綾「よ、陽子のことが好きなの!」 (193)

綾「……」

最近、綾の元気がない。
まあ綾は私やカレンみたいにいつもハイテンションってわけじゃないけどさ。
それでもここまでため息ついたり思い悩む綾も珍しい。

陽子「綾、なにかあったの?」

昨日やその前もこんなふうに訊ねたけど、反応は変わらなかった。
綾はただ学校へ向かう足を止めてうつむき、「なにもないわ」なんて言うように
ぷるぷる頭を振るだけ。

私もそれ以上なにも言えずに、「そっか」と答えるだけだった。

参ったな、こりゃ。
もっともそんなことは誰にも言えないけど。



忍「陽子ちゃん」

陽子「あっ、しのとアリスだ」

アリス「ヨーコ、おはよう!」

学校に着くと、今日は日直だかなんだかで先に行っていたしのたちが
私のところへやって来た。
綾は着くなり「ちょっと」と言って教室を出て行ってしまった。

……綾のこと、私一人じゃきっとどうしようもない。
ずっと綾と一緒にいるのは自分で、私が一番綾のことわかってあげなきゃいけないのに。

陽子「あのさ、しの。それにアリスも」

たぶん、いくら普段のほほんとしているしのたちでも綾の様子に気づいていないはずはなかった。
私はだから、しのたちにも綾のことを訊ねようとして。

忍「陽子ちゃん、綾ちゃんとどうでした?」

しののいつもニコニコした表情そのままに、どこか少し弾んだような声で。
隣に立つアリスも、どこか期待しているような目で私を見ていた。

陽子「え、なに?綾と?」

忍「あれ?」

私の反応に、しのもきょとんと首を傾げた。
それから急になにかを理解したのか、サーッと顔を青くさせた。

アリス「シ、シノ!」

アリスも気付いたみたいにしのの制服の裾を引っ張る。

忍「あ、アリス!どうしましょう!綾ちゃんーー」

アリス「落ち着いてシノ!」

忍「私ってば早とちりを……!」

なんだこれ。
いや、それより。
この様子じゃ、二人のほうが私より綾のことをわかっているのは確実だった。

その事実に、少し愕然とした。

忍「だ、だいたい陽子ちゃんも陽子ちゃんですよ!」

陽子「えっ、なんで私!?」

突然、しのの矛先が自分自身から私へと変わった。
その理由がさっぱりわからずに思わず椅子から立ち上がったとき。

「ヘーイ皆サン!オハヨーゴジャイマース!」と威勢のいい声が。

カレンだ。教室の後方の扉から、元気な笑顔のカレンが入ってくる。
そうしてその後ろには、綾がいた。

陽子「綾……」

もしかして、綾はカレンになにか相談していたのか。
私にはなにも話さずに。

なんだかよくわからない、もやもやとした気持ちが私の中で駆け巡る。

アリス「あ、カレン!アヤも!おはよう!」

忍「おはようございます」

カレン「あれ?ヨーコ、表情暗いデスよ?」

陽子「えっ、そう?」

カレンが近付いてくるから、慌てて繕った。
私がそんな顔してちゃみんながーー綾が。

忍「陽子ちゃん?」

……綾が笑顔になってくれるのが嬉しくて。
私が笑ってれば綾も笑ってくれると思ってた。
だから、私はずっと笑顔でいた。
だけど今の綾は私が笑ったって、いつものように笑顔でも言葉でも、そんなものは返してくれない。

