晴絵「……ああ」

 神妙な晴絵の面持ちを見て穏乃も表情を引き締めた。

憧「ああもう!私を挟んで私の知らない話しないでよ!」

穏乃「憧……」

憧「なんなの?シズは何してんの?今日みたいな大事な日でも私たちと離れて行動しなきゃいけない理由があるの?」

穏乃「それは言えないけど……でも、私がやらなきゃいけないことなんだ」

憧「………」

穏乃「だから私は行くよ。……ごめん、憧」


 憧はうつ向き、黙りこんでしまった。
 穏乃が晴絵の方に向き直り、廊下へと出ようとする。憧はすがり付くように、穏乃の背中に声を投げかけた。

憧「……知ってたよ」

穏乃「へ?」

憧「シズが……それだけ大変なことをしようとしてるっていうのは」

穏乃「………」

憧「……私さ。シズが帰ってこなかったらって思うと不安でしょうがないんだ」

憧「せっかく再会できて、みんなと一緒にここまで来れたのに……シズが帰ってこなかったらって思うと……」

穏乃「憧……」

憧「私は玄みたいに待てないよ。もし私の前からシズが姿を消しちゃったら、私は……」

 うつ向いたまま憧は肩を震わしていた。
 穏乃は彼女の元に歩み寄り、その肩に手を乗せた。

穏乃「……大丈夫。約束する。絶対戻るって」

憧「何でそんなこと、はっきり言えんのよ……」


 そうは言いつつも、穏乃の言葉を聞いて憧は安堵していた。
 昔から直情的で、打算など決してしない性格だった。それ故に彼女の言葉には裏がなく、真実味があった。
 やると言ったらやる――今こうしてこの場にいることが、その証明になっているだろう。

憧「……約束」

穏乃「うん。破ったら針千本飲むから」

憧「……ばーか」

穏乃「ひどっ」

 顔を上げた憧は笑顔だった。穏乃もそれに釣られて頬を緩め、そして表情を元に戻してから廊下へ出ていった。

穏乃「いってくる!」

憧「……。いってらっしゃい!」


―――駐車場

 バタンッ

穏乃「お待たせしました」

郁乃「待ってへんよ~。変身アイテムは持った~?」

穏乃「はい。あります」

郁乃「オッケーイ。ほな行くで~」

 エンジンが掛かり、車が進んでいく。昨日の怜の運転とはレベルが違い、快適で滑らかに車は走っていた。
 道路を進んでいく中、郁乃は助手席の穏乃に声をかけた。

郁乃「ね~高鴨ちゃん~?」

穏乃「はい?」

郁乃「戒能さんに会ったんやってね。あの子、どんな様子やった~?」

穏乃「どんなって……うーん……。何か、悪役っぽい感じでしたよ。普通な」

郁乃「そっか~……」

穏乃「戒能さんを知ってるんですか?」

郁乃「まぁあの子、トッププロやしなぁ。知らん方が少ないと思うで~」

穏乃「そうなんですか」


郁乃「ま、他にも理由はあるんやけどな~。私、あの子が日本に来たときの保護者やったんよ~」

穏乃「保護者?」

郁乃「うん。ウィッシャートちゃんでいう熊倉管理官ってとこやね~」

穏乃「ああ……」

郁乃「あの子な~……日本に来た当初はほんま臆病で、何も喋らんし、困った子やったんやで」

穏乃「……今は違うんですよね」

郁乃「うん。あの子は『人の心を読む』って超能力持っててな、殆どズルみたいなもんやけど、麻雀やらせたらそのお陰でめっさ強くてな」

郁乃「自分に自信が持てたお陰なんか、新しい能力が開花したりしてな。まぁ結局コンタクティにはなれへんかったんやけど」

穏乃「結局コンタクティを継いだのはエイスリンさんだったらしいですけど……」

郁乃「うん。やから……あの子がダークサイドに行っちゃったんはそのせいなのかもしれへんな~……って思ったりしてな」

穏乃「どういう意味ですか?」


郁乃「プロメテの子はみんなコンタクティになることを期待されて生まれてきた。やけど、あの子はなれへんかった」

郁乃「まして第一子で、しかも人の心を読める……あの子にかかるプレッシャーは相当やったんやないかなって……」

穏乃「………」

郁乃「それでもプロメテの子たちのリーダーとして頑張ってたんや。園城寺さんの身体のことも……」

穏乃「?」

郁乃「園城寺さんの細胞の疾患が分かったらプロジェクトは凍結されたんやけどな、戒能さんは世界に散り散りになったプロメテの子たちの力を合わせて特効薬を作ろうとしてたんや」

穏乃「え……?」

郁乃「自分は園城寺さんの居場所を突き止めて無理せーへんように監視してたりな。ホンマは優しい子なんよ……」

穏乃「………」

郁乃「さて、着いたで~。後は待つだけや」


―――病院

 怜の病室は、棺桶の中のようにひっそりとしていた。
 竜華のすすり泣きの声だけが短調を奏でる弦楽器のように響いている。セーラは椅子に腰掛け、震える手を必死に握りしめていた。

怜「……な、竜華」

竜華「うっ、ひぅ……っ。なに?怜……」

怜「制服着たいな。みんなと一緒におった証を身に付けてたい」

竜華「……うん。セーラ、そこのクローゼットから……」

セーラ「……ああ」

 セーラは老人のようにゆっくりと腰を上げ、クローゼットに吊るされているセーラー服を取り出して竜華に渡した。
 竜華は怜の病衣を脱がし、制服に着替えさせた。直に見る彼女の体は皮が骨に張り付いているようで、まるで剥製のように生気が感じられなかった。

竜華「うっ、うう……」

怜「……な、泉とフナQにも会いたい。監督と洋榎と絹恵にも……あかんかな?」

セーラ「いける。電話してくるわ」

怜「ありがと、セーラ」


 セーラが立ち上がりドアを開く。その時、セーラは仰天した。ドアの向こうに人が立っており、丁度鉢合わせになったのだ。

セーラ「え……」

 更に彼女は目を見張った。そこに立っていたのは誰もがよく知るトッププロ――戒能良子に間違いなかったからだ。

セーラ「か、戒能プロ!?」

竜華「えっ」

怜「!?」

 セーラは調子外れの声を上げ、竜華は一呼吸遅れて口をぽかんと開けた。
 一方で怜は心臓が止まりそうな衝撃を受けた。良子は薄く笑うと、会釈して病室に入ってきた。

良子「グッドモーニングです、園城寺さん」

怜「……何でここに来た!?」

 怜自身も驚くほど大きな声が出た。胸が苦しくなり、何度か咳き込んだ。
 二度の驚きに動きを止めていた竜華は我に返り、怜の背中を擦った。

良子「落ち着いてください……体に毒ですよ」

怜「……余計な、お世話や……」

セーラ「知り合いなん……?」

良子「ええ、少し。それで園城寺さん、お話がありまして」

怜「……何や」


良子「あなたの体を治す特効薬が開発されたとしたら……どうしますか?」

怜「……されるわけないやろ」

良子「それがですね、完成したんですよ。プロメテの子たちが力を合わせることで」

怜「え……」

竜華「ほ、ほんまですか!?」

良子「ええ。マジでホントでリアリーですよ」

竜華「怜……!」

怜「なに企んどるんや……?」

良子「……。昨日の内にデータはあちらに送りましたから、きっと今日のお昼には薬は到着するでしょう」

良子「今日のお昼まで……貴方が生きていられればの話ですけどね」

セーラ「え?」

怜「……っ!」

良子「園城寺さん。貴方は逃げた。素質があったにも関わらず……自分の未来から逃げた」

良子「私はそれが許せなかった。だから今日ここで……決着をつける」


怜「竜華、セーラ!逃げろ!」

良子「……安心してください。私が戦うのは貴方だけです。園城寺さん」

 良子はバッグから黒い棒のような物を取り出し、顔の前に水平にした。
 その両端を掴み外側にスライドさせると、中央のコアから黒い雷がほとばしった。

怜「……!」

 良子の顔が、仮面が割れるように別のものに変わっていくのが一瞬見てとれた。
 黒い塊となった彼女は部屋の壁を突き抜けて外へ飛び出し、アスファルトを砕いて地面に降り立った。

 黒真珠のように一点の曇りもない黒の瞳。
 胸のカラータイマーの輝きもまた黒く、退廃的な赤と黒が混じる禍々しい体躯は、ウルトラマンのようでありつつも、確然たる差異を示していた。

怜「……くっ」

 怜はベッドから降りようとした。しかし竜華は必死な顔をしてそれを止める。

竜華「あかん……やめて怜……」

怜「……行かんと」

竜華「やめて!」

 竜華には何が起きているのかはもはや理解できていなかった。
 しかし、怜がその命を捨てようとしている。それだけは動物が危機を察するように理解していた。


セーラ「何が起きとるんや……」

竜華「怜!お願いやからやめて!」

怜「竜華……でも……」

 その時、怜が言おうとしていた言葉を示すように、轟音が窓の向こうから飛来してきた。
 喫驚した三人は一斉にその方角に顔を向けた。黒い巨人が手から光弾を放ち、街を破壊していた。建物が一つ崩れる度、悲鳴が怒濤のように巻き起こった。

怜「……行かんと」

竜華「怜ぃ!」

 ポケットからエボルトラスターを取り出し、立ち上がろうとする。しかし竜華は体で怜を止め、離れようとはしなかった。

怜「竜華、お願いやから……」

竜華「いや……嫌や!怜が……怜が死んだら……」


―――虎姫サイド

 インハイ会場の近くで待機していた虎姫はエイスリンからの連絡を受けていた。

菫「はい、こちら弘世」

『ビースト振動波を確認!場所は予測地点とは違って、Point1-2-5!』

菫「了解。照と亦野はδ。私と堯深はγ。淡はメモリーポリスの車に同乗して現場へ移動してくれ」

淡「了解っ!」
亦野「了解!」

 四人がチェスターに乗り込む中、淡は停まっているメモリーポリスの車に走っていった。

淡「ごめん、乗せて!」

穏乃「あれ、大星さん……」

淡「げっ」

郁乃「虎姫はチェスターが不足してるんやったっけ。連絡は聞いとるからええよ、乗って~」

淡「うむむ……しょうがないか」

穏乃「………」

郁乃「ほな、行くで~」


―――現場

 現場は既に火の海になっていた。建物の残骸の上を歩いていたのは怪獣やビーストではなく、黒い巨人だった。

A隊長『現場に到着しました。映像を送ります』

エイスリン『……!』

 エイスリンが息を飲むのが無線越しでも分かった。
 しかし彼女は冷静な声で指令を出した。コクピット内の通信機から英語と日本語の二重音声が流れる。

エイスリン『その巨人は“メフィスト”と呼称します。ウルトラマンと酷似してはいますが敵として判断。殲滅してください』

A隊長『了解。ナイトレイダーAユニットに告ぐ。各機、黒い巨人“メフィスト”を攻撃せよ』

 了解の合図があり、Aユニットの四機は編隊を取ってメフィストに向かっていった。
 一斉にビームを放ち、散開する。メフィストは余裕綽々な様子で振り向き、自分の目の前に光球を作り出した。

A隊長『何をするつもりだ……?』


メフィスト「ドゥアッ!」

 光球を拳で撃ち抜くと、それは何十個もの小さな光弾に分裂した。

A隊長『ぐっ……!?』

 光弾はチェスターを襲い、四つの機体は煙を上げて墜落していった。
 そんな中でオプチカムフラージュが解かれ、虎姫のγ機とδ機が空に現れた。

菫『チーム虎姫、現場に到着しました』

A隊長『Aユニットは全機墜落……!地上からの援護に回る!』

菫『了解。照、左右から挟撃するぞ』

照『了解』

菫『……まるで悪魔だな。戒能良子……』


―――穏乃サイド

郁乃「着いたで~」

 急ブレーキの甲高い音を鳴らし車は停止した。
 穏乃と淡が外に出る。遠く向こうに立つ黒い巨躯が見えた。

淡「じゃ、せーぜー死なないでよね!」

穏乃「そっちこそ気を付けてくださいね」

 「別に私の方は心配してない」と不満げな表情を見せたが、淡はディバイトランチャーを抱えて走り出した。

穏乃「あの、園城寺さんの病院ってこの近くだった気がするんですけど……」

郁乃「そこまで行く?もう避難は始まっとるようやけど」

穏乃「はい。もしかしたら……」

郁乃「分かった。はよ乗って。超特急で行くで~」


タロウ「シズノ、待ってくれ」

穏乃「?どうしたの、タロウ?」

タロウ「君のギンガスパークで私を解放してくれ」

穏乃「!」

タロウ「頼む。今の君なら……ギンガスパークを使いこなす事ができるだろう」

穏乃「わ、分かった」

 少し慌てつつも、穏乃はポーチからギンガスパークを取り出した。
 タロウの人形を掴み、紋章をギンガスパークに近づける。そこで大きく深呼吸し、穏乃は言った。

穏乃「……タロウ。みんなの夢を守るために戦って」

タロウ「ああ!」


『ウルトライブ!ウルトラマンタロウ!!』


 紋章の光が飛び出し、タロウの身体を光で包んでいった。光が一瞬とびきり大きくなり、穏乃は目を瞑った。
 次に目を開けた時――目の前に大きな赤が聳え立っていることが真っ先に分かった。

 銀色の頭には金に輝く眼、そして横に突き出している二本の角があった。
 体は赤に染まっており、肩から胸に掛けてプロテクターが備わり、胸の中心には丸く青いカラータイマーが光っている。

 その巨躯には醸し出されているオーラがあった。
 身に纏わせる厳かさと、それでいて若々しい勇ましさ。それは歴戦を繰り広げてきた戦士だけが持てる風格。

 勇壮たるその戦士の名は――“ウルトラマンタロウ”!

穏乃「……!」

 穏乃が満面の笑顔でタロウを見上げる。タロウはそんな彼女を見て、ゆっくりと頷きを返した。

タロウ「ショアッ!!」

 その出現に驚きを隠せないメフィストにタロウは走っていき、穏乃は車に乗り込み病院へと向かった。


―――γ機コクピット内

菫「あれは……ウルトラマンタロウか!?」

堯深「解放されたんだ……」

 ピピッ

菫「!はい」

穏乃『私です!赤阪さんの通信機借りてます!』

菫「高鴨か!あれはウルトラマンタロウか?」

穏乃『はい。タロウの援護お願いします!』

菫「勿論だ。照、彼の動きに合わせて援護を出すぞ」

照『了解』


メフィスト「……ドゥアッ!!」

タロウ「ショアッ!」

 走り来るタロウに対しメフィストは光弾を乱射した。地上に衝突したそれは爆発を起こし、煙でタロウの体を隠していく。
 しかしタロウは爆発や光弾は難なく躱していた。空に飛び上がった彼は流れるような動きで全身を捻らせ、その勢いによる“スワローキック”を繰り出した。

メフィスト「グオッ……!」

 勢いを殺すように、着地と同時にタロウは前方へ転がる。振り向くと、メフィストは頭を振りながら立ち上がっていた。
 しかしそんな隙を見逃すタロウではなく、即座に走り寄り、構えるメフィストの腹をパンチした。

メフィスト「オォォ……」

 次第にメフィストの呻き声に余裕が無くなってきた。
 反撃の口火を切ろうとキックやパンチを入れようとするが、タロウは素早くそれを躱していく。


メフィスト「ドゥアアッ!!」

 回し蹴りをタロウがバク転して躱す。ここを好機と見て、メフィストは腕を十字に交差させた。
 黒と紫で腕が光り、破壊光線“ダークレイ・シュトローム”が放たれ、体勢を整えた直後のタロウに一直線で向かっていく。

タロウ「ハァッ!」

 しかし――タロウは左手首のブレスレットを体の前に翳した。
 キングブレスレットの力によってドーム状のバリアーが展開され、メフィストの破壊光線は防ぎきられた。

メフィスト「……!」


堯深「……強い」

菫「逆に援護するタイミングが無いな……」


―――病院

 病院に到着した穏乃は避難する患者と職員の中に怜たちを発見した。

穏乃「園城寺さん!」

怜「高鴨……」

穏乃「よかった……。大丈夫でしたか」

怜「……ああ。それにしてもあれは」

穏乃「タロウの解放に成功しました。どうですか?」

怜「めっさ強いで……。戒能先輩を全く寄せ付けん強さや」

穏乃「やっぱりあれ、戒能さんなんですか」

怜「ああ……」

 怜の両脇の二人はまさしく意味不明という顔で穏乃を見ていたが、穏乃が戦いの方に目を向けると、それに釣られて同じ方向に顔を向けた。


メフィスト「……フッ!」

 メフィストが掛け声を上げると、右の手甲から鉤爪が飛び出てきた。
 しかしタロウは全く動揺を見せなかった。武器を持って戦いを挑んできた敵も彼の記憶の中には存在していた。

メフィスト「ハッ!」

 メフィストが走りだし、タロウがそれを迎え撃つ。
 鉤爪を振るうが、それらは紙一重で躱され、逆に空いた脇腹に蹴りを入れられる。

メフィスト「グッ!」

タロウ「イヤァッ!」

 怯んだメフィストの胸を蹴り飛ばし、後ずさりさせる。
 その攻撃は一撃一撃が重く、メフィストは受けた部位を押さえながら体勢を保とうとする。

 タロウはそれを見て右手を大きく掲げた。
 左手をそれに合わせ、両手をそれぞれ腰の横にゆっくり下ろす。それにつれて彼の体は虹色の光を纏っていく。


タロウ「――ストリウム光線!!」

 T字に構えた両腕から虹色の光線が放たれた。メフィストは躱すことも防ぐこともできず、まともにそれを喰らった。
 光線が終わるとメフィストの体は自然に崩れ落ち、そして倒れたその場所から爆炎が巻き起こった。

穏乃「おっしゃー!!」

怜「やば……」

 タロウのカラータイマーが点滅して音を立て始めた。
 穏乃や怜、空の菫たち、地上の淡や他のチームの隊員たち。それら全員が勝利の余韻を感じていた、その時――

タロウ「ッ!?」

 タロウが突然構えを取った。彼が発した空気はその場にいた全員に伝わり、避難していた人々でさえその方向に顔を向けた。
 タロウの視線の先。爆煙が薄れていくその中に紫の雷がほとばしっていた。


『ダークライブ……スキューラ!』

『ダークライブ……バジリス!』

『ダークライブ……キングオブモンス!!』


 紫電が地平線の様に広がり、赤い光も混じって稲妻のように空間を駆け走った。
 煙が薄れてきたところに轟音と共に再び土煙が立った。

 深い青の巨体がその中に姿を現した。
 喉元まで続く赤い蛇腹の両脇には牙のような刺がずらりと並び、背中に広がる骨のような翼はその意匠を随所に伸ばしている。

 そして、凶悪に鋭い赤い両眼。
 更にはその間からぎょろりと丸い眼が開き、その悪魔的な形相は、土煙の向こうにいるタロウをじっくりと見据えていた。

タロウ「ショアッ!」

キングオブモンス「アァァァァァァ!!!」


―――宮守女子のホテル

トシ「これは……もしかして、エイスリンが予知した怪獣?」

エイスリン「……イイエ」

トシ「でも、この絵のと酷似してる……」

 トシはエイスリンのホワイトボードを手に取り、その絵に目を落とした。
 しかしトシは「違う」と思い直した。そこに描かれていた怪獣は配色や基本的な形こそ似ていたが、翼や蛇腹の牙は生えていなかったのだ。

トシ「確かに形とか少し違うわね」

エイスリン「ソレダケジャナイデス」

トシ「え?」

エイスリン「カイジュウガタタカッテルバショ……タタカッテルアイテ……チガイマス」

トシ「そうだね……確かに」

エイスリン「ミライガ、カワッタ……」


―――現場

キングオブモンス「アァァァァァァァ!!!」

 キングオブモンスの口が大きく開いた。タロウは咄嗟に左腕のキングブレスレットを構える。
 その口から赤色光線“クレメイトビーム”が放たれる。キングブレスレットはバリアーを作り出し、それを防ぐ。
 しかしタロウ自身のエネルギーが残り少なかった。ビームはバリアーを突き破り、タロウの体を襲った。

タロウ「ハァッ……!」

 撥ね飛ばされたタロウをキングオブモンスが更に蹴り飛ばした。
 地面に倒れるタロウは蹴られた脇腹を押さえたままで中々立ち上がれない。

菫『ウルトラマンタロウを援護しろ!』

照『了解……!』

 δ機とγ機のミサイルがそれぞれの方角から怪獣を襲った。
 カラータイマーの点滅音が焦燥感を煽る中で、タロウは冷静に体勢を立て直す。


キングオブモンス「アァァァァァァ!!!」

 キングオブモンスはどこまでも届きそうな叫び声を上げ、照のδ機にクレメイトビームを吐き出した。
 照は何とか逃れようとするが、怪獣は素早く顎を上げて破壊光線をδ機の進行上に浴びせかけた。

誠子『うわぁっ!』

照『くっ……』

 光線はブースターの一つを掠り、煙を上げて機体は墜ちていった。

照『ごめん……離脱する……!』

 δ機が墜落し、その場所に火の手が上がる。その爆音によって我に返った群衆は再び阿鼻叫喚を呈して足を速めた。


タロウ「……デヤァッ!」

 チェスターがキングオブモンスの気を引いている間にタロウは全身に力を溜めていた。
 溢れんばかりのエネルギーが炎の形を作って彼の全身に纏われる。キングオブモンスはそれに感づき、タロウの方を向き直った。

タロウ「ショワァッ!!」

 タロウはそのままキングオブモンスに突進した。全身のエネルギーは彼の走る軌跡に残光を刻んでいく。

キングオブモンス「アァァァァァァ!」

 しかし――キングオブモンスはその翼を広げ、その身体を包んだ。
 骨翼は怪獣の前方に赤い障壁を作った。タロウは弾かれ、その突進は阻まれてしまう。

タロウ「ハ……ハァァッ……!」

 タロウが肩で息をしながら膝をついた。
 彼は今まさに全身のエネルギーを集めて自身の体もろとも爆発させる“ウルトラダイナマイト”を使おうとしていたのだ。
 しかしそれが破られ、タロウの体にはエネルギーの残滓が一滴も無くなってしまった。

穏乃「タロウ……!」


キングオブモンス「ウァァァァァァア!!!」

 キングオブモンスが悲鳴のような叫び声を響かせた。
 呆然としていた穏乃がその方向を見る。昨日とは違い、人間の姿のままでも怪獣の意識を見ることができた。

 やはりと言うべきか、その中にいたのは戒能良子だった。
 その眼が赤く光り輝き、それに呼応するように怪獣から赤い雷がほとばしる。

 すると怪獣の体が蠢き始めた。穏乃は目を見開いたまま次の光景を眺めていた。
 キングオブモンスの翼からバジリスが、腹の牙からスキューラが飛び出してきたのだ。
 それらは叫び声を上げ、意思を持った新たな怪獣となってタロウに襲いかかった。

スキューラ「シェァアァァァ!!」

 まずスキューラが破壊し尽くされた街を滑るように走り、タロウを突き飛ばした。

バジリス「キュァア!キュァア!!」

 いつの間にかタロウの背後に降り立っていたバジリスが受け止め、その鎌でタロウを切り裂いた。

タロウ「ハァ……ァッ!」


穏乃「タロウっ!!」

 穏乃の中にタロウを助けたいという気持ちと、戦う勇気が満ちた。
 ポーチの中のギンガスパークが輝きだし、それを取り出した穏乃の手の中でギンガの人形を出現させた。

穏乃「……今行くよ、タロウ」

怜「私も行く」

穏乃「!園城寺さん……」

竜華「怜!」

セーラ「怜……」

怜「私も戦わんと……勝てへんやろ」


照「今の貴方が行っても勝てない」

 全員が驚いて背後を振り向くと、そこにはディバイトランチャーを抱えて立つ照の姿があった。
 そんな視線を余所に、彼女は怜だけを見据えて表情一つ変えずに言葉を続けた。

照「あなたは……今まで『死んでもいい』と思って戦ってきた」

照「だから自分の体のことも省みず、後先考えずに能力を使ったり戦いに出たりしていた」

照「でもそれは勇気じゃなくて『無茶』。覚悟じゃなくて『逃げてるだけ』」

怜「……あんたに、私の何が分かるんや」

照「……。分かる。私も逃げたから」

怜「え?」

照「……死んでもいいと思って戦うことと、死ぬ気で戦うことは全く別のこと。だから……」

照「生きるために戦って。例え、明日がなくても」

怜「……生きるために」

 怜はエボルトラスターを手に、怪獣の方を見て一歩踏み出した。
 竜華が泣きそうな顔で怜を見る。怜はそんな彼女を振り返り、「必ず帰る」と約束をした。


怜「高鴨、行くで」

 穏乃も怜の顔を覗き込んだが、その顔は以前見られた物憂げさも悲壮感も無く、まるで森羅万象を見通しているような真っ直ぐな瞳を光らせていた。

穏乃「……はい」


『ウルトライブ!ウルトラマンギンガ!!』


 ギンガスパークから光が飛び出し、穏乃の体を包んでいく。
 怜も翳したエボルトラスターから放たれた光に包まれ、それぞれの光は二人を巨人の姿へと変貌させた。


タロウ「ハ……ァァ……ッ」

穏乃『タロウ!』

タロウ「!」


 驚いて顔を上げると同時に、タロウを弄んでいたバジリスとスキューラが弾き飛ばされた。
 更に体が持ち上げられ、そのカラータイマーに光が差し込まれていく。それを為しているのは二人のウルトラマンだった。

