－怒らずに聞いて欲しいんだけど

－ジャンは強い人ではないから、弱い人の気持ちがよく理解できる

－それでいて、現状を正しく認識することに長けているから

－今、何をすべきか、明確にわかるだろ？

「…チッ」

刺さりが悪かったか、ガスを噴いて体重を乗せた瞬間、
アンカーが木から抜け落ちる。

立体機動の訓練で、彼は一人、何度も何度も演習場を往復していた。

抜け落ちたアンカーを戻すより先に、もう片方を放出させる。
今度はしっかり刺さり、ワイヤーがピンと張って彼の身体を支えた。

片手だけの操作で木々の間を駆け巡る訓練を、ここ数日繰り返し行っている。
こんなことに意味があるのかわからない。ただ、片腕が使えなくなっても
生き残ることができれば、と思う。

自分の合図で補給所に突撃し、何人かが死んだ。なのに、
仲間は責めるどころか、感謝する者すらいる。
自分のおかげで、飛ぶことができたと。

ところがどうだ、結局、生き残っているのは、自分だけじゃないか。
死に急いだ者が生き、誰よりも、生きるべきだった者が、死ぬ世界。

何故彼は死に、どうして自分が助かった。

自問自答を繰り返し、彼はアンカーを打った。

(今日はここまでか…)

陽が落ちはじめ、あたりを赤く染め上げている。
仲間はもう誰も残ってはいない。先に戻って夕飯の支度をしているだろう。

そもそも、夜は巨人の行動が鈍くなるため
馬での移動はあっても、夜に立体機動を使うことはまずない。
実の壁外調査でも陽が落ちる前に安全な場所…壁内に撤退することになる。

(…今日は３回か…クソッ)

アンカーのミスは、死を意味する。もしも片腕を負傷していたら？
もし、片腕に人を抱きかかえていたら？

(…帰ろう。まだ時間はある)

「見事だね」

深緑に青と白の翼をあしらった外套を羽織り、髪を後ろに束ねた男が
こちらを見て声をかけてきた。
あわてて右手を左胸に捧げる敬礼を行うが、彼は手をひらひらとさせ
微笑みながら続けた。

「えっと…君は、新兵かな」

「ハッ、104期調査兵団所属、ジャン・キルシュタインです！」

「ああ…君が、ジャンか」

ジャン「…俺を、ご存知で？」

「俺はエルド。エルド・ジン。
　エレンの身辺警護を勤めているんだ」

エルド「君のことはエレンから聞いてる。
　　　　喧嘩仲間だってね」

ジャン「は、はぁ…」

エルド「ネス班長に渡したいものがあって、その帰りなんだが…
　　　　立体機動の音が聞こえたんでね、つい。
　　　　遅くまでよく頑張る」

ジャン「………」

エルド「…君は、憲兵団に入隊希望じゃなかったのかい」

ジャン「…あいつ、そんなことまで」

エルド「意見の食い違いで、よく衝突したと言っていた。
　　　　内治で安全な生活を送るのが夢だったそうじゃないか」

ジャン「………」

エルド「…先ほどの死に物狂いの訓練といい、
　　　　トロスト区の攻防で何かが君を変えたのだろうね」

ジャン「…はい」

エルド「よければ、聞かせてもらえないかい？」

ジャン「………」

エルド「…そうか。それで、君は」

ジャン「はい…」

エルド「…自分を責めてはいけないよ。ここにいる者達は、
　　　　少なくとも生き残ってきた連中だ。
　　　　みな、彼らの屍を胸に刻み、それを力に生きている」

ジャン「でも、俺は…」

エルド「…君は、まだ若い。死に急いではいけないよ」

ジャン「っ…」

エルド「おっと、もう暗くなるな。同僚に怒られる前に俺は失礼するよ」

ジャン「はい、その…ありがとうございました」

エルド「いや、俺もいいものが見れた。その歳でその腕だ、
　　　　君はいい兵士になれる」

ジャン「あ、あのっ…」

エルド「？」

ジャン「あいつに…エレンに、伝えといてもらえませんか」

エルド「いいよ、何かな？」

エルド「…やれやれ。若いっていいねぇ」

オルオ「エルド、最近老けてきてるぞ」

エルド「そりゃ君たちよりションベン臭くはないかなぁ」

ペトラ「え、えるどおおおお！」

エルド「はははっ、そうそうエレン、君の仲間から伝言だよ」

『はやく巨人の力を制御できるようにならねぇと
　先に俺が一匹残らず殲滅して、最後にお前のうなじを削いでやる。
　わかったか、この死に急ぎ野郎！！』

エルド「…だって。うーん、若いっていいなぁ」

ペトラ「殺す、それ以上言ったらエルド殺す！！」

エルド「ははははは」