目だって、合わせてくれない。

綾、と。
呼ぶと私を見てくれるけど。

陽子「カレンたちが話聞いてくれて良かったな」

しまった。
気付いたときには遅かった。
こんな、非難じみた言い方するつもりじゃなかったのに。
気付いたときには遅かった。

>>19
ミス
最後の一文は無し

綾の固かった表情がさらに固くなった。
カレンがハッと気付いたみたいに、「ヨーコ、アヤヤは」
なにか言いかけたのを、私は「ごめん」と遮った。

陽子「そういや私カラスちゃんに提出しなきゃいけないのがあったんだよね」

カレン「ヨーコ」

陽子「ちょっと行ってくるね」



私、なんでこんな気分になってるんだ。

特にカラスちゃんとは関係のない授業のノートをカバンから引っ張りだし、教室を出てすぐ。
私は自分自身の行動に、思わず泣き出したくなった。

綾がずっと悩んでて。
それがずっとずっと心配で。

でもいくら綾だって私に話せないことはあるはずで、
その話せないことをカレンたちに話して気分が明るくなったのならそれでいいはずなのに。

……こんなの。

忍「陽子ちゃんらしくありませんね」

陽子「うわっ、しの!?」

考える間もなく、声をあげて飛び退いた。
相変わらず、しのは忍者の生まれ変わりなんじゃないかって思うくらいの気配のなさだ。

忍「私も一緒に行きますよ」

陽子「えっ、いいよ。私は別にしのみたいに手引かれなくても一人で行けるし」

忍「私だって行けます!」

陽子「アリスは?」

忍「そんな四六時中一緒ってわけじゃないですよ」

陽子「そりゃそうだ」

忍「私は四六時中一緒でも全然構わないんですけどね」

そういえば、しのと二人並んで歩くのは随分と久しぶりだった。

小学生の頃はよく一緒にいた。
中学に入ってからは、綾が転校してきて三人でいるようになった。
私にとってしのは危なっかしくて目が離せない困った存在で、だけどやっぱり大事な友達。
それはアリスたちが編入してきてしのがあまり側にいなくなった今でも変わらない。

陽子「しの」

忍「はい。泊まりに来ますか?」

まだなにも言ってないのに。
「お姉ちゃんもいますよ」と笑うしのに、私も頷いた。

忍「ところで陽子ちゃん」

陽子「うん?」

忍「ノートはどうしますか?」

陽子「……教室、戻ろうか」



結局、その日の放課後まで綾とまともに話すことはなかった。
カレンが「ヨーコ、怒ってマス?」と昼休みにおずおずと私のところに
来た以外は朝のように変な雰囲気にならずには済んだけれど。

綾と私の間に微妙は壁ができていることは、どうしようもなかった。
カレンが悪いわけでももちろん綾が悪いわけでもない。
悪いのはどう考えても私だった。
けど謝ることもできずに、時々「綾」と呼びかけようとして。結局だめだった。


ーーーーー
ーーーーー

陽子「自分がこんなにへたれだとは思わなかった」

アリス「へたれ?」

忍「いつまでもうじうじした腰抜けのことですよ」

陽子「ひどい!?」

今はしのたちと一緒に大宮家のリビングにいた。
お風呂と夕飯を済ませて、アリスなんかはすっかりリラックスモードだ。
本当に随分と馴染んでるなあ。

アリス「へー」

陽子「アリスもなんか納得したように私を見るな!」

昔はよく、しのの家でお泊まり会をしていた。
中学に上がったくらいからは、あまりしなくなってしまったけど。
お互い嬉しいことや悲しいこととか(ほぼどうでもいいことだけど)を話し込んだりしてたっけ。

一度しのがとびっきりマジメな顔で将来の夢を語ったこともあったなあ。
通訳者、なんて今のしのには遠い夢な気がするのに、アリスがいたら大丈夫な気もする。
私がそのとき、しのに語ったことは。

勇「ただいまー」

アリス「あっ、イサミ!」

玄関から声。
少しだけドキリとした。ちょうど勇姉のこと、考えていたから。

忍「お姉ちゃん、おかえりなさい!」

真っ先にしのが立ち上がって勇姉を出迎えに行った。
今日はモデルの仕事があるから遅くなるとさっき勇姉から直接連絡があったはずなんだけど。
私はリビングから顔を覗かせながらそれをアリスに訊ねると、「さっきシノがなにかイサミに電話してたよ」と。