タロウ『……すまない。もう大丈夫だ』

 タロウのカラータイマーの点滅が消え、元の青色に戻った。ギンガが自身のエネルギーを彼に分け与えたのだ。
 一方で怜のウルトラマンはその体躯を銀から青のものへと変え、二人に並び立った。

怜『二人とも、戒能先輩は私に任せて』

穏乃『……はい。頼みました』

タロウ『行くぞ、二人とも!』

 三人のウルトラマンが一斉に走り出した。
 それを受けて立つのも三体の怪獣。バジリスはギンガへ、スキューラはタロウへ向かっていく。


ギンガ「ショラッ!」

バジリス「キュァア!」

 ぶんぶんと振り回す鎌を避け、首や腹に打撃を加えていく。
 地上では分が悪いと思ったか、バジリスは翼を広げ、空中へ身を踊り出した。ギンガもその挑戦に応え、その後を追っていった。


タロウ「ショアァッ!」

 跳躍してスキューラの突進を躱し、タロウは半月状の光刃を放った。
 それを受けたスキューラは、パターン化するのを恐れたのかタロウとは別方向へ滑り、滑空するように飛んでいった。

タロウ「ショァッ!」

 タロウもそれに続く。スキューラは湾へ着水し、タロウもその中に飛び込んだ。


巨人「シュアッ!」

 巨人は勢いのままに飛び蹴りを食らわせた。怯む怪獣の腹にパンチしようとした時、その脇の牙が大きく飛び出してきた。

巨人「ヘアッ!?」

 思わず腕を引っ込める。その動揺を突き、キングオブモンスは腕でウルトラマンを叩き飛ばした。

巨人「シュア……」

キングオブモンス「アァァァァァァァァァ!!!」

 クレメイトビームが放たれ、ウルトラマンは体の前にバリアーを張ってそれを防ぐ。
 しかしキングオブモンスは光線を吐くのをやめようとはしなかった。徐々にウルトラマンの方が辛くなり、終いにはバリアーが破られてしまった。

巨人「ハァァ……ッ!」

キングオブモンス「アァァァァァァ!!!」


 攻撃の手を緩めることはなく、キングオブモンスは広がった距離をどんどんと詰めてくる。
 ウルトラマンは左の手甲に右手を当て、そのまま右手を突き出した。その先から光刃が飛び、怪獣の首を掠った。

巨人「シュアッ!!」

 僅かでも見せた隙を突こうとウルトラマンが駆け出す。
 しかしその考えは読まれていた。骨翼が大きく広がると怪獣の体は宙に浮き上がり、こちらへ向かうウルトラマンへと突進した。
 彼はそれを躱すことなどできるはずもなく、まともに受けて背後に倒れ込んだ。


―――宇宙空間

 ギンガとバジリスは飛び上がり続けた末に宇宙にまで来ていた。

穏乃(凄い……)

 初めての宇宙。というか地球人で宇宙にまで生身で来れた人間なんて自分が初めてなのではと穏乃は思っていた。
 そんなことに思いを馳せている中、先を飛んでいたバジリスがUターンしてきた。

ギンガ「ショラッ!!」

 ギンガは両腕をジェット機の翼のように広げ、向かい来るバジリスへ真っ向勝負を挑んだ。
 スピードが上がり、今にも激突しそうというところでギンガは右の拳を突きだした。

バジリス「キュァッ!」

 しかし直前、バジリスは軌道を僅かに逸らせ、ギンガとの衝突を回避した。

ギンガ「ジュワ……ッ」

 どころか、その鎌でギンガの背中を斬って通りすぎていった。
 ギンガは飛行をやめ、その場で体を止めた。バジリスは再びUターンし、こちらに飛んでくる。

ギンガ「ショ……ラッ!」

 ギンガが腕を交差させると、全身のクリスタルが赤く輝き始めた。
 炎のようなエネルギーを全身に纏わせ、その周囲には六つの炎弾が浮かび上がった。


―――水中

タロウ「……?」

 水中までスキューラを追ってきたタロウだったが、早速その姿を見失っていた。
 キョロキョロと辺りを見回す。と、その時、背中に衝撃が加わった。

タロウ「ハァァッ……!」

 水中で体の自由を無くし、タロウはくるくると回転しながら水底まで降り立った。
 再び辺りを見回すも、スキューラの姿はない。どうやら得意な場所へ誘導されてしまったらしい。

スキューラ「ヴルルルルル……」

 声のした方を振り向く。しかしそうした時には既にスキューラはタロウを襲って向こう側へ姿を消しているところだった。

タロウ「デヤッ!」

 姿を消した先に光刃を撃ち込む。しかしそのまま見えなくなってしまったのを見ると外したのだろう。
 今度は背後からの攻撃に備え、体の向きはそのままで、感覚を背後に集中させた。

 しかしそうしていると、突然タロウの視界が遮られた。それと足元が崩れたのは全く同時だった。

スキューラ「ヴルルルル」

 スキューラは土中に潜っていたのだ。そしてタロウの足元から現れ、その常軌を逸脱した巨大な顎で彼の全身を挟み込んだ。

タロウ「ンンッ……!」

スキューラ「ヴルルルルル……」


―――地上

 地上ではウルトラマンがキングオブモンスと戦っていた。
 しかし形勢は完全にキングオブモンスに傾いていた。繰り出す技は次々と破られ、逆に反撃を受けてしまう。
 その繰り返しで、怜の限界もあってウルトラマンは既にカラータイマーを点滅させていた。

巨人「……ハァ、ハァ」

キングオブモンス「アァァァァァァ!!!」

 キングオブモンスがクレメイトビームを放とうとした瞬間、首回りに爆発が起きた。
 怪獣がその方向を睨む。一機残ったチェスターγがミサイルを当てたのだった。

キングオブモンス「アァァァァァァァァァ!!!」

 しかしキングオブモンスは再びクレメイトビームを放つ。
 懸命に躱そうとするも、掠っただけで機体は大ダメージを受けた。

堯深『弘世先輩!早く脱出を……!』

菫『……くそっ!!』

 最後の最後まで粘っていたが、二人は機体から脱出し、γ機は墜落、大破、炎上してしまった。
 それを見てウルトラマンは項垂れ、膝をついたままその体は前に倒れ込んでしまった。


―――宇宙空間

 Uターンしてくるバジリスと、今度は停止し、炎弾を構えて迎え撃つギンガ。

バジリス「キュァアッ!!」

 しかしバジリスは口を開け、そこから赤い光弾を放った。ギンガは咄嗟に炎弾の一つを飛ばす。

ギンガ「シュワッ!」

 二つの弾は暗黒空間の中で相殺され、爆発は真空の中で直ぐに消えてしまう。
 そのお陰でバジリスが続けて放った光弾の数が把握できた。ギンガは二発の炎弾を発射し、それらもまた相殺された。

ギンガ「ギンガファイヤーボール!!」

 腕を突き出し、残る三弾を爆発の中へ放り込む。
 すぐに消え行く爆発の中に更に爆発が起こり、炎弾が命中したことが分かった。

バジリス「キュアァァア!!」

 しかしバジリスはまだ生きていた。ギンガに突進し、その鎌が太陽の直の光を反射して鈍く輝いた。
 だがギンガはその鎌を掴んだ。手に痛みが滲んでいくが、どうにか耐えきり、バジリスの足を両手で掴んだ。

バジリス「キュアァ!キュァア!!」

ギンガ「ショラァッ!!」

 足を掴んだままバジリスを振り回し、地球の方へ放り投げる。
 慣性にバジリスは飛ばされ、ギンガはそんな怪獣の姿に照準を合わせた。


―――水中

タロウ「ンンッ……デッ……!」

スキューラ「ヴルルルルル……」

タロウ「ショア、デアァッ!!」

 力を込め、辛くもタロウはスキューラの顎の中から脱出した。
 しかし彼が体勢を立て直した頃には、スキューラの姿は既に消えていた。

タロウ「………」

 考えた末に、タロウは左腕のキングブレスレットを掲げた。
 その背後にスキューラが迫ってくる。しかしその突進は何故か空を切った。
 タロウはその機を逃さず、通り過ぎようとするスキューラの体に打撃を加えた。

スキューラ「ヴルルルル……」

 タロウの掲げたキングブレスレット。それが起こす幻覚効果で、スキューラは攻撃を外してしまったのだ。
 そして、タロウは倒れるスキューラに向けて照準を合わせた。


―――地上

怜『はぁ、はぁ……』

『――レン!レン!』

怜『……エイスリン?』

エイスリン『レン……よく聞いて』

エイスリン『その光は希望を繋げるための光。だからこそ人から人へと繋がっていく』

怜『………』

エイスリン『だから絶対死んじゃダメ。今、たくさんの人があなたを見ている。ここで死んだら希望はもう繋がらない』

エイスリン『誰かが希望を求める限り、あなたは絶対に負けちゃいけない!だから生きて!レン!』

怜『………』

怜『光は……人から人へ受け継がれていく希望……』


 ウルトラマンが立ち上がった。今にも倒れそうながら、足の裏で地面をはっきり感じさせ、体勢を低く取って怪獣と対峙する。

怜『私は生きる……!』

怜『生きて、この光を繋ぐ!』

 ウルトラマンが駆け出した。前方には陽炎の中で揺れる怪獣の姿。
 だが怜は走った。もう逃げない。走ったこの先にあるのが死であったとしても。

 ウルトラマンは右腕を胸のコアに翳した。
 その手甲には弓の光と剣の光が伸び、その体に宿る全てのエネルギーを結集させていく。

 ――だが。怜の考えは『人の心を読む』良子にはお見通しだった、
 迎え撃つためのクレメイトビームが放たれたと同時に跳躍し、空から渾身の一撃を叩き込む。それが怜の考えだった。

 キングオブモンスは翼をあらかじめ前へ持ってきた。こうすれば破れかぶれで突っ込んでこられたとしてもバリアーで防げる。
 跳躍したら、それに合わせてビームを放つ。そうすればその体は無様にも墜ちていくだろう。
 まるで、翼をもがれた鳥のように。

 そうとも知らず、ウルトラマンは走り続ける。
 しかし、ビームを撃たない敵に怜は焦りを感じていた。だがこのまま突っ込んでもバリアーを張られて終わる。
 ならば飛ぼう。恋い焦がれていた、自由なあの鳥のように。


―――宇宙空間

 体の自由が取れずに慣性に飛ばされていくバジリスに、ギンガは照準を合わせていた。
 その両腕を交差させる。左腕を上に右腕を下に回すと、それにつれて全身のクリスタルが重厚な青の輝きを解き放つ。


ギンガ「――ギンガクロスシュート!!」


 垂直に立てた右腕から虹色の光線が暗黒を切り裂き、流星のように進んでいく。
 それはバジリスを押し続け、大気圏に入ると同時に大きな爆炎を展開させた。


―――水中

 水底に倒れるスキューラにタロウは照準を合わせていた。
 右腕を高く掲げ、左手をそれに合わせる。エネルギーを全身に漲らせると、身体中が虹色に光り輝いた。


タロウ「――ストリウム光線!!」


 T字に構えた両腕から虹色の光線が放たれ、スキューラの体を捉えた。
 水底の砂を巻き込んで爆発が起こる。スキューラは木っ端微塵に弾け飛んだ。


―――地上

巨人「ハァッ!!」

 ウルトラマンが跳んだ。待ってましたとばかりにキングオブモンスは光線を放つ――
 しかし放てなかった。その翼、蛇腹の牙から火花が飛び、キングオブモンスは一瞬怯んだ。

 キングオブモンスから生まれた二体の怪獣。それらが敗れたことで、彼らが生まれた場所が連動してダメージを受けたのだった。
 慌ててクレメイトビームを吐き出す。しかし既にウルトラマンは遥か高くで構えを取っていた。

巨人「――シュアッ!!」

 光の剣と弓が合体した光弾“オーバーアローレイ・シュトローム”が撃ち出され、唸りを上げて空を裂いてゆく。
 怪獣の眼の中で急速に大きくなっていくその姿はまるで、金色に全身を輝かせる不死鳥のようだった。


 光弾はキングオブモンスの体の中心線を通り、その背後に着弾した。
 通った跡に光の亀裂が走り、怪獣は力なく前へ倒れ込んだ。

 ウルトラマンが膝をついて降り立つ。
 その背後では、キングオブモンスが倒れた場所で爆炎が立ち上っていた。

 地上で歓声が起こる。竜華とセーラもひとまずはほっとした目でウルトラマンを見ていた。
 ウルトラマンが立ち上がって腕を交差させると、光の渦が周囲に昇り、その姿は渦の中に消えてしまった。


―――???

 怜の精神世界――というよりは、彼女が初めてウルトラマンと出会った遺跡の中。
 深い青が地平線に至るまで続く海のような空間。その中に怜はいて、目の前にはそんな彼女に眼差しを送る銀色の巨人がいた。

怜「……ありがとう」

 エボルトラスターが鞘に納められ、それはウルトラマンの胸のコアに帰っていった。


―――病院

竜華「怜!怜!」

セーラ「怜ぃ!!」

 ストレッチャーで移送される怜。二人の呼び声にも全く反応を見せず、その顔は死人のように蒼白で、固まっていた。

照「………」

菫「照!……園城寺は?」

 照は黙ったまま、首を横に振った。

誠子「そんな……」

堯深「………」


竜華「怜……怜ぃ……」

 すがり付く竜華の手に背筋が凍る程の冷たさがしみた。
 しかし、その時――

竜華「……?」

 その手に、微かに感触が加わった。

セーラ「怜!?」

 怜は目をうっすらと開き、澄んだ瞳を竜華に向けていた。
 熱い涙が竜華の頬を滑り、零れ落ちたそれは、二人の手を温もりに包んでいった。


―――現場

穏乃「……で、結局これでよかったの?」

タロウ「ああ」

 穏乃の肩に乗ったタロウの人形が答えた。
 タロウは一時は復活を果たしたが、活動限界時間が切れてしまうとこの姿に戻ってしまうらしかった。

穏乃「でもウルトラマンの姿の時に地球人に擬態したらエネルギーは使わずに済むんでしょ?わざわざ人形に戻らなくても」

タロウ「だがこの姿の方が君と共に行動しやすいと思ったんだ。まあ、戒能良子の敗北が確認されたらすぐ戻してもらうつもりだが」

穏乃「おっけ。……あ、いた」

 キングオブモンスが斃れた場所に戒能良子は横たわっていた。
 穏乃は彼女の生死を確認し、息があるのを確認して安堵した。

 しかし、あることに気付いたことで、彼女の安堵は再び疑念と恐怖の中に消えゆくことになった。


穏乃「……え!?」

 彼女の手にはダークスパークが握られていなかった。怪獣にライブしていたときは間違いなく持っていた。だが今は無い。

穏乃「何で……?」

 敗北したことでダークスパークが消滅したとは考えられない。あの中には膨大なエネルギーが蓄えられている。
 今までに消えていたのは、それが偽物で、残存するエネルギーも無かったからの筈だ。

タロウ「ということは……」

 昨日良子がダークスパークを持って現れ、今日ウルトラマンになったことで、黒幕は彼女と確定したと穏乃は思っていた。
 だが今日良子が怪獣に変身したのはダミースパークを使ってだったということだ。つまり――

穏乃「敵は……まだいる……」


 その日の午後、レーテが起動されたことにより人々の中のウルトラマンと怪獣の記憶は抹消された。
 そして――


―――???

 一人の少女が、暑苦しいジャングルの中を歩いていた。
 しばらく歩くと、突然目の前に石の棺が現れた。彼女がそれに触れると――

「っ!」

 眩い光が彼女を包み込み、次の瞬間、彼女は現実の世界に戻っていた。
 右手の感触に驚き、視線を落とす。その手の中で、エボルトラスターのコアが静かに鼓動を刻んでいた。


To be continued...


登場怪獣:劇場版ウルトラマンガイアより、"最強合体獣"キングオブモンス
       ウルトラマンネクサス第14話~18話、第24話より、ダークメフィスト


また今度続き書きます


第十三話『輝けるものたちへ』


 遥か、M80蠍座球状星団――

 嘗て来訪者が棲んでいた惑星はスペースビーストの襲来によって滅んでしまった。
 しかし、TLT職員の知るこの情報には更に裏があった。
 トシやエイスリンのような地位にある人間は、来訪者の星が滅亡した本当の理由を知っていた。

 それが秘匿されていたのには、滅亡の元凶――その中心の存在が深く関わっていた。

 来訪者の星はビーストの襲来によって滅びかけた。
 しかしそこに救世主が舞い降りた。“宇宙の大いなる神”と呼ばれる巨人は、その圧倒的な力でビーストを殲滅させた。

 彼はビーストの殲滅に自らの力を使い果たし、その星の中で眠りについた。
 そこで来訪者たちは、その科学力で彼を模した巨人兵器を開発しビーストへの抵抗手段とした。
 ビーストは知性に宿る恐怖を餌とし誕生する存在。殲滅後も彼らの星に現れ続け、巨人兵器はそれを撃退していった。

 だがある時、巨人兵器は暴走を始めてしまった。

 巨人兵器には自己を進化させるプログラムが搭載されていた。
 しかしそれによって彼は“宇宙の大いなる神”に近づけるように、より強大な力を欲すようになった。

 本来ならば滅ぼすべきビーストを更に増やし、そしてそれを倒して力をつける。星の住人はその歪んだ姿に恐怖し、ビーストは更に増えていった。
 その巨人兵器はもはやビーストを統べる存在と言っても過言ではなくなり、来訪者たちはその脅威に対処できなくなった。

 そして来訪者たちは最終手段として、自らの母星を爆破し、宇宙の難民となった。
 その爆発により巨人兵器は死に、ビーストも全滅した――はずだった。

 巨人兵器は死ぬ間際に自らとビーストを光量子情報体に変え、「闇」という概念的な存在となって一命を取り留めていた。
 宇宙を遊飛した果てに彼らは地球へ辿り着いた。ビーストはそこで増殖し、巨人兵器は地球の社会に潜伏した。

 これが全ての真相。
 そしてそれこそ、今から始まる終幕を下ろす者の過去――


―――深夜、宮守女子のホテル

 零時を回り、日付は変わってしまった。
 インターハイ十一日。延期された決勝戦が行われる日。

 眠りについていたエイスリンは夢を見た。
 紅蓮に包まれる都市。崩れていくビルと、空を包んでいく暗雲。

エイスリン「ウ、ウウン……?」

 重苦しい空気が喉に絡む。胸が苦しくなり、エイスリンは夢の世界から目覚めた。
 パジャマは寝汗でぐっしょりと濡れており気分が悪い。着替えるか、とベッドを降りようとしたときだった。

エイスリン「……!」

 突然、頭を横殴りするかのように予知が訪れた。
 エイスリンはその映像に呆然としていたが、急いでトシを起こした。


トシ「うぅん……?どうしたんだい」

エイスリン「イマスグ、スクランブルヲ!」

トシ「ビーストかい……?」

エイスリン「……イイエ。アト、シズノニモ、レンラクシテクダサイ」

エイスリン「バショハ……Point1-1-1」

トシ「え……?」

エイスリン「Point1-1-1デス!オネガイシマス!」

トシ「わ、わかったわ」

 慌ただしく動き始めるトシを見ながらエイスリンも着替え始めた。

エイスリン(……遂に、奴が来るのか)


―――白糸台高校の寮、菫の部屋

菫(決勝戦か……)

 決勝戦。菫は三年生なのでこれが最後の団体戦ということになる。
 今は戦闘部隊の隊長でもある彼女だが、高校入学当初はそんなこと考えもしていなかった。
 自分の高校生活は普通に部活をし、普通に青春を過ごすものだと、彼女はずっと信じていたのだ。

菫(色んなこともあったが……明日が最後なんだな)

 その時ふと、菫は思った。
 部活を引退し、高校も卒業したあと、自分はどうなるのだろうか?

菫(……そのままTLTの職員にさせられるんだろうか)

菫(それとも――記憶を消されて、一般社会に帰っていくんだろうか)

 『記憶を消される』。菫はぞっとした。
 もし自分がTLTに属する道を選ばなければ記憶を消されるだろう。
 そうすると、この二年間仲間と戦ってきた記憶はどうなるのだろうか?

菫(改竄されるんだろうな……。『普通に部活した』『普通に青春した』っていう風に)

 それは嫌だ。TLT内にいて、レーテの影響を受けないようにしている彼女は、記憶が無くなることの怖さはよく分かっていた。


菫(この前の高鴨も……。自分の信じてきた過去が、本当は偽りだったなんて知ったら……)

 恐らく知ってしまうことはかなり稀有な例だろう。普通ならそれが偽りだなんて気付かずに日々を過ごしていく。
 だが『知らない』ということが怖かった。自分の知らない所で真相が隠されている。それはとても怖いことのように思えた。

菫(だとしたら、私の将来は……)

 自分はTLTに属し、ナイトレイダーやメモリーポリスとして働くことになるのだろう。
 決まってしまった。未来は一つきりに。

菫(これが運命ってやつなのかもな……)

 本当はたくさんの可能性を見たかった。だがそれは叶うことはないだろう。

菫(………)

 更けていく夜に想いを馳せている、そんな時。
 ひっそりとしていた部屋の中に音が響いた。寝返りをうつと、通信機の画面が光ってスクランブルを知らせているのが目に入った。


―――虎姫の部屋

 ガチャッ

淡「ごめん、遅れた!」

菫「今みんな揃ったところだ。早く出動準備を」

淡「はいっ」

 五人が眠気を隠しながら準備を進めているとき、突然スクリーンにエイスリンの顔が映った。

菫「イラストレーター。今日の出動はどういうことだ?私たちは深夜帯は非番のはずだが」

エイスリン『申し訳ないです。しかし今日は特別ということで、全部隊にスクランブルを要請しています』

菫「何があったんだ?」

エイスリン『来訪者が予期していた“破滅”。その元凶が姿を現す……その予知を見ました』

菫「なに?」

エイスリン『TLTはずっとその存在を追っていました。そして、“奴”の狙いがレーテにあるということに気付いたのが二年前です』

エイスリン『そのためTLTは高校生のあなた方に武力を持たせました。奴はインハイ会場に姿を現すだろうから……』


菫「話が見えない。わかるように言ってくれ」

エイスリン『レーテはザ・ワンが現れたインハイ会場の地下深くに作られました。“奴”はそれを狙ってくる』

エイスリン『何故なら奴はレーテを壊すことが目的だから。世の中に恐怖を蔓延らせる。それが奴の目的だから……』

菫「すまない。全然わからない。“奴”って誰なんだ?」

エイスリン『破滅の元凶です。とにかく急いでください。δ機の搬入は終わっています』

 全くもって核心が見えてこない語りに菫は心の中で舌打ちした。

菫「とにかく……大事らしいから私と照が先に出よう。淡、亦野、堯深。お前たちはメモリーポリスの車で後から来てくれ」

淡「りょーかいっ!」
誠子「了解です!」
堯深「了解しました……」

照「行こう」

菫「ああ」


―――δ機コックピット内

 指定されたのはPoint1-1-1。ザ・ワンが現れた始まりの場所にδ機は向かっていた。

照「破滅って、何なんだろう」

菫「さあな……」

照「……菫。通信切ってる?」

菫「?切ってるが……」

照「菫に話さなくちゃいけないことがあって」

菫「なんだ?」

照「今日、変な夢を見た」

菫「夢?」

照「うん。空に暗雲が立ち込めて、世界中が黒く塗り潰される夢……」

菫「………」

照「もしかしたら、これが破滅なのかもしれない……」

菫「たかが夢だろ。そんなに深く考える必要なんて……」

 その時、操縦席から何かが菫の方に差し出されてきた。
 それが何なのかを理解したと同時に菫は息を飲んだ。それから放たれる厳かな趣には覚えがあった。


菫「……それは、まさか」

照「私が次の『適能者』みたい」

 そう言って照はエボルトラスターを自分のポケットに戻した。

照「菫には言っておこうと思って」

 照が口を閉じると、コックピット内は呼吸音すら聞こえない静寂に満たされていった。
 菫は、照が適能者に選ばれたという事実に衝撃を受けていたが、やがて皮肉めいた笑みを口元に浮かべてこう言った。

菫「お前も……戦うことが運命付けられてるんだな」

照「……そうみたい」

菫「お前が夢の話をしたのはウルトラマンの力を継いだからだったのか」

照「うん。現実感が強い夢だった」

照「もしかしたら……これも運命なのかもしれない」

菫「地球の破滅が運命付けられていると?」

照「うん……」

 菫は何も答えられず、否定することができなかった。
 既に自分も、照も、運命という糸に絡めとられてしまっているのだから。


―――阿知賀女子のホテル、穏乃・憧の部屋

穏乃(………)

 怜は助かった。明日は遂に夢が叶う。
 しかし穏乃の胸中はざわめき、なかなか寝付くことができなかった。

 そのざわめきは、まだ敵がいるという不安から来ていた。
 明日――もう、「今日」だが――の試合中に敵が来襲してくるかもしれない。まだ見ぬ敵と相対して勝てるのだろうか。

穏乃(……いや、悩んだってしょうがない)

穏乃(私は今まで通り、人として、ウルトラマンとして、やれることをやるだけだ)

 そう決意を新たにして、穏乃は睡眠に入ろうと寝返りを打った。

穏乃(……!)

