男「行き倒れのエルフを保護した」(515)


男「もう夕方かいろいろ買ったしもう帰ろうかな」

男は週に二度の買い物に市街地に来ていた。食料、研究材料、道具などを買い
路地を歩き、気付けば辺りは暗くなり始めていた。

男「少し買いすぎたかな…ま、いいか」

両手にぶら下げた荷物に目を遣りそんなことを考えていたとき…

「誰か……いな…い…か?」

声が聞こえた。それはか細く力のない声だった。

男(誰かいる!)


内心、面倒事は御免だと立ち去ろうとしたが、今にも力尽きようとしている誰かを探さずにはいられなかった。

それに小さな声が聞こえたという事はその誰かは近くにいるはずである。聞かなかった事にするというのは男の頭には無かった。

男「いた!」

路地裏で助けを求めていたのは少女だった。目立った外傷はどうやら無いようだ。
しかしひどく衰弱している様子だった。

少女「みず…」

掠れてやっと絞り出したような声だった。

男「はいはい、これを飲みなよ」

男は水筒を取り出し少女に与えた。
水筒の中の水はどんどん減り、ものの数秒で空っぽになってしまった。

男(あ、これ水じゃなかった…ま、いっか)

少女「よし復活!そなた感謝するぞ!」

15歳程の少女は何事も無かったかのように立ち上がった。


男(この子は…まさか)

男は少女に疑問に思う所があったが、それを後回しにしてまずは名前を聞くことにした

男「えっと…僕は男。君の名前は?」

少女「申し遅れたな、私はエルフと申す」

15歳程の長い白髪の少女はそう名乗った。

服装は所々泥汚れや小さな穴が空いていて、どのような道でここに来たかを物語っていた。

エルフ「一度『まち』とやらに来てみたかったのだ!」

男「来た理由はわかったけど。でもなんで倒れていたの?」


エルフ「それは…」

グゥー

薄暗い裏路地に間抜けな音が響いた。

エルフ「……///」

エルフはお腹が鳴ってしまい恥ずかしそうにしていると。

男「…冷えるし僕の家に来ない?この通り帰り道でね」

男はそう言って手に持った荷物を揺すり、アピールするように振った。

エルフ「ああこれは申し訳ない恩人に悪人はいないからな。とりあえずついていくとしよう」

男(間違いない…あのエルフだ…でもどうしてこんな所に)


~男の屋敷~

二人は鉄製の門を開き、玄関の扉へと進んでいた。暗く見え辛いが屋敷が相当な大きさであるということは容易にわかった。

エルフ「ここがそなたの家か」

男「家というより屋敷だね」

エルフ「明りが点いていないな…もしや、そなたこの広い家に一人暮らしなのか?」

男「う…」

エルフ「図星か、悪いことを言ってしまったな」

男「ハハッ、かなり痛い所を突くね…」


エルフ「気にするでない。それもまた自然の摂理とかいうヤツであろう」

男「子供なのに難しい言葉を知ってるね」

エルフ「こう見えても頭の回転は速い方だと自負しておる」

男「君、本当に子供?歳誤魔化してない?」

エルフ「何を言い出すかと思えばそんなことか。確かに私はこのような口調だが立派な子供だ、わかったか?」

男「…嫌というほどにわかったよ」

エルフ「ならば良い」

男「さてと、遠慮しないで入っていいよ、料理作ってあげるから」

エルフ「本当か!?」

料理という言葉を聞いてエルフの表情は一気に明るくなった。


~広間~

男「まず聞くけど、どのくらい食べていないの?」

エルフ「食べていないとは心外だな、こう見えても昼は水をたくさん飲んだ!」

男(しばらく食べて無いってことか…)

エルフ「…なぜ何も言わずにこちらを見る?その哀れむような眼はなんだ?」

男「グスッ…いや、いいだいたいわかった…ズズッ」

エルフ「だからなぜ突然泣き出すのだ?そなたはよくわからぬな…」


男は気を取り直し料理を作ることにした。話はそれからだ。

男「(体のことも考えて)スープにしようか」

エルフ「『すーぷ』とは?」

男「少なくとも水よりはずっと美味しいと思うよ」

エルフ「そうなのか!では待つとしよう」


~数分後~

エルフ「まだなのかー?」

エルフは料理が出てくるのをぐるぐると同じ所を回り、今か今かと待っていた。

男「そうだ落ち着かないならこの屋敷を見て回るといい、暇つぶしにはなると思うよ」

エルフ「では、見て回るとしよう」

エルフが立ちあがろうとした時、思い出したようにこう言った。

男「ああ、ちょっと待って」

エルフ「?」

男はどこからからか取り出した紙に何かを書いてエルフに渡した。


男「はいこれ」

男は紙に手早く何かを書き、エルフに渡した。

エルフ「これは?」

男「転移用魔方陣とでも言うべきかな」

エルフ「ふむ、そなたは魔法を使えるのか?」

男「そこら辺の事はまた後で話すよ。料理ができ次第ここに強制移動させるからね」

エルフ「なるべく早く頼むぞ」


男「…というか動けるの?さっきまで倒れていたけど?」

エルフ「うむ、そこらへんは問題ない。水を飲んだからな」

さっきまで倒れていたことを忘れているかのように元気に答えた。

男(水でいいのかな?……おっと焦げる焦げる!)

男が鍋に気を取られている間にエルフは部屋を出ていた。


~2F廊下~

部屋を出てから数分後、エルフはいくつか部屋を見て回ったあと、
次はどこの部屋に行こうかと考えていた。

エルフ「それにしてもこの屋敷は広いな…気を抜けば迷子になりそうだな」

廊下を歩いていると、一つの部屋が目に入った。見た目は何の変哲もない扉だが
何か言葉では言い表せない変なものを感じた。

エルフ「うーん?何か変な感じがするなここは」

エルフ「ま、気にしていても良いことはない、入るとするか」ガチャ


~研究室~

エルフ「この部屋は…?」

部屋の中は意外と簡素な造りだった、整理された高い本棚、机と椅子。
別に珍しくもない、いかにも研究室といった感じであった。ある一つの物をを除いて…

エルフ「何だこれは?こんな物、他の部屋には無かったぞ」

その部屋の真ん中には大きな魔方陣が描かれていた。
そしてその近くに行くと誰かに声をかけられた。

「キミはそこで何をしているのかな?泥棒に見えないこともないけど?」

とても愉快そうに声の主はそう言った。

エルフ「こんなに堂々としている泥棒がどこにおる」

エルフも負けじと返す。


「ごもっともだね、じゃあ迷子かな? ケケッ」

まるで遊んでいるかのように声の主は笑っていた。

エルフ「生憎、私はそなたと言葉遊びをしている暇はないのだが?」

「つまらないねー、キミさ子供に見えないって言われたことない?」

エルフ「ああ、よく言われるな」

「ま、当然だろうね。容姿と口調が合っていないしね」

エルフ「それもよく言われるな、直す気はさらさらないが」

「それにボクに怖がる様子も見せないしね ケケッ」

エルフ(一体何なのだ?さっきから声はするが姿は見えぬ…)

天井、床、壁…どこを見回しても声の主は見当たらない。


「あー、そっかそっか見えないのか、忘れていたよ」

そんな思い出したような声とともに、エルフの目の前に巫女服を着た小さな黒髪の女の子が現れた。

狐「初めまして、ボクは狐よろしくね!」

エルフ「あ…ああ、よろしく」

あまりに突然な登場で呆気に取られるエルフ。無理もない
何も無い所から何の前触れもなく現れたのだから。

狐「いやーまさか男が女の子を連れ込むとはねー驚いたよ」

エルフ(こ…此奴はいったい何者だ!?どこから現れた!?)

狐「んー?何か言いたそうだね?」


エルフ「まず、どこから現れた?そんな魔法は見たことが無い!」

狐「(説明めんどくさいな)キミさ、男から何か渡されてない?」

エルフ「私の質問は無視か!?」

狐「そんなのどうでもいいしね、どうなの?持ってるの?」

エルフ「持ってはいるが…素性も知れぬ者に渡したく無い」

狐「あららー見事に信用されてないねー」

エルフ「当然だ、訳もわからぬ所から突然現れた者を信用できるわけがなかろう?」

狐「ごもっともだけどさ、ボクはそろそろ男に会いたいんだよね。やっと魔法?とかいうのも覚えられたことだしね」


エルフ「そういえば…そなた、男を知っているのか?」

狐「ケケッ 同じ家にいて知らないはずないでしょ?」

エルフ(どうするか…信用はできそうだが…)

考え込んでいる所に狐が一言こう言った。

狐「キミが持っている物は魔方陣だ、違うかな?」

突拍子もない質問にエルフは驚く。

エルフ「なぜそう思う?私はまだ何を渡されたか言ってはいないのだが?」

狐「男の考えそうなことはわかるよ。さて、これでもまだボクを信用できないかい?」


エルフは口に手を当てて何か考えている様子だった。

エルフ「(少なくとも敵意は無いな…ならばよいか)わかった、渡そう」

エルフは狐に魔方陣が書かれた紙を手渡した。

狐「そう言ってくれると助かるよ」

エルフ「しかし何の為に使うのだ?」

狐「これを使って男の場所に転移してみるよ」


エルフ「できるのか!?それならそうと早く言ってくれれば良かったものを…」

狐「聞かれなかったからね、じゃあ行くよ」

狐が何かを唱えだすと、二人の体が光に包まれ始めた。

エルフ「な、なあ?これ本当に大丈夫なのか?」

狐「大丈夫!大丈夫!そんなに失敗してないから!」

狐はそう言っていたずらな笑みを返した。だが裏を返せば…

エルフ「失敗したことあるのでは無いかあああぁぁぁ!」

眩い光に包まれ二人は消えた。

立て直しが遅くなり本当に申し訳ありません。


~広間~

男「さて、あらかたできたから呼ぼうかな…ん?」

男は気付いた。魔方陣からうっすらと光が出ていることに。

男「あのエルフは見た感じだけど魔力が弱まっていたはず…」

そんなことを言っている間に光はより一層強くなって行く。

男「まあいいや、この辺でいいかな」

男「でもこんな不十分な魔法だと結構衝撃来るんじゃ…」

男はとりあえず適当な場所に魔方陣を置いた。
一段と光が強くなり場を包み込む、そして…

エルフ「痛たた…成功したのか…?」

エルフと狐がドタッと床に落ちてきた。


狐「ボクに聞かないでよ、成功率低いんだから…」

エルフ「今、何と言った?」

狐「えーと…成功率低い?」

エルフ「やはりか…そなたを信じた自分に後悔するぞ…」

男「もめてるみたいだけど質問良いかな?」

エルフ「そなたは…ということは成功したのか?」

狐「みたいだね、それでなーに?」

男「エルフの隣の君は誰かな?」

エルフ「…おい、どういうことだ。知り合いではなかったのか?」

狐「ボクは男を知っているけど男は僕の事を知らないよ」

エルフ「……なあ、先程からそなたの信用が下がりっぱなしだがどう思う?」


狐「ボクは気にしてないよ」

エルフ「少しは気にしろ!」

狐「ケケッ そんなことより男が置いてけぼりだけど?」 

エルフ「ああ、そうであったな、その前に…」

男「どうかした?」

エルフ「そなた、本当に此奴を知らぬのか?」

男「知らないね、本当にこの屋敷にいたの?」

エルフ「いたのだ、魔力らしきものもある」

狐「いたんじゃなくてさ。正確に言えば前の家主についてきたんだよ」

男「あー、そういえば前の家主は東の島国に行ったことがあるとか聞いたね」

狐「それなら話が早い、ボクが何者かだいたいわかるんじゃないかな?」


男「その人が置いてった本で読んだよ、神様の使いだったっけ?」

狐「そんな感じで合ってるかな、不思議な力なんか欠片もないけどね」

エルフ「このような小さき者が、か?」

狐「小さいとは心外だなぁ、キミも相当でしょ?」

狐はエルフの胸あたりを見てそう言った。

エルフ「そなた今どこを見て言った!」

狐「ケケッ 正に自分の胸に聞いてみればってヤツかな」

エルフ「余計なお世話だ!」


男「…おーい、お二人さん?」

狐「あ、話が逸れちゃったね。ボクは狐、男のことは主と呼ばせてもらうからヨロシクね!」

男「こちらこそよろしくね、えーと…?」

狐「ああそっか、狐とでも呼んでくれればいいよ」

男「わかった、狐こちらこそよろしく」

男(何か厄介事が増えた…どうしようかな…)

考え事をしている男にエルフが業を煮やして言った。


エルフ「のう、男よ」

男「どうかした?」

エルフ「お腹が減ったからすーぷとやらをくれ」

男「ゴメンご飯まだだったね、じゃあ話はその後にしようか」

狐「ねーねー主」

男「何だい?」

狐「『すーぷ』ってなーに?」

男「君もか!?スープってそんなに知名度低い?」

狐「エルフは知ってる?」

エルフ「知らぬ」

狐「二対一、知らないの勝ちだよ主」

男「わかったよ…じゃあご飯にしようか」


~食後~

エルフ「うむ、美味しかったぞ。ごちそうさま」

男「おおーたくさん食べたなー」

狐「ごちそうさま、主の作る料理は美味しいね」

エルフ「でも少し余ってしまったぞ」

男「別に構わないよ保存できるからね」

エルフ「魔法か?」

男「まあね、じゃお腹を満たした所で説明してもらおうかな?」

エルフ「私から話そう。あそこで倒れていた経緯だが…」

男「なるべく簡単によろしく」


エルフ「まず、結構な準備を整え里から出てきて、五日目にこの街に着いた」

狐「キミ、相当前に出て来てたんだねー」

エルフ「さらに二日後の昼、広場に出て水を飲んだ」

男「つまり今日?」

エルフ「そうだ、その後…」

ここまでは順調に話していたが、急に口籠ってしまった。

狐「どしたの?まさか変な人に捕まったとか?」

半ば冗談で言ったことだった。

エルフ「な、なぜわかる…もしや頭の中を読んだか!?」

狐「…本当?冗談で言ったんだけど」

エルフ「本当だ、変な商人に捕まっての…」


狐「……」

エルフの話に狐は何か違和感を感じていた。

男「話が読めた、そこから全魔力を使って転移したんじゃない?」

エルフ「そなたら本当に頭の中を読んではいないよな?」

男「そしたら魔力切れで疲れて動けかった訳だ、そして偶然見つけた僕に水をもらい復活
と」

エルフ「私の説明は聞くに値しないとでも言うのか?」

男「悪かったから泣きそうにならないで」

エルフ「馬鹿を申すな!泣きそうになどなっておらぬわ!」

エルフは拗ねてそっぽを向いてしまった。

狐「ねえ主?一つ疑問があるんだけど」

男「どうぞ?」


狐「ただの水で疲れがとれるの?」

男「いやー恥ずかしい話、水と間違えて錬金した液体を渡しちゃってね…」

狐「それが偶然良い方向に作用したってこと?」

男「そゆこと、どうなるか心配だったけどね」

狐「ねぇ主―」

男「なんだい?」

狐「ケケッ 主の後ろに鬼が立ってるよ?」

男がそんなわけないだろうと後ろを向くと…。

エルフ「聞こえたぞ?私に水ではなく変なものを飲ませたのか?」

エルフが怒りに満ちた様子で立っていた。先程見せた泣きそうな顔とはかけ離れていた。

男「そんな怖い顔しなくても…許して?」


エルフ「許さぬ」

男「うわ…相当怒ってるね…」

エルフ「私に変なものを飲ませたのだから、罰を受けるのは当然であろう?」

狐「筋が通ってるね」

男「狐は味方しないか…で?僕はどんな罰を受けるのかな?」

エルフ「罰として明日もスープを作ること!良いな!」

男「はい?」

自分が想像していた事より数段軽い事だったので男は驚いた。

エルフ「あのスープは絶品だった…美味しいものは手間がかかるであろう?」

男「ま、ハズレではないね、そんなに美味しかった?」

狐「主、多分お腹空いてたからだと思うよ?」


エルフ「だったら手間の掛かるものを作らせれば罰になるではないか」

男「その発想はどこから来るんだろう…」

エルフ「良いな!明日も作るのだぞ!」

エルフが見事な啖呵を切りビシッと決めていると狐が一言。

狐「…キミは明日も泊まるつもりなのかい?」

エルフ「なっ…///(なんということだ!これでは泊まりを希望するようなものではないか!)」

狐の的確な一言で耳まで真っ赤になるエルフ。

男「そうなるね、まぁ別にいいけどさ」

エルフは恥ずかしさのあまり部屋の隅で膝を抱えうずくまってしまった。


男「顔真っ赤なエルフはおいといて、次は狐の番だ」

狐「やっとボクの番だね、なんでも聞いてよ」

男「じゃ、初めに聞くけど僕の名前は誰から聞いた?」

狐「たまに来るお客さんとの話で聞いたよ」

男「なるほど、確かにそれしかないか」

狐「でしょ?」

男「それじゃ次の質問。改めてなんでこの屋敷にいるのかを教えてくれる?」

狐「さっきも言ったけどボクは前の家主についてきただけだよ」

男「それだけ?」

狐「えっとね、帰れなくなって住み着いちゃった テヘッ」

男「そんなに明るく言われても…って住み着いた?」

狐「うん」


男「……この屋敷ってさ曰く付きらしいけどそこら辺のこと知ってる?」

男は三年前にこの屋敷を購入した。その際、曰く付きとのことで格安で購入する事ができたのだ。

狐「ケケッ それ十中八九ボクが原因だよ。来る人来る人にイタズラしてたらそうなってたよ」

男「そのおかげで安く買えたよ、ありがとう」

狐「あれ?追い出すとかじゃないの?」

男「見た感じ、害は無いみたいだしね。それに可愛いし」

狐「ありがと♪」

男「じゃもう一つ、なぜ人型になれるの?」

狐「そ、それは…」

狐は急にどもってしまった。


狐(主と話したくて練習した、なんて恥ずかしくて言えないよ…)

男「無理強いはしないから、言いたくなければ言わなくていいよ?」

狐「う…うん!それが良い!誰にでも話したく無いことは一つや二つあるきゃらね!」

男(明らかに動揺してるよなあ…噛んだし…)

狐(ああぁぁぁぁぁなんであそこで噛むかなぁ…うぅ…)

男「さてエルフは…?」

部屋の隅を見るとまだうずくまっていたので狐にこっそりと、ある気になっていたことを話した。

男「狐?」

狐「なんだい?主?」

男「さっきのエルフの話だけど…」


狐「主も感じた?」

男「ああ、もちろん」

狐・男「「あれは嘘だね」」

狐「なにか変だったんだよねー『なにか』が」

男「おそらく魔力切れは本当だろうね」

狐「ただそこから後の話に嘘がある…だよね?」

男「うん…嫌な事でもあったのかな?」

狐「そんな感じだね、なにかはわからないけどさ」

男「やっぱり深く聞かない方がいいかな?」

狐「そんなに心配しなくてもほっとけばいつか話すよ」

男「そんなもの?」


狐「そんなものだよ」

そんなことを話していると隅にいたエルフがやっと復活した。

エルフ「ん…?そなたら何をコソコソと話しておる?」

狐「ああ、そろそろ遅いしね、お風呂に入りたいと話してたんだよ」

男「エルフも入る?広くて結構良いよ?」

狐の咄嗟の誤魔化しに対応する男。二人とも嘘が得意のようだ。

エルフ「……ありがたく入らせてもらうとしよう、だが…」

男「まさか僕が信用できないとか?」


エルフ「いや、そういうわけでは無い。着替えはどうするのだ?」

狐「あ、ボクもそれ気になってた」

男「なんとかなるよ、僕の服以上に女物の服が大量にあるから」

エルフ「なぜ、男の家に女物の服があるのだ?――まさか女装趣味か!?」

男「そんなように見える?」

エルフ「見えるな」

男「そこまでキッパリと言われるとへこむな…」

エルフ「まあ良いそれより今は風呂だ、着替えがあるという部屋はどこだ?」

男「そこの廊下の角だよ」

狐「どんな服でもあるの?」

男「幅広くあるみたいだよ。詳しい種類はわからないけどね」


~衣装部屋~

男「ここだよ」

男(ここ僕の屋敷で一、二の広さを誇る部屋なんだけどな…)

エルフ「お、おい男、ここは本当にそなたの家か?」

エルフが驚愕するのも無理はない、重たそうな扉を開けると数百着という服が並んで掛けてあり、
部屋の正確な広さがわからないほどだ。

男「ここにどっかのアホな女が置いてった大量の服があるから、気に入ったのがあればもらっていいよ」

男(まー結構際どいのもあるけどね)

エルフ「なー男、このフリフリ付きのはどうだ?」

そういってエルフが手に取った服はメイド服だった、ご丁寧にカチューシャまで付いている。
なぜかとても気に入っているようだ。

エルフ「これだこれにする!」


男「そんなに気に入った?」

エルフ「この服は前に本で見てからずっと着たかったのだ!」

狐「どうして?」

エルフ「可愛いであろう?」

狐「そりゃまた漠然とした理由だね。あ、あった」

男「狐も決まった?」

狐の手元には今着ている巫女服とあまり変わらない服があった。

狐「…なんでボクの服によく似た巫女服まであるの?」

男「さあ?アイツ曰く素材が違うらしいよ?」


狐「ケケッ 一度、主の言うアホな女に会ってみたいね」

男「やめといたほうがいい、トラウマ確定だから」

エルフ「随分な物言いだな」

男「嫌いだからね」

とここで狐があることを思い出す。

狐「あれ、そういえばお風呂だったらこんな服ダメじゃないの?」

男「いや、今選んだのは明日の服だから、ネグリジェだっけ?それは風呂場に元から置いてあるんだ」

エルフ「じゃあ初めからさっさと案内しろ、男よ」

男「急に上から!?」

狐「そうだー案内しろー!」

男「はいはい、こちらですよってね」

時間空きすぎてどこが変わったのかさっぱり分からん


~大浴場~

狐「……これは…」

エルフ「男…」

男「何?」

エルフ「そなたの屋敷はどうなっておる!」

男「なんで怒ってるの?」

エルフ「最初から気になってはいたがこの屋敷は広すぎる!」

男「知らないよ!」

エルフ「大広間に、衣装部屋、研究室に広間ほどの部屋が他たくさん、挙句の果てには
  大浴場だと!?一体どうなっておる!」

男「僕に言われても困るよ、それは前の家主に言ってくれる?」


エルフ「その家主がいないからそなたにぶつけているのであろうが!」

男「うわ…理不尽、怒ってないでさっさと入ってよ」

男「僕は寝る部屋を用意して広間にいるから」

狐「わかったよ、じゃあねー」

エルフ「こ、こらまだ話は終わっとらんぞ!」

狐「はいはいおとなしく入ろうねー」

エルフ「なにをする!おい待て引きずるなあああぁぁぁぁ」

エルフは狐に脱衣所へとひきずりこまれたが、狐はすぐ出てきて。

狐「あー主、一応言っとくけどさ…」

男「何か用?」

狐は笑いながら言った。

狐「覗かないでよ? ケケッ」

男「変なこと言ってないで早く入りな」

狐「はーい(ちょっと残念かな…)」


~入浴中~

狐「おお、見てよエルフ!泳げるよこのお風呂!」

狐は広い大浴場で犬掻きといえなくもない微妙な泳ぎ方をしていた。

エルフ「そなたは子供か?気持ちは分からなくもないが行儀良く入れ」

狐「体はまだまだ子供だもーん」

狐はからかうように言う。

エルフ「そなた、私を馬鹿にして楽しんでいるであろう?」

狐「あれ?いまさら気付いた?」

エルフ「やはり楽しんでいたのか!」

狐「怒ってるとこ悪いけどさ」


エルフ「何だ!」

狐「ボクは主を何年も見てたから親しく話せているけど、キミはなんで親しげに話せるの?
  主とキミは初対面だろう?」

エルフ「む…それはだな」

狐「話せないこと?」

エルフ「いや、簡単に言えば懐かしい気がする…だな」

狐「懐かしい?」

エルフ「うむ、私が恩を感じている人物に似ているのだ」

狐「その人の名前は?」

エルフ「それが覚えておらんのだ。そやつは最初
  偽名を名乗ったのだが何故かそれしか覚えておらぬ」

狐「じゃ偽名でいいよ」


エルフ「その名は……ん?なぜ今日会った素性も知れぬものに言わねばならぬ?」

狐「わーお、素晴らしいほどの拒否だね」

エルフ「よく知らぬものに自らを詳しく話さない方がいい…これは受け売りだ」

狐「でもさーこれから一緒に暮らす訳だしさ、この程度のこと話せなくていいの?」

エルフ「そなたはたまに正論を言うな…ならば話してやろう」

狐「そうこなくっちゃね」

エルフ「その者は旅人と名乗っていたな、もちろんさっきも言った通り偽名だ」

狐「旅人ねえ…もしかして一目惚れとか?」

エルフ「ば、馬鹿なことを申すな!惚れてなどおらぬわ!」


狐「(図星だね)そっかそっか一目惚れねー」

エルフ「だ、だから惚れてなどおらぬと言っておろうが!」

狐「ケケッ 嘘だって顔に書いてあるよ?」

エルフ「だから惚れておらぬと…」

エルフの顔が赤いのは風呂場にいるからだろうか。

狐「恥ずかしがっちゃって、そんな子だったっけ?」

エルフ「…そなたもしや、からかっていないか?」

狐「あれ?初めから言ってなかったっけ?」


エルフ「ふざけるな!からかわれて楽しい者などいるはずがないであろう!」

顔を真っ赤にして怒りだすエルフ。感情の起伏が激しい少女である。

狐「顔真っ赤だよ?のぼせた?」

エルフ「そなたのせいであろうが!」

狐「おー怖い怖い、怒ると血圧あがるよ? ケケッ」

エルフ「大きなお世話だ!だいたい私はまだそのような歳では無い!」

狐「響くからギャーギャー騒がないでよ胸ないくせに…」

エルフ「む、胸の話は今関係ないであろう!だいたいそなたも同じであろうが!」

狐「フフフ…ボクは貧しいだけだよ?」

エルフ「わ、私もあるであろう!?」


狐「見栄は張れてるけど残念ながら壁が見えるよ?」

エルフ「おい…泣くぞ?」

狐「泣いてみれば?」

エルフ「できるならそうしている…はぁ、疲れる…」

狐「じゃ出よっかボクは汗を流せればいいしね」

エルフ「そうするか今日は色々ありすぎた…」

狐「色々って?」

エルフ「色々は色々だ、私はもう寝ることにしよう…」

狐「ちぇっつまんないのー」

二人は早めに大浴場を後にした。


~数分前 広間~

男「寝具って何がいいのかな?」

男は一人呟いた。

男「エルフはベッドっぽいし狐は布団とかいうのだろうな…」

男(どっちも無いな…こんなときは)

男「魔法を使おうか…じゃ二人が出てからでいいか」

男はそう言い残し部屋を出た。

~1F廊下~

屋敷の廊下を進み一つのドアへとたどり着く。

男「解錠」

ドアがゆっくりと開かれる。


~召喚の間~

ここは屋敷の隠れ部屋とも言える場所だ。大きな部屋には家具の類が一切無く
あるのは床に書かれた魔方陣しか無い。

この部屋には物理的な鍵は存在せず魔法で施錠をしているため、
解錠の魔法を使う事が出来なければこの部屋に入ることはできない。

男「出てきてくれる?僕と契約せし精霊イフリート…」

魔方陣から炎が吹き出し、その炎が答える。

「呼んだか?わが主…」

男「呼んだよ、久しぶりだねイフリート」

イフリート「ああ、久しぶりだな最近何してたんだ?」

男「特に何もしてないね」


イフリート「ガハハハッそうかいそうかい」

人型の炎らしきものは豪快に笑った。

男「時間が無いから要点だけ言うよ?よく聞いてね」

イフリート「…焦ってるな、何かあったみてぇだな?」

男「簡単に言うと『あれ』が来た」

イフリート「『あれ』って言えば…あ!燃えるゴミの日か!」

男「…変わって無いみたいで結構だけど、次ふざけたら凍結だよ?」

イフリート「ジョーダンだって目が本気だぜ?」

男「ふざけてないでどうするべきかな?今後の身の振り方は」


イフリート「そんなこと言われてもゴミの事はよくわからねぇよ」

ふざけた様子で話している炎とは対照的に男は少し怒っていた。

男「吹き荒れろ吹雪の如き凍てつく風よ…」

イフリート「わわっ!タンマタンマ!凍り始めてるから!」

男「次ふざけたら凍結と言ったはずだけど?」

イフリート「わかったよ…あのエルフだろほっとくのが一番じゃねーの?」

男「やっぱり?でもなあ…」

イフリート「ま、ツケを払うときが来たのさ、そうだろ?た・び・び・とさん?」

男「ツケねえ…踏み倒せないかな?」

イフリート「無理だろうな、おとなしく払え」

男「借金取りじゃないんだから…、まあしばらく様子見ってことで」


イフリート「その結論なら俺いらなくねーか?」

男「ま、今日は会いに来ただけだから」

イフリート「アホなこと言ってないで…ん?」

男「どうかした?」

イフリート「…主、広間に誰か来たみたいだぞ?」

男「嘘…あの子たち早すぎるよ、じゃね!」

男はそう言って部屋から出てしまった。

男「えーと…施錠!」

ガチャ

男「これで良し!」

男は召喚の間を飛び出し一目散に広間へと向かった。

>>44
立て直しが遅くてすいません。
なるべく早く前の部分まで投下できるようにがんばります。


~広間~

エルフ「なんだ、何も用意していないではないか」

狐「主ーどこー?」

男「ここだよ」

二人は着替えも完了し後は寝るだけといった様相だ。

エルフ「男、どこに行っていたのだ?」

男「トイレだよ。まさかこんなに早いとは思っていなくてね」

狐「ふーん、で寝る場所は?」

男「それなんだけど、どんなので寝たい?」

エルフ「選べるのか?」

男「もちろん」


狐「ならボクは布団を頼もうかな」

エルフ「じゃあ私は…てんがい?付きとやらを頼む」

男「はいはい布団に天蓋付きね…ほいっと」

狐「魔方陣を書けば出てくるの?」

男「適当に書いて投げれば出せるよ、大体の物はね」

男が魔方陣を床に投げると日本でよく見る布団と、どこかのお嬢様が使っていそうなベッドが現れた。

男「こんなとこかな?」

狐「すごい!すごい!久々の布団だよー!」

狐は布団の上でバタバタとはしゃいでとても楽しそうだ。

エルフ「ここまでくると何でもありだな…男よ」


男「半日で消えるけどね。ま、一時しのぎってワケ」

既に二人は布団に潜り込んでいる、狐に至ってはもう目が開かなくなってきているようだ。

男「明日は早いって訳でもなけど早く寝なよー」

エルフ「わかっておる」

狐「おやすみ…主…」

男「おやすみ、エルフもねー」

エルフ「おやすみ」


~夜~

エルフは夢を見た、それはまだ幼い時のエルフが里にいる夢―――

大きな木の下に見慣れない人がいた、赤いマントを地面に敷き寝転がっていた。

幼エルフ「…あなたはだーれ?」

「えーと…旅人とでも名乗っておこうかな」

幼エルフ「ぎめい?」

旅人「偽名って…難しい言葉を知ってるね、君は?」

幼エルフ「エルフ…」

旅人「エルフか、よろしくね」

幼エルフ「おにいさんなんでここにいるの?」


旅人「うん?行き倒れて拾われた…のかな?」

幼エルフ「いきだおれ?」

旅人「そこからか…要するに助けられたってこと」

幼エルフ「ふーん」

旅人「君は何をしてるの?」

幼エルフ「ここおきにいりのばしょ、いつもここでほんをよむの…」

幼エルフの手元を見ると確かに本を持っていた。とても分厚い本で
この幼い子が読める本では無いように見える。


旅人「本か…何を読んでるの?」

幼エルフ「…よめないとこがあるからわかんない」

旅人「読めないの?」

幼エルフ「うん、まだしらないのがたくさん」

旅人「ハハハ…そうかじゃあ読んであげようか?」

幼エルフ「いいの!?」

よほど嬉しかったのだろうか、顔は更に明るくなりまぶしさを感じるほどだ。

旅人「解説はしていくけど、わからないとこは聞いてね?」

幼エルフ「うん!」


~数十分後~

旅人「今日はここまでかな」

幼エルフ「もうおわり?」

旅人「僕にもやることがあるからね」

幼エルフ「あしたもここにいる?」

旅人「いつでもいるけどそれがどうかした?」

幼エルフ「あしたもよんでくれませんか…?」

旅人「お安い御用さ、また明日ね」

幼エルフ「ばいばーい!」


~朝方~

朝方、外が明るくなり始めた頃にエルフは目覚めた。

エルフ「夢か……懐かしい夢だったな」

エルフ「思えば私は毎日あの木の下に行っていたな…」

そこでふと思う。

エルフ「そういえば、旅人はいつから私の傍から居なくなった?」

エルフは自分の幼いときの記憶を思い返す。木の下で旅人と毎日話していた事は
思い出せるがそこからの記憶はまるで穴が空いたように何も思い出せなかった。


エルフ「何かモヤモヤするな…旅人が消えたのはいつだ?うーん…」

エルフは頭を抱え悩んでいた。

エルフ「ん?なんだこの紙は」

ふと部屋を見渡すと紙が目に入る、そこにはこう書かれていた。

エルフ「『この部屋で寝てるからお腹空いたら起こしに来て』とな?」

紙の裏にはご丁寧に簡単な地図も書いてある。

エルフ「…考えていても仕方ないか」

エルフは少し混乱する頭を気にせず眠りについた。


~召喚の間~

話は昨晩エルフと狐が眠りについた頃に戻る。
男は再び召喚の間へと来ていた。

男「森の大賢者の一人娘、来てくれる?」

魔方陣から大量の羽が吹き出す――

男「相変わらずすごい魔法だね」

「マスター何か用?」

大量の羽の中心から真っ白な梟が現れ、ゆっくりと床に降下する

男「久々の再開なのに冷めてるねー」

「いつものこと…で?何?」

男「とりあえずその魔法を解いてくれないかな?」


「―わかった」

梟が何か唱え出すと部屋の羽が消え…黒いローブを着た少女が現れた。

「これでいい?」

男「それでいいよ、流石に鳥と話すのはね…」

「―そう」

男「さて本題に入ろうか」

「何かあった?」

男「君にも話した事あるよね?あのエルフが今この屋敷に来てる」

「どういうこと?」

男「恥ずかしながら…気付かずに招いちゃってね」

「勘違いの可能性は?」

男「…ただでさえ交友が少ない僕だ、古めかしい口調のエルフの少女を間違えると思う?」


「――気付かなかったにしろ招いたのは迂闊」

男「ですよねー」

「あれはあなたの弱み――どうするの?」

男「それを教えて欲しくて君を呼んだのさ」

「どうしようもない」

男「うわ即答…やっぱり?」

「無論、過去のツケを払って」

男「君も借金取りみたいな事を言うね」

「君も?」

男「イフリートに同じことを言われたのさ」


イフリートという言葉を聞き、若干怒った…ような気がした。

「あのバカと一緒にされるのは嫌…」

男「珍しく怒ってるね、何かあった?」

「あいつは私の羽を焼こうとした、許さない―」

少女とは思えないような怖い目を見せている。

男「怖っ何か黒いものが見えるよ?一旦、落ち着こうか」

男は落ち着かせようと少女の頭を撫でた。

「マスター?何故撫でる?」

男「落ち着いてもらおうと思ってね、嫌?」


「嫌じゃない…///」

少女の顔が嬉しそうだ。どうやら落ち着いたらしい。

「それで?」

男「ん?」

「私を呼んだからには相応の理由があるはず」

男「ああそっかそっか」

(手が止まった…残念…)