忍「お姉ちゃん、早かったですね」

勇「だって陽子ちゃんが泊まりに来てるって言うから」

そうして、リビングから顔を覗かせる私とアリスに気付いて勇姉が笑いかけてきた。

勇「アリスも陽子ちゃんも、ただいま」

アリス「おかえりー!」

陽子「お、おかえり勇姉」

うぅ、いつもの私ならアリス以上にテンション高く返していたはずなのに。
今日は変なことを思い出してうまく声を出せなかった。

そんなだから、今日はもう時間が遅いからとあまり勇姉と話さずに済んだことにホッとした。
しののお母さんに感謝だ。

忍「それじゃ、電気消しますよ」

アリス「いいよー」

陽子「オッケー」

勇姉と部屋の前で別れて、しのの部屋。
電気が消されて暗くなった部屋で、私はアリスの布団にお邪魔していた。

忍「陽子ちゃん、こっち来ていいんですよ」

陽子「えー」

忍「アリスの寝相はとっても悪いですよ!」

アリス「えぇ!?」

忍「だから私と変わりましょう!」

陽子「しのがアリスと寝たいだけだろ!?」

忍「陽子ちゃんずるいです!」

突然のお泊まりだったから、布団の用意がなくて広そうなアリスの布団を一緒に借りることになったわけで
どうして私がこんなにしのに詰め寄られるのか。

陽子「あー、わかったわかった」

アリス「シノ、明日も学校だから早く寝ないと」

アリスの仲介でようやくしのが諦めてくれた。
べつに変わっても良かったんだけどそれはそれでアリスが危ない気もするし。

忍「うぅぅ……おやすみなさい」

まあそれに。
そう言ってベッドに横になってわずか数十秒後には寝息をたてはじめたし。

アリス「寝ちゃった」

陽子「相変わらず早っ」

アリス「私たちも寝よっか」

陽子「そだねー」

ようやく落ち着いて、ごろりと寝転ぶ。
もともとの布団の大きさと、アリスの小ささで不思議なほど窮屈に感じない。
だけど確かにアリスが近くにいて、なんだかすごくいい匂いだ。

しばらくしてから、隣でかさりと音がした。

アリス「ヨーコ、起きてる?」

陽子「起きてるよ」

アリス「ヨーコ、あのね」

うん?と体を横に向けると、至近距離にアリスの顔があった。
暗いはずなのに、アリスの綺麗な瞳がよく見えて、
こりゃしのも夢中になるわけだ、なんて少し納得したりして。

アリス「明日、アヤと」

陽子「うん」

アリス「アヤと、仲直りできるといいね」

私が答えずにいると、アリスはそれを気にしないみたいに
次々と言葉を発した。

アリス「ヨーコならきっと大丈夫だよ。アヤとヨーコが一番仲良しだって私たち知ってるよ」

一番。
そんなの、わからないじゃん。
周りにはそう見えるだけで、私がそう思い込んでるだけで、綾は。

アリス「あ、だけどヨーコもアヤも私とも仲良しだよね?ヨーコはいつも私を気遣ってくれるし嬉しいよ。ヨーコと友達になれてすっごく嬉しいよ!」

だけど。
アリスにそう言われて、そんな言葉たちはどこかへ吹き飛んだ。

アリス「これからも五人みんなで仲良くできたらいいなあ」

そう言って笑うアリスのあどけなさ。
こんなアリスに当たろうとした自分がなんだか惨めで、私は「アリスぅぅう」と
布団の中でアリスに抱き付いた。

陽子「アリスもえ~!」

アリス「よ、ヨーコ!?」

そうだ。
私だってずっとみんなと仲良くいたい。

ーー綾とも。

だけど。
綾とは。

私は、どんな選択をすればいいんだろう。

ずっと今日のことを考えていると、目が冴えて眠れなくなった。

隣でかわいい寝息をたてはじめたアリスを起こさないように起き上がる。
基本的にどこでも眠れるし、しかもここは勝手知ったるしのの家。
こんなに眠れないのは初めての経験だった。