 その時だった。穏乃の携帯に通知の光が灯っているのが見えた。
 手に取り、メールボックスを確認する。晴絵から、ビーストの出現の予知が出たという旨のメールだった。

穏乃(こんな時間に……?)

 穏乃はベッドを降り、憧を起こさないように浴衣から私服へ着替えた。
 ポーチを肩に掛け、部屋から出ていく。

 ドアノブに手をかけたところで、穏乃は憧のベッドの方を振り返った。
 部屋の中は真っ暗でよく見えなかったが、その安らかな寝息は聞こえていた。

穏乃(……行ってきます)


―――廊下

 廊下に出ると、晴絵と鉢合わせになった。

晴絵「すまないな……私も反対したんだけど今回の敵は」

穏乃「めちゃくちゃ強いとか?」

晴絵「少なくともイラストレーターはそう予知したらしい」

穏乃「………」

晴絵「私の車で行こう。場所はインターハイ会場だ」

穏乃「え……?」


―――インターハイ会場

エイスリン「コンバンハ」

穏乃「こんばんは……」

 会場に到着すると、エイスリンとトシ、虎姫の五人、そしてナイトレイダーのA・Bユニットが待機していた。

晴絵「敵は?」

エイスリン「マダ、カクニンサレテマセン」

晴絵「……事が起きるとは限らないんでしょう?どんなに大変かは知らないけど、しずは休ませてやってくれない?」

トシ「うん。会場の中の仮眠室を使ってちょうだい」

晴絵「はい。しず、行こう」

穏乃「はい……」


淡「ふぁーあ……私も仮眠とりたいなー」

誠子「いつ敵が現れるか分かんないんだぞ」

淡「そーだけど……もしこのまま何もなかったら、睡眠無しで試合だよ?テルとかやばいんじゃないの?」

照「大丈夫。多分」

淡「たぶんかぁ……」

 淡の予感が当たったかのように、それから数時間が経って夜が明けても、何も現れる気配は無かった。
 もうそろそろ人通りも多くなる。ナイトレイダーが衆目に晒される危険性が出るし、会場も開けざるを得なくなる。

トシ「エイスリン……」


エイスリン「……サクセンヲ、カエマス。Aユニット、ヨウスヲミテキテクダサイ」

A隊長「了解。皆、行くぞ」

 Aユニットが会場に入っていった。
 そしてその15分後、トシはAユニットに連絡を入れた。

トシ「ナイトレイダーAユニット。応答ください」

『…… …… ……』

トシ「ちょっと、応答してください」

 しかし何度も呼んでも応答は無かった。通信は生きている。つまり、Aユニットに何かがあったということだ。

エイスリン「Bユニット、ヨウスヲミテキテクダサイ」

B隊長「了解」


―――会場内

 Bユニットは関係者入口よりももっと厳重な警備の地下への入口へ立ち入った。
 しかし、そのドアを開けた瞬間――

隊長「これは……」

 目の前に広がっていたのは累々としたAユニット隊員たちの死屍だった。

隊員A「なっ……!?」

隊長「毒が散布されている可能性がある。全員、エアカーテンを展開せよ」

 隊員各々は顔を引き締め、ディバイトランチャーを持つ手に力を入れた。
 地下へのエレベーターに乗り、十一層まで降りる。

 エレベーターでは最下層までは降りられない。
 十一層に行き、そこで厳重なロックを経ることで漸く最下層『SECTION-0』に至ることができる。
 そしてそこは、ナイトレイダーの隊長ですら足を踏みいることができない場所だった。

 エレベーターのドアが開く。十一層も他と変わらず、壁は全てコンクリートに張り込まれた灰色の世界だった。


 隊長が先陣を切り、左右を確認しながらエレベーターから出た。
 隊員たちも続いて廊下へ出る。

隊員A「誰もいないですね……」

隊員B「振動波も確認されていません」

 各人頷きあい、隊長を先頭に隊列を整えて廊下を進む。
 最奥の曲がり角に来て、隊長はどことなく違う空気を感じた。

 隊員たちにジェスチャーを示す。確認されたのを見て、隊長は角に飛び出し銃を構えた。

隊長「――止まれ!」

 彼の声がコンクリートの中にぐわんと反響した。
 その視線の先には侵入者がいた。その背中を見るや否や彼は声を張り上げたのだが、一瞬して、その異様さに気付いた。

 ビーストではない。人間だった。
 それもかなり背が低い。中学生――高校一年生ほどだろうか。

 そしてその格好も異様だった。
 純白の布地と、それに垂れる青のセーラーカラーの背部。ボトムは爽やかな青のロングスカートだった。


 一見して『制服を着た女子学生』にしか見えない。
 首を隠しきらない茶のショーヘアーもその幼さに拍車をかけた。

 隊長はその余りの異様さに思わず固まっていたが、彼の言葉を無視して歩き出すそれを見て再び思考を回した。

隊長「止まれ!止まらなければ撃つ!」


少女「……撃ってみたらどうですか?」


 その声は余りにも少女的で、文面とは裏腹に優しく柔らかだった。
 隊長は再び戸惑いを覚えたが、汗ばむ手に力を込め、その背中にしっかりと照準を合わせた。

 その背中が再び動き出す。隊長は引き金を引いた。
 銃声が絶えずフロア内に反響した。しかし彼は目を疑う光景を目の当たりにしていた。

 隊長の体が突如弾き飛ばされ、背後の壁に叩きつけられた。
 それを見て隊員たちは一気に躍り出る。銃を構え、一斉にその背中に向けて発砲した。


―――虎姫サイド

 侵入者の存在の連絡があった為、虎姫の五人もまた地下に潜っていた。
 エレベーターの外から発砲音が小さく響いてくる。
 既に戦闘が始まっているのだ。各員はディバイトランチャーを持つ手に力を入れた。

 しかし発砲音の渦はエレベーターが降りていくにつれて、近づいている筈なのに小さくなり、到着したときには消えてしまった。
 エレベーターを出て廊下の先を見る。Bユニットの隊員たちが倒れていた。

菫「大丈夫ですか」

隊員A「気を付けろ……奴は……」

照「……!」

菫「照?」

照「『SECTION-0』へのロックが解除されてる……」

隊員A「奴は……『SECTION-0』へ向かった……早く……」

菫「わかりました。照、行くぞ」

淡「私たちは?」

菫「お前たちはBユニットを地上に戻してくれ」

淡「オッケー」

 三人は隊員たちの介抱を始め、照と菫は最下層への階段を降りていった。


―――SECTION-0

 最下層もこれまでの層と同じく灰色に囲まれた世界だったが、その中は広々としていて地下駐車場のようだった。
 階段から少し離れた先に天井にまで届く巨大な扉がある。それは固く閉ざされ、何者をも拒む防壁が備わっている。

 “奴”はその扉の前にいた。
 その手を宙に向ける。扉はその侵入を阻止せんがために、自らに電撃を巡らす。

少女「……“来訪者”」

少女「今のお前たちの力で……私は止められない」

 宙に向けた掌に電撃が集まり、逆にそれは扉にぶつけられた。
 扉が重くゆっくりと左右に開いていく。彼女は満足げな表情を浮かべ、その中に足を踏み入れた。

 その奥もまた灰色の世界だったが、目の前にはドーム状の広間があった。
 その空間の中には宇宙船のような巨大な物体が浮かべられていた。少女はそれを見て目を細める。

少女「レーテ……やっと逢えたね」

 彼女が一歩、足を踏み出す。


菫「止まれ!」

 そこに声が響いた。彼女が振り向くと、銃を構えて立つ二人の少女がいた。

照・菫 「「 !? 」」

 二人の表情が同時に驚愕に変わった。
 少女はにっこりと、天使のような微笑みを浮かべて、こう言った。

     ・ ・ ・ ・ ・ ・
少女「はじめまして。お姉ちゃん」

照「咲……!?」

 二人の前にいたのは、紛れもなく照の妹・宮永咲だった。


 二人は驚きのあまりこれ以上声も出せず、動きも思考も停止していた。
 咲がその微笑みを浮かべたまま掌を前に突き出した。菫がハッと、我に返る。

菫「照っ!」

 叫び、菫は照に飛びかかった。同時に咲の掌から波動が放たれた。
 茫然としたまま床に伏せられた照と菫は辛くもその直撃を免れた。菫はすぐ立ち直り、銃を構える。

菫「答えろ!お前は――」

 しかしその言葉は最後まで言い切られることはなかった。
 咲が愉しそうに指を動かす。それに釣られて菫の体が宙に浮かび上がる。

菫「あっ……うぐっ……」

 指を少々乱暴げに振るうと、菫の体がそれに連動し、悲鳴を上げながら壁に激突した。
 咲の支配下を離れ、菫の体が床に落ちる。彼女の微かな呻き声を聞き、照は震えながら実の妹の方を向く。

 咲はその視線に気付き、彼女に笑顔を返した。
 昔から見ていた、屈託のないその笑顔――

 ――その時。乾いた発砲音がフロア内に響き渡った。


咲「……!」

 咲は人間離れした速度で腕を突き出した。
 いつの間にかその視線の先、ここへ至る扉の近くに、銃を握ったエイスリンと穏乃が立っていた。

エイスリン「ミヤナガサキ……オマエハ、ダレダ!」

咲「………」

 咲がその笑顔を歪めた。笑顔なのは変わらない。だがそれは先程までの面影など全くない、悪魔的な微笑みだった。
 彼女の拳が開かれる。ひしゃげた金属がコンクリートの床に落ち、不気味なほどに澄んだ音が響き渡った。

 そして咲が口を開く。
 その口から溢れ出す声は、少女のような優しい声に靄がかかった、とても人間のものとは思えないおぞましいものだった。


咲「ダーク――ザギ」


 『ザギ』と名乗った咲はレーテの方へ歩き出し、そのドームの中に浮かび上がった。

咲「照……私は、お前がウルトラマンの光を継承するのを予知していた」

照「……?」

 照は床にへたり込んだまま、震える瞳を咲から逸らすことができなかった。

穏乃「お前がダークスパークを持ってるのか……?!」

咲「うん」

 咲はポケットからダークスパークを取り出した。

咲「力を無くして途方に暮れていた私は、宇宙から降ってきたこのダークスパークを回収した」

咲「ビーストはポテンシャルバリアーによって都市部に出現させることができない」

咲「でもこれを使って人を怪獣に変えることで、多くの人々に恐怖を植え付けることができた」

咲「でも私自身は動くことができなかったから、戒能さんを闇の巨人にしてダークスパークを適合させた」


エイスリン「ナゼ、ソンナコトヲ……」

咲「来訪者の力を弱めるためだよ。レーテを使わざるを得ない状況を作り、何度も起動させる」

咲「そうすれば来訪者の力は弱まっていく。そして同時に……レーテの中には闇が蓄えられていく」

エイスリン「マサカ……」

咲「そう。全ては私が元の姿を取り戻すための……道具だ……!」

穏乃「ふざけんな!その為に……どれ程の人が……!」

咲「……だからあなたがそれ言えるの?『自分の夢は、他の人の夢を潰さなきゃ成就しない』んだよね?」

咲「私は『自分の姿を取り戻す』という夢を叶えようとしていただけ。その為に、結果的に人の夢を潰すことになった」

咲「でもそれは、あなたがインターハイで優勝を目指すことと何の違いがあるの?」

穏乃「……っ!」

 返す言葉が無くなり、穏乃は歯軋りした。


 咲は照の方に顔を向け、妖艶な笑みを浮かべながら語りかけた。

咲「照……私は6年前のあの時から、ずっとこの時を待っていた」

照「……6年前」

 照の脳裏に思い出される光景。

 燃え盛る病院を照は走っていた。足の不自由な従姉妹を探すために。
 煙が充満し、肺が焼けつく痛みに襲われる中で、彼女は病室のドアを開けた。

 病室の中には誰もいなかった。しかし、その中をもう一度見渡す彼女の視界に何かが引っ掛かった。
 自分の足元だった。ぎこちない動きで彼女は顔を下ろした。

 そこにあったのは、ピクリとも動かない従姉妹の姿だった。
 しゃがみこもうとしたその時――彼女の目の前に黒い影法師が現れた。

「私がやった」

 少女の声。

「お前が私に光を渡す……その時のために」

 火に照らされて浮かび上がる、その顔は――


照「――うわぁぁぁぁぁぁっ!!!」

咲「思い出した?」

 照の叫び声がコンクリートに何度も跳ね返され、フロア中に響き渡った。

照「貴様ああぁぁぁぁぁ!!!」

 掠れ、鬼気迫る怒声で照は叫び、腰を上げて駆け出す。
 意識が薄れかけていた菫の目が醒める。付き合いが長い彼女ですら聞いたこともない照の声。
 それはまさしく、今までの自分の全てが無に帰して――その絶望を打破せんが為の魂の叫びだった。

 照がエボルトラスターを腰に構える。それを見て、咲の頬がつり上がった。

エイスリン「ダメ!」

 しかし今の照には何も聞こえてなどいなかった。
 鞘を抜き、エボルトラスターの刀身を掲げ上げる。コアから爆発するかのような光が弾け、その中から銀色の拳が突き出される――

 ――しかし、その寸前。ウルトラマンの拳が止められた。

咲「ふふっ」

巨人「……!?」


 レーテから黒い触手が伸びていた。それがウルトラマンの腕を拘束し、その動きを止めていた。
 更に触手が伸びる。両腕、腹、脚、それらに絡みつき、ウルトラマンの体をレーテに磔にした。

穏乃「宮永さんっ!!」

菫「照!」

咲「レーテの闇がお前の憎しみとシンクロした」

咲「その結果――……光は闇に、変換される!」

照『う……っ!?』

 ウルトラマンのコアから光が飛び出し、レーテの中に取り込まれていく。

照『うあ……あぁぁぁぁぁぁ……!!』

 やがて――ウルトラマンの瞳、コアから光が消え、その首ががくりと項垂れた。
 レーテに取り込まれたウルトラマンの黄金の光は暗紫の闇に変えられていた。咲はレーテの前で腕を広げる。

咲「さぁ……来い!」

 その呼び声に応えるように闇が彼女にめがけて飛び、その小さな体に吸収されていく。
 彼女は苦しそうに体を震わせ、呻き声を上げる。その瞳は光り、顔には赤い模様が浮かび上がった。


咲「復活の時だあああああああああ!!!」


穏乃「うっ……!」

エイスリン「ッ!」

 突風が吹き荒れ、彼女たちの体に襲いかかる。
 顔に掛かった髪をどかせ、戻した視線の先には、漆のような艶を持つ黒の巨体が存在していた。


ザギ「ウ゛……オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛ーーーーー!!!!!!!」


穏乃「っ……!」

 獰猛な野獣のようにザギが遠吠えを上げる。
 一方で磔になったウルトラマンの周囲からは闇が立ち上り、雲のようになって辺りに漂った。

ザギ『照の心の闇だけが暴走しているのか』

ザギ『いいよ。もうこんなものは必要ない。お前にくれてやる……!』

 ザギが掌を突き出すと、そこからダークスパークから飛び出してきた。
 それは立ち込める闇に反応し、空間の中に蜘蛛の巣のように紫電を撒き散らした。


『ダークライブ……ガタノゾーア!』


 ザギとその雷はエネルギー体となって天井を突き抜け、外界へ飛び立っていく。
 しかし闇の発生は止まることはなかった。際限なく溢れだし、フロア内に行き渡る。

穏乃「……タロウ!」

タロウ「分かっている。私は奴らを追う」

穏乃「頼んだよ」


『ウルトライブ!ウルトラマンタロウ!!』


 ギンガスパークから放たれた光がタロウの人形を包み、彼もまた天井を突き抜けて外界へ飛んでいった。
 それを見送ると、穏乃は唇をきゅっと閉じ、闇の雲に顔を向けた。

菫「待て……」

エイスリン「……シズノ」

穏乃「私は一人で行きます。二人は避難してください」


菫「……なあ、高鴨」

穏乃「何ですか?」

菫「お前は……人間なんだ。ただの女子高生で……神じゃない。運命を自分で決めることなんて出来ないんだ」

穏乃「?」

菫「だから……勝ち目のない敵に向かっていく必要なんてないんだ!分かってるだろ!?」

穏乃「………」

 穏乃はウルトラマンの力を持っている。だが穏乃自身はか弱い少女なのだ。運命を変える力などあるわけもない。
 破滅というものを目の当たりにした菫はそう思っていた。同時に、まだ逃げることもできる穏乃に対して、戦う義務は無いと言っているのだった。

 しかし穏乃は振り返ると、二人の方を見て微笑み、こう言った。

穏乃「勝ち目がないなんて……分かりませんよ」


穏乃「私はバカなんで運命とかよく分かんないんですけど……」

穏乃「私は自分にできることをやるだけです。人間として、ウルトラマンとして」

菫「……高鴨」

 穏乃は再び闇に向き直り、駆け出した。
 ギンガスパークを持つ手に力を入れる。その雲の中に飛び込むと、暗闇に遮られて彼女の姿は見えなくなった。

エイスリン「……。コノタタカイデ、シズノガカテバ……」

菫「………」

エイスリン「ミライヲ……ウンメイヲ、カエラレルカモシレナイ……」

菫「そのために……自分ができることを……」

 頷き合い、二人もまた走り出した。


―――外

タロウ(一体……)

 外は朝なのに、まるで夜のように真っ暗闇になっていた。
 空に立ち込める暗雲のせいだ。しかしそれは途切れることもなくどこまでも続き、地平線の彼方まで黒に染め上げていた。

タロウ(ザギ――奴はどこへ行った?)

 タロウは自分の感覚を頼りに、大きな気配を感じる場所へ飛んでいった。

 東京湾。

 そこに怪獣はいた。しかしザギの姿は見えない。タロウはしくじったかと思いつつ、その場所へ降り立った。

ガタノゾーア「ギャオォォォォン……」

 目の前の敵。ガタノゾーアはアンモナイトのような冒涜的な形状をした異形の怪獣だった。
 頭部は殻のような体の下部にあり、二つの目は大きく裂かれた口の下で赤く光っていた。


タロウ「ショァッ!」

 タロウはその体へパンチを叩き込む。しかしガタノゾーアは怯む素振りを見せない。

ガタノゾーア「ギャァァァァン……」

タロウ「ンンッ……デュアッ……!」

 吹き出された闇に包まれタロウが苦しみだす。その体から火花が弾け飛び、タロウは海の中に倒れた。
 起き上がったところに、水の中から現れた巨大な鋏がタロウに飛びかかってきた。

タロウ「ハァ、ヤァッ!」

 空中に飛び上がってそれを躱した。そのまま宙で身体を捻り、スワローキックを繰り出す。

ガタノゾーア「グォォォン……」

 その時、水の中から触手が現れた。向かい来るタロウの脚に巻き付き、その勢いよりも強い力で彼を投げ飛ばす。

タロウ「デヤァ……ッ!」


―――SECTION-0、闇の中

穏乃「……っ!」

 闇の雲の中に飛び込むと、その中は無重力で、尚且つ嵐のように風が吹き荒れていた。
 レーテから溢れた闇、ダークスパークが反応して生まれた闇、そして照の心の奥底に眠っていた闇。

 それら全てが絡み合った空間は、時空をも越えて侵食の手を広げようとする。
 現在、過去、そしてその未来にさえも。

穏乃(これは……)

 穏乃は闇の中に浮かぶ情景を発見した。
 ウルトラマンと怪獣の熾烈な戦いが繰り広げられる中、ダークスパークを操る黒い影法師が彼らを人形の姿に変える。

穏乃(まさか……この闇は過去にまで影響を及ぼしてるのか……?)

 やがてその映像はどこかへと消え、穏乃は照を探すことに専念した。
 進む方向の風を見つけ、それに乗って移動する。そうしている内、レーテに縛り付けられている照の姿が目に入ってきた。


穏乃「宮永さんっ!」

照「……。たかかも……さん」

穏乃「宮永さん!闇に呑まれちゃダメだ!」

 そう叫んで、穏乃は手を伸ばす。
 しかし――照はそれに応えようとはしなかった。

穏乃「宮永さん、手を……!」

照「……うれしかった」

穏乃「え……?」

 憔悴しきった目を虚空に泳がせ、彼女はぽつり、ぽつりと語り出す。

照「咲が……私に会いに来てくれる……それを知ったとき……うれしかった……」

穏乃「………」

照「辛い過去を捨てて……逃げ出した私を……許してくれて……また、あの頃みたいに……」


照「でもそれは……全部あいつが改竄した偽の記憶だったんだ……」

照「全て、私の心に闇を植え付けるための罠だった……」

穏乃「………」

照「大切なものに……信じていたものに裏切られた気持ちが……あなたにわかる……?」

穏乃「……宮永さん」

照「私にはもう……」

 照の目元に涙が溜まっていく。
 風の向きが変わった。穏乃の身体はバランスを崩し、更に照から離れていってしまう。

照「生きる理由なんて……なにもない……」

 照の背後から突風が吹き、涙が滴になって空中に躍りだし、穏乃の頬に当たって散っていった。
 彼女の周囲に闇が纏わりつく。やがて彼女の姿はその中に見えなくなった。

穏乃「宮永さんっ!!」

 懸命に手を伸ばすも、もはや届くことは決してない距離にまで来てしまっていた。
 耐えきろうとするも、身体の自由が効かない。穏乃はどんどん照から離されていった。


―――インハイ会場、外

 外に出たエイスリンと菫を待っていたのはトシと虎姫の仲間たちだった。

トシ「エイスリン、大丈夫かい……?」

エイスリン「ハイ。カッテニトビダシテ……スイマセン」

淡「……菫先輩、テルは?」

菫「………」

誠子「まさか……」

淡「ね、ねえ!何とか言ってよ!テルは!?」

菫「照は今……高鴨が助けに行っている」

淡「高鴨穏乃が……?」

菫「ああ。今はあいつを信じて、私たちはやれることをやろう」

 爆発音が向こうから聞こえてくる。ザギが光線を振るって建物を薙ぎ払っていた。


菫「亦野がα、私がβ、堯深がγ。淡、お前はδに乗れ。出動する!」

一同「了解!」

 全滅したBユニットのチェスターを借り、菫たちは空に飛び立った。

菫『ハイパーストライクフォーメーションに移行。一気に叩くぞ』

誠子『了解。Set into Hyper Strike Chester!』

 チェスターたちはそれぞれ空中で変形、分離し、それら全てが合体した一機の“ハイパーストライクチェスター”となった。
 αの機首を先頭にβ、γは続き、δは二本の砲門となって機体上部に載せられている。

淡『食らえ!ハイパーストライクバニッシャー、シュート!!』

 二本のキャノン砲からハイパーストライクチェスターの破壊光線が放たれる。
 ザギはそれに感づき振り向く。

ザギ「フゥア゛ッ!!」

 ザギが掌から光弾を放った。双方の攻撃は空中で相殺され、きらびやかな粒子が散った。

淡『なに……』

ザギ「ドゥア゛ッ!!」

誠子『!』

 更にザギは光弾を連射した。誠子は操縦桿を思いっきり倒して辛くもそれを躱した。


―――東京湾

ガタノゾーア「ギャオォォォォン……」

タロウ「ハァッ……デァッ……!」

 ガタノゾーアの触手がタロウの首を絞めていた。
 必死で振りほどこうとするが、それは叶わない。更には吹き上がってきた闇の霧にタロウは飲まれ、ダメージを受けていく。

タロウ「……ショァッ!」

 触手を掴み上げ、二本の角から青い熱線を浴びせた。ガタノゾーアは思わずその触手をほどく。
 解放されたタロウは側転して怪獣から距離を取った。先程の光線は効いてはいたが、ガタノゾーア自体はまだ平然としていた。

 それを見てタロウは再び距離を詰めた。
 拳にエネルギーを込め、アトミックパンチを打ち込む。しかしガタノゾーアには大した反応はなかった。


 一方、陸上では――テレビカメラがこぞって集まり、その戦闘の様子を電波に流していた。

レポーター「あれが御覧になりますでしょうか!?謎の巨人と怪獣が戦っています!」

レポーター「私たちは引き続き、この様子を――うわぁっ!?」

 足元から上ってきた闇が彼の身体を包んだ。
 のたうちまわる彼を見て、カメラマンや他局の職員も後ずさりした。

レポーター「う……あぅぐ……ぐぁぁっ!!!」

カメラマン「うわぁぁーー!!逃げろーー!!」

 倒れる彼を置いて皆逃げてしまった。
 現場に残されたテレビカメラは、タロウとガタノゾーアが戦っているのをカメラに納めたまま立ち尽くした。


―――SECTION-0、闇の中

 照の姿はもう見えなかった。更には、穏乃の体は彼女からどんどんと離れてしまっている。
 だが穏乃は望みを捨ててなどいなかった。声を張り上げ、照に呼び掛ける。

穏乃「宮永さん!あなたの周りには……たくさんの人がいた!」

穏乃「大星さん……弘世さん、亦野さん、渋谷さん!みんなとの思い出があったでしょう!?」

 闇の中から返事は無かった。だが穏乃は吹き飛ばされないように自分の身体を抱き締め、言葉を続ける。

穏乃「例えあいつがあなたの記憶を変えていたとしても……大星さんたちとの記憶は嘘偽りの無い真実でしょう!?」

照(……みんなとの……思い出……)

 菫と共に優勝した二年生の時の大会。
 新しく堯深、誠子、淡が加入したチーム虎姫の初陣。
 そして今年のインハイ。三連覇を目指して戦ってきた軌跡。

照「みんな……」

穏乃「大切なものなんて……いくらでもあるじゃないか!!だから……宮永さん……!」


穏乃「―――諦めるな!!!」


照「……!」

 闇が弾け飛び、照の姿が見えた。穏乃に向かって懸命に手を伸ばしている。
 頷き、風を掻き分けて穏乃が進む。二人の腕が伸び、指先が触れ合う。

穏乃「もうちょっと――……っ!?」

 しかしその時、またもや二人は引き裂かれた。
 照の背後に巨大な影法師が立っていた。その手に握られたダークスパークを振るうと、紫の波動が穏乃を襲った。

穏乃「う……ぐぅっ!?」

 その波動を受けて、指先から穏乃の体が石化していく。

照「高鴨さんっ!!」

穏乃「……邪魔を、するなぁっ!!」


 ギンガスパークが輝き出した。穏乃の体に光が纏い、その姿はウルトラマンギンガに変わっていく。

 ギンガは闇の奔流を逆流し、影法師へ突っ込んだ。
 その手のギンガスパークを掲げる。それを思いきり振り下ろし、影法師の身体を切り裂いた。

影法師「オォォォォォ……」

 闇が霧散して影法師が消滅する。同時にギンガの体からも光が弾け跳ぶ。
 元の姿に戻った穏乃は、照の伸ばすその手を掴んだ。

 繋いだその手が輝きを放つ。

 闇の中で銀色の巨人が光を取り戻した。ドーム内に光が吹き抜け、彼もまた外界へと飛び立っていく。
 その衝撃は一人取り残されたレーテを襲い、長く人々の記憶を溜め込んできたそれは今ここに陥落した。


―――外

 地上に降り立った穏乃と照は、チェスターがザギと交戦しているのを発見した。

照「……ありがとう。高鴨さん」

穏乃「よかったです。助けられて……」

 街頭の大型ビジョンにはガタノゾーアと戦うタロウが中継されていた。

照「私が産み出した……怪獣……」

穏乃「大丈夫。タロウは負けませんから」

 背後から爆発音がした。チェスターのミサイルが空中で爆破され、ザギは更に光弾を宙に放ち続けた。
 ブースターが唸りを上げて加速し、それを躱していく。しかしザギは冷静に、その進行方向に大量の光弾をばら蒔いた。

誠子『なに!?』

堯深『アビロックミサイル、発射……!』

 ミサイルが光弾と相殺される。しかし全ての数に対応しきることは不可能で、数発の光弾はチェスターを襲った。

誠子『くそっ……!』

菫『立て直せ!各機、損傷箇所を報告しろ!』

淡『絶対……諦めるかぁっ!!』


 地上でそれを見ていた穏乃はギンガスパークを持つ手に力を入れた。
 だが、ギンガの人形は現れてはくれなかった。皆を守りたいと心の中で念じ続ける。
 しかし一向にギンガスパークは反応してくれなかった。

穏乃「………」

照「……あいつに言われたことを気にしてるの?」

穏乃「……わかんないです」

 自分の夢を叶えようと努力してきたこと。奴によるとそれは戒能良子や宮永咲がやってきたことと本質は同じだという。
 ザギは許せない。穏乃はそう思っていたが、まだ迷いを捨てきることができていなかった。

 ザギも自分の夢を求めてきた者。自分もそれと同じとしたら、奴の夢を潰す権利が自分にあるというのだろうか?
 もしそうなってしまえば、自分もザギと同じ破壊者になってしまうのではないか?