男「えっとね、そのエルフと狐に君の魔法を教えて欲しい」

「マスターの願いなら構わないけど―」

男「けど?」

「狐とは誰?」


男「ああ知らないよね、何かずいぶん前からここにいたらしいよ?」

「ずいぶん前から…?それは…女?」

男「見る限りではね、15歳くらいかな?」

「…マスターに近づく女は消えろ」

男「サラっと怖いこと言うな、小さく言っても聞こえてるから」

「マスターの隣には私が居れば良い―」

男「はいはい、また今度ね」

このままでは話が進まないと話題を戻そうとするが少女が更に話しかける。

「マスターはずるい」

男「突然どうしたの?というか僕ってずるい?」

「相当」


男「へこむよ?」

「へこんだ姿も見たい」

男「はいはい、そろそろ話を戻そうか」

「でももっと話したい…」

残念そうに少女がポツリと呟くと男が一言。

男「あーあ、二人に魔法を教えてくれればいくらでも話せるのになー」

「……!!!」

男「でもこのままだとその話もできないなー」

わざとらしい口調だったが、効果は予想以上だった。

「それで!?いつから!?どのように!?」

男「おおすごい食いつき…」


「マスター早く!詳細を!」

予想以上の興奮に少し引く男。

男「あ、ああさっきも言ったけど二人に魔法を教えて欲しい」

「どの程度!?やれと言われれば初級から秘術まで…」

少女は今にも飛びかかりそうな勢いで捲し立てるように話す。

男「まず禁術はいらない。それと時間が無いから適性からお願いしないとね」

「いつ!?明日から!?」


男「そろそろ落ち着こうか」

そう言って男はまた少女の頭を撫でた。

「はふぅ…マスターが言うなら…」

男「明日から早速お願いできる?」

「了解…あとは?」

男「あと?いやこのままお帰り願おうかと…」

「…魔法を教えるとしても魔方陣から人を呼び出せば驚く」

男「だろうね」


「つまり私を還してまた呼び出すと面倒、魔力も無駄」

男「確かに…あれ?珍しく饒舌だね?」

そんな男の言葉は無視して少女は続ける。

「つまり私を泊めるべき」

男「すごい結論だね」

「返事は?」

男「はいと答えないと?」

「泣く」

男「泣きそうには見えないけど?」

「心で泣く」


男「何かほっといてもよさそうだけど?」

「とにかく泊めて」

男「いつもより積極的だね…わかったよ(ま、甘えたい年頃なのかな?)」

「聞き分けが良くて嬉しい」

男「あーそうだ僕の部屋で良い?」

「……!!!!!」

男「実は広間で二人が寝てるから邪魔したくなくてね」

「わかった!さあ早く!」

男「何か急に元気になってない?じゃ出ようか」

男「施錠!」

「マスターの部屋はどこ?」

男「2階だよ」


~2F 男の部屋~

男「この部屋だよ」

「殺風景」

男「君さオブラートに包むって言葉知ってる?」

「オブラート?おいしい物?」

男「おいしくは無いかな?」

男の寝室は質素な部屋で机、椅子、ベッド等、必要最低限の物しかなく
正に殺風景であった。

男「ああ言い忘れてたけどさ」

「何?」

男「なんて呼べばいいかな?」

「今更?」

男「いつも名前で呼んでなかったからね、『賢者の一人娘』さん?」

「梟…」


男「フクロウ?」

梟「私の名前」

男「ふーん」

梟「変?」

男「変じゃないけど、何でそんな名前かなーって思っただけ」

梟「聞きたい?」

男「別にいいや、よろしくね梟」

梟「(むぅ…いじわる…)こちらこそ、マスター」

男「さて…もう寝る?」

梟「でもベッドが一つ…」

男「別に二人で寝れば問題ないでしょ?梟ちっちゃいから」


梟「小さいとは心外」

男「僕の半分以下の背で何言ってるの?」

梟「むー」

男「ほっぺ膨らませてないで寝るよ」

梟「え?」

男「え?」

梟「寝る?私と?マスターが?同じベッドで?」

梟の頭に次々と疑問符が飛び交う。

男「今更そこ?別に変な事はしないから安心していいよ?」

梟「そのような人とは思っていない」

男「…僕のイメージどうなってるの?」

梟「紳士」


男「悪く言うと?」

梟「へたれ」

男「君はオブラートという言葉を早く覚えてくれないか?」

梟「前向きに検討する」

男「それはやりませんと一緒だ」

梟「…善処する」

男「…さては意味知ってるね?」

梟「……」

男(何この沈黙)

梟「近日中改めて」

男「最終手段使ったな!?」

梟「そろそろ言葉遊びは飽きてきた」


男「じゃあ寝ようか、梟はそのままで寝れる?」

梟「まったく問題無いむしろどんとこい」

男「んじゃ適当に入ってね、おやすみー」

梟「お…おやすみ」

男「……」

男はベッドに潜り込んですぐ眠ってしまった、そんな姿を梟はじっと見ている。

梟「あああぁぁぁぁぁ…どうしよどうしよ」

梟はもともとクール?な性格などでは無かった、普段の言動は男に注目させるための
傍から見れば理解不能な、梟なりのよくわからない作戦である。

梟「ひ、ひひ、ひさしぶりによばれていきなりベットインとか…///」

梟「き、きんちょうする…ねるだけなのに…」

梟は男を起こさないよう慎重にベッドに潜り込んだ

梟(ど、どどどどうするべき?)


梟(ね、ねれない……こんなにマスターがちかくに…)

梟「マスターねてるよね?…なら」

梟は寝ている男を起こさないようにギュッと優しく抱きついた。

梟「おやすみなさい…」

ドキドキと高鳴る鼓動を抑え梟は眠りについた――訳ではなかった。

梟(やっぱりねむれないよ…///)

こうして夜は更けていく―――――


~翌朝~

エルフ「おい、狐」

狐「なんだい?」

エルフ「これはどうするべきだ?」

狐「さぁ?」

二人は地図に書かれた通り寝室へと来て男を起こそうと布団を捲った
だがそこで見たものは――

梟「むにゃ…」

男の腕に抱きついて寝ている少女だった。


狐「まず状況を整理しよっか」

エルフ「そうだな、確かあの紙に書いてあった通り男を起こしに来て…」

狐「部屋に鍵が掛かってなくて入った、ここまでは合ってるよね?」

エルフ「ああ、そして部屋に入った後、何か布団が妙に膨らんでるなと思ったな」

狐「確かにね、なにかと思って捲ると――」

エルフ「私たちの知らぬ少女が男に抱きついて寝ていた訳だ」

狐「…どうしよっかこれ?」

エルフ「どうするもこうするも…起こすしかなかろう」

狐「じゃ、起こした後にゆっくりと聞かせてもらおうか ケケッ」

エルフ「…そうだな」

狐「もしかして怒ってる?」

エルフ「何故私が怒りを感じるのだ?」

言葉はいたって冷静だが今にも拳が飛んできそうな雰囲気だ。


狐「後ろに黒いものを感じるからね」

エルフ「気のせいだ」

狐「ふーん、まいいや起きてー主ー」

揺すぶって起こそうとするがしかし男は起きない。

エルフ「そんなに弱い言い方では起きるはずがないであろう?」

狐「じゃーどうするのさ?」

エルフ「愚か者にはこうするに決まっておろう!」

起きない者にする行為といったら相場は決まっている。
エルフは二人に向かって大声で叫んだ!

エルフ「起きろ!!!このたわけが!!!!」

耳を貫くような怒鳴り声が響く。

男「うるっさいな……ん?エルフに狐?」

男は気怠い様子でゆっくりと上半身だけ起こした。


梟「おみみいたい…(あれ?わたしマスターにだきついて…あわわわわ…)」

狐「お目覚めかな?主?」

エルフ「弁明があるなら聞こうか?」

男に向かってエルフは怒りを露わにして言う。

男「朝から何?僕の寝起きは悪いんだけど?」

まだ眠たそうにしている男に狐は言った。

狐「寝起きでハッキリしないのはわかるけどさ、その隣の子は?」

男「隣の子?…あ」

男はここでようやく怒りの理由に気付いたようだ。
理由にはなんとなく気付いたが意味はわからなかった。

エルフ「そのヤバッみたいな顔はなんだ?」

男「なんとなくだけど怒りの理由に気付いちゃったからね」


狐「おめでとうと言うべきかな?」

男「こんなことで褒められたくないよ…」

エルフ「とにかく!何か言うことはないのか!」

男「朝から怒ると血圧上がるよ?」

エルフ「だから私はそのような歳では無い!」

男「狐、なんでエルフはご機嫌ななめなの?」

狐「ボクもご機嫌ナナメだけど?」

男「ご機嫌ナナメの意味がわからないよ…」

すると忘れられていた梟が更に二人を怒らせるようなことを言ってしまう。

梟「マスターこのふたりはだーれ?」

…ちなみに寝起きで頭が回らず素である。

狐「聞いたよ?マスターだって?いい御身分だねー主?」

エルフ「聞き捨てならぬな…狐もそうであろう?」

狐「完全同意だね」

二人の顔が更に般若のように変わる。


男「余計なこと言わないでよ…狐も敵になった…」

梟「…ごめんなさい」

梟は布団で口を隠して気まずそうにしていた。

エルフ「というかお主はさっさと腕を離さぬか!」

梟「いや!もうすこしこのままがいい!」

梟は布団を更に深く被り断固拒否といった感じだ。

男「更に火に油を注がないでよ梟…こういう時って下手に刺激しない方がいいんだから…」

エルフ「フフフ…話してもらうことは山ほどあるぞ?男?」

狐「ボクだって言いたいことはたくさんあるんだからね?」


男(さて…逃げるか)

エルフ・狐「「さあ!説明してもらおうか!」」

男「とりあえず説明は後!さあご飯にしようか!」

男はごまかすように脇に梟を抱え部屋を飛び出した。

狐「あ、逃げた!」

エルフ「追うぞ!狐!」

狐「もちろん!」


~広間~

男「梟…子どもと寝る事って犯罪だっけ?」

梟「問題無い。私は嬉しい」

男「じゃあなんで怒ってるのかな?」

梟「嫉妬?」

男「あ、そういえばさ梟…」

梟「何?」

男「いまさら口調戻しても遅いよ?」

梟「何の事?」

男「昨晩と言えばわかる?」

梟「!!!」

男「いやー長い付き合いだけど気付かなかったねー」

梟「な、ななななんのののこと?」


男「強がりは動揺を隠してからの方がいいよ?」

梟「つつつ強がってなんかないもん!」

男「そういえば昨日は誰かさんが腕に抱きついてたから少し暑かったなー」

梟「あぁぁ…私の築いた物が…」

男「たかが10歳が何言ってるのさ」

梟「大体、私の事をあいてにしないマスターがわるいんです!」

男「見事な責任転換だね」

梟「どこからきいてたの?」

男「え?」

梟「きのうのどこからきいてんですか!」

男「さあね『ひさびさによばれてベッドインとか…///』なーんて聞いてないよ?」

梟「はじめからきいてるじゃないですか!マスター!」


男「さあてどうだったかな? ケケッ」

男はからかうように狐のような笑い方をした。

男「というか無理せずに元々の喋り方でいいからね?」

梟「むー…」

男「返事は?」

梟「…はい」

男「その返事やよし!」


梟「マスターちょっときになったんですけど…」

男「遠慮せずにどうぞ?」

梟「あのふたりおそくないですか?」

男「迷ったのかもね、この屋敷は無駄に広いから」

梟「そーとーおこってましたけどどーするんですか?」

男「とりあえずご飯食べさせればおとなしくなると思うよ」

梟「そーゆーのでいいの?ペットじゃあるまいし」

男「細かいことは気にしない!」

梟(こまかくないきがします…)


男「そうと決まれば朝ご飯の用意だ。昨日の残りは…と」

梟「マ…マスター!悪魔!悪魔!」

男「急に何を言って――」

振りかえった男の目の前には悪魔…もといエルフと狐が仁王立ちしていた。
仁王立ちとは言っても背丈上、男を見上げる形になってしまうが仕方のない事である。

エルフ「鬼の次は悪魔呼ばわりか…流石にくるものがあるな」

狐「キミは怖い顔だもんねー」

エルフ「今はそなたもだが?」

狐「ボクも!?」

男「…あの子たちは漫才でもしてるのかな?」

梟「さー?」

エルフ「さっきはよくも逃げてくれたな?さあ其処に直れ!成敗してくれる!」

男「お前は役人か!とりあえずご飯食べて落ち着こう?」


梟(たべものではつられないでしょ…)

エルフ「狐どうする?」

狐「ボクは食べるけど?」

梟(ウソでしょ!?)

エルフ「仕方ない、腹が減っては戦はできぬからな一時休戦だ」

梟「ごはんでってそーとーきんちょうかんないですね」

男「それ以前に緊張感って概念はあるのかな?」

エルフ「男、何をしておるー?早くご飯にせぬかー?」

狐「ボクお腹空いたよー」

二人はさっきまで怒っていた事をまるでなかったかのように行儀良く料理を待っていた。

梟「…なさそう」


~食後~

狐「ごちそうさまでした」

エルフ「さて、食事も済んだところで説明願おうか?」

男「まだ忘れてないのか…」

エルフ「当然であろう?私の無駄にある記憶力を馬鹿にしてもらっては困る」

男「本当に無駄な記憶力だね」

狐「…もしかしてさ胸に行く栄養がぜーんぶ頭に行ったんじゃない?歳の割に難しい言葉を知ってるみたいだし」

エルフ「何か言ったか!」

狐「なーんにも言ってないよ ケケッ」

男「というか何でさっきまで烈火の如く怒ってたのさ?」

エルフ「それは…その…」


狐「男に一目惚れだってさ、つまり嫉妬だね」

エルフ「そ、そんなことは言っていないであろう!大体そなたが私の恩人に似ているから悪いのだ!」

男「まーた理不尽な…」

エルフ「だ、大体!私がそなたに惚れているなどとは天地がひっくり返ってもありえぬ事だからな!
  かかか勘違いするで無いぞ!?」

そう言うエルフの顔は真っ赤である。

男「はいはいわかりましたよってね」

狐「あー忘れてた、主ー?」

男「何さ?」


狐「ボクはまだ怒っているんだけど?」

男「顔は嬉しそうだけど?」

狐(良い事思いついたからね♪)

狐「主は罰を受けるべきだとは思わないかい?」

男「僕が怒らせた責任を取れと?」

狐「物わかりが早くて助かるよ、で罰だけど…」

男「罰は確定なのか…できる範囲で頼むよ?」

狐「なーに簡単さ今日の夜はボクと一緒に寝てもらうよ?」

男「…なんでエルフといい狐といい罰じゃない事を罰って言うんだか…」

狐「楽でいいじゃん」

男「…それもそうか」


エルフ「おいそこの二人、仲が良い事は結構だが…私の話はまだ終わっていないぞ?」

男「ゴメンゴメンじゃあどうぞ?」

エルフ「そもそも、そなたの横のちんちくりんは何者なのだ?」

梟「マスター『ちんちくりん』ってなーに?」

男「うーん…ちっちゃくて可愛いって意味だよ」

梟「か…かわいい!?マスター!わたしかわいいですか!?」

男「可愛いよ?狐とエルフと同じくらいかな?」

梟(かわいいっていわれたかわいいっていわれたかわいいっていわれた…///)

男「よし沈静化成功」

狐「狙ってやったのかい?」

男「昔からこう言うと精神がどっか飛んでくみたいでね、よく利用してるんだ」

エルフ「利用とはな……そなたも人が悪いな」


男「策士と言ってほしいね」

エルフ「ならば策士殿?彼奴は何者で?」

狐「エルフってさどっちかって言うとボク寄りじゃない?」

エルフ「…狐、話の腰を折るでない」

狐「ごめんごめん」

男「あの子は梟って言って君達に魔法を教えてもらうために来てもらったんだ」

狐「今のおかしくない?」

男「どこが?」

エルフ「何かおかしな所があったか?」

狐「いやさ、エルフは明日帰るんじゃ無かったっけ?」

男「そうだったっけ?」

エルフ「初耳だな」


狐「昨日『すーぷを作れ』って言って今日泊まるのはわかるよ?」

エルフ(あれは恥ずかしかったな…)

狐「なら明日帰るんでしょ?行き倒れだったら帰らなくちゃ」

男「あ!すっかり忘れてた。よく気付いたね狐」

狐「当然のことだよ」

エルフ「あーそのことなのだが…」

エルフは言いにくそうに言葉を返す。

エルフ「私は帰らぬから心配する必要は無いぞ?」

男「いやあるからね」

狐「あるね」


男「里から出てきたんなら帰らなきゃ」

エルフ「馬鹿を申すな、抜け出して来たというのに帰る馬鹿がどこにおる」

男「自慢げに言われても…」

狐「キミ、抜け出して来たの?」

エルフ「言って無かったか?」

狐「…随分とお転婆なお嬢さんだこと、ねー主ー?」

男「お転婆にも程度ってのがあるでしょ…」

エルフ「と・に・か・く!私はしばらく帰らぬからな世話を頼む」

男「偉そうに言うな!」

エルフ「帰れぬのだから仕方あるまい?」

腕を組み完全なる開き直りである。

狐「すごいね押し売り並に厄介だよ」


男「押し売りの方がまだよっぽどマシだよ」

梟「……マスター?」

男「おお復活か何?」

梟「なんのおはなしをしてたんですか?」

男「君の紹介、丁度良いから二人に自己紹介しようか?」

梟「えーと…はじめまして!わたしは梟、10さいです!これからよろしくおねがいします!」

エルフ「私はエルフだ、歳は15…だったかな?聞けば魔法を教えてくれるとの事
    どうか宜しく頼む」

狐「梟ちゃんボクは狐、歳はナイショだよヨロシクね!」

梟「はい!エルフさんに狐さんですね?おぼえました!」

男(梟ってこんな喋り方だったのか…)


男「梟はこんな小さな子だけど魔法の腕は一級品だから」

狐「主のお墨付きか、頼もしいね」

エルフ「私は心配でならぬがな……で、男よ?」

男「何だい?」

エルフ「いつから魔法を教えてくれるのだ?」

男「そうだね…梟、今からでもお願いできる?」

梟「もちろん!」

狐「まずは何から?」

梟「まずはてきせいけんさをするのでこれをきてください!」

梟はどこからともなく黒いローブを取り出す。

エルフ「どこから出した!?」


梟「そんなことはささいなもんだい!きにしない!」

狐「主、適性検査ってなに?魔法に適性とかあるの?」

男「適正している魔法の種類をチェックしてそこを重点的に伸ばすために必要な事なんだよ」

男「普通はやらないけどなるべく早く習得して欲しいからね」

梟「あのさ…どーして主はボク達に魔法を教え込もうとするのさ?」

男「親切心って回答じゃダメかい?」

狐「まあいいよ ケケッ」

梟「はーいじゃあきがえておにわにきてくださいねー?」

男「僕は先に行ってるから庭は梟に聞いてくれ」

狐「場所くらいわかるよ、目の前だし」

男「一応だよ」

エルフ「ふふん、私の魔法に驚くなよ?」

男「期待はしないよ?」


~数分後 庭~

男「お、来たね」

エルフ「待ったか?」

男「待ってないよ、早すぎるくらいさ」

エルフ「そなたは着替えぬのか?」

男「動きにくいのは嫌いでね、そのまま寝れるような服は好きだけどね」

狐「さー主?ろーぶとかいうのを着たよ?感想はないのかい?」

男「何て言って欲しいかは知らないけどさ…」

男は狐のローブ姿を見るとどうしても見過ごせない箇所があった。

狐「さあさあ感想はないのかい?」

男「その腰の部分の膨らみは何?」

狐を後ろから見た時、異様な物が嫌でも目に入る。
腰のあたりから背中にかけて不自然に膨らんでいるのだ。


エルフ「私も見て見ぬふりをしていたのだが…人によっては気にしそうな事を恥ずかしげも無くよく聞けるな」

男「だって目立つからねその膨らみ」

エルフ「胸部が膨らんでいないから斯様な事を言われるのだ」

エルフは嫌味のように言う。

狐「ケケッ キミに言われたくはないね」

エルフ「大きなお世話だ」

狐「ま、一応言っとくとボクの尻尾だよ」

男「はい?」

狐「いやだから尻尾だってば」

エルフ「しっぽ?そなた、人では無いのか?」

狐「最初に言った…って君は聞いてないのか隅っこで固まってたもんね ケケッ」


エルフ「いわゆる獣人という種族なのか?」

狐「獣には間違いないかな、それっぽい耳もあるし」

エルフ「そんなものあったか?風呂では普通であったであろう?」

狐「たたんで髪に隠せばバレないよ?」

エルフ「短い髪でよく隠せるな…」

狐「まーね」

男「要は魔法が不完全って事かな?」

狐「一生懸命がんばったけど尻尾は消せなかったんだよねー」

狐(大体、本嫌いなボクが読んで覚えたって事自体が奇跡だよ)

男「耳は普通なのに…」

狐「しょーがないでしょ!尻尾消すと耳が戻っちゃうんだよ!」


エルフ「というかキツく無いのか?えらく圧迫されているように見えるが…」

狐「そりゃあ若干キツいよ?巫女服なら平気なんだけどさ」

男「なら尻尾を消して耳を出せば?」

狐「それを今やろうと思ってたトコ――えいっ!」

えいっという掛け声と共に後ろの膨らみが消え代わりに獣の耳が出てきた。

狐「どう?」

エルフ「成功だな」

男「うん上手にできてる」

狐(耳ノータッチ?悲しい…ふかふかで結構手触り良いよ?)

梟「あのー」

エルフ「どうした?梟?」


梟「せつめいにうつっていいですか?」

狐「ゴメン忘れてた良いよ?」

梟「え~とまずおふたりにはわたしのかんがえた、てきせいけんさをうけてもらいます!」

エルフ「具体的に何をすれば良いのだ?」

梟「はい!この紙をもつだけです!」

梟はまたもやどこからともなく紙を出した。

狐「本当にこんな紙を持つだけで良いのかい?」

半信半疑ながら狐が紙を持つとすぐさま変化が現れた。
持っていた紙が薄い水色に染まったのだ。

梟「せいこうです!狐さんはどうやら氷系の魔法がとくいなようです!」

狐「主、説明してくれる?この子説明苦手でしょ?」

男「説明は得意なはずだったんだけどなぁ…まぁ要するに」


男「梟の魔法適正は紙を持つとそれに何か色が付くからその色で適正を調べるのさ、
  赤だと火、青だと氷、緑なら風って具合にね」

エルフ「色とはまたよくわからぬ原理だな…」

そう言いつつもエルフは紙を手に取る。

男「梟が勝手に作った魔法だから細かい事は僕も知らないんだけどね」

エルフ「さあ鬼が出るか蛇が出るか見ものだな」

エルフの持った紙は狐と違い瞬時にでは無く徐々に黄色く染まっていった。

エルフ「黄色か、これは一体何の魔法だ?梟」

梟「おおまかにいうと雷です!ピカピひかってしびれる魔法です!」

エルフ「雷か…中々に良いとは思うが…」

納得していない様にも聞こえるが顔は満面の笑みである。


狐「さて主?適性がわかったわけだけどどうするの?」

男「ここからは個別で指導だ、とはいえ同じ庭でだけどね」

狐「ボクは主に教えて欲しい!」

男「狐は僕の担当だよ?僕も氷系なんでね」

狐「やった!」

エルフ「ということは私は梟か」

梟「はい!よろしくおねがいします!」

男「だけど今日は市街地に行くよ」

エルフ「何故だ?せっかくやる気だというのに…」

男「三人分の服に日用品…いろいろ揃えないとね」

エルフ「昨日の買い物はどうしたのだ?」

男「結構買い込んだけど少し足りないのさ、なにせ三人も増えるとは思っていなかったからね」


梟「マスター?」

男「どうしたの梟?」

梟「ねむいからおるすばんでいいですか?」

男「昨日寝れなかったみたいだし良いよ、適当に過ごしてて?」

梟「おやすみなさい。ふわぁぁ…」

梟はよほど眠かったのか大きなあくびをしてすぐに屋敷に戻っていった。

男「じゃあ二人とも着替えてまたここに来て」

エルフ「着替えとは昨日の服のことか?」

狐「目立つんじゃない?」

男「いろんな国の人が来てるし『珍しい服だな』位だよ」

エルフ「その言葉に嘘偽りは無いな?ならば良いが…」

狐「じゃあ着替えてくるよー」

男「梟が寝てるから静かにね」

エルフ「その位の気遣いは心得ておる」


~数十分後、市街地~

男の屋敷から歩いて数十分の市街地にメイド服を着たエルフと、巫女服の少女と、やる気の無さそうな男が歩いていた。
傍から見ればとても異様な光景である。

狐「まさか主の言う通りになるとはね」

男「でしょ?」

ここは街一番の市街地である。多くの商業施設が集まりここに来れば食材だろうが
薬草であろうが手に入るであろう。連日、客足が減ることは殆ど無い。

そんな人ごみの中を多少珍しい一団が通っても誰も気にする事は無かった。

狐「ボクの耳も隠したしバッチリだね」

男「尻尾は出てるけどね」

エルフ「服の中でであろう?いくら人が多いとはいえ、そのようなこと誰が聞いているかわからぬぞ?」

狐「へーきさボクらの格好見てもあんまり気にしてないみたいだしね」

エルフ「…もう少し緊張感をもったらどうだ?」

狐「ケケッ ボクの長所を奪うようなこと言わないでよ。それに緊張感が無いのはおたがいさまさ」


男「喋ってるとはぐれるよ?」

狐「いざって時はなんとかなるよ」

男「説得力を感じないよ…」

狐「ま、そんな話は置いといてさなにを買うんだい?」

男「メインは食料さ、他には…まぁついて来てくれればいいよ」

エルフ「資金は大丈夫なのか?」

男「幼気な子供にお金の心配されるとはね…」

エルフ「わ、私は子供などでは無い!」


男「僕から見ればまだまだ子供さ」

エルフ「むぅ…そなたは意地悪だな」

男「よく言われるよ」

狐「まずどこに行くの?」

男「距離的にまずはあっちの路地にね」

エルフ「路地?店には行かぬのか?まさか怪しげな所へ連れていこうとしているのか!?」

男「いや立派な店だよ?」

狐「主、矛盾していないかい?」

男「路地にある店だからしょうがないでしょ」

エルフ「それならそうと早く申さんか。それにそのような所で何を買うつもりだ?」

男「説明めんどくさいからついて来てよ。はぐれないでね?」

狐「もちろんだよ」


~路地裏の商店~

路地に入り数分歩いた所に店があった。そこは一見、商店とは思えないような造りをしていた。
店というよりむしろ古ぼけた小さな酒場といったほうがわかりやすいであろう。

男「やってる?」

商人「旦那ぁ居酒屋みたいなノリで来られても困るって毎回言ってるでしょう?」

狭い店内のカウンターの無精ひげを生やした眼鏡を掛けた男は言う。
カウンターの高さは低くもないがエルフが覗き込もうとしなければ見えないほどだ。

男「なーんかしっくりくるんだよねー」

商人「どうせならBARみたいに入ってきて欲しいもんだね」

男「まぁ酒場っぽいけどね」

狐「主?ここでホントに合ってるのかい?」

エルフ「随分と埃っぽいな…」


商人「やれやれ…いきなり失礼な発言だなお嬢さん方?」

狐「ケケッ お嬢さんだなんてお世辞が上手いね、さすが商売人だよ」

商人「褒められたら喜んだらどうだ?子供らしくない」

エルフ「もとより子供に見られたいなどとは思っておらぬ」

狐「右に同じさ」

商人「…手厳しい嬢ちゃんらだ」

男「ゴメン商人…僕の居候って事で見逃して?」

商人「真に受けちゃいねぇから別にいいさ」

男「ありがと、じゃあ早速いい?」

商人「よっしゃ!旦那、本日は一体何が入用で?」

男「初心者用の魔装銃と剣、あと弓矢も」

商人「おや?珍しいな旦那がそんなもん買うなんて、いつもは錬金の材料だろ?」

男「いや、この子たちの訓練にね」


男は背伸びをして様子を伺っている二人を指さしながら言う。

商人「さて他には何かあるかい?」

男「あと…僕が預けといたヤツ」

商人「――いいのかい?旦那は手入れが出来ないんだろ?」

商人は訝しげな顔をする。

男「構わないさ、なんとかするから」

商人「最初のは送っておくんだろう?」

男「ああ、僕のはここで渡してくれる?」

商人「言うと思ったぜ」


商人はカウンターの下から布が巻かれた長い何かを取り出す。

商人「手入れは欠かしていない、切れ味も抜群だ」

男「慣れないこと頼んで悪かったね」

商人「お得意様の頼みは断れないのさ、それにこれほどじゃないがウチの店にも数本あるぜ」

商人は予測していたかのように値段が書かれている紙切れを渡す。

男「あれ?意外と安いね」

エルフ「どれどれ……!?」

エルフは驚いた。覗き込んだ紙には見事に0が並んでいた。

男「ざっと100万ってトコかな?」

狐「ひゃひゃひゃくまんえん!?」

エルフ「よくわからぬが高いのであろう?狐」

狐「高いに決まってるでしょうが!」

エルフはお金の価値もよくわからないようだ…世間知らずにもほどがある。


エルフ「そうなのか?いまいちよく分からぬな…」

狐「エルフは何か好きなものはないのかい!」

未だ興奮冷めやらぬ狐はエルフに怒鳴るように尋ねる。

エルフ「…そうがなり立てるな耳が痛い、自慢ではないが私は耳だけは良いのだ」

狐「うるさいよ!だいたい100万って聞いて興奮しない奴は居ないよ!」

エルフ「少しは落ち着けそなたらしくない」

男「狐を落ち着かせるためにも答えてあげて?」

エルフ「わかった、好きなものだったな…すーぷか?」

男「ハハハハ!ならスープを100杯飲んでもまだ足りないかな」

エルフ「 」


狐「固まっちゃったよ ケケッ」

男「お遊びはここまでにしてもらって本当の値段は?」

商人「金貨50枚ってとこだな」

狐「100万は嘘なのかい?」

男「100万払ったらそこらへんの国がひとつ買えるよ?そんなに払ったら破産ってもんじゃないよ」

狐「…なら50枚も相当高いんじゃない?」

男「察しがいいね、まぁ豪邸が一件立つくらいさ」

男「ちなみに金貨、銀貨、銅貨とあって金貨5枚もあれば三年遊んで暮らせる…だったかな」

エルフ「高いことに変わりはないで無いか!?」


男「…金は冗談抜きで腐るほどあるからね」

狐「なんで?」

男「種明かしはまた今度さ、すぐに言ってもつまらないでしょ?」

エルフ「秘密が多い男は好かれぬぞ?」

男「ミステリアスな奴に惹かれる人もいるだろう?」

エルフ「みすてりあす?」

男「不思議とか謎に包まれたとかそういう感じ」

エルフ「ああなるほど、ならばそのような奴に恋焦がれるのはごく一部であろうよ」

男「ごもっともな意見どうもエルフ。狐、何か買う?」

エルフ「無視か!?」


狐「う~んあるっちゃあるけどムリだよ」

商人「どういう意味だ?」

狐「ボクの欲しい物は全部ある国にしか売って無いからね」

狐はまるで挑発するような感じを見せている。いや、むしろ挑発している。

商人「おいおい…バカにしてもらっちゃ困るな…この店には古今東西ありとあらゆるものが揃ってるぜ?
   何ならイモリの黒焼きでも用意してやろうか?」

男「いやいらないから」

狐「そうだね…小手調べに油揚げはあるかい?」

商人「は?」

狐「だから油揚げさ」


男「あぶらあげ?あるかい商人?」

男の住む国に油揚げは存在しない、
だから男は狐の言ったものが食べ物かどうかすらわからなかった。

商人「まったく…どんな珍品が出るかと思えば…」

狐「あるのかい?」

商人「あんた東の出身だね?」

狐「漠然としてるね、というかそもそもピンとくるならわかるだろう?」

商人「ふーむ…その落ち着いた物言いずいぶんと位が高いように思えるが?」

男「そんなことも分かるの?」

商人「俺は伊達に商売人やってるワケじゃないぜ、旦那」

狐「細かいことはいいからさ、ついでに酒はある?」


商人「油揚げに酒ねぇ東から来たって事は米酒か――あるぜ」

商人はあっさりと肯定した。それは狐にとって大変に意外なことだった。

狐「ま、元よりこんな店で買えるなんて思っていないからねって―――え?」

商人「だからあるっての」

狐「そそそそそそれはホント!?」

エルフ「どうした狐、言葉が裏返っておるぞ?」

狐が男の屋敷――正確には前の屋敷の主に付いてきてしまってから大好物の御神酒も
もちろん油揚げも食べていない。今までは男や前の主が作った食べ物を勝手に食べて生活していた。