そっと部屋を出て、とりあえずトイレに向かう。
用を済ましどうしようかなと考えていると、勇姉の部屋の扉が開いた。

勇「陽子ちゃん」

陽子「勇姉!」

勇「眠れない?」

こくりと頷くと勇姉は仕方ないなあというような笑顔を見せて私を手招きした。



勇「はい」

勇姉に温かいココアの入ったマグカップを手渡される。
それを受け取って一口すすると、思わずため息がこぼれ出た。
慌てて、それを隠すように「勇姉は寝ないの?」と訊ねる。

勇「んー、もう寝ようとしてたとこ」

陽子「えっ、じゃあ!」

勇「いいわよ。陽子ちゃんが暗い顔してるのほっとけないし」

勇姉は私をベッドに座らせ、自分は椅子に腰掛けて平然とそんなこと。
机の上には湯気をたてるマグカップと、何枚もの写真があった。

陽子「そんな顔、してた?」

勇「してたわよ」

勇姉は私がなにがあったのか話すのを、ちゃんと待っててくれている。
だけど、勇姉に綾のことを話すのはどこか後ろめたかった。
だから私は、「その写真なに?」と話を逸らした。

勇「あぁ、これ?」

勇姉は言いながら机の写真を束にして見せた。

勇「久しぶりに陽子ちゃんが来たから、昔の写真とかこの間撮った写真見てたの」

陽子「えっ、見たい見たい!」

勇「いいわよー」

立ち上がって、勇姉に近寄る。
マグカップを持ったままだったから、「危ないわよ」と勇姉に取り上げられた。

陽子「へへっ……」

写真には、小さい頃(と言っても勇姉がカメラを持ち始めたくらいだけど)の私やしの、
そうしてこの間遊びに来たとき撮った写真なんかもたくさんあった。

陽子「こんないっぱい残してるんだ」

勇「そうよ。だって陽子ちゃんは私の大事な“妹”なんだし」

陽子「……うん」

勇「忍にとっても、陽子ちゃんは大事な友達だと思う」

わかってる。
しのは自分じゃ特になにもしてこないけど、私がなにかあったら必ずお泊まりしましょう!と
私をこの家まで引っ張ってきてくれた。
そうして今みたいに勇姉に話を聞いてもらってすっきりした翌日、しのはやっぱりなにも言わずに「おはようございます」と笑うだけ。
その存在に、私はたくさん救われた。

陽子「うん」

私が、もしかして勇姉のこと好きかも、なんて漏らした日の翌朝だって。
もっともあのときはお互いにそのほんとの意味がわからなかったからかもしれないけど。

勇姉、と口にしてすぐ。
だけど私はなにも言えなくなった。

勇「綾ちゃん?」

静かに、勇姉が訊ねてくる。
私の後ろに隠れる、綾の写真。
それを見て、勇姉に対する感情と綾に対する気持ちがごちゃ混ぜになって。
私の中で、なにかが爆発、しかけた。

勇「……」

陽子「……」

なにも言わない、なにも言えない私を勇姉は辛抱強く待っていてくれる。
なにか、言わなきゃ。なにか。
焦ると、よけいに言葉は出なくなる。

すると勇姉は。勇気付けるように、私の頭に手を置いた。

陽子「勇姉……」

勇「うん」

陽子「私さ、綾に嫌われたのかな」

一旦声に出すと、あとはいともたやすく言葉は滑り落ちてきた。

陽子「もちろん嫌われたわけなんて、ないと思う。けど綾は私にだけなにも話してくれないし、目だって合わせてくれない。話しかけても逃げられたりしてみんなとはちゃんと話すのに、なんかさ」