 決意の中に混じる僅かな染みは、たった一滴だけでも穏乃の勇気と覚悟を覆い隠していた。

照「もしそうだとしても……あなたは思い悩む必要なんて無い」

穏乃「え?」

照「あなたの夢は……確かに他人の夢を潰してきた結果かもしれない」

照「でもそれは、たくさんの人の想いを乗せた夢。だからあなたの夢は、その人たちの夢も背負ってる」

穏乃「……!」


 ふと穏乃は、新免那岐と灼のことを思い出した。
 那岐は「私たちの分まで頑張って」と言ってくれた。
 副将戦が終わって灼とハイタッチをした時、穏乃は皆の想いを渡された気がした。

穏乃「みんなの想いを背負って……」

照「あいつは……そうじゃない。潰してなお、その想いを踏みにじる。全ては自分のためにしかなっていないから」

照「だからあなたは悩む必要なんて無い。あいつとあなたは全く違うから」

穏乃「――はい!」

 元気な声で穏乃が返事をする。するとギンガスパークが輝きだし、先端から光を飛び出してきた。
 その光はひとつの人形を象っていく。穏乃はギンガではないその人形に驚いたが、照はそんな彼女を見て頷いた。

 穏乃はそれを掴み、数歩前へ出る。

穏乃「絆――……ネクサス!」

 人形を宛がったギンガスパークから紋章の光が飛び出し、穏乃を包んでいく。
 彼女によって名付けられた、繋がる希望と絆の戦士の名は――


『ウルトライブ!ウルトラマンネクサス!!』


ザギ「ドゥラアッ!!」

 満身創痍のチェスターに向けて、お遊びは終わりだと言わんばかりにザギは巨大な光球を撃ち込んだ。

誠子『っ!』

 躱せない――誠子がそう覚悟し眼を瞑った瞬間、チェスターの前方に光の柱が駆け昇った。

ネクサス「シュアッ!」

 その光球を弾き飛ばしたのは銀色の体躯を持つ巨人。
 一旦その場を離れるチェスターのβ機から、菫はその巨人の魂を感じ取っていた。

菫『高鴨……なのか……?』


 ネクサスが降り立ち、ザギと対峙する。
 ザギは叫び声を上げながらネクサス向けて走り出した。

ザギ「グオ゛オ゛ォォォ!!!」

ネクサス「シュアッ!」

 迎え撃つネクサス。ザギのパンチを躱して反撃に出ようとするも、不意に飛び出してきた足に蹴り飛ばされた。
 衝撃に引きずられたネクサスに向かって、悠々とザギが歩を進める。

ネクサス「ハァァッ!」

 今度はネクサスが駆け出す。勢いのままに蹴りを繰り出すが軽くいなされ、ラリアットを受ける。

ザギ「ウ゛オ゛オ゛オ゛ッ!!」

 そのまま二人はビルに突っ込んだ。粉塵が舞う中で、ザギは倒れるネクサスを踏みつけようと足を上げる。
 しかしその時、その背中に衝撃が襲った。


淡『よしっ!』

 ザギが軽くよろけ、振り返ると、チェスターの砲門がこちらを向いていた。
 チェスターは直ぐさまザギの向こうへ飛び去っていく。

ザギ「グゥオ゛ォォオ゛ッ!!」

 その方向へ光弾を打とうとするザギ。しかし倒れていたネクサスが立ち上がり、その腕を抑え、腹に蹴りを入れる。
 更に、怯んだ様子を見せたザギに飛び蹴りする。ザギは腹を押さえて後方へ引きずられていく。

ネクサス「シュアッ!」

 両手を体の横で重ね合わせ、右手で前方の空間を切り裂く。
 両手を十字に組むと、垂直に立てた右腕から“クロスレイ・シュトローム”が放たれた。

ザギ「……ドゥ、アァッ!!」

 しかし――両腕を組んでそれを受けたザギは、直ぐに光線を弾き飛ばした。

ネクサス「!……シュアッ!」


 再びザギとネクサスが取っ組み合う。その中でザギは、自らの右腕に暗黒の波動を纏わせた。

ネクサス「ハッ!」

 危機を察知しネクサスは距離を取ろうとする。
 しかしそれを逆手に取られ、左腕は掴まれたままザギの右腕を自由にしてしまった。

ザギ「グオ゛ァッ!!」

 ネクサスに叩き込んだ“ザギ・インフェルノ”は拳から光線を放ち、その身体を宙に浮かせていく。

菫『堯深、エネルギー再充填までは!』

堯深『あと43秒です……!』

菫『各機、全砲門よりミサイルを撃て!』

一同『了解!』

 全機合体のハイパーストライクチェスターの各所からミサイルが放たれ、ザギに向かって乱れ翔んだ。
 しかしザギは片手間仕事のように左手でバリアーを展開した。ミサイルは全てそれに防がれてしまう。

菫『なに!?』


 そうしている内に飛ばされ続けるネクサスの体は、空を覆う暗雲の中に突っ込んだ。
 その暗雲はどこまでも続いていそうなほど厚く、今その身を突き飛ばしている光線以外に全くの光がない世界だった。

怜『――負けんな高鴨!』

穏乃『……!?』

 そんな時、頭の中に怜の声が響いた。

怜『私はお前のお陰で最後まで戦えた。ウルトラマンとして!』

 それは夢か幻か――だが彼女の声は、穏乃の心に青く轟く稲妻を駆け巡らしていく。

ネクサス「――シュアァッ!!」

 ネクサスの胸のコアが鳴動し、その姿に光を纏わせた。
 暗雲の中に光を解き放った彼の体躯は青に変わり、同時にザギの光線を弾き飛ばした。


―――東京湾

タロウ「イヤァッ!」

 ガタノゾーアに次々と拳を叩き込むタロウ。しかし相変わらずガタノゾーアは堪えていないようだった。
 そうしている内に――そのカラータイマーが赤に変わり点滅を始めた。

タロウ「……ショァッ!」

 距離を取り、指から光刃を、角から熱線を次々と放つ。
 だがガタノゾーアは平然としている。活動限界時間が近付くにつれ、流石のタロウにも動揺が見えてきた。

ガタノゾーア「グアォォォォン……!」

タロウ「!」

 その動揺を見通しているように、ガタノゾーアは触手を絡めてタロウの体の自由を奪った。
 残りエネルギーも少ない中で、その対処に無駄なエネルギーを使いたくない。タロウはどうにか腕力だけでそれを振り払おうとする。


ガタノゾーア「ギャォォォォン……」

 ガタノゾーアは触手を振るい、抵抗するタロウを水の中に叩き落とした。
 大きく水飛沫が跳ぶ。タロウは歯軋りする思いで、角からの熱線で触手を断ち切った。

ガタノゾーア「グォォォォン……」

 タロウは更に離れ、触手も闇の霧も届かない距離まで下がった。
 右腕を大きく掲げ、左手をそれに合わせる。両手をそれぞれ腰に下ろすにつれて彼の体躯は虹色の光を纏っていく。

タロウ「――ストリウム光線!!」

 T字に構えた両腕から放たれる虹色の破壊光線。暗闇を裂き、ガタノゾーアにクリーンヒットした。火花が跳び散り、その動きが鈍る。
 しかし少しすると、ガタノゾーアは再び叫びを上げた。まだ、斃れない――

タロウ「ハァ、アァ……」

 思わずタロウは膝をついてしまった。
 その前にいるのは余りにも強大な――全てを呑み込む闇の化身“邪神”だった。


―――インハイ会場付近

ザギ「……?」

 “ザギ・インフェルノ”の光線は破られたが、ネクサスは暗雲の中から姿を現そうとしなかった。

誠子『まさか……』

菫『そんなわけはない!堯深、エネルギー充填率は!』

堯深『100%!バニッシャー、撃てます……!』

菫『淡!』

淡『了解っ!喰らえ!!』

 チェスターの砲門に光が集っていく。

ザギ「………」

 しかしザギにはもう読めていた。大雑把に手を振るうと光刃が放たれ、チェスターに直撃した。


淡『うあぁっ!!』

 光刃は砲門を構成しているδ機を襲った。
 δ機の上に合体しているγ機コックピットにもその影響が出る。

菫『淡!……堯深!応答しろ!』

 しかし応答は返ってこなかった。
 通信は生きている。だが、彼女たちの返事はなかった。

誠子『堯深!大星っ!!返事しろ!』

菫『亦野、一時離脱するぞ!』

誠子『……っ!』

 チェスターが機体を翻してザギに背を向けた。
 だがザギは宙に光球を作り出し、飛んでいくチェスターの動きを観察していた。

菫『オプチカムフラージュ、ON!』

 チェスターの姿が闇の中に消える。ザギは少し驚いたが、再び暗雲を見上げた。
 ――するとその時。暗雲の中から光刃の雨が地上に降り注いだ。


ザギ「オ゛オ゛オ゛……!」

ネクサス「シュアッ!!」

 暗雲からネクサスが帰ってくる。流星のようにザギにキックを入れ、更にその反動を利用して宙に身を翻す。

ザギ「グッ……!?」

ネクサス「ハァッ!」

 宙返りしながら胸のコアに手を翳し、光の剣“シュトロームソード”を手甲から伸ばす。
 地に降り立つと同時にそれでザギの体を斬りつける。攻撃の手を緩めず、怯むザギに何度も剣を振り上げる。

ザギ「グ……ドゥラッ!!」

 数撃目を何とか躱し、ザギはネクサスの顔にパンチを入れた。衝撃にネクサスは背後に吹っ飛ばされていく。

ネクサス「シュアッ!」

 直ぐさま体勢を整え、ネクサスはバク転して距離を取った。
 コアに翳した右手甲に光の弓が投影される。ネクサスは左手を添わせ、それを引き絞る。


ネクサス「ハァァ……」

 弓に虹色の弦が帯びていくのと同時に、その先端から光の剣が伸びた。

ネクサス「――シュアッ!」

 放たれた破壊光弾“オーバーアローレイ・シュトローム”は唸りを上げてザギへと突き進んだ。
 ザギは腕を構えてそれを迎え撃つ。

ザギ「ドゥア゛ァッ!!」

 ザギはその腕で光弾を消し飛ばした。
 ネクサスは思わず膝をつく。この技は全てのエネルギーを結集させる。その為ネクサスは既に立つこともできなくなっていた。

 だがその時、ネクサスの中の意識――穏乃の視界が開けた。
 右手に持つギンガスパークから光が飛び出し、それはウルトラマンギンガの人形を象っていく。

穏乃『ネクサス、ありがとう。力を貸してくれて』

穏乃『今度は……私の番だ!』


『ウルトライブ!ウルトラマンギンガ!!』


 ザギは憔悴しきったネクサスを見て余裕綽々に歩いていた。
 だが突然、ネクサスの身体は白い光球に変わった。ザギに体当たりし、そして地面に降り立つ。

 白光の中から現れたのは深い紅と蒼き光の勇士。
 その名は――“ウルトラマンギンガ”!

ザギ「オ゛オ゛オ゛……!」

ギンガ「ジュワッ!」

 ザギとギンガが対峙する。穏乃から分離した絆の光は、次の適能者の元へ飛び立っていった。

ザギ「ヴオ゛オ゛オ゛ッ!!!」

 ザギが走りだし、ギンガと組み合った。
 黒い腕に闇が纏われる。ギンガはそれを見て、自ら体勢を落とした。

ギンガ「シュワッ!」

 脚を使ってザギを巴投げする。倒れたザギから少し離れ、ギンガは左腕を天に掲げた。
 ギンガのクリスタルが黄色に輝く。暗雲の中から雷撃が落ち、彼の掲げた腕の先に渦を巻いていく。


ザギ「グォォォ……」

ギンガ「――ギンガサンダーボルト!」

 渦を左手から右手に移し、前へ突き出して雷撃を放つ。
 ザギは咄嗟に腕を広げ、そして十字に組んだ。暗黒の重力光線“グラビティ・ザギ”が雷撃と激突する。

ギンガ「ジュッ!」

 ギンガサンダーボルトが押される。ギンガは押しきられる前に跳躍し、空中へ飛び上がった。

ザギ「ドゥ……ハァッ!!」

 ザギは目の前に光球を浮かべ、それを拳で打ち砕いた。
 光球は無数の光弾となり、空中のギンガへ向かって雨あられに降り注ぐ。

ギンガ「ショ……ラッ!」

 高速で身体を駆動させ、ギンガは追尾してくる光弾を次々と躱していく。
 残る光弾も少なくなったところで腕を交差させた。ギンガのクリスタルが烈火のように赤く光り、彼の周囲に火炎弾を浮かび上がらせる。


ギンガ「――ギンガファイヤーボール!」

 ギンガは振り向いて拳を突き出す。放たれた炎弾は光弾と相殺され、空中に爆炎が広がった。
 その中から黒い影が飛び出してくる。ギンガは咄嗟に腕を交差させる。クリスタルは今度は紫色に染まっていく。

ギンガ「――ギンガスラッシュ!」

 ギンガの頭のクリスタルから、それと同じ形の光刃が翔ぶ。煙から飛び出してきたザギに命中し、再び爆発が起こった。
 しかしその爆煙からもザギは飛び出してきた。今度は迎え撃つことは出来ず、ギンガはザギに首を掴まれ、地上へと急降下させられる。

ギンガ「ジュワッ!」

ザギ「ドゥラァッ!!」

 手足をばたつかせようとするも、勢いに負けて動けない。更に息が出来ない苦しみにギンガは悶え、抵抗が鈍る。
 そして――ザギは最後まで拘束したままギンガを地上に叩きつけた。

穏乃『……う、く……っ』

 舞い上がった粉塵がギンガの身体にパラパラと降りかかってきた。
 身体中に痛みが滲み、ギンガは動けない。ザギはそんな彼目掛けて拳を振り上げた。


菫『ハイパーストライクバニッシャー、シュート!』

 ザギの背後に位置を取っていたチェスターから光線が放たれた。
 背後からの攻撃にザギは動きを止め、飛び去っていく機体に目を向けた。彼もまた飛び上がり、チェスターを追尾し始める。

菫『亦野、来るぞ!』

誠子『っ……!』

 しかし飛行速度は圧倒的にザギの方が上だった。いつの間にかザギはチェスターの前に回り込んでいた。

誠子『くそっ!』

 ザギが拳を構え、闇がそこに溜められる。
 しかしその時、ザギがコックピットの視界から姿を消した。

ギンガ「シュワッ!」

ザギ「ドゥア゛ッ!」

 ギンガが、先程ザギにやられていたようにその首を掴んで飛行していた。
 しかしザギは闇を纏った拳から光弾をギンガに放つ。至近距離で避けられる筈もなく、二人は空中で爆発に飛ばされ、地上に降り立った。

ザギ「ルルォォ……」

ギンガ「ジュッ!」


 一方、少し離れて地上には群衆ができていた。
 目の前には二体の巨人の死闘が繰り広げられ、携帯の画面や大型ビジョンには巨人と邪神の戦いが流れている。

照「……高鴨さん」

??「私……あの巨人に見覚えある……」

照「……?」

 照はその声のした方を振り向いた。
 そこにはインターハイ決勝戦の出場選手や観戦に来た他校の生徒たちが集まっていた。

胡桃「なに言ってんの?シロ……」

白望「私が……何というか、自分じゃなくなったような時……。あの巨人に助けてもらった……」

塞「……そういえば、私も……。あれに似てる巨人を……最近、見たような……」

照(え……?)


一「ボクも。助けてもらった……」

初美「私もですー……」

豊音「……ウルトラマン」

恭子「うちもや……ウルトラマンは私を助けてくれた」

憩「うちも!覚えある……!」

哩「姫子……」

姫子「はい。私たちも……」

宥「……穏乃ちゃん」

憧「あれが、シズなんだ……」

灼「10年前もそうだった……ウルトラマンは私たちのために戦ってくれた……」

 レーテが崩落して――だから人間たちは10年前の真実、そしてウルトラマンのことを思い出した。
 しかしそれだけではなかった。レーテの影響ではない、ダークスパークによる記憶の欠落でさえ蘇っていた。

 それは、理屈抜きの奇跡。
 皆の夢を背負い、守ってきた穏乃。彼女に託された絆の光は今、全ての人々に伝わっていた。


―――東京湾

タロウ「ハァ……ッ!」

ガタノゾーア「ギャオォォォォォン!!」

 膝をつくタロウに、ガタノゾーアは今まさに止めを刺そうとしていた。
 その時――


『――立て!タロウ!』


タロウ「!」

 頭の中に、聞き慣れた――しかし随分と久し振りな声が響いた。

ゾフィー『タロウ。我々はお前に教えた筈だ』

セブン『大切なのは最後まで諦めず、立ち向かう事だ』

ジャック『たとえ僅かな希望でも勝利を信じて戦う事が……』

エース『信じる心。その心の強さが不可能を可能にする』

ウルトラマン『……それが、ウルトラマンだ!』


 テレパシーの来た岸の方に顔を向ける。
 そこには、人形の姿ではあったが、タロウの兄弟たちが佇み、視線を送っていた。

タロウ『兄さん!何故ここに!?』

ゾフィー『恐らくダークスパークの呪いが弱まったのだろう』

タロウ(シズノは……ミヤナガ・テルやレーテの闇に勝ったということか)

セブン『強大な闇……それが感じられた場所に我々は急行した』

ジャック『するとお前が戦っているんだ……驚いたよ』

ゾフィー『いや、積もる話もあるが、そんな場合ではない。タロウ、立つんだ!』

タロウ「……!」

ガタノゾーア「グオォォォォオン!!!」

タロウ「……ショァッ!」

 タロウが立ち上がる。しかしその足はおぼつかなく、カラータイマーの点滅も早い。
 ガタノゾーアは触手でその腕を拘束し、タロウのカラータイマーに照準を合わせた。


ゾフィー「兄弟たちよ、ウルトラ・シックス・イン・ワンを使うぞ!」

ジャック「!ウルトラ六重合体ですか……」

セブン「今の我々のエネルギーで足りるかどうかだが……」

ウルトラマン「なに、皆の心と信念があれば……」

ゾフィー「その通りだ、ウルトラマン」

エース「行きましょう!」

 六つの人形はそれぞれの光の筋となり、タロウのウルトラホーンに集っていった。

タロウ「!」

ガタノゾーア「ギャオォォォォォン!!!」

 ガタノゾーアの口が開き、紫電の光線が放たれた。タロウは腕を拘束されてそれを躱せる筈は無かった。しかし――


ガタノゾーア「ギュアァァァァァ……!!」

 ガタノゾーアが悲鳴を上げる。同時に空から、その触手がぼとりと落ちてきた。

タロウ「トゥアッ!!」

 タロウは、その触手を引きちぎって空中に跳び上がっていたのだった。
 そしてその勢いで身体を捻らせ、スワローキックを繰り出す。

ガタノゾーア「グオォォォォオン……!」

 命中した部位に爆発が起き、ガタノゾーアは背後に倒された。
 身を起き上がらせようとするガタノゾーアを見て、タロウは両拳を突き合わせる。

 腕に金色の光が纏い、輝きを解き放っていく。凄まじいエネルギーに起き上がるガタノゾーアは怯む。
 そしてタロウは右腕を突き出した。彼の中を循環した金色の光は今、宇宙最強の光線となって放たれる――!


タロウ「――コスモミラクル光線!!!」


 水面にその上を走る光が照り映え、湾を割るようにそれは一直線に伸びていった。
 ガタノゾーアに光線が命中する。瞬間、その衝撃など感じさせる間すら与えず、邪神は木っ端微塵に砕かれた。

 爆発の風が水上を薙いでいく。
 やがて暗雲も切り裂かれ、朝の日差しが水面を照らして煌々と輝かせた。


―――インハイ会場付近

 向かい合うザギとギンガ。突如、上空の暗雲が消え、光が差し込んできた。

ザギ「……ッ!?」

ギンガ「……ハァッ!」

 それに目を奪われたザギを見て、ギンガは腕を交差させた。

ザギ「グオ゛オ゛ッ!」

 それに気付いたザギもその両腕に力を込めていく。

ギンガ「ジュァァ……!」

 左腕を下に、右腕を上に、その二つの軌跡で円を描くようにゆっくりと回す。
 それにつれてギンガのクリスタルは深い青の輝きを解き放っていく。


ギンガ「――ギンガクロスシュート!!」


 左の拳を垂直に立てた右の肘に打ち付ける。右腕には虹色の光が纏い、流星のような光が放たれた。


ザギ「ドゥア゛ア゛ア゛ア゛ッッ!!!」

 ザギも両腕をL字に構えることで、その腕から稲妻超絶光線“ライトニング・ザギ”を放った。
 二つの光線は激突し、辺りに衝撃音を木霊させ、そして突風を吹き荒れさせる。

誠子『弘世先輩!接近は不可能です!計器がいかれてます!』

菫『……っ!一時、離脱!』

菫『頼む、勝ってくれ……!』


ギンガ「シュアァァ……!!」

ザギ「ハア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ッッ!!」

 ザギの稲妻がギンガの流星を押し込む。
 ギンガは踏ん張り、何とか巻き返そうと、意識と集中を切らさないようにする。

「ウルトラマン、頑張れー!」

「負けるなーー!!」


ギンガ「ジュ……アァァッ!!」

 しかしそんな声も虚しく、光線は押され続けていく。
 ザギは止めを刺そうと一気に力を強める。

ザギ「ドゥア゛ア゛ッ!!」

ギンガ「――ッ!!」

 押す。押す。押す。
 しかし中々押しきることができない。ザギはもっと力を込め、意識を前方に集中させた。

ギンガ「ジュ……シュアァッ!ラァッ!」

 しかしこれでも押しきれない。まるでギンガの背中を押し、その身体を支えている存在がいるかのように。


 そして、少し離れて。

 晴絵は穏乃が戦うその姿を手に汗握って食い入るように見つめていた。

晴絵「しず……頑張れ……!!」


『アカド……アカド……』


晴絵「!」

 思わず辺りを見回した。しかし誰もいない。
 だがその声には聞き覚えがあった。それが誰なのかを思い出し、晴絵はハッとする。

『行こう……共に……』

 晴絵の手にどこからか光が集ってきた。その光は手の中でエボルトラスターの形を象った。

晴絵「そうか……」

晴絵「たくさんの人の絆で……君は本当の姿を取り戻すことができたんだな」

 エボルトラスターを握り締め、晴絵はそれを天に掲げた。
 日に照らされたそのコアから光が発される。彼女の姿は包まれ、そして――


ザギ「ドゥア゛ッ!!」

ギンガ「シュアァ……ッ!」

 ザギは苛立ちを感じていた。どれ程エネルギーを込めてもギンガは一歩も下がらず、光線は完全に押しきられない。
 もっともっと、意識を前方に、両腕に集中させる。稲妻は更に太くなってギンガを押そうとする。

 ――しかし、その時。

ザギ「ドゥラッ……!?」

 ザギの上空から光弾の雨が降った。意識を前方に集中させ過ぎたせいで、その存在の到来に気付いていなかった。
 顔を上げる。そこには、宙に佇む荘厳な巨躯がザギを見下ろしていた。

 全身を光沢のある美しい銀と流れる黒に包み、胸にはプロテクターが紫色に、その中心にはカラータイマーが虹色に光っている。
 神秘の具現たるその戦士こそ――銀河に“宇宙の大いなる神”として崇められている存在。

 その名は、“ウルトラマンレジェンド”!