無論、食べ物がなくなることに男も前の屋敷の主も気付いていたが、
生活に余裕があったため気にするほどの事ではなかった。


狐「主!どのくらい買ってくれる?」

男の足をぺしぺしと叩き、催促してきた。

男「叩かないで少しは落ち着こうよ…腐るものでも魔法かけるから問題ないし、
  どうせ余裕あるし勝手にどうぞ?」

狐「商人!油揚げは全て、酒は二升でいいや!」

商人「油揚げ全てかよ…こりゃあまた仕入れねぇとな…」

男「代金は?」

商人「なーに在庫処分に丁度いいさ、お代は結構!」

男「本当にいいの?」


商人「何とかに二言はねぇ!送っとくから安心しな」

男「なーんか怪しいけどありがと、狐これでいいかい?」

狐(くぅ~~~!数年ぶりの神酒だよ!それに油揚げまで!よだれが…)

男「ヨダレは拭きな?さて次は…と」

男は商人に軽く会釈をし店を出た。男の買い物は魔方陣で転送されるため荷物は布が巻かれた棒だけである。
それは男の左手にしっかりと握られている。

エルフ「次はどこだ?」

男「食料を買った後で無料で服と寝具を手に入れる」

エルフ「…一応聞くが強盗では無いよな?」

男「あくまでも『平和的に』さ」

――男の『平和的に』という言葉が妙に強調されたのは気のせいだろうか。


~とある富豪の家~

店から出てしばらくして男達は魔法でとある富豪の家に来ていた。

男「おーい居るー?」

狐「ちょっと!?ガンガン叩いてへーきなの!?」

エルフ「そうだぞ!?見るからに高そうだし壊れたらどうする!!」

男「別にいいんだよ」

狐とエルフは早々に慌てていた…まあ理由は珍しく男なのだが。

エルフ「もう少し方法というものを考えぬか!」

男「これでも考えているよ」

町を見下ろすように建てられた一軒の屋敷――否、屋敷というより御殿である。
外観は普通、しかしその圧倒的な広さから中の様子が伺える。

男「早く出てこーい」


狐「主、そろそろヤバくない?」

その屋敷の巨大な最早それは門と呼んだ方が相応しいくらいに思えるドアを
男は先程からガンガンと勢い良く蹴飛ばしていた。

男「出てこないから入ろうか」

エルフ「…おいそこの強盗」

男「強盗!?それは大変だ!一体どこ?」

男はまるで自覚が無く、キョロキョロと辺りを見回した。

エルフ「そこのキョロキョロしてるお前だ!」

男「……もしかして…僕?」

狐「ケケッ 他に誰もいないよ?」

男「強盗とは心外だなぁ…あくまでも平和的にさ」

エルフ「…ならば聞こうか、どうやってこの馬鹿でかい屋敷に入るのだ?」

男「そんな物決まってるよ」

エルフ「申してみよ」


男「黙って一刀両断!」

男は楽しそうに言う。

狐「いや落ち着こう?主らしくない」

男「この家広すぎて来客がわからないからいいのさ」

エルフ「何がいいのかまったくわからぬ。それに他に方法はあるであろう?」

男「あるけど…めんどくさいじゃん?」

狐「それは同意するよボクも面倒なのはキライだからね」

エルフ「多少めんどくさくても方法を選ばぬか方法を、つい先程『平和的に』と申していたではないか」

男「はぁ…無駄に常識があるから困るよ」

エルフ「誰が無駄だ」

狐「それで?どうするの?」


男「しかたないな…」

男は少し考えて大声で言った。

男「おーい!執事!」

エルフ「は?」

エルフは首をかしげ狐は呆気にとられていた。二人とも何言ってるんだコイツ?位に思っていた。
しかしそんな考えとは裏腹に簡単にガチャリと扉は開き――

「どなたかお呼びでしょうか?」

黒縁の眼鏡をかけスーツを着こなした若い執事が現れた。いかにもである。

執事「おや?男様でしたか、本日は大変静かな来訪ですね」

男「まあね」

執事はそこで男の横…正確には男の後ろから顔を出しているエルフと狐に目を遣る。

執事「おや…?お連れの方で?」

男「ああ、家の居候になった子たち。そっちのメイド服を着た奴がエルフ。
  もう片方のちっちゃい黒髪が狐っていう子」


執事「狐様にエルフ様ですか私は執事と申します。以後お見知りおきを」

エルフ「ご丁寧にどうも私はエルフだ。よろしく頼む」

狐「ボクは狐さ、様なんて堅苦しいことはナシにして狐って呼んでよ」

執事「承知しました。男様、お嬢様にご用事ですか?」

男「できれば内密にこの子たちの服とベッドを送ってくれない?」

執事「内密に…ですか?」

男「ほら僕はアイツ苦手だから、じゃよろしくね用事はそれだけだから帰る事にするよ」

執事「畏まりました。…一つよろしいですか?」

男「どうぞ?」

執事「お嬢様が会いたがっております」

男「…三日後に来るって伝えといて、じゃね」

男はよっぽど女が苦手なのか、早口で伝え早急に立ち去ろうとするが…


「待ちなよ」

男「げっ…女…」

女「ゲッとはなんだゲッとは」

執事の後ろから女が出てくる。服装は美しいドレスで見るからに高そうだ。

狐「主、誰?」

男「ほら、昨日言った衣装持ちのアホ女」

なるべく聞こえないようにこっそりと話す。本来なら速攻で帰りたかったが見つかったからには仕方ない。

エルフ「筋金入りの大富豪といったところだな」

女「いやーそんなことないよ?アタシはぜーんぶ継いだだけだからさ」

男「そうか、それじゃ…」

男はそう言って立ち去ろうとするが女は逃がさなかった。

女「おんやぁ~?どーこ行こうとしてるんですかー?」

男の肩をがっしりと掴み逃がさない、振り払うこともできるがそんなことをする男ではなかった。


男「いやーちょっとそこらへんに…」

エルフ「苦手なのは嫌でもわかるが、私たちを置いて何処に行こうというのだ?」

女「ほらほらーこの子もこう言ってるしー」

男「丁重にお断りさせていただきます」

女「まーったく…ならこっちにだって考えがあるもんね~」

男「考え?」

女「え~とエルフちゃんに狐ちゃんだっけ?」

狐「何だい?」

女「ちょーど今、そう!たった今!豪華な料理が完成したんだけど食べてく?」

エルフ「頂こう」

男「考えってご飯で釣るだけか!」

女「にひひひひ、食欲にはだーれも勝てないもんねー」

狐「主、早くしてよ冷めちゃうよ? ケケッ」


男「狐もっ!?」

いつの間にか狐は女の後ろに立って手を振っていた。

女「ほ~らね、さあどうするのさ?こっちは三人そっちは一人…にひひひひ」

男「悪魔だ…悪魔がいる」

女「にゃははは、なんと言おうとこっちの勝ちだもんね~民主主義バンザイ!」

男「…こういうのを悪魔と呼ぶんだろうな」

女「何とでも言うがいいさ!アタシの心はへーきだもんね」

男「…仕方ないごちそうになるか……」

女「にひひっ!は~いじゃあこちらでーす」

狐、エルフ、執事、渋々ながら男も女の屋敷に入って行った。


~女の屋敷~

男たちが通された部屋は食堂だった。大きな机に白いテーブルクロス…典型的なお金持ちの内装と言った感じだ。
無論そこに並べられている食事は、絢爛豪華な物ばかりである。

執事「どうぞ召し上がってください」

狐「いっただっきまーす!」

エルフ「…うん?」

男「どうかした?」

エルフ「いや…この屋敷は使用人が一人だけなのかと思ってな」

女「あ~ウチにいるのはそこの執事だけだね。それがどうかした?」

エルフ「いやなに掃除が大変そうだと思ったまでだ」

女「掃除はすることあんまりないなぁ…こう魔法でホコリとかヨゴレが付かないようになってるらしいから」

狐「らしいってなにさ」

狐は食べることに集中していたがしっかりと話は聞いていたようだ。


女「そこの立派な魔法使いさんにに聞けば?アタシは魔法の才能からっきしだからさー」

男「悪い気はしないけど馬鹿にされてるみたいだ」

女「一応、褒めてるよ」

男「ならいいや、今言った通りだよこの屋敷に魔法かけてるのは僕だ」

エルフ「この馬鹿でかい屋敷に魔法をかける事は並大抵ではあるまい?」

男「僕にとっては簡単さ、床を魔方陣の形に削るだけで完成だし」

女「サラッと言ってるけどスゴイことなんだよね?執事」

執事「ええ、勿論でございます」

女「どのくらいスゴイの?」

執事「お嬢様がこの屋敷で一人で生活する以上です」

女「…それってバカにしてる?」

執事「割と真面目な話です」

女「泣くよ?」

執事「タオルをご用意しましょうか?」

女「…男といい執事といい、今日はヘコまされるよまったく…」


~食後~

女「さ~てっと楽しい楽しいお話の時間だよっ!」

男「よし食べたし帰ろっか」

狐「そうだねおいしかったよ!」

エルフ「帰るぞ男、梟も待っておるであろうからな」

男「じゃそういうことで…」

男どころかエルフと狐まで席を立つ。

女「キミたちひどすぎない!?」

男「いや梟がかわいそうだし」

女「いやいやいやいやここに呼びなよ!」

ちなみに女はと執事は梟を知っている。男が来た時たまに連れてくるので遊んでいた事もあり
それなりに仲は良い。――男が来るよりも「たのしかったから」と梟が勝手に来ている事が多かった。


男「はぁ……大賢者の一人娘来てくれ」

女の言う通りにするの事は不本意だったが寝かせたままという訳にもいかないので呼び出すことにした。
自然、詠唱もなげやりである。

梟「ふわぁぁ…ますたぁーなーに?」

寝惚け眼をこすりながら梟が現れる。

男「とりあえずほら顔洗って場所わかる?」

梟「はぁい…むにゅ…」

梟は寝起きのはっきりしない頭で歩いて行く、賢者の娘でも寝起きは頭が回らないようだ。

女「よぅし!帰ってくるまでお話タ~イム!」

狐「あのさなんでキミはそんなに話したいのさ?」

女を男を指さしながら言う。


女「男が誰かと一緒に行動するなんてめずらしーからだよ」

エルフ「そんなに珍しいのか?」

女「そうだよ?誰かと一緒にいるなんてここ数年、使い魔以外で見たこと無いよ」

男「余計なこと言わないでよ」

狐「ふーん主がねー」

女「そうだよーアタシの扱いひどいし執事しか信用しないし、使い魔にしか心開かないし…」

そこで女は気付く、後ろから冷ややかな目をして睨まれている事に。

男「それ以上話すなら内側を凍らせるよ」

女「いや罰が重すぎだよ!!」

男「これでも最大限の譲歩なんだけど?」

男と女の不穏な空気を変えようとエルフが切りだす。

エルフ「…男、話の腰を折って悪いが此奴は一体誰なのだ?」


男「あれ?言ってなかったっけ?」

狐「言ってないよ」

女「あっれー?アタシ自己紹介してなかった?」

エルフ「そなたは料理で私たちを釣っただけではないか」

女「あ」

男「やっぱりアホだ」

女「アホじゃない!」

狐「ケンカはもういいからさ自己紹介しない?」

女「そだね、アタシ女!キミたちはエルフちゃんと狐ちゃんだよね?」

エルフ「執事との会話を聞いていたのか」

女「そゆこと」

エルフ「改めて名乗っておこう。私はエルフと申す。男に拾われた」

狐「ボクは狐、呼び捨てでもいいよ」

簡単な自己紹介が終わり女は考える。男を暫く部屋から出せないかと。

女「あ、そうだ執事!確か魔法陣の書き換えじゃなかったっけ?」


執事「いえ、まだまだ先ですが…」

女としては男に話を邪魔されないために体よく追い払おうとしたが執事には通じなかった。真面目な執事は嘘も嫌いなのだ。

男「あのな、追い払おうとしてるのが見え見えだよ」

女「ソ、ソンナコトナイデスヨ?」

もはやわざとすら思えるほどに棒読みである。

狐「大根役者だね ケケッ」

男「はぁ…わかったよ三十分位でいい?」

女「さっすが男!やっさし~」

男「はぁ…執事、魔法点検行くよ」

執事「喜んでお供させて頂きます」


男「あ、その前に梟のご飯頼める?」

執事「畏まりました」

男「というか梟どこ行ったのかな、洗面所はわかると思うけど…」

執事「おそらく寝ぼけて道を間違えたのでしょう似たような内装ですからね…」

ガチャ バタン

女「よぅし!どうせだからアタシの部屋いこっか」

エルフ「うむ、ここは話すには不都合であろうからな」

女「ちゃ~んとついてこなきゃ迷子になるよ?にひひっ」


~女の部屋~

女の部屋は白の家具で統一されていた。そしてその部屋の四角い机と椅子を三人で囲んで座っている。
狐とエルフの足は床から浮き、まるで小さな姉妹が歳の離れた女性と話している感じである。

女「にひひっ男はいなくなったし話を始めよっか!」

エルフ「しかし何を話すというのだ?」

女「とりあえずエルフちゃんに質問タ~イム♪」

エルフ「たいむ?香辛料か?」

女「似てるけどちがうっ!時間って意味!」

エルフ「そうか、して何を聞く?」

女「そうだね~まずはキミと男の出会いでもきこっか」

女(男が女の子を二人連れてるなんてな~んか引っかかるしね)

エルフ「簡潔に言えば行き倒れて動けなくなっていた所を助けられた」

女「はい?」

エルフ「いやだから動けなくなっていた所を救助されたのだが?」


女「いやそーじゃなくてさ、え?まさかそれだけ?」

エルフ「そなたは一体何を望んでいるのだ…」

狐「もっと派手な事じゃない?たとえば手篭めにしたとか、むりやり連れて来たとか、買ったとか」

女「うんそうだね!狐ちゃんの回答百点!ってちっっがーう!」

エルフ「…やかましい女だな」

女「やかましくて悪かったね!ってこれもちがう!」

エルフ「一体何を言いたいのだ?」

女「いやだってさあの男だよ?年中無休、戦闘魔法バカ朴念仁のあの男だよ!?」

エルフ「いや私は男に昨日助けられてよく知らぬのだが?」

狐「にしても戦闘魔法バカってひど過ぎでしょ ケケッ」

女「エルフちゃん男とは本当に初対面なの?」

エルフ「ふむ、私と男は会った事があると?」

女「そゆこと!会ったこととかないと男が一緒にいるはずないしね」


エルフ「…おそらく会った事は無いはずだ」

女「じゃあどうしてだろ?」

エルフ「……単に私がかわいいからでは無いか?」

狐「自惚れが強いね」

聞こえていないのか、無視しているのかエルフは狐に言い返さなかった。

女「エルフちゃんの意見は却下してと――じゃあ狐ちゃんは?」

狐「ボク?」

女「エルフちゃんには特に心当たりがないみたいだし狐ちゃんになーんかないかなぁって」

狐「まずボクは元々、主の家に住みついてたんだよ」

女「主ってのは男の事だよね。でも男からそんな話は聞いたことないよ?」

狐「そこら辺を話すと長いし、なによりボクが飽きちゃうから割愛させてもらうよ」

女「そこ重要そうな気がするけど!?」

狐「エルフが来た日ちょうど変化の術…魔法ができてさ、主のとこに現れたって感じかな」

女「その後は?」


狐「ご飯食べて簡単な自己紹介して寝たよ」

女「こっちも収穫なしか…う~ん」

頭を掻いて悩む女。女は元々男と旧知の仲であり、よく知っていた。
だからこそ男が見るからに弱そうな少女二人と一緒にいるなど考えられなかった。

女「狐ちゃんっていったい何者なの?」

狐「ああ神様の使いってやつだね」

あっさりとそして何事も無いかのように言う狐

女「はぁ!?」

狐「まぁ何年も元いた場所に戻ってないから今はただの耳としっぽの生えた人さ」

女(な~んだ獣人か召喚されたのかな?)

狐「あ~信じてないでしょ?」

女「いやいや信じてるよ?ただそんなに珍しくないからさ」

狐「ええ!?そうなの!?」

エルフ「何だ気付いていなかったのか?獣人なぞ珍しくも無いぞ?誰でも召喚できる
    低級な使い魔だからな、私のいた里でも頻繁に召喚されていたぞ」


狐「うそっ!?」

正直な話、少なくとも珍しく、可愛いことに自信を持っていた狐は珍しくない事にショックを隠しきれない様子だった。

エルフ「さて…私達の話ばかりするのもつまらぬ、男の話をしてはもらえぬか?」

女「男の話?別にいいけどさ案外重くてくらーい話だよ?」

エルフ「構わぬ。これから一つ屋根の下生活するのだ、なるべく知っておいたほうが良いであろう?」

女「は?一つ屋根の下?だれと?」

エルフ「男とに決まっておろう、他に誰がおると言うのだ?」

女「三人で?」

狐「たぶん梟ちゃんもいるし四人かな」

女「ありえない…まさか男はロリコン!?」

エルフ「どうしてそうなる」

女「幼児体型ばっかだからだけど?」

狐・エルフ「「悪かったな!!」」


エルフ「だ、大体私はまだ発展途上だ!!」

狐「ボ、ボクだってこの前背が伸びたもん!」

女「もん?」

狐「あ、いや……の、伸びた!」

女「ごまかせてないよ?」

狐「そ、そんなこといいから主の話をして!」

女「はいはいわーかった、なら本日のラインナップはこうなっておりまーす」

女は画用紙を取り出した。そこには丁寧な字でこう書かれていた。

・これまで何してたの?

・使い魔ってなに?

・基本的なスペックを教えて!

・交友関係どうなのよ?

・謎の美しい女性、女とは?

やたら最後の文字だけが色つきで強調されていた。


女「この五つになっておりま~す」

エルフ「ここからか…何を選ぼうか迷うな」

狐「どれか一つは時間で聞けないかもしれないし…う~ん……」

女「ほらほら~なんなら五番目のヤツでも…」

狐「エルフ、ボクからいい?」

エルフ「構わぬ」

狐「やっぱ三番!」

女「基本的なスペックね」

女「男は現在無職。七年前に王国遠征軍に参加、敵勢を圧倒し報酬としてかなりの金貨を得る。
  両親とは既に連絡を断っていて交流無し。」

淡々と機械的に話した女、いつの間にか赤縁の眼鏡をかけ口調も変わっている。
勿論、狐とエルフは不思議に思ったが、これはこれで話しやすいしむしろラッキー位に思っていた。

ちなみにこの眼鏡は執事お手製の掛けると性格が真面目になる魔法にかかる眼鏡である。

狐「無職なの?」


女「仕事は六年前に合成魔法を完成させた後、辞めています」

エルフ「それほどまでに報酬金が高かったということか?」

女「ええ、もし敵国に寝返られたら莫大な被害が出ますからね、さらに年ごとに
  金貨50枚支給されているようです。相当裏切りは嫌なようですね」

狐「でもいくらお金が高くても仕事をやめなくてもいいじゃんか」

女「仕事仲間にちやほやされることが嫌だったようです」

エルフ「ちなみにどんな仕事をしておったのだ?」

女「魔法の研究開発です。炎と氷などの合成魔法の作成が主な成果です」

エルフ「合成魔法とは?」

女「今言った通り、例えば炎と氷魔法を組み合わせ相手を氷漬けにし氷の中で炎が燃え相手を焼き焦がします。
  氷は相手が燃え尽きるまで溶けません」

エルフ「…考えるだけで恐ろしいな。よくもまあそのような発想が浮かぶものだ」

狐「女ちゃんはどうしてそんなに詳しいの?」

女「全て私の執事に調べてもらいました」

エルフ「自分で調べたことは?」

女「……次の質問は?」


エルフ「(図星か)使い魔について聞こうか」

女「男の使い魔は三人…人と数えるのはどうかと思いますが人とさせてもらいます」

エルフ「うむ、続けよ」

女「梟、イフリートそして詳細不明が一人」

狐「不明?執事でもわからなかったってことかな?」

女「ええ、三人いることはわかりましたが最後の一人がどうしてもわかりませんでした」

エルフ「使い魔の役割は?」

女「梟は魔法役、イフリートは攻撃役となっているようです」

エルフ(どちらも知らぬな、旅人が使役していた奴では無いのか)

狐「魔法と攻撃がいるなら最後の一人もわかるってものじゃないのかい?」

女「予想ですが治癒役ですね。私と執事は便宜上ヒーラーと呼んでいます」

狐「だろうね治癒がいれば幅も広がるってもんだし」

エルフ「そなたの執事でも無理だったひーらー?とはどんな奴なのだ?」

女「あまり表で活動しないので、どのような使い魔かわかっていないんです」


狐「なにそれ、キミの万能型執事くんじゃダメなの?」

女「執事曰く男が一番ひた隠しにする秘密だと」

エルフ「肝心な所はわからずじまいか……」

女「しかし意外ですね…」

エルフ「何がだ?」

女「てっきりエルフさんなら『使い魔などどうでもいい』と言うと思ったのですが…」

エルフ「ふん…そなたには関係ないであろう」

ここで眼鏡を掛ける前の女なら「つれないなぁ~」とでも言い終わったのであろう、
しかし今の女は追撃するように聞き出そうとした。女自身も男に繋がるものが無いかと探っている。

女「ならこちらが質問する番です。エルフさんはなぜそんなに使い魔のことをきいたのですか?」

エルフ「答えぬ――と言ったら?」


女「質疑応答がこれにて終わりになるだけですが?」

この返しはある程度予測していた。正直、エルフが一番困る返しだった。
なぜならエルフは旅人=男ということを疑っているため少しでも情報が欲しい、
そのためこの場を終わらせるわけにはいかないのだ。

エルフ「……私の恩人を捜すため…では駄目か?」

女「…まぁ合格にしてあげます」

エルフ「信じるのか?案外、嘘かもしれぬぞ?」

女「嘘なら嘘で別に構いませんから、信じようが信じまいが私の勝手です」

エルフ「…好きにしろこの臍曲がりが」

狐「へそ曲がりはどっちだか…」

やれやれと言った表情の狐、こんなやりとりにも少し慣れた様子がうかがえる。

狐「主の交友関係は?」

女「私と執事、市街地の商人…あとは昔の職場の同僚です」

狐「多いの?少ないの?」

女「生きていく上では問題は無いでしょう」

女「交友関係はこんなところです。あとは一番の質問ですか」


狐「五番目は?」

元より五番目の質問をする気はないが、狐は少しからかいも含めて言った。
だが女も答える気は無いらしく五番目についてはスルーした。

女「これまで何をしていたかについてですが…」

清々しいほどに無視を決め込む女、狐はムッとしているがそれも気にしていないようだ。

女「実のところよくわかっていません」

狐「はい?」

女「二度三度エルフの居住区に行った事がある、遠征軍に参加した位しかわかっていないんです」

狐とエルフは面をくらったようにポカーンとしていた。
今まで完璧な情報だったためわからないという言葉に衝撃を受けた。

エルフ(居住区……つまりは里か…だが私のいた里とは違う可能性もあるな)

狐「あのさだったら書かないでよ、わからないことを言われてもさー」

女「お恥ずかしい限りです」

エルフ(結局、旅人には繋がらぬか…やはり切り込むべきは里についてか…)


~その頃 地下倉庫~

男は梟を連れ執事と共に屋敷の地下倉庫に来ていた。
地下倉庫というと埃まみれできたないというイメージだが、
この屋敷には男の魔法が効いているため塵一つ落ちていない。

その魔方陣が地下倉庫にあり、既に詠唱は完了していた。

男が屋敷にかけている魔法は埃や汚れがつかなくなる(ついても消える)というものだ。

男「詠唱終了……魔法の強化を確認…」

執事「今回は早いですね」

男「いつもと違って弱っている物を強化する訳じゃなくて、強いのをより強化するだけだからね」

執事「今頃、お嬢様達は何をしているのでしょうね?」

梟「きっとたのしいおしゃべりしてるんですよー」

男「楽しい会話だといいけどね、たぶんエルフたちが僕について聞いてるよ」

執事「そう思いますか?」

男「僕を少し怪しんでたからね」

執事「ふむ…お嬢様が口を滑らせないか心配ですか?」


男「ちゃんと情報操作してるよね?」

執事「もちろんでございます。男様の命の通り情報は添削してあります」

男「三年前の遠征については?」

執事「仰せのままに七年前と伝えています」

男「あれ?嘘は嫌いなんじゃ?」

執事「はて?何の事でしょう?男様に聞いたところ確かに七年前と
   ――不思議ですね、私の記憶違いでしょうか?」

クスリと笑いながら執事は言った。

執事「私は男様に七年前と聞いたのです。そしてそれを報告し、その後で三年前と言われた…嘘はついていません」

女は執事が調べたと言っていたが実の所、執事が男に真正面から聞いたのだ。
もちろん男は本当の事は話さなかったし、執事も嘘である事はもちろん見抜いていた。

男「うわ…わざとらしいにも程があるよ」

執事「嘘は嫌いなだけで、嘘をつかないとは言っていませんからね」

男「執事がお嬢様に隠し事ですか…世も末だね」

執事「まったくですね」


執事「それにしても私どもの言うヒーラーとはどのような使い魔なのですか?存じ上げていないもので…」

男「エルフ以外なら誰に見られてもかまわないさ、だけど……」

梟「けど?」

男「隠し玉って最後まで取っておくものでしょ?」

執事「ごもっともですね、しかしエルフ様に見られては何故いけないのですか?」

梟「わたしもきになりますー」

男「執事の言うヒーラー……いや僕の使い魔アコライトはエルフの記憶の鍵だからさ」

執事「カギ…ですか」

男「僕がハーフエルフってことは前に言ったよね?」

執事「ええ確かに」

男「これを見てよ」

男はポケットから何も書かれていない紙を取り出した。大きさは手のひら大で白い紙である。

執事「紙ですね、見た所魔方陣も何もなくまさに白紙でしょうか」


男「これをどこでもいいけど体に当てる」

男は左手首にその紙を置き詠唱を始めた。

男「我が身体に流れる忌むべき血よ…ここに集いて我が身体を在るべき姿に変えよ!」

手首の紙が赤く染まると共に男の体が変化を見せる。耳が尖り、体つきが細身になったように見える。

男「はぁ…何度やっても慣れないねコレ」

執事「…男様ですか?」

声も若干だが高くなり執事の知る男とは一致する所もあれば違っている所もあり、執事は少し混乱した。

男「僕は相当ギリギリのバランスで人間らしくてね、身体の血を抜くとエルフになれるらしい」

人の血を抜けば抜くほど純粋なエルフに近付き、逆もまた然りと付け加えた。

執事「なんとも反応に困りますが…一体どんな仕組みなのですか?」

男「僕の母親の影響でこうなったらしいけど詳しくは知らない」

梟「からだにえーきょーは?」

男「ちょっと目眩がするかな、たいした事は無いけど」

執事「エルフの男様…ですか」


男「うん、僕は今までこの姿でエルフの里――つまりは居住区に何度か行った」

執事「エルフ様との出会いでしょうか?」

男「うん、六年前かな、エルフの里の近くで倒れちゃってね、たぶん日頃の無理が体にきたんだよ
  合成魔法が完成して嬉しくてあんまり寝てなかったし、」

執事「しかし何故里に?」

男「里でしか扱ってないハーブを買いに行こうと思ってね、今は商人が仕入れてくれるんだけど」

梟「はーぶ?」

男「良い香りの葉っぱだよ」

梟「へー」

執事「里の近くで倒れてどうなったのですか?」

男「よくわかんないけど助けられたっぽい、気付いたらどこかの家のベッドの上さ」

執事「それで?」

男「目が覚めたら女のエルフが傍にいて、僕の事を見るなり叱責さ、あんなところでなにしてたー!ってね」

男「なんでも近々人間との戦争があるとかでその前に死んだらどうする!って感じだったね」


執事「助けてくれた人は誰だったのですか?」

男「エルフの族長の娘だったらしいよ。侵入者かと思って警戒してたんだって」

執事「助けてくれたのはエルフ様では無いのですか?」

男「エルフとはその里の大きな木の下で寝てたら勝手に本持って来たんだよ、それで読んであげたら懐いたと」

執事「その戦争はその時点でいつあると?」

男「十日後って言われたよ」

執事はいそいで六年前の戦争について自分の記憶に検索をかけたが何もそんな記憶は無く不思議に思った。

執事「私の勉強不足でしょうか?そんなことは無かったと記憶しています」

男「そりゃあ無いだろうね、世間的には反逆者の粛清って事になってたし」

梟「せんそうはどうなったの?」


男「……負けたよ、人間の軍が里に夜襲をかけて来て火を放った。指揮したのは騎士だったかな」

執事「卑劣な…」

唇を噛みしめる執事、梟は横でよくわからないといった表情を浮かべている。

男「僕はエルフの兵士に言われて転移させたり治療したり、とにかく人間の兵から逃げ遅れているエルフを逃がしたのさ。
  中には魔法がまだ使えないのもいたよ。転移魔法は難しいから覚えていないエルフもいた。でも……」

執事「どうなったのですか?」

男「僕に懐いていたエルフがいなかった」

執事「!」

男「一人を除いて住民は転移、避難完了、あのエルフはいなかった」

梟「いなかった?」

男「なんで気付けなかったんだろうね――僕の人生最大の失敗さ」

執事「しかしそこまでしてその里に戦争を仕掛けた理由は何だったのですか?」

男「…鉱物だよ」

執事「鉱物…ですか?」


男「そう、その鉱物は鋼よりも硬く、羽根よりも軽く、おまけに魔力を秘めていた」

執事「そのような物があったのですか?」

男「さすがに羽根より軽いのは脚色だろうけど他の二つはあったよ。それも豊富に」

梟「なるほど!」

梟はポンと手を打って初めて何を納得したのかはわからないが納得していた。

執事「たったそれだけのために?」

男「うん、それに当然火に強いからね火計は作戦としては妥当だ」

執事の頭に先ほどの燃えるエルフの里の情景が浮かんだ。燃えていく家、侵攻する人間の兵士、
それを必死に食い止めるエルフの兵士……あまりに鮮明に浮かび上がり執事は冷静さを失った。

執事「だからといって…!」

男は執事の言いたいことを察知したのか畳みかけるように言葉を連ねる。


男「夜襲は僕が気付けばよかったし、しかも僕のせいで一人のエルフの少女は昔の記憶が皆無なんだよ?」

執事は男の落ち着いた言動で少し冷静さが戻り言った。

執事「…そこが一番引っかかります。それとエルフ様の記憶とどう関係が?」

男「執事、梟、自分の故郷が燃えている光景は覚えておきたい?」

執事「それは…」

梟「やです!わたしはそんなのいやです!」

男「うん、それが正しい反応だろうね」

男「記憶の鍵となる使い魔は覚えてる?」

執事「ヒーラーのアコライト様でしたか?」


男「呼んであげるよ。里で起こった事はアコライトの方が詳しいからね」

男は床に書かれている魔方陣を利用してアコライトを呼び出そうと詠唱を開始した。

男「追放されし聖女の黒き光は闇でこそ輝き光を枯らす、万物に等しく絶望を与える者…アコライトよ我が前に…!」

「…だーかーらーその呼び出し止めてって言いましたよね?」

昼間だというのに黒い光が辺りを包み男たちの視覚を奪う。暗闇から聞こえた声からは性別しか判断できない。

執事(女性…?)