勇「ずっと近くにいた綾ちゃんが、遠くに行っちゃいそう?」

こくりと頷いた。
勇姉は「やっと話してくれた」と笑って泣き出しそうな私をえらいえらいしてくれる。

勇「陽子ちゃんは、どうしたい?」

陽子「もう一度ちゃんと綾と話せるようになりたい」

考える間もなく口をついて出た言葉。
だけど、勇姉に「本当に?」と顔を覗き込まれた途端、はっきり頷けなくなった。

勇「陽子ちゃん」

陽子「……」

勇「結局私にもなにも言ってくれなかったな」

へ、と間抜けな声。
勇姉はいたずらっぽく笑って、「気付いてたのよ」なんて。

勇「だけど陽子ちゃんは、忍の大事な友達で、私の妹だから」

「ね?」とまた頭を撫でられた。
ごめんねとは言わない勇姉。そんな勇姉だから憧れていた。
たぶん、好きだった。

勇「それに今の陽子ちゃんの中には、ちゃんと誰かがいるんでしょう?」

勇姉はいつだって私を前に導いてくれる。
血は繋がっていないけど、まるで本当のお姉ちゃんみたいに。

ずっと私の中で燻っていた想いは、勇姉の静かな声で心地よく鎮まった。
代わりにーー

勇「陽子ちゃんは、いざという時なにも言えなくなるけど、それじゃきっとお互い辛いままだよ」

大丈夫。
ちゃんと向き合ってあげてね。

勇姉の根拠のない「大丈夫」に。
確かに私の中で揺れていた気持ちは、しっかりと定まった。



忍「おはようございます、陽子ちゃん」

アリス「ヨーコ、大丈夫?寝れてない?はっ、もしかして私の寝相が……!?」

陽子「ううん、大丈夫だよ」

少し冴えない顔をしていたかもしれないけど、今日はきっと大丈夫。
昨日の夜、勇姉に言われた言葉を何度も何度も繰り返す。

私は、綾のこと。

勇「おはよう……」

忍「あっ、お姉ちゃん。眠そうですね」

勇「あんたに言われたくないわ~」

陽子「勇姉、おはよう!」

勇「陽子ちゃん。おはよう」

朝ごはんを済まして家を出るとき、すれちがった勇姉は「頑張って」と言ってくれた。
その目は少し赤かったけど、きっとそれは私も同じだった。

いつもの待ち合わせ場所へ行くと、珍しく綾の姿がなかった。
カレンはいつものことだけどなー、としのたちと軽口。
それはこれから綾と会う、それからちゃんと話すという緊張感を紛らわすためだった。