ギンガ「ショ――ラァァッ!!」

ザギ「……!」

 レジェンドの出現に気を取られたザギの隙を突き、ギンガは一気に光線の勢いを強める。
 虹色の光は紫電の稲妻を押し返す。ザギは力を込めてそれを押し返そうとするが、その勢いはもう止められない。

ザギ「グオ゛、オ゛オ゛オ゛ッ……ッ!?」

ザギ「オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛ーーーーー!!!」

 ザギの視界が光に包まれる。光線の激突は爆発を起こし、ザギがその中に飲み込まれた。
 爆煙が消える。そこにはもうザギはいなかった。ギンガは勝ったのだ。

 地上では歓喜が渦を巻き、ギンガとその横に降り立ったレジェンドに対する歓声はいつまでも絶えることはなかった。


To be continued...


登場怪獣:ウルトラマンティガ第52話より、“邪神”ガタノゾーア
       ウルトラマンネクサスFinal Episodeより、“邪悪なる暗黒破壊神”ダークザギ


ノア→レジェンドみたいな感じで。
また今度続き書きます。


第十四話『泣くな初恋怪獣』


 ――あれから、一ヶ月が経ちました。

 ダークザギは私と、赤土先生が変身したウルトラマンレジェンドの前に敗れ去りました。
 その後、レジェンドは先生から分離して宇宙へ帰り、ダークスパークは新しく建てられた新子神社に奉納されることになりました。
 タロウの推測によると、ダークスパークはレーテの闇の中で世界に破滅をもたらし、次元を超えて私たちの世界へやってきた。
 つまり今現在私たちの世界にダークスパークがあるということは、その運命から私たちは逃れることができたということ。
 私たちは勝ったのです。決められていた破滅から。運命から。

 ――でも、その傷痕は大きかった。

 TLTは組織の存在とレーテに関する秘密を全世界に公表しました。
 もちろん、ビーストや怪獣被害の罪を覆い被せた人たちのことも。
 彼らへの補償や名誉回復に努めることをTLTは約束しましたが、過ぎ去った時間はもう戻ってはきません。
 世論は非難の方向に動きましたが、その一方でこれまで陰で平和を守ってきたTLTに対する擁護意見も現れました。

 その問題は、きっといつか解決してくれるでしょう。
 だって今もまだ、ビーストは世界中に現れ続けているのですから。


 ――そしてその傷痕は、もっと小さな単位にも現れていました。

 ザギは清澄高校の宮永咲と自らを偽っていました。
 それは宮永照さんに心の闇を植え付けるための策だったのですが、そうだったとしても清澄の人たちと宮永咲の関わりは事実として残っているのです。

 そう。宮永咲に裏切られた清澄高校麻雀部の人たちの心には大きな傷痕が残りました。
 彼女たちもまた全国という舞台で頂点を純粋に目指していたのです。
 宮永咲が消えたことにより清澄高校は団体決勝戦への出場資格を失い、代わりに別の高校が上がってくることになりました。
 全くの知らない場所で裏切られていた清澄の人たちは大きなショックを受け、暫くは塞ぎ込んでしまいました。
 部長の竹井さんが真っ先にそんな仲間たちを励まし、何とか割り切ることができたそうですが――ひとりだけ、それでも立ち直ることができませんでした。

 ――原村和。

 宮永咲の一番の親友だった彼女が受けた傷は特に大きく、未だに癒えていません。
 私たち阿知賀の旧友も連絡を取ったり会いに行ったりしているのですが、和はまだ塞ぎ込んだままで、今は部屋に引きこもっているようです。
 また、彼女は私たちが全国を目指すことになったきっかけでもありました。つまり、彼女と決勝で戦えなくなったことは、私たちの夢も打ち砕かれたことを意味します。
 ザギはその身の道連れにたくさんの人の夢を奪っていきました。

 ――私がザギを倒したから、みんなの夢が。

 でももう、そんなことは考えないことにしました。
 あの時ザギを止められなかったらもっとたくさんの人の夢が奪われていたでしょうし、それに、奪われたのなら取り戻せばいいんです。

 だから私は、和が立ち直り、また全国の舞台で会えるようになることを願っています――


―――阿知賀

 夜、阿知賀のとある山。
 一人の青年と一人の少女がそこで話をしていた。

光太郎「じゃあ今日は彼を頼む」

穏乃「……このウルトラマンの名前は?」

人形『私の名はウルトラマン80。ウルトラ兄弟の九番目だ』

穏乃「80……か。はじめまして。じゃあ、今からあなたを解放しますね」

 穏乃はそう言い、ギンガスパークを人形の紋章に宛がった。
 するとそこから紋章の光が飛び出し、人形に纏っていく。


『ウルトライブ!ウルトラマン80!』


 山の中に銀と赤の巨人が現れる。しかし解放された80はすぐ小さな光の中に消えてしまった。
 それに代わり、二人の前にひとりの青年が現れた。ウルトラマン80が人間体に変身したのだ。


青年「ありがとう、助けてくれて」

穏乃「いえいえ」

青年「僕の地球での名前は矢的猛。よろしく!」

穏乃「はい!よろしくお願いします」

穏乃「……で、タロウ。今日は一人だけ?」

光太郎「ああ。いや、他にも人形は見つかったんだが、彼らは人間への変身能力を持っていないんだ」

穏乃「なるほどね」

矢的「タロウ兄さん。僕たちは……」

光太郎「『迎え』が来るまではキャンプ生活だ。すまないな」

矢的「いえいえ」


 ザギの件が終わって――

 ダークスパークの呪いが弱まったことにより、ギンガスパークで解放すると、ウルトラマンたちはもう人形の姿に戻ることもなくなった。
 タロウの兄弟たちはウルトラマンレジェンドの次元を超える能力によって元の世界に帰っていき、タロウはこの世界に残ってスパークドールを探す日々を送っている。
 そしてレジェンドは、一ヶ月に一回この次元の地球に戻ってきて、解放されたウルトラマンや宇宙人、怪獣たちを元の世界に帰してやっている。

穏乃「じゃあ、また今度ね」

光太郎「ああ、ありがとう」

矢的「本当にありがとう!また今度お礼に行くよ」

 手を振り合って、穏乃たちは別れた。

矢的「……本当に、あんな小さな子が戦ってたんですね」

光太郎「ああ。だが小さいながらも大きな力を持った子だよ」


―――翌日、穏乃の家・和菓子店

 学校が終わり、斜陽差し込む店の軒下で穏乃と憧はお菓子をほおばりながら話し込んでいた。

憧「はーー……昨日も和からの連絡なかったね」

穏乃「そうだなー……。簡単に解決する問題とは思わないけど、ここまで来ると……」

光太郎「シズノ、アコ」

穏乃「あ、タロウ」

憧「久しぶり……って、横の彼は?」

矢的「僕は矢的猛。桜ヶ丘中学の……」

憧「ウルトラマン?」

矢的「えっ!?」

穏乃「うん。ウルトラマン80っていうんだって」

矢的「ちょっ!?」


光太郎「80、彼女はザギの件に関わっていてウルトラマンの事情を知っているんだ」

矢的「ああ……そうなんですか。変身して地球を去ろうとするところでしたよ」

穏乃「よかったらこのお饅頭食べていきませんか?賞味期限ギリギリの売れ残りなんですけど……」

矢的「ここは君の家なのか?」

穏乃「はい。和菓子店をやってるんです」

矢的「へえ、いいねえ」

憧「売れ残りだけど味は保証するよ。いっつも食べさせに来てもらってるし」

矢的「ああ、喜んで頂くよ。……うん、美味い!」


穏乃「タロウもいいよ?食べても」

光太郎「!?……い、いや。私は遠慮しておくよ」

憧「……え、タロウって案外賞味期限とか気にするタイプなの?」

光太郎「そ、そんなわけではないが……」

矢的「あはは。タロウ兄さんは弱いものいじめと饅頭は大嫌いだからね」

光太郎「お、おい!ばらすな!」

憧「饅頭と弱いものいじめが同列なの!?」

穏乃「やっぱりウルトラマンの感覚ってわけ分かんないな」


憧「……ま、それはともかくとして。シズ、今日の生物のさ、ここ、わかった?」

穏乃「憧に分からないのが私に分かるわけないじゃん」

憧「だよね。うーん……」

矢的「遺伝子のところ?」

憧「うん。ややこしくて……」

憧「……って分かるの?!」

光太郎「80は理科の教師をやっていたんだ。だから地球の教育にも詳しい」

憧「教師?何でウルトラマンが教師?」

矢的「……そうだなぁ。マイナスエネルギーって分かるかな?」

穏乃「いや、全然……」

憧「ま、響きから良い言葉ではなさそうね」


矢的「ああ。人間の心の揺れ、間違った方向へ傾いてしまった可能性。それによって生まれるエネルギーのことなんだ」

穏乃「それって、ダミースパークで変身した人みたい……」

憧「世間を賑わしてるスペースビーストの発生メカニズムとも似てるね」

矢的「その通り。そのマイナスエネルギーは怪獣を生み出す。心の闇が怪獣を生み出すということについては同じだ」

憧「……それで、どうして教師に?」

矢的「感情の揺れは思春期の子供たちに顕著に現れるものと思ったからだ。だから僕は勉強を重ね、中学教師になった」

光太郎「そういえば、ザ・ワンが現れた場所もインターハイ会場だったな。奴も感情の揺れというものに引き寄せられたのかもしれない……」

穏乃「なるほどなー……」

光太郎「ザギが敗れ、ポテンシャルバリアーも無くなった今、世界にはビーストが出現するようになった」

光太郎「確かに世界にはウルトラマンと人間との絆が蘇った。しかし、人の悲しみもまた晒け出される事になるだろう」

穏乃「良いことばかりじゃないんだな……」

矢的「何にせよ、気を付けなきゃいけないな」


―――その夜、長野

 その部屋には電気が点いていなかった。ドアには鍵が掛けられ、窓は分厚いカーテンに覆われている。
 そして部屋の主である一人の少女は、布団に自らの身を包み、ベッドに座り込んでいた。

「和……ここにお夕飯置いとくからね」

 彼女の母の声がドアの外から聞こえてきた。
 暫く部屋の中を伺っているようだったが、諦めたのか廊下の向こうへと足音が離れていった。

和「……咲さん」

 思い出される彼女との記憶。

 最初は反発してしまったけれど、全国を目指す約束をしてから仲が良くなっていった。
 そして県予選。ギリギリのところを逆転した決勝戦。そして全国の舞台。

和(咲さんが私を裏切ったなんて、そんなことありえません……)

和(本当は、本当は……まだ生きていて、あのTLTなんていう得体の知れない組織に囚われてるんです)

和(咲さんは……私を裏切ることなんて絶対にしません……)

 和はベッドに置いてあった人形を手に取った。
 青と白のふさふさの毛を持つ可愛らしい小動物の人形。これはある日、咲からプレゼントしてもらったものだった。

和(咲さん――……)

 ・
 ・
 ・


―――翌日、夜

久「こんにちは」

和母「いらっしゃい。……ごめんなさいね、毎日毎日。忙しいでしょうに」

久「いえ。かわいい後輩のためですから」

 和の慰問に来た久は、慣れた足取りで和の部屋まで歩いた。
 相変わらず部屋の中はひっそりとしている。久はドアの外から話し掛けた。

久「和、いる?」

 返事はなかった。だが和は昼夜逆転の生活を送っているという話なので、この時間帯は起きている筈だった。


久「……ね、もう出てきたらどう?まこも優希もあなたのことを待ってるわよ」

「………」

久「そろそろ秋季予選も始まるから部員集めもやってるの。あなたが出てきてくれたら捗ると思うんだけど」

「………」

久「みんな、和と一緒にもう一度全国に行きたいのよ。今度は優勝で」

「………」

久「あなたもそうでしょう?阿知賀の皆さんと再会できたら……」

「………」

久「……ねえ和。いつまでそうしてるつもり?出てきた方がきっと楽しいわよ」


久「ショックも大きいでしょうけど、ずっとそうしてるわけにはいかないでしょう?」

「………」

久「ねぇ、何とか言ってよ……」

「……殺さないで」

久「え?」

「咲さんを殺さないでください!咲さんは生きてる!どうしてみんな……!」

久「……和」

 静寂の部屋の中からすすり泣きの甲高い音が聞こえてきた。
 それにつられそうになる自分の心を繋ぎ止めるように、久は自分の制服の胸を引き絞った。


―――部屋の中

和(どうしてみんな……咲さんが死んだ風に言うんですか……!)

和(咲さんは生きてる……生きてるのに……!)

 人形を引き寄せ胸に抱き締めた。涙が頬を伝い、人形を濡らしてしまった。
 そうしている内、ふと和は何らかの気配を感じて目を開けた。部屋を見回す。しかし、自分以外には誰もいない。

和(……?)

 ドアの外には久がいる。だがその気配とはだいぶ印象が違った。
 その気配は、部屋の中にあった。それもすぐ近くに――

 驚いて手元に目を落とした。
 握りしめられた人形から煙のようなものが立ち上っていた。


和「え……?」

 その人形の姿が変わっていく。
 可愛らしい小動物の面影が徐々に消えていき、眼や頭は尖り、口は大きく裂かれ牙が伸びてくる。

和「……!?」

 思わずそれを投げ飛ばしてしまった。
 壁に当たって床に落ちるが、それから立ち上る煙は一向に止まない。

「和!?どうしたの!?」

 その物音に驚いたのか、久の裏返った声が部屋に響いた。
 しかし和は声が出せず、視線もその人形と黒煙から逸らすことができなかった。


『ダークライブ……ギャビッシュ!』


―――奈良、穏乃の部屋

 窓の外にウルトラサインが出ていた。
 夜空に描かれているぐにゃりと曲がった奇妙な文字。それがウルトラサインであり、タロウからの連絡でもあった。

穏乃(ホント、携帯って便利だな……)

 いちいち変身してからサインを出さなくてはならないタロウを考えると、人類の叡知とは素晴らしいものだと穏乃は思った。
 彼女にはウルトラサインの意味は分からないが、ギンガスパークを握るとその意味を読み解くことができた。
 恐らくそのエネルギーが彼女に影響をもたらしているのだろう。

 穏乃はポーチからギンガスパークを取り出し握った。その時――

穏乃(……!)


 頭の中に激流のように何かが流れ込んできた。
 それは怪獣が現れたというサインだった。しかも、そのサインが出るのは巨大怪獣の場合に限っている。

穏乃(長野……?)

 穏乃は窓の外に目をやった。
 タロウからのウルトラサインは『話したいことがあるから集合してくれ』というものだった。

穏乃(くっそ……そんな時間ない!)

 ギンガスパークが輝き、その先端から飛び出してくる光はひとつの人形を象った。
 穏乃はそれを握りしめ、急いで家から飛び出した。


『ウルトライブ!ウルトラマンギンガ!!』


―――公園

 付近の公園で矢的とタロウは穏乃を待っていた。
 しかしそんな中、ひとつの白光が夜空を突っ切っていくのが見えた。

矢的「兄さん、あれを!」

光太郎「あれは……ウルトラマンギンガか?シズノが変身したのか。何故……」

矢的「何か感じ取ったのかもしれませんね」

光太郎「そうだな。どうしようか……」

矢的「なら僕が彼女を追います。兄さんはこっちでの調査をお願いします」

光太郎「わかった。シズノを頼むぞ」

矢的「はい!」


―――穏乃サイド

 ギンガは腕をジェット機の翼のように広げ、猛スピードで怪獣のいる場所に向けて飛んでいた。
 場所は長野。和がいる場所だ。

穏乃(嫌な予感がする……)

 そんな時、飛び続けるギンガにもう一人のウルトラマンが追い付いてきた。
 ウルトラマン80は両腕を前方に伸ばしながら飛び、金色の瞳を隣のギンガに向けた。

穏乃『あれ……』

80『高鴨さん、何があったんだ?』

穏乃『長野の辺りに怪獣が出たっていう予感がしたんです。すいません、集合する時間も惜しくて』

80『なるほど』

穏乃『怪獣とは私が戦います。あなたは避難を助けてください』

80『……?わかった、そうしよう』


―――長野

ギャビッシュ「ギャァオオオオオン!!!」

 町の中を怪獣が闊歩していた。
 青い体毛と赤く光る眼。狼のような顔と牙と爪。体の後ろには、先端が三日月のような形の尻尾が伸びている。

 その怪獣の名は“凶悪怪獣”ギャビッシュ。
 家屋を見つける度に踏み潰し、叫び声を上げながら暴れまわっていた。

和母「……あ、あぁ」

久「和……!」

 和の母と久はその怪獣を見つめたまま動けなかった。
 そんな時――彼方の空から二つの光が向かってくるのが見てとれた。

 その内の一つはこちらへ迫り、その姿をどんどん大きく、明瞭にしていく。
 夜の空の中に見えたその正体は、ザギを倒した光の巨人・ウルトラマンギンガだった。


ギンガ「ショ……ラッ!」

ギャビッシュ「ギャァアオオオオオ!!」

 ギンガはそのまま怪獣へ直進し、空からその頭を蹴りつけた。
 倒れるギャビッシュに降り立ったギンガは追い討ちを掛けようとする。久は咄嗟に声を張り上げた。

久「待って!」

 ギンガの動きがピタリと止まり、声のした方へ顔を向けた。

久「その怪獣の眼の中に……和が閉じ込められているの!」

ギンガ「!」

ギャビッシュ「ギャァオオオオオン!!!」

 そうしている間にギャビッシュが乗り掛かるギンガを突き飛ばした。
 ギンガは転がって体勢を整え、怪獣の赤く鋭い眼を凝視した。


和『……うっ、ぐすっ』

ギンガ「……!」

 久の言う通り、その中には和がいた。
 眼の中に空間ができているのか、捕獲光線に包まれているのか、はたまた異次元空間に繋がっているのかは定かではない。

 だが自らの親友・原村和がその眼の中に閉じ込められているということは確かな事実だった。

ギンガ「シュ……シュワッ!」

ギャビッシュ「ギャァオオオオオン!」

 ギャビッシュがギンガに飛び掛かり、爪を振るった。
 ギンガはそれをいなすものの、和への影響を考えると反撃に転じることができない。


ギャビッシュ「アォォォォオン!!」

 距離を取ったギンガに対してギャビッシュは遠吠えを上げた。
 体勢を低くし、その尻尾をもたげて先端をギンガに向ける。

ギンガ「ジュワッ!」

 三日月状の先端から雷が乱れ飛んだ。

ギンガ「ハァッ!」

 ギンガは側転し、その攻撃を躱していく。
 雷が曲がって落ちた場所には火花が散り、爆発が起きた。

ギャビッシュ「ギャァオオオオン!」

 唐突にギャビッシュが口を開けた。
 針状の光弾が吐き出され、体勢を整えようとするギンガに雨のように降り注いでいく。

ギンガ「シュワ……ッ!」


―――ギャビッシュの眼の中

和(………)

 眼の中の空間は全てが赤く、水晶体や角膜を通して見える外界の映像も赤く染まっていた。
 そんな中で和は虚ろな視線を落とし、がっくりと項垂れていた。

和(……咲さん)

 咲からプレゼントしてもらった人形が突如怪獣に変わり、和の身体をその眼の中に閉じ込めた。
 これはいったい何を意味するのだろう?

和(……咲さん)

 目を逸らし続けてきた現実はそこにはあった。
 咲は和を駒にする可能性も考慮してあの人形をプレゼントしたということだ。

和(……咲さん)

和(どうして……裏切ったんですか……?)

 和の奥底に隠されてきた真実が露になったことで、それは彼女の闇となって立ち上った。
 何物をも疑うことのない純白に落ちた一滴の黒は、彼女の心を呪いの色に染め上げていく――


―――地上

ギャビッシュ「ギャオオオオオオ!!」

ギンガ「ジュッ!」

 ギンガは前転して針の雨から抜け出し、ギャビッシュの顎を押し上げ、口を閉じさせた。
 取っ組み合いの様相を呈したが、ギャビッシュの爪が振るわれギンガの胸を裂く。

ギンガ「ハァァ……ッ」

 ギャビッシュはうずくまるギンガを蹴り飛ばした。ギンガは膝を突きつつも何とか立ち上がろうとする。
 しかしそんなギンガの背後に黒い霧が立ち込めていた。彼がそれに気付いて振り向く。

ギンガ「ジュッ……!?」

 霧から光が放たれた。その光は霧を晴らし、そしてひとつの怪獣の形を象っていく。

ホー「ウゥゥゥゥゥゥ……!」


 そんな様子を矢的は地上から見ていた。

矢的「あれは……“硫酸怪獣”ホーか」

 彼は元の世界の地球で活躍していたとき、この怪獣と戦ったことがあった。
 その時は失恋に傷心した教え子のマイナスエネルギーによって生み出されたものだった。

矢的(ということは……この世界でもマイナスエネルギーが怪獣を作ったということか……?)

 彼は変身アイテムを取り出そうとしたが、苦渋の顔でそれをしまい、再び避難誘導に戻った。

矢的(すまない……何とか持ちこたえてくれ……!)


ホー「ウゥゥゥゥゥゥゥ!!」

 ホーが唸り声を上げると共にその青い眼から液体が溢れ出し、怪獣が暴れ出す拍子に辺りに飛び散った。

ギンガ「ジュ、ジュワッ!?」

 ギンガは自分の右腕に苛烈な熱さと痛みを感じた。
 腕を押さえて下を向くと、ホーの液体が撒き散った場所のアスファルトが溶けているのが見えた。

ホー「ウゥゥゥーーー!!」

ギンガ「!ジュワッ!」

 飛び跳ね、町を荒らそうとするホーにギンガは飛び掛かった。

ギンガ「ハァ、アッ!ショラッ!」

 打撃を数回入れ、そして蹴り飛ばす。
 ホーが倒れたのを見てギンガは後ろを振り向いた。


ギャビッシュ「ギャァオオオオオン!!!」

 ギャビッシュもまた飛び跳ねてギンガに向かってくる。
 手を出せない相手だが、ギンガは組み合って必死にそれを押さえ込む。

ギャビッシュ「ギャァアア……!」

 ギャビッシュは大きく口を開け、ギンガの肩に噛み付いた。

ギンガ「ハアァッ……!」

 ギンガはギャビッシュの身体を押し退けようとするが、立てられた牙は離れようとない。
 むしろ無理に引き剥がそうとすると自らの肉体が引きちぎられてしまいそうだった。

ギンガ「アァァァァ……ッ!」

 その時、ギンガの背後から破壊音が耳に入ってきた。
 振り向くことはできないが、ホーが町を破壊していることは明らかだった。


 このままだとどうしようもない。ギンガは拳に力を込め、ギャビッシュの頭部に向けた。

久「ま、待って!和が……!」

ギンガ「ショォラァァッ!」

 ギンガの拳がギャビッシュに突き出された。久は顔を背け、反射的に目を瞑った。
 ――しかしその拳はギャビッシュに命中はしてはいなかった。拳が透過し、光を放ちながら怪獣の顔に突っ込まれていた。

ギンガ「ハァ……アッ!」


和「え……っ!?」

 ギャビッシュの眼の中にいた和は驚いて思わず声を上げた。
 外界が映し出されていた場所から銀色の光が飛び込んできたのだ。

 それはゆっくりと和に近づき、そして開いて、彼女の身体を握り込んだ。


ギンガ「ハッ!」

ギャビッシュ「ギャァオオオオン!」

 拳を顔から引き抜き、驚いて口を離したギャビッシュをギンガは蹴り飛ばした。
 そして身を屈め、拳をゆっくりと地面に下ろし、そっと開いた。

久「和!」

和「部長……」

 開かれた拳から下ろされたのは和だった。
 久は感極まって走り寄り、彼女を抱き締めた。

矢的「おい!そこの二人!早く避難を!」

 あらかたの避難が終わったことを確認してその様子を見ていた矢的は、二人の元に走っていった。


久「和、避難するわよ!」

和「……咲さんは、裏切ったんですね」

久「……ええ、そうよ。それより早く――」

和「私……もう、ひとりで生きていきます」

 久は和の手を引いて急ごうとしたが、その言葉を聞いて足を止めた。

久「……和?」

和「そうしたら……もう誰にも裏切られずに済みますから……」

久「和、それは……」

矢的「それは違うぞ、原村さん」

 和と久は驚いて、声のした方に顔を向けた。


矢的「君には君のためを想い、そして君のために戦ってくれる仲間がいる」

矢的「あのウルトラマンを見るんだ。ほら!」

 矢的が和に近づき、ギンガに指を差す。

矢的「わかるか?あれは君の親友、高鴨穏乃だ」

和「え……?」

矢的「君は一人なんかじゃない。高鴨さんの他にも、たくさんの人たちが君のことを想っている」

和「あなたは……いったい……?」

矢的「……僕は」

久「っ!」

 久が息を呑んだ。矢的がその表情に気付いて背後を振り向く。


ホー「ウゥゥゥゥゥゥ!!!」

 ホーが飛び跳ねるように道路を走り、こちらに向かってきていた。
 その眼から溢れる涙は周囲に飛び散り、アスファルトを溶かして白煙を上げさせる。

 しかしそんなことよりも、地を揺らしながら一直線に迫り来る巨体に三人の視線は集中していた。
 和と久は金縛りにあったかのように身体を固まらせ、動くことができない。

 一方で矢的は二人の前へ出た。ポケットから変身アイテム『ブライトスティック』を取り出す。

矢的「――エイティ!」

 掛け声を上げながら彼はそれを夜天に掲げた。
 ブライトスティックの先端から光が発される。彼はその本来の姿に変身し――


80「ショワッ!」

 大きい掛け声と、これまた大きな地鳴りが起きた。
 閃光に目を瞑っていた二人が瞼を開ける。

 そこに広がっていたのは倒れる怪獣と、二人の前に立つ大きな銀の背中。
 頼もしさと強さを持つその戦士の名は――“ウルトラマン80”!