梟「暗闇在りしその場所に一筋の希望を示さん、闇を祓いて光を導く!」

梟が暗闇の中、魔法を唱えあっさりと闇が消えた。光が戻りそこにいた者は――


「マスター!いいかげんに変えてください!」

赤い法衣らしき物を着た女性だった。やせ型で色白の肌からはどことなく儚さを感じる。
耳は尖りエルフに見えないことも無い。

男「執事、梟、紹介するよ僕の使い魔のアコライト お察しの通り治癒魔法の天才さ」

アコライト「もーマスター!アタシの詠唱変えてください!誰が追放された聖女ですかっ!」

男「だって何故か基本形がそれだし…」

アコライト「それに!アタシは黒い光なんか出せません!もっとピュアピュアです!!」

男「ピュアピュア?昼寝してて追放されたのは、一体誰だったかなぁ?」

アコライト「あれはその…魔が差したというか…若気の至りというか…ゴニョゴニョ」

男「ついでに階級も上位だったのに落とされたし、殆ど堕ちたと言っていいでしょ」

アコライト「魔法は衰え知らずだからいーじゃないですか!あと堕ちてません!」

執事「あの…男様、説明を」

さっきまでのシリアスムードはどこへやら、まるで風に飛ばされたようにどこかへいってしまった。


男「紹介するよ。僕の一番古い付き合いのアコライト」

アコライト「マスターそちらのお堅い方は?」

執事「私はお堅い方ではなく執事です。この屋敷で働いております。以後お見知りおきを」

アコライト(うわ…カッチカチだね、堅いにも程があるよ…)

アコライト「それで?マスター怪我でもしましたか?血の気が失せてるだけで怪我なんか見当たりませんが?」

男「今日はちょっと趣向が違ってね」

アコライト「そんなことより!さっきの詠唱はなんですか!なんで強制召喚なんですか!」

使い魔の呼び出し方には大まかに分けて二つある。一つはその使い魔に対応した基本形となる詠唱をすることで、
強制的に場に召喚する強制召喚である。

もう一つとして任意召喚がある。しかしこの方法は使い魔との信頼や、性格などが関係するため、
魔力の消費が少ないという長所があるが好まれてはいない。

今回、アコライトが怒っている理由は男は普段、任意召喚を好んでいるにも関わらず強制で呼び出されたことだった。


男「呼んでも来ないからさ」

アコライト「それだけっ!?」

男「いやそれだけって…最重要なんだけど…」

アコライト「じゃあ次から必ずくるんで任意にしてください」

男「そこまでこだわる?」

アコライト「強制だとさっきみたいに真っ暗じゃないですか…」

男「堕ちるから悪い」

アコライト「だーかーら!堕ちてません!」

梟(マスターがいきいきしてます…)

男「さて…今回アコライトを呼び出した理由なんだけど…」


アコライト「そうでしたね、怪我でもしました?でも血の気が失せてる以外、いたって元気そうですけど?」

男「ああそっかそっか戻るよ」

手首に先ほどの紙が触れると紙から一気に赤色が消え、白くなって行く、同時に男の体つきが元に戻って行った。

男「あ~やっぱクラックラするな…なんで戻してんのにクラクラするんだろ…」

アコライト「状態異常緩和…」

アコライトが何か呟いたかと思うと男の目眩がかなり和らいだ。

男「おーさすが、しかも高速詠唱か――流石に全快は無理みたいだけど」

高速詠唱とはその名の通り普通の魔法の詠唱を高速で詠唱するというものである。
いちいち長く時間のかかる詠唱を、短縮できないかと考えた魔法使いが研究を重ね完成させた。
だが消費する魔力が大幅に増大するため、速さの割にあまり使われることは無い。


アコライト「マスターの体が第一ですから当然です!」

男「ありがと、で本題だけど…」

アコライト「あり?治癒じゃないんですか?」

男「六年前のエルフの里の話をしてくれる?」

アコライト「マスターの許しがあるなら喜んで!」

男「だってさ執事、梟、質問があるならアコライトにどーぞ」

執事「では…まずカギについて聞きましょうか」

アコライト「カギ?」

男「ほら、あのエルフの記憶のヤツ」

アコライト「あれですか…執事さんはどこまで知ってますか?」

執事「騎士が夜襲をかけて里が燃えた…あたりですかね」

アコライト「あ~そこか…えっとね…」


男「所々端折って要点だけでいいよ?」

アコライト「は~い、そんじゃまぁ色々あってエルフちゃんはアタシが介抱していました」

執事「端折りすぎでは?まったく話が繋がりませんよ?」

アコライトは話の75%程を見事なまでに端折った。さらに執事の丁寧なツッコミも無視した。

アコライト「介抱してたんですけど精神に結構キテたみたいで回復は可能でしたが…」

執事「無視ですか」

アコライト「中身の問題というか、心の奥深くというか…」

執事「ふむ…精神的にダメージをくらい、壊れた…という表現でしょうか?」

梟「マスターこわれたってなんですか?」

男「梟はまだ知らなくていいことだから、忘れて」

梟「わかりました!」

梟の素朴な疑問が終了し、アコライトがまた話し始めた。


アコライト「(怒ってた?)記憶はマスターの近くにいると染み出すみたいに出ますからね~」

男「アコライトの姿を見たら解けるってのじゃなかったのか!?」

アコライト「あのーそんなこと言ったことありませんよ?早とちりじゃありませんか?」

そういえばそうだったかもしれないと、男は頭を抱えた。

男「アコライト…そのエルフがどこにいるか知ってる?」

アコライト「どっかの里に飛ばしたはずです」

男「…他でもない僕の屋敷だ、おまけに数日、長ければ数ヶ月共同生活だ」

アコライト「はひ?」

男「中途半端な魔法はやめろって言ったのに…今回は僕もわるいけどさぁ…はぁ…」

アコライト「あ…あはは……」

アコライトはもう笑うしか無いといった感じだった。先ほどまでの元気さは欠片もない。

男「アコライト」

アコライト「はい?」


アコライト「さあもどりましょ~♪」

男「混沌へと還れアコライト」

アコライト「えっ!?ちょっとm…!」

男は強制的にアコライトを還した。まだ言いたいこともあったのであろうがおかまいなしだった。

男「さてと…食堂だっけ?」

執事「はいおそらく先に戻られているかと」


~食堂~

男たちが食堂に戻るとそこには既にエルフたちがいた。女はまだ眼鏡を掛けている。

エルフ「来たか、案外遅かったな」

男「ちょっと話が盛り上がっただけ、待たせたかな?」

梟「おまたせです」

エルフ「いや、ついさっき来た所だ気に病む必要はない」

狐「いちいち古風な言い回しだねー疲れない?」

早々に狐の笑いながらの嫌味が出た、別行動は三十分ほどの時間だったが男は新鮮に感じた。

エルフ「これは私の癖だからな――いわば個性だ疲れることなどありえんよ」

狐「へー」

梟「ふーん」

執事「そろそろお帰りになりますか?」

男「勿論さ、やっぱり居心地悪いよ。特に眼鏡をかけた女…とかね」


女「取りましょうか?」

男「取っても嫌いな事に変わりは無い」

女「ぐすっ…」

執事「お嬢様、ハンカチです」

女「…ありがと」

男「じゃね」

エルフ「世話になったな」

狐「ごちそうさまでしたってトコかな」


梟「またきますー!」

執事「ぜひまたお越しください」

男「気が向いたらね」

狐「とか言いつつまた来るんでしょ?」

男「…そう見える?」

ちなみに男は三日に一度は女の屋敷に来ている。嫌い嫌いと言いつつやってることは真逆だった。

狐「伊達に主の家で引きこもってないよ!」

エルフ「誇れることでは無いぞ?」

狐「苦節数年…主の行動は全て把握しているっ!」

男「…さっさと帰ろうか」

狐「えー無視?」


~男の屋敷~

男たちは商人の屋敷で買った品を選り分けていた。特に膨大な量の油揚げには手間取った。

梟「マスター、これはなんですか?」

男「んー?」

梟が手にしていたのは黒い紙だった。そこに白い字でこう書いてあった。

『旦那、忘れてたこっちもこっちだが武器の金は別ですぜ? 商人』

男「あ、忘れてた…」

『追記 ついでに新商品も来たから見てったらどうだ?』

男「新商品?なんだろ…?」

狐「どうかしたの?」

男「アハハ…武器のお金払ってなかった」

狐「武器?」


男「大部分はそれの手入れ――って見せたほうが早いか、その布取ってみて」

男は狐に床に置いておいた長い物の布を指して言った。狐は手早く剥ぎ取った。
包まれていた物を見た瞬間、狐はとびきり嬉しそうな顔をした。

狐「主、なくしたわけじゃなかったんだね!」

男「え?」

狐「え?ってひどいよ主?ボクの精一杯のプレゼントなのに…」

男「プレゼント?」

狐「そーだよ!主の布団の上に置いといたの覚えてないの?」

男は思い出したように手のひらをポンと叩いてこう言った。

男「覚えてるよ…深夜に重い棒がいきなり落ちてきたこと」

狐「そうだったっけ?」

男「これ僕よりも前に誰か使ってた事ある?」

狐「結構な腕前の人が使ってたよ。その人が引退するとかで貰ったんだったっけ」


男「でも切れ味は凄まじいね、結構重いけど」

狐「その重さを利用して切るんだよ。力を抜いて流れるように」

素振りをして伝える狐、だがその姿は子供が手を振り下ろして遊んでいる様にしか見えないので、
可愛いとしか言い表せない。

男「? 振るには力が必要でしょ?」

狐「慣れればわかるよ。最も汚してほしくはないけどね」

男「ああ、今まで以上に大切に扱うことにするよ」

外が暗くなってきたのでとりあえず狐との会話を止めて早く商人のところに行くことにした。

男「とりあえず行ってくるから、剣とか触らないでね?危ないから」

そう言うと男はカギの束をエルフに渡した。数十個の黒い鍵が連なり結構な重さがあった。


エルフ「ここの鍵か?嫌に重いが」

男「うん、たぶん開けても大丈夫な…はず」

梟「はず?」

エルフ「なんか怪しいな…」

男「ま、まあ毒の煙とかはないし、爆発は…まあ…うん……」

狐「ありそうだよっ!?」

男「一応、僕の部屋は開けないでくれ…危ないからね」

エルフ「そこまで言われて開ける馬鹿がいるはずがなかろう!」

男「じゃよろしくー」

狐「いってらっしゃーい」

エルフ「気をつけてな」

梟「早く帰ってきてねー」

男は一応、刀を持って出かけた。夜の市街地は何かと物騒になるため武器は持って行って損はないだろう。
もちろん武器の代金も忘れてはいない。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

エルフ「さてと…帰ってくるまで暇だな、何かしないか?」

狐「ボクは御神酒もあるしさっそく晩酌を…」

エルフ「ばんしゃく?」

狐「お酒を飲むこと♪」

手首をクイッと曲げ、お猪口を傾ける仕草をする狐。心底嬉しいのか服に隠れている尻尾がバタバタと動いていた。傍には既に徳利が五本と油揚げが準備されていた。

エルフ「おさけ?」

狐「まさか酒を知らないの?」

エルフ「知らぬ」

梟「おいしいんですか?」

狐「はぁ…酒を知らないとはね…人生の九割損してるよ」

エルフ「そうなのか?」


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

エルフ「さてと…帰ってくるまで暇だな、何かしないか?」

狐「ボクは御神酒もあるしさっそく晩酌を…」

エルフ「ばんしゃく?」

狐「お酒を飲むこと♪」

手首をクイッと曲げ、お猪口を傾ける仕草をする狐。心底嬉しいのか服に隠れている尻尾がバタバタと動いていた。
傍には既に徳利が五本と油揚げが準備されていた。

エルフ「おさけ?」

狐「まさか酒を知らないの?」

エルフ「知らぬ」

梟「おいしいんですか?」

狐「はぁ…酒を知らないとはね…人生の九割損してるよ」

エルフ「そうなのか?」


狐「エルフって何歳だっけ?」

エルフ「十五だったかな?」

狐「梟ちゃんは――見た目でアウトだね」

狐「よし、二人とも子供だね回れ右!」

エルフ「誰が子供だ!」

狐「ボクは一人で飲むのが好きなのさエルフはこの屋敷を見て回れば?」

エルフ「そこまで挑発まがいのことをされておとなしく引き下がる者がいると思うか?」

狐「主なら引き下がりそうだけどね、でもキミは――」

エルフ「悪かったな!!」

エルフは狐が言わんとしていることが分かったのか、遮るように怒った。


~数十分後 路地裏の商店~

男「やってるよね?」

商人「おう」

男「まず、忘れないうちに金貨十一枚」

商人「一枚多いぞ?」

男「利子ってことにしといてよ」

商人「別にいいんだが…じゃ次だ」

男「新商品だっけ?」

商人「ああ!やっとアルキミア鉱石が手に入ったんだ!」

男「アルキミア鉱石?」

商人「これはなそのまんまだとたーだーの白い石だが魔力を込めると、それはそれは素晴らしい銀色の輝きを放つってシロモノでな」


興奮しながらまくし立てるように話し始める商人

男「銀の輝き…?」

商人「でな、これがまた強度がたけーんだよ。ちょっち加工は面倒だが無視できる程度だな、
   更には武器やら防具やら何にでも使えんだよエルフの居住区にしかねーのと価格が難点だが…」

男「いくら?」

商人「お、珍しく乗り気だねぇ旦那。お得意様価格ってことでそうだな…塊一つ金貨二枚でどうだ?」

男「3つもらおうかな」

商人「あいよ!自分で持ってくかい?」

男「全部送っておいて、それと狐が買ったお酒の追加、代金はここに置くよ」

商人「もう無くなったか?」


男「多分、今日か明日で終わるかも狐が買った分をそのまま追加で」

商人「あいよっ!ちょっと待っててくれ!酒代含めて金貨6枚と銀貨10枚だ」

商人はアルキミア鉱石を取りに店の奥へと消えた。

男「アルキミア鉱石…か…十中八九間違いないと思うけど…」

商人「旦那、包んどいたぜ」

男「ありがと、じゃ僕は帰るよあの子たちが心配でね」

商人「毎度ありっ!今後ともごひいきに!」


~帰路~

男「にしても…」

買いすぎたな、とまたもや男は思う。今頃、大きな袋にエルフたちが騒いでいるのかと思うと不思議と笑えてきた。辺りは薄暗く数十分で完全な闇に包まれるだろう。
ちなみにアルキミア鉱石の解析に魔力を使用する可能性があるので帰りは徒歩である。

男「アルキミア鉱石…間違いないな早く帰って調べよ」

更に歩を進め、広場のような場所に来たとき男が何か察知した。
それは気のせいで片づけられるほどの微妙なものだったがやけに気になった。

男(う~ん…狙われてるのかな?だとすると――)

男はバッと後ろを振り向いた。気配の正体は男と同じくらいの背丈の黒い服を着た人物だった。
ロングソードをを振りかぶり切りかかる直前だった。

男「運の悪い人だ」

とっさの出来事だったが振り下ろされた剣が男に届くことは無かった。
男は剣が振り下ろされる刹那、体を滑らせるように横にずらし回避した。


黒服「…チッ」

黒服は振り下ろした勢いをそのまま利用するように手首を返し男の右腕を切った。
それほど深くはなかったが、右腕を赤く染め上げるには十分だった。

男(切られたけど動くか…ちょっと油断したかな)

黒服「第36番隊隊長、 男だな?来てもらおうか」

男「スカウトにしては手荒じゃないか?」

黒服「お前があの程度で死ぬようならそれまでだった。それだけだ」

男「ふーん…今の内に逃げれば死ななくて済むけどどうする?」

黒服「どういう意味だ?」

男「アンタに殺されるほど僕は弱くない」

言うが早いか今度は男の方が先に仕掛けた。鞘から抜かれた型も何もない我流の連撃が、速く鋭く黒服に襲いかかる。
だが黒服はそれを受けきった。そして一度距離を取り、再度剣を構え突進してきた。男は迎撃の構えを取り迎え撃つ、
だが黒服の行動は斬撃ではなかった。


黒服「目先に惑わされるとはな…爆炎!」

切りかかる動きをフェイントにして近距離からの高速詠唱、予測を一切していない魔法を避けることは難しい――が。

男「問題です。転移魔法最大の利点とはなんでしょう?」

黒服はその言葉を自分の真後ろから聞いた。

黒服「貴様…!」

気付いた時には既に遅し、黒服の首には刀が突き付けられていた。

男「最大の利点――それはいつでも相手の背後を取れることさ。最初の一撃を外した時点でキミの負けだよ」

男「さーて、お聞かせ願おうか?っとその前に武器から手を離してもらおうか」

黒服「…これでいいか」

黒服はすんなり武器を捨てた。このような状況に慣れている風にも見える。


男「まず誰の命令?」

黒服「察しがついているだろう?」

男「念には念をってヤツさっさと答えろ」

男は手にした刀に更に力をを込める。

黒服「…大臣だ」

男「なぜ大臣が?」

黒服「数ヶ月先に戦争を仕掛けるんだとよ」

男「エルフの居住区か?」

黒服「愚問だな、この国が仕掛けるなんざそこしかない」

男「僕が呼ばれる理由は?」

黒服「アンタは強いんだろ?だから呼ばれるんだろうよ」

男「それにしては早いよね?何故?」

黒服「知るか、お堅い大臣の考えることなんざ知りたくもねぇ」

男「他に知っている情報は?」

黒服「無いよ、俺も信用されてる訳じゃないんでな」


男「最後に一つ、僕の経歴は誰から聞いた?それとも調べた?」

黒服「それも大臣だ」

男「…他に知っている人物は?」

黒服「知らねーよ」

男「そっか……それだけ聞ければ十分かな」

黒服「…俺をどうするつもりだ?」

男「捨て駒に用は無いよ、おとなしく帰れば殺さないであげるよ」

男は黒服の首に当てていた刃を下ろし背を向け歩きだした。

黒服「待て、お前は参加するのか?」

男「何故?」

黒服「『不安材料は取り除け』これは命令だ、アンタが来ないなら俺はアンタを殺す」


男「答えは行かない、なんならエルフに味方するよ」

黒服「そうか、ならば!」

黒服は音も無く落ちていた剣を素早く拾い、男に切りかかった。

男「あーあ…おとなしく帰れば――」









男「死ななかったのに」

辺りに血が飛び散る。男の刀が黒服の首を容赦なく切り裂いたのだ。
黒服の最期の一撃は男の体にかすり傷一つすら与えること無く終わった。

男はそんなことは気にもとめず血振るいをして納刀した。それがさも当然であるかのように、
人を切ったという意識も無いほどに。

男「ただの人間風情が僕に刃向かうなんて百年早いよ」

男(返り血で汚れたか…魔法で何とかしとこう)


~男の屋敷~

エルフたちは先程、片付けをとっくに終え食後の休憩を取っていた。途中で石やら酒やらが送られてきたが梟の魔法でそんなに手間取らなかった。
ベッドや服は男がエルフたちのために大部屋を開放し既に搬入済みである。

男「ただいまー」

エルフ「おかえ…ど、どうした!?男!?」

男「? 何かあった?」

エルフ「何かあったではないわ!そなたの腕だ!」

男「腕?――あ」

男は黒服に切られていた右腕を思い出す。治癒を忘れ、服は変色し、
腕を伝った血が固まり手の甲に黒くへばりついていた。

男「気にしないでいいよ、もう止まってる」

エルフ「だからと言って治療をしなくてもいいという理由にはならん!」

男「…別に平気なのに」

エルフ「狐!手当する道具はどこだ!」

狐「棚の上だっけ、でもそんなことしなくても…」


男「…涼やかなる癒しの風よ、この場に吹きて我に癒しを与えん」

男は冷静に詠唱を行い腕の傷を治した。

男「これでいいかな?」

エルフ(今の魔法は…)

狐「主、それができるんだから最初からやりなよ」

男「いやー忘れてた忘れてた」


男「エルフの気持ちもありがたいけどこっちの方が楽だから」

梟「エルフさん?」

エルフ「……あ、ああ治ってなによりだ」

男「どうかした?」

エルフ「なんでもない、なんでも…ないぞ?」

男「なんで疑問形?」

男はエルフに疑問を抱きつつも、まだ済んでいない荷物を片付けることにした。
粗方、梟の魔法で片付いているが細かいものがいくつか残っていた。

男「お風呂は沸かしておいたから好きに入って、僕はもう寝るよ疲れた」

狐「主、ボクもねる」

エルフ「…私は風呂に入ってからにしよう、おやすみ」

梟「わたしもー」

男「あんまり遅くまで起きてちゃダメだよー」


~男の部屋~

狐「主、はいこれ」

男「これは?」

狐が早々に取り出したのはお猪口だった。狐の手のひらにすっぽり収まるくらいの大きさである。
傍にはまた五本の徳利があった。どうやら飲まずに取っておいたらしい。

狐「飲もうよ」

男「商人のお酒?」

狐「そだよーこれはもう香りからして間違いなく美味い!」

狐は自分のお猪口に酒を注いで一気に飲み干した。少女の姿で酒を飲む様子は極めて異質だ。

狐「くぅ~~~~~~~~!!」

男「ははは、美味しそうだね」


狐「そりゃあもう!もう!もう!」

男「でもこれ美味しいね全身に染み渡るって言うのかな」

狐「ぷはっ。やっぱりボクの勘に狂いはなかったよ!」

徳利ごと飲んだほうが早いほどの勢いで酒をかっくらう狐。
時々油揚げをつまみながら楽しそうに飲んでいる。

狐「ほら!もっとジャンジャン飲もうよ!」

男「そうだね、たまには飲むとするか!」

狐「そうこなくっちゃ!」


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

男「…冷静に考えたらダメな事じゃないのか?」

狐「なにが?」

男「僕にはどう見ても幼児が酒を飲んでいるようにしか見えない」

狐「ああそんなこと?いーじゃんか、お酒がキライな神様はいないらしいよ?」

男「それ相応の格好なら何も感じないんだけどね…」

狐「むぅ…ボクがちっちゃいからってばかにしてるなー?」

男「そりゃそうでしょ…違和感しか感じないよ」

狐「そーゆーのは気にしたら負けってヤツだよ」

男「そういうもの?」

狐「そういうものだよ」


~エルフの部屋~

エルフ(先程の回復魔法…旅人の使用したものと同じだ…)

エルフ「外出の隙に探れば良かったな…」

梟「どーかしましたか?エルフさん?」

エルフ「いや、何でもない気にするな」

梟「そうですか…ふわぁぁ…」

エルフ「眠いのか?」

梟「ねむいんですけど…まだ…おはなしを…」

エルフ「明日話せばよかろう?丁度私も寝ようかと思っていた所だ」

梟「そうですか…おやすみなさい…」

エルフ「おやすみ、梟」


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

エルフは再び夢を見た。今度の夢もまた旅人がいた戦争まであと五日の場面である。

旅人「やあ、また会ったね」

幼エルフ「またですね!」

旅人「…転んだ?」

幼エルフ「えっ!?」

旅人「膝すりむいてる」

幼エルフ「はい…あしがもちゅれて」

旅人「もつれて、ね」

幼エルフ「…かみまひた」

旅人はエルフの膝に手をかざし詠唱した。

旅人「涼やかなる癒しの風よ、この場に吹きて彼の者に癒しを与えん」


幼エルフ「あ…」

旅人「これでいいか、女の子に傷が残っちゃかわいそうだ」

すりむいた程度の傷だったが、旅人の本心だった。

幼エルフ「ありがとうございます!」


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

旅人「エルフは毎日、毎日本ばかりで飽きないの?」

幼エルフ「へーきですよ」

旅人「ならいいや、今日はどんな本を持って来たの?」

幼エルフ「これです」

旅人「こりゃまた古いものを…」

幼エルフ「はやくっはやくっ」

旅人「わかったよ」


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~^

旅人「はい今日はここまでまた明日ね」

幼エルフ「ありがとうございます!…じゃなくて」

旅人「じゃなくて?」

エルフ「よきにはからえーです!」

旅人「使い方間違ってるからね?」

エルフ「なんとっ!?」


旅人「それじゃまた明日ね」

幼エルフ「たびびとさんひとつきいてもいいですか?」

旅人「なんでもどうぞ」

幼エルフ「たびびとさんのほんとーのなまえがしりたいです」

旅人「ああ、偽名だもんね。まぁ今更隠す必要もないか」

旅人「僕の名前は―――――」


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

目が覚める、中途半端なところで夢が終わり現実へと引き戻されたエルフは叫んだ。

エルフ「だから名前を教えぬかー!」

エルフ「またしても聞けなかったではないかー!!」

エルフ「旅人め、どうやら私を本気で怒らせてしまったようだな?自ら言うのもなんだが私の行動力は
     目を見張るものがあるぞ?なにがなんでも旅人と男に繋がるものを見つけてみせようではないか!!」

隣の小さなベッドで梟が寝ているがお構いなしに機関銃の如く喋り続けるエルフ。

梟(…エルフさんなにをさわいでるんでしょう…)

エルフ「いや、待てよ…?私はこの後も旅人の事を旅人と変わらずに呼んでいたな…」

エルフ「…絶望的ではないか」

エルフ「そうだ!耳だ、旅人の耳はエルフの形であった!ならば男は…!」

エルフ「あ…人の耳か…むむむ…」


エルフ「うーむ…旅人は男では無いのか?だがそうなると…」

梟(うるさいですね…)

エルフ「ならば顔はどうだ!?」

エルフは2回の夢を思い出す。2回の夢に共通して旅人の顔は幸いにも鮮明に思い出すことができた。

エルフ「顔は違うな…だが随分昔のことだからな…アテにはならぬか…」

エルフ「何か…何か決定的な物が欲しいな…」

エルフ「決定的なもの…マント、魔法、武器…あとは何がある?」


~翌日 広間~

男「今日から魔法の練習に入るよ」

エルフ「うむ楽しみだぞ」

狐「はーい!」

男「昨日も言ったとおり狐は僕が、エルフは梟が教えるから」

エルフ「よろしく頼むぞ、梟」

梟「どろぶねにのったきもちでまかせてください!」

男「…泥船は沈んじゃうよ?」

梟「あり?」

男「ともかくお昼になったら広間集合だからね?よろしく」

梟は男に元気よく返事をすると、エルフの手を引いて庭へと走って行った。

狐(主と二人きり…これは…チャンス!ボクの魅力を見せつけて主をメロメロに…」

男「邪念が漏れてる」

狐「え!?」


男「幼児が何を言ってるんだか…」

狐「幼児じゃないもん!ボクはこーみえて二百五十歳だもん!」

男「人間基準で?」

狐「う…じゅ…」

男「じゅ?」

狐「十五歳…」

男「はい、残念でしたー」

狐「いーもん!主を絶対絶対落としてみせるもん!」

男「神様なのに邪念が溢れてるなぁ…」

狐「おっと、ボクはあくまでも神様の『使い』だからね?勘違いしちゃ困るよ」

男「…それ重要?」

狐「重要さ」

男「じゃあさ何かこう…天変地異を起こすとかできないの?」

狐「神様ならできるんだろうけどさ、こーんな可愛い女の子に
  そんな大それたことできるわけがないとはおもわない?」


男「なるほど…」

狐「さっきも言った通りボクは『使い』だからさ、元々そんなことできないんだよ ケケッ」

男「そっか、じゃ全くの素人に教えるつもりでやるからね」

狐「わくわくするね!」

男「まずは使える魔法の確認だ、なにが使える?」

狐「変化と…火?」

男「火?とりあえずやってみてくれる?」

狐「狐火!」

ポッと音がして、狐の手のひらにマッチの火ほどの小さな炎が灯る。
風が吹けば飛びそうなくらいに弱々しく、火も点くか不安になるほどだ。

男「えーと…こ、個性的だね…」

狐「…主」

男「なに?」

狐「魔法教えて」

男「…わかった」


~一方その頃 梟&エルフ~

梟「それじゃーエルフさん、なにかできる魔法はありますか?」

エルフ「フフン、聞いて驚くな?なんと転移魔法が使えるのだ!」

梟「………」

エルフ「どうした?驚かぬのか?」

梟「きいておどろいちゃいけないんですよね?」

エルフ「…こういう時は驚くものと相場は決められておる」

梟「びっくりしました!さっそく見せてください!」

エルフ「取ってつけたようだが…まぁよかろう特別だ」

エルフ「転移魔方陣展開…」

エルフの足元に紫の光る魔方陣が現れる。安定した詠唱でここまでは順調だったが…


エルフ「!」

魔法陣に亀裂が入る。術者の未熟さによるものだ。

梟「魔封じ!」

亀裂が入ると魔法陣に込められた魔力が漏れ出し、暴走してしまう。
梟は勿論それを知っていたため素早く魔法を封じる魔法を詠唱し事なきを得た。

エルフ「……すまぬ失敗した」

梟「あれだとひゃっかいやってもむりです。あきらめてください」

自身より小さな梟からの辛辣な言葉に無駄にプライドが高いエルフはかなりへこんだ。

エルフ「……無理だとはわかっているが、私はこれしかできぬのだ…」

梟「だいじょーぶですよ!私にまっかせてください!」

エルフ「一応これでもたまには成功するのだぞ?」

梟「わかりました。それじゃはじめますか」


エルフ「何をだ?」

梟「だいして!『梟ちゃんの魔法講座!』」

いきなり謎の講座が始まった、受講者はエルフしかいないが気にしていない様だ。

エルフ「…素朴な疑問だが魔法に関する所だけは言葉が詰まらないのは何故だ?」

梟「魔法使いですから、そこらへんがしっかりとできなきゃだめですから」

エルフ「…わかった、説明を続けてくれ」

梟「エルフさんは雷にてきせーがあったのでまずはそれからやります」

エルフ「よろしく頼む」

梟「まずは、雷のいめーじをつくってください」

エルフ「ふむ…」

目を閉じイメージを固めるエルフ。音、轟、光…イメージはすぐにできた。

雷の魔法は他の魔法よりも融通が利く、魔法に融通というのも変な話だが
例えば物に火を点ける場合、炎の系統の魔法を当てれば良いが、雷でも同じことができる。

更に電撃を当てて気絶させることも可能といったように様々に応用ができる。


梟「いめーじができたらあとはやりたいとこをおもいうかべるだけです。いまはじめんにやってみてください」

エルフ「こうか?」

前触れもなく梟の横に光が刺さるように落ちてきたが、それは雷とは程遠く勢いはあるものの、
地面に落ちたそれは小さな焦げ跡をつけただけだった。

根本的な魔法ができない状態で転移魔法ができるはずがない、先程の魔法の失敗の原因は明らかであった。

梟「うーん…あっとうてきな魔力不足ですね、あと能力も」

エルフ「…そなたは私をどこまで惨めにするのだ?」

梟「い、いえ!そんなことは…」

エルフ「…魔力はどうすれば増えるのだ?」


梟「えっと、べんきょうするとか…ほんをよむとか…がんばるとか」

エルフ「何か手っ取り早い方法はないものか?」

梟「かんたんな魔法をおぼえるとあがりますよー」

エルフ「簡単でもよいのだな?ならば教えてくれ雷は後回しだ」

梟「よていへんこうです『梟ちゃんの初級魔法講座』でいきます」

エルフ「…変える意味あるのか?」

梟「きぶんです」


『梟ちゃんの初級魔法講座』

梟「まずは鍵開けです」

エルフ「…これでもかと言うほど犯罪臭がするのだが」

梟「べつにもんだいないですよ、マスターもおぼえてますからね」

エルフ「…そうか。してどのようにすればよい?」

梟「いまからとびらをつくるのでそれをわたしのいうとおりにあけてみてください」


~数十分後~

エルフ「こうか!」

ガチャ

梟「おお!」

エルフ「開いた…やった開いたぞ!」

梟「鍵開けの魔法はきそのきそなのでしっかりおぼえてくださいね」

エルフ「心配するな、物覚えは良い」

梟「きょうはこのままかんたんな魔法をおしえることにします」

エルフ「うむ。改めてよろしく頼むぞ梟」

梟「はいっ!」


~男&狐ペア 屋敷2F研究室~

男「ここでいいか」

狐「あ、ボクの寝床だ」

男「言っとくけどここは僕の屋敷だよ?」

狐「いーじゃんか、主のことたまーに手伝ってるし」

男「そういえば僕の魔法書読んだんだよね?」

狐「…おこる?」


男「怒らないよ、単純によく読めたなーと思ってね。僕の読んでるヤツは変に回りくどい書き方だから」

狐「本嫌いのボクが読める訳ないじゃん」

男「はい?」

狐「途中の挿絵みたいのを見よう見まねでやってみただけさ、いや~我ながらスゴイと思うよ」

男「だから不完全なのか…」

狐「ま、いーじゃん尻尾かわいくない?」

男「僕は耳の方が好きかな」

狐「じゃー両方だ!」

何故かどうあっても耳と尻尾を意識させたいようで耳を出したり尻尾を出したりしていた。
変な所だけ器用なものである。

最終的には両方出すことに落ち着いたが、尻尾の方は服に隠れて見えないので
正直、男にはどうでもいいことだった。


男「なでてあげるから集中しようね」

男は優しく狐の頭を撫でた。耳の近くに手が行く度にピクピク動いて可愛らしかった。

狐「にへへ…///」

男「はいおしまい」

狐「もっと!」

男「じゃ魔法を覚えられたらご褒美としてやろうかな」

狐「えー今がいいー」

男「なら今後一切無しだ」

狐「さ、早く教えて」

男「…切り替えが早い」

狐「それはボクの取り得!」

男「何から教えるかな…小さめの氷でも作ってみるか…」


男「高速詠唱で短縮するとして…良し!」

高速詠唱は上級魔法になるほど、普通に詠唱した時との差が大きくなる。
今回教える魔法は初心者でも三分で覚えられるほどの物なので大差は無い。

狐「決まった?」

男「細かいことは考えないで氷柱から始めるよ」

狐「寒いときに屋根とかにあるやつ?」

男「それだね、攻撃魔法の入門としては最適なんだよ。飛ばせば立派な武器だ」

狐「どーすればいいのさ?」

男「梟とはやりかたが違うけどまずはこれだね」

既に見慣れた魔方陣が書かれた紙。
これまでの物と相違点は無い。

男「これを持って氷柱って言えばいい」

狐「よーし…氷柱!」

狐の手のひらに乗っていた魔方陣から鋭く尖る氷柱が飛び出した。
それは狐の前髪を掠め止まった。


男「…予想以上かな」

狐「あああ主!?念のために聞くけどボクに刺さってないよね?ね?ね?」

男「かすり傷も無いよ」

狐「よかったぁ…」

誰でも簡単に覚えられる魔法とはいえ、やはり差が生まれる。
男はそれなりに時間がかかると予測していたが、大きな間違いであった。

男(これだったらもっと高度な魔法を教えてもいいかも)