カレン「オハヨーゴジャイマス!」

アリス「あっ、カレン!」

陽子「おー、カレン。おはよー」

忍「おはようございます。綾ちゃん、遅いですね」

カレン「あー、アヤヤなら風邪でお休みデス」

なぜかカレンは私を見てそう言った。

陽子「そうなの!?」

カレン「ハイ。今朝アヤヤからメール来マシタ」

慌てて携帯を見ると、しかし着信はなかった。
しのとアリスは携帯を持っていないからできないけど、綾はいつも休む場合はカレンとーー私に。
連絡をくれるはずだった。

陽子「あ、あー、そ、っか」

カレン「ヨーコには来てないデスか?」

陽子「うん、まあね」

出来るだけ平静を装おうとして、だけど視線が揺れる。
勇姉に言ってもらった「大丈夫」は、あんなに心強かったのに。
今はこんなに心許ない。

アリス「あ、あの、みんな、とりあえず学校行かないと」

忍「あ、そうですよ!カレン、陽子ちゃん、行きましょう!」

私もしのたちに続こうとした。
だけどカレンはそれを許さなかった。

カレン「アヤヤ、ずっとずーっと悩んでマシタ」

そんなの、知ってる。

カレン「だから私やシノやアリスに、相談してマシタ」

わかってるって。

カレン「昨日だって、ほんとにずっと落ち込んでて、見てられなかったデス」

だから、なんだよ。

カレン「だから私、ずっとアヤヤの側居たデス」

そこでカレンは声を詰まらせた。
あとは英語でまくしたてられて、わかるはずもなかった。
ただ、カレンがとても怒っていることだけは、分かった。

カレン「……っ、ヨーコも、アヤヤだって、ずるいデス……」

アリス「カレン……」

カレン「ヨーコ。お願いだカラ、これ以上、アヤヤの笑顔をとらないで下サイ」

そんなの、私だって。
ぐっと拳を握った。

陽子「私だって、やだよ!綾の笑顔見てたい!だけど私じゃ」

カレン「まだ分からないデス!?アヤヤは、アヤヤはヨーコじゃなきゃ!」

忍「カレン」

それまで黙っていたしのが、突然口を開いた。
今にも掴みかかってきそうだったカレンが、ぴたりと止まった。

カレン「シノ」

忍「いけませんよ、カレン」

カレン「だけどこのスケコマシが!」

アリス「カレン、そんな言葉どこで覚えたの!?」

カレン「アリスだって知ってるじゃないデスか!」

忍「陽子ちゃん」

しのが私を見る。
それからにっこり笑うと、「どうしますか?」と。

忍「綾ちゃんは、きっと陽子ちゃんのこと待ってますけど」

陽子「……」

カレンにここまで言われて、自信がないわけじゃなかった。
それでもまだ私の中には臆病風が吹いていて。

『陽子ちゃんは、いざという時なにも言えなくなるけど、それじゃきっとお互い辛いままだよ』

けどきっと、勇姉の言うとおりだ。
このままじゃきっと、私もーーなにより綾を苦しめてしまう。

陽子「私、行ってくるよ。綾のとこ」

アリス「ヨーコ……!頑張ってね!」

忍「はいっ」

アリスは私の手を握ってくれた。
しのはとびっきりの笑顔で答えてくれた。
カレンは。

カレン「やっとデスか」

不貞腐れたような横顔で、だけど次の瞬間、パッと背中を押された。

カレン「この女泣かせ!泥棒猫!」

アリス「ちょ、ちょっとカレン!」

カレン「早くまた二人の孫の顔見せに来いデス!」

アリス「孫は無理だよっ!?」

一瞬足が揺らいだけど、それが勢いになって私は走り出す。



走ってる最中、綾になんて言おうかずっと考えていた。
信号待ちのときは、綾にメールを打った。
そうしてまた走り出すと、不安が襲ってきた。
だけどそれでも私は、綾に会って話さなきゃいけないことがあった。

背中を押してくれたみんなのためにも、なにも言えずに終わった昔の私のためにも。

綾の家に辿り着くと、家に人気はなかった。
綾の部屋のカーテンはきっちりと閉じてある。

何度かインターホンを鳴らした。
携帯には返事なし。
もしかしていないのか……?

そう思いかけたとき、綾の部屋のカーテンが微かに動いた。
だから私は迷わず呼んでいた。

陽子「綾っ!」

また、カーテンはぴしゃりと閉じられる。
だからと言ってこれ以上騒ぎ立てることもできずに。

そのとき、携帯が震えた。
綾からのメールだった。

『近所迷惑』

たったそれだけの。

陽子「……」

だったらどうすればいい?
どうやったら綾と話せる?

それが聞こえたみたいに、もう一通、綾からのメール。

『電話』

私は、迷わずコールボタンを押した。
数回目のコールで、綾が出た。
向こうで、スッと息を吸い込む気配がした。

綾『はい』

電話越しに聞こえる綾の声は弱々しくて。
だけど確かに綾で、久しぶりに綾の声を聞いた気がした。

陽子「あ、綾」

綾『……陽子、学校は』

陽子「綾、あのさ」

綾『陽子、聞きたくない』

陽子「綾」

綾『やだ』

陽子「綾、聞いて」

綾『聞きたくない!』

一際大きな声。それから、玄関の戸の奥からなにか音がした。
そこに綾がいると分かった。

綾『聞きたくない……陽子は私のこと怒ってるでしょ?当然よ、私いつも陽子に理不尽な態度ばかりとって。陽子に心配かけてるってわかってもどうすればいいかわからないし。いつも迷惑かけて、ねえ陽子、もううんざりでしょ?』