ギンガ「!」

80「ショワッ!」

 起きたホーに80が手刀を当て、怯んだその首を腕で絞めて向こう側へ投げ飛ばした。

ホー「ウゥゥゥ……」

 身体を持ち上げようとするホーに向けて80は走り、跳躍して空から蹴りつけた。
 ホーはその衝撃に飛ばされ、和たちから更に距離が離れていく。


ギンガ「ジュ、ワッ!」

ギャビッシュ「ギャァオオオオン!」

 ギンガは牙に気を付けながらもギャビッシュと取っ組み合い、その肩越しに見える80の戦いに惚れ惚れとしていた。
 流れるような美しい攻撃。派手に飛び跳ねる華麗な動き。全てが計算されたようなプロの戦い方だった。

ギンガ「ショラッ!」

 ギャビッシュを掬い投げし、向こうへと投げ捨てる。
 しかしギャビッシュはすぐに前転してギンガを振り向く。ギンガは腕を交差させ、頭のクリスタルに翳した。

ギンガ「――ギンガスラッシュ!」

 紫に染まったクリスタルからそれと同じ形の光弾が翔ぶ。

ギャビッシュ「ギャァッ!」

 するとギャビッシュは両眼から赤い光線を放った。
 ギンガスラッシュはそれに取り込まれ、そしてギャビッシュの眼の中に吸い込まれていった。


ギンガ「ヘァッ……?!」

 ギャビッシュの喉元に赤い光が纏い、口元に集まっていく。
 ギンガは急いでバリアーを展開しようとするが、それより先にギャビッシュの口から光弾が放たれた。

ギンガ「ジュワァッ……!」

 胸に命中し、ギンガは背後に倒れた。ギャビッシュは飛び掛かり、そんな彼の首を絞めた。

ギャビッシュ「ギャァオオオ!!ギャァァオオオ!!」

ギンガ「ジュ……アァ……!」

「穏乃!」


ギンガ「……!」

 顔を傾ける。視線の先には、こちらに顔を向ける和がいた。

和「穏乃!頑張って!」

 ギンガは頷き、拳を握ってギャビッシュの頭に叩きつけた。
 ギャビッシュの締めつけが緩む。ギンガはその隙を突いて足を曲げ、怪獣の体を巴投げした。

ギャビッシュ「アオオオオオン……!」

 ギンガとギャビッシュは同時に起き上がり、対峙した。
 ギャビッシュは体勢を落として尻尾をギンガに向け、その先から電撃を放った。
 ギンガはバリアーを展開し、どうにかそれを抑え込む。

ギンガ「シュッ……!」


80「ショワッ!」

 80は跳躍してホーを飛び越え、すれ違い様に首の後ろを蹴り付けた。
 ホーは呻き声を上げながらたたらを踏んだ。

ホー「ウゥゥゥ……」

80「!」

 ホーの後方ではギンガとギャビッシュが戦っていた。
 ギャビッシュの放電をギンガが耐えている。

 80は胸の前に両腕を構え、右腕を肩の後ろへ下げた。
 その手にエネルギーが漲り、ドーナツ状の円盤が発生し、掌の上で高速回転する。

80「トアッ!」

 80は“八つ裂き光輪”をホーの向こう側へ投擲した。
 光輪は唸りを上げて空を裂き、ギャビッシュの尻尾を断ち切った。


ギャビッシュ「ギャァァァァァ!!」

ギンガ「……!ショ――ラッ!」

 ギンガはバリアーを戻し、80の方へ飛んだ。
 80は隣に降り立ったギンガを見て頷き、ホーと、その真後ろで悶えているギャビッシュに目を向ける。

ギンガ「ハァァ――……」

 両腕を交差させ、左腕を上側へ、右腕を下側へ、その二つで円を描くようにゆっくりと回していく。
 それと共に全身のクリスタルは光り、深い青の輝きを夜の町に解き放っていく。

80「ハッ!」

 80もまた光線のポーズを取った。
 左腕を斜め上へ、右手を横へ構えると、彼のカラータイマーがキラリと煌いた。


ギンガ「――ギンガクロスシュート!」

 右腕に虹色の光が纏い、そこから流星のような光線が放たれる。

 同時に80も腕をギンガと同じようにL字に構えた。
 彼の必殺光線“サクシウム光線”が発射され、青い光線が虚空を切り裂いていく。

 その二つは宙で衝突し、一本の大きな激流の渦となってホーを、そしてその体を貫いて背後のギャビッシュに命中した。

ホー「ウゥゥゥゥゥ……」
ギャビッシュ「ウァオオオオオオン……!」

 怪獣の体からストロボライトのような閃光が放たれ、青白い炎に包まれて消滅した。
 ギンガと80は向かい合って頷き合うと、勝利を分かち合うように拳を突き合わせた。


―――地上

 穏乃は元の姿に戻り、矢的は人間の姿に変わって地上に降り立った。
 道路の向こう、避難した人々がいる場所で、到着したTLTの職員が町の住人たちの保護を行っているのが見て取れた。

和「穏乃!」

 背後から和の声がした。穏乃が振り向くと同時に――その小さな身体に和が飛び込んできた。

穏乃「の、和。大丈夫だった?ちょっと手荒な真似しちゃったけど……」

和「……はい。ありがとうございます。助けてくれて」

穏乃「そっか。無事でよかったよ」

和「……穏乃」

穏乃「ん?」


和「ごめんなさい。心配かけて」

穏乃「………」

和「私はもう大丈夫です。学校にも行きますし、穏乃たちと全国で会えるように頑張ります」

穏乃「……無理はしないでね」

 それを聞いた和の顔は、一瞬、何かを隠す為に吊り上がったように見えたが、それさえも隠すように笑顔を浮かべた。
 しかしどこかぎこちない笑顔だった。そんなに容易く解決できる問題ではないのだから。

穏乃「私に出来ることがあればなんでもするから。メールしてね」

和「……はい」

 穏乃は不安を覚えながらも、確かな手応えも感じていた。
 きっと和は立ち直ることができる。彼女はひとりじゃないのだから。


―――阿知賀、公園

 阿知賀に戻ってきた二人は、待ち合わせ場所だった公園でタロウを待っていた。
 しかしなかなかやってこない。何らかの調査に出かけていたようだが、まだそれが終わっていないようだった。

矢的「そういえば――あの怪獣」

穏乃「なんですか?」

矢的「後から現れた怪獣。あれは僕も過去に一回戦ったことがあってね」

穏乃「そうなんですか?どうりで戦い方が慣れてると思った」

矢的「うん。まぁ問題はそこじゃなくてね……あれはマイナスエネルギーから生まれた怪獣なんだよ」

穏乃「え?」

矢的「つまりダークスパークウォーズに参加するような怪獣じゃないってことだ。あれはスパークドールから生まれた怪獣じゃあない」


穏乃「……そういえば、最初の怪獣は」

矢的「原村さんの先輩から聞いたんだけど、あれは彼女が宮永咲からプレゼントしてもらった人形が実体化したものらしい。実際に拾ってきた」

 矢的はポケットからギャビッシュの人形を取り出した。
 足の裏を穏乃に見せる。そこにはスパークドールの紋章が刻まれていた。

穏乃「!スパークドールか……」

矢的「うん。でもダークスパークは持ち出されていないはずだ。それなのにスパークドールは解き放たれた」

矢的「マイナスエネルギーの発生と無関係だとは思えない。僕が思うに、原村さんのマイナスエネルギーがスパークエネルギーの代わりになったんだ」

穏乃「……似ている性質のエネルギーだから、こんなこともあり得るんですね」

矢的「多分ね」


穏乃「………」

矢的「やっぱり不安か?」

穏乃「え?何がですか?」

矢的「……すまん。てっきりまだ戦いが続くことに不安を感じてるのかと思って」

矢的「そんな心配は要らないほど、君は強い子みたいだな」

穏乃「ま……無くはないです。でも、きっと私たちなら何とかなるって思ってます」

矢的「『私たち』?」

穏乃「はい。私はひとりじゃないし……それにまた新しい夢に歩みだしてる」


穏乃「私はそのために、私にできることを頑張るだけですから」

矢的「一所懸命。だな」

穏乃「え?」

矢的「人には……一生、命をかけてやらねばならないことがあるよな」

矢的「その大きな目的を達するためには、その人が今いるところで、今やっていることに最大を尽くすことが必要だと僕は思う」

矢的「『ひとところに命を懸ける』。それが僕のモットーなんだ」

穏乃「へえー……」

矢的「うん。君には言うまでも無かったようだけどな!」

穏乃「あはは」


光太郎「すまん、遅れた」タタタ

矢的「お疲れ様です。どうでしたか?」

光太郎「ああ。実は……」

穏乃「それよりまず、私に説明してよ」

光太郎「そ、そうだったな。すまない」

光太郎「ついさっき、私は黒い霧のようなものが空に漂っているのを見たんだ」

穏乃「!それって……」

光太郎「なんだ?」


矢的「僕たちも、さっき行ってきた所で黒い霧――マイナスエネルギーと遭遇したんです」

光太郎「!ということは、あれもマイナスエネルギーってことなのか……?」

矢的「一体どこに?また怪獣が現れるかもしれない!」

光太郎「落ち着け。私はその調査に向かったんだが……到着した時には霧は消えてしまっていたんだ」

穏乃「消えた?」

光太郎「ああ。80、マイナスエネルギーについてはお前は詳しかったよな。どういうわけかわかるか?」

矢的「……僕はそういうことは経験していません。なので推測でしかものは言えませんが……」


矢的「その『マイナス』が満たされた、ということではないでしょうか」

穏乃「心の闇が解消されたってこと?」

矢的「うん。多分だけど」

光太郎「それなら問題は無さそうだが……。しかし、出現はしていたんだ。注意せねばな」

矢的「そうですね……」

穏乃「………」


穏乃(このとき私はまだ気づいていなかった)

穏乃(私のすぐ近くに、その闇は迫っていたということに――)


―――山の中

 一人の少女がおぼつかない足取りで山の中を歩いていた。
 山というものに余り慣れてはいないのだろう、ところどころ足を滑らしたりしていた。
 しかし彼女は何かに引き寄せられるかのように真っ直ぐ歩いていく。

 暫く歩いた後に彼女は足を止めた。
 笹薮の中に屈み込み、その中からあるものを拾い上げた。

「……何だろう、これ」

 それは、山に降り注いできたスパークドールだった。
 しかし彼女はそんなことは知らなかった。

 むしろ――その怪獣の姿に彼女は愛おしさを感じていた。
 いつもすぐ側にいてくれて、自分を助けてくれる存在だったから。

 彼女は腰を上げ、人形から土を払ってポケットに仕舞い込んだ。
 それが悪夢の始まりになるとも知らずに――


To be continued...


登場怪獣:ウルトラマンダイナ第7話より、“凶悪怪獣”ギャビッシュ
       ウルトラマン80第3話より、“硫酸怪獣”ホー

ホーwwwwwwwww

ということで続きまた今度書きます


第十五話『龍の恋人』


―――時は少し遡って、奈良

 阿知賀の老舗旅館・松実館。
 その裏は松実家の住宅となっており、玄や宥はそこに住んでいた。

「宥のこと、よろしくお願いします」

 男の声が障子の向こうから聞こえてきた。
 その主は姉妹の父親。

「必ずや、プロにも通用する選手にしてみせます」

 今度聞こえてきたのは礼儀正しさを体現したような声。
 その主は玄の姉・宥を特待生として迎えたいと勧誘をかけてきた大学からの使者。

 話も終わりが見えてきたのを察して、障子の外で話を盗み聞きしていた玄は足音を立てないように廊下を進んだ。
 静かに襖を開け、寝室へ入る。あらかじめ敷いておいた布団に飛び込み、全身でひんやりとしたそれを感じた。

玄(……おねーちゃん)

 インターハイで優勝を飾った阿知賀は高三生が宥だけで、故に彼女にはプロ行きのオファーや特待生の話が多く持ちかけられた。
 割合内気な性格の宥やその父親は大学進学を好み、今日来たのはその中の一つであり、それは東京の大学だった。


玄(来年……私一人になるんだな)

 父親は旅館の仕事が忙しく、家の方へ帰ってくるのも遅い。
 そのため松実家の日常は大抵玄と宥の二人だった。しかし来年からそれが玄一人だけになってしまう。

玄(ひとりぼっち、か……)

 その時、玄は微かな声を耳にした。
 廊下の方を振り向くが、今なお続く声はそこから来ているのではなかった。

 むしろ逆だった。玄は窓に近づき、夜の闇が立ち込めるその向こうに目をやった。
 声はそこから聞こえていた。声というよりは、動物の遠吠えのような――

 玄がそれを『声』と認識したのは、それがとても身近なものだったからだ。
 小さい頃から親しんできたものの声。彼女は無意識の内にそう感じていた。

玄(………)

 玄は何かに引き寄せられるかのように家を出て、その闇の方へ歩いていった。


―――穏乃の家

 和の件を終え、タロウたちと別れた穏乃は家に帰って電話をしていた。

穏乃「……ってことで。マイナスエネルギーによる黒い霧には注意してください」

菫『ああ、わかった。上へ言っておく』

菫『しかしどうして今になってマイナスエネルギーとやらが?やはりザギと関係があるのか』

穏乃「タロウや80もそう考えてます。世の中が大きく変化して人々の心が今までより大きく揺らいでいるからだって」

菫『なるほどな……』

『あ、菫先輩!代わって!』

菫『え?……ああ。高鴨、淡に代わる』

穏乃「大星さん?はい……」


淡『あ、高鴨穏乃?言っておかなくちゃいけないことあって』

穏乃「はい、何ですか?」

淡『インハイで一位になったからってちょーし乗らないでよね。たかみ先輩と私が抜けたうちに勝ったからって』

穏乃「は……はい」

 ザギとの交戦で負傷した淡と堯深は決勝戦には出られなかった。

淡『秋季予選、絶対勝ち抜いてよね。今度こそ何百回も叩きのめしてやるんだからっ』

穏乃「……ふふっ」

淡『……!?今笑った!?ねえ!』

穏乃「だって大星さん、面白いんだもん」

淡『な……っ!覚えといてよ!絶対後悔させてやるから!』


菫『……代わった。すまないな、うちの淡が』

『なんか言ったー!?』

穏乃「いえいえ。早く良くなるようにって、二人に伝えといてください」

菫『ああ、ありがとう。じゃあ切るぞ』

穏乃「はい。おやすみなさい」

 穏乃は頬を緩めたまま携帯を閉じた。

穏乃(……うん。秋季予選に向けてまずは部員集め)

穏乃(今度は個人戦も参加だし。楽しみ増えてきた!)

 マイナスエネルギーという新たな懸念もあったが、穏乃の心は踊っていた。
 玄、灼、憧と共に明日から忙しくなる。それさえも今の穏乃には楽しみに思えるのだった。


―――翌日・昼、阿知賀女子学院高校

教師「えー……ここはこうで……」

玄「………」

 授業中だったが、玄は上の空だった。
 宥のいない日常。それはいったいどんなものになるだろうか。

玄(………)

 洗濯物も少なくなり、お米を炊くのも一合減るだろう。
 姉妹の寝室も広くなる。居間のこたつは撤去されるだろうか。

玄(ずっと前……お母さんが死んだときも同じことを思ったっけ……)

 その時を玄は回想した。少し前までは思い出したくもない記憶だったが、インハイ準決勝の日からそんなことはなくなった。


玄(……お葬式の日)

 玄と抱き合って泣く宥を見て玄もまたもらい泣きしてしまった。
 ――実はその時、玄は母の死というものに涙したのではなかった。

 彼女が泣いたのは姉が哀しそうにしているからだった。嗚咽を漏らし、自らの胸の中で泣き続ける姉の姿に涙を流したのだ。
 母の死が哀しくなかったというわけではない。その事実が、玄にはあまり飲み込めていなかったのだ。

玄(………)

 だからあの時の玄は、これからの暮らしの変化というものを考えた。
 現実を理解するために。受け入れるために。そして、未来を見据えることで、辛い過去から目を逸らすために。

玄(……おねーちゃん)

 玄は耐えきれなくなり、いっそう鼻をつん、と上げて、黒板を凝視した。
 その時、玄はまた何かの声を耳にした。彼女は思わず窓の向こうに視線をやった。

 そこに広がっていたのは、いつもと変わらない連なる山々の風景。
 しかしその中に何かがいる。彼女はそれを感じ取っていた。


―――放課後、麻雀部・部室

 ガララッ

憧「あ、待ったよー……って、あれ?」

宥「憧ちゃん。お久しぶり」

 驚いて部室の穏乃と灼も宥を見た。
 宥は部活を引退し、ここへやって来るのもかなり久しぶりのことだった。

憧「宥姉?久しぶりだけど何で?」

宥「えーと……昨日ね、特待生の件が正式に決まって……」

憧「あ、決まったんだ」

穏乃「おめでとうございます!」

灼「おめでと……」


宥「ありがとう。それで、入試免除のようだから、勉強する必要が無くなって……」

憧「なるほどね」

宥「それで何かお手伝いできるかなぁ……って思ったの。迷惑だったかな……?」

憧「全然。猫の手も借りたいくらいだったから」

宥「ホント?よかった。じゃあ何すればいい?」

憧「そろそろ来る頃だと思うけど……」

 憧がそう言うと同時に戸が開き、そこから波のように人が押し寄せてきた。

宥「わわ」


穏乃「やー……お昼休みの間に入部希望者がいっぱい来て……」

憧「それで、全員のレベルを測ることになったんだ。でも私たち四人じゃこれだけ全員を見て回るのも難しいし」

灼「だから、宥さんに手伝ってもらえると助かる」

宥「うん、分かった。……でも、そういえば玄ちゃんの姿が見えないけど」

穏乃「そうなんですよね……。灼さん、何か聞いてませんか?」

灼「いや、聞いてな……」

憧「そっか。どうしたんだろうね」

穏乃(………)


―――その頃、玄サイド

 玄は学生鞄を提げたまま、山の中を幽霊のような足取りで歩いていた。
 ただし、行き先があらかじめ決まっているかのようにまっしぐらに。

 歩いていくにつれて、玄の耳にだけ聞こえる『声』は大きくなっていった。
 頼もしさと懐かしさと親しさを感じられる声。彼女はそこへ真っ直ぐに進んでいく。

 歩いた末に彼女は声の在処に辿り着き、草むらの中にしゃがみこんだ。
 拾い上げたそれは、とても長い首と尾を持つ龍の人形だった。

玄「……あなたが私を呼んだの?」

龍『ギャァァオオオ……』

玄「………」

 龍の声は、どこか寂しそうで、どこか哀しそうだと玄は思った。
 人形から土を払い、鞄の中にそっと仕舞った。首や尾が挟まって苦しくならないようにスペースを開けて。

玄「………」

 玄は知らず知らずの内に胸を抉る哀しみが無くなっていることに気づいた。
 この龍がもたらしてくれたのだろうか。孤独に悲嘆する心を癒してくれたのだろうか。


玄「……あなたたちはずっと、私の側にいてくれたもんね」

 時には自分から別れを切り出すこともあった。
 だが彼らは玄の元に帰ってきてくれた。

 前へ向くための別れ――その強い意思の元に彼らは戻ってきてくれたのだ。

玄(そうだよね。一旦別れても、心を強く持って待っていれば必ず戻ってきてくれる)

玄(私はそれを……あなたたちから教わったもんね)

 玄はその時、再び『龍の声』を耳にした。
 結構近くだ。彼女はそこへ向かって足を動かし始めた。


―――その夜、穏乃の家

 そろそろ肌寒い時期になり、普段は着ないパジャマを着て穏乃は布団に転がっていた。

穏乃「………」

 昨日の内にマイナスエネルギーのことについてはTLTに話したが、今日のニュースではそれに触れられることはなかった。
 ちなみに穏乃は平和を守る存在としての自覚が生まれたのか、新聞を読んだりニュースを見たりするようになっていた。

穏乃(混乱を招かないような公表の仕方も考えてるんだろうな。もしそうなると本末転倒だし)

穏乃(その前に何も起こらなきゃいいけど……)

穏乃(………)

 しかしそう考えるにつれて穏乃の心に予感めいた疑念が浮かび上がってきた。
 玄のことだ。今日彼女は遂に部室に来なかった。何も言わずに欠席するなんて今までに一度もなかった。

穏乃(まさか玄さんが……でもな)

 穏乃は起き上がり、携帯を引っ張り出した。


―――その夜、玄の家

玄(………)

 玄は勉強机に頬杖を突きながら、その上に乗せられている数体の龍の人形に目をやっていた。
 大小様々なサイズがあり、色や体の作りも違う。首が複数伸びているものすらあった。

玄(……どうしてあなたたちは、私のもとに来たの?)

 玄はその龍たちの声に対して恐れや疑いの念は全く感じていなかった。
 通常なら驚くし、恐怖するだろう。山の中で拾った人形が声を出しているのだ。

玄(!)

 その時、廊下側から足音がした。
 どんどん大きくなっていくそれを聞き、玄は急いで人形をバッグの中に放り込んだ。

宥「……玄ちゃん」

玄「ん、どうしたの?もう寝る?」

宥「ううん、そうじゃなくて……。今日、部活来なかったよね。みんな心配してたよ?」

玄「あ……」

 そういえば、と玄は今さらになって気付いた。


宥「どうかしたの……?具合悪かったりとか……」

玄「う……うん。ちょっとね。ごめん、連絡入れてなくて」

玄「それより、おねーちゃんは今日部室行ってたの?」

宥「うん。お手伝いになるかなぁって」

玄「そっか。特待生決まったもんね」

宥「……。玄ちゃん、来年からお父さんと二人だけになるけど……大丈夫……?」

玄「うん、大丈夫。むしろおねーちゃんこそ一人暮らしは大丈夫?」

宥「う……うん。これから料理とか勉強する……」

玄「ならもうこれ以上心配は要らないかな」

宥「………」

 いつの間にか主導権を取られてしまった会話に宥は違和感を覚えていた。


宥(――あ)

 宥は違和感の理由に感づいた。
 いつもよりどこか強気で、いっそう前向きな玄。それは彼女が『無理』をしているという表れだった。

 母の葬式の日だって泣き崩れることはなかった。翌日には台所に立って父の手伝いをしていた。
 ずっと哀しみに暮れていた姉を励ますように。――もしくは、自らの中の哀しみを覆い隠すように。

宥(………)

 内気な宥にはそれを切り出す勇気は無かった。
 「無理してない?」と訊くだけで済む話だ。だがそれは、玄の中の哀しみを晒け出してしまう危険性もある。

玄「明日はちゃんと部活行くから」

 そう言って玄は笑みを向けてきた。
 宥もまた、内心では不安を抱えたまま、作り笑いを返した。


―――翌日、放課後、部室

 玄が部室に入ると、その中はまるで子ども麻雀クラブの時のような盛況ぶりを見せていた。
 彼女はその光景に圧倒されつつ、一つの卓に集まっている穏乃たちの元に向かった。

玄「お待たせ」

憧「あ、玄」

玄「ごめんね、昨日は」

穏乃「メールしても返ってこないし……何かあったんですか?」

玄「え、メール?」

穏乃「はい。夜になってからですけど」

 玄は慌てて携帯を取り出した。
 確かに通知があった。それも三件。それぞれ、穏乃、憧、灼からのメールだった。

玄「……ごめん、全然気づいてなかった。ただの体調不良だから気にしないで」

穏乃「ならよかった」


灼「これからは一言入れて」

玄「うん。気をつけます」

 そう言うと、玄はわざとらしく敬礼した。それを見た皆の頬も緩み、不安も払拭されたようだった。
 ――ただひとり、宥を除いて。

玄「で、私は何をすればいい?新入部員さんたちの相手すればいい?」

憧「あー……実は今日はちょっと別件があって」

玄「なに?」


憧「ハルエのさ、送別会のことをみんなで話し合おうって。宥姉も時間空くようになったから」

玄「送別会……」

 インハイの後、晴絵はプロリーグへ挑戦することを決意していた。
 シーズンオフのトライアウトに向けて自主トレをするということで、教員としては学校に残ってはいるが、部室には殆ど来ないようになっていた。

憧「まだまだ先のことだろうけど、後援会の人たちも呼ぼうって考えててさ。考えるのは早いに越したことはないって思って」

玄「そうだね……」

 その時、玄は再び『龍の声』を聞いた。憧が草案をバッグから取り出そうとしている間に彼女は窓の外に顔を向けた。
 そこに広がる、何も変わらない蒼い絨毯。声はまたしてもそこから聞こえていた。

玄「………」

 ・
 ・
 ・


 日はすっかり沈み、辺りは一面真っ暗で、高い空には星が自己主張するように懸命に煌めいていた。
 部活が終わり、玄は学校を出てひとり道路を歩いていた。

「玄さーん!」

 玄が振り向くと、校門から穏乃の小さな姿がこちらに駆けてくるのが見えた。

玄「穏乃ちゃん……どうしたの?」

穏乃「あの、宥さんは?今日は一緒じゃないですか?」

玄「う、うん。私、先に寄るとこがあって」

穏乃「そうなんですか。……ちょっと話があって。部室じゃ宥さんがいたから」

玄「なに?」


穏乃「今日、赤土先生の送別会のことも言いましたけど、宥さんの慰労会?みたいなのもしたいなって話があったんです」

玄「おねーちゃんの?」

穏乃「はい。宥さんの活躍なしでインハイ優勝なんて出来なかったですし」

 その時――玄は、心臓の奥に指を掛けられているような鋭い痛みを感じた。
 『宥の活躍なしでインハイ優勝はできなかった』。ならばもし、『宥が居なかったら』?