狐「主~もっと安全な魔法を教えてよー」

男「攻撃魔法に安全を追求されてもなぁ…」

狐「そうだけどさ…」

男「休憩しようか、急ぐ事でもないからね」

狐「はーい」

男「お茶でも持ってくるよ」

男が休憩のため席を外した。すると――


「ふーん。あれがキミの主か…」

そんな声がした。

狐「誰!?」

「キミの保護者…とでも言うべきかな」

声の主は前触れも無く現れた。――いや、現れていたのは光の球だった。

狐「ボクの保護者は喋る光の球なのかい?」

「まさか会って三秒でそんなことを言われるとはね…参ったよ」

狐「…キミは一体何者?」

「さっきも言ったけどキミの保護者ってトコかな?親って言ってもいいかもしれないけどね」

狐「キミが保護者ねぇ…」

光の球から聞こえる声に狐は聞き覚えがあった。正にそれはうんざりするほど聞いた自分自身の声だった。

「ほらほら口調が変になってるよ。『~かい?』は直そうと決めたんでしょ?」

狐「さすがにびっくりしてね、元々の口調が出るのは当然のことさ」

「…口調は変わっても性格は変わらないよねー」


狐「キミはボクの何を知ってるのさ?」

「キミ呼ばわりとは嫌な感じだなぁ…」

狐「初対面でも口調が変わらないのがボクの長所だからね」

「でも、目上の人かそうじゃないかは区別した方がいいよ?」

狐「ふーん…じゃあキミはボクの目上の人物ってことになるのかな?」

「そうなるね、ま、ボクは上とか下とか気にしないけどさ」

狐「…で?そんな上下を気にしない光の球が、一体ボクに何の用?」

「じゃ本題だ、この国で言う魔法も覚えて、やっと一人前になったみたいだね」

狐「ケケッ まだまだ半人前だよ」

「そんなこと言わないでよ、ボクだってやりたくてやってるワケじゃないんだよ?
 形式とか格式にこだわる先人たちの所為でね」


狐「ふーん、大変だね」

「変な人について行ってここまで来たキミほどじゃないさ」

狐「そうかもね。続きをどうぞ?」

「じゃ遠慮なく、えーと…一人前になったキミとの約束を果たそうと思います」

狐「約束?」

「キミがボクの元を離れ一人前になったら、何でも一つ願い事を叶えるってのさ」

狐「はぁ?」

突拍子も無い回答に驚く狐、まさかいきなり現れた光の球にそんな事を言われるとは
それこそ神様でもない限り思いつきはしないだろう。

「あー信じてないね?折角こんなところまで来たって言うのにさー」


狐「願い事を叶えるって人にはロクなのがいないからね」

「それには同意見だよ ケケッ」

狐「それで?話の続きは?」

「ああ、そうだったね、じゃ願い事をどーぞ」

狐「…さっきも言った通りさ、キミが本当にできるかわからないのに
  『この願いをお願いします』って返事が出来ると思うのかい?」

「もっと物事を柔軟に考えようよ、折角のチャンスだよ?それに、目の前にいきなり光の球が現れて願い事をしろ…
 なーんて伊達や酔狂でできると思うのかい?」

狐「だってなーんにも覚えてないもん」

「はぁ…これだけ話してまだ思い出さないか…」

狐「ケケッ 三か月前の記憶も危ういからね」

「ああ!もう!じれったい!」

光の球が一瞬強く光ると、駆け抜けるように狐の脳裏に次々に浮かんできた。


狐「これって…」

「その時のキミの記憶だよ」

浮かんできた記憶は言うまでも無く狐の昔の記憶だった。そして、
たしかにそこには誰かと約束をする、小さな狐の姿があった。

狐「……なるほど。さしずめキミは神様ってところかな?」

「ケケッそうでもなければこんな事は出来ないとは思わないかい?」

狐「ボクのことをずっと見てたってこと?」

「まぁね、監視はしてたさ」

狐「まさか神様がボクを見てたとはね…何か変な気分」


「でも神様以上に心強いものがると思うのかい?」

狐「ないだろうね ケケッ」

「じゃ好きな願い事考えといてね、強く願ったら叶えるからさ」

狐「え?ちょっと!まだ話は…」

「じゃーねー」

止める暇(というか止める手立ても無いが)も無く光の球は消えてしまった。

狐「…なんなのさ」


ガチャ

男「お茶が入ったよ」

狐「あ、ありがと」

男「ん…?」

狐「どうかしたの主?」

男「狐、ここに誰か来なかった?」

狐「来てたよ。でもなんでわかるの?」

男「いや、何か違和感があるなーと」

狐「なにその便利機能」

男(おかしいな…僕が気付かないなんて…)

男の屋敷には魔法が施してある。それは外から何かが侵入した場合に、男はそれを察知できるという魔法である。
魔術師から庶民まで入ってくる何かがあれば必ずわかるはずだった。

狐「ボクの保護者だってさ自称だけどね」

男「…保護者、か……」


~夜 狐&エルフ自室~

狐とエルフは夕食後、すぐに自室へと戻った。
初日に死にそうだったエルフの血色は元の健康な色に戻っていた。

狐「あーつかれたー」

エルフ「同じくだ…」

慣れない魔法を使った所為で普段以上の疲労感を感じていた。
ちなみに二人とも寝具に寝転がって、後は寝るのみと言った感じである。

狐「そういえばさー」

エルフ「何だ?」

狐「梟ちゃんなんで呼ばれたんだろうねー」

エルフ「…大方、私とそなたの魔法の指導についてであろうよ」

狐「ケケッ 今日はがんばったから、ほめられてるといいなー♪」


エルフ「…そなたの笑い方はやはり何とかならぬのか?」

狐「まーたその話?ま、ボクの笑い方ってひねくれてるもんね。でも気にしないでよ」

エルフ「自分でひねくれ者と言っていて、何とも思わんのか?」

狐「思わないよ。自覚しているだけマシと思わない?」

エルフ「確かに一理あるな、自覚しているのとしていないのとでは天と地ほどの差がある」

狐「そうでしょ?」

エルフ「ならばそれを直す事はできぬのか?」

狐「やーだね、できるけどやりたくないよ」

「このひねくれ者め」とまたエルフが言うと、狐はそれを聞いてまたケケッと笑った。
なんだかんだで仲の良い二人だった。

エルフ「ああ、そうだ狐」


狐「なにさ」

エルフ「魔法の練習はどうであった?」

狐「まあまあってトコかな、エルフは?」

エルフ「…可も無く不可も無くといった所だな」

狐「なんかスゴイのを覚えたって感じだね?」

エルフ「私を誰だと思っておる、魔法に長けた種族エルフだぞ?常人を遥かに上回っておるわ」

狐「それならさ、やってみてくれない?」

エルフ「…馬鹿を申すな、こんな所で使えば男に迷惑がかかるであろう?」

狐「それもそうだね、この部屋が壊れでもしたら困るしね」

エルフ(言えぬ…攻撃魔法はおろか、使えそうな魔法など一つも覚えておらぬことなど…)


~男の部屋~

男「梟、エルフの魔法はどうだった?」

梟「雷の系統はいっさい習得できてません」

男「そうか…」

梟「きょうおしえたのは、解錠、施錠、解毒、五感強化です」

男「…あと三日でせめて雷の初級呪文は覚えさせて」

梟「…てきびしい」

男「それと、僕は今日から少しこの屋敷を離れるから三人でなんとか頑張ってくれ」

梟「マスターおでかけですか?」

男「…ああ、エルフの記憶の調節も兼ねてね」

梟「…どのくらいですか?」

男「三日かな、それと武器を送るから練習させておいて。練習自体は執事と女に頼んでおくから」

梟「りょうかいしました!」


~召喚の間~

男「イフリート出て来てくれ」

魔方陣から炎が噴き出し、人の姿を形成していく…

イフリート「…我が主、何の用事だ?」

男「ちょっと僕について来てくれる?」

イフリート「かまわねぇが…なら久しぶりにちゃんとした服にするか」

やたら装飾の付いた服が黒いスーツのような格好へと変わって行った。

男「相変わらず便利だね炎って」

イフリート「ガハハハ!俺の特権だからな」

イフリートは男の右腕ともいえる使い魔である。
炎の精霊と言うだけあって火と名の付く物なら、色から形までなんでも扱える
服の形の炎を形成するなど朝飯前だ。


イフリート「ま、こんなもんか、それで?どこに行くんだ?」

男「エルフの真相を知りにってトコかな」

男はそう言って巨大な二つの荷物の一つから黄色く染まった紙を取り出した。
エルフの適正検査の時に染まった物だ。

男「この紙に染み込んだ魔力からこの屋敷に来るまでいたであろうエルフの居場所に転移する」

イフリート「まーたよくわからねぇことを…」

男「ついでにアルキミア鉱石の実験とか錬金とか、ここだと危ないかもしれないから」

イフリート「そのバカでかい荷物はそのためか?」

男「そうだよ」

イフリート「よっしゃ!俺は準備バッチリだ!」

男「じゃあ行こうか」


~エルフの里~

月明かりに照らされた風景をみて男は呟いた。

男「なるほど…そういうことか…」

まるでどこかの探偵が言いそうな台詞だ。この場がもし殺人現場等であれば不思議は無いが、もちろんそんなことはある筈が無い。

イフリート「…主、確認だがここに間違いはねぇのか?」

男「信じたくはないけど…間違いない」


男「何かおかしいな…」

男とイフリートの頭の中にはすでにある結論が浮かんでいた。
――すなわち残酷で残忍な惨殺という結論が。

イフリート「主と俺が思ってる事は一緒だと思うぞ?」

男「でも、信じたくない」

イフリート「だけどよ…」

男「鍵は…開いてるか、入ろう」

イフリート「…おう」

扉の先には凄惨な状況が広がっていた。
広いとはいえない部屋の中は荒らされ、物が散乱していた。

男「次だ」

男は次々と扉を開けていった家の中はどれも似たようなもので、食器が散乱している家
食べかけの食事がある家、窓ガラスが割れていた家もあった。
それらを調べ終えたのが数分前の出来事だ。

そして、今に至る。


イフリート「…主、確認だがここに間違いはねぇのか?」

男「信じたくはないけど…間違いない」

男たちが転移した場所には『誰もいなかった』

家の中。
外の広場。
全て等しく荒らされどこにも誰もいなかった。

男「家を残してもぬけの殻…か」

イフリート「……そうだといいがなっと」

家の影、つまり月明かりに照らされず暗い場所をイフリートが指差すが何も見えない。

男「…どうかした?」

イフリート「悪人が考えることなんざ想像つくんでね…ほれ」

イフリートは右手に炎を灯して物影を照らした。
その地面には何も落ちていなかったが明らかに他とは違っている点があった。


男「黒い染み…」

人がいないが家が残されている。
家の中には争った形跡があり、中には食べかけの食事があった家もあった。
――この二つでその黒い染みが何なのか、達する結論は一つだろう。

男「血痕…か」

イフリート「ああ、それしかない」

男「となると、ここで起こったことも一つしかないね」

イフリート「惨殺…だな」

男「家の裏に連れて来て一撃…かな」

イフリート「…何で里の奴らは逃げなかったんだ?転移とか手はあるだろ?」

男「転移だってエルフが皆使える訳じゃない、魔法が苦手なのも当然いるし
  運の良い奴だけ助かったって所かな…」


男「そして、あのエルフもその中の一人…転移魔法が偶然成功したか、暴発したか…」

イフリート「でも体が無いぞ?」

そう、あったのはあくまでも血痕だけ、殺されたことを証明する死体はどこにも見当たらなかった。

男「考えにくいけど、持って行ったのかな?」

イフリート「主でもなんでかわからねぇのか?」

男「うーん…実験かなぁ?」

イフリート「人間ってのはなんで実験が好きなんだろうな?」

男「でも実験ならまだ生きてるかも」

イフリート「…だといいけどな」

男はふと、黒服が言っていた一ヶ月後の戦争のことが頭に浮かんだ。

男「イフリート、戦争を止める方法はあるのかな?」


イフリート「説得とかか?」

男「どちらも長年いがみあっていたら?」

イフリート「そりゃあ、どっちかを潰すかって――」

イフリートはそこまで言ってようやく気付いた、男が何を考え何をするつもりなのかを。

男「やっぱりそれしかないか…」

男は大きくため息を吐いてから持ってきた荷物を漁り始めた。

イフリート「なぁ、まさかとは思うが…」

男「それ以上は言っちゃダメだよ。誰が聞いてるかわかったもんじゃない」

イフリート「…わかった」

男「じゃ、アルキミア鉱石の実験を始めるよ」


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

男「うーん…」

男は雪のように真っ白な石に手をかざし、難しい顔をしていた。

イフリート「どうすんだこれ?」

男「まずは魔力を注いでみるよ」

かざしていた手から青い光が溢れ、白い石に染み込むように消えていった。
石に変化は無い。

男「何も起こらない?」

イフリート「もっとやらねぇとだめなんじゃねぇか?」

男「それじゃ、もう少し…」

先程と同じようにゆっくりと魔力を注いでいくと石に変化が現れた。
白い石は段々と銀色に輝き始めた。

イフリート「…こいつはおもしれぇ!」

男「一定量まで注ぐとこうなるみたいだね、商人の言った通りだ」

イフリート「限界はどのくらいなんだろうな?」


男「うーん…限界は無いと思うよ」

イフリート「…聞けば聞くほどヘンテコな石だ」

男「じゃ次」

男は少し離れた所に紙を敷き、そこに新しくアルキミア鉱石を置いた。

男「イフリート、石に当てないように火球を撃ってみて」

イフリート「どりゃ!」

イフリートは掌を前に突き出し、火球を発射した。すると…

イフリート「ん?」

当てないように放った筈の火球は進行方向を変えて石へと当たった。
そして石はその魔力を吸収し、淡く銀色に輝き始めた。

男「うん、予想通りだ」

イフリート「主、バカにもわかるように解説を頼む」

男「もちろんさ」

男の話によると、石の下に置いた紙には誘導の魔方陣が書かれていた。

本来なら飛んでいる魔法の進行方向を変える程の力は無いが、
アルキミア鉱石と相性が良かったらしくこのような結果になった。ということらしい。


男「注いでる時からもしかしてって思ってたけど、まさか本当にできるとは…」

イフリート「実験はまだやるのか?」

男「後は僕にとっての加工しやすさのテストかな。寝てても良いよ」

イフリート「いや、俺はなんか腹の足しになるもんはねぇか見てくる」

男「火の精霊ってご飯食べるの?」

イフリート「味覚はあるからな。腹いっぱいとかわかんねぇけど美味いもんは喰いてぇ」

男「それじゃ僕の荷物に色々入ってるから食べていいよ」

イフリート「おお!――でも主は喰わねぇのか?足りなくなっても知らねーぞ?」

男「足りなくなったら屋敷に戻るよ」

イフリート「なら、遠慮なく…」


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

男「よしこんなもんかな」

アルキミア鉱石に関する実験が一通り終わり、次は錬金に取りかかろうとしていた。

男「えーと――魔装銃に爆雷の種、アルキミア鉱石に中和剤…仕上げに鉄を少々…」

男は地面に大きな魔方陣を描き、その上にどこからか見つけて来た大きな壺に次々に放り込んでいった。

男「あとは暫く待てば完成!」

イフリート「…何ができんだ?」

男「さあ?」

イフリート「わからねぇのか?」

男「僕の錬金術って行き当たりばったりだからね」

イフリート「…前から思ってたが錬金術ってのはなんなんだ?金を作るんじゃねぇのか?」


男「正確には金を作ろうとした…かな」

イフリート「ってことはできなかったのか」

男「…例え話をしようか、錬金術の基本は等価交換――つまり、何かを作るには
  それ相応の対価を払う必要がある。材料とか、足りない分を埋める魔力とかね」

イフリート「なるほど、わかりやすい」

男「でもそれだったら金を作れる訳が無いだろう?」

イフリート「あー金を作るには金が必要ってことか?」

男「そういうこと、でも例えば金を作りたいから銀を使ったら?鉄は?銅は?」

イフリート「…できそうな雰囲気はあるな」

男「でもそれはあくまでも雰囲気だ。金になるかって言えばならない、なるはずが無い」

イフリート「そこがわかんねぇんだよな…いくら金でも大量のなんかがあればできそうなんだよな…」

男「ならイフリートが持てないほどの金を持っていたとしよう」

イフリート「おう」


男「そこに見知らぬ人が現れてこう言うんだ『鉄を大量に差し上げるのでどうか金をください』とね」

イフリート「厚かましいな」

男「つまりはそういう事さ、『金と鉄を交換してくれ』極端な話、
  『金とガラクタを交換してくれ』ってことさ」

イフリート「あー、釣りあわねぇってやつか」

男「あ、それわかりやすい」

イフリート「…まぁなんだ、錬金術がめんどくさいってのはよっっっくわかった」

男「それだけわかっていれば十分かな。どれ錬金の結果はと…」

壺を覗き込むとそこには小銃が一つ、中に入っていた。

男「できたね」

壺からそれを取り出しじっくりと観察する。
掌よりも少し大きいそれは、可動式の小さなダイヤルが2つ付いていた。

男「どんな武器なんだろこれ」

イフリート「ただのマスケットだろ?」


男「いや、ダイヤルが付いてるし、ただのマスケットじゃなさそう」

イフリート「なんかしらわかることはねぇのか?」

男「強いて言えばアルキミア鉱石を混ぜたから持ち主の魔力を貯めれるってことくらいかな」

イフリート「貯める?」

男「普通の弾じゃなくて濃縮弾みたいのを撃てるってことかな…多分」

イフリート「さっきから多分が多いな」

男「執事に見せれば100%理解すると思うけど…」

イフリート「あの無駄に凄いスーツ男か」

男「そ、家事手伝いから戦闘、超能力まで使えそうなスーツ男」

イフリート「アイツ…超能力者なのか?」

男「似たようなもんだね」

イフリート「もうツッコむ気も起きてこないな…」


男「いや、突っ込まなくてもいいからね?」

イフリート「そうさせてもらうか」

男「さて、もう一個だ」

壺に向き直り先程と同じものを作り始めた。

イフリート「今日はもう寝た方がいいんじゃねぇか?」

男「心配は無用だよ。それに――」

男「僕には時間が無い」


~王国書物庫~

彼は調べ物をしていた。

「三年前…第36番隊長――当たりですか」

「エルフ族との戦争において緊急召集された1~57番隊。
 36番隊のみ生存…隊長は行方不明扱いですか…」

王国書物庫――全ての王国の歴史に関する書物が納められている。
そこには一般市民は入れない。入ることは許されない。

「これが、真実ですか――男様」

彼――すなわち執事は男についての調べ事をしていた。
富豪の女の執事ということもあり簡単に入る事が出来た。

執事「これはお嬢様に伝えられませんね…」

執事は本を棚に戻して次の本を探し始めた。するとその様子を見ていたのか
警備をしていた兵士が話しかけて来た。

兵士「執事殿、何の本を探しておられるのですか?」


執事「ハーフエルフに関する本はありますか?」

兵士「確か…B列の3段目にあったと」

執事「ありがとうございます」

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

執事「B列の3段目――これですね」

一冊の分厚い本を取り出し捲っていく。

執事「ここですね」

そこに書かれていたのはハーフエルフの特徴について書かれていた。

『人とエルフの血を分けし者。その者、人よりも武に優れ
 更にエルフの魔法を遥かに凌駕する。だが――』

執事「『寿命が極端に短かった』ですか…」

執事「こちらは報告しておきましょうか」


兵士「お探しの本は見つかりましたか?」

執事「はい。ところで貴方は第36番隊の隊長を知っていますか?」

兵士「もちろんです。周りの部隊が次々に倒れていく中、エルフの軍勢をたった一人で薙ぎ倒したと聞きました」

執事「…その話、詳しくお聞かせ願えますか?」

兵士「良いですよ」


~翌朝 エルフ達の部屋~

エルフ「おい、起きぬか梟」

梟「ふぁい…?」

エルフ「ほら、狐も起きぬか。男を起こしに行くぞ」

狐「はやいね~さすがいじっぱり」

エルフ「誰が意地っ張りだ誰が」

朝一番から絶好調であった。

梟「あ~マスターならいましぇんよー」

狐「いないの?」

梟「そうれすよ~」

朝に弱い梟は目を擦りながら呂律の回らない舌で答える。


エルフ「どういうことだ?五文字以内に説明してもらおうか」

梟「りょこうー」

狐「たしかに五文字だね ケケッ」

エルフ「どこにだ?」

梟「さー?」

狐「ごはんはどうする?」

エルフ「仮にも主と呼んでいる人物がいないのにご飯の心配か…ま、男なら心配はいらぬか」

梟「あ~ごはんなら…」


執事「私めにお任せを」

エルフの背後には執事が立っていた。いやむしろ現れたといった方がいいかもしれない。

エルフ「な、なななななな…」

執事「どうかなさいましたか?」

エルフ「おおお女子の部屋に勝手に入るでないわ!!」

執事「すいません。お嬢様の部屋にはノックせずに入るのでついその癖で…」

狐「…なんでもいいけどさ、出てくれる?」

執事「承知しました」


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

執事「では改めまして。本日より魔法・武器の指導を務めさせていただきます」

エルフ「そなたがいないと何もできそうにない女はどうした?」

執事「書置きを残して勝手に来ました」

狐「それまずくない?」

執事「ここに来ないと餓死すると書いておいたので起き次第来るでしょう」

エルフ「…女は本当におぬしの主なのか?」

執事「ええ、私の世界で唯一の主です」

エルフ「唯一の主にしては扱いが雑ではないか?」

執事「この程度の事はいつものことです」

狐「いつもは一体どんなことしてるのさ?」


執事「…ただの悪戯ですよ」

エルフ「…あとで聞いてみるとしよう」

執事「では朝食にしましょうか」

梟「ごはんはなんですか?」

執事「卵料理にしましょう。栄養があります」


~しばらくして~

ガチャ タタタタタ…

エルフ「うん?何の音だ?」

狐「そんな音する?」

エルフ「何を言っておる。私は耳だけは良いと言っているであろう」

執事「ああ、お嬢様が来たのでしょう。時間的にも来る頃だと思っておりました」

ガチャ

女「はぁ…はぁ……し、執事!!」

勢いよく扉が開かれ女が入って来た。絢爛豪華な服では無くいたって普通の地味な服を着ていた。
おそらくは走ってきたのだろう。息は切れ、髪もボサボサになっている。

執事「おはようございます」


女「おはよう!…ってそうじゃない!」

エルフ(息切れの回復が早いな)

執事「食事の用意ができています」

女「おおそれはご丁寧に…ってこれもちがうってば!」

執事「では、朝食抜きでよろしいのですか?」

女「…いただきます」


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

女「さてと…改めまして、執事よろしく」

執事「私のほうは説明が済んでおります」

女「あ、そなの?」

エルフ「…本当に書き置きを残してきただけのようだな」

女「あ、見る?」

狐「あるのなら見せてよ、おもしろそうだし」


女「ほい」

女は小さな黒い紙を机に出した。

『男様の家にいます。暫く帰らないので来なければ餓死しますよ?』

と丁寧な字で綴られていた。

梟「これなんてかいてあるんですか?」

執事「梟様のマスターに会いに来いと書いてあります」

女「はいそこ嘘つかない」

エルフ「…話が進まぬのだが」


執事「では本題に。梟様、男様から何か届いていませんか?」

梟「うーんと…マスターのへやだとおもいます」

執事「それでは、私は準備をします。エルフ様に狐さん、庭に出ていて下さい」

狐「『様』も堅苦しいけど『さん』も堅苦しいね、いくらかマシだけどさ」

執事「流石に呼び捨ては気がひけますので…」

狐「ケケッ 別に構わないよ」

女「執事、アタシはどうすればいい?」

執事「お嬢様にも手伝って頂きます。一緒に庭に出ていて下さい」

女「りょーかーい」


~庭~

執事「準備は良いですか?」

狐「ボクはいいよ」

エルフ「それで?魔法・武器の指導とは具体的に何をするのだ?」

執事「基本的にはお嬢様と梟様に協力して頂き、
    男様から言われている魔法指導と送られてくる武具の指導です」

梟「エルフさん、せつめーを」

エルフ「そうだな…つまりは男の代わりを執事がするということだ」

梟「なるほど…」


エルフ「しかし、こんな時に旅行とは呑気なものだな」

狐「主がふらっといなくなることなんか今に始まったことじゃないからね」

エルフ「今に始まった事でも止めるのは無理であろうよ…おらんのだからな」

執事「それでは指導法についてですが…」

狐「別々でやるの?それとも合同かな?」

執事「合同です。お嬢様と梟様と私におまかせを」

女「アタシも?」

執事「当然です」

女「でもさーアタシ魔法使えないよ?」

執事「お嬢様はアレが出来るではありませんか」


女「あーアレね、そういえばそうだったよ」

エルフ「話が済んだのならばすぐ始めようではないか」

執事「わかりました。まずはこれです」

執事は自分の後ろに置いていた袋から二丁の魔装銃を取り出した。男が練金したものだ。

エルフ「なんだこれは?」

執事「男様の部屋にあった魔装銃です。練金して作ったようですね」

狐「銃はわかるけど魔装ってなに?」

執事「銃は弾丸を撃つもので、魔装銃は魔力を弾丸にして撃つものです」

エルフ「そのダイヤルは何だ?」


執事「使ってみた方が早いでしょう。梟様、適当な的を出せますか?」

梟「はい!」

梟が人差し指をクルリと回すと、巨大な岩が現れた。

梟「これでいいですか?」

執事「十分です。それでは皆さんしっかりと見ていて下さい」

女「はいはいー席はこっちだよー」

見ると後ろの方の日陰で手招きをしている女がいた。

エルフ「…少し姿が見えぬと思えばここに移動していたのか」

女「いやーアタシの肌、弱くてさ」

狐「エルフ、話しててもいいけどちゃんと見てなきゃ」

エルフ「わかっておる」


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

カチカチカチカチッ

ダイヤルを回す音が鳴る。そして執事は岩に銃を向けた。

執事(ダイヤルは四段階…一段目)

カチッ

引き金が引かれたが発砲音は無かった。そして代わりに岩に穴が開いていた。
貫通こそしていないが穿たれた穴は見事なものだった。

執事(普通の弾ですか。二段目は…)


今度の弾は岩を細く貫いた。弾が通ったと思わしき跡は槍のようにまっすぐ貫通していた。

執事(貫通弾でしょうか?)

執事はそのまま三発目を放った。今度の弾は弾丸でも貫通でも無く、
岩に当った弾はそのまま爆発した。岩は粉々に砕け散ったが梟がすぐに出現させた。

この後、更に四発目を放った後で執事にはダイヤルの仕組みが粗方理解できていた。

執事「弾の種類を切り替えるダイヤルですか。ならもう一方は…」

執事はその後さらに六発の弾を撃ち、エルフ達を呼んだ。

執事「この魔装銃の仕組みを説明します」

梟「おわりですか」

エルフ「早いな」


執事「私の魔法である程度理解していましたから」

梟「どんなのでしたか?」

執事「ダイヤルを回すことで弾の種類と規模を変えられるようです」

女「規模?弾の大きさの事?」

執事「弾丸の大きさや爆発の範囲ですね。それともう一つ」

エルフ「四発目の弾だな、私には一発目と同じように見えたが…」

執事「持ち主の魔力を凝縮し、放つ。これが四発目の弾丸です」

執事「大きさを切り替えるダイヤルとは関係なく。自動的に魔力を溜め、
   引き金を引く事で一気に放出する弾のようです」


エルフ「なるほどな、だが何故そなたにはそれがわかるのだ?便利な魔法か?」

執事「エルフ様は呪われた品物を御存知でしょうか?」

エルフ「ああ、勿論だ。里に解呪を請け負う者がいたからな」

執事「でしたら呪いかそうでないかを見分ける魔法があっても不思議ではないでしょう?」

エルフ「確かにな、誰かが欲せば他の誰かが満たすと誰かが偉そうに言っておったわ」

執事「私は物の見分けや仕組みを理解する鑑定の魔法が得意なのです」

狐「なるほどね、鑑定かーほんと魔法って便利だよね」

エルフ「便利な反面、使い方によってはひどい有様になるがな」

狐「経験があるの?」

エルフ「……いや、何故か頭に浮かんだだけだ」


執事「それでは始めましょうか」

女「ねぇ執事?」

執事「何でしょうかお嬢様」

女「魔装銃って魔法が使えないアタシにも撃てる?」

執事「魔力を持っていれば誰でも使えますよ。撃ちすぎは疲労の元ですが」

女「よし!…梟ちゃんよろしく!」

梟「まかされました!」

エルフ「…幼い子供に丸投げは大人としてどうなのだ?」

女「そんかし!ポーションを作っておくよ!」


狐「ぽーしょん?」

梟「ぽーしょんっていうのは…えと…」

執事「回復薬です。軽治療・重治療…基本的に体の自然治癒能力を高め、傷などを治す物です。
   その延長線上に魔力回復が存在します」

狐「作り方は?」

執事「錬金術ですね。ああ見えてお嬢様は錬金術師なのです」

女「ポーションならおまかせあれ!」

エルフ「訓練中も安心ということか」

女「そゆこと♪」

執事「エルフ様、男様から鍵を預かっていませんか?」

エルフ「ああ、持っているぞ」

エルフは着ていた服の中から鍵の束を取り出した。


女「男の研究室を使わせてもらうから借りるよ」

エルフ「構わぬが入るのは止めておいた方が良いぞ?」

鍵を渡しながらエルフはそう言った。

エルフ「爆発だとか毒の煙だとか、散々脅しておったわ」

女「ああ、それは昔から男が使う部屋に入ってほしくない時の言い方だよ」

エルフ「つまり何も無いと?」

女「だってそんなことしたら男もただでは済まないでしょ?」

エルフ「…そういえばそうか、私とした事がまんまと騙されたわ」

エルフ(だが、逆に好都合だ。これで臆することなく入る事が出来る)


女「そんじゃ完成したらまた来るよ」

女は鍵の束を腰につけて屋敷の中へと入って行った。

エルフ「…あやつは庭に来なくても良かったのではないか?」

執事「一応は訓練の流れを説明しておきたかったのでそのためです」

エルフ「ふむ…わかった。これ以上話が長くても退屈だ、始めようではないか」

梟「エルフさんこれをどうぞ、狐さんもです」

梟は魔装銃を二人に手渡した。

エルフ「意外と軽いな」

狐「ほんとだねーまるで中が空っぽみたいだよ」

執事「まずは好きなように撃って下さい。ダイヤルは『小』に合わせてあるので
   反動も少ないはずです」


~数分後~

エルフ「うむ、こんなものでよいのではないか?」

狐「そうだね、そろそろちゃんとおしえてほしいかも」

執事「ではまずダイヤルを一段階回し、弾の規模『中』で撃ってみて下さい」

エルフ「わかった」

エルフと狐は言われた通りダイヤルを回して弾を変えた。

狐「これでいいかな」

両手で丁寧に構え発射した。反動は『小』と比べると少し大きいが問題は無い。

エルフ「…これでいいのか?案外、拍子抜けだ」

狐「確かにね、弾はでっかくなったみたいだけど」

執事「反動はどうでしたか?」


エルフ「それほどでは無かったな。身構えた自分が馬鹿らしくなるほどだわ」

このくらい余裕だといった表情のエルフ。狐は狐で誇らしげに無い胸を張っていた。

エルフ「…だが魔力の消費が激しいな、これくらいは平気だが『大』になったらどうなることやら…」

執事「ですがこの分なら大のダイヤルを除いて今日中にマスターできそうですね」

梟「魔力がふあんです…」

執事「そのためのお嬢様です」

<おーい!執事―!できたよー!