まくしたてるような綾の声が聞こえてくる。
だけど私にはそれが嬉しかった。綾は本気で自分を責めているのに。
やっと綾の本音を聞けて、嬉しかった。勇姉も、もしかしたらこんな気分だったのかもしれない。

陽子「綾」

綾『……っ、ご、ごめんなさ』

陽子「もしうんざりしてたら学校行かずに綾のとこ来ないよ」

綾『けど、陽子は優しいから……っ』

陽子「優しくなんかないよ、私」

ずっとずっと、綾の中で私が一番じゃなくなるのが怖かった。
それで綾を傷付けてみんなに心配かけて。

それに。

陽子「こんなに綾を独り占めしたいなんて、優しい人はそんなこと言わないでしょ」

勇姉への淡い初恋は、いつのまにか薄れていっていた。
けど、綾のことは、綾を知るたびにもっともっと知りたくなった。
守ってあげなきゃ、とも違う。頼りないわけでもない。ただ傍にいたくなった。
初めて手を握ったあの日からきっと。

今なら目を逸らさずに、ちゃんと、向き合える。

陽子「私、綾のこと好きなんだ」

返事がなくなった。

一瞬失敗したかと思った。
だけど違う。
そうじゃない。
微かな、綾の嗚咽。

綾、ともう一度呼びかけたとき、カチャリと玄関の鍵がまわった。

綾「ばかっ!陽子のばかぁ!」

陽子「うわっ」

綾は泣き顔のまま、私に走り寄ってきて。
綾の、熱すぎるくらいの体温。
私は一瞬迷って、恐る恐る綾の背中に手をまわした。

アリスとはまた違う、綾の匂い。

携帯が、震えた手から地面に落ちた。

綾「どうして、陽子が先に言うのよっ……」

陽子「えっと」

綾「私ずっと迷ってて、みんなに相談して、だけど言えなくて!ずっと言いたかったのに!ばかっ!」

陽子「ご、ごめん」

綾「ばかっ……陽子、好き……」

ドキッと胸の奥が鳴った。
綾の背にまわす手の力が、自然と強くなった。

綾「よ、陽子のことが好きなの、私!」

陽子「綾……」

どうしてだろう。
勇姉の前でだって泣かなかったのに。

陽子「あやぁ……」

綾の声が、言葉が、ぬくもりが。
なにもかも嬉しくて苦しくて。

綾「よ、陽子!?泣いてるの?」

陽子「うるさい、見るな」

恥ずかしくて綾にこんなとこ見られたくない。
綾もぐすんとしてるから、同じだけど。

うぅ、とうめいてると、綾が突然くすりと笑った。

陽子「……なに?」

綾「なんか私たち、ばかみたい」

陽子「あー、ばかだな」

綾の笑い声が今度は伝染して私を笑わせる。
それからまたお互いの赤い目を見て笑った。

陽子「あ、そういえば綾、風邪は」

綾「そういえばそうだったわ」

陽子「おーい」

綾「だって陽子が!」

陽子「私が?」

綾「うっ……陽子が来てくれたから、もう大丈夫なの!」

「つまり恋煩いですね」
「恋煩い」
「コイワズライ!」

陽子「しの!?」

綾「あ、アリスにカレン!見てたの!?」

カレン「ばっちり見てマシタ」

ピースサインなんてしてくれるカレン。
綾が真っ赤になって「もうっ!」と怒り出す。
しのが笑ってアリスがおろおろして。

参ったな。
これでみんな遅刻だ。だけどこの五人でならきっと楽しくて。

カレン「イチャイチャタイムはfinishデス!」

アリス「学校行こう!」

忍「陽子ちゃん、綾ちゃん」

しのたちが少し先を行き私たちを振り返る。
私と綾は顔を見合わせ。
手を繋いだ。

そうして、私たちの新しい日が始まる。

綾「あっ、私制服着てない!」

終わり

まさかスレたつとは思わなかった
きんモザSS増えろ
たくさんの支援ありがとうございました

それではまた

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