穏乃「それに特待生も決まりましたし。その先の成功も祈って」

玄「……うん、いいと思う!きっとおねーちゃん、泣いて喜ぶよ」

穏乃「ですよね!あ、このことは」

玄「大丈夫。おねーちゃんには絶対言わないから」


穏乃「はい。憧と灼さんが色々考えてくれてるみたいなので、二人が草案を纏めて、私たちがそれに意見加えるって形で」

玄「うん。了解っ」

穏乃「はいっ!じゃあ、また明日!おやすみなさーい!」

玄「おやすみ」

 穏乃は元気よく別れを告げ、これまたダッシュでバス停まで向かっていった。
 それを見送る玄は笑顔だったが、それはすぐに消えてしまった。

 彼女にとっての別れは、楽しいものではないのだから。


―――山

 声のところまで来ると、この時もまた龍の人形が落っこちていた。
 拾い上げ、土を払い、バッグを開けてその中から袋を取り出す。その中には今までに拾った人形が詰められていた。

玄「ごめんね。窮屈だと思うけど」

 玄は拾った人形を袋の中にそっと入れた。

玄「別れても、待っていればいいんだもんね……」

玄「そうしたらまた会えるって、あなたたちは私に教えてくれた……」

玄「……でも」

 玄は人形を取り出して地面に置き、空っぽになった袋を敷いてその上に座り込んだ。
 脚を寄せて顔を膝に埋めた。歯に力を入れているのに、喉からせり上がってくる嗚咽はそれをこじ開けて唇から溢れた。

玄「でも……」

 『別れ』ということ自体は、そう簡単に割り切れるものではなかった。
 いつだって耐え切れない寂しさに襲われるし、張り裂けそうな哀しみに苛まれる。

玄「おねーちゃん――……」

 玄も気づかぬうちに、その山の周囲には黒い霧が立ち込めていた。
 そして、地面に置かれていた龍たちの瞳は一斉に光り始め――


―――その頃、タロウサイド

 玄とは別の山でキャンプ生活を送っているタロウと矢的。
 彼らは向こうの夜空が赤く染められているのを発見していた。

矢的「……火事でしょうか?」

光太郎「!80、あれを」

 タロウが指差した場所。夜なので分かりづらいが、赤い空の中を黒い影が漂っている。
 縦横無尽で形を持たない、まるで雲のような影。それは――

矢的「マイナスエネルギーか!」

光太郎「以前はすぐ消えていたが……まさかこれが原因か?」

矢的「僕が先に見てきます。兄さんは高鴨さんに連絡を」

光太郎「ああ。頼むぞ」

 その時、二人の耳にサイレンの音が聞こえてきた。
 赤い空の方からだ。矢的は表情を引き締め、ブライトスティックを空に掲げた。

矢的「――エイティ!」


―――現場

 阿知賀女子学院の付近の山々。その麓にある小さな町に怪獣は出現していた。
 怪獣が炎を吐き、家屋が燃え上がっている。それが夜空に映えて赤く染めていたのだった。

80「……!?」

 そこに近づく80は目を疑う光景を目の当たりにした。

 白・赤・青の刺々しい三つ首を持つ龍、ファイヤードラコ。
 四つの腕とそれに広がる飛膜で空を飛ぶ竜、ゲルカドン。
 赤銅色の甲殻に身を包む竜、シラリー。
 茶色のタイルのような体表と袂のような腕を持つ竜、パワードドラコ。
 鋭い嘴と鎌を持ち、岩石のような灰色の体表の竜、メルバ。
 蒼い鱗に全身を包み、八つに分かれた尾もまた頭になっている龍、壬龍(ミズノエノリュウ)。
 黒と金に輝き、ひときわ長い首と尾を持つ龍、ナツノメリュウ。

 合計で七体の怪獣が、それぞれ空を舞い、地上を蹂躙していた。


メルバ「キュゥゥアアア!!」

 気付くと目の前にメルバが迫ってきていた。
 その金色に光る両眼から赤色のビームが放たれ、80に直撃した。

80「アァッ……!」

メルバ「キュゥゥア!」

 すれ違いざまに体勢を崩した80の背中を鎌で斬りつけた。80は耐え切れず、地面に向かって真っ逆さまに墜ちていく。
 地面と衝突し、地響きが上がる。地上を闊歩していた怪獣たちは一斉にその方へ注目した。

80「!」

ファイヤードラコ「ググギャァァァ!!」

80「ショワッ!」

 ファイヤードラコがまず歩いてくる。80は立ち上がって迎え撃つ。

ファイヤードラコ「ギャァァァ!!」

 真ん中の赤い首から光線が放たれた。80は腕を身体の前で交差させてそれを弾いた。
 80が反撃とばかりに跳躍して蹴りを繰り出そうとする。しかしその時――


壬龍「シャァァァア!」

80「グッ……!?」

 空中に跳び上がった身体の勢いが止まり、逆に重力に逆らって浮かび上がった。
 首を背後に向ける。壬龍の頭部の眼が光り、その超能力で80を縛り付けていた。

80「ハァッ……!」

メルバ「キュゥゥゥアア!!」

 メルバが飛来し、光線が80を襲う。

ゲルカドン「キュアァォオン!!」

 更にその後ろからゲルカドンが向かってきていた。
 ゲルカドンもまた両眼から光線を放ち、金色のそれは空中へ磔にされている80へ直撃する。

80「ウアァ……ッ!」


―――穏乃サイド

 穏乃は自室の窓からタロウのウルトラサインを確認していた。
 ギンガスパークを握ってその意味を解読する。

穏乃(阿知賀に怪獣が……?!)

 ギンガスパークが輝きだし、飛び出した光はウルトラマンギンガの人形を象った。
 穏乃が変身しようとそれを握り締めたとき、彼女の携帯が通知を告げた。

穏乃(もう、こんな時に……!)

穏乃「はい!もしもし!」


憧「シズ?ニュース見てる?」

穏乃「見てないけど、怪獣が出てきたってことは知ってる」

憧「うん。でさ……これ……」

穏乃「どうかしたの?」

憧「もしかして……だけど。玄の仕業……な気がする」

穏乃「玄さんの仕業?何で?」

憧「今、灼さんと宥姉と一緒に近くにいるんだけど……出てきてる怪獣が全部ドラゴンなんだ……」

穏乃「……ドラゴン?」

憧「うん。まあ、翼が付いてない奴とかもいたけど……。もしかして、だけどね?」


 穏乃は考えを巡らせた。
 タロウからの連絡では、怪獣の発生はマイナスエネルギーが関係しているらしい。

穏乃「……玄さんに何かあった?いつも通り、むしろいつもより元気だったと思うけど」

憧「私もそう思う。でも昨日無断で部活休んだり、宥姉がいなくなることもあるし……」

穏乃「……そうか。玄さんと連絡は取れた?」

憧「電話してみたけど、出てくれなかった。二度目のコールしたら電源落とされてた」

穏乃「………」

憧「ねえ、もしかしてだけど。これってこの前、ウルトラマン80が言ってた……」

穏乃「うん。多分そう。私も今から現場に行くけど、戦う前に玄さんを探すよ」

憧「私も探す!」

穏乃「ダ、ダメだよ!怪獣が暴れてるんだろ!憧は早く避難所に行ってて!」


憧「嫌。玄は私たちの仲間でしょ?」

憧「こういう時こそ、私たちが行って助けなきゃいけないんじゃないの?」

穏乃「……そう、だね」

憧「うん。多分学校近くの山にいるんだと思う。宥姉たちと一緒に探すよ」

穏乃「気をつけてよ」

憧「分かってる。シズこそ……いつも思ってるけど、頑張ってよ」

穏乃「心配ないよ。80やタロウも行ってるから」

憧「でも怪獣めっちゃ多いよ?七体もいる」

穏乃「……は?七体?」


憧「うん。三人だけじゃ倒せないかもしれない……」

穏乃「だ……大丈夫大丈夫。なんとかなる」

憧「……ホントに?」

穏乃「約束する」

憧「おっけ。じゃあまた後で。玄と一緒にね」

穏乃「うん!」

 携帯を閉じ、穏乃は家を飛び出た。しかし彼女の胸中は不安に満ちていた。
 七体。そんな数の敵に勝てるのだろうか――

「おい!お前!」

 ――その時、突然声がした。
 それも、前方や背後からではなく、耳のすぐ近くから。

穏乃「え……?」


―――現場

 80が怪獣たちに囲まれ苦戦している中、タロウが夜空の向こうからやってきた。

タロウ「ショアッ!」

 空を滑り、壬龍の頭を蹴りつける。怯んだ壬龍は超能力を解き、80は解放されて地面に降り立った。
 しかしそれでもダメージは相当なものだった。片膝を突いたまま肩で息をしている。

タロウ『80!大丈夫か!』

80『だ、大丈夫です。これしき……』

シラリー「グォッルルル!!!」

タロウ「!」

 上空を赤い影が通り過ぎていったと思うと、タロウたちの元に光弾の雨が降った。
 追撃をかけるかのように周囲の怪獣たちが光弾や光線を吐き出す。

タロウ「……ッ!」

 タロウと80が同時に飛び上がる。しかし二人を挟み込むようにメルバとゲルカドンが飛来してきた。


タロウ「ショアッ!」

80「トアッ!」

 手から光刃を放ち牽制するが、メルバは素早くそれを躱し、ゲルカドンは光線を放って相殺する。

ナツノメリュウ「グゥゥゥアアア!!!」

 そこへもう一体。気高く巨大な龍が灼熱の翼を広げ、二人に突進してきた。

タロウ「ハァッ……!」

 それを受けて地面に墜落するタロウ。その下にはパワードドラコが待ち構えていた。

ドラコ「ギューアア!!」

 空に向かってパワードドラコは両腕の鎌を投擲した。
 落ちてくるタロウを刻み、彼の身体から火花が飛び散る。

80「トアッ!」

 一方80は体勢を立て直し、迫ってきたファイヤードラコと組み合っていた。
 そのパワーに振り回され、なかなか攻めに転じることができない。そんな中で左の青い首が80の肩に噛み付いた。

80「トアァッ……!」


―――山

 町全体を俯瞰できる山にカメラを構えようとするマスコミが多く、玄は更に山奥へと逃げ込んでいた。

玄「私のせいだ……」

 目の前に置いてあった人形が一斉に町に解き放たれた。玄はそれを眺めていることしかできなかった。

玄「私が人形を拾ったから……っ!みんなが……町がめちゃくちゃに……」

 その言葉の最後は涙声の中に溶けて消えてしまっていた。
 もうじき、学校の方にも攻撃の手が及ぶだろう。そうなれば――

玄「……みんなの夢も、私がめちゃくちゃに……!」

玄「うああぁぁぁぁぁぁぁ……!!」

 頭を抱え込み、玄は泣き崩れた。
 増大化したマイナスエネルギーは、更にもう一つの龍を目覚めさせようとしていた。

 人形と呼ぶにはおこがましい程の巨大さを持つ、“巨獣”を――


―――現場

 余りにも八方塞がりだった。

 空へ逃げようとしても、そこには空中を縄張りとする龍が。
 地上で戦おうにしても、多すぎる敵に対処しきれない。

 そもそも、伝説の存在である龍という生き物はたとえ一体だけでも強力だった。
 それが七体。二人のウルトラマンだけでは、まともな戦いすら出来るわけもなかった。

タロウ「ハ……アァッ……」

 地上に項垂れるタロウと80。壬龍は彼らに超能力を掛け、空中へ浮かび上がらせる。
 そこへ飛来するメルバとゲルカドン。万事休すかと思われたその時――

 暗闇の中に、煌く銀が走っていった。
 地上の炎に照らされたそれは、赤燈光の軌跡を描いてゲルカドンの身体に纏わりついた。

80「!?」

タロウ『ま、まさかあれは……!』


 そして次に、流れ星のような白い光線、そして細く鋭い緑色の光がそれぞれ怪獣に発射された。

ファイヤードラコ「グギャァァァ……!」

ゲルカドン「グォォアッ……」

 二つの光線は怪獣を捉え、ファイヤードラコは地上で、ゲルカドンは空中で爆殺された。
 メルバは危機を察知してどこかへ飛び去り、壬龍は驚いたのか超能力を解除した。

 タロウと80はそのまま空中に浮かんだまま、光線が飛んできた方へ顔を向けた。
 そこにいたのは――

「大丈夫だったか!二人ともっ!」

 空中を乱れ翔んでいた銀色の軌跡は彼の頭部に納まった。
 金色の鋭い眼と、赤と青の体躯。そしてその生意気な物言い。

 彼こそ、セブンの息子でありウルトラ戦士の期待の新星。
 その名は――“ウルトラマンゼロ”!


「私たちが加勢します!」

 もう一人は、銀と赤の筋肉質な体躯を持つ戦士。
 若々しさが溢れ出る顔に見られるのは、誰よりも勇気と信念を愛する心。

 彼こそ、宇宙警備隊の中でも選りすぐりの戦士が集う『勇士司令部』の一員。
 その名は――“ウルトラマンネオス”!

タロウ『ゼロ!ネオス!来てくれたのか!』

ゼロ『ああ!いてもたってもいられなくなってな!』


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 声の居所は穏乃自身の肩の上だった。
 気づけば両肩にスパークドールが乗っていたのだ。


穏乃「あなたたちは……?」

ゼロ『その前に聞きたいことがある!お前、高鴨穏乃って奴か?』

穏乃「う、うん。そうだけど」

ゼロ『ほら見ろネオス。俺の言う通りだったろ?』

ネオス『声かけたのこれで五人目じゃないか』

ゼロ『うっ……まぁそれはともかくとしてだ』

穏乃「どうしたの?」

ゼロ『決まってるだろ?タロウと80の援護に行くんだよ。俺たちを解放してくれ!』

ネオス『僕たちの耳にはたくさんの怪獣の声が聞こえた。かなり危険な状況の筈なんだ』


穏乃「う……うん。全部で七体いるって」

ゼロ『七体!?マジかよ、もうくたばっちゃいねーだろーな』

ネオス『ゼロ!何てこと言うんだ』

ゼロ『じょ、ジョーダンだって。ウルトラ兄弟のあの二人がそんな簡単にやられてたまるかよ』

穏乃「とりあえず、あなたたち二人を解放したいけど……」

 タロウは言っていた。『彼らは人間への変身能力を持たない』のだと。
 地球上でウルトラマンがその巨体を維持して活動できるのは3分間のみだ。

 つまり、エネルギーを消費しない人間態に戻れないウルトラマンは宇宙へ戻るしかない。
 レジェンドの迎えが来るまで彼らは宇宙で待機するしかないのだ。


ゼロ『エネルギーの心配してるのか?』

穏乃「うん……あなたたち二人は宇宙で待機することになるけど……」

ゼロ『別にいいさ。月にでも行ってネオスと特訓でもしてるさ』

ネオス『ああ。それにこんなことを話している時間も惜しい。頼む!』

穏乃「わかった。……二人とも、みんなの夢を守るために頑張って」

ゼロ『ああ!』

ネオス『もちろん!』

『ウルトライブ!ウルトラマンゼロ!』
『ウルトライブ!ウルトラマンネオス!』

 ギンガスパークの光によって二人は解放され、更に穏乃は彼らに近場まで運んでもらった。


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ゼロ『というわけだ。いっちょ暴れてやるぜ!』

ネオス『町に危害は加えないように、な』

ゼロ『……それはわかってるって』

タロウ『80、我々も行くぞ!』

80『はい!』

 ゼロは飛行するシラリーとメルバへ向かって行く。
 タロウ、80、ネオスは地上に降り立ち、それぞれ壬龍、パワードドラコ、ナツノメリュウに戦いを挑んだ。


―――穏乃サイド

穏乃「玄さん……」

 穏乃は山に入り、玄を探していた。
 状況だけ見るとまだ玄の仕業だというわけではないが、穏乃には予感めいた確信があった。

穏乃「………」

 現場にいる龍を見たとき、穏乃の心に何か響いてくるものがあったのだ。
 あの龍たちは『暴走』していた。訳も分からず、自我すら奪われて暴れているだけだ。

穏乃(だから本当は、あの龍たちは……)

穏乃(玄さんを助けたかったんじゃないのかな……)

 玄の元に集まった龍のスパークドールズがマイナスエネルギーにより解放され、彼女の戸惑った心のままに暴走した。
 この状況は、その説明が一番しっくりくるような気がした。

穏乃(早く玄さんを見つけないと……)

 戸惑った心のままだとマイナスエネルギーは増大してしまうだろう。
 もしそうなると、遠くにあるスパークドールにも反応してしまう可能性がある。

 穏乃は深呼吸し、きゅっと唇を閉めて駆ける足に力を込めた。


―――ゼロサイド

 ゼロはメルバとシラリーを追って飛んでいた。
 飛行速度は同じ程度で追いつけなかったが、ゼロはそのビームランプからエメリウムスラッシュを放った。

メルバ「キュィィィィィイ……!」

 メルバの背中に命中し、その身体はバランスを崩して高度を落としていく。
 ゼロはここぞとばかりにスピードを上げ、メルバの背に向かっていった。

ゼロ「!」

 しかしその時、真横から気配を感じた。顔を向けると、そこには迫り来るシラリーの姿があった。
 ゼロは咄嗟に身構え、首を掴んでその突進を受け止める。

ゼロ『そうか。こいつグレート先輩と戦った怪獣だな……!』

 その突進に押され、ゼロは地上にまで引きずられた。
 シラリーも足を地面につけ、地上戦に移行する。


ゼロ「デリャァッ!」

 ゼロの体躯に光が纏ったかと思うと、シラリーの身体は宙に弧を描いた。
 竜の巨体が地面に叩きつけられる。それを見下ろすゼロの身体はついさっきまでとは別のものになっていた。

ゼロ「ストロングコロナ――ゼロッ!!」

 体躯から青の部分が消えて赤と銀の二色になり、頭部のゼロスラッガーは微かに金色を帯びている。
 それはパワーを重視するゼロのモード――“ストロングコロナゼロ”!

ゼロ「ハ……アァァッッ!!!」

 ゼロは地面に倒れるシラリーを持ち上げ、空中に投げ飛ばした。
 左手首のブレスレットをトン、と叩き、右の拳に力を溜めていく。

ゼロ「ガルネイド――バスターッ!!」

 突き上げた右拳から赤い光線が放たれ、シラリーを捉えた。
 宙に爆発が巻き起こる。しかし、シラリーはそれを切り裂き地上のゼロに突進してきた。


ゼロ『なにっ!?』

 シラリーの下半身にある両腕から光弾が放たれ、ゼロの周囲に着弾した。
 龍はそのままゼロの上空を通り過ぎ、飛び去っていった。

ゼロ『なるほど……爆発のエネルギーを吸収したってわけか……!』

ゼロ『流石、あのグレート先輩が苦戦した怪獣なことはあるなぁ!』

 ゼロもまた飛び立ち、シラリーを追う。
 またも彼の姿に光が纏ったかと思うと、その速度は急速に上昇し、シラリーとの距離をぐんぐん詰めていった。

シラリー「キュゥゥルル……」

ゼロ「――ルナミラクルゼロ!」

 全身を青一色に包むゼロは超能力とスピードのモード――“ルナミラクルゼロ”!


ゼロ「――ミラクルゼロスラッガー!」

 二つのゼロスラッガーが宙に踊りだし、更にゼロの超能力によって無数の刃に分裂した。
 青白く光るそれらはシラリーに纏わりつくように翔び、その身体を切り刻んでいく。

 そしてゼロはその体躯を青と赤のものに戻し、戻ってきたスラッガーを両手で掴んで二つの刃を組み合わせた。
 二つのゼロスラッガーはひとつの“ゼロツインソード”に変化し、ゼロはそれを構えてシラリーへ突撃する。

ゼロ「デリャアァァッ!!」

 剣はシラリーを切り裂き、ゼロが手を離すとスラッガーに戻って着地したゼロの頭部に納まった。
 背後ではシラリーが落下し、その場所で爆発が起きていた。

ゼロ『これで俺も、少しはあのグレート先輩に並べたかな……』

 ゼロはその爆炎に振り向きながら親指で唇を摩った。


―――80サイド

 80はパワードドラコと対峙していた。

ドラコ「グァーアア!!」

80「ショワッ!」

 ドラコに走り寄り、80は即座にその両腕を掴んだ。
 その身体を引き寄せ、がら空きになった胸や腹に膝蹴りを入れ、最終的に蹴り飛ばした。

ドラコ「ギュゥゥゥゥ……」

 立ち上がろうとするドラコに80は再び走り寄ろうとするが、ドラコは鎌を投擲した。
 80は後ずさってそれを躱す。

ドラコ「ギューーアア!」

 腕を振ると、袂のようなそれの中から鎌が再度現れた。
 ドラコはそれを振り回しながらゆっくりと80へ近づく。


ドラコ「グァーアア!!」

 バク転して距離を取る80に対してドラコはその鎌を投擲した。
 高速で迫り来る凶器を手刀で叩き落とすことは手練の80でもできない。彼は横に転がってそれを躱した。

80「ハッ!」

 彼は膝をついた姿勢のままで両手から矢尻のような光刃を二発放った。
 それらはカーブを描きながらドラコの腕の鎌を切り落とした。

ドラコ「ギュゥーーアア……!」

 怯んだ隙に80が立ち上がって構えを取る。左腕を斜め上に、右腕を横に伸ばすと、彼のカラータイマーがキラリと煌めいた。
 そしてL字に組まれた腕から“サクシウム光線”が放たれた。青い直線は黒の背景を切り裂き、ドラコの身体に直撃する。

ドラコ「……グァァーーーアア!!」

80「!ウアァッ……!」


 しかし――直撃した光線は80に対して真っ直ぐに反射されてきた。
 ドラコの全身を構成している“生体反射外骨格”はあらゆるエネルギーを反射する能力を持っているのだ。

 苦しむ80のカラータイマーが点滅し始めた。
 ドラコは翼を大きく広げ、鎌を振り回しながらこちらに歩いてくる。

80「――ショワッ!」

 しかし80は体勢を立て直し、勢いよく跳躍してドラコの首を蹴りつけた。

ドラコ「グァーーーアア!!」

80「トアッ!」

 背後に降り立った80はすぐに振り向き、よろめくドラコに再び飛び蹴りを喰らわせた。
 背中を蹴られたドラコはたたらを踏む。80はその隙を突いて更に跳躍する。


80「トアーーッ!」

 宙返りし、大きく角度を付けてウルトラ400文キックを放った。
 ドラコは悲鳴を上げながらに倒れる。80はそんなうつ伏せのドラコに乗り掛かり、首や頭に打撃を加えていく。

ドラコ「グアァッ!!アアッ!!」

 ドラコはその体勢のまま両腕の鎌を空中に投擲した。
 重力のまま落ちてくるそれを察知して80はドラコから離れる。

ドラコ「キュゥゥーーアア!ギュゥゥーーアア!!」

80「ハァッ!」

 80が胸の前に両腕を構え、右腕を天に掲げると、その手の中に青白い光の槍が形成された。
 投擲された“ウルトラレイランス”は真っ直ぐにドラコへ突き進み、その身体を貫いた。