執事「…噂をすればなんとやらですか」

執事はそう言って大きな袋を引きずりながら出てきた女の元へと走る。
そして軽々と袋を担ぎ、涼しい顔で戻ってきた。


女「魔力回復ポーションたくさんだよ!こんだけあれば足りるはずだよ」

狐「…苦そうだね」

エルフ「昔は苦い物もあったらしいが今は何の味も無いぞ?」

狐「へーじゃあ味付けすればいいのに」

エルフ「味付けとな?」

狐「油揚げ味とか御神酒味とかさー」

狐「あ、緑茶味なんかもいいかも」

エルフ「それはそなたが飲み食いしたいものであろうが!」

狐「ケケッ バレた?」


梟「よういができましたよー」

執事「お二人とも話が盛り上がるのは大いに結構ですが、
    今は訓練に集中していただけませんか?」

エルフ「そうであったな、次は何をするのだ?」

執事「的の中心を撃つ訓練です。的は先ほど梟様に用意してもらいました」

先程岩があった場所より少し奥に真ん中に赤丸が印してある四角い的が用意されていた。

狐「さーてとやってみようかな」

狐は片手で銃を構えて迷わずに撃った。そして――


狐「あり?」

放たれた弾は途中までは真っ直ぐ進んだように見えたが左に逸れ、的の真ん中に命中することは無かった。

女「えーと、真ん中より左だね。風かな?」

エルフ「…意外と難しそうだな」

狐「いやーお察しの通り難しいね。こう…直進しないというか…」

執事「普通の銃すら扱った事が無いのでしょう?一発で当てたら大したものですよ」

エルフ「ならばその大したものになってみようとしよう」

片目を瞑り良く狙う。感覚を研ぎ澄まし風の無くなる瞬間を待つ。

エルフ(まだだ…今撃てば狐の二の舞だ)

この時エルフは気付いていなかった。弾の規模を変更するダイヤルが『大』になっていることに。


エルフ「今だ!」

勢いよく弾丸が放たれ的に一直線に向かっていく。

最後までその勢いは衰える事が無く的の中心を貫いた。

エルフ「どうだ?たいした…もの…で……」

バタッ

エルフはその場にうつぶせに倒れてしまった。そこに執事は急いで駆け寄る。

執事「エルフ様!」

呆気に取られていた女と狐も少し遅れて駆け寄った。


女「執事!原因の特定を!」

執事「鑑定します」

執事はエルフの右肩に手を当てて目を閉じた。

狐「どうなの?大丈夫なの?」

執事「…問題ありません。一時的に魔力の放出量が増えたために気絶したようですね」

狐「ってことは――これだね」

狐はエルフの手に握られている魔装銃を指差して言った。

執事「ダイヤルが『大』になっていますね。原因は間違いなくこれです」

執事「寝室に運びましょう。訓練は一時休憩です」

女「りょーかい。頼むよ執事」

狐「執事、ボクからもお願いするよ」

執事「お任せあれ」


~エルフ達の部屋~

執事によりベッドへと運ばれたエルフは穏やかに寝息を立てていた。
その様子を心配そうに狐が覗き込んでいた。

執事「一応は男様に報告をしておきましょうか」

女「男の場所わかるの?」

執事「ええ、わかりますよ。ですがお嬢様と狐さんにはエルフ様を見ていていただけませんか?」

狐「ボクは主のとこに行くよ。エルフちゃんになにかしろって言われるかもしれないし」

女「じゃ執事、狐ちゃんも連れてってあげて、アタシ一人でも十分だからさ」


執事「…わかりました。狐さんすぐに行けるでしょうか?」

狐「もちろんだよ」

執事「…転移魔方陣展開、空間指定――男様の居場所」

女「相変わらず堅苦しい詠唱だねー詠唱くらいはっちゃければいいのに」

執事「前向きに検討します」

執事と狐は音も無く消えた。

エルフ「うぅ……」

女「ん?何か言ってる」

エルフ「…たび…び…と……」

女「『旅人』か…」

女「そういや恩人を捜してるとか言ってたっけ、その人かな」


~エルフの里~

男「よし、こんなところかな」

地面に大きな魔方陣を書いて男はそう言った。

イフリート「…それでどうすんだ?」

男「で、これを置く」

魔方陣の真ん中に刀を置いてそのまま男は詠唱を始めた。

男「刃に刻まれし所有者の魂よ!わが身に宿りてその溢れんばかりの力を振るえ!」

刀から黒い光が溢れ男を包み込む。黒い光が消えると男の手には
鞘に納められて置かれていたはずの抜き身の刀が握られていた。


男「…成功だね」

鞘に刀を納め、安心したように言った。

イフリート「主、客人だ」

男「お客?執事でも来た?」

イフリート「本を持ってる執事と…ありゃあ獣人か?随分とちっこいけどな」

男「ならそっちのちっこい方は狐って言う子だよ覚えておいて」

イフリート「あいよ」

執事「男様ご報告に参りました」

狐「主ー!」

真面目な事を言った執事とは対照的に、狐は男を見るなり飛びついた。


男「うわっあぶなっ!」

狐「ボクは軽いからだいじょーぶ!」

男「もし僕が倒れたら狐が怪我するかもしれないでしょ?だから今度から控えてね?」

狐「はーい」

執事「…終わったでしょうか?」

男「ゴメンゴメン、報告って?」

執事「あの魔装銃とエルフ様についてですそれと――」

執事はそこまで言って勿体ぶるように言葉を溜めた。

男「それと?」

執事「他ならぬ男様についてです」

男「…立ち話もなんだし家に入ろうか、良い知らせならいいんだけど」

執事「さてどちらでしょうね?」


~屋内~

執事は訓練の様子と魔装銃の仕組み、それとエルフが倒れた事を簡単に伝えた。

男「そっか…倒れちゃったか」

執事「魔力が少ないのとこれまでロクに魔法を使ってこなかったのでしょう」

男「それじゃこれ持ってって」

男は液体の入った瓶を手渡した。

執事「ふむ…ポーションですか?」

男「特製の魔力増幅ポーションだよ。効果は僕で実験済みさ」


狐「一つだけ?ボクのはないの?」

男「狐は十分に魔力があるみたいだから必要無いよ」

狐「もしかしてボクって意外とスゴイ?」

イフリート「主が言うくらいだそのちっこい体にしちゃあスゲーと思うぞ」

狐「ありがと♪……って誰?」

イフリート「ん?俺はイフリートってんだ使い魔ってヤツだな」

狐「イフリートかボクは――」

イフリート「ああ、狐ってんだろ?主から聞いたぜ?」

狐「ならいいや。最近自己紹介ばっかで飽き飽きしてたからね」

イフリート「ガハハハハ!そいつはよかった!」


執事「さてと次に男様についてです」

男「…なんでもどうぞ」

執事「では単刀直入に聞きます。貴方はあとどれくらい生きられるのですか?」

男にとってそれは核心を突いた質問だった。
だが狐に悟られない様にそれをおくびにもださなかった。

狐「え…?主どういうこと…?」

先程まで笑っていた狐だったが笑みが消え、男の目を真っ直ぐに見詰めなおした。
まるで嘘を見抜こうとしているかのように。

男「変な冗談はやめて欲しいね、狐も心配するだろう?」


執事「間違っているのならいくらでも謝りましょう。質問の答えをお教え願えますか?」

男「僕はただでさえ寿命の長いエルフ族の血が混じってるんだよ?百年、二百年は余裕だよ」

狐「…主ってエルフの血が混じってるの?」

男「言ってなかったっけ?僕はハーフエルフ…つまりは人とエルフの混血児だよ」

執事「やはり簡単には本当のことを仰いませんか、それではこちらを」

執事は持っていた本を広げた。

執事「ハーフエルフの特徴について記した本を書き写したものです」

男「……流石にこれは誤魔化しようが無いね」

狐「…ねぇなんて書いてあるのさ」


執事「要約するとハーフエルフの寿命はとても短かったと書いてあります」

狐「…とてもってどのくらい?」

執事「そこまではなんとも…本人がいらっしゃるので聞けばよろしいかと」

狐「主、今の話は本当?」

男「残念ながら本当だよ。僕が認めよう」

執事「あとどのくらいですか?」


男「そうだね…早くて一年、持って三年かな」

狐「…!!!」

男「元々ハーフエルフは精々生きて五十年ってとこだから三十年くらい早いかな?」

ハーフエルフという種族には大きな特徴が三つある。

一つは武。刀剣類を得意としないエルフ族より遥かに早いスピードで習得し、一流の剣士顔負けの実力を持つ。

二つ目に魔法。言うまでも無いがエルフ族の血が混じっているために魔法もエルフ並みに使える。
こちらはそれ相応の訓練が必要だが飲み込みが異常に早いという性質を持つ。

三つ目に寿命。ハーフエルフは十三歳ともなれば立派な大人と同等になる。
そしてその若い姿のまま五十歳ほどで死んでしまう。

異常なまでの成長スピードと才能を兼ね備えた種族だが、その反動なのか非常に短命なのだ。


執事「…いささか早すぎではありませんか?」

男「合成魔法を完成させるときに代償として売ったのさ」

狐「…主」

男「はい?」

狐「……主が死なない方法はないの?」

狐が震えた声でそう言った。だが一方の男は顔色一つ変えずに

男「無いよ」

とハッキリと言い切った。恐怖や怯えは一切なかった。

狐「…少し考え事するから外にいるよ」


男「イフリート、念のため護衛を」

イフリート「了解」

ガチャ バタン

執事「…追わないのですか?」

男「追ってもどうしようもない、それにまだ話すことがあるんだろう?」

執事「ええ、むしろ狐さんがいなくなって良かったかもしれませんね」

執事は冷静に机に広げていた本を捲る。

『三年前の遠征先』

ページの先頭にはそう綴られていた。


男「三年前の遠征つまりは…」

執事「男様がエルフの軍勢を滅ぼした時の話です」

男「…誰から聞いたのかな?」

執事「書物庫の兵士からです」

男「一体誰から漏れたんだろう…」

執事「話によると兵士たちの中でまことしやかに語られているようです。
    もっとも信じている者は少ないようですがね」

男「そりゃそうだよ、信じろっていう方が無理だろうからね」

執事「…男様、貴方は三年前の遠征に隊長として参加していますね?」


男「そうだよ。弱みを握られたり人質を取られていたり
  していた人たちが集まってできた部隊の隊長だよ」

本隊が進軍するのに邪魔な軍勢を少しでも消耗させようと急遽集められた1~42番隊。
これらは全滅を前提として結成されたものだった。

男はそんな部隊の36番隊の隊長であった。

男「正直、気乗りしないなんてもんじゃ無かったよ。エルフを切れだなんてね」

執事「男様が握られていた弱みとは何だったのですか?」

男「そりゃあ決まってるさ、あのエルフのことが知られていたのさ」

執事「何故にですか?」

男「心配だから様子を見に行ってたのが間違いだったみたい『騎士』にバレたんだ」

男「…エルフの軍勢を相手にしなければあのエルフのいる里を滅ぼす。そう言われたよ
  僕は拒否できなかった。拒否すれば僕は殺されあの子もいる里も滅ぼされるだろうから」

執事「それで遠征に参加した…と?」


男「罵っても良いよ?それほどのことをしたと思っているからね」

執事「…私にも責めることはできませんよ」

男「そう言ってくれると助かる」

ガチャ バタン

その時突然、扉が開かれ誰かが入ってきた。

「――実に興味深い話でした」


男「執事、下がって!」

「惜しむらくはやはり貴方が敵という事ですか…いや実に悲しい」

男「…騎士か」

銀の鎧を身に纏った男…騎士は腰の剣に手をおいた。

騎士「見た所、ここは剣を十分に振るえる空間のようですし…問題ありませんね」

男「何の用事?新聞なら結構だよ」

騎士「貴方に通告をしに来たんですよ」

男「黒服殺しの罪に問うとでも言いに来たの?」

騎士「ああ、やはり貴方が切ったんですか。貴重な人物だったんですけどねえ…」

男「用件は何?」

騎士「私の言いたいことは一つだけです。エルフの里に侵攻します。参加しますね?」

男「嫌だと言ったら?」


騎士「そうですね…貴方の大切な獣人とエルフを切ってしまいましょうか」

男「…やってみなよ」

騎士「…今、何と言いましたか?随分と興味深い言葉が聞こえましたが」

男「やれるものならやってみなよ。こっちも全力で相手をする」

男はそう言って刀を構えた。鞘から抜かれた刀は輝きを放ち騎士へと真っ直ぐ向けられた。
執事もナイフを構えて騎士を睨みつけている。

騎士「そんな物騒な物を向けないで貰えますか?」

男「ならキミもその剣から手を離せば?」


騎士(あの業物…下手をすれば私が切られますね…できないこともありませんが
   ここで傷を負うわけにはいかない…)

騎士「…これは分が悪そうだ、答えは保留にしてあげますよ」

男「さっさと帰れ、王家の犬」

騎士「言われなくても帰りますよ、反逆者」

騎士はそう言い残して姿を消した。おそらく転移魔法を使ってどこかへと移動したのだろう。

男「…最悪だね」

執事「…申し訳ありません」

男「いや、僕が全ての原因だから執事は気にしなくていい。」

執事「ですが私にも責任が無いわけでも…私が話さなければ騎士は聞いていなかったかも…」

男「くどいね。いいよ僕が一人でカタを付けるから」

執事「…男様、一体何をするおつもりですか?」

男「うーん…犬の躾かな?」


~外~

男の寿命の話を聞いて狐はあることが浮かんでいた。

狐(ボクの願いなら主を助けられるのかな…)

そう、狐の保護者と名乗った神様のあの言葉である

――『じゃ好きな願い事考えといてね、強く願ったら叶えるからさ』

狐(出てきて…!)

狐はあの時のことを思い出し強く念じた。

『やれやれ、折角の願い事なのにこんな所で使うのかい?』

聞こえてきたのは自らの声それはつまり――


「呼んだかい?」

前とは違い狐の目の前に現れたのは着流しを着た不思議な雰囲気を放つ大人だった。
顔立ちは男性のように見える。

しかし声は狐と同じなのでなんともややこしかった。

狐「……誰?」

「わお、辛辣だねこりゃ」

狐「てっきりボクは光の球が来ると思ってたよ。まさか男だなんてね」

「ああ、それもボクだよ。顔も変えられるからただ見てるってのもヒマだし
 観光でもと思って変装したんだ、それにしても――」

着流しを着た彼はイフリートを横目で見て言った。

「随分と怖い人が一緒だね?」

イフリート「そりゃあ俺のことか?」


「そうだよ、火の精霊イフリートさん?」

イフリート(俺の名前なんで知ってんだ!?)

イフリートは着流しの彼に向かって身構えた。

狐「…願いが決まったから聞いてくれる?」

「聞くだけならいくらでも聞いてあげるよ?叶えるかは別としてね」

狐「ボクの願いならなんでも叶えてくれるんでしょ?」

「あのねぇ…ボクだって無駄な事はしたくないんだよ。特にキミが願おうとしてる
 寿命を延ばすなーんて真似は特にね」

彼は狐が願おうとしている内容を聞かずに言い当てた。

狐「無駄なことってなにさボクにとっては重要な…!」

「はいはい、キミにとっては重要だろうね何てったって想い人だもんね。
でもさー果たして男くんがそれを望むのかな?」

狐「それは…」


「狐に聞いても仕方ない、イフリートくんに聞こうかな」

イフリート「なんだ?」

「…そう身構えないでよ怖いなあ」

イフリート「俺にとっちゃアンタは未知だからな身構えんのも当たり前だろ?」

「じゃあそのままで聞くといいよ。ボクはキミに危害を加えるつもりはないしね」

一呼吸おいてまた話を始める。

「イフリートくんキミの主は自分自身の寿命についてどう考えているのかな?」

イフリート「アンタならわかるんじゃねぇのか?俺の名前も狐の願いってのもわかってたろ?」

「だってさ、ボクが言ってもきっと狐は信じようとしないだろう?
 ならキミが言った方が説得力がある…違うかい?」

イフリートは納得できないような顔をしながらも彼の言うことも一理あると思い話すことにした。

イフリート「……主はこれでいいって言ってるよ自らが蒔いた種だってな」


「ほらボクが介入していい問題じゃないだろう?わかったらまともな願いを考えなよ」

狐「まともな願い?」

「たとえば…世界平和とか?御神酒がいっぱい飲みたーいとか?」

狐「…そんなのいらないよ。今のボクが望むのは主の幸せだよ」

「…キミはそろそろ言葉に込められた意味ってのを考えたらどうだい?」

狐「どういうことさ?」

「ボクはキミの願いを叶えないのは『叶えられない』じゃなくて『叶える意味が無い』ってことさ」


イフリート「…なるほど、なんとなくわかったぜ」

狐「教えてくれる?」

イフリート「まぁあれだ、主は寿命を待たずに死ぬってことだろ?」

「ケケッ どうかな?」

イフリート「意味が無いってのはそういうことじゃねーのか?だから寿命を延ばしても意味が無い
     延ばした甲斐無く死ぬからだ。どうだ?」

「さあね?でもそれしかないならそれなんじゃない?」


狐「…答えてよ」

「それは流石にダメだよ。ボクらにも規則ってものがあるからね」

イフリート「だが否定はしないんだな」

「でも肯定もしない、そうだろう?」

イフリート「へそ曲がりだなアンタ」

「ケケッ そうかもね」

狐「主が助かる方法はないの?」

「うーん…男くんの言う通り無いね、ほっとけば?」

狐「そんなことできるわけないじゃん」

「なら一つだけキミに助言をしよう。願いは最後まで取っておくんだ、
 そうすれば幸せがやってくる」


狐「…主にも?」

「狐や男くんだけじゃなくエルフちゃんも幸せになるよ。それではダメなのかい?」

狐「……それでいい」

「わかってくれて嬉しいよ。じゃあね」

イフリート「…ちょっと待て」

「なにかな?これでもボクは忙しいんだよ?」

イフリート「主はあとどのくらいで死ぬんだ?アンタなら具体的な時がわかりそうだ」


「…残念だけどそれは言えない。さっきも言ったけど
 ボクらにも規則ってものがあるからさ。ゴメンね!」

イフリート「…そうかよ」

「それじゃまた願いが決まったら呼んでね」

彼はそう言い残して消えた。きっとまた観光にでも行ったのだろう。

狐「…ボクはなにもできないの?」

イフリート「お前だけじゃねえ俺もだ。全く役に立たない使い魔だよ」

狐「……戻ろうか主が心配する」

狐は作り笑いだが泣いてもいられないと精一杯の笑顔をしてそう言った。

イフリート「ああ、そうだな…」

そう言って狐を守るように後ろからついて行くイフリートの足取りはとても重いものだった。


~屋内~

男「じゃあさっきポーションをエルフに渡してね」

狐「わかったよ!」

男「それと…これも」

男は青い魔法陣を手渡した。

狐「なにこれ?」

男「エルフの大切な物かな」

狐「ふーん、なんで主がエルフの大切な物を持ってるの?」


男「…とある人から預かったからさ」

狐「あ、もしかして旅人って人?エルフが恩人だって言ってたよ」

男「そうだよ」

狐「知り合いだったらエルフに会わせてあげれる?」

男「うん、伝えておくよ」

執事「では、私たちはこれで」

男「エルフによろしく言っておいて」

執事「ええ、わかりました」

狐「じゃーねー」

執事と狐は屋敷へと転移魔法で戻って行った。


イフリート「行ったな」

男「行ったね」

イフリート「さてと主?さっきの魔法陣について説明してもらおうか、
    それとあの武器に使ってた魔法もだ」

男「狐に渡した魔法陣は鍵だよ」

イフリート「カギ?」

男「あのエルフの記憶を戻す魔法を仕込んでおいたのさ、正に鍵だね」

イフリート「そんじゃあの武器の方は?」

男「あっちはこの刀の前の持ち主の力を引き出す魔法さ、狐に聞いたら前の持ち主が
  いたらしいから、その人の経験をを全部僕に宿らせる魔法だよ」

イフリート「…十分強いのにやる意味あるのか?」


男「大アリさ、僕はこれの使い方にイマイチ慣れていないから
  手っ取り早く済ませるためにはどうしてもこれしかないんだ」

イフリート「その魔法の準備はいつしたんだ?」

男「キミが昨日イビキをかいて寝てるときにアコライトを呼んで書いたのさ」

イフリート「おいまさか寝てねぇのか!?」

男「…寝たよ」

イフリート「どのくらいだ?」

男「……三十分?」

イフリート「はぁ…」

イフリートは大きなため息をついた。注意して治るものならいくらでもするが、
これはもう数十回目の事なのでその気も失せてしまった。

男「さてと、エルフが動くのはいつになるかな」


~男の屋敷 エルフ達の部屋~

エルフ「……ん?」

男の屋敷に来て数日、目覚めたエルフの目の前には見慣れた景色が飛び込んだ。

エルフ(確か私は…そうだ訓練中に倒れて…)

女「あ、起きたね」

エルフ「…女か、私のことを看ていてくれたのか?」

女「そーそー、執事と狐ちゃんが男の所に行ってるからね」

エルフ「すまぬ迷惑をかけたな」

女「いいっていいってアタシはなーんにもしてないからさ」


エルフ「謙遜するで無い、ただ看ているのも退屈だったであろう?」

女「まーね」

エルフ「執事と狐は何をしに行ったのだ?」

女「えーとね、エルフちゃんについての報告とか言ってたかな」

エルフ「ふむ…おそらくは魔力の少なさであろうな」

女「エルフの人って魔力多いはずじゃないの?」

エルフ「訓練をしなければこんなものだ」


女「へーそうなんだ」

エルフ「そういえば私はどのくらい眠っていたのだ?」

女「四十五分ってとこかな」

エルフ「案外短いな」

女「いやー執事とアタシで頑張ったからね、もちろん狐ちゃんもだよ?」

エルフ「ならばそれに応えられるよう努力せんとな」


数分後、執事と狐が帰ってきてエルフに男と話した内容を伝えた。

執事「――というわけです」

エルフ「ふむわかった。要はこのポーションを飲めば良いのだな?」

執事「重要な所を抜き出すとそうですね」

エルフは執事に確認を取った後で小瓶に入れられたポーションを飲み干した。

エルフ「――特に何も変わらぬのだが」

女「そりゃあ治療とかと違って速攻で効かなくていい奴だもん。一晩寝れば効果は出ると思うよ?」

エルフ「そうなのか。てっきりすぐに効果が表れるものだと思っておったわ」


女「ま、今日の所は訓練も軽めだから安心していいよ」

狐「…あ!」

エルフ「どうした狐?」

狐「いやー主からエルフにこれを渡せって言われてたんだよ」

狐は懐から魔法陣を取り出してエルフに渡した。

エルフ「魔法陣か、男が書いたのか?」

狐「そうだよ、何が起こるか知らないんだけどね。ちなみに魔力は込めてあるから
  自分に魔力がなくても使えるから訓練の後でも大丈夫だってさ」

エルフ「何が起こるかわからぬとはまた不安な…」

執事「鑑定を致しましょうか?」

エルフ「いや結構だ。なんとなくだがこれは人に渡すものではないと感じるのだ」

執事「畏まりました」

女「さーて執事!時間が無いからチャッチャと基本的な魔法の詰め込み訓練だよ!」

エルフ「訓練は軽めでは無かったのか!?」


~訓練後~

エルフ「はぁ…はぁっ……」

狐「も…もう無理…」

梟「しつじさんきょうはこのぐらいでいいんじゃないですか?」

執事「そうですね。攻撃・防御魔法と魔装銃の扱いは文字通り叩き込みましたし」

女「二人ともお疲れ様ー」

エルフ「…この鬼畜が……」

執事「男様から手を抜くなと言われておりますので仕方ありません」

狐「主が…?ならしかたないかな…」

執事「できることなら上級も教えたいところですね」

女「はいはい、さすがに明日にしなきゃダメだからね?」

執事「畏まりました」


~食後~

食事を終えエルフは早速狐から渡された魔法陣を使ってみることにした。

エルフ「なにやら懐かしさを感じるな…何故だろうな…」

エルフ「…考えていても埒が明かんな」

エルフは床に魔法陣を静かに置いた。ひややかな風が部屋を包み込む――

エルフ「なんだ…これは…?」

『えーと…旅人とでも名乗っておこうかな』

エルフの頭の中に懐かしい旅人の声が響く。

『涼やかなる癒しの風よ、この場に吹きて彼の者に癒しを与えん』

『この世界は微妙なバランスで成り立っているんだ。それこそいつ崩壊するのか
 わからないくらいにね、だから僕のような存在がいるんだよ』

エルフ「頭が…痛い…」

『僕の名前は男だよ』

エルフ「旅人…そなたは…やはり……」

エルフはそのまま意識を失った。


―――――――――――――――――――

―――――――――

―――――

~エルフの里~

これはエルフの記憶…旅人がひた隠しにするエルフの里で起こった出来事である。

エルフの里は火の手に包まれていた。そして、一人の男とまだ幼いエルフが逃げていた。
既に周りは人間の兵で囲まれていて逃げようがなかった。

旅人「こっちも駄目か…こうなったら強行突破しかないかな…」

幼エルフ「こっちもだめです」

旅人は兵士が比較的少ない所から強行突破を試みようとしていた。
いっそ正面から堂々と蹴散らすことも考えたが、
自分一人ならまだしもエルフを守りつつ逃げることに自信が持てなかった。


旅人「もう少し良い武器にすれば良かったかな…でもこれ以上大きいとエルフを守りつつ戦えない…」

旅人の手には片手でも振るえるショートソードが握られている。
エルフを探している最中に旅人に切りかかってきた若い兵士の剣だ。
魔法が使えるにしても強行突破には少し心許ない。

更に旅人の魔力もあまり残っていなかった。

旅人「仕方ない…アコライト!来い!」

アコライト「――はい!マスター」

男「状況を説明している暇は無い!とりあえずこの子と逃げてくれ!」

アコライト「はい?」

幼エルフ「たびびとさんまえ!」

旅人「え!?」

エルフの声で真正面を向いた旅人が見たものは銀色の鎧に身を包みこちらに剣を向ける騎士だった。

騎士「見つけましたよ」

アコライト「マスター…どうしましょう」

騎士「おや…反逆者の仲間ですか、少女と女…勿体ないですがサクッと殺ってしまいましょうか」


旅人「この子は関係ない見逃せ」

騎士「しかし明らかに関係があるようですが?」

騎士は旅人の後ろに隠れるようにしている二人を指差した。

旅人「関係無いのはそっちのエルフだ」

騎士「ならばそのエルフに刃を向けることができますか?」

騎士「躊躇なく切れば私も信じるかもしれません」

旅人「…できるさ」


騎士「ほう…私には知り合いと見受けられましたがそれは興味深いですね」

旅人はアコライトと一瞬目を合わせた。アコライトはそれに答えるように力強く頷いた。

旅人「動くなよ?」

幼エルフ「たびびとさん、きゅうにどうした――」

呆気に取られているエルフの肩口に鋭い痛みが襲う。
同時に鮮血が幼いエルフを赤く染め上げた。

幼エルフ「え…?」

エルフは反射的に切られた肩を手で押さえたが、痛みよりも困惑の方が強いらしく
まだ痛みは感じていない様だ。

旅人「これで満足?」

騎士「中々に面白い光景でしたよ――ですが貴方が反逆者である事は変わりません」


旅人「なーんで反逆者扱いなんだか…ほんと世の中って理不尽だよ」

騎士「人間の身でありながらエルフに加担する…れっきとした反逆者です」

旅人「へぇ…エルフの姿の僕を人間ってわかるんだ」

騎士「混血など見るに堪えませんからね。ましてそれが反逆者ならなおさらでしょう?」

旅人「なるほど…さしずめアンタは反逆者を殺しに来た正義の使者ってとこかな?」

騎士「減らず口を…」

旅人「でもその正義の使者は反逆者の仲間をみすみす見逃したってのか?」

騎士「…どういう意味だ?」


旅人「…切られた女の子の声が聞こえないなんて不思議な話だとは思わない?」

騎士はそこで気付いた、いや気付くのが遅かった。
旅人の後ろにいたエルフとアコライトが消えていた。

旅人「話の長い奴はこれだから楽でいいね」

騎士「何をした?」

冷静に問う騎士、その声には明らかに殺気が含まれている。

旅人「魔法で誤魔化してる間にアコライトに転移してもらったよ」

騎士「ふざけんな!そんな隙は…!」

旅人「(やっと本性が出てきた)あの子を切りつけて油断させた時にかな」

騎士「だが!」

旅人「僕の得意分野は魔法…これだけ言えば賢明な騎士様はおわかりになるのでは?」

旅人は完全に騎士を小馬鹿にしていた、エルフを逃がした事で余裕が出来たのだろう
対する騎士は冷静さを失っている。

騎士「この反逆者が!」

旅人「おいおい、大丈夫か?冷静沈着が売りの騎士様でもこれにはお怒りになりますか?」

騎士「……冷静さは取り戻しましたよ…同時に信念もですが」

旅人「その信念とは?」

騎士「貴方は私が殺します」

旅人「アンタに殺される…か。冗談だよね?」

騎士「残念ながら運命です」

旅人「…元素の精霊よ我が剣を再び構築し、我に力を与えたまえ」

旅人の持っていた剣は光に包まれ形を変え、旅人の手にしっかりと馴染む大きさとなった。

この魔法は巨大化に応じて重さも増えるので、使い勝手の良い武器が完成する。

更には魔力の消費が少ないという特徴があるため
今の旅人の少ない魔力でも使うことができた。

騎士「――反逆者 男、国王の名のもとに粛清する!」

旅人「今の僕は男じゃなくて旅人さ――でもお相手しようか」

―――――

――――――――――――

―――――――――――――――――――――


エルフ「…そうか、私は旅人に…」

エルフはそう言うと服をずらして自らの肩を見た。
旅人に切られたであろうところには切り傷の後はおろか何もなかった。

エルフ「ふっ…やはり無いか、アコライトとか言う奴の仕業であろうな」

エルフはかつてないほどに冴えわたっていた。
女が言っていたヒーラーがアコライトということも導き出すことができた。

エルフ「不思議だな…泣き出したい気持ちなのに一切涙が出てこない…」

エルフ「泣いても泣いても涙が出ない…この気持ちはどうすればいいのだ?旅人よ…」


~エルフの里~

その頃エルフの里では男と使い魔たちが集結していた。

イフリート「んで?集合させてどうするんだ?」

梟「はねのうらみ…」

イフリート「何か梟のヤツは睨んでくるし…」

アコライト「それは自業自得ってやつだよ」

男「はいはい、それじゃ作戦会議を始めるよ」

梟「さくせんかいぎ?」


男「そ、どのようにしたら騎士を倒せるか」

イフリート「おお!ついにやるのか!」

男「エルフの里に侵攻させないためには指導者を何とかするのが手っ取り早いからさ」

アコライト「マスターなら魔法と剣の正攻法で勝てるんじゃないですか?」

男「それは無理。何故なら今回は魔法が使えないから」

イフリート「…なんの冗談だ?」

梟「そーですよ!魔法をつかわないなんて…」

男「使わないんじゃない使えないんだ、多分だけどね」

アコライト「?」

男「念のため屋敷にいるエルフと狐を守るための魔法の準備とかで魔力がほとんど
  無くなってしまうからね、キミたちにも護衛についてもらうから一対一かな」

梟「でもマスターの魔法のぶんをのこせば…」

男「…キミたちの力を更に発揮してもらうために僕の魔力を普段より多く供給する。
  だから転移や高速詠唱に足りないほどなんだよ」


イフリート「魔力回復ポーションはどうしたんだ?アレがあれば気にしなくてもいいじゃねぇか」

男「魔力回復のポーションで回復させた分もキミたちに回す」

アコライト「それは嬉しいですけどマスターが死んだらどうするんですか?」

男「魔法使いとして戦えないなら剣士として戦うまでだよ」

梟「それでかてるんですか?」

男「さあ?」

イフリート「いや、さあじゃ困るんだよ」

男「冗談抜きでわからないんだよ、騎士と僕は大体同じくらいの実力だからね」


イフリート「運次第ってことか?」

男「正解かな。勿論、騎士以外を全滅させてもいいんだけど――」

アコライト「…兵士の全滅は大変だから総隊長となる騎士を叩くというわけですね?」

男「そういうこと。誰でも思いつく簡単でスマートな手段ってやつだよ」

梟「もしかてなかったら?」

男「どうしようかな…いっそ大人しく死んじゃおうかな」

アコライト「笑えない冗談ですよマスター」

男「まあ死んだ時のことなんか考えない方がいいんだよ」

イフリート「…んで?どうするんだ?」


男「何が?」

イフリート「いや、なにがじゃねぇよ。俺たちはこれからどんなふうに主を補助すればいいんだ?」

男「ああ、それか。梟は屋敷の警備。アコライトはエルフのケアを。
  イフリートはいつでも戦えるように準備をお願い」

アコライト「記憶はもう戻っているんじゃないですか?」

男「多分そうだろうけどアコライトにはエルフのケアをお願いしたいのさ」

アコライト「記憶を一気に戻しても壊れないように、記憶を追う形で戻す魔法を仕込んだので
    平気じゃないですか?」

男「頼むことはもう一つある。旅人の時の持ち物をエルフに見せることだよ」

イフリート「旅人の物を?」


男「色々な武器も揃ってるし、エルフの思い出の品だからね」

梟「ふわぁぁぁぁ…」

男「…眠くなっちゃったか、じゃあお開きにしようか」

イフリート「そんじゃあ俺は準備しとくか…」

アコライト「アタシは梟ちゃん連れて屋敷に戻りますね」

男「よろしく。あ、口調は丁寧にね!」

アコライト「わかりました」


~エルフたちの部屋~

エルフ(どうするべきだ?)

エルフ(旅人の正体はわかった。だが…同時に思い出したくないものも思い出してしまった…)

アコライト「んーその顔は何か悩んでるね?」

エルフ「……この声は…アコライトか」

アコライト「おお!もしかして覚えていましたか?」

エルフ「もしかしてもなにも、ついさっきそなたの声を聞いたばかりだからな、
     私は耳だけはいいのだ」

アコライト(なーんか喋り方で某家の執事を思い出すなー堅苦しいったらありゃしない)


エルフ「して何の用だ?忙しい身というわけでもないが手短に頼む」

アコライト「手短に終わるかどうかはエルフさん次第です、とにかくアタシについてきてください」

エルフ「わかった。だがその前に聞きたいことがある」

アコライト「何ですか?」

エルフ「旅人と騎士の戦いはどうなったのだ?男が生きているから騎士は倒されたのか?」

アコライト「騎士は生きてますよ。マスターとは決着が着かず殺される前に逃げられたそうです」

エルフ(騎士は生きているのか…嫌な予感がする…)

アコライト「あれ?狐さんはいないんですか?」

エルフ「ああ、狐は散歩に行くとか言って先程から姿が見えん」

アコライト「ちょうどいいですね、じゃあマスターの部屋に行きましょう」

~男の部屋~

アコライト「えーっと…たしかこの辺りに…」

アコライトは男の部屋の中心の床を手で探っている。

エルフ「床に何かあるのか?」

アコライト「扉がこの辺りに……あった。ここ見てくれますか?」

アコライトが指した場所は正方形の形に黒く変色していた。


エルフ「そのような場所いったいいつできたのだ?
    殺風景な部屋に黒など嫌でも目立つ筈であろう?」

アコライト「魔力を手に宿らせて触ると出てくる仕組みになっているので普通には見つけられません」

エルフ「なるほど、そんなことをわざわざする者はそうそういない。
    つまりは隠し場所にはもってこいというわけか」

アコライト「それでこの鍵が…あれ?ない?」

エルフ「鍵がかかっているのか?」

アコライト「ええ、ですがうっかり鍵を忘れてしまったようで…マスターのとこに戻らなくては…」

エルフ「待て、その前に私の魔法で開けられるか試してみよう」

アコライト「鍵開けの魔法が使えるんですか?やってみてくれますか?」

エルフ「どれ…」

エルフは黒い床に手を当てて集中を始めた。


エルフ「…これだったら開けられそうだ……ふっ!」

カチャ

エルフ「開いたぞ。男にしては軟弱な魔法だな」

アコライト「誰も見る人がいないから堅固にする必要がありませんので」

エルフ「ともかく入るとしよう」


~旅人の部屋~

二階と一階の中間に魔法で作られた部屋がこの旅人の部屋である。
部屋の中にはたくさんの木箱が乱雑に積まれている。

エルフ「…酷く埃っぽいな」

アコライト「マスターが旅人の時に作った魔法を無効化する部屋だから
    汚れや埃を保護する魔法が意味を成しません」

エルフ「ここに何があるのだ?そこまでして私に見せたいものがあるのか?」

アコライト「とりあえずそこらの木箱を片っ端から開けてもらえますか?」

ガタガタ ゴトッ

エルフ「重っ!」


アコライト「あ、重いのは違うので軽い箱をお願いします」

エルフ「ならばこれか?」

エルフは手短にあった木箱の蓋を開けた。

エルフ「布?」

アコライト「これは剣の手入れに使っていた布ですね、つまりハズレです」

エルフ「…嫌な奴だ」


アコライト「アタリはこの箱です。見つけました」

エルフ「どれどれ…?」

木箱の中で始めに見えたものは大きな赤いマントだった。
これは旅人が着用していたもので所々に焦げた跡もあった。

エルフ「旅人のマントか…」

アコライト「マスターはこういう品は絶対取っておくんですよ」

エルフ「マントの下にも何かあるな」

エルフはマントをどけたことで出てきた剣を手にとった。
手入れもなにもされていないその剣は錆びついていた。


アコライト「その木箱の中の品はエルフさんに任せろと言われました。捨てるも貰うも自由です」

エルフ「そうか…そなたには礼を言わねばならぬな」

アコライト「お礼なんていいですよ。アタシはマスターに言われただけですから」

エルフ「…私の中の空っぽだった記憶を取り戻してくれた。それで十分だ、ありがとう」

アコライト「どういたしまして。それじゃアタシの仕事は終わった…と言いたいところなんですが」

エルフ「まだ何かあるのか」

アコライト「…マスターに注意してください」

小声でそれだけ言い終えるとエルフの目の前からアコライトは消えてしまった。

エルフ「男に注意しろ?…どういうことだ?」

エルフ「わからぬ…というよりもわかりたくないな…」


~一方 狐~

狐「あーあ…暇だなあ…」

狐は暇を持て余していた。あまりにも退屈になり屋敷内の散歩に出たはいいが
狐はここに随分と前から住んでいる。特に新しい発見も無くただただ暇だった。

狐「なんかエルフちゃんはどっか行っちゃったし梟ちゃんもいないし」

狐「おまけに主と会えないし!」

暇な狐を察したのか彼がまた前と同じ着流しを身に纏い現れた。


「ケケッ まーた随分とヒマそうだね」

狐「うわっ!?急に出てこないでよ!」

「ゴメンゴメン。悪気はないんだ」

狐「…で?なにか用?」

「用なんかないよ。ただただ暇なだけさ」

狐「奇遇だね。ボクもヒマなんだ」

「知ってるよ。だから話そうと思ってきたんだもの」

狐「へー神様ってのはヒマなんだね」


「ボクがヒマなのはどっかの誰かさんがまともな願いを言ってくれないからだよ」

狐「おかしいなあ?どっかの誰かさんに願い事はとっておけって言われたんだけどなあ…」

「ケケッ それは内緒だよ?ボクが助言したなんて聞かれたら怒られちゃうからね」

狐「ケケッ それよく言ってるけど誰に叱られるのさ」

「いやぁー上には上がいるもんなんだよ。おかげで肩身が狭いよ ケケッ」

狐「ふーん…意外と大変ってことだね」


「でしょ?いやーわかってくれる人が少ないんだよね。そもそも人になんか話せないし」

狐「ケケッ そりゃそうだろうね」

「それはそうと一人って珍しいね、寂しくない?」

狐「一人でいるのは慣れてるからね。なんてったって主が来るまではこの家で一人だったんだから」

「それもそっか」

狐「…一つ質問していい?」

「一つと言わずにいくらでもいいよ」

狐「ボクはキミとどんな関係があったの?」

「あれ?その記憶は戻してなかったっけ?」

狐「うん」


「じゃあ教えるよ。キミはボクの分身さ」

狐「分身?」

「ボクらの仕事っていうのかな?一応ボクには式神っていうこの国で言うところの使い魔
 みたいのが居るんだけど、正直その子たちだけじゃ間に合わないことがあるんだ」

狐「へー」

「それで考えたのがもうひとりのボクを創ることだったのさ」

狐「それがボクってこと?」

「そういうことだよ。だから声も一緒だし性格も似ているんだ」

狐「姿はまるで違うけど?」

「可愛い方がやる気が上がるからそんな姿なんだよ。」


狐「ふーん。じゃあなんでボクはキミのところから離れたの?」

「それが同じ性格の二人は気が合わないみたいでさ、逃げられちゃったってワケ」

狐「ケケッ」

「どう?納得した?」

狐「…とりあえずキミを怒らせないほうがいいってことはわかったよ」

「ケケッ その通り!」


狐「ふーん。じゃあなんでボクはキミのところから離れたの?」

「それが同じ性格の二人は気が合わないみたいでさ、逃げられちゃったってワケ」

狐「ケケッ 情けない話だね」

「どう?納得した?」

狐「…とりあえずキミを怒らせないほうがいいってことはわかったよ」

「ケケッ その通り!」


~召喚の間~

アコライトがエルフに旅人の品を渡している頃、
男もまた一人でこっそりと戻ってきていた。

男「『本』の準備は良し…脱出に必要な物も用意した…」

男「あとは二人次第かな、まあ僕が嫌われることは確実だろうけど…」

男「ああ、そうだ武器とかも置いておかなきゃ、あと手紙も」

男「…どんな結果になろうともあの子たちは守らなきゃ」


~翌日~

昼を少し過ぎたころに男は自分の屋敷へと帰宅した。

そしてエルフと狐の元へと向かった。
エルフと狐は稽古中で二人とも剣を構えていた。

エルフ「…いつぶりだ?」

狐「ボクは一日ぶりかな?」

男「エルフとは…何日ぶりだったっけ?――まぁいいやキミたちに大事な話があるんだ」

エルフ「そなたの話の前に私に何か言うことはないのか?『旅人』よ」

男「…その様子だと無事に記憶を取り戻したみたいだね」

エルフ「ああ、どこぞの世話焼きの策略にまんまと嵌められていたとはな」

狐「…?話が見えないんだけど」

エルフ「狐、この者は私の恩人の旅人だ。風呂で話したであろう?」

狐「ええ?!旅人ってほんとに主のことだったの!?」


エルフ「ああ。そして私の記憶を奪うように使い魔に指示したのも此奴だ」

狐「…それほんとなの?」

エルフ「このようなときに嘘をついて私に得があるか?」

狐「…ない」

男「あの魔法陣は上手くいったのか…良かったよ。それで?何か文句でもあるの?」

エルフ「…そなたに一つ聞きたいことがある」

男「何かな?」

エルフ「私が見た旅人はエルフだった。だがそなたは人間なのは何故だ?」

男「そんなことか。エルフとの混血児と言えばわかるかな?」


エルフ「…つまりハーフというわけか」

男「そうだよ。人間の血を抜けばエルフに早変わりさ」

狐「主が旅人ってことは最初からエルフのことを知ってたってこと?」

男「もちろんだよ」

狐「なんで言わなかったのさ?」

男「言うべきか迷っていたんだよ。僕のことをちゃんと忘れていてくれたからさ」

男「じゃあ僕も一つ質問だ」

エルフ「何だ?」

男「キミが僕と出会った日になぜあんな場所にいたのか、それだけ聞かせてくれないかな?」

エルフ「……いいだろう。だがその前に聞かせてくれ」

男「やけに質問が多いね。まあいいけどさ」

エルフ「そなたらに話したことが嘘だとばれておったのか?」

男・狐「「バレバレだったよ」」


エルフ「そうか。――私はな、貴族に捕まっていた」

男「貴族に?」

エルフ「そうだ。その貴族の屋敷で二日ほど監禁されていた。
    …その間なにもされなかったことが幸いだったな」

狐「それじゃあ逃げたってことだね」

エルフ「…そのままでいても結果は目に見えておったからな。
    現に獣のような聞くに堪えん音が時折聞こえたからな」

エルフ「私は誰か…いや、おそらく私は旅人が助けに来てくれないかと期待しておったのだろうな」

男「…すまない。キミが監禁されているなんて知らなかったんだ」

エルフ「別に責め立てるつもりはない。こうして五体満足に生きているのだからな」


エルフ「…話の続きだ。私は二日目に何とか脱出できぬかと考えた…
    だが華奢なエルフがとれる方法は一つしかなかった」

狐「…魔法…だね?」

エルフ「そうだ。私は一か八か転移魔法に懸けた」

男(そうか、転移魔法で魔力切れになったのか)

エルフ「全身に激しい痛みと疲労感に襲われたが、あの路地に奇跡的に転移することができた。
    そしてそこで気絶しまってな、起きた時には痛みは無かったがもう夕方だった。」

エルフ「そこに誰かの足音が聞こえてな、それがそなただったというわけだ」

男「…始めに聞かれた時にウソををついた理由は?」

エルフ「単に信用できなかっただけだ。特に初日の狐の印象は最悪であったからな」

狐「ケケッ そりゃ悪かったね」


男「…ああ」

男「…夜になったら僕は城に行く。そこでキミたちにはこの屋敷から出て行ってもらいたい」

狐「え…」

男「この屋敷に残りたいなら残るといいけど、殺されるよ」

エルフ「…どういうことだ」

男「言葉通りの意味さ。この屋敷に兵士が攻め込んでくるんだ」

エルフ「兵士が何故に?」

男「この屋敷に反逆を企てている者がいるって執事に密告するように言っておいたからね」

これは嘘である。男にそんなことをしている時間は無かった。
密告はおろか頼んですらいない。

狐「なんで…!なんでそんなことを!」


男「キミたちが邪魔だからさ、できれば出て行ってどこかで勝手に死んでほしいね」

エルフ「断る。私はどうせ何処にも行くアテがない、この屋敷に残らせてもらうことにする。
    それに、野垂れ死ぬくらいなら私は兵士に殺されよう」

男「…それでもいいか。狐は?」

狐「…ボクは……」

男「やっぱり迷うよね」

エルフ「当たり前であろう?此奴はおぬしのことが好きなのだからな」

男「じゃあ…こうだ」

男「抗うことのできない睡魔よ、少女達に恒久の眠りを与えよ」

その場に甘い風が吹き狐とエルフを眠らせた。
だがエルフはまだ完全には眠っていなかったようで…

男「…ごめんね」

という男の悲しい呟きを確かに聞いた。


男「…さて、もういいから出てきなよ」

広間の扉が開かれ、出てきたのは執事と女だった。

女「なーんだ、やっぱりわかってたの?」

男「そりゃあ僕の縄張りみたいなものだからね」

女「気付かれるのもあたりまえってか」

男「じゃあ、ひとつお願いをしていいかな?」

女「アタシにできることならね。護衛として雇いたいとかなんて絶対無理だからね?」

男「いや、そんなんじゃなくて執事を御者として雇いたい、ダメかな?」


執事「私は一向に構いませんが…」

女「そうだねー雇用費を払ってくれればいいよ」

男「金なら払うよ。いくら?」

女「それは執事が仕事をまっとうしたら払ってもらうことにするよ」

男「まあ執事にミスなんかは無いと思うけど」

女「それでも、だよ」

女「あ、先に言っとくけど執事の雇用費はたっかいよ~?目玉飛び出るくらいね」

男「そんなことは百も承知さ」


女「踏み倒しなんか許さないよ?だから殺されないで絶対に帰ってくること!!いいね?」

男「…ああ、もちろん」

執事「交渉成立ですか」

男「うん。よろしくね執事」

執事「畏まりました」

男「早速で悪いけど、今日の夜に僕の屋敷に馬車で来てくれる?」


執事「わかりました。お嬢様、屋敷の馬をお借りしてもよろしいでしょうか?」

女「そういえばいたね。いいよ、一番いいヤツを連れて行きなよ」

男「ありがとう…」

女「やだなー湿っぽくなっちゃって、折角アタシの懐は広いんだぞーって見せてるのに」

男「じゃあ後は任せたよ。やってほしいことはここに全部書いておいたから」

男はポケットから丁寧に折りたたまれた黒い紙を取り出した。

女「用意周到だね」

男「寝る間を惜しんで用意したからね。何とかできたよ」


執事「少し休憩されては?」

男「血を抜いたら休むよ。フラフラの状態で攻め込むわけにはいかないからね」

女「なるほど、それで夜ってわけだ」

男「まあね。アコライトに緩和魔法をかけてもらうのももったいないし…」

執事「時間は大丈夫ですか?」

男「うーん…まだ大丈夫だけど余裕をもっておこうか。じゃそろそろ僕は行くよ」

女「気を付けてよね」

男「ああ、もちろん」


~城下町~

イフリート「それにしても相変わらずだな」

男「何が?」

イフリート「梟のことだよ。主の屋敷を守れと命じてたが、そもそも攻め込んでくるわけがねえ」

男「なんだ、わかってたの?」

イフリート「一番付き合いが長いからな。アコライトの奴も薄々勘付いてたぜ?」

男「あんな小さい子を危険な場所に連れていくわけにいかないからね。
  それに梟の性格なら無理やりにでもついてくるだろうからね」

イフリート「あんなガキでもスゲー魔法使いなんだろ?だったら――」

男「子供には刺激が強いよ。せめてあと十年は待たなきゃ」

イフリート「だけどよ、もしかしたらあの二人が梟を倒して逃げ出すってこともあり得る話じゃねえか?」

男「別に構わないさ。逃げたって僕はそれを止めもしないし咎めもしない」

イフリート「…そうかい。けどよ、なんでそんなに急いでんだ?」


男「急いでる?」

イフリート「ああ。本当ならいつも主は入念な準備をするじゃねぇか」

男「それは時間がないからさ」

イフリート「時間がないつっても寿命はまだ先だろ。せめてあと一週間くらい準備したらどうだ?」

男「寿命が短いってことは老化が早いってことだよ。エルフの血が混じっているから
  若さは保てるけど、体がついてこないんだ」

男「人間の血を抜いてみたけど…これだけはどうしようもなかった。
  僕は半端者。どう足掻いても人間にはなれない」

イフリート「…なんでそういうことを早く言わないんだか」

男「聞かれなかったからね」

イフリート「ああ。聞いたって信じなかっただろーさ」


男「それで結構。じゃあそろそろ作戦の確認をするよ」

イフリート「俺が裏から派手に暴れるんだったな?」

男「同時に僕が正面から攻める。仮にどちらかに兵が集中しても、もう一人が辿り着ければいい」

イフリート「ま、要は王様か騎士を倒せばいいんだ。楽じゃねえか」

男「そう思っていた方が気が楽かもね。よし!夜になったら突撃だ」

イフリート「おう!」


~女の屋敷 馬小屋~

女と執事は屋敷の馬小屋に来ていた。
馬の様子を見た執事は一言。

執事「ふむ…相変わらずとてもいい馬です」

女「そうなの?アタシはよくわかんないけど」

執事「艶から何からどこに出しても恥ずかしくない馬です」

女「ふーん…。まぁいいや、はいこれ」

女は執事に封筒を手渡した。赤い蝋で封がされ、気品あふれていた。


執事「これは?」

女「通行証。兵士に何か言われたら見せるといいよ」

執事「…今日中に出るならば検問などはどこにも無い筈ですが?」

執事の言葉の後、女は真剣な顔で執事に質問をした。

女「――執事はアタシと男だったらどっちの言うことを聞く?」

執事「無論。お嬢様で御座います」

女「これはアタシからの頼み事…とは言ってもほとんど命令に近いけどね」

執事「何でしょうか?」

女「エルフちゃんと狐ちゃんを連れて城に向かって」

執事「――よろしいのですか?」

女「もしかしたら城で派手にやってるときに行くことになるから危険だとは思うけど…」

執事「しかし、お嬢様の名前を使えば迷惑がかかりませんか?」

女「もちろん偽装済み。こういうの得意なんだよね」

執事「では仰せの通りに…」


~夜~

城の正門の前には門番が二人立っていた。
長い槍を持ち門に近づく男を怪訝そうに観察していた。

門番1「おい、止まれ」

男「何かな?僕は王様に用事があるんだけど」

門番2「許可証、あるいは手紙などは持っているか?」

男「持ってないよ。勝手に来たからね」

門番1「そうか、ならば――」

立ち去れ。という門番の言葉は後方――すなわち
城の裏門の方から聞こえた激しい爆発音に遮られた。


門番1・2「「何だ!?」」

男「お、派手に始めたな」

門番1「貴様!反逆者か!」

男「気付くのが遅いよ」

男は素早く抜刀し二人の門番を切り伏せた。
そして素早く血振るいをした後にこう言った。


男「さて、計画通り正面から行きますか」

男「門は…開くか、無用心だね」

男は大胆不敵にも城の一番目立つ通路を堂々と歩くことにした。

そして一度立ち止まり、男は誰もいない空間に語りかけるように呟いた。

男「…ごめんね、イフリート。僕は君にも嘘をついた」


~城内~

兵士「いたぞ!こっちだ!」

男「手加減してあげるから遠慮なく来なよ」

男は次々と襲ってくる兵士たちを流れるように捌いていく。
ある者は腕、ある者は脚を。

どれも殺害ではなく戦闘力を奪うように切っていた。

兵士「前から行くな!回り込め!」

兵士達は様々な方向から切りかかるが、どれも返り討ちにされ、
そのたびに床は赤く染まっていく。


男「…とても戦争を控えた兵士とは思えない弱さだな」

男は血飛沫が舞い散る最中にも関わらず冷静に呟いた。

兵士長「怯むな!相手は一人だまとめてかかれ!魔術師も呼んで来い!」

兵士長「狙撃兵はどこだ!」

兵士「裏に行きました!」

兵士長「こっちにはもうじき騎士が来る!こちらの兵を裏門に集中させよ!」

男は指揮をしている兵士長の元へ兵士を捌きつつ、悠々と歩いて行った。


男「あんたが兵士長だよね?兵士長なのに前線に出たがるって有名だよ」

男の周りは、隙を伺う様に兵士が取り囲んでいる。

兵士長「お前は!あの時の!」

兵士長は剣を抜いた。

男「あれ?僕のことを知ってるの?」

兵士長「お前、七年前のエルフの里にいただろう!」


男「知ってる奴がここにもいたのか…まぁいいや」

兵士長「くらえ!」

兵士長は豪快に両手剣で男に切りかかった。

男「…残念」

男は兵士長の一撃を薙ぎ払い、そのままガラ空きの胴体を蹴飛ばし床へと叩きつけた。
叩きつけられた時に頭を打ち、兵士長はそのまま気絶してしまった。


男「さて、あっけなく兵士長も倒したけど…君達はまだ戦うかい?」

男は後ろを振り向いて兵たちに言った。
兵たちは目配せをしているが誰も向かってはこなかった。

「――誰も行かないとは腑抜けましたね」

男「…やっと来たか」


騎士「待たせたつもりはないのですがね」

男「さて、第一の目的だ」

男はポケットから澄んだ青い石のような物を取り出し、そのまま手で握りつぶした。
澄んだそれはガラスが割れるようにいとも容易く砕けた。

砕けた青い石は男の手のひらで一つの欠片も残さずに消失した。

騎士「一体何をした?」

男「だから言ったろう?第一の目的さ」

騎士「ふん…」


~広間~

エルフ「…う……」

男の前に騎士が現れたころ、エルフは目を覚ました。
そして上半身をゆっくりと起こし部屋を見回した。

エルフ(ここは…広間か。大方、男が運んだのであろうな)

エルフ「…これ、起きんか狐」

エルフは隣で寝ていた狐の肩を軽く叩いて起こした。


狐「……おはよ。エルフちゃん」

エルフ「おはよう。目覚めはどうだ?」

狐「今までで三本の指に入るくらい最悪」

エルフ「…そうであろうな。私もだ」

狐「えーと…ここは広間かな?」

エルフ「そのようだ」


狐「主は?」

エルフ「いるはずがないであろう?」

狐「そうだよね…」

エルフ「――さてと」

エルフは立ち上がった。

狐「どうしたの?」


エルフ「どうするも何も決まっておろう!」

狐「決まってるの?」

エルフ「…もしや、そなたには最後の男の呟きが聞こえなかったのか?」

狐「なんて言ってたの?」

エルフ「…ごめんね。だそうだ」

狐「ごめんねってことは…」

エルフ「ああ。彼奴は本心でこんなことをしたわけではないということだ」


狐「…エルフちゃん」

エルフ「男に会いに行く…だろう?」

狐「なんでわかるの!?」

エルフ「全く…そなたの考えほどわかりやすいものはないぞ?特に男に関してはな」

狐「ケケッ エルフちゃんには敵わないや」

エルフ「ならば、いつまでも座っていないで行くぞ」

狐を立ち上がらせた後、エルフは扉を開けようとした。だが――


エルフ「…ん?」

狐「どうしたのさ」

エルフ「――開かない」

狐「開かない?」

エルフ「嘘だと思うならやってみるといい。鍵がかかっているわけではないようだが…
     この通りドアノブすら動かん」

狐「…ほんとだ。なんで?」


エルフ「まあ魔法であろうな」

狐「ケケッ そりゃそうか、じゃあ鍵開けは?」

エルフ「…すまぬ、忘れておった。少し待ってくれ」

エルフは扉に手をかざして枠をなぞるように動かした。

エルフ「――無理だな。魔法で閉められていることにまず間違いないが、
     私の魔法で開けられるほど簡単な魔法ではない」

狐「ってことは主が?」

エルフ「…いや男のものとは少し違う気がする」


狐「じゃあ一体誰?」

エルフ「心当たりはあるであろう?私達の魔法の指導者。男の使い魔の幼子が」

狐「それって梟ちゃん?」

エルフ「他に誰がおる」

「――その通りです」

二人の話を聞いていたのか大量の羽が部屋に舞い散り、梟が現れた。

手には長い杖が握られていて、その先端には青い宝石が付いている。


エルフ「…何の用だ?」

梟「とりあえず説明のためです」

狐「なんか怖い…」

梟「私はマスターにお二人を守るように言われました」

エルフ「守る?閉じ込めるの間違いではないか?」

梟「動かれると厄介なんですよ、なので閉じ込めさせてもらいました」

狐「出してくれないの?」


梟「代わりにこの屋敷の鍵は全て開けてあげます。
  玄関、窓、その他脱出できそうな場所を除いて」

エルフ(…確か魔法をかけた者を倒せばそれは解けるはずだ、だが……)

梟「おとなしくしていれば何もしませんから、それじゃ」

梟は扉を幽霊のようにすりぬけて部屋の外へと出て行った。

エルフ「…梟の奴、手加減はしそうにないな」


狐「これじゃあ、お城に行けないよ…」

エルフ「出る方法を考えねばな…」

狐「出る方法かー」

エルフ「窓を割る。扉を壊す、燃やす…」

狐「でも梟ちゃんならそのくらいのこと予想してるんじゃない?
  頭脳明晰って主も言ってたし」

エルフ「だろうな。賢者の一人娘、魔法など呼吸をするよりも簡単なはずだ」


狐「だったら魔法をかけてる梟ちゃんをなんとかするしかない…ってことだね」

エルフ「その通りだ。だが武器も男に隠されたようだし正攻法では勝てぬ。
     そなたとこうして話している最中も無い知恵を絞って考えているのだが…」

狐「うーん……あ」

エルフ「何か思いついたのか!?」

狐「さっき梟ちゃんがこの屋敷の鍵を全部開けたって言ってたよね?」


エルフ「言っておったな。それがどうした?」

狐「この家って開かずの部屋があるんだよ」

エルフ「ほう…」

狐「鍵もかかって無いのに開かなくてさー。今なら開いてるんじゃないかなーって」

エルフ「ふむ…。とりあえず行ってみる価値はあるな。
     武器か何かがあれば一番良いが…とにかく行くとしよう」


エルフ「言っておったな。それがどうした?」

狐「この家って開かずの部屋があるんだよ」

エルフ「ほう…」

狐「鍵もかかって無いのに開かなくてさー。今なら開いてるんじゃないかなーって」

エルフ「とりあえず行ってみる価値はあるな。
    武器か何かがあれば良いが…とにかく行くとしよう」

二重投下してた…すいません。


~1F廊下~

狐が案内したのは召喚の間に通じる廊下だった。
案の定、魔法で施錠されていた鍵は開けられていた。

狐「やった!開いてる!」

エルフ「気をつけろ。何があるかわからぬ」

狐「エルフちゃん用心深すぎるよ」

エルフ「…むしろそなたが安心し過ぎなのだ」

狐「はいはい。じゃ開けるね」

ガチャ


狐「この部屋はなんだろうね?」

エルフ「とりあえず明かりだ。――満ちるは月光。照らされし光は下界へ降り注ぐ…」

エルフの詠唱が完了し、部屋は昼間のように明るくなった。

普段は魔法陣以外なにもない部屋だが、この時ばかりは違っていた。
魔法陣の上に一冊の分厚い本と武具の数々、
そして大きく膨らんだ麻袋が置かれていた。

狐「剣に魔装銃に弓矢に…お守り?」

エルフ「この麻袋は何だ?」

エルフは麻袋を持ちあげようとした。
だが、かなりの重量があり持ち上げることはできなかった。


エルフ「随分と重いな…」

袋を開けると中には大量の金貨が詰められていた。
ざっと百枚は超えている。

エルフ「き、金貨!?こんなに大量に!?」

狐「どうしたのー?」

狐は本を閉じてそのままエルフに向き直った。すると――。

パラッ

狐「?」

向き直った時に下に向けた本の隙間から蝋で封書された便箋が落ちてきた。
差出人には男と書かれている。

狐「主からの手紙だ!」

エルフ「ん?手紙だと?」

狐「これを読んだらたぶん何かわかるよね?」

エルフ「でかしたぞ狐。早速見てみようではないか」

狐は手早く手紙を取り出した。


『狐とエルフへ
まずは、この部屋によく気が付いてくれた。
君たちのことを裏切った僕がこんな手紙を書くのは僕自身おかしいと思う。
もし読みたくなければ破って捨ててくれ。

まず、その本には魔法陣を書いておいた。僕の魔力を全部つぎ込んであるから詠唱するだけで魔法が発動する。

袋の中には僕の全財産が入ってる。さっきの本の中に重さを軽くする魔法もあるから、重量は平気だ。
これでいざというときも困らない。
金貨が使えなければ売るといい、結構なお金になる。

武器については見たまま、どれも使いやすい一級品の武器さ。
お守りについてだけど、アルキミア鉱石っていう素材で作ってある。
要は君達に向かうあらゆる魔法を吸収し、無効化する。きっと君たちの助けになるはずさ。

最後に、兵士がこの屋敷に攻め込んでくる話は真っ赤なウソさ。
梟もそのうちいなくなるから心配いらない。
西の方にエルフの里があるっていう情報が手に入ったから
そこに行くために屋敷の外に馬車を待機させておいた。
御者は執事だから心配いらない。それに乗るといい。

君たちの安全な旅路を祈っているよ。』


エルフ「……何が安全な旅路だ。勝手に決めおって…」

狐「……主…」

エルフ「決めた。私は絶対に城へ行く!」

狐「…ねぇエルフちゃん」

エルフ「何だ?怖気づいたか?」

狐「……ボクらが行っても邪魔になるだけなんじゃないかなって思ったんだよ」

狐「主はボクらを死なせたくないみたいだし、そのための装備がここにある…
  これでお城に行ったら主の思いを無駄にするだけなんじゃ……」

エルフ「…まさか狐がそんなことを考えるとはな。正直、驚きだ」

狐「柄にもなくて悪かったね」


エルフ「確かに一理ある。憎いほどにな」

狐「じゃあなんで城に行きたいのさ」

エルフ「そうだな……旅人が男だという話は知っているな?」

狐「もちろん。前に聞いたからね」

エルフ「旅人は私の恩人だ。旅人が居たから今の私が居る…ならばその恩を返すのは当然であろう?」

エルフ「前の私ならば到底無理だったであろう。だが梟達に教わった魔法も技術もある…
     手助けという形で恩返しが出来る絶好のチャンスだ」

狐「じゃあその恩返しが恩人の邪魔になることだったら?」

エルフ「…お主、何か勘違いしていないか?」


狐「なにが?」

エルフ「恩返しが邪魔になることなどありえん。仮に恩返しが邪魔だというなら、
     それはやっている方の気配りが欠けているのだ」

狐「…すごい自信だね」

エルフ「自信は数少ない私の取り柄だ」

狐「ケケッ まあボクだけ逃げても仕方ないか!」

エルフ「そうだぞ。それに彼奴は私達にごめんねと言い残していったのだぞ?」

狐「…なにそれ詳しく話してよ」

エルフ「そなたには聞こえなかったか…。最後に眠りの魔法をかけられたときに聞いた言葉だ。
     明らかに私達宛てであろう?」

狐「…なるほどね。それもあってエルフちゃんは主に会いたいってことだね」


エルフ「そういうことだ。決心はできたか?
     …まさか逃げても仕方ないという言葉は嘘ではあるまいな?」

狐「もちろんだよ!」

エルフ「うむ。いい返事だ」

狐「じゃあ、あとは…あの手紙が本当なら…」

エルフ「…もう嘘はついていないと信じるしかない」

狐「ねえエルフちゃん。もし梟ちゃんがずっといた場合の話だけど、
  この本とお守りがあれば梟ちゃんも何とかできるんじゃない?」

エルフ「少し難しいな…本の内容をわかっておらんし、じっくりと読む時間も無い。
     要は適材適所ができん。込められた魔力を無駄に消費するのだけは避けたい」


狐「ボクは本が苦手だから分担ってわけにもいかないしね」

エルフ「お守りは…梟の魔法を無力化できるだけだから本が使えないと辛いな」

狐「やっぱうまくはいかないか」

エルフ「とにかく話してみよう。戦闘も説得も始まりは会話だ」


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

梟は居間にいた。
そして杖の先端に付いた宝石をため息交じりに見ていた。

梟「…だいじょぶかな…マスター……」

ガチャ

扉の開く音がした。
エルフと狐が居間へと入ってきたのだ。

梟「…何ですか?」

梟は冷静に杖をエルフたちに向けながら答えた。


エルフ「そう構えるでない。私たちは戦いに来たわけではない、ただ話に来ただけだ」

梟「話?」

狐「そ。ここから出してくれないかなーって」

梟「無駄ですよ」

梟はハッキリと迷わずに答えた。

狐「…無駄ねえ……」

梟「そう。無駄です」


エルフ「だがな、このような手紙があったのだ」

エルフは梟に男の手紙を渡した。
そして梟はエルフたちの動きに注意しながら手紙に目を通した。

梟「――貴女達が伝えたいことは私がいなくなるということですか?」

エルフ「そうだ」

梟「…だから何だと言うのですか?私が居なくなったら貴女達にとって好都合でしょう?」

狐「それはそうだけど…」


梟「……まさか私の心配ですか?おめでたい人たちですね」

狐「おめでたくて悪かったね、ボクは心配性なのさ」

梟「変な人――あれ?」

その時前触れもなしに杖の宝石にヒビが入った。

梟(ひび!?)