ドラコ「ギュゥゥ……」

 前のめりに倒れるドラコ。それと同時にその身体が爆ぜ、爆発が巻き起こった。


―――タロウ・ネオスサイド

 ネオスが対峙していたのはナツノメリュウ。
 黒色のゴツゴツした鱗と、首の両脇に並ぶ金色の文様。ギョロリと剥く瞳もまたその厳かな佇まいを際立たせていた。

ネオス「テヤッ!」

ナツノメリュウ「グゥゥゥアアア!!!」

 口が大きく開かれ、そこから紫色の炎が吐き出された。
 ネオスはバリアーを展開してそれを防ぐ。

ネオス「……テァァッ!」

 その勢いは思いのほか強かった。ネオスは両手でバリアーを支える。
 しかしそれも耐え切れなくなり、彼は横に転がって火炎から逃れた。

 火炎は家屋を襲い、爆発が起きた。
 ネオスはそれを見て、悔しさで拳を強く握り締めた。


ネオス「タッ!」

 龍に向かって駆け、その首を掴んで打撃を入れた。
 しかしナツノメリュウは首を掴まれたまま頭を持ち上げる。

ネオス「セヤッ……!?」

 ネオスの身体も共に持ち上げられた。
 ナツノメリュウが乱暴に首を振るうと、ネオスは勢いに負けて吹っ飛ばされた。

ネオス「……!セヤァッ!」

 再び口から火炎を吐き出そうとするナツノメリュウを見てネオスは跳躍した。
 そのまま龍の背後に降り立ち、背中に乗りかかって攻撃する。

ナツノメリュウ「グゥゥゥアアア!!!」

 その時、ネオスの背中に痛みが走った。
 驚いて振り返る。丁度ナツノメリュウの尾がネオスに襲いかかろうとするところだった。

ネオス「テアァッ……」

 その強烈な叩きつけを受けてネオスは背中から落とされ、ナツノメリュウは足元の彼を蹴りとばした。


 一方、タロウは壬龍と対峙していた。

タロウ「ショアァッ!」

 隙を見せないように最低限の動きで壬龍の頭を蹴りつける。
 その額の眼が光ると同時にタロウは転がり、超能力による呪縛を躱した。

壬龍「キュゥアアア!!」

タロウ「ハァッ!」

 手の先から光刃を飛ばし、怯んだ隙に近づいて頭を蹴りつけた。
 壬龍が反撃とばかりに頭を振るうが、タロウは後ろにステップしてそれを難なく躱す。

 ――というところで、タロウの身体に光弾の雨が激突した。

タロウ「デュッ……!?」

 それぞれもまた龍の頭である八つ又の尾が一斉に持ち上がり、それぞれが光弾を放っていた。
 タロウは咄嗟にブレスレットを構え、バリアーを展開して身を守る。


壬龍「シギュゥーーア!!」

 壬龍がタロウに突進した。バリアーが破られることを危惧して彼は跳躍し、龍の背後に降り立つ。
 しかし降り立つと同時に、その背中に破壊光弾が襲いかかった。

タロウ「ハァ……ッ!」

 横に転がってその雨から逃れ、振り向きざまに光刃を放つ。
 しかしそれは命中せず、壬龍の前方に広がった波紋のような防壁に阻まれた。

タロウ「!」

壬龍「シャァァァア!!」

 驚いた一瞬の隙を突かれ、タロウは壬龍の超能力に捉えられた。
 その身体が持ち上げられ、的にするように龍の尾から光弾が放たれる。

タロウ「ンンッ……デュアッ……!」

 タロウのカラータイマーが点滅しだした。
 お構いなしに壬龍は彼に光弾を浴びせ続ける。


ネオス「セヤァッ!!」

 ――その時、横から放たれた白色光線が龍の頭を捉えた。

壬龍「キュゥゥゥ……!」

 超能力が解かれ、タロウは地面に降り立って倒れこむ。
 爆発が起こった壬龍の頭部の、超能力を発する眼が破壊されていた。

 タロウは立ち上がると、ネオスに顔を向け、頷いた。
 彼の放ったスペシウム光線がタロウを救ったのだ。

タロウ「ショアァッ!」


 ネオスは再びナツノメリュウに向き直った。
 ナツノメリュウは口を開き、火炎を吐き出す。ネオスは側転してそれを躱していく。

ネオス「――タァッ!」

 側転した後、ネオスは高くジャンプして勢いのまま龍の頭を蹴り飛ばした。
 ナツノメリュウは悲鳴を上げるものの、その巨体が倒れることはない。


ナツノメリュウ「ギュゥゥアアアアアアア!!!」

 閉じた口から火炎が溢れ、再び放射をしようとしたその時。
 どこかから飛んできた銀色がその口に嵌め込まれ、猿轡のような形で口を抑え込んだ。

ナツノメリュウ「~~~!?」

 ネオスはタロウの方を向き、頷いた。
 タロウの投擲したキングブレスレットが龍の口を閉じ込めたのだった。

 ナツノメリュウはその長い首を振るうが、ネオスはそれを掴んで止め、逆に蹴りを入れた。
 苦しそうなくぐもった声を口の間から漏らすが、頭を持ち上げてネオスを投げ飛ばそうとする。

ネオス「タッ!」

 その前にネオスは地面を蹴って跳ぶ。龍の頭を踏みつけ、バク宙して地上に降り立つ。


ネオス「ハァァ……!」

 左手を腰に構え、右手でそこから光の剣を形成する。

ネオス「セアァッ!!」

 掛け声を上げてネオスが“ウルトラ・ライト・ソード”を振り下ろす。
 切り裂かれたナツノメリュウは倒れ、小さな紫色の光になって消滅した。

 それと時を同じくして、タロウはエネルギーを全身に溜め込む。
 虹色の光が彼の身体に纏い、T字に組んだ両腕からこれまた虹色の光線が放たれた。

タロウ「――ストリウム光線!」

壬龍「キュゥゥゥゥ……!」

 命中した虹色の光線は龍の身体を貫いた。
 壬龍の姿は透明になって消え、その跡には蒼い龍のスパークドールが残された。


ゼロ『タロウ!ネオス!』

タロウ『!』

 タロウとネオスの元にゼロと80が降り立ってきた。

80『大丈夫でしたか』

タロウ『ああ。二人こそ大丈夫か』

80『はい』

ゼロ『俺もだ』

ネオス『そういえば、メルバはどこに行ったんでしょう?』

 そう言い、メルバを探すために顔を上げたネオスは、その夜空を見て目を見張った。

タロウ『どうした、ネオス……』

 様子がおかしいのを見て、視線を同じ方向に向けたタロウもまたその光景を目の当たりにした。
 80とゼロも夜空を見上げる。


ゼロ『何だ……あれは……』

 満天の星空が歪んでいた。星の位置がバラバラで、その歪んだ空の中心には灰色の雲が渦巻いていた。
 タロウは目を凝らして雲の中を覗き込む。その中には黒い影が蠢いていた。

タロウ『まさか……あれは……!』

 その中にあったのは、超巨大な蛇の頭部だった。
 蛇であるかすら分からない。トカゲとも言えるし、ドラゴンと呼ぶこともできるだろう。

 それがハッキリと言えないのは、まだ誰もその全容を確認することができていなかったからだ。
 神話の世界、地球を取り囲む海竜のような巨大さを持つその怪獣は――

タロウ『あれはまさか……“巨獣”ゾーリムか……!?』

ゼロ『なんだ……?それ』

タロウ『未だ誰もその全身を見たことのない巨大な怪獣だ。それがまさか……スパークドールになっていたのか……?』


―――穏乃サイド

穏乃「……玄さん。探しましたよ」

玄「………」

 人が隠れられそうな場所を探していると、最初に向かった場所に玄はいた。
 体育座りで顔を伏せたまま沈黙している。

穏乃「あのドラゴンたちは……玄さんが……?」

 玄は、何も言わないままコクリと頷いた。

穏乃「そうですか……」

玄「……ごめん」

 そう言うと、玄は泣きじゃくり始めてしまった。
 穏乃は彼女の横に腰を下ろし、できるだけ優しい声で訊ねる。

穏乃「玄さん。何か悩み事でもあるんですか?」

玄「………」


穏乃「……宥さんのことですか?」

 玄はまたも、返事はせずに頷いた。

穏乃「ごめんなさい。私には……別れの辛さっていうのはまだ分かんないです」

穏乃「でも、玄さんならきっと乗り越えられます。今までだってそうだったじゃないですか」

玄「……違うの」

穏乃「え?」

 玄が掠れそうな声を出してきた。
 そのまま、いつ途切れてもおかしくないような細い声で彼女は続ける。

玄「私……私ね……もしおねーちゃんを……麻雀部に誘わなかったら……って思ったの……」

穏乃「………」


玄「そうだったら……私とおねーちゃんが別れることもなかったんじゃないかって……」

玄「最低だよね……みんなの夢をバカにしてるよね……」

穏乃「……玄さん」

玄「こんな……私なんかが……みんなと一緒にいていいのかな……」

「良いに決まってるでしょ?」

 二人は驚いて、思わず顔を上げた。

憧「やっと見つけた。ごめんね遅れて」

 そこには憧だけじゃなく、宥と灼も立っていた。

宥「玄ちゃん……ごめんね、気づいてあげられなくって」

玄「お……おねーちゃんは何も悪くないよ!ただ私が……」


憧「もう。そんなこと気にしない!別に誰が悪いとかじゃないでしょ!」

玄「あ、憧ちゃん……」

灼「クロ……私たちと一緒に夢を追う権利が無いなんて考えてるんだったら、それは絶対間違い」

玄「灼ちゃん……?」

灼「私を麻雀部に誘って……ハルちゃんと会わせてくれたのはクロだった」

灼「私の名前を挙げたのは宥さんだったらしいけど、その宥さんはクロが集めた」

灼「それと……クロは穏乃と憧と一緒に麻雀部を復活させるきっかけになった」

灼「みんながみんな繋がって、五人で一つなのに……今さら権利だとか的外れだと思うけど……」

玄「………」


穏乃「そうですよ。私たちは五人で一つ!」

穏乃「それはどんなに離れたって一緒だし、色んなことが変わっても残る事実じゃないですか」

憧「うんうん。何、宥姉と別れることになったからってオーバーに落ち込んでんの。私たちがいるじゃん」

宥「玄ちゃんは、ひとりじゃないよ……?」

玄「……ありがとう」

穏乃(……そうだ。私たちに叶えられない夢なんてない。辿り着けない未来だってない!)

穏乃(みんなとの絆がある限り、立ち止まることなく登り続けられる!)


―――現場

 ゾーリムは首を黒雲の中から出していた。
 首だけでもあのゼロですら息を呑む巨大さだったが、首を出してからはゾーリムの動きは止まっていた。

ゼロ『まさか胴体がつっかえて出れない間抜けじゃないだろうな?』

タロウ『分からない。だが完全に現れる前に頭部を粉砕すれば、きっと奴は倒せる!』

ネオス『行きましょう!』

80『ああ!』

ゼロ『おっしゃ!腕が鳴るぜ……!』

 ゼロの左腕のブレスレットが輝き出す。
 その光の中から現れたゼロは――銀色の鎧を纏った姿“ウルティメイトゼロ”に変貌していた。

 それを見てウルトラマンたちがゾーリムへ向かって飛び立っていく。
 ゼロは右腕に装着された“ウルティメイトゼロソード”から緑色の光剣を伸ばした。

ゼロ「ハッ!!」

 掲げた巨大な光の剣をゾーリムに振り下ろす。
 しかし、その甲殻は固く、力を込めても振り抜くことはできなかった。

ゼロ『何て硬さだ……!』

 タロウたちも光線技をぶつけるが、ゾーリムには蚊に刺された程度にしか感じられていなかった。
 その間にも、初めから戦っていたタロウと80のエネルギーは底をつき始めていた。


―――穏乃サイド

憧「よしっ、とりあえず避難所へ行こう」

玄「でも……私のせいでこんなことになってるのに、みんなに合わせる顔が……」

憧「玄は悪くない……とは言えないけどね。でも、二度とこんなことが無いように現実をしっかり見ることも大切じゃない?」

玄「……そう、だね」

穏乃「大丈夫ですよ。玄さんならきっと――」

 その時、彼女たち五人を巨大な影が覆った。

メルバ「キュァァ!!」

灼「!?」

玄「うわぁっ!?」

 ウルトラマンたちとの戦闘から逃げていたメルバが彼女らを襲おうとしていた。
 その両眼から赤い光線が放たれたその時、彼女らの髪が一斉に靡いた。


憧「……シズ!」

 彼女らの目の前に光の巨人が立っていた。
 メルバは飛び去り、またも風が吹き抜けて森をざわめかせた。

灼「頑張って……」

宥「穏乃ちゃん、ファイト!」

憧「怪我しないでね!」

玄「……頑張って!」

 ギンガは頷き、地面を蹴った。その衝撃で地面が揺れ、彼女たちは体勢を崩した。

玄「きゃ……」

 倒れようとする玄の身体が支えられた。
 両腕を憧と灼が、身体を宥が。みんなが玄を支えていた。


―――現場

 空中を凄まじいスピードで飛ぶメルバ。
 ギンガは腕をジェット機のように広げて追うが、追いつけないばかりか差を広げられていく。

ネオス「セアッ!」

 その時、メルバの進行上にネオスが現れ光弾を放った。
 スピードが緩んだメルバの首を彼は掴み、ギンガの方へ放り投げた。

ギンガ「ショ……ラッ!」

 ギンガは腕を交差させ、全身に炎を纏ってそれを迎え撃つ。
 腕を突き出し、周囲に浮かび上がった炎弾をメルバに撃ち込んだ。

ギンガ「――ギンガファイヤーボール!!」

 空中で激突した炎弾はメルバを爆殺し、空中に爆炎を展開させた。
 それを避けながらギンガがネオスの方へ飛ぶ。


ギンガ『無事ですか?』

ネオス『ああ。というより、あれを見てくれ』

 ネオスが指差す夜空には灰色の雲とその中から首を出す超巨大な怪獣の姿があった。
 インハイの時にヤメタランスが高層ビルと同じ程度の大きさになっていたが、それすら比べ物にならない大きさだ。

ギンガ『あれは一体……』

ネオス『全体が出てくる前に仕留めようという話になってる。かなり手ごわいが……』

ゼロ『おいネオス!そのウルトラマンは何もんだ!』

 声のした方には、銀色の鎧を纏うウルトラマンゼロがいた。

ネオス『タロウ教官たちが言っていただろう!彼……というより彼女は高鴨穏乃でありウルトラマンギンガだ』

ゼロ『あぁ、なるほどな!すまないが、こいつを倒すのに協力してくれ!』

ギンガ『わかった!』


ネオス『その前に、タロウ教官たちにエネルギーを分けてやってくれないか。彼らは最初から戦い続けていたからエネルギーが尽きかけているんだ』

ギンガ『うん。わかった!』

 ギンガはカラータイマーに手を翳し、タロウと80の方へ腕を差した。
 するとその先から柔らかな緑のエネルギーが放たれ、二人のカラータイマーに注がれた。

タロウ『シズノか!助かる!』

80『ありがとう!』

 ギンガは頷き、ゾーリムに向かって飛び立った。

ゾーリム「グオオオオオオオオン!!!」

ギンガ「!」

 ゾーリムの口が開かれ、火炎が放たれた。ギンガは咄嗟にそれを躱す。


ギンガ「ショラッ!」

 再びギンガの周囲に炎が纏い、炎弾が浮かび上がった。
 それを撃ち出してギンガファイヤーボールを放つ。しかし命中してもゾーリムの反応は無かった。

ギンガ「……!」


ゼロ「ハァァッ!」

 ゼロが掛け声を上げると、その身体に纏われていた鎧が宙に浮かび上がった。
 それらは変形・合体を重ね、白銀に輝く弓になった。

ゼロ「ハァァー……」

 プラズマの弦を引き、エネルギーの充填を始める。
 しかしゾーリムが炎を吐いた。正面で弓を構えていたゼロはそれに襲われる。

ゼロ「グアァァッ!」


 ふらつきながらも何とか空中で体勢を立て直す。
 ゾーリムに目をやるが、その身体に命中するウルトラマンたちの攻撃に怯んでいる様子は全くなかった。

ゼロ『おい!みんな聞いてくれ!』

 全員がゾーリムから離れ、ゼロの方へ顔を向ける。

ゼロ『悔しいがこのままだと勝ち目はねえ!だから“ファイナルウルティメイトゼロ”で決着をつける!』

ゼロ『だがこの技はエネルギーを溜めるのに時間がかかる!頼む、その間俺を守っていてくれないか!』

タロウ『……わかった。お前の可能性に賭ける!』

ギンガ『ちょ、ちょっと待って!どういうこと――』

80『高鴨さん、私と君でゾーリムを攪乱しよう』

タロウ『ネオス!私と君でゼロの前にバリアーを張るぞ!』

ネオス『分かりました!』

ギンガ『……意味わかんないけど、あなたたちが信じるゼロに賭ける!』

ゼロ『おう!任せてくれ!』


 ゼロはゾーリムの真正面に位置取り、弓を引き絞った。
 そこにタロウとネオスが集まった。二人はのバリアーをゼロの正面に張り、更にタロウはブレスレットからもバリアーを展開する。

80「ショワッ!」

ギンガ「ショラッ!」

 ギンガと80は光弾や光刃を放つ。しかしやはり気を逸らすことすら出来ず、ゾーリムは真正面の敵に向かって火炎を吐き出した。

タロウ「ハァッ!」

ネオス「セヤッ!」

 火炎は二人のバリアーを押す。タロウはバリアーを張る手に力を込め、ネオスはそんなタロウの背を押す。

ゾーリム「グオオオオオオオオオ!!!」


 ギンガと80は火炎を吐く間にゾーリムの頭部を抜け、首の方へ飛んでいた。

80「トアッ!」

ギンガ「ギンガスラッシュ!」

 攻撃を放ってすぐに引き返す。首と雲の繋ぎ目の部位で爆発が起こり、ゾーリムは首をくねらせ、火炎が途絶えた。
 その間にもゼロの弓に光が集っていく。ギンガと80はその後ろに並び立った。

ゼロ『準備オッケーだ!』

 タロウとネオスはバリアーを解き、ゼロを中心にギンガと80の横に並び立った。
 ゾーリムが口を開き、火炎を打ち出す。同時にゼロもまた弦を離し、エネルギーが充填した弓ごと撃ち出した。

ゼロ「――ファイナルウルティメイトゼロッ!!」


ネオス「シュアッ!」

 ネオスが左腕を前へ、右腕を斜め上へ突き出し、“ネオマグニウム光線”の構えを取る。

80「ハッ!」

 80が右腕を真横へ、左腕を斜めに上げ、“サクシウム光線”の構えを取る。

タロウ「テアァ……!」

 タロウが掲げた両手を腰の位置まで下ろし、全身に虹色の光を纏いながら“ストリウム光線”の構えを取る。

ギンガ「ハァァ……!」

 ギンガが交差させた両腕を回し、クリスタルから深い青を放ちながら“ギンガクロスシュート”の構えを取る。

 そしてそれぞれが一斉に腕を構え、四つの光線が放たれた弓を押す。
 回転しながらゾーリムへ向かう弓は押し込む光線を巻き込み、螺旋を作り、果てに巨大な光の塊にして纏った。


 火炎を切り裂き、巨大な光の弓はゾーリムの口内へ突入する。
 ゾーリムの巨大な瞳が眼の中を彷徨う。口の中から眩い閃光が溢れ、そして、その光は怪獣の皮を突き破って夜空に撒き散らされた。

 瞬間、轟音が響き渡った。ゾーリムの首が、顔が、眼が、口が、順番すら持たずに次々と砕かれた。
 粒子にまで砕かれたそれは、青白い光となって宙に舞い、風に流されたそれは一人の少女の上空を通っていった。

玄「……ごめんね」

玄「私は待ってる……あなたたちが帰ってくるまで、待ってるから……」

 玄は消えていく光の粒を見上げながら、何かを察したように言葉を呟いたのだった。

















                                        ―――1年後


―――東京、某撮影スタジオ

カメラマン「はーい、オッケーでーす」

初美「お疲れ様ですよー」

一「お疲れさまでーす」

透華「……あんな露出スタイルが今の流行だなんて」

巴「ありえませんよね……」

初美「やっと時代が私たちに追いついてきたってことですよー」

一「だよねー」


                                ―――私達は生きている。


―――大阪、県大会会場

恭子「久しぶり」

漫「末原先輩!?ど、どうしてここに……」ビクビク

恭子「そりゃ母校の応援に決まっとるやろ?……それにしても漫ちゃん」

漫「ひっ」

恭子「はぁ。やっぱデコに油性やな……」

漫「か、勘弁してください!私もう三年なんですよ!?」

善野「恭子、そこまでにしときや。一応県予選は勝ち抜いたんやから」

恭子「監督がそう言うなら……」

漫(ほっ……)


         ―――たとえ昨日までの平和を失い、恐ろしい現実に直面しても。


―――長野

和「ツモ!1000・2000です!」

実況『決着ー!長野県代表は清澄高校に決定―!』


優希「やったじぇー!」

まこ「よかったな、部長」

久「だから部長じゃなくて監督って言ってるでしょ」

まこ「ははは」


和(穏乃、今行きますね――)


                      ―――大切な物を無くし、心引き裂かれても。


―――愛媛、プロリーグの試合

照「ツモ。6200オール!」ギュルルル

恒子『またまた宮永照ー!新人王向けてまっしぐらだー!』

晴絵(うわマジで……)

晴絵(去年、玄はこんな子と打ってたのか……恐ろしいなぁ)

良子(手のつけようがないですね……)ハァ


                   ―――思いもよらぬ悪意に立ちすくんだとしても。


―――岡山、とあるコンビニ

店長「新免さんー?」

TV『決着ー!!県代表は讃甘高校に決定ー!』

那岐「やったああああ!!!」

店長「ちょっと新免さん?母校のこと気になるのも分かるけど、仕事はちゃんとやってよ?」

那岐「す、すいません!すぐ行きます!」

那岐(……頑張れよ、後輩)


                                    ―――私達は生きる。


―――福岡

姫子「ぶちょー!やりましたあ!インハイ進出ですっ!」ギュー

哩「おめでとう姫子。でも私もう部長じゃなか」

姫子「す、すんません。つい」

哩「ま、何にしてもおめでとう。私もインカレ決まったから一緒に行けるな」

姫子「はいっ!」


                       ―――何度も傷付き、何度も立ち上がり。


―――大阪、とある大学

竜華「………」

怜「………」

竜華「な……なあ怜。やっぱりキャンパス内で膝枕はやめん……?周囲の視線が」

怜「うちに死ねって言うんやったら別に……」

竜華「冗談にならんからやめて!?」

セーラ「おーおー真昼間から熱いやっちゃなー」

怜「セーラ。部活は?」

セーラ「今日は休みやってさ。遊びに行かん?暇やし」

怜「ええな、いこいこ」

竜華「ああもう、勝手なんやから……」


                                   ―――私達は生きる。


―――東京、とある大学

菫「ロン。3900。これで私のトップだな」ジャラッ

宥「う……」

豊音「弘世さん、パワーアップしてるね!」

菫「そう簡単に躱されてちゃ困るからな」

菫「……そういえば松実。お前の母校はインハイ決まったのか?」

豊音「弘世さんとこは決まってたよね」

菫「ああ。お前のところは……残念だったな」

豊音「あ、あはは。まぁ来年は頑張って欲しいよー」

宥「私のところは……」


                          ―――私たちは、一人じゃないから。


―――八月、奈良

引率「みんな乗ったー?」

玄「大丈夫です!」

灼「五人、ちゃんと居ます」

引率「オッケー。じゃあ出発するよー」

憧「さ、全国へ向けて出発だ!」

穏乃「おー!」


                             ―――君は、一人じゃないから。


 そして、とある、街中で。

 小型のビーストが空を飛び交っていた。
 地上では人々が鞄を頭に被せて逃げ惑い、銃を持ったTLTの隊員はビーストを倒していた。

 そして、ひとりの少女の元にビーストが飛んできた。
 大きくなるその像に足が竦み、思わず彼女は視線を逸らした。

 ――もうダメだ。

 しかし、そう強く心に念じたその時、足元が揺れ、地響きが鳴った。
 風が吹き抜けて髪が靡く。そして視界の端からは柔らかな光が差し込んできた。

 少女が顔を戻す。
 そこには、荘厳で神秘的な巨人が、金色の瞳で彼女を見下ろしていた。

 燃えるような赤と勇ましい銀の体躯。
 身体の所々には青く発光するクリスタルが存在し、その腕は彼女を襲おうとするビーストを握り潰していた。


 その蒼き光りの勇士の名は――“ウルトラマンギンガ”!



THE END


登場怪獣:ウルトラマン80第35話より、“三つ首怪獣”ファイヤードラコ

       ウルトラマンG第4話より、“火炎飛龍”ゲルカドン
       ウルトラマンG第12話、13話より、“伝説宇宙怪獣”シラリー
       ウルトラマンパワード第12話より、“彗星怪獣”パワードドラコ
       ウルトラマンティガ第1話より、“超古代竜”メルバ
       ウルトラマンガイア第11話、45話、50話、51話より、“地帝大怪獣”壬龍
       ウルトラマンガイア第26話より、“巨獣”ゾーリム
       ウルトラマンマックス第9話より、“伝説怪龍”ナツノメリュウ


見てくれた方、ありがとうございました。

このSSまとめへのコメント

1 :  SS好きの774さん   2014年04月26日 (土) 02:43:09   ID: iEkjaW_G

ウルトラ好きかつ咲-Saki-好きにはたまらないSSだった

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