それと同時に男の手紙を持つ手が透けていることに気付いた。

エルフ「そなた手が!」


梟「………これは魔法が解けかけているだけですよ。こんなの…」

梟は冷静だった。いや、冷静に見せかけていた。
エルフたちに慌てる様を見せまいとしていた。

すると梟の手から手紙が落ちた。どうやら手は完全に消えてしまったようだ。
ローブに隠れて見えないが腕も消え始めているのだろう。

狐「ど、どうしたの?」

梟(戻らない!?まさか…そんな!)

ついにローブや杖までもが透け始めていた。


狐「ど、どうしたの?」

梟(もどらない!?まさか…そんな!)

ついにローブや杖までもが透け始めていた。

梟「こんなのって……いや…いやだ!」

エルフ(どんどん透けて行く…いや、消えているのか?)

体の透ける速度は更に速くなっていった。
梟は泣き顔でもがいているようだが、顔も消えかけている。

断片的に空中に残るローブだったものにはもう何も無い。


梟「マ…スタ…!……!!」

梟は最後に小さな白い羽を残して消えた。

エルフ「な、何だ?!今のは!?」

狐「き、消えちゃった…」

エルフ「…後味が悪すぎる。結果としては良かったのだが…」

狐「だね。梟ちゃんほんとに苦しそうだった…」

エルフ「…と、とにかく城に向かうぞ。確かここからはかなり距離があったはずだ」

狐「う、うん。そうだね。執事さんを上手く説得できればいいんだけど…」

エルフ「まあ話は通じそうな相手だ。石頭ではないことを祈ろう」


~庭~

エルフと狐が玄関の扉をあけると執事が当然のように立っていた。

執事「お待ちしておりました」

エルフ「待たせたな。――とでも言えば満足か?」

執事「いえ、待つことには慣れております。早速ですが馬車にお乗りください」

狐「あー、それ…なんだけどさ」

執事「はい。何でしょうか?」

エルフ「行き先を変更というわけにはいかぬか?エルフの里ではなく――」


執事「城へ向かえばいいのでしょう?」

エルフ・狐「「!?」」

執事「男様が派手に暴れているようなので正面からというわけにもいきませんが…
    なるべく早く到着するように尽力致します」

狐「……え?」


執事「…もしや何か間違っていたでしょうか?」

エルフ「い、いや…間違っていないから呆気に取られているというか…」

執事「それなら良かった。ではお乗りください」

エルフ「…感謝する」

荷物を運び込み執事は馬車を走らせた。


執事「――そういえば梟様はどうされました?」

エルフ「それが…消えてしまってな」

執事「消えた?」

狐「いきなり杖にひびが入ってそしたら体が透け始めて…」

執事(杖にヒビ?)

執事「杖本体にヒビが入ったのですか?それとも杖の先の宝石ですか?」

エルフ「宝石だったな。結局は杖ごと消えてしまったが…」

執事「だとすると…」


狐「すると?」

執事「男様は契約解除を行った可能性が高いです」

エルフ「契約…解除?」

執事「契約解除とはですね――」

執事はエルフたちに使い魔との契約解除について説明した。


使い魔と契約すると使い魔の方には武器、体のどちらかに、契約者には宝石が形成される。
その宝石は他者からの干渉では傷一つ付かないが、
契約者ということと使い魔との契約を解除するという意思があれば、小指で弾いただけでも砕けてしまう。

宝石が砕けてから透け始めるまでは多少の差がある。しかし透けたら最後、
使い魔はどれだけ魔力が残っていようが姿を保てなくなり消えてしまう。

執事(梟様はもう必要無い?だとすれば時間稼ぎのため?一体何のために?)

狐「…ボクらを足止めしたかっただけ?」

エルフ「だがエルフの里に行くようにしていたなら足止めの意味はあるのか?」

狐「そうだよね。一刻も早く行ってほしいはず…」

執事「……嫌な予感がします。飛ばしますよ!」


~城内~

城内では騎士と男が睨み合っていた。
ここはかなり広い場所で戦うには十分すぎるほどだ。

そして騎士は男から目を離さずにこう言った。

騎士「この場にいる兵士は皆裏門に行きなさい!負傷兵は邪魔なのでどこかへ運びなさい!」

兵士達「「「ハッ!」」」

兵士達は騎士に言われた通りに素早く行動した。


男(まーた裏門か。ま、イフリートなら大丈夫だね)

騎士「……一つ聞かせていただきたい。エルフの里で何をやっていたのですか?」

男「…それ敵である君に話すと思う?」

騎士「いいや。まったく」

男「わかってるじゃないか。さあ時間も無いことだし――」

男は刀の切っ先を騎士へと向けた。

男「手合わせ願おうか?」


騎士「手合わせ?殺し合いの間違いだろ!」

騎士は両手剣を振り上げ男に切りかかった!

男(殺し合いか…)

男は騎士の一撃を刀で受け止めた。

騎士「その細い剣で耐えられるか?!」

男「…耐えなきゃいけないのさ」

男は腕に力を込め両手剣を押し返した。それに応じて騎士も腕に力を込める。

騎士は内心驚いていた。エルフの力にしては強すぎると。


騎士(丈夫な剣だな…それにエルフだってのに結構な力だ)

男(ちょっと分が悪いかな…)

男は後ろに飛びのいて少し距離を取った。

男「僕の計画は君を倒さないと次へ進めない…覚悟してもらう!」

騎士「随分と口が達者だな!」

騎士は両手剣を真っ直ぐ向け、突進した。

男(このくらい…)

男は当然、横に避ける。真っ直ぐ進んでくるものに妥当な判断であったが
騎士はそれを狙っていた。


男「…癒しの女神よ、我が願いを聞き入れ賜え…」

男は残り少ない魔力を消費して血を止めた。

騎士(高速詠唱じゃない?チャンスかもな)

男「…してやられたな」

血を止めただけなので痛みは残る。だが治癒魔法を素早く行う魔力も無かった。

騎士「休みは無いぜ!」

騎士は男に休みなく斬りかかる。刃と刃がぶつかり合う音が響き渡る。
男は痛みを堪えながら必死に捌くが、あきらかに間に合っていない。

このままでは殺されるだろう。

男(これは…ヤバいな……)


騎士「…さて、一つ聞かせて頂けますか?」

騎士は大きく距離を取りそして丁寧な口調に戻り、剣も収めた。

男「…?」

騎士の攻撃を捌ききれなかった男は立つことすら辛いものだった。

騎士「国王に言われています。もう一度、隊に入らないかと」

男「……断る…」


男(何か…ないか…?)

ポケットを漁り、何か入っていないか確認すると指先に軽い感触があった。
それは今の男にとっては命よりも大事と言えるほどの物だった。

だが同時にそれを使って起死回生の手を思いついた。

男(……やるか)

騎士「ではこれならいかがですか?もし戻るなら今回のことは全て無し、その傷もすぐに治しましょう」

男「それも…いいかもしれないね…」

男は納刀し騎士の方へとふらつきながら歩いて行った。


騎士「お、聞きわけが良いねぇ」

男「…だけどさ、やっぱりそれじゃダメだ」

男はポケットの中に入っていた紙を取り出して騎士の方へと飛ばした!

男「…元素の精霊よ!我が投げし紙を巨大化されたし!」

飛ばされた紙は一気に広がり騎士の視界を塞いだ。


騎士「目眩ましのつもりか?」

しかし騎士は落ち着いて紙を切り裂いた。

それが間違いであった。

騎士「チィッ!!」

騎士が斬った紙は男の血液が吸収された物だった。
斬られたことで魔法が解けたそれは血を貯め込めずに溢れ出した!


男「一閃!」

男は騎士の胴体に居合切りを繰り出し騎士の鎧を横一文字に切り裂いた。

完璧な軌道で薙いだ筈だったが、騎士が後ろに飛びのいてかわそうとしたために
鎧だけが斬り裂かれる結果となった。

飛びのいたことは騎士にとって想定外のこと、無様にも背中から床に倒れた。

騎士「うぐ…」

男「…チェックメイトってね」

騎士の首に刃が突き付けられた。
逃げられぬように鎧を足で踏みつけている。


男「……君は…やっぱり騎士に向いてるよ。国王の言葉や
  兵士の前では口調が丁寧になる…」

騎士「てめぇ…騙したな…」

男「…騙してはいないよ、君の勘違いさ」

騎士「喰えない奴…」

男「…そうだ。エルフたちはどこにいる?」

騎士「あぁ?エルフ?」

男「…恍けるな。里には死体が一つもなかったぞ」

騎士「ああ…あれか。全員生きてるよ」

男「…!!! 場所はどこだ!?」


騎士「さあ…。どこだったかな俺は興味無いんでね」

男「……生かしておいた理由は」

騎士「アルキミア鉱石の魔力注入にはエルフの魔力が一番いいんだとさ。搾取ってヤツだ」

男「……それを聞いて安心した。僕がやっていることに理由が出来た」

騎士「…理由が出来た?」

男「そしてここで…君と話すことも計画の内……死んでくれなくてよかった」

騎士「…殺さないのか?」


男「…ああ。君が生きていないと仕上げができない」

騎士「…相変わらず変で嫌な奴だ」

男「悪かったね」

男「…そうだ。一つ伝言だ」

騎士「伝言だと?」

男「僕は正門から出る」

騎士「あぁ?そりゃどういう意味――」

男「――さて、少し眠ってもらうよ」


男「抗えぬ睡魔よ。この者を襲え。目覚めは我が示す」

騎士「う…」

騎士は眠りに落ちた。

男「……第二の目的完了…」

男は壁に寄り掛かって崩れ落ちた。
兵士達はここには何処にも見当たらない。

後に残ったのは眠った騎士と疲れ切った男のみだった。


男「…アコライト」

アコライト「――マスターお呼びで…!?」

男「…見ての通りだ…傷を治してくれ……」

アコライト「大地に満ちる無限の生命よ!我がマスターに施しを与えたまえ!」

男「…うん。動くね。やっとまともに喋れそうだ」

アコライト「どんだけ無理したんですか…ダメージが大きすぎて治しきれませんでしたよ」

男「……そっか」


アコライト「なので足りない分は痛みを感じないようにしておきました」

男「それは僕に無理をしろってこと?」

アコライト「…一体どんな聞こえ方したんですか?」

男「痛みは感じないから大暴れしてこい」

アコライト「ぶん殴りますよ?」

アコライトは男に拳を見せながら言った。

男「…冗談だよ」


アコライト「まったく…目的だか何だか知りませんけど自分が死んだら意味無いでしょうが」

男「まぁ…そうだね…」

アコライト「それに…その武器、結構な業物みたいですけど今の状態じゃ…」

男「あ、これ結構いいでしょ?ベルト部分を少し改造して鞘が差せるんだ」

アコライト「得意げになってる場合じゃないですよ…。そういえば、あといくつ目的があるんですか?」

男「あと三つかな、エルフたちが生きてるってわかったから」

アコライト「それ騎士の嘘ということはありませんか?」

男「それならそれでいいさ。そのくらいの時間はある」


男「――そういえばさ。血は増やせる?」

アコライト「無理です。血は増やせません。どうかしましたか?」

男「それがなぁ…もう人の血が無くてさ…」

アコライト「何に使ったんですか!?」

男「騎士を殺さずに倒すためにさ、騎士だけじゃなく殺してしまうと上手くいかないんだ」

男「あの一閃も胴体を切って、騎士の動きを止めてあとでちゃんと治してもらう予定だったし」

アコライト「マスターの弱点はエルフの状態だと少しの出血で死ぬってことですよ?!
     だからあれだけ人の血は残しておけと…!」

男「…ごめん」


アコライト「…はぁ……過ぎたことは仕方ありませんよね…」

男「さて、そろそろ三つ目の計画の時間だ」

アコライト「三つ目?この場で出来ることなんですか?」

男は白が混ざったような薄い紫色の宝石を取り出した。
その宝石を見た瞬間、アコライトの顔が強張った。

アコライト「マスター……まさか…」

男「…今まで僕を癒してくれてありがとう」

アコライトはとっさに男の手の宝石に手を伸ばした。――が。


男「――契約解除」

その手が届くことは無く。男は紫の宝石を砕いた。

アコライト「マスター…一体何故…?」

男「…僕は事が全て終われば反逆者だ。君も梟も、反逆者の元使い魔だと知られたら立場が危ういだろう?」

アコライト「そんなことアタシは…!」

男「それに今回のこの反逆は僕の恨みとか、そんなんじゃない」

アコライト「…じゃあ一体何だというんですか」

男「あの子たちを無事に里に送り届けるためさ」

アコライト「あの子たちは梟ちゃんが…」

男「いいや、既に梟との契約は既に解除した…僕とイフリートが暴れたから各地の兵士達は
   こっちに向かうはずだ。だからあの子たちは里にリスクを負わずに行ける」

男「今の戦争を控えた兵士に見るからに弱そうなエルフと獣人なんかいたら
   格好の獲物だろうしね。僕の本があってもあの子たちが使いこなせるとは思えない」


男「…アコライト…もういいんだ。もう僕に心配をさせないでくれ。君ならいい主人に出会えるさ」

アコライト「…もう……い…い?まさ…か…!」

男「…ちょっと口が滑ったな……」

アコライト「マ…!………!…!!!」

消えかけたアコライトの言葉は言葉にならなかった。

そして最後に淡く美しい光を放って消えてしまった。

男(まぁ…侵略を止めたいってこともあるけどね。でもそれは僕の中でおまけでしかない…)

男「…第三の目的完了。あとは捕まってるエルフたちの居場所と……」


男(アルキミア鉱石…魔法使いが集まっている部屋?)

男(それとも捕まっているなら…牢屋の近く?)

男は一応この城にいたことがあるので地図が無くともだいたいの場所はわかっていた。

男「まぁいいや。誰かに聞いてみるか」

男は立ち上がり、城の奥へと歩き始めた。そして一度立ち止まり、後ろを振り返り、また歩き始めた。
その顔はどこか寂しそうだった。


~馬車~

エルフ(…まだか……)

エルフは馬車から外を睨んでいた。
城へと逸る気持ちが無意識にそうさせていた。

狐「…少しは落ち着いたらどう?」

エルフ「……私は落ち着いている」


狐「あのさー、ボクはこんなでも一応は神様の使いだよ?」

エルフ「…読心術か。勝手に人の頭の中を見て欲しくないものだな」

狐「冗談を本気にしないでよ。ボクのはったりなんだからさ」

エルフ「な…!」

狐「ケケッ 読心術なんてのは人間特有のものでボクはそんなの使えないよ。
   ま、嘘も方便ってやつさ」

エルフ「ならばなぜ私が焦っているとわかった?
     神様の使いとやらは不思議な能力でもあるのか?」


狐「なんとなくだよ。キミってわかりやすいしね」

エルフ「…単純で悪かったな。私の取り柄とでも思っておいてくれ」

狐「ケケッ わかってるよ」

エルフの顔つきが少し柔らかくなった。
狐とのやりとりで少し落ち着いたようだ。


執事「――お二方」

狐「どうかした?」

執事「城が見えて参りました。非常に嫌なものと共に…」

エルフ「嫌なもの?――あれは!!」

背の高い住宅街を抜けると同時に城の屋根が見えた。

そして、エルフと狐は目を疑った。
その城は橙色に包まれ、黒煙が上がっていた。


狐「か、火事?!」

エルフ「あそこには男が…!」

執事「見たところ裏手から上がっていますね…援軍も来ていることでしょう」

執事(おそらく裏にいるのはイフリート…となると正門から侵入?
    それにしては正門の方向が静かすぎるような…)

エルフ「くっ…。無事ならば良いが…」

狐「主なら平気だよ。…きっと……」


~城 裏門~

裏門ではイフリートが文字通り大暴れしていた。
火の手が上がり、兵士は倒れ、灰が降り積もる。

イフリート(主め…炎を使ってもいいけど殺すなってのはどういうこった?)

イフリート(黒コゲにしないって難しいってのに…。爆風で気絶くらいしかできねー)

イフリート(おまけに、燃え移らねえようにしろって…。不完全燃焼にも程があるっての)

魔法兵「奴の魔法は見ての通り炎だ!氷もしくは水の魔法だ!」

イフリート「本物の炎魔法に水、氷が通じるのはそこらの三流だけだぞ!」


イフリート「こんなもん、当たる前に全部蒸発させるなんざ簡単だっての!」

その言葉通り、次々と放たれる魔法はイフリートが全て燃やしつくしていた。

兵士C「で…!伝令!」

兵士D「何だ!」

兵士C「増援の準備が整いました!数分後に裏門、正門両方から仕掛けます!」

イフリート(おもしろくなってきたじゃねえか!)


イフリート「お前ら!でけえのやるから死にたくなきゃ避けろよ!」

イフリートの掌に炎が集まっていく…。

イフリート「おらぁ!」

そして十分に集まった炎の塊を投げつけた。
それは花火のように爆発し、強力な熱風とともに兵士を襲った。

魔法兵「氷壁の護り!」

杖を持った魔法兵は素早く防護壁となる魔法陣を展開した。
魔法陣に吸い取られるようにしてイフリートの炎はかき消された。


イフリート(加減しすぎたな…。でも本気の炎じゃ殺しちまうな…。
  そんじゃ増えるみたいだし格闘で気絶させてみっか)

イフリートは右足を一歩前に出し、足を肩幅に開く。そして腰を少し落として徒手空拳の構えをとった。

イフリート「アンタら知ってるか?格闘ってのは近接戦最強らしいぜ?」

兵士「…回り込め!」

イフリート「無視かよ…。まあいい」

イフリート「――さあ、さっさと済ませるか」

イフリートは魔法も剣も弾き飛ばして敵兵を次々に薙ぎ倒していった。

戦い方を変えただけであったが兵士達は更に苦しめられた。
制約のあった炎を使うよりも、単なる格闘の方が戦いやすかったからだ。


イフリート(こんなんだったらもっと早く格闘にしときゃよかったな…)

「――こっちだ!早く来い!!」

イフリート「ん?援軍か?」

イフリートは攻撃の手を休めずに、器用に声の方向を確認した。

「アイツか!」


イフリート(今来られると厄介だな)

イフリートは指を鳴らした。すると地面から炎が噴き出し、裏門を塞ぐ壁となってしまった。

「…クソッ!魔法兵!」

輝きの違う鎧を纏った兵士が他の兵士に指示をする。

「――ダメです!この壁は私達では消せません!」

イフリート「わりいけど、少しそこで待っててくれよ。すぐ終わらせっから」

そう言うとイフリートは裏門の兵士達を手早く、そして華麗に蹴散らしていった。
数分のうちに兵士の数は半分以下に減っていた。


イフリート「次は誰だ?さっさとしてくれ」

兵士「くっ…」

イフリート(でもそろそろ俺も動いた方が良いな…)

イフリート「よっしゃ!予定変更だ。突っ切るぞ!」

イフリートは城の中へと突っ走って行った。
兵士達の攻撃など、ものともしていない。


~城内~

イフリートは城内を走り回った後、やけに曲がり角の多い廊下に来ていた。
先の方で左右に分岐しているのがわかった。

おそらく侵入者対策に複雑な構造になっているのだろう。

イフリート「――っと。こんなもんで撒けたか?」

イフリート(…で。どこだここ?)

イフリート(テキトーに走ってきただけだからな…地図もねえし)

イフリートはその場に腰をおろした。疲れているわけではないが、
まずはどこへ行くかを決めておこうと思った。


イフリート「騎士だとか王様はどこにいんだ?」

イフリート「こういう城にありがちなのは地下に抜け道とかだよな…。――よしやってみっか」

イフリートは座ったまま地面を殴りつけた!

床には拳サイズの穴がぽっかりと開いたが、人が通れそうな道や空洞は無かった。

イフリート「やっぱそう簡単にはいかねーか」

イフリート(まあいっそのこと、この城を更地にして――ん?)

廊下の分岐点で何かが動いた。よく見えなかったが確かに何かがいた。


イフリート(…人か?おびき出してみるか)

イフリート「一回戻ってみっか!先にゃなーんにも無さそうだからな」

わざとらしく足音を立ててその場から立ち去ったように見せかけて、すぐ傍の壁に張り付くようにして隠れた。

「…行ったな?」

様子を伺いながら二人組の男が出てきた。片方は地図を持っている。


「ええ。そのようで…」

「どこに行けばよいのだ?」

「あそこを左に…」

「…よし行くぞ」

イフリート「――どこに行くってんだ?」

イフリートは廊下に飛び出してそう言った。
片方は恰幅が良く、もう片方は丸い眼鏡をかけた男の二人組だ。


イフリート「その顔見覚えがあるな……。あぁ!お前国王か!」

国王「貴様!は、反逆者か!」

重たそうな服に身を包んだ国王は焦りながら言った。

イフリート(その隣が大臣か?よわっちそうだな)

イフリート「ああ、確かに俺は反逆者だな。だがお前らここで何してんだ?」

イフリート「どっからどう見ても逃亡寸前って感じだぜ?」

大臣「ぐ…それは…」

国王「チィッ…」


イフリート「ま、最初は大したことないと高を括ってたんだろうが、
    いよいよヤバくなってきたもんで逃げ出したってとこか?」

国王と大臣は何も言わなかった。

イフリート「図星だな?…あ、そうだ。俺の主はお前らだけは殺してもいいって言ってたな」

国王「ひっ…!」

イフリート「そんじゃ」


イフリート「さて主と合流するか…。でもどこにいんだろうなー」

イフリート「お、地下牢なんてのがあるな。――待てよ……」

――でも実験ならまだ生きてるかも

イフリート「――ってなこと言ってたし、牢屋のへんにいるか?」

イフリートは牢屋に向かうことにしたが、一つだけ問題があった。

イフリート「……で、北ってどっちなんだ?地図見てもここがどこだかわかんねーし」


~馬車~

狐「よし!着いたね!」

執事「ええ、しかし…」

エルフ「どのように入るか…」

エルフたちは城のすぐ近くまで来ていた。だが援軍の兵士達を見つけ、突入するに出来ない状況であった。

執事「…男様の本に転移魔法の類は?先程から読んでいらっしゃいますよね」

エルフ「この本、攻撃魔法やら治癒魔法はやたら充実しているわりには転移魔法の類は一つも載っていないな」


~馬車~

狐「よし!着いたね!」

執事「ええ、しかし…」

エルフ「どのように入るか…」

一方、エルフたちは城のすぐ近くまで来ていた。だが援軍の兵士達を見つけ、
突入するに出来ない状況であった。

執事「…男様の本に転移魔法の類は?先程から読んでいらっしゃいますよね」

エルフ「この本、攻撃魔法やら治癒魔法はやたら充実しているわりには
  転移魔法の類は一つも載っていないな」


狐「主のとこに行かせないためかな?」

執事「そうでしょうね。当然の策でしょう」

狐「じゃあどうしよっか…」

執事「…まあ仕方ありませんね。私が囮となりましょう」


エルフ「それはならん。そなたはもう十分に仕事を達成したではないか」

執事「このくらいはサービスしますよ」

狐「でも魔法は使えないんでしょ?」

執事「魔法に負けずとも劣らぬものがあることを証明して見せますよ」

エルフ「心強いな。そなたの言葉には妙な説得力があるな」

エルフ「だが、流石に丸腰というわけにもいかぬであろう?剣の一振でも持って行ってはどうだ?」


執事「ご心配なく。私にも武器はあります」

執事は上着を少し捲り腰につけたダガーナイフを見せた。
普段は隠れて見えないが武器などはそこに隠してあった。

狐「心配いらないみたいだね」

執事「ええ。…それでは、貴女方に神の御加護があらんことを」

エルフ「心配するな。こっちには神の使いがいる。……自称だがな」

狐「あー!またそーやってボクのこといじめるー」

エルフ「全く…死ぬかもしれぬというのにそなたは気楽なものだな」

狐「ケケッ キミに言われたくないよ」

エルフ「…よし。行くぞ」

狐「…うん!」


―裏門

執事「さて…。我ながら面倒なことを引き受けてしまいました」

裏門には兵士が残っていた。それほどの手練ではなさそうだ。
既にイフリートの炎は消えていた。侵入後に必要なしと判断し、消したのだろう。

執事「…行きますか」

執事は一気に侵入した。が

兵士「あ、貴方は!」

執事(…ああ、そうでした。敵と思わないのですね。好都合です)

執事は顔が広く、城には度々来ていたので兵士たちは特に敵とも思わなかった。


執事「……騒ぎでお嬢様の目が覚めてしまいましてね。何かあったのかと」

ダガーナイフを兵士たちに見せながら執事は答えた。
すると執事の前に一人の兵士が来た。

兵士「…ええ。侵入者が」

執事「では、お手伝いしましょう」

執事は目の前の兵士の首をダガーナイフで切り裂いた。
血が噴水の様に勢い良く吹き出し、執事の黒服を濡らした。

執事「手伝いといっても侵入者のですがね」

兵士「は、反逆だ!兵を呼び戻せ!」

執事(さて、あとはおまかせしますよ)

執事はまだ呆気にとられる兵士たちを次々に切り裂いていった。

執事「――私は時間稼ぎしかできないのですから」


―表門

裏門が騒がしくなってきた。兵士達の怒号がこちらにも聞こえてくる。
表門には放って置かれた負傷した兵士たちがゴロゴロと転がっていて、血の匂いが立ち込めていた。

狐「行くよ、エルフちゃん」

エルフ「気をつけろ、本があるとはいえ多人数を相手では辛いからな」

狐「あんまり見つかるなってことだね」

エルフと狐は城の中へと入っていった。


―城内

狐「…うわ……」

エルフ「門の時点で予想はしていたが…酷いな…」

こちらは門よりも更に酷かった。土ではなく床。黒く変色した血がベッタリと一面に広がっていた。

狐「主がやったんだね…」

エルフ「ああ…おそらくな」

狐「でも誰もいないね」

エルフ「負傷した者を置いておくわけにもいかぬであろう?」

狐「それもそうだね」


エルフ「それはそうと彼奴はどこに行ったのだろうな」

狐「できれば地図とかもあればいいんだけどね」

エルフ「都合の良い魔法もないからな…。そうだ匂いはどうだ?獣人の類であるなら…」

狐「ボクは犬じゃないよ?キミに言ったかは覚えてないけど、ボクは耳と尻尾のあるただの人間なんだよ」

エルフ「ならば五感強化はどうだ?獣並みとはいかぬまでも多少は…」

狐「…血の匂いが増すだけじゃない?」


エルフ「…そうだな。……血?――そうだ血だ。」

狐「どうしたのさ?」

エルフ「血の跡を辿って行けば良い。どうせ切りながら進んでいるのだろうからな」

狐「…簡単で単純な方法だね」

エルフ「そう褒めるな。よし、早く行こう」

狐「(皮肉なんだけどね)りょーかいだよ」


―城内 廊下

男「はぁ……」

男は疲れから深いため息をついた。

男「この先に魔法の研究室があったはず…」

男(それにしても…兵士が少ないな…。イフリートが派手に暴れてるのかな?)

男は執事がエルフたちを連れてきたことは当然知らない。
ましてや執事が暴れているとは夢にも思わない。

男「…ここだな」

男は研究室の扉を開けた。


―魔法研究室

魔法の研究をしているというだけのことはあり、部屋の中は本棚で一杯である。
本棚以外にあるのは大きな机と、床の大きな魔法陣のみだ。

机の上には資料と思しき紙が散乱している。

男(慌てて逃げたみたいだな)

机の資料の一枚に目を通す。

『やはりアルキミア鉱石との相性はエルフの魔力が一番良い様子である』

男「…ここにいるみたいだな」

男は本棚を引き倒した。かなりの重量があったがそのくらいはまだできる。


男「…当たり」

三個目の本棚を引き倒すと扉が現れた。

男「…開くかな」

試しに前に押して開けてみる。

男「よし開く。行ってみよう」

扉の先は薄暗い階段が続いていた。壁の燭台で進むには問題ない。

このSSまとめへのコメント

1 :  SS好きの774さん   2013年10月16日 (水) 21:24:30   ID: -eoeWgzh

期待!
面白いです!

2 :  SS好きの774さん   2013年11月20日 (水) 20:40:02   ID: Dfv-vCT4

続き楽しみm

3 :  SS好きの774さん   2015年01月11日 (日) 14:41:45   ID: 1KZIW2Ka

期待です!!!いつまでも待ってます!!!